魔王 黄瀬涼太 (中輩)
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VS桐皇学園 第1Q

私の妄想が詰まっただけの話。
ちなみにバスケはニワカ知識しかありません。




 

 I・H(インターハイ)準々決勝、第二試合。

 東京代表の《桐皇学園高校》と神奈川代表の《海常高校》の試合。

 今大会注目の好カード。その一戦が幕を上げようとしていた。

 

 

 

 

「お、丁度アップが始まったところか」

 

 観客席に姿を現したのは、桐皇学園と同じ東京地区のチームである《誠凛高校》の一団。インハイ予選で敗退した彼等であるが、大会会場の近隣で合宿を行なっていた事もあり、誠凛高校が惜敗を喫した“二校”の――否。

 

 二人のキセキの衝突を、見届けに来たのである。

 

「――なあ黒子。どっちが勝つと思う?」

 

 両エースとのマッチアップ経験を持つ《火神 大我》は率直に自身の抱く疑問について相棒に尋ねた。

 

「分かりません。キセキの世代同士のスタメンが戦うのこれが初めてです。ただ――」

 

 キセキの世代、幻の六人目(シックスマン)と称されていた《黒子 テツヤ》は、かつてのチームメイトの姿を思い起こすように目を瞑る。

 

「帝光のWエースと呼ばれていた二人です。あの二人の勝敗がチームの結果を左右することは間違いありません」

 

 火神は黒子の答えを聞きながら、コートで海常のメンバーと共にアップを行う黄瀬へと目を向ける。

 黄瀬はお手本のような美しいフォームでジャンプシュートを決める。

 一つ一つのプレーが洗練されており、黄瀬の圧倒的な才能とこれまでの弛まぬ努力が火神にもひしひしと伝わってくる。

 

 それでもなお――。

 

(……あの青峰を止められんのか?)

 

 黄瀬のディフェンスの前に一人では手も足も出なかった火神である。彼のディフェンス力の高さは実際に体感した火神が一番よく知っていた。

 それでも、インハイ予選で青峰の変幻自在なオフェンスの衝撃は、火神の中で黄瀬のものを上回るものである。

 

 両者のイメージを重ね合わせても火神には黄瀬が勝つ姿は想像できなかった。

 

 

 ♢

 

 

「よォ、やる気満々ってツラだなァ。黄瀬」

 

「青峰っちこそ柄にもなく気合十分な感じじゃないっスか」

 

 整列を終えジャンプボールを待つ両者。当然のごとくマッチアップをする二人が会話を交わす。

 

「当然だろ!てめえは俺が本気で潰せる数少ない相手なんだからよ。せいぜい、俺を楽しませてくれよ」

 

 不遜極まりない青峰の態度。それは、これまで幾多の猛者を赤子のようにひねりつぶしてきたゆえの自身の現われであった。

 

「ふーん。そういや、ずっと気に食わない事があったんスよね」

 

「あぁ?」

 

 怪訝な表情を表す青峰に対して不敵な笑みを浮かべる黄瀬。

 

「帝光のWエースって呼び名。エースなんて呼ばれるのは一人でジューブンだと思うんスよねぇ。この際、この場で白黒ハッキリつけるってのはどうスか?」

 

「いいじゃねぇか。ノってやるよ、それ」

 

 黄瀬の提案に青峰もまた獰猛な笑みを浮かべた。

 これは両者が中学時代から抱いていた思い。

 絶対的強者であるからこそ、“Wエース”や“キセキの世代”など一括りにされる呼び方が気に入らないのだ。

 

 

「ジャンプボール!」

 

 審判の宣言を受け二人は会話を終えた。

 両チームのC(センター)が、センターサークルに集う。

 

試合開始(ティップオフ)!!」

 

 空中にボールが放られ、両センターが同時に跳躍した。

 第1Q(クォーター)の始まりである。

 

 

「こんのッ!!」

 

 身体能力で勝るのは桐皇学園のセンター《若松 孝輔》であったが、最上級生であり経験豊かな海常センターの《小堀 浩志》が一瞬のタイミングをモノにし、自陣へとボールを弾く。

 

「――毎度さすがっス。小堀センパイ!」

 

 弾かれたボールに反応した黄瀬は、速攻を狙うためにすぐさまボールを運ぶ。

 だが――

 

「いかせるかよ。テメェのマークは俺だぜ」

 

 敏捷性に勝る青峰がすぐさま黄瀬に追いつき、迎え撃つ。

 両エースはセンターライン上で対峙した。

 

「おお!!いきなりエース同士のぶつかり合いだ!」

 

 この二人のマッチアップを期待して訪れていた観客達が、開幕早々エース同士が迎え撃った事に色めき立つ。

 

「黄瀬っ!いつも通りやれ!」

 

 誰もがコートの中央に立つ二人の姿に注目してしまう中、海常の主将《笠松 幸男》だけはクレバーに指示を出した。

 笠松の言葉に笑みを浮かべた黄瀬はステップを挟み、青峰を抜く姿勢を見せる。

 

「なッ――!!」

 

 青峰がドライブへの警戒を僅かに高めた瞬間、ノーモーションでゴールへ向かいボールが放られた。

 コートに立つほぼ全員が反応できない程、突然出された“パス”。

 

「ふがッ!!」

 

 唯一反応できたのは、類稀な脚力と天性のボールへの嗅覚を持つ海常のリバウンダー《早川 充洋》だけである。

 

「入(れ)ッ!!」

 

 空中でボールをキャッチした早川はそのままゴールリングにボールを叩き込んだ。

 これは、黄瀬が海常に加入した事により新たに十八番となったオフェンス。

 

 全国屈指のリバウンダーである早川が黄瀬のパスセンスにより、強力なダンカーへと昇華した。

 

「――ふぅ。とりあえず、先取点貰ったっス」

 

「ハッ!相変わらず仲間とお手手繋いでバスケするっスてか。あめーよ、そんなバスケじゃ俺には通じねぇ」

 

 両エースの間に火花が飛び散る中、桐皇学園のオフェンスが始まった。

 

 

 ♢

 

 

 第1Qも終盤に差し掛かったが、スコアは18―19と海常の一点ビバインドで均衡を保っていた。

 桐皇学園は、エース青峰とシューター《桜井 良》の個人技を中心としたオフェンスにより得点を重ねた。

 対する海常は、黄瀬がマークにつく青峰を引き付けながらボールを回す事で4対4の局面を作り総合力で得点を奪った。

 

 しかし、均衡を保つスコアと相反するようにエース対決の形勢は側からみれば明らかに映った。

 黄瀬は自身から攻め込む事がほとんどなく、対する青峰の縦横無尽なオフェンスを止める事もできていないため、そうした周囲の印象も当然であった。

 

「アイツ俺らとやった時とは随分違うじゃねーか。なんであんな大人しくしてるんだ?」

 

 火神が誰について述べているのかは明らかであった。

 誠凛は春に海常と練習試合を行なっている。その時に火神とマッチアップした黄瀬は苛烈に得点を奪っていた。

 火神には今の黄瀬のプレーはとても同一人物のものには思えなかった。

 

「――いいえ。アシストやゲームメイクを加えた今のスタイルが本来の黄瀬君の姿です」

 

「なっ――!?じゃあ、あの時は本気じゃなかったって事かよッ!?」

 

 黒子の言葉に、実際に対峙した火神は腹を立てる。

 もし黒子の言葉が真実であれば、黄瀬は火神を相手に手を抜いていた事になるからだ。

 

「違うわ、火神君。あの時の黄瀬君も確かに全力だった」

 

 火神にフォローを入れながら説明をするのは誠凛高校の監督である《相田 リコ》。

 

「けど、アレだけのアシストやゲームメイクを行うには少なからず仲間との連携が求められる。あの時のまだ高校に入学したばかりの黄瀬君ではその時間が足りてなかったのよ。そして、そのスタイルも今は完成してる」

 

「黄瀬 涼太。ただのF(フォワード)でもG(ガード)でもないあのスタイルはやっぱり――」

 

 中学でもキセキの世代と対戦経験を持つ《木吉 哲平》は半ば確信するようにリコの方を向く。

 

「ええ、間違いなくPF(ポイントフォワード)。中でも外でも関係なく点を取りパスを捌く。究極のオールラウンダーよ」

 

 相田 リコの“読みとる眼(アナライザーアイ)”は誰よりも冷静に試合を見つめていた。

 

 

 ♢

 

 

「青峰っ!」

 

 黄瀬のディフェンスを振り切った青峰に、桐皇の司令塔《今吉 翔一》がパスを出す。第1Qも残り15秒を切った局面で今吉はエースにボールを託した。

 ゴールを背にボールを受け取った青峰。これまで黄瀬は徹底して今吉と青峰の間のパスコースを塞いでいた事により、青峰は難しい体勢からのスタートを強いられていた。

 

「何度も言わせんなよ黄瀬。そんな舐めたディフェンスで、俺を止められるかよッ!」

 

 青峰の背後の床、ゴール方向へ向けてボールを叩きつけた。

 高くバウンドしたボールはゴール手前の空間へと浮き上がる。

 

「なっ――!?」

 

「どけぇッ!!」

 

 驚愕する黄瀬を躱しゴールへ向け一直線に加速する青峰。

 空中に放り出されたボールに桐皇のメンバーが反応するが、それを言葉で制した青峰はリングへ向け跳躍した。

 

 ガツンという衝撃音と共にボールをリングへ叩きつけた。

 青峰の一人アリウープが決まる。

 

「先輩ッ!」

 

 点差は3点に広がり、残り時間は6秒。

 黄瀬はすぐさまボールを拾った小堀にリスタートを促した。

 

 フロントコートまで一気に駆け抜けた黄瀬は、スリーポイントラインを挟んで再び青峰と対峙する。

 

「――ヘぇ。少しはやる気出したかよ」

 

 黄瀬の表情を見て、青峰は本能的に悟る。

 この局面でパスはない、黄瀬自身で決めに来ると言うことを。

 

「――無冠の五将の《実渕 玲央》って知ってるスか?」

 

「あぁ?んなの――ッ!!」

 

 当然、知ってる。

 黄瀬の唐突な質問に訝しげに青峰が答えようとした矢先、黄瀬はその場で後方に跳び上がった。

 

 黄瀬の動きに反応しすぐさま跳んだ青峰。

 さすがの敏捷性であり、後発でありながら空中では黄瀬とほぼ同じ高さにまで追いついた。

 しかし、遠い。

 

(――その位置でフェイダウェイかよッ!!)

 

 フェイダウェイによるスリーポイントシュート。

 無冠の五将の一人、実渕 玲央が使う三種のシュートの一つ。天のシュートである。

 黄瀬は中学時代にこの技を見た際に模倣(コピー)していた。しかしそれはただの模倣ではなく、率を上げるために黄瀬自身の手で調整の加えられた技である。

 

 オリジナルよりも早く無駄のないシュート。

 余談ではあるが、後に本人が映像でこの黄瀬のシュートを見て苛立つのはまた別の話。

 

 第1Q終了のブザー音と共に、ボールはリングに擦る事もなくネットを揺らした。

 

 スコアは21―21の同点。

 結局、均衡を保ったまま最初の10分が幕を閉じた。

 

 

 ♢

 

 

 桐皇学園のマネージャーである《桃井 さつき》はベンチへ戻る黄瀬の姿を怪訝な表情でジッと見つめていた。

 

(大ちゃんがスロースターターなのはきーちゃんもよく知ってる。ここで五分なのはきーちゃんにとって決して良くないはずなのに……)

 

 どうして黄瀬はあそこまで余裕な表情を浮かべているのだろうか。

 そんな疑問を桃井は抱いてしまう。

 

(――いったい何を狙っているの?)

 

 選手のポテンシャルすら見通す桃井ですら、黄瀬に対して底知れない何かを感じていた。

 

 




この試合だけは書き切りたい。


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VS桐皇学園 第2Q

 
 いずれ更新しようとは思ってたのですが……まさか一年も更新してないとは……ただただ、すみません。



 

 第2Qに入り、桐皇学園は本人の要望もありエース主体のオフェンスで立て続けに攻めた。

 

 センターラインを越えた段階で今吉からのパスを受け取る青峰。すぐさまディフェンスの体制を整える黄瀬。

 他の八人は彼等から距離を置いているため、二人の周囲には大きなスペースが生まれていた。

 

 詰まる所、エース同士のアイソレーションである。

 

 

 

「うぉっ!エース対決!!このピリオド何度目だッ!?」

 

 ゆったりとボールをつく青峰。

 彼の目の前に対峙するのは、重心を低くし無駄のない姿勢でディフェンスを構える黄瀬。

 

 第1Qとは違い、自身にのみ全神経を集中させている黄瀬の姿に、青峰は獰猛な笑みを浮かべた。

 

「――行くぜ」

 

「――ッ!」

 

 間近に立つ黄瀬にすら聞こえるかどうかと言う声量で呟いた青峰は、横方向に急加速する。

 黄瀬もすぐさま反応しゴールへのコースを潰す。

 

「……へぇ。ならこれならどうだッ!」

 

 最高速からの急停止からの高速バックロールターン。青峰の敏捷性をフルに生かした動きである。

 並のプレイヤーならスピンをするまでもなく突破されている。

 

 しかし――

 

「……ふぅぅ」

 

 目を見開き、大きく息を吐く黄瀬。そのディフェンスは青峰の揺さぶりにも一切崩れていない。

 

「――シッ!!」

 

 音を置き去りにしてしまうかのような鋭いクロスオーバー。

 青峰が最も得意とするプレーである。

 それでも黄瀬のディフェンスは、青峰を阻み続ける。

 

 

 

「青峰ッ!時間ッ!!」

 

「……チッ」

 

 ショットクロックが5秒を迎え、若松が青峰に向けて叫ぶ。

 舌打ちをしながら青峰はその場で後方に跳んだ。

 

「甘いっスよ!!」

 

「――甘ぇのはどっちだ。ばァーか」

 

 青峰のフェイダウェイを読んでいた黄瀬はシュートコースを完全に塞ぐように手を伸ばす。

 しかし青峰は空中で上体を倒しループの高いシュートを打つことにより、黄瀬のブロックの上にシュートを通してみせた。

 

『決まったァ!さっきからなんなんだ、あの無茶苦茶なシュートはッ!?』

 

 青峰の型のない(フォームレス)シュートが決まり一際大きな歓声が上がる。

 変幻自在な青峰のプレーには観衆を引きつける魅力があった。

 

 しかし湧き立つ観客達に反して、両エースの攻防を見守っていた今吉の表情は硬いものである。

 

(なんやこの感じ。さっきから青峰は点を取っとる。なのに――)

 

 今吉の感じた違和感。

 それは桐皇ベンチに座る桃井や監督の原澤も感じているものであった。

 

 

 

 ――対する海常高校のオフェンスは。

 

「しもたッ!」

 

「よこせッ!黄瀬ッ!!」

 

 今吉のマークを躱しインサイドへカットインした笠松に黄瀬は鋭いパスを出す。並のプレイヤーでは取るのも難しいギリギリのパスだがスピードのある笠松は難なく追いついた。

 

「行かせねぇッ!!」

 

 黄瀬からのボールを受け取った笠松だが、ゴール下で待ち構えていた若松がヘルプに回ってくる。

 

「甘ぇッ!!」

 

 若松が迫る直前に若松はスピードを完全に殺して急停止する。そして後方へと跳躍しボールを放った。

 

「なっ!?フェイダウェイかよッ!!」

 

 手を伸ばす若松の上をボールが通過し、ゴールリングに吸い込まれた。

 自陣へ戻る笠松とボールを受け取りに行く今吉がすれ違う。

 

「ようやってくれるわ」

 

「黄瀬だけじゃねぇぞウチは」

 

 そう言って去っていく笠松の後姿を今吉は頭をかきながら見つめた。

 

(困るで。ウチは青峰主体で攻めてるのに点差を離せてない。桃井の予測もワシらの頭に入っとる。それでも――)

 

 一対一のディフェンスではマネージャーである桃井の事前情報がある為、今吉達も充分に抑える事ができ始めていた。しかし海常オフェンスの起点となっている黄瀬が一瞬の隙を逃すことなく確実にパスを通してくる。

 

 結果的に黄瀬のキラーパスが桃井の予測による桐皇ディフェンスを無力化していた。

 

(ほんま恐ろしいわ。キセキの世代)

 

 両者の攻防が、加速していく。

 

 

 ♢

 

 

桐皇()T・O(タイムアウト)です!」

 

 第2Qも残り3分を切ったところで桐皇ベンチが動く。

 スコアは44―32で桐皇がリードしているが、かたやエース青峰が全開で躍動している桐皇に対して、海常のエース黄瀬はボール回しに専念している状況である。

 あまりにも動きのない黄瀬の姿に、桐皇学園の監督である原澤は少なくない不安を感じ、ベンチに座るエースへと目を向けた。

 

「青峰君、少しペースを落としてください。このままでは終盤まで持ちませんよ」

 

「はあ……あり得ねえ。こっからだろ、盛り上がんのはよ」

 

 タオルを頭に掛けて座る青峰は僅かに息を切らしながらも、原澤の提案を拒絶した。

 

「テメェ青峰ッ!テメェの都合でやってんじゃ――」

 

「落ち着き、若松」

 

 青峰の態度に憤りを示す若松の言葉を今吉が遮りながら、原澤の方へと顔を向けた。

 

「ハーフタイムまであと少しやし、ここはエースに任せてもええんやないですか」

 

 主将でありこの場で二番目に青峰について理解している今吉の意見に、原澤は髪の毛を弄りながら僅かに黙考した。

 

「――良いでしょう。なら此処で離せるだけ離しなさい」

 

「ハッ……いいぜ、やってやるよ」

 

 原澤の発破に青峰は不敵な笑みを浮かべて応じた。

 

 

 

T・O(タイムアウト)、終了です」

 

 ディフェンス面での細かな修正などを受け、コートへ戻る桐皇メンバー。青峰もまたゆったりと戻ろうしていたところ、目の前に幼馴染であるマネージャーの桃井が立った。

 

「青峰くん、きーちゃ……黄瀬くんには何か狙いがあると思うの!だから――」

 

「んなもん関係ねぇよ。アイツが何か企んでようが、まとめてブチ抜いてやるだけだ」

 

 桃井の言葉を遮り、意に介すこともなく青峰はコートへと向かった。

 そんな彼等の様子を反対側のベンチから見ていた黄瀬は小さく口を開く。

 

「……変わらないっスね、あの時から」

 

「あ?なんか言ったか」

 

 どこか寂しげな表情を浮かべている黄瀬に、隣に立っていた笠松が問うが、すぐに彼はいつものヘラヘラとした笑みを浮かべた。

 

「いや、大した事じゃないっス。それより笠松先輩、しっかり頼むっスよ」

 

「……ったく、本来のポジションに戻すだけだろ。テメェこそ、勝てよ」

 

「それこそ当然っスよ」

 

 コートへ戻る二人。

 学年差のある彼等だが、既に二人の間には確固たる信頼関係が築かれていた。

 

 

 

 T・O(タイムアウト)が終わり、海常サイドのオフェンスでゲームが再開されるが、すぐに桐皇ベンチは驚愕する。

 

「――黄瀬がガードから外れた、だと」

 

 ボールを運ぶのはPG(ポイントガード)である笠松。一方の黄瀬はスリーポイントラインの外側で待機しているだけであった。

 青峰は面前に立つ黄瀬の意図を感じ取り、歓喜の笑みを浮かべる。

 

「ようやくやる気になったかよ、黄瀬」

 

「ま、お手柔らかに頼むっスよ。青峰っち」

 

 そんな会話をしていた両者であったが、笠松がフロントコートにたどり着いた瞬間、青峰のチェックを躱すために黄瀬が走り出す。

 

「先輩ッ!」

 

 ボールを要求する黄瀬に、すぐさま笠松がパスを出す。受け取った黄瀬はすぐさまシュートの構えを取るが――青峰が完璧なディフェンスの体制で待ち構えていたため、トリプルスレッドに戻る。

 

「んなヌリぃ動きで、俺を振り切れるつもりかよ」

 

「んなわけ、ないっしょッ――」

 

 腕をダラリと下ろし自然体の構えでディフェンスする青峰。

 彼の放つひりつくような威圧感を前に黄瀬は不敵な笑みを浮かべ――。

 

「スクリーンッ!!」

 

「――舐めんなッ!」

 

 若松の叫びとほぼ同時に、黄瀬はドライブへと移行した。

 スクリーンとして配置されたC(センター)小堀が青峰のディフェンスを遮ろうとするが、青峰は一瞬のスピンで即座にスクリーンを回避し、ドリブルをつく黄瀬の側面に追いつくが――。

 

「さすがのアンタでも――」

 

 急停止、からのステップバック。

 

「――このタイミングじゃ、届かない」

 

「チッ……!」

 

 スリーポイントラインの外に下がり、即座に放たれるクイックリリース。

 超反応を見せ、手を伸ばす青峰であったが僅か数センチ、ボールに触れる事はできない。

 そして、ボールは音もなくネットを揺らした。

 

 桐皇 44―35 海常

 

 一瞬の静寂の後、湧き上がる観衆。

 これまでの攻勢でエース対決は青峰に軍配が上がるかに見えたが、黄瀬が魅せたワンプレイがその雰囲気を一蹴した。

 

 怒涛の三分間が幕を上げる。

 

 

 ♢

 

 

 

『うぉぉぉぉ!スゲェ!今のユーロステップってやつか!?どんだけ技あるんだよ、黄瀬!!』

 

『いや青峰の方がヤベェだろ!!なんであんな無茶苦茶なシュートが入るのか意味わかんねぇよ!』

 

 両チームの絶対的エースが魅せる攻防に会場は今日一の――否、今大会一番の盛り上がりを見せていた。

 そんななか観客席の一角に座る、相田リコは訝しげに二人のエースに視線を向けていた。

 

(まるで試合終盤のような点の取り合い。取ったら取り返すの繰り返しで差は縮まってはいない。ハーフタイム間近とは言え、これまで静かだった黄瀬君の狙いは――)

 

 その時、リコはディフェンスにつく黄瀬――ではなく、その正面でボールをつく青峰を()()気がついた。

 

(嘘っ!?これって……けど何で、()()がまだ気がついていないの!?)

 

 それは、黄瀬が試合の初めから打っていた楔。第2Qで勝負を決めるための、会心の一手であった。

 相田リコはその眼を持って初めて、魔王の片鱗を知った。

 

 

 ♢

 

 

 第2Qも残り30秒を切ったという局面で、それは起こった。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 息を切らし、多量の汗を流しながらボールをつく青峰。その動きには、これまではどのキレは失われつつあった。

 エースのあからさまな変化に、チームメイトやベンチは激しく動揺した。

 

(青峰……?まさか――)

 

 今吉が気がつくが、すでに遅い。

 

「らァッ――!!」

 

 黄瀬のディフェンスを掻い潜り、無茶苦茶な体勢から片腕で放たれる型の無い(フォームレス)シュート。だが、ボールはリングの縁に当たり強く弾かれる。

 

「なッ――!?」

「(リ)バンッ―!」

 

 エースのまかさのミスに動揺する若松を他所に、早川がいち早くボールに反応して、ディフェンスリバウンドを確保する。

 

「早川先輩ッ!」

 

 すぐさまパスを受け取った黄瀬は、反転しトップスピードでゴールへと駆け出す。たが、フロントコートへと突入したところで先に待ち構えていた青峰がディフェンスについた。

 

「黄瀬ェッ!!」

 

「…………。」

 

 声を上げる青峰に対して、黄瀬は冷め切った表情を浮かべ冷静にボールをついてカウントを待つ。

 そして残り10秒を切った所で――黄瀬の雰囲気が一変する。

 

「ふぅ……」

「――ッ!?」

 

 一つ息を吐いた瞬間、黄瀬はこれまでとは比にならない刺すような威圧感を放つ。その圧倒的な存在感に、青峰は()()()()の姿がよぎった。

 

 その瞬間、黄瀬の行ったのは至ってシンプルなクロスオーバー。

 

 たが、結果は――。

 

「なッ……!?」

 

 黄瀬の目の前で、ドサリという音ともに尻餅をつく青峰。

 

「てめッそれは、赤司の――!?」

 

 驚愕する青峰の言葉を置き去りにし、ゴール下へと黄瀬は駆けた。そのまま、ダンクを跳ぼうとするが――。

 

「行かせるかよッ!!」

 

 若松がブロックに跳ぶ。

 対する黄瀬はブロックを躱すのではなく、そのまま彼に向かっていった

 

「ぐっ……!」

 

 フィジカルだけならキセキの世代とも差がない若松。

 そんな彼と空中でコンタクトしてなお、黄瀬は揺らぐ事なくボールを持つ手を入れ替えてリングに放り込んだ。

 ゴールが決まった瞬間、主審のホイッスルがなる。

 

「バスケットカウント!ワンスロー!」

 

 桐皇 54―47 海常

 

 第2Qも残り4秒で点差は7点。

 だが、一連のプレーは点差以上に桐皇にとってはダメージの大きいものであった。

 

 

 ♢

 

 

『青峰にシュートを打たせる?どう言う事だ、黄瀬?』

 

 桐皇との試合前、海常メンバーと監督の前で述べられた黄瀬の提案に最初に驚きを示したのはシューターの森山であった。

 

『そ(れ)じゃ、点を取(られ)まく(る)だろっ!?』

 

 相変わらずラ行の言えない早川もまた大きな声で黄瀬の提案を否定する。

 

『勿論、ある程度の失点は覚悟の上っス。青峰っちがそうそうシュートを外してくれるとは思えないし』

 

『な(ら)――』

 

『……。』

 

 早川の言葉を笠松が手で制して遮る。続きを促すように彼は黄瀬を見た。

 

『青峰っちの、あのメチャクチャなシュート――型の無い(フォームレス)シュートは打ちやすいとは言え、通常のシュートより負担がかかるんス。特にミドルレンジまで距離を開けて乱発するとわりとしんどいんスよね』

 

 まるで経験があるような言い草で述べる黄瀬。実際、その通りなのだがこの場にいるほとんどの者はその事を知る由もない。

 

『……つまり青峰に負担をかけさせて、途中でガス切れにさせるって事か。だが、キセキの世代のエースとも言われた男がそんな単純な策に引っかかるのか?』

 

 途中で相手に悟られれば、ただ失点を重ねただけと言う結果になってしまう。その事を懸念した小堀が黄瀬に尋ねる。

 

『――青峰っちは、自分のオフェンスに絶対的な自信を持ってるっス。そこを刺激すれば個人技を優先するし、それに桐皇のチームカラー的にもエースの意思は無視できない』

 

 青峰のモチベーションを上げていけば自然と青峰主体のオフェンスになると黄瀬は断言した。

 

『ま、後はオレのディフェンス次第ってトコっスかね』

 

 青峰の性質をも利用した黄瀬の策を、海常のメンバーは了承したのであった。

 

 

 黄瀬の青峰に対するディフェンスは序盤から徹底したものであった。

 第1Qでは、今吉と青峰の間のパスコースを常にマークする事によって、ひたすら青峰の脚を削り続けた。

 更に第2Qでは当初の作戦通り、青峰に対してドライブ重視のディフェンスをし、一定の間合いを取ることによって意図的に型のない(フォームレス)シュートを打たせ続けた。

 

 そしてダメ押しするかのように行われた、第2Q終盤のエースの攻防。これまで温存していた分、黄瀬も苛烈に攻め立てることによってディフェンスに追われる青峰のスタミナを徹底的に削った。

 

 他のキセキの世代ならここまでの消耗はしない。

 だが、青峰大輝だけは違う。彼のバスケットプレイヤーとしてのセンスは確かなものであるが、彼は中学のある時期からまともな練習をしていないのだ。

 ゆえに、決定的にスタミナが不足している。

 

 その弱点を、黄瀬の策は徹底的についた。

 桃井や原澤、青峰本人にすら悟られないよう緩やかに、そして確実に。

 

 約20分という時間を要した策が決まる。そして――。

 

 

 

「……ふぅ」

「はぁ……はぁ……」

 

 フリースローの為に、主審からボールを受け取った黄瀬は一つ息を吐いた。

 対してリバウンドに配置された青峰は膝に手をつき、何とか呼吸を整えようと努めていた。

 

「ワンスロー!」

 

 審判のコールと共に、フリースローラインに立つ黄瀬は三度ボールをついてからゆったりとした動きでショットを放ち――。

 

「――リバウンドッ!!」

 

 ボールはリングの根本に当たり、高々と跳ねた。

 誰よりも早くそのボールには反応したのは――。

 

「んがーッ!!」

「くッ……!」

 

 海常高校が誇るリバウンダー早川充洋。

 逆に桐皇リバウンド陣は、まさか黄瀬がフリースローを外すとは予想しておらず、僅かに反応を遅らせる。

 

「――黄瀬ぇッ!!」

 

「ナイスっス!早川先輩ッ!」

 

 早川は宙に浮かぶボールを直接フリースローラインに立つ黄瀬に向けて弾いた。

 そのままシュートフォームに移行する黄瀬の前に、咄嗟に反応した青峰が跳ぶが――。

 

「させっかよ、黄瀬――!!」

 

 ――だがその瞬間、黄瀬は僅かに笑みを浮かべ、シュートから後方へのパスへと切り替えた。

 

「そこに、誰が――!?」

 

 誰もが驚愕する瞬間でのシュートフェイクからのパス。残り一秒でボールを受け取ったのは――。

 

「待っていたぞ、この時を――」

 

 笠松のスクリーンにより、桜井のマークを外した森山がスリーポイントラインの外側、ゴールの正面に向かう形でボールを受け取る。

 そして、第2Q終了のブザーと共に、独特のフォームで森山のスリーが放たれた。

 

 桐皇 54―50 海常

 

 絶対的エースを無力化するだけでなく、2ゴール差まで海常は詰め寄ってみせたのであった。

 

 



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