ダンジョンで学問を究めるのは間違っているだろうか (白糸)
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プロローグ
【プロメテウス・ファミリア】 1
用語解説は後書きにあります。
迷宮都市オラリオ。世界で一番人と神が集う場所。
オラリオについて人に聞けば、世界中の誰もが「冒険者の町」と答えるだろう。事実、オラリオは世界唯一のダンジョンの上に建設された冒険者の町である。ダンジョンの出入り口のある中心部は、朝や夕方などは特に、冒険者で埋め尽くされている光景を見ることが出来る。
しかし、しかしだ。当たり前ではあるが、オラリオに住むのは冒険者だけではない。商店や工場、理髪店、病院に農地。オラリオにも他と同様様々な施設が建ち並び、そこで働く人(や神)がいるのである。
オラリオ唯一の学問系ファミリア【プロメテウス・ファミリア】の本拠地は、オラリオの西の大通り、市壁から少し離れた場所に佇んでいる。
むき出しの木の骨組みの間をサクラ色に染められた漆喰で塗り固めた、いわゆるハーフティンバー様式のその建築は、中心部の一等地に立つお洒落なカフェに負けず劣らずの存在感を放っている。お値段なんと700万ヴァリスであるというのだから、それも納得だ。
そんなプロメテウス・ファミリア本拠地の居間では、ファミリアの唯一の団員(正確には団員ではない)であるリージア・ヴァラブレーカとその主プロメテウスが外を眺めながら紅茶を片手に物思いに耽っていた。
「はぁ~………」
「どうしたんだいリーくん、君が溜息をつくなんて珍しい。研究が思うようにいかなかったのか?」
「いや、そういうわけでは。ただ、ディアンケヒト様がまた酒精消毒液の値下げを要求してきたんですよ。」
「またか。本当にあいつは金にがめつい奴だなぁ………」
酒精消毒液、というのは酒を精製して作ったエタノールの事である。プロメテウス・ファミリアが開発した主力商品であり、今やオラリオにおいては一般市民や病院の衛生を保つ必需品となりつつある。
医療系ファミリア【ディアンケヒト・ファミリア】はそんな酒精消毒液を使う医療組織の一つであり、店舗を持たないプロメテウス・ファミリアにとっての主要販路でもある。故に粗末にも扱えず、既に二度の値下げ交渉に応じている。
プロメテウスは近所の奥さんから頂いたバターパンを囓りながら、どうしたものかなぁ………と思考を巡らせている。
「………そういえば、私がプロメテウス様と出会ってから半年になりますね………」
「半年か、ついにその呼び方を変えてくれることは無かったなぁ………」
ヴァラブレーカはまだオラリオにやって来たばかりの頃に思いを馳せながら、懇意にしてもらっている【デメテル・ファミリア】から頂いたジャムをペロリと舐める。少し酸味がキツいが、よく紅茶に合う。
「敬称は文字通り敬意の表れですよ、何をそこまで嫌がるのですか?」
「じゃあ私もリーくんをヴァラブレーカ様と呼ぶことにしよう。」
「………私はそんな高貴な人間ではありませんので。」
「やっぱり嫌でしょ?」
暫くの沈黙。既に日は市壁の向こうへ沈み、西の空さえ青黒くなりつつある。徐々に冒険者のやかましい声が風に乗って聞こえてきた。もう夜である。
「時間の流れというのは、速いもんだねぇ………」
「神様にとっては尚更そう感じるものでしょう。」
「流れた時間は同じなのにね~」
たった半年とは思えない濃密な半年だった。努力の甲斐もあって、かつての出来たて零細ファミリアは、今やオラリオの庶民には広く知られるところとなっている。
そろそろ眷族を探さないとなぁ、とプロメテウスが言ったのと、来客を告げる鈴の音が鳴ったのとは、ほぼ同時の出来事だった。
「はぁ、冒険者になりたい………?」
「はい、私をファミリアに入れていただけませんでしょうか。」
キール・ダウリチェスカと名乗るその少年は、真剣な表情でヴァラブレーカたちを見つめるが、二人はかなり困惑していてどうしたものかなぁ、と考えていた。
適当に追い払うという選択肢もあるにはあるのだが、ちょうど眷族が欲しかったというのと、彼があちこちで門前払いをされてしまっているらしいこと、そして何より二人の良心が痛む事から面接をしているのだ。
「ダウリチェスカ氏。まずそもそも、プロメテウス・ファミリアは何を専門とするファミリアかご存知ですか?」
「せ、専門………?」
「ええ。我々が専門とするのは研究開発、残念ながら探索系ファミリアではありません。」
「そうなんですか………まだファミリアについてよく知らなくて。」
シュンとするダウリチェスカ。しかし、そこをなんとしても眷族をゲットしたいプロメテウスがフォローする。
「ま、まぁ良いじゃないか。恩恵は誰から受け取っても同じだよ。心配しなくて良い。」
「そ、そうですかね?」
「あ、そうだ!何ならそこのリージアも恩恵を与えてダンジョンに潜らせればいい!」
「ちょっと、何巻き込んでくれてるんですか?!」
「えっ、ヴァラブレーカさんはプロメテウス様の眷族じゃないんですか?」
「あー、本人が恩恵を受けるのを嫌がってねぇ………」
ヴァラブレーカは昔は冒険者だけが恩恵を受けると思っていたので、せっかくだから恩恵を刻んでおきなよと勧めるプロメテウスに対してダンジョンには意地でも潜らないからな~と恩恵を受けるのを拒否していたのだ。今でもなんとなく恩恵を受けることに抵抗感が残っており、それを分かっているプロメテウスも特に強要することは無かった。ただ、プロメテウスは恩恵があった方が研究も捗るだろうにと常々言っていたので、この際に恩恵を与えてやろうと考えているのだろう。
「そもそもリーくんはかなり体を鍛えてるじゃないか。なら大丈夫だよ。のっけから死ぬようなことはないさ。」
「とはいえ………」
「ま、受け取るだけ受け取っときなよ!」
「はぁ………」
ヴァラブレーカも、恩恵があると何か困るというわけでもないのでやむを得ず了承する。そしてプロメテウスは改めてダウリチェスカに向きなおる。
「まぁまぁ、細かいことは後で決めれば良いさ!キールくん、ようこそプロメテウス・ファミリアへ。まだまだ弱小ファミリアだが一緒に頑張ろう!リーくん、彼の部屋を用意してあげて!」
この日正式に【プロメテウス・ファミリア】はファミリアとしての体裁を整えた。ここから、後にオラリオに名を残すこととなるこの二人と一柱の冒険が始まったのである。
あとがき
リージア・ヴァラブレーカ、キール・ダウリチェスカ………名前に関しては完全に個人的な趣味で長ったらしく厨二くさくなってます。厨二にソヴィエトを足したイメージの名前です………伝わるかな?
ヴァラブレーカくんはロシアンティーがお好き。設定もその辺りの生まれって事にしてます。
用語説明 酒精消毒液
酒精というのは酒に含まれるエタノールの事です。酔っぱらう原因の物質です。殺菌作用のあるアルコールの中でも低刺激ということでよく使われます。
これの開発秘話、製造工程などは追々出てくるかと思います。まだあまり多くは語れません。しっかしまぁ、中世でアルコール消毒液を作れるだけの技術力から、プロメテウスファミリアの実力はお察しですね。
用語解説 プロメテウス
プロメテウスはロキ同様トリックスター的性格の強い神様であり、また人々に火を与え文明発展に貢献した存在ともされます。神話が実はこの先の伏線になってるのであまり多くは語りません。まぁ、興味のある方は是非自分でお調べになって。
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【プロメテウス・ファミリア】 2
リージア・ヴァラブレーカの朝は早い。
まだ日も昇っていないような朝の四時頃には目が覚め、自室で筋トレをする。
オラリオは今冬なので、五時頃になればバベルの向こうに朱色の空が見えるようになる。それを合図に、汗を流し一日の始まりを爽やかに始められるように朝風呂に入る。
お風呂でさっぱりした後には、今流行りの音楽を蓄音機で流しながら様々な本を読む。最近のマイブームは、プロメテウスが個人的趣味で世界各国から集めている文学小説だ。少し官能的な本が混ざっているところを除けば、どれも良作ばかりでとても楽しめる。
いつものように本を読みふけっていたが、コンコンとドアをノックする音に思考を遮られる。時計を見るとまだ六時半、プロメテウスはまだだらしない顔でよだれを垂らしながら寝ているはずだ。
「リージアさん、おはようございます。入ってもよろしいでしょうか。」
「キールくんか、どうぞ。」
ダウリチェスカはお邪魔します、と言って部屋に入ると、周りをキョロキョロと見回した。
今の彼は、ヴァラブレーカの予備のワイシャツと白衣を着ている。ズボンはテーパードパンツ。しかしながらはまだ14歳、16歳のヴァラブレーカの服はかなり大きかったようでぶかぶかだ。美しいブロンド色の髪は湿っており、先程まで風呂に入っていたことが伺える。
「少し早く起きすぎてしまって………」
「いや気にすることはない。プロメテウス様が遅すぎるだけだ。」
「あははは………」
「そうだ、お腹がすいただろう、今朝食を作る。」
「あ、ありがとうございます!」
ヴァラブレーカは蓄音機を止めて本を机の棚にしまい、台所に移動した。
「キールくん、紅茶は飲むかい?」
「はい、飲みます。」
「ご飯はどれくらい食べる?」
「人並みには。」
それを聞いて朝食の準備に取りかかる。清水の湧く大きめのケトルに水を1Lほど溜め、コンロで湯を沸かす。湯が沸くまでの間、四つほど卵を溶いてその中に食パンを数枚浸し、ベーコンを数枚用意する。
湯が沸けばすぐに紅茶の茶葉を適量入れ、砂時計をひっくり返して3分測る。その間に空いたコンロでベーコンと食パンを焼く。
そして茶葉を濾しながら三つのティーカップに質・量共に公平になるように配分する。
最後に余った卵で卵焼きを作れば、朝食の完成である。
フレンチトーストもどきと卵焼き、そして果物。いつも通りの朝食だ。
「よし、キールくんは配膳しておいてくれ。私はプロメテウス様を起こしにいこう。」
ヴァラブレーカはそう言って、2階への階段を登っていった。しばらくすると思わず耳を塞いでしまうような怒声がダウリチェスカの所まで響き、さらにしばらくの後に服に涎の跡が残っているプロメテウスがヴァラブレーカに引き摺られながら居間に現れた。
「まったく、いつになったら朝ちゃんと起きられるようになるんですか!」
「べ、別に早起きできなくてもいいじゃないか!わざわざ起こされなくても自分で起きるよ!」
「ほっといたら昼まで寝てるじゃないですか!」
「プロメテウス様………?」
「おっと、キールくんおはよう。ほら、彼も待ってくれてるんだから早くご飯食べようよ!」
オラリオに来て早々に神という存在のイメージをぶち壊され困惑するキールをよそに、プロメテウスはそう言って身だしなみを整えてヴァラブレーカの拘束からスルリと逃れ、さっさと着席してしまう。ヴァラブレーカもブツブツと文句を言いながらも着席した。全員揃ったので、朝食を食べ始める。新しい仲間が入って初めての食事は、たわいもない話で大いに盛り上がった。
「さて、みんな食べ終わったかな?」
「まずあなたが食べ物を飲み込んでから話して下さい。」
いろいろ混ざった唾を飛び散らせながら喋っていたプロメテウスは、すまんすまんと咀嚼していたパンを紅茶で流し込む。ダウリチェスカは思わず汚ぇ………と本音を零し、ヴァラブレーカは冷たい目線を向けるが、神はその程度のことは気にしない。
「じゃ、今日の予定を確認しよう!まずこの後二人ともに恩恵を刻んであげまーす。それが終わったら、私は一日中店番をしてます。
キールくんにはリーくんの案内で建物の設備を一通り見てもらった後に店番体験をしてもらいます!昼ご飯を食べた後は郊外にある施設を見てきて、一日の予定は終了です!分かりましたか?」
「分かりました~」
「了解です。」
「じゃ、さっそく恩恵を刻もう!二人とも、着いてきて~」
「ふむ………」
プロメテウスは【ステイタス】の書かれた紙を見つめながら戦慄していた。
リージア・ヴァラブレーカ Lv.1
力 I 0
耐久 I 0
器用 I 0
敏捷 I 0
魔力 I 0
魔法
【】
スキル
【
・殺意に応じて攻撃力上昇
・殺意に応じて経験値上昇
キール・ダウリチェスカ Lv.1
力 I 0
耐久 I 0
器用 I 0
敏捷 I 0
魔力 I 0
魔法
【】
スキル
【】
(なんじゃこりゃ………)
キールのステイタスは一般的な初期ステイタス、特筆するべきことはない。問題はヴァラブレーカのスキルである。最初からスキルがあるというのも、それがレアスキルであるというのも十二分に驚くべき事実だが、それ以上に刮目すべきはそのスキルの内容である。
「リ、リーくん?リーくんってオラリオに来るまでに何してたの?」
「急にどうなさったのですか?」
「これ見てよこれ」
「どれですか………」
ヴァラブレーカはプロメテウスにスキルを見せられて納得する。
「あぁ、これは………」
「心当たりがあるのかい?」
「私の出身地はケンカする度に殺し合いが起きるような地域でしたからね………私が日頃から体を鍛えていたのも護身・反撃のための訓練の名残です。」
「そ、そういえばきみは北の………ナントカ連邦の出身だったよね。殺人が多いことで有名な。はえぇ………さすがに引くよ………」
「か、神様!僕はどうでしたか?」
「キールくんはこれ。リーくんがおかしいだけだから、落ち込まないで頑張ってね!」
ダウリチェスカもヴァラブレーカがおかしいだけなのは理解していたので落ち込むことはなかったが、ヴァラブレーカの殺意マシマシのスキルに些か戦慄を覚えるのだった。
あとがき
そういえばメンバーの要旨書いてなかったなぁと後悔してます。あっ、ちなみに二人をガチチートにする気はないです。多分ベルくんより上は無理なんじゃないですかね。でもベルくんと共に死地に赴いていただきます。
次回は「縛り」の解説です。ファミリアの持つ研究設備だけで研究し、問題を解決したり兵器を製造しなければなりません
用語解説 スキル:敵見必殺
ロシア風のヤバい環境で育まれた殺意が・・・
ヴァラブレーカと同じ地域出身の冒険者はなぜか強いとかどうとか・・・
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