再召喚勇者は平穏を望む! ~前回魔王と相討ちになって死んだので、今回は勇者とか絶対にお断りです!~ (カゲムチャ(虎馬チキン))
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1 プロローグ

息抜き新連載でーす。


「こんな、馬鹿な……!? この我が、滅びる、だと……!?」

 

 僕の剣が化け物の身体を両断し、それでHPを削り切られた化け物が、まるでゲームのキャラのように弾ける光の粒子となって消滅する。

 この世界における人類の天敵、魔物と呼ばれる生物の特徴だ。

 そんな魔物の中でも、今倒したのは数百年に一度だけ現れるという魔物の頂点。

 ━━『魔王』。

 他の魔物とは次元が違うレベルで強い上に、ただ存在するだけで無限に魔物を生み出し続け、最後には人類を滅ぼしてしまうという、最凶最悪の大災害。

 それを討伐する事こそが、魔王の対となる存在『勇者』としてこの世界に呼ばれた僕の使命だった。

 

 その使命は果たされた。

 魔王は倒れ、これから数百年の間、人類の繁栄は約束されるだろう。

 

 僕の命と引き換えに。

 

「かはっ……」

 

 弱々しく口から血を吐き出す。

 今、僕の胸には風穴が空いていた。

 魔王の攻撃により、勇者専用装備である伝説の鎧を貫通して与えられたダメージだ。

 世界最強の鎧を当たり前のように破壊するとか、本当に化け物だった。

 この戦いは僕の勝ちじゃない。

 正確には相討ちである。

 

「うっ……!」

 

 痛みに耐えかね、力も使い果たし、僕は決戦の舞台だった魔王城の床に倒れ込む。

 これは、もう助からないだろうなぁ。

 いつもなら、このくらいのダメージ回復魔法で治せるんだけど、それを発動する為のMPも尽きてるし、そもそも魔王の攻撃には当たり前のように回復阻害の呪いの力が宿ってたから、致命傷クラスの傷を回復できたかはわからない。

 しかも、魔王という主を失った事で、魔王城自体が崩壊を始めてる。

 助けてくれる仲間もいないし、このままだと生き埋め一直線だ。

 いや、埋められる前に命が尽きるか。

 どっちにしろ、生存ルートがない事だけは確実だと思う。

 

「ああ……走馬灯見えてきた」

 

 避けられない死を前に、僕の頭にはこの世界に召喚されてからの記憶が次々と蘇ってきた。

 二回目(・・・)の死でも走馬灯って見るんだなー、とか思いながら、その記憶に思いを馳せる。

 

 始まりは、トラックに轢かれそうな子猫を助けようとして、自分がトラックに潰された事だった。

 咄嗟に身体が動いちゃったんだよね。

 昔からお人好しだなって言われてきたけど、まさか子猫と自分の命を引き換えにするレベルだったとは、自分でも思ってなかったよ。

 

 で、トラックにミンチにされて確実に死んだと思った後、気づいたら僕は豪華なお城の中にいた。

 足下には不思議な光を放つ魔法陣。

 目の前には、いかにもな格好した魔法使いの集団。

 訳もわからない内に「勇者様!」とか呼ばれて王様の所に連れて行かれ、そこで説明を受けて自分の現状を知った。

 

 どうやら、僕は魔王から人類を救う為の救世主、勇者としてこの世界に召喚されたらしい。

 そこで魔王とこの世界の現状についても説明を受け、「テンプレか!」と内心叫びながらも現状を理解した。

 命懸けで化け物と戦うなんて普通に嫌だったけど、相手はある意味命の恩人な訳だし、この恩は返さなきゃいけないと思って、僕は勇者としての使命を受け入れた。

 元の世界に未練はあんまりないし、どうせ一度はなくした命だと思って、死んだつもりで頑張った。

 

 そこから始まったのは、僕の勇者としての大冒険。

 レベルとかスキルとかステータスとかがあるゲームっぽいこの世界で、勇者としてのチート能力を振り回し、魔物を倒して人を助け、レベルを上げる。

 勇者専用装備の伝説の剣と鎧を探しながら、各地で魔王の軍勢と死闘を繰り広げ、三桁くらいいた魔王軍幹部達と戦い、最高幹部である四天王をも倒していった。

 

 楽な戦いなんて殆どなかった。

 勇者のチート能力は確かに強かったけど、最初から無双できるような力じゃなかったし、敵も普通に強すぎて苦戦続きの毎日。

 二度目の死を覚悟した回数なんて数え切れない。

 勇者過酷すぎワロタ。

 数百年ごとに頑張ってきた歴代勇者の皆さんが全員こんなに苦労してたのかと思うと、よく人類まだ滅びてないなと感心すらしたよ。

 でも、後に知った情報によると、実はそういう訳でもなかったらしい。

 

 なんでも、この世代では僕の前に三人の勇者がいたんだとか。

 彼らは数十年間隔で召喚されており、全員が今代の魔王に敗れている。

 つまり、今代の魔王は三人の勇者を葬り、百年近くに渡って君臨し続け、配下共々レベルを上げ続けた、歴代屈指の強さを誇る魔王だった訳だよ。

 しかも、そんな魔王の攻撃に晒され続けた人類は、僕が召喚された時点でもう限界。

 世界の七割以上を魔王に支配され、英雄と呼ばれる人達も大体戦死し、残った人達も自国を守るので精一杯ときた。

 

 道理で、僕が旅立つ時、仲間の一人も付けてくれなかった訳だよ。

 最初に支給された装備も布の服とひのきの棒だったし、行く先々が漏れなく世紀末か地獄だったし、むしろ、なんで気づかなかった、僕。

 というか、そういうのは召喚当初に教えておいてほしい。

 まあ、教えた結果、僕がビビって逃げでもしたら最悪だから教えなかったんだろうけど。

 

 そんな訳で、僕はたった一人で歴代最強レベルの魔王軍と戦い続けたのだ。

 レベルがカンストするまで鍛え、伝説の武器もノーヒントで探し出して、最後には相討ちとはいえ、ちゃんと魔王を倒した。

 これは後の世に伝説として語り継がれてもいいレベルの功績だと思う。

 もし来世とかがあるなら、この功績の報酬に、今度は平和で普通の幸せを掴めるような場所に生まれ変わらせてほしいです、神様。

 

 もう殺伐とした戦いは嫌だ!

 こんな痛い死に方も嫌だ!

 来世があるなら、今度は可愛いお嫁さんと結婚して、子供とかに恵まれて、孫とかに看取られながらベッドの上で死ねる人生を送りたい。

 

 そんな事を考えてる内に、僕のHPはどんどん減り続け、どんどん意識は薄れていった。

 最後にHPが尽きた瞬間、前にも一度味わった死の感覚を再び感じ、僕の二度目の人生は終わったのだった。



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2 再召喚

 ……どうしてこうなった?

 

 僕は今、豪華な城の中みたいな場所にいる。

 足下には不思議な光を放つ魔法陣。

 目の前には、いかにもな格好をした魔法使いっぽい人達の姿。

 もの凄いテジャブ。

 

「ようこそ、世界『エリクシオン』へ。心より歓迎いたします、勇者様」

 

 魔法使いっぽい人達の先頭にいた聖女っぽい雰囲気の金髪碧眼の美少女が、小さく頭を下げながらそう言った。

 ……エリクシオン、か。

 それは僕が召喚され、魔王を倒して救った異世界の名前だ。

 やっぱり、そういう事なのだろうか。

 これは、いわゆる再召喚というやつなのでは。

 僕は死んだ目で遠くを見つめながら、ここに至った経緯を思い出した。

 

 

 

 

 魔王との戦いで命を落とした後、気づけば僕は子猫を助けて死んだ現場に戻っていた。

 しかも、傷の一つもない状態で。

 どうやら、勇者は死ぬと元の世界で死んだ場所と時間に帰れるらしい。

 初めに言っておいてほしかった。

 何度も決めた、あの悲壮な覚悟はなんだったのか。

 

 まあ、なんにせよ、生きて新しい人生を始められる訳だから、文句はない。

 記憶を持ってる分、転生して来世とかよりラッキーだったかもしれない。

 ステータスもスキルもなくなってたけど、命があっただけ儲け物だ。

 そうポジティブに考えてた。

 

 それから約一年間。

 僕は前までと同じく、普通の高校生としての生活を満喫した。

 親との折り合いは悪かったし、友達もいなかったし、勇者時代のトラウマのせいでPTSDになりかけたけど、命の危険がない世界にいられるだけで最高だ。

 ビバ平和。

 争いは何も生まないんだよ。

 ラブ&ピース最高。

 

 そんな感じの一年だったけど、ある日の下校中に、僕はまたしてもアホな事をやらかしてしまった。

 今度は暴走トラックに轢かれそうな子犬を助けて潰されたのだ。

 咄嗟に体が動いちゃった。

 同じ失敗を繰り返すとか、まるで成長してない。

 

 でも、仕方ないんだ!

 知らない場所で知らない誰かが苦しんでるとかだったらともかく、こうやって目の前でスプラッタが起きそうになってたら、体が勝手に動いちゃうんだ!

 この無駄な正義感(?)のせいで、イジメとか見過ごせずに介入して標的が僕に移り、結果友達が出来なかった訳だしね。

 勇者引き受けた理由も、命の恩を踏み倒せなかったという謎の責任感(?)によるものだし、ホント実害が出るレベルの損な性分だよ。

 直したい直したいと思ってたけど、何度死んでも直らなかったなぁ。

 バカは死んでも治らないって本当だね。

 こうして、「あーあ、またしてもやっちゃった」と後悔しながら、僕は都合三度目にもなる死を迎えた。

 

 そして、気づけばデジャブ感満載の場所にいた訳だよ。

 どうやら、僕はまたしても勇者として召喚されてしまったらしい。

 命を拾ってラッキーと考えるべきか、トラウマしかない勇者という存在にまたなっちゃってアンラッキーと思うべきか。

 いや、今回は確実にラッキーだろう。

 

 何故なら、この場にいる人達は、誰一人として僕の存在に気づいていないんだから。

 

「ステータス」

 

 周囲に聞こえないようにそう呟いて、僕は現在の自分の状態を確認する。

 

━━━

 

 勇者 Lv99

 名前 神崎(カンザキ)深雪(ミユキ)

 

 HP 32821/32821

 MP 29950/29956

 

 攻撃 34480

 防御 30022

 魔力 28874

 抵抗 29550

 速度 35877

 

 スキル

 

『聖剣術:Lv10』

『体術:Lv10』

『聖光魔法:Lv10』

『火魔法:Lv2』

『水魔法:Lv2』

『土魔法:Lv5』

『幻惑魔法:Lv7』

『空間魔法:Lv7』

『回復魔法:Lv10』

『支援魔法:Lv10』

『感知:Lv10』

『隠密:Lv10』

『異界式鑑定術:Lv10』

 

━━━

 

 思った通り、全盛期のステータスが戻ってる。

 デジャブを覚えた瞬間、魂に刻まれたトラウマが脊髄反射で体を動かし、咄嗟に僕は『隠密』と『幻惑魔法』のスキルを使って気配と姿を隠した。

 その時、当たり前のようにスキルが使えたし、なんかやけに身体が軽いし、ステータスが戻ってる事はなんとなく予想してたよ。

 これはとてつもない朗報。

 この力があれば、前回程の苦労はしないだろう。

 更に、朗報はもう一つある。

 上手くすれば、勇者の使命その物を回避できるかもしれないのだ。

 

「ここは……? 俺は確実に死んでいた筈だが……」

 

 困惑した様子でそう呟くのは、僕の隣にいるスラッと背が高くてモデルみたいな、甘いマスクのイケメーン。

 黒髪黒目で、歳は僕と同じくらい。

 男にしては背が低い上に女顔とよく言われてた僕より、よっぽど正統派の勇者っぽい。

 その姿には見覚えがある。

 今回僕を潰した暴走トラックの進行ルート上にいた運の悪い人だ。

 状況から考えて、多分彼が今代の勇者だと思う。

 聖女っぽい女の子が話しかけてたのは、姿を隠した僕じゃなくて彼だったのだ。

 

 でも、もしかしたら僕の方が彼を巻き込んだという可能性もあるので、勇者時代に散々お世話になったスキル『異界式鑑定術』を使って、彼のステータスを確認してみた。

 

━━━

 

 勇者 Lv1

 名前 如月(キサラギ)遥斗(ハルト)

 

 HP 150/150

 MP 102/102

 

 攻撃 120

 防御 108

 魔力 110

 抵抗 100

 速度 121

 

 スキル

 

『聖剣術:Lv1』

『聖光魔法:Lv1』

『異界式鑑定術:Lv1』

 

━━━

 

 よかった。

 彼は巻き込まれた一般人じゃなくて、ちゃんと僕と同じ勇者だった。

 種族欄に勇者って出てるから間違いない。

 種族『勇者』は現地の人達とは比べ物にならないステータスと成長速度をあわせ持ち、更に勇者専用装備である伝説の武器を唯一扱えるチート種族だ。

 僕の装備から伝説の武器はなくなってるから、多分前みたいに世界のどこかに散ったんだと思う。

 前は超高難度ダンジョンの最深部に飲み込まれてたけど、さすがに今回はそこまでの鬼畜難易度じゃないでしょ。

 

 根拠はある。

 聖女っぽい女の子にも、魔法使いの人達にも、前回僕を召喚した人達みたいな切羽詰まった感じがないのだ。

 嬉しそうにはしてるけど、狂喜乱舞はしてない。

 つまり、人類にはまだそれだけの余裕があるって事だと思う。

 少なくとも、僕の時みたいな終末一歩手前の状態ではないと見た。

 羨ましい。

 

 しかも、僕の時より遥かに人類側の戦力が充実してる。

 鑑定してみた結果、あの聖女っぽい女の子の種族は、正真正銘の『聖女』だった。

 勇者と魔王のいる時代にのみ生まれ、神の声を聞き、勇者の旅路に(しるべ)を示すという唯一無二の存在。

 回復や支援系のスキルに加え、勇者の代名詞である『聖光魔法』をも得意とし、勇者には及ばないまでも高いステータスと成長速度を持つ。それが聖女。

 要するに、ナビゲーター兼強力な護衛だ。

 当然、僕の時代ではとっくの昔に戦死していなくなってた。

 だから僕はたった一人で戦い続け、殆どノーヒントで伝説の武器を探さざるを得なかったんだ。

 羨ましい。

 

 おまけに、この場にいる魔法使いの人達も、一人一人が結構な実力者だ。

 平均レベル60くらいで、全員が魔法系ステータス四千を超えてる。

 ステータス四千って言ったら、英雄の領域に片足突っ込んでるくらいの力なんだけど。

 この人達が束になれば、下位の魔王軍幹部くらい倒せると思う。

 そんな人達を戦場に出さず、勇者召喚の儀式に使うくらい余裕があるなんて。

 羨ましい事この上ない。

 そろそろ嫉妬で狂ってしまいそうだ。

 

 なんにせよ、これだけ頼りになる人達に囲まれてるんだから、当代勇者の後輩くんは、僕よりずっと簡単に魔王を倒して世界を救ってくれるだろう。

 先輩のよしみで助けてあげる必要性すら感じない。

 遠慮なく勇者の役割を押し付けられる。

 今回の命の恩に関しては……ほら、僕って三人の勇者がやられた魔王を倒してる訳で。

 実質勇者四人分の働きした訳だから、命の恩一回分くらいの対価は既に支払い終えてると思うんだよ。

 それに、今回は世界救ってくれって頼まれてもいないしね!

 

 という訳で、僕は好きに生きさせてもらいます!

 勇者の使命なんて知った事か!

 今度こそ、平凡な普通の幸せを手に入れて、ベッドの上で大往生してやる!

 

 そんな決意を新たに、僕は気配を消したまま勇者召喚の間を飛び出した。



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3 人生設計

 勇者召喚の間から飛び出し、気配を消したまま城の中を歩く。

 廊下を歩いてる一般兵の人達もレベル高いなぁ……。

 僕の時なんか、強い人達は軒並み戦いに駆り出されてたから、城に残ってるのなんて、新兵とか老兵とか負傷兵とかばっかりだったのに。

 

 またしても格差を感じながら城を抜け、門から堂々と外に出た。

 何気なく、その城を見上げてみる。

 その立派な造形には見覚えがなかったけど、城の上に備え付けられ、誇らしげに風になびく国旗には見覚えがあった。

 立派な剣と鎧を身に纏った青年の横顔を紋章とした国旗。

 聞いた話によると、この国の初代国王である、僕よりも随分前の勇者をモデルとしてるらしい。

 予想はしてたけど、間違いない。

 ここは、前に僕を召喚したのと同じ国、ブレイズ王国だ。

 

 変わったなぁ。

 立派になった城と、活気に満ちた城下町を見て、そんな感想を抱く。

 昔から世界最大の大国とは呼ばれてたけど、あの頃は表面だけなんとか取り繕っただけの、崩壊寸前の崖っぷち王国って感じだったのに。

 僕の時代から何年経ったのか知らないけど、僕が魔王を倒したおかげでこういう光景が生まれたんだと思えば、結構感慨深い。

 

 そんな城下町をキョロキョロしながら歩いてると、ふと広場みたいな場所に出た。

 その中央には、国旗に描かれている初代国王と同じ格好をした人物。

 立派な鎧を身に纏い、剣を地面に突き立てた姿をした、中性的な絶世の美少年の銅像が建っている。

 そこはかとなく嫌な予感を覚えながら台座に刻まれてる文字を読めば、そこにはこう書かれていた。

 

『歴代最高の勇者 カンザキ・ミユキの像』

 

 は、恥ずかしい……。

 しかも、美化され過ぎてて似てない。

 いや、まあ、確かに、僕の功績を考えれば銅像の一つくらい建っててもおかしくないけども。

 だからと言って羞恥心を覚えないかと言われれば、答えは否だ。

 カー◯ルサンダースさんは、きっとこんな気持ちだったに違いない。

 

 おまけに、僕の目の錯覚じゃなければ、銅像の前にとてつもなく見覚えのある物体がある気がするんですけど。

 美化され過ぎた僕の銅像が持ってるのと全く同じ造形をした、一振りの直剣。

 剣身の色は、神聖さを感じさせる純白。

 

 勇者専用装備である伝説の剣、通称『聖剣』だ。

 僕が世界中を回って大捜索し、超高難度ダンジョンをいくつも家捜しした末にようやく見つけた最強装備が、当たり前のように始まりの街の地面に突き刺さっていた。

 多分、近日中に後輩くんがなんの苦労もなく引き抜いていくんだろう。

 聖剣は勇者以外には引き抜けないし、どんな事をしても動かせないけど、逆に言うと勇者なら見つけさえすれば苦労なく手に入れられるからね。

 この分だと、伝説の鎧の方も簡単に見つかるんじゃないかな。

 アッハッハ。

 ……ない。

 いくらなんでも、これはない。

 本気で僕の苦労はなんだったんだ。

 

「ハァ……」

 

 盛大に精神力を削られたせいで、思わずため息を吐いてしまった。

 ダメだ。

 当初はこの街を拠点にしようかとも思ったけど、この銅像を見る度に悲しみのオーラが蓄積されてしまう。

 それに、勇者の力を隠し通すなら、もう少し人の少ない田舎に行った方がいいだろう。

 とりあえず、今は一刻も早くこの銅像から離れたい。

 

 再び城下町の中を歩きながら、そこで見聞きした情報を元に、今後の人生設計を立てる。

 一応、お金とかの心配はない。

 昔は報償金とかを貰う機会が結構あったからね。

 その時のお金が殆ど使われずに、今も空間魔法のアイテムボックスの中に眠ってる。

 ダンジョンで手に入れた、色んな便利アイテムと一緒に。

 通貨が昔と変わってないのは、この街の市場で行われてる買い物風景を見てればわかる。

 これは大陸共通通貨みたいな感じだったから、他所の国でも問題なく使える筈だ。

 

 だけど、だからと言ってニートになるのは論外。

 僕の最終目標は、可愛いお嫁さんと温かな家庭を築き、平凡な幸せを手に入れて大往生する事だ。

 お金だけあるニートの所に可愛いお嫁さんが来るか?

 そこに愛はあるのか?

 否!

 断じて否!

 故に、僕は普通に仕事をする必要があるのだ。

 働かざる者、幸せを手に入れるべからず!

 

 で、その仕事だけど、願望としては非戦闘系の仕事に就きたい。

 だけど、僕って戦う事しか脳がないんだよなぁ……。

 あんな世紀末の世界に召喚されたんじゃ仕方ないけど。

 そして、この世界で仕事に就き、見習いの下っ端ではなく一人前として認められる為には、それ関連のスキルを取る必要がある。

 『料理』とか『鍛冶』とか『裁縫』とか。

 そこら辺の村人ですら『農業:Lv1』とか持ってる。

 スキルのない奴は下っ端かモグリ扱いだった。

 時代が変わってその基準が変わってる可能性もあるけど、世紀末ですら遵守されていた基準が、この平和な時代に撤廃されてる可能性は低いだろう。

 

 スキルを取るのも簡単じゃない。

 この世界のスキルは、ゲームみたいにスキルポイントを払えばポンッと手に入るようなものじゃなくて、ひたすら努力しないと手に入らないのだ。

 

 スキルは、その分野で一人前と言われるくらいの力を身につける事で、ようやくレベル1のスキルとして手に入る。

 レベル2で上級者、レベル3で一流、レベル4は達人って感じだ。

 レベル5にもなると人外じみてきて、レベル6なら当代最高を名乗れるレベル。

 上限であるレベル10なんて、勇者か聖女でもなければ到達できないだろう。

 

 ただし、ここで落とし穴。

 勇者の成長補正が働いてくれるのは、戦闘関連のスキルだけである。

 暗に戦いに専念しろと言ってるんだと思う。

 勇者の仕事は魔王を倒す事だからね。

 つまり、僕が非戦闘系の仕事に就こうと思ったら、下積みからコツコツやって、普通の人と同じ成長速度で一人前を目指すしかないのだ。

 

 さすがに、それはキツイ。

 何がキツイって、一番の問題は僕の年齢だよ。

 普通の人は子供の頃からスキルを鍛えるので、17歳の僕が一からそれに追い付こうと考える事自体が割と無謀なのだ。

 それでも死ぬ気で頑張ればどうにかなりそうだけど、一人前になるまで最低でも十年以上かかるだろう。

 そう最低でも(・・・・)十年以上だ。

 下手したら婚期を逃してしまう!

 却下!

 絶対に却下!

 

 じゃあ肉体労働で稼げとなるけど、あれは給料が安い。

 アイテムボックス内に隠し財産があるから、それでも問題ないといえばないんだけど、確実に女性人気が高い仕事ではないよね……。

 僕の最終目標を考えると、肉体労働は目的にそぐわない職業と言わざるを得ない。

 却下。

 

 そうなると、やっぱり戦闘系の仕事しかないかぁ……。

 その中で一番手っ取り早くて目的にコミットした職業となると……あれかな。

 あの職業なら誰でも、それこそ孤児でもチンピラでも落伍者でもなれるし、力さえあればかなりの名声が手に入る。

 目立って勇者の力が露見する可能性もあるけど、気をつけてればそれも回避可能だろう。

 

 その職業の名は、『冒険者』。

 仕事内容は、魔物退治やダンジョン攻略を中心とした何でも屋。

 たとえ何百年経ったとしても、人類が魔物を脅威に思っている内は絶対になくならないだろう職業だ。

 もう殺伐とした戦いは嫌だからあんまり気は進まないんだけど……それが一番マシな就職先か。

 身寄りもない世界で生きるには、結局、取り柄を活かすしかないって事だね。

 それも活かせる職場があるだけ恵まれてると思わないと。

 

「よし、決めた」

 

 僕は冒険者として今回の人生を送る事を決めた。

 目立ち過ぎない程度にそこそこの地位を手に入れて、婚期を逃す前にいい相手を見つけて結婚するんだ!

 そして、平凡な幸せを手に入れてやる!

 

 その為にも、まずは冒険者登録から始めよう。

 この街で活動する気はないから、空間魔法のテレポートでどこか適当な街に飛んでからだけど。

 ああ、その前に冒険者っぽい服とか装備とかを手に入れないと。

 幻惑魔法のおかげで不自然に思われてないとはいえ、今着てるのは学校の制服だし、アイテムボックスの中にある装備は目立ち過ぎる。

 という訳で、あそこの服屋と、向こうの武器屋にレッツゴーだ!



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4 就職しよう

 新人冒険者っぽい服と装備一式を買った後、多分ブレイズ王国の首都だと思われる城下町をテレポートで後にし、やってきたのは王国内にある田舎と都会の中間みたいな雰囲気を持った特徴のない街。

 その近くの森の中。

 テレポートを何回か繰り返して、条件に合う街を探し当てたのだ。

 一度行った事のある場所ならどこにでも飛べるテレポートはやっぱり超便利。

 さすが、空間魔法レベル5以上を持ってないと習得できない超高位魔法。

 空間魔法自体の難易度が高いから、これを使える人は今の人類でも百人いなんじゃないかな?

 人前では絶対に使わないようにしないと。

 

 そんな事を思いながら、森を出て街の入り口に近づいていく。

 そこで門番さんに止められた。

 

「止まれ! 見ない顔だな。お嬢ちゃん、冒険者かい?」

「いえ、冒険者志望です。それと、僕は男です」

 

 割とよくあるんだよね、女に間違われる事。

 勇者時代も度々あったよ。

 

「ああ、そいつはすまなかったな。じゃあ坊主、通行料は銀貨5枚だ。冒険者カードがあればタダになるから、早めに登録する事をオススメするぜ?」

「はい。わかりました」

 

 門番さんに通行料を支払い、街の中に入る。

 事前に確認した通り、あんまり特徴のない街だ。

 ただ、規模は結構大きい。

 小さな国なら主要都市扱いされてもおかしくないくらいだ。

 もっとも、僕の時代で見てきた小さな国なんて、もれなく壊滅寸前だったから当てにならないかもだけど。

 

 あと、もう一つの特徴として、武装した人がかなり多い。

 格好からして、兵士とか騎士じゃなくて冒険者だと思う。

 何か、冒険者達を惹き付ける要素がこの街にあるのかな?

 ダンジョンでもあるとか?

 冒険者登録の時にでも聞いてみよう。

 

 そんな感じで街を歩き、道行く冒険者の人に場所を聞き、やって来たのは全ての冒険者が所属する一大組織『冒険者ギルド』。

 ファンタジーのお約束の代名詞とも言える場所だ。

 数多の異世界ファンタジーにおいて、いきなり柄の悪い冒険者に絡まれてそれを返り討ちにしたり、ステータスの鑑定とかでとんでもない結果を出して驚愕されたり、そういうテンプレートなお約束が発生しまくる場所。

 まあ、それは所詮フィクションの話だから、そんなトラブル早々ないと思うけど。

 ちなみに、世紀末だった僕の時代でも潰れてなかった骨太の組織でもある。

 潰れない就職先って、それだけで当たりな感じがするよね。

 その分、ふるい落としが凄いんだろうけど。

 命の。

 

 そんな物騒な事を考えながらギルドの門を潜り、建物の中へ。

 お約束と違って、僕に注目する人は誰もいない。

 別に幻惑魔法を使ってるとかじゃなくて、単純に冒険者の出入りが激しくて、こんな新人っぽい格好の奴を誰も気にかけないだけだ。

 しかも、僕と同じような格好した新人っぽい人達だって結構いるし。

 余計目立たない。

 

 幻惑魔法を使った時と同じくらいの空気っぷりを発揮しながら、僕は受付カウンターに向かった。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用でしょうか?」

「冒険者登録をお願いします」

「かしこまりました。では、登録料お支払の後、こちらに手を置いてください」

 

 カウンターに座っていた受付嬢さんに登録をお願いすると、どこからか見覚えのある水晶玉みたいな物体を取り出して、そう言ってきた。

 多分これ僕の予想通りの代物だと思うけど、一応なんなのか聞いておこう。

 

「これは?」

「これは鑑定水晶という魔道具です。これによってあなたのステータスを確認し、それに応じてあなたのランクを決めさせていただきます」

 

 ああ、やっぱり鑑定水晶か。

 触れた相手のステータスを強制開示させる魔道具。

 何年経っても、ギルドにはこれがあるのね。

 この分だと、昔と同じように冒険者ギルド以外のあらゆるギルドにも置いてありそう。

 モグリ防止の為に。

 

 そんなモグリ防止魔道具に、僕は登録料を支払った後、なんの躊躇もなく右手を置いた。

 この一見、僕にとっての特大の地雷に見える鑑定水晶だけど、対策さえできてれば恐れるに足りないのだ。

 

━━━

 

 人族 Lv10

 名前 ミユキ

 

 HP 433/433

 MP 350/350

 

 攻撃 400

 防御 388

 魔力 344

 抵抗 366

 速度 411

 

 スキル

 

『剣術:Lv2』

『水魔法:Lv1』

 

━━━

 

「おお、中々に見所のあるステータスですね。お若いのに素晴らしいです」

「ありがとうございます」

 

 鑑定水晶が映し出したのは、本来のステータスとは比べ物にならない、新人にしては有望という程度の虚偽のステータス。

 それを見て受付嬢さんが褒めてくれたので、無難にお礼を言っておく。

 

 これを成してくれたのは、ここに来る前にアイテムボックスから取り出して装備しておいた、ダンジョン産の便利アイテムの一つだ。

 テレレッテレー『鑑定妨害リング~』。

 その名の通り、装備すると鑑定された時に事前に設定した嘘のステータスを表示してくれる腕輪型アイテムである。

 こんな物が世の中に出回ったら鑑定水晶が産廃扱いされそうだけど、これは当時の僕ですらかなり苦戦するレベルの高難度ダンジョンの奥深くで手に入れた物だから、早々同じ物は出てこない筈だ。

 これがあれば突然の鑑定も怖くない!

 テンプレ恐るるに足らず!

 

「それでは、この鑑定結果を基に、あなたの冒険者カードを作成しますね。ランクは下から二番目のE級となります。実績を積み、ステータスを上げれば、どんどん上のランクへと昇格できますので頑張ってください」

「はい」

「それと、カードが出来上がるまでの間に、冒険者についての基礎知識についてお話しします。よく聞いておいてくださいね」

「はい。わかりました」

 

 受付嬢さんの話を神妙に聞く。

 正直、冒険者に関してはふわっとした知識しかないし、そもそも世紀末時代とは制度自体が変わってる可能性もあるんだから、ちゃんと聞かないと。

 職場のルールと業務内容みたいなものだしね。

 

「まず、冒険者の主な仕事は、魔物の討伐やダンジョンの攻略をはじめ、そちらにあるクエストボードに張り出されたクエストの中から好きなものを選んで頂き、それをこなしてもらう事です。それによってクエストの難易度に応じた報酬が支払われます。更に、クエストの達成回数がそのまま昇格基準の一つである実績になりますので頑張ってくださいね。レッツお仕事です」

 

 レッツお仕事って……。

 社畜にかける言葉みたいだ。

 でも、ここまでは僕の知ってる冒険者そのものだね。

 

「クエストには冒険者のランクと同じS~Fのランクが設けられており、それに応じて難易度が設定されています。当然、難易度の高いクエスト程達成が困難だったり、命の危険があったりするので気をつけてください。その危険を少しでも避ける為、冒険者は自分のランク以下のクエストしか受けられません。いのちだいじに、です」

 

 いのちだいじに、って……。

 今度はド◯クエみたいな事言い出した。

 この受付嬢さん、結構茶目っ気があるのかもしれない。

 

「そして、これが最重要。冒険者のランクについてですが、さっきも言った通り、クエストと同じS~Fのランクがあります。完全な見習いから始める人はF級、最低限の戦闘スキルがあると判断された人はミユキさんのようにE級からスタートし、クエストをこなした回数による実績と、昇格に足ると判断されたステータスに達すれば、上のランクへと昇格できます。ランクが上がれば上がる程尊敬され、フリーターから英雄になれるのです。ちなみに、高位の冒険者は結構モテ……」

「頑張ります!」

「今までで一番いい返事ですね!?」

 

 そりゃそうですよ。

 だって、僕はその為に冒険者になったんですから!

 

「ミユキさん可愛いんですから、そんな必死にならなくても簡単に男の人と付き合えそうなものですけどねぇ」

「あの……僕、男です」

「え!?」

 

 ああ、この人も勘違いしてたのか。

 今回のは結構ダメージ入ったよ。

 

「ちなみに、僕を恋愛対象として見れそうですか?」

「ええっと……女友達としてなら凄く好きになれそうなんですけど……。それに私、恋人いますし」

「くっ!」

 

 僕は泣いた。

 男泣きだ。

 これは泣いても許されると思う。

 

「ああ!? な、泣かないでくださいミユキちゃん! ほ、ほら、説明続けますから! 泣き虫じゃ冒険者にはなれませんよ!」

「……はい」

 

 僕は頑張って涙を引っ込めた。

 さりげなく、ちゃん付けされた辺り、これは完全に年下の女の子みたいにしか見られてない。

 完全に脈なしだ。

 まあ、恋人のいる人に手を出すつもりは最初からなかったけど、それでも悔しいものは悔しい。

 ちくせう。

 

「で、では、ランクの大まかな基準ですけど……」

 

 そうして受付嬢さんが再開した説明によると、冒険者のランクは、それぞれこんな感じで世間と同業者から見られてるらしい。

 

 F級、E級……駆け出し。

 D級……一人前。

 C級……中堅。

 B級……一流。

 A級……超人。

 S級……英雄。

 

 ちなみに、A級以上はギルドや大手の依頼主から直接の指名依頼を受ける専属みたいな扱いになる事が多いらしく、在野の最高位はB級という認識らしい。

 B級以上になれば絶対モテる! と受付嬢さんは励ましてくれた。

 それ逆に言えば、B級以上にならないとモテないという意味では……。

 うん。早急にB級を目指そう。

 A級以上は面倒事の方が増えそうだし、B級到達をひとまずのゴールとしておこうかな。

 

 そんなやり取りをしてる内に冒険者カードが完成し、若干哀れむような目になった受付嬢さんが手渡してくれた。

 冒険者カード。

 これは冒険者としての身分証であり、現在のランクや最後に計った時のステータス、達成してきたクエスト、討伐してきた魔物の種類などが表示されるらしい。

 絶対になくすなと言われた。

 なくしたら、最後にギルドで読み込んだ時以降のデータが紛失するんだとか。

 

 あと、手に入れられるようになるのはまだまだ先の話だろうけど、アイテムボックスの機能がある魔道具の中に入れると機能不全を起こすから気をつけろとも言われた。

 ちょっといい事を聞いたかもしれない。

 つまり、明らかにランクに見合わない魔物とエンカウントしちゃった時、アイテムボックスに入れておけば戦った記録を抹消できるって事だろうから。

 

 その後、泣かせた負い目を感じてるのか、受付嬢さんにやたら丁寧に冒険者としての必需品の話とか、この街周辺のダンジョンについてとか教えてもらい、いざ最初のクエストを受けようかとクエストボードに足を向けた瞬間……ギルドに併設されてる酒場の方から大声が聞こえてきた。

 

「おい! このクソガキどもぉ! 今なんつったぁ!?」

 

 まるでチンピラのような叫び声。

 咄嗟に声の方を見ると、背が低くてずんぐりむっくりしたドワーフっぽいおじさんに、新人っぽい冒険者三人が絡まれていた。

 ……チンピラ冒険者に絡まれる新人とか、テンプレートそのまんまじゃないか。

 直接の被害を避けたというのに、まさか僕と関係ない所で巻き起こるとは。

 恐るべし、テンプレ。



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5 先輩との出会い

「あわわわわわわ! た、大変ですぅ!」

「……あの人、そんなに危ない人なんですか?」

 

 勝手に割って入りそうになる悪癖を根性で堪え、受付嬢さんにチンピラっぽいおじさんの事を聞く。

 ここは冒険者ギルドだ。

 職員さんなり、あのおじさんより高位の冒険者なりが取り押さえてくれれば、僕が目立つリスクを負ってまで飛び出さなくて済むんだけど……この受付嬢さんの様子を見る限り、期待薄かもしれない。

 

「あの人はB級冒険者『暴れ牛』のボヴァンさんです! このギルドでも有数の実力者なので、暴れられると私達ではどうにもなりません!」

「それはまた、怖そうな人ですね……」

 

 暴れ牛なんていかにもな異名持ってるし。

 あの絡まれてる新人っぽい人達がチート持ちの主人公なら返り討ちにするまでがテンプレなんだけど、三人揃って顔を真っ青にしてるから無理っぽい。

 

「いえ、普段は温厚で優しい人なんですよ? ただ、お酒が入った状態で特定の話題に触れられるとキレると言いますか……」

「え?」

 

 じゃあ、何?

 もしかして、あの新人っぽい人達の自業自得という可能性もあるの?

 

「いっぺん死んで、出直して来いやぁああ!」

 

 いや、でも暴力はダメでしょ暴力は!

 B級冒険者の力で殴ったら、あの新人っぽい人達死んじゃうよ!?

 そう思ってしまえば、僕の悪癖はもう抑えが効かない。

 僕は反射で駆け出して両者の間に割って入り、ぶん殴ろうと振り上げられたボヴァンさんの腕を掴んでいた。

 全力じゃなくて、虚偽ステータスの方の速度で動けた分、冷静だったと思いたい。

 

「なんだ、おめぇはぁ!?」

「落ち着いてください! 暴力はダメです! 殴ったら死んじゃうかもしれませんよ!」

「ふん! 嬢ちゃんに俺の気持ちなんざわからねぇよ!」

 

 いや、だから僕、男!

 今日一日で何回間違えられるんだ!?

 

「そいつらは、そいつらはなぁ……!」

 

 ボヴァンさんの体から凄まじい怒気が吹き出す。

 オコだ。

 激オコだ。

 B級冒険者の名に相応しい威圧感だった。

 それを食らった背後の新人っぽい人達が腰を抜かしたのが感知のスキルでわかる。

 いったい、何が彼をここまで怒らせたのだろう。

 

「あろう事か! あろう事かッ! この俺の事を隠れてハゲと呼びやがったんだッ!」

「……………ふぇ?」

「しかも、ただのハゲじゃねぇぞ! チビハゲデブの三重苦とか抜かしやがったんだ! ハゲはともかく、チビとデブはドワーフなんだから仕方ねぇだろうが! 人族基準だとどうしてもそう見えちまうんだよ!」

 

 あ、あー……それは、なんというか。

 

「……本当ですか?」

 

 チラリと後ろを振り返ってみると、新人っぽい三人組が全員サッと目を逸らした。

 事実らしい。

 

「何が絶対モテそうにないだ!? その通りだよ! 生まれてこの方50年、彼女すらいた事ねぇよ! 俺だって気にしてんだよぉ!」

「あー……」

 

 ヤバイ。

 凄まじく同情できるんですけど。

 タイプこそ違えど、この人は僕だ。

 婚活に失敗した未来の僕だ。

 どうしよう。

 一発くらい殴らせてあげたくなっちゃった。

 

「非モテをバカにしたらどうなるか思い知らせたるぅ!」

 

 いや、でもやっぱり殴っちゃダメだ!

 うっかり酔った勢いで全力パンチしたら、冒険者ギルドに真っ赤な花が三つも咲いてしまう事になる。

 それはこの人の為にもならない。

 殺人犯じゃ、どう足掻いてもモテなくなるよ!

 

 どうする?

 申し訳ないけど、腹パンか首トンでもして、物理的に大人しくなってもらう?

 いや、ダメだ。

 鑑定してみたけど、この人のステータスは平均三千を超えてる上に防御寄り。

 虚偽ステータスの範囲内の力じゃ、気絶はおろか取り押さえる事すらできない。

 勿論、本来のステータスを使うのは論外。

 そんな事したら、ステータスの偽装がバレる上に、下手したら連鎖的に勇者である事までバレて、どんな面倒事が巻き起こるかわからないから。

 そうなると残った手段は……幻惑魔法だ!

 酔って幻覚を見た的な感じで、何もない所を殴ってもらおう。

 ギルドはちょっと壊れるだろうけど、人死にが出る事に比べたら安い筈だ!

 

「ぐえっ!?」

 

 そう思って僕が魔法を発動する直前、ボヴァンさんが潰れた蛙のような声を上げて床に倒れ伏した。

 何が起きたのか、殆どの人にはわからないだろうけど、僕の動体視力なら目で追える。

 ボヴァンさんは、背後からの首トンの一撃によって倒されたのだ。

 いくら酔っぱらい状態とはいえ、B級冒険者を一撃で気絶させるなんて!

 

「すまない。ウチの仲間が悪い事をしたね」

 

 それを成した人は、申し訳なさそうな顔をして僕に謝罪してきた。

 綺麗な女の人だった。

 銀の長髪に、深い青の瞳。

 歳は20くらいか。

 僕より少し歳上。

 勇者時代を含めたら同い年くらいだろうけど。

 

 そして、この女の人からはもの凄い力強さを感じた。

 勇者時代の癖で、反射的に鑑定を使う。

 

━━━

 

 人族 Lv67

 名前 レイ

 

 HP 6488/6488

 MP 6005/6005

 

 攻撃 6224

 防御 5781

 魔力 6131

 抵抗 5667

 速度 6289

 

 スキル

 

『剣術:Lv6』

『体術:Lv4』

『雷魔法:Lv5』

『感知:Lv4』

『隠密:Lv5』

 

━━━

 

 へ、平均ステータス六千!?

 しかも『剣術:Lv6』に『雷魔法:Lv5』!?

 まごう事なき英雄じゃないか!

 僕の見てきた人の中では十指に入る強さだよ。

 まあ、英雄が殆ど死に絶えた世紀末時代の話だし、その時代の魔物まで含めたらトップ100くらいだけど。

 

「彼も悪い奴じゃないんだ。ただちょっと、いや、かなり同情に値する男なだけで……。酒が入っていない時はまともだから、できれば嫌いにならないでやってほしい」

「あ、はい」

 

 反射的に頷くと彼女、レイさんはとても優しい顔になった。

 

「ありがとう。あれ程の怒気をぶつけられてそんな事が言えるなんて、君は優しいな。それに度胸もある。いい冒険者になれるだろう。期待しているよ、少年(・・)

 

 そう言って僕にウィンクしてくるレイさん。

 うわっ!? なんか今、胸がキュンとした!?

 これがイケメンか!

 

「では、失礼するよ」

 

 そうして、レイさんは気絶したボヴァンさんの首根っこを掴んで引き摺りながら立ち去って行った。

 ボヴァンさんに関しては……うん、強く生きてほしい。

 大丈夫。

 ドワーフの寿命は百数十年って聞くし、まだまだチャンスはある筈だ。

 諦めないでほしい。

 

 それにしても……

 

「凄い人でしたねぇ……」

 

 騒ぎが収まり、クエストボードから手頃なクエストの書かれた紙をひっぺがして受付に持ってきた僕は、受付嬢さんに向けて思わずそう呟いていた。

 脳裏に浮かぶのはボヴァンさん、ではなく、勿論レイさんの方だ。

 あの若さで、あの強さ。

 きっと、勇者時代の僕に劣らないだけの修羅場を潜ってきたに違いない。

 

「ええ、あの人はA級冒険者『銀雷』のレイさんです。ボヴァンさんも所属するこの街最強の冒険者パーティー『天勇の使徒』のメンバーにして、既にS級冒険者を超える力を持つと言われる若き英雄ですね」

「え? あの人まだA級冒険者なんですか?」

「はい。S級への昇級には実績がまだ少し足りないみたいで。魔王軍との戦争にでも積極的に参加すれば一発だと思うんですけどね」

 

 あの人、魔王軍との戦争に参加してないんだ……。

 まあ、強い人に戦う義務があるなら、僕とか真っ先に駆り出されるし、そこに異論はないんだけど。

 それにしたって、あれだけ強い人を強制召集せずに後方で使う余裕があるなんて、今代は本当に余裕なんだなぁ。

 

「あ」

 

 そういえばあの人、今日初めて僕の事を最初から「少年」って呼んでくれたような……。

 ……なんだろう。

 それに気づいた瞬間、何故か再び胸がキュンとした気がした。

 

 

 これが、後に深い、それはもう深い関係を築く事になる先輩冒険者、レイさんとの出会いだった。 



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6 はじめてのクエスト

「おう、さっきぶりだな坊主。冒険者登録はできたか?」

「はい。おかげさまで」

 

 レイさんと遭遇した後、僕は改めてE級のクエストを請け、街の外へと繰り出した。

 その時、必然的に門番さんともう一度会う事になり、今回は冒険者カードのおかげで通行料免除となった。

 うん。

 ちゃんとした資格を手に入れた感じがして嬉しい。

 前の職業みたいに堅苦しくないのもグッドだ。

 勇者時代なら、身分を明かした瞬間に狂喜乱舞され、土下座されながら涙目と涙声で「この街をお救いください……!」って言われるのがデフォルトだったからなぁ。

 

 昔を思い出してちょっとしんみりしながら街の外を歩く。

 ちなみに、この街の名前は『アルゴス』といい、近くに三つのダンジョンがあるらしい。

 一つは絶賛攻略中のC級ダンジョン。

 もう一つは、かなり難易度の高いA級ダンジョン。

 最後の一つは、駆け出し冒険者育成の為にあえて残してあるというE級ダンジョン。

 それがあるせいで、この街は冒険者が多かった訳だね。

 

 このダンジョンのランクもクエストのランクと同じ扱いで、A級ダンジョンに入るにはA級冒険者以上の資格がいる。

 ただし、パーティーを組んでるなら、そのパーティーのランクで判断される為、低いランクの冒険者が紛れ込んでても大丈夫なのだ。

 例えば、ボヴァンさんはB級冒険者だから単独ではA級ダンジョンに入れない。

 だけど、ボヴァンさんが所属してるパーティー『天勇の使徒』は、あのレイさんを擁するS級冒険者パーティーなので、他のパーティーメンバーと一緒ならボヴァンさんも入れる。

 こんな感じ。

 

 そして、ダンジョンというのは、この世界における諸悪の根源である。

 地脈からエネルギーを吸収し、侵入者を殺す事によってエネルギーを吸収し、そのエネルギーで進化しながら人類の天敵である魔物を生み出し続ける悪夢の生産拠点、それがダンジョン。

 魔物は自然繁殖せず、その全てがダンジョンから生まれてくる。

 そうやって、ダンジョンから魔物が溢れ続ければ、あっという間に人類を滅ぼしてしまう訳だ。

 伝説の武器で武装した全盛期の僕が相討ちになってようやく倒したあの魔王ですらダンジョン産の魔物と言えば、その脅威がよくわかると思う。

 

 魔王とは、ダンジョンの最終進化系だ。

 より正確に言えば、魔王の拠点だった『魔王城』が最凶のダンジョンであり、その核であるダンジョンコアが変異して生まれた最強のダンジョンボスこそが魔王。

 ダンジョンが長い長い年月をかけて少しずつ力を増していき、それが一定水準を超えると、ダンジョンコアの変異が起こって魔王が誕生する。

 この現象をダンジョンの魔王化と呼び、それが発生する周期が大体数百年なのだ。

 

 魔王城の攻略難度は、人類の設定した基準で言えばSSS級。

 S級冒険者パーティーですら立ち入る事も許されず、いかなる軍隊をもってしても攻略不可能と断定され、勇者を呼ばないと対処できない難易度。

 ちなみに、僕が伝説の武器を求めて攻略しまくったダンジョンの多くは、魔王化一歩手前のSS級ってところかな。

 その一歩を踏み越える事は早々ないとはいえ、時間をかければ魔王化に至っていた可能性は高い。

 そういう意味でも、僕はかなりこの世界に貢献した訳だ。

 マジで命の恩一回分くらいの対価は余裕で支払い終えてると思う。

 

 とにかく、そういう事情があるからこそ、この世界の人達は必死になってダンジョンを攻略するのだ。

 魔王が誕生する確率を少しでも下げる為に。

 まあ、大半の人はもう一つの即物的な理由でダンジョンアタックしてるんだろうけど。

 ダンジョンの中には、侵入者を誘き寄せる為の撒き餌として、不思議な効果を持ったアイテムが数多く眠ってるからね。

 僕の鑑定妨害リングみたいなやつが。

 

「きゅ!」

「おっと」

 

 そんな事をつらつらと考えてる内に魔物と遭遇した。

 角の生えたウサギの魔物、ホーンラビットだ。

 駆け出し冒険者でも狩れるくらいの雑魚だけど、角による突進の一撃は安物の防具くらい貫通するので、注意する必要がある。

 だって、僕が今着けてる装備は、もろその条件に当てはまる安物だからね。

 

「よっ」

「きゅ!?」

 

 ホーンラビットの突進を半歩横にズレて避け、すれ違い様に腰から引き抜いた安物の剣を一閃。

 それだけでホーンラビットは絶命し、魔物特有の現象として弾ける光の粒子になって消えた。

 つまらぬものを斬ってしまった……。

 でも、ちょっと気を付けないといけないかも。

 実際に振ってみて気づいたけど、この安物の剣、思った以上に脆い。

 感覚としては、発泡スチロールの剣でも振ってる気分だ。

 本気どころか、ちょっと力加減をミスっただけで砕け散りそう……。

 早く冒険者ランクを上げて、もう少し良い武器を持ってても不自然に思われない状態にしたいなぁ。

 

「きゅ!」

「きゅきゅ!」

「きゅぅ!」

「「「きゅきゅきゅ!」」」

 

 そうじゃないと、近い内どころか、この戦闘で折っちゃいそうだ。

 僕の周りには、グルリと僕を囲むように展開したホーンラビットの群れ。

 ……ちょっと多過ぎじゃない?

 感知のスキルのおかげで最初から気づいてたから驚きはしないけど、これ普通の駆け出し冒険者だとパーティーでも苦戦するくらいの数だよ?

 

「きゅ!?」

「きゅぅ!?」

「きゅぁ!?」

 

 まあ、僕は普通じゃないから問題ないけど。

 一斉に迫るホーンラビットの群れを剣一本で斬り倒していく。

 振り下ろし、薙ぎ払い、突き刺す。

 剣を折らないように気をつけながら、一匹ずつ丁寧に倒す。

 魔法は使わない。

 どこで誰が見てるかわからないからね。

 それに、普段から意識してないと、咄嗟の時にうっかり全力出しちゃうかもしれないし。

 

「む……」

 

 でも、ちょっとうざったいな。

 一番嫌なのは、斬った時の血脂が付いて剣の切れ味が落ちていく事だ。

 業物とかだったらこんな事にはならないんだけど、安物だからなぁ……。

 それでも、僕の剣術レベルならこのままでも問題なく斬れるけど、今の僕は駆け出し冒険者って事になってるし、剣術のスキルレベルも2しかない事になってる。

 このままだと、その内スキルレベルの範囲を逸脱しちゃいそうだ。

 ……うん。

 なら、こういうのはどうかな?

 

「《ウォーターソード》!」

「「「きゅきゅ!?」」」

 

 僕は、剣術スキル以外で唯一、表向きにも取得してる事になってる水魔法のスキルを使い、剣身に水を纏わせた。

 昔、聖光魔法でやってた魔法剣だ。

 その聖光魔法は光魔法の完全上位互換なんだけど、勇者と聖女専用のスキルだけあって、魔物相手に効果抜群というチート魔法だったんだよね。

 もう攻撃手段はこれ一つあればいいんじゃないかなってくらい強くて、他の魔法は補助くらいにしか使わなかった。

 火魔法は火起こし、今使ってる水魔法は飲み水の確保にしか使ってなかったくらいだ。

 だからこの二つは、僕のスキルの中では珍しくスキルレベルが低い。

 唯一、土魔法だけはちょっとした思惑があってそれなりに鍛えたけど、結局それもポシャッちゃったし。

 

 って、今はそんな事どうでもいいか。

 僕は水を纏った剣でホーンラビットの一体を斬り伏せた。

 

「きゅう!?」

 

 さっきまでと同じように、一撃で光の粒子となるホーンラビット。

 おお、これ思った以上にいいね。

 血脂は付かないし、纏った水がウォーターカッター的な感じで敵を切り裂いてくれるから剣への負担が軽くなるし、傷口が水で洗われて、返り血が必要以上に飛び散らないのもいい。

 見た目も、某鬼狩り漫画の主人公が初期に使ってた技みたいでカッコいいし。

 それに、

 

「《ウォータースラッシュ》!」

「「「きゅ!?」」」

 

 水を飛ばせば遠距離攻撃や広範囲攻撃ができる。

 剣術スキルだけでも斬撃を飛ばす事はできるけど、それはレベル2以降の話だからね。

 表向きのステータスで使えるこの技は需要あるよ。

 

 そんな使える新技によってホーンラビット達は全滅し、周囲には飛び散った血液と水が残るのみとなった。

 よくある異世界ファンタジーだったら兎肉とか角が素材として手に入るところなんだけど、この世界の魔物は死ぬと消滅するので、手に入るのは経験値と冒険者カードに記録される討伐記録だけだ。

 そのくせ剣をダメにしかけた血脂とかは残るんだから、魔物が百害あって一理なしの害悪と言われるのもわかる。

 

 さて、今日請けてきたクエストは、常駐クエストの魔物討伐だ。

 種類を問わず、倒した数が多い程、報酬が多くなって実績に加算される。

 高ランクの魔物を倒せれば、報酬と実績更にドンッ! なんだけど、E級冒険者には無縁の話だ。

 わざわざステータスに見合わない魔物倒して怪しまれる必要はないしね。

 

 という訳で、この後は初心者ダンジョンに行って、もう少し魔物を狩ってから帰るとしよう。



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7 弱者との遭遇、強者との遭遇

「ギャアアア!?」

「死ぬぅうう!?」

「もう駄目だぁああ!?」

 

 初心者ダンジョンの監視や、出入りする冒険者の管理をする関所みたいな場所を通り、中に入ってからしばらくした頃。

 襲いくるゴブリンやコボルト、スライムなんかの雑魚モンスターの代名詞を蹂躙して先に進んでる内に、前方からそんな悲鳴が聞こえてきた。

 ダンジョン内の壁に遮られると感知のスキルが上手く働かなくなるので、気づくのが遅れた。

 声の感じからして、かなり切羽詰まってそう。

 

 慌ててダンジョンの壁をぶち抜けば、感知のスキルが危機に陥ってるっぽい三人の人の気配を捉えた。

 その後ろから猛スピードで三人を追いかける魔物の気配と一緒に。

 急いでダッシュし、その人達が視界に入る位置まで来れば、彼らが何に追い立てられていたのかよくわかった。

 

「ブモォオオオオ!」

 

 彼らを追いかけているのは、黒い牛だ。

 ミノタウロスとかそういうんじゃなくて、姿形は大きめの牛にしか見えない完全な牛型。

 でも、ダンジョンにいる以上、あれはただの牛じゃない。

 ブラックモームという魔物だ。

 人類が定めたランクでいえば、危険度D。

 つまり、D級の冒険者パーティーが相手をするのに相応しい魔物。

 この初心者ダンジョンでは、ダンジョンボスを務めていても不思議じゃない強さの魔物だ。

 あと、暴れ牛という事でボヴァンさんを思い浮かべたけど、当然、無関係である。

 

 あ、いや、よく見たら無関係でもないかもしれない。

 暴れ牛に追いかけ回されてる三人組に見覚えがあった。

 さっき、ボヴァンさんをチビハゲデブの三重苦だとバカにしてた人達だ。

 暴れ牛の異名を持つ冒険者をバカにした人達が、暴れ牛に追いかけられて死にかけるなんて。

 なんという皮肉。

 どうしよう。

 助ける気が失せてきた。

 

「あ、人だ!?」

「おーい! 助けてくれぇ!」

「死ぬ! 死んでしまうぅ!」

 

 まあ、死に値する程の罪かと言われたら微妙だし、目の前で死なれるのも後味悪いから助けるけども。

 どうせ、僕の悪癖を考えたら、見捨てられずに体が動いちゃうだろうし。

 という事で、暴れ牛に向かってダッシュ。

 そのまま走り幅跳びのように地面を蹴って三人組を飛び越し、空中で体を捻りながら、暴れ牛の首筋に向かって水を纏った剣を一閃した。

 

「ブモォ!?」

 

 魔物とはいえ、弱点は普通の牛と一緒だ。

 僕の一撃でHPが尽きたらしく、暴れ牛は盛大に地面をスライディングしてから光の粒子となって消滅した。

 

「ふぅ。大丈夫ですか?」

「た、助かったぁああ!」

「ありがとう! ありがとう!」

「君は俺達の女神だ!」

「いや、だから僕は男ですって」

 

 今日だけで、このやり取り何回目?

 そんなに女に見えるの、僕?

 そういえば、家族との折り合いも悪かったし、友達もいなかったし、勇者時代も仲間いなかったから、自分の容姿に関する客観的な意見なんて聞いた事がないような……。

 ちょっと待って。

 え? もしかして僕って、自分で思ってるよりずっと女っぽい?

 むしろ、一発で男認定してくれたレイさんが特殊だったの?

 ……嫌な事に気づいちゃった。

 

「おお!? よく見たら、君はさっきも助けてくれた子じゃないか!?」

「ホントだ!? 二度も命の危機を救ってくれるなんて!」

「やっぱり君は俺達の女神だ! 結婚してくれ!」

「……だから、僕は男だって言ってるでしょ」

 

 喧嘩売ってるんですか?

 今ならボヴァンさんの分も含めて言い値で買いますよ。

 ああ、いや、違う、落ち着け。

 ストレスで思考が殺伐としてきてる。

 こんな時こそ平常心だ。

 

「いや、本当に助けてくれてありがとう! 俺達に恩を売れたのはかなりラッキーだったぜ!」

「そうだ! 何せ俺達は!」

「いずれ世界最強の冒険者にして、世界最高の英雄になる男達なのだから!」

 

 心を静めてる内に、なんか三人組が変な事を口走りながら、変なポーズを取り出した。

 もしかしたら、アドレナリンでハイになってるのかもしれない。

 

「俺の名はタロウ! いずれ世界最強の剣士になる男だ!」

「俺の名はジロウ! いずれ世界最強の剣士になる男だ!」

「俺の名はサブロウ! いずれ世界最強の剣士になる男だ!」

「「「三人合わせて! 冒険者パーティー『スリーボンバー』!」」」

 

 ドッカッーーーン! と背後で爆発でも起こったらそこそこカッコいいかもと思わなくもないポーズを取る三人組。

 無音だから、思いっきりスベってるけど。

 でも、本人達は自分に酔ってるのか、全然気にした様子がない。

 違う意味で大物になりそう。

 というか、全員剣士ってバランス悪いな。

 

「えっと……ご兄弟ですか?」

「いや、違う! だが、同じ村で同じ時に生まれた同志ではある!」

「古の勇者の名を授けられし三人が、同じ時、同じ場所で生まれた……これは運命の出会いだったのさ!」

「同じ宿命を背負った俺達の絆は、血の繋がりよりも強いのだ!」

 

 ああ、そうですか。

 どうやら、彼らは病に感染してるらしい。

 中二病という忌まわしき病に。

 この世界には勇者というわかりやすい象徴がいる上に、英雄という、なまじ頑張れば手が届きそうな特別な存在がいるから、この病の発生率も相応に高いのかもしれない。

 まあ、見たところ、この人達の年齢は僕と同じくらいだし、若い内は夢を見ててもいいんじゃないかな。

 

 ちなみに、この人達みたいに日本人っぽい名前の人達っていうのは結構いる。

 歴代勇者って、どうも日本人の比率がかなり高いみたいで、その歴代勇者と似たような名前を、有名人の名前をつける感覚で子供につける親が結構いるのだ。

 僕がわざわざ偽名を名乗らない理由もここにある。

 つまり、この人達が日本人っぽい名前を持ってる事は、割と確率の高い偶然なんだけど……言わぬが花かな。

 

「とりあえず、英雄を目指すなら人の事をハゲとか言うのはやめましょうね」

「「「すみませんでした! うっかり口が滑っちゃっただけなんです!」」」

 

 おお、一言一句違わずにハモった。

 あながち、血の繋がりよりも強い絆があるって部分は間違ってないのかも。

 だって、外見は大して似てないのに、三人共そっくりだもん。

 誰がタロウで、誰がジロウで、誰がサブロウなのかわからないくらいに。

 

 でも、中二病とはいえ、素直にごめんなさいできる辺り、悪い人達じゃなさそうだ。

 ボヴァンさんの件は、本当にうっかり口が滑っちゃっただけなのかもしれない。

 村出身って言ってたし、大きな街に出てきて初めてドワーフを見て、変なテンションになっちゃったとか?

 ありそう。

 まあ、この件に関しては僕がどうこうする事じゃない。

 後で彼らからボヴァンさんに謝ればそれでいいんじゃないかな。

 

 とりあえず、この人達はそんなに悪い人達じゃなかった。

 なら、ここで見捨てる理由はないよね。

 

「三人共、戦う準備をしておいてください。何か来ますよ」

「へ?」

「何か?」

「どういう事?」

 

 困惑する三人をよそに、ダンジョンの奥から何かがやって来る。

 さっきから感知のスキルに引っ掛ってた何かが。

 

 突然だけど、ここはダンジョンの中間辺りだ。

 受付嬢さんに聞いた情報が元だから間違いない。

 そして、ダンジョンというものは、基本的に奥に進む程強い魔物がいるものだ。

 その強い魔物が奥地から出てくるのは、奥地に魔物が溢れたとか、自分より圧倒的に強い魔物に追い出されたとか、そういう場合に限る。

 さっきの暴れ牛は、このダンジョンにいるにしてはかなり強い魔物。

 そんなのがこの中間地点に来るって事は、それ相応の理由があったという事。

 

 その理由は、すぐに僕達の前に現れた。

 凄まじい咆哮と共に。

 

「ウッホォオオオオオオ!」

 

 ただの雄叫びが衝撃波を発生させる。

 その魔物は、一言で言えば巨大なゴリラだった。

 体長5メートルはある巨大ゴリラ。

 その筋肉は駆け出しどころか中堅の冒険者ですら容易く屠りそうな程に発達し、その体毛は業物の剣ですら弾きそうな程に固そうで、端的に言えばかなり強そう。

 というか、強い。

 

━━━

 

 パワードコング Lv31

 

 HP 4455/4455

 MP 12/12

 

 攻撃 4555

 防御 4066

 魔力 11

 抵抗 3188

 速度 3999

 

 スキル

 

 なし

 

━━━

 

 物理系の平均ステータス四千。

 人間で言えば、英雄級に片足突っ込んでるレベルのステータス。

 スキルはないし、知能も低そうだから、同格の人間よりは全然弱いだろうけど、間違っても駆け出し冒険者が相手にするような魔物ではない。

 パワードコング。

 危険度B。

 どう考えても初心者ダンジョンにいる訳のないゴリラが、僕達の前に現れた。

 

「あ、これヤバイ」

 

 それを見て僕は思った。

 ダメだ、これは勝てないと。



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8 ミッション! 足手まといを連れて、ゴリラから逃げろ!

 ダメだ、これは勝てない。

 当然、ただ勝つだけなら簡単なんだけど、いかんせん状況が悪い。

 僕の側には足手まとい……もとい、駆け出し冒険者が三人。

 この人達の見てる前で本気は出せない。

 つまり、表向きのステータスだけで、このゴリラをなんとかする必要がある。

 うん、無理。

 という事で……

 

「逃げますよ! 走ってください!」

「ひぇえええ!」

「うわぁああ!」

「さっき走ったばっかなのにぃいい!」

 

 弱音を吐きながら全力で逃走する、自称未来の英雄三人。

 僕はその後ろから殿のような形で付いて行く。

 ゴリラはそんな僕達の事を獲物と認識したのか、迷う事なく追いかけてきた。

 

「ウッホォオオオオオオ!」

 

 うん。

 速い。

 当たり前だけど、駆け出し三人組とは比べ物にならない速さだ。

 駆け出し三人組も予想以上の逃げ足の速さで頑張ってるんだけど、彼らの平均ステータスはせいぜい三百。

 表向きの僕のステータスより低い。

 普通に考えて、その十倍以上のステータスを持つゴリラから逃げられる道理はない。

 そう、普通に考えれば。

 

「ウッホァア!」

 

 ゴリラが拳を振りかぶる。

 当たれば(三人組は)即死。

 避ける事も(三人組は)不可能。

 でも、ゴリラの拳は彼らには当たらない。

 だからといって、僕が受け止めた訳でもない。

 ゴリラの拳は、何もない地面を殴ったのだ。

 

「ウホッ?」

 

 ゴリラが困惑した様子で首を傾げる。

 でも、知能が低いからか、特に気にせずもう一回殴ってきた。

 その拳も僕達から外れ、意味もなく地面を叩く。

 

「ウッホォオオオオオオ!」

 

 さすがに二回も続けばイラ立ちくらい覚えるのか、ゴリラはキレた。

 キレて拳を乱打する。

 しかし、その拳は一発としてこっちには当たらない。

 

 そのカラクリは幻惑魔法だ。

 他者を惑わす事に特化した魔法。

 それでゴリラの視界に映る僕達の位置をズラし、ゴリラはズレた場所に映る僕達の幻影を殴っていた。

 僕一人だったら、隠密のスキルと合わせて完全に姿を隠す事もできるんだけど、駆け出し三人組まで含めると難しい。

 幻惑魔法じゃ姿は誤魔化せても、気配までは隠せないから。

 ここで僕達の姿を完全に視界から消すような事をすれば、ゴリラは音なり匂いなりを頼りに襲ってくるだろう。

 聴覚や嗅覚は視覚に比べて惑わしづらいから、そうなると少しめんどくさくなる。

 だったら、幻影というわかりやすい的を用意して、それを殴っててもらった方が楽だ。

 

「「「ひぃいいいいい!?」」」

 

 背後から凄い破壊音が聞こえる分、駆け出し三人組は堪ったものじゃないみたいだけど。

 ボヴァンさんの時みたいに腰を抜かさないか心配だったけど、意外と足取りはしっかりしてる。

 逃げ足も称賛に値するくらいには速いし、どうやらこの三人、土壇場に強いらしい。

 

「《プチ・スピードブースト》」

 

 そんな三人に、小声で不自然にならない程度の支援魔法をかける。

 これで少しはスピードアップした。

 それでも、ステータスにして四百ちょいくらいが限度。

 焼け石に水だ。

 安全を考えれば、もう少しゴリラを引き離しておきたい。

 

「《ウォーターボール》!」

「ウホッ!?」

 

 水球の魔法を勢いよくゴリラの顔面にぶつけて怯ませる。

 威力は絞ってあるから、ホースの水をぶっかけられたくらいの衝撃しかないだろう。

 それでも、顔面に当たれば一瞬怯ませる事ができる。

 今はその一瞬が何よりも重要。

 だって、これで……

 

「「「外だぁ!」」」

 

 ゴールだ。

 僕達は運良く誰にも遭遇する事なく、初心者ダンジョンを走り抜けて入り口に戻ってきた。

 

「「「な、なんだぁ!?」」」

 

 目が飛び出さんばかりに関所の人達が驚愕し、しかし驚愕しながらも戦闘態勢を整える。

 結構いい練度してる。

 さすが人類戦力飽和時代。

 これならゴリラの相手も任せられ……いや、ダメだ。

 

「久しぶりに大物が出てきおったな! どれ、この道一筋40年、このダンジョンの管理責任者を任せられたこのワシが相手をしてしんぜよ……ぐはぁああああ!?」

「「「所長ぉおお!?」」」

 

 あ、鑑定した中で一番強かったおじいさんが、ゴリラにぶん殴られて吹っ飛んだ。

 遠距離からバレないように回復魔法をかけておく。

 あの人、地味に平均ステータスが1500くらいあったし、死にはしないでしょう。

 

 でも、あのおじいさんは、本当にこの関所で最強だったんだ。

 他の人達の平均ステータスは、高い人でも千以下。

 低い人だと、駆け出し三人組以下の人すらいる始末。

 格好からして冒険者じゃなくて兵士っぽいし、多分新兵の人が交ざってるんだろう。

 初心者ダンジョンに派遣する人材としては正しいよ。

 むしろ、あのおじいさんが過剰戦力だったと言える。

 

 だけど、それは平時ならの話だ。

 今はランクに見合わない魔物がダンジョンから出てくるという緊急事態。

 申し訳ないけど、ここの人達は頼りにならない。

 

「あなた達は逃げてください! 僕があの魔物を引き付けます!」

 

 大声でそう宣言しながら、僕はゴリラを挑発するように再び水球を顔面にぶつけ、ゴリラをこっちに誘導する。

 単純なゴリラは、簡単に挑発に乗って、標的を僕に定めてくれた。

 よし、後は人目につかない所まで行ってから一撃で仕留めればいい。

 その後は、なんとか逃げ切ったけどゴリラは行方不明になりましたで誤魔化そう。

 

 そう思ったんだけど……

 

「……なんで付いて来てるんですか?」

 

 僕の近くには、何故か離れてくれない駆け出し三人組の姿があった。

 

「決まってるだろう! 俺達も協力する!」

「ここで逃げたら、未来の英雄が聞いて呆れるからな!」

「まあ、既に逃げてる訳だが! それでも女の子一人に全部任せるなんて男の恥だ!」

「……いや、だから僕、男なんですけど」

 

 段々、女扱いされる事に対しては諦めの境地に達してきたよ……。

 それはもうこの際いいとして(本当はよくないけど)、この人達は本当に何をやってくれてるんだろうか。

 いや、善意からの行動だって事はわかるよ?

 それに、かなりイケメンな勇気ある行動だとも思うよ?

 けど、善意が必ずしも人の助けになるとは限らないというかなんというか……。

 ぶっちゃけ邪魔だ。

 ただ、やってる事自体は本当に凄く良い事だから、素直に邪魔だと言えない、このもどかしさ……。

 ええい! 仕方ない!

 予定変更だ!

 

「このまま奴を引き付け、対処できる人達のいる場所に誘導します! いいですね!」

「ハァハァ……おう、わかった!」

「だが、具体的には……ゼェゼェ……」

「どこに、行けばいいんだ!? ゼェハァ……」

 

 おい、息切れてるじゃないですか。

 大丈夫かな?

 これ目的地まで持つかな?

 まあ、いざとなれば蹴り飛ばしてでもゴリラから逃がせばいいか。

 そんな事を考えながら、三人組に目的地を告げる。

 

「なるほど!」

「そこなら!」

「確実だな!」

 

 納得してくれたらしい。

 直接行った事はないけど、受付嬢さんに見せてもらった地図の通りなら、ここからそう遠くない場所に目的地はある筈だ。

 できれば、そこまで頑張ってほしい。

 

「《キュア》」

「うお!?」

「なんだ!?」

「力が! 力が湧いてくる!」

 

 バレないように体力回復の魔法を使い、三人組の体力を底上げする。

 今なら火事場の馬鹿力とでも思ってくれるだろう。

 そうして、僕達とゴリラによる、再びのデッドヒートが始まった。

 

「ひぃ!? 死ぬぅ!?」

「かすった!? かすったぞ!?」

「ゼェゼェ……ど、どこまで引き離せた?」

「バカ野郎!」

「すぐ後ろにいるに決まってんだろうが!」

「ちっくしょおおおお!」

 

 自棄っぱちになりながらも走り続ける三人。

 そろそろ限界かもしれない。

 体力は回復魔法でまだなんとかなるとして、幻惑魔法の効きが悪くなってきたのが致命的だ。

 元々、この魔法は同じ対象に長時間連続でかけ続ける魔法じゃない。

 実は幻惑魔法ってそんなに強い魔法でもないしね。

 手品師のマジックみたいなもので、一瞬騙すだけなら効果的なんだけど、長時間に渡って何度も何度も繰り返すと、タネが割れて効かなくなるんだ。

 相手が知能の低いゴリラだからこそ、まだ少しは効いてるだけ。

 人間相手だったらとっくに通じなくなってるだろうし、ゴリラ相手でもそろそろキツイ。

 その証拠に、ほら。

 

「ウッホォオオオオオオ!」

 

 ゴリラの視線が見えている筈の幻影ではなく、しっかりと僕本体を捉えた。

 遂に効果切れか。

 でも多分、目的地までもあと少しの筈。

 正体バレ的な意味で少し危険な賭けだけど、あとは僕自身の力で切り抜けるしかないか。

 

 ゴリラの拳の側面に添わせるようにして、水を纏った剣を振るう。

 その水を高速回転させ、その回転でできる限り衝撃を和らげ、まるで発泡スチロールのように頼りない剣を守りながら受け流す。

 だけど、相手は物理系ステータス四千の大物。

 本来ならこんな安物ソード、それこそ本物の発泡スチロールのようにへし折ってしまえる相手だ。

 表向きのステータスでできる限りの事はしたものの、それだけではどうにもならず、ボキリと嫌な音を立てて剣は折られた。

 

 しかし、剣の犠牲と引き換えにゴリラの拳は受け流され、予想外の力の流れに翻弄されて、ゴリラの体勢が崩れる。

 

「ウホッ!?」

「《ウォータースラスト》!」

「ウッホゥッ!?」

 

 そこに折れた剣を使って水を纏った斬撃をぶつけ、更に体勢を崩して転ばせる。

 

「今です! 走って!」

「「「うぉおおおおお!」」」

 

 その隙を突いて、駆け出し三人組に最後の力を振り絞って走らせた。

 三人の向かった先には、多くの人の気配がする本当のゴールがある。

 

「「「助けてくださぁああああい!」」」

 

 という恥も外聞もない叫びが聞こえ、それを聞いたらしい何人かがこっちに向かってくる気配がした。

 その中の一人は、他の人達とは比べ物にならない凄いスピードで近づいてきてる。

 それこそ、目の前のゴリラよりも速いスピードで。

 

「ウッホォオオオオオオ!」

 

 一方、体勢を立て直したゴリラが僕に向かって拳を振りかぶる。

 でも、もう僕が対処する必要はない。

 何故なら……

 

「よく頑張ったな、少年」

 

 さっき感知した覚えのある気配の持ち主が、ゴリラの拳が振るわれるより早く僕の元に駆けつけたのだから。

 まるで銀色の閃光のようなその人は、僕とゴリラの間に割って入り、その手に持った白銀の剣を一閃した。

 それに合わせて稲妻が迸り、それが突き出したゴリラの片腕を後片もなく消滅させる。

 

「ウッホォオオオオオオウッ!?」

「《ボルトスラッシュ》!」

 

 更に、今度は真上から脳天目掛けて剣を一閃。

 雷を纏った銀の斬撃がゴリラを真っ二つに切り裂き、その体を電圧で真っ黒に焼き焦がし……危険度Bの強力な魔物は、その一撃で光の粒子となって消滅した。

 

「さて、さっきぶりだな少年。怪我もないようで何よりだ」

 

 そして、それを成した女剣士、レイさんは、見る人全てを安心させるような朗らかな笑顔で僕に笑いかけた。

 その姿は一枚の絵画のように綺麗で……僕なんかよりよっぽど勇者っぽい、本物の『英雄』の姿を見たような気がした。



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9 恋の予兆

「しかし、危険度Bの魔物を相手に、傷の一つも負う事なく、見事にここまで誘導してみせるとはな……」

 

 レイさんがジロジロと僕を観察しながらそう呟く。

 ま、マズイ……さすがに怪しまれたかな?

 僕達があのゴリラを誘導してきた場所は、街の周辺にあると言われたA級ダンジョンだ。

 初心者ダンジョンからA級ダンジョンまでの距離は大して離れてないとはいえ、駆け出しがあのゴリラを誘導しながら辿り着けるかと言われると、難しいを通り越してほぼ不可能だろう。

 しかも、そこにきて、明らかに観察力に優れてそうなレイさんと遭遇してしまった。

 これは誤魔化すのが大変そうだぞー……。

 それでも、あのゴリラの相手をした事に後悔はないけど。

 野放しにしてたら、駆け出し三人組を含めて確実に何人か死んでただろうし。

 疑われるのは覚悟の上だ。

 全力で誤魔化かしてやる!

 

「うん。あとレベルを50も上げれば、私好みの素敵な男性になりそうだ。励めよ少年」

「………………へ?」

 

 しかし、レイさんから飛び出してきた台詞は予想外のものだった。

 え? 疑ってたんじゃないの?

 というか今、凄く嬉しい事言われたような気がする。

 

「あの……僕みたいなのが好みなんですか?」

「ん? ああ、顔は結構好みだな。だが、悪いが私は私より強い男性しか恋愛対象として見られないんだ。恥ずかしい話だが、初恋と理想と憧れを拗らせていてね……。だから、もし私を口説きたくなったら、私より強くなってから口説きに来てくれ」

 

 そう言って、またしてもお茶目にウィンクするレイさん。

 うわ、可愛い。

 どうしよう。

 ここで正体明かしてもいいような気がしてきた。

 伝説の武器もないし、一年も戦いから離れて鈍りきってるとはいえ、それでもまだレイさんよりも強い自信はあるし。

 

 どうしよう。

 下駄箱にラブレターでも置いて、人気のない場所に呼び出して、そこで試合でもして強さを証明しつつ、正体明かしちゃおうかな?

 そして、僕とお付き合いしてくださいと告白を……いやいやいや、待て待て待て、落ち着け!

 僕は今、初めて訪れたチャンスに舞い上がり過ぎて混乱している!

 冷静になるんだ。

 この世界に下駄箱なんてないぞ。

 いや、違う、大事なのはそこじゃない。

 

 まず最初に、僕はレイさんの事が好きなのか?

 少なくとも嫌いではないし、可愛い人だとは思うけど、まだ恋愛感情には至ってない……と思う。

 そりゃそうだ。

 知り合ってまだ数時間だし。

 そんな状態で告白するなんて、チャラ男のようで大変失礼だろう。

 

 それに、正体明かして強さを証明しても、それだけで惚れてくれる訳がない。

 むしろ、利己的な理由で力を隠してるんだから、軽蔑されるのがオチだ。

 レイさんの台詞から考えるに、強くなる事は恋愛対象として見られる為の最低限の条件みたいだし、そこから先は普通に人間的な魅力で頑張らないといけないんだろうから。

 うん。

 考えれば考える程、ここで正体明かして告白は下策だね。

 

 もし僕がレイさんを口説くような事になるとしたら。

 いや、レイさん以外でも、僕がちゃんと女の人を好きになって、告白したいと思う時がきたら。

 その時は、できる限り真摯に誠実に、この秘密すらも打ち明けて当たって砕けよう。

 そう心に決めた。

 

 だって、好きな人に嘘を吐き続けて生きるのは、とっても辛いだろうからね。

 いつか、僕のこの秘密ごと受け入れて愛してくれるような、そういう女性に出会えたらいいなぁ。

 そういう人と人生を一緒にできたら、どれだけ幸せだろうかと、そう思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 この時の僕は知らなかった。

 僕の覚悟が、まさかあんな形で木っ端微塵に砕け散る事になるなんて。

 それが不幸な事だったかと聞かれれば、間違いなく幸せな事だったと断言できるんだけど……。

 なんというか、人生は思いがけない事が起こって予想外の方向に転がるものなんだなぁと、改めて思う事になる事件が、割と近くにまで迫っていた。



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10 災害の予兆

「え!? パワードコングに襲われた!? だ、大丈夫だったんですかミユキちゃん!?」

「はい。なんとか」

 

 ゴリラが討伐された後、僕は駆け出し三人組と一緒にA級ダンジョンの関所に連行され、まるで取り調べのようにゴリラと遭遇した時の状況を根掘り葉掘り聞かれ、夕方になってからようやく解放されて冒険者ギルドに戻ってきた。

 いやー、ゴリラから逃げた時の事を誤魔化すのは大変だったなぁ……。

 あのゴリラは特別アホな個体だったみたいで、攻撃を外しまくってくれたから奇跡的に生き残れましたって話はちょっと無理があった気がする。

 でも実際、駆け出し三人組から見ればそうとしか言い様のない出来事だった訳で。

 あの人達に話を合わせたおかげで、なんとか誤魔化しきれたよ。

 それに、逃走劇の詳細なんて気にしてられない程の事態が起きた訳だしね。

 関所の人達も、僕達にばかり構ってられない状況だったから助かった。

 

 で、そんな表向きの事情を伝えると受付嬢さんは、

 

「はー……そんな事があったんですねぇ。とりあえず無事で良かったですが、私は怒ってますよ! 無茶な事しちゃいけません! 冒険者は命あっての物種なんですからね! わかりましたかミユキちゃん!」

「はい。ごめんなさい……」

 

 結構真剣に怒ってくれた。

 親身になってくれてるのがわかって嬉しい。

 もし僕にお姉さんがいたら、こんな感じだったのかもしれない。

 ちゃん付けが完全に定着してる事に関しては物申したいけど……。

 この人、絶対僕の事を妹的な何かだと思ってるよ。

 

「それにしても、初心者ダンジョンにパワードコングですか……。今までになかった変化……。という事は、近日中にスタンピードが起こるかもしれませんね」

「ああ、それ関所の人達も言ってました」

 

 スタンピード。

 それは、ダンジョンにおいて魔物が大量発生し、一斉に外へと雪崩出す現象の事だ。

 その予兆として、平時とは違った現象がダンジョンで発生する事が多い。

 今回のパワードコング出現は、まさにその予兆と言うに相応しい出来事。

 つまり、あの初心者ダンジョンにおいて、近い内にスタンピードが発生する可能性が高い……と、普通ならそうなるところなんだけど、どうもこの街周辺のダンジョンに関して言えば、もっと複雑な事情があるらしい。

 

 なんでも、この街周辺にある三つのダンジョンは繋がってるという話だ。

 正確には、一番凶悪で長く生き続けてるA級ダンジョンから派生した、言わば子供のような存在が他の二つのダンジョンなんだとか。

 こういうダンジョンの増え方は稀にあるって聞いた事がある。

 そして、この手のダンジョンは共鳴するというか、親が子に影響を与える事があるとかで。

 つまりスタンピードの予兆を発してたのは、初心者ダンジョンではなく、その親に当たるA級ダンジョンである可能性があるって事だ。

 しかも、今回出てきた魔物は危険度Bのパワードコング。

 ランクとしてはE級でしかない初心者ダンジョンでは生み出せる筈のない強力な魔物。

 それが出てきたという事は、A級ダンジョンが影響を与えてたって可能性が俄然高くなる。

 

 だからこそ、関所の人達は僕達の逃走劇の詳細なんかに構ってられないくらいの大騒ぎになった訳だ。

 A級ダンジョンのスタンピードというのは、それだけの大事なのだから。

 元の世界で例えるなら、大型台風や巨大地震、大津波なんかに近い。

 人類を滅ぼしかねない魔王に比べればマシだろうけど、それでも確実に多くの死人が出るレベルの大災害。

 

 まあ、今回は僕がいるから誰も死なせるつもりはないけど。

 さすがに、実力を出し渋って人死にを見過ごす訳にはいかないからね。

 正体は全力で隠すけど、本気は出すつもりだ。

 できれば目立たない程度の支援だけで全員生存してくれれば最高なんだけど、果たしてどうなる事か。

 

「怖いですねぇ……。まあ、先の不安より今は目の前の問題から片付けましょう。ミユキちゃん、この街での宿泊先は決まってますか?」

「え? いえ、まだですけど」

 

 急に話が飛んだな。

 宿泊先なんて、普通にそこら辺の宿屋に泊まるつもりだったんだけど。

 冒険者の多い街なら、宿屋なんてそこら中にあるだろうし。

 

「なら、ちょうど良かった! 実は私の実家が宿屋を経営してましてですね。ミユキちゃん、そこに泊まりませんか? 料金は少し高めの宿ですけど、その分安全対策はキッチリしてますし、今なら私の紹介という事でお安くしときますよ」

「えぇ……それ贔屓ですよね? いいんですか?」

 

 ギルド職員として、やっちゃいけない事な気がする。

 

「これはギルド職員としてではなく、私の個人的な支援だからいいんですぅ。何より、ミユキちゃんみたいな可愛い子を、駆け出し冒険者がよく利用するようなセキュリティガバガバの宿になんか泊まらせられませんよ!」

 

 鼻息荒く力説する受付嬢さん。

 完全に妹を心配する姉の思考である。

 むしろ、年頃の娘を心配する母親のレベルかもしれない。

 いったいどうして、この人はここまで僕を心配してくれるんだろう?

 あれかな。

 初対面で泣かせた負い目かな。

 心配しなくても、後輩くんに抜かれるまで、僕は人類最強だと思うんだけど。

 でも、ここまで心配してくれてるんだから、その好意を無下にするのも憚られるし……

 

「…………ありがたく、泊まらせて頂きます」

「よろしい! じゃあ、ささっと紹介の手紙書いちゃうので、ちょっと待っててくださいね」

 

 そうして受付嬢さんは宣言通りささっと手紙を書き終え、ついでにお喋りのせいで後回しになってた今日の魔物討伐の実績を冒険者カードに記録し、手紙と一緒に報酬を渡してきた。

 ……思ったよりも報酬の額がかなり多い。

 どういう事かと尋ねれば、一応冒険者カードにパワードコングの討伐記録が残ってたので、その討伐補助の分の報酬が加算されてるらしい。

 更に、近日中に初心者ダンジョンとA級ダンジョンの関所に確認を取って、僕の今回の活躍をギルドにも報告するつもりらしく、上手くすればこれでD級に上がれるかもれないと言ってた。

 この人、できる女だ……。

 

 D級に上がるんだったら、今日の戦いでレベルが上がった事にして、鑑定妨害リングの情報を更新しておこうかな。

 あと、この臨時収入で、明日もう少し良い剣を買いに行こう。

 そんな事を思いながら冒険者ギルドを後にし、受付嬢さんの教えてくれた宿屋への道を歩いた。



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11 宿屋でバッタリ

「えぇ……」

 

 受付嬢さんの実家だという宿屋に着いてみれば、明らかに高級宿だとわかる豪華な宿屋が目に飛び込んできた。

 決して派手な訳じゃないんだけど、なんというか、品がいい。

 宿屋というより、ホテルに近い感じだ。

 こんな所を紹介されるなんて、僕は受付嬢さんに溺愛でもされてるんだろうか?

 

 思わず尻込みしちゃったけど、今さらここで立ち止まる訳にもいかないので、思い切って宿屋の中へ突撃する。

 そうしたら、予想外の人と遭遇した。

 

「あ」

「お? 奇遇だね、少年」

 

 そこにいたのは、冒険者としての鎧姿ではなく、私服に着替えたレイさんだった。

 ああ、私服姿も可愛い……じゃなくて。

 ここ、レイさんみたいな高位の冒険者が泊まるような宿だったのね。

 受付嬢さん。

 身の丈って言葉知ってますか。

 

「君もここに泊まってるのか?」

「ええ。知り合いの人のご厚意というか、ゴリ押しで泊まらせてもらえる事になりまして……。そういうレイさんはお一人で?」

「いや、パーティーメンバーと一緒にだ。ん? というか、私の名前を知っているんだな。私は君に名乗っていない気がするのだが……」

「あ!?」

 

 マズイ!

 これは弁明を間違えるとストーカー認定されるやつだ!

 

「違いますよ!? レイさん有名人みたいだから、ギルドの受付嬢さんとの会話で普通に名前が出てきただけですから!」

「ふふ、別に慌てる必要はないよ。変な意味で言ったんじゃない。そういえば自己紹介もまだだったなと思っただけだ」

 

 そう言って、クスクスと笑うレイさん。

 た、助かった……。

 どうやら、変態認定はされなくて済みそうだ。

 

「では、改めて。私はレイ。A級冒険者のレイだ。よろしく頼む」

「は、はい。僕はミユキと言います。駆け出しのE級冒険者です。よろしくお願いします」

「……ほう。ミユキ、ミユキか……」

 

 何か含みのある感じで僕の名前を小声で呟くレイさん。

 な、なんだろう?

 お気に召さない事でもあったんだろうか?

 

「先代勇者様と同じ名前……。うん、良い名前だよ。本当に」

「え? あ、ありがとうございます……?」

 

 一瞬不安に思ったけど、レイさんの様子に暗い感情は見えない。

 いや、むしろ、その逆。

 どことなく好意的で、好感度が上がったような感覚すら覚える。

 とりあえず、これはラッキーと捉えるべき、かな……?

 ミユキって名前に何か特別な思い入れでもあるのかもしれない。

 

「おや? レイくん。お知り合いですか?」

「あ、リーダー」

 

 と、その時、宿屋の奥から一人の男性が現れた。

 三十代前半くらいの優しそうな人だ。

 レイさんにリーダーと呼ばれてたって事は、多分、この人がS級冒険者パーティー『天勇の使徒』のリーダーなんだろう。

 ただし、その外見年齢は当てにならない。

 何故なら、この人の耳は人族ではない種族の特徴として、長く尖っていたのだから。

 

━━━

 

 エルフ Lv79

 名前 ルドルフ

 

 HP 1500/1500

 MP 7000/7000

 

 攻撃 611

 防御 622

 魔力 7000

 抵抗 601

 速度 777

 

 スキル

 

『棒術:Lv1』

『光魔法:Lv6』

『火魔法:Lv4』

『水魔法:Lv4』

『風魔法:Lv4』

『土魔法:Lv4』

『氷魔法:Lv4』

『空間魔法:Lv5』

『回復魔法:Lv5』

『支援魔法:Lv5』

『感知:Lv2』

『隠密:Lv3』

 

━━━

 

 強い。

 エルフらしく魔法系ステータスに特化した数値で、そこだけならレイさんよりも強い。

 しかも、この充実しまくっていて、なおかつスキルレベルもバカ高い魔法のラインナップ。

 さすが、長命種のエルフと言わざるを得ない。

 長生きしてるという事は、それだけレベルを上げる時間があって、経験値を蓄え続けてるって事だからね。

 エルフの老化速度には個人差があるからこの人の正確な年齢はわからないけど、少なくとも二、三百年は確実に生きてると思う。

 こんな人がポンッと出てくるなんて、ホントに今の時代の人類は恵まれ過ぎだよ。

 

「知り合い……まあ、知り合いだな。知り合ってまだ半日くらいだけど」

「ああ、という事は、彼が例の少年ですか?」

「そうだ」

「ふむ。なるほど……」

 

 僕が人類戦力飽和時代の恐ろしさに戦慄してる内に、レイさんに僕の事を聞いたルドルフさんが、じっと僕を観察してきた。

 レイさんといい、この人といい、なんで僕の事を舐めるように見るんだろう?

 僕の顔に何か付いてるの?

 

「レイくんが気に入る訳ですね。確かに、あなたの好きそうなタイプだ。いつか母上とも会わせてみたい」

「あ、あの……」

「ああ、すみません。自己紹介もまだでしたね。私はルドルフ。レイくんの所属するパーティー『天勇の使徒』の二代目パーティーリーダーをしています。よろしくお願いします」

「あ、はい。僕は駆け出し冒険者のミユキです。よろしくお願いします」

「ほう。名前まで」

「……あの、僕の名前に何かあるんでしょうか?」

「いえいえ、こちらの話ですので気にしないでください」

 

 気になりますよ!?

 

「おおっとぉ! リーダーとレイ先輩じゃないっすか! 何してるんすか!」

「ハナ、うるさい」

「なんだなんだ? お? ありゃ昼間の嬢ちゃん、じゃなかった。えーと……そういや名前聞いてなかったな」

 

 ルドルフさんに問い詰めたいとか思ってたら、宿屋の奥からまたしても人が現れた。

 数は三人。

 茶髪の小柄な女の子と、眠そうな目をした猫耳の少女と、髪の毛のないドワーフっぽいおじさん。

 最後の一人は見覚えがあるというか、ボヴァンさんだった。

 雰囲気からして、全員レイさん達の仲間だろうか?

 というか、全員からそれなり以上の強者のオーラを感じるんですけど。

 

━━━

 

 人族 Lv45

 名前 ハナ

 

 HP 2988/2988

 MP 2111/2111

 

 攻撃 2500

 防御 2270

 魔力 2456

 抵抗 2207

 速度 2601

 

 スキル

 

『剣術:Lv4』

『雷魔法:Lv3』

『感知:Lv1』

『隠密:Lv1』

 

━━━

 

 獣人族 Lv58

 名前 ミーナ

 

 HP 3005/3005

 MP 600/600

 

 攻撃 3889

 防御 2844

 魔力 455

 抵抗 2996

 速度 3333

 

 スキル

 

『弓術:Lv5』

『体術:Lv4』

『感知:Lv6』

『隠密:Lv5』

 

━━━

 

 ドワーフ Lv69

 名前 ボヴァン

 

 HP 4500/4500

 MP 2700/2700

 

 攻撃 3000

 防御 4180

 魔力 2411

 抵抗 3796

 速度 2000

 

 スキル

 

『斧術:Lv3』

『盾術:Lv5』

『土魔法:Lv3』

『隠密:Lv2』

 

━━━

 

 うわー……つよーい……。

 でも、もう驚かない。

 レイさんやルドルフさんに比べたら可愛いもんだよ。

 ボヴァンさんとミーナさんっていう人は、勇者召喚の間で見た魔法使いの人達並みに強いけど。

 ハナさんっていう子だけ少し弱い。とは言っても、年齢を考えれば驚異的だ。

 どう見ても僕より年下にしか見えないのにこれだもの。

 将来有望。

 世紀末時代なら、成長する前に大軍に押し潰されるか、魔王軍幹部にやられて死んじゃうのが普通だったけど、この時代なら大成しそうだ。

 

「おお、これはちょうどいいところに。全員揃った事ですし、せっかくですから、夕食でも食べながら親交を深めませんか? 奢りますよ」

 

 そんなルドルフさんの言葉により、僕は急遽S級冒険者パーティーと夕食を共にする事になってしまったのだった。



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12 『天勇の使徒』

「あたしはハナ! レイ先輩に憧れて無理矢理弟子入りした新人っす! ランクはC級! よろしくっす!」

「ふぁ……わたしはミーナ……。B級冒険者……。眠いから部屋戻っていい?」

「もう知ってるかもしれねぇが、俺はボヴァンだ。昼間は迷惑かけて本当にすまなかった……!」

「あ、はい。よろしくお願いします。あと、ボヴァンさんは気にしないでください」

 

 宿屋の受付に受付嬢さんからの手紙を渡し、とりあえず一ヶ月分の宿泊手続きを済ませてから、僕は食堂に連行されて食事会と相成った。

 さすが高級宿というか、ご飯が美味しい。

 世紀末時代じゃ考えられない品質。

 ただ、いかにもな高級料理! って感じじゃなくて、長く食べていたいと思えるような、どこかホッとする味だ。

 さすが高位冒険者御用達の宿屋。

 ニーズをちゃんとわかってる。

 

「レイ先輩から聞いたっすよ! 駆け出しの身で酔ったボヴァン先輩の前に立ち塞がり、危険度Bの魔物を相手に怪我一つ負わず見事に翻弄してみせたとか! あたしが駆け出しだった頃じゃ絶対できないっす! 尊敬するっす!」

「ど、どうも……」

 

 ハナさんは、かなり元気で押しが強い感じの子だった。

 テーブルから身を乗り出しながら、大きな声で僕を称賛してくる。

 ランクでも、表向きのステータスでも遥か格下の僕を相手に、奢る事なく、素直に尊敬してくれるなんて……。

 いい子だ。

 

「くぅ……くぅ……」

 

 対して、僕なんぞに一切興味がなさそうなのは、猫耳の少女ミーナさん。

 部屋に戻るのが難しい空気と見るや、この場で船をこぎ始めた。

 図太い神経を持っていらっしゃる。

 

 元気なハナさんと、静かなミーナさん。

 そんな二人と違って、ずっと申し訳なさそうな顔してる人に僕は話しかけた。

 

「あの、ボヴァンさん。昼間の人達の事なんですが、悪い人達じゃないみたいなので、殴るならできれば死なない程度に手加減してあげてください」

「殴らねぇよ!? 確かに気にしてる事言われて頭にきたが、それで駆け出し相手に手を上げる程、俺も落ちぶれちゃいねぇ! 昼間はホントに酒で暴走してただけなんだ!」

 

 そう叫ぶボヴァンさんは、なるほど、受付嬢さんが普段は温厚で優しいと言うだけあって、酒が入ってなければ、かなり懐が深い人物に見える。

 体型と髪の毛というディスアドバンテージがなければ、さぞモテただろうに。

 

「だから、昼間は止めてくれて本当に感謝してるんだ。自分で言うのもなんだが、酒に飲まれた俺はさぞ怖かっただろうに……。この借りは必ず返す! 俺にできる事があったらなんでも言ってくれ!」

「いえ、その、そこまで重く捉えなくても大丈夫ですから……」

「それじゃ俺の気が済まねぇ!」

 

 ぎ、義理堅い……。

 なんというか、いい人オーラが凄いぞ。

 でも、ここまでくると、一週回ってめんどくさい気がしなくもない。

 もしかして、生まれてこの方50年彼女が出来なかったのは、このお堅くて損な性格のせいなんじゃ……。

 深く考えないようにしよう。

 美徳には違いないんだから、いつかは来るさ、モテ期が。

 僕はそう信じてます。

 

「ハハ、皆さんも彼に対する評価は上々のようですね。では、本題に入りましょう。ミユキくん、君ウチのパーティーに入りませんか? できれば、そのままレイくんの恋人の座も射止めてくれると助かります」

「ぶっ!?」

「突然何を言い出すんだリーダー!?」

 

 ルドルフさんの突然の爆弾発言に僕は吹き出し、レイさんは声を荒らげて反発した。

 レイさんの言う通り、いきなり何を言い出すのだろうか、この人は。

 しかし、当のルドルフさんはおろか、レイさん以外の誰一人としておかしいと言ってくれない。

 まるで、ルドルフさんが当たり前の事を言ったかのような反応だ。

 どういう事?

 

「何かおかしな事を言いましたか? 有望な新人の勧誘はパーティーリーダーとして当然の行動だと思いますが」

「そこではない! 問題は後半の発言だ!」

「ハァ……いいですか、レイくん」

 

 突如、ルドルフさんの雰囲気が変わった。

 出来の悪い生徒に話しかける教師のような雰囲気だ。

 

「君が恋人に求める基準は、理想が高過ぎる上に、ストライクゾーンが狭すぎるんです。半分はウチの母のせいですし、そこはとても申し訳なく思っているのですが……。それはそれとして、このままでは、君は行き遅れる可能性が非常に高いと言わざるを得ません」

「うっ……!」

 

 レイさんが言葉に詰まった。

 他の人達も「あー……」って感じの、なんとも言えない顔してる。

 まあ、確かにレイさんって自分より強い人しか恋愛対象にできないって言ってたし、この時点でレイさんの理想に合致する人物は、世界に十人いるかどうかだ。

 人類戦力飽和時代の今ならあるいはと思うけど、それでもルドルフさん達のこの反応を見るに、期待薄なのだろう。

 理想が高過ぎる上に、ストライクゾーンが狭すぎるという言葉には納得せざるを得ない。

 それが僕の加入とどう関係があるのかは謎だけど。

 まさか、僕の強さがバレてるって事はないだろうし。

 ……ないよね?

 

「君の男性に求める基準を列挙してあげましょうか? まず第一に優しくて誠実な人。まあ、これはいいとしましょう。次に、自分よりも強くて、いざという時に守ってくれる人。気持ちは理解できなくもないですが、この時点でかなり厳しいという事を自覚しなさい。そして最後に、低身長で美少女顔の凄腕魔法剣士。バカですか? これらの条件全てに合致する男性など世界に一人でもいれば奇跡ですよ」

「うぅ……!」

 

 おい、ちょっと待ってください、最後の。

 いきなりマニアック過ぎるのか追加されたんですけど。

 え?

 レイさん、そんな限定的な趣味持ってたの?

 

「いったい何があったら、そんな特殊性癖を拗らせるハメに……」

「ふぁぁ……レイは前のパーティーリーダーの影響で、先代勇者ミユキ様に過度な憧れを持ってる。もはや先代勇者様コンプレックスの域。だからぶっちゃけ、先代勇者様本人でもなければ、レイの要求に100%応えるのは無理だと思う」

「へ?」

「ミーナ!? 何故言ってしまうんだ!?」

 

 思わず口に出してしまった僕の疑問に答えるように、今まで寝てたミーナさんが、いきなり起きてレイさんの性癖の根本部分を暴露した。

 先代勇者ミユキ様って……僕じゃないか。

 レイさんは僕の事が好きだったのか!?

 まあ、どうせ美化されまくってたあの銅像みたいに、美化されまくって伝えられてるんだろう、勇者伝説的な僕の幻影に対する好意だろうけどね。

 これ、正体知られたら幻滅される可能性大だ。

 怖っ!?

 

「私は君の保護者代わりとして、君をできる限り幸せにする義務があります。幸せな結婚をして冒険者を引退したいと常日頃から言っておきながら、どんどん婚期を逃していく君の現状を見過ごす事はできません」

 

 手を組みながら、大真面目な顔で語るルドルフさん。

 その視線が、不意に僕の方を向いた。

 

「そんな詰みかけの所に現れたのがミユキくんです。酔ったボヴァンくんから他の冒険者を守ろうとする程に優しく、強さに関しても現時点でパワードコングを相手取れるくらいに将来有望。しかも顔はレイくんの好みど真ん中。名前まで君が敬愛する先代勇者様と同じときました。こんな奇跡の塊のような逸材を私が逃す訳がないでしょう。彼に君の恋人の座を薦めたのはそういう理由です」

「うぅぅぅ……!」

 

 理路騒然。

 滅茶苦茶な事言ってるような気がするけど、なんか納得させられちゃう謎の説得力があった。

 レイさんも反論できないのか、あうあうと口を動かすだけで言葉が出てきてない。

 

「だ、だが……」

「レイの嬢ちゃん」

 

 そんなレイさんの肩にポンッと手を置くボヴァンさん。

 

「恋のチャンスってやつは中々やってこねぇんだ。だから、少しでもチャンスがあると思えば全力で掴め。そうじゃねぇと、俺みたいになっちまうぞ!」

「ッ!」

 

 その言葉には、ルドルフさんの言葉とは比べ物にならない重みがあった。

 実際に恋のチャンスを逃し続けてきた男の言葉は何よりも重い。

 レイさんは息を飲み、チラッと僕を見てから……羞恥心が限界に達したのか、顔を真っ赤にしながら逃走を開始した。

 

「うわぁあああああ!」

「せ、せんぱぁあああい!?」

「ハナくん、今はそっとしておいてあげてください。少し一人で考える時間が必要でしょう」

 

 ルドルフさんは、レイさんを追いかけようとしたハナさんを制した。

 しばらく放置する事に決めたらしい。

 そして、レイさんがいなくなってしまえば当然、話の中心は僕の方に移る。

 

「さて、では改めて聞きましょう。ミユキくん、ウチのパーティーに入るつもりはありませんか?」

「え、ええっと……」

「ああ、レイくんの恋人云々についてはそこまで深く考えなくて結構ですよ。こういうのはお互いが気持ちが大事ですからね。あくまでも、お見合いを薦められたくらいに思っておいてください。まあ、あの子は性癖を除けば優良物件である事は保証しますがね」

「は、はぁ……」

 

 そういう事なら、ちょっと落ち着いて冷静に考えてみよう。

 レイさんとのお見合いっていうのは、正直言ってかなり嬉しい。

 まだ恋愛感情はお互いにないだろうけど、お見合いっていうのはそういう0の所からスタートして、徐々にお互いを知っていく事から始めるものだ。

 結婚して幸せな家庭を持つ事を夢見る僕としては、願ってもない機会。

 ……しかしだ。

 

 お見合いだけならともかく、前提として僕は冒険者パーティーに誘われている。

 これは、あんまり喜ばしい事態ではない。

 なんでかって言うと、僕に後ろめたい気持ちがあるからだ。

 冒険者とは命を賭ける仕事。

 冒険者パーティーとは、お互いの命を預け合う関係。

 そんな絶対の信頼関係が求められる場所で、僕みたいな自分勝手な理由で力を隠してる奴が、仲間の命を預かっていい訳がない。

 それは不誠実というものだ。

 だから、断るのが正解なのかもしれない。

 でも、いっそパーティーメンバー全員に正体を明かしちゃうって道もなしではない訳で……。

 あああ!

 悩む!

 

「もちろん、返事は今すぐでなくとも大丈夫ですよ。私達はこの街のA級ダンジョンを攻略するまで、あるいは最低でもスタンピードを制圧するまではこの宿屋にいるつもりなので。答えは私達が旅立つ時までに出してくれればいい」

 

 そんなルドルフさんの言葉に甘え、僕は決断を先延ばしにした。

 これは人生を左右する重要な選択だ。

 じっくりと考えてから結論を出さなくちゃいけない。

 

 そうして、今日の食事会はお開きとなった。



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13 あれから一ヶ月……

 『天勇の使徒』に誘われてから一ヶ月。

 まだ答えは出せてない。

 でも、メンバーとは同じ宿屋に泊まってる仲という、言わばお隣さんみたいな関係性のおかげで、大分打ち解けられた。

 ハナさんから誘われて軽めの試合をしてみたり、ボヴァンさんの恩返しでゴリラに折られた剣の代わりを貰ったり、ルドルフさんにレイさんのポジティブキャンペーンを延々と聞かされたり。

 ミーナさんは部屋で寝てる時間が多いみたいであんまり会ってない。

 

 一番幸いだったのは、あんな事言われたレイさんとの仲が別にギクシャクしなかった事かな。

 レイさんの僕に対する感情は、突然自分の婚活に巻き込んでしまった事に対する申し訳なさが半分、性癖を暴露された事による恥ずかしさが半分ってところだと思う。

 異性として見られてる気配がないから、そういう感じの照れもない。

 ちなみに、僕の事どういう風に思ってるんですかと勇気を出して聞いてみれば「将来有望そうなイケメンの子供みたいな感じだ」と言われた。

 子供扱いされてたのか……。

 道理で異性として見られない筈だよ。

 いくら好みのタイプでも、子供じゃ恋愛対象にはならないよね。

 ちくせう。

 

 そんな感じで天勇の使徒の人達と親交を深めてた訳だけど、実は会う回数自体はそう多い訳じゃなかった。

 というのも、彼らは来るA級ダンジョンのスタンピードに向けて、数日に一回はダンジョンの偵察を依頼されてたから忙しかったのだ。

 彼らだけじゃなく、スタンピードの前兆は街全体に影響を与えてる。

 冒険者は皆ピリピリしてるし、街を守る兵士さん達はいつでも戦えるように備えてる。

 国からエリート戦闘職の公務員である騎士団も派遣されて来たし、ギルドは他の街から有望な冒険者達をかき集めてるし、着々と準備が進められてる感じだ。

 

 かく言う僕も、できる限りの準備は済ませた。

 用意した大きな手札は二枚。

 片方は使い倒す予定だけど、もう片方はできれば隠れて使う程度で終わってほしい。

 いっそスタンピードの前に、僕自身がこっそりダンジョンに入って魔物を全滅させ、ついでにダンジョンコアを砕いて来ようかなとも思ったけど、すぐに受付嬢さん辺りに不在がバレそうだと思ったから止めた。

 さすがに、A級ダンジョンを不在バレを気にして一日二日で攻略するのは僕でも無理だ。

 身勝手な理屈だと思うけど、その分、できる事は全力でやって戦死者0を目指すから許してほしい。

 

 そんな感じで着々と大戦が近づいてるけど、日々の仕事も疎かにしちゃいけないので、僕は今日も冒険者ギルドでクエストの完了手続きをしていた。

 あ、そういえば、受付嬢さんの尽力もあって、僕の冒険者ランクはD級に上がったよ。

 あのゴリラ戦の戦績だけじゃなく、あの後も一ヶ月間ちゃんとクエストを受け続けて、正当な手順で昇級した感じだ。

 それに伴って偽装ステータスも少し上げられたので、大っぴらに使える力が少しは大きくなった。

 かなりいい調子と言えるだろう

 

「はい。今日もクエスト完了です。お疲れ様でした。いやー、それにしてもミユキちゃんは優秀ですねぇ。偉い偉い」

 

 そう言って受付カウンターごしに頭を撫でてくる受付嬢さん。

 ……この人との仲も大分深まってきて、遠慮が完全になくなってしまった。

 何せ、僕の泊まってる宿屋は受付嬢さんの実家な訳で、つまり夜は受付嬢さんも普通に帰って来る訳で。

 スタンピード関連で仕事が増えてるとはいえ、レイさん達よりは時間がある受付嬢さんは、ギルドでも宿屋でも僕を構い倒し、完全に妹扱いが定着したらしい。

 

 最初は結構過剰なスキンシップを取ってくる受付嬢さんに対して、ルドルフさんが「思わぬライバル出現ですね」とか言って警戒してたのに、今では微笑ましいものを見る目になっちゃったもの。

 なんでも、ルドルフさんは三人兄弟の末っ子らしく、幼少期に自分を構い倒していた姉の姿が受付嬢さんと重なって見えたんだとか。

 今では受付嬢さんにまで僕のパーティー加入とレイさんとのお見合い話を持っていって外堀から埋めようとしてるし。

 受付嬢さんも受付嬢さんで、目を輝かせながら話に食い入ってるし。

 厄介な同盟が生まれたものだと思う。

 

「でも、いくら優秀だからって油断しちゃダメですからね! 冒険者って油断するとすぐ死んじゃう職業なんですから! 今度のスタンピードの時なんて特に気をつけてください。いくら比較的安全な街の防衛担当とはいえ、油断だけはしない事。お姉さんとの約束ですよ!」

「……はい」

 

 でも、なんだかんだで、やっぱり心配してくれるのは嬉しい。

 もう妹扱いでもなんでもいいような気がしてきた。

 いつか僕が結婚するとなった時に、「ウチの妹をよろしくお願いします」とか言い出しても、僕はもう驚かないぞ。

 もうそれでいいや。

 

「ああ、そうそう。そういえば昨日凄い事聞いちゃったんですけどね? なんと、今日この街に……」

「い、いらっしゃいませぇ!」

 

 受付嬢さんが何か言おうとした瞬間、それを遮るようにギルドの入り口付近から大声が聞こえてきた。

 声の主は、なんというか、課長と呼びたくなるような冴えないサラリーマンっぽい雰囲気のおじさんだ。

 

「ここのギルドのギルドマスターさんですね。この度は突然押し掛けてしまい、申し訳ありません……」

「いえいえ、そんな! あなた様が謝られる必要なんて!」

 

 そのおじさんが、ペコペコと頭を下げながら扉の向こうの誰かと話していた。

 会話の感じからして、誰かを出迎えてるのかな?

 

「あの人って……」

「ああ、ミユキちゃんは見た事ありませんでしたね。ウチのギルドマスターですよ」

「え……あれが?」

 

 失礼だけど、思わずあれとか言ってしまった。

 だって、冒険者ギルドのギルドマスターっていえば、もっとこう、元凄腕冒険者的な肩書きがあったりとか、荒くれ者の冒険者を纏め上げるに足る何かがあるっていうのがお約束だと思うんだけど……。

 あの課長さんからは、そういう強者の気配を微塵も感じない。

 鑑定してみても受付嬢さんより弱いし。

 なんだろう? 事務仕事でのし上がってきたのかな?

 

「私が言うのもあれですけど、権力者に媚びてのし上がってきた人ですからねぇ。今回は相手が相手ですから、相当気合い入ってるみたいです」

 

 あ、そういう感じの人か。

 こう言っちゃうと悪口みたいに聞こえるかもれないけど、小物な感じの方なのかもしれない。

 まさに課長。

 じゃあ、その課長さんが必死にゴマをすりすりしようとしてる相手はいったい誰なんだろう?

 

「へ?」

 

 課長さんに招かれてギルドに入ってきた人物を見て、思わず間抜けな声が出てしまった。

 慌てて口を閉じる。

 どうやら、受付嬢さんには聞かれてないみたいだ。

 よかった。

 だって、あの人達と知り合いだとは絶対に思われたくないもの。

 

「ここが冒険者ギルドか……。まさにお約束って感じだな。ワクワクする」

「ふふ、お気に召したようで何よりです」

 

 何人かの騎士さん達に護衛されるようにしてギルドに入って来たのは、豪奢な鎧を纏った黒髪の青年と、神官のような純白の法衣に身を包んだ金髪の少女。

 凄まじく見覚えのある二人だった。

 会ったのは一度だけだけど、その姿は目に焼き付いてる。

 何せ、僕がこの世界に再び召喚された時、最初に見た二人なのだから。

 

 当代勇者こと後輩くんと、そのパートナーである聖女さん。

 魔王軍と戦ってる筈の二人が、何故かこの街に現れた。



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14 当代勇者一行襲来

 な、なんで彼らがここに!?

 魔王軍との戦いはどうしたの!?

 と、一瞬思ったけど、そういえば僕も伝説の武器を探してダンジョンアタックしてた時とかは、魔王軍と全然関係ない場所にいたなぁと思い直した。

 それに、召喚されて初期の頃とかは、とりあえずレベル上げてきてくれと旅に出されて、そこら辺の魔物を倒す事に必死になってたっけ。

 ひのきの棒を持ってスライムに苦戦してたあの頃の事は忘れない。

 あれは地獄だった。

 

 という事は、後輩くんは今レベル上げという名の修行の時期なのかな?

 考えてみれば、せっかくの勇者を弱い内から魔王軍にぶつける訳ないよね。

 切羽詰まってた僕の時代ですら、一応は魔王軍とぶつかる前にレベル上げの期間が用意された訳だし。

 レベル上げ中に何度も死にかけたけど。

 しかも、雑魚モンスター相手に。

 あ、思い出したら涙が……。

 

 とにかく、それを確かめる為にも、後輩くんのステータスを鑑定してみよう。

 

━━━

 

 勇者 Lv10

 名前 如月(キサラギ)遥斗(ハルト)

 

 HP 2900/2900

 MP 2450/2450

 

 攻撃 2500

 防御 2488

 魔力 2500

 抵抗 2461

 速度 2508

 

 スキル

 

『聖剣術:Lv2』

『聖光魔法:Lv2』

『異界式鑑定術:Lv3』

 

━━━

 

 ………ふぁ?

 よ、弱い!?

 いや、さすがに勇者だけあって、レベルの割には凄い強いんだけど、そのレベルがいくらなんでも低すぎる。

 召喚されて、もう一ヶ月だよ?

 勇者の成長速度で一ヶ月あれば、レベル50くらいは行くよね?

 実際、僕はそうだったし。

 レベル50くらいまでは、倒せば凄い量の経験値が得られる自分より強い敵がそこら中にいる状態だったから。

 

 まあ、それは世紀末時代に召喚初日から死闘を繰り返してた僕の基準だから例外としても、レベル10は低すぎる。

 この一ヶ月、一切戦闘せずに遊んでたんじゃないかってレベルだ。

 この世界、実は魔物を倒さなくてもレベルは上がるから。

 普通に訓練とか筋トレとかしてるだけでもレベルは上がり、ステータスは上昇するのだ。

 魔物を倒すと、レベルアップの効率が段違いなだけで。

 

 もしかして、そういう事?

 命の危険がある戦闘の前に、まずは訓練で最低限のステータスを確保しつつ、戦闘技術を高める事を優先してたとか?

 いや、それならスキルレベルの方がもうちょっと上がってる筈だし……。

 うーん、わからない。

 

 とりあえず、このステータスじゃ、もし後輩くんが今回のスタンピードをレベル上げに使う為に来たんだとしても、大した活躍はしてくれないだろう。

 聖剣込みでも、せいぜいレイさんと互角以下が関の山だと思う。

 レイさんは強いけど、一人で敵軍全てを相手取れる程じゃない。

 そんなレイさんと同じで、後輩くんも普通の戦力としては心強いけど、放っておいてもこの程度の戦いなら一人で完全勝利し、僕が何もしなくても戦死者0を達成してくれるような、本物の『勇者』としての活躍は望めない。

 まだまだ力不足だ。

 

 むしろ、僕は後輩くんにくっついて来た人達の方にこそ期待を寄せてる。

 

━━━

 

 聖女 Lv50

 名前 ティアナ

 

 HP 2000/2000

 MP 9000/9000

 

 攻撃 1998

 防御 1777

 魔力 8888

 抵抗 2900

 速度 2001

 

 スキル

 

『棒術:Lv3』

『聖光魔法:Lv6』

『神癒魔法:Lv6』

『神助魔法:Lv6』

『感知:Lv3』

 

━━━

 

 聖女さんは、かなり強い。

 いくら聖女という特別な存在とはいえ、まだハナさんよりも若そうな14歳くらいに見えるのに、このステータスは大したものだと思う。

 特に頼もしいのは、支援魔法の上位互換である『神助魔法』だ。

 回復魔法の上位互換である『神癒魔法』も凄そうだけど、今回みたいな多くの味方がいる戦場では支援系の魔法が一番輝く。

 味方全員のステータスを大きく底上げできれば、僕の手助けなしに戦死者0も夢じゃないかもしれない。

 

 おまけに、後輩くんの護衛として、結構な数の騎士さん達が追加で来た。

 全員が物理系ステータス四千を超え、隊長格っぽい人に至っては平均ステータス五千に達してる精鋭騎士さん達だ。

 この人達が聖女さんの支援で強化されると考えたら、滅茶苦茶頼りになる。

 

「どうぞ、こちらへ! すぐにご要望のあった冒険者も参りますので!」

 

 そんな彼らを、課長さんが凄く腰を低くしながらギルドの奥に連れて行った。

 まあ、なんにせよ、頼れる味方が増えたのなら喜ばしい事だ。

 それ以上は僕の考えるべき事じゃない。

 今の僕は勇者ではなく、ただの駆け出し冒険者なんだから。

 

 さて、今日の仕事はもう終わってるんだし、もう帰るとしよう。

 後輩くん達がギルドの奥に消えていくのを見届けた後、僕は受付嬢さんに挨拶して、ギルドから立ち去った。



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15 勇者コンプレックス

「え? こうは……んんッ! 勇者様達に会ったんですか?」

「ええ、そうなんですよ。ギルドマスターに呼ばれて応接室に行ってみれば、そこに待ち構えていましてね」

 

 僕が帰宅してしばらくした頃、レイさん達も帰宅し、ルドルフさんが僕の部屋を訪ねて来た。

 部屋にまで来るのは珍しいとはいえ、それでも週に一回くらいは食事に誘いに来てくれてたので、特に不思議には思わずに付いて行き。

 あれ? レイさんとルドルフさんしかいないな、と若干不思議に思いながら夕食をご馳走になってたら、ルドルフさんはいきなり今日後輩くんに会ったという爆弾発言を口にした。

 なんでも、今日ダンジョンの偵察から帰ったらいきなり職員さんに応接室に来るように言われて、行ってみたらあの課長さんと後輩くん一行が待ってたんだとか。

 

「聖女様は中々に礼儀正しい方でしたよ。仕方のない事情があったとはいえ、事前連絡を入れられなかった事と、突然呼び出した事をしきりに謝ってくれました。ただ勇者様の方は……」

 

 そこでルドルフさんは難しい顔をして言葉を濁す。

 そして、チラッとレイさんの方を見た。

 レイさんはぶすっとした不機嫌そうな顔で、ひたすら無言でサラダを食べ続けてる。

 

「えっと、何があったんですか?」

「……いえ、別に何もなかったと言えばなかったのですが。その、なんといいますか、勇者様の事をレイくんが気に入らなかったとでも言えばいいのか……」

 

 歯切れが悪い。

 本当に何があったんだろう?

 本気で気になっていると、レイさんがいきなり、ドンッ! という大きな音と共に机を叩いた。

 レイさんのステータスでそれをやると机は木っ端微塵に砕け散るんだけど、直前にルドルフさんが光魔法の防壁を出してくれたのでセーフ。

 ファインプレーだ。

 

「あれは勇者として相応しい男ではないッ! 大きな戦いを控えているというのに、あの態度はなんだ!? あれでは、まるで遊び感覚じゃないか! 戦いは遊びじゃないんだぞ! 人が死ぬんだぞ! 勇者なら、その悲劇を少しでもなくす為に、でき得る限りの事をするべきなんじゃないのか!? しかも顔が美少女じゃないし!」

 

 レイさんが叫ぶ。

 その顔に浮かぶのは、その声に宿るのは、明確な怒りだ。

 レイさんがこんなに怒ってる姿は初めて見た。

 後輩くん。

 君はいったい何をやらかしたんだ。

 

「どうどう。落ち着いてくださいレイくん。勇者様だって初めから完璧な訳じゃありません。聞けば当代勇者様はまだ召喚されたばかりだと言うじゃないですか。心もステータスも、これから成長していくのだと思いますよ?」

「だとしてもだッ! 私はあいつを勇者とは認めない! 認めないからなぁ!」

「あ!? レイさん!」

「そっとしておいてあげてください。こればっかりは、私達が何を言っても意味がないので」

 

 レイさんはらしくもなく、まるで子供が駄々をこねるように叫び散らし、宿屋の外に走り去ってしまった。

 追いかけようとしたけど、ルドルフさんの言葉を聞いて思いとどまる。

 確かに、一人になる時間は大切だろう。

 愚痴なら後で聞きに行こう。

 

「わかってはいましたが、あの子の勇者コンプレックスは相当のものですね……。矯正が大変そうです……」

 

 「ハァ……」と深々とため息を吐くルドルフさん。

 まるで娘の子育てに悩むお父さんのようだ。

 

「聞きますか? あの子があんなに拗らせた原因」

「……それって下らない感じの笑い話ですか?」

「いいえ。あの子の生い立ちや人格形成に関係する、結構重要な話です」

 

 ああ、そうなんだ。

 なら……

 

「やめておきます。そういうのは本人から直接聞くべきだと思うので」

 

 前にミーナさんが勝手に性癖を暴露した時、レイさん怒ってたからね。

 人の嫌がる事はやらない。

 当たり前の礼儀だ。

 

「ふふ、そうですか。思った以上にいい子ですねぇ。ますます、あの子が好きそうなタイプだ」

 

 そう言って、ルドルフさんは優しく微笑んだ。

 なんだか機嫌が良くなってるような気がする。

 

「さて、できれば今日もレイくんのいいところを君に語って聞かせたいところなのですが、残念な事に今日は少し真面目な話があります。心して聞いてください」

 

 しかし、ルドルフさんは機嫌の良さそうな笑顔を引っ込め、真剣な顔になった。

 それに合わせて、僕も気持ちを引き締める。

 どうやら、今日はここからが本題らしい。

 

「結論から言いましょう。今回のスタンピード、想定していたよりも遥かに厳しい戦いになる可能性があります」



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16 不吉な神託

「……どういう事ですか?」

 

 ルドルフさんの言葉に質問を返す。

 今回のスタンピードはA級ダンジョン氾濫の可能性が極めて高い危険なものだ。

 厳しい戦いなんて最初から想定されてた。

 でも、ルドルフさんの今の言い方だと、元々の想定ですら甘い程の激戦が起きると言ってるように聞こえる。

 そして多分、それは僕の思い違いじゃないんだろう。

 

「聖女の持つ特別な力の事は知っていますか?」

 

 急に話が飛んだ、って訳じゃないんだろうな。

 という事は、ルドルフさんの発言には聖女の力とやらが関係してるって事か。

 

「確か、神の声を聞き、勇者の旅路に導を示すと聞いた事がありますが……」

 

 とりあえず、聞いた事のある聖女の力についての知識を話してみた。

 とはいえ、僕の時代の聖女は僕の召喚前に戦死してたから会った事がないし、当代の聖女さんとも一方的な顔見知りとしての関係しかないから、聖女の力についての詳細なんて一切知らない。

 僕のこの知識は、昔大変お世話になった占い師さんからの受け売りだ。

 

 その占い師さんは、自称聖女の超超超劣化版の力を持つというおばあさんで、ほんの僅かに神の声を聞けると言ってた。

 胡散臭い事この上なかったけど、当時伝説の武器の在り処に見当もつかず途方に暮れていた僕は、藁にもすがる思いで「伝説の武器は、深く険しい迷宮の奥底に眠っているであろう」という占い師さんの言葉を信じ、超高難度ダンジョンに潜り続けた。

 そうしたら、本当にあったんだから驚いたよ。

 それ以来、あの人は本物だったんだと信じるようになった。

 まあ、その占い師さんは僕を占ってくれた数日後に寿命がきたとかでポックリ逝っちゃったから、会ったのは一回だけなんだけどね。

 でも、あの人がいなければ伝説の武器も手に入らず、魔王も倒せなかった訳だから、地味に影の英雄だと思うんだ。

 

「ほう。一般人の間ではあまり有名な話ではないのによく知っていますね。ですが、少しでも知っているのであれば話が早い。その聖女の力ですが、我らエルフや各国の王族に伝えられている内容は少し違います。聖女は、正確には『神』ではなく『世界』の声を聞き、勇者が魔王を倒して世界を救う為に必要な情報を神託として授けられると言われているんです」

「んん?」

 

 ちょっとよくわからない。

 神じゃなくて世界?

 どっちもピンと来ないから、何がどう違うのか全くわからないんですけど。

 

「まあ、簡単に言うと、聖女に神託を授けている世界とは、神というイメージに反して、意思など持たない存在という話ですよ。ただ機械的に情報を聖女に渡し、魔王という世界を滅ぼし得る存在を排除しようとするだけ。意思がないから質問も受け付けず、その神託はいつでも一方通行。当然、人間側の都合など一切考慮されず、神託は突然に降りて来ます。しかし、神託を授けているのが世界その物である以上、その情報が間違っているという事だけはあり得ない」

 

 えーと……つまり、ここで言う世界っていうのは、魔王という世界にとってのウイルスを駆除する為のウイルスバスターみたいなものって事かな?

 この世界(パソコン)魔王(ウイルス)に感染しています、このアプリを起動して駆除してください、みたいな感じで、ある日突然、神託という名の通知が来るみたいな。

 それを受信できるのが聖女で、アプリを起動する代わりに、戦力を動かしてウイルスを駆除しないといけない。

 ただ、そのウイルスバスターは信頼度が凄いので、通知内容が間違ってるような事だけはないと。

 こういう認識で合ってるかな?

 正直、自信ないけど……。

 

「まあ、無理に理解する必要はありません。要するに、聖女に授けられる神託は決して間違う事がない。これだけわかっていれば問題ないので。……問題は、その神託がつい先日授けられたという事です。内容は、近日中に魔王軍幹部『十二天魔』の一角がこの街周辺に現れるというものでした」

「え!?」

 

 魔王軍幹部!?

 魔王軍との戦場からかなり離れたこの街に、なんでそんなのが!?

 いや、でも、魔物の思考回路って意味不明だからなぁ。

 幹部ともなれば知性を持ってるんだろうけど、人間とは考え方が違うから、戦場を放り出して気分とかで襲撃先を選んでも不思議じゃない。

 傍迷惑極まりないけど、それが魔物というものだ。

 

「十二天魔は魔王軍の最精鋭であり、当代魔王が現れてから今まで一体として討伐できなかった脅威。それがよりにもよって、このタイミングで襲来してくるというのです。今日呼び出された案件は、十二天魔討伐に私達『天勇の使徒』の力を貸してほしいというものでした。この依頼は断れません。スタンピードにしろ十二天魔にしろ、どちらも放っておけば街を滅ぼしてしまいますからね」

 

 まあ、そりゃそうだろうね。

 

「つまり最悪、十二天魔の襲来とスタンピードの発生が同時に起こり、私達は十二天魔の対処にかかりきりになって、スタンピードの制圧に参加できなくなるかもしれません。想定より遥かに厳しい戦いになるというのはそういう事です。……本当に、神託というものは融通が効かない。もう少し早く伝えてくれていれば色々と手の打ちようがあっというのに」

「……なるほど」

 

 本当に大変な事態だ……。

 最悪に近いじゃないか。

 ルドルフさんが愚痴ってしまう気持ちもわかる。

 僕だって愚痴りたい。

 勇者としての使命から逃げたくてこの街に来たのに、まさかこんな事になるなんて。

 前々から思ってたけど、僕の運勢ってマイナス方向にカンストしてるんじゃないかな。

 

「この話を聞き、ハナくんは少しでも強くなる為にダンジョンに潜りに行きました。ボヴァンくんが付き添ってくれてるのでA級ダンジョンに突撃する事はないでしょうが。ミーナくんはいつも通り寝てます」

「ああ、それで今日は三人ともいなかったんですね」

 

 謎は解けた。

 

「さて、この話を聞いて、君はどうしますか?」

「別にどうもしませんよ。自分にできる事をやるだけです」

 

 とりあえず、こっそりA級ダンジョンに入ってダンジョンコアを壊して来ようかな?

 もう正体バレとか言ってる場合じゃなさそうだし。

 ああ、でも、そうしてダンジョンに潜ってる間に十二天魔が来ちゃったらアウトか。

 なら、今やってる準備をより入念にする事くらいしかできる事がないな。

 

「逃げるとは言わないんですね。言っておきますが、勇者様がいるから絶対大丈夫なんて事はありませんよ?」

「わかってますよ」

 

 後輩くんはレイさんに幻滅されるくらい頼りないみたいだしね。

 多分、ゲーム感覚が抜けてないんだろうなぁ。

 この世界、レベルとかステータスとかあって妙にゲームっぽい上に、魔物は光の粒子になって消えるから血生臭さとかもあんまり感じなくて、最初の頃はゲームやってるような気持ちになっちゃうんだよね。

 僕は召喚初日にスライムのタックルであばら折られた時に、あまりの激痛でゲーム感覚なんて一瞬で吹き飛んだけど。

 後輩くんは順風満帆すぎて、まだそういうの経験してないんだと思うんだ。

 

 まあ、後輩くんの話はともかく。

 

「性分なんですよ。目の前で悲劇が起きそうになってると、逃げるに逃げられず、見て見ぬふりもできずに首を突っ込んじゃう。自分でも損な性格だと思ってるんですけどね」

 

 今の僕には力があるから少しは気楽に言えるけど、たとえ力がなかった頃でも僕の選択は変わらなかったと思う。

 というか、前にもこういう事は多々あったし。

 子犬だの子猫だの助けた時とか、勇者時代の初期に魔王軍幹部に支配されてる村を見ちゃった時とか。

 あの時も考える前に体が動いて、無謀な行動に出てしまった。

 今考えると、こんな向こう見ずな行動ばっかで、よく魔王まで辿り着けたもんだと思うよ。

 

「……そうですか。本当に君はそっくりなんですね」

 

 ルドルフさんは小声でそんな事を呟いた後、真剣だった顔を崩して笑顔を浮かべ、

 

「やはり、君こそがレイくんの運命の相手だと思うんですけどねぇ。どうです? 戦いに参加するのなら君もレイくんも死ぬかもしれませんし、その前に今生の思い出作りだと思って一発ヤッておいては。あの子はもちろん生娘ですし、私の勘が正しければ君も童て……」

「余計なお世話ですッ!」

 

 いきなり、なんて事を言い出すんだこの人は!?

 場を和ませようとしたのかもしれないけど、あまりにも下世話すぎる!

 さっきまでのシリアスを返せ!

 

「もういいです! 僕は出掛けてきます!」

「ふふ、どうぞごゆっくり」

 

 ちょうど外に行く用事が出来たので席を立つ。

 そんな僕を、ルドルフさんはずっとニコニコしながら見送っていた。

 なんか腹立つ。 



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17 レイの過去

「レイさん!」

「……少年か」

 

 宿屋を飛び出した僕は、その足でレイさんを追いかけた。

 ルドルフさんと話してる間に落ち着く時間はあっただろうし、落ち着いたのなら、今度は愚痴を吐ける相手がいると思ったんだ。

 まあ、それは僕じゃなくてもいいんだろうけど……今日のところは僕が真っ先に駆けつけちゃったみたいだし、僕で我慢してもらおう。

 

 そして、レイさんは街の外れの広場で木剣を振り回していた。

 ストレス発散に体を動かしてたらしい。

 

「よくこの場所がわかったな。フラフラとさ迷って偶然見つけただけの場所なのに」

「へ!? それは、あの、あれですよ……勘です!」

「勘か」

「はい!」

 

 自分で言うのもなんだけど、苦しい言い訳だなぁ……。

 実際は感知のスキルでレイさんの気配を追ってきた。

 スキルレベルがカンストした『感知:Lv10』を持つ僕なら、ダンジョンの壁で遮断でもされない限り、見知った人の気配は街のどこにいても感じ取れる。

 プライバシーの侵害だから、普段はそんな事しないけど。

 それに、受付嬢さんがホストクラブに入るところとかうっかり感知しちゃったら、翌日以降どんな顔して会えって話だし。

 でも、果たしてこんな苦しい言い訳でレイさんを誤魔化せるのだろか……。

 

「まあ、いいか。せっかく来たんだ。ちょっと付き合ってくれ」

 

 誤魔化せたー!

 内心ホッとした気持ちでいっぱいの僕に、レイさんは腰のポーチから取り出したもう一本の木剣を投げて寄越した。

 明らかに物理法則を無視したサイズの物が出てきたって事は、あのポーチ、アイテムボックスの効果がある魔道具か。

 

「では、行くぞ!」

 

 そう宣言して、レイさんはかなり加減した力で地面を蹴り、僕に向かってきた。

 全力には程遠いけど、普通の駆け出し冒険者じゃ対処が難しいくらいの速度で、レイさんは木剣を振り下ろす。

 それを正面から受け止め、レイさんのストレス発散に付き合う。

 

「リーダーからどこまで聞いたんだ?」

 

 剣撃を繰り返しながら、レイさんが口を開く。

 

「今日呼び出された理由や、十二天魔の事に関しては聞きました」

「……私の事については聞かなかったのか? リーダーの事だから話そうとするかと思ったんだが」

「ええ、聞いてません。そういうのはレイさん本人から聞くべきだと思ったので」

 

 レイさんの突きを、木剣を斜めに構えながら前に踏み込む事でいなす。

 手首を返し、がら空きになった頭へと、駆け出しを卒業したばかりのD級冒険者に相応しい剣速でカウンター。

 当然、そんなものがレイさんに通じる筈もなく、即座にいなされた剣を引き戻してガードした。

 

「そうか……。なら聞くか? 私の過去バナを」

「レイさんが聞かせてくれるのなら」

 

 レイさんが互いに打ち合わせた剣を大きく振るい、僕はその力に抗わずに後ろに飛んで距離を取る。

 そこでレイさんは構えを解き、会話の態勢に入った。

 それを見て、僕も構えを解く。

 

「私はな、元々親のいない孤児だったんだ。物心ついた時から家もなく、食べる物もなく、ゴミを漁る生活をしていた」

 

 ……そうだったのか。

 今のレイさんからは想像できない。

 今の彼女は、孤児というイメージからは最も遠い、強く気高く美しくを体現するような女性だ。

 性癖以外は。

 

「辛い、とても辛い生活だった。誰か助けてくれと思わない日はなかったよ。そんな日常を送っていたある日、ふと街中で演奏していた吟遊詩人の歌が聞こえてきてね」

 

 吟遊詩人。

 元の世界で言うところの、ストリートミュージシャンだ。

 ただし、この世界の人達の唄う歌は、音楽というより物語に近い。

 例えるなら、小型のミュージカルといったところかな。

 

「その歌は、囚われのお姫様を救い出す勇者様の物語だった。今思えばありふれた題材だが、子供心には酷く響いてね。魔王に囚われ、辛い思いをしてきたお姫様に自分を重ね、いつかこのお姫様のように、私もこの辛い生活から勇者様に救い出される事を夢見るようになった。これが私の憧れと理想の始まりという訳だ」

 

 魔王に囚われたお姫様を救い出す勇者の話……身に覚えが全く……いや言うまい。

 きっと、僕より前の勇者さんの話なんだよ。

 そう思っておこう。

 

「結局、私を救ってくれる勇者様は現れず、私は最低限仕事ができるくらいにまで成長すると、食い扶持を求めて冒険者になった。その頃には幼き日の憧憬なんて胸の底に沈んでいたんだが……E級に昇格して少しした頃、その想いを強制的に思い出させてくるような人に出会ってな。その人は私を『天勇の使徒』に勧誘した前のパーティーリーダーで、先代勇者様と直接会って話した事があるというエルフの人だった」

「ぶっ!?」

 

 ま、まさかの知り合い!?

 確かに、僕は伝説の武器を求めて世界中と言える程の広範囲を旅したから、その途中でエルフの人と会った事も当然ある。

 というか、エルフの総本山みたいな国である『エルドランド精霊国』には、近くにあったSS級ダンジョン攻略の為と、後の旅をかなり楽にしてくれた空間魔法を教わる為に結構長く滞在したし、仲良くなった人も多い。

 その中の一人がレイさんの知り合いだったのか。

 エルフの寿命は数百年っていうし、あの世紀末時代から現代まで生きてる人もいるんだね。

 不思議な縁だ。

 

「何故そこで吹き出すんだ?」

「……いえ、気にしないでください。こっちの事です」

「そうか。とにかく、その人は先代勇者様の熱狂的なファンみたいな人でね。数々の逸話や、自らの目で直接見た先代勇者様の姿を熱心に私に語って聞かせてくれた」

 

 レイさんは大事な思い出を語るように、どこか遠くを見ながら語り出した。

 気のせいかもしれないけど、若干頬が赤くなって、目もトロンとしてる気がするんですけど。

 あ、なんか嫌な予感が。

 

「歴代最悪の時代と言われた地獄を駆け抜け、見事に救ってみせたその勇姿。救世の勇者として相応しい圧倒的な力と、そんな奇跡の力を振るうに足る気高い精神。ふとした瞬間に見せた、等身大の人間としての弱音や本音。そのどれもが私の胸を打ち、いつしか幼い頃の憧憬に出てきた勇者様の姿は、先代勇者様の姿に上書きされていた。この国の首都にある先代勇者様の像を見て、何度妄想に耽った事か……あ、いや! なんでもない!」

 

 レイさんは最後に自爆して赤面したけど、赤くなりたいのはこっちの方だ。

 何その美化されまくった僕の姿!?

 気高い精神って何!?

 割としょっちゅうビクビクしてましたけど!

 戦い続けた理由だって、命の恩を踏み倒せなかったせいだし、あとは「助けてくれて、ありがとう」って感謝してもらえるのが嬉しくて頑張ってただけだ。

 元の世界では、頑張っても褒めてくれる人がいなかったから舞い上がっちゃって……。

 

 僕はそこまで立派な人間じゃない。

 今だって身勝手な理由で正体隠してる奴だ。

 なのに、こんな美化して語られたら、褒め殺しもいいところだよ!

 あの銅像といい、今回といい!

 やめて!

 羞恥責めやめて!

 

「つ、つまり、それが私の初恋という訳だ。そして、叶う筈のない想いを拗らせて、理想ばかりが高くなり、仲間達に婚期の心配をされるようになってしまった。挙げ句、当代勇者に勝手に期待して勝手に失望し、別に悪い事をした訳でもないのに口汚く罵る始末。……ダメだな、私は」

「あー……まあ、そうですねぇ」

「あれ!? 慰めてくれないのか!? この流れで!?」

「ええ、まあ」

 

 いや、だって事実だし。

 そんな事ないですよって言ってあげたいけど、まごうことなき事実だし。

 

「でも、大丈夫ですよ。そのくらいの欠点じゃ霞まないくらい、レイさんはいい人ですから」

「……ほーう。この短い付き合いで私の何を知ったというんだ?」

「まあ、確かにそうですね。僕が知ってるレイさんの姿はそんなに多くない」

 

 だけど。

 

「パワードコングの時、真っ先に助けに来てくれました。カッコよかったです。ボヴァンさんが酔って絡んでた時も、実は全力疾走で駆けつけてくれた事知ってます。ルドルフさんに心から気にかけられて、ハナさんに凄い尊敬されて。ボヴァンさんは首トンされても怒ってなかったし、ミーナさんは気軽にからかってくるし、それだけ仲間に信頼されてて仲がいい。うん。やっぱりいい人だ」

「! そ、そうか……」

「はい!」

 

 それに笑顔も可愛いし、と心の中で付け加える。

 今の若干照れてる姿も、もちろん可愛い。

 恋愛対象外とはいえ、好みの顔に褒められるのはやっぱり少し恥ずかしいのかもしれない。

 さっきの羞恥責めの仕返しがちょっとできたみたいで、なんか謎の快感が湧き上がってくる。

 

「少年」

「はい……!?」

 

 呼ばれたと思ったら、レイさんはいきなり、さっきとは比べ物にならない速度で木剣を僕に向けて振るってきた。

 どんな照れ隠し!?

 驚きながらもしっかりとガードする。

 すると、今の僕達の力に耐えきれなかったのか、お互いの木剣が衝突部分から砕け散り、へし折れた。

 あ……。

 

「……やっぱり、君は強いな」

 

 レイさんはなんだか嬉しそうな顔で微笑んだ後、クルリと後ろを向いて、

 

「今度の戦い、背中は君に任せる。期待してるぞ」

 

 そんな事を言い出した。

 なら、僕の答えは決まっている。

 

「はい!」

「ふふ、よろしい。では、帰るとしよう」

 

 僕の返事に満足したみたいで、レイさんは宿屋に向けて歩き始めた。

 その様子に食堂で叫んだ時の不機嫌さはなく、むしろ、鼻唄でも歌い出しそうなくらい機嫌が良さそうに見える。

 まあ、何はともあれ、レイさんの鬱憤が晴れたのならよかった。

 ついでに、そのご機嫌な顔を見られて役得だ。

 

 

 

 

 

 そんなやり取りがあった数日後。

 十二天魔対策で地上待機となった『天勇の使徒』に代わってダンジョンの偵察を行っていたパーティーが、地上に向けて猛ダッシュしてくる魔物の軍勢を発見し、遂にスタンピードが始まった。



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18 スタンピード開幕

「ミユキちゃん……くれぐれも気をつけてくださいね!」

「はい。もちろんです」

 

 街全体に響く放送の魔道具によって、ギルドから全冒険者に緊急の召集がかかり、課長さんことギルドマスターの説明によって、遂にスタンピードが数時間後に迫っていると伝えられた直後。

 冒険者達が事前に取り決められていた持ち場に向かう中、心配して声をかけてくれた受付嬢さんに、できるだけ安心させるような笑顔で笑いかけた。

 勇者時代にも、不安がる人達に向けてやってた事だ。

 勇者は人々の希望だから、気弱な姿なんて見せられないからね。

 まあ、今の僕は勇者じゃないんだけど、それでも親しい人を心配させたくはない。

 

 受付嬢さんの激励に答えた後は、僕も持ち場に向かう。

 D級以下の冒険者の持ち場は、比較的危険度の低い街の門前。

 つまり、街の防衛が仕事となる。

 もちろん、低級の冒険者だけで守りきれるとは思われてないので、街の兵士さん達とかも一緒だ。

 ただし、冒険者も兵士も騎士も、強い人は十二天魔がこっちに来た時に精鋭達が戻ってくるまで足止めする役の人達以外、全員がダンジョンの方に行ってる。

 ダンジョンから一匹も逃がさずに殲滅するのが理想だからね。

 当然、レイさん達や後輩くん達もそっちだ。

 十二天魔に対抗する為に余力を残さなきゃいけないから、全力では戦えないそうだけど。

 

「やあ! また会ったな!」

「今日こそ、あの時の借りを返させてもらおう!」

「この一ヶ月、ダンジョンで鍛え続けた俺達の力を見せてやろう!」

「あ、お久し振りです」

 

 低級の冒険者がここに集められるという事で、ボヴァンさんとゴリラの時に知り合った駆け出し三人組とも再会した。

 試しに鑑定してみると、確かに三人とも強くなってる。

 気合いも充分だし、中々に頼もしい。

 A級ダンジョンのスタンピード相手だと焼け石に水だけど。

 

「遂に来たのだ……決戦の時がな」

「俺達の伝説がここから始まる……」

「フッ、封じられた右腕が疼くぜ……!」

 

 後に黒歴史になりそうなカッコいい感じの台詞を連発し、彼らなりに緊張をほぐそうと頑張ってる中、僕は早速、用意した手札の一枚を切る。

 三人組が注目を集め、その三人組自身も自分に酔って僕に意識が向いてないのをいい事に、僕は隠密と幻惑魔法で姿を隠す。

 そして、アイテムボックスからとある物を取り出した。

 僕と似たような背格好をした土人形を。

 

 テレレッテレー『身代わりゴーレム』~。

 久しぶりの便利グッズシリーズ第二弾だ。

 まあ、正確にはこのゴーレムは僕の土魔法で作っただけの物で、便利グッズシリーズはこのゴーレムが装備してるアイテムなんだけど。

 

 テレレッテレー『身代わりマント』~。

 これを付けると、事前にマントに登録した人の姿を幻影として纏う事ができる。

 つまり、これを使えばゴーレムが僕の姿に見える訳だ。

 幻惑魔法に近いけど、あっちが人の認識を惑わせているのに対して、こっちは実際に幻影を纏った上で、違和感をなくす為に幻惑魔法の効果が追加されてる。

 つまり、こと変装に限って言えば、本気幻惑魔法より遥かに強いのだ。

 ゴリラの時みたいに、徐々に効果が薄くなっていくとかもないし。

 

 このゴーレムを遠距離から操作し、更に冒険者カードを持たせて魔物討伐の記録を取らせておけば、アリバイ工作はバッチリだ。

 ここに僕がいなくても問題なくなる。

 これで僕は、身代わりマントと似たような変装用の便利グッズで正体を隠し、いざという時には大っぴらに動ける訳だ。

 

 この身代わりゴーレムは、事前に僕がほぼ全てのMPを使って作っておいた平均ステータス五千超えの傑作なので、十中八九破壊されて正体バレの恐れもない。

 勇者時代に仲間の代わりが欲しくて、ゴーレムの為だけに土魔法のレベルを上げておいてよかった。

 まあ、レベル99の全MPを消費して五千ぽっちのステータスにしかならないなんて、コスパが悪すぎるからお蔵入りしてたんだけど。

 おまけに、ステータス五千なんて四天王以上には完全に無力だったし……。

 

 それはともかく。

 この身代わりゴーレムで唯一心配なのは、感知のスキルの範囲外にまで離れちゃうと、まともな操作ができなくなる事だ。

 それは空間魔法で身代わりゴーレムと僕の近くの空間を繋げる事で対処するつもりだけど、空間魔法は難易度が高いから、そう長くは歪んだ空間を維持できない。

 そして、A級ダンジョンはここからだと感知の範囲外。

 両方の戦場を感知の範囲内に収めて見守るには、A級ダンジョンと街の間に陣取る必要がある。

 つまり、どっちかの戦場に近づけば、もう一方の戦場の様子は一時的にわからなくなる訳で。

 そこだけは気をつけないと。

 

「クックック、我らは最強に至る運命を持つ者」

「いつの日か、魔王をも切り裂く為に生を受けし者」

「故に、こんな場所で死ぬ筈がない。死ぬ筈が……」

 

 台詞とは裏腹に、若干青い顔で自己暗示を続けてる三人組を身代わりゴーレムに任せ、僕は姿を隠したまま所定の位置に向かう。

 そうして、A級ダンジョンが感知の範囲内に入った時、ダンジョンから溢れ出す異形の生物達の気配を感じた。

 それにレイさん達を含む精鋭部隊が挑みかかっていく。

 

 さあ、開戦だ。



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19 どこの世界でも、裏方は忙しい

「《エリア・ゴッド・オブ・フルブースト》!」

 

 開戦直後。

 聖女さんの使った全能力向上の魔法がダンジョン前に陣取る味方全員にかかり、大きく戦力を底上げした。

 凄いな、今の魔法。

 この距離じゃさすがに鑑定は使えないけど、気配の大きさ的に、全員の全ステータスが三千くらいは上がってるんじゃないかな?

 聖女さんのレベルはまだ50しかないのに、この上昇率は驚異的だ。

 これは、近い内に支援能力に関しては追い抜かれるかもしれない。

 

 だけど、それだけの魔法があっても苦戦する程に、今回の敵は強い。

 まずなんと言っても、数がこっちとは段違いだ。

 こっちのダンジョン前戦力が200人くらいなのに対して、向こうはざっと数えただけでも千を越えてる。

 しかも、次から次へとダンジョン内から増援が溢れてくるのだ。

 その殆どは雑魚っぽいけど、結構な割合で危険度Cを超えてそうなのが交ざってるし、中には危険度Aくらいの、強化されたレイさんとも互角に渡り合えそうな超大物の気配まである。

 

 それでも、こっちは一人一人が一騎当千ってくらいに強くなってるおかげで、誰かが死にかける事すらなく、今のところは優勢だ。

 ただ、レイさん達が十二天魔対策の為に本気を出せない都合上、大物の対処に手間取って、そこそこの数の雑魚が包囲網を抜けてる。

 まあ、包囲網の先には、事前に作られてたダンジョンをグルリと囲むような土魔法のバリケードがあるから、今は問題ない。

 それに、何匹かは逃がしても逃げた先の戦力で倒せるだろうし。

 でも、時間をかけてよじ登るなり、パワー型の魔物が突進するなりすれば、バリケードは破られる。

 そうなった時、この数が逃げると、近隣の村とかが甚大な被害を受けそう。

 どうにかしておいた方がいい。

 

「《クリエイトゴーレム》!」

 

 僕は遠隔で土魔法を使い、ダンジョン周辺の地面から無数のゴーレムを作り出した。

 その数、100体以上。

 一体一体は駆け出し冒険者程度のステータスしかない雑魚だけど、同じく雑魚を相手にするなら問題ない。

 それに、これなら僕の仕業どころか、謎の支援者の仕業とすら思われず、現地の誰かの魔法だと思ってくれる筈だ。

 

 ゴーレム達が雑魚狩りを担当し、他の人達が大物狩りに専念できるようになったおかげで、殲滅速度が目に見えて上がった。

 さすがに危険度Aの超大物はまだ倒せてないけど、危険度BやCの魔物は結構倒せてきてる。

 その裏で、僕はゴーレムの100体同時操作でヒーヒー言ってる訳だけど。

 これ、思ったより疲れるなぁ……。

 例えるなら、将棋の多面指しみたいだ。

 慣れてないと、とんでもない集中力を要求される。

 もし本格的に僕が戦う事態になったら、身代わりゴーレム以外のゴーレムを操作してる余裕はないかもしれない。

 

 そんな裏方作業だけで既に疲れてる情けない先代と違って、当代勇者の後輩くんは結構いい活躍してるよ。

 MPや体力の温存はしてるんだろうけど、それでも魔物を倒す速度がレイさん達と遜色ないくらいに早いし、危険度C以上の大物も後輩くん一人で何体も倒してる。

 これは、僕が思った以上に後輩くんの戦闘センスは高いのかもしれない。

 でも、恐らく九割は聖女さんの支援と聖剣のおかげだと思う。

 

 聖剣はチート武器だ。

 持ってるだけで全ステータスを三倍にし、勇者固有のスキルである『聖剣術』や『聖光魔法』の出力すら大幅に上げてくれる。

 しかも、魔王クラスの攻撃以外では破壊不能な程に頑強で、万が一破損しても安心な、凄まじい速度の自動修復機能まで完備。

 武器としてあれを上回る代物は、この世界に存在しないと断言できる。

 実際、僕が見てきた武器の中では、二位以下をぶっちぎって堂々の一位だ。

 

 今の後輩くんの平均ステータスが2500くらいで、剣道三倍段ならぬ聖剣三倍システムで約7500。

 この時点でレイさんを超える。

 まあ、スキルレベルと実戦経験の差を考えれば、まだレイさんの方がギリギリ強いと思うけど。

 そこに聖女さんの支援が加わって、万を超えるステータスを発揮してるのか。

 僕がその領域に達するまでに、どれだけ死にかけたかわからないっていうのに……。

 ズルい。

 しかも、その気になれば、更にここから勇者固有のスキルでもう一段階上げられるっていうんだから、もうね。

 さすがにそれは、十二天魔対策で温存してるみたいだけど。

 

「あ!」

 

 とか呑気に後輩くんを観察してる内に、ダンジョンの方に動きがあった。

 強力な気配を持った一体の魔物が、凄い勢いでダンジョンを飛び出し、一直線に街に向かって空を飛んでる。

 ダンジョンと街の間に陣取ってた僕の所までもう来た。

 そして目視できる距離に来たという事は、鑑定が使えるという事だ。

 

━━━

 

 マッハイーグル Lv44

 

 HP 999/999

 MP 1500/1500

 

 攻撃 666

 防御 222

 魔力 1011

 抵抗 111

 速度 9888

 

 スキル

 

『超高速飛行:Lv5』

『風魔法:Lv3』

 

━━━

 

 尋常じゃなく片寄ったステータス。

 速度だけが異様に高い。

 多分、そのスピードで全ての攻撃を避けて、風魔法で遠距離から敵を仕留めるタイプの魔物だ。

 これは普通の人が倒すのは難しい。

 制空権を有するというだけで強いのに、遠距離攻撃なんて全て避けられるような速度を持ってるなんて、悪質極まりない。

 きっと、ここで倒せなければ、いくつもの村や街を襲撃して人を殺し、レベルを上げて更に凶悪になるだろう。

 絶対に逃がしちゃいけない魔物だ。

 

「《ホーリーランス》!」

「ピギャ!?」

 

 僕の狙撃するように放った魔法、聖なる光の槍が上空のマッハイーグルを捉え、一撃で絶命させる。

 危機は去った!

 と思ったら、似たような気配の持ち主が、またダンジョンから飛び出してきた。

 しかも、今度は八体。

 それぞれが別の方向に向かってる。

 

「ええ!?」

 

 なんて嫌みな戦法!?

 魔王以外のダンジョンコアに知性はない筈なのに、見事に僕の嫌がる事をしてくる!

 これが偶然だとしたら、僕の運勢はマイナス方向にカンストどころか、呪われてる事を疑うレベルで最悪だよ!

 

「うわ!?」

 

 しかも、ダンジョンから溢れる魔物の数も増し、ゴーレム達の包囲網を破ってバリケードに突進し始めた。

 その中で一番数の多い群れが、危険度Bくらいの魔物が破ったバリケードの穴を通って、真っ直ぐに街へ向かってる。

 マッハイーグルを追いかけるなら、僕はあれに対処できない。

 身代わりゴーレムを含めた、街の防衛担当の人達に任せるしかないだろう。

 幸い、その群れは先頭を走るバリケードを破った危険度Bの魔物以外雑魚ばっかりだから、なんとか対処できる筈だ。

 

「《ディメンジョンゲート》! 《エリア・ハイパー・フルブースト》!」

 

 念の為に、空間魔法を使って街の近くに繋がる小さな扉を作り、そこから手を突っ込んで、街の防衛担当の人達全員に支援魔法をかけておいた。

 魔法の格としては劣るけど、ステータスとスキルレベルの差によって、現時点の聖女さんの魔法以上にステータスを底上げしてくれる。

 支援魔法は重複しないから、ダンジョン前の人達にはかけられなかった、とっておき。

 これで問題ない筈だ。

 駆け出し三人組なんて「力が! 力が溢れてくる! これが俺達の秘められた力か!」とか大興奮してるし、その調子で大活躍してほしい。

 

「《プロテクション》!」

 

 そして、僕は聖光魔法で空中に光の板を出現させ、それをレベルカンスト勇者の脚力で思いっきり踏み込んで、空を駆けながら八方に散ったマッハイーグルを追いかけた。

 

 まさか、その絶妙なタイミングで、レイさん達に特大の危機が迫っているとは思わずに。



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最凶襲来

「《ムーンスラスト》!」

 

 広範囲を薙ぎ払う半月のような軌道を描く斬撃によって、周囲にいた多くの魔物を切り捨てる。

 それを成した女剣士、レイはいつもより遥かに体が軽い事を実感していた。

 平時はおろか、パーティーリーダーであるルドルフに支援魔法をかけてもらった時と比べても、比較にならない強化率だ。

 これが聖女の力かと感心する。

 

「《ライトスラッシュ》!」

 

 対して、光の斬撃で魔物を切り捨てる勇者を見て思う。

 あれはダメだ。

 別に弱い訳ではない。

 むしろ、自分達と同格以上のステータスは持っているだろう。

 今だって、かなりの数の魔物を一人で倒している。

 十二天魔対策に力を温存してあれなのだから、なるほど、勇者に選ばれるだけの事はあると言えるのかもしれない。

 

 だが、それでもレイの思い描く『本物の勇者』の姿に比べたら霞んでしまう。

 駆け出し時代の自分を見出だし、大切な仲間達と出会わせてくれたエルフの恩人が語る先代勇者の力は、こんなものではなかった。

 剣の一振りで天を裂き、魔法の一撃で万の魔物を薙ぎ払う。

 一挙一動が規格外。

 強すぎて、味方を巻き込まないように、早々全力を出せないような超級の存在だったらしい。

 聖女の支援もなく、伝説の武器もない状態でそれだ。

 そんな先代に比べたら、反則としか言えないような二つの力で強化されて尚、戦えば自分でも勝てそうな当代はダメだとしか思えない。

 

 それが自分の勝手な思いである事はレイ本人も自覚している。

 当代勇者はまだまだ新米であり、これから徐々に成長していくのだろうという事もわかっているし、そもそも歴代最高と謳われた先代と比較する事自体が間違っているという事も理解している。

 それでも、この先当代勇者がどれだけ強くなろうと、彼を好きになれる気がしなかった。

 

『安心してくれ。俺とティアナの力があれば、どんな敵でも怖くない』

 

 思い出すのは、ギルドの応接室に呼び出された時に聞いた、当代勇者の言葉。

 自信に満ちていると言えば聞こえはいいが、レイから見れば慢心に満ちているとしか思えない言葉を吐く勇者の姿。

 本心では怯えながらも気丈にそれを隠し、常に己よりも強い敵に挑み続けたという先代とは似ても似つかない。

 

『どれだけ強い敵が現れても、俺がこの剣で必ず倒してみせる』

 

 しかも、まるで新しい玩具を自慢するように見せつけられた、聖剣。

 不快だった。

 もう生理的に無理だった。

 その剣は、先代勇者が数多の試練を乗り越えた末に、ようやく手に入れた剣だ。

 歴代最強の魔王軍と戦いながら旅をし、SS級ダンジョンという魔境をいくつも乗り越え、道を阻む凶悪な魔物達を退けて、その果てにようやく掴んだ力。

 一度振るえば、当時無敵と恐れられた四天王の一角すらも一撃で葬り去ったという、伝説の武器。

 それを玩具のように扱う当代勇者が許せなかった。

 勇者という、どうしようもない程に焦がれた憧れの存在を、土足で踏みにじられたような気がして。

 

「グルォオオオ!」

「あ……」

「《ホーリーランス》!」

 

 嫌な事を思い出した苛立ちで動きが鈍った隙を突き、巨大な狼のような魔物がレイに襲いかかった。

 それを近くにいたルドルフが光魔法の一撃で倒す。

 助けてもらわなくとも大丈夫ではあっただろうが、今の精神状態では対応を誤り、傷の一つくらいは負わされていたかもしれない。

 

「心が乱れていますよ。戦闘中に余計な事を考えてはいけません。集中してください」

「……すまない。もう大丈夫だ」

 

 ルドルフの言葉はもっともだ。

 レイは心を静めて嫌な気持ちを追い出し、努めて冷静になろうと努力する。

 最近出会った中々に見所がある後輩に「背中は任せた」とカッコいい事言ってしまったのだ。

 ここで無様な姿は見せられない。

 

「シュララララララ!」

 

 次の魔物がレイを狙ってくる。

 この戦場でもひときわ目立つ巨体。

 危険度Aの魔物、ガイアドレイクだ。

 外見は岩を纏った巨大な蛇のような姿だが、分類としては最強種であるドラゴンの亜種に当たり、危険度Aの名に相応しく、ここのようなA級ダンジョンならば、ダンジョンボスとして君臨していてもおかしくない程の強さを誇る。

 普段ならばパーティー全員で全力を尽くして戦い、かなりの時間をかけて討伐しなければならない大物だが、聖女の力で強化された今ならば、十二天魔対策に力を温存しなければいけない状態でも倒せると直感で理解した。

 

「リーダー! ミーナ! 援護を頼む!」

「わかりましたよ」

「仕方ないわねぇ……」

 

 レイが助走をつけて大ジャンプし、ガイアドレイクの頭部を目掛けて跳躍する。

 当然、ガイアドレイクは向かってく敵対者にその巨大な牙を向いたが、突如、レイを追い越して飛来したとてつもない威力の矢に眼球を撃ち抜かれ、悲鳴を上げながら大きく仰け反る。

 その矢を放ったのは、眠そうな目をした『天勇の使徒』の猫耳弓手、ミーナだ。

 メンバーの中で最も華奢な体格をしている彼女だが、その正体は物理系ステータスに優れる獣人族の一人であり、実はメンバー内ではレイに次ぐ豪腕を持っている。

 そんな彼女の力を十全に発揮できるよう特別に作られた、常人では弦を僅かに引く事すらできない豪弓から放たれた矢は、聖女の支援によるステータスの増強と相まって、危険度Aの魔物の体を撃ち抜く程の威力となった。

 

 更に、仰け反ったガイアドレイクの体が、一瞬で凍りついていく。

 ルドルフによる氷魔法だ。

 彼が最も得意とするのは光魔法だが、状況に合わせて様々な魔法を使い分ける引き出しの多さこそが彼の真骨頂。

 拘束に長けた氷結の魔法が、ガイアドレイクの動きを一瞬完全に止めた。

 

「《ボルトスパイク》!」

 

 そこにトドメを刺すのは、パーティーのエースであるレイ。

 雷魔法を纏った剣を真っ直ぐに構え、一筋の雷の矢となってガイアドレイクを撃ち抜く。

 仰け反った事で晒してしまった喉を貫かれ、体内を直接電熱で焼かれ、ガイアドレイクが一瞬で光の粒子となって消滅する。

 消耗も少なく完全勝利だ。

 そして、他の者達が対処に手間取っていた超大物が倒れた事により、形勢は一気にこちらの優勢となる。

 ハナやボヴァンが危険度BやCの魔物を一撃で仕留めて周り、他の者達も同様の戦果を上げ、無限に思えた敵軍の数が、遂に目に見えて減り始めた。

 そろそろ勝利が見えてきたという、━━その時だった。

 

 

「ハーハッハッハッハ! この大騒ぎ! これが噂に聞く祭りというやつか!」

 

 

 そんな笑い声と共に、一体の魔物が空から降ってくる。

 まるで爆発系でも使ったかのように、魔物が降り立った地面には大きなクレーターが出来上がり、その衝撃で何人かの戦士達が吹き飛んだ。

 聖女の力のおかげで死んではいないようだが、回復魔法が必要なくらいの怪我は負っている。

 

 登場しただけで聖女の加護を受けた戦士達を戦闘不能にした魔物。

 それは、漆黒の表皮を持ち、その上から骨のような外骨格を纏った悪魔(・・)だった。

 人型のシルエットで二足歩行。

 蝙蝠のような翼と、三角に尖った尻尾を生やし、歪な形の角を持っている。

 悪魔系の魔物の特徴と合致する姿。

 しかし、その悪魔は一般的な悪魔と比べて巨体であった。

 体調は5メートルを超え、体格はゴリマッチョを通り越し、本家ゴリラすらも上回る筋肉の塊。

 

 そして何よりも、━━その身から迸る圧倒的な強者の気配。

 

 この場の全員が確信する。

 こいつこそが、自分達が最も警戒していた相手なのだと。

 

「俺の名はジュラゾーマ! 魔王軍幹部! 十二天魔序列十一位! 『不死身』のジュラゾーマだ! この祭り、俺も交ぜろ!」

 

 そうして、この時代最凶の魔物の一角が襲来し、レイ達に襲いかかった。



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『不死身』のジュラゾーマ

 ジュラゾーマが最初に狙ったのは、ガイアドレイクを倒して目立っていたレイだった。

 鎧のような大腿四頭筋に包まれた足で力強く大地を蹴り、一気に距離を詰めてくる。

 

「デビルパ~ンチ!」

 

 そして、ジュラゾーマは大きく拳を振りかぶった。

 

(……遅い?)

 

 それを見たレイはそんな事を思う。

 確かに、普通の魔物に比べれば速いのだが、今の強化されたレイはおろか、普段のレイにすら劣る。

 魔王軍最強の魔物、十二天魔の一角というには名前負けだ。

 しかも、これは技術のぎの字すらないテレフォンパンチ。

 避ける事は容易い。

 

 レイは拳の下を潜るように前へ駆け抜ける事でジュラゾーマの拳を避けた。

 その拳は空振った後、地面に突き刺さり……地面にもう一つのクレーターを作り出す。

 大地を抉る程の剛力!

 

(スピードはないが、パワーはかなりのものだな……!)

 

 当たらなければどうという事はないが、当たれば致命傷になるだろう。

 だが、拳を振り切って残心の一つもない姿は無防備そのもの。

 図体もデカく、いい的だ。

 

(もらった!)

 

「《ボルトスラッシュ》!」

 

 すれ違い様、カウンターのように放たれた雷を纏った一閃が、ジュラゾーマの体を斬りつけた。

 今のレイの攻撃と魔力のステータスは、聖女の支援によって約九千にまで上がっている。

 『剣術:Lv6』と『雷魔法:Lv5』のスキルを有し、人族としては最高峰の技術を持つレイの魔法剣技は、上昇したステータスを見事に使いこなし、強烈な一撃をジュラゾーマに叩き込んだ。

 格上であっても一刀の元に両断するであろう至高の剣技。

 それを食らったジュラゾーマの体には……

 

「何っ!?」

「ハッハッハ! 痒いわ!」

 

 傷一つ付いていなかった。

 明らかに硬そうな骨のような外骨格を避けて斬りつけたというのに、その肌ですらレイの剣を完全に防ぎ、肉どころか皮すらも切れていない。

 尋常ならざる防御力。

 なるほど、これがこの魔物を十二天魔に列席させた力かと納得した。

 『不死身』を自称するのも頷ける。

 

「ふん!」

「くっ!」

 

 今度は、ジュラゾーマの方がカウンターを放つ。

 さっき地面に叩き込んだ腕を横に振り回し、地面を削りながら背後のレイを狙う。

 レイは振り返って剣を盾に拳を受け流しつつ、勢いに逆らわずに後ろへ飛ぶ事で、ダメージを最小限に抑えた。

 

「かはっ!?」

 

 にも関わらず、優に数百メートルは吹き飛ばされ、バリケードに叩きつけられて、それなりのダメージを負う。

 戦闘継続に問題はないが、拳を受け流した腕は痺れ、剣にも少しヒビが入っている。

 殆ど完璧に受け流して尚、このダメージ。

 

(直撃すれば一貫の終わりだな……。しかも受け流す事すらほぼ不可能な怪力。全て避けるしかないか)

 

 冷静に戦い方を模索しつつ、即座に態勢を立て直して戦闘に復帰する。

 早く戻らなければ、仲間達に動揺を与えてしまうだろうから。

 その程度で瓦解する程弱くはないと信頼しているが、確実に少しは心が乱れる。

 遥か格上を相手にするなら、その心の乱れは致命的だ。

 

「このクソ悪魔ぁああ! 先輩の仇っすぅうう!」

 

 ……約一名、既に心が乱れきってるのがいた。

 新人故に精神力も未熟なハナが、レイと同じ雷剣を振り回してジュラゾーマに斬りかかっている。

 それをサポートするように他のメンバーが動くも、やはりジュラゾーマには傷一つ付けられない。

 ハナの剣も、ルドルフの魔法も、ミーナの矢も、ボヴァンの斧も、余裕のノーガードで弾き返していた。

 

 やがて、ハナが焦りで足をもつれさせ、大きな隙が生まれる。

 

「しまっ……!?」

「もらいだぜぇ!」

 

 ジュラゾーマの拳がハナに迫る。

 ハナのステータスでは、たとえ完璧に受け流せても、最悪即死。運が良くても重傷だろう。

 そうはさせじと、レイはジュラゾーマの前に飛び出し、ハナの首根っこを掴みながら回避した。

 

「せ、せんぱーーーい! 生きてたんすねーーー!」

「勝手に殺すな」

 

 ハナは回収できたが、このままでは決定打どころかダメージを通す手段すらなくジリ貧。

 さてどうすると思案を巡らせた時、レイの耳に生理的に無理な声が聞こえてきた。

 

「交代だ! 《ブレイブオーラ》!」

 

 声と同時に、全身に光のオーラを纏った当代勇者がジュラゾーマに斬り込んでいく。

 その身体能力は、先程よりも明確に上がっていた。

 さすがに聖剣程の滅茶苦茶な強化率ではないが、聖女の支援に匹敵するくらいの力は増している気がする。

 

(聞いた事があるな。確か勇者固有のスキル『聖剣術』の技だったか)

 

 聖剣術。

 剣術のスキルの上位互換であり、勇者のみが振るえる特別な剣技。

 それによって習得できる技(ブレイブオーラ)は、発動中全ステータスを劇的に向上させ、更に己の攻撃全てに聖なる光を纏わせる事ができる。

 

「《ライトスラッシュ》!」

「おおう!?」

 

 光を纏った聖剣が振るわれ、初めてジュラゾーマの体に傷を付けた。

 聖なる光は魔物にとっての天敵である。

 いくら当代勇者の技術が稚拙とはいえ、聖剣、聖女の支援、《ブレイブオーラ》という三重の強化をかけた状態で相性最高の技を振り回せば、その攻撃は十二天魔にすら通用するのだ。

 

「うぉおおおお!」

 

 勇者の連続攻撃が、ジュラゾーマの体を削っていく。

 純粋なパワーでは未だにジュラゾーマが勝るが、互いの攻撃がぶつかった時、一方的にダメージを受けるのはジュラゾーマの方だ。

 それだけ相性差というものは大きい。

 

「《ホーリーランス》!」

 

 そこへ更に、同じく聖なる光の魔法を操る聖女の援護射撃。

 聖女の放った支援の魔法は、自分自身のステータスをも底上げしている。

 それによって万を超えた魔力のステータスによって放たれる、相性最高の一撃。

 これは効く。

 効かない訳がない。

 

 そして、レイも他のメンバーと一緒にジュラゾーマへの攻撃を開始する。

 有効打がない為、個人的には気乗りしないが、勇者と聖女のサポートが目的だ。

 顔付近に魔法を撃ち込んで視界を潰し、武器を当てて僅かでも体勢を崩させる。

 稚拙な動きをする勇者に合わせるのは大変だったが、なんとか連携として機能はした。

 ジュラゾーマの動きがそれ以上に稚拙だったのも大きい。

 

 レイ達以外の戦士達も、比較的弱い者に他の魔物の対処を任せ、強い者達は大多数がジュラゾーマ目掛けて殺到する。

 袋叩きだ。

 有効打は勇者と聖女の攻撃だけだが、これだけの精鋭達がサポートに回る事によって、確実に戦闘を有利に進められていた。

 ジュラゾーマの攻撃はことごとく邪魔され、こちらの攻撃は全てが命中する。

 一方的な展開と言えるだろう。

 ジュラゾーマは常軌を逸した防御力で耐えてはいるが、確実にダメージは蓄積している筈だ。

 ならば、いつかは倒れる。

 何人かの楽観的な者達が勝利の予感に胸を踊らせた、その時。

 

「で? これで終わりか?」

 

 ジュラゾーマが余裕の表情でそんな事を呟いた。

 そして、またしても勇者目掛けて大きく拳を振りかぶる。

 軌道が見え見えのテレフォンパンチを、しかし攻撃に意識を集中していた未熟な勇者は避けられず、咄嗟に聖剣でガードした。

 

「ぐっ!?」

 

 未だにパワーではジュラゾーマの方が上。

 つまり、守りに入れば上から押し潰される。

 

「そら、もういっちょ!」

「がはっ!?」

 

 更に、もう片方の腕による強烈なボディブローが勇者の腹に突き刺さる。

 まさか、こんな単調な攻撃に対処できない勇者がいる訳ないというサポート組の思い込みの隙を見事に突いた一撃により、勇者は吹き飛ばされてバリケードに叩きつけられ、そのままバリケードを突き破って遥か遠くまで飛んでいった。

 帰って来る様子はない。

 気配は感じるから生きてはいるのだろうが、気絶くらいはしていそうだ。

 

「確かこういう時、人間は、た~まや~! って言うんだったか?」

「ゆ、勇者様ぁ!」

 

 呑気に勇者が飛んでいった方を見詰めるジュラゾーマと、悲鳴を上げる聖女。

 その聖女は反射的に勇者を助けに行こうとしたが、ここで自分まで抜けてはジュラゾーマに対抗できないと判断したのか、苦悶の表情で踏みとどまった。

 

「回復魔法の使える人はすぐに勇者様を助けに向かってください! 残りの人達は、私と一緒にこの魔物の対処を!」

「「「は、はい!」」」

 

 勇者が倒されたという事に動揺しながらも、戦士達は聖女の指示に従って迅速に動いた。

 

「大丈夫です! 勇者様は必ず戻って来られます! それに、あの魔物は確実に消耗している筈です! 今なら私達だけでも……」

「消耗~? なんの話だ?」

 

 味方の動揺を静めようとしたのか、聖女が希望を大声で叫んだが、ジュラゾーマが呑気な声でそれを遮る。

 誰もが強がりだと思った。

 いや、思いたかった。

 しかし、現実は無情。

 

 ——ジュラゾーマの体からは、今まで与えた筈のダメージが、綺麗さっぱり消え去っていたのだ。

 

「最初に言っただろう? 俺は『不死身』のジュラゾーマだ! お前らに俺を殺す事なんてできやしねぇのさ!」

 

 そして、全快した怪物は再び動き始める。

 たった二人しかいなかった対抗戦力の片方を欠いた状態で、戦士達はこの化け物に挑まざるを得なくなった。

 それは、まさに悪夢としか言えない光景で……

 

「これが十二天魔……! 誰にも討伐できなかった最強の魔物か……!」

 

 その悪夢を見ている内の一人であるレイは、嘆きながらも気丈に剣を構え、真っ向から悪夢に立ち向かった。



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悪夢と救世主

「オルァアアアア!」

 

 ジュラゾーマが力に任せて暴れまわる。

 幸いな事に、ジュラゾーマの動きは雑であり、スピードもそれ程速くはない。

 技術とスキルを使えば、なんとか避けきれる範囲だ。

 故に、今のところは死者も出さず、重傷者も勇者一名のみという状況のまま、なんとか戦線を継続する事ができている。

 

 しかし、それは負けの先延ばしでしかない。

 何故なら、こちらの攻撃は聖女の聖光魔法しか効かず、それもすぐに回復されてしまう上に、向こうの攻撃は一撃必殺なのだから。

 何度当てても無意味なこちらと、一度当てれば一人を確殺できるジュラゾーマ。

 どちらが有利かなど考えるまでもない。

 このままでは、じきに体力が尽きた者からやられて敗北は必至だ。

 その前になんとかする必要がある。

 

「ハァアアアア!」

 

 レイは危険を承知で距離を詰め、ジュラゾーマの眼球に向かって突きを繰り出す。

 急所ならばダメージを与えられるかもしれないと思ったのだ。

 確かに、普通の魔物相手であれば、その判断は正しい。

 だが、今回は相手が悪かった。

 

「うお! いてぇ! やるじゃねぇか!」

「ッ!」

 

 レイの剣は、確かにジュラゾーマの眼球を貫いていた。

 しかし、眼球ですらとてつもない硬さ。

 刺さったはいいが、貫通はしていない。

 

(つくづく化け物だな!)

 

「《スパーク》!」

「あばばばばは! 痺れる~!」

 

 眼球から電撃を流し込んでやっても、ちょっと痛がるだけ。

 そうして刺して焼いて与えた傷も、瞬く間に再生していく。

 更には、顔に付いた虫を潰すかのように、掌で押し潰そうとしてきた。

 

「《ブレストウィンド》!」

 

 レイは即座に剣を引き抜き、ルドルフが放った風の魔法に乗って離脱。

 ジュラゾーマは自分で自分を叩いた。

 もちろん、ダメージなどない。

 

(嫌になるな!)

 

「《シャイニングノヴァ》!」

「あぢぢぢぢぢぢ!」

 

 唯一効くのは、やはり聖女の攻撃だけだ。

 光を束ねた光線がジュラゾーマを直撃し、肌を焼いてダメージを与える。

 それもすぐに治ってしまうのだが。

 勝ち筋があるとすれば、ジュラゾーマの動きを封じて、眼球から脳にかけてを聖なる光で焼く事くらいだろうか。

 

「《マッドスワンプ》!」

 

 それはルドルフもわかっているらしく、土魔法でジュラゾーマの足下を泥沼に変え、動きを止めにかかる。

 この程度で止まる相手ではないのはわかっているが、攻撃の起点くらいにはなるだろう。

 その隙を突くべく、撹乱組が一斉攻撃の準備に入った。

 

「ハッ! こういうのはやられ慣れてんだよ! オラァ!」

 

 しかし、明らかに暴れるしか脳のない脳筋のジュラゾーマが、予想に反して即座に最善手を打ってきた。

 拳を振り上げ、思いっきり泥沼を叩く。

 それだけで泥沼は弾け飛び、飛び散った泥が散弾のように戦士達の体を打つ。

 たかが泥。

 されど泥。

 高速で飛び散る液体には、想像以上の破壊力がある。

 この一撃だけで、何人かが骨折クラスのダメージを負った。

 

「ヤッホーイ!」

 

 そして、ジュラゾーマは泥沼から脱出し、近くにいた戦士達を手当たり次第殴ろうとする。

 最初に狙われたのは、うっかり泥の散弾を浴びてしまったドジっ娘ハナ。

 

「そらよ!」

「うわっ!?」

「ハナ!?」

「任せい! 《シールドフォース》!」

 

 そのハナを、近くにいたボヴァンが庇った。

 ボヴァンは片手斧と巨大な大盾を装備し、更に体をガチガチの全身鎧で固めている。

 ボヴァン自身も四千を超える防御のステータスを持ち、聖女の支援によって約七千にまで上昇した防御力は、盾と鎧の力もあって、ジュラゾーマの攻撃から確かに仲間を守った。

 

「ぬぉおおおおお!?」

「あひゃぁあああ!?」

 

 が、踏ん張る事はできずに吹き飛ばされた。

 盾は砕け、鎧はひしゃげ、背後のハナはボヴァンに下敷きにされて悲鳴を上げる。

 二人とも生きてはいるが、即座に戦線復帰するのは難しいだろう。

 

「次ぃ!」

「させません! 《ホーリーブラスター》!」

「あっぢぃ!?」

 

 ジュラゾーマは次の生け贄を求めて拳を振るおうとしたが、させじと放たれた聖女の魔法に身を焼かれる。

 結果、ジュラゾーマの標的は聖女に移った。

 

「お前はさっきから鬱陶しいんじゃぁ!」

 

 キレ気味に襲い来るジュラゾーマ。

 またしても大きく拳を振り上げ、その豪腕で華奢な聖女を仕留めようとする。

 だが、聖女を守るようにジュラゾーマの前に立ち塞がった男が一人。

 エルフの大魔法使い、ルドルフだ。

 

「とっておきをあなたに見せてあげましょう。《ディメンジョンゲート》!」

「ふぁ!? あ痛!?」

 

 ルドルフの使った魔法、難易度が高すぎる事で有名な空間魔法によって目の前の空間が歪み、ジュラゾーマの拳を飲み込んで頭の後ろから出現させた。

 目の前とジュラゾーマの後ろの空間を繋いだのだ。

 発動が難しく、早々連発はできない奥の手。

 そして、この魔法はここからが真骨頂。

 

「《クラッシュ》!」

「あがぁあああ!?」

 

 ジュラゾーマの腕を飲み込んだままの空間の歪みを消し去り、次元の断裂によって引き千切られたジュラゾーマの右腕が宙を舞う。

 ジュラゾーマが初めて本気の悲鳴を上げた。

 

「聖女様! 今です!」

「! ありがとうございます!」

 

 ルドルフが作ってくれた特大の隙。

 これを逃す訳にはいかない。

 聖女は咄嗟に、自分の手札の中で最も強力な魔法を発動した。

 残りの全MPを使い尽くすくらいのつもりで。

 

「《セイクリット・ヘブンズブラスター》!」

「おおおおおお!?」

 

 全てを染め上げるような純白の閃光が迸る。

 聖女の膨大なMP全てを費やされて発動された魔法は、咄嗟に盾にしたジュラゾーマの左腕を焼き尽くし、その全身を聖なる光で灰にしていく。

 聖女の渾身にして最後の一撃。

 

 光が収まった時、そこにはかろうじて元の姿の面影を残すだけの、焦げ炭になったジュラゾーマの残骸だけが残っていた。

 

「やっ、た……」

 

 聖女がMP切れの疲労感に苛まれながら、万感の思いを込めて呟く。

 ルドルフや見守っていた者達も安堵し、十二天魔の一角を落とした事へと歓喜が湧き上がりそうになった瞬間……悪夢は、どこまでも無慈悲にその続きを見せてきた。

 

 ジュラゾーマの体が凄まじい勢いで再生していく。

 焦げた体も、無くした腕も、その全てが元の状態へと回帰していく。

 それも、僅か数秒に満たない刹那の間に。

 追撃をする暇もなく、誰かが駆けつける暇すらなく、ジュラゾーマは傷一つない姿へと戻っていた。

 

「ふぅ。今のは効いたぜ。だけど何度も言っただろう? 俺は『不死身』のジュラゾーマ! 俺が死ぬ事はねぇ!」

「そ、そんな……」

「……まいりましたね」

 

 絶望。

 そんな感情が聖女を襲う。

 ルドルフも表情こそ冷静だが、詰みという言葉が脳裏にちらついていた。

 そんな二人に向かってジュラゾーマは……

 

「それじゃあ、そろそろ……死ねぇい!」

 

 無慈悲に拳を振り下ろした。

 他の者達は駆けつけられない距離。

 駆けつけられたとしても、二人を抱えて逃げる時間はない。

 これまでかと思う。

 

 だが……

 

「やぁあああああ!」

「あん?」

 

 一人の女剣士、レイが二人を守るべく走ってきた。

 振るわれるジュラゾーマの拳に対して、剣による受け流しを狙う。

 しかし、この豪腕は受け流す事すらほぼ不可能と、他ならないレイが判断した攻撃だ。

 ましてや、背後の二人を守る為に軌道を変えなければならないと思うと、かなり無謀な挑戦と言わざるを得ない。

 

(それでも!)

 

 ここで諦めては、背中を任せた後輩に顔向けができない。

 背中を任せたという事は、自分はこちら側を任されたという事だ。

 ここで負ければ、この化け物は街の方に向かうかもれない。

 なおさら、ここで負ける訳にはいかなかった。

 だが、これ程の力の差を受け流せるような剣技など……

 

(ある!)

 

 レイの脳裏に浮かぶのは、前に後輩が遥か格上である筈の魔物、パワードコングの一撃を受け流した技だ。

 剣に水を纏わせ、それを高速回転させる事で、攻撃の威力を極限まで吸収していた。

 自分の雷魔法で同じ事ができるかどうかはわからないが、やるしかない!

 

「《サンダーソード》!」

 

 剣に雷を纏わせ、それを高速で回転させる。

 質量がない代わりにMPを過剰に費やし、魔力その物で流すように。

 剣に入ったヒビが広がっていく。

 先代勇者に憧れ、聖剣に似せて特注で作ってもらった白銀の剣。

 それが壊れていく。

 そして、遂に剣は砕け散り……大きな代償と引き換えに、レイはジュラゾーマの拳を完全に受け流してみせた。

 

「だからどうしたぁ!」

 

 しかし、しかしだ。

 それで事態は好転しない。

 レイが稼げたのは、攻撃一回分の僅かな時間だけ。

 剣が砕けた以上、二度目はない。

 本当なら一緒に駆けつけていたミーナが聖女とルドルフを逃がしきり、業腹だが全ての攻撃を受け流しながら、当代勇者が復帰するまでの時間を稼ぐつもりだったのだが。

 

(上手くいかないものだな……。すまん少年。私は死ぬ)

 

 死を覚悟し、それでも最後まで砕けた剣を構えたまま、レイはジュラゾーマの攻撃に相対する。

 

「終わりだぁ!」

 

 そう、終わりだ。

 もうレイ達には、この攻撃を防ぐ手段がない。

 この距離では避ける事もままならないし、仮に避けてられても、力を使い果たして動けない後ろの聖女が死ぬ。

 もうどうしようもない。

 

 そう、どうしようもない。

 ()()()()()

 

 突如、レイ達の目の前の空間が歪む。

 空間魔法の特徴。

 一瞬ルドルフかと思ったが、彼のスキルレベルでは瞬時に空間魔法を発動する事はできない。

 なら、誰なのか?

 その答えはすぐに判明した。

 

 空間の歪みを乗り越えて、一人の人物がジュラゾーマの前に立ち塞がった。

 まるでレイ達を守るように。

 男か女かすらわからない人物。

 何故か、その正体が認識できない。

 ただ、その人物が身に纏った黒いマントと、目元を隠す黒い仮面だけが、やけに印象に残った。

 

 その人物からは強者の気配を感じない。

 だが、確実に強いという事はわかる。

 空間魔法の中でも難易度の高い魔法、テレポートを使いこなしている事もそうだが、何より……

 

 その人物は、手に持った黄金の剣で、ジュラゾーマの拳を完全に受け止めていたのだから。

 

「あん!? なんだテメェ!?」

 

 ジュラゾーマが大声で問いかける。

 その姿は絶対強者の余裕に満ちていたが、ほんの僅かに得体の知れない敵を警戒しているように見えた。

 

「ぼ……いや私は、そうだな……『勇者の幻影(ファントムブレイブ)』とでも名乗っておこうか」

 

 勇者の幻影を名乗る謎の人物。

 レイはその声にどこかで親しみを感じたような気がしたが、まるで認識を阻害されているかのように、その声もまた印象に残らない。

 しかし、これだけは明確に感じる。

 この人物の後ろ姿には、まるで憧れの先代勇者に守られているかのような、絶対的な安心感があった。



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20 一閃

 あ、危なかったぁ!

 ギリギリ間に合ったけど、滅茶苦茶焦ったぁ!

 だって、僕がマッハイーグル狩りでほんの5分くらい目を離した隙に、レイさん達が大ピンチに陥ってるんだもん!

 焦るよそりゃ!

 焦って思わず中二チックな名前を名乗っちゃうくらい焦ったよ!

 何『勇者の幻影(ファントムブレイブ)』って!?

 黒歴史確定なんですけど!?

 

「ふぁ、ファントムブレ……長いわ! 俺はお前を黒マスクと呼ぶ!」

 

 ほらぁ!

 中二過ぎて敵にまでツッコミ入れられちゃったじゃないか!

 恥ずかしい!

 

「だが、黒マスク! お前相当強ぇだろ! 俺ワクワクしてきたぞ!」

 

 どこの野菜星人ですか?

 今の装備に加えて、鑑定妨害リングの情報を一時的に白紙にする事で、強者特有の気配とかは完璧に隠蔽してるんだけどな。

 まあ、明らかに強そうなこいつの拳をサラッと受け止めてるんだから、気配をいくら隠しても無駄か。

 

 ちなみに、今装備してるマントとマスクのは便利グッズシリーズの一つだ。

 テレレッテレー、『宵闇マント』と『宵闇マスク』~。

 見ている人の認識を阻害し、まるで夜の闇に紛れるように正体を隠してくれる装備です。

 どっちも黒単色の装備だから、僕の日本人らしい黒髪と相まって、今の僕は黒ずくめの不審者にしか見えないと思う。

 ファントムブレイブを名乗る不審者……。

 通報されないといいな。

 

 そんな黒ずくめルックの中で異彩を放つのは、右手に構えた光輝く黄金の剣。

 SS級ダンジョンの奥地で手に入れた最高峰の武器『黄金剣ガラハッド』だ。

 僕の見てきた武器ランキングでは、聖剣に次いで堂々の二位。

 これくらいの武器じゃないと、レベルカンスト勇者の本気には耐えられない。

 ちなみに、武器ランキング二位は同率で何個かあるんだけど、僕の戦闘スタイルに一番合ってるのがガラハットだった。

 こんな派手な見た目に反して、効果はひたすら頑丈で切れ味が良くて、魔力の伝導率も高いっていうシンプルなものだし。

 

 でも、そんな武器を持ち出さなきゃいけない程、目の前の相手は強い。

 濃密な強者の気配に加えて、レイさん達がたった5分で壊滅させられた事からも、それは明らかだ。

 

━━━

 

 グレーターデビル Lv70

 名前 ジュラゾーマ

 

 HP 18444/20000

 MP 0/0

 

 攻撃 15000

 防御 20000

 魔力 0

 抵抗 18000

 速度 5500

 

 スキル

 

『超高速回復:Lv8』

 

━━━

 

「そう言うお前も中々に強そうだな」

 

 強ぇ奴にワクワクしてると宣ったジュラゾーマという魔物にそう返す。

 なお、正体を隠す為に口調は変えております。

 

「おうとも! 俺の名はジュラゾーマ! 魔王軍幹部十二天魔序列十一位『不死身』のジュラゾーマだ! よろしくな!」

 

 ああ、やっぱりこいつが十二天魔なんだ。

 道理で強い訳だよ。

 昔の魔王軍幹部と比べても、かなり上の方と言えるくらいに強い。

 上の中……いや鈍足な上に魔法系ステータスが0な事を考えると上の下くらいか。

 ただし、その代わりに『超高速回復』なんてスキルを持ってる。

 人間のスキルが技術なのに対して、魔物のスキルは特殊能力や身体機能だ。

 偏ったステータスも含めて、ここまで防御力に特化した魔物は珍しい。

 有効打を持たない格下相手なら無双できるタイプ。

 これで序列が下から二番目なんだから、当代魔王軍も侮れないな。

 

 でも、最悪の想像は外れてて良かった。

 いや、ちょっと思ってたんだよね。

 十二天魔なんて、まるで四天王みたいな名前名乗ってるから、下手したら全員昔の四天王に匹敵する化け物集団なんじゃないかって。

 いくら戦力飽和時代とはいえ、そんな化け物集団とぶつかってたらもっと人類が追い詰められてる筈だし、ないとは思ったけども。

 

 実際、その通りで助かった。

 ジュラゾーマは確かに強いけど、昔の四天王には到底及ばない。

 あいつら、一番弱い奴でも全ステータス三万オーバーとかいうふざけた化け物だったし。

 当時のレベルがまだカンストしてなかった僕じゃ、伝説の武器なしだと倒せなかったからね。

 レベルカンストした今だって、伝説の武器なしだと確実に勝てる自信はない。

 そもそも、今の僕は本格的な戦いから遠ざかって鈍ってるし。

 なら、目の前のジュラゾーマに負ける可能性だってある。

 気を引き締めていこう。

 とはいえ……

 

「行くぞぉ!」

 

 ジュラゾーマがわざわざ宣言してから突撃してくる。

 その正々堂々の精神は嫌いじゃないけど、今の僕はそれに付き合ってる余裕がないんだ。

 さっきまで全速力で飛び回りながらマッハイーグル狩りをし、その間中、というか今もずっと空間魔法と土魔法を発動し続けて、身代わりゴーレムの操作を行ってる。

 身代わりゴーレムの方にも遂にスタンピードの魔物達が到達したから、結構大変だ。

 何せ、身代わりゴーレムの所には目が届かないし。

 目隠ししながら、気配だけを頼りにゲームのキャラを操作してる感覚。

 しかも、偽装ステータスに合わせた稚拙な動きを心掛けないといけないというオマケ付きで。

 ぶっちゃけ、キツイ。

 そろそろ、一番キツイ空間魔法だけでも解除したい。

 

 だから、━━悪いけど、早く終わらせる。

 

 ジュラゾーマが拳を振りかぶる。

 野性味溢れる、大雑把で稚拙な動き。

 ただし、その力は技術なんて必要ない程の剛力。

 その姿が、つい最近戦った魔物と被って見えた。

 あのゴリラ、パワードコングと。

 そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、今の状況に思う所が生まれる。

 

「……あの時とは逆ですね」

 

 ふと、そんな事を小声で呟いていた。

 あの時は、力を隠したかった僕を後ろに庇いながら、駆けつけたレイさんがゴリラを瞬殺してくれた。

 そして、今はそのレイさんが僕の後ろにいる。

 あの時とは逆。

 なら、これは恩返しの絶好のチャンスだ。

 

 下から上に振り上げるように剣を振るう。

 聖剣術のスキルにより、聖なる光を纏った黄金の剣を。

 それによってジュラゾーマの拳を迎撃し、その右腕ごと消し飛ばした。

 

「……は?」

 

 唖然とするジュラゾーマ。

 動揺から立ち直る前に、さっき上に振り上げた剣を構え直す。

 大上段に構えた剣を両手でしっかりと握る。

 そして、振り下ろした。

 

「《ライトスラッシュ》」

 

 今度は、上から下へ振り下ろしの斬撃。

 一閃。

 それは、咄嗟に防御に回そうとしたジュラゾーマの左腕を斬り裂き、━━左腕ごと体を縦に引き裂いた。

 

「な……あ……!?」

 

 真っ二つとなったジュラゾーマが驚愕の表情で僕を見る。

 魔物だけあって即死はしてないけど、大抵の魔物は体を引き裂き、脳を破壊すれば死ぬ。

 それは悪魔も例外じゃない。

 『不死身』を自称していたジュラゾーマだけど、それは異様に高い防御力と凄まじい再生能力を持つが故。

 再生するよりも早くHPを削り切られたら、回復よりも早く死んだら、当然復活する事はない。

 

「《ストーム・ライトスラッシュ》」

 

 でも、一応念の為に嵐のような光の連撃によって、体を細切れにしておいた。

 そこまですれば当然、ジュラゾーマのHPは急速な勢いで0となり……不死身を自称した悪魔は、一瞬にして死を与えられた。

 ジュラゾーマの体が光の粒子となって消滅していく。

 

「い、一瞬で……!」

 

 後ろからそんな声が聞こえた。

 レイさんの声だ。

 チラッと振り返ってみると、凄いキラキラした目で僕の事を見てた。

 ヒーローショーを見にきた子供のような……。

 あ、そこはかとなく嫌な予感が。

 考えないようにしとこう。

 とりあえず、今すべき事は、

 

「《エリア・エクストラヒール》」

 

 この場にいる人達全員を対象に広範囲の回復魔法を使う。

 神癒魔法を除けば地味に最高位の回復魔法を、僕の三万近い魔力のステータスで発動した訳だし、これで大体の人は全快したと思う。

 気配の数的に死んだ人もいないっぽい。

 ジュラゾーマに壊滅させられそうになってるの見た時はヒヤッとしたけど、なんとか戦死者0の目的は達成できそうだ。

 良かった。

 

「後はお前達でどうにかしろ」

 

 キャラ付けの尊大な口調でそう告げ、僕はテレポートを発動。

 街とダンジョンの間にある待機地点に戻った。

 やっと普通に身代わりゴーレムの気配が感知できるようになったので、空間魔法を解除。

 後は大どんでん返しがないように注意して最後まで見守るだけだ。

 

 

 その後、懸念した大どんでん返しなんて起きる事なく、街の戦いもダンジョンの戦いも無事に完全勝利を納め、一件落着と相成った。

 僕はダンジョンの戦いが終わったのを見届けてから、しれっと身代わりゴーレムと入れ替わり、そのまま街に帰還。

 こうして、スタンピードの戦いは終わりを告げた。

 疲れた……。

 受付嬢さんに無事を報告したら、早く帰って寝よう。



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21 襲来!

「ふぁぁ……」

 

 戦いの後。

 報酬は後日、活躍に応じた分を用意されるという事になり、その仕事に駆り出される受付嬢さん(無事でよかったぁ! って泣いてた)に挨拶してからギルドを去って、家で寝る事数時間。

 外はすっかり夜になっており、月明かりと星明かりだけが夜空を照らしている。

 そんな時間に僕は目覚めた。

 ……いくら身代わりゴーレムとかのやり慣れてない事したからって、あの程度の戦いで疲れてこんなに寝ちゃうなんて。

 いや、体力的には余裕なんだけど、精神的に疲れたというか。

 遠距離からの感知、ゴーレムの遠隔操作、空間魔法の連続発動、それをしながらの戦闘。

 並列処理でこれだけ同時にやれば疲れもするか。

 でも、これからもやる機会があるかもしれないし、慣れる為に練習とかしとこうかな。

 

 そんな事を思ってた時、コンコンと扉がノックされた。

 部屋の外には知ってる気配。

 

「はーい」

 

 不審者じゃないので、僕は返事をしながらベッドから降りて扉を開けた。

 

「やあ。こんばんは、少年」

「こんばんは、レイさん」

 

 そこにいたのは、パジャマみたいな服を着たレイさんだった。

 シンプルだけど装飾がある女の子っぽいパジャマで可愛い。

 だが、ちょっと待ってほしい。

 パジャマ姿で男の部屋を訪れる事もそうなんだけど、パジャマが、その、思ったより布地が薄いというか……お胸が……。

 

「よっと」

 

 煩悩に耐える僕の事なんかお構い無しに、レイさんはさっきまで僕が寝てたベッドに座った。

 やめてください。

 誘ってるんじゃないかと勘違いしそうになる行動はやめてください。

 童貞には効果抜群です!

 

「少年、君もこっちに座ってくれ。早く」

 

 そう言いながら、自分の隣をポンポンと叩くレイさん。

 だからやめて!

 童貞には効果抜群だから!

 

「い、いやー、さすがに恋人でもない男女が同じベッドの上に並んで座るというのは……」

「私の誘いが受けられないと?」

「とんでもないです!」

 

 なんかやけにドスの利いた声がレイさんから出てきた!

 その迫力に屈してレイさんの隣に座る。

 と同時に、レイさんから僅かに漂ってくるアルコールの匂い。

 この人、ちょっと酔ってる!

 

「そ、それで、どうしたんですか? こんな夜中に?」

「ちょっとな。それと、ミーナとハナに部屋を追い出された」

「え!?」

 

 ミーナさんはともかく、レイさんを慕ってるハナさんにまで追い出されたの!?

 異常事態だよ!

 

「……何やったんですか?」

「それがさっぱりわからないんだ。ただ戦いが終わってからずっと、ファントムブレイブ様の事を語り続けていただけなんだが」

「あー……」

 

 レイさん、なんかキラキラした目であの中二の塊の事見てたからね。

 様とか付けちゃってるし。

 しかも戦いが終わってからずっとって事は、帰り道でも帰ってからもずっとって事でしょ?

 何時間話してたんですか……。

 しかも、最終的には酔いながら。

 そりゃ追い出されるよ。

 好きなキャラを語り出したら止まらないオタクか!

 

 とか思ってたら、突如レイさんの目の焦点がブレて、どこか遠くを見始めた。

 僕は思った。

 ああ、スイッチ入っちゃったか。

 

「あの人はまさに私の理想だ! 私達をあっさりを蹂躙した、それこそ千人規模の軍隊でもなければ対抗できないような化け物を一撃で倒してみせた圧倒的な強さ! 尊大に振る舞ってはいたが、所々で滲み出る優しさ! 聞けば今回の戦いは戦死者が0だったそうじゃないか! きっとファントムブレイブ様が陰ながら助けてくれたからに違いない! 最高だ!」

「ソ、ソウデスネー」

「あのファッションも凄くカッコよかった! 謎に包まれた最強の戦士……いい! きっと、あの仮面の下は何らかの手段で生きていた先代勇者様ご本人じゃないかと思うんだ! そうでもなければ、あの強さは説明できない! それを隠し、見返りなどいらないとばかりに無償で私達を助けてくれた! まるでそれが当然の事であるかのように! ああ、本当に素晴らしいお方だ! 君もそう思わないか!?」

「デスネー」

「それから、それから……」

 

 その後、レイさんは何度か会話がループしながら、実に一時間に渡って語り続けた。

 ただ相槌を打つだけじゃ足りず、たまに「聞いてるのか!?」と言ってくるのが実に鬱陶し可愛い。

 これを何時間も聞かされ続ければ、そりゃ部屋から追い出したくもなるだろう。

 この人、もしかしなくても話し足りなかったんだろうなぁ。

 それで聞いてくれる相手を求めて僕の部屋まで来るとか相当だよ。

 これは、更にレイさんの性癖を拗らせてしまった気がしてならない。

 下手したら、もう手遅れなんじゃ……。

 ごめんなさい、ルドルフさん。

 僕があんな黒歴史を晒したばっかりに。

 

「ふぅ」

 

 僕が内心でルドルフさんに土下座していた時、一通り語って満足したのか、レイさんは一息吐いた。

 そして、やっと焦点の合ってきた目で僕の事を見る。

 

「少年、君はどうだった? 今日の戦い」

「僕ですか? うーん、まあ、必死って感じでしたね。がむしゃらに目の前の敵を倒してたって感じでした」

「ああ、受付嬢さんから聞いたよ。大活躍だったそうじゃないか。戦いが終わった後、疲れ果ててすぐに帰ってしまうくらい頑張ってくれたとか」

「ええ、まあ」

「……そうか。くくっ、やはりそうか」

 

 その瞬間、何故かレイさんは突如獲物を見定めた猛禽類のような鋭い目付きになり、僕の背筋に悪寒が走った。

 な、何事!?

 

「今の言葉で最後の確信を得たよ。……単刀直入に言おう」

 

 そう言ってレイさんはベッドから立ち上がり、未だベッドに腰掛けた僕を見下ろしながら、ビシッと名探偵のように僕を指差して言った。

 

「ファントムブレイブ様の正体……それは君だ!」

「なっ!?」

 

 な、なんでバレたの!?

 しかも、こんな酔っぱらいに!

 まさに核心を突いたレイさんの言葉を前に、ただ僕は驚く事しかできなかった。



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22 名探偵

「じょ、冗談キツイですよー……。第一、ファントムブレイブが現れた時に僕は街の防衛に就いてたんですよ? レイさんは酔って変な事を言ってるんです。今お水を……」

「確信に至った根拠はいくつかある」

 

 はぐらかそうとしたけど、レイさんは酔っぱらいとは思えないキリッとした顔で推理を語り始めてしまった。

 

「まず一つ目。私がファントムブレイブ様のファッションを話題に出した何回目かの時、君は小声で言ったな。『あれはちょっとどうかと思いますけどね……』と! それを耳敏くキャッチし、私はこう返した。『どこがだ!? 言え! 言ってみろ!』とな」

 

 あ、あー。

 確かにあったよ、そんな会話。

 会話がループし過ぎて、もう何度目かわからないくらいあの中二ファッションを過剰に持ち上げられて、思わず声が出ちゃったんだ。

 そういえば、レイさんはあの時、やたらしつこく問い質してきたような……。

 酔っぱらいの絡み酒だと思ってたけど、まさか……!?

 

「それに対して君は全力で目を泳がせながらこう言った。『黒仮面に黒マントの全身黒ずくめに黄金の剣とか、中二臭くてちょっと……』と。おかしいなぁ。私は具体的なファントムブレイブ様の格好なんて口にしていないぞ?」

「ほ、他の人に聞いたんですよ」

「確か、君は戦いが終わってすぐに帰ったんだったな。ならば、ダンジョンから帰って来た者達の会話は聞いていない筈だ。そうなると、私がいきなりファントムブレイブ様などと言い出して『なんですかそれは!?』というツッコミがないのもおかしい」

「うっ……!」

 

 しまった!

 ハメられた!

 

「そもそも、戦いが終わってすぐに帰ったというのも妙な話だ。君の性格を考えれば、どんなに疲れていても、私達の無事を確認するまでは帰らない。そうだろう?」

「……僕はそんなに優しくないですよ?」

「いや、それはないな。ないない」

「断言された!?」

 

 しかも、ないを三回くらい言われた!

 なんで!?

 僕、そんなに優しそうなイメージあるの!?

 

「優しくない奴は、自分の秘密がバレる事を覚悟で誰かの為に力を使ったりしないだろう。パワードコングの時もそうだ。あれは駆け出し冒険者が対峙して逃げ切れるような甘い相手ではない。あの時は決定的な証拠がなかったからこそ、単純なハナ以外は全員が訝しみつつも見逃したが、冷静に考えれば明らかにおかしい。こうして他の証拠が出てくれば疑われるくらいにな」

 

 あー……やっぱり、あれは結構致命的だったのか。

 でも、あそこで駆け出し三人組を見捨ててればよかったとは思わない。

 それは優しさ云々以前に、人として当然の事だ。

 

「君はパワードコングの時、君は明らかに力を隠していた。これが二つ目の根拠だな。そして三つ目。決定的な証拠がある」

「そ、それは……?」

「それは……」

 

 レイさんが溜めを作る。

 今の僕は、名探偵に目の前でトリックを暴かれる犯人の気分だ。

 

「あの時、ファントムブレイブ様は小声で言ったのだ。『あの時とは逆ですね』と」

 

 あ、あああああ!?

 聞かれてたのか!?

 

「あの時とはどの時か。不思議に思ったが、記憶を辿ればすぐに思い至った。私がパワードコングから君を守った時だ。言われてみれば、ファントムブレイブ様が私を守ってくれた状況は、パワードコングから君を守った状況と酷似している。立ち位置も、倒し方でさえもな」

 

 そ、そういえば、僕がジュラゾーマを倒した方法。

 相手の拳を最初の一振りで消し飛ばして、次の一撃で真っ二つっていうのは、レイさんがパワードコングを倒した時と同じだ。

 いや偶然!

 それは偶然だから!

 でも、その偶然がレイさんに確信を与えちゃったのか……。

 偶然怖い……。

 

「唯一、街とダンジョンで同時に目撃されている事が謎だが、それも空間魔法を使えばなんとかなる。加えて、鑑定や強者の気配を誤魔化す未知の手段を持っているのであれば、それくらいのアリバイ工作ができる手段も持ち合わせている可能性は大いにあるだろう。これが私の推理だ。反論はあるか?」

「…………………ハァァ」

 

 これは、もうダメだ。

 証拠は揃ってるし、それ以上に、レイさんは確信を持った上で話してる。

 仮にここではぐらかせたとしても、僕がボロを出す度に新しい証拠を持ってくるだろう。

 口封じなんて物騒な手段をレイさん相手に取る訳にもいかないんだし……ゲームオーバーだ。

 

「……参りました。降参です」

「では、認めるんだな?」

「はい。僕がファントムブレイブです」

 

 そう言うと同時に、僕は常闇シリーズをアイテムボックスから取り出して装備した。

 ここまで来たら、ある程度正直に話してから誠心誠意お願いして黙っててもらうしかない。

 まあ、そんな事しなくてもレイさんはこういうのを吹聴するタイプじゃないと思うけど、それが誠意というやつだ。

 

「おお!」

 

 ファントムブレイブ状態の僕を見たレイさんの目が光輝く。

 キラッキラしてる。

 ヒーローショーを見に来た少年のように。

 でも気のせいかな?

 僕の勘違いじゃなければ、目力に憧れ以外の感情が混ざってるような……

 

「や、やはり何度見てもカッコいいな。だが、目の前で変身したのにも関わらず、いまいち君だと認識できない。その衣装に何か仕掛けがあるのか?」

「ええ。常闇マントと常闇マスクと言いましてね。見てる人の認識を阻害する効果があります」

「ふむ。幻惑魔法みたいなものか。鑑定や強者の気配もそれの応用か何かで欺いていたのか?」

「いえ、それは別のアイテムの効果ですね。確かにこれにもそういう機能はあるんですけど、日常生活には向きませんから。こっちの鑑定妨害リングが普段使い用でして」

「ふむふむ。なるほどなるほど」

 

 頷きながら、実に自然な流れるような動作で常闇シリーズを脱がせ、鑑定妨害リングを外すレイさん。

 そのままどこからか何か丸い物を取り出し、それに僕の手を置かせた。

 あれ?

 あまりにも自然にやられたから流されちゃったけど、僕は今何をされてるんだろう?

 というか、この丸い物にはどこか見覚えが……って、待って待って待って!

 

「ああ……やっぱりぃ」

 

 レイさんの目がトロンと蕩けた。

 例えるなら、状態異常『魅了』みたいな感じだ。

 レイさんが僕に触らせたのは、水晶玉みたいな物体。

 鑑定水晶。

 僕は今、それを鑑定妨害アイテムなしで触らせられていた。

 鑑定水晶が空中に僕のステータスを映し出す。

 偽装されていない、僕本来のステータスを。

 つまり、種族『勇者』、名前『カンザキ・ミユキ』とガッツリ書かれたステータスを。

 

「やっぱり! 君が! 先代勇者様!」

「ちょ!? レイさん!?」

 

 レイさんがいきなり抱き着いてきた!

 む、胸が!?

 たわわな果実が!?

 ヤバイヤバイヤバイ!

 童貞の理性が飛ぶ!

 

「レイさん落ち着いてください!」

「そうじゃないかと思ってたんだ! あの強さもそうだし、先代勇者様の話をした時に何故か吹き出してたし! あぁ……ずっと、ずっと憧れてました!」

「それは嬉しいんですけど、とりあえず離れてください! 当たってる! 当たってますから!」

 

 しかも、なんか凄いいい匂いがする!

 脳が蕩けていくような魅力的な異性の香りというか……ハッ!

 マズイマズイマズイ!

 理性がやられて変態みたいな思考が脳裏に浮かんだ!

 早く引き離さないと、今度は下半身の理性が飛びそうだ!

 そう思ってるのに、滅茶苦茶強くしがみついて離してくれない!

 

「あ……」

「い、いや、これはその……!」

 

 そして、遂に我慢の限界だよ!

 抱き着かれてるから、レイさんにはダイレクトにその事が伝わってしまう!

 

「ふふ、勇者様は私の事が好きか?」

「そ、そりゃ好きか嫌いかで言えば好きですけ、ど……!?」

 

 突然、唇に柔らかい感触が。

 更に、口の中に何かが侵入してくる感触。

 キ、キキキキキキキスされた!?

 しかも、結構ディープなやつ!

 

「ぷはぁ」

「レ、レイさん!? な、なななな何を!? こいうのは憧れとかじゃなくて、恋愛的な意味で好きな人としてください!」

「私は恋愛的な意味で君の事が好きだぞ」

「ッ! ……それは美化されて語られてる僕の幻影に恋してるだけですよ。僕はそこまで立派な人間じゃない」

 

 僕は、レイさんがイッちゃった目で語ってたような完璧超人なんかじゃ断じてない。

 全部後輩くんに押し付けて隠れてる卑怯者だ。

 残念だけど、レイさんの期待に応え切れる自信はない。

 絶対幻滅される。

 

「……確かに、そういう所がある事は否定しないし、むしろ私の愛情の結構な割合を占めてると思う」

 

 ほらね。

 やっぱり……

 

「でも、私は先代勇者様としての君だけじゃなく、この一ヶ月で見てきた君の事も結構好きだぞ」

「え?」

 

 そ、それは……

 

「力を隠してるくせに、酔ったボヴァンの前に躊躇なく立ち塞がり、疑われる事を承知でパワードコングと戦い、今回の戦いにも出てきてくれた。私がふて腐れて飛び出せば追いかけてきてくれたし、普段会った時の何気ない会話も楽しかった。……恋愛対象として見られるようになる前から、私は割と君にドキドキしてたんだぞ」

「ッ!?」

 

 何、その嬉しい言葉。

 しかも最後、ちょっと顔を赤くしながら言ってくるとか、滅茶苦茶あざと可愛い。

 

「理想を拗らせてた私が言うのもあれだと思うが……理想通りじゃなくてもいい。完璧じゃなくてもいい。ただ、初恋の人で、気になる男の子だった君に好きだって伝えて、お互いにこれから好きになっていけたら最高だと、今はそう思うよ」

「!」

 

 優しい笑顔と一緒に告げられた言葉。

 それは意固地になってた僕の心を解かすような力があって。

 心の壁を一枚一枚丁寧に剥がして、心に染みてくるような、そんな感覚がした。

 ああ……誰かにここまで想ってもらえるっていうのは、こんなに心にくるものなのか。

 何かこみ上げてくるものがある。

 よくわからないけど泣きそうだ。

 そんな僕の前でレイさんはパジャマをはだけさせて……

 

「って、何やってるんですか!?」

「いや、既成事実を作っておこうかと。ボヴァンも、少しでもチャンスがあれば全力で掴めって言ってたし」

「だからって!」

「……君は、私じゃ嫌か?」

「ッ!」

 

 ちょっと涙目になった、いじらしい姿のレイさんを見て……嫌だなんて言えると思いますか?

 

「…………嫌じゃ、ないです」

 

 むしろ、心臓をぶち抜かれる程可愛いと思ってしまいました。

 そんな僕に拒否権なんてあろう筈もなく……

 

「そ、それじゃあ……い、いただきます」

「あ、ちょ、待っ……!?」

 

 そうして、この日、僕はレイさんに美味しくいただかれてしまったのだった。

 でも、顰蹙を買うのを承知で言わせてほしい。

 

 滅茶苦茶気持ちよかったです。



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23 朝チュン

「ふぁぁ……」

 

 目が覚めた時、窓の外はすっかり明るくなっており、僕の隣には裸のレイさんがスースーと寝息を立てながら眠っていた。

 ……昨晩はお楽しみでしたね。

 いや、本当に。

 レイさんはどっちかと言うと攻めだと思う。

 後半は体力の差で逆転したけど。

 

 ……昨晩の記憶は鮮明に残ってる。

 別にお酒とか飲んでた訳じゃないし、記憶が飛ぶような要素はない。

 というか、あんな甘美な体験忘れられる訳がない。

 お互い素人同時のぎこちない初体験だったけど、心の底からドロドロに溶けるかと思う程気持ちよかった。

 多分、一生忘れないだろう。

 

 でも、レイさんの方は覚えてるかちょっと心配だ。

 若干お酒の匂いしてたし。

 もしも記憶が飛んでて、「キャー! エッチ!」なんて事になったら、僕は警察に出頭するしかない。

 

「うぅん……」

 

 そんな事を思ってる内に、レイさんが身動ぎして目を開けた。

 起きたみたいだ。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

 声をかけてみるとレイさんは……にへらって感じで笑った。

 あ、これは覚えてるな。

 よかった、警察沙汰は避けられそうだ。

 というか、この油断しきった笑顔可愛い。

 

「ふふ、昨晩はお楽しみだったな」

「お互い様ですね」

 

 そう言って、レイさんは僕の胸に飛び込んできた。

 そっと背中に手を回して抱き締める。

 昨晩の経験で学んだけど、どうやらレイさんはこうやって抱き締められるのが好きらしい。

 ……それはそれとして、こんなに押し付けられたら朝から元気になっちゃいそうで困るけど。

 

「あ、あの~、レイさん?」

「なんだ? どくつもりはないぞ?」

「いや、そうじゃなくてですね」

 

 ……これを言うには中々に勇気がいるな。

 けど、ヤってしまった以上、言うしかないだろう。

 覚悟を決めろ!

 

「その……せ、責任は取りますから!」

「……ふぇ?」

 

 いや、「ふぇ?」じゃなくて!

 

「子供が出来るような事をしてしまった以上、男としてしっかり責任は取ります。……なので、レイさん」

 

 硬直するレイさんの肩を持って少し離し、真剣な顔で正面から目を見ながら、僕は言った。

 

「結婚してください!」

「!?」

 

 その言葉を告げた瞬間、レイさんの顔が一瞬で真っ赤に染まった。

 そして、アワアワとし始める。

 可愛いけど、今は返事が欲しい。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 結婚……いきなり結婚か!? お付き合いとかそういうのすっとばして!?」

「避妊してたんだったらそういうのもアリだったんでしょうけど……その、思いきっりヤっちゃいましたし」

 

 正直、この一回で出来ててもおかしくないレベルで。

 だったら、早急に責任を取るのが男というものだと思う。

 

「嫌、ですか?」

「そ、そんな事はない! むしろ、バッチコイだ! でも、その、心の準備がまだというか……!」

 

 めっちゃ慌てるレイさんは可愛い。

 セッ……肌を合わせたせいか、それとも正体ごと受け入れてくれたからか、さっきからやたらレイさんが可愛く見える。

 これは多分、そういう事なんだろうなぁ。

 我ながらチョロいと思うけど、男なんてそんなものなのかもしれない。

 

 僕は慌てるレイさん頬っぺたに両手を添えて、正面からキスをした。

 

「!?」

 

 なんか、レイさんから、ボンッ! って音が聞こえてきたような気がする。

 そんな何かが爆発して真っ赤っ赤になったレイさんをもう一度胸に抱きながら、耳元で告げる。

 

「レイさん。多分、僕はもうあなたが好きです。そして、これからもっと好きになっていくと思います。だから……結婚してください」

「は、はひぃ……」

 

 よし。

 随分と茹だった返事だけど、言質は取った。

 こんなに嬉しいのは久しぶり……いや、人生初かもしれない。

 まったく、告白する時は秘密を打ち明ける覚悟をしなくちゃいけないと思ってたから、こんな穏やかな気持ちでプロポーズできる日が来るとは思ってなかったよ。

 まさか、あんな強引に秘密を暴き出されて、告白するんじゃなくて告白されて、秘密ごと美味しくいただかれるとは思わなかった。

 こんな形で覚悟が木っ端微塵にされるなんて。

 人生何が起こるかわからない。

 でも、僕は凄く幸せだ。

 

「これからよろしくお願いします、レイさん」

「あ、ああ、少年……勇者様……? なんて呼べばいい?」

「ふふ、そこは普通に名前でいいですよ」

「わ、わかった。名前、名前か……」

 

 レイさんは僕の腕の中で少しモゴモゴしてから、

 

「ふ、不束者だが、よろしく頼む。ミユキ」

 

 ゼロ距離からの上目遣いで、耳まで真っ赤にしながら、そんな台詞を言ってきた。

 ……色んな意味で凄まじい破壊力だった。

 思わず食べちゃいたくなるくらいに。

 

「レイさん……すみません!」

「へ!?」

 

 その後、朝一で昨日の続きが開催され、お昼頃にルドルフさんが訪ねて来るまでシッポリやってしまった。

 慌ててお湯で体を拭いて着替えてから出迎えれば、ルドルフさんは全てを察した顔で「ウチの娘をよろしくお願いします」と言い、レイさんは再び真っ赤っ赤に。

 それから、食堂に降りて他のメンバーにも報告を済ませた。

 ハナさんは驚愕し、ミーナさんは意味ありげに目を細め、ボヴァンさんは凄く複雑そうな顔で祝福してくれた。

 

 こうして、僕は可愛いお嫁さんを貰ったのだった。



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24 別れと始まり

「皆、今まで世話になった」

 

 レイさんと一線を越えてから一週間後。

 僕達は宿屋の前で、旅立つ『天勇の使徒』のメンバーを見送っていた。

 

 あの後、天勇の使徒はスタンピードで多くの魔物を吐き出し、一時的に弱体化したA級ダンジョンを速攻で攻略した。

 なお、後輩くん達は新しい神託が下ったとかで、手伝わずにどっか行っちゃった模様。

 去り際にちょっとすれ違ったけど、「俺もまだまだだな」とか言って、聖女さんに慰められてた。

 自分の弱さを反省してるみたいで何よりなんだけど、まだ必死さが足りないというか、死にかけたという自覚がないように見えたのがちょっと心配。

 負けイベントとでも思って、まだゲーム感覚が抜けてない可能性がある。

 でもまあ、それはこれからの戦いで自然と払拭されていくだろう。

 

 それはともかく。

 A級ダンジョンを攻略した天勇の使徒はこの街に留まる理由がなくなり、本日旅立ちとなった訳だ。

 ちなみに、その攻略には僕も参加した。

 交流を深める為というか、レイさんを任せるに足る男かどうか確かめられたというか、そんな感じで。

 その試験に無事合格判定を出され、ついでにこの功績でC級冒険者になった僕は、レイさんを娶る事を許されて正式に結婚。

 レイさんは僕と一緒にこの街に留まり、天勇の使徒を脱退する事となった。

 てっきり、僕はレイさんが脱退するんじゃなくて、僕が天勇の使徒に入る事になると思ってたんだけど、それをレイさん本人が断った形だ。

 

「魔王と相討ちになって一度死んだ君を、またしても戦いの日々に駆り出そうとは思わないよ。君には穏やかに暮らす権利がある」

 

 と、レイさんは言っていた。

 「それに、そろそろ私も引退したかったし」とも。

 そこまで言われたら、その気遣いを無駄にする訳にはいかない。

 幸いと言うべきか、レイさんは常々冒険者からお嫁さんに転職したいと仲間にも漏らしてたらしいので、いい機会だったのだろう。

 

「レイぜんばいぃ! 寂じぐなるっずぅ!」

「よしよし、落ち着けハナ。別に今生の別れではないぞ」

 

 それでも別れを惜しむ人は当然いて、ハナさんは号泣しながらレイさんにすがり付いてる。

 ジュラゾーマ戦やA級ダンジョン攻略でレベルを上げた今、ハナさんは立派なレイさんの後継者だ。

 これからも頑張ってほしい。

 

 ミーナさんとボヴァンさんもレイさんの所へ行って、思い思いの別れの言葉をかけていた。

 僕はそれを温かい目で眺めてたんだけど、ただ一人、ルドルフさんだけは僕の方にやって来る。

 

「ミユキくん。何度も言いましたが、最後にもう一度だけ言わせてください。レイくんを頼みましたよ」

「はい。絶対に幸せにしてみせます。命懸けで」

「よろしい。とても頼もしい言葉です」

 

 ルドルフさんはそうして微笑んだ後、何故かちょいちょいと手招きしてきた。

 不思議に思いながらも近づくと、ルドルフさんは僕の耳元に口を近づけて、小さな声で内緒話を始める。

 

「それと、言い忘れていたので、この場でお礼を言っておきます。……その節はどうもありがとうございました、ファントムブレイブさん」

「ぶっ!?」

 

 突然の名推理に思わず吹いてしまった。

 でも、これはよく考えれば予想できた事態だ。

 

「あー……やっぱり、バレてましたか」

「ええ。レイくんがあそこまで露骨にニヤニヤしていればさすがにね」

「ですよねー……」

 

 レイさんはあの中二の塊こと、ファントムブレイブを見てからキラキラした目で仲間達にその素晴らしさを語り続けていたという。

 それが次の日の朝には、真っ赤な顔でニマニマしながら、僕と手を繋いで結婚報告だもの。

 むしろ、バレない方がおかしい。

 

「やっぱり、皆さんにバレてますよね、そりゃ……」

「いえ、ミーナくんとボヴァンくんは察してるでしょうが、ハナくんはわかりませんよ。あの子はなんというか、頭の出来が少々アレな子なので」

「あー……」

 

 それは、なんとコメントしていいやら。

 

「ちなみに、私は君が先代勇者様だとも思っているのですが、当たっていますか?」

 

 ああ、しかもそこまでバレてるのか。

 どうしよう?

 ここは素直に認めるべきなのかな?

 

「えっと、その……」

「ああ、答えづらい質問でしょうから、答えなくて結構ですよ。ただ、君が本当に先代勇者様なのであれば、いずれで構いませんので、エルフの総本山『エルドランド精霊国』にお越しください。そこにあなたを待っている人がいます」

「え? それって……」

「リーダー!」

「おっと、時間切れのようですね」

 

 詳しい話を聞く前に、ルドルフさんはレイさんに呼ばれてあっちへ行ってしまった。

 これは、元々そんなに詳しく話す気もなかったのかもしれない。

 行ってみてからのお楽しみとか、そういう事なのかも。

 

 まあ、それはそれとして。

 

「ルドルフさん、ちょっと待ってください。これを」

 

 僕はルドルフさんを呼び止め、袖の下を渡す感覚である物を手渡した。

 正体がバレたついでみたいなものだ。

 

「これは?」

「お守りみたいな物です。ダンジョン攻略を続けるのなら、もしかしたら役に立つかもしれません」

「いいんですか?」

「ええ。多分、僕にはもう必要ない物ですから」

「……そうですか。そういう事であれば、ありがたく頂戴しておきます」

 

 そう言って、ルドルフさんは渡したブツをアイテムボックスに仕舞い、改めてレイさんの所へ向かった。

 

「お待たせしました。なんですか、レイくん」

「その、リーダーには改めてお礼を言っておこうと思ってな。……リーダーと師匠は私を拾ってくれた恩人だ。今まで、本当にありがとうございました!」

 

 レイさんが深々と頭を下げる。

 その言葉には、本当に本気の感謝の気持ちが込もっているように感じた。

 ルドルフさんはちょっと涙ぐんで少し迷った後、そんなレイさんの頭に手を置いた。

 

「レイくん……体にだけは気をつけて、どうか幸せになってくださいね」

「はい。……師匠にもよろしく伝えてほしい」

「それは自分で伝えなさい。生活が安定してきて、新婚旅行でもする気になったらでいいので、自分の足で伝えに行きなさい」

「……わかった」

「よろしい。私もたまにテレポートで様子を見に来るので、今度は君の子供の顔でも見せてくださいね」

「ああ! もちろんだ!」

「ふふ、よろしい。では、また」

 

 そうして穏やかに別れを済ませ、ルドルフさん達は旅立った。

 それぞれの言葉を残しながら。

 

「レイ先輩! お達者で!」

「末永く爆発しやがれ、こんちくしょう!」

「ふぁぁ……せいぜい仲良くやんなさい、バカップル」

「ああ! 皆も元気でな!」

「またお会いしましょう!」

 

 彼らの姿が見えなくなるまで、僕達は手を振り続けた。

 そして、完全に姿が見えなくなった後、レイさんは少し寂しそうな顔をして……

 

「さあ、これからは二人での新生活だ! 忙しくなるぞ、ミユキ!」

 

 それを振り切るように、明るい笑顔を浮かべた。

 この人は、仲間との冒険より僕を選んでくれたんだ。

 その気持ちには必ず応える。

 ルドルフさんにも言ったけど、絶対に幸せにしてみせるよ。

 

「ええ、頑張りましょう、レイさん!」

「ああ!」

 

 こうしてレイさんの冒険は終わり、僕達の新婚生活が始まったのだった。




第一部 完!

ストックも尽きたので、毎日更新もこれにて終わりです。
これからは、息抜きらしく気ままに投稿させて頂きます。
エタったと思って、気長にお待ちください。


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