ロリ艦隊と異世界転生司令官 (Red_stone)
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第1話 転生


※オリジナル異世界ですが、登場人物の名前を覚える必要はありません。



 

 その日、俺はいつもと同じようにアズールレーンで適当に周回していた。

 メンバーは主力艦隊はエレバス、長門、ユニコーンに前衛艦隊がエルドリッジ、ラフィー、綾波だ。

 何も言わなくていい。もちろん、分かっているのだ。

 ……こんなメンバーはあり得ない。いや、本当にシナジーも何もなくて無駄に燃料を消費するだけの編成だ。

 こんなメンバーでやっているのは、単にかわいい子を詰め込んだだけ。指輪を上げた子たちを揃えた以外に何も理由はない。

 しかも、手動戦闘もしていないから、ただ眺めているだけだ。

 

「ーーあ」

 

 だから、集中力なんてないも同然。

 もう半分寝ながらやっていると言ってもいいだろう。

 だから……落とした。

 しかもよけられない。

 

「え?」

 

 一瞬にして拡大するスマホの画面。

 それが物理的に大きくなったことを気づくこともなく。

 

「……痛」

 

 ガツン、とぶつかった。

 一瞬だけ意識がブレる。

 その瞬間だけ、世界が切り離された。

 

「ってえ!」

 

 目が覚めて、がばりと跳ね起きた。

 一人で部屋にいるはずなのに、無意味に辺りを見渡す。

 

「ーーえ?」

 

 だが、目に映るのは異常な光景。

 そこは草原だった。床などどこにも見えない。

 そして、自分を見つめる6対12個の視線。

 しっかり目が合った。その瞬間。

 

「指揮官ーーエルドリッジ、着任した」

 

 小さな影が飛び込んできた。

 ふわふわの柔らかい体の感触をダイレクトに感じて、しかしピリリとわずかにしびれが走る。

 

「……エルドリッジ?」

 

 見間違えるはずもない。

 金色のツインテールに小さな体。

 前掛けのような服は薄く小さくて、体のラインを隠そうともしていないよう。

 その服の頼りなさは抱き着かれているからよくわかる。

 半分痴女とさえ呼べるその恰好は、どこからどう見てもエルドリッジだった。

 

「あ…わたし…ロイヤルネイビー…ユニコーン…指揮官…あのぉ…お兄ちゃんって呼んでも…いい?」

 

 空いている手を握られた。

 こちらもユニコーンに相違ない。

 片手には角の生えた馬のぬいぐるみを抱えて不安そうにこちらを見上げている。

 

「あなただったのね? 指揮官。私、エレバス――遥か遠い暗黒の世界から、あなたの呼び声を聞いてやって来たの」

 

 幽霊のような、かぼそい気配。

 声がなければ5人と見間違えていたかもしれない。

 透き通るような白髪、見通すかのような赤眼。ゴスロリちっくな帽子を除けば普通に一番近い恰好かもしれない。

 

「ベンソン級駆逐艦ラフィー、命令を待っている……指揮官、この耳は本物じゃないから、そんなにじっと見ないで……」

 

 そんなことを言いながら、恨めしそうな声を出している。

 視線を向けると満足げに耳を揺らした。

 こちらもツインテール、ラフな格好だが、大胆というよりむしろズボラな着こなしで肩が見えている。

 しかも、今にもずれ落ちそうで胸が見えてしまいそうだ。

 これはどきどきせざるをえない。

 

「 綾波……です。「鬼神」とよく言われるのです。よろしくです」

 

 剣を下ろして適当にしている。

 セーラー服を大胆にカットした服。肩もおへそも丸見えで、横乳が見えてしまいそうだ。

 やる気のない表情。スラリとした肢体に背格好の割には大きい胸、これはこれで魅力的で、好きな人間にはガツンと来るだろう。

 

「余は重桜連合艦隊旗艦――長門である。お主は指揮官か?天下を取る資質があるか、しかとこの目で見させてもらおう」

 

 そして、彼女……長門。

 まず、目を引くのは巨大な艤装だろう。

 見た目倒しではありえない存在感が目をそらすことを許さない。

 だが、一通り見て、それを纏う少女に目を向ければ別の意味で目をそらせない。

 巨大なマントがあるが、透明でその幼い体を隠す役には立っていない。

 しかも、ネグリジェのような服だけで、歩けば下が見えてしまいそうになる。

 

「ーーえ?」

 

 ゲームのキャラが実際に目の前に現れたとして、気が利いたことなど言えるわけがないだろう。

 ただただ圧倒されて、何も言えなくなる。

 

「会いたかった」

 

 抱きついて離さないエルドリッジが言う。

 とくに何かを考察できていたわけでもなかったが、連想は働いた。

 「会いたかった」とは、記憶の連続性がある。世界1秒前仮設でもないが、しかし彼女たちにその姿で居たという記憶があることは確実だ。

 つまり、原作のように船の記憶を引き継いで生まれた、その瞬間というわけではなく。

 

「ユニコーン、その手」

 

 ユニコーンを選んだのは単純に手を握られていて見やすかったからだ。

 ーー右手の薬指。

 この子たちがゲームのどの時点か、というのを確認したいのなら一番早い。

 

「どうしたの? お兄ちゃん」

 

 首をかしげるユニコーン。

 じっとこちらを見つめている。万感叶ったとでも言いたげに。

 そして、その手には指輪が光っていた。

 

「それは……俺が?」

 

 やっていたゲーム。

 この子たちが俺のキャラだとするならば。

 

「そうだよ。忘れちゃったの?」

 

 悲しそうに目に涙をためている。

 他の子も、少し辛そうに目を背けて、さりげなさをよそおってこちらに指輪を見せつけている。

 もちろん、あからさますぎてまったく隠せていないのだが。

 

「いや、覚えているさ。俺も、少し戸惑っていて」

 

「そう? ユニコーン、お兄ちゃんといっしょにいていい?」

 

「ああ、もちろん」

 

 そう言って、頭を撫でてやる。

 

「……♪」

 

 うれしそうにしている。

 すると、エルドリッジが抱きしめる力を増してきた。

 ぎゅうぎゅうと、不満げに体を押し付けてくる。

 はっきり言って天国だから、もう少しじらしたいという思いもあるのだけど。

 

 今度はエルドリッジの頭を撫でてあげた。

 

「指揮官、好き」

 

 抱きついてくるのは変わらないが、体をこすりつけてくるような動きになった。

 とても愛らしいし、彼女の体の柔らかさも存分に感じる。

 

「ラフィーは指揮官にかまってほしいって思ってない。うん、思ってない……」

 

 後ろからツンツンとつついてくる。

 顔を後ろに回せば不満げに頬を膨らませているラフィーと目が合った。

 

「ラフィーも、ね」

 

 頭を撫でてやる。

 この子も、とても嬉しそうにしてくれる。

 

「むぅ……この長門を無視するとは。指揮官もだいぶ肝が据わっておるな」

 

「綾波は別に。指揮官に頭を撫でてほしいなんて思ってないです」

 

 こっちはこっちで可愛らしくむくれていた。

 ああ、なんて愛らしいのだろうと思う。

 

「長門、綾波。こっちへおいで?」

 

 手招きしてやる。

 エルドリッジを引きはがす気にはなれなくて、それだと動けないから。

 

「指揮官がそう言うなら、仕方ないですね」

 

 口こそそう言っているが、待ちかねたように嬉しそうに胸に飛びこんできた。

 この戦力的に見れば馬鹿げているとしか言いようのない、ロリ艦隊の中でも綾波とユニコーンは胸がでかい。

 それはこうして抱きつかれてみるとよくわかる。

 

「そんなはしたない真似など……」

 

 恥ずかしそうにして顔を赤らめているが、行動は素直だ。

 そそくさとエルドリッジの隣に来たから、手で抱き寄せた。

 

 これで正面に三人を抱きしめて、さらに両隣からも抱きしめられ。

 

「指揮官、仲間外れは悲しいわ? それとも、私なんかは遥か遠い暗闇の世界で孤独で居るのがお似合いだとあなたは言うの?」

 

 すす、と後ろに近づいてきた。

 

「エレバス、君も一緒にいてくれるなら俺は暗闇の世界でも構わないよ」

 

 後ろから抱きつかれた。

 

「……指揮官。この暖かさ、嫌いじゃないわ」

 

 これで、特に寒くもないのにおしくらまんじゅうでもしているかのような光景が完成した。

 なぜ、というならば、この子たちは所持していたキャラで、結婚指輪も渡していて、好感度がMAXになっていたからという他ないだろう。

 

 この状況、疑問だらけで何から考えようかとすら筋道が立てられない。

 そもそも、自分の身体が人間のものではなくなっているという感覚のことすら、なにも検討できていないのに。

 

「ねえ、お兄ちゃん。ユニコーンには? ユニコーンには何か言ってくれないの?」

 

「指揮官、エルドリッジにも、言って」

 

 そういう二人、そして他の三人も催促してくる。

 あのセリフ、結構恥ずかしかったんだが。などと思うが仕方ないだろう。

 こんなかわいい子たちなのだ、カッコつけるのは当然だ。

 だから、次に考えることは決まってしまった。

 

 

 



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第2話 冒険者との遭遇

 

 

「ーーッ!」

 

 6人そろって指揮官に夢中になっておしゃべりしていたその時に、いきなりユニコーンが顔を跳ね上げた。

 厳しい顔をしている。

 問題の発生、いや……ロリを相手に触れ合いながらおしゃべりなんて呑気なことをしていたのだから、当たり前というべきか。

 とにもかくにも、何もしていないのだ。

 

「ユニコーン? いや……」

 

 彼女の顔の、その意味が分かる。

 考えるのでもなく、聞くでもなく。

 ーー増設された第六感とでも呼ぶべきもの。別作品では第六感に特別な意味を乗せてるものもあるが、これは単純に人間が生物として持っている五感の他に”もう一つ”あるだけのこと。

 艦船としての能力、レーダーを先天的に備えた第六感として知覚できている。この少女たちも、そして今や自分も艦船〈KAN-SEN〉だ。

 どう使うのかと問われても答えられない。

 これは生物として備える機能の一つに他ならない。呼吸をするのに説明を受ける必要がないのと同じように使いこなせる。

 

 転生だか何だか知らないが、俺はいつの間にかアズレンで所持していた女の子と、どこともしれない世界に放り出された。

 そして、分かっているのはそれだけだ。

 とにもかくにも状況を把握すべきだったのに、それを置き去りにしていたから状況のほうが動いてしまった。

 レーダーに反応がある。

 

「人間……か? そして、なんだこれは」

 

 誰も答えられはしない。

 熱源探知、そしてアクティブレーダーによる動態感知。つまりは人の形をした動くものが、3mを超える人型のナニカに追われていることしか分からない。

 レーダーの能力は艦船ごとに異なる。ユニコーンは軽空母という特質上パッシブレーダー、つまり敵の捜索・照準よりも敵の接近に敏感だ。

 そして、レーダーでは相手の考えなどわからない。

 馬鹿げた可能性を言うなら追いかけっこで遊んでいるだけとも、ただ走っている方向が同じだけとも言える。

 

「どうしよう、お兄ちゃん」

 

 判断を仰いでくる。

 きっと、この子たちは何を言おうとも聞いてくれるだろうとの確信がある。

 話していて分かったが、この子たちは俺に狂信と愛情に近い感情を抱いている。

 ゲーム的に考えれば納得だ。プレイヤーに逆らうキャラなどいないし、好感度はシステム上最高値にしている。

 例えば、人間ごと撃ち殺せと言ってもなんの疑問も持たずに従ってくれるに違いない。

 彼女たちがそれをどう思うのか、それをきちんと探っていく必要がある。

 

「……まずは偵察かな。ユニコーン、お願いできる?」

 

 とはいえ、そういうのはもう少し状況を知ってからにすべきだろう。

 実際、こんなわけのわからない状況でおしくらまんじゅうしながらおしゃべりなどしている状況ではなかった。

 

「そちらへ二機を。そして、さらに5機……全方位に向かって飛ばせるかな?」

 

「もちろんだよ、お兄ちゃん。でも、なんで?」

 

「状況を知りたいだけ。その場その場で、場当たり的に対処すると横を突かれると痛いからね。本当は、おしゃべりよりも先にしなくちゃいけなかったんだけど」

 

「なるほど。すごいね、お兄ちゃん。ユニコーン、そんなこと思いつきもしなかったよ」

 

「それに気にする必要もないであろう。余たちが居る限り、指揮官に手など出させぬからな」

 

「状況把握は必要だよ、俺が気にしなくちゃいけないことだから皆はいけどね。さ、準備をしようか。戦闘準備だ」

 

 

 

 --視点変更・冒険者サイドーー

 

 

「ーーくそが! なんだ、これは……ッ!」

 

 彼、グリゴリー・スキルダは無駄と分かっていても叫ぶ。

 その行為は体力を無駄に消耗し、敵を利するだけと分かっていても天に向かって吠えざるをえない。

 今、彼らは逃げていた。それは冒険者をやっていればよくあることではなくとも、それしかなければ迷わず選ぶ選択肢。

 だが、この状況は。

 このーー最悪としか言えない状況は。

 

「うっさい、黙って走れよリーダー! こんなの、無理だって!」

 

 横にいる仲間が怒鳴り返した。

 今は、全速力で逃げている。

 魔物という脅威を振り切るために全身全霊をかけて走っている。

 

「くっそ。たかがゴブリン狩りのはずが、キングが居るなんて聞いてねえよ!」

 

 わめいた。

 彼らは5人パーティで、今も5人固まって逃げている。

 初心者であればバラバラに逃げて各個撃破されていたかもしれないが、実力として中級クラスはあるのだから、そこで判断は誤らない。

 判断は正しくても、だからできるとは限らない。

 

 何かに失敗して努力不足と呼ばれることはよくあることだけど、しかしそれが怠けていたとか馬鹿なことをしたからなんて誰が言えようか。

 そういう失敗の多くは、状況が悪いということが多い。

 誰が悪かったというより、運が悪かった。そして、彼らの状況を言うならばまさにそうだった。

 

 一流の剣士でありリーダーを務めるグリゴリー・スキルダを筆頭に、ハンマー使いのアースラン・スミルノフ、そして魔法使いのピーターとロベルトのイグナティフ兄弟、そして影使いのワレリー・アブラーモフ。

 

 かなりバランスの取れた、中堅の中でも堅実でシンプルに強いパーティと呼べるだろう。

 だからこそ、戦略的に不利であればそれが覆しがたい差となって現れて来る。

 手堅い、とは逆に言えば不利を覆す奇策を使いづらいということなのだから。

 

「ゴブリンライダーだ、右から来るぞ!」

 

 真っ先に影使いが気づいた。

 魔法使いと違ってできることが少ない分、そういう嗅覚は鋭い。

 そして、役割分担を皆がわかっているから、即座に対応できる。

 

「ピーター!」

 

「おうよ! 燃え尽きろ、『フレイムブラスト』!」

 

 爆音、そして衝撃。まるで戦車砲の一撃と見間違うかのような威力が狼に乗るゴブリンを蹂躙する。

 ただの一撃で地面がめくれあがり、3匹のゴブリンと狼が躯をさらす。

 まるで爆撃だった。

 

 物語によくある、かませ犬にしかなれないような、現実の熊一匹も素手で倒せないような弱弱しい冒険者などとは違うのだ。

 例えば、ただ石を削って木の棒に括りつけた粗末な槍を大人が力一杯脳天に叩きつければ死亡する。ただの雑魚とはいえ、それでもそのレベルならば緊張感などないだろう。

 ただの害獣で、それを脅威と呼ぶならばそれこそゴキブリ並みの繁殖力が必要だろう。

 そして、このゴブリンどもはゴキブリ並みの繁殖力を持っていた。

 雑魚の中の雑魚であるノーマルなゴブリンは、後ろに数えきれない大群で迫ってきている。

 そして、中でも遠距離攻撃を可能とするゴブリン。

 

「ゲゲゲゲ!」

 

 仲間が死ぬ光景を笑いながら見るゴブリンども。

 そして、何も気にせず弓を射かけてくる。

 彼らは今、馬よりも速く走っている。だから当たらない? そんなわけがあるものか。そこまで弱かったら逃げてなどいない。

 大体、弓を持っている奴は100匹はくだらない。

 鉄をも貫く一撃だ。耐えられなわけでなくとも食らいたくはない。

 

「ロベルトォ!」

 

「分かっている。『ウィンドウォール』」

 

 風の障壁が矢をそらした。

 どすどすとそれた矢が地面に突き立つ。そして、溶けたような音が聞こえてくる。……毒が塗ってあった。

 彼らはきちんと考えている。

 ただの矢しか使わないなんて横着はあり得ない。敵を確実に葬り去る手段の一つや二つは考案する。

 だって、彼らも生きている。考えているのだから、そこに手間は惜しまない。

 

「ワレリー、退路を頼む。アースラン、頼んだぜ!」

 

「応とも! 行くぜェ」

 

 反転、敵へと向かう。

 相対するのは3mを越す巨大なゴブリン、否ーーそこまで行けばもはやオークだ。

 彼らのパーティよりも早く走り、追いかけてきたそいつらを倒さなければ逃げることすらおぼつかない。

 ゆえに、一瞬で倒す。

 時間をかければ、援軍がいくらでも到着してしまうのだから。

 

「おおらあああああ!」

 

 ゴブリンは頭があまりよくない。こいつらのような脳筋の格闘家タイプであればなおさら。

 逃げる獲物を追いかけていたから、逆に攻撃してくるなど思いつきもせず。

 ゆえに……まるで山かと見間違うほどの巨大な戦槌。ハンマーの一撃をまともに受けた。

 

「ッギィィ!」

 

 苦痛で叫ぶ。

 鉄すら砕くその一撃で命まで奪えなかったのは、単純に種族として強いからだ。

 戦槌の一撃は見掛け倒しでは決してない。数十キロの物体が時速100キロを超えて、しかも魔力ブーストを載せて放たれた一撃だ。

 それでも、そいつは倒せない。

 

「シィ!」

 

 だからこそ、次の一手を。

 グリゴリーが流れるような連携で心臓を貫いた。

 残るグラップラータイプは2体。

 

「ッグガア!」

 

 意表を突かれた怒りか、叫んで拳を振り下ろす。

 それを受ければひとたまりもないだろう。

 彼は防御力に秀でているタイプではないから。

 しかも、それを馬鹿正直に地面に振り下ろさせるわけにもいかない。その拳は地面を爆砕し、殺傷力を持った破片として襲い掛かるだろう。

 

「力だけのウスノロが。人間を舐めるな!」

 

 攻防一体の見切り。武器である左腕そのものを破壊して攻撃を無効化した。

 筋肉を断ち切れば、ただの肉の塊だ。恐れることなど何もない。

 だが、敵の腕は二本ある。右の攻撃が来る。

 グレゴリーにはそれを回避できる瞬発力はない。だが。

 

「俺を忘れんな」

 

 アースランの一撃がそいつの頭蓋を砕いた。

 虚実入れ替え、役割スイッチ。熟練の技と、信頼を預け合う仲間の絆が無限の力を発揮する。

 

 やっていることは簡単だ。

 大きな戦槌で注意を引き、防御を崩して剣士が一匹目を殺る。そして、必然1匹目を殺した剣士に注目が集まるわけだから、今度は剣士が防御を崩して戦槌で一撃。

 言葉にすれば簡単だが、簡単にできることではない。

 そして。

 

「ーーッ!」

 

 ただ一匹となったグラップラーに勝ち目など存在しない。

 左右からの攻撃、斬られるか潰されるかの二択を選択することもできずに固まって。

 

「終わりだ」

 

「ボケが」

 

 あっけなく命を刈り取られた。

 当然だ、戦場で足を止めたら死ぬのみ。で、あるからこそーー

 

「……これで」

 

 逃げるぞ、と言葉を続けようとして止まる。

 聞こえるのは轍の音。

 速度というのは戦場にとっては重要な要素だ。なにより、速さと攻撃力のトレードオフはよくあることだろう。魔法使いは足が遅いなんてテンプレはどこにだって転がっているのだから。

 

「なんだ、ありゃ」

 

「戦車……?」

 

 遠目に見えたのは、現代人で言えば馬車と言った方がわかりやすいか。

 つまりはチャリオットだ。それが計6台分。

 馬の代わりにゴブリンが引く、壁も天井もない荷車に、ローブのような変な恰好をしたゴブリンが乗っている。

 その利用方法は彼ら冒険者にとっては明らかで。

 

「逃げろ!」

 

 無駄と分かっていても、そう叫んだ。

 

「「「マジックアロー」」」

 

 魔法の声が唱和した。

 そして放たれる魔法の矢。

 もちろん、魔法だ。そして、魔法というからには城壁の一つも削れない魔法に何の意味があろうか。それなら石を投げたほうがずっと手ごろで”マシ”だと言うものだろう。

 ゆえに、それの一発一発は直撃すれば人間が死ぬとか、ほんのちょっと誘導性があるとか、その程度で済むはずがない。

 それこそ、喰らえば魔法の鎧を装備していようが一発でボロ雑巾に、二発目では、もうーー亡骸を”かき集める”必要があるだろう。

 

「ざっけんな! 『ウィンドウォール』」

 

 数発程度は防いだが、なんの救いにもなっていない。

 風が乱気流を起こすそれは鉄よりも硬く、しかも気流が攻撃をそらすという自然現象から隔絶した魔法であっても、だから防げるわけではない。

 

「まだだ!『フレアウォール』」

 

 そして、こちらも同様に結界を貼るが、やはり問題にすらならない。

 ーー着弾する。

 

 





敵を強く見せるための踏み台冒険者でした。
素手だと熊にすら勝てなさそうな冒険者はごまんと見ますが、そんな世界で無双して何が楽しいのでしょうね?
サブマシンガン持っていれば小難しい理屈など必要なく同じことができると思います。



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第3話 介入

 

 

 ゴブリン、そして魔法。

 まあ、魔法に関しては艤装を好き勝手やってるアズレン世界の人間が他人のことをとやかく言えた筋合いではないのだが、ゴブリンという時点で異世界転生は確定している。

 

 そして、冒険者。

 艦船とは違う、人間のようなもの。

 断言できないのは、姿かたちが人間に見えても、あんな超常の力を持つ人間など知らないからだ。

 けれど、その超常ですらも戦略の前にあっさりとやられた。

 

 そう、戦略だ。

 たとえゴブリンの王に人間のような高次元の考えも、紡いできた知恵さえもなくとも形としてそうなっている。

 必要な戦力を配置するのが王の仕事だ、それがたとえ余りが出ようとも。

 余らせるのは考えなしの証など言われてしまうかもしれない。

 しかし、敵として相対するならば、必要以上の戦力があることは脅威でしかないだろう。無理をして削ったところで補充されてしまうのだ。

 一撃当てて離脱が困難になるし、穴をあけても補充されるから一発逆転も難しい。

 

 結果、冒険者たちは順当に、弱者として擦り潰される運命となった。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 その光景がユニコーンには刺激が強すぎたというわけでもない。

 目を背けるといった様子がない。そして、それは彼女の偵察機を介して現場を見ている他の子も同様。

 そして、指揮官となってしまったあなたもまた、ショックなど受けていない。感覚としてならばテレビを見る感覚だ。

 まあ、実際に偵察機のカメラを通して見ているのだが、数km先で起きていることなのは知っている。

 

 ゆえに、それは目の前で殺されようと、同じなのだろう。

 所詮、艦船と人間ーー種族が違うのだから、人間愛に目覚めるはずもない。

 守るべき自国の民ではなく、慈しむべき同種でもない。

 とはいえ、ゴブリンよりは愛着を持ちやすい姿なのは間違いなく、少し話してみれば人間と認めるにも否やはない。

 

「まずは、コミュニケーションを試みよう」

 

 だから、ここはゴブリンたちにも話をする機会を与えなければならないだろう。

 言語の問題化といえばそうなのだが、まかり間違えばゴブリンの方が人間だという可能性すら考えられるのだから。

 なんにせよ、戦闘力と姿かたちしか分かっていることがないのだから慎重に行くべきだだろう。

 

「先手を許す……危険……ある、けど」

 

 ラフィーが言う。眠そうにしているが、戦闘に関しては本気だ。

 なにせ、戦闘と睡眠しか興味がないような娘だ。

 そして、戦闘という意味に限ってはそれが最善手だ。ゴブリンに隠し玉の一つや二つあっても不思議ではなく、それが艦船を害することができる武装とも考えられる。

 

「じゃがな、ラフィー。敵の情報を収集する必要があるのではないか? 確かに戦局的な有利を与えることになるだろうが、敵を知る機会を逃すべきではないと思うがの」

 

 長門が発言した。敵の技術さえも利用するレッドアクシズの首魁らしい言葉だ。

 そして、これはどちらが間違っているかというよりも、何を取るかという問題だ。

 基本的に現実では、これさえすれば解決などという簡単な話はなく、策というのは一長一短でしかない。

 

 そうなれば、後は派閥の問題でしかない。

 もしくは好き嫌いか。

 だからこそ、彼はレッドアクシズの意見を取る。単純に、そっちのほうが好きだからだ。

 ……もっとも、その判断は日和見とも取れてしまうが。

 

「ありがとう、ラフィー。でも、今回は戦局的な有利より情報を取ろう。別に、本気であのモンスターが話し合いに応じるとは思っていないけど――しかし、その情報には意味がある」

 

「ん。了解、警戒しておく」

 

 あっさりと引いた。

 本気ではないからとは違う。ラフィーなりに真剣に考えて話している、適当を言ったから前言をひっこめたわけじゃない。

 しかし、指揮官が却下するならと思考を切り替えた。

 こっちのほうが正しいからと一々上官に噛みついていたら、作戦も何もあったものではないのだ。

 思考停止といわれようが、それが艦船……もしくは軍人としての一側面。

 命令に忠実で、命を奪うことにもためらいがない。

 

「長門も、いつでも使えるように準備を。あの大群相手では君の大火力が役に立つ。……まあ、必要になるかは怪しいところだがね」

 

「よかろう。提案した手前、責任は取ろうではないか」

 

 キューブ状の光が現れ、展開……装着される。

 現れるのは威厳溢れる極大艤装、彼女の姿が3倍ほどに大きくなったかのように見える。

 大きさというのは最も原初的な”偉大さ”の発露である。

 と、いうならば長門の艤装は神秘的に過ぎて、畏怖を振りまく神具の域にまで達してしまっている。

 ゴブリンなど、見るだけで戦意を喪失し逃げ惑うだろう。

 

「さあ、ユニコーン。偵察機を下ろしてくれるかな。話してみよう」

 

「うん、お兄ちゃん」

 

 とはいえ、ゴブリンにこの場を監視できるはずもない。

 圧倒的に上の立場から見下ろすように睥睨する7対の目。人類守護を掲げるアズールレーンの使者がいるからこそ、ここに冒険者達の救いは確定した。

 

 

 --視点変更・冒険者サイドーー

 

 戦車、そしてマジックアローの爆撃。

 冒険者たちの守りはたやすく粉砕され、魔法の矢が着弾した。

 結果は焼け焦げた地面が広がる戦場跡だった。

 

「ーーぐぅ……っ!」

 

 リーダー、グリゴリーが呻く。

 視界にノイズが混ざる。耳はイカれて音鳴りがしっぱなしで、外界の音は何も聞こえない。

 しかも体が鉛のように重く、熱い。

 体の至る所に裂傷が走り、流れ出た血液を熱く感じているのだ。その傷を自覚する前に、急激に寒気を感じ始めた。

 内側は寒くて震えそうなのに、外側は火傷しそうなほど熱い。

 このまま目を閉じて意識を失いたいとさえ思う。

 けれど。

 

「真っ先に俺がくたばるわけにゃいかねえだろうが……!」

 

 動かない体に気合を入れる。

 ……けれど、心とは裏腹に身体は指一本すら動かない。

 

 そもそもが、生きていることが奇跡なのだ。

 魔法による防御、そして普通に優れた防御力。鎧に金を惜しんでいないから、当然としてこのレベル帯としては防御力は十二分。

 だから、生き残れた。五体のどこも失っていない。

 どこまでもまっとうで、堅実に強い冒険者たち。それが彼らだったから生き残った。

 

 --だが、それがどうした。

 

「ちくしょ……が」

 

 こうして指の一本も動かせない現実を前に、生きていることなどなんの救いにもならない。

 仲間は気を失っている。わずかに上がる呻き声が生きていることを伝えてくるが、このままなら順当になぶり殺しだ。

 むしろ、残虐性に歪むゴブリンどもの目を見れば、死んだほうが救いだったのかもしれない。

 

「「「ゲゲゲゲ」」」

 

 笑い声が近づいてくる。

 何百といったゴブリンの群れ。しかし、それですら氷山の一角でしかないという事実。

 この動かない体で、もしなんとかできたとしても……他の何千といったゴブリンが残っている。

 

「だれか……助けてくれ……ッ!」

 

 だから、そう願った。

 助けを求めるくらいしかできることがなかった。

 それは、本来ならば無意味だ。助けを求めて、救いが与えられることなど普通は考えられない。

 子供でさえ、そんな安直で安易な夢は抱いていない。

 現実とはなべて冷たいものであるのだから。

 --しかし。

 

「双方、槍を収めよ」

 

 しかしだ、声が降ってきた。

 動揺するゴブリンたちの声。ざわめく音。

 そして、声の方向を向く。

 

「……とんぼ?」

 

 豆粒のように見えるシルエットはそんな形をしていた。

 だが、あんなに大きなトンボなどいるものか。

 地獄の中で垂らされた蜘蛛の糸は、そんな”わけの分からない”ものだった。

 

「私はアズールレーン所属、第一艦隊純白の雪姫(スノウ・ホワイト)。この戦闘は私の名において預かろう」

 

 それが下りてくる。

 風切り音が近づいてくる。それは巨大で、威圧的で……なによりも恐ろしい。

 空を、我が物顔で飛ぶ”それ”。(つがい)のように二輪を描いてくるくると高度を落とす。

 ーー戦闘機だった。

 

「……ッ!」

 

 喧騒が聞こえてくる。

 そして、魔法の詠唱……ゴブリンどもが空の王者に敵意を向けた。

 

「なるほど、敵対するか。……それに、言葉も通じないようだな」

 

 声からは感情を読み取れない。

 ゴブリンと意思疎通なんてできないことは子供でも知っている。

 なのに、なぜかーー否。まるで義務のように宣告を下す平坦な声。

 怜悧な声に、もしや自分たちまで巻き込まれるのではないかと心配になる。

 

「待て。……っごほ! 待ってくれ! っぐ。俺たちに、あんたと戦う気はない。だから……ッ!」

 

 声を出そうとするたびに激痛が走る。

 もしかしたらろっ骨が折れて肺に突き刺さっているのかもしれない。煉獄のような痛みで寒気に震える身体が、焼かれたように痙攣して悲鳴を上げる。

 だが、それでもーーここでゴブリンと一緒くたに殺されるのはごめんだった。

 

 音が近づく。そいつの機首が下がる。

 何かが投下される。

 人間大の何か。

 

「ギギ。ギーー」

 

 弓矢で撃ち落とそうとするが、はっきり言って無駄だ。

 当たらないし、刺さったところで落下地点が逸れるだけだ。

 そして、ここまで数が多ければ、どこに落ちても”当たる”。

 

 爆発。そして衝撃。

 

 直撃すれば消し炭に、そして運よく離れていても今度は火と衝撃がゴブリンどもを焼き払う。

 バラバラに吹き込んだ破片と、運よく丸々残った焼け焦げた死体をさらしている。それはまるで一国の滅亡のような地獄絵図。

 多少強い変わり種のゴブリンも、火に巻かれて苦しそうだ。その中で、人間のいる場所だけ救いのように凪いでいた。

 

 これこそが、レベル120。最高の域にまで高めた練度は、たとえ目標を選定せずとも力を発揮する。

 セイレーンを撃滅してきたそれは通常兵器とは次元の違う、”セイレーンと同種”の超兵器であるのだから。

 

「ーーッ! --」

 

 哀れなゴブリンどもは蜘蛛の糸を掴もうとする亡者のように、冒険者たちのもとへ集い。そして機銃掃射で一掃された。

 魔法の詠唱が響くが、空の王者にはかすりもしない。

 面制圧なら聞いたことがあっても空間制圧など聞いたことがないだろう。2次元から3次元に移行すると、それだけ当てにくくなるのだ。

 ゆえに、空を飛ぶ敵に地を這う虫けらが叶う道理などどこにもない。

 

「ーー」

 

 けれど、冒険者の彼らに奇跡が起きたのなら、ゴブリンにも奇跡が起こっても何も不思議はないだろう。

 戦闘機に魔法がかすった。

 軌道がぶれる。その隙に何度も何度も魔法を放つ。

 希望のように。

 

 そして、墜落する。

 

 生き残ったゴブリンたちが喝采する。

 これからが逆襲の始まりだと意気揚々と雄たけびを上げた。

 ――その敵にとっては痛痒すら与えられない蟷螂之斧だとも知らずに。

 

 

 



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第4話 絶対的な力

 --視点変更・指揮官サイドーー

 

「あ、おとされちゃった」

 

 ユニコーンが残念そうに呟いた。それに、少し気まずそうにしている。

 本領発揮には程遠いとはいえ、それでもあの程度の敵に墜とされたのはわずかなりともショックだったらしい。 

 恐る恐る伺うように、指揮官の顔を上目づかいで見上げた。

 

「大丈夫? ユニコーン」

 

 怒りはしない。油断はあったかもしれないが、別に問題ない範囲だろう。油断大敵、とも言うが本陣は他の子たちが守っている。

 悪いところを突くのが義務などと思うような人間は実は多いかもしれないが。、自分はそんなことはしない。

 それはおおらかと取るか、呑気ととるかは人次第だろうが。なんにせよ――

 

(別に、俺に取ってはこの子達に嫌われさえしなければ、後はどうでもいいことだしな)

 

 頭をなでてやると、彼女は安心したように笑みを浮かべる。

 とてもかわいらしい。ずっと見ていたい。

 

「全然平気だよ、お兄ちゃん。饅頭さんもちゃんと帰ってきたし」

 

 饅頭ーーひよこの形をした謎生命体を見せてくる。帰還方法が完全に謎なうえ、そもそもひよこの手で何をどう操縦すると言うのか。

 まったくもって意味が分からないが。

 それこそ、艦これの妖精と似たようなものだろうと納得するしかない。

 

「そう、ならいいよ」

 

 ならば戦況に変化はない。奇跡の一つや二つで戦場というものは左右されたりはしない。ただの鉄火と物量のぶつかり合いの前に、ロマンなど存在しない。

 

「でも、おとされちゃった。今度こそ……!」

 

 ユニコーンがぬいぐるみ……ユーちゃんを離す。ぬいぐるみはそのまま羽ばたいて、宙に浮く。彼女は勢い良く左手を掲げる。

 同時、背後に艤装が現れる。

 重厚な飛行看板が二つ。すでに機体はセットされている。編隊が飛び立とうとして。

 

「待ってくれるかな、ユニコーン。他の子の力も試したい。……エレバス、砲撃開始。制圧射撃」

 

「承知した、指揮官」

 

 エレバスがす、と目を細めると同時。身長の3分の1はある巨大な砲塔が姿を現す。

 重々しい音を立てて砲が敵の方角を向く。

 

「哀れな小鬼の魂よ、この私が刈り取ってやろう」

 

 ――腹の奥底に響くような砲撃音が木霊する。

 山を揺るがす衝撃と鼓膜を突き破る爆音が鼓膜を揺らす。

 しかし、小さな6人と指揮官はこゆるぎもしない。

 

「狙いがずれたわね」

 

「重力係数の違いか? それとも、空気抵抗でも違ったか。まあ、いい……修正するだけだ。照準修正、もう一度」

 

 指揮官と艦船はデータをリンクさせることができる。

 元々が艦船なのだから、パソコン的なコミュニケーションができたところで不思議はない。

 ゆえに言葉など使わなくても、地点や数式は完全に共有できる。

 

「……ふふ。ふふふふ」

 

 大分興が乗ってきたようだ。

 撃つ。撃つ。撃つ。本来ならば再装填までに20秒はかかる主砲だが、現実になった今は融通が聞く。

 敵の攻撃ごとセイレーンを打ち砕く鉄槌はゴブリンどもには贅沢すぎる。弱く、そして代わりに連射を。

 2秒ごとに放たれるそれは、無慈悲に振り下ろされる死神の鎌だ。

 

「ーー敵、接近してきます……!」

 

「ラフィー、出る。自己リミッター、解除……」

 

 二人が反応したのは、見るからに王の風格を纏ったゴブリンだ。

 地獄のような戦場の中を一人突っ切って向かってくる。

 すさまじく速い。自動車のような速度、とは言っても爆撃された山の中だ。たとえ戦車であろうとも走行できない。しかし、そいつの進軍は止まらない。

 

 もがれた腕は血肉が盛り上がって二秒で再生。わき目も降らずに、部下の死骸すらも踏み砕きながら突っ込む有様は、愚かであっても力強い。

 通り道を轢殺し、目標を殺すまで止まらない暴走特急、その圧力は神魔の域にまで達するだろう。

 

「キングか。この暴威を前に、正面から立ち向かう気概は見事という他ない」

 

 指揮官は二人を手で止めつつ前へ出た。

 顔には好戦的な笑み。

 

「来るがいい。王の自負を持って戦うならば、こちらも応えるのが筋というもの。……いいや、否。こちらから征くぞ」

 

 指揮官が足を踏み出した。

 この身はすでに艦船―KAN-SEN―。ゆえにこそ、戦うことに疑問は持たない。

 そして、この6人を率いると言うのなら、無力で居るわけにもいかないだろう。なにより、力はある。

 使えないでは、意気地なしとのそしりは免れないと思うからこそ。

 

「この一歩、刻み込め世界……!」

 

 その一歩でもって距離を踏破する。

 アズレンというゲームでは指揮官の能力は設定されていない。ステータスが”ない”のだ。ゆえに主砲も副砲も艦載機すらも、ありはしない。

 姿かたちすら決定されていない以上、刀の一本すらも持ち合わせない。

 だからこそ、指揮官に与えられるのは泊地としての能力。一言で言ってしまえば母港、基地の類の化身。そして、筋力も当然ーーそれに倣う。

 

「……グギャ!?」

 

 そして、ゴブリンキングは当然それに対応できない。

 基本的なステータスそのものが違うのだ。

 全てに渡って高水準、ただそれだけでしかないが十二分。速く、強い……特殊なものなど不要。

 何の衒いもなく、ただ強い。

 

「……ふ!」

 

 拳を繰り出した。

 地すら砕く一撃。あらゆる道に言える「究極に通じてしまえば、真理は陳腐に他ならない」との言葉が示しているように、”シンプル”が一番強い。

 ステータス頼りの一撃とは、裏を返せば性能を十全に発揮した純粋で隙の無い一撃に他ならない。

 結局、策など強力な兵器を用意すればこと足りてしまうのだ。殴れば砕けるのだから、合気だの型だのは余計なこと。

 その強大無比の一撃はゴブリンキングの腹を爆砕した。

 それこそ、雷すらも耐えうる頑強な筋肉がまるで綿あめのように柔く、脆い。その成果を確認した指揮官は、血を浴びながら獣のような笑みを浮かべている。

 

「ーーグルオオオオ!」

 

 腹の5割を消し飛ばされればさすがに痛むのか、しゃにむに棍棒を叩きつける。

 手は敵の腹に埋まっている。引き抜けなくもないが、慌てるのも”しゃく”だ……ゆえに反対の腕を盾にする。

 

(さて、俺は兵器だ。スペックは把握しているが、まあ……ものは試しを言うしな)

 

 特にこれといった理由もなく受け止めた。

 だが、彼自身は耐えられても凶悪なまでの威力に地面”そのもの”が耐えられない。バターのように地面を抉りつつ、浮いた身体を木に叩きつけられる。

 2本、3本、4本と木をぶち破りつつ、甘い目論見のつけは5本目にめり込んで終わった。

 よくもボールみたいにとんだものだが、指揮官の身体は泊地そのものとは言え、重量までは再現していないから仕方ない。

 めり込んだ木を内側から破壊して脱出する。

 

「ーーなるほど。地面は柔らかいな、海の方が信じられる……とは、まるで艦船のような感想だな、俺も」

 

 地を踏みしめるよりも海の上に居たほうが安心するだろうだなんて感想が自然と出てきた。

 すでに身も心も艦船だ、というよりも艦船に○○といった異物が混入したように、人間らしい怯えも戸惑いもありはしない。

 立ち上がってほこりを払う。

 

「オオオ!」

 

 一方、ゴブリンの猛攻は止まらない。

 理解しているのだ、攻撃を止めたらその瞬間に五体を打ち砕かれると。ゆえの連撃、体力が続く限り止まりはしないし、止められない。

 鉄を、鋼を、あらゆる魔法金属さえも打ち砕く極大の暴威が何度も何度も何度も襲い掛かる。

 その連撃、1秒に9回の攻撃が放たれる。武ではない。ただステータス任せの一撃の威力は1秒に9回の攻撃が放てると言うでたらめな身体能力をそのままに反映する。

 あらゆるものを打ち砕く攻撃は、しかし泊地そのものの防御を崩すには至らない。人を壊すには過ぎた代物だが、土地そのものを砕くにまでは足らない。

 

 指揮官の唇に笑みが刻み込まれる。

 

 敵の攻撃はもう”分かった”。防ぎ方を理解し、ついでしのぎ方も理解した。要するに練習だ。

 天災じみた暴威にそれ以上の暴力で打ち返しつつ、地面に力を流す。

 ーー海に浮かぶのと同じように。

 艦船は初めから完成しているがゆえに、己が能力の使い方に戸惑うことなどありえない。

 地面なんて柔らかいものの上に立つのなら、強化しないことには立つことだってできやしないのだから。

 

「なるほど。実戦とはやはり、予想外の連続だな。だが、そろそろ見飽きた」

 

 ”迎撃した”。

 掌で撃ち返すのではなく、拳でこん棒を殴り返した。

 それだけで、ゴブリンキングの持つ棍棒を打ち砕いた。

 彼の強大さの前には小賢しい能力など必要ない。ひたすら硬く、強くーーどれほど強く打ち込もうとも欠片も割れない強い武器をキングは欲した。

 それをあっさりとーーこともなげに破壊してしまった。

 

 武もへったくれもない、ただ相手の攻撃に真正面から拳を合わせただけだが、そんなものが通じてしまう。

 強力なだけのステータスはあまりにも強すぎるがために、ただ振り回すだけでことが足りるのだ。

 堅実な方法とは、つまるところ一番つまらない方法に他ならないのだから。

 武だの気だのは、ルールのある対人戦という高等な駆け引きであるがゆえに、ただの殺し合いに高尚に過ぎて無意味だ。戦艦に柔道をしかけても仕様がないように。

 

「さて、次は再生について試させてもらおうか」

 

 ゆえにこそ、指揮官の一撃は迅く……強い。

 いや、うまさなどは欠片もない。拳を握り締めて打ち込むーーただそれだけがゴブリンキングの肉体を削り取る。

 だが、身体の動かし方はすでに知っている。ただの最短を、必要なだけの力を込めて、まっすぐに打ち放つ。

 それだけでキングの血しぶきが飛び、肉が木々に絡みつく。

 キングもさるものも、体積以上の血と肉が飛び散ってもなお再生する。もうわずかな勝機すらも見出すことができないのに、痛みに耐えかねて拳をめちゃくちゃに振るう。

 

「これ以上は無為な拷問か」

 

 もう、試し終えた。

 サンドバック相手に得られるものはもはやない。

 そして、指揮官に無意味な拷問を楽しむ趣味はない。

 

「死ぬがいい」

 

 心臓を砕いた。

 全身が黒く染まり、そして灰になって消えていく。

 どうやら、この異世界では死体は灰になって消えていく仕様らしい。どうも、異世界というのを強く感じる。

 さて、アズールレーンの世界では倒した敵はどう消えていたか。……爆散して消滅していた気もするが。

 

「ーーお兄ちゃん!」

 

 ユニコーンがユニコーンに乗ってやってきた。

 なんのことはない、巨大化したぬいぐるみに乗ってやってきただけだ。いや、空飛ぶ巨大化するぬいぐるみの時点で十分変か? とは、思いつつもしかしゲームの話だしなと苦笑する。

 小さな彼女はそのまま飛び降りて、胸にダイブしてくる。

 

「ユニコーン…お兄ちゃんの役に立ててる?」

 

 胸に飛び込んできた彼女はそんなことを言ってきた。

 

「ああ、立っているさ。ありがとう」

 

 頭を撫でてやる。

 

「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん。うれしい」

 

 ぎゅうぎゅうと身体を押し付けてくるものだから困ってしまう。

 だが、それだけではなく……まだ5人いる。

 飛びつこうと走ってきているのだから、これはもう――なんて言っていいのやら。

 

「やれやれ。困ったな」

 

 その顔には笑みが浮かんでいた。

 誰も救い出したはずの冒険者たちが気絶して地面に倒れているのは気にしていない。たった7人だけの世界で、7人にはそれだけで十分だった。

 

 



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第5話 転生について

 そして、走り寄ってきた他の5人の相手もした後に、彼ら現地人……冒険者と会いに行く。

 駆け足の必要もあるまい。どうせそいつらは寝ているのだ。

 

 道中で、色々と考える。

 暇があれば話しかけてくるから、こういう移動の時でもないと思考に浸れないのだ。

 裏を返せば走っている最中は敵を警戒するために話をする余裕もないといえるのだが。

 しかし、指揮官の艦船としてのスペックは高いため、”余計な”思考ができる。

 

 特に準備するものもなかった。そもそも、母港の機能を持つ指揮官が居れば、水も食料も取り出し放題だ。 

 酸素コーラ、秘伝冷却水、魚雷天ぷら、海軍カレー、王家グルメ、フルコースの5種類しかないのが問題といえばそうなのだろうし、そして。

 ゲームの仕様通りに4ケタも在庫がなく、7人も居ると補給の心配もしなくてはならなかったが……勝手に補充されていた。

 とにかく、現時点では問題がない。

 

 艦船の彼女たちはどうやら、あまり不安には思っていないらしい。そして、指揮官たる彼もまた似たようなものだ。

 特に現実に戻りたいだの、仲間の元に帰りたいだのといった感情は湧いてこない。情が薄いのは前世の自分の問題な気がする。

 そもそも、この身体に記憶はない。記憶の上では相も変わらず、現実の〇〇〇××だという日本人だと認識だ。

 だからこそ、かわいい彼女たちと一緒に居られる幸運に感謝して、それ以上は考えない。

 

「ねえ……皆には、したいことがある?」

 

 聞いてみた。

 無論、質問した彼にそんなものはない。

 その立場に立たされて思うのは、ただの一人で異世界に放り出されて、すぐに目的を持てたらそいつは大したものだという実感だ

 まあ、ここで情も血も通っている人間なら、家族の元に帰りたいと願うのだろうが。……そのあたり”彼”は家族関係が冷え切っていて、特に帰りたいとも思わなかった。

 そして、また会いたいと熱意を燃やすほどの友もなく。

 続きを読みたい漫画もあったが、それとて形を結ぶまでには至らない淡い感情。だからこそ、艦船としての戦闘衝動に引きづられてしまうのかもしれない。

 そして、それを止めるだけの倫理すらもない。

 

 ――何もない、冷めた人間。

 

「「……」」

 

 わずかに沈黙が流れた。

 いくら子供の身体を持ち、思考もそれにひきづられる傾向があったとしてもこの子たちは人間である前に艦船だ。 

 子供には意味が分からない人生論も、この子たちには意味が分かる。分かってしまう。

 それだけの経験は脳髄にインストールされている。ーー鋼でできた艦船として戦った記憶がその小さな体に秘められている。

 

「ラフィー、ねむい……ねたい……」

 

 寝ぼけ眼をこすりながらついてくるラフィーが言った。

 緊張感がないと言われてしまうだろうし、この態度に眉を顰める人間は少なくないのだろうけど。

 ……これはこれで、一つの割り切りで、結論なのだ。

 ぐだぐだと考えるよりも、やるべきことに集中する。反対に、そのときでなければだらけ始める。

 自分で考えろなどと口酸っぱく言う輩には扱いにくいだろうが。

 

「ラフィー。寝てもいいけど、転ばないでね?」

 

 指揮官としては、特にどうとも思わない。むしろ、首をこっくりこっくりとさせているラフィーが可愛らしいとすら思っている。

 酸素コーラを後ろに放り投げると、器用にキャッチする。

 ニコっと笑う。無邪気で、可愛らしい笑み。

 

「ありがと。これがないとやってられない」

 

 豪快に瓶に口を付けて飲み始めた。

 まるでおっさんのようなしぐさだが、妙に似合っている。

 これはこれで、子供らしい仕草なのかな……とちらりと思う。

 

「これ、ラフィー。いかんぞ、そんな女子がはしたない……」

 

 長門が渋面を作っている。

 どうやら重桜の象徴として緩んだところを人に見せられなかった彼女は、相応に身だしなみに厳しいらしい。

 まあ、今も人のことを言えるような恰好ではないと言われそうだが。

 しかし、この下着のような格好でも、肝心の下は一度も見せていないのだから……これは、しっかりしていると言えばいいのか。

 それとも、そもそも下着みたいな恰好はやめろと言えばいいのか。

 

「長門、うるさい。小姑みたい」

 

「な……なあッ! ラ、ラフィー。言うに事欠いて、小姑とは、何を言うておる! だ、大体……お主も、余も、指揮官の伴侶ではないか」

 

 顔を真っ赤にしていた。

 

「やだ、長門……純情キャラ?」

 

 わたわたと慌てる長門とは裏腹に、こちらは泰然としていた。

 指揮官も、渡した自分が思うのも何だが、よくコーラを走りながら飲めるな、とずれたことを思っていた。

 

「ぬぐぅ。きゃ、キャラとか……そんな”はいから”な言葉を言われても余には分からん……!」

 

「長門、気にしないでください。ラフィーの間の取り方は少々独特ですし、それに……」

 

 綾波が助け舟を出そうとして。

 

「ゲームの話? ラフィーと綾波、よくやってるよね」

 

 ユニコーンが諸共に撃墜した。

 

「ゲーム……というより、今風の言葉だけど……長門はネットとか、知らなそう」

 

「な、なにおう!? そのくらい、余も知っておるぞ。あれじゃろ? ぱーりぃ、とか、チョリース、とか」

 

「「「……」」」

 

 全員が首を傾げた。

 

「あ、綾波まで!? なぜじゃ。余だって、りゅーこーの最先端をだな……」

 

 あたまにポンと手を乗せた。

 

「し……指揮官?」

 

 期待するような、怖がるような、そんな顔。

 

「長門は長門のままでいいよ。その方が可愛いから」

 

「指揮官――ッ!?」

 

 赤くなるやら、蒼くなるやら。少し、騒がしくなった。

 

 

 そして、到着する。

 抉られた地面、渇いた血と肉が積み重なった赤色の地獄の中で気絶している5人。

 

「……さて、どうするかな」

 

 普通なら運び出して清潔な場所で看病すべきだが……あまりやりたくはない。

 血と鼻水と泥に塗れた身体を担ぎたいだなどと思う輩は残念ながら少数派に属するだろう。 

 そして、愛らしい彼女たちに背負わせると言うのも酷だし、それをさせるくらいならば放置しようというのも一般的な考えであるはずだ。

 艦船としてどうなのだろうと思うが、そういうコードは入力されていない。

 兵器として作るのなら人間に絶対服従で作るべきだと考えるが、思うにセイレーンの装置を転用、もしくは与えられた技術をそのまま使っているだけだから行動を縛ることができないのだろう。

 それでも規定を何も”知らない”のはおかしいことかもしれないが。

 

(これも、セイレーンの実験だったりするのか?)

 

 指揮官は日本に居たときはオタクと呼ばれる人種だった。

 漫画もアニメも、エロゲもかなりやっていたから分かるが、あのようなゴブリンキングに心当たりがない。

 まあ、モブキャラだとすれば忘れても問題ないのだろうが。

 

 まじまじとその姿を見ても特に感じるものはない。

 イケメンにはほど遠いが、気持ち悪いような顔でもない。

 まあ……普通だ。

 

(そもそも、男5人というのはありえないだろう。いや、主要キャラでなくとも初めに出すキャラとして間違っている。見る側は第一印象でさっさと切ってしまうものだから、当たり前に女を出す。奇をてらうなんて、ありふれた死亡フラグに過ぎないのだから)

 

(だからこそ、これは導入シーンとしては落第以下だろう。ゆえに、原因を考えるなら、やはりアズレンを前提とするべきだ。鏡面海域どころか、規模的には平行世界まで作った? 奴らの狙いは歴史再現を繰り返し、何か特別な力……特機戦力とでも呼べばいいのか、そんなものを求めていたはず。力が必要なら、別に再現にこだわる必要もないということか。まったく別の状況下における反応を見ているのだとしら……)

 

 ため息をつく。

 現状、最有力候補はこの世界がフラスコの中の世界であること。そして、予想するに決して倒せないほどの敵が現れるのだろう。

 なにせ、セイレーンが求めているのは倒せないはずの敵を打倒す特機戦力だ。

 丸々世界を一つ作ってまでやる実験だ、おそらく生易しいものではないはず。だが……

 

(精々踊ってやるさ。踊っている間はこの子たちと共に在れるのであれば)

 

 ちらりと様子をうかがう。

 6人はそれぞれ思い思いに時間を潰している。

 ラフィーは船をこいでいるし、長門は偉そうに腕を組んでいるが実際は何も考えていないだろう。

 綾波は中二よろしく明後日の方向を向いているが、敵を警戒している。

 エルドリッジは倒れている彼らの頬を突っついているし、ユニコーンはそんなエルドリッジの後ろで止めようか迷っている。

 

「……指揮官、どうした? 怖い顔をしているぞ」

 

 エレバスがかつん、と杖を鳴らした。

 

「悪いね。少し、不愉快な未来を考えていた。……エレバスは俺とお別れになるとしたら、どうする?」

 

 実験と言うからには、結果を出さなければ打ち切りになるだろう。

 別の可能性ももちろん考えられるが――しかし、この異世界転生と言う状況自体が薄氷の上に成り立つものであることは事実だ。

 いつ崩れても不思議はない。

 

「何を意味の分からないことを言っているの? 私とあなたは光と影、離れることはないでしょう?」

 

 さらりと言う。が――眼の奥に宿る光は何であるのか。

 信じ切って疑っていない。さおそれが常識であるかのように語っている。

 

「それは分からないんじゃないかな? 君たちが俺に愛想を尽かして出ていくことだってあるかもしれないし」

 

 エレバスは近づいてきて頭を撫でる。

 真剣な表情で見つめられる。

 

「……指揮官、本当に大丈夫?」

 

 頭の心配をされてしまってしまった。

 一般的に言えば、おかしいのは彼女の方だと思う。

 まるでヤンデ……

 

「少し、休む? 膝枕をしてあげるわ。少し眠れば変なことも言い出さなくなるでしょう」

 

 ひょい、と頭を抱え込まれて膝枕の体勢になる。

 地面の上だが、艦船としての水に浮く力を悪用すれば汚れはどうにでもなるとはいえ。

 

(しかし、なんだ……やわらかいな。いい匂いもする。……ねむく、なってきた)

 

「光あるところに闇あり。あなたのいる場所には私がきっとそばにいる。これは運命ではなく、法則──ふふ」

 

 エレバスの声が聞こえる。

 けれど、眠気に負けて世界が暗闇に閉じていく。

 だから、その声は聞こえない。

 

「指揮官。あなたを逃がすくらいなら、私はあなたを刈って私だけのものにするわ。……覚悟、してね?」

 

 艦船たちも、少しばかりの休息をとる。

 

 

 




最期に少しだけヤンデレシーン。


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第6話 異世界人

 

 冒険者たちが目を覚ます。

 彼らのリーダー、グリゴリー・スキルダだ。

 まず、仲間の様子を確認し、生きているのを見ると安心したように安堵のため息をこぼした。

 

「――ここは?」

 

 きょろきょろと周りを見渡している。

 そうすると、横にいる一団に目が留まる。

 

 指揮官はすでに起きていた。というか、数分も寝れなくて、すぐにこっちまで歩いてきた。

 誰が膝枕をするかを争う長門と綾波の声に起こされてしまったのだ。

 そのせいで更に論争が起きたのだが、頭をなでてやるだけで黙ってしまった。ちょろいと思い、そういうところも可愛らしいと感じる。

 

「見覚えがないか? ご存知の風景だと思うがな」

 

 そんな趣味全開の彼だが、とりあえず顔は真面目なものに固定している。

 一瞬前まで、ロリに囲まれてかまえかまえと大合唱されていた様子はその姿からは伺えない。

 名前も知らない冒険者たちのことなどどうでもいいが、しかし……さすがにそんな不真面目というか、犯罪一歩手前と言おうか、そんな姿は見せられない。

 というより、そんな浮ついた気分で臨むことなど許されない。

 

 ーーファーストコンタクトというのは重要だ。

 

 ここは異世界、そんな中に武装勢力が現れれば現地政府と衝突するのは当然だろう。

 なぜなら政府とは暴力装置、民を従わせるだけの戦力がなければ立ちいかないのだから。平和ボケしているといわれる日本にでさえ、犯罪者を武力で制圧する銃で武装した組織(警察)がいる。

 そして、強力な兵器を持つ勢力が現れたのであれば、無抵抗主義でもなければ何をするかは一目瞭然であるだろう。

 

 そう考えれば、指揮官たちの7人と言う頭数は多すぎた。

 それこそ、街を焼き払うことも可能な戦力が7つ。

 たとえ相手が一人で制圧できるほどに弱くても、安心材料としては弱すぎた。暴力などなくても、心を縛る方法はいくらでもあるのだから。

 現地政府がどれだけのものかはわからずとも、指揮官は武力になど頼らずとも心を砕く方法を10は挙げられる。

 

「……」

 

 グレゴリーは息を呑む。

 そんな姿だけは可愛らしい過剰戦力たちに見られている緊張感を味わいながら、彼は周りを見渡した。

 剣は転がっているが、手に取らない。

 そもそも反抗するというレベルではない。戦力の桁が違いすぎるから、刺激するような真似はできない。

 

「……元の場所かよ!」

 

 反応が遅れて突っ込みを入れた。

 指揮官は中々愉快な奴かと思って笑う。

 ラフィーに綾波も、つられて笑ってしまう。

 もっとも長門やエレバスは警戒を強めているし、ユニコーンとエルドリッジは怯えて指揮官の背中に隠れた。

 

「まあ、地面がひっくり返っているから分かりにくなっていたようだな。ところで、君は我々のことを覚えているか?」

 

 指揮官の声は固い。

 警戒を何一つ解いていない。例え、相手が虫けら同然の強さでも油断などしないし、できない。

 

「……アズールレーン、第一艦隊純白の雪姫(スノウ・ホワイト)?」

 

 彼の記憶力は悪くないらしい。

 あの地獄の中でしっかりと覚えていたのは褒めてやってもいいだろう。

 

「で、お前は我々を知っているかね」

 

「いや、知らない。聞いたこともない……助けてくれたのはありがたいが……お前たち、何なんだ?」

 

 まさか、何”者”でもないとは、と軽く笑う。

 確かに艦船は者であるかは微妙だなと指揮官は思う。艦船は艦船……人間では、ないのだから。

 そして、自分もーー今や人間の一人である意識はとうに亡くした。

 

「さてな。どうにも態度を決めかねている」

 

 深刻な表情を作って明後日の方向を見る。

 自分にも分かっていないことを説明しても無駄だから、指揮官ははぐらかしにかかった。

 

「……は?」

 

「まあ、こちらとしても元の艦隊と離れてしまったのでね。帰還の目途も立っていない以上、現地の政府機関と関係を持たずにはいられないわけだが、ここで一つ問題がある。そもそも、国家機関とはその性質上他者を食い物にする。隣人は良き友だが、隣国と心を結ぶことはないのだよ」

 

 難しいことを言っている風だが、実は何も分からないから棚上げしていることをそれらしく言っているだけだったりする。

 

「つまり」

 

「一言で言ってしまえば、そのあたりの常識を教えてくれると嬉しい」

 

 はぐらかした上で、直球に求めていることを言う。

 最初から最後の言葉だけ伝えろなどと言われるかもしれないが、これは詐欺のテクニックだ。

 目的を悟らせない、効用はそれだけだが……それだけに”煙に巻く”効果が強い。

 人間、生きていれば言葉で何でも伝わるわけがないことは経験している。だから、分かること以外はシャットアウトしてしまうようになる。

 これは生きる上で当たり前のことだ。だって、他人のことなんて何でもかんでもわかるわけではないのだから。

 ゆえに分かるところだけ返すのが良い人で、悪い人は多分そっぽを向いてどこかへ行ってしまう。

 ……指揮官の誘導したとおりに。

 その真意を考えることもなく。

 

「常識……ね」

 

「諸々を。どんな小さなことでもいい。重要かはこちらで判断する」

 

 広く、浅く。何も情報がない現状ではどんなものであれ、重要だ。

 そして、彼らに指揮官たちの知識が全くないことを悟られないこともまた重要で、この二つは両立させる必要がある。

 

「ああ、その前に。ーーまずは場所を移そうか」

 

 戦場跡を後にして、草原に移動する。秘伝冷却水を渡しつつ、話を聞いた。

 反応はそれぞれ……もちろんラフィーは寝ていたし、エルドリッジは指揮の膝を枕にして、綾波はうつらうつらとして脇をつついたら寝ていませんよ、などと狙ったかのようなことを言い、長門とユニコーンはしっかり聞いている。そして、エレバスは聞いてないようなふりをしつつ、しっかり聞いていた。

 冒険者の彼らは逆に画一的だ。リーダーがしっかり話して、仲間もそれを聞いている。時折訂正や助け船が入り……この指揮官に対して下手なまねができないことはよくわかっている。

 

「なるほどね。大体わかった」

 

 とりあえず、ここは地球……それも欧州の辺りの地理を再現したものである。ただし、イギリス・ドイツ・フランスに位置する3つの大国が人類の生存権を担い……その外側は分かっていない。

 確かめようにも海に棲む魔物のせいで調査も碌にできない状況だという。

 政府については立ち位置すらも碌に分からなかったが……理解できたのは、どの国も”ろくでもない”とい言うことだけだ。

 力があれば冒険者として自由に生きることができるとのことだがーー

 

(冒険者だから自由に生きますというのはありえないな。いつの世も正論とは痛いもので、正論は権力の特権だ。正論を振りかざせば、個人などいかようにもできてしまう。極論、兵力を配置せずに、民を人質にとって出撃でも迫れば戦費を浮かせることができる。あなたが動かなければ罪のない民が犠牲になってしまいます、といった具合だ)

 

 指揮官としては、人の善意などまったくもって信じていなかった。

 多少汚い……否、汚くなくとも正当な手段で己らを使いつぶすことは容易だろう。

 目の前の彼らで一流というのなら、艦船という特級戦力なら使い道などいくらでもある。潰れるまで使い倒せば、脅威も消えて一石二鳥だ。

 

「……とはいえ、君たちと話していても埒が明かないな。とりあえず、近くの町に寄らせてもらいたい。案内を頼めるか?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 そういうことになった。

 もちろん、指揮官がそういう風に誘導したわけだが。

 

 そして、冒険者の彼は仲間の手当を。

 指揮官は彼らから離れ、自分の仲間と話をする。

 

「ーー聞かれている様子は、ない」

 

 ラフィーの第一声。

 

「そうじゃな。彼らにも我々の目的を探ろうという気配があったが」

 

 長門。難しい顔をしている。彼女は一番この世界を気にかけている一人だ。

 この異世界で人がどう暮らしているか、心配で仕方ないらしい。

 重桜の巫女の慈悲は自国民だけでなく、あまねく民草に向けられているらしい。

 

「そこは俺が避けた。戦力は我々が上だ、彼らも無理やり聞こうという気にはなれないようだな。話をはぐらかしても追及されなかった。正直、俺に交渉力というものを期待されても困るからな……」

 

「まあ、装備もボロボロになってましたから寝た子を起こすような真似はしないと思います。彼らを警戒する必要はないでしょう。……信頼も、できないかと思いますが」

 

 綾波。見知らぬ人間を諸手を挙げて信用するほど甘い人間ではない。

 いや、もしかしたらそんな”優しい”艦船なのかもしれないが、完全に人を疑ってかかっている指揮官の前でそんな発言はしない。

 

「で……でも。あの人、優しそうだったよ?」

 

 こんなことを言うのはユニコーンだ。

 頭を撫でて黙らせた。

 

「あいつら、アズールレーンの関係者じゃない。でも、セイレーンともかかわりを持っているとは思えない。……あいつらは、なに?」

 

 エルドリッジ。これも、指揮官の資質によるものだろう。指揮官がそういう志向を持つ以上、彼女たちもそれに引きずられてしまう。

 戦う敵を決めるのは艦船ではなく、あくまで指揮官だ。

 もっと言えば、大本営が決定して、それに指揮官が従う形なのだがーー普段からそのあたりは混同しているのに加え、それ(大本営)がない今は指揮官が独自判断で動いている。

 

「その正体については今議論すべきことではない……かな。おそらく、ただの当て推量にしかならないだろうよ」

 

 そして、指揮官の結論は様子見。

 もっとも声色と態度を見れば分かるだろうーーこれは戦略的な友好路線であり、指揮官本人は彼らを微塵たりとも信用していない。

 間違った言い方をすれば敵視している。

 オタクといっても、その内心は様々だ。そして、指揮官は他人が嫌いな類の人間だった。むろん、社会生活を問題なく送れていたことから致命的とまでは言えないが……その感情は彼女たちにも伝播する。

 

「ならば、第三者として扱うのが礼儀ということであろうな。……しかし、アズールレーンにはそのような規定はないぞ、指揮官。どうする?」

 

「……さて、ね。このまま連絡が取れないままであれば、俺が決定する以外にないのだろうけど」

 

 少し考え、宙を向く。

 けれど、下手の考え休むに似たりというか……人間嫌いで、一方で憎悪するほどにも思い入れがない、死んでいないから生きているような人生を送っていた指揮官にはその応えは出せない。

 ゆえに。

 

「長門はどうしたい?」

 

 他人に任せる。

 

「……む? 我々は指揮官に従うが」

 

「そういうことじゃないよ。別に決定権を譲ろうとする気はないさ。ただ、長門はどっちがいいか気になっただけ」

 

「助けられるなら、助けたほうが良いと思う。……重桜の益を損なわぬ範囲であれば……」

 

 少し気まずそうに身じろぎする。

 見つめられていたからか、少し頬を染めていた。

 次に綾波を見る。

 

「……見捨てるのは後味が悪いのです」

 

 少し、戸惑い気味だ。

 ラフィーを見る。

 

「助けられるなら、助ける」

 

 静かだが、その時が来れば”やる”だろう凄みを感じた。

 エルドリッジを見る。

 

「ーー」

 

 頷いた。同意見、ということだろう。

 ユニコーンは。

 

「助けられるなら、助けたいよ。お兄ちゃん……だめ、かな」

 

 上目遣いに訪ねてくる。なかなかにグッと来る仕草だ。

 少し離れた個所で髪を風に流しているエレバスを見る。

 

「慙愧も、後悔も、執念も、ずっとまとわりつくものなのよ。……そして、冷たいだけの闇は好きではないわ」

 

 分かりにくいが、ようする見捨てたという罪悪感のことだろう。

 罪悪感を持ちたくないから、助けたい。もしくはそれに囚われないようにとの優しさか。

 指揮官も、自分が誰かを率先して救いたいという人間ではないことを自覚しているが、しかし罪悪感をこの優しい子たちに抱かせたくはない。

 ……それはきっと、つらいことだろうから。

 まあ、指揮官本人はそれを自分がそんなことを感じるなんて自分でも思っていないけれど。

 

「なら、守ろうか。……人類を」

 

 そう決めた。

 軽い覚悟というわけではなかった。

 守るのも、守らないのも”どちらでもいい”。

 テレビの向こう側のように、関係のない人間共だ。

 けれど、かわいい子たちの前ではカッコつけようという下心と、喜ばせたいという気持ち。そんな、関係のないことで決めてしまう。

 

 実際、衝撃的なことが起きたところで一日二日で性根が変われば世話はないのだ。

 だから彼は何も変わらない。

 指揮官となって艦船になり、人間を辞めようと……そいつはそいつのままだった。

 

 

 




 指揮官の目的は6人の艦船を囲うことのみです。それ以外に興味を持っていません。


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第7話 十二神族、来襲

 

 

 6人の子たちはいつも指揮官の周りを囲んでいる。 

 歩いているときも、食事をとっているときも。そして、眠る時でさえも。指揮官が一人になることなどないくらいに。

 指輪を与えられているためか、指揮官によく懐いている。そのうえ、艦船の本能として命令に従うべしと刻み込まれている。

 指揮官にべたべたと、いつも……とても楽しそうにしている。

 

 だから二つのパーティの旅は、おのずと二つのパーティのままで混じることがなかった。

 貴重な人とのふれあいの機会というのなら、それを完全にふいにしている。

 人間がどういうものかも知らずに、ただ自分達だけで完結する。

 社交性にあふれた者……例えばジャベリンなどが居れば違うのだろうが、これは人嫌いの指揮官が選んだ艦船たちだ。

 基本的に人付き合いに難を持っているから、向こう側から話しかけられない限り触れ合うことがない。

 

 ーーただ、散歩のように、指揮官との旅を楽しむだけだ。

 道案内は男5人、けれど気にしなければいないのと同じだ。

 逆に冒険者たちの側としても、姿形は子供だから体力の心配をしていたが、不要だとわかってからは普通に歩いている。

 彼らにとっても、この異様なパーティと馴染めというのは酷な話だろう。

 

 何せ、幼女6人……もっとも、学年で言えば中学生辺りになるかもしれない子もいるが、十分子供だ。と、男が一名。

 目端が利かなくても、ずっと見ていれば左手の薬指に指輪をしているのが分かる。

 どういう関係だと、詰問するのは無理がある。

 キレて襲い掛かれたら全滅だ。

 それこそ、楽しそうだからまあいいか、なんてありていな結論に落ち着いてしまうのは当然と言えた。

 

「君たち、街があるというのは……あちらか?」

 

 だから、指揮官が訪ねてきたときには哀れなほどびっくりしていた。

 指揮官も悪気があって冷たい声色をしているわけではなく、ただコミュ障なだけなのだが。

 

「お、おうーーそうだぜ。どうした?」

 

 動揺が収まりきらないのか、目が泳いでいる。

 

「ならば、手遅れか。……しかし、やらない理由にはならんな。どこまで取り戻せるか」

 

 指揮官が彼方を厳しくにらみつける。

 空気が一変した。殺気をまとい、引き絞られた弓のごとく緊張感を増していく。

 

「なに……ッ!?」

 

 指揮官の様子に不吉なものを感じたのか、彼も慌てて目を凝らす。……すると、なにかが空中に見える。

 

「チュートリアルは終わりかな」

 

 指揮官が呟いた。

 

「え……?」

 

 視力強化。それを見る。

 ”それ”は絶望だった。

 空に浮かぶ空中要塞。氷で構成された城、攻めるには容易でなく、さらに硬い。そして、それを天空に浮かせるだけの脅威。

 --ありていに言えば世界の終わりだ。

 街など、それが突っ込むだけで全て壊される。生き残れようはずもなく、皆殺される。それを数十回ほど繰り返せば、なるほど人類はこの世から消えるだろう。

 

「空ならば遠慮は要らない。長門、全力砲撃……スキルを使って奴を撃ち落とせ」

 

 指揮官はためらわない。

 冒険者たちには分からないが、今も熱源が一秒ごとに消えていくのを感じている。それは命の輝き、ありていに言ってしまえば街の人間たちの生命反応。

 艦船のレーダーが捉えたリアルタイムの地獄だ。

 天空に浮かぶ氷城の暴威が殺戮をふるっていた。ゆえに誰一人逃れられず、氷に閉ざされた生命なき氷像と化す。

 

「了解した。指揮官……余は長門……重桜の長門である! 重桜の誇り、そして威信を目に焼き付けるがいい!」

 

 そして放たれる『BIG SEVEN-桜‐』。

 あらゆる全てを灰燼に帰す究極の一撃、地に向けて放てばそれこそ救うべき街を焦土と化す”それ”が氷城に突き破り、中心部の竜さえも脅かす。

 

「オオオオオオ!」

 

 大地を震わす偉容、人の心を打ち砕く竜の声が響く。

 咲き誇るように増殖する氷の花。ディテールを増し、氷城は窓も扉も閉ざし空中に浮かぶ一つの球体と化す。

 意味するのは防御態勢。長門の一撃を脅威と認めつつも、避けるには及ばぬと判を下す。

 

「余の一撃。重桜の一撃を受け止めると申すか! ならばよかろう、その傲慢ごと打ち砕いてくれる!」

 

 長門が叫ぶ。

 彼女は強い。最高レベルに達しているのはもちろん、さらに設定上「強力な一撃を持つ」ことがストーリーで示されている。

 システム上はともかく、この世界では彼女以上のダメージを叩きだすことなどできはしない。

 

「ーーカカ」

 

 だが、竜は彼女を嘲笑った。

 そして、長門の一撃は本体にまで届かない。

 

「……なん……じゃと……?」

 

 呆然と見上げる長門。

 そして、敵は反撃を開始する。

 

 ーー氷城の城壁が堕ちてくる。

 

「エレバス、破壊しろ」

 

「了解、妹は……この子たちは私が守るわ」

 

 スキル発動『魂凍ル氷闇ノ深淵』。

 視界を埋め尽くす弾幕が、堕ちる城を破壊する。見上げるほどに巨大かつ荘厳な氷の城は砕いてもなお、その欠片だけで人を殺すには十分すぎる。

 

「ラフィー、エルドリッジ。対空砲で対処」

 

 ゆえに更に砕く。

 指の先ほどまで小さく砕けば、ダイヤモンドダストの幻想的な風景が見れる。

 

 けれど、狙いはそれではない。

 道は作った。ならば、後は一直線に駆け上がるのみ。

 

「さあ、綾波。……行こうか」

 

 綾波に手を差し出す。

 手と手を取り合い、ユニコーンの艦載機に飛び乗って氷城までまっすぐに。

 

「ーーオオオオオオ!」

 

 竜が吠える。それは攻撃の予兆。

 1トンを超える氷塊は攻守に優れた優秀な兵装。もちろん、そんな馬鹿げたものを操れればという話ではあるが。

 

「くっく、面白い。プロローグはもう終わりと。……超えて見せろというのだろう? 敵は強大、攻撃は届かず喰らえば死だ。ああ、なんとも分かりやすい」

 

 ただただ強いーーそれこそが竜と言えばそうなのかもしれないが、しかし一般的な作品の竜と比べて強すぎると不平を言っても叱られることはあるまい。

 ステージいっぱいに、どころか土台ごと押しつぶす氷城墜としの一撃は回避不可能にして絶死。

 文字通りに城を跡形もなく粉砕することが前提条件として求められる。

 さらには、それは通常攻撃であり、攻撃回数が限られた必殺技ではないこと。

 そして敵は守りは厚く、再生する。

 これだけの悪条件は中々見ない。

 

「ならば、近づけば良いだけのこと! ユニコーン、艦載機を射出しろ。足場を作れ! 綾波、いけるな?」

 

「もちろんです。鬼神の力、見るがいい……ッ!」

 

 身体をたわめ、ばねを溜める。

 スタート、自らの体を射出し、氷から氷に飛び乗ってジグザグに。

 そして、周りを周回しながら攻撃を加えるユニコーンの艦載機が敵をかく乱する。

 

「くっく、ハッハーーッ!」

 

 指揮官は狂ったように笑う。

 踏み外せば死。

 マリオをはじめとするRPGにはよくあるステージだが、これは事情が別だ。なにせ、踏み外せば本当に生きて戻れない。

 ファンタジーはファンタジーで、現実とは違う。

 ジャンプしたら次の浮島に届く、は、だから駆け抜けられるということにはならない。

 けれど、高レベルの恩恵が不可能を突破する。ありもしない、経験というものが戦闘能力を引き上げる。

 

「ああ。いいぞ、いくらでも来い!」

 

 蹴って、飛んで、攻撃が当たるようなら氷を殴り飛ばして位置を調整する。

 そんな暴挙。まともにプレイすれば100回は死ぬような曲芸をこともなげに実行する。

 しかし、敵としてはRPGのようにクリアできるように弾幕を撃つ必要はないのだ。

 視界全てを埋め尽くして回避できなくさせるのはゲームでは禁じ手でも、現実では当たり前にやるべき策の一つでしかない。

 だから、下から援護する。砲撃で氷の壁を砕き、道をリアルタイムで作り続ける。当然敵は塞ごうとするからイタチごっこだ。

 けれど、回数を重ねるだけ指揮官と綾波は敵に近づく。

 

「くは。……さあ、突破されるぞ!? ご自慢の氷の領域はアトラクション程度か! ならば笑ってやろう。楽しかったぞ」

 

 都合、26回。それだけの移動を費やし氷城までたどり着いた。

 そして、その狂った命がけの強行軍が楽しくてたまらない。アドレナリンが火を噴いて止まらない。

 艦船としての本能が闘争心に薪をくべて、さらにさらにと燃え上がる。

 

「ーーふ!」

 

「ーーは!」

 

 拳と大剣が氷を砕く。

 けれど、リーチが足りない。破壊は竜にまでは届かない。

 

「ち」

 

「ダメでしたか」

 

 氷の反撃をかわし、艦載機に飛び乗る。

 あれだけ苦労して近づいたにもかかわらず、不利と見るやすぐに距離を離す。しかし、狂ったような笑みは指揮官の顔に張り付いて剥がれない。

 もう一度、と逸る気持ちはあるが……ああ、前と同じではつまらない。

 何か、手をーーあの氷の壁を突破する手段を。しかし、最大攻撃はしのがれたし、直接攻撃にしても弾かれた。

 

 見れば案の定、敵周辺はすぐに氷に閉ざされる。

 砕いた壁もすぐに復活したようだ。

 あのままとどまっていたら、いくら飛んで跳ねてで回避しても氷の霧に肺をやられていた。

 

 そして、指揮官からの命令が艦載機に伝わっているのは何のことはない、常に無線をつなげた状態で戦闘しているというだけのこと。

 艦船なのだから、声による情報通信にこだわる必要などない。

 むしろ電波のほうが速く、確実だ。

 

「さすがに硬い。では、次だ。……タイミングはつかめたか、綾波? 次は雷撃でアプローチする。俺が砕いたところに突っ込んでやれ」

 

「指揮官が危ないですよ?」

 

「問題ない。ユニコーンが回収してくれる」

 

 指揮官の目には執念が宿っている。

 絶対に殺すという鋼の意思。そして、その殺意に酔いしれている。

 

「でも……!」

 

「命令だ、綾波。さて、隙ができたぞ。エレバス、今のうちに削ってやれ」

 

 氷の霧は近づく者を殺す避けようのない死だ。

 細かな霧が肺を突き刺し、死に至らせる。それは毒ではないから、毒耐性ですら無意味だ。

 息をする生き物ならばなんでも殺せる。……そんな切り札が負担なく使えるはずもない。

 

 下にいるエレバス、ラフィー、エルドリッジが敵の領域を削っていく。

 

 業を煮やしたのか、戦術を切り替える。氷の壁を射出した。

 あの霧は範囲が狭い。ゆえの切り替えだが、もちろん指揮官はそれを待っていた。

 

「さあ、行くぞ綾波! もう一度だ」

 

「了解なのです」

 

 もう一度のアプローチ。

 当然のように先の光景を再現する。

 すでに手札は切った。同じ条件なら同じ結果が得られるだけだ。

 

「ーー」

 

 けれど、氷を殴り壊し、そこに魚雷を叩きこんでも壊れない。

 二弾攻撃でさえ、同じ結果を繰り返すに終わった。

 そして、今度は撤退ができない。ヒット&アウェイを捨てた捨て身の一撃ゆえに、しのがれたら大きな隙をさらす。

 

「……クク」

 

 竜はその決定的な隙を見落とさない。

 必ず殺すと殺意を向けて。

 しかし、視界に収めたその男は中指を一本立てていた。

 

「貴様のような強大な竜は殺し合いなどやったことがなさそうだから、一つ教えてやろう。基本、勝ったと思った瞬間が一番の隙なんだよ」

 

 その言葉を理解するより先に、上から暴威が襲ってきた。

 

「重桜の誇りは折れぬ! 何度でも立ち上がると知るがいい!」

 

 急降下の勢いをそのままに、上空から長門のスキルが襲い掛かる。

 指揮官の狙いは主に二つ。

 一つは単純に長門を戦闘機の乗せ、遥か上空から急降下した勢いで砲撃させることで破壊力にスピードを加えること。

 第二に注意を下に向けさせた上で、別のことに力を使わせること。破壊個所の修復に指揮官を殺すための攻撃、その二つに出力を回していたから、急に防御に回すことなどできない。

 攻防一体などと言っても、そんなものは手順を踏めば突破できるものでしかなかった。……少なくとも、このメンバーにとっては。

 

「グルルオオオオオ!」

 

 けれど、腐っても竜。雄たけびと共に力をふり絞る。

 敗北など認めぬと、死ぬのは貴様らだと。生まれながらに蹂躙する立場にいる竜は、その矜持にかけて刈られる側には回らぬと喝破をかける。

 

「馬鹿め、もう遅いーー」

 

 けれど、もう詰みだ。

 どこまで誇りを種火に燃え盛ろうと、死神の鎌はすでその首を捉えている。

 そう、指揮官はすでに命じてある。

 

「いっちゃええ!」

 

 ユニコーンの声。爆撃だ。

 氷を砕き、長門の砲撃が竜に直撃する。

 

「ガアアアア!」

 

 苦し紛れの一撃。そのはずが、氷塊の一つが指揮官に迫る。

 空中ではかわせない。

 が、致命傷ではない。苦し紛れで死ぬほど情けないことはないゆえに、決して死にはしない。怪我は負うだろうが……

 

「かまうな! ()れ」

 

 そう命じるも、地上からの砲撃が氷塊を砕く。

 ユニコーンの戦闘機が指揮官を拾う。

 

「……ッ!」

 

 羽の上で転がる。

 そもそも戦闘機の使い方として上に乗るほうが間違っているのは言うまでもない。

 指揮官でも立ち上がるまでは多少の時間を要した。

 それは、明らかに隙だった。指揮官を救うための行動が、敵に反撃の猶予を与えた。

 

「ガアアアア!」

 

 氷の霧が膨れ上がる。

 全てを飲み込み……

 

「ーー」

 

 霧が消えた後には何も残っていなかった。

 

「取り逃がした、か」

 

 

 指揮官が悔しげにつぶやいた。

 暗い雰囲気を抱えたまま、地上へと戻る。

 

 

 



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第8話 氷獄

 

 

 冒険者たちを放置して先に街に突入する。

 彼らは巻き込まれない程度には離れた場所に居たから、合流には時間がかかる。

 指揮官たちにしてみれば艦載機に乗って飛んでいけばいいだけだが、この世界の人間にそれを求めるのは酷だろう。

 というか、艦船でも普通ならキツいはずだ。単に最高レベルの恩恵によるステータス高さに任せて無茶を通しているに過ぎない。

 

「ーーだが、どうしたものか」

 

 指揮官は氷に閉ざされた街を睨みつける。

 普通に考えれば、生存者など誰一人残っていないような光景だ。

 氷はまるで生い茂る樹の枝のように版図を広げ、全てを閉じ込めている。死と孤独、そして停滞が全てを覆いつくしている。

 ……まるで地獄だ。

 

「……あそこ」

 

 ラフィーが指をさす。

 仄かな光が建物を覆い、慈しむように守っていた。

 氷に閉ざされた町の外れに唯一、生命の息吹を感じる場所。

 誇るように聳え立つ尖塔、鮮やかなステンドグラス……街で一番とは言えずとも5本の指に入っているような豪華なその建物は、一言で言えば教会だった。

 指揮官は元人間のくせに艦船の体に慣れ切って、逆に見ることを怠っていた。

 とはいえ、そこも氷に覆われている。長くはもたない。

 

「あの光、生命反応も隠すのか。魔力もサーチできるが、そっちはあの竜の残滓が強くて追えんからな」

 

 鼻を鳴らした。自分の手落ちが気に喰わないと言った顔だ。

 一方で、当たり前のようにお手柄のラフィーの頭を撫でてやる。

 

「違う。……逆」

 

「逆? なるほど、魔力が弱い場所がそうか」

 

 とはいえーーどうするか。

 艦船は基本的に破壊するだけだ。災害救助は仕事でないし、街全体を覆う氷などどうしようもない。

 ぶん殴れば中身ごと砕けるだけだ。

 外側だけ砕くなどマジカルなことなど、できはしない。

 

 生存者を確認できても、助け出すこともできやしない。

 だから、こうやってその建物の前まで歩いて来ても、7人そろって頭を悩ませる羽目になる。

 

「おーい。入ってますかー?」

 

 結界をこんこんノックし始めた。

 

「こ、これ。ラフィー、話しかけるにしても……その……手順をだな……」

 

「でも、長門。頭抱えてるばかりじゃ意味ないし」

 

「いや、まあ。そうなのじゃろうが」

 

 微妙な空気になった。

 

「あ……あの。外に誰かいらっしゃるのですか?」

 

 か細い声が届いた。女性の声だ。

 震えているーーこの程度では余波すらも満足に防げはしない。事変の直後で緊張感が残っていても、すぐに持たなくなって体調が悪くなる。

 やはりと言うか、死にかけている。あと1時間もすれば穏やかな死が訪れるだろう。

 

「そうだ。あの竜は我々が撃退した。救助したいが、氷を溶かす手段は持っていない。そちらからできることはあるか?」

 

「……いいえ。扉も窓も凍り付いてしまって開かないんです。空気も悪くなってーー」

 

 必死な声だ。

 

「了解した。ならば扉を壊す」

 

 そして、指揮官はためらわない。

 自分の頭が良いとは思わないからこそ、逆に拙い策を押し通す。もっといい策を、なんてのは誰かの提案なら聞けばいい。

 他の案がないなら実行するまで。

 

「ええ……お願いします」

 

「離れてろ」

 

 結界の光が消える。

 扉から気配が遠ざかる。

 

「ーー」

 

 殴りつけて氷を破壊する。扉ごと砕いた。

 術者がいなくなったからか随分と脆い……に、しても氷だけを砕くことなどできなかった。

 

「あ、ありがとうございます……ッ!」

 

 駆け寄ってきた少女、聖職者なのか白いローブをまとっている。震えて顔が青くなっているが、それでも町一番の人気者になれそうなほど顔が整っているのは一目でわかる。

 涙を溜めて駆け寄ってきた彼女を……

 

「大丈夫だった?」

 

 ラフィーが前に出て受け止めた。

 さりげない顔をしているが、少し満足げな表情を隠しきれていない。

 つまり、指揮官にこの女が抱き着くのを邪魔をした。

 

「……やはり室内は気温が下がっているな。とりあえず屋外に運び出そう。万全とは言いがたいが、冷凍庫より多少はましだ」

 

 美少女を抱き留めるチャンスだったが、指揮官は特に何かを思った様子もなく淡々とやるべきことを進めていく。

 扉の残骸を蹴り砕いて出入口を作る。

 どのみち、この教会は……いや、この街は使い物にならない。

 

「それで、他の生存者の心当たりは?」

 

「……い、いえ。でも領主様の屋敷には防御結界が張られてますので、もしかしたら」

 

「なるほど。……そうだ、眠ることは推奨しない。人間は睡眠状態に入ると深部体温が低下する。いや、これくらいは普通に知っているか……?」

 

「あの……えと?」

 

 少女は怪訝な顔をしている。

 

「眠ったら死ぬよ、ってこと。人間、寒いところで寝ると死んじゃうからね」

 

「あ……はい。知ってます」

 

「じゃ、頑張って起きててね。他の人も、寝かさないように」

 

 ラフィーが慰めるようにぽんぽんと少女の頭をたたいた。

 背伸びしているのが何とも可愛らしい。

 

「さて、……こちらはチームを分けるか。ここの生存者も放置すれば死にかねんからな、誰か残しておく必要がある」

 

「了解、ラフィーはついてく」

 

 指揮官の言葉にラフィーが最速で反応した。

 

「え……えと、ユニコーンもお兄ちゃんと一緒がいいな」

 

「エルドリッジも」

 

「ああ、では負傷者の搬出は頼んだぞ、長門、綾波、エレバス」

 

「む……うむ」

 

「了解なのです」

 

「……ええ」

 

 三人は不承不承うなづいた。

 乗り遅れた不満が顔に書いてある。

 

 そして、街で一番に豪奢な屋敷へ向かう。

 古今東西、支配者の居城こそが最もきらびやかで大きいものと相場が決まっている。

 清貧を旨とするはずの宗教建築物が最も金がかかっていることも往々にしてあるが、それは支配者として政府よりも宗教の方が力を持っているケースだ。

 元一般市民の指揮官としては思うところもあるわけだが、しかし人命救助が先決だろう。何より、この子たちがそうしたがっているのだから、指揮官としては道筋を整えてやるだけだ。

 

「全滅しているようだな」

 

 だから、完全に氷漬けになった屋敷を見ても特に思うことはありはしない。

 しかし、ショックを受けている三人を見て心を痛めた。

 

「……何も変わらない」

 

 何度も何度もサーチしているのだろう。

 けれど、何も変哲がない。生きているなら、何かがある――それがない。

 ”そこ”はすでに死に絶えた土地だ。

 

 教会に生存者がいたのは運がよかった。

 まず、結界を張っていた術者が寒さへの耐性としては火の次に高い光に適性があったこと。

 そして、権威のために街の外側に陣取っていたこと。爆心地にあった領主の屋敷など強大な魔力のせいで物質そのものが変質している。触れば砕けるほどに凍り付いているのだ。

 以上二点、加えて教会の少女の努力も要素の一つとなったろう。弱ければ、余波にすら耐えることはできなかった。

 

「さて、戻るか」

 

 できることはもう終わってしまった。

 もう生存者はいない。

 竜の残した傷跡は深すぎた……傷跡というものは、死んでしまってはただの残骸に他ならない。ならば、すでにここは残骸。

 ――少なくとも、1年程度待ったところで、この氷は溶けやしないのだから。

 残骸を大事に持っているならば、死者の仲間入りをする以外にないだろう。

 

「……あの娘から話を聞くか」

 

 街に見切りをつけ、戻ろうとして。

 

「……指揮官」

 

 ラフィーが袖を引いた。

 

「指揮官はあの女のこと、興味ある?」

 

「ラフィー? どうした」

 

「あっちの女のほうが、いい?」

 

 怪訝な顔に、指揮官は少し笑ってしまう。

 

「まさか。たった7人しか居ない仲間なんだ、大切に決まっている」

 

 ラフィーの頭を撫でた。

 

「……ん」

 

 彼女は頬を赤く染めて、笑みを作った。

 そして、指揮官は口の中で呟く。

 

「人間など、信用できるものか」

 

 それが元人間の吐く言葉だった。

 

 

 

 そして、娘のもとへ。

 

「まだ死んではいないな」

 

 直截に過ぎる指揮官の言葉は冷徹でしかない。本人としては事実を言っているだけだが、同情の感情も殆どない。

 それこそ要救助者を助けるより先にやるべきこと……”泣きわめく”という大事で、なんの役にも立たない仕事を、まったく何も完全に放棄しているのだから。

 

「はい。でも、皆もう限界で……」

 

 嘆き悲しむ彼女には怒るだけの気力もない。

 ただ、他の生き残った仲間のために、言われたことをやるだけだ。

 

「では、街を出よう。いつまでもここに居れば全員が低体温症で死に至るぞ」

 

 生存者は全員で16人。

 運よく教会に居たのがそれだけだった。

 

 それぞれ肩を貸してやって歩き出す。

 担架でも作ってやれれば良かったのだが、布などというものは残っていない。全て凍り付いている。

 力技で揉み解せば砕けるだけだから調達できない。

 

 そんなほうぼうの体で、逃げ出すように街を後にする。

 そして、後から来る冒険者たちと合流した。

 

 

 





基本的に人間の女が近づくと、6人が嫌がる。逆に男の場合は指揮官が嫌がるので、人間と個人的にかかわることはあまりありません。
ヒロインはアズレンの子のみです。


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第9話 エクソダス

 

 街から歩いて3時間。

 疲れ果てた要救助者たちの歩みは遅く、未だ氷獄と化した街が眼下にある。

 それでも、異常に温度が低下したフィールドからは脱出できた。

 これで、どうにか一息付ける。

 

「さて、どうすべきか話そうか」

 

 冒険者のリーダー、そして聖職者の少女と三人で少し離れた場所に陣取った。

 指揮官は木にもたれかかって腕を組む。少女は座り込んでしまい、冒険者はそんな少女を気遣ったか近くで顔を覗き込む。

 

「まあ、このまま休んでてもしゃあねえしな」

 

 よく知らんけど、と続けた。

 冒険者の彼としてはとりあえず、彼女は死にそうな顔色をしているが、別に死にそうではないことに安心した。

 

「俺には分からないが……正直に話してくれ。ここにいて魔物と遭遇する危険はどれくらいある? グレゴリー」

 

 指揮官はきちんと彼らのリーダーの名前は憶えていた。リーダーの名前だけは。

 

「いや、俺たちが居れば問題ないからその辺は大丈夫だろ。……まあ、とんでもないのを二つも見た後だと、その常識も今はどれだけ通用するかはわからんが」

 

 彼の指揮官を見る表情には怪訝なものが混ざっている。

 世界を滅ぼすようなゴブリンの軍勢、そしてそれさえ豆粒に見える恐ろしく強大な氷竜。対抗できるのはぽっと出の彼らだけなどと、できすぎたものを感じるのは仕方ない。

 関係があるかもしれないと疑っても、できることはないのだが。

 

「なるほど。だが、あの氷竜に関して考えても仕方ないだろう。ここで野営して最低限の体力を回復させてから別の街へ向かうと言うのが妥当だと思うが」

 

「だが、そこでも同じことが起きてたから……」

 

「また救助をして別の町に向かうだけだな。そもそも、集落を切り開こうにも不可能だろう。大人の男が1名もいないのではな」

 

 逆に女は5人いて、後は子供だ。

 指揮官はこの世界の暦など知らないが、敵とてわざわざ祝日を狙う義理もないのは道理だろう。

 そして、女子供だけでは開墾などできはしない。

 

「お、おう……」

 

 冒険者は厳しい自然と闘い、そして魔物と戦うからには自然と現実主義になっていく。

 それでも、指揮官のこれは度が過ぎるのではないかと思った。

 情とか言うものをまるで無視して現実的な選択肢を一つ一つ並べて、どうするかを問うだけだ。

 考えてはいるのだろうが、他人事だ。

 

「それでだ……」

 

「……で」

 

 指揮官が詰まった。

 今にも舌打ちしそうな表情だ。

 

「どうした?」

 

「悪いが、名前を聞いていなかったな」

 

 自分のミスに厳しいタイプは、実際目の前にいて機嫌が悪そうにしていたらたまったものではない。

 が、前に立った少女は視線を宙にさまよわせて憂鬱そうにしていた。

 指揮官の凶相を気に留めるだけの心の余裕すらもなくしている。

 

「……」

 

 話を聞いていない。

 

「おーい。……おーい?」

 

 グレゴリーが目の前で手をぶんぶん振っても気づかない。

 

「どけ」

 

「ちょ……ま……」

 

 指揮官は手を振り上げて目の前でパンと手を合わせた。

 

「……わ! ……え?? あ」

 

 少女はびっくりして呆然としている。

 年若さ相応のようでいて、子供のようなアンバランスな表情は魅力的だ。

 

「で、名前は?」

 

「エカテリーナ・クリュシナと申します。……助けていただいて、感謝します」

 

「ああ」

 

 指揮官に対して、それ以外になんかないのかよ、と思うグレゴリー。

 

「あの、あそこから連れ出していただいたばかりか、食べ物まで」

 

「まあ、あったからな」

 

 休憩中に水とカレーを振舞った。

 が、指揮官自身はそれを利用しているだけで自分のものなどとは思えなかった。

 しかも、勝手に補充されていくのだから元手はタダだ。

 

「……?」

 

「気にするな。で、どこに行くか希望はあるか?」

 

「え……この状況で、どこかなんて」

 

「まあ、それもそうか」

 

 どうやら、彼女には他の街に身寄りがないらしい。

 いろいろと背景を想像できるが、そこは言及しない。話したければ話せばいい。

 けれど、話してつらいことを無理に聞き出す趣味もない。

 

「なら、最寄りの街に行くしかないな。だが、ある程度の規模がないとどうしようもないが……グレゴリー?」

 

「それだと、あそこだな」

 

「良し。では、そこに行こう」

 

「即決だな! もっと考えた方がいいんじゃねえか」

 

「いや、俺は街の事情など知らんからな。まあ、他にいいところがあれば後で教えてくれ。……どうせ、この様子では1日2日では動けまい」

 

 災害直後の強行軍は冷気から逃れるためだ。

 ここでなら、移動の前に体を休めることもできるだろう。着の身着のままで、どれだけ休めるかは分かったものではないが。

 

「まあ、それもそうだが……ああ! 分かったよ! そこんところは俺が考えてやるよ!」

 

「そうしてくれ。で、エステカリーナ……何かあるか?」

 

「はい?」

 

「いや、我々が保護している子供たちや女たちについて一番詳しいのはお前だからな。何か必要なものがあったら言え。なんとかできるものならするし、できないならどうしようもない」

 

 手厚い保護か、それとも無責任なのかよくわからない指揮官の言葉だった。

 

「……ええと。あの、そんなこと私に言われても。それに、子どもたちのことなら神父様のほうが。……あ」

 

 その神父とやらも街で凍っているのだろう。

 思い出したように途中で言葉を止めてしまった。

 

「別に今でなくても思いついたら言ってくれればいい」

 

 指揮官はそれだけ言い捨てて去った。

 

「……あの人、なんなんですか?」

 

 少女の言葉にはまったく悪意と言ったものもなければ、好意的なものもない。

 完全にーー意味が分からなかった。

 

「いや、まあ……ああいう奴なんだろ。ガキどもにゃけっこう甘い顔してるぜ。いや、あの女の子たちには……かな……」

 

 微妙な顔。

 数日一緒に旅をしていてれば、よく話をせずとも指輪には気付く。

 そして、その女の子たちも過剰なスキンシップを取ろうとする。

 

「なんで……あの子たち」

 

 かすかな不快感。特に長門あたりは世話をしている子供たちと変わらない年頃に見える。

 そんな彼女たちに指輪を与えるなどと、笑い話として流せない。

 冗談だったら一生モノのトラウマだし、本気だったらそれはそれで大問題だろう。

 

「やめとけ」

 

「なんで……ッ!」

 

「気付いてなかったか? あいつら、指揮官とあんたが会うのにいい顔してねえんだよ。指揮官の方はよくわからんが、向こうは完全にその気になってるんだろうな。それに……いや、なんでもねえ」

 

 引き離そうとすれば当の本人、年端もいかないように見える少女たち自身に殺されてしまう可能性もある。

 それだけのものを感じていたし、実際に自分たちを引き裂けるくらいの腕力があるのは知っている。

 一度だけ、冗談で別行動しないのかを聞いたことがある。……少女たちには殺気を向けられた。生きた心地がしなかった。

 

「……」

 

「ま、あんたはあんたのガキどものことだけ考えとけよ。他人の事情に首を突っ込んでもいいことはねえぜ」

 

「……それは、悲しい話ですね」

 

 少女は目を伏せる。

 

 

 そして、指揮官は囲まれていた。

 

「さて、どうであったかの……? あの女とのお話は」

 

 長門はどこからともなく扇子を取り出して口元に当てている。

 それは正月衣装の一部だったはずなのだが。

 

「どちらかというと冒険者の男との話し合いになったがな。まあ、まだ呆然としていたよ。あの様子では、これからどうするかを決めることもできないだろう」

 

 とはいえ、いつものことだ。

 逃がさない、との気迫はあるが指揮官自身に疚しいことがないから気後れしない。

 あの女とは正銘、何もないのだから。

 

「これから……? 指揮官はあやつをどうするおつもりか?」

 

「適当な街に任せればいいだろう。女と子供だけでは少し不安だが、そこまで面倒を見切れない。自己責任で頑張ってもらうしかないな」

 

「……お兄ちゃん、あの人たち大丈夫かな?」

 

「さて、ね。そこは努力次第だろうさ……当面は俺たちで保護するがね。ああ……それとも、ユニコーンはあいつらと一緒に居たくなったか?」

 

「ううん、そんなことない。ちゃんと、ちーちゃんとくーちゃんともさよならできるよ」

 

 ニコニコ笑顔で言った。

 ユニコーンは子供たちと一緒になって遊んでいた。名前を出したのは特に仲良くなった子だろう。

 もちろん、さよならとは街でのお別れであり、永遠の別れなんて意味は一切含まれていない。

 

 ちなみに、艤装を解かない長門は警戒されて遠巻きにされて、それで涙目になっていた。

 

「……ゲームしたい」

 

「右に同じく、です」

 

 このラフィーと綾波は、子供たちに興味すら示さなかった。

 仕事としてはきっちりと果していたが……そこは指揮官も同じだった。

 二人にゲーム機を投げ与えつつ。(なぜか母港に在庫があった)

 

「エレバスはどう思う」

 

 仕事はしつつも皆から離れて見守るような形をとっていた彼女は何を考えているのかわからない。

 普段から分かりづらい話し方をしているだけに、余計に。

 

「ウィッチとの契約とは、望みを叶える代わりに、そのヒトの魂を永遠に離れないようそばに縛り付けること……指揮官、あなたの望み…教えて?」

 

 ふわりとほほ笑んで手を差し出す。

 彼女らしい分かりづらい言葉だが、それはきっとこういうことなのだろう。

 

「それなら、一緒に居てほしいな。……ずっと、ね」

 

 彼女の手の甲に口づけた。

 そのあと、ずるいずるいと言いながらもみくちゃにされてしまった。

 

 

 



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第10話 綾波との逢瀬

 

 

 とりあえず、2日間はこの場所で野営することとなった。

 他はその後に決めればいい。

 そういうことで、期せずして大自然の中で何もしない時間ができた。もっとも指揮官はというと、冒険者はもちろん避難民にも関わる気はないけども。

 指揮官が考えるのは艦船のことだけだ、傷心の娘なら手籠めにできたかもしれないけど、それは所詮IFの話だ。気にしないから、そんな未来はあり得ない。

 

「ちょっと、付き合ってほしいのです」

 

 そう言われて、綾波についていく。

 あいかわらずユニコーンは子供たちと遊んでいるし、長門とエレバスはそんな子供たちを見ている。

 保護者気取りだが、本来の保護者達は打ちひしがれて途方に暮れているのだから仕方ない。

 ちゃんとやれ、と言うのは簡単だ。しかし彼女たちの故郷は氷に閉ざされて、先も見えぬ世の中だ。絶望の中で、血も繋がっていない子供たちを救えと言うのは酷だろう。

 子供たちでさえ敏感にそれを感じ取り、逆に不安を忘れるかのように騒いでいる。完全に迷惑にしかなっていないが、世の中の全てが悪意で回っているはずもない。

 悪意でなくとも、人を傷つけることはある。

 もちろん、指揮官には知るつもりもないことだ。

 

「ーージン〇ウガ狩り、手伝ってほしいのです」

 

 綾波にそう言われて、草むらに座り込んでプレイする。

 黙々と狩っていると、綾波が背中合わせに移動する。ぴったりとくっついて体温も感じる。

 緑豊かな草原で、背中合わせの甘酸っぱいシチュエーションだが、やっているのはゲームというなんともチグハグ具合だ。

 

「ーー」

 

「ーー」

 

 黙々と作業を続ける。

 遅く流れる無為な時間、けれど嫌ではなかった。

 

「……指揮官、なにも聞かないんですか?」

 

 ぽつりと、それだけ口にした。

 

「言いたいことがあるなら話してくれると思って、ね。何か、話したいことがあったんだろう?」

 

 指揮官は人の心が分からないわけではない。興味がないだけだ。

 だから、綾波についてはよく見ているし、分かる。そんなものは当たり前のことだろう。身内なら気遣うし、好きな人は目で追ってしまう。それは悪者でも善人でも変わらない。

 

「はい。分かっていたのですね」

 

「遊びたいだけなら、ラフィーも誘うだろう?」

 

「……ふふ。全部、お見通しですね」

 

「そうでもない」

 

 また少し、空白が流れる。

 狩られるモンスターの悲鳴がbgmに流れた。

 

「艦船の生まれた意味は、戦うことにしかないのですか?」

 

 艦船。綾波も、そして他の子もこの姿で生まれてくる。赤ちゃんの時代、などというのは存在しない。

 ゆえに意志を持っていても、生まれた意味にはどうしても作られた目的と言うのが関わってしまう。

 好き合った男女の愛の結晶として子供が生まれる……それは艦船には遠い世界の出来事だ。

 

「……製造目的としては、そうだろう。この身体も、力も、全ては戦うために与えられたものだ」

 

 そして、ある意味ヤっちゃったから生まれた、みたいな人間らしいものでもない。

 セイレーンと戦うための戦力として生み出され、親などいない。求められるのは戦うことだけだ。少なくとも、製造を指示した権力者たちにとっては数で数えられる駒でしかないだろう。

 

「でも、綾波は戦うのは好きじゃないです」

 

「戦いは嫌いか?」

 

「いいえ。嫌い、じゃありません」

 

「……そうか」

 

「--でも、指揮官は楽しんでいたでしょう? 戦うこと、ぎりぎりの戦いで生死をかけることが好きなように見えました」

 

「確かに。……否定はできんな」

 

 苦笑する。あのときはアドレナリンが異常なほどに湧き出して、生まれてから一度も経験したことのないほどの充足感が胸を焼いた。

 それを指して、愉しんでいたと言われたら反論はできない。

 もっとも、人間だった時は片鱗すらも見えなかったから、艦船の身体を得た影響だろうが。

 

「綾波も、”そう”なったほうが良いですか? 艦船として、あなたの隣に立つのがふさわしいのが鬼神ならーー」

 

 苦しそうに胸中を吐露する。

 綾波はステータスも強力であるが、特筆すべきは艦歴の方であろう。鬼神とまで呼ばれた戦の鬼は、今もなお彼女の中に宿っている。

 だが、しかし彼女となった艦船は人の心を持っている。

 

 ゆえにこそ戦うだけでいいのか、と問う気持ちがある。

 その気持ちが大きいからこそ、ニートになったと思いきやアイドルになってみたりと極端から極端に振れるのだろう。

 要するに自分探しで色々試して、どれもしっくり来ていないからまた別のものに手を出す。

 

「……好きにすればいい」

 

 けれど、指揮官はそう言うだけだ。

 

「綾波は……綾波は二度と誰かを失いたくない。戦うと、誰かがいなくなってしまう。嫌なのです、そんなのは」

 

 想像したのか、ぽろぽろと涙がこぼれる。

 氷竜と戦った時、指揮官は狂った笑みを浮かべていても決して楽勝ではなかった。むしろ、綱渡りで……文字通りに落ちたら死んでいた。

 最後に落ちたのは、ゴール後だからリカバリーが効いただけの話。

 口さが悪い者なら生き残ったのは運が良かっただけと言うだろうし、客観的にその見解が間違っているとも言いきれない。

 

「絶対、嫌なのです。綾波は、どんなことがあっても指揮官のもとへ帰るのです、でも、指揮官がいなくなったら……綾波は……!」

 

 ゲームの中で、彼女が操作するキャラが死んでいた。

 

「気にするな」

 

「……え?」

 

「ああ、今のはおかしいか。なに、気にしすぎるなと言いたかった。我々の製造目的は戦うことだが、別に戦うことが好きになれずとも構わんだろう。義務は果たすものだが、縛られるものではない。……なにか、別の生き甲斐を見つけた方が張り合いも出るというものだろうさ」

 

 指揮官はゲームを横にやった。

 

「それでいいのですか? 私たちは戦うために生まれた艦船なのに、別のことに夢中になっても」

 

 ゆれる瞳には涙が浮かんでいる。

 よほど、悩んでいたのだろう。

 

「夢中になりすぎて義務を放り出せば、ダメ艦船だがな」

 

「……ふふ。一日20時間ゲームをしてたら、ダメ艦船になってしまいますか?」

 

「ああ、ダメ艦船だな。だが、綾波がそうなるなら養ってやろう」

 

 さらりと言い放った。

 

「ーーッ!」

 

 彼女はびっくりして、飛び上がった。

 不意打ちで、顔が赤くなってしまう。彼女の薬指に光る指輪は望んで受け取ったものだから、少なくとも綾波にはあれほど幸せなときはなかったから。

 

「指揮官、それは卑怯です」

 

 一緒に居られるならそれもいいな、と思ってしまう。

 

「そうか? ……いや、まあ、その通りだな」

 

 もちろん、すれ違っている。

 綾波のほうは言うまでもないが、指揮官としてはなぜか湧いて出る食料を渡すくらいで養うは言い過ぎだと思った。

 まるでヒモが食べ物を分け与えているみたいな情けなさがある。

 

「……変なこと、聞いてもいいですか?」

 

「どうぞ」

 

 綾波はいまだに無意味にボタンを押し続けている。

 ゲームに夢中になっていると言うポーズ。実際はゲーム画面なんて見ていないのに。

 

「指揮官は、大きな……いえ。普通のおっぱいはどう思いますか?」

 

「……? いや、普通なら普通だろう?」

 

「聞き方が悪かったのです。指揮官は平坦なおっぱいが好きでしょう? それなら、綾波は少々育ちすぎではないかと、そう思ったのです」

 

 悲しそうにぽよぽよと自分の胸をもむ。

 綾波はどう言いつくろってもロリの外見だ。だが、胸はほどほどに育っている。横から見えてしまうような服を着ているからよく分かる。

 

「ーー。ーー。ーーロリコン扱いは確定か?」

 

 指揮官はやっとのことで声を出した。

 

「え? だって、結婚した子は駆逐艦みたいな子ばかりじゃないですか。ユニコーンはもちろん、エレバスだって駆逐艦扱いされたことはあるはずですよ。長門はまあ、あれでも特別なお方なので面と向かって言われることはありませんが」

 

 まあ、とどのつまりは全員駆逐艦で、ロリだ。

 艦種が違っても外見は同様なのだから、言い訳はできない。

 

「いや……まあ、そうだな」

 

 それでも、指揮官は言い訳を探して視線を左右に泳がせる。

 

「まあ、ユニコーンも胸は大きいですけど、一番子供っぽいのは彼女ですし。だから、ちょっと心配なのです」

 

 綾波は本当に悩んでいるような表情だ。 

 

「……そうか」

 

 指揮官は動揺でまともに話を返せていない。

 

「あ、でも実はそんなに心配してないのです。指揮官、よく綾波のおっぱい見てるのです。綾波のも対象内ですよね?」

 

「……ッ!」

 

 絶句した。

 

「あれ? どうしたのです? なにかありましたか?」

 

 ぐるっと正面に回り込んできた。

 下から覗き込むような彼女は、服が前に垂れて先っぽが見えそうになっている。

 けれど、本人は本気で心配しているだけだ。

 

「ーーッ!」

 

 なんとも無防備で、何も考えていない無邪気な表情。とても魅力的だった。

 襲ってしまいたくなるくらいには。

 

「……指揮官?」

 

 甘い香りがする。

 触れそうなほど近くに唇がある。

 

 誘惑に心が動いて、そして。

 

「ーーッ!」

 

 欲望にあっさりと屈して彼女の唇を奪った。

 たっぷりと1分間は味わって、彼女を離してやる。

 

「……あ。もう、終わりですか……?」

 

 とろんとして見上げるその瞳に欲望がうずいて。

 

「ーー」

 

 思わず押し倒してしまった。

 

「……指揮官。あの……どうぞ?」

 

 戸惑ったように揺れる瞳。けれど、嫌がってはいなくて。

 むしろ、もっとしてほしいと、端で小さく指揮官の袖を引っ張っている。

 

「そういうこと言うと、酷いことされるぞ?」

 

 嗜虐心、欲望その他……指揮官は特に抑える気はなかった。

 人として最悪だが、指揮官の価値観はそこにはない。この子たちが喜べばそれでいいーー今回は自分の欲望だが。

 呼吸と共に上下する小さいが、しっかりと存在を主張する胸を掴んだ。

 

「ーーわ」

 

 彼女は少しだけ、驚いたように目を見開いて。

 

「よくわからないけど……ちょっと嬉しい、です」

 

 心地よさそうに目を閉じる。

 指揮官はそうしている間にも彼女の身体に好き放題をしていく。

 

「指揮官は、嬉しいですか?」

 

「……」

 

 言葉も返せないくらいに夢中になっていた。

 

 綾波もそれを見て、笑みを浮かべる。

 

 

 




 指揮官がとうとうロリに手を出したお話。


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第11話 十二神将襲来

 

 

 いつものごとく、夜は6人で集まっている。

 もっとも、変なことはしていない。指揮官としても何しても嫌がられることはないだろうと思っているが、そこまではっちゃける気にもなれないからだ。

 倫理観よりも、人間だったころの小市民的な臆病さが尾を引いている。艦船としての戦闘本能が前面に出る命の取り合いとは違うから、うまく行かない。

 なお、頭を下げて綾波には一夜のことは秘密にしてもらっている。おかげで平穏な日々を過ごせている。

 

 今日は木に背中を預けてまるで悪の組織のような雰囲気で話している。

 この雰囲気は6人も楽しんでいる。欲を言えば、屋内ならより良い感じになるだろうが。まあ、今は野ざらしでもしょうがない。

 

 --議題はもちろん、避難民の今後をどうするか、だ。

 

 脱出してからすでに3日が過ぎた。

 食事を与え、有り余る腕力によって拙い寝場所を整えた。幸いにして雨は降らなかったから、雨風すら防げなくても問題はない。

 艦船に至っては、雨くらいで参るほど人間ではない。

 けれど。結局、救助した者たちは動こうという気概さえ見えないという有様だ。

 彼女たちは現状に甘えて、ずるずると結論を先延ばしにしている。

 

 動かないと助かるものも助からない、などと正論を吐く輩は居るのだろうが……実際、では”動けば助かる”かというと、そんな甘い話があるわけがない。

 もちろん、人間の身体は自然環境に放り出してそのまま生きていけるようにはできていないから、死にはするのだがその言葉に間違いは一つもない。

 いつの世も正論なんてものは、正しいだけで誰かを救いも助けもしないものだ。

 氷竜に故郷が滅ぼされたからといって同情する人間は居ても、では支援をなどということをやったりはしないのは残念ながら普通の現実だ。

 正しいの正しくないのはおいて、現実では大体”そう”なる。

 

 それこそ、ここから別の街までたどり着いたとしても、また別の試練が襲い掛かってくるだけだ。

 助かる保証は何もない。むしろ、襲い来る苦難を超え続けなければ生き残ることすらできはしない。

 生きていられるだけで幸せだ、なんて悟りを開ければいいが、やはり住も食も満喫してこそ人間は幸せを感じられるというものだろう。

 茨の道を進むくらいならば、いっそここで朽ちるなどと言い始める人間は必ずいるはずだで、それは責められないと言うお優しい人間は決して異端ではないはずだ。

 

「ーーまあ、予想できたことだな。しかし、選ぶのは彼女たちだろう」

 

 指揮官はそう漏らす。

 全ては自己責任、その道を選んだのならその最期は受け入れるべきだろう。

 とはいえ艦船としての立場で言えば、ここで釘付けにされるのは悪手だった。指揮官はこの空間はセイレーンが関わっていると根拠もなく信じている。

 そいつらの思惑通りに動かなければ存在ごと消されるから、向こうの期待を凌駕するくらいでなければ……彼女たちと一緒にはいられない。

 ここで足踏みなどしていられない。生きていれば次から次へと試練が襲い掛かってくるのは指揮官にとっても同じこと――と信じ切っている。

 次の十二神将を殺さなければ、明日も生きていることを信じられないから。

 

「奴らの時間間隔など知らんしな。……だが、避難民達は3日も動けないなら、もう動くこともできないだろう。明日で決めてもらうか? 進むか、留まるか」

 

 他の6人はただ頷いた。

 指揮官には避難民の明日にも、現地人の未来にも興味がない。そして、艦船たちは指揮官の決定に異を唱えるつもりがない。

 実際、この子たちが異論を唱えてしまえば指揮官かはあっさりと方針を変えてしまうだろう。

 そして艦船たちにしても、殺せと言われたらどうするかなんて、絶対に下されない命令については考えない。けれど逆に、見捨てるも同然のことを言われても涼しい顔をしている。

 子供の姿でも、子供ではない。戦略的な視点を持っているということは、人の命を数で考えるやり方を知っているということでもあるのだから。

 

「ーー各自、好きにすればいい」

 

 そんなことを言いつつも、指揮官はこの6人に対してはは想いを捻じ曲げようが一緒に居てもらう腹積もりだ。

 そのためならどんな労苦も惜しまない。

 

「……む?」

 

 けれど、そんな考えも全ては無為。

 避難民がどうしたいか? ここに留まって穏やかな死を選ぶか、苦難に満ちた脱出(エクソダス)を選び無限の試練の道を進むか。

 彼らは消極的に楽な前者の道を選んでしまったとも言えるが。

 つまり、この場合は強制的に後者を押し付けられることもある。

 

「……ふふ。皆さん、お揃いで。随分と仲が良くてうらやましいことですわね?」

 

 次の試練がーー美しく、幼い少女の姿をもって現出する。

 

「ええ……そんな生ぬるい関係をどうして続けていられるのか。とても不思議です」

 

 ぽーん、ぽーん、と器用に片手で3つの玉をお手玉している。

 地面に着きそうな長いスカートにはたっぷりとフリルがあしらわれて、腕にも手が隠れるほどのフリルの塊。そして日傘ーーそう、夜なのに日傘を差している。

 全てが赤く、朱く、紅い……深紅(スカーレット)の幼女。

 見慣れたということもあって艦船かとも思うが、禍々しい気配がそれは違うと物語っている。

 

「なるほど。試練を乗り越えた先にあるものは試練以外何もなく、降りれば朽ち果てるのみ……か。まったく物語を演じるのも苦労する。心休まるときもない。世界に監視者(オブザーバー)なんて者が居たとしたら、君が代わりに文句を言っておいてくれないか?」

 

「あらあら。あなたはお(ぬる)いのがお好きで? あの時のお顔を見るに、血と暴力にしか興味のない方かと思いましたわ。けれど、十分休めたでしょう……次の戦争を、次の殺戮を行使するのに十分すぎるほどの時は与えましたわ。泣き言は耳に入りませんの」

 

 指揮官は、こいつらはセイレーンの「オブザーバー」を知らないと看破する。

 話に乗って来たが、そいつには言及しなかった。代わりに何らかの手段で監視しているのもほのめかされた。

 知らされていないのか、それともーーこいつらもまた、観察対象であるのか。指揮官は目を細める。

 ……どちらにせよ、殺すだけだ。

 

「……で、それは何をしている?」

 

「ふふ。見てわからない? ……お手玉よ。ちょうど手ごろなのがありまして、ちょっとお借りしましたの」

 

 彼女が放る3個のお手玉、それは見張りに出ていたはずの冒険者の首だった。

 彼らの後ろから殺気が膨れ上がる。

 強烈な踏み込みが地面を揺らす。……二つ。

 

「貴様ーーよくも、俺の仲間を!」

 

「くたばれ! 化け物ォ!」

 

 見張りでないから生き残った冒険者が、地を蹴った。

 憎しみを力に変えて一直線に。だが、悲しいかな。……その程度では決して届かない。

 人間ごときではどれほどの研鑽を積もうと決して敵わない。ましてや、力を合わせるべき仲間はすでに彼女の手にかかっているのだから。

 

「やめろ」

 

「やめるのです」

 

 指揮官、そして綾波が蹴りの一発で後方に飛ばした。

 

「おやおや、助けるのですか?」

 

 彼女はからからと嗤う。

 上位者の笑み。人間を虫けらとしか思っていない。

 

「そういうお前は攻撃してこなかったな? 紳士のつもりか」

 

「まさか。そもそも私は淑女ですわ。それにお聞きしたいこともございましたのよ? まあ、そもそも隙を狙うなんて姑息なことはいたしませんわ。……なぜなら、そんなものは弱者のやることですもの」

 

「……帰ってくれるのなら、質問とやらに答えてやってもいいぞ」

 

 憮然としているが、指揮官の雰囲気は変わらない。

 獲物を食い殺す狂犬が、牙を剥き出しにして爪を研いでいる。言葉とは裏腹に、ことを穏便に済ませるつもりがない。

 

「くふ、あはは! 随分と冗談がお上手ですのね? あなたの殺気はそう言ってはおりませんわ。殺すのがお好き? それとも、強者に挑むのが流行かしらね? でも、これを殺したからなどという稚拙な冗談はおやめくださいな」

 

 そして、その殺気を受ける少女は風のごとく受け流す。

 それどころか、ケージの中の仔犬を見るような余裕に満ちた笑みを浮かべている。

 

「殺す」

 

「あら、もういいのですの? ゴミのような人間でも、あなた方にとっては保護対象だったのでしょうに、まだ離れ切っておりませんわよ」

 

 視線すら向けないが、口調は雄弁にキャンプ地を捨てて逃げ出した避難民たちを指していた。

 冒険者たちも、ちょうど蹴り飛ばしたときにそっちに飛ばした。

 ともに逃げていることは音でわかる。

 そして、彼らはまだ戦闘圏内から脱出できていない。

 そんなことは敵も分かっているからこそのこの言葉。

 

「ーー」

 

 ぎり、と歯ぎしりする。

 そいつは常に隙だらけだ。余裕か自分の能力に自信を持っているのかも分からないが、外見同様の幼女のような立ち居振る舞いだ。

 瞬きの間に心臓を抉ることもできるだろう。

 けれど、それをすれば戦端が開かれる。哀れな避難民も、傷心の冒険者も、ゴミのように吹き飛ばされることだろう。

 

「では、お聞きしますわ。……あなたたちはなぜ我らが十二神将が一、死氷降世(ニヴルヘイム)を退けることができたのか。我々はそれを知りたいのです」

 

 苦味走った指揮官の顔を見て、ころころと笑い声をあげる。

 そして、質問は答えなければあれらを殺すという脅しだ。いや、脅しという気すらもないかもしれない。

 彼女にとっては人間(虫けら)など、いつでも踏みつぶせるものでしかないのだから。

 

「……」

 

「彼は人間の言語など解する気もないでしょうから、知らないのも無理はございません。けれど、誰のことを言っているのかはお判りでしょう。そして、私は名乗りますわ。畏怖とともに我が名を刻みなさい」

 

 声を張り上げる。

 

「私こそは人の世を滅ぼす十二神将が一人、冥府門番(ヘカトンケイル)。ーー冥界に届く怨嗟の呼び声を聞くがいい……!」

 

 戦端を開く鬨の声。美しく、鈴のような音色が殺戮の幕を開演する。

 

「「……ッ!」」

 

 飛び出した影が二つ。

 指揮官、そして綾波がアイコンタクト一つで同時に強襲する。

 

「ふふ。冥府の門を前に、全ての攻撃は意味を亡くす……!」

 

 雰囲気が変わった。

 圧倒的なプレッシャーがほとばしる。……一つの戦争が始まる。

 

「その首、もらい受けるのです」

 

「貴様の能力、試させてもらう」

 

 敵を知り、己を知れば百戦危うからずは事前の情報収集だけではない。

 艦船の高速思考能力があれば戦闘中の観察で相手の弱点を丸裸にできる。集中しなければ自分の身体を自在に操ることすらおぼつかない人類では到底不可能な業。

 

(瞳は動いていない、つまりはこちらの動きを捉えられないということ。だが、逆に言えばそれであの氷竜と同クラスの存在というのだから、当然別の防御手段は持っている……!)

 

 そのまま最高速で敵の心臓を掌低の要領で叩く。 

 外見が幼女だから手加減したのではないし、ましてや胸を触りに行ったのでもない。衝撃で心臓を壊す鎧通しの殺し技。生物としてまっとうであるならば生きられるはずもない。

 けれど、敵が強大であると目するからこそ、たった一つの必殺では足りない。

 

「殺ったのです!」

 

 ゆえに物理破壊は綾波が担当する。

 高速で振るわれる剣が、敵のそっ首を刈る死神の鎌として機能する。 

 見ることすらできないのだ、防御できる謂れはない。

 ……だがーー

 

「……は! その程度ではヘカトンケイルを超えることは(あた)わない! 我が鉄壁は崩せない!」

 

 指揮官は心臓に衝撃を感じ、綾波は首への斬撃によって横に吹き飛ばされていく。

 刀も拳も、電波に音波のレーダーですら何も映さなかった。この摩訶不思議な現象は物理法則では説明不可能だ。

 そして、ゆえにこそKOの一発としては申し分ない。威力は必殺に申し分なく、意識の間隙を突かれた二人の意識はブラックアウトする。

 

「お兄ちゃん! よくも!」

 

 ユニコーンが艦載機を発進させる。

 6機編成の全力攻撃。それらは敵を狙ってまっすぐに飛翔し、そして無数の機銃がそいつを襲う。

 

「薄いわね。弾幕というのならば、せめて視界くらいは埋めなさいな」

 

 くるんと日傘を前に掲げーー全て跳ね返された。

 完全に慮外の反撃に、なすすべもなく艦載機達が撃墜されていく。

 

「……幼い魂。それでは目を開くこともできないでしょう?」

 

 彼女が視線をそらした一瞬を狙い、エレバスが砲撃を刊行する。

 反応できるはずのない攻撃だ。

 音よりも早く飛ぶそれを冥府門番(ヘカトンケイル)は知覚できない。

 

「いいえ。必要ないだけよ?」

 

 だが、やはり反射される。

 認識の有無は関係ない。この絶対防御の力は全てを反射する。

 隙が隙として機能しない。意識の間隙を突いたところで何の意味もなかった。

 

「ならば、純粋な力押しはどうであろうな?」

 

 長門、スキル発動。

 視界を埋め尽くす程の砲弾を一極集中、氷竜を退けた後も何もしていなかったわけではない。

 むしろ倒すための修練は欠かしていないのだ。

 

「それも、無駄ーー」

 

 そのまま反射された。

 

「っち!」

 

「っわああ!」

 

 足の遅い戦艦と軽空母は大慌てだ。

 けれど。

 

「ちょっとかすった」

 

「長門、重い」

 

 ラフィーがエレバスとユニコーンを、エルドリッジが長門を救助した。

 反射されるのは分かっているのだから、リカバリーくらいは用意している。

 そして。

 

「完全な防御、しかし代わりに攻撃手段を持たない、ね。十二神将……盾と矛を揃えられると厄介だな。ならば組まれる前にここで倒す。一人で死ね、冥府門番」

 

 指揮官が戻ってきた。

 基本的に艦船の防御能力は高く、そして敵の能力を警戒すれば必然的に踏み込みは浅くなる。

 ゆえに威力は8割に届かず、気絶からの立ち直りも早かった。

 

 ちなみに、殺された冒険者については論外だ。攻撃手段を持たず、身体能力もない同然でも、それでも素手で冒険者の10人や20人は素手で殺せるのが十二神将だ。

 

「鬼神モード発動……」

 

 そして、綾波。

 剣は捨て、砲身を構えている。超至近距離での射撃を刊行する。

 

「それでどうにかなるとでも?」

 

 跳ね返される。綾波は射撃地点からすぐに退避しているがあまりにも近すぎる。跳ね返された攻撃に裂傷を負った。

 

「思っているが?」

 

 指揮官がそいつの頭をつかむ。

 頭蓋が割られそうな力が指揮官の頭にかかる。全て、反射されていた。

 

「これで動きは封じたのです」

 

 そして、綾波が背後から羽交い絞めをかける。

 このまま何時間でも拘束し続けば、あとはきっちり嵌めるだけだ。

 交代すれば何日でも拷問は続く。無敵の防御能力も、攻撃できなければ意味をなさない。捕まえておけばいいだけだ。

 

「……そんな簡単な話があるわけないでしょう?」

 

 ぶん、と二人を振り回しーー木に叩きつけた。

 

 ーー拘束する力すらも反射すれば、捕えることなどできはしない。

 これが人でなく鉄ならという仮定も意味をなさない。作用反作用の法則だ。なぜなら押し返す力も反射すれば地面か、鉄かのどちらかが耐えきれずに壊れる。

 無敵の防御が、固定されている物ならば何でも壊せる攻撃能力に反転する。

 拘束できない、進軍を止めることすらできない完全なる要塞、それこそが冥府門番の恐るべき能力だった。

 

 



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第12話 十二神将襲来(下)

 

 敵の反射能力により、拘束したはずの指揮官と綾波が自分の力で跳ね飛ばされた。ボールみたいにあっさりと飛んで行く。

 

「……この!」

 

 吹き飛ばされていった指揮官と綾波を見てラフィーが激昂する。

 

「いかん! 熱くなるな、ラフィー……!」

 

 長門の静止も聞かずに盛大に砲弾を撃ち放つが、しかしーー

 

「あらあら。それで攻撃しているつもり? 生ぬるくて、あくびが出るわね」

 

 敵は暇そうにくるくると日傘を回しつつ、全ての攻撃を跳ね返す。

 

「きゃあ……ッ!」

 

 ユニコーンが悲鳴を上げる。

 反射された砲弾がそこかしこを抉るのだ。

 絶対の防壁に対し、それを叩こうとすればおのずと火力は過剰となる。のだが――彼女たちの絶大な火力が逆に自分たちの首を絞めている。

 かと言って、火力を下げるのは勝利を諦めるも同然だろう。

 

「許さない……!」

 

 さらにエルドリッジすら砲撃に参加する。指揮官や綾波を見ると勘違いしがちだが、基本的に艦船は砲戦主体である。

 地獄のような戦場に、更なる火力を投入する。現出するのは火炎地獄だ。とても生物が生存できる環境ではない。

 

「こうなれば、さらなる火力をもって制圧するまでじゃ!」

 

 そして、長門までも砲撃に参加すれば結果はどうなるか。

 ……そう、山が”抉れる”。

 

「え? え? にゃあーー」

 

 ユニコーンは状況についてこれないのか目を回している。

 そもそも軽空母なのだ、接近戦どころか遠距離戦ですらもなく、正しい運用は前線基地としてのそれ。

 砲撃戦で周囲が抉れて削れるなどという砲弾の嵐の中で、立ってはいられない。

 

「さて、私たちは下がりましょうか。あの子が提灯の光に惑わされている間に」

 

 エレバスがユニコーンの手をとって避難する。

 実は長門までが砲撃に参加したのは目くらましのためだ。

 全て跳ね返されても、跳ね返した砲弾と近くに着弾した砲弾で、どこもかしこも呼吸すら危うくなるほどの火炎と粉塵が立ち込めている。

 今のうちに各自が最大の効率を発揮できる位置に移動する。

 

「ぬーー本当に全て、跳ね返すのか……!」

 

「けれど、跳ね返すだけじゃラフィーには当たらない」

 

「あなた、嫌……」

 

 そして、艦船の攻撃は更に激しさを増す。

 当たらなければ、当たるまで撃てばいい。そらされようが、反射されようが、かまうことなく過剰な破壊を注ぎ込む。

 

「学習しないのね。……冥府門番は超えられない。あなたたちの攻撃は通じない!」

 

 彼女が小さな手を、長門へと向けた。

 その、瞬間。

 

「……む! そんなこけ脅しがこの長門に通じると思うてもらっては困るぞ!」

 

 一際大きな砲撃を撃ち放った。

 

「あなたこそ。私の異能が攻撃をただ跳ね返すだけだなんて、十二神将を舐めすぎているのよ」

 

 反射。そして軌道が捻じ曲がる。

 今まではただ撃った方向に跳ね返るだけだった。例えば撃ったのが銃弾なら、一歩右に移動すればそれだけで回避は事足りた。が……

 

「……ぬおっ!」

 

 ”これ”は違う。

 野球のボールのように、容易く砲弾の軌道が捻じ曲がる。

 まるで物理法則に反しているが、そんなものは今更だ。

 問題なのは、攻撃を反射されるということは、もっとも無防備であるはずの攻撃の直後を狙われるということ。

 

「きゃあっ!」

 

 かろうじて直撃は避けられたものの、被害は甚大だ。

 ゴロゴロと転がって、煙がぷすぷすと昇っている。何度も受ければ危ない。

 

「うぅ……また失敗しちゃった……」

 

 涙目で呟いた。

 

「よくも長門を泣かせたな?」

 

「万死に値するのです」

 

 激しい砲撃の合間を縫って飛び込んだ指揮官と綾波の二人が、手をつなげるほどの近距離で砲撃戦を開始する。

 

「おとなしく死んでおけばいいものを!」

 

 日傘をぶんと振り回した。

 能力のこもったその一撃は、たとえどんな魔法の金属でも容易に捻じ曲げる超能力が籠っていたが。

 ……そんなもの。

 

「そんなトロイ攻撃が当たる分けねえだろうが!」

 

 指揮官には当たらない。眼球狙いで石を弾く。

 

「……っわ!」

 

 そいつは思わず目をつぶる。

 もっとも、石はむなしく弾き返されるのみだったが。

 

「鬼神の力、味わうがいい……!」

 

 文字通りの零距離射撃を刊行する。

 そして、速い。跳ね返された瞬間には別の場所に移動している。

 

「ちょこざい……! あれは……ッ!?」

 

 ユニコーンとエレバスが位置についた。巨大化したぬいぐるみに二人乗りは癒されるような可愛らしい光景だが、発揮される効果は割とエグい。

 敵の顔にははっきりと面倒くさいと書いてある。

 

「ユニコーン…頑張る…!」

 

「果てなき暗黒から暗黒から逃れることはできないと知りなさい」

 

 開始するは暴虐。

 一人に向けて放たれるべきではない戦争そのものの火力。

 ただの一秒で街すらも灰燼と化す威力が、地形そのものすら蹂躙すして地獄絵図を作る。

 

「なるほど。この思い切りの良さが死氷降世(ニヴルヘイム)を撃退した秘密かしら? シミュレーションではあなたたちが勝つ確率は0.002%だった。もちろん、逃走を選んで生き残ったケースは多かったけれど、勝ってしまうなんて異常ね。でも、ここまで闘争心が強いなら……あるいはそういうことかしら?」

 

 多少、考え込んだ。

 現実逃避は欠片も含まれていない。むしろ、この火力という現実に屈する気が微塵もないからこその余裕である。

 つまり、舐め腐っているのだ、この敵は。

 

「そして」

 

 衝撃と火花のカーテンの向こうから砲塔が覗く。

 ーー砲撃。

 

「無駄ですわ。しかし……お速いですのね。……それで」

 

 背中で能力が発動した。

 ちらりと男が自分の蹴りで、自分が吹き飛ばされているのが見えた。

 

「なるほど。隙が無いのです」

 

「なければ作るまでだがな」

 

 綾波、指揮官の二人はボロボロになりながらも接近戦を実行する。

 爆破の衝撃によって丸裸になった山は爆弾と放火によって火炎の坩堝と化している。

 その中を負傷覚悟で二人が突っ込んでくる。

 わずかでも能力を切らせば死ーー物理を切ればその瞬間に拳が急所を抉り、火炎をおろそかにすれば炎が全身を舐める。すさまじいまでの殺戮空間。だが。 

 

「ーーは! 全ては無為! 何度でも言わせてもらいますわ! 我が冥府門番を超えることは能わない! ゆっくりと観察させていただきますわ。……我が同胞を退けた、力の秘密をね」

 

「そちらも必死だな、実験動物(モルモット)。ご同輩として忠告してやろう。……この世に完璧など存在しない。失敗はたいてい、下らないとしかいいようのないどうでもいいミスから始まるんだーーよ!」

 

 顔面に思い切り拳を突き入れ、突き入れた指揮官のほうが顔をひしゃげつつ飛んで行った。

 

「さあ、我慢比べと行きましょう? 戦うのは嫌いではないのです」

 

 砲火の中、荒れ狂う炎を無視して縦横無尽の軌道を描きつつ砲弾を浴びせていく。

 小さいダメージを追い続けるが、でかいのはもらっていない。

 そして。

 

「……回復? 光はーー上ですわね。忌々しい……!」

 

 綾波はユニコーンのスキルによって回復する。

 そして、回復役を先に倒そうにも彼女は上空だ。

 冥府門番は隙の無い完全防御だが、攻撃手段に乏しいという欠点を持つ。特に空の敵を相手にするのは厳しい。

 

 本人の動体視力が低いから、空の上を狙うのはそれだけで困難だ。

 軌道を捻じ曲げて反射したところで上下左右どこかに動けば簡単に外れる。

 衝撃と火炎を周囲にまき散らす砲弾は地面に当たってこそのものだ。

 

「おや。ようやく苦い顔を見せてくれましたね」

 

「そんな、素人考えが通じるとでも思いますか!?  どうせ、あなたたちごときでは私に傷一つ付けることもできないというのに!」

 

 そう、だからと言って勝ち筋ができたわけではない。

 決して負けないからこその余裕で、そこを崩せたわけではない。

 

「その時があなたの終わりなのです」

 

「減らず口を!」

 

 声の聞こえる方角に狙いを定めた。

 綾波はスーパーボールのごとく跳ね回って、位置なんて分からないが問題ない。下手な鉄砲も、数撃ちゃ当たるのだ。

 

「私はそっちにはいないのです」

 

「っく!」

 

 そちらに向けた。けれど、火のカーテンをいくらか削るだけで当たった様子もない。

 

「--破!」

 

 いきなり肘撃ちが襲い掛かってきた。

 指揮官だ。気配を消して、忘れたころに殴りかかってくる。

 しかも、自分に向けられた火力をこいつにお見舞いしようにも自分の攻撃の反射を受けて吹っ飛んでいくのだ、間に合わない。

 

「この……!」

 

 いらだちが混ざる。

 まったく状況を好きにできない。

 ここに釘付けにされ、滅多打ちにされるばかり。ダメージを積み重ねているのは向こうのはずなのだが、こうも好き放題されるのは気に喰わない。

 

(……何が狙いです? 無駄なのはわかっているでしょうに。いいえ、そうですわね。このまま続けて、私の消耗を誘う気ですか。時折混ざる物理攻撃も、能力を無限に使い続けることはできないと思っているから混ぜていると考えれば、辻褄は合いますわね)

 

 彼女は無駄なことを、と嗤う。

 確かに直接攻撃と遠距離攻撃では反射の仕方が異なる。

 直接攻撃では攻撃そのものを相手に返す。いわば空間転移と衝撃操作をノータイムでやっている。

 ただ角度を自在に変えて跳ね返すだけの遠距離攻撃とは種類そのものが異なるといっていい。

 

 けれど、それは彼女の意思で操っているわけではなかった。オンオフの切り替えはできるが、逆に強弱でさえ決められないし範囲設定もできない。

 下手に範囲や強度を設定できると漏れができる。どこからでも、どんな攻撃でも跳ね返せるのがこの能力の売りなのに、汎用性を目指した結果で欠陥を抱え込んでは意味がない。

 

 だが、この場合は逆に如何に作戦を考えようと無駄ということになる。逆に言えば応用が利かないのだ。

 そも、作戦とは相手の油断している個所に適切な戦力をぶつけることを言うのだから。

 --全てを反射できる冥府門番(ヘカトンケイル)に通用しない。

 

「……あは。見てあげますよ、あなたたちの無駄なあがき。さて、あと何時間持ちますかね?」

 

「何日でも」

 

「あなたを倒すまでなのですよ」

 

 戦火は更に激しさを増す。

 砲撃が地形そのものを変えていく。山から平地へ、そしてくぼみへと。それでも収まりきらずに大火が空すら焼く。

 火炎地獄というものがあるとしても、少なくともここよりはマシだろう。

 破壊、破壊、破壊が積み重なって轟音と熱が世界すら砕く。

 

「「「ーー」」」

 

 砲火の主、三名が衝撃と爆音と火災の坩堝を叩き込み。

 空を駆ける乙女二名が戦火に火をくべる。

 戦鬼二名が火炎の中で舞い踊る。

 

 飽きもせず、続ける。抉れ削られ、開いた穴が連なって悲惨な姿になっていく山を気にかけるものは誰もいない。

 

 ……そして叩き込まれた砲火が、万を超えようとした折に。

 

「ーーッ!?」

 

 ぐらり、と冥府門番(ヘカトンケイル)の頭が揺れる。

 瞳が虚空を映した。

 

「終幕だな、傲慢な超越者。次は異能だけに頼らず、心技体でも鍛えることだ」

 

 指揮官の手刀が心臓を貫いた。

 

「……かふっ! 馬鹿、なーー」

 

 呆然と自分の胸を見る。

 男の手が深々と埋まっていた。信じられず、何が起こったのかも分からない。

 

「殺ったのです!」

 

 そして、剣が首を狩った。

 

「……?」

 

 そして、首が飛び景色が一回転しても、彼女には自分の敗因がわからなかった。

 

「「……ッ!」」

 

 二人とも地を蹴り、殺戮領域(キリングエリア)から脱出する。

 そう……”酸欠”を回避するために。

 山を削るほどの火力があれば、当然酸素も相応に消費する。

 閉鎖空間どころか見晴らしの良い自然の地であるため、地形を変えてくぼみを作る必要さえあったが、結果はこれだ。

 首尾よく絶対の防御を切り崩せた。

 能力自体は完璧でも、扱う本人は完璧ではない。僅かな隙を突いた。

 

 まあ、もっとも、向こうが酸素を必要とする生物なのかは怪しいところがあったのが、その時は彼女が見抜いていたように遠距離の中に物理を混ぜて、殺せるまで消耗戦をするだけだった。

 

 そして、それでも無理ならば撤退するだけだ。

 何のために足の速いラフィーとエルドリッジを長門の直掩に置いたのか。いざというときに綾波と指揮官を救助して一目散に逃げるためだ。

 

 とはいえ……

 

「勝った。疲れた……」

 

「綾波、へとへとです」

 

 気の抜けた指揮官と綾波はずるずると座り込んだ。

 そして綾波はちゃっかりと指揮官に背中を預けている。

 

「終わった。……ふは。指揮官、ラフィー……ちょっとおねむ……」

 

「重桜の誇り、見せてやったぞ。……うう、ちょっと痛いののこってる……」

 

 ラフィーと長門は草原に寝転んでしまった。

 

「V(ブイ)~」

 

 エルドリッジはわざわざ走って行って指揮官に抱き着いた。元気が余っている。

 

「はうう……お兄ちゃん、ユニコーンも疲れたよ」

 

「魂の安らぎを……求める」

 

 ユニコーンとエレバスも近くに降りてきて身を寄せる。

 

 




有名な反射能力者は一方通行が居ますが、彼は酸欠になったら主人公補正で覚醒しそうですね。
冥府門番の方は気合いで覚醒しない代わりに、1週間でも数ヵ月でも戦い続けられる継戦能力が売りでした。人間は水を補給しないと1週間で死ぬのが弱点ですね。



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第13話 エルドリッジ

 

 

「……さて」

 

 気だるい身体を無理やりに起こす。

 ただ気絶するに任せて眠ったわけではない。少しばかり移動しても十二神将の追撃があれば無駄な努力だから、そのまま眠ったという話。

 十二神将の追撃があるなら場所など関係がなく、それなら多少の休息を取っておいた方がましである。

 とはいえ、最低限の休息を取ったならこんな戦場跡に残る理由もない。単純に、よく休めない。

 

「起きろ、エルドリッジ。それとユニコーン、エレバス、綾波。長門とラフィーを連れて場所を移すぞ。だが……まあ、水浴びをしたい気分だな」

 

 服がズタズタ――なのは指揮官の母港機能を使えば何とかなる。

 艦これの大破システムなんてアズレンにはないから、ゲームの戦闘では戦闘終了時まで服は破けない。

 とはいえ、これは現実だから……機能を使えば直ると言うことになったのだろう。もちろん戦闘中でできることではないが。

 とはいえ、髪や服の中まで入り込んでこびりついてる灰と煤はどうにもならない。

 

「眠い」

 

「うう、お兄ちゃん。ユニコーン、もっとやすみたい」

 

 エルドリッジとユニコーンは目をこすって、とても眠そうにしている。

 まるで子供が泥まみれになるまで遊んで、そのまま寝てしまったみたいな様子だ。もちろん、彼女たちにもとても頑張ってもらったのだが。

 

「駄目よ。そんな煤まみれで」

 

「そうなのです。あまりにも汚いと、指揮官にも嫌われますよ」

 

 とはいえ、それは許されない。

 あまり年の変わらない子供に見える長門と綾波がたしなめた。性格の違いか、こういうのを見ると指揮官としては面白くなる。

 

「水浴び、する」

 

「ユニコーンも、がんばって起きるよ」

 

 そして、残りの二人も回収し……ついでに避難民たちも回収して、湖へと。

 艦船の能力があれば、水場を見つけるのは容易い。

 ただし、足が速いから避難民より先に着くのも止む無し。そういうわけで。

 

「俺は向こうで入ってくる」

 

 指揮官は学習した。

 このまま話していると、どうせ全員で入る羽目になる。倫理感に薄い指揮官でも、それがマズイことくらいは分かる。

 だから、先手を打って一人で行動する。

 エレバスと長門と手を離すのはかなり惜しかったが……まあ、仕方がない。ちなみに、順番で適宜入れ替わっていた。

 

「……」

 

 無言で服を脱ぎ、無言で水を浴びる。

 特に独り言を言う趣味もない。火炎の真っただ中にいたために汚れも相当酷いことになっている。

 艦船の機能のために旅の汚れとも無縁であるが、さすがに浄化能力の限界を超えていた。

 

 どうせある程度落ちれば浄化能力が何とかするだろうとあたりを付け、適当に済ませる。

 さて、もういいかと適当に見切りをつけたころに。

 

「指揮官、見つけた」

 

 一糸まとわぬエルドリッジがやってきた。

 しかも指揮官以上に適当で、ところどころに灰と煤が残っている。

 

「……いや、おい」

 

 頭を抱える。

 頭の隅で誰か止めなかったのかとぼやく。

 まあ、そんなときでも視線はエルドリッジの身体を凝視しているのだが。

 

「……だっこ」

 

 そして、彼女は自身の状況に一切頓着することなく両腕を広げて全てさらけ出す。

 まあ、意図自体はポーズの通りに抱っこしろと言うことなのだろうが……全て見えてしまう。

 

「――もういいか」

 

 考えても仕方ないので指揮官は悩むのを止めた。

 どうせ、何をやってもエルドリッジが悲しむことはないだろう。そのくらいは、これまでの生活で確信している。

 なにせ”指輪”も渡している。役得と言うことにしておけばよいだろう。

 

「むぅ。……指揮官、きいてる? だっこ」

 

 頬を膨らませて不満げにしている。

 ここまで無邪気な子に、指揮官も反応は……まあ、するが。

 

「ああ、分かった」

 

 とりあえず抱き上げて水に入れる。

 とりあえず、洗い残ししかない頭を洗ってやる。

 

「えへへ。くすぐったい」

 

 そんなことを言いながら無邪気に笑っている。

 他の箇所も洗う。まあ、本当に大事な部分は汚れていない。さすがは艦船の服と言うべきか。

 言ってしまえばアーティファクトか何かの類だろう。

 

「……指揮官、指揮官。高いの―」

 

 遊んでもらっていると勘違いしているのか、とても楽しげである。

 色々と感触を愉しんでしまった指揮官は少し罪悪感を抱いた。

 

「……ほら」

 

 お望みの通りにしてやるが、ほどなくして気付いた。

 ”高い高い”を全裸ですると凄いことになった。もちろん、エルドリッジは全く気付いていない。無邪気なものだ。

 

「わー。たかい。たかーい」

 

 きゃっきゃと喜んでいる。

 

「まったく、お前は無邪気だなエルドリッジ」

 

「えへへ。指揮官、好き」

 

 やっぱり何も身に着けていないのに、抱き着こうと腕を広げている。

 まるでキスをねだっているようにも見えて。

 

「こういうこと、知っているのか?」

 

 指揮官はエルドリッジに顔を近づける。

 エルドリッジははてなマークを浮かべている。

 

「……なぁに?」

 

 それでも、ニコニコと笑顔だ。

 指揮官に何かされることなど想像もしていないような。もしくは何をされてもいいと受け入れているような。

 

「キスの時くらいは目をつむってくれ」

 

「……んん? ……ん」

 

 よく分かっていない顔だ。だけど、目は閉じた。

 

「エルドリッジ、好きだ」

 

 キスを落とした。

 

「むふー」

 

 喜んでいる。

 

「今の、分かった?」

 

「おくちと、おくちで、ちゅー? 気持ちよかった。もっと」

 

 彼女はどこまでも無知で、だからこそ貪欲だ。

 よく知らない快楽でも、与えられたらもっともっととせがみ続ける。

 

「そう? もっとしたいんだ」

 

「……ん」

 

 もう一度、キスを落とす。

 何も知らない子供にいたずらするような背徳感。しかも、向こうまで乗り気なのだから留めるものが何もない。

 他の子も、こういう時に限って来ない。

 

「指揮官……まだ。もっと」

 

「……仕方ない」

 

 もう一度。

 

「……あ」

 

「……あ」

 

 エルドリッジが目を開けていた。

 

「……エルドリッジ」

 

「指揮官も、目、あけた」

 

 少し、空白の時間が流れる。

 

「指揮官、ちゅー」

 

「よほど気に入ったみたいだな」

 

 その後何度もキスをした。

 

 

 

――女子会――

 

 艦船たちは指揮官抜きで集まる。時折こういうことをしている。指揮官も、一人の時間がほしいと思うことはある。

 

 ユニコーンはわくわくした気持ちを抑えきれない様子で聞く。

 

「どうだった? エルドリッジちゃん」

 

「ん……キス、された」

 

 わあ、と湧く。

 艦船6人で集まっておしゃべりに興じていた。話題はもっぱら指揮官のこと。

 全員指輪を持っているのが良かったのか、とても仲が良い。

 

「いいな、いいな。綾波ちゃんもしてもらったんでしょ?」

 

「ええ。あと、おっぱいも揉まれました」

 

 くすくす笑う。

 余裕がにじみ出ている。この6人が居れば逃がさないという肉食獣の笑みでもある。指揮官が他の人間に興味がないというのも良い様に作用しているのだろう。

 

「いいな。ユニコーンも、してほしいな」

 

「まあ、指揮官は複数だと気後れするようなので。どこか二人きりになれれば、すぐに手は出してくれると思いますよ。あまり誘惑に強くもないみたいです」

 

「そうだね。ときどき、ユニコーンもおっぱいに視線を感じるし」

 

 色々と筒抜けの指揮官であった。

 

「うむ。まあ……綾波は色々とこぼれそうな格好をしておるしの」

 

「長門の言えたことですか。そんなネグリジェみたいな格好で外を出歩いているくせに」

 

「なんじゃと。これは重桜に伝わる由緒正しき装束なのじゃ! 決して変な、えっちい服ではない!」

 

「でも、長門は指揮官の前でお尻見せてるでしょ」

 

「にゃ! にゃにゃ……にゃんのこと……」

 

「動揺して口調が崩れてますよ」

 

「ええい! 綾波とて指揮官の前で、無意味によくかがんでおるではないか! そんなに見せつけたいか!」

 

「うぐ! いや、それはですね。指揮官の目線を誘導するのが楽しいと言うか……」

 

「そんなに興奮しない。……みんな、やってる」

 

「うむ……それだとラフィー。ぬしもやっておるということか? 普通にだらしないだけかと思っておった」

 

「……他の人の前ではちゃんとして。見せてない」

 

「ねえねえ、エルドリッジちゃん。指揮官とのキス、どうだった? 甘かった? レモンの味、した?」

 

「……よくわからない。でも、もっとしたい」

 

「ユニコーンもしたいなあ。一緒にお風呂、入りたいなあ」

 

 とりとめのない話が続いて、夜は指揮官のところに押しかけた。

 

 



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第14話 騎士団との接触

 

 

 艦船は昨日の激戦を微塵も感じさせないほどはつらつとしていて、服も旅路の最中と思えないほどに奇麗にしてある。

 もちろん艦船であるための恩恵だ。

 多少と言うに奇抜に過ぎて、さらに子供のするべき格好でもなかったが。

 

 一方、避難民……こちらはもう心身のショックも合わせて旅をできるような状況とはとても思えない。

 そのまま家を焼け出された後に行く先のない放浪者だ。

 

 そして、冒険者の残された二名。姿こそ魔法の付与された服のおかげで小ぎれいなものだが、目は避難民同様に死んでいる。

 仲間が死んだのだ、その事実を受け止めきれてない上に、二人では冒険者を続けるのも難しいだろう。

 もはや、ここから何かをしようと言う気も起こらない。

 

「……まず、ここから動かすこと自体が難しいか」

 

 指揮官は当の避難民には聞かせられないことを考える。

 まず、一つ目の選択肢としてはここで見捨てるということだ。むしろ、一番妥当な方策だろう。ここで死ぬのが望みなら、自由にさせてやればいい。

 けれど……この場合、艦船が嫌がるだろう。否とは言わずとも、思うことはあるはずだ。あくまで指揮官の目は6人にしか向いていないから、ここに留まることが下策でもこれは選べない。

 本来なら、十二神将を野放しにできないから、この選択肢以外はあり得ないのだが……

 

 逆に、二つ目の選択肢は、ここで生活基盤を整えること。

 しかし……まあ、こちらもありえないだろう。やはり十二神将を野放しにできない。この世界の人類とコンタクトを取ることは最低条件だ。

 十二神将の目的は人類殲滅と言っていた。指揮官が考えているように全てがセイレーンの実験だったとしても、やはりここで動かないのはないだろう。

 というか、もし残って避難民のために生活基盤を整えたとしても、完全に無駄だ。艦船にとってはそんなものなくても問題ないし、セイレーンもそれの向上には興味がないだろう。

 

 ゆえに、選ぶのは三つ目。

 恰好だけでいいから一つ目を行い、実際にやるのは二つ目だ。現地人類との接触時に言及しておけばそれでいいだろう。

 指揮官は見た目だけ取り繕う悪癖があった。

 

「……まともな勢力があれば、ここに調査隊を派遣するはずだな。ユニコーン、艦載機を飛ばして調べてくれ」

 

 つまり、何かしらここに向かっているはずとの予想を頼みにして、そこと接触する。

 一つの街が氷漬けになり、そして山が削り飛ばされた。

 これで何かしらの調査隊を送らなければ、上に立つ者としては無能だろう。十二神将の襲撃がもしあって、それの対応に追われていたとしても――ここは異常だ。

 十二神将規模の破壊が二度もある。一度は良いとしても、二度は異常だ。

 

「……あ! 見つけたよ、お兄ちゃん。ユニコーン、えらい?」

 

 嬉しそうに聞いてくる。

 データはダウンロードしたから位置は分かる。艦船はこういう時便利だ。口で言うか、何かに書くかしかない人間とは違って正確で早い。

 

「ああ、偉い偉い」

 

 頭をなでてやる。

 ユニコーンは嬉しそうにしながらも。

 

「ご褒美はキスが良かったな」

 

 と呟いた。

 

「何か言った?」

 

「ううん、なんでもないよ、お兄ちゃん。それよりも、どうするの? けっこう高度取ってるから、気付かれてないみたいだよ」

 

「そうか。……なら、警戒させることもないな。艦載機はそのまま上空で周回。皆で会いに行こう」

 

 ここで布石をしっかり置いて行く限り、やはり指揮官は指揮官だった。

 人間不信は人間の時から治っていない、というより……まだ残る人間性がそれなのだから笑えない。

 

「……了解」

 

「うむ。……エルドリッジ? さすがに指揮官と手を繋いでくれるなよ」

 

「……え?」

 

「エルドリッジちゃん、さすがに相手の人もいるから。……ね?」

 

「じゃあ、途中まで」

 

「うん、途中までなら問題ない」

 

 さらっとラフィーまで参加し手をつなぐ。

 

「……まあ、いいが。とりあえず見える距離になったら離してくれよ」

 

 緊張感に欠けるメンバーだった。

 

 

 そして、艤装を付けたまま交渉へと望む。

 

「止まれ!」

 

 魔法で拡声するまでもない大声が届いた。

 それを威厳と言うには十分だろう。怒鳴られて委縮するのは、誰でも経験したことがあるものだ。

 もっとも、艦船にとっては恐れることなど何もない。物理法則から外れるレベルの大声だが、そもそもここは異世界だ。不思議はない。

 

「……ふむ」

 

 怖くはないが……逆に、艦船でも拡声器機能までは持っていない。

 向こうに無線を受け取れる設備でもあれば楽だが、そんなものは持っていなかった。おそらく、魔法的な手段で解決しているはずだ。

 テクノロジーとしての体系が違うから、互換性も何もあったものじゃない。

 

「聞こえ――ないだろうな。少し、参るな。……大声を出すのは趣味ではないのだが」

 

 一応、止まる。

 横に並ばせたこの子達の砲身も空に上げさせる。いわば万歳の格好だが、動いた瞬間撃てるのはまったく降伏なんてしていない。

 

「ーー」

 

 次の言葉が降ってこない。

 どうやら、大人しく命令を聞いたのは向こうにとっても予想外らしい。

 槍を向けて、ビクビクと警戒していたから。まあ、氷竜を相手にこんなことをすれば漏れなく氷漬けになるだけだから仕方ない。

 それでも上に命じられればやらなくてはならない下っ端の悲哀か。

 ざわざわと声が聞こえてくる。もちろん艦船であるからには声も拾えるが……聞く価値もない。

 しょせんは戸惑いと疑いの声だ。

 

「……まあ、待ってようか。すぐに雑談も終わるだろう」

 

「指揮官、普通に話していると言うことは、逆に向こうは集音マイクの様な装備を想定してもいないと言うことでしょうか?」

 

「綾波、大分俺の思考を読めるようになってきたね。まあ、その通り。けれど、それだけでないね。拡大して観察してみな、あの上官さんをね」

 

「……あ、何か付けてます」

 

「集音マイクはなくともヘッドホンはあるようだ。けれど、電波ではない……おそらく魔法で代用しているのだろうね。魔法によって発達したテクノロジー、興味がなくもないが」

 

 ちなみに、指揮官は集音マイクがないのは魔法的なテクノロジーの欠陥と見抜いている。

 要するにノイズキャンセリングができないのだ。いくら耳を強化しても雑音に紛れてしまう。

 音紋まで照合できる艦船とは違う。

 

「そうですか? でも、技術者さんがいないと解析も複製も不可能でしょう。もらっても意味がないと思いますけど」

 

「帰る手段も見つけていないしね。ま、こいつは個人的な興味だ。ほら……向こうは話が終わったようだ」

 

 先ほどの男が10歩ほど前に出てきた。

 

「我らはレマルギア教国の第17騎士団『シュテル』である! 貴公らの所属を明かされたし!」

 

 なるほど、名乗れと言うことか。そう納得して。

 相手の期待を裏切ることを決めた。

 

「我らはアズールレーン所属、第一艦隊純白の雪姫(スノウ・ホワイト)。レマルギア教国との交渉を求める」

 

 自分たちがこの世界の勢力ではないことは分かりきっている。

 それでもなお、この所属を明らかにすると言うことは……はっきり言って敵対宣言。言葉を飾れば、中立国家としての対応を求めると言うことだ。

 そも、中立とは全ての敵に他ならない。

 

 けれど、国家に縛られたくなければ架空でも何でも所属を作ってしまうのが早い。7人と言う大所帯だから、第三者以外の選択肢がないのだ。

 そこに組してしまえば最後、国家の論理に囚われて抜け出せなくなる。

 ”中から変える”がお花畑の戯言なのは、子供でも知っている。従いたくなければ、入らない以外の選択肢がない。

 

「……」

 

 そして、相手は固まった。

 当然だ。アズールレーンなんて知らない。人間、知らないものを理解するのには時間がかかる。

 例え、単純に本当に知らないだけでも、知らないことを理解するためには時間が必要なのが大人と言うものだ。

 

「さて、声を張り上げるのも少々辛い。そちらに行っても良いかね? それとも、そちらが来るか……私としてはどちらでもかまわんがね」

 

 そこから畳みかける。

 どうせ、譲る気など僅かたりともないのだから。

 

「……ッ! 良いだろう、近くまで来るといい」

 

「礼を言う」

 

 3mほどの位置まで近づいた。

 

「……貴様らの所属は、その……アズールレーン、とやらで間違いがないのか?」

 

「ああ、間違いないな」

 

 さらりと言う指揮官に、相手は目を白黒させていた。

 こいつ、もの狂いかとも思うが……連れている相手が滅茶苦茶だ。

 今すぐ保護が必要な年齢の少女に過激な服を着せて愉しむ変態というのが第一感想だが、少女たちの殺気が尋常ではない。

 しかも、背負っているのは魔道具か何かだ。

 

 魔法だろうが科学だろうが、究極に至れば同じという言葉があるように、それは一目でわかる魔法の武器と化していた。

 当然だろう、それは現代技術と言うよりセイレーンの技術なのだから。

 

「……そこの、娘たちは」

 

「部下だな。特別な関係でもある。勘違いするなよ? 第1と名前の付く通り、我が艦隊はアズールレーンの中でも特殊だ。そもそも3つの陣営が入り混じった艦隊など普通はありえない。4つか2つはあったとしても、3だけはない」

 

 全てははったり。というか、そもそも指揮官はアズールレーンの……アズールレーン世界の仕組みを知らない。

 第1もただのゲームの話で、そこに特に意味はなかった。ねつ造である。

 

「特殊……?」

 

「とはいえ、あなた方もアズールレーンについては知らないようだな。まあ、しょうがない……こちらも、そちらのことは把握していなかったしな」

 

「どういう……ことだ……?」

 

 彼は混乱しすぎで敬語を取り繕うことも忘れているようだ。

 

「この大陸のことは知らなかったと言っているのだよ。正しくは、こんな欧州の辺境になど……ということになるがね」

 

 どうせ交渉で勝てるわけがないのなら、全てを煙に巻く。

 指揮官は己の交渉力に変な期待は一切抱いていない。そして、相手の善意にも欠片も期待していない。

 ならば、やりやすくするために事実と、そしていくらかのねつ造を混ぜて……徹底して情報過多で叩き潰して説明はしない。

 

 喉から手が欲しいほど求めている情報さえ、ユニコーンに無理をさせて艦載機を飛ばせばどうとでもなる。

 艦載機は落とされても資源を喰うだけだ。その資源ですら自然回復していくのだから、本当に国からの支援は不要である。

 

「……な! なにを!」

 

 馬鹿にされたと思って激昂しかける。まあ、辺境にいい意味などない。

 けれど、ガシャリと砲塔を鳴らされては正気に返るほかない。

 少女たちの冷たい目線はずっと変わらない。同盟国でない軍隊に向ける視線などこんなものだ。

 本人たちにとっては、指揮官と敵対していないのだから殺気も向けていない。……今は、まだ。

 

「ここには、死氷降世(ニヴルヘイム)が来ていたはずだ。奴をどうした?」

 

「知らないのか?」

 

 はん、と嗤う。もはや挑発のレベルである。

 指揮官にとってもこの交渉は難しい。落としどころすら見えていない。

 とはいえ、爆発させてイニシアチブを取ろうと言うわけでもない。単純に引けないラインから一切引く気がないだけである。

 妥協も譲歩もする気がないことをこれ以上ないほどに分かりやすく示している。

 

「どうしたと聞いている!?」

 

「どうしても俺の口から言わせたいのか? 別にそんなものはどうでもよいのだが……で、撃退したが、それがどうかしたか。確かに君たちの戦力では囮にすらならんだろうがな」

 

 これは事実だ。

 そもそもが時速30kmでしか移動できない騎士団が、1000人集まったところで脅威にはなりえない。

 それくらいの身体能力なら冥府門番(ヘカトンケイル)ですら持っていた。

 もちろん、前世に照らし合わせればフルプレートの行軍が時速30kmなどありえないし、なんならマラソンですらあり得ないのだが。

 

「……っ!」

 

 彼はなめられたと思ったのか、顔を真っ赤にする。

 一瞬、目を逸らす。指揮官たちの強大さ、山の消滅と現実的なことを考えているのかもしれないが……

 

「総員抜刀! 我らを愚弄するのなら、命が代価であると知れ」

 

 引けない一線は向こうにもある。

 相手がただ愚かだから間違ったことをするなどと、それは楽な結論だが現実にはありえない。

 我も人、彼も人なのだから……考えた末の結論で、論理もあれば事情もある。

 他人事だから、事情なんて知ったことではないから、”それは間違っている”で済ませてしまえる。

 

「……まさか。事実だろう」

 

 つまり、分かっていても”退けない”。

 面子と言うのはどこまでも重い。なぜなら、舐められてしまえばそれで終わりだ。ずっと舐められ続ける。

 どこかでガツンとやる必要があるのだが、しかし、それは第三者に言わせると「感情で動いて馬鹿だなあ」となってしまう。

 

「この無礼者どもをひっとらえよ!」

 

 だから、彼は絶望的な戦いに身を投じる。

 部下を引き連れ、地獄へと真っ逆さまに落ちていく。

 

「総員、艤装解除。遊んでやれ」

 

 そして、指揮官は逆の命令を出すのだった。

 

 

 

 



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第15話 制圧

 

 

 部下の後ろに隠れて震えるのが最悪の指揮官と言うのなら、彼はあくまで上等だった。

 指揮官、そして艦船たちをなめてはいるのでは決してない、ただ退けない事情があるから強大な敵にでも立ち向かう。

 勝てる可能性がないと頭では分かっていても、”勝たなければいけない”のだから選択肢は勝つ以外にないだろう。……たとえ、それがはたから見て馬鹿がヤケを起こしただけだとしても。

 彼は、きちんと考えてその結末を選び取った。

 

「我ら第17騎士団、星の輝きにこそ主の導きあれ! 星の瞬きこそ我らが生き様、我らが信仰! いざ、ご覧あれ! 解放(リリース)……星剣(スターセイバー)、フルバースト!」

 

 装飾の施されたきらびやかな剣を抜き放つ。

 魔法の武器だ。隊長格が与えられる魔法の武器は甘くない。油断すれば強力すぎる神剣の力が術者を焼く。強力だが、それに応じたリスクがあるのだ。

 そして、”それ”は余禄に過ぎない。

 ただの踏み込みが地面を揺らす。ただの人間が音の壁を突破して疾走する。

 

「……ふむ。少し、試すか……が、傷付けても折っても面倒になるか。それも面倒だ」

 

 指揮官もまた足を踏み出す。

 向こうの指揮官との一騎打ちのような形になってしまった。

 好都合とはいえ、別に指揮官の指金ではない。

 

 艦船に艤装解除を命じたのは、数十人分の肉片を見たら艦船がショックを受けるだろうと言う、指揮官の勝手な気遣いだったのだが……他の騎士たちは丸腰になってしまった少女に槍を突き付けるのが気が引けるようだ。

 だから、結論はここで決まる。

 昔ながらの男同士の一騎打ち。ああ、なんとも上等な話ではなかろうか。

 

「行くぞ、人の誇りを見せてやる」

 

 彼はあくまでまっすぐにただ前だけを見据えて進む。

 人としての誇りを掲げるように。

 

「来るがいい、人間。大言を吐くならば、まずは力を示せ」

 

 指揮官は構えも取らずに人間を迎え撃つ。

 それはまるで魔王の風格だ。

 

「「ーー」」

 

 ――激突。

 

「おおおおおお!」

 

 舞い散るは星の輝き。そして、”それ”は物理的な衝撃さえ伴い敵を切り裂く。

 超高速の連撃は星の輝きとともに二重、三重に轍を刻む。つまりは斬撃の重奏で、一振りで最低3回の攻撃が”連続して”襲ってくる。

 1秒で10を超える攻撃が、避けようのない斬撃の結界が敵を喰らう。

 

「……で?」

 

 しかし、防御を上回れないのであれば多重攻撃など全く無意味だ。

 視界を埋め尽くす目隠し程度の効果しかなく……そして、艦船は目よりもレーダーを使う。

 鋼すら喰らう星の輝きすらも意に介さず、ただ拳を振るった。

 

「……ッチィ!」

 

 敵もさるもの、避けおおせた。

 身体強化は伊達ではない。しかも、腕を振った瞬間に肘関節に10連撃を入れた。

 星による追加攻撃を含めれば一瞬にして50は入った。の、だが、しかし……

 

「それだけか?」

 

 かわしにくい胴体を狙って、もう一発撃ち込む。

 ”指揮官には一切が通用しない”。敵の速度に焦って下手を踏めばまだやりようもあるが、重戦車のごとく愚直に踏みつぶそうとする体躯は切り崩せない。

 

「っく! おおおお!」

 

 敵は無理やり身体をひねってかわしたと思いきや、さらにそこからバネを使って飛ぶ。

 人間技でない上に緩急までつけている。

 よほどの達人でさえ見逃す超絶技巧が生み出すのは、瞬間移動じみた高速かつ敵の死角を突くステップだ。だが……

 

「意味がないな」

 

 艦船には意味がない。一瞬で視界から消えても、レーダーからは逃れられない。

 あくまで、それは”見る”相手へのアクションだ。360度の視界を持つ人外(艦船)に、人間相手の技は通じない。

 指揮官はそちらも見ずに無造作に拳をふるった。拳と剣が衝突する。

 

「――貴様、やはり人間ではないな!?」

 

「いやいや、あれだよ。風の音を聞くとか、殺気を読むとか言うやつだ。なあ、目にばかり頼るのはよくないな?」

 

 剣が砕けそうなほどの衝撃を受け流し、彼は距離を取る。

 武器でさえそんな有様なのに、指揮官の拳ときたら手甲も付けてないくせに傷一つさえ見当たらない。

 星剣など、探せばヒビの一つや二つは入っていそうなものなのに。

 

「繰り言を!」

 

「さて、まあ――否定はできないな」

 

 先と同じ一幕が開始する。

 星剣は強力な魔法の武器だが、しかし指揮官と比べてしまえば兵器としての完成度が違いすぎる。土台として”レベルが違う”のだ。

 それは輝く星そのものを飛ばして遠距離も行けるオールマイティな武器だが、防御を抜けなけばやはり意味がない。

 けれど、それでも諦めない。信仰にかけて、負けられない。事情がある。相手が化け物なので負けましたは通用しないのだから。

 

「これで倒せないのなら……更に加速するまで!」

 

 星剣には、これ以上の機能はない。

 ゆえに、頼るのは気合いと根性、これ以外にない。けれど、ただのそれだけで限界を超える無茶を発揮する。

 古来から言うだろう、男の武器は気合と根性、あとはやせ我慢だと。 

 つまりーー奇跡とは、意志力の発露であればこそ。

 

「おおおおお!」

 

 斬る。斬る斬る斬る斬る――

 

「……」

 

 けれど、効きはしない。無茶で通じるのは精々が120%かいくらかだ、ゆえに圧倒的な格上に対しては気合いによる覚醒など意味をなさない。

 そんなもので勝てるのは相手が弱いからだ。

 そして、そんなものを見せられる相手としてはただうっとうしいだけだ。

 

「――終わらせるか」

 

 ぼそりと呟く。

 つまりは、”面倒になった”これ以外にない。

 よい落としどころを見つけて流そうかとも思っていたが、こうも必死になる相手を見ているとヒく。

 どうでもいいことに夢中になっている相手を見ているとどうでもいいような気分になってくるあれだ。

 

「ッ! おおお!」

 

 さらにスピードを上げる……無意味に。

 本人としては信仰による限界の突破で、実際に効果さえ出ているのだが。

 

「――」

 

 剣を砕いてしまおうかと思う。この程度、ゴブリンキングには通じても十二神将には通じはしない。であれば――残しておいたところでしょうがないだろう。

 いや、アレに効くなら使い道もあるが、指揮官はあいにく気の長い性質ではない。

 

「まあ、いい。砕け散れ」

 

 星剣の軌道に拳を合わせた。

 この正面衝突は本来なら拳の方がバターのように切り裂かれるはずだが、レベル差が理不尽を強要する。

 鋼にナマクラを振り下ろすようなものだ、当然剣の方が折れる。

 

「……っここだ!」

 

 砕く、その直前。剣が曲がった。

 否、曲がったように見せたのは剣技だ。武術の全てが通じないわけではない。

 視線を奪っても目に頼っていないから無意味と言うだけで、緩急や剣筋の変化ならば研鑽は裏切らない。

 更に言えば、この剣技は隠していた。チャンスが来る一瞬を信じて、ひたすらに高速剣を打ち込んだ――そして、そのチャンスは訪れた。

 指揮官が飽きて、適当な一撃で刀を破壊を狙う一瞬こそが逆襲の機会。

 

「ぬ――」

 

 そして人体の急所、そして防御を纏えぬ箇所となれば一点しかない。

 ――そこは瞳だ。

 

「くたばれ、異教の徒よ!」

 

 全力を振り絞った至高の一撃。

 人生を通してもこれ以上はないだろうと言う一撃。完璧な太刀筋だったし、狙いも完璧……完全な軌跡を描いた。

 ……けれど。

 

「やはり、無駄だな」

 

 弾かれた。人間の力などこんなものだ。

 どこまで行っても、化け物には敵いはしない。人である限り、限界はある。否……艦船にもそれはある。

 

「寝ておけ」

 

 なでるように触るだけで鎧がひしゃげ、数十mは吹き飛んで目を回す。元の世界では中身は潰れたトマトになっているはずだが、彼は魔法の鎧を纏っている。

 慌てるだけの兵たちを見て、指揮官はため息をつく。

 ……やはり、戦力に数えられそうもない。

 

「……まあ、綾波でいいか。空に向けて空砲」

 

 空砲で脅せば槍を取り落としてしまう。

 

「さて、話を聞こう」

 

 まあ、なんにせよ――利用されてやる謂れはない。こちらはこちらでやるだけだから、向こうの事情を汲む気はない。

 土台、配慮などは強い相手にするものだから。

 

 格付けは済んだ。

 ゆえに、アズールレーン第一艦隊は”中立”だ。

 

 





俺tueee描写のその2です。
指揮官たちは現地戦力とは隔絶した実力差があります。ただし星剣を使う彼は教国内に限定しても10本指には決して入れない程度の力量ですが。



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第16話 交渉決裂

 

 面倒そうな顔をしている指揮官の眉がひそめられる。

 正直に言えば、やってられない。セイレーンの目的から言えば現地政府との接触などおまけに過ぎない。

 重要なのは十二神将との交戦データだ。倒せないはずの敵を倒すというのは、セイレーンにとっては至上命題ですらあるだろう。

 つまり、この世界に存在し続ける権利を獲得するには敵を倒すのが重要で、現地民の保護は得点にならない。

 まあ、セイレーン関係は指揮官が思っているだけなのだが。

 

「……む」

 

 とまれこうまれ、魔導砲なんてものを向けられて厄介と思う。もちろん、それらは目の前の騎士団のさらに後ろに並んでいる。

 魔導砲――砲身には魔法の金属を、火薬の代わりに術式を刻んだそれは強力な兵器だ。

 魔力の流れを感知すれば、仔細までは分からずとも狙いと威力くらいは分かる。この感じならば、そこに転がっている敵指揮官は鎧が無事でも蒸発する。そして、一山いくらの騎士たちは言うに及ばず。

 しかし、例えばユニコーンあたりだと直撃すれば泣いてしまうだろう。それはよくない。

 

「綾波、撃ち落とせ」

 

「了解なのです」

 

 ただ、やはり艦船にとっては脅威ではないのが悲しいところだ。

 駆逐艦の砲撃で真っ向から撃破できるのは、単純に威力が弱いからと言うほかない。

 虎の子ーー性能の高い金装備は今はつけていない。

 

「……やれやれ、味方ごととはな。向こうには、もっと偉い奴がいるようだ」

 

 気絶している奴に近づいて、耳についている器具を取る。

 向こうに居るのがここに転がっている奴より偉くないと、犠牲にするような選択肢は穫れないはずだ。

 指揮官はしばらく弄っていたが、すぐに諦めた。

 

「そこのお前、これはどう使う?」

 

 未だ槍を抱えたまままごまごしている奴がいくらでもいるから、そちらから聞けばいい。

 すごく適当に指差した。

 

「……へ?」

 

 差されたそいつはまさか、自分か? という顔をする。

 そして、周りの奴は責任を押し付けるためかそろそろと後ずさっている。

 なにやら慌てているうちにザザ、と音がする。

 

「ああ、そっちが切っていたのか。……で、現場に出てこないお偉方さん、話す気になったかね?」

 

〈異教徒と話すことはない。各員、神敵を撃滅せよ〉

 

 厳かな声が響いた。

 そして、声に導かれるように騎士団もまたその機能を取り戻す。立場とはそういうものだ。

 上の指示がなければ下は動かない。特に軍に関係するものにあっては、指示なしで動く奴のほうが害悪ですらあるだろう。

 危ないからなんて理由でとんでもないことをされてもかなわない。

 その点、彼らは優秀だ。敵との距離があまりにも近すぎるが、命令通りに突撃体勢へと移行する。ここで手間取らないのは軍としての完成度が高い証だ。

 

「……愚かな。そこも射程内だぞ?」

 

〈我ら神の使徒。死を恐れる者など誰もいない〉

 

 部下などいくら死んでもかまわないと言うような、冷徹なお言葉である。

 他人の命というのは案外安いものだが、部下の命というのはいつだって投げ売りできるものらしい。 

 遺族年金とか訓練費用とかあるなら高くつく”もの”だが、これはあくまで指揮官のいた世界での常識だ。

 

「それはどうかな? 他人にやらせるのは簡単でも、自ら実行するのは難しい。……そして貴様、俺の言葉を勘違いしているだろう」

 

〈何を言っている。この軍勢を前にして……〉

 

 無謀にも向かってくる騎士団を見れば、自分の命だなんて案外安いものと分かるし、有名になりたいだなんて下らない理由で命を落とす例だって指揮官はいくらでも知っている。

 けれど、権力を得れば命が惜しくなってくるのもテンプレだ。

 目の前の騎士団が死を恐れずとも……通信先の老人は別だろう。

 

「我々の戦力レベルは数を揃えてどうにかなるものではない。人の命を(まき)と積み上げて脅すのもいいが、天秤には部下の命だけでなく己が命もかけんと、下はついてこないぞ」

 

〈戯言を〉

 

 何も分かっていないやつに現実を教えてやろう。

 見えもしない距離ならば何もできないと思っている阿呆に、戦力差を教育しよう。

 

「エレバス、少し外して撃て」

 

 艦船たちは一部を除いて騎士団の突撃を完全に無視している。

 というか、指揮官に至っては刺されているのに気にしていない。

 槍をガンガンぶつけられているのに平然と立っているのは、むしろシュールと言える光景だ。

 

「……というか、お前たちも第二波第三波が来れば危ないのによくやるな。一応撃ち落とすが」

 

 どころか、憐れんだ目を向けて心配し始める有様だ。

 そして、ドオンという爆発音が道具の向こうから聞こえる。エレバスの攻撃が届いたのだ。

 ……悲鳴が連続する。

 

「なんだ、死傷者が出たか? せっかく場所をずらしてやったのに、だらしのない奴らだな。悲鳴から察するに一人、足が折れただけだろうに。寝かせて足に棒でも括りつけておけよ」

 

 もっとも、冷静極まる指揮官の言葉など、向こうにはまったく届いてないのだが。

 そして、悲鳴によればまた一人怪我をした。慌てて棚を倒してしまって、上に乗っていたものが直撃したようだ。

 

「もう一発打ち込んでやれば、少しは落ち着くかね。それとも、もっと混乱するかな。……どう思う? エレバス」

 

「やってみたら分かるのではなくて?」

 

「ならば、やってみるか」

 

「承知したわ」

 

 重苦しい爆発音が連続した。

 

「ほら、さっさと降伏しないと全員潰すぞ。丁度、向こうに冥府門番(ヘカトンケイル)の死体も転がっているしな。同士討ちの偽装くらいはしておいてやろう。十二神将相手の名誉ある討ち死にだ、羨ましいことだな?」

 

 後ろでは艦船達が困っている。

 攻撃したら殺してしまうが、逆に攻撃されても特に痛くない。ユニコーンなどは涙目で怯えているが、ラフィーやエルドリッジ辺りは相手にする気もないから騎士団に囲まれて平然としている。

 逆に綾波と長門は艤装を振り回して、ノックアウトの山を作っているが。

 

「それに、いつまでも当てないと思ったら大間違いだ」

 

 冷たい声。

 

〈わ――分かった! 降伏する……!〉

 

 レベルが違いすぎる以上、こうなる以外のルートはないのだった。

 特殊な能力以前に総合値が違えばこうなる。そもそも、勝負の土台に上がるためにも最低限の性能は求められるから。

 

 

 そして、天幕の中。

 指揮官は勧められもせずにどっかりと腰を下ろして言い放つ。

 

「十二神将の出現地点と襲撃地点のデータをよこせ。どうせ貴様らの文明レベルでは地図は国家機密だろうが、我々は既に上空から測量している。お前たちの不明確な地図はいいから、地点だけ教えろ」

 

 完全に居丈高である。

 ケンカを売っているに等しい態度だが、別に偉ぶりたいからこうしているわけではない。

 圧倒的な力を見せつけた以上、相手は素直に従ってくれる……だなんて、そんなわけはない。

 相手が強いです。だから完全に屈服します、なんて奴が居たらそいつは虫並の知能しか持っていないのだろう。

 

 今回、人は殺さなかった。……それはむしろ良いことでも何でもなく、弱点を曝しただけだ。

 つまるところ、人の命を盾にすれば言うことを聞かせられる。

 言うこと聞かないと俺の部下を殺すぞ、という異常な要求が通ってしまう。何百人と艦船を傷つける力も持たない暗殺者を送り込めば、何人かは殺されることに成功するだろう。

 ――それは艦船たちの精神に負荷をかける。

 

 国家にとっては、むしろそちらのほうがやりやすいだろう。

 

 被害者を助けなければ勝手に助けてくれるだなんて、コスパが最高ではないか。

 十二神を放置ししていいだなんて、これ以上はない。し、交渉で勝負するのなら若造程度に負けはしない。

 国には、国民という実弾がある。それを餌にすれば、指揮官と艦船を手玉に取るなど容易いこと。

 

 --それを予防したければ、この態度で行くしかない。人命を重視していることを知られてはならない。

 

「……貴様ら、主をなんだと思っている!?」

 

 だが、相手は宗教国家だ。

 そもそもが人間なんてものは部下にかしずかれるうちに自分が偉いと勘違いしていくもので、しかも宗教をやっていると視界が狭くなっていく。

 スタンフォード監獄実験がとうに証明していることだ、人を形作るのは生まれつきなどではなくその”地位”である。

 自分以外の誰かが好き勝手やることなど、認められるはずもない。なぜなら、聖職者に限って自分が一番偉いと勘違いしやすいからだ。

 

「知らんな。そしてアズールレーンに神はいない」

 

 そして、指揮官はにべもない。

 話が通じてしまえば、如何様にでも操られてしまう。

 現実の権力者というものはフィクションほど悪意に満ちてもなければ、何でも自分でやりたがるくせに失敗ばかりする完璧主義者ではない。

 破滅一歩手前の策略ではなく、ただの正論で人を動かすから、従わなければこちらが悪者だ。

 悪者になりたくなければ……馬車馬のように働かされる。それこそ二束三文で。

 

「天におわす神を侮辱するとは、やはり貴様らは敵……ッ!?」

 

 綾波が剣を、そしてエレバスが砲塔を突きつけた。

 勝利したのは指揮官だ。ゆえに武装は指揮官たちのみが一方的に所持している。

 こういう有利な交渉は、勝者であるがこそだ。

 

「君たちが神を信じているのは分かるし、君たちが神はいると言うならそれは居るんだろうさ。……ようは陣営の問題だよ。我らは君らの神の所属ではないから、動かすとしたら取引以外にないと分かってほしいな」

 

「ーーッ!」

 

 またもや激昂して罵声を浴びせようとするも、察知した綾波に剣をかまされる。

 当然、言葉などしゃべれるはずもない。

 

「神の試練を君らがやるのはいいけれど、こちらにそれで何かを求められても困るのでね。君たちは負けた。我々が勝った。情報くらいはもらっても良いと思うがね。……それとも、敗北の代償は死の方が良かったかな? さてさて、君たちの神はどう言っているか教えてほしいものだ」

 

「……!」

 

 ぎりり、と剣ごと歯ぎしりする。もちろん歯型などつくわけがないし、むしろ唇が切れて血が滴った。

 怨嗟に燃える瞳で睨みつけるが、気後れする様子もない。突き付けられる剣も砲塔も、微動だにしない。

 1分か、2分か。諦めたのか肩を落とす。

 

「さて、綾波、離してやれ。話してくれる気になったみたいだ」

 

「承知したのです」

 

 すす、と指揮官の隣まで戻ってくる。

 

「まずは十二神将の襲撃地点を教えてもらおう。……ちょうど良いところに世界地図がある。しかし、これは……アメリカ大陸どころかユーラシア大陸まで間違えている。しかも、書き込みも随分と少ないな。まともに山岳も分からんガキの落書きだな。地形情報くらいは知っておかないと軍事物資の輸送に手間取るぞ?」

 

 少し考えて、ああ、と頷く。

 

「……そこは単にこういうのの対策か。わざと間違えてるし、詳細は省いてるんだな。ま、負けた時の対策も必要だものな。あと、あまり人を馬鹿にした顔をしないほうがいいぞ。考えていることが簡単に分かる」

 

 分からない、ではなく必要最小限にして情報流出のダメージを抑える。

 指揮官が間違えていると言った場所も、盗られた時のための保険だった。地図とは、現代では本屋で買えても、中世では軍事機密の一つであったほどだ。

 

「ぐぐ……そことそこ、そしてそこだ」

 

「嘘はついていないようだが、少なく申告しているだろう。そもそも教国以外の地点ばかり教えたら、教えるつもりがありませんと喧伝するようなものだろうに」

 

「……は! 教国は主のご意向によりあんな奴らの襲撃は受けていない! それだけの話だ!」

 

 唾を飛ばして反論する。

 こういうのは国家的な欺瞞を含むからやりにくい。

 教義に合わない場合、実務を無視して将軍にすら欺瞞情報を与えてしまうようなものが宗教国家だ。

 襲撃されたら打つ手がないなら、襲撃されたこと自体を隠してしまおう、と言うような。この男も知らされていない可能性を常に考慮する必要がある。

 

「ーーむぅ。これは、知らされていないだけか? それとも本当に信じてるのか? ……分からんな。発汗に体温の測定と、嘘発見器の原理を応用してはみたが興奮されるとどうも反応が乱れる」

 

「じゃ、ボコって吐かせる」

 

「中々過激な意見だね、ラフィー。でも、俺はみんなにそういうことさせたくないしね」

 

「ラフィーはかまわない。……慣れてる」

 

 もちろん、艦の時代の話だろう。

 人の姿を得てからはそういうことをする機会はないはずで、指揮官にもさせる気はなかった。

 

「実際、知りたいのは襲撃の数だったんだけどね。ま、それに関しても、そう多すぎないことは分かったからいいさ。……そいつもあまり悩まなかったようだしね。これで10や20も襲われているなら、逡巡くらいはするさ。どれを言おうかなって」

 

「……っは! おめでたい奴だな、心理学者のつもりか? その程度の浅い見識で」

 

「そら、図星を突かれた反応をしたぞ。一朝一夕じゃどうにもならないから教えてやるが、俺は先の二つに加えて音声と顔面の筋肉挙動まで観測して複合的に判断している。よほどの俳優でないとごまかしきるのは不可能だぞ」

 

「何を言っているかわからんが、主を崇めぬ者には祟りがある。ゆめ、忘れぬことだ……っぺ!」

 

 唾を吐いたと同時、砲撃音。

 

「ラフィーか。うん、まあ……ありがとう」

 

 少し悩んだ。唾と近くを通る砲弾で危険なのは明らかに砲弾だったが、まあこの子たちのやることだしと指揮官は認めてしまった。

 指揮官は危険がない限りうちの子をどこまでも甘やかす方針だった。

 そして、縛られていた人間のほうは目がうつろになっていた。脳震盪になりかけている。これで肩でもゆすってやれば間違いなく後遺症も残るだろう。

 原因は明らかに砲弾が顔のすぐ前を通ったことによる衝撃波だ。

 

「お、これだと自白剤飲まされた感じになったかな。質問しやすくなった。……で、ぶっちゃけ十二神将は誰が操っている?」

 

「……魔族」

 

 指揮官はまた新しいのが出てきたな、と思った。

 

 

 



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第17話 出発

 

 

「十二神将の主は?」

 

「……魔族」

 

 また新しい勢力が出た、と指揮官は思った。

 今まで出た勢力は主に三つ、人類と十二神将、そして指揮官含むアズールレーンだ。

 そこに魔物が害獣として入ってくる。

 もちろん、人類は一枚岩でなく、彼ら教国に加えて帝国と民主国もある上に更に内部でも権力闘争があるわけだが。

 

「……で、魔族とやらについて教えてもらおうか」

 

「は。何も知らないらしいな。魔族こそ十二神将を生み出した張本人、世界の敵であるというのに」

 

 事実としたら重大な発見だ。

 事実としたら、だが……

 

「で、なぜ分かった?」

 

「……? おかしなことを。奴らは人類の敵、主を愚弄するイカれどもだ。奴らの関係など、論じるまでもないだろうが」

 

「ああ、そう」

 

 ふむ、と指揮官は上を向いて考える。

 ……これは、聞いたところで全て無駄か? と。

 

 宗教とは、元々が恐怖に対する反応だ。

 古代、人が自然に爪を立てることすらできずに、なすすべもなく死んでいった時代の、理不尽には理由が欲しいという名残だ。

 台風で人が死んだことに対して、何か理由がなければ納得できないから、神の怒りとこじつけた。

 ゆえに、宗教に傾倒する人間は敵に対する反応が過激になるのはむしろ当然。味方以外、全て敵。殺しつくさねば安心できず、何かあれば悪いのはすべてが”敵”の悪意が故だ。

 

「貴様らこそ主が遣わした神敵に対するカウンター。神の威を示す剣の切っ先であるというのに、その体たらくーー」

 

「……」

 

 指揮官のいら立ちを感じ取った艦船が、再びそいつを脅す。

 

「お、脅そうとて無駄だ。我らには主が」

 

「ついていない」

 

 指揮官がバッサリと切った。

 

「……ッ!」

 

 反論しようとしたとき、つ、と首から血が垂れる。

 綾波の剣が、反論を強制キャンセルしたのだ。

 論争とは、もとより正しいほうではなく、”強い”方が勝つ。このように武力で、あるいは権力で……少なくとも、弱者は勝てないのが言論による闘争だ。

 極論、殴れば勝てる矛盾が議論の本質。偉ければ、それができてしまう。

 

「そうさ、お前には主とかいうものなどついていない。君の信仰云々を言っているのではないぞ? お前のことを言っている。主がお前を助けるなどと、ああーーおかしなことを言いだすものだ」

 

 ぐい、とそいつの顔を無理やり開けて目と目を合わせてねめつける。

 

「今、こうしてるのはお前が主の加護を信じられなかったからだろう? こうしているのは我々が君を気絶させて拘束したのではなく、降参したからだということを忘れたか」

 

 嘲笑った。

 信仰を一番信じていないのはお前で、ただ利用しているのもお前なのだと。

 

「ーーつまり、信じていないのはお前だよ。主を信じて立ち向かえばよかったのにな?」

 

 主を信じて特攻しなかった時点で、信仰など片腹痛いと。

 

「――ッ!」

 

 そいつが射殺しそうな視線で指揮官をにらみつける。

 だが、声は出せない。

 そのときは僅かに刺さった剣先がのどを切り裂くことだろう。

 

「とりあえず、魔族について話してもらおうか」

 

 そして、口を割らせたこと。ほとんどが教義上の虚飾である上に主観が多かったため、ほとんど意味をなさなかったが……

 

 しかし、地理は知れた。言葉が通じるのも分かった。

 

 まあ、9時間にも及ぶ取り調べの成果としてはまったくもって足りないが……指揮官の慎重な性格から三名を別々に取り調べて、一致する情報以外はすべてゴミとした。

 艦船たちからは、これについては特に何も言われなかった。

 

「さてーー」

 

 拘束はほどいて好きにさせた。

 敵対したいわけではない、もう手遅れかもしれないが。

 今は彼らから離れて、開けたところに座っている。

 

「フランスからアイルランドへの渡海、いけるか?」

 

 この世界は地球と似ている。だから、艦船にとっては元の地名のほうがわかりやすい。

 海路というのはイベントの発生しそうな難事だが、艦船にとってはむしろそちらのほうが慣れている。

 

「わあ! ピクニックだね、お兄ちゃん」

 

 ユニコーン辺りは真っ先にはしゃいでいる。

 

「あまり浮かれないで、ユニコーン。セイレーンがいるかもしれない」

 

「あ……そうだったね、ラフィーちゃん。何もいなかったらいいんだけどね」

 

「それでも、楽しむなということでもあるまい。警戒はしつつ、楽しめば良かろう」

 

「そう? そうだよね、長門ちゃん」

 

「指揮官も、かまわぬな?」

 

「ああ、問題ない。安全を確保しつつ、ピクニックだ。……お昼にはみんなでパイを食べようか」

 

「……うん!」

 

 そして、全てを投げつつ海へ。

 

 もちろん、避難民のことは兵士に言付けをしておいた。

 それでダメなら、後は国家の問題だ。指揮官が墓の下まで責任を持ってやるつもりがみじんもない以上、他人任せになるのは当然のことだ。

 そして、打ち破った騎士団についても同じこと。勝者に義務があるのかはともかく、勝ってしまったあれこれを処理する気がないために全て放り投げた。

 負けたと公開するのも隠ぺいするのでも、どちらでも指揮官にとってはどうでもいいことだ。好きにすればいい。

 

 

「海、か。落ち着くね。……平和だ」

 

 しみじみと呟く指揮官。

 体が艦船に慣れ切って、人間の感覚が思い出せなくなってくる。

 海に立つ感覚が心地よい。まるで布団の中に居るような安心感、最近は布団の中でもそう安らげないのだが。

 

「……へいわ」

 

 あくびしながら同意するラフィー。

 

「うむ。やはり、海を走る感覚は良いものだ」

 

 長門は実感籠った様子。

 重桜の重鎮には中々外に出る機会がなかったのだろう。

 

 とたん、一行の横で海水が膨れ上がる。

 何かが現れる予兆。

 

「……」

 

 水しぶきを上げて現れたはクラーケン、人の4,5人は丸飲みできそうな大きさだ。帆船すら上回るでかさの化け物だった。人が相手なら災厄とまで呼べるかもしれない。

 少なくとも、指揮官が出会ってきた人間たちは海上ではそいつの相手はできそうにない。

 トゲが生えた吸盤。おそらくそれで生物を殴り、ペースト状にして”すする”のだろう。

 概して、人界を恐怖に陥れるには十分過ぎるほどの脅威と言える。

 

「……平和なのです」

 

 それも、綾波の砲撃の一撃でちぎれて沈んだ。

 海の脅威、人類を閉じ込める境界線……一つのストーリーを書くにたる怪物は、それ以上の人外によってハエを払うように木っ端みじんに爆砕されてしまった。

 

「さて、魔族と人類は戦争状態にあったようだが……まさか門番がコントロールも利かない怪物一つということもあるまい」

 

 指揮官は目を閉じる。

 そもそも閉じるまでもなく、あまり目に頼っていないが……まあ、目を開けているとかわいらしい艦船の姿を追いかけてしまう悪癖がある。

 レーダーに集中した結果、あの推定クラーケンとおぼしきものの仲間は海の下に数多く生息していることが分かった。

 

「まあ、まだ魔族の領土までかかります。ユニコーンとエルドリッジが凄くはしゃいでますし、あまり急がなくても良いと思いますが」

 

「そうだね。ゆっくり行こう。……ああ、そろそろお昼にしようか。海上で食べるのも悪くないだろう」

 

「そうですね……ユニコーン、エルドリッジ! 戻ってきて下さい、お昼にします」

 

 少し離れたところできゃっきゃと笑い声を上げながら追いかけっこをしていた二人を呼び戻す。

 

「……よくやる。ラフィーは……ねむい」

 

 やはりラフィーはあくびをしている。

 綾波は綾波で指揮官の近くに寄り添いながら警戒を解かないし、長門は護衛を気取りながらも海の様々なものに興味を引かれてあっちにふらふら、こっちにふらふらと落ち着かない。

 エレバスは少し後ろで憂鬱気にしている。だが、口元は弧を描いているため、彼女は彼女で楽しんでいるのだろう。

 

「少し、遠回りをしようか……な」

 

 指揮官もまた、笑っている。

 和やかな一幕だった。

 

 

 



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第18話 魔族

 

 

 そして、陸が見える。人間では大航海でも、艦船にとってはピクニックだ。かくて三時間のピクニックは平和に終わった。

 

「結局、罠も何もなかったが……」

 

「必要ないということみたいなのです……!」

 

 綾波が剣を構える。

 

「そのようだ」

 

 レーダーに反応。魔族が来る。

 

「……ここは魔族の領土。何用で参られた?」

 

 こちらに合わせたのか、数はちょうど7。

 一目見てわかる、人間ではないと。

 羊の角をはやした女の子、鬼の角をはやし蝙蝠の翼を広げた男、炎を纏いまるで火の精であるかのように誇らしげに火の粉を振りまく男と……一目見ただけでそれだ。

 

 艦船は艦船で、装備でごまかせそうな綾波はともかく、長門は明らかに狐耳を生やしている。人間か魔族と言えば魔族寄りの見た目だろう。

 あいにくと鉄血はいないが、重桜と鉄血の連合=レッドアクシズではセイレーンの技術を積極的に取り入れたことによる身体変化が起きている。

 つまりは狐の耳であり、綾波の機械的な耳だ。

 

「交渉をしたい。こちらはアズールレーン所属、第一艦隊純白の白雪(スノウ・ホワイト)だ」

 

「……アズールレーン、だと?」

 

 話すのは蝙蝠の羽の男。

 蝙蝠といえば吸血鬼を思い出すが、鬼の角と日光に身体を晒していることを思えば、違うのか。

 とはいえ、元の世界の伝承に魔族が倣う義理もない。それに思考を引っ張られてはやがてとんでもない勘違いをすることになるだろう。

 

「そうだ。何か思うところでもあるのかね? 魔族」

 

 指揮官は彼らがアズールレーンを知らないことを当然だと思いながらも、態度には出さない。

 まるで名の知れた勢力のように堂々としている。

 

「聞いたことがないな。人間の組織か? ……しかし、そこに居るのは人間と……魔族、か? 見たこともないが……魔族か?」

 

「残念ながら、こちらは魔族でも人間でもないさ。試してみるか?」

 

 指揮官がこれ見よがしに殺気を送る。

 配下の子は構えはしない。リラックスしているように見えても、敵対勢力との交渉時に気をぬくような間抜けはいない。

 そして、艦船の身体能力があれば砲塔を上から下に戻すことに一瞬すらも不要。すでに戦闘態勢だ。

 

「……やめておこう。人間どもはどうか知らんが、こちらではミーレス山脈での戦闘を観測していた。山一つを吹き飛ばすような化け物とは戦えん」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 半分、侮辱のようなものだが……指揮官は気にしない。

 そして、艦船も指揮官の影響を受けている。一番大事なもの以外はどうでもいい、と世の中とのかかわりを避けている。

 当然、艦船たちも指揮官以外に何を言われようとも、そこまで気にしない。

 大体、指揮官が艦船を自認している以上、艦船の花嫁は艦船であるべきだろう。魔族だの人間だのは、勝手にやっていればいいのだ。

 自分たちは艦船、異種族なのだから。

 

「ーーついてこい。魔王様のもとへ案内する」

 

「いいだろう」

 

 指揮官はちらりと一番背の低い影を見る。

 羊の角を付けた女の子だ。

 羊の頭蓋骨を乗せた杖を大事そうに抱えて、蔓をまとった豊満な女性の影に隠れている。

 見れば羊の角の少女はオッドアイで、手足も羊の毛皮に包まれている。いや、あれは手袋の類なのだろうか……?

 

「……指揮官、集中してください」

 

 綾波に手をつねられてしまった。

 

「了解だ」

 

 指揮官は苦笑した。

 

 

 そして、魔王の城へ。

 これが物語であれば、アイテムを探し、四天王を打ち倒し……冒険の果てにたどり着くべきものだが。

 現実ではこうして、あっさりと魔王のもとまでたどり着く。

 なぜなら、現実だからだ。

 普通に考えて、四天王を倒されれば国家が傾くレベルの損害であろう。そんなものがいるかは差し置いて、迎えに来た7人はかなりの実力者であるから軽々と失えない。

 あのクラーケンごときは一蹴できるだけの実力はある。指揮官があっさりひねった騎士団のリーダーも瞬殺できる。

 それでも……”山”を攻撃目標として文字通りに吹き飛ばせる連中とは争えない。

 

 そして、至極あっさりとたどり着いた魔王城は、踏破した道に似つかわずやはり荘厳であった。

 

「……上等な家だな」

 

 立ち込める瘴気。

 そして……歪んだ角が至る所から生えている。

 どこからどう見ても、禍々しい存在が住むにふさわしい悼ましい城だ。

 まあ、指揮官としてはこんな家には住みたくないという感想だが、しかし威厳を示すという点についてはこれ以上はないだろう。

 

「皮肉か?」

 

 すかさず返事が返ってきた。

 どういうものを想像しているのだろう。確かにアニメで出てきた重桜の島は荘厳だったが、それこそあれは象徴だ。

 さらに、魔王城の禍々しさと重桜の神聖さでは比べようがない。どちらも素晴らしいとしか言いようがなく、甲乙をつけるとすれば好みの問題でしかないだろう。

 そして、指揮官は好みで甲乙をつける気がなかった。

 

「まさか、本当にそう思っているよ」

 

「……魔王様のもとへ案内する」

 

 納得はいかなそうだが、己の職務は果たしてくれるようだ。

 開けた場所を四度潜り抜けて、奥へ。

 

「招待に答えてくれて感謝しよう、異世界の者よ」

 

「こちらこそ、お招きいただき感謝する。現地政府の主にして、魔族の代表者様」

 

 夜闇を凝縮したかのような黒いマント。勝気な笑み、口元には牙がちらりと見える。血のように真っ赤な瞳。

 そして、身体には不釣り合いなマイクロビキニのような服で己が身体を惜しげもなくさらしている。

 何よりも、特徴は……小さいこと。

 

「ちっさ……ロリっ子?」

 

 ラフィーが呟いた。

 

「なんじゃとぅ! 妾は魔族を支配する魔王にして余闇の支配者、闇より暗き暗黒(ロード・オブ・ダークネス)のメリオル・フォン・フィオイルじゃ! 貴様こそちんまいガキんちょではないか!?」

 

 ガーっとまくしたてる。

 なんだか、そう……とても可愛らしい。とはいえ、発散する魔力はギャグでは済まない。

 彼女ならば、指揮官たちと同じく地形を変えることができるだろう。

 

「ラフィー、ガキんちょ違う。ガキと言ったほうが……ガキ。やーい、こども」

 

「こ……このぅ! 表へ出ろ! けちょんけちょんにしてくれるわ!」

 

「ふわ……眠いからまた後で。長門、キャラ被りの危機。やっちゃえ」

 

「……何をやっちゃえというのだ、ラフィーよ。余には訳がわからぬのじゃが」

 

「く……ここにも……敵が……!」

 

 なにやらすぐに仲良くなったらしい。

 まあ、歳も歳で、しかも頭が凝り固まった老人より歳が近い女の子のほうが良いらしい。

 もっとも、ここにいるのは全員が年齢不詳だが。

 

「おい……何歳だ?」

 

 指揮官は横の男に問いかけた。

 

「女性の年齢を私の口から教えられるわけがないだろう」

 

「なるほど。……それも道理だな」

 

 きゃっきゃと騒ぐ女の子たちをしばし眺めた。

 

「さて。では、こちらはこちらで話をしましょう」

 

 横の男がそのまま本題に入る。

 どう考えても初めからそのつもりだったようにしか見えない。

 

 そして、指揮官は根拠もなく確信する。

 魔王のアレも演技……まあ、わざと素を見せている可能性もあるが。しかし、計算内であることは疑いようがない。

 子供のような姿をしているから、子供に対するようなアプローチをとったのか。

 子供相手にどう反応するかを見極めるのは悪くない手段だ。どうせ、そのまま戦闘に移行したところで当の子供……魔王も参加する。

 総戦力で挑まなければ、順当に全滅して終わるだけだ。

 

「……で、これは君たちの予想の中でもベストに近いものかな?」

 

「まさか、ただの勘違いであればどんなに良かったでしょう」

 

 指揮官と男は横で内緒話をする。

 ここで世界の行く末が決まってしまうというのに、世間話のような気楽さだ。

 

「くく。中々言うね。面白い」

 

「人間との戦争中に十二神将、そしてアズールレーン……頭を抱えたいのはこちらの方なのだが」

 

「それを相手に言うのもどうかと思うがね」

 

「しかし、状況から言って、十二神将と貴様らとで関係があることは確かだろう」

 

「さて、そこらへんはこちらにも分からんね。当然、アズールレーンにも敵がいるわけだが、それはあいつらではないよ。関係があるかは知らない」

 

「知らない、で済むものかよ。貴様らのような者はこれまで観測できていない。つまり、この世界のどこかから流れ着いたものに決まっている。……どうか帰ってくれ。秩序を乱すな、世界を砕くな。お前たちが本気を出されると我らも、人も、生きてはいけない」

 

 血を吐くような言葉だった。けれど。

 

「悪いが、帰還手段は俺も知らない」

 

 指揮官はにべもなかった。

 

「ま、落ち着けよ。どうせ十二神族の襲撃はすでに受けたんだろう? それを撃退するということがどういうことか。……たかだか山を吹き飛ばしたのを映像で見たくらいじゃ実感できるわけもない」

 

「……その通り。我らは十二神族の襲撃を受け、多くの犠牲を出した。だがな、奴は! あの最悪な最凶は! 人類抹殺と言った! 下等な人間を滅ぼすのならそうすればいい! だが、我らまで巻き込むな……!」

 

 許されるのであれば壁に手でも打ち付けて、蜘蛛の巣状のヒビでも作りそうだ。

 

「いや。あいつら、君たちもまとめて人類と言っていると思うけど」

 

「……は?」

 

 完全に虚を突かれた男の顔は見ものだ。

 指揮官は男に興味などみじんもないが、イケメンが口をぽかんと開けている様は男が見ても楽しめる。

 まったく、美人は得だと言うのはどうやら男でも通用するらしい。

 

「襲撃を受けたのならそういうことだろう。少なくとも、一度襲撃があったのなら、このまま見逃すという選択肢はないと思うね。大体、人類だの魔族だのは分け方の問題だろう。興味がない者にとっては人類で一括りにしてしまえる」

 

「貴様も……我らを愚弄するか」

 

「いや、単に現状の分析だよ。不快に思うのなら、俺自身は魔族と人類を一緒くたにして扱わないことを約束しよう。とはいえ、十二神将にそれを言っても無駄だと思うがね。常識的に考えて、な」

 

「……」

 

 まだ不愉快なのか睨みつけてくるが、指揮官は気にしない。

 

「で、どうする?」

 

「どうする、とは……」

 

「我々第一艦隊の処遇だよ。君たちは留め置きたいのか、それとも出て行ってほしいのか。……どちらかな? こちらも十二神将の本拠地がわかっていない以上は、どちらも代わらないのでね。希望を聞こう」

 

「留め置きたい……と結論はすでに出ている」

 

「なるほど。では、暫しの間だけ滞在させてもらうとしようか。……なんだかんだ、彼女たちも楽しそうだな」

 

「ええ……魔王様は魅了の魔力も持っておられる。半端では立つこともできず跪くのみ、友達など居られなかった」

 

「はは。なら、丁度いいか。多少は人間の子と触れ合ったとはいえ、基本俺たちは同族以外と触れ合うことがないからな。……良い機会だろう」

 

「住む場所はいくつか用意した。……好きに選べ」

 

「後であの子たちと選ばせてもらおうよ。……まあ、しかしアレだな」

 

「なんだ?」

 

「人間は君たちのことを蛮族蛮族と呼んでいたが、君たちのよほど紳士だと思ってね」

 

「当然だ。そもそも攻めてきたのは人間どもだ。我々は防衛しているだけ、侵略さえやめれば争わずに済むというのにな」

 

 憎々しげにそう言い放った。

 指揮官はただ苦笑するだけだ。あの子たち以外など何も信じない指揮官は分かっている。正義が好きなら、それこそ人の業だの原罪だのと言うだろうが……

 どう感じるかなど、政治モデルの違いと環境のせいでしかない。

 国民を見て指導者がどうのこうのと格付けをするのは失笑してしまう。良い指導者が国を富ませるなんて、政治に興味ない者のたわごとだ。

 指導者も、国民も、環境も、全て揃ってこそ富むものだ。要は総合力、どれかが悪いだなんて悪口大会を開いてもしょうがない。

 

 鑑みるに、魔族が平和に感じるのは、出生率が低くて戦死が経済に与えるダメージが大きすぎるだけだ。

 魔王城なんて気取っても、近くに人影も居ない場所に魔王がいるのは、人が多い場所なんてそもそもないからだ。

 おそらく、魔族の人口が人類の人口の0.1%を上回ることはないだろう。 

 逆に人類は人口が増えすぎて、土地が足りなくなっている。

 

 細かいことを完全に無視した上で地球の国家モデルと比較すれば、指揮官にとってはこれくらいの予想は容易いことだった。

 ここが悪い、それだけを言いたいだけなら簡単だ。指揮官は改善の腹案など一切考えずに好き放題に言っている。

 

 彼はただ、遊び戯れる彼女たちを見て目を細めるだけだ。

 

 





魔族編でした。
魔族が指揮官たちを受け入れたのは懐が広いなどと言うことではなく、化け物を隔離して放置すると言う選択肢が取れると言うだけです。
人間の場合、殺せる保証があるか、どこぞの勇者みたく奴隷同然に扱えるかでないと殺す選択肢以外なくなるためああなりました。
魔族の方が未来がありそうに見えますが、国家としては発展の代償でお決まりの人口縮小でお先真っ暗と言う事実。



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第19話 住処

 

 そして、海のほとりへ。

 魔王は重桜を思わせる立派な屋敷をまるごとくれた。えらく剛毅なことだが、豪邸ならいくらでも余っているらしい。

 もともと強力な魔法の力により建設が容易なうえに、人口が少なく……人類との争いによっても数が減る。

 家は増えることはあっても、あまり減らない。まあ、人類の拠点にされたときは丸ごと爆破するようだが。

 

「……いい家だ。これで俺も、一国一城の主となれたのかね」

 

 そこは海のペンション、といった風情だ。

 重桜の荘厳なる地に比べれば安っぽいが、しかし7人には広すぎるし、豪華すぎる。

 部屋の総数は20を下らない。

 子供なら屋内で追いかけっこを楽しめそうだ。

 

「わー。ここに泊まるんだ、すごいね。お兄ちゃん」

 

「おー」

 

 そして、えらく興奮しているお子様が二人。

 普段はやる気がないか、指揮官にひっついているエルドリッジもこの時ばかりは目を輝かせている。

 

「わ、エルドリッジちゃん駆け出してっちゃだめだよ。あの、お兄ちゃん、探検してもいい?」

 

 ユニコーンは内気で臆病なだけで、行動は普段から子供そのものである。遊びたそうにうずうずしているのも、よく見る光景だ。

 案内役はすでに帰して、ここにいるのは身内だけ。

 今にも走り出しそうだ。

 

「どうぞ。長門、見ててあげてくれる?」

 

 ユニコーンはどうぞ、と言った瞬間に駆けだしていった。

 とてとてと走って、スカートが翻るのにもかまった様子はない。残念ながら、ユニコーンのは他と比べると長いから、中身は見えなかった。

 

「う、うむ。この長門に任せるがよい」

 

 探検したくてそわそわしていていた長門は、こちらは少し早足にとどめている。

 長門に至っては駆け足した瞬間に見えそうな服装だ。そして、今もちらちらと見えている。その丈はミニスカートどころではない。

 

「これ、エルドリッジ、ユニコーン。淑女が家の中で走るでないーー」

 

 長門の来ているものこそ、おおよそ淑女と呼べる代物でもない気がするが。

 二人はちょっと行った先で長門を待っている。手をつないで、また駆けだした。

 長門は目を白黒させている。

 ……かわらしいものだ、と指揮官は思う。ただ、少し精神的に疲れていてはしゃぐ気にもならなかったが。

 

「……指揮官、ゲームください」

 

「ラフィーも」

 

 こちらはなんというか、今風なのかもしれない。

 苦笑して、ゲームを放る。

 

「エレバス、少し付き合ってくれる?」

 

 指揮官は母港機能の裏技を発見していた。

 秘伝冷却水は基本、水として出てくるが……日本酒としても”出せる”。

 そして、艦船はまあーー見た目を人間の年齢に換算するのも合わないだろう。アルコールの分解能力という点で言えば、基礎能力が違う。

 

「いえ、待って指揮官。こういうところには……」

 

 台所のほうへ行く。

 

「ほら、やっぱり用意してくれていたわ。ちょっとしたおつまみも作ってあげる」

 

 エールに果実酒と、色々あり氷まで準備されていた。それらを持ってきたエレバスはまた台所に引っ込んでいく。

 とんとん、と包丁の音が聞こえてきた。

 

「ゲームはやめです。綾波も呑みます」

 

「ラフィーも」

 

 二人も乗ってきた。

 

「……もう少しゲームをしてていいよ。俺はエレバスを待つつもりだから」

 

 指揮官は頬杖を付く。

 なにか、家庭的な雰囲気だ。まるで人間の家庭、部屋の外で遊ぶ小さい子に、大きい子はゲーム。妻は料理を作っている、だなんて。

 なにかおかしくなって笑えて来る。

 

「了解なのです。では、ラフィー、ささっと勝負するのです」

 

「望むところ。ぎったんぎったんにしてあげる」

 

「こちらのセリフなのです。いざ」

 

「いざ」

 

 こちらの二人は真剣にゲーム機に向かい始めた。

 

「……中々、良い雰囲気だ」

 

 あたりを見渡す。木の板張りに、畳敷き。

 純和風で、なおかつ風の通り道を計算しているから、障子をあけ放てば全ての部屋を見渡せる。

 ユニコーンとエルドリッジが気軽に開けていって戻さないから、ここに居ても見渡せる。声も聞こえる。

 どうやら、楽しんでいるようだ。

 

「……」

 

 長門が目で、どうしよう? と訴えかけてきた。

 とりあえず、頷いて返しておいた。

 なにを意味するかは指揮官も知らない。

 

「……ええと。まあ、このままでよいか」

 

 耳を澄ますと呟きがここまで聞こえてきた。

 大声を出すのも面倒だから適当に返したが、障子を戻すのはしないことにしたらしい。

 

「本当に、良い雰囲気だ」

 

 ふ、と笑う。

 そして、呟く。

 

「盗聴なし、監視もなし。さて、信用しているという線はない。人手が足らないのかな? それとも、まさかここを選ぶとは思わなかったのか」

 

 向こうは艦船など知らない。

 すぐに海を見れる、というより防衛を普通は意識するだろう。バカンスではないのだ。

 見晴らしの良い場所は狙撃されるから、避けるのが当然のはずだった。

 

 もっとも、この第1艦隊に限れば防衛なんてないも同じ。

 地形? そんなものは変えてしまえばいい。そして、10mやそこらの単位で戦争をしていない。

 言ってしまえば、どこでも同じことなのだ。見るからに要塞じみた場所が二つほどあったが、どちらかを選ばせたかったのか。

 しかし、指揮官は桜重に近いここを選んだ。

 

「良い感じだ、魔族と協力関係を結ぶのは悪くない。人間相手だと、アレを見た後ではどうもな」

 

 彼も人、我も人。指揮官はあいにく人間ではなくなったが、感情があり、意思を持つという点では同じ生き物。

 ゆえに自分以外の誰かはそれぞれ自分のための目的を持っていて、それぞれ自らの欲望を達成するために動く。

 だから、尊重してーー妥協するのだ。そして、取り分を多くするために策を張り巡らせる。

 一人だけでできることなど何もないから。

 誰もが、誰かのためでなく自分のために生きている。

 

 一方で。自分が正しいと信じて、それは良いことだからと突き進めと恥ずかしげもなく言う輩を、指揮官は唾棄している。嫌っている。

 自分の教義は正しい、ゆえに従えと言う信仰に生きる者。

 それが社会のためだと言い、正しさを押し付けて反論を封じる者。

 --勝手に自分だけで死んでしまえと、指揮官はいつも思っている。

 

「あの様子では、人類は大変だな」

 

 だから、人類の未来は暗い。実を言うと人口過小な魔族も明るい未来は見えないのだが。

 国家は民衆を制圧できるだけの武力を背景にして支配する。そういう意味では、日本ですら警察と自衛隊がある。

 けれど、十二神将により社会不安が高まっている状況だ。

 これでまともな政治などできるわけがない。強力すぎる外敵が居る状況での統治など、無理難題に他ならない。

 

「……反乱が、起きますか?」

 

「おや、言葉に出したつもりはなかったんだけど」

 

「今回は十二神将による襲撃でしたが、例えば自然災害で多数の難民が発生した場合に何が起こったかを綾波は知ってます。暴動、テロル……社会不安が起きた際は地獄になります。弱いものが犠牲になる、なんて言い方がよくされますけど――実際は上も下もひっくり返したような大騒ぎ。みんな、顔を蒼くしながら必死に何とかしようとあがくのです」

 

「そうだね。けれど差別に虐殺、そういったマイナスは言葉では止まらない……助けるだけの資源がなければ、どうしようもない。社会不安を鎮めるのはありがたいお言葉ではなく、住居と飯でしかないのだから」

 

 良い支配者とは? それは、はるか昔から議論されてきたテーマだ。

 情に流されて難民に無制限の支援を行い、国庫をすり減らす者に国を司る資格はない。

 だが、痩せ細った哀れな難民に助けを求められ、それでもその手を払う非情の王に民はついてこない。

 結論、その状況に置かれた時点で何を選んでも不正解だ。正解があるとするならば、そもそも難民を生むような災害も紛争もなければよかったと、支配者に関係ない運の話だ。

 そして。

 

「ユニコーンの艦載機で見た。大規模プランテーションがない……食料生産のレベルは中世とは言わずとも、現代レベルには届いていないだろう。ばかすか捨てても、なお余った元の世界とは違う」

 

 そう、災害救助のハードルは元の世界と比べると遥かに高い。極論、食料が10のうち1が届いて、あとの9が腐って捨てても別に現代でならば問題はなかった。

 食べ物を粗末にするなと怒られるかもしれないが、それだけだ。

 ――けれど一方、この世界では9を捨てたらその分餓死者が出る。それは余って捨てた分ではなく、誰かの口に入るはずのものだったのだから。

 

「食べ物がないから、争うですか。……悲しいですね」

 

 そして、その食べ物の余裕は更になくなる。

 十二神将の襲撃によって焼かれるだけではない、その混乱により受ける農業と運輸へのダメージにより人類の余裕はさらに削られていく。

 先の例では、運べずに腐らせてしまうものが出てくる。

 

「でも、仕方ない。艦船は戦うだけ。……政治を行うのは、艦船じゃない」

 

 二人とも、少し暗くなった。

 どうしようもないことだ。力だけでは解決できない問題など、いくらでもある。

 現代知識を持っていれば皆を幸せにできる。寝言だ、そもそも、その”皆”とは一体誰だ? それを答えられない限り、世界を巣食うのは遠い夢だろう。

 

「現代の法律を導入しても、軋轢を生むだけだ。ーーとはいえ、何もできないわけではないが、な」

 

 そして、こっちがよいと思い付きを披露して、それが大当たりして皆が救われるのはフィクションの中の出来事だ。

 思い付きでできることなど、誰かが当の昔にやっている。科学知識がなくても、試して試行すれば量産できる。

 思い付きでできないことといえば、それこそ……悪そうな貴族をぶっ殺すくらいのものだろう。それも、やりすぎれば政治ができる人間が居なくなって貧乏真っ逆さまはアフリカの国々が自ら証明した。

 

「本当ですか?」

 

「まあ、一助くらいにはなるさ」

 

 視線を切った。話は終わりという合図。

 

「……できたわ。拙いものだけど」

 

 エレバスが料理を持ってきた。

 刺身に、吸い物。そしてサラダ。とはいえ、見るからに素人料理である。刺身はぶつきりで大きさが不ぞろい、サラダも洗ってちぎって盛っただけだ。

 

「へえ」

 

「あまり見ないで。本当に上手くないから、恥ずかしいの」

 

 顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。

 

「まさか。とても嬉しいよ」

 

 指揮官は刺身をとる。

 

「うん。……すごくおいしい」

 

 とても機嫌が良さげだ。

 基本的に彼らは指揮官の母港機能で供給される食料で当座をしのいできた。それは美味であったが、それだけだ。

 なにより、見た目麗しい少女の手料理ならば、それだけで値千金だろう。

 

「それは……ええ、ただ切っただけだもの。味は変わらないわ」

 

 エレバスは顔を真っ赤にしている。

 だが、指揮官が無邪気に喜んでいるのが嬉しいのだろう。頬に浮かぶ笑みを隠しきれていない。

 

「俺はどこかのコックが作ったお上手な料理よりこちらの方が好きだけどな」

 

「もう……からかわないで、指揮官」

 

 台所に引っ込んでしまった。

 

「……うまい」

 

「おいしーい!」

 

 いつの間にか戻ってきていたエルドリッジとユニコーンが箸を手にしている。

 お子様コンビもどうやら気に入った様子だ。

 

「やれやれ、あっちに行ったと思うたら、もう戻ってきておったのか。……これはエレバスか。すまぬな」

 

「いえいえ。お子様にはこっちかしらね?」

 

 お椀に乗せたお米を差し出した。

 

「……早いな」

 

 指揮官が秘伝冷却水(酒)を口にしつつ彼女たちを見る。

 食卓を囲むのがこれだけの美少女ぞろいであれば、酒もうまくなる。まあ、幼女かもしれないが指揮官にとってはそのほうがいい。

 

「そう? ごはんって10分くらいで炊けるものじゃないの」

 

「1時間弱はかかるだろう。……魔族の技術かね? なにか、すごく地味だが」

 

「ふふ。電気を使わない炊飯器、ね。魔力を動力源にしているから、本当に似ているわ」

 

「ま、いいさ。今日くらいは呑もう」

 

「ーーええ」

 

 夜が更ける。楽しげな笑い声とともに。

 






いちゃいちゃシーンでした。
需要はこちの方が高いですかね?


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第20話 長門

 

 

 そして、夜が更ける。

 

「みんな、寝てしまったな」

 

 指揮官は縁側で風に当たっている。

 酔ってしまったというわけでもない。艦船の解毒機能はアルコールくらいは完全に分解できる。

 

「うむ。皆、眠った。疲れていたのであろうな」

 

 そっと指揮官の横に座ったのは長門だ。

 行儀よく正座している。一本背に芯が通った奇麗な姿勢だ。……見ていて飽きない。

 

「長門は疲れてない? エレバスと一緒に皆を風呂に入れてたのに」

 

「いや、あれは……エレバスがエルドリッジを連れて行ってくれたから、の。他は半分起きておったよ」

 

 二人して月を見上げる。

 十分飲んだ。まだ飲めるが……酒に人生を捧げたわけでもない。 

 それに指揮官はあまり酒をたしなむタイプではない。多くを飲んでも気持ち悪くなるだけで、あまり気持ちよくはなれない。

 

「……」

 

「……」

 

 空白の時間が流れる。それでも、嫌な気分ではない。

 

「指揮官は、よくやっていると思うておる」

 

 長門が居住まいを正して正面から語りかける。

 真面目な話のようだ。

 

「長門?」

 

「本来は、余がやるべきことかもしれぬ。桜重を束ねる者、その一人として……この世界と関わるべきと感じていた。けれど、指揮官の後ろにいることが心地よかった」

 

 長門は桜重の重鎮として、最終兵器であるほかに意思決定を行う機関としても働いていた。

 要するにこのメンバーでただ一人の”お偉いさん”なのだ。

 彼女に比べれば、指揮官でさえ現場リーダーといった側面の方が強い。

 

「別にいいさ。第一艦隊を束ねるのは俺だ。職責ではないかもしれんが」

 

 一方で指揮官はあくまで指揮官だ。

 政治にかかわるべきでないし、その判断もするべきではない。けれど、この異世界にあってはするしかない。

 なにせ、その判断をするべき大本営がどこにもない。

 

「じゃがな、指揮官はその教育を受けてはおらぬじゃろう? 知識はある。本か? それとも”ねっと”とやら。小説なんかも参考になるかもしれぬな。……けれど、それだけ。あなたは政治をする人間じゃない」

 

 長門は指揮官のことを看破している。もとより、そう複雑な人間であるとも自分自身が思っていない。

 ボロが出ないように丁寧に、ではなくボロが出ないレベルで大雑把にやってきた。適当すぎるから、指揮官に是非を問う以前の問題だ。現場がどうにかするしかない。

 それもこれも、指揮官に政治をするだけの能力がないからに他ならない。

 

「なら、長門は?」

 

「余は、(まつりごと)を執り行うべき人間じゃ。役目はもう譲ってしまったが……しかし余の妹はここにはおらぬ。ゆえに、できるのは余しかいない。じゃが……」

 

 言葉を切る。目を泳がせる。

 

「うん、それで?」

 

 指揮官は焦らない。

 ゆっくりと長門の言葉を待つ。

 

「まさか、”しない”とはな。まったく、恐れ入ったものじゃ指揮官よ。我々の力は世界に影響を与える。それでも、国を治めるはこの場所の人間と定め置き……我らをただの傭兵と扱う。十二神将と戦うだけにするために。我らという異物をどう受け止めるかを彼らに選ばせるために」

 

「――その通り。俺はそう望み、そう仕組んだ。魔族の者は頭がいいね、こっちにはこっちの目的があることを分かってくれた」

 

 指揮官は重々しいため息をついて続ける。

 

「まったく、他人を意のままにしたい人間が多すぎる。自分が正しいから? 自分に従え? 我も人、彼も人ならば勝手に動くのが当たり前なのに。他人を支配するなんてできないのに、どうして誰も人のことを放っておいてくれないのか」

 

「……指揮官」

 

 長門は目線を下げる。

 言えることはなかった。あの魔族も、味方ではない。

 敵の敵は味方なんて嘘を誰がついたのか。自分に従わないならすべてが敵だ、自分が偉いと勘違いするとそうなる。

 

「全ては無駄なのかもしれないな。ああ、別にいいさ。人が、他人にたったの一言を言われたくらいで変わるものか。どれだけ薄っぺらい人生だ、それは。ゆえに何も変わらない。きっと、世界はどこまでも窮屈になっていくだけで未来などない」

 

「……」

 

 ぽす、と長門が指揮官の頭に手を乗せた。

 ……撫でる。

 

「――長門?」

 

 その手をどけようとはしない。

 なでなで、と心地よい感覚があるが……どうにも気恥ずかしい。それでもなぜか、指揮官はその手をどける気にはなれない。

 

「指揮官はよくやっておる。指揮官が、私たちのためにやってくれてることは知ってるよ。言葉を尽くして何も変えられなくても……一緒に居てくれるから」

 

「……」

 

 指揮官は目線を横にやる。

 あまりにも気恥ずかしすぎてまともに長門の顔を見れない。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 指揮官は、やはり頭を撫でるその手を止めようとしないのだった。そして、おそらくアルコールが残っていたのだろう。こんなことを言ってしまう。

 

「月が、きれいですね」

 

「……ッ」

 

 長門が、顔を赤くした。

 

「なんだ、ネットでは有名な言葉だけどね。長門も知っていたのか。……もしかして、原文ーーというのもおかしいかな? 読んだこと、ある?」

 

「うむ……あるぞ。じゃが……えっと……」

 

 攻守が逆転した。

 今度は長門が顔を赤くして横を向く番だ。

 

「ふふ。これだと冗談みたいだから、ちゃんと言ってほしい? ああ、長門はかわいいね」

 

「あう……それは……言ってくれるなら、嬉しい……けど」

 

「じゃあ、こっちにおいで?」

 

「………………うむ」

 

 たっぷりと考えて、ちょっと自分の匂いをかいで臭くないことを確認したりもして。

 少し前に風呂に入ったのを思い出したのか、少しだけ頷いて。

 しずしずと近寄ってきた。もとから隣に座っていたのに、今はもう抱き合うような距離の近さだ。

 

「さ、こっち」

 

 指揮官はにやにやと笑っている。

 

「あう……うう……」

 

 長門は顔を真っ赤にして袖で口元を隠している。

 けれど、隠しきれないほど嬉しそうにしている。

 

「捕まえた」

 

 近づいてきた長門の手を取る。

 姿形を見れば、まるで子供。手も、こんなにも小さい。

 震える胸を見れば、膨らんですらもいない。威厳、それと巨大な艤装があるから大きく見えがちだが、長門は一人きりなら誰より幼げな少女だ。

 大人を前にして、何も抵抗できそうにないほど。

 

「……あ、指揮官。……近い」

 

「離さない。こっちを見て?」

 

 手を軽く引いてやると顔がすぐそこにある。

 まったく力を入れてないのだから、7割方長門のほうが動いている。指揮官が引っ張っているという言い訳はあるにしても。

 

「目、閉じて?」

 

「うむ」

 

 ぎゅっと、目をつむった。

 普通なら変な顔になってしまうが、長門は違う。

 とても可愛らしくて美しい。美人は得と、良くわかる光景だ。

 

「……」

 

 その唇に口づけた。

 

「……んー」

 

 長門は完全に息を止めている。

 真っ赤な顔が更に真っ赤になって、青白く変わる前に指揮官は口を離す。

 

「どうだった?」

 

「……すごかった」

 

 ぽー、として夢見心地。

 

「もう一回する?」

 

「……うん」

 

 キスをして、そのまま押し倒した。

 

「し……指揮官?」

 

 いやいやをするように頭を振る。

 とはいえ、本当に嫌なら実力行使するだけだ。長門は顔を真っ赤にしてそむけようとしているけど、すこし笑っている。

 期待しているし、ましてや拒否する木など微塵もない。

 

「何をされるかわかってるんだ?」

 

 服を少しまくり上げるだけでかわいらしいおへそまで見えてしまう、

 おなかをそっとなぞる。

 

「……ッ!」

 

 びくりと身体をふるわせて、嬌声を上げる。

 

「ねえ、長門。……いい?」

 

「……」

 

 小さな体を震わせて、顔を背けて……小さく頷いた。

 

 



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第21話 夜襲

 

 

 艦船たちはお屋敷と土地まで貰ってしまった。それは彼女たちの危険性を考えたうえで、それを上げるからどこか遠くに行ってくれという代物でしかなかったが……

 それがゆえに質が良い。十二分に楽しんで、今は誰もが眠る真夜中だ。

 もっとも、指揮官と長門はお楽しみの最中であるのだが。

 そしてそれはそれとして、闇夜に溶け込む影が二つ。

 

「ここから先は通行禁止。……もう夜だよ、ねむい」

 

「あの、ここはもうユニコーンたちのお家だから帰ってほしいなって」

 

 眠たげにあくびするラフィーと、彼女の背に隠れるようにして立つユニコーン。

 その言葉に対し、闇夜は静寂を返すのみ。

 何もない、どこにでもある風景……

 

「入っちゃダメ、聞こえなかった?」

 

 ラフィーが一歩を踏み出す。

 踏みしめた足が、地面を貫通する。そして、起こるはずの地震はない。

 空間が砕けた。

 

「……っが!」

 

 苦痛の声。

 空間からにじむように聞こえたその声は、とどのつまり悲鳴だ。

 位相空間に潜む特殊能力を、真っ向から力技で蹴りぬき、その衝撃が位相空間そのものを揺らす。生まれるのは三次元的な物理圧迫すら伴う地震だ。

 つまるところどんな特殊能力であれど、隔絶したレベル差の前では無意味と言う好例だ。

 

 蹴りは単純な物理攻撃と言えど、艦船の身体は別。その高レベルの神秘は小賢しい能力など歯牙にもかけない。

 基本、低レベルの特殊能力は純粋な高レベルには通じない。弱い力でも利用方法を見出してのジャイアントキリングなどは不可能だ。

 強者は強者で、弱者は弱者だ。この関係が覆ることはない。

 

「化け物が!」

 

 そして、ラフィーの足。その横からナイフを持った手が伸びる。

 足は位相空間に埋まっていて抜けない。

 ゆえに回避できるはずもない。その暗殺者はラフィーの足の腱を断ち、さらには袖に仕込んだクナイをユニコーンに投げ、離脱をーーそこまで考えて。

 

「ざんねん」

 

 ガキン、と鉄と鉄をぶつけたような音が響く。

 これこそ艦船と人間の差。

 彼は髪の毛ほどの傷さえ与えられればそこから侵入する毒と呪いを兼ね備えた、魔王すら殺すに足る”空間に潜る”凄腕の暗殺者だ。

 けれど、傷つけることさえ叶わないなら打つ手はない。

 

「……そんな」

 

 それは並大抵の一撃ではなかった。

 暗殺者であるがゆえに真っ向からの勝負には弱いが、それでも指揮官一行が遭遇した騎士団のリーダーなら頭の先から股間まで一刀両断にできるだけの威力はあったのだ。

 

「むだな努力、わざわざ遅い時間までごくろーさま」

 

 ラフィーは動きが止まった一瞬を逃さない。

 その腕を掴んで、引き上げた。

 ぐしゃり、と骨の砕ける音が響いた。

 

「……っぐぅ!」

 

 痛みで気が遠くなるが、目を見開いて敵の隙を探す。

 彼もちゃんとした暗殺者だ、激痛くらいでどうにかなりはしない。がーー完全に砕けているとなると腕は使い物にならない。

 折れたなら無理やり固定する手段も取れたが、これでは邪魔にしかならない。しかも、動くたびに砕けた骨が筋肉と皮を破り、中から外に飛び出してくる。

 

「ーーッシィ!」

 

 ゆえに、脚。

 靴に仕込んだナイフで目を狙う。

 古今東西、柔らかいところを狙えば目しかない。

 

「……っだめ!」

 

 爆発音が聞こえる前に蹴った脚が抉られ削られ、赤い蒸気と化す。それは音を置き去りにする銃弾。

 夜を住処とする暗殺者は音にも敏感だが、音さえもなければ認識すら厳しい。

 ユニコーンが手に持っていた艦載機の機銃が、そいつの脚を綿菓子のように吹き飛ばしたのだった。

 

「っづ! おおーー!」

 

 足がなくなった。この窮地において暗殺者はそれだけを認識した。

 あとは知らない。血の足りなくなり、激痛に焼かれる頭ではそれ以上は考えられない。

 ゆえに、あとは最終手段を使うだけだ。

 歯に仕込んだスイッチを起爆、さらに彼は忍者である前に魔族。魔力を暴走させての二重起爆はこんな木で組まれた家など一撃で跡形もなく焼滅させる。

 

「はい、それもだめ」

 

 掌低。頭を粉砕しないよう気遣われた一撃は顎を砕き、スイッチすらも破壊した。

 誤作動はない。

 そも、艦船としてはこの程度の爆発は喰らっても問題ない。長門の邪魔をしてしまうことになるが、まあそこは”できる”ほうにかけた。

 結果は成功、自爆を食い止めた。

 

「ユニコーン、周囲には……」

 

 その瞬間、ラフィーの足元で砕けていく空間。

 虚空に飲み込まれる直前、ラフィーのもとに飛ばした艦載機が爆発する。

 超高密度に圧縮した6000度の炎。それはありていに言えば魔法版スナイパーライフルということにもなるだろうが。

 

 

「しまった……!」

 

 ラフィーは虚空に落ちていく。

 ユニコーンも持っていた艦載機を失い、新たに出す必要があるのだが……

 

「っこれじゃ、飛ばす暇が……!」

 

 狙撃は連続する。

 走ってかわしているのはいいが、艦載機発進の暇がない。

 

 そして、ラフィーは位相空間の中へ。

 

「我らの任務は魔王の客人7名の始末。……だが、それも不可能となれば一つだけでも貰っていく! 闇とともに果てるがいい!」

 

 虚空の先、暗い泥のような渦がどこまでも続く空間。

 位相空間に潜り込むサイレントキラーの能力は、あの忍者のものではない。

 痩せさらばえた老婆のようなしわくちゃで醜い姿の魔女、その魔族の固有能力。

 

「そういうの、ラフィーは嫌い。相打ち狙いで勝てるとおもってるなら、大間違い。勝つ気のない者に勝利はないって、指揮官も言ってた」

 

 砲塔を構え、撃つ。

 

「無駄じゃ! この位相空間はどこにでもあってどこにもない! ねじくれておるのじゃ……どこぞへと飛ぶだけよ」

 

 ねじれた空間の中で砲弾の軌道が滅茶苦茶に曲がって、明後日の方角へ飛んで行った。

 攻撃を無効化した老婆はほくそえむ。

 魔王ですら恐れざるを得ない一撃だ、誇るに足る偉業であろう。けれど、それで満足してしまうなら先はない。

 

「あ、そ」

 

 ラフィーはそんなものにかまわない。

 撃つ。撃つ。撃つーー

 

「恐怖でおかしくなったか! そら、貴様はあと三分で終わりじゃ。この空間とともにねじれて粉砕され……」

 

 当たった。

 着弾点は腹。それも右の方だ。だから、頭とかろうじてつながっている左手が残った。

 

「計算した。弾道計算でどう撃てば当たるかは分かったよ。あなたたちはやっぱり十二神将とは違う、果てがある。……あれだったら、計算できないし、当たるほど近くもないはず」

 

 敗因はただの力の差だと。

 どうしようもない総合力の差で順当に負けただけだと冷徹に宣告した。

 

 

 

「うー。うーうーうー」

 

 一方、ユニコーンは逃げ続けている。

 一撃も当たっていないが、やはり攻撃に転じる暇がない。

 

「あう。これじゃラフィーちゃんに怒られちゃう。指揮官の役に立てないよう。ねえ、どうしようユーちゃん」

 

 腕の中のぬいぐるみに聞いても答えは返ってこない。

 人語を介するそぶりはあるが、ぬいぐるみだ、しゃべりはしない。

 

「……」

 

 敵のスナイパーは黙々とユニコーンを狙い続けている。

 超高圧縮した超スピードの弾丸は敵よりも先にスナイパーの心身を削る。艦船に傷をつけられるだけの威力、伊達でもなければ消耗は極悪だ。

 命すらも種火と燃やし、ターゲットを狙う。

 

「え? ユーちゃん、なんとかしてくれるの?」

 

 なにかぬいぐるみが身振り手振りで何か伝えたと思いきや、めきめきと巨大化した。

 ユニコーンの動きが止まる。

 スナイパーはチャンスを逃がさずに眉間を狙う。

 

「っわ!」

 

 ぬいぐるみの柔らかそうな羽がその弾丸を弾き飛ばした。見るからに布なのに、燃えてもいない。

 ユニコーンが艦載機を装填する。

 

「ありがと、ユーちゃん。艦載機さん、行って!」

 

 飛行する。6機編成。

 発進直後に一機撃墜された。

 けれど、なにもかまうこともない。本気なら更に6機、そして6機と追加していくだけだ。

 もっとも、この場合は不要だけれど。

 そして、スナイパーは更に2機を撃墜したけれども、あたりまえに残り3機に焼かれて戦闘不能となった。

 

「……勝った! わぁい、勝ったよ、ユーちゃん。ユニコーン、お兄ちゃんのお役に立てたかなあ?」

 

「じゅうぶん。……かえろ」

 

 位相空間から脱出したラフィーと家に帰る。

 

 

 

 そして、次の日。

 

「あれ、みんなそろってる? おひゃよ……」

 

 長門が指揮官にお姫様抱っこで運ばれてきた。

 

「うう……腰立たにゃい……」

 

 運んでも、いつものように正座はできない。ぐにゃりと机の上に倒れこんだ。

 相当のダメージを受けている。

 

「……」

 

 指揮官は何食わぬ顔をしている。

 しかし、何も聞くなと態度で示している。

 

「ねえねえ、長門ちゃん」

 

 ユニコーンが長門に近づいた。

 

「どうだった? ねえ、どうだった? そんなにすごかった?」

 

「ユ、ユニコーン。うむ……あまり、こういうことはな。その、大声では……」

 

「だってだって、気になるもん。ね、ね、ね? 長門ちゃん」

 

 指揮官がユニコーンの頭をぽんと叩く。

 

「あ、お兄ちゃん。……もしかして、だめだった? ユニコーン、悪い子?」

 

 しょんぼりとしてうつむいてしまった。

 

「そうだね。うん、悪い子のユニコーンには夜にたっぷり教えてあげるから、ベッドにおいで?」

 

「……ほんと? 二人きり?」

 

「うん、二人きり」

 

「わあ、楽しみ!」

 

 ユニコーンはパッと笑顔になった。

 

 

 



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第22話 羊娘

 

 

 和やかに朝食を終えた後、指揮官は雰囲気を真剣なものへと変える。

 ちなみに、朝食を作ったのはエレバスだった。

 実は鳥……饅頭の方がおいしく見た目もよく料理できるのは6人の秘密だ。指揮官には話していない。

 

「それで、昨夜に捕えた三名か。……まだ生きているみたいだな、碌に拘束していないとはいえ治療もしていないのに生命力が強いことだ」

 

 昨夜の三名については、適当に鎖で巻いて海岸の方で放置していた。

 家には入れたくなかったし、そこに放置して暗殺なり回収されるのならそっちでもよかった。

 指揮官には生かす義理も、死なせてやる優しさもない。

 そして結局、朝食を食べ終わってもまだそこに居たわけだが。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ユニコーン、がんばったよ。ユニコーン、偉い? いい子?」 

「ああ、ユニコーンは偉いな。ラフィーも、ありがとう」

 

 二人の頭を撫でてやる。

 お手柄であることは確かだ。まあ、艦船を脅かすほどの力はなかったとはいえ、指揮官は長門とのお楽しみを邪魔されずに済んだのだから。

 

「とはいえ、まあ……特に案があるわけでもないのだが」

 

「ふむ……尋問、するかの?」

 

 復活した長門の言葉だ。昨夜は指揮官が風呂に入れたが、もう一回入ってきた。

 多少なりとも頭がすっきりしたようだ。まだダルそうではあるものの。

 

「それ、必要? 聞くことある?」

 

 疑問を呈するのはラフィーだ。

 単純に疑問だ。そもそも知りたいことなんてあったか? と言う。

 

「うむ……まあ、魔族の事情なのか、魔王の罠かとか、色々あるが」

 

 長門は苦々し気だ。

 言い出しっぺではあるが、欲しい情報もそれほどない。

 政治状況を調べて、重桜のやり方を押し付ける気もない。悪いところの改善だけすれ良いと言われるかもしれないが、長門が居て、指揮官が重桜の方針に傾倒している以上はそうなる。

 

「魔族の事情は関係がないな。こちらが首を突っ込む必要はない、利用されるからな」

 

 大体、政治をしようと思えば色々動く必要がある。

 夜に”遊んで”などいられないくらいに。 

 だからやらない、指揮官にとってはシンプルな論理だ。

 

「でも、魔王の罠と言うのはないと思うのです」

 

 だから、この話に意味はない。

 ただの世間話の延長だ。目の前の敵を倒して、目先の平安を守るだけなのだからどこかの誰かの思惑を一々考える必要はない。

 

「まあ、そうであろうな。ならば、初めから爆発物でも満載した家を用意すればいい話じゃ。我らの力を試したと言うのも……」

 

「それは、魔王の方からちゃんと言ってくれればいいことです。演習なら受けるのですよ。こんな、暗殺者を使う必要はないのです」

 

「そうなんじゃよなあ。しかし、そうするといよいよ捕虜の扱いに困るのじゃが」

 

「聞く必要がないが、殺しても角が立つ。放置でいいか」

 

 そういうことになった。

 

 しばし、まったりとしていると扉をノックする音が聞こえる。もちろん、レーダーで監視しているからそれが誰かまで分かっている。

 いや、名前は分かっていないが。

 

「あのー。メア・フォン・メルリオセです。開けてくださーい」

 

 昨日の場にいた羊娘だ。

 声も、幼くかわいらしい。タイプとしてはユニコーンと似たような臆病なロリッ子タイプか。

 

「はーい。ちょっと待っててくださいー」

 

 同じタイプということを感じたのか、ユニコーンが駆け出して行った。

 もしかしたら、浮けれているだけかもしれないが。

 

「私も行ってくるのです」

 

 綾波も腰を上げた。

 この子の場合、純粋な戦略上の観点からだろう。ユニコーン単体だと接近戦に弱い。まあ、ここでバトルが始まる可能性はほとんどないが、隙を潰しておくのは習性に近い。

 

「お、おじゃましています……」

 

 とたとた、と急ぎ足でやってきた彼女は頭を下げた。

 

「礼儀正しい子だね。まあ、魚雷天ぷらでもどうぞ」

 

「は、はい。え……魚雷? 天ぷら?」

 

 羊娘は魚雷をてんぷらにしたものを前に、目を白黒させている。

 魚雷なんて見たことはなかったらしい。もしくは、爆発物を揚げてしまうのに驚いたのか。まあ、それは見た目だけで立派な食べ物だ。

 

「おいしいよ、メアちゃん。ほら」

 

 仲良くなれそうと感じたのか、ユニコーンはえらく積極的である。

 さくさくと、朝食はもう食べたと言うのにまた魚雷天ぷらを一つ取って、両手でもぐもぐと食べ始める。

 

「あ、ありがとうございます……? あ、おいしい」

 

 羊娘は目を白黒させている。

 

「お茶、どうぞ」

 

 エレバスがお茶を持ってきた。

 もうお母さんの風格だが、ロリ具合は他の子と変わらない。幼な妻……というレベルではなく普通に幼い。

 子供が一生懸命やっているようで、実に愛らしい。

 

「あ、どうもです……ええと」

 

 その娘は上を向いて考え込んでしまう。

 

「魔王のお使い?」

 

 指揮官はその娘を寄越されたことについて考える。

 とはいえ……単純に指揮官のことをロリコンと思っているのだろうと、簡単な結論にたどり着くほかないのだが。

 真偽はともかくとして。

 あの場に居たのであれば前提として実力は十分。政治分野の知識がなくとも、言伝には事足りる。

 要するに、丁度良いロリが居たから伝言役を与えただけ。ちゃんとした話は魔王城でやればいい。

 

「あ、はい。ええと、一週間後に会合をしたいと」

 

「承知した。まあ、十二神将の動きを掴めば外に出ているかもしれんが……できる限り優先することを約束しよう」

 

「……?」

 

 指揮官の言葉の意味を少し考えて。

 おおかた了承との意味を掴んで、ぱっと表情が明るくなる。

 

「あ! お、お願いします」

 

 深々と頭を下げた。

 ゆったりとしたローブが下がると同時に胸元も見えそうになり。

 

「「……」」

 

 丁度両隣に座っていた長門とラフィーに足をつねられた。

 

「あの! 指揮官さん、何か困ったことありますか? えと、魔王様に……あのできる限り、えと……べん……? べんぎ? を、ほれ? って言われてて」

 

「あはは。違うよう、メアちゃん。そういうのは便宜を……あれ? あれれ、なんだっけ」

 

 突っ込んだユニコーンも忘れてあたふたしている。

 

「ユニコーン、お主も忘れてどうする。便宜を図る、じゃ」

 

 そして、長門がまとめた。

 

「あ、それ! 便宜を図る、だよ」

 

 ユニコーンのテンションが高すぎる。

 

「そ……そうなんだ」

 

 羊娘は少し引き気味だ。

 

「しかし、困ったこと……ね」

 

 指揮官はしばし考える。

 

「何か、ありますか?」

 

「困ったこととは違うけど、砂浜に転がしてあるのを引き取ってほしいかな」

 

 苦笑いして言った。

 

「……? ええ!? あれ――バルさん、テオさん、クシャルダ様! なんで……」

 

 そっちに意識を向けたのか、魔力を感知したようだ。

 死にかけているのだから隠すも何もないだろう。調べれば分かりやすい。

 

「不法侵入者だ。もしかして、知り合いだったかな? アズールレーンには協定を結んでいない国の捕虜に対する規定はなくてね」

 

「え? だって、魔族ですから、皆知り合いみたいなものですよ?」

 

「…………へえ」

 

 指揮官は少し笑む。

 なるほど、そこまで人口減少……最初から増えていないだけかもしれないが。しかし、同種を増やすことにかけてはとても苦労しているらしいことが分かった。

 

「す、すごい弱って……! ど、どうしましょう?」

 

「医者でも連れて来ればいいんじゃないかな?」

 

 指揮官は完全に他人事だ。

 

「あ、そうですね。すみません、また来ます!」

 

 飛び出していった。

 

 



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第23話 会談

 

 

 そして、一週間を待たずに、魔王が指揮官の家の扉を叩いた。

 急いで来たのだろう、息が荒れている。もしかしたら羽で飛んできたのかもしれない。

 膨らみかけの胸に落ちる汗が何とも色っぽい。そう考えていると、隣にいたラフィーに足を踏んづけられた。

 

「す、すまぬ。同族が迷惑をかけた」

 

 魔王本人が頭を下げた。

 動かぬ物証があったとはいえ……王という存在が詫びるのは珍しい。

 なぜなら、詫びるとは間違いを認めることであり、間違いとは歴史書に刻まれる王家の汚点であるからだ。

 ゆえに、頭を下げることは通常ではありえない。あるいは、そもそも国家そのものが国民に見限られている場合ならば気にすることもないが。

 まあ――この場でなら、私人としての言い訳も通るかもしれない。

 

「いいや。頭を上げてくれ。こちらも手荒く歓迎しすぎたきらいはあるのでね。生きているのならよかった。お互い、水に流すこととしないか?」

 

 そして指揮官は、頭を下げられる王様は私人としては誠実な人だ、などとは間違っても思わない。

 奴らは汚点を残してさえ、惜しい人材だったというだけの話だろう。要はメリットデメリットの話だ。

 しかし基本的には勝手に戦端を開きかねない過激派はそれだけで大きなマイナスポイントだろう。

 それでも消してほしくないと言うのは、人材が全く足りていない証左に他ならない。

 

「ありがたい。そうしてくれるのか?」

 

 魔王はほっとしてため息をつく。

 幼い顔に似合わない苦労人の顔だ。

 そして、王様がそんな顔をするからには国民の統制ができていない。実際、できていないからこその暗殺紛いだろう。

 裏で手を動かした? 馬鹿げている、嘘をつくリスクが高すぎる。

 

「ああ、個人的に魔族とは末永く良い関係を築きたいと考えている。……頂いた家の雰囲気もいい、できるだけ捨てるような真似はしたくはない」

 

「うむ。感謝するぞ」

 

 それで、この話は終わった。

 魔王側としては内部統制が取れていないことが知られたことは大きなマイナスだが、指揮官側に"思惑”はない。

 政治思想を持っていないことはないが、時代遅れの現地人に教育してやろうなんて傲慢な考えを持っていない。

 結論、最初に言ったとおりの水に流す。

 力を示すも何も、最初から指揮官は魔族を滅ぼせるだけの武力を備えているのだから。

 

「しかし、まあ――人里の老獪な狸共は化かし合いが好みだが、私と君でそれを真似る必要もないだろう。ぶっちゃけ、腹を割って話さないか? 虚飾と回り道で話すのは苦手でね」

 

「うむ。そのようなものは脆弱な人間どもがやればよい。我ら魔族、力こそが全てとは言わぬが、(シンプル)こそ尊ぶべきもの。複雑怪奇に、回り道だの、派閥だの……魔族には要らぬ」

 

「まあ、人間もそればかりではないと思うがね。では、納得してもらったところで率直に尋ねようか。……君らは我々に何を望んでいる?」

 

「……率直に言おう。その刃を我らに向けないことを望んでいる。――そのためならば全面降伏ですら厭わない」

 

 そう、敵わない。

 そもそも敵として見れるレベルにすらなっていない。人間であれば、尊厳だの何だのと徹底抗戦を貫いたのかもしれないが、魔族にそれはない。

 

「本国と連絡が取れていないから、国を墜としても正直に言うと邪魔でしかないがな。俺も、国王などと言う性分ではない」

 

 そして、一方で指揮官も滅ぼすの何だのはごめんだった。

 ただ愛する少女たちと一緒に居たいだけ。死ぬの生きるのは勝手にやってほしいと、指揮官は思っている。

 

「ならば、破壊して終わると言うことだろう? 歯向かうものを皆殺しにして、それで去る。人間ならば、そこからでも立ち上がって栄えるかもしれんがな。我ら魔族に取っては不可能だ。……分かっているだろう」

 

「君たちは人口が少なすぎる。これは完全に予想だが、出生率も低いのではないかね? 技術があり、好き勝手に開発しても……それを必要とする人口がないから未来には繋がらないな」

 

「まったくもってその通り。賢しげな者などは成長限界などと言うよ。魔族は魔導工学を極めたがゆえに、種としての寿命を迎えてしまったと」

 

 それが、魔族としての問題点だった。

 要は日本の少子高齢化によって起こる社会的な問題を技術、もしくは種族性質で克服したがゆえの八方ふさがりだ。

 日本では老人が増え子供が経ることで労働力のバランスが崩れ始めているが、魔族は魔導工学によっていつまでも現役でいられる上に寿命も増えたし、そもそも労働は魔導人形に任せればいい。

 だからこそと言っていいのか、さらに少子化が拡大した。

 人口が少なくなっても問題点を技術で解決していったから……今更子供を増やせない。誰も産まないし、産んだとしてそもそも母数が足りない。

 結果は穴あきだらけのチーズのように人口が分散する国だ。

 

「……人間を遥かに上回る力を持ちながら、未来は増え続ける人間に圧殺されるだけか。一発逆転でもするつもりかな?」

 

「知らん。数が少なくても、魔族は個人主義じゃ。全体としての方向性はあっても、魔王が全てを決めているわけではない。……研究しているものも居る、そのために戦い続ける者も居る」

 

「やはり、そうなるな。……だからこその全面降伏か?」

 

「どう考えても魔族に益する未来が見えんからな。人間のように嵐に馬鹿正直に拳を振り上げて、意味もなくくたばることに高尚さを見出す趣味趣向はない」

 

 二人とも苦笑した。

 本来なら、話は終わりだ。

 

 ――つまり、見て見ぬふりをしようと言うことだ。

 

 魔族は魔族、艦船は艦船で別の生き物として生きていく。

 それは自然な形かもしれなくて、知らない何者かを敵視せずには居られない人間では不可能なことだった。

 

 だが、指揮官の思い付きで事態は動く。動いてしまう。

 

「……そうだ、人間と和平する気はないかな?」

 

 繰り返す。指揮官に思惑等はない、政治的思考の強制も考えていない。

 単純にこれは”かっこいいから”と言う理由しかない。

 そういうの、艦船は好きだろうと言う適当な――思い付き。

 

「……なに」

 

 だが、言われた側としてはたまったものではないのだ。

 馬鹿げているとしか言いようのない話だが、戦争で親を失った子供が戦争根絶を叫ぶより、核ミサイルの発射スイッチを弄びながら言う世界平和の方が”言葉が重い”。

 まるであべこべだ。

 悲しみも、苦痛も、何より真剣さがまるで違うのに、その子供は同情こそされても、世界に影響力を持ちはしない。

 けれど、人の命を屑同然と思うような、戦争の権化と言えるような強大な兵器の所有者が平和を叫んだならば、権力者たちは聞かざるをえない。

 ……なぜなら、野垂れ死ぬ子供は鼻で笑ってやればよいが、兵器の方は向けられたら本当に死んでしまうのだ。

 

「まあ、考えてくれるだけで良いさ。君たちも、十二神将の脅威を前に無駄な出血を強いられたくはないだろうと思ってね。なにせ、俺たちは話の通じる第三者だ。中立とは敵対でしかないが、両者の敵がいるならば、できることもあるだろう」

 

「さすがに、それは……考えさせてほしい。じゃが、魔族全体をコントロールするのは難しいと言わざるを得ない……な」

 

「当たり前だな。……人間とてそうだろう。そして、それは金で解決すればいいことだ」

 

 つまり、その世界平和の条約ができたとして、破った者には罰金刑を化してしまえばいいだろうと言う滅茶苦茶だ。 

 実現すれば間違いなく素晴らしいことであるはずなのに、敬意も熱意も一切がない。

 

「……お主は。なるほど……人でも、魔族でもないな」

 

「俺は艦船だからな」

 

「よかろう、前向きに考えよう」

 

 魔王は深々とため息をついた。

 

 

 



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第24話 海辺

 

 

 

 魔王は帰った。

 そして、羊娘のメアは残されていった。別に人質と言うわけでもない。とはいえ指揮官に口説くなと言っているわけでもなく、つまりはまあなるようになれと言うわけだ。

 魔族の国に一々何かに介入しているだけの余裕はない。

 

「……えと、宜しくお願いします?」

 

 ちょこん、と首をかしげる姿が可愛らしい。

 頭についている丸まった角の横で、髪の毛がぴょこんとはねている。

 

「なにかあったら、私に言ってください。……あの、私、これでも魔術は使えるので空間転移は使えますから」

 

 それは裏を返せばいつでも逃げられるということだ。もっとも、それを攻撃に転用しようにもレベル差の恩恵で転移自体が完全に無効化されてしまう。

 逆に言えば、逃走の異能を持っていても無理やり”できる”。

 

「……ほう」

 

 指揮官が反応した。

 

「「……」」

 

 横に立っている綾波とエレバスが指揮官の足を踏んで止めた。

 指揮官にとっては純粋に空間転移についての興味だったのだが、まあ――長門に手を出している上にユニコーンとも約束している以上、信頼なんてないだろう。

 ちなみに、艦船はレベルが高すぎて空間転移なんて阻害してしまうから、タクシー代わりになることはない。

 

「あの、メアちゃん。……あそぼ?」

 

 ユニコーンがうずうずしている。

 目線はちらちらと砂浜の方を見ている。

 泳ぎたがっているのかとも思うが、残念なことに水着はなかった。まあ、艦船としての本能で顔を水につけることに忌避感を持っているから、砂浜で十分遊べるだろうが。

 

「……エルドリッジも」

 

 そのまま二人の手を引いて歩き出してしまう。

 羊娘は戸惑いながらも手を引かれるままついていく。

 砂遊びを楽しみにできるあたり、実年齢は分からないが、精神年齢はと言うとユニコーンとそれほど変わらなそうだ。

 

 やがてきゃっきゃと笑いながら砂浜で遊び始めた。服が汚れるのもおかまいなしだ。

 

「無邪気だね」

 

 指揮官は苦笑する。

 さすがにあれに混ざれるほど子供ではない。

 とはいえ、綾波やラフィーのようにゲームに興じる気もない。

 ねだられたならともかく、今はこの子たちを眺めていた方がよほど有意義だ。現代であったら通報されかねない絵面である。

 

「たしか、倉庫の方にビーチチェアーがあったかな」

 

「うむ」

 

 ちょこちょこと長門がひよこ=饅頭を引き連れてついてくる。

 親ガモについてくる子ガモ、についていくひよこと……中々に可愛らしい。

 ときおり腰をさすっているのが、少し年寄り臭いが。

 

「……何を見ておる//」

 

 顔を赤くして、恥ずかし気に抗議された。

 まあ、原因は昨日やりすぎたことだろう。指揮官はまったくダメージを受けた様子もないから、これもチートなのだろうが。

 お決まりとはいえ、夜のチートは少々あれだななどと指揮官は思う。

 

「長門はどれがいい?」

 

 倉庫はよく手入れされていて万全の状態だ。

 注意深く見るとほのかに燐光が走って魔術式が見える。魔族の卓越したテクノロジーの賜物だった。

 すさまじい技術だが、審美眼の方はそれほど変わっていないらしい。

 指揮官としてはよく見るようなビーチチェアーとしか思えなかった。特に美術品に興味もなければ、見る目もない。

 

「……ほう。これは中々。……おおう、これも良いな」

 

 だが、長門のはしゃぎっぷりが中々に愛らしい。

 スカートを気にせずしゃがみこんだり、ものを踏み台にして上がったりするものだからスカートの中身がちらちらと見えてしまう。

 

「余を飾り立てるには少々足らんが、まあ及第点ではあるか。うむ、余はこれにするぞ! 饅頭よ、これを持てい!」

 

 長門は胸を張って意気揚々と歩いていく。

 その後ろを数匹の饅頭がビーチチェアを神輿のようにかつぎつつついていく。

 饅頭たちは翼を器用に手足のように動かして、危なげもなく歩いている。

 

「と、これにするか」

 

 指揮官は適当に見繕ったものを持って長門に並ぶ。

 人間にとっては一苦労でも、艦船ならばこの程度の重量は綿と同じだ。

 

「……さすがに、饅頭たちにパラソルを立てるのは難しいかな」

 

 その小さな翼では砂浜に突き立てると言う行為は難しかったらしい。

 ちょこちょこ動いてどうしようかと仲間うちで相談らしきものをしていたが、指揮官が受け取って突き立てた。

 

 二人、パラソルを挟んでビーチチェアに寝そべる。

 二つが近すぎて、傘の柄を挟んだダブルベッドみたいになっているが突っ込む者は誰もいない。

 半分おしくらまんじゅうのようなものだ。見るものが見れば悲鳴を上げるかもしれない。このロリコンめ、と。

 並んで砂浜で遊ぶ三人を見る。

 

「エルドリッジとユニコーンも楽しんでいるみたいだね」

 

「うむ。メアという小娘も溶け込んでおるな。ようも三人で仲良く砂の山を作っておる。……微笑ましいな」

 

「砂山、というには少し形が歪つだね。……あれは定番だと、お城かな?」

 

「いや、アレは違うのではないか? 余は饅頭に見える」

 

「饅頭はメアが知らないだろう。妙に凸凹している。……もしかして、羊を作ろうとしているのかな」

 

「いや……それは……アリなのかの。というか、可能か? ラフィーあたりならば、しれっと作り上げても驚かんが」

 

 無駄話をしている。

 ちなみに、日光に関しては問題がない。艦船は人間ほど肌が弱くない。太陽光ごときに後々まで残るようなダメージを負わない。

 逆に日焼け姿を見れないと言うことになるが、指揮官にそういう趣向はなかった。

 

「どうぞ、指揮官」

 

 エレバスが南国のようなドリンクを持ってきた。

 フルーツが飾り付けられていて、割と本格的である。最近、彼女は中二キャラからロリお母さんキャラになってきている。

 まあ、こういう面倒を見るようなことができるのが彼女だけなのだ。指揮官? 三食を魚雷てんぷらと水だけで過ごしかねない奴には無理だ。

 

「はい、長門も」

 

「うむ、礼を言おう」

 

「いえいえ」

 

 エレバスは自分の分を持って、指揮官の隣に腰を下ろす。

 ビーチチェアはそこそこ大きな造りをしているが、指揮官は大人だ。その横には子供一人分の隙間もない。

 そこに無理やり乗るから、お尻が指揮官に押し付けられる。

 

 なお、長門のビーチチェアは本人が指揮官の方に寄っているから、詰めるまでもなく子供一人分のスペースは空いているのだが、エレバスにはその選択肢はないらしい。

 

「……エレバス?」

 

「なにかしら、指揮官」

 

 聞いた方が疑問に感じるような、自然な態度だった。

 指揮官はまあいいか、と腕をエレバスのお腹に回す。本来の肘を置く場所はエレバスが足をかけていた。

 それに落ちそうであぶなっかしい。まあ、別の意図もあるが。

 

「……指揮官。余を無視するでない」

 

 長門がぷっくりと頬を膨らませて、指揮官の逆の手を突っついている。

 捕まえて、握りしめてやった。

 

「ぶ、無礼者め。……じゃが、指揮官ならゆるしてやろう。……特別じゃぞ?」

 

 小さな手が握り返した。

 昨日散々むさぼった身体は、今日もとても魅力的だった。普段から露出の多い服を着ているが、水着でないのが残念だった。

 それでも、突き出した真っ白で小さな足は魅力的でまばゆい。

 

 もしかしたら、部外者の羊娘がいて良かったのかもしれない。

 そうでなかったら、暴走していたかもしれないから。

 

「……のどかだな」

 

 指揮官がつぶやく。

 飽きることなく三人の砂遊びを身ながら、手は離さない。これ以上はないくらい贅沢な時間の使い方だった。

 ……ロリコンにとっては、だが。

 

 そして、2時間が立った。

 

 きゅう、と可愛らしい音が長門のお腹から聞こえた。

 

「……ッ// にゃ、にゃあ……」

 

 顔を真っ赤にして呻いている。

 

「ち……ちが……! これは違うのじゃ! えと……あの……そうじゃ、主じゃ! 主の腹の音じゃ、饅頭!」

 

 チェアの横でうつらうつらしている饅頭を指さした。

 饅頭は指さされて驚いて、飛び上がってしまう。

 

「……」

 

 饅頭はぶるぶると首を振っている。

 ひよこの首でそんなに激しく振ったら折れてしまいそうな気もする。

 

「お前も腹が減ったか? 3人も呼んで昼食にしよう」

 

 指揮官はその饅頭を掴んでついでにエレバスも小脇に抱えて歩く。

 昼食はメアの空間転移魔法を宅配代わりに使った。

 

 

 早々に食べ終わったユニコーンが甘えるように抱き着いてくる。

 

「ーーお兄ちゃんも、いっしょに遊ぼ?」

 

 上目遣い、中々に威力が高い。

 

「ああ。いいぞ」

 

 もちろん、指揮官は断らない。

 エルドリッジとメア。そして回復したらしい長門も一緒に水遊びをする。

 ぱしゃぱしゃと水をかけあう遊び。

 たわいもないが、彼女たちは楽しそうだ。

 

「……? どうしたの、お兄ちゃん」

 

 その中で、ユニコーンが指揮官の方を見つめる。

 では、指揮官が何を見つめていたかというと……ユニコーンの透けた胸なのだが。

 全員、ブラなどしていない。明らかにユニコーンだけは必要な気がするが、好みではないのか付けていない。

 薄いキャミソールくらいでは隠せない。しかも、無邪気に遊んでびしょびしょになっているのだから、なおさら。

 

「ーー」

 

 指揮官はどうしようかと悩んで。

 

「ユニコーン、ちょっと向こうの岩陰に行こうか」

 

 すでに吹っ切れている。

 もう人として終わっているのだからなおさらだし、そういう意味では最悪な発言までしていて。

 しかし……それを聞いてユニコーンは浮かれ呆けているのだから。

 ーーつまり、まあ指揮官を邪魔するものなど何もない。

 

「……あっち?」

 

 彼女は疑問符を浮かべて、向こうを見る。

 人の一人や二人は完全に隠せるような大きさの岩を見て。

 

「うん。分かったよ、行こ」

 

 顔を赤くして、けれど精一杯気付いていないふりをして指揮官の腕をとる。

 そのまま恋人がやるように腕をからめて胸を押し付ける。

 濡れて張り付いてる服の下の感触が伝わってくる。

 

「指揮官、疲れた?」

 

「いや、エルドリッジはこちらじゃ。ほれ、そっちで遊ぼう。メアも、な」

 

「うん」

 

「え? え?」

 

 哀れ、小さなメアは意味も分からず連れていかれる。

 まあ、普通に考えて教えるようなことでもないだろう。間違えなくても長門はメアより小さい子に見えるのが、指揮官は少々どころでもないアレな証だが。

 

「ーーユニコーン、分かってるだろう?」

 

「な、なんのことだかわからないよ。お兄ちゃん。ユニコーン、いい子だから分からない……ほんとだよ?」

 

 むしろ自発的に岩場の影まで連れてこられたユニコーンは顔を赤くしてあたふたしている。

 今更、だし何も抵抗していない。むしろ煽るような真似までしておいて。

 

「期待しているくせに」

 

 指揮官はユニコーンを拘束するような真似はしない。逃げようとしたら、そのままやめるつもりだった。

 それが指揮官なりの倫理観。もちろん、そもそも襲う時点で言い訳は聞かない犯罪者だ。

 ユニコーンの顎を軽く持ち上げて目線を合わせる。

 

「……き、期待ってなんのこと……かな……?」

 

 彼女は目をぎゅっとつむっている。

 唇は震えて……端から見れば怯えているような光景だが、小さな手で指揮官の服の端をつかんでいる。

 うるんだ目は隠しきれない期待を伝えてくる。

 

「じゃあ、このままやめてもいい?」

 

「それは、やだ……ユニコーン、悪い子でいいから、してほし……ッ! ンッ」

 

 顔色を窺うようにほんの少しだけ目を開いた一瞬に唇を奪った。

 むさぼるように小さな唇に吸い付いて離さない。

 ユニコーンの小さな手は指揮官の服を掴んだまま離さない。

 

「ユニコーンは悪い子なんだ?」

 

 ニヤニヤと笑う指揮官がユニコーンの服に手をかける。

 

「うん……! 指揮官がしてくれるなら、ユニコーン悪い子でいいよ。……たっぷりお仕置きして?」

 

 する、とそのまま服を落とす。

 ユニコーンが自らそういうふうにした。

 

「罰をねだるなんて、ユニコーンは本当に悪い子だね。夜に教えてあげると約束した分も含めて、たくさん身体に刻んであげる」

 

「……」

 

 彼女は顔を真っ赤にして、こくりと頷いた。

 

 

 



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第25話 夕食は?

 

 そして、2時間後。

 ”遊び”疲れたユニコーンは指揮官と一緒にビーチベッドで眠った。

 他のメンバーはビーチバレーで遊んだ。

 そして、夜。

 

「どうぞ、魔を統べる者からの貢物よ」

 

 最近中二具合が薄れて来たエレバスが仰々しくも出してきたそれは豪勢だが……明らかにアレだった。

 

「鰻に牡蠣はいいいとして、これは……スッポン鍋か? 何を頼んでいるんだ。というか、魔王にどう依頼したんだ」

 

 指揮官としては少し頭が痛い。

 何を期待しているかなんて、言うまでもないラインナップだろう。

 

「え? エレバスちゃんから精の付く食べ物がいいって言われたから、ヴァーシュレイト様からお勧めされたお店のを空間転移で運んだだけですけど」

 

 そして、羊娘は隠さない。というより、言葉の意味を分かってはいても理解できていない。

 

「なるほど、エレバスの犯行だったか。……くだらないことを頼んですまんな、メア」

 

「いえいえ。私の空間転移なんて、それこそ食事を持ってくることくらいしかできませんから……」

 

 そういう彼女は心なしか頭の横の羊の角が垂れ下がっているような錯覚を覚えた。ちなみに、長門やユニコーンが触ったところ硬いという感想だけだった。

 ちなみに指揮官も触りたがったが、もちろんインターセプトされた。代わりに長門の狐耳を心行くまで触っていたが。

 

「すごい力だと思うよ」

 

「確かに重量や大きさに限界があろうが兵站の常識を破壊できる能力だと思うがな」

 

 この能力は艦船たちには好評だ。

 

「……でも、戦うのは怖いし、皆強くて人間の住むところに行ってもごはんは自分で取ってこれるから」

 

「おいしいもの食べる。それだけでも大違い」

 

 ラフィー。軍事という意味においては艦船たちは一家言持っている。 

 人間が人付き合いを学ぶように、艦船は軍事を学ぶ。否、艦船の場合は生まれた時から知っている。

 

「まあ、おいしいものを食べられるだけでも君の能力は役に立っているよ」

 

 指揮官がまとめた。

 彼としては核爆弾さえあれば十二神将に通用する能力だろうと考えたし、実際にそれさえあれば冥府門番の前には無力でも、死氷降世にはダメージを与えられるはずだ。

 とはいえ、気弱な彼女としてはそういうことを言われても困るだろう。そう考えた指揮官の言だったのだが。

 

「あら? 私の料理の味は口に合わなかったかしら」

 

 エレバスが睨んできた。

 そして、他の子にも睨みつけられる。どうやら他人にナンパみたいな言葉をかけたのが気に入らなかったらしい。

 

 指揮官としては基本的に味方は褒めるスタンス、教育方針といってはおこがましいが”ほめて伸ばす”スタイルだった。

 例えば自分に厳しく他人にも厳しいなどと勘違いしている人間などは、褒めることなど論外で絶対に叱りつけなければいけないと信じているテンプレートもあるが……指揮官はそうは思わない。

 そして、今の言葉はそんな意味しかない。とにもかくにも適当に褒めて話を終わらせただけだったのだ。だが。

 

「……」

 

 少し、天を仰ぐ。

 嫉妬は多少心地よいが、しかし雰囲気が悪くなるのは勘弁だというのが指揮官の本音。

 

「別に、好きにしてくれてかまわない。望むならいくらでも料理を頼めばいいし、作りたいなら作ればいい。……俺は、朝食くらいは皆が作ってくれたほうが嬉しいけど」

 

 指揮官は恥を捨てているところがある。

 まあ、ロリを囲っている時点で今更だ。それが負担になるかもしれないから何も言わなかったけども、この子たちの料理を食べたいというのは本心だ。

 この言葉を吐いた時点で、明日から料理することを強制することになったのは心苦しいけども。

 そう、強制だ。あくまでそっちのほうが好きという形で言ったけど、彼女たちが指揮官の言葉に逆らうはずがない。

 

「……もう。私、別に料理が得意なわけでもないのだけど」

 

 刺したと思ったら、刺されていたという具合だ。顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。

 エレバスとしてはちゃんとした料理を前に、少し失敗してしまう自分の料理は恥ずかしい。そして、他の子はそもそも包丁を握った経験すらもない。

 

「別に、俺は豪勢な料理を好んでいるわけでもないからな。……実際、時間がなければこれじゃなくてレーションでもかまわん。正直、食にそれほど興味があるわけでもないのだよ」

 

 これは指揮官となった男の言葉。

 飽食の日本に生まれ、富裕層でなくとも貧乏でもなく、そして男の一人暮らしだった彼の食生活は料理屋かコンビニ中心で、食べることに飽きてしまった。

 高級のは違う? そんなものは興味ないし、そして興味のない人間が食べるならコンビニも高級料亭も50歩100歩だろう。言い換えれば舌が貧しいことになるのだろうが。

 だからこそ、作り手が別なら話も別だ。

 指揮官の興味は食事の雰囲気、そして誰が作ったかにしかない。

 

「……卑怯」

 

 エレバスは顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

 もちろん、指揮官が本気で言っていることは艦船たちには分かる。どれだけ見ていると思っているのだ。

 指揮官は嘘は吐かない。

 少なくとも、ただの6人しかいない艦船たちには誠実であろうと心がけている。

 

「……」

 

「……」

 

 一方、他の子たちはどう料理をしようかと相談していたが。

 

「まあ、別に最初はサラダとサンドイッチだけでいいんじゃないか? 俺も手伝うさ。あとは、凝ったものは作りたくなったら作ればいい」

 

 指揮官は適当に鍋から具を取って口に入れる。

 

「ほら、これも味は悪くないぞ。珍しいものだから、味わって食べるといいいさ」

 

 他の子も食べ始める。

 

「……うまい。うまい」

 

 エルドリッジが鰻を一本丸かじりしはじめる。

 きちんと調理されたかば焼きだ。ちゃんと高級店のものだから、質は指揮官が地球で食べていたものとは比べ物にならない。

 

「これも食べるか?」

 

 すぐに食べ終わってしまって悲しい顔をしていたエルドリッジに指揮官が自分の分を差し出す。

 

「ありがと、指揮官」

 

 躊躇なく食べた。

 目を白黒させている子もいるが、やったのが指揮官だから何も言えない。

 

「……で、エレバス。これはなんだ?」

 

 ちゃぽちゃぽ、と瓶を揺らす。

 透明な液体には蛇が入っていた。

 

「なにか、有名な品らしいわ」

 

 彼女は目をそらした。

 

「ハブ酒かなにかか。いや、まあ……そういう品であることは予想がつくか」

 

「お酌するわ」

 

 さらりと奪われ、注がれていく酒。

 

「……」

 

 ちらりと全員を見るけど、目をそらされた。

 どうやら、これを飲みたい子はいないらしい。

 メアはすこし好奇心がありそうだけど。さすがに彼女には飲ませられない。小学生みたいな背格好のくせに、いつのまにか酒を口にしているラフィーとは違うのだ。

 

「はあ。まあ、毒でもあるまい」

 

 杯を干した。

 

 食後、まったりとした時間が流れる。

 皿は全てメアが送り返したから皿洗いの仕事はない。 

 指揮官が廊下で月を眺めていると皆が集まっていた。

 

「……そろそろお風呂に入ったほうがいいわね。私は少し後片付けするわ」

 

 エレバスがキッチンに引っ込んだ。

 

「指揮官、お風呂はいろ」

 

 エルドリッジが抱き着いてきた。

 

「悪いが、皆で行ってくれるか? 後でエレバスと入るから」

 

 台所からガシャンとコップの割れる音が響いてきた。

 

「ん、分かった」

 

 そして、皆は行ってしまう。

 

「し、指揮官……?」

 

 扉の向こうから、こちらを伺うように顔を半分だけ出している。もちろん、顔は真っ赤だ。今日はずっと顔を真っ赤にしている気がする。

 

「あんなものを飲ませてくれたんだ。期待しているんだろう?」

 

「う……それは……だって、みんな望んでいることよ?」

 

「なんだ、エレバスは嫌か? それなら我慢するが」

 

「そんなことはないけれど……」

 

「エレバス。こっちにおいで?」

 

「うう……はい……」

 

 消え入りそうな恥ずかしそうな声で、それでも指揮官の隣に座る。

 

「今日の夜は長くなりそうだ」

 

「……ッ!」

 

 指揮官は横におとなしく座っているエレバスを抱きしめた。

 

 



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第26話 ケンカ屋登場

 

 

 この世界は十二神将の襲撃があり、その一撃で人類国家は混乱状態に堕ち、更に悪いことには内乱に疑いに端を発した戦争の勃発など、地獄絵図が起きているのだが。

 活発化した魔物の襲撃、この絶望的な状況で生き残るための国家規模での略奪と、弱者の淘汰。人類史上かつてない程の速度で貴重な命が失われていく。

 そして、その中で大切な人を守るため、魔族を殺すために立ち上がる勇者たち。人は誰でも他人のため、人外をぶっ殺して宝物を略奪する”勇者”になれるのだから。

 しかし、それは人類の領土での話。

 

 ……逆に、魔族の領土では人類へ総攻撃をかけるために散った同志を集結させている。数が少なすぎて分裂できるほど複雑な組織を作れないのだ。

 不確定要素=指揮官をはじめとする艦船は監視できている。

 ならば、後はそいつらがおとなしくしているうちに人類を撃滅すればいい。

 魔王は最強の存在で、ゆえにこそ尊重される。殴られたら殴り返す、の単純な理屈で歴史として刻まれた恨みと憎しみが大爆走する。

 ……もはや、どちらが先に殴ったかなど忘却の彼方にあったとしても。

 

 

 

 だが、一方で指揮官と艦船たりはと言うと……

 今日も、のどかな一日を享受していた。

 満ち足りた生活だ。家があって、皆がいる。それ以上に望むことなど何もない。指揮官の殺意もそれを守るためだ。

 セイレーンが作り上げた十二神将と艦船の蟲毒と信じて疑わないからこそ、なんとしても十二神将は殺す。

 

「今日はどうする?」

 

 朝食後、思い思いに過ごしている。

 とはいえ、指揮官は人気だから山になっている。まるでおしくらまんじゅうだ。もちろん、指揮官はこの現状に深く満足していることは言うまでもない。

 メアはユニコーンと手遊びをしている。ユーちゃんを頭の上にのせて。指揮官の膝の上に座りながら。

 もちろん、逆側にはラフィーが乗って綾波と一緒に指揮官に身体を預けながら、ゲームをしている。

 

「今日も今日とてゲームをするのです。指揮官もしましょう」

 

「おすすめ」

 

 二人は相変わらずである。

 

「砂遊び!」

 

 ユニコーンは無邪気だ。

 

「おひるね」

 

 エルドリッジはまだ寝ぼけている。

 

「むにゃむにゃ……」

 

 長門は指揮官の脚に頭を載せて寝ている。

 

「……ふふ。みんな、おねぼうさんね?」

 

 エレバスは微笑を浮かべているが、ひざが笑っている。

 昨日の夜は大分こたえたらしい。

 まあ、次も指揮官は手加減する気などないが。いや、言えば甘い指揮官は嫌とは言わないが、それで回数が減るのを嫌がるのは彼女たちだ。

 だから、逆にもっともっととしか言わないだろう。

 

「動けないし、ゲームでもしようか」

 

 そういうことになった。

 

 そして、二時間もたてば外に出る。

 お子様組がうるさくなるからだ。まあ、指揮官としてもゲームをするより遊ぶ子を見ているほうが目の保養になる。

 

 けれど。

 

「お、やっと出てきたな。ちょっと待たせてもらってたぜ」

 

 金髪、革ジャン……とてもチャラい男が家の前に居た。

 気配はずっとあった。普通に歩いてきただけの人間としか思えない。魔族ならば誰もが持つ魔力の波動を持っていない。

 そして、十二神将はと言うと、これまでに会った二体は常人ならば心が砕けるほどのプレッシャーを常に纏っていた。高レベルというのはそういうものだ。

 艦船たちがそうでないのは、人を守るために生まれ、さらには元々気配も何もない鉄の塊であったからの種族特性に過ぎない。

 

「……チャイム鳴らせば?」

 

 指揮官としては、呆れてそう言うほかない。

 今は夏真っ盛りだ。そいつはうっすらと汗をかいていた。

 浅黒い日焼けした肌……は、普通にそういう人間で、特に裏も何もないだろうが。

 

「ん? ああ、あれか。あいにくと人間の風習にゃ、あんなもんないんでね」

 

 けらけらと笑う。

 勝手に何かすごく楽しそうだ。生きているだけで楽しいなら、なんともうらやましいことである。

 嫌味のない笑顔というのはこういうものを言うのだろう。

 

「ああ、そう。でーー何の用?」

 

 指揮官の目は冷たい。

 男だから、ということは否定できないが、そもそもそういう陽気な雰囲気は大嫌いだった。

 嫌いだからといって叩きのめすようなことはしないが、殊更にしゃべろうという気も起きない。

 

「は! 知れたこと。男と男が向かい合えば、やることは一つと決まってるだろうがよ!」

 

 そいつは拳を握って構えをとる。

 隙だらけのそれは見るからに自己流で、つまりケンカ殺法だ。けれど、人を殴るのに慣れている。

 生半可な武術など無用、度胸と腕っぷしだけで十分と主張するかのように楽しそうに笑っている。

 

「そんなものは知らんが」

 

 指揮官は艦船たちを後ろに下がらせる。

 嗜虐的な笑みが浮かぶ。そんなスポーツ的なものに興味などないが、しかし嫌いな相手を叩きのめすのが嫌いなやつはいないだろう。

 

「さあーー楽しく喧嘩しようぜえ!」

 

 大きく拳を振りかぶって、一直線に向かってくる。

 まったくためらいのない動き、度胸だけは一人前だ。そして殴られることに不慣れではない。

 後の先を取り、拳を入れたとしても止まりはしないと確信できる。

 

「そうか。まあ、お前みたいなやつを殴ってやるのも楽しそうだな?」

 

 迎え撃つ。

 相手など関係ないとばかりに最速で最大威力の拳を叩き込んだ。もちろん、艦船としての力は使っていない人間の範囲だ。

 彼が使うのがケンカ殺法だとしたら、指揮官が使うのは人形じみた理想値をなぞるだけのロボット拳法だ。

 いつでも理想の動きができるとなればあらゆる格闘家にとっては垂涎だろう。

 ケンカ殺法などとは完成度が違う。

 

「はっはァ! やる気になったようだな! いいぜ、どんどん行こうぜ!」

 

 そいつは踏みとどまり、お返しとばかりに指揮官の腹に拳を叩きこんだ。

 理想的な動きは格闘家にとっては珠玉だが、しかし武術が”奇麗な動きを出来れば完成”だなんて底の浅いものであるはずがないだろう。

 つまり指揮官の拳は読みやすいのだ。

 手練れであればあるほど、今度は理想的な動きから外れていくのだ。型を守り、既存の型を破り、ついには師の教えを離れ行く。

 武道の守破離において、理想的な動きなど初めの一歩にすぎないが、指揮官はその一歩目が全て。武を習えばそれくらいは身につくのが普通だ。

 今回も完璧に決まったのに相手の意識が落ちていないのは、打たれる前に覚悟を決めたからというただそれだけのことだった。

 

「ーーはん」

 

 打つ。打つ。打つ。

 しかし、理想的な動きだからこそ最高の効率で最速だ。動きの止まった相手に三連撃を叩きこむなど造作ももない。

 それこそ老練の域に達するならともかく、ケンカ殺法では捉えきれない。それでも血肉の細切れになって飛び散らないのは、人間相手だからと手加減しているからに他ならない。

 

「はは! 面白くなってやがったぜえ!」

 

 しかし、10も打ち込むころには……

 

「……ち」

 

 指揮官の拳が当たらなくなってきた。

 苦い顔をするほかない。指揮官の弱点が浮かび上がってきた形だ。こういうケンカの場では補う方法がない。

 指揮官は元一般人で、その一般人はどうしようもない人間だったから……艦船(人外)を封じれば途端に弱さが露呈する。

 

「おいおい、どうしたよ! 止まって見えるぜえ!」

 

 返す拳が指揮官に当たり始める。

 なぜなら、指揮官の動きは理想値をなぞるだけだから。

 読みやすいというのは、対応も容易ということだ。ケンカ屋の獣じみた嗅覚が敵の隙を教えてくれる。

 そして、理想的な動きだからこそ予想の範疇を超えることもなく、限界という殻は破れない。できないことはできないと、当たり前の事実が指揮官を追い詰めていく。

 

「む」

 

 砂……指揮官は目を閉じる。

 そして、ケンカ屋は狡い手も使ってくるからたまらない。

 適当に腕を振って、しかし当たらない。今は人間の様に戦っているからレーダーは使っていなかった。

 

「……らあ!」

 

 下から掌低、突き上げるように放たれたそれは指揮官の顎をしたたかに打ち付けた。

 舌をかむようなヘマはしない。

 けれど、体が浮いた。

 

「シイ!」

 

 疾風の三連撃、人体の急所……正中線に叩きこんだ。

 そして、それで終わりではない。

 人を殺しかねない攻撃をしておいて、まったく罪の意識もない。それどころか。

 

「まだだ!」

 

 喉、これも急所に手刀を刺す。

 

「……かふっ!」

 

 さすがの指揮官も声を漏らす。

 

「シイヤッ!」

 

 指揮官が最期に見たのはかかとだった。

 その場で跳び、そして一瞬で三回転……浮いた体を狙い、勢いを存分に乗せた全力のかかと落しをーー無防備な喉めがけて。格闘技ではありえない完全な殺しの技だった。

 これはむしろ手品の技、手刀で岩は割れずとも、手刀を叩きつけた勢いで岩を地面に高速で落せば割れる。

 

「……」

 

 ゆえに、指揮官といえども完全に沈黙する。

 艦船の性質上、彼女たちには死んでいないことは分かっているがピクリとも

動かない。

 

「おい、寝たふりすんじゃねえよ」

 

 今まで楽しそうだったのがどこへやら。

 やたらと不機嫌になっている。

 そして、何も動かない指揮官に対して不可思議なことを言い出す。

 

「起きろ、テメエ。気付いてんぞ」

 

 言葉も言えるはずのない指揮官に言い放った。

 

 

 



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第27話 ケンカ屋の真の姿

 

 

 いきなり喧嘩を売ってきたそいつは指揮官を叩きのめし、地に沈めた。

 完全にノックアウトしたはずの指揮官に向けて、つまらなさそうに言い放つ。

 

「起きろ、テメエ。気付いてんぞ」

 

「……ふむ。決着が気に食わなかったか? しかし、今のはどう考えても俺の敗北だろう。確かに気絶から0.02秒で再起動したが、それは単純に種族としての性質だ。なあ、勝利を誇ったらどうだね」

 

 地に伏せた指揮官が薄目でそいつを見る。

 まあ、負けた側が特に気にしてもない様子だと勝者はやるせなくなるだろう。もっとも、指揮官にはそんな心の機微などわからない。

 彼女たちの目の前だから負けたくはなかったが……それだけだ。

 そもそも喧嘩に一々何かを思うようだったら、武道の一つも志す。指揮官にとって強さなど、彼女たちとともにいるために必要なスキルの一つでしかない。

 

「うっせえ。スカした顔が気に食わねえんだよ。ガキ見る大人みてえな面しやがって」

 

 そいつは手を伸ばす。

 

「別にストリートファイトで負けても、そこまではな。とはいえ、これでも悔しいと思っているぞ? 女の前で負けたくはないだろう。リベンジできるものならしたいと思ってるし、これから少しは拳法も学ぼうと思っているのだぞ?」

 

 指揮官はそれを握り返す。

 夕日の決闘というには、朝早いし通じているものもなさそうだが。それでも、少しは何かがつながりあった気がして。

 

「は。……その面でようやく溜飲が下りたぜ」

 

 そいつが握った手に力を入れて起こそうとする。

 

「……あん?」

 

 びくともしない。

 

「俺の顔に全力で蹴りを入れて、折れないわけがないだろう? 人間を演じるのなら、もう少し位は観察しろよ。……なあ、十二神将」

 

「……ッ!」

 

 爆発音が連続する。

 人一人分に向けられるものとしては最大規模の密度の銃弾がそいつを襲う。

 たとえるなら弾幕のカーテンだ。しかも、当たる前に互いにぶつかって神であろうと計算しきれない跳弾の嵐になっている。

 防御どころか見ることすらできないその嵐はまさに津波だ。何かの壁で防ごうがその津波は止まらない。

 

「二人目、ここで潰させてもらおうか」

 

 そして、指揮官は掴んだ手を離さない。

 火力の嵐に巻き込まれるだろうが、そんなものは効きやしない。十二神将も、指揮官も余波ごときでは倒せない高次元の存在だ。

 ゆえに遠慮なく巻き込める。躊躇はしない、演習では効かないことをいいことにいくらでも的になっている。ちゃんと、この世界にきてからも練習しているのだ。

 

「正気かよ、テメエら……!」

 

 しかし、さすがに十二神将。

 それだけで倒せるほど甘くはない。

 熱と爆音、そして煙でレーダーすらも使用不要。けれど、指揮官は掴んだ手が軽くなっていないことに即座に反応する。

 ドロップキックの要領でそいつを跳ね飛ばした。

 

 ――戦場は海上へと移る。

 

 

 

「……は。中々にいい判断だぜ」

 

 煙の外に出たそいつの姿はさながら悪魔だ。

 炎熱の翼を纏い、灼熱の爪を研ぐ。

 紅の翼があらゆる攻撃を焼滅させ、赫灼の爪があらゆる生命を断つ。

 それこそ冥府門番とは真逆のタイプだろう。あれは完全防御が攻撃能力に転嫁されていたのに対し、こちらは絶対攻撃が防御能力として作用している。

 

「炎か。死氷降世とは逆の属性かな」

 

 そして、炎は氷と相反する属性でもある。

 氷は炎よりもエネルギー密度が濃い。炎に同じ大きさの氷を落としたらどうなるかは言うまでもないだろう。

 ただ、ここで問題となるのは……それで、一つの街を氷に閉ざしたあの氷竜と同格ということ。

 つまり、全てを氷に閉ざしたあれを静かな侵略というのなら、これは絢爛たる破壊。全てを一瞬のうちに破壊して灰すら残さず焼滅させる。

 

「つまり、そうしていれば世界を終わらせられるというのだろう? お前は」

 

 指揮官が静かに問う。

 

「まあな、そりゃそうだ。気候変動だの、海流がどうだのと俺には難しいことなんざ分からねえ。けどよ、面白くねえだろう? 海をちょいと10度ばかり温めてやりゃ人類が全滅とかさ」

 

 つまりは、これが氷竜と同格ということだ。

 海を……全世界でつながっている海を二桁も温度を上げてしまうことができるほどの火力が一点に集中している。

 今無事なのは、あまりにも火力が高すぎて熱が伝わる前に蒸発しているからだ。

 エアークッションに断熱効果があるのは専門知識でもなんでもなく誰でも知ってことだが、これは蒸気が空気の代わりをしている。

 彼が浮いているのも飛行能力持ちだからではなく、爆発すらも焼き潰してその上に立っているというだけの話。

 

「触れたら……終わりかな」

 

 指揮官が自らの腕を撫でる。 

 蹴り飛ばしたあの一瞬、わずかに爪がかすっていた。それだけで服の袖は哀れなほどに焼けこげ、無残な火傷が刻まれた。

 

「指揮官、下がって」

 

 綾波が前に出た。

 刀を持って、だが、それを振るうつもりもない。

 

「海上で艦船(我ら)と戦う意味を思い知ってもらう」

 

 長門を中央にそして、彼女の隣に指揮官が立つ。

 陣形を組む。

 

「自己リミッター解除……」

 

「好きじゃないけど、頑張る」

 

 綾波、ラフィー、エルドリッジの単縦陣、そして後方に長門、ユニコーン、エレバス。

 陸上であろうと力は振るえる。けれど、彼女たちは艦船。

 ゆえに、陸のそれとは訳が違う。

 

「……は! いいぜ、来いよ。この十二神将が一人、紅炎絶翔(プロミネンス)の暴虐を前に立っていられるのなら、見せてみろ!」

 

 爪を、翼を打ち鳴らす。

 炎が実体を持たないことなどまるで無視だ。凶悪すぎるほどの熱量が現実さえも凌駕する。

 

紅炎裂爪(クリムゾン・ネイル)、そして鳳翼絶翔(ハイペリオン・レッド)は止まらねえ!」

 

 紅の激爪が炎を噴出する。

 通り道には水蒸気爆発が起こり、視界を、聴覚を蹂躙する。だが、それですら余波だ。制御から外れた残り香が、爆発を起こせるほどまで温度が下がったからの現象に他ならない。

 

「そんなもの、当たるはずがないのです!」

 

 だが、ここ()は艦船のテリトリー。

 威力が強かろうが、音速すらも超えていないような火球にあたるはずもない。当たれば炭すら残らない火力程度に恐れをなすようでは、とても氷竜とは戦えない。

 指揮官も、彼女たちも激戦を潜り抜けた戦闘巧者だ。

 

「お返しなのです」

 

 海を割るような砲撃が走る。

 エレバスと長門まで加わったそれは山を削ったときの火力よりもなお激しさを増している。

 現実の物質であるなら耐えきれない暴力。地殻すら砕く威力を前に。

 

「はーーそちらこそ、それで俺の絶翔を抜けると思うなよ、ガキども!」

 

 紅蓮の翼で打ち払う。それだけで全て消滅した。

 それが十二神将、彼らは容易く現実など超えて見せる。彼らの起こす超常は現実の理すらも力技で打ち砕く。

 炎で爆圧と衝撃は相殺できないなんて物理学は、真っ向から叩き伏せた。

 

「……ッ!?」

 

 だが、それは油断だ。

 地殻を割る程度の攻撃は、本命を隠す牽制に他ならない。

 仕込んだのは魚雷、彼女たちは駆逐艦。本来砲撃よりも魚雷を得手とする。陸の上では魚雷はまともに運用できなかったのだが……海ならばこんなものだ。

 指揮官仕込みの小細工は、流々と敵の警戒をかいくぐった。

 

「下か!?」

 

 裂爪を向けた。海を割り、魚雷を破壊する。

 だが、全てを破壊できたわけではない。

 がむしゃらの反撃など予想する以前の問題だろう。

 ただの一撃では防げないように魚雷を並べるなど、隙だの云々以前に当たり前にやるべきことだろう。むしろやらない理由がない。

 

「っぐ!? がはーー」

 

 当たったのは3本。それも炎により減衰していたのだから到底倒すには至らない。

 深い裂創を刻み、アロハシャツは残骸に成り果てた。

 けれど、生きている。……それも、指揮官は予測済みだ。

 

「この……掌の上ってか!? うざってえんだよ、ちょこざいな!」

 

 ユニコーンの全力爆撃が海を紅蓮に染める。

 反撃で2機か3機潰されようと知ったことではない。ただ爆撃の威力で確実に海の藻屑と仕留めるために。

 環境破壊を気にするようなそぶりを見せた指揮官だが、そんなものはただのポーズだ。現に今も、荒れ狂う爆弾の衝撃が海を伝わり1㎞先の魚たちが死に果てている。

 

 そして絶翔の体制が崩れた今、できるのは翔で爆弾を焼き消すことだけ。

 それも、数割を消すのが精いっぱいで後は体制が崩れたまま耐えるしかない。当たり前に致命傷だ。しかし……

 

「はっはぁ! しのぎ切ったぜェ! やっぱ、人間はやればできるものだなァ」

 

 どの口で人間などとほざくのか。

 喰らうしかなかった爆弾は根性で耐えた。もちろん、一つか二つの爆弾は爪で破壊した。爆弾の衝撃の密度が薄い箇所に向かって跳んだという諦めの悪さも耐えた一因だろう。

 あちこちの骨が砕け、内臓が潰れた。生きていること自体が医学に喧嘩を売る有様で。しかし、喧嘩ならば彼は負けない。

 焼け焦げた身体を押して反撃へと移ろうとする。

 

「ガキどもを使うスカしたその面、ぶん殴ってや……」

 

 特攻しようと脚に力を込めた瞬間、それを見る。

 長門とエレバスのスキルを込めた主砲がすでに狙いをつけていた。

 致命傷を与えた? 中身の潰れる音を聞いた? それがどうした。敵は十二神将、ならば駄目押しの十や二十は用意しておくのが当然だろう。

 

「やべ……」

 

 翼なら壁にして防御も、消し飛ばす攻撃にも使えた。けれど、それは爆弾を打ち払うために使ってしまった。防御のために畳むには0.1秒の時間が要る。

 爪が使えれば握り潰せる。だが、こんな体制で、しかも狙い定めた相手の攻撃を前にどう当てろと言うのだ。

 つまり、これはチェスで言うところのチェックメイトだった。

 

「余とエレバスの同時攻撃! 防御タイプでない主には防げんぞ!」

 

 長門が勝どきを上げ、彼は爆炎の中に消えた。

 

「……長門。それ、フラグ」

 

 

 



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第28話 海上決戦





 

 

「……長門。それ、フラグ」

 

 ラフィーがぼそりと呟いた。

 眠そうな眼は、しかし絶翔の居た場所を捉えて離さない。

 

「なぬ!? ふ……ふらぐ、とはなんじゃ……?」

 

「長門、前を見ろ。来るぞ」

 

 虚空が広がる。

 空間すら食いつぶす絶死の一撃。これの前には防御力など何も関係がない。ただ喰らいつくされて終わるだけ。

 だが、防御が不可能なだけの攻撃なら。

 

「……必殺の一撃を相手にするのなら、全てかわせばいいだけの話。範囲がいくら大きかろうと、鈍いならやりようはあるな」

 

 反転。数歩下がるだけでかわしてしまった。

 皆もそう、音速すら超えない一撃で牽制もなしでは、当てることなどできやしない。だが、これは……どう考えても絶翔の攻撃ではないだろう。

 

「とはいえ。……なるほど、二人目か」

 

 チェックメイトをかわされた理由は想定外の介入。

 相手は十二神将、ならば仲間も居るのは当然だろう。仲間を守るため、もう一人の十二神将が戦場に参戦した。

 

「てめえ、俺についてやがったな」

 

「ええ、私の能力は自分に使えば極小の特異点にかわる。あなたの服の端っこに引っ付いて見させてもらったわ。……だって、あなたったらそわそわしてるのが丸わかりなんだもの。これは、スノウホワイトを殴りに行くのも時間の問題だってね」

 

 つまり、最初から仕込んでいた。

 言ってしまえばモンスターボールだ。この絶好のタイミングで助けることができたのは、自分をモンスターボールに入れて彼のポケットに忍ばせていたからに他ならない。

 当然、出るタイミングも自分の自由だ。

 

「……俺はガキじゃなくて指揮官を殴りに来たんだがな」

 

 まあ、それが分かるからこそ彼は憮然とする。

 保護者同伴の喧嘩ほど冷めることもないだろう。いや、立場としては同格だがこの状況はそういうものだろう。

 

「それで子供たちにやられそうになってちゃ世話ないわね。7対1になるのは分かりきっていたことでしょう? それで泣き言を言ってちゃ男が廃るわよ」

 

 嫣然と笑う。

 母のような安心感、つまりはサポートもできるタイプだ。こういう強力な異能を持つと我が強くなるのは自然だが、彼女には強い我ゆえの衝突は期待できない。

 つまり、二人で戦えばまっとうに強くなるタイプ。指揮官にとっては最悪なことに。

 

「泣き言は漏らしてねえ。俺はただ喧嘩ができればそれでいい」

 

「あ、そ。まあ、私も私でやらせてもらうけど。……異論はないでしょう? ねえ、アズールレーンのスノウホワイト」

 

 この仲の良さげな会話は――そう、どうやら本当に仲間割れは期待できないらしい。

 

「いやいや。1対7でやらせてくれよ。……そちらの方が殺しやすい」

 

 指揮官が身もふたもないことを言う。

 ブラックジョークと言うやつだ。

 

「あは。歯に衣着せぬもの言いね? もちろん、嫌よ」

 

 彼女はけらけら笑う。

 

「そうか、なら二人まとめて消すだけだ」

 

「ならば良し。倒せるものなら見せてもらいましょう。我々は世界を滅ぼす十二神将、そしてあなたたちは我々を相手するにも1対7がやっとのことだったでしょう?」

 

 殺気と殺気が交錯する。

 仲間との親し気な会話はどこへやら。後ろ手でナイフを隠し持った笑顔だ。いつ暴発するかも分からない。

 

「……は。傲慢だな、十二神将。その傲慢が冥府への門の入口と知るがいい」

 

 否、指揮官の方が先に暴発する。

 殺気が渦巻いて、槍と化す。隙があれば、いやなかろうと関係なくただ殺す。

 

「あら、それは我らが冥府門番とかけてのことかしら? ならば、あの子の仇を取らせていただきましょう。レクイエムを奏でるわ。生者の悲鳴よ、冥府の門を超え奈落まで響きなさい……あの子の無聊を慰めんがため」

 

 殺気が満ちる。

 現世に冥府の瘴気が湧く。もう一人の十二神将、その力が隣の彼に劣るはずもない。彼の絶翔によって60度ほどまで上がっていた気温が一気に氷点下にまで下がる。

 

「……我こそは十二神将冥界喰狼(ケルベロス)。ものみな全てを喰い尽くし、現世を冥府の荒涼へと陥れよう。覚悟なさい、我が牙は仇敵を逃しはしないのだから」

 

 必ず殺すと宣言した。

 

「ならば、もう一度名乗るぜ。十二神将紅炎絶翔(プロミネンス)。この時だけはあいつのために拳を握ろう。傲慢でけったいな格好をしたお嬢様のためになァ!」

 

 そして、故にこそケンカ屋も足を踏み出す。

 

 悪役のお約束……仲が悪い敵組織、そんな甘い現実は存在しない。それはお決まりの設定だが、しかしなぜわざわざ仲を悪くして弱くなるような真似をするのか。

 普通の神経だったら仲良くするだろう、仲間なんだから。

 なぜそうなっていないかは作者の都合だ。主人公が弱いから、敵がなにか失敗しないと勝てやしない。仲が悪くて勝手に足を引っ張り合っているのはそれこそシナリオに都合がいいだろう。

 そうすれば、敵が弱くなる。

 繰り返そう、敵の仲が悪いなんて甘い現実はない。仲間の敵を討つため、結束を力に変えて向かってくる。

 

「……それがどうした? 強力な異能が二つ。合わせると厄介なら、分断するだけだろう」

 

 そして、指揮官は迷わない。

 敵の仲が良かったら倒すのに罪悪感が湧くなどと、お優しい主人公ならそう感じることもあるだろうがこの男は違う。

 愛する艦船のためならば、何を曳き潰そうが何も痛痒を感じない。敵が絆を力に変えると言うのなら、引き離して個別に殺す。

 そして、既に役割は分けてある。ネット顔負けの情報伝達、現代に比べて更に先を行く脳内に埋め込んだデバイスでの通信だ。

 

「さあ、冥府門番の心臓を貫いたのはこの俺だぞ。仇を取ると言うのなら、我が心臓に牙を突き立ててみるがいい……!」

 

 指揮官が高速で移動する。

 そして、仇が戦場から離れると言うのなら追う以外にないだろう。

 

 

 本来なら母港である指揮官は浮かぶことしかできないが、水を蹴って自らの身体を撃ち出すことはできる。

 できないなら、できるやり方で補えばいい。

 実際に描写はしていないが、基本的に指揮官たちの日常は遊ぶか、訓練か、食事と睡眠だ。異世界に来た当初はできなかったことでも、練習してできるようになっている。

 

「待て、逃すかよ……ッチイ!」

 

 指揮官が紅炎絶翔(プロミネンス)と逆方向に向かって駆けだせば、冥界喰狼(ケルベロス)だけでなく彼も追いかけてくる。

 

「いいえ、あなたのお相手は綾波がするのです。気落ちすることはないのですよ。冥府門番の首を斬り落としたのは綾波なのですから……その爪で首でも刈ってみますか? 刻みつけなさい、戦争なのです。殺すのだから、殺されもするのですよ」

 

 紅炎も追いかけようとするが、魚雷の影を見てはそちらに対処するほかない。

 

 

 そして、戦場は二つに別れる。

 指揮官が率いるはラフィー、エルドリッジ、エレバスの三名。

 

「そう、あなたが……! ならば、その心臓を喰らいつくす。冥界の牙は何者をも逃さぬと知るがいい!」

 

 虚空が伸びる。弾丸が吐き出された。

 彼女の能力は食べること、別作品なら暴食(グラトニー)とでも呼ばれるだろう。それだけでは意味が分からないだろうが、要するにアイテムボックスの悪用だ。

 展開した虚空に触れたものを仕舞い、そして吐き出すだけの単純な異能。けれど、生体・非生物問わずに出し入れできる万能の力だ。

 それを悪用すれば”こう”なる。

 

「……は! この程度の攻撃で止まるかよ! 貴様の絆は分断したが、こちらは仲間と協力できるんでね」

 

 指揮官の後ろでエレバスが放った制圧射撃が、虚空からの弾丸を叩き落した。

 元が自陣の攻撃なら、同じ攻撃で相殺できる。長門の砲撃も混ざっていたが、そっちは普通に回避した。

 

「目標確認、攻撃開始……!」

 

 そして、ラフィーが虚空の隙間を縫って砲撃を敢行する。

 2重3重どころか、十重二十重に展開された虚空は視線すらも通さない。単純に狙えば当てられるほど、敵の能力は甘くない。

 全て喰いつくす虚空は音も、電磁波すらも反射しない。艦船お得意のソナーが全くもって通じない。

 ゆえに縦横無尽に動く移動する虚空の動きを計算に入れ、全体を把握しつつ動くのは純粋にラフィーの戦闘経験値によるものだ。

 

「残念ですね。あの子と違って、私は能力などなくとも強い! 冥狼を甘く見ないでもらいましょうか!」

 

 砲弾を殴って破壊した。

 アイテムボックスなどと言われたように、この能力は他の三名に比べれば明らかに見劣りする。

 いや、展開する虚空は消滅する様子も見せず刻一刻と増大する一方で、もちろん、現代兵器は最新の戦闘機も核すらも通じない強力な異能ではある。

 それでも足りない部分は素のステータスで補っている。虚空の展開前に潰すと言う王道は、本人の格闘能力が高いために通じない。

 これが冥府門番であればステータスが低すぎて先制攻撃に対処どころか、二の矢三の矢を目で追うことすらできなかった。

 

「……ならば、俺と踊ってもらおうか? お美しいお嬢さん」

 

 砲撃を殴り飛ばしたために虚空の制御が甘くなった。

 その一瞬に指揮官は敵に肉薄する。言葉とは裏腹に、その目は殺意しか宿していない、小手調べとばかりに10連撃を叩き込む。

 そして、それは吸い込まれるように急所に向かう。

 指揮官の武は理想をなぞるだけの片手落ち、けれど、殺戮技法(キリングレシピ)と言う観点ならば必要十分。ただの一撃でも当たれば臓腑を砕かれ、致命を刻まれてしまう。

 

「ええ。血に咽ながら踊りましょう? 殺意と狂気を交錯させ、踊り狂って遊びましょう? そしてその心臓、もらい受けるは冥界喰狼(ケルベロス)と知りなさい」

 

 ボクシング。可憐な令嬢の姿をした怪物は拳を握る。

 それも顔の前に腕を持っていくピーカーブースタイル、明らかな防御型の構えは絶死の十連撃をすべてさばく。

 殴って、軌道をそらした。

 それは神業と呼べるほどで、そして指揮官の腕が折れなかったのは頑丈だからに過ぎない。つまり、それは技術的には圧倒的な敗北である。

 

「……っフ!」

 

 もっとも、指揮官は武術などに重きを置いていない。訓練こそしているが、極論殺せるならば毒を盛ってでも構わない。

 殴る蹴るに拘泥する必要性を感じていない。

 だからこそ、次の矢は暗器。口中に含んだ針を目に飛ばした。

 

「ッチ! この男、意外と(こす)い……!」

 

 虚空を眼前に展開、針を消し飛ばした。

 そして、隙ができたのならば今度こそとばかりに十三の連撃を叩き込む。

 指揮官の殺戮技法に狂いはない。理論値が導く通りに最高効率の殺害を実行する。

 

「っは! 冥狼を捉えるには優美さが足りなくてよ。人を殴るには、こうするのです」

 

 あろうことか喰らって耐える。令嬢の外見に反した凄まじい戦法だ。

 ケンカ屋と仲が良いのは、性根が似通っているからか。

 急所も少し動けばそこはただの肉だ、耐えられない道理はない。が……この詰将棋のような戦略は指揮官にはない。

 

「がは! ぐぅ――」

 

 そこは急所ではない。

 だが、肉を打ち抜かれたことで明らかに一瞬指揮官の動きが止まった。牽制を織り交ぜ、急所を抜くために敵を城と見立てて一つづつ切り崩す。

 

「武とは芸術。機能美だけでは頂には登れない」

 

 狙い澄ました一撃が、奇麗に指揮官の心臓を貫いた。

 ハートブレイクショット、人間なら死んでいた。だが、艦船ならば心臓が止まったならば再起動すればいいだけの話。

 

「ならば、努力の足らない俺としては泥臭く行こう」

 

 そして彼女の腕を捕まえた。

 それは骨を切らせて肉を絶つ愚行……だが、仲間が居ればそれで構わない。

 やはり根性は素晴らしい。敵も味方もそこを起点に戦場をひっくり返しにかかる。

 

「指揮官の作った好機、無駄にしない」

 

「ぐ……この小娘ェ!」

 

 虚空を展開、だが……能力に頼らないと言うことが、逆に能力の方の錬度を下げている。

 0.1秒後には飲まれて消える隙間でも、人一人分のスペースはそこらにある。ならば、潜り抜けられないことはない。

 指揮官とラフィーは再展開された虚空をものともせずに接近戦を刊行する。

 その連続する砲撃をかろうじて虚空に飲み込んだとして。

 

「さあ、ワルツを踊りましょう。月夜の月光に可憐な紅を咲かせましょう。果てなき暗黒より、輝く月に魂を導いてあげるわ」

 

 エレバスの砲撃が容赦なく降り注ぐ。

 

「そんな……ものでェ! 冥界喰狼(ケルベロス)の牙は折れない! 必ず、仇の心臓に牙を突き立てる! 誓いに背を向け、何の意味もなく果てるなど……!」

 

 虚空の隙間から砲撃を喰らい血がしぶこうと。

 ……そして骨が砕けようと。

 深窓の令嬢じみた姿が、ボロをまとった傷だらけの野生児の姿に変わろうと。

 

「貴様だけは必ず殺す! 指揮官」

 

 冥狼の目の光は決して消えず。

 死力は防御ではなく、殺すために。傷つこうと構わない、誓いの前に自分の身体など二の次だ。

 

「……させない。指揮官のこと、ころさせない。……きずつけさせない」

 

 そして伏兵。伏せておいたエルドリッジと言う札がチェックメイトを刻む。

 魚雷が迫った。

 

「っち――このッ!」

 

 虚空を展開。海など関係ない、虚空はそんなものを歯牙にかけない。

 だが、それは予測済。

 綾波の魚雷の威力を見ているのだ。耐える選択肢など取れるはずもない。綾波に劣るエルドリッジの魚雷でも、見ていなければわからない。

 

「……おわり、だよ」

 

 憎き指揮官の姿を捉えるために虚空を横にずらした……その隙間にエルドリッジは砲塔を差し込む。

 

「ぜんりょく」

 

 スキル発動。

 彼女はスキル攻撃に特化した艦船だ。その威力は折り紙付き、至近距離で喰らったなら消滅必死の一撃。

 

「……十二神将を舐めるな!」

 

 それをただの気合いと根性で踏破する。

 殴って砲撃の威力を削れば耐えられるなど、淑女の戦法ではありえない。そもそも人間の発想でもないだろう。

 そして得た傷と痛みに耐えたからの好機が今。

 

「死ねェ! 冥狼の牙に噛み砕かれろ!」

 

 削れて枯れ木のようになった血と肉が貼り付いた骨を、タクトのように振り上げる。

 絶死の一撃が避けようもない速さでエルドリッジに迫る。

 

「させるか!」

 

 指揮官が割って入る。

 小さな身体を投げ飛ばして救いながら、触れれば文字通りに削られる暴虐の嵐へと己が身を投じる。

 

「……指揮官!」

 

「ダメェ!」

 

 援護砲撃が来るが、そんなものは敵も承知の上。

 指揮官が傷つき、動揺した彼女たちに虚空は突破できない。

 

「ぐ――だが、不屈を力と変えるならこの俺も!」

 

 気合いと根性、そんなものが力となるなら指揮官も。

 痛みに耐える? そんなものは不要、痛覚はカットした。断裂した筋肉も、痛みがなければ削れ残ったわずかなそれで無理やりに駆動する。

 結果、虚空が重なる領域を脱出した。だが、しかし……

 

「冥狼の最期の叫びを聞くがいい。我が命に代えて、貴様を討つ」

 

 そこはまだ絶死の領域。

 生者が生きて出られぬ冥府の門は指揮官を飲み込んだ。要するに攻撃範囲からの離脱が不可能だと言うことだ。

 ゆえ、その攻撃から逃れることなどできない。

 

「……ッ!」

 

 そう、残った脚で全力で後ろに飛びのこうとも、そんなものはただの誤差。

 己が命と引き換えに放つ最期の咆哮が必ず殺すと誓いを上げる。

 

 



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第29話 決着

 

 

 そして、一方紅炎絶翔(プロミネンス)

 

「テメエがアイツを殺ったのかよ。正直、仲良くもなかったよ。そもそもが鼻もちならねえお嬢様と悪ガキが気の合うはずもねえわな。だが、仲間だった。だから、仇はとってやらねえとな」

 

 爪を構える。

 実のところ、彼は先ほどまで指揮官以外を相手にしていなかった。

 女子供は攻撃しないと誓っているのだ。街を滅ぼしたときもその誓いは守っていた。

 周囲の魔物が生存者を喰らいつくしたから、むしろ死ぬまでの時間を伸ばして苦しめたとさえ言っていいのだが。

 しかし、後のことなど彼には関係ない。……男だから、女は殴らない。そういう奴なのだ、紅炎絶翔(プロミネンス)は。

 前哨戦で艦船に炎を向けた? かわせると分かりきった攻撃は殴るうちに入らないだろう。

 

「だから、殴るぜ。歯ァ、食いしばれや」

 

 翼を納め、爪を真っ赤に染め上げた。

 広範囲、かつ高威力。あらゆる攻撃を真っ向から焼滅させる翼を使わないのが手加減などであるはずがない。

 いくら彼が特異な性格をしていようと、否……漢と書いて男と読むほどにそれを信仰しているからこそ、仲間の仇討で相手を舐めた真似をするはずがない。

 

 綾波の魚雷のダメージが残っている。

 わずかに炎の収束がぶれるから、コントロールに集中を割く。そんなことをしている暇はないと、ただの牽制が通じない高次元の戦いと自覚するからこそ油断しない。

 彼は喧嘩に関してはどこまでもクレバーで冷静だ。

 ゆえにこそ、これが最適解。3名の艦船を相手にするには全霊を振るわなければならないと理屈でなく理解したから。

 

「嫌なのです。殴られずに殴る。攻撃の届かない遠距離から好き勝手にぶち込むのが現代の戦争なのですよ?」

 

 対して、綾波は大剣を掲げようとも突っ込まない。

 指揮官はアレだから突っ込んでいくのだ。わざわざ必要もないのに危険を冒す趣味はない。

 

「なら、こっちから行くまでだ!」

 

 彼が疾走する。

 海面を爆発させての大ジャンプは派手だろうが隙だらけだ。ゆえに一歩一歩を踏みしめる。

 敵は隙を待って必殺を叩き込むつもりと理解しているからこそ慎重に。

 

「……は! 馬鹿め! 貴様のやり方に付き合うはずがあろうものか! 重桜の誇りの前に塵と消えるがよいわ!」

 

 しかしなお、叩き込まれるは一つの戦争と言えるほどの超絶火力。

 必殺を温存しながらも火力はなお激しく。そもそも回避するというレベルではない。人をミンチに変える弾幕が、文字通りに雨あられと降り注ぐ。

 そして。

 

「長門ちゃん。ユニコーンは重桜じゃないけど……」

 

 おずおずと後ろに控える彼女は爆撃機でもって海を紅蓮に染め上げる。

 何十、何百と墜とした爆弾はその一つ一つが鉄塊くらいなら易々と砕き得る殺りく兵器だ。

 

「細かいことは気にするでない! ユニコーンは仲間なのだからな!」

 

「ええ。畳の上で指揮官と一緒にお茶を飲むのです。きっと、楽しいですよ」

 

「わ……! うん、たのしみ」

 

 いっそ可愛らしいとさえ言える会話、その裏では街の10や20は容易に瓦礫と化すほどの火力が連続している。

 それを成すのが3人の少女などと誰が信じられるだろうか。

 この世界で人類が生まれてきてから行ってきた破壊、それを1秒で超えながらも止まらない。

 

「ぐ……! この……! このォ!」

 

 炎熱の爪は全てを切り裂く。だが、しかし――”それ”でない部分は容易に削れ行く。

 土台、両の爪だけで身体の全てを守り切るなど不可能、爆炎が皮膚を焼き、衝撃が中身をすりつぶす。

 翼を使えば? 制御が甘くなった翼など、撃ち抜かれるだけだ。

 ゆえに。

 

「まだ……! まだだ……! 俺は、諦めちゃいねえ!」

 

 吠えて、進む。

 そう、これは氷竜と指揮官の焼き直しだ。指揮官が彼で、氷竜が彼女たち。全てを砕く力でも、一瞬でも対抗できればその一瞬を積み重ねて肉薄する。

 勇気を進む力に変え、狂気を耐える力と化せば、茨の道すら踏破できることは証明されている。

 

「あなたは一つ、忘れているのです」

 

 彼は決死でもって近づいた。

 致死量の血を流し、肉が削れて骨まで見えても諦めることなく踏み越えた。

 ゆえにこそ、綾波は最強の一を再び開陳する。氷竜になかった至近距離での必殺が。

 海面は爆炎に飲まれ、耳は衝撃でイカれた。ゆえに魚雷を捉える術も迎え撃つ術もなく。そして、溺れる者は藁をも掴む。

 正常な精神をしていれば、都合の悪いことは忘れてしまう。近づけたことに満足して敵の持っている武器は考えない。

 だって、突破できないだろう? そんな都合の悪いことを考えていれば成功するとも考えられないから、忘れるのだ。

 

「それが舐めてるって言うんだよ!」

 

 爆砕。

 紅炎絶翔(プロミネンス)に魚雷を見る術はない。聞く術はない。ありとあらゆる知覚は爆炎の元に粉砕された。

 ゆえにこそ、これは予測。この瞬間に必殺を叩き込んでくると信じたからこそ、恐れも迷いもない。

 そして、その破れかぶれとも言える一撃は見事に魚雷に命中した。

 

「……っな! 馬鹿な、なのです……!」

 

 最大の、そして最期のトラップをしのがれた綾波は、やむなく大剣を防御に使う。

 それで不足と見たのか、後方に下がる。

 だが、そこはもうすでに殴り合いの距離になっている。

 

「おおおおお!」

 

 追いすがる。

 相手の必殺を迎え撃った? それでどうにかなるくらいなら、人は、最初から現実逃避などしない。

 至近距離で相殺したとはいえ、爆発はした。

 ゆえにその腕は半ばからちぎれ、内臓は衝撃でシチューのように溶け崩れた。

 それでも、なお……あと一秒でいいからもたせやがれと己が身体に喝を入れる。

 

「っく。ああ――」

 

 彼の炎により大剣が溶け崩れた。

 触れてもいないのに服が炎上する。

 氷竜のときでさえ感じなかった死が間近にある。

 

「道連れでも、貴様だけは連れていく……!」

 

 ちぎれて消えた腕を掲げる。

 形作るは炎の腕。己が根本さえも焼き潰しながら綾波へと迫る。

 自らをも焼き潰すその威力は絶大だ。例え最堅を誇る指揮官でさえ容易に炭に変えてしまう。

 

「ったあ!」

 

 全力でのジャンプ。

 だが、それで逃げきれはしない。

 

「くたばれェ!」

 

 命を薪とくべた一撃が綾波を飲み込む。

 その、一瞬。

 

「「……」」

 

 ”空中に着地する”。

 否、それは指揮官へと。後ろで向かい合った状態で跳び、互いを踏み台に。つまり、着地点は互いの足の裏だ。そこからタイミングを合わせて身体をひねり、蹴り出して、直角に飛翔する。

 

 冥狼の最期の咆哮と、絶翔の魂込めた一撃が空中に虚しくぶつかり合う。

 

 ――何のことはない。恋人同士のつながりとかそういうスピリチュアルなことですらもない。

 艦船同士は通信ができる。ゆえに互いに飛ぶタイミングを測れば、このくらいの曲芸は軽いもの。

 人間がやればありえない神業だ。けれど、これには種もあれば仕掛けもある。なんならタイミングを合わせての空中着地は練習だってやっていた。

 

「あ……ああああああ!」

 

「ぐ……ぬぐおおおお!」

 

 二人は威力を弱めることもできずに苦悶の声を上げる。

 勢いを弱めたらその瞬間に飲まれて消える。奇跡的な均衡は崩せない。だが、命すら捨てた最期の一撃は維持するだけでも魂を削る。

 

「さあ、魂を刈り取る時が来た!」

 

「貴様たちの強さも、絆も、本物だった。もう休むがよい」

 

 砲艦と戦艦、その主砲が牙をむく。

 

「……させない! 仲間は――やらせない!」

 

 更なる介入が行われる。

 この戦争はスノウホワイトと十二神将のもの。ゆえに、敵は窮地に陥っている二人を含めて残り11人。

 樹木の竜――大人の胴ほどもある木が彼らを守る。もちろん、普通の木であれば太さなど関係なく主砲は貫き爆砕する。

 だが、それは十二神将の生み出す植物。この世の理とはかけ離れた強度を持つそれは主砲すらも防いでのける。

 そして、そのまま脱出する。

 

「……なんで、きやがった? 放っておいてくれればいいのによ。俺みたいな馬鹿に構って痛い目見ることなんざなかったんだよ」

 

「そうよ。あなた、ここは苦手でしょう? 立っているのも辛いんじゃないの」

 

 ボロボロの二人を抱えている彼女は、髪は緑色で耳がとがっている。

 年のころは20代後半だろうが、見る人が見ればとうが立っていると見るだろうが、それは一部の特殊性癖で、普通は豊満でおしとやかな魅力的な大人の女性に見えるだろう。

 明らかにエルフを意識したような姿をしている。そして、その姿が伊達ではないことは知れている。

 

 植物を扱うのだ、海は鬼門である。

 確かに海水に値を伸ばす特殊な植物はマングローブなど数あるが、それはただの例外だ。

 木を生やし、海すら陸の孤島に変える神代治世(アースガルド)でもそのままの海など一秒だって居たくないはずだ。

 なのに今はスノウホワイトを避けて、海へ海へと退避している。陸は離れ行くあかり。

 

「ふざけないで。仲間でしょう、助けるのは当然だわ」

 

 怒った。

 仲間だから見捨ててはおけない。たとえ火の中水の中でも、必ず助けに行くと。

 それが彼女の性格だ。

 

「馬鹿な奴だな」

 

「ええ、本当に馬鹿。こんなことして、冥界神槍(ガングニル)に叱られるわよ」

 

 実際に彼女たちは指揮官と関わることを止められていた。

 1日やそこらのペースで考えてはいない。人間とは違うのだ、いや1日を大した時間と捉えるのはワーカホリックな日本人だけかもしれないが。

 基本的に殺すしかないだろうが、仲間の犠牲を防ぐためならば手間の10や20は惜しくないだろう。

 そこで馬鹿みたいに飛び出していったのが絶翔なのだが。

 

「……ふん。そのくらいで助けられるんだったら、いくらでも叱られてやるわよ」

 

 止まる。一つの木を生み出す。

 それは世界すらも支える木。原初にして全て、彼方から聞こえるエンジン音に捕まらないように小さく形成したが、それが一つの大陸すらも覆いつくしてしまえる生命力を秘めていることは変わらない。

 

「さあ、飲んで。私の世界樹の雫ではその傷を完全に癒すことはできないけれど、楽になるはずよ」

 

 回復魔法、厳密には異なるが似たようなものだ。

 これで回復されてしまえば指揮官たちが与えたダメージが元の木阿弥だ。どころか、魚雷の威力を知られたことが完全にマイナスとなる。

 結果的に相手の切り札を丸裸にしたことは、情報戦と言う意味では彼らの勝利と言っていいだろう。

 このままでは戦局は十二神将の有利に傾く。

 なにせ、残り8名は顔すら知られていない。否、人類襲撃に姿を表した3名の情報を魔族と人類から入手したとしても、残り5名。

 そして、戦力としては11対7。

 

「させませんよ、そんなこと」

 

 彼女の身体に剣が生えた。

 影も形も見えなかった、というのは少し違う。ただの人間に擬態していた。魔力反応を弱めてしまえば尾行も容易。

 強力すぎる異能者の弱点がここにある。普通は擬態などできないのだ、艦船は前提として生まれながらにそれを組み込まれているからできる。言い換えれば人間に紛れるという特殊能力を持っている。

 ゆえに、十二神将は初見では擬態を見抜けない。ただの人間など蚊も同然で、よく見たりしないから。

 

「……え? なんで」

 

 結果がここに。エルフの耳はひくひくと痙攣するように、そしてその眼は虚空を胡乱に見つめ。

 完全な奇襲を前に、呆気なく致命を刻まれた。

 飲めば治る奇跡の癒し、世界樹の雫も、手から滑り落ちて広大な海と混ざっては取り返しがつかない。

 

「指揮官ですか? あの人は暗殺には向かないです。それとも、剣のことですか? 直してもらっただけですよ」

 

 ぐり、と傷を抉る。

 人間でも、ナイフで刺されて生き残るやつは居る。だが、刺したまま、4分の一回転でもさせてやれば生き残った者はいない。

 と、と後ろに跳んで着地する。距離を挟んで睨みあう。

 

「なんで……あなたたちは人間とは関係ないのに……ッ! どうして、こんなにも私たちを憎むのです……?」

 

 睨みつける。

 その手はまだ仲間をかばっている。満身創痍で、海に浮かぶ力すらも残っていない彼らを。

 掌から零れ落ちた世界樹の雫があれば戦闘復帰も可能だったろうが。

 きっと、そんなことより仲間の身を優先したのだろう。 

 

「ごめんなさい。確かに艦船は人間を守るために産まれましたが、あの人たちは綾波たちを作った人とは違うのです。……あなたたちとは戦う大義もないのかもしれない。でも、指揮官が言ったのですよ」

 

「……なにを?」

 

「あなたたちは私たちが指揮官と一緒にいるためのチケットなのです。なら、切らなくてはいけないでしょう?」

 

 エレバスのような言い分。それはつまり。

 

「あの男と一緒にいるため? そんなことで殺すの? そもそも、そいつがそう言っているだけでしょう」

 

 そう、それはただの指揮官の妄想だ。

 事実ではないとは言わないけれど、誰かにそう言われたわけでもない。

 十二神将を殺さなければ、世界ごと消滅させられると本気で信じている狂人の戯言だ。

 

「ええ、指揮官は説明してくれましたが綾波には正直言っている意味が分かりませんでした」

 

「……あなた」

 

 憎しみをたたえ、しかし攻撃には転じない。

 彼女の手には大事な仲間が乗っているのだから。

 

「は! 狂信も、教義も、信念も、はたから見れば意味の分からねえ戯言だろうよ。そして、それだけで誰かを殺すにゃ十分だ! なあ!」

 

 絶翔が飛び出す。

 爪すら作れないほどに消耗していても、真っ赤な火を拳に灯して敵を倒そうと血を吐きながらもまっすぐ敵を見据えた。

 

「……特攻。鬼神をなめるな、なのです」

 

 勇気ある彼は消し飛んだ。

 魚雷の発射準備は完了していた。敵を最大限に警戒するからこそ、致命傷を与えたら離れて観察していた。

 読み切られた勇気は蛮勇だ。何も意表を突くことなくただ死んだ。

 

「そして、時間切れです」

 

 エンジン音が近くなる。

 綾波が姿を現した時点で通信を切る理由はなくなった。

 

「……あ。ああああああ!」

 

 全力で木の結界を作ろうと、すでに致命傷は胸にある。

 いくつも爆弾が落とされる。ただただ仲間を守ろうと頑張っても、壁を作るだけでは意味がない。

 ただ燃え尽きて、炭と化す。

 

「――」

 

 綾波も油断せずに前を見据える。

 確実に倒したことを確認するため。倒したら生きていて、必死の治療で復活したなんてことは許さない。

 全て燃え尽きたのを確認すると、くるりと後ろを向く。

 

「さて、危険な任務を達成しましたし、指揮官には抱きしめてもらうことにするのです。それくらいの役得は期待してもいいですよね」

 

 スキップしそうなほど上機嫌で海を行く。

 

 



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第30話 綾波との逢瀬

 

 

 戦闘終了、10km四方ほどは命なき死海と化したが――それでも人類の未来が閉ざされなかったことを喜ぶべきだろう。奇跡的とさえ言っていい。

 海洋資源が全滅し、魚の死体が海辺を埋め尽くして何日もしないうちに腐って耐えがたい異臭を発そうとも……人が生きていけないことはない。

 海水温度は上がってない。海底山脈の地形は変形して潮流そのものが変わってしまったのだが、元々海上輸送などしていない。

 とりあえず、指揮官としては十二神将を三人落した代償がこれだけなのだから上出来だと思っている。うまくいったから責められないと思うほど子供ではないが、彼にとって批判は聞き流すものだ。……忠告でもないのなら。

 

「――さて、これから人間たちはどうするんでしょうね。まあ、指揮官にもどうしようもないと思いますが……魔族の技術ならあるいは、というところですか」

 

「しかし、奴らも人類のために技術を使うのは嫌がるだろうな。それに、どうせ10年もすれば回復するさ。元通りでなくとも、なにかしらの命に満ち溢れるだろう。地球が生きているのかは知らんが、回復能力は持ち合わせているのだから」

 

 ちなみに綾波は指揮官にくっついている。

 危険な役割をやってもらったから好きにさせているのだ。ご褒美といってもいい。このときばかりは他の子も綾波に譲っている。

 

 実際、危険ではあったのだ。

 予想外の事態が起これば綾波は死んでいた。

 指揮官がいくら甘いと言っても、それで好機を逃すほどお花畑な思考をしていない。あの奇襲はそれこそ死と隣り合わせで、敵に空間転移の使い手が居たら返り討ちにされてもおかしくなかった。

 ただ、どうしても指揮官が代わりをやれなかった。殺気に満ち溢れすぎていて隠れるも何もないのだ。

 

 そのお返しとして、これ以外にも夜のデートを約束している。相手が6人もいれば、そういうものにかこつけてもなければ中々機会もないのが目下の悩みである。

 もちろん、それは指揮官にとってもご褒美には違いないから。

 

「死の海、ね。光と相容れない私でも、好きな響きではないわね」

 

「うむ。命溢れるのが海の正しき姿だと余も思う。とはいえ、敵を撃退するためだ。仕方なかろう」

 

「長門ちゃん、こう……巫女パワーっぽいので何とかできない?」

 

「ユニコーン、ぬし……以外と好き勝手を言うものよのう。まあ、これも仲良くなれた証か。じゃが、できることなぞないよ。お祓いくらいならやれんでもないが」

 

「なら、それをお願いしようかな。見てみたい」

 

「……なッ// し、指揮官……う、うむ。うけたまわった。久しぶりなれど、腕が衰えていないところを見せてやろう」

 

「でも、魚が増えたりしない」

 

「ラフィー、そういうことを言うものではないですよ。長門様の舞を見れるのは、とても光栄なことなのですよ?」

 

「エルドリッジは……ねむい……」

 

 雑談している。

 とても和やかで、あれほどの殺戮劇を繰り広げていたとは思えない。

 

「あ……おかえりなさい」

 

 そしてメアが出迎える。

 彼女も、こんなんでも魔族では10本の指に入る実力者だ。あの戦いの傍とは言えずとも10㎞圏内に居たのだから、人間だったら消し飛んでいただろう。

 無軌道にエネルギーを発散させるほど戦いは低次元ではなかったとはいえ、余波を発生させないと言う手間もかけられるような甘いものでもなかった。

 それでも無事だったのはメアの実力だ。ワープゲートで衝撃波を飛ばせば、現実世界の理では傷が付けられない。

 それこそ、十二神将や艦船が直接攻撃する必要がある。

 ゆえに、家もまた無事だ。彼女が守っていてくれた。

 

「ただいまです、メアちゃん」

 

 ユーちゃんを頭の上に乗せたユニコーンが抱き着きに行った。こういうところが艦船たちに気に入られる由縁だろう。

 彼女は今も指揮官が怖くて直視できていない。今も、仲の良いユニコーンに向けて言っていた。

 実際、彼女は指揮官と一言も会話をかわしていない。全てユニコーンを介している。

 指揮官を狙っていない、というのは彼女たちと意思をかわすための最低ラインだ。

 

「ただいま。……ねる」

 

「え、エルドリッジちゃん……? お、おもいよ……?」

 

 メアにのしかかった。

 そのままうつらうつらとし始める。まるで子供みたいだが、まあ実際その通り。情緒という面では子供でしかないだろう。

 そんな彼女が大事そうに薬指に嵌めている指輪はアンバランスなことこの上ない。

 

「ああ。食事の用意はしてくれたようだ。ありがたいことだね」

 

 そして、いつものごとくの空間転移デリバリーだ。

 基本的に魔族の技術水準は全てが高レベルだ。しかも趣味に生きる奴が多いだけに、空間転移さえあれば何でも持ってこれる。

 料理に生きる魔族もいるから、お手軽に超高級料理店の味をご自宅で、という奴だ。

 

「うむ。褒めて遣わすぞメア」

 

 鷹揚にうなづく長門。これでも同盟相手くらいには彼女のことを信用している。彼女がそうだと言うことは、他の艦船も似たようなものだろう。

 実は、地味に人類にとっては窮地かもしれない。

 この様子では人類と魔族との生存競争に、魔族の方に肩入れしかねない。もっとも、指揮官としては艦船たちが望むのならばやぶさかではない。

 人類が存亡などに指揮官は興味を持っていないのだから。

 

「えらいえらい」

 

 ポンポンとメアの頭を撫でるラフィー。

 こう見ていると本当に溶け込んでいる。

 まあ、一人だけ指輪を付けていない本当の子供だが。しかし、こんなんでも大陸を軽々と超えていく空間転移能力者だ。

 

「エルドリッジ」

 

「……うん? 指揮官、なに……?」

 

「食べられる? それとも、寝る?」

 

「たべる。はらへった」

 

 ぐぅぅ、とお腹の音が鳴った。

 悲しそうにお腹を抑える。レディとはいえないが、とても愛らしいしぐさだ。

 化け物のような力を持ち、しかし行動はどこまでも少女のそれだ。我も人、彼も人……人でなかろうと、他人は他人で自分のために動いていて、そして己も自らの望みのために行動する。ただ、生きていく。

 それは、化け物でも人間でも魔族でも変わらない日常だ。

 

「では、皆で食事にしよう」

 

 そして、皆で食事をとる。綾波はずっとくっついたままだった。

 

 

 食事が終わって、お風呂に入って。

 そして指揮官は綾波と二人で夜の砂浜を歩いている。

 

「……こうしていると、昼の戦いが嘘のような静けさだな」

 

「はい、穏やかな時間。綾波はきっと、戦いよりもこっちの方が好きなのです」

 

 二人は手を繋いでいる。

 彼女はヒールのついている靴を履いているが、それでも指揮官との身長差は大きい。恋人つなぎをするために綾波は背伸びしている。

 足がつってしまいそうだが、艦船としてのチートをここぞとばかりに使用する。無理な格好を1時間や2時間したところで疲労しない。

 

「ああ、俺もこういう時間は好きだよ。もっとも、戦いも嫌いではないがね」

 

「知っています。でも、あなたが付き合ってくれて嬉しいですよ」

 

 今の綾波の姿は胸を強調するようなドレスだ。

 白い上着に黒いドレス。暗然礼装と呼ばれるもの、彼女たちの衣装はコンプしてあったためが、これは買えていなかった。

 これで新しい衣装が入ってくることも、実際に使えることも確認できた。まあ、追加効果なんてあるわけもないのだが。

 

「それなら、今後はいくらでも時間を作れるだろう。4人殺した、十二神将共も慎重になるはずだ。馬鹿でなければ魔物をけしかけて様子を見るだろうな」

 

「……ふふ。あなたが興味あるのは奴らですか?」

 

「いいや。アレらは君たちと共に居るためのチケットだよ。あと8つ破る必要があるのは苦労するところだがね。まあ、アレだ。構ってあげられなかったのは引越しのせいだよ。世界移動をそう言うと間違ったことを言っているような気さえしてくるが、まあようやく腰を落ち着けることができた。今後は時間を取れるさ」

 

「なら、もっともっと構ってください。綾波も、皆も欲張りさんですよ? ちょっと構ってくれたら、もっともっととおねだりしてしまうのです。絶対、満足なんてできないのですからね?」

 

「可愛い子におねだらりされるのも悪い気はしないな」

 

「そう言われてしまうと、もっともっと甘えてしまいますよ? 実を言うと、綾波はとっても期待しているのです。だって、こんな甘いシチュエーション」

 

 手を離す。

 ととと、と少し走る。

 

「夢にまで見た夜のデート。とてもとても、素敵な一夜の夢。たくさんたくさん、あなたと触れ合いたいのです」

 

 くるり、とスカートを回した。

 裾が夢のように広がって、大胆な紐の黒レースがちらりと見える。

 

「……ふふ。指揮官だけですよ?」

 

 いたずらげに舌を出した。

 小悪魔のようなしぐさ、どこで学んだのか……それはとても魅力的だった。

 

「ねえ、お子様のデートではないのです。ゴールインまでしてくれるのでしょう?」

 

 ちらりと覗いた舌はとても赤く、煽情的だった。

 彼女は手を差し出す。さあ、取ってと言わんばかりに。

 

「もちろん」

 

 手を取って、引っ張り寄せてこっちを向かせる。

 赤く染まった顔、あごに指をかけて上を向かせる。

 

「好きだよ、綾波。君と一緒にいるためなら、幾億の苦難であろうと乗り越えて見せよう」

 

「……はい」

 

 キスをした。

 

「ふふ。身体は正直だね? なにをされたいか、言ってごらん」

 

 抱き合う二人。

 指揮官の手はドレスの中を縦横無尽に動き回る。

 

「……いじわる、です」

 

 そして、目をとろんとさせた綾波は力を抜いて指揮官に身を預ける。

 ぺたりとくっついて、離れようとしない。

 ひたすら身体を押し付けてくる。

 

「そう。じゃあ――俺がしたいようにするよ。いい?」

 

「はい。指揮官のお好きなように。……ンッ!」

 

 びくりと身体が震える。

 顔を真っ赤にして、そして瞳は情欲に濡れていた。

 

「愛してる。ああ、他など目に入らないくらいに君たちを愛しているんだ。だから……」

 

「はい。愛してください、指揮官。それだけが私たちの望みです……」

 

 夜の砂浜。睦み合う恋人同士の嬌声がいつまでも木霊した。

 

 

 



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第31話 ラフィーとエルドリッジの策略

 

 

 目を開ける。

 あの後は砂浜でヤってから、風呂で砂を落としてもう一回。さらにベッドの中でもした。後半はさすがの綾波もバテかけていたが、まあそれで勘弁してくださいとでも言うようでは肉食女子は名乗れないだろう。

 ……まあ、名乗ってないが。

 

「おはよう」

 

 シーツに包まる綾波に声をかける。

 抱き寄せるまでもない。というか、すでに抱きしめている。彼女は指揮官の腕の中ですうすうと安らかに寝息を立てている。

 

「……んう」

 

 目をこしこしとこすりながら、猫のように身体をこすりつける。

 とても満足気な表情をしている。

 とはいえ、まあさすがに身体がだるそうだ。

 

「まだ疲れてる?」

 

「指揮官、どれだけ体力があるのですか? というか、2,3時間も寝てないのですよ」

 

「艦船の睡眠時間としては十分だろう。一々人間みたいに8時間も寝ている必要はない」

 

「綾波はあと1時間だけこうしていたいのです」

 

「そうか。……まあ、綾波と一緒にシーツの中でまどろむのも悪い気分ではないな」

 

 少し力を籠める。

 綾波も抱き返してくる。

 

「……」

 

「……」

 

 綾波の髪を撫でる。

 亜麻色の髪はいいにおいがする。それに、今はポニーテイルを解いて流している。この髪型も似合っている。

 しばし、見つめあう。

 

「ーー指揮官、朝ごはんができましたよ」

 

 エレバスが起こしに来た。

 昼と夜はメアが空間転移で出前を取ってくれる。のだが、まあ……返す返すも人類の科学技術では到達しえないそれを、たかが出前に使うとはなんとも贅沢である。

 さらに言えば、指揮官としてはエレバスに作ってもらった方がよいと思っているのだから。まあ、色々と状況が動いているのだから、贅沢を言っていられる状況でないと自戒している。

 

「ああ、ありがとう」

 

 声をかけて体を起こす。

 

「あっ……」

 

 綾波が残念そうな声を出す。

 

「もう少し寝ていたいのなら寝てていいよ」

 

「いじわるを言いますね、指揮官。起きますよ」

 

 ぐいっと体を伸ばす。

 シーツを跳ね飛ばすものだから丸見えだ。朝日が裸身に反射して、とても神秘的だ。

 

「……」

 

「何をそんなに。昨日、散々見たくせに」

 

 綾波はくすくす笑っている。

 どうやら意地悪をされ返されたらしい。

 ささっと着替え終わっている。早着替えは軍人の習いだ。

 

「……ふん」

 

 指揮官は目をそむけた。

 

「ふふ。冗談ですよ。いえ、指揮官が望むならいくらでも見せてあげるのですよ」

 

 腕に抱き着いてくる。

 

「……まったく。小悪魔だな、綾波は」

 

 キスをしてやると、嬉しそうに目を細めた。

 

 

 そして、朝食の席に着く。

 綾波は指揮官から離れて別の席に着く。昨日は終わって、今日は別の子の番だ。

 指揮官が決めたわけではないが、そういうルールができている。

 

「ねえねえ、指揮官。かわいい?」

 

 エルドリッジがいつもと違う服を来ている。その場でくるんと回って衣装を見せてくる。

 サンタ衣装だ、おなかは元から見せていて、しかも前は袖とつながっている。いわば裸の上にへその上までしかなマントを羽織っただけのよう格好だ。

 指揮官も大事なところが見えると一瞬期待したのだが、さすがに見えなかった。

 

「メリークリスマス、じゃないけど。変えたよ、ほめて?」

 

 一通りくるくると回った後は満足したのか抱き着いてくる。

 頭をなでてやると嬉しそうな顔をする。

 

「ラフィーは指揮官には頼らない。うん、ラフィー、指揮官に飼い慣らされない。どんなことがあっても、ラフィー、指揮官のもとに帰る、約束したから」

 

 白い衣装……ウェディングドレスで指揮官の隣に寄り添ってきた。

 そしてツンデレがツンデレしきれていない。もとから機能していないようなものだったが、後半はもうべったりだ。

 

「……ラフィーも。うん、かわいいね」

 

 頭を撫でようとするが、腕をつかまれた。

 腰のほうに持っていく。

 撫でるより抱きしめろ、ということらしい。

 

「ラフィーは、指揮官に甘えたいだなんて思ってない。うん、思ってない」

 

 柔らかい感触がする。

 小さいが確かにあるふくらみがふにふにと押し付けられている。

 一方でエルドリッジのほうはというと、何も分かっていないのか力任せに押し付けて、ろっ骨に当たっているから少し痛い。

 まあ、これはこれで好きという困った指揮官だが。

 

「……さて、これだと食べられないな」

 

 両腕をしっかり確保されてるから、動けない。

 振りほどく、という選択肢はなかった。しかしエレバス作ってくれた食事を無駄にする気もない。

 まあ、出前だったら捨てても惜しくないと思ったかもしれないが。

 

「指揮官はこまったさん。一人じゃ食べられないなら、ラフィーが手伝ってあげる。……はい、アーン」

 

 腕を確保したまま箸でサラダをつまむ。

 ちなみに、本日の朝食はそれとパン、そして個人の好みに合わせた飲み物だ。

 指揮官はコーヒー、エルドリッジはオレンジジュースで、ラフィーはというとなんとコーラである。

 まあ、指揮官が許すのだから仕方ない。

 

「ああ、ありがとう」

 

 はぐ、と食べた。

 こういうのはこの子たちが好むから、指揮官も慣れてしまった。もとより恥とかそういうものに疎い指揮官ではあったが。

 ラフィーは当然とばかりに同じ箸でサラダを取って食べる。

 

「エルドリッジも……やる」

 

 わっしとパンを掴んで指揮官の口に押し込んだ。

 

「……むぐ。……ぐ」

 

 さすがにしゃべれない。

 あわあわと慌てている他の子を目で制す。

 

「指揮官、うまいか?」

 

「エルドリッジ、あまり押し込むのはやめてね?」

 

 指揮官は押し込まれたパンを無理やり飲み込む。

 息苦しいが、まあ死ぬことはない。

 だが、エルドリッジには何も分かっていないようだ。

 

「……?」

 

 不思議そうな顔をしている。

 

「まあ、いいか」

 

 諦めてしまった。

 

「はい、指揮官」

 

 エルドリッジが黒い飲み物を近づける。

 香りが違う、その違和感に気付いた瞬間には液体が流し込まれている。

 

「……っぐ。けほ。……ごほっ!」

 

 炭酸だった。

 つまりは同じ黒い飲み物でもコーラの方だ。

 何食わぬ顔で今しがた指揮官に流し込んだコーラを口にしているあたり、ラフィーも確信犯だろう。

 

「まったく、いたずらものめ」

 

 おかえしとばかりに尻をもんでやった。

 まあ、ラフィーは一瞬目を細めた後嬉しそうな顔をするだけだったが。

 

 

 

 そして、朝食が終わったころにメアがやってくる。

 ユニコーンや長門と一緒に砂浜で遊んでいる。

 綾波はごろごろしながらゲームをしている。

 

 指揮官はというと、縁側でまどろんでいた。

 もちろん、エルドリッジとラフィーと一緒に。

 

 エルドリッジは指揮官と離れたくない様子だが、暇を持て余して手遊びをしている。

 指揮官はそれに適当に付き合ってやっている。今は指揮官の左手を突っつくのに忙しい様子だ。

 一方でラフィーはというと、指揮官の膝に頭を載せて惰眠をむさぼっている。

 

「……平和だな」

 

 一昨日辺りも同じセリフを呟いた気がする。

 結局は十二神将のうち3つを落す大騒ぎに発展したわけだが。

 

 そして彼らの残りは8、指揮官たちは7人だから、これ以上失えば数の有利を失うこととなる。

 もはや彼らは戦力の逐次投入などという愚かなことはしないはず。

 ……来るなら、全員でだ。指揮官はそう確信していた。

 それこそ後方支援が得意とか回復タイプだとかで前に出れないことはあるだろうが、それでも戦力としては一単位だ。二回に分けて襲ってくることはない。

 

「彼らが動くにも時間がかかるだろうしな。今のうちにゆっくり楽しんでおくのが吉かな……?」

 

 膝の上でくつろぐ彼女たちにじっとりとした視線を向ける。

 今日はどっちにしようかな、という最低な視線である。

 しかし、ラフィーは喜んでいるし、エルドリッジはエルドリッジでまったく分からないなりに遊んでもらえるなら幸せとしか思っていない。

 

「指揮官、今日は二人一緒で」

 

 がばりと起き上がって言い放った。

 エルドリッジはまったく気にせずに手遊びを続行している。

 

「……それは、そういう意味? なぜ?」

 

「順番待ち、キライ」

 

「順番って……別に昼と夜で分けてもいいんだよ?」

 

 気遣いみたいなことを言っているが、普通に最低な言動である。それこそ、とっかえひっかえでしかない。

 メンバーが完全に固定されているのは救いか誤差か。

 

「それに、エルドリッジもそれでいいの?」

 

「うん? ラフィーがそっちのほうがいいって言ってた」

 

 完全に他人事である。

 まあ、自分もするのは分かっているのだろうが。その態度からはいざとなればラフィーに聞けばいいとしか思っていない様子が丸わかりだ。

 

「……何するか、分かってる?」

 

「しらん」

 

 その顔は何も考えていなさそうだった。

 

「色々されちゃうけど、いいの?」

 

 指揮官は手を彼女のお尻のほうに持っていく。

 

「よくわからんけど、いい」

 

 ぎゅう、と顔を押し付ける。

 

「じゃあ、なにをするか教えてあげないとね」

 

 二人の身体を抱き上げる。

 ベッドに運んでいく。

 結局、昼食は部屋に運んでもらった。

 

 

 



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第32話 人間たちの戦争

 

 

 そして、二週間がたった。

 十二神将の襲撃はなく、魔王は3度ほど訪れて世間話をしていった。監視は継続中とはいえど、為政者としてスノウホワイトの意思は都度確認する必要がある。

 そもそもが本来なら艦船を自国に放置することがあり得ない。出所の良くわからない水爆を出身不明、所属不明の謎勢力が持っているようなものだ。

 とはいえ、指揮官は本当に何もしていない。

 時折湧く魔物たちも知らぬ存ぜぬと、愛する艦船達と堕落の日々を送っている。いや、2週間ですでに3週はしているのだから堕落には違いないのだが、対十二神将を意識した訓練も怠ってはいない。

 だからこそ、魔族は好き勝手にさせている。魔族は魔族、彼らは人間の論理とは外れたコトワリで動いている。

 

「……ふうん。で、あれが十二神将の仕業だというのが君たちの見解というわけか?」

 

 魔王に呼びつけられ、とある基地に招待された。

 おきまりの魔道人形たちが、茶とお菓子を用意する。

 いかにも殺風景なパイプ椅子とスチール製の机。机上には電源の刺さっていないプロジェクターが置いてある。

 否、それは役割を同じくするだけで別物だ。魔力を動力とするため、バッテリーに類するもので動いている。魔力は電気と違って溜めやすい。

 電池は、あれで非効率な上に10年も持たない消耗品だ。

 

「……そうとしか考えられない。よしんば意図しないものであっても、奴らの影響であることは確実だろう」

 

 魔王は幼い顔に似合わないしかめっ面をしている。

 基地の管理者、戦時研究者と言った薄汚れた白衣を来た小太りの魔族も苦笑するような表情だ。

 対象に、メアはちょっと嬉しそうな顔をしていた。

 

「魔物と人類の戦争ね」

 

 指揮官はくすくす笑っている。

 そう、プロジェクターによって磨き上げられた壁面に移っているのは魔物の軍勢だ。つまりは衛星によるリアルタイム監視……米軍と同等の軍事ドクトリンを持っている。

 

 前のゴブリン王国……それ以上。もしかしたら帝国とでも呼べばいいのかもしれない。

 あれは下位兵がゴブリンだった。今度は少なくともグラップラータイプが最弱だ。個としての力は数倍以上、軍勢として見るなら脅威は十倍では効かないだろう。

 これほどの数ならユニコーン一人では滅ぼせないだろう。しかし、それでもその魔物たちを恐るべきとは思えないし、実際に艦船にとっては大した敵ではない。

 けれど、魔族にとっては無視できないし、人間にとっては言わずもがなだろう。

 

「君たちとしては喜ぶところじゃないかな? まあ、スノウホワイトとしては助ける選択肢もないではないけれど」

 

 指揮官の言い分は血の通った人間とも思えない。

 助けるつもりなどないのだ、指揮官の興味は艦船たちにしかない。かっこいいムーブができそうなら助けに行くことも考えるが、どう考えても政治的に面倒くさいことになる。

 だって、そうだろう?

 正しく生きる者の考えはいつも同じ。

 

 ――みんながやるべきことをやればいい。その論理に従い、指揮官たちがあの脅威を打ち崩すのは当然と主張するのだ。

 例えば部下を過労死させる上司は悪意でなく、仕事をさせてあげようと言う善意でやっているのだから。その上司は悪い奴か? その通りだが、悪意によってもたらされる災禍など取るに足らない。死も、取り返しのつかない傷も、善意が発端なのは歴史が証明している。

 

 指揮官では人ではない艦船として、事態を俯瞰する。

 人の死は数字だ、上空から見るならばそうなる。一人一人を見るならば、人の数と同じだけの目の数が必要になるだろう。

 

「……現象だけ切り取れば。ええ、ごもっともな話ね。ちょうどメアも喜んでるし。……人間側の将軍、その二股の大剣を二対持ってる奴はこの子の親戚を殺したやつよ」

 

 そして、魔族にとっては一人の死は一つの益。

 敵兵が死ぬことは喜ばしいことだ。自国の益を喜ばない王は、治める刺客など持たないだろう。

 だが、喜ぶだけで思考停止すれば、それはただの愚か者だ。

 

「人に歴史あり、という言葉を強く感じるね。いや、悪かったね、この場合は魔族か」

 

「ええ、私たちには家族もいれば歴史もある。ああやって、命を無駄になんてしないのよ」

 

 彼女の瞳に映るものは憎悪か。

 人間と魔族の確執はとても深そうだ。

 指揮官にしても軍の必要性はあまり感じない。強力な能力者が居ればそれで事が足りる。凡百の雑魚など必要ない。

 ……などとは言えない。一人なら、後ろの民は誰が守るのか。

 要するに立場の違いで状況の違い。それを魔王は、はたから見て愚かと切り捨てる。理由はもちろん、憎いから。要するに感情の問題だ。

 

「まあ、そこらへんの認識を合わせる必要性は感じないね。魔族は魔族、艦船は艦船で……そして、人類は人類だろう。……で、なぜ苦い顔をしているのかな?」

 

「……わざとらしい。もう気付いているでしょうに、あなたなら」

 

「さてね。どう思う? ユニコーン」

 

「え、私? えと……魔物が勝ったら海を渡るから……とか?」

 

 軍隊として、一番気にするところだ。

 別の国の兵がやられている。なら、その敵が自分に矛を向けてこないとも限らない。敵を警戒するのが軍の仕事だ。

 

「それはないわね。いくら人類が弱かろうと、そもそも戦力があれだけしかないわけじゃない。ゴブリン帝国が一時の勝利を手に入れたとして、すぐに潰される」

 

 だが、それはなかった。

 人類、弱し。とはいえ、あの程度に殲滅されるほど弱くもない。

 

「え。ええ……じゃあ、えっと。……メアちゃん」

 

「にゃ!? え、えっと……私にも分からないよ。……あ、綾波ちゃん?」

 

「そうですね。これで終わりとは思えないことでしょう。私たちが潰したゴブリン王国。そして、今回発生したゴブリン帝国。ならば、次があると考えるのも当然で。そして、帝国が生まれた場所は地形を見るに王国とは別の場所。で、あるならば……」

 

「あ、もしかしてここ(魔属領)にも!?」

 

 やっと分かったメアが慌て始める。

 あれが自国内に沸いたとなれば、犠牲が出ないとも限らない。

 

「はい、大正解です。次は大帝国とか、もしかしたら竜の国とか、スライムの王国かもしれませんね? そんなものが国内に発生したら大変でしょう」

 

 そして、次はもっと手ごわい相手が出てくると考えるのは当然だ。

 

「そ、そうだよね!? どうするの、魔王様!」

 

「その時はその時じゃ。全力で撃破する以外にない。その時には協力してもらうぞ、メア」

 

 だからこそ、魔王は最初から苦い顔をしていた。

 そんなものは最初から分かりきっていたことだから驚きはしないけど。

 

「おや、俺たちの力はいいのかな?」

 

「貴様らに借りを作るなど、ぞっとせんな。……は。まあ、身体の一つで返せればそれでも良いのだがな」

 

「その冗談は本気でやめておけ」

 

 艦船たちが本気で殺意を向けたのを指揮下が止める。

 古来、ハニートラップは有効なものだが指揮官にだけは逆効果だろう。

 

「ああ。冗談だから殺気はやめてくれ」

 

 魔王はひらひらと手を上げて降参する。

 これだからハニートラップも仕掛けられない。指揮官は指揮官で、いざとなれば黙認しかねない危うさがある。

 もっとも、本当にそうなったら指揮官は黙認するに決まっているのだけど。

 

「まあ、いい具合に場も凍ったところだ。人間たちの力、見せてもらおうか」

 

 視線を向ける。

 画面の向こうでは、人間の軍隊とゴブリンたちがまさにぶつかるところであった。

 本人たちにとっては真剣なのだろうが、例えば戦争映画と比べても迫力は劣る。そういうふうに演出したものだ、現実では勝てない。

 

 人類側は指揮官が出会った騎士団『星』に加え、『塔』、『戦車』に後方では『愚者』が控えている。

 戦力を出し惜しみはしていない。総数22を誇る部隊のうち4つしか出ていないのは領土の広大さゆえだ。

 守るものが多い分、全ての戦力を集中することができないという欠陥。

 

 先陣を切るのはやはり指揮官と出会った男だった。

 敗北という汚点を払拭するべく、雄たけびとともに地を駆ける。気迫は十分、後に引けないだけあって後ろを振り向かずに果敢に攻め立てる。

 ――星の瞬きは再び輝くのだ。

 

 その一撃はゴブリングラップラーの首を切り裂き、追撃の輝く星がそいつをいくつもの肉塊へと変えていく。

 さらにさらにと、その星の輝きは朽ちはしない。剣の軌跡が飛翔して、後ろにいるゴブリンすらも切り裂くのだから魔物にとってはたまらない。

 だが……その程度ではどうしようもない現実がここにある。万を超える軍勢を前には無意味、星の輝きは一瞬だけ強くきらめいて消えていく。

 そう、彼が地獄に踏み込んで1分足らずで100を超える骸を量産しようとも、それ以上の数がいる。

 

 ゆえに、”軍”がいる。信頼し、背中を預ける仲間がいる。

 一足先に踏み込んだ隊長を追い軍勢とぶつかった『星』の騎士団。強力な武装こそ持たなものの、精鋭には違いない。

 押しとどめる。

 

「ふむ、人間もやるものだな。だが、まあーー」

 

「魔族の域には届かん。精々頑張って目の前の敵を倒すがいい。魔物にせよ、我々にせよいずれ討ち滅ぼすことには違いない」

 

 魔王が言う。

 魔族に劣る人間たち。その反攻を安全な会議室から見ている指揮官と魔王は、まさしく人外だった。

 

 



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第33話 人間たちの戦い

 

 人類の領域で起こった魔物の大量発生、それに伴い発生した帝国。ゴブリンどもと言えど、上位種であれば人間種には脅威だ。

 文字通りに山ほどいるゴブリングラップラーですら、中級の冒険者にとってはボス当然だ。

 騎士たちはそんな凡俗の冒険者とは訳が違うが、しかしならば脅威でないと言えば嘘になる。その拳は十分に鎧ごと心臓を打ち砕く膂力を持っている。

 

「どう見る、魔王?」

 

「どうと言われてもな。じり貧であろ? 『星』が全ての魔物を殺し切る前に、奴の部隊が全滅する」

 

 少し言葉を切る。

 

「まあ、『塔』が動かなければ、という話じゃがな」

 

 そいつを見る。

 大剣を二つに割ったような形をしている武器を二振り持っている。アニメであれば真ん中からビームでも撃ちそうだが、普通に考えれば非効率極まりない。

 そもそもあんなバカでかい武器を二つも持つことからすでに間違っている。ノーマルなゴブリンなどの柔らかい相手ならまだしも、上位種相手では一本を両手で持った方が良いに決まっている。

 

「……あれは、刺して使うのか?」

 

「いいや。見ていればわかるよ」

 

 魔王はそれの使い方を知っているようだ。

 それもそうだろう、人類と戦い続けてきたのだ。そして、あの男はメアの知り合いを殺している。

 きっと、戦争とはそういうものなのだろう。

 どっちが正しいとか、間違っているとか。そういうものとは無関係に憎しみが連鎖していく。

 

「何を言っているのか分かるか」

 

「……いや。衛星からの監視では音までは拾えない。トレトニアン?」

 

 変な名前だが、管理者の男の名前だ。

 

「いえ、無理ですね。上を向いてしゃべってくれれば解析できますけど」

 

「なら、こちらで拾うぞユニコーン」

 

「ん、わかったよ。お兄ちゃん」

 

 両手を掲げる。手の中に艦載機が現れる。

 一瞬魔族の二人が警戒するが、ユニコーンは気にしない。そのままスピーカーをONにする。

 もちろん、魔族3人目のメアは友達のやることだからと気にしていない。まあ、そのあとで魔王の焦り具合を見ておろおろしだしたが。

 

 彼の声が響く。『塔』の男の声が。

 

「ーー汚らわしき魔物ども。魔族の先兵が、我ら人の領域に土足で踏み込むことは許されないと知るがいい」

 

 荘厳な声。

 莫大な決意と熱量に支えられたその声は、部下を勇気づけるのに十分だろう。そして、彼本人もただの弱者ではないという証明だ。

 もっとも、魔物は魔族とは何の関係もないし、活性化だって十二神将の影響でしかないのだが。まあ、そこは人類にとっては知らないことだ。

 

「祝福の鐘の音を聞け」

 

 身長よりもでかい剣、それを頭の上で打ち鳴らす。

 響き渡るは透き通った祝福の音。魔物の存在を許さない神の御声だ。

 ……つまり。

 

「音叉か、アレは」

 

「既存の概念に当てはめる必要性があるかは微妙だが、まあその通りだろうよ。アレの前には雑魚がいくら群れようとも関係がない」

 

 その通り、なみいる雑魚は音色によって粉砕される。

 震え、共鳴し爆砕して血の花が咲く。

 浸透した魔力が敵に侵入し、敵自身の持つ魔力を利用して強制的に暴発させている。音色を聞けば体の内側から爆発する魔技。

 超広範囲の攻撃と考えれば、すさまじい魔力効率だ。

 なにしろ、敵自身の力を利用して引き裂いているから圧倒的な殺戮に対して消費する魔力は少ない。

 

「……けど、アレでは魔術師すらも倒せない。発散する魔力波を障壁で防げばいいだけ。それに、アレじゃまともに当ててもメアちゃんも倒せないよ。アレで魔族を倒せるの?」

 

「いい着眼点だな、ラフィー殿。だが、『塔』はあくまで一発屋などではない。魔族を殺してきた憎き敵で、認めたくないが実力者だ。見ろ」

 

 『星』が高速で疾走して敵の中心部に突っ込む。

 連続する星の光が敵陣の守りを切り崩そうとひらめくが、障壁に阻まれて止められる。そして、そこは中心部だ。ゆえに最も守りが厚い。

 簡単を志すならば末端から攻撃するべきだった。それなら彼の力でも強引に突破できた。誘いこまれた状態、前後左右から敵が迫る。

 

「よくやった! どけ!」

 

 そして、その後ろから『塔』が飛んでくる。

 『星』がやったのは要するに牽制だ。彼の突撃をサポートするために、あえて突っ込んでみせた。

 

「ええ! お願いします!」

 

「任せろォ!」

 

 大剣を振りかぶり、突き刺した。

 剣が振動し、障壁そのものを破砕する。

 

 つまりがこれが真の使用法。

 共鳴はあれで偽物でもないが、雑魚専用の技だ。

 突き刺し、中から破砕する。どれだけの再生能力を持ってようが身体の全てを一気に破壊するこの技には意味がない。

 

「……破!」

 

 そのままもう一方の大剣を薙ぎ払ってゴブリンメイジどもの頭を吹き飛ばす。

 これでも神器だ、強度は申し分ない。

 そして本人の腕力も。

 

「……奴を殺せェ!」

 

 ゴブリンキングの声が響く。

 数百に及ぶ光弾が彼らを襲う。

 メイジの数だけでも数十はいるのだ。

 

「は! 魔物に俺の命が取れるかよ!」

 

「ああ、人間の力を舐めるなよ」

 

 だが、その程度で殺られるなら隊長など名乗れない。

 背中合わせに全ての攻撃を撃墜する。

 そして、敵は彼らだけではない。

 

「さあ、行ってください隊長!」

 

「こいつらの相手は俺たちが!」

 

 『星』と『塔』の騎士たちが剣と盾でもって押し返す。

 人類の守り手である彼らに恐れも迷いもありはしない。

 命を糧に戦い続ける。ゴブリングラップラーは鋼を素手でへこませる程度の力は持っている。

 訓練した人間でも不可能なことだ。けれど、技術で差を覆す。殺すなら、腕力など首を両断できるくらいのものを持っていればいい。

 

 そして。

 

「さあ、俺が来たぞ魔物ども。泣き、震え、喚いて砕けるがいい。命なき人形どもは塵へ帰れ」

 

 『戦車』が到着する。

 その名の通り歩みの遅い彼は、しかし通り道のすべてを轢殺する。

 まさに戦車。拳の一撃が敵を粉砕し、しかして魔物の攻撃は何一つとして通じない。

 

「もはや後方に憂いはない!」

 

「駆け抜けるぞ!」

 

 星剣が振られるたびに星の輝きが一つの命を奪う。

 音叉剣が振られるたびにゴブリンが10はまとめて爆砕する。

 血と肉の死山血河を築きながら、疾走する。

 

「ーー貴様が王か!」

 

「その命、極彩と散れ」

 

 そして『星』と『塔』はゴブリンキングの元へ到達する。

 

「なるほど。部下共では相手にならんか。ならば、我が相手せねばなるまい」

 

 王が参戦する。 

 指揮官が撲殺した奴でも、一瞬で頭でも腕でも再生力に加え、それこそ戦艦だろうと持ち上げるだけの膂力もあった。

 こいつも同様だ。大体、腕だの胸だの殴りもがれようが構わず攻撃し続ける魔物のどこが弱いのか。

 そして、こいつは帝国を率いるのにふさわしく蛮人スタイルですらない。魔法の鎧を身に着ける強者だった。

 

 



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第34話 人間たちの戦い

 

 

 ゴブリンキングが、山のごとき偉容で人間に語りかける。

 その姿、まさに”王”。視線のみで心胆寒からせる威厳は、覇者のみが持つ資格。この王の前に立つならば、国くらいは背負っていなければ。

 

「貴様らの力、見せてみろ」

 

 動き出す。大木のような足を踏み下ろすごとに地面が揺れる。

 そして、その手が持つ棍棒にも魔法の力は宿っている。

 

「言われずともォ!」

 

 『星』が動いた。連撃、1秒で30を超える星の輝きが敵を切り刻む。

 極限まで圧縮したその星の輝きは鋼鉄ですら容易に刻む死の煌めきだ。

 

「そんなものか」

 

 だが、魔法の鎧は意に介さない。星の輝きは虚しく鎧の表面を這って消えていく。

 ゴブリンキングの再生能力以前に傷を付けられていない。

 やはり、彼の攻撃力は弱いのだ。手数で補うスタイルだが、決定力が欠けすぎてどうしようもない。

 騎士団の中でも単体戦力としては下から数えたほうが早い。それでも、最低ではないけれど。

 

「……ああ、こんなものだ。やはり魔法の鎧、耐性に穴があるような手落ちはないな。だが、それは当たり前に当たり前が通用するということ」

 

 そして、次の一瞬では効果が変わる。

 今までのは触診だ、弱そうなところを探っていた。そして、それが無かったからやり方を変えるだけ。

 切り裂き、血があふれる。鎧の隙間狙いだ、人間のやることは変わらない。鎧が固ければ隙間を狙うだけの話だった。

 そして、もう一つ。

 

「バカみたいに余裕かましてりゃ、こっちとしても楽なんだよ」

 

 ゴオン、と音叉でぶっ叩いた。

 鎧に刃は通らないから、ハンマーで叩くのは人の歴史ではよくあることだ。まあ、馬鹿正直にハンマーを使うのではなく、フレイルという紐付きハンマーと連結した槍を使っていたのだが。

 しかも、こいつは音の衝撃まで追加される。

 『塔』の神具は並大抵ではない。至近で喰らえば鎧も皮膚も貫いて、体の中身そのものをどろどろのシチューへと変える。

 

「ごぼっ!」

 

 口、そして目から血があふれだした。

 ホラーな光景だが……それを成し遂げた彼らに油断などない。そんなものができるはずがない。

 なぜなら。

 

「では、もう一度言おうか。そんなものか、人間」

 

 ゴブリンキングはその瞳を揺らがせない。委細構わず、眼下の小人を睨みつけた。

 微動だにしていない。血を流させることはできたものの、それがダメージかは疑わしい。

 3mは下らない巨躯が進軍を開始する。

 

「っち! 引け」

 

「ぐーー」

 

 『星』の退避が遅れた。

 判断が、ではない。『塔』に言われるよりも先に動き始めていた。それでも間に合わなかったのは純粋な実力差。

 筋力がいまだ人間レベルであるという悲しい現実だった。

 

「いいや。これなら、まだ……!」

 

 棍棒は棍棒で当て方というものがある。

 扱いが難しいとされる日本刀ほどでなくとも、”ちゃんと”当てないと威力がなくなる。そこを見極めて、当たり所を見極めればダメージは軽減できる。

 

「馬鹿め」

 

 ゴブリンキングが吐き捨てた。

 軌道が変化したわけではない。棍棒が巨大化したわけではない。

 しかして、『星』のジャンプする軌道が変化した。引き寄せられたのだ。

 

「……っな!? これは!?」

 

「魔法の付加効果か!」

 

 『塔』が焦った声を出す。

 一方でかけられた方はと言うと、悲鳴を漏らす暇もない。自らが弱いのは分かっている。だから、全ての神経を今起こっていることに注ぐ。

 予測? そんなものは才能ある人間がやっていればいい。他の隊長たちと比べて一歩劣る自分は目の前の出来事に集中しなければ生きていくことさえできやしない。

 考える暇などない。相手の攻撃が当たりそうならせめてダメージの少なさそうなところで当たる。それも構わなければ立ち向かうまでだ。最初からそう決めていた。

 

「おおおおおお!」

 

 叫ぶ。けれど、相手の攻撃を相殺? そんなもの、攻撃を百篇繰り返そうが無駄だ。だが、わずかでも攻撃の威力を落せるのなら意味はある。

 才能のない自分にはそれしかないと思い定めて戦場に居るのだ。迷いはない。

 

「っが! ぐあーー」

 

 骨が折れる音とともに吹き飛んでいく。

 だが、奇跡的に肋骨の一つや二つは折れても手足は折れていない。口から血が溢れて錆の味にえずこうとも、まだ戦える。

 

「……貴様ら!」

 

 だが、運の良さもそれまでだ。戦場の模様で言えば、ゴブリンが占めるのは7割ほど。つまり3割の確立で自軍の傍に落ちることができたのだけど。

 やはり凡才は凡才。持っていないと言うのはそういうことだ。

 

「まだ剣は振るえる。足も動くぞ! 恐れずしてかかってこい、貴様らを下し、王を倒す!」

 

 雪崩のように襲い来るゴブリングラップラ―どもに向かって吠えた。

 満身創痍、なれど眼の光は消えていない。

 

「ギャギャギャギャ!」

 

 敵は鉄の軋むような音を立てながら襲い来る。

 その剛腕は鎧を付けていようが関係なく中身を押しつぶす。

 

「……は! 見え見えの攻撃で! ぐぅっ!」

 

 かわすために飛びのいた、その衝撃で骨がきしむ。肺が痛む。

 ダメージは相当深い。一刻も早く治癒を受ける必要があるだろう。凡人らしく、折れた骨は勝手に繋がったりはしないのだ。

 動くたびに肉を削り、最悪の場合は肺に刺さる。

 

「それがどうしたァ!」

 

 委細構わずとばかりに踏み込んで首を刈った。

 

「あああああ!」

 

 そして5閃、周囲にいる10体ほどをばらばらにしたうえでゴブリンアーチャーの弓矢さえ叩き切った。

 だが、それは弓矢に対してかわすだけの体力がないということであり。

 

「ギャギャギャギャ!」

 

 次は10体のゴブリングラップラー、見渡せばさらに多くの敵が集まろうとしている。

 しかも、アーチャーに対処するだけの余裕はない。本来なら星剣は遠近自在、星を飛ばして首を刈れるはずだったのだが……そもそも狙い定めるだけの時間的な余裕がない。

 

「いいだろう。いくらでも来るがいい、相手してやる……!」

 

 状況が絶望的? そんなことを考えない。

 ただただ目の前に集中するしかできないからこその自分。星剣を構え、近くの敵から順番に殺す。

 

 

 

 そして、『塔』。

 

「っづ。ああああああ!」

 

 こん棒と音叉が交錯する。

 地響きするように音が鳴り、かき鳴らされた音が爆撃のように周辺を蹂躙する。

 

「っは! しっかり防げよ。そら!」

 

 そして、ゴブリンキングの猛攻は熾烈を極める。

 その攻撃を受け止めるうち、『塔』の神具に亀裂が入る。

 まるで地獄だ。音叉が響くたびにゴブリンが50はまとめて爆殺される。そして、こん棒が地面に当たる度に起こる地震はもはや立っていられないレベルに達していた。

 関係のない木々が遠くで倒れる。

 

「吠えてんじゃねえ! 魔族の奴隷ごときがァ!」

 

 確かに『塔』も対抗できていた。

 とはいえ、このままでは武器が破壊され順当にすりつぶされて果てるのみ。

 そして、助けに行こうにもこの地獄に足を踏み入れて生きていられるものは居ない。

 魔術ですら音と衝撃によってかき消されて何の意味も持たないのだ。

 

「死ぬがいい、魔物。この世界に貴様らの居場所などどこにもないと知れ」

 

 『戦車』の到着。

 重装甲にものを言わせ、鉄塊のごとき腕を振り下ろす。

 

「っが! てめえは……少しはやるようだなァ!」

 

 砕き、折られてちぎれた枯れ枝のようになった腕は一瞬で再生する。

 そして、鎧もまた魔法のように巻き戻る。

 

「再生か。ならば、核を破壊するまで」

 

 『戦車』はあくまでも鋼のごとく揺るがない。

 重い足取りで大地を踏みしめ、何であろうと粉砕して轍に変える。

 

「ハッハアアアア!」

 

 魔法、発動――こん棒の魔法の力を発動すれば何人たりとも彼の攻撃から逃れることなどできはしない。

 引き寄せられ、その絶大な威力で文字通りにぺしゃんこにする。

 

「……退けねえなら」

 

「突っ込むまで」

 

 そして、激突。

 人間の方も退くことなど選ばない。引き寄せられる力に逆らわずに突っ込んだ。

 

「「「おおおおお!」」」

 

 奇跡的な均衡は、しかし人間側の敗北を意味している。

 体力が違う、持久力が違う。何より2対1で引き分けになったと言う事実はどちらかが欠ければ均衡を維持できないと言うことであり。言うなれば余裕を残している。

 

「じゃ、お前から死ねや」

 

 ゴブリンキングは『塔』を蹴る。

 彼は血煙とともに吹き飛んた。

 

「……それは隙だな」

 

 鮮やかな切り返し、腕力勝負が不利になったと見るや否や受け流し、こん棒を地面へと突き立てた。

 

「死ね」

 

 そこから繰り出されるは絶技。剛腕がうなり、鎧の上から心臓を叩く。

 芸術的とすら呼べるコンビネーションはゴブリンキングの意識の間隙を縫い、反撃すら許さずに心臓を潰す。

 目にに光が無くなった、その一瞬にアッパーカット。鎧のない豚の顔は破砕されて潰れたトマトになる。

 

「……は。さすがに痛かったぜえ」

 

 それでもゴブリンキングはゴブリンキング。

 この程度で倒せようはずもない。巻き戻るように再生したそいつはこん棒を振り上げる。

 

「人間を舐めるな。糞共が!」

 

 駆けつけたのは『塔』。口の端から泡交じりの血の唾を吐きながら、音叉剣を突き刺した。

 その神具の真の力を発動させる。

 

「……っが! は――ッ!? ゲボッ!」

 

 それこそは共鳴破壊の真骨頂、敵を中身から破壊する魔技。

 口から洩れるは血の煙。内部で沸騰した血液が血管を焼く。そればかりか筋肉も骨も震えてボロボロに。耐えるために力んだ筋力が己と骨を砕いて痛覚を焼く。

 

「ッギ……イイ――」

 

 苦し紛れに振り下ろした腕が『塔』の肩を粉砕する。

 ゴブリンキングの再生能力は1秒で死ぬ苦痛と溶け崩れていく体を持たせていた。

 

「いい加減にくたばりやがれェ!」

 

 砕けた肩。条理など知ったことかと言わんばかりに音叉剣を握りしめる。

 さらに、もう一方の無事な腕を振り上げ、刺そうとして。

 

 ――影法師の金魚が彼の影に潜る。

 

「……『次元渡り』。魔族か!」

 

 それは空間を渡って施された呪法。

 対象の体力を削り、いずれは死に至らせる暗殺の業。『塔』の必殺は邪魔されて、致命の隙を晒してしまう。

 

「ジャア!」

 

 ゆえにゴブリンキングの二撃目が到達する。

 どこかの誰かからの援護なそ知らずに、拳が『塔』の頭部を破砕する。その一瞬前。

 

「させん」

 

 『戦車』がかばう。交差した両腕で受けてなお、砕けた。

 

「……小癪な!」

 

 ならば構わぬ。二人まとめて粉砕してくれようと、魔法のこん棒を宙に掲げる。

 防御も反撃も無視した一撃必殺。

 単純であるがゆえに対処の術はない。

 

「ふざけるなァァ! 物見遊山のクズどもが、俺たちの邪魔をしてんじゃねえ!」

 

 喝破。

 要するに気合いと根性だ。『塔』はそれだけで呪いを打ち破る。そして二本目を敵に突き刺す。

 

「「喰らえェ!」」

 

 瞬間、『戦車』が砕けた拳を音叉剣に叩きつける。

 音が響く。

 こん棒は振り下ろされることなく地に落ちる。ゴブリンキングの身体が傾く。

 

「にん……げん……」

 

 伸ばされた手を。

 

「貴様らに掴めるものなど何もない。ただ死に絶えろ」

 

 ようやく到達した『星』が切り刻んだ。

 

 

 



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第35話 大上段

 

 

 

 『星』、『塔』、『戦車』。人類の守り手は多大なる犠牲を払いながらも魔物の脅威を跳ねのけた。

 彼らには傷を癒す時間が必要だろうが、それでもこの経験は彼らの力になるだろう。

 

「はい。ところで、最期まで『愚者』は何もしてなかったけど彼らの力は何だったの?」

 

 ラフィーが律儀に手を挙げて、魔王に問うた。

 

「奴らは自爆兵じゃな。薬物強化と心理操作によって生きる爆弾に変えられておる。元は凡百の兵だが、あれらを相手にするのは少し厳しい。特に何かを守る場合にあってはな」

 

 吐き捨てるように言葉を返した。

 いつの時代も負傷兵の取扱いと、神風を好む上層部の気質は変わらない。四肢のどこかを失った兵など、ただのごく潰しだ。

 ならば、爆弾に代えて最期の奉公をさせてやろうという気遣いだ。帰っても世間の目は厳しいだろから。

 

「攻城兵器の一種か。人の命を糧に、とは豪勢なこと。回天よろしく特攻思想はどこにでもあるものだ。ただ、今回は使われなかったようだけど」

 

「最終手段であろうよ。実のところ、あれはコスパがそう良くない。使わずに済むのならそうしたいところだが、維持するにも限界がある。データでは2週間から3週間で薬物の後遺症によって死に至っている」

 

 さらりと言ったが、内容は血なまぐさい。

 そもそも、そんなデータは国家機密だ。調べようとしただけで毛で血が流れる。

 

「なるほど、興味深いデータだな。ただ、あまり人体実験はよしてくれ。と、人道的なコメントを残さざるを得ないね。アズールレーンの一般的な士官としては」

 

「貴様自身の口から自分は一般的な士官ではないと聞いた気もするがな。まあ、よい。少し、感想を伺いたいところではあるがな」

 

 言外に指揮官の感想については予想がつくと言っている。

 彼らは最初から最期まで人類の奮戦を大上段から観察していた。それも、何も手助けをせずに。で、あれば互いの感想など予想がつくと言うものだ。

 どころか。

 

「だいじょうぶ? メアちゃん」

 

「うん、ありがとう。ユニコーンちゃん、ちょっと血が出ただけだから大丈夫だよ、傷も治ってるから」

 

 左目の上あたり、血が流れた箇所をぺたぺたと触っている。

 指揮官はゴブリンキングとの戦いの最中、呪法『静かなる暗殺者(ペインキラー)』をかけるメアを放置していた。

 魔王と施設管理者は一瞬、マズイとはっきり顔に浮かべたものの、何も言わない艦船たちに胸を撫でおろしていた。

 

「……ふむ。戦争行為として見るならば、メアの行為に特に口出しするようなことはない。十二神将という共通の敵を前に団結しろ、などと第三者の勝手な意見に過ぎん」

 

「まあ、それは軍人的な見解ね長門。指揮官もそうだろうけど、私は感情的な意見が聞きたいの」

 

「さて、元とは言え重桜の代弁者であった余は、それを口にするのは苦手でな。であれば、代わりに答えてくれぬか? のう、綾波」

 

「おや、私に回ってきましたか。まあ、助けてあげたいと思いはしましたよ」

 

「ほう? それは魔族と人類の戦争の根絶と言うことか。……それとも」

 

 魔族の殲滅と言う意味でか、とは口にしない。

 疑いは持つべきだ。そして、それ以上に口に出すべきではない。

 

「いいえ。それを考えるのは軍人の仕事ではないと割り切るようになりました。ただ、魔物に人が襲われるのは悲しいと思うのです」

 

「さて、指揮官?」

 

「あー。それは、胸襟を開いて言うと……だな。ものすごく微妙だな」

 

 言いにくそうにする。人道的であろうとする心は指揮官にもある。好きな子の前では格好をつけたいものだ。

 だが、これは災害救助でなく戦争への介入。大国が小国の紛争へ介入した結果、戦火が拡大した事例もある。

 

「それが十二神将の目的であった場合江、エスカレートを招くことになるかも」

 

 ラフィーが後を引き継いで言う。

 純粋な戦術的観点で言えばこの子が一番詳しい。

 

「バーンとやっけちゃ、ダメ?」

 

 逆にエルドリッジは少々足りない感じだ。

 なにも考えないなら、それが一番早い。それこそチンピラの思考でしかないだろうが。

 

「十二神将が魔物を発生させている場合、方々に振り回して疲れさせる目的、能力を推し量る目的の二つがありそうだな」

 

 もっとも、魔物の発生がそいつらの所業だという証拠もないのだが。

 ただ、それを考えないのは戦略上は手落ちだろう。もっとも警戒すべきことを考えないのはありえない。

 

「こちらの戦力で対処できるなら、そうさせたいと? まあ、人類側も今のところは対処可能であるようだしの」

 

 ゆえに、魔族も人類も自分でケツを拭いてほしい。

 意味がないと分かれば十二神将はやめるだろう。このまま発生し続けて全てが滅ぶのもありえるのが何とも言えないところ。

 

「しかし、こちらに借りは作りたくないのだろう? 魔王」

 

「そこが悩みどころじゃ」

 

 ずず、と茶を啜った。

 

「ま、いいさ」

 

 指揮官は席を立つ。

 

「友好国とはいえ一つの国の王様が、一指揮官とあまり仲良くするものじゃない。貴重な情報提供は感謝しよう。……帰らせてもらう」

 

 振り返らずに出て行った。

 魔王はポツリとこぼす。

 

「最初から気付いておったくせに、白々しい」

 

 その気ならば救世主にでもなったかもしれない指揮官はこんなものだった。

 

 

 

 そして、ユニコーンの戦闘機に乗って帰ってきた。

 

「悪いね、エレバス。夕飯も頼める」

 

「いいわよ。どうせ、私以外に作れる人もいないし」

 

 何の意味があるのか、ふわりと髪をかき上げた。

 

「エレバスちゃん。ユニコーンも、お手伝いするよ」

 

「あら、助かるわね」

 

「さすがユニコーン。あざとい……」

 

「そう言うラフィーはお手伝いしないの?」

 

「ラフィーには得た情報を整理する必要があるから……」

 

 うとうととして、頭は前後にゆれている。

 

「お昼寝じゃなくて?」

 

「そうとも言う」

 

「……すー。すー」

 

 そして、エルドリッジはすでに寝ていた。

 そんなこんなで遅くなってしまった昼食も食べて、一つの机に勢ぞろいする。

 

「さて、と。どうしたい?」

 

 指揮官が言う。

 

「「――」」

 

 皆、押し黙ってしまう。若干一名、寝ているが。

 そうとも、これは答えの出ない問だ。

 

 ただの災害なら一も二もなく助けに行く。

 

 だが、これは十二神将の攻撃かもしれなくて。その場合、最悪こちらが全滅する。

 他人の命より自分の命だ。

 それは当然のこと。この場合、自分とはあくまで一人でなく周囲も差す。十二神将の戦略である場合、指揮官の命が失われる危険がある。

 指揮官にとっては艦船の、となるが。つまり恋人の命と秤にかけてどうするかということだ。

 

「……では、様子を見るとしよう。軍人なら死んでもいいと言うわけでもないが、最期の壁すらなくなった国の末路は悲惨だからな。軍事介入を行う必要があるだろう」

 

 そういうことになった。

 言ってしまえば結論の先延ばしだが、しかしこの場合はそれしかないだろう。相手はしっかりと”考えて”いる。

 何も考えずに適当に人を救いなどすれば、つけこまれて屍を晒すのみ。

 

 何を置いても必要なのは、殺すこと。

 十二神将抹殺によって憂いを断つ。もし魔物発生が十二神将が起こした原因でなくとも、その時は後顧の憂いなく助けに行けるのだから。

 

 



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第36話 ユニコーンと過ごす一夜

 

 

 そして、いつものように飯を食べて風呂に入って就寝する。

 メアなどは露骨に不機嫌だったが、ユニコーンも考え事をしていてかまってやれなかった。代わりに長門が何かと世話を焼いていたが。

 ――戦争だ。善だ悪だなど、当事者にしか判断できないし、立場が入れ替わればそのまま入れ替わる儚いモノ。”悪い奴はやられてしまえ”なんて、人外の立場で見てしまえばどっちもどっちだ。というより、敵を指さして悪い奴と言う悪い奴だ。どこにも”良い奴”はいないと結論してしまえば矛盾はない。

 

「……」

 

 ――夜、ユニコーンは岩場に来て月を見上げていた。

 アズールレーンとして、そして指揮官率いる第一艦隊『ピュアホワイト』としての戦略。魔物と人類との戦争に介入しない……半ば見捨てるような行為を間違っているとは思わない。

 そもそも、彼らは友軍ですらないのだから。

 だけど、何か心がざわざわする。何かできるのに、しない――それが心に澱となって降り積もる。

 もちろん、それで状況が悪化するかもしれないことは十分にわかっているから、こうして月を見上げるなんて似合わないことをやっている。

 

「……ねえ、ユーちゃん。……ううん、なんでもない」

 

 腕の中のぬいぐるみに向かって語りかける。

 生きているぬいぐるみはあわあわと慌てているが、声は出せない。もっとも、何かしらの答えを求めていたわけでもないだろうが。

 

「撃てば良かったのかな。……そんなことしちゃダメだよね」

 

 腕の中でちょいちょいとユーちゃんをいじっている。

 人類と魔物との戦争、その中でユニコーンは艦載機を飛ばして声を拾っていた。あのまま介入できたのだ。

 彼女だけは容易に介入できる位置にいた。遠く離れた他の仲間とは違って。

 だが、それはしなかった。指揮官に命令されていなかったから。

 勝手なことはできない、指揮官がどうの以前に艦船としての最低限の良識だ。それを違えることはできない。

 なぜなら、命令に従うのが軍人だから。人間ではなく、艦船だ。人間と同じ倫理を持っている方がおかしい。

 

「……はあ。ざわざわする」

 

 岩に体を預ける。

 冷たい岩がじわじわと体温を奪っていく。凍えるほどではないけれど、少し不快なその感触が今は逆に丁度いい。

 ……その岩は指揮官に襲われたところだった。その日から、ユニコーンはちょくちょくここに来る。

 

「落ち着かないか?」

 

 降ってきた声、それと首筋にひやりとした感触。

 

「……ひゃん!」

 

 飛び起きた。

 近くに居るのは求めていた相手。その人さえいれば、他はどうでもいいとさえ思えてしまう。

 

「ユニコーンは助けたかった?」

 

 指揮官が近くに腰を降ろす。ユニコーンの小さな体を抱き寄せる。

 一瞬だけ身体を固くして、けれど諦めたように身体を預けてくる。

 

「はい。きっと、そういうことだと思います」

 

 不安を解消するかのように、すりすりと身体をすりつける。

 ため込んでしまう性質だ。しかも、ただただ自分の感情だけで、間違っていると分かっているのだから黙り込んでしまうしかない。

 大前提として、艦船は軍人としての形質を備えている。上官の命令には従うものだ。

 

「だろうな。まあ、分かっていたが」

 

 そして、そんなユニコーンの考えを指揮官は十二分に把握している。

 彼女だって隠す気はないし、むしろ知ってほしいと思っている。指揮官だって、ヤるだけじゃなくてちゃんと話もしている。

 なにが好きか、どんな考えをしているか、好きな人の考えなら知りたいと思うのが当然だから。

 

「でも、お兄ちゃんの考えが正しいんだよね? その方が悪いことになるなら、ユニコーンちゃんと我慢できるよ。いい子にしてるよ?」

 

 あのまま助けに行っていれば、と考えるのは誰もがやることだ。襲われている人をさっそうと助けてヒーローになる、というのは誰もが通った道だろう。

 状況から許されなかった行動を、じゃあやっていたらどうなったかと夢想するのはありふれた話だ。

 普通は、そんな行動をとらない。

 取ったとして、うまく行くのは漫画の中だけだ。そして、軍人がそれをやれば待っているのは軍事法廷と営巣だ。更に言えば、例えば上司の栄達も閉ざされる。自分一人が牢屋にはいればいいと言う話でもない。

 

「――ユニコーンはいい子だね」

 

 頭をなでてやる。

 

「お兄ちゃん……」

 

 気持ちよさそうに目を細める。不安が溶けていく。もっとも、それは誤魔化しに過ぎないが。

 それでも、きっとそういうもので世界は回っていく。それは、もしかしたら大好きな人の掌でなくてアルコールかもしれないが。

 悲劇にも、諦めにも、時計の針は平等だ。

 

「少し、付き合ってくれる? 大人はそういう時、これで流すものさ」

 

 秘伝冷却水を置いた。

 もちろん、日本酒だ。ちゃぽりと水面が揺れて映った月が砕ける。

 

「……月見酒? お兄ちゃん、悪い大人? ユニコーン、それ、飲んでもいいのかなあ」

 

 くすくすと笑っている。悪ノリにしか見えないが、そんなものだろう。

 胸の大きさもあって、がんばれば中学生にも見えるがそれでもダメだろう。もっとも、艦船に人間の法律を当てはめるのが間違っているのだが。

 彼女たちの外見に、年齢など関係ないのだから。

 

「この世はいいことだけで回っているわけでないのさ。だから、こういうものが必要とされる」

 

 指揮官が二つの杯に酒を注ぐ。

 母港機能で出るのはたいていが和風だ。升に零れんばかりに注いだ。いまどき、こんなもので飲むのもないだろうと、指揮官は苦笑してしまう。

 

「これ……コップ? 変なカタチ、おもしろい」

 

 つんつん突つく。

 はしゃいで、匂いを嗅いでみる。

 

「……あうっ! これ、すごい匂い。こんなの飲んだら、ユニコーンだめになっちゃう……かも」

 

 顔を真っ赤にした。

 まだ早い……という感想が思い浮かぶが、まあいいだろう。毒にはならない。人間ほど弱くはない、外も、内側も。

 

「少しづつ、舐めるように飲んでみろ」

 

 ユニコーンの頭を撫でる手は止まらない。

 彼女は興味津々に酒を見ている。

 

「……んぐっ!」

 

 一息にそれなりの量を呑んでしまった。

 

「けほっ! こほっ!」

 

 吐き出しはしなかったけど、むせた。

 まあ、顔を真っ赤にして涙目になっているユニコーンも可愛いのだけど。

 

「うう……お兄ちゃん。こんなの、本当に好きで飲んでるの? 長門ちゃんも」

 

「ラフィーもだな」

 

「すごい味。あたまが殴られたみたい」

 

「日本酒は慣れないとキツいからな、つまみがないと飲めんな。まあ、魚雷天ぷらでいいか」

 

「あは。お兄ちゃん、変なの出すね? 寮舎で食べたけど、ロイヤルネイビーでもなかったよ、これ」

 

「はっはっは! まあ、ないだろうな! そもそも日本のものですらないしな」

 

「……? ユニコーン、おもしろいこと、言った?」

 

「酔うとはこういうことだよ、ユニコーン。何でも面白くなるのさ」

 

「そっか、ユニコーンも酔ってみたい。……うくっ」

 

 とはいえ、彼女は苦手な様だ。

 それでも、指揮官と二人きりで月見酒というシチュエーションは手放し難いのか、頑張ってチャレンジを続けている。

 

「まあ、焦るな。時間はたっぷりとある」

 

 ユニコーンは指揮官の腕の中で酒と魚雷を律儀に交互に口にしながら、彼の様子を見る。機嫌はと言うと、とてもよさそうだ。

 

「……お兄ちゃん、ありがとう」

 

 油断している指揮官にキスをした。

 アルコールの匂いは気にならなかった。

 

「不意打ちされてしまったな」

 

 指揮官は苦笑する。

 

「えへへー。お兄ちゃん、ユニコーンかわいい? 抱きしめたい?」

 

 ぶりっこのような仕草をする。

 ユニコーンはけっこう悪女で、自分の可愛らしさを分かっているようなところがある。

 それこそ、指揮官のような輩にはストレートに効く。

 

「……ああ」

 

 酔っているな、と分かる。

 普段は恥ずかしがってあまりあざとい仕草もしないが、今は酔っている。完全に甘えんぼモードになっていて、指揮官にまた飲ませようと決意させるのに十分な威力を持っている。

 ぎゅっと抱きしめてあげた。

 子供を膝の上に乗せるお父さんみたいな体勢だが、いちゃつきぶりはそこらのカップルなどお呼びもつかない。

 

「えへ。きもちいいー。お兄ちゃん、これだと飲めないでしょ? ユニコーンが飲ませてあげる」

 

 升を近づけてくる。

 ユニコーンが持っている升から直接飲む。

 

「うん、じゃあユニコーンには俺が飲ませてやろう」

 

 そう言いながら、自分の升から日本酒を口に含む。

 ニヤニヤと笑っている。

 

「……お兄ちゃん、ユニコーンはこっちだよ?」

 

 こくりと首を傾げたユニコーンに、いきなり口づける。

 

「……ンッ!」

 

 口から直接流し込んだ。

 

「……なぁに、これ? あまいね」

 

「ああ、甘い」

 

 指揮官はユニコーンの服に手をかける。

 

「……あ、お兄ちゃん。するの?」

 

「ああ」

 

「ん。優しくしてね?」

 

 手をひろげて、受け入れた。

 

 

 



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第37話 長門とデート

 

 

 長門と指揮官は人間の街に降りてきていた。

 実は魔族の土地には街というものがない。魔導人形を働かせることで人手の問題を解消し、快適に過ごせるようになった。

 だが、それができてしまったがゆえに人口を増やすこともなく存続できてしまった。後に残ったのはもはや街を維持することもできず、土地ごとに点在するぽつぽつとした家だ。

 逆に、人間の街はごみごみしている。計画などなく、適当に建て増しを繰り返すものだから慣れている人間でも迷うことがある。

 目の前の地震が来たらまとめて倒壊しそうなここのように。

 

「……本当に、良かったのじゃろうか」

 

 逆に人間の街はにぎわっている。デートとしては申し分のないロケーション。皆で来るのはもったいないけれど、それで指揮官を独占していいものかと言う板挟み。

 人間の街を視察するという目的を考えればこちらの方が都合がいいし、なによりもデートができるのは魅力的なのだけど。

 

「皆が譲ってくれたんだ。楽しむべきだと思うね。それに、デートする相手に面白くない顔をされると俺が辛い」

 

 指揮官は苦笑する。

 どうせなら楽しめばいいものを、というのが本音だ。それに、視察を一回だけで済ます理由はないから、他の子とは他の街でやればいい。

 まあ、真面目なのが長門の性格だ。

 

「……む。それは済まぬことをした。そうさな、主にとってもこれはデートか。ならば我が伴侶に恥をかかせぬにせんとな」

 

 苦笑に近いが、確かに笑った。

 一つ、ため息をついて……その小さな手を差し出した。

 

「では、エスコートしてくれるかな? 余はでぇとなるものは初めてでな。重桜ではお役目がある故、簡単には誰かに触ることもできんかった」

 

 ふわりと笑う。

 小さな身体とは不釣り合いな大人びた笑み。

 

「だが、今は違う。スノウホワイトの長門。……俺の長門」

 

 手をつないだ。

 彼女は嬉しそうに笑う。

 

「……どのように見られておるのだろうな」

 

 少し、気鬱気だ。

 まあ、普通に考えて”そう”見える訳がないのだけど、指揮官は言う。

 

「恋人だろう」

 

 さらりと言った。

 長門は少し、驚いて……やはり苦笑する。

 

「主は、恥ずかしくないのか? まあ、それで嬉しいと思ってしまう余も余であるが……」

 

 顔を赤くしている。

 

「さて、と。長門に合うアクセサリーでも探しに行こうか」

 

「……う、うむ。任せる。よきにはからえ」

 

 手をつないで、少し歩く。

 街では観光客向けの店は一画に固まっているものだ。住宅は住宅、よそ者の行くところはよそ者の行くところだ。

 一度そこに出てしまえば小道に入らない限り迷わない。

 

「――あれは、リンゴか」

 

 露店で売られている赤く瑞々しい果実。見ていると食べたくなってしまう。

 まあ、人間の技術で作る果物は魔族の作るそれよりも甘くないし、冷えてもいないから勝る要素なんてどこにもないのだが。

 

「ああ見るとうまそうに見えるのはなんでだろうな」

 

 手をつないだままそれを買う。

 妹か何かかい? かわいいね。と言われたが恋人だと返しておいた。長門はまた顔を真っ赤にしていた。

 

「一つは多いだろう? 半分にしよう」

 

 片手で器用に半分に割ってしまう。

 それを差し出した。

 ちなみに、単なる力技だ。力の入れ加減を間違えると握りつぶしてしまっていた。

 

「う、うむ。礼を言おう」

 

 長門も手を離さない。

 小さな口で、しゃり、と小さくかじり取った。ほとんど皮しか食べていないが、ぱあっと顔が明るくなる。

 甘くておいしい、と囁いた。

 

「……ふむ」

 

 感想は差し控えた。甘くもなければ冷たくもない。

 実を言えばそんなにおいしくなかった。がりがりと種ごと喰ってしまう。

 

「……指揮官、はやい」

 

 長門はまだ指揮官の一口分も食べ終わっていない。

 

「向こうで座ろうか」

 

 長門を連れて公園のベンチに座る。

 リスのように食べ続ける長門を見て和んでいた。

 

「あう……指揮官、そんなに見つめられると食べにくいのじゃ」

 

「ああ、ごめんね。かわいかったから」

 

「かわ……ッ! もう、指揮官は」

 

 しゃりしゃり、しゃくしゃくと食べるスピードが上がった。

 

「……ゴミ箱は」

 

 きょろきょろと見渡してもそんなものはない。というか、見ればゴミが地面に散乱しているのが見て取れる。

 まあ、排せつ物が打ち捨てられていないだけマシなのかもしれない。

 魔導由来技術は魔族のそれよりも数段劣っていても、あることにはある。下水道は現代レベルで整備されているのだ。中世のような世界観でも、技術レベルまでが中世であるわけではない。

 

「……ほら」

 

「……? 指揮官」

 

 芯を受け取ると、全部食べてしまった。

 

「長門の食べ残しを誰かに拾われても嫌だしね?」

 

 くすくすとからかうように笑った。

 

「……もう」

 

 ぷい、とそっぽを向いた。それでも手を離さないのだから。

 

「さて、小腹も満たしたことだし。本来の目的に移ろうか」

 

「……本来の目的は人類の街の様子を確かめることであろう?」

 

 少し、とがめるような視線。

 

「長門こそ、俺はアクセサリーを見に行こうなんて言っていないぞ?」

 

「あ! もう……」

 

「別にいいだろう? 密偵でも何でもない。観光していれば目的も果たせるさ。御大層な目的でもない。何か買い物をして、ランチを食べて来ればいいだけの簡単な任務だよ」

 

「人気間違いなしの任務であろうな、それは」

 

「政治にも明るい長門だから最初に選んだだけだからな。他の子も誘ってあげないと、きっと拗ねてしまうのだろうから」

 

「当たり前じゃな。余も仲間外れにされたらと思うと悲しいぞ」

 

「なら、問題ないな?」

 

 誰にも見られていない隙を狙って、おでこにキスを落とす。

 

「……やっぱり、指揮官はずるい」

 

 顔を真っ赤にしても、ニヤニヤ笑いが隠せていない。

 

「……長門には、これが似合うかな?」

 

 露店で売っている髪飾りだ。

 売り物の中では多少は高価だが、それでも露店のクオリティだ。長門の纏う装束に対してつり合いが取れていない。

 けれど、指揮官はかまわない。楽しそうに選ぶ。選んだそれをつまみ上げた。

 

「少し、付けてみて」

 

「うむ」

 

 長門は捧げるように自らの頭を差し出す。

 その髪にそっと花飾りのついたそれを差す。

 

「……どうじゃ?」

 

 長門の服、それはそもそもの由来が神器だ。宝石の中に石ころが混ざりこんだような違和感がある。

 そもそもが国宝級の代物だ、職人が命を賭けたと言ってもいい出来を凡百のそれと合わせれば調和を崩すだけだ。

 とはいえ、外見が子供である以上なんともチグハグなかわいらしさがある。にあわない化粧のような愛らしさだ。

 

「うん。似合ってる、とは言い難いけど。でも、そんな長門もいいね」

 

 指揮官は苦笑している。

 とはいえ、上機嫌だ。からかっているわけでもない、ただ長門の色んな姿が見たいだけ。それこそ泥だらけの姿だって抱きしめたくなる。

 似合わなくても、きっと楽しい思い出にはなるから。

 

「……もう。似合わぬなら、外してしまうぞ」

 

 長門は怒ったふりをする。

 とても嬉しそうで、ちょっとくらい眉を上げてみても全く怒っているように見えない。

 

「わるいわるい。じゃあ、もう少し似合うものがありそうなところに行こうか」

 

 立ち上がる。

 冷やかされた店主は苦い顔だ。長門がもう少し年を取っていれば見惚れていたかもしれないが、今は胸も平坦で背も指揮官の胸辺りまでしかない。しかも、目立つ狐耳を入れてそれだ。

 魔族、というのもありえないからコスプレかなにかなのだろうと。

 

「……貴様、何者だ!?」

 

 そこにかかる誰何の声。

 手をつないで上機嫌だった二人の機嫌は地の底まで堕ちる。殺気まで感じさせるような極寒の視線がそいつを貫く。

 

「……」

 

 指揮官は今にも舌打ちしそうだ。

 

「お主は、何じゃ? 余たちに用件があるのなら、疾く話して消え失せよ」

 

 あふれ出る威厳。

 魔力を感じる素養すらなくとも心胆寒からしめる冷厳なる声。

 後ろの店主などは、命を張っても守る大事な商品を置き去りにして逃げ出した。

 

「そんな年端も行かない娘に、そんな視線を向けておいてよくも言う。この下種め……何をと企んでいる!?」

 

 それは、聞きようによっては当然の非難だ。

 長門は10にも届いていないように見える。そんな子に手を出そうとしているのだから、指揮官はそれこそ極悪人に他ならないだろう。

 しかも、実際に手を出しているのだから言い訳も聞かない。

 

「……これは、痛いところを突かれた」

 

 指揮官はそんなことを言って気配を消す。

 長門の手は離さないが、会話からフェードアウトしようとしていた。

 

「貴様には関係のないことじゃ」

 

 一方、長門はすでにキレていた。

 良識があるから艤装を使わないが、神気が世界をゆがませている。それでも立てると言うのだから、目の前のこの男だって一角の男だ。

 弱小なモンスターなら潰れて死んでいた。

 

「関係がないことなんてあるか! そんな変態にいいように使われて! なにも言えないなら、俺が助ける!」

 

 気持ちのいい青年……なのだろう。そして、強い。

 年端も行かない娘が手籠めにされているのを見て体が勝手に動いてしまうくらいには正義感に溢れているのだ。

 だが、状況がなんとも言えないことになって来ている。

 

「……助ける? いいように? 黙って聞いておれば好き勝手を。余たちの関係を、ただの人間がよくも好き勝手に語ってくれような」

 

 ここは逆切れした男を青年が倒して幼女を助けるシーンだろう。

 実際、社会的信用だって青年にはある。実力のある冒険者なのだ。力も、そして積み上げて来た信頼だってある。

 なのに、今のこの状況はどうだろう。

 まるで幼女の方が殴りかかってきそうなこの状況は。

 

「……事情は後で聞かせてもらう。今は!」

 

 剣を抜いた。

 魔法の剣、切れ味のみを追い求めた魔剣は魔族ですら両断する。

 

「お前を拘束する」

 

 指揮官に剣を向ける。

 だが、当の彼は明後日の方向を見ている。

 

「不理解。そして、善意こそが悲しい戦争の引き金となる。ああ、それは知っておるよ。だからとて、許せん」

 

 だが、牙を剥き出しにしているのは長門だ。

 艤装は出さない。殺しもしない。

 だが、容赦はしない。手加減とそれは別の次元のものだ。油断も拷問もなく、心を折る気だ。

 

「必ず助ける。子供を己が欲望の犠牲にする輩は俺が全員斬る!」

 

 青年の神速の踏み込み。さらに足を踏み鳴らしての幻惑の歩法。左から来ると思えば右から剣がやってくる。

 余人には理解できない魔技の領域。魔法の一種と言ってさえ良い。

 しかも、その剣は秘境にいる鋼よりなお強靭な体毛を持つ獅子すらも斬りおおせた。

 

 一直線でなく、直角を描く軌道は長門ではなく指揮官を狙ったものだ。

 幼女を盾にする暇など与えない、神速で終わらせる。

 

「……で?」

 

 その歩法にひっかかりはした。

 が、それだけだ。すぐに右を見る。そして、動きが一泊遅れたにもかかわらず長門は先制を取った。

 人間の努力など、艦船には通じないと示すように。

 

「その程度か」

 

 剣を掴み、握りつぶした。

 小さな繊手が、鉄塊を綿あめのようにこともなく破壊する。

 

「それで、その潰れた剣で、何を救うつもりじゃ? まぬけめ」

 

 物理法則がどうにかなってしまったのではないか疑いたくなる光景。

 絶望より先に、訳が分からな過ぎて頭がおかしくなってしまいそう。

 

「あ――」

 

 青年の膝が崩れ落ちる。

 目の前の彼女と自分の間に広がる圧倒的な差。反射的に出した拳は、しかし頭を掴まれて停止した。

 微妙な力加減で粉砕せずにとどめている。

 

「……ふん。これしきにも耐えられぬか。魂が弱いこと」

 

 長門の感想も当然だ。

 そもそも人間と艦船は産まれからして違う。そして、常軌を逸した高レベルの恩恵があれば……文字通りに次元が違う。

 

「そもそもが俺たちは魂からしてデザインされた人工物だ。強靭に作られ、そしてセイレーンとの抗争の中で磨かれた。人間は人間、艦船は艦船だ。あまり、人間と関わりすぎるな」

 

 そして、指揮官はそれが当然だと言う。

 人間に紛れる必要などない、艦船は艦船で、人間は人間なのだから当然と。ゆえに彼女たちも人間に遠慮しない。

 艦船が艦船であるままに力を振るう。このように。

 

「指揮官……」

 

「少し、騒がしいな。離れよう」

 

 そして、彼女をどこかのホテルに連れ込んだ。

 幼女をどうこうすることを誰何されたことなど、微塵も堪えてなさそうだ。受付の、何だコイツは? という目を完全に受け流した。

 

「指揮官、こんな場所に連れてきて。余をどうするつもりじゃ?」

 

 先ほどまでとは打って違って、ニヤニヤと笑っている。

 機嫌も直ったようだ。

 魔族の作る建築物とは違って酷い出来だが、まあ事は足りる。

 

「今日は少し静かにしよう? 長門の声を聞かれたくないから」

 

「それは……難しいな。では、余の口を塞いでくれぬか」

 

 キスをして、彼女の身体をむさぼりながら服に手をかける。

 

 

 



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第38話 停戦協定

 

 そして、3ヵ月が経った。

 指揮官にまともな良識と言うものがあったのなら、艦船全員が青息吐息で装備も劣悪な状況になっていただろう。

 魔物が大発生し、徒党を組み各地で襲撃を繰り返したのだ。相手がどれだけ弱かろうと、昼夜を問わない出撃は精神と肉体を削るはずだった。

 今、彼女たちに目の隈もないどころか、きらきらと輝いて見えるほどに万全なのはなんのことはない……出撃などしていないだけの話だった。

 

 見捨てられた、という思いは人間側にはあるだろう。

 彼らは自分の力でゴブリン帝国を皮きりに、オーク軍団、スライム城下町、狂植物の氾濫、味方も敵もゾンビに変えて襲い来るヴァンパイア連合……etcetc、しかも何度も発生してさえ切り抜けて見せた。

 それだけでない、魔族もだ。己の力でドラゴン王国、ゴーレム城、無数のガーゴイルを率いる悪魔等々を倒して見せた。

 ――本当に、指揮官は手伝わなかった。

 

 人類と魔族の努力の甲斐あってか、それとも十二神将が作戦を諦めたのかは、神ならぬ指揮官には分からないが、とにかくも侵攻が停止したのは分かる。

 これまで三日とかからず大発生してきた魔物が、もう2週間も姿を見せない。自然発生の魔物は居るが、数も質も比べることすらおこがましい。

 

 ああ、彼らは己の誇りをよりどころに土地と人民を守り切ってみせたのだ。素晴らしいことだし、実際に国中で賛美されている。

 快挙だろう。歴史に残る偉業だ。

 

 ――ゆえに、もはや戦力など残っていない。

 それこそ他国との戦争の準備をすることが国の命運を断ち切りかねないところまで行っていた。

 それもそうだろう、戦争をしたければ物流の確保、そして運ぶ物資の確保をする必要がある。そんな出費には耐えられない。

 

 

 

 そこに指揮官は付けこみ、人類の三大国、並びに魔族の停戦協定を結ばせることに成功した。

 もっとも、穴だらけな上に罰則もない。見る人間が見れば失笑してしまう出来だが、指揮官にとってはどうでもいいことだ。

 

 戦争を終わらせたいだなんて、指揮官はつゆとも思っちゃいない。ただ、愛しい艦船の前でカッコいいことをしたかっただけだ。

 戦争が無くなれば、艦船たちも喜ぶ。まあ、束の間と思うか、純粋に喜ぶかは個人の性格によるところだろうが、一層尊敬の念を深めることは間違いない。

 

 そして、各国の重鎮を迎えるのは綾波、それとラフィーの仕事になった。地上はともかく

海は魔境だ。そこだけは手配する必要があったから、順番に通している。

 

「……お迎えに上がりました。こちらへどうぞ」

 

 今回のはゴブリン帝国と戦っていたエレイシア民主国の人間だ。それも『塔』が守りについている。

 彼が守るのは『大赦』、まあつまりは神とか天皇とかの同類だ。顔を見るのも畏れ多いというように、顔はベールで覆われている。

 政治を回しているのは別の人間だが、象徴として国家としての誓約を担いにここに来た。

 余談ではあるが、その時いっしょに戦っていた『星』と『戦車』は戦死した。

 

「……ッ!」

 

 『塔』が二股の大剣を掲げる。

 味方でない艦船を敵視しない理由がない、が……それ以上にそこは不気味すぎた。

 それは母港、人っ子一人いない、しかし人の生活のカタチを残す鋳型。例えて言うなら巨人が作った模型だ。屋台はある、開店準備らしきものも見える。なんなら品物を売っていそうな気配もある。

 けれど、誰もいない。人の香りと言うものを感じない。

 酷い違和感が精神をやすりで削り、空虚な空気が警戒を解くことを許さない。

 

「これはお気にせず。どうせあなたたちには理解できないことなのです」

 

 彼女は背中を向けて歩き出す。

 一国の最重要人物を迎えに来たとは思えない態度だが、そもそもそんなもの綾波は知らない。それこそ、パレードの時は敬礼をして微動だにせず立っていればいいくらいの礼儀作法しか知らないのだから期待するものでもない。

 指揮官にも、礼儀なんて気にしないでいいと言われている。

 

「貴様……何か言うことはないのか!?」

 

 『塔』が問い詰める。

 立場が、そして何よりも失ってきた仲間と部下がその言葉に血と死体の重みを加える。傷だらけの顔は憎しみに歪んでいる。

 艦船は魔物ではない、だけど……何かできるのに何もしなかった奴らだ。しかも、上空から見ていたとあれば、憎む理由には事欠かない。

 まあ、指揮官は2、3戦目から監視はやめていたが。

 

「……? あまり汚さないでくださいね」

 

 けれど、綾波は涼しい顔。ひび割れ、朽ちそうな『塔』の武器と鎧をふい、と見て終わり。

 だが、艦船にとっては性能の悪い武器でも、彼らにとっては最高峰、二度と作れぬ究極武装だ。こんな姿を晒していても、数打ちよりこっちの方が強い。

 

 艦船にとってはアズールレーンはアズールレーンで、この世界の国はこの世界の国だ。友好国でもなければ助けてはいけないのが軍人だ。そこの線引きはしっかりとしている。

 感情のままに誰かをぶん殴っても許される民間人とは違うから、八つ当たりにも似た『塔』の感傷は理解できない。

 ああ、またか。と思うだけだ。なぜ皆いつも怒っているのでしょう? と首をかしげる。

 

「貴様! その見下した目をやめろと言っている!」

 

 『塔』が武器を振るう。

 その只人では影すらもつかめない鋭い斬撃を、綾波はただの(のろ)い軌道と目の端に捉え冷めた目で見る。

 

「砕けろ、化け者ども!」

 

 当たる。轟音が響く。そして、そこから鐘の音。

 全てを崩壊させる破壊の音だ。幾多の経験を経て、それこそただの一撃で鋼の城塞さえ砕く一撃とまで成長した。

 

「……綾波は艦船ですよ? 人間ではありませんが、化け物と呼ぶのはやめてほしいのです」

 

 傷一つない。更に言うなら、そこらの屋台に置いてある諸々でさえ微動だにしていない。

 まるで出来の悪いホラーだった。

 肌が泡立つのが止まらない。カサリとでも音が立てば全力でその方向を全力で警戒する勢いなのに、耳が痛くなるくらいの静寂が満ちている。

 

「あと、騒がないでください。埃が立つので」

 

 そんなことを言っても、埃なんてどこにもない。

 ゴーストタウンじみたその場所は完全な秩序を保っている。

 

「……『大赦』。ご注意を、ここは魔境です」

 

 呼び捨て、ということではない。

 そもそもが大赦と言う概念自体が最上級、様などという程度の低い敬語など付けてはいけないのだ。

 

「――」

 

 鷹揚に頷く。

 服もごてごてして男か女かも分からない。替え玉だったとしても、類推すら不可能だ。

 艦船なら目以外で判別もできるというのは、本人を知っていればの話。体重はg単位で分かるし、骨格から男ということも分かるがそれだけだ。

 そもそも指揮官が気にしないから、偽物でもいいのだろうと思っている。

 

 

 

 畳の上、そこはアニメで長門が座っていた豪奢な空間だ。

 そこに三大国の支配者、魔王、指揮官が揃う。

 

 魔王は子供の外見ながら、優雅に正座している。後ろの供も同様だ。

 逆に人類側は誰一人正座などしていない。小さな椅子を持ち込み、立膝で座っている。それはそれで、戦略なのだ。

 こんな場所で行動が一泊遅れる正座などできるわけがないという意識もあるのだろうがそれは置いておいて。

 郷に入っては郷に従え、などは旅人の言い分だ。国として、相手の礼儀作法に従うかはそこからして国家としての姿勢を示している。

 つまり、ここで正座すると顔が立たない。

 

 そして、それを言うなら一段高いところに長門を侍らせている指揮官こそが最上段だ。

 姿を隠す覆いは今は上げてあるが、”ある”という事実がそういうことだ。

 

「……私は軍人なのでな。政治のことは分からぬゆえ、立会人に務めさせていただく」

 

 指揮官が口火を切った。

 彼も正座しているが、魔王とは真逆に一瞬で立ち上がり襲い掛かってきそうな気配しかない。

 自身でも言っているが、場違いだ。

 

「議事は余が担当しよう」

 

 そして、続くのは長門。

 

「順に調印願う」

 

 すすす、と裏から出てきたのは饅頭だ。

 文書を持ってくる。中身は原初的な割印だ。ずらして5枚重ねにしたところにハンコを押せば5枚分がそろう。

 ――もちろん、偽造もねつ造もすっとぼけもできるだろう。

 表面だけ整えばそれで良いのだ、指揮官としては。

 

「――」

 

 始めに調印したのは魔王だ。

 

「――」

 

 そして、人類の代表者。何事もなく、拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった。

 ただの予定調和だが、当たり前だ。

 これで戦争が終わる。一つの時代が変わる。

 

「確認した。ここに、戦争の終結を宣言しよう」

 

 長門が言うと同時に、人類側の三人が立ち上がる。

 一瞬たりとも長居したくないと言った態度だが、それも仕方ない。

 さっさと出ていく。

 

 

「――これで」

 

 指揮官はそちらを見もしない。

 なぜなら、これはただのええかっこしいなどではない。

 目的がある。

 

「うむ、これで十二神将はこの母港を知った」

 

「これがあれば、長期戦などと言う愚は侵さない。そもそもが馬鹿げた能力で力任せに襲い掛かってくるだけだからな。……能力を解析して一人一人潰すだけだ」

 

「けれど、短期決戦はこちらも望むところじゃな。見せ札を用意したのは無駄ではない。指揮官が母港を出すのには条件がある……が、別にあんな厳めしい儀式など要らんからな」

 

 指揮官も艦船も、己の本性たる船を出せる。それも一瞬で。

 長門なら戦艦を、綾波なら駆逐艦を、そして指揮官は母港を。だが、今回は必要もなく1時間もかけて出した。

 

「そのまま船を出しても意表を突くのは難しい。所詮は鉄の塊だ、ビビらすにも役不足……ではあるが、封じたと思えば隙もできる」

 

「そして、それを頼りにするのでもなく、これもいくつもある仕込みの一つでしかない。……よく思いつくものじゃな」

 

「俺の意地は悪いんでね。他人の嫌がることを思いつくのは得意なんだ」

 

「まったく。じゃが、頼もしいな」

 

 そっと身体を重ねる。

 甘い雰囲気を感じたのか、いつの間にか魔王は消えている。

 去って行った者たちへの見送りもせずに、他の子も揃ってくる。

 

 



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第39話 最終決戦

 

 そして、二か月後。

 指揮官たちは別行動などしない。離れたとして数十mだ、それでは各個撃破など狙えない。そして、今後も”それ”はない。

 デートの時は、他のメンバーは隠れてゲームしていた。助けに行けるように待機していた。

 そして、その他の時。理由がなくても一緒にいる。いつでも襲撃できるように、などとすればそれは十二神将の方の忍耐を削る。

 だからこそ。

 

「――初めまして、アズールレーンの皆さん。私の名は冥界神槍(ガングニル)

 

 真正面からだ。警戒されてるところを奇襲などすれば、余計なダメージを貰うのは奇襲する側となる。

 ゆえに、自身の実力に自信を持つならば真正面からがもっとも堅実だ。そうなるように指揮官が誘導した。

 現れたのは黒いローブを纏った男。顔すら見えないが、圧倒的な自信に裏打ちされた余裕の笑みが目に浮かぶようだ。

 ……隙だらけ、などとは人間の見方だ。例え空間を渡る攻撃だろうと、この男の前では成功する気すら起きない。

 そして、破滅的なまでの魔力を持つ十二神将はここに全員そろっている。

 

殺塵亡剣(ダインスレイフ)

 

 黄金の鎧を纏う剣士が言う。

 

堕天竪琴(オルフェウス)

 

 漆黒の竪琴を抱えた美女が言う。

 

純白雪姫(スノウホワイト)

 

 オルフェウスの肩に乗る妖精が言う。

 

炎雷巨獣(ヴァジュラ)

 

 後ろに控える獅子が言う。

 

滅亡邪龍(ファブニル)。そして、死氷降世(ニヴルヘイム)

 

 二体の竜、その片方が言う。

 

水銀置換(アルケミスト)

 

 影法師のような男が言う。

 これで8柱。現存する十二神将、全てがそろった。正々堂々だの決闘だのと言って相手に各個撃破を許すなど馬鹿馬鹿しい。

 1対5はヒーローもののお約束だが、敵の方にそれに乗る理由はない。普通に考えれば、連携を組む相手に一人で立ち向かうなど馬鹿げている。

 全戦力をもって叩き潰す、それ以上の戦略はないのだから。

 

「ならば、こちらも名乗るぞ」

 

 指揮官が一歩を踏み出す。

 それは宣戦布告、全てを叩き伏せるための一動作。指揮官の殺意は全てを許さない。愛しい彼女たちと一緒にいるために、障害は全て破壊する。

 圧倒的なまでの魔力の奔流を恐れることもなく、ひたすらに破壊を邁進する。

 

「――不要」

 

 影法師がつぶやいた。

 そして起こる異変。艦船が消える。彼らも消えた。

 けれど、指揮官は躊躇しない。すでに放たれた矢は何も一顧だにしない。

 

「……死ね」

 

 瞬間、決壊する圧力。

 指揮官の殺意が発露した。能力を使用すれば発散する魔力は減少する。それも、使用した能力が強力であれば強力であるほどに。

 そんな論理を考える暇もなく、殺意が弱者を捉える。指揮官が弾かれたように動き出した。それは冥界喰狼(ケルベロス)と戦ったときに見せた軌道。

 地面どころか空気ですら”蹴り砕き”、高速で移動する人外の使う走法。

 

「っち!」

 

 影法師が舌打ちする。腕一本を犠牲にして防御しなければ、頭を粉砕されると理解した。

 明らかな異常事態において、まず殺しにかかってくるなど想像していなかった。まずは警戒して周囲を確認するのがセオリーだろう。

 そのはずなのに、この男はリスクを考えすらしないように向かってくる。今の、多大な魔力を消費した状態では対処できない。

 

「させない!」

 

 雪が降る。指揮官の目の前で産まれた雪、それは超高濃度の魔力の発露だ。侮る理由など何一つない。

 十二神将がゆえに、触れれば終わりとしておかしなことは何もない。かゆくもない人間の攻撃とは”もの”が違う。

 ゆえに。

 

「――」

 

 指揮官と言えど、その一欠片の雪は殴れない。

 軌道変化、影法師の肩口を抉るが引き裂くまでは至らない。掴んで潰そうにも、転移して10m後ろに下がった。

 相手の判断が早い。掴めたら、そのまま肘打ちで脳髄をぶちまけられたのに。

 

「……なるほど。そちらの男の異能は『転移』。そして、その妖精は……『崩壊』とでも呼ぶべきかな」

 

 腕をひらひらと振る。

 袖が、まるで鉄がひび割れるように消えていた。服と言えど、それは艦船を守護する神衣の領域にまで至っている。

 これが砕けるなら、本体も砕ける。やはり、十二神将……脅威に違いない。油断すれば即座に死、その緊張感に指揮官は凶悪な笑みを漏らす。

 

「転移も強力だな。さすがに俺を、母港を……御神島そのものを飛ばせずとも、少なくともトン単位の重量があり、魔力も潤沢な戦艦を飛ばすだけの力はある。そして、妖精……この雪は厄介だ。……だが殺す」

 

 やっと指揮官が周囲を確認する。

 愛する艦船たちが居なくなってしまった。まあ、強制移動は予想の内だ。十二神将側はあれだけ強力な異能を持っていては協力もやりにくいだろう。

 艦船は一斉砲撃ができるが、彼らで同じことをやれば威力が干渉して明後日の方向に飛ぶ。協力するにも一苦労なら、する意味がない。

 

「……貴様は、仲間が心配ではないのか?」

 

「やっぱり化け物。しかも弱ってる水銀置換(アルケミスト)しか狙ってないよ、そいつ」

 

 二人が指揮官を怪訝な目で見つめる。

 理解しがたいのだ。あれだけ大切に想っていながら、この男から感じるのは殺意のみだ。それこそ彼女たちが死のうと関係なく、殺せさえすればいいと思っているようにしか考えられない。

 ……だが、それは勘違い。数千km程度の距離では指揮官たちの絆は引き裂けない。具体的には、そこはまだ通信可能範囲だ。

 

「まさか。だが、これくらいは織り込み済みだ。……貴様らをすぐに殺して他の子を助けに行くさ」

 

 とはいえ、根拠を教える義理もない。指揮官が拳を握る。

 状況を知っていることなどおくびにも出さない。ただ殺すことだけが生きがいと思ってもらった方がハッタリも効くというもの。

 そして、指揮官の拳は武術ですらないキリングレシピだ。最速で、そして最大威力で”ただ”殺す。急所があるならそこに、ないならないで殺すまで。

 そう、殺す。全てが必殺、それが指揮官の一撃。その一撃一撃が遠慮も呵責もなく、弱った水銀置換(アルケミスト)を狙う。

 

「させない。もう、私たちの仲間は殺させない!」

 

 妖精が子供のような高い声で叫んだ。

 吹きすさぶ破滅の嵐。それは大地すらも砕きながら指揮官に迫る。それだけなら特に脅威ではない。

 触れれば死ぬなら、触れなければいいだけの話だ。かわせばいいものは、今更脅威ですらない。

 例え大地が砕かれようと、その程度で窮地に陥ったりしない。

 

「そう、貴様を殺し、あの忌々しき艦船どもも殺し尽くす。我々は、我々の未来を掴むのだ! 清浄なる世界のために!」

 

 だが、その破滅の雪は転移する。

 どこから来るかわからず、更に言えば腕を動かすだけで動いてしまう。ふわふわと勝手に動くから、軌道の予測もできない。簡単に抜け出すこともできやしない。

 一つ二つなら扇いでどっかにやればいいが、”それ”は数百数千は楽に超えている。

 

「魔力も見えないなどと、あまり舐めてくれるなよ」

 

 けれど、指揮官にとっては関係ない。

 視界が意味をなさないなら、魔力を見てかわすまで。空間転移の起こりが一瞬早くわかるだけだが、それだけで十分だ。

 ――密度の薄い場所をかき分けつつ、殴り殺せばいい。蹴りは使わない、拳より2,3倍威力が高くなるが、それをすると隙ができる。そもそも最初から拳でガードの上から急所をぶち抜くつもりだ、威力不足はない。

 

「……っぐ! ……すぅ。……は。……おのれ、悪魔め! どこまでも……ッ!」

 

 影法師が荒い呼吸をする。大きく息を吸おうとするが、指揮官の執拗な追撃で、満足に息も付けない。

 個別に撃破するため戦場を分けた異能の行使が響いている。それこそ大地を転移させるようなものだった。

 大陸一つを切り離して地上に叩きつける。そのくらいのことができなければ艦船6名を飛ばすことなどできはしない。し、そのくらいの消費があった。

 

「このォ! さっさと壊れちゃえ!」

 

 妖精が雪を降らす。当たれば必殺、けれどふわふわとしてノロい。

 そもそもが体長が30cmに満たなければ、殴る蹴るは意味をなさない遠距離特化だ。指揮官の拳が当たれば、胴体ごと抉れてしまうだろう。

 

「……敵の攻撃を見て、予測し、避ける。そして拳を打ち込む。言うまでもない基本原理だが、基礎が大事なのは何も変わらんな?」

 

 だが、指揮官が狙うのは徹底して影法師だ。

 徹底したキリングレシピが、脇見もせず弱者を殺せと冷たい論理を弾き出す。雪の隙間を見つけ、身体をねじ込み、近づいて殴り殺す。

 

「ゆえに王道を行かせてもらおうか。勝つべくして勝つことこそ指揮者ならば。強い方が正義であることなど、今更議論するような話ですらないのだから」

 

 積極的に盾になろうとしないことから、妖精は防御能力に関しては大したものを持っていないだろうと予想を付けておいてなお、全ての攻撃は影法師の急所へ。

 殺すためならあらゆる卑怯を容認するのが指揮官だ。全ては殺すため、拳を振るう。

 

「厄介な……! アズールレーン、指揮官……これほどの力を……!」

 

 要するに正論だ。強い方が当たり前に勝つために努力をする。――ゆえに、最初の内は防げていてもじきに崩壊する。

 それが体力の低下によるミスか、判断力の低下によるミスかはともかく。なにか一つでもミスをした瞬間に天秤は傾く。

 もちろん、ミスをせずともわずかづつ天秤は傾いてくのだから影法師の死は決まっている。

 

「……させない」

 

 そこに来て妖精が覚悟を決める。彼女はあの優しい神代治世(アースガルド)と親しくしていた。

 結局、その優しさが死因となった彼女。

 似た者同士だから仲良くなった。だから、水銀置換(アルケミスト)のために力を振るうにも躊躇はない。

 例え、それが痛みを伴おうとも。

 

「……潰れろ」

 

 一瞬で狙いを切り替えた指揮官の攻撃を受けた。しかし、それは予想の範疇。大技の隙を狙われないとは思っていない。

 隙ができたら弱ってない方でも潰す。そこに抜け目などない。

 それでも”使う”。痛みに耐えて、繰り出す。

 

「――ッギ! でも、それも覚悟の上。……終焉世界『界鎖白桜(ワールド・エンチャント)』!」

 

 指揮官の十分の一もない小さな腕で受け止めた。

 ぐしゃりと潰れて、もげるよりも酷い肉片がかろうじて繋がっているだけの状態になろうとも、”それ”を完成させる。

 

「……ぐ」

 

 指揮官から漏れた苦悶の声。

 小さな妖精の腕を肉塊へ変えた腕がひび割れ、砕けていく。さすがの指揮官も苦悶の声を漏らさずにはいられなかった。

 腕を失えば攻撃手段が減る。何より妖精に付けた傷を致死に変えられない。そして。

 

「潰れちゃえ!」

 

 見渡す限りに降りしきる雪。逃げ場はなく、そして足が二本あっても腕は一本になってしまった。さらには刺し違えたとしても影法師が残っている。

 いったん退くしかないと理解したが、その判断はあまりにも遅すぎた。

 

「注意が逸れたぞ、悪魔」

 

 大質量の鉄塊が横殴りに叩きつけられた。

 それは空間転移を応用した隕石並みの速さの鉄くず。ろくな神秘も宿っていないが、銃弾よりも早い1tに迫る鉄塊は指揮官の身体を弾き飛ばした。

 

「……っが! は! ぐぅ――」

 

 ”まずい”ととっさに思う。

 それはあくまで鉄塊だ。骨も折れてないし、艦船なら脳震盪など0.1秒で復帰できる。だが、状況が悪すぎる。

 基本的に指揮官は殴る蹴るしかできない。それで、距離を離されてしまった。

 妖精の同士討ち覚悟の大技は遠距離で破れるほど甘くない。その証拠に。

 

「反撃の一つや二つは……!

 

 周辺から木を根こそぎ引っこ抜いて投げつけたが、こともなく消滅する。しかも、裏に隠して投げた鉄球までも。

 死角を狙って撃ち出した鉄球はバレバレだった。

 

「……無駄、よ!」

 

 息も絶え絶えに妖精が叫ぶ。

 終焉世界の維持は妖精の命すらも削る。けれど、待っていれば助かるなんて楽観的な思考は指揮官はしない。

 

「……ちィ」

 

 だが、諦めなくてできることは逃げることくらいだ。

 投げるような木はすぐに破壊されて無くなった。次の攻撃対象は地面、ひび割れ、削れ、崩壊する。

 大地が5秒ごとに1mは削られていくのだ。

 その気はなくとも、地下に沈みゆく。地面そのものが消滅して、踏みしめる大地が下がっている。指揮官は下から彼らを睨みつける。

 

「このまま潰れちゃえばいいのよ」

 

「何もできず、朽ち果てろ。貴様も、そして貴様の仲間も全て黄泉へと打ち捨ててくれる。世界を汚す生命体よ、もの皆すべて消え果てよ。清浄なる世界が」

 

 地下へ、地下へ。

 1秒毎に勝利の道は削られ、傷もまた増えていく。

 この状況では、もはや指揮官に勝ち目はない。

 

 

 



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第40話 氷竜との因縁

 

 

 我が物顔で天に居座る偉容。その翼は鋼より硬く、放たれる冷気は一つの街すら永久に凍土に閉ざす。

 その脅威は6対1で戦った時によく知っている。

 人類に対する絶望……竜。

 

「……今こそ、名乗ろう。我が名は死氷降世(ニヴルヘイム)、恐れるがいいーーヒトよ」

 

 威厳に満ちた声。

 人の心を打ち砕く恐ろしげな声だ。それに相対する幼女は。

 

「ならば、余も名乗ってくれよう。長門……重桜の長門じゃ。それで、しゃべれるのじゃな貴様は」

 

 小さな体ながら、その体に怯えはない。

 人の心を震わせる威厳のある声。竜と巫女、方向性の違いこそあれ畏怖という点では申し分のない。

 

「学んだのだ、貴様に傷をつけられたあの時から」

 

「なるほどな。その傷、消せなかったのではなく」

 

「消さなかったのだ。貴様らを侮り、傷を受けた。その屈辱を忘れはしない。……貴様を殺したその時こそ、我が王として君臨する!」

 

「ーー良いぞ。だが、一つ訂正しておこう。余はヒトではなく艦船である」

 

「そうか。我は竜だ」

 

 戦端が開かれる。

 そこはあの時の場所、海を渡った前に竜と戦ったあの山だ。

 氷の槍が宙を舞い、弾丸が空を舞う。

 

「フハハハハハ! やはり、一人であれば容易いなどありはしないと思っていたがな! 嬉しいぞ、それでこそ雪辱のはらしがいがあると言うものだ!」

 

「舐めないでもらおうか! 主とは一度戦った。ならば、対策の一つも習得しておるぞ!」

 

 長門が使っているのはあのときに指揮官が使っていた歩法、というか飛び跳ねて移動するアレだ。

 相手の攻撃が触れられるものなら、利用して移動できる。

 指揮官が実際にやれたのだから、練習の一つや二つもすればできるようになる。その点で努力を惜しむことはない。

 

「だが、我もあの時とは違う! 油断も隙も、ありはしないぞ!」

 

「ならば、突破するまで!」

 

 スキル発動。氷塊を一気に破壊して前に躍り出る。

 竜は防御よりも攻撃を優先している。小手先の一撃など当てたところで意味はない。ゆえに密度を高め、槍のようにして突き込む。

 当たれば痛いが、しかし防御については足りない隙を突いた。

 

「そんなもので!」

 

 ブレス。

 道を作って突貫するなら、敵である氷竜にもその道はバレバレだ。

 突撃にカウンターをかました。

 

「……っむぅ!」

 

 地面に向かってジャンプ。

 急降下して難を逃れたが……足を擦りむいた。まあ、その程度で済むことが異常なのだが。

 それはまぎれもなく大地を殺す一撃だ。余波ですらあらゆる生命を停止させる。

 

「い、いたた……でも、がんばる」

 

 それでも長門は艦船だ。

 人間のように簡単にくたばったりはしない。一呼吸で肺まで凍る冷気も、足を地面の上に下ろすだけで凍り付いてはがせなくなる凍気も一顧だにすることはない。

 

「隙ができたぞ! 愚かなるヒトめが」

 

 だが、地面に降りたことですら、それも隙だ。

 槍が降り注ぐ。

 それは浸食し、根こそぎ殺し尽くす氷の華。一度打ち込ままれれば、そこから冷気を広げ更なる槍の起点となる。

 

「飽和攻撃にはほど遠い! 余を殺すのなら、100倍は持ってくるがいい!」

 

 飛ぶ。跳ぶ。

 そこはすでに氷竜の領域だ。逃れようと思うなら、3㎞を踏破する必要がある。

 そして、長門は離脱などしない。そこまで離れたら攻撃を通せない。

 

「ーー馬鹿め! 我が領域が空を覆いつくせば、その程度は軽いこと。そして、貴様は苑麻に死ぬのだ!」

 

「馬鹿は貴様の方だ。重桜の誇りを甘く見てくれるなよ!」

 

 周辺を埋め尽くす砲弾と氷槍。

 そこは余人が入り込めば1秒で粉微塵に砕かれ赤いスープと化す絶死領域。殺戮の輪舞はまだ続く。

 ここまでやってもなお、両者は血の一筋も流していない。

 

「甘くなど見ないとも。何としてでも殺してくれる! 竜たる自負にかけ、二度の敗北など認めるものか!」

 

「重桜の誇りは決して折れぬ! 曲がらぬ! そして、何よりも指揮官のため……貴様はここで殺してくれよう!」

 

 終わらない終わらない終わらない。 

 想像を絶する殺し合いは密度と領域を広げながら踊り狂う。世界を終わらせることのできるだけの冷気と火力が高々数十m四方を蹂躙する。

 

「ーー」

 

「ーー」

 

 決着がつかない。

 膠着状態だ。氷竜に到達する前に攻撃は減衰する、そして長門は全てを回避する。両者ともに慎重だ。

 死線に踏み込めば勝てるなんてものは弱者の考えだ。世界を破壊できるレベルに至っては、蛮勇などただの欠点。

 

「いい加減に沈めェ!」

 

 しびれを切らしたのは氷竜だった。

 防御すら捨て、氷槍にて全て壊す。かわされるというのなら、かわしようもない攻撃をすればいいのだから。

 

「愚かな!」

 

 氷の槍を駆け上がる。

 遥か空へ。氷竜すらも超えて。

 

「……あの時と同じだな! 今度こそ勝つの我だ」

 

 氷竜は失敗などしていない。

 もう一度、真っ向勝負に誘いこむための策略。そして、長門もそれを受けた。

 降下の勢いを利用した急降下爆撃、だが今回はユニコーンの艦載機には乗れない。勢いは落ちる。

 

「いいや、勝利するのは余である!」

 

 このままであれば敗北するのは長門。だが

 

「我が誇りをその目に焼き付けるがいい!」

 

 艦船展開ーー指揮官が母港を出したように、彼女たちは戦艦を出せる。

 戦艦長門、竣工時には世界最大にして最速、41センチ砲を備える排水量39トン超えの偉容がそのままに宙に浮かぶ。

 そして堕ちる。

 

「……それは! だが、関係などない! それが貴様の本性ならば、諸共に破壊するまでのことよ!」

 

「応とも! これこそ重桜の誇る戦艦長門である。たかだか氷の一つや二つで沈むなどと思うてくれるなよ。余を沈めたければ太陽でも持ってくるがいい!」

 

 衝突する。

 

「……ぐ。ぬおおおおおおお!」

 

「……お。ゆけええええええ!」

 

 長門は我が身を巨大なハンマー代わりに叩きつける。

 氷竜は全霊をもって迎え撃つ。

 

「リミッター解除! 仰角修正、角度マイナス。0距離射撃。撃てェェェ!」

 

 41センチ砲が火を噴いた。

 

「小癪なあ!」

 

 爆発音。無理に撃つせいで艦体はひしゃげ、砲身は曲がる。

 満身創痍になっても、長門は自らの誇りを喝破する。

 

「竜なにするものぞ! 重桜の誇りの前に沈むがいい!」

 

「負ける……ものか!」

 

 氷の槍が艦体を引き裂く。

 竜も満身創痍なら、長門とて満身創痍。血を吐いて、今にも倒れそうなのに気力で踏みとどまる。

 

「重桜の誇りは折れぬと、見せなければならぬのだ」

 

 揺れる艦体にしがみ付き、曲がった砲身を突きつける。

 何も躊躇なく撃った。

 

「馬鹿な。竜である我が。……ヒトなどにィ!」

 

 弾け飛ぶ。

 曲がったピストルを撃っていけないのは子供でも知っている。それをすればどうなるか、つまりは手榴弾だ。

 砲身が爆裂して引き裂ける。

 

 竜も、艦も、地に堕ちた。

 

「これでは、指揮官の援護にも行けぬな」

 

 長門は起き上がれない。

 艦隊は真っ二つに引き裂ける寸前で、そうでなくとも元の形がかろうじてわかる程度にはボロボロだ。

 もしかしたら、今なら人間にも負けるかもしれない。

 

「っぐぅ」

 

 もはや指の一本も動かせない。

 

「いたいなぁ。指揮官のぬくもりが欲しいよ……」

 

 目を閉じた。

 

 



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第41話 滅びの詩

 

 

 滅びの光景。手を下す必要すらなく、そこは死に沈んでいる。そこは白い砂漠。渇き果て、そこには墓標が残るのみ。

 口を開けばじゃりじゃりとする塩味が広がる。まぎれもなく塩だ。塩湖が干上がった先に残った場所だ。塩分濃度が高いうえに水がないために誰も生き残れない。

 

「ーーなるほど。情緒的な光景なのです」

 

 綾波は口を閉じてキッと彼女を見る。

 人魚のような彼女。あらゆる男を虜にする色香、こぼれんばかりの乳房が水着のように小さな水着からたゆんと揺れた。

 もっとも、綾波にはどうでもいいことだ。

 そもそも女性で、そして嫉妬を抱くわけもない。指揮官に似合うのは大人とか色香以前に艦船であることが必須だ。犬は人に恋しない。

 

「ええ。あなたの死体がよく似合うことでしょうね。ここなら死体は腐らない。……まあ、あなたのそれが腐るかは怪しいところですが」

 

「当たり前なのです。艦船を形作るのは鋼、腐るわけがないでしょう? そして、ここはキライです。……錆びるので」

 

「ーーふふ。冗談がお上手ね? キレイなまま残してあげる。やっぱり、ミイラよりも剥製よね」

 

「お断りなのですよ。綾波は生きて指揮官の隣に居るのです。あなたの死体は生き返らないよう念入りに爆破してあげるのです」

 

 それはじゃれあいだ。

 殺気と殺意を交わす親愛表現。そして、最後に残るのは一人の勝者と一つの死体。

 

「我が名は堕天竪琴(オルフェウス)。天すら堕とす竪琴の音色に酔い痴れるがいい……!」

 

「私は綾波なのです。……鬼神の力、見るがいい!」

 

 放った砲弾は物理的な威力を持つ音に圧壊させられた。

 もっとも、それはただの余技。弱い駆逐艦の砲弾ではそれすら突破できなかっただけの話。

 本当の威力は他にある。

 

「堕天竪琴の音色は生命を許しはしない」

 

「ーーなに? うぐっ!」

 

 ぐらり、と頭がかしいだ。

 それは精神を破壊する音色。艦船といえど、低レベルならそれだけで心が砕け散る精神攻撃だ。

 肉と違って心は鍛えられないなんてことはない。攻撃に対する耐性は軒並み上がる。

 こらえ、しかし地を蹴り遠ざかった。

 

「頭が揺れる。視界がおかしくなる。まるでぶん殴られたみたいなのですね。……でも、音なら離れれば」

 

「私の音色を侮らないでほしいわね。……栄えある十二神将が、距離をとられただけで何もできなくなるわけがないでしょう? 常識を考えてものを言いなさい」

 

 竪琴を弾く。

 彼女は冥府門番(ヘカトンケイル)と同じタイプだ。むしろ自らの異能に使われているといってもいいほどに依存している。

 そして、それはそれで正しいやり方だ。

 紅炎絶翔(プロミネンス)のように地力を鍛えず、全てのリソースを異能に注ぎ込む。選択肢が無駄に増やすよりも一に全てをかける。

 

「なにが……っち!」

 

 綾波は横に飛ぶ。

 純粋な勘だ。まあ、相手の表情を見れば狙いには気付ける。逆に言えば、視界はもちろん、電波も、圧力も、磁力すらも反応はなかった。

 音は来た時には届いているから感知したところで無意味。恐ろしい攻撃だった。

 だが、動きを見れば予測はできる。戦える。

 

「……魚雷さえ当てれば!」

 

 魚雷をつかみ、投げた。

 だが、こともなげに撃墜される。絶望的に威力が足りない。

 これが戦艦であれば無理に突破もできたろうが……

 

「それは見たわ。あなたに一番相性がいいのが私。そして、ここで”それ”の本領は発揮できない。ここがあなたの死に場所。この純白の砂漠があなたの終焉には相応しい。ええ、奇麗ね……いつまでも眺めていたい」

 

 攻撃の手は緩めない。

 言うなれば一目ぼれだ。戦う彼女の姿を見て美しいと思った。手に入れたいと思った。宝石よりも美しく、大火よりも激しい。

 ゆえに殺す。十二神将と艦船は相いれない。なによりも、彼女のそれ(所有欲)は猛獣にでも抱く類の感情だ。間違っても、同族ではない。

 人魚と艦船は違う生き物だ。

 

「はた迷惑な! あなたなんて、そこで乾いて飢えているがいいのです!」

 

 撃つ撃つ撃つ。

 何も効果がない。焦れて突撃しようにも、広範囲の攻撃に充てられて突撃の勢いは殺される。

 かろうじて致命傷は喰らってはいないがジリ貧だった。

 

「さあ、人魚の歌で溶かしてしまいましょう。堕天の竪琴は脳髄を甘く溶かすわ。何もかもゆだねれば苦痛のない死が約束されている」

 

 飛んで、跳ねて。無謀な突撃を繰り返す綾波はボロボロになっていた。

 今やスラムのガキにも劣ろうかというほどの擦り切れ具合。それでもなお子供ながら怪しく美しい魅力を放っているというのだから。

 ――そう、こぼれ落ちそうになる胸に目が奪われたとして、責められる理由はないだろう。

 

「下らないのです」

 

 その隙を、綾波は存分に利用する。

 ただの一歩で、懐まで踏み込んだ。

 大剣を振り上げ、心臓狙いに振り下ろす。

 

「苦しくても、痛くても。綾波は平気なのです。綾波は鬼神、戦うことが得意な艦船なのです。綾波は結局、戦うこと以外はできないのですから」

 

 堕天竪琴はかわさない。

 全てを異能にかけるがゆえ、今更己の身体能力に賭けたりなどしない。それをすれば返す刃で斬られるのみ。

 狙いもつけず、最大威力でぶっぱなした。

 

「……っぐ」

 

「……っが」

 

 相打ち。否、ダブルノックアウトだ。

 人間でないがゆえ、それは決着ではありえない。すぐに再起動、相手も起きたと認識し仕切り直しを図る。

 

 竪琴は何もない空間を揺るがし、綾波はすでに引いている。

 

 綾波は立って居られずに獣の様に四肢を地に付ける。

 彼女は抉られた腕を身に纏った天女の衣を引き裂き、巻きつけ、血を止める。

 

「結局、諦める気はないの? ここで諦めたほうが苦しくないわよ」

 

「諦めないのです。指揮官は戦うことしかできな綾波でも、他のことをやっていいと言ってくれました。だから、苦しい義務は早めに終わらせて指揮官といちゃつくのです」

 

「……ふふ。結局はあの男なのね。恋があなたたちの原動力なのかしら? もしそうなら、最初から私たちに勝ち目がなかったということね」

 

「ええ。愛は偉大なのです。それに、とても気持ちがいいのですよ」

 

 綾波は砲塔を捨てた。

 大剣を構える。

 

「そして、勝つのは綾波です。もう慣れたのです、その攻撃」

 

 突貫する。獣の様に、地を這って。

 早く、そして速い。つまりはステータスと技術だ。強力な身体能力を十全に使った上で、さらに練習を本番に活かせばこんなもの。

 一言で言えば人間大のバッタだ。

 

「下なら攻撃できないなんて、勘違いも甚だしい。我が堕天の音色は甘くない……!」

 

 砲撃ならば、地を這えば狙いを逸らせる。

 角度を付けて撃たねばいけないから、少しずれれば地面に当たる。飛び散る破片にさえ耐えることができたなら脅威度が下がる。

 しかし、それは砲撃の話。音色はくまなく撃滅する。

 

「ならば耐えればいい。鬼神を甘く見るな、人魚」

 

 音色は効いている。

 ダメージを与えているのだ、痛みは間違いなく全身を苛んでいる。頭もぐらぐらして艦船の平衡感覚であろうと立ってはいられない。

 だったら、立たずに戦うだけの話だった。

 

「……そんな! そんな根性論で、私の竪琴が!」

 

「終わるのです。吟遊詩人、あなたの歌など私は興味がない」

 

 大剣が堕天竪琴の心臓を貫いた。

 

「……でも、あなたも限界でしょう? あなたの心は砕け散る寸前。脳髄なんて、もう溶け崩れているのよ」

 

「……」

 

 無言。 

 もう立てない。根性論で無理やり倒しても、敵を倒してもダメージが回復したりはしないのだから。

 言うことはない。けれど、それ以上に今は舌さえ回らない。

 

「あなたと、この白い終わりの地で永久に共にいるのも悪くは……ない……」

 

「そんなの、ごめん……です……」

 

 仲良く寄り添って地に沈む。 

 それは光景だけの話だが、綾波にはもうその死体を跳ねのけるだけの力も残されてはいなかった。

 

 

 



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第42話 知恵持つ獣

 

 

 ユニコーンが飛ばされたのは木々の生い茂る森林だった。

 20mを超える巨木が次々と立ち並んでいる。このような状況では艦載機はうまく飛ばせない。

 スピードを稼ぐ前に木々にぶつかってしまうのだ。

 強制転移によるアドバンテージをうまく使っている。そして前情報も。ユニコーンの戦い方をよく研究している。

 

「……うう。怖いよ、お兄ちゃん。ユニコーン一人なんて」

 

 ぬいぐるみがあやすようにユニコーンの頭をぽんぽんと叩く。

 ユニコーンは臆病だから、こういう状況は苦手だ。一人ではないものの、孤立してしまった状況は辛い。

 もっとも……そこを考えていない指揮官ではない。対策くらいある。

 

「あ。えへへ、ユーちゃんも一緒だったね」

 

 とりあえず、笑みは見えた。

 ユーちゃんといっしょなら大丈夫と、そういうふうに教えられた。詭弁でも、重要なのは気の持ち様。

 詐欺師だとか拝み屋だとかのやり方を、指揮官は知っていた。子供を騙すくらいは訳はない。

 

「……お兄ちゃん? うん、分かったよ。ユニコーン、戦う」

 

 おかしなことを言い出した……ように見えるが単に通信が入っただけだ。

 一番精神面で不安なのはユニコーンが鉄版だろう。それは分かっているから、声をかけた。

 これで、調整は完成。対策があるから、今更慌てたりはしない。

 

「だいじょうぶだよ」

 

 一通りコント、というより精神調整を終えた後で前を向く。

 要はスポーツ選手がやる試合前の儀式だ。しかし目的は別、彼らは勝つためにそれをするが、彼女は殺すためにそれをする。

 

「――ヒトの身で、大丈夫なことなどあるものかよ」

 

 尊大な声が響く。

 ビリビリと心を震わせるような恐ろしげな声。ただ言葉だけで人の心を砕く。そいつは自らの強大さを分かっている。

 だからこうして、ただの一言で心を砕く。獣の力と、知恵を併せ持った恐ろしい敵。

 

「あなたはライオンさん? お兄ちゃんと、他の皆をどこにやったの?」

 

 もっとも、艦船たるユニコーンには効果がない。

 それは矮小なヒトを喰らう脅威だ。空飛ぶ鋼に効果はない。臆病で、いつもビクビクしていても……それでも艦船だ。

 更に言えば、その上で指揮官が調整しているから隙は無い。

 

「……は。自分の立場を分かっていないようだな。この場所で、そしてこの俺を前に、他の人間どもを気に掛けるとはな」

 

「ユニコーンも、お兄ちゃんも人間じゃないよ?」

 

「変わりはあるまい。――この森で死に絶えることには変わらぬ! この炎雷巨獣(ヴァジュラ)の牙にかかり、骸を晒すがいい弱者ども!」

 

 放つは雷。……否。

 それは空中で捻じ曲がり、空間を埋め尽くし。そして全てを焼き尽くす。炎のごとき雷は防御不可能、人間ごときは逃げ場もなく、さりとて防げもせずにただ死に絶えるのみ。

 

「これ、触れちゃダメだよね? ユーちゃん」

 

 飛びのいた。指揮官と同様の動き……その程度はできるとも、練習はした。

 運動が苦手だから、一番頑張ったのが彼女だから。

 まあ、その後のご褒美が目的だったのは違いなかろうが。

 

「下らぬ! 大いなる力を前に無様に散り果てよ!」

 

 爆破。雷が収縮し、反転し黒くなった。

 その瞬間、大爆発を引き起こした。それは更なる破壊をまき散らし、絶殺空間を形成する。

 

「……っあう!」

 

 ユニコーンは吹き飛ばされ、転がる。

 涙目になって……それでも前を向いてふんばる。そうすると、分かる。雷の爆発があっても、木は倒れない。

 何らかの特別製だ。更に言えば、炎雷が四方八方に走るから盾にもできない。回り込んでくる。

 いい情報が何もないが、それでも知ることが反撃の機会となる。

 

「ユーちゃん!」

 

 その攻撃の本質は、ばらまいて面制圧を行うことにこそある。

 ならば、対処法としては空に上がってしまえば密度が減る。攻撃を避けることはできずとも、ダメージは軽減できる。

 

「それを許すと思うか! ここは貴様にとっての死のフィールド! そんなもの、対策済みなのだよ」

 

「……あっ!」

 

 網のように覆いかぶさってくる”それ”。雷の網、そして脈動する漆黒の稲妻。

 それは絨毯爆撃だ、まんまと罠に誘い込まれてしまった。

 

「うう……お願い!」

 

 艦載機を出した。

 盾、だ。けれど。

 

「……いたいよ。お外、怖いなあ。帰りたいなあ……でも!」

 

 それでは間に合わない。

 厳重に張り巡らされた罠。破れかぶれで突破できるほど甘くはなかった。

 ボロボロになって、涙をこぼして。

 

「ユニコーンはがんばってるよ。役に立てるよ。だから、帰ったら愛してね? お兄ちゃん」

 

 立ち上がる。

 そのまま立ち上がれなかったかもしれない、指揮官がいなければ……だが。彼に愛されることが全てだから、痛みなんかに挫けることはない。

 

「……は。馬鹿め、諦めてしまえば楽になるものを」

 

 森を支配する獣の声が響く。

 圧倒的な絶望、その中で。

 

「あなたは、弱いね」

 

 ユニコーンは挑発としか思えない言葉を吐く。

 

「……なんだと」

 

 バチバチと雷電がこだまする。明らかに怒っている。

 けれど、状況的には明らかに挑発だろう。ゆえに乗りはしない。知恵を持つ獣は不用意に罠に踏み込まない。

 

「そういうところだよ。氷のドラゴンさんなら様子を伺わない、全て壊した。炎の人なら、罠ごと踏み潰したよ。あなたは、とても慎重……臆病だね」

 

「……ほう。勝てないと知って狂ったか? 死ねよや!」

 

 炎雷が破裂する。森中を焼き尽くす。

 威力が劣るのは短所足りえない。雷に触れれば動きが止まる。むしろ拷問じみた最期を迎えることとなるだろう。……反撃の機会すら得られないまま。

 

「あなたは絶対に指揮官には勝てないよ。人間の知恵持つ獣、でもそれっておかしいよね? ユニコーンは艦船のような艦船だよ。氷の竜さんも、化け物みたいな化け物だった。あなたは違うね。人間のような、獣さん?」

 

 ユニコーンが殴った。

 子供のような細腕がうなりを上げて、臓腑を抉る。やったことは簡単だ、跳んで思いきり殴っただけ。

 

「……がは! ぐ――馬鹿な、人間ごときにィ!」

 

 そして、ユニコーンのパワーは甘くない。

 軽空母は小さな前線基地、それだけの馬力があるのだ。

 

「指揮官と同じ戦い方だよ? ユニコーンはできないと思った? こうやってフィールドを作って、罠を張って……そんな小癪な手が通用するような次元じゃないでしょう、艦船と十二神将の戦争は」

 

 走って、殴る。ただそれだけであらゆるものを曳き潰す戦略兵器だ。

 武道の何たるかなど関係ない。彼女は武道家としては見習いレベル。しかし、強力なステータスを活かすためには体の動かし方を知ることと、あとは思い切りさえあればいい。

 

「ふざけ……ふざけるな! ここは神代治世(アースガルド)の作った森だぞ! 神代の、何者にも砕けぬ神聖な森。貴様を閉じ込め無力化する牢獄なのだぞ!」

 

 ユニコーンは軽空母。ここでは空母としての能力は活かせない。だが、それで十分だと敵を舐める輩に勝利はない。

 絶対の1を用意したならば、駄目押しの100を用意するべきだろう。

 実際に指揮官はそうしている。ユニコーンの優位は艦載機にあるのに、格闘戦を教えたのは遠距離を封じられたときの対策じゃない。それは駄目押しの100の方だった。

 

「ほら。そうやってすぐにサボるんだから」

 

 風切り音。すでに艦載機は発進している。

 そう、状況が変わったのなら呑気に周囲を観察する暇などあるわけがない。全力で周囲を攻撃するべきだった。

 

「戦闘機さんを出したよ。それに、ユニコーンも殴るよ。……あなたの策に、こうなった場合の対策はある?」

 

 爆破。破壊――ユニコーンに森を破壊しないようになどと言う気づかいはあり得ない。

 むしろ諸共に砕けろとばかりに爆薬と火炎を注ぐ。 

 そこは既に地獄。炎上する木々の中、ユニコーンは跳ね回って拳を叩き込む。

 

「小癪な! おのれ! おのれェ!」

 

 もはや獅子に勝機はない。

 ただ蹂躙され消えゆくのみ。

 

 

 

 そして、別の場所。高笑いを上げる竜。

 

「フハハハハ!」

 

 艦船を相手にする以上、手加減などできないし、全力を出して良いと許可が与えられた。

 そう、指揮官が推測した通り、十二神将は人類相手に全力を出して滅ぼすことなど許されていなかった。

 十全に力を発揮したのなら、一人でも人類は絶滅できていたのだから。

 ゆえに、わずらわしい制限のない今の機嫌は絶頂状態。これ以上はないとばかりに喜色の狂笑を響かせる。

 

「煩わしい声。冥府の底より響くのなら郷愁も湧くのでしょうけど。……この有様では台無しというものね」

 

 ゆらりと伸びた影。

 幽霊のような彼女の名はエレバス。外套をたなびかせ、はるか上の竜を眺める。

 

「……少女よ。この竜に挑むか? 雷こそは古より伝えられし神の裁き。貴様が挑むは神の試練と知るがいい」

 

「私の役割は死をもたらさない。幽世(かくりよ)の案内人にして、しかして私は冥府への道を示さない。それと、悪いけれど私みたいな幽霊に試練は似合わないわ」

 

 ふわりとほほ笑んだ。

 それは蟻を見下ろす視線。脅威でもないものを見下す傲慢な瞳。

 

「……ならば、裁きも何も関係なくゴミの様に死んでゆけ! 役割なきものには耐えられまいて!」

 

「――いいえ。それは違う」

 

 天から地に降り注ぐ稲妻。それはまさに神の裁きと呼ぶにふさわしい威力だ。例え魔族の超未来技術が使われた城であっても、あっけなく残骸と化すだろう。

 ……が、エレバスは幽鬼のように当たらない。

 当たらなければ必殺もガキが振り回す腕も変わらず、ダメージなどありえない。

 

「ハハハハハハ! 良いものだな、我が全能の力を十全に振るえると言うのは!」

 

「……馬鹿馬鹿しい。見るに堪えない。戦場を知らないなら、さっさと眠ることね。おねむの時間よ?」

 

 消える。

 注意が逸れたところで敵の視界から姿を消し、更に視界の範囲外へ出ているだけだ。言うは易しの最たるものだが、相手はまともに戦っている気すらないのだ。

 力を振るえるのが嬉しくて、滅茶苦茶をやっている。そんな、隙だらけでは。

 

「光あるところに闇あり。闇から目を背けるもの、あなたの魂は私が刈り取る」

 

 空気を蹴り、背後を取った。

 スキル発動、首を吹き飛ばした。

 

「果てなき暗黒から、あなたたちの死神が姿を現した。……待っていなさい、十二神将。指揮官、あなたのエレバスが今行くわ」

 

 

 



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第43話 王様気取り

 

 

 エルドリッジが飛ばされたのは荒野。

 まあ、電撃は使いづらいところだろうが……そもそも見せてもいない以上は対策などできない。

 と、するならこれは向こうの趣味だ。単にカッコつけているだけで、何も意味がない。

 

「――我は最強の剣士にして、全てを司る王……王権神授(ギャラルホルン)。我を称えろ。……ひれ伏すがいい。それこそが弱者の義務と弁えよ」

 

 姿を表したのは黄金の剣士。

 見れば分かる、強力に過ぎる装備。艦船たちの持つそれは言うに及ばず、十二神将の中でも異彩を放つ。

 つまりはそれこそが彼の持つ特異性。装備が異能と言うと違和感があるが、これが彼のギフト。

 

「……? 称える? なにそれ、おいしいの」

 

 しかし、エルドリッジはエルドリッジだ。

 例えばこれが赤城とか他の艦船だったらブチ切れていたかもしれない。けれど、指揮官が選んだのはマイペースな子ばかりだ。元々が指揮官の好みで作ったシナジーも何もない集団だ、性能より性格が似るのは仕方ない。

 ゆえ、指揮官は人間ごときに何を言われても気にしないように、この子たちもまたこんなことを言われたところで気にしない。

 というか、エルドリッジは何を言われているのかさえ分かっていない。理解する気すらないのだから救えない。

 

「はっはっは! 面白い! 豪胆なことだ。気に入ったぞ、貴様を我の嫁にしてくれよう。喜べ、天上天下に存在しえぬ名誉を貴様にくれてやると言うのだ」

 

「エルドリッジはあなたの嫁じゃない。指揮官のもの。……あなたは、ただの敵」

 

「指揮官、ね。……一目見たが、あれは物狂いの類だろう。殺戮にしか興味がないのではなかろうか? アレに使われるなど、哀れに過ぎる。見るに堪えん。この我が救ってやろう、どうだ?」

 

「……? どうでもいいけど」

 

 エルドリッジは首をかしげる。

 暖簾に力押しも良いところだ。なにせ、理解しようともしていない。

 

「……くは。はーっはっはっは! 本当に、お前のようなタイプは初めてだ。……これを見るがいい」

 

 ギャラルホルンが笑う。どこまでも豪胆な彼は他人のことを玩具か何かとして思っていない。

 掲げたのは宝石が散りばめられた剣。

 成金趣味の金だけかけた豪華な換金品であればまだ良かっただろうが、それは一言でいうなら催眠の魔眼だ。

 あらゆる魔剣、宝剣、神剣の類を扱うことこそが彼の能力。応用以前に使える能力が多岐にわたる。

 最強主人公によくある、能力が追加されすぎて本人にも分からないと言うアレだ。だから、催眠くらいは持っていて当然だ。

 

「――は?」

 

 だが、精神に作用する能力が同格に通用するわけがない。格上を嵌めて大逆転なんか通じない、それが通じるのは弱者の争いだ。

 大地でさえ砕ける領域に至ってしまえば、策など意味を亡くす。

 

「なるほどな。これでもその顔をするか。どうやら、その男によほど執心らしいな。……では、その絆から断ち切ればどうかな」

 

「……ッ!」

 

 今度ばかりは即座に反応した。

 彼の視線、狙っているのはエルドリッジの薬指にはめられた指輪。それを狙われたらどんなに呑気でも反応せざるを得ない。

 

「まず、それから砕いてやろう」

 

 瞬間、現れるは無数の剣。 

 射出する……剣士だとか名乗ったのに腰の剣は抜きもしない。

 

「させない……!」

 

 抜き打ち。そして、エルドリッジが装備するのは装填速度の早い砲塔。ターゲティングに狂いはない。

 全て撃ち落とした。……が。

 

「……だめ!」

 

 剣が再生する。何事もなかったように指輪を狙う。

 エルドリッジは指輪をかばって胸に抱いた。

 

「いたい……」

 

 刺さる。血が流れる。かすり傷……とはいえ涙目になってしまう。

 再生能力に特化した剣だ、威力は低い。それでも、だから大丈夫ということではない。

 

「……ゆるさない!」

 

 スキル発動。

 特殊砲弾が嵐のように全てを叩き潰す。盾に展開した剣もろともに叩き潰した。エルドリッジの弾丸は魔力そのもの、現存する物質に耐えられる道理はない。

 

「だが、徒労よな」

 

 ギャラルホルンは空間を切り裂く剣を出す。空間の裏側に隠れてしまえば砲弾は当たらない。

 そして、次に姿を現したのはエルドリッジの後方。彼女も振り向くが、遅い。

 

「では、次はコレだ。いつまで守り切れるかな?」

 

 超巨大な剣……ビルにも匹敵する大きさのそれが振ってきた。

 いくら艦船の出力でも支えきれない。飛びのいてかわす。……けれど。

 

「我の財宝は尽きることはない。そら、そこも危ういぞ?」

 

「……ッ!?」

 

 鎖だ。空間を渡る鎖がエルドリッジを縛り上げる。

 腕力で引きちぎろうとするが、壊せない。力では破壊できない類の宝具だ。完全に隙ができてしまった。

 それ以上に、これでは指輪をかばえない。

 

「やめて!」

 

 エルドリッジが叫ぶ。

 

「……泣き喚け。貴様は俺のものにすると言った。その悲嘆も、法悦も、全ては我の手中と心得よ」

 

 剣が飛ぶ。

 指輪に当たる。

 エルドリッジは涙を溜めた目でそれを見守り……

 

「おや、それでは足りんか。では、次を」

 

 指が折れた、けど指輪は壊れなかった。

 そもそも破壊可能に設定されたアイテムではないことに加え、重要なアイテムだ。手加減を加えてなお破壊できるようなものではない。

 けれど、壊されかけたというのは事実で。

 

「……ゆるさない」

 

 地獄の底から響く怨嗟のような声。

 普段のエルドリッジを知る者なら連想すらできないだろう。いつもぽわぽわした彼女が、ここまで激情を発露している姿など。

 ここまでの殺意など、指揮官ですら持ち合わせていない。

 

「む、怒ったか。愉快愉快、様々な表情を見せ我の無聊を慰めるが良い。それが貴様の生まれた意味であるのだから。くは……はーっはっは!」

 

 殺塵亡剣は喝々と大笑する。

 この世の全てが自分を楽しませるためにあると信じて疑わない。究極なまでの傲慢、それが彼の特性だ。

 

「ころしてやる」

 

 魚雷をそのまま落とす。

 地上では特殊な使い方をしなければまともに当てられないし、無理やり出しても下に落ちるだけだ。

 そして、破裂する。

 

「しね」

 

 それは馬鹿げた自爆だった。けれど動きを縛る鎖は破壊した。

 傷を代償に自由を得た。

 ならば、後は殺意のままに殺すだけ。

 

「……はは。速いが、あいにくとそれも駄目だ」

 

 大量の剣が宙に浮かぶ。

 いくら速くとも、剣の壁で近寄れないし攻撃も通らない。壊せはするが、すぐに補充される。

 

「そして、スピードを得手とする剣なら我も持っている」

 

 4つの剣が高速で飛ぶ。

 エルドリッジを上回るスピードで自在に宙を舞うそれは彼女に傷を与える。

 

「しね」

 

 けれど、関係ない。強引に突破する、スキルでもろともに砕いた。

 高範囲攻撃ならエルドリッジも持っている。タイミングを測ってぶっ放せばいい話。

 そもそもにして、彼の攻撃は多彩であるがゆえに絶対の一ではない。

 

「しね」

 

 砲火を重ねて強引に突破した。

 あらゆる局面に対処可能であるならば、力押しには弱い。まあ、結論は一つだろう。

 ……調子に乗って触れてはいけないところに触れてしまった。

 

「……は! それで我を倒したつもりになどなってくれるなよ、痴れ者が!」

 

 空間を切り裂く剣。

 至近距離でなければ当たらないほど鈍いが、しかし今は近距離。カウンターとしては絶好のタイミング。

 だが、最大の好機を掴んだことが敗因。考えると言うのは、時を消費することなのだから。咄嗟に最大のチャンスを掴んだと思ったら、すでにその瞬間は過ぎていた。

 

「しね」

 

 関係なく砲弾をぶち込んだ。

 何かを考えることもなく、ひたすらに憎い敵に向かって砲火を重ねる。

 

「……がは! きさ……」

 

 彼に攻撃を喰らいながらも踏み込むような胆力すらもなく、絶好だったはずのカウンターは所在なさげに宙に佇む。

 絶対の鎧は彼女の攻撃によるダメージの殆どをカットする。ここから反撃のはず……が。

 

「しね」

 

 撃つ撃つ撃つ。

 そもそも反撃をどうのなど思考の外だ。完全にキレているエルドリッジはひたすらに攻撃を叩き込む。

 

「……ま……待て……」

 

 命乞いか、それとも無様にやられている現実を認識できないのか。ギャラルホルンの瞳は焦点を結ばず、無数の剣は動かない。

 なにをやりたいのかも分からずに手を伸ばす。

 

「指輪は指揮官からもらった、エルドリッジの一番大切なもの。きずつけるなんて、ゆるさない」

 

 彼が最期に見たものは塔のように巨大な鋼だった。

 エルドリッジが自分自身をハンマー代わりに叩きつけた。全長93mのその巨体は過たず殺塵亡剣(ダインスレイフ)を文字通りに叩き潰す。

 

「……指揮官。いま、いくよ」

 

 駆逐艦を消して歩き出す。

 

 



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第44話 リーダー=強いはおかしくない?

 

 そして、ラフィー。

 彼女が居るのは廃墟だった。

 傾いたビルの一棟、その屋上にコートをたなびかす男がいる。

 

「宣言は果たした。俺こそが冥界神槍(ガングニル)、貴様を冥界の供物と掲げ世界を取る男。この地上を支配するのは十二神将かアズールレーンか……決着を付けよう」

 

 美形の男。感触としては王権神授(ギャラルホルン)に近い。白コートにハット、そして腰まで届く黒髪と、女子であればうっとりしてしまうのが当然である。

 長門であれば比べられるかもしれないが、あれは幼いゆえに需要が限られる。男と女では比べようもないかもしれないが、赤城よりも美しい。

 指揮官? 黄金と芋を比べることに何も意味はない。

 

「あなたがリーダー?」

 

 とはいえ、ラフィーにとってはどうでもいいこと。世間付き合いするのであれば、むしろ引きこもり気質の彼女にとっては苦手ではあったのだ。しかし、倒す敵ならば関係ない。

 別に指揮官の容姿に惚れたわけではない。

 むしろ、その奇麗な顔をぐちゃうちゃにしてやりたいとさえ思う。歯を見せて笑った顔は世の女性にとってはご褒美だろうが、ラフィーにとってはとてつもなく不愉快だ。

 

「そう。俺が十二神将を纏める頂点にして王。他の者では知りえぬことまで知っているのだよ」

 

「……なん……だと……?」

 

「所詮、ここもまた実験室のフラスコ。人間など、そこらに湧く藻と何も変わらない。どうでもいいのだよ。なあ、貴様らも見捨てたろう? いや、あれは正解だったよ。少しは力を見せてくれるかと思ったのだがね。なんとも賢いことだ、褒めてやろう」

 

「ーー」

 

 不愉快な言葉だが、反論はできない。

 まあ、ラフィーは弁が立つ性格はしていない。相手の言葉を待つ。それは、指揮官も気になっていたところだから聞き逃せない。

 半ば決めつけているのを承知の上で、セイレーンによる実験だと思い込んでいるのは本人から聞いている。そこで隠すような指揮官ではない。

 ちゃんとエルドリッジだって聞いていたのだ、1㎜たりとも理解していなくても。ユニコーンだって聞いていた、眠気には勝った。

 

「そうさ、ここは実験場だ。我々と言う異物と、貴様たちと言う夾雑物。生き残れるのは一方しかいない。こういうのを蟲毒と言うのだったか? まあ、どちらにしろ共存する道などなかったのさ」

 

「……そして、あなたたたちは仲間を4人失っている。でも、ラフィーたちはまだみんな生きている」

 

「ーーそれは大いなる間違いだな。勝つのは我々だ、この世界は我々のためにある。決して、貴様らの楽園などではない。……そう、オブザーバーの声も知らぬ貴様らが”本命”だなどとあってはならぬ!」

 

 四方を雷が薙ぎ払った。

 十二神将とアズールレーン、人類抹殺を掲げながらもそれをやらない彼らとは和解の道があるかもしれない、とは艦船の中で話し合われていた。

 指揮官はともかく、長門あたりならば妥協点の存在には必ず気付く。だが、交渉する機会も得られなかった。

 ーーそして、ここで真実が発覚した。セイレーンの企みだ、つまりは蟲毒。殺し合わせて反応を見るのが目的なら、両者が生き残る道などない。

 少なくとも、共にセイレーンと戦おうなんてことにはなりはしない。そもそもどこに居るかもわからないのなら、目の前の敵を排除したほうが建設的だ。

 

「……そう。セイレーンの企み。うん、指揮官もそれは言ってた。あなたは見たんだね……アズールレーンに記録があるのは雑多なエクセキューターシリーズ。そして下位端末、テスターとピュリファイヤー。……じゃあ、オブザーバーは上位端末?」

 

 少し考えたが、思考は放棄。超広範囲攻撃など今更当たるわけがないが、しかし思考をそちらに取られてはミスに繋がる。

 これはただ戦争を開始する号砲、戦乱を幕開ける鐘の音だ。

 そして、最終決戦が故に出し惜しみはしない。

 

「だとしても、あなたを見逃す理由はない。ここで倒す。これがセイレーンの企みだとしても、罠は踏みぬいて砕くものだって言ってたから」

 

 駆逐艦が出現する。

 そう、これこそが全力全開。火力をぶつけたいならこれが最大だ。

 全長106Mの偉容は敵の魂を打ち砕くほどにすさまじい。そも、それは戦争の象徴だ。たったの一人で立ち向かうような生易しい現実ではない。

 

「……は! なるほど、艦船。貴様らもそれなら指揮官と同じく出せると言うわけだ。だが……可愛らしいぞ!」

 

 指揮官の母港に比べればちっちゃく見えてしまっても仕方がない。

 だが、それは轟音を響かせて砲塔を向ける。

 人一人を丸飲みにできそうな巨大な砲がうなりを上げる。戦争の権化を前に、冥界神槍は傲慢を崩さない。

 

「……リミッター解除。対象の殲滅を開始する」

 

 爆轟。

 ただの一撃で城すら打ち砕くその一撃は艦船の恩恵を受けて大地すら打ち砕く凶悪な代物となっている。

 

「だが、無駄だ。この俺は十二神将を統率するもの。ゆえ、誰よりも強いのだよ」

 

 余裕そうに、受け止めた。

 そして、何もダメージを受けることなく跳ね返した。

 

「……っこれは、ヘカトンケイルの!?」

 

 その現象には見覚えがある。

 山ごと削って酸素を奪いつくして倒した強敵。7名で火力を叩き込み続けるという頭のおかしなことをやって、やっとのことで隙を見つけた強敵だ。

 

「そして……それだけではない! この冥界神槍(ガングニル)は、下僕共の能力をすべて扱えると知るがいい!」

 

「でも、反射されるだけなら撃ち落とせばいい!」

 

 跳ね返った弾を撃ち落とす。

 ここは海ではないから、駆逐艦は動けない。艦船を出すのはとてもリスキーだ。後に戦いが待っていればやらなかったかもしれないほどに。

 もともと早くなくとも、動けないのは戦闘においては不利だ。

 

「殴り合いを挑んだ愚かな男の情熱を見よ。……紅炎絶翔(プロミネンス)

 

 極限まで圧縮した炎が爆裂する。

 機銃掃射で対応するが、敵の攻撃はまだ続く。

 

「では、次だ。傲慢な竜の前に己が無力を嘆くがいい……死氷降世(ニヴルヘイム)

 

 巨大な氷が降ってくる。

 1Mを超える氷の塊が直撃したら人間なら即死する。

 駆逐艦でも、当たればひしゃげる。それは四肢が折れるのと同等の損傷だろう。

 

「……まぬけ、だね」

 

 だが、ラフィーはその言葉を言い放つ。

 長大な駆逐艦では防ぐ手段がない。なら、艤装へと戻せばいい。

 

「それは一度、戦ったよ」

 

 氷塊を蹴る。

 玉突きを起こして術者へと迫る。本人よりも練度が劣るのは当然だが、しかし彼には他の能力がある。

 

「では、貴様が相手していない者を使おうか。悲しき人魚の悲哀を聞け。……堕天竪琴(オルフェウス)

 

 音による全方位破壊。

 11の能力が全てあるから、極める必要すらもない。適当に入れ替えながら使えば、相手は対応できずにつぶれていく。

 多彩な攻撃全てに対応することなど、できるわけがないのだから。

 

「そこそこ……かな? 指揮官のために、がんばるよ。眠くなんてない……鬼になるから」

 

 ラフィーはぶれない。

 相手がどんな力を持っていようと、やれることをやるだけだ。すなわち、ヒットアンドアウェイ。

 速度で相手を振り回しつつ攻撃を積み重ねる。

 

「っぬぅ! 氷が邪魔だ、のけよ! 役に立つがいい妖精、純白雪姫(スノウホワイト)

 

 破壊の雪が氷塊を破壊する。

 だが、やはりそんな広範囲殲滅ではラフィーは倒せない。

 

「状態良好……まだまだ行くよ!」

 

 懐に潜り込んだ。

 0距離射撃ーー

 

「っち! 我を守れ冥府門番(ヘカトンケイル)

 

 跳ね返す。だが、ラフィーは即座に退いている。ダメージはない。

 ラフィーは近くの場所に着地する。

 

「やっぱり、弱い。あなたは、ラフィーが戦った誰よりも弱い……」

 

「何を! 図に乗るなよ、艦船が! 全ての頂点に立つ我こそが最強だ。あらゆる能力を持つ俺に隙などあるものかよ」

 

 雷、雪、爆炎、多彩な能力が廃墟を焼きつくしていく。

 けれど、その攻撃は一向にラフィーを捉えることはない。

 

「能力を全く使いこなせてない。それなら、ヘカトンケイルを常時張ったほうがマシだよ。そうしても、彼女には及ばないだろうけど」

 

 そう言ったのは、アドバイスではない。

 プライドの高い奴がこんなことを言われてハイソウデスカと言うことを聞くわけがないのだ。

 証拠に、そら見たことかといわんばかりに能力を切り替えながら戦っていく。まばゆいばかりに破壊が乱舞して、しかして繋がってはいない。

 巧く位置取りをするラフィーにはかすりもしない。

 

「ふざけるな! ふざけるなよ、薄汚い艦船が。……ガキのくせに、この俺にたてつくな! 消えろよ! なんで、この俺に気持ちよく戦わせない!? おかしいだろうが! 世界は、俺のもののはずだろうが!」

 

 空を埋め尽くす破壊の奔流。

 けれど、それは花火だ。蟻の入る隙間があればかわせるのが、十二神将とアズールレーンの戦争のレベルだ。

 

「……ほら。もう沈む」

 

 ラフィーが冥界神槍の背後を取る。彼は王様のごとく動かない、傲慢がゆえにあくせく動くなどできはしない。

 今度こそ0距離射撃を成功させ、心臓を吹き飛ばす。

 

「馬鹿な……俺が負けるなど……」

 

 射殺さんばかりの憎悪の目で睨みつける。だが、倒れ伏した彼に何かをするような余力はない。

 だが、ラフィーは気にかけないばかりか欠伸までする。

 

「ふあ……ねむい……でも、指揮官のとこ行かないと」

 

 



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第45話 終戦

 

 そして、舞台は指揮官へと戻る。

 

「このまま潰れちゃえばいいのよ」

 

「何もできず、朽ち果てろ。貴様も、そして貴様の仲間も全て黄泉へと打ち捨ててくれる。世界を汚す生命体よ、もの皆すべて消え果てよ。清浄なる世界が」

 

 二体の十二神将が、眼下の指揮官を嘲笑う。

 徒手空拳で、遥か地下の貴様に何ができると。嫌がらせのように岩を投げてもまったくもって意味がない。その程度では焼け石に水ですらない苦し紛れだ。

 

「……いいや。それはどうかな?」

 

 だが、指揮官は勝ちを確信しているかのように不敵な笑みを浮かべる。

 ここからの逆転などどう考えたところで不可能だ。ここから挽回できるくらいなら、最初からピンチに陥ってなどいない。

 

「その強がり、いつまで持つかな」

 

 そう、影法師が呟いた瞬間。

 爆音が連続した。指揮官が持ち得るはずのない攻撃、砲火の音。

 

「我々の勝利だ、十二神将」

 

 厳かに指揮官が宣言した。

 その刹那に爆発する砲撃音。雪の結界を削り取っていく。

 

「……馬鹿な、皆負けたのか」

 

「そんな……ガングニルが負けた!? オルフェウスも……もういないの……?」

 

 彼らの目に映るのは艦船の影。

 陸の上に艦船を鎮座させ、砲撃している。その馬鹿げた火力に彼らが対抗するすべはない。

 消耗した二人には援軍を相手するだけの余力はない。

 

「……がふっ!」

 

 妖精が吹き飛んだ。

 あちらからの砲撃ではない。砕けたダイヤモンドがキラリと光る。

 

「……貴様。どこまでも! 負けたとしても、貴様だけは! ……いない!?」

 

 ダイヤモンドはその辺の土を握りしめてできたもの、目ざとい指揮官が投げた。大したダメージではないけど、ここでこれは精神的ダメージの方が深刻だ。

 指揮官が居た方向を見るけど誰もいない。

 仲間の死を悟った瞬間、諦めてしまった。それを惰弱とは呼べないかもしれないけれど。

 

「死ぬがいい、十二神将。屍を晒せ、無様な最期を見せるがいい」

 

 影法師の胸から手が生える。

 その手は彼の心臓を掴んでいた。

 

「せめて、貴様だけでも道連れに……!」

 

 手を伸ばす。

 頭だけマグマにでも沈めれば倒せるはず、そう考えた。

 

「負けることを考えて、勝てるものかよ」

 

 心臓を握りつぶし、もう片方で頭蓋を砕いた。

 そこまで徹底的に殺されたら反撃も何もない。

 

「……いや。……アルケミスト!」

 

 妖精は顔を覆って叫ぶ。

 

「十二神将、最後の生き残りがそれでは味気ないな」

 

 その小さな身体を握りつぶした。

 勝負は仲間が加勢に来た時点で付いていた。最期を悟って、絶望に身を任せた。自爆してでも傷跡を残すと誓っていたら何かがどうなっていたかもしれないが。

 

「……それでも、仲間は帰ってこないのには変わらないな」

 

 指揮官がぽつりと呟いた。

 最後の生き残りになった時点で諦めるのは指揮官にとっても分からない気持ちではない。もしかしたら、その時には最期の一瞬まで嫌がらせに全力を尽くすかもしれないが……すっぱりと諦めてしまうのもあり得る。

 

「俺たちの勝利だ。皆、母港へ帰還しよう」

 

 そして、外洋へ。

 ほとんど無傷なものも居れば、長門のように重症な者もいる。というか、指揮官も腕が取れている。

 綾波も、外傷こそないが中身はかなりダメージを受けている。

 

 まあ、この満身創痍でも人類に負けるほど弱くはないが……それでも母港が一番手硬い選択肢だ。

 そこは完全に戦術的な判断をする指揮官であった。

 戦略的な判断では、ここを機に一気に人類を掌握する手も有効だったが、あくまで指揮官が興味があるのは6人の艦船だけだった。

 

 

 人類未踏の海域にて母港を係留した。

 艦船もドックに止めてフルメンテだ。その前に全面修理が必要なのもあるが。

 

「……さて、これで我々は安住の地を手に入れた。まあ、先などわからないが危険な害獣は排除した。とりあえずは、警戒態勢を解くことにする。皆、お疲れ」

 

 場所は人類と魔族が不戦条約を交わした畳の間。

 きれいに掃除された畳の上で、指揮官と6名の艦船は酒杯を掲げる。あの時とは違い、上座下座などない。

 というか、全員が指揮官のすぐそばにいるから部屋自体は広いのにそこだけ狭い。

 

「ユニコーン、お兄ちゃんの役に立てた?」

 

「ああ、立てたとも。お前がいなければとても困る。唯一の航空戦力だしな」

 

 頭をなでてやると、ユニコーンは顔を赤らめてうつむいた。

 

「悲しい戦争、これで終わったのかの?」

 

「終わったさ。十二神将との戦争は終結した。もはや魔物王国も発生しない、ガングニルがそう話していた」

 

 長門は力が抜けたようにふわりと微笑んだ。

 

「ラフィーは指揮官に褒めて褒めてポーズしていない……うん、していない」

 

「ああ、ラフィーも偉いな」

 

 彼女の頭をなでてやると、むふーと嬉しそうにする。

 

「敵の魂は私が刈り取った」

 

「エレバスは優秀な狩人だな。助かった」

 

 頭をなでてやると、恥ずかしいのかそっぽを向くが振り払おうとはしない。

 

「V(ブイ)~」

 

 エルドリッジがドヤ顔でピースをしている。

 

「エルドリッジも、よく頑張ってくれたよ」

 

 頭をなでてやると、もっともっとと自分から手をつかんでこすりつけてくる。

 

「指揮官、綾波はあなたに貢献できましたか? 鬼神の力、役に立ちましたか」

 

「ああ、立ったとも」

 

 くしゃりと頭をなでてやる。

 

「ーーまあ、外せなかったハメを外すのもいいだろうな」

 

 割とハメは外しているのだが、戦術的に見ればそうでもなかった。

 まあ、翌日までダメージが残るようなヤり方をしていたが、それでも戦闘行為に支障がないレベルだ。

 どうにもならないレベルまではやっていない。もちろん、外とか昼とかそういう意味では外しまくっていたのだが。

 

「……余は、まだ全身が痛いのじゃがな」

 

 長門が遠い目をする。

 本体をハンマーにして打撃、からの0距離砲撃しての高空からのダイビングはさすがに竜骨を折りかけた。

 

「別に、寝ててもいいんだよ? 俺は特に強制する気はないし」

 

「うぐ……! さ、さみしいじゃろうが……!」

 

 恨みがましい目で見る。

 

「なら、思い切り優しくしてあげる」

 

 そっと抱き寄せる。

 さすがに、全員まとめてなどできなかった。敵がいる状況ではそこまで好き勝手ができなかった。

 けれど、今は違う。

 好き勝手に楽しめる。

 

「じゃあ、ユニコーンが手伝ってあげる!」

 

「綾波も、手伝うです」

 

 淫猥な夜が幕を上げる。

 ここならば邪魔は入らない。誰にも止めることはできないし、艦船の子も止まる気なんてない。

 長門なんて重傷の身で参加している。

 

「……ラフィーはねむい……ラフィーの番が来たら起こして……」

 

 まあ、マイペースな子もいるが。

 ゆえにここが楽園だ。

 冒険は終わりを告げた。後にはめくるめく閉じた愛欲の宴が開かれ、閉じることはない。

 

 



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ex1話 魔王襲来

 

 

 

 敵対勢力は滅ぼした。今や指揮官が具現化した艦船――母港を脅かすものは何もない。それは一つの島ほどにでかく、鈍重なため浮かべておけなかったのだ。そこを狙われては指揮官がひとたまりもなかったから。実際、12神将はその8割が母港を焼き尽くすだけの火力を所持していた。

 魔族は半分とはいえ、艦船に従属する立ち位置だ。より正確に言えば不平等条約を結ばされた友好国と言ったところか。そもそも彼らに戦争を継続できるだけの余裕はない。人口が少なすぎて滅亡一直線なのだ。よほどのことでもない限り、ハイハイと頷いておいた方が賢い。

 そして、人類。こちらはアズールレーンを魔族勢力と同一視して敵視しているが、まあ戦闘能力はお察しだ。魔族ですら始めから戦うことを諦める戦力差は、人類にとっては絶望的だ。手出ししてきても艦船たちは何ら困らない。……まあ、ハエと同じように潰すのは不満が出るだろうが。

 

 つまり”ここ”母港の中は楽園と言えた。

 指揮官とただ6人の艦船だけ……幼い妻たちは欲望のままに、享楽の宴にふけっていた。

 

「お兄ちゃん。次はユニコーンがいいな」

 

 一糸まとわず、だが妙にべたつく何かを全身に浴びた状態でユニコーンが指揮官に身を摺り寄せる。

 完全に分かっている仕草だ。娼婦もここまではしないほどに甲斐甲斐しく、そして隙あらば求めてくる。指揮官としては悪い気はしない。というか、言い出したのは指揮官だったりするのだが……

 

「……いや、一度風呂に入りたいな」

 

 指揮官は遠い目をしている。エルドリッジ、ラフィー、綾波は似たような状態でそこらで寝息を立てているのを考えれば……まあ当然か。

 男が1、女が6で――もう一週間になる。合間合間に寝ているし、風呂に入りながらプレイもしているのだが……

 

「でも、ここに戻ってきたら同じだよ?」

 

 そう、1週間もぶっ続けでやっているのだ。部屋自体がすさまじく汚れて、匂いも酷いことになっている。

 そもそも寝ていられるような有様ではない。

 

「それでも、ね。そういえば長門とエレバスは?」

 

「お風呂だよ?」

 

「じゃあ、一緒にやろうかな……」

 

「そうだね。喜ぶと思うよ。……でも、始めはユニコーンからだよ? お兄ちゃん」

 

「ああ……」

 

 指揮官がもぞもぞと動き出す。いつものキビキビとした動きからは遠いが、まあ当然だろう。

 というか、赤玉が出ていないのが異常だ。それも艦船の特殊能力ゆえかもしれないが、あまりにもあまりな能力があったものだ。まあ、6人の子たちは嬉しいだろうが。

 

「あ。一緒に行こう? お兄ちゃん」

 

 ユニコーンが寄り添って支える。完全に睡眠不足で体力も枯渇している指揮官と違い、こっちの子たちは暇な時間が十分あるから寝ていた。

 まあ、思考が完全にあっちになっているから、寄りそうにもユニコーンはわざと胸が当たるように支えている。

 

「――指揮官!」

 

 長門が裸で現れた。緊急というよりも、もう完全に慣れてしまった。まあ、他人が来ればちゃんとするだろう。

 ……長門は礼儀正しい、悪く言えばうるさい子だ。

 現に髪はきちんと乾かしている。

 

「……どうした? 慌てるような事態などないはずだが……」

 

 指揮官はぼうっとしている。

 

「うむ。いつもは見れないその顔もいいが、しゃんとしてくれ。魔王が来たぞ」

 

「……まおー。……魔王か」

 

 記憶をひきづり出す。というか、今の指揮官は6人のこと以外を言われてもよくわからない。

 

「あ、お兄ちゃん。これ、どうしよう?」

 

「――とりあえず、風呂か。3人を叩き込んでおいてくれ。この部屋はとりあえず封印しておけばいいだろう」

 

 指揮官は頭が痛いとばかりに額を押さえている。多少は調子が戻ってきたが、その分強烈な疲労感を憶えている。

 

「あの、お兄ちゃん」

 

「ユニコーン。後で風呂には一緒に入ってあげる。だが、今は駄目だ。執務室のシャワーを浴びてくる」

 

「……うん」

 

 少し寂しそうに頷いた。

 

「長門、悪いが少し奴の相手をしていてくれ。エレバス、身支度を手伝ってくれ。……実はものが二重に見えている」

 

「指揮官、ヤリすぎよ。まったく……」

 

「呆れたようなため息を吐いてるが、お前も一緒になって襲ってきたからな? 俺は寝ていたのに、無理やり起こしたんだろうに」

 

「だって、仲間外れは寂しいでしょう? それにちょっと胸を押し付ければ簡単に反応してくれるのだもの。面白くなって」

 

「ああ、俺も楽しかったよ。知らせを聞くまではな」

 

 エレバスが指揮官の身支度を整える。シャワーを浴びさせて、新しい服を用意して。……そして、二時間。

 

 

「待たせてすまないな、魔王」

 

 以前に会ったのとは別の部屋。一緒にいるメアは物珍しそうに部屋を見渡しているが……魔王は事情を察したのか顔を赤くして目を逸らしている。

 かわいいな、と思うと隣にべったりとくっついているユニコーンと長門に足をつねられた。

 

「いや。アポイントを取らずに来たこちらも悪い。……私でないと見つけられなかったのもあるが」

 

「ああ、そういえば移動していたか。……海流任せで放置していたな。さすがに事前調査くらいは済ませているが。ユニコーン?」

 

 ブン、とモニターに地図が映る。

 

「ユニコーンたちは今ここにいるよ、お兄ちゃん」

 

 光点が浮かぶ。マスター権限を持っているのは指揮官だが、母港機能は6人全員が使えるようにしてある。

 

「――まあ、あまり関係もないか」

 

 すぐに視線を逸らす。予定していた航路はないが、この辺を漂っていればいいというルートがある。もっとも指揮官は頭が痛いから思い出すのをやめたが。

 

「人類の領域に近づきすぎではないか?」

 

 魔王が聞いてくる。

 

「なら、そちらに寄せるか?」

 

「……む」

 

 魔王が口をつぐむ。実のところ、魔王にとっては艦船たちは内部に招き入れるのは嫌だが、外に居られても心配の種になる厄介ものだ。

 

「――そしたら一緒にいられるね? ユニコーンちゃん」

 

「うん、そうだね。メアちゃん」

 

 まあ、お子様はそういうところはあまち考えていないようだが。とはいえ、魔王は魔王でロリなのだから、あまりの温度差に笑いそうになってしまう。

 

「……あの、ユニコーンちゃん。一つだけ、聞いてもいい?」

 

「うん、いいよ。メアちゃん。なんでも聞いて?」

 

 ユニコーンは何やら重要な情報でもぶちまけかねないが、それで指揮官が怒ることはない。基本的に指揮官はこのロリ艦船達に対して甘々だ。

 

「ユニコーンちゃんは、なんで指揮官さんにお尻を撫でられてるの?」

 

 子供の疑問だった。魔王は最初から顔を背けていて、なぜそれを言ったという顔をしている。

 何も理解していないがゆえに、ダメージは大きい。

 

「――え? ひゃ。……きゃあ!」

 

 羞恥心を思い出したのか、捲れて下着が見えているスカートを押さえた。もちろん、めくれている理由は指揮官が無遠慮に撫で回していたからだ。

 そんな姿を見せていたことに今更気付いてしまった。

 

「――」

 

 指揮官は目を泳がせている。今更やめたところで時間は戻らないのだが、そのまま黙り込む。居ないふりを決め込んだ。

 

「えっとね。……あの……これは……違うんだよ?」

 

 語るに落ちたとはこのことである。ユニコーンは顔を真っ赤にしてしどろもどろの弁明を続ける。

 

「……」

 

 魔王は顔を真っ赤にして横を見ている。加勢はない。

 

「あの、ユニコーンちゃんはそういうの好きなの?」

 

「え? あう――別にえっちなことが好きなわけじゃないよ?」

 

「でも、うれしそうだった」

 

「……ッ!」

 

 指揮官の後ろに隠れてしまう。

 

「まあ、そこらへんで勘弁してやってくれ。恋人同士のやることだ。メアも、大きくなったら分かるさ」

 

 素知らぬ顔で指揮官がうそぶく。

 

「でも、ユニコーンちゃんは私と同じくらいだよ?」

 

 指揮官は黙殺する。魔王が咳払いをする。

 

「話をしていいか?」

 

「……うむ。まあ、何か目的があるのなら言ってくれ。別になくとも歓迎するがな」

 

 長門が引き継いだ。彼女は今、指揮官の左に座っている。澄ました顔をして、自分は関係ないと言いいたげな顔をしている。

 とはいえ、いつもは完璧な衣装がわずかに崩れている。実は語るに落ちる状態と言うことは、幸いにも魔王にしかバレていなかった。

 

「ああ、人類の領域に近づきすぎたな。乗り込んでくるぞ」

 

「――なるほど。速いな、帆船程度ではあの速度は出ない」

 

「鉄の船と、魔法の力だ。原始人と馬鹿にすると足下をすくわれるぞ」

 

「確かにな。君たちが知らせてくれなかったら一本取られていたかもしれないな」

 

 彼らが到着するまであと数時間。水平線と言うのは意外と近い。何かしらのセンサーを備えている。

 

「で、どうする?」

 

「無論、無傷でお帰り願うさ。……綾波」

 

「了解したのです。少し、相手をしてくるのです」

 

「その前に、ひと眠りでもしておくといい」

 

「指揮官ほど寝ていなかったわけじゃないのですよ? でも、そうですね。皆、少しは寝た方がいいと思うのです」

 

「魔王はどうする?」

 

「私も寝ていいか? 空気が甘すぎてやっとられん」

 

「お好きにどうぞ。……おいで、ユニコーン」

 

「うん、お兄ちゃん」

 

 指揮官はユニコーンを連れて姿を消す。そして、思い思いの場所で休む。長門は魔王を休めるところに案内して傍で寝ている。ラフィーはその場で寝て、エルドリッジはお気に入りの場所にメアを連れて行って、一緒に眠る。

 

 

 

 





続くかは不明です。
堕落とユニコーンの赤面シーンを書きたかっただけ……


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