黒翼の魔王 (リョウ77)
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プロローグ

元々、構想は頭の中にあったんですが、そのままずるずると引っ張って頭の中であーでもないこーでもないと妄s・・・想像を広げて、原作の最終章突入と自分の他作品の一時投稿停止を機に執筆することにしました。
投稿ペースは、なるべく間は空けないようにしますが、タグの通り不定期になりそうですかね・・・。


『・・・・、・・・・・』

『・・・・・!・・・・・・!』

 

 気が付けば、光に包まれているかのようなおぼろげな視界に幼い少年と少女が映っていた。

 少女は目に涙を溜めながら、少年の腕を掴んでいる。

 声は聞こえないが、状況からして少女が少年に対して行かないで欲しいなどと言っているのだろう。

 それに対し、少年は困ったような表情で首を横に振る。

 いつの間にか周りにいる大人も、何とかして少女をなだめようとしているが、一向に収まる気配はない。

 

『・・・、・・・』

 

 すると、周りの大人が途方に暮れそうになった時、少年がカバンの中から2つの指輪を取り出し、片方を少女に渡した。

 

『・・・?』

『・・・・、・・・・・・』

 

 渡されたものが何か尋ねる少女に、少年が説明をする。

 説明を聞いた少女は、次の瞬間に感極まって少年に抱きついた。

 

『・・・・・!・・・・・・!』

『・・・・・。・・・・・』

『・・・』

 

 それから少女は、少年に何かを話した後、そっと顔を近づけ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピピピ、ピピピピ

 

「・・・」

 

 アラームの音で目を覚ませば、目に映るのは学生寮の一室、二段ベッドの上の方の底。のっそりと横を向けば、目覚まし時計が朝の6時半を示してアラームを鳴らしている。

 

「・・・夢か」

 

 夢オチだったパターンのテンプレなセリフを吐いたのは、如月真(きさらぎ しん)(16歳)。白髪に数本の黒いメッシュがかかった特徴的な頭の持ち主だ。

 ちなみに、セリフはテンプレだが、別にこれが真の妄想だとかそういうのではなく、子供の頃にあった実際の出来事だ。

 ただ、当時のことをほとんど覚えていないため、声も聞き取れない、情景も虫食いな状態でしか思い浮かばないのだ。

 覚えているのは、相手の少女は同い年くらいだったことと、綺麗な金髪だったこと、そして2つの指輪だけ。名前はおろか、細かい容姿すら記憶にない。

 どこで会ったかすら定かでないのだから、どうあがこうが会いようがない。

 

「まぁ、どうにかしようってわけでもないんだがな」

 

 真はそう呟きつつ、服の下からチェーンに通した指輪を取り出した。

 この指輪がある限り、最低限のことは忘れないだろうが、例の夢は最近では見ることもほとんどなくなっている。最初のころはそれなりの頻度で見ていたが、今となっては前に見たのはいつだったかわからないくらいには久しく見ていない。

 どうして今になって、この夢を見たのかはわからないが、考えたところでしょうがないだろう。

 ひとまず、寝起きの頭をすっきりさせるためにもテレビをつけた。

 テレビをつけて真っ先に映ったのは、空港らしき場所に大勢のカメラマンとキャスターが映っているところだった。

 

『ヴァーミリオン皇国の第ニ皇女であるステラ殿下が、破軍学園に歴代最高成績で入学されることになり、今日ついに来日することになりました!また、ステラ殿下の護衛として同行することになったエレン・アンリネットさんもステラ殿下に次ぐ成績を残しており・・・』

 

 簡単に要約すれば、外国のお姫様と護衛の人が来日することになった、ということだ。

 どうでもいいや~と思いながら他のチャンネルに変えるが、朝のテレビ番組などニュースがほとんどで、どれもが同じ内容だった。つまり、お姫様と付き人の留学についてだ。

 

「ったく・・・」

 

 元から大してテレビを見るつもりではなかったが、話題の留学生で騒ぎ立てるニュースを朝から見るのも気が滅入る。

 結局、真はさっさとテレビを消して着替えることにした。

 運動しやすいようにジャージを着て、タオルやスポーツドリンクのペットボトル、タブレット端末の生徒手帳を持って外に出る。

 小走りで中庭に向かうと、そこには待ち合わせていた先客がいた。

 

「悪い、一輝、待たせたか」

「いや、気にしなくていいよ。僕が早めに来ただけだし」

 

 待ち合わせの相手は黒鉄一輝(くろがね いっき)、真の元ルームメイトだ。

 今年からは別々の部屋になってしまったが、それでも隣同士なため気軽に接している。

 

「それじゃ、始めようか」

「だな」

 

 2人は荷物を邪魔にならないところに置き、ランニングを始めた。

 このジョギングはもともと一輝がやっていたのを、真も途中から混ざる形で参加するようになった。

 今となっては、ペースは違えど、朝はこうして2人でランニングをすることが日課になっていた。

 これが、2人がルームメイトになってから続く、いつもの日常だった。

 ()()()()()

 

 

* * *

 

 

 ランニングを終えた2人は、クールダウンを済ませてからそれぞれの自室に戻った。

 

「んじゃ、後で着替えたら模擬戦な」

「うん、後でね」

 

 模擬戦の約束をしてから、一輝は鍵を開けて中に入った。

 それに続くように、真も鍵を開けてドアを開けようとしたのだが、開ける直前でぴたりと動きを止めた。

 注意しなければわからないほどだが、部屋の中から物音が聞こえる。

 まさか部屋を間違えたのかと部屋番号を確認するが、プレートに書かれている数字は406。真の部屋に間違いないし、一輝も一緒に来たから寮そのものを間違えている可能性も低い。

 まさか、泥棒が入ったのかと思ったが、真と一輝が在籍している破軍学園は全寮制で、セキュリティもしっかりしているから、この可能性も低い。

 あり得るとすれば、新しい同居人がいることくらいしかありえないが、そのような通達は届いていないし、そもそも真の新しい同居人は()()()、入学式もまだのこの時期に入寮するのはあり得ない。

 はたして、どういうことなのか。

 思考する真だったが、事態は真に考えさせる余裕を与えなかった。

 

 

 

「いやぁああああ!!ケダモノぉぉおおおお!!!」

 

 

 

 突如、寮にでかい悲鳴が響き渡った。

 その出所は、隣の一輝の部屋である。

 「何事っ!?」と口を開こうとするが、その暇もなかった。

 

 

 

「ステラ様!どうしましたか!?」

 

「ぐぼあっ!?」

 

 

 

 突如、真の部屋のドアが思い切り開け放たれた。

 完全に油断してドアの前で突っ立っていた真は、ドアノブをわき腹にめり込ませながら真横に吹き飛ばされた。

 

「なっ!?この無礼者!ステラ様に何をした!!」

「すぐに捕まえて、エレン!こいつ、私の下着姿を見た上に、自分まで服を脱いだの!」

「なんですって!?」

「ちっ、違うんです!これは・・・」

「問答無用!」

 

 朦朧とした意識の中、罵声と悲鳴と弁護の声を聞きながら、真は警備の人が来るまで外の廊下でうずくまったまま放置されることになった。




今回はプロローグで短めですが、次からはもっと長くなる予定です。


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限りなく最悪な初対面

 “伐刀者(ブレイザー)”。

 それは、己の魂を武装、“固有霊装(デバイス)”として顕現させ、魔力を用いて超常の力を操る1000人に1人の特異存在だ。

 伐刀者は最低でも人を超えた身体能力を発揮することができ、最高クラスでは時間や運命すら操ることができる。

 当然、その力は世界中で重宝されており、警察や軍隊はもちろん、戦争すらも伐刀者によって成り立っている。

 そして、これもまた当然のことであるが、それほどの大きな力を持つ者には相応の責任が伴う。

 その1つが“魔導騎士制度”であり、国際機関の認可を受けた伐刀者の専門学校を卒業した者にのみ免許と魔導騎士という立場を与え、能力の使用を認めるというものだ。

 真と一輝が在学している破軍学園も、日本に7校ある騎士学園のうちの1つだ。

 その破軍学園の理事長室に、真と一輝の姿があった。

 

「なるほど。下着を見てしまった事故を、自分も脱ぐことで相殺しようとしたと」

 

 寮の警備員に痴漢として現行犯で連行された一輝の経緯を、額にシップを張り付けた真と、スーツを着た妙齢の女性、破軍学園理事長・新宮寺黒乃(しんぐうじ くろの)が聞き終えると、

 

「「アホだろお前」」

 

 呆れた表情も見事にシンクロさせて言い放った。

 いや、この場合、それ以外の反応は起こらないだろうが。

 

「フィフティフィフティで紳士的なアイデアだと思ったんですけどね」

「自ら女性の前で服を脱ぐやつのどこが紳士なんだよ」

「ある意味、紳士的ではあるがな」

「いや、変態紳士というわけではなく・・・まぁ、今思えば、僕も突然のことで混乱していたんだなぁ、と」

「ふむ。つまり、彼女の魅力的な裸体を見て我を失い、思わず服を脱いでしまったと」

「・・・確かにそうなんだけど、その言い回しはやめてくれません?なんか僕がすんごい危ない人みたいじゃないですか」

「バカ言え、客観的に考えてみろ。女性が1人で、人気のない寮室で着替えをしていたら、突然見知らぬ男の人が入ってきて、おもむろに衣服をキャストオフ。さぁ、お前にはどう見える?」

「すんごい危ない人だった・・・」

 

 言われて一輝も戦慄の表情を浮かべるが、むしろどうして言われるまで気づかなかったのか。真は深い、それはもう深いため息をついた。

 

「そのとばっちりで、俺は顔面とわき腹を強打して寮の廊下で転がる羽目になったわけだ、と」

「いや、本当にごめん・・・はぁ、ステラさんには留学初日に悪いことをしちゃったなぁ。このことで、日本を嫌いにならないでくれればいいんだけど」

「え?ステラって、まさかステラ・ヴァーミリオンか?」

「なんだ。2人はヴァーミリオンのことを知っていたのか」

「俺は直に会ってはいませんが、朝のニュースはそのことで持ち切りでしたからねぇ」

「僕も、最初は気が動転して忘れていましたけど、ついさっき思い出しました」

 

 ステラ・ヴァーミリオン。

 ヨーロッパに存在する小国・ヴァーミリオン皇国の第ニ皇女であり、今年の入学試験で歴代最高成績で入学した、“紅蓮の皇女”の異名を持つ10年に1人と言われるほどの逸材。

 であれば、姿はわからなくても真を吹き飛ばした人物が誰なのか、推測するのは容易い。

 

「ってことは、俺を吹き飛ばしたのはエレン・アンリネットさんですか?」

「あぁ、そういうことだ」

 

 エレン・アンリネット。

 あくまで近衛騎士という裏方の立場であるため、知名度で言えばステラよりも劣るが、ステラに匹敵するほどの才能の持ち主と言われている。実際、伐刀者としての実力を示すランクはステラと同じ最高位であるAランクであり、“精霊の魔術師”という異名を持っている。

 

「本物のお姫様と近衛騎士で、しかも主席と次席で入学なんて、すごいですよねぇ」

「それも、ぶっちぎりのナンバー1とナンバー2だぞ。ステラ・ヴァーミリオンはすべての能力が大幅に平均値を上回り、伐刀者にとって一番大切な能力である“総魔力(オーラ)量”は新入生平均の約30倍だ。エレン・アンリネットも身体能力や総魔力量ではヴァーミリオンに劣るが、魔術においてはヴァーミリオンよりも格上、総魔力量も平均の軽く20倍以上。2人とも、世間の評価に違わない正真正銘のAランク(化け物)だ。・・・能力値が低すぎて留年したFランク(誰か)と、授業や実習の尽くをさぼって単位が足りずにもう1回1年生をやることになる問題児(誰か)とはえらい違いだな。なぁ、そう思うだろう?“落第騎士(ワースト・ワン)”、“不良騎士(バッダス・ワン)”」

「ほっといてください」

「まぁ、その通りなんですけどね」

 

 黒乃の言葉を、2人は否定しない。

 なにせ、一輝の総魔力量は平均の10分の1程度しかないFランク(最低ランク)であり、真もまともに参加した授業や実習は数えるくらいしかない問題児なのだから。

 

「しかし、困ったことになったな。留学にはいろいろな手続きがあるから、入学式よりも早く来日してもらったのだが、初日からこんなハプニングが起こるとはな。まあ、ともかく、この一件、下手をすれば外交問題になりかねん。だから、黒鉄に非はないが・・・責任をとってもらう。理不尽に感じるだろうが、男の度量を見せろ」

「・・・男って、なんでこういう都合のいいときだけ利用されるんでしょうね」

「覗きはともかく、お前まで服を脱いだのは言い訳できないからな?ていうか、下手しなくても外交問題だっての」

 

 自分の境遇に一輝はため息をつくが、真が正論を返す。

 一輝もそれくらいはわかっているだろうが、男の度量云々については文句くらい言わせて欲しいのだろう。

 

「・・・・・・失礼します」

「失礼します」

 

 その時、ノックとともに扉が開かれ、件の少女であるステラ・ヴァーミリオンとエレン・アンリネットが入ってきた。当然、今は破軍学園の制服を着ている。

 ステラを始めて生で見た真は、ほんの僅かだが一輝の気持ちがわからないでもないような気がした。

 なにせ、パッと見ただけでもわかるほどの美人で、くびれた腰などスタイルも抜群。特に胸元は制服越しでもわかるほど大きく、制服のリボンを押し上げているほどだ。

 スタイルで言えば、すぐ後ろにいるエレンも決して貧相というわけではない。胸元もあくまで平均的なサイズはあり、スタイルもステラにも負けていないのだが、エレンが1歩下がっているのもあって、ステラの方がより強い存在感を放っている。

 だが、よくよく見れば、ステラの目元は散々泣きはらしたのか真っ赤になっており、エレンが一輝に向けるまなざしはゴミに向けるものと大差ない。

 だが、エレンの視線が真に向けられると、申し訳なさそうに目元を伏せる。

 緊急事態だったとはいえ、思い切り吹き飛ばしておきながら放置してしまったことを気にしているのだろう。

 

「ごめん」

 

 一輝の方も、ステラの目元を見て自然と謝罪の言葉が出た。

 いくら(覗きに関しては)一輝に非がなかったとはいえ、彼がステラを泣かせてしまったのには変わりないのだから。

 

「あれは不幸な事故で、僕も別にステラさんの着替えを覗こうと思ったわけじゃない。ただ、見てしまったものは見てしまったわけだから、男としてケジメはつける。ステラさんの気が済むまで煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「・・・潔いのね。これがサムライの心意気なのかしら」

「口下手なだけだって」

 

 苦笑交じりの一輝の言葉に、ステラも多少は気を許したようで、こわばった表情を緩ませて薄くほほ笑んだ。

 

「ふふ・・・」

「ステラ様、よろしいのですか?」

「えぇ。正直なところ、来日していきなり痴漢にあったのだから、なんて最低な国なのかしらと心底この国が嫌いになりかけたし、国際問題にしてやろうとも思ったけど、あなたのおかげで少し気が変わったわ。あなたがそれほどの心意気を見せたからには、アタシも皇族として寛大な精神で応じなければならないわね」

 

 どうやら、外交問題にはならずに済んだようだ。そのことに、真は軽くホッと息を吐いた。ステラも部屋に入ってきたときの敵意はどこにもないし、エレンもステラが言ったことにある程度納得して引き下がった。

 

「そういうわけで、後のことはこいつと2人で話しておくから、あなたも隣の彼と話をつけておきなさい。さっきからちらちらと見てたでしょ。先に済ませておきなさい」

「・・・わかりました」

 

 ステラからそう言われたエレンは、ちらりと視線を部屋の隅に向けた。おそらく、話すならそこで、ということだろう。

 その意図を察した真は、苦笑しながらもそれに従って移動した。

 一輝とステラから少し離れたところで立ち止まると、エレンは真に深々と頭を下げた。

 

「シンさん、でしたね?先ほどは、あなたのことを吹き飛ばしておきながら最後まで放置してしまい、誠に申し訳ございません」

「いや、気にしなくてもいい。別に軽傷だったし、そもそもの原因はあのバカの奇行だからな。自分の主を優先したエレンさんに非はない」

「そう言っていただけるのであれば、私としても幸いです・・・」

 

 根っこが生真面目なのだろう。真から許しを得てもなお、エレンは申し訳なさそうにしていた。

 そんなに気負わなくてもいい。そう言おうとした真だが、その言葉は出てこなかった。

 

「向こうも終わったようね。それじゃあ、イッキ。あなたの潔さに免じて、この一件、ハラキリで許してあげるわ」

 

 情状酌量の余地があると思っていたステラが、一輝に死刑宣告をしたからだ。

 

「あれ?寛大な精神はどこに行った?」

「姫であるステラ様にあれだけの粗相を働いたのです。これくらいは当然でしょう。むしろ、名誉死にさせてもらえるだけマシというものです」

「いつの時代だよ、それ」

「私の方は冗談ですけどね」

「逆に言えば、ステラさんは本気ってことだよな」

 

 切腹の制度なんて、廃止されてからは数百年は経っている。

 いったい、どこから日本の常識を学んだのか。それを考えると、真の頭が痛くなってきた。

 一輝も、結局自分の命がかかることになったから必死に弁明をする。

 とはいえ、呆れながらも口論をする一輝とステラから視線を逸らした。

 今回の責任はあくまで一輝にあるのだから、自分が関わる必要はないだろう、と。

 ちょいちょい黒乃が茶化しているようだったが、それも見ないふりをすることにした。

 

「にしても・・・まさかと思うが、ステラ殿下は、実は箱入り娘だったりするのか?」

「そうですね・・・ステラ様のお父上である陛下がステラ様のことを溺愛なされているので、男の人と関わることは少なかったですね。今回の留学も、皇后陛下が陛下を地下牢に幽閉することで成り立ったようなものですから」

「いや、国王を幽閉って・・・」

 

 いったい、ヴァーミリオン皇国の国王の権力はどうなっているのか。尻に敷かれているにしても限度と言うものがある。

 いろいろと衝撃的な事実に一向に頭痛が治まらない真だったが、それを知ってか知らずか、話題を変えるようにエレンが真に話しかけた。

 

「それでですね、私の方も聞きたいことが・・・」

 

 次の瞬間、

 

「傅きなさい!“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”!」

 

 ステラの叫びと共に、理事長室が熱を伴った極光で照らされた。

 バッとステラと一輝の方を向けば、そこには燐光をまき散らしながら炎を纏う大剣を手に持つステラの姿が。

 今ステラが手に持っている大剣こそが、伐刀者の魂を具現化した固有霊装だ。

 形は人によって千差万別だが、“紅蓮の皇女”のそれは黄金の大剣。扱う能力は、全てを焼き尽くす灼熱の炎だ。

 一輝とステラの言い合いなどそっちのけで話していた2人に詳しい経緯はわかりようがないが、ステラの表情から彼女の逆鱗に触れたということがわかる。

 そして、一輝の顔の引きつりもいよいよ限界に近い。

 

「し、真!お願いだから手を・・・」

「安心しろ。骨は残ってたら拾ってやる」

「僕が死ぬことが前提になってる!?ていうか、エレンさんも早く止めてよ!」

「男としての度量を見せてくださるのでしょう?頑張ってください」

 

 もはや、2人にこの諍いを止めるという選択肢は欠片も残っていなかった。

 こうなると、一輝が頑張って何とかするしかない。

 

「来てくれ!“陰鉄”!!」

 

 対抗する一輝も、自身の固有霊装である烏のように黒い日本刀を顕現して、ステラの打ち下ろしを防ぐ。

 だが、一輝がただの日本刀なのに対し、ステラは炎を纏う大剣。刃を防御しても炎でまともに近づくことすらできない。

 

「なるほど。あれが“紅蓮の皇女”の炎か。理事長室で見るようなものじゃないが、これだけでも十分バカげているな」

 

 10年に1人の天才と言わしめる力を直に見る真は、感嘆の声を挙げる。炎使い自体はいくらでもいるが、数m離れた真たちにも余裕で熱波を届かせるほどの熱量を持つ伐刀者は世界に3人といないだろう。それでも理事長室が無事なのは、ステラの理性がギリギリ残っているからか。

 さすがにこれは、一輝も万事休すか。そう思った真とエレンだったが、

 

「待って待って!ちょっと落ち着こうよ!汚したってそんな人聞きの悪い・・・!別に何もしてないじゃん!」

「うそ!アタシの裸を、い、いいい、いやらしい目でじーっと見てたくせに!」

「たしかに見たけど!で、でも、あれは、その・・・スケベなことを考えていたわけじゃなくて!ただ、その、なんというか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「ふぇっ!?」

 

 一輝の言葉に、ステラは怒りに燃えた顔が一気に真っ赤になった。

 一輝は「また怒らせたか!?」と身構えていたが、そんなことはなく、ステラは顔を赤くしてもじもじし始めた。

 

「な、ななな、なにをい、言ってるのよバカ!み、未婚の女性に軽々しく、き、綺麗だなんて・・・!これだからデリカシーのない庶民は・・・!」

「ちょろ」

「ちょろいですね」

 

 一輝の褒め言葉ともとれる言葉に激しく照れ始めたステラに、真とエレンは2人に聞こえない程度の小声で貶した。

 それはともかく、ひとまずは落ち着いたようだと判断した真は、先ほどからニヤニヤしっぱなしの黒乃に視線を向けて話しかけた。

 

「さて、理事長先生。いい加減、本当のことを話してくれるんですよね?」

「ほう?どういうことだ?」

「どうして、俺の部屋にエレンさんが、一輝の部屋にステラさんがいたのか、ということです」

「あっ」

「え?」

「なに?どういうことよ?」

 

 真の問い掛けに、一輝は思わず声を挙げ、ステラとエレンもいまいち事情を呑み込めないような表情になった。

 

「そもそも、日課のランニングに行く前、俺も一輝も部屋に鍵をかけていました。これは間違いありません。なのに、入りようがないはずの俺たちの部屋に、2人はそれぞれ入っていた。ならば、この状況で考えうる中で最も可能性が高いのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと」

 

 ここまできて、他の3人もまさかと顔を見合わせた。

 これに対し、黒乃は堪えかねたかのようにくつくつと笑い、種明かしをした。

 

「そこまでバレてしまったのなら、これ以上は隠せないか。いや、すまない。なにやら面白いことになっていたので、つい意地悪をしてしまった。

 あぁ、如月が考えている通りだ。黒鉄も、破軍学園の学生寮が2人1室なのは知っているだろう。つまり、黒鉄もヴァーミリオンも、如月もアンリネットも、どちらも部屋を間違えてなどいない。

 簡単な話・・・君たちはルームメイトなんだよ」

 

 そんなとんでもないことを暴露され、

 

「「「え、ええええええええええ!!!」」」

 

 当然のように、理事長室に絶叫が響き渡った。

 ただ1人、薄々勘づいていた真も、今までで最も深いため息をついていた。




原作の挿絵を見ていつも思うのが、「いったい制服はどういう仕組みになっているんだ」ってこと。
サランラップみたいに胸を強調しおってからに・・・採寸とかどうしてるんでしょうね。

今回、真の異名として使った「バッダス(badass)」ですが、知らない人向けに説明すると、実際は悪い意味で使われる方が少ないらしいです。
ネイティブでは、意味合いで言えば「ブラボー」に近いそうな。
それでもこれを選んだのは、皮肉交じりという意味合いも込めてみたのと、もともとはやはり不良に近い意味だったので使ってみました。
念のため、指摘される前に説明しました。


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問題しかない

 衝撃的な事実をカミングアウトされた4人は、先ほどまでの言い合いもそっちのけに黒乃に詰め寄った。

 

「どっ、どういうことですか、理事長先生!アタシが、こ、この変態とルームメイトって!」

「そのままの意味だぞ、ステラ・ヴァーミリオン。なにか問題が?」

「大有りです!!」

「私も同じです」

「僕もです。たしかに破軍学園の寮は2人1部屋だけど、男と女が一緒なんて聞いた事ない」

「この辺り、ちゃんとした事情があるんですよね?」

「あぁ、当然だ。黒鉄が言ったことも、私が理事長として就任する前だった去年までの話だ。黒鉄、如月。お前たちにはすでに話しただろう。私の方針を」

「・・・完全な実力主義」

「あと、徹底した実戦主義、でしたね」

「そう、それが私の方針だ」

 

 もともと、黒乃が理事長として就任するようになったのは、近年レベルが低くなってきている破軍学園を立て直すためだ。というのも、年に一度開かれる、7校の騎士学園合同で行われる、日本で1番強い学生騎士を決める武の祭典『七星剣武祭』でもあまりいい成績を残せていない。

 そのうちの方針の1つが、今回の部屋割りだという。

 今年からは、部屋割りは性別や出席番号も関係なく、()()()()()()()を同室にしている。こうすることで、その部屋の中でもルームメイトの間で競争心が生まれ、互いに切磋琢磨しあうようになるための工夫だという。

 これを「どうだ、すごいだろう」とでも言わんばかりに説明する黒乃だったが、黒鉄や如月からすればなおさらおかしな話だった。

 

「だったら、なおのこと変じゃないですか。ステラさんはぶっちぎりのナンバーワンなんでしょう?それがなんで、学年最下位で留年した僕と同じ部屋なんですか?」

「りゅ、留年!?あんた、留年生なの!?」

「お恥ずかしながら・・・総合ランクもFだよ」

「F・・・Fランクとアタシが、実力が近い者同士って・・・」

「あぁ、ついでに言えば、そこにいる如月も留年生だぞ。こっちは、単に授業やら実習やらをさぼって単位が足りなかっただけだがな」

「なっ、さぼりで留年だなんて、本当なんですか!?」

「まぁ、事実っちゃあ事実だな。・・・それもどうしてですか?」

「くく。まぁ、なんだ・・・君たちは特例でな。ぶっちゃけた話、ヴァーミリオンやアンリネットほど優れた者も、黒鉄や如月ほど劣った者も他にいないんだ。つまり、()()()()4()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ。だから、余り者同士でペアになるしかなかったというわけだ。納得してくれたか?」

「納得できるわけないでしょう!!」

 

 黒乃の説明を聞いたステラは、バンッ!!と理事長の執務机も手のひらで叩きつけて抗議する。

 真としても、こんな修学旅行の班決めであぶれた中学生みたいな扱いをされたことに対していろいろと思うところがあった。それで男女が同室だというのも特に。

 だが、「ステラさんとエレンさんが同室でいいのでは?」とは言わない。

 そんなことをすれば、外野から「実力主義なのに外国の皇女と近衛は特別待遇するのか」と言われることは目に見えている。

 他の3人もそのことを口にしないあたり、薄々そのことを勘づいているのだろう。言ったところで無駄だ、と。

 だからといって、異性が同室なのを見逃すというわけではないが。

 

「だっ、だいたい、アタシたちみたいな年代の男女が一緒の部屋で生活するなんて、ひ、非常識だわ!間違いが起こったらどうするんですか!」

「おやおや。ヴァーミリオンは年頃の男女が一緒にいるとどんな間違いが起こっていると思っているのかな?ぜひ聞かせてほしいな~」

「そ、それは・・・その・・・ぅぅ・・・」

「なに泥酔したおっさんみたいな絡み方してるんですか」

 

 恥辱のあまりに涙目になったステラに同情して、一輝が黒乃を諫める。

 真もセクハラ一歩手前の絡みに辟易するが、ふとエレンが特に反論していないことに気付いた。

 

「そういえば、エレンさんはその辺りどうなんだ?」

「私としては、ステラ様のことは非常に心配ですが・・・私の方は、少なくともあなたはその辺りを弁えているようなので、ギリギリセーフかなと」

「・・・そりゃどうも」

 

 どうやら、エレンの気配を察知してドアの前で踏みとどまったことを評価しているようだ。

 真としては、自分が男女同室になることが半ば確定したようなものなので、素直には頷けなかったが。

 とはいえ、それは理由としては半分ほどだろう。もう半分は、隠そうともしない諦念の表情で察せる。

 黒乃もステラに「冗談だ」と薄く笑うだけで、先ほどの発言を撤回するつもりはないようだった。

 

「ともかく、これは決定事項だ。君たち以外にも男女でペアになってもらう者はいる。その全員に便宜を図っていては本末転倒もいいところだ。だから、ヴァーミリオン。君が皇女だからといって特別待遇はなしだ。気に入らないというのなら、退学してくれて結構だぞ?」

 

 黒乃の「退学」という言葉に、ステラが見るからにたじろぐ。

 一輝と真には知りようがないが、わざわざ海を越えて留学してきたのだから、それなりの理由があるはずだ。であれば、ここで退学というのも不本意だろう。

 

「・・・・・・・・・わかりました」

 

 最終的に、ステラも黒乃の前に折れることになった。

 

「いいのかい?」

「し、仕方ないでしょう。それがこの学園の方針なんだったら」

 

 一生徒である以上、理事会で決められたことに1人反対意見を言っても仕方がない。

 郷に入っては郷に従えではないが、こうなったらステラでもどうしようもないのは事実だ。

 だから、不満の矛先が一輝に向けられることになった。

 

「ただし、一緒の部屋で生活するにあたって、アンタに3つだけ条件があるわ」

「高学歴、高収入、高身長みたいなめちゃくちゃなことじゃない限り、努力するよ」

 

 本来は一輝もこのような条件を呑む必要はないのだが、先ほどの覗き云々の負い目もあるし、なにより、一輝も年上の男だ。できる限り協力してあげたいという気持ちもあった。

 

「そんなこと求めないわよ。アンタにも簡単にできることよ」

 

 次が3つの条件だった。

 

「話しかけないこと、目を開けないこと、息をしないこと」

「その一輝君、たぶん死んでるよね」

「この3つができるなら部屋の前で暮らしていいわ!」

「条件を守ったうえで追い出されるのか・・・」

 

 これ以上の理不尽はあるのだろうか?真の知る限りはない。

 

「なによ、できないの?」

「できないよ、そんな無茶苦茶な要求!最低限息はさせてよ!」

「いやよっ!どうせ息をするふりしてアタシの匂いを嗅ぐつもりなんでしょ変態!」

「なら口呼吸するから!これなら匂いはわからないし!」

「だめよっ!どうせ舌でアタシの吐いた息を味わうつもりなんでしょ変態!」

「その発想はなかった!お姫様の発想パナい!?」

「・・・あんたのところのお姫様、将来大丈夫なのか?そこらへんの男よか、よっぽど変態の素質があるんだが」

「・・・正直、不安に思うところがないわけではありません」

 

 そりゃあそうだろう。自分の国のお姫様が変態だとは思いたくないだろうが、この発想が出てくるあたり、ないとは言い切れない。

 

「いやなら退学しなさいよ!そうすればアタシは1人部屋になれるわ!」

「そんなめちゃくちゃな・・・」

 

 あくまで自分の要求を曲げるつもりはないステラに、一輝もそろそろげんなりしてきた。

 真としてもいい加減、自己中と言えなくもないステラの要求に辟易してきたため、仲裁案を出すことにした。

 

「だーもう、めんどくせぇ。だったら、2人で模擬戦をやって、勝った方が部屋のルールを決めるってことでいいだろ。それなら後腐れがないんじゃないか?」

「ふむ、そうだな。己の運命を剣で切り拓くのが騎士道なれば、これに異論を唱えるものはいないだろう」

 

 黒乃も真の提案を支持した。

 2人で正々堂々と試合をして、勝った方が意を通す。騎士同士の揉め事を解決する常套手段だ。

 

「ああ。それは公平でいいですね。そうしようよ、ステラさん」

 

 真からもたらされ黒乃も支持した仲裁案に、一輝はすぐに賛成してステラにも同意を求めた。

 

「は、はぁ!?」

 

 だが、ステラからは理解できないと言わんばかりに目を向いて声を裏返らせた。

 

「え?そんなにいやなの?」

「い、いえ、イヤとかイヤじゃないとかどうでもいいというか・・・あ、アンタ・・・自分が何言ってるか、わかってるの?」

「・・・何か変なこと言ったっけ?」

「Fランクの!進級もできないような“落第騎士”が!Aランク騎士のアタシに勝てるわけないでしょっ!?」

 

 言われてようやく、一輝もステラの驚きに納得した。

 たしかに、普通に考えてFランク(最低ランク)Aランク(最高ランク)が戦ったところで勝負にならないだろう。

 それは、提案を承諾した一輝だけでなく、その仲裁案を提案した真にも同じことが言える。

 これに対し、一輝はあいまいな笑みを浮かべて、真は何でもないような様子で続けた。

 

「でも、ほら。勝負はやってみないとわからないから」

「別に、一輝が負けるとも限らんだろ」

 

 この問題は話し合いで解決できるようなものではないし、お互いに退学できない理由がある。だったら、実力で決めた方がいいだろう、と。

 その言葉に、ステラはキレた。

 

「んぅもおおお!!アッタマにきた!!!!この平民!皇女のアタシに対して覗きや露出の変態行為では飽き足らず、“落第騎士”の分際で私に勝つですって!?こんな・・・こんな屈辱は生まれて初めてだわ!なんて最低の国なのかしらここはっ!!」

 

 真は「別に一輝が日本の基準ってわけじゃないし、覗きに関しては事故ってことで納得してなかったっけ?」と心の中で思いはしたが口にはださない。何を言ったところでステラの熱は収まらないだろう。むしろ、火に油を注ぐようなことになりかねない。

 そんなことなんてつゆ知らず、ステラはもはや殺気すら宿した瞳で一輝を見据えて宣言した。

 

「いいわ。わかった。わかりました。やってやるわよその試合。でも、アタシをこれだけバカにしたんだから、もう賭けるのは部屋のルールなんて小さなものじゃすまないわよ!()()()()()()()()()()()()()()!どんな屈辱的な命令にも犬のように従う従僕になるのよっ!いいわね!!??」

「え、ええええ!?それはやりすぎなんじゃ・・・」

「今さら怖気づいてもダメよ。アタシをここまで本気にさせた自分の軽率さを呪いなさい。これはもう模擬戦じゃなくて、決闘なんだから!」

「話はまとまったようだな。ならば・・・」

「少しいいでしょうか?」

 

 一輝の意見は無視して訓練場の準備をしようとする黒乃を、エレンが横から止めた。

 

「なんだ、アンリネット?」

「私はイッキもそうですが、今の会話で()()()()()()()()

「え?」

 

 ただ仲裁案を提案しただけなのに、突然飛び火した真は素っ頓狂な声をあげる。

 

「なんでその流れになったんだ?」

「あなたは先ほど、『ステラ様はFランク程度にも勝てない』と、そう言いましたよね?」

「べつに、そこまでは・・・」

 

 そこまで極端なことは言ってない。

 そう反論しようとしたが、エレンはそれを聞き入れない。

 

「同じようなものでしょう。そもそも、そこの痴漢魔が勝てるという考えがなければ、このような提案もするはずがありません。これは、ステラ様に対する明らかな侮辱です」

「いや、それは言い過ぎ・・・」

「ですから、私も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は!?なんでそういうことになるんだよ!?」

「私はステラ様の騎士です。ステラ様を侮辱する輩を叩きのめすのは当然のことでしょう。理事長、よろしいですか?」

「ああ。わかった。だったら第3訓練場を使え。許可は私が出す」

「ちょっ、なに勝手に決めてるんですか!?」

 

 真の抗議もむなしく、ステラとエレンは「覚悟しなさいよね!!フンッ!!」「では、失礼しました」と言ってさっさと出て行ってしまった。

 

「・・・どうしてこうなった」

「なんだか、大変なことになっちゃったなぁ。困りますよ、理事長。こんなの・・・」

「くくっ。さすがに下僕はイヤか?」

「イヤですよ。勝っても負けてもどっちもいやだ・・・」

「まったくだ」

「勝っても、か・・・。面白い男だ。特に黒鉄はな。さっきのあの子の強さは見ただろう。あれほどの能力を持っていることはもちろん、なおかつそれを使いこなせる者はそうはいない。前評判に偽りなしだ。それでも、お前はあの子に勝つという」

「いずれは勝たなければならない相手ですからね。それは理事長が一番知ってるでしょう。なにしろ、『七星剣武祭で優勝すれば、能力値が悪くても卒業させてやる』と言ってきたのは貴女なんだから」

 

 それは、真も知っていることだった。だからこそ、実力主義・実戦主義に基づいた制度を導入したのだ、とも。

 

「それに比べて、如月はちゃんと授業に出れば進級も卒業も問題ないのだから、今年からはきちんとしろよ?」

「俺には労いの一言もないんですかそうですか」

「お前には必要ないだろう。むしろお前は、()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ずいぶんな言い様ですね」

 

 黒乃の言葉は、ともすれば「エレン・アンリネットの負けは決まっている」と言っているようなものだ。

 「真が力を扱うことができれば」という前提付きではあるが。

 一輝も、それを知っているから何も言わない。

 

「まぁ、それを言ったら一輝だって同じようなもんだろ」

「いや、そんなことを言われても困るんだけど・・・あのステラさんが相手だよ?」

「むしろお前の得意分野だろう。()()()()()()()()()()()()()()

 

 真も、一輝がランク通りの強さではないことをよく知っている。

 だから、この模擬戦の提案をしたのだから。

 それでも、自分まで巻き込まれることになるとは思っていなかったが。

 

「そういうわけだ。さっさと勝って下僕云々の話を無しにしよう。じゃないと、せっかくの新学期は肩身の狭い思いをすることになりそうだ」

「はは、それもそうだね」

 

 そんなことを話しながら、2人もまた理事長室を後にして決闘の舞台に向かった。




ぶっちゃけ、七星剣武祭で破軍学園がいい成績を残せていないって言ってますけど、少なくとも昨年度は廉貞とか文曲に比べれば1人だけでもベスト4に食い込んでいるだけマシですよね。
まぁ、それ以前のことは知りませんが。


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“落第騎士”vs“紅蓮の皇女”

 魔導騎士が国家の戦力としての側面を持つ以上、当然戦闘技能が求められる。

 そのため、すべての騎士学園には模擬戦などを行うための闘技場が存在しており、申請を出せばだれでも利用できるようになっている。また、闘技場にはすり鉢状に観客席が設けられているため、他人の模擬戦の様子を見ることができるようにもなっている。

 現在、第3訓練場のリングの中心には一輝とステラが立っており、2人の間に挟まるようにレフェリーの黒乃がいる。

 そして、観客席にはもともとトレーニングに来ていた学生やどこからか噂を聞きつけて見学に来た学生が20人強ほどいた。春休みにいきなり決まった模擬戦にしては多い数だ。

 おそらく、その目的は噂の新人2人であるステラとエレンだろう。

 事実、喧騒から聞こえる会話の内容はほとんどステラとエレンのことで、一輝や真については「なんであの2人が模擬戦やるんだ?」「留年生がAランクに勝てるわけないだろ」といったものがほとんどだ。

 そんな会話を、真は観客席の最前列で座りながら聞き流していた。近くにはエレンも座っている。

 

「・・・聞けば聞くほど、どうして騎士学園にいるのか不思議にすら思いますね。単にさぼったあなたはともかく、イッキは実戦を受ける能力基準にすら届いていないと聞こえてきますよ」

「まぁ、そればっかりはな~」

 

 実際、魔力関連についてはその通りだと言わざるを得ないと真は言う。

 ランクには総合ランクを決めるための6つの項目がある。攻撃力・防御力・魔力値・魔力制御・身体能力・運だ。

 一輝はそのうち4つがFランクで、魔力制御はなんとかEランクというありさまだ。さらに言えば、魔力値もFランクの中でも下の下と言える。

 唯一、身体能力の項目はAだが、この項目は半ばお遊びのようなものだ。なにせ、いくら生身の人間の身体能力が優れていたところで、例えばステラの炎の前にはどうすることもできない。一瞬で塵にされて終わりだ。

 だから、ほとんどの伐刀者は体を鍛えたり武術を学んだりということはないし、騎士学園も異能を鍛えることを薦めているため、体を鍛えるカリキュラムが存在しない。

 武術を習う、ないし極めるのは、自身の強さに飽くなき渇望を持つごく一部の()()()()()くらいだ。

 

「言ってしまえば、ステラさんが10年に1人の天才と称されるなら、一輝は1()0()()()1()()()()()()と評されることになるな」

「ずいぶんと辛辣ですね」

「これは本人も自覚してることだ。だからこそ、あいつなりに努力してきたわけだがな」

「努力、ですか・・・」

 

 努力という言葉に、エレンは微妙な表情になる。

 それを見た真は、エレンが何を思っているのか、なんとなく理解していた。同時に、リングの上にいるステラが、模擬戦の経緯とは別のことにイライラしているように見えることも。

 だが、口には出さない。

 今言ったところで、意味は何もないから。

 

「っと、そろそろ始まるみたいだな」

 

 微妙な空気になりかける前に、真は話題をちょうど始まろうとしている一輝とステラの模擬戦に変えた。

 リングでは、黒乃が今回の模擬戦の説明をしているところだ。

 

「それではこれより、模擬戦を始める。双方、固有霊装(デバイス)を“幻想形態”で展開しろ」

「来てくれ、“陰鉄”」

「傅きなさい、“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”!」

 

 2人は、それぞれの固有霊装を人間に対してのみ物理的なダメージを与えずに体力を直接削り取る幻想形態で展開した。

 この幻想形態のおかげで、学生同士でも安全に模擬戦をすることができる。とはいえ、負傷の痛みは普通に現実と同じように感じるため、積極的にする要因にはなりにくいが。

 

「よし・・・では、LET's GO AHEAD!」

 

 黒乃の合図によって、“落第騎士”黒鉄一輝と“紅蓮の皇女”ステラ・ヴァーミリオンの模擬戦が始まった。

 

 

* * *

 

 

「ハアアアア!」

 

 開幕と同時に仕掛けたのはステラだった。一気に距離を縮め、大剣に炎を纏わせて大振りに振り下ろす。

 あくまで大振りな一撃だから、見切るのは容易いと一輝は受け止めようとし、受け止める直前にその行動を中止してバックステップで後ろへ逃げた。

 次の瞬間、“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”が床にたたきつけられ、()3()()()()()()()()()()()()()

 

「おいおい、どんだけバカげた膂力なんだよ・・・理事長室じゃ、マジで1ミリたりとも本気じゃなかったんだな」

「当然でしょう。そもそも、ステラ様の力は訓練場の類ではない限り、決して屋内で振るっていいものではないんですから」

 

 あれほどのパワーを、例えば先ほどの理事長室で使ったときには、容易く床を突き抜けることになるだろう。下手をすれば、校舎そのものを壊しかねない。

 そして、さらに恐ろしいことに、それだけのパワーを持っていながら日本刀の武装である一輝のスピードに軽々と追いすがっている。

 魔力とは、魔術だけでなく身体能力の強化にも利用できる。これは、伐刀者であれば誰でもできる当たり前の技術だ。

 それが、世界最大の魔力保有量を持っているステラともなれば、強化の幅の桁が違う。

 しかも、これだけの動きをステラは長時間維持し続けることができる。模擬戦程度の時間であれば、最初から最後まで全力で動いてもなお余るだろう。

 逃げ切れないことを悟った一輝は、振り下ろされる“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”に対して自らの“陰鉄”で応じ、剣戟が始まる。

 

「「「おおお・・・!!」」」

 

 剣戟の音が鳴りひびく中、周囲の観客から歓声が上がる。

 彼らが見つめるのは、ステラによって描かれる焔の軌跡だ。

 その軌跡に、真は見覚えがあった。

 

「剣術か・・・たしか、“皇室剣技(インペリアルアーツ)”だったか?」

「知っているんですか?」

「言葉だけはな」

 

 それはヴァーミリオンの皇族に伝わる剣術であり、ステラもその剣術でヴァーミリオン皇国の剣術大会で優勝したこともある。真は、ネットの記事でそのことを知っていた。

 同時に、ステラの意図も察する。

 

「自分が、()()()()()()()()()()()って言いたいんかね」

 

 それこそが、エレンの微妙な表情とステラのイライラの理由。

 周囲からまるで、自分が才能だけで勝っているような人間だと思われていることだ。

 だが、その辺りの事情に少しでも通じている人間は、それが事実と真逆であることを知っている。

 なにせ、ステラは最初は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たしかに、類まれなる才能を持っているステラだが、最初からその力を使いこなせたわけではない。

 むしろ、自らの炎によって重度の火傷を負うことさえあった。

 そんなステラに、周囲は魔導騎士になるのは無茶だと誰もが反対した。

 それでも、ステラはその反対を押し切り、絶え間なく努力を続けて、ついにその炎を自在に操ることができるようになった。

 エレンにも、それと同じようなことが言える。

 だからこそ、「努力すれば天才にも勝てる」と豪語する凡人が「努力したけど天才には敵わなかった」と言うのが許せないのだ。

 そして、そのような安い言い訳を許さないからこそ、あえて魔術ではなく剣術によって一輝に勝負を挑んでいる。

 それは、

 

 

 

 

 

「無謀だな。相手が悪すぎる」

 

「え?」

 

 いったいどういうことなのか。

 真の言葉の意味を計りかねたエレンは、改めて一輝とステラの剣戟を見る。

 だが、見る限りは明らかにステラが優勢だ。

 なにせ、ステラの猛攻に一輝は押されっぱなしで、ろくに反撃もできない・・・

 

「っ、まさか!?」

 

 そこで、エレンも気づいた。

 そう、剣戟でステラを相手にする場合、()()()()()()()はありえないのだ。彼女の剣は、受け止めることすら許さずに()()()()のだから。

 たしかに傍から見れば、一輝は防戦一方で捕まるのは時間の問題のように見える。

 だが、事実は違う。

 

()()()()()()()()()()()()()・・・!?」

 

 一輝はステラの剣を受けながら、決して受けきらずに衝撃を後ろに流すことでステラの間合いから逃れている。

 パワーを封殺する柔らかい防御。柔を以て剛を制す。

 言葉で言うのは簡単だが、実現は至難の技だ。

 わずかにでも必要以上に力を込めれば体は破壊され、弱くても問答無用で斬り伏せられる。

 それを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に対して行っている。

 これだけでも、一輝の技巧が神がかっていることがわかる。

 だが、それで終わりというわけではなかった。

 

「さて、そろそろかな」

 

 真の呟きに、エレンはその意味を察して「それこそまさか・・・」と思った。

 いや、思いそうになった。

 一輝が攻めに転じたのだ。

 普通なら、それは自殺行為に等しい。

 どうしても攻撃のために力を込める以上、パワー比べならステラには遠く及ばないのだから。

 だが、

 

「くぅ!」

 

 あろうことか、ステラは後ろに下がった。

 パワーではステラが圧倒的に勝っているのに、なぜ。

 その答えを、エレンはすぐに理解した。

 

「あの剣筋、まさか、“皇室剣技(インペリアルアーツ)”ですか!?」

 

 一輝の振るう剣が、まさにステラの皇室剣技そのものだからだ。

 だが、それだけでステラが押されるはずがない。

 それもそうだ。

 厳密に言えば、皇室剣技とは似て非なるものなのだから。

 真は、それをよく理解していた。

 

「たしかに大本は“皇室剣技(インペリアルアーツ)”で間違いないが、今一輝が使っているのは少し違う。あれは、今までの剣戟で“皇室剣技(インペリアルアーツ)”を盗んだ上で、さらに改良したものだ」

「なっ、この短時間の打ち合いで剣術を盗むだけでなく、それを上回るなんて、そんなことが・・・」

「できるのがあいつだ」

 

 真も最初は驚いたものだが、一輝はこう話していた。

 自分は嫌われ者だったから、誰からも何も教えてくれなかった。だから、他人の剣を見て盗むしかなかった。それを繰り返しているうちに、いつからか大抵の剣術なら1分も打ち合えば理解できるようになった、と。

 それは、単に技を見て真似たというだけではない。それこそ、一輝はまだ見ていない相手の技ですらわかるのだという。

 太刀筋から心得を、型から歴史を、呼吸から理念を読み取り、それらの『枝葉』を辿って『理』に至る。

 『理』がわかってしまえば、敵の剣術の欠点を克服し、なおかつすべてをもう一段階上回る剣術を作ることは難しくない。

 

「“模倣剣技(ブレイドスティール)”。これができるあいつの剣に型はない。なにせ、必要ないからな」

 

 少なくとも、剣技であれば相手に絶対の優位をとることができる。

 そして、それはこの試合だけの話ではない。一輝の頭の中には、今まで盗んできたあらゆる流派の剣術・武術が詰め込まれている。

 その引き出しの多さは、並の伐刀者とは比較にならない。

 

「これを、能力に頼らずにやってるんだからな。マジで化け物だ」

 

 これを聞いたエレンに、もはや疑いの余地はなかった。

 剣術の腕において、一輝はステラよりも数段は上。ステラでは相手にならない、と。

 それは、リングの上で一輝と対峙しているステラも理解したはず。

 だが、それで大人しくなるほどステラも甘くない。

 今度は、ステラが“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”を振り下ろし、一輝がその迎撃のために“陰鉄”を振り上げるタイミングで()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さすが、上手いです!」

 

 今まで見せなかった()()()という行為に、一輝は読みを外して振り上げが空ぶってしまい、胸元ががら空きになる。

 その隙を見逃さず、ステラはわき腹めがけて“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”を振るうが、

 

「甘いな」

 

 真の呟きと同時に、ステラの攻撃は防がれた。

 

「なっ・・・」

 

 攻め手もリズムも変えて、裏もかいた。なのに、なぜ防がれたのか。

 

「柄で防ぐなんて・・・」

 

 そう、一輝は、“陰鉄”を握る柄の右手と左手のわずかな隙間を使って攻撃を凌いだのだ。

 だが、一輝がステラの攻撃を防げたのはそれだけではない。

 

「あんな寝ぼけた太刀筋なら、誰にだって受け止められるに決まっているだろうに」

 

 ステラの剣は、あくまで()()()()()()()()()剣だ。逃げながら斬る剣ではない。

 軽々に勝ちに走るような温い剣では、一輝程度でも受け止められてしまう。

 その結果生まれたのは、致命的な隙だ。

 

「ハァアアアア!!」

 

 一輝は受け止めた“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”を大きく弾き飛ばし、無防備になったステラの体に“陰鉄”を振り下ろした。

 

 

* * *

 

 

 一輝の打ち下ろしは、見事にステラに決まった。

 ギャラリーは、予想外の結果に動揺を隠せない。

 だが・・・レフェリーの黒乃は、試合の終了を告げない。

 なぜなら、一輝の全力の一撃はステラの右肩に止まったままだからだ。

 

「・・・やっぱ、こうなるか」

 

 だが、それを見ても真に動揺はない。それは、一輝やステラ、エレンも同じだ。

 魔力は、魔術や身体強化の他にも、バリアとしての役割を持つ。

 それは、Eランク程度の魔力でも、拳銃で撃たれても打撲ですむくらいの強度を持つ。

 だが、一輝の魔力は少ない、いや、少なすぎる。それこそ、全力の一撃でも、ステラにかすり傷1つつけられないほどに。

 “総魔力量”。伐刀者としての異能を用いるための精神エネルギー総量は、努力云々で伸ばせるものではなく、生まれつきによって決まる。これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言われている。

 大成する人間は、大成すべくして大成する。

 つまり、生まれ持った才能の差が、絶対的な壁として一輝を阻んだのだ。

 これを見たエレンは、ポツリポツリと言葉をこぼす。

 

「・・・私には、イッキがどのような半生を送ってきたのかはわかりません。ですが、あの男の言う努力とは、決して上辺のものではなく、それこそ、あるいは私やステラ様よりも重いものだったのですね。・・・認めざるを得ませんね。間違いなく、この試合でステラ様が勝てたのは、ステラ様の才能のおかげであったと」

 

 もし、一輝に人並み程度の、いや、それより少し劣る程度でも才能があれば、あるいは、ステラの才能が劣っていれば、今の一撃で勝負は決していた。

 だが、一輝にはその程度の才能すらなく、ステラはそれほどの才能を持っていた。

 たとえ、この試合で一輝が「才能に負けた」と口にしても、2人はそれを責めないだろう。

 一輝には、その権利がある。

 だからだろう。

 ステラは、その理不尽なまでの才能を持って勝負を決することに決めた。

 そのために、ステラは一輝からできるだけ距離をとった。そして、リングと観客席を隔てる壁まで後退したステラは、“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”を天に掲げる。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔」

 

 ステラの詠唱と共に、“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”に炎を収束、出力をどんどん引き上げ、ついには光の柱となってドームの天井を溶かした。

 

「あ~あ~、派手に訓練場をぶち壊しちゃってまぁ・・・ていうか、幻想形態とはいえ、人1人に向けるようなもんじゃないだろ」

「それこそ、ステラ様なりの敬意ということでしょう・・・あれほどの人物であれば、魔導騎士以外の道であれば間違いなく大成するでしょうから」

 

 今、放とうとしているのは、規格外の天才であるステラが誇る最強の伐刀絶技(ノウブルアーツ)だ。

 剣技において一輝と勝負にならないと判断したステラは、戦場を()()()()()()()ことに決めた。

 そして、絶対的な敗北を与えんがために、破壊の一撃を振り下ろす・・・!

 

「“天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)”!!」

 

 あまりの威力に、観客の生徒は一斉に逃げ惑い、訓練場が破壊されているのを目の当たりにしている黒乃も苦い表情を浮かべている。

 だが、絶望的といえるような敗北を目前にして・・・それでもなお、一輝は薄く笑っていた。

 そして、それは真も同じだ。

 

「・・・まぁ、これで終わりというわけじゃないがな」

「え?」

「ステラさんの“天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)”のように、一輝にも絶対的不利を覆せる切り札を持っている。それこそが、最弱である一輝が最強に勝つために出した答えだ」

 

 真がそう言った次の瞬間、一輝の全身と“陰鉄”から蒼白い焔のように揺らめく輝きが生じた。

 それが、可視化できるほどに高まった魔力の光であるとエレンは悟った。

 だが、明らかに先ほどまで感じた魔力よりも強い。

 

「そんな、あり得ません・・・魔力が増幅しているだなんて・・・!」

 

 魔力は何があっても増えない。これは絶対だ。魔力を増やす能力というのもない。

 その答えは、真からもたらされた。

 

「あれは、魔力そのものが増えているわけじゃない。言ってしまえば、全力で使っているだけだ」

「な・・・」

 

 エレンの疑問の言葉は、声にならなかった。

 一輝が、目に留まらぬ速度でステラの一撃を避けたからだ。

 ステラもなんとかして攻撃を当てようとする。

 ステラの“天壌焼き焦がす竜王の焔(カルサリティオ・サラマンドラ)”は光の柱であり、質量は持たない。そのため、リーチからはあり得ないほどのスイングスピードを持っているが、それでも一輝には当たらず、ステラはもちろん、観客席にいるエレンでさえも姿を見失いつつあった。

 

「彼の、イッキの能力は何なんですか!?」

「あいつの能力は、身体能力の倍化だ」

 

 それは、あらゆる能力の中でも最低と呼ばれるものだ。

 なにせ、そのような能力が無くても、Eランク程度の伐刀者であればただの魔力放出で3倍でも4倍でも強化できる。

 だから、Fランクである一輝には妥当な能力だと言えるが・・・

 

「嘘ですっ!この出力、2倍程度ではないでしょう!?それに、身体強化の能力で魔力が増幅するなんて聞いた事がありません!」

 

 このエレンの声を荒げながらの質問に、真は先ほどの回答を続ける。

 

「あぁ。だから、さっき言ったみたいに、一輝は自身の能力を全力で使っている」

「そんな、たかが心構えだけで・・・」

「いや、心構えの話じゃない。あいつの全力は、()()()()()()()()

「え?」

「たしかに、伐刀者に限らず、スポーツなんかでもよく『全力を出す』なんて言ったりするが、本当に全部というわけではない。あくまで、本能が自身の体が壊れない程度にセーブをかける」

 

 これは、生物である以上絶対であり、いわば生物としてのメカニズムだ。

 いわゆる生存本能(リミッター)が、生物としての機能を保つための力と通常時に使う力を分けている。

 ゆえに、人間は体力や筋力、魔力をスペックの半分程度も使いこなせない。

 それが普通だ。

 このリミッターが外されるのは、いわゆる火事場の馬鹿力と言われるような、生命の危機に瀕した時だけ。

 だが、黒鉄一輝はその常識を覆す。

 

「あいつは、あらゆる武術を使いこなすにあたって、自分の体を完全に支配下に置くことができる。そして、それほどの集中力を以てすれば・・・自分の意思で生存本能(リミッター)を破壊することができる」

 

 それこそが、一輝の出した答え。

 ただ努力しただけでは、天才との差は埋まらない。天才も努力しているのだから当然だ。

 一輝と真も、それはわきまえている。

 だから、天才との差が詰まるなんてことはありはしない。

 であれば、どうすべきか・・・。

 もはや、()()()()()しかない。

 たった1分。

 戦うにしてはあまりに短すぎる時間。

 その泡沫の間に、己の全ての力を出し切り、すべて使いつくすことで能力の強化倍率を2倍から数十倍に引き上げる伐刀絶技(ノウブルアーツ)・・・

 

 

 

「“一刀修羅”。これが、あいつの最弱(さいきょう)だ」

 

 その瞬間、視線が追い付かないほどの速度で動いていた一輝は、一気にステラの懐に潜り込んで斬り伏せた。

 この一撃を受けたステラは、幻想形態の作用によって意識がブラックアウトし、その場に倒れ込んだ。

 

「そこまで!勝者、黒鉄一輝!」

 

 この瞬間、黒鉄一輝の勝利が決まった。




今回は、まぁ、だいたい原作通りな感じになっちゃいました。
あくまで、視点は真とエレンに寄せてありますが。
次からは、ちゃんとオリジナル展開が続きますので。


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“不良騎士”vs“精霊の魔術師”

 一輝とステラの勝敗が決まった直後、真は即座に観客席から飛び降りて一輝の下に向かった。

 

「お疲れさん。調子は・・・最悪っぽいな」

「真・・・さすがに、ちょっとキツイかな。本当は、真の模擬戦も見たかったけど・・・」

「やめとけやめとけ。途中でぶっ倒れるのがオチだ。さっさと休んで来い」

「うん。それじゃ、真も頑張って」

「おう」

 

 軽く真と会話した一輝は、ふらふらとした足取りでリングを後にした。おそらく、このまま寮に戻るのだろう。

 真としては、一輝を部屋まで送っていきたい気持ちもあるのだが、この後の模擬戦をすっぽかすわけにもいかないと改めた。

 そこで、ふと黒乃に聞いておきたいことを尋ねた。

 

「そういえば、ステラさんはどうするんですか?」

「あぁ、ヴァーミリオンは自室に運ばせる。幻想形態による極度の疲労で倒れているだけだから、医者もiPS再生槽(カプセル)も必要ないからな」

 

 iPS再生槽(カプセル)とは最先端の治療設備の1つで、単純にカプセルとも呼ばれる。見た目は大きめの浴槽のようになっており、これを使えば四肢の切断や臓器の欠損程度であればたちまち修復することができるすぐれものだ。さすがに欠損した四肢を復元したり致命傷からの蘇生をすることはできないが、これを使えばたとえ心臓を潰されても生きている限りは再生できる。

 これのおかげで、公式の伐刀者の試合なんかも比較的安全に行えるため、現代には必要不可欠なものになっている。

 もちろん、使おうと思ったら多額の保険金がかかるが、学内での学生同士による正式な戦闘による負傷に限ればタダで使うこともできる。

 だが、今回の場合は幻想形態による戦闘のため、外傷は発生しない。この後に控えている真とエレンの模擬戦でも出番はないだろう。

 そんなことを話しているうちに、教職員が担架を持ってリングに現れ、ステラを乗せてそのまま去っていった。この調子なら、一輝が到着するよりも早くステラを寮の自室に運んで退散するだろう。おそらく、一輝とステラが同室なことについてあーだこうだ言われる可能性も低い。

 そのことに軽く安堵の息をつきながら、真は視線をエレンに向けた。

 

「それじゃ、俺たちも始めようか。さっさと降りてこい」

「・・・わかりました」

 

 エレンとしては観客席から飛び降りるなど無作法もいいところだったが、たしかに観客席からリングの入場口まで移動するのは面倒だし、なにより時間の無駄だ。

 マナーは悪いのにイヤに合理的なものだと、複雑な気分になりながらエレンも観客席から飛び降り、ふわりと軽い足取りで着地した。

 

「なるほど、器用なもんだ」

「これくらいは当然です」

 

 今のは魔力放出によって着地の瞬間の衝撃をなくしたのだが、その際いっさいの余分な魔力が存在しなかった。

 必要最低限の魔力放出を、必要なタイミングで瞬時に行う魔力制御。それに、さりげなく制服のスカートが捲れないためにも最低限の魔力放出を行っていた。

 これだけでも、エレンが相当な実力者であることがわかる。

 

「2人とも、やる気に満ちているのはいいが、少し待ってくれ。訓練場を修復する必要があるからな」

 

 そう言いながら、黒乃は瓦礫に手をかざす。

 そうすると、崩れ落ちた天井がまるで映像の巻き戻しのように宙に浮かんで元に戻っていった。

 

「さすがは世界時計(ワールドクロック)。こういう時に便利ですね」

「私の能力を便利呼ばわりするお前もなかなか変人だな」

 

 さりげなく真を貶す黒乃だが、あながち間違いでもない。

 なにせ、伐刀者の戦闘興行であるKing of Knihts(KoK)の中でも世界最高峰でもあるA級リーグ、その元世界ランキング3位である世界時計(ワールドクロック)新宮寺黒乃の能力は“時間操作”。あらゆる伐刀者の中でも最高の能力の1つなのだから。

 現在は妊娠を機に引退しているが、その実力にはわずかな衰えもない。

 それを“簡単に修復ができる便利な能力”と言った真の感性はなかなかにぶっ飛んでいる。

 とはいえ、業者に頼むよりもはるかに早く金もかからないため、真の意見もまったくの見当違いというわけではでない。

 

「・・・本当に、常識にとらわれないというか、良くも悪くも自由な考えをお持ちのようですね」

 

 その後ろから、一輝に負けず劣らずぶっ飛んだ行動や言動をとる真にエレンが何とも言えない微妙な表情で話しかける。

 

「それはそうと・・・あなたに言うのは筋違いですが、イッキ・クロガネをFランクだと侮辱したことを、ここでお詫びいたします。たしかに、彼はステラ様に匹敵する強者でした。

 ・・・ですが、私にも新たに負けられない理由ができました。

 理事長室や先ほどの様子を見る限り、あなたはイッキと親しい仲であるようですね。

 ですから、ここで私があなたを倒すことで、ステラ様の雪辱を晴らさせていただきます」

 

 正直、真としてはとばっちりもいいところなのだが・・・エレンの言葉を否定するつもりはさらさらなかった。

 真としては、主の仇を家臣が討つという展開は割と好物であり、自分が仇を討たれる側になるというのも悪くないと思い始めてきた。

 だから、

 

「・・・あぁ、できるものならやってみろよ」

 

 非常にあくどい笑みを浮かべて、人差し指をちょいちょいと立てながら挑発した。

 対するエレンも、ムッとしながらもその瞳の奥で戦意を燃やす。

 ちょうどその時、黒乃が訓練場の修復を終わらせた。

 

「これでよし、と。さて、お前らもやる気になっているようだし、このまま始めてしまうか。それでは両者、開始線につけ」

 

 黒乃の指示に従い、真とエレンは開始線の前に立った。

 

「それではこれより、模擬戦を始める。双方、固有霊装(デバイス)を幻想形態で展開しろ」

「やるぞ、“夜羽(よるば)”」

「始めましょう、精霊妃の権杖(ティターニア)

 

 それぞれ、真は黒い羽と共に漆黒のコートを羽織り、エレンは銀色に輝く杖を手に持った。

 

「よし・・・では、LET's GO AHEAD!」

 

 

* * *

 

 

 黒乃が試合開始の合図を出した瞬間、真は全力でその場から飛びのいた。

 次の瞬間、真が立っていた場所がいきなり爆発した。

 

「殺意高いなぁ・・・」

「当然でしょう。ステラ様とイッキの試合を見た後ですから。・・・ですので、私は最初から()()()いかせてもらいます」

 

 そういうエレンの周りには、等身大の炎、氷塊、風の球、岩の塊が浮いている。

 

「“精霊の魔術師”、エレン・アンリネット。火・水・風・土を同時に操ることができる、“四元素”の能力の持ち主。そして、4つの属性を同時に操る伐刀絶技(ノウブルアーツ)精霊の舞踏会(エレメンタル・パレード)”、か。これは想像以上の難物だな」

 

 これこそが、“精霊の魔術師”と呼ばれるエレン・アンリネットの持つ規格外の能力。

 通常、伐刀者は1人に1つしか能力を持てない。例外的に相手の能力をコピーできる“複写使い(フェイカー)”など複数の能力を再現できる場合もあるが、あくまで1つの能力の枠にしか収まらない。

 だが、エレンは“四元素”という、1つの異能に4つの能力が含まれている規格外だ。

 つまりエレンは、1人で4人分のはたらきをすることができるということになる。

 そして何より、これほどの複雑な能力を持っていながら発動が非常に早い。

 4つの属性の同時展開による圧倒的な手数に、卓越した魔力制御による高速展開。

 これはたしかに、魔術の腕はステラよりも優れていると評されるだけのことはあると真は納得した。

 

(できれば近づきたいんだけどな~)

 

 魔術特化であるということは、ステラと違って近接戦闘はこなせない可能性が高い。

 そもそも、真の距離が0距離(ショートレンジ)なのだから、否が応でも近づく必要があるのだが、それをエレンが許すはずもない。

 

火魔法(サラマンダー)攻撃(アタック)水魔法(ウンディーネ)風魔法(シルフ)支援(サポート)土魔法(ノーム)防御(ディフェンス)

 

 エレンは素早く詠唱をして、炎の弾幕を放ちつつ自分を中心とした直径1mの範囲より外の床を凍らせ、さらにリング内に暴風を吹かせて真の動きを妨げつつ足下にいつでも障壁を展開できるように準備をする。

 

3倍加速(トリプルアクセル)!」

 

 立ち止まっている暇なんてないと、真は全域が凍る前に能力で加速しながら駆け出し、足元が凍ってからは勢いのままに滑ってさらに高速移動、火炎弾を躱す。

 

「・・・なるほど。それがあなたの能力ですか。イッキのような身体強化のようにも見えますが、あなたの全ての動きが速くなっていることから、“自己加速”の類ですね」

「丁寧な解説どーも!」

 

 答え合わせをしている余裕なんてないとアピールしながらも、真は立ち止まらずに、時にはアクロバティックな動きをしながら炎の弾幕を躱す。

 真の動きは能力によって3倍ほど加速されており、氷による滑走も合わせて目で追うのは難しい。

 にもかかわらず、エレンは視線を向けずとも正確に真の位置を把握し、的確に炎弾を放つ。

 目で追えていないはずなのに、なぜなのか。

 真はある程度からくりは見えていた。

 

(この風で、俺の位置を特定しているな)

 

 エレンがリングに風を吹かせているのは真の妨害だけでなく、高速で動く真の索敵の役割もあったというわけだ。

 想像以上に、魔術の使い方が上手い。

 火力こそ同系統のAランク騎士には敵わないだろうが、それを補って余りある器用さを持っている。

 とはいえ、真もこのまま黙りっぱなしというわけでもない。

 

「加速解除。すぅ、4倍加速(クアトロアクセル)!」

 

 真は一度加速を解除してから、先ほどよりもさらに速い倍率で加速し、魔力放出も加えて普通の10倍近い速度で駆け抜ける。

 人間は急な動きに弱い。初速が速ければ速いほど対象を捉えることが難しくなる。

 エレンもその例に漏れず、先ほどと比べて炎弾の精度が落ちてきた。

 それを確認した真は、今度はリングと観客席を隔てる壁を思い切り蹴り、縦横無尽にリングを動き回って攪乱する。直線的な動きであることに変わりはないが、時折準備している障壁のギリギリ範囲外を移動することでエレンの神経をすり減らす。

 それに加えてさらに拳圧で風を押し出すことで、少しでもエレンを撹乱する。

 

(こういうの、一輝からは小言をもらいそうだけど)

 

 一輝と真では、手札の使い方が違う。

 一輝は相手に有効な一打を切り札として残し、最大限効果を発揮するタイミングで切り札を切る戦い方をする。

 それに対し、真は使える手は片っ端から使い、相手の処理能力を飽和させて強引に隙を作る戦い方を好む。

 もちろん、それぞれに長所と短所があるが、真は一輝から「切り札は用意しておいた方がいい」とよく小言をもらっている。

 だが、今回は真の作戦が有効だった。

 

(相手の手数が多いなら、もっと増やして処理落ちさせるのも1つの手だよな、うん)

 

 魔術はただでさえそれなりの集中力を必要とする。4種類の魔術を併行して発動しているエレンならなおさらだ。

 そして、いよいよ真も攻撃に移る。

 だが、できるだけ1撃で仕留めたい。この手は二度は通じないし、手札を多く使う分長引くと不利になる。

 ならば、どこから攻めるか。

 

(活路は、正面!)

 

 今、エレンは自分の視覚外からの攻撃に備えて意識を割いている。そして、エレンの知覚速度は一輝やステラに比べれば遅い。

 エレンが知覚するよりも速く攻撃を当てれば、それでケリがつく。

 

5倍加速(フィユンフアクセル)!」

 

 真はダメ押しでさらに加速し、エレンの知覚を振り切りにかかる。

 

「っ、水魔法(ウンディーネ)攻撃(アタック)!」

 

 このままでは真を捕捉できないと判断したエレンは、氷のフィールドを解除して氷の弾丸の全方位射撃に切り替える。

 だが、エレンの意識が真から完全に逸れた瞬間を、真は見逃さない。

 

(ここ!)

 

 氷のフィールドが解除された瞬間に、真は思い切りリングを蹴って側面からエレンに近づく。

 エレンはこれに対応、すぐさま地面から土壁を生やしてこれを防ごうとする。土壁と言っても、素材はリングに使われる強化コンクリートだから、真でも破壊できない。

 だが、その時にはすでに真は直前でリングを蹴ってをエレンの正面に回った。

 これにエレンがわずかに硬直し、その隙を突いて真はさらにエレンに接近する。

 そこはすでに真の間合いだ。

 

(もらった!)

 

 勝利を確信した真は、大きく拳を振りかぶり、

 

 

 

 その直後、リングの全体が爆発に飲み込まれた。

 

 

* * *

 

 

 エレンが絶体絶命のピンチかと思っていた矢先の突然の爆発に、観客席はどよめきだした。

 なぜなら、爆発を起こした張本人であるエレンが中央で無傷のまま立っているのが見えたからだ。

 あの一瞬、エレンは全身を魔力放出によるバリアで防御して自身を爆発から守ったのだ。

 

「すげぇ、あれだけの自分の近くで爆発させたのに、エレンさんは傷1つないぞ」

「すごい魔力制御ね。あの一瞬で、あそこまで強力な魔術を使うなんて」

「これはもう、あの不良も終わりだろ」

 

 明らかに爆発に突っ込んだ真に、観客席は終了ムードになる。

 だが、黒乃は試合終了の合図を出さず、エレンも微塵も油断していない。

 そして、爆煙がすべて晴れると、リングには同じく無傷の真がエレンから距離をおいて立っていた。

 

「あっぶね・・・少しでも油断してたらやばかったな、ありゃ」

 

 当の真は、言葉と裏腹にまるで大した事がなかったかのようにふるまう。

 なぜあの爆発を防げたのか、エレンもわかっていた。

 

「器用なものですね。まさか、自分の固有霊装(デバイス)を盾にして今の爆発を防ぐとは」

 

 伐刀者の魂の具現である固有霊装は超高密度の魔力結晶体でできており、滅多なことでは破損しない。それは、一輝の刀やステラの大剣、エレンの杖はもちろん、真のコート、“夜羽”も同じだ。

 真は爆発の瞬間に自身を“夜羽”で覆い、爆発をやり過ごしたのだ。

 だが、それだけでは爆発の衝撃までは防ぎきれないはず。自分からあの勢いで突っ込んだのならなおさらだ。

 その答えは、エレンの足下にあった。

 ちらりと見下ろしたエレンの視線の先には、何かが刺さっていたかのような穴があった。

 

(まさかこれは、魔力放出ですか・・・)

 

 あの時、真は足裏から杭状に魔力を放出し、その杭をリングに突き刺すことで無理やり動きを動きを止めていた。その後、自分から後ろに跳躍することで爆発の衝撃を和らげたのだ。

 だが、これは普通ならあり得ないことだ。

 リングに使用されているのは耐久性が極めて高い強化コンクリート。ステラの訓練場そのものを揺るがすほどの一撃を受けてもひび1つ入らなかったことからも、その耐久性の高さがわかる。

 しかも、魔力放出は固有霊装と違い明確な形を持っていないため、鎧として機能させることはできても刃物のような武器として機能させることはAランクでも簡単にできることではない。

 それを、真はあの一瞬でやってのけた。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 能力や感じる魔力量で言えば、真はDランクがいいところ。

 なのに、これはいったどういうことか・・・。

 エレンが思考を回していると、どこか雰囲気が変わった真が話しかけてきた。

 

「さて・・・ちょっと、謝らないといけないな」

「・・・どういうことですか?」

「正直な話、俺は目立つのが好きじゃないもんでな。だから、()()()()()()()()()隠して卒業しとこうと思ってたんだ。それで、エレンさんにも能力を使わずに戦おうと思っていた。実際、それでも勝てると思っていたからな。だが・・・それはもうやめる」

 

 真の言葉の意味を、エレンは理解しきれない。

 能力を封印?ただ隠しているわけではないのか。

 それに、加速が真の能力ではないのか。

 詳しいことがわからないエレンは、頭の中が疑問符で埋め尽くされる。

 

「エレンさんも、ステラさんも、一輝も、自分の目的のために、自分の騎士道のために、自身の力を尽くして戦う決意を持っている。それなのに、俺だけ手の内を隠して中途半端に生活していくわけにもいかないからな。だから、ここから先は本気でいかせてもらう。

 

 

第一封印(ファーストリミッター)解除(リリース)

 

 次の瞬間、真からステラに引けを取らないほどの魔力があふれ出た。

 

「っ!?水魔法(ウンディーネ)風魔法(シルフ)防御(ガード)!」

 

 明らかにまずいと判断したエレンは、強化コンクリート製障壁を囲うように氷の障壁と暴風の障壁を展開、さらに魔力をつぎ込んで強化した。

 次の瞬間、すさまじい撃音がリングに響き渡った。

 一瞬で距離を詰めた真が障壁に拳をたたきつけた音だ。

 そして、今の一撃だけで暴風と氷の障壁を突破し、強化コンクリートの障壁にひびがはいった。

 

「なっ、なんですか、そのバカげた威力は!」

「言っただろ。本気でやるって、な!」

 

 続けて真が拳を叩きつければ、強化コンクリートの障壁を粉々に砕いた。

 

「っ、総攻撃(フルアタック)!」

 

 エレンは今の真相手に防御に回るのは悪手だと判断し、すべての属性にできる限りの魔力をつぎ込んで真に攻撃を与える。

 火球や氷塊、かまいたち、強化コンクリートの塊が襲い掛かるが、対する真は拳を引き絞り、

 

「はあっ!!」

 

 気合一拍、魔力放出とともに拳を突き出す。

 その一撃で、エレンの攻撃の尽くを吹き飛ばした。

 

「めちゃくちゃな・・・!」

 

 これには、エレンも苦い表情を浮かべる。

 だが、まだ勝負が決まったわけではない。

 先ほどは自身を中心に爆発を起こしたが、今度は真のコートの内側に狙いをつけて爆発を起こす。

 そうすれば、“夜羽”による防御はできない。

 そのために、エレンは真に意識を集中し、

 

「えっ」

 

 あっさりと、その姿を見失った。

 次の瞬間、エレンの体に突然力が入らなくなった。

 最後の力を振り絞って後ろを振り返れば、そこには両手を拳ではなく手刀の状態で降ろしていた真の姿があり、そこで初めて()()()()ことを悟った。

 強化コンクリートに穴をあけるほどの魔力を杭ではなく刃のように薄く放出することで、素手でエレンの首を斬り落とすように振るったのだと。

 それを最後にエレンの意識は闇に包まれた。

 

「そこまで!勝者、如月真!」

 

 同時に、黒乃が真の名前を呼んで試合終了の合図を出した。

 

 

 ステラ・ヴァーミリオンとエレン・アンリネット、2人のAランク騎士が“落第騎士”と“不良騎士”に敗れたという情報は瞬く間に広がり、様々な波紋を呼び起こすことになった。




手札の使い方説明をしてるときに、なんとなくシャドバっぽいなぁって思いました。
一輝はコントロール型で、真はアグロ型かな?


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決闘を終えて

「ん、んぅ・・・?」

 

 夕焼けの赤い光が視界に滲むのを感じて、エレンは目を開けた。

 視界に入るのは、見覚えのある部屋と、近くで床に胡坐をかいて座ったまま生徒手帳をいじくっている真の姿だった。

 

「ん?目が覚めたか」

 

 布団の衣擦れの音が聞こえたのか、真はすぐに目を覚ましたエレンに気付いた。

 

「シン、ここは・・・」

「寮の部屋だ。一応、俺たちのって言えばいいんかね?ここで寝てるのは、幻想形態による極度の疲労で倒れたから。その程度なら、医者やiPS再生槽(カプセル)を使うまでもないからな。もちろん、ステラさんと一輝も隣の部屋で寝てる。向こうには理事長先生がついているから、特に問題もないだろ」

 

 真から一通りの説明を聞いて、エレンはまずは安堵の息をついた。今さら一輝のことでいろいろと敵視するというわけでもないし、そもそも“一刀修羅”の副作用でステラよりもよっぽど重傷なのだから手の出しようもないだろうが、万が一の事故がないとも限らない。その点、黒乃が面倒を見ているのなら心配ないだろう。

 そこまで考えて・・・今度はベッドに体を深く沈みこませた。

 

「ということは、やはり私があなたに負けたのは事実なんですね」

「そうなるな。あぁ、忘れないうちに言っておくが、決闘の時の『負けた方は勝った方に服従』云々はなしにしてくれよ。ただでさえ周りから不良扱いされてるのに、さらに変態属性まで加えられたら俺の胃がまず間違いなくぶっ壊れる」

「むぅ、私としては、約束を反故にするようで嫌なのですが・・・」

「だったら、これが最初で最後の命令だ。あの時のことは全部なかったことにしろ。それで文句ないだろう」

「そういうことなら・・・わかりました」

 

 それがご主人様の命令であるなら、従うしかない。

 

「それにしても・・・改めて思いますが、まさかステラ様も私も負けることになるとは思いませんでした。イッキが本当にFランクなのか、疑ってしまいます」

「まぁ、それは無理もないか。だが、ランクはあくまで実力を測る物差しではなく、伐刀者(ブレイザー)を管理するための規格だ。あの時も言ったが、一輝は伐刀者(ブレイザー)としてはまず間違いなく劣等生だ。まぁ、ハンデ付きとはいえ理事長先生に模擬戦で勝っといてFランクってのもおかしな話ではあるが」

世界時計(ワールドクロック)にも勝っているなんて・・・本当なんですか?」

「マジだ。俺もその場にいたからな。だから、ステラさんはこれ以上ないレベルで相手が悪かったとも言える。まぁ、他がどう思うかは知らんが・・・」

 

 エレンとしては真の最後の言葉が気になるところだが、ここで聞くことでもないだろうと違うことに意識を向ける。

 

「そうですか・・・では、いろいろと聞きたいことがあるのですが、質問しても?」

「かまわんぞ。あくまで俺の話せる範囲でよければだが」

「構いません」

 

 真の念押しに頷いてから、エレンは質問を始めた。

 

「まず最初に聞きたいのは、あなたの能力についてです。あなたは自分の能力を封印していたと言っていましたが、どういうことですか?」

「初っ端からそこかぁ・・・」

 

 あからさまに「うわ~、言いたくねぇ~」という表情を浮かべる真だが、割とすぐにその表情を改めた。

 

「まぁ、他に言いふらさないってなら言ってもいいか。つっても、一輝は知ってるけど。ステラさんも、まぁ、機会があれば言ってもいいか」

「いいのですか?」

「むやみに言いふらさないならな」

「わかりました。約束します」

 

 当然、他人の伐刀者の能力を詮索すること自体かなりグレーゾーンなため、エレンもそこは違えるつもりはない。

 同意を得た真は、説明を始めた。

 

「そうだな。まずは、俺の能力は加速じゃない、ってことは察してるよな?」

「はい。模擬戦の最後のあれは、もはや時間加速に限りなく近い領域でした。ただ出力が上がったというだけでは、あれほどの速度を出すことはもちろん、発動後に五体満足でいることの説明もできませんから」

「だろうな。だが、時間加速が俺の能力というわけでもない。俺の能力は、他にある」

 

 そう言って、真はパチンッと指を鳴らした。

 次の瞬間、空中に多数の黒い羽が現れ、その中の3枚の形が変化していった。

 その光景に、エレンは目を疑った。

 

「なっ!“妃竜の罪剣(レーヴァテイン)”に“精霊妃の権杖(ティアターニア)”、それに、イッキの“陰鉄”まで・・・」

 

 空中に浮かぶ固有霊装は、どれもが真のものではない、他の誰かのものなのだ。

 

「これが、俺の本当の能力。言ってしまえば、『何にでもなれる能力』といったところか。家族からは“世界全録(アカシックレコード)”なんて言われている。それで、この黒い羽こそが俺の本当の固有霊装(デバイス)だ」

 

 真が言うには、一度見た能力や魔術を模倣し凌駕することはもちろん、今までにないオリジナルの伐刀絶技ですら生み出すことができるという。

 エレンとの模擬戦で纏ったコートも、真の黒い羽の固有霊装“夜羽”によって生み出したもの。

 エレンの“四元素を操る能力”とは比較にならないほどの自由度を持った、規格外の能力。

 ランクで言えばAランクは確実だ。それも、Aランクの中でも最上位と言える。

 そのすさまじさに言葉を失うエレンだったが、それで真の言っていた『封印』と今の能力が結びついた。

 

「なるほど、そういうことでしたか。騎士学園に入学してからその能力を見せなかったのは、使()()()()()()のではなく使()()()()()()からなのですね」

「そういうことだ。さすがに、エレンさんには身に覚えがあるか」

 

 真の言葉に、エレンも苦笑しながら頷いた。

 能力の自由度が高い。これだけ聞けば強力に聞こえるが、自由度が高いということは相応に制御も難しいということである。

 その最たる例の1つがエレンだ。1つの能力を扱うことでさえ一苦労することが多い中で、エレンの場合は4つの能力を持っているようなものだ。当然、使いこなすのに相応の苦労をした。

 思っていた属性と違う属性を出してしまうなんてことは当たり前。時には暴発してステラ以上の大けがを負うことさえあった。

 それでも、自分の1番の憧れである姫が、全身にやけどを負っても修行を続けていたのだ。ならば、自分がどうして途中で投げ出せようと言うのか。

 そのようなことがあったから、王族と平民が家族のように対等に接しているヴァーミリオン皇国の中でも珍しいほどステラに敬意と忠誠心を示しており、能力を使いこなすとともに、例外的に平民からステラの近衛騎士になるに至った。

 そういう経緯のあるエレンであるからこそ、真の苦労が手に取るようにわかった。

 

「俺の場合、思った能力を使えないってのもそうだが、魔力も多すぎるせいで暴発したら辺り一帯が更地になるなんてこともあった。幸い、俺の家は山奥だから人様に迷惑をかけるようなことはなかったが、だからといって無視できることでもなかった。そういうことで、“封印”の因果干渉系能力を持っていた俺の爺さんが3段階にわけて俺の魔力と能力に封印を施した。さっきのエレンさんとの模擬戦で解いた第一封印は、魔力と能力の一部を縛っていたものだ」

「能力の一部というのは?」

「一度に展開できる固有霊装(デバイス)の数と出力の制限だな。魔力放出に関しては特に制限はかけられていないから、ああいう力技ができたが、固有霊装(デバイス)越しだとあそこまではできない」

 

 そして、この封印は真自身によって解除することができる。段階ごとに解除できる難易度が異なっており、相応の力を操るに能う魔力制御によって封印を解除できる仕組みになっている。

 一応、今の真なら第二封印までなら問題なく解除できるほどの魔力制御は行えるが、それでも解除しなかったのは偏に真が目立つのを嫌ったからだ。

 これほどの能力、学園の中はもちろん、国や世界ですら無視することができない。

 実は精神的にも割と不良サイドに片足を突っ込んでいた真は、その面倒を嫌ってわざと封印を解除せずに過ごしていたのだ。

 

「ですが、よかったのですか?これであなたも有名人の仲間入りを果たすことになるわけですが」

「まぁ、前まではよくなかったんだろうが・・・一輝と会ってからは改めた。たしかにあいつはFランクだが、俺はあいつが、それこそステラさんと同じくらいか、あるいはそれ以上に世界に名を知らしめることになると思っている。贔屓も込めた勘だけどな。だから、あいつといるにふさわしくなるためには、その程度の面倒は受けて立ってやると思っただけだ」

 

 真の言葉に、エレンもなるほどとうなずいた。

 少なくとも、今回の模擬戦で“紅蓮の皇女”を倒したという事実はすでに様々なところで反響を及ぼすことだろう。

 だからこそ、エレンには腑に落ちないことがあった。

 

「そこで、2つ目の質問です。どうして、あなたとイッキは留年したんですか?」

「ん?言っただろ。一輝は能力不足、俺は授業をさぼって単位不足だからって・・・」

「たしかにそうですが、私もステラ様の傍にいたので、国家にとって有用な伐刀者(ブレイザー)がどれだけ重要か、ある程度理解しています。だからこそ、あれだけ戦える人間を単位不足を理由に留年させるなんて、それこそ不自然です」

 

 ステラに勝った一輝もそうだが、真だって封印を解いていないDランク相当の能力でエレンと互角に戦ってのけた。

 いつ、どこでも、強い魔導騎士は必要とされている。解放軍(リベリオン)という伐刀者によるテロ組織が現れている現代ではなおさらだ。

 この指摘に、真も苦笑いを浮かべる。

 

「まぁ、たしかにな。それを言われたら、理事長先生だって苦笑いするしかないだろうよ」

「ということは、他に何か理由があるのですね?」

「そういうことだ。たしかに、単位云々は学園側の建前だ」

「建前、ですか?」

「あぁ。俺たち、というか一輝の留年は、言ってしまえば、面子とか家のしがらみとかが絡みに絡まった、盛大かつくだらない嫌がらせのようなもんだ」

「嫌がらせ、ですか?」

「あぁ。エレンさんは、黒鉄って名前に心当たりはないか?」

「黒鉄、ですか・・・?」

 

 言われたエレンは、どうしてそんなことを聞くのか不思議に思ったが、1人だけ、それこそ世界中に名前を知らしめる、黒鉄を名乗る人物がいた。

 

「っ、まさか、“サムライ・リョーマ”ですか!?」

「そう。“サムライ・リョーマ”こと黒鉄龍馬。一輝の曽祖父にあたる人だな」

 

 黒鉄龍馬。“サムライ・リョーマ”と呼ばれた彼は、かつての第二次世界大戦において、小国である日本を戦勝国へと導いた極東の大英雄だ。

 

「そして、黒鉄家は日本で伐刀者(ブレイザー)がまだ“侍”と呼ばれていた明治から優秀な伐刀者(ブレイザー)を輩出してきた名家だ。そういうこともあって、今でも騎士の世界に強い発言力を持っている。その黒鉄本家が、破軍学園に直接圧力をかけてきたそうだ。『黒鉄一輝を卒業させるな』ってな」

「なっ、どうしてそんなことを!?」

「名家ゆえの面子、ってやつなんだろうな。家系からFランク(落ちこぼれ)なんてでたら家名に傷がつくなんて思っているんだろう。今の社会は基本的に『ランクこそがすべて』だし。そんで、前理事長はこれを承諾。実践教科を受講する最低能力水準なんていう()()()()()()()()()()()()()()()()、一輝を授業から追い出した。一輝の留年は、その理不尽の結果だ」

「・・・っ!?」

 

 これを聞いたエレンは、胸中に激しい怒りを覚える。

 それが、親の、教育者のすることなのかと。

 だが、それとは別に違う疑問が浮かび上がった。

 

「でしたら、どうしてシンまで留年することになったのですか?」

「それに関しては、まぁ、ぶっちゃけ完全にとばっちりだな」

「とばっちり、ですか?」

 

 どうして、一輝の理不尽のとばっちりで留年することになるのか。

 このエレンの疑問に、真はあいまいな表情で答えた。

 

「そうだな、エレンさんは如月って名字にも心当たりはあるか?」

「はい。“サムライ・リョーマ”と一緒に思い出しました。“テング・ムサシ”ですよね?・・・まさか!」

「そっ。“テング・ムサシ”こと如月武蔵は俺のひいじいさんだ」

「本当ですか!?」

「うおっ!?」

 

 真の言葉にエレンは疲労も忘れて真に飛び掛かり、真もいきなり飛び掛かられて驚きの声を挙げる。

 だが、真もなんとなくだがエレンがそれほど興奮している理由がわかっていた。

 

「ということは、真の家はNINZYAの家系ということなんですか!?」

 

 そう、如月家は伊賀忍者やSASUKEに引けをとらないほどの知名度がある忍一族だ。

 そのため、海外での人気も高く、如月の一族を題材にした創作物も多くある。

 もちろん、真がそうであると明言しているわけではないため、このことを知っている人物は多くない。せいぜい、一輝のような親しい人物や黒乃のようなごく一部の実力者くらいだ。

 というのも、

 

「でしたら、真もなにか忍術が使えたりするんですか!?でしたら見せてください!」

 

 こういうことがあるからだ。

 そして、真もげんなりしながらエレンを引きはがす。

 

「あのな・・・言っておくが、忍者と言ってもそんなものはないからな」

「えっ、そうなんですか!?」

「忍者ってのは、もともと日本の伐刀者(ブレイザー)の旧称だった“侍”から派生した俗称だ。言ってしまえば、伐刀者(ブレイザー)の中でも隠密行動や工作活動に秀でた人物を指す言葉だ。世間で言われている忍術なんかも、基本的には伐刀者(ブレイザー)としての能力にすぎない」

 

 そもそも、水上歩行は伐刀者の訓練にも用いられることがあるし、分身の能力を持った伐刀者も少なくない。

 だが、どうしてもNINZYAという色眼鏡を通してしまう結果、今のように忍術という言葉が盛大に独り歩きしてしまったということだ。

 もちろん、かの“天狗”こと如月武蔵の勇名や伝説が世界にとどろいたというのも理由の1つではあるが。

 そういうこともあって、忍の偏見の弁明を非常にめんどくさがった真は、基本的にこのことを隠している。

 当然、如月本家もそのような注目を避けるために、本家の場所は厳重に秘匿している。

 まぁ、とはいえ、だ。

 

「そう、だったんですか・・・」

 

 ここまで露骨にしょんぼりされると、真としても罪悪感のようなものを感じないでもない。

 

「・・・まぁ、機会があればステラさんも一緒に家に招待してやるよ。からくりはないが、純和風だから雰囲気だけでも楽しめると思う」

「いいんですか!?」

「機会があればな」

 

 すぐに元気を取り戻したエレンに真は「現金だな・・・」と苦笑いを浮かべながら、盛大に脱線してしまった話を元に戻した。

 

「とまぁ、その如月家なんだがな。実は、黒鉄家とすこぶる仲が悪い」

「そうなんですか?」

「あぁ。なにせ、黒鉄家と如月家では理念が真逆だからな」

 

 黒鉄家が掲げる理念は“才能至上主義”。Fランクの一輝を目の敵にしているように、生まれた時点での才能を何よりも重視する。そのため、黒鉄家では生まれながらの天才は他の何よりも尊重されると真は聞いていた。

 それに対して、如月家では「才能は二の次。才能があろうがなかろうが、力の使い方を誰よりも追求すべし」とされている。大雑把に言ってしまえば、「死に物狂いで努力して、格上のランクでも勝てるようになれ」といったものだ。

 それを体現するかのように、如月家で行われる訓練では半死半生になる者が出てくることが珍しくないほど過酷なものになっているが、その分質は黒鉄家にも引けを取らない。

 

「そういうことがあって、もともと全体的なランクは黒鉄家よりも低かったにも関わらず、如月家は黒鉄家と匹敵するほどの発言権を持っていた。そんなの、黒鉄家からすれば面白くないに決まっているわな。黒鉄龍馬と如月武蔵は良好な関係を築いていたようだったが、黒鉄家から黒鉄龍馬が排斥されると同時に、あの手この手で如月家を表舞台から排斥したらしい。まぁ、当時の当主だった爺さんは特に文句を言わずに受け入れたようだが」

 

 そもそも、忍者とは基本的に裏方の、それもあまり人に言えないような類の人種だ。どちらかと言えば、発言権なんてものは邪魔でしかない。

 だから、理由はともかく表舞台からの排斥については「どうぞ、お好きに」といった心境だったらしい。

 その余裕の態度のせいで、さらに黒鉄家から嫌われることになったわけだが。

 

「さて、ここで一輝の話に戻るんだが・・・実は、黒鉄家は一輝を留年させるだけじゃなく、一輝から何が何でも騎士になる権利を奪おうとした。この留年も、一輝に騎士資格を取らせないための一環にすぎないんだよ」

「そっ、そこまでですか!?」

「あぁ。幸い、一輝はそれに気づいていたから、僅かにも尻尾を掴ませなかったがな。とはいえ、一輝のことを擁護するやつが出てくることを嫌った黒鉄家と前理事長の派閥の教職員たちは、『黒鉄一輝と懇意に関わった者は留年する』なんて噂を流させた」

「ここまで来ると、徹底的にゴミですね・・・」

「まぁな。だが、俺としてはあんな面白いやつと関わるなって言われると余計に気になってな。寮が同室だったこともあって、基本的にあいつとは仲良くしていたんだ。ただ、それがいけなかったんだろうな~」

 

 自分たちの思惑通りに動かない、かつ目の敵にしている如月家の人間であるなら、理由は十分だったらしい。

 結果的に、真にも悪意が向けられることになった。

 

「学園では授業や実践教科をさぼったってなっているが、実際には奴らが()()()()()()()()()()()。いろんな手で俺を引きとどめて、授業に遅れたときはそのまま欠席扱い。なんなら、席に座っていても出席していない扱いになってたんだそうだ」

「そんな、ひどい・・・!」

 

 真に対する扱いに、さらにエレンの中で怒りの感情が膨れ上がる。

 が、

 

「まぁ、そんな扱いが始まって2,3日経ったあたりからは俺の方からさぼったけどな。入学してから1ヵ月くらいだったか」

「さぼったのは事実なんですか!?しかも早すぎません!?」

 

 結局、真が授業をさぼったというのは事実だったということだ。

 真の家族も、最初は教員の真の扱いに対して怒りを覚えていたが、早々自分からさぼるようになったという旨を聞いてからは盛大に真を叱ることになった。

 とはいえ、仮に出席していたとしても、どのみち欠席扱いになっていただろうが。

 

「そういうことで、『くだらねぇ教師に教わるくらいなら、こっちから留年してやら~』って感じで授業をさぼって、結果的に俺も留年することになったってわけだ」

「な、なんだかいろいろと腑に落ちない部分はありますが・・・だいたいの事情は察しました」

 

 結局のところ、真が不良であったことに変わりはなかった、というわけだ。

 だが、一輝に関しては見方が大きく変わった。

 

「それにしても・・・イッキは、本当に強い人なんですね。いったい、何が彼を動かしているのでしょうか」

「俺も一輝から詳しいことを聞いたわけじゃないが、子供の頃に黒鉄龍馬から励ましの言葉をもらったのがきっかけらしいぞ。それで、今度は自分がその時と同じ言葉を言えるようになるために、魔導騎士を目指しているんだとさ」

 

 己の価値を決してあきらめず、一瞬でも立ち止まらず。いつか自分と同じような境遇に立っている人物に同じ励ましの言葉を贈るのにふさわしくなるために。

 たしかに、それほどの人物なら、ステラと同室にふさわしいだろう。

 ステラ本人がどう思うのかは真とエレンにはわからないが、おそらくステラも一輝との同室を受け入れることになるだろうと予感していた。

 

「さて、それでは最後の質問です」

「ありゃ、まだあんのか?」

「えぇ。あります」

 

 真としてはすでに終わりのムードだったが、他に何があるのか。

 少なくとも、真には思い当たる節はない。

 だが、エレンはこれこそが本題だとでも言わんばかりに真剣な表情を浮かべている。

 

「最後に・・・シン、これに見覚えはありますか?」

 

 そう言って、エレンはチェーンに通した指輪を取り出して真に見せた。

 そして、真はその指輪に見覚えがあった。

 

「おい、それって、まさか・・・」

 

 エレンが持っている指輪は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、エレンは嬉しそうに微笑んで、

 

「はい・・・()()()()()()()()、シン」




一見チートに見えて、実は似たような能力は原作にもあるという。
これ以上はネタバレになるので言いませんが、だったら問題ないよねってことで。


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思わぬ再会

「お久しぶりですね、シン」

 

 エレンの再会を喜ぶ言葉と、真が持っているものと瓜二つの指輪、そして、既視感のある微笑みに、真は芋づる式に子供時代のことを思い出していった。

 真が子供の時、真は父親に連れられて世界中を旅してまわった。

 その目的は、真の魔力制御の向上と、世界有数の実力者の能力を直に見るため。そのために、真の父親はあらゆる伝手を用いて世界の実力者に真を会わせた。その中には裏世界の人間もいたため、真もあまり大っぴらには言っていないが。

 そして、真が9歳のころ、とある人物に会うためにヨーロッパに来た際、中継地点としてヴァーミリオン皇国に立ち寄ったのだ。

 その時、ちょっとした自由時間で街をぶらついていた時、偶然真が立ち寄った店に強盗団が押しかけてきた。

 その強盗はテロ組織“解放軍(リベリオン)”の構成員3人組で、少女を人質に身代金と逃走用の乗り物を要求した。

 その場に居合わせていた真は、加速の能力を用いて強盗を瞬く間に制圧、少女を救出した。

 強盗は警察によって拘束され、この事件をきっかけに真は件の少女に非常に懐かれた。

 だが、もともと1泊の滞在予定だったため、翌日には離れなければならなかった。

 別れを悲しんだ少女をなだめるために、真は2つの指輪を取り出して、片方を少女に渡して再会を約束した。

 まるでプロポーズのような場面に感極まった少女は、その勢いで真に拙いながらもキスをしたのだが・・・

 

「そうか・・・エレンだったのか・・・」

 

 ようやく、全て腑に落ちた。

 だが、エレンは少し不満気だ。

 

「なんですか。もしかして、シンはあの時の約束を忘れていたのですか?」

「正直、あの時はそれどころじゃなくてな・・・あの時、俺は親父に連れられて世界中を旅してまわっていたんだよ。魔力制御の修行と見聞を広めるためにな。だから、その旅が終わった時にはすでに記憶も朧げだったんだ」

「そういうことですか・・・」

「というか、名前すら聞いてなかったのに、よく俺だってわかったな?」

「当然でしょう。その髪を見れば一目瞭然です」

「言われてみればそうか」

 

 エレンのような金髪は数多くいるが、真のような白髪黒メッシュの地毛など、世界中を見渡しても片手ほどいるかどうか、といったところだ。

 「シマウマ頭」とからかわれることが多かったこの髪色だが、まさか7年越しの再会の役に立つことになるとは。人生、何が役に立つかわからないものだ。

 そんなよくわからない感慨を抱きながら、真は自身の指輪とエレンの指輪を交互に見ながらしみじみと呟いた。

 

「にしても・・・まさか、マジでこいつが役に立つとはなぁ」

「? 役に立つって、どういうことですか?」

「いや、実を言うとな、こいつも固有霊装(デバイス)なんだ」

「えっ、この指輪が、ですか?でも、あの黒いコート以外は使えなかったんじゃ・・・」

「気休めにもならない程度だが、使えないことはなかった。それこそ、Fランクと言っていいのか怪しいレベルでしかないが」

 

 いくら能力を暴走させないための封印とはいえ、能力がまったく使えない状態が長く続くわけにもいかない。そのため、黒いコート以外の能力もごくわずかだが使えるようにしていた。

 真がエレンに渡した指輪も、実はあの場で咄嗟に作ったものだったのだ。

 

「この指輪は、2つで1つになるようになっていてな。この指輪同士で引き合うようになっていたんだ。とはいえ、込められた力もかなり弱いから、確率としては1%あるかないかってところだが。そう考えると、奇跡と言っても差し支えないな」

「なるほど。真は思ったよりもロマンチストなんですね?」

「んなわけあるか。まぁ、あの時は、エレンを泣き止ませるためにどうにかしようと・・・」

 

 そこまで言って、真は言葉を止めた。

 

「どうかしましたか?」

「・・・なんでもない」

 

 嘘だが。

 今の真の脳裏には、あの時のエレンのキスの記憶が蘇っていた。

 そして、あくまでなんとなくだが、その感触も。

 だが、真は隠しているつもりでも、エレンにはバレバレだった。

 なにせ、僅かだが真の耳が赤くなっているし、そもそもエレンの方からキスをしたのだから、すぐに思い当たる。

 エレンはニヤリと意地悪気な微笑みを浮かべ、真に全身を押し付けるようにしなだれかかった。

 

「っ、え、エレン、さん?何をやっているんですかね?」

「私のことはエレンでいいですよ。私たちはルームメイトになるんですから。それに、私もそういう風に読んで欲しいです」

「そうか、わかった。なら、エレン。いったん離れてくれないか?」

「すみませんが、私もまだ疲れが抜けきっていないようで・・・もう少しこのままでいさせてもらえませんか?」

「だったらベッドに戻って寝ろ。わざわざ俺にもたれかかる理由にはならんだろうに」

「ふふっ、真は初心なんですね。顔が赤いですよ?」

「おい、なんでここに来て小悪魔属性を出してるんだよ。そんなキャラじゃなかっただろ」

 

 真だって今までそういうことにあまり興味を持っていなかった、というより家族以外の異性と関わる機会が少なかったとはいえ、れっきとした男の子だ。

 女の子の柔らかい体を押し付けられてはドキドキするに決まっている。

 さらに、真の中ではエレンのキャラは清楚もしくは誠実で決まりかけていたため、そのギャップも合わさってさらにドキドキしてしまう。

 

「実はですね、私もシンに振り向いてほしかったので、日本の少女漫画で勉強したんですよ」

「その参考にした漫画のタイトルが気になるところだが聞かないでおこう。俺の理解が及ばない話になりそうだ」

 

 今までの半生を魔力制御の訓練や武者修行に費やしてきた真は、その辺りの事情に非常に疎い。ともすれば、同じような生活をしてきた一輝よりも知識が少ないかもしれない。一輝は文献などでしか残っていない流派を研究するために書店や図書館を訪れることがあったため、少なからず書物に触れる機会が多かったが、真は武器を用いた近接戦闘は一輝の指導を除けばほとんど我流なため、書物に触れる機会すら少なかった。

 最低限、時事を知るために新聞や情報誌を見ることはあったが、ゴシップやエンタメには見向きもしなかった。

 そんな真であるからして、その辺りの未知の領域に踏み込むにはいささかためらいがあるのだ。

 

「まぁ、それはさておきだ。こうしてルームメイトになった以上、家事炊事の当番を決めておこうと思うんだが」

「たしかに、それもそうですね。私としては、私1人だけでもいいのですが・・・」

「それは俺が納得できない。ていうか、俺だって一通り以上は家事はこなせるっての」

 

 破軍学園には当然寮の食堂はあるが、すべての寮室にはキッチンも完備されている。そのため、食堂で食事をとれなかった場合は門限の9時までに買い物を済ませておけば寮室で食事を作ることもできるようになっている。

 基本的に周りから嫌われていたり距離を置かれていた真は、たいてい食堂を利用せずにスーパーで食材を買って自分で調理している。そのため、真も人並みよりも料理は上手く、家事もそつなくこなせるようになっている。

 

「まぁ、ここは無難に日替わりでいいだろ。その方がわかりやすいし」

「それもそうですね。では、今日はどうしますか?」

「あぁ、今日はすでに俺が用意してあるから」

「そうなんですか?」

「だって、もうそこそこ時間が経ってるぞ?」

 

 時計を見れば、すでに夜の7時を過ぎている。

 隣の2人からの連絡はまだだから、まだ眠っている可能性もある。食堂を利用するには、時間的に少し遅い。

 

「それに、一輝は一刀修羅を使ってボロボロだからな。まともに料理できる身体じゃない。だから、俺の方で4人分用意しておいた」

 

 そう言って、真は台所から大きめの鍋を持ってきた。

 

「ちょいと季節外れだが、大人数で食べるにはちょうどいいだろう」

「いい匂いですね・・・これはお魚ですか?」

「そう。寄せ鍋ってやつだ。食べ物に関しては、実家からもいろいろと送られてくるからな。今回は出汁用もかねて干物を使ってみたんだが、けっこういい出汁がでるんだな」

 

 食卓に鍋を置いてふたを開けてみれば、野菜や豆腐の他に金目鯛の干物も入っていた。

 

「すごいですね・・・」

「俺の実家、金はそこそこ稼いでるからな~。今回は干物しか実家からのものは使ってないけど、ちょいちょい高価な奴が送られてくるんだもんな」

 

 いつもは敷地内の山で獲れた鹿や熊なんかのジビエが多いが、漁師や漁港に伝手でもあるのか、時には伊勢海老が丸まる1匹送られてきたこともある。その時は真が自分でさばき方を調べてから塩焼きにして一輝と共に食べた。

 

「そういうことだから、よっぽどじゃない限り食べ物に困ることは少ないかな」

「なるほど・・・」

 

 真の話を聞いたエレンは、どこか微妙な表情になりながらも頷いた。

 

「・・・もしかして、魚は苦手だったか?」

「いえ、そういうわけではないのですが・・・ステラ様は、非常によく食べるので」

「はぁ・・・具体的には?」

「これくらいの量のお鍋なら、多分1人で食べきれるかと」

「マジかよ」

 

 どうやらヴァーミリオン皇国の第二皇女様は不可思議な胃袋の持ち主らしい。

 

「・・・それなら、足りない分は一輝たちの金で買い足しとくか?」

「ステラ様と私の滞在費は国からも多く出されているので、ステラ様に用意した分は私たちに請求しても大丈夫ですよ」

「助かる」

 

 今回はいざこざが解決した祝いも兼ねた食事であるからよかったが、これが毎回ならすぐに真の食料の貯蔵が尽きてしまう。

 おそらく、一輝も苦労することになるだろうなと真は苦笑した。

 そして、失礼だがあることが気になった。

 

「・・・そういえば、ステラさんはなんでそんだけ食べれるくせに、あの体型を維持できてるんだ?」

 

 当然、食べた分運動すれば余計な肉はつかなくなるだろうが、それだけの量をすべて消化しようと思ったらどれだけの運動量になるかわからない。

 この真の質問に、エレンは複雑な表情を浮かべて答えた。

 

「ステラ様曰く、余計な脂肪はすべて胸に行くそうです」

「んな不可思議現象ががあってたまるか」

 

 まさにこの世の全ての女子を敵に回しそうな発言だ。なんなら狂戦士化する者がいてもなんら不思議ではない。

 

「・・・まぁ、それはさておき、さっさと隣の部屋に行くか。もしかしたら、もう目を覚ましてるかもしれないし」

「それもそうですね」

 

 これ以上この会話を続ける気がしなくなった真は、無理やり話題を変えた。といっても、もともとしようとしていたことに戻るだけだが。

 鍋は真が持ち、ドアの開閉や鍵の開け閉めはエレンが行って外に出る。

 

「ちょっと待て」

 

 そして、エレンが一輝とステラの部屋のインターホンを押そうとした直前に、真がそれを制止した。

 

「どうかしましたか?」

「いや、念のために中の魔力を探ってみたんだが・・・多分、一輝の上にステラさんが乗っかってる構図になっているぞ」

「え?・・・・それは、たしかなのですか」

「ステラさん、ただでさえ垂れ流しにしてる魔力の量が多いからな。どういう体勢なのかもわかるんだが・・・微弱な魔力の上に四つん這いになっているぞ。しかも床から浮いてる」

 

 つまり、ステラがベッドで寝ている一輝を押し倒しているという捉え方もできるわけで。

 

「「・・・・・・」」

 

 真とエレンは頷きあい、音を立てないようにそっとドアを開けて中をうかがった。

 そこでは、ステラが頬を紅潮させながら一輝の腹筋を触っているところだった。

 

「・・・なぁ、おたくの皇女サマは、男性の腹筋を触って興奮する特殊な性癖の持ち主だったりするのか?」

「いえ・・・そんなことはない・・・はずなのですが・・・」

 

 もしかしたら、1人の騎士として一輝の体に興味を持っている可能性もなくはない。いや、エレンからすればむしろそうであってほしいと願ってすらいる。

 だが、顔を紅潮させて息を荒くしながら一輝の腹筋をまさぐる姿は、傍から見たらまごうことなき変態なわけで。

 

「まさか、セクハラをセクハラで返すことになるとは・・・」

「今まで男性と関わる機会が少なかったツケが、ここで回ってきましたか・・・」

 

 2人としては、どのタイミングで入るべきか非常に迷ってしまう。

 普通なら、すぐにでも止めるべきなのだろうが、ステラがまたがっているのは二段ベッドの上だ。パニックになったら落ちてしまうに違いない。

 だが、結論から言えば迷う時間はほとんどなかった。

 

「き、きゃあああああああああっ!?」

 

 ステラがいきなり悲鳴を上げて立ち上がり、天井に頭をぶつけた衝撃で床に落ちた。

 おそらく、一輝が目を覚ましたのだろう。

 

「・・・とりあえず行くか」

「・・・そうですね」

 

 ステラの自業自得な部分がないわけではないが、思い切り頭から落ちてしまったのは少し心配だ。

 

「お~い、大丈夫か~?」

「これくらい大丈夫・・・って、シンにエレン!?」

「あぁもう、ステラ様、ジッとしてください。額から血が流れていますよ。イッキ、救急箱はありますか?」

「あ、うん、ちょっと待ってて。すぐに取ってくるから」

「あっ、一輝、ついでにガスコンロも持ってきてくれ。夕食に鍋作っといたから」

「本当?ありがとう。疲れてたから助かったよ」

 

 結局、このわちゃわちゃが落ち着いて話し合えるようになるまで、もう少し時を要することになった。

 

 

* * *

 

 

「はい。これで大丈夫ですよ」

「ありがとうね、エレン」

「よし、こっちも準備できたぞ」

「うん。いい匂い」

 

 エレンがステラの手当てを終えた頃には、真と一輝が夕食の準備を済ませていた。

 

「そんじゃ、いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 真に続いて他の3人が手を合わせて、それぞれ鍋の具材を取り皿によそって食べ始めた。

 

「んぅ~、おいしい~!」

「食べる前からすでにいい匂いがしていましたが、実際に味わってみると想像以上ですね」

「真、これって何の出汁?」

「ベースは昆布だが、具材に金目鯛の干物も使ってるから、それからも出汁が出てるな。っつーか、作った俺もびっくりするくらいうまい」

 

 素材がよほどよかったのだろう。季節外れの鍋ということで少し冷ました状態で食べているとはいえ、作った真の予想以上のおいしさに全員舌鼓を打っていた。

 そして、しばらく鍋を堪能していると、ステラが一輝に話しかけた。

 

「ねぇ、イッキのこと、理事長先生から聞いたわ」

「僕のこと?」

「イッキが、これまで実家や学校にどういう扱いをされてきたのか、ってこと」

「ちょ・・・なんであの人は人の家のデリケートな問題を・・・」

「あ、それ、私もシンから聞きました」

「真まで!?」

「そりゃあ、どうして俺や一輝が留年したのか聞かれたらな。それに、むやみに吹聴することではないが、積極的に隠すこともないだろう。俺の能力のことだってエレンには話したし」

「え~・・・なんか、2人ともごめんね。聞いていて気分のいい話でもなかったでしょ」

「気にしないでください」

「アタシも気にしないで。ていうか、そんなことはどうでもいいわ・・・それより、教えてほしいの」

「何を?」

「どうしてイッキは、そんな目に遭いながら、まだ騎士を目指そうとするの?」

「・・・?なんでそんなことを聞くの?」

「そりゃあ、誰だって疑問に思うだろう。言ってみれば、50m12秒台のガリガリが陸上競技のアスリートを目指すようなものだからな」

「その例え方はどうかと思うけど・・・まぁ、それもそうなのかな」

 

 そう言って、一輝は自分の子供の時のことを話し始めた。

 才能がなかった一輝は、家族や親戚から()()()()()()()ように扱われてきた。

 分家の子供でも受けられるはずの魔力制御のレクチャーを受けられず、親戚の集りにも一輝の席はなく、外側から鍵をかけられる自室に閉じ込められていた。父親からは、言葉をかけられないどころか視線を向けられることすらなかった。

 そして、当主の意思は一族すべての人間に影響を与える。

 まさに、一輝は誰からも「いない者」として扱われた。

 いっそ、本当に消えてしまいたいとすら思うこともあった。

 そして、ある雪の降る元旦の日、家を抜け出して裏手の山に入った一輝は、誰も探しにきてくれない中、吹雪に見舞われて遭難しそうになった。

 誰も自分を信じてくれないことが悔しくて涙を流していたその時、一輝の前に黒鉄龍馬が現れ、一輝に言葉をかけた。

 その悔しさを捨てるな。その悔しさは、まだ諦めていない証拠だから、と。

 

『いいか小僧。今はまだ小さな小僧。お前が大人になった時、連中みたいな才能なんてちっぽけなもんで満足する小せぇ大人になるな。分相応なんて聞こえのいい諦めで大人ぶるつまらねぇ大人になるな。そんなもん歯牙に掛けないでっかい大人になれ。諦めない気持ちさえあれば、人間はなんだってできる。なにしろ人間ってやつは、月まで行った生き物なんだからな』

 

 「自分をあきらめるな」という言葉に救われた一輝は、その時に龍馬のような大人になるんだと、自身と同じような才能のない人間に「諦めろ」ではなく「諦めなくてもいい」と他の人に伝えられるようになるんだと決めた。

 そして、その言葉を伝えるに足る人間になるために、魔導騎士に、七星剣王にならなければ話にならない。

 だからこそ、たとえ茨の道であっても諦めるわけにはいかない。

 

「そう・・・それが、イッキの夢なんだ」

「やっぱり・・・無謀だと思う?」

「・・・」

 

 一輝の言葉に、ステラはもちろん、エレンも気まずそうに表情を曇らせる。

 だが、真は心の底から共感するような笑みを浮かべた。

 

「なるほどなるほど。俺もそこまで詳しく聞いたのは初めてだが、一輝らしくていいじゃないか」

「そうかな?」

「そりゃあそうだろ。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真の言葉に、ステラとエレンの瞳が見開かれ、同時に得心がいったような表情を浮かべた。

 

「ふふっ、あははっ。えぇ、そうね。()()()()()()()()諦めてやるもんですかっ」

「えぇ、そうですね。()()()()()()()ところで、諦める理由にはなりません」

 

 そう、ここにいる全員が、やる前にできるできないで判断せず、やってみたらダメだったで仕方ないにしても、やらないでダメだと決めつけることができない、極度の負けず嫌いなのだ。

 だからこそ・・・この部屋割りは、ステラにとってもエレンにとっても、必ず有意義なものになる。

 この時、ようやく最悪の出会いを果たしたこの4人が、1つになった。




思った以上に長くなってしまったので、キリのいいところで切ることにしました。

金目鯛の干物、1度でいいから食べてみたいですね、ほんと。
ぜったいおいしいに決まってる。
まぁ、ぶっちゃけ自分は魚は断然刺身派ですけどね。


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忘れていた問題

「そういえば、シンはどうして留年したのかしら?エレンに勝ったのなら、ただの不良ってわけものないのよね?」

 

 一輝の身の上話を聞いた後、当然の流れで真にも事情を尋ねられた。

 

「あ~、まぁ、言ってもいいか。エレンにも言ったし」

 

 ステラだけ仲間外れにするわけにもいかないため、真の事情も話すことになった。

 エレンに話した真の事情(能力や家のこと)と同じ内容をあらかた話し終えた後、ステラの瞳がまるで少年のように輝いていた。

 

「じゃあ、シンってNINZYAの末裔なのよね!?だったらアタシ、本物の忍術が見たい!」

「だから、んなもんないっての!てか、あんたも同じか!」

 

 エレンに話した時とデジャヴを感じながらも、その辺りのことを丁寧に説明したら、やはりステラもしょぼんとなった。

 

「はぁ・・・外国人ってのは忍に何を期待してるんかね。別に螺〇丸も〇輪眼も使え・・・いや、似たようなやつは能力で再現できなくもないが、あんな漫画やアニメの世界の忍者はいないってのに」

「あはは・・・まぁ、僕もその辺りはちょっと勘違いしてたしね」

「イッキもですか?」

 

 一輝も忍者について正しい認識を持っていなかったことに、エレンは少し意外感を覚える。一輝ほど武術に精通しているなら、その辺りのことも知っていると思っていたのだ。

 

「うん。僕も忍術について興味を持っていた時期があってね。それで図書館とかで調べたりしたんだけど、忍者関連の書物ってけっこう少なくて」

「元々、忍者ってのは表に出るような職業じゃないからな。そういう証拠になりうるような書物とか情報は残さなかったんだよ。だから、忍者に関する本なんて、ほとんど物語とか創作物しかないな」

「なるほど・・・でしたら、忍者について教えてもらってもいいですか?本物の忍者の末裔から、話を聞いてみたいです」

「あっ、アタシもそれ聞きたい!」

「そういえば、僕もその辺りのことは聞いた事なかったね」

「・・・まぁ、別にいいけど」

 

 三者三様に期待のこもった視線を向けられては、真としても断りづらい。

 結局、真による忍者講座が開かれることになった。

 

「まずは基本的なおさらいだが、俺たちのような能力者にはいろいろな名称がある。例えば、“連盟”では“伐刀者(ブレイザー)”で統一されているが、アメリカを始めとした“同盟”では“超能力者(サイキッカー)”と呼ばれている」

 

 ちなみに、“連盟”とは“国際魔導騎士連盟”の略で、小国同士が手を取り合うことで政治・経済を発展させることを理念にした国際組織だ。また、名前の通りに伐刀者の管理に非常に力を入れており、魔導騎士制度もその一つだ。

 そして、“同盟”とは“大国同盟(ユニオン)”の略で、連盟とは逆に強い力を持った国家が小国を支配することで世界の安定を保とうとする国際組織だ。そのため、連盟とは決して仲がいいとは言えない。

 閑話休題。

 

「そして、日本でも時代によって様々な呼び名がある。最も有名なのは明治頃まで使われていた“侍”だが、奈良時代や平安時代では“陰陽師”や“武士”と呼ばれたりもしていた。“侍”という名称がいつから定着したのかは諸説あるが、およそ戦国時代あたりが有力だと言われている。とはいえ、能力者と言っても様々な能力がある。能力者の全員が、ステラさんやエレンのような派手な異能を持っていたわけではなくて、中には隠密行動や工作活動に向いている能力や固有霊装(デバイス)もあった。そう言った役割分担がだんだんはっきりしてきたところで、そういった者たちを“忍者”と呼ぶようになった」

 

 つまり、本質的には“侍”と“忍者”は同じ能力者であり、あくまで役職の違いを指す言葉でしかない。

 

「世間一般で言われている忍術も、実際は今でいう伐刀絶技(ノウブルアーツ)や魔力制御の応用によるもので、体術を指すような忍術はほとんど存在しない」

 

 例えば、“忍び足”は音を操る能力者なら足音を消すことで可能だし、“水蜘蛛”も魔力放出で水底に底をつけることで可能になる。

 

「もちろん、体術の中にも忍術と言われるような技術はあるが、それは忍者しか使えないわけじゃない。そういうのはどちらかと言えば武術と言う方が正しい」

 

 武術の中にも一般的に忍術と言われるような技術は存在するが、一般に認識される忍術の中ではかなり数が少ない。

 

「そんな忍者が、どうしてこういう誤解を受けるようになったのか、確実な理由はわからないが・・・創作物の影響がでかいと俺は考えている」

「どうしてですか?」

「まず、劇やショーなんかではほとんどが一般人の役者だ。基本的に演技で使うのはアクロバットの技術や舞台用の小道具で、魔力や能力を使った見世物はまずない。そして、アニメや漫画でも魔力を使うっていう設定や描写はほぼない。能力を使ったバトルなんて、KoKで間に合ってるからな。バトルシーンも、素手や刀なんかの武器がメインだし」

 

 KoKとは“King of Knight”の略で、伐刀者同士のバトルによるスポーツ興行だ。連盟が主催しており、ここでの利益は連盟の運営資金にあてられている。

 

「そして、そもそも忍者は表に出たら逮捕されかねないようなことを生業にしているわけだから、表立って訂正することもない。そういうことが重なって、“忍者は能力者とは別物”っていう考えが定着したんじゃないかと考えている」

「なるほど・・・」

「言われてみれば、たしかにその通りね」

「授業をさぼっていたと聞いていましたが、博識なんですね」

 

 エレンのちょっと失礼な評価に、真は思わず苦笑する。

 

「別に、授業に出ていないから頭が悪いってわけじゃない。教科書や参考書を読めばわかるようなことは修めている。というか、むしろ忍者云々に関してはゴシップに近いから、それこそ授業で習わない知識だ。俺の場合、うちの家系が忍者だったから考えることが多かったってだけで」

 

 もっぱら授業をさぼっていた真だが、特段頭が悪いというわけではなく、むしろ他と比べても頭は良い方だ。そんな真だったからこそ、わざと欠席扱いされる授業に出る価値を見出さなかったというだけで、真面目に授業に出れば好成績を修めたはずだ。

 むしろ、授業に出ていなかった分、情報誌を読む機会が多くなったほどでもある。

 

「そういうわけで、2人が授業でわからないところがあったら俺が教えることもできるから」

「そうね。歴史とかはお願いすることになると思うわ」

「私は同室ですから、ステラ様よりも聞く機会は多くなりそうですね」

 

 そんなことを言いながら、エレンは真に近寄った。

 肩と肩が触れそうな距離まで近づきながらも、真はそのことについて特に指摘したりしない。意識しないようにしている、と言った方が正しいだろうが。

 当然、一輝とステラもそれに気づく。

 

「そういえば、真もエレンさんのこと、いつの間にか呼び捨てにしてるよね?」

「本当ね。いったい何があったのよ?」

「ふふっ。実はですね、私とシンは昔に会ったことがあるんです」

 

 エレンの打ち明け話に一輝は驚きを隠せないが、ステラはピンときたものがあったようだ。

 

「もしかして、エレンが前から話してた、強盗から助けてくれたって人のことかしら?」

「はい。そうです」

「なに?真ってそんなことしてたの?」

「ぶっちゃけ、俺もエレンに言われるまで忘れていた」

 

 真が父親と修行の旅をしていたころは、それこそ非伐刀者との戦闘なんて()()()()()潜り抜けてきたし、伐刀者との戦闘も多くこなした。もっと言えば、父親の助けや相手の情けが無ければ死にかけることさえあった。

 そんな真にとって、あっさり終わらせてしまった戦闘はすぐに忘れてしまうようなものでしかない。そのため、それに付随していたエレンのことも忘れかけてしまっていた。

 

「名前も聞いてなかったが、エレンの方は俺の髪を見てすぐに気づいたようでな」

「あ~、真の髪って、本当に独特だからね」

「あれ?だったら、私みたいに決闘を申し込むこともなかったんじゃない?」

 

 ステラの尤もな指摘に、エレンは少し恥ずかしそうにしながらも打ち明ける。

 

「実はですね、私の憧れの人が、まさか不良だったとは思わなくて・・・それで、ついカッとなってしまったんです」

「あ~・・・」

 

 そう言われて、真もなんとなく理解できたような気がした。自分でも、子供の頃お姫様みたいだと思っていた女子のが久しぶりに会ってみたらぐれてヤンキーになっていたら、同じようなことになる気がする。

 

「まぁ、先ほど話を聞いて、必ずしも不良というわけではないと分かりましたけど」

「ぶっちゃけ、不良ってのはあながち間違ってないけどな」

 

 どのような理由があれども、自分から授業をさぼったのだから、不良のレッテルを貼られようとも反論しようがない。だから、真も自分が不良だというのは特に否定する気はなかった。

 そして、決闘云々で真はあることを思い出した。

 

「そういえば、一輝とステラさんはどうするんだ?」

「? どうするって?」

「何かあったかしら?」

「いや、決闘の前に言ってただろ。『負けた方は勝った方に一生服従。どんな命令でも絶対に従う』って。今回勝ったのは一輝だから、ステラさんは一輝の従僕ってことになるんじゃないのか?」

「「・・・・・・」」

 

 真の言葉に、一輝とステラは一瞬固まり、それぞれ違う反応を示した。

 一輝は「あぁ、そういえば・・・」と思い出した風になり、ステラは顔が真っ赤に沸騰したと思ったら、すぐにそれを通り越して蒼白になった。

 

「・・・その様子だと、本気で忘れてたみたいだな」

「むしろ、忘れたままの方がよかったのでは?」

 

 エレンの言うことも尤もではあるが、そもそも決闘云々を先に言いだしたのはステラだ。初邂逅が最悪過ぎたとはいえ、一輝のことを散々罵っておきながら「決闘のことは忘れてたからなしで☆」なんて、真からすれば都合がよすぎる話だ。

 完全に不意打ちのタイミングで言うあたり、決して真も人がいいとは言えないが。

 

「そういえばそうだったね。じゃあ、さっそく命令なんだけど・・・」

「ふ、ぁ、あああ、あれは、そのっ!言葉の綾というか、ちょ、ちょっと調子に乗り過ぎただけというか・・・」

「ん~、まずはどんな命令をしようかな~。なんでも言うことを聞いてくれるんだよね?」

「なっ、なななななな、なんでもっ!?い、いや、その、た、たしかになんでもとは言ったけど!なんでもはダメよっ!?ダメなんだからね!?」

「えー?じゃあステラさんは、自分で言ったことをひっくり返すわけ?」

「うっ」

「まぁ、ステラさんがどーしてもイヤって言うなら仕方ないけどなー。あーあ、ヴァーミリオンの皇族は自分から言った約束も守ってくれないのかー」

「あ、ぅ・・・」

「ちょっとがっかりだな~」

「一輝、その辺にしとけ。ステラさん、もう涙目になってるぞ。ありゃ、あとちょっとで爆発しかねないやつだ」

 

 一輝の挑発にステラが破れかぶれになりそうになった直前に、真から制止の声が入った。

 

「とはいえ、だ。こういうことになりかねないから、ステラさんも安易に『決闘だ!』なんて言って自分自身を賭けない方がいい。今回は基本的に人畜無害な一輝だったからよかったが、仮に悪意が満載の相手だったら、それこそ大変な目にあいかねないからな」

「で、でも・・・」

「自分ならそうそう負けない、か?一輝に負けた時点で説得力がないぞ。それに、何事にも相性というのはある」

「相性ですか?ですが、ステラ様なら水使い相手にそうそう後れをとりませんが・・・」

「なにも、能力だけが相性を決めるわけではない。ステラさんの武器は灼熱の炎と魔力に物言わせたパワーだが、パワーに関しては相性が悪い能力があるだろう」

「あっ」

「俺から見た限り、今のステラが反射使い(リフレクター)と戦えば、それなりに苦戦を強いられる可能性がある。能力を知らないうちの不意打ちならなおさらな。それは覚えておいた方がいい」

 

 反射使い(リフレクター)とは、名前の通り相手の攻撃を跳ね返すことに長けた能力を持つ伐刀者のことだ。たしかにステラはすべてのバランスが高レベルで整った騎士だが、高いスピードを持つわけではない。そんじゃそこらの雑魚ならともかく、ある程度経験を積んだ者なら簡単に見切れる程度だ。

 そんな相手にむやみに突っ込んでしまえば、返り討ちにあいやすいだろう。

 

「別に、実戦経験を積むために、情報を集めずに相手と戦うのは悪いことと言わないが、できるだけ早い段階で相手の能力を推し量れるようにしておいた方がいいかもな。あんまり自信過剰になってたら、揚げ足をとられるとも限らないし」

「うぅ、わかったわよ・・・」

 

 

 自分がAランクだからと高を括るのはいいが、それと相手を格下と見るということはイコールで繋がらない。

 今回の一輝との戦いで多少は身に染みただろうが、念のために真はここでも釘を刺しておくことにした。

 

「そんじゃ、一輝。命令の続きをはよ」

「それは続けるの!?」

「当たり前だろ。自分で言ったことの責任は持つべきだ」

「ぐ、ぐぅ・・・そ、そういえばエレンは・・・」

「決闘の約束は無しにするって命令して終了」

「そうですね」

「う~、あ~、もう!わかったわよ!下僕にでも犬にでもなってやるわよ!なんでも言うこと聞かせればいいじゃない!エッチな命令聞かせればいいじゃない!イッキの変態!バカ!大っ嫌い!!」

「逆切れ!?」

「あれ?俺の気遣い、効果なし?」

 

 一度止めたはずなのに、結局やけになって逆切れするのは変わらなかった。

 とはいえ、真も一輝がそういう命令をするとは思っていない。

 

「じゃあ、命令なんだけど。ステラさん。僕のルームメイトになってよ」

「え?・・・・・そ、それだけ?」

 

 一輝の簡単な命令に、身構えていたステラはきょとんとする。

 

「うん。戦ってみて思ったんだ。僕ら、けっこう上手くいくんじゃないかって。それに何より・・・ステラさんともっと仲良くなりたいって思ってさ。だから命令っていうか、お願いかな」

「ふぁ・・・ぅ・・・」

 

 おそらく、ステラも同じことを考えていたのだろう。一気に顔が赤くなり、脳が茹った。

 

「うし、ちょうど鍋も食い終わったし、俺たちは部屋に戻るか。あぁ、鍋も俺たちで洗っとくから」

「では、これで失礼します」

 

 ステラの内心を正確に読み取った真とエレンは、淀みない連携と口裏合わせで鍋を持ってさっさと出て行った。ここから先は、自分たちはお邪魔虫にしかならないと察したから。

 

「はぁ、にしても、ステラさんって、まじでチョロいんだな」

「私も、ちょっと驚きましたね。ですが、同年代の親しい異性との交流が少なかったのもそうですが、ステラ様は少女漫画を読むこともほとんどなかったので、思ったよりも耐性がないようですね」

「・・・その点、エレンは肝が据わり過ぎてると思うが」

「おや、イヤでしたか?」

「イヤというか、異性の扱い云々に関しては俺もあまり人のこと言えないから、どうすればいいのかわからないって感じだな」

 

 そして、それは一輝も似たようなものだ。

 つまり、この4人の中で情報が最も豊富なのはエレンだとも言える。情報の真偽は別になるが。

 

「そうですか。でしたら、私がエスコートしてあげましょうか?」

「遠慮しておく。俺の知らないうちに外堀と内堀を埋められそうだ」

 

 真も男だ。そういうのは自分からエスコートしたいとは思っている。

 ついでに言えば、エレンに対してそう考えている時点で、真がエレンのことをどう思っているのか、ほとんど答えが出ているようなものだが、真はそれに気づいていない。

 

「そうですか。なら、わかりました。私からはほどほどにしておきましょうか」

 

 そして、その辺りに聡いエレンは真の想いを察しながらも、ここでは言及しなかった。

 むしろ、格段にやりやすくなったというもの。攻めの攻略を心がければいい。

 

「それにしても・・・シンは意外とステラ様を気にしているのですね。あの場で戦いの時の注意をするなんて」

 

 エレンの要望で、エレン1人で鍋を洗っている最中、そんなことを口にした。

 覗きと痴漢行為で完全に一輝に非があったとはいえ、あそこまでぼろくそ言ったステラに対して親切に教えるのは、エレンからすれば少し意外だった。

 その問いに、真は肩を竦めながら答えた。

 

「まぁな。ぶっちゃけた話、俺としてもあの2人がどこまでいくのか興味があってな。だったら、現時点で一輝に後れをとっているステラさんに肩入れしてもいいと思わないか?」

 

 さらに、とシンは続ける。

 

「それに、ステラさんの本当におそろしいところは、バカげた魔力でも、灼熱の炎でもない。()()()()()()()()()()()()()()()()。それも、おそらくまだ1合目かそこらといったところだ。この伸び盛りの時期に、果たしてどこまで上り詰めるのか、一輝とどういう決着をつけるのか、楽しみでしかたねぇよ」

 

 心から楽しそうな声で告げる真に、エレンは軽くふくれっ面になる。

 

「・・・それではまるで、私がそれほどでもないような言い方ですね」

「別にそうとは言わない。だが、エレンだって自覚はあるだろ?自分が行き詰っていることに」

「それは・・・はい」

 

 たしかに、エレンも優れた騎士だ。それは間違いない。

 だが、伸びしろという点ではどうしてもステラに劣ってしまう。

 すでにスランプに片足を突っ込んでいることからも、それがわかる。

 

「正直なところ、こればっかりはいかんともしがたい。普段なら、俺も近接で戦える体づくりを勧めるが、こればっかりは向き不向きがある。そして、エレンはステラさんに比べれば不向きな方だ。まぁ、どうしても魔術に特化するような能力はあるから、それを責めるつもりはないが。だが、近接戦闘・・・エレンの杖なら杖術か棍術が適しているんだろうが、身に付けたからと言って劇的に変わるわけでもないし。ていうか、近接も魔術で、しかもあのスピードで発動できるなら、言うこともないし」

 

 もちろん、エレンにもちゃんとした伸びしろがあるが、今は停滞期のようなもので、成長が非常に緩やかになっている。

 エレンとしては、どうしてもそのブレイクスルーが欲しいところだが、まだ糸口はつかめない。

 

「とはいえ、だ。こうしてルームメイトになったんだ。俺もできる限りフォローを入れる。一度スランプを抜ければ、あとは一気に伸びるはずだ」

「ありがとうございます、シン。でしたら、さっそく明日からでも?」

「構わない。というか、俺と一輝は毎朝体力づくりのためにランニングしてるから、それに参加するか?」

「はい。それでお願いします」

 

 細かいところでフォローを入れる真にエレンは内心でさらに好感度を上げながら、ようやく長い1日が終わりを迎えた。




今後ステラがぶち当たる壁に言及してみました。
ステラがこの忠告を物にできるかどうかは、その時次第ということで。

それと、そろそろ更新停止していた作品の投稿を再開するので、さすがに2日おきの投稿はできなくなります。
たぶん、週に1,2回の更新になりそうですかね。


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初めての朝

 ピピピピ、ピピピピ

 

 聞き慣れたアラームの音で、真は目を覚ました。

 だが、何かいつもと違う。

 圧迫感と言うか、まるでベッドに2人並んで寝転がっているような感覚がするというか・・・。

 

「・・・」

「おはようございます、シン」

 

 ゆっくりと目を開けると、真っ先にエレンの顔が映った。

 だが、やたらと近い。それに、顔が真と同じく横向きになっている。

 つまるところ、同衾状態だった。

 

「・・・・・・」

「ふふっ。こうしてシンの寝顔を見るのは初めてですね」

 

 目の前にいるエレンは嬉しそうに微笑んでいるが、寝起きの真は目の前の現実を認識するのに少し時間を要している。

 そして、ようやくエレンが自分のベッドに潜り込んでいることを理解した真は、

 

パチンッ

 

「え?きゃう!」

 

 指を鳴らしてエレンを上のベッドに転移させた。

 それで真もようやくむくりと起き上がる。

 

「ちょっと、ひどいですよ、シン。レディはもっと丁重に扱うべきです」

「男が寝てる布団に忍び込むのがレディのたしなみなら、俺は世界の常識を疑わなければならなくなる」

 

 むしろ、雑に投げ飛ばすよりは丁寧なはずだ、などと考えながらも、真は上から覗き込んでくるエレンに苦言を呈した。

 

「少しは遠慮してくれんじゃなかったのか?」

「おかしいですね。YOBAIは日本の伝統だと聞いたのですが・・・」

「今すぐそいつをここに呼べ。一から丁寧に現代日本の文化を叩き込んでやる」

 

 そんなことをしたら、警察に捕まってしまう。犯罪行為は未然に防がなければ。

 

「冗談ですよ。実はですね、昨日、模擬戦の後にぐっすり寝たのもあって、今朝は早く目が覚めてしまったんですよ。なので、せっかくだからシンの布団に潜り込んで寝顔を堪能したんです」

「何が『なので』なのかはわからんが、頼むから勘弁してくれ。いろいろと心臓に悪い」

「でしたら、次からは偶に私も一緒の布団で寝てもいいですか?あらかじめ言っておけばいいでしょう?」

「そういう問題じゃないって言ってんの・・・ちなみに、断ったら?」

「毎晩許可なくもぐりこみます」

「わかった、だったら週一で勘弁してくれ。それが俺にできる最大限の譲歩だ」

 

 毎日そんなことをされては、真の寿命がどれだけ縮むかわからない。

 もろもろのバランスを瞬時に計算した結果、週一が真の妥協できるギリギリのラインだった。

 

「できれば二日か三日に一度がいいんですが・・・わかりました。今はそれでいいです」

 

 対するエレンは不満気だが、引き際はわきまえているようで真の提案で譲歩した。

 真からすれば、2,3日に1回でも多すぎるくらいなのだが。

 ついでに、風呂に入るときは必ず鍵を閉めようと決意した。

 さすがにそこまではないと思いたいが、警戒するに越したことはない。

 

「そんじゃ、さっさと着替えて・・・そういや、着替えとかどうしよう。いや、どっちかが脱衣所を使えばいいだけの話か」

「そうですね」

 

 真の機転に、なぜかエレンは少し不満気だ。

 まさか、同じ空間で着替えることによるドキドキをたくらんでいたと言うのか。

 真はエレンに洗面所の脱衣スペースを使ってもらいし、自身もさっさと着替えを済ませた。

 必要な物を持っていつもの場所に向かうと、そこにはステラの姿もあった。

 

「ん?ステラさんもやるのか?」

「うん、そういうことになって」

「よろしくね。あと、アタシのことはステラでいいわよ。イッキが呼び捨てなんだから今さらでしょ」

「それもそうか。んじゃ、改めてよろしく、ステラ」

「えぇ、こちらこそ」

「それで、今日はどのようなメニューなんですか?」

 

 その辺りことは何も聞いていなかったエレンが、真と一輝に尋ねる。

 

「今日は、っていうかいつも同じ内容なんだけど、20㎞のランニングだよ」

「まぁ、俺と一輝で目的や走り方は違うが。一輝は主に心肺機能の強化、俺は身体と魔力、両方の精密制御だ」

「具体的に、どういう方法なんですか?」

「一輝の場合、ジョギングと全力疾走を繰り返して緩急をつけることで意図的に心肺に高付加をかけるスタイル。俺の方は、見た方が早いか」

 

 そう言って、真は地面を蹴って50㎝ほど飛び上がった。

 だが、そのまま地面に着地せず、まるで見えない足場があるかのように空中に立った。

 

「なんなのよ、これ?」

「もしかして、これも魔力放出ですか?」

「そう。イメージ的には、足の裏から直径1㎝の円柱が伸びてる感じか。これを維持しながら20㎞走る。魔力操作と体の動きを両方鍛えるのにはちょうどいいんだ、これが」

 

 魔力操作の訓練としては、すでに激流の中で真っすぐに魔力の足場を伸ばして移動するという手法があるが、これはより繊細かつ長時間魔力放出をすることに加え、バランス能力や体幹を鍛えるために真が編み出したものだ。

 

「まぁ、これを20㎞もやろうと思ったら、けっこうな量の魔力が必要になるが」

「ですが、理にかなっていますね。むしろ、どうして学園でも導入してないのかが気になりますが・・・」

「これをやる前提として、けっこう精密な魔力操作が必要になるんだよ。そもそも、自分の足と同じサイズでまっすぐ伸ばすだけでも、それなりの技量がいる。それをさらに細くして、なおかつ身体のバランスもとらなきゃいけないならなおさらだ。一度、理事長先生に見てもらったことがあるんだが、『そんな参加できる人数が著しく限られる訓練方法を学園の一般カリキュラムに加えられるか。そういうのは訓練場で自主的にやるくらいでかまわん』って言われた」

「あ~、言われてみればそうね。私たちだったらできなくもないけど・・・」

「そのレベルを他の人たちに勧めるのは酷ですね」

 

 優秀な魔導騎士を育てるための施設である騎士学校の正規カリキュラムでは、多くの伐刀者がトレーニングできる環境を整えるようにしている。そのため、魔力量と魔力制御でほとんどがふるいにかけられるような練習方法は推奨できるものではない。

 

「とまぁ、それは置いといて、2人はどっちをやる?」

「アタシは、イッキのやつにするわ」

「私はシンの方法ですね」

 

 2人とも、それぞれに負けた騎士の訓練方法を試してみるということになり、一輝とステラはさっそく走りに行った。

 真とエレンは、エレンにコツを掴ませるために今日のところはこの訓練の練習をすることになった。

 

「さて、この訓練は精密な魔力制御を維持しながらバランスをとる、かなり高度なものだ。どっちかに気をとられすぎると破綻する。だから、まずは簡単なところからできるようにしよう。まずは、足の裏から横幅と同じくらいの直径で高さ30㎝の円柱を目安にして魔力を放出してくれ」

「はい」

 

 エレンは真に言われた通りに魔力を放出し、その状態で固定した。

 それだけでも、エレンの体は不安定にぐらつく。

 

「おっとと・・・これだけでも難しいですね」

「元々、人間の足ってのは足の裏全体で踏みしめてバランスをとれるようにしているからな。踵と先端が宙に浮くだけでもバランスは狂う。逆に言えば、これに慣れればどんな体勢、状況でも体を動かせるし、魔術もスムーズに発動できる。できて損はない。次は、その状態から歩いてみよう」

「わかりました」

 

 真の指示に従い、エレンは一歩ずつ足を前に進める。

 とはいえ、魔力放出に意識を多く割いているからか、その足取りはおぼつかない。

 そうなると、逆にバランス感覚の方に意識が向いてしまい、5歩進んだところでバランスを崩してしまう。

 

「きゃあ!?」

「っと」

 

 真は素早く回り込んで倒れそうになるエレンの体を支えた。

 

「大丈夫か?」

「はい、平気です。それにしても・・・どうしてシンはそんなに細い足場で素早く動けるんですか?」

 

 真の足場はエレンの5分の1以下。バランスをとるだけでも超人の域だ。

 だというのに、真の動きには僅かな淀みもなく、かつエレンよりも速い。さらに、高さもすぐに調整してエレンと同じ高さに合わせた。尋常ではない練度だ。

 これに真は曖昧気味に答える。

 

「こればっかりは、慣れとコツとしか言いようがないな・・・それに、もっと難しい訓練もあるし」

「そうなんですか!?」

「あぁ。元はと言えば、それを俺なりにアレンジしたのがこの訓練だ」

「そうだったんですか。ちなみに、その元になった訓練とは・・・」

「秘密。というか、ここではできない。かなり場所が限られるんだ」

「そうなんですか・・・」

 

 エレンとしては、そのさらに難しいという訓練に興味があったら、ここではできないと言うのであればしょうがない。

 大人しく、自分の練習に意識を向けることにした。

 そうして練習を続けること30分。その間にエレンは今の状態で走れるようになった。

 

「さすがに呑み込みが早いな」

「はい。たしかに、コツさえ掴めばすぐでしたね」

「後は、だんだん足場を細く長くしていくだけだ。足場を細くするほど身体能力も求められるようになるから、まずはその状態で走ることに慣れることから始めよう」

「わかりました」

「それにしても・・・エレンは、俺が思ってたよりも体を動かせるんだな」

「えぇ。ステラ様の体力トレーニングに付き合ってましたから」

「あぁ、なるほど」

 

 エレンと違い、ステラは剣による近接戦闘も魔術による遠距離戦闘も幅広くこなすオールラウンダーだ。剣術を習っていることから、体力トレーニングも欠かさずにしていたのだろう。エレンも一緒になってやっていたのだとしたら、基礎身体能力が高いのも頷ける。

 

「そこまで体を動かせるなら、やっぱりゆくゆくは杖で近接戦闘をこなせるようにしてもいいか。とはいえ、まずは基礎作りからだな。それはエレンもまだなんだろう?」

「はい。ヴァーミリオンには、杖を使った近接戦闘術はあまりありませんから」

「西洋には、ただの棒を本格的に武器にするって思考はないからな」

 

 棍術が武術体系として発展しているのは、日本や中国などの東洋圏が主だ。そのため、エレンも杖術の類の手ほどきを受けていない。

 

「幸い、俺と一輝も杖術や棍術は少しかじっている。基礎を教えるくらいならできるぞ」

「ぜひ、お願いします」

 

 エレンのスランプも、もしかしたらそこに原因があるのかもしれない。

 真の提案を断る理由もないため、エレンは真の申し出に頭を下げて礼を言った。

 ちょうどその時、一輝とステラがランニングから帰ってきた。

 

「ただいま、2人とも」

「おう、戻って・・・どした?」

「ステラ様!大丈夫ですか!?」

 

 一輝の背中には、ぐったりとしたステラがおんぶされていた。

 それにすぐ気づいた真とエレンはすぐに広場のベンチにステラを寝かせ、スポーツドリンクや濡らしたタオルで応急処置をした。

 その間に一輝から事情を聴いたところ、どうやら無理に一輝のペースに合わせようとして倒れたということだった。

 

「いや・・・たしかに、どっちのプランでやるかは聞いたが、まさか一輝のをそのままやるってのは・・・」

「ステラ様も負けず嫌いなんですよ」

「その結果ぶっ倒れてるんだから、ちゃんと自分のペースってのを考えてもらいたいもんだな・・・」

 

 一輝の場合、ジョギングと全力疾走の間隔を開けることでちょうどいいタイミングを探した方がいいのだが、負けず嫌いのステラは一輝の同じペースで走ることを選んだらしい。

 負けず嫌いもここまでくれば考え物だと、真は他人事のように頭を抱えた。

 

「それで、エレンさんの方はどうだったんだい?」

「あぁ、そうだ。そのことについてなんだが・・・」

 

 ちょうどいいタイミングだと、エレンもそれなりには体力があること、一輝や真がエレンに杖を使った近接戦闘術を教えようと考えていることを伝えた。

 真の提案に一輝は少し考え、頷きを返した。

 

「うん、僕もそれでいいと思う。それじゃあ、基礎的な部分は僕が教えて、実戦的な部分は真が教えるってことでいいかな?」

「おう、それでいいぞ」

「私も構いません」

「それじゃあ、朝食を食べたらさっそく教えようか?」

「はい、お願いします。それと、ステラ様は・・・」

「僕が部屋まで運んで寝かしておくよ」

「お願いします」

 

 そうして、一輝は戻ってきたときと同じようにステラをおぶり、それぞれ部屋に戻った。

 

「それじゃあ、今日の朝ご飯はどうする?」

「私が作ります。昨夜は真に作ってもらいましたから。冷蔵庫の中身は勝手に使っても?」

「いいぞ」

 

 真がそう言うと、エレンは髪をポニーテールにしてエプロンを纏い、冷蔵庫の中身を確認してから調理を始めた。

 具材を見た限り、和風でいくようだ。

 その様子を、真は食卓のそばで座りながら眺めていたのだが、

 

「・・・・・・」

「? どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 

 そう言う真だが、その視線はエレンの後姿に固定されている。

 無論、エレンもそれに気づいていたが、敢えて口には出さなかった。

 真としては特に深い意味はないのだろうが、あまりからかってしまうとそっぽを向いてしまうに違いない。素直にならない真をからかうのは楽しいが、こうして自分のことを見てくれるのも嬉しい。

 どちらをとるか難しいところだったが、今回はからかわない方を選択した。無意識でも好感度を上げてくれれば、エレンとしてもいろいろとやりやすくなる。

 エレンも1人の女の子だ。人並みには好きな男とイチャイチャしたいと思っている。むしろ、エレンは普通と比べてかなり積極的なくらいだ。

 

(シンの方から好きだと言ってくれるのも、時間の問題ですね)

 

 エレンも真への好意は態度でこれ以上にないくらい示しているが、決して言葉には出さない。

 エレンとしては、できれば告白は真からしてほしいと思っている。

 そのためなら、あらゆる手段をとるつもりだ。

 

(?・・・なんか、寒気と言うか、怖気みたいなのを感じた気が・・・)

 

 そんなことなどこれっぽちも知らない真は、謎の身震いを感じたが深く考えることなく意識をエレンに戻した。

 それからしばらくして、エレンが朝食を作り終えて持ってきた。

 

「できましたよ」

「おぉ、ありがとうな」

 

 エレンが用意したのは、一汁三菜を意識した定食のお手本ような献立だった。

 

「そんじゃ、いただきます。はむ・・・」

「どうですか?」

「うん、美味い。料理もできたんだな」

「あの日から、必死に練習しましたから」

「なるほどなぁ」

 

 物流が発展している現代なら、多少金はかかってしまうが和食の食材を簡単に手に入れることができる。ネットでレシピを調べては練習を重ねた。

 その甲斐あって、今のエレンは和食と洋食なら一通りのものは作れるようになっている。

 

「俺、基本的には和食が好きだからありがたいな」

「それはよかったです」

 

 真から自分の料理を褒められて、エレンは上機嫌になっていた。

 

(ふふっ、殿方を捕まえるにはまずは胃袋から、ですね)

 

 どちらかと言えば、「料理を褒められて嬉しい」というよりは「計画通り」という方が正しいが。

 こうして、表面上は和やかに、実際はエレンの策略通りに、2人はルームメイトになってから初めて迎えた朝を過ごした。




最近、risk of rain 2というゲームをswitchで始めたんですが、くっそ面白かったです。
自分の好きなゆっくり実況者がやってるのを見て興味を持ったんですが、自分で思ってたよりもドはまりしましたね。
さすがはgearbox社というべきか。


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再会はどこでするかわからない

 ステラとエレンが朝の鍛錬に参加してから3日目。2人もようやく本格的に形になってきた。

 

「さすがだな。まさか、2度目の長距離走で俺と同じペースでついてくるとはな」

「はぁ、はぁ、は、はい。これくらいは・・・」

 

 エレンの方は、昨日の時点から自分のペースを守るようにという真からの言いつけがあったが、2回目の長距離走ではそれなりに消耗したものの、ほとんど真と同じペースで走破することができた。

 だが、エレンからすれば太い足場でないと走れないため、真と比べればまだまだだと考えていた。

 そして、

 

「はぁー!はぁー!ご、ゴール・・・!」

「お疲れ様」

 

 初日では盛大に倒れ、2日目でも吐いてしまったステラは、一輝よりも大幅に遅れたものの、ちゃんと一輝に追いついてゴールした。

 ステラが魔力の才能におぼれず、己を鍛錬し続けてきたことがわかる。

 とはいえ、消耗度合いで言えばエレンの比ではない。

 ステラが息を整えるのを待ってから、一輝は先ほどまで自身が飲んでいたスポーツドリンクを水筒のコップに注いでステラに渡す。

 

「はい。スポーツドリンク」

「え・・・」

 

 だが、ステラは戸惑いを見せた。

 

「それ・・・間接キス・・・」

「どうしたの?・・・あ、ごめん、ステラ。男が口を付けたコップを使うなんて嫌だよね」

「べっ、別にイヤなんて一言も言ってないでしょ!むしろ・・・その逆っていうか・・・」

「ぎゃく?」

「ななな、なんでもないわよ!いいから、それ寄越しなさい!」

 

 顔を疲労とは違う理由で紅潮させながら、ステラは若干キレ気味の口調でコップを奪い取って飲み干した。

 

(わかりやすいですね)

(だな。なのに、信じれるか?一輝は欠片も気づいてないんだぜ?)

 

 お前が言うなと言いたいエレンだが、ここではその言葉を飲み込み、一輝の方を見る。

 一輝の方は、なぜか申し訳なさを覚えているような表情だ。

 一輝と言い、真と言い、鍛錬に青春をつぎ込んだ男とは、どうしてこうも鈍感と言うか、感情の機微に疎いのか。

 そんな哲学じみたことを考えているエレンだったが、そこで一輝が始業式の看板に目を向けていることがわかった。

 

「ようやく、始業式か・・・」

 

 2人、特に一輝にとって、今年からは不当に奪われたチャンスを掴む機会でもある。いろいろと思うところがあるのだろう。

 だが、ステラは違うところに気付いた。

 

「なんだか楽しそうね、イッキ」

「そう見える?実は会いたい人がいてさ」

「もしかして、例の妹さんか?」

「うん、そう」

「妹さん?・・・そう言えば、決闘の時、妹がどうとか言ってたわね」

「そうだったのか?」

「うん。その妹が、どうやら新入生として入ってくるらしいんだ」

 

 一輝が言うには、4年前に実家を飛び出して以来、会うことも連絡をとることもなかったようだ。

 敵だらけの一輝の親族の中で、唯一一輝から距離をとらずに接してきた、銀髪ツインテールの女の子らしい。泣き虫で、恥ずかしがり屋で、甘えん坊な性格で、なおかつ伐刀者としての才能にあふれているらしい。

 この4年の間に、どれほど成長したのか。それが楽しみで仕方ないらしい。

 そして、この話を聞いてエレンもふと気になることを尋ねた。

 

「そう言えば、シンには兄弟はいないのですか?」

「いるぞ?兄貴と双子の妹」

「お兄さんはともかく、双子だったんですか」

「あぁ。まぁ、俺と違って武曲学園に通っているけどな」

「そうなんですか?」

「最近、武曲は七星剣武祭で成績トップを維持してるから、そこで自分磨きをするんだと。なにせ、去年の七星剣王は武曲から出たしな」

「なるほど・・・ちなみに、どういう性格なんですか?」

「あ~、それは・・・」

 

 エレンの何気ない問い掛けに、真は非常に微妙な表情を浮かべ、

 

「・・・生粋の問題児と言うか、破天荒と言うか・・・」

「シンがそれを言いますか?」

「いや、それはそうなんだが、まぁ、俺からしてもいろいろと問題があるってことだ」

 

 教師陣からの妨害があったとはいえ、自分から授業をさぼった真からでさえ“問題児”と言わしめる、双子の妹。

 真の表情から、なんとなく聞かない方がいいと察したエレンは話題を変えた。

 

「そ、それで、お兄さんはどういう人なんですか?」

「俺よりも7こ上で、騎士学園で教師をしてる。こっちも、今の所属は武曲だけどな。主に、妹の面倒を見るために。性格は、絵に描いたような真面目人間で、超強い」

「超強い、って・・・どれくらいですか?」

「そうだな・・・能力の関係上、あまり長い間は戦えないが、たぶん理事長先生クラスとタメを張るくらい」

「え!?」

 

 真の身内に、世界ランキングのトップ3に入るほどの実力者がいる。

 その事実に驚愕しながらも、エレンはあることに気付いた。

 

「あれ?ですが、A級リーグにキサラギの名前はありませんよ?」

「そりゃそうだろ。兄貴、リーグ登録してないから」

「そうなんですか?」

「あぁ。『魔導騎士の本分は国と民の防衛。見世物になるつもりはさらさらない』ってね。んで、最初のころは俺に魔力制御とか教えてくれてて、その時の経験を踏まえて教師になったそうだ」

「なるほど・・・たしかに、真面目ですね」

 

 魔導騎士になったら、リーグ登録をすることがほとんどだ。大会で活躍すれば賞金も貰えるため、軍に所属しつつリーグ戦を行うという魔導騎士が圧倒的に多い。

 そのため、真の兄のような考え方の人間はかなり少ないと言える。

 

「当然、学園の教師から猛反発されたそうだが、最終的に教師の方から折れたらしい」

 

 ちょうどその時、真は武者修行の最中だったため詳しいことはわからないが、そこそこ大きな問題になったそうだ。

 結果として、真の兄はとくに反発していた教師5人を模擬戦でまとめて黙らせたことで意見を通したという。

 

「なんというか・・・真面目は真面目でも、結局トラブルを起こすんですね」

「あぁ。真面目とは言ったが、周りからすれば、あくまでよく言えばの話だ。逆に、悪く言えば頑固だって捉え方もできる。まっ、俺はそういう兄貴を見て育った部分もあるけどな」

 

 どうやら、真の反逆したがりは兄の影響らしい。

 

「とはいえ、どっちも武曲所属だから、会うことはないだろう。だから、そこまで気にする必要はない」

 

 この時の真は、本気でそう思っていた。

 だが、気づいていなかった。その考えが、とてつもなく甘かったということに。

 

 

* * *

 

 

 始業式も終わり、真たちはそれぞれの教室に向かった。

 残念ながら、全員同じ教室というわけにはいかず、一輝とステラは一組に、真とエレンは四組になった。

 ステラの近衛であるエレンは、このことに若干の不満があったが、理事長が外賓だからと優遇するつもりはないと言っており、エレンもそれに頷いた以上、どうすることもできない。

 そもそも、近衛と言ってもステラに護衛が必要なのかと言われればそうだと言い切ることもできないため、そのことについてとやかく言うつもりはなかった。

 

「そういえば、担任は誰なんでしょうか」

「どうだろうな。少なくとも、去年の俺の担任はリストラされたから、俺の知らん先生の可能性が高い」

 

 ここでも縁があるのか、隣同士になった真とエレンがそんなことを話す。

 ちなみに、ここで真が言ったリストラの対象は前理事長派の教師のことで、半分近くがリストラの対象になった。

 そのため、その抜けた穴を埋めるために様々なところから教師を集めているという話もあった。

 

「まぁ、誰が担任でも変わらないような気はするが・・・」

 

 真がそんなことを言った直後、ガラガラと音を立ててスーツを纏った黒髪の男性が入ってきた。おそらく、この教室の担任だろう。

 少しいかついながらも凛々しい顔立ちのため、女子はすでにテンションが上がり気味になっている。

 

「あの人が担任みたいですね・・・って、シン?」

 

 そんな中、真だけがその教師の姿を見て固まっていた。心なしか、冷や汗もかいている。

 

「えっと、シン?」

「悪い、エレン。ちょっと急用ができた」

 

 困惑するエレンには目もくれず、真はさっさと席を立った。

 次の瞬間、

 

「ちょっと待て」

「ぐえ!?」

 

 まるでカエルのような声をあげながら、真の体が宙に浮き始めた。

 突然のことに教室内は騒然となるが、お構いなしに真は叫んだ。

 

「ちょっ、このっ!さっさと離しやがれ、()()!!」

 

 “兄貴”という真の言葉に、クラスの全員がバッ!と教師の方を向いた。

 

「離すかどうかは、貴様の言い分を聞いてからにしよう」

 

 対する担任は、我関せずと言わんばかりに真にのみ意識を向ける。

 

「いや、ちょいとトイレに行こうと・・・」

「嘘だな。そのまま帰るつもりだっただろう」

「うっせーよ!っていうか、なんで兄貴がここにいるんだよ!」

「理事長から呼ばれたのだ。今の破軍が人手不足なのは貴様も知っているだろう。それと、学校では先生と呼べ。あと敬語も使うんだ」

「んなもん知るかイダダダダダダッ!!ちょっ、潰れる!それ以上はまじで潰れるって!こんなん横暴だ!能力の無駄遣いだ!」

「だったら、早く態度を改めろ」

「痛い痛い痛いって!わかった!わかりました、先生!」

 

 ようやく真がそう言うと、ようやく不可視の力が解かれたのか、真の体が床に落ちた。

 

「いつつ・・・くっそ、思い切り潰してきやがって・・・」

「えっと、シン、この人が、例の・・・」

「あぁ・・・俺の兄貴だ」

「そういうことだ。俺の名前は如月(まさし)という。愚弟が世話になる」

 

 仁の自己紹介に、教室内は呆気にとられるが、なんとか立て直した真が代わりに尋ねた。

 

「それで・・・なんで兄貴がここにいるんだ?」

「だから、先生と呼べと・・・いや、もういいか。さっきも言ったが、現理事長が前理事長とその派閥の教師を大量リストラしたからな。穴埋めの形で俺が呼ばれたわけだ」

「いや、それはわかったけどさ・・・愛華(あいか)は大丈夫なのか?」

 

 また新しく出てきた名前に、クラスメイトの頭上には?マークが乱立しているが、それには気を配らず仁は苦渋の表情を浮かべた。

 

「大丈夫なはずだ」

「いやぜってぇー大丈夫じゃないやつだろ。なんでこっち優先したんだよ」

「お前が授業をさぼって留年と聞かされなければ、ここには来なかったんだがな」

「ごもっともで・・・」

 

 つまり、真を力づくで言うことを聞かせるために抜擢された、ということだ。

 当然、仁も詳しい事情は把握しているが、それとこれとは話が別だ。

 

「幸い、あちらには学生にも優秀な人材がいる。その者たちに愛華の制御を頼んできた」

「教師が生徒に生徒の面倒を見させるとか、完全に終わってんな・・・」

「あの・・・そろそろ授業を進んでもらってもいいですか?」

 

 ここでようやく、ある程度我を取り戻したエレンが、おずおずと手を挙げながら発言した。

 仁も、エレンの発言にハッとして取り直した。

 

「おっと、そうだったな。とはいえ、初日の今日は授業はない。必須の連絡事項が1つあるだけだ。皆、学生証を出してくれ」

 

 仁に言われて、全員が液晶端末の生徒手帳を取り出す。

 

「まず、始業式でも理事長がおっしゃっていたが、今年から破軍学園は七星剣武祭の選抜から『能力値選別』を徹底的に廃止し、『全校生徒参加の実戦選抜』で行うことになった。全校生徒で選抜戦を行い、その中から上位6名を選手として選抜する。試合の日程は生徒手帳に『選抜戦実行委員会』からメールで届く。それを確認して、指定の日時、指定の場所に来るように。来なかった場合は不戦敗として扱われるから、そのつもりで」

「質問」

 

 ここで、真が挙手をした。

 

「何だ?」

「具体的な日程と試合数、成績への影響は?」

「良い質問だが、悪いが試合数と日程はまだ詳しくは言えない。だが、選抜戦は1人最低でも10戦は行うことになり、3日に1回は必ず試合があると思ってくれ」

 

 3日に1回の試合数に周りでは「そんなに?」「遊べねーじゃん」といった声があがるが、少なくとも一輝が大きなハンデを負うことはなさそうだと真は安堵した。

 

「成績についてだが、選抜戦には罰則や成績への影響はほとんどない。参加しなかったからといって罰則を受けることも成績で減点されることもないし、仮に選抜戦で勝ったとしても気休め程度しかボーナスは入らない。だから、選抜戦には興味ない、または出たくないという者は実行委員会に不参加の旨を記して返信してくれ。選抜戦直前でも不参加の変更は可能だ。一度不参加の意思を表明すれば、その後は自動的に選抜戦の抽選から弾かれてしまうから、参加する場合は注意するように」

 

 そこで、仁は「だが」と言葉を切って続けた。

 

「本来、限られたものにしか与えられない七星剣武祭への出場権を、全員に平等にチャンスを与えられるというのは、またとない機会だ。もし少しでも高みへ行こうという気概があるのであれば、参加することを薦める。ここでの経験は、決して無駄にならないからな」

 

 仁のその言葉に、何人かが胸を打たれたようで、決意のこもった眼差しが生まれた。

 

「では、これで今日のホームルームは終わりだ。各自、好きに過ごすように」

 

 仁がそう締めると、一斉に生徒たちが立ち上がって教室から出たり談笑を始めた。

 その中、真はエレンと共に仁の元に向かった。

 

「は~。こっちに来るなら連絡してくれよ、兄貴。マジでビビったんだが」

「兄弟とはいえ、そうやすやすと教師の配属先を事前に教えるものか。むしろ、真こそ予想できなかったのか?」

「教師を引き込むって話は聞いてたけどな、愛華のストッパーだった兄貴がこっちに来るなんて考えないだろ」

「それもそうだがな。だが、向こうには現七星剣王がいる。実力で言えば愛華は一歩劣るのだから、問題ないと判断したまでだ」

「いーや、俺は甘いと思うね。あいつ、人様の裏をかくのはやたらと上手いから、絶対に何度か出し抜かれる。賭けてもいい」

「では、もし愛華が問題を起こしたら、その時は貴様に寿司をおごってやろう。回らないやつだ」

「お?マジで?言ったな?約束だぞ?」

「あの~、ちょっといいですか?」

 

 完全に2人の世界に入ってしまったことで蚊帳の外になっていたエレンが、おずおずと会話に入りこんだ。

 

「む?彼女があのエレン・アンリネットか?」

「そう。ついでに言えば、俺のルームメイト」

「なにっ!?いや、そういえば理事長からも男女同室の話はあったか。だが、まさかお前がな・・・」

「そう言うな。あと、俺がガキの時に話した指輪の女の子だったよ」

「ほう?なるほど、そうだったのか」

 

 真がエレンを紹介すると、仁は頭から足元までじろじろと観察する。

 そして、最後にジッとエレンの顔を見て、

 

「ふむ。なかなか良い女性だな。愚弟のことを、よろしく頼む」

「い、いえ、私もお世話になっている身なので・・・それよりも、先ほどから出ているアイカと言うのは、シンの双子の妹さんのことですか?」

「なんだ、聞いてたのか」

「はい。お兄さんと双子の妹がいること。お兄さんは真面目で、妹さんは問題児だと」

 

 軽く説明したエレンに、仁は真に呆れた視線を向ける。

 

「貴様、自分のことを差し置いて愛華のことを問題児と言ったのか」

「いや、事実じゃん。なんだったら、俺より質悪くない?」

「まぁ、それもそうだが」

 

 真と仁の会話に、いよいよエレンは頭が痛くなってくる。

 

「授業をさぼって留年した真よりも問題があるって・・・何をしたんですか?」

「あ~、そうだな・・・まぁ、いつかは会うことになるだろうから、その時に説明する」

「できれば、そうならないことを祈りたいがな」

 

 どうやら、この場での回答はためらわれるらしい。

 さらに嫌な予感が膨らむエレンだったが、2人が話さないというなら無理に聞き出すこともないだろう。

 

「そんじゃ、俺たちは一輝たちのところに行くから」

「いや、待て。俺も行こう。その一輝という少年には興味がある」

 

 その場から去ろうとした真を呼び止めて、仁は同行すると言い出した。

 

「そうなんですか?」

「あぁ。かの“紅蓮の皇女”を倒したこともそうだが、どうして彼が入学できたのかも聞きたいしな」

「ちょっと・・・!」

 

 あまりに不躾な言い方にエレンは突っかかろうとするが、兄弟である分、仁の胸の内を正確に理解した真がなだめた。

 

「落ち着け。別に兄貴はそういうつもりで言ったわけじゃないから」

「本当ですか?」

「あぁ。兄貴が言いたいのは、『Eランクの上が合格ラインの破軍に、Fランクの一輝がどうやって合格したのか』ってことだ」

「言われてみれば・・・」

 

 本来であれば、一輝は門前払いとまでは言わなくても、面接をしたところで最初から合格できるラインに達していない。それなのに、一輝は破軍に在学している。

 その秘密が気になる仁に、真が説明する。

 

「なんか、面接の時にCランクの教員に決闘を申し込んで勝ったんだってさ」

「ふむ、そうなのか」

「え!?」

 

 真の説明に仁は納得の表情を見せたが、エレンの表情は驚愕に染まった。

 教師相手に決闘を申し込んで勝ったのもそうだが、それを受け入れた教員も教員だ。

 普通なら、冗談として受け流されるか、あるいはその場で不合格を言い渡されても不思議ではない。

 とはいえ、面接では『自由に自分をアピールする』だけであり、『教員と決闘してはいけない』という決まりはない。普通では絶対に合格できない一輝と、魔導騎士という職業が戦闘職であるという事実からも、前代未聞とはいえ理にかなっている。

 そして、それを有言実行してみせた一輝に、仁はさらに強い関心を持った。

 ちなみに、真は普通に加速の能力を見せるだけのつもりだったが、一輝とその教員の決闘の際に生じた魔力の正確な感知で合格を言い渡された。

 

「聞けば、理事長もハンデ戦とはいえ敗北したと言っていたな。せっかくだ。俺も模擬戦を申し込んでみようか」

「ほどほどにな・・・」

 

 血の気の多さを見せつける仁に真は呆れるが、エレンはたしかにこの2人が兄弟であると確信した。

 そのとき、

 

ドカァーーーン!!

 

 激しい爆発音と衝撃波が、一輝たちがいるはずの1組の教室から鳴り響いた。

 

「なっ、なんだ!?」

「さ、さぁ・・・」

 

 真とエレンは突然の事態に困惑するが、仁はすぐに気を取り直して近くにいる生徒から事情を聴いた。

 

「何が起こった?」

「そ、それが、首席のステラ・ヴァーミリオンさんと三席の黒鉄珠雫(しずく)さんが固有霊装(デバイス)を出して喧嘩を・・・」

「教室を木端微塵に吹き飛ばす喧嘩か。シャレになんねぇな」

「まったく、ステラ様はいったい何を・・・」

「それが・・・」

 

 さらに詳しいことには、一輝の妹であるという珠雫が出合い頭に一輝にディープキスを敢行したこと、それに混乱したステラが一輝は自分のご主人様であると宣言したこと、それを発端に悪口からの盛大な喧嘩が勃発した、ということだった。

 

「ステラ・・・」

「ステラ様・・・」

 

 2人は思わず頭を抱えた。

 いや、2人もステラだけに問題があるとは思っていない。というか、兄妹でディープキスを敢行したことの方がよっぽど問題だ。

 とはいえ、まさか教室を木端微塵にするほどの喧嘩にまで発展するとは・・・。

 

「・・・とりあえず、どうする?俺も止めるの手伝おうか?」

「いや、いい。これは教師の仕事だ」

 

 それだけ言って、仁は歩いて教室に向かって中の様子を確認した。

 中では、ステラと珠雫が周囲の様子などまったく目に入らない様子で炎と氷の伐刀絶技を放っている。

 

「う~わ・・・マジでやり合ってんじゃん」

「どっちも本気ですね・・・」

 

 正直なところ、この横槍はかなりめんどくさい。新入生はもちろんだが、並の教師でも歯が立たないだろう。

 だが幸い、ここに2人をまとめて鎮圧できる人物がいた。

 

「小競り合いはその辺にしてもらおうか・・・“銀刹(ぎんせつ)”」

 

 仁の詠唱と共に、その手に銀色の両刃の長剣を握り、地面に突き立てる。

 

「“縛羅(ばくら)”」

 

 次の瞬間、ステラと珠雫の動きはおろか、ステラからまき散らされる炎や珠雫の周囲に浮かんでいる氷塊がまるで時間が止まったかのように制止した。

 

「えっ、な、何よこれ!?」

「体も、氷も、まったく動かせない・・・!?」

 

 だが、実際に時間が止められているわけではないようで、ステラと珠雫も困惑の声を挙げる。

 

「シン、マサシの能力は・・・」

「空間操作。いわば、理事長先生の時間操作と対になる能力だ」

 

 世界の空間そのものに干渉することができる能力。

 その能力もさることながら、ステラの圧倒的な膂力を完封できるほどの出力もある。

 真の『世界のトップ3に匹敵する』という評価も納得がいった。

 たしかに、強大な力の持ち主であるようだ。

 

「一応、細かい範囲の指定が難しいのと常に広い効果範囲で魔力の消耗が激しいっていう欠点はあるが、兄貴と同じく空間に直接作用する技がない限り、兄貴の伐刀絶技(ノウブルアーツ)は防ぐこともできず、守りを抜くこともできない。まさしく、最強の一角だ」

 

 真の解説に、エレンは畏怖と尊敬の念を覚えた。

 だが、問題の当事者である2人はそれどころではなくて、

 

「入学初日からいい度胸だ。貴様ら、覚悟しろよ?」

 

 仁の凄みのある声と顔に、ステラと珠雫は体も動かせず、怯えることしかできなかった。




毎年のように発令される特別警報。
毎年来る10年に1度の災害とか、もはやわけがわからない。
新型コロナといい地震大雨その他諸々の災害と言い、最近は世界が人間を殺しにかかっているような気さえします。


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来てほしくなくてもやってくる

 仁によって迅速に収束したものの、当然首席と三席が喧嘩で教室を木端微塵にした一件は問題になった。

 教員の協議の結果、ステラと珠雫は1週間の自宅謹慎、要するに停学を言い渡された。

 当然、これは大きな話題になり、一輝のクラスメイトの新聞部である日下部加々美(くさかべかがみ)という女子生徒が速攻で記事を作って全校生徒に知れ渡ることとなった。

 もちろん、一輝も盛大にため息を吐いていたが、記事のことに関してはむしろホッとしていると語っていた。

 曰く、この事件がなければ一輝とステラの主従関係のことについていろいろなことを書かれそうだったとのことだった。

 たしかに、当事者以外の人間が聞けば勘違いしか生まないのだから、それが没になったのは一輝としてもありがたかっただろう。

 それでも、付き人であるエレンの心労は計り知れないのに変わりはないが。

 

「はぁ・・・」

「それ、もう何度目のため息だ?」

 

 午前中の授業が終わり、これから食堂に向かおうというタイミングで、エレンはため息を漏らす。最初は面白半分でため息の回数をカウントしていた真も、50を超えたあたりで数えるのをやめた。

 

「ショッキングなのはわからなくもないが、さすがにやめた方がいいんじゃないのか?ぶっちゃけ、聞いてるこっちも気が滅入る」

「それはそうなんですが・・・ステラ様も明日で謹慎が解けます。ですが、初日でこの様子だと、復帰してからも問題を起こさないか心配で・・・」

「いや、それは俺も似たり寄ったりではあるが・・・さすがに、停学処分を受けておいて、また問題を起こすなんてことはないと思うぞ?ステラも、相手の方も」

 

 同じく停学処分を受けていた珠雫も、一輝にドン引きされかねないという側面からも一輝を性的に襲うようなことはしないはずだ。

 それでも、小競り合いを起こす可能性は高いが、別クラスの真やエレンが考えたところで仕方のないことでもある。

 

「ともかく、先で起こるかもしれないあれこれは当人たちに任せるしかないだろ」

「・・・それもそうですね。私も、覚悟を決めなければ」

 

 真に諭され、ようやくエレンもうじうじ悩むのをやめた。

 

「ですので、今夜は一緒に寝ても?」

「お前、こういう時ちゃっかりしてるよな」

 

 ついでに、同衾の要求もした。

 ちなみに、真とエレンはすでに同じベッドで寝ている。

 それも、結局ほぼ毎日。

 明らかに取り決めを破っているが、エレンの言い分は次の通りだ。

 

「私があの時決めた2,3日に1回の添い寝は一晩中のもので、朝にシンの寝顔を見るための添い寝は私は起きているのでノーカウントです」

 

 どう考えても屁理屈もいいところだが、何度注意しても止めなかったため真も注意するのをやめてされるがままになっている。

 今となっては、二日連続で一緒に寝ることもあるほどだ。

 着々と内堀を埋められている真だが、本人はそのことにあまり気づいていない。

 というより、気づく余裕がない、というべきか。

 

「まぁ、それは帰ってから決めるとして、今日は何を食べる?」

「そうですね・・・せっかくですし、定食ものを選んでみますか」

 

 とりあえず目先の問題は解決した(先送りとも言う)2人は、軽い足取りで食堂に向かう。

 そのとき、真が足を止めて、いきなり周囲を見渡し始めた。

 

「ん・・・?」

「どうかしましたか?」

「いや、なんか嫌な予感が・・・」

 

 その言葉にエレンも周囲を見渡すが、変わったところは特にない。

 気のせいかと思いつつも、再び食堂に向かおうとしたところで、真は再度足を止めた。

 

「なぁ、何か聞こえなかったか?」

「むしろ、他の人たちの声で少しうるさいくらいですが・・・」

 

 エレンに心当たりはないが、何かを捉えたらしい真はしきりに周囲を見回す。

 

「・・・・・・ぃ~」

「この声・・・まさかっ」

「シン、何が聞こえているんですか?私には何も・・・」

 

 あくまで魔術に特化したエレンには雑踏の音しか聞こえないが、身体と魔術、両方を極めつつある真には、()()()()()()()と同時に()()()()()()()()()ある人物の声が、はっきりと聞こえた。

 

「・・・にぃ~!」

「ちっ、あのバカ、マジで来やがった!」

「シン?いったい誰が・・・」

「お~兄~ぃ~!!」

 

 次の瞬間、人垣の中から、黒髪に数本のメッシュが入った少女が、後ろから真めがけて思い切り飛び込んできた。

 突然の事態に、先に少女に気付いたエレンは硬直してしまう。

 が、

 

「むぎゅっ!?」

 

 真は振り向かないまま、抜く手も見せずに少女の顔を鷲掴みにした。

 そこでようやく、周りも異変に気付いた。

 なぜなら、その少女は明らかに破軍学園のものではない制服を着ていたからだ。

 

「おい、愛華。なんでてめぇがここにいるんだ!」

「妹が兄に会いに行くことの何が悪い!」

「大阪にいるくせして昼休みに来ることが問題なんだよ!ていうか、またか!またなのかお前ぇ!!」

「うぎゃ~!いたいいたい!お兄、ギブギブ!」

 

 片手で少女の顔面を鷲掴んで叱る様は、他から見れば興味半分近づきたくない半分な案件だが、そんな周りの視線を無視して真は少女を怒鳴る。

 

「お前さ、何度も言われてるよな!学生騎士の能力の無断使用は厳禁だって!」

「大丈夫だよ!模擬戦の最中だから許可は出てる!」

「だからって敷地外に出るバカがどこにいる!」

「ここ?」

「ふんっ!」

「ごふぅ!?」

 

 茶目っ気を見せた少女に、真が問答無用で顔面を地面にたたきつけ、そのまま抑え込む。

 

「ちっ。おい、誰か兄貴を・・・」

「もう来ている」

 

 真が周囲に声をかけようとしたところで、人垣を割って仁が現れた。

 

 

「おう、兄貴。早かったな」

「学園の方から連絡が来たからな。お前のところに行ってみたら案の定だった、というわけだ」

「なるほどな。にしても、やっぱり来やがったよ、このバカ」

「まったく、どうしてこうなったのか・・・」

「なんか、模擬戦で申告出してからここに来たって」

「くっ、その手があったか。だが・・・」

「えっと、すみません。少しいいですか?」

 

 完全に置いてきぼりになっていたエレンが、遠慮がちに真と仁に尋ねる。

 

「話を聞いていた限り、この子が妹のアイカですか?」

「あぁ、そうだ。如月愛華、俺の双子の妹だ。顔はともかく、髪色は似てるだろ?」

 

 言われてみれば、色こそ正反対なものの、数本のメッシュがかかっている髪色は真にそっくりだ。

 意外なタイミングだったが、エレンには1つ気になることがあった。

 

「ですが、アイカは武曲学園に通っているんですよね?どうして、学校のある平日の、それも昼休みにここにいるんですか?」

「簡単に言えば、愛華の能力だ。愛華は転移能力者(テレポーター)なんだ」

 

 転移能力者(テレポーター)とは、言葉通り座標から座標へ瞬時に移動することができる能力者だ。

 直接的な攻撃力は乏しいものの、長距離を一瞬で移動することができるため、有事の際には物資や人員の輸送を請け負うことが多い。

 とはいえ、大阪から東京まで一瞬で移動できるほどの能力者は、世界にも片手ほどしかいない。

 

「愛華は、転移能力者(テレポーター)としては超一流なんだが、いかんせん性格が自由過ぎてな。しょっちゅう学園の敷地内から学外に脱走してるんだよ。なんなら、停学をくらったこともある」

「そ、そうだったんですか・・・」

「でもなぁ、さすがに大阪から東京まで、正確に一発で転移しようと思ったら、固有霊装(デバイス)の目印が必要になるんだよ。兄貴、なんか心当たりはねぇの?」

「いや、俺に心当たりはないが・・・」

「アイカの固有霊装(デバイス)って?」

「苦無で、“天神(てんじん)”って言うんだが・・・」

「ふ、ふっふっふ、この愛華ちゃんを甘く見ないでほしいね」

 

 そこでようやく、地面にめり込んでいる愛華が話し始めた。

 

「なんだって?」

「人間は日々成長する生き物なんだよ。今の私は、半永続的なマーキングを可能にしたのだ!」

「なにっ!?だが、いつの間に・・・まさか、郵便物に紛れ込ませたのか!?」

「ご名答!後は、お兄が寝てる間にマーキングを付けなおしたから、好きな時に安全にお兄のところに遊びに行けるようになったんだよ!」

「兄貴、後で消しといてくれ。そういうの得意だろ」

「わかった。今日の授業が終わったら部屋に行こう」

「いや~!やめて~!お兄のところに行けなくなっちゃう~!」

 

 真と仁の至極真っ当な宣言に、愛華は悲鳴をあげる。

 だが、真と仁も妹の非行を止めるべく、心を鬼にする。

 

「そもそも、能力を使わずとも公共の乗り物を使えばいいだけの話だろうが」

「お金と時間がかかるからヤダ!!」

「そうか。なら、俺がもう一度、直々に学生騎士としてのモラルを叩き込んでやる。こっちに来い」

「それもヤダ!絶対痛いことになるんだもん!私に何する気よ!」

「それだけ文句を言えるなら、より厳しくしても問題ないな」

「まさかの藪蛇だった!?いや~!やめろ~!離せぇ~!って、仁兄も能力使ってるじゃん!転移できないんだけど!」

「俺はすでに魔導騎士免許を持っているから問題ない。それに、愛華を逃がさないようにするのも当然のことだろう」

「わかった!反省します!だから離して!」

「だが断る」

「いやぁ~~~!!やめろぉ~~~~~~!!!」

 

 そんなこんなで、悲鳴と絶叫を上げながら、愛華は仁に首根っこを掴まれて連れ去られていった。

 そして、後には静かになった真たちが残された。

 

「なんというか・・・嵐のような人でしたね」

「本っ当にな・・・俺が言うことじゃないが、何をどうすれば、あんな性格になるんだか・・・」

 

 確かに真が言うことではないが、エレンは真や仁が原因でなくても親戚に1人くらいは影響を与えそうな人間がいそうだと失礼なことを考えていた。

 

* * *

 

 嵐のような時間が過ぎ、真とエレンが昼食を食べ終えた頃、再び仁と会った。

 

「おう、兄貴。どうなった?」

「とりあえず、がっつり叱って帰らせた。だが、本当に反省しているかはわからん・・・」

「あ~、まぁ、兄貴のガチ説教なんて、愛華からすれば珍しくもないからな~」

 

 真の言葉に、エレンは「上には上がいる」という言葉の意味を改めて思い知った。

 

「つーかさ、愛華のやつ、なんで今来たんだ?」

「それなんだがな。どうやら、明日の休みに真と買い物に行きたいと言っていてな。それを伝えるために来たんだそうだが・・・」

「いや、なんで直で会いに来たんだよ。連絡先は教えてあるから、電話なりメールなりで知らせればいいものを・・・ていうか、まさかまた無断で能力を使って来るつもりか?」

「おそらくな・・・」

「「はぁ~・・・」」

 

 どうやら、愛華の自由すぎる性格は不治の病らしい。

 

「あの~、能力の無断使用って、学生騎士なら御法度なはずじゃ・・・」

「それはそうなんだが・・・幸か不幸か、愛華は移動のツールとして能力を無断で使うことはあっても、転移した先で問題を起こすことはまったくないし、転移能力者(テレポーター)としては本当に優秀だから、処罰も厳重注意がほとんどで、停学も1日2日とか軽いんだよな・・・あれでも、授業にはちゃんと出てるらしいし・・・」

「それに、こう言ってはなんだが、多少素行に問題があっても、よっぽどの悪事をはたらかないかぎり、学生騎士に重い処罰が下ることは滅多にない。優秀ならなおさらな」

 

 連盟の方針として、基本的にすべての伐刀者が魔導騎士の道を歩むようにしている。

 日本では人権などの問題ですべての伐刀者に魔導騎士になるよう強制しているわけではないが、他の国ではすべての伐刀者が魔導騎士になるように法整備をしているところもある。

 そのため、真や一輝のような例外を除けば、3年で学園を卒業して魔導騎士騎士免許を取得することがほとんどだ。

 

「だから、俺とか兄貴は本気で叱ってるけど、他だと上辺だけってことも多いし、本気であの性格を直そうとしてるわけでもない」

「そうなんですか・・・」

 

 真の解説に、エレンもやるせない気持ちになるが、言っていることは事実であるためそれ以上は言及しなかった。

 だが、それとは別にあることを提案する。

 

「それなら、そのお出かけに私も同席していいですか?」

「ん?別に俺はいいが、なんでだ?」

「実はですね、明日はステラ様もイッキと他のご学友と買い物に行くそうで、私にも暇が出されたんです。それに、シンの妹なら、一度話し合ってみたいので」

「なるほどな」

 

 真も、一輝がステラや珠雫と買い物に出かける旨は聞いていた。それでエレンが手持ち無沙汰になるとは思っていなかったが、理由としては納得した。

 

「わかった。なら、あとで愛華にも連絡しておくか」

「えぇ、お願いします」

 

 真としては不安な気持ちもなくはないが、少しは愛華にいい影響が出ればいいと願いながら午後の授業を受けるために教室に向かった。




はい、ある意味真を超える超問題児の誕生です。
でも、蔵人だってしょっちゅう暴力沙汰起こして厳重注意ですから、こっちもちょっとの停学と厳重注意で大丈夫・・・なはず。
ちなみに、声は9シリーズの新海天をイメージしました。
あーいう妹キャラって、傍から見れば萌えても当事者からすればストレス以外の何物でもないでしょうね。


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波乱のお出かけ

 愛華が襲来した翌日、約束(?)通り、真とエレンは寮の部屋で外出着に着替えて愛華を待っていた。

 ちなみに、真はジーパンと半そでの上からシャツを羽織る無難な服装で、エレンはデニムにへそ出しと少し派手な格好だ。

 

「なぁ、マジでその格好で出かけるのか?」

「? そうですが、何か変ですか?」

「自分からナンパしてもらおうとしてる格好に見えなくもない」

「むっ、おかしいですね。シンはこのような格好は好きではありませんか?」

「俺のドピン狙いだったか」

 

 言われて気づいた真は、少し真面目に考えて答えた。

 

「嫌いとまでは言わんが、『俺だけじゃなくて他に見られるってことも考えろよ』とは思う」

「なるほど、そうきましたか」

 

 真がエレンに対して独占欲を持っているとも取れる言葉に、エレンは頬が緩みそうになるのをこらえる。

 ここまで来たら、後はもう一押しするだけだと、エレンは真へのこれからのアプローチを考える。

 その時、

 

「・・・来るか」

 

 真が一言呟いて立ち上がった。

 次の瞬間、

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

 元気な声が聞こえたと思ったときには、愛華が部屋の中にいた。

 

「ちっ、マーキングは兄貴が外したはずなんだがな・・・」

「ふっふっふ、一度転移しちゃえば、あとは感覚でなんとかなる!」

「ここはなんとかしなくてもよかったんだよ」

 

 真の言った通り、愛華が付けたであろうマーキングは昨日の時点で仁が部屋に赴き、それらしきものはすべて除去したはずだった。

 だが、愛華は一回転移した感覚を頼りに、マーカーもなしに直接、真の部屋に転移してのけた。

 この高い技量と才能の無駄遣いに、エレンもため息を隠せない。

 

「はぁ・・・」

「あれ?なんでエレンさんがお兄の部屋に?」

「私のことを知っていたんですか?」

「そりゃあ、ニュースでステラ殿下と一緒に映ってましたから。エレンさんもれっきとした有名人ですよ、有名人」

 

 エレンとステラは特徴的な容姿をしているから、基本的には一目で誰かわかってしまう。一輝とステラの場合がたいがい特殊だっただけだ。

 

「早い話、シンのルームメイトだからですよ」

「なんと!お兄、本当?」

「あぁ、マジだ」

「うはぁ~、まさしく漫画みたいな展開だ~」

 

 武曲学園の近くにあるマンションで下宿している愛華には一生縁がないような展開に、愛華はキラキラと瞳を輝かせる。

 だが、愛華の驚きはこれで終わらなかった。

 

「それとな、実はエレンがあの指輪の女の子だった」

「え?えっ!?本当!?本当なの、お兄!?」

「マジもマジだ。俺だってびっくりしたよ」

「すごいよ!すごいロマンチックでドラマティックだよ!まさにラノベ主人公だよ!はっ!まさか、すでにあんなことやこんなことを・・・」

「妄想もたいがいにしろ、バカ」

「あいたっ!?」

 

 愛華の思考がイケない方向にトリップしそうになる直前に、真が拳骨を落として我を取り戻させた。

 

「う~、痛いよ、お兄」

「てめぇが変な妄想をしたからだろうが」

「ちなみにちなみに、どこまでヤッたの?」

「てめっ・・・」

「一緒のベッドで寝たくらいですね」

「エレン!?」

 

 予想外の方向からカミングアウトされた。

 

「なんと!すでに同衾を経験していらっしゃると!」

「何回もですね」

「何回も!?もうっ、お兄ってばエッチ!」

「一回黙れ!」

「むぎゅう!?」

 

 再びハッスルしそうになった愛華を、真は渾身の力を込めてアイアンクローする。

 

「百歩譲ってそういう会話をするのはまだいいが、せめて俺のいないところでやれ!」

「わかったよ!だったら、お兄は出て行って!」

「ここ、俺の部屋なんだが!?」

「だって、お兄のいないところだったらいいんでしょ?だったら、お兄が出て行った方が早いじゃん。それに女の子にはいろいろと準備があるの!」

「くっ・・・!」

 

 愛華の言葉が思いの外正論だったこともあって、真は渋々部屋から出て行った。

 それを確認してから、愛華は気を取り直してエレンに質問を始めた。

 

「ふぅ・・・それでそれで、エレンさんとお兄はどういう関係なんですか?まさか、もう付き合ってたり?」

「いえ、まだ付き合っていませんよ」

「あれ?でも、エレンさんは多分ですけど、お兄のことが好きなんですよね?」

「えぇ。なので、あの手この手で好きになってもらおうとしてるところなんです」

「あ~、なるほど。お兄ってば、恋愛ごとに関しては本当に鈍感なんで、頑張ってください。私も応援してます」

「あら、いいんですか?実は、『お兄ちゃんを取らないで!』みたいな修羅場を覚悟していたんですが」

「むしろ、お兄から小言を言われなくなりそうなので、ぜひ持って行ってください」

 

 愛華の応援する動機が不純すぎるが、少なくともエレンと真が付き合うことに関しては反対する気はなさそうだと、エレンは内心で一安心した。

 

「それにしても、お兄ってば本当に留年してたんですね~。私でさえ進級できたというのに」

「授業に参加してないのもそうですが、参加してても前の理事長がどうしていたかはわからなかったですけどね」

「本当にそれですね。破軍の前の理事長って、本っ当に見る目がなかったんですねぇ~」

「・・・そういえば、アイカはシンの本気を知っているんですか?」

 

 女子トークに花を咲かせながらも、エレンはふと気になることを尋ねた。

 

「お兄の本気ですか?」

「はい。具体的に言えば、シンがすべての封印を外した時の力です」

「なるほど、そこまで聞いていたんですか・・・そうですね・・・」

 

 真がエレンにどこまで話したのか、だいたいを察した愛華は、顎に手を当てて考えてから口を開いた。

 

「正直、私にもわかりません」

「そうなんですか?」

「はい。お兄が能力を制御できずに、辺り一帯を消し飛ばしたときのことと、祖父がお兄に封印を施したことは私も知っています。その場にいましたからね。その上で言いますが、あれは明らかに次元が違います。お兄にかけられた封印も、強大すぎる力を封印したというよりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という方が正しいかもしれません。つまり、本当の底は私たち家族はもちろん、本人ですらわからない、ということです」

「そう、ですか・・・」

 

 愛華の真剣な言葉に、エレンも息をのむ。

 模擬戦の際、封印を1つ外した時ですら、ステラに匹敵するほどの魔力を感じたが、それすらも凌駕する力とは、いったいどれほどのものなのか。

 それを想像しようとして、だが背筋に冷たい感覚を覚えてやめた。

 それほどの力など、もはや()()()()()()()()

 微妙な空気になりそうになったところで、そんな雰囲気を紛らわすように、愛華は明るい声音で話しかけた。

 

「まぁ、お兄が封印を全部外す日はそうそう来ないと思いますけどね。封印を2つ外した状態でも、Aランクでもトップクラスの力がありますから。今は封印を1つ外しているみたいなので、BランクとAランクの間くらいになるんですかね」

「・・・それもそうですね」

 

 正直、気休めにしかならないフォローだったが、幾分気持ちは楽になった。

 それに、

 

(私がシンのことを好きだと言うのなら、その力を受け入れるくらいの度量と実力を身につけなければいけませんね)

 

 いつか、自分がその力を解き放たせてみせよう。

 新たな決意を胸に、エレンと愛華はお出かけのためのおめかしを始めた。

 

 

* * *

 

 

 おめかしと言っても、2人は客観的に見ても美少女の類であるため、化粧にそこまで時間をかけることもなく、肌の手入れくらいで済ませて。

 男である真からすれば、その時間すらも長いと感じたくらいだが。

 

「それで、今日はどこに行くんですか?」

「商店街に行こうと思う。近くにショッピングモールができて客足が少なくなったとはいえ、それなりに繁盛するくらいにはいろいろとあるからな。あと、ショッピングモールだと一輝たちと鉢合わせそうだし」

 

 だからなんだという話だが、なんとなく気まずくなるだろう。

 それに、せっかくなのだから当人たちだけで楽しませるのも悪くないはずだ。

 そのことから、様々な店が並ぶ商店街に行くことにした。

 商店街に向かうと、そこには他の学生や親子連れの姿がちらほらとあった。

 

「ふぅむ、今日は少ないな」

「そうなんですか?」

「多いときは、ちょっとした人だかりができることもあるんだが・・・まぁ、特にイベントとかもないしな」

 

 たまにはそういうこともあるだろう。

 

「んじゃ、まずはコロッケを食べるぞ」

「いきなりですね」

「なに?お兄にも行きつけのお店とかあるの?」

「あるぞ。ていうか、俺はランニングでよく通ってる」

 

 真が商店街に行こうと言った理由は、他にも行き慣れているということがある。

 別にショッピングモールに行かないというわけではないが、真は良くも悪くも有名で、破軍の学生と顔を合わせやすいショッピングモールはあまり行かないようにしていた。

 そんなショッピングモールに比べれば、商店街は破軍の学生は少ない。少なくとも、真は今まで商店街で破軍の学生と鉢合わせになったことはない。

 そして、一輝と知り合った頃から通い続けているため、それなりに顔なじみはいるのだ。

 今、3人が向かっている店も、その顔なじみの1つである。

 

「着いたぞ」

 

 真が立ち止まったのは、『衣屋』という看板が建てられた、古めかしい店だ。

 

「衣屋って、服屋みたいな名前だね」

「まぁ、揚げ衣って意味じゃあ、あながち間違ってないけどな。お~い、おっちゃ~ん」

「はいよ~」

 

 真が声をかけると、店の奥から店主らしき中年の男性が出てきた。

 だが、若干脂肪が多いながらも太い腕に大きい図体を前にして、初対面の愛華とエレンは思わず身構えてしまった。

 

「おっ、なんだ、如月の坊主じゃねぇか。久々に来てくれたのか、って・・・女連れか?しかも2人も?」

 

 真の後ろにいる2人に気付いた店主は、意外そうな目を向ける。

 

「こっちは俺の双子の妹で、もう1人は俺のルームメイトだよ」

「はぁ!?異性がルームメイトって、なんじゃそりゃ!?」

「ほら、新しい理事長の方針が『実力主義』だろ?それで、部屋割りも性別とか関係なしに実力の近い者同士で組まれることになったんだよ」

「なるほどなぁ・・・って、よく見たら、あのエレン・アンリネット嬢じゃねぇか!どうなってんだ!?」

 

 遅れて、店主はエレンの正体に気付いたようで、目をむき出しにして驚愕をあらわにする。

 そして、どうしてかと問われても、曖昧に誤魔化すしかない。

 

「まぁ、いろいろあったんだよ。それよりも、コロッケを3つ」

「ちっ、いろいろと納得はいかねぇが・・・ほらよ」

 

 舌打ちしながらも、そこはやはり商売人である店主は客である真のオーダーに応えてコロッケを3つ取り出して渡した。

 

「ありがとな。ほい、代金」

 

 真は、懐から財布を出して代金を渡し、エレンと愛華にコロッケを渡した。

 

「それでは、いただきます」

「いただきまーす」

 

 一言いれてからコロッケにかぶりつくと、2人は思わず目を見開いた。

 

「これ、すごくおいしいです!」

「具も衣も、すごいおいしいよ、お兄!」

「はっはっは!そりゃあ当然だろ!うちがここで何年店を構えていると思っているんだ!」

「ここ、いわゆる老舗なんだよ。たしか、60か70年くらいだったっけ?」

「おう!そうだぜ!」

 

 エレンと愛華の賞賛の声に、店主はすっかり機嫌をよくする。

 なんとも単純だと真は内心で呆れながらも、しれっと店主を褒める。

 

「この商店街って、こういう古き良き店ってのがけっこうあるんだよ。新しい店とかも悪くはないけど、俺はこういう方が好きだな」

「はっは!坊主がそう言ってくれると、俺らとしても商売のし甲斐があるってもんだ」

「そんじゃ、俺たちは他のところに行ってくるから」

「おう!また来てくれよ!」

 

 『衣屋』を後にした3人は真の案内で様々な店に立ち寄った。甘味処や木製アクセサリー、古本屋など、様々な店を見て回った。

 そして、

 

「おう、坊主じゃねぇか!今日は女の子を2人も連れてんのかい!ほらよ、饅頭を1個おまけしてやる!」

「真ちゃん!これ、新作なんだけど、どうかね?」

「真の兄ちゃ~ん!これ、俺が作ったんだ!」

 

 店をまわるごとに、様々な人から声をかけられる。

 学園での腫物みたいな扱いが嘘のようだ。

 

「なんというか、人気者だね、お兄」

「破軍での評価が嘘のようですね」

「そりゃあ、その辺りのことなんて話してないし」

 

 とはいえ、仮に本当のことを知ったところで、態度に大きな変化は現れないだろうと真は考えている。

 年季の入った商店街なだけあって、ここにいる人は年配の割合が大きい。今さら不良だからと態度を変えるような軟な精神の人間は少ないのだ。

 だからこそ、真はこの場所を気に入っている。

 

「それより、次はどこに行きたい?」

「そうですね、小物の店を見たいです」

「私も私も!可愛い置物が欲しい!」

「小物の店な。だったら・・・」

 

 2人の要望に応えるために、どの店に行こうか思案する真だったが、唐突に鳴った生徒手帳によって中断された。

 連絡先を確認すると、理事長からの緊急通信だった。

 ただ事ではないと、真はすぐに電話に出た。

 

「如月です。どうしましたか、理事長?」

『近くのショッピングモールにテロリストが現れた。如月真、如月愛華、エレン・アンリネットの3名の能力の敷地外使用を許可するから、直ちに救援に向かってくれ』




ちょっと軽い内容になってしまいましたが、次の繋ぎくらいにはちょうどいいかなって。
あと、真面目に投稿頻度をもう少し上げたいですね。
できれば1週間以内に投稿できればいいんですが。


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vs解放軍

 黒乃からの緊急連絡を受けて、3人は愛華の能力でテロリストが襲ったというショッピングモールに急行した。なんの偶然か、そのショッピングモールは一輝たちが遊びに行っていたところだ。

 ちなみに、なぜ真たちが一緒に、ショッピングモールの近くに出かけていたのを知っていたのかというと、仁から聞いていたらしい。

 元々、真が仁にメールで予定を連絡したのだが、そこに今回の事件が発生したところで仁がその情報を黒乃に伝達、事態の収拾のために連絡したのだという。

 ショッピングモールの前で、真は万が一のためにいつも持ち歩いている持ち運び用のヘッドセットを装着して、黒乃と情報を共有する。

 

「賊の正体や規模はわかりますか?」

『犯人は解放軍(リベリオン)。規模は20人から30人ほどで、全員銃器で武装している。目的は身代金とモールの金品だ』

「なるほど、いつもの資金調達ですか」

『あぁ。襲撃時に慌てて逃げようとした数名が転倒して軽傷者が何人かいるが、重傷者や死者は0だ。監視映像をモニターしている警備会社からの情報によれば、数十人の買い物客を人質としてフードコートに集めているとのことだ』

「わかりました。それと、中に一輝とステラ、一輝の妹さんとその友人がいるはずですが・・・」

『なに?・・・いや、待て、今連絡がきた。黒鉄からだ』

 

 どうやら、全員が身動きが取れないというわけではないようだった。

 さらに、黒乃が知らなかったということは、おそらく向こうはステラの存在をまだ知らない。いると分かっていたら、すでに騒ぎになっているはずだ。

 

「では、俺たちは今から中に突入します。できれば、モールの地図も送信してください」

『あぁ・・・あくまで一般人の安全が最優先だ。無茶はするなよ』

「了解です」

 

 そう言って通話を切ると、すぐにモールの詳細な地図が送られてきた。

 

「なるほど、フードコートの部分は吹き抜けになっているのか・・・まずは2階の吹き抜け近くに移動しよう。愛華、任せた」

「はいはーい・・・駆けるよ、“天神”」

 

 言霊と共に、愛華の右手に黒塗りの苦無が握られる。

 

「それじゃあ、一気に()()から、私に掴まって」

 

 そう言うと、愛華は苦無を口に加え、真とエレンの手を掴んだ。

 2人も愛華の手を握り返すのを確認してから、愛華は能力を行使した。

 次の瞬間、目の前の光景が電気が落ちて暗くなった建物の中に変化した。

 そして、

 

「っ!?なんだて」

 

 武装した黒づくめの集団と鉢合わせ、武装集団のうちの1人が声を挙げようとする前に真は音を立てずに即座に踏み込み、魔力を刃として放出して首を切った。残りは真の追撃と愛華が幻想形態にした“天神”を次々に賊の首に直接転移させて刺すことで意識を奪い、ものの数秒で武装集団は制圧された。

 

「・・・隊を分けて巡回してたのか」

「ご、ごめんね?」

「気にすんな。非伐刀者相手なら、魔力で探知することもできないしな」

 

 小声で話す真と愛華だが、足元に転がっている武装集団に血の跡はない。

 念のために幻想形態で攻撃したからだ。

 テロリスト相手であれば生死は問わないのだろうが、事情聴取のために生かしておく必要もあるだろうと判断してのことである。

 

「とりあえず、こいつらは縛ってここに放置だ。まずは人質の様子を確認するぞ」

 

 そう言って、真はロープを取り出して手際よく手足を縛り、口にも猿ぐつわ代わりにロープを縛りつけた。

 

「・・・質問なんですが、どうしてそんなものを持ち歩いているんですか?」

「どうしてって言われても・・・習慣?」

「お兄ってば、修行旅の影響で、こういうのを持ち歩いていないと落ち着けない体になっちゃって」

 

 真の曖昧な返答に、愛華が捕捉を加えたことでエレンも納得した。

 たしかに、長い間戦場を渡り歩いていたのなら、職業病のようなものがあっても不思議ではないかもしれない。

 まぁ、買い物にヘッドセットや縄を持ち歩くなど、一歩間違えたら不審者呼ばわりされる可能性もあるわけだが。

 

「まぁ、結果的に備えが功を奏したってことでいいだろ。それよりも、吹き抜けはすぐそこだよな?」

「うん、そうだよ。東に少し進んだところ」

 

 愛華の先導によって30mほど進み、吹き抜けになっている部分に近い柱の陰に隠れて様子をうかがうと、一か所に集められた人質たちの姿があった。

 人質たちは中央に集められており、その周囲を取り囲むように10人ほどの男たちが円を描いている。

 

「エレン、あそこ」

「えぇ、ステラ様ですね。それと、珠雫の姿も見えます」

 

 そして、その中には珠雫と帽子を深めに被って顔を隠しているステラの姿があった。

 だが、そこに一輝の姿はない。

 

「一輝は・・・あそこか。隣にいるのは珠雫のルームメイトか?」

 

 かすかな気配を感じて視線を上に向けると、そこには同じように柱の陰から様子をうかがっている一輝と珠雫のルームメイトらしき男の姿があった。

一輝たちの方も真たちに気付いたようで、僅かに視線を向けてから再び人質たちに戻した。

 

「それで、どうする?」

「・・・今はまだ様子見だ。まだ他に見回りをしている分隊があるかもしれないし、何より人質と距離が近すぎる。下手に俺たちだけで刺激したら人質に死人がでかねない。だが、あの分隊と連絡がとれないことを不審に思って行動を移すはずだ」

「では、そこを狙うと?」

 

 エレンの問い掛けに、真は無言でうなずき返して下のフードコートに意識を向ける。

 第一封印を外した今なら、取れる手もそれなりに多いし、その気になれば第二封印(セカンドリミッター)を外すこともできる。だが、それによって起きる混乱を考えれば、それはできるだけ避けたいところでもあった。

 

(あるいは、10倍くらい加速して強襲するのも・・・いや、警戒している状態だと難しいか)

 

 そんなことを考えながらプランを練っていると、そこで予想外のことが起きた。

 

「お母さんをいじめるなぁーーー!!」

「えっ」

「うそッ」

「なっ」

 

 突如、人質の1人だった小学生の男の子が銃を持った解放軍(リベリオン)に襲い掛かったのだ。

 だが、できたことは手に持っていたアイスを投げつけるだけ。

 ダメージなど与えられるはずもなく、ズボンを白く汚すにとどめる。

 だが、相手を激昂させるには十分だった。

 

「こんのガキがぁあああああ!!」

 

 アイスクリームを投げつけられた兵士の男は激怒し、容赦なく男の子を蹴りつけた。

 そこに、お腹を多きくした、妊婦らしき母親が咄嗟に男の子と兵士の間に割り込んで守ろうとする。

 兵士の方は怒りが収まらず、仲間の制止を無視して発砲しようとする。

 

「早くしないと・・・!」

「待て」

 

 一刻も早く助け出そうと愛華は動こうとするが、その動きを真が止めた。

 

「どうしてっ」

「ステラが動く」

 

 真がそう言った次の瞬間、兵士がアサルトライフルを発砲したと同時に、ステラが射線に割り込んで銃弾を瞬時に融解させた。

 ステラが能力を使って銃弾を防いだのを目の当たりにした解放軍(リベリオン)は反射的に銃を構えて一斉に銃弾を放つが、そのすべてがステラの身に纏う炎、妃竜の羽衣(エンブレスドレス)によって溶かされる。

 

「すっご・・・」

「さすがステラと言うべきだが、ちょっとまずいな・・・」

 

 そう呟く視線の先には、発砲音によって恐慌状態に陥った人質たちだ。

 使われているアサルトライフルは取り回しを重視して精度を落としたものであるため、このままだとけが人が出てしまう。

 そう思っていたが、

 

「落ち着きなさいッ!!」

 

 アサルトライフルの爆音すら押し潰すほど大きく、何より皇族としての威厳をもった声で一喝し、人質たちはもちろん、兵士たちすらも全員が叱られた子供のように体を震わせて動きを止めた。

 

「・・・さすがだな」

「当然です」

 

 この結果に、エレンが得意げな表情で小さく胸を張る。

 

「とりあえず、いったんは落ち着いたか・・・」

「それで、どうする?」

「・・・まだ待つ。仕掛けるなら、“使徒”が来てからだ」

 

 解放軍(リベリオン)の構成員は、大きく2つに分かれる。

 構成員の大半を占める非伐刀者の“信奉者”、それをまとめる伐刀者の“使徒”だ。当然、人数は圧倒的に“信奉者”が多く、“使徒”はほんの一部しかいない。

 

「2,30人の部隊なら、おそらく“使徒”は1人。そいつが出てきたら・・・」

 

 

「おやおやおやぁ~?これはこれはとんでもないお方が紛れ込んでたもんだぁ」

 

 言葉を続けようとすると、どこか粘ついた声が割り込んできた。

 その声の主は、黒地に金の詩集が入った外套を身に纏っている、顔に入れ墨を入れた男だ。

 

「・・・あいつだな」

「そうなの?」

「えぇ。あの外套は使徒が着用する法衣です」

 

 使徒と初めて遭遇した愛華に、エレンが使徒の特徴を伝える。

 その男はビショウと名乗り、最初は仲間に対して攻撃的な空気を醸し出していたが、事情を聞くと思案顔になって黙り込み、何かを思いついたような笑みを浮かべ、懐から取り出した拳銃を子供に向けた。

 それを見たステラは、ためらわずに妃竜の罪剣(レーヴァテイン)を顕現、床を蹴ってビショウに斬りかかる。

 

(まずいっ)

 

 それを見た真は、焦燥の表情を浮かべる。

 なぜなら、ビショウは一瞬、ステラに下卑た視線を向けており、ステラの名前を知っていたうえで余裕の態度を崩していない。

 それはつまり、

 

(あのビショウってやつにはステラに対抗できる能力を持っている。それでステラがダメージを負おうものなら・・・!)

 

 十中八九、碌なことにならない。

 だが、止めに動くには遅すぎた。

 そのまま、ステラは大剣を振り下ろし・・・

 

 

* * *

 

 

 ステラが妃竜の罪剣(レーヴァテイン)を振り下ろそうとした瞬間、ステラの脳裏に電撃が奔るように記憶が駆け抜けた。

 それは、真との模擬戦のときだ。

 エレンを負かした真の実力を知りたいということで、ステラと真は“幻想形態”で戦ったのだが、

 

『げほっ、ゲホッ。ちょ、ちょっと、あんた、模擬戦でなにやってんのよ・・・』

『・・・正直、すまんとは思っている』

 

 結果として、ステラは腹を抑えて思い切りえづいてしまっていた。

 “幻想形態”故に直接的な怪我はないが、痛みはそのまま感じるため思わず膝をついている。

 

『ステラ様っ、大丈夫ですか!?』

『ちょっと、真。本当に大丈夫なの?』

『いやまぁ、“幻想形態”だからいいやと思っていたんだが、まさかここまで効くとは思わなくてな・・・』

 

 そう言う真に、痛みが和らいできたステラが尋ねた。

 

『それで、シン。何をやったの?アタシの妃竜の罪剣(レーヴァテイン)がシンのお腹に当たったと思ったら、いきなりアタシのお腹に衝撃がきたのだけど』

『だいたいの予想はつくだろ?能力でカウンターを決めただけだ』

『でも、それらしい固有霊装(デバイス)はなかったじゃない・・・』

『それはこれだ』

 

 そう言って真が服をまくると、そこには一輝やエレンに見覚えのない腹巻を身に着けていた。腹巻と言っても、タイツのように体にぴったりはまるようなものだったが。

 

『こいつの効果は、この上から受けた攻撃を相手に跳ね返すってものだ。一回限りの奇襲にしか使えないが、刺さる相手には刺さる。ステラみたいなパワーファイターは特に』

『・・・そう言えば、ステラが妃竜の罪剣(レーヴァテイン)をたたきつける時、真は()()()ガードを開けるようにしてたね』

『それで油断してたところを、私の全力で思い切りやり返されたってわけね・・・』

 

 からくりがわかったステラは悔しそうな表情を浮かべる。

 

『だがまぁ、収穫がないわけじゃないだろう。少なくとも、ステラはステラの全力に耐えられないのはわかった。これで耐えられるのならともかく、それが無理なら同じような能力を持った相手と戦うときは気を付けた方がいいだろう』

『それはそうでしょうけど、どうやって見抜けって言うのよ』

『簡単な話だ。わざとステラの攻撃を受けようとする相手がいる時は、そういう能力を持っていると見てもいい。そして、そう言うやつに限って固有霊装(デバイス)は武器じゃない場合が多い。例えば、こう言う衣類とか装飾品とかだったりな』

 

 その刹那、ステラの視線がビショウの持つ拳銃ではなく、中指にはめられている指輪に向いた。

 一見、ただのアクセサリーにも見えるが、禍々しい光を放っており、

 

「こ、のっ!!」

「なっ!?」

 

 妃竜の罪剣(レーヴァテイン)がビショウの左手に吸い込まれる直前、ステラは渾身の力で軌道を逸らし、拳銃を持つビショウの右手を焼き斬った。

 

「ギャアアアアアア!!俺の右腕がぁあああ!!」

 

 右手を焼かれ、斬られたビショウは、あまりの激痛にのたうちまわる。思わず傷口を抑えたくなる衝動に駆られるが、未だに燃えている右手に触れてはまだ無事な左腕も火傷してしまうのは目に見えている。

 

「くそがっ、どうじでぇ・・・!」

「あいにくと、似たような手に引っかかったことがあるのよ。アタシだって、同じ過ちを二度も繰り返すほど馬鹿じゃないわ」

「ぢぐじょぉっ、お前らぁ!全員ぶちころ・・・」

 

 こうなったら、人質もろともハチの巣にしてやる。

 そう思って指示を出そうとしたビショウだが、気づけば全員が床に倒れ伏していた。

 周囲を見渡してみれば、フードコートに立っているのはビショウだけだった。

 

「おう。とりあえずは及第点ってところだな」

 

 声が聞こえた方に視線を向けると、真が人質の集団からスーツの女を1人片手に近づいているところだった。

 

「ちょっと、その人は・・・」

「あぁ、そいつらの仲間だ。おそらく、何かあった時のために潜ませていたんだろうな。丁寧に拳銃も持ってたし」

「よく気づいたわね」

「まぁな。それにしても、ギリギリ相手の能力に気付けたのはいいが、右手を切り飛ばしたの、あれ偶然だろ?」

「・・・まぁね」

 

 そういうステラの表情は、微妙に晴れない。

 真が言ったことが事実だったからだ。

 あの時、ステラがビショウの右手を切り飛ばしたのはまったくの偶然であり、狙ってやったものではない。

 これがもう少し気づくのが早ければ余裕を持てたかもしれないが、ギリギリになってしまったために逸らすのが精いっぱいだったのだ。

 

「ステラ!真!」

 

 そこに、一輝が“陰鉄”を消しながら走ってやってきた。

 

「おう、一輝。そっちもご苦労さん」

「うん。真もね。それにしてもさすがステラだね」

「シンにやられたからこそなのだけどね・・・」

「それでも、それを糧に成長したのはたしかですよ」

「わっ、すごい!本物のステラ殿下だ!」

 

 少し遅れて、エレンと愛華も真たちのもとにやってきた。

 特に愛華は初めて生で見るステラにテンションが爆上がりになっている。

 

「すみません!後でサインいいですか!?」

「え、えぇ、後でね・・・ねぇ、この女の子は?」

「俺の双子の妹で、愛華だ」

「どうも、初めまして!如月愛華です!」

「・・・騒がしい人ですね」

「まあまあ、いいじゃないの」

 

 最後に、珠雫とそのルームメイトが合流してきた。

 

「えっと、黒鉄妹と、そっちは・・・」

「どうも、珠雫のルームメイトで有栖院凪(ありすいんなぎ)よ。よろしくね、真、エレンちゃん、愛華ちゃん」

 

 凪の自己紹介に、真とエレン、愛華は一瞬動きを止める。

 なにせ、凪は見た目は明らかに男なのに、しゃべり方は完全に女口調だからだ。

 3人とも、()()()()人種がいるというのはわかっていたが、実際に言葉を交わすのは初めてなため、少し戸惑ってしまう。

 だが、真は踏んできた場数の量と質ですぐに気持ちを立て直した。

 

「あー、うん、こちらこそよろしく頼む」

 

 こうして、図らずも全員の顔合わせが済むことになった。




ちょっと中途半端な気がしなくもありませんが、これくらいで許して・・・。


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最悪の相手

 解放軍(リベリオン)を制圧した真たちは、手際よく解放軍を拘束して一輝とステラ、エレンが見張り、珠雫、凪、愛華が人質となっていた客を誘導、真が外に展開している警察に連絡をいれた。

 人質と解放軍の受け渡したあと、後で警察署で事情聴取を受けることになった7人は、それまでの僅かな休憩時間で改めて自己紹介をした。

 

「それじゃあ、改めて。珠雫のルームメイトの有栖院凪よ。アリスって呼んでくれると嬉しいわ」

「黒鉄珠雫です。呼び方はお任せします」

「如月真だ。俺も好きに呼んでくれ」

「エレン・アンリネットです。エレンと呼んでください」

「どうも、如月愛華です!これからも・・・」

「てめぇはこれからもよろしくするな」

 

 愛華が頭を下げようとしたところで、真が背後から愛華の後頭部を鷲掴みにしてギリギリと力を込めた。

 

「ちょっ、待ってお兄!痛いっ、痛いからっ!!」

「てめぇはいい加減、自分がやってることが違法行為だってことの自覚を持て。そんでもって懲りろ。なんど繰り返せば気がすむんだよ」

「私だってお兄のように自由にふるまいたい!」

「俺のことを不法行為をいとわない人間みたいに言うんじゃねぇよバカ野郎!」

「え、えっと、どういうことなのかしら?」

「実は・・・」

 

 困惑を隠せない凪に、エレンが丁寧に説明した。

 愛華が優れた転移能力者(テレポーター)であること。その能力を用いて、よく遠出をしていること。基本的にそれらは能力使用許可をもらっていないこと。そのため、停学をくらったこともあるが、優れた伐刀者(ブレイザー)であることと移動先で問題を起こしたことはないことから基本的に軽い罰則で済まされていること。その中で、真と兄である仁はよく愛華を叱っていること。

 説明を聞くにつれて、愛華を知らなかった4人の目が問題児を見るものになっていった。

 なお、似たような視線は真にも向けられているのだが、幸か不幸か、愛華の説教に意識を割いている真は気づいていない。

 

「・・・とりあえず、今日はこれくらいにしといてやる。今後は、マジで同じことをするなよ」

「は~い」

 

 真が本気で声音で忠告するが、愛華に反省の色はない。

 ビキリッと真の額に青筋が浮かぶが、これ以上は時間の無駄にしかならないと経験則で知っている真はため息をつくにとどめた。

 そんなことは気にも留めず、愛華は凪に話しかけた。

 

「それにしても、アリスさんっていわゆるオカマってやつなの?初めて会ったよ」

「堅苦しいのは嫌いだから、さん付けはしなくていいわよ。それと、あたしは男の身体に生まれた乙女なの」

「・・・お兄、何が違うの?」

「知るか、んなもん」

 

 愛華の疑問に真は投げやりに答えるが、エレンはあることが気になった。

 

「それにしても、真は少しも狼狽えないんだね」

「あ~、まぁ、癖の強い奴はもう慣れたからなぁ。これくらいは許容範囲だ」

「そ、そうなんだ・・・お兄ったら、私の知らない間にどんな経験を・・・」

 

 基本的に実力者には、良くも悪くも大なり小なり癖があることが多い。それが真が渡り歩いてきた裏の世界ではなおさらだ。

 修行旅の過程で、そういった人物とも接したことがある真は、人のいいオカマ程度なら特に動揺することもなかった。

 

「それに、三席の珠雫のルームメイトになるくらいなんだ。それなり以上の実力があるのは間違いないだろう」

「たしかに、シンの言う通りですね」

「そうだね。選抜試合が楽しみに・・・」

 

 

 

 

「やれやれ、君は本気で選抜にでるつもりなのかい?」

 

 声をかけられたのは唐突のことだった。

 声をした方を振り向けば、線の細い少年が立っていた。

 そして、不幸にもその男は真と一輝の知り合いだった。

 

「どういうこと?あたしが気配すら感じ取ることができないなんて・・・」

「・・・まぁ、こいつならそうだろうな」

「お兄、この人知り合い?」

「俺は顔見知り程度だが・・・桐原静矢(きりはらしずや)。一応、去年の首席入学だ。ついでに言えば、去年の七星剣武祭の代表の1人でもある」

 

 そして何より、彼は一輝の元クラスメイトだった。

 それも、()()()()()()意味で。

 

「久しぶりだね、桐原くん」

「ああ。ひさしぶりだね、黒鉄一輝くん。君、まだ学校にいたんだ」

「「「っ」」」

 

 あからさまな侮蔑の言葉と、細めた瞳から漏れる嘲りの視線。

 これにステラと珠雫の2人は目に見えて不快な表情になり、エレンも桐原が()()()()()()()()()()理解した。

 

「ねぇ~、桐原く~ん!いきなりどうしたのぉ~?」

 

 すると、桐原の後ろから7人ほどの少女が駆け寄ってきた。

 どうやら、今日桐原と共にショッピングモールに訪れていたガールフレンドのようだった。

 

「あぁ、実は去年のクラスメイトを見かけてね。顔を見せようと思ったんだ」

「そうなんですか~?落第生と不良も気に掛けるなんて、桐原さまは優しいですぅ~」

「まぁね。元クラスメイトとして当然だよ」

「・・・で?だからなんだ?用がないなら帰っていいか?あと、俺もクラスメイトのくくりに入れるな。俺とは別だっただろうが。」

 

 複数の少女をはべらせて気をよくしている桐原に、真が投げやりに声をかける。

 ぞんざいな扱いをする真に少女たちは敵意を向けるが、そんなものはどこ吹く風と真はさっさとこの場を離れようとする。

 だが、次の桐原の言葉にステラが我慢できなかった。

 

「それにしても、黒鉄君。君はいつまで、その()()()()()()()()で騎士道を歩み続ける気かい?」

「アンタ・・・いい加減にしなさいよっ!」

「ステラ、いいから」

「よくないわよ!こんなに好き放題言われて黙ってることないわ!」

 

 一輝はステラをなだめようとするが、完全にヒートアップしたステラは聞く耳を持たない。

 

「さっきから散々好き放題言ってるけど、アンタよりイッキの方がずっと強いわ!イッキの強さはアタシが証人よ!アンタなんて、イッキの足下にも及ぶもんですか!」

「ちっ」

 

 このステラの言葉に、真は小さく、周囲に聞こえない程度に舌打ちした。

 なぜなら、真はこの2人の隔たりを知っていたからだ。

 そして、真は直感で面倒なことになると察知した。

 

「・・・はは、あはははっはははっはははは!」

 

 案の定、桐原は大笑いし、ステラはさらに食ってかかるが、桐原は一輝のことを「自分と戦うのが怖くて逃げだした臆病者」と言った。

 一輝はこれを否定せずに、ただ桐原を見つめていたが、ステラの熱はまったく収まらず、最終的にある賭けを成立させてしまった。

 それは、『一輝が最初の選抜戦の相手である桐原に負けたら、ステラは桐原のガールフレンドの1人になる』こと。(ちなみに、一輝の初戦の相手が桐原であることは、このとき生徒手帳を確認して知った)

 一輝とエレンは引かせようとするが、ステラはまったく引き下がらず、この賭けは成立してしまった。

 桐原は最後まで自分の勝利を疑わずに高笑いしながらその場を去っていった。

 そこでようやく、真たちは一息ついた。

 

「ふぅ。顔はいいけど、あそこまで性格が歪んでいるとダメねー」

「・・・やな感じです」

「ていうか、あんなのに侍る女も女だよね」

「ふん。あんなのイッキなら楽勝よ。なんたって、アタシにすら勝ったんだから」

「・・・それはねぇよ」

 

 言ってやったと言わんばかりのステラに、真が盛大にため息をつきながら否定した。

 

「なんでなのよ?」

「少なくとも、あいつは一輝にとって、考えうるかぎり相性が最悪な相手だってことだ」

「それってどういう・・・」

「君たち!そろそろいいかな?」

 

 ステラが真に問いかけようとしたところで、警察官から呼ばれた。

 どうやら、移動の準備が整ったらしい。

 

「・・・詳しいことは後だ。まずは事情聴取を済ませるぞ」

 

 ステラはもやもやしたまま、それでも警察の指示に背くわけにもいかず、大人しくパトカーに乗って署に向かった。

 

 

* * *

 

 

 事情聴取が一段落し、愛華を帰らせた(泊まろうと駄々を捏ねようとした愛華を、自校の生徒が巻き込まれたということでやってきた仁が無理やり送った)後、真たちはようやく寮の自室に戻った。

 

「それで、キリハラのことについて教えてもらってもいいですか?」

「さっそくか・・・まぁ、いいけど」

 

 本音を言えば少しゆっくりしたかったが、夕飯までまだ少し時間があることから、真は話すことにした。

 

「まず、あいつが一輝のことを臆病だとか言ってた件だが・・・エレンには一輝と俺がどういう扱いを受けてきたかは話しただろ?」

「はい」

「あいつも、前理事長側についていた輩だったんだが、簡単に言ってしまえば、あいつは寮の中庭で一輝に対して()()()()()()()()()()()

「なっ、どういうことですか!」

「要は、一輝から手を出させて退学の口実を作ろうとしたんだ。だから一輝は、攻撃はもちろん、防御も回避も行わなかった。その甲斐あって、一輝はこうして在学しているが・・・一方的にハチの巣にした桐原が厳重注意止まりだったあたり、前理事長と密約してたのは言うまでもないな」

 

 その時、真はマジ切れして前理事長と桐原を締め上げようかと考えたが、自分が処分を受けるのはともかく、その行動をそそのかしたとこじつけて一輝を処罰する可能性もあったため、実行には移さなかった。

 

「・・・今さら怒るのも無駄だとは思いますが、どうして教師がそこまでできるんですかね」

「たしかに理事長は教師でもあるが、それ以前に国の認可を受けた魔導騎士でもある。だから、教師としての立場よりも黒鉄家とのつながりを優先したんだろうな。たかがFランク1人を切り捨てるくらい、罪悪感の欠片もわかなかったんだろう。少なくとも、前の理事長の派閥は」

 

 別に真とて、教師としての誇りとかそういうのを説くつもりは毛頭なく、むしろ「教師も人間、中にはどうしようもない屑もいる」とある程度割り切っていた。

 

「そして、桐原と一輝の相性が最悪っていうのは、桐原の能力にある。あいつの能力は『透明』。姿はもちろん、気配や音、匂いすら完全に感知できなくする完全ステルス迷彩だ。加えて、あいつの霊装は弓、長距離武装だ」

「それは・・・」

 

 それを聞いて、エレンは真が相性最悪だと言い切った理由がわかった。

 一輝の探知は五感に頼っており、なおかつ武装は刀。相手の気配を捉えることができず、間合いも制されてしまう。

 そうして、相手を一方的に仕留める戦い方から、彼は“狩人”という異名をつけられた。

 

「一応、実体はあるから広範囲攻撃なら捉えることができるが、一輝にはそれがない」

「なるほど・・・たしかに、最悪の相手ですね」

「そういうことだ・・・って、そう言えば俺の相手を確認してなかったな」

 

 解放軍(リベリオン)の殲滅と捕縛、警察の事情聴取で完全に忘れていた真は、生徒手帳を開いてメールを確認した。

 そして、メールの内容を確認した真は・・・思い切り表情をゆがめた。

 

「シン?」

「・・・どうやら、俺の方も面倒なやつの相手をすることになったらしい」

 

 そう言って、真は画面を見せた。

 

『如月真様の選抜戦第一試合の相手は、三年一組・栗生誠也(くりゅうせいや)様に決定しました』

 

「クリュウ・・・誰ですか?」

「“鏡の騎士”の異名をもつBランク騎士。上から数えた方が早い実力者だ」

 

 そういう真だったが、エレンの目にはそれ以外の感情が含まれているように見えた。




ようやくいいところまで来たところで、さらにオリキャラをぶっこむ。
とりあえず、一発屋にならないようにしたいところ。


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選抜戦、開幕

 解放軍(リベリオン)の一件から一夜が明け、破軍学園ではついに七星剣武祭の出場枠を巡る選抜戦が始まった。

 この選抜戦では、スケジュールが非参加者にも公開され、生徒であればだれでも選抜戦を観戦できるようになっていた。

 このとき、真は第五訓練場の観客席に座っていた。

 現在、ここでは次席入学であるエレンの試合が行われていた。

 そのため、観客席は大勢の生徒で埋め尽くされていた。

 とはいえ、この試合の結果は分かりきっている。

 

(ありゃダメだな。完全に委縮してるし)

 

 エレンの相手は無銘の生徒だが、選抜戦に出場するほどなのだからそれなりに実力があるのだろう。

 対するエレンは、炎球、水球、風球、土球を自身の周囲で回転させているだけ。

 たったそれだけなのに、相手はエレンのプレッシャーに押しつぶされ、体をガタガタとふるわせていると

 そして、

 

「・・・まっ、参ったっ」

 

 結局、何もしないまま降参し、エレンの勝利が決まった。

 

『なな、なんと~!池貝選手、何もしないままギブアップを宣言してしまったー!!』

『まぁ、賢明ではあるな』

 

 ちなみに、選抜戦にはすべての試合に実況役の生徒と解説役の教師がいるのだが、第五訓練場で行われている試合の解説は仁が担当していた。

 

『賢明とは、どういうことですか?』

『そのままの意味だ。こう言ってはなんだが、この試合、最初から勝敗が決まりきっているカードでしかない。そこで潔く降参するということは、戦力の分析と状況判断ができているということでもある。終始怯えっぱなしだったのはマイナスだが、戦場では少し臆病なくらいがちょうどいい。池貝選手に限った話ではないが、戦力差を悟ったうえで選択肢を増やすのは必須技能と言ってもいい』

 

 事実を事実としてはっきり口にする仁は、場合によっては薄情ともとれるが、それでもその言葉に反論する人物は誰一人としていなかった。

 それほど、仁の言葉には重みがあった。

 

(まぁ、それでもたま~に生徒を泣かすことがあるらしいけど)

 

 どっちみち、仁の言葉が少なからず精神的にダメージを与えることに変わりはない。

 それでも仁は、それを乗り越えてこそ成長できるとしてこのスタイルを変えるつもりは毛頭ないようだった。

 

(さて、もうここに用はないし、エレンを迎えにいくか)

 

 元々、ここに来たのはエレンの試合のみであり、他にはまったく興味はなかった。仁の解説は僅かに興味はあるが、わざわざ他の試合を見てまで聞くものでもないと席を立った。

 寮室に向かう道中、不完全燃焼だろうエレンと共に体を動かすのも悪くないかと考えていると、真の後ろから声をかけられた。

 

「如月真」

「うげっ・・・」

 

 そして、真にとって不幸なことに、その声の主は知っている人物であり、できれば聞きたくない声だった。

 

「先輩相手に「うげっ」とは、ずいぶんといい度胸ですね」

「そりゃ、会いたくもない人と鉢合わせたら、イヤな声の1つや2つは出ると思うが?()()()()

 

 そう、今しがた真に話しかけてきた栗色の髪の人物こそ、明日真が戦う相手である栗生誠也だった。

 対する栗生は見下す態度を隠そうともせずに、侮蔑混じりに口を開いた。

 

「まったく、先輩に対して敬語を使わないとは、マナーがなっていないですね」

「俺は敬意を払う相手を選んでいるだけだ。あんたが尊敬に値する人物だったら、考えなくもないんだがな」

「ふっ、相変わらず、不良風情とは話が合いませんね」

 

 2人の間には剣呑な空気が流れるが、幸か不幸か、今この場には他の生徒はいなかった。

 

「んで?わざわざ声をかけてきて、用件はなんだ?」

「いえ、実はですね。あなたがエレン・アンリネットさんをたぶらかそうとしている、という噂を聞いたので、そのようなことは止めるように言いに来たのですよ」

「・・・だれだ、そんな根も葉もない噂を流したのは・・・」

 

 むしろ、エレンが真をたぶらかそうとしているのだが、それを言ったところで目の前の男は信じないだろう。

 仕方なく、当たり障りがない程度に弁明し始めた。

 

「別に、俺の方からエレンに対して特に何かしているわけではない。寮の部屋が一緒で、話す機会が多いだけだ」

「へぇ、男女で同室ですか」

「その辺は理事長先生に言ってくれよ。俺だって知らんうちに決められてたし」

「ですが、変えてもらうように言わなかったのですか?」

「俺が言ったわけではないが、『他にも異性で同室になるペアはいるのに、そのすべてに便宜を図っていては本末転倒。嫌なら退学してくれて構わない』だそうだ」

「まったく・・・あの理事長も、なぜこのような間違った決定を下したのか・・・」

 

 心底納得できないと言わんばかりに、栗生は片手で頭を抱えてやれやれとため息をついた。

 その所作に真は内心イラっとしながらも、これ以上は関わりたくないとその場を後にしようとする。

 

「話はそれで終わりか?なら、俺は帰らさせてもらう」

「待ちなさい。話は終わりではありません。あなたがアンリネットさんをたぶらかそうとしていない証拠はありません。ですから、金輪際、あなたはアンリネットさんに近づかないでください」

「はぁ?同室だから無理に決まってるだろうに。それとも、言外に退学しろとでも言ってるのか?」

「できれば、あなた風情はいなくなってもらった方が学園のためになるでしょう。落第騎士(ワースト・ワン)にしても同じです。分相応不相応というものを弁えてもらいたいものですし」

 

 その言葉、主に一輝を馬鹿にする内容に、真はわずかに殺気を漏らしそうになるが、仁がここにいる以上、余計な問題を起こすわけにはいかないとなんとか抑える。

 それに気づいているのかいないのか、栗生は興が乗ったように饒舌に語り始めた。

 

「たかだかFランクだというのに、どうしてこの破軍学園に入学しているのか、まったく理解できません。彼を合格にした試験官を問い詰めたいくらいです。弱者が自分は強いと勘違いするのは非常に迷惑ですからね。いなくなってもらった方が好都合です。できれば、学園の風紀を乱すあなたもいなくなってもらった方がいいのでしょうが、落第騎士(ワースト・ワン)よりは有能ですからね。首輪をつけてもらって管理した方が有意義でしょう」

 

 あまりに好き勝手な言葉に、真もいい加減にキレそうになるが、ここで問題を起こしてはいろいろと迷惑をかけてしまう。

 真を知っている人物からすれば目を疑うような穏便さを、実は持ち合わせていた常人より強めの理性で引き出す。

 だが、平静さを保つことに意識を割いて言い返せなかったのがいけなかったのだろう。

 どんどん調子づく栗生は、言ってはならないことまで言ってしまった。

 

「まぁ、それを言ったらどちらもヴァーミリオン皇国を買収して勝ったわけですから、そのような輩は騎士の道を諦めるのが当然なのでしょうが」

 

 

「・・・それは、どういうことですか?」

 

 不意に、真の後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこには憤りをあらわにするエレンの姿があった。

 真は最悪のタイミングで現れたことに顔をしかめ、栗生はちょうどいいと言わんばかりに話し始めた。

 

「アンリネットさん。いえ、たかだかFランクと不良が、世界的に注目されているAランク騎士に勝てるはずがないでしょう?ですから、黒鉄家と如月家が出来損ないに箔をつけるためにヴァーミリオン皇国を買収して、わざと負けさせたとしか考えられない。もちろん、自分だけでなく、他もそのように考えています」

「・・・あなたは、私やステラ様だけでなく、ヴァーミリオンすら侮辱するのですか?」

「ん?別におかしなことではないでしょう。たかだか小国なんですから。それこそ、国ではなく名家の出すお金で満足してしまう程度の。それすらもわからないとは、ずいぶんと物分かりが悪いですね」

「あなたはっ・・・!」

「エレン」

 

 今に掴みかからんとするエレンに、真はエレンの肩に手を置いて制止させる。

 止めないでほしい、そう言おうとしたエレンだったが、真の顔を見て動きを止めた。

 正確には、真の瞳の奥で燃え盛る、怒りの炎を見て。

 

「今更、てめえの理屈に興味なんてねぇが・・・そこまで好き勝手言われると、俺も不愉快だ」

「それで?」

「明日の試合、てめえは俺が徹底的に叩き潰す」

「ふっ、できないことを言うものではありませんよ。棄権するなら今のうちですからね」

 

 心の底からバカにするような笑みを浮かべ、その場を去っていった。

 

「シン・・・」

「・・・部屋に戻るぞ。必要なら、空いてる訓練場でストレス発散してもいいが」

「・・・いえ、今はそのような気分ではありません。このまま戻ります」

 

 エレンとしても、胸の内にたまったどうしようもない感情をどこかで発散したい気持ちはあったが、先ほどから声の抑揚が乏しくなっている真に遠慮して、このまま帰る方を選んだ。

 そのまま帰路につくと、道中でエレンは真に尋ねた。

 

「シン・・・あの男は・・・」

「あいつが、俺が明日戦う相手、栗生誠也だ」

 

「性格には“誠”の“ま”の字もねぇが」と吐き捨てながらも、真は栗生について話す。

 

「性格は、まぁ見ての通りだな。あいつはいわゆる優生思想の持ち主で、他の連盟加盟国を馬鹿にするきらいがある」

「なぜですか?個人が一国を見下すことはないことではありませんが、それでもあれは行きすぎです」

「それは、あいつが“反連盟”だからだ」

「反連盟、ですか?」

「そうだ。ここからの説明は長くなるが、いいか?」

 

 真の問い掛けに、エレンは静かに頷いた。

 

「第二次世界大戦後、日本は連盟に加盟したが、これは円満に決まったわけではない。むしろ、荒れに荒れた。

 当時の首相は、暴走する帝国主義の世界に歯止めをかけるために国際協調路線を歩もうとしたが、これは戦勝国として得た利益、つまり強国の利権を自ら手放す行為でもあった。

 当然、軍部や他の政治家はもちろん、世論でも反対意見が多かった。

 結果として、こうして日本は連盟入りを果たしたわけだが、その軋轢がなくなったわけではない。むしろ日を増すごとに大きくなっていると言っても過言ではない」

 

 実際に、日本ではたびたび反連盟によるテロが起こっている。

 現在では、そこまでの過激派はかなり少なくなっているものの、時折集会やデモが起こっているくらいには“反連盟”の考えは根付いている。

 

「この反連盟思想は、日本は連盟に加盟せずとも大国として存在できる力を持っていると考えている者もいるし、そうでなくとも連盟の許可がなければ満足に伐刀者(ブレイザー)の育成や懲罰を行うことができないことに疑問を持っている者もいる」

「ちなみに、シンはどう思っているんですか?」

「正直なところ、反連盟は無謀なところがあると考えている。そもそも、資源を自国ではなく他国を当てにしなければいけない今の時点で、強国とはとても言い難いだろう」

 

 第二次世界大戦時の植民地があれば、まだなんとかなったのかもしれないが、返還してしまった今ではどうしようもない。

 仮に、連盟から脱退してから侵略しようと思っても、そうしたら日本対連盟の戦争になる。仮に同盟の手を借りようものなら、「自分で強国と言っておきながら、けっきょく他の大国に頼らざるを得ない」とバカにされるのが目に見える。

 

「とはいえ、あながち反連盟が間違っているというわけでもない。『自国の軍人を他国が作った制度で管理する』ってのは、むしろ問題だと言ってもいいしな」

「そういえば、たしか日本でも『開国』というのがあって、不平等な条約を結んだ歴史がありましたね」

 

 エレンの言う通り、日本では江戸時代における開国によって不利益を被ったことがある。

 その最たる例がアメリカ人を日本の法律で裁くことができない“領事裁判権”だろう。

 今の連盟による管理は、これに酷似している部分がある。

 

「もちろん、連盟だからこその恩恵もあるわけだが・・・それはここではいいか。それで栗生の話に戻るが、あいつはそういう“反連盟”の思想の持ち主だが、考えはかなり過激派よりだ。あいつは、連盟に加盟している日本以外の弱小国は、日本に支配されるべきだと考えている」

「なっ、本当ですか!?」

「いや、さすがにちょっと盛った。だが、他の連盟加盟国を見下しているのは間違いない。『自分から強国の権利を手放した日本と違って、他は弱国同士で助け合うことでしか国の体裁を維持できない。日本はやろうと思えば、いつでも連盟をやめて独立することができる』って具合にな。だからこそ、あいつは日本以外の連盟加盟国を見下しているし、その伐刀者(ブレイザー)も自分よりランクが上だろうが見下している」

「・・・理解できませんね」

「する必要もないがな。言っておくが、あいつは極端な例だ。反連盟の全員が全員、あんな奴ってわけじゃない。それに、自分より下のランクなら教師ですら見下すような奴だし」

 

 たしかに反連盟の考えを持っているが、その根っこにあるのは優生思想だ。

 だから、他の生徒に見下すような態度をとることが多く、ある意味では一輝や真よりも嫌われているとも言える。

 だが、本人からすればそれは「弱者の負け惜しみ」くらいにしか感じておらず、むしろそれで自分が優秀であると確信している節もある。

 そんな栗生だ。当然、真と一輝は格下にしか見ておらず、ねちねちと優越感に浸るように、見下した態度で話しかけてくることもあった。

 

「まぁ、それも今日までだ。正直、さっきまでは適当にあしらって終わらせようと思っていたが・・・気が変わった。あいつは明日、徹底的に叩き潰す」

「シン・・・」

 

 力強く断言する真に、エレンは場違いながらも少しときめいてしまった。

 エレンにとって、真が自分のために怒ってくれているのが嬉しかったのだ。

 それを隠すために、エレンはもう1つのことを尋ねた。

 

「それはそうと、あの男が言っていたことですが・・・」

「ヴァーミリオンを買収して云々ってやつだな。まぁ、これに関してはある程度予想していた。ここまでひどいものだとは思っていなかったが」

「どうして、そのような根も葉もない噂が、真実であるかのように広まっているのでしょうか」

「早い話、その方が都合がいいからだろう」

「都合がいい、ですか?」

「あぁ。学生騎士のランクなんて、ほとんどがEかDだ。そんな奴らにとって、Aランクや、B,Cランクは見上げる対象だが、Fランクは唯一見下せる対象だ。そんなFランクが、自分たちが『勝てなくて当たり前』と諦めているAランクに勝つっていう事実は面白くないんだろう。だから、あれこれ理由をつけて見下そうとする。その方が面白いからな」

「たとえそれが、空想であったとしてもですか?」

「それこそ奴らにとって、空想か現実かなんて関係ないんだろう。俺や一輝が格下だという認識さえあれば、他はどうでもいいんだろうさ」

「・・・下衆ですね」

「学生なんてそんなもんだ。なにせ、ありこれ理由をつけて諦めようとする輩だ」

「どうにかならないんでしょうか?」

「口で言ったってどうにもならんだろう。改めて、そういう馬鹿を叩き潰すしかない。だが、俺はともかく一輝はな・・・」

「イッキに、何か不安が?」

「・・・いや、なんでもない」

 

 これを言ってもいいものか、真は少し悩んだが、言わないことにした。

 今さら言ったところで、少なくとも真とエレンには意味がないから。

 

(だが、ステラならあるいは・・・)

 

 その中で、その問題を解決してくれるだろう人物の顔を思い浮かべながら、真はエレンを連れて寮室に入っていった。




何気に栗生の口調に気を遣いました。
その割には若干エレンと被っちゃってますが、エレンは親しみを、栗生は皮肉をそれぞれ込めた感じにしたんですが・・・うまくいってますかね?

領事裁判権とか久しぶりに見ました。
理系に進んでから、こういうのを目にする機会がめっきりなくなってしまって・・・。
ていうか、こっちの世界での開国ってどうなってるんでしょうね。


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背負うもの

 栗生とのいざこざがあった翌朝、真は林の中で瞑想していた。

 ただ目を閉じているだけでなく、人差し指の先から魔力を放出して逆立ちした上で、だが。

 

「・・・ふぅ」

 

 その状態でしばらく過ごしたところで、知った人間が近づいてくるのを察知した真は、一息ついてから地面に着地した。

 

「器用なものね」

 

 林の中から声をかけてきたのは、ジャージを着たステラだった。

 

「まぁな。んで、ステラこそどうしたんだ?こんなところに」

「ランニングをし終わったから、アンタを呼びに来たのよ」

 

 そう言われて生徒手帳の時計を見れば、たしかに一輝たちがランニングを終えるだろう時間だった。

 

「それにしても、いったいどれくらいあの状態でいたのよ。遠目でしか見えなかったけど、あれも鍛錬の一環?」

「鍛錬っていうよりは、精神統一だけどな。まぁ、だいたい1時間ってところか」

「・・・呆れた。よくあのまま、魔力放出も体勢も維持できるものね」

「俺の場合、これくらいできなきゃ満足に能力を使えないからな」

 

 真の能力は、世界でも最高峰の自由度を持ち、なおかつ保有する魔力も飛び抜けて多いため、人よりも高度な魔力制御を身につける必要があった。

 そのため、真は自身の魔力制御は世界でも5本の指に入ると自負している。

 

「ちなみに、エレンはどうしたんだ?」

「まっさきに帰っていったわ。あんたの初めての選抜戦だから、気合を入れて作るつもりなんじゃないかしら?」

「あぁ・・・」

 

 真の脳裏に、味も見た目も気合を入れまくって朝ごはんを作るエレンの姿が容易に思い浮かんだ。

 一瞬、どのような料理が出てくるか不安になった真だが、食べれないものが出てくることはないと思いなおした。

 ついでに、初の選抜戦ということで、1つ気になっていたことを尋ねた。

 

「選抜戦と言えば、一輝の様子はどうだった?緊張しているような素振りはなかったか?」

「それは大丈夫よ。昨日も気力は充実してたし、今朝も必要以上に緊張している様子はなかったから」

「・・・そうか」

 

 その言葉に、真はやっぱりかとため息を吐いた。

 正直なところ、真はこうなると予想していた。

 ステラの返答も、一輝の態度も。

 だが、そのことについて今、深く言及するつもりはなかった。

 ここで話したところで、どうにもならないだろうとわかっているから。

 このことは昨夜、凪からも一輝に関することを電話で聞いていた。その時は、「わかってはいたが、自分ではどうしようもなかった」とだけ言ったが、ステラにもそのことは言っていたらしい。

 その上で、今のステラから出た言葉が()()なら、自分から言えることは何もない。

 それでも、ここでまるっきり無視するというのも後味が悪いため、少しだけ口を出すことにした。

 

「まぁ、なんだ。あれでも内心じゃ緊張してるだろうからな。一輝のことを見てやってくれ」

「? わかったわ」

 

 凪と同じようなことを言われたからか、ステラはわずかに首を傾げたが、言われるまでもないと頷いた。

 これが吉と出るか凶と出るか、この時点の真では、まだわからなかった。

 

 

* * *

 

 

 選抜戦の導入にあたって、破軍学園のカリキュラムは昨年度と比べて大幅に変わっていた。

 授業は午前中のみとなり、昼休憩を挟んで13時からの午後と夕方に選抜戦を行う。

 さらに、選抜戦を控えている生徒は、選抜戦に集中できるようにするために、その日の授業が自由出席という形で免除される。

 当然、その分の単位はどこかで降りかかってくるのだろうと真は予想していたが、今はどうでもいいことだと頭の片隅からも追いやっていた。

 それよりも・・・

 

「くっそ・・・まさか試合時間が一輝と被るとか、ツイてねぇ・・・」

「まぁ、昨日の私とステラ様、それにシズクも似たようなことになりましたからね。こういうこともあるでしょう」

 

 一輝と真の試合時間が、同じ13時半になってしまったのだ。

 これでは、一輝の試合を見に行くことができない。

 ついでに、このせいで真の試合を見に行く知り合いがエレンだけになってしまったが、真にとってはどうでもいいことだった。

 

「ったく・・・」

「・・・珍しいですね。真がそこまで残念がるなんて」

 

 エレンが知る真は、たとえ知り合いでもここまで観戦にこだわる性格ではないように見える。

 意外そうなエレンに、真がその理由を話す。

 

「ちょっとな。一輝が心配なんだよ」

「イッキが、ですか?ステラ様は大丈夫だとおっしゃっていましたが」

「実際、本人もそう思っている、いや、思い込んでいるだろうな。だが・・・ここまでまともな扱いをされなかった1年、いや、それこそ十数年、ずっとチャンスをうかがっていた。今回の選抜戦は、これ以上にない機会だろう。だが・・・もし失敗すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ッ!!」

 

 そこまで言われて、エレンもようやくわかった。

 今までの十数年で待ちに待った機会。そんな大一番の初戦が、よりによって自分の天敵。

 そんなの、誰であっても緊張しないはずがない。

 だったら、

 

「だったら、どうしてそのことを言わなかったんですか・・・!」

 

 このエレンの怒りともとれる問い掛けに、真は静かに答えた。

 

「それは、一輝自身も気づいていないからだ」

「イッキ自身が、ですか?」

「あぁ。エレンも不振に思わなかったか?それだけのものを抱えていながら、それを一切感じさせず、普段通りに過ごしていたことに」

「それは・・・」

 

 そう言われて、エレンも言葉を返せなかった。

 たしかにそうだ。誰にも理解されず、誰にも必要とされず、ただただ理不尽に否定され続けてきた半生。

 人格が歪んでもおかしくないほどの扱いを受けながら、それでもなお一輝の浮かべる笑みは柔和だった。

 いや、もはやそれこそが()()なのだろう。

 真自身、そのことを一輝に指摘したことがあるが、返ってきたのは困ったような笑みだった。

 そのため、真は一輝にそのことを指摘するのは諦めていた。

 

「それに加えて、あの噂だ。まず間違いなく、碌なことにならない。だから、せめて一輝の試合はその場にいたかったんだが・・・」

 

 こうなってしまっては、どうしようもない。

 いや、仮にその場にいたとしても、できることは少ないだろう。

 だが・・・

 

「だが、ステラならあるいは、あいつの中にある何かを変えることができるかもしれない。それで一輝が勝てるかは、半ば賭けだけどな」

「・・・そう、ですね」

 

 真もエレンも、ステラの秘めている想いには気が付いている。

 今は、それに期待するしかないだろう。

 だからこそ、一輝についてこれ以上話さず、新たに沸き上がった疑問を尋ねることにした。

 

「ふと思ったんですが」

「ん?」

「シンは、なにかあるのですか?七星剣武祭に賭けるものが」

 

 そう問われた真は、「ん~・・・」と首をひねり、

 

「ないな」

 

 一言だけ、そう答えた。

 

「な、ないんですか?」

「あぁ。俺は別に一輝みたいに卒業がかかっているわけでもないし、七星剣王の称号も名誉もさして興味ないし」

 

 自身の強さに圧倒的な自負心を持っている真は、基本的に他人の評価を意識することはない。

 だからこそ、七星剣王として称えられるということに、たいして価値を見出していない。

 ステラやエレンは、自身がさらに強くなるためという理由があるだろうが、真は今の時点で、世界でも上から数えた方が早いほどの実力がある。

 これらの理由があって、真自身は七星剣武祭に対して、ほとんど思い入れのようなものはない。

 だが、それでもまったくないというわけではなくて、

 

「まぁ、あるとするなら・・・」

 

 答えようとして、ふと時計を見ると、待機時間まであまり時間が残っていなかった。

 選抜戦では開始10分前までに控室にいる必要があり、これを破ってしまうと、何かしらのペナルティ、最悪選抜戦の出場権をはく奪される可能性もある。

 

「っと、やべぇやべぇ。んじゃ、行ってくる」

「あ、はい。頑張ってください」

 

 何を言おうとしたのか気になったエレンだったが、時間が迫っているというのなら引きとどめるわけにもいかず、軽い激励を送った。

 真は不敵な笑みを浮かべ、心配無用だと言わんばかりに片手をひらひらと振って受付に向かった。

 

 

* * *

 

 

 控室前の受付カウンターで手続きを済ませた真は、控室の壁に寄りかかって立ちながら、独り瞑目していた。

 選抜戦はほとんど七星剣武祭と同じルールで行われる。

 リングの上で1対1の決闘で行われ、制限時間は無制限。なにより、模擬戦と違って幻想形態ではなく実践形式で行われる。

 そのため、少なからず命の危険が伴うが、それらのリスクをできるため無くすために、試合会場には教師や職員が詰めており、iPS再生槽といった医療設備もフル活用する。

 なので、ここ最近の七星剣武祭では不幸な事故は起こっていない。

 当然、リスクがまったくないわけではないため、その辺りは自己責任になるのだが、真も今さら傷つくことに対して怯えることもなく、受付員の最終確認に一切の躊躇なく参加の意を示したが。

 そんな中、静かに目を閉じている真が考えているのは、先ほどエレンに言おうとした言葉だ。

 

(今さら、称賛や名誉を求めるつもりはない。だが・・・)

 

 称賛も名誉も求めず、すでに圧倒的な強さを持っている真が、たった一つだけ求めているもの。

 それは、

 

(だが、ここでなら、俺がこの力を持つ理由を、意味を見出せるかもしれない)

 

 それこそが、真が求めているものだった。

 生まれた時から、制御することすら困難を極める能力を持っていた真は、矜持も責務も持っていなかった。

 容易に周辺を更地にしてしまし、なおかつ制御が困難な能力を持った真は、幸か不幸か、そのことを嘆くことはなかった。

 だが、力を制御する術を身に着けることに半生を費やしてきた真は、一輝やステラ、エレンと違って、自分だけの騎士道というものを持っていない。

 家族、主に父親や兄からの言いつけによって、それを間違ったことに使おうという考えはないが、どうして自分がこのような力を持っているのか、自分はこの力で何をしたいのか。そういったものを、真は持っていなかった。

 だからこそ、一輝やステラ、エレンといった、確固たる騎士道を持った強者と相対すれば、自分が今を過ごしていることに意味を見出せるかもしれないと、そう考えていた。

 もちろん、真からすれば、その3人はまだ格下にすぎない。

 だが、これからの成長によっては、大きく化ける可能性を秘めている。

 だから、自分の目的のためにも、3人には次に自分と戦う時がくるまでに、ただ強くなるだけでなく、大きく化けてほしいと願っていた。

 

『1年・如月真君。3年・栗生誠也君。試合の時間になりましたので入場してください』

 

 その時、控室に次の試合を促すアナウンスが流れた。

 

(・・・まずは、目先の馬鹿を叩き潰すことから始めようか)

 

 否が応でも、今回の試合から目立つことになる。

 ならば、せいぜい栗生にはちょうどいい踏み台になってもらおうと、真は意識を切り替えて、リングへと向かった。




ようやく・・・というほどではありませんが、1つの山場に来ました。
たぶん、ここでどれだけ書けるかで、今後のモチベーションに繋がりそうな気がします。
なので、頑張って執筆しないとですね。


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“不良騎士”vs“鏡の騎士”

『さぁ!これより本日の第三試合が行われるわけですが、ご覧ください!すごい人だかりです!それほど、第4訓練場で同時刻に行われる試合と同じように、この試合の注目度が高いということでしょう!なお、実況は引き続き、私、放送部の吾妻が、解説は如月仁先生が担当します!

 さあ、それでは注目の選手の登場です!現在、破軍学園でも数少ないBランク騎士にして、昨年七星剣武祭にも出場し、今年の七星剣武祭代表最有力候補の1人!“鏡の騎士”の異名を持つ、3年・栗生誠也選手!』

 

 実況の紹介に、栗生はその顔に不敵な笑みを浮かべる。

 その視線の先には、この試合の対戦相手が立っている。

 

『そして、この“鏡の騎士”に相対するのはDランク騎士、しかし授業や実習に参加したことはほとんどなく、だというのに、あのAランク騎士である“精霊の魔術師”エレン・アンリネットを相手に模擬戦で勝利を収めました!あの映像は本物なのか、今まで謎に包まれていた力がこの試合でも炸裂するのか!“不良騎士(バッダス・ワン)”、如月真選手です!』

 

 このように紹介された真は、思わず苦笑を浮かべていた。

 

(んな気を遣わなくても、授業も実習もさぼって能力がわからないって言えばいいんだがな)

 

 だが、学内の試合とはいえ、そのようなおざなりな紹介は実況としてのプライドが許さないのだろう。

 嫌われ者を自覚している真は、「面倒なことだ」と他人事のように内心で呟く。

 とはいえ、

 

(それを言えば、目の前のこいつも十分に嫌われ者だが)

 

 事実、栗生を応援するような声援はほとんどなく、むしろ真を応援する声すら存在するほどだった。当然、エレンもその1人だが。

 とはいえ、栗生はまったく気にする様子がなく、むしろ真を応援する生徒に対して見下すような視線すら送る。

 

「ふっ、自分が勝てないから相手を応援するとは、弱者らしい、みっともない行動ですね」

「なんだ、てめぇも応援されたいのか?」

「まさか。弱者から声援を送られたところで雑音でしかありません。弱者は弱者らしく、黙って大人しくしてればいいんです」

「・・・歪んでんなぁ」

 

 別に真は連盟が掲げている騎士道に則っているわけではないが、力を持つ者としての責務は果たすくらいの精神はある。

 だが、栗生からすれば弱者は見下す対象でしかなく、むしろ弱者をいたぶって愉悦感に浸るような、ある種の外道だ。

 ちらっと実況席に座っている仁を見れば、仁も栗生に対して嫌悪感をにじませていた。

 それは、家族である真にしかわからないほどの表情だが、それでも仁からの『徹底的に叩き潰せ』というメッセージを受け取っていた。

 「曲がりなりにも教師じゃないのか」と思わなくもないが、この性格を矯正する分には構わないのだろうと解釈した真は、さらに苦笑を深くする。

 

『さぁ、今回の試合、如月先生の弟さんが出場していますが、そのことについてのコメントは何かありますか?』

『ようやく真面目に学園で活動してくれる気になったか、くらいにしか思わないな』

「いや、もっと他に気の利いたことを言ってくれてもいいだろ」

 

 自分の兄の簡潔と言うには少々雑過ぎるコメントに、真は思わずツッコミを入れたが、これ以上何か言うつもりはないことを察し、諦めて開始線についた。

 

「おや、本当にやるのですか?」

「いいから、さっさとかかってこい。これ以上は時間の無駄だ。悦に浸りたいだけなら、さっさと帰ってくれ」

「・・・へぇ」

 

 真の挑発に、栗生はスッと目を細め、剣呑な空気を放ちながら開始線につき、それぞれの固有霊装(デバイス)を顕現した。

 

「やるぞ、“夜羽”」

「哀れな敵を映しましょう、“水月”」

 

 真が黒い羽と共に漆黒のコートを纏い、栗生は右手に鏡のような輝きを放つ銀の細剣(レイピア)を持った。

 

『それでは、本日第三試合、開始です!』

 

 それを確認した実況が試合開始を宣言し、それと同時に栗生が動き出した。

 

「“鏡の世界(ミラー・ワールド)”」

 

 言霊と共に、栗生の周囲に六角形の鏡が多数出現し、リングを縦横無尽に飛翔し始めた。

 

『出たー!!“鏡の騎士”の所以である栗生選手の伐刀絶技(ノウブルアーツ)、“鏡の世界(ミラー・ワールド)”だ!』

『栗生選手はこれがないと始まらないが、逆に言えばこの状況が整えば盤石になる。しかも、展開が早いから封殺するのも難しい』

 

 栗生の能力は“鏡”。彼の“鏡の騎士”という呼び名は、ミラービットとでも呼ぶべき鏡の飛翔体を自在に操り、その鏡を介して様々な攻撃を加えるその戦闘スタイルから名づけられた。

 

「さて、あなたには私を馬鹿にした報いを受けてもらいます。ここに立ったこと、後悔しないでください」

「するかバーカ」

 

 どこまでもバカにしたような口調と言葉に、栗生はもはや殺気すら放ち、“水月”を地面に突き立てた。

 正確には、いつの間にか置かれていた、地面にある鏡に。

 

「っと」

 

 瞬間、真が横に飛ぶと、真の背後から細剣(レイピア)の刃が鏡から飛び出てきた。

 

『おっと!如月選手、振り向かずに栗生選手の攻撃を避けた!完全に不意打ちだったはずですが・・・』

『単純に、栗生選手の攻撃に合わせて動いただけだろう。栗生は3年である分、それなりに手の内は明かされている』

 

 今の攻撃も、栗生がよく使う攻撃の1つだった。

 栗生は飛翔している鏡をつなげることができ、今のように1つの鏡から他の鏡に飛ばすことができる。

 

「ふん、勘はいいようですね。ですが、それもいつまで続きますかね!」

 

 気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らした栗生は、今度は手数に物を言わせて、連続で鏡に向かって細剣(レイピア)を突きだす。

 飛翔している鏡はすべてが繋がっているため、対戦者はすべての鏡を警戒する必要がある。

 普通は頭上も含めた全方位を警戒し続けるなど不可能であるため、この攻撃の前になすすべなくやられた者も多い。

 だが、

 

『すっ、すごいぞ如月選手!栗生選手の息もつかせぬ怒涛の連続攻撃を前に、まるですべて見えているかのように捌き、自らの固有霊装(デバイス)で防いでいるー!!』

 

 そのすべてに対し、真は最低限の動き、最適な対処で避けるか、“夜羽”で軌道を逸らす。

 その動きは、まるで舞を踊っているかのようにも見えた。

 

『し、しかし、あれだけの攻撃をどうやって見切っているのでしょうか』

『おそらく、栗生選手の癖をある程度見切っているのだろう』

『癖、ですか?』

『あぁ。過去の試合映像を見ればわかると思うが、あの攻撃は基本的に相手の死角をついている。鏡を通して攻撃している分、目の前からの攻撃は通用しづらいからな。ならば、ある程度攻撃場所を絞れれば、突きの点攻撃であれば、多少粗があっても避けきれる』

 

 さらに言えば、たとえ目で追えていなくても、鏡が飛翔する風切り音である程度の位置はわかるため、()()()()()()()()()()()()()()()位置さえ把握できれば、真にとって避けることは容易い。

 そして、

 

『こうなると、栗生選手は難しい。元々、栗生選手は手数や汎用性に優れているが、一撃あたりの攻撃力は高くない。すべての攻撃に対処される以上、決定打を与えることは難しいだろうな』

 

 栗生の攻撃手段は、鏡と細剣(レイピア)の特性上、攻撃力は決して高くない。

 回避が非常に困難なため、大抵の相手であれば削り殺すことができるが、一撃必殺の決め手がほとんどないため、この包囲攻撃に対応できる相手とは非常に相性が悪い。

 そのため、栗生も苛立たし気な表情を浮かべているのだが、

 

(だが、まだ幾分か余裕は残している)

 

 栗生は苛立ってはいるものの、焦ってはいなかった。

 それは、まだ自分の優位を確信しているからだろう。

 

2倍加速(ダブルアクセル)

 

 ここで真は加速の能力を使って鏡の包囲網を強引に突破し、一気に栗生に近づいて拳を振り上げる。

 だが、

 

「無駄ですよ」

「ちっ」

 

 拳を放つ寸前、真はその動きを止めて後ろに下がった。

 絶好の好機だったはずなのに、なぜ攻撃せずに下がったのか。

 その秘密は、栗生の周囲を飛んでいる数枚の鏡にあった。

 

『おっと、ここで如月選手、かろうじて踏みとどまって栗生選手の“鏡の盾(アイギス)”を躱した~!!』

『反射の特性を持った、浮遊する鏡の盾。これがあるから、栗生選手はなかなか崩れない。近距離では特に厳しいだろうな』

 

 鏡の「反射する」という特性を活かした、物理・魔術を問わず攻撃をそのまま相手に跳ね返す無敵の盾“鏡の盾《アイギス》”。この守りを正面から突破することは不可能に近く、栗生の不意をつくことしか対策ができない。

 魔術を使える伐刀者(ブレイザー)であればまだ難しくないのだが、今の真や一輝のような近距離の攻撃手段しか持たない者にとってはまさに鉄壁となる。

 だからこそ、観客席にいるエレンはもどかしく思っていた。

 

(いったいどうしたんですか。シンであれば、遠距離の攻撃手段なんていくらでも持っているはずなのに・・・)

 

 真であれば、弓矢や銃といった遠距離武器を生み出すことも、ステラやエレンのような圧倒的な魔術を使うこともできるはず。それなのに、使っているのは自分との模擬戦で使用した黒いコートのみ。

 あの時、徹底的に叩き潰すと言ったのはうそだったのか。

 人知れずヤキモキしているエレンだが、実況席にいる仁は真の狙いを読んでいた。

 

(まったく・・・ここにきて、シチュエーションなんてものを気にするとはな)

 

 そう、真はどのようにして自身の能力を明かすか、そのタイミングを謀っていた。

 真にとって、この試合は勝って当然のいわば出来レース。であれば、ただ勝つだけでは足りない。できるだけ自身の能力を知らしめるように、できるだけ()()()()()()()()()()()()

 そんなベストのタイミングを待っているのだ。

 

(決していい癖とは言えないが・・・それもまた、圧倒的強者の特権、というやつか)

 

 真にとって戦いとは、余程の相手でない限り勝って当たり前のもの。そのため、無意識のうちにできる限り戦いを楽しめる環境を作ろうとする癖がある。

 普通であれば致命的な隙を生みかねない悪癖になるが、真が持つ強大な能力と、遊びたい盛りな子供の時間を犠牲にして積み上げた技術と経験、そしてそれらを余すことなく使いこなすことができる圧倒的な戦闘センスの前には、この癖すらも真を高みへと押し上げるきっかけを生み出す糧となる。

 だからこそ、仁もこの癖についていちいち文句を言うつもりはまったくなかった。

 一方、リングの上では、余裕の態度を崩さない栗生が口を開いた。

 

「ふっ、逃げるのは上手なようですね」

「知ってるか?それ、負け惜しみの台詞なんだが」

「事実でしょう?実際、あなた逃げるばかりで、攻撃は私に届いていない。やはり、あなたがアンリネットさんに勝ったのはイカサマのようですね。あぁ、買収という方が正しいんでしたか」

「それ、おかしいところしかないってわからないのか?」

「何もおかしいところはないでしょう。誰もがこの事実を認識しているのですから」

 

 実際は事実ではなく、ネットの掲示板で書かれた誰かの妄想なのだろうが、栗生は大多数が正しいと思っていることが事実だと信じて疑っていなかった。

 これが国内で自分より格上の学生騎士なら大人しくしていただろう。だが、衆目の前ということで直接口に出してこそいないが、他の連盟所属の国であれば、たとえAランクであっても格下として見る。

 だんだん不機嫌になっていく真を見て何も言い返せないと判断したのか、栗生はどんどん饒舌になっていく。

 

「それに、昨日『徹底的に叩きつぶす』と言っていましたが、あれは口だけなのですか?女の前だからといってカッコつけようとするというのは、みっともないことこの上ないですね。見栄は張らない方が身のためですよ?あなたのような不良風情は、いくらがんばったところで何もできないんですから」

 

 だんだん過激なことを言い始めてきた栗生に、観客席にいるエレンの怒りが爆発しそうになる中、とうとう栗生が一線を越える言葉を放った。

 

 

「まぁ、金に目がくらんで八百長を受け入れたヴァーミリオン皇国も、そうまでして勝とうとした不良と落第生も、その指示通りに動いたあの2人も、けっきょくその程度の大したことがない人間だということでしょう」

 

 

ドパンッ!!

 

 一輝とステラ、エレンを貶める発言をした直後、リング内に銃声が響き渡った。

 突然のことに観客席は静まり返り、栗生がジンジンと痛む右頬にそっと手を這わせると、その手には血がついていた。

 そして、真の右手には、銀色の重厚な拳銃が握られており、栗生に向けられた銃口からは白煙が昇っていた。

 

「・・・てめぇが俺を馬鹿にするのは構わんし、くだらない書き込みに踊らされるのも、まだいい。だが、()()()()()()3()()()()鹿()()()()んなら話は別だ」

 

 真の殺気すら漏らしている口調と、ステラに迫るほどの魔力の圧力に、栗生は思い出したようにハッとして真を糾弾した。

 

「ッ、堕ちるところまで堕ちましたか、如月真!まさか、そのような凶器を隠し持っていたなんて・・・」

「んなわけないだろうが。これも立派な固有霊装(デバイス)だ。そもそも、ただの拳銃で伐刀者(ブレイザー)を傷つけることができるはずないだろうが」

「ですがッ、あなたの固有霊装(デバイス)はそのコートで、たかだか速くなることしかできない能力では・・・!」

「今まで、そういう使い方しかしてこなかっただけだ。俺の能力は・・・」

 

 そう言って、真は自分の周囲に黒い羽をまき散らし、次々と剣や槍、斧に変えてリングに突き刺す。

 そして、リングに突き刺したすべての武器に、炎や雷、水、風などを纏わせた。

 

「見ての通り、あらゆる武器や能力を扱う能力だ」

『ななな、なんとおおお!!ここにきて如月選手が、今までまったく使ったことがない能力を使用したーー!!しっ、しかもっ、あらゆる武器や能力を扱える能力なんて、聞いたことがありません!』

『まったく、ようやく使う気になったか、愚弟め』

『き、如月先生っ、どうして、如月選手は今までこの能力を使わなかったのでしょうか!?』

『理由は主に2つある。1つ目は、能力の扱いにてこずっていたことだ。真の能力、俺や家族は“世界全録(アカシックレコード)”と呼んでいるが、選択肢が多すぎるあまりまともに発動させることすら難しく、魔力もバカみたいにあるから余計に自身の力を持て余していた。今まで能力を使わなかったのは、扱うに足る魔力制御を身に着けるために封印していたからだ。だが、この問題は半年ほど前の時点である程度解決している。理由として大きいのはもう1つの方だ』

『そのもう1つの理由というのは?』

『簡単に言って、あいつ自身が目立つのを嫌ったからだ。あれほどの能力と魔力、“紅蓮の皇女”や“精霊の魔術師”に負けず劣らず注目を浴びるだろう。だが、あいつは誰かの注目を浴びるようなことは嫌っていたから、そのまま怠惰に能力を使わずに授業もさぼっていたということだ』

『な、なるほど・・・ですが、それなのにここで能力を使ったということは・・・』

『あぁ。とうとうあいつも、目立つ覚悟を決めたということだろう。理由は察しが付くが・・・ここで言うことでもないな』

「バカな・・・あり得ない、あり得ないッ!貴様如きの不良が、そんな大それた能力を持っているなんてッ!!あぁ、そうだ、イカサマだ、これもイカサマに違いない!!なら、早く失格処分に・・・」

「黙れ」

 

 仁の解説を聞いて、なおも事実を受け入れようとしない栗生を、真がたった一言で一刀両断にした。

 栗生は、そのたった一言で思わず口を閉ざし、真のいいなりになってしまった事実に羞恥と憤怒で顔を赤くした。

 それには目もくれず、真は試合を終わらせる算段をつける。

 

「てめぇは、自分が優れていると()()()しているみたいだが・・・その程度の実力なら、世界には掃いて捨てるほどいる。少なくとも、俺からすれば他の有象無象と大して差はない」

「ッ、貴様・・・!」

「どうした、さっきから優等生ぶっていた仮面がはがれてるぞ。人のことはフルネームで呼んでなかったか?」

 

 挑発を続ける真に、栗生の頭の中でブチンッと何かが切れる音がしたが、それに構わず真は銃口を向けた。

 

「まぁいい。さっさと終わらせるぞ」

 

 そう言って、真は再び引き金を引いた。

 再び発砲音が鳴り響き、銃弾は真っすぐに栗生に飛んでいく。

 当然、栗生はこれを防ごうとするが、

 

「ッ、バカですねっ、これくらい防いで、ぃ、イギャー!?」

 

 防いだと思った正面からの弾丸は、次の瞬間栗生の右足を撃ちぬいた。

 なぜ、どうして。そう思った栗生は、ふと足下に鏡があるのを発見した。

 そして、展開した鏡をどかせば、そこには自分が展開した覚えのない鏡が。

 

「まさか・・・」

「そう、お前の鏡の能力だ」

 

 呆然と口を開く栗生に、真は淡々と事実を述べた。

 栗生が“鏡の盾(アイギス)”を展開すると同時に、栗生の死角に真の能力で鏡を生成、銃弾を反射させてまったく別の角度から銃弾を通したのだ。

 

「さて、これ以上は時間の無駄だ。さっさと終わらせるぞ」

 

 そう言うと、真は自身の目の前に鏡を生成し、同時に栗生の周囲に100を優に超える鏡を出現させた。

 それを目にした栗生は、絶望の表情を浮かべ、

 

「まっ・・・」

「終わりだ」

 

 栗生の制止の言葉には耳を貸さず、真が引き金を引くと、放たれた銃弾は()()()()()()()()()()()()()現れ、栗生をハチの巣にした。

 

「栗生誠也、戦闘不能!勝者、如月真!!」

 

 同時にレフェリーから勝者が宣言され、会場は熱狂的な歓声に包まれた。

 

『試合終了ォォォ!勝ったのは、圧倒的な力をここで初めて見せつけた、如月選手の勝利だぁー!!』

 

 実況も圧倒的な能力を目にした興奮で頬を紅潮させる中、真はこれ以上この場にいる理由はないとリングを後にした。

 そんな中、

 

(・・・いくらなんでもやり過ぎだ)

 

 いくら視線でサインを送ったとはいえ、いくらなんでもボコボコにし過ぎだと、仁は内心で頭を抱えていた。

 試合終了間際に栗生が浮かべた絶望の表情。これから、いったいどのような影響が出るのか。

 

(これは、後で説教か)

 

 人知れず、後で真がガチ説教をくらうことが決まったのだが、少なくとも、観客席と隣にいる実況にはわかるはずもなかった。



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少しだけ

(・・・? なんか寒気が・・・)

 

 選抜戦が終わった後、リングから退場した真は謎の悪寒を感じ取った。

 それは仁による説教が確定事項になったが故の本能的な反応だったのだが、そんなことを知る由もない真は軽く首をひねるだけで深く考えずにその場を後にした。

 

(さて、この後はどうしようか・・・一輝の試合を見に行きたいが、時間的に微妙だよな・・・)

 

 本来ならもっと早く終わらせることも可能だったが、それよりも栗生を叩き潰す方を優先したため、一輝の試合を見に行くには中途半端な時間になってしまった。

 とはいえ、この後は授業もなく、特に予定も決めていないため盛大に時間が余ってしまっている。

 選抜戦のことしか考えていなくてこの後の予定をまったく考えていなかった真は、この後どうするか考えながら出口へと向かっていったが、そこに後ろから声をかけられた。

 

「シン!」

「んぁ?あぁ、エレンか」

 

 完全に思考に没頭していた真は、心ここにあらずといったように曖昧な返事をし、エレンはムッと軽く頬を膨らませた。

 

「ちょっと、シン。少しぶっきらぼうではないですか?」

「あぁ、悪い。ちょっとこの後の予定を考えていた」

「・・・考えていなかったんですか?」

「今日は選抜戦のことしか考えてなかったからなぁ」

 

 より正確には「どうやって栗生を叩きのめそうか」なのだが、そのことには敢えて触れずに答えた真にエレンは若干呆れ気味になった。

 

「でしたら、イッキの試合を見に行きませんか?少しでも見に行けるようなら・・・」

 

 「早く行きましょう」。そう言おうとしたところで、エレンの生徒手帳に電話がかかってきた。

 名前を確認すると、凪からの電話だった。

 

「どうしたんでしょうか・・・もしもし?」

『あ、もしもし?エレンちゃん、今大丈夫?』

「はい、ついさっきシンの試合が終わって合流したところです」

『あら、そうなの?結果は・・・聞くまでもないかしら?』

「はい。シンの勝ちですよ」

『それはよかったわ。それとね、こっちもたった今終わったところよ』

「そうですか。スピーカーにするので、ちょっと待ってください・・・シン。向こうも終わったようです」

「そうか」

 

 真に軽く内容を説明し、エレンは真にも通話が聞こえるようにスピーカーをオンにした。

 

『聞こえる?真、初戦勝利おめでとう』

「どうってことない。それより、一輝はどうだった?」

『そうね、先に結果から言うけど・・・』

 

 もったいぶった物言いに、真とエレンは思わずソワソワしてしまう。

 そして、数秒の沈黙の後、

 

『無事、かどうかはともかく、勝ったわよ』

「本当ですか!?よかった・・・」

 

 一輝の勝報にエレンは胸をなでおろすが、真は別のワードが気になった。

 

「その言い方だと、一輝も相当ボロボロになったのか?」

『そうね。やっぱり無理してたみたいで、途中まで桐原静也にいたぶられていたのだけど、ステラちゃんのおかげで調子を取り戻したわ』

「・・・そうか」

 

 とりあえず、一輝のストレスはステラのおかげでどうにかなったことに安堵の息を吐いたが、言葉にはしなかったものの、「いたぶられた」というのが肉体的だけでなく精神的にもやられたのだろうことが真には容易に容易に想像できた。

 次に桐原とやり合う機会があれば容赦しないということを胸に刻んだ真は、表面には出さずに違うことを尋ねた。

 

「それで、一輝は?」

『職員の人たちがカプセルに運んでいったわ。ステラちゃんも一緒よ』

「なるほど」

 

 ステラの部分に含みを持たせた言い方に真もどういうことか察し、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「そういうことなら、俺たちは見舞いに行かないほうがいいか?」

『ふふっ、そうね。それと、あたしは今夜珠雫とお酒を飲みに行くことになったから』

「そうなのか?・・・あぁ、なるほど。それなら、祝勝会は明日にするか」

 

 「なぜ珠雫と?」と一瞬疑問に思ったが、珠雫が一輝のことを兄としても男としても慕っていることをなんとなく理解していた真は、珠雫の心境を悟ってそっとしておくことにした。

 

『そうね。ごめんなさいね、真のことをほったらかしにしちゃうみたいで』

「気にすんな。俺は別にそういうのは気にしないし」

『そう・・・それなら、今夜はエレンちゃんと2人っきりで楽しんでね♪』

「おい!ちょっと待ッ」

 

 最後のからかうような言葉に真は焦ったように反論しかけるが、それを口にする前に電話が切れてしまい、行き場を失ったように視線を泳がせる。

 が、結局その視線はエレンに向けられ、

 

「・・・さて、昼飯を食いにいくか。腹減ったし」

「ちょっと、もっと他に何か言うことがありませんか?」

 

 不満アピールするエレンから意図的に視線を逸らしつつ、真は努めてエレンを見ないようにしながら食堂へと向かった。

 実はこの時、真の耳はわずかに赤くなっており、エレンもそのことに気付いていたのだが、肝心の真はまったく気づいていなかった。

 

 

* * *

 

 

 昼食を食べ終わった後、真とエレンは2人でショッピングモールに向かった。

 別にデートと言うわけではなく、どうせだから2人で小さな祝勝会をやろうという話になり、その買い出しに来たのだ。

 実のところ、真の実家から送られてくる食料で十分なのだが、そこはエレンの強い要望で買い出しに行くことになったので、実質的にはデートであることに変わりないのかもしれないが。

 

「それで、今日の夕飯は何にしましょうか」

「そうだなぁ・・・この前クッソ高い牛肉が送られてきたから、すき焼きにしようか」

 

 ちなみに、その送られていた牛肉はA5ランクの最高級の和牛で、スーパーの物とは桁が2つ違ってくるものだった。そのため、中身を確認したときに真は軽く震えながら冷蔵庫にしまったのだが、使うにはちょうどいいということでさっそく使うことにした。

 

「ですが、それだとイッキの祝勝会はどうするんですか?」

「大所帯になるし、安いやつでもいいだろ。一輝はむしろ遠慮しそうだし」

 

 一輝も名家の出ではあるものの、今までの扱いの影響で庶民的な食事がほとんどだったため、金銭感覚は一般家庭と大差ない。そのため、真と同室だったときは高級品を食べるときは遠慮がちになることが多かった。

 さらに、送られてきた和牛も最高級なだけあって量は多くない。2人で食べるならともかく、とてもではないが6人に行き渡る量ではない。

 

「そういうことだから、一輝とやるときはなるべく量を用意できるようにしよう。幸い、干物は日持ちする分余ってるし」

「一応、それもお高めのやつですけどね・・・」

 

 だが、和牛ほどの存在感を放っているわけではないため、多少食べやすいのはたしかだろう。

 

「それでは、何を買い足しますか?」

「野菜の類としらたき、あと割下の材料も買っておくか・・・」

「あっ、それでしたら、お酒も何か買いませんか?」

 

 学生証のメモ機能に必要な物を記していくと、エレンがそう提案してきた。

 凪たちもそうだが、連盟では元服制度が定められており、伐刀者(ブレイザー)は15歳で成年として扱われるようになり、飲酒はもちろん、結婚や選挙も成人と同等に行うことができる。

 これは時に学生の身分で非伐刀者(ブレイザー)のために戦わなければならない“義務”に対する“権利”である。

 

「そう言えば、アリスも珠雫と飲みに行くって言ってたな・・・せっかくだし、すき焼きに合う日本酒でも買っておくか」

「知っているんですか?」

「実家に酒飲みが多いから、自然と銘柄とかは覚えた。飲んだことはないけど」

 

 そんなことを話しながら、真は買い物籠を持って必要な物を入れていく。

 まずはすき焼きに必要な材料を買い、一通りすき焼きの具材を揃えた後はすき焼きと相性がいい日本酒と晩酌用の酒を合計3本ほど購入して寮に戻った。

 

「さて、それじゃあ材料はさっさと冷蔵庫にしまって・・・」

 

 そう言って買い物袋から買ったものを取り出そうとしたところで、インターホンが鳴った。

 

「誰だ?」

「さぁ・・・」

 

 2人とも心当たりがなかったため首を傾げたが、無視するわけにもいかないため真は扉を開けた。

 そして、開けた直後、すぐにその判断を後悔した。

 

「はいはーい・・・」

「ふむ、外出帰りだったか。それは都合がよかったな」

 

 扉の前に立っていたのは、剣呑な空気を放ちながら仁王立ちしていた仁だった。

 一目見て、真は「あ、やばい」と思ったが、ここで追い返すわけにもいかず要件を尋ねる。

 

「えっと・・・なんでここに?」

「当然、説教のためだ。先ほどの選抜戦でやりすぎたことに対する、な」

 

 この段階で、真は夕飯が遅くなりかねないことを察した真だったが、どうにかできるはずもなく、しばらくの間正座しながら仁の説教を受ける羽目になった。

 

 

* * *

 

 

「うげぇ・・・足痛ぇ・・・」

「大丈夫ですか?」

 

 3時間ほど説教が続き、ようやく真は正座と説教から解放された。

 「これは兄弟の問題だから」と仁に部屋から追い出されたエレンも、少しつらそうな真に心配気な表情を浮かべる。

 

「なんとか・・・べつに3時間も正座させなくてもよかっただろうに・・・」

「私は聞けませんでしたけど・・・なんて言われたんですか?」

「相手にトラウマを植え付けて戦えなくなったらどう責任を取るつもりだとかなんとか・・・」

 

 たしかに栗生は性格に多大な問題を抱えているが、優秀な伐刀者(ブレイザー)であることに変わりはない。

 そのような優秀な戦力をなくしてまで矯正させるつもりは仁にはなかったのだが、結果的にそのような事態になりかねなかったということで長々と説教をすることになった。

 とはいえ、真としてもあれである程度すっきりしたため、比較的素直に仁の忠告を聞き入れた。

 右から左に聞き流した、とも言えるが。

 

「まぁ、過ぎた説教はさておき、すき焼きを作るぞ。説教が長かったせいで腹減ったし」

「そうですね。では、シンは休んでいてください」

「ん?俺も作るぞ?」

「いえ、2人だけとはいえ、シンは祝勝会の主役なんですから。すき焼きのレシピも知っているので」

「そうだったのか・・・だったら、お言葉に甘えて待ってるとするよ」

「はい。ぜひ期待していてくださいね」

 

 そう言って、エレンはエプロンをつけて調理に取り掛かった。

 最高級の和牛はエレンも初めて扱う食材だが、ネットでコツなどを調べながら調理を進めていく。

 その間、真はベッドに寝転んで目を閉じながらうたた寝をして待っていた。

 

「シン、できましたよ」

「んん・・・おっ、いい匂いだな」

 

 しばらくしてすき焼きが完成したとエレンに起こされ、エレンが持っている鍋から立ち昇るすき焼きの香りに頬を緩ませた。

 

「はい。日本のWAGYUはヴァーミリオン皇国でも人気ですが、ここまでのものは私も初めてです」

「そりゃあ、最高級の肉なんだもんな・・・俺も初めてだ」

 

 実家からちょくちょく高級品が送られてきたが、ここまでのものは滅多にない。

 真も初めての肉にワクワクしながらすき焼きが置かれている座卓の前に座った。

 

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 

 手を合わせてから、真はさっそく肉を一切れとり、口の中に入れた。

 

「っぅ!?うっま・・・」

「はい・・・こんなに上質な脂ののったお肉は初めてです・・・」

 

 初めて食べる最高級の牛肉の味に、2人は感動すら覚えながら、噛みしめるように牛肉を味わう。

 最高級の牛肉に舌鼓を打ちながら、合間にスーパーで買った日本酒を飲みながら夕食を楽しみ、すき焼き用の酒瓶が1本空になった頃には完食していた。

 

「ふぅ、美味しかった・・・」

「はい、本当においしかったです」

 

 最高級和牛の余韻に浸りながら、食後の酒を飲む真の肩にエレンは頭を乗せた。

 

「・・・どうしたんだ?」

「いえ。ただ、なんとなく・・・なんとなく、こうしたいだけです」

「・・・そうか」

 

 日本酒を飲んで若干酔っている影響もあるのか、真はエレンの突然の行動に軽く驚いたものの、特に拒否することもなくそのまま受け入れた。

 そんな状態で少し経ったところで、再びエレンが口を開いた。

 

「シン・・・あの時、シンは怒ってくれましたね」

「あの時って・・・選抜戦の時か?」

「はい。あの時、クリュウが私を馬鹿にしようとして。それに対して、シンは大勢の人の前で怒ってくれました」

「・・・言っておくが、別にエレンだけってわけじゃないからな」

「それはわかっています。ですが、私もシンが怒ってくれた人の中にいるのは間違いではないでしょう?」

「それは、そうだがな・・・」

 

 少なくとも、今のエレンに反論できる言葉を、真は持ち合わせていない。

 

「それでも、私は嬉しいんです。私だけではないにしても、それでも私のためでもあるのは間違いないんですから」

「・・・まぁな」

「そんなシンだから、私は好きになったんです」

「・・・ずいぶんと直接的だな」

「ふふっ、そうですね。少し酔ってるのかもしれません」

 

 今まで、真に対する好意を態度で示し続けてきたエレンだが、「好き」という言葉を直接的に口にすることはなかった。

 なので、今までなかった直接的な言葉に、真も柄に合わず少し照れている。

 

「まぁ、酒を飲んだからな。酔いもするだろう」

「かもしれませんね・・・ですので、私もシンから直接聞きたいんですが」

「そう言われてもなぁ・・・」

 

 たしかに、真はエレンの気持ちを拒絶しているわけではない。

 ないが、真自身、そこまでエレンのことを好いているのかと問われれば、本人にもまだわからない。

 だから、今まで曖昧な態度で躱してきたわけだが、

 

「・・・まぁ、少しくらいは受け入れてもいいかもな」

 

 実に意地っ張りな答えだが、それでも、たしかに真の心が1歩前進したのは間違いなかった。

 エレンも、その事実が嬉しかったのと、思った以上に酔っていたというのもあって、

 

「そうですか・・・でしたら、これは私からのご褒美です」

 

 そう言って、真の前に身を乗り出し、そっと自身の唇を真の唇に添えた。

 あくまで少し触れるだけのキスだったが、それでも確かにエレンの熱がこもったキスに、真は目をぱちくりさせ、思わず固まってしまった。

 

「では、私は後片付けをしてきますね」

 

 そんなことは気にせず、エレンは上機嫌に立ち上がり、鍋や食器を持ってシンクに向かって後片付けを始めた。

 少しして、ようやく何をされたか理解した真だが、酒の影響か睡魔に襲われ、まるで先ほどのことが夢の中での出来事であったかのように感じながら、ゆっくりと瞼を閉じて意識を閉じていった。




自分は肉は圧倒的に鶏肉派。
牛肉も嫌いというわけではありませんが、モモとかさっぱりした部位が好物です。
実は大学の講義の一環で和牛を食べたこともあるんですが、比較的安物だったことと焼肉で食べたこともあったからか、脂がくどくて好きになれませんでした。
脂ののった和牛は煮込みこそ至高。異論は認めます。


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ちょっと気まずい

 真とエレンが2人で祝勝会をした翌朝。

 真はベッドの上でゆっくりと目覚めた。

 

「ん?・・・昨日は、たしか・・・」

 

 酒を飲んでいたこともあって一部の記憶があやふやになっている真は、寝ぼけた頭で昨夜のことを思い出そうとする。

 

「ぁん・・・」

 

 すると、なにやら色っぽい声が聞こえた。

 そこで、急速に真の意識が覚めていく。

 手元を見れば、真の手はエレンの制服の中に入っていた。

 幸か不幸か、胸を揉んでいるわけではないが、代わりに腹を揉むように撫でていた。

 真の手の平に、すべすべとした肌触りと女性らしく程度に脂肪がついた柔らかい感触が返ってくる。

 

(女の子の腹を揉むっていうのはいかがなものか・・・いや、胸とか尻を揉むよりはマシ、か?)

 

 頭の中でやめなければと考える一方で、心のどこかでエレンが寝ている間くらいはいいかもしれないと思ってしまっている真は、結局もう少しだけエレンのお腹の感触を楽しんだ後で、エレンが起きないようにこっそりと起き上がってベッドから抜け出した。

 台所を確認すると、食器類はすべて仕舞われていた。本当にエレンが1人でやったらしい。

 その後、風呂場に移動した真はシャワーを浴びながら昨夜のことを思い出し、

 

「あ”あ”あ”ぁぁぁぁ・・・・・・!」

 

 突然頭を抱えてうめきだした。

 思い出すのは、昨日エレンに言った言葉。

 

『・・・まぁ、少しくらいは受け入れてもいいかもな』

「あぁぁぁぁ何言ってんだ俺ぇぇぇぇ・・・」

 

 なんと意地っ張りで、なおかつちょっとカッコつけたような言い方なのか。

 よりによって、それをエレンに言ってしまうとは。

 さらに、酒の力もあったのだろうが、エレンにキスまでされた。

 昔別れたときにしたものよりも熱のこもったキスに、思わず真の顔が熱くなる。

 正直なことを言えば、あまりエレンと顔を合わせたくない。

 だが、露骨にそんな態度をとれば周りから不審に思われるのは明らかであり、もっと言えばエレンにからかわれるのはもっと明らかだ。

 となれば、真にできることはただ1つ。

 

「平常心だ、平常心。できるだけ平常心を保つんだ・・・」

 

 それでどこまで誤魔化せるかはわからないが、何もしないよりかはマシなはず。

 冷たいシャワーを浴びながら、一人真は気を引き締めた。

 

 

* * *

 

 

 真がシャワーを浴びながら決意を固めている頃、実は真がベッドを出た時にはすでに起きていたエレンは、毛布にくるまりながら顔を赤くしていた。

 

(キス・・・しちゃいました・・・)

 

 エレンが思い出すのは昨夜のキスのことだ。

 真らしい、素直になれないながらも言ってくれた本心についときめいてしまい、衝動的にキスをしたのだが、いろいろと多感なお年頃であるエレンはかなり恥ずかしがっていた。

 これが昔の子供のころであればまだ無邪気でいられたのかもしれないが、そういう知識を身に着けた今となれば話は別だ。

 ちなみに幸か不幸か、エレンは真が腹を撫でつつ揉みつつしていたことに気付いていない。

 真にとっては不幸中の幸いなのだろうが、それはさておき、

 

(・・・シンと、顔を合わせられるでしょうか・・・?)

 

 真が聞けば「今更!?」などと言いそうなことを考えていたエレンは、顔を洗うために立ち上がった。

 

 

* * *

 

 

 その後、特にハプニングもなく毎朝の鍛錬と朝食を済ませた2人は、できるだけ普段通りを装って登校した。

 そして教室に入ると、真はどことなく雰囲気が雰囲気が違うことに気付いた。

 真のことを遠巻きにしているのに変わりはないが、嫌悪や厄介者扱いするような視線はなく、逆に好意的な視線が多くなった。

 エレンも、真を取り巻く視線に薄々だが気づいた。

 

「・・・たった一試合で、ずいぶんと現金なことだ」

「ですが、別に悪いことではないですよね?」

「それはそうだが・・・」

 

 たしかに厄介者扱いされるよりはマシかもしれないが、基本的に他人の評価に興味がない真はだからといって特に嬉しいと思うこともなかった。

 逆にエレンは、真が他者から正当に評価されるようになったことが自分のことのように嬉しく思い、少し上機嫌になる。

 真はそれに気づかないふりをしつつ、自分の席に座って生徒手帳をいじる。

 確認するのは、昨日の選抜戦に関してだ。

掲示板を確認してみると、掲示板は昨日の真と一輝の選抜戦のことでもちきりだった。

 まだ2人のことをひがむような声もあるが、それでも以前と比べて2人のことを認めるような肯定的な書き込みが増えていた。

 それらを流し読みしていると、ふと気になるワードを見つけた。

 

『黒翼』『無冠の剣王(アナザーワン)

 

 これは、前者は真を、後者は一輝を示す新たな二つ名だ。

 この2つの異名が、多くはないが点々と書き込まれていた。

 どうやら昨日の一戦で、2人は新たな二つ名を引っ提げるようになるほど注目されるようになったようだ。

 

「何を見ているんですか?」

 

 そこに、エレンが唐突に後ろから真の学生証を覗き込んだ。

 真は不意打ち気味に鼻孔をくすぐる香りに一瞬ドキリとしつつ、鋼の精神で表に出さないようにしつつエレンに画面を見せる。

 

「いやなに、昨日の選抜戦の影響がどんなもんか調べてた」

「そうなんですか?・・・うわ、すごいですね。どこもシンとイッキのことでもちきりです」

「まだ部分的ではあるが、新しい二つ名も出てるしな」

「本当ですね。それに、ずいぶんとかっこいいです」

「一輝はともかく、俺もか?まぁ、シンプルなくらいがちょうどいいだろうが」

 

 まだ完全な固有霊装(デバイス)を見せたわけではないが、実に言い得て絶妙な二つ名である。

 まぁ、羽を見せれば翼を連想するのは当然と言えば当然なのだろうが。

 

「それで、どうするんですか?」

「どう、とは?」

「いえ、もしかしたらシンも人気者になるかもしれないじゃないですか?その時はどうするのかなと」

「べつに。どうともしない」

 

 人の評価に興味がないということは、好評も悪評も等しく興味がないということでもある。

 他人の態度が変わったからと言って、真まで態度を変えるつもりはあまりなかった。

 

「本当ですか?もしかしたら他の女の子から声をかけられるかもしれまんよ?」

「知らん」

「突然人気者になったシンに私がやきもきするというシチュエーションもありますよ?」

「いらん」

「釣れないですね。でしたら・・・」

「それ以上はいらんから」

 

 真としては、エレンの脳内にどれほどのシチュエーションの引き出しがあるのか少し気になるところだったが、これ以上言わせても碌なことにならない予感がして止めさせることにした。

 

「むぅ・・・ですが、注目は浴びてますよね」

「そりゃあ、昨日のことがあれば当然だろう」

 

 実際は、距離感がやたらと近い真とエレンにあれこれと想像を膨らませている者が多いのだが、幸か不幸か2人はそのことに気付かなかった。

 

 

* * *

 

 

 午前中の授業を終えた真とエレンは、食堂で一輝たちと待ち合わせて昼食をとっていた。

 一見、何の変哲もない光景に見えるが、

 

「・・・」

 

 なぜか一輝は、まじまじと真のことを眺めていた。

 

「・・・なんだ、一輝?」

 

 なんだか居心地が悪くなってきた真は、さっさと話を聞こうと思った真は、一輝に尋ねた。

 

「いや、なんだか真とエレンさんの距離が微妙に離れているような気がして」

 

 一輝が感じたのは、真のクラスメイトが感じたものとは真逆の感想だった。

 そして、それは他の面々・・・ステラ、珠雫、凪にとっても意外であった。

 

「そう?いつも通りに見えるけど?」

「そうですね。特に変わったところはないと思います」

「でも、一輝がそう言うってことは、何か理由があるの?」

「うん。なんとなくだけど、2人が意図的に顔を合わせないようにしている気がして」

 

 それは、特に人を見る目が優れており、なおかつ真と1年間ルームメイトであった一輝だからこその気づきだった。

 他の3人も、一輝の言葉に「言われてみれば」と納得した表情を見せる。

 たしかに物理的な距離はいつも通りだが、2人とも決してお互いの顔を見ようとしていなかった。

 まるで、顔を合わせてはまずいと思っているかのように。

 それに対して、一輝の鋭い指摘に2人はシラを切った。

 

「いや、気のせいじゃないか?」

「そうですね。特に変わったことはありませんよ」

 

 そっぽを向いたままだったが。

 ここで一輝たちも、昨夜に2人の間で何かがあったことを悟った。

 なにせ、元々やる予定だった祝勝会が一輝の負傷でお流れになってしまい、それぞれ2人ずつで思い思いに時間を過ごしていたのだ。

 その中で、2人だけのささやかな祝勝会を開いたという真とエレン。

 何もないと考える方が難しかった。

 特に、自身の近衛騎士の恋路が気になるステラと人の恋バナに敏感な凪は昨夜のことを聞き出す気満々であったが、鉄壁の姿勢を示す真の前で聞き出すのは難しいと判断。

 故に、

 

「それじゃあ、今日は昨日お流れになっちゃった祝勝会をしましょうか。買い出しは私たちがやっておくわ」

「そうね、そうしましょう」

 

 凪は自然な流れを装ってしれっと今日の予定を決め、ステラもそれに賛成した。唯一、珠雫は興味がなさそうな様子だったが、だからといって止めるつもりもないようで無言を貫いている。

 

「いや、買い出しなら俺たちも・・・」

「大丈夫よ。ステラちゃんも力持ちなんだから、ちょっとの荷物くらい問題ないわよ」

 

 普段なら「レディに荷物を持たせるの?」みたいなことを言うだろう凪は、このときだけ都合よくステラに荷物持ちを任せ、ステラもそうだと言わんばかりに頷いた。

 これに真は「あ、もう駄目だ」と匙を投げた。どうあがいても女子のお出かけを止めることはできない、と。

 この時、エレンは思わずどうにかしてほしいと懇願の瞳を向けていたのだが、

 

「・・・まぁ、そういうことなら、俺たちは部屋の方で準備するか。部屋はどこにする?俺の部屋なら食材にはあまり困らないが」

 

 それに気づかないふりをして今後の予定決めに同調した。

 エレンからすれば昨夜のキスの件は羞恥に悶える出来事なのだろうが、真としては寝ぼけていたとはいえ今朝のセクハラまがいの行動が明るみに出るわけではないと考えなおすことにした。

 結局、エレンの無言の抗議が受け入れられることはなく、祝勝会の買い出しという名目の尋問が行われることになった。

 

 

* * *

 

 

「それでそれで、何があったの?」

「当然、教えてくれるわよね?」

 

 昼食を食べ終わった後、エレンはステラと凪に連行され、買い物が終わった後で昨夜のことを問い詰められた。

 終始、珠雫は無関心を貫いているが、少し離れたところで3人の会話に集中を割いているあたり、やはり興味があるのだろう。

 

「えっと、本当に私とシンは何も・・・」

「嘘ね」「嘘でしょ」

「あ、、あまり長く話していると食材が・・・」

「別にすぐに傷むようなものは買ってないでしょ?」

「諦めてきりきりと吐きなさい」

「うぅ・・・」

 

 なんとか逃げようとするエレンだったが、結局ステラと凪の圧力に負けて話すことになった。

 2人ですき焼きを食べて小さな祝勝会をしたこと。そのためにすき焼きに合う日本酒を購入したこと。真が自分のために怒った(一輝やステラを含むことも説明した)のが嬉しかったこと、さらに真からエレンを受け入れるという発言を受けて、酒の勢いもあって軽くだがキスをしたこと。それから、真と顔を合わせるのが少し恥ずかしくなってしまったこと。

 すべて話した結果、

 

「なによ、今さら恥ずかしがってるの?」

「うっ」

 

 主からストレートに気にしていたことを指摘された。

 だが、真とエレンの子供の時のことを知らない凪は疑問符を浮かべる。

 

「今さらって、どういうことかしら?」

「エレンって実は、子供の時だけどとっくにシンにキスしてるのよ」

「あら!そうなの?」

「・・・・・・はい」

 

 改めて他者の口から言われると再び羞恥心が沸き上がり、エレンは顔を赤くして俯いた。

 とはいえ、凪もエレンの心境はなんとなく理解できるようで。

 

「まぁ、たしかに無邪気な子供の時といっしょくたに考えるのは違うとは思うけど・・・でも、すでにアピールっぽいアピールはしてなかったかしら?」

「う"っ」

 

 理解を示した上で、正論を突き付けた。

 たしかに、キスはしていなかったとはいえ、すでにアピールはしている。毎日の同衾がいい例だろう。

 改めてそれを指摘されて、エレンは自分の心境に思わずツッコミをいれた。

 

(今さら、シンと一緒のベッドで寝ておきながら、ここまで恥ずかしがるなんて、私は乙女ですか・・・いや、乙女ですけど。ちょっといろんな知識を持ってますけど)

 

 そのちょっとの知識のせいで乙女の微妙なバランスが大きく傾いているのだが、エレンはそれに気づいていない。

 凪も、そんなエレンが可愛く見えたのか、あるいは不憫に見えたのか、優しい表情と声音で背中を押すことにした。

 

「そうね、恥ずかしい云々はエレンちゃん自身で折り合いをつけるしかないと思うけど・・・でも、自分に少しわがままになってもいいんじゃないかしら?」

「わがまま、ですか?」

「その場にいなかったアタシには、真の受け入れるという言葉がどの程度なのかはわからないけど、それでも今まで通り、あるいはもう少し踏み込んでもいいんじゃないかしら?真だって、エレンちゃんのことを拒絶したことはないんでしょ?」

「それは・・・そうですね」

 

 たしかに、なんだかんだ言いながらも、真は今まで文句を言いながらも、エレンのことを突き放すようなことはしなかった。

 ならば、「少しくらいは受け入れてもいい」と言ったのだから、もう少し踏み込んだスキンシップをしても文句を言われる筋合いはないだろう。

 

「あたしも、エレンちゃんの恋路を応援してるから、頑張ってね♪」

「そうですね・・・はい!頑張ります!」

 

 凪の後押しを受けたエレンは、完全に元の調子を取り戻した。

 その後ろで、

 

「ねぇ、アリス」

「なに、ステラちゃん?」

「結局、焚きつけるだけ焚きつけただけじゃない?」

「あら?エレンちゃんみたいな可愛い子に好意を向けられるんだから、真も嬉しいんじゃないの?」

「正直、その姿があまり想像できないのだけど・・・」

 

 ステラの脳裏に思い浮かぶのは、今までよりさらに積極的にアピールをして困った顔を浮かべる真の姿だった。

 だが、

 

(まぁ、エレンに恋をさせたんだから、それくらいは受け入れてもらわないとね。それに、あたしだって・・・)

 

 これから待ち受けるだろう真の苦労と、自分もあまり人のことを言えない事実に、ステラも人知れずやる気をみなぎらせた。




モンハンライズの先行体験版をダウンロードしました。
地味にモンハンやるの、1年近くぶりなんですよね・・・。
なにせ、PS4を持ってないのでワールドとかはやれず仕舞いですし、XXはちょっとモンハンをこじらせたというか邪道進化させちゃった迷作なので結局やらなくなってしまい・・・。
最近はずっとFPS系をやってたので操作もおぼつかないところもありましたけど、3DSのやつは素人なりに全部やりこんだのでそれなりに動けました。
まぁ、ボタンが増えて慣れない部分もありましたけどね。
とはいえ、やっぱり正統進化のワールドを受け継ぎつつ新しいアクションも出て面白かったので、予約はしてませんが買うことになりそう。


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複雑で単純な恋愛事情

「ふ~ん、そういうことがあったんだ」

「ずいぶんと軽いな」

 

 エレンたちが買い出しがてらガールズトークをしている頃、真もまた一輝に昨夜何があったのかを話していた。

 その上での一輝の感想は、かなりあっさりとしたものだった。

 

「いや、そこまで言ったんだったら、もうすでに答えは出ているようなものなんじゃないかなって」

「そういうもんかね・・・っていうか、もう少しアドバイスをしてくれてもいいんじゃないのか?」

「僕だって、そんなに恋愛に詳しいわけじゃないよ?」

「だろうな」

 

 最初からあまり期待していなかっただけに、真も思った通りだったと小さくため息をついた。青春を犠牲にして鍛錬をしていたのは一輝も同じなのだ。

 だが、自分だけこのような話をするのはなんとなく気に喰わなかった真は、少し踏み込んで一輝に尋ねかけた。

 

「というか、そんな他人事でいいのか?お前だって俺のことは言えないだろう」

「ど、どういうこと?」

「とぼけるな。お前だって、ステラと付き合い始めたんだろう?」

「え!?なんで知ってるの!?」

「その反応、やっぱりか・・・」

「あっ!もしかして、カマをかけたの!?」

「いや、聞いていた状況で半分以上は予想していた。あんなことがあって2人きりになったんだから、何かあると思うのは当然だろう。で?どうなんだ?」

 

 おそらく凪と珠雫も気づいているだろうということは伏せておきつつ、親友の恋愛事情に首を突っ込んでいく。

 対する一輝は、親友のあまり見ない姿勢に狼狽しながらも話す。

 

「ど、どうって、なにが?」

「一輝は俺とエレンの様子がおかしいって言っていたが、お前だってあまり人のことは言えないぞ。ステラ共々、微妙にソワソワしてたし。まぁ、他に気付いている奴がいるかは知らんが」

「べ、別に、何もないよ?そもそも、昨夜僕からも告白して付き合い始めたばかりだよ?」

「まぁ、言われてみればそうか」

 

 最初の模擬戦の後から真に好意を示しているエレンと違い、一輝とステラは正真正銘、想いを伝えあってから1日も経っていないのだ。なにかを期待するには、まだ早すぎると言える。

 むしろ、翌日からベッドに忍び込んだエレンが大胆すぎるのだ。

 

「あー、でも、看病してくれたこと以外だと、ステラから頬にキスはされたかな」

「・・・それだけか?」

「うん」

「・・・いや、まぁ、そんなもんか」

 

 一瞬、少し大人しすぎるような気がした真だったが、ステラも奥手なのかもしれないと考え直すことにした。

 

「そう言う真はどうなの?アピール自体は前からあったよね?」

「そう、だな。アピールと言うか、構われているというか・・・昨夜キスされたのもそうだが、ほぼ毎晩同衾状態だし」

「ど、同衾!?」

「寝てるだけだ。やましいことはない」

「そ、それでも、毎晩なんだ・・・」

「俺も最初はせめて多くても3日に1回くらいにしてくれって言ったが、結局説得は諦めた」

「へ、へぇ~・・・」

 

 自分と比べてあまりに先へと進んでいる親友を前に、一輝は戦慄を隠しきれない。

 だが、そこでふとあることが気になった。

 

「あれ?でも、真とエレンさんって付き合ってるわけじゃないんだよね?」

「そうだな」

「でも、一緒に寝たりするんだよね?」

「・・・そうだな」

「・・・どういう関係?」

「知らん」

 

 一輝の素朴な疑問を、真はバッサリと切り捨てた。

 

「し、知らんって・・・」

「あ~、言い方が悪かったな。ぶっちゃけ、俺もよくわからん。そりゃあ、エレンのことを嫌っているわけじゃないが、好きかどうかと言われても・・・」

「でも、少しくらいは受け入れてもいい、って言ったんだよね?」

「その言葉は俺に刺さるからやめてくれ・・・まぁ、それはそうなんだが・・・なんと言うか、俺がエレンに押されっぱなしになってるだけなんじゃないかって思っている自分もいるというか、そんな感じだ」

「なるほどね」

 

 真の言葉に、一輝もなんとなくながら理解を示した。

 たしかに、相手に押されっぱなしで主導権を握られていると言えば、たしかに同じような状況だろう。

 それでも、一輝は完全に納得したわけではなかった。

 

(真って、そんな簡単に流されるような性格じゃないと思うんだけど・・・)

 

 たしかに恋愛ごとに関しては経験がほとんどないが、それでも真には決してぶれない芯があることを一輝は知っている。

 だからこそ、たとえ経験がない事柄だったとしても、真が簡単に雰囲気に流されるとか相手のペースに押されっぱなしになるというのは意外だった。

 そこでふと、あることを思い出した。

 

(そう言えば、子供の時に指輪をあげたって言ってたよね。子供の時にエレンさんが好きだったとしたら、もしかして、今の真はエレンさんを意識していることを意識しないようにしている・・・?)

 

 ありえるかもしれない可能性をあれこれと考える一輝だったが、それでも結局それ詮索は止めることにした。

 

(あれこれ詮索するのも悪いし、僕だってあまり人のことばかり気にしていられないからね・・・)

 

 一輝もまた、初めての恋人を得て手探りの状態なのだ。真のことばかり考えてるわけにもいかない。

 

「そういえば、何か僕たちで用意しなきゃいけないものってあったっけ?」

「ないとは思うが、軽食くらいは作っておこう。あぁ、一輝はゆっくりしてていいぞ。お前は今回祝われる側だしな」

「それを言ったら真もじゃない?」

「俺は昨夜祝われたからいいんだよ」

 

 そんなことを話しながら、真は冷蔵庫の中を物色する。

 

「軽くつまむのにちょうどいいものは・・・野菜があるし、即席漬けでも作るか」

 

 勝手知ったると言わんばかりに冷蔵庫の中をあさる真は、中から適当な野菜と調味料を取り出して慣れた手つきで即席漬けの用意をする。

 ちょうどそのとき、扉がガチャリと開いた。

 

「ただいまー」

「ただいま戻りました」

「おっ、来たか」

 

 ちょうど作り始めたタイミングで、エレンたちが買い出しから戻ってきた。

 そこに、凪が台所で即席漬けを作っている真を発見する。

 

「あら、それは何かしら?」

「即席漬け。何かつまんで待っていようと思ってな」

「なるほど、あれですか」

「エレンは食べたことがあるの?」

「はい、何度か」

「あっ、皆おかえり。僕も何か運ぼうか?」

「大丈夫ですよ。お兄様は主役なんですから、重いものはそこのゴリラに持たせればいいんですよ」

「誰がゴリラよ!!」

「ちょっ、こんなところで喧嘩はダメだって!」

 

 珠雫の挑発にステラがのっかって軽く喧嘩を始めたが、慌てて仲裁する一輝と当事者を除いた3人はやれやれと言いたげに苦笑しながら、仲裁を一輝に任せてそれぞれ祝勝会の準備を始めるのであった。




今回は次回への繋ぎ的な感じでけっこう軽めに。
1ヵ月以上空いてしまったので、感覚を取り戻す意味合いも兼ねてね。


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教師・如月真

 一輝の祝勝会を終えた翌日、真たちは教室で午前の実践授業を受けていた。

 

「さて、今から魔力制御の訓練を始める」

 

 そう言って、この授業を受け持っている仁は教卓の上に6cmほどの大きさの立方体の粘土を置いた。

 

「今から君たちには、この粘土を丸く整えてもらう。すでに何度もやっているだろうが、次回からは新たに内容を追加していくから、復習くらいの気持ちでやってもらってくれ。次からは訓練場で行うからそのつもりで。今回の制限時間は30分としよう。それでは、各自始め!」

 

 仁が号令をかけると、それぞれ一斉に魔力を放出して粘土を整形し始めた。

 この訓練は仁が言った通り、魔力制御の訓練の中でも一般的なものだ。

 とはいえ、見た目ほど簡単なものではなく、魔力放出の精度が十分でないと梅干しのようにしわくちゃで不格好なものになってしまう。

 中学から習う手法であるため、多少苦戦しているものの徐々に形を整えていっている。

 その中で、

 

「おい、如月真。何をしている」

 

 真は生徒手帳をいじっていた。(ちなみに、授業中は仁は真のことをフルネームで呼ぶと決めてある)

 

「いや、だって終わったし」

 

 そういう真の前には、綺麗な球状に整えられた粘土が転がっていた。

 開始してから10秒も経っていないのに、だ。

 

「だからといって、誰がサボっていいと言った」

「そうじゃなくて、どうせならなんか作ろうと思って。そのための資料を見てんの」

 

 額に青筋を浮かべながら近づいてくる仁に、真は周りには見えないように生徒手帳の画面を仁に見せた。

 

「・・・制限時間までに仕上げられなければ罰則を与えるぞ」

「厳しいなぁ・・・まぁ、わかったって」

 

 仁はため息を吐きながらも一応は納得し、元の位置へと戻っていった。

 その様子が気になったのか、つい先ほど終わらせたエレンが画面をのぞき込もうとした。

 

「シン。いったい何を作ろうとしているんですか?」

「それは、できてからのお楽しみってことで」

 

 エレンに見られる前に真は生徒手帳の電源を切り、さっさと作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 およそ30分後。

 真の前には、ミニチュアサイズの洋風の城が出来上がっていた。

 

「うし。まぁ、こんなもんか」

「「「・・・・・・」」」

 

 満足げに頷く真の周りでは、しーんと静寂に包まれていた。

 なにせ、真が作り上げた城は形だけのものではなく、細かい装飾まで完全に再現されたものだったのだから。

 

「ほら、兄、じゃなくて、先生。これでどうよ」

「・・・合格だな」

「あれ?もうちょっと褒めてくれてもよくない?」

「余裕をもって終わらせておいてよく言う。途中から細部までこだわりだしただろう」

 

 仁の言う通り、20分ほど経った時にはすでにほとんど完成しており、残りの10分はさらに細かい部分の装飾に力を入れていた。

 

「シン。これは・・・」

「シン〇レラ城。実物は見たことないけど」

 

 そう言いながら真が生徒手帳の画面をエレンに見せる。そこには、某夢の国の城が映っていた。

 

「本当は内装もやってみたかったんだが、これだと小さすぎるからな~。せめて1m四方はないとできん」

「いえ、それでも普通はできないと思いますが・・・まぁ、シンですからね」

 

 最初は驚いていたエレンだったが、次第に落ち着いていくと「真だから」で納得した。

 そもそも、真がやっていた魔力放出の訓練はこれとは比較にならないほど難しいのだ。

 この程度では、それこそ真にとってお遊びにしかならないのだろう。

 そんな中、真は周りのことを気にせず生徒手帳で写真を撮ってから仁に尋ねた。

 

「さて・・・これ、崩した方がいい?」

「当然だ。まさかこのまま訓練に使うわけにはいかないだろう」

「あいよ」

 

 仁の指示に従って、真は粘土で出来た城をためらいもなく潰し、あっという間に元の6㎝角の粘土ブロックに戻した。

 周囲から「あっ・・・」という声が上がったが、仁は気にせず授業を進めた。

 

「さて、これは参考にならんから無視しても構わん。それと、今からはこれからやっていくことになる訓練の説明をしていくぞ」

 

 そう言って、仁は授業を続けたが、真とエレン以外は結局授業に集中することができなかった。

 

 

* * *

 

 

「あの、如月先輩!少しいいですか!」

 

 午前中の授業を終えて昼食も食べ終え、いつものメンバーで歩いていると、真の後ろから声をかけられた。

 振り向くと、話しかけてきたのは真のクラスメイトの女子だった。後ろには、他のクラスメイトの男女7人ほどが立っている。

 真にはなぜ話しかけられるのか心当たりがないが、それでもクラスメイトであるのは違いないため彼女たちに振り向いた。

 

「なんだ?」

「えっと、私たちに魔力制御を教えてください!」

 

 そう言って、その女子は頭を下げた。

 

「いやいや、ちょっと待て。別に頭を下げなくてもいい。ていうか、なんで俺に?」

「だって、さっきの魔力制御の訓練ですごいのを作ってたじゃないですか!」

「ねぇ、エレン。すごいのってなに?」

 

 話している内容が気になったのか、ステラがエレンに問いかける。

 それに答えたのは、急に頭を下げられて少し困っていた真だ。

 

「あ~、これのこと」

 

 そう言って、真は生徒手帳を操作して例のシン〇レラ城を一輝たちに見せた。

 

「うわっ、なにこれ!すごいじゃない!」

「なんだか、私の魔力制御が霞んで見えてしまいそうですね・・・」

「これ、展示したらお金とれそうじゃない。このお城、結局どうしたの?」

「元の粘土ブロックに戻した。あのままじゃ他の訓練に使えそうにないってことで」

「なにそれ!すっごいもったいないじゃない!!」

 

 真のある意味残酷な宣告に、ステラは真に噛みついた。

 おそらく、自分も実際に見て見たいのだろう。

 興奮冷めやらぬステラに、一輝はステラを宥めながらも真に話しかけた。

 

「ステラ、ちょっと落ち着いて・・・真、これってまた作れるの?」

「材料があれば。粘土なら、たしか売店に売ってたっけか?」

「うん、自主練習用のやつがあったと思うよ」

「それなら買って来るわ!」

 

 真の返答を聞く間もなく、ステラはダッシュで売店へと向かっていった。

 

「・・・ずいぶんとわんぱくな皇女様なことだ」

「あはは・・・それで、どうするんですか?」

「魔力制御の指導のことか?う~ん・・・」

 

 改めて、クラスメイトの申し出に真は頭を捻った。

 

「な、なぁ、駄目なのか?コツを教えてくれるだけでもいいんだ」

「コツって言ってもな、マジで反復練習しかないぞ」

「それなら、如月先輩の練習法を教えてもらうことはできる?」

「それなんだけどなぁ・・・」

 

 たしかに、真はクラスメイト達に魔力制御を教えようか悩んでいる。

 だがそれは、教えるのが面倒だからでも、練習方法を教えたくないからでもない。

 

「俺の練習方法なんだが、参考にならないってことで理事長先生のお墨付きをもらってるんだよなぁ・・・」

 

 そう、真のあの練習方法は凡人には一切参考にならない。そもそも、魔力量によってできるかできないかで極端にふるいにかけられるのだ。

 そのため、少なくともエレンと同じように指導するということは不可能だった。

 

「そ、そうなのか・・・」

「そう、だったんですね・・・」

 

 真の返答に、クラスメイトは思わず肩を落とした。

 さすがに彼らもすぐに魔力制御が上手くなるとは思っていないだろうが、それでも格段に上手くなるかもしれない方法が参考にならないと言われては落胆するのも無理はないだろう。

 真も良心が痛んだのか、少し考えてから代替案を出した。

 

「・・・魔力制御ってのは生まれながらのセンスか地道な訓練くらいしか上達する方法はない。全部に共通するコツなんてないようなもんだ。だから、空いた時間に簡単にできる練習方法ならいくつか教えてやる。それでいいか?」

「「「本当か?!(ですか!?)」」」

 

 真の言葉に、クラスメイトたちは目を輝かせながら顔を上げた。

 その勢いに真は思わずのけぞりながらも頷きを返した。

 

「あ、あぁ。それじゃあ、ちょっと移動するか。一輝たちは?」

「僕はいいかな。あまり参考にならないかもだし・・・それに、ステラを待ってた方がいいと思うからね」

「私も遠慮します」

「なら、アタシも珠雫たちと一緒にいようかしら」

「私はせっかくなのでシンについて行きます」

 

 結局、同行を申し出たのはエレンだけだった。

 

「そうか。それじゃあ、移動するか」

「はーい」

「よっしゃ!頼むぜ!」

 

 こうして、急遽真による魔力制御の講座が開かれることになった。

 

 

 

「待たせたわね!って、あれ?シンは?」

「すでに行ってしまいましたよ。それにしてもなんですか、その量は。力自慢でもしたいんですか?」

「そんなんじゃないわよ!せっかくなら大きいのを作ってもらいたいじゃない!」

「あらあら、これじゃあ寮の部屋ではできそうにないわね」

「あはは・・・」

 

 

* * *

 

 

 しばらく歩いていると、真たちは屋外にある訓練場に着いた。厳密には、そこにある砂場だ。

 

「あの、如月先輩?ここでやるんですか?」

「そうだ。だが、始めに言っておくぞ?練習方法とは言ったが、ぶっちゃけただのお遊びだ」

「「「「「え?」」」」」

 

 まさかとっておきの練習方法をお遊びと断言されるとは思わなかったのか、エレンを含めた全員がポカンと口を開けた。

 

「あの、魔力制御の練習なんですよね?」

「そうだぞ?」

「なのに、お遊びなんですか?」

「そうだ。というか、お前らはなにか勘違いしてないか?」

「え?」

伐刀者(ブレイザー)のお遊びなんて、だいたい楽しめる訓練と同じだぞ?粘土の整形だって、見方を変えれば粘土遊びだし」

「「「あっ・・・」」」

 

 ここにいる全員、訓練と遊びは別物だと無意識に考えていたのか、あるいは成人したから子供のような遊びは恥ずかしいと考えていたのか、目から鱗のようだった。

 そして、エレンも真の言葉に心当たりがあった。

 いつも朝にやっている、魔力の足場を作った上でのランニング。あれも見方を変えれば、“魔力を用いた竹馬”という捉え方ができるのだ。

 

「魔力制御の訓練で何が大切かって言われたら、それは継続することだ。そして、継続するために何が必要なのかと言われれば、習慣を作ること。もっと言えば、飽きないようにすることと空いた時間でできるようにすることだ。そうしてコツコツ続けていって、魔力制御が上達したら今度はさらに難しい難易度を用意する。そう考えると、一種のゲームみたいだろ?」

 

 真の言葉に、クラスメイトたちの中の価値観が変わっていく。

 今まで、クラスメイトたちは練習と聞けば真っ先に苦手意識や授業という感覚が思い浮かんだ。つまり、訓練を楽しむという感覚が存在しなかったのだ。

 クラスメイトたちに新たな価値観を植え付けるように、真の講義は続いていく。

 

「必要だったら、機会があればこれからもこの講義を続けてもいい。だが、こういうのは俺に教わるだけじゃなくて自分でも考えてみろよ?人から言われたとおりに続けるより、自分で考えて進んでいく方が面白いからな。今回は特別に、俺が直々に指導してやる」

「はーい!」

「ありがとう、如月先輩!」

「さて、それじゃあ・・・」

 

 目がキラキラし始めたクラスメイトたちに、真は内心で「ちょっと焚き付けすぎたか?」と思いながらも、期待された分は返そうと指導を始めた。

 

 

* * *

 

 

「あ~、疲れた・・・」

「お疲れ様です、シン」

 

 結局、真も指導に熱が入ってしまい、落ち着いたのは20分ほど経ってからだった。

 

「は~、やっぱ慣れないことはするもんじゃねぇなー。肩がこる」

「そう言うわりには、随分と手慣れていましたよね?」

「まぁ、さっきのは親父の受け売りだからな」

「シンのお父様、ですか?」

「そう。一緒に戦場を旅して回って、その中で教えられたことの1つだ。ぶっちゃけ、戦場が遊び場のイカれた指導だったが」

「それは、なんというか・・・」

 

 エレンも魔導騎士を志している以上、戦いそのものに対して忌避感を持っているわけでもないし、戦争は小規模であれどうしても起こってしまうということは理解している。

 それでも、戦場を遊び場と言えるような価値観は持っていない。

 反応に困ったエレンだったが、真もこれ以上この話題は続けたくないと半ば強引に切り替えた。

 

「にしても、意外とできてない奴が多いな」

 

 そう言う真の視線の先には、砂場で砂山を作っているクラスメイトの姿があった。

 ただ砂山を作っているだけでなく、2つの山に分けては平らにならし、再び砂山を作る、というサイクルを繰り返している。

 これが、今回真が教えたお遊びだった。

 魔力放出によって円錐形の砂山を作り、その後に砂山を頂上から真っ二つに割って、最後に上から押し潰して平らにならす。

 これらを、できるだけきれいな形に整え、崩さないように割り、少ない魔力で整地する。

 言葉で言うだけなら簡単だが、綺麗な砂山を作るだけならまだしも、砂山を割る段階で苦戦する姿が多い。

 砂山を崩さずに割るには、できるだけ細い板状に魔力を放出する必要があり、それがクラスメイトたちにとって難しかったのだ。

 だが、中にはコツを覚えたクラスメイトもいるようで、そうした者たちが他の出来ない者たちにアドバイスしている。

 

「青春だねぇ・・・」

「シン。その言い方は少し年より臭いですよ」

 

 しみじみと呟いた真に、エレンは苦笑しながらツッコミを入れた。

 そんなほのぼのとした時間が流れていると、不意に真の生徒手帳から着信音が鳴った。

 送り主は、選抜戦実行委員会だ。

 

「へぇ、思ったより早かったな・・・いや、3日に1回は試合があるって兄貴も言ってたし、こんなもんなのか」

「かもしれませんね。それで、相手は誰ですか?」

「ちょっと待てよ。今確認する・・・」

 

 言いながら生徒手帳を操作してメールを確認した真だったが、以前栗生と試合を行うと知ったときよりも5割増しの嫌そうな表情を浮かべた。

 なんとなく嫌な予感がしたエレンは、画面をのぞき込んで内容を確認した。

 

「うわぁ・・・」

 

 そして、エレンもメールの内容に納得と嫌悪の表情を浮かべた。

 遠目でもそれがわかるほどだったのか、クラスメイトたちが何事かと集まってきたが、真は気にする素振りを見せなかった。

 いや、気にすることができなかった。

 

 

 

『如月真様の選抜戦第二試合の相手は、二年三組・桐原静矢様に決定しました』




最近、暑くなったり寒くなったり、雨が降ったり止んだりで天気が安定しないからか、体が異様に重く感じる時があります。
春先なんてたいていそんなもんですけど、できればもう少し落ち着いてほしいかな・・・。


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労働はほどほどに

「はぁ?それって本当なの?」

「残念ながら、マジもマジだ」

 

 真による魔力制御のレクチャーが一段落し、夕食を食べ終えてからステラとの約束通り魔力放出による巨大粘土城の製作を始めたのだが、その時に明日の選抜戦の相手が桐原になったことを伝えたところ、ステラから呆れの声が出てきた。

 口には出していないものの、他の面々も反応は似たようなものだ。

 

「なんというか、一輝とやった直後の試合が真になるって、運命みたいね?」

「そんな運命なんてどぶに投げ捨てればいいだろ」

 

 さしもの凪も反応に困り気味で、少し茶化してみたものの真のしかめっ面はそのままだった。

 

「ったくよ~、何が悲しくてウザイ奴と連続で戦わなきゃいけねぇんだよ。ほんっと嫌になる・・・」

「あぁ、シンが正真正銘の不良みたいに・・・」

「でも作業の手は緩めないのね」

 

 吐き出す言葉は不良そのものだが、それでも作業はいっさい妥協せず、内装の製作に取り掛かった。

 

「ちなみにだけど、シンってキリハラとは相性はいいの?」

「そもそも、能力的に俺に相性の悪い相手なんていないんだが」

「それもそうね」

 

 真の能力は言ってしまえば『何にでもなれる能力』。その場で相手にとって相性が最悪な能力になることくらい容易い。

 そのため、真には天敵はほとんどいない。

 それでも、皆無というわけではないが。

 

「しいて言うなら、むしろ一輝みたいなゴリゴリの武術タイプが苦手だ」

「そうなの?」

「俺だって武術の心得はあるが、さすがに極めてはいない。能力抜きの純粋な体術とか剣術勝負になると、どうしても一輝には後れを取る」

 

 逆に言えば、武術を極めていない能力メインの伐刀者(ブレイザー)であればほとんど完封できるということにもなるが。

 そして、それほど武術を極めている人間など、真の頭の中には一輝を含めた3人ほどしかいない。

 

「まぁ、結論から言えば桐原は俺の敵になり得ない。むしろ、問題は他にある」

「それって?」

「俺がボコす前に桐原が棄権する可能性があることだ」

「「「「「あ~」」」」」

 

 真の言葉に、その場にいる全員が納得の声をあげた。

 桐原の異名である“狩人”の由来なのだが、主に2つある。

 1つは、彼の武装と能力。

 彼の能力は完全ステルス迷彩で、武装は弓矢という超距離武装。この2つによって、桐原は相手を一方的になぶることができる。

 そしてもう1つは、彼は自分より強い相手、相性が悪い相手とは決して戦わないことである。

 完全ステルス迷彩を確実に破る方法は、広範囲攻撃でリングごと薙ぎ払うこと。

 桐原は、これができる相手とは一切戦おうとせず、試合をせずに棄権するのだ。

 “狩人”という異名は、この騎士らしからぬ戦い方からついたものなのだ。

 

「俺の能力は、栗生との試合ですでに明らかになっている。俺の能力を知っていれば、広範囲攻撃ができることくらい、すぐに予想できるだろう。一応、出力は抑えめにしてあるから、できないと高を括ってくれる可能性も0ではないが」

「さすがに、それはないですかね?」

「桐原はクソだがバカじゃない。一輝に負けてメンタルはボロボロだろうが、そういうのには敏感だろうからなぁ」

 

 少なくとも、仮にステラやエレンと戦うことになった場合、桐原は迷わず棄権するだろう。

 真であれば可能性は0ではないが、それでも確率は限りなく低い。

 

「最悪、脅してでも試合に引きずり出すっていう手もなくはないんだが、それやると確実に罰則を喰らうからなぁ。マジで運頼みだ。しかも分が悪いやつ」

「真って、運頼みは嫌いな方なの?」

「運に任せるくらいなら、自分でなんとかするほうが建設的だろ」

 

 真とて運を否定するつもりはないが、最初から運頼みというのはあまりいい気分ではない。

 少なくとも、真は神頼みというものをしたことはなかった。

 

「まぁ、そのことは流れに任せるとして・・・ほら、これでいいか?」

 

 話している間に作業が終わったらしく、真の前には人の背丈と同じくらいの城が出来上がっていた。

 窓を覗いてみれば、ちゃんと部屋や家具も作られている。

 

「わぁ!本当にすごいわね!!」

「これは、さすがに私でも真似できそうにありません」

「それより、これって形を保ってるの?粘土だったら、わりと崩れやすいと思うのだけど」

「要所を魔力放出でカバーしてる。だから、けっこうキツイ」

 

 たしかに真の魔力制御は超一流だが、だからといってそれがいつまでも続くと言うわけではない。

 このレベルの魔力放出を維持するとなると、今の真では10秒前後が限界だ。

 

「だから、写真を撮りたいなら早くしてくれよ」

「ちょっと待って!すぐに撮るから!」

 

 そう言うと、ステラは目に留まらぬほどの速さで生徒手帳を取り出し、カメラ機能で全方位からパシャパシャと粘土城を撮影し始めた。

 だが、

 

「っと、そこまでだな」

「あぁ?!」

 

 10秒ほど経ったところで真が魔力放出を解除し、粘土城は崩れてしまった。

 そして、それからすぐに真は魔力放出で粘土の塊を1m四方の立方体に整形した。

 

「ふぅ~・・・さすがに疲れたな」

「お疲れ様です、シン」

 

 大きく息を吐いて座り込む真に、エレンが後ろから冷えた麦茶を差し出した。

 

「ありがとな、エレン」

「いえ、気にしないでください」

「ちょっとシン!もう1回!もう1回だけお願い!」

 

 エレンから渡された麦茶を飲んで一息ついた真に、ステラがこれでもかと言わんばかりに食い下がった。

 対する真は、心底嫌そうな表情になる。

 

「ヤだよ。つーか、明日選抜戦がある人間にさらに労働を強いるのか?それは人の上に立つ者としてどうなんだ、皇女サマ?」

「報酬は払うから!」

「そういう問題じゃねぇよ。明日に備えて休ませろって言ってんの。ていうか、別の日にやるって選択肢はないのか?どのみちやらねぇけど」

「そこをなんとか!」

「だ~、めんどくせ~」

 

 意地でも引き下がらないステラに真が辟易してきたところで、エレンが横から口を挟んだ。

 

「ステラ様、そこまでです。元々、今回シンが城を作ってくれたのはステラ様がどうしてもと仰ったからですよ。これ以上わがままを重ねてはダメです」

「うぅ~・・・わかったわよ・・・」

 

 従者として来ているエレンに諭されたことで、ステラは渋々ながらもこれ以上の要求をやめた。

 

「まったく、子どもっぽい人ですね。まぁ、かくいう私も真さんの技をもっと見たかったですが」

「そうは言っても、魔力放出に限定した魔力制御なら行きつく先は誰でも同じだ。できることは、反復練習と応用。こればっかりは、俺も教えれることは少ないからな~」

「あら、そう言うわりにはクラスメイトの子に指導してたわよね?」

「俺が教えたのは、魔力制御のコツじゃなくて上達するための心構えと練習方法だけだ。それがたまたまうまくハマっただけだよ」

 

 そう言う真だが、真の指導によってクラスメイトの魔力制御の基盤はさらに盤石なものになるため、結果的にクラスメイト達のためになっていることに変わりはない。

 エレンも笑みを浮かべて真の横顔を眺める。

 

「それはそうと、そろそろ部屋に戻った方がいいんじゃないか?」

「あら、もうこんな時間なのね」

 

 時計を見れば、すでに9時に近い時間になっている。

 寮の門限が9時になっているため、すでに学内にいるとはいえ戻った方がいいのはたしかだろう。

 

「それじゃあ、また明日ね。明日のシンの選抜戦は、みんなで見に行くわ」

「幸い、時間は誰もかぶってないしね」

「そりゃどうも。んじゃ、また明日。あ、ステラは粘土持ってけよ」

「うっ、わかったわよ・・・」

 

 さりげなく粘土を放置して帰ろうとしたステラだが、さすがに自分が買ったものを人の部屋に置いておくのは罪悪感があるのか、主に一輝に対して申し訳そうにしながらも粘土を以て自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 それからは特に何事もなく、風呂も入ってあとは寝るだけとなった。

 だが、

 

「・・・結局、こうなるのな」

「えへへ」

 

 まるでこうするのが当然だというように、エレンは真のベッドにもぐりこんでいた。

 真としては、選抜戦の前くらいはゆっくり寝たいため別々がいいのだが、すでに諦めた表情でエレンに背を向けて横になっていた。

 なのだが、今夜は少しいつもと違った。

 もぞもぞとエレンが真に近づくと、真の首に腕を回して後ろから抱きついたのだ。

 

「・・・なんだ?今夜はいつにも増して積極的だな」

「いえ、特に理由はありませんよ。なんとなく、ですかね」

「なんとなく、か」

「えぇ。なんとなく、です」

 

 それから沈黙が続いたが、どことなく抱きつく力が強く感じた真は、もしやと尋ねた。

 

「もしかして、明日の選抜戦に思うところがあるのか?」

「・・・ないわけではありません」

 

 やっぱり、と真は思ったが、その考えはすぐに否定された。

 

「ですが、こうしているのとは違います」

「違うのか?」

「はい・・・今日の実習で、シンが私よりもずっと遠いところにいた気がしたんです」

「・・・そう、か?」

 

 たしかに、実力差という意味なら、真はエレンよりもはるか先にいる。

 だが、それは学園で初めて会った日の模擬戦ですでに明らかになっていることだ。

 それが、今さらになって不安材料になるものなのか。

 真としてはそれが疑問だったが、エレンにとっては違ったようだ。

 

「はい。なんて言えばいいんでしょうか・・・そうですね。違いがはっきりしてしまったから、ですかね」

「違い?」

「えぇ。あの戦った日は、魔力量とか能力とか、言ってしまえば才能で負けている感じがしました。ですが、今日は才能ではない、純粋な技術でもはっきりと違いを見せつけられました。当然、魔力制御にもセンスはあるのでしょうが、それでも真の魔力制御は鍛錬によって積み上げられた、センスだけでは片付けられないものです。それを見て、この人は私とは違う世界にいるんだって見せつけられてしまって・・・」

「それで、俺が遠くにいる気がしたのか?」

「はい。ついでに言えば、ちょっと不安にもなりました。私は、本当にこの人についていけるのか、って・・・」

 

 その言葉を聞いて、真はハッとした。

 一輝とステラ、真とエレンでは、関係は似て異なるものなのだ。

 一輝とステラは、互いに高め合うために、互いに強くなるために、そして、来たる七星剣武祭で頂点を争うために。2人はその誇りと志によって繋がっているのだ。

 だが、エレンは違う。

 もちろん、エレンにも似たような気持ちはあるのだろうが、エレンが求めるのはあくまで真の隣だ。

 ステラと違い、いつまでも後ろを追いかけているという事実に、どうしても不安を感じてしまうのだ。

 その言葉を聞いて、真は考え込み・・・不意に、エレンの方に向き直った。

 そして、エレンの頭を優しく撫で始める。

 

「シン・・・?」

「悪いけど、俺は不器用だからな。足並みをそろえるってのはどうしても苦手なんだ。

けど、それでも俺はエレンが同じ場所に来るまで待つし、必要なら手だって貸す。

だから、そう不安にならないでくれ。少なくとも、今俺はここにいるから」

「・・・はい。ありがとうございます」

 

 真の言葉に、エレンはふにゃりと表情を崩し、そのまま真の胸を顔を押し付けて寝息を立て始めた。

 

(少し、クサすぎると思ったが・・・安心してくれたようで何よりだ)

 

 真も、エレンに対してまったく好意を抱いていないというわけではない。

 むしろ、他と比べれば好意を抱いていると言ってもいい。

 それでも、そのことを表に出さないのは、自分が異質だと理解しているからだ。

 下手に自分に近づきすぎると不幸になってしまうと弁えているから、その気持ちを心の中に押し込める。

 だが、だからこそ、

 

(もし、エレンが俺と同じ場所にたどり着いたら、その時は・・・)

 

 果たして、それはいつになるのか。

 いつ来るかわからない未来に思いを馳せつつ、真もまた明日に備えるために瞼を閉じた。




こんな恋愛、してみたいとは思います。
思いますが、決して望みません。
現実にこんな理想を求めるとか、自殺行為に等しいんです。
だから、こうして思う存分に二次創作の中で書きまくっているわけですが。
意外とちょうどいい欲求発散になるんですよね、これ。


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“黒翼”vs“狩人”

 真の選抜戦二試合目当日。

 第7訓練場にて、真は目の前にいる相手を見据えていた。

 

『それでは、これより第五試合を始めます!』

「・・・まさか、棄権せずに立ち向かってくるとはな」

 

 今回、普段通りなら棄権するだろうと思っていた桐原がリングに立っていることに、真は驚きを隠せない様子で呟いた。完全に予想外というわけでもないが、それでも呆れずにはいられない。

 対する桐原は、真の呟きが聞こえたのか額に青筋を浮かべながら口を開いた。

 

「なんだって?まさかこの僕が、不良ごときに後れをとるとでも思っていたのかい?」

(あぁ、周りから情報が入らなかった上に、自分で調べたりもしなかったのか)

 

 桐原と一輝の試合については、試合が始まる前に一輝やステラたちから聞いているし、映像でも確認した。

 同時に、それ以来桐原の人気が下火になっていることも把握している。

 このことはクラスメイトからも聞いている。どうやら取り巻きの女子が軒並みいなくなった上に、他のクラスメイトからも遠回しにされるようになったらしい。

 そういうこともあって、桐原は非常にイライラしているのだろう。真と栗生の試合を確認せず、以前までの不良の評価を基準にしてここに来るくらいには平静さを失っているようだ。

 となると、

 

(これは、潰し甲斐があるな)

 

 未だに真や一輝を格下に見ているのだ。それなり以上に痛い目を見てもらおう。

 黒い笑みを浮かべる真に桐原は気づいていないが、観客席にいるエレンたちは真から立ち昇る不穏な雰囲気に気付いていた。

 

「シン、またやりすぎたりしないでしょうか・・・」

「う~ん、こればっかりは僕も大丈夫って言えないかなぁ・・・」

「まぁ、アタシはボコボコにしてくれる分には構わないけどね」

 

 ステラは未だに一輝をズタボロにした桐原のことを根に持っているようで、どちらかと言えば真の肩を持っていた。

 そして、それはステラ以外の面々も同じようなものなのだが、それでもやりすぎてしまわないか心配になってしまう。

 栗生のことを聞いた後ならなおさら。

 

「この前、真と戦った栗生っていう先輩、部屋に引きこもっちゃったのよね」

「うん。一応、先生の方でメンタルケアをしてだいぶ持ち直したみたいだけどね」

 

 真と戦って、自信とか尊厳とかいろんなものを打ち砕かれた栗生は、試合が終わった後選抜戦不参加の旨のメールを委員会に送り、寮室に引きこもってしまった。

 なんでも、目を閉じるととどめを刺されたときの光景がフラッシュバックするようで、かなり怯えている様子だったらしい。

 今ではカウンセリングの教諭のおかげである程度は持ち直したようだが、念を入れて真には会わせないように徹底しているという。

 一輝としても、さすがに魔導騎士としての道をへし折るような真似は控えてほしいところでもあるのだ。

 だが、今回もそれは難しいだろう。

 

「シン、昨夜は食い入るようにイッキとキリハラの試合映像を見ていたので・・・」

「あえてそれを見続けるあたり、真って執念深いわよね~」

「あはは・・・」

 

 まるで背後にNAMAHAGEの幻影が見えるほどだった、とエレンは記憶しており、それを聞いた一輝は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 そんな中、リングでは実況と解説の教師が話しているところだった。

 

『それでは西京先生!今回の試合、どのようになると見ていますか?』

『そりゃあ、うちから見たら真坊が有利って感じかね~』

『なるほど!』

 

 解説席に座っているのは、派手な着物を着崩して身に着けている小柄な女性、西京寧音(さいきょうねね)だ。

 公私共に派手な人物だが、KoKのA級リーグで現世界3位という、世界的に見ても10本の指に入る実力者だ。

 そんな彼女が破軍学園にいるのは、助っ人のためである。

 要するに、黒乃の大量リストラにおける穴埋めの1人であり、黒乃と個人的なつながりもあって本業の合間に時間があるときに特別講師として教鞭をとっているのだ。

 ついでに言えば、如月家の関係で真とも顔を合わせており、真の力のことも知っている。

 そのため、寧音からすれば勝負はついているようなものなのだが、あからさまに贔屓するわけにもいかないのでやんわりとオブラートに包んで答えた。

 それでも、桐原のプライドを刺激したことに変わりはないのだが。

 

『それでは両者、固有霊装(デバイス)を展開してください』

「やるぞ、“夜羽”」

「狩りの時間だ、“朧月”」

 

 実況の声と共に、真は黒いコートを身に纏い、桐原は弓を顕現させて手に持った。

 

『それでは、本日第五試合、開始です!』

 

 そして、実況がスタートの合図を出すと共に、桐原は透明になってリングの上から姿を消した。

 

『おおっと!桐原選手の“狩人の森(エリア・インビジブル)”だ!』

 

 桐原の能力である“透明”で視覚は当然、五感のすべてで感知不能になる抜刀絶技(ノウブルアーツ)、“狩人の森(エリア・インビジブル)”をまんまと発動させた真に観客席ではステラが歯噛みしていた。

 

「ちょっと、どうして何もしなかったのよ!シンだってそれくらいのことはわかっているはずなのに!」

 

 範囲攻撃がない限り攻略手段がない“狩人の森(エリア・インビジブル)”だが、他に有効な手がないわけではない。

 それは開幕速攻。開始線にいるとわかっている最初であれば、攻撃を当てることは容易いのだ。

 そして、真も加速の能力を使えば簡単に終わらせることができたのだ。

 だが、真はそれをしなかった。

 その理由を、一輝とエレンはなんとなく察していた。

 

「多分だけど、()()()やらなかったんじゃないかな」

「え?」

「真なら、わざわざ開幕速攻を狙わなくてもリング全域を巻き込む範囲攻撃ができるからね。開幕速攻にこだわる理由はどこにもない」

「ですが、こうして見逃したにも関わらず、範囲攻撃をする素振りも見せていません。おそらくですが、シンは何か別の方法で攻略するつもりなのではないでしょうか。それこそ、範囲攻撃でも開幕速攻でもない、イッキとも違う方法で」

 

 一輝は破軍学園に入学してから共に過ごした1年間から、エレンは初めて会ったときからずっと想い続けて育まれた真への理解から、その真意を推測した。

 そして、それは当たっていた。

 

「なるほど。記録映像で見たことはあるが、こうして体感するのは初めてだな。たしかに、何も見えないし聞こえない」

「当然だ。僕の“狩人の森(エリア・インビジブル)”は無敵なんだ。お前ごときに破れるものじゃない」

 

 こうして話していても、桐原の声は全体を反響するように聞こえるため、声から位置を推測することもできない。

 とはいえ、真はその程度のことは気にしていなかった。

 

「そう言うわりには、一輝には破られたよな。まぁ、厳密にはちょっと違うが。ていうか、範囲攻撃で破られる無敵とか安すぎるだろ」

「っ、言ってくれるじゃないか!」

 

 度重なる真の挑発にとうとう我慢の限界を迎えたのか、声を荒げながら桐原は矢を放った。

 狙いは頭部。知覚不能の背後からの攻撃にはなすすべもない。

 そのはずだった。

 

「・・・本当に、安い奴だな」

 

 その不可視にして不可避の攻撃を、真はひょいと首を傾けて容易く躱した。

 

「・・・は?」

『なんとぉ!如月選手、不可視の矢を振り向かずに躱したぁ!』

「ば、バカなあ!そ、そうだ、まぐれだ。まぐれに決まっている!!」

 

 目の前の現実を受け入れられない桐原は、絶叫しながらも次々と矢を乱射する。

 だが、

 

『きっ、如月選手!不可視の矢を次々と躱していく!しっ、しかし、それは映像越しで見ている我々だからわかることのはず!如月選手には、この不可視の矢が見えているとでも言うのでしょうかぁ!』

 

 真はステップを刻みながら、最低限の動きで次々と桐原の矢を躱していく。

 まるで質の悪い悪夢のような光景に、桐原は戸惑いと恐怖を抱き始めた。

 

「な、なんで、なんでお前みたいなカスが!僕の矢が見えているとでも言うのか!!」

 

 わけもわからずに叫び散らす桐原に、真は簡潔に答えた。

 

「勘」

「・・・は?」

「ただの勘だ」

 

 真から返ってきた、あまりに雑過ぎる解答に桐原は絶句するが、実況席に座っている寧音は爆笑した。

 

『うははははは!!なんだそりゃ!さすがに斜め上すぎる解答じゃんかよ~!!』

『さ、西京先生?これはいったいどういうことなんでしょうか?』

『どういうも何も、言葉通りの意味だろうさ。真坊は、ただの直感で桐やんの矢を避けてるってことさね』

「ばっ、バカな!そんなの、ただの妄言に決まっている!!」

『そりゃあ、うちだってそう思う。でも、真坊になると話は違ってくる。そもそも、うちらの直感と真坊の直感は違う』

 

 一般的な意味の“直感”とは、本来経験則に基づく無意識のものである。

 相手のわずかな動きや仕草などの情報からくる本能の警鐘。それを無意識に感じとり、余計な考えを挟まずに行動する。

 逆を言えば、一切の情報がなければ直感など働かない。

 実際、一輝も優れた武人であるため人よりも鋭い直感を持っているが、桐原相手にはまったく通用していない。

 桐原を下した“模倣剣技(ブレイドスティール)”を人の思考に対して使用した“完全掌握(パーフェクトビジョン)”も、一輝に当たった矢という情報を介して桐原という人物を暴いたのだ。

 

『でもね、たま~にいるんよ。一見なんにも情報がなくても、凡人にはわからない何かで最善策を手繰り寄せる、そんな()()が』

 

 その1人が、如月真であるというだけの話だ。

 寧音の解説に桐原は当然、会場にいる全員が絶句するが、エレンとステラ、一輝だけは納得していた。

 

「そういえば、真って真のお父さんと一緒に武者修行していたんだよね」

「えぇ。おそらくですが、その中で戦場も渡り歩いていたのでしょう」

「要するに、徹底的に実戦経験をつんで培った、ってことなのね」

 

 それは正解だった。

 真が“世界全録(アカシックレコード)”を使いこなすために世界を渡り歩いた際、内戦状態だった国にも足を運んだことがある。

 そこは、油断すればいつ死ぬかわからない戦場。そのど真ん中を、真は父と共に駆け抜け、あるいは戦った。

 その中で、真は五感で感じ取る情報に頼らず殺気を感じ取るスキルを身に着けた。(当然、誰もが身に着けられるものではないが)

 そして、その直感は桐原の完全迷彩ですらも捉えた。

 

「そ、そんなバカな・・・」

「だが、事実だ。まぁ、そんなもんに頼らなくてもどうにでもなるが」

 

 そう言うと、真は振り向かずに無造作に拳銃を後ろに向けて発砲した。

 放たれた弾丸は、見えていないはずの桐原の頬をかすめた。

 

「え、な、なんで・・・」

「たしかに五感じゃ捉えられないが、魔力は別だ。俺は今、このリング全域にごく微量の魔力を放出している。そうすれば、ソナーの要領でお前がどこにいるか手に取るようにわかる。あくまで知覚できないだけで、実体はあるからな」

 

 たしかに通常の方法では桐原本人を知覚することは不可能だが、実体まで消えているわけではない。

 だが、桐原ではなく桐原が存在する空間であれば、知覚することは可能なのだ。

 とはいえ、十分な魔力量と高等な魔力制御が要求されるため、誰にでもできるというわけではないが。

 

「さて、俺としてはこのまま終わらせてもいいんだが・・・俺の憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ」

 

 そう言うと、真は桐原に銃口を向けて引き金を引いた。

 次の瞬間、目に見えない暴風と共に桐原が姿を現した。

 

『なんと!桐原選手が姿を現したぁ!しかし、この状況で“狩人の森(エリア・インビジブル)”を解く理由はないと思いますが・・・』

『解除したんじゃなくて、解除させられたんよ。真坊が圧縮した魔力を桐やんにぶつけて、桐やんの魔力を無理やり引きはがしたんさね。これで桐やんはしばらく透明になることが難しくなるはずだ』

「な、なんっ・・・」

「悪く思うなよ。これは、自分がやってきたことが巡って自分に返ってきただけなんだからな」

 

 そう言うと、桐原の返事を待たずしてリングから真の姿が消えた。

 

『おおっと!これは桐原選手の“狩人の森(エリア・インビジブル)”!如月選手の“世界全録(アカシックレコード)”だぁ!』

「なっ、なんで僕の“狩人の森(エリア・インビジブル)”が!それに、“世界全録(アカシックレコード)”だって・・・!?」

「あらゆる能力、固有霊装(デバイス)を使うことができる能力。それが俺の“世界全録(アカシックレコード)”だ。栗生との試合で使ったんだが、情報はできるだけ集めた方がいいぞ・・・さて、たまには狩られる側の立場を味わってもらおうか」

「! まっ」

 

 桐原も真が何をしようとしているのか理解し、咄嗟に止めさせようとしたが、無駄だった。

 次の瞬間、銃声とともに桐原の右手が撃ち抜かれた。

 

「ぎ、ぎゃああああ!!いっ、痛い、痛いぃ!!」

 

 今まで一切攻撃を受けたことが無い桐原は、初めての激痛に情けなくのたうち回るが、それを黙って見ているだけの真ではなかった。

 

「ッ"、ぃぎいいいぃぃ!?」

 

 再び銃声が鳴り、今度は左足が撃ち抜かれる。

 その後も、真は淡々と銃を撃ち続けるが、決して急所を狙おうとしない。腕や脚から、徐々に胴体に近づいていくように撃ち続けていく。

 あんまりと言えばあんまりな光景に会場は静寂に包まれ、エレンたちもわずかに眉をひそめていた。

 

「・・・イッキ。シンが撃ち抜いている場所って・・・」

「・・・うん。僕がやられたところとほとんど同じだね」

 

 要するに、一輝が桐原にやられたことに対する報復、ということだ。

 とはいえ、一輝がそれを望んでいるかと言えば間違いなくNoだし、ステラや珠雫も心から望んでいるというわけではない。

 おそらくは、他の僻み屋に対する牽制の意味合いもあるのだろうが、それでもやりすぎだと思わざるを得ない。

 だが、寧音はあくまで表情を変えず、口も開かない。

 寧音としても、内心少しスッキリするのが半分、自分も似たようなことはやったりやられたことがあるから口を挟みづらいのが半分といったところか。

 だが、決して長続きしたわけではなく、真による蹂躙は1分ちょっとで終わった。

 透明化を解いた真は、血まみれになって横たわる桐原の頭部に銃口を向けた。

 

「あ、あぁ・・・」

「これに懲りたら、少しは態度を改めろよ」

 

 そう言って、真は引き金を引いた。

 放たれた弾丸は、桐原の頭部ではなく、僅か横に逸れて桐原の眼前に着弾した。

 だが、それでも十分だったようで、桐原は白目をむいて気絶した。

 

「そ、そこまで!勝者、如月真!」

 

 それと同時に主審が勝者である真の名前を告げ、ただちに桐原を担架で医務室へと運んでいった。

 重症ではあるが、iPS再生槽(カプセル)で完治できる範囲だ。

 そうして、真もリングを後にした。

 

 

* * *

 

 

「まったく!シンはやりすぎです!」

 

 試合が終わり、真はエレンたちと合流したのだが、開口一番にエレンは真に向かってそう言った。

 

「キリハラのことが腹に据え兼ねたのはわかりますが、それでもいたぶるような真似はしなくてもよかったじゃないですか!」

「・・・別に、因果応報ってことでいいじゃねえか」

「だからといって、キリハラと同類になるのは嫌ですよ!」

 

 そっぽを向いて唇を尖らせる真に、エレンは怒り心頭で真を叱り続ける。

 その様子を、一輝たちは少し離れたところから見ていた。

 

「・・・なんか、真が拗ねてるところなんて初めて見た気がする」

「・・・アタシも、あんな怒り方をするエレンなんて初めて見たわ」

「・・・それで、これからどうします?」

「・・・さぁ?放っておいてもいいんじゃない?」

 

 最終的に凪の案に賛成した4人は、そそくさとその場から退散していった。

 

「シン!聞いていますか!」

「聞いてるって・・・」

 

 結局、エレンの説教、というよりも小言は寮室に戻ってからもしばらく続き、真は一緒に寝るまで不機嫌になったエレンと過ごさなければならなかった。




APEXのニュービープレイヤーに告げたい。
人数欠けがあるからって、即落ちするのはやめてほしい。
いや、ここで言うことではないんですけどね?それで1人隠密陰キャプレイをしなければならないことが2,3回あって、「これそういうゲームじゃねぇから!」ってつい愚痴っちゃいました。それで上位に行けたんで、余計に複雑ですね。

さて、話を本作に戻すんですが・・・ぶっちゃけ、この後の展開をあまり考えていないんですよね。
時間軸は原作同様1ヵ月ほど飛ばす予定ですが、飛ばした先でどうするかはまだ決まってなくて。
たぶん、間話的なものを挟んでから進行することになるんじゃないかなと。
あるいは、他の作品の執筆に集中するかもですね。


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