とあるオタク女の嶮難。 (SUN'S)
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第1話

○月%日

 

今朝、なぜか私は「月を落とす」なんて馬鹿みたいなことを言い放った女友達との他愛ない話で盛り上がっていると長方形のアタッシュケースを投げるように渡された。

 

私の誕生日は二ヶ月ほど先なんだが?等と思いながらもプレゼントを受け取ると「お前にも働いてもらうから覚悟しておけ」と言われた。

 

いや、どうして?私みたいなクリーニング店が科学者の仕事を手伝うってどういうことだよ。ちょっと体力がある程度の普通の女だよ?

 

そんなことを考えながらアタッシュケースの中身を確認するために施錠を外すと悪鬼転身"インクルシオ"の待機形態として出番の多かった両刃剣を模した玩具が入っていた。

 

うん、アイツって私の趣味を良く理解してるね。まあ、どっちかと言えば修羅化身"グランシャリオ"のフォルムの方が好きなんだけど。

 

ただ、最近は二つのコスプレを作るために3Dプリンター買おうかと考えてたし、このプレゼントのおかけで決心することが出来た。

 

あとでケーキでも渡しに行くとしよう。

 

○月℃日

 

昨晩、我が家の前に銀髪の豊満な女の子が立っていた。どこかで知り合った覚えはないが、向こうは「あたしのだからな!」等と訳の分からないことを言ってきた。

 

そういうのは恋敵や好敵手に言うべき言葉だと思うんだが?なんて言えば「船はあたしのだ!」と話が噛み合わない。

 

とりあえず、営業妨害するのはやめてくれないか?等と思いながら襟を掴んで店の前から遠ざける。だいたい、私は船なんて持っていないんだけど。

 

そんなことを溜め息を吐き出しながら伝えると「うるせぇっ!ぜったい、お前のせいで船が可笑しくなったんだ!」と私の話を聞く耳は持ち合わせていないようだ。

 

ちょっと痛いと思うが、悪い子にはお仕置きするのが大人の仕事だ。しっかりと反省するように強めに拳骨を落とすから避こるなよ?

 

そう言いながらパキッと左手の指を鳴らし、威嚇するように睨み付けるとダッシュで逃げた。なんか警戒心の強いウサギみたいな女の子だな。

 

しかし、女の子が逆ギレするような船を買えるほど私の店は儲かってるとは思えないんだが…。

 

そんなことを考えながら頼まれていた友人のシワとコーヒーの汚れを取り除いた新品のように仕立て直した白衣をケースに収納する。

 

この白衣を受け取りに来るのは明日って言ってたけど、余計な仕事を増やすのは止めるように伝えておくとか訳の分からないことを電話越しに言われた。

 

いったい、どういうことなのだろうか。

 

○月∴日

 

最近、仕事していると視線を感じることが増えたような気がする。自意識過剰なのかと最初は思っていたが、明らかに私のことを覗き見ている者が潜んでいるのは確かだ。

 

どこから見ているのかは分からないけど。

 

そろそろ鬱陶しくなってきたので警察にでも訴えてやろうか?なんて考えながら気だるそうな表情を治さず、スーツを受け取りにきた藤尭朔也に愚痴ると「あはは、そうなんですか?」と困ったように笑われた。

 

藤尭くんはストーカーとか関わり無さそうなタイプなのは分かるけどさ…。

 

仮にも知り合いの女が困ってたら助けようとか思わないの?と聞けば「いや、ほら、俺はデスクワークしか出来ないから…」とスーツを受け取るなり逃げやがった。

 

私は藤尭くんが意気地無しだとは思わなかったよ。まあ、他人の厄介事に関わろうとするのはお人好しかバカのどっちかなのは確かだけど。

 

とりあえず、警察に頼るのは最終手段だ。今後は必要な時しか独りで行動するのは控えつつ、正体を現したら思いっきりボコってやる。

 

 



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第2話

ゑ月∬日

 

今朝、客足の少ない時間帯に訪ねてきた櫻井了子から特撮の悪役を頼めないかと聞かれた。まさか櫻井さんが特殊撮影技術に使ってる機械を造ってるとは思いもしなかったよ。

 

そんなことを考えながら友達の頼みを断るのも失礼なので了承したら「この前のアタッシュケースに企画書も付属してるから宜しくね!」とクリーニングを終えたばかりの白衣を受け取ると腕時計を見ながら帰ってしまった。

 

しかし、二十代後半のオバサンが出演しても大丈夫なのだろうか?なんて思いながらも櫻井さんが話していた企画書を探すためにアタッシュケースを開けると教科書サイズの企画書が出てきた。

 

パラパラと企画書を流し読んでいると、この前のプレゼントは特撮の撮影で使用する小道具だったことが発覚した。

 

どうしよう、ちょっとだけ装飾の位置を変えちゃったんだけど。こういうのって謝った方が良いんだよね?と唸りながら悩み続ける。

 

それにしてもインクルシオでもグランシャリオでもなく魔獣転化"ハイブリッド"とか二つの性質を兼ね備えた武器とか良いところを適当に寄せ集めたような設定だった。

 

まあ、べつに良いんだけど。

 

ゑ月―日

 

そろそろ私の出番だって櫻井さんからメールが送られてきた。グランシャリオの色違いとはいえコスプレしてテレビ出演するのはドキドキする。

 

とりあえず、武闘派主人公を務めるツヴァイウィングの二人は殺陣を覚えてるそうだけど。どうにも可愛い女の子を殴るのは気後れしてしまう。

 

そんなことを思いながらカラフルな雑魚戦闘員と共にピッチリしたスーツを纏う二人の目の前に立ちはだかり、なんとか覚えたセリフを噛まずに言えた。

 

どうやら二人ともセリフはアドリブを入れてるみたいだけど、攻撃のパターンは覚えやすいし、すごく基本に忠実なモノだったので受け流し易かった。

 

二人ともセリフにアドリブは入れるけど。

 

たぶん、トレーナーなんかに教えられた動きの振り付けを破ることが出来ないようだ。おとなとして引っ張りたいけど、こういうのは本人の覚悟を見せる大切なところだ。

 

しっかりと自分を見せようとする気迫は感じるけど、もう少しだけ踏み出すために必要な勇気が足りないのかな?なんて思いながら二人のお腹を軽く叩いて戦線離脱する。

 

一応、極悪非道の悪役を演じるとはいえ女の子を殴るのは罪悪感しかないわね。

 

深い溜め息を吐きながら「おつかれ」とコーヒー缶を投げ渡してくる櫻井さんに「私の演技って大丈夫だったの?」と聞けばサムズアップが返ってきた。

 

ゑ月≧日

 

今朝、ずいぶんと汚ないワイシャツを持ち込んできた大きな男の人はボディービルダーなのだろうか?等と思いながら付着しているケチャップを手洗いで擦り落とす。

 

そういえば私の出演してしまった特撮は、何時になったら始まるのかな?と考えているとヨレヨレのジャケットを抱えた藤尭くんが入店してきた。

 

どうやら彼は外回りの時に不幸な出来事に巻き込まれることが多いみたいだ。それに、この前も通り魔の出没する住宅街に商品の宣伝のために通っていたみたいだし…。

 

それと私はクリーニング店を維持するのに大変だから藤尭くんを助けることは出来ないんだけど。そうだね、いつでも藤尭くんの愚痴を聞いてあげるから私のお店に来ればいいよ。

 

そんなことを言えば「もう、ホントに優しい。なんで了子さんと仲良しなのか、マジで分からないんだけど」等と言われたが、私が櫻井さんと仲良くなったのは最近なんだけどね。

 

まあ、仲良しって言ってくれるのは嬉しいけど。

 

 



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第3話

Å月∽日

 

今朝、私のお店の前で店内を覗こうとするサングラスを掛けた二人組の女の子が見えた。どうして、クリーニング店なんて覗こうとしたのだろうか。

 

そのことを尋ねるためにドアを開けると脱兎の如く逃げてしまった。私って怖そうな顔なのかな?等と櫻井さんに聞けば「まあ、目付きは悪いわね」と言われた。

 

そういうハッキリと教えてくれるのは櫻井さんの良いところなんだろうけど、もう少しだけオブラートに包んでくれると嬉しい。

 

まあ、櫻井さんはズバッと言ってくれるからダメなところを直しやすくて良いんだけど。他の人にもズバッと言い過ぎると勘違いされるかもしれないから気を付けなよ?

 

そんなことを話しながらコーヒーを飲んでいると魔改造してしまったハイブリッドの見た目を戻すために預けてくれないかと言われた。

 

今後は勝手に改造するのはやめておこう。

 

Å月∈日

 

昨晩、櫻井さんのお手伝いをしている雪音クリスと名乗る女の子が訪ねてきた。どこかで見たような気もするけど。

 

たぶん、他人の空似だ。

 

あんな訳の分からない言動を繰り返す女の子を櫻井さんが傍に置いておく訳がない。それに櫻井さんが寄越すってことは良い子なのは確かだ。

 

そんなことを考えていると「なんか言えよ」とエプロンの裾を引っ張って主張してきた。うん、あざと可愛いので許しちゃう。

 

それじゃあ、雪音さんもお店の覗き見してる二人組の女の子がいるのは分かるよね?なんて言えば「ああ、あたしも入るときに見た」という言葉が返ってくる。

 

はあ、マジですか。

 

今日も覗き見してるとは思いもしなかったけど、雪音さんが見付かってるのに逃げなかったのは可愛いせいだな。

 

そっと使わずに棚の中に仕舞っておいたペイントボールを雪音さんに手渡し、危ないヤツだって感じたら思いっきり投げ付けてくれないかと伝える。

 

とりあえず、謎の視線の正体は二人組の女の子だってことは分かったけど。か弱い女の子を思いっきりボコるのは気が引けるんだよね。

 

Å月:日

 

早朝、なぜかハイブリッドの形状を変更しようと櫻井さんが言ってきた。確かに著作権という北斗神拳より強いのがいるし…。

 

あんまり櫻井さんの意見に口出しするつもりはないけど。そのハイブリッドの形状を変えるって、どういう感じに変えるのだろうか。

 

そんなことを聞けばグランシャリオのフォルムを滑らかにしたような感じだと言われたが、私は錫色のカラーリングは気に入っているんだけど。

 

とりあえず、再登場する時は宜しくね。

 

それとスーツを着る時なんだけど、なんかチクチクすることが多いのは改善出来たりする?なんて他愛ない話で盛り上がっていると赤カブトみたいな男の人が入店してきた。

 

よく見ると藤尭くんも一緒に入ってくるところを見るに藤尭くんの上司かな?等と考えながら「いらっしゃいませ」と営業スマイルを浮かべる。

 

それにしても筋肉の城壁みたいな身体してる人を見るのって漫画やアニメ以外だと初めてなのではないだろうか?そんなことを思っていると「了子くんの友達とは君のことか?」と聞かれた。

 

まあ、そうですね。

 

櫻井さんとは飲み友達のような関係だったり、仕事の愚痴を聞いてあげる関係だったり、いろいろと仲良くしてますけど。

 

 



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第4話(櫻井了子)

私はネフシュタンの鎧の欠片を組み込んだモノをアイツに渡したことに二課の奴らは気付いているかは分からないが、それなりに貴重なデータを得ることは出来た。

 

完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」は一度でも起動すれば機能停止することは無い。その起動実験を実行する前に生身の人間と接合すれば、どのような変化をもたらすのか調べる価値は有った。

 

なによりアイツの警戒心の無さは利用している側なのだが、柄にもなく不安を感じてしまうのは、この櫻井了子(カラダ)に残っているヤツとの他愛ない馬鹿みたいな想い出のせいか?

 

この肉体は非人道的実験の拒絶ばかりだったが、最近は何も感じなくなってきた。それでも科学者の未知へ対する探求心は残っているのか、アイツを利用しようと考えてから拒絶反応が減少している。

 

「なんとも言えないわね…」

 

私の呟いた言葉に首を傾げるクリスとアイツを見ながらクリーニング店の屋上から見る花火は不覚にも美しいと感じてしまった。

 

だいたい、クリスにはアイツの監視を命じた筈なのにアルバイトと勘違いされて普通に給料を貰ったりして商店街を食べ歩くことが増えたそうだ。

 

「フィ…了子もスイカ食べるか?」

 

「そうね、貰おうかしら」

 

そんなことを考えているとスイカの種を口元に付けたクリスが冷えている半月のようなスイカを渡してきた。まあ、こういうのも悪くないわね。

 

私の視界からアイツが消えたことに気付いて後ろに振り返ると「蚊取り線香って毒素を撒き散らしてるのかな?」等と言いながら何十個も蚊取り線香を配置するアイツがいた。

 

どうして、クリーニング店に蚊取り線香が山のように置かれているのかは追求しないけど。血を吸われるよりマシなのは同意する。あの人と過ごしていた時代に蚊は存在すらしていなかった。

 

それなのに気付けば毎年のように血を啜ろうと集ってくるのが鬱陶しくて仕方無かった。そう考えると蚊取り線香を造ったヤツは天才なのだろう。

 

「なあ、アイツもフィーネもあたしから離れたりしないよな?」

 

夜空に消えていく花火を見ながらポツリと呟くクリスの頭を軽く撫でながら「私達は居なくならないわ」と伝えると嬉しそうに笑っている。

 

そう、私とアイツは月を穿つまで貴女の傍に居てあげるから安心しなさい。どれだけ犠牲を出そうと月を穿ち、バラルの呪詛を取り除くまで何度でも繰り返してやる。

 

「そういえば船ってなに?」

 

「フィーネだっつってんだろ!?」

 

私の決意も関係なく騒ぎ立てる二人に溜め息を吐きながら仲裁する。それとフィーネの名前を安易に語るのは私が危ないからやめなさい。

 

しかし、アイツの身体を使って実験しているとはいえネフシュタンの鎧の影響を受け付けない頑強さは末恐ろしいものだ。あの肉体を構築するモノを調べればシンフォギアすら上回ることは可能だ。

 

私は数メートル先のサンドバックまでバネを身体に巻き付けた状態で走り、その体勢を維持することすら不可能としか言えない。私の頭脳とヤツの肉体さえ有れば完全無欠と言っても過言ではない。

 

「てめっ、聞いてくれよフィーネっ!!」

 

「私のスイカだ」

 

「もう、貴女達は本当にうるさいわね!?」

 

どうか今回こそ月を穿てますように…。

 

 



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第5話

∠月↑日

 

今朝、漸く覗き魔を捕まえたかと思えばツヴァイウィングの片割れだった。私のお店なんか覗いたりしても凄いものなんてないと思うんだが…。

 

あんまり深く考えるのはやめておこう。今は目の前の問題を解決することに専念するべきだな。先ずは覗き見していた理由を聞かせてくれないか?

 

そんなことを言えば「アンタ、アタシ達を助けてくれた鎧のヤツだな?」等と言われた。

 

私はコスプレ以外で鎧なんて着た覚えはないことを伝えると「うそだ!!アンタじゃなきゃ誰がアタシを助けてくれたんだよ!?」と更に大きな声で叫ばれた。

 

だいたい、ツヴァイウィングのコンサートとか行ったことすら無いんだけど。

 

それに、付け加えるようにコンサートの日は別の仕事で他県に行っていた伝えるとギリギリと爪を二の腕に食い込ませてきた。ねえ、アイドルなのに暴行事件を起こすのはマスコミを喜ばせるだけだよ?

 

そう伝えると「アンタなんだ、ぜったいに…」なんてハイライトの仕事してない焦点の合っていない虚ろな瞳が見上げるように見てくる。

 

うん、マジで怖いんですけど。

 

∠月∞日

 

私は天羽奏の異常な執着心がコンサートホールで命を救ってくれた人へ対するモノなのは理解したけど、天羽さんを助けたのは私じゃない。

 

その日は別の仕事と言いながら雪音さんと一緒に隣町の駄菓子屋で半日ほど過ごしていたし、コンサートの会場に行けたとしても次の日になってる。

 

情緒不安定になると思考する感覚が麻痺するって本当なのだろうか?なんて考えながら櫻井さんに昨日の出来事を話すと「それは大変だったわね」と労って貰えた。

 

しかし、天羽さんを助けたっていう鎧の人って性別すら分かってないのに私だって決め付けるのは何故なのだろうか?等と思いながら藤尭くんにスーツを渡し、暇なので作ってみた割引券も手渡す。

 

そういえば藤尭くんと櫻井さんが並んで歩いてるところを見たんだけど。二人って付き合ってたりする訳なの?と聞いたら「ちょっと冗談でもキレるわよ?」と櫻井さんが低めの声で言ってきた。

 

まあ、ドンマイとしか言えない。

 

藤尭くんにも素敵な出会いがあると思うから頑張っていこうよ。とりあえず、その気だるそうな目付きを改善するところから始めてみようか。

 

そんなことを話しているとサングラスを掛けていない天羽さんが入店してくるなり、昨日と同じように「アンタが助けてくれたんだな?」と聞いてきた。

 

もう、そろそろ分かってくれない?天羽さんの探してる人と私は別人なのは櫻井さんや藤尭くんが証明してくれてるんだよ?

 

∠月〓日

 

早朝、私は昨日の出来事を思い出す。

 

いきなり、天羽さんが掴み掛かってきたかと思えば「あれはアンタなんだ、そうとしか考えられないんだよ!!」と錯乱したように言い続けていた。

 

その鎧の人は私より高い背丈だって櫻井さんが言ってたと思うんだけど、ずっと固執するように私だって主張するのは何故なのだろうか?

 

そんなことを考えながら雪音さんに抜拳術を教えていると櫻井さんが「奏ちゃん、私が貴女と会ってるから助けてくれた人と勘違いしてるのかもしれないわ」と溜め息を吐きながら教えてくれた。

 

確かに櫻井さんが頻繁に会いに来てると勘違いしてしまうのは当然の結果なのかもしれないけど、あの命の恩人への異常な執着を説明するのは無理だと思うんだが…。

 

顔を見合わせながら溜め息を吐いていると雪音さんが「なあ、アイツって絶唱しようとしてたヤツで良いんだよな?」等と聞かれたが、歌手なんだから絶唱するのは当たり前なんじゃないのか?

 

ふむ、どういうことなのだろうか?

 

 



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第6話

∧月※日

 

今日は櫻井さんと居酒屋で朝まで飲もうと思っていたのに仕事の呼び出しを受けた櫻井さんは帰り、私はカラフルな生き物とバトルしてる女子高生ぐらいの女の子と共闘してしまった。

 

だいたい、どういう仕組みでカラフルな着ぐるみを伸縮させてるのだろうか?

 

そんなことを考えながら黒塗りの車で迎えに来てくれた藤尭くんに抱き着いて「もう一軒ぐらい飲んでから帰るぞ~っ!」と叫んで吐いた。

 

そして、私が情けない記憶を消し去りたいと思っているところに櫻井さんがやって来た。どうやら櫻井さんの仕事はマジカルなアイテムを作ることらしいのだが、私はマジカルなアイテムなんて貰ってない。

 

あとツヴァイウィングがキラキラとした視線を向けてくるのが怖くて仕方ない。あれほど人違いだって言っていたのに、ノイズなんかボコってたら勘違いするわよね。

 

とりあえず、メディカルチェックでは異常なところはなかったらしいけど。私の隣に座ってる淡い栗色の髪の毛が印象に残りやすい女の子と同じで心臓にモノが刺さっているそうだ。

 

はあ、全く理解することが出来ない。

 

∧月∞日

 

早朝、私は人生のプロフィールの自己紹介欄に融合症例第一号等という面倒な肩書きを付け加えることになった。

 

それにしても闘争本能と同調して身体能力の向上するのは漫画やアニメでも珍しい部類のアイテムだと思うが、私の身体の中にも埋ってるのは可笑しい。

 

私はツヴァイウィングのコンサートなんて行ってないし、こんなモノを身体の中に埋め込んだ記憶もない。まあ、ヤバいと分かったら櫻井さんに摘出して貰うとしよう。

 

櫻井さんって執刀とか出来たっけ…。

 

そんなことを考えながら同じ境遇の立花響とメールアドレスを交換したばかりなのにメールが溜まっていた。

 

ひょっとして、あの子はメールの頻度がすごいのだろうか?等と思いながらも一つ一つ丁寧にメールを返信しておいた。

 

しかし、波瀾万丈な人生だけは何としても阻止しなければイケない。まだ、彼氏すら出来たことのない人生を終わらせるのは嫌だ。

 

あんまりネガティブに考えるのは不安を感じているからなのかもしれないな。今日は早々と店仕舞いして飲みに行くとしよう。

 

∧月`日

 

今朝、私の部屋の扉を蹴破って雪音さんが入ってきた。なぜか二課のことを知っているようだけど、あの場所で雪音さんを見た記憶は無いんだが…。

 

まあ、そんなこともあるか。

 

それに追求しても誤魔化そうとするのは分かり切っているし、余計な迷惑を掛けるのは大人として恥ずべき行為だ。ただ、私の家とはいえモノを壊すのはやめてくれないか?

 

そんなことを考えながら立花さんを交え、今後の活動で必要となる攻撃手段について話し合うために二課のロビーにて話していると天羽さんが割り込んできた。

 

この人は私が近くにいると可笑しくなるのが平常運転なのだろうか?なんて考えていると風鳴翼が「あの私のことを覚えておられますか?」等と聞いてきた。

 

いや、私は貴女達の探してる鎧の人とは別人だって何回も説明してるよね?そろそろ本当に訂正するのが面倒臭くなってきた。

 

それでも圧力を掛けるように問い掛けてくるのはマジでボコりそうになるからやめてね?と言えば「アンタになら殴られてもいい!」と変態発言が返ってきた。

 

もう、マジでなんなの?

 

 



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第7話

┬月Ψ日

 

早朝、私は櫻井さんと一緒にピッチリとしたコンバットスーツを脱却するために意見を交換していると天羽さん達が訓練を終えて帰ってきた。

 

先ずはシンフォギア・システムのスーツの完全な甲冑型へと変更したい。三十路間近なオバサンのピッチリとしたスーツ姿に需要はない。

 

まあ、そうなると「歌」によって増幅する肉体強化機能を貶める可能性も否めない。だいたい、私が音痴なのは櫻井さんも知ってるでしょうが…。

 

天羽さん達も加えて話しながらシンフォギア装者の心象を具現化するアームドギアと呼ばれる副兵装の展開のみ出来ないか?

 

そんなことを櫻井さんに言えば「貴女って突拍子もないことを言い出すわよね」と呆れたように溜め息を吐かれた。

 

そこまで変なことを言ったつもりはないんだが、理論を造り出した人からすれば呆れてしまうのは仕方無いのかもしれない。

 

ただ、どうしてもピッチリしたスーツ姿だけにはなりたくない。もしも近所の人に見られたら出歩けなくなるし、なによりオバサンの贅肉の詰まった身体なんて晒したくない。

 

┬月⌒日

 

結局、私の趣味を押し付ける形で櫻井さんに任せることになったけど。私は歌わずにノイズを殴り倒せることは判明している。

 

これは闘争本能による一時的なシンフォギア・システムの発動状態だって櫻井さんも危険視していた。もし戦いの最中に戦意を喪失すれば炭化するのは私だ。

 

そんなことを思いながら櫻井さんの開発中に預かることを約束した雪音さんと一緒に朝食を食べているのだが、彼女は食べ方が少しだけ汚ない。

 

どういう育て方だったのかは聞かないけど、私の使うアイテムが完成する頃には淑やかな食べ方を教えられているはずだ。

 

そう言えば雪音さんって同じような服しか持っていないのだろうか?等と考えながら彼女に問えば「…洗えば同じ服でもいいだろ?」と年頃の女の子として駄目な言葉が返ってきた。

 

とりあえず、今日の予定は雪音さんに似合いそうな服を見繕うことで決定した。しかし、そうなると下着も使い回しているということに…。

 

深く追求するのはやめておこう。

 

それにしても雪音さんは大食い女子としてテレビ出演するのも簡単なのではないだろうか?なんて思いながらご飯粒の付いた雪音さんの頬をハンカチで拭い、口元のケチャップを拭き取る。

 

┬月$日

 

今朝、二課の開発室にてメディカルチェックを受けながらアームドギア展開で必要となるエネルギー質量の安定化を行うために試作段階のアイテムの実験を行うそうだ。

 

私の要望通りの形状なのだが、明らかに胸部のフォルムが私の知っているクローズチャージと違うような気がする。

 

そのことを問えば「ああ、これは本家との区別のためよ?貴女の趣味を否定してる訳じゃないわ」と言ってくれた。

 

しかし、ドラゴンの顔を正面から見ることになるとは思いもしなかった。役得と言えば役得なんだろうけど、私みたいなオバサンが仮面ライダーに変身して良いのだろうか?

 

そんなことを考えていると櫻井さんが「貴女の思ってることは多少なりと分かってるつもりよ。それでも人類存亡のための戦いに理想を持ち込むのはやめなさい」と諭すように言われた。

 

それは分かってるんだけど。どうしても私は子供の頃から知ってる仮面ライダーを兵器として扱いたくないって思ちゃうんだよね。

 

それに私が万丈龍我なら櫻井さんは桐生戦兎な訳だし、このドライバーを使ってる状態の私を危険だと思ったら躊躇せず、私を殺してでも止めてほしい。

 

まあ、私も愛と平和のために戦ってみるよ。

 

 



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第8話(藤尭朔也)

俺と彼女は友達と呼んで良いのか。

 

ずいぶんと曖昧な関係なのは理解してほしい。彼女との出会いなんて自転車の撒き散らす泥水をスーツに浴びて落ち込んでいる時に助けて貰ったことが切っ掛けだ。

 

了子さんと違って二課に所属する前から知ってるような間柄じゃないし、あんまり言葉を交わし合った記憶も無かったりする。

 

それなのに奏ちゃんは「藤尭は良いよなぁ…あんなに仲良く話せて…」なんて光のない目で見詰めてくる。かわいい女の子だから余計に恐怖を感じて足が震えて立っているのも大変だ。

 

最近は落ち着いてると安心すれば了子さんと仲良く食事会を開いてる話を聞いて発狂寸残だったり、翼ちゃんが必死に止めても彼女のクリーニング店へ突撃しようとしたり、いろいろと問題を起こすことが増えた。

 

まあ、殆んど実害はないんだけど。

 

ほんの少しだけ彼女と戦闘データの数値化について話していると歯軋りする。俺は同性愛を否定するつもりはないけど、彼女は温厚な人とはいえキレると性別問わずにボコるって了子さんも言っていた。

 

「藤尭くん、今日も宜しくね」

 

そして、俺の運転する車の助手席に座ろうとする彼女を無表情で見詰める奏ちゃんは怖い。いつも明るくて活発な女の子って感じなのに、彼女が絡めば執拗以上に固執して追い掛けるストーカー気質だ。

 

「ああ、そうだ。了子さんが『完成したから自分で持ってなさい』って言ってたヤツが後ろのせ…き…」

 

なんで奏ちゃんが後部座席に座ってるんだ?等と思いながら気付いていないフリを続行しよう。このまま彼女にバレなければ問題ない。

 

「そういえば漫画を読むって聞いたんだけど。藤尭くんはどんなジャンルが好きなの?」

 

「おれ?俺はデスノートとかだけど…」

 

チラチラとバックミラーを見ながら奏ちゃんの様子を確かめていると少しずつ彼女の後ろに近付いている。この子ってヤンデレだったっけ?

 

なんてバカみたいなことを考えながら二人の接触を悉く遮るように話を盛り上げ、ツヴァイウィングの話題へと切り換える。ほんのちょっとだけでも奏ちゃんの精神を安定させることが出来ればなんとかなるはずだ。

 

「藤尭くんは何でも出来てすごいね」

 

「俺は君や奏ちゃん達みたいに戦える訳じゃない。たとえ出来たとして役に立つとは思えないよ…」

 

情報処理やハッキングは得意分野だけど、みんなと俺は違って前線に出て戦える人種じゃない。どれだけ努力しても体力だって女子高生より劣っている。

 

ただ、それでも人々を守るために頑張ってる女の子を手助けすることは出来る。どうしようもない大人の意地ってヤツだよ。

 

そんなことを話しているとクリーニング店の前に到着してしまった。

 

さあ、彼女を降ろせば奏ちゃんと二人っきりの地獄のハネムーンだ。どんな制裁を受けることになるのか、どうな生き地獄を味わうことになるのか。

 

 



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第9話

≫月※日

 

立花さんは我流の拳法使いだそうだ。

 

私も似たような感じだけど、中国拳法のような多彩な動きを取り入れたことは一度もない。使うとすればボクシングや空手など拳や手のひらによる打突をメインとするモノばかりだ。

 

私も女なので手の傷なんかは気にしてるけど、昔は青竹を束ねたものを突いたり、沸騰している油の中に沈めた石を掬い取るとか正気の沙汰とは思えない修行を繰り返していたよ。

 

あの時は己の未熟さを嘆いてばかりで友達や家族のことも気にしてなかったけど、他の人が離れていっても櫻井さんだけは真剣にトレーニング方法の改善を手伝ってくれたんだよね。

 

そんなことを立花さん達に話していると顔を真っ赤にした櫻井さんが私たちの前を素通りしようとしたが、風鳴さんに引き留められていた。

 

ちょっとだけ悪戯心を擽る相手がいるのは険しい人生の休息には持ってこいだよね?

 

そんなことを考えながらコーヒーを飲んでいると櫻井さんが「貴女だって私の実験に付き合ってくれるでしょうが!?」とキレた。

 

そりゃあ、私と櫻井さんは友達だからね。

 

≫月^日

 

早朝、私は櫻井さんの作ってくれたパワーちゃん第4号を使って筋力増強のために五十メートル先に立つサンドバックへと駆け寄り、左右の拳で点滅する箇所を殴り潰す。

 

元ネタは鉄拳高校タフって漫画に登場する主人公のトレーニング方法なんだけど、女人ゆえに男の人より密度の違う筋肉繊維の強化を図るために櫻井さんが用意してくれたモノだ。

 

まあ、この前は風鳴弦十郎が私より頑丈なバネを引っ張ってサンドバックを殴り続けるという悲惨な光景を見て自尊心がズタズタになりそうだったけど。

 

私が知らないだけで人外の領域に片足を突っ込んでる人は大勢いるのではないだろうか?等と思いながらもスクラッシュドライバーを装着する。

 

ただ、私の腰にあるスクラッシュドライバーをチラチラと風鳴くんが見てくるのは怖いんだよね。櫻井さんに頼んで作って貰えばいいのに…。

 

そんなことを考えながら私の血液と結合している聖遺物の欠片を加工したパウチ容器ことドラゴンゼリーをスロットに装填して変身する。

 

やっぱり、風鳴くんの視線が怖い。

 

≫月◎日

 

早朝、立花さんの初陣を応援するために私も同行することになったけど、風鳴さんと並行するように走るバイクで変身するのは疲れた。

 

中途半端を嫌ってる櫻井さんのクセと言えば良いのか。どんなものだろうと完全再現しようとするクセは治さないと大変なことになりそうだ。

 

そんなことを考えながらクリーニング店の扉を開けて天羽さんが入ってきた。最近はコインランドリーなんてところへ行く子の方が多いって聞いたんだけど。

 

天羽さんはクリーニング店の方が良いのだろうか?なんて思いながらも手渡された紙袋を開けると私が無くしたと思っていたタンクトップが入っていた。

 

深く追求するのは怖いのでやめるけど、そんな鼻息を荒くしながら帰っていくのはやめてくれないかな?マジで営業妨害で訴えるべきなのでは?等と考えてしまう。

 

だいたい、どうやって二階の寝室へ入ったのだろうか?あの部屋には雪音さんだって住んでるはずなのに、そう考えると私も雪音さんも寝ている時に侵入したとしか考えられない。

 

今後は戸締まりを厳重にしよう。

 

しかし、この返された服は洗って渡した方が良いのだろうか?それとも私が着れば良いのだろうか?なんて思っていることを櫻井さんに問えば「直ぐに捨てなさい」と言われた。

 

やはり、これは捨てるべきだな。

 

 



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第10話

∋月@日

 

早朝、私の血液サンプルを紛失してしまったと電話越しに謝罪してくる櫻井さんに「その程度なら問題はないから気にしないで」と言葉を返し、犯人の目処を付いてるんだけど。

 

あんまり会いたくないんだねぇ…。

 

しかし、私は血液を盗まれるほど有名な存在だったのかとビックリした。まあ、有名なのは二課の開発室で注射を射たれる度に絶叫するからだろうけど。

 

あのチクッとする感覚がダメなのよねぇ。普通の病院でも小さな子供が堪えてるのに、私ってば「じぬうぅっ!!」とか叫んでバカみたいね。

 

それでも怖いものは怖いので拒否してきたけど、血液サンプルまで盗まれていることの方が怖い。あの子は私の血を使って悪魔召喚でもしようとしてるのかな?

 

そんなことを考えながらクリーニング店の扉の鍵穴からマスターキーを抜こうとした瞬間、お店の中に天羽さんが立っていた。

 

とりあえず、気付かぬフリして藤尭くんの取りに来なかったスーツを届けに行こう。それに上手く行けば藤尭くんに天羽さんを押し付けることが…。

 

それだと藤尭くんが苦労するわね。

 

∋月℃日

 

今日は雪音さんが帰ってこなかった。

 

なんでも櫻井さんが自宅に忘れたモノを取ってきて欲しいと頼んだそうだ。この二人の信頼関係は羨ましいけど、なんとなく納得できるので我慢しよう。

 

ただ、そうなると独りぼっちで寝ることになるのだが、私の布団が異様に盛り上がってるのは何故だろうか?等と思いながら藤尭くんに朝まで飲もうと提案する。

 

なんとなく藤尭くんは察してくれたのか。行きつけの居酒屋で飲もうという話になって「他の人も加えて飲むのはどうかな?」と聞かれ、出来るだけ少人数で飲めるなら誰でもいいよ?と答えておいた。

 

それにしても天羽さんとの遭遇率が上がってきてるような気がするのはなんでかな?なんて思っていると寝室から「藤尭、アタシも行くからな?」という声が聞こえてきた。

 

ねえ、そういうのが怖いんだってば…。

 

そんなことを思いながらも自転車のロックを外し、サドルに座ろうとしたが後ろに天羽さんが座っていた。どうやって二階から降りてきたのだろうか?

 

まさか、二階の窓から飛び降りたとか?

 

流石に、そこまで危ないことはしないよね?

 

私は天羽さんの行動力にビビりつつ、背中に貼り付くように抱き着いてくる彼女の鼻息の荒さに半泣きで自転車のペダルを漕ぎ、お酒と藤尭くんに慰めてもらおうと居酒屋まで我慢した。

 

∋月∧日

 

なぜか藤尭くんが二日酔いでダウンしている。あの程度の度数なんてオレンジジュースと大差無いと思うんだけど?なんて考えながら隣で眠っている天羽さんを見て泣きたくなった。

 

私は酔い潰れた記憶もないし、藤尭くんが天羽さんを連れて帰ったはずなのに私の布団で気持ち良さそうに寝ている。もう、マジでどうすれば良いのだろうか?

 

そんなことを思いながら帰宅したばかりの雪音さんが「あたしも寝るからソイツを退かしてくれ」と言い出し、私の右腕を押さえ込んできた。

 

これは俗に言うところのハーレム状態なのだろうけど、私は同性愛に目覚めたつもりはない。なにより消去法で選ぶなら藤尭くんがいい。

 

あの人ってダメそうな雰囲気なのに家事全般は何でもこなすし、仕事も早くてイケメンだから優良物件なのは間違いない。

 

まあ、それなのにモテないけど。

 

 



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第11話

*月∴日

 

早朝、風鳴さんが「手合わせをお願いしたい」と言ってきた。どうして、武器を使わない私が風鳴さんと対等に戦えると思ったのだろうか?

 

そんなことを考えながらシンフォギアを装着して本気の勝負を仕掛けてくる風鳴さんにドン引きしていると櫻井さんが「翼ちゃんの剣なら折っても問題ないわよぉ~っ」と教えてくれた。

 

ああ、そういえばアームドギアはシンフォギアの一部を変形させてるんだよね。じゃあ、手加減する必要もないし、風鳴さんの剣を折っても問題はないわけだ。

 

櫻井さんの言葉に納得しながら剣を振り下ろし、私を斬ろうとする風鳴さんの剣を右手で掴んで握り潰す。どんな刃物でも速度が足りないとものが斬れないのは当たり前なんだよねぇ…。

 

私を見ながら唖然としている風鳴さんに教えつつ、左拳を風鳴さんの腹部に叩き込んで吹き飛ばす。あんまり人間を殴ったことはないし、上手く力加減とか出来ないけど。

 

風鳴くんは受け止めてたから問題ないよね?そんなことを聞けば「叔父様と私を一緒にしないでください!?」と叫ばれた。

 

むう、なにがダメなのかな?

 

*月▲日

 

今朝、私と風鳴さんの訓練の話を聞き付けた立花さんが「宜しくお願いします!」と言ってきた。ひょっとして、シンフォギア装者と戦わないとダメなのだろうか?

 

ゴクリと口の中に溜まっていた唾液を飲みながら立花さんは両の手を虎の爪に見立てた形意拳で攻め立ててくるけど、明らかに踏み込みが弱い。

 

風鳴くんが鍛えてるのは知ってるけど。

 

まだ、立花さんは技の段階へ進むのは早すぎるんじゃないかな?なんて思いながらも立花さんの猛打を受け流し、身体を密着させて踏み込みと重心の移動のみで放つボディブローを叩き付ける。

 

ちょっとだけ強くしすぎたのだろうか、立花さんがピクピクとお腹を押さえて蹲っている。もう少しだけ優しく打てば良かった。

 

風鳴くんはボディを叩いても怯まないし、むしろ腹筋が硬すぎて拳が壊れそうだった。

 

そんなことを鼻水を垂らす立花さんに話しながらお腹を擦ってあげる。今後は利き手を使わずに組み手すら安心してね?

 

しかし、これは風鳴くんの肉体が異常なまでに強すぎるのだろうか?それとも立花さん達が弱すぎるのだろうか?等と考えながら立花さんのモフモフした髪の毛を撫でる。

 

なぜか小学校で飼育していた犬を思い出した。

 

*月±日

 

やはり、天羽さんも来ると思っていた。

 

それにしても櫻井さんがシンフォギア装者との訓練を仕組んでいるのは知らなかったけど、手加減を覚えるには持ってこいかもしれない。

 

ただ、天羽さんと戦うのは嫌だな。突撃槍みたいなモノを持ってるし、あんなので叩かれたら死んじゃうかもしれない。

 

いや、あれに当たったら必ず死ぬな。

 

そんな嫌な確信を振り払うために鶴王の構えにて天羽さんを威嚇する。こういう何を考えているのか分からない相手と戦うのは初めてだ。

 

そこまで実戦経験はないんだけど、風鳴くんが毎日のように訓練しようと誘ってくるせいで合コンも飲み会も行けなくなってきた。

 

この前の合コンは藤尭くんも行ってたらしいけど、惨敗だったらしい。そりゃあ、仕事内容が秘密だったら同性でも怪しくて近寄りたくないよ。

 

そんなことを考えながら私は「アタシを殴ってくれ!アンタの拳で痛め付けてくれ!」等と叫ぶ天羽さんから逃げるのに必死だ。

 

やっぱり、この子は可笑しい。

 

 



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第12話(天羽奏)

二年前のコンサートで数え切れないほど人が死んだ。アタシも翼の気持ちも考えずに絶唱を使おうとしたから反省するところは多いけど、アタシはあの時の真っ黒な甲冑を纏ったヤツが忘れられない。

 

何処からともなく颯爽と現れたかと思えば百を越えるノイズと真っ向から殴り合って打ち負かし、心身共にボロボロだったアタシ達を襲おうと飛び掛かってきたノイズを受け止め、アタシ達を一瞥して申し訳なさそうに「ごめんね」と言ってくれた。

 

元はと言えばアタシ達のネフシュタンの起動実験で寄ってきた奴らを肩代わりしてくれてるのは甲冑のヤツなのに、アイツは気にもせずアタシ達を守ってくれた。

 

たぶん、あの人が居なかったら絶唱を使って死んでいた。死ななくても一生を病院のベッドの上で過ごすことになっていたかもしれない。

 

そう考えると自分の無謀さに呆れてしまう。

 

「あ、風見さんですか?」

 

そんなことを考えていると藤尭がロビーのソファで誰かと電話してるのが見えた。アタシの知ってやるヤツじゃないのは確かだ。

 

好奇心とはいえ他人の電話を盗み聞きするなんてダメなことなのは分かってるけど、なぜか藤尭の電話を聞かないとイケない気がした。

 

まあ、なんと言えばいいのか。

 

アタシは運が良いらしい。

 

ずっと探してた相手が藤尭と知り合いで明後日に会うそうだ。ちょうど訓練を終えたばかりの翼を捕まえて、そのことを教えると驚いたように藤尭を見ている。

 

そりゃそうだ、自分を助けてくれたヤツと知り合いだってのに正体すら教えてくれない仕事仲間とか驚きしかないよな。まあ、それでも会えるならどんなことしても会いたいと思うのは当然だ。

 

漸く会えると思って商店街を歩いている藤尭を尾行しているとクリーニング店に入っていった。こっそりと店内を覗くとコンサートで見た甲冑が置かれていた。

 

ああ、やっぱり、アタシに内緒で会ってたんだ。

 

なんとも言えない感情が胸の奥から込み上げてくるが、藤尭のおかげで再会できたら良かった。ただ、どうやって話し掛けるべきか。

 

そこが問題なんだよ。

 

アタシや翼は顔バレしてるけど。

 

あんな甲冑を着込んでたってことはバレたくないってことだ。あの人の嫌がる姿なんて見たくないけど、その隣でモタモタと手伝いの真似事してるヤツは誰だ?

 

「藤尭くん、寝不足みたいだけど…」

 

「え?ああ、これぐらい大丈夫ですよ」

 

「それならいいけど、無茶するのはダメよ?」

 

「ああ、うん、ありがと」

 

なんだか藤尭の対応にムカついてきた。

 

あの人はすごい親切な対応してるのに上の空みたいな感じで聞き流してやがる。ここはアタシがガツンと言うべきなのか?

 

「テメーら、誰だ!!」

 

その叫び声と一緒に飛び出してきた銀髪がカラーボールをぶん投げてきた。アタシは当たらなかったけど、翼は払い落とそうとして右足や上着に弾けた液体が付着している。

 

はあ、今回は諦めるけど。

 

次こそお礼を言えるように頑張らないとな。

 

 



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第13話

∞月≦日

 

昨晩はコスプレ姿の雪音さんと遭遇してしまった。あんな露出の多いタイツを着るなんて櫻井さんの影響を受けすぎてるのではないだろうか…。

 

いや、雪音さんの趣味に口出しするのは良くない。人の趣味は多種多様なものだ。

 

なにより格差の違いを改めて実感して、私は酷く悲しい思いだった。どうすれば雪音さんのような胸部装甲を作れるんだ。

 

そんなことを考えながら偶然にも居合わせていた立花さん達は困惑したように立ち止まっていた。そりゃあ、知り合いのオバサンが露出の多いタイツを着た女の子と一緒に居たら引くよね。

 

なんとか私の要望じゃないのは立花さん達にも分かって貰えたけど、櫻井さんの笑いを堪える顔は殴りたくなるほどムカついた。

 

どう考えても櫻井さんの趣味なのに、私が犯人みたいに思われるのは酷いと思うんだよ。まあ、雪音さんの意外な趣味を知れて良かったけど。

 

あんな時間にタイツで出歩くのはやめてほしい。どこからどう見ても露出狂だった。知り合いの女の子が露出狂なんて私は嫌だからな?

 

∞月▼日

 

早朝、櫻井さんのお誘いでドライブすることになったのだが、その理由を問えば「最近はノイズとの戦いに備えて訓練ばかりだったから」ということだ。

 

それなら私なんかより立花さん達を連れて遊びに行ってあげれば良いのでは?なんて思いながら後部座席で爆睡している雪音さんをバックミラー越しに見る。

 

やはり「寝る子は育つ」という諺は本当のことなのだろうか?等と櫻井さんに問えば「そうね、女性ホルモンの分泌量は変わるんじゃないかしら?」と答えてくれた。

 

しかし、三十路を迎えるオバサンの胸部装甲を底上げする方法なんてシリコン以外にあるのか?そんなことを考えながら唸っていると櫻井さんが海岸沿いの駐車場に車を止め、飲み物を買いに行くことになった。

 

熱中症対策のために車内のエアコンは起動しているが、雪音さんを一人にしても大丈夫なのだろうか?いつも私や櫻井さんに張り付いているのに…。

 

まあ、問題はないはずだ。

 

そんなことを確かめるように一人で考えていると櫻井さんが「こういうキーホルダーって無性に買いたくなるのよね…」と言いながらドラゴンの巻き付いた剣のキーホルダーを見ていた。

 

うん、それは分かるんだけど。

 

そんな唸ってまで悩むものじゃないと思うよ?

 

∞月〓日

 

なぜか全身の筋肉が痛い。

 

やっぱり、三十人ぐらい余裕とか調子乗って洗濯物を洗ったせいかな?今日から洗うのは十人ずつ小分けにすることを心掛けるか。

 

まあ、この全身甲冑を洗ってとか意味不明な洗濯物を渡してくるような変人よりマシなのは確かだけど。あんまり洗濯物が多いのも感心しない。こういう洗濯物を渡すときはポケットの中身を確認することが大事なのに…。

 

最近は財布や紙幣が入ってることが多い。

 

どうすればお金を忘れるのだろうか?なんて考えながら洗い終わった洗濯物と財布を紙袋の中に入れて受け取りにきたお客さんに説教する。

 

はあ、どうして赤の他人の私が説教しないとダメなのだろうか?こういうのは奥さんとかシッカリしてそうな女の人に任せればいいのにバカなのだろう?

 

べつにお客さんをバカにしてる訳じゃないけど、もう少しだけ危機感というモノを覚えてほしい。最近はノイズの警笛も増えてるのに、どうして逃げるのが遅れるのか。

 

そんなことを考えながらクリーニング店の奥の部屋でテレビを見ている天羽さんに問えば「さあ?アタシの服をアンタが洗うところを見るのは好きだけど、他のヤツのことなんて知らないかな」と良く分からない言葉が返ってきた。

 

 



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第14話

♯月ゑ日

 

今朝、私はコソコソとベランダから入ってこようとする雪音さんを捕まえてコスプレのことを問い詰めると「船に頼まれて…」と返ってきた。

 

とりあえず、その船って何処にあるの?

 

こんな可愛い女の子に変態みたいなタイツを着せて深夜徘徊を強要するところなんて潰れてしまえばいい。まあ、雪音さんが自分から望んで着てる訳じゃないことは分かったのは良かったけど。

 

こういうのは私や櫻井さんに相談するのよ?等と話しながら出来立ての白米を淡い桜色の御茶碗に盛っていると天羽さんが磨りガラスを押し開けて寝室から出てきた。

 

雪音さんが二日も居なくなって天羽さんの暴走を止める人が居ないから思いっきりボディを殴って失神させたから怒ってるのかな?

 

そんなことを考えながら卵焼きをフォークで刺して美味しそうに頬張る雪音さんが可愛くて仕方無い。

 

たぶん、雪音さんの可愛さの極みに到達してる女の子なんだ。そうとしか考えられないし、そうとしか思いたくない。それどころかご飯粒を口元に付けるせいで更に可愛さが際立っている。

 

♯月℃日

 

天羽さんが仕事でクリーニング店から少しの間だけ離れることになったのだが、絶望したように俯いて洗濯物を受け取りに来た人がビビって逃げ帰ることが増えた。

 

どうにか改善しようと風鳴さんに相談したら「その程度のことで奏が落ち込むはずがありません、なにより貴女の前で元気を無くすなどあり得ない」と言われてしまった。

 

しかし、そんなことを言われても私は君達より歳上なだけで人生経験も豊富って訳じゃないんだよ?なんて考えながら洗濯物を畳むのに苦戦している雪音さんにシワを伸ばすところから教える。

 

まあ、そういう仕事なのは理解してるよ?私だったら直ぐに止めるだろうけど、それに私は天羽さんがテレビで活躍してるところを見たいな。

 

べつに無理して仕事する必要はないんだよ?それでも天羽さんが頑張ってきたことを自分で否定するのはダメなことなのは分かるよね?

 

それじゃあ、天羽さんが頑張って帰ってきたら一緒にお風呂に入ってあげよう。いや、そんな喜ばれても困るんだけど、オバサンの贅肉だらけの身体なんて見るだけで吐き気を催すかもよ?

 

いや、私は太ってないし、むしろ他の人より鍛えてるから身体は引き締まってるよ。

 

♯月▼日

 

なぜか私は立花さん一緒にとツヴァイウィングのイベントを囮として完全聖遺物の護送を行うことになったけど、立花さんは櫻井さんの乱暴な運転に慣れることを覚えようか。

 

しかし、風鳴くんはヘリで見守ってるらしいけど。どうやって見守るつもりなのだろうか?なんて立花さんと話しながら左右に揺れ動く車内でエチケット袋を構えて座るしかやることはない。

 

そんなことを考えていると謎の浮遊感に襲われ、エグい衝撃を受けながら車の外に放り出された。ノイズって物理攻撃とか出来たのか…。

 

ちょっとだけ切れた額の傷を押さえながらドライバーを装着しようと服の中に手を入れるが、ドライバーが見当たらない。

 

もしかして、風鳴くんがコッソリと持ち出したのだろうか?なんて思いながらポケットの中に入っていた非常事態のために用意して貰っていたドラゴンフルボトルを振ってからノイズをぶん殴る。

 

櫻井さん曰くドラゴンフルボトルは聖遺物の起動のために必要な特定の音波を振ることで発生させるそうだ。あんまりドラゴンゼリーと変わらないような気がする。

 

しかし、あんな高いところから私達を見下ろす雪音さんはすごい。私は高いところは苦手だから格好付けるために登ろうとは思わないし、なによりスカートだと下着が見えてしまう。

 

まあ、この年でスカートなんて履かないけど。

 

 



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第15話

Π月ж日

 

この前、立花さんが偶然にも起動してしまった完全聖遺物「デュランダル」の実戦データを取るためにシンフォギア装者の中でも精神力の強そうな私が選ばれた。

 

どういう感じで決めなのかと聞けば精神の不安定な子供より大人の方が安全と風鳴くんが判断したそうだ。まあ、確かに天羽さんが実験の被験者になるとか言い出したら全力で止めるのは分かるけど。

 

それに立花さんみたいな全身を真っ黒いモヤモヤで覆い尽くされるのは嫌だよ?

 

そんなことをガラス越しに私のことを見ている櫻井さんに言いながら実験室の真ん中に配置された「デュランダル」の柄を左手で握り締める。

 

まあ、予想はしてたけど。

 

すんごい殺意の高そうな言葉や意思が頭の中に流れ込んでくる。所謂、人類の悪意を束ねた器みたいなモノなのだろうか?等と思いながら鬱陶しい言葉を無視する。

 

だいたい、こんな面倒臭そうな言葉を聞き続けるとか立花さんはお人好しにも程があるよ。こういうのは適当に無視すれば解決するのに…。

 

Π月М日

 

櫻井さんの行動が予想外なのは分かってるつもりだったんだけど、あんな大胆な変身をするなんて思わなかった。雪音さんを必要ないとか言ってたけど。

 

私はクリーニング店のアルバイトとして必要だから出ていくことは許さないぞ?等と話しながら現実を受け入れきれず、そのまま逃げようとする雪音さんを捕まえてボディを殴って気絶させる。

 

まったく、雪音さんは人の話を聞くことを覚えないとクリーニング店の店番を任せることが出来ないじゃない。それにしても櫻井さんが船だったなんて意外だ。

 

もっと派手な車とか乗り回すイメージだったんだけど、人は見た目通りって訳じゃないのね。そんなことを考えながら雪音さんを渡してくれとか言ってくる風鳴くんにドン引きした。

 

こんな可愛い女の子を渡せって風鳴くんは年下好きなの?なんて冗談を言いながらクリーニング店まで逃げ帰ってきた。明日も会うんだから一日ぐらい櫻井さんと雪音さんの事情を聞かせてよね。

 

まあ、私は櫻井さんの話を聞いても半分は理解できないんだけどね?なんちゃら理論とか話されても脳が理解できずに拒否反応を起こす。

 

とりあえず、雪音さんが起きるまで待とう。もうちょっとだけ優しく殴れば良かったかな?強く殴ると痛みが長続きするって聞いたことあるし…。

 

Π月★日

 

早朝、私と雪音さんは重要参考人として二課の尋問室で洗いざらい話すように言われたけど、そこまで雪音さん達と違って詳しいことは知らないし、なにより誰が主犯とか私は知らない。

 

そう、ハッキリと風鳴くんの顔を見ながら話しているところに櫻井さんが黄金聖闘士みたいな甲冑を着て暴れていた。

 

あんまり言いたくないんだけど、自分の年齢は考えるべきだと思うわよ?なんて言いながら宝石を連ねた鞭を振り下ろしてきた。

 

ねえ、今のは私じゃなかったら死んでるよね?

 

そんなことを言いながら床に転がっていたドライバーを装着しようとした瞬間、ドライバーが爆発して見るも無惨な姿に成り果てた。

 

ふむ、櫻井さんは親友を爆死させようとする最低最悪のヤツだったとは知らなかった。どうりで雪音さんを要らないとか簡単に言えるわけだよ…。

 

とりあえず、ぶん殴ってやるから覚悟しとけよ。

 

 



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第16話(櫻井了子(フィーネ))

「上等だ、この野郎ッ!!」

 

もはや戦う術を失った筈のアイツは私の振り落とすネフシュタンの鞭を掻い潜り、スニーカーの靴底を顔に押し付けるように飛び回し蹴りを放ってきた。先程まで親友だのなんだの言っていた癖に容赦のない攻撃を放ってくるところは相変わらずだな。

 

しかし、ネフシュタンの特性は「超速回復」だ。その程度の打撃など痛くも痒くもない。むしろネフシュタンの強度を上げるには丁度良い攻撃だが、アイツの拳を受ける度に身体の内側を揺さぶるような衝撃を感じる。このまま攻撃を受け続けるのは馬鹿のすることだ。

 

「貴様、そこを退けえぇ!!」

 

「ぐっ、がはぁっ!?」

 

私の薙ぎ払うように放ったネフシュタンの鞭はアイツの横っ面を捉え、分厚い鉄製の壁にぶち当てることで地上へと続く通路が通れるようになった。

 

パラパラと崩れた通路の壁がアイツを押し潰すように降り注ぎ、左腕と右足しか見えない状態で見事に埋まっていた。これならば動くことも出来ないだろうが、念には念を入れてトドメを刺しておくべきか。ギリッと鞭を握る手に力が籠り、肉体のコントロールが一瞬とはいえ奪われた。

 

やはり、私の塗り潰したと思っていた櫻井了子は僅かながら残っているか。そんなことを考えながら地上まで直通のエレベーターを起動しようとした瞬間、真下から凄まじい威力の衝撃が押し寄せたかと思えばエレベーターの天井を突き破ってカ・ディンギルの外まで吹き飛ばされていた。

 

シンフォギア装者が唖然としながら私やアイツのことを見ていた。いや、むしろ殺すなど普段は言わないヤツの言動に驚いているのか?なんて思いながらヤツの目の前まで歩み寄り、頭を振りかぶって額を叩き付ける。

 

「お前の意地やバカみたいな友情ごっこに付き合っている暇はない、さっさと消えろ!!」

 

「ふざけんじゃねえぞ、誰がテメーのために消えるか!!それと友情ごっこじゃねぇし、テメーは私の友達だろうがッ!!」

 

私の真似をするようにガンッと額を叩き付けてくるヤツを睨み付けながら間合いを広げ、右拳を横っ面に叩き込んで吹き飛ばそうとしたがアイツも私と同じことを考えていたのか、私の右の脇腹に深々と左拳が突き刺さっていた。

 

「「おぐぉっ!?」」

 

二人して後ろに仰け反りながら身体を元の体勢に戻す反動を利用して拳を放つ。しかし、ネフシュタンを纏っている筈の私の方が有利なはずだ、それなのに私がヤツの拳に打ち負けるのは何故だ!?

 

「貴様に何が分かる。あの月を穿たねば、バラルの呪詛を消さねば愛する人にも会えない気持ちが!?二十数年しか生きたことのない貴様のようなヤツにいぃぃ!!」

 

「くっだらねぇなぁ…そんな拗らせた恋心のために大人でもない雪音さん達を巻き込んだのかよ」

 

「貴様、私の恋が『くだらない』だと!?今すぐ訂正せねば本当に殺すぞ!!」

 

「ハッ、本当に殺すとか覚悟も持ってねぇヤツが一丁前に語ってんじゃねえぞ?」

 

パキパキと拳の骨を鳴らしながら中段に拳を構えるヤツを睨み付けるが「良いから来いよ」と手招きするアイツに呆れ果てる。もはや、自分から動くことも出来ないほど弱ってる癖に一歩も後退がろうとしない。

 

「自分の生き方すらまともに選べねえような半端者が偉そうに恋だの愛だのほざいてんじゃねぇ!!」

 

アイツの言葉に判断が鈍り、気が付けば私は月を見上げるように倒れ伏していた。ズキズキと痛みを訴えてくる右頬を押さえながら上半身を持ち上げればフンスと左拳を掲げる風見当麻が見えた。

 

「ああ、もう、分かったわよ、私の敗けで良いから好きにしてちょうだい…」

 

今度こそあの人に会えると思ったけど、今回は厄介な友達を作ったせいで会うのは、もう少しだけ先になりそう…。

 

まあ、それでも月を穿つことを諦めてないけど。

 

 



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第17話

=月[日

 

私の親友こと櫻井了子は表向きは死亡扱い、今は日本政府が保護するという形で落ち着いたけど。どういう訳なのか、私と櫻井さんが殴り合っているところをネットで見付けた。

 

あの場所は民間人は入ることは出来ないとか聞いてたんだけどな?なんて考えていると風鳴くんが不意打ちとはいえ私達のことを庇い切れなかったことを謝ってきた。

 

いや、むしろ百を越える鞭を捌き、私達を守ってくれましたから感謝してます。それに、腹部と肩の怪我は櫻井さんの拗らせた初恋のせいですし…。

 

今後は私も二課の厳重な監視を受けるって聞いてたんですけど。私を見下ろしながら困ったように頬を掻く風鳴くんを見上げつつ「そこまでヤバそうなこと、私ってやっちゃってます?」と聞けば「いや、その、なんだ、ハッキリと言ってしまえばシンフォギアを纏った人間を生身で倒すなど有り得ないことなんだ。つまり、あれだ、実験対象として他国が狙っている可能性もだな…」と言われた。

 

成る程、要するに私は全世界から人間核兵器みたいな存在扱いされてるんだな。

 

=月¥日

 

早朝、私の細胞と結合している聖遺物の正式名称を話すという櫻井さんのところに向かっているとチョココロネみたいな髪型の女の子が誰かの名前を叫んでいるのが見えた。

 

どうやら迷子の子供を探しているようだ。

 

しかし、その若々しい美肌で子持ちとは羨ましい。私なんて三十路を迎えたのに浮わつくような話すら出てこねぇ…。

 

そんなことを考えながら暁切歌月読調というハイセンスな名前の子供の名前を呼びながらチョココロネの若ママさんと一緒に歩いていると「マリアぁ~っ!」と叫ぶ声が聞こえてきた。

 

しかし、若ママさんと似てない子供なのは何故だろうか?ひょっとして再婚した男の人の連れ子だったとか?等と考えながら再会できたお祝いとしてクレープを奢ってあげた。

 

最近は世知辛い世の中だし、みんな助け合わないと生きていけないんだよ。私なんて親友と殴り合ったり、親友の恋路を邪魔したり、お店が倒壊してたり、いろいろとエグい仕打ちを受けてる。

 

そうクレープを美味しそうに食べる三人を見ながら思っていると若ママさんが「ありがとう、できればお礼がしたいのだけれど」と言い始めたが「困った時はお互い様ですよ」と言いながら手を振って若ママさんの提案を断る。

 

=月≧日

 

早朝、私の体内を巡る聖遺物は「ネフシュタン」ということが判明したけど。あんまり害は無いのかな?なんて思っていると「ネフシュタン」の特性である「超速回復」を強制的に行っているそうだ。

 

まあ、簡単に言えば無尽蔵のスタミナを搭載した決戦兵器みたいな感じらしい。それと天羽さんの使ってる時限式の肉体的損傷を治す薬品も作れるとか言っていた。

 

そういえば戦闘する前は首筋に液体みたいなの刺してたけど。あれって薬だったのか、ただのアドレナリンかと思ってたけど、いつもハイテンションで暴れてたような…。

 

それと風鳴くん用に作成するとか言っていたクローズマグマナックルの色がヴァーミリオンに変色しているのは何故だろうか?

 

そんなことを考えながら爆破されたドライバーの代用品を作るために血液を寄越せとか言ってきた。あと「ネフシュタン」は完全聖遺物だから男性でも装着することは出来るそうだ。

 

まあ、なにが言いたいのかと言えば風鳴くんもノイズをブッ飛ばせるようになったわけだ。私の立場って一般人の協力者だったはずなのに気付けば風鳴くんと一緒に最高戦力扱いだよ。

 

 



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第18話

┬月у日

 

早朝、何気なくテレビを見ていると若ママさんが出演していた。なにやら来月の歌姫のイベントに参加するとか話しているが、私は仕事なので行けない。

 

それにしても若ママさんはアイドルで子持ちとかスゴい壮絶なストーリーを抱えてそうな設定を注ぎ込んでるわね。まあ、若ママさんのことはテレビ越しに応援すれば良いかな?

 

しかし、あの胸部装甲は凄まじい。もう育つことのないオバサンは悲しいよ、それに風鳴さんが同じステージで歌うと考えただけで涙が…。

 

これは言い過ぎかな?なんて考えていると天羽さんが居間に入ってくるなり、特等席のチケットを買ったから見に来てほしいと言ってきた。

 

私も応援には行きたいんだけど、ずっと溜め込んでたクリーニングの仕事があるんだよね。ごめんね、あとチケットなら立花さんに渡せば喜んでくれると思うよ?

 

そんな嫌そうな顔しないで、かわいい後輩のためにチケットをプレゼントしてあげなさいな。天羽さんの休みの日に一緒に遊んであげるから…。

 

うん、欲望に素直なのは良いことだね。

 

┬月√日

 

なぜかデュランダルの柄を蹴り砕いて持ちやすい長さに変えることに櫻井さん達に反対された。半分は冗談なんだが、私の考えた渾身のジョークは通じていないようだ。

 

しかし、無限の再生能力を持つ究極の生命体である私と無尽蔵のエネルギーを内包する剣を持てば最強の戦士となるはずなんだが、それのどこがダメなのだろうか?

 

そんなことを考えながらクリーニング店に来たばかりの藤尭くんに相談すると「そういう冗談は控えた方がいい」と真顔で言われた。

 

そこまで変なことを言った覚えはないんだが、藤尭くんも危ない冗談は止めるように言ってきたし、今後は出来るだけ控えるとしよう。

 

まあ、藤尭くんと話すのも久しぶりだ。

 

この前は櫻井さんと同室のベッドで口論してるところに来たかと思えば直ぐに帰ったし、べつにオバサンは着替えを見られても何も思わないんだけど。

 

やっぱり、彼も男の人ということだ。それにしても私の装備はいつになったら完成するのだろうか?なんて考えながら藤尭くんにスーツを手渡す。

 

┬月℃日

 

漸く完成したという装備を受け取るために二課の指定した場所へ向かっていると若ママさんがパンフレットを見ながらキョロキョロしていた。

 

まあ、日本のパンフレットって面倒なことが書かれてることが多いから仕方ないけど。風鳴くんに指定された時間まで結構あるし、オバサンが道案内してあげようか?

 

そんなことを問い掛けながら若ママさんに近寄ると九死に一生を得たみたいな表情を浮かべて何度も頷いていた。ただ、若ママさんの話を聞けば聞くほど子供の健やかな成長を願う聖母のような人としか例えようがない。

 

若ママさんの行きたいと言っている日本の料理本のコーナーへ連れていけば「…日本だけで…こんなに…」と棚に並んでいる本を見て唖然としていた。

 

いやいや、他の国の料理もアレンジしてるから日本だけの料理って訳じゃないんだよ?等と話していると歯軋りする音が聴こえてきた。

 

一応、どうやって私の居場所を見付けたのかを聞いておきたいんだけど。

 

天羽さんは素直に話してくれるだろうか?と考えていると若ママさんが「あれ、ツヴァイウィングの…」と聞いてきたけど、他人の空似など強引に押し通しておいた。

 

日本の誇る歌姫が嫉妬で爪を噛みながら歯軋りするところなんて他国のアイドルに見せたら勘違いされる。しかし、マジで盗聴器とか発信器とか付けられてないよね。

 

 



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第19話

ゎ月≫日

 

昨日、私は装備を受け取るために海岸沿いの防波堤で待っていると宇宙戦艦ヤマトみたいな潜水艦が浮上してきた。

 

正直に言えばビビって逃げ出そうかと思ったけど、櫻井さんが格好付けながら潜水艦の上に立っているのを見れば意外と落ち着ける。所謂、癒やし効果というヤツなのだろうか?

 

そんな他愛もないことを考えていると小さなアタッシュケースを放り投げてきた。よく見ればスマートブレインのメーカーロゴが刻まれている。櫻井さんのことを思わず二度見してしまった。

 

まあ、それほど驚いてしまう代物なのは確かだ。

 

それにしてもカイザギアを選抜した理由を聞きたい。ひょっとして、あれなのだろうか?櫻井さんは私の性根が腐ってると装備を渡すことで伝えたかったのか?等と考えながらカイザギアを眺める。

 

これは私でも装着することを躊躇うアイテムだ。好きなジャンルなんだが、このベルトを着けた殆んどの人間が灰になってアッサリと死んでるんだよね。

 

ゎ月◇日

 

たぶん、五日ほど経過した頃だろうか?私は立花さんが仮面ライダーの再放送を見て感激していることを藤尭くんに聞いた。

 

今時の若い女の子はプリキュアとか魔法少女とか恋愛ドラマとかばっかりだと思ってたのは一種の偏見だったようだ。しかし、今年の再放送は仮面ライダークウガのはずなんだが…。

 

そう考えると立花さんってクウガと共通するところが多いような気がするけど、あんな苛酷な戦いには参加して欲しくない。むしろ立花さんは笑顔の可愛い女の子だから戦いより恋に生きてほしい。

 

そして、出来ることなら私にも出会いを作ってもらえると更に嬉しかったりする。いや、まあ、流石に学生を紹介されても困るんだけどね?

 

そんなことを階段の近くに配置された扇風機で遊んでいる月読さんと暁さんに言おうかと思ったが、二人とも日本人っぽい苗字と名前だけど、立派な外国人だったことを思い出した。

 

ひょっとして偽名だったりするのか?なんて思いながらもノイズの出現を伝える警笛が聞こえてきた。重苦しい溜め息を吐き出し、ゆっくりとカイザギアを装着する。

 

それにしても私がカイザなのが風鳴くんのチョイスとは信じられなかった。あれか?櫻井さんと殴り合ってるところを見たからなのか?

 

ゎ月〓日

 

早朝、久しぶりに現れた天羽さんが膝の上を陣取るせいで身動きが取れない。若い子って良い匂いなのは分かったけど、オバサンは自分が臭いのでは?と考えちゃうからやめてね?

 

そんなことを言えば苦笑いを浮かべながら「臭くないよ、どっちかと言えば落ち着く匂いだし」と私は臭くないと否定してくれた。うぅ、それだけでオバサンは嬉しい。

 

そう泣き真似をすると櫻井さんが呆れたように醤油煎餅を噛み砕きながら「クリーニング店の店主が臭いとか有り得ないわよ?」と言ってくれたが、私の醤油煎餅を食べるのはやめてくれない?

 

しかし、私の家って意外と人が集まってくるのね。雪音さんは学校とはいえ学生寮じゃなくて私の家で生活してるし、天羽さんは気付けば居座ってるし…。

 

べつに出ていけとか言わないけど、美人や美少女が多すぎてオバサンのメンタルはズタズタのボロボロだよ。なにより三人との格差社会に泣きそうだ。

 

まあ、そんなことは置いておくとして、ツヴァイウィングを襲おうとした謎の集団のボスが若ママさんだったことに驚愕した。

 

この前は二人の子供を引き連れて仲良く笑ってたのに、どんな事情があったとしても小さな子供に危険なことをさせようとするのは最低だ。

 

 



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第20話(立花響)

漸く平穏な日常へ戻ることが出来たと思えば未来の説教を受けたりと散々な出迎えだった。確かに半月も連絡どころか学生寮にも伝言を残さなかったのは謝るけど、それなりに深い事情が有りまして、なんと言いますか。

 

未来も知ってると思うけど、ちょっとだけ世界を守るために戦ってたりしました。いや、そんな大それたことはしてないよ?強いて言えば悪者の手先みたいな女の子と友達になったり、実は信頼していた科学者が悪の組織のボスだったとか数日とはいえ凄まじい体験だったりしたけど。

 

「響、誤魔化さないで教えて」

 

「あ、はい」

 

こう、なんと言えば良いのかな?私の心臓に刺さってる欠片は「ガングニール」っていう特別な物質の欠片で、その欠片と共鳴してスーパーヒロインみたいなパワーを使えるようになったりとか、そういう感じだったんだけど。

 

元々は奏さんのアームドギアだったんだけど。えと、アームドギアっていうのは簡単に言えばプリキュアの使ってる個別の武器みたいヤツで、なんと言いますか。そう、あれなの、魔法少女の持ってる杖って例えると分かりやすい。

 

「まあ、こういうのは作った人に聞いた方が早いんだろうけど。私と同じで聖遺物の欠片が身体の中に入っちゃってた人がいたんだ」

 

その人は普段はクリーニング店を経営してるんだけど、私達のピンチに必ず駆け付けてくれる人なんだ。それに翼さん達が信頼してる凄い人で、私も未来と流星群を見るために頑張ってるときも助けてくれたし、あの人が居なかったら危ない時も沢山あった。

 

「そんな人が友達に怒ってたんだ」

 

どれだけ失敗しても怒らないような人が本気で、それだけ悲しくて苦しかったんだと思う。あ、いや、未来とのすれ違いを責めてる訳じゃないよ?

 

「うん、でも、あの時は響の事情も聞かずに一人で怒ったりしてごめんね?」

 

「私こそ未来のことを考えずに修行ばっかりしようとしてたから……」

 

ちょっとの間だけ未来と見詰め合って照れたように笑う未来が可愛くて仕方なかった。あの人もクリスちゃんの頭を撫でるときは楽しそうだったし、たまには私も未来の頭を撫でてみようかな?

 

「こほん、話の続きなんだけどね」

 

その人は完全聖遺物っていう私や翼さん達が持ってるモノとは比べ物にならない鎧を纏った友達と殴り合って本当の気持ちを聞き出そうとしてた。

 

たぶん、今の私じゃ真似することも出来ない。

 

それこそ間違えば死んじゃうかもしれない武器も何も持ってない状況だった。

 

それでも友達を止めるために拳を握り締めて。ずっと了子さんが溜め込んでいた想いを受け止めるために一歩も後退らなかった、まともに受ければ身体を引き裂かれるかもしれない攻撃を受けてもだよ?

 

「すごいんだね、響の話してくれた人は…」

 

「えへへっ」

 

「その人は私も知ってる人なの?」

 

「うん、商店街のクリーニング店さんだよ?」

 

「うそぉ!?」

 

あはは、未来は気付いてると思ったんだけど。やっぱり表向きは普通のクリーニング店さんだもんね。そういう荒っぽいことは似合わないよね。

 

 



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第21話

¥月∴日

 

昨晩、若ママさん達が宣戦布告のような台詞を吐いたかと思えば自分のことをフィーネとか叫んでドヤ顔を決めていた。しかし、私の隣にフィーネこと櫻井さんが居るのだが…。

 

それは言わない方が良いのだろうか?なんて考えながらカイザギアを解除して三人の前に立ち、若ママさん達を説得しようとしたが「裏切り者」とか「私達に近付いたのは情報を得るためだったのね!」とか叫んでいる。

 

いやいや、そんな高等テクニックをオバサンが使えると思ってるのかね?と聞けば「貴女のような底知れぬ強さを持つ人が人柄を偽るなど造作もないことでは?」と風鳴さんが会話に割り込んできた。

 

ちょっとだけ待ってね。もしかして、風鳴さんの中だと私って凄い人認定だったりするのかな?等と問えば「そうですが、なにか問題でもありますか?」と疑問を疑問で返され、なんとも言えない苦笑いを浮かべる。

 

これは天羽さんの私は凄い人って風潮してるということで良いのだろうか、べつに慕ってくれるのは大人として嬉しかったりするけど。

 

オバサンは人を騙すことだけはしないよ?

 

¥月㊥日

 

なぜか天羽さん達と映画を観ていると風鳴くん達も混ざってきた。広いとはいえ潜水艦の中だから暑苦しく感じるのは仕方ないけど、これは集まりすぎだとオバサンは思うんだ。

 

そんなことを考えていると風鳴くんが映画のタイトルを聞いてきたので「ミミック」と答え、女の子の可愛らしい悲鳴を聞きながらビールを飲むのは最高だと思えてきた。

 

ただ、天羽さんってビールを飲んでも平気な年だったっけ?なんて思いながらもゴキブリの出現した瞬間に叫び出すのは可愛い。

 

オバサンはゴキブリが出ても「出たな、害虫!」なんて言いながら殺虫剤と丸めた新聞紙で戦ってるんだけど、むしろ最近は逞しくなりすぎて殴ったゴキブリが消失しているほどだったりする。

 

しかし、ゴキブリを題材とする映画なんてコレぐらいじゃないだろうか?と考えていると櫻井さんが入室してきた瞬間、仰け反るように思いっきり後頭部から倒れた。

 

そういえば櫻井さんは虫が苦手だったような気がする。私も苦手だけど、流石にテラフォーマーズを見れば慣れる。

 

まあ、出入り口で気絶している櫻井さんの介護は私が引き受けるけど。みんな気分を害する前に退出することをオススメしておこう。

 

¥月∠日

 

ムカつく顔のオッサンが立花さん達に演説しているかと思えば流動的フォルムの化け物が地面を掘り返して出てきた。

 

オッサンはネフィリムと言っているが、あれは人造人間のはずでは?と考えてしまうのはオタクだからだろうか?

 

そんなことを考えながら立花さん達を襲おうとしたネフィリムの顎を弾き上げ、右側頭部に回し蹴りを叩き込んで吹き飛ばしてやる。ふむ、これは意外にも見た目と相反して分厚く硬い皮膚のようだ。

 

立花さん達も体勢を立て直すことは出来たし、カイザギアを忘れてきた私は退場しておくべきか?なんて考えながら起き上がったネフィリムの身体が膨張していることに驚いて思わず「きもっ!?」と叫んでしまった。

 

いや、これは仕方のないことだ。

 

いきなり大きくなるとか特撮でも一度は負けないと有り得ない設定なんだが?等と思いながらも前足を使って殴る真似事を行うネフィリムの顎を右の膝で叩き上げ、そのまま腹部を蹴り潰す。

 

それにしてもオバサンの両手や右膝が流血しているのはネフィリムが硬すぎるからなのだろうか?それとも皮膚を千切られたからか?

 

そう白髪のオッサンに問えば自慢するように聖遺物を糧として更なる強さを手に入れると語り始めた。成る程、アイツの好物は私と立花さんという訳だ。

 

ノイズの次は化け物と来たか、あんまり気乗りしないけど。とりあえず、思いっきりぶん殴っとけばぶっ倒れるんでしょ?

 

 



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第22話

⌒月↑日

 

今朝、商店街の福引きでティッシュを貰った。

 

まあ、そう簡単には当たらないよねと考えていると次にガラガラを回した人が温泉旅行を当てたことに驚き、思わずエコバックを持ってくれてる雪音さんに「うっそぉ…すごくない?」と聞いたら「まあ、ティッシュよりはな?」と言われた。

 

それはオバサンも思うけど、本人の前で言うのは控えてもらえないかな?わりとグサッと言葉の刃は突き刺さったりして悲しいんだけど。

 

とりあえず、この話は無かったことにしよう。

 

最近のティッシュは肌を傷付けないように柔らかな感じだって何処かで聞いたような気がするし、そんな怪しむような視線を向けるのはやめてね?

 

そういえば雪音さんって立花さん達と出掛けることが増えたけどさ、私に黙って危険なこととか始めようとしてたら流石に怒るよ?

 

まあ、こんなオバサンが怒ったところで半殺し程度にするだけだから怖くないわな。あと怖がられると私の硝子の心が傷付くから、さっきの言葉は冗談だから怖がらないで良いんだよ?

 

ありゃあ、櫻井さんとの喧嘩を見たからかな?

 

⌒月&日

 

なぜか立花さん達が「強くなりたいんです!」と少年漫画のようなセリフを言いながらクリーニング店に押し掛けてきた。そういうのは熱血少年漫画で間に合ってるんだけど。

 

オバサンから得るものなんて家庭の知恵だけよ?

 

そんな冗談を交えながら話そうとしたが、四人とも真剣な視線を向けてくる。確かに若ママさん達は強かったし、今の四人の連携じゃ勝てない。

 

あの三人を倒したいなら相手を倒す勇気を持たないとダメだ。どれだけ強くても、どれだけ弱くても、誰かを助けようと伸ばした、この手だけは自分を裏切らない。

 

それに覚悟も持たずに相手を倒そうとするのは絶対に違うんだ。向こうにも私達を敵とする理由もあるし、それぞれ違う志を胸の奥に秘めている。

 

風鳴さんは「防人」となるために生きてきたって話してたけど、それは何年も積み重ねてきた風鳴さんだけの覚悟の象徴だ。

 

立花さん、彼女達を止めるために人と争う覚悟を持たないといけない。偽善者と言われようと突き詰めれば正義と変わらない。なにより立花さんは偽善者じゃなくて、ただの優しい女の子なんだからさ…。

 

なんだか、ちょっとした口説き文句みたいね。

 

あんまり殺意を籠めた視線を立花さんに送るのはダメよ?なんて天羽さんを嗜めながら頭を撫でると殺意は霧散していき、嬉しそうに天羽さんが私の側に寄ってきた。

 

私って男運は無いけど、同性には好かれるのね。

 

⌒月±日

 

早朝、私は二課の所有するスポーツと化した建物の大きさにドン引きしていた。立花さんが風鳴くんに話したとは聞いてたけど、まさか半日で改装するのは思わなかった。

 

そんなことを考えながら最新のトレーニング道具を一式揃えたと楽しそうに話す風鳴くんが宝箱を見付けた少年のように見えてしまった。

 

そういえば風鳴くんって私と年齢層は近いのに、風鳴さん達と変わらない若々しい肌なのよね。ちょっとだけ妬ましく思えたけど、あんまり人を妬むのは良くないわね。

 

とりあえず、四人は今より柔軟な身体を手に入れることに専念しよう。勿論、私の作ったまたわり君ぐれ~いとを使ってだけど。

 

ある人は16時間もあれば一日で柔軟な身体を手に入れることが出来るとね。まあ、私は最初から柔らかな身体を持っていたから使ったことはないけど。

 

先ずは雪音さんの凝り固まった身体を解すとしようか。そんなに怯える必要はないよ、ほんの少しだけ筋肉を柔らかくするだけだ。

 

天羽さん達は軽く柔軟体操すれば問題ない。

 

そんなことを話していると「アイツらが問題ないならあたしも大丈夫だろ!?」と言ってきたので「あの三人は接近戦だから身体は柔らかいけど、雪音さんは体力もなくて筋肉もそれほどないわ。なにより柔軟性がないと関節技を受けたときに軽く動かしただけで脱臼する可能性って…」と親身になって話したおかげで理解してくれたようだ。

 

 



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第23話

⊥月∀日

 

ふと頭の中を過った疑問を櫻井さんに尋ねると驚いたような表情を浮かべたかと思えば「やはり、お前さ突拍子もない発想を言い出すな」と溜め息を吐きながら笑っていた。

 

私のことを貶しているのだろうか?

 

それとも誉めているのだろうか?

 

そんなことを考えながら「竜宮の深淵」に保管されているデュランダルを取りに櫻井さんと一緒に階段を降りて「竜宮の深淵」へと向かう。

 

そういえば夕飯を作り忘れていたような気がするけど、二人とも料理ぐらい出来るわよね?

 

そう一人で勝手に納得したように頷いていると「おい、そんなところに突っ立てる暇があるなら運ぶのを手伝え」と言ってきた。

 

なんか櫻井さんも口調が悪くなったりと忙しい人になってきたよね。まあ、猫被りしてた時より本心で話し合えてるみたいで私は嬉しいんだけど。

 

なんてヒールを鳴らしながら前を歩く櫻井さんに言えば「なあ、少し黙ってくれないか?」と耳まで真っ赤にした櫻井さんが振り返って言ってきた。

 

もう、照れちゃって可愛いわね。

 

⊥月&日

 

早朝、私は櫻井さんの所有する研究室にてデュランダルの切っ先を少しだけ砕いて磨り潰したモノを飲み込んだ。この前のネフィリムとか気色の悪い化け物に私と立花さんが腕を食われた。

 

その後のことは覚えてないけど、私と立花さんが聞いても返答してくれる人はいなかった。あの櫻井さんも「知らないわよ…」と顔を反らし、誰も腕のことを教えてくれなかった。

 

なにより私や立花さんは理由は不明だが、気が付けば食われたと思っていた腕が生えている。ついに私はナメック星人の能力を得たのかと思ったが、どうやら聖遺物の影響だそうだ。

 

まあ、予想していたとはいえ人間の作り出したモノとは思えない性能を持っているな。

 

流石は櫻井さんの作ったシンフォギアだと称賛すると「お前達は通常のシンフォギア装者と違い、聖遺物と完全に同化している」と話し始め、私の身体に関することを詳細に教えてくれた。

 

なんと言えば良いのか、これは櫻井さんのせいじゃない。偶然にも私が聖遺物を食べたとか、そんな感じに誤魔化せば行けるはずだ。

 

それより私はデュランダルとネフシュタンの両方を同時に使えるようになるだろうか?

 

そんなことをパソコンを眺める櫻井さんに聞けば「まだ、十分も経っていないぞ」と言われた。成る程、櫻井さんは何時間で人体と聖遺物は同化するのかを測っているそうだ。

 

⊥月±日

 

今朝、目を覚ますと沸き上がるような力を感じたので屋根の上でかめはめ波を出せるか試したら極太のビームが両手のひらから出てきた。

 

どうやら私は全人類を超越した存在となってしまったようだ。あとで立花さんと風鳴くんにかめはめ波を撃てるようになったって自慢しよう。

 

そんなことを考えながら全身を駆け巡るエネルギーを足の裏に集め、自分の身体を持ち上げるイメージでジャンプすると数秒だけど、確かに空中に留まることが出来た。

 

私はかめはめ波だけじゃなくて舞空術も頑張れば使えるようになりそうだ。とりあえず、朝御飯を作ってから舞空術の練習を始めるとしよう。

 

しかし、風鳴くんなら普通に舞空術とか使えそうに見えるのは何故なのだろうか?なんて思いながらもベランダに飛び降りると天羽さんが立っていた。

 

私の放ったかめはめ波からシンフォギアと同質のエネルギーを感知したと電話が来ていたらしく、私は天羽さんと雪音さんの睡眠を邪魔してしまったようだ。

 

とりあえず、私は二度寝するために必要な枕の代わりとして二人を寝かし付けないとダメになったけど、二人とも可愛いので役得と思えば大丈夫だ。

 

 



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第24話(風鳴翼)

ウェル博士は私達を標的(エサ)と見定め、シンフォギアの核となる聖遺物をネフィリムと呼ばれる完全聖遺物の化け物に与えようと考えたようだ。

 

私や奏は立花のおかげでシンフォギアを奪われずに済んだが、雪音の救援を聞いて駆け付けてくれた風見さんはウェル博士の言葉を聞き、いつもの反応が遅れた立花を庇い、二人とも地面から現れたネフィリムに片腕を喰われた。

 

あの時ほど立花を恐ろしいと思ったことはない。

 

己の心を律することも出来ず、まるで化外の如く荒ぶり、ネフィリムの四肢を引き千切る様は修羅と見紛うほど普段の立花とは程遠い。

 

私が呆然としていると無くなった腕を触ろうと虚空を掠める風見さんを見て泣きじゃくる雪音と怒り狂ったように叫ぶ奏がウェル博士を殺すために身体を押さえ付ける粘膜を押し退けようとした瞬間、立花と同じく赤黒い波動を纏う風見さんがイビツな音を鳴らしながらネフィリムを向かって歩き出した。

 

その映像を見て溜め息を漏らす櫻井女史の話を要約すれば聖遺物と融合してしまった肉体が欠落した部位を補おうと暴走を始め、自己修復を行う過程で危険となる生物を排除しようとしたとのことだ。

 

なにより櫻井女史の離反した時のように風見さんが何とかしてくれると考えてしまった軟弱な精神を鍛え直すために叔父様の愛用するトレーニングルームで仮想の敵に向けて木刀を振り落とし、着色剤の練り込まれた玩具の弾丸を避ける。

 

「奏、私はどうすればいいんだ?」

 

そう呟いても風見さんの経営するクリーニング店で寝泊まりする奏に声は届かない。それに、いつか奏に甘えそうになる癖も直さないと二人の先輩として面目が立たないではないか。

 

そんなことを考えていると櫻井女史が「そろそろ休憩しないと脱水症状になるわよ」と観測室から話し掛けてきた。風見さんの説得で改心したとはいえ月を穿とうとした人物を、こうも簡単に信用してしまうのは立花と風見さん影響だな。

 

あの二人は事情は違えど苦難を乗り越え、更なる進化を求めて道半ばで彷徨っている。私だけでは二人のえになれるとは思えないが、みんなで力を合わせれば二人の不安を打ち払えるはずだ。

 

「櫻井女史、次の相手を頼みます!」

 

「元気なのは良いことだけど、なにを焦ってるのか。ちょっぴり年上のお姉さんに話してみなさい」

 

「ちょっぴり?」

 

「あら、なにか問題でもあるかしら?」

 

私の言葉に不満を覚えたのか。ギロリと睨み付けてくる櫻井女史と視線を合わせず、先程まで考えていたことを話しながら木刀を突き出し、仮想の敵の胸部を貫き、飛んできた着色剤の練り込まれた弾丸を地面に叩き落とす。

 

木刀に付着した液体を振り払い、櫻井女史の隣に腰掛けながら自分の思いを伝える。この身を剣とするために鍛えてきたが、友を切り捨てることの出来ない未熟な心を恥じたこともある。

 

櫻井女史を止めるために、櫻井女史を救うために、武器を持たずに素手のみで渡り合おうとした風見さんを見て胸の奥が熱く滾るのを感じた。

 

「翼ちゃん、貴女は今のままでいいわ」

 

「しかし、櫻井女史…」

 

「その胸に宿ったのは、とても大切なものよ」

 

成る程、これは大切なものなのか。

 

 



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第25話

▼月¥日

 

なぜか立花さんの友達が誘拐されたことを聞かされた。どう考えても立花さんを誘き出すための道具として扱う光景しか思い浮かばない。

 

そう思いながらも不安そうに友達との写真を眺める立花さんを励まそうと風鳴さん達は必死に言葉を繕っているのが丸わかりだ。

 

まあ、こういう青臭い青春も悪くないわね。なんて考えていると櫻井さんが小さな声で「お前は単独で三人の装者を相手に戦えるか?」と聞いてきた。

 

そりゃあ、足場が安定していれば子供に負けることはないけどさ。相手は人質を取ってるんだよ?と言葉を返せば「その程度の逆境を乗り越えろ」と無茶ぶりを言われたけど、確かに無茶すれば立花さんの友達を奪い返せるわね。

 

それに二人目の融合症例を欲しがるのは科学者として当然のことよね?と櫻井さんに言えば苦笑いを浮かべながら肯定するように頷いてくれた。

 

とりあえず、私は向こうで改造手術を受ける前に立花さんの友達を奪還するのがミッションだ。あんまり大々的には言える雰囲気じゃないけど、先ずは相手をブッ飛ばすことを考えるか…。

 

▼月*日

 

早朝、テレビを通じて立花さんの友達を誘拐した若ママさん達に向けて真っ向勝負を持ち掛けた。ただ、もっと正確に言えば人質の交換を申し出たという訳だ。

 

どれだけ策略を練ろうと研究者を抱えている組織の人間は研究の対象となるモノを見れば手に入れようとするのは当然のことだ。

 

私だって限定版のフィギュアを見付けたら購入するために全力を尽くす。なによりネフシュタンの融合症例なんて、そう簡単に会えるものじゃない。

 

この無謀とも言える最適解を了承してくれた櫻井さんには感謝するけど、若ママさん達と戦うことになった原因も櫻井さんなんだよな。

 

あとで櫻井さんの大切なケーキを食べてやろうか?なんて考えていると発狂寸前の変態が腰に飛び付いてきた。今は我慢するしかない。

 

まだ、若ママさん達が立花さんの友達を逃がすところを見ていない。それにしても頬擦りしてくる二人は何なのだろうか?

 

そういうのは若ママさんにすればいいのに、それとも年頃だから照れ臭くて出来ないのだろうか?等と考えていると白いリボンの似合う女の子が虚空を見詰めていた。

 

うん、明らかに正気じゃないね。

 

▼月「日

 

これは予想外の出来事だ。

 

最初の作戦では「立花さんの友達を手放したところを全員纏めてボコり倒す」はずだったんだが、気付けば拘束されて変態の策略で立花さん達は友情を試し合う戦いを強いられてる。

 

どうにか逃げ出す手段は無いだろうかと部屋の中を見渡しても監視役の女の子が射抜くような視線を向けてくるだけで逃げ出すことは…。

 

うん、いつでも出来そうだ。

 

そう思いながら映像を見ていると立花さんのシンフォギアが解除された。いや、むしろ身体の中に埋まっていたシンフォギアが消えた。

 

私も立花さんも身体と聖遺物が融合していた特殊な装者だったのは確かだ。その力の根底を消すのは戦略としては当然だが、彼女の友達を巻き込んだのは許さん。

 

革製のベルトを引き千切り、指の骨を鳴らしながら監視役の女の子を脅して制御室まで連れていくように要求すると意外にも簡単に承諾してくれた。

 

ひょっとして、これは罠なのだろうか?

 

 



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第26話

Π月Ζ日

 

私の両隣を押さえるように座っている月読調暁切歌の俊敏な対応に驚きながら白髪の変態の語る「英雄理論」を聞き流す。

 

チラリと頑張れば通れそうなダクトを視線を動かすことで見ていると「そこを通るのは無駄よ、いくら鍛えていても関節の着脱は人間には不可能だもの!」と御満悦な表情を向けてくる若ママさんに言われたが、私は全身の関節を強引に外せるから行けるんじゃあ…。

 

いや、流石に大人が通れるほどダクトが広いとは限らないし、ちょっとだけ入り口を見る程度なら良いわよね?なんて思いながら両の腕を掴んでいる二人も一緒に持ち上げ、ダクトの入り口を見ると肩の関節を外せば通れそうなサイズだった。

 

私の監視する三人に態とらしく諦めたような振る舞いを見せながらトイレに行きたいと抵当な言葉を並べながら一人になる口実を作り、天井にある換気扇の真ん中をアッパー気味に殴って動かなくする。

 

あとは換気扇を囲っているモノを引っ張り落としながら両の腕を振り下ろして肩の関節を取り外す。この痛みで叫びそうになるのは仕方ないのだが、今は二課の人に無事を知らせることが優先事項だ。

 

しかし、ここは空気の行き交う場所が多くて出口を見付けるのも難しい。なにより後ろで「逃げられたデース!」とか「まだ、近くにいるはず…!」等の声が聴こえてくる。

 

Π月≧日

 

飛行船の天井を蹴り破って出たかと思えばミサイルやガトリングを乱射する雪音さんと狂ったように突撃槍を振り回す天羽さんが見えた。

 

ソッと蹴り破った天井の中に戻ろうとしていると風鳴さんの「風見さん、そこに居たのですか!」と叫ぶ声が聴こえ、渋々ながら風鳴さん達に立ち上がって無事を知らせる。

 

私の方を凝視する二人の視線を避けるように風鳴さんの傍に飛び降りようかと思ったけど、私はパラシュートも何も持っていない。聖遺物と同化しているとはいえ、この高さから落ちれば確実に死ぬのは分かり切っている訳だ。

 

それなのに天羽さんと雪音さんは「あたしのところに飛んでこい!」と言わんばかりにノコギリや剣の飛び交う戦場の真ん中で両の腕を広げ、どちらかを選べと僅かに睨み合いながら主張している。

 

ここで一人を選んだらヤンデレになるとか嫌なルートに進むのだけは絶対に避けたい。むしろ私に執着している理由を問い詰めたい。どれだけ思い出そうとしても二人との接点が分からないのだ。

 

とりあえず、紐なしバンジーを体験することなるなんて数ヵ月前の私は知る由もないんだろうが、こういう貴重な体験を出来るのは役得とポジティブに考えるしか気持ちを切り替える方法はない。

 

まあ、どこの世界でも女は愛嬌より根性で決める時も必要となる事態に巻き込まれることもあるはずだ。その時は覚悟を決める以外に出来ることはないのだが、私は知り合った女の子が同性愛に目覚めるのだけは勘弁して欲しかった。

 

Π月&日

 

結局、私を受け止めたのは立花さんで恨めしそうに雪音さん達は親指の爪を噛んでいたが、ばっちぃから爪を噛んだりするのはやめなさい。

 

それにしても以前に見たネフィリムはキモい見た目だったけど、更に見た目も叫び声も気色悪くなってるわね。あの白髪の変態の考えてることは理解するのも嫌になるわね。

 

ただ、私の個人的な考えなんだけど。どんな時代でも人を蹴落としてまで英雄になろうとする気持ちが強すぎる変態とは絶対に分かり合えると思わない。

 

私の前に立って銀色の杖を掲げた白髪の変態に聞こえるような声の大きさで言い放ち、怒りの矛先を私に向けさせることで雪音さん達がノイズを無限に生み出す杖を狙えるように立ち回る。

 

どれだけ頭が良くても自分勝手な人間に付き従う人はいない。独り善がりの馬鹿みたいな演説を垂れ流し、自分こそ正しいと主張するばかりで他の人の意見は聞き入れようとしない。

 

そんな独裁者みたいな英雄は私の生きる時代に必要ない。さっさとアメリカに帰って地道に慈善活動に励んでる方がよっぽど効率的だ。

 

 



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第27話

∠月∩日

 

風鳴さんの作り出した剣を受け取り、ネフィリムの丸太のような腕を往なし、剣の切っ先を腕に突き立てながらゴムのように伸縮する腕を捻り斬る。

 

ゆっくりと切っ先を突き付けるように剣を構え直し、風鳴さんに私の動きを真似るように指示を送る。こんなぶっつけ本番で教えることになるとは思わなかったけど、彼女なら完全に追い付けると信じるしかない。

 

私の呼吸と重なり、私の歩法と合わせ、私の剣の振るう速さに追い付く風鳴さんの天賦の才に驚きしか感じないけど、彼女なら出来ると確信していた。

 

それにしても飛天御剣流"九頭龍閃"をぶっつけ本番で振るえるのは凄いな。まあ、私の放ったのは正確に言えばクズ龍閃だけどさ。

 

もう、ハッキリと分かるわね。

 

私と風鳴さんの放った剣技は似て非なるものだ。真っ直ぐと綺麗な太刀筋の風鳴さんと違い、私の確実に急所を狙って剣技を叩き込んだ。

 

ネフィリムを切り刻んだとはいえ変態の残したノイズを倒さないと終わりって訳じゃなさそうだが、オバサンの年齢だと体力の衰えを感じるよ…。

 

∠月≪日

 

まさかネフィリムの進化した姿がスピリット・オブ・ファイアだったとは予想外の事態だ。あんな化け物と戦えるのか?なんて考えていると立花さん達が覚悟を決めたように手を握り合っている。

 

私だけ手を握っていないのは疎外感を覚えるが、子供の仲良く手を繋ぐ姿を見るのは嬉しい。普段は天羽さんと雪音さんが互いの額を叩き付けながら睨み合う姿しか見ないからだろうか。

 

溜め息を吐きながらワイシャツの両袖を千切り、拳に巻き付けてバンテージの代わりにする。あんな高熱を帯びたヤツを殴ったら火傷じゃ済まないんだろうけど、危ないことを子供に任せるのは大人としてダメなことだ。

 

まあ、大人が命を賭けるのは未来を紡ぐ子供のためって相場は決まってるわよね。なんて考えながら飛び立った立花さん達を追うために風鳴くんに放り投げるように頼み、両の手で斜め十字を描いて頭を守るように大気圏を突貫する。

 

やっぱり、普通なら呼吸すら出来ない筈の宇宙空間で立花さん達を追い掛ける私は人外のカテゴリーに分類されるのだろうか?

 

そんなことを思いながらネフィリムを杖で開いた異空間に押し込もうとする雪音さんの隣に行き、彼女の右肩に触れながら「あのネフィリムを異空間に蹴り込めば丸く収まるってことよね?」と告げる。

 

雪音さんのおかげで限界まで広がった異空間へと繋がる裂け目にネフィリムの背中を殴り潰す勢いで押し込め、そのまま異空間に突入する。

 

∠月∋日

 

スピリット・オブ・ファイアと化したネフィリムを殴りながら異空間に入ろうとしてきた雪音さん達を怒鳴り付けて地球に帰るように指示する。こういう化け物と心中するのは同じ化け物で十分なのよ。

 

まあ、結婚したかったし、彼氏も欲しかったけど。そういうのは来世の自分に任せるしかない。あんまり悲しくなることを考えるのはやめるか。うん、雪音さんと天羽さんが死に物狂いで追い掛けてくるのが見えた。

 

やめて、折角、カッコいい最後を決めようとしてるのに吐血しながら追いかけてくのは怖いんだけど?なんて考えていると天羽さんと雪音さんに押し潰されながら抱き着かれた。

 

私の耳元で「置いていったら死ぬ!」と呪詛にも似た言葉を吐き出す二人の後頭部を撫でながら此方に手を伸ばすネフィリムの右手を蹴りあげ、砂浜の見える出口に向かってノイズを踏み台にして向かう。

 

私は子供は好きだけど、同性愛に目覚めるつもりは毛頭ないからね?等と二人にしか聞こえない大きさの声で言えば「それは無理だと思う」と無表情で言葉を返された。

 

うん、やっぱり、私は異空間でネフィリムと死ぬまで戦ってるから二人だけ戻りなさい。ちょっと、そんな強引に引っ張られるとシャツが破けちゃう。

 

そんなことを言いながら砂浜に顔面から落ちたかと思えば立花さんの友達が杖を異空間に目掛けて全力で投げ飛ばすのが見えた。成る程、あの子は槍投げの選手だったわけだね。

 

ただ、まあ、私の胸に顔を押し付けるのはやめてもらえるかな?風鳴くん達が困ったように顔を反らしてるからさ、そろそろ私から離れてくれないかな?

 

 



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第28話(天羽奏)

今回の話で最終回です。


アタシ達はフィーネを騙る奴らとの戦いを制し、平穏な日常を取り戻すことが出来た。あの人はアタシを残してネフィリムと一緒に「バビロニアの宝物庫」で心中しようとしたのはマジで許し難いことだが、あれはアタシ達を守るためにネフィリムと、たった一人で戦い続けようとしたんだと思う。

 

そんな全ての人類を守ろうとする人を雪音と一緒に捕まえて砂浜に顔面からダイブしたのは良い思い出と言えれば良いんだが、アタシを差し置いて雪音はあの人の胸に顔を埋めてやがった。そういうのは最初に助けられたアタシの特権だろうが、二番目は大人しく腕かお腹に顔を押し付けてれば良いんだよ。

 

まあ、翼や響の言葉で落ち着きを取り戻せたとはいえ雪音の非常識な行動を叱るのは年上として当然のことだ。あとでアタシも胸に顔を埋めたりしたいけど、あの人に嫌われるのは嫌なので表立って言うことは出来ない。

 

「天羽さん、この書類は…」

 

「ん?ああ、婚姻届だな」

 

アタシの目の前で困惑したように首を傾げる彼女を見ていると年上だというのに可愛く見えるのは仕方のないことだと思う反面、女として負けてるような気持ちになるのもアタシなりの愛の形だと考えることにした。

 

いくら取り繕ってもアタシは、あの人を独り占めしたくて雪音や了子さんにも渡したくないと思ってるし、ずっと我慢してた気持ちを抑えるのも限界だ。このまま拒絶される可能性も否めないが、アタシはこの人を諦めることは絶対に出来ない。

 

それだけは断言することが出来る。

 

「風見さん、ずっと貴女を想い続けてたアタシの気持ちを受け止めてくれないか?」

 

「いや、でも、ねえ?」

 

「なあ、どうしてもダメなのか?アタシが女だから風見さんは頷いてくれないのか?」

 

「そういう訳じゃないけど、私みたいなオバサンを好きになる理由が分からないのよね」

 

なんだ、そんなことか。ツヴァイウィングのコンサートでギアの解除されたアタシを守ってくれた甲冑のヤツが、アンタなのは百も承知だ。了子さんはアタシに隠そうとしてたけど、そう簡単に惚れた相手を忘れるわけないだろ?

 

そうハッキリと言えば顔を両の手で覆うように天を仰ぎ、深い溜め息を吐きながら「天羽さんみたいなイケメンの吐く台詞はオバサンの心臓を突き刺すんだよぉ…」と小さな声で言っていた。

 

アタシと風見さんを隔てるテーブルを跨いで風見さんの両の手を掴んで顔を間近で見詰めながら「アタシと結婚してくれ」と問い掛ける。風見さんは強引に詰め寄ってもアタシを弾き飛ばすなんてことはしない。

 

こういう自分の危機でも相手を気遣える優しさに惚れたってのもあるけど。マジでアタシはこの人以外を好きになること絶対にはないって確信できるものを感じた。

 

「当麻さん、絶対にアタシが幸せにしてやるよ」

 

「いや、うん、もう、はい、よろしく」

 

真っ赤にした顔を俯かせるアタシの大切な人を見てると胸の奥がキュンキュンするのは新発見だ。まあ、何はともあれ、アンタは世界で一番のアタシだけの宝物だ。この人だけは絶対に雪音や了子さんなんかに渡したりしない。

 

「よし、新婚旅行はハワイで決まりだな」

 

 



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