ゼロから始まる『ありふれた』異世界生活 (青龍の鎧)
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プロローグ

リゼロ2期を記念して、ナツキスバルを主人公としたクロスオーバー新連載を始めようかと考えてます。

隔週連載で別連載のTo LOVEるのクロスオーバーと交互に更新をしていく予定です。

To LOVEるの更新をサボってしまい申し訳ありませんでしたが、二つの交互の更新で何とかやる気を取り戻していきたいと思いますので応援よろしくお願いします!


これも本気でヤバい。

 

固い地べたの感触を顔面に味わい、彼は自分がうつ伏せに倒れたのだと気付いた。

全身に力が入らず、手先の感覚はすでにない。

ただ、喉を掻き毟りたくなるほどの熱が体の真ん中を支配している。

 

 

熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。

 

 

叫び声を上げようと口を開いた瞬間、こぼれ出たのは絶叫ではなく血塊だ。

せき込み、喉からこみ上げる命の源を思うさまに吐き出す。ごぼごぼと、口の端を血泡が浮かぶほどの吐血。ぼんやりとした視界に、真っ赤に染まった地面が見える。

 

 

ああ、『相変わらず』これ全部、俺の血かよ。

 

 

倒れる体が浸るほどの出血。人間の血の量は全体の約8%、そのうちの三分の一が流れ出すと命に関わるという話だが……これはもう、全部出ているんじゃなかろうか。

口からの吐血は打ち止めだが、体を焼き尽くすような『熱』の原因はいまだに活動中。かろうじて動いた手が腹部に向かい、そこにあり得ない感触を得て、納得がいく。

 

 

畜生。

"また"、腹を破られた。

 

 

微かな視界に映るのは、凶悪な『モンスター』。

何度も、何度も、何度も俺を……"俺達"を、その爪でその牙で、躊躇なく『死』へと誘う、凶悪な……本当に凶悪な『モンスター』。

 

 

だけどもう、今の自分を殺した奴の事など

 

その原因を作った『犯人』の事など

 

同じく地獄を見ている一人のクラスメイトの事など

 

 

もう、今の自分にはどうでもよかった。

ただ……もうただ願ったのは、彼女が……

 

「…バル!」

 

鈴のような声が聞こえた……多分空耳かもしれないが、自分の心を救ってくれた彼女が無事なら!

 

その時だった。

 

『モンスター』は無慈悲にも、"また"……彼女を引き裂いたのだ。

先ほど自分を殺した奴ではない。

 

そいつは彼女が殺した。だけどすぐ別の個体に……

 

「――っ!」

 

短い悲鳴が上がって、血の絨毯が新たな参加者を歓迎する。

倒れ込んだ体のすぐ側に、そしてそこにはだらしなく伸びた自分の腕があった。

力なく落ちたその白い手と、血まみれの自分の手が絡む。

 

全ては偶然だったのだろう。

 

かすかに動いた指先が、自分の手を握り返したような気がした。

 

「……っていろ」

 

遠ざかる意識の首根っこを引っ掴み、無理やりに振り向かせて時間を稼ぐ。

『痛み』も『熱』も全ては遠く、無駄な足掻きの負け犬の遠吠えだ。

 

 

だが、それでも……

希望が無いわけじゃない。

 

 

『アレ』については俺も、彼女も問題無く上がり続けている。

 

 

だから、何としてでもこの『地獄』を超えてみせる。

 

 

この……ふざけた『理不尽の塊』のような場所から。

 

 

「俺が、必ず――」

 

 

 

『いつか必ず』……お前を、救ってみせる。

 

 

 

次の瞬間に彼、"菜月 昴"……否、"ナツキ スバル"は、その隣で彼女の悲壮な泣き顔と啜り声を、脳に、心に、魂に刻み込みながら……

 

 

自分が彼女に、自分に押し付けた『罪深き大罪』を脳に、心に、魂に、刻み込みながら……

命を落とした。

 




そもそも、この作品を作ろうと思ったのはリゼロ2期の両親の回が切なすぎて……何とか両親に希望を持たせようと考えたクロスオーバー作品でした。

まぁ、世界が世界なのでスバルは想像を絶する地獄を見ると思いますが……


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1話 『ゼロから始まる菜月家の朝』

沢山の感想本当にありがとうございます!
ご期待に応えれるように頑張って投稿します!!
ありふれたとリゼロについては設定が色々とややこしいので矛盾など見つけましたらご指摘お願いします。

後、リゼロの登場キャラの性格を色濃く表した『オリジナルキャラクター』を主なメインキャラとして進めていくつもりなので…もしそれが不快だったり苦手な方がいましたら本当にすみません。

この頃のスバル、本当に友達作り下手くそで……

ちなみにオリキャラ全員、何処かの転生者で前世の記憶を持っていたり持っていなかったりする設定です。
何故転生者がいるのかは本編でいつか説明します。



俺の名は菜月昴。

昨日まで引篭りをしていた。

 

だけど、2日前の夜。

俺はとある夢を見て以降、このままではいずれ本当に後悔をするのでは?

 

その恐怖心が今までの『怠惰』だった心を震わせて、俺は両親に今までの事を謝り、そして今日……

 

俺はやっと学校に通う決心がついた。

俺は制服に着替えている所で親父が部屋に入ってきた。

 

「グッッッッッモーーーーーーニング、息子ォ!!」

 

「親父、今日は起きてるし今プロレス技かけたらまた逆戻りしかねないから勘弁な」

 

俺はそんな軽口を親父に言った。

そんな俺の様子に親父は真剣モードに切り替えて、俺に聞いた。

 

「昴、行くのか?」

 

「あぁ、あの日の親父のファザーヘッドが俺の目を覚まさせてくれたからな」

 

「その割には1日休んでいたが?」

 

「あの日は親父が無理矢理俺を…………俺を……いや、俺の目を本当に覚まさせてくれたのは…………親父、ありがとな。そして今まで本当にゴメン」

 

俺は昨日の朝、結局、怖くて怖くて身体の震えが止まらなかった。だけど、親父がそんな俺の心象を察して親父の勝手な決めつけで俺が得意そうなゲーム大会と称して親父と勝負をしまくった。

 

午前の部では全敗だった。

でも、午後の部で一緒にやったとある鬼畜難易度MAXのダンジョンゲームのマルチ協力ゲームの攻略。

 

初めはもう無理だと親父すらも諦めていにも関わらず、俺は何故か…何故か絶対に諦めたくないと、夢で出会った彼女達の事を思い……クリアした。

 

その瞬間、親父が言ってくれた一言。

 

『昴、例えお前がどう思うと、お前は俺の自慢の息子だ……よく頑張ったじゃないか』

 

それの一言が俺の今までの恐怖や壁をを完全に消してくれた。

 

「スバル……何か変な物でも食ったか?妙に素直すぎるが……」

 

「うるせえよ!というか俺、昨日からずっとお母さんの料理しか食ってないからさっきの親父の理論だとお母さんの料理に変な物が混じってるって言ってることになんだろ!」

 

「おいおい!そんな事言ったらお母さん泣いちゃう……はっ!」

 

俺と親父はさっきの失言に青ざめて振り返った。

そこには俺の部屋の目の前でニコニコと笑っている母さんがいて……

 

「二人とも、そろそろ朝ご飯にしましょう。ちなみに変な物は入れてませんからね?」

 

と何故か上機嫌だった。

俺と親父は冗談だからと連続して訴えた。

 

そしたら…………「そんなこと初めから分かってるよ」と、さらに嬉しそうなお母さんが今までにない笑顔を浮かべていた。

 

降りてきた一階の食卓で、スバルはあまりの衝撃に曖昧だった意識が覚醒に導かれる感覚を味わっていた。

 

「お母さん。俺のために頑張ってくれたって言ってたけど……」

 

「うん。お母さん、昴のために頑張ったよ。朝から準備が大変だったんだから」

 

ふふん、とばかりに鼻を鳴らしてどこか自慢げな菜穂子の態度。その態度に後ろめたさがまったく感じられないのを見るまでもなく感じ取り、スバルは嘆息する。

そのスバルのため息の行き着く先、食卓の上をトイレを経由してやってきた賢一が見つけて、「おお」とある種の感嘆符を口にすると、

 

「すげえな、昴。お前の皿、特別メニューじゃん。緑の森じゃん」

 

「端的にありがとう。うん、マジそんな感じ。……これ、どういうこと? なんで俺の皿だけ、こんなこんもりグリンピース積んでるの?」

 

賢一の指摘に頷き、スバルは自分の定位置……自分の席の前に並べられた朝食、その中でも異質な雰囲気を漂わせる一皿を指差す。グリンピースが親の仇とばかりに積まれたそれは、他の食材が埋もれて見えないのか端から入っていないのか、グリンピースしか見えない。ちなみに、スバルはグリンピースが嫌いなのだが、

 

「ほら、いつだったか昴がグリンピース嫌いって言ってたじゃない? そういう好き嫌いってよくないとお母さん思ったの。だから、この機会にいっぱい食べて克服してもらおうかなーって」

 

「そんないつだったかも覚えてないような記憶を頼りに俺の好き嫌いを直そうとしてくれたんだ。しかもこの機会って……よりにもよって今日かよ!」

 

「成る程、流石母さん。昴の脱引き籠り記念日を狙って用意したんだな?」

 

「いいえ、そこまで深く考えてなかったわ」

 

「その一言が無かったら気合い入れて食ってたよ!?でも……せっかくだしここでいっちょ俺の復活戦の準備運動と称して食い切ってやるぜ!」

 

「その粋だ!俺の息子!!」

「頑張れ〜、昴!」

 

二人の応援が今の俺のやる気を震わせて……3口で、久しぶりの今日の弁当は今目の前にある大量のグリンピース入りのピラフにしてくださいと俺はお母さんに頭を下げるのであった。

 

ちなみに親父も一緒にピラフを頼んだので負担は半減したが……お母さんはピラフすら食べなかった。

 

そして家の玄関で……有給でお休み中の親父と朝ご飯の件で不満げなお母さんが俺を見送ってくれた。

 

「昴、学校に慣れきれなくても母さんの弁当は食べきれよ?」

「全くもう。好き嫌いは良くないのに……」

 

「お母さん、その台詞はグリンピース……せめてそれ入りのピラフを食べてから言ってくれる!?」

 

俺は意地でも食べなかったお母さんに文句を言いつつ、深呼吸をして気持ちを整えた。

 

いよいよ学校に登校する。

随分と立ち直るのが遅くなった……なり過ぎた。

でも、このまま引き籠るよりは…………

 

その今となってはありもしない後悔が、俺の背中を押し続けているのだった。

さて、行くか。

 

俺は親父とお母さんに久しぶりの挨拶をかけようとした時だった。

お母さんが俺の手を取ったのだ。

 

「昴、あの夜の会話」

 

「あぁ……分かってる」

 

ゲーム大会を終えた夜、俺はお母さんと沢山話した。

そして色々と思い知った。

 

お母さんも親父も俺の事をよく見てくれている事を。

 

俺は親父になる事はない。

俺は俺らしく頑張れって事を。

 

その過程で照れ隠しのグーパンをもらったのはご愛嬌……

今でもヒリヒリする。

 

そして最後にお母さんから貰った『宿題』の意味。俺はその答えをきっと、きっと探し続けるのだろうと直感していた。

願わくばその意味は後悔より先に気づければと思う。

 

俺の顔つきを見てニコッと笑ったお母さんが親父に目配せをして、親父が悪戯っぽい笑みを見せて……

 

 

 

 

「「いってらっしゃい」」

 

 

 

 

 

そう、久しぶりの言葉を耳にした。

 

ヤバかった。

本当にヤバかった。

涙なんて2日前と昨日で出し切ったと思っていたのに、まだ涙が溢れてきそうになる。

 

きっとそれは、その言葉の意味を……俺は真に理解できたからなのかなと少し自分を内心よく気付けたなと褒めつつ、だけど、今度こそ……今度こそ俺は『ゼロから』始めるために……

 

その幕開けの言葉を、俺を産み、育てて、見守ってくれた二人の為に。

俺は、俺は!!

 

 

 

「いってきます!」

 

 

 

最後の最後に涙声まじってしまった事を後悔しつつ、俺は二人に手を振って、学校に向けて走り始めるのだった。

 

そして、その幕開けの言葉を口にした二人の顔は……親父は満足そうにニッコリと笑い、お母さんは涙ぐんでいた。

 

「お母さん」

「ええ、分かってるわ」

 

二人は息子の立ち直りを見届けた後、『忘れていた現実』に関して不安を駆られたが……今の息子ならきっと大丈夫。

 

二人は息子の学校生活が楽しい物になるように祈りつつ、息子の帰る場所へ戻って行ったのだった。

 

因みに、二人が不安にしていた現実とは……

 

「遅刻だ遅刻だ完全に遅刻だぁぁぁぁぁ!」

 

復学早々の『大』遅刻である。

まさか家中の目覚まし時計が全部壊れていたとは……

 

「くそったれ……かなり危なかったぞ!間に合わないの意味ではなく、引き籠りの悪循環に取り込まれる所だった!」

 

正直な所、もう今日も休みでいいのではと思っていたが……3ヵ月もそれを言い訳に引き籠もっていた俺には引き下がってはいけない事だと分かり切っていた。

 

(いや、今の自分を変えたいのなら……引き下がるな!)

 

俺は今までの怠惰を貪ってきたバカな自分の心に両親に『幕開けの言葉』を言った時から喝を入れ続けていたのだ。

 

しかし、それでも自分の心は不安から解放してくれなかった。

 

無理もない。

 

高校デビューの凄惨な失敗。

3ヵ月の不登校。

しかも復学早々の大遅刻。

 

果たして、これからの学校生活はどうなるだろう?

…………多分、前と同じ空気のように扱われるだろうか?

 

いや、最悪…虐められるかもしれない。

 

だけどあの夢の中で、俺を助けてくれたのに…恩返しを果たせずに、役立たずの俺のせいで死んだ綺麗な銀髪の少女に対しての後悔と、

 

『一から、いいえ…ゼロから!』

 

慕ってくれた彼女に酷い暴言……さらに俺自身のダメな所、クズな所を的確に断言しても見捨てなかった、青髪の少女の言葉が……

 

何故か俺の体の震えを取っ払ってくれる感じがした。

俺はいつの日かその二人に胸を張ってお礼を言える男になりたい。

 

 

それが、いまの『菜月 昴』の心を変えるには十分過ぎたのだ。

 

それはそれとして、俺は学校に着いた時のみんなの接し方についての最終作戦の確認を自分の脳内で確認し、ようやく学校に着いた。

 

「おっしゃあ!!なんとかギリギリ……もクソもないな、マジで"ピエン"……」

 

俺は改めてやらかしてしまった事に後悔しつつ、3ヵ月ぶりの自分のクラスの教室に向かったのだった。

 

俺は廊下を走るなという学校伝統のキマリを焦りと緊張からかつい無視してしまい……遂に教室に辿り着いた。

 

(…………遂に、遂に3ヵ月振りのクラス)

 

菜月 昴は震えが止まらなかった。

もし、もしみんなが冷めた目で俺を見るのではないかと……

 

だけど、菜月 昴は…………もう立ち止まるのはやめた。

 

 

 

『ゼロから!』

 

 

 

 

 

『『いってらっしゃい』』

 

 

 

 

『いってきます!』

 

 

昴は勢いよく教室の扉を開けて、颯爽と教室の中に入り、2日前に親父にやった時と同じポーズを取り……

 

「俺の名は「皆! 教室から出て!」…………へっ?」

 

気づけばとてつもない眩しさが昴を襲った。

 

「うおっ……!」

 

昴は咄嗟に目を庇い……光が収まったのを感じて、目をゴシゴシして目を開けたら……

 

 

 

君の悪い、縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた壁画が昴の目に…………

 

 

 

「何だこの気持ち悪い奴!?」

 

 

 

高らかに『異世界』で絶対に言ってはいけない最悪の幕開けの言葉を放ってしまったのだった。

 




1話はIFの菜月家をお送りしました。
ちなみに何故この昴が原作の夢を見たのかは…………web版のリゼロ6章のとある出来事を活用させていただきました。


ちなみにこの作品を思いついたのがリゼロ2期の4話を見た時でした。
アニメで見て、原作を読んで、作者のツイート見て……切なくなって、何か2人に救いをと思ったのがきっかけの一つでしたね。

まぁ、この作品の昴も時期に地獄を見る羽目になるのですが……
昴のお父さん、お母さん……ごめんなさい(汗)


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2話 『笑顔』

イシュタル  20%

100%になった時…………

連続投稿できました!
なので更新します!


俺の名は菜月 昴。

 

今、俺はイシュタルというオッサンから目を離せないで……いや、目を離そうとしてくれなかった。

 

というか……間違いなく(メッチャ睨んでるよぉぉぉ!?)

 

俺は己の最初の発言に滅茶苦茶後悔した。

でもみんなは気持ちわかるだろ?

 

教室からキミが悪い人の顔がいきなり現れたんだからさ!

 

まぁ、イシュタルというオッサンに壁画の説明をされた時、愛ちゃん先生が真っ青になって俺に無理矢理頭を下げさせて……

 

「次からはみんなが驚かない場所…ブベラ!?」

 

俺が軽口を言おうとしたら先生に頭を叩かれてまた無理矢理頭を下げさせられた。

まぁ、その際に……

 

「昴くん!ちゃんと謝ってください!!」

 

俺の名前を呼んでくれたことに俺は、感極まりかけて先生に後で改めて謝ろうと決心したのだった。

 

イシュタルのオッサン?

…………実の所、俺はあのオッサンが気に食わなかったのかもしれない。

何か……異世界召喚という出来事で、俺はとてつもない嫌な予感を感じてしまったのだったから。

 

一応、俺はキチンと謝って睨まれながらも許してもらえた。

 

現在、俺達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

 

おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に愛ちゃん先生と光輝……かな?彼を含む四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。俺は……ハジメっていういじめられっ子と同じ席だ。

 

…………ハジメ、俺はハジメに謝らないといけない。

昔の俺なら、上手く立ち回らないお前が馬鹿なんだと思っていたけど……

よくよく考えたらハジメ一人ではどうしようもなかったのだ。

 

そのハジメは何故か俺の……いや、何故か持っていた鞄の存在に驚いていた。

 

ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げたことや、リーダーシップを張るのが得意な光輝……だったな、が落ち着かせたことも理由だろうが。

 

教師より教師らしく生徒達を纏めていると愛ちゃん先生が涙目だった。

 

大丈夫、愛ちゃん先生!

俺は愛ちゃん先生の事は何があっても俺の、いやいや俺達クラスの先生だと思ってるからな!

 

全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。そう、生メイドである! 地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである!

 

こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが……

 

因みに俺は銀髪の美女・美少女ではなかった為「サンキュー」と下心なしのフランクなお礼を言った。

 

その様子に女子達は……何故かドン引きしていた。

 

ハジメも傍に来て飲み物を給仕してくれたメイドさんを思わず凝視……しそうになってなぜか背筋に悪寒を感じ咄嗟に正面に視線を固定していた。

 

チラリと悪寒を感じる方へ視線を向けると、なぜか満面の笑みを浮かべた香織がジッとハジメを見ていた。ハジメは見なかったことにしていたが……

 

はぁ……

俺はつくづく今までの彼等による負のスパイラルを思い出して、せめて香織……かおりんの想いをハジメに伝えた方がいいなと俺は思った。

 

余計なお世話?

そうかもしれないと自覚はしているが……少しでもハジメの負担を減らせればと俺はハジメと二人っきりになった時にこっそり伝えようと思った。

 

大丈夫。

口止めはするし、バレなきゃ問題ナッシング!

 

そんな悪巧みを考えていると、全員に飲み物が行き渡ったみたいでそれを確認した後、イシュタルのオッサンが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい……勝手すぎるものだった。

 

要約するとこうだ。

 

まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。

 

人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 

魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

それが、魔人族による魔物の使役だ。

 

魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

これの意味するところは、人間族側の"数"というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

「あなた方を召喚したのは"エヒト様"です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という"救い"を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、"エヒト様"の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

イシュタルはどこか恍惚こうこつとした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。

 

イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

俺は"神の意思"を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感と止まらない怒りを覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。

 

"愛ちゃん"と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。

 

…………俺にとっては3か月も引き籠もっていた俺の名前を忘れずに覚えてくれて、尚且つ、その間の溝も関係なく庇ってくれた最高の先生なんだけどな。

 

 

今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた緊張感のない奴らだったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情で、俺は怒りがさらに湧き上がり始めたのを自覚しつつ、イシュタルをバレないように睨みつける。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

パニックになる生徒達。

 

俺も平気ではなかった。

 

当たり前だ。

 

俺は両親とわかり合い、やっと自分の殻を破って前に進んで、みんなに……特に先生やハジメに今までの事を謝ろうと考えて教室に入ったのに結果、この有様だったのだ。

 

ちなみに俺は引き籠りもあり、勿論オタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンではなかったが…………俺は怒りを抑えられなかった。

 

ちなみに、最悪なのは召喚者を奴隷扱いするパターンだったりするが……正直俺にとっては元の世界に返してもらえないんじゃ奴隷と同じ様なものだ。

 

……いや、待てよ?

最悪なのって召喚者がさっぱりおらずに不意に異世界に召喚される系なのでは?

と俺はふと、頭に浮かんだのだった。

 

誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めていた。

 

俺は、なんとなくその目の奥に侮蔑が込められているような気がした。今までの言動から考えると「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っているのかもしれない。

 

…………もし俺の予想している奴の本性が当たっていたら、そいつは狂人だ。

 

『あぁ、脳が……脳が……!脳が震える!!』

 

『顔が可愛い。愛なんて、それが全てでしょ?』

 

コイツらは、あの狂人共と……同等の事をした。

 

初めの奴は福音書の指示に従う……神託がそれだ。次のやつは正に今の状況とピッタシだった。

 

自分の価値観を無理矢理人に押し付けて、最終的に破滅へと誘う……最低最悪の、俺が最も憎んだ連中共と、同じだ。

……って、俺はいつそんな経験したよ!?

 

…………引き籠もり期間中、寝過ぎたか?

 

何がともあれ、夢の、いやあれは悪夢だな。とにかく!

このままじゃみんなが……いや、確実に誰かは死ぬ。

 

俺はまだみんなの事を深く知った訳じゃないし、仮に元の世界に戻れたとしてもそのクラスみんなと上手くいくとは限らない。

 

きっと、みんな俺のことは呆れ果てて、最終的に空気として扱うだろう。

きっと、誰かが何かのきっかけで、小悪党組辺りが俺のことを蔑み……虐めるだろう。

 

南雲の様に。

 

だけど、だけど……

その瞬間、俺はふとありもしない……誰かの笑顔が浮かび上がった。

 

金髪のツインドリルヘアーの心が震えた笑顔。

 

あの時、夢の中で俺の背中を押してくれた少女とその姉の笑顔。

 

緑の服装をした……きっと友達になれそうな尚且つ弄られやすい優男と、金髪で荒々しいけど、少年相応にニカっとした二人の笑顔。

 

さっきの少年と同様の金髪……口元が似ていたのであの二人は姉弟か?

その背の高い女の人と、可愛らしいオレンジ色の髪をしたおませな女の子の笑顔。

 

どこかの村の人達と亜人の村みたいな所にいる人達の笑顔。

 

そういえば青髪と桃髪の少女の真ん中にピエロもいたけど……

何故かイラッとしたが……考えても仕方ない事だ。

 

そして、忘れられない夢の中で描いた理想系の銀髪の美少女と……猫の笑顔。

 

俺は、その誰かが死ぬのは、失うのは、傷つくのは嫌だった。

嫌だったから俺は…………ってそれは夢の話!

 

でも、今の俺にはここにいるクラスのみんなには、先生には……

 

(生きていて欲しい)

(笑って欲しい)

(今度こそ、俺はみんなと……向き合いたい!)

 

…………異世界には帰れない。

でも、このままじゃ馬鹿の言いなりで……誰かが死ぬ。

 

それを乗り越えるには……

どんな言葉で!?

どうしたら!!

 

『友達の前で、カッコつけるのなんかやめちまえよ、ナツキ・スバル』

 

カッコつけ……そもそもカッコつける相手がいる訳でも……

そもそもコイツらは友達じゃあ……

 

『スバル。そもそも、お前は学校へ行ってどうしたいんだ?』

 

『俺は、俺は今度こそ……』

 

…………馬鹿だ。

俺、本当に馬鹿野郎だ。

 

この絶望を乗り越えるには、みんなとの一致団結!

でもそれを話す前提条件として、俺が、俺がここにいる事を……みんなに伝えないといけない。

 

勇気を出せ!

勇気を出せ!

 

勇気を……

 

俺はふと、思い出した。

あの始まりを……

 

『『いってらっしゃい』』

 

俺が、『菜月 昴』が……ゼロから始めようと誓い、両親に感謝と大丈夫だよと心に込めたあの言葉を。

 

(…………ここからだ、親父、お母さん。俺、随分遠くに飛ばされたけど行ってくるよ)

 

そしていつか、『ただいま』と、両親に沢山の友達に合わせる為に……!

 

未だパニックが収まらない中、俺……『菜月 昴』は立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。

 

みんなは意外な人物の顔を見て…………怯えた。

 

(…………こりゃいけないな。みんなを怖がらせちまう)

 

俺はハジメの静止も厭わずに前へ歩き出す。

 

 

俺の顔が、みんなを怯えさせない様に。

俺の生まれつきの睨んだら、怖い顔を……

 

「イシュタルの……イシュタルさん。アンタは自分の親に、『いってきます』って言ったことあるか?」

 

みんなを怯えさせる元凶に、俺は生まれつき恐れられた顔を見せつけた。

 

今の俺には沈黙こそが『失敗』だ。

だから俺は止まらない。

『菜月 昴』は、みんなを救う為に……ゼロから動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

イシュタル  40%




さて、今回は昴の様子が色々とおかしい場面がありましたがこれはミスとかではありません。

後々のフラグです。
正体の考察はリゼロの6章の行方不明だった片割れの存在を思い浮かべてみてください。


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3話 『独りよがりの末路』

鬱、グロ注意。
原作より酷い開幕だ。


「……いってきます、とは?」

 

イシュタルはいきなり素っ頓狂な事を言われて困惑していた。

 

「昴!そんな事より……」

 

光輝が何か発言しようとしていたが、「悪い。今のはほんの前置き前置き。通じたならそれについてをじっくり話そうかと思ったけど……この様子じゃ、完全に無駄に散ったけどな」と昴は光輝に笑顔で詫びを入れた。

 

それでも何かを言いたげな光輝の様子を昴は察したのか、再び光輝を宥めた。

 

「分かってる。泣いたって喚いたってアイツらは俺達の家に返すつもりはないって事は……俺は覚悟を決めたけど、やっぱコイツらの思い通りには」

 

「みんな「聞けよコラ!」………」

 

光輝は昴の言う事を無視して進めようとしたため昴は大声を荒げて無理矢理静止させた。

 

「なんだよ。君はとっくに分かってるんだろう?」

 

「分かってるよ。ただ、お前の考えと若干……いや、かなりのズレがある事を無慈悲に思い知らされたけどな」

 

「だったらさっさと言ってくれよ」

 

昴はかおりんの好きな人は南雲一筋という事を思い知らせてやろうかと考えたがそれはまた後でとし、昴は再びイシュタルと対峙し、悪びれた顔で指を刺した。

 

「イシュタルさん。アンタの話はよく分かった。こうなっちまったら嫌だ嫌だとごねる奴も諦めるしかねえ……俺がその一人ということは覚えておいてくれよな」

 

「………………勿論だとも」

 

イシュタルは怒っているのか笑っているのかよく分からない顔をしていた。

怖えけど、ここが頑張りどころと俺は大袈裟な表現を入れつつ……『使命』を受け入れた。

 

「しょうがねえから俺達は"トータスの世界に住む人達の為"に勇者にでも何でもなってやる」

 

「…………物分かりがよくて助かるが」

 

「ただし!」

 

俺は再びイシュタルに指を刺して、睨みつけた。

 

「俺達は自由にやらせてもらう。アンタらは俺達が誰か一人でも死なないように徹底的な指導と最低限の知識とお金の稼ぎ方。ついでにその後の旅立ち支度金を要求する」

 

「………………なに?」

 

「ちょっと待て!それは危険だ!!」

 

「危険?光輝、この人達の顔をちゃんと見たのか?アレは利用してやるみたいな顔してたぞ」

 

「昴!!」

「おい馬鹿よせ!」

「これ以上は……」

 

みんなが青ざめていた。

理由は分かる。

 

下手したら暗殺されるかもと思っているんだ。

 

「やめてくれ……」

 

 

「だ・か・ら、そもそも俺達に何の了承もせずに呼び出した事が一番の大問題なんだよ!俺達の世界で言うところの監禁……誘拐か?とにかく奴らはそれを躊躇なくやったんだ!」

 

だからってアイツらの『誘拐』の罪は許していい訳ない。

 

 

「俺達の誰か一人でも死んだら……アンタら全員、その遺族に地面を擦り合わせて一生その償いをしろ」

 

「………………勿論そのつもりだ」

 

くそ、あの野郎なに睨んでやがる。

加害者はお前らだろ?

 

俺は奴らに常識を叩き込もうと胸ぐらを掴もうとしたときだった。

 

「そこまでだ」

 

また光輝が割り込もうとする。

 

「なんだよ?お前も言ってやれよあの犯罪……むむぅ!?」

 

突如としてクラスメイトと男達が俺を取り押さえにかかったのだ。

 

「おい、お前ら何を……」

 

そして目の前で雫が俺の前に立ち塞がって……

 

「頼む!言わせてくれ!!あの身勝手野郎に一言言わないと……」

 

パァン!

鋭い痛みが俺の頬を襲った。

 

「アンタ……少しはみんなの顔を見なさいよ!」

 

俺はふと、目に映る雫の周りにいるクラスメイト達の顔を見た。

 

 

 

 

 

全員、信じられないと、怖いと言わんばかりの顔を、俺は見た。

 

この後は光輝がイシュタルに俺の無礼を謝罪、俺は土下座を迫られてやった。その後は……光輝がみんなを引っ張った。

 

 

それは当然の帰結だった。

 

 

その夜、俺は泣いた。

自分の部屋で、啜り泣いて……

 

 

 

 

お父さん、お母さん。

俺、俺……またやっちまったよ。

 

 

ごめんなさい。

 

 

@@@@

 

 

その翌日の事はうろ覚えで、

その間の昴は惨めなものだった。

 

一応、昴が初めに要求したトレーニングと知識はしっかり教えてくれた。というか元々教えるつもりだったのだ。

 

みんな、朝から早々俺の顔を見るなり避け続けていた。

南雲も、俺の顔を見ようとしなかった。

 

でも唯一、愛ちゃん先生は辛そうな顔で俺の心配をしてくれて話しかけたりもしてくれたが……

 

「はっ!あの馬鹿、愛ちゃん先生に慰められてら」

「あの時の気持ちは分からないでもないけど、ここ異世界だってのにあの喧嘩腰……」

「…………高1の恐怖を思い出したぜ」

「でも、また静かになったみたいで助かった。口を開いたら地雷地雷だからな」

 

俺はこれ以上は悪いと先生に作り笑顔で「ありがとよ」と言い、その場を離れようとしたら講師……騎士団長様がやってきた。

 

騎士団長……メルドさんは俺の上位版のような人。

いや、メルドさんに失礼だ。

 

とにかく彼は豪快な人だった。

そのメルドさんからステータス表みたいな物を説明してくれた。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属けんぞく達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

なるほど、と頷きみんなは、顔を顰しかめながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。俺も同じように血を擦りつけ表を見る。

 

すると……

 

================================

ナツキ・スバル 17歳 男 レベル:1

天職:一般人

筋力:5

体力:10

耐性:8

敏捷:10

魔力:1

魔耐:♾

技能:【死に戻り】 ####...

===============================

 

………………一般人。

 

表示された。

されてしまったよ。

 

昴……スバルは死んだ目で自分のステータスを眺める。他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目している。

 

メルド団長からステータスの説明がなされた。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

当たり前だ。

そんなことできる奴はゲーム世界で言うところの廃人だ。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

メルドさんの言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。

 

…………魔法、使えるかな?

俺はありもしない希望をため息交じりに願いつつ、メルドさんの説明を聞いた。

 

「次に"天職"ってのがあるだろう? それは言うなれば"才能"だ。末尾にある"技能"と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

『一般人』は生産職なのか?

そもそも『一般人』はどんな部類だ……

 

しかし、メルド団長の次の言葉を聞いて……俺は絶望した。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

ふざけんな……

俺はそもそも10以下のパラメーター3つとバグが1つだぞ。

 

その後に呼ばれたみんなはどいつもコイツも化け物級だった。

唯一、南雲が普通だった。

 

そして俺は最後に呼ばれた。

くそっ、どいつもコイツもニヤニヤしやがって……

 

どうせこの後、南雲と俺はいい笑われ者になるんだ。

俺はため息をつく同時に乾いた笑みを浮かべて……

 

「どれどれ………………!?」

 

おっと、メルドさんが顔を真っ青になっちゃったよ。

当然だな。

これで俺も役立たずの……

 

「ゔわぁぁぁぁ!」

 

「………………は?」

 

俺は突如として叫び声を上げたメルドさんを見てどうしたんだと彼に近づいたのだが……

 

「ス……スバル君!!き……君のアーティーファクトが……」

 

メルドさんから震える手で、アーティーファクトを返却された俺は改めて見返したが……

 

「どうしたんすか?……まさか魔耐性かスキルの『死に……』!?」

 

 

 

突如として俺以外の時が止まった。

…………何だこれは?

 

その時だった。

禍々しい『闇の手』が突如として俺の目の前に現れて……

 

 

『闇の手』は俺の胸をいとも簡単に貫き、そして心臓を優しく撫で回した後……ギュッと張り裂ける痛みが胸から響いてきた。

 

そんな痛みに俺が耐えられるわけでもなく……

 

「ぐあああああああああああああ!!!!」

 

俺は甲高い悲鳴を上げざるを得なかった。

 

「スバルくん……?スバルくん!?」

 

メルドさんがさらに顔を青くさせ、クラスメイトのみんな……特に女子が悲鳴を上げたのだった。

 

「「「きゃーーーーーー!!」」」

「お……おい、菜月…大丈夫か!?」

「これヤバいんじゃ……」

 

それぞれが困惑した反応をしたのだが……

 

「昴。昨日、恥をかいたからっていきなりそれは……」

「馬鹿!!そんな風に見えないでしょ!?スバル……スバル!?」

 

呆れ果ててる光輝に頭を叩いて青褪める昨日俺を訳わからない理由でぶった女。

何なんだ……

畜舎……

 

そんな時だった。

いじめっ子の檜山が俺を助けるフリをして、近くまで寄ってきたのは……

 

そしてアイツは耳元で、こう囁き始めた

「お前、『一般人』なのかよ?うっかり見ちまったぜ……それにしてもさぁ」

 

何だ……

アイツ、今更一体何を……

 

 

 

 

「お前、何で『学校』に復校したんだよ」

 

 

 

…………は?

 

「お前……な……にを……?」

 

俺はかすれる声で檜山の顔を見た。

その時のアイツの顔は、いつも南雲をいじめている時の顔で……

 

「だってそうだろ?あんだけ1年入学直後に『生き恥』を晒しておいて……何で今更ここに来たんだよ」

 

 

コイツは何を言っているんだ?

 

 

「もしかして……お前親に説得でもされたのか?」

 

 

止めろ。

親は関係ないだろ。

 

 

「お願いだから俺達の顔の為に学校へ行ってくれ〜とか言われたか?」

 

 

黙れ。

親父もお母さんもそんな事絶対に言わない。

 

 

「それともそれとも〜………………」

 

 

その時、俺の殺意は限界まで振り切って……

 

「檜山ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

俺はあの屑の首を閉めようと手を伸ばした。

殺してやる殺してやる!!

 

よくも、よくもふざけた事を……言いやがってぇぇぇ!!

絶対に思い知らせて……!!

 

「おっと、危なーい☆正当防衛!!」

 

その忌々しい声が聞こえた時、俺の腹部に鋭い痛みが再び襲った。

檜山が正当防衛と称して俺に攻撃を仕掛けたのだ。

 

「檜山くん!!」

 

愛ちゃん先生が檜山の蛮行を注意したが……

 

「いやいや、急に菜月の奴が襲いかかってきてさぁ……なぁ、菜月?」

 

蹲る俺に檜山とその仲間達が集まり、俺に迫った。

 

【黙っていろ】と。

 

俺は縋るような目で愛ちゃん先生を見た。

他の連中?

当てになんかできるか。

 

もう信じられるのは……愛ちゃん先生しか…………

しかし、他の生徒が愛ちゃん先生を俺から遮るように立ち塞がり、愛ちゃん先生は………………

 

 

 

 

 

俺の目から申し訳なさそうに逸らしたのだ。

 

 

 

 

その時だった。

俺の『何か』が壊れたのは。

 

俺は気づけば、大声で大袈裟な動きで俺の所有スキルの事を話していた。

【死に戻り】……特殊の極みだ!

もしかしたらとんでもない代償を迫られるが、戻りの文字があるので何かしらの時を戻せるのではないかと俺は大声でみんなに自慢した。

 

 

 

 

 

 

何故かみんなは命乞い纏い、土下座を始めていたが、大好きな両親の元に帰る手段を失い、信じられる物を全てを失った俺にはそんな些細な事など、知ったこっちゃなかった。

 

 

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは♪」

 

なんて優雅な時間なのだろうとゴミの屍を踏みにじって笑いまくっていた。

その時だった。

 

 

背中に鋭い痛みを感じた。

…………はぁ、やっと死ねる。

 

恐らく耳栓でも着けた兵士が俺の胸を貫いたんだろうな。

はぁぁ……何でこんな事になったんだ。

 

俺は自分の罪と向き合って、両親に謝って、これからみんなに謝ろうと……行動でさ…………

 

何で、何でこうなったんだ?

俺は自然と乾いた笑い声を挙げ始めた。

 

そんな時、俺を見下ろす男の姿がいた。

その男は黒色の短髪で、引き篭もりにいつも来ていたジャージを纏って……

 

 

 

あれ?

 

 

俺を見下ろす男はたまに幻影になりつつも、ため息を吐いて愚かな俺に……

 

「やっぱり『俺』は都合の悪い物は見て見ぬフリをしてやがったな……」

 

侮蔑と怒りの形相で俺を睨みつけていた。

 

「よーく分かったよ。俺は俺が大嫌いだ……その事実は、間違いじゃなかった。全く、ここからよぉ……どう好きになりゃいいんだ!!」

 

男は俺に怒鳴りつけて、顔を近づけて『この悲劇の原因』を俺に静かに述べた。

 

そうだ。

俺は夢の世界と違って……

 

 

「『やらかした事は絶対に消えてなくならんよ』その言葉を……次忘れたら、俺は『お前』を殺してやる」

 

 

現実世界では、そんな『贖罪の積み重ね』など……一切クラスメイトのみんなにやっていなかったのだった。

 

全く、この道筋を忘れてみんなを纏められるという浅ましい、俺の『舐めきった心』は何ともまぁ……

 

俺は、俺を見下ろす男……『ナツキ・スバル』にケタケタと笑い、その『ナツキ・スバル』は俺にこう言い放った。

 

「お前、『怠惰』だな」

 

こうして、俺の『全クラスメイトの仲間と生きて元の世界に帰る』という俺の夢は、自爆して、見捨てられて、発狂して……最低最悪のスタートを切ってしまったのだった。

 




badendその1
「やらかした事は絶対に消えてなくならんよ by:アナスタシア」

そもそもイシュタルの機嫌どころではなかった(汗)
ちなみにスバルは高校1年生の入学直後に女装で3日間学校に登校して、裏声を失敗してバレて……君悪がられて空気になりました。


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4話 『ごめんなさい』

沢山の感想ありがとうございます!
あまりにも嬉しかったので今週も異世界生活を投稿していきます!


2周目 

ナツキ・スバル レベル####
天職:一般人
筋力:《愛してる》
体力:《愛してる》
耐性:《愛してる》
敏捷:《愛してる》
魔力:《愛してる》
魔耐:《愛してる》
技能:《私は貴方を、愛してる》


スキル:【死に戻り】ext...《エヒト……貴方が憎い》


俺、ナツキ・スバルは死んだ。

救うと誓った筈のクラスメイトや先生を殺して、最後は自分にすら見放されて……

 

まぁ、これであの地獄から抜け出せるのなら及第点だな。

 

『ナツキ・スバル』

 

…………また『声』が、聞こえた。

 

『逃げられる、なんて本気で思ってるのか?』

 

逃げられる?

はっ、そんな事思うわけがない。

 

【死に戻り】

 

このスキルがある限り、俺は生き返り続ける。

 

何度でも

何度でも

 

……それはお前も分かってるだろ?[ナツキ・スバル]

 

『…………そんなことを言ってるんじゃねえよ』

 

…………なぜ呆れる?

どういう事だ?

逃げられないのは【死に戻り】というスキルの存在で……

 

『違う。何もかもが違う』

 

じゃあ何だよ……

俺は、俺は一体"何"から逃げられないんだよ!?

 

『それは…………お前も…………最後の瞬間の…………園…………優………想い………そして…………』

 

声が掠れていく!?

ふざけるな、ふざけるな!!

 

勝手に俺の心に干渉して、何が目的なんだ!?

 

「教えろよ!?俺は、俺は"何"から逃げられないんだぁぁぁぁ!!」

 

俺の誰も届かない叫びは空虚へと霧散し………

 

次の世界の始まりを告げる光に包み込まれた。

 

[ナツキ・スバル]はその様子を見てもなお、『ナツキ・スバル』に言葉を、忘れてはならない事を伝えようとするのをやめなかった。

 

 

 

 

 

その顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をしていたが、『ナツキ・スバル』はそんな彼の思いなど知る由もなく………………

 

####

 

俺の意識がハッキリとした後、目に映った光景は……

俺はこの忌々しい絵を眺め、とある男に聞いてみた。

 

「なぁ、檜山。この絵どう思う?南雲は美しいって思ってるけど」

 

「はぁ?馬鹿じゃねえの?南雲のやつ頭どうかしてるぜ。あんなのタダの気持ち悪いおっさん……って菜月!?お前、いつの間に学校に!?」

 

召喚された直後と同じ光景が俺の視界を包み込んで、俺のスキルが【発動】したのだと、事態を早々に飲み込めた俺は…………『クソ野郎』に地雷を押し付ける事にしたのだった。

 

そして俺の読み通り地雷を踏み込んで先生に怒られて、無理矢理謝らさせられていた檜山の顔を見て、俺はスッとして今の状況とこれからの事を考える事にしたのだが……

 

「クスッ」

 

南雲の奴が気付かれないようにこっそり笑っていた。

いや、そこは何で僕の名前使ったの!?と突っ込めよ……

 

どんだけ檜山の事が嫌いなんだよ?

俺も嫌いだけど……

 

こいつが虐められるのはこんな陰湿な所も含まれてるのかな?

救えねえ話だ。

 

@@@@

 

そしてこの後は別室で世界の状況説明を受けた。

先生は変わらず抗議したけどもちろん効果などなかった。

 

(前回はイシュタルを煽り過ぎて、俺はぶたれたんだよな)

 

あの時の雫の顔は…………

はっ、そんな度胸があるなら初めから……いや、あいつらは姑息だから彼女達の前ではそんな事しないんだろうな。

 

…………ちっ

イシュタルのクソみたいな言い分と俺よりも酷い屑の事を頭に浮かべてたらまたイライラしてきた。

 

そして、最終的には光輝がみんなを纏めて…………

くそっ、アイツらの偽善に…………屑のクズさに……俺の惨めさに……

 

 

 

 

イライラする。

 

@@@@

 

それから時間が過ぎて、いつの間にか夜になり、俺は用意された自分の部屋でお母さんの作ったピラフを平らげようとしたけど…………食欲がわかず一つも食べれなかった。

 

(このまま放置しても……でもなぁ……)

 

未だに残っている弁当達を捨てるわけにはいかなくて、朝に食べるかと俺はベッドに入ろうとした時だった。

 

コンコンッ

 

 

ノック?

前回の世界ではなかった筈だけど……

 

俺はとりあえず扉を開けた。

扉を開けた視界に映ったのは……合法ロリと呼ばれるに相応しい外見の畑山先生だった。

畑山先生の神妙な様子……もしかして檜山を嵌めたのバレたのでは!?

 

俺は冷や汗を内心抑えつつ、無下に追い出すのはリスクが大きいと判断して、畑山先生達を中に入れる事にしたのだった。

「………………」

 

「………………あのー…」

 

先生達は無言でうつむいていた。

 

「何しに来たんすか?」

 

そんな先生の様子に痺れを切らした俺は呆れ口調で二人に用件を聞いた。

すると、畑山先生は慌て始めたが、俺がなだめて、そして先生は深呼吸をして、俺の手を取り……

 

「菜月 昴くん。よく、復学を決意してくれましたね。先生……嬉しいです」

 

涙を浮かべながら、微笑んだのだった。

そんな先生の、俺がずっと待ち焦がれた言葉は……

 

はっ、今更何を…………

 

その一言で俺は内心切り捨てた。

もう、切り捨てるしか……俺の心を救う方法がなかった。

 

南雲をイジメを、誰かが本当に苦しんでいるのを分かってやれないくせに。

実の所、先生は誰かに『いい先生』だって思われたいだけの筈だ。

 

前回の周回で俺は思い知ったのだから……

その瞬間だった。

 

『昴くん……ご……めんね……?駄目な先生で…………』

 

突如として前回の記憶がフラッシュバックされたのだ。

 

「………………」

 

この記憶は…………いや、気にするな。

俺は見た筈だ。

あの時の先生の偽善を、俺はこの目でしっかりと……見た筈だ!!

 

俺はその時の事を思い出し、先生達を中に入れるんじゃ無かったと後悔して、これ以上の会話は苛立ちが募るばかりと判断して、追い出そう。俺はそう立ち上がろうとした時だった。

 

「昴くん。ここまで貴方の引き篭もりを許してしまったのは先生の責任です。本当にごめんなさい……私は、私は……」

 

先生は頭を下げ始めたのだ。

そんな様子に、俺の苛立ちはさらに募り続けた。

 

馬鹿を言うな、引き篭もりは100%俺の責任だろ?

寧ろ先生は被害者だ。

 

「ごめんなさい。貴方の苦しみに気づけなくて……」

 

気づく?

どう気づくんだ?

虐められてるわけでもないのに、ましてや先生に相談なんか一度もしてないのに、どうやって気づくんだよ?

 

「私は……駄目な先生です。先生失格です。昴くんを3ヵ月も引き篭もりさせてしまい、その状況を許し続けた私が…………」

 

俺はその時、先生の顔を見た。

そしたら…………

 

前回の世界で見た、あの時の目と同じだった。

 

………………

 

俺は適当に流して、先生を追い払ったのだった。

今の俺には、両親の言葉以外、どれも偽善にしか聞こえなかったから。

 

 

@@@@

 

菜月 昴はどうしようもない『クズ』だ。

それは絶対に忘れては行けない『罪』である。

 

『怠惰』を全力で貪り、優しい両親に甘え続けた。

その罪は償わなければならない。

 

しかし、どうやら俺はその選択先を全力で間違えてしまった。

その結果が……

 

「はっ、次も頼むな……『菜月』〜あはははは♪」

 

ゴミ共の引き立て役……いや、惨めないじめ生活だった。

無論、先生は俺の味方をしてくれてはいるが、俺はもう信用などしていなかった。

 

ちなみに俺は『前回の死』の時間をもう乗り越えていた。

そもそも『前回の死』の原因は俺の暴走を止めるためのとある兵士(多分)の殺害だったので、ただ黙って全てを受け入れていれば特に問題も無かった。

 

今の時間はあの死の翌日である。

俺はメルド団長にアーティーファクトのステータスをみんなに公表するのをやめてほしいと懇願したが、受け入れられなかった。

 

いや、正確には偽善勇者が「隠すのはチームワークに問題が生じる」口を出した事で全てがおじゃんに落ちた。

あの時、底ステータスだった南雲が偽善勇者に余計なことをと静かに睨みつけていたのは滑稽だった。

 

ちなみに俺も、前回同様にアーティーファクトを渡したが……やはりメルド団長に怯えられてしまった。そんな訳で俺が口頭で伝えようとしたら、俺視点でもバグってしまい……前回の世界で知ったステータスをスキルの【死に戻り】以外、全て公表した。

 

あの時に偽造報告をしてもよかったんだが、もう入学当初に起こしてしまった恥はうんざりだった。

 

しかし、その結果がこの陰湿ないじめなら…………

そういえば、なんで檜山は俺のアーティーファクトのステータスを読めたんだろう?

 

そんな事を考えながら、奴らの暴力に身体が持たず、ついに俺の意識は薄れて……

 

 

 

(昴!!)

 

 

 

…………声?

 

@@@@

 

俺は目を覚ました。

そこには一人のセミロングの髪を染めた淡い栗色、そして俺よりだいぶマシだが鋭い目をした女の子が俺の片手を両手で握っていた。

 

「…………えっと」

 

俺が目を覚ましたのを彼女は心の底から安心したのか一息ついた後、自分の手をふと見て、みるみる顔を紅くしていった。

 

彼女が一体どんな葛藤をしているのか俺には知った事ではないが……

俺の呆れを他所に、その葛藤をようやく終えた彼女の口が開き、ぽつりと呟いた。

 

「…………あんたの片手に、蚊が止まってたのよ」

 

「………………」

 

その割には優しく包まれた温かい感触なんだが……

この感触、何処かで、しかも最近感じた?

 

「ちょ…ちょっと、何か言いなさいよ!!あたしが馬鹿みたいじゃない!」

 

彼女の反応を他所に、俺はある恐ろしい想像を……

 

はっ!

それがなんだってんだ。

 

もし仮に、前の世界で同じ事をしていたんなら、それはきっと哀れな俺を見てて、余りにも可哀想だったから手を握った……ただそれだけだ。

そう……そうに違いない。

 

あの目の前の子も、アイツらと同じ……

 

俺はそう『言い聞かせ』、いまは彼女の言葉に……

 

「実際に残念すぎる答えが出たら、だれだってそうなるだろ?ツンデレなら他にマシな言い訳考えとけよ…」

 

言葉に刺を少々交えて突っ込んだ。

しかし、彼女は昴の想像していた反応を裏切り、

 

「…………へへっ♪」

 

何故か嬉しそうな顔をして安心しきっていた。

 

「何で嬉しそうなんだよ。それといつまで、"手"…握ってるの?」

 

俺は今の彼女の行動が、どうにもピンとこなかった。

だって、俺の知るあの目の前の子は……

 

「よかった、あの時と同じ……軽口、また聞けた」

 

軽口?

あの時?

 

何の事……!?

その時、彼女は抱きついて……泣いていた。

 

「よかった……無事でよかった。それに、この"暖かさ"…あの時の…………」

 

(な……何なんだ?彼女は、"園部優花"はなんで俺に抱きついてきて……泣くんだよ!?)

 

昴はこの短時間で彼女の事を不気味な奴だと印象づけて、遠ざけようと…………した時だった。

 

『昴、ごめんね。あの時と今、昴を避けて…逃げて。こうなったのは、きっと臆病な…………あたしの………………だから、昴…………』

 

声が聞こえた。

否、聞いてい…………

 

 

(やめろ!そんな記憶はある訳がない……あってたまるか!!)

 

俺は【記憶】を否定する。

もし、もし…『それ』を認めてしまったら……

 

 

 

俺は焦燥を抑えつつ……彼女を改めて見た、その身体は傷だらけでーーー

まさか……あの現場から、『無理矢理』割り込んだのか!?

 

その時、俺はまた……【記憶】を思い出した。

 

その傷は、前回の世界とほぼ似たような、否……それよりも酷い……取り返しのつかない、傷を……

 

暴走した……この俺を、抱きしめて。

この

 

抱きしめて!!

 

 

「あぁぁぁぁ……」

 

「昴、大丈夫?」

 

俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、俺は、抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑えろこんな真似して許されると思って馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎馬鹿野郎。

 

「待って、昴!!」

 

園部が俺を呼び止める。

恐らく、俺は反射的に飛び出したのだろう。

 

それを彼女は追いかける。

 

「昴!!」

 

園部……何でお前が俺を、前の世界の最後とこの世界の今、優しくしてくれるのか、俺には全く心当たりがない。

 

だが、彼女は俺を『助けてくれた』。

過程がどうあれ、彼女の負った『過去』と『今』の傷が彼女の全てを語り尽くすには十分……否、『過去』にとっくに……

 

俺は気づけば檜山達にいじめられていた場所まで走っていた。

 

「待って!!」

 

園部は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの俺を見つけ出して、もう一度……抱きしめたのだ。

 

「昴、ごめんなさい。あの時からずっと、ずっと!」

 

やめてくれ。

 

「あの時から、昴の事を避けて…逃げて……きっと、昴があの時の昴じゃ無くなったのはあたし達……いや臆病だった、あたしの自業自得!!」

 

やめて……くれ。

 

「だから……昴」

 

頼む…………言わないでくれ。

 

俺は祈るように彼女に縋った。

しかし、園部は前回の事など知る訳もなく……

 

「ごめんなさい。ずっと、ずっと……高校入学から3日目のあの日に……庇えなくて、フォロー出来なくて、それからずっと…謝れなくて……ごめんなさい」

 

俺の『醜い』願いは、優しい懺悔の言葉に粉々に砕き破られたのだった。

俺は……

俺は…………

 

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 

とにかく、俺は園部に一言。

例え、全てを話せずとも……彼女に、これだけは言わないと……心がボロボロの俺にできる事は……

 

 

俺は園部に謝ろうと口を開いた時だった。

 

 

「よぉ、お熱い『カップル』さん」

 

そんな時だった。

憎々しい、彼女の想いを超える憎しみを、俺に植え付けた……『声』がした。

 

「完全に香織に嫌われた俺に対しての当てつけか?なぁ……園部 優花、菜月 昴ぅぅぅ!」

 

その男は、憤怒の形相で俺達を見下ろし、睨んで、手をかざしていた。

 




園部優花の原作ですらあり得なかった、昴に対してのデレデレの態度。

多分これで読者の皆様は色々とお察ししたかもしれないですが、それでも彼女は……園部優花は昴に"#"をする事をーーー。

この謎はまたいずれ。
※この二人の過去はIFでしかあり得ない独自設定が多々入ります。

そして次回、ついに……


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5話 『恋はいつだって突然に』

「"火球"、"火球"、"火球"!!」

 

檜山の魔法が俺の肩に、背中に当たり続ける。

そんな状況の中、何故反撃しないのか?

 

奴のイジメの証拠集め……そんな"どうでもいい"事など、昴は前回の事を忘れたかのように……否、前回の世界の全てを思い出したからこそ自分を、最悪の罪を犯した『菜月 昴』を最後の瞬間、己の罪を懺悔し、そして『菜月 昴』の今までの罪を許した彼女だから、昴は"火球"が園部に当たらない様に覆いかぶさって守る。

 

「昴、昴!!そこどいて!このままじゃアンタが……」

 

園部は昴と密接するのを嫌がった訳ではなく、ボロボロになる昴の安否を気遣って泣きそうな顔をしていた。

 

(くそっ、俺が弱いせいで……)

 

昴は己の弱さを改めて恥じた。

 

なぜ、俺には魔法を防ぐ防御力がない……ステータスでは耐魔が♾の癖に、この馬鹿野郎。

 

なぜ、俺には馬鹿をぶっ飛ばせる魔力が……いや、それなら無駄に鍛えたら身体能力でどうにかしろよ。

 

なぜ、園部がこんなにも…………だから!防御を、最悪体力を多く持てよ!!

見ろ!俺が辛そうに息を吐くたびに……園部の悲しそうな顔はますます悪化の一方だ!

 

畜生、畜生、畜生!!

何が【死に戻り】だ!!

そのスキルが役に立つのは、何もかも手遅れになった時にやり直してくれる……ただ、それだけだ。

 

 

後は何だ?

 

俺のアーティーファクトにメンヘラ文章を書き込むわ。

ステータス欄、魔耐辺りをめちゃくちゃな物に表して期待させて……結局役に立たなくて……

 

この二つはもしかしたら八つ当たりかもな……だけど!

【死に戻り】のスキルを話したら、俺が苦しみ……最終的にはみんなを殺し尽くした!

騎士団長達を、クラスメイトを、先生を、そして!

 

『ごめんなさい』

 

俺を最後に助けようとした園部を、園部を!!

…………あぁ、意識が霞む。

 

「昴、昴!?いや……いや、いやぁ!昴ぅぅぅ……」

 

「あははははは♪何だ何だ……死ぬのか?死ぬのかぁ!?菜月 昴ぅぅぅ!!」

 

…………くそ、優しい声に胸糞悪い声が重なっちまう。

うるせえなぁ。

 

だけど俺には、その胸糞悪い声を消し去った、前回の切り札は使えない。

なぜなら、優しい声を聞いたから。

 

それにしても背中が異常に熱いのに、痛いのに、瞳が重い……眠い。

あぁ、これ閉じたら死ぬわ。

 

「死なないで!死なないで!昴……お願いだから力抜いてよ!私が盾に……今度こそ、盾に!!」

 

妙に胸が痛いと思ったら……そういう事か。

どうやら園部の力では俺を押し倒して自身を盾にする事が出来ないらしい。

火事場の馬鹿力に感謝感謝だ。

 

そして、昴は掠れた声で優花を諭した。

 

「馬鹿……か、女の子を、特に大切な人を傷つけたらな…………男は一生……引き摺っちまう……もんなんだよ…………一生な」

 

その言葉は昴の紛れもない本音だった。

昴は二度と、自分という『悪魔』を許すつもりはない。

 

彼女等を真に知ろうとせず、自分が一方的に嫌な目にあったら殺すか見捨てるの精神に徹するなど……これじゃあ、何のために菜月 昴は両親と語り合い、前に進んだのか……

 

だから菜月昴は自分より大切な人達の命を優先させる。

無論、自分以上のクズの命か自分の命かと問われたら、迷わず自分の命を取るけども……

 

「…………そ……の……」

 

昴の息はもう事切れる寸前だった。

昴はその瞬間、己の運命を察し、それでも優香……彼女にこれだけは伝えないと、死んでも死に切れ無かった。

 

そして、彼女の顔を改めて見た時……

 

『ナツミ、私……友達、出来るかな?』

 

ふと、黒髪でやけに目付きの悪い女の子の姿が浮かび上がり、昴は目に涙を浮かべた。

その涙は、昴に何としてでもこの言葉は伝えなければいけないという使命感を与え、掠れ掠れに…………

 

「ご…………め…ん……なさい……あの入学直後の……あの日から、ずっと…………ずっと…………『優ちゃん』」

 

昴は満足などしなかった。

しかしそれでも、それでもだ。

 

……やっと、やっと一つ、謝れた。

 

昴は次の世界では、この倍は謝ろう。

初めて会ったあの日以外の事も、全部全部……

 

そう思い、己の最期を待った。

 

「昴…………『ナツミ』!!いや、いやぁぁ!誰か、誰か助けてぇぇぇ!!」

 

優花は助けを呼んだ。

しかし、彼女自身。もうとっくに気づいていた。

それは、昴にトドメを刺そうと構える檜山も同じく……

 

「はっ!助けなんか来るわけがねぇ、それに……もうアイツは放っておいても死ぬだろうがぁぁぁぁ!!」

 

優花は昴を助けようと身体を動かそうとする。

しかし、そんな状況でも………昴をどかせられない。

 

「どうして…………どうして!」

 

優花は己の非力を呪い、己の臆病を呪い、今……目の前で朽ちようとしている、やっと思い出してくれた『親友』が目を閉じかけて……

 

「誰か、誰か助けてぇぇぇ!!」

 

「ははっ♪じゃあな、菜月。くたばれぇぇぇぇ!!」

 

 

 

檜山が止めの"火球"を放とうとした時だった。

 

 

 

「ーーそこまでよ。『悪党』」

 

 

声がした。

 

その声は檜山の野卑な罵声も、彼女の悲痛な悲鳴も、昴自身の消えかけ寸前の呼吸も、なにもかもをねじ伏せて路地裏に響いた。

 

その瞬間、優花と昴に液体を浴びせられた。

優花は全身濡れただけだったが、昴の傷がみるみる治り、意識も戻っていき……この状況に驚いた昴は、なぜか頬を赤らめた優香を見て、後ろを振り向いた。

 

美しい少女だった。

 

腰まで届く長い銀色の髪をひとつにまとめ、理知的な瞳が射抜くようにこちらを見据える。柔らかな面差しには美しさと幼さが同居し、どことなく感じさせる高貴さが危うげな魅力すら生み出していた。

 

身長は百六十センチほど。紺色を基調とした服装は華美な装飾などなく、シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。ゆいいつ目立つのは、彼女の羽織っている灰色の古いローブだろう。しかしその古くよれよれのローブを羽織っていても、少女の美しさは消える事はなかった。

 

「それ以上の狼藉は見過ごせないわーーそこまでよ」

 

再び彼女の口から言葉が紡がれ、総身を震えるような感動が走った。

銀鈴のような声音は鼓膜を心地よく叩き、紡がれる言葉には他者の心を震わせる力がある。

 

昴と優花は自分達の置かれた状況すら忘れて、ただひたすら彼女の存在感に打ちのめされた。

 

しかし、檜山は……彼女の存在感を気にも留めなかった。

彼女に敵意を真っ向から向けられたにも関わらず、さらに下衆に染まった顔でターゲットを彼女に変えた。

 

「はっ、何か用か……お嬢さん。今のは訓練っすよ訓練。俺達はあんたらに頼まれてこの世界救うために、わざわざ召喚されたのに……どいつもこいつもコケにしやがってよぉ」

 

檜山は支離滅裂な事を言い放ち、掌に魔力を貯め始めた。

 

「召喚……手遅れだった。イシュタル……貴方達は、やはり…『怠惰』の……」

 

そんな中、彼女は歯を食い縛り苦い顔で昴達の方へ向き、申し訳なさそうに、二人に一言。

 

「ごめんなさい」

 

そう謝罪し、二人の頭を撫でたのだった。

 

昴と優花は彼女の温かな感触に、優花は顔をさらに赤く染めさせ、昴は……意識を失いかけたのが嘘であるかのように、優花より顔を赤くさせ、彼女の姿を目に焼き続けていた。

 

「おい、手前!!なに余裕ぶってやが……!?」

 

檜山が彼女に完全に無視をされて怒り、魔力……"火球"を放とうとした時、その手が一瞬で凍りついた。

 

「危ないなぁ、僕の『娘』に火傷でも負わせるつもり〜……かよ?」

 

そうのんびりと、しかし…最後、ドスの効いた声のような口調で檜山の片手を凍らしたのは、掌に乗るサイズの直立する猫だった。

 

毛並みは灰色で耳は垂れ、スバルの常識で言うならばアメリカンショートヘアという種類の猫が一番近い。鼻の色がピンク色で、妙に尻尾が長いのを除けば。

 

その奇妙な猫の姿を見た後、自分の腕を見て……真っ青になり、自分の置かれた立場をようやく理解できたのだ。

 

「ひっ……ひぃ!」

 

「さて、平気で仲間に暴力を奮う君は……例の『七罪魔王』のどれかの使いっ走りか何かかな?まさかこんなに早く、奴らと手を組む奴がいたとはねぇ〜」

 

怯える檜山を見た彼女は、すぐさま凍結した手を火の魔法を使って、元に戻した。

 

「こら、パック。いくらなんでもやんちゃしすぎ!」

 

「えぇ〜、だって君を怪我させようとしたし、それに……彼、死にかけてたじゃん」

 

パックと呼ばれる子猫はそう言って、昴の事を指さした。彼女はそれでもと言わんばかりにパックの顔に指を近付かせた。

 

「今、倒れている彼は死んでない。だからさっきのは過剰返し!おあいこにするなら……」

 

バキィ!!

 

彼女はそう言って、檜山に右ストレートを決めた!

優花は唖然。

昴はさらにトキメキを増した。

 

「うわぁ〜、右ストレートとは……まぁ、おあいこかな?」

 

いや、檜山の顔を変形させて尚且つ死にかけてる程のこの威力は「おあいこ」とは言えないだろう。

そんな突っ込みを今の優花にできる余裕はなかった。

それは昴も同じ事だが、優花とはまた別の理由で突っ込めなかったのは昴のトキメキ中の顔を見れば一目瞭然である。

 

「……今の騒ぎで人が来るよ?」

 

パックが彼女に忠告すると、彼女は二人の頬に手を当て、申し訳なさそうな笑顔で言った。

 

「もう大丈夫だからね?……でも、今見た事は夢だったって事で勘弁してください……ごめんね!」

 

「ミョンミョンミョン」

 

パックが謎の呪文を唱えると、優花は深い眠りに落ちてしまったが……昴は何故か、眠りに落ちなかった。

 

「あれ……どうしよう!?」

 

「う〜ん、しょうがない。リア!!」

 

パックがリアと呼んだ彼女に合図を送った。

 

「え!?あ……うぉりやぁ!」

 

ストン!

 

「うっ……」

 

その彼女は依然慌てたままで、昴の首に手刀を当てたのだが……正面から首筋の後ろに当ててしまったせいで昴は正面に倒れてしまい……

 

「ひゃん!」

 

彼女の豊かな胸にダイブしてしまった。

昴は、今にも鼻血を出しかけ寸前だった。

 

しかし、今ここで出してしまったら彼女の服が汚れてしまう。そんな事を昴は許せるわけもなく、何とか、何とか踏ん張り……そしてキチンとお礼を言うべく、彼女と向き合った。

 

「あ……あのね、これはワザととかそんなんじゃ……」

 

尚も慌て続ける彼女に昴は失いかける意識と吹き出しかける鼻を気合いで制し、「俺達を……助けて、くれて…ありがとう、リア」そう踏ん張るような笑顔で彼女にお礼を言った。

 

「ーーどういたしまして。後、わたしの名前はエミリア。ただのエミリアだから……また何処かで会えたらよろしくね」

 

その時、彼女はお礼を言われたのが嬉しかったのか……可愛い笑顔ではにかみ、自分の名前を述べた後、パックがまた呪文を唱えて消えてしまった。

 

昴はこの出来事を一生忘れる事はなかった。

彼女達がいなくなった数秒後、昴は盛大に鼻血を吹き出し、先程の手刀のダメージにより意識を……

 

 

(彼女の名前はエミリア……エミリアたん!エミリアたん!!君は、君はとっても、E・M・T(エミリアたん・マジ・天使)だぁぁぁぁぁ!)

 

 

菜月 昴の心躍る『恋』を感じ、その彼女の優しさと美しさと……先程の柔らかさを感じ、歓喜の表情をして大の字にぶっ倒れたのだった。

 

 

この日……菜月 昴はこの異世界で、人生最大の幸せを、心の底からの生きがいを、ナツキ・スバルは見出す事ができたのだった。

 

そんなスバルを、何処かの猫が何故かクスリと笑っている。

一瞬、一瞬だがそんな気が……

 

ふにっ

 

……猫パンチを喰らった。

痛くなくて……よか……た。

 

@@@@

 

つい先程の騒ぎで全力で逃げに徹するエミリアとパックはとある部屋に潜んでいた。

その部屋は窓があり、その先の景色は城門と城下街が広がっているので仮に見つかったとしても窓を突き破ってそのまま逃げ切れる確信があった事もあり、この部屋に潜むことにしたのだ。

 

しかし、そこにいるのはエミリアだけでパックは……

 

(エミリア、相変わらず君のお人好しには冷や冷やするよ。いざという時に取っておいたあの『とっておき』も躊躇なく使っちゃったしね〜)

 

パックは『念話』を使って、エリミアの頭の中で語りかけていた。彼女はそんなパックに対して、謝罪をした。

 

「……勝手な事してごめんなさい。でも私はーー!」

 

(それが君の大好きなところさ……リア)

 

エミリアの言葉を言い切る前に、パックはエミリアの大好きな所を指摘して、彼女の行動を嬉しそうに話した。

 

「うん、ありがとー。『お父さん』」

 

エミリアはパックのそれが嬉しかったのか、先程よりも嬉しそうな笑顔で笑った。

パックはエミリアの笑顔を見て、幸せを感じようと思ったけど、状況が状況なので、これからリアと潜入の結果を共有する。

 

(……さて、今日の潜入の結果。召喚が『協力者の情報』から2日程ズレてしまって本来の計画は失敗したけど、イシュタルが例の『怠惰』と関わっている事と『協力者』の軍の中に密告者がいるのは確定だ)

 

「もう、私の知っている大切だった『怠惰』の、ーーはもう既にエヒトに……それに、スパイまで……」

 

(……君には心苦しい事実だけど、受け止めて欲しい所だね)

 

エミリアはとても悲しそうな顔で俯き、パックはそんなエミリアを見て彼女に対する悲しみと彼女にそんな顔をさせた裏切り者達に対する憤怒の気持ちが混ざり合っていた。

 

(そして、異世界から召喚あの少年少女達は……正直哀れ、と言いたいところだけど…全てがそうとは言い切れない。あのさっきの男と僕が直に見てきた"危険人物達"と"勇者"は『闇』が深い。下手したら『傲慢』の魔王がこの中に生まれるかもしれないけど、あの二人はそうはならないだろうね。彼女もいい子そうだったし、特にあの男は、君に気を遣ってさ、尚且つお礼もきちんと……)

 

 

ぐぅぅぅぅ……

 

 

突如としてお腹の音が鳴り響いた。

その時、エミリアの顔が真っ赤に染まるのをパックは笑いを堪えて意地悪な質問をした。

 

(おやおやおや〜?可愛らしいお腹の音を鳴らしたのはだ〜れだ?)

 

「んもう!パックの意地悪……」

 

エミリアはニヤニヤ笑いながら自分のお腹の音を指摘するパックに対して頬を膨らませてふてくされる……といっても見ていてとても可愛いふてくされだった。

 

「…………お腹すいた」

 

エミリアはお腹をさすり、今日はここで引き上げようかと考える。

しかし、エミリアの視界にバッグが見えて、ふとその中を見てみると……

 

「わぁ、美味しそうな緑の玉のご飯」

 

とても美味しそうな緑の玉が大量に乗っけてあるご飯がびっしりの弁当が2箱、残っていたのだった。

 

(……リア〜?)

 

パックは長年の付き合いでエミリアがどんな行動を取るか、ある程度想定は付いていたので、よだれ塗れの子供をニヤニヤしつつ、拾い物を食べる節だらけな子にしない様にする為、牽制を始めるのだった。




ついに、メインヒロイン登場!
彼女達はリゼロのエミリアとパックを元にしたキャラクターで、実質エミリアとパックですね!

とはいえ、彼らはエミリアとパックとはまた違う物語があるのでその辺の対比も含めて是非応援してくれると嬉しいです!

それでは次回、檜山の末路とE・M・T!!
お楽しみに!!


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6話 『天使と猫との再会』

E・M・T!!
E・M・T!!
E・M・T!!

この話の投稿と同時刻に開催するアンケートについての概要が後書きに書いてあるのでまたそれも読んでくれると幸いです。

活動報告にもアンケートについての概要を投稿します。


菜月 昴はまた病室で目が覚めた。

その時も手に温かい感触を……園部が握ってくれていて、その彼女は眠っていて……

 

「昴くん!無事でよかったですぅぅぅ!」

 

「ぶべらぼへ!?」

 

そして、愛ちゃん先生が大号泣しながら俺の腹部に突撃をかました。

 

「いてて……何するんすか愛ちゃん先…………」

 

俺は、その呼び方はあの時……

 

「昴くん……ごめんなさい、ごめんなさい!!ゔぇぇぇん」

 

…………もうつまらない意地は終わりにしよう。

俺は一回見捨てられたという些細な事など、もう恋という情熱的な思いを抱いてからどうでもよくなってしまったらしい。

 

無論、初めの世界で俺がやらかした事は永遠に忘れないし忘れたら許さないの精神でやっていく。

 

(これ以上、前回の些細な部分をいつまでも引き摺っても仕方ない。俺はこれから、みんなとやっていくのだから)

 

俺は未だに号泣している愛ちゃん先生とよく見たら涙の跡が残っていた眠り中の園部を見て、あの子の事を思い出して、そして……みんなからの見舞いのメッセージを見た俺はやっと吹っ切れたのだった。

 

「んん……あ、昴」

 

俺は目が覚めた園部を見て、沢山傷つけ、怖がらせてしまった彼女を……そして迷惑をかけた先生に引き篭もりの件について、未だに言っていないあの言葉を、園部が俺に何か言う前に……俺は頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

「「…………!!」」

 

その言葉を皮切りに、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる程に二人に思い当たる自分の罪を懺悔し続けた。二人も俺に対して何かを謝り続けて…………

 

やっと俺は、『ゼロから』踏み出せた気がした。

それはあの二人も同じなのか、いやそうであってくれたら……そんな希望を俺をやっと望めるようにまで心を回復できた。

 

そんな感じがした。

 

@@@@

 

という訳で檜山についてだが……

 

エミリアによって負った顔の傷はさっぱり完治せず、俺が前に読んでいた海賊漫画に出てくるスパンダ……見たいな固定具を装着したままだった。

 

どうやらアイツは俺に対して「あと一歩で殺してやったんだ!」と自分の首を絞める発言を何度も何度も繰り返して、牢獄にぶち込まれた。

 

とはいえ、俺の鼻血の量と背中の骨にヒビが入っていたという事でどのみち有罪は確定だったらしいけどな。

ちなみに俺の怪我はしっかり完治した。

 

その後、アイツは首輪+手錠付きという奴隷の様な、いや実質奴隷の姿で俺達の中に戻る事になるらしい。

 

やつらは何と処刑を考えていたらしいが、愛ちゃん先生が反対したのだ。

 

実の所、俺も反対だった。

だって、異世界でクラスメイトがのたれ死ぬのは違うし、そもそも奴の破滅は俺にも多少の非が……ある訳ないと園部に断言されたが、やはり責任はどうしても感じてしまったので、檜山の罰に対して、俺の意見を愛ちゃん先生に託したので先生に文句は言わせない。

 

…………それでも、クラスの今の現状を振り替えても、そのままあいつを放置したら、今の檜山は南雲と俺の二の舞になるんだろうなと胸糞悪さがどうしても消えずにゲンナリ中だった。

 

「全く、アイツはどんな形で罰しても胸糞悪さしか残さねえからタチが悪い」

 

「あたしはもう牢獄に入れた方がいいと思うんだけどな。またアイツが何かやらかさないとも限らないし、下手したら他の小悪党達や虐められていた奴や怯えていた奴が……」

 

「……普通にあり得る話だからな、多分どれも正解とはいえないだろうな」

 

俺は見つからない正解に頭を抱えてため息を吐いた。

 

「……まぁ、もうアイツはしばらく喋る事も出来ないし、しばらくは大丈夫だろう。そんな事より、これからは本格的に強くなる事に方向転換しないといけない時期だ」

 

「そうね、昴……頑張ろうね」

 

「あぁ」

 

俺は病室にベッドごと縛られた檜山がいたが、優花と先生が念の為安全も考えてと敢えて俺のの部屋で休ませる事になり、俺はこれからぐっすりと身体と心を回復させる事に集中する事にした。

 

それにしても……

 

「銀髪のあの子……エミリアたん。可愛かったな〜」

 

「中身はパワフルだったけど?」

 

俺はあの時の銀髪の女の子の事が頭から離れられなかった。

そんな様子を見た優花は安心したにしてはとても悲しそうな顔を、一瞬だけして……

 

「それにしても、さっきのエミリアたん呼び……気持ち悪い」

 

「いきなりの暴言!?」

 

ジト目で俺の彼女の呼び方に嫌悪を表した。

 

「気持ち悪いは傷つくぞ……」

 

「昴は暴走しやすいから、ハッキリとダメな所を言わないと取り返しがつかなくなるって先程の懺悔でようやく分かったからね」

 

優香は舌を出して、ベーっとした。

俺は彼女の適切な指摘になにも言い返す事ができなかった。

 

現に取り返しがつかない事、現実世界やこの世界で何回かしたし……

これから意識して空気を読む様に心掛けようと反省しつつ、俺の部屋の目の前に着いた。

 

「それじゃあ……」

 

俺が手を振って優花と別れようとしたら、彼女は俺の両肩を掴んでハッキリと宣言した。

 

「昴、あんたがちゃんと寝るまで見届けるわ。そうでないと今日のアタシはもう不安で不安で仕方ないの」

 

「お前は俺の母ちゃんか!?……って俺の母ちゃんでもそこまでしねぇよ!」

 

優花が献身が過ぎる台詞を言い、勢いよく俺の部屋の扉を開けた。

俺は流石に恥ずかしくて、そんな優香を止めようと彼女の肩を掴んだ時だった。

 

優花と俺は扉の向こうに人の姿の……あの時の銀髪の女の子と灰色の猫が、俺の弁当箱を二つ食べようとして、銀髪の女の子は屈服してしまった感じの涙を流しながらいただきますのポーズを取っていた。

 

「うっ、うっ……お母さんの、母の臭いがするよぅ…」

 

「よし、食べるならとっとと食べちゃうぞ〜」

「きっと、私は閻魔様に舌を抜かれちゃうけど……すごく、すごーくごめんなさい。どこかのお母さ……!!」

 

「「………………」」

 

目と目が遭った。

銀髪の女の子の汗が尋常じゃない程流れていて……

 

「ち、違うの!ここ…これは……摘み食いってやつ!!」

「リア〜、それをいうなら盗み食い……それか拾い食いだね」

 

エミリアの言い訳は完全な自白も同じだった。

優花は呆然と立ち尽くし、言葉が出ずにいたが、昴は扉をゆっくり閉めて彼女達の元へ近づき……

 

「ひっ!」

「あらら〜」

 

エミリアは叱られるのを怯える子供のように、パックは彼女に害する敵を排除せんと掌を構えたが……

 

こほんと咳払いして、なぜか昴はその場で一回転、指を天に向けてポーズを決める。

 

「俺の名前はナツキ・スバル!この世界の右と左は多少分かったが、その他に対しては天衣無縫の……」

 

「何もかもがおかしい!!」

 

バシィン!!

 

「ぶべらぁ!?」

 

優花はやっと気を持ち直したのか、昴の空気の読めない発言と暴走に彼の頭を躊躇なく叩いて突っ込んだ。そして……

 

「二人とも、さっきは助けてくれてありがとう。でもあたしは"摘み食いは犯罪"の精神は一応持ってるから…………ひとまず正座ね」

 

一人と一匹に、飲食店で騒ぎ立てる客を一瞬で黙らせるかの如くの冷たい笑顔を放ち、『正座』を求めたのだった。

 

「…あわわわ」

「あちゃ〜」

 

優花は、昴を眠らせようとしたが骨にヒビが入るぐらい度がすぎた手刀と先程の盗み食い未遂を説教し、気絶していた昴を……

 

「昴、終わったわよ」

 

バシィン!!

 

「ぐひゃあ!?」

 

叩き起こした。

 

「いくらなんでも手荒すぎだろ!?」

 

昴は余りにも手荒すぎる対応に驚愕の表情で突っ込んだが、優花は涼しげな顔で昴の突っ込みに対応した。

 

「そりゃあ手荒くなるわよ。早速、暴走かましてたし」

 

「うっ…………何も言えねえ……」

 

優花の正論にまたしても論破された昴はゲンナリしつつ、涙目の銀髪の彼女と説教くらっても、ぽやぽやしている猫と改めて向き合ったのだった。

 

「さて、昴に対しての手刀の怪我の慰謝料代わりに……貴方達の事、教えてくれる?」

 

「慰謝料とか言い始めたら、エミリアたんが俺に変な距離感生まれる可能性大だからやめてくださる!?」

 

ちなみに、昴の骨のヒビの件や母親が作ってくれた弁当の盗み食い未遂の犯人がエミリアや心を許した以外だったら昴は徹底的に罪を追及していたのは語られる事のない話である。

 

エミリアは震える声でこの世界の通貨と宝石を置き始めた。

 

「そ……そうだ。弁当代と怪我の慰謝料をみんなで共同で使ってるお金か仲間の形見の宝石で……」

 

「マジでやめて!そんな事したらアタシが完全に悪者じゃない!!」

 

「優花の言う通りだ!!そんな大事なお金や宝石は人間関係語る前に俺と優香の罪悪感が大変な事になるから絶対やめて!よし、弁当の件と俺の怪我の件は完全不問!!頼むから本当に勘弁してくださると今後の人間関係辺りがスムーズに良くなると思うのですが!!」

 

「そうだよ〜、手刀はともかく盗み食いに関してはこの世界で生き抜く為のサバイバルとして仕方なかったんだよ〜。保護者としては苦々しい限りさ〜」

 

「「だったらそんな事をしない為の立ち回りとか教えられる事沢山あるだろダメ保護者!!」」

 

パックはごめんねと可愛い猫のポーズをし始めて、これ以上騒ぐとまたややこしい事になるとやっと昴と優花は冷静になり……昴のもろもろの件はそもそも昴が怒っていないので全て不問にしたのだった。

 

優花は昴と自分を助けてくれた彼女に恩がある為、これ以上はとようやく引き下がった。

そして、昴は咳払いをしてスバルはその場で一回転、指を天に向けてポーズを決める。

 

「それでは改めて、俺の名前はナツキ・スバル!この世界の右と左は多少分かったが、その他に関しては天衣無縫の無一文!ヨロシク!」

 

「という訳で色々と自分の首を盛大に絞めてる天職が一般人のお馬鹿さんがスバルよ。あたしの名前はソノベ・ユウカ。天職は投術師…よろしくね、常識知らずの銀髪さん」

 

「それに関して嘘言ったてしょうがないだろ!?後、まだ弁当の件どんだけ根にいててて!!」

 

「はいはい。弁当の件はもうおしまい。私が大人気なかったです……ふんっ」

 

優花は昴の頬をつねって更にデコピンまでかました。

 

「暴力反対!!」

 

俺達の様子を見たパックはクスクス笑っていた。

 

「仲がいいのか悪いのかよく分からないね〜」

 

「き……奇遇だな。俺も優香の独特の距離感に全力で戸惑いを隠せない……ぜ……」

 

昴は何故か頭を撫で撫でしてくる優花にゲンナリしつつ、昴はどうぞと彼等に振った。

 

「僕の名前はパック。エミリアと契約している『精霊』で天職は……昴が好きそうな二つ名で通ってるよ」

 

「俺が好きそうな?どんな天職だ?」

 

「『終末の獣』……さ」

 

「「………………」」

 

昴と優花は悪そうな顔で凄むシックに怯えて、すぐさまエリミアの後ろに回った。

 

「嘘嘘。『4大精霊・火』だよ」

 

「『火』?でもあの時は『氷』を……」

 

「それはね、相手の熱量を奪って氷に変えるって感じでクソガキの手を凍らせたり、僕の本来の力の火を使って元に戻したりしたんだよ〜」

 

昴と優花は余りに天才的な戦い方をサラリと話すパックに固唾を飲むしかなかった。

そして優花はもう途中で逃げられそうにないと、この猫は躊躇なく自分達を殺せるといいのけたと内心思い、隣の銀髪の女の子のペースに冷静さを失っていた己の迂闊さを恥じていた。

 

昴に関しては、凄いな〜と単純に思ってただけだったが………

 

「さてさて、僕の凄さと"君達の立場"も分かってくれたところで…リア。彼等とはこれから長い付き合いになると思うから紹介して」

 

「………………」

 

「リア?」

 

パックが無反応のエミリアの様子を見ると……

 

「お腹減ったお腹減ったお腹減ったお腹……」

 

ポロポロと涙を流してお腹が空いたとよだれまで垂らして訴えているエミリアが昴の事をガン見していた。

 

「よーしよーし分かった!お預けは終わり、食べてよし!」

 

「お預けって犬じゃあるまいし」

 

ガブガブムシャムシャ

 

「いただき……まふぅ……うっ、うっ」

 

エミリアは涙を流しながら昴の弁当を食べ始めたのだった。

昴はそんな彼女の姿に癒されつつ、さっきのやり取りで不思議に思った事をパックに聞いてみる事にした。

 

「それにしても、そんなにお腹減ってんなら宝石は俺的にもエリミアたん的にもダメだと思うけど、金なら多少は使っても良かったんじゃ?」

 

「あぁ、そのお金はこの後の……此処からは裏の世界ってやつさ」

 

昴は神妙な顔付きで、パックがさっき昴ににひそひそ声をしたのをおうむ返しの法則でその金の使い道を問いただした。

しかし優花も昴の側にいたためそのやり取りは無意味に終わるのだが……

 

「……何かの取引か?」

 

「ふっ、これは奴隷売り場で売られる子供達を買い取る為のお金さ」

 

「え!?」

「奴隷、だと……」

 

昴と優花は絶句した。

この世界には奴隷が、存在していたのかと。

 

「ぶっちゃけていうとこの宝石は少しでも苦しんでいる子供達を保護してほしいと仲間に託されたものでね……それでも君達はそのお金と宝石で奴隷達が食べている臭い物より良い物を食えと?」

 

「あんた!そういう事は早く言いなさいよバカ猫!!」

 

優花は大事な事を言わないパックを怒鳴りつけてエミリアに抱きかかった。

 

「あぁ、もう!アンタもそんな事情があるならちゃんと言ってよ!アタシ、本当に馬鹿みたいじゃない!!…………ごめん。アンタ、優しい人ね」

 

エミリアは驚いて弁当を食べやめ、そんな優花の暖かさに昔の思い出がフラッシュバックするかの如く、紫紺の瞳を煌めかせて……

 

『エミリア、あなたはすごくすごーく優しい人ね』

 

「…………母さま」

 

「え?」

 

エミリアは一粒の涙を流した後で優花を抱きしめ返して……

 

「ユウカ、すごくすごーくありがと。そしてゴメンなさい。辛い事言わせちゃって、私の名はエリミア。ただのエリミアよ」

 

優花はエミリアの満面の笑顔を直視して、顔面が真っ赤にそまり……

 

「……改めて、私はユウカ。そ……ソノベ・ユウカよ。よろしくね、エリミア」

 

エミリアは優花の改めた自己紹介を聞いてさらに嬉しさが込み上げる。

 

「ユウカ、ユウカ!」

 

エミリアは優花の頬を自分の頬で頬擦りを始めたのだった。

 

「あ……あぁ…あああ……」

 

優花はもうされるがままで、その光景を見ていた昴は残りの弁当を全て出し尽くした後、自分の携帯を見つけて……

 

「天使!天使!天使!天使!天使ぃぃぃ!!」

 

全力で百合百合の彼女達の姿を己の携帯という思い出にその記録を刻み付け始めたのだった。

そんな昴にパックは……

 

「昴!角度だ、角度をもう少し斜めで顔をアップだ!!刻め刻め刻んでくれーーー!!」

 

昴の悪ノリに全力で加担したのだった。

そんなノリが続きすぎて……

 

『昴くん。優香さん?何かトラブルですか〜?』

 

愛ちゃん先生の声が聞こえ、中に入ろうとドアの音が聞こえ……

先生が中に入った時にはベッドで目を開けたままの昴しかいなかった。

 

「あれ、昴くん。優花さんは?」

 

「あ……あぁ、さっき部屋を出た……所。見てない……ならトイレじゃね?」

 

「全く、昴くんはデリカシーという物を知らないんですか?しょうがない生徒ですね……それじゃあゆっくりと休んで下さいね」

 

先生はそう諭し、昴の部屋から「おやすみなさい」と言って出て行ったのだった。

 

その数分後。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

菜月 昴は動悸が治らなかった。

それもその筈である。

 

その昴のベッドの中は、エミリアと優花の二段バサミの状態で……しかも密着しているので、二人の胸が見事に昴の両腕が当たっていたのだ。

 

優花は顔を真っ赤にして、エミリアはそのまま眠りこけて、しかしなぜか昴の腕から未だに離れられなかった。

 

そんな三人の様子にパックは昴の携帯カメラを構えて。

 

(ナツキ・スバル、ソノベ・ユウカ。この二人なら、僕の娘を……いや、もう少しだけ時間が許す限り、彼等のことを見極めよう)

 

そんな事を思いながら、両手に花の昴の姿をカメラのシャッターボタンを押して昴の携帯に刻み込ませたのだった。

 

※その後、優花は顔を真っ赤に染めて自分の部屋に戻り、エミリアはパックに運ばれて隠れ家に戻り、昴は賢者モードで眠れませんでしたとさ。




ありふれた異世界を読んでいただきありがとうございます。

急遽ですが、アンケートを取りたいと思います。
その内容は、『リゼロを元としたキャラクターの名前を一部変えて登場させるか』です。

私としては、このリゼロの世界の『菜月 昴』以外の登場キャラクターがありふれたの世界に登場させるのは……どうしても無理があると思い、せめて彼らのそっくりさんをと思い、彼等に似た名前を付けて登場させようと思いましたが……

もし、それをよしとしない人がいるのなら……リゼロ派生のキャラをリゼロ世界から来たという設定は使わないですが、せめて名前は一緒がいい。という思いもあるのではないかと読者達の感想を見て思いました。

という訳で、この話を投稿したすぐにアンケートを取りますので投票をよろしくお願いします!

期限は投稿してから3日間の間とさせていただきます。

※アンケートの結果、リゼロのキャラ名そのまま使うという事で修正しました。


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7話 『調子に乗るなと自分に怒られた』

今回は情報が多いので、じっくり読んでください。



昴は未だに眠れずにいた深夜。

エミリアを隠れ家へ返したパックがまた俺の元へ訪れた。

 

「おやおや〜?携帯を舐め回すように見て何をしているのかな〜?」

 

「…………くっ、俺のエクスカリバーが」

 

「エクスカリバー、が何だって?」

 

その瞬間、パックの身長が昴と同じサイズ……より少し上になって下ネタをいう昴を見下ろした。

 

「じょっ、冗談っす」

 

昴はパックの色んな意味で怖い姿を見て、携帯をしまい謝った。

 

「よろしい。今日はまだ君に話したい事が山程あったんだよ?」

 

「奇遇だな。俺も聞きたいことがあったんだけどまだ肝心な事聞けずじまいでその事を思い出したら色んな意味でモヤモヤしてた所……」

 

「エクスカリバー?どうやらキミの事を過大評価しすぎたかな?」

 

「くっ……すんませんした!」

 

しかし、パックは昴の携帯を取り上げて中身を物色し始めた

 

「没収だね没収。とにかく僕の娘のムフフな…くっ、僕の前に付いている小さな尻尾が!?」

 

「お前も人の事言えなくね!?」

 

昴の指摘にパックは沈黙し、昴の携帯を本人に返したのだった。

 

「さて、可愛らしい猫がムッツリスケベだったのが判明したけど……そんな事の為に来たわけじゃないだろ?」

 

「当たり前だね。今回はエミリアが戦っている君達が知っている『魔王軍』とは別の『敵』について君に話をしに来たんだけどね」

 

「……さらっと恐ろしい事実を聞いちまったな」

 

昴は、ある程度は彼等と檜山の邂逅の時に聞こえた会話の内容から、ある程度覚悟していたとはいえ、魔王軍と同等の敵の存在がいるという事に、昴は内心冷や汗をかいていた。

 

「へぇ、状況的に君達は完全に詰みと言っていい状況なのに……昴はよく平然としていられるね」

 

パックは外面だけ平然な昴を見て、嫌味も交えつつ感心していた。

 

「そんな訳ねえよ。どっちかっていうと情報量が錯綜しすぎて処理が追いつかないってのが今の俺の状態だ」

 

「そうだね〜、取り敢えずハッキリさせておくけど『魔王軍』だけを倒せば"君達の世界"に帰れるとは思わない事だね」

 

「…………」

 

昴は驚かなかった。

自分でも何故だろうと不思議でならなかったが、先生がイシュタルに抗議した時や俺が奴等に文句を言った時、あの時の道具としか思っていない目をしていたのが印象に残ったからかもしれない。

 

「ここまで来ると、別の『敵』の正体が俺でも推理できちまうんだけどな」

 

「へぇ、中々察しがいいね?それじゃあ、一緒に『敵』の正体を言ってみようか?」

 

俺とパックは「せーの」といい、「「エヒト」」と見事にハモったのだった。パックは昴に称賛の拍手を送ったのだった。

 

「大正解〜」

 

「はぁぁぁ……何か嫌な予感してたんだよ。いつだったか『盾の勇者』の伝説を記したノベル、本を読んでいく内に黒幕が神様だったっていう展開だったからな。しかも、最初らへんに出てきたその神様とは別の教会関係者は完全に人を道具としか見てない奴らで……見事にあの時のイシュタルを見て、条件ピッタリで、嫌な予感がしてたんだ」

 

まぁ、イシュタル達には他にも身勝手な大罪司教達と被って見えたりと、様々な理由もあり昴は嫌悪しか見出せなくなったのが、今回の推理を当てる一因となった。

 

「まぁ、そいつらは『大迷宮』ってやつを攻略していけばいつかは倒せるよ」

 

「大迷宮?」

 

「それに関しては、自分で調べてね?これから話すもう一つの『敵』はその大迷宮の一つや二つを"攻略"した……君達が当初、倒すべきだった『魔王軍』とは別の『七罪魔王』だからさ」

 

「………………パードゥン?」

 

昴は呆気に取られた。

『大迷宮』の事ではない。魔王軍やエヒトとは別のもう一つの敵の存在……『七罪魔王』という単語が、何の前触れも無く聞こえたからだ。

 

「…………あれ?そこまで予想してなかったの?」

 

「できる訳ねぇだろ!?」

 

昴は突っ込むしかなかった。

黒幕は神様。そんな予想と覚悟はある程度はしていたが、『七罪魔王』については完全に昴の予想からは的外れの存在だったからだ。

 

「パック、その七罪魔王って奴は……」

 

「はい、時間切れ」

 

「…………え?」

 

パックは昴のオデコにデコピンを喰らわした。

 

「な…………ん……で……」

 

「これ以上、話し込むと明日の訓練に支障が出るからさ。アイツらは僕も嫌いだけど……君達が強くなるにはやむなしだしね。また『七罪魔王』については夜。君一人だけか、この前エミリアと友達になってくれた君より目付きがマシな女の子と一緒の時に……今度はエミリアも連れて説明しに行くよ」

 

「そ……う……か」

 

昴はもうこれ以上問いただすのは、己の深い眠気のお陰で不可能だと判断したのと、初恋の女の子を連れてまた来ると言ってくれたのもあり眠気はもうMAXだった。

 

「昴。奴らとまともに戦うには『戦略』と『仲間』の存在は不可欠。君のパワーアップは…………おやすみ、昴」

 

パックが全てを言い終える前に昴は眠りについた為、パックは布団を昴に掛けた。

 

(僕はもう時間がない。なのに、なんであんな弱い彼の事を『自分の後継者』として全てを…………)

 

パックは自分の判断と行動に、まだ迷っていた。

 

なぜ、自分は『勇者』と積極的に接触をしないのかを。

なぜ、『一般人』である昴に黒幕達の事を話したのかを。

なぜ、彼に……『エミリア』を…………って!

 

(馬鹿馬鹿。いくらなんでも早すぎだよ!!はぁ、こんな調子じゃあの目の前で涎垂らして寝ていて、今日……娘に惚れてアプローチを掛けようとしている忌々しいオナニーくんに……くそっ、クールになれ。クールになれよ……パック!!)

 

パックはその瞬間。

あの夢……否、予知夢の事を思い出していた。

 

そう、それは大迷宮の一つである『オルクス大迷宮の奈落』から落ちていく、『心が壊れかけのエミリア』にあの男が……

 

(見極めろ、パック。限界が来るギリギリまでそしてこの未来が来ても、絶望に塗れた"エミリア"を救ってくれる『英雄』を、何としてでも……何としてでも!!)

 

パックは今日も自身の眠りを許さずに行動する。

彼女の未来を、少しでも良くする為に……

 

今夜は月は見えない。

しかし、見えないからこそ精霊の輝きは煌めいて、今日も彼は暗躍する。

 

 

####

 

「う……うぅん。ここは……どこだ!?」

 

菜月 昴は何故か目を開けたら真っ白な空間しか無かったので咄嗟に叫んでしまった。

 

「おいおいおい、タダでさえ今の状況で腹一杯だってのに……ひょっとして、自惚れじゃあ無いけど俺の身体って実際、他のクラスメイトよりやばい事になってんじゃあないだろうな?」

 

昴はとにかくここから出る為に起き上がる。

すると、目の前に『アーティーファクト』がポツンと置かれていた。昴は気になってそれを拾い、名前の欄を見てみると……

 

「えっ?何でこれに……嘘だろ!?」

 

そこには『ナツキ・スバル』という自分の名前が書かれていたのだ。

一体何故、自分のアーティーファクトが白い空間にポツリと落ちていたのか……昴は頭を抱えつつ、それを詳しく見てみると……

 

「こ……これは!?」

 

@@@@

 

================================

ナツキ・スバル 17歳 男 レベル:10

天職:一般人(嫉妬のーー)

筋力:200

体力:10000

耐性:1000

敏捷:1500

魔力:100

魔耐:♾(魔攻撃のみ700)

技能:【死に戻り】『概念魔法』[+条件を満たして自動発動]「精神汚染」[+七つの大罪(嫉妬・憤怒・強欲・暴食・色欲・傲慢)]・「器用貧乏」[日常技能を自動的に取得]《+技能収束》=[+プチアーティスト][+プチ料理人][+プチ錬成師][+ゲームマスター][プチ指揮者][+特化型魔物使い]extra…・「言語理解」[+自動コミュニケーション]・気配感知[悪意・殺意特化]・英雄資質[+ One for all, all for one ※条件を満たして自動発動][+不屈の精神]

===============================

 

※運命の反逆者

神の言葉や福音書などの予言を行動をもって破壊できる。

 

※世界の理から外れし者

例として、魔物の肉をデメリットもメリットの効果を受け付けず普通に食べられる。という、トータスの常識を一部反転させる事ができる。

 

※心を救う【英雄】

闇・悪に堕ちた彼の愛する者を彼の行動次第で光に導ける。

 

※七罪ーー

精神が弱ると精神汚染が酷くなり、最終的に暴走するが……彼の精神の根本を解決すると精神汚染の一部が消える。

 

@@@@

 

「どういう事だ!?何でステータスはともかく、今まで見れなかったスキルが!?」

 

昴は余りにも膨大な情報量に混乱していた。

どんな力が使えるのか、何でレベルが上がっているのか、謎が謎を呼び頭を抱えてしまいかけた時だった。

 

「いや、ステータスも大概やばい事になってるだろ?それにレベルに関してはこの前の世界で『経験値』。貰ってるだろ?ステータスと技能は俺も知らんがな」

 

声がした。

とても聞き覚えのある声が。

 

昴はその声が聞こえた位置へ振り向くと…………自分がいた。

短い黒髪、胴長短足、人でも殺していそうな三白眼の男が、6人も。

 

昴はその場でへたり込み、身体全体で震えが止まらなくなった。

 

「いや……はっ?え?だ……誰?いや、何で……」

 

震えが止まらない昴に対し、真ん中の……先程の話しかけてきたスバルが昴の手を取って、満面の笑顔で言った。

 

「さて、初めまして…だな。そんな訳で自己紹介な。俺の名前はナツキ・スバル。エミリアたんの、一の騎士!」

 

「エミ……リア、たん…の?」

 

昴は一方的に自己紹介を始めたスバルの発言を聞き、己の記憶の異変の正体に気づいた。

 

「お前……お前だったのか!?あの例の夢や、前の世界の声の主は!!」

 

「ご名答!何で俺がお前の中で色々やっていたのかについては……自己満足だな」

 

「サラリと何ふざけた理由を言ってんだ……うわっ!?」

 

昴はヘラヘラとふざけた理由で昴に干渉したスバルを殴ろうとした時、残りの5人のスバル達に押さえつけられた。

 

「お前ら止めろ!!せっかく怠惰が消えたってのに……お前らの精神汚染のせいでその後で色々と大失敗して【死に戻り】なんて悲しいだろ?」

 

スバルは昴を押さえつけるスバル5人にとんでもないNGワードを平気で発言したのを昴は顔面蒼白になった。

 

「お前!!なにさらっとNGワードまで……あれ?」

 

しかし、スバルがNGワードを言ったのに心臓も痛まないし、誰も死んでない。

昴はその事にひとまず安心の息を吐いたが……

 

「お前ら、何者だ?」

 

昴は6人のスバルに嫌悪感と恐怖を覚え、彼らの正体を教える様に促したその瞬間……目の前のスバルに胸を貫かれて、心臓を掴まれる寸前だった。

 

「凄いよな。みんなを殺してレベルアップとは……憤怒か傲慢、いやどっちかっていうと暴食と同じくらいの糞だな」

 

「な……お、お前……」

 

掠れ声で目の前のスバルを昴が睨みつけようと彼の目を見たが、逆に昴はスバルの事が更に怖くなってしまった。

 

そのスバルの目は、あの時……みんなを殺戮したあの時の俺と……

 

「お前を含めた、下手に[馬鹿な奴]にチートなんか持たせるもんじゃないな。どいつもこいつも異世界って奴を舐め切ってさ……本当に、チートスキルを持ったからって調子に乗るな!!」

 

「……な、何を?」

 

「何が勇者だ!?ステータスが高ければリーダー気どれるのか?一般人に関しても、人を殺せば強くなれるのか!?挙げ句の果てに、何で【死に戻り】をしてるのにお前は俺の何倍も強くなれるんだ!!」

 

「……その、強く……なれた…………切っ掛けは……お前が…」

 

その瞬間、昴はあの日と同じ心臓を掴まれた感覚と同じ痛みを感じた。

しかし、スバルは今までの憤怒は何処へやら。

 

心臓を掴んでいない手で、昴の頭を撫でたのだ。

 

「まぁ、強くなったのはいい事だ。せいぜい強くなって……俺達を否定して見せるんだな。後、もう朝だから……この痛みでとっとと目を覚ませ」

 

そう言って、スバルは昴の心臓を握り潰した。

 

「ぐぁぁあああ!?」

 

その瞬間。昴の身体は真っ白な世界から消えてしまったのだった。

昴が消えたのを見届けたスバル達の一人が、心臓を潰したスバルに質問をした。

 

「何でお前ってさっきのアイツが嫌いなの?アイツを導いたのってさぁ」

 

「ムカつくんだよ」

 

「…………」

 

「何で、アイツは両親に『行ってきます』を言えて、クラスの人や先生と仲良くなろうとして……それで初恋の人まで、これが『嫉妬』出来ずにいられるか?」

 

スバルは5人のスバル達に己の苦しみの共感を求めた。

そして5人のスバルは口々にスバルの嫉妬に納得をする者や否定する者、この話に関係ない話題をするスバルが述べた。

 

《憤怒スバル》

「その通りだが、それはお前も同じだろ?俺なんか、誰も信用出来なくなったってのに……お前らは運がよかったんだ!!何であのスバルもお前らも疑心暗擬から抜け出せたんだ!?」

 

憤怒スバルは疑心暗擬から脱出した3人の、消えた昴と自分達に共感を求めたスバル。そして傲慢スバルに対して文句たらたらだった。

 

そもそも、噴火スバルは疑心暗擬が限界突破してとある組織を作っても、一部の人間以外誰も信じられなくなった『粛清王』として君臨していた。

 

最終的には初恋の人すら信じられなくなり、最後に信じたのはかつて自分を殺そうとした女で……全く救われない男である。

 

まぁ、文句に関してはこの前消えた怠惰スバルに対しても……というか信じられなくて何度も衝突していたのはもう過ぎた話である。

 

《傲慢スバル》

「俺の場合は疑心暗擬から抜け出したっていうとそういう訳じゃ無いと思うんだが……それにしてもさっきの昴。園部の言葉であっさりと元に戻れるもんだな。……俺にもそんな奴がっていうのは他の連中にとっては同じことか」

 

傲慢スバルは何かをやり果たしたみたいで満足しているのか何処か落ち着いた雰囲気で冷静に昴を見極めていた。

ちなみに傲慢スバルは『傲慢の大罪司教』を名乗っていた狂人だったそうだ。

 

《色欲スバル》

「そりゃあ、愛する者の言葉は心に響くぜ?だからお前も憤怒も強欲もここまでやれたんだ。だから応援ぐらいしてやれよ?ここからなんだ。アイツの地獄の幕開けは」

 

色欲スバルは…………みんなから嫌われている。

理由は「胡蝶の夢」

 

《強欲スバル》

「………………エキドナ。おい、反応しろ。エキドナ……くそっ、ふんっ!!」

 

強欲スバルは、今までの事はエキドナという魔女に導かれた上で行動していたらしく、今回ここに飛ばされてエキドナという魔女との繋がりを絶たれてしまったので、それを突破するべく毎回自殺をしている狂人だ。

彼の事は傲慢スバルやみんなに共感を求めたスバルからは同情的な目で見られているが……ここまで壊れてしまってはどうしようもなかった。

 

《暴食スバル》

「出せよ……今すぐ出せ!!俺はここから出て、『ナツキ・スバル』を手に入れなきゃいけな……ぐへっ!?」

 

強欲スバルが今度は暴食スバルを殴り始めた。暴食スバルは、全てのスバルの【敵】も同然の存在で、奴はみんなに嫌われていた。

特に消滅した怠惰スバル、そして強欲スバルからは何度も何度も奴を殺したそうな。

 

《嫉妬スバル》

「……さて、相変わらず俺の求める答えがさっぱり無く。纏まりがない事が改めて証明されてガチでへこみ中の俺だか、まぁこれはこれで冷静になれた。アイツには悪い事を……っち。両手に花か、俺だってなぁ……」

 

みんなに己の嫉妬を共感して貰おうと意見を求め、盛大に空振りに終わった嫉妬スバルは"暴食の大罪司教"の仕業で二人に分断されてしまい彷徨っていた。

 

今までのスバルに比べると、すごいマシで怠惰や傲慢からは正面からお前は凄いやつだと称賛される程だった。

 

その時の二人の涙を嫉妬スバルは忘れる事なく噛み締めていて、まさに英雄道まっしぐらなのだが……何故か今回の昴に愛憎満ちた行動を取ってしまいがちになっていて、罪悪感が半端ないが、やはり今回の昴は好きになれない。

 

なので……

 

「「絶対に悪いと思ってないな」」

 

まだまともな傲慢と色欲から突っ込まれるのはよくある事だった。

 

「さて、今回のアイツのステータスだが……これでもまだ技能が隠されてるよな?」

 

「当たり前だろ?今回書かれた技能の中に俺達の出来る事がぎっしり詰まっているからな」

 

「それでもまだ増える予定って……俺って意外とやばくないか?よくそれで俺が弱いって……」

 

「俺が弱いのは今までの出来事でお前ら全員身にしみてるバズだろ?色欲は知らんが」

 

色欲以外のスバルはみんな悔しそうに食いしばった。

色欲は溜息をついていたが、まだ己の立場を分かっていない。

 

「……とにかく、俺達はお互いに暴走しないように見張り続けて困ったら助言ぐらいはする。しばらくの行動方針だ」

 

「そうだな。そうすれば怠惰みたいに元の世界に帰れる。俺の場合は地獄だろうけど……あははは♪」

 

「…………え?元の世界に戻れるの?」

 

「嘘だ!!」

 

「傲慢は笑えないジョーク言うわ、強欲は今更その答えに辿りついてるし、憤怒はいつも通りか〜」

 

「やった!元の世界に帰れるのか♪待ってろよ、俺は今度こそ自分を……ぐはぁ!!」

 

喜んだ暴食スバルを嫉妬以外のみんなが奴をリンチし始めた。

嫉妬スバルはこのなれた光景に嘆息しつつ、これからの昴の英雄譚を想像しながら……また嫉妬を高めていくのであった。

 




アンケート誠にありがとうございました。
その結果、リゼロのキャラ名をそのまま出すが25票。名前の一部を変えるが9票だったので、リゼロのキャラ名をそのまま出す事になりました!

という訳で、エリミアとシックの名前はエミリアとパックに変更します。
勿論、今までの話の修正はきちんとやります。

という訳でステータスと6人のスバルが登場しましたが、ステータスについての質問は答えられる分には答え、6人のスバルはifシリーズと6章を読んでもらえると彼等の性格がより分かると思うのでwebから是非読んでみてください!
ちなみに怠惰は納得して消えました。


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8話 『理不尽なる運命』

1ヶ月間、投稿遅れてすみませんでした……


「ぐあぁあああ!!」

 

昴は悲鳴を上げながら飛び起きた。

原因は昨日、夢(?)に出てきた謎のスバルに心臓を握られ、その痛みが現実のように響き今に至る。

 

「くっそ……あの野郎。何なんだったんだ?本当に一体……おっ、ステータスプレート纏い、アーティーファクト…………ひょっとしたら!」

 

昴はあの時の夢のスバルに様々な感情を抱きつつ、何故か自分の枕元にポツンと置かれていたアーティーファクトに昨日の夢を思い出して目を輝かせ、確認する事にしたが……

 

 

@@@@

 

 

================================

ナツキ・スバル 17歳 男 レベル:#0

天職:一般人(嫉妬のーー)

筋力:2a/

体力:#####

耐性:×$00

敏捷:150€

魔力:100

魔耐:♾(魔攻撃のみ*×=)

技能:【死に戻り】

===============================

 

 

@@@@

 

「あれ……」

 

相変わらず此処では壊れたままだった。

まぁ、前回に比べたらまだマシな方ではあるのだが……

 

「…………まぁ、本当のステータス全部話すとあの"勇者"辺りが騒がしくなるしこれについては俺のハッタリに賭けるしかないか。教会のこともあるから全部話すと死亡フラグは間違い無いしな。そもそもステータスを確認しただけで魔王や魔物達を倒せる訳じゃないし、俺のスキルはほぼ全部自動発動みたいだったからな」

 

昴は自分の技能を少しだけ試した後、そう結論付けてこれからメルド団長達とクラスメイト達のみんなでトレーニングをする場所へ向かうのだった。

 

そのベッドの上には何故か二つの変な形をした鉄の輪がポツンと置かれていたのだった。

 

それからの昴は、どうにかメルド団長達をステータスの事について誤魔化し(本当の事は話せるだけ話して隠すべきポイントは全力で隠した)どうにか乗り越えて、此処からはひたすら座学とトレーニングと何故かクラスメイト達の青春(修羅場やそれぞれの闇)に巻き込まれたりと本当に忙しい日常だった。

 

正直な所、何回か死ぬところだったし泣きそうだった。※実際には死んでいません。(大体の原因はクラスメイト達のそれぞれの"闇"と"修羅場"という名の青春のせい)

 

しかし、昴は折れる事なくひたすらに1日1日を乗り越えたのだった。

その理由は勿論…………初恋のエミリアたんとあれ以来、昴を気にかけ始めた優花の存在が昴の心を強く、強くしていったのだった。

 

座学については主にトータスの世界についての事と自己流に図書室で籠りに籠り、初日で大体の国を概要をみんなが何故かドン引きする程に昴は覚えていったのだった。

 

実際、いざ振り返ってみると昴自身もヤバすぎてないかと自覚する程なのだから本当にドン引き物であった。

その裏で、メルド団長がスバルに対しての訓練内容について会議をしなければならない事になりスバルだけ1日中座学をしたのが大きな要因なのかもしれないが、それでもおかしいといえばおかしい話である。

 

「………もしかして俺の天職やスキルってかなりのチート……なのか?」

 

それに関しての疑問はひとまず後回しにして、昴は今日学んだ事を思い浮かべる事にした。

 

亜人族は被差別種族であり、基本的に大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツィナ樹海】の深部に引き篭っている。なぜ差別されているのかというと彼等が一切魔力を持っていないからだ。

 

神代において、エヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられている。そして、現在使用されている魔法は、その劣化版のようなものと認識されている。それ故、魔法は神からのギフトであるという価値観が強いのだ。もちろん、聖教教会がそう教えているのだが。

 

そのような事情から魔力を一切持たず魔法が使えない種族である亜人族は神から見放された悪しき種族と考えられているのである。

 

じゃあ、魔物はどうなるんだよ? ということだが、魔物はあくまで自然災害的なものとして認識されており、神の恩恵を受けるものとは考えられていない。ただの害獣らしい。なんともご都合解釈なことだと、スバルは内心呆れた。

 

なお、魔人族は聖教教会の"エヒト"とは別の神を崇めているらしいが、基本的な亜人に対する考え方は同じらしい。

 

この魔人族は、全員が高い魔法適性を持っており、人間族より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すらしい。数は少ないが、南大陸中央にある魔人の王国ガーランドでは、子供まで相当強力な攻撃魔法を放てるようで、ある意味、国民総戦士の国と言えるかもしれない。

 

人間族は、崇める神の違いから魔人族を仇敵と定め(聖教教会の教え)、神に愛されていないと亜人族を差別する。魔人族も同じだ。亜人族は、もう放っておいてくれといった感じだろうか? どの種族も実に排他的である。

 

「今回の戦争ってのは…そんな根本的な物が溜まりに溜まって起きちまった事なのか?…………またパックに聞いてみるとして、西の海は確か、エリセンという海上の町があるらしいな。それにしてもマーメイドか…男のロマンではあるがエミリアたんに比べると別に気にしないかな?でもせっかくなら海鮮料理をマヨネーズつけて食べてみたいな」

 

【海上の町エリセン】は海人族と言われる亜人族の町で西の海の沖合にある。亜人族の中で唯一、王国が公で保護している種族だ。

 

その理由は、北大陸に出回る魚介素材の八割が、この町から供給されているからである。全くもって身も蓋もない理由だ。「壮大な差別理由はどこにいった?図々しいにも程があるだろ……」と、この話を図書館の司書から聞いたスバルは盛大にツッコミをして怒られてしまった。

 

しかし、最近になって誘拐事件が起きているらしく王国は謂れもない罪を被せられる羽目になり、その事件をこの国の王女が対応していて頭を痛めているらしい。

 

一国の王女が出張る程なので本当に深刻な話である。

 

ちなみに、西の海に出るには、その手前にある【グリューエン大砂漠】を超えなければならない。この大砂漠には輸送の中継点として重要なオアシス【アンカジ公国】や【グリューエン大火山】がある。この【グリューエン大火山】は七大迷宮の一つだ。

 

七大迷宮とは、この世界における有数の危険地帯をいう。

 

ハイリヒ王国の南西、グリューエン大砂漠の間にある【オルクス大迷宮】と先程の【ハルツィナ樹海】もこれに含まれる。

 

七大迷宮でありながらなぜ三つかというと、他は古い文献などからその存在は信じられているのだが詳しい場所が不明で未だ確認はされていないからだ。

 

一応、目星は付けられていて、大陸を南北に分断する【ライセン大峡谷】や、南大陸の【シュネー雪原】の奥地にある【氷雪洞窟】がそうではないかと言われている。

 

「そして帝国に関しては……」

 

 帝国とは、【ヘルシャー帝国】のことだ。この国は、およそ三百年前の大規模な魔人族との戦争中にとある傭兵団が興した新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさかと集まった軍事国家……だったのだが、20年前にとある皇帝陛下の馬鹿子息が『赤黒の覇蛇』と呼ばれる謎の蛇鎧の魔人と手を組み、玉座に付いた。しかし結局奴らは20年前と同じく実力至上主義を掲げており、かなりブラックな国のようだった。

 

しかし、馬鹿子息はヘルシャー帝国をいずれ統べる筈の後継者の筈だった。なぜ馬鹿子息が皇帝陛下を殺してまで玉座に就こうとしたのかスバルには想像などできる訳がなかった。

 

しかし、この国には20年前と変わらず亜人族だろうがなんだろうが使えるものは使うという発想で、亜人族を扱った奴隷商が多く存在している。

 

ところが、20年前とは違い《強ければ》なんと亜人奴隷でも中々の地位に立てるらしく、実際に先程話した《海人族の鯨》と《ハウリア族の兎》がなんと『赤黒の覇蛇』の最高幹部として君臨しており、亜人に対しての扱いがマシなのか酷くなったのか判断するのが難しい国となった。

 

帝国は、王国の東に【中立商業都市フューレン】を挟んで存在する。

 

【フューレン】は文字通り、どの国にも依よらない中立の商業都市だ。経済力という国家運営とは切っても切り離せない力を最大限に使い中立を貫いている。欲しいモノがあればこの都市に行けば手に入ると言われているくらい商業中心の都市であるが……なんとここも最近、またしたも謎の誘拐事件が頻繁に起きているらしい。

 

「ここでも誘拐事件……か。とはいえ【エリセン】はただ拐うだけだが【フューレン】は主に可愛い女の子、だった人の無残な死体がその人の家の前にプレゼント箱に包んで贈られるらしいが、もし誘拐事件の犯人が【エリセン】と【フューレン】の誘拐事件の犯人なら……これもパックに要相談と、大体こんなもんか。案外初日に一日中座学だったのは俺にとっては幸いだったな、だってこれから……」

 

昴はそう言いかけた時、ドアをコンコンと叩く音が聞こえたためパックとエミリアとの話し合いの方針を纏めつつ……『もう一人の理解者』を迎えにいったのだった。

 

大体の国の事情を学んだ夜。エミリアたんは俺の部屋の窓から現れた。

 

「しゅばる〜、ゆうか〜」

 

「こら、エミリア!綺麗な顔が台無しになるから!!」

 

エミリアたんは窓に顔を近づけすぎて変な顔になってしまっていて優花に怒られていたが、俺は「それはそれでラブリーだ!」と親指立てたら優花に「デリカシーの欠片も無い」と渋い顔をしながらバッサリと斬られた。

 

落ち込む俺にパックがゲラゲラと笑ったので、俺は密かに黙っていたケモナー愛をパックにぶつけて……返り討ちに遭い快楽という快楽を、思い知った。

 

その時、何故か優花まで巻き込まれていたらしく、俺に抱きより耳元ではぁはぁして……本当に色々とヤバかった。

もう二度とパックには喧嘩を売らないようにしようと優花に頬をつねられる痛みを味わいつつ思った。

 

「さて、俺の頬が痛がっているのだが……そろそろ本題に入ろう。パック、頼む……俺達二人はもう覚悟は決まったから」

 

パックは昴とその昴の覚悟の声を聞き、頬を離して彼と同じ強い目をしてパックを見る。

 

パックは一体、昴はともかくこの少女はどんな気持ちでこの場にいるのだろうと不思議に思ったが、少女の目は昴と同等の強さを秘めているのを感じ、パックは遂に奴らの全容を…………

 

全容……を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2週間後。

 

「それじゃあ、おやすみ。スバル!」

「おやすみなさい」

 

ハジメと香織はスバルとエミリアにおやすみの挨拶をする。

 

「あぁ、おやすみ。実戦頑張ろうな!」

 

ハジメと香織は空元気のスバルに相変わらず不安と心配をしたが、スバルがいつもと変わらない笑顔をした為、ハジメと香織は何も言えなかった。

 

彼女を連れて部屋に戻る『大恩人』否、『親友』の、悲痛な姿にハジメは目も当てられなくて…………

そんな時、香織がハジメを優しく包み込んだ。

 

「私があの二人も、南雲くんを守るよ」

 

「その言葉、さっきの二人にも言ってあげれば……」

 

「…………そう……だよね…南雲く……ハジメ君。私、結局何も……」

 

「…………あぁ、本当にそうだよね。僕、達は……」

 

ハジメは香織を優しく包み返し、涙を流し続けた。

二人は余りにも悔しかった。

 

あの日、自分達を《結びつけてくれた》大恩人の静かに聞こえる、心が崩れゆく音が聞こえて……あの日、そのお礼を言おうとその人の部屋を開けた時…………

 

「あれから、あれからスバルは何も話してくれない。…………私達は、どうすれば……どうすれば……」

 

「………………」

 

二人は解決策を見出せないまま、明日を迎えることとなる。

あの、運命の明日を。

 

 

@@@@

 

 

そして、その二人が心配している当のスバルは自分の部屋に入っていく。

 

「――お父さん?」

 

開けた空間に出くわした直後、銀鈴の声音がスバルの名前を呼んだ。

声音に誘われるままに足を向け、広間に入ったスバルを見て、佇んでいた人物が喜色に満ちた声を上げる。

 

「やっぱり、お父さん!もう、どこに行ってたの?心配するじゃないっ」

 

言いながら小走りに駆け寄り、エミリアがスバルの手を取った。

拗ねた顔のエミリアはそのまま取ったスバルの手を自分の胸に抱え込み、柔らかな体温を伝えてきながら上目にこちらを見上げ、

 

「……疲れてる?」

 

「いいや?そんな事は……まぁ、明日が物凄く不安で今にも倒れそうだよ」

 

「えへへ、そうなんだ。じゃあね、じゃあね」

 

素直に認めるお父さんにエミリアが頬を赤く染めて笑う。

と、彼女はお父さんの手を取ったまま、ふいにその場に座り込んだ。足を重ねて横座りになり、手を引かれて中腰になるスバルをさらに引き寄せ、

 

「ほら、どうぞ、お父さん」

 

「……膝枕、か」

 

「そ。お父さん、私の膝枕、好きでしょ?あの日に私を膝枕した時、そう言ったでしょ?私、ちゃーんとそういうことは覚えてるんだから。ね、どーぞ」

 

自分の膝を叩き、自慢げに照れ笑いするエミリアに従い、スバルもその場に腰を下ろすと、お言葉に甘えて柔らかな腿の上に頭を乗せる。

一瞬、短い髪の毛がやわ肌を掠めて、エミリアが「んっ」と艶っぽく喉を鳴らすが、すぐに慣れた様子でスバルの頭を撫で始める。

 

「こうやってお父さんのこと、膝枕するのなんか初めて!あの時私に膝枕をしてくれたお父さんの温かな気持ちがすごくすご〜く分かった気がするよ!」

 

「…………あの時、か」

 

「私はこうやって、お父さんの毛先とか耳とか、指で弄るのも楽しいんだけどね。ほーら、うりうりー」

 

前髪を引っ張ったり、頬に指を埋めてきたり、ご機嫌なエミリアにされるがままのスバル。

それが彼女の愛情表現だというのが伝わってくるから、指を跳ね除ける気など欠片も湧いてこない。

 

「………………」

 

スバルは、本当に本当に疲れ果ててしまっていた。

それこそ、明日の実戦に致命的な影響が出る程に、スバルの精神は疲弊してしまっていた。

だから、今は、エミリアの愛に溺れてしまいたいたかった。

 

 

 

 

 

だけど、その愛は『偽物』だ。

その愛こそがスバルの精神を疲弊させる原因だというのに…

 

だけど、それしかエミリアを救う方法が見つからない。

何故ならあの日、スバルと優香、そしてパックとエミリアが再び集ったあの夜の日に……

 

 

 

#####

 

《特訓初日の夜》

 

 

スバルは何故か途中眠りこけていて、目を覚ました時……美しい銀髪を乱し、服もシワクチャに、声にならない呻き声を上げながら……涙を流していた。

 

「え……エミリア?」

 

「うそ……つき……」

 

そしてエミリアは罵倒する。

 

「お父……さんの、うそ……つき……」

 

彼女に嘘をついた父親を、しかしスバルはいきなり父親の存在を初めて知った為、呆然と今の状況の整理をしようとしたが、

 

「お父さん?一体……まさかパック?というか優花は、優花……あ…」

 

スバルも今の状況に混乱しつつ、優花の存在を思い出し、辺りを見渡してみると、優花は無事だった。

スバルのベッドでぐっすりと寝息を立てて眠っている。

 

てっきり惨劇でも起きたのかと不安に満ちたスバルの恐怖は一つ解消されたのだが……

 

「…………お父さん、お父……」

 

「エミリア」

 

スバルはとにかくエミリアに冷静になって貰おうと声をかけた時だった。

 

「………………あ、こんなところにいた。よかった、心配したんだよ?『お父さん』」

 

「…………え?」

 

スバルの素っ頓狂な声がした。

しかし、エミリアはそんな声など聞こえていなかったかのように……

 

その瞬間、エミリアはスバルを抱いた。

スバルを腕に抱いたまま、エミリアは熱のこもった言葉を並べ続ける。

 

「最初、お父さんが消えたとき、すごーく辛かったの。恐くなった。だって、お父さんが目の前で消えちゃって、『奴は死んだ』って目の前で言われて、そう思ったら、恐くて怖くて、体の震えが止まらなくて……」

 

「エミリア」

 

「でも、お父さんの顔や髪の毛、それに目、鼻、口……お父さんの全部が猫になる前のお父さんと似ているなって、初めて会った時、そう……そう思ったの」

 

「エミリ…」

 

「あのピラフって食べ物も美味しかった。まるで私のお母さんが作ってくれた味そのものだった。まさかとは思ったよ?だって私の側にはお父さんがいたんだし」

 

「エミ……」

 

「あっ!もしかしたらお母さんが居るかも……いた!お母さん。お母さん!」

 

「エ………」

 

「ねぇ、お父さん。またお母さんの目が覚めたら、今度こそ、今度こそ一緒に暮らそうよ!私達、3人で」

 

「…………」

 

「ねぇ、お父さん。すごくすご〜く、大好き。ずっと一緒だよ?」

 

 

 

 

その日、スバルはエミリアを寝かした後、泣き続けた。

壊れてしまった彼女を、どうする事もできずに、己の無力を呪い、泣き続けて、泣き続けて、泣き続けて、……『自害』をした。

 

 

 

 

 

しかし、セーブ地点は……

 

「心配したんだよ?『お父さん』」

 

既に、取り返しの付かない地点に辿り着いてしまい、

 

「………………うん。不安がらせて、ゴメンな…『リア』」

 

菜月 昴はエミリアの現状に、目を逸らす事を選んだのだった。




久しぶりの投稿……
遅くなって本当にすみませんでした。

何故遅くなったのかといいますと、日頃の疲れと話の展開(運命の日までの2週間の日常と『リゼロに関したオリ敵』の設定)に深く悩んでしまったのと『FGOの夏のイベント』と最近始まったアプリの『リゼロス』にハマったのが投稿遅れの原因でした。

スバル
「明らかにサボっていた事を自白しちゃったよこの作者……」

さて、エミリアが見事に壊れて(セーブポイント固定)次回は運命の日。
作者もこれどうするんだと戦々恐々としています(笑)

後、それまでの2週間の日々については全部書くとまたマンネリして投稿が遅れるかもしれないので過去編としていずれ書かさせていただきます。

次回は2週間を過ごしたクラスのみんなの反応を見て、彼等とスバルの間に何があったのか想像や考察をしてくれるともっと楽しめると思います!

もし設定に矛盾とかおかしい所がありましたらご指摘の程をお願いします。
返答したり修正など対応させていただきますので、長文になりすみませんが引き続き、"ゼロから始める『ありふれた』異世界生活"をお楽しみください!


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閑話 『小悪党』

オルクス大迷宮への遠征当日。

 

《牢獄》

 

『やぁ、もしもし。調子はどうかね?』

 

爽やかげで声の高い男の声をした者が、牢獄の中にいる《小悪党》に向けて、元気にしているか興味本位で楽しげに何らかの手段を使って、【電話】の様な機能を使い話しかけていた。

 

「馬鹿か。変な《司教》に絡まれて、しかも日常生活では実質奴隷のような扱いされて調子がいいと言えるのか?」

 

《小悪党》は機嫌が悪い声で男に文句を述べたが、

 

『いやいや、君が憎んでいた"男"が徐々に壊れていく様を見て楽しんでいるのではと思って見て聞いてみたんだが……壊れた"女"をもっと見れなくて不満だったかな?』

 

男はさも《小悪党》の感情を見透かした様に彼の心情を推理する。

そして彼はそれを肯定する。

 

「別にそれに関しては文句はない。むしろアンタが送り込んだ例の『鯨部隊』によって俺の顔に一生残る傷を負わせた女に"復讐"を果たしたと聞き、その壊れ様を《司教》に見せられて……初めは何回も、何回も抜いたぜ」

 

《小悪党》は凶悪な笑みを浮かべてあの時の女の壊れざまに、つい興奮してしまった。

 

『抜いた……ねぇ。趣味が悪いよ君?』

 

男は《小悪党》の醜悪さに苦笑いをせざるを得なかった。

 

自身の部下が持つ"記憶操作"の力をエミリアに向けて発動させて、彼女自身を完全に孤立させるという作戦は見事に嵌ったのだが……

正直な所、"二人の人間"が彼女の事を覚えていたのは予想外だった。

 

あの時の衝撃を振り返った男は、そのまま《小悪党》の愚痴を黙って聞き続ける。

 

「だがそれだけだ。この後何があったか分かるか?あの男、あろう事か俺の惚れてた女ともう一人殺したい男を……クソが!!あの二人がイチャイチャしている様を見てたら俺の復讐を成し遂げた喜びは全部無に散ったぞ!」

 

『……おやおや?』

 

「あの壊れていくはずの男は全く折れちゃいなかったんだよ!!それどころか俺を、俺の女を……くそぉ!」

 

《小悪党》は今の現状に莫大な不満を垂れていた。

その理由は明確だった。

 

『はぁ、どうやら"ハジメ"と"カオリ"は君の想定より……』

 

「黙れ、黙れ、黙れぇぇ!!」

 

そう、理由は《二人が付き合い始めた》

その事実が《小悪党》を更なる憎悪を駆り立てる明確な原因そのものだった。

 

『別にいいじゃないか。どうせあの二人は【一度、関係が粉々】になるのは確定なのだから……なぁに、安心したまえ。《哀れな神》が念のために使徒を送り込んで、君も予定通り。だからあの男が奈落に落ちて地獄を見るのは予言通り……』

 

「馬鹿か!?お前の持つ『叡智の書』にはそいつは世界最強級に強くなって、魔王軍も、例の哀れな神も、いずれ俺も……俺はそいつに殺されるんだぞ!?」

 

『だからこれから君には…………どうやら君の迎えが来たみたいだよ?それじゃあ君の健闘を祈るとしよう。頑張りたまえ……"檜山くん"』

 

「おい、待て…待てよ!!ふざけんなよ、適当な仕事をしやがって。あの銀髪女を完全に孤立させて、あの糞引き篭もりの初恋とやらを叩き潰すのがお前らの仕事だった筈だ!おい、待て《蛇野朗》!!」

 

その直後に、一方的に通信を切られた檜山は荒れに荒れたが……

 

「全く、《暴食》は怠惰の極みが過ぎる」

 

牢獄の前に現れた男を見た瞬間、謎の安堵に襲われつつ舌打ちを交えつつ彼に近寄った。

 

男は緑髪のオカッパ頭をしていて、尚且つ真っ黒なローブを見に纏い……黒い本を片手に持ち、笑顔で檜山を見据えていた。

 

「はぁ、確かにアンタは命を賭けて仕事をしそうだがらさっきの奴よりかマシだと思うが……後始末は任せていいんだな?"ーーーーーー"」

 

「…………えぇ、脳がーー震える」

 

檜山は嘆息しつつも己のニヤケ顔を止める事は、もうしない。

何故なら、檜山の復讐相手は本当に、本当に沢山存在しているのだから……少なくともクラスの奴らと先生もいつかは必ず殺すけどな。

 

 

そして男は自分の持っている本を見て、素晴らしい作戦を閃く。

あの糞ニートを更なる地獄へと叩き落とす作戦を。

 

 

ハジメはきっと、俺が手を下すまでもなくあの使徒とこの男によって落とされる。

恐らく、あのアホ神も例の書を読んでいてあの男の存在を本気で恐れているからだ。

 

それに力を封じられて、尚且つ充分に鍛えられなかった俺ではハジメを崖から落とす事は不可能だろう。

 

だがアホ神の使徒ならどうだ?

奴はかなり強いと例の男もーーーーーーも言っていた。

上手く行けばハジメはそいつの攻撃で死ぬかもしれない。

 

ならば俺は…………

 

《復讐者》はーーーーーーに作戦変更を伝える。

 

「怠惰!!あなたには失望しましたよ?福音の書の掲示に勤勉に従わなければ許されない!!そう、それは福音の…………!?」

 

しかし檜山はそれは予定通りと言わんばかりに彼の耳にこう囁き、彼は己の怠惰を呪い、自傷し始めた。

 

「あぁぁぁぁ!!己が行動すれば全て解決するという浅ましく、視野を広げようともせず、彼の福音に新たな記述を気付かず、私は…私は何という怠惰怠惰怠惰ぁぁぁぁ!!」

 

「そんな訳で俺はしっかり福音の記述通りにしたいから数人の部下を連れてくだけだ。それに勤勉なアンタだからこそハジメをより確実に地獄へ叩き落としてくれるって信頼してるんだぜ?」

 

「…………はっ、そういう事ですか。貴方の勤勉で、思慮深く、そして慈悲深い提案にぃ、脳が、脳が震えるぅぅぅ!」

 

檜山は狂喜に震えている狂人を無視つつ、先程、あの狂人に囁いた提案に心底笑いながら、狂人の部下を引き連れて復讐に向かい始めるのだった。

 

(待っていろ、ナツキ・スバル。そして例の顔だけ可愛い脳筋女。お前らの引導は、俺が叩きつけてやるぜ)

 

「あっはっはっはっはっはっはっ♪……脳が、震えるなぁ」

 

かくして、《小悪党》……否、《復讐者》が野に解き放たれたのだった。

 

 

 

その風貌は、まるで『狂人』そのものだった。

 




悪意、始動。


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