THE IDOLM@STER Glitter of Platinum (織部よよ)
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プロローグ

15周年おめでとうございます。我慢できなくてオリ主ものを投稿していく強気なスタイル。

オリ主の基本プロフィールはあとがきに載せておきます。また別の情報はのちのち。


もう一本、別の原作のものを書いているので、あちらとは交代で投稿します。大体10日前後になると思いますのでご了承ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔から、「お嬢様キャラ」というものに憧れていた。

 

 

清楚な雰囲気を地で行く家庭環境。英才教育に裏打ちされた知性。たいていは外見も非常に整っていて、見るものを外見と人格両方で魅了するような……とここまで書けば、実際に存在する名家のお嬢様や社長令嬢というよりも漫画やアニメのキャラをイメージしていることがわかると思う。俗に「お嬢様口調」と呼ばれるような独特の気品ある口調も特徴的だ。

 

とは言えそのモノホンのお嬢様に会ったことのある庶民なんぞほとんどいないだろうし、大体の人は概ねさっき挙げたようなイメージを持っているのではないだろうか。

 

そんな神秘の象徴とも言える「お嬢様キャラ」。

 

 

「はぁ……困りましたわ…」

 

 

____まさか、自分が結果的にそうなってしまうなんて、誰が想像ついただろうか…。

 

 

 

 

 

いわゆる「転生」という現象。前世ではタダのオタク…いや、それに関わる仕事をしていたはずの一般ピープルが経験するとは夢にも思っていなかった。

 

 

そこまでならまだ良かったんだが、どうも神様というものに気に入られてしまったのか、外見だけはとんでもない美少女になっていたのだ。

 

おおよそ日本で生まれ育った人間が持つようなものではない、白金色に輝く髪(プラチナブロンドと呼ばれるタイプの色だ)。それと補色になる碧色の瞳。だいたい日本人と外国人を足しておおよそ半分で割ったような目鼻立ち……どう考えても、元一般人には過剰装填である。

 

どうやら転生した先は国際結婚の家庭だったらしく、父親が日本人で母親がフランス人であることを後で聞いた。しかも、両親揃って顔がいい。一人娘の目から見ても思わず「推し」になってしまいそうなくらい。

 

 

ただ1つ、生まれたときに激烈な問題があることが発覚した。

 

 

()()()()、前世では男でしたのに……どうしてこうなったのでしょうね…?」

 

 

…そう。神様はいたずら好きでもあったらしい、ただの転生ではなく「TS(性転換)」という要素まで付けてきた。()をおもちゃにしないでほしい、という言葉は誰にも届かない。

 

もちろん、性別が変わっているということを知ったときはひどく驚いた。けれど前世から常々美少女には一種の憧れがあったし、なんなら今では私が他人に対して自慢できる代表的なものになっている。ビバ美少女。

 

 

比較的裕福な家庭には生まれたが、私は別にお嬢様というわけではない。ではなぜそういう口調になってしまっているかというと………まあ、端的に言うと私のフェチズムだ。

 

びっくりするくらいのプリティーフェイスを持って生まれてしまった私は、すぐに自分の顔に可能性を見出し、5歳のころからよく絵本を読んではお嬢様やお姫様の口調をマネするようになった…いや、意図的にマネしていた。言語野が発達していない時期から話し方を変えるとどうなるだろう、と。

 

 

そして見事にやらかした。すっかりそっちの口調が定着してしまい、学校の同級生や先生に要らぬ誤解を与えてしまうようになっていたのだ。それではダメだと思い、中学を卒業したあたりから口調を矯正し始めた。

 

その結果、お嬢様口調と自分の口調の二つを切り替えられるようになったのだ。全くいらない技である。ただし長年お嬢様口調でやってきたため、大概の場面ではそちらが出てきてしまう。テンポ良い会話が求められるときや親の前ではしっかり普通の口調にしているが。

 

 

ちなみに一人称も肉体の性別に合わせている____というわけではなく、自然とこうなっていった。

 

この世に生まれ落ちてから18年。前世の記憶なんて、よほど印象に残っているものしか思い出せなくなっていた。自分が元男であること、自分の職業…などなど。“私”として過ごしているうちに、自分がかつて男であった感覚も薄れていったので、今は性別についてはあまり気になっていない。どちらでもあるという感覚さえ少しある。

 

前世でいろいろあった分、今世では自分の性癖に正直になって生きていこうと思った。

 

 

 

 

 

そして今現在。

 

自分の身の上を思い返しながら、東京の中でもあまり見慣れないところの街並みを歩いていた。

 

 

一時期移り住んでいた奈良県からはるばる単身でこちらにやって来たのには、特に理由はない。強いて挙げるとすれば、「3年前まで住んでいたから」「一人暮らしをしたくなったから」だろうか。

 

端的に言うと、私は母の影響(と自分に対する自信)によってティーンズのモデルをしていたのだ。マイマムは元カリスマモデルなのである。

 

母親譲りの美貌を武器に、前世とは違う職業を選んだ。幸いモデルとしてはそこそこ人気を博していたような気がする。3ちゃん(この世界では2ちゃんではないらしい)でエゴサしたらアンチが少なかったので間違いない。ソースが3ちゃんなのでどうかとは思うが。

 

中学入った辺りからモデルとして活動を始めたが、3年でそれなりに売れて稼げてしまったので中学卒業と同時に活動を休止した。それに合わせて、父のかねてからの願いにより奈良県に居を移したのである。なんでも良い木が育つ産地であるとかなんとか。

 

 

それからいろいろなんやかんやエンヤコーラあって、この度出身地へと舞い戻ってきたのだ。

 

 

 

 

 

それから何の気なしに歩いていると、道路沿いにある居酒屋を見つけた。

 

 

「『たるき亭』…?はて、どこかで聞いたことがあるような……」

 

 

かと言って自分が今まで住んでいた地域では「たるき亭」という名前は見かけたことはない。ではなぜ?

 

その居酒屋はとある雑居ビルの一階らしく、上にもいろいろな会社が入っていそうだ。そう思って何の気なしに上を見上げていったとき、窓に「765」という文字がでかでかと写っているのを視界に収める。

 

 

「ななひゃくろくじゅうご……?いや、違う…たるき亭…765…」

 

 

 

 

違う、違う、違う。

 

絶対にどこかで聞いたことや見たことのあるものだ。なんだ、18年より前の、前世の記憶も隅々までさらっていけ…。

 

 

「そこの君!あー、そこのきれいな金髪の」

 

「…もしかして、わたくしのことでしょうか…?」

 

 

くそ、今必死に見覚えのあるフレーズを思い出そうとしていたのに誰だってんだ!

 

という感情は1ミリも表に出さず、普段通りの口調で対応する。そこに立っていたのは、渋い色のスーツを着た1人のおじさま。無視してしまいたかったがまあ反応したものは仕方がない。

 

 

「いや何、私はこういう者でね?端的に言うと、アイドルにならないかね、君!」

 

 

そう言って手渡された名刺には、「765プロダクション 高木順二朗 社長」とはっきり書かれていた。

 

 

高木、順二朗……アイドル……あっ。

 

 

 

 

 

完全に「アイドルマスター」の世界じゃないですかヤダー……。

 

閉じ切っていた記憶の箱が次々と開かれる音が、脳内ではっきりと聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

せっかくなので、高木社長のお話を聞こうと思い765プロの事務所に一緒に入ることにした。

 

 

「すまないねえ、今はエレベーターが故障していて階段を上らないといけないのだよ」

 

「いえ、わたくしは構いませんわ。ビルの階段を歩くのもまた風情、というもの」

 

「良いとこのお嬢様かね?うちのアイドルの四条くんを彷彿とさせるよ」

 

 

タン、タンと小気味よいリズムで段差を上っていく。ああ、この階段がそうなのか…。いまいち実感がわかないが。

 

 

「ここが、我が765プロダクションの事務所の入り口だ。入ってくれたまえ」

 

「あら、お気遣いありがとうございますわ」

 

 

高木社長がドアを先に開け、私に入るように促す。こういうのを見るとやっぱり社長っていい人だなと思うね。

 

 

「ただいま、小鳥君」

 

「あ、社長!おかえりなさ____!?」

 

「ごきげんよう、この方にスカウトをされてここまでやって参った者ですわ」

 

 

今日履いているロングのフレアスカートの裾をつまみ、お辞儀。口調だけでなく動作や仕草まで一通り習得してしまったもののうちの1つである。あゝ悲しきかな。

 

 

「しゃ、しゃしゃしゃ社長!?そこにいる…いえ、いらっしゃるスーパーお嬢様は一体どちら様で!?」

 

「たるき亭の前に立っているところをスカウトしたら、話を聞きたいと言ってくれたのだよ。どうかね、既に逸材のオーラを醸し出しているだろう?」

 

 

 

す、すごい……本物だ…本物のピヨちゃんがいる…!2☓歳ということを感じさせない美貌に親しみやすい雰囲気…!でも私の見かけのオーラと所作に当てられて(原作内で)見たことがないくらいにかしこまっている…珍しいもんだ(すっとぼけ)。

 

 

「こちらはうちの唯一の事務員である音無小鳥くんだ」

 

「お、おお音無小鳥です!」

 

 

さっきっからどもりっぱなしだよピヨちゃん。まあ気持ちはわからいでもないけど……そう言えば、まだ社長にも自己紹介していなかったね。

 

 

「小鳥さん、ですね?わたくしは織部百合と申します。此度は社長さんにお声掛けをいただき、興味深かったのでお話をと思ったまでですわ」

 

「おりべ、ゆりさん…!字面の高貴さと可憐さがオーバーマスター…うっ」

 

 

あ、ピヨちゃんがあまりの衝撃に机に倒れ伏してしまった。ハリボテのお嬢様ムーヴなために全面的に申し訳ない。起こそう。

 

 

 

「大丈夫ですか?こちらにつかまってください」

 

「しかも優しい…!絵にかいたような上流階級…!!」

 

「容姿だけでなく人格も相応…うむ、やはり私の目と直感に狂いはなかったようだ!」

 

 

…これ傍から見たら「初対面で崩れ落ちた人に対して手を差し伸べる心優しいお嬢様」に見えるのか。うわぁひどい勘違い……すみませんお嬢様ではなくて。

 

 

「それで、社長さん。早速お話をお伺いしたいのですが…」

 

「おお、そうだったね!では奥の部屋に行こうか」

 

 

発禁指定の本でありそうなフレーズだ…げふんげふん。生まれ持った顔に見合わないどえらい思考をするのはいつも通りである。

 

よくアイドルたちが善澤さんにインタビューを受けている例の場所へと踏み込む。ここは用途からして応接間と言ったところか。とりあえず高木社長は変なことをするようなおじさんではないので、予定調和のようにそれぞれ対面で腰を下ろした。

 

 

「さて、それでは織部くん。私から話をする前に、改めて軽い自己紹介をお願いしたい」

 

「かしこまりました……改めまして、織部百合と言います。出身は東京都で一時期奈良県に住んでいましたが、すぐにこちらで一人暮らしを始める予定ですわ」

 

 

他に何か言おうか……前世の公式サイトにはスリーサイズや趣味なども基本プロフィールに記載されていたような気がするから、そこらへんも伝えようかな。

 

 

「身長は165㎝、体重は50㎏。スリーサイズはおそらく86-59-85で、趣味は紅茶を飲むことと写真を撮ることです。好きなものは風情のあるもの、苦手なものは虫ですわ……おおよそこの程度でよろしかったでしょうか?」

 

「ず、随分と詳しい情報だが…ひょっとして、アイドル志望だったりするのかね?」

 

「いえ…まさか。そんなことはありませんわ?わたくし、少々そちら側にたしなみがあるだけですの」

 

 

実際は現実ではなく二次元の方の話なのだが、あながち間違ってはいないだろう。

 

 

「ふむ、深窓の令嬢というわけではなく、それなりに俗世にも理解のある…か。こりゃますます手放すのが惜しい人材だ」

 

「ふふ、ありがとうございますわ。それで、アイドルにならないかというお話は…」

 

「おお、そうだったね!うちはアイドルの事務所なんだが、いかんせんまだ皆駆け出しでね。まだ余裕がある状態なのだよ。そんな状態で偶然君を見つけたから思わずスカウトさせてもらったというわけだ」

 

 

ふむ…となると時期的にはやはりアニマスの1話かそれ以前で確定か。さっきちらっと見たホワイトボードもかなり空白が多かったし。赤羽根Pがいたら少なくとも1話以降は確定だが…。

 

 

「今、プロデューサーのような役職の方はおりますの?」

 

 

そう聞くと高木社長はバツの悪そうな、はたまた困ったような表情を浮かべた。おや?

 

 

「いやぁ、実はそのことで困っていてね…今は秋月律子くんが1人でプロデューサー業を担っているのだが、やはりどうにも人手不足感が否めないのだよ。私も頑張って新しい人材を探してはいるのだがね…」

 

 

これは1話より前で確定だ。まだバネPは来ていない。となるとかなり初期の方だから、今から混じってもそれなりに仲良くはやれるか…?いや、私が入ることで物語に影響が出ないだろうか。

 

あれこれ見当違いな疑問点を抱えていると、アイドルになるのをまだ考えていると思われたのか高木社長が慌てて付け足してくる。

 

 

「あぁでもうちのアイドルたちは皆いい子だからね!?何も憂う必要はないと私は思うがね?!」

 

 

 

さて、私が介入することで生まれる弊害はなんだろうか。

 

現状私はプロデューサーにガチ恋する予定はないので美希の障害にはならない。それにリーダーにも上るつもりはないので春香も同様。他は皆いい子だからたぶん受け入れてくれるし、私の外見であれば十分基準は超えていると見ていいだろう……あれこれ断る必要ない?

 

あ、でも唯一貴音とはキャラ被りがしてしまうか。とはいえこの口調はハリボテだけど、姫ちゃんは“ガチ”だろうしなあ。いいタイミングで私のイメージをぶっ壊すことを前提に活動していけば大丈夫か。

 

これなんか行けそうですねぇ?

 

 

「…すみません、お母さまに話をしても宜しいでしょうか?」

 

「もちろん。いい返事を期待しているよ」

 

「ありがとうございますわ、少し席を外しますね」

 

 

 

 

 

一旦席を立ち、事務所を出る。扉から階段をそのまま上り、一個上の踊り場に着いたところで携帯電話を取り出した。古き良きガラケーの時代である。

 

母親の番号にかけると数コールですぐに繋がった。

 

 

「もしもし」

 

『もしもし百合。調子はどう?疲れてない?』

 

「うん、大丈夫だよ。大丈夫なんだけど、ちょっと母さんに話を通さないといけないことが起きちゃって」

 

『私に?いったい何が?』

 

「実は……アイドルにならないかってスカウトされたんだよね…」

 

『あら。まあ百合ならおかしくないわね。それでなんていうところなの?』

 

「ナムコプロダクションってところ。新鋭の事務所らしくて。でもまあ、社長もいい人みたいだし、何より事務員の音無小鳥さんって人が激烈に綺麗で、見てて面白い人だから悪徳事務所ってわけではなさそうなんだよね」

 

『音無小鳥……って、もしかして“あの”音無小鳥かしら?』

 

「……“あの”?」

 

『私たちが東京に住んでいたころ、昔の仕事関係の人とたまに飲みに行く機会があったのだけど、行きつけのバーで度々生歌が披露されるの。そこで歌っていたのが音無小鳥という女性だったはずよ』

 

「……え゛っ」

 

 

母さん、ピヨちゃんのこと知ってたのか…。しかも行きつけの飲み場所が例のバーとまで来た。これは…運命感じますね。決めました。

 

 

『いいわ、音無さんの人となりは何度か会話して知っているし、そんな人がいるならあくどくはないでしょう。頑張りなさい、お父さんには私から話をしておくから』

 

「うん…いやまあアイドル目指すけどね」

 

 

私の意思を確認する前に進めてしまうのは母さんの昔からの困ったところだ。まあ私は性格上それでもついてけるからあれだったけど。

 

何はともあれ、驚くほどすっと話が通ってしまった。父さんはともかく、母さんは昔はすごい過保護だったような気がするから拍子抜けである。いつの間にか私もちゃんと独り立ちできると認識されていたのかね。

 

 

 

アイドルを目指すからにはこちらも相応の態度で臨まねばてっぺんは目指せない。ここのみんなは志が高いのだ。モデルをやっていたときは自分の外見のスペックに全任せしていたけど、ここからは私も努力が必要。特に体力に関しては…うぐぐ。

 

何はともあれ、そうと決まれば早速しゃちょさんに伝えに行こう。そう思って階段を下りて事務所のドアに入っていく。

 

 

 

 

 

「社長さん。話がまとまりましたわ」

 

 

 

「__わたくしも、アイドルになりましょう」

 

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

白金色の絹糸をたなびかせて事務所に入っていく美少女の姿を、階段の下からしっかりと捉えていた人物がいた。

 

 

「…真、面妖な……」

 

 

近い将来「銀色の王女」という異名を持つことになる、765プロきってのミステリアス・レディ。四条貴音だ。

 

今日は午後からレッスンがあるために事務所に前乗りしようとしていた彼女は、事務所に見知らぬ人物が入っていくこと自体にはあまり疑問を抱かなかった。しかし一瞬だけ見えたあまりにも異質な髪色に、彼女の中では親近感と同時に疑問が強まっていった。

 

 

「あのような姿、ここでは一度も見かけたことはありませんが…」

 

「あ、四条さん。こんにちは」

 

「おはようございます、天海春香。今、何やら怪しい者が事務所に足を踏み入れたのですが……」

 

「ええっ?大丈夫なんですかそれ!?ええと、警察!?それとも社長に電話!?!?」

 

「落ち着いてください。怪しい、とは申しましたが。その、盗人のような怪しさではなく、得体のしれない…と言うべきでしょうか…髪が、(わたくし)と同じように目立つものだったのです」

 

「それって、ひょっとしたら海外の人かもしれないってことですか?」

 

(わたくし)には分かりかねます。とにかく、真実を知るためには(わたくし)たちも突撃するしかありません」

 

「そ、そうですね…!天海春香、ふぁいっ、おー…!」

 

 

 

 

 

見当違いの覚悟を決めて事務所のドアを開けた彼女たち。その先に文字通り浮世離れしたプラチナブロンドの美少女がいること__ましてやその彼女が自分たちと同じくアイドルを目指すこと__を知るのは、わずか十数秒後の話であった。

 




織部 百合 (おりべ ゆり)

出身 東京都 19歳

身長165㎝ 体重50㎏ 86/59/85

元ティーンズモデル。ハーフであり、母親の血を色濃く受け継いだ結果名前の割に日本人離れしたプラチナブロンドと碧眼を持っている。両親(父親が日本人、母親がフランス人)に似て顔が良すぎる。こらそこ女の子は父親似でしょとか言わない。


元男の転生者だが、「織部百合」として過ごすうちに記憶が薄れていった。しかし高木社長とばったり出くわしたことでアイマス関連の知識を徐々に思い出していく。なのでTS要素はほぼない。


モデルとして活動していたころはほとんど自分が楽しみたいがためにやっていたため、切りのいいタイミングでばっさりと辞めている。活動名は母親の旧姓を用いて「ユーリ・ローラン」。界隈ではそこそこ伝説。



随時情報は小出しで。



たぶん高木社長はうすうす百合の違和感に気付いている。




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顔合わせ

Q. お嬢様ムーヴをかます必要ある?
A. 個人的な趣味だけど意味がないわけではない(と信じたい)。

Q. チート?
A. ではありませんが一部強めあり。基本顔と雰囲気で遊んでしまったパンピー。

前回の口調の切り替え、ちょっと変更します。テンポ良い会話が求められるときや親の前ではしっかり普通の口調にしているということで、ひとつ。

まだアイドルと会話すらしていないのに評価が3つも…!ありがたい限りですな。






スレSS時代の影響を強く受けているとも言える。



 

 

 

 

 

 

 

「彼女が、アイドル…?」

 

「そうとも、事務所のビルの前に佇んでいたところを、私が直々にスカウトさせてもらったよ。いやぁ~そのときのオーラと言ったら!」

 

 

 

 

 

高木社長に自分もアイドルになることを伝えた直後。

 

 

『たのもーっ!』

 

『正体を現しなさい!』

 

 

事務所のドアが蹴り飛ばされるかというくらいの勢いで開かれたと思ったら、髪の両サイドにリボンを付けた真面目そうな美少女と銀髪の超然とした雰囲気の美女が乱入…乱入?してきた。

 

その2人が天海春香と四条貴音であることにはすぐに気づいたので、この場合乱入者はむしろ私の方であることになるが。

 

 

『ごきげんよう、わたくしは織部百合と申します』

 

『あ、あれ?』

 

『……まぁ』

 

 

案の定、彼女らは私の(無駄に洗練された)挨拶を受け、すっかり毒気を抜かれてしまうのだった。

 

回想終了。

 

 

 

 

「そういうわけで、わたくしも今日から皆さんと共に頂点を目指させていただくことになりました。どうぞ、よしなに」

 

「あの、社長。レッスンとかはどうするんですか?」

 

「それは、やはり頑張ってもらうしかないだろうねえ。出来るかい、織部くん?」

 

 

出来るか出来ないか。それは正直わからない。わからないけど、やる。

 

私は生前そういった音楽関係にはあまり触れる機会がなかった…ような気がする。少なくとも覚えている範囲では全く記憶がないので確かだ。ただ体力がないのと()()()()()()()()()()()()()()()()()のは知っている。

 

時間軸的にまだPが来ていないので、今から頑張れば私もそれなりに追いつけるのではなかろうか…と、希望的観測は持っておいてもいいだろう。どうせこちらに来れば時間しかないのだ。むしろ好条件とさえ言える。

 

 

「うふ、わたくしは今から精いっぱい努力するだけですわ。努力をすれば出来ないことなんてありませんから」

 

 

私のその言葉に、社長は満足げな表情を浮かべた。こういうスタンスは社長によく合うのだろう。気が合いますねしゃっちょさん。

 

 

「そう言えば、まだ私たちは自己紹介していませんよね?私、天海春香です!」

 

「四条貴音と申します」

 

 

知ってます。この先めっちゃ有名になる人らですよね…ほんとまぶしい…。

 

 

…あ、そうだ。

 

ここに来て、お姫ちゃんに会ってやろうと思っていたこと__ただの悪戯だが__をやってみよう。思い立ったがなんとやら。

 

2人が自己紹介を終えたその直後、姫ちゃんに向かって震えるような足取りで歩いていく。私の突然の行動を止めようとする人は誰もいない。当の仕掛けられる本人はきょとんとしたままだ……あーた、その美貌でそれをやって可愛いとか天才かよ。お友達になって。

 

 

「ひ、姫……?本当に姫なのですか…!?」

 

 

突然両手を掴み、誰もが誤解するであろう一言を演技たっぷりで言い放った。なお私は大根役者とする。

 

 

「…え」

 

「はい?」

 

「どうしたのかね?」

 

「……はて?」

 

 

しかしその適度な棒読みっぷり(自覚あり)に違和感を持たれることはなく、ものの見事に全員固まった。なんか面白いけどちょっと申し訳ないねこれ。

 

 

「ずっとお会いしたかったのです、姫…あのようなことに見舞われてからずっと探していたのですよ…!」

 

 

前言撤回。めっちゃ楽しい。

 

 

「ど、どどどどどういうこと貴音ちゃん!?百合ちゃんと如何様なご関係で!?」

 

「そ、そうですよ貴音さん!知り合いだったんですか?」

 

「…いえ、初対面のはずですが…織部百合、説明を」

 

「………うふっ」

 

 

そこでようやく握っている姫ちゃんの両手を放し、その場でくるりと1回転。

 

薄く微笑みを浮かべながらネタばらし。

 

 

「もちろん、冗談ですわ」

 

 

「…あ、あー!なーんだ冗談ですか!びっくりしちゃいました…えへへ」

 

 

春香ちゃんが固まった空気を切り裂くように言葉を発する。それを皮切りに、事務所内の雰囲気も一気に弛緩したようだ。

 

 

「すみません、あんまりにも綺麗な方がいらしたので。四条貴音さん、でしたわね?今後ともよろしくお願いいたしますわ」

 

「…随分と面妖な方ですが…こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 

改めて握手…うわ手ぇほっそ!白柳かぁ?

 

と、ちょっとしたジョークを交えながら金の卵ちゃんたちとコミュニケーションを取っていると、後ろからガチャリという音が。察するに他のメンバーだろうか。

 

 

「お疲れ様です~」

 

「はふぅ……まだ眠いの…」

 

「今日のレッスンも頑張ろうね、雪歩!」

 

「そうだね、真ちゃん」

 

 

おや、やっぱり765プロの他のアイドルちゃんたちか…おっと、亜美真美がこちらに向かってくる。

 

 

「目標発見!突撃ぃ――って、あれ?」

 

「真美のすてみタックルが躱された!?追撃行っくよー!」

 

「亜美ちゃん、真美ちゃん。お客さんに失礼よ……ごめんね百合ちゃん、うちの子たちが」

 

「ふふ、大丈夫ですわ。元気なのはいいことではありませんか」

 

 

しっかし、双海姉妹は実際目の前にいると思ったより元気なことがわかる。まだ中学生なりたてくらいだっけ?いいね、若いってのは。前世での()()が今でも効いていて、どうにも私は実年齢と合わない部分を感じる時があるのだ。

 

続々と奥へ入ってくるアイドルの卵たち。その誰もが、私の姿を目に入れてはびっくりして固まっているように見える。あの星井美希ですら、普段の眠たげな眼をぱっちりと開いているではないか。え、彼女公認で綺麗かな私?(すぐ調子に乗る)

 

 

「あら、皆一緒に来たのね?ちょうどよかったわ」

 

「あの、小鳥さん。隣にいる金髪の女の人は、もしかして新しいプロデューサーですか!?」

 

 

まさか。私はこの業界のことなんも知らねんだぞ。もっとも、万一の時のリカバリーが最低限でも保証されているなら、好き勝手やっていろんなことを経験しながらセルフプロデュースするけど、そうはいかんでしょ。

 

とは思いつつ、彼女らがそう勘違いするのも仕方ないと思う。突然謎の外国人女性(しかも見てくれ()いい)がやってきて、その人を自分たちと同じアイドルになるなんて普通の人じゃまず発想すら出てこないだろう。なんかごめん。

 

しかし、天性のカリスマとアイドルの才能を持つたった一人だけはしっかりと見抜いていたようで。

 

 

「んー、たぶんだけど、その人プロデューサーじゃなくてミキたちと同じアイドルになろうとしてるんじゃないかな?でも、どこかで見たことあるような…」

 

「美希?それって…」

 

「あらあらあら~。こんなに綺麗な人が、私たちに加わるなんて頼もしいわぁ」

 

『……ええええええっ!?』

 

 

星井美希、三浦あずさの両名の発言によって、たちまち事務所内が驚愕に包まれた。え、そんな老けて見えたのかね私……。

 

 

「そちらの金髪の方の言う通りですわ。初めまして、わたくしは織部百合と申します。高木社長にスカウトをされて、この度アイドルになることを決めましたの。以後よろしくお願いいたしますわ」

 

 

そしてもう一度スカートの裾をつまみお辞儀。いつまで経ってもハリボテ深窓の令嬢ムーヴだけは完璧である。たぶん。

 

 

「お姫ちんとは違うタイプのお嬢様…!」

 

「これはイロイロ面白そうですなぁ!」

 

「わ、私、本物の貴族なんて初めて見ました…」

 

「お、おお落ち着いて雪歩!今の時代貴族なんていないから!」

 

「ちょっとアンタ、織部と名の付くグループなんて聞いたことないわよ?社交パーティーでも見かけたことないし…」

 

「社交パーティー……やっぱり水瀬さんってお金持ちなのね…」

 

「すっごく綺麗な人ですーー!」

 

「貴音と並ぶと、姉妹みたいだぞ…」

 

 

まさに阿鼻叫喚。見た目だけでここまで混乱に陥れるって、ある意味すごいのではないだろうか。

 

 

「皆さま、落ち着いてくださいまし。同じところを目指す以上、普通に仲良くしていただけるとありがたいですわ。今の私は、ただの『織部百合』ですから」

 

「そうね、せっかくだから皆も自己紹介したらどう?」

 

 

ピヨちゃんのありがたい一言で、とりあえず騒がしさがなりを潜める。確かに、私は一方的に脳内で知ってるけど、対外的には知らないことになってるもんね。皆の自己紹介、生で聞かせていただきますか。

 

 

「双海亜美!」

 

「双海真美!」

 

『どぅえっす!』

 

「えと、萩原雪歩です…」

 

「菊池真です!」

 

「星井美希なの。やっぱりどこかで…」

 

「三浦あずさです~」

 

「水瀬伊織よ」

 

「…如月千早、です」

 

「うっうー!高槻やよいですー!」

 

「自分、我那覇響だぞ!」

 

 

…おお。おおおー!

 

すごい!生自己紹介、ありよりのありだ。

 

 

「ふふ、改めて皆さんよろしくお願いいたしますわ」

 

 

言い終える前に、双海姉妹が再度私の元へとやってくる。

 

 

「あだ名は“ゆーりん”に決定~!」

 

「よろしくね、ゆーりん!」

 

 

ふむ……“ゆーりん”か。

 

まあ良いのでは?姫ちゃんみたいにthe・お嬢様って感じのあだ名ではないし、差別化が図れるだろう。個人的にもそちらの方が親しみやすくていい。どうせこの口調だろうとボロが出るし……てへ。

 

 

「あら、かわいらしいニックネームですわね。ありがとうございますわ」

 

「あーーーーーーーーーっ!?」

 

 

ミキミキが突然おっきい声を上げる。その視線はどう考えても私の方を向いていた…その絶叫に相応しい、驚愕の色を添えて。

 

 

「どうしたの?美希ちゃん」

 

「その人、“ユーリ・ローラン”なの!!」

 

「あら」

 

『…ええっ!?』

 

 

その名前に反応したのは、ピヨちゃんや社長を含めた14人のうちたった数人。まあそんなもんかな、知名度としては。もしかしたら大体の人がそもそもモデル雑誌とか見てない可能性もあるしね。

 

というより初見でユーリ・ローラン=私ってわかる人いるのね…。

 

 

「それって…3,4年前に姿を消したティーンズモデルの?!」

 

「カリスマモデル“ジャンヌ・ローラン”の実の娘で、母親に負けず劣らずの容姿をしていたという?!」

 

「ええっ!百合ちゃん、ジャンヌさんの娘さんなの!?道理で目鼻立ちが似てると思ったら…」

 

 

その数人に加えてピヨちゃんまで反応してきた。

 

あー…そう言えば私の母さんがさっき言ってたね。『小鳥さんを行きつけのバーでよく見かけて、何度か話したことがある』って。その関係かぁ。思ったより私の(というより私と母さんの)名前はその界隈には広く知られているのかもしれない。

 

 

「でも、ユーリ・ローランって黒髪だったよね?」

 

「ある雑誌で一回だけ今の髪色になったことがあるの。そのときはウィッグだと思ってたけど……まさか地毛だとは思ってなかったの」

 

「どど、どうなんですか織部さん!事の真相は!」

 

 

件の数人だけでなく、事務所内にいる私以外の全員がこちらを見ていた。そんなに気になるだろうか。でも、聞かれたなら答えるしかない。

 

 

「そうですわ、わたくしは中学在学中に“ユーリ・ローラン”名義で活動していましたの……まあ、中学卒業と同時にすっぱり辞めてしまいましたが」

 

「それはまた、どうして?百合ちゃんほどの容姿なら続けても良かったんじゃないかしら?」

 

「そうなの!皆復活を待っていると思うの…!」

 

 

その疑問は至極当然のことかもしれない。今の反応を見る限り、当時の雑誌を読んでいたっぽ人らは例外なく私のことを知っているみたいだし。

 

というかやけに気にしてますねミキミキ。

 

 

「まあ……親の影響で始めたことですし。それに他にやりたいことが出来たので、折を見て、という感じですわ」

 

 

嘘は言っていないが、真実も言っていない。流石に「3年でそこそこ稼いだし十分楽しんだから辞めた」なんて言ったら顰蹙を買い兼ねん。傲慢だというイメージを持たれたら今後のコミュニケーションに影響を及ぼすだろうから、絶対言わない。

 

 

……あ、そう言えば今何時だろう。そう思って腕に着けてる時計を見てみると__

 

 

「あら、いけません!もうこんな時間ですわ!」

 

「何か用事でもあるのかね?」

 

「ええ。元々今日はこちらで一人暮らしをするための物件の、内見を予定していたのですが、予定の時間が後20分で来てしまうのですわ…そういうわけで、わたくしは今日のところはここでお暇させていただいても宜しいでしょうか?」

 

『え~~っ!?』

 

「ああ、そういうことなら私は全然構わないがね?次に東京に来るのはいつ頃になるかね?」

 

「……早くて1週間ですわね。身の回りの家電等を揃えないといけませんので。こちらにお伺いする日の目処が立てば、またご連絡させていただきますわ」

 

「それがいいと思うわ、百合ちゃん。レッスンなんかも参加しないといけないし」

 

 

話がまとまりつつある。

 

まあ、実際に1週間くらいでまたここに来れると思っている。今から向かう賃貸アパートは一応即入居可だし、ここら辺の地域でそれほど高くはないが安すぎるというわけでもない。余程の問題や欠陥が見つからなければ今日中に部屋で寝られる。割と心配どころである。

 

置いていたカバンを取り、改めて皆に向き合う。

 

皆一様に物足りなさそうな顔をしていた。そりゃそうだ、突然来た人がアイドル目指す上に元ティーンズモデルだってんだからいろいろ気になることもあるだろう。でもごめんね…。

 

 

「それでは皆さん、また近いうちにお会いしましょう」

 

 

立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

 

私のポリシーの一つであり名前の由来になった言葉のように、瀟洒に優雅に歩いていき、事務所を出たのであった。

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってなの!」

 

「あら?」

 

 

この先ずっと直らないであろうエレベーターを尻目に階段を小気味よく下っていると、2階あたりまで降りたところで誰かに呼び止められた。

 

声の主は星井美希。

 

 

「どうされましたの?美希さん」

 

「本当に、本当にもう現役復帰する予定はないの!?」

 

 

……なるほど。どうやらミキミキは私のことをよく見てくれていたらしい。いちファンからすれば復帰を望むのも当たり前だ。私とてその気持ちはよく分かる。

 

でも、あまり申し訳ないとは思わない。むしろそのことに申し訳ないとは思う。

 

 

「…残念ながら、今のところはありませんわ…貴方の気持ちは、よく分かりますが」

 

「………!」

 

「それに、わたくしには……いえ、なんでもありませんわ。お話はそれだけですの?」

 

「……わかったの」

 

 

ひどくやるせないような表情を浮かべて階段を上っていくミキミキ。少し言い方が冷たすぎたかもしれない。今度会ったときは弁明しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__後日、ダンスレッスンのスタジオにて床に突っ伏している私の姿が、765プロの皆に晒されることとなる。

 

 

 

 




主人公はテンションがあがるとゲーミングお嬢様みたいになる。そのせいでどうあがいても貴音みたいな本物感は出せないという。



織部 百合

CV.石川〇依


アイドルとしての才能(特に歌やダンスに関して)は、お世辞にもあるとは言えない。しかしとても研究者気質であり、また天性の努力家でもある。ただし自分の好きなことにしかそれを発揮できないため、どこかの誰かさんの劣化版(だと本人は思い込んでいる)。

自分で確認できるミスや穴があれば「まだ詰められる箇所がある」と感じ穴を埋めにかかる。失敗したときは、どこでどういう原因なのかをきっちりと突き止め、即座に改善案を考える。がっちりとハマった方面に関しては、自分が納得するか求められるラインまで一切止まることはない修羅。


たぶん雪歩とかと同レベルで体力がない。







前世の記憶の大半を忘れているが、前世で経験した感情は()()()覚えている。



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取材

ようやっと1話分に入れた……。百合の視点が多いため必然的に描写しない場面などが出てきますが、まあそこはご愛嬌ということで。


あと今回オリキャラが出ます。癖が強いタイプの。



 

 

 

 

 

 

私は常々感じていた。

 

ビル群はフェチズムを的確に突いてくるなと。

 

 

私は生を受けてから15年ほど、東京で過ごしていた。その後は3年ほど奈良県の真ん中の方に居を移していたのだが、15年かけて慣れ親しんできた故郷の景色は誇張なしに私の美意識を再形成していった。もちろん、古都の大自然も3年で随分と好きになったが。

 

ビル群は良い。聳え立つ文明の象徴も、切り取られる空も。ただしヒートアイランド現象による異常な暑さだけは勘弁してほしいが。

 

ビルに取り囲まれていると、私自身がちっぽけな存在のように思えてくる。それはもしかしたら本当にそうなのかもしれないが…自然と対峙した時とも違う、自分が隅っこにいるようで…。

 

まあ思考がうまくまとまらないが、そんな言語化しにくい感情も含め「都会」というものに愛を感じているのだ。

 

 

「ふぅ……今日もいい紅茶ですわ…」

 

 

そしてそれは765プロの事務所内も例外ではない。こういう狭い空間は大好物なのである……大好物なのである!大事なことなので2回言った。

 

特に窓のすぐそばにある応接間のようなスペースが好きだ。革張りのソファに座り、外を眺めながら紅茶を飲むのが割かし日課になってきている。

 

 

「百合ちゃん。おはよう」

 

「あら、あずささんおはようございますわ。今日も綺麗ですわね」

 

「あらあら、百合ちゃんに言われると自信が付くわぁ」

 

 

私が765プロ(ここ)に入ってもうそれなりに時間が経った。当初こそ皆から一歩引かれていたが、これまで皆と接してきてその壁も随分となくなったように思う。いつボロが出るか、ひやひやものではあるが。

 

でももう伊織ちゃん辺りにはバレてそうなんだよな…。

 

 

あずささんは私の向かいに腰を下ろすと、カバンから雑誌を取り出す。あー…また恋愛関係のやつですか。私は自分については興味がつゆほどもないけれども。

 

 

「あずささんにも紅茶をお淹れしますわ。今日の茶葉はわたくしの一押しのものですので」

 

「ありがとう、百合ちゃん。雪歩ちゃんの緑茶と並んで、もうすっかり事務所の皆に好まれているわね」

 

「本当にありがたい限りですわ」

 

 

実を言うと私は緑茶も結構好きだったりする。というよりもこの容姿でいることの反動なのか、私は愛国心がとても高い。どれくらいかというと、プロフィールの「好きなもの」欄に書ききれないほど。

 

この世には好きなものがたくさんある。苦手なものは虫とスケベな男くらいだ。スケベな奴らは全員逝ってよし。おっと。

 

一旦ソファから立ち上がって給湯スペースに向かう。

 

 

 

 

 

「あら、雪歩さんに真さん。おはようございますわ」

 

「あっ、織部さん…おはようございます…!」

 

「おはようございます、百合さん!」

 

 

丁度、その雪歩ちゃんが急須でお茶を作っている最中だった。そのすぐそばで椅子に座っている真ちゃん。

 

真ちゃんと雪歩ちゃんは、事務所の中でも特別仲のいい組み合わせだ。きっかけは聞いたことはないが、2人とも波長が合うのだと思う。

 

 

「今日も雪歩さんは奥ゆかしくて素敵ですわね」

 

「いっ、いえ!そんな、織部さんに比べたら私なんて全然そんなことないです…」

 

 

雪歩ちゃんはとにかく自信がない。もちろんミキミキを筆頭とする「デキる勢」を間近で見てしまっているので、それと比べて自分を卑下してしまうのも仕方ないのかもしれない。いやあの人らがやべーんだわ、主にミキミキとか姫ちゃんとか姫ちゃんとかミキミキとか。体力も才能もない私とは雲泥の差である。

 

 

「あら、自分に自信を持つことは大切だと、日頃から言っているでしょう?貴方の持つ雰囲気は、うちでは他の誰も真似できませんもの」

 

「ねね、僕はどうですか百合さん!」

 

 

割り込んでくる未来の王子様…もとい、まこまこりん。多分だけど、私のお嬢様ムーヴに憧れに近いものを抱いているのではなかろうか。確かそういう願望が根底にあったよねこの子。

 

お世辞にも私は歌やダンスはうまいとは言えないのにこういう態度を取られている辺り、本当に765プロの皆がいい子過ぎると思う。いつかよしよししてやろうそうしよう。

 

 

「そうですわね、真さんは自分のやりたいことと周囲から求められることが真逆になる可能性があります。それによってファンの人は受け入れがたいと感じるかもしれません……ですが、“自分を出せない”ことほど複雑な悩みはありません。いずれそうなるように、初めのうちは耐え時かもしれませんわね」

 

 

その話をするに伴って、前世にいたある1人の歌手のことがふと思い出された。

 

その歌手は男性で長らくがちがちに性別に合わせた服装でテレビに出ていたのだが、ある秘密を暴露し、それからは中性的な衣装も着るようになっていったのだ。この時点で秘密がなんなのかはもう割れているが。

 

だからまこりんもしっかりとタイミングを見れば受け入れてもらえる日はくるのではなかろうか。話の内容が、彼女がこの先有名になることを前提みたいな聞こえ方はしてしまっているだろうがまあいい。

 

 

「うわぁ…やっぱり百合さんって凄いなあ!ありがとうございます!」

 

「いえ、それほどでも。わたくしも真さんにはダンスレッスンに付き合ってもらっていますし、お互いに持ちつ持たれつですわ?」

 

「…やっぱり、奥ゆかしさは織部さんには勝てないなぁ…」

 

 

大丈夫だよ雪歩ちゃん。そのうちどうせ私の外見のイメージなんてすぐ壊れる。すぐ壊れるんだ……(しん)の儚げチャンピオンは君だ。間違いない。

 

ということを言えるはずはなく、笑って誤魔化すしかなかったのであった。

 

 

「そういえば、百合さんはここへ何の用に来たんです?」

 

「ああ、そうでした。あずささんに紅茶を淹れて差し上げようと思いまして。やかんを使ってもよろしくて?」

 

「あっ、はい…たった今お湯を入れたところなので、空いてます…!」

 

「わかりましたわ」

 

 

もうそろ夏が近づいてくる季節だというのに、まだ少しだけ肌寒い。温暖化が進んでないってこんなにありがたいことだったんだね……いっぱい紅茶飲もう。

 

いつもの手順で手際よく淹れ、すぐにあずささんの元へと帰っていった。

 

 

 

 

 

「……あら?」

 

 

スペースに立ち入ろうとする直前に、話し声が聞こえた……それも3つ。1つは男性の声だ。それも、前世でよく聞いた激烈なイケボ。

 

ああ、今日だったのか。一応形式上の取材ということは思い出していたし、左程重要じゃないと思ってたから忘れてた。

 

なら、私も参加させてもらおうかな。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「あずささん、お持ちしましたわ……と、あら?そちらの方は?それに貴音さんも」

 

 

765プロの中でも年長な方である三浦あずささんと四条貴音さんにいろいろと質問をしていると、ふと後ろの方から別の声がかかった。振り返ってみると、そこには四条さんとよく

似た髪色と碧い眼を持った、これまた綺麗よりの出で立ちをした女性が。両手でカップを乗せたトレーを持っている。

 

 

「百合ちゃん、今カメラマンさんに質問を受けていたの」

 

「おはようございます、百合」

 

“こちらの方もアイドルですか?”

 

 

「百合」と呼ばれた女性はテーブルにトレーを置いた後、その場でスカートの裾をつまみ膝を軽く曲げてお辞儀をする。

 

 

「ごきげんよう、カメラマンさん。わたくしは織部百合と申します。皆さんと同じ765プロに所属するアイドルですわ」

 

 

……これまた、絵に描いたようなお嬢様だな…。四条さんは言葉遣いから、現代というよりは古風な印象を受けたが、織部さんは“ザ・お嬢様”と言わんばかりの佇まいだ。四条さんとは髪色はほぼ同じなのにある意味対照的なのが、()()()()()()()

 

 

“…どこかの貴族の方ですか?”

 

「あら。それは秘密、ということで」

 

「むぅ……百合、それは(わたくし)の台詞です」

 

「あら、実際事実なのですから仕方ないですわ」

 

「それは、確かにそうですが…」

 

「まあ、秘密の1つや2つある方が女性は魅力的に見えるものでしょう?せっかくなので、わたくしもこのまま取材を受けることにしますわ」

 

 

そう言って織部さんは四条さんの対面…つまり、俺の隣に座ってくる。え、そこに座るのか…まあ、いいか。

 

 

“四条さんと仲が良いんですね”

 

「そうですわね。わたくしが初対面であんな冗談をしてしまったことが嘘のようですわ…」

 

“……何をされたんですか?”

 

「話すと長くなるので……()()()()()()()()()()お話ししましょう」

 

 

…これは確かに、四条さんと並んでミステリアスなアイドルだ。だけど、独特なお茶目さを感じる。いや、四条さんに感じないとかそういう話ではないけど。

 

 

「あずささん、そちらに載っているのは占いですの?」

 

「そうなのよ~。百合ちゃんも占いは見たりするのかしら~?」

 

「そうですわね……あまり見ませんわね。見たとしても参考程度に留めておくタイプですわ。あずささんはお好きでしたわね?」

 

「私は、良いことが書いてあれば信じるわね~。やっぱり都合が良すぎかしら…」

 

「いえ、そんなことはありませんわ?何かを信じて生きるというのはとても大事なことですし、良いことを頭に入れておけば自然と意識してそうなるかもしれませんもの」

 

「あら~嬉しいことを言ってくれるわね、百合ちゃん」

 

「成功するには常にそのイメージを持ち続けることが大事だと聞きますが、百合の言うこともそれに通ずるものがありますね」

 

“随分と達観していますね、四条さんと織部さんは”

 

「わたくしたち、実はまだ19歳ですわ」

 

 

……若い。19歳だと大学1年くらいか?それにしては四条さんは超然とした雰囲気を完成させているし、織部さんは皆のあこがれにもなりそうな令嬢という雰囲気だ。こんな子たちがアイドルを目指すなんて、奇妙なこともあるもんだな。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

その後、ちょうどオーディションを受けに行くという織部さんにもう少し取材をしようと思い、ついていくことにした。

 

オーディション会場で、彼女は数いる参加者の中でもひと際異彩を放っている__そうだろう、ただでさえ目立つ髪色に加え、その独特な口調と雰囲気だ。相手側へのインパクトという点ではとてもおおきな武器になるだろう。

 

 

 

 

 

 

………と、思っていたんだが。

 

 

“…織部さん、かなり緊張していましたね”

 

「そうですわ……わたくし、人前に出ることがとても苦手ですの……これで6回目くらいですのに…」

 

 

…そう、織部さんはとても緊張しいだったんだ。オーディション部屋に入る前から表情筋が引きつっていたくらい。これからプロデュースをしていく身としては、そこは是非とも改善した方がいいとは思うんだが…まあ、おいおい頑張るしかないな。

 

織部さんは目に見えて落ち込んでいる。自分でもわかってるんだろうな。

 

 

“ティーンズモデルをされていたんですよね?慣れたりとか、そういうのは…”

 

「……モデルはあくまで撮影がメインでしたし、そんなに緊張することはなかったのですが…自分が公平に評価されるような場だったり、大勢が見ている状況ではどうも。高校在学中も、クラスメイトの前で発表するのもかなり顔がピクピクと動いていましたわ…」

 

 

事務所への帰り道を辿っている途中、どことなく遠い眼をする彼女。妙に親近感が沸くな。意外ととっつきやすい子なのかもしれない。

 

 

「それに、モデルの撮影はそれなりに好きにやらせていただいてたので、あまり気負いしなかったというのもありますわ。当時よくわたくしを高く買ってくれていた掛川さんとは今でもやり取りをさせてもらっているのですが、本当にお世話になりましたわ…」

 

“緊張しやすいとやっぱり大変ですよね?”

 

「ええ、ええ!まったくもってその通りですわ……」

 

 

ですが、と一旦言葉を切った彼女は、次の瞬間にはその顔に挑戦的な笑顔を携えていた。ああ___いい眼をしているな。

 

 

「それも含めて、この()()()()()においては何もかも初めての経験ですから。緊張して失敗しても楽しいと思える辺り、案外わたくしには資質があるのかもしれませんわね?」

 

“____自信があるんですね”

 

「大事なことですから。それに、容姿に限って言えば一応それなりに有名になったらしいので」

 

“____頑張ってください”

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「頑張ってください」

 

「………あら、貴方が引っ張ってくださるのではなくて?」

 

 

そう口に出すと、面白いようにカメラマンさんの表情が驚愕に染まる。

 

 

「ふふっ、『どうしてそれを』って顔ですわね?簡単ですわ…わたくしたちは新しくプロデューサーが来ることを聞いていて、同じタイミングでこの取材。まだ弱小事務所であるわたくしたちに“アイドルに個別に”取材が来るとは考えづらい。では、“わたくしたちのことを知ろうとする誰かが撮っている”のなら想像が付きますわ。何より、まっとうな取材であればもっと多くの人手が来るはずですから」

 

「……参ったな。そこまで察されていたとは」

 

 

カメラマンさん__私たちのプロデューサーさん(予定)は、カメラを切るような動作をして撮るのを辞めた。うん、やっぱりバネPはイケメンだ。イケメンで優しくて夢に一生懸命なのはモテる。間違いないね。

 

でもごめんね、推理は後付けなんだ。本当は知ってただけです。

 

 

「撮影を止めるのですか?」

 

「まあ、一応。後日皆で見ようと思ってるので」

 

「自分の仕掛けたドッキリを見せるなんて、なかなかイイ趣味をお持ちですわね。どうせ全員分の取材を終えた後に一斉にバラすのでしょう?後、わたくしに敬語と苗字は使わなくても宜しいですわよ。貴方のプロデュースするアイドルなのですから」

 

「わかった。あと、それは言わないでくれ…今回に関しては自覚はある」

 

「ふふっ、でもきっと貴方はお優しいですから。すぐに事務所の皆に馴染めると思いますわ。ちなみにこれは参考ですが、わたくしは皆に普通に接してもらえるまでおおよそ4か月くらいかかりましたわ」

 

 

ほんっと。特に雪歩ちゃんとか未だに壁を感じるし。いや、まあそういうスタンスでも全然おかしくはないけどさ。そもそも私が後からずけずけと入ってきた部外者みたいなものだし。

 

 

「やっぱりお嬢様然とした雰囲気で近寄りがたいからか?」

 

「恐らくは。とは言え、雰囲気の話をするなら確実に貴音さんの方が謎めていますわよ。あの方は本物のオーラが半端ないですわ…ですが例に漏れずとても素敵な女性ですわね」

 

「へぇ…四条さんにも話を聞いてみたいな」

 

「いいですわね」

 

 

お、そろそろ事務所じゃーん。今日は私だったけど、他にも全員分こなす予定なのだからプロデューサーの熱意は本当に尊敬する。あ、ちょうど裏口から姫ちゃんが出てきたわね。向こうもこちらに気付き優雅に歩いてくる。今日も優雅だ…。

 

 

「貴音さん、今からお仕事ですの?」

 

「あら、百合ではありませんか。それに“かめらまん”の方も。そうですね、只今より“おーでぃしょん”へと向かうところです」

 

「そうでしたの。それならちょうどいいですわ、カメラマンさん、取材の一環で貴音さんについていっては如何でしょう?ああ、安心していいですわ、貴音さん。この方は近年まれに見るとても誠実で素敵な方ですから」

 

 

そこは保証する。神に誓ってもいい。何故なら彼はイイ眼をしているから。

 

私の言葉に嘘がないと信じてくれたのか、姫ちゃんはカメラマンさんもといプロデューサーに向かってお辞儀をする。

 

 

「よろしくお願いします、“かめらまん”さん」

 

「こちらこそ、突然の事態で申し訳ありません」

 

 

あ、プロデューサーの口調が取材モードに戻ってる。まあ私が見抜いた(という形になっている)のが異常で、更に敬語も取っ払ってもらったのだからそりゃそうか。でもどうにもプロデューサーは敬語よりも普通に話してもらう方が違和感がない。私がアイドルだからだろうか。

 

 

「それでは参りましょう、“かめらまん”さん」

 

「頑張ってくださいまし、貴音さん。カメラマンさんも」

 

 

2人と別れ、ビルの扉を開ける。まあ、プロデューサーの人格についてはちゃんと言っておいたし、何もないでしょう……ないよね?うん、まあないでしょう!

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

“今から向かうのはどのようなオーディションなんですか?”

 

「確か……どらまの端役だと記憶しています。受けられるものは受けておくべきだ、と百合が言っていたので…」

 

“そうだったんですね…そう言えば、随分とお2人は仲がいいですよね。事務所で「あんな冗談」と織部さんが言っていましたが、詳細を聞いても?”

 

「あれは、真面妖な冗句でした……なんと、初対面で『あんなことに見舞われてからずっと探していたのですよ、姫……!』などと言われてしまって」

 

“………姫?”

 

(わたくし)があまりに綺麗だったから、などと言っていましたが…真、不思議な方です」

 

“…その割には、今は普通の間柄に見えますが…”

 

「ふふ、何があったかは、“とっぷしーくれっと”です……おや、どうやら着いたようですね」

 

“本当ですね。頑張ってください”

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ただいまですわ~…」

 

 

事務所に帰ってからダンスレッスンとボーカルレッスンをこなした後。おおよそ19時ごろにやっと家に帰って来れた。今日も今日とて少ない体力を酷使したので疲労が溜まっている。いやほんと疲れた…。

 

 

手早く風呂に入り、帰り際に買った惣菜やらなんやらでご飯を食べていると、不意に携帯に着信が入る。誰かと思ったら、私の良く知る人からだ。

 

 

「はい、もしもし」

 

『もしもし百合ちゃん、久しぶりねェン!』

 

「ええ、お久しぶりです_掛川さん」

 

 

掛川さん。本名掛川正美(かけかわまさみ)。いわゆる「オネェ」の人。数少ない、私がきっちりとした敬語を使いたいと思う人の1人でもある………いや普段の口調も実質丁寧語みたいなもんだし。

 

 

私がかつてティーンズモデルとして活動していたころ、界隈に名がそこそこ知れた理由が主に二つある。1つが有名モデルである「ジャンヌ・ローラン」の娘であること。そしてもう1つが、この掛川さんなのである。

 

もちろん、客観的に見れば私のことを高く買ってくれていたのには間違いない。だが、本当に掛川さんが私の助けになってくださっていた理由の本質は、別にある____

 

 

 

『と・こ・ろ・でェ……最近着た中で一番かわいかった私服はどうなのよン?』

 

「そうですね…いろいろ試してみましたが、個人的にツボだったのは白ブラウスと蒼いフレアスカートの王道の組み合わせですね。やっぱり私の髪にはめちゃめちゃ映えるんですよ……というより私の髪色って正確に言えばプラチナブロンドなんですけど、傍からでは銀髪となんら変わらないので基本何でも合うと思うんですよね…!」

 

『あぁ~わかるわァン!!それに、百合ちゃんは普段着ないでしょうけど、黒色をベースにした雰囲気でも全然合うのよねェ!アテクシのところに来ればもおっといっぱい遊べるのに…あれからこっちもいろんなモノを揃えたのよン?』

 

「例えば、どのような?」

 

『そうねェ…ズバリ名付けて「冬の夜に暖炉の側で本を読むしがないお嬢さまセット」!暖色のストールとゆったりとした厚手のワンピースを主体とした落ち着いた組み合わせよン!』

 

「あぁぁぁ~っ……あ゛あ゛ぁ………イイですね……今年の冬を迎えたらめちゃくちゃ着てみたいです…!」

 

 

 

___そう、端的に言えば「趣味(フェチズム)が合致した」のである…!!

 

 

私は自分の容姿をとてもレベルの高いものだと思っている。生来の自分の顔ならともかく、転生して自分の顔じゃないんだから客観視は出来るに決まってるでしょ(暴論)。

 

それを信じてモデル界隈に入って掛川さんと出会ってしまった私。挨拶を終えて私たちが会話をした第一声が、

 

「貴方、この服着てみないかしらン?貴方にとっても似合うわよォ?」

「おあぁぁ……あああぁっ…これですわ…とっても素敵ですわ!喜んで!」

 

だった。どうあがいてもオタク。

 

 

さて、そんな好みがとっても合う掛川さん。最初は隠していたものの、どうやら私のこの自慢の白金が好みに引っかかったらしく、モデルとして活動するうちは黒髪のウィッグで通そうとしていたのを一度だけ押し切られて地毛で撮ったことがある。そのときはそっちをウィッグということにしたが。

 

今ではうちの事務所の姫ちゃんのことも目を付けているそうだ。そういう意味じゃないです、綺麗なおべべを着せたいって意味です。

 

心底気持ちがわかる。わかる。

 

 

『それにしてもォ、そろそろアテクシにも敬語を使わなくてもいいのよン?アテクシも百合ちゃんのお嬢様口調は聞きたいしィ…』

 

「…すみません、掛川さん。私は貴方に多大な感謝と尊敬を抱いています。敬語はその表れですから…」

 

『あらァ~やっぱりイイ子ねェ!でも大丈夫、貴方はアテクシの同志なんだからァン!』

 

「ありがとうございます……いつか、いつか外せるように頑張るので…!」

 

『それじゃ、いつでも待ってるわヨ!またねェ!』

 

「はい、それではまた」

 

 

電話を切る。

 

やだ、昔から変わらず掛川さんが素敵すぎて私、泣いちゃう…!

 

このように、あの人とはいろいろ気が合うので4年ほど経った今でも連絡を取らせてもらっている。でも……掛川さんとこはそこそこ大きい会社らしいから、撮らせてもらうとしたら何か大きなきっかけがあった方が怪しまれないかも。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ま、今考えても仕方ない。私は今できることをやらないと。

 

 

 

 

 

あ、でも向こうの服はいろいろ着てみたいな…今度プライベートで会うか。

 

 

 

 

 

 




掛川正美


そこそこ名の知れているファッション誌の割と上の人。

百合が活動を開始して半年くらい経った時に彼が街で偶然見かけ、正美が百合の髪を強烈に覚えていたところを偶然再会。意気投合し仲良くなる。オネェ。

好きなことは可愛い子にいろんな服を着せること。曰く、「見合った服を着ると”輝き”が増す」らしい。




同志ほど信用できるものはないんですよね。




まだ何もない。



追記 8/28

日間23位に入ってました。すごくありがたい。


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自分らしさ

すんませんりっちゃんの存在を普通に忘れてました。大丈夫ですわ、出ますもの。


私思うんです、TS+転生+お嬢様キャラってかなり人を選ぶなと。それなのにもう20人の人に評価をもらって、日間まで入ったんですよ。めっちゃありがたいです。ちなみに日間に入った日と翌日は、あまりのUA数の伸びにずっとびっくりしてました。

あと、会話の詳細とかうろ覚えなので微妙に差異が生まれるかもしれませんがご容赦下せえ。

え?フランス人なのにプラチナブロンドはおかしいって?そんなもん多少は許してヒヤシンス。私が好きなだけです。








 

 

 

 

 

 

 

「うーん………これは……」

 

 

ある日。

 

今日は特に仕事の予定が入っていないため事務所でお茶を飲んだりしていると、不意にデスクの方からうなり声が聞こえてきた。プロデューサーのものだ。

 

 

結局、あの日の取材が実は嘘で、カメラマン=新しいプロデューサーだということを知らされた皆は…かなり驚いていたなあ。今でもあの絶叫っぷりは覚えている。私は知ってたから叫ばなかったけど。

 

ああ、そう言えば聞かれたっけ、「プロデューサーさんだということを知ってたのか」って。バネPに言ったことと同じことを皆に話すと、何故か皆から尊敬の眼差しを向けられた。気持ちはわからいでもないけど。

 

さて、そんなプロデューサーが今何に悩んでいるのか。ちょっと気になったので聞きに行こう。 

 

 

「プロデューサーさん、何をそんなにうなり声をあげていらっしゃいますの?」

 

「あ、ああ、百合か。実は、先日撮った宣材写真の出来が……お世辞にもいいとは言えなくてだな……」

 

「宣材の、って、ああ…これですの………ああー…」

 

 

Pの机にある、小さい写真群。それらはすべて数日前に撮った宣材写真であり、一番上には……サルの恰好をした双海姉妹だったり、かなりぶりっ子をしたいおりんだったり、微妙に笑えず結果的にすごい変な顔+ダブルピースで撮られたやよいちゃんの無残な姿がばら撒かれていた……。

 

 

「……何があったら、こんなイロモノばかり撮れてしまいますの?」

 

「わからん……どうしてこうなった…」

 

 

もちろん、真ちゃんや姫ちゃんなど普通に撮れている子らもいる……いやごめん姫ちゃんは今日も“決まってる”わ。

 

それを置いても、中学生組のあまりの奇天烈さに盛大に頭を抱えるバネPであった。それにしても、この写真たちがここで見られるってことは______2話くらいに差し掛かったのか。早いもんだなあ。ここ最近はほとんどレッスンとかしかやってないし。

 

 

「これがどしたのにいちゃん?」

 

「亜美たちのすごさが出てて良いじゃん!ね、ゆーりん!」

 

 

するとどこからともなく現れる、“やばい写真”の筆頭勢。

 

いや、これを見てすごさが表れてるって言えるなら一回他のアイドルのやつとか見てきてほしい____という言葉が出かかったが抑え込む。

 

 

「正直に言いますと、宣材写真としてはあまりよろしくないと思いますわ。何と言いますか、わたくしが先方ならこれを見て起用したいとは思えませんので……」

 

「ええっ、そんなぁ!嘘だと言ってよゆーりん!」

 

「そうだよ、真美たちこんなに頑張ったのにー!」

 

 

いや、私に抗議されても…。

 

軽いノリの口調とはいえ、割かしショックを受けている双海姉妹。ごめんね。

 

 

「私は悪くないと思うがねぇ」

 

 

するとまたしても後ろから声が。この渋いオジサマボイスは…しゃっちょさんだな?

 

 

「ごきげんよう、社長さん……それ、マジモンで言ってますの?」

 

「おはようございます社長…流石に、百合の言うことに一理あるかと」

 

「おはよう諸君。そりゃあ、私が双海君たちにアドバイスしたのだから当然だ」

 

 

な、なんだってー!?

 

と一瞬驚きかけたが、前世の記憶と照合しそういえばそうだったなと一瞬で冷静になった。社長、めっちゃドヤ顔してるじゃん……。

 

だけど、プロデューサーは十分に驚いたのちまたすぐに頭を抱えてしまった。気持ちはわかる。

 

 

「これ、撮り直した方が良いですよね…でもうちの懐も結構寂しいし…」

 

 

ついでりっちゃんまでこちらに参加してきた。

 

りっちゃん____秋月律子。元アイドルで、私たちのプロデューサー第一号。私がスカウトされたころには既に業を移していた。

 

彼女を一言で表すなら「生真面目」。アイドルとしての経験を持ちながら今はプロデューサー業に徹している、きっちりとした性格だ。私と同い年なのに、私よりもはるかにしっかりとしているのは本当にすごいと思う_____そうならざるを得なかったのも、あるかもしれないけれど。

 

りっちゃんは、バネPが来てからいくらか肩の力を抜いたように見える。そりゃあそうだ。()()()()()()プロデューサーはイケメンの大人の男なのだから、能力の有無にかかわらず多少は頼りにもなる。

 

……まあ、今はその生真面目さを持って宣材を撮り直すかどうかだいぶ頭を悩ませているが。

 

 

「わたくしは撮り直した方がいいと思いますわ。下手に印象の良くなさそうなもので挑むより、しっかり武器を揃え直してから勝負した方が見てもらえる確率は上がりますから。先行投資としても悪くはないと思います」

 

「う……これ以上ないくらいの正論…ええ、分かってはいるんですよ百合さん」

 

「いいんじゃないですか、撮り直しても」

 

「小鳥さんまで……」

 

 

ピヨちゃんまで参加してくる。まあ仕方ない、宣材の出来はうちみたいな弱小事務所には結構響くからね。

 

方々からの発言を受けて、更に撮り直すかどうかで揺れるりっちゃん。あともう一息といったところか…?

 

そして当然、鬼軍曹(りっちゃん)のそんな姿を見逃すような双子ではなく。

 

 

「りっちゃ~ん、撮り直そうよぉ~?」

 

「そうだよ~。もしかしたらそれのおかげでいっぱい仕事が来るようになってがっぽがっぽかもしれないんだよ~?」

 

「仕事……がっぽがっぽ…」

 

 

だ、ダメだりっちゃん…!そんな甘言を真に受けてしまっては…!いやごめんやっぱり真に受けて。流石にこれで勝負するのはちょっとヤバすぎる。

 

ああ、りっちゃんの両目にいつの間にか¥マークが浮かんでいるぞ…幻覚なんじゃないのか?

 

やがて、意を決したように、厳かにりっちゃんが口を開いた。

 

 

「……撮り直しましょう。そしてがっぽがっぽ仕事を取りに行くわよ…!!」

 

 

あダメですねこれ。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「うーん……どれがいいかしら…」

 

 

後日。

 

 

もう一度撮影スタジオを借り、人に来てもらい…普通に撮れていた子らも含めて、全員分を撮り直すことになった。私的にはまたいろいろ服で遊べるだろうから楽しみだけど。

 

今私は、持ってきた私服の数々(4つくらい)の中からどれを着ようかめちゃくちゃ迷っている。楽屋で。

 

 

「百合、何を悩んでいるのですか?」

 

「ああ、貴音さん。見ての通り、どれを着て撮影に望もうかと頭を悩ませていますの…」

 

 

うんうん唸っていると、横から既に撮影用の私服に着替え終えていた姫ちゃんに声をかけられた。

 

今日の姫ちゃんの服装は、紫の七分のブラウス(胸元にフリルがついている)に黒のフレア、それから同色のハイヒールだ。は、あーた似合いすぎ……かわいい…。

 

さて。

 

 

「どうしたものかしら…」

 

 

私は写真を撮るとき__自分が撮られること以外に、個人的に撮るときも__に、いつも考えていることがある。たいていの場合はなんとなくその場のノリで決めているが、今はどうにも思いつかないのだ。

 

どうしようかなぁ……これも着たいけど今日は“私服”だからなあ……もういっそ()()()()()()か?いやそれは流石に……。

 

 

「うーん……」

 

(わたくし)は、どちらも百合の雰囲気を高めてくれるものだと思いますが…」

 

「…ありがとうございますわ、貴音さん…しかし、もう少しだけ考えることにします」

 

「ふふぅ、百合は相変わらず真面目ですね」

 

 

そう言って姫ちゃんは去っていった。

 

いや、まあ、ね?

 

自分の性癖だから真面目になるのは決まってるじゃん。でもいくら姫ちゃん相手でも「自分の外見容姿がドチャクゥソ・セイヘキ・ササリンティウスだからどれも可愛いくて迷う」なんてさあ…言えるわけないよね。てへっ。

 

 

「ううーん……」

 

 

 

 

 

………よし、決めた。これで行こう。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「お待たせしましたわ」

 

 

ようやっと着る服が決まったので、楽屋を出てスタジオの扉を開ける。丁度春香ちゃんが撮影に望んでいたところだった。

 

挨拶とは言えない挨拶をかますと、すかさずこちらに気が付いたプロデューサーがやってくる。

 

 

「ああ、来たのか百合……って、それ…」

 

「私服…というより私物ですわ」

 

「いや、まあそれならいいんだが……結構、フリフリなのを着てきたんだな」

 

 

そう、今私が着ているのは黒を基調としたゴリゴリのゴスロリドレス。ご丁寧に下には黒タイツとパンプスも履いている。まだこれでもフリルの量は控えめな方だろうけど、私服と呼ぶには些かグレーな感じになった。やめろそんな目で見ないでくれさい。

 

 

「大丈夫ですわ、似合わないものは持ってきていませんし。それに仕掛けもありますから」

 

 

私は左手に持ってきていた()()()()をひらひらと見せつける。それを目にしたプロデューサーは、どうして私がスタジオにこれを持ってきたのかが理解できていないようだ。

 

 

「…百合?どうしてハンガーを手に持ってるんだ?」

 

「これが仕掛けですわ。まあ、詳しくはわたくしの撮影の時に理解してくださいまし。それにこれ単体でも十分に可愛いでしょう?」

 

 

くるりとその場で一回転。

 

 

「まあ、それは確かにそうなんだが」

 

「ぷろでゅうさぁ……おまたせしました」

 

「あら、貴音さんそこにいらっしゃいましたのね」

 

 

突然後ろからかけられる声。振り返ると、フィッティングスペースからカーテンを開けて姫ちゃんが出てきていた。何か調整でもしていたのだろう。

 

そのまま姫ちゃんは__私ではなく、プロデューサーの前までやって来た。

 

 

「ぷろでゅうさぁの目には、(わたくし)はどう見えていますか?」

 

「あ、ああ。すごく似合っていると思う」

 

「ふふ、真良き言葉です」

 

 

と、バネPに感想をもらった姫ちゃんがこちらに体ごと向けてくる。笑顔だ。かわいい。

 

 

「それにしたのですね、百合」

 

「そうですわね。どうです?」

 

(わたくし)には合わないかもしれませんが…百合が着用すると、装飾が百合に付随していくようですね」

 

「…それは流石に言いすぎ飯田謙信ですわよ」

 

「…言いすぎ飯田謙信……?」

 

 

やば、ついどこかで見たフレーズが出てしまった。スラングじみているのに言いやすいフレーズって結構油断して使っちゃうと思うの。まーた私の身バレへの道が…。

 

案の定姫ちゃんがきょとんとしてる。可愛いけど。

 

 

「…まあ、いいですわ。そろそろ春香さんの撮影が終わりそうなので、次はわたくしを撮っていただくことにします」

 

 

そう言って私は、春香ちゃんの撮影が終わるタイミングを見計らって左手のハンガーを手で弄びながらカメラマンさんのところまで歩いて行った。

 

 

 

 

 

さ、今日も良く撮ってもらいますか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ぷろでゅうさぁ…百合の撮影を見るのは初めてでしょうか?」

 

「ああ、言われてみればそうかもしれないな。何かあるのか?」

 

 

百合が俺たちの元を離れて撮影に望もうとしているとき。隣に立っている貴音からおもむろに話しかけられた。

 

 

「それならば、今がとても良い機会です。しかと目に焼き付けておくべきだと思いますよ」

 

「え、そ、そんなに巧いのか…?確かに、元有名なティーンズモデルだという話は前に彼女から聞いたが…」

 

 

というより、百合についてはそれくらいしか知らない。実際に活動していたときにどういうことがあったのかとか、いい思い出はとかの詳しい内容はあまり聞いたことがないな。

 

貴音の顔を見ると、今更ながら彼女の顔がわずかに笑っていることがわかる。しかもこれは、ワクワクしているときに出そうな表情……とても挑戦的な笑みだ。貴音がこういう顔をするのは珍しい気がするな。

 

 

「あれは、確固たる世界を創造しています。見ていると、まるで百合のいるところだけ別の景色が見える様です」

 

「……それは、確かにすごいが…」

 

 

それはもう自分の見せ方を知っている、というレベルじゃないだろう。かつて彼女の名が知れていたのは、それが間違いなく大きな理由だろうな。

 

とはいえ、俺は実際に見たことはない。貴音の言う「世界」がどういうものなのか……見てみたい。

 

 

百合の撮影が始まる。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「今日はよろしくお願いいたしますわ」

 

「よろしくお願いしまーす……あれ、織部さんの服はそれで良いんですか?」

 

「………ふざけてるのかしら」

 

 

おおっとぉ、早速カメラマンさんの隣にいる女性から厳しいコメントをもらった。気持ちはわかる。だってこれ私服じゃないし。

 

 

「全くふざけていませんわ。数ある私服の中から今日はこれで行こうと思っただけですの。可愛いでしょう?………さて、ではまずは普通に撮っていただいた後、床に座りますのでそのまま続けてくださいな」

 

「あ、はい。わかりました…」

 

 

半分自覚があるとはいえ、開幕でふざけてるのかな発言はちょっとだけプチっと来た。それなら今日は元モデルの杵柄を見せびらかしてやろうか。おうおう。

 

 

内心でそう悪態をつきながらも、表情は一切崩すことはなく手馴れた笑顔を見せる。それだけで、心なしかカメラマンさんが__ひいては隣の女性まで少し呆けたように見えた。

 

ざまみろオッパッピー。いっけないまた。

 

 

そして何枚か撮り終えた後、事前に言っていた通り私は床に座る。

 

 

「もう少し斜めか……そうですわね、おおよそ40度ほど右に向きますから、カメラマンさんはそのまま正面で続けてくださいまし」

 

 

_____パシャ、パシャ。

 

 

小気味良く鳴るカメラのシャッター音。それはつまり私の撮影がうまくいっていることを表している。ちらりに女性の方を盗み見ると、特に文句があるわけじゃないらしく黙ってくれている。その表情はとても複雑そうだったけど。

 

 

そうして角度やアングルを変えて10枚ほど撮った後。

 

 

「__さて、ここまで撮っていただいたわけですが…衣装チェンジしますので、ほんのちょっとだけ時間をくださいな」

 

「衣装チェンジ?!駄目よ、そんな数分も待てな……え?」

 

 

女性が何か言うのを半ば無視して、撮影前に脇に置いたハンガーを取りに行く。

 

戻ってきてから、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ちょ、ちょっと何やってるの!?こんなところで脱がないで頂戴…って」

 

「……ふぅ。さて、それではもう少しだけ撮影していただきますわ?」

 

 

そのまま脱いだドレスを手持ちのハンガーに掛けた私は、()()()()()()()()()()の具合なんかを調整するべくその場でくるくると回ったりしていた。

 

さしものこれには、一同度肝を抜かれたらしく、女性やカメラマンさんはおろかその奥にいるプロデューサーや他のアイドルまでもが口を開けてこちらを見ていたのが視認できる。

 

 

 

着る服を迷いに迷って、結局どっちにも決められなかった優柔不断未開通女(自虐)が取った最終手段__“どっちも着る”であった。

 

はー暑かった。

 

 

ちなみに今日持ってきたのは、以前掛川さんに一押しだと語った白ブラウス+青のフレアという王道の組み合わせだ。かの騎士王が来ていたのとほぼ同じやつである。

 

そして今回の撮影においては姫ちゃんと微妙に2Pカラーのようになっている。いや、いいけどね?

 

 

ま、それはともかく第二ラウンド行きましょう!撮影が楽しくて、さっきから笑顔が絶えないゼ。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……なるほど、これは確かに…」

 

 

撮影スペースでは、さっきまで着用していたフリルの多用されたドレスを体の前に当てていい笑顔を見せている百合がいる。ここだけを切り取れば__一瞬、「服屋に来て楽しそうに服を選んでいる良家のお嬢様」というワンシーンがありありと目の前に見えてしまっていた。

 

もちろん、それがあくまで錯覚だということは分かってはいるんだが…。

 

ちらりと隣を見やると、貴音も随分と百合の撮影に真剣な眼差しを向けていた。

 

 

「…あのように、百合は撮影のたびに自分の世界を展開しているのです。その都度てーまを決めているように見えますが」

 

「……ああ、成程な。百合はすごいなぁ」

 

「真、そうだと思います。加えて、立っているだけで老若男女を惹きつける容姿…百合のような傑物が事務所に所属する理由は、未だに不明です」

 

「………」

 

 

俺にあんな子のプロデュースをちゃんと出来るだろうか…まだ駆け出しである、俺に。

 

 

「…(わたくし)は、ぷろでゅうさぁなら皆を導いていただけると感じています……第六感というものです」

 

 

すると内心の不安を見透かされたように、貴音に励ましの言葉をもらう。が、励ましというよりも冗談のように聞こえてしまうのは彼女の雰囲気とは合わないからだろうか。

 

 

「……貴音って、冗談とかも言うんだな。ありがとう、おかげでちょっと気が楽になったよ」

 

「むぅ、冗句などではありませんが……」

 

 

むくれたような表情を浮かべる貴音は、普段の気品の高さがなりを潜めて少しだけ年相応の雰囲気が出ているように見えた。そのギャップに、少しだけ見惚れてしまう……って、いかんいかん。担当アイドルにぼうっとするなんて、分不相応にもほどがあるしな。まあ、見惚れるほど綺麗だってことだから、改めてプロデュースのしがいがあると実感するが。

 

 

「待たせたわね!」

 

 

突然、その溌溂とした声が後ろから聞こえる。スタジオの扉からだ。この声は…伊織だな、ようやっと準備が出来たらしい。さて、どんな服装をしてきたのか_____

 

 

「やっと来たな、いお…り……?」

 

 

……は?

 

 

「…何やってるんだ?」

 

 

……扉には、伊織、亜美、真美、やよいが立っている。

 

だが、その顔には厚すぎる化粧が施されていて、胸には何か詰め物をたくさんしている。おまけに変なポーズまで取っているんだが…。

 

 

「これぞ、亜美たちが考えた最強のオトナの色気!」

 

「どうかなにいちゃ~ん?真美たち、せくしぃに見える?」

 

 

……いや、駄目だろう。

 

 

「…何ふざけてるんだ!?早く着替えてこい…!」

 

 

あんまりにも派手な格好をしてきた4人に、すぐに手直しするように促す。

 

これには流石に貴音も驚いたのか、さっきから目をわずかに見開いてる。いや、普段毅然としている貴音がこうなるって結構よっぽどなんじゃじゃないか…?

 

 

「なっ…!ふ、ふざけてるわけじゃないわよ!私たちは本気で…!」

 

 

しかし俺の言葉が何か癇に障ってしまったのか、ひどく伊織がかみついてきた。

 

 

「流石にそれで宣材を撮れるわけないだろう!良いから早く着替えてきてくれ!」

 

「何よ、これのどこが悪いってのよ!」

 

「そうだよにいちゃん!亜美たちすごく頑張ったのに!」

 

「無下にするなんてあんまりだよぅ!」

 

「頑張りの方向が違うところに行ってるんだ…良いからとにかく着替えてこい。話はそれからいくらでも聞くさ」

 

「なぁ……っ!?」

 

 

くそっ、まずい。口論に発展しかけている。間違いなくプロデューサーとしてはあまり良くないコミュニケーションだろう。どうすればいい…!?

 

 

「あのっ、伊織ちゃんもプロデューサーさんも、喧嘩はダメですぅ~……ふぇっ、あ、あれ~~体がふらふらします~~?!」

 

「あっ、おい、やよい?!」

 

 

俺とヒートアップしていた伊織や亜美真美から、少し離れたところに立っていたやよいが、胸の詰め物のせいでバランスが取れなくて千鳥足になっていた。そのままどんどんと後ろにふらついていって、今から支えに行こうとも…惜しくも間に合わず。

 

 

「ふ、ふええええぇぇぇぇ~?あぅ~、真っ暗で何も見えないです~~~!!」

 

 

「……とりあえず、やよいを起こしに行こうか」

 

「……そうね」

 

 

 

 

 

……やよいが段ボールに吸い込まれて、ここでようやく伊織との口論が休戦となった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「これにて撮影は終了でーす。お疲れ様でしたー」

 

「はい、ありがとうございました」

 

 

んーーっ。今日も割とやりたいようにやらせてもらえたかな。

 

 

「お疲れ様です、百合」

 

「あら、貴音さん。ありがとうございますわ」

 

 

軽く伸びをしながらプロデューサーのところへ向かおうとすると、ちょうど真正面から姫ちゃんが向かってきていた。次の撮影はあーたか。楽しみだ。

 

 

「まさか下に別のものを着用していたとは思いませんでした。百合はいつも(わたくし)たちの想像を超えてくるのですね」

 

「まさか。どちらも着たいと思った結果、両方捨てられずに同時に着用しようという阿呆な考えをなんとか形にしただけですわ」

 

「ええ、貴方がそう言うのならきっとそうなのでしょう。(わたくし)も負けていられません」

 

「これは勝ち負けではないですわよ」

 

「ふふっ、理解しています。それでは」

 

 

……行っちゃった。

 

姫ちゃんはなんだか随分とやる気に満ち溢れているようだった。何かプロデューサーと話でもしたのかな。なんにせよ、姫ちゃんの綺麗さならたぶん大丈夫だと思うけど。

 

さて、プロデューサーに感想を聞きに行こーっと……って、あれ?

 

 

「…伊織さんに亜美真美さん、やよいさんにプロデューサーさんまで。揃ってそんなところに座り込んで、どうされましたの?」

 

 

そう。

 

何故か中学生組とプロデューサーさんが段ボールなどに座り込んで、一様に暗い表情を浮かべていたのである。ここだけ空気が数段重たい…()()()()()()()()()

 

あれ、そういえば2話ってこんな描写あったよな……ええっと、確か。

 

 

「もしかして、どういうスタンスで宣材を撮ればいいか分からなくて困っていますの?」

 

「……!な、なんでアンタがそれを……」

 

「…いえ、まあ。事務所で何か話し合っていたなとは思っていたので」

 

「……百合みたいなオトナにはわからないでしょ。私たちが滑稽に見えるんじゃないの?」

 

 

…確か、人を惹きつけるのは大人の色気だ!じゃあ化粧とかボンキュッボンとかすればいいんじゃね?服もセクシーにするために裾を破いたりしよう!ってなって、それが裏目に出たんだっけ。難儀だよね、それって。

 

まあ年齢も負ってきた過去も…なんなら性別まで差異がある私がどうこう言って響くことはないだろうけど、一応年長者としてアドバイスしておきたい。

 

というか、伊織ちゃんは未だに私に妙に突っかかってくるんだけど。まあいいか。

 

 

「大人に憧れる気持ちはわからいでもないですわ。ですが今この場においては、それは意味を成しえませんわ」

 

「……どういうことよ」

 

「“自分”というアイドル…いえ、“アイドル”の自分を売りに出すときに、自分にないものを付け焼刃で武器にするのは失策だということですの。そんなものよりも、今自分が持っている自分だけのもので勝負する方が余程いい結果をもたらせるのですわ」

 

「……これ以上ないくらい正論だけど…じゃあ、私たちの努力が無駄ってわけ?」

 

 

うーん……無駄ってわけじゃないんだけどね。

 

どうにも話が飛躍しているような気がする。

 

 

「お待たせなのー!」

 

 

とその時、うちの中で最強クラスのカリスマを誇るミキミキがフィッティングスペースから出てきた。いつの間にいたんだ。

 

ミキミキは、わかば色のチェックのワンピース(ただし七分袖)とブーツを着用している。全体的にシンプルにまとまっていながら彼女の雰囲気に合っているのを見ると___やっぱり、才能ってすごいなとしか思えない。私にはないものだ。

 

そんな彼女は姿が見えてからというものの、りっちゃんのところへ行くわけでもなく私たちのところへとやって来た。正確に言うと、おそらくいつものように私のところへと来たのだろう。

 

 

「ね、今日の衣装どうかな、百合さん!」

 

「え、ええ。とても似合っていると思いますわ。美希さんの素体の良さが存分に発揮されていると思います」

 

「にひっ、ありがとうなの!美希、百合さんに褒めてもらえるとやる気出てきちゃうって感じ!」

 

 

そう残して、今度はりっちゃんの方へと向かうミキミキ。

 

撮影のときが特に顕著なのだが、ミキミキは何故か違う衣装を身にまとうたびに、私のところへとやってきて感想をもらいに来る。

 

私が元モデルだからなのかもしれないが、それに関してはいつか「私はフェチズムに従ってるだけであって、ミキミキの方が圧倒的にセンスが上だから私よりも凄いよ」と言ってやりたい。わざわざ私に感想を聞きに来なくてもよくね?とは思ってしまう。もしかしたらその性格故に承認欲求が高いのかもしれんけども。

 

いやそもそも自分の外見にフェチズムを感じているって時点で「何言ってんだこいつ」って言われるな…。

 

 

「ちょうど美希さんの撮影が始まりますわね。いいタイミングですわ、彼女の雄姿をご覧になればいいと思いますの。きっと何かヒントが見つかるはずですわ」

 

 

____美希さんは、天才ですから。

 

 

未だにうなだれている4人に向かって、そう告げた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「…ミキミキ、すごいね…」

 

「うん……おんなじ中学生とは思えないよ…」

 

「美希ちゃん、オトナです…」

 

「……悔しいけど、あれは凄いわ…」

 

 

星井美希という、どこまでもアイドルに向いているアイドル。

 

その輝きを目の当たりにした4人は、ものの見事に劣等感に苛まれていた____そう、劣等感(持つ必要のない感情)に。

 

 

悪いとは言わない。むしろ誰しもが一度は持つものだし、それをバネにして一層高みに登ろうとする人もごまんといる。私も大昔に感じていた。

 

でも、殊アイドルという職業で言えばそれは捨て置いてもいいだろう、と思っている。

 

だから私は、そんな彼女らに対して言葉を投げかけるのだ。

 

 

()()が別格で天才すぎるだけですわ。普通はあんなこと出来ませんもの」

 

「……それは、確かにそうだけど」

 

「あれと比べてしまうのはやめた方がいいですの。そんなことよりも、自分について理解を深めた方がずっと有意義ですわね」

 

「百合の言う通りだ。伊織、亜美、真美、やよい。皆違った個性を持っていて、それぞれにしか出来ないことがある。“自分らしく”いることが大事だと、俺は思うぞ」

 

 

ここで、先ほどから黙っていたプロデューサーがようやく口を開いた。

 

もう大丈夫ね。

 

 

「それじゃあ、後はプロデューサーさんに任せますわ。頑張ってくださいまし」

 

「ああ、ありがとうな」

 

 

ひらひらと手を振ってようやく中学生組から離れる。やれやれ、あんまり本筋に関わるようなことはしたくないんだけどな。

 

でも、あれは昔の私に良く似ていた。ずっと前、1周目の()に。それを見れば、少しばかり助言をしたくなるのも当然だった。

 

 

「なあ百合、さっきあの4人とプロデューサーと何を話してたんだ?」

 

「あら、はろーですわ響さん。まあ、アイドルとしても人としても必要なことを、少しばかり」

 

「んん?いまいち要領を得ないぞ…」

 

「響さんは既に持っていらっしゃいますから、気にすることではありませんわ。それより、ここからの撮影は見物ですわよ」

 

 

 

 

 

結局その日の宣材の撮影は、中学生組も自分らしさを発揮できていたこともありつつがなく、それでも確かな手ごたえを持って終了した。良かった良かった。

 

 

 

 




今回あとがき長めです。すみません。





前回の敬語について補足しておきます。

百合の通常の口調であるお嬢様言葉は、この世界でも一応たぶん(「ですます」が入っているので)丁寧語の部類には入ると認識されると思います。ですが百合にとっては、お嬢様口調自体が敬体ではなく常体のような感覚を持っている(≒文字通り普段使いの口調である)ので、スタンスとしては「マジの敬語を使いたいと思ったときは敬語を使っているが、口調自体丁寧語のような印象を受けるものであるとは認識しているため大概の場面は普段通りで通している」ということになります。

ややこしいですね。つまり

一般人のため口「僕(私)は中学生だ」
百合のため口「わたくしは中学生ですの」←お嬢様口調

一般人の敬語「私は中学生です」
百合の敬語「私は中学生です」←普通の敬語


ということです。つまり、慣れこそすれど百合は目上の人にお嬢様口調で通すときに(ため口の感覚なので)若干後ろめたく思っています。じゃあ敬語使えよって話になりますが、それもまた違って来るんです。百合は既に「お嬢様キャラ」が確立していてそれが武器になり得るので、変に敬語を使うより素の口調で通した方が(特にアイドルの仕事関連の)話はうまくいくこともあるということです。事務所の人は例外みたいなもんです。


ほんとややこしくてすみません(;´Д`)

ちなみになんですが、単語と口調は切り離せるものなので、お嬢様口調でありながら「言いすぎ飯田謙信」「マジモン」などスラングじみた言葉も出てきます。身バレが加速していく…。


ちなみに作中でも言及されていましたが、百合の名前の由来は母親のジャンヌが「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花」に感銘を受けて父と話し合って決まった、ということになっています。

いずれ百合のビジュアルについても公開したいですね。





あと、百合の過去話についてはいずれ回を取って書きます。今はまだ“とっぷしーくれっと”というやつです。



あともう一つだけ。百合の体重とスリーサイズを変えます。些細な変化なので物語に支障は出ませんので、悪しからず。

変更前  50㎏ 86/59/85

変更後  49㎏ 81/58/82




おや、美希の様子が……?



9/1 誤字報告を受けました。報告してくださった方、ありがとうございます。


追記
また日間に乗ってました。もしかして皆TSお嬢様好きなのか?(錯覚)


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幕間1 交流

小話

掛川さんは百合にとっての善澤記者のような立ち位置。

ちなみに言うタイミングがなかったのでここで言いますが、百合は日本語とフランス語のバイリンガルです。


追記

今回結構急ぎ目に執筆したので誤字報告がどばどば上がってます。まじすんません次からは気を付けます"(-""-)"


 

 

 

 

 

「おはようございます!」

 

「おはようございます、プロデューサーさん」

 

 

ある日の朝。

 

いつものように事務所の扉を開けて入ると、これまたいつものように小鳥さんがワークスペースからわざわざ顔を出して応じてくれる。そんなに丁寧じゃなくてもいいのに、全く良い人だ。

 

 

「今日はあまり仕事の入っている子はいませんね……ああっ、言ってて悲しくなってくる…」

 

「そうですね…ですが、俺もアイドルの皆もまだまだこれからですから。あのホワイトボードが真っ黒になるように頑張ります」

 

 

手早く自分の机に鞄を置き、同時に手帳を取り出す。今日は確か、午前中に貴音の仕事があったな。他には…と思ったが、今日は貴音だけのようだ。仕事がないのに伴って、今日は事務所も閑散としている。貴音もまだ来ていない。

 

何かお茶でも飲もうか…と思ったとき。

 

 

「あら、プロデューサーさん。おはようございますわ」

 

「うお……いたのか百合。おはよう」

 

 

後ろから澄んだ声をかけられて振り向けば、我が765プロ屈指のビジュアルを誇るお嬢様の百合がとてもきれいな姿勢で立っていた。肩にイヤホンがかけられているあたり、どうやら俺の挨拶も聞こえなかったみたいだ。まあ百合も例に漏れずとてもいい子だから、挨拶を返してくれないわけないが。

 

 

「確か今日は、貴音さんのお仕事が入っていましたわね?」

 

「ああ。それより、百合は随分と早い時間に事務所にいるんだな。予定はないんだろ?」

 

「ええ。ですがわたくし、ここで紅茶を飲むのが日課になっていまして。ついつい足を運んでしまうのですわ」

 

 

へえ、そうだったのか。

 

そう言えば、あずささんや貴音を始めとするほとんどのアイドルが、百合の淹れる紅茶は美味しいと口にしていたっけ。本当に彼女は多才だ。

 

 

「もしよろしければ、今からお淹れします?まだ作れますが…」

 

「いいのか?」

 

「ええ。普段からお世話になりっぱなしですから。それに、自分の淹れたものを人に楽しんでいただくのは嫌いではありませんので。それでは、少々お待ちになってくださいな。砂糖とミルクはどうします?」

 

「俺はどっちも普通の量で頼む」

 

「あ、私もおかわりもらっちゃっていい?百合ちゃん」

 

「りょーかいですわ」

 

 

そう言って百合は給湯スペースへと向かっていった。

 

 

 

 

 

「…ほんっとうに、百合ちゃんって出来た子ですよね…」

 

 

見れば、小鳥さんがこれでもかというくらいに顔を緩ませている。あれ、こんな顔をするような人だったか…?まあいいか。気持ちはわかるしな。

 

 

「気が利いて上品で綺麗で、貴音ちゃんと並んで立つと本当の姉妹みたい…」

 

「はは、姉妹ですか。確かに言い得て妙ですね。俺もここに来た当初は似たような印象を抱きました」

 

 

そう、あの2人は外見はおろか性格も似ている。どっちも自分の力量を理解し、大変なことも己を信じて乗り越えようとする夢追い人のような性格。それでいて口調はそれぞれ和洋で綺麗に分けられている。いい意味で()()()()な印象を、今でも受けている。

 

 

「そう言えば、百合は他の皆よりも遅れて765プロに入ったんですよね?オーディションを受けたんですか?」

 

「あら、プロデューサーさんはまだ聞いていませんでしたか?あの子は社長が直々にスカウトされたんですよ」

 

「社長が?それはまた、異例というか珍しいというか。うちって基本的にオーディションやら面接やらで選抜していたはずでは?」

 

「社長曰く『オーラでティンと来た』そうです。ある日突然連れてきたものですから、最初は私もびっくりしました……思えば、百合ちゃんも随分と成長したわね…」

 

 

どこか遠い眼をする小鳥さん。まるで保護者のような慈愛に満ちた雰囲気を醸し出していて、やっぱり765プロの縁の下の力持ちなんだなと実感する。

 

 

「お待たせしましたわ。今日はセイロンティーですの。たぶんこっちがプロデューサーさんのものですわ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「ありがとう、百合ちゃん」

 

 

なまじ百合と小鳥さんが所作の良い飲み方をするものだから、俺も気が引き締まって丁寧に味わおうを意識してしまう。こんなにいい意味で気が休まないお茶があっただろうか。

 

けど、紅茶の方はとても美味しい。ミルクが入っていてもしっかりと紅茶特有の深い味わいを感じられるし、砂糖も上質なものを使っているのか紅茶の風味を損なっていない。

 

 

「どうです?わたくしの淹れたものは」

 

「ああ…すごく、美味しい。これはアイドルとしての武器にもなるかもしれないな…」

 

 

ただ純粋に、そう感じた。

 

 

「ごきげんよう」

 

 

突如として開かれる事務所の扉と合わせて響く声。百合と比べた時に、彼女の高く澄んだ声に対し妖艶さが前に出ている声。

 

貴音だ。

 

 

「あ、おはよう貴音ちゃん」

 

「ごきげんよーですわ~」

 

「おはよう貴音」

 

「……なぜ百合はそのような弛緩した声なのですか?」

 

「紅茶を飲んで朝からまったりしてるだけですわ~…貴音さんもお飲みになりますの~?」

 

「そういうことであれば、勿論頂きますが」

 

「まだ仕事の時間には余裕があるから大丈夫だな」

 

 

何か……良いな、こういう雰囲気。

 

貴音も百合もいい意味で大人びているし、小鳥さんも十分な大人の女性だから場の空気がとても落ち着いたものになる。亜美や真美を始めとした未成年組が作る賑やかな雰囲気も微笑ましいが、個人的にはこういうゆったりと過ごせる雰囲気のが良いな。

 

 

そのまま貴音も加わった文字通り即席のお茶会を楽しんでいると、やはりあっという間に時間は過ぎるもので。

 

気が付けば、そろそろ出発の時間の目安に差し掛かろうとしていた。

 

 

「ぷろでゅうさぁ…そろそろ時間ですか」

 

「そうだな。それじゃあ、貴音の撮影についていきますね」

 

「はーい。お仕事頑張ってね、貴音ちゃん」

 

「プロデューサーも頑張ってくださいまし」

 

 

しっかりと2人に挨拶を済ませて、貴音と一緒に事務所を出発した。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「そう言えば、貴音って何か好きなものはあるか?」

 

 

スタジオに向かう車を運転しながら助手席に座る貴音に聞いてみる。せっかくの機会だからこういうタイミングで聞いておかないとな。アイドルたちに合った仕事を取ってくるためにもな。

 

貴音だと、やはり風情のあるものなんかになるのだろうか。例えば、天体観測とかなら似合うだろうか。

 

 

(わたくし)は現在、らぁめんに心を惹かれています」

 

「……ラーメン……ラーメン?」

 

 

予想外の単語が出た。見た目とのギャップが凄まじいな…。

 

心なしか貴音のテンションが高いように見える。

 

 

「らぁめんとは調和。らぁめんとは探求。(わたくし)は形を変えて存在する古今東西のらぁめんをこよなく愛しているのです」

 

「へぇ……そうだったのか。それじゃあ、今日の昼飯はラーメンにするか」

 

「……!よいのですか?」

 

「ああ。一回見てみたい気もするしな」

 

 

何より、アイドルとの相互理解を通してもっと皆のことをよく知りたい。そういう仕事への“熱”が、俺のやる気に火をつけてくる。特に貴音は謎が多いからな、こういう機会にひとつ知れるのは本当にありがたい。

 

見れば、貴音は先ほどよりも幾分やる気に満ち溢れた顔つきに変わっていた。

 

 

(わたくし)、いつにも増して気合が入っております」

 

「はは、その調子で撮影も頑張ってくれ……っと、そろそろ着きそうだな。降りる準備をしておいてくれ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「らっしゃいやせー!2名様ですか?こちらのテーブルにどうぞ!」

 

 

店員に促されるまま2人掛けのテーブル席に座る。平日ということもあってか、人の賑わいはそれなり程度で納まっている。

 

見れば、俺たちが店内に入ったのに気が付いた他の客が全員こちらを__正確には俺の後ろにいる貴音を__若干惚けたような目で見ていた。プロデューサーとしてはアイドルが注目されるのは嬉しい限りだが____

 

 

『おい…あの銀髪の美女やばくね?』

 

『ああ…なんというか、オーラがすげえよな…』

 

『隣にいるのは彼氏か?彼氏の方もかっこいいじゃねえか…』

 

『さしずめお嬢と執事ってところか。今日はラッキーだな』

 

 

……うーん、これはアイドルとしてというより貴音本人がいろいろ規格外すぎて注目されてるだけなんだよな……。流石にアイドルとしてはまだまだこれからってところか。

 

向かいに貴音を座らせ、先んじてメニューを渡しておく。

 

 

「俺が奢るから好きなものを頼んでもいいぞ」

 

「真、感謝します。さて、どれにしましょうか……」

 

「こらこら、せめて鞄を置いてからだろ」

 

「…そうですね…少し早とちりをしていました」

 

 

真剣な目でメニューを見たり、逸った行動に気が付いてちょっとテンションが落ち着いた貴音が、ベクトルは違えど年相応の少女に見える。本当にラーメンが好きなんだな。

 

 

 

 

 

「貴音、今日の撮影はどうだった?何か問題とか、手ごたえとか」

 

 

ラーメンを待つ間に、今日の振りかえりをする。こうして逐一うまくいったところや問題点を洗っていくことは大事だ。次回への糧になるからな。

 

 

「そうですね……今日は、特に致命的なミスはなかったように思います」

 

「ああ、それは俺も見ていてなんとなく分かったよ。カメラマンの反応も良かったし」

 

「ええ。それで、今回は百合のすたいるを参考にして、(わたくし)も頑張っては見たのですが……かめらまんさんの反応と比較して、あまり手ごたえはなかったように思います」

 

「そうか……前に撮ったのが例の宣材のときだから、今日が初めてか。1回目だから、もう少し回数を重ねないと自分に合うかどうかはわからないな…でも、そうやってどんどん新しいことを試すのは、俺は良いと思う」

 

「そのようなお言葉、感謝します。して、ぷろでゅうさぁは今回の撮影はどのように感じましたか?」

 

「ああ、貴音には悪いが、今回はカメラマンに結構いい印象やインパクトを与えられたんじゃないかと思う。撮影が終わった後本人から『いや~ナムコさん!ボクびっくりしちゃったよ、あんな映える子がいるなんて!これはまた、ナムコさんを撮らせてもらってもいいかな?』って」

 

「まあ……それは真、喜ばしいことですね」

 

「ああ。だから確実に前には進んでいる。俺もアイドルの皆もまだ駆け出しだけど、自分に出来ることを着実にどんどんやっていこうな」

 

「真、その通りですね。歩めばいつかたどり着けると信じています」

 

「ははっ、担当するアイドルがそんなだと、俺ももっと頑張らないとな」

 

『お待たせしました~』

 

 

と、ラーメンが来たな。食べようか。

 

 

 

 

 

「今日はこのような食事に誘っていただき、真感謝します」

 

「気にしないでくれ。それより、俺はこれから事務所に戻るが貴音も車に乗るか?」

 

「いえ、(わたくし)はこのまま歩いて帰ろうと思います。今日はお疲れ様でした」

 

「ああ、お疲れ様。気を付けて帰れよ」

 

 

貴音が大通りの道を反対に歩いていくのを見届けて、車に乗った。今日は悪くないコミュニケーションを取れた気がして、帰りの運転は少しだけ気分が上がっていた気がした。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「1,2,3,4、1,2,3,4……」

 

 

踊る。

 

 

「腰、腕、指……」

 

 

踊る。

 

 

「1,2………あっ」

 

 

汗で足が滑った。

 

 

「………いったいですわー…おえっ…」

 

 

アドレナリンが切れた。

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……指がちょっと伸びてなくて…ふぅ……腕の上がりが小さくて…おえっ……ステップの幅あってましたっけ…?」

 

 

足を滑らせたまま、アドレナリンが切れて上体を起こせないまま__それでもなんとかうつ伏せになって__近くに置いてたポータブルDVDプレイヤーを持ってくる。トレーナーさんに頼み込んで撮らせてもらった見本のダンスと、頭に留めているダンスのポイントを思い返しながら、先ほどの鏡に映った自分のダンスと比較して精査していた。ちょっと待って吐きそ…。

 

 

「おぅえええ……体力がなさ過ぎて地面と道家思想…もとい同化しそうですわ…」

 

 

いつまで経ってもこの体力が切れたときの体の重みは慣れる気がしない。元々体力を要することは苦手だったから仕方ない。

 

 

「…とりあえずアクエリ飲みましょう…」

 

 

ちょっと一息。

 

今日は仕事もレッスンもなく、家にいても特にやることがない__わけではないのだが、まあ今はダンスが気がかりなのもあってスタジオの鍵を借りて自主トレをしていた。

 

今練習しているのは、全体曲の「The world is all one!(ざわわん)」。そう、あのざわわんである。これがまあ、実際に踊ると難しい難しい。指先単位でのスタイリッシュさが求められるし、ここから全体での合わせとか踊りながらのボーカルとか……考えるだけでその途方のなさにちょっと気持ちがだれる。

 

でもさー…決まるとかっこいいんだ、これが。特に「ゆーにてぃまいん!」のとこ。両手を合わせてキラッってウィンクするところ。

 

すごいよ?その瞬間「これだ」ってなったもん。これがアイマスだ……って、謎の感慨を覚えた。

 

 

 

 

 

ま、それと私の技量の低さは一切関係ないんですけどね、HAHAHA。

 

……はぁ。

 

 

「笑ってる場合じゃないんですわよねぇ…さて、もう一回…今度はテンポを上げて、元に近いBPMでやりましょう…ふぅ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「ふふふふふん、ふふふふふふん…」

 

 

鼻歌で軽く雰囲気を出しつつ、正確さを重視して踊る。今はサビだ。

 

先ほどさらった足りないポイントを押さえつつ、ない体力を前借りして見本通りに踊る。そうしないと体になじまない。

 

 

そのまま1番を踊り終えたタイミングで__パチパチと、拍手をする音が……?

 

 

「すごいです百合さん!」

 

「…春香さんですの?」

 

 

扉の方に顔を向けると、「ザ・普通のアイドル」代表と言っても過言じゃない私たちのリーダー(予定)、天海春香ちゃんが拍手しながら立っていた。いや、何故いるし。

 

 

「春香さんも自主練をしに来たんですの?」

 

「はい…実は扉の前まで来て鍵を借りていないことに気が付いたんですけど、中を見たら百合さんが踊ってるのが見えて。そのまま見入っちゃいました」

 

 

たはは~…と苦笑いをしながら頭を掻く春香ちゃん。妙に似合っているのが春香ちゃんらしいというか。

 

でも、1つ気になる発言が出たな。

 

 

「見入るほどのものだったでしょうか。1番までで、体力的な問題も含めて10個ほどボロがあったような気がしているのですが」

 

「え、ええっ!?そんなにあったんですか!?」

 

「……ありましたよね?え、もしかしてわたくしの錯覚だったりします?え、マジンコですの?」

 

 

えー…だとしたら相当私疲れてるじゃん。もう1時間はやってるしちょっと長めの休憩取ろっかな……。

 

 

「え!?いや、たぶん百合さんの方が正しいと、思い、ますけど……」

 

「春香さんが自信なさげに答えるのも、それはそれでどうかと思いますが…」

 

 

しっかりしてくれリーダー(予定)。

 

 

「ま、いいですわ。せっかくなら一曲踊りませんこと?」

 

「その良い方だと、私たち舞踏会に参加してるみたいになっちゃいますよ…?」

 

「あら、こちらの誘い文句はよく言い慣れていますから。ついつい出てしまうのですわ」

 

「え!百合さん、舞踏会とか参加したことあるんですか!?」

 

「そうですわね、あれはもう5年も前のこと……って、あるわけないでしょう。流石に今の時代にはないですわ」

 

「……百合さん、ノリツッコミとかするんだ…」

 

「わたくしのことは構いませんわ。それより、ダンスを合わせるなら40秒で支度してくださいまし?」

 

「まさかのドーラおばさんも!?」

 

 

おら、早く合わせるぞ。時間は有限だからな。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

そのまま春香ちゃんのアップで20分程度、合わせで40分程度時間を使い、1時間ほど経って今日はお開きになった。頑張ったので帰りにコンビニでデザートを買った……てへりんこ。

 

 

マイハウスに颯爽と帰り着き、昨日多めに作ったカレーとかを寄せ集めて夕ご飯を準備する。

 

ご飯を食べ、デザートを食べ、シャワーを浴び。一通りのやることが終わった後、WA〇KMANを取り出した。そのままある曲をかけ、イヤホンを装着する。

 

 

「____♪」

 

 

明るめの…テクノ調?というジャンルなのだろうか。電子音楽的な曲調の曲を耳に入れる。ただし、歌詞はなく__インストだけ。

 

 

「『くすんだ坂を上って 一瞬先の未来を見る』」

 

「『白んだ空に立って 数瞬先の世界を見る』」

 

「『遅れた光 高い壁を貫いて』」

 

「『白金の煌めきを 今____』」

 

 

()()()

 

この度私が持つことになった個人曲「Glitter of Platinum」の歌詞を口ずさみながら、メロディラインを頭に叩き込んでいく。かっこいいんだこれが。

 

歌詞も私好みの、未来に向けて頑張る内容。電子音楽調と相まって、この曲をしっかりと歌いきる日が待ち遠しい。待ち遠しい!

 

 

「『水平線の先でいつか Platinum Glitter!』____」

 

 

……よし、今日も気持ちよく聞けた。後は適当にゲームでもしようかな。ふふふ、これは枕を高くして眠れそうですねえ!いつものことですけど!

 

まだ見えぬ曲の真の姿。どういう風に歌っていけばいいかとか、いろいろ考えながらゲームをして、いつものように12時くらいにベッドに入った。

 

おやすみなさいませ。スヤァ……(‘ω’)

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「今度、降郷村でのステージイベントに全員で参加することが決定した!現段階でのイベントスケジュール企画をプリントしたから各自見てくれ」

 

 

 

 

 

「『前半MC:織部』……ですって……?緊張しすぎてハシビロコウ待ったなしですわよ……?」

 

 

 

 

 

 




2話後書き回収。



百合の個人曲を作らないといけないなと思って、まあこの時期にはもうあるだろうということで作りました。超王道な克己の曲です。歌詞っぽいフレーズを考えるのに苦労しました。



次回、3話分です。でもただの3話分じゃない。


あと次回ビジュアル公開出来たらいいなぁ。


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現実



こんな遅い時間の投稿になってしまってすみません。昨日は引っ越しだったので。




このあたりから何かがずれてくる。

結構雪歩の歌うテクノ系が好きです。それこそ3話EDの「First Stage」とか。あとはコスモスとか。何故か懐かしくて泣きそうになるんですよね。






 

 

 

 

 

私は自然が好きだ。

 

 

それは別に、何も都会の街並みを裏切ったとかそういうわけではない。自分の生まれの地由来の下町への愛も別に衰えたわけではない。それを置いておいて、“自然”というまさに本質と呼ぶべき概念や情景に心が躍るというだけ。

 

自然はいい。空気は鉄の街に比べて格段に澄んでいて美味しいし、目に映る色彩の幅も比べるべくもない。ありのまま、自然光の変化を何よりも色濃く映し出す木々や清流の数々も、私に対して魂の純化を働きかけてくるような感覚さえ感じる。

 

 

自然とは本質。自然とは魂の浄水場。自然とは____人が築いた文明の原点。すなわち、心と体は自然に晒されることでその身を浄化することが出来る。

 

 

けれど、私たちはいつの間にか文明の中で生活することに慣れきってしまい、もはや「自然豊かな土地に立つこと」自体が珍しいものとなってしまった。まあ、だからこそその時がやってくるとひとしお心の浄化を感じるのだが。

 

 

 

 

 

さて、何故今こんなことをつらつらと考えていたかというと。

 

 

「降郷村が、わたくしを待っていますわ……」

 

「随分と心待ちにしているようですね、百合」

 

「……自然とビル群と下町はわたくしの心の故郷ですので!」

 

 

現代ではすっかり馴染みのなくなった山村という舞台で、私たち765プロの全員でのステージイベントをさせてもらえることになったのである。

 

 

ビバ、大自然。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

まだ空も完全には白みきっていない時間。古語で言うところの「暁」だとかそういう時間帯。

 

どうやら件の降郷村はそれなりの山奥にあるみたいで、全日のイベントということでこんな早い時間に出発する運びとなったのだ。こんな明朝から中学生とか高校生に頑張って起きてもらうというのは、ちょっと酷な気もするけど。

 

まあ、皆ほぼ初めての大型の全員参加イベントだし皆気合入ってるだろうなあ。かく言う私も、前世の記憶を引っ張り出しては降郷村で待ち受けている雄大な自然を想像すると、顔がにやけずにはいられないんだけどね。

 

 

「皆、準備は出来た?今日のステージは久しぶりに全員参加のイベント!ここでがつんと成功させて、勢いをつけていくわよ!」

 

『はーい!』

 

「それじゃあ、皆車に乗り込んで」

 

 

 

うんうん。りっちゃんの掛け声を中心に、皆のテンションも徐々に高まってきている気がする。

 

 

 

 

 

「今日行くところってどんな感じかなぁ…わくわくするね!」

 

「お、男の人がいっぱいいたらどうしよう……」

 

「流石にそんなに多くはないと思うよ」

 

 

一番後ろの座席に座るのは春香ちゃん、真ちゃん、雪歩ちゃん。3人とも相変わらずというか、雪歩ちゃんはこれから待ち受けている地獄(彼女にとっては)を考えると今から「おいたわしや……」という感想しか出てこない。おいたわしや……。

 

なんせ、雪歩ちゃんの男嫌いは折り紙付き。まだ会って日も浅いとはいえ、仕事上密な連絡の取り合いなんかが必須なプロデューサーにもまだ慣れていないし。外での仕事のときの掘削芸は、半ば噂になっているほどだ。

 

何があったかは知らないけど、()()私からしてみれば、明確な拒絶反応が出るくらいの男性恐怖症なのにアイドルを志すのはいまいち理解できないままだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれないけどね。

 

 

 

「あら、降郷村は、びわが有名なのね~」

 

「……歌えれば、それでいいのだけれど……お土産くらいは買ってもいいかしら」

 

「……百合?そんなに窓の外を見て何をしているのですか?」

 

「わたくし、こうして車窓から景色を見るのがとても好きなんですの。一刻一刻と移り変わる未知の景色は、見ていて楽しいのですわ」

 

 

春香ちゃんらの前の座席に座るのは、姫ちゃん、あずささん、千早ちゃん、私。ここだけ4人座るような形になっているので、結構ぎゅうぎゅうである。それでも皆は細いから言うほど密着してるわけではない。皆は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()私からすれば、隣が姫ちゃんだったのがせめてもの救いか。それはそれで緊張するけど。

 

仕方ない、景色を見るふりをして時折自分の顔を見て心を落ち着けるか……おっ、今日も「同じ学校にいるけど高嶺の花過ぎて話しかけられないが、何かの奇跡が起きて偶然接点が出来ないかと妄想しながら遠めに見る」のに適した顔だな……へへ。想定シチュエーションが長い。

 

 

なお車酔いの危険性。

 

 

「割と田舎にあるのね……本当に大丈夫かしら?」

 

「うっうー!皆と一緒だから大丈夫だよ!」

 

「そうだぞ伊織!なんにも心配はいらないさー!」

 

「……あんたたちはお気楽でいいわねぇ」

 

 

そして私たちの前に座るのが、いおりん、やよいちゃん、響ちゃん。近いうちにやよいちゃんの家に突撃隣の晩ごはんするメンバーである。私は行くことはないだろうけど、この3人の相性は結構いい気がするね。1人高校生なのに違和感ないのは本当にどうなんだとは思う。

 

そしていおりん、君の予感は当たっているよ。これから行くのは文明に慣れきった君にはきっときついものになるだろう……冷静に考えて、この年代からスマホ持ってるって相当に最先端よな。っぱ金持ちってすごいわ。

 

 

「わかるよいおりん!にーちゃんが初めて取ってきた仕事だからね、多少は不安になるのもやむなしですな」

 

「ですな」

 

 

最後に、アイドル組の一番前に座るのが亜美真美とミキミキである。ただしミキミキは今日も今日とてぐっすりと寝ている。いやまあ、流石に時間的にまだ早いから今日は仕方ないか。

 

にしても、ミキミキは本当に中学生とは思えないプロポーションを持っている。いや、プロポーションだけで言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からとんとんではあるのだけど、彼女はここからまだ成長する気配がある……それが一番規格外だ。寝る子は育つってあれマジなんだね。

 

 

「……悪かったな、未熟で」

 

「でも、プロデューサーさんにとっては大きな一歩じゃないですか。まずは今日のイベントを頑張りましょうよ」

 

「ああ、それはもちろんさ」

 

 

私たちを降郷村に____物語の舞台(ステージ)に連れて行ってくれるのはプロデューサー。その傍らにはりっちゃん。2人とも、私たちの生命線と言えるような人たちだ。主にアイドル人生的な意味で。

 

けどこの先きっと竜宮小町が出来て、りっちゃんは私たちをメインにはプロデュースはしなくなる。そうなれば10人をバネPが受け持つことになるので、これからが大変なのだ、ということに彼はまだ気が付いていない。

 

なら私もある程度自分で動くくらいはしておく方がいいかもね…任せなさい、自己PRは得意な方ですのよ。

 

 

車の中でこれから待ち受ける舞台に期待を寄せながら歓談すること数時間。もうすっかり辺りは木々が生い茂っていて、沿って走っている川が陽光を受けて煌めいているのを見ると「もうすぐ降郷村なんだ」という皆とは別の期待が膨らんできた。窓に映る白金の端正な顔もとてもご機嫌である。まあ私なんだけどさ。

 

 

「そろそろ降郷村ですわよ、貴音さん!楽しみですわね!」

 

「そうですね、百合のそのような顔を見るのは初めてかもしれません」

 

「え、そうです?わたくしは割かし感情が顔に出るタイプですから、今までも似たような表情はしていたと思いますが……!」

 

「少なくとも、事務所ではあまり」

 

「あら、そうですの……まあ何はともあれ、今から対面するであろう一面の緑にわたくしの心はとてもとても躍っているのですわ!きっと皆さんも驚きますわよ!」

 

「……一面の緑?」

 

「あら?」

 

「はて?」

 

 

認識のずれを感じる。いやいや、流石にこんな山深くまで来たらさ、なんとなくわかるじゃん。「ああ、めちゃくちゃなド田舎でやるんだな」って。私は知ってたし事前にある程度調べていたからむしろ楽しみだけども。

 

 

「ま、着いたらわかりますわ。いろんな意味で驚きますわよ」

 

 

とりあえず、きっと聞こえているであろう他の人たちにも喚起するくらいのテンションでそう言った。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「えと……ここは……」

 

 

山。

 

 

「なによ、ここ……」

 

 

川。

 

 

「ここが、降郷村……?」

 

 

ついでに、牛。

 

 

「ん、んーーーっ……やっと着きましたわね!待ちくたびれましたわ!」

 

 

その中に咲く、一輪の白金色の花。いやごめんこれは違うわ。

 

 

都会からはるばるやって来た私たちを出迎えたのは、一面の緑____だけ。それだけ。

 

 

「ねぇ、プロデューサー……本当にここで合ってるの?間違えてない?」

 

「いや、地図だとここだって言ってるんだが……」

 

「あ!どーも!ええと……ナゴムプロさん!」

 

 

いおりんとバネさんが最早口論する気すら起きないほどに理解不能な状態に陥っていると、遠くで作業していたツナギでムキムキの兄ちゃんたち……この村の青年団の人たちが一斉にこちらへと駆け寄ってきた。暑苦しいことを除けばとてもいい人たちである。

 

けれど、その光景はとあるアイドルには到底許容できるものではなく。

 

 

「お、お、おおおおお男の、ひと、が、いっぱひ……!!」

 

「雪歩!?大丈夫!?」

 

 

大勢の筋肉が目の前に現れて、雪歩ちゃんはものの見事に失神寸前だった。真ちゃんがとっさに支えるも、あまりに衝撃的な光景なもんで相当効いただろう……おいたわしや……。

 

 

「どうもこんにちは、今日はよろしくお願いします……」

 

「ええ、皆さんがこの祭りを盛り上げてくれることを、期待してますよ!」

 

「い、いたっ……」

 

 

こういう人たち特有の気さくさというか馴れ馴れしさというか、そんな感じの空気でバネPの背中をバシバシと叩く青年団団長と思しき人。

 

前世じゃあんまり気にならなかったけど、よくよく見たら青年団の人たちって結構ハンサムだよね。というよりも、男という種自体、年を重ねれば(余程ひどくなければ)割かしハンサムにもなるのかもしれない。あずささんここですよ。

 

 

「おまえらだれだー?ぜんぜんテレビとかでも見たことないぞ!」

 

「すっげぇ、おで外人とか初めて見た……」

 

 

おっ、村の子供たちも私たちを見ては物珍しそうにしてるね。まあそりゃそうだろうな。そんでもって、2人目の子供は明らかに私を見て驚嘆している。よーし、ここは1つ持ちネタをやっちゃおうかな。

 

2人目の、ちょっと抜けてそうな男の子のそばまで歩いていく。

 

 

Ravi de vous rencontrer. Je viens de France.(初めまして。私はフランスから来たのですわ)

 

「えっ、あっ、その……」

 

「ふふっ、ビックリしましたか?わたくし実は日本生まれ日本育ちですの」

 

「……え、あ、ほんとだ!おでてっきり外国の人かと……」

 

「確かに、一見そう見えるのも仕方ないですから、謝る必要はありませんわ。今日のステージ、是非見に来てくださいませ」

 

 

秘技「初対面でフランス語をかまして本当に外国人だと思わせるドッキリムーヴ」。これをやるとほぼ100%の確率で相手は騙される。私の持ちネタである。

 

私の美貌は、普通の大人にはもちろん子供にも通用するようで、笑顔を見せた件の少年はそれはもう面白いように顔を赤くさせていた。ここだけ切り取ればやってることは完全に悪女のそれである。

 

 

ちらりとバネPたちの方を見ると、ちょうど青年団の人たちに肩に手を置かれた雪歩ちゃんがどこかへ走り去っていくところだった。あーあ。

 

本当に今日でバネPとの関係は改善されるのか、もしされるとしたら……()()()()()()()()()()()()()()、あのシリーズ屈指の名シーンできっと私は泣いてしまうだろう。何度見ても泣けると言われている例のシーンが間近で見られるのだから。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

私たちが案内されたのは、どこかの小学校のような場所だった。ご丁寧に楽屋替わりの教室の扉には「756プロ御一行」と少々乱雑な字が書かれた張り紙が。改めて見るとちょっとクスッと来る。

 

 

ひとまず中に入って持ってきた荷物等を机に置いたら、会場の時間までステージの準備だったりおひるごはんの調理の手伝いだったりといろいろなことをする運びになった。なんでも青年団の人たちだけでは人手が足りないらしい。いいよ、やってやろうず。

 

 

「機材が古すぎてよく分からないわ……」

 

 

そういうわけで私が割り当てられたのは、ステージに使用する音響周辺の機器の準備。コードが絡まり過ぎたり見た目で用途の分からない機器があったりでなかなか大変である。

 

もういっそ機材なしでいいんじゃないかな……。

 

 

「歌は機械ではなく心で歌うものですよ、千早」

 

「ですわね。そも合理的な観点から見ても、演劇とかでは響かせる声の出し方などをして観客に届かせているわけですし」

 

「……それは、そうだけど……」

 

「うがーーっ!全然コードが解けないぞ!」

 

「響さん、あまり無茶をしてはいけませんよ。わたくしにお任せくださいな」

 

 

……うーん、このころの千早ちゃんって、“自分で歌う歌”に結構固執してる気がする。自分の好きなこととか得意なことにのみ特化したりするのは全然悪くはないんだけど、今の時代のアイドルって歌えるだけじゃ多分すぐ他に台頭されそうなんだよな……。

 

まあこればっかりは自分で改善しないといけないことで、私がどうこう言うものじゃないし。やるとしても春香ちゃんの役割でしょう。

 

標高もそれなりに高いのか、季節のわりにそれほど野外は暑くはない。2010年代初頭というのも相まって私にとっては非常に過ごしやすい気温だ。聞いて驚け、今日の関東の気温って軒並み29とか28なんだぜ?ウハウハよね。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

そのままゆるりと、けれどすべき準備を確実に進めていき、さあそろそろステージに出るための準備だってなった時間。

 

 

例の事件が起きた。

 

 

「亜美が持ってきた衣装ケースってこれか?」

 

「そうだと思うYO!」

 

「ありがとう………って、な、なんだこれ……?!」

 

 

プロデューサーが開けたトランクの中には、本来今日着る予定だった衣装ではなく……それとは真逆の方向性の、ドクロやらシルバーアクセやらがド派手に飾られた超パンクなものだった……。ご丁寧にとげとげしい赤の首輪までデフォルトである。いやもうここまで来るとコンセプト的に狙い撃ち過ぎるわ。

 

 

「え、これ……ちょっといかつすぎないですか?今日の衣装ってこれじゃないですよね」

 

「あ、ああ……亜美、一体これは?」

 

「だ、だって兄ちゃんが“赤いやつ”って言うから、これだーと思って……ごめんね、兄ちゃん……」

 

 

この重大なミスには、さしもの普段から軽い言動の多い亜美ちゃんでも素直に縮こまって謝らざるを得なかったみたいだ。まあ、ステージの命運がかかっていたと言っても過言じゃないし、仕方ない。

 

その事実は当然、こんな中程度の空間では瞬く間に周知のものになるわけで。

 

ものの数分後には、皆明らかにモチベーションが下がっていた。

 

 

「……仕方ない、今日のステージは、皆私服で立ってくれ。納得できない部分もあるかもしれないが、まずはこのイベントを成功させることを第一に考えよう」

 

『……はーい』

 

「はーいですわ」

 

 

いやテンション低すぎか。

 

 

「ほ、ほら、どうした皆!気合入れていくぞ!」

 

『……はぁーい!』

 

「………」

 

 

はぁ……見ていられないわ。流石にちょっとだれすぎてて、若干イラっとする。おかしいな、前世でおんなじシーンを見たときはあんまりこういう感情は抱かなかった気がするんだけど。

 

まあいい、いろいろ面倒なのでこの空気を木っ端みじんにする爆弾を放り込んでやろう。

 

 

 

 

 

「そんなに落ち込んで、一体ステージが成功するとお思いで?」

 

 

能面ばりの無の表情を作って、無造作に告げた。

 

 

『………』

 

 

瞬間、自分でもわかるくらい明らかに空気が凍ったのを感じた。言い放ってからもう少し後悔してるけど、後には引けん。

 

 

「何をそんなに俯いているのです?たかが衣装が()()()()だけではないですか。どうして一様に暗い顔をしていらっしゃるの?」

 

「なに……って、逆になんであんたはそんなに毅然としていられるのよ!」

 

「ステージ自体が中止になったとか、誰かが怪我したとか、ステージ進行にあたってあまり差支えがないからですが。それにトラブルが起こる可能性は0ではありませんし」

 

「………っ!」

 

 

噛みついてきた伊織ちゃんの言葉に、切って捨てるように答える。

 

そう、本質的にはともかく、客観視すればただ「ステージで着る衣装が変わった」だけ。しかもそれがクソださジャージとかTシャツとかならまだしも、私含めて皆それぞれそういうわけじゃない。

 

じゃあ、何も問題ない。

 

 

「良いこと?何か勝負をするときに重要なのは、いい手札を引き当てることではなく自分の持つ手札を最大限に生かすことですわ。なら考えましょう、“今の”わたくしたちには何が出来るか……今日のステージは、間違いなくわたくしたちにとってとても大きな経験になります、どうせならトラブルまで愛して、めいいっぱい楽しんでやるくらいの気概で行きましょう?」

 

 

なお、「初見の観客たちにはこちらのミスはあまり伝わらないから割かし気軽にステージに挑める」という身もふたもプライドもない話は出さないでおいた。

 

 

だが、一応理屈の通った私の主張には皆思うところがあったようで、各々下に向けていた顔を上げては考え込むような仕草をしている。

 

やがて、1人が口を開いた。

 

 

「百合の言う通りです。既に過ぎたことを悔いても今は如何様にもなりません。ステージ開始まで残り数時間ほどですが、(わたくし)たちがこれからどうすれば良いかを、皆で考えましょう」

 

 

____そう、やはりここで賛同するのは姫ちゃん。

 

彼女の言葉には、不思議な魔力が宿っている。私にはせいぜい論理を投げつけることしかできないが、姫ちゃんは他人へ明確に影響を及ぼすことが出来る。

 

()()()()()()()()()()()()、人と歩みを並べようとする彼女の言葉に、ようやく他のアイドルたちも暗い顔をやめて気概に満ち溢れた雰囲気を醸し出していく。

 

 

「よーし!みんな、もう一回スケジュールを確認しよう!」

 

「「はるるんさっすがー!」」

 

「ええと、確か私は、イケメンコンテストの進行だったかしら……」

 

 

やがて、春香ちゃんを中心に私と姫ちゃん以外のメンバーが一斉に動き出した。もう先ほどまでのような陰鬱な空気はない。

 

はぁ……姫ちゃんが乗ってくれて良かった。前世だと姫ちゃんも落ち込んでたような感じだった覚えがあるからどうなるか不安だったけど。

 

さて、私は前半の総合進行役として確認していきますかね。

 

 

 

 

 

そのとき、美希ちゃんが私の方に意味深な視線を向けていたことに、私は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「えー……皆様、ごきげんよう。本日はわたくしたち765プロオールスターのステージにお集まりいただき、誠に感謝いたしますわ。こんなにたくさんの人にお越しいただいて、こちらも身の引き締まる思いですの。本日前半の総合進行役を務めさせていただく、織部百合と申しますわ。どうぞ、よしなに」

 

 

18時。

 

既にステージには、大勢の村民さんたちが集まって来てくれていた。それこそ、文字通り老若男女である。山村ゆえに娯楽が少ないのか、はたまた私たちのルックスの良さにとりあえずは惹かれたか。それとも……と考えるのは無駄だ。今はステージに集中する。

 

 

と、前方右側、おばあちゃんが子犬を抱えてパイプ椅子に座っているのを視界にいれる。例の子犬である。今頃裏で雪歩ちゃんはびびってるんだろうな……大変だね。

 

 

「さて、それでは早速イベントに移りましょう。まず最初は“イケメンコンテスト”!ここからは我らが765プロのお姉さん枠である三浦あずささんにコーナーを進めていただきますわ!あずささん!」

 

「はい~」

 

 

観客の声援を受けつつコーナーを進めていく。基本的にコーナーごとに違うアイドルが担当していて、そのときは私の出番はない。舞台裏へと舞い戻っていく。ああ、早く屋台の焼きそばとかたこ焼きとか食べたい……。

 

 

「あら、雪歩さんは?」

 

「あー…それが、お客さんの中に犬がいるってわかって、耐え切れなかったみたいで」

 

「……なるほど、ではプロデューサーさんにお任せしましょう。あの人ならきっとなんとかしてくれますわ」

 

「……なんだか、百合さんってプロデューサーさんへの信頼が厚いですよね」

 

「そうです?普通だと思いますが」

 

「そうかなぁ……?」

 

 

春香ちゃんにはどうも不可解に思えるらしい。そうかな、結構見てれば“イケメン・声が良い・仕事に熱心で優しい”の三拍子が揃ったハイパー良い人なのはわかると思うけど。

 

 

『嬢ちゃん!是非うちに嫁に来てくれねえか?』

 

『あらあらあら~。いろいろと落ち着いたらいいかもしれませんね』

 

『ハハハハハ!』

 

 

うーんこの安定したマイペースムーヴ。姫ちゃんと並んで最強の一角ですらあるかもしれない。というかうちのアイドルは皆個性が強い。

 

そろそろコーナーが終わりそうなので舞台に出る準備をしておこう。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

そして、例のときがやってきた。

 

突如楽屋に戻ったと思ったら、間違えて持ってきてしまったあの超パンクでロックな衣装を着てきた雪歩ちゃん。これには春香ちゃんと真ちゃんもたいそう度肝を抜かれたらしく双眸を大きく見開いていたが、その後の雪歩ちゃんのシャウトで会場一同困惑。けれど叫び続けているうちにだんだんと観客もノッてきたみたいで、4回目くらいのシャウトで会場のお客さんもつられてシャウトをするまでに場のボルテージが高まった。いやシャウトじゃねえなこれ。

 

 

そして流れるは、伝説の曲「ALRIGHT*」。大丈夫だと勇気づけ、自分に自信を持つための曲。敢えてイメージをぶっ壊した衣装を着て、苦手な犬とか男の人とかも視界に入れながら、それでもしっかりと芯を持ってステージに挑む雪歩ちゃんの姿はとてもキラキラしていてかっこよい。

 

 

でも、私の目からは何も流れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、やっぱり?

 

そうだよね、唯一の懸念って言っても、その懸念材料が規模としては大きすぎるんだもの。

 

 

雪歩ちゃんのステージに、私は改めてわからされた。

 

今目の前で起きていることが、紛れもなく私の住む世界(現実)で起きていること。前世で見たアニメのように画面越しじゃなく、すぐそこで起きている()()()()()()()の出来事なんだと。

 

そうであれば、私がこの雪歩ちゃんの目ざましい成長を見て何の涙も流さないのも納得がいく。

 

 

「…………」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だから、他人がどんな凄いことを起こそうが文字通り「他人事」のような感覚を拭えないし、他人の感情を推し量ることがあまり出来ない。家族を含めて、自分以外の他人に対して似たようなスタンスを取っている。

 

自分か、自分以外か。そういう分け方で生きている。もちろん他人を全く区別しないとか、そういうわけじゃないけど。

 

 

こういうある意味公平なスタンスになってしまったのは、ひとえに前世のせいだとしか言いようがない…………けど。

 

ことこの場においては、それだけが私の無感動の理由ではない気がする。

 

 

それは、自分が異物(部外者)なんだという純然たる事実。

 

 

本来ならいるはずのなかった正史に、私は何の因果か介入した。介入してしまった。

 

高木社長にスカウトされてからはや10ヶ月ほど。私は、自分が異物であるという認識をずっと持ち続けていた。前世で何度も見返した、少女たちの成功の物語。13人が織りなす、笑いあり涙ありの超王道ストーリー。

 

 

 

 

 

その完成された物語を意図せずして歪めてしまったんだと、この舞台が何よりも私に言い放っている気がした。

 

 

 

 

 

………今更考えても仕方ないので、この雪歩ちゃんのステージが終わってMCの仕事が終わり次第屋台に行こう。やけ食いしよう。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「皆、今日はお疲れ様。もう夜も遅いから、ゆっくり休んでくれ」

 

『お疲れ様でしたー!』

 

 

無事にステージも成功させ、村からようやく事務所へと帰ってきた。もう23時近いので、本当に夜遅くになってしまっていた。

 

さて、私もなんかご飯を買ってゆっくりシャワーでも浴びようかな。

 

 

「あ、そうだ。百合、貴音、ちょっとこっち来てくれ」

 

 

うん?

 

 

「はい?」

 

「なんでしょう」

 

「明日の……そうだな、昼くらいでいいから、事務所に来てくれ。話がある」

 

 

話……?ちょっと何言ってるか分からないって感じだけど、呼び出されたなら仕方ない。行くしかあるまいて。

 

 

「了解しましたわ」

 

「承知しました」

 

「それだけだ。じゃ、2人とも今日はお疲れさん」

 

 

……話ってなんだろう。まあ何かやらかした記憶とかはないし、この前受けたオーディションの結果だろうか。

 

考えてもわからないので、今日はひとまず帰ることにしよう。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「____百合と貴音で、ユニットを組ませたいと思っている」

 

「………ゑ?」

 

「………はぁ」

 

 

 

 

 

ここから、本当の意味で正史とはずれていくのをしっかりと感じ取ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 






織部 百合 19歳 イメージカラーはとても薄い黄色


前世での体験により、自分以外のことに関してあまり気を向けない性格になった。その副次効果として誰にでも公平なスタンスで接するようになったため、傍から見れば「分け隔てなく接するフレンドリーな性格」と思われている。




急ピッチで書いたのでどこかおかしいところがあるかもしれませんがご容赦ください。


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ユニット




百合の性格をわかりやすく例えると、例えばガラの悪い男数人に話しかけられたときに普通の人なら大体「怖い」「めんどくさい」「気持ち悪い」と感じて早く去るのを望むところを、百合は「面倒」と感じた後に「自分の倫理観がもう少し緩ければ話に乗ってあげたのに。彼らには申し訳ないな」と思う感じです。どこまで行っても他人には“公平”な思考をする。

ついでに言うと百合の本質は人格に集約されているので自分の体すら3割くらい「自分ではない」と感じています。あれこうしてみると結構破綻しかけ……??

ちなみになんですが百合にとって765プロの皆は「ちょっと仲のいいクラスメイト(というか仕事仲間)」くらいの認識になっています。教室では話すけどプライベートではあまり、みたいな。






 

 

 

 

 

 

「正直な話をしよう。俺は、百合と貴音にユニットを組んでほしいと思っている」

 

「………ゑ?」

 

「………はぁ」

 

 

 

 

 

昨日、降郷村にてなんとか成功を収めた私たち。あの後私は()()()()()()()()に直面してしまったが、特に何か問題があったわけでもない。とりあえず帰ってシャワーを浴びつつ、手早くブロックタイプの例の栄養剤を放り込んで早々に就寝した。ゲームをする気力はなかった。

 

 

そして今日もいつも通りの時間に起きて、プロデューサーに呼ばれたので事務所に来てみたら、唐突にそんなことを聞かされたのだった。

 

 

「突然のことで頭が追い付かないかもしれない。これは俺の挑戦のようなものだからな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださる?まず、わたくしたちを選出した理由をお教えくださるかしら」

 

 

聞かずにはいられなかった。

 

だって、原作ではなかったじゃん!姫ちゃんが誰かとユニットを___とりわけこんな早期から結成するなんて……!オリチャー発動することほど予測不可能な事態はありませんことよ?!そんなことをするから配置をミスって医療オペが術師にやられて戦線崩壊するんだ……(拭いきれぬ失敗)

 

 

「あ、ああ。そっか、そうだよな。すっかり忘れていたよ」

 

 

私の内心の焦りが伝わったか、慌ててプロデューサーが説明パートに入る。なんかすみません動転して前世でやってたタワーディフェンスゲーのことを思い出してました。

 

 

「まあ、何と言うべきかな。百合と貴音、2人は『かなり似ている部分』と『全く違う部分』のどっちもあって、対比が面白いと思ったんだ」

 

『……対比?』

 

 

姫ちゃんと重なった声。

 

しっかし、対比か……確かに言われてみれば、私と姫ちゃんの容姿を見ても結構似ている気がする。どっちもロングヘアで、色素の薄い日本人離れした髪、白い肌。私は気分で髪に緩くウェーブを入れたりするので、その場合は殊更でしょう。

 

逆に相違点と言えば、最も目立つのは声質だろうか。姫ちゃんが割かし落ち着いたアルト寄り___妖艶さが前面に出ている声なのに対し、私は高く澄んだバリバリのソプラノで、どちらかと言えば天s……妖せ……少女じみた声である。うまい形容詞が思い浮かばずに誇大表現ばかりが出てしまった。てへ。

 

と言ってもそれくらいかな?

 

 

「……プロデューサーさんの言わんとすることは、なんとなく分かりますわ」

 

「ええ。ぷろでゅうさぁの言を受けて思い返したところ、確かに(わたくし)たちの間にはそういったものがあると思いました」

 

「ああ。俺がユニット結成を思い立った理由は分かってくれたと思う。2人はビジュアルも申し分ない……いや、他のアイドルをも十二分に圧倒できるし、素人目に見てもボーカルやダンスも上手いと思っている。ただ……」

 

 

そこで何やら口ごもるプロデューサー。どしたん?

 

 

「どうされましたか、ぷろでゅうさぁ」

 

「……いや、これは俺の問題だからいいさ。とにかく、現段階での案ではあるが「ちょっとお待ちになって?」……どうした、百合?」

 

 

いただけない。非常にいただけない。6話で痛い目を見たのを忘れたのか。いやこのときはまだ時系列的に6話ではないけれども。

 

とにかく今の口ごもりのスルーは見過ごせなかった。

 

 

「“報連相”。報告、連絡、相談ですわ。恐らくユニットの話はまだ認可が下りていないのであくまで現在の時点での案でしょうが、もし通ればその瞬間からわたくしたちはチームですのよ。仕事上、何か不都合や心配事があれば遠慮なく言ってほしいのです」

 

 

そう、このプロデューサーは少しばかり自分で抱える癖がある。それは主に6話を中心に随所に現れていたが、それもまあプロデューサーとアイドルという立場上心配をかけさせないためなんだろうなとは薄々思っている。

 

けど、そうはさせない。挫折を与えないという点ではもしかしたら物語に障害が出てしまうかもしれないけれど、それでも____いや、それ以上に、プロデューサーの発案で姫ちゃんと3人で歩みを並べるのが、ほんの少し楽しみになって来たのだ。当然、私が真の意味で他人とそんなことが出来るかと言われればあまりそうは思えないが。

 

 

「そうですね。ぷろでゅうさぁも百合も、そして(わたくし)もまだ未熟です。1人で抱えてしまっては焦って空回りしてしまうでしょう」

 

 

と、姫ちゃんも同じことを考えていたようだ。成程、案外私と姫ちゃんは考え方も似ているのかもしれない。

 

プロデューサーは、私たちの言葉を受けてやや茫然としていた。がすぐに再起動する。

 

 

「………はは、そうだな。2人の言う通りだ」

 

 

プロデューサーはそこで一旦言葉を切り、今度は渋面を作って重々しく口を開いた。

 

 

「………実は、2人のデビューをなるべく大々的に……電撃デビューなんてのを理想とはしているんだが、いかんせん俺の経験値や人脈が足りなくて、難しい状況にある」

 

「……どうして、大々的にする必要があるのですか?」

 

 

姫ちゃんが、ひどく素朴に疑問を投げかけた。かく言う私も似たような考えだけど。

 

初めに感じたのは、「別に大々的にやらんでも良くね?」だった。確かに、いくら私たちのビジュアルがぶっちぎりで能力も低くはない(姫ちゃんは高すぎるが)という最低限注目はされそうなユニットではあるけど、そもそも無名すぎて人目につかないという本末転倒な事態が起きてしまう。そのあたりは正直、人前に出る回数を増やさねばどうにもならない感はある気がするんだけど……。

 

 

「ああ。俺も最初は順当に実績を重ねに行くのでもいいと思った。だけど、敢えて最初から注目を浴びることが出来ればそれは大きなアドバンテージになるんじゃないかと、そう考えたんだ………もちろん、机上の空論であることはわかっているが」

 

 

成程ね。言われてみれば面白いと思う。「驚異のビジュアルを誇る無名事務所のアイドル2人が衝撃の出現!」的な感じだろうか。面白いのは確かに面白いけど、そんなうまいこと行くわけないしなぁ。売り込みにおける見た目アド、という点であれば希望はなくはなさそうかな?

 

 

「……そういうことでしたら、如何にして上のものに目をかけていただけるようにするか、(わたくし)たちで考えましょう」

 

 

こういうとき、姫ちゃんはとても頼もしい。しっかりと建設的な意見を述べることが出来るから。下手な大人よりも遥かに中身のある濃い会議が出来ることだろう。

 

とはいえ私も黙ってはいられない。参加しよう。

 

 

「そうですわね。運よく誰か有名なプロデューサーの目に留まったりとかするかもしれませんわよ?当然理想論ではありますが」

 

「……まあ、無きにしも非ずって感じだが」

 

「結局のところ、営業という点に関しては数うちゃ当たる戦法になるのには変わりませんが、案の1つ……まあ一縷の可能性として頭の片隅に置いておくくらいが良いですわね」

 

「そうだな、他に現実的なルートを考えた方がいい」

 

「……とはいえ、(わたくし)はあまりあいどるの業界とやらに詳しくはありません。申し訳ございません……」

 

「いや、いいんだ。元はと言えば俺もまだ知らないことだらけなんだから。改めて口にすると、割と無茶なことを考えてるな、俺は……」

 

「いいえ、わたくしも何となくですが、ここを制すれば大きく躍進できそうな予感がしていますわ……さて、わたくしたちにも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………あ」

 

 

そこまで呟いて、一人だけ心当たりを思い出す。テレビ関係の会社ではないけれど、規模としては決して小さくないところ。更に、私たちの少なくともビジュアルにおいては確実に評価してくれるような、ほぼ理想的な人を。

 

 

「百合、どうされました?」

 

「……少し、電話をすべき人がいるのを思い出しましたので席を外しますわね」

 

 

2人の反応も待たずに事務所の扉を開けて外に出る。そして手早くガラケーを取り出して電話帳にアクセス、目当ての人にかける。今の時間ではもしかしたら繋がらないというのも十分にアリエール……もといあり得るけど、出たらラッキーだ。

 

私の憂慮に反して、数コールほどですぐに繋がった。

 

 

『もしもしィ?百合ちゃんから電話してくるなんて珍しいわねン?』

 

「もしもし、確かにそうかもしれませんね……」

 

 

連絡したのは掛川さん。

 

 

「突然ですが、1つ“もしも”の話に答えていただきたいのですが構いませんか?」

 

『なにナニ、いきなりどうしちゃったのン?』

 

「____もしも私が唐突に『次の雑誌の表紙に出させてほしい』と言ったら、掛川さんはどうされますか?」

 

『………百合ちゃんのことだから、何か事情があると思ってまずは話を聞くわねェ。ンでも、個人的にはまた百合ちゃんの魅力を存分に引き出すチャンスが出来るから楽しみではあるわねン』

 

 

……思ったより好意的な反応が返ってきた。立場上もっと渋るかと思ってたけど、どうやら私のことは結構本質的に評価してくれているらしい。ありがたい。

 

 

「そうですか、ありがとうございます、ではもう1つだけ……もし前からちょくちょく話に出していた四条貴音さんを撮れるとなったら、どうします?」

 

『そ~んなことがあればアテクシも本気を出すしかないわねン?!この掛川正美、100%……いや130%の力でとっても魅力的に撮らせていただくわァ?……でも、その話をしてくるってことは、もしかして………』

 

「ええ、おおよそ見当はついていると思いますが、もしかしたら掛川さんの力を貸していただくという形になるかもしれません。詳しいことはまだ未定ですが」

 

『……そうネ、そういうことなら、まずは貴音ちゃんに会ってみたいわねン!近々時間を取れるかしらン?』

 

「………え、良いんですか?」

 

『あら、こう見えてもアテクシ、人を見る目はあるのは知っているでしょウ?百合ちゃんと貴音ちゃんのビジュアルなら会社内でもどうにか説得させられそうと判断したまでよン。たった1年半だけだけど貴方を撮り続けたこのアテクシが言うんだから間違いないワ!』

 

 

……やっば、涙出そう。なんなんだこの人頼りになり過ぎでしょ。これで私がまっとうな性格をしていたらもしかしたら惚れていたかもしれない。そんなことは万に一つもないが。

 

とにかくどうやら希望が見えてきたっぽい。自分の声がちょっと上ずりそうだ。

 

 

「……ありがとうございます。それでは貴音さんと……私のプロデューサーにも話しておくので、日程の候補が出次第また連絡させていただきますね」

 

『了解よン。それにしてもアテクシすっごく楽しみだわァ!それじゃあまた近々ねン!』

 

「はい。それでは」

 

 

電話を切る。

 

ほとんど明確な光明にテンションがあがって駆け足になる。

 

事務所の扉を勢いよく開ける。蹴り飛ばすくらいの勢いで。

 

その勢いのままに2人の座っているソファまで急ぐ。

 

そして、にやけた表情筋をなんとか押さえつけて猛然と告げた。

 

 

 

 

 

「わたくしたちの成功は、もうそこまで見えていますわよ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……確かに、会社の規模と雑誌の人気ぶりを考慮すればテレビ関係でなくともいい、いや寧ろ期待値が高いな。凄いじゃないか!」

 

「人のつながりとは、思わぬところで思わぬ方向に転がることもあるのですね」

 

 

詳しい内容はまだ決まってないため本当に簡潔なことしか話せなかったが、2人の反応は私の想像した通りだった。

 

割と表向きかつ現実的な最終手段、「コネ」。まさか私の交友関係がこんなところで光明をもたらしてくれるとは思わなんだ。姫ちゃんの言う通りである。あまり人を信頼しない____というより自分への信頼より他人への信頼が著しく低い私でも、やはりフェチズムだけは確かなつながりを作ってくれていたらしい。

 

結論:掛川さんは神。

 

 

………という私の本性が割れるような話は伏せた。あたりまえ体操~♪古いな。

 

 

さて。

 

 

「そういうわけで、お2人ともが空いている日を教えてくださいな。特にプロデューサーさんは」

 

「そうだな……お、1週間後の土日ならどっちも空いているぞ。その日は貴音も特に予定はないことになっている。そこ以外だと……あ、2週間後も、空いているな……」

 

 

ああ、プロデューサーの言葉が尻すぼみに……!元気出してプロデューサー、ここを越えればそれも改善されるかもしれないんだから!次回、プロデューサー死す……いや死なせねえよ?脳内で何をやっているんだ私は。

 

 

「わかりました。そのように伝えておきますわ。とりあえず断られることはなさそうですが、別の案も考えておきましょうか」

 

 

 

 

 

その後も数十分ほど検討を重ねた。私たちの声は、さっきまでと違って結構やる気に満ち溢れていたように思える。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「それにしても、本当に百合は不思議ですね」

 

「?何がですの?」

 

 

あの後「とりあえず掛川さん待ち」で行こうということになり、そこでお開きになった。それからお昼ご飯を食べに行こうという話になったのだが、プロデューサーは仕事が残っているそうで一緒に食べることは叶わなかった。強く生きてバネP……。

 

そんなこんなで、姫ちゃんと2人で____ラーメン屋にいる。当然だよね。

 

私が頼んだのは普通のチャーシューメン(味噌変更オプション)。対して姫ちゃんが頼んだのは……なんだっけ、普通の醤油ラーメンになんかよくわからないオプションを色々つけたやつ。名前だけでお腹いっぱいになりそうな感じだったよ……。今はラーメン待ちだ。

 

それにしても、私のどこが不思議だっていうのさ姫ちゃん。私なんてただ自分の容姿に惚れ込んでいろいろ遊びまくっている一般人なのに……と思ったけど本心を全部秘匿してたわ。そりゃそう見えるわ。

 

 

「自分の強さを理解し、成功を収めたというのに違う分野にも足を進めていくその強かさ……かと思えば童女のような雰囲気を醸すこともあると、他の方たちも口をそろえて不思議な魅力があると言っていました」

 

 

……???

 

なんか、過大評価されてる……??

 

 

「そ、そうですの……そこまで凄いことはしていませんのに」

 

 

事実、私は自分の名声などにはあまり興味がない。いや全くないわけじゃないしなんだったらエゴサもちょくちょくしてたけど、私としては楽しくかわいく綺麗に居られればそれでいいのだから。

 

だがどうやら周りの人からはミステリアスに思われているらしい。私は姫ちゃんじゃねえんだぞ。ここまで似たような評価を受けているとそのうちファンの人から「ジェネリック四条貴音」とか呼ばれるに違いない。身長も胸囲も一回り小さいし。私は医薬品でもない。

 

 

「かく言う(わたくし)も、百合の生い立ちにはとても興味が湧きますが」

 

「……貴方とは違って、わたくしは一般家庭の生まれですわよ」

 

 

マジマジ。なんなら両親どっちとも頼りになるし結構有名な人達らしいし。今はどっちも引退しちゃって半ば隠居みたいな暮らしをしてるけど。それで2人合わせて年収4桁万円近いってんだから本当にうちの親は謎が多い。

 

そう、私はちょっと人より裕福な家庭に生まれたしがない一般女性、更にはこの世界における堂々たる部外者だ。それは変わらない。

 

 

「百合は底が知れませんね」

 

「その言葉、そのままそっくりお返しいたしますわ……」

 

 

あ、2人分のラーメンが来た……って姫ちゃんのラーメンやば。野菜の量半端ない。食べきるんだろうなあ……()

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

特に何事もなく美味しく完食した(←!?)私たちは店を出て、家までの帰路に着く。

 

 

「そういえば、百合は休みの日は何をしているのですか?」

 

「わたくし?そうですわね……大体休みの日はダンスかゲームですわね。特にやることもないですし」

 

 

正確に言えば、あるにはある。もしくはないわけではない。しかしまあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。多分こっちに来てから自分を着飾ったりゲームしたりが多かったからだろうなあ……。

 

とは言え、最近は特にダンスやゲームが多いというだけで、写真を撮るのも紅茶の研究をするのも別に飽きたわけではない。ただ外に行かなくなったりレッスンが忙しいだけ。そう、それだけ。駄目じゃん。

 

今は時期が時期だけど、秋冬になったら温泉巡りしたいなあ。出来れば一人で。

 

 

「……休みなのに、だんすをしているのですか?」

 

「ええ、まあ。わたくしにとってダンスやボーカルは仕事であると同時に趣味でもありますの。特に研究は、ですが」

 

 

端的に言おう。ゲームは目を労わって長時間できないために、割と暇を持て余していたのである。ゆえにダンスをついつい研究してしまうのである。後は近場のカフェ巡りくらい。そう考えたら結構いろいろ趣味があるよね私って。

 

 

「真面目ですね」

 

「まさか。それよりひ……貴音さんは何をしていらっしゃるのです?」

 

 

あっぶね。姫ちゃんって呼ぼうとした。

 

 

(わたくし)は、月を眺めているときが最も深い時間だと感じるのです」

 

「……それ夜だけですわよね?日中はどうしていらっしゃるのです?」

 

「それはとっぷしーくれっとです」

 

「この話題振ったのそっちですわよね!?」

 

 

ペースがつかめなさすぎるわ姫ちゃん。天然か。いやそれでも憎めないからいいけどさ。私もあんまり興味がない……というか知ろうとは思わないし。

 

そうこうしているうちに、そろそろ姫ちゃんと道を分かつ場所まで来たようだ。

 

 

「あら、もうこんなところまで来ていたのですね。それでは、今日はこの辺りで」

 

「本当ですね、それでは百合、また明日」

 

「ええ、また明日」

 

 

 

 

 

そう言って私は道の右側に建っているそこそこの大きさしかない3階建てアパートに、姫ちゃんは道の左側にある少し大きめの5階建てのマンションにそれぞれ足を進めた。

 

 

 

 

 

…………はい、そうですね。

 

昨日起こった事件。それはなんと「姫ちゃんとご近所さん」だったのである……!!

 

 

これは正直、びっくりした。だってあの人家にいるシーンが一切書かれなかったもの……それがこんな目と鼻の先なんてそりゃびっくりして猿でも二足歩行して出店のうどんをすするレベル。

 

 

ただ私も姫ちゃんも思いのままに振る舞うタイプなので、意外と帰宅時間は被りにくかったりする。仕事もあんまり被らないからね。

 

未だに微妙に信じられない現実を噛みしめながら自宅の玄関の鍵を開けた。

 

 

「ただいまですわ~」

 

 

まだ時刻は14時ほど。特段やることもないので、いつものようにダンスしに行きますか。

 

 

 

 

 

結局今日も今日とてダンスとゲームくらいしかしなかったけどまあいいか。

 

 

 

 

 

 





これからのスタンスというか、百合と貴音とプロデューサーの関係性みたいなのが出来上がりつつある話。いわゆる繋ぎです。

次回は4話分、つまりげろげろな台所的なサムシングです。とにかく各話で百合をどう動かすかが楽しくて仕方がない。



次話で百合のビジュアルが公開できます。というかします。


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対岸①


お ま た せ 。

もう片方の連載が終わったり新しいのが始まったりで投稿タイミングを逃してしまっていましたが、無事こちらも再開できました。お待たせしてすみません。


今回は特に記憶の瑕疵が激しいので多少の名前違いは許してください。


後今回から1話分を前後半に分けます。新しく始めた連載の方に合わせる形になります。これまでの話も文字数を見て前後半調整をするのであしからず。


追記
すみません百合のイメージ図挙げるの忘れてました。忙しくて微妙に間に合いませんでしたがだいたいこんな感じです。


【挿絵表示】







 

 

 

 

『それではカメラ回しまーす!3!2!』

 

 

1、 と手の動きだけでカウントが消費され、照明が展開される。

 

 

「げろ、げろりん、げろりんちょ」

 

「カエルちゃん番組をご覧の皆さん!私たち765プロが、ゲロゲロキッチンにアマガエルさんチームとガマガエルさんチームとして登場します!」

 

「私たちの対決を、是非お楽しみください」

 

「……げろんぱ!」

 

 

『はーいオーケーです!お疲れ様でした!』

 

 

……特にリテイクもなく終わった。

 

いや、私と姫ちゃんの台詞謎過ぎだろ。なんでこれでOKが出るのか分からない。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

今度、誰も見ていなさそうなローカルのケーブルテレビの番組「ゲロゲロキッチン」に、765プロのアイドルが参戦することになった。メンバーは春香ちゃんと千早ちゃんのアマガエルさんチーム、相対するは私と姫ちゃんのガマガエルさんチーム。

 

はい、お分かりですな。なんと響ちゃんの代わりに私が出演することになってしまったのである。

 

 

……私も、南国風を作らないといけないのかなあ。あれは響ちゃんだから許される、みたいなところあるよね。

 

 

「こうなったら、無理やりコンセプトを作って別のものにするしか……」

 

 

まず初手で思いついたのはバリバリの洋物。いや別にオトナなビデオとかそういうんじゃなくて。

 

私の見た目というか、特徴を一言でばしっと言い表すならやはり「海外のお嬢様」だと思うんだ。口調も容姿も。なんでそのあたりをしっかりと生かすことが出来れば、十分アマガエルへの対抗馬になりうるかもしれないけど……ちょっとコンセプト的には弱いかな?少なくとも南国には負けそう。地域の具体性的に。

 

 

「何をそんなに悩んでいるのですか、百合」

 

「珍しいですよね、百合さんがうんうん唸っているのって」

 

 

後ろの全身鏡の前に立っていた姫ちゃんと、私の2個隣に座っていた春香ちゃんから声をかけられる。

 

今私たちがいるのは、先ほどCMの撮影の楽屋。それぞれ被っていたカエルの着ぐるみや皆の荷物があるくらいでそこまで物があるわけではないけれども、それなりに狭い。

 

まあその着ぐるみのうちの1つは未だに()()()()に着られているわけですがね。

 

 

「今度のゲロゲロキッチンで、一体何を作ろうかと思案していたところですわ……」

 

「……作るって、何をですか?」

 

「?料理に決まっているではありませんか。そういう番組なのですから」

 

「………え?」

 

「え?」

 

 

……あー……そういえばこの子たち、ゲロゲロキッチンの番組内容も詳しく知らないんだっけ?いやそこは知っとこうよ。さっき千早ちゃんも「私たちの対決を~」って言ってたじゃん。

 

と思ったけど、このころの彼女は歌の仕事にしか興味がないハイパー興味薄ガールだったな。そりゃ台本をただ覚えて読むだけになっても仕方ないか。

 

 

「ゲロゲロキッチンという番組は、二手に分かれて料理対決をしながら途中で始まるボーナス食材を巡るゲームに勝って高級食材が使えたり使えなかったりする番組とのことですわ」

 

「……そんな内容だったんですね……歌は、あるんでしたっけ……」

 

「プロデューサーさんによれば、歌わせていただけるらしいですが」

 

 

たぶん急遽その歌パートは消えて料理するだけになると思いますわ、という言葉は続けないで置いた。彼女をここで落胆させるのは良くないと思って。

 

 

「百合はどこでそれを?」

 

「流石に自分が出演させていただくところの情報くらいは仕入れておきますわよ。とは言え、探し当てるのはかなり骨が折れましたが」

 

 

これは本当だ。ネットで調べても、ローカルのケーブルテレビの番組なためにあまり多くは乗っていないことが多いからだ。なんとかSNSとかも使って、他人に説明できるレベルの情報を仕入れることが出来た。

 

ま、私は前世のアレで最初から知っていたわけだけれど。

 

 

「今の私たちにとっては仕事そのものがオアシスのようなものですから。全力を尽くせるようにある程度は備えておきますわよ」

 

「……流石、百合さん……良い意味で意識が高い……」

 

 

だからそれ勘違……いやもういいや。意識高い系なのは認める……認める!

 

とその時、コンコンと楽屋の扉がノックされる音を聞いた。

 

 

「皆いるか?」

 

 

諸悪の根……我らがバネPだった。根源なのは私にとってのみの話だから。実際他意はないって知ってるからぁ!

 

プロデューサー曰く、本番がもうすぐなので早く着替えろとのこと。バネPはこういうところで天然ボケ()をかますので春香ちゃんが着替えられないんで早く出てくれと苦言を呈したりというプチイベントがあったが、バネPなんで許してほしい。

 

 

「面妖な……」

 

 

あと姫ちゃんは早く着替えなさい。似合ってるけども。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

「それにしても、歌わせてもらえなくなってしまったのは本当に残念ですわね」

 

「あ、ああ……先方曰く、ギリギリになって変更になったんだと。本当、申し訳ない」

 

「プ、プロデューサーさんのせいじゃありませんから!」

 

 

というわけで私が自ら地雷を踏みに行った。とはいえ私もちょっと残念に思ってはいるしね。こういう急な変更は予測できずに(私以外の)心臓に悪いのでいいぞもっと……いや止めてほしい。心の中の愉悦が。

 

 

「……千早、やっぱりショックか?」

 

「……ええ、歌だけを楽しみにしていましたから……それがなくなるなんて、この仕事にはあまり身が入りません……」

 

 

こらこら、そんなテンションが下がるようなことを言うでない。確かに、確かにこの番組は(私たちが新人だからか知らないが)露骨にサービスシーンを撮影したり食材の差をさも悪いかのように言ったりしてきて絶対に腹が立ちそうだ。けれどこれも仕事で、しかも現時点では貴重なメディア露出だ。いっそここで印象を残すくらいしていった方が先方に気に入られやすいというもの。

 

まあ私は大丈夫かもしれないけど。主に見た目と料理スキルのギャップでなんかウケそう(素人並感)。それに念のためのサービスシーン対策はしてきたし。

 

 

「まあまあ、わたくしたちのような新人は最初は歌なんて歌えるわけがないのですわ。どうせなら楽しんでいきましょう」

 

「まあ百合の言う通りなんだが……それ、どうしたんだ?」

 

「え、この頭のやつですの?これはまあ、コンセプト作りというか」

 

 

今日の私たちの衣装はアマガエル側がコックの着るような服。それに対し……そう、私たちガマガエルはエプロンドレスなのである。

 

 

 

もう一度言おう、エプロンドレスなのである。

 

 

 

更に言おう、エプロンドレスなのであるッッッ!!!!

 

 

 

人類(ロリコン)が愛してやまないと言っても過言じゃない、ロリータ御用達の服。私は前世では微妙にロリコン気味……というか幼児体型フェチだった(衝撃の暴露)のだが、その実高身長キャラが着るのにも大変フェチズムを感じていた。

 

それが、どうだ。私の見た目でエプロンドレスを着たら、まさしく「少女時代から無垢なまま育ったいいとこの一人娘」感が出るだろうよ!!はは、今日ほど自分が金髪碧眼美少女で良かったと思ったことはないね!

 

というわけで今回はそのコンセプトを流用しつつ、()()()()を加えた感じで出撃することにしたのであった。

 

ちなみに何を付けてきたかは今はまだ言わない。番組内で言うことにする………言うタイミングがもらえれば。

 

 

「何はともあれ、今回はメディア露出の練習とでも思って気軽に行きますわよ。千早さんも、元気を出してくださいな」

 

「………ありがとう、ございます。織部さん……」

 

 

はは、心の全く籠ってない励ましってやっぱダメだわウケる。いや人でなしか。

 

 

 

 

 

『ゲロゲロキッチン!』

 

「さあ今週も始まったゲロゲロキッチン。今日のゲストはナムコプロダクションのアイドル達だ!まずはアマガエルさんチーム!」

 

 

さあ始まったよ、この後にとんでもない空気が待ち構えている恐怖のゲロゲロキッチン。

 

 

「精一杯頑張ります!ね、千早ちゃん!」

 

「え、ええ。そうね」

 

 

千早ちゃん、精いっぱい取り繕うとしてるけどテンション駄々下がりなの隠せてないな。今から冷や冷やさせないで……いや対策は考えているけどさ。

 

 

「なんとも威勢がいい返事だ!お次はガマガエルさんチーム!」

 

「り、料理はあまり得意ではありませんが、チームメイトの貴音さんと協力してしっかりと勝利したいですわ、ね」

 

「おおーっと、これはいい啖呵をもらったぞ!」

 

 

____うん、番組が始まる前に粗方予想はついていたが、やっぱりめちゃくちゃ緊張するわ。

 

番組収録……いや生放送か、ということでカメラマンさんがそこいらにいるわけだ。それだけなら私も普段の撮影と変わらないかなと身構えることもなかっただろう。

 

けれど今日は別。カメラマンさん、ディレクターさんとめっちゃこっち見てるし、何より私たちの作った料理を審査して優劣をつける審査員がいるのだ。川〇さんって生で見ても面白いなやっぱり。

 

多くの人に見られながらの露出というのは、ひどく心臓に悪い。違いますえっちなことじゃないです。メディア露出という意味です。

 

 

「……百合、どうされました?」

 

 

そんな私の様子に気が付いたのか、姫ちゃんが心配そうな声音で訊ねて来る。

 

 

「……アホほど緊張してるのに加えて料理スキルがないので、ここからどうやって乗り切ろうかと考えていたところですわ」

 

「……それは、真大変ですね。(わたくし)が精進することに致しましょう。百合はさぽーとに回ってください」

 

「……すち」

 

 

小声で開き直ったように真実を伝えたら、ノータイムで案を出してくれた。なんやこのアイドル……私と違って絶対大物になるやつやで……いやなるなそう言えば。

 

あやうく握手を求めそうになったのは内緒だ。

 

 

………よし、生放送だけどなんとか得意の悪運の強さで乗り切っていこう(運頼み)。

 

 

「………」

 

「……百合の顔が、真面妖なことに……」

 

 

そんなこんなで、原作にはなかったもう一つの危険性(主に私がやらかしそう的なやつ)を孕みながらゲロゲロキッチンはスタートするのであった。

 

 

 

 

 

心臓に悪い(n回目)。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

とは言え、そこは作中屈指の完璧超人である姫ちゃん。

 

自身の万能っぷりを遺憾なく発揮しつつ、私がさも料理を結構出来るかのように振る舞える神采配でなんとかミスするリスクを減らすことに成功していた。まじ姫ちゃんぱねーっす。

 

 

『Go!Go!Girl!』

 

 

全員での「乙女よ大志を抱け‼」のコールもしっかりと決めていくぅ。

 

さてここからどう展開していくか____と考えようとするタイミングで、今回の目玉イベントの開始を告げる笛が高らかに響いた。

 

来たわね。

 

 

「さあここで最初の対決だ!今回の対決で勝ったチームは、ななななんと!超大型のイセエビを食材として使えるぞ!」

 

 

司会者のカエルがイベントの説明をしている間に、キッチンから一旦出て指定の位置に並ぶ。勿論、私が勝負するに決まっているでしょう?

 

 

………とは言いつつも、今回のこの2回に渡るビーチフラッグもどき、ほぼ確定で私が2回とも勝つことが目に見えていたりする。

 

 

私の体は見た目こそ深窓の令嬢チックなちょっと肉少なめやせ型体型なのだが、内に秘められた膂力なんかは外見と違ってとても高い水準でまとまっている…………というのもこの体、どうやら前世の全盛期の肉体性能をそのまま引き継いでいるみたいなのだ。前にちょっとだけ説明した気がす……メタい話はここまでだ。

 

その性能はというと、50m走が大体6秒8、垂直飛びが50㎝ほど、立ち幅跳びが240㎝くらいで、1500mの持久走が6分。前世も今世も持久力だけが課題だったのだが、それはダンスレッスンを積み重ねることである程度改善されている。なんで覚えてるかって?高校生になって実際に測定したときになんか思い出した。

 

男子の出す測定結果としてみれば標準的かもしれない。けれど女子の出す記録(殊この可憐な体で行う測定の結果)として見た場合は、間違いなくトップクラスの部類に入るだろう。ゆえに、走る系のイベントは出来レースに等しい。これならちょっと先の大運動会も勝ったなガハハ(フラグ)。

 

 

____ただ、それではあの伝説の千早ちゃんの「取ったゲロ~~~~!!!」が聞けないので、2回目の対決では意図的に足を滑らせようと思っている。勝負事としては怒られるかもしれないけど、これも千早ちゃんの成長のためなんだ。断腸の思いで手を抜かざるを得ない。

 

 

「それじゃあ早速行ってみよう!位置について____」

 

 

その掛け声に応じて前傾姿勢を取る千早ちゃんに対し、私は自然体で立ち尽くしているだけ。その余裕綽々な姿は、きっと絵的にもばっちりだしさぞ皆を驚かせていることだろう。

 

 

「____よーい、ドン!!」

 

「ごめんなさい、千早さん」

 

「え………って、速い!?」

 

 

ニュートラルから1歩でトップギア……とは言わずとも、それくらいを意識して最速で負かしに行く。テレビ受けもフラッグも狙ったその姿はまさに弾丸。

 

思ったより長くない距離を一瞬で詰めて、目測で旗までの間隔を計算しダイブ。

 

 

「_____取ったゲロ、ですわ!!」

 

 

そして、お決まりのアレを声高に叫ぶのであった。

 

 

 

 

 





たぶんこれからは6日投稿になると思います。間に合わないと7日になりますが、そこは何卒ご容赦ください。


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対岸②

いつの間にかUA20000件、お気に入り600件を超えていました。いつもいつもご愛読ありがとうございます。



要は対岸の火事。


 

 

 

あまりの一瞬の出来事に、カメラマンはおろか審査員や司会まで固まっている。あれ、私何かやっちゃいました?いややってるわ。令嬢にあるまじき“速度”見せつけちゃったわ。

 

 

「これは凄い!!織部百合選手、その見た目からは想像が付かないくらいの鋭い走りであっという間にフラッグを獲得――!!これは誰も予想出来なかったぞーー!!」

 

「ありがとうございます。基本的に自分からはあまり言いませんが、わたくしの身体能力は事務所の中でもトップクラスなのですわ」

 

「なななんと衝撃の事実!そういえば織部選手は纏うオーラが不思議だ!よく見れば織部選手の頭に付いている()()は一体何なんだ!その身体能力は何なんだーー!」

 

 

キタ――(゚∀゚)――!!

 

自己紹介の時に言うタイミングを逃して結局今回は言えないままなんだろうなーと思ってたら今日のちょっとしたアレンジが、巡り巡ってこんなタイミングで言えるとは!やっぱ勝負事で手を抜いたらダメだな!(必殺音速手のひら返し)

 

ふふふ、聞かれたのなら仕方ない。答えてしんぜよう。

 

 

「よくぞ聞いていただきましたわ!今日のわたくしは、ガマガエルさんチームということでエプロンドレスを着用しています。ですがそれでは少し物足りない、そう考えたわたくしは_____この、大きなリボンを頭に乗せたのです。すればどうでしょう、ワンダーランドにいるアリスのように、とても可愛らしくなったではありませんか」

 

「なんという自信!オーラから分かるスペックの高さは伊達じゃない!」

 

 

すげえ褒めてくれるじゃん。この司会の人こんなに素直な物言いする人だっけ(バカ失礼)。

 

まあいいや、千早ちゃんには申し訳ないけど注目はとりあえずもらってくぜ。

 

 

「勝ったガマガエルさんチームには、なんとビックリ伊勢海老が贈られるぞ!それに対しアマガエルさんチームは……これはちょっと寂しい桜海老。ちっちゃ」

 

「あ………」

 

 

前言撤回。やっぱこのカエルえげつねえわ、改めて聞くと言葉の端々に煽りが滲むのなんの。よくこの台詞回し許可出たな。ローカルだからそんなもんかな。

 

あまり身が入らなかったものの、やっぱり敗北を味わったからか千早ちゃんは若干ショックを受けているように見える。

 

 

「千早ちゃん、次がんばろっ!」

 

 

そんな時に即座に立て直すのは、やはり私たちのリーダー足り得る人物、春香ちゃん。うちのアイドルの中でもっとも普通で、それでいて皆をまとめるだけの人望と才能を秘めた紛れもないトップ。

 

この頃から既に、その秘めたる力が顔を覗かせていたようだ。

 

 

「……流石ですわね、春香さん。ただの激励で流れを切るなんて」

 

「そこが天海春香としての、あいどるの武器なのでしょう。さあ、(わたくし)たちはこの豪勢な食材をどう生かすか、考えるのです」

 

「当然ですわ。やはり定番としては____」

 

 

さあ、こちらもこちらでこの大きなアドバンテージを最大限生かせる料理を考えよう。

 

……これからの向こうの異常なスカートの中撮影され率には、そっと心の中で敬礼をしておいた。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

結局、伊勢海老をまるっと使ったステーキにしよう、ということになった。そのための下ごしらえなんかを(エビの見た目の“圧”にビビりつつ)済ませていく。

 

あまり余裕がないためそちらを見やることは出来ないが、どうやらアマガエルの方で原作通りのことが起こっているらしい、というのは音声から読み取れた。具体的には春香ちゃんの奇声とかその他。

 

 

そして“例の時”がやって来た。

 

 

 

 

 

「______何が面白いんですか!?」

 

 

『…………』

 

 

____やだぁ、誰かこの絶対零度の空気なんとかしてえぇぇ……!生放送で一番やっちゃいけないやつぅぅ……!

 

身をもって実感するヤバい空気に冷や汗ダラダラ流しながら待つこと数秒。

 

 

「す、すみませ~ん!転んじゃいました!」

 

 

よっしゃ春香ちゃんキタ。これで勝つる。私はもう赤の他人モード入らせていただきますね!………だからシリアスな空気が苦手って言ったのに……。

 

とは言え場のコントロール能力の高いリーダーのおかげで、なんとか空気が持ち直す。そしてそのままつつがなく1品目の料理を作り終え、休憩となった。

 

 

「それじゃここで一旦CMだ!」

 

 

え、エビのステーキはどうなったかって?聞くな。お世辞にも上出来とは言えんわ。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

楽屋。

 

 

鞄の中に入れていた午後の紅茶(ミルクティー)を少しだけ口にして、のどの渇きを癒す。トイレに行きたくなったら面倒なので、本当に少しだけ。生放送で漏らすアイドルは流石に……ね。

 

 

「………ふぅ」

 

 

私の心は確かに休息を取っているのだが、その姿勢はいつもと変わらず背筋の綺麗さ。

 

私が“織部百合”であるための所作のうちの1つだ。これも昔からお嬢様っぽい振る舞いを志した名残で、こうして自然と背筋を伸ばして瀟洒な姿勢でいることがしっかりと身についてしまっていた。

 

 

楽屋には誰もいない。私だけ。

 

春香ちゃんの行方は知らないけど、その他2人+プロデューサーの行方は知っている_____()()()()()()()()()()()()()イベントだ。

 

 

 

 

 

千早ちゃんの苦悩やもどかしさというのは、前世でアニメを見たときからなんとなくは知っていた。歌に強い執着があること、家族問題でいろいろあり過ぎたことなど。

 

けれど、私は声高に言いたい。

 

 

「自分が経験していないことは、結局知らないことと同じなんだよ」って。

 

 

だってそうじゃない?いくら内容として知ってるとか、字面で見たとか人から聞いたとかはあっても……結局「自分のこと」として経験していない___生の感情を伴っていない出来事っていうのは、()()()にしか過ぎない。

 

 

確かに、掛川さんとはよろしくさせてもらっている。同士としてこれ以上ないくらいに気が合う。

 

けれどそれは、「私に対して可愛い・魅力的と思っている」というのは共通の認識・感情の元に成り立っている結束。多少の差異はあれど、紛れもなく同類の感情だ。

 

 

それに対して、じゃあ例えば失恋をしたとしよう。

 

自分が誰かに振られたときに感じた無力感や拒絶感を他の人に話したとしても、その他の人が実際に振られた経験をしていなきゃイメージが付かない。だからそこで他の人が慰めの言葉をかけても「お前も経験してみたらわかる」もしくは「失恋したことのないお前に何がわかる」と失恋した側は答える……というのは、誰しも大概は通った道なのではないだろうか。

 

 

“同様の経験をし同様の感情を記憶したやつだけが、同類に対して共感し理解してやれる。それ以外は全て偽善である”

 

 

私が二十数年の人生(前世)で学んだ、()()()()大きいことだった。

 

 

「____百合、ここにいたんだな。もうすぐCM明けだから急ぎめにスタジオに戻ってくれ」

 

「……プロデューサーさん。千早さんは大丈夫そうですの?」

 

「……ああ、あいつのモチベーションが沸かないのは、ひとえに俺の実力不足が問題だからな。俺もお前たちに負けないように一層頑張っていくと真摯に伝えたよ」

 

「そうですの。ならここからは行けそうですわね」

 

 

バネPに呼ばれたので、飲み物を鞄にしまいすぐに楽屋を後にする。

 

 

 

 

 

他人の嫌な記憶や感情を理解し受け入れるなんて、ある特定の分野じゃない限り私には到底できそうにない。だから、私は重い空気が苦手なんだ。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「さて、後半も頑張りますわよ………あら?千早さん、何だか気合が入っていませんこと?」

 

「言うなれば、一皮むけたと言ったところでしょうか。向こうは此処から更に手ごわくなります。こちらも負けていられませんよ」

 

「………そうですわね」

 

 

誰の目から見ても前半までと雰囲気が違っていた千早ちゃんに気が付かないのはおかしいと思ってそれとなく聞いてみれば、姫ちゃんからぼかされた答えが返ってきた。プライバシーは一応守る、と言ったところか。

 

とは言えこの様子ではしっかり原作通りに行ったみたいかな。良かった良かった。

 

 

「さて、ここからどうします?貴音さん」

 

「そうですね……食材の種類を見る限り、ごーやちゃんぷるーが作れそうです」

 

「……りょーかいですわ」

 

 

やっぱりゴーヤチャンプルー作るんじゃないか!しゃーない、ここは原作に従っていよう。

 

 

「まずはごーやを切ってください、百合」

 

「はーい」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

結局、私の容姿に合った料理は作れなかったな……とただ物思いにふけっていた。

 

料理覚えようかな……でもこの体に合う料理なんてそれこそおフランスのコース料理くらいしか思い浮かばねえ……。

 

そういえば、リトアニアかどこかの郷土料理が肉団子をじゃがいも生地で包む理性3ぐらいの旨そうなものあったな……食べてみたいな……。

 

 

「では、この切ったゴーヤとその他の野菜を炒めてください」

 

「り」

 

 

後やっぱり外せないのは冬の鍋料理。これは前の冬も何度か作ったね。ガスコンロと土鍋を買って、豆腐しらたき白菜豚肉……などなど。本当に私が好きな感じの鍋料理。〆はラーメンかうどん、その後に雑炊を作るまでが1セット。

 

思い出しただけで、今は夏だというのに鍋が食べたくなってくる。今の時期であれば辛い物系でもいいな。

 

 

「後数分くらい炒めればよいのですか?」

 

「そうですね」

 

「____さあ今から二回目の対決だ!今回は急に鳴らすぜ!よーい___」

 

「百合、準備を」

 

 

でもやっぱり店で食べるものってめちゃくちゃ美味しいよね。特にラーメンとか。

 

特に好きなのは天下〇品のこってりラーメン。あの独特の舌絡みするスープと打ちっぱなしのような麺は、私の心と舌をいとも容易く虜にしてくれる。このこの、替え玉追加だ!(お布施)

 

 

「____百合!」

 

「はえっ?」

 

 

急に大きな声で呼びかけられる。そこでようやく私は周りの状況を確認した。

 

すると、どうだ。私は棒立ち、姫ちゃんはこちらを見やっては叱咤するような目線を向けている。それに対しアマガエルの方は____千早ちゃんが、奥に用意されたフラッグへと既に走り出していた。

 

 

「____」

 

 

瞬間、それらの状況を条件反射気味にコンマ数秒で処理し、キッチンを飛び越えてその背を追いかける。

 

 

「あ」

 

 

とっさの判断でつい体が動いちゃった(闘争心が湧いた)けど、これよくよく考えたら間に合わなくても良くね?多分このまま走ってもギリギリ追い付かない気がする。

 

そう思って体の力を急に抜いてしまったのが、良くなかったのかもしれない。

 

 

「_____ふにゃっ!?」

 

「百合!」

 

 

____こけたのである。

 

 

こけたのである。

 

 

力を急にゼロにした反動で、ものの見事につんのめったのである。

 

当然、つんのめったということは前に崩れ落ちたというわけで。それなら、そのとき一瞬無防備になるわけで。

 

 

「…………あ、今絶対スカートの中撮られていますわ……」

 

 

けど問題ない。

 

万が一を想定して&いつもの習慣で、スカートの中に見せパンを履いてきた。他人のパンチラを見るのはいいけど自分がされるのは嫌です(余裕の笑み)。

 

それを撮ってから察したのか、後ろのカメラマンの気配がすぐに離れていく。ガチガチの黒スパッツだからね、仕方ないね。

 

 

「千早ちゃん、アレだよアレ!」

 

「えっ………あ」

 

 

え?周りの状況がつかめてないんだけど、もしかしてここであのシーンが来ちゃうの?私こけたばっかなのに?本当に??(小混乱)

 

しかし現実は無情であった。

 

 

「____取ったゲロおおぉぉぉぉぉぉォぉ!!!」

 

 

はい。完全に私が完全に引き立て役ですね。

 

いいんだ、引き立て役くらいは流れでそうなるなら引き受けても全然いい。けれど、よりによってこけた後……こけてださい姿晒しちゃった後っていうのはさぁ……ねえ?

 

 

 

 

 

何はともあれ、これにてゲロゲロキッチンの必須イベントはクリア。後はマンゴーをもらってデザートを作って、審査タイムに突入するだけだぜ。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

今日の顛末を振り返ろうと思う。

 

結局原作通りの料理を作った私たちは、これまた原作通りガマガエルさんチームが………ではなく、なんとアマガエルさんチームが勝ってしまったのである。とは言え元々料理のあまり出来ない私がいたのだからある意味必然だったとも言えるのだが、仕方ないさ。今日の目的である「メディア露出の練習」「千早ちゃん成長イベ」をどっちとも遂行できたんだから。

 

やっぱり料理を作るだけで歌のコーナーは復活しないまま番組は終わってしまったが、千早ちゃんの顔はどこか晴れ晴れとしていたような気がする。

 

 

そうして後片づけや帰る準備をして、現在河川の沿道を5人で歩いていた。もう20時だ。

 

 

「皆、今日はお疲れ様。この後時間のある奴はいるか?スイーツ奢ってやるぞ」

 

「あら、随分と気前が良いですわね」

 

「みんな頑張ったからな、プロデューサーとしては当然だ」

 

 

こういう所だよね、バネさんがイケメンなの。はーほんと私が善良でまっとうで純粋な精神性だったら惚れポイントストップ高になってたのに。

 

私を()の精神と記憶のままこの世界に送られるなんて、神様は一体何を期待しているのやら。

 

 

「ごめんなさい……私は、帰るから」

 

「そうか?遠慮しなくともいいんだぞ」

 

 

遠慮とかじゃないんだよなあ。だって言葉の端々から激重感情が見え隠れしてるもん。私にゃ関係ないけど。

 

てかこの頃の千早ちゃんほんっっとうに過去に囚われたクソ雑魚メンタルだよな!!(下衆野郎)

 

 

「あっ!」

 

「?どうかしましたか、天海春香」

 

「私………終電ないかもです……」

 

 

あ、そう言えばそんなのあったね。自宅が遠すぎて千早ちゃんの1人暮らし(笑)にお邪魔する事件。あの部屋よりかは私は充実した部屋を作れているので私は笑われる要素はない。ないったらないぞ。

 

 

「それは、困ったな……」

 

「……それなら、家に来るといいわ」

 

「え、でも親御さんとか……」

 

「プロデューサーさん、千早ちゃんは一人暮らしなので大丈夫なんですよ!じゃあ、お邪魔してもいいかな?」

 

「ええ……」

 

 

 

 

 

話はとんとん拍子に進んでいき、結局駅前でタクシーを呼んでもらったり交通費渡されたりして春香ちゃんはどうにか環境が整った。

 

そちらの方が優先すべきことだったので、それらを済ませてからようやくスイーツ店へと足を運ぶ手立てとなったのだ。

 

 

「……ここが、そうみたいだ」

 

「ですわね。早く行きましょう、両手に華でも頑張って視線に耐えてくださいまし」

 

「そういうことを言わないでくれ………」

 

 

 

 

 

なんやかんやありつつも、私たちの夜はまだ終わりそうにない。

 

 

 

 




もうちっとだけ今日の出来事は続くんじゃ。




CV.石川○依で高い声ってのが想像しづらいかもしれませんが、「アークナイツ」というソシャゲに出てくるキャラクターの1人”ナイチンゲール”の声を聴いていただければわかりやすいと思います。どちゃくそ好きなんですよね。


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幕間2 ① 着実

特に書くことがない。


 

 

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

「……なあ、お客さんの視線が」

 

「ふふっ、安心してくださいまし。わたくしも貴音さんも半ばわざとですわ」

 

「だよな……」

 

「……ところで、ここには食券はないのですか?」

 

「ラーメン屋ではありませんことよ、貴音さん」

 

 

いわゆるスイーツ屋と呼ばれる店に、私と姫ちゃんとプロデューサーは足を踏み入れる。瞬間中にいた人から向けられる様々な感情の入り混じった視線に、バネさんはすっかり気後れしていた。女性ばかりということもあって、そこまであからさまに悪感情のものはなかったけれど。

 

ちなみに私も姫ちゃんも、プロデューサーに割かし距離を詰めて歩いている(もちろん私はギリギリのラインで止めているが)。なので周りから見れば、非常に誤解されやすそうな状況であるということだ。

 

やはりアイドルたるもの、常に見られる意識を身につけておかなければ(はき違え)。

 

 

「ここは……レジに並ぶまでに選ぶタイプですわね。3○とかと同じタイプですわ」

 

「百合の口から○1なんて単語が漏れると、違和感が半端ないな……というかすっと出てくるってことは、3○にはよく行くのか?」

 

「いえ全く。わたくしは家庭の都合であまりそういったお菓子屋さんには行ったことがありませんの」

 

 

前世では貧しい寄りの普通の家庭だったので、何かイベント事がなければ外食すらまともにしていなかった。そうして付いたのは外食に対する一定の欲望と、中途半端な節約意識だけ。まあ生活費に無駄を割けなかったことを除けばそんなに悪くない家庭ではあったけど。

 

今世?割かしどこにでも連れてってくれた。ただそれでもお母さんの作る料理(フランスの郷土料理含め)がとっても美味しかったのでそれで十分だったが。前世に比べりゃ幸せだ。

 

 

「……沢山あって、(わたくし)には決め兼ねます。ぷろでゅうさぁが選んでいただけませんか」

 

「お、俺か………そうだな、このショートケーキなんかすごく美味しそうじゃないか?」

 

「では、それで……おや?せっとであれば紅茶も同時に楽しめるのですか」

 

「いいじゃないか、それくらいどうってことない。百合は?」

 

「わたくしは、一番好みのモンブランをセットで。どうやら茶葉の種類も選べるみたいですね……このラインナップであれば、普通にアッサムがおすすめですわね」

 

「へえ、そうなのか。そのあたりは百合に任せるよ」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……改めて、今日はお疲れ様。正直途中ひやひやしたが、何とか成功に収まって良かったよ」

 

 

レジで頼んだ品は後から運ばれてくるということで、先にテーブルの方へと移動した。さっきからずっと思っていたのだが、店内のインテリアがピンク色の系統でまとめられていて正直居心地が悪い。せめて白と茶色で無難にしてほしい。もう行かないだろうからいいけど。

 

しかし私の感情に反してプロデューサーと姫ちゃんは特にそういう素振りは見せていない。私だけか。まあいいや。

 

 

「そうですわね……千早さんのあの一言は、流石のわたくしも肝が冷えましたわ」

 

「ですが、その後の春香の立て直しにはこちらも驚かされました。彼女には主導者の素質があると思われます」

 

「……確かにな。うちのアイドルの中でも、春香は突出して周りへの影響力が高いように見える。それが垣間見えたのはとても大きな収穫だったな」

 

 

………ん?

 

さも自然な流れで言っちゃってるけどさ、それ私たち(アイドル)にするような会話の内容なのか?それとも気付いていないだけ?

 

 

「……って、こんな話アイドルにすべきじゃないな。すまん」

 

「いいえ、そんなことはありませんわ……特にわたくしたちのような人には」

 

 

私と姫ちゃんは、正反対の意味で他のアイドルから一歩引いている。当然、姫ちゃんが良い意味で私が悪い意味だ。それに私たち両方とも(特に姫ちゃんは)身体年齢にそぐわない雰囲気を既に醸し出しているので、私たちがアイドルだという感覚が薄れてしまうのも仕方ないと思う。

 

というか姫ちゃん、年齢に似合わず“デカい”よな……いやナニがとは言ってない。強いていうなら身長とかいろいろね。

 

 

「っああ、そうだ。一応、今回が2人の初めての共同作業だったが……どうだった?」

 

 

まあそりゃ聞くよな。

 

ユニットとして活動していくかもしれないという状況で舞い込んできた丁度いいお仕事。私と姫ちゃんのこれからの足並みをそろえたり、協力し合ったりするのに問題があれば面倒だし。

 

けど……。

 

 

「……まあ、特には支障は見当たりませんでしたわね。強いて言うなれば貴音さんが万能すぎてわたくしの出番がないことでしょうか」

 

「百合、それは流石に過大評価が過ぎますよ」

 

「なんでですの?貴音さんの超人っぷりは他のアイドルさん方も時折口にしていますわ。それを身をもってわたくしが体験しただけですの」

 

 

これは紛れもない本心だ。

 

前世から片鱗は見え隠れしていたし、実際に彼女らの窮地における姫ちゃんの泰然さと冷静さは際立っている。それなのに原作じゃ降郷村の衣装がない事件の時にテンション下がってましたよね?そんなものなのかしらん。

 

ともあれ、特に問題なくユニット活動は出来そうだということが判明したのは地味に大きい。

 

 

「俺からしてみれば、百合も十分に持ってるモノはあると思うぞ」

 

「ありがとうございますわ。まあ、パンピーはパンピーなりに頑張ってみますわ」

 

「……ぱん、ぴぃ?」

 

「一般人という意味だ、貴音……まあ、百合はどこからどう見ても一般人には見えないけどな」

 

 

なんでさ。

 

と思ったがそう言われてみれば意図せずしてお嬢様ロールプレイング人生送ってたわ。そこに女性の枠を逸脱した身体能力と人智を超えたかわいさ(過大評価)を備えたらそりゃ一般人呼ばわりはされねえわ。

 

でもなあ……中身がどうあがいても一般人だからな……。

 

 

「……ま、わたくしは単に自分の好きなものに好きなように生きていますから」

 

「それが出来るのはいいことじゃないか。それが転じて、モデルとしても活躍していたんだろう?」

 

 

……そう言えば、ティーンズモデルをしていた割に請け負った撮影の大半が本職モデルの人たちとあまり変わらなかったことを知ったときは驚いたな。

 

いやどうでもいいな。

 

あ、注文したスイーツ来たね。わあモンブラン美味しそう!写真撮る!

 

 

「……それで、ゆにっとの話は現在どのようになっているのですか?」

 

「ああ、順調に話が進んでいると思う。詳しい目処はまだ立っていないが、遅くとも夏を過ぎたあたりにはどうなるか分かるかもな」

 

 

マジ?

 

てことは竜宮小町と割かしタイミング被りそうな気がするね。いいじゃん、かたやビジュアル、かたやステージで電撃デビューして765プロをあっぴる出来るチャンスだ。

 

その前に慰安旅行にも行きそうだけど、まあ激戦の前の最後の休憩とでも思えばいいか。

 

 

「……プロデューサーさん、これは何となくの予感ですが、ユニット結成自体はすんなりと通ると思われます……ですが、よしんば通ったとしてもそこからが正念場ですわよ」

 

「ああ、分かっている。スタートでどれだけ上手くいくかが重要だろう」

 

「先んじて戦の利を取る重要性は言わずもがな、ですね」

 

 

そこは3人とも共通認識のようだ。そうだよね、ただでさえ無名の事務所なのだから、多少実力が足りなくても全力で行くべきだ。とは言え気負い過ぎても空回りするから要調整ではあるんだけどね。

 

 

 

その中でも話題に挙がったのは、ちょうど2,3日後に予定されている掛川さんと私たちの顔合わせイベント。

 

掛川さんによると、顔合わせはとりあえず建前で既にとあるスタジオを借りているらしい。それでその日にいくらか撮って会社に突き付けてくるとのこと。いや三行半かいな。違うわ。

 

私たちは私服で来るように言われている。まあ当たり前と言えば当たり前なんだけど。掛川さんの方からも、事前のスリーサイズなどのプロフィールを参考に何着か持ってくるらしいから期待できそうだ。まあ楽しみにしておこう。

 

 

 

 

 

その日はそれからいくつか目処を立ててから解散した。

 

ごちになりましたバネP!(美味しさによる破顔)

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

翌日。

 

スーパーマ○オブラザーズWiiをプレイしながら、ユニットのことについて考えていた。

 

 

私がこの世界に来てしまったことによる影響その1である、姫ちゃんの早期のユニット加入。

 

姫ちゃんは19話辺りまでの活動があまり明かされていなかった筆頭アイドルであるため、正直何をしていたのか、どういう活動をしていたのかは全く分からない。なので別にユニット結成自体には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

けど……もしユニットを作って、(プロデューサーを含めた)私たちの活動の方を優先してしまう事態になれば、彼女の三人称神視点的な立ち位置が揺らいでしまうかもしれない。

 

それは避けたい。

 

 

「……まあ、要はわたくしが貴音さんに負けないくらいハイスペックになれば万事解決するのですが」

 

 

そううまくは行かないのが人生だ。特に後数ヶ月である程度のところまで持っていこうなんて無謀にもほどがある。ただでさえ、今の状態ではダンスもボーカルも遠く及ばないのだから。

 

 

「あ、ここがスターコインですわね。全く、分かりづらいのですから……」

 

 

そうそう。

 

ボーカルと言えば、私は自分の声についてもいたく気に入っているのだ。

 

女性から見ても比較的ソプラノボイスと言っても過言じゃない、澄んだ高い声。前世で私が好きだったソシャゲのキャラクターのものに似ているというのもあるのだが、とにかく自分で聞いていて心地が良い。なまじ似ているだけに、私のようなお嬢様口調だと逆に違和感を感じることはあった。今はもう慣れたのだが。

 

 

「あっ、危ないですわねパックンさん!もう少しで死ぬところだったんですの」

 

 

1つ、目指したいものがある。

 

個人的に、この声が最大限生かされるような歌い方というのが一つあって、それは「あまり声量を出さずに呟くように歌う」というものだ。具体的なイメージはまだ浮かんではいない。

 

けれど、そう簡単に行くとはこれっぽっちも思っちゃいない。まず息継ぎも安定しないし、ダンスしながらのボーカルもまともに出来っこないというひどい有様だ。

 

それに、そのあたりについては恐らく意識せずともなるようになるんじゃないかな。目指したところと違うものになっても、それは紛れもなく私自身の努力の結果だから。そのときは諦めて受け入れよう。

 

 

だから、いくつか目標を立てる。大目標は、「姫ちゃんと実力的に並び立つようにする」ということにして、「理想の歌い方になるように(ひとまずは)目指す」「ダンスをキレッキレにしたい」など、などなど……。

 

 

「お、クリアですわ。これでワールド6までのスターコインは全部取りきったっぽいですわね」

 

 

今まで漠然としていた私のアイドル像というのが、徐々に固まってくる。いいことだ、目標があればあるほどそこへの道のりがしっかりとイメージできるのだから。

 

 

だから、これから一層頑張らないとね。

 

 

 

 

 

 




次回は掛川さんとたかゆりコンビの邂逅ですね。


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幕間2 ② 邂逅

ハリボテお嬢様ムーヴがどっかいく回


 

 

 

 

 

 

「掛川さん、こちら私の所属しているナムコプロダクションのプロデューサーさんと、散々語っていた四条貴音さんです」

 

「あんらァ~~~実物もすっごく可愛らしいじゃないの~~ン!?こ・れ・は・アテクシの腕もブルドーザーみたいにうるさく鳴っちゃうわねン!」

 

「ええ、掛川さんのその手腕を遺憾なく発揮してください!というわけでこちら、わたくしの同志にして恩人の掛川正美さんですわ」

 

「………なんというか、すごいオーラのある人だな……」

 

「……真、面妖な方ですね」

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

午後1時。または13時。

 

私は24h表記のが好きだ。

 

 

今日は掛川さんと念願のご対面である。私としては久しぶりの友人に会うような少しの照れ臭さと多大な期待を抱いていたために、心持ちは比較的楽だったのだが、姫ちゃんとプロデューサーはそうではないだろう。

 

一応「とっても素敵な人ですわ(オネェだけど)」と伝えてあるので問題なくすぐに気に入られるだろう。あれ、これオネェってこと言ってないな……妙だな(すっとぼけ)。

 

掛川さんは既に都内の小規模の撮影スタジオを借りているらしく、更にはもうそこで待機しているらしい。なんで私たち3人がそこに赴く予定になっていたのだった。

 

 

「ええと、確かこの辺りでしたわね……あ、たぶんこのビルですわ!」

 

「意外とうちから遠くはないんだな」

 

「確かにそうですわね。まあわたくしたちはあまり使うことはないでしょうが……とにかく、掛川さんが中で今か今かと待ち構えていらっしゃると思うので早速行きますわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5階建てのビルの中の、3階のとあるスタジオ。

 

その扉を数回ノックし、心なしか軽い心持ちで中へと入る。

 

 

「失礼します」

 

「待ってたワ~~!!お久しぶりのブリ大根ねエ~~!!」

 

「うおっと、いきなりですね」

 

「そりゃ百合ちゃんに会えるんだから待たずにはいられないわン……それにしても、見ない間に随分と大人っぽくなっちゃってェ!これじゃますます貴方がアテクシたちの下を出ちゃったのが惜しいわァ!」

 

「やっぱりこの見た目は綺麗に保ってこそ十全に輝きますから……それに関しては、ほんと、すみません……」

 

 

昔、毎日のように視界に入れていた、180をゆうに越しているであろう巨躯。比較的彫りの深い顔には、久方ぶりの邂逅に対するテンションの高さがよく見えている。それでいてその所作にはどこか洗練されたものを感じる、紛れもない私の恩師。

 

扉を開けた途端、掛川さんがすぐ近くで出迎えてくれた。というかその距離感から見るに私たちのこと出待ちしてたな?

 

 

「………」

 

「…………」

 

「掛川さん、こちら私の所属しているナムコプロダクションのプロデューサーさんと、散々語っていた四条貴音さんです」

 

「あんらァ~~~実物もすっごく可愛らしいじゃないの~~ン!?こ・れ・は・アテクシの腕もブルドーザーみたいにうるさく鳴っちゃうわねン!」

 

「ええ、掛川さんのその手腕を遺憾なく発揮してください!というわけでこちら、わたくしの同志にして恩人の掛川正美さんですわ」

 

「………なんというか、すごいオーラのある人だな……」

 

「……真、面妖な方ですね」

 

 

おい、口が開いていないぜい。まあ確かにね、そりゃこのインパクト見たらね、しゃーないっすわ。

 

 

「……はっ!あ、あの初めまして!織部百合さんのプロデューサーを務めている者です!」

 

「四条貴音と申します。本日は真、良き日になるよう願っています」

 

「あら、ご丁寧にどうもン♪アテクシは掛川正美。雑誌『pecola』及びいくつかの雑誌のメインコーディネーター兼カメラマンにして、百合ちゃんの同志よン!今日は本格的には撮らないけれど、この子たちの魅力を存分に引き出してあげるわン!」

 

「は、はい!宜しくお願いします!」

 

 

なんかプロデューサーさんが借りてきた猫みたいになってるのちょっと面白い。まあでも実際そんな気分なのかもしれないね。

 

私にとっては最近では2度目……いつかの日に宣材を撮ってから2回目の、懐かしい空気だ。あのときもそうだったけど、やっぱりこうしてシマに戻ってくるとテンション上がっちゃうわね!

 

 

「掛川さん、今日は私服で来てくださいとのことでしたが、確かいくつかそちらで別の衣装を用意してくださっていると」

 

 

 

「アテクシの方で何着か似合いそうなものを持ってきたわン!」

 

「楽しみです!そんなのもう勝ち確じゃないですかヤダー!」

 

「貴音ちゃんの魅力をアテクシの手で引き出す……実際に会ってみて、アテクシの予感は確信に変わったわァ……早速持ってくるわねン!」

 

 

スタジオの奥へと軽やかな足取りで向かっていく掛川さんを見送りつつ、後ろでさっきっから口を開けていない2人に向き合う。

 

 

「ま、こういう方ですわ。基本的にテンションは高めですがそのセンスと経験は一流のそれです、安心してくださいな」

 

「いやいやいやいや……ちょっと待ってくれ……」

 

「?どうされました、プロデューサーさん?」

 

 

いやでも聞きたいこととかは確かにいっぱいあってもおかしくはねえな……なんせ掛川さんは謎の多い人で、私の数少ない友人枠と言っても過言じゃない。どんなものを撮って来たかとか、いろいろ聞きたいのだろう。

 

 

「百合……普段のお嬢様がかった口調は何処に行ったんだ?掛川さんの前だと普通に敬語を使ってたような気がするんだが……」

 

「いつもの百合と、かなり印象がかけ離れていますが」

 

「……あー」

 

 

そう言えば、事務所では一回も見せたことはない気がする。アイドルになるってんで、なるべく口調を維持しようと(目上へのタメ語になる状況に度々後ろめたさを覚えながら)普段通りのように立ち振る舞ってはいたんだけど。

 

流石にね、掛川さんの前ではね。

 

 

「掛川さんは私の知り合いの中でもトップクラスに尊敬しているので、敬語を使いたくなってしまうのですわ。後この口調は、まあ……いろいろ深……くはないですが、それなりに事情がありますので」

 

「……キャラ作りか?」

 

「違……違いますわ、たぶん。端的に言うと、子供のころから絵本に憧れてこのような口調をマネし続けた結果、こっちの口調がデフォルトになってしまっただけですわ。そこいらの同類とは年期も格も適正も比較になりませんことよ。いえ同類と呼ぶことすらおこがましいですわね」

 

 

こちとら19年選手やぞホゲェ……この先出てくる新幹少女のうんたらちゃんがどれくらいか分からねえけど、もしこっちに突っかかってくることがあったら圧倒的な身体能力とお嬢様ムーヴで完膚なきまでにプライドをへし折ってやるから覚悟しておけ(自尊心高めムーヴ)。

 

 

「まあ、流石に貴音さんには負けますが。だってこちとら、本当に()()()()()()なんですもの」

 

「……なるほどなあ、でも未だに信じられないよ」

 

「それも仕方がないことですわねえ……わたくしもどうしてこうなったのか、過去の自分に問いかけたいくらいですから」

 

 

ちなみにこれは半分嘘。このお嬢様口調で困ったことがあんまりない以上、別にいっかなって。そんなんだから(特に)高校ではいろいろあった面倒なことも、とりあえずどうにかなったし。

 

案の定、と言うべきか、バネPはひどく驚いた反応を返してくれた。意外にも姫ちゃんも、である。

 

 

「お待たせン!じゃあ早速撮らせてもらうわァ!」

 

「はい、楽しみです!さあ、行きますわよ貴音さん!」

 

「え、ええ……」

 

 

ん?なんか姫ちゃんの様子がおかしいぞ?まあいいか、大方私のことについてだろう。

 

すぐそこに待っている私のステージへと向かっていった。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「良いわァ!もっとダイナミックなポーズを撮ってみてン!」

 

「こうですか?」

 

「いーーーわぁぁぁァ!!貴音ちゃんもその内なるオーラが存分にまき散らされてるわよォ!」

 

「感謝いたします」

 

 

____百合は、まだ(わたくし)たちに心を開いていない。

 

それが、先までの会話までで判断した()()でした。

 

 

織部百合(おりべゆり)

突如として事務所に現れた、13人目のあいどる。名に違う異国じみた出で立ちに、大衆が羨むであろう端正な容姿。それが(わたくし)の抱いた第一印象でした。

 

しかし百合はその風貌とは裏腹に、誰にでも親しみやすい性格で瞬く間に事務所に馴染みました。それには全く違和感を抱きませんでした。

 

 

ですが、百合には明らかに不審な点が1つあるのです。それは、(わたくし)の見た限りでは、誰と歓談するときも常に距離を開けていること。

 

まるでそれ以上は別世界と言うように、必ず一定の距離を保っているということです。

 

一説には、「ぱーそなるすぺーす」という自分だけの精神的空間が広いということもあり得ます。ですが百合は、それとは違うような……何がどうとは、未だに解明しかねますが。

 

 

限りなく普通に見せかけて、(わたくし)たちから最も遠いところにいる___それこそ、如月千早を差し押さえて___百合。

 

 

「そしてそこでターン!」

 

「こうですねっ!」

 

「完・璧・よぉぉぉぉぉぉォ!!」

 

 

このように楽しそうにしている百合を、私は偽の感情だとは思っていません。ですが____

 

 

 

 

 

____いつの日か、貴方は真にこちらに来るでしょうか。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

「……貴方たちの“輝き”、このカメラとアテクシの心にしっかりと刻み付けたわン!これなら大丈夫そうねェ!」

 

「すごい……すごいですね掛川さん!百合と貴音の魅力が更に上がったなんて!」

 

「ふふふ、アテクシにかかればこんなものよン。百合ちゃんも貴音ちゃんもアレでまだ未成年なんだから、これから更に熟成されていくと思うと……ああっ、アテクシも負けてられないわァ!」

 

 

結論。大満足。

 

掛川さんも私も。

 

 

これで後は掛川さんに任せられる。私たちは私たちで、アイドルとして日々売込みし続けるだけだ。本職もちゃんと頑張らないとね。

 

それにしても、さっき一瞬だけ姫ちゃんの表情が曇っていたような気がする。何か気になることがあったんだろうか?

 

 

「貴音さん、本日の撮影はどうでしたか?いつもより気分が高揚しませんでしたか?」

 

「ええ、掛川正美殿の敏腕、この身でしかと受け止めさせていただきました」

 

「なら良かったですわ」

 

 

うん、本当に良かった。これで不快な思いをさせていたらたまったものじゃない。

 

 

「掛川さん、改めて今日はありがとうございました。この後軽くお茶でもどうですか?」

 

「お誘いはありがたいけれど、生憎まだいろいろやることがあるのよねン……」

 

「……そうですか……ならまた日を改めて。この後も頑張ってくださいね」

 

「ありがとう百合ちゃん。本当にいい子ねェ!」

 

 

残念だぜ。せっかく久しぶりに腰を下ろして談笑出来ると思ったけど仕方ない。今日は大人しくお別れしよう。

 

 

「それでは、さよなら!」

 

「また近々ねン♪プロデューサーさんも貴音ちゃんも♪」

 

「ええ、ありがとうございました!」

 

「真、良き時間でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……百合が、他人と距離を取っている……?」

 

「ええ。恐らく確実かと」

 

 

スタジオを出てすぐに「寄るところがあるので失礼しますわ」と百合に言われ、早々に貴音と2人になったとき。

 

唐突に、そんなことを彼女から聞かされた。

 

 

「……そんなことあるのか?俺から見れば、誰にでもフレンドリーに接しているように見えるが」

 

「それは、確かにそうでしょう。しかし注意して観察すると、必ず一定距離を開けていることがわかるのです………これを今報告したのは、ぷろでゅうさぁに注意をしていていただきたいからです」

 

「注意?」

 

「もしかすれば、彼女はなんらかの事情を抱えているのかもしれません。もし本当にそれが存在して、明るみになるようなことがあれば……百合の活動は大きく均衡が崩されることでしょう」

 

「……そういうことか。確かにそれはあり得なくはないな。ありがとう貴音」

 

 

 

 

 

アイドルを陰で支え導くのがプロデューサーの仕事だ。もし百合ほどの人物に何か起これば、それはターニングポイントになり得るかもしれない。

 

少し気を遣わないいけないな、と少し決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 








たぶん百合の距離の取り方は結構分かりやすいです。ただでさえナムコの皆は距離が近しい傾向にあるので、際立つんでしょうね。それが彼女自身の親しみやすさと雰囲気で隠れてしまっているのでしょう。

というか何気に2人から心配される百合マジ百合してる(他意なし)。



ちなみに、百合は結構プライド高いです。自分の容姿や「生き方」に対する自信と信頼があるので。




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