幼女戦車 (半角半猫(旧フランケン))
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第1話 願わくば平穏を
濃緑色のパンツァージャケットに身を包んだ女子生徒ら、ライヒ学園の機甲科の学生達が背筋を伸ばし、精悍な顔つきで整列している。さながら、激戦をくぐり抜けた兵士のようだ。そして、その瞳はじっと、壇上に立つ小さな人影に注がれていた。
その小さな人影は、まばゆいばかりに輝く金髪を揺らし、凪いだ水面のような碧眼であたりを睥睨すると口を開いた。
「本日をもって貴様らは無価値なウジ虫を卒業する。これより、貴様らはライヒ学園機甲科である。戦友の絆で結ばれる貴様らのくたばるその日まで、機甲科は姉妹であり、戦友だ。映えあるライヒ学園機甲科として、なにより精強なる戦車乗りとして、私は貴様らに永遠の奮戦を期待する!」
「はっ」
揃えられた返事とともに、百十数名の戦車乗りが敬礼をする。その姿はさながら訓練された軍隊のようであった。
壇上の小さな人影、ターニャ・デグレチャフも敬礼を返すとともに、心の中で叫んだ。
(どうして、どうして、こうなったー!!)
────────────────────────────────────────────────────
私こと、ターニャ・デグレチャフは天寿を全うしたはずだった。
203魔導大隊を率い、あの戦争を飛び回ったが、どうあがいても合州国の参戦で勝負は決まったようなものだった。連合王国軍と合州国軍と共和国残党によるヨッロッパ上陸作戦、そちらにただでさえ足りないリソースを割かざるをえなくなると、今度は東部戦線が崩壊した。遅滞戦闘を勤めつつそれでも食い破られ撤退する帝国軍と首都制圧を目指して東西から進撃する連合軍。モスクの奇襲でかなりの恨みを買っている203魔導大隊が連邦側に降った時に起こる事は想像力のかけるバカでもわかることだ。
だから、私はルーデルの真似をすることにした。今次大戦で生まれ、我ながら多大な戦果をあげた即応大隊という新たな魔導師の運用形態は、戦後世界で連邦に対してイニシアチブをとりたい合州国には魅力的だっただろう。上司であるゼートゥーア閣下もどう負けるか、ということを考えて頃合いだったこともあり、全力で東部の連邦軍を押しとどめつつ連合王国と合州国にたいして降伏のための根回しをした。閣下も共産主義はお嫌いだったらしい。取引材料には、我々の身柄引き渡しも条件にいれた。そして、全力で連邦軍に嫌がらせを、進軍する戦車や歩兵を吹き飛ばし、爆撃機を撃ち落とし、慌てて再編したらしい魔導師部隊を殲滅したりとしつつ、終戦、いや敗戦をまった。
そして敗戦後、我々は無事合州国に引き渡され、新たな戦闘教義の樹立に尽力しつつ、戦争から離れた人生を全うした。いろいろあって、世界経済の中心地で会社を設立できたのはいい思い出である。輸送会社の体をした民間軍事会社であることに目をつむればだが。
やがて、二つ名のように髪も白くなり、しわも増え、そして死んだ。死ぬのは2回目だが、寿命を全うして死ぬのは初めてだ。存在Xめ、貴様への信仰なくとも私は素晴らしい人生を全うしたぞ。ざまぁ、見ろ。
しかし、ここで問題が生じた。なぜか考えることができる。なぜだ。死後の世界か?存在Xが呼び出したのか?存在Xならば、その大仰な態度と自信もろとも貴様を粉々に打ち砕いてやる。
その時、体の違和感に、はたと気がついた。まて、なんだこの手は?なんだこの体は?
これでは、これでは……
次の瞬間、私を浮遊感が襲った。見上げると巨人のような人影。いや、違う。この状況は前と同じだ。
私は、私は……!
「オギャー(また転生したのかー! )」
「元気な赤ちゃんですね。」
こうして、私、ターニャ・デグレチャフの3回目の人生が幕を開けたのである。願わくば、文明的で経済的な生活を。せめて、戦争とは無縁の生活を。
画面の前の紳士淑女諸君、御機嫌よう。
不肖、ターニャ・デグレチャフの数奇で不幸な運命は、お楽しみいただけるでしょうかぁ?
いやはや、またもや転生とは困ったものです。できれば一度目の人生と同じ時代ならば良いのですが。
しばらくは情報を集めるのに専念しなくては。情報の大切さは前の人生で嫌という程学びましたからね。
では、また戦場で。
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第二話 現状確認、状況良好
泣き疲れていつのまにか眠っていた私を起こしたのは、男女の談笑する声だった。目を開けると、照明の光の中に、おぼろげながらも二人の人間がこちらを覗き込んでいるのが見えた。生まれたばかりなのと、ちょうど影になっているせいで、顔は見えない。なんだ? こいつらは。
順当に考えるならば、両親だろう。しかし、前世同様にここは孤児院で、二人は施設の職員かもしれない。だとすれば、面倒だ。生まれた時から孤児だった場合、そのあとの人生はなかなかに大変である。それこそ、軍隊に志願せざるをえないほど、だ。
おや、また何かを話している。ずいぶんと楽しそうだ。ああっ、帝国標準語でも合州国の言葉でもないため、何を言っているのかはわからない。言葉がわからないとは、こうももどかしいことだったとは。しかし、この言葉、どこかで聞いたことがある気がする。妙ななつかしさも感じるが……
言葉がわからず、字も読めそうにない状態では、何を考えるにしても憶測か。ならば、少し待つとしよう。焦ったところで仕方のないことでもあるか。
そう考えると、また眠気が襲ってきた。やはり、子供の体というのは不便なものだ……
女性が愛しそうに腕に抱く赤子を、傍の男性が見つめている。
「おや、また寝ちゃったのか」
「寝る子は育つものよ。きっと大きくなるわ」
「女の子だし、名前は……」
男性、いや父親がそう切り出すと、母親は楽しそうに答えた。
「碧。空と海の色。のびのびと自由に、そして大きな、たくさんの人を受け入れられるくらい大きな子になってほしいわ」
父親は碧、あおいと口の中で何度か転がすと、大きく頷いた。
「碧、谷野碧。うん、いい響きだ」
二人の眼差しの先には、すやすやと眠るターニャ、いや谷野碧の寝顔があった。
「そういえば、戦車道は……」
「なら、どんな学園艦が……」
その病室からは、楽しそうな声が響き続けていた。
ターニャ・デグレチャフから谷野碧になってから3年がたった。いやはや、長い3年間だった。自分で何もできないということが、かくも苦しいものだったとは。すっかり忘れていた。しかし、いろいろと充分な情報も、とはいってもあくまで基礎的なことだが、集まった。
まず、この国が日本であるということ。道理で言葉になつかしさを感じたわけだ。むしろ、そこまで日本語を忘れていたということを驚くべきか。
そして、私の知るような21世紀であること。存在Xがこの転生に関与しているとしたら、19世紀や20世紀前半だったり、「実は赤化日本でしたー」的な展開かもしれないと覚悟はしていたが杞憂で済んでよかった。もう一度あの総力戦を生き抜けだとか、共産主義を讃えろなどという事態になったらならば、真っ先にアメリカへの移住、亡命を考えていただろう。
そして、両親もいる。公務員として働く父親に、専業主婦である母親。ある種のテンプレートとさえ言えるような恵まれた家庭。普通に進学し、普通に就職し、出世する。それが叶う環境だということが、こんなにもありがたいことだったとは。
自由主義万歳! 法治国家万歳! コミー共に災いあれ!
さて、少し落ち着いたところで、目の前の現実を生け入れるべきか。前々世の記憶はもはや曖昧で、前世は孤児院だったため、こうした事態の対処法を私は知らない。
まさか、法治国家たる日本でこのような無法地帯が存在していたとは。
無闇に走り回り、突然泣き、怒り、突飛な行動をとり、意味不明な言葉を話す人々に、全くと言っていいほど対処のおいついていない監視者たち。もはや、ここにいる多くの人間が私にとってはバルバロイだ。
はぁ、幼稚園とはここまで地獄だったとは。ラインも東部も地獄だったが、こちらも負けず劣らずだ。
子供はそういうものなのだろうか?いや、ノイマンやケーニッヒの子供達は礼儀正しい良い子だったな。
……他の事例と比べても状況が改善するわけでもないな。
この喧騒にはなれそうにない。仕方ない、隅でおとなしく絵本でも読んでいるふりをするか。
棚にポツンと座る、包帯だらけの熊のぬいぐるみと目があった気がした。
紳士淑女の諸君、ターニャ・デグレチャフ改め、谷野碧です。
幼稚園でういていないか? さきほど、母にも同じようなことを聞かれましたが、ご理解願いたい。あのノリについていくのは多大な労力と精神力がいるといことを。
さて、誠に私ごとで恐縮なのですが、今度の休みに家族で出かけることとなりました。公務員の父が、仕事を見せてくれるそうです。ついでに、かつて母がしていたスポーツも。文部科学省に勤めていると聞いていましたが、スポーツ振興の仕事でもいるのでしょうか?
では、また戦場で。
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第3話 海に浮かぶ学校
どうやら園から母に、私が他の子と遊ばずに心配だという電話があったらしい。
私としたことが失敗だった。孤児院ではそうして過ごしても問題はない、むしろ手間のかからない子としてよかったのだが、幼稚園は社会性を身につける場所。一人で絵本を読むというのは、いささか反社会的ともいえるか。少なくとも、世に言う理想的な幼稚園児というものではないことは確かだ。
明日からは、一人で行動するのは避けなければ。なかなか面倒だが、不良園児と見られるのはごめんだ。
そう私は考えたが、母は違ったらしい。
前世のゼートゥーア閣下との即応大隊についての意見交換や、その他の時も痛感したが、どうやら私は同じことを話しているはずなのに、目の前の相手と全く違う結論に至ることが多いらしい。
この母親殿は私が、天才かあるいは何らかの才能を有していて、そのせいで一人だと考えているらしい。親に共通の思考、というやつか。ノイマンやケーニッヒも職場に写真を持ってきては、「もしかするとうちの子には〇〇の才能が」「うちの子は将来〇〇になるかも」などと言っていたのを思い出す。
しかし、私は天才ではない。それは私自身がよく知っている。前々世や前世で出会った天才たち、一部マッドとしか呼べない連中もいたが、彼らと私は本質的に違う。越えられない壁がある。二度の人生でそれは痛感した。
ご期待にそえず申し訳ないが、私は凡才なのである。
明日からは行動に気をつけることだし、きっと母もいずれ分かるだろう。それまでは少しくらい付き合うとするか。そもそも3歳児には決定権などないがな。
翌朝、私は車に乗っていた。
後部座席のチャイルドシートに乗せられている。
待て、待て、待て、待て。
幼稚園はどうしたんだ! 今日は木曜日だぞ。幼稚園のある日だぞ!
昨日の今日で休んでしまっては大問題ではないか?
私の心の叫びも虚しく、父の運転する車は高速に入った。
私の隣に座る母が私のヨダレを拭きながらいった。
「今日はパパのお仕事見てー、スポーツも見に行きますよー。ママもやってたスポーツなの」
スポーツには興味がないんだがな。しかし、公務員の仕事には興味がある。将来は公務員もいいかもしれない。安定した出世街道を、それこそ為すべきを為せば、歩けそうだ。倒産の心配もない。それに……
つらつらと将来設計について考え込んでいると、防音壁が途切れ、車窓から海と港と、そしておかしなものが見えた。一見すると船、空母に見えるが、その大きさがおかしい。私の知る世界最大の艦船、ニミッツ級やノック・ネヴィス号の300m400mとは全くサイズ、というよりかはスケールが違う。
総全長は確実に5kmを超え、海面から甲板までが何十、何百mもあるように見える。もはや、海上要塞か。
しかも、それが2隻、入港している。平和な世界かと思っていたがそうでもないらしい。あんなものを作って防衛体制を築かなければならないほど、この世界は科学技術が発達し、国際的な緊張感が走っているのか。しかし、あの大きさ、どんな船渠なら作れるんだ?
父と話していた母も、船に気がついたらしい。
「あら、もう学園艦が見えるわ。碧、みえる?」
ガクエンカン? あの海上要塞はそう呼ばれているのか。どういう意味だ?
すると、母はさらに爆弾を投下した。
「学校のための船で、学校とそこに通う人のための街が丸々乗っているのよー」
「ママ、碧に言ってもわからないんじゃないか?」
「そんなことないわよ。ねー碧」
たかが学校のためにあんな巨大船を!?
移動都市や海上都市ならまだ分かる。だが、学校を中心とした船だと。一体、どうしたら学校を海に浮かべて、街も作ろうという発想になるんだ。
高速をおり、駐車場に車を停めると、父と母に連れられ学園艦に向かった。近くで見ると、さらに大きく感じる。さながら城塞のようだ。
そのあと、父と離れ、母と共に学園艦の甲板へ案内された。甲板に出ると目の前に広がるのは、ごく普通の……やけにアメリカンちっくな街並み。ニューヨークかテキサスかロサンゼルスかはわからないが、とても賑わいのある街だ。
この船の上で、母のいう「昔やっていたスポーツ」の大会があるらしい。サンダース大学付属校、この船の学校と知波単学園という学校が戦うらしいが、すごい熱気だ。学園艦全体でお祭り騒ぎとは驚きだ。そこまで娯楽が少ないのか……
ところどころで交通整理が行われている。大会の観戦客のためかと思ったが様子が違う。「立ち入り禁止」「発砲可能区域」?
発砲?! 戦争でもするのか?! スポーツじゃないのか?!
おちつけ、おそらく学園艦以上に驚くことはないはずだ。
そう、ないはずだ。
紳士・淑女の諸君、御機嫌よう。
突然で申し訳ないのですが、あなたの立つ常識はほんとうに常識ですか?実は全く違っていたなのんてことはありませんか?
申し遅れました、谷野碧3歳です。
私は現在進行形で体験中です。ごく普通の日本だと思っていたのですが、違うのならば致し方なし。
ローマに入ったのならばローマ人のように行動しなくてはならないとは言いますが、しかし、一体誰が学校を海に浮かべ、戦車をスポーツにしようと考えたのか、気になるところでもあります。
では、また戦場で。
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第4話 戦車道との邂逅
母にスタジアムにつれられてきたが、選手の姿はない。その代わりに巨大なスクリーンが鎮座している。
そして最も奇妙なのは、画面に浮かぶ文字。
【サンダース大学付属校・知波単学園戦車道親善練習試合】
戦車道?
あれか? 古代地中海沿岸やローマで使われていたチャリオットか? いや、それでも充分おかしいのだが。
道中で見た「発砲可能区域」という立て看板を思い出した。まさか……
スクリーンが切り替わり、アナウンスが流れた。
「サンダース大学付属高校と知波単学園の戦車道親善練習試合がもうまもなく始まります。今試合は10vs10、ルールは殲滅戦を適用し、先に相手の車両を全て撃破した方が勝利となります。つづきまして、両校の戦車の紹介に移ります。
サンダース大学付属校はM4シャーマン戦車9両、シャーマンファイアフライ1両。
知波単学園は97式中戦車チハ、旧砲塔5両、新砲塔5両を使用します」
スクリーンにはそれぞれの戦車の特徴やら、デモ映像やらが流れているが、私はそれどころではなかった。
スポーツに戦車だと!?
しかも乗るのは学生。高校生に殺し合いをさせるつもりなのか?
なるほど、第二次大戦時に使用された戦車ばかり、骨董とも言えるような代物ばかりだが、やはりあくまで兵器だ。擬似的な戦争にしろ、民衆のカタストロフを求める心を埋める剣闘場のようなショーにしろ、すぎた代物だ。
「もう少しお待ちください」というアナウンスが流れた後、スクリーンの映像が変わった。
大きく「日本戦車道連盟監修」と描かれた画面が現れたかと思うと、今度は戦車をデフォルメしたキャラクターが2台、いや2匹? 飛び跳ねながら現れた。モデルはティガー戦車となんらかの自走砲だろうか。ああ、キャラクターの下に「たいがーくん」「えれふぁんちゃん」とかいてある。
「ぼく、たいがー! 僕といっしょに戦車道を学ぼう!」
「わたし、えれふぁんと! 私と一緒に楽しみましょう!」
戦車道啓発アニメか、周りをそれとなく見渡すと、意外にも家族連れが多い。戦車道を知らない子供に配慮したものか。ちょうどいい。この世界について持っていた常識が役に立たないことがわかったからな。
「戦車道は女の子のためのスポーツとして昔からあるんだ!」
「へぇー、女の子の健やかな成長のために今も続けられているんだね」
これは、子供向けでなく親に向けてか。女の子のためのスポーツとして昔から? そういうことが常識なのか、この世界では。度し難いが受け入れるしかないか。
「むかしにつくられた戦車をつかって、たたかうんだ」
「あたらしい戦車はでてこれないのね」
学生だからではなく、そういう縛りがあるのか。
「戦車はものすごい速さでほうだんをうつんだ」
「うわー、あぶない! 大丈夫なの?」
戦車に砲弾があたるアニメーションが流される。やはり危険という認識か。
「大丈夫! 『特殊カーボン』っていう素材で戦車の中は絶対安全なんだ!」
「えー、ほんとー?」
えれふぁんとよ、私も全く同じ気持ちだ。「絶対」という言葉への不信感もそうだが、『特殊カーボン』とは一体なんだ? 特殊という言葉で濁されている気がする。
「ほんとだよ! 日本国内での死亡事故は0件! きびしい品質チェックと整備チェックの賜物だね! 詳しくはこの表をみて!」
「すごーい」
死亡事故0件。表には、「※戦車道の事故による怪我を起因とした死亡事例を含む」と書いてあるが、期間は書いていない。ただ、即死を防げるだけでもその「特殊カーボン」はすごいな。材料科学が発達しているなら学園艦なんて途方もないものを作れたのも納得だ。
その後は、殲滅戦やらフラッグ戦の説明、世界大会があること、そして「戦車道っておもしろそう!」「みんなも始めてみよう!」というお決まりの締めで終わった。
学園艦に戦車道、私の立つ常識は木っ端微塵に粉砕されたが、考えてみれば魔法があった前世も同じようなものであった。ローマに入るならばローマ人を真似ろ。私もこの世界のやり方という奴に慣れねばならん。
「これより、サンダース付属大学と知波単学園の試合を開始します」
しばらくして、試合開始のアナウンスが流れた。シャーマンとチハ、性能差は歴然、チハではまともにやってはシャーマンの正面装甲を抜けない。だが、無策とは考えづらい。それに砲弾が欧米製の徹甲弾と同じようにレアメタルを使えるのなら、いい勝負になるのではないか。
たしか、合州国も秋津洲との戦争の際には誘因と待ち伏せを主体にした戦法をとられ、性能で上回るはずの戦車が大量に撃破されたというレポートがあったな。カモフラージュが非常にうまく、上空からの航空機どころか、魔導師でさえ確認が困難だったとか。結局、念入りに火力を投射したのちに上陸し、数で押し切ったそうだが、今回は10vs10。案外チハが勝つやもしれんな。
突然ですが、スポ根漫画というものはご存知ですか。弱小校が強豪校に挑み、勝利を収める、よくある美談ですが、漫画だからこそ起こりえるもの。
ご挨拶が遅れました。谷野碧です。
衝撃的な出来事が続いておりますが、この世界にも徐々に慣れいけそうです。サンダースと知波単、アメリカと日本、合州国と秋津洲を彷彿させる対戦カードですが、どうなるのやら。
では、また戦場で。
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第5話 時速38キロの世界
チハとシャーマンの戦いは、驚くほど静かに始まった。中央スクリーンには、両チームの戦車の位置が示されているが、一向に接敵する様子はない。
いや、それぞれ一両だけ別行動をとっている。
なんとなしに母の顔を見上げると、私の頭を撫でながら答えた。
「偵察ね、お互いの位置を探り合っているの」
高校生の競技でもきっちり偵察から始めるのか。思っていたよりも、本格的、いや実戦的だな。
やはり、かつての我々のような空からの目がないのは不便だな。そこらへんは戦車道ならではの制限というか、競技としての限界か。それ以上を求めれば、それこそ本当の戦争だ。使用兵科を一種類に制限したのは、競技として成立させるならば正解だったな。
しかし、せめて自転車やバイクを使えればいいのだが。東部戦線の戦車兵は、よく自転車をつかって連邦の偵察をしていたそうだ。もっとも、連邦も対抗して、狙撃手を数多く配備したため、被害も大きかったそうだが。戦車道ではその心配はないから、使ってみるのもいいかもしれん。
いや、待て待て待て。
なぜ、私は参加すること前提で考えているのだ?
落ち着け、これはあくまで観戦だ。やると決めたわけでも、なんでもないのだ。
偵察だ、偵察のことを考えよう。
偵察という点で見ると、シャーマンはチハに比べて不利だろう。
合州国も同じような戦車を製造していたからよく分かるのだが、シャーマンは航空機と同じエンジンを使う設計のため、エンジンルームが大きい。その結果、中戦車であることと速度、装甲を加味しても、非常に車高が高くなってしまった。もちろん、エンジン共用によって生産性はあがり、また広いエンジンルームのおかげで全く別のエンジンを積めるという戦場での整備性の高さを誇るが、この試合ではその長所は活かされない。車高の高い戦車というのは思っていたよりも目立つ。たとえ、森の中でも、だ。遠目で見たとしても違和感を覚えやすい上、茂みに車体を隠すのにも一苦労だそうだ。戦闘の際も稜線射撃が難しいと、レポートで戦車兵が嘆いていたのを思い出す。
やにわに騒がしくなり、スクリーンを見上げると、知波単学園の本隊に動きがあった。偵察車から連絡があったのか、方向を変えサンダース本隊の方向へ進んでいく。一方のサンダースは高地を確保するために森林沿いの街道を直進しているが、その森の中をチハ9両が強行している。サンダースの偵察車はと言うと、本隊に先んじて高地に到着している。そのため、チハの接近には気がついていない。
これは、勝負あったか。先頭車と殿車を初撃で撃破できれば、しばらくシャーマンの動きを止められるだろう。当然、腹を見せているわけだからチハでも装甲を貫通できる。退路を確保しつつ、停止して確実にあてれば相手に大きな損害を与えられるだろう。
スクリーン上では森の中だと言うのに、速度を微塵も落とさずにチハの集団がシャーマンの車列に近づいている。知波単の練度はずいぶん高いようだ。この分だと後、10分ほどで接敵か。だが、これでは待ち伏せではなさそうだな。てっきり街道沿いの森林内に停車してカモフラージュを施して一斉に射撃という戦術かと思ったのだがな。これでは、まるで突撃だ。
いや、シャーマンの動きがおかしい。急に速度を上げたかと思うとチハ到達地点と目される場所に急行した。そして、その地点を半包囲するように展開する。チハの動きが察知されていたのだろうか。しかし、一体どうやって?
現地映像に切り替わるとその答えがわかった。鳥である。森林を全速力で駆け抜けているせいで、その鋼鉄の唸り声に驚いた鳥が飛び立っているのだ。街道上のシャーマンには当然鳥は見えないが、高地に先に着いたシャーマンが、気がついたのだろう。そして鳥の飛び立つ位置からチハの進路を大体絞り込み、伝達。
このように布陣されてしまってはチハに勝ち目はないだろう。チハの主砲ではシャーマンの正面装甲は近づかなければ貫けないが、シャーマンはチハよりも遠くから装甲を貫ける。短い槍よりも長い槍というのは、いつの時代も変わらんな。
こうなってしまった以上、チハは引き返し別の方法をとるしかないが、彼女らは一向に速度を落とす兆しはない。それどころか、地図上ではより速く進んでいるように見える。
莫迦な。偵察車から連絡がなかったのか?
このままでは、自殺行為だぞ。
完成されたシャーマンの包囲網に飛び込んだチハ9両は、あっという間にその数を減らした。驚くべきは、どれだけ数が減っても突撃し続けたことか。最後には、偵察していた車両まで突っ込んでいった。全く、戦車兵の粘り強さではなく、敗戦間近のどうしようもない状況下での突撃精神を真似たのか。全くもって度し難い。
あの状況下では、シャーマンはチハ到達予測地点を囲うように布陣し、なおかつチハの偵察車はバレていないようだった。ならば、包囲部隊の側面に回り込んで、シャーマンの背後から強襲する選択肢もあったはずだ。
「最近の知波単は、ちょっとねぇ」
見上げると、母も渋い顔をしている。
よかった、あの試合が戦車道のベーシックではないらしい。
「昔はね、強いわけではなかったけれど、もっと粘り強くて、しぶとかったわ」
母は、目を細めながら、懐かしむように話し始めた。
「私が高校生の頃はね、知波単と全国大会なんかで当たると、げぇって感じだったのよ。待ち伏せ、カモフラージュ、戦車壕掘っての砲撃って、まだわからないか」
昔は突撃バカではなかったと。彼女らは、一体どこで間違えたのだろうか。
しかし、戦車壕を掘れるとは。ルール的な意味でもだが、女子高生の体力的な面でも驚いた。高地に陣取って、戦車壕を掘れば即席の防衛陣地だ。空からの攻撃もないため一方的に撃ちおろせる。
意外だが、なんでもありなのだな、戦車道というものは。
試合後、サンダースは一般客向けに戦車道のブースを開いていた。戦車道用の服、パンツァージャケットというらしいのだが、それを展示したり、砲弾を持ち上げてみようという企画もあったが、何よりも衆目を集めていたのは戦車搭乗体験だった。
用意されていたのは当然ながら、シャーマン戦車。整理券が配布され、母と抱きかかかえられながら列に並ぶ。時間がかかるのなら、別に乗らなくとも構わないのだが。
しかし、意外なことに列が進むのは早かった。なぜだろうと首を伸ばして前の方を見てみるとシャーマン戦車が何両も待機しているのが見える。そして次々に乗せているものだから、5、60人はいた行列もあっという間にはけていく。一体何十台持っているのだろうか。
そうこうしていると、ついに我々の番がきた。母親が私をハーネス付きの抱っこ紐で固定し、キューポラから身を乗り出す。私の視線が戦車の進行方向に固定される。
「それでは、行きますよー」
気の抜けた声とともに鋼鉄の車体がうなりをあげ、履帯が地面を踏みしめつつ、前に進み始めた。
林道のような道だが、臆することなくシャーマンは進む。航空魔導師の頃はもっと早い速度で飛んでいたが、それよりも直に速さを感じた。顔に当たるそよ風の感触と左右に流れる風景が“走っている”という実感を与えてくれる。
「舗装路に出たら速度あげますねー」
これ以上速くなるのか!
視界がひらけ、道路に出ると、予告通り戦車はより軽快に走り出した。確か、シャーマンの舗装路での最高速は時速38km超だったか。顔に吹き付ける風が、先ほどとの比ではない。風景も流れるように過ぎていく。
柄でもないが、その時胸に去来した感情は、皮肉でもなんでもなく「楽しい」だった。
戦車道、乙女のたしなみ、この世界の、私の知らない常識。
やってみてもいいかも知れん。
絶対に興味を持つことはない、そう思っていた分野が意外にも面白く、やってみようという気になってしまう、そんな経験はおありですか?
ご挨拶が遅れました、谷野碧です。
母の思惑にまんまと乗せられてしまったという感じが否めませんが、3度目の人生、少しくらい寄り道をしてみてもいいかも知れません。
とはいえ、出世に響くようならば考え直しますが。今からそのような心配をするのは意味意がありませんね。
では、また戦場で。
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第6話 邂逅
戦車道の大会を観戦した翌日からは、いつもと同じく幼稚園に通った。もちろん、社会性のない幼稚園児から不良園児にならないよう、なんとか女子園児のグループに潜り込んだが、本当におままごとが好きだとは。てっきり幼稚園児はおままごとが好き、というのは都市伝説か何かだと思っていた。
一方で家での生活もまた、大きく変わった。
戦車道の英才教育。そういえば聞こえはいいが、実情は試合のビデオの垂れ流しと、休日に直接、試合を見にいくことを繰り返した。おかげで、国内の強豪校の名前や戦車の知識は得られたが、世間とはずれた毎日を送っている。
国内の強豪校は主に、イギリス系の聖グロリアーナ女学院、ソ連系のプラウダ高校、最初に観戦したサンダース大学付属高校、そしてドイツ系の黒森峰女学園。この4校が高校生の戦車道大会の上位常連だそうだ。特徴としては、聖グロはバランスのとれた戦車と戦術、プラウダは縦深防御による誘い込みと包囲殲滅、サンダースは一時的な数の利の演出、黒森峰は西住流の影響が強いこともあり重戦車の装甲と火力を生かした硬い戦術を好むらしい。撃てば必中、守りは固く、進む姿に乱れなし、とはよく言ったものだ。
しかし、一番恐れるべきは聖グロだと私は考えている。別に連合王国との因縁からなどではなく、その戦車の保有、使用状況が他校と少し違うのだ。
さて、戦争では、なぜ歩兵、砲兵、機甲、工兵、航空兵など多種多様な兵科がいるのだろうか。
答えは簡単である。それぞれにできることとできないことがあり、組み合わせることで作戦の幅が広がるからだ。機甲兵力だけでは敵の突破はできても占領はできず、歩兵がいても砲兵がいなければ自軍の屍の山が築き上げられるだろう。もちろん、工兵がいなければ防衛もおぼつかない。航空魔導師は浸透力にこそ優れていたが、相手を徹底的に叩く以外では継続しての制空維持は不可能だった。そのため、突破と占領の両方をこなすために兵科の複合運用を目指したサラマンダー戦闘団が組織されたのだが。
話を戻すと、聖グロは特性の違う戦車を併用している。歩兵戦車であるマチルダとチャーチル、そして快速な巡航戦車クルセイダー。戦車の出場可能台数が少ない時には歩兵戦車を使用しての浸透強襲戦術を取ることが多いが、台数が多くなるとクルセイダーを利用しての陽動、挟撃、急襲など幅広い戦術を取れる。予算の都合もあるだろうが、クロムウェル巡航戦車なども揃えられれば、より幅広い戦術を取れるに違いない。
黒森峰、サンダース、プラウダも複数種の戦車を使うことはあるが、ドクトリンが固定されているためか、役割分担をしている様子は見られない。もっとも、今後どうなるかはわからないが。
光陰矢の如しとはよく言ったものだ。私も気がつけば年長、幼稚園の最終学年となり、地元の戦車道の子どもチームにセミメンバーとして参加できるようになった。安全上の配慮から、小学生にならないと戦車に乗れないそうだが、満6歳、つまり年長からチームに参加して間近で戦車を見たり、動かし方や戦術について学べるそうだ。母も随分とこれを楽しみにしていたらしく、セミメンバーのパンツァージャケットが届いた時には写真を随分と撮られた。こんなにも写真を撮られたのは帝国のプロパガンダ以来だったが、やはり精神的に疲れる。とはいえ、戦車道チーム加入に多額のお金を投入したことは確かであろうから、この程度は受け入れねばならんな。
そして、初めて戦車道子どもチームの建物につき、受付で母と別れる。
案内されたのはグラウンド。中央には2号戦車が鎮座しており、先に来ていた子供達が群がっている。
いや、一人だけ離れているな。
その人物に顔を向けると、妙な既視感を感じた。そして、それは確信に変わった。
まさか、そんなバカなことがあってたまるか。
相手も視線に気がついたのか、こちらを振り返ると、驚きを目に浮かべながら、ポツリと呟いた。
「デグレチャフ社長?」
動揺を隠しつつ、私もなんとか言葉を絞り出した。
「久しぶりだな、セレブリャコーフ」
世の中、ありえないことはないと言いますが、さすがこれに出来過ぎている。
どうも、谷野碧5歳です。
かつての副官であり、秘書でもあったヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフとの再開は思いがけないものでした。ええ、それこそ存在Xの意思が介入しているのではないかと疑いたくなるくらいには。
なにはともあれ、これからいろいろと忙しくなりそうです。
ではまた戦場で。
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第7話 最強の二人の始動
なぜ、セレブリャコーフが、他人の空似でもなく本人が、ここにいる?!
まさか、存在Xの介入か?
いや、邪推をしても仕方あるまい。まず、すべきことは……
「あー、泣くな。ほら、ハンカチだ」
「うぐっ、すいません、社長」
突然の再会だったからか、駆け寄ったかと思うとしがみつき、泣き出したセレブリャコーフをあやすことだった。全く、初日から悪目立ちするのは勘弁だ。今のところ、早くに来ていた子供らは2号戦車に釘付けだからいいが、私の後からくる子に見つかるのは避けたい。
「落ち着いたか、セレブリャコーフ」
「すいません、社長」
どうやら、少しは落ち浮いたようだが、ハンカチで強くこすったせいか目元が赤い。
「目元が赤い、少し木陰に移動するぞ」
「ご迷惑をおかけします」
確か、13時30分から開始だったな。まだ、話すくらいの時間はあるはずだ。
木の陰からも子供達が2号戦車を囲んでいるのがよく見えた。中には、登ろうと試みている子供もいる。元気なものだな。
一方のセレブリャコーフは先ほど泣いたことが恥ずかしかったのか、俯きつつ黙っている。
「セレブリャコーフ……」
「は、はい!」
「そう固くならんでいい。さっきのことは気にしとらん」
「いえ、急に抱きついしまって、ハンカチまで貸していただいて」
それぐらいは、別に構わんのだがな。
「正直、また会えるとは思ってもいなかった」
「私もです。でも、こうしてまたお会いできて本当に嬉しいです」
なかなか嬉しいことを言う。さてと、本題に入るか。
「ところで、その……死んだ時と生まれ変わった時の間に誰かと、もしくは何かと遭遇したか?」
「すいません、社長。おっしゃられていることの意味が……」
「あー、つまりだ。生まれ変わりの際、神もしくは悪魔を僭称する輩と遭遇したか?」
「神や悪魔ですか……」
あまり、直接的な言葉は使いたくはなかったのだが。セレブリャコーフも顎に手を当てつつ考え込んでいる。突然過ぎたか?
「私は、ちょっとチョコを食べて、そしてベットに入って寝たのが最後の記憶です。正直死んだのかもわかりません。目がさめると赤ちゃんになっていて、最初は夢だと思ったのですが……」
なるほど、気がついたら、か。たしかに寝ている最中に寿命を迎え、生まれ変わったのならば、余計に死を受け入れられないだろう。ただ、存在X、もしくはそれに類する存在にあっていないようで、安心した。
「社長は、その……」
「ああ、私も会っていない」
「やっぱりですね」
やっぱりとはなんだ、やっぱりとは。結構気を使って、普通の生活を送っていたのだぞ。
私の不満な空気を感じたのか。セレブリャコーフが慌てて話し始めた。
「いや、あの、社長って、今思い返すとですよ!? ライヒでご一緒していた時から神様とか嫌いそうだったじゃないですか。だから、そのー」
「別に責めているわけではない。確かに、神などというものは信じていないしな」
セレブリャコーフはホッと胸をなでおろしたのが横目に見えた。元とはいえ仮にも上司の前でやるとは、全く変わってないな。
「そういえば、社長」
「どうした?」
「面白い言い回しをされましたね」
「面白い言い回しだと?」
何か、変なことを言っただろうか。
「『生まれ変わり』って、いやなんとなく意味はわかるんですが、ここまでぴったりな言葉があるんだなーと」
少し、まずいか? 確かにライヒや合州国では転生なんて考え方は無かった。当然だ。死ねば、善人は天国に、悪人は地獄に。多少は違えど、基本的にはキリスト教と同じだ。
魂が別の肉体に宿り、もう一度人生をやり直す、なんて考えは余程の異端か、狂気的なカルトぐらいでしかなかったからな。どう返したものか。
そういえば、確かあの国も同じような考えを持っていたか。
「昔、秋津洲の人間と会った時にそんなことを言われてな。死んだら魂は神様のもとで善悪に応じて別の肉体で再生する。その肉体は人間とは限らず、虫かもしれない、とな。我々は運がいいぞ?もしかしたら人間ではなく、虫になっていたかもしれんからな」
「ひぃ、社長。脅かさないでくださいよ〜。でも、虫になっていたかもしれなかったんですか。また、人間でよかったです」
「まあ、その秋津洲の話も本当かどうかはわからんがな」
納得したか。流石に「実は2回目ですー。実は人生2回目の元サラリーマンが部隊を率いていましたー」などとバレて、信用を失うのはごめんだ。
かつては、優秀すぎると評価した部下だが、こうしてまた会えたのだ。
「よろしく頼むぞ、セレブリャコーフ」
「はい、喜んで。それと」
セレブリャコーフは息を吸い込むと、右手を差し出しながら言った。
「私の名前は武石八千代、よろしくお願いします!」
ああ、確かにそうだったな。しかし、ブイシヤチヨか。私は呼ばなかったが、グランツあたりから呼ばれていた愛称があった。
もはや上司部下の関係ではない。これからは良き友人として付き合っていくことになるからな。愛称で呼ぶのはいいかもしれん。
私は彼女の手を握り返しながら言った。
「私の名前は谷野碧だ、これからもよろしく頼むぞ、ヴィーシャ」
「えっ、あっ、はいっ!」
さすがに、慣れ慣れすぎたか。
「あー、気に入らなかったのなら訂正する、よろしく頼むぞ武石」
「いえっ、社長っ、じゃなかった谷野さん、ヴィーシャとよんでください!」
手の力を強めながらヴィーシャはまくし立てた。少し、力が強くないか?
「そ、そうか。では、改めてこれからも頼むぞ、ヴィーシャ」
「はい!ターニャ」
ん? ターニャ?
「タニヤってターニャに似て、ませんか?」
不安そうにヴィーシャが見つめてくる。ええい、多少気恥ずかしいが、こちらからヴィーシャと呼んだ手前、断れん。それならば、互いに愛称で呼び合うのは友好の印だ。
「いや、いいネーミングだ」
「ありがとうございます!」
さてと、もうそろそろ時間か。併設されたガレージから指導員と思われる女性が数人、2号戦車の方にむかっている。
「さて、戻るぞ。ヴィーシャ」
「はい、ターニャ」
前世では考えられなかった関係だが、案外悪いものではないな。
新しく物事を始めるとき、知っている人、特に親しい人がいれば、人間は安心を覚える生き物です。
どうも、谷野碧、いえ、やはり馴染み深い、ターニャと名乗らせていただきましょうか。
かつての右腕、今は友人である武石八千代、ヴィーシャとともに戦車道に参加することになりました。まずは、存在Xの介入がなさそうなことに一安心。あの凝り固まった自尊心の塊が転生時に姿を表さないなどあり得ませんからね。
これで、心置きなくヴィーシャと戦車道をやれそうです。
では、また戦場で。
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第8話 暖機
セレブリャコーフ、ではなかったヴィーシャと2号戦車のあるあたりまで戻ったが、肝心の戦車には近づけなかった。十重二十重とはいかないまでも、子供らが戦車を取り囲んでいるからだ。先ほどよりも数は増えて、ざっと20人ほどか?
幼稚園でおままごとに興じていた女子とは違い、ずいぶんと活発そうに、いや、やんちゃそうに見える。転輪や履帯を触ってみたり、下の転輪に足をかけてよじ登ろうとしたりと、同年代の男子以上に行動的だ。おかげで彼女らの手は真っ黒だ。ヴィーシャがあの輪に加わってなくて助かった。流石に再会後の握手で差し出された手が油でギトギトというのは勘弁だ。
さて、指導員の方はいうと、白線をグラウンドに引いたり、クリップボード片手に打ち合わせをしている。この分では、まだ始まるまで時間がかかりそうだ。
うん、することもなく、手持ち無沙汰だ。後ろからただぼんやりと戦車を眺めるだけ、というのも面白くない。近況でも聞こうかと隣をちらりと見れば、ヴィーシャは難しそうな顔をして戦車を眺めていた。
「どうした、ヴィーシャ? ずいぶんな渋顔だぞ?」
「社t、ターニャ、すいません。ただ、ちょっと気になることがあって……」
「なんだ?」
すると、ヴィーシャは戦車を指差しながら言った。
「ラインやサラマンダーで見た戦車よりもずいぶんと車体も主砲も小さいなーと思いまして、あれも戦車でいいんですか?」
なるほど、そういうことか。確かに、ライヒでは3号以降が戦争に投入されたからな。
「あれも戦車だ、2号戦車と言って、第二次世界大戦、この世界での2度目の総力戦の初期につかわれた戦車だ」
「2度目の総力戦ですか?」
前世では、あの戦争の後には、合州国と連邦の冷たい戦争とそれに付随した局地戦しか行われなかったからな。よく似てはいたが、やはり根本的に違う世界だった。
「ああ、この世界では、2回の総力戦の後に冷戦を経験している。そして、この世界に魔導師は存在しない」
「はい、絵本で魔法使いが完全に架空の存在として扱われていて驚きました」
そこでカルチャーショックを受けるのか。
「ああ、そして魔導師が存在しないことでなかなか発達しなかった兵器が……」
「戦車というわけですか」
「そういうことだ」
前世において、戦車は対魔導師用の装甲車両の延長として発達した。そのため、当初からその有用性が認められ、また騎馬の代わりとして運用を考えられたため、第1に機動力と装甲、第2に火力と言った優先度で開発が進められた。そして機関銃の発明とそれに伴う新たな形態の塹壕戦の中で洗練された。しかし、この世界では……
「構想自体はあったものの、機関銃と塹壕戦の登場でようやく戦車の開発が始まったからな。第一次大戦の戦車は、それはひどいものだぞ? そして、敗北したドイツ、まぁこの世界におけるライヒは覇権国家の夢を諦めきれず、次の戦争の準備を始めた。その過程で生まれたのがこの戦車だ。言っておくが、当時としては画期的だったんだぞ?」
「この戦車が、ですか? その、あまり性能が高そうに見えませんが……」
3号以降の戦車に見慣れていては無理もない感想だが、軽戦車の中でもこれは傑作だ。
「ドイツは次の戦争で勝つために新たなドクトリン、電撃戦を取り入れた」
「電撃戦? なんですか?」
魔導師がいたからか、ライヒでは電撃戦なんて構想はなかったな。
「この世界では魔導師がいないから、迅速かつ高火力で敵を迎撃することが難しい。そこで、敵が組織立って反抗し、戦線を持ち直される前に素早く要所を押さえ、降伏させることを目的とした電撃戦という考え方が生まれた。そして、電撃戦の命である速力を重視したのがこの2号戦車だ」
「えーと、素早く敵を叩くためにうまれた戦車というわけですか?」
「ああ、もっとも当初は戦車を作る、いわば練習台の役割や繋ぎの役割も大きかった。しかし、予想に反して多大な戦果をあげてな」
機関砲であることに加え、榴弾砲も使用可能であるため歩兵相手に強いことは予想していたが、月刊戦車道の2号戦車特集を見たときには驚いた。
「この戦車の主砲は20mm機関砲だが徹甲弾も装填可能だ。東部戦線では、T34、連邦の主力中戦車もどきを撃破した記録もある」
「えっ、こんな砲でですか?!」
「もちろん、側面や後部を狙ったらしいがな。それでも傾斜した45mmの装甲をぬいたんだ」
「なかなか侮れない戦車ですねー」
はぇーと言いながら、ヴィーシャは幾分か驚いた表情で2号戦車をもう一度見つめた。
しばらくすると指導員が号令をかけた。やっとか。
「はーい、みんなー集まってー。呼ばれた人から前にでて座ってねー」
そして、2号戦車に群れていた子供らがグラウンド脇のベンチ前に集まったのを確認すると、50音順に名前を呼び出した。
「少し、離れちゃいそうですね」
「20人程度だ、1人2人分くらい離れるぐらいだ」
「谷野碧ちゃんー、碧ちゃんー」
呼ばれたか。
「はい」
「あ、いたいた。じゃ名札つけてと、こっち並んでね」
そういって、胸元に戦車の形を模したフェルト製の名札をつけられた。随分と可愛らしく作ってある。
そして、ヴィーシャも呼ばれ、最後の子も呼ばれると、出席確認が無事ついたようだ。
「はーい、みんな。おはようございます」
「おはよーございます!」
他の子に合わせて挨拶をする。2人挟んで左に座るヴィーシャが目を丸くしたのが見えたが、きちんと挨拶できたのだろうか。
「私は名倉しおりです。しおり先生って呼んでね。今日は、戦車が実際に動くところをみんなで見るよー。というわけでカモン!」
そういうと、ガレージの扉が開き、中から戦車が現れた。おおっ、あれは!
「パンターだ!」
私の右隣の子が叫んだ。
「えーと、すどうちゃんだね。あの戦車についてどんなこと知ってる?」
「えーとね、ドイツの中戦車で5号戦車なの。じそく50きろ? 以上で走れて、すごい大砲を持ってるの!」
「よく知ってるねー。他にも知ってるよーってお友達いる?」
まばらに手が挙がったのを見て、私も手をあげる。こういうところで点数稼ぎをしておいて悪い道理はない。
「じゃあ、たにやちゃん」
「はい、パンターはソ連のT 34の出現を受けて傾斜装甲を取り入れ、前面装甲も分厚くなっていますが、側面や背面は薄く、そこをつかれて撃破されることが多かったようです」
「そのとおーり! 詳しいね! グッド! それじゃ、動いているところ、見てみよっか」
どうやら及第点をいただけたようなので、動き出したパンターを眺める。
先ほど引いていた白線に沿って走っているようだが、中戦車であの運動性能は凄まじいの一言に尽きる。さらには、グラウンド奥の標的に向かって停止射撃や行進間射撃を実施、射撃管制装置が付いているわけではないのに2、3発目で当てるとは、よほど腕がいいのだろう。
その後も白線の上に置かれたコーンをスラロームでかわしながら避けたり、急停車や急発進をするたびに、歓声が上がった。
かくいう私もこのデモンストレーションには舌を巻いた。第二次世界大戦時の戦車でここまでの機動ができるとは。大会などでもスクリーン越しに見てはいたが、実物を前にするとやはり凄い。
戦車道は操縦技術面では本物の戦車戦を超えている。
これが、競技化の力か。
一連のデモンストレーションが終わり、解散となったが、子供たちはまだ熱気に包まれていた。
あるものは走行技術に、あるものは砲撃に、またあるものは戦車が動いていること自体に。
「ターニャ、パンターすごかったですね!」
「ああ、あの技術はすごいな」
「はい、来年からアレに乗れると考えるとワクワクします」
「……ああ」
そうか、今までは見るだけだったが、来年からは乗れるのか。
実に楽しみだ。
突然なことで恐縮ですが、戦車において最も重要な要素はなんだと思いますか?
火力でしょうか? 装甲でしょうか? 機動力でしょうか?
ごきげんよう、ターニャです。
戦争の大局を決するのはバランスのとれた性能と生産性・整備性だったことは歴史が証明しましたが、個々の戦場では必ずしもそうではなかったようで。競技である戦車道ではなおさらでしょう。
私は確信しております。最後に勝敗を決するのは、性能でも神でもなく、人間であると。
ではまた戦場で。
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第9話 小学1年生
あまり、良い展開ではなかったですね。
改めて、こんど二人を取り上げたいと思います。
セミメンバーとしての1年は、些細なトラブルこそあれど、幼年学校のそれより極めて充実したものだった。週一回、ライフルを持って走り回ることもなければ、朝から晩まで行進の練習をさせられることもない。週一回、空調の効いた部屋で座学や映像資料の鑑賞。多少、周囲が騒がしいこともあるが、未だに騒々しく、おままごと以外にすることのない幼稚園と比べれば、楽園のようだった。
座学では古今東西の戦争を取り上げた。もっとも、政治的や歴史的な情勢、背景は抜きにして、平易な言葉で作戦や戦術、推移をさらうのみだったが。
古代ギリシャにおけるファランクスやハンニバルの包囲殲滅とローマの対応、ナポレオンのロシア遠征失敗、島津の釣り野伏せ、そして戦車戦であるヴィレル・ボカージュの戦いにバルジ作戦、ナルヴァの戦い。兵科が戦車のみともなれば、古い事例からも学べることもあるとは驚きだ。実際に公式戦、非公式戦で使われた映像も見たが、相変わらずデタラメな操縦技術を駆使して、騎馬武者のごとく走り回り、敵を撃破する。機動戦から相手を同数で包囲した試合には驚いた。
ここまで自由だったとは、戦車道。
とはいえ、多少不自由さを感じさせる面もある。
暗黙のルールというやつだ。ここだけ、無意味に伝統的というべきか。国際法や戦争法の目をかいくぐった身としては、窮屈に思える。
あくまで、明文化されている規則・交戦規定をざっと読んだ限りだが、随分と大まかだ。
例えば、対戦車用の携行武器。無論、連盟の許可なしに火薬を利用した火器は使用できないが、戦車に搭載される砲の弾頭ならば別だ。そして戦車の要員は全員が戦意を喪失し下車した場合は失格だそうだが、裏を返せば1人でも残っていれば失格にはならない。
つまり、榴弾を使った即席の地雷を、目視と遠隔操作で爆破する、という方法だって取れるのである。
あくまで、明文化されているルール内ではだが。
先の例も、ルール、交戦規定上は問題ないが、暗黙のルールには反するため、試合が続行されて勝利できても、その後その選手やチームが戦車道内で、あまりよろしくないことになる可能性があるそうだ。
戦術的に局所で勝って、戦略的に負ける。どこかで聞いた話だ。
1年生になると、随分と環境が変わった。懐かしさよりも新鮮さを感じるのは、今となっては前々世の記憶が遠くなってしまったことの証拠だろうか。ヴィーシャは小学校自体が初めてのため、随分と戸惑っているようだ。
幼稚園とは違い、ある程度の権限を持った教員、ルールのある生活、レベルが低いとはいえ文化的な生活。
ああっ、素晴らしきかな、小学校!
そう思っていた時期も、ありました。
実態は、幼稚園の延長。中身が変わっていないのだから致し方ない。度々、授業は中断され、新任の教員は指導力不足。カリキュラムも、随分とゆるい。国語、数学、ではなかった算数はまだいいが、生活というのが全くわからない。さらに道徳に、なんと英語。一年生から英語をやるのか、と驚いたのも束の間で、歌ったり、ゲームでアルファベットすら取り上げない。
一方で、図書室は良かった。広いわけではないが、資料はある程度揃っている。残念ながら中段より上にある本はまだ取れないが。それに、戦車関連の本が伝統・スポーツのコーナーにあるのは、当然とはいえやはり驚く。『戦車道入門』に『戦車道の歴史』、『戦車道名鑑』か。
「ターニャ、それは?」
「ああ、戦車道の有名な選手や試合を紹介しているようだ。日本では、西住と島田というのが大きな流派らしくてな」
ページには、どこか怜悧さ感じさせる女性が二名写っている。
西住しほと島田千代。
プロフィールに書かれた戦績の数々がいかに2人が優れた選手であるかを窺わせる。
「へぇー、2人とも同年代なんですね。ライバル関係だったりしたんでしょうか?」
「両者とも背負っているものが大きい。負ければ自分の流派の名が落ちる。となれば、単純にそういう関係にはなりにくかったかもしれん。あくまで想像だがな」
「家元の家って大変ですね」
プロフィールによれば、どちらとも既婚か。彼女らに娘がいるのならば、戦うことに……いや、気が早いな。
「ヴィーシャ、もうそろそろ時間だ。早く借りて戻るぞ」
「あっ、待ってくださいー」
曜日は土曜日から日曜日に変わったが、まだ週一回のペースでサークルがある。変わったことは、正式なメンバーになったことと戦車に乗れるようになったことだが、
「先生、試合に出られないとはどういうことですか?」
「みんなに乗ってもらう戦車、2号戦車っていうんだけど、みんなでも操縦できるように特別な装置を取り付けているの。だから試合にはまだでられないんだ。大丈夫! みんなに力がついて、きちんと操縦できるようになったら試合にも出るれから!」
特殊な装置、おそらくは自動車なんかに積まれているパワーアシストだと思うが、たしか1945年8月15日までにあったものでないと試合での搭載は許可されないのだから、出場できないのは当然だ。
とはいえ、散々戦車道やら学園艦やら非常識なものがある世界なら、小学1年生の筋力でも動かせるのではないかとも思った。
2号戦車は操縦手、装填手、車長兼砲手の3人乗りが基本だが、生徒2人と先生が監督役として乗るということになっており、生徒は操縦手と車長兼砲手を交互にやっていく。組み合わせは、協調性を育むためといってペアが毎回変わるため、面倒な奴、些細なトラブルの原因となった奴とも一緒に乗ることがある。険悪とまではいかないが、やりにくい。この先、どうなるのだろうか。
いや、焦る必要はない。幼年学校で言えば、ようやく、演算宝珠を起動させたあたりだ。気長にやるとしよう。
ようやく戦車に乗れたと思ったら、ただ乗れるだけでした。
どうも、ターニャです。
試合に参加できるのはいつになることやら皆目見当もつきませんが、まず出来ることからやっていくしか他はなし。そして見極めなければなりません。為すべきことがなんなのかを。
ではまた戦場で。
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第10話 ある夏の日
小学校に通っていると、曜日の感覚はあれど、月日の流れる感覚には疎くなる。気がつけば、4月は過ぎ、ゴールデンウィークも終わり。梅雨も明け、夏が訪れた。強烈な日光がアスファルトを照らし、うだるような熱気が肌を刺す。時折、道に面して置かれた室外機の吐き出す熱風が体を撫でるたび、暑さへの苛立ちが増す。
「暑い、とにかく暑い」
「はぁはぁ、毎年思うのですが、この国の夏はライヒや合州国よりも暑くありませんか?」
隣を歩いているヴィーシャが、額に浮かんだ大粒の汗をハンカチで拭きながら言った。
「ああ、そうだな。しかも気温だけではなく、湿度もおかしい。体に酷だ」
半日授業で下校しているため、まだ太陽は高い。短く、濃い影が路上に揺れるのを見ながら答える。
突然、ヴィーシャが「そういえば」と話を切りだした。
「校舎裏の戦車の噂ってご存知ですか?」
「噂? いや、聞いていないが」
「サークルの建物の裏に巨大な戦車があるという話なんですが」
「巨大な戦車?」
「なんでもマウスとかいう戦車だとか」
一瞬、興味を惹かれたが、一気に白けた。ふん、ばかばかしい。
「与太話だな。マウスがあるはずがない」
「あのー」
「うん?」
「マウスって何ですか?」
そうか。ライヒでは超重戦車なんていう兵器は作られなかったから、知らないのか。ライヒの戦略に合わず、開発を進めたがるちょび髭の伍長もいない。そのため、ペーパープランすら作られなかった。一応、超重戦車の構想は連邦や合州国にもあったらしいが、前者は対魔導師用の対空砲・対空機銃をつけた多砲塔超重戦車を作り失敗。後者は、計画としては上がったものの、有用性が認められず、ボツになったそうだ。
「マウス、ネズミという名前はついているが、実際はとても巨大な戦車、超重戦車と呼ばれるものだ。重量は180tを超え、車体の前面装甲は200mm、後面も160mmと非常に厚く、通常火力ではまず貫けん。主砲の128mm砲に加え、同軸に副砲として75mm砲を搭載している」
「ものすごく強いじゃないですか! それが!」
目を輝かせているが、問題点も多い。そもそもに無理があるからな。
「いや、重量が嵩みすぎて機動力が低くてな。しかも足回りに信頼性がない。そして、車高が高い。かろうじて動く要塞、いや壁といったところか。そもそも開発が遅れに遅れた結果、数両の試作車を残して肝心のドイツが敗戦し、残存している車両はほとんどない。残ったのを継ぎ合わせたのが、確かロシアの戦争博物館に収蔵されたはずだ。そんな車両が、こんな田舎の小さなサークルにあるわけないだろう?」
「そうですね。あ、でも、それなら一体何を見たのでしょう?」
確かに気にはなるが、
「この暑さの中、探すのは勘弁だぞ?」
「うーん、確かにそうですね」
ああ、やはり暑い。
夏休み前の最後のサークルで、高校の戦車道全国大会一回戦観戦の案内があった。貸切バスで会場に行き、試合が終了しているか否かにかかわらず1日で帰るというプランらしい。対戦カードは強豪聖グロリアーナと黒森峰。まさか一回戦で当たるとは。勝負は時の運ともいうが、試合に臨む選手も運営もこれには驚きだろう。いい試合を見れそうで今から楽しみだ。さらに、このサークルの実際に試合にも出ている上級生らとも話せる良い機会だ。
当日、サークルに集合すると、既に他の参加者も集まっており、その中にヴィーシャの姿もあった。
「おはよう、随分と早いな」
「おはようございます。楽しみで、ついつい早く来てしまって」
よく見ると、うっすら目の下に隈ができている。
「それで、昨晩は眠れなかったと言うわけか」
「えっ、私、そんなに寝不足に見えますか?」
目の当たりを指差すと、ヴィーシャは慌てた様子で隈をこすり始めた。
「まぁ、バスの中で寝ればいい。そんなに気にするな。ところで、ヴィーシャ、1つ気になることがあるんだが」
「はい」
「これは上級生と合同での観戦だよな?」
「ええ、説明ではそうでしたが……」
なるほど、そこまで大きなサークルではないのだろうと薄々感づいてはいたが、思っていたよりもまずい状況かもしれん。集合時間までは既に5分を切っているのだが、
「集まっているのは、ほとんど低学年の生徒のみか」
たしかに、幼稚園から小学校に上がる過程で2、3人はサークルをやめたが、それでもあれほど少なくなるものだろうか。上級生、特に高学年の生徒が少ない。もちろん、用事があって来ていない上級生もいるだろうが、それでもだ。10人もいないとは、まともに試合ができるのか。
出欠の確認がすみ、貸切のバスに乗り込む。クーラーが効いていて、実に快適だ。管理のためか低学年から前に詰めて座る。少しだけでも、上級生から話を聞ければよかったのだが、それは叶わなそうだ。
「なんだか、みんなでバスに乗るのってワクワクしますね!」
「……ああ、楽しいな」
はしゃぐと眠れなくなるぞと言いかけたが、あまりにも楽しそうなので口に出せなかった。途中で眠くなったら寝るだろう。
聖グロリアーナと黒森峰、一体どんな試合が見れるのだろうか。
なんだか、所属する団体が毎度しょっぱい事情を抱えて気がする今日この頃、皆様におかれましてはどうお過ごしでしょうか。
ごきげんよう、ターニャです。
黒森峰はベスト4には入るもの、近年では優勝を逃し続け、往年の勢いが少々ない状態。後援者である西住流も何か手を打たねばと動いているそうで。試合がどうなるか実に楽しみです。
では、また戦場で。
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第11話 黒森峰、前へ
出発して一時間弱、観戦会場であるスタジアムに着いた。対戦カードが豪華なせいか、駐車場には、何十、何百台もの車が停まっていた。普通の乗用車の隣に軍用の車両まであるのはこの世界ならではの光景だろう。
「うわー、なんだか懐かしい車両までありますね」
「キューベルワーゲン、黒森峰か」
「それ以外にも、サンダース、プラウダ、アンツィオ、知波単、マジノ、BC、継続、ポンプル、聖グロ、ベルウォール、いろいろな学校が集まっているんですね」
「それだけ、注目されている試合というわけか」
観客席もバスと同じように年齢別で分けられていた。隣に座ったヴィーシャは、妙に膨らんだリュックサックからおやつを取り出して食べ始めた。随分と気が早……
ちょっと待て。
「ヴィ、ヴィーシャ、それは?」
「Kパンです。この前、母に連れてってもらった戦車のお店に売ってまして。懐かしくて、つい。あ、いりますか?」
差し出されたのは、帝国お約束のパン、貧しい食糧事情を裏から支え続けたあのパンだった。好きではなかったが。
「いや、美味しく食べたまえ」
はい、というとヴィーシャは美味しそうにKパンをほおばった。ボソボソしてパサパサした味気のないパンのどこが美味しいか分からないが、懐かしさは感じないでもない。もっとも、思い出すのは塹壕に身を潜めた日々だが。冷えた食事に苦いだけの代用コーヒー。2度とごめんだ。
試合開始直前、最初の位置についた両校の車両が映し出される。聖グロリアーナは歩兵戦車であるチャーチル1両にマチルダ6両、そして巡航戦車のクルセイダーが3両という。一方の黒森峰はティーガー2とティーガー1が3両ずつ、エレファントとヤクトティーガーが2両ずつという装甲と火力を重視した構成となっている。
「この戦車の構成、どちらが有利なのでしょう?」
ヴィーシャが2個目のKパンを食べながら聞く。ふむ。
「歩兵戦車と重戦車の対決だが、マチルダが頼りない。速度が遅い上、ティーガーに装甲と火力で劣る。フラッグ車のチャーチルは装甲と火力は優れているが、数が1両しかない上、黒森峰にはヤクトティーガーの128mm砲がある。鍵はクルセイダーだろうな。装甲はもっとも貧弱だが速度と火力がある。真正面からやり合うのには分が悪いが、やりようもあるだろうさ」
試合開始の合図とともに、両者は前進を開始した。互いに数両の偵察を出しているようだが、まだ会敵する様子はない。聖グロリアーナが若干彼女ら寄りに位置していた小高い丘を占拠し、戦車壕を掘って迎撃の準備を固めた。随分と手早いな。対策は万全というわけだ。陣地に陣取っているのはチャーチルとマチルダ6両。残りの3両は偵察と遊撃の部隊のようで主な街道を抑えに向かっている。さすが、クルセイダー、すでに街道を抑えに走っている。
しばらくは互いの位置の把握で、戦端を開くまでにはまだ時間がかかりそうだ。会場にもゆるい空気が流れる。各校の生徒も席を立って、どこかへ行ったり、アンツィオの生徒はピザの販売をしている。
「わー、おいしそう」
3個目のKパンに手を伸ばしながら、ヴィーシャが呟いた。確かに、コーラとあわせて食べたらさぞかし美味かろう。
「アンツィオは大抵大会で屋台とか出しているから、今度家族で行ってみたらどうだ?」
「ほんとですか?! あー、でもターニャとも一緒に……」
「小学一年生では無理があろう。ま、いつかな」
しばらくして、黒森峰の偵察に出ていたティーガー1が聖グロリアーナの本隊を発見したようだ。黒森峰本隊が動き出し、他方面に行っていたティーガー1も順次戻って来ている。一方、聖グロリアーナはまだ黒森峰を発見できず、うち2両は随分と遠くまで行ってしまった。
黒森峰は聖グロリアーナの陣取る丘へと進んでいるが、森の中をショートカットしていることに加え、重戦車が多いためか速度は遅い。しかし、フラッグ車を中心において守りつつ、陣形に乱れが一切ないとは、さすがの練度だ。聖グロリアーナも大きな街道を中心に見回っているため、黒森峰の部隊の侵攻に気がついた様子はない。
森から出る直前に偵察に出ていたティーガー1を戻して、最終的にヤクトティーガーとエレファントを前面に、中央にフラッグ車、側面をティーガー1、殿にティーガー2という布陣で、まっすぐ丘の麓の平原を駆ける。
当然、マチルダ・チャーチルの阻止砲撃が行われ、偵察に出ていた3両のクルセイダーも転進して本隊に合流を図るが、今の所すぐに合流できそうなのはクルセイダー1両のみだ。これで、飛び出したら蜂の巣になる。本隊からの指示を受けたのかは分からないが、森の中に潜み、機会を窺っている。
聖グロリアーナの防御陣地は固く、地の利もあるが、火力がチャーチル頼りになっていることが大きな弱点だった。マチルダは履帯を狙って砲撃しているようだが、今のところただの賑やかしだ。前面の装甲に命中した弾もあるようだが、史実通りドアノッカーと化している。コンコンと叩かれているヤクトティーガーとエレファントはマチルダの砲撃を気にも止めていないようだ。
そして、黒森峰の先頭のヤクトティーガーの128mm砲が火を吹いた。行進間射撃と相手の戦車壕によってまだ至近弾にとどまってはいるが、距離が近づくにつれ、徐々にエレファント、ティーガーらの砲撃も加わり、10門の火砲から放たれる砲弾が鉄の暴風雨となって聖グロリアーナに降り注ぐ。地面がえぐれ、土煙が立つ。
「地形が変わる勢いだな、あれは」
「あはは、塹壕への砲撃を思い出します」
「私もだ」
スクリーンに土煙とは違う黒煙が映った。
「聖グロリアーナ女学院マチルダ2両行動不能」
アナウンスが撃破を伝え、白旗の上がったマチルダが映る。
これは、勝負あったか?
さらに舞った土煙でけぶってよく見えないが、聖グロリアーナの砲撃も散発的なものに……
いや、待て。違和感がある。
「なにか、おかしい」
「どうしました?」
この違和感の正体はなんだ?
土煙がもうもうと……
「土煙じゃない、あれは煙幕だ!」
「えっ」
4個目のKパンを咥えたヴィーシャが呆けた顔でこちらを見た。
「重砲や榴弾ならともかく、戦車砲のおそらく徹甲弾であんなに土煙は上がらん。土煙に似せた煙幕を黒森峰の砲撃に合わせて張ったんだ」
「それじゃ、つぎは」
スクリーンの地図を見ると、ああやはり。準備は万全というわけか。
「黒森峰が抜けた森にクルセイダーも全車待機している。丘の上のフラッグ部隊、そしておそらく頂上から下りて横から突くマチルダ部隊、後ろからケツを蹴り上げるクルセイダー部隊。黒森峰の4両は突撃砲、駆逐戦車で回転砲塔を有していないから、囲んでしまえば、2両撃破されたとはいえ聖グロリアーナが圧倒的に有利だ」
「互いに礼!」
「ありがとうございました!」
聖グロリアーナと黒森峰の生徒が互いに頭をさげる。どちらもパンツァージャケットはヨレヨレで、オイルや煤で汚れておりどちらが勝ったのかは一見わからない。ただ、聖グロリアーナの隊長の澄ました顔とは対照的に、黒森峰の隊長からは隠しきれぬ笑みが漏れていることが全てを物語っていた。
戦術では聖グロリアーナが上手だった。包囲網を作り、四方から圧力をかけ、殲滅する。予想外だったのは、黒森峰が慌てずに、フラッグ車へどんな損害が出ようとも進み続けたことか。そしてエレファントの砲弾がチャーチルをかすめ、それにおどろいたのか危険を感じたのかはわからないが、フラッグ車とそれを守るマチルダ2両が後退。その時点で、黒森峰もその数を半分に減らしていたが、構わずこれを追撃し、1両残っていたヤクトティーガーがチャーチルを討ち取った。
常に、前進し続けるドクトリン。知波単とも似た部分はあるが、腕と戦車と有能な指揮官がいるという点で、黒森峰は勝利を納めたのだろう。
「今回の試合、最後までドキドキしました!」
試合後、ヴィーシャは興奮した面持ちで、何個目かわからないKパンを片手で握りつぶしながら言った。
全くだ。とても面白い試合だった。
後日、黒森峰が久々の優勝を果たしたことを知った。
いやはや、面白い試合を見た後というのは、極めて気分が爽快になります。
ごきげんよう、ターニャです。
撃てば必中、守りは堅く、進む姿に乱れなし。
まさしく、今回の黒森峰の姿でしたね。
しかし、これが戦車道の正解というわけでもなし。
私も、経験を生かして戦術を立案できたならば願うばかりです。
では、また戦場で。
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