デジモンアドベンチャー01 (もそもそ23)
しおりを挟む

未来編 前編
未来


まずは序章です。

とりあえずどうぞ。


選ばれし子供達がデジタルワールドの危機を救ってから30年後。

 

今全ての人々にパートナーデジモンが存在する。

 

デジタルワールドは世界中の人に認知され、多くの人がこの世界を訪れるようになった。

今やこの世界は人々の生活の一部となっているのだ。

 

お台場の一軒家に両親と暮らす小学五年生の少女、猪狩沙綾(いかりさあや)もその一人である。

 

腰に届く長い黒髪とパチリと開いた目が特徴の元気な少女だが、平凡な家庭に生まれた極普通の一般人だ。

彼女も2年前、父親に買って貰ったデジヴァイスを手にしてからこの世界にのめり込んでいた。

 

 

元々、選ばれし子供達しか持っていなかったこのデジヴァイスも、デジタルワールドの研究が進んで行くに連れ、徐々に量産化されるようになり、今では沙綾のような一般人でも簡単に入手が出来る。それに伴い、時計、メール、倒した相手の戦闘データのロードなど、その機能をも、徐々に多様化させていく事となった。

 

 

 

 

彼女はこのデジヴァイスを手に、今日も放課後、親友2人と共にデジタルワールドで過ごす約束をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいまー。」

 

元気な声を響かせて、沙綾はガチャリと玄関の扉を開けた。

 

「あら、お帰り。今日は早いのね。」

 

「うん! 急いで帰ってきたの。これから友達と、"向こう"で待ち合わせしてるんだ。」

「あんまり遅いと晩ごはん抜きだからね!」

 

「はーい」

 

学校から帰宅後、台所から顔を出す母親の忠告を聞き流した彼女は、小走りで自室へと入る。

ベッドへと放り投げるようにランドセルを置き、制服を脱ぎ捨て、動きやすいショートパンツ、白を基調としたシンプルなシャツに着替え、身だしなみのチェックをした。

 

(よし、バッチリだね)

 

備え付けられた鏡に着替えを終えた彼女の全身が写し出される。顔立ちが整っているため、飾り気のない比較的シンプルなこの格好でも、なかなか様になっているようだ。

着替えが終わると、沙綾は即座に机の上に置かれたショルダーバッグに手を伸ばす。

 

「持って行くものはっと」

 

彼女はバッグの中を開け、ゴソゴソと中身の確認をはじめた。

 

(ええと……双眼鏡に……地図に……一応怪我した時のための絆創膏と包帯に……それから……あったあった)

 

沙綾はバッグの底から一冊の小説を取り出す。

彼女のショルダーバッグには、冒険に必要な最低限の物が一通り入っているのだが、それに加え、2年前デジヴァイスと共に父親から貰った小説『デジモンアドベンチャー』もそれに混じっていた。

 

この本は小説家、高石タケルが自身の体験を元に書いたノンフィクションで、『30年前の選ばれし子供の冒険の日々』が事細かに描かれている。実際、デジタルワールドで冒険を始めたばかりの頃は、この小説に書かれている事が何度となく役に立った事もあり、既に読破してしまった現在でも、こうしてバッグに忍ばせては、暇な時に読み返す彼女のお気に入りの本なのだ。

 

(忘れ物はないね)

 

バックを肩に掛け、デスクのパソコンを起動し、最後に彼女は時計を確認する。時間は3時を過ぎた辺りで、暗くなるまで残り3時間ほどだろう。慣れた手つきでパソコンを操作し、最後に力強くenterキーを叩いた。

 

「よーし準備完了! デジタルゲート、オープン」

 

画面が切り替わり、モニターに別の世界が写し出される。

 

ゲートが開いたのだ。

 

「ママー、行ってきまーす!」

 

台所に居る母に聞こえるように、彼女は少し声を張るが、その直後、母親の返事を待たずして、沙綾の身体はパソコンに吸い込まれるように消えていく。

遠くから響く"気を付けてね"という母の言葉は、彼女には届く事はなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が歪み、一瞬体が宙に浮き上がる感覚の後、彼女はゆっくりと目を開ける。

 

(ふう……到着っと……)

 

すると、そこに広がるのは先程までいた狭い自室ではなく、木造建築の様々な建物が立ち並ぶ広い"街"。どこか懐かしい雰囲気を出しながらも、所々に最新のパソコン端末が設置されている、まるで一つの都市のような場所。

"デジタルワールド"、ファイル島内、通称"はじまりの街"。多くの人とデジモンが行き交うこの街の一角に、彼女は立っていた。

 

(いつも通り、やっぱりこの街は混んでるね。)

 

デジタルワールドにログインすると、まず最初にこの場所にくることになる。パートナーデジモンとの合流や、旅の支度は主にここで行い、その後、街の至るところにある端末から、自分の行きたいエリアに再度アクセスするのが、この世界での主な流れとなる。

 

最も、デジタルワールドが認知されるようになってからも、数年前まではこのような場所も存在しなかった。

そのため、ログインした先が、運悪く狂暴なデジモンの縄張りだった場合、直後にログアウトしてしまう事態が度々あり、冒険者達を悩ませた結果、こういった場所が作られたのである。

 

ちなみに、この"はじまりの街"は元々デジモンの卵が孵る場所であったため、近くに狂暴なデジモンが少なかったことや、冒険初心者がパートナーを探しやすいといった点も、この場所が冒険者達の拠点となった要因だろう。

 

 

沙綾は一度大きく深呼吸して、自身の身体に異常がないか、簡単にチェックをする。

 

(異常は…………ないね。よし!今日も張り切っていこう)

 

チェックを終えて、今度は何かを探すように少し背伸びをして街を見渡す。すると、街の北側から、自分に向かって両手を振りながら走ってくる黄色いデジモンを見つけた。彼女のこの世界でのパートナーたるデジモンである。

 

「マァマーー!」

 

「あっ、いたいた。アグモーン!」

 

沙綾もそれに対して大きく手を振り返す。

アグモンと呼ばれたデジモンは沙綾の前まで走って来た後、飛び込むように彼女へと抱きついた。

 

「マァマ今日は何時もより早いね。ガッコウはないの?」

 

抱きついたまま、上目遣いでアグモンは質問をする。沙綾は彼の頭を優しく撫でながら口を開いた。

 

「ちょっと急いで来たんだ。今日も一緒に冒険しよっか。」

 

沙綾は微笑みながら続ける

 

「街の東側、端末の前で、ミキとアキラと待ち合わせしてるの。待ってると悪いし、走ってこっか」

 

「うん。 マァマについてくよ。」

 

無邪気にはしゃぐアグモンをみて沙綾は再び微笑む。

このアグモン、彼女が初めてこの世界に来てパートナーを探している時、"もうすぐ孵りそうな卵がある。"とデジモンベイビーの管理人、エレキモンに言われ、立ち会った事をきっかけにパートナーとなった。

その名残か、成熟気に進化出来るようになった現在でも、沙綾のことを"マァマ"と呼び慕っているのだ。

沙綾自身も最初はこの呼び名を恥ずかしがってはいたが、だんだんと慣れていき、今ではこうして寄り添ってくる姿が可愛らしく、気に言っている。

 

 

「じゃあ行くよアグモン!付いてきて!」

 

「うん!」

 

1人と1匹は、じゃれあいながら、行き交う人とデジモンを避け、待ち合わせ場所に向かって走って行く。

走る事に関していえば、沙綾はアグモンよりも上である。そのため、段々と2人の距離は開いていく。

 

「マァマぁ、待ってよー。」

 

「アグモン、早くしないと置いてっちゃうよー」

 

長い黒髪をなびかせながら、疲れたと言うアグモンに言葉を掛ける。

そうしているうちに、目的地である端末が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ 来たわよ。おーい。 こっちよ、こっちー。」

 

「やっと来たな。」

 

片手を振り、自分を呼んでいる茶髪の可愛らしい少女と、腕を組んで壁にもたれかかっている黒髪の少年、そしてそのパートナーである、ベタモンとゴツモンを沙綾は見つけた。

 

 

「ごめんねー。ミキ、アキラ、もしかして、結構待ったの? これでも急いで来たんだけど。」

 

少し申し訳無さそうに言う沙綾に、長めのワンピースを来た茶髪の少女ミキは、肩に掛かる髪の毛を触りながら優しい口調で答える。

 

「私達も今来た所よ。」

 

「そっか。良かった。急いだ甲斐があったよ」

 

「ボク、もう疲れちゃったよぉ。」

 

涼しい顔をして言う沙綾とは対照的に、アグモンは肩で息をしながら項垂れている。

沙綾は、此処まで頑張って走って来たパートナーを労るように、優しく頭を撫でる。そのまるで親子の様な光景に暖かさを感じながら、ミキがこの後について口を開いた

 

「それで、今から出かける場所なんだけど、アキラから提案があるみたいなの。」

 

ミキはそう言うと、視線を隣で腕組みする黒髪の少年へとむける。するとその少年、アキラは待ってましたと言わんばかりに口許をつり上げ、話を始めた。

 

「ああ、さっきそこで変な話を聞いたんだ。」

 

「変な話? なになに?」

 

「最近、工場エリアの雰囲気が変わった。って話だ。 気にならないか?」

 

「なんか思ってたのと違うなー」

 

沙綾自身は彼のその自信に満ちた表情から、もう少し大きな事があると思ったのだろう。その表情には露骨に落胆の色が伺える。

 

「まぁまぁ、雰囲気が変わったってことは、そこには何か理由があるはずだ。無目的に冒険するよりも、それを探し出す方が面白いだろ」

 

「うぅん…」

 

沙綾は考える。確かに実際の所、この後何をするかを彼女達は決めていたわけではない。何も決まらなければ、普段通り当てのない冒険に出かける事になる。そう考えれば、確かに当てなく冒険するよりも、目的があった方が楽しいと言うのは間違いないだろう。

 

「まぁ、そうだね。そう考えると楽しそうかも」

 

沙綾は今日の冒険に期待を込めて言う。アグモンの方に

目をやると、地面に座り込んで、足を上下にパタパタと動かしながら、ミキ、アキラのパートナーである、ベタモン、ゴツモンと何やら話をしているようだ。

 

「そう言ってもらえて良かったぜ。 ミキはどうする」

 

「私もそれでいいわよ」

 

「OK、じゃぁ決まりだな」

 

全員の了解が取れた所で、アキラを先頭に各々がパートナーを連れ、端末に向かって歩き出す。勿論沙綾も、座り込むアグモンを立たせてそれに続く。

 

(今日はどんな事が起こるのかなー。)

 

今日の冒険に期待をこめ、アキラが端末の操作を済ませるのを見守る。ピッピッと、早く性格な手付きで彼は端末の行き先を『工場エリア』へと設定、enterキーを押した。

 

「これでよしと!」

 

彼の言葉と同時に、全員の身体が光に包まれ、テレポートが開始される。そして、これが彼女達の日常の始まり。

 

「マァマ、楽しそうだね。」

 

「もちろん。楽しいよ」

 

期待に胸を膨らましながら、3人と3匹は光に包まれて、"はじまりの街"から姿を消した。

 

 

 

そこで待ち受ける脅威など、考えもせずに…

 

 

 

 




この小説では、デジヴァイスはすでに市販されている物として扱っています。
02最終回にて、小説家になったタケルが「全ての人にパートナーデジモンが存在する」と発言していたのがその理由です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

今日はどんな冒険になるかなー

"はじまりの街"から工場エリアへの移動を終えた3人は、一歩を踏み出すと同時にその変化に気付いた。

 

「あれ、門、閉じてるね」

 

周囲一帯に何もない所に不自然に存在するこの工場は、普段であれば常時開門いており、誰でも自由に内部に入ることが出来るようになっている。

しかし今その門は固く閉ざされており、中には容易には入れそうにない。

 

 

元々余り人気のない場所ではあったが、工場も閉じているのでは、誰も来ないのだろう。

今此処には沙綾達3人以外の人間は、誰も居ないようだ。

 

 

「ただ閉まってるだけじゃないかよ。」

 

門の前に立ち、その呆気なさすぎる結末に、アキラは肩を落とす。

 

「でも、確かに雰囲気は変わったわね。何か前より不気味。」

 

ミキも腰に手を当てて呟く。確かに、何もない場所にポツンとある人気の全くない工場。不気味に映らない訳がない。だがミキのその言葉に対して、沙綾はどこか腑に落ちない表情でそれに答えた。

 

「うん……でも、本当にそれだけなのかな?」

 

「どういう事?」

 

沙綾は隣を見ると、パートナーであるアグモンが不思議そうに彼女を見上げている。視線をアグモンに向けたまま、沙綾は困ったように言葉を続けた。

 

「なんて言うかなー。 何となく空気が重いと言うか、プレッシャーを感じると言うか。ゴメンね、私にも良く分かんないんだけど。」

 

腕を組み、考えながら答える沙綾にも、どうやら明確な答えは分からないようだ。

 

「とにかく、中に入れないんならここに居ても仕方ないな。 一旦帰って、また行き先考えようぜ。」

 

「そうね、残念だけどそうしましょう。」

 

アキラとミキはそう言うと、端末を使って再び"はじまりの街"に帰るため、工場に背を向けて歩き出す。

しかし、やはり煮え切らないのだろう。特にアキラは、露骨な溜め息を漏らしながら端末に歩いていくのだから。踵を返す二人それを見たアグモンは、門を見上げる沙綾のシャツの裾をひっ張る。

 

「マァマ、ボク達も行こうよ」

 

「うーん、 そうだね。残念だけど」

 

(門開かないかなー)

 

煮え切らないのは沙綾とて同じである。アグモンにはそういいながらも、彼女は願いながら名残惜しそうに門へと手を触れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ?」

 

すると、どうだろう。

ピコっと、何かが作動したような音と共に、今まで固く閉じていた門がゆっくりと"ゴゴゴ"、と言う音を立てて開いていくのだ。

 

「えっ!?どうしたんだ!」

 

「門が…開いてく!?」

 

突然の出来事に、全員、特に沙綾は驚き、しばらく言葉を無くす。

沙綾はただ門に触れただけで、別に特別な事などしていない。当たり前ではあるが、強引に力でこじ開けた訳でもない。ただの少女である彼女が、巨大な鉄製の門を力づくで開けるなど、不可能だ。門が開いた理由について、彼女は皆目見当がつかない

 

「マァマ、すごーい」

 

一番に声を上げたのは彼女のパートナーであった。

アグモンは無邪気に跳び跳ねながら、沙綾にキラキラした目を向ける。

 

「あ、あはは、なんか分かんないけど、開いちゃったね」

 

沙綾は驚きながらも、振り返り、戻ろうとしていた全員に問いかける。

 

「どうしよっか?」

 

それに対する二人の答えは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小説『デジモンアドベンチャー』

 

元、選ばれし子供の1人、高石タケルが、自分達の冒険を綴った小説。

その中に、この工場も登場しており、まだ物語が始まって間もなく、選ばれし子供達はここで、黒い歯車が埋め込まれたアンドロモンと対峙した。

アンドロモンに埋め込まれた黒い歯車は、選ばれし子供達によって破壊され、彼は正気に戻り、子供達を見送った。

 

(やっぱり、選ばれし子供達が訪れた場所って、それだけでワクワクするよ)

 

沙綾は今、小説のこの場面が頭に浮かんでいた。

実際に見た訳ではないが、まるで経験した事のように、思い浮かぶ。 それほど彼女はこの小説を読み込んでいるのだ。

だが、門を潜り抜け、工場の中に入った3人は、そこで絶句する事になる。

 

「えっ…」

 

「これは…ど、どういう事だよ…」

 

選ばれし子供達が活躍した時代とは異なり、この時代の工場は、本来ならマシーン型デジモンが多数生息しており、入り口からでもその姿を確認することが出来る。

しかし今その姿は一つとして見えず、何より門の外からは分からなかったが、その内部は至る所が崩れ、壁には穴が空き、瓦礫が散乱している廃墟のような有り様である。

その様子はまるで、何者かの襲撃を受けたような。

 

「ひでぇ」

 

「「…………」」

 

 

アキラが呟き、2人は言葉を無くす。

パートナー達も動揺を隠せず、いつも無邪気にはしゃぐアグモンも、今は目の前の事態に口を開けたまま固まってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「奥に行ってみよう」

 

しばらく立ちすくんだ後、静かにそう言ったのはアキラだった。

 

「でも!」

 

ミキが声を張る。この現状を見れば、明かにここが普通出ないことが分かる。彼女はアキラの意見には反対なのだ。それを説き伏せるように、彼は少しだけ声を大きくして口を開く。

 

「まだ奥に誰か居るかも知れない。ここで突っ立ってても何も分からない」

 

アキラは続ける。

 

「俺達はここが変わった原因を突き止めるために来たんだ。このまま帰ったら意味ないだろ」

 

 

アキラの言葉に沙綾も続いた。

 

「私も、奥に行ってみる事に賛成かな。大丈夫だよミキ。いざとなったらバックアップもあるんだし」

 

 

 

 

 

 

バックアップ

デジタルワールド研究家、泉光子郎率いる研究チームが発案し、発展させたシステムである。

現在のデジタルワールドは、ゲートを通る際に、自分とパートナーのバックアップを取られる。

これにより、デジタルワールド内で"もしも"の事が合った場合も、バックアップが作動し、人間は現実世界に、デジモンははじまりの街に強制的にログアウトする仕組みだ。

 

この安全の確保と言うのもデジタルワールドが世界的に広まった要因の一つだろう。沙綾の後押しもあってか、ミキは一度目を閉じて深呼吸をし、

 

「……………そうね。分かったわ。行きましょう」

 

と、覚悟を決めたように、2人の意見に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、何があるか分からない。とりあえずゴツモン達を進化させよう。その後、手分けして工場内を調べようぜ。何かあったらデジヴァイスでみんなに連絡な。」

 

アキラの言葉に2人は頷く。

 

 

 

まとまって行動した方が言い様に思われるが、進化したデジモンは、身体が大きくなるため、通路等ではお互いが邪魔になる事がある。それに加え、この工場の敷地は比較的大きく、まとまって探していると、文字通り日が暮れてしまう。

2年間の冒険を得て、その事理解している沙綾達は、反論をせず、頷いた。

 

 

 

 

「じゃぁ、行くかゴツモン。」

 

「ガッテン、アキラ」

 

アキラのデジヴァイスが光り、ゴツモンがその姿を大きく変化させる。鎧の様に硬化した身体、たくましい四足の足、頭には立派な一本の角を生やした成熟期デジモン、モノクロモンへと進化を果たした。

 

「先にいくぜ。」

 

モノクロモンに股がり、2人を見下ろしながらそう言い残すと、アキラは真っ直ぐ工場の奥へと進んでいく。

その姿は正に『自分が原因を突き止めてやる』と言わんばかりであり、気合いに満ちたその後ろ姿を、沙綾とミキは頼もしげに見ていた。

 

アキラを見送った後、次はミキが行動を起こす。

 

「私達も行きましょう。ベタモン」

 

「はーい、ねーさん。」

 

 

ミキのデジヴァイスが光る。同時に、ベタモンの体は光と共に大きく縦へと伸びていき、やがて長い身体を持つ海蛇型のデジモン、シードラモンへと進化した。

このデジモンは本来水辺で力を発揮するデジモンだが、陸上でもある程度の活動は可能である。

 

 

「じゃぁ沙綾、また後でね」

 

ミキは沙綾にそう伝え、シードラモンを連れて西側の通路に向かって歩き出した。

遠ざかる背中を横目に、最後に残された沙綾も、デジヴァイスを手にアグモンを見る

 

「さぁ! 私達もいくよ。アグモン」

 

「オッケー、マァマ!」

 

 

 

沙綾のデジヴァイスも先の二人同様輝き、アグモンの体が目映い光を放ち始めた。

 

「アグモン進化ー」

 

黄色の小さな身体は、みるみる大きくなっていき、その体色も真っ赤に染まっていく。

 

手足の爪は更に鋭さをまし、もはや凶器とさえ呼べるだろう。

顔はアグモンの特徴を残しながらも、その力はアグモンの比ではない。

 

「ティラノモン!」

 

進化の完了と共にティラノモンは自身の名前を力強く叫ぶ。

 

 

 

 

アグモンと言えば、小説の主人公、八神太一のパートナーとして有名なデジモンであり、その進化先も、同じくグレイモンが抜群の知名度を誇っている。

しかしデジモンの進化は一つではない。育て方によって進化先が変わるのがデジモンなのだ。

 

 

沙綾自身、闘争心の強いグレイモンよりも、穏やかな性格のティラノモンの方が、自分に合っていると考えている。

 

 

 

初めて進化した際、体格差を考えずにじゃれついてきたティラノモンに沙綾が殺されかけたこともあったが、裏を返せば、性格面はアグモンと変わらないと言うことだ。

 

沙綾は進化したパートナーを見上げ、口を開く。

 

「じゃぁ、私達はこっちだね。行こう、ティラノモン。

 

「うん、マァマについてくよ。」

 

 

進化しても相変わらずなパートナーに彼女は苦笑する。

 

そして、1人と1匹はミキが向かった先の反対側、工場の東側の探索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バックアップの設定については、02の最終回で、大人になった太一達が自分の子供をためらいなくあのクレイジーな世界に送り出していた事に疑問を持ったため作りました。

多分これなら安心ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誰も居ないのかな

工場の探索を開始してから約1時間が経過し、時刻はもうすぐ5時になろうとしていた。

 

廃墟と化した工場の中をパートナーのティラノモンを連れて歩く沙綾であるが、今だに手がかりになるものは見つかっていない。

分かった事と言えば、この工場の内部、奥に進むごとにあまり物が壊れていないという事ぐらいだろうか。

現に今彼女達のいるこの廊下のような場所は、壁にヒビこそ入っているが、入り口の様な有り様にはなっていない。

最も、相変わらずデジモンの姿だけは何処にも見えないのだが。

 

「うーん、ここにも誰もいないか。ティラノモン、そっちはー?」

 

「こっちも誰もいないよー。」

 

こういったやり取りがこの1時間の間に何度となく行われている。広い工場の中、文字通り隅々まで探しているが、小型デジモンの一匹も出てくることはない。

 

「ねーマァマ、こっち側には何も無いんじゃないかな

さっきからずっとこの調子だよ。」

 

「はぁ、私もそんな気がしてきたよ。アンドロモンも見つからないし……」

 

二人して肩を落とし、ため息を付く。

 

「メール、入ってないよね…」

 

沙綾は他の2人が何か見つけていないかとデジヴァイスをみるがやはり連絡は何もない。この様子では恐らく二人も自分と同様何も見つけていないのだろうと、沙綾はため息混じりにティラノモンへと声を掛けた。

 

「…もうちょっと探してみて、何もなかったらいったん入り口に戻ろっか」

 

「……うん、そうだね」

 

その提案に彼は頷き、二人は探索を再開しようと一歩を踏み出す。しかしその時、

 

「っ!」 

 

カタンと、彼女達が居る通路の少し先で小さな音がしたのだ。周囲一体が静けさ包まれる中、その音はすんなりと二人の耳へと届いた。

 

「誰かいるの!」

 

「わわっ……み、見つかっちゃった……」

 

沙綾が反射的にその方向に目をやると、その音の主であろう小型のデジモンが、此方の姿を見て一目散に逃げて行くのが見える。

 

「待って! 行くよティラノモン」

 

「オッケー、マァマ」

 

二人その音の主を見つけるなり同時に駆け出した。

広い工場の中、その小型デジモンは懸命に距離を取ろうと走るが、如何せん歩幅に違いがありすぎる。

沙綾達と小型デジモンとの距離はぐんぐん縮まっていき、やがて逃げられないと観念したのか。そのデジモンは立ち止まり、クルリと振り返った後、

 

「お願い。殺さないで!」

追い付いた沙綾達に向かい、そのデジモンは酷く怯えながら、そう言った。

 

「えっ、何?、殺すって!?」

 

いきなりそんな事を言われるとは思ってもいなかった沙綾は少し動揺するが、そのデジモンを怖がらせないように、出来るだけ優しい口調で話す。

 

「怖がらないで。私達はそんな事しないよ。ちょっと話を聞かせて欲しいだけ」

 

「……ほ、本当……?」

 

「うん」

 

その言葉に少しは安心したのか、そのデジモンはゆっくりと顔を上げ沙綾と目を合わせた。

 

「あなた、コクワモンだよね。何があったか話してくれるかな。」

 

彼女は2年間の冒険と小説の知識で、デジモンに対する知識はそれなりに深い。この個体とは初対面でも、以前同じデジモンを見たことがあるのだ。

 

「え……えと……そ、その…」

 

すると、コクワモンは沙綾の顔を見つめて

 

「お、お願い!みんなを助けて!」

 

今度は先ほどとは真逆の言葉を口にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか…成る程…えと、一度此所で起こった事を整理してもいいかな?」

 

その後、沙綾達はいったんコクワモン別室へと連れていき、そこで彼をある程度落ち着かせた後で、この工場で起きた"事件"について話を聞く事となった。

結論から言ってしまえば、コクワモンの話の内容は沙綾達の予想以上に深刻なものだったと言える。

 

「まず今から3日前、いきなり1体の赤いデジモンが工場を襲撃してきた」

 

「うん」

 

「入り口付近で激しい戦闘が起こったけど、そのデジモンに桁違いの強さを見せ付けられて、勝てないと思ったアンドロモンは被害を抑えるために、直ぐ工場のみんなに投降するよう呼び掛けた」

 

「うん」

 

「工場を制圧した赤いデジモンは この工場全体を封鎖……施設内のデジモン全員を連れて、北側の一番広い大きな部屋に立て籠る…」

 

「うん」

 

「あなただけは、隠れながらずっと助けを待っていたけど、そのデジモンと同じ色で、形がちょっとだけ似てるティラノモンを見て、手下だと思って逃げてしまった……こんな感じ?」

 

「うん…そう…ごめんなさい」

 

敵だと勘違いした事を申し訳なく感じているのか、コクワモンは小さく詫びながら頷く。それに対し、沙綾の後方で共に話を聞いていたティラノモンは、今しがたの内容にかなりの動揺を見せていた。

 

「どうしよう、大変だよマァマ!早く何とかしないと!」

 

「ちょっと待って、まずはこの事をみんなに知らせないと。」

 

しかし慌てるパートナーとは対照的に、沙綾は冷静を保ちながら、急ぎデジヴァイスでアキラとミキへメールを送る。コクワモンの話を信じるならば、これは最早彼女達が解決できる問題ではないだろう。

 

(工場内の全員を1匹で相手して勝っちゃうなんて、もしかして究極体デジモンなのかな?もしそうなら、私達が行っても多分どうしようもない……)

 

返事を待つ間、沙綾は腕を組み考える。

究極体、それはデジモンの頂点、

その力は正に圧倒的で、並みのデジモンではまるて相手にならない程の実力を持っているが、個体数が極端に少なく、実際の冒険で遭遇することなどほぼない。

かつてデジタルワールドを支配したダークマスターズも、この究極体の集団であったことが小説にも書かれている。

 

(とにかく合流した後一旦街に戻って、大人達に伝えないと)

 

凶悪な究極体がこの工場内にいるとすれば、この場に長く止まる事は正解ではない。

そう考えている時、彼女のデジヴァイスが電子的な音を上げてメールを自信した。ミキからである。

 

『とにかく、一度入り口で合流しましゅう』

 

(ミキ…だいぶ慌ててるみたい)

 

誤字の入った文面からは彼女が相当焦っているのがよみとれる。だがミキと同じく、今は皆と合流するのが得策だと考えていた沙綾は、デジヴァイスで彼女に返事を返した後、一先ず入り口で皆と合流する事を決めた。

 

(アキラから連絡はこないけど、一斉送信だから今のやり取りは届いてる筈…大丈夫…大丈夫)

 

頭に浮かぶ最悪の状態を否定して、彼女は二匹にメールの内容を話し、急ぎ部屋を後にした。

そして来た道を戻る最中、不意に沙綾は、先ほどの話で気になった点をコクワモンへ問いかけることにした。

 

「ねぇコクワモン…その赤いデジモン、立て籠ってどうするつもりなのかな?」

 

それは当然の疑問だ。

立て籠るというのは、主に追い詰められた者が取る行動、圧倒的な力を持つ者がすることではない。加えてこの工場は何かを生産している場所でもないため、制圧したところでメリットが何もない。

 

「うーん、よく分かんない……でもあのデジモン、クロックモンがどうとか言ってたよ」

 

「クロックモン?」

 

デジモンについてそれなりの知識を持つ沙綾が、聞きなれないその名前に首を傾げた。

 

「うん…珍しいデジモンなんだけど、ボクらも良く分からないんだ。あんまり人前に出てこないデジモンだから……」

 

「成る程…じゃあこの工場を襲ったデジモンは、そのクロックモンを狙って来たんだ…でも、それじゃ尚更何で3日も立て籠ってるのかが分かんないね」

 

結果的に分からない事が逆に増えてしまう。

それに加え、北側に向かったアキラから返事が未だに来ないことも沙綾には気掛かりであった。

嫌な汗が沙綾の背中を伝う。

そして、

 

「あっ!居た!ミキー!」

 

「沙綾!」

 

工場の入り口付近では、既にミキとシードラモンが到着しており、沙綾達は無事彼女と合流を果たした。

だがやはり、そこにアキラの姿はない。

 

「沙綾!アキラと連絡取れないの!そのデジモン、北側の部屋に居るのよね!」

 

ミキはアキラがモノクロモンと向かった先を指差しながら言う。その言葉は早口で、彼女が如何に焦っているのかが伺える。

 

「もしかして、アイツに見つかっちゃったのかも。」

 

話を聞いていたコクワモンが再度怯えながらに答えた。

恐らくそれはミキが考えていた事と同じなのだろう。意見を肯定された彼女の表情が歪む。

 

「とにかく落ち着いて。コクワモン、外に出てこの工場の事、街の人に伝えて」

 

「う、うん」

 

沙綾は開いている門を指差し、コクワモンにそう指示をした。

 

「ミキは此処で待ってて。私とティラノモンでアキラを探すから……大丈夫だよ。 私もアキラもちゃんとバックアップがあるんだから」

 

不安そうに見つめるミキにそれだけを伝え、沙綾はアキラが消えた北側の通路に向かって走り出す。この状況においてバックアップの存在はそれだけで絶大な安心感を持たせてくれる。沙綾が冷静さを全く失わないのも、一重にこのシステムのお陰なのだ。

そして今まで取り乱していたミキも、その安心感に背中を押されたのだろう。

 

「待って!……私も……行くわ」

 

勇気を振り絞るように、沙綾へとそう声を描けた。

 

「ミキ……うん!」

 

彼女は少し驚いた表情の後頷き、2人とそのパートナーは共に北側の通路に走り出した。

 

しかし、

 

「どこにいるの! アキラ!」

 

「居るなら返事してよ!」

 

アキラを探しながら、沙綾達は工場の奥へ奥へと進む。

彼のパートナーはモノクロモン。この工場では目立つデジモンを連れている以上、近くに居ればすぐに分かる。

だが、手分けしてしらみ潰しに探してみた沙綾達であったが、一時間が経っても一向に発見出来ない。

周辺の部屋にくまなく捜し、もはや目を通していないのは、あの赤いデジモンが立て籠るという部屋だけとなっていた。

 

「後はもう…この部屋だけ…」

 

「うん…覚悟を決めなきゃね」

 

沙綾は一度大きく深呼吸しミキを見る。

ミキの方は、やはり恐怖があるのだろう。彼女の額には汗が滲んでおり、手も少し震えている。それでも、彼女は沙綾の視線に無言で頷き、二人は目の前の大きな扉を見た。

 

「大丈夫?ミキ。」

 

「ええ、怖いけどね。手、繋いでくれる……?」

 

「うん」

 

右隣に立つミキの手を、沙綾はぎゅっと握る。

中の様子は分からないが、分厚い壁の内側からは、今は何も聞こえてはこない。

扉はボタンで開く自動ドアで、これを押せば中に入れるようだ。

 

もしアキラがまだ工場内に居るとすればもうこの部屋以外にない。

 

「ティラノモン…たぶん戦いになるよ、準備はいい?」

 

「シードラモン…無理はしないでね…」

 

二人は険しい顔でパートナーを見上げ、二体はそれに軽く頷いた。

 

「よし!行くよ!」

 

沙綾は今、ボタンを押す。

 

そして、彼女は知る。

 

『覚悟をきめなきゃね』

そういいながら

沙綾は、『大切なものを失う覚悟』など、何一つ出来てはいなかったのだと………

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やめてぇぇーー!

 

「……な、何…これ…」

 

「……ひどい……」

 

地獄絵図。

 

部屋の中を一言で表すのなら、この言葉がピッタリだろう。

 

腕を千切られ、床に倒れて動かないメカノリモン。

 

足を切断され、機能を停止しているガードロモン。

 

顔面にヒビが入り、床に転がるハグルモン。

 

そして、 全身至るところに傷を追い、苦しそうに膝を付くアンドロモン。その他無数のデジモンが部屋を埋め尽くす様に横たわっている。辛うじて生きているという者が殆どであり、最早この場所に無事な者など居ないのかもしれない。

部屋の中心に佇む、異様な雰囲気を纏う巨大な深紅の魔竜と、泣き崩れているクロックモン、 そして部屋の片隅で、傷つき、今や虫の息のゴツモンを抱き抱えるアキラ以外は。

 

「……うっ……」

 

想像を絶するその光景と、中央に佇む魔竜の圧倒的なプレッシャーで、沙綾たちは何も言えず、恐怖から足が地面に張り付いたように直立したまま思考が停止している。

 

「バカヤロー! 早く逃げろ!」

 

「えっ!?」

 

アキラの絶叫が響き沙綾らは我にかえるが、もう遅い。

彼女達が背後に目をやった時には、既に分厚い扉は自動で閉まり、沙綾達をこの地獄に閉じ込めていた。内側の開閉ボタンはすでに破壊されており、自力での突破は難しいだろう。

何より、部屋の中央にいるあの得体の知れないオーラを纏ったデジモンに、背を向け続けるのはあまりに危険である。

 

「マァマ!」

 

「ねーさん!私の後ろに!」

 

退路を絶たれたことで、パートナー達は、自らの主を守ろうと前に出る。

あの"破壊の化身"を相手にそれは壁にすらならないことなど、この場の全員が本能で理解している。理解して尚、彼らは主のためにその身を盾に立ちはだかるのだ。

 

『……また、うるさいヤツが増えたか…』

 

「!」

 

魔竜は視線を沙綾達に向け、低く響く声を発する。

 

『…そこで見ていろ…動けば…お前達も破壊する…』

 

「なっ!?」

 

「うっ!」

 

その圧倒的な威圧感の前に、ティラノモン、シードラモンは金縛りに合ったかのようにその身体を硬直させた。

アレの言葉は嘘ではない、その気になれば本当に消される。

パートナー達に守られ、後ろにいる二人ですら、その一声で動けなくなる。バックアップがあろうとも、潜在的な恐怖はぬぐい去ることは出来ないのだ。

 

『……さて……』

 

暫く睨みを聞かせていた魔竜が視線を足元に移す。そして何事も無かったかのように、そこで泣き崩れているクロックモンに口を開いた。

 

『いい加減……ゲートを開く気にはなったか?』

 

言葉と同時に彼は片足を上げ、クロックモンの前、機械竜との間に倒れ伏す瀕死のガードロモンへと降り下ろした。

 

「ギャッ!」

 

ガシャンという音と、短い彼の断末魔が部屋に響く。バラバラに崩壊した体は光の粒子へと変わり、空気に溶けるように消えていく。

 

「もう…止めて下さい。お願い…します」

 

(ひどい…なんで…そんな事が……)

 

一目見ただけで沙綾は理解した。

これは精神的な拷問。理由は不明だが、魔竜はクロックモンを脅し、その過程で一ヶ所に集めた工場のデジモン達を見せしめのように殺しているのだ。

 

『…ならば…今すぐゲートを開け…』

 

ガシャンと、今度は自身の左側に倒れるメカノリモンを踏み潰す。

 

「止め…て」

 

ガシャン、ガシャンと、魔竜はただ機械的に彼の同族を踏み潰していく。その度に飛び散る残骸。まともな精神を持つものならば、目を背けたくなるほど壮絶な光景。

『保険』のある沙綾とミキでさえ、恐怖感から脚が震え、ただそれを見ているしか出来ない。

 

だが、ただ一人は違った

 

「ふざけるな!お前いい加減にしろよっ!」

 

突如響く大声に、意識の有るものはその声の主に目を向ける。勿論あの魔竜も。

 

「お前はデジモンを何だと思ってるんだ!」

 

アキラだ。

彼はゴツモンを優しくその場に寝かせて立ち上がり、目の前の絶望に向かって叫ぶ。

 

「もう我慢できるかっ!オレがブッ飛ばしてやる!」

 

あのデジモンの行動に彼の怒りが限界を超えたのだろう。その言葉と共に、なんとアキラは本当に単身、魔竜竜に向かって全速力で走り出したのだ。

 

「うおおおおおぉぉ!」

 

「やめなさい!」

 

アンドロモンが膝を折ったまま叫ぶが彼は止まらない。

 

「アキラ待って!」

 

「何やってるのよバカ!」

 

アキラの声で思考が動き出した2人も、その特攻をやめさせようと声を上げる。それでも彼は止まらず、効かないと分かっていても、その巨体に渾身の体当たりを仕掛けた。

 

『…何のつもりだ…人間…』

 

「がっ!」

 

しかし、その決死の突進の代償は高い。

彼はそのデジモンの右手、巨大なアームによって体を挟まれ、そのまま宙高く持ち上げられる。

 

「くそっ! 離せ! 離せぇぇ!」

 

腕の中でアキラはがむしゃらに暴れるが、魔竜は意に介さない。人間がいくら暴れたところで彼の腕から逃れる事など出来はしないだろう。

だが、親友が敵の手に落ちた瞬間、それまで張り付いていた沙綾の両足が反射的に動いた。

 

「アキラ!行くよティラノモン!アキラを助ける!」

 

「う、うん!」

 

「ミキも力を貸して!」

 

「う、うん!シードラモン!」

 

沙綾とティラノモンが先行し、その数歩後ろにミキ達がついた。戦ったところで勝てない事など沙綾もミキも承知の上、だが、アキラとは違い沙綾は無策で突撃と言う訳でもない。走りながら沙綾はミキにアイコンタクトを飛ばした。

 

「ミキ!」

 

「……う、うん!分かったわ!」

 

魔竜までの距離はぐんぐんと縮まり、攻撃の射程圏内に入ると同時に沙綾は走りながらパートナーに指示を飛ばした。

 

「ティラノモン!ファイアーブレス!」

 

「オッケーマァマ!」

 

灼熱の炎が激しい勢いで機械竜に放たれる。

それに続き、別の角度からシードラモンが氷の矢を飛ばす。

 

「アイスアロー!」

 

迫り来る二匹の攻撃。

 

『……小賢しい……』

 

魔竜はアキラを掴んだまま微動だにしない。彼からすれば避ける必要などないのだろう。しかし、彼女達の狙いは"当てて倒す"事ではない。

炎と氷、ほぼ同時に着弾するように放たれた2体の必殺が無防備に佇む魔竜の頭へと豪快に直撃する。同時に、急激に温度の上がった氷が激しい勢いで水蒸気に変わった。

それは共に冒険する中で彼女達が学んだ複合技。正に即席の目眩ましである。

 

「よし!今のうちに何とかアキラを助けなきゃ!ティラノモンお願い!」

 

「やってみる!」

 

勝てずとも時間を稼ぐ程度なら何とか出来る。

僅かな希望を胸に沙綾はそう考えていた。

 

しかし次の瞬間、そんな彼女の期待は一瞬で崩れ去る事になる。

 

『…バカ共が…動けば破壊する…と言った筈だ…』

 

そんな冷淡な声が聞こえたかと思うと、魔竜は空いている左手を一閃。なんと目前に迫るティラノモン、シードラモンを一降りで正確に凪ぎ払ったのだ。

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!」

 

その動きは早く、不意を突かれた二体は防御の姿勢も間に合わずに大きく吹き飛ばされ、そのままガツンと、部屋の壁にその身を叩きつけらる。

ドサリと倒れ伏す二体の成熟期。

 

「ティラノモン!」

 

「シードラモン!」

 

同時に、沙綾とミキは自らのパートナーに気を取られ、目の前の巨大な敵から目を離す。

それが痛恨のミス。気を散らしたミキに、魔竜の左手が迫る。

 

「きゃあああああ!」

 

「嘘!ミキッ!」

 

魔竜の左手。巨大な3本の爪と爪の間でがっしりとミキを掴み、アキラ同様彼女をそのまま宙釣りにする。

そして両腕を上げた体勢のまま、それは静かに口を開く。

 

『バックアップか…小賢しい…』

 

直後、バチと言う音と共にミキとアキラの身体は、電流が走ったかのように一瞬大きくのけ反った。それ自体の威力は大したことはないようだが、次の彼の言葉がミキとアキラ、そして沙綾にも絶望を与えた。

 

『…お前達のデータを一部書き換えた……これでもう、お前達が消えようとバックアップは作動しない……』

 

"バックアップが作動しない"

その言葉の意味がこの状況においてどれ程致命的であるかなど、言うまでもない。

最初その言葉の意味が分からず、腕の中で驚いた顔をしていた二人も、やがて理由を理解したのか、その表情が恐怖に引き吊る。

 

「嘘…だろ……」

 

「イヤ…イヤーー!!」

 

室内にミキの声が金切音のように響いた。

デジタルワールドに居る人間が消滅した場合、消滅した人間と同じデータのバックアップが自動的に作動し、その人は現実世界に返される。

しかしこのデジモンが今したように、"データを書き換えた"場合、自身の"今"のデータと、バックアップが一致しなくなる。その状態での消滅がどういう意味を持つか分からない3人ではない。

 

『……お前達は終わりだ……』

 

最後の保険を消された2人の顔が完全な絶望に歪んだ。

 

「ちょっと……待ってよ……」

 

まだ機械竜の足元で何も出来ず立っている沙綾も、二人がたどる結末を想像し、頭の中が真っ白になる

 

そして、

 

「助けてぇぇぇ!!沙綾ーー!!」

 

「クッソオォォーーー!!」

 

二人の絶叫が響く。魔竜が二人を掴んだまままま高く挙げた腕を、そのまま床に向かって勢いよく降り下ろす。

 

「や、止めてぇぇーーー!!」

 

その光景をただただ見詰める、涙を流して叫ぶだけしか出来ない沙綾。

二人の体が魔竜の手から解放される。だがその代償として、両者はまるで地に吸い寄せられるかのように落下する。

 

「あ……いや……」

 

沙綾の中で時間の流れが走馬灯のように感じたのも束の間、

 

ドンッ、という鈍い音だけが、広い室内に響いた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の……私のせいだ…

バコッという鈍い音と共に、工場の床が凹む。

 

「あ……」

 

叩きつけらた2人の身体は、まるでスーパーボールの様に高く跳ね、

 

「あ……あぁ…」

 

力なく宙を舞う"それら"はやがて霧の様に呆気なく消滅した。

 

「あ…う……う…」

 

沙綾はガクリと膝を付く。声にならない声を上げ、涙を流しながら消えていく親友達をただ見ていた。見ているしか出来ない自分を呪いながら、

 

そして、

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━」

 

言葉に成らない絶叫と共に彼女はその場で崩れ落ちる。

目の前で起きた事を受け入れる事が、今の彼女には出来なかったのだ。

 

『次はお前だ。』

 

ただ、そんな少女にも魔竜は容赦しない。

ゆっくりとその右腕のアームが沙綾を捉えようと伸ばされる。捕まる事は即ち、先程の二人と同じ末路を迎えるという事。だが心神喪失の彼女には、それから逃げる気配がまるでない。そこへ、

 

「マァマに手を出すなぁぁ!」

 

壁に叩き付けられ、その後沈黙していたティラノモンが咆哮を上げて立ち上がり、そのまま魔竜に向かって怒濤の勢いで疾走する。

 

「ダイノキック!」

 

全体重を乗せた飛び蹴りが、彼女を殺そうとする右腕に直撃するが、やはり、その身体に傷を付けることはできない。

しかし、真横からの衝撃によって、その軌道を反らす事は出来た。ずらされた右腕は轟音を立てて沙綾すれすれの床へと突き刺さる。

 

『……まだ邪魔をするか…』

 

「マァマに指一本でも触れたらボクは許さないぞ!」

 

『…フン…鬱陶しいハエを落として何が悪い……』

 

「何だとっ!」

 

『……話は終わりだ…』

 

突き刺さったアームを抜き上げ、魔竜は沙綾と、彼女を守るように立つティラノモンに向かい、次はその左腕の爪を振り上げる。だがその時、

 

「待って! 」

 

その声は、機械竜の直ぐ後ろから聞こえた。

クロックモンである。

 

「開くから……ゲートを開くから…

もう、誰も殺さないで下さい。」

 

その言葉に、あわやティラノモンに降り下ろされようとしていた機械竜の手が寸手のところでピタリと止まった。

 

『…最初からそう言えばいいものを…』

 

彼はゆっくりと手を下ろし、クロックモンの方へと身体の向きを変える。その目には沙綾達などもう映ってはいないのだろう。少しの警戒心もなく、敵意を丸出しにしているティラノモンに背中を向たのだ。

最も、折角生まれた離脱のチャンス、ティラノモンとしても、この隙を逃す手はない。

 

「マァマ!」

 

彼は未だ両腕を床に付けて泣きじゃくる沙綾を強引に抱え、距離を取るべく後ろに下がる。

 

「マァマ!、大丈夫!?、マァマ!」

 

沙綾を下ろし、ティラノモンは彼女の肩を軽く揺すり、問いかける。

しかしやはりショックが大きいのか。彼女は泣くばかりで、彼の声にも何の反応を示さない。

 

「しっかりして! ねぇ マァマ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行き先は、32年前のスパイラルマウンテン、選ばれし子供達がムゲンドラモンを倒した直後の、その場所だ」

 

「分かりました…」

 

魔竜はクロックモンにそう伝え、クロックモンは頷く。

 

「やめなさい! クロックモン!」

 

アンドロモンはそれを止めようと、身体に力を入れるが、最早その身が限界を迎えているのだろう。片膝を付くのが精一杯な状態だ。

 

「すみません。 アンドロモン。もう…限界なんです。同胞が壊されて行くのを、自分達のために立ち上がってくれた者が消されていくのを見るのは、もう…」

 

うつ向いたまま、アンドロモンに謝罪の言葉を口にする。3日間もの間、この地獄の中心にいた彼は、普段なら絶対に行わない時空の操作を開始した。

その能力によって、機械竜の右手側の空間が歪む。徐々にそれは大きくなり、まるで小型のブラックホールの様だ。

 

「…そこに入れば、…あなたの望む"過去"に行くことが出来るでしょう。」

 

目を伏せながら言うクロックモンに対し、機械竜は『そうか』と短く答え、その歪みに向かい真っ直ぐに歩き出す。だが、地面を這うように、歪みとデジモンの間にアンドロモンが割り込んだことで、その足は一度停止する事になった。

 

「"ムゲンドラモン"、あなたをこの先にいかせるわけにはいきません」

 

ムゲンドラモン

それは、かつてデジタルワールドを支配した、ダークマスターズの一人、

破壊するためだけに作られた存在。マシーンデジモンの王とも言えるデジモンだが、目の前に居るデジモンは、似ている箇所はあれども、姿は完全に別のデジモンである。しかし"ムゲンドラモン"と言われたデジモンは、その言葉を否定することなく、アンドロモンを見下しながら、冷酷な声を上げる。

 

『アンドロモン……どの道お前は……ここで破壊するつもりだった…』

 

左手を突きだし、最早動くことすら儘ならないアンドロモンの身体を、その巨大な爪が貫通する。

 

「ぐおぁ」

 

爪を刺したまま、身体か火花を散らすアンドロモンに対して"ムゲンドラモン"はさらに口を開き、自身の今の名前を口にした。

 

『今は……カオスドラモンだ……』

 

爪が引き抜かれる。

バチバチ、と機械がショートする音がむなしく響き、選ばれし子供達に助けられ、また、彼らを何度も助けたそのデジモンは、"最後まで彼らを助けようと"、その身を散らした。

 

カオスドラモンと名乗るそのデジモンは、邪魔者が消えたことにを確認した後、時空の歪みへと再び歩き出す。

最早このデジモンの障害となる者はこの場には居らず、カオスドラモンの歩みが止まる事はない。

 

 

 

『後は、選ばれし子供達だけだ。 待っていろ、必ず破壊スル。』

 

 

 

 

そんな言葉を残して、そのデジモンは歪みの中へと消えていくのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ァマ! ねぇ! マァマ!」

 

 

何も考えられず、何も聞こえず、ただただ泣いていた沙綾が、ティラノモンの呼び掛けにやっと反応を見せた。

 

「ティラノ…モン……」

 

大きな目を充血させ、未だ涙を流しながら少女は

 

「あの…デジモンは……?」

 

と、弱々しく消えてしまいそうな声で、彼に問う。

 

「分かんない、クロックモンが何かしたみたいだけど、アンドロモンを殺して、何処かに消えちゃった。」

 

目を伏せて、先ほど後方で起きたことを彼女に伝えた。

 

「………………」

 

しばらくの沈黙の後、沙綾は呟く。

 

「私が………大丈夫って…言ったから……私が…門を開けちゃったから……二人は……全部……私のせいだ…」

再び下を向き、ポタポタと涙で床を濡らす。

 

「ミキ………アキラ……」

 

消えてしまった親友達の名前を呟きながら…

 

 

「マァマは悪くない! 悪いのは全部アイツだ! ……ッ」

 

声を上げて全力で彼は叫ぶが、体力が限界まで来たのだろう。ティラノモンはその言葉の後、アグモンに退化してしまった。

 

「アグモンッ! アグモンッ!」

 

「大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけ…マァマは絶対…悪くないから!」

 

過剰に心配する沙綾に対し、アグモンは大丈夫だと告げ、さらに力を込めて彼女の非を否定する。

そして、

 

「そうです。あなたは悪くない。悪いのは……私です。」

 

先程まで、部屋の中心にいたクロックモンが二人の直ぐ後ろに立ち、アグモンの言葉に続く、二人が振り返り、クロックモンを見上げる形になる。

 

「原因である私が…あなた達にこんな事を頼むのは、間違っていると分かっています。ですが、御友人を助けると言う意味でも、お願いします。」

 

クロックモンは、両手を地面に付き、頭の下げて頼み込む。

「過去を、守って下さい。」

 

沙綾とアグモンは突然の言葉に目を丸くする。

今、このデジモンはなんといった。

"御友人を助ける"

 

その意味を知りたい沙綾は、涙を拭い、赤くなッた目をクロックモンに向けて、質問する。

 

「どういう事?………二人を…助けられるの?」

 

「はい。 御説明します。」

顔を上げ、クロックモンは、沙綾とアグモンに説明を始める。 特に沙綾は泣くことも忘れ、その言葉を一言足りとも聞き逃さない様に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上です。」

 

クロックモンの説明が終わる。 沙綾はその内容に驚きながらも、彼の語った事を頭の中でまとめる。

 

1、まずあの赤い魔竜、カオスドラモンは32年前の選ばれし子供達を殺す為、過去のスパイラルマウンテンに向かった。

2、このままでは恐らく過去が変わってしまい、同時に今の"現在"が変わってしまう。それも悪い方向に。

3、それを防ぐ為、沙綾とアグモンをそれよりも遥かに前、選ばれし子供達がこの世界に来て間もない時代に飛ばす。

4、子供達と共に旅をし、力を付け、協力してカオスドラモンを倒す。

5、その後、向こうの世界にも居ると言う、クロックモンに、今の少し前の時間に、再び飛ばしてもらう。

6、ミキとアキラが殺される前に、この世界のカオスドラモンを倒す。

 

簡潔に言えば、こういう流れである。

話が難しい為、今の沙綾は状況を整理することで精一杯だ、アグモンに至っては、おそらく理解すら出来ていないだろう。

 

「お願い出来ませんか……」

 

静かに沙綾を見る。

 

彼女は、隣にいるアグモンへと視線を向けると、「マァマについていく」と何時もと同じ返事が返ってきた。

このデジモンにとっては彼女のいる場所こそ、自分の居るべき場所なのだ。

何時もの無邪気さはないが、こんな状況でも、一瞬の迷いもなく自分に付いてくるパートナーに、沙綾はこの上ない安心感を覚える。

そして、

まだ頭も、心も整理の付かない沙綾だが、親友を救える方法がまだあるのならと、

 

「分かりました。」

 

簡潔にそう答えた。

 

あの破壊の化身と二度も戦う事に恐怖がないはずがない、勝てる気など、今の彼女は微塵にも思ってはいない、だからその時まで力を蓄えるのだ。そして必ず、

 

「報いを受けさせる。」

 

激しい悲しみのあと、まだ混乱している頭でも、その怒りの気持ちだけは、ハッキリと理解できた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友達を助けるためにやるんだから…

序章の最後です。




 

 

カオスドラモンが消えた後も、未だ残り続ける歪みの前に、沙綾、アグモン、そしてクロックモンが並んで立つ。

 

 

「過去に行くにあたって注意しなければいけない点を捕捉しておきます。」

 

クロックモンが二人の方に向き直り、先程の話の捕捉を始めた。

 

「まず始めに、本来の歴史からあまりにも外れたことはしないで下さい。 "現在"に帰れなくなる可能性がありますので。」

 

最もな意見である。自分が過去を変えてしまっては、そこに行く意味がない。

 

「多少のズレ程度であれば、過去から今に向かって歴史は流れていますので、些細な違いは出来るかもしれませんが、帰れなくなる事はない筈です。」

 

 

少し難しいが、川を流れる笹舟が分かりやすい。

上流から下流、過去から未来へ流れる川に、現在である笹舟を流す。

川の向きを強引に変えない限り、笹舟は今ある流れに乗って流れる。

些細な違いと言うのは、笹舟が川の右側を流れるか、左側を流れるかの違いであり、行き着く場所は同じである。

 

 

 

 

「うん。とにかく、必要なこと以外はするなってことだよね。」

 

「その通りです。特に、命を奪うことは、本来その結末を迎える者以外には行わないで下さい。 もし、デジモンに襲われた場合も、撃退程度にとどめてください。」

 

「?………でも、それじゃぁアグモンが強くなるのに、時間が掛かすぎると思うんたけど…」

 

 

更に捕捉を続けるクロックモンに、沙綾は疑問を挟む。

 

パートナーを強くするための、最も効率的な方法は、相手を倒して、その戦闘データをロードしていく事だ。

 

30年前は、まだこのシステムが存在していないため、完全体以降に進化するためには、長い時間を掛けるか、タグ、紋章などの外部の補助を受ける事で一時的にその姿になるか、例外を除いて、主にその2つが基本であった。

 

しかし彼女にはタグも紋章もなく、選ばれし子供達と行動する以上、時間にも限りがある。

 

 

 

「はい。ですから、これが二点目の捕捉なのですが、本来子供達によって倒されるデジモンのデータをロードして、アグモンを強くしてください。」

 

 

沙綾の疑問にクロックモンは即答した。

 

確かにこの方法ならば、歴史を変えずにすむ。

選ばれし子供達が倒すデジモンには、完全体や、究極体も含まれているため、そのデータを奪えば、旅が進むほど、確実にアグモンは強くなれる。

 

「そっか! デビモンとかの事だね。」

 

「はい。そして3つ目、過去の私に自分が未来からきた"証拠"を見せて欲しいのですが、何か在りませんか?」

 

 

その言葉に、沙綾は少し考えたあと、バッグの中から一冊の本を取り出す。

彼女の宝物の一つ、過去が変わらないかぎり、完璧な予言書となる小説をクロックモンに見せる。

 

「これでいいかな…?」

 

 

彼はその本を手に取り、タイトルと作者の名前を見て頷あた。

 

「問題ないでしょう。 これを過去の私に見せて下さい。ただし、この本は決して過去の私以外の者には見せないで下さい。」

 

理由は語るまでもなく、未来が変わる可能性を考慮したからである。

クロックモンは一度息を吐き、改めて沙綾に向き直り頭を少し下げる。

 

 

 

「あなた方に全てを押し付ける事を、申し訳なく思います。」

 

 

「気にしないで、私は友達を助けるためにやるんだから。」

 

彼女がこの話を受けたのも、親友を助けられる可能性があるからであり、"過去を守る"と言うのはあくまでその過程でしかない。彼女はきっぱりと言い切った。

 

「じゃぁ行ってくるね。アグモン、行くよ。………あれっ」

 

先程まで並んで立っていたはずのパートナーの姿はそこにはなく、周囲を見渡してみた沙綾は、床に倒れ付す無数のマシーンデジモンの先に、その黄色い体を見つけた。

 

それとほぼ同時に、デジヴァイスが反応する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね。ゴツモン、ベタモン、君たちのパートナー、守れなかった。」

 

「オマエの…せいじゃ…ないんだ。謝るなよ…」

 

「そうよ、ねーさんが……死んじゃったのは、あたしが弱かったから…うっ…ねー……さんっ…」

 

 

部屋の隅で3匹のデジモンが声を交わす。

 

一匹は頭を下げて謝り、一匹は苦しそうにそれを否定し、一匹は自分の弱さを嘆いている。

 

彼らのパートナーは親友同士である、ならば彼らデジモンも、何度も一緒に冒険した仲間なのだ。

 

消えていったアキラのパートナー、ゴツモンは、3匹の中で一番始めにこの部屋に入り、カオスドラモンに挑んだ末、返り討ちにあった。

苦しそうに息をしながら、彼はアグモンに問う。

 

「それより…アイツ…追うんだろ……オレのデータ…オマエにやるよ…持ってってくれ」

 

 

自身のデータを相手に渡す。要は、データをロードさせると言うことだ。それは、自身の消滅を意味する。

 

パートナーデジモン達が戦闘で敗北しても、先にバックアップが作動するのだが、自分から相手にデータを渡すことに関しては、これは作動しない。

 

ここに規制を掛けると、ジョグレス進化に支障をきたすためである。

 

 

「……アキラの敵を……取ってくれ」

 

その言葉に、ベタモンも続く。

「あたしのデータもあげる」

 

ティラノモンほどの体力も防御力もない彼女は、凪ぎ払われた後、力尽き、そのままベタモンへと退化してしまっていた。

ミキが消された時も動けなかった彼女は、沙綾と同じようにただその無力感に涙を流していた。

 

「あんたといっしょにアイツを倒す」

 

 

二匹の言葉はアグモンにとって聞き入れたくはないものだ。仲間の命を文字通り貰うことなどしたくはない。

だが、彼にはそれをイヤだと断る事が出来なかった。

立場が違えば、自分も間違いなく彼らと同じことを言う自信があったからである。

 

そして、

 

 

 

「分かったよ。……キミ達の…力を…ボクに貸して。」

 

 

 

断腸の思いで、その言葉を口にした。

 

二匹が一瞬光り、徐々にその身体をデータの粒子へと変えていく。それはまるで吸い込まれるかの様に、アグモンの身体へと流れていく。

 

 

「頼んだぜ。」

「負けたら、承知しないわよ。」

 

 

そんな言葉を残し、アグモンに自身の全てを託して、2匹はこの世界から姿を消した。

「キミ達の思いは、絶対無駄にしないから…」

 

もう居ないゴツモンとベタモンに祈りを捧げる様に、目を閉じて呟く。再び開いたその目に強い決意を秘め、アグモンは沙綾の元へ戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったの?」

 

自分の元に帰って来たアグモンに沙綾が問いかけた。

 

「うん……ゴツモンもベタモンも、ボクに託すって。」

 

 

先のデジヴァイスの反応はやはり、アグモンが二匹をロードしたものだったのだろう。

一瞬目を離した隙に、さっきまでとは違う決意を、沙綾はアグモンから感じた。

 

 

「準備はよろしいですか?」

 

 

二人は同時に頷く。

 

 

「このゲートを潜り、こちらがゲートを閉じた時点で、あなた方は過去に送られます。 では……御武運を。」

 

 

カオスドラモンが過去に行った後からゲートを開けっ放していたのは、このゲートさえ閉じなければ、歴史は上書きされないからだろう。

 

「行くよ。アグモン。」

 

「うん。マァマ。」

 

 

二人は振り替える事なく、ゲートを潜潜る。

 

(アキラ ミキ、絶対に助けてみせるから)

(ゴツモン、ベタモン、絶対にアイツを倒してみせるから)

 

一見違うようで、その実同じ想いを胸に抱き、彼女達の長いようで、時間にして一秒も進まない旅が、今始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人を見送った後、クロックモンは思う。

 

(あの事を言わずに良かったのか? 過去を守るためとはいえ、私はとんでもない事をしたのではないか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クロックモンは一つ、意図的に説明を省いたところがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは二人にとって致命的な、ある一つの事柄。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私を許して下さい。)

 

懺悔をするように目を瞑り、彼はゲートを閉じた。

 

 




タイムトラベルの説明が難しいですね。

伝わり難かったらすみません。

伏線を幾つか残して、次回から過去編になります。

誤字なんかも多分多いと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マァマ達のぷろふぃーる

過去編の前に一度キャラクターの設定などをまとめておきます。

過去編は1日1話を目標に書いていこうと思います。
2日かかる事もあると思いますが……

書き始めたばかりですが、結末はもう決まってあります。


猪狩 沙綾(いかり さあや)

 

 

 

お台場小学校に通う五年生。

二年前に父からデジヴァイスと小説『デジモンアドベンチャー』を買って貰い、以後そこでの冒険に熱中している。

 

真っ直ぐな黒髪を腰までのばしたヘアスタイルに大きな瞳が特長の女の子。

 

性格は元気溢れる行動派で、デジタルワールドでもアグモンと共に楽しい事を求めて、ほぼ毎日冒険に繰り出していた。

頭は悪くはなく、2年間の経験も相まって、臨時の際でも比較的落ち着いた判断が出来る。 リーダーシップもあるのだが、こちらは親友のアキラの方が上であるため、彼らと行動するときにはあまりそれを表に出さない。

 

 

走る事も得意で体力もあるが、これらはデジタルワールドに来て間もない頃に、まだコロモンだったアグモンを抱えながら、追いかけて来る野生のデジモンから逃げまわった、ある意味努力の賜物である。

 

 

服装は動きやすさを重視したショートパンツに、白を基調としたシンプルなシャツを着用している。

 

パートナーであるアグモンとは、絶対的な信頼で結ばれており、彼女の中では家族と同じ。

 

 

現在の世界において、親友達を殺したカオスドラモンが過去のデジタルワールドに向かったため、自身もそれを追う形で過去に向かう。

 

過去の世界を守ることは、沙綾にとって親友を救うための過程であるため、今はカオスドラモンを倒すことを、第一の目標にしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アグモン

 

沙綾のパートナー。

彼女が初めてデジタルワールドに来た際にたまごから孵ったデジモン。

デジモンベイビーの管理人であるエレキモンに教えられ、その場に立ち会っていた沙綾になつく。

 

彼女のことは"マァマ"と呼び慕い、普段は無邪気な性格だが、沙綾の危機にはその身を犠牲にしてでも立ち向かう。

 

アグモンにとって沙綾は親であり、友達であり、そして守るべき主である。

 

 

進化先はティラノモン。

アグモンのパーツを色濃く残した成熟期デジモン。

 

戦闘能力は大幅に上がったが、性格面はアグモンから何も変わりはない。

 

初進化の際には喜びのあまり、その巨体のまま沙綾に飛び付き、危うく殺してしまいそうになる。

以後、基本的に戦闘時以外はアグモンのままで沙綾と行動する。

 

現在の世界でパートナーを無くした、ゴツモン、ベタモンのデータをロードした彼は、二匹の想いを胸に、カオスドラモンを倒すことを誓う。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

アキラ

 

沙綾のクラスメイトで彼女の親友の一人。

黒髪を短髪にした少年で、性格はやや猪突猛進。

リーダーシップが高く、他人を思いやる心も持っているため、クラスの人気者でもある。

 

しかしその性格が災いし、同じデジモンを躊躇なく破壊していくカオスドラモンに特攻、その命を散らせる。

 

パートナーはゴツモン。進化先はモノクロモン。

 

 

 

 

 

 

ミキ

 

沙綾のクラスメイトで、アキラと同じく彼女の親友。

茶髪の髪を肩の位置まで伸ばした女の子。

女の子らしい性格で、戦いはあまり好まない。

デジタルワールドには沙綾、アキラに誘われた事をきっかけに来るようになった。

 

パートナーはベタモン、進化先はシードラモン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カオスドラモン

 

過去の世界において、選ばれし子供達によって倒されたムゲンドラモンが、その後"始まりの街"に戻り、30年の時間をかけてさらに進化したデジモン。

 

自身がムゲンドラモンであった記憶を引き継いでおり、破壊する兵器である自分が"破壊出来なかった"選ばれし子供達を破壊するため、クロックモンを拷問し、過去へと渡る。

 

その戦闘力はムゲンドラモンよりも上であり、まさに破壊の化身と言う言葉が相応しい。




次回から本当に過去編です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編 第一章
私、過去に来たんだ…… (追記版)


過去編になります。




「……………あぅ……」

 

タイムマシンとなるゲートを潜った後、沙綾の意識は一度なくなり、次に目を開けた時、彼女は冷たい床の上に、うつ伏せに倒れていた。

 

「……うぅん……此処……は……?」

 

まだ覚醒仕切っていない頭を抑えて起き上がり、彼女は周囲をキョロキョロと見渡す。視界に映るのは、隣で自分と同じようにパタリと倒れているアグモン、そして、見覚えのある巨大な工場の一室。

『何故自分はこんな所に?』と、一度目を閉じ、彼女は自身の記憶を辿ってみることにした。

 

直後、

 

「っ!」

 

まるで電撃が走ったかのように、その意識が一気に覚醒する。

 

(……そっか、私、過去に来たんだ……)

 

間違いではない。

沙綾が今居るのは、先ほどまで地獄と化していた北側の大部屋だ。ただ、今彼女の目に写るのは、何もない殺風景な内装のみである。

 

恐らく時間を移動しただけで、場所はそのままなのだろう。

 

(……なんだか、実感が沸かないなぁ……)

 

静まり返った空間の中、改めて彼女は思う。

 

先程の出来事は、本当にあった事なのか、

自分は悪い夢を見ていたのではないか、

そんな事を自問自答しながら、彼女は隣で寝息をたてるパートナーの身体を軽く揺する。

 

「アグモン、ねえ、起きて!」

 

言いながら、徐々に大きく揺らしていく。

何度か繰り返す内、アグモンはゆっくりと目を開き、その小さな身体をムクリと起こした。

 

「……ぁれ……マァマ……ここは……?」

 

「覚えて……ない?」

 

先程の自分と同様、頭を押さえながら回りを見回すアグモンに、沙綾は僅かばかりの願いを込めてそう問いかけた。

 

しかし、

 

「……あっ! そっか……ボク達は……」

 

アグモンのその反応に、沙綾は改めて、先程の出来事は全て事実なのだと理解する事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、

 

「ふう……じゃあ、行こっか……」

 

「……うん」

 

沙綾とアグモンは自分達の状況を一通り確認した後、部屋を出ることにした。

最早、彼女達が"過去の世界"に来てしまった事は疑いようがない。ならば、今は目的を果たすため、出来ることをしようというのが、話し合った末の二人の意見である。

 

(……まずは、アンドロモンを見つけないと……)

 

"選ばれし子供達がこの世界に来て間もない頃に自分達を送る"、ここに来る前、クロックモンは確かにそう言っていた。

この工場は、彼女が知る小説では物語序盤で登場する施設である。

それならば、選ばれし子供達は近々この工場に来る。もしくは、もう既にこの工場から去っている。

いずれにしても此処の主、アンドロモンに会えば、彼らの行方が分かる事だろう。

 

そう考え、沙綾はこの工場のどこかにいるアンドロモンを探す事を決めたのだ。

 

 

だが、

 

 

「誰も居ないね……」

 

「そうだねぇ……」

 

コツコツと、二人の足音だけが通路に空しく響く。

 

当たりをよく見ながら、施設内を彷徨くその様子は、まるで、未来でのデジャブのようである。

 

アンドロモンを探しながら、沙綾は思う。

 

(さっきも……同じことしてたんだよね……あの時はまだ…アキラも…ミキも……)

「……っ…………」

 

そう考えると、彼女の脳裏に嫌でも"あの瞬間"が浮かび、抑えていた涙が溢れてくる。

 

(……ダメだ……泣いてる暇なんて……ない。 私達には、まだやれる事があるんだから)

 

思考を一度クリアにして、彼女は今自分がするべき事に意識を向けた。後ろを歩くパートナーに悟られないように、沙綾は出来る限り自然に涙を拭う。

 

最も、二年間を共に過ごし、彼女の事を"母"と慕うバートナーには、そんな弱さを隠しきれるはずはなく、

 

(マァマだけは……絶対に、ボクが守るから……)

 

その華奢な後ろ姿を見て、アグモンは沙綾に聞こえないように、心の中で強く誓ったのだった。

 

 

そして、しばらくして、

 

 

涙も止まり、気を持ち直して工場内の探索を進めていた沙綾は、その一室のドアをガチャリと開けて入った直後に、短い悲鳴を上げた

 

「きゃっ! ……ビックリしたぁ……って!」

 

「どうしたのマァマ!」

 

沙綾の背中で前が見えなかったアグモンは、目付きを変え、慌てて前へと出ようとする。勿論、不測の事態から主を守るために。

 

しかし、彼女が驚いたのは、別に敵に遭遇したからではなく、

 

「……み、見つけちゃった……アンドロモン……」

 

「えっ!?」

 

未来でカオスドラモンに胸を貫かれ、その身体を光りの粒子に変えたデジモンは今、沙綾の目の前で、下半身を歯車と歯車の間に挟まれた状態で機能を停止していた。

 

まさに、"小説"にて選ばれし子供達が始めて彼と遭遇した時と同じように。

 

「やっぱり、夢でも何でもないんだね……」

 

消えたはずのデジモンが目の前に居ることで、再度、彼女は自分が間違いなく過去に来たことを実感する。

しかし、だからこそ、彼女はいつまでも未来の惨劇を引きずっている訳にはいかない。

心配そうに見上げてくるアグモンに、少し無理矢理にでも笑顔をつくり、彼女は口を開いた。

 

「……でも、もう大丈夫、踏ん切りはついたから」

 

「マァマ……」

 

「それより……アンドロモンがこの状態ってことは、まだ選ばれし子供達はここにはきてないみたいだね」

 

「えっ、そうなの?」

 

沙綾は確信を持って話をするが、アグモンは分かっていない。小説の詳細まで覚えている彼女と違い、アグモンは過去の出来事についてそれほど知識はない。

沙綾がたまに話すのを聞く程度である。

 

「うん、今ここに挟まってるアンドロモンを引き抜いた後、黒い歯車で暴走する彼を選ばれし子供達が助けたって、本には書かれてるから」

 

「ふぅん、そっかぁ、分かったよマァマ」

 

彼女は饒舌に語り、バッグから本を取りだすと、パラパラとページをめくってアグモンに見せる。

アグモンに人間の字は分からないのだが、基本的に彼は沙綾の言葉を疑うことはない。彼女がyesと言えば、それがアグモンにとっての答えなのだ。

 

 

 

子供達がまだここに来ていない事に若干の安心感を覚えた沙綾は、腕を組み、次に取るべき行動を考え始めた。

 

(まだ選ばれし子供達がここに来てない事は分かったけど、問題は何時来るかだね。ここで待っててアンドロモンが起きちゃうと面倒だし……どうしようかな……………あっ!)

 

そこで彼女は思い出した。

先程アグモンに見せたページの少し後を開く。

 

(やっぱり! 子供達がアンドロモンを起こしたあと、一回停電が起きてる)

 

これならば、工場の中にさえいれば何時でも分かる。

そう考えた彼女はひとまず、この場を後にすることを決めた。

 

「ねぇマァマ、アンドロモン助けないの」

 

「助けたいけど、出来るだけこの時代に沿うようにしないと……余計な事して歴史が変わっちゃったら、本当にどうしようもなくなるし……」

 

「ふぅん 、そっかぁ」

 

質問をするアグモンに優しく答え、彼もそれに頷く。二人は一度その場を離れ、少し歩いた先にある小部屋へと入り、ひとまずそこで腰を降ろして待つことにした。

 

「ここは……制御室になるのかな?」

 

「せいぎょしつ?」

 

部屋にはよく分からない精密機械が幾つかおいてある程のもので、他にはこれといったものはない。この工場は全て機械化して動いているため、それを管理するための装置だろう。

 

「ねえマァマ、これなんだろう。」

 

「うぅん、多分、この工場の機械を管理するものじゃないかな。」

 

「ふぅん……ボクにはよく分かんないや」

 

「まあ、私もよく分かんないんだけどね。 ちょっと見せて」

 

子供達が来るまで暇を持て余していた沙綾は、その装置を調べて見ることにした。最も、彼女自身何かが解るとは思ってはいないが、そうしている事で、少しでも頭を動かし続けようと思ったのだ。

 

そして、

 

「……あれ、ここ、手が置けるようになってる。」

 

正に『手を置いてください』と言わんばかりに作られたその場所に、沙綾は興味をそそられたのか、ゆっくりとそこに手をかざす。すると、

 

「きゃっ!」

 

その装置は作動を始め、近くの小型のモニターに文字が表示された。『登録完了』と。

驚いた沙綾は手を素早く戻し、ピョンっと、素早くその装置から離れ、アグモンと顔を見合わせた。

 

「だ、大丈夫かな?」

 

「ボクに聞かれても……」

 

 

 

沙綾の心配を余所に、その装置は呆気なく停止した。

 

ほっとした沙綾がふと何かに気づいたように声を出す。

 

「あっ、だから開いたんだ!」

 

彼女は未来で此処に来たときの事を思い出す。なんとなく違和感を感じた沙綾ではあるが、門を開けた後に、門を開ける登録をしたのだ。違和感の正体は恐らくそれだろう。

 

それ以降、さすがに懲りたのか、沙綾は部屋の機器には手を付けず、小説を読み返し、これから起こる事ことに対して考えを巡らせ、方針を頭の中に簡結にまとめた。

そしてそれらが終了した後は、アグモンと他愛のない話をしながら時が立つのをひたすら待つ。

アキラ、ミキの話を避けて話す沙綾に、アグモンは痛々しさを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして………ついにその時は来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小一時間ほどが経過した頃だろうか。

突如、ガシャン、と言う音と共に部屋が闇に包まれる。

 

「!」

 

最悪一日二日は此処で過ごさなければいけないかもしれないと思い始めていた沙綾は、思いの外早い異変の訪れに、内心ドキっとする。

どうやら、クロックモンは本当に、『子供達と出会える絶好の瞬間』へと、沙綾達を跳躍させたようだ。

 

「来たっ」

 

「ど、どうするの、マァマ?」

 

暗闇の中で顔を見合わせ、静かに声を出す沙綾に、アグモンは問いかける。

すると、彼にとっては意外とも言える答えが帰って来た。

 

「うーん、しばらく何もしない」

 

「えっ? う、うん」

 

あまりに拍子抜けなその答えに、アグモンは思わずそんな声出し、キョトンとした表情を見せて頷いた。

それもそうだろう。先程沙綾は、選ばれし子供達が来るまで此処で待つとアグモンに言ったのだ。ならば、彼らがこの場所へと訪れた今、何故自分達は何もしないのか。

疑問に思うアグモンだが、そんな彼の表情を見て、沙綾は小声でその理由を話す。

 

「えとね、この後、アンドロモンと選ばれし子供達が戦う事になるんだけど、そこでパートナーの一匹が始めて成熟期に進化するの。私達はその後に出ていこう……歴史に余計な事をしないために……」

 

そう、この工場で、選ばれし子供の一人、『泉光子郎』のパートナーテントモンが、カブテリモンに始めて進化を遂げるはずなのだ。

沙綾の登場はそれを阻害しないとも限らない。

初進化のタイミングをずらすと、この後の展開に響く可能性を否定できない。

 

それを危惧しての待機である。

 

「うーん、難しいけど、とにかくボクはマァマについてくよ」

 

「うん、頼りにしてるよ、アグモン」

 

「任せてよ!」

 

そして、

 

遠くの方で大きな音が数回鳴った後、部屋に光が戻る。

 

「あっ、やっと明るくなったね」

 

小説の通りであるなら、この後、別れて工場を探索していた子供達が合流し、グレイモンとガルルモン、そしてアンドロモンが戦闘を始めるはずである。

 

「よし、そろそろ行くよ、アグモン」

 

「うん!」

 

二人は部屋を後にし、音を頼りに選ばれし子供達の元に向かう。

 

憧れていた小説の登場人物に会えるのだ。普段の彼女であれば両手を上げて喜んでいただろう。

今はそこまでの気持ちは沙綾には沸いて来ないが、それでも、その足取りは先程までよりは軽い。

 

 

段々と大きくなる戦闘の音、

 

そして、

 

(! あれが……選ばれし子供達と、そのデジモン……!?)

 

「わぁ! 強そうなデジモンだねマァマ!」

 

薄暗い通路を抜けた先、空が見える吹き抜けの屋外で、遂に彼女達は、小説の場面をその目で見る。

 

「行けー! カブテリモン!」

 

二人のすぐ前では、今まさに進化したカブテリモンが、アンドロモンと衝突し、激しい力比べをくりひろげていたのだ。

彼らの隣には、恐らく今までの戦闘で体力を削られたであろうグレイモン、ガルルモンが、重なりあうようにして倒れている。

 

そんな中、選ばれし子供達は皆、今沙綾が立っている少し上の階から、声援と共にその光景を眺めているようである。

 

「カブテリモン、右足だ。右足を狙うんです!」

 

背の小さい少年が、カブテリモンに攻撃の指示を出す。

小説通りであればこれが決め手となり、暴走するアンドロモンは我に返る。

 

しかし、そこで予想だにしない事が起こった。

 

「メガ、ブラス……」

 

「おい!ちょっと待て光子朗、下に誰かいるぞ!」

 

「!」

(えっ、まずっ! なんでこのタイミングで!)

 

ゴーグルを着けた少年の大きな声に、アンドロモンを除く、その場の全員の視線が沙綾達へと集まってしまったのだ。

 

「えっ!? あれは……に、人間!?」

 

「ほら見ろ! やっぱり人がいたじゃないか!」

 

「何ですって!」

 

そしてそれは、今、正に右足に向けて自身の必殺を放とうとしていたカブテリモンも同じである。勿論、敵がその隙を見逃してくれる筈がない。

 

「スパイラル、ソード!」

 

「う、うおぉ!」

 

一瞬の隙を疲れ、アンドロモンの必殺がカブテリモンに直撃する。

 

それは、本来なら起こり得なかった事態。彼女の登場で必殺のタイミングを逃したカブテリモンは、工場の壁に勢いよく叩きつけられ、そのまま、ズシンと崩れ落ちた。

 

「カ、カブテリモン!」

 

「お、おい、こりゃ流石に不味くないか……」

 

「不味いなんてもんじゃないよ! こっちにはもう戦えるデジモンなんていないんだぞっ!」

 

青髪の少年が頭を抱える姿が沙綾の目に映る。

選ばれし子供達にとっては最早絶対絶命であろう。

 

「ねえマァマ、これも本に書いてある事なの?」

 

「…………ううん、書いてない……」

 

パートナーがツンツンと背中をつつく中、その原因たる少女はゴクリと生唾を飲み、そう答えた。

 

「えっ!?」

 

(……どうしよう……やっちゃった……)

 

沙綾は考える。

 

(クロックモンは"あまりにも歴史からかけ離れた事はするな"って言ってた。)

 

一瞬の間に、

 

(その範囲が何処までなのか分からないけど、結果的に黒い歯車が破壊されれば……アンドロモンの暴走は収まる筈……)

 

それは小説の知識があるからこその判断

 

(じゃあ、初進化自体は出来てるし、仮に私がアンドロモンを止めても、多分歴史に変化はほとんどない……? というより、もう私がやんなきゃ、あの人達の旅が此処で終わっちゃう!)

 

「マァマ! アンドロモンがこっちに来る!」

 

三体の成熟期を戦闘不能にしたアンドロモンは、機械的に、ただ最も自分に近い位置にいる沙綾達へと標準を合わせたようである。

それと同時に、迫り来る驚異から主を庇うかのように、黄色い体がグイっと沙綾の前に飛び出る。

 

「マァマに手出しはさせない!」

 

「っ! 予定変更だよアグモン、アンドロモンを止めて!」

 

「うん! 任せてマァマ!」

 

沙綾の言葉にアグモンが元気よく頷く。同時に彼女のデジヴァイスが光り輝いた。

 

「アグモン進化ァァ!」

 

アグモンの進化が始まる。身体は大きくなり、赤い身体、鋭い爪を持った文字道りの恐竜へと姿を変えた。

 

「ティラノモンッ!」

 

沙綾を守る様に、赤い恐竜が今、暴走する人造人間の前へとズシンと立ちはだかる。

 

 

 




この回で少し疑問を持つ方もいるかもしれませんが、仕様です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これからよろしくね! (追記版)

ようやくまともな戦闘です。


 

 

「お、おい、あの子もデジモンを連れてるぞ……って進化まで!」

 

「もしかして……あの人も、私達と同じじゃないかしら?」

 

「あいつらは、味方……なのか?」

 

目の前の光景を見た子供達の反応は様々であった。

ただ、少なくとも困惑し、驚いているという点については全員共通のようである。

 

ゴーグルの少年は赤い恐竜の姿に声を上げ、ボーイッシュな少女は恐竜の後ろの沙綾を見つめる。

顔立ちの整った金髪の少年は、突如現れた二人に対し、ほんの少し疑念を抱いているようだ。

 

「少なくとも、敵ではないと思いますよ」

 

「光子朗……」

 

先程初めてパートナーを進化させた少年、"光子郎"が、にらみ会う様に立つ2体を見てそう呟いた。

"敵の敵は味方"。恐らくそういう意味だろう。

 

「そうだな。あの恐竜、俺と同じアグモンから進化してたし……後ろの子は女の子だぜ? 大丈夫だよヤマト」

 

ゴーグルを着けた少年、太一が、光子郎の言葉を肯定し頷く。最も、彼の場合はほぼ直感だけのようだが。

 

「……そうだな。どっちにしても、やっと見つけた俺達以外の人間なんだ。とにかく助けよう!」

 

緑色のノースリーブを来た金髪の少年、ヤマトが回りに声をかけた丁度時、

 

向かい合っていた2体が、戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティラノモン、右足を狙って。 あの"黒い歯車"が、アンドロモンの暴走の原因だから!」

 

「オッケィ! 行くぞぉ、ファイヤーブレス!」

 

アンドロモンの右足に僅かに見える歯車に向かって、ティラノモンは遠距離から強烈な火炎放射を放つ。

ゴツモンとベタモンのデータによる影響か、直進する炎は以前よりも更に激しいようだ。

 

しかし、相手は格上の完全体、そうやすやすと攻撃が通る筈がない。

 

「侵入者を……排除する……」

 

アンドロモンは一切慌てる様子も見せず、自身の手首をさながらドリルのように高速で回転させ始めた。

それは先程、カブテリモンを一撃で沈めた彼の必殺の構えである。

 

「スパイラル、ソード!」

 

瞬間、振り抜かれた腕から放たれる衝撃波が、猛進する炎を真っ二つに切り裂いきながら、ティラノモンへと襲いかかる。

 

(!)

 

見ればすぐ分かる程の力負け。

更に、彼女達が今戦っている場所は、屋外とはいってもあくまで通路の延長の様なもの。逃げ場などはない。

最も、そのような回りの環境は、戦う前から既に彼女の頭には入っている。今まで冒険してきた二年間の日々は伊達ではないのだ。

 

「ティラノモン、しゃがんで防御だよ! まともに受けちゃいけない!」

 

「うん!」

 

沙綾の素早く的確な指示の元、即座にティラノモンは頭を抱えてバタンとその場に倒れ込み、後方の彼女も、一緒に腰を屈めて耳を押さえた。

 

直後、

 

「っ!」

 

ドガンという音が辺りに響き、二人の真後ろの通路出口がガラガラと崩れ落ちる。

 

「さすがは完全体、強くなっても、やっぱり部が悪いね」

 

「危なかったぁ……ありがとうマァマ」

 

幸い、今の攻撃によるティラノモンのダメージはない。

しかし、今の力の差から、勝負が長引くと敗北するのは間違いなく此方であろう。

 

(やっぱり簡単にはいかないか……しかたない)

「ティラノモン、"アレ"やるよ!」

 

ただ、力で負けているからといって、それだけで勝負が決まるわけではない。沙綾達は"経験"と"作戦"によってその差を埋めることが出来るのだから。

 

「オッケィ、マァマ!」

 

その言葉と共に、ティラノモンは直立するアンドロモンに向かって勢いよく、無謀にも見える突撃を開始した。

 

「ガトリング、ミサイル!」

 

「ファイヤーブレス!」

 

アンドロモンの胸のハッチから放たれる二つの小型のミサイル。

此方を追尾し、先端部分から銃を乱射するそれをみても、彼の脚は止まらない。走りながら得意の火炎で撃墜し、一気に間合いを詰める。

そこから両爪を高く振り上げ、自身より遥かに小さな目標に向かって、全体重を掛けて降り下ろした。

 

「いくぞっ! スラッシュネイル!」

 

だが、いくら相手が小さかろうと、元々の戦闘力が違うのだ。

 

「ふん……」

 

「! ぐっ、ぐぐっ……」

 

降り下ろされた両腕は、逆にガッチリとアンドロモンの両腕によって受け止められた。

衝撃から、パキパキっと、相手の足元のタイルにヒビが入るが、引き裂くどころか、攻撃を受け止めて尚、アンドロモンは全く微動だにしていない。更に、

 

「侵入者を……排除する……」

 

「ぐっ!」

 

その体制を維持したまま、アンドロモンは再び胸部のハッチを開いた。

勿論、この状態で先程のミサイルを受ければ、どうなるかなどいうまでもないだろう。

 

しかし、

 

「今っ!」

 

後方で、黒髪の少女の声が上がった。

 

アンドロモンは知らない。いや、予想すらしていなかっただろう。

ティラノモンにはまだ、『第三の腕』とも言える武器があることを。

 

「うおぉぉぉ!」

 

赤い恐竜が咆哮を上げる。直後、

腕を固定されたままのティラノモンが、身体を強くひねり、『第三の腕』、その太い『尻尾』を、バチンと、アンドロモンの細い右脚へと、思いきり叩き付けたのだ。

 

「!」

 

それは完全に相手の虚を付く『テールスイング』

二人が冒険の中で会得した、一度きりだが万能の『奇襲攻撃』である。

 

アンドロモンも例に漏れず、突然の衝撃に思わず掴んでいた両腕を離し、ダンっと、先程のカブテリモンのように工場の外壁へと叩きつけられた後、バタリとその動きを止めた。

 

(よし! 上手くいった。 まあアンドロモンはこんな攻撃じゃ倒せないけど……でも、"黒い歯車"なら)

 

それは正に沙綾の読み通り。

今の衝撃に耐え兼ねたのか、うつ伏せに倒れるアンドロモンの右足から、"黒い歯車"がフワリと外れて宙に舞う。

勿論、これを逃がすわけにはいかない。

 

「ティラノモン、あれを逃がさないで!」

 

逃げるように空高く飛び上がる歯車に、沙綾は追撃の指示を下した。

あれを破壊するまで、彼女は気を抜くことが出来ない。

 

「任せてマァマ!」

 

そして、そんなパートナーの期待を胸に、ティラノモンはしっかりと狙いを定め、遥か上空に向かってその大きな口を開く。

 

そして、

 

「ファイヤーブレス!」

 

必殺の火炎放射。

一直線に延びる本気の炎が、逃げるように空へと舞い上がる歯車を追いかけ、やがて、青い空に浮かぶ黒い点を正確に直撃した。

それを確認して始めて、沙綾はその小さな胸を撫で下ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘、アンドロモンに……一人で勝っちゃった……」

 

「嘘だろ!?」

 

選ばれし子供達は口をポカンと開け、目の前で起こった出来事に目を丸くする。当然だ。何せ彼らが三体がかりで倒せなかった相手を、突然現れた少女が一人で制圧したのだから。

 

「……あの子、何者なんだろう?」

 

眼鏡を掛けた年長者である、丈が、彼女に疑問を持つ。

 

子供達の位置からでは少女の声までは聞こえなかったが、仕草を見た限り、彼女が恐竜に指示を出していたのは間違いない。

そして、そのあまりに的確な恐竜の動きに驚いているのだ。

 

「とにかく、行ってみようぜ! 直接話せば、いろいろ分かるだろ」

 

太一が走りだし、皆それに続いて一段下の階にいる沙綾の元へと向う。

いきなり現れ、自分達の危機を救った謎の少女が、果たして何者なのか

その答えを確かめるために。

 

 

 

 

 

 

 

(勢いでやっちゃったけど………多分、大丈夫だよね……)

 

戦闘が終了した後、自分が早々に歴史に介入してしまったことに改めて気づいた沙綾は少し不安に感じていた。

 

(カブテリモンへの進化は終わってたし、後は誰がアンドロモンを止めるかの違いだけ……でも、反省しないと……)

 

何せ元いた未来に帰れるかどうかが掛かっているのだ。

迂闊な行動は慎むべきだろう。

そんな反省をする沙綾の隣に、戦闘終了と共に成長期に退化したアグモンがパタパタっと走りよる。

その様子は、まるて親へとすりよる子供のようだ。

 

「マァマ見てた! ボク、ちゃんと黒い歯車を壊したよ!」

 

「うん、すごくかっこよかったよ、流石だね!」

 

「ふふふ、わぁい!」

 

自分の勇姿を誉めて貰えたアグモンは、その場で手を挙げて跳び跳ねる。さしずめ、彼女の誉め言葉こそが、彼にとっての何よりの褒美といったところだろうか。

 

「ふふ、お疲れ様、アグモン」

 

そして、沙綾が喜ぶアグモンの頭を優しく撫でている時、今しがた動きを止めたばかりのアンドロモンが、ムクリと身体を起こした。

 

「……こ、ここ……は?」

 

恐らく先程の戦闘でも、彼自身ダメージを殆ど受けていないからだろう。アンドロモンはなに食わぬ顔であっさり立ち上がり、沙綾達の元へとゆっくり近づいてきたのだ。

 

「ア、アンドロモン! この、マァマに近づくな!」

 

「?」

 

気づいたアグモンはすぐに表情を変え、再び沙綾を背にして向かい合うが、当の彼は、そんなアグモンをキョトンとした表情で見つめている。

 

「大丈夫だよアグモン、もう、アンドロモンは元に戻ってる筈だから」

 

「……う、うん」

 

「貴女達は……? 」

 

不思議そうに此方を見ながらそう口を開くアンドロモンに、先程までの暴走の痕跡はない。

沙綾は威嚇するアグモンを頭を撫でて制止させ、軽い自己紹介をしようと口を開きかけた、丁度その時

 

「ええと、私達は……」

 

「おーーーい!」

 

「!」

 

不意に彼女の後ろから、恐らく自分を呼んでいるであろう声が聞こえてくる。

 

(あっ! そういえば!)

 

彼女がはっとしたように先程まで子供達がいた場所をみあげるが、既に彼らはそこには居らず、気づいた時には、既に沙綾達の真後ろ、半壊した通路出口に、7人の子供と、アグモン、ガブモン、テントモンを除くそれぞれのパートナー達の姿があったのだ。

アンドロモンとの会話に割り込むように、その中の一人、ゴーグルの少年が振り向いた沙綾へと即座に声を掛けた。

 

「さっきのをすごかったぜ! なぁ、君も、俺達と同じなのか?」

 

「あっ……えと……その……」

 

遠目から見るのとは全く違う。

ずっと読み続けていた小説の登場人物達が、自分の目の前に並んで、自分に声を掛けているのだ。流石に沙綾も動揺を隠しきれない。

思考が上手くまとまらず、なかなか言葉が出てこない。

 

「ちょっと太一! いきなり過ぎよ。 その子も困ってるじゃない」

 

「あっ……ごめんな、その、ビックリさせるつもりじゃなかったんだ」

 

沙綾の心臓がバクンバクンと音を上げる。

加えて、彼女のいた未来では、彼らは皆世界的有名人である。

 

「う、ううん……だ、大丈夫……です……じゃない、大丈夫だよ」

 

やや片言ぎみにも、どうにかこうにか彼女はそう言葉を捻り出す。だが、

 

「そっか、じゃあ改めて聞くけど、君も俺達みたいに、気づいたらデジタルワールドに来てたのか?」

 

「ねえ、お姉さんは何処から来たの? 僕達と同じキャンプ場?」

 

「君以外には、誰もいないのかい? 」

 

「」

 

一編に押し寄せてくる質問の波に、沙綾の停滞した思考は全く付いていけない。結果、

 

(ダ、ダメだ……落ち着け私! とにかく、頭を整理出来るまで時間を稼がないと、またさっきみたいな事になっちゃう)

「……あ、あの、取りあえず貴方達のデジモン達も心配だし、いったん中に入って、ゆっくり話さない……かな……?」

 

お茶を濁した発言で、とりあえずその場を凌ぐ事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は八神太一、こっちは、あっ、もう知ってると思うけどアグモン。」

 

「よろしくねぇ。」

 

その後、傷つき、退化した3体のパートナー達に手を貸して、正気に戻ったアンドロモンと共に工場の中に入った沙綾達は、ひとまず自分達の自己紹介をすることになる。

 

「うん、た、太一君だね……よ、よろしく」

 

ヤマトから始まり、光子郎、空、ミミ、丈、タケル、そして最後に太一が自分とパートナーを紹介した後、皆の視線が沙綾達へと集中した。

 

(……ふう、意識しちゃダメ……自然にしなきゃ……)

 

先程よりも、幾分かは気持ちに余裕が出てきたのだろう。

 

「それで、君の名前は? 何処から来たんだ?」

 

「私は…」

(落ち着け……大丈夫……普段通り、普段通りに話すだけ)

 

先程は不意討ちの様に声をかけられ、頭が真っ白になってしまった沙綾だが、もともと子供達によるこの手の質問は、過去に来た時点ですでに予想は出来ていた事である。

そのため彼女は、目を覚ましてからアグモンと現状の確認を行った際に、"自分達のこの時代での設定"についても、粗方話をつけている

 

(大丈夫……矛盾はない筈……)

「ふぅ……まず、私の名前は猪狩 沙綾。こっちはパートナーのアグモンだよ。太一君と同じだね」

 

まずは自身とパートナーの紹介を簡潔に済ませ、続けざまに先程作った"設定"を話す。

 

「私も、気づいたらこっちに来てたの、たぶん、似たような感じじゃないかな?」

 

「……やっぱりか……」

 

そこからは、子供達の質問と沙綾の返答が交互に続いていく。

 

「いつ頃こっちに来たの?」

 

「うぅん……はっきりとしないけど、大体2週間位前かな」

 

「こっち来る前は、どこにいたんですか?」

 

「静岡のお家に居た筈なんだけど……」

 

「すごく戦い慣れてるみたいだけど、何でだい?」

 

「この2週間ずっとアグモンと二人だったからかな……元々は逃げるために覚えたんだけどね」

 

「ここで何してたんだ?」

 

「アンドロモンを探していたの。いいデジモンって聞いてたから」

 

「元の世界にどうやったら戻れるの!」

 

「ごめんなさい。私もそれを探していたところ…」

 

「そんな………」

 

各々が気になった点について質問をし、彼女がそれに答えていく形になる。

"設定"の内容は嘘ばかりではなく、本当のことも一部混ぜてある。 彼女は必要な所でしか嘘をついていないのだ。

 

例えば住所を偽った事についてもそうだ。

 

沙綾の時代と太一達の時代では、住んでいる地域は同じでも、その在り方は大きく異なる。

万が一会話の中でその食い違いが発生した場合、修正が効くものならばかまわないが、致命的な墓穴を掘ってしまえば、それは沙綾への不信感へと変わる。ならば、最初から彼らが余り知らないであろう地域にしておく事で、会話の中で食い違いが起こる可能性は大きく下がり、適当に流す事も容易になる。

 

いつ来たのか、という質問の答えにしてもそうだ。

 

まさか今来たばかりと言う訳にもいかず、この時点では皆、すぐに帰れると言う希望を捨てていない。

ならば、出来るだけ日数を少なくするのが妥当なのだが、余りに少ないと、今度は沙綾の経験の多さが逆に足を引っ張りかねない。

 

元の世界に帰れる方法など、今知ってもどうしようもない。

 

逆に本当の事と言えば、名前は勿論、アンドロモンを探していたのも事実だ。

後は、戦い慣れている、という点に関しても、元々逃げるために覚えたのは間違いない。先程の戦闘で見せた尻尾による奇襲など、その最たるものだ。

 

偽りを語る自分に彼女は後ろめたさを感じるが、ここに来た以上、それは覚悟しなければならないことは沙綾が一番分かっている。

 

そして、

 

「私の事は、だいたいこんなところかな……」

 

子供達の質問にある程度の答えを返した沙綾は、今度は逆に質問を投げ掛ける。

 

「あの、それじゃ、次は私が質問しても言いかな?」

 

彼女の問いかけに、その場の全員が頷く。沙綾は緊張を振り払うように一度息をはき、彼女のこれからを左右する重要な

 

「あなた達は、これからどうするの? もし元の世界に帰れる方法を探すなら、私も……その、一緒に行っちゃ……ダメ……?」

 

そう、彼女の目的は、この選ばれし子供達に付いていく事が大前提なのだ。此処で皆の口からNOと言われればおしまいである。

先程、図らずとも彼等の戦いを邪魔した身としては、皆の答えが少し怖いのだろう。沙綾の表情は僅かに固い。

 

だが、

 

「本当か! 勿論、いいに決まってるじゃないか! なあ、みんな」

 

沙綾から見れば、先程の戦闘は、彼らに無駄に危機を与えてしまっただけなのだが、本人達から見れば、それは全く別である。

自分達の危機を身をていして守った彼女の提案を断る者は、その場には誰一人としていないかった。

 

「ああ、むしろこっちから頼みたいくらいだ」

 

「そうよ、一緒に行きましょう!」

 

「僕も賛成です」

 

「僕もだ」

 

「うん。私もサンセー! やった! 女の子が増えて、私うれしい!」

 

「よろしくね。えと、沙綾さん」

 

「みんな……」

 

にこやかに向かえ入れてくれる子供達に、沙綾は心が温かくなるのを感じた。同時に、後ろめたい気持ちは、今までより強くなる。 ただこればかりは、今はどうしようもない 。しかし、せめて出来るだけの笑顔を見せようと、彼女は微笑んだ。沈み切っていた心に、僅かな光が差したように。

 

「ありがとう……これからよろしくね!」

 

「ボクもわすれないでよぉ」

 

彼女の冒険はここからがスタートになる。やらなければならない事は途方もないが、彼らといれば不思議と出来そうな気がした沙綾だった。

 




ここから本格的に物語がスタートします。

主に彼女の視点から物語を見ていくのは、今までとかわりませんが、彼女の目的の1つに"過去を変えない"というものがあります。

よって、原作に沙綾が絡まない回については1話まるごとスキップすることもおおいと思います。

その場合、前書きか、本文に、あらすじを書くようにしますので、ご了承ください。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あ、あれぇ (追記版)

工場にてアンドロモンを助けた沙綾はその後、撰ばれし子供達と共に、そこから通じる地下水路へと足を進めた。

 

道中、突如表れたヌメモンに襲われた彼らは、一度地上へと逃れる。しかし、不自然に並んだ自動販売機から再度ヌメモンが現れ、彼らは再び追われることとなるのだった。

 

 

「みんな、別れて逃げよう!」

 

「分かった! 沙綾も気を付けろよ!」

 

「う、うん! 」

 

ヤマトの提案を受け入れ、太一を始め、皆は散り散りに目前に広がる森を目指して逃げていく。

確かに、この深い森ならば、追っ手のヌメモンを振りきるには都合がいいだろう。

ただ、この目前の森が、子供達の次なる試練となる事を、沙綾以外は誰も知らない。

 

 

 

 

「アグモン、急いで急いで! 追い付かれちゃうよ!」

 

「う、うん!」

 

しぶとくこちらを追い続けてくるヌメモンを後方に、沙綾は一歩後ろを走るパートナーを鼓舞しながら、頭の中で次の展開を整理していた。

 

(えぇと、確かこの後、ミミちゃん以外のみんなは、この森でもんざえモンに捕まっちゃうんだよね……)

 

木々の間をすり抜けるように、軽快に沙綾は進む。

 

(みんなは洗脳されちゃって……それを助けるために、ミミちゃんがトゲモンと一緒にもんざえモンと戦う筈……でも…洗脳…私も…されるべきなのかな…)

 

彼女は考える。例え洗脳されても、ミミがもんざえモンを止めれば、それは解除されるはずである。彼女としては無駄に抵抗して歴史に違いが出てしまうのは避けたい。

 

しかし、

 

(洗脳かぁ……大丈夫なのは分かってるけど……)

 

やはり"洗脳"と言う言葉に抵抗があるのだろう。一時とは言え、自分が自分ではなくなるのだ。恐怖を覚えるのは当然である。

 

(……………うぅん……やっぱり、捕まるしかないのかなぁ……)

 

「マァマ! ちょっと……待ってぇ……」

 

今まで沙綾のペースに必死に付いてきたアグモンが、体力切れと共に徐々に彼女から離されていくが、慎重に思考を回している沙綾は気づいていない。

 

(いや……ちょっと待って、もんざえモンを怯まして、その間にいったん逃げる…… )

 

「はぁ……はぁ……マァ……う、うわぁぁぁ!」

 

後ろのアグモンが、大量のヌメモンの"うんち"にまみれても、彼女は振り返らない。いや、気づいていない。

 

(玩具の街を見つけるのは、たぶんそんなに難しくない……なら、森でほとぼりが冷めるの待って、その後みんなと合流すれば……)

 

もんざえモンを傷つけず、洗脳もされず、歴史も変わらない。

沙綾は確信したかのように少しの笑顔を浮かべる。

 

(よし、これなら大丈夫そう。 問題は、何時もんざえモンが出てくるかだけど……)

 

「マァマァァ!」

 

"うんち"まみれになりながら、アグモンの助けを呼ぶ悲痛な声も、既に距離が離れすぎているためか、彼女には届かず、沙綾はそのまま、"自分の作戦だけ"を連れ、一人森の奥へと走り去ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして…

 

森の奥へと一人走り続ける彼女の耳が、徐々に近づくいてくるドスンドスンと言う音をとらえた。

 

(この音、もしかして…)

 

 

「おもちゃの街にようこそー」

 

出会い頭にその言葉を発しながら、黄色い巨体は沙綾に近づいてくる。彼女はそこで立ち止まり、散々練った自身の作戦の決行を告げた。

 

「アグモン! あいつを怯まして、右に逃げるよ!」

 

言葉と同時に後方にいる筈のアグモンへと振り返るのだが、勿論、そこには誰もいない。

 

「えっ……アグ……モン……」

 

完全な一瞬の静寂、そして、

 

「あ、あれぇ……」

 

そんな拍子の抜けた情けない声が、深い森へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、沙綾のアグモンは、ヌメモンの攻撃で汚れた身体を拭き取り、一人森の中をさ迷っていた。まるで迷子の子供のが母親を探す様に。

 

「マァマー、何処にいるのー?」

 

テクテクと歩きながら、声を張り上げて彼女をよぶが、森の中から返事は返ってこない。

既に二人がはぐれて1時間がたとうとしているのだが、その間、このデジモンは一度も止まることなく沙綾を探し続けている。

 

「マァマ、何処に行っちゃったんだろ……?」

 

ポツリと、不安そうなこえでアグモンは呟く。

 

沙綾は旅なれているとはいえ、普通の人間である事に違いはない。狂暴な野性のデジモンに襲われた場合、自分が居なくては身を守る事も難しいのだ。

 

"絶対に守る"と誓った直後と言うこともあり、今の彼は焦っていた。

 

「早く見つけないと…」

 

アグモンは更に森の奥へ奥へと歩き続ける。

 

木々の間にまで目を配り、耳を澄まして周囲の音に気を遣いながら進んでいくと、

 

「……うん、何だろう、この音……?」

 

沙綾の声ではないが、遠くから、どことなく楽しそうな音楽が聞こえてきたのだ。その音を頼りにしばらく歩いていくと、やがて、アグモンはこの場に不釣り合いな一つの人工物を発見した。

 

「これは、えぇと、たしか、遊園地……? マァマが前に"アキラ達と遊びに行った"って言ってたっけ……」

 

正面入り口のゲートを前に、彼は首を傾げながら呟く。

 

知識としては知っている人間世界の娯楽施設。

何故こんな所にポツリとあるのかは彼には分からない。

しかし、『もしかしたらここに来てるかもしれない』

そう思ったアグモンは、迷うことなくそのゲートを潜り、テクテクと園内へと足を進めた。

 

すると、

 

「わーい、楽しいなー」

 

「あっ!」

 

ゲート潜って早々、アグモンは園内を駆け回る太一を発見した。さらに首を回してみれば、遠方には他の子供達の姿も見受けられる。

探している人物の姿はないが、共に行動する者を見つけられたのは大きく、アグモンは急いで、一番近い太一の元まで走りよった。

 

だが、

 

「良かった、みんな此処に居たんだね。 ねぇ、マァマ見なかった?」

 

「わーい、わーい」

 

「あれっ? ボクの話を……」

 

「楽しいなー」

 

どうにも、その様子がおかしい。

まるでアグモンなど見えていないかのように、太一は声を掛けるアグモンを無視して去っていく。その背中を玩具に追われながら。

 

「? どうしちゃったんだろ……あっ、ねえヤマト、マァマを……」

 

「わーい」

 

「??」

 

誰に話しかけても、返事すら返ってこない。

彼らは皆、この園内の玩具とひたすらに戯れているのだ。

『いくらなんでも、これはおかしい』

流石のアグモンもそう感じるが、ならば尚更、沙綾の身が心配になってくる。

 

(でも、太一達がここにいるなら、やっぱりマァマも……ここに?)

 

結局、彼は一人で園内の探索を始める事にした。

遊園地というよりは、一つの"街"に近いこの場所を、アグモンは彼女を探して足早に回る。

 

そして、

 

十分程が経過した後、遂に広い敷地の中、ペタリと地べたに座り込み、不自然な笑顔を浮かべて玩具と戯れる"彼女"の姿を見つけたのだ。

 

「マァマ!」

 

「わーい、楽しいなー」

 

「ねえ、ボクが分からないの!?」

 

急いで駆けつけてその体を揺するも、状態はやはり、他の子供達と同じ。

アグモンの声に耳を傾ける事もせず、兵隊の玩具につつかれながら。感情の籠っていない声で笑っている。

 

彼には過去の知識はほとんどない。

よって、何故、子供達と沙綾達がこうなってしまったのかが、アグモンには分からないのだ。

 

「ねえマァマ! マァマったら!」

 

「ふふふ、楽しいなー」

 

「しっかりしてよ!」

 

「ふふふ」

 

呼び掛け続けても、体を強引に揺すってみても、彼女は一向に反応を示さない。当然であろう。既に彼女は、"あるデジモン"によって"洗脳"を受けているのだから。

 

「ねえマァマ……ボク達は、こんなとこで遊ぶために、"こっち"に来たんじゃないよね……」

 

「楽しいなー」

 

ちょこんと隣に座り、遊び続ける彼女をしばらく見つめたあと、再び立ち上がり、決意を固めた静かな口調で、

 

「マァマは絶対、ボクが守るから……」

 

そう彼女に言い残して、タタタっと、アグモンは一度その場を走り去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アグモンは思う。沙綾がこうなってしまったのには、きっと何か原因があるはずだと。いや、彼女を含め、選ばれし子供達の殆どが、この街で同じ状態に陥っているのだ。ならば、

 

(きっとここの何処かに、マァマがこうなった原因がある筈)

 

右へ左へ、怪しい所がないかと、アグモンは街の中をぐるぐると駆け回る。

建物の中を片っ端から物色し、街の至る所にある玩具達を一つ一つ調べ、怪しい箇所がないかを細かく探していくのだった。

 

 

 

 

しかし、

 

「はぁ……はぁ……どうしよう……見つからないよ」

 

何せそこは一つの街、

彼一人で調べきるには些か限界がある。

休む事なく探し回っても、原因となるものはなかなか見つからず、分かったことと言えば一つだけである。

 

(みんなのデジモン達が何処にもいない……あとは、ミミ……だったかな……あの子も……)

 

街で遊び続けているのはあくまで子供達だけ。

そのパートナー達の姿は、今の所一匹足りとも見当たらない。

最も、まさか彼らが『幽閉されている』などとは、アグモンは知る由もない。

 

「……うぅ、挫けちゃダメだ……早く、マァマを戻してあげないと!」

 

全ては、大切なパートナーを元に戻す、ただそれだけのために。彼は流れる汗を拭い、再び街を駆け巡る。

 

 

 

 

そして、彼のその願いは直ぐに叶えられる事になる。

『歴史』が動き始めたなら、『原因』は自ずと姿を現わすのだから。

 

 

 

しばらくして、

 

「きゃぁぁぁ!」

 

「えっ! な、何!?」

 

自身の遥か後方から響く甲高い叫び声に、アグモンは思わず体をビクッとさせる。

同時に聞こえ始める、ドスン、ドスンという地鳴り。

彼が恐る恐る自らの後ろを振り返ると、道の遥か向こうに、米粒程の大きさの二人組と、それを追う、一匹の巨大な熊のぬいぐるみが、自分の方に向かって物凄い速度で迫ってくるのが見えたのだ。

 

「えっ、あれは……ミミと、パルモン? って、うわっ……こ、こっちに来たぁ!」

「いやぁぁぁぁ!」

 

追い回されるミミの顔には必死さが滲み出ているのが分かる。そこには、沙綾達のような"不自然さ"は欠片も感じられない。

ようやく見付けた"まとも"な人間なのだが、

 

「に、逃げないと!」

 

今はそんな事を言っている場合ではない。

急ぎ逃げるアグモンではあるが、運悪く此処は一本道。

更に、散々走り回った影響か、思うほどに早くは走れず、あっという間に、ミミやパルモンと並ぶ事になってしまった。

 

そして、

 

「あ、あなた! 沙綾さんのアグモンね!」

 

「よかったわ! まだ捕まってなくて!」

 

追い付いた彼女達が、アグモンへと早口にそう声を上げた。

 

「えっ!? つ、捕まるって!? も、もしかして、マァマがあんなになっちゃった事と関係あるの?」

 

"二人は何か知っているのか?"そう考えたアグモンは、巨体から必死に逃げながら、祈るような気持ちでミミ達へと問う。

 

すると、

遂に探し求めていたその答えが、彼女達の口から返ってきた。

 

「みんな、あのデジモンのせいでこうなっちゃったのよ!」

「もんざえモンを倒さないと、みんなが!」

 

「えっ!?」

 

頭で理解するのに数秒かかる。

そう、彼は今まで、『この街の何か』が沙綾を狂わせているのだと思い込んでいた。

しかし、実際は『この街の誰か』、つまり後方の巨体が沙綾を狂わせたのだ。

 

「あの、デジモンの……せい……?」

 

無邪気なアグモンの表情が変わり、直後、一人ピタリとその場で停止した。事実を知った以上、彼にもう"逃げる"という選択肢はない。

 

"何よりも大切な存在"に手を出したその『原因』が、今自分の直ぐ後ろにいるのだから。

 

「……こいつが……こいつがマァマを……」

 

今まで吐き出す場所の見つからなかったアグモンの"怒り"が、フツフツと沸き上がる。

 

「アグモン! 何してるの!」

 

「とにかく今は逃げましょ! もんざえモンは完全体よ! 私達まで捕まっちゃうわ!」

 

ミミとパルモンの声も、もうアグモンには届かない。

完全体がどうしたというのだ。

このデジモンは、主のためならば"究極体"にさえ躊躇うことなく突き進む。

 

巨体はもうそこまで迫っている。それでも尚、彼はそれを睨み着けたまま動こうとはしない。

 

その時、

 

「ミィミちゃぁん! 助けに来たぜぇぇ」

 

「ヌメモン!?」

 

"お気に入り"であるミミを守るため、突如沸き上がるように現れた大量のヌメモンが、その身を盾にしてアグモンともんざえモンの間と立ち塞がった。

 

歴史と同じように、

 

「あんた達、どうして!?」

 

本来であれば、ここでヌメモンが倒された怒りで、パルモンはトゲモンへと進化を果たす。

沙綾が捕まっていなければ、アグモンに過去の知識があったのならば、恐らくその通りになったであろう。

 

しかし、

 

「………許さない……おまえが……」

 

沸点を向かえたアグモンの理性の糸が、プツリと音を上げて焼け切れた。

 

「おまえがマァマを……あんなにしたのかぁぁぁ!」

 

「ア、アグモン、ちょっと、どうしたの!? あっ、待って!」

 

「うあぁぁぁぁ!」

 

引き留めようとするミミの手をかわし、彼は盾となるヌメモン達の元へと一気に加速した。

だが、その目に写るのは最早倒すべき相手のみ。

 

「アグモン進化ァァァ!」

 

「ちょっ! えっ!? う、うわぁぁぁ!」

 

アグモンだった身体は光を上げて一気に巨大化し、ヌメモンを"吹き飛ばして"、赤い体色の恐竜へとその姿を変貌させる。

弾かれた彼らは、周囲の家々へとペタッ、ペタッ、と打ち付けられ、そのまま目を回して沈黙した。

 

「ティラノモォンッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「うおぁぁ!」

 

「!」

 

ガコンと、勢いに任せた全力の突進がもんざえモンへと直撃し、その体を大きく後方へと吹き飛ばす。

バタリと背中から倒れるもんざえモンだが、勿論、この程度でティラノモンの怒りが収まる筈がない。

 

「うあぁぁぁぁ! ファイヤー、ブレス!」

 

咆哮を上げ、立ち上がろうとするもんざえモンに、更に遠距離から凄まじい火炎を浴びせかけた。

 

「!!」

 

だが、向こうも黙ってそれを受ける訳にはいかない。

ティラノモンを"敵"と認識したのだろう。もんざえモンは今までほとんど閉じていた目をカッと開き、即座に防御の姿勢を取った。

 

燃え盛る炎は彼の身を一瞬飲み込むが、ダメージ事態は細部を焦がす程度に止まる。

 

「っ!」

 

ならばと、ティラノモンは再び近接戦へと勝負を持ち込むために突き進む。

その時、目前の敵がニヤリとした表情と共に、今まで閉じていた口を、遂に開いた。

 

「ラブリーアタック!」

 

「!」

 

なりふり構わず突進するティラノモンに向け、もんざえモンは自身の必殺を放つ。

それはシャボン玉の様にふわふわと宙を舞い、猛進するティラノモンをその中にすっぽりと閉じ込め、

 

「……ぐ……うっ……」

 

彼の動きを、一時完全に停止させたのだ。

 

これがもんざえモンの狙い。

シャボンに埋まるティラノモンを見て、もんざえモンが黒い笑みを浮かべた。

 

「んふ……おもちゃの街へ……ようこそ」

 

それは正に、自身の勝利を確信したかのように。

 

『ラブリーアタック』は、シャボン玉の中に入ったものを幸せで満たし、戦意を喪失させる技。

黒い歯車の影響を受け、『間違った幸福』を与えられた子供達は、この技によって洗脳を受けた。

 

『当てるだけで勝利が決まる』これ程恐ろしい技はないだろう。

 

ただ、

 

「許さない……」

 

「ん?」

 

今回ばかりは違う。

 

沙綾の感情を奪い、その逆鱗に触れた者の技で、ティラノモンが戦意を無くすことなどありえない。

 

「……ボクは……お前を絶対に許さない!」

 

「!?」

 

幸せのシャボンにヒビが入る。直後

 

「ぐおあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

パチンと、咆哮と共にそれは弾け、ティラノモンは再び前進を開始する。

そして、

 

「ダイノキック!」

 

自身の技が破られ、唖然とするもんざえモンを力任せを蹴り倒し、そのまま馬乗り状態になり、発達した腕で、もんざえモンの顔面を思いきり地面へと打ち付けた。

 

「マァマを返せ!」

 

彼の追撃は止まる事を知らず、更に、二度、三度と、容赦なく鋭い爪を降り下ろす。

 

「!……!……」

 

完全体の中でも戦闘力自体は比較的低いもんざえモンは、モノクロモン、シードラモンのデータで強化されたティラノモンの攻撃を覆す事ができないのだろう。精々腕を盾に頭を守るのが精一杯である。

 

形勢は完全に逆転した。

いや、勝負はもう決まった。

 

 

 

しかし

「このっ! このぉ!」

 

腕の布が千切れ、抵抗してもがいていた身体が沈黙しても、その攻撃は一向に終らない。

 

 

 

 

 

 

そんな時、

 

「もうやめてぇぇ!」

 

余りにも一方的な暴力に耐えかねたミミが、後方から悲痛な叫びを上げた。

そしてそれに呼応するように、彼女のデジヴァイスが光る。

 

「ミミ! ミミのデジヴァイスが!」

 

この時点ではまだないが、彼女の紋章は純真、純粋にこの暴力を止めたいと願う彼女の想いが引き金となったのだろう。

"幸運"にも、歴史と同じタイミングでの進化が始まったのだ。

 

「力が、溢れてくる……パルモン進化ー !」

 

頭の花が特長のデジモンは、その容姿を大きく変え、人の形をしたサボテンへと進化する。

 

「トゲモーン!」

 

進化したパートナーに一瞬唖然とするミミであったが、直ぐに視線を前に戻し、トゲモンに指示を出した。

 

「おねがいトゲモン! ティラノモンを止めてぇ!」

 

すがるような目を向けるミミに、トゲモンはグローブの親指を立てる。

 

「オッケー、ミミ、任せて!」

 

進化前より遥かに野太くなった声で、トゲモンはそれを了承する。その言葉と共に、彼女は未だ目の前で暴力を奮い続ける恐竜に向かい、前進を開始した。

 

 

 

 




今回は半分アグモンが主人公です。
1話で終わる予定だったのですが、長くなったので2話に分けることにしました。

追記、修正しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アイツは、マァマをあんなにしたんだぞ!

続きです。かなり短いです。


「マァマを!、元に!、戻せ!」

 

 

 

馬乗りの状態からほぼ無抵抗となったもんざえモンに対しても、ティラノモンは攻撃の手を緩めない。

がむしゃらに振るわれる両腕が、もんざえモンの体力を削っていく。

 

既に腕はズタズタ、このまま続ければどうなるかなど、火を見るより明らかである。

 

 

彼も、黒い歯車による暴走で沙綾達に危害を加えた。

よって、それさえ取り除けば事態は収集するのだが、ティラノモンはそれに気づいていない。

「早く!、元に、戻せ!」

 

もう何度振るわれたか分からない腕が、再び降り下ろされようとした時、後方からガッチリと腕を捕まれる。

 

 

「もう十分じゃない 。それ以上は、止めなさい。」

 

 

ミミの叫びにより進化を果たしたトゲモンが、ティラノモンの腕を引き留め、そのまま強引にもんざえモンから引き離す。

 

「離せ! アイツはマァマをあんなにしたんだぞ!」

 

「落ち着きなさい!」

 

 

子供の様に暴れ回るティラノモンだが、背後を取られ、両脇から肩に手を回された羽交い締めの状態では何も出来ない。

得意のテールスイングも、尻尾の付け根を股がれてしまっている以上、いくら振り回しても、それがトゲモンに当たる事はないのだ。

 

 

「もんざえモンを殺したら、沙綾さんは喜ぶの!?」

 

「!………」

 

後方でミミが叫ぶ。

彼女の通りの良い声は、トゲモンの腕の中で暴れまわるティラノモンの耳にもはっきりと届いた。

 

 

沙綾の顔を思い浮かべ、怒りで満たされていた心が落ち着いていく。

同時に思い出す。未来でクロックモンが言った言葉を、

 

『命を奪うことは、本来その結末を迎える者以外には、けして行わないで下さい。』

 

未来がかわる恐れがあると、彼は言った。

もんざえモンがその"本来その結末を迎える者"で無かったとしたら、過去を大きく変える行為を行った事を、彼女はどう思うだろうか。

 

 

 

 

 

「喜ぶわけ…ない…」

 

 

ティラノモンはそう考えた後、ゆっくりと抵抗を止める。最早彼に戦う意思はないのだろう。アグモンへとその身を退化させ、その場に座り込む。それを確認したトゲモンもまた、パルモンへと姿を変え、彼を慰めるようにその頭をなでた。

 

 

 

 

 

 

引き離されたもんざえモンはぐったりとしており、頭を守るための盾にしていた両腕は破れ、中の綿がそこらじゅうに飛び散っている。

幸い、命に別状はないようだが、痛々しい両腕が、ティラノモンの攻撃の激しさを物語っていた

 

 

「もう、気が済んだでしょ。」

 

座り込むアグモンにミミが優しく声をかける。

 

「沙綾さんの事、心配だったのよね。」

 

アグモンは無言で頷き、その言葉を肯定する。彼にとって沙綾は親であり、友であり、家族なのだ。

 

 

 

 

「あれは、黒い歯車!」

 

もんざえモンを心配そうな目で見ていたパルモンが、彼の破れた腕から飛び出る黒い歯車を見つけ、指を指してミミとアグモンに伝える。

 

 

それを確認したアグモンは、そこでようやく、今回の事件の全貌を理解するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もんざえモンの身体から歯車が消えた後、沙綾達もすぐに正気を取り戻した。

 

 

 

「ほんとにごめんね、もんざえモン、アグモンがやり過ぎたみたいで……」

 

「ゴメンなさい…」

 

ミミから自分達が洗脳されている間に起きた事について話しを聞いた沙綾は、彼に深く頭を下げる。また、事件の全貌を理解したアグモンも、短絡的な自分の行為を反省し、沙綾と共に頭を下げた。

 

 

「いいのですよ。どうやら私は思い上がっていたようです。」

 

 

もんざえモンは、上半身を起こし、語り出す。

 

おもちゃは飽きると捨てられてしまうこと。

それが許せず、おもちゃの地位向上を図ろうとしたこと

それの思いが、歯車によって暴走したこと。

 

 

 

 

 

 

全てを語り終えた彼は立ち上がり、ズタズタの両腕を労りながら、

 

「お礼に"幸せ"にしてあげましょう。 これが本当のラブリーアタック!」

 

そう言って幸せの詰まったシャボン玉を飛ばす。

 

それは先程の様な邪悪なものではなく、純粋なもの。

 

ミミや太一達も、そして助け出されたパートナー達も、今度は抵抗することなく、シャボン玉の中に入り、一時の幸福を得る。

 

沙綾とアグモンにもシャボン玉は近づき、彼女達をその中へと包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中で、沙綾が想うのは、あの楽しかった日々。親友達が笑い、そして彼女も笑う。共に冒険したあの日々。そんな幸福な思い出が増幅する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"ラブリーアタック"によって生み出されたシャボン玉が消えたその夜、彼女は誰にも気付かれないように、物陰でひっそりと涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話は、アグモン視点で物語を書くのに丁度いい機会でした。

次回は少しだけ話が飛ぶと思います。

書かれていない回での沙綾は、主に画面の隅で、登場人物達と雑談しているものと思ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ごめん…でも、絶対また会えるから

おもちゃの街でもんざえモンを助けた一行は、そのままファイル島の中心に位置するムゲンマウンテンへと足を進める。

 

途中訪れた丈の危機に、ゴマモンがイッカクモンへと進化を果たし、一行は、ファイル島が絶海の孤島であることを知ることとなる。

 

その帰り道、レオモン、オーガモンの襲撃を受けるが、なんとかそれを退け、下山した彼らは疲れを癒すため、たまたま近くに立っていた豪邸へ立ち寄る事を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こめんくださーい。 誰か居ませんかー。」

 

 

 

人間が居るかもしれないと、丈は足早にこの洋館の扉を開く。

 

「誰もいないみたいだね。」

 

沙綾は丈へと進言をする。 彼女は既に知っているのだ。 この洋館が先程一行を襲ったレオモンを悪に染めたデビモンの作り出した幻であることを。

当然そこに人間などいるはずが無い。

 

 

「そうだな。他は特に変わった所もないようだが…」

 

 

沙綾の意見にはヤマトも同意のようだ。

 

 

「それだけに、返って不気味よ。」

 

空も流石に違和感を感じたのかそう口にした。

 

 

「君達、ここまで来て引き返すって言うのかい?」

 

 

「まぁ それもそうだな。」

 

 

 

最終的には、丈の意見に合意し、皆はこの洋館に足を踏み入れた。

 

ミミとタケルは壁に掛けてある天使の絵が気に入ったらしく、しばし見とれている。

 

 

沙綾はすでにこれが罠であることを知ってはいるが、歴史を変える行為は出きる限り避けたい事から、反対することなく皆の後に続き、玄関を潜った。

 

(これ全部が幻なんて……信じられないよ。)

 

手で壁に振れながら、彼女は心の中でそう思う。

これが実は廃墟であるなど、知っていても疑うほど完璧な、実体を持った幻である。

 

 

 

(とにかく、夜皆が寝静まるまでは、デビモンは行動を起こさない。 ひとまずは安心だけど…やっぱり…そうするしか、ないのかな…)

 

「ねえマァマ、みんなが食堂からいい臭いがするって言ってるよ。 ボクたちもいってみない?」

 

 

腕を組み、これからの行動を考える沙綾に、アグモンが服の裾を軽く引っ張りながら話しかける。

 

「そうだね。取り敢えず行ってみよっか。」

 

 

一行に続く様に、沙綾達は洋館の2階にある食堂へと向かう。テーブルに並べられた色とりどりの料理を見た子供達は、その都合の良すぎる展開に警戒するが、既に限界だったこともあり、皆その料理を勢いよく口にした。

 

かくいう沙綾も、ここで一人食事をしない訳にもいかず、幻の料理に手を付ける。

 

「おいしー!」

 

予想を越える味に、つい幻であることも忘れ、他の子供達と同じく食べることに熱中してしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事の後、洋館の探索をしていた太一が、一階に大浴場を発見する。

しばらくの間、まともな入浴が出来ていなかった一行は、直ぐ様浴場へと向かい、男湯、女湯に別れて入浴する。

 

なに食わぬ顔で沙綾の後に付いてくるアグモンを、無理矢理男湯に放り込んだ後、沙綾も女湯へと入っていく。

 

彼女は、せめて気分だけでも、というつもりでの行動なのだが、その再現度は食事同様、幻であることを忘れてしまう程の物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、男湯では、

 

「おい、アグモン。」

 

「「どうしたの?」太一。」

 

頭を洗いながら、自分のパートナーであるアグモンに声をかける。 それ対し、同時に2つの声が返ってきた。

 

 

「えーと、俺のアグモンなんだけど、どっちだ?」

 

頭を流し、振り返った太一は首をかしげる。

 

 

沙綾のアグモンは基本的に彼女のそばから離れないため、今までの旅の中で間違えることは無かった。

しかし、彼女が居らず、並んで入浴していると、どちらが自分のパートナーか分からなくなってしまう。

 

身体の大きさは、太一のアグモンの方が弱冠大きく、声は、沙綾のアグモンの方が少し高い。

印象としては、沙綾のアグモンの方がそのしゃべり方も手伝い、幾分か幼く見える。

だが、それ以外はほぼ同じアグモンだ。

 

「ボクだよ、太一!」

 

太一のアグモンが自分を主張するように手を振る。

 

 

「あー、悪い悪い、でもお前ら、並んでるとどっちがどっちか分かんないな。」

 

「確かにそうですね。 細かい違いはありますが、パッと見ただけでは、見分けがつきません。」

 

太一、光子郎が二匹のアグモンを見比べながら話す。

それに対してヤマトは、

 

「じゃあ、何か目印になるものでもつければいいんじゃないか。」

 

と、一番簡単な答えを提示した。

 

 

「目印ねぇ………沙綾にでも聞いてみるか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさかお風呂まであんなに完璧に再現するなんて……

デビモンは人を騙すって言うけど、あれは騙されない方がすごいよ…)

 

 

入浴を終えた沙綾は、ここまでの彼の幻術に、もはやある種の感動さえ覚えていた。

 

料理に続いて風呂、そして休むための寝室まで、細かな点まで再現されたこの豪邸は、最早、沙綾以外の子供達にとって疑う余地のない物となっている。

彼女自身も、小説の知識がなければ、危うく騙されていただろう。

 

 

沙綾が物思いに耽っていると、男湯ののれんを手で払いながら浴衣を来た太一が姿を見せる。

 

「おっ、ちょうどいいや。沙綾、アグモンに何か目印になるもん着けようと思うんだけど、なんかないか?」

 

 

「うーん、まぁ確かにちょっとややこしいからねー、今手元に有るもので出来そうなのは……」

 

太一の提案に沙綾は少し考えた後、

 

「ちょっと待っててね。」

 

そう言い残して、食堂の方へと走っていく。

戻って来た彼女の手には、ピンク色の綺麗に巻かれた布が握られている。

 

「なんだそれ?」

 

「バッグに入れてた色着きの包帯だよ。普通のより可愛いでしょ。」

 

 

沙綾は一応バッグの中に冒険に必要な物を一通り入れてある。この包帯もその一つなのだが、今まで使うことはなく、バッグの底に眠っていたものを探しだしてきたのだ。

 

「お前家にいた割に準備いいなー。」

 

「!」

 

沙綾は核心を付くその言葉に、内心冷や汗をかく。

嘘をつくことにあまり慣れていない彼女は、自分のついた嘘を忘れていた。 元々現実世界における共通の話題を減らす目的でついた嘘が今、彼女の足を引っ張る。

幸いなことに、恐らく太一に他意は無いのであろう。彼の顔には純粋な感心が伺えた。

 

 

(気を抜きすぎてた。次から気を着けよう。)

 

「な、何事も準備が肝心だよ。おいで、アグモン」

 

 

一度出してしまった以上、ここで包帯を戻すことはもはや逆効果だと判断した沙綾は、浴場から出てきた自分のアグモンを呼び、右腕に手際よく包帯を巻いていく。

 

(お願い、みんな深くは追及しないでぇ)

 

「これでよし! 分かりやすくなったでしょ。」

 

 

「ああ。 似合ってるぜ、アグモン。」

 

 

「そうかなぁ…」

 

 

沙綾の内心など知らず、太一とアグモンは呑気な会話を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果的にこの件に付いて太一以外は誰一人気付くことはなかった。

そして、 こういった無意識に核心に迫るのも、彼が選ばれし子供達のリーダーたる理由の一つなのではないかとこの時沙綾は感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで林間学校ね。」

 

「何呑気なこと言ってるんだ。 僕たちはサマーキャンプに来ただけなのに。」

 

 

「俺たちがいなくなってもう5日、町内会じゃ大騒ぎになってるだろうな。」

 

 

「俺たちなんてまだましさ、沙綾はもう半月いるんだろ?」

 

「そうだね……」

 

太一が沙綾を労った言葉をかけるが、先程のような失敗を繰り返さないよう、彼女は言葉を少なくして答える。

場の空気が沈んだ事を察した空が、皆に声をかける。

 

「もう寝ましょう。 みんな疲れてるのよ…」

 

それを合図に、沙綾以外の子供達は徐々に寝息を立てて、短い夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きて、アグモン。ねえ、起きて。」

 

「う、ん、どうしたの、マァマ、トイレ?」

 

「違うよ! もうすぐここにデビモンが来るはず、裏から外に出るよ。」

 

「えっ!」

 

沙綾の言葉に驚くアグモンだが、その口を彼女に抑えられる。

 

「しっ! みんなが起きちゃう。 大丈夫。みんなは絶対に助かるから、心配しないで。」

 

アグモンは沙綾の言葉を疑うことはない。

静に頷き、既に着替えていた沙綾と共に裏口から外に出る。

 

デビモンに見つからないように息を殺しながら、近くの茂みにアグモンと共に身を隠した沙綾は、今から自分がするべき事を考えはじめた。

 

 

(歴史では、この後デビモンが現れて、みんなバラバラに飛ばされちゃう。 でも、みんなは確実に助かってまた集合できる。それに…)

 

 

「クロックモン……確か過去ではムゲンマウンテン近くの地下にいるっていってた。」

 

 

未来に帰るためのこの預言書は、速く渡しておくほど、強い証明になる。

 

 

(多分自然な形でこれを渡せるのは今しかない。 これを逃したら、ダークマスターズと戦うまで、ファイル島には戻れない。 彼らと戦う時にこれを見せても、もしかしたら信じてもらえないかも知れない。)

 

「ごめん、みんな……本当に、ごめんなさい。」

 

 

せっかく出来た仲間を見殺しにするような行為に、沙綾は息を殺して彼らに謝罪する。

 

絶対に助かることが確定していても、やはり心配になる。

自身が彼らと共に何処かも分からない場所に飛ばされる意味がない。最悪無駄に死ぬおそれも否定は出来ない。

 

だからといって、彼らにデビモンの襲撃を教える訳にもいかないのだ

 

 

「ごめん、でも、絶対また会えるから…」

 

最後にもう一度謝罪をし、森の茂みを利用しながら、デビモンに見つからないように、沙綾はムゲンマウンテンへと引き返した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、黒い悪魔が洋館へとその姿を表す。

 

二人の僕を引き連れ、選ばれし子供達を一人ずつ、始末するために……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私は、未来から来たの!

今のティラノモンの戦闘力は、大体太一のグレイモンと同じぐらいを意識して書いています。

ですが、ティラノモンにはサポートとして沙綾がついていますので、ほぼ独断で動くグレイモンより強く見えるかもしれません。

マンガの太一とゼロみたいな感じですね。


デビモンの仕掛けた罠によって、選ばれし子供達は散り散りに引き離され、ファイル島も、その姿を大きく変えた。

 

大地が割れ、ムゲンマウンテンを残して、徐々に海の向こうへと流されていく大陸で、太一達はそれぞれ、仲間と合流するために行動を開始する。

 

 

 

一方、デビモンの襲撃を事前に知っていた沙綾は、アグモンと共にその難を逃れ、ムゲンマウンテンふもとの地下に作られた、クロックモンの隠れ家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デビモンが大陸を引き離してから丸1日が過ぎようとしていた。

 

その間、唯一流されず、その場に残り続けるムゲンマウンテン、その周囲の僅かに残る森の中に今沙綾はいる。

 

罪悪感に苛まれながらも、彼女は自身の使命を優先し、アグモンと共に、ムゲンマウンテンのふもとにあるクロックモンの隠れ家を探していた。

 

(流石に簡単には見つからないか……デビモンにも見つかってないみたいだし…)

 

 

洋館から脱出した後、森の中で仮眠を取り、日の出と共に捜索を開始した沙綾であるが、日が落ちた現在も、まだそれは見つかってない。

 

 

今のところ、デビモンが沙綾の存在に気付いた節はない。

灯台もと暗しであるが、何時ばれるかも分からない綱渡りであることは確かであった。

 

(早く見つけないと…少なくともみんなが揃う前には…)

 

 

焦る沙綾だが、既に日は落ちているため、明かりがなければこれ以上の捜索は不可能である、何より、朝早くから森を歩き続けた二人の体力は、最早限界を迎えていた。

 

「ボク、もう、歩けない…」

 

「そう…だね。 確かに、今日はもう…無理かも」

 

ペタンとその場に座り込んでしまうアグモンを見て、沙綾もその場に腰を下ろす。

小刻みに震えている足が、二人の疲労を物語っていた。

 

 

「今日はここまでにして、また明日探そう。まだ後1日はあるんだもん。絶対見つかるよ。」

 

「明日も歩くのー?」

 

「元の世界に帰れなくてもいいの?」

 

「う……分かったよ、ボク頑張る。」

 

駄々をこねるアグモンを納得させた後、二人で身を寄せ会うようにして横になる。

 

1日分の疲れが一度に来た彼女達はすぐさま寝息を立て始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、疲労が溜まっていた沙綾は、何時もより遅く目を覚ます。アグモンを起こし、軽い朝食をとる。

 

「またゆで卵なのー」

 

「文句言わないの。あるだけましでしょ。」

 

 

始めてムゲンマウンテンに訪れた際、皆で作ったゆで卵の余りを、彼女はバッグに数個だけ忍ばせていた。

 

 

朝食を終えた二人は再び森の中を歩く。

 

 

「ねぇマァマー、本当にあるのかなー?」

 

「明日、みんながこの島に戻ってくるの。

その時まで見つからなかったら、探すのはいったん中止、最悪全部解決した後で、また来るしかないかな……」

 

「全部って?」

 

「………カオスドラモンを倒した後だよ。

ダークマスターズと戦う時に見つけられたらいいけど、多分あんまり時間がないと思うし……」

 

「カオスドラモン……」

 

カオスドラモン、沙綾達がこの時代に来ることになった全ての元凶、その名前を口にした沙綾も、聞いたアグモンも、表情が険しくなる。

 

あの出来事から沙綾の体感で4日、だがもうずっと昔の事のようにも感じていた。

 

 

 

 

そして一時足を止めていた彼女が歩き出そうとした時、

 

 

 

 

ぶわりと、背中に悪寒を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

同時に、今一番見たくない者が表れる。

 

 

それは漆黒の翼を広げ、沙綾の頭上から、不意に言葉を投げかけた。

 

 

 

 

「貴様ら、何故此処にいる?」

 

 

 

 

「えっ!」

 

 

その声に背筋と額に嫌な汗が流れた。本能的な恐怖なのだろうか。彼女はゆっくりと空を見上げ、その声の正体を確認する。

 

 

全身は黒、ボロボロの羽、赤い瞳、間違う筈はない。

 

「デビモン…」

 

「選ばれし子供達は全員、海の向こうへと散り散りにしたはずだが。」

 

 

デビモンは言いながら高度をさげ、沙綾の前へと降り立つ。

 

 

(まずい、まだ昼間だからそうそう出てこないと思ってたけど、どうしよう。 多分今の私達じゃ勝てない。)

 

「まぁいい。 ここで始末してやる。」

 

(ここは森の中、隠れながら逃げるのは難しくない。

少しでも相手の目を誤魔化せば、その隙に)

 

「死ね。」

 

「アグモン進化ァ ティラノモン!」

 

デビモンの長い腕が沙綾を捕らえようとした時、横からティラノモンの火炎放射が襲いかかる。

 

「チッ」

 

デビモンは素早く手を戻し、今度はティラノモンにその凶悪な腕を向ける。

 

デビモンの腕が伸びるように彼に迫り、その巨体を者ともせず吹き飛ばした。

 

「ぐわぁ」

 

近くの木を数本折った後、ティラノモンの身体は停止する。

 

 

片膝を付きながら立ち上がるが、思った以上にデビモンの攻撃は重く、劣勢なのは間違いないだろう。

 

 

 

「ファイヤーブレス!」

 

立ち上がったティラノモンは遠距離から先程の強烈な火炎を放つ。しかしそれはデビモンの身体に当たることはなく、彼は幻のように消えることで、それをかわした。

 

「!」

 

ティラノモンが驚くのも束の間、彼の真横に突如出現したデビモンは、再びその腕を突きだしティラノモンを掴むと、今度はその身体を投げ飛ばす。

 

「うあぁぁ!」

 

ボキボキと、先程よりも多くの木をへし折り、土煙が上がる。しかし、ティラノモンは立ち上がる。まだ倒れるわけにはいかない。

 

 

「ふん。しぶとい奴だ。」

 

「スラッシュネイル!」

 

先程とは違い、突進から鋭い爪を振り上げ、デビモンを一閃するが、やはりそれは、まるで蜃気楼のように消えていく。

 

それを見た沙綾は、すかさずデビモンが次に現れる場所を考え始めた。

 

(デビモンは今の攻撃で決められなかった事に少し腹を立ててる。なら、次は絶対に止めを指しに来るはず、そうすると次に現れる場所は…)

 

彼女はティラノモンの周囲を警戒する。

 

そしてその背後に、徐々に実体化する彼を見つけた。

 

「ティラノモン、アレ!」

 

それは彼女達にしか分からない合図。

ティラノモンは反射で、一切の予備動作を行わず、発達した尻尾の筋肉のみで、強力なテールスイングを放つ。

 

「なっ!」

 

その行動の早さにデビモンは驚愕する。回避が間に合わず、この戦闘が始まってから始めて、彼の身体に攻撃が命中した。

 

「今だ! 逃げるよ!」

 

「オッケィ、マァマ!」

 

 

大きな痛手は与えてはいないが、今回は都合良く相手の頭に直撃する形となったため、三半規管を揺さぶられたデビモンはふらふらと立ち上がり、片手で頭を押さえている。

 

 

 

「おのれぇ、待て!」

 

 

「ファイヤーブレス!」

 

 

空いている片腕を伸ばそうとするデビモンに、目眩ましの意味を込めて、ティラノモンが三度目の火炎を頭に向け放つ。

 

「ぐぅ!」

 

 

炎を受けたデビモンは態勢をくずすが、恐らくそれほど効いてはいないだろう。

デビモンは、成熟期でありながら一部の完全体すら凌駕する力を持つ。 この程度では決して倒れない。

 

「急いで!」

 

「うん!」

 

 

沙綾の指示で、身を隠しやすいようティラノモンはアグモンへと姿を変え、周囲の木が炎に包まれる中、二人は悪魔から逃れるため、ひたすら森を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マァマ! どうする。左右に別れてるよ!」

 

 

数分走ったところで、沙綾達はムゲンマウンテンの絶壁を前方に確認することになった。10メートルは悠に越えるその壁を昇ることなど彼らには出来ない。

しかし、壁に沿うように左右に獣道ができており、アグモンはどちらに進むべきかを沙綾に問う。

 

 

(右…左…どっちでも一緒だけど……じゃぁ左!)

 

「左に曲が…」

(いや違う…左じゃない……なんだろう……女の勘?)

 

「ごめん! やっぱり右」

 

「うん! ………うわっアイツもう来たよ!」

 

 

アグモンが声を上げる。沙綾が振り替えると、森の木々を縫うようにデビモンが彼女達を目掛けて飛んでいた。。

今はまだ距離があるが、どこか身を隠す場所がなければいずれ追い付かれるだろう。

 

 

 

 

「早く! アグモン!」

 

先程の戦闘での疲れか、アグモンの速度は何時もよりさらに遅い。沙綾はアグモンの手を引き、右の道を直進した。しかし

 

(このままじゃ追い付かれちゃう!)

 

 

デビモンとの距離は縮まる一方だ。このまま逃げ続けても恐らく数分も持たないだろう。

どこか、身を隠せる場所が欲しいと、彼女達は願いながら走る。

 

その時、

 

「こっちです! 早く!」

 

見覚えのあるデジモンが、地面の下から手招きしている。彼女はためらうことなくアグモンの手を引き、森の中、岩と倒木で入口を上手く隠した地下に、身を投げるように転がり込んだ。

沙綾達が入った後。そのデジモンは急いで入口を隠し、三人は息を殺して、その災厄が過ぎ去るのをひたすら待つのだった。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

「逃げられたか………」

 

 

森の中、標的を見失ったデビモンは一度地面に足を着け

、静かに呟いた。

 

 

「しかし、どのみちヤツはここからは出られん。

暗黒の力は既にこの島中を多い尽くしている。

死ぬのが本の少し先になっただけの話。」

 

 

言い残し、デビモンは沙綾達を深追いすることはせず、再びその漆黒の翼を広げ、自らの本拠地である、ムゲンマウンテンの頂上へと、飛び去る。

 

 

「私に同じ手は通用しない。 次に会うときが、貴様の最後だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、大丈夫でしょう。」

 

 

 

その言葉を合図に、沙綾とアグモンは一度大きく息を吐く。

 

「死ぬかと思ったよ……」

 

「ボクも……」

 

 

 

「あなた方が、今噂になっている、世界を救う、選ばれし子供ですね。」

 

そのデジモンは沙綾を正面から見つめ問いかける。

ある意味でそれは間違いではないが、沙綾はこのデジモンが言う"選ばれし子供"ではない。

 

「私は…違うの、選ばれし子供じゃない。」

 

沙綾は首を横に振り、その言葉を否定する。

 

 

「?…いえ、そんな筈はありません。貴方は人間で、聖なるデヴァイスも持っている。 パートナーもいるではないですか。」

 

彼女が先程の戦闘から握りしめていたデジヴァイスに、そのデジモンは一度目を向け、彼女の言葉をさらに否定した。

 

 

 

「それでも違うの!……私は、未来から来たの!」

 

 

「えっ!?」

 

「この森に居たのは、クロックモン。あなたを探すためだよ!」

 

 

沙綾は見覚えのあるデジモン、クロックモンに向かい、矢継ぎ早に声をあげる。それに対し、彼は、

 

 

 

 

「説明を、お願いします。」

 

 

 

 

と、冷静な口調で、その真偽をを問うべく、沙綾に事態の説明を求めるのであった。

 

 




サクサク話を進めると中身が薄くなりますし、
濃くしすぎると、話は進まないし、伏線が多くなりすぎますし、

作者的には、今回ぐらいのペースがちょうどいいと思うのですが、どうでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私はまた、知らんぷりなのかな…

「なるほど………」

 

 

隠れ家にしては比較的広い空間の中、

沙綾のこれまでの経緯を全て聞いたクロックモンは、時計型の乗り物の上で腕を組み、頷いた。

 

 

「貴方の話は理解しました。 貴方の言う時間の理屈にも間違いはありません。」

 

「まぁ、未来のあなたの言葉だからね。」

 

 

自信ありげに彼女は頷くが、クロックモンの表情は険しい。

 

 

「未来の私は、他に何か言っていましたか?」

 

 

自分が覚えている限りは全て話したはずと、彼女は首を横に振る。クロックモンは下を向き、少し考えこんだ後、その顔を上げた

 

 

 

 

「貴方が未来人であることは、ほぼ間違いないでしょう。 ですが、時間の移動は大変危険な行為です。万が一にでも貴方が嘘をついている可能性があれば、使う訳にはいきません。何かそれを証明出来るものは持っていますか?」

 

 

クロックモンの言うことは最もである。

悪意のある者が時間を移動する危険性は、未来の彼も語っていた。

 

沙綾はバッグから例の小説を取りだし、クロックモンに手渡す。

 

「これは?」

 

「選ばれし子供達の一人が書いた小説だよ。

この世界で実際に起こったことが書かれてるの。

これからこの本に書かれてることが次々起こるはずだから、それで証明できると思うんだけど。」

 

 

未来でクロックモンがしたように表紙を眺め、次にページをパラパラとめくる。 しかし、この時点ではまだ証明としては弱いと感じたのか「しばらく貸してもらえませんか。」と口にし、元々そのつもりであった沙綾はそれを了承した。

 

 

 

 

 

「この証明は一応の確認です。 私自身は貴方の言うことを嘘だとは思っていません。そして、私のせいでこのようなことになってしまった事を…申し訳なく思います。」

 

クロックモンは未来で彼女にしたように頭を下げる。

だが、

 

「あなたはまだ何もしてないでしょ。 それに、あなたのせいなんかじゃないよ。」

 

 

"悪いのは全部アイツなんだから"と、その目に確かな怒りを秘め、沙綾はクロックモンを庇護するのだが、彼は"それでも、すみません"としばらく頭を下げたままだった。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はお疲れでしょう。ここで止まっていってください」

 

落ち着きを取り戻し、しばらくした後、クロックモンが沙綾達へと提案する。

デビモンとの戦闘、及び逃走に加え、昨日の疲労が抜けていない沙綾とアグモンはその提案をありがたく受けることにした。

 

二人が眠るには十分な土の床に横になり、沙綾とアグモンは明日に疲れを残さないため、早めに休む事を決めた。

 

「アグモン、明日、頑張ろうね。」

 

既に寝息をたて始めたパートナーに、彼女は静かに語りかける。

 

 

 

 

明日、この島で子供達とデビモンが激突するのだ。

 

沙綾はそこで、この時代でするべき最初の仕事が待っている。

即ち、デビモンの戦闘データのロードだ。

 

子供達がデビモンを倒し、彼が消滅するとき、デジヴァイスを使い、本来消えていくデータをアグモンへと流す。

 

エンジェモンのパートナーであるタケルや、他の子供達のデジヴァイスにその機能がない以上、沙綾達はその場に居るだけで、それを得る事が出来る。下手に過去に干渉する必要はない。

 

 

だが、

 

 

「みんながピンチなのに、私はまた知らんぷりなのかな…」

 

彼らといた時間は3日程のものだが、それでも、"いっしょに行こう"、と暖かく迎えてくれた者達を、自分はまた見捨てるのか。

 

これから先も、それを繰り返していくのか。

 

最後には勝利するからといって、それは正解なのか。

 

 

 

過去に来る以前は、考えもしなかった葛藤が、今は沙綾の胸を締め付ける。

 

答えは出ないまま、彼女は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灯りを消した部屋、クロックモン暗闇の中考えていた。

 

(あの様子では、未来の私は彼女達にあの事を説明していない。 理由は恐らく、彼女達が過去に行くことを拒む可能性が高くなるから。)

 

 

 

 

 

あの事、即ち、未来のカオスドラモンを倒した後のこと。

 

 

 

 

 

(彼女達が未来でカオスドラモンを倒すと言うことは、まず前提として彼女達が過去に来なければならない。)

 

 

 

 

それは当たり前の事、未来で勝てなかったからこそ、彼女達は過去で力を付ける選択をしたのだ。

 

 

 

 

 

 

(だが、未来でカオスドラモンが過去に行く前に、それを倒した場合、そもそも彼女達は"過去に来ることがない")

 

 

 

 

沙綾達は"カオスドラモンが居たから過去に来た。"

言い換えるならば"カオスドラモンが居なければ過去には来ない"

 

 

 

 

 

 

(これは深刻なタイムパラドックスを生み出してしまう。 カオスドラモンを倒した後、その矛盾を修正するため、私を含め。過去で彼女達と関わった全ての者の記憶から、彼女達は消える。)

 

 

 

 

 

 

(そして、元の時代の少し前に戻らなければカオスドラモンに会えない以上、その世界には必ず、もう一人の自分がいる。

"過去に行かない"、言い換えれば、"時間の移動が出来ない"、その状態で同じ時間に、同じ人間が居ることはありえない。それはつまり…)

 

 

 

 

 

これは、たった一つの方法を除いて、最早修復出来ない矛盾。その方法とは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(カオスドラモンを倒せば、彼女達も消滅する。)

 

 

 

 

 

 

 

 

親友を救いたいと願った少女は、それを行えば自身が消える運命にある。その残酷な結末を彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

(しかし、彼女の言う通りなら、カオスドラモンを倒さなければ、世界は最悪の結末を迎える。)

 

 

 

 

 

明かりを消した暗い地下の中、クロックモンはいずれ訪れる沙綾達の運命を思い、未来の自分を呪う。

 

 

 

(私は、なんと言う事を……)

 

 

 

 

未来の自分と同じ言葉を呟く、朝日が昇まで、彼は眠る事さえ出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、選ばれし子供達は、それぞれの試練を乗り越え、このムゲンマウンテンへと集結する。

 

空、丈、沙綾を除く子供達は、歯車による暴走から助けたレオモンと共に、再びこの島に上陸した。

 

 

一方、空、丈の二名も、パートナーと共に海を渡り、ムゲンマウンテンを目指して進む。

 

 

そして沙綾は………

 

 

 

 

 




今回で未来の伏線を一つ回収しました。

これについては、皆さんも想像がついたかもしれません。

「親殺しのパラドックス」の亜種ですね。

ここからの回は少し考えながら書かなければならなそうです。

矛盾が起こってしまう可能性がありますので、

ご意見、ご感想、評価等々、あればよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

…アキラ………ミキ…

「我がもとへ集え! 暗黒の力よ! ここを貴様達の墓場にしてやる。 選ばれし子供達よ!」

 

 

 

ムゲンマウンテンの山頂にある本拠地で、その顔には笑みさえ浮かべ、デビモンは声高らかに叫ぶ。

 

次第に空は黒く染まり、散り散りとなったファイル島全ての暗黒の力を自身の元へ集めたデビモンは、次第にその姿を巨大化させていく。

 

己の城を破壊しても尚、その身体は大きくなり続け、最後にはムゲンマウンテンの半分を越えるであろう巨大な悪魔と化した。

 

 

 

 

「デビモン…なのか…」

 

「何であんなに大きいの!?」

 

 

 

そのあまりの大きさに、ムゲンマウンテンを上り始めたばかりの選ばれし子供達も、動揺を隠せない。まるで信じられない物を見たような顔でその場で固まってしまっている。

 

 

「幻覚じゃないですか? 前みたいに。」

 

「嫌違う。あれは暗黒の力で巨大化しているのだ。」

 

 

光子郎はデビモンの特性をよく理解した発言をするが、レオモンはそれを否定をする。彼は一度はデビモンの暗黒の力に触れた身、頂上にいる悪魔が、幻ではないことが分かるのだろう。

 

 

直後、巨大化したデビモンは、同じく巨大なその翼を広げ、ムゲンマウンテンから飛び立つ。

ズシンと言う地響きをあげ、木々をなぎ倒し、周囲の森へと彼は着地した。

 

「アグモン進化だ。」

 

 

それを見た太一が真っ先にアグモンに戦闘の指示をだし、それに呼応するように彼のデジヴァイスが輝く。

 

しかし、

 

 

 

ブオンと、

 

ただデビモンが振り返っただけ。

たったそれだけで、まるで嵐のような暴風がまきおこったのだ。

 

 

進化を始めようとしたアグモンも含め、レオモンを除いたその場の全ての者が、その風によって吹き飛ばされ、硬い山の表面へと身体を叩きつけられた。

 

動けない子供達に、悪魔はさらに追撃を仕掛ける。

 

「お前達はここで終わりだ!」

 

巨大な掌を広げ、そこから黒い闇の光線を彼らに向かい放つ。

 

「「「うわぁぁ!」」」

 

黒い闇にまみれ叫ぶ子供達の姿はまさに、絶対絶命と呼ぶにふさわしいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、クロックモンの家を出発し、他の子供達より速くこのムゲンマウンテンに到着していた沙綾は、彼らのすぐ近くの岩の影にその身を隠して、この闘いを見ていた。

 

昨日の葛藤の答えは見つからないまま、彼女は今自分が何をするべきなのかが定まらない。

 

(またあの洋館と同じ思いをするの? 知らんぷりする事が正しい事なの? でも、下手に飛び出したらミキとアキラはどうなるの? 未来が変わっちゃったら私達はどうなるの? 結局私はどうしたいの?)

 

彼女は知っている。この先の展開を。しかし沙綾は今まで彼らの本格的な危機を間近で見たことがなかったのだ。

 

彼女の中の優先順位は勿論親友を助ける事が一番である。だからこそ、今彼女は動いていない。だが、いくら最終的に勝利するといっても、目の前で苦悶の表情を浮かべて悲鳴をあげる者を見て、何も感じないはずはない。

それが、自分に好意的に接してくれた者なら、尚更である。

 

苦しそうに声を上げる子供達を結局は見ているだけの自分が、どうしようもなく無力であることを、彼女は思い知らされていた。

 

「お願い、早く来て…」

 

今の彼女にはそう祈ることしか出来ない。

 

 

「ハープーンバルカン!」

 

直後、子供達を追い詰めるデビモンの首筋に、小型のミサイルが打ち込まれる。遅れて到着した丈と空が彼らを助けるために援護したのだ。

 

「メテオウイング!」

 

デビモンの闇の光線が一時的に中断し、その隙を付いた太一達も反撃を試みる。

 

 

(よかった……でも……)

 

沙綾は一度胸を撫で下ろすが、彼女は知っている。もう一度彼らか追い詰められる事を…

しかし、彼女が出ていく事は出来ない。 エンジェモンの覚醒をもし阻害するような事があれば、沙綾ではデビモンを止められないからだ。

 

 

 

 

選ばれし子供達は今、それぞれのパートナーを成熟期へと進化させ、総力を上げてデビモンへと立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけぇ! グレイモン!」

 

グレイモンが必殺の『メガフレイム』を放ち、ガルルモンがそれに続くようにデビモンの腕に噛みつくが、彼には一切効いてはいない。

 

 

「そんな攻撃が私に効くと思っているのか!」

 

 

腕に噛みつくガルルモンをそのままグレイモンへと投げ飛ばし、援護に回るトゲモン、カブテリモンも、その長い腕で凪ぎ払う。

 

背中を狙ったレオモンは、剣を突き立てる直前に、デビモンの背中から突如現れたオーガモンにそれを阻止された。

 

「俺はデビモン様の一部になったんだ! もうお前に負ける気はしねぇ!」

 

 

骨の棍棒でレオモンを叩き落とし、追撃の『覇王拳』が彼を襲う。

 

その間に本体のデビモンは先程奇襲を仕掛けたバードラモン、イッカクモンの二体を戦闘不能に追い込んだ。

 

物量戦が全く意味をなさない圧倒的な力の差、崩れ落ちていくパートナー達を見て、太一達の表情に焦りが見える。

 

 

「最も小さき選ばれし子供よ、貴様が消えれば、もう恐れるものは何もない!」

 

 

デビモンはその巨体でタケルを見下ろし、今まで何体ものデジモンを葬ってきた腕をタケルへと向ける。

迫る巨大な腕を前に、タケルは動けない。

 

それを阻止すべく、パートナー達全員でデビモンを押さえつけるも、デビモンが自身を起点にその闇の力を解放させた事で、パートナー達は勿論、選ばれし子供達もそれに巻き込まれ、吹き飛ばされた彼らは皆撃沈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった一人、岩影に隠れていた沙綾を除いて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少し前、

 

戦闘が進むにつれ、悪化していく状況に耐えられず、彼女は岩影に耳をふさいでしゃがみこむ。

 

(もう見てられない…みんなが傷ついて行くのを見たくない…………結局…私は知らんぷりなんだ……)

 

罪悪感と無力感で満たされた彼女は、今はただ、早くこの闘いが終わることだけを祈り続けていた。

 

 

「しっかりして、 マァマ言ってたでしょ。"絶対にみんなは助かる"って! 」

 

アグモンは沙綾を心配するが、その言葉は今の彼女にとっては逆効果だ。 なにせ沙綾はその"絶対に助かる"事を言い訳にして、苦しむ彼らに何もしない事に罪悪感を覚えているのだから。

 

 

そして、

 

 

耳をふさいでいても分かる爆発音と、嵐のような衝撃が回りを襲う。 岩に守られ、沙綾とアグモンに怪我はなく、同時にその衝撃は、混乱する彼女の頭の中を一度リセットさせるには十分な威力であった。

 

(なっ!何!?)

 

「マァマ! 今の!」

 

沙綾は立ち上がり、恐る恐る、岩影から皆の様子を伺う。

 

 

そこで彼女が見たのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無惨に倒れ伏す子供達とそのパートナー、そしてその内の一人、タケルに向かって巨大な手を延ばすデビモンの姿…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまさに、未来で彼女が見た光景、

 

カオスドラモンが瀕死のマシーンデジモン達の中、親友達を殺した光景と、余りにも似すぎていた。

 

「あ……」

 

 

デビモンの両腕が、沙綾の目の前のタケルへと伸びる。。

 

『カオスドラモンの左腕が、沙綾の隣のミキへと伸びる』

 

 

「…アキラ……ミキ……」

 

 

彼女のトラウマが思考の全てを支配したその瞬間。

 

 

 

 

 

「やめてぇぇぇ!」

 

 

 

あの時と同じ絶叫と共に、彼女は目に涙を溜めながら倒れ伏すタケルに向かって走り始めた。

この後の展開など、今の沙綾の頭の中からは既に抜け落ちている。

しかし、冷静な普段の沙綾ならば理解出来るはずだ。

 

 

 

 

 

 

今が一番"助けにいくべきでない"場面であることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デビモンの腕が、タケルを捕らえようとしたその瞬間、沙綾はタケルと『パタモン』に飛び付き、彼らを抱えて地面を転がることで、それを回避する事に成功した。

いや"成功してしまった。"

 

 

 

一瞬の出来事にデビモンが目を見開く。

 

「貴様、あの時の小娘!」

 

腕の向きを再度修正し、デビモンは三人をまとめて始末しようとするが、自身の目の前を、激しい火炎が通りすぎた事で、反射的に腕を戻してしまう。

 

 

「マァマに手を出すな!」

 

ティラノモンが怒りの形相でデビモンを睨む。沙綾に危害を加える者は、相手が誰であろうと立ち向かう。絶対に勝てない存在であろうとそれは変わらない。

それが彼女のパートナーの在り方なのだ。

 

 

 

そして

 

 

「沙綾…お前も来てくれたのか…なら俺達も…まだ諦めるには早いよな…」

 

「ああ…タケルを助けてくれたお礼をしなくちゃいけないからな…」

 

彼女の登場に励まされた太一とヤマトが再び立ち上がり、力なく倒れていたグレイモン、ガルルモンもゆっくりとその身体を起こす。

 

「そうよ……まだ負けてないんだもの…」

 

「僕達も…最後まで…諦めません。」

 

それに続くように、空、光子郎、丈、ミミ、そのパートナー達全員が、軋む身体に鞭を打って立ち上がった。

 

満身創痍ではあるが、沙綾の登場により、皆の目に戦う意志が戻る。

 

 

 

 

本来の歴史にはない第2ラウンドが、今始まろうとしていた。

 

 

 

 

 






デビモン戦、どう書こうか迷った結果、こうなりました。

次回はどうなるでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ここで私達が戦うのを観てて

今まで文字数の上限の桁間違ってました。
4000字だと思ってました。




ティラノモンが時間を稼いでいる間に、沙綾はタケルとパタモンを連れ、デビモンから遠ざかる。 あの巨体を前にそれは気休めでしかないが、少なくとも、彼の正面にいるよりかは幾らか安全だろう。

 

 

「ありがとう! 沙綾さん。」

 

「僕からもお礼を言わせて。タケルを助けてくれてありがとう。」

 

 

助け出された二人が、沙綾にお礼の言葉を口にした時、無我夢中であった彼女の思考が冷静さを取り戻す。

同時に、今自分が何をしたかを思い知るのだった。

 

 

 

(やっちゃった……よりによって…最悪のタイミングだ……)

 

 

沙綾の顔が青ざめていく。

先程のタケルが、親友達とダブって見えた彼女は、思わず彼を助けてしまった。

しかしそれは、この闘いにおいてエンジェモンへの進化のタイミングを逃したという致命的な事なのだ。

 

(どうしよう。 このままじゃ……)

 

 

皆が再び立ち上がるが、もうまともな戦闘は不可能だろう。エンジェモンへの覚醒を逃した今、実質ティラノモンだけであのデビモンと戦わなければならない。それが如何に絶望的であるかなど語るまでもない。

 

 

「僕がタケルを守らなきゃいけないのに……」

 

パタモンが地面に足をつけ、申し訳なさそうに下をむいている。

 

希望があるとすれば、それは彼に再び進化のタイミングが訪れる事を祈るのみ。

 

(そうだ、まだチャンスはある。最終的に誰もやられずにエンジェモンの進化まで粘れば、まだ)

 

「沙綾さん? どうしたの?」

 

先程から黙り混んでいた沙綾を心配し、タケルが声をかけた。

 

「ううん、何でもないよ。」

 

恐らく、この状況で一番の打開策は、タケルを再びデビモンの前につきだす事だろう。沙綾もそれは分かっている。しかし

 

「タケル君はここで待っててね。」

 

親友とダブって見えた少年を、再び死地へと送り出す事など出来ない。理性を持ってそれが出来るなら、始めから彼等を助けたりなどしていない。

 

 

 

「沙綾さんはどうするの? もしかして戦うの!? 無理だよ!あいつ強すぎるよ!」

 

「ティラノモンが戦ってるの。 戻らないと…それからパタモン、貴方は自分が思ってるよりずっと強いんだよ。 だから、ここで私達が戦うのを観てて。」

 

結果、沙綾はパタモンを信じる事にした。

彼の自力での進化まで、自分が時間を稼ぐことを決めたのだ。

 

(私が招いた失敗なんだ。私が取り返さないと!)

 

彼女は言い残し、戦場へと戻る。頭の中は先程よりもスッキリとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファイヤーブレス!」

 

デビモンの顔を目掛けて渾身の火炎をティラノモンは放つ。しかし、先程は反射で腕を引いたが、本来彼にはこの程度の攻撃をかわす必要などない。

 

巨大な掌で炎を遮り、そのまま炎を押し返すように、腕をティラノモンに向けて伸ばす。

 

「デスクロウ!」

 

悪魔の腕が突き進む。諦めず炎を吐き続けるティラノモンに後一歩で届くという所で、その声は聞こえた。

 

「右に跳んで!」

 

聞こえた瞬間に、ティラノモンは反応する。着地を考えず、両足で一気に跳躍し、転がりながらもその場から離れた。直後、轟音と共に彼がいた所にデビモンの腕が突き刺さる。

 

「マァマ! よかった。 いきなり走って行っちゃうからビックリしたよ。」

 

声の主である沙綾の元に走りより、ティラノモンは安堵の表情を浮かべた。

 

「ごめんね。 パタモンが進化出来るまで、私達 で時間を稼ぐよ!」

 

パタモンの進化がこの闘いにどれ程の影響があるかを知らない彼は、一瞬疑問に思うが、彼女の言葉を信じて頷く。

 

「大人しく死ねばいいものを!」

 

デビモンが掌を此方に向け、子供達を苦しめた闇の光線を、今度は沙綾とティラノモンに向けて放つ。狭い山道でこれをかわすのは至難の技である。しかし彼女は

 

 

「跳んで!」

 

ティラノモンの背中に飛び乗りながら指示を出す。

すると、10メートルはあろうかという崖を、彼は一切のためらいなく飛び降り、光線が自身の頭の上を通過する中、ティラノモンは真下の山道へと着地を決めた。

 

「メガ、フレイムッ」

 

沙綾がティラノモンの背中から降りると同時に、デビモンの頭を目掛けた火炎弾が飛ぶ。

彼の意識が森の中のグレイモンへ向けられたのを確認した彼女は、すかさずティラノモンに攻撃の指示を出した。

 

「撃って!」

 

「ファイヤーブレス!」

 

 

沙綾の簡潔な指示からティラノモンは即座にそれを行動に移す。二人の信頼が合ってこそなせる技である。

火炎放射がデビモンの後頭部へ直撃し、彼が僅かに体勢を崩した。 そこへ、

 

「行け! ガルルモン!」

 

ヤマトの命令と共にガルルモンがデビモンの後ろから、その足を目掛けて走る。

 

「フォックスファイヤー!」

 

 

青い炎を吐きながら突進し、そのままデビモンの足へと噛みついたのだ。ダメージは自体は皆無だが、足を取られたデビモンはバランスを保てず、地響きを立て、後ろ向けに転倒してしまう。

 

 

「今だ! みんな! 一斉攻撃だ!」

 

太一の言葉を合図に、ティラノモンを除くパートナー達

全員が、己の必殺を放つ。 だが、既に体力は限界を越えているのだろう。直撃はしたが、そこには何時もの力強さはない。

 

(やっぱり……効いてない。…どうすれば…)

 

攻撃を受けたデビモンは、憎々しげにそれを見ると、

 

「鬱陶しい奴等が! オーガモン! 殺れ!」

 

自身の身体の中にいるオーガモンへと命令を下す。

手下に子供達を任せ、自分は沙綾を仕留めるつもりなのだろう。その威圧的な赤い目が彼女を捉えていた。

 

 

(目………そうだ!)

 

 

沙綾は思う。幾ら身体が巨大化し、頑丈になろうとも、目の強度はそれほど変わらないはずだと。時間を稼ぐ上で相手の視界を奪うことは非常に効果的である。

今のデビモンは転倒しているため、目線の高さは沙綾がいる山道とほぼ同じ、長い両手は身体を支えるように地面へと着いている。この期を逃すわけにはいかない。

 

 

 

「ティラノモン! 目を狙って!」

 

 

沙綾の指示の元、ティラノモンは三度目の火炎を、デビモンの目を目掛けて放つ。だが、

 

「同じ手は喰わん!」

 

彼は沙綾のこの行動を予想していた。

昨日、これで視界を奪われた事を彼は忘れてはいなかったのだ。素早く頭を横にずらす事で、炎は彼の頭を掠める程度にとどまるのだった。

 

 

(ウソ……読まれてたの!?)

 

 

デビモンにダメージを与える手段が他に思い付かない以上、今の攻撃が避けられた事は非常に辛い。

他の子供達も、疲労のせいで7体がかりでもオーガモンに苦戦している。やられてしまうのも時間の問題だろう。

 

(このままじゃみんなが先にやられちゃう、)

 

彼等が一人やられるだけで未来が変わってしまう。

 

沙綾は焦りで顔を歪ませ、デビモンは勝利を確信して、口元をつり上げる。しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙綾もデビモンも忘れていた。

この場にもう一匹のデジモンが居たことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デビモン、覚悟!」

 

先程沙綾達が居た山道から獅子王丸を握りしめたレオモンが飛び出す。

狙いは彼女と同じくデビモンの目、

 

 

「何!」

 

 

完全に不意を突かれたデビモンは反応が間に合わず、オーガモンは子供達の相手をしているため、出て来ることが出来ない。

無防備なその右目に、レオモンの剣が深々と突き立てられた。

 

 

 

「ぐうおぉぉ!」

 

 

突如走る激痛にデビモンが苦痛の声を上げてもがく。

レオモンは森の中へと振り落とされ、右目に刺さった剣をデビモンが引き抜いた時、彼の身体に異変が起きた。

 

「ぐぅ、私の暗黒の力が!」

 

 

デビモンの右目から黒い闇が噴水のように吹き上がる。

異変はそれだけではない。

 

「見ろ! デビモンの奴、縮んでいくぞ!」

 

太一が指を指し、他の子供達もそれを確認した。

恐らく、暗黒の力が体外に出たことで、デビモンの力が弱まり、それによって身体も小さくなったのだろう。

 

デビモンは慌て右目を押さえ、力の流出を防ごうとするが、既に身体はに先程の半分以下にまで落ち、大幅な弱体化を招いている事は、誰の目にも明らかである。

 

「おのれぇ! よくも!」

 

 

それ故に沙綾は考えてしまった。

もしかしたら、エンジェモンを待たずとも倒せるのではないか、レオモンと共闘すれば、何とかなるのではないかと。

 

その一瞬の気迷いが彼女の危機を招く…

 

デビモンはオーガモンを体内に戻して飛翔し、一番目立つ位置にいた沙綾とティラノモンに標準を合わせ、空いている左腕を伸ばしてきたのだ。

 

 

「デスクロウ!」

 

「マァマ! 危ない!」

 

「えっ!?」

 

悪魔の腕が沙綾に迫る。今度は彼女が不意をつかれ、反応がおくれてしまった。

動けず固まる沙綾の前に、盾となるべくティラノモンが彼女を抱え込み、背中でデビモンの攻撃を受けてしまい、

 

「うおぁぁぁぁ!」

「ティラノモン!」

 

直撃を受けた彼に、電流を流したような衝撃が走り、ティラノモンはその場へと倒れ付す。弱体化しようが、デビモンは彼女達の手に負える相手ではないのだ。

 

「しっかり!ねぇ!ティラノモン!」

 

「次はお前だ。小娘。 死ね!」

 

 

これで最後と、デビモンの手が彼女にふれる直前、

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな光が立ち上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レオモンがデビモンの右目を潰した時、

タケルとパタモンは、全体が見渡せる位置に移動し、その様子を見守っていた。

 

「パタモン見て!デビモンがちっちゃくなってくよ!」

 

「ほんとだ!」

 

これで勝てると喜ぶタケルだが、パタモンの表情は優れない。

 

(なんで僕はここにいるんだろう。タケルを、みんなを守らなきゃいけないのに…)

 

先程の沙綾と同じような疑問をパタモンも感じていた。

彼女は、自分は強いと言ってくれたが、何も出来ずに此処で見てるだけの自分を、パタモンはそう思えなかったのだ。

 

そして、

 

タケルにとって一見優勢に見えたこの状況も、右目を押さえたデビモンが、もう片方の手で沙綾を庇うティラノモンを戦闘不能に追い込んだことで一変する。

 

自分達を助けてくれた沙綾の危機に、タケルの表情が変わった。

 

「パタモン!大変だよ!このままじゃ沙綾さんが殺されちゃう!」

 

「えっ!」

 

「僕達が助けなきゃ! 行こうパタモン!」

 

自身が此処にいる意味を考えていたパタモンは、タケルの言葉を聞いて我に返り、彼と共にその場から走り出す。

 

彼女はティラノモンに乗って下の山道に降りたが、彼等にはそんなことは出来ない。

パタモン一人でなら降りることは可能ではあるが、

 

デビモンの手が動く。

 

 

(なんで僕だけ進化できないの! 進化出来れば、みんなを助けられるのに!)

 

 

それは、本来の歴史と同じ想い。

 

 

「おねがいパタモン! 沙綾さんを助けて!」

 

 

そして、本来のの歴史にはないタケルの想い。

 

 

 

タケルの願いとパタモンの進化への渇望により、ついに彼のデジヴァイスが輝く。回りを照らすようなちいさな光は徐々に大きくなり、遂に

 

 

「次はお前だ。小娘。死ね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな光が空に向け立ち上った。

 

「何! クッ …そうはさせん!」

 

デビモンは驚愕の表情を浮かべ、沙綾への攻撃を中断し、その光の中で今姿を変えようとしているパタモンに標的を変更する。が、既に遅い。

弱体化した彼では光の中に手を入れることは出来ず、逆に押し返されてしまう。

 

 

 

「パタモン進化ー!」

 

 

声高く叫ぶ。タケルを守るため、みんなを守るため、自分を強いと言ってくれた彼女を守るため、悪魔を倒すため、遂にパタモンはその姿を天使へと変えたのだ。

 

「エンジェモン!」

 

 

 

 

呆然と見つめるタケルの前に六枚の羽を羽ばたかせたながらエンジェモンは今舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エンジェモン登場です。

原作は改めて見ると結構駆け足なんですね。デビモン戦は大体10分くらいで終わってしまいます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

また…私のせいだ…

デビモンの攻撃手段がデスクロウ以外あまりないので彼の戦闘がワンパターンになりがちでした。




お前は何回腕伸ばすんだ!


「…パタモンが…進化した…」

 

 

進化を果たしたエンジェモンは、横目で一度タケルを見た後、自身の武器である棍を携え、静かにデビモンへと振り返る。

 

「おのれ…やはり先にお前を殺しておくべきだったか…」

 

「お前の暗黒の力、消し去ってくれる! 」

 

両者はにらみ合い、一瞬の静寂が訪れる。初めにそれを破ったのは、デビモンの身体に潜むオーガモンであった。

 

 

「そうはさせるか!」

 

彼はデビモンの身体からまるでゴムの様にその身体を伸ばし、エンジェモンへと迫る。だが、エンジェモンは慌てることもなく、棍を正面に構え、オーガモンの攻撃に合わせるようにその先端部に聖なる輝きを灯した。

 

 

闇の化身と言っても過言ではないデビモンと一体になっているオーガモンにとって、その眩い輝きは耐えられる物ではなく、跳ね返される様にデビモンの体から出ていく。

 

「お邪魔しましたー!」

 

 

そんな場違いな言葉を残し、彼はこの闘いから呆気なく退場するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、エンジェモンが覚醒したことによって、自身の使命を終えた沙綾は、気絶していたティラノモンが目を覚ましたことに安堵の涙を浮かべていた。

 

「良かった……ティラノモン、大丈夫…?」

 

「マァマこそ…大丈夫…?」

 

大きな瞳に涙を浮かべる沙綾を、ティラノモンは逆に心配している。

 

「うん…ありがとう…貴方のおかげだよ…」

 

「良かった…最近マァマすぐ泣いちゃうから…怪我したのかと思ったよ。」

 

「そ、そんなことないよ!」

 

身体を起こし、些細な皮肉を呟くティラノモンの対して沙綾は涙を拭いそっぽを向く。この様子であれば彼は大丈夫だろうと、沙綾は今自分達の上空でにらみ会う二人の戦いに意識を向けた。

 

 

 

やがて、オーガモンがデビモンの体から出ていった所で、彼女はこの戦いに違和感を覚える。

 

 

(おかしい、一つ、行程が抜けてる……)

 

小説の知識によれば、パタモンがエンジェモンに進化して直ぐに、皆のデジヴァイスの光が彼に集約され、力を増した彼が命と引き換えにデビモンを撃つはずなのだ。

 

しかし今、選らばれし子供達のデジヴァイスには何の反応もない。

 

(あっ!もしかして、デビモンが弱ってるから…)

 

 

沙綾は、歴史にはない一連の行動の内、デビモンの右目から暗黒の力が一部流出した事を思い出す。

 

(そうだ……たぶん……あれのせい……そうなるとこの戦いでエンジェモンは消滅しない? もしそうならこの後は………あれ……エンジェモンが一度デジタマに戻るかどうかで歴史は変わるのかな?……)

 

本来、この戦いの後、彼は一度消滅し、デジタマに戻る。だが沙綾の記憶では、彼がもしデジタマに戻らなくとも、今後の展開に大きな違いはないようにも思えたのだ。

 

(でもエンジェモンは強力なデジモンだし…何処かで歴史が変わっちゃわないとも言い切れないんだけど……)

 

沙綾が考えを巡らせている間に、上空のエンジェモンが動く。彼は武器である紺を光へと変化させ、それを自身の右手に纏わせた。恐らく自身の必殺を放つために。

 

 

「お前の暗黒の力は大きくなり過ぎた。ここで消し去らねばならない。」

 

彼の輝きがより一層大きくなり、直視出来ないデビモン

は左腕でそれを遮る。彼の右手は力の流出を押さえるために使われているので、実質今の彼は完全に無防備な状態だ。

 

「やめろ! そんなことをすればお前もただでは済まんぞ!」

 

「これしか方法はないのだ。それに私は、私を強いと言ってくれた彼女の言葉を信じる!」

 

 

 

その言葉で彼女は確信した。このデジモンはここでは倒れない。必ず生き残ると、

 

(どうしよう…大丈夫なのかな……)

 

エンジェモンが必殺の構えに入っている以上、今の沙綾に出来ることなど何もない。彼女は息を飲んで、この戦いの決着を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘブンズ、ナックルー!」

 

エンジェモンの拳から放たれる文字通り全力の光のレーザーが、デビモンの身体を貫く。

放った直後、エンジェモンのエネルギーは底をつき、パタモンへと退化してしまったが、

 

「やっぱり…」

 

沙綾の予想通り、退化しただけであり、消滅はしていないのだ。

 

 

 

それとは別に、今の攻撃で致命傷を受けたデビモンは、足下から分解を始めた。

 

 

「おのれ、エンジェモン! だが、この島の向こうには私より強力な闇の力を持つデジモンもいる。私程度にこのような様では、お前たちはお仕舞いだよ……」

 

 

散り際に子供達を見下ろし、デビモンは不気味な高笑いを上げながら、この島を恐怖に陥れた悪魔は徐々にデータの粒子へと変わっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その最中、ふと沙綾が何かを思い出したかの様にハッと顔を上げた。

 

 

「そうだ忘れてたっ!ロードしなくちゃ!」

 

沙綾は自分が今此処にいる本来の目的を思い出し、慌ててデジヴァイスを取り出す。

生き残ったパタモンの事も大切だが、まずデビモンのデータをロードしなければ、何をしに過去まで来たのか分からない。

 

 

未来のデジヴァイスはデビモンの消滅を、自動で感知し、本来消えていくはずのデータの粒子を、隣にいるティラノモンの体へと流し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー! 力が湧いてくるよ!」

 

 

やがてデビモンは完全に消滅し、ティラノモンはその全ての戦闘データの習得に成功する。

 

それにともない、闇に覆われていた空は元に戻り、ファイル島にも、一時の平和が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デビモンが消滅した後すぐ、選らばれし子供達は力を使い果たした事で幼年期にまで退化したパートナー達を連れ、沙綾の元まで走ってきた。

 

「おーい!沙綾!良かったぜ。お前も無事だったんだな!」

 

太一がコロモンを抱えて、一番に駆けつけ、そう口を開く。

 

「う、うん。太一君達もみんな無事みたいで何よりだよ。」

 

一度目は彼等を見捨て、二度目は彼等の危機を煽る事となった沙綾にとって、彼の言葉は良心が痛む。。

悟られないよう出来るだけ自然に彼女は言葉を返した。

 

「タケルを助けてくれて、ありがとう。お前が来てくれなきゃ、タケルはデビモンに捕まってた。」

 

「そんなこと…」

 

「ありがとう。沙綾さん!」

 

 

口ごもる彼女ではあるが、遅れて来た光子郎の一言でその表情がひきつる事となる。

 

「そう言えば、さっきデビモンから出た粒子がティラノモンに流れて行くように見えたのですが…」

 

「!」

(見られたの!?)

 

 

「えーと、どうだろう。私は分からなかったけど…」

 

 

沙綾は額に汗を浮かべ咄嗟にそう答え、彼女少し後ろに立っている筈のティラノモンへと振り返るが、

 

 

 

「!……どうしたのティラノモン!」

 

そこにあったのは先程の元気が嘘の様に身体を丸めてうずくまる彼の姿だった。

 

 

 

「うぅ……はあ…はあ……」

 

 

沙綾は急いでティラノモンへと近づき、苦しげに肩を上下させている彼の背中を擦るが、彼の状態は回復しない。

 

 

 

「マァマ、何だか…体が…おかしい…」

 

ティラノモンは肩で息をしながら何とかそう言うと、そのまま地面へと倒れ込んでしまう。何が起きているのか分からず戸惑う沙綾達だが、その答えは次のティラノモンの変化を見た事で、直ぐに理解するのだった。

 

 

 

 

 

 

「ティラノモンの…色が…」

 

「黒くなっていく…」

 

 

驚くことに、彼のその赤い体色の中に黒い斑点がいくつも浮かび上がり、徐々にそれが大きくなっていくのだ。

 

 

「まさか!デビモンに乗り移られたんじゃないですか!」

 

「「「!」」」

 

先程の光景を目撃した光子郎の言葉に一同は驚愕の表情を浮かべる。しかし沙綾は今の彼の発言を聞いて、それとは別の要因を思い浮かべたのだった。

 

(違う……ロードだ…デビモンをロードした時、彼の体内の暗黒の力も一緒にティラノモンに流れちゃったんだ!)

 

 

迂闊だったと、彼女は思うが既に遅い。

 

 

 

 

ティラノモンの体色が真っ黒に染まったその瞬間、今まで苦しそうにしていた彼が、急に落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がる。色以外はあまり見た目に違いはないが、その目はいつもの穏やかな物ではなく、凶暴さが見てとれるギラギラとした物だった。

 

 

 

 

 

黒いパートナーは一度大きく息を吸い込み、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マァマに近づくなぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

大声を上げて、沙綾以外の子供達へと、その凶器とも言える爪を降り下ろした。

 

 

「みんな、逃げろ!」

 

太一の一斉により、間一髪で皆はそれをかわし、彼と反対方向へと逃げる、黒いパートナーは必殺の火炎を吐くため、一度息を吸い込み、それが子供達に向かって吐き出されようとした時、

 

 

「やめてっ!ティラノモン!」

 

 

沙綾がその間に割って入ったのだ。パートナーはそれを見て攻撃を止め、彼女に対して口を開く。その言葉は、今までの彼からは聞いたことも無いほど冷たいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どいてよマァマ……アイツらはマァマに近づいたんだ。ボクは許さない。…だから殺してやるんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

沙綾は戦慄が走るほどの威圧感を感じてその場で硬直してしまった。

 

 

パートナーは沙綾を怪我しない程度の力で無理矢理横に退かせ、再び息を吸い込み始める。

 

今の子供達のパートナーは、皆力を使い果たし幼年期にまで退化している。戦える者などもうこの場にはいない。

頼みの綱のレオモンも、森の中に振り落とされて以降姿は見えない、先のティラノモンの咆哮で、異常には気付いてはいる筈だが、彼の残りの体力を考えると、即座に駆けつけるのは難しいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

そんななか一匹のデジモンが逃げるのを辞め、振り替える

 

 

 

 

 

 

 

パタモンだ。

 

 

 

 

 

 

 

皆が幼年期の中、一匹だけ成長期の彼は、沙綾が横へと押し退けられた後、前に出た。

 

 

「僕が、みんなを、守るんだ!」

 

 

黒の恐竜が、溜めた息を一気に吐き出すように強烈な火炎を放つ。

 

 

「ファイヤーブラスト!」

 

ティラノモンよりも更に激しく暴れる炎が、パタモンとその後方の子供達へと襲いかかる。あまり広くはない山道であるため、これを避けることは皆には不可能である。

 

 

「パタモーーンッ!」

 

タケルが振り返って叫び、再び彼のデジヴァイスが輝き出した。限界の状態での二度目の進化が始まったのだ。

 

 

「バタモン進化ー、エンジェモン!」

 

純白の天使が直後に迫るティラノモンの炎を棍を使って真上に弾く。だが、体力的に相当辛いのだろう。先程のティラノモンと同じように肩で息をしていることから、それが分かる。

 

炎が弾かれたことにより、ティラノモンは近接戦闘に持ち込むため、エンジェモンに向かい、両腕の爪を振り上げ真っ直ぐに突進を始めた。

デビモンのデータをロードした影響か、その動きは何時もより早い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「アイツ早いぞ!」

 

 

ヤマトが叫ぶ。ガルルモンと遜色のない速度でエンジェモンへとそれは迫る。が、沙綾が一時期彼を引き留めていたため、二人の間には若干の距離があった。

 

 

エンジェモンは素早く必殺の体制に入り、腕を引く。

 

 

 

 

「貴方をデビモンから解放する。 例え我が身がどうなろうとも!」

 

 

拳に光を溜め込み疾走する彼を出来るだけ引き付ける。

エンジェモンの体力は既に限界を軽く越えている。この攻撃を外す訳にはいかないのだ。

 

 

 

黒の恐竜が走りながら爪を降り下ろす。

 

 

白の天使が拳で彼を迎え撃つ。

 

 

 

それは全く同時だった。

 

「ヘブンズ、ナックルー!」

「スラッシュネイル!」

 

エンジェモンの光の拳がティラノモンの腹部に命中し、ティラノモンの闇の爪がエンジェモンの両肩を切り裂く。決着は一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

両者はそのままの体勢で沈黙し、

 

 

 

「すまない。タケル。」

 

 

やがてその言葉と共にエンジェモンの身体が爪先からゆっくりと消えていく。

 

 

「だが、ティラノモンの暗黒の力も消えた……もう大丈夫だろう。」

 

 

良く見ると、ティラノモンの身体は先程とは反対に、黒い体色が薄れていき、元の真っ赤な身体に戻って行く。

体内のウィルスが光の拳で消滅したためだろう、彼は気を失い力なく倒れ、そのままアグモンへと退化した。

 

 

「エンジェモン……」

 

アグモンが倒れた後、止まらない消滅にタケルはエンジェモンを見上げて涙声で彼の名前を呼ぶ。

それに対し、エンジェモンは微笑み、既に身体の9割を光へと変えながらも、彼はタケルへ最後の言葉を残した。

 

 

「また会える。君が…そう望むなら…」

 

 

 

 

言い終わると同時に彼の身体は綺麗に消え去り、元の歴史と同じように、舞い落ちた羽根から新たなデジタマが現れる。

 

 

それはまるで、始めからこうなると決まっていたかの様に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを一人離れた位置から見ていた沙綾は、その場に呆然と立ちつくしていた。

"ある意味で"彼女の思いどうりの結果となったが、その顔には後悔の念が強く現れているのが分かる。

 

それもその筈だ。何せこの世界では間接的であれ、エンジェモンを殺したのはデビモンではなく、彼女なのだから。

 

(また…私のせいだ…)

 

デジタマを抱いて泣いているタケルを見ている事が出来ず、沙綾は目を伏せる。

 

 

彼女は下を向いたまま、心配した子供達が駆け寄って来るまで、顔を上げることはなかった。

 

 

 

 

こうして、デビモンは消滅し、ファイル島にしばしの平和が訪れた。少女の心にまた一つ、大きな傷を残して…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダークティラノモンカッコいいですね。

作中で明確な名前を出していないのは、沙綾視点では、彼女の中ではティラノモンはティラノモンである事から、
パタモン、子供達視点では、彼の名前をまだ知らない事が理由です。 ヴァンデモンの処で出てきていますが、まだ先の事なので、

後1話で過去編第1部が終了です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それが聞きたくて此処に来たの。

「これからどうする?」

 

困惑した表情を浮かべた空が、皆に今後の方針を問いかけた。

 

 

 

それは、エンジェモンがデジタマに戻ったその直後に現れた、ホログラムの老人の話をどうするのか、という意味である。

 

 

 

「お前達が選ばれし子供達か。デビモンを倒すとはなかなかやるのぅ。」

 

 

その老人は自分をゲンナイと名乗り、太一達を"選ばれし子供達"と呼ぶ。彼の話した内容は、デビモンを倒した彼らに、今度はこのファイル島の向こう、サーバ大陸に居る暗黒のデジモンを倒して貰いたいというものだったのだ。話の途中、何者かの妨害でホログラムは消えてしまい、彼らは詳しい事を聞くことはできなかった。

しかし、デビモンよりも強いというそのデジモンの存在に皆の表情は暗い。

 

 

「取り合えず山を下りようぜ。旨いもん食って、話はそれからだ。」

 

先程の空の問いかけに対して、太一は伸びをしながらそう答える。彼の中ではもう答えは出ているのだろう。空達が浮かべている不安な表情が、彼にはなかった。

 

 

「そういえば、沙綾さんは?」

 

ミミが皆に問う。沙綾のアグモンは子供達の近くで気を失っているが、そこに彼女の姿は見えない。

 

「まさか、ティラノモンの攻撃で怪我したんじゃ!」

 

空が彼女を心配し、急いで辺りを見回すと、彼女は先程の位置から一歩も動かず、下を向いて立ちすくんでいるのを皆は見つけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(結局……こうなっちゃうの……)

 

 

沙綾は地面を見つめたまま、先程の出来事を思い返していた。

あの時デビモンをロードしていなければ、ティラノモンは暴走せず、エンジェモンは助かっていたのだろうか、

自分のやったことは、間違っていたのだろうか。

しかし、ロードしなければ何のために過去に来たのだ。

 

彼女の頭の中を様々な憶測が巡るが、最後に行き着くのはやはり、タケルへの罪悪感である。

 

 

(私が…殺したようなもんだよね…)

 

そう考える沙綾ではあるが、エンジェモンは本来の歴史でも、このムゲンマウンテンにて消滅する筈なのだ。その原因がデビモンであったかティラノモンであったかの違いに過ぎない。恐らく、デビモンと共に消滅していたのならば、彼女はここまで悩むことはなかったのだろうが。

 

 

 

やがて、沙綾がいない事を心配した太一達が、彼女を見つけ、そちらに向かって走って来た。その中には勿論、デジタマを抱えたタケルもいる。

 

 

「沙綾ちゃん!怪我はない、大丈夫!?」

 

 

開口一番、空は沙綾の安否確認のためそう問いかけ、俯いていた彼女は、その言葉でようやく、子供達が自分の回りに並んでいることに気付くのだった。

 

 

「え、あ…うん…大丈夫だよ。……タケル君…ごめんなさい…私のせいで……みんなも、危ない目にあわせて…」

 

「なんでお前が謝るんだよ。」

 

「デビモンに乗り移られたんだ。仕方ないさ。」

 

「お兄ちゃんの言う通りだよ。 沙綾さんもティラノモンも悪くないよ。きっとパタモンだってそう言うよ。」

 

 

彼女は深く頭をさげるが、誰一人沙綾を責める者は居ない。それもその筈、この中で事の真相を知っているのは、沙綾だけなのだから。今すぐにでもそれを打ち明けてしまいたい彼女だが、先の光子郎の質問に対して一度しらをきってしまった以上、それも出来ない。

 

(こんな事なら、最初から誤魔化すんじゃなかった…他にも言い様はあったのに…)

 

 

彼女の良心が再び痛む。タケルに"悪くないよ"と言われて安心している自分に、沙綾は嫌気が差す

 

「それでも…本当に…ごめん」

 

それが沙綾の、今言える精一杯の謝罪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、アグモンは無事に目を覚ます。その間の記憶に関しても、他の黒い歯車で暴走したデジモンと同じく覚えてた。

 

当然、エンジェモンを自分が消滅させてしまった事も。

 

彼の場合は、沙綾への高過ぎる信頼が暴走したのだろう。暗黒の力に染まっても尚、彼女を気遣ったのはそのためだ。

 

「タケル…ボクのせいで…ごめん。」

 

「アグモンも気にしないで。パタモンもきっと怒ってないから。」

 

先程の沙綾と同じ様に、アグモンも彼に深々と頭を下げた。その時もうタケルは泣いてはおらず、アグモンを気遣ってか、笑顔を作り、デジタマをアピールするように、そう言葉を返したのだった。

 

 

 

 

 

「沙綾のアグモンも目を覚ましたし、そろそれ此処から下りようぜ。」

 

 

アグモンが目を覚まし、全員が動けるようになったところで、一行は山を下り、近くの水辺へと移動する。

食事を取っている間、沙綾は先程の出来事を振り替えっていたのだろう。彼女の箸はほとんど進んではいなかった。

 

 

(もしかして、これって……)

 

 

 

食事の後、今後の方針を決める話し合いを太一が行おうとした時、沙綾が先に口を開いく。

 

「ごめんみんな。ちょっとだけ席外すね。寝るまでには戻ってくるから。」

 

「あっ、ちょっ!」

 

「付いてきてアグモン。」

 

太一が言い終わる前に、沙綾は自分のアグモンをつれてもう一度森の中へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、クロックモン。」

 

 

日が沈みきる前に、沙綾達はクロックモンの隠れ家へと再び訪れた。

明日、選ばれし子供達はサーバ大陸へと移動する。その前に彼女はもう一度彼に会いたかったのだ。

 

 

 

「貴方達でしたか。どうしたのですか。今朝出ていったばかりなのに。」

 

「うん。ちょっと聞きたい事があるんだ。」

 

「何です?」

 

 

クロックモンは不思議そうな顔をする。

広いが、少し薄暗い部屋の中、彼女は今日の出来事を詳しくクロックモンに説明し、その上で彼に質問をした。

 

「エンジェモンの進化は、私がそうなるように願って行動したから分かるんだけど、その後の出来事が偶然とは思えないの。前に、おもちゃの街でも似たような事があって、その時は運が良かったのかと思ったんだけど。」

 

「ふむ。」

 

 

「これが未来の貴方が言ってた"現在に向かって歴史は流れてる"ってことなの?」

 

 

「そうですね。その通りです。」

 

"多少のズレ"程度であれば、歴史はうごかない。

おもちゃの街でのトゲモンの進化も、ムゲンマウンテンでのエンジェモンの消滅も、全ては決まっていたこと。

時間の移動などしたことのない彼女は、実際に体験するまで、いまいち理解が及んでいなかった。

その沙綾の問いを、クロックモンはあっさりと認める。

 

「じゃあ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私にはみんなの旅を助ける事は出来ないの?」

 

 

これが、沙綾の聞きたかったこと。デビモンとの戦いを通して彼女が得た葛藤の答えは、『見て見ぬふりは出来ない』ということだ。

 

これから先も、選ばれし子供達には、様々な危機が訪れる。その時、彼女は少しだけでも彼らの助けとなりたいのだ。なにより、これ以上無視を続けることは、まず自分の心が持たない。

 

しかし、既に運命が決まっているのならば、大きく歴史を変える事の出来ない彼女がいくら頑張った所で、彼らを助ける事など出来ないのではないか、先のエンジェモンの様な事が、この先も起こり続けるだけではないのか。沙綾はそれを知りたかったのだ。

 

『親友達を救いたい。』『みんなの助けになりたい』

都合の良い話であることは、彼女も理解していた。

 

 

「ふむ。出来ない事もありません。」

 

「ほんと!?」

 

「ええ、まず、決まっているのはあくまで結果です。

そこに至る過程については必ずしもそうではありません。例えば今回の場合、結果はデビモン、エンジェモン両方の消滅ですが、その過程は貴方の言う本来の歴史とは違う物です。」

 

「うん。」

 

「ですから、例えば、同じ"勝ち"という結果になるとしても、その過程が圧勝か接戦の末かで、味方の受ける被害に違いが出てきます。"負け"にしてもそうです。被害を抑える負け方だってあるのです。」

 

「そっか!」

 

彼女はクロックモンの意図を読む。つまり彼は、過程だけを少し変えろと言いたいのだ。デビモンとの戦いは、沙綾にとっても、皆にとっても、悪い方向へとその過程を変えてしまっただけ。

 

「それと、結果も絶対ではありません。カオスドラモンの様に、意図して変えようと思えば変わる事も勿論あります。変えるのあくまで過程だけ。それには注意してください。

因みに、未来の私が言った"些細なズレによって現在に多少の違いがでる"と言うのは、その過程の違いによるものです。」

 

クロックモンの説明はそこで終了し、話の意味を理解した沙綾の表情は、此処に来た時よりも明るくなっている様に彼には思えた。

 

 

「うん。分かったよ。……それが聞きたくて此処に来たの。」

 

 

「お役に立てたのなら幸いです。」

 

「ありがとう、クロックモン。じゃあ私、みんなの所に戻るね。」

 

クロックモンにお礼をして、沙綾はクルリと入り口に向かって歩き出す。今まで話に入っていけず、終始暇そうにしていたアグモンもそれに続いた。

 

 

「今度会うのはかなり先だけど、元気でね。後その本、宝物だから大事にしてね。」

 

 

「貴女方こそ、お気をつけて。」

 

 

部屋をでる前に、沙綾はもう一度振り返り、クロックモンに別れの挨拶をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やはり、あの優しい子を消す訳にはいかない。時間はまだ沢山ある。見つけるんだ。彼女を助ける方法を。)

 

 

 

 

一人になった暗い部屋で、クロックモンは静かに決意を固める。未来の自分の責任を取る為に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、

 

 

 

(まさか…こんなイカダで海を渡るつもりだなんて…)

 

沙綾は心の中で呆れ返る。小説には"全員が乗れる小さな舟を作った"としか書かれてはいなかったため、完成した実物を見た彼女は言葉が出てこない。

 

「じゃぁ行こうぜ!」

 

皆が意気揚々とその"舟"へと乗り込んでいくが。バックアップも無しにこれで海を渡るなど、結果を知っていなければ彼女はまず行わないだろう。

 

「う、うん…大丈夫、だよね。」

 

「マァマ早く乗ろうよ。」

 

アグモンに押され、遂に彼女も"舟"に乗り込んだ、最後に沙綾のアグモンが乗り、"舟は"ゆっくりとファイル島から離れていく。だんだんと小さくなっていくファイル島を見ながら、ふと沙綾はあることに気づいた。

 

 

(歴史より二人分重くなってる!)

 

 

気付かなければ良かったと、彼女はホエーモンに飲み込まれるまで、舟が歴史にはない転覆を迎えないかが心配だった。

 

 





これで第一部ファイル島編が終了です。

ここまでのご意見、ご感想など、お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編 第二章
私の好み?


最後の文がおかしかったので、少し修正しました


ファイル島を出発してから早3日、晴天の大空の下、ホエーモンの背中の上で、選ばれし子供達と沙綾はサーバ大陸に向かって今現在海を渡っている。

 

 

子供達がファイル島のデジモンと共に作り上げた"舟"は、出向して間もなく現れたホエーモンによって、やはり歴史通りに破壊されたのだ。

 

彼の体内に残っていた黒い歯車を取り除き、そのお礼として、ホエーモンの背中に乗せて貰い、現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、やることないねー。」

 

ホエーモンの背中の上で、沙綾は顔に似合わない豪快な伸びをした。

 

ファイル島を出発して直ぐ、沙綾達は一度ホエーモンと共に海底洞窟に足を運び、そこでデビモンが隠したタグを入手した。一つ足りない事に皆疑問を持ったようだが、最終的に沙綾が皆に譲る形で合意する、

 

洞窟内ではドリモゲモンとの戦闘もあったが、1対8という圧倒的な戦力差により、彼女の出番は皆無だったと言ってもいい。

 

 

それ以降は特に変わった事もなく、順調にサーバ大陸に向かって進んではいるのだが、

 

 

「暇ー! 暇すぎて死んじゃうー!」

 

ミミが声を上げる。そう、先程の沙綾も言った通り、余りにもすることがないのだ。

最初の一日は、子供達も初めての体験に心踊っていたが、それも続けば飽きるのは当然である。

三日目の現在では、ミミだけでなく子供達全員がこの状況に退屈してるようで、太一達男子は、背中の前方でまだ見えない大陸を首をふって探し、沙綾、ミミ、空の三人は真ん中の方で、川の字になって寝転んでいた。

 

パートナー達はまだ元気に遊んでいるが、彼等が退屈するのも時間の問題だろう。何せ後二日はこの状況が続くのだから。

 

 

 

 

 

 

 

(そういえば、小説でもこの5日間はさらっと流されてたっけ…)

 

ふいに沙綾はそんなことを思い出す。本当に書くことがなかったのだと、体験した彼女も納得するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、

 

 

「ねぇ空さん、沙綾さん」

 

暇をもて余したミミが、寝そべったまま、同じく隣寝転がる空と沙綾に声をかけた。

 

「なーに?」

 

「どうしたのミミちゃん?」

 

二人は間延びした返事を返す。それに対した彼女の言葉は、女子なら誰もが一度はするであろう"あの"質問であった。

 

 

 

「二人はあの5人の中で誰が好きなの?」

 

 

一瞬の静寂、そして、

 

 

「えっ!」

 

「なっ!」

 

 

ミミの唐突な質問に、沙綾は彼女の方を向いたまま固まってしい、空に至っては、上半身を起こし何故か顔を赤くしている。

 

 

「その、えーと、どう言う意味かな?」

 

「どうしたの突然!?」

 

 

「うーん、寝そべってるのも退屈だから、何かお話しようと思って。二人が好きなタイプはどんな人かなーって」

 

 

慌てる二人とは対照的に、ミミはゆっくりと落ち着いた口調ではなす。どうやら本当にただの暇潰しで、特に意図はないようだ。

 

(びっくりしたー、なんだ好みの話か。)

 

当然ではあるが、沙綾のいた時代では、彼らはもう立派な大人である。その中で、尊敬出来る人ならまだしも、好きな人など彼女は考えた事もなかった。

 

 

「空さんは…大体分かるけど、沙綾さんは?」

 

「えっ、嘘!?」

 

「私の好み?」

 

"大体分かる"と言われた空の顔は先程より赤くなり、恥ずかしいのかそのまま二人とは反対を向いて寝転んでしまう。その一方、ミミは興味ありげな視線を沙綾へと向けた。

 

「やっぱりヤマトさん?」

 

「うーん…」

(確かにヤマト君は仲間思いだし、面倒見もいいし、顔もいいし、理想といえば理想なんだけど…)

 

沙綾は顔を赤くして向こうを向いてしまった空を横目で見る、

 

(未来の空ちゃんの旦那さんなんだよねー、多分空ちゃんが赤くなってるのもそれが原因だと思うし…)

 

彼女がいた未来では、ヤマトと空は結婚し、子供も2人いる。空が恥ずかしがっている理由もそこにあると考えた沙綾は、「ちょっと違うかな」と、首を横にふった。

 

「えー、じゃあ、丈さんは?」

 

「うーん」

(丈さんはまぁ頭もいいし、真面目で誠実な人だけど、)

 

沙綾はタメ息をつく。

 

(壊滅的に空気が読めない。)

 

恐らく彼の一番のネックであるその点が、彼女には引っ掛かったのだ。

またしても首を横にふり、違うと答える。

 

「うー、じゃぁ誰なの?」

 

「太一君かなー」

 

沙綾は、5人の中で無難な人物を即答した。

実際、男子の中では一番太一が話をしやすい。それはやはり、彼の性格が未来で散った彼女の親友とそっくりであることが一番の理由だろう。

タイプと言われると少し違う気はするが、好みではあるのだ。しかし、

 

 

 

 

 

ガタッ

 

と、反対を向いている空が僅かに反応し、ミミが目をキラキラさせて沙綾をみている。

 

「太一さんっ モッテモテねー!」

 

 

「えっ、ちょっと、あくまで好みの話だから、声大きいよ。」

 

テンションが一気に上がったミミは、あわや皆に聞こえるというくらいの声を出し、沙綾はその飛躍した内容に白い肌を赤く染めてうろたえる。

 

「まぁ確かに、太一さんは頼りになるわよね!」

 

「いや、だから、好みの話だってば!助けてぇ空ちゃん!」

 

「………」

 

 

 

沙綾は空に呼び掛け、暴走するミミを止めて貰おうとするが、彼女は反応を示してはくれない。

 

 

理由は分からないが、結局彼女は一人で、暴走が加速していくミミを抑えるはめになってしまうのてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミミの暴走から数時間が経ち、夕日が沈みかけた頃、全員が集合して簡潔な食事をとる。

 

「そういえば、何でタグが一つ足りなかったんだろうな?」

 

ヤマトが話を切り出す。それは3日前の海底洞窟での事についてであった。

 

「分かりません。もしかしたら紋章といっしょにサーバ大陸にあるのかも。」

 

「どっちにしても、行ってみなきゃ分かんないさ。」

 

「やっぱり僕のタグ、沙綾さんが持っててよ。ポヨモンはまだ戦えないし、」

 

タケルは海底洞窟の時と同じように沙綾に自分のタグを渡そうとするが、彼女はこれを優しい口調で拒む。

 

「前にもいったけど、タケル君達は7人揃ってデジタルワールドに来たでしょ。だから多分その7つのタグは貴方達の分、私の分は、もし見つけたら教えてね。」

 

 

「……うん、分かった。」

 

しぶしぶながらも、沙綾の言葉にタケルは納得したようだ。

 

 

「それにしても、まだ後2日も掛かるのかぁ…」

 

(言っちゃった…)

 

皆あえて口にしなかった事を、丈が言ってしまったことで、回りの空気が一気に沈んでいくのを沙綾は感じとる。

 

「長いよねー…」

 

「長いよなー…」

 

「「「はぁ……」」」

 

 

 

ファイル島で新たな決意をした沙綾の冒険は、まだしばらくは始まらないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ファイル島、クロックモンの隠れ家。

 

 

 

 

沙綾とアグモンがファイル島を去って3日、彼女達を助ける決意を固めたクロックモンは、一人頭を悩ませていた。

 

「今の私が考え付く方法では、やはり"どちらか"しか助けることは出来なさそうですね。」

 

 

どちらか、即ち、沙綾達もしくは二人の親友

クロックモンは一度頭を整理するため、声に出して考え付いた案を並べることにした。

 

「彼女達だけを助けるのならば、未来のカオスドラモンだけを生かしておけば可能ですが、それでは御友人が助からない。」

 

これでは彼女は何のため過去に来たのか分からない

 

「御友人を助けるためにカオスドラモンを倒せば、今度は彼女が助からない。」

 

むしろこの結末を避けるために彼は動いている。

 

 

「カオスドラモンを殺さず、封印ないし再起不能にしても、御友人の死の結末がある以上は、直接的にしろ間接にしろ『原因である彼が生きている限り』過程が変わるだけで結果はかわらない」

 

歴史の流れは過去に限った話ではない。未来にも当然それはあるのだ。

彼女の親友が死ぬ結果を変えるには、沙綾がやろうとしているように、『彼等が原因であるカオスドラモンと接触する前に、これを消してしまう』方法が一番確実であるが、それではやはり沙綾は助からない。

 

「彼女を未来に送らず、私が消滅すれば…」

 

この方法では、彼女は未来でも時間移動が出来なくなり、結果矛盾が生まれてしまう。

 

「些細な行動で運命が変わることも否定はしきれませんが、考慮に値しない位に可能性が低すぎる。狙って起こすなど尚更出来る訳がない」

 

俗にいう奇跡というものだ。

 

 

(やはり、革新的な何かを見つけない限りは現状の打開は難しい。)

 

 

時計型の乗り物の上、クロックモンは頭を押さえる。

3日間、眠ることなく考え続けた彼の体力は、最早限界を迎えていたのだ。

クロックモンはとりあえずの結論を出した後、ゆっくりと目蓋を閉じる。

 

 

 

彼の戦いもまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 




次回から、エテモン編へと入ります。

まだまだ回収していない大量の伏線がありますが、物語後半までは、多分放置すると思います。忘れた頃に一気に回収していきますので、忘れている訳でありません。
断じて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その子、返してもらうよ。

サーバ大陸編です。




沙綾と選ばれし子供達がファイル島を出発してから、今日で5日目、遂に一行はサーバ大陸へと足を踏み入れた。

 

ホエーモンが去り際に言っていた『近くにコロモンの村がある』、という言葉を頼りに、子供達は村がある方角を目指す。

 

しばらく歩くと、前を歩く太一と彼のアグモンが、広い荒野の中に一部、木々の生い茂る森を発見するのだった。

 

 

 

 

 

 

「コロモンかー、懐かしいね。」

 

「そうだねー、ボク、あれから強くなったでしょ?」

 

「うん。凄く強くなったよ。」

 

 

 

沙綾とアグモンは皆に続いて歩きながらそんな会話をする。

思い返してみれば、2年前、まだ冒険というもの全く知らなかった彼女は、ボタモンから進化したばかりの彼を連れて初めて"始まりの街"を出た。

 

当然、外の世界は沙綾とコロモン一匹で何とかなる訳もなく、彼女は何度もコロモンを抱えて野生のデジモンから逃げ回る日々が続く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

沙綾の足の速さや、逃走のための奇策、的確な判断力は、主にこの日々のおかげで養えたといっていいだろう。

 

そして、現アグモンの沙綾に対する絶対の信頼も、この日々の中で、彼女が唯の一度も彼を見捨てて行かなかったことに起因する。バックアップのお世話になろうとも、必ずコロモンは彼女の腕の中にいたのだ。

 

懲りずに何度も冒険を続けたのは、単純にそれが二人にとって楽しかったからだ

 

やがて、コロモンはアグモンになり、そしてティラノモンへと進化を重ね、今では沙綾を守る頼もしい存在に成長した。それでも、彼のその無邪気な性格だけは、当時から一切成長はしていないのだが。

 

 

 

「マァマどうしたの?ボーッとして」

 

感傷に浸っている沙綾を、アグモンは覗き込むように下から見上げる。思いの外長い時間考え込んでいたらしく、先程まで遠くに見えていた森が、今は目の前にまで迫っていた。

 

「あー、ごめんね。ちょっと考え事してたの。」

 

「昔の事?」

 

「うん。よく分かったね。」

 

「さっきまで、ボクも同じこと考えてたから。」

 

最後尾を歩く二人は、皆に聞こえない程度の声でそう話した後、共に苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

一行はそのまま森の中へと入り、奥へと進んでいく。この森にはどうやら凶暴なデジモンは住み着いていないようで、戦闘を行うこともなく、子供達は森の中心にぽっかりと作られた村を発見したのだった。

 

「コロモンの村だー!」

 

「お風呂ー!」

 

「ちょっとミミ!待って」

 

村を見つけ、我先にと走り出すミミをパルモンが追いかける。しかし、

 

「あれっ?違う、ここ。」

「ねぇ、マァマ、ここじゃないよ。」

 

幾つものテントが建ち並ぶそこは、一見すると教えられた村にみえるが、二匹のアグモンは匂いに違和感を覚えたのか、それを否定した。

 

「そう?」

 

 

勿論、沙綾はその事を知ってはいるが、彼女が変えていいのはあくまで過程のみ、動けるのは村で"何か"が起こってからとなる。後手に回るのは嫌ではあるが、それでも、"見ているだけ"に比べれば、遥かにマシな事だと彼女は思う。

 

 

 

「とにかく、行ってみようぜ。」

 

「そーだね。ミミちゃんもう走ってっちゃったし…」

 

 

太一の言葉に沙綾を始め、全員が頷き、ミミとパルモンに続いて走り出した。

 

 

そして、

 

 

 

「キャーー!」

 

 

村に入って間もなく、近くでミミの悲鳴が上がる。

大量のパグモンにまるでみこしの様に担ぎ上げられた彼女が、そのまま村の奥へと運ばれて行ったのだ。

 

「あそこの角を曲がったわ!」

 

「ここはコロモンの村じゃなかったのか!?」

 

 

子供達はパルモンと合流し周囲を捜索すると、一つのテントから再度ミミの悲鳴が聞こえてきた。

 

「見て、ミミちゃんの帽子よ!」

 

「こっちにはミミさんのバッグが!」

 

 

二階建てのそのテントで、ミミの所持品が落ちているのを見つけた一行は、それを辿り、最後に二階の一室に行着いた。太一が先頭をきってその部屋へと踏み込んで行こうとするのだが、

 

「ここかっ!」

 

「ちょっと待って、太一君!」

 

沙綾が彼の前へと躍り出る。

この部屋の奥にミミが居ることは間違いない。しかし、彼女は太一をこの先に行かせる訳には行かないのだ。

ミミのため、そして何より太一のために。

 

「空ちゃん、ちょっと来て。」

 

「どうしたの?」

 

理由は至極簡単な事、太一達"男子"を部屋から押し出し、空、ピヨモン、パルモンの三人で、奥の部屋のカーテンを開ける。

 

「はぁ、やっぱり、危なかったねー。」

 

沙綾の予想通り、そこには片足をあげ、久しぶりの入浴を満喫するミミがいた。余程気持ちがいいのだろう。ご機嫌に鼻歌まで歌っているのだから。

 

 

「ミミちゃん…」

 

「ミミ!大丈夫!?」

 

「あっ! 沙綾さん、空さん、パルモンにピヨモン!見て、こんなに大きなお風呂があったの!」

 

嬉しそうに笑うミミに、その場にいた四人はタメ息を漏らす。特に沙綾以外の三人は、連れ去られた直後であるはずの彼女の反応に、若干呆れてもいるようだ。

 

「ねぇねぇ、みんなも一緒にはいりましょ」

 

久しぶりの入浴に気分が上がっているのだろう。ミミは三人も一緒に入ろうとせがんでくる。だが、

 

ギィィと、

 

 

後ろの脱衣場のドアがゆっくりと開いていく音が、沙綾達の耳に届いた。

 

ピンクの包帯を右手に巻いた沙綾のアグモンが、なかなか出てこない彼女を心配して中に入って来てしまったのだ。後ろには太一、光子郎も、同じく心配したのか続いて入ってくる。ここの風呂場は、脱衣場から直線に繋がっている上、そこを仕切るカーテンは、今しがた4人によって開かれたまま、それが意味する事など一つしかない。

 

 

「あっ!」

 

「えっ!」

 

「よかった。マァマ、無事だったんだね。」

 

予想外の光景に、太一、光子郎の二名は顔を赤くして固まるが、沙綾のアグモンにはこの状況が分かってはいない。あまりにもいつも通りな彼の姿に、沙綾は片手で目を隠して下を向いてしまった。

 

(結局こうなるの…)

 

 

「キャーー!レディの入浴中にっ!何入ってきてんのよ!」

 

ミミは近くに置いてあった洗面器などを、手当たり次第に彼らに向かって投げていく。

反射的に身体を伏せたアグモンはそれをかわす事が出来たが、その後ろにいた二人は全く動けず、小説通り、投げられた物が"運悪く"顔に当り、そのまま仰向けに倒れてしまった。

 

 

 

(あっ、そっか……なんで気付かなかったんだろ…)

 

 

沙綾は思い出した。というよりも、些細な事過ぎて気付いていなかった。

 

太一達がこのテントに入った時点で、もう"こうなる事"など決まっていたということを。

 

今回は、たまたまアグモンが引き金になったが、恐らく彼がいなくても、何かしらの要因で、彼らはこの現場に居合わせてしまうようになっているはずなのだ。

 

 

「なかなか思うようにはいかないな……」

 

 

沙綾は空と脱衣場のカーテンを閉め、床で目を回す二人を見ながら、静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、太一と光子郎は無事に目を覚まし、パグモンの村で、彼らに食事を提供してもらう事になる。

その際、ポヨモンはトコモンへと見事進化を果し、子供達はそれを祝福した。

 

それを見たパグモン達が、悪どい笑みを浮かべていることにも気付かずに。

 

「どうしたのマァマ、食べないの?」

 

「いや、何でもないよ。それとアグモン、今日はこの後も頑張って起きててね。」

 

「?…うん、分かった。」

 

皆がいる前で不自然に思われないよう沙綾はアグモンにそれだけを伝える。いつもの事だが、アグモンは一瞬の疑問の後、素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

選ばれし子供達が寝静まった後、パグモン達は行動を開始する。まだ戦えないトコモンを縄で縛り、村の外へと連れ出したのだ。

 

「そのデジモンは何だ?」

 

「に、人間の子供が連れてきた、よ」

 

「選ばれし子供達のデジモンか!そいつを逃がすなよ。」

 

子供達が眠るテントから遠く離れた場所で、パグモン達と、その進化系であるガジモン数匹が、そのような会話をする。

本来であれば、トコモンはこのまま村の外にある滝の裏に幽閉されてしまうのだが、

 

「ベビーフレイム!」

 

今回は違った。暗闇の中から突如放たれた小さな火炎弾は、正確にトコモンを担ぎ上げたパグモンへと命中する。

 

「ごめんね……その子、返してもらうよ」

 

 

彼らの背後から一人の少女と、彼女のパートナーが夜の闇の中から姿を現し、先程の攻撃によって敵の手から逃れたトコモンを抱き上げる。勿論、沙綾とアグモンである。

 

 

「お、起きてたの!?」

 

「チッ!選ばれし子供か!不意打ちなんかしやがって。」

 

「数はこっちの方が多いんだ、行くぞお前達、コイツらも捕まえろ!」

 

「俺はこの事をエテモン様に知らせてくる。後は任せたぞ。」

 

 

ガジモンが一匹その場から走り去る。

 

残りはガジモン2匹とパグモンが10数匹、対してこちらはアグモン1匹と、トコモンを抱えた沙綾1人だ。

二人を囲む様にガジモン達は回りに散らばるが、沙綾は一切慌てることはない。むしろ冷静に今の現状についで頭を働かせていた。

 

(どのみち明日にはエテモンにこの場所が知られちゃう。これは残念だけど仕方ない。とにかく、トコモンにこれ以上怖い思いをさせないで済んだだけ、まだ良かったのかな。)

 

腕の中で怯えているトコモンをなだめ、一度下ろして紐をほどく。同時に、背後に移動していたガジモンの一匹が、鋭い爪を立て、彼女とトコモンに向かって飛び掛かった。沙綾は気配でそれを察するが、動こうとはしない。いや、動く必用がないのだ。何故なら、

 

「うぐっ!」

 

ドゴッと、鈍い音と共にガジモンが崩れ落ちる。

 

「マァマに近くな…」

 

何時の間にそこに移動したのか、アグモンが向かってくるガジモンを逆に殴り倒し、成長期とは思えない威圧感を放つ。

この勝負の結果など、見るまでもない。

 

これが、沙綾の動かなかった理由、

 

デビモンのデータを吸収し、戦闘能力が飛躍的に上がったアグモンにとって、たかが幼年期と成長期に囲まれた状況など驚異に値しない。先程の『ベビーフレイム』も、かなりの手加減をして放った物だ

 

ティラノモンへ進化をしないのは、誤って彼らを消してしまわないための配慮である。

 

「何だコイツ!?」

 

残り1匹のガジモンは明らかに動揺している。パグモンに至っては勝てないと悟ったのか、慌てて村とは反対側の森へと散り散りに消えていった。

 

「まだやるのか!」

 

仲間が気絶し、一人残されたガジモンに対して、アグモンは口から炎を溢れさせて威嚇する。

 

「くっクソッ!」

 

それに怖気付いたのか、仲間を残したまま、彼はパグモンと同じように森の中へと走り去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま。アグモン。」

 

「うん、ボクまた強くなったでしょ。」

 

「そうだね…」

 

帰り道、安心したのか、腕の中で眠るトコモンを見ながら沙綾は思う。

 

(アグモンが今の力を使えるのは、この子のおかげ…それに、どうしたいのか分からなかった私が、答えを見つけられたのも、この子とタケル君のおかげ。ほんの少しでも、恩返し出来たかな。)

 

 

沙綾はコロモンの救出を、今からではなく明日に回すことにした。トコモンがパグモンに一度連れ去られたのだ。どのみち子供達は明日の朝にはこの村の異変に気付き、結果コロモンは彼らによって救われるはず。

エテモンの襲撃が控えている以上、少なくとも今助け出して村に戻すのは得策ではないと判断したからである。

 

 

忙しい明日に備えて、沙綾はトコモンを起こさないよう気を付けながら、アグモンと共に、テントへと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




デビモンのデータをロードした状態のアグモン、ティラノモンは、他の子供達の同じ世代のデジモンよりは、格段に強くなっています。

ですが、沙綾はタグと紋章をもってはいませんので、完全体への進化の際に、その補助を受けることが出来ません。

よってこの先、完全体以降の戦闘能力は似たようなものになります。

俺つえーには多分なりません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この調子で、がんばろう

コロモンの村、後半です。




次の日の朝

 

5日振りとなる陸地での休息を取った子供達は、目覚めてすぐ、昨日の深夜に起こった事を、沙綾とトコモンから聞くことになる。

 

パグモンがトコモンを誘拐した事、

"たまたま"起きていた沙綾が後をつけ、隙を見てトコモンを奪還した事。

パグモンの仲間が"エテモン"というデジモンに、子供達の居場所を伝えに行った事。

 

すべてを聞いた一行は、タケルを始め、パグモン達を問い詰めようと村の中を手分けして探すが、もう逃げた後、やはり一匹たりとも見つけることは出来なかった。

 

「くそっ!何処にもいない。」

 

「逃げたんなら、やっぱり村の外か?」

 

「そうだと思います。今ならまだ近くに居るかもしれません。」

 

「"エテモン"っていうデジモンの事も気になるし、もう一度手分けして探してみましょう。」

 

一度元のテントの前に集合した彼らは、その捜索範囲を村の外へと広げることにした。

 

勿論、沙綾達も一緒にパグモン達を探してはいる。

だが、彼女にとって重要なのは、ここでパグモンを見つけることではないのだ。

 

(早くコロモン達を助けてあげたいけど…)

 

そう、沙綾が今優先したいのは、捕らえられたコロモン達の救出である。だが、それを彼女が行うには一つ問題があるのだ。

 

(でも、何時エテモンが来るのかは、小説じゃはっきりとは書かれてない。トコモンとコロモンを助けた直後って事くらいしか…)

 

コロモンを救出するタイミングは、エテモンの登場に合わせるほど、被害を抑えられる確率が高い。早過ぎると、村の壊滅に皆が巻き込まれる恐れがある。全員が逃げ切れるという結果がある以上死ぬ事はないだろうが、その過程で負傷する危険性は十分あるのだ。

 

しかし沙綾には、肝心の"エテモンの登場"がいつになるのかが分からない。

 

(やっぱり、ここはみんなに任せるのが一番確実なのかな。)

 

そのため、彼女は今の歴史を信じて行動することにした。

 

 

「アグモン。付いてきて、滝の近くで様子をみるよ。多分だけど、太一君のアグモンがもうすぐそこに行くと思うから。」

 

「オッケー。」

 

村の外れで勢いよく流れ落ちる滝、コロモンが幽閉されている場所の近くに二人は移動し、茂みの中で待機する。

 

「ここで待つの?滝の裏からコロモンの匂いがするんだけど…」

 

「うん。太一君のアグモンも、それに気づいてここまで来るはずだから。」

(その後で一緒にコロモンを助ければ、タイミングは丁度揃うはず。)

 

 

 

 

一時間程待っただろうか。

沙綾の予想通り、やがて太一のアグモンが匂いを辿る様にこの場所へとやって来たのだ。

 

(来た!、探しているのがトコモンからパグモンに変わっちゃってるのが不安だったけど……でもやっぱり不思議…私が歴史に関わっても、行きつくところは同じなんて…まぁやり過ぎちゃうとダメなんだけど…)

 

おもちゃの街でのトゲモンの進化、

ムゲンマウンテンでのエンジェモンの進化及び消滅、

風呂場でのミミと太一、光子郎の遭遇、

この後起こるこのコロモンの救出、そしてエテモンからの逃走、

 

一連の事柄を思い、沙綾は改めて歴史の流れの強さを感じるのだった。

 

(邪魔しに来るガジモン達は昨日の夜倒しちゃったから、コロモンを助ける時に妨害はないはず…)

 

「マァマ、アグモンが滝の裏に入って行ったよ。これからどうするの?」

 

「私達も行こっか。こっちにもアグモンがいるんだから、コロモンの匂いがしたって言えば不自然じゃないし。」

 

沙綾と彼女のアグモンは、茂みの中から出て、太一のアグモンが入って行った滝の裏にある洞窟へと足を進める。

 

そこには、やはり歴史通りに捉えられているコロモン達と、それを助けようとしているアグモンの姿があった。

狙った訳ではないが、沙綾達の現れたタイミングは、本来の歴史でガジモンが登場したそれと、同じである。

 

 

「あっ!沙綾、それにアグモン、懐かしい匂いがしてここまで来たんだけど、見てよ、コロモン達が捕まってるんだ!」

 

「うん、私のアグモンも匂いを感じたみたいで。みんなにもこの事を知らせないと。アグモン、進化して!」

 

「分かったよマァマ! アグモン進化ー!ティラノモン!」

 

「よし、じゃぁまず、滝の方向いて。」

 

進化が完了してすぐ、沙綾はティラノモンにそう指示する。てっきりコロモンを閉じ込めてる檻を破壊するための進化だと思っていたティラノモンは疑問に感じるも、要望通りに後方の滝へと振り返った。

 

 

「「ねぇマァマ(沙綾)、何するの?」」

 

ティラノモンとアグモンは口を揃えて質問をする。

 

「だからみんなに知らせるの。ティラノモン、滝に向かってファイヤーブレス!」

 

これは本来、ガジモンに追い込まれたアグモンが、太一に自分の場所を伝える為に取った行動。

村が破壊される時には、小説の様に全員この場所にいる方が、迅速な逃走が出来る。

今回は確実性を上げるため、あえて成熟期でそれをやろうというのだ。

 

強烈な火炎放射がティラノモンの口から放たれ、滝の水が沸騰、凄まじい水蒸気が森へと上がった。晴れた青空の中、真っ白な雲が大量に立ち上る光景は、この森の何処から見ても非常に目立つ。

 

 

「これだけやれば、みんな何かあると思ってここに来るでしょ。」

 

「へぇー、さすが沙綾。頭良いね!」

 

(元々貴方の作戦だけどね…)

 

心の中でそう思いながらも、沙綾はティラノモンに次の指示をだした。

 

「ティラノモン、コロモンを閉じ込めてる檻、壊せる?」

 

「うん! これくらい簡単だよ。」

 

そういった後、彼は鍵の掛かった鉄檻を強引に破壊していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰か居るのか!」

 

 

沙綾達がコロモンを全員檻から出した所で、後方から太一の声が聞こえる。彼女達が振り替えると、彼を先頭に全員が揃って洞窟の入り口に立っているのが分かった。

 

(よし、タイミングはバッチリ。)

 

「あっ、アグモン、沙綾にティラノモンも、じゃぁ、さっきの煙みたいなのはお前達が起こしたのか?」

 

「それより、なんでこんな所にコロモンが?」

 

太一とヤマトがそれぞれの疑問を口にし、太一のアグモンが口を開こうとしたその時、

遂に"その独特の声"が、遠くの空から響いて来る。

 

 

「もしもーし。選ばれし子供達ー、聞こえるー。」

 

(来た!)

 

沙綾を含む全員が、洞窟の入り口から外を見ると、サングラスをかけ、エレキギターをもった何ともファンキーな猿が、映像として空に浮かび上がって来たのだ。

その独特の口調も含め、インパクトの強さでは他の追従を許さない。

コロモン達は驚愕の表情を浮かべて、彼の名を口にした。

 

「エテモンだ…」

 

「あいつが…エテモン…」

 

「よくもこのあちきをコケにしてくれたわねー、腹が立っちゃったからー、この村ごと破壊してあげるわー、ダークネットワーク!」

 

立体映像として空に大きく写し出されたエテモンは、その見た目に反した強力な闇の力で、無差別に村を破壊して行く。空を始め、選ばれし子供達はそれを阻止するため、パートナーを進化させて立ち向かおうとするが、彼の技の一つ『ラブセレナーデ』により、強制的に成長期へと退化させられてしまう。勿論それは沙綾のティラノモンも例外ではない。

 

「うーん、何でだろ、力が出ない…」

 

 

(やっぱり、強化されても成熟期じゃエテモンの技は防げないみたいだね。)

「みんな!ここに居ると危ないよ!コロモン、この洞窟は何処に繋がってるの?」

 

突然の出来事に戸惑っているのだろう。

呆けているコロモン達に向かって、あえて沙綾は答えの解っている質問をする。それは少しでも早くこの場所から全員を遠ざける事を優先したからである。

 

コロモン達は何かを思い出したかの様に洞窟の奥へと向かい、現状ではまともに戦う事が出来ない子供達もそれに続く。

 

ほんの少しの差で、洞窟の入り口が崩落を始めるが、もうそこには誰もいない。

 

洞窟の最奥で、太一の紋章が手に入り、向こう側の景色が見えたところで、沙綾はやっと、今回の歴史への介入の成功にほっとするのだった。

 

(良かった…上手くいった…)

 

今回彼女がコロモンの村で変えた過程は

トコモンの早期救出、

ガジモンの撃退によるアグモンの危機の回避、

エテモンからの素早い離脱

 

決して大きな物ではないが、それでも、沙綾自身が始めて子供達の旅の助けになれたと感じることは出来た。

最も、それはあくまで彼女の視点で、歴史を知らない子供達から見れば、既に何度となく助けられてはいるのだが。

 

(この調子で、次もがんばろう。)

 

誰にも気付かれない小さなガッツポーズをして、沙綾とアグモンも、皆に続いて洞窟の向こう側へと歩いて行くのだった。

 

 

 





このコロモンの村は、沙綾にとって"自ら進んで歴史を変えた"初めての出来事になります。
そのため、原因、過程、結果などの説明を要所要所でつかい、長くなってしまいました。

次回、ティラノモンが進化するかも


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

太一君は、私が連れてくるから

すみません。
進化までたどり着けなかったです。

書いている内に段々長くなってしまいました。




コロモンの村でのエテモンの襲撃から逃れたら選ばれし子供達は、その後コロモン達と別れ、再びサーバ大陸を歩く。

 

村で見たエテモンの力に、一行は弱気になるが、最後に紋章を手に入れた太一だけは、打倒エテモンに向け、一人意気込みを見せていたのだった。

 

 

「もう食えないよー!」

 

「いいから食えったら食え。皆が貴重な食べ物をくれたのは、お前の進化に期待してるからなんだぞ!」

 

「上げたと言うより、取られたって感じだけど…」

 

広い砂漠にポツンとあるオアシスで、太一がアグモンの口に大量の食料をねじ込んでいる。

それは、更なる進化に相当なエネルギーを使うと踏んだ彼なりの作戦ではあるのだが、

 

「ねぇマァマ、あれでホントに進化出来るの?」

 

明かに苦しんでいる様子の同族に、沙綾のアグモンは疑問の声を上げた。

 

「うん…一応…ね…」

 

皆には聞こえない程度の声で沙綾は答えるが、どうにも歯切れが悪い。

それもそうだろう。こうしてアグモンを追い詰めた結果、彼は一時とんでもない化物へと進化してしまうのだから。

 

(止めてあげたいけど、この場は我慢しなくちゃ…まだ…何も起きてないんだから…)

「でも、流石にかわいそう…」

 

それでもやはり、苦しそうに食べ続けるその姿は見ていて気持ちのいいものではなく、彼女は思わずそう呟く。

太一以外の恐らく全員が、沙綾と同じ考えのようで、口々にアグモンを労る声がするが、現状、エテモンに対抗出来る手段が他にないため、誰もそれを止める事はしなかった。

 

「紋章を手に入れてからの太一、なんだか人が変わっちゃったみたい…」

 

「そうだね、なんだか、焦ってるみたいにも見えるし。」

 

付き合いの長い空は、今の太一を見てそう評価し、側にいた沙綾も、それに相づちをうつ。しかし、

 

「うん、でも、そう言う沙綾ちゃんも……」

 

「えっ?」

 

寂しそうに此方にふりむいた空に、"どういう事"、と聞き返そうとする沙綾だが、彼女が口を開きかけた時、今までその場に寝転んでいた丈が、急に大声を上げた。

 

「あっ! 僕のタグが光ってる!」

 

「本当かっ?」

 

太一と彼のアグモンも含め、全員の意識がそちらに流れてしまったのだ。タイミングを逃した沙綾は。結局空からその言葉の意味を聞き出す事は出来なかった。

 

 

 

 

(空ちゃんには、私も焦ってるように見えたのかな、落ち着いて行動してるつもりなんだけど…)

 

「どうしたのマァマ?何か気になるの?」

 

「いや、何でもないよ。大丈夫。」

 

丈のタグの反応を辿り、一行はオアシスから砂漠の中のコロッセオへと移動する。沙綾は先程の空の言葉が頭の中で引っ掛かるが、この先起こることを考えると、その事ばかり考えている訳にはいかない。

何故なら今回、彼女が行う歴史への介入、それは、

 

(スカルグレイモンの暴走の被害を、どれだけ少なく出来るか。)

 

小説では、太一の"間違った勇気"がスカルグレイモンを生み出してしまうのだが、彼女がこれを止める事はない。

彼はこの"間違った勇気"を知り、"真の勇気"にたどり着くのだ。その切っ掛けを潰す、言い換えれば、原因を潰す事は出来ない。

 

ならば、沙綾に出来ることは必然的に、スカルグレイモンのエネルギーが尽きるまで、味方への被害を抑える事となるのだが、

 

(スカルグレイモンは完全体、しかも間違ってるといっても紋章の補助も受けてる。)

 

この時代、完全体以降の進化には、多くの時間を費やして力を付けることが必要であるが、紋章の力を使えばこの限りではない。

これはデジモンに足りない力を、その紋章に対応するパートナーの"気持ちの強さ"で一時的にブーストさせる効果を持つ、それによって、完全体への進化条件を無理矢理満たす事が出来るのだ。しかし、自身のスペックを大きく越えた力を得るため、エネルギー切れを起こしやすく、長時間の戦闘には向いていない。

研究が進んだ未来では、広く知られた知識である。

 

(いくら強化されたティラノモンでも、まず押さえ込めない。囮になって逃げ回りながら、エネルギーが切れるのを待つしかないかな。)

 

 

「ねえ、沙綾ちゃんも、サッカーやらない?」

 

「えっ!? あっ、ごめん、何?」

 

「一緒にサッカーしないか、人間チームとデジモンチームに分かれて。」

 

「サッカー? 」

 

腕を組んで一人これからの作戦を考えるこむ沙綾に、空とヤマトが声をかけてきた。このコロッセオの中には、都合良くボールが一つと、ゴールネットがちょうど二つある。少し息抜きをしようという空の提案なのだが、残念ながら、太一によって、それは阻まれる事になってしまった。

 

「こんな時にサッカーなんて、よくそんなことが言えるな!状況を考えろよ!」

 

転がって来たボールを場外へと蹴りだし、太一が怒鳴る

。事実、彼の言うことは最もであるため、皆は落ち込むが、抗議の声は上げない

 

「まぁ今は先に丈さんの紋章を探してからにしない?」

(私もサッカーって気分じゃないしね。)

 

沙綾自身、走る事は得意で運動神経もいいのだか、後の事を考えると気分が乗らず、この点のみ、太一の味方につく事にする。

 

「ほら、沙綾もこう言ってるんだ。早く紋章を見つけてここから出るぞ!」

 

(どっちにしても、ここでサッカーなんて出来ない。だって)

 

沙綾は心の中で呟く、同時に、まるで図ったかのようなタイミングで、彼女達の頭上のオーロラビジョンが点灯、一度聞けば忘れる事のないあの独特な声が、コロッセオ全体に響き渡ったのだ。

 

「おーほっほ!あちきってグレイトォ!」

 

「キャー!」

 

恐怖の対象がいきなり巨大な画面に写し出されたのだ。当然、皆はパニックに陥る。

 

「アグモン、みんなについてくよ!来て。」

「う、うん、分かった。」

 

少しでも距離を取ろうと反対側のゴールネットまで子供達と沙綾、アグモンは後退するが、それは相手の罠、ネットが倒れ、太一のアグモンを除く全員が、自ら捕らわれに行った形となってしまう。実際の所、内2人は"本当に自ら捕らわれに行った"のだが。

 

(とにかく、今はみんなに会わせて、ここから出てからが勝負。)

 

「こないな檻で閉じ込めたつもりかいな。」

 

 

テントモンがネットを引きちぎろうと前に進むが、沙綾によってそれは止められた。

 

「ストップ!」

 

「どないしたんでっか?沙綾はん。」

 

「細工が無い訳ないでしょ。こんなすぐ千切れそうなネットに。」

 

片手を出してテントモンを静止させ、沙綾は画面に写るエテモンに目を向ける。

 

 

「小娘の癖によーく分かったわねぇ、誉めてあげるわぁ。そう、この檻には高圧電流が流してあるの。逃げられるとは思わないことねぇ、ホントはあちきが直接そっちに言ってあげたいんだけどぉ、ほら、スターって忙しいじゃない。だーかーら特別ゲストを用意したの。カモーン!」

 

直後、オーロラビジョンの真下から、反対側のゴールネットを踏み潰し、それは現れた。

 

「グ、グレイモン!」

 

 

黒い首輪をはめられたグレイモンの登場に、一同は驚くも、太一は即座に一匹だけ罠に掛からなかったアグモンを進化させ、それに対抗する。

 

しかし、オアシスで必要以上の食料をとったことが原因だろう。その動きは何時もより鈍く、徐々に追い込まれていく。

その間、捕らわれた子供達は地面に穴を掘ることで、檻からの脱出を測る。幸運にも、真下に丈の紋章があった事で、一行は地下へと落下。コロッセオのスタンドへと繋がるトンネルを進み、再び地上に帰って来ることが出来た。

しかし、一人戦うグレイモンの状況は先程よりも悪化しており、方膝を付き、今まさに敵がトドメの『メガフレイム』を放とうとしていたのだ。

 

 

 

「グレイモンを進化させるチャンスなんだ!離してくれ空!」

 

空の静止を無視して、太一は走り出す。光子郎も言っていたが、デジモンが進化しやすい状況の一つは"パートナーが危機に陥った時。"それを試すため、彼はなりふり構わず敵へと突撃したのだ。

 

「お前なんて怖くないぞ、やるなら俺からやれ!」

 

 

攻撃を阻まれた敵のグレイモンが太一へとふりかえる。

 

「ピヨモン、太一を助けて!」

 

「ガブモン、行くぞ!」

 

(出来ればここにいて貰いたいんだけど…仕方ない……)

 

空とヤマトがそれぞれのパートナーを成熟期へと進化させ、グレイモンへと向かわせるが、沙綾はそれを止めない。"仲間を助けるな"など、彼女には口が裂けても言えないからである。

 

「俺はお前を信じてる。進化するんだ!グレイモン!」

 

太一が叫ぶ、彼のデジヴァイスと紋章が怪しく輝き、遂に、グレイモンの回りにどす黒いオーラが立ち上る始めたのだ。

 

(ここからが私達の出番、ティラノモンに時間を稼いで貰う間に、私がみんなを避難させる。)

 

それを確認した沙綾は、そっと自分のアグモンへと語りかける。

 

「アグモン、行ける?」

 

「うん。いつでも大丈夫だよ。」

 

「これからグレイモンが間違った進化をするの。貴方にはグレイモンのエネルギーが無くなるまで、暴走する彼を引き付けて貰いたいんだけど、」

 

「分かったよマァマ。」

 

「いい。絶対に無理はしないで。あくまで時間稼ぎだけだよ。向こうのエネルギーはそんなに長く持たないから、引き付けて逃げてを繰り返して。スピードと小回りは今のティラノモンの方が上だから。」

 

「近くで逃げ回ればいいんだね。」

 

「うん。まず太一君をあそこから遠ざけないといけないから、途中まで私を乗せていってね。」

 

やがて、グレイモンが雄叫びと共に、その身体を完全に変化させる。

巨大な骨だけの身体、破壊の意思のみを宿した目、脊髄に搭載された凶悪なミサイル、

 

「これが、グレイモンの進化した姿……」

 

「あれ、スカルグレイモンやないか!とんでもないもんに進化してもうた…」

 

「行くよ!アグモン」

 

グレイモンの進化の完了と同時に二人はスタンドから勢いよく飛び出し、一瞬で進化を果たしたティラノモンの背中へと沙綾は飛び乗る。

 

「丈さん!みんなを連れて地下に戻って隠れてて!ここにいると巻き沿えになるよ!」

 

 

「待って、まだ太一が!」

 

「仲間を見捨てて行ける分けないだろ!」

 

「太一君は私が連れてくるから!」

 

スカルグレイモンが敵のグレイモンを必殺のミサイルでオーロラビジョンごと消し去る。そんな中、ティラノモンは沙綾を乗せ、目の前の驚異に目指して走り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「沙綾ちゃん…また一人で…これじゃ太一と同じよ!」

 

遠ざかる彼女に向けて空は叫ぶが、ミサイルの爆発音に書き消され、その声は届かない。

 

オアシスで空が言おうとした事は、"沙綾も太一と同じく、焦っているように見える"、ではない。"一人で全部抱え込む姿が今の太一と同じ"、という事なのだ。

これからの行動を考える彼女を、あえて邪魔するようにサッカーに誘ったのはそのためだ。

 

「トコモンを助ける時も、誰も起こさないで一人で行っちゃうし。」

 

「そうだな。俺達は、沙綾に助けられてばかりだ。」

 

「デビモンの時だって、沙綾さんが助けてくれなかったら、僕とパタモンは死んじゃってた。」

 

「沙綾君は隠れてろって言ってたけど、」

 

「沙綾さんだけに何もかも押し付ける訳にはいきません。」

 

「私もそう思う!」

 

 

沙綾は一つ、気づいていなかった。

それは、"この旅での彼女と子供達との認識の違い"である。

沙綾から見れば、彼女は何度か無駄に彼らの危機を煽ってしまった事がある。エンジェモンを間接的に殺したのも沙綾だ。それ故に彼女はどうしても子供達に対して負い目を感じていた。

 

一方、子供達から見たならば、それはどうなるか。

元の歴史を知らない彼らにとって、沙綾の行動は的確で、アンドロモン戦から始まり、この間のトコモンの件まで、常に皆を助け続けたのだ。デビモンの手から身を呈してタケルを守ったのも彼女である。

 

知らず知らず、沙綾は皆の信頼を集めていた。

その認識の違いがあるからこそ、『仲間を助けたい』彼女は、『仲間が自分を助けに来るかも知れない』と言う考えに至ることがなかった。

皆の事を考えていた沙綾自身が、逆に皆の気持ちを考えてはいなかったのだ。それが彼女の誤算。

 

「行きましょうみんな!太一と沙綾ちゃんを助けるために!」

 

空の言葉を合図に、丈、ミミ、光子郎が即座にパートナーを成熟期へと進化させる。

沙綾の思惑とは裏腹に、全員は一斉にスタンドから飛びだしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々と複雑な状況になってきました。

沙綾の思いと子供達の思い、それからクロックモンの思い、

皆様に伝わるように書けているかが心配です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私だってみんなを助けたいんだ!

感想、評価を入れて下さった皆様、ありがとうございます。
頑張るぞという気が出てきます。


沙綾を背中に乗せたティラノモンは、今しがた敵にトドメを刺したスカルグレイモンと、真後ろの足下でそれを呆然と見ている太一を目掛け、ガルルモンにも迫る速度で走る。

距離はおよそ100メートル、デビモンをロードした今のティラノモンならば、加速を含めても5秒とかからない。一瞬で近くまでたどり着き、一度止まって沙綾を下ろす。

 

「太一君を連れていく間、反対側に彼を引き付けて!」

 

「オッケー!」

 

素早くそう指示を出し、即座に二人は行動を開始した。

ティラノモンは、わざとスカルグレイモンの前に飛びだし、顔を目掛けて得意の火炎を放った後、『かかってこい』と言わんばかりに手を使って相手を挑発する。

彼にそれを理解出来る知能が備わっているかは不明だが、結果的にスカルグレイモンはティラノモンを敵と判断し、意識を彼に向け、巨大な骨の腕を振り上げた。

 

一方、彼の意識がティラノモンに向いている隙に、沙綾はその足下まで走りより、その場で硬直する太一の手を握る。

 

「さ、沙綾!?」

 

「早く逃げるよ!ここにいちゃダメ!貴方にもわかるでしょ、"アレ"はもうグレイモンじゃない!」

 

(ガルルモンとバードラモンはまだ攻撃を仕掛けてない。仕掛けたとしても、"2匹だけ"ならまだ大丈夫。軽い反撃ぐらいは受けるかもしれないけど…)

 

未来でもこのような場面がなかった訳ではない。

親友2人との冒険の中で、凶暴なデジモンに遭遇した事など1度や2度ではないのだ。

状況によっては、ティラノモンと沙綾が二人の囮になって逃走した事もある。

デビモンのように知能の高いデジモンでは不可能だが、

スカルグレイモンの様に行動自体が単純であれば、味方への被害を極力抑えながら、相手の意識を自分だけに向けさせる事はそう難しい事ではない。

 

だが、それも数が多ければ話は別である。

 

手を繋いだまま、彼女が太一を引っ張る形で、皆がいるはずのスタンドを目指して戻り始める。少しの間、後方のスカルグレイモンに注意を払っていた沙綾が、いざ前方に視線を動かした時、彼女は絶句した。

 

 

「太一、沙綾、大丈夫か!」

 

ヤマト、空を先頭に、光子郎達は進化させたパートナーを引き連れて、自分と太一を目指して走る皆の姿を目にしたかである。

 

(どうしてみんながここにいるの!)

 

予想外の展開に彼女の頭は一瞬混乱する。その間に、子供達は走りながら各々のパートナーに、ティラノモンの援護に向かうよう指示を出す。それほど広くはないコロッセオ内をパートナー達が散らばり、スカルグレイモンを止めるために、一斉に攻撃を仕掛けたのだ。

それを見た沙綾は合流後、彼女にしては珍しく、声を上げて怒鳴る。

 

「何で来たの!」

 

これではティラノモンの役割が果たせない。

どこを向いても誰かがいる以上、迂闊に逃げ回る事すら出来ないのだ。現に今、彼はどうしていいのか分からず、その足を止めてしまっている。

何より、子供達を助けるために動いている沙綾にとって、これでは本末転倒なのである。

 

「巻き沿いになるからみんなは隠れててっていったよね!なんでわざわざ来るの!貴方達が来たら意味がないじゃない!」

 

戦いの最中であるにも関わらず、彼女は更に続ける。

子供達から見ても、沙綾のこの反応は予想外なのだろう、皆唖然と彼女を見つめるだけで、言葉が出てこないのだから、そんな中、不意に空が一歩前に出る。そして、

 

「バカッ!」

 

パチンと、乾いた音が周囲に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう。これじゃ相手を引き付けられないよ…」

 

一度に6体もの援軍が登場し、攻撃を始めた事で、スカルグレイモンの意識を自分だけに留められなくなったティラノモンは悩んでいた。しかし、その分自身の負担は軽くなり、今彼は足を止められていられるのだが。

 

「でも、マァマ達にコイツを近づけちゃいけない。」

 

そう判断したティラノモンは、スカルグレイモンの足を集中的に攻撃する。それほどのダメージはないが、勢いよく噴射される炎に方足を取られたスカルグレイモンは、バランスを崩して、その場で膝をいた、そこへ、

 

「ハープーンバルカン!」

「メテオウィング!」

「メガブラスター!」

「チクチクバンバン!」

 

中距離から4体のパートナーが自身の必殺を放ち、

 

「フォックスファイヤー!」

 

最後にガルルモンが青い炎を吐きながら飛びかかり、そのままスカルグレイモンの腕へと噛みついた。

彼は大きく腕を震い、ガルルモンを振り落とそうとするが、そこで再びティラノモンが赤い炎を放ち、今度はその腕に命中する。

 

「助かったよ、ティラノモン」

 

「早く離れて!みんな、近付きすぎ過ぎちゃダメだ!」

 

ティラノモンのその言葉を聞いて、パートナー達は一歩後ろへと距離を取る。

投げ飛ばされる前に腕から離れたガルルモンも、一度後退し、追撃を防ぐため、ティラノモンは更に頭に向けて牽制のための炎を吐いた。

 

(このままなんとか時間を稼げれば、)

 

戦闘を始めてまだ間もないが、今のところは味方にダメージはない。沙綾からの指示は『無理をせず、被害を押さえて、時間を稼ぐ』、であることから、上手く立ち回れば、まだ目標は達成出来るかもしれないと彼は考えた。

 

しかし、

 

「ぐぁ!」

 

意識をスカルグレイモンの頭に向けすぎていたティラノモンは、骨の腕による横からの凪ぎ払いに対応が出来ず、撥ね飛ばされ、滑るように地面を転がる。

手痛いダメージではないため、彼はすぐに起き上がるが、スカルグレイモンは既に次の動作に入っていた。

踏み潰されたゴールネットを持ち上げ、それを沙綾達のいるコロッセオの反対側に向かって投げようとしていたのだ。

 

「危ない!マァマー!」

 

全力で地面を蹴り、彼女の盾となるため、ティラノモンはなりふり構わず走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少し前、

 

 

沙綾の左頬に痛みが走る。自分が何故叩かれたのかが分からない彼女は、空に喰って掛かかろうとするが、その表情を見て言葉を飲み込んだ。空が、泣いていたのだ。

 

 

「沙綾ちゃんも今の太一も…何で一人で全部解決しようとするのよ!」

 

目に涙を貯めながらも、空は震える声で自分の想いを伝えた。

 

 

「私達は仲間でしょ…」

 

 

彼女の言ったその言葉が、沙綾の心に響く。

 

『仲間を助けたいから行動する。』

 

それは、沙綾が親友と子供達に抱く想いと同じもの。

根底にあるものは違っても、沙綾が子供達を助けたいように、子供達もまた沙綾を助けたい。仲間とはそういうものである。

今まで"負い目"が邪魔をして、それに気付かなかった沙綾も、その言葉で遂に自覚したのだ。

 

"皆に心配をかけていた事"、そして、"皆が自分を心配してくれた"事を。

 

(なんで、今まで…気付かなかったんだろ…)

 

気付いた途端、沙綾の目からも涙が溢れだし、そして、子供達に始めて迎え入れられた時と同じような、温かい気持ちが心を満たしていく。

 

(アグモン以外にも、この世界で私の事、心配してくれる人達がいたんだね…)

 

「心配、かけて…ごめん…」

涙目の空を始め、自分達を『助けに来てくれた』子供達全員に、精一杯の謝罪を込めて、沙綾は頭をさげ、その後、顔を上げてその続きを口にする。

 

「それから…心配してくれて…ありがとう。」

 

涙が頬を伝いながらも、この場には似合わない笑顔で沙綾はそう伝え、太一を除いた子供達は、それに力強く頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

ここが今"戦場"でなければ、これで全ては解決したであろう。だが、いくら距離を取ったとは言え、やはりここが危険地帯であることに変わりはない。

沙綾につられて口許を緩ませていたヤマトの表情が急に変化し、沙綾と太一の後方を指差して声をあげる。

 

「おいっ!あれ!」

「ゴ、ゴールネット!?」

「えっ!」

 

小説と同じように子供達向かってゴールネットが飛来する。歴史より距離が近かった事、更に、皆の気が一瞬緩んで反応が遅れた事により、沙綾が気付いて振り返った時には、既にそれは目の前にまで迫っていたのだ。

 

(嘘……)

 

最早回避は間に合わず、無駄と分かりながらも皆は体を丸めて防御の姿勢をとる。だが、ガシャンという音がしただけで、それが子供達に直撃することはなかった。

動けずに固まる皆の前に、間一髪で間に合ったティラノモンが、体を盾にネットを止めたからである。

 

「ティラノモン!」

 

「ごめんマァマ、大丈夫だった?」

 

「うん、ありがとう……!ティラノモン!後ろ!」

 

「…なっ!」

 

涙を拭いながらティラノモンに礼をした沙綾が、ゴールネットが飛んできた方向を見た時、彼女は自分の目を疑う。スカルグレイモンが両手を地面につき、その脊髄に搭載された凶悪なミサイルを此方に向けていたのだ。

 

(あんなの撃たれたら、みんな無事じゃ済まない、それどころか、私とティラノモンは間違いなく死んじゃう。)

 

それぞれのパートナー達がそれを阻止しようと、攻撃をするが、スカルグレイモンは意に介さず、ミサイルに点火をした。

 

「マァマ達は早く逃げて!ボクがなんとか食い止めるから!」

 

ティラノモンはそういうが、敵のグレイモンをオーロラビジョンごと跡形も無く消し去った彼の必殺を止める事など出来はしない。何より、もう逃げるには遅すぎる。

 

(そんなのイヤだ!、まだミキとアキラを助けてないのに!、やっとみんなの気持ちに気づけたのに!)

 

ミサイルが白い煙をあげ始めた。発射まで、後3秒とないだろう。

 

(私は諦めたくない!)

 

心の中で沙綾は強く想う。

 

此処では死にたくはないと、子供達の信頼に答えたいと

、そして驚くことにこの土壇場で、それは形となって現れた。

 

「見て!ティラノモンの身体が!」

 

(知らんぷりしたくないからじゃない…)

 

ティラノモンの身体が、眩しく輝き始める。

自分自身の危機に、パートナーの危機に、その想いに答えるために。

この現象を、皆は知っている。

 

「これってもしかして、」

「進化の光?」

「でも、沙綾さんはまだ紋章が、」

 

(今の私は心から思う)

 

 

「力が、溢れて来る。今なら出来る!ボクが守るんだ!」

 

ミサイルの発射と、沙綾のデジヴァイスが輝いたのは同時だった。

 

 

 

「私だってみんなを助けたいんだっ!」

 

その場にいる全員に届く声で、沙綾は自分の想いを叫ぶ。それに呼応するように、デジヴァイスとティラノモンの輝きはより一層強くなり、そして、

 

 

「マァマのために…いくぞ!ティラノモン超進化!」

 

自身を鼓舞するように咆哮を上げ、相手の必殺が近付く中、今赤い恐竜は光に包まれてその姿を変える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者の中では、ここで始めて沙綾視点で「brave heart」が流れ出すイメージで書いていました。
沙綾視点で聞いてみると、子供達サイドで聞くのとは、また少し歌詞の意味が違って聞こえるのかも知れません。

ご意見、ご感想、お待ちしています






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

言っただろ、マァマは、この"オレ"が守るって。

やっと進化にたどり着きました。




「マァマのために…いくぞ!ティラノモン超進化!」

 

ティラノモンの全身が光に包まれ、彼の進化が始まった。

 

「やっぱり進化だよ!エンジェモンの時と同じだもん。」

「タケル!伏せろっ!」

 

トコモン抱えてその光景に見入っていたタケルをヤマトが強引に地面へと倒し、覆い被さるように自分も伏せる。他の子供達も各々の防御姿勢を取ったその直後、ドカンという鼓膜の破れそうな爆発音と共に、周囲一帯を激しい衝撃と閃光が襲ったのだ。

 

「ヤマトー!」

「空っ!」

 

衝撃の余波で吹き飛ばされそうな身体を抑え、パートナー達はそれぞれの主の名前を呼ぶ。

 

その威力はやはり、完全体に相応しい物であった。

 

 

 

やがて、爆風は収まり、周囲は一時静寂に包まれた。

大量の土埃が徐々に晴れていき、パートナー達の視界が鮮明になっていく。そこにあったのはえぐり取られた地面とボロボロのスタンド、最早ここに"闘技場"としての機能はない。

 

それでも、ただ一ヵ所、ティラノモンが立っていた位置からその後方にかけては、無傷のまま。

 

一つだけ違う事があるとすれば、そこに立っているのはティラノモンではなく、

 

 

 

 

 

「言っただろ、マァマは、"オレ"が守るって…」

 

 

全身を機械で武装した。灰色の恐竜であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな!大丈夫!」

 

「ああ、何とか…」

「みんな、無事みたいね。」

 

土埃が舞う中、沙綾は皆の安全を確認するため声をかけ、子供達はゆっくりと立ち上がる。どうやら沙綾も含めて全員怪我はなく、彼女は取りあえず安心し、視線を完全体へと進化したパートナーに向けた。

 

「言っただろ、マァマは"オレ"が守るって…」

 

灰色の恐竜はスカルグレイモンを見つめたまま沙綾へと声をかける。その声色は前よりも低く、口調も穏やかなティラノモンに比べて少し粗暴だ。

だが、それは暗黒の力に飲まれた時のような狂気を含んだものではなく、沙綾は彼に笑顔を向け、新しい彼の名を呼ぶ。

 

「うん…ありがとう…"メタルティラノモン"。進化、出来たんだね。」

 

メタルティラノモンは彼女の声に、自信に満ちた表情で頷いた。

 

 

 

沙綾の知識の中で、ティラノモン系統の完全体は2種類いる。

一つは、マスターティラノモン

走攻守全てに優れたティラノモンの完全上位種、姿はティラノモンとあまり変わらず、その性質もデータと似たワクチン種である事から、戦闘方法などにも特に違いはない。

 

もう一つは、今目の前にいるメタルティラノモン

早さを削った代わりに、攻守においてティラノモンを圧倒的に上回る力を持つ。だが、性質がウイルス種へと変更されるため、性格がやや好戦的になり、戦闘方法も機械化した体で戦う分、違いが発生する。

 

他にもエクスティラノモン、マメティラモンなども存在するが、厳密には彼らはティラノモン系統ではない。

 

彼がマスターティラノモンではなくメタルティラノモンに進化したのは、ウイルス種であるデビモンのデータが進化への大きなウエイトを占めたのか、または、相手の必殺をその身で受け止めるため、彼が自ら防御力の優れた方に進化をしたのか、思い付く可能性は幾つかあるが、沙綾にもはっきりとした理由は分からない。

 

「沙綾君のティラノモンも進化したのか!?」

 

「お、襲ってこない!?」

 

メタルティラノモンを見上げ、丈とミミが警戒を示す。確かに、暴れまわるスカルグレイモンを見たその直後の進化なのだ。二人の反応は妥当だろう。だが、それに対して空と光子郎は反論をした。

 

「さっきの言葉を聞いたでしょ。ティラノモンは何も変わってないのよ。」

 

「僕達を守ってくれましたし。」

 

「まあ…確かに、」

 

「うん…そうよね。」

 

まだ多少の恐れはあるようだが、二人の言葉で彼らは納得する。どちみち、もうこの場はそれを信用する他皆に選択肢などない。そして、

 

「ヤマト!大丈夫!?」

 

子供達の身を案じたパートナー達が戦闘を放棄してここに到着したことで、太一のアグモンを除いた全員がこの場に集結する形となった。破壊の衝動で動いているスカルグレイモンにとって、それは絶好の機会。既に2回の必殺により、エネルギーは底をつきかけているのか、身体から黒いオーラを漏らしながらも、3度目となる必殺の体勢にはいったのだ。

 

「もうやめてくれ!グレイモン!」

 

太一の必死の叫びは虚しく、スカルグレイモンは再三脊髄のミサイルに点火をする。子供達が不安な表情を見せる中、沙綾だけは、その決意を示すようにスカルグレイモンを見つめ、そして、

 

「行くよ、メタルティラノモン!」

 

「任せろ!アイツはオレが止める。マァマは、オレが守るんだ!」

 

「むこうのエネルギーはもう残ってないよ。次の一撃を何とか防いで!」

 

「了解だ。打ち落としてやる。」

 

ティラノモンでは到底出来ない指示にも、彼は難なく頷いた。

 

 

白い煙を上げ、三度発射される『グラウンド・ゼロ』、それに標準を合わせるように、メタルティラノモンはその機械化された右腕をむける。近い未来、目の前の彼も使う事になるその『必殺』を放つために。

 

 

 

「ギガ!」

 

 

 

左腕で補助をするように右腕を支え、沙綾を守るため、彼は新たに搭載された自身の技の名を力強く叫ぶ。

 

 

 

「デストロイヤーッ!」

 

 

ドゴンと、

 

 

声と共に彼の右腕の掌からも、一発のミサイルがスカルグレイモンのミサイルに向けて放たれる。正式名称『ギガデストロイヤーⅡ』、核弾頭一発分に相当する威力をもったそれは、正確に彼の『グラウンド・ゼロ』に命中し、

 

「みんな!もっかい伏せて!」

 

 

お互いのミサイルの威力が横への衝撃を相殺した結果、コロッセオの中心で、縦方向に凄まじい爆発が巻き起こる。

 

(これでもうスカルグレイモンのエネルギーは底をついたはず…)

 

「これでいいのか?」

 

「うん、ありがとう、かっこよかったよ。」

 

メタルティラノモンが腕を下ろす、スカルグレイモンの最後の攻撃を防ぎ、爆炎が上がる中、沙綾はこの戦いの終わりを確信するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、爆風が静まり、発生した煙の奥で子供達は目を回して気絶しているコロモンを見つけ、太一を先頭に一行はコロッセオの反対側へと走り出す。

 

「コロモン!大丈夫か!」

 

コロモンを抱き上げながら太一は問いかけるが、歴史よりも多くのエネルギーを消費した彼は命に別状は無いものの、意識がなかなかもどらない。

 

日が沈みかけたところで、一行はこの半壊したコロッセオで夜を迎えることを決めた。

 

「ごめん…みんな、俺のせいで…ごめんな…コロモン…」

 

 

そんな中、コロモンを抱きしめ、皆に頭を下げる太一の姿に、沙綾はファイル島でのある出来事を思い出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、

 

綺麗な星空が見渡せるコロッセオのスタンドで、太一は一人皆から離れた位置で肩を落としていた。

 

「何やってんだろ…俺…」

 

昼間に起こった出来事を思い返し、彼はため息をつく。

今もまだ眠っているコロモンを追い込み、スカルグレイモンの暴走に皆を巻き込んだ事を、太一は後悔していた。そこへ、

 

「一人で何してるの?みんな心配してるよ。」

 

黒い髪をなびかせた少女が、彼の隣へと腰をかける。珍しく、彼女は今自分のパートナーを連れてきてはいなかった。

しかし、太一にとって、今はこの少女こそが一番顔を合わせにくい、同じアグモンを連れながら、完全体となったパートナーを暴走させた自分と、タグも紋章もなしにそれを止めた彼女の間に、何か決定的な違いを見せられたような気になるからである。

 

「沙綾か……今は…一人で考えたいんだけど」

 

「やっぱり、昼間の事、気にしてるの?」

 

「当たり前だろ!沙綾のアグモンは上手く進化出来たけど、俺のアグモンは手がつけられなかった。勿論それが俺の責任なのは分かってる。でも、そのせいでコロモンは眠ったまま、みんなも危ない目に会わせちまった。気にするなっていう方が無理だ。」

 

沙綾の問いかけに対して、太一は感情をむき出しにして捲し立てるようにそれを返す。それほどに今の太一には余裕がないのだろう。しかし、沙綾は彼の大声を聞いても、慌てる事なく口を開いた。

 

「ねえ、ファイル島でティラノモンが一度暴れた事、覚えてる。」

 

デビモンを倒した直後に起きたその出来事について彼女は語りだす。

 

「私もあの時、たぶん今の貴方と同じ事を考えてた。私のせいでって、私が"余計な事"をしなければって。」

 

「でも、それはデビモンが乗り移ったせいだろ。」

 

沙綾以外の子供達にとって、それは共通の認識だ。だが彼女はそれを否定する。それでも流石に全てを話すことは出来ないのだが。

 

「ううん。あれは間違いなく私のせいだよ。だから、本当に泣きそうなぐらい悔しかったの。だけど、タグも紋章も無しに完全体に進化出来たのは、あの時エンジェモンに助けて貰った後も、デビモンの純粋な力がアグモンに残り続けていたからだと思う。」

 

「結局、沙綾は何が言いたいんだよ。」

 

話しの要点が掴めなくなった太一は、今度は沙綾へと問いかける。その声は先程よりも落ちついているようだ。そして、彼女はここで一番彼に伝えたかった事を話し始めた。

 

「貴方が今日した事は、絶対に無駄なんかじゃない。今はまだ怖いかも知れないけど、それでも貴方は必ず"本当の勇気"にたどり着く。私も今日それに気づいたの、だから、心配しないで、」

 

沙綾にとって、無駄に歴史を変えてしまった事も、結果をみれば、それによって子供達との絆を深める事には繋がった。彼らからの絆に気づけたからからこそ、彼女はあの土壇場でも諦める事はなかったのだ。

 

少しの間、沈黙が続く。先にそれを破ったのは太一であった。彼は夜空を見上げながら、ゆっくりと独白するように語りだす。

 

「俺、自分でも気づかない内に、焦ってた。紋章を持ってるのは俺だけだって、俺がみんなを守らなきゃって。」

 

「私も人の事は言えないよ。本当にさっきまで、私も太一君と同じだったんだから。だけど、今なら分かるよ。私達は一人で戦うんじゃない、みんながついてるんだって。」

 

「ああ、なんで忘れてたんだろう。」

 

太一の表情は先程に比べて落ちついており、それを見た沙綾も頬を緩め、しばらくした後、彼女は立ち上がった

 

「じゃあ、私はもう戻るね。太一君もあんまり考えすぎないようにね。」

 

 

「ありがとう。沙綾…」

 

去り際に太一が呟いた一言は、沙綾に届く事はなく、彼女は皆の元に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、沙綾が歴史に介入した事によって、パートナー達の被害は抑える事が出来たが、コロモンの容態は歴史よりも重く、"危機を煽った"という意味では、あまり良い結果とはいえない。

 

それでも、彼女にとって今日の出来事は、子供達との『絆』を確認する重要なものとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「沙綾ちゃん、ちょっと…」

 

「あれっ、どうしたの空ちゃん? 」

 

「あっ!私も付いてくー!」

 

 

その後、太一の元から帰ってきた沙綾が、何故か空とミミに挟まれるようにして再度何処かへ連行されていくのを、ヤマトを始め、他の子供達は不思議そうな目で見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




進化先はやっぱりメタルティラノモンです。
というより、彼にしておかないと後々不都合が…
ある意味、メタルティラノモンになった一番の理由は、作者の都合ですかね。

ちなみに沙綾のアグモンは、この時既に寝ています。
初進化の疲れですが、彼は自力での進化ですので、サーベルレオモンなどと同じく、幼年期まで退化してしまうことはありません。戦闘力自体は、紋章の力を受けた他の子供達の完全体とあまり変わりませんが。



このスカルグレイモン戦は、中盤からオリジナル展開でしたが、いかがでしたでしょうか。
結果は同じ所に落ちつきましたが、原作よりも、コロモンへのダメージは大きくなってしまいました。

ご意見、ご感想等、いつでもお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とりあえずここまで来てみましたが。

今回は半分以上がクロックモンパートです。



選ばれし子供達がサーバ大陸へと舟を出してい一週間が過ぎた頃、ファイル島、クロックモンの隠れ家では、何時ものように何かを考え込む彼の姿があった。沙綾を助けるための『革新的な方法』を模索するクロックモンにとって、それは最早日常的な光景なのだが、今彼が頭を捻っているのはその事についてではない。

 

「ふむ…」

 

自分以外は誰も居ない部屋で、彼は一人呟く。

ここ数日、この部屋で『革新的な方法』を考えていたクロックモンであるが、実際のところ、そのような方法が直ぐに頭に浮かぶ筈もなく、何か切っ掛けを掴む事は出来ないかと、彼は一度沙綾が初めてここに来たとき、彼女が話していたこれまでの話を思い返していた。

 

 

 

「どう言うこと事でしょうか。」

 

どこか腑に落ちない表情で彼は首を捻る。

 

「あの時は彼女への罪悪感が強くて気付きませんでしたが…」

 

そして、話しを思い出していく内、クロックモンは沙綾の話した内容の中に、一つ不自然な点を見つけたのだ。

とは言っても、それは別に『革新的な方法』に繋がるようなものではない。ただ、その一点が彼の頭を複雑にする。

 

 

「おかしい…それは……それなら、未来の私は、なぜ……」

 

深く考え込むクロックモンだが、彼はそこで一度考えるのを止める。

 

「いや、今この事を考えても答えは出ない。それより、彼女を救う手段ですが、恐らく此処に居るだけでは、もうまともな案もでないでしょう。」

 

一週間に渡り、地下でひたすら考え続けた彼は、そう結論付けた。そもそも、クロックモンが何故こんな所でひっそり暮らしているのかといえば、それは自身の力の危険性を熟知しているからである。

カオスドラモンのように、自分の力を悪用する者が何時現れるか分からない。未来のクロックモンが何故工場に居たのかは今の彼には分からないが、少なくとも今までの彼は、この場所から出ることには躊躇いがあった。

 

「外に、出ますか。必要以上の事をしなければ、歴史的にも問題はないはず。」

 

それでも、沙綾を救うための手掛かりを求めて、彼女の宝物を手に、今クロックモンは、久しぶりとなる外の世界へと足を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃サーバ大陸では、

 

スカルグレイモンの暴走から丸一日が経過し、一行は今再び広大な砂漠を歩いていた。

 

急激なエネルギー消費によって眠り続けていたコロモンも、今朝皆の起床と共に無事に目を覚まし、涙ぐむ太一に抱きしめられながら、昨日の暴走を皆に謝るのだった。

 

 

 

「ねぇ…マァマ、何処まで歩くの…ボクもう疲れちゃったよ…」

 

「うん…流石に暑すぎるよね…たぶんもうちょっとだと思うんだけど…」

 

何時ものように子供達に続いて歩く沙綾とアグモンだが、この炎天下の中、体力にはそれなりに自信がある彼女でさえ、あまりの暑さに玉のような汗が流れる。他の子供達もそれは同様だが、太一は自分よりも、弱ったコロモンを気遣うように歩いていた。

 

 

「見て、パルモン!大きなサボテンよ!」

 

「えっ!」

 

ミミが前方に巨大なサボテンを発見する。この暑さをしのぐため、その影で一時休憩をしようと一行は我先にと走り出した。沙綾も一応それに続くが、皆とは違い、その表情は優れない。残念ながら、彼女は既に知っているのだ。

 

(蜃気楼なんだよね…あれ…)

 

近くまで走ってようやくそれに気付いた子供達は、落胆のあまりその場に崩れ落ちるのだった。

 

 

だがそこで、

 

 

『選ばれし子供達よ』

 

「「ゲンナイ!」」

 

打ちひしがれる皆の前に、ファイル島で会って以来交信の途絶えていたゲンナイが、再びホログラムで姿を表したのだ。突然の登場に皆は驚くが、太一は彼の姿を見て即座に食って掛かる。

 

「やいじじい!お前の言う通りタグと紋章を手に入れたけど、上手く進化しなかったじゃないか!それどころか、俺達はみんな死にかけるし、退化したコロモンはかわいそうに丸一日眠ったままだったんだぞ!」

 

「私紋章なんか欲しくなーい。」

 

「タグと紋章はお互いに引かれ合う。お主達が望む、望まないに関わらず、いずれ紋章はお主達の元に現れる筈じゃ。」

 

「ふざけるなよじじい!」

 

コロモンの容態が歴史よりも重かった事による反動か、太一の怒りもそれに比例するように大きくなっている。

今にもホログラムに殴り掛かりそうな彼を見て、沙綾と空は慌てて両方から彼の肩を押さえるようにして、それを止めに入った。

 

「ちょっと太一、落ちついて!」

 

「そうだよ!とにかく、このお爺ちゃんの話しを聞こうよ。」

 

「えーと、お主は、誰じゃ?」

 

沙綾を見たゲンナイはポカンとしながらそう口にする。

実際、ファイル島で彼が現れた時、離れた位置にいた沙綾は、一人だけゲンナイとは会っていない。二人はこれが初対面なのだ。

 

「誰って…俺達と同じ選ばれし子供だ!」

 

「なんじゃと!…そんな筈は……お、お主、デジヴァイスは…持っておるな。ではタグと紋章は持っておるか?」

 

太一の言葉に驚いた表情のゲンナイは、矢継ぎ早に沙綾へと質問する。彼女が首を横に振ると、彼は神妙な顔つきで下を向き、聞き取れない程度の小言で呟いた。

 

「…そんな…まさか八人目……辻褄は…合わんこともない…」

 

納得するようにゲンナイは再び沙綾を見るが、当の本人は困った顔をしている。それもそうだ。歴史を知っている彼女にとっては、今ゲンナイが考えている事が手に取るように分かるのだから。

 

(ゲンナイさん、絶対勘違いしてるよね…困ったなぁ、"それは違います"なんて言えないし…)

 

自分が選ばれし子供ではないと確実に証明する手段は、自分の素性を明かす事以外には存在しない。そのような事をこの場で暴露する訳にはいかない以上、今沙綾に出来る事は精々黙ってこの話が終わるのを待つしかない。

 

(まあ今の所はそれでも問題はないけど…)

 

「そんなことより、グレイモンがちゃんと進化しなかった理由を説明しろ!」

 

話しを逸らされ、痺れを切らした太一が再び声を荒げる。

 

「すまんすまん、だから落ち着け。訳を話そう。正しい育て方をせんと、正しい進化はせん。グレイモンがきちんと進化をしなかったのは、お主の育て方が間違っておったからじゃ。」

 

「正しい育て方ってなんだよ。」

 

「選ばれし子供達よ、正しいそ#$€%,#"(<$」

 

ようやく本題に入るという所で、ゲンナイの声にノイズが混ざり始め、ファイル島の時と同様、そこでプツンと映像が途切れてしまった。

 

「あのじじい、また大事な所で!」

 

煮え切らない答えに太一は悪態をつくが、空はそんな彼をなだめながら、何かを閃いたように表情を明るくして一行に声をかける。

 

「まあまあ、とにかく、正しい育て方なら、沙綾ちゃんの育て方を参考にしたらどうかしら。進化してもティラノモンはちゃんと沙綾ちゃんの言うことを聞いてたんだし。」

 

「えっ!私っ!?」

 

「それは名案だな。」

 

 

彼女の発言にヤマトを始め、全員が期待の目差しを沙綾へと向けた。本来の歴史であれば、皆はここで一度自信を無くし、意気消沈する場面であるが、今回はお手本となる存在が近くに居たため、それが回避されたのだろう。要は、"パートナー達が完全体に至るまでの過程"が少し変更されたということだ。

 

「よかったねマァマ、ボク達誉められてるよ。」

 

「そ、そうだね…」

 

アグモンは嬉しそうに沙綾を見上げるが、話しを振られた彼女の方は戸惑いを見せている。

確かにアグモンとは最良の関係を築けているとは思うが、"正しく育てているか"と聞かれれば、沙綾も子供達と同様、それほどの自信は持てない。

 

 

それにもう一つ、先程のゲンナイが話す正しい進化とは、『デジタルワールドを救うという目的に向いている進化』という意味である。即ち、進化先はワクチン種、データ種などが望ましい。だが、沙綾が進化させたメタルティラノモンはウイルス種、性質だけを見れば、この目的においてあまり向いているとはいえない。それに加え進化させる方法も、紋章の補助により自身の"気持ち"が大きく反映される子供達と、ほぼ自力での進化である沙綾とでは違いがあるのだ。

 

協力出来る事はしてあげたいと願う沙綾も、果たして参考にされていいものなのか判断に困る。

 

(うぅん、まあどのみち最後には無事に進化出来る筈だし、今はそれでみんなのモチベーションが保たれるなら、いいのかな。)

 

考えた末、最後にそう判断した彼女は子供達に向き直る。今さらになって、少し恥ずかしくなったのか、彼女は顔を赤らめ、

 

「うん。」

 

と、照れを隠すように、短くそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は再びファイル島に戻り、

 

「とりあえずここまで来てみましたが」

 

クロックモンは今、かつてデビモンによってミミと光子郎が飛ばされた、ファイル島、古代遺跡の前へと足を延ばしていた。

 

「何かヒントになるような物があれば、話は早いのですが……」

 

彼自身、『革新的な方法』自体がそこいらに転がっているなどとは考えていない。あくまでそれを思い付く切っ掛けが欲しいだけである。この遺跡には、デジタルワールドに関する古くからの情報が多く残されているため、まずはこの場所から調べてみようというのがクロックモンの考えなのだ。

 

早速遺跡の中へ入ろうと、彼は時計型の機械の足を動かすが、その時、空からドスンという音と共に、赤く、大きな身体をもった昆虫が、まるで入り口を塞ぐように立ち塞がった事で、その足はすぐに停止する。

 

「ク、クワガーモン!」

 

自慢のハサミを2、3度クロスさせ、こちらを睨むクワガーモン。その行動から、クロックモンを狙っているのは間違いないだろう。

 

「まさか、そうそうにピンチに陥るとは…」

 

呟くクロックモンの声には焦りの色が伺える。

彼もまた、目の前のデジモンと同じ成熟期ではあるが、ずっと隠れて暮らしていたのだ。戦闘などは今まで一度として行った事はない。強力な力を持ってはいるが、いざ戦闘となると、彼の能力は精々成長期レベルが関の山だろう。クワガーモンと戦って勝てる見込みなどまずない。移動速度もクワガーモンの方が圧倒的に早く、逃げ切ることも不可能といっていい。

 

しかし、その状況において、クロックモンは"焦り"の表情は見せても"絶望"に顔を歪ませる事はない、

 

(落ち着け。大丈夫の筈だ。余程の事をしなければ、少なくとも"私は此処では死なない。")

 

"未来の世界で自分が生きている"という、ある意味最強の保険を持っている事がその理由である。

 

ジリジリと前を向いたままに後退するクロックモンに、遂にクワガーモンがハサミを広げて襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

反射的に目を閉じ、防御の構えをとるが、

 

「ハンティング、キャノン!」

 

やはりそれは必要ではなかった。

クロックモンの右隣をすり抜けるように、強力なエネルギー弾が飛来するクワガーモンのアゴへと直撃し、怯んだ所を続けざまに2発、今度は腹と右足に同様の攻撃が命中する。

 

クロックモンの頭の上を飛び越え、彼の前へと着地を決めた半獣人型デジモンは、その腕に装備されたブラスターを相手へと向けて威嚇をしながら、後のクロックモンへと問いかけた。

 

「大丈夫か?」

 

「すみません。助かりました。」

 

思わぬ新手に、勝てないと悟ったクワガーモンは、踵を返して大空へと逃げて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたはケンタルモンですね。危ないところを救って頂き、ありがとうございます。」

 

クワガーモンが去った後、"偶然"そこにいたというケンタルモンに、クロックモンは再度感謝の意を伝える

 

「いや、気にすることはない。それより、この遺跡に用があると見えるが。」

 

「はい。少し中を見て回りたいと思いまして。」

 

「そうか。私はこの遺跡の番人、差し支え無ければ、同行させてもらいたいのだが。」

 

「分かりました。」

 

「うむ、では行こうか。」

 

素性の分からない者に対する警戒だろう。ケンタルモンは一歩詰めより自らの同行を申し出る。クロックモンとしても、彼が着いてくることに特に問題はないため、あっさりとこれを了解し、二人は共に遺跡の入り口へとむかう。

 

 

 

 

機械の足で地面を踏みしめ、沙綾を助けるため、彼の長い旅が今始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




クロックモンの冒険が遂にスタートです。

前半部分のクロックモンの疑問、皆さまには分かりましたでしょうか。

もし分からなくても、今は問題ありません

沙綾達の物語と平行して、これから彼も後を辿るように冒険を繰り広げます。
彼の武器は基本的に、今回のような"歴史の流れを利用した間接的な自己防衛"になります。公式の設定でも「戦いには絶対参加しない」と明言されていますので。

沙綾が過去に来てからの伏線は、主にこのクロックモンパートにて回収を行っていこうと思います。



ご意見、ご感想等お待ちしております。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やはり、そう簡単にはいきませんね

更新が少し遅れてしまいました。

評価、感想を下さった方、ありがとうございます。
飛び上がって喜んでいます。

今さらですが、作者の頭の中では、沙綾の顔のイメージは、けいおんの澪の小学生版に近い感じに思っています。
アグモンの声はギルモンのような幼い感じですかね。



クロックモンが古代遺跡の探索を開始した頃、サーバ大陸では、

 

 

(汗が気持ち悪くて我慢できずにシャワー浴びちゃったけど、やっぱり失敗だったかな。)

「ミミちゃん!空ちゃん!みんな早く、追い付かれるよ!」

 

「ちょっと待って」

 

「沙綾さん…なんでそんなに足速いのよ…」

 

 

砂漠にてゲンナイからの通信を受けた子供達はその後、砂の上を航海する巨大な豪華客船に遭遇する事となった。

 

ミミの巧みな交渉により、船員のヌメモンにその船へと乗せてもらった一行は、ここまでの疲れを癒すため、その中で思い思いにくつろぐ。だが、エテモンの配下である船長、コカトリモンの不意打ちにより、太一達はその体を石へと変えられ、手に入れた紋章も奪われてしまうのだった。

 

そんな中、幸いにも入浴中であった空、ミミ、沙綾、パルモン、ピヨモンと、沙綾の指示で襲撃を事前に知っていた彼女のアグモンだけはその難を逃れる事に成功する。

 

今まさに、彼女達はパートナーと共にバスタオル一枚で船内を駆け回っている所なのだ。

 

「マァマ、太一達はどうするの?天日干しにされてるみたいだけど、」

 

走りながらアグモンは彼女に問いかける。前とは違い、今のアグモンは基本ステータスの向上により、沙綾と並走しながら会話をすることも容易に行えるようになっていた。

 

「直ぐに助けるよ。でもその前に、開けた場所でコカトリモンを倒す。ここじゃ狭くて進化できないから。」

 

「オッケー、ボクに任せてよ!」

 

沙綾の返事に、アグモンは走りながらピンクの包帯が巻かれた腕で胸をポンと叩き、『任せろ』のジェスチャーをする。

 

「待つだぎゃあ!」

 

皆の後方で、目から石化の光線を乱射し、コカトリモンが迫る。沙綾達が駆け抜けた場所は、至る所が石に変わっていたが、距離がある上、動き回る的に狙いを合わせにくいのか、当たる気配はない。

 

 

(ごめんね、みんな、もうちょっとだけがまんして…)

 

心の中でそう思いながら、彼女は天井のない甲板を目指す。空達もそれについていこうとバスタオルを強く握りしめて懸命に足を動かし、狭く長い通路をひたすら進んだ末、沙綾達は全員無事に外へと出ることが出来た。コカトリモンがその後に続いて来たことで退路は塞がれるが、進化出来るならば問題はない。

 

「追い詰めただぎゃー!」

 

「アグモン、お願い!」

 

「ピヨモン、進化よ!」

 

一度に二人のデジヴァイスが輝き、それぞれがティラノモン、バードラモンへと姿を変える。これで状況は成熟期の二対一、一転して追い詰められたのはコカトリモンの方となった。このままパルモンも進化させれば状況はさらに有利になる。進化を許したコカトリモンは焦りを見せているが、次の沙綾の言葉は、彼にとって驚くべきものだった。

 

「バードラモン、パルモンを連れて先に太一君達を助けに行ってくれないかな。空ちゃんとミミちゃんは必ず守るから、ほら、私達この格好でしょ。」

 

彼女は体を覆うバスタオルを指さしていう。

空とミミも彼女の発言に一瞬目をパチクリさせるが、直ぐにその『意図』を読み取る。

 

「そうね、今は太一達が心配だわ。お願いバードラモン。」

 

「パルモンもお願いね、ティラノモンがいるなら私達は大丈夫だから。」

 

二体のパートナーもまた、沙綾のしようとする事を理解しているため、反対することなく即座に頷き行動する。

バードラモンが飛び上がり、パルモンはその足に両手のツタを伸ばしてぶらさがった。

 

「絶対にミミを守ってね。」

「空の事、頼むわよ。」

 

言葉と共にバードラモンは大きく飛翔し、船の最上部を目指してパルモンと共に飛び去っていくのだった。

 

 

(まあティラノモンでも十分倒せると思うけど、"こっちの方が"みんな安心するからね。ちょっとだけ早くなっちゃうけど、コカトリモンはここで倒す。そうすれば、この後、この船に追われる事もないし、データも確実にロード出来る。)

 

コカトリモンは本来の歴史においても子供達によって倒される。つまり、沙綾がそれを代わりに行っても、歴史的には問題はない。

彼女が考えを巡らせている時、不意にコカトリモンが笑い出す。

 

 

「わざわざ一匹になるなんて、おみゃー達は馬鹿だぎゃ」

 

彼の必殺は石化の光線、並のデジモンなら当たれば一撃の強力な技である。それを前に戦力を割く事を愚策と取

ったコカトリモンは、沙綾を馬鹿にした後、口を大きくあけ、再び高笑いを上げた。

 

 

そう、彼は知らないのだ。

 

 

 

目の前のデジモンが、タグも紋章もなしにもう一段階進化が可能な事を。

 

「さあ行くよ。ティラノモン!」

 

「うん!」

 

沙綾のデジヴァイスが再度光を放つ。新たに手に入れたその力を奮うため、今、彼は完全体へとその身を昇華させる。

 

「ティラノモン、超進化!」

 

「えっ!?ちょっ!」

 

"進化"という言葉に一瞬驚愕の表情を浮かべた後、ティラノモンから発する眩い光に耐えられず、コカトリモンは羽で目を隠す。

 

 

光の中、ティラノモンの赤い身体が機械化されていく。

 

右手に主砲、左手に副砲、顔には敵を噛み潰す強靭な顎、

 

「メタル…」

 

赤い体色は色褪せていき、楠んだ灰色へと変わる。

身体は一回り大きくなり、溢れる力を解放するよう咆哮を上げる。

 

「ティラノモンッ!」

 

 

 

 

ズシンと、甲板が抜けるのではないかという音を立て、進化を果たしたメタルティラノモンが沙綾達の前へと体を張って立ちふさがり、先程の高笑いから一転、コカトリモンは明らかな動揺を見せた。それもその筈、進化に必要な紋章の入ったタグは、全て自身が握っているのだ。目の前の少女はバスタオル一枚とデジヴァイスしか所持しておらず、本来なら進化出来るはずがない。

 

「そ、そんなの聞いてないだぎゃー!」

 

「まあ、言ってないからね。」

 

 

 

成熟期と完全体、戦闘力の差など誰が見ても明らかである。

 

 

「マァマとみんなに手を出したんだ…覚悟は出来てるんだろうな。」

 

メタルティラノモンは左手の副砲をゆっくりと相手に向ける。流石にこの至近距離、それも船の上であのミサイルを撃つわけにはいかないのだ。威力は多少劣るが、この状況においてはこちらの方が都合はいい。

 

「クソッ、こうなったらやけくそだぎゃー!ペトラファイヤー!」

 

半ば狂乱しているのだろう、コカトリモンは逃走という選択を取らず、そのままメタルティラノモンに向けて己の技を放つ。避けることをせず、石化の炎はそのまま彼の足へと命中するが、スペックに差がありすぎるためか、極一部分が石化したのみに止まった。

 

(始まりの街でまた生まれ変われるから、)

「ゴメンね。悪いけど倒されてもらうよ。メタルティラノモン!」

 

 

「喰らえッ!ヌークリアレーザー!」

 

沙綾の攻撃の合図と共に、つき出された彼の左腕から一本のレーザーがコカトリモンに向かって放たれる。それは容易く彼を飲み込み、次いでその船体に風穴を開けた。

 

「ぐぅえぇ!」

 

(二人はメタルティラノモンの真後ろにいるから、データが流れていくのは見えないはず。)

 

沙綾は素早くデジヴァイスを操作する。断末魔の上がる中、コカトリモンは歴史よりも僅かに早く、その体をデータの粒子へと変え、メタルティラノモンへと吸い込まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、風穴の空いた船内で、三人はそれぞれの衣服を見つけ、無事救出された太一達及び、石化の解けたパートナー達と合流を果たす。

 

小説においては、この後生きていたコカトリモンに追われ、砂漠にてミミの紋章が手に入る。沙綾の介入はそれを阻害する事になったのだが、彼女はそこについては、あまり心配はしていない。

 

先程のレーザーによって瓦礫の散乱する船内で沙綾は考える。

 

(タグと紋章はお互いに引かれ会うってゲンナイさんはいってた。これは言い方を変えれば『過程はどうあれ、結果的に紋章は手に入る』ってことになる。なら、これも多分、"歴史の流れ"なんじゃないかな。)

 

結果として紋章が手に入る事が決まっているならば、ゲンナイのいうタグと紋章の不思議な性質も全て説明がつく。

過程をいくら変えようが、子供達がいくら拒否しようが、タグを手に入れたという"原因"があるならば、その"結果"は多少の事では変わらない。

 

「おーい、沙綾!早く行こうぜ。」

 

「マァマ、遅れちゃうよ。」

 

「あっ、ごめんごめん、今行くから。」

 

気づけば皆は外に出る階段を下り始めており、彼女もアグモンと共に小走りでその後へと続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙綾の予想は見事に当たり、船を降りて間もなく"たまたま"見つけた巨大なサボテンの影にて、一行は小休憩を挟んだ。その際、そこに隠されていたミミの紋章が姿を現し、無事純真の紋章はミミのタグへと収まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やはり、そう簡単にはいきませんね。)

 

古代遺跡の探索を終えたクロックモンは溜め息混じりにそう考える。

一通り遺跡の中を見て回ったが、何かを閃くことは特になく、彼はケンタルモンと共に再び遺跡の入り口へと戻って来た。

 

(まあ、そんなに直ぐにいい考えが浮かぶとも思ってはいませんが、)

 

「本当に見て回るだけだったのだな。」

 

「はい。何か思い付く事はないかと思いまして。」

 

「ふむ、それで、思い付いたのか?」

 

ケンタルモンの問いかけにクロックモンはしずかに首を横へと振る。

 

「そうか…それは残念だったな。」

 

「いえ、簡単にいくものではありませんから。私はもう行く事にします。助けて頂き、ありがとうございます。」

 

「いや、平和になったとは言え、先程のような事はまだまだ多い。出歩くのならば気をつける事だ。」

 

「ご忠告、感謝致します。」

 

 

ケンタルモンの忠告に頷き、彼は再び歩き出す。

 

(さて、しばらくはファイル島を回って見ることにしますか。)

 

 

決意を新たに、クロックモンは次の場所へと足を進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クロックモンパートは、この後5話に一度ぐらいのペースで挟んでいこうと思います。

タグと紋章の理屈、納得して頂けたでしょうか。

ご意見、ご感想等、お待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

えっ!?私達も?

エテモン編なのに殆どエテモンが物語に絡まないです。
というよりも、沙綾が子供達と行動する限りは、敵側の
動きは基本的に原作と全く同じなので書く必要が…

それと、エテモンはこの時点ではメタルティラノモンの存在を知りません。コロッセオのダークネットワークは壊滅していますので、
コカトリモンの時も、原作と同様通信出来ていません。
よって彼の沙綾に対する認識も、"ただの選ばれし子供達の一人"に過ぎないので、彼女に対する特別な措置なんかもとっていません。

原作と同じく、今はネットワークの復旧中ですね



「ミミちゃんの紋章も手に入った事だし、そろそろ行こうぜ。」

 

「そうだね、暑さもましになったし、あんまり長くいても仕方ないからね。」

 

「えぇ!もう行くの!殆ど休んでないじゃない…」

 

照り付ける太陽の日差しから逃れ、巨大サボテンの陰にて休憩をとっていた一行は、立ち上がった太一、沙綾の後に続いてぞくぞくと腰を上げた。ミミだけは太一のその判断に若干不満があるようだが、パルモンに励まされる形で、渋々動き出す。

 

「太一、どっちに進むんだ?」

 

「うーん、何処向いても砂漠ばっかりだしな、とりあえず、さっきの船があそこにあるから、反対側に進もうぜ。」

 

ヤマトからの問いかけに太一は船を指を指しながらそれに答える。沙綾を始め一行は頷き、太一を先頭に、彼らは再びこの砂漠を歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紋章は手に入ったけど」

 

「使い方が分からないんじゃなぁ…」

 

歩き出してしばらくした後、ミミが自分の紋章を見ながら不思議そうな顔をした。同じく先にそれを手に入れていた丈も、考えている事は同じのようである。

 

「ねえ、沙綾ちゃんはどうやってティラノモンを進化させたの?」

 

二人の疑問を聞いて、空は何かヒントを得ようと隣を歩く沙綾へと問いかけ、彼女はその時の事を思い出しながら、言葉を選んでそれに答える。

 

「うーん、私は紋章を使った訳じゃないけど、あの時は、とにかく必死にみんなを助けたいって思ってたかな。」

 

それは半分正解で、半分不正解の解答。

彼女があの局面でそう願った事は事実ではあるが、それがティラノモンの進化の要因であったかは疑問が残る。デジヴァイスによる本の少しの補助はあっても、基本的には彼の進化は彼の力によるもの。沙綾のこの解答は、遠回しに紋章の使い方を教えるためのものである。

 

「きっと、沙綾さんの想いがティラノモンに届いたのね!」

 

「確かに、ピンチに陥った時ほど、デジモンは進化しやすいですから。」

 

それを聞いた子供達の見解は様々だが、質問をした空だけは、少しだけ皆とは違う答えにたどり着いたようだ。

 

「いえ、"誰かを守る時"…じゃないかしら…ほら、考えてみたら太一がスカルグレイモンに進化させた時以外は、初めての進化は全部誰かを守るためだったじゃない!」

 

「確かに、そうかもしれません!スカルグレイモンの時は、"誰かを守る"とは言えなかった。メタルティラノモンは、沙綾さんが強くそれを願ったから。」

 

(ちょっと違う。けど、あながち間違ってもないのかな)

 

紋章の力は、対応する気持ちの強さがカギとなる。子供達の旅の中で、その気持ちがもっとも強く現れる場面は、その大方が、誰かを守ろうとする時なのだ。

 

 

「参考になったなら良かったよ。ただ、前にも少し話したけど、ティラノモンが進化出来たのは、残ってたデビモンの力が後押ししたから、ゲンナイさんの言う正しい育て方が出来てるかは、私もそんなに自信ないからね。」

 

「マァマの育て方は正しいよ。なんたってマァマだから!」

 

今まで子供達のパートナーと談笑していた彼女のアグモンが、隣にまで歩いてきた後、言葉と同時に沙綾へと抱きついてきた。

 

「ああ、沙綾のアグモンを見てれば分かる。とにかく、使い方が分かったのなら、後は残りの紋章を集めるだけだな。」

 

「そうですね。がんばりましょう。」

 

沙綾の後方のヤマトが頷きながら話をまとめる。歴史とは少し違い、この時の皆の雰囲気は明るかった。

 

 

 

 

 

「おーい、何してるんだ。早く来いよー。」

 

自分のアグモンと二人で前方を歩く太一が、振り返って声を張る。

 

「今デジモンのじゅうよーかいぎしてるんだよ。」

 

頭にトコモンを乗せたタケルは、それに手を振って答えるが、

 

その時、

 

「う、うわっ!」

 

突然、太一とアグモンの真下の地面が、まるで蟻地獄のように渦巻き、その中から一匹のクワガーモンが現れる。巨大なハサミの片側にぶら下がる形となってしまった太一は、クワガーモンが首を振った事で、投げ飛ばされてしまい、その場に彼のアグモンだけが残された。だが、迫り来る巨大なハサミを見ても、彼は進化しようとはしない。一度スカルグレイモンになってしまったトラウマから、彼は進化に踏み切れないのだ。

 

(太一君のアグモンは今は進化出来ない…助けは来る筈だけど、出来る事はしなきゃ!)

 

「みんな!アグモンの様子が変だよ。助けよう!」

 

沙綾はもう、一人で全部を解決しようとは思わない。

彼女の言葉に、皆はハッとしたようにデジヴァイスを掲げる。トコモンを除き、一斉に成熟期へと進化を果たしたパートナー達がアグモンを助けるために飛び出した。

 

 

「メテオウイング!」

 

「今だカブテリモン!アグモンを助けて下さい。」

 

突如飛来する火炎に気付いたクワガーモンはアグモンから離れれ、その隙をついたカブテリモンが彼を救出する。

 

「イッカクモン!相手の動きを止めるんだ!」

「トゲモン!貴方もお願い!」

 

「ハープーンバルカン!」

「チクチクバンバン!」

 

「今の内に太一を助ける。いくぞガルルモン!」

 

後退した後、ハサミを振り上げて羽を広げるクワガーモンに向かい、トゲモン、イッカクモンがそれぞれの必殺を放ち、ヤマトを乗せたガルルモンは太一の元へ向かう。そして最後に、

 

「チャンスだよ、行って、ティラノモン!」

 

「任せてよマァマ!」

 

ティラノモンが高速で敵へと直進する。

 

「スラッシュネイル!」

 

仲間の援護を受け、一気に懐へと潜り込んだティラノモンは、すれ違い様に一閃、その鋭い爪で、クワガーモンを切り裂いた。

 

 

(なんだかみんなの連携が上手く取れてる気がする……)

 

 

 

致命傷を負ったクワガーモンが崩れ行く中、子供達の的確な指示による統制の取れた動きに、沙綾は目を丸くする。

 

味方と共闘する上で何より大切なのはその連携だ。小説にも書かれていた事だが、選ばれし子供達はその連携という部分においてあまり優れてはいない。そのため、数の利を生かしきれず、窮地に立たされる場面がこの先何度もある筈なのだ。

だが、沙綾は今の戦いにその連携不足を感じる事はなかった。

 

(気持ちの持ちようの違いかな?)

 

首をかしげながら考える。

 

彼女のその推測はまちがってはいない。今の戦いは"育て方を参考にする"といった子供達が、自分なりに沙綾ならどうするかを考えた結果であるからだ。

 

(データをロードしたいけど…流石にみんなの前でどうどうと出来ないよね…デビモンの時みたいに質問されると困るし、今回は見送ろう。)

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、アグモン、太一君達も怪我はない?」

 

「ああ…ありがとうみんな…助かったよ…」

 

「ボク、進化…出来なかった…グレイモンになれなかったらって…」

 

「仕方ないさ。あんな事があったんじゃ無理もない。」

 

「そうよ、みんなで助け合って行きましょ。」

 

クワガーモンを撃破した後、カブテリモン、ガルルモンによって救出された二人は、ガックリと肩を落とす。

やはり、太一とアグモンの進化に対する恐怖心はそうそう拭い去れるものではないのだ。

 

 

 

 

そして、そんな彼らを慰める子供達の後ろから、不意に一匹のデジモンが声を掛けてくる。

 

 

 

「君達が選ばれし子供達かッピ?」

 

「「えっ!?」」

 

(やっと来た…)

 

振り返った子供達が目にしたのは、小さなビンク色の身体に、同じく小さな槍をもった妖精のようなデジモン、加えて、本来の歴史においては太一とアグモンをクワガーモンから救い出したデジモン、ピッコロモンである。

 

 

「今の戦い見てたッピ。みんななかなかいい動きだったッピ。けど、やっぱりまだまだ努力が足りないッピ」

 

「なんだこいつ…」

 

「アナタ、ピッコロモンね。」

 

「特にそこの二人は重症だッピ。だから、みんな私の所で修行するッピ!」

 

いきなり現れ、飛躍した話を持ちかけるピッコロモンに、当然一行は警戒を示す。しかし、パートナー達の話しから、彼が敵意を持ったデジモンでない事が分かると、"取りあえずついて行ってみよう"と意見で一致する事になるのだった。

 

 

「何してるッピ!早く来るッピ!」

 

 

 

 

前を歩くピッコロモンに続き、子供達も歩き出す。

砂漠を越え、彼の作り出す結界の中の森を進み、高くそびえる山を登りきり、彼の住居にたどり着く頃には、流石に体力には自信のある沙綾でさえ、息を切らせる始末であった。

 

「想像してたよりも…ずっと高かったね…大丈夫…アグモン?」

 

「うん…疲れちゃったけど…平気だよ。」

 

既に日は沈みかけており、疲れから床に倒れ伏す一行を見ると、まるで"ここに来る事こそが修行"であるようだ。だが沙綾は知っている。まだ終った訳ではないと。

 

(これから掃除かぁ…確かに滅入っちゃうよ…)

 

これから太一とアグモンを除いた皆は、暗くなるまでこの修行するためだけに作られた彼の住居を掃除する事になるのだ。ピッコロモンが呪文によってバケツと雑巾を出す姿を見た瞬間に、彼女は深いタメ息をついた。

 

「これからここの掃除をしてもらうッピ、君達二人はスペシャルメニューだッピ、ついて来るッピ!」

 

皆口々に文句をいいなからも、言われた通りに雑巾を手に取る。沙綾も諦めてバケツを持って移動しようとした時、ピッコロが意外な言葉を口した。

 

「あっ、いい忘れてたけど、君達もスペシャルメニューだッピ。掃除は私が戻って来るまででいいッピ。」

 

その言葉はまさに、沙綾と彼女のアグモンに向けられたものである。

 

「えっ!?私達も?」

 

「そうだッピ、ちょっと待ってるッピ。」

 

それだけを伝え、ピッコロモンは去っていく。

 

 

「マァマ、すぺしゃるめにゅーって?」

 

「大変な修行の事だよ…」

 

小説の中身を熟知していると言うことは、当然太一の修行の内容も知っている。まさか自分も指名されると考えていなかった沙綾は、皆の同情の視線が集まる中、一筋縄ではいかないであろう彼の特訓を思い、再び深いタメ息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、戻ってきたピッコロモンに先導され、沙綾達は渋々と住居の入り口にまで戻る事になる。

 

「そろそろ何をするのか教えて欲しんだけど…」

 

「まあ待つッピ、ここじゃ狭いから…ほい!」

 

「「うわっ!」」

 

彼の言葉と共に、沙綾、アグモンの身体は宙へと浮き上がり、ピッコロモンも含めて二人はそのまま山の梺の森へと一気に下ろされてしまう。無事に着地が出来たその直後、沙綾は明らかな動揺と共に、ピッコロモンへと詰め寄った。

 

「えっ!ちょっともしかして、もう一回ここを登るの!スペシャルメニューってこれっ!?」

 

目の前に再び広がる無数の階段を指差し、彼女は声を上げた。

 

「違うッピ……君達のスペシャルメニューは…私との模擬戦だっぴ!」

 

「!」

 

太一の行っている修行と、ある意味対極に位置する内容に沙綾は驚く。

 

「さっきの戦いを見るだけで分かるッピ。君のアグモンだけ、他の子供達のデジモンと動きが違うッピ。それに、その時君は常に冷静に回りを見てたッピ、"戦いに慣れてないと出来ない事"ッピ」

 

「……」

 

ピッコロモンの言うことは最もだ。同じ成熟期であるなら、数々のデータをロードしたティラノモンの方が、子供達のパートナーより戦闘力は高い。

逃走経路の確認や、状況の把握も、昔散々逃げ回った沙綾にとっての癖のようなものだ。それでも、あの短い間にそれだけの事を見抜くのは簡単ではない。

 

(やっぱり、ピッコロモンってすごいのかも…)

 

「だから君達だけ、他の子供達とは違う実戦形式の修行だッピ!」

 

「…分かったよ、修行なら、ルールとかはあるの?」

 

気持ちを切り替え、沙綾はピッコロモンに問う。

 

「日が沈み切るまで、あと20分くらいだッピ。その間に、私が着けた風船を割ることが出来たら君達の勝ちだッピ。勿論、進化しても構わないッピ、ただ、エネルギー切れで退化したり、時間切れになったら負けッピ。よくあるルールだッピ。」

 

彼は槍を振るって小さな風船を出現させながら話す。

二人は提示されたルールに頷き、沙綾はアグモンをティラノモンへと進化させた後、ピッコロモンの指示で、本の少しの距離を取った。

 

(ここは森の中、見失わないように気を付けなきゃ。)

 

「準備はいいかッピ!、それじゃあ、よーい、スタートだッピ!」

 

「いくよ、ティラノモン!」

「オッケー!」

 

 

合図と同時に、ティラノモンは両足に力を込め、地面が抉れるほどの脚力を持ってピッコロモンへと一気に詰め寄る。

 

「君達の力、見せてみろッピ。」

 

「スラッシュネイル!」

 

恐竜の爪と妖精の槍が深い森の中で交錯し、火花が散る。夕暮れの中、今、彼女達の短いスペシャルメニューが開始された。

 

 

 

 

 

 




沙綾の修行は、太一の修行と対比させるような感じで作りました。

短い修行と長い修行
応用と基本

といったところです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

はぁ…何よ、結局こうなるの…




オリジナルとなるピッコロモンとの修行回です。




「スラッシュネイル!」

 

夕暮れの森の中、風船を狙って鋭利な爪を降りおろすティラノモンとそれを止めるピッコロモンの小さな槍が衝突する。

 

(単純な力なら、ティラノモンの方が上だけど…)

 

勿論、それは相手も理解していた。

 

「流石に力勝負は勝てないッピ」

 

完全体とは言え、体格差が圧倒的に劣るピッコロモンは、衝突後直ぐに槍を引き、攻撃を受け流した後、素早く宙を舞う。

 

「でも、それだけが戦いじゃないッピ!」

 

言葉と同時に、彼はティラノモンの斜め上から、自身の魔法によって作り出された火炎弾を槍の尖端から数発一気に放つが、

 

「ティラノモン!後ろに跳んで!」

 

沙綾の指示により、ティラノモンが素早く一歩後ろへと下がり、その攻撃をさけ、さらに反撃の火炎を上空に向けて放出する。

 

「ファイヤーブレス!」

 

「甘いッピ!」

 

再び魔法の槍を構え、ピッコロモンは自身の前へと得意の結界を張ることで、その身と風船を守った。

 

(流石に完全体、風船を割るのも簡単にいかない…)

 

少しの間、地上からの火炎放射と、上空からの魔法の攻撃が交互に繰り返される。しかし、繰り返される攻撃は、互いの体にはなかなか当たらない。

 

その均衡を先に破ったのはピッコロモンであった。

 

 

「ふむ、やっぱり反応も速いッピ。でも、これならどうだッピ!」

 

「!」

 

彼は高度を少し下げ、縦横無尽に飛び回る。

森の木々を利用して此方の目を撹乱するのが目的なのだろう。小さな身体故に、ティラノモンはその動きを目で

追いきれず、首を左右に動かして辺りを警戒する事しか出来ない。

 

「ほれっ!」

 

「危ない!右に跳んで!」

 

ティラノモンの死角から放たれる炎に気づいた沙綾は、素早く彼に指示を飛ばし、反射で動いた彼は間一髪でそれをかわす。しかし、ティラノモンがその方向を向いた時には、既にそこにはピッコロモンの姿はない。

 

「後ろにいるよ!伏せて!」

 

沙綾のサポートが功をなし、2度、3度と放たれるピッコロモンの攻撃を、ティラノモンはギリギリで避け続けるが、二人の表情には焦りがある。

 

 

 

 

「次は左っ!」

(しまった…これじゃ反撃出来ない…闇雲に動いても攻撃を受けるだけ…でも、時間もあんまりない。)

 

既に戦闘開始から5分弱の時間が経過し、辺りは薄暗くなりつつある。当然ではあるが、この勝負は明かりが無くなるに連れてピッコロモンが有利になっていく。

20分という制限時間はあるが、実質的にまともな戦闘が行える時間は、それよりも少ないのだ。

 

 

(これ以上時間は掛けたくない。なら、やることは一つ。)

 

"まだピッコロモンが見える内に、広範囲の攻撃で動き回る彼を捉える。"それが彼女の出した結論。そして、それが行えるのは、

 

(進化するしかない。メタルティラノモンなら、あの程度の攻撃は避けなくてもいい。ピッコロモンは完全体だし、身を守るのも上手。大丈夫の筈)

 

あくまで"修行"であるためか、相手が必殺の『ピッドボム』を放ってくる気配はない。

ならばと、彼女はデジヴァイスを握りしめる。ここで勝負を決めるつもりなのだ。首を回して次の攻撃に備えるティラノモンに向けて、沙綾はその指示を叫ぶのだった。

 

 

「ティラノモン!進化して一気に決めにいくよ!」

 

「分かったよマァマ。よーし、行くぞ!ティラノモン、超進化!」

 

デジヴァイスの輝きと連動して、ティラノモンの進化が始まる。

 

「メタル…ティラノモン!」

 

何時もの咆哮と共に姿を変えたメタルティラノモンが、重量感のある音を上げて地面を踏み鳴らした。

 

「なんとっ!これは驚いたッピ!まさかそこまで出来るとは思ってなかったッピ。」

 

それを見たピッコロモンは心底驚いた顔をしているが、それも当然である。

彼の目には、沙綾が紋章の力を行使したようには見えなかったのだから。

 

 

 

「こっからが本番だ!行くぞピッコロモン!」

 

「いや、今は修行中、考えるのは後だッピ。」

 

右腕の主砲を構えるメタルティラノモンを見て、ピッコロモンは即座に先程と同じように高速で移動を始める。

徐々に視界は悪くなるが、沙綾達の目には、まだ辛うじて彼の姿は確認できた。

 

 

「直撃は狙わないで!巻き込むだけで十分だから!」

 

その指示にメタルティラノモンは頷き、構えをそのままに相手の出方を伺う。攻撃を避けるつもりは、もう彼らにはない。

 

(ピッコロモンが技を撃ってきた瞬間に、その方向にミサイルを打つ。)

 

 

時間は残り10分程、内、彼を目で追える時間は、恐らく3分程度であろう。砂漠から動き続けたメタルティラノモンの体力を考えても、この攻撃は外したくはない。

素早く飛び回るピッコロモンでも、自身の技を当てるためには減速をする必要がある。そこを狙い打つのだ。

 

 

 

そして、

 

 

「ほれっ!」

 

森の木々を縫うように炎が放たれる。神経を集中させていたメタルティラノモンは、すかさずその方向へと向き直り、右腕に力を込めて己の必殺を放つ。だが、

 

「ギガ、デストロイヤー!」

 

「待って!」

 

沙綾の制止は本の一歩間に合わず、彼の右腕からはミサイルが放たれる。

 

"森の木々以外には何もない場所に向かって "打ち込まれたミサイルは、激しい音と共に周囲を巻き込んだ。

 

(やられた……読まれちゃったみたい…)

 

パートナーの死角を集中的に観察していた彼女には見えていたのだ。ピッコロモンが技を放つ時、減速をせず、むしろ全力を持って加速をしたところを。

今の技に当てる気などなかった。あれはメタルティラノモンの条件反射を利用するためのフェイクだ。

 

「クソッ、外したのか!」

 

「惜しかったッピ。狙いは悪くないけど、今のは読みやすいっぴ」

 

黒い煙が上がる中、攻撃を見事に避けたピッコロモンは一度木の枝へと留まり、魔法の槍を振るって立ち上る炎を消したら後、沙綾達を見下ろしながら口を開く。

 

残り時間は後5分といったところ。しかし、既に肉眼で森の中を飛び回るピッコロモンを捉える事は出来ないだろう。メタルティラノモンの主砲も、連発の出来るものではないため、数を打つ事も不可能。副砲では攻撃範囲が足りない。

 

(これは…もうお手上げかな…)

 

悔しそうに肩を落とし、沙綾は両手を上げて、ピッコロモンに"降参"の意を伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう事で、君達の負けだッピ。出直して来るッピ!」

 

「うぅ…」

 

「ごめんねマァマ…」

 

ピッコロモンは温かみのあるデジモンであるが、その言動には容赦がない。暗がりの中、一通りの説教を終えたのち、彼はその言葉でこの修行を締め括る。

判断ミスによって勝機を逃してしまった二人にとっては、彼の言葉は耳が痛い。

 

「まあでも、驚かされたのは間違いないッピ。一つ聞いてもいいかッピ?」

 

「うん、"何でティラノモンが進化出来るのか"でしょ。」

 

「そうだッピ。」

 

ピッコロモンは頷き、沙綾は子供達に説明した内容と同じ事を彼に話し始めた。

 

 

 

「なるほど、そんな事が合ったのかッピ。」

 

事情を理解したピッコロモンは一度頷き、何かを納得したようにもう一度大きく頷いた。

 

彼もまたゲンナイと同じく、選ばれし子供達については詳しい。彼と同じ勘違いを起こすと分かっていて尚、それを訂正出来ない事に、沙綾は申し訳なさを感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ子供達の掃除も終わってる頃だッピ。戻ってご飯にするッピ。」

 

説明を終えた後、ピッコロモンは思い出したかのように口を開く。説教を含め、説明と質問に時間を取られた事もあり、彼の住居を出てから、もう既に1時間以上の時が過ぎようとしていたのだ。

 

「連れてってくれるんだよね。もう階段登るのはごめんだよ。」

 

もう今日は疲れたと、沙綾は期待を込めてピッコロモンへと問いかけるが、返ってきた答えは無情なものだった。

 

「何をいうッピ。そんな事は勝負に勝ってからいうッピ」

 

「えっ、嘘!ねぇちょっと、待ってよ!話が違うじゃない!」

 

「そうだよ!連れてってよ!」

 

「ご飯が冷めない内に早く登って来るッピ!」

 

 

沙綾達を残して、ピッコロモンは一人飛び去っていく。

飛べない二人は、遠ざかる彼の背中に、ただひたすら罵声を浴びせる事しか出来ない。彼がいなくなった後、彼女達はしばらくその場で立ちすくんでいたが、やがて、何かを諦めたようにトボトボと、再び気の遠くなる階段を、一段一段と登って行くのだった。

 

「はぁ…何よ、結局はこうなるの…」

 

「マァマ、どうしよう…登りきれそうにないんだけど…」

 

ため息を漏らしながら、二人は真っ暗の山道をゆっくりと登って行く。空腹で途中で座り込み、ただをこね始めるアグモンを沙綾が励まし、二人が頂上へと戻ってくる頃には、既に夕飯どころか、皆は就寝する準備をしていたのであった。

 

 

 





こんな感じになりましたが、いかがでしたでしょうか。

ご意見、ご感想等お待ちしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眠れない…


今までそれほど詳しい説明をしていなかったのですが、沙綾のデジヴァイスの形は、子供達と同じものをイメージして書いています。時計はタイムスリップをした際に既に正確な時間は分からなくなり、メールは送る相手がいない、と、生きている機能はデータのロードだけです。
少し違いますが、テイマーズのようなものでしょうか。



「まったく…まさかホントにもう一回登らされるとは思わなかったよ…」

 

「まあまあ、"今日中"に戻ってこれただけ良かったじゃない」

 

「太一さん…まだ戻ってこないもんね…」

 

今日二度目となる登山を終えて、すっかり冷めてしまった夕食を食べ、軽い入浴を済ませた後、沙綾は皆に続くように横になる。

彼女のパートナーに至っては、今日一日分の疲れの影響か、少ない夕食を貪るように食べた後床に倒れ込み、そのまま寝息をたて始めてしまった。

 

「私達ももう寝ましょ。太一はきっと大丈夫よ」

 

「そうだね…まだ明日もあるんだから…」

 

気付けば丈やタケル、バートナー達はもう目を閉じている。隣で横になる空とミミも眠りに落ちていく中、沙綾は目を閉じながらも、今日の修行について振り替えった。

 

(負けた原因……確かに不利な勝負だったけど……それは関係ない…)

 

不利な戦いなど彼女にとっては何時もの事なのだ。

コロモンと共に初めて街を出た時からずっとそうである。

カオスドラモンとの戦闘を経て、過去に来てからも、始めから沙綾が有利だった戦いなど片手で数えられる程度しかない。

原因は別にあると彼女は考えた。

 

(……一番の原因は…私の判断ミス……真っ正面から戦い過ぎたんだ……メタルティラノモンがいるからって……慣れてもいないのに…)

 

沙綾はその経験上、正面から戦うよりも、相手を撹乱する事や、相手の意表つく戦い方の方が優れている。だが、『メタルティラノモン』という強力な切り札を得たために、無意識の内に本来の彼女の戦い方から離れてしまっていた事に気づいた。飛び抜けて強い手札が、逆に沙綾の戦術の幅を狭めていたのだ。

 

(これじゃダメだ)

 

真っ向勝負では、経験の浅い沙綾はピッコロモンには敵わない。彼女の導きだした結論は、

 

(私達なりの戦い方をしなきゃ。負けっぱなしは…悔しいから…それに、こんなんじゃ……アイツには勝てない)

 

あの時の光景が頭に蘇る。

あの深紅の機械竜に報いを受けさせるには、沙綾はまだまだ遠い。

 

(今日はもう寝よう…)

 

原点の想いを胸に、明日に備えて彼女も深い眠りに落ちていく。

 

 

 

 

筈だったのだが、

 

「眠れない……」

 

カオスドラモンを思い出し、意識が覚醒してしまったのか、疲れているにも関わらず沙綾はなかなか眠れない。

 

結局、小説通りヤマトと光子郎がこっそりとタグを探しに出掛けたその後も、彼女の頭は冴えたままなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、

 

ピッコロモンの朝は早い。

彼に合わせるように、子供達はたたき起こされる。それは勿論、厳しいスペシャルメニューを行った沙綾達も例外ではなかった。

 

 

「ほら朝だッピー!みんな起きるッピー!シャキッとするッピ!」

 

モップでバケツを激しく鳴らしながら大声を出すピッコロモンに、一行は眠い目を擦りながら部屋をでる。

しかし、何時もは比較的早起きな沙綾が、今回に至っては一番遅く、まだ焦点の定まらない目をして部屋から出てくる。

 

 

「う…ん…あっ…おはよう…みんな…」

 

「おはよう沙綾ちゃん…ずいぶん眠たそうね」

 

「……うん……」

 

「マァマ夜更かししたんでしょー。ダメだよ早く寝ないと。」

 

「……うん……」

 

「沙綾君、眠れなかったのかい?」

 

「……うん……」

 

空や丈、パートナーの会話も耳に入っているのか疑問な沙綾の表情に、ピッコロモンはモップの持ち手で彼女の頭を強く叩き、バコッという鈍い音と共に沙綾は頭を抑えてしゃがみこんだ。

 

「たるんでるッピ!」

 

「いったーい!何するの!」

 

その衝撃に、有無を言わさず彼女の頭は覚醒する。目に涙を浮かべながら、沙綾はピッコロモンを睨み着けるのだが、彼は毅然とした態度で口を開いた。

 

「だからたるんでるッピ!罰として、もう一回山を降りて登って来るッピ!ズルしても分かるッピ。真面目にやるッピ。あと連帯責任だッピ、アグモンも一緒にいくッピ!」

 

「「えっ!?またここを登るの!」」

 

沙綾とアグモンは驚愕の表情を浮かべて、口を開いたままその場で固まる。

 

(いや、ちょっと待って…)

 

しかしその後すぐ、何かを思い付いたように、目をパッチリと開いた沙綾に手を引かれ、彼も渋々ながら入り口の方に向かって歩いて行くのだった。再び皆の同情の目をその背中に浴びながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう、マァマのせいだからね…」

 

高い山の階段を沙綾に続くように下りながら、アグモンは下を向いて愚痴を溢す。

 

「ゴメンね。でも大丈夫だよ。もうこの階段を登る事はないと思うから」

 

沙綾は顔だけをアグモンの方へ向けてそう話す。

 

「それに、今はこっちの方が都合がいいの」

 

「どういう事?」

 

意図の分からないアグモンは首を傾げながら沙綾へ問いかけ、彼女は一度足を止め、振り返ってその理由をかいつまんで説明した。

 

「えーと、もうすぐこの下の森で戦いが始まるの。ちょっと心配されちゃうかもしれないけど、相手のデータをロードするにはみんなから少し離れておいた方がいいから…」

 

先程沙綾が思い付いた事とはこの事である。

 

歴史通りに進めば、この後すぐにここの結界が破られ、エテモン配下の"ティラノモン"が攻めてくる。

紋章を探しに結界の外へと出掛けたヤマトと光子郎が、エテモンのネットワークに引っ掛かってしまうからだ。

そうなれば、それを感知したピッコロモンを始め、一行は全員山から下りてくる筈である。

 

「まあそこでみんなから離れるより、最初から別れていた方が自然だからね。遠くからのエテモンの介入でみんなは進化出来なくなっちゃうけど、直ぐに太一君達が戻ってくる筈だからピンチになることもないし。」

 

子供達に心配をかけるのは彼女の本意ではないが、こればかりは仕方がないだろう。

 

 

話しを聞いたアグモンは、何故か目をキラキラとさせて沙綾見つめる。

 

「流石マァマ!そこまで分かっててピッコロモンに怒られたんだね!」

 

「えっ、いや…あの…それは…」

 

「やっぱりマァマは凄いね!ボクじゃそんな事思い付かないよ。よーし、早く行こ」

 

アグモンは嬉しそうに沙綾の前へと躍り出た後、先程とはちがい、階段を元気よく降りていく。

 

「そんなつもりはなかったんだけど……」

 

呟き、"最初から全て計算していた"と間違った解釈をしてしまったパートナーの後ろを、沙綾はバツが悪そうについて下りていくのであった。

 

そして、

 

「「!」」

 

沙綾達二人が山のふもと近くまで下りて来た時、ガラスの割れるような音と共に、結界を破って大きな赤い恐竜が、口から灼熱の炎を吐き、その姿を表す。

 

 

「来た!森の中で太一君が来るのを待つよ。ついてきてアグモン!」

 

「うん!……って、あれ、ティラノモン!」

 

驚くアグモンの手を引き、沙綾は階段を急いで下りたのち、周囲の森の中へと姿を隠す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達から遅れること数十分後、事態に気付いたピッコロモンを含む一行が山のふもとに到着し、ティラノモンに追われるように逃げてきたヤマト、光子郎と合流を果たした。

だが、そこで暴れているデジモンが歴史と同じティラノモンでも、子供達の反応は歴史とは少し違う。

 

 

「ヤマト!光子郎君!大丈夫!…これはどういう事!?」

 

「なんでティラノモンが暴れてるんだよ!?沙綾君はどうしたんだ!?」

 

事情を知らない子供達にティラノモンの違いなど分からない。うろたえる一行であるが、幸いにも、原因であるヤマト、光子郎がいたことにより、彼らの疑問は解決された。

 

「あれは沙綾のティラノモンじゃない。俺たちが結界の外で会った別のティラノモンだ」

 

「その様子なら、沙綾さんは何処かに行ってしまったんですか?」

 

「朝寝坊しちゃって…ピッコロモンに『たるんでるからもう一回山を登って来い』って……ここに来るまですれ違わなかったし、もう!沙綾さんは何処に行っちゃったのよ!」

 

「とにかく、今はアイツを止めるんだ。行くぞガブモン!」

 

「私達も行きましょう、ピヨモン!」

 

"沙綾の行方"と言う新たな疑問が生まれたものの、一通りの情報を共有した子供達は、ヤマトの指示の元、ひとまずは目先の驚異に対抗するために、それぞれのデジヴァイスを掲げてそれに立ち向かおうとするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、子供達が合流した場所とは別地点の森の中に、沙綾とアグモンはいた。

敵のティラノモンは二人の視界の中に入っているが、距離はまだ十分ある。もし見つかっても、森という地の利

を生かせば、沙綾とアグモンにとって逃げる事は容易だろう。

 

「マァマ、ここからは近づかないの?」

 

「うん。とりあえずここでいいよ。見つかっちゃうと困るから」

 

「?…どうして困るの?」

 

「見つかった時に戦えれば良いけど…さっきも言ったみたいにエテモンがねえ…あっ、ほら…丁度出てきたよ」

 

沙綾は森の木々の隙間から見える空を指差す。アグモンがその方向に目を移すと、そこには始めて見た時と同じように、晴れ渡った空に浮かび上がる、巨大なエテモンのホログラムが映しだされていたのである。

 

「そこまでよー選ばれし子供達!聞きなさーい、ラブ、セレナーデ!」

 

「うっ…」

 

これもまた始めて見た時と同じく、エテモンのギターから発せられる旋律が、デジモン達の戦う気力を削っていく。メタルティラノモンの状態で受けたのならば、強引に対抗出来るだろうが、所詮は成長期のアグモンでは彼の必殺には抗う事は出来ない。

 

「マ…マァマ、大変だよ!このままじゃみんなもやられちゃうよ!」

 

「心配しないで。直ぐにグレイモンが来てくれる筈だから……」

 

うろたえるアグモンとは対照的に、沙綾は冷静に話す。

 

 

 

 

 

 

しばらくした後、彼女の予想した通りに、修行を終え再び進化が可能になったグレイモンが、持ち前の闘争心を剥き出しに雄々しく登場し、エテモンのネットワークを引きちぎりながら、単身ティラノモンへと勝負を挑む。回線を切られた事でエテモンのホログラムは姿を維持出来ず消滅し、グレイモン、ティラノモンの一対一の構図となる。

 

 

小説と同じく、戦いは終始グレイモンが優勢を保ったまま、彼は見事に敵のティラノモンの撃破に成功した。

 

致命傷を受け、ティラノモンがデータの粒子に変わっていく時、沙綾も目的を果たすためにデジヴァイスの操作を開始する。だが、仕方がないとは言え、やはり自分のパートナーと同じ姿のデジモンが消えていく様を見るのは辛いのか、その時の彼女は無言で下を向いたままなのであった。

 

「はぁ…行こっか、アグモン…」

 

「うん。自分とおんなじデジモンをロードするのって不思議な気分…」

 

踵を返し、二人は子供達を探すため、ひとまず自分達が下りてきた山のふもとを目指して歩き出す。当てもなく森を歩き回るよりも、目印になる場所を起点に探す方が早く見つけれると考えたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森から見える太陽が真上に昇る頃、沙綾とアグモンは無事に皆と合流を果たす。彼女達を見つけ、安心の笑顔を浮かべて走りよってくる一行に、沙綾は小さな罪悪感を胸にしながらも、大きく手を振り返すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





1話あたりの文字数が少ないためか、話がなかなか進みません。もう少し文字をふやそうかな。

後、今後の展開について活動報告にも書いているのですが、皆様のご意見を参考にしようかなと考えております。

よろしければ覗いてみて下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見捨てたくなんてない……

これまで沢山のご評価、感想、ありがとうございます。

自分の作品が日間ランキングに上がっているのを見て、歓喜しました。これも一重に皆様のお陰です。




ティラノモンの襲撃によってピッコロモンの結界が破壊されたその夕方、太一達の修行も無事に終了した選ばれし子供達は、この地を離れる事を決めた。

 

「そろそろ行こうぜ。もたもたしてるとエテモンが来ちまうかも知れないからな」

 

「そうね。ありがとうピッコロモン」

 

「「ありがとう」」

 

空に続くように皆はピッコロモンへとお礼の言葉を口にし、一行は結界を抜け、再び砂漠へと足を踏み出す。

しかしそんな中、ただ一人だけ結界から出ようとしない者がいた。

 

 

 

 

沙綾である 。

彼女は結界の手前で立ち止まり、一番後ろから皆に声をかけた。

 

「ごめんねみんな、ちょっと先に行っててくれるかな…」

 

「どうしたんだよ…あっ、忘れ物か?」

 

「うん、まあそんな感じかな…直ぐに追い付くから、行こうアグモン」

 

「…うん、そういうと思ってたよ」

 

太一の言葉に相槌を打った後、彼女はクルリと反対側に向き直り、自分のパートナーと共にもう一度森の中へと入って行く。

 

「先に行ってるからなー、早く来いよー」

 

背中を向けた子供達が砂漠へと繰り出していく中、沙綾はこれからの作戦を頭の中でまとめながら反対側へと進む。

 

 

沙綾達の目的はただ一つ。

 

 

 

 

「ピッコロモーン!何処にいるのー!」

 

夕暮れの深い森の中を、沙綾は声を上げながら歩いていく。そして、

 

「やっぱり戻って来たかッピ」

 

「!…ビックリした……分かってたの?私が戻って来るって」

 

森の中心地点、昨日沙綾達がスペシャルメニューをこなしたその場所に、まるで彼女が戻って来ることを知っていたかのように、ピッコロモンは高い木の枝に腰を下ろして彼女達を待っていた。

 

「私を誰だと思ってるッピ!」

 

そのまま枝から飛び降り、彼は丁度沙綾の視線の高さに会わせるように宙を飛ぶ。

 

「それより…修行、やるのかッピ。」

 

「勿論そのつもりだよ…負けっぱなしはイヤだしね…太一君だって乗り越えたんだから、私達もこのままじゃ終われないよ」

 

これは沙綾にとって自身の本来の戦い方を再確認するための修行である。カオスドラモンと渡り合うためには、一つの強力な切り札だけでは足りない。持てる手札は全て使えるようにしていなければならないのだ。

 

「分かったッピ…でも、今からだと時間は昨日よりも短いかもしれないッピ。だいたい15分くらいで日が沈むッピ。早く準備するッピ!」

 

「うん、行ける?アグモン」

 

「いつでも大丈夫だよ」

 

昨日と同じように魔法で風船を出現させながら、ピッコロモンは早くするようにと二人を促し、沙綾もアグモンをティラノモンへと進化させてそれに答える。

 

「ティラノモン、ちょっと聞いてくれる?」

「なあに?」

 

 

少し距離をあけてお互いが向き合った後、沙綾はティラノモンへとさりげなく、ほんの一言二言の耳打ちをした。

今回の修行の要となる、"彼女達本来の戦い方"をするために。

 

 

 

ビッコロモンが修行開始の声を上げる。

 

「一晩で何が変わったかを見せてみるッピ!よーい、スタートだッピ!」

 

「ティラノモン!」

 

「任せてマァマ!」

 

声を張り上げ、ティラノモンは一気にビッコロモンへと距離を詰め、両足を使って飛び上がる。そのまま勢いをつけ、必殺の一つである飛び蹴りを放った。

 

「ダイノキック!」

 

「その手は喰わないッピ!」

 

が、彼はヒラリとそれをかわし、空中からのティラノモンの蹴りは、森の湿った地面に突き刺さり泥混じりの土が激しく飛び散る。その一瞬身動きの取れない着地後を狙って、ピッコロモンはティラノモンの背中に向けて槍の先端から炎を放った。

 

「ティラノモン、"アレ"!」

 

沙綾の掛け声と共に、ティラノモンは迫りくる火球を尻尾を使って強引にはたき落とす。足を抜いて振り替えった後、今度は腕を振り上げながら再度ピッコロモンへと突撃を開始した。

 

「スラッシュネイル!」

 

 

接近戦に持ち込み、鋭い爪で風船を割ろうとティラノモンは両腕を振り回すが、ふわりふわりと避けられるばかりで、それが当たる気配はない。

 

「ふん、未熟者め!昨日から何も変わってないッピ!」

 

その行動に、ピッコロモンの表情は明らかに落胆しているのが分かる。むしろ、これは怒りに違いのかもしれない。

襲いかかる爪を全てかわし、反撃としてティラノモンの腹部に向けて、ピッコロモンは先程よりも遥かに強い火球を至近距離から放つ。

 

「うおあっ!」

 

"ピッドボム"には及ばずとも、完全体として十分な威力を持ったその技に、爆発音を上げてティラノモンの身体は軽々と撥ね飛ばされ、地面を抉りながら森の木々へと衝突し、

 

「ぐっ!」

 

うつ伏せに地面へと倒れ付したのち、彼は沈黙した。

 

 

 

 

「君達は昨日の失敗から何も学ばなかったのかッピ!これならまだ昨日の方がマシだッピ!」

 

「………」

 

ピッコロモンの怒声に沙綾は何も答えない。

辺りはゆっくりと薄暗くなっていく。残された時間はもうあまりないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、ピッコロモンのその様子はまさに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙綾の作戦の成功を意味していた。

 

「…今!」

 

その沙綾の掛け声と共に地面に伏せていたティラノモンが勢いよく身体を起こし、四つん這いの状態からピッコロモンに向かって灼熱の火炎を放つ。それは昨日までの物に比べて遥かに大きく、ピッコロモンの視界を奪うには十分な炎だ。

 

「まだ動けたッピ!?」

 

完全体の一撃が直撃して尚、これほどの威力の技で反撃出来る成熟期はあまりいない。怒りと油断が招いた隙を完璧に付かれたピッコロモンは攻撃を避けず、咄嗟に前方へ出現させた結界によって身を守る。

 

「ぐっ!危なかったッピ…」

 

しかし、彼女の狙いはここではない。はなから『今の攻撃で勝つ気などない』のだ。

 

「行って!ティラノモン!」

 

沙綾の合図でティラノモンは身体を起こし、炎を吐きながらもピッコロモンに走りよる。その速度は先程よりも一段と速い。

 

沙綾がティラノモンに指示した事は二つ

 

 

一つ目は、『合図するまで手を抜く事』

 

相手の油断を誘う手段の定番であるが、これを普通に行っても、ピッコロモンには悟られていただろう。

しかし、昼間の戦いでティラノモンの戦闘力はまた一つ上がっているため、いわば『昨日の全力が、今日の9割』といったところだ。そこから少し手を抜いて8割の力で戦っても、その程度ならば恐らくばれる事はない。

 

更に、ピッコロモンは今までティラノモンの『防御力』を知る機会がなかった。成熟期である彼が完全体の一撃を受けた後、普通はこれほどの反撃が来るとは考えない。

 

二つ目は『機敏に大きく動く事』

 

メタルティラノモンでは相手の警戒が強く、奇襲にはむかない。だが、進化しなければそれはそれで「何かある」と警戒される。

そこで、メタルティラノモンにはないスピードと多彩な技を持って相手の意識をそちらに流し、進化しない不自然さをカモフラージュするのだ。

 

 

 

そして、彼が"勝ち"を確信して動きを緩めたその時、持てるポテンシャルを全て解放して一気に攻め落とす。

 

 

「うおぉ!」

 

 

視界を奪われ、常に襲いかかる強烈な炎にピッコロモンは防御の姿勢を崩せない。火を吐きながらも、ティラノモンは怒濤の勢いでピッコロモンへと迫り、

 

「スラッシュネイル!」

 

一閃

 

クワガーモンに行ったように、すれ違い様に居合い切りのような斬撃を浴びせる。"前方"にしか結界を張っていないピッコロモンは、その"横"からの攻撃に対応が間に合わず、

 

 

「くぅ!」

 

 

 

パンッという乾いた音と共に、彼の背中の風船は破裂し、ここに決着が着いた。

時間にして役10分、沙綾達の勝利である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあ、見事だったッピ!」

 

決着が着き、あわや大火事という程の炎を自身の魔法によって消火した後、ピッコロモンは感心したかのように二人を誉める。

 

「まさかあれほどの反撃がくるなんて正直思わなかったッピ!」

 

「アグモンが上手く動いてくれたおかげだよ」

「マァマの作戦が凄かったからだよ」

 

「ふふ…いや、二人共だッピ」

 

お互いがお互いを誇る二人のその様子に、ピッコロモンは小さく笑う。

 

「ともかく!君達のスペシャルメニューも、これで完璧に終了だッピ。そろそろ行くッピ、みんなが待ってるッピ」

 

暗がりの中ピッコロモンは槍を振るい、沙綾とアグモンの身体をふわりと宙に浮かせ、自身と共に空高く飛び上がった。

 

「わわっ!どうしたの!?」

 

「落ちたら死んじゃうよ!」

 

「"勝負に勝ったから"、森の外まで送ってやるッピ」

 

「えっ?」

 

ピッコロモンは普段あまり見せない暖かな笑みを浮かべ、もう一度槍を振るう。すると、二人の身体は子供達のいる結界の外に向かって進み始める。

 

「頑張るんだッピ!選ばれし子供達よ!」

 

 

「元気でねーピッコロモン」

 

「…ありがとうピッコロモン……またね……」

 

ピッコロモンが激励の言葉を送る。遠退く彼に無邪気に手を振るアグモンとは対照的に、沙綾は何処かせつなげな表情で別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は知っているのだ。このデジモンがこれからどういう運命を辿るのかを。

 

 

(今度ピッコロモンに会う時…私はどんな顔して会えばいいの……)

 

暗闇に姿が見えなくなる彼を最後まで見つめながら、沙綾は考える。

 

クロックモンは"命を救うな"とは言ってはいない。

だからといって、それが歴史を大きく変える可能性を秘めていることぐらいは、彼女も理解している。

仮に、それ自体が未来を変えなくとも、結果として彼の消滅があるのならば、結局それを変えるためには歴史を大きく変更しなければならないのだ。

 

最悪未来に帰れなくなる事も否定できない。

 

 

(デビモンの時と同じ…でも…ピッコロモンはみんなと違って助からない……)

 

 

救いがあるとすれば、それは彼がまた生まれ変われる可能性がある事だろうか。だが、それでも、

 

 

(見捨てたくなんてない………)

 

 

過去に来て以降彼女の悩みは尽きることはなく、もうすっかり暗闇しか見えなくなったピッコロモンのいた場所を、沙綾はずっと見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一応…出来る限りの事はしてみよう

そういえば、沙綾のアグモンが右手に巻いている包帯は、進化と同時に消えて、退化すると元に戻ります。

セイバーズのアグモンが腕に巻いているベルトと同じような感じでしょうか。






ピッコロモンによる修行を終えた沙綾は、複雑な想いを胸にしながらも、彼の魔法によってすぐに子供達と合流を果たす事が出来た。

 

悩みながら砂漠を歩く彼女だが、今考えたところで何も出来る事はないと、ひとまずこの葛藤を心に仕舞い込み、目の前の事に集中することを決める。

 

 

 

そして次の日、何時もと同じく眩しい太陽が照りつける中、光子郎のパソコンに一通の宛名のないメールが届く。

『助けてくれれば紋章の在りかを教える』と書かれたそのメールの指示に従い、道中、タケルの紋章とこの世界の成り立ちについて情報を手にいれた子供達は、メールの送り主が囚われているという砂漠のピラミッドへと足を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はあくまでメールの送り主を助けて空君の紋章を手に入れるのが目的だ。余計な戦闘はしないように 」

 

エテモンが先にピラミッドの内部へと向かった事を確認しているため、丈達はいつもより危機意識を高く持っている。しかし、

 

「分かってるよ。まあもし見つかっても沙綾がいるんだ、何とかなるさ 」

 

皆とは違い、太一は沙綾を見ながら楽観的な軽い口調でそれに答えた。

"デジタルワールドがデータの世界"という情報を得たことで、この時点の彼は"死んでもやり直せる"という間違った結論にたどり着いている。それを後悔する事も、今の太一はまだ知らない。

 

「エテモンは強力なデジモンだよ。メタルティラノモンでも勝てるかどうかは分からない、気は抜かないで」

 

今の沙綾に出来る忠告などせいぜいこの程度である。

最も、太一の様子を見る限りこのくらいの忠告では何も変わらない事は、彼女が一番分かっているのだが。

 

ため息を着きながら、沙綾は前方にそびえるピラミッドを見る。

小説では、太一、光子郎、空、丈、そのパートナー達で内部へと潜入するのだが、『エテモンに遭遇した場合』を考慮した結果、今回は丈に変わり、完全体を扱える沙綾がそれに抜擢されているのだ。

 

(空ちゃんには待ってて貰うのが一番安全なんだけど…昨日断られちゃったし……うーん…どうしよう…)

 

今回沙綾が変えたい歴史は、"愛情の紋章を手にいれるまでの過程"である。

 

歴史通りに進めば、この後メールの送り主であるナノモンによって空は一度捕らえられてしまう。

一応無事に助かる事は分かっているのだが、出来る事なら捕まらずに済むのが一番である。しかし空は、『自分の紋章のために沙綾達だけを危機な目に合わせるわけにはいかない』と、この場に残る事を頑なに拒否しているのだ。

 

(困ったなぁ…)

 

そう言われてしまうと、沙綾としてはこれ以上何も言うことは出来ない。太一や光子郎も空を連れていく事には賛成しているため、彼女が我を通すのは不可能だろう。

 

 

(…仕方ない…一応…出来る限りの事はしてみよう)

 

「よし、行こうぜみんな!」

 

「僕も行きたかったな」

 

「タケル、ワガママを言うんじゃない」

 

「気を付けてね」

 

「何度も言うけど、余計な事はするなよ」

 

待機する子供達の声を背に、太一を先頭に沙綾達はエテモン配下のデジモンに見つからない様注意を払いながらピラミッドを目指して動き出す。障害になるものは特にはなく、ひとまず全員がその前に到達した。

 

「この側面に隠し通路がある筈です」

 

光子郎がパソコンを広げて隠された入り口を探す間、太一はピラミッドの門から正面の入り口の様子を探る。すると、

 

「どうしたの太一?」

 

「エテモンだ!こっちに来る!?」

 

その言葉に、皆は慌て壁に張り付くようにして息を殺すが、そんなものは除かれればすぐに見つかってしまう。

 

「マァマ!ボクいつでも戦えるよ!」

 

『見つかる前に奇襲を掛けよう』と、歴史をあまり知らない沙綾のアグモンは進化しようとするが、彼女はアグモンの頭に手を置いてこれを制止した。

 

「落ち着いてアグモン…光子郎君、隠し通路の場所は?」

 

「えーと……ここです!この壁にだけデータが入ってない、みなさん早く!」

 

光子郎の指示に従い、皆は駆け込むようにピラミッドの壁をすり抜けて中へと入る。ほんの一瞬の間をおいて、エテモンがピラミッドの側面を除き混むが、既にそこには誰もいない。

 

「あら?誰かいると思ったんだけど…あちきの勘違いかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

「危なかったわね…」

 

間一髪、エテモンに見つかることなく内部の潜入に成功した沙綾達だが、危機感が薄れている太一は壁から手を出してみたりと何処か楽しんでいる様子であり、空に厳しく注意を受けるが聞いている風には見えない。

 

「見つかったらどうするの!」

 

「なーに、大丈夫だよ。沙綾もそう思うだろ?空は心配しすぎなんだよ」

 

「太一!」

 

「はあ…とにかく、早くメールの送り主を探そうよ」

(まあ監視カメラがあるって本には書いてたしね…この隠し通路にはないだろうけど、ピラミッド周辺とナノモンの部屋には間違いなくあるだろうから、何もしなくても歴史通り見つかっちゃうとは思うけど…)

 

「そうだな。行こうぜみんな」

 

太一が先に細い通路を歩き出し、沙綾、光子郎、アグモン二匹、テントモンが続く。釈然としない表情を見せながらも、空とピヨモンが最後尾を歩く形となった。

 

通路を歩く最中、沙綾はこの先の行動について頭を悩ませる。

 

 

(ナノモンの居る部屋までは特に敵はいない筈…でもその後は…)

 

子供達に気づいたエテモンと戦闘になり、その際、助けたナノモンに空とピヨモンが拐われる。

空達を助けるには、一時的とはいえ、エテモンとナノモン、二匹の完全体の相手をしなくてはならない可能性があるのだ。

その上、必然的に室内での戦闘になるため、身体の大きいメタルティラノモンはその性能を発揮しづらい。

グレイモン達がサポートしたとしても、正攻法では厳しいものがあるだろう

 

(どうにかしてエテモンの目を眩まして、ナノモンの封印を解いた直後に天井を突き破って逃げるしかないかな…愛情の紋章はこのピラミッドの地下にある筈だから、もう一回来ることに変わりはないし…無理そうなら、ここは大人しく歴史に従おう…)

 

デビモン戦のように、下手に動いて被害を増やす事は得策ではない。今回の場合、敵に捕まっても空の身の安全は約束されている。"絶対に変えたい過程"というわけではないのだ。

 

 

そう結論付けたのち、沙綾は再び前を向いて歩き出す。

 

一行は段々とピラミッドの地下へと潜っていき、やがて目的の部屋の一歩手前、今までとは違う広い通路へと辿り着いた。しかしその通路全面を塞ぐように電流の流れた金網が張り巡らされている。

 

「これ、高圧電流ちゃいまっか?」

 

「そうですね…でもこの中の何処かに入り口と同じようにデータがない箇所がある筈です。」

 

「どこだよ光子郎」

 

光子郎は手持ちのパソコンを開き、軽快に操作する。

 

「ちょっと待って下さい…………あっ、ここです」

 

「そっか、よし」

 

彼が指を指すと同時に、止める間めなく太一はそこを潜り抜けた。歴史を知っている沙綾でさえ、そのあまりにも軽率な行動に背筋がゾッとする。空に至っては、最早憤りの表情を隠そうとしない。

 

仮にバックアップがあっても、普通は躊躇いの一つは覚えるだろう。

 

(太一君って、たまにホントにとんでもない事を平気でするよね……)

 

「何してんだ、早く来いよ」

 

太一の真後ろに続いて沙綾達もそこを通り抜け、今までとは違う、明るく広い地下の一室へと入る。

 

周囲を見回す一行は、その部屋の中心で囚われているナノモンを発見し、彼の話を聞く事になる。

 

昔エテモンに挑んで敗れた事、

思考を奪われて封印され、エテモンのネットワークのホストコンピューターにされていた事

ある日記憶が戻り、子供達に助けを求めた事

 

 

ナノモンの語る『エテモンが共通の敵』という言葉を信じ、彼の言葉通りの手順を踏んで太一と光子郎がその封印を解こうと、周囲の機械の操作を始めた。

 

『よーし、いいぞ、もう少しだ。』

 

かくいう沙綾はその様子をパートナーと共に眺め、これから取るべき行動を頭の中にイメージし、隣に居るアグモンへと小言でそれを伝える。

 

「アグモン…」

 

「なあにマァマ?」

 

「もうすぐここにエテモンが来る筈なの」

 

「えっ!?ホントに!」

 

「しー!…私が合図したら、まずはティラノモンに進化して炎でエテモンの目を眩まして…その後でもう一回進化して、逃げるために今度はメタルティラノモンで天井を撃ち抜いて…」

 

「うん…分かったよ…」

 

「それからナノモンは信用しないで。あのデジモンは私達を利用してるだけだから…」

 

アグモンは頷き、これから始まる戦いに備えて心の準備をする。

 

 

そして、

 

 

太一がナノモンの封印を解くため、壁に設置された最後のレバーを操作しようとしたその時、

 

「待ちなさい。選ばれし子供達!」

 

「エテモン、もう気づいたのか!?」

 

「あれだけ動き回れば誰でも気付くわよ。監視カメラもあるんだから」

 

配下のガジモン二匹を連れ、エテモンが部屋の入り口を塞ぐように立ちはだかる。そのままこちらに向かって走り出そうとした時、間髪入れずに沙綾はパートナーに攻撃の指示を出した。

 

「アグモン!」

「アグモン進化ー!ティラノモン!」

 

事前に示し合わせた通りに、ティラノモンはエテモンに向かって全力の炎を放射する。進化から攻撃までの速度はかなりのもので、まるで一種の奇襲のようである。取り巻きのガジモン二匹は驚き、慌てて入り口から部屋の外へと非難する。

 

 

 

 

 

だが

 

「そんなんであちきを止められるとは思わない事ねー!うらあぁぁ!」

 

エテモンは一切怯まず、なんと雄叫びと共に炎をその身に受けながらぐんぐんとティラノモンに向かって直進して来たのだ。少なくとも防御するか、ガジモンのように一度部屋の外に出て攻撃を回避する筈と踏んでいた沙綾は、彼のその破天荒な行動に度肝を抜かれた。

 

(!…嘘でしょ!ちょっとぐらい怯んでよ!)

「ッ!下がってティラノモン!」

 

沙綾はティラノモンに飛び乗りそう指示を出す。

まるで炎など聞いていないかのように詰め寄ったエテモンのパンチが当たる直前に、ティラノモンは沙綾を乗せたまま大きく後ろへ跳び、彼の拳が空を切る。

 

「ふん!……あら?なかなか素早いのね…炎の威力も強いし、ウチのティラノモン達とは大違い。まあ、あちきの敵じゃないけど」

 

(なんてデジモンなの…)

 

「今のうちに、行けっ!アグモン!」

「分かった太一!」

 

ティラノモンの後退と入れ替わるように、進化を果たしたグレイモン、カブテリモン、バードラモンがエテモンに迫り、その間に太一は最後のレバーを操作する。

沙綾にとってこの流れは良くない。いや、最初の目眩ましが失敗に終わった段階で彼女の作戦は瓦解している。

 

(……エテモンの行動が予想外だった…悔しいけど…ここは"歴史の流れ"にまかせよう…こうなったら強引な突破はリスクが高すぎる…)

 

「マァマ、進化すればいいの?」

 

「……ううん…ごめん作戦変更だよ、進化はもうちょっと待って、今は少し様子を見るから」

 

悔しそうな表情を見せながらも、沙綾は皆の安全を第一に考え、背中からティラノモンに作戦の変更を伝えた後、しばらくこの状況を見守る事を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔よ!退きなさい!」

 

「ぐっ!」

 

接近戦を挑んだグレイモン、カブテリモンが共に殴り飛ばされ、その隙をついたバードラモンがエテモンの背後を取った時、ナノモンの身に自由が戻る。

 

『エテモン!貴様の作った封印の威力、思い知れ!

 

ナノモンを封印していたガラスのようなデータの塊を、彼は自在に動かし、敵味方問わず無差別に放つ。勿論それはエテモンの背後にいたバードラモンにも命中し、手痛い一撃を受けた彼女はピヨモンに退化してしまった。

 

「何するんだ!味方じゃなかったのか!?」

 

『お前達はもう用済みだ!』

 

「こう言うヤツなのよ。ナノモンって…」

 

『ほざけ!プラグボム!』

 

ナノモンの必殺がエテモンに向かって放たれ、それに対抗するため、エテモンも自らの必殺を放つ。

それは部屋の中心でぶつかり合い、激しい爆炎が上がるが、両者の力は互角ではなく、最終的にナノモンが押される形で幕を閉じた。そして、

 

「今回もあちきの勝ちね!」

 

『おのれ…戦闘力だけのサルめ…だが!』

 

自身の不利を悟ったナノモンは、歴史通りに空とピヨモンを拉致して逃走する。

 

「待てナノモン!空を返せ!」

 

「待つのはあんた達よ!」

 

ナノモンを追って部屋から出る太一と光子郎を、更にエテモンが追いかける。だが、太一達が部屋を出たその直後、横から滑り込むように立ちはだかる赤い恐竜を前に、彼の足は一度止まるのだった。

 

「チッ…あんた達だけであちきを止める気?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティラノモン!入り口を塞いで。エテモンを足止めするよ」

(せめてグレイモン達の負担は減らしてあげないと、着いてきた意味がない)

 

奇襲が失敗して以降沈黙を続けていた沙綾は、ナノモンが逃走してすぐティラノモンにそう指示を出す。

 

「オッケー!」

 

沙綾を乗せたまま、彼は風のように走る。

先程とは逆に、今度はティラノモンが入り口を塞ぎ、エテモンの進行を防ぐように立ちはだかった。本来はグレイモン達の役目である"エテモンの足止め"を、ティラノモンが代わりに行う。理由は勿論、彼らの負担を減らすためだ。

 

「みんなは空ちゃんを追いかけて!エテモンは私達で食い止めるから!」

 

「悪い、任せた。行くぞグレイモン!」

 

「気を付けて…無理はしないでください。」

 

背中から飛び下り、沙綾は皆に先に行くように促す。

ティラノモンの戦闘力を知っている太一、光子郎は頷いた後、それぞれのパートナーを連れ、ナノモンを追いかけて通路を走り出す。最も、電流の流れる金網によって、その足はすぐに止まることになるだろが。

 

 

 

「チッ…あんた達だけであちきを止める気?」

 

「さっきはまんまとしてやられたけど、次はそう上手くはいかないよ!」

 

「ハッ!生意気な小娘ね!確かに他の子供達のデジモンよりはちょーとは強いみたいだけど、あちきには敵わないわよ」

 

先程ティラノモンの攻撃を受けきったエテモンは自信ありげにそう声を上げる。

 

そう、彼は知らないのだ。

 

「勝てるかどうかは別だけど…時間稼ぎはさせてもらうよ!進化して、ティラノモン!」

 

目の前のデジモンもまた、自分と同じ完全体へと昇華出来ると言うことを。

 

「任せてマァマ!行くぞ!ティラノモン、超進化!」

 

「えっ?何!ちょっと!進化?聞いてないわよ」

 

エテモンにとって沙綾達のこの行動は完全に予想外であり、明らかな動揺を見せる。光に包まれたティラノモンがその姿を変えていき、

 

「メタル…ティラノモン!」

 

進化の完了と共に片足で床を踏み鳴らして、沙綾とメタルティラノモンは今、エテモンと対峙する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





沙綾ちゃんはいろいろ考えていましたが、今回は最後の方以外は丈が沙綾に代わっただけで原作と同じです。むしろ変わらなさすぎてどうしようかと悩んだぐらいで…




あと2話ぐらいでエテモン編が終了すると思います。

その後はクロックモンパートを挟んでヴァンデモン編ですね。

一体後何話ぐらいでダークマスターズ編にたどりつけるんだろうか…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いや…あの…そんなことは…

今更ながら小説を書くのって難しい事だと実感する今日この頃。

このペースなら完結まではまだまだかかるでしょう。


「エテモン…お前をここから先には行かせない…」

 

先程までとは打って変わって、ドスの効いた低い口調でメタルティラノモンはエテモンを威嚇する。それに対し、突然の彼の進化に動揺を見せていたエテモンも、ゆっくりと落ち着きを取り戻しながら、顔付きを真剣なものへと変えた。

 

「……まさか進化出来るなんて思ってなかったわ…どうやら…"本当"に他の子供達とは違うようね…」

 

口調自体は今までと同じであるが、エテモンの雰囲気は違う。進化する前に見せていた慢心が、今の彼からは消えていた。両者は睨み合い、緊張感が高まる。

 

「…それでも…勝つのはこのあちきよ!」

 

「来るよ!構えて!」

 

言葉と同じにエテモンが動きを見せる。それを合図に、完全体同士の戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、エテモンを沙綾に任せてナノモンを追う太一、光子郎は、やはり部屋を出てすぐの金網の前で一度立ち止まる。

 

「確かこの辺りだったよな!」

 

「待って下さい!ちゃんと調べないと」

 

「何いってんだ!ナノモンが逃げちまうだろ!沙綾が時間を稼いでくれてるんだ、俺達ももたもたしてられない!」

 

パソコンを開いて電流の流れていない部分を探す光子郎を無視して、太一は動く。だが、

 

「ダメです!テントモン、アグモン、太一さんを止めてください!」

 

「た、太一はん、落ち着きなはれ!」

 

「そうだよ太一、もし間違ってたら死んじゃうんだよ!」

 

通路に出る際、移動しやすいよう退化したパートナー二体が彼の体を押さえ付ける。

 

「離せよアグモン!どうせ俺達はデータなんだ、失敗したらやり直せばいいだろ!」

 

「まさか太一さん…ここがデータの世界だからって、自分がゲームの登場人物みたいな気でいるんじゃないですよね…」

 

「えっ…違うのか?」

 

「全然違います!僕達はここで生きてるのと同じなんです!…ここで死ねば……」

 

 

 

 

 

 

「本当に…死ぬんですよ…」

 

光子郎の告げる衝撃の事実に太一の表情が強ばり、体から力が抜ける。それによって、テントモンとアグモンもまた、大人しくなった彼の体から手を離した。

 

「そんな……」

 

目の前で行く手を阻む金網が、今の彼にはどうしようもなく遠く感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダークスピリッツ!」

 

「ぐっ!」

 

エテモンの必殺が防御姿勢のメタルティラノモンへと直撃し、彼は後退しそうな身体をなんとか踏み止まらせる。

 

「はん!随分な大口を叩いておいて結局防御だけじゃないの!」

 

エテモンが吠える。

それもその筈、戦闘が始まってまだものの1、2分であるが、その間メタルティラノモンはエテモンに対してろくに攻撃をしていないのだ。

 

「大丈夫!」

 

「ああ…"まだ"問題はない…」

 

「ごめんね…後少しだから…」

 

不利な室内戦闘とはいえ、別に防御に拘る必要はない。

 

沙綾が積極的に戦闘を行わない理由、

それは勿論、あくまで時間稼ぎと言うこともあるが、一番大きな理由は、"ナノモンが実はここの更に地下に逃げている"という点である。

 

メタルティラノモンの必殺がこのピラミッドの地下を崩落させかねない以上、彼の主砲、副砲は使えない。最悪空だけでなく、太一達まで巻き込む恐れがある。また、エテモンの足止めという意味では彼はこの入り口手前からあまり動けない。

 

故に今メタルティラノモンに出来る事は、この場を動かず、接近してきたエテモンに攻撃を行うしかないのである。

 

(でも、なかなかエテモンは近づいて来ない…やっぱり警戒はしてるみたいだね…)

 

先程からエテモンは一定の距離を保ちながら戦闘を行っている。結果、メタルティラノモンは防御に回るしかないのだ。

 

(もう少し、多分今頃ヤマト君達が異変に気付いてこっちに向かってる筈…)

 

「うおっ!」

 

再びエテモンの必殺がメタルティラノモンに命中する。

防御力の高い彼でも、攻撃を受け続ければ体力は消耗していく。それでもまだ、グレイモンやカブテリモンがこの場に残るよりはマシであろう。

 

「ほらほらどうしたの!」

 

エテモンは手首を返して挑発をする。どうやら彼も沙綾達が遠距離技を使おうとしない事に気づいているのだろう。進化したことで気性が荒くなっているメタルティラノモンは、歯軋りをしながらエテモンを睨み付ける。

 

「あのサルめ…言わせておけば…」

 

「落ち着いて、今は耐える事に集中して」

 

「ああ…分かってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入り口は…そこから一メートル右です」

 

「あ…あぁ…」

(どうしちまったんだ俺は……空のピンチなんだぞ……沙綾が体を張ってエテモンと戦ってるんだぞ……)

 

金網の解析を終えた光子郎の言葉に太一は頷くが、今度は足が固まってしまう。文字どおり"命"が懸かっている事を自覚したのだ。その反応は当然といえるだろう。

そばに立っている彼のアグモンは、心配そうに太一を見つめる。

 

(なんで足が動かないんだよ!)

 

「太一…」

 

(ちくしょう……)

 

手を伸ばせば触れる距離にありながら、太一にはそれが出来ない。目をぎゅっと瞑り動かない彼に代わり、アグモンが口を開いた。

 

「ボクが先に行くよ…太一達はその後に続いて」

 

「アグモン……」

 

彼はそのまま太一の前へと身体を滑り込ませ、その手をゆっくりと金網へと進ませる。

 

「えいっ!」

 

太一と同じく目を瞑ったまま、彼は金網に手を突っ込む。電流は流れない。その場の全員がふぅ、と息を吐く中、今度は彼らの頭上からガラガラという音と共に天井の一部が崩れ落ちた。反射的にアグモンは手を戻す。

 

「みんな、大丈夫か!」

 

「余計な戦闘はするなっていったじゃないか」

 

「ヤマト、丈、」

先程のエテモンとナノモンの戦いによって事態の異常を感知したヤマトと丈が、地上から足元を破壊して強引に侵入してきたのだ。

 

「とにかく一度逃げるぞ!……って、おい、空と沙綾はどうしたんだ?」

 

周囲を見渡したヤマトは疑問を投げかける。それに答えたのは光子郎だった。

 

「沙綾さんは向こうでエテモンの足止めをしてくれています……空さんは…敵に捕まってしまって……とにかく、沙綾さんを呼んできます、詳しい話はここを出てからにしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た!」

 

防戦を続けながらその時を待っていた沙綾は、すぐ近くで響く何かが崩れ落ちる音に即座に反応した。

 

「退くよメタルティラノモン!ヤマト君達が来たみたい」

 

「了解した…オレもそろそろキツくなって来たところだ」

 

メタルティラノモンは遠距離からのエテモンの必殺を両腕を使って防ぎ、沙綾の言葉に頷く。

直ぐ様アグモンへとその身を退化させ、二人はくるりと反対側を向いて一斉に走り出したのだ。エテモン自らが距離を大きくとっていた事も手伝い、敵との間隔は十分にある。よって目眩ましの必要はない。

 

「ちょっと何処いくの!これからが楽しいんじゃないの!」

 

走り出す二人の後ろからエテモンの声が上がるが、役目を終えた以上長居は無用である。沙綾達は相手にすることなく、急ぎ地下室からでる。

 

「うわっ!光子郎君!?」

 

「沙綾さん!こっちです、ヤマトさん達が来てくれました」

 

「うん!」

 

彼に先導されるように沙綾とアグモンは通路を走り、直ぐにヤマト達と合流する。既に皆はガルルモンの背中に乗っており、逃走の準備は出来ていた。

 

 

「一旦逃げるぞ!お前達も早く乗るんだ!」

 

「くそ!待ちなさい、選ばれし子供達!」

 

 

迫るエテモンを背後にしながら、ガルルモンの背中に三人は飛び乗る。直後、ガルルモンは一気に天井の穴から地上へと跳躍し、敵を振りきるために砂漠を走り抜ける。

 

 

 

そして、

 

夕陽が沈みかける頃、敵を振り切って安全な場所へとたどり着き、ミミ達とも合流することが出来た沙綾は、子供達にピラミッドで起こった事を話す。やはり仲間の一人が捕らえられたというのはショックが大きいのだろう。皆の口数は少ない。

 

「そんな…空さんが捕まっちゃうなんて…」

 

「ごめん…」

 

「ちくしょう……ちくしょう…」

 

沙綾は頭を下げ、太一はその時の自分の不甲斐なさに涙を流す。

 

「みなさんは少し休んでいてください…僕が空さんの行方をさがしてみます…」

 

そんな中、光子郎はパソコンを開きながらそう口を開く。彼もやはり責任を感じているのだろう。

"お前も休め"と気遣うヤマトの言葉に耳を貸さず、キーボードを叩き出す。

現状、空を探す手段が他にない以上、皆もその行動を強く止める事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、

 

 

 

 

「ねぇアグモン…」

 

冷ややかな風が通る夜の砂漠で、空の行方を追うためにパソコンを叩く光子郎や、これからの行動を話し合う子供達とは別で、少し離れた見通しのいい場所に、沙綾はパートナーと共に並んで腰を下ろしていた。

 

「どうしたのマァマ?」

 

何時ものように、アグモンは沙綾の方を向き、首をかしげる。

 

「うん、これからの事…どうしようかなって…」

 

沙綾は呟くように答える。勿論彼女も空の心配はしているが、質問の内容はそれではない。

 

明日、太一によって空は救出され、同時に愛情の紋章も手にはいる。歴史の流れを考えてもそれは間違いないだろう。

 

そしてその後、恐らくエテモンとの決着が着くことになる。

それだけならばいいが、問題はその後、太一と子供達が離れ離れになることにある。

 

"メタルグレイモン"と共に次元の歪みに巻き込まれて現実世界に戻る太一と、デジタルワールドに残される子供達、用は"どちらに着いて行くか"である。

 

「うーん…ボクには難しい事は分かんないし、マァマに着いて行くよ」

 

アグモンはきっぱりといつも通りに答える。"全て任せる"と、ある意味で一番困る答えではあるが、そのあまりにも想定内の答えに、逆に沙綾は笑みを溢す。

 

「ふふ、そっか…なんと言うか、何時も通りだね…一応アグモンの意見も聞いておこうって思ったんだけど…」

 

実際のところ、彼女の中では答えは出している。この質問は、言わば最終確認の用なものだ。勿論、アグモンが反対意見を言えば、沙綾はそれも考慮するつもりではいたのだが。

 

「じゃぁ……」

 

 

 

 

「沙綾ー!」

 

「!」

 

結論を口にしようと彼女が口を開きかけた時、不意に背中の方から声が聞こえた。太一である。驚いた彼女は冷や汗と共に口を閉ざして振り返る。

 

「おーい、沙綾!…あ、いたいた…光子郎が空の居場所を見つけたんだ!ちょっと来てくれ」

 

「えっ!あ、うん…分かったよ…」

(ビックリしたー……今の話は…聞かれて……ないみたいだね…)

 

太一の様子から、取りあえず今までの話を聞かれていた節はないと、沙綾は胸を撫で下ろす。しかし、彼のとった次の行動に、再び彼女は驚く事になる。

 

「えっ!?」

 

「こっちだ!アグモンも来てくれ!」

 

急いでいるのか、なんと太一はガッチリと沙綾の手を握り、そのままは走り出したのだ。

スカルグレイモンから逃げる際に太一の手を握った事はあるが、それは緊急事態である。

平時に異性から手を握られた経験の少ない彼女は、突然の出来事に声を上げるが、太一は気にしていない。

 

「それと…今日はごめんな…せっかく沙綾が時間を稼いでくれたのに…俺は空を助けられなかった…」

 

「いや…あの…そんなことは……」

 

「とにかく今は光子郎の話し聞く事が先だ…行こう」

 

結局、子供達のところに着くまで、太一の手が離される事はなく、終始沙綾は顔を赤くし、下を向いたまま彼に着いて行く事となるのだった。

 

 




おや…もしやフラグが……

今後の展開を楽しみにしていただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

なんでこんなにタイミングが悪いんだろ








次の日の朝、

 

空がまだピラミッドの中に居る事を突き止め、彼女を奪還するための作戦を立てた子供達は、再びその内部に潜入するため、近くのスフィンクスの影に身を潜めていた。

 

「やっぱり一回侵入すると警戒されちゃうね…」

 

「ああ…でも空はまだあそこにいるんだ。今度こそ、助け出してみせる…」

 

沙綾達が遠目から確認出来るだけでも、十数体のティラノモン、モノクロモンがピラミッド周辺に配置され、厳重な警戒体制が引かれている。内部にはエテモン本人も居る筈である。

 

「ええ…みなさん、作戦通りにお願いします。沙綾さんも、エテモンと戦闘になった場合、勝てないと思ったら無理をせず逃げてください。その時は…僕達をダシに使っても構いません」

 

「ああ…俺達はそれまでになんとか空を助け出す…」

 

光子郎と太一の言葉に一同は静かに頷く。

 

子供達の立てた作戦、それは部隊を2つに分ける事、ヤマト率いる陽動隊が敵の目を引き付け、その間に太一、光子郎が空を救出するというものだ。

 

戦力の高い沙綾を本体に加えるかどうかで昨日議論となったが、『メタルティラノモンがピラミッドの周辺で暴れれば、収拾を着けるためにエテモン本人がピラミッドを空ける可能性が上がるのでは』という結論に達し、彼女は陽動隊に入る事になった。

 

(まあ私達が何もしなくてもエテモンは出てくる筈だけど…ガルルモンやイッカクモンの負担を減らせる分こっちにいた方がいいよね…そういえば…昨日アグモンにこの後の事、伝えそびれちゃったな…)

 

沙綾は隣にいるパートナーに目を移す。だが、流石にここでその話しをする訳にはいかない。

 

「どうしたのマァマ?」

 

「ううん…なんでもないよ、私達もがんばろうね!」

(まあアグモンはいつも通り私に着いてきてくれるみたいだし、問題はないかな……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行くぞみんな!」

 

「進化だ、ガブモン!」

 

「僕達も行くぞ!ゴマモン!」

 

太一の合図と共に、皆は一斉にスフィンクスの影から飛び出していく。ヤマト、丈、の二人はパートナーを成熟期へと進化させ、それぞれ分散して敵の気を引くために動き始めた。

 

敵のデジモン達がガルルモン、イッカクモンに気を取られて隊列を崩す中、太一と光子郎は隠し通路からピラミッド内部に侵入する。

 

「アグモン、そろそろ私達も行くよ、またエテモンと戦う事になると思うから、気を引き締めないと…」

 

「うん、任せてよマァマ!」

 

一方、沙綾だけはその場からあまり動かず、アグモンをティラノモンへ、そこから更ににもう一段階、完全体へと進化させた。

 

「今度こそあのサルに一泡吹かせてやる…」

 

「メタルティラノモン!出来るだけピラミッドの角を狙って!」

 

"自分がここにいる"とエテモンに理解させるため、沙綾は牽制の一撃をメタルティラノモンに指示する。

意図を察した彼は、直ぐ様左手の副砲を構え、エネルギーを溜め込み始めた。

 

「了解した………ヌークリアレーザー!」

 

左手から勢いよく放たれる一本の光が、遠距離から見事逆ピラミッドの調度角へと命中し、轟音を上げてその外壁を吹き飛ばした。

 

(これでエテモンは私達の位置に気付く筈、彼が来るまでは………)

 

沙綾は前方を見る、すると、今の衝撃によって彼女達の存在に気付いたティラノモン、モノクロモンが、数頭の群となってこちら側に向かって走ってくるのが確認出来た。

 

彼女は一度一度目を閉じて息を吐き、静かな声でパートナーに指示を送る。

 

「メタルティラノモン……構えて……」

 

「………いいのか?」

 

「うん…アキラとミキを助けるためには…少しでも多くのデータが欲しいから……」

 

「分かった、マァマがそういうのなら…」

 

どちみち彼らはこの後エテモンを倒すためにナノモンが発生させるデータのブラックホールに巻き込まれて消えていく事になるのだ。

 

ここで沙綾達が倒しても問題はない。

 

だが、実際彼らは"子供達に危害を加えに来たデジモン"ではない。ピラミッドを守っているだけなのだ。結果的に消滅してしまうとしても、彼女達の都合によって多くのデジモンを一方的に消すことに抵抗を感じない筈はない。それが自らのパートナーと同じ姿なら尚更だ。

 

 

 

メタルティラノモン自身も、闘争心が上がっているとはいえ、敵の群の中の"モノクロモン"に銃口を向けることには躊躇いがあるようである。最も、未来のゴツモンとは別個体である事が分かっている以上、彼の場合はあくまで、"出来ることなら倒したくはない"程度のものではあるが。

 

メタルティラノモンは重心を下げて足下を固め、ゆっくりと右腕を敵の群れへと向ける、それに合わせて、沙綾はデジヴァイスを構えた。

 

「一撃で倒してやる…」

 

せめて苦しまないようにと願いながら、彼は自身の主砲を解き放つ。

 

「ギガ、デストロイヤー!」

 

ドゴンという音と共に打ち出された有機体ミサイルは、高速で敵の群れへと迫る。彼らが気付いた時点ではもう回避は間に合わず、蜘蛛の子を散らすように逃げようとするティラノモン達を巻き込んで、そのミサイルは巨大な爆炎を上げた。

 

(…ごめんなさい…それでも…私は…)

 

砂塵が舞い上がり視界が悪くなる中、敵のデータは分解され、沙綾は無言でデジヴァイスを操作する。彼女達の周囲にこれ程の砂ぼこりが舞っていれば、光の粒子がバートナーに流れていくのを子供達に気付かれる心配はないだろう。

 

 

 

 

「終わったぞマァマ…」

 

敵の群れが消滅し、データのロードが完了したところで、メタルティラノモンは口を開いた。

 

「うん…お疲れ様…でもまだ気を抜かないで、多分そろそろ彼が出てくる筈だから」

 

 

 

今は感傷に浸っている場合ではない。割り切る事は簡単ではないが、強敵を前にしては一瞬の油断が命取りになることを彼女は理解している。

 

 

爆発によって舞い上がった砂嵐が晴れたとき、二人は自分達を目掛けて一直線に走ってくるモノクロモンと彼の引くトレーラーの上に腕を組んで仁王立ちするエテモンを見つけた。

 

「来た!」

 

彼女達との距離が近くなったところで、彼は疾走するモノクロモンから飛び降りる。

 

「全く、逃げたかと思ったらまた現れるなんて…さっきのはちょっとビックリしたわ…でも今度は逃がさないわよ!ナノモンを探し出す前に、まずはあんた達から始末してあげる!」

 

沙綾達と向かい合い、エテモンは声を上げる。

 

(ヤマト君と丈さんは他のデジモンを引き付けてくれてる。太一君達はもう中に入ったみたいだし、ミミちゃんは戦えないタケル君と一緒にかなり後ろにいる筈…)

 

つまり周囲を気にする必要はない。

 

「やれるもんならやってみろ!」

 

瞬時にメタルティラノモンは左手向けて吠える。

 

それが戦闘開始の合図となった。

 

 

「ヌークリアレーザー!」

 

「ダークスピリッツ!」

 

光のレーザーと闇の弾丸が二人の中心で激突し、周囲に嵐のような衝撃と暴風が巻き起こる。

 

「へぇー…今回はちゃんと攻撃してくるのね…」

 

「昨日は手を抜いてやっただけだ…」

 

エテモンの皮肉にメタルティラノモンも皮肉を持って返す。今の攻撃は両者にとっての様子見であろう。二人の表情には余裕がある。

 

両者は睨み合う。

 

先に動いたのはエテモンであった。

 

「ならこれはどう?ラブ、セレナーデ!」

 

果たして何処から取り出したのか、エテモンはマイクを片手に熱唱を始める。子供達を何度も苦しめた"戦う気力"を奪う音波がメタルティラノモンに襲いかかった。

 

「メタルティラノモン!」

 

やはり強力なこの歌に、彼は頭を抱えて膝を折る。だが、完全体の力故か、即退化という事態は避けられたようである。

 

「ぐっ……この程度……オレをなめるな!」

 

片手で頭を押さえながらも、彼はエテモンに向かってがむしゃらに光のレーザーを乱射する。当てる事が目的ではない。歌さえ中断させればいいのだから。

 

「おっと!……危ないわね!……」

 

(流石にあの技を連発されるのは困る…とにかく歌を歌わせないようにしないと!)

「接近して!メタルティラノモン!」

 

「おう!」

 

攻撃はかわされてしまったが、歌が止まった一瞬を狙ってメタルティラノモンは走り出す。速度は落ちても、たかが10数メートルの移動など問題はない。回避後の隙をついて走りより、進化した事によっててに入れた強力な顎でエテモンへと襲いかかる。

 

「力比べってこと…望むところよ!」

 

(!避けないの!?)

 

沙綾はエテモンの行動に驚愕する。

 

攻撃を避けるのかと思いきや、彼は自主的にマイクを捨て、両手を前にして身構えた。そのまま両者は激突し、なんと彼はメタルティラノモンの突進からの噛みつきを両手でキバを抑える事によって食い止めたのだ。

 

 

(嘘!今のを止めるの!?)

 

さらに驚くべき事は、その状況において僅かながらエテモンが優勢を保っている事だろう。メタルティラノモンの強靭な顎が、彼に掴まれてからは一切進んでいないのだから。

 

(あの体格からあれほどの力が出るなんて…やっぱり伊達じゃない…)

 

「どうやら…力比べは…あちきの勝ちみたいね……ふん!」

 

「えっ!」

 

エテモンは勝ち誇ったように口元を吊り上げる。そのままいっそう両腕に力を込め、その巨体を持ち上げ始めた。彼の足がゆっくりと地面から離れる。メタルティラノモンもこの展開は想定していなかったのか、目を見開いて両手で口先のエテモンを払おうとするが、足が浮いている事で力が入らない上、体格上、指先しか届かず引き離す事が出来ない。

 

 

 

(昨日もそうだけど、なんてメチャクチャするの…いや、待って、昨日…そうだ!)

 

彼女は昨日のエテモンの行動で思い出す。そしてそれが現状を打開する唯一の策。

 

("進化"しても使える筈…だって…あの子はティラノモンなんだから!)

「メタルティラノモン!そのまま"ファイヤーブレス"!」

 

「!」

 

「なっ!」

 

それはティラノモンの必殺技、進化した事でより強力な力を奮えるようになった事で、彼自身も失念していた。

メタルティラノモンはハッとした表情を浮かべた後、目付きを変え、喉の奥から灼熱の火炎を沸き上がらせ、それを零距離で放出する。

 

「ファイヤーブレス!」

 

進化前と比べて劇的な違いはないが、ステータスの上昇分威力は上がっているようである。昨日は強引に突破してきたエテモンも、これにはたまらず両手を離して飛び退いた。

 

「アツッ!アチチ!」

 

「"アレ!"」

 

着ぐるみに火が付き怯むエテモンに、沙綾は追撃の指示を下し、ドスンと地面に着地を決めたメタルティラノモンは、素早く身体を半回転させた。進化しても健在、むしろ機械化によりさらに威力を増した強烈なテールスイングが鈍い音を立ててエテモンの後頭部へと命中する。

 

「ぐぇっ!?」

 

 

 

直撃を受けた彼の身体は激しく回転しながら大きく吹き飛ばされ、そのまま砂漠の上を数回跳ねた後、周囲の砂を撒き散らしてエテモンは停止した。

 

「どうだ!」

 

エテモンは頭を押さえてゆっくりと立ち上がる。

 

「よくもやってくれたわねぇ!絶対にゆる…」

『エテモン様ー!大変です!選ばれし子供達がピラミッド内に侵入しました!』

 

「なんですって!?」

怒りの表情を沙綾達に向け、彼が声を上げようとした時、それを遮るように小説と同じアナウンスがピラミッドから流れだした。彼の表情が再び変わる。

 

(よし、足止めは取り合えず成功だね)

 

「なんで選ばれし子供達が……まさか…ナノモンがまだピラミッドの中にいるのね…チッ、ヤツを逃がすわけには行かない…」

 

エテモンはくるりと反対側を向き、顔だけを沙綾達に向けて口を開く。

 

「覚えてらっしゃい!あちきは逃げるんじゃないわよ!後で必ずあんた達を始末してやるから!」

 

そんな捨て台詞を残し、彼はピラミッドに向かって走っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、なんとかなったね、マァマ、この後どうするの?」

 

エテモンが去り、周囲に敵がいなくなったところで、退化したアグモンが口を開く。

 

「ええと…もうすぐ太一君達がピラミッドから出てきて、その後エテモンと最後の対決になる筈なの。悪いけどアグモン、その時は"疲れて今は進化出来ない"って事にしといてね」

 

 

「え?…うん、分かったよ」

 

沙綾の頼みに、アグモンは特に質問をする事なく頷いた。

 

勿論これは、太一のアグモンの完全体への進化をスムーズに行うための措置である。

 

(多分エテモンとの決戦は、私達が余計な行動をしない事が一番被害が出ない方法の筈、その後は…)

 

「アグモン、そういえばその後の事なんだけど…」

 

昨日と同じように、"エテモンを倒した後について"話しを始めようとする沙綾だが、これもまた昨日と同じく横槍が入る。

 

「沙綾!無事かー!」

 

敵を振り切ってミミ、タケルと合流したヤマトと丈が、それぞれのパートナーに乗って彼女達の元へとやって来たからだ。

 

(うっ…また…昨日からなんでこんなにタイミングが悪いんだろ)

 

軽いため息を吐きながらも、自分の身を案じてくれた子供達に大きく手を振り替えし、沙綾もまた子供達と合流を果たす。

 

 

 

 

 

 

 

この時の沙綾は、まだ昨日から続くこの出来事を、ただの"偶然"としか感じてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エテモン編の最後までたどり着けなかった……

最後の一文の意味は、今までの話を踏まえて考えると、すぐに答えにたどり着くと思います。難しく考える必要はありません。



沙綾本人の立場ではなかなか気付きにくい事かもしれませんが…
















目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やっぱり…貴方とアキラはそっくりだね…


エテモン編、最終回です。




「エテモン!お前も道連れだ!」

 

「…嘘!このあちきが!こんな所で!」

 

沙綾との戦闘を中断しピラミッドに戻ったエテモンは、太一達が去った後の隠された地下室にて、ナノモンと共にまるでブラックホールと言うべきデータの塊へと吸い込まれていく。

 

「そんな…そんなバカなぁぁ!」

 

吸い込んだ者をたちまち分解してしまう"それ"に、ナノモンは呆気なく取り込まれ、今、抵抗を続けるエテモンをも飲み込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「空!光子郎!こっちだ!」

 

「うん!ありがとう太一、光子郎君」

 

そんな中、無事に空を救出することが出来た太一達は、パートナー達の力でピラミッドの壁を破壊しながら強引に外を目指す。

 

「いえ…それより、ナノモンとエテモンはどうなったんでしょうか…この吸い寄せられる感じと、何か関係が…」

 

「光子郎、とにかく今は早く此処から出てみんなと合流しよう」

 

「そうですね…すみません」

 

ブラックホールの吸引力に逆らいながら、三人は最後の外壁を壊して外へと飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ろっ!太一達が帰ってきたぞ!」

 

ピラミッドを中心に突然発生し始めた吸い込まれるような風に耐え、ガルルモンの背中に股がるヤマトがそう言って指を指す。

 

「空ちゃんも一緒みたいだね…良かった」

(後は歴史に任せておけば上手くいく筈)

 

"アグモンが疲れて進化出来ない"という事になっている沙綾は、彼と、タケル、トコモンと共にガルルモンに乗せて貰い、ヤマトの後ろでひとまず安心した。

 

「とにかく、太一達が此処まで来たら直ぐに逃げよう。スフィンクスの口を潜れば一気に移動できるんだ。距離は稼げる」

 

「うん…さっきからピラミッドに吸い込まれるみたいなこの感じ、絶対普通じゃないもの」

 

ミミとパルモンと共にイッカクモンに股がる丈が声を上げ、ミミを筆頭にその場にいる全員がその提案に頷いた。

 

 

やがて、

 

 

「おーいみんな!悪い、遅くなっちまった!」

 

「ありがとうみんな、私達のために」

 

グレイモン、カブテリモン、バードラモンに乗った三人が到着する。

 

「よし!急いで此処から離れるぞ!走れガルルモン!」

 

再開を喜ぶ間もなく、砂漠の砂に足を取られてピラミッドへと引き寄せられていくティラノモン達を横目に、一行はピラミッドから離れるため動き出すのだった。

 

「これは一体どうなってるんだ?ピラミッドの中で何か起こったのか?」

 

「分かりません…でも、逃げるには好都合です」

 

 

一向に収まる気配のない強力な向かい風に逆らい、子供達は一まとまりになって元居たスフィンクスを目指す。

その途中、砂漠の中でも見通しのいい丘のような場所を横切った時、不意にタケルが声を上げた。

 

「みんな見て!ピラミッドが!」

 

その言葉に皆の足が止まる。

 

外壁のデータが暴走する内部のデータに引っ張られたことで、ピラミッドがその形を保てなくなり、結果、崩壊を始めたのだ。

ガラガラと大きな音を立てて崩れ落ちるその光景に、一行は息を飲む。

 

 

そして、完全に倒壊したその場所から、遂に"それ"は姿を現した。

 

元エテモンのネットワークの中心部、ナノモンの仕掛けにより周囲のデータを無作為に吸収し肥大化したそれが、瓦礫を突き破って宙に浮き上がる。

 

「ちょっと…ねえ、太一…あれ…」

 

、その黒い塊の頂上にいた存在を空が指差し、沙綾を除く子供達は目を見開いて固まる。

 

「なんだ…あれ…エテモンなのか…」

 

下半身は既に"それ"と同化し、自身を取り込もうとしたデータを逆に支配下に置いたエテモンが笑う。その声はマイクも使わずに砂漠へと響き渡り、距離に関係なく皆の耳へと届いた。

 

「あちきがこの程度で死ぬ訳ないでしょ!…さて、ナノモンは勝手にくたばったわ…次はあんた達の番よ、あの小賢しい小娘諸とも…全員消してあげるわ!」

 

遠くの子供達を見据えてエテモンが吠える。

 

「くっ、カブテリモン、お願いします!」

 

「バードラモン、貴方もお願い」

 

光子郎、空の指示の下、直ぐ様飛行能力を持つ二体がエテモンを含む膨張したネットワークへと攻撃を仕掛けるが、成熟期と完全体、加えて、ナノモン達を取り込んだデータの塊を乗っ取る、言い換えれば『様々なデータをロードした状態』とも言えるエテモンには一切の効き目がない。

 

「ふん、肩凝りに調度いいわ……これが代金よ!ダークスピリッツ!」

 

声を上げながら、彼は得意の闇の弾丸を複数放つ。

 

 

 

かすっただけでバードラモン、カブテリモンを吹き飛ばし、直撃した遠くに見える山を空間ごとネジ曲げるその威力は、歴史を知っている沙綾でさえも戦慄を覚えた。

 

(なんて威力なの……)

 

更に、彼の放った複数の弾丸の内一つが、『運悪く』スフィンクスに命中してしまい、子供達は退路を絶たれてしまった。力の違いを見せつけられ、逃げ道すらなくした子供達に焦りの表情が見え始める。

 

「出てきなさい小娘!さっきの決着をつけようじゃない」

 

エテモンにとって先程の戦いは屈辱そのものである。『ここで消してやる』と、彼はガルルモンの背中にいる二人へと声を投げ掛けた。それに対し、沙綾は無言を貫く。

 

「沙綾君!僕達じゃエテモンを止められない…なんとかアグモンを進化させられないのかい!?」

 

悔しそうに唇を噛み、丈は沙綾へと問いかけるが、彼女は首を横に振る。

 

「ごめんなさい…アグモンの体力が戻らない内は……」

(ここで出ていく訳にはいかない……仮に進化したとしても、多分今のエテモンには敵わない…)

 

沙綾はガルルモンの背中で横になるアグモンに視線を移して話す。勿論、これは"疲れている"というアグモンなりの演技だ。

 

「そんな…」

 

「くそっ!他に手はないのか!?」

 

心の中で、『沙綾ならどうにかしてくれる』と淡い期待を浮かべていたミミは、彼女の言葉で目に涙を溜め始め、ヤマトは周囲を見回し打開策を探す。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

「いや…一つだけ方法がある…」

 

重苦しい空気を断ち切るかのように、太一静かに口を開いた。同時に彼の持つ紋章も、それに呼応するように輝き始めたのだ。

 

「太一…紋章が…」

 

自身の首から掛けた紋章の入ったタグを一度手に取って見つめた後、彼は視線をエテモンへと向ける

 

「沙綾…前に言ってたよな…"今は怖いかもしれないけど、いつか本当の勇気に辿り着ける"って…この気持ちがそうなのかは分からないけど、俺は、今"空や、沙綾、みんなを守りたい"って思う……」

 

顔を正面の敵に向けたまま、太一は背中越しに小説には書かれていない思いの内を沙綾へと告げた。

 

(太一君…)

 

「だから俺は逃げない!行くぞグレイモン!」

 

「分かった太一!」

 

デジヴァイスと紋章を掲げ、今、彼は走り出す。大切なものを守るために。その背中を見送りながら沙綾は思う。

 

(やっぱり…貴方とアキラはそっくりだね…)

 

勿論それは顔付きの話しではない。他者の為に強大な敵へと向かって行くその"心の在り方"が、彼女には親友と重なって見えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた達にあちきの相手が務まる訳ないでしょ!そこをおどき!」

 

自身の下へと疾走する二人の姿を見下し、エテモンは彼らに標準を合わせ、再びその片手で『ダークスピリッツ』を形成、容赦なく放つ。

それを受けたグレイモンは、消滅こそしなかったものの、大きな音を上げてその場に倒れ込んだ。

 

「ぐおっ!」

 

「諦めるなグレイモン!」

 

太一が振り返りながら声を上げた時、デジヴァイスと紋章の輝きがより一層強くなる。

 

「太一の想いが…伝わってくる…」

 

同時にグレイモンがムクリと体を起こし、遂にその全人が光輝く。彼の"勇気"に呼応し、紋章の強力な補助を受けて、彼の歴史通りの進化が始まったのだ。

 

「グレイモン、超進化!メタル…グレイモン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが…グレイモンの進化した姿…」

 

グレイモンよりも一回り程大きくなった身体。

 

新しく背中に生えた翼、

 

そして、左腕を始め、もう一匹のアグモンと同じく機械で武装された全身、

 

体勢を低くし、遠くから彼の進化を見ていたヤマト達は、この土壇場での起死回生の一手に、その表情を明るくさせる。また、エテモンに向かって突き進む太一をしばらく見つめていた沙綾も、これを機会に次の行動に思考を巡らせた。

 

(後は、太一君がエテモンを倒すのを待って、彼が現実世界に戻るタイミングで、『私とアグモンも此処から飛び出す』)

 

彼女の考えていた今後の方針、それは"太一と共に一度現実世界に戻る"事。

 

沙綾の本心としては、この後も旅を続ける子供達の助けになりたいところだが、そうもいかない、

 

未来とは違い、この時代のデジタルワールドは現実世界と時間の流れが違う。この期を逃せば、少なくともこちらの時間で2ヶ月以上この世界を当てもなくさ迷う事になってしまうのだ。

問題なのは、この間に起こった出来事が小説にはほとんど書かれてはいない事である、小説の知識を頼りに行動してきた彼女にとってこれはリスクが高い。不意に戦闘に巻き込まれ、本来死ぬ筈のないデジモンを誤って倒してしまえば取り返しがつかないことになる。パートナーが強化されている今なら尚更だ。

 

 

(太一君の近くまで走っていけば、私達も一緒に戻れる筈…アグモンには伝えきれてないけど、私が動けば絶対にこの子は付いてきてくれる)

 

アグモンが沙綾に絶対的な信頼を寄せるように、沙綾もまたアグモンに対してそれに負けない程の信頼を置いている。例え何も言えずとも、彼は自分に付いてくるという自信が彼女にはあった。

 

(飛び出すタイミングは、メタルグレイモンがエテモンを倒した瞬間だけ…)

 

アグモンが『戦えない』以上、沙綾達はまだ動けない。

 

彼女はガルルモンの背中に捕まるように寝そべるアグモンを横目で確認した後、目の前で繰り広げられる完全体同士の戦いに視線を移した。

 

 

「うおぉぉ!」

 

進化を果たしたメタルグレイモンが、エテモンの『ダークスピリッツ』を左手の爪で切り裂き、咆哮を上げながら彼に向かって突進を浴びせた。エテモンは大きく後退し、憎々しげに彼を睨み付ける。

 

「よくもやったわね!踏み潰してくれるわ!」

 

彼が反撃を試みようとしたその時、メタルグレイモンの身体が再度光を放つ。

 

「見て!メタルグレイモンの身体が!」

 

「光ってる!?」

 

この戦いに決着をつけるため、紋章の力によって遥かに強化された彼は胸部のハッチを開き、自身に"も"搭載されたその必殺の名前を叫ぶ。

 

「ギガ…デストロイヤー!」

 

「あっ!ボクのとおんなじだ!」

 

(もうすぐ……)

 

メタルティラノモンと同種のミサイルに嬉しさを覚えたのか、もう一匹のアグモンは無邪気に喜び、子供達はこれから起こるであろう爆風に備えて頭を抱え込んだ。

しかし沙綾は、飛び出すタイミングを逃さないようその戦いの決着を見守る。メタルグレイモンの胸部から打ち出されたその必殺は、数秒とせずにエテモンと繋がったデータの塊へと命中し、

 

「嘘…消えたくない、あちきは大スターなのよ!なんでこんなところでぇぇ!」

 

想像通りの爆発音と共に、エテモンを中心に空間が歪む。今の一撃で更に暴走が加速したネットワークが、遂に時空に穴を開け、エテモンを取り込んだまま自分自身すら吸い込み始めたのだ。

 

「うわぁぁぁ!」

 

エテモンの真近くにいた上、体重の軽い太一は巻き込まれる形でみるみるそこへと引き寄せられていく。

 

 

 

 

そして、正に今が、沙綾が出ていくべきベストなタイミングである。

 

 

(今だ!)

「太一君が危ない!アグモン!付いてきて!」

 

「沙綾!危険だ!」

 

子供達に不審がられないよう、あくまで"太一を助ける"という名目で彼女はその場から走り出し、振り返る事なくアグモンに指示を送る。

子供達に心配をかけるとわかっていて尚、それを行う事への罪悪感を振り払うかのように、彼女は全力で加速した。

 

「待って!沙綾ちゃん!」

 

後方で聞こえる声を全て無視して彼女は砂漠を駆け抜ける。

 

(ごめん…ヤマト君、空ちゃん、みんな…)

 

「太一!うおっ!」

 

やがて、太一と、彼を引き留めるメタルグレイモンの身体がフワリと宙に浮き上がり、それに続くように彼らに向かって走る沙綾の足が地面から離れる。

 

「うわっ!……と、よかった、上手くいったみたい…ねぇアグモ……」

 

取りあえず上手くいったと、身体を捻るように振り返ったところで彼女は絶句する。

 

 

 

 

アグモンがいないのだ。

 

(えっ?……)

 

ふと子供達の方を見ると、彼は先程の位置からほとんど動いておらず、うつ伏せに地面へと突っ伏し、その足にはガルルモンが彼を引き留めるかのように噛みついていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は付いてきてはいなかった。いや、付いて来れなかったのだ。

 

 

「マァマー!」

 

「待つんだアグモン!」

 

沙綾が走り出した事で、確かに彼女の予想通りアグモンもそれを追いかけようした。しかし、作戦が上手く伝わっていなかった事が災いし、慌ててガルルモンの背中から飛び降りたはいいが、スタートが一瞬遅れてしまったのだ。それに気づいたガルルモンが反射的に首を伸ばして彼に足に噛き、結果アグモンは転倒してしまう。

 

「離してよガルルモン!マァマが!」

 

「駄目だ!君まで巻き込まれるぞ!」

 

「離せったら離せ!」

 

 

足をバタつかせてどうにか逃れようとするものの、流石に成長期の力でガルルモンを振り切る事は難しい。"進化するな"と沙綾に指示されているアグモンはどうすればいいのかが分からず、走り去る彼女の背中を見つめる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沙綾が気づいた時にはもう遅く、太一とメタルグレイモンは既にゲートの奥へと消え、必死に戻ろうとする沙綾の意思とは裏腹に、彼女の身体はぐんぐんとゲートに向かって引き込まれていく。

 

「アグモーンッ!」

 

「マァマ!マァマー!」

 

遥か遠くに見えるパートナーに向かってお互いに手を延ばすが、それは届かない。

 

『現実世界』へと繋がるゲートは今、沙綾だけを飲み込んで、

 

「マァマァァァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音もなく、デジタルワールドから消滅したのだった。






結局、太一に付いていくか子供達についていくかを悩んだ末、二人を別々に行動させることになりました。
読者の方の「選ばなかった方をifルートにすれば」という意見を元に、恐らくこれが物語的に一番おもしろくなるのではないかと思ったからです。

このエテモン編は、沙綾が常に子供達と行動していた事で、書くのが難しかったです。
なにせ原作と変わらない点が多く、『どこまで書いておけばいいのか』という変な難しさに苦戦しました。


さて、物語はこれからヴァンデモン編へと入っていきます。これから二人は別々にどういった道を辿るのか、お楽しみに。

ご意見、ご感想等お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編 第三章
君達が"仲間"で良かった


クロックモンパートを先に挟もうかと思ったのですが、時系列的にこっちを先に持ってくる事にしました。




「…うぅ…マァマー!……居たら返事してよぉ…… 」

 

現実世界とデジタルワールドを繋ぐゲートが閉じ、静寂に包まれた夕方の砂漠で、アグモンは目に涙を浮かべ、沙綾を探して歩き回っていた。ずっと隣にいてくれた存在が消えてしまったのだ。今の彼はまるで親とはぐれた幼い子供のようである。

 

(………ボク…これからどうすればいいの…)

 

 

昨日の夜の話から、彼女が太一と共に現実世界に行ってしまった事だけはアグモンにも理解できる。

オモチャの街ではぐれた時とは違う。彼女は今、彼がどれだけ探そうと絶対に見つける事は出来ないのだ。

しかし、それを理解して尚、彼の足が止まることはなかった。"もしかしたら"と、そんなあり得ない希望を抱いてアグモンは沙綾を探す。

 

「マァマ…ボクは此処だよぉ…」

 

 

 

 

 

「光子郎…そっちはどうだった?」

 

「…いえ…僕達の方には……丈さんは…?」

 

「…こっちも駄目だ…全然見つからない…」

 

三人がゲートの向こう側へと消えた後、直ぐに子供達は彼らを探して周辺の捜索を開始した。

この砂漠にくる際に、光子郎がパソコンを使って、"空間同士を繋げる"という技術を見せた事から、あのゲートも同一の物ではないのかと考えたからである。

 

だが、捜索開始から数時間が経過しても依然彼らは発見できない。比較的近場を探していたヤマト、光子郎、丈、パートナー達が一度集合してみるも、お互いになんの手掛かりも掴めずにいた。

 

「太一達はいったい何処に行っちまったんだ…」

 

「判りません……ただ、もしかしたら…ここよりもずっと遠くに飛ばされてしまったのかも……」

 

光子郎は腕を組み下を向いて呟く。

彼の推測は間違ってはいない、だが、まさか三人が世界を越えて移動してしまったなどとは知る由もないのだ。

 

「とにかく、空君が戻って来るまで、僕達はこの辺りをしらみ潰しに探していこう。今はそれしかない」

 

丈の言葉頷いた後、再び皆はバラバラに太一達を探し始める。

 

 

 

 

しばらくして、バードラモンと共に遠方の探索に出掛けていた空、ミミ、パルモンが帰ってくるも、やはり結果はヤマト達と同じであった。

 

「ごめんなさい…」

 

「……空達の方もダメか……ふぅ…もうすぐ日が沈む…今日はみんな疲れてるだろうから、一旦休んで、また明日みんなで探そう」

 

「そう…ですね…テントモン達も連戦でかなり疲れてる筈ですし…」

 

皆の体力を考慮し、ヤマトはひとまずここで三人の捜索の中断を提案し、『自分達まで倒れてしまっては仕方がない』と、渋々ながら皆はそれに頷いた。

 

「マァマ……何処にいるの…返事してよぉ…」

 

「…アグモン…貴方も今日は疲れてる筈よ……沙綾ちゃんなら大丈夫だから、今日はもう休みましょう」

 

 

涙声でトボトボと歩くアグモンの肩に手を置き、空が優しく声をかけた。しかし、

 

「うぅ…もうちょっとだけ……」

 

「アグモン……」

 

日が沈みかけ、これ以上の捜索は危険だと皆が判断しても、アグモンは沙綾の名前を呼びつける。三人の行方を知っている彼が、皮肉にも最後まで"見つかる筈のない"彼らを必死に探していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜

 

星空が広がり、夜にしては明るいこの砂漠で、子供達は火を炊き、それを囲うようにして一行は腰を下ろした。

連日続いた戦いの疲労からか、アグモン、トコモンを除いたパートナー達は直ぐに眠りに落ちる。

 

 

「明日は此処を離れて、もっと遠くの方を探さないか?」

 

「…そうね…これだけ探して見つからないんだから、きっと別の場所に飛ばされてるのよ」

 

「僕もそう思います。」

 

周囲の探索をほとんど終えた子供達は話し合いの末そう結論を出し、明日の朝、この場所を移動することを決めた。だが、子供達自身も度重なる状況の変化からか、皆の顔には疲れが見えており、次の方針を決めた後、しばらく無言の状態が続く。

 

やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、丈がため息まじりに口を開いた。

 

 

「はぁ…エテモンがいなくなったと思ったら、太一達までこんな事になるなんて…いつになったら僕達は帰れるんだろ……」

 

「やめないか丈…俺達より、今一番辛いのは沙綾のアグモンなんだ…」

 

「あっ…ごめん、そんなつもりじゃ……あれっ……沙綾君のアグモンは?さっきまで居た筈だけど…」

 

丈は首を左右に降ってアグモンを探すが、焚き火の近くに彼の姿は見えない。火を起こし始めた時には居た筈の彼が、いつの間にやらいなくなっていたのだ。それだけではなく、

 

「ガブモンもいないぞ!」

 

火から少し離れた場所で固まって眠っているパートナー達の中で、ヤマトはガブモンの不在に気付く。

 

「探しましょう!エテモンがいなくなっても、夜に出歩くのはやっばり危険です」

 

子供達は再び腰を上げ、それぞれのパートナーを起こした後、バラバラにならないようまとまりながら、二匹を探すために動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(マァマ……今頃何してるのかな……)

 

一方のアグモンはその頃、皆の輪を外れ、冷たくなった砂の上に腰を下ろして空を見上げていた。

激しい心細さに変わりはないが、気持ちは先程よりは少し落ち着きを取り戻している。

彼にとって唯一の救いは、少なくとも沙綾が無事でいると分かっている事であろう。

 

(……くじけちゃダメだ…きっと…直ぐに会える……)

 

沈みそうになる気持ちを抑え、アグモンは沙綾が巻いてくれた右腕の包帯に視線を移す。彼女がいなくなってもしまった今、彼にとってはこの"ピンク色の包帯"だけが沙綾を感じる事が出来る唯一の物なのだ。

 

包帯を見つめ、アグモンの気持ちが少しだけ温かくなる

 

 

 

 

そんな時、彼の耳に自分の方へと近づいてくる一つの小さな足音が聞こえてきた。

 

(?)

 

敵かと思い一瞬警戒するアグモンであったが、それにしては動きが遅い。では敵でないとしたら、こんな夜にわざわざ自分に近づいてくる人物を彼は一人しか知らない。

 

(まさか!)

 

"もしかして"と、アグモンは期待を込めて勢いよく後ろを振り返る。しかし、

 

「マァマ!良かっ………」

 

彼の声は途中から一気に小さくなっていく。それもそうだろう。そこにいたのは沙綾ではなく、

 

「ごめん…俺だ…」

 

ヤマトのパートナーであるガブモンだったのだから。

明らかな落胆の表情と共に、アグモンは再び前を向いて座り直す。正に天国から地獄へと突き落とされたように、持ち直した心が再び沈んでいく。

 

「隣…いいかい…?」

 

「……うん…」

 

「ありがとう…」

 

短い会話の後、ガブモンは彼の隣に座り込む。だが、特に何かをする様子はない。

 

「ガブモン…何しに来たの…?」

 

アグモンにしては珍しく、その言葉には少しトゲがある。

実際、ガブモンはある意味彼と沙綾を離れ離れにした元凶と言える。勿論それが悪意のない行動であることは分かっている。だが、沙綾という大きな存在を奪われた事に変わりはない。無事でいることが分かっているが故に攻撃したりはしないが、もしあれが彼女の命に関わる事ならば、ゲートが消えた時点で彼を八つ裂きにしていただろう。

 

ガブモンは一呼吸おいた後、ゆっくり口を開く。

 

「いや……アグモン…やっぱり怒ってるかなって……俺、謝りたくて…その…ごめん」

 

「…別に…怒ってなんか…」

 

アグモンはガブモンと目を合わせず、横を向いて突き放すような答えを返す。そこで会話は終了し、二人の間に気まずい沈黙が流れた。

 

「…………」

「…………」

 

何もない時間が過ぎていく。その間、隣にいるガブモンを無視して、アグモンは下を向きながら一人沙綾の事を思い返していた

 

 

 

 

しばらくした後、今度はガブモンから話を切り出しす。

 

「……俺…思うんだ…」

 

「…何を……」

 

下を向いたまま話すアグモンに対し、彼は空を見上げながら意を決して、静かな声でその胸の内を話語りだす。

 

「俺達"パートナーデジモン"は、自分のパートナーを守るためにいる…それを一番に考えなきゃいけない…でも…それを分かってて、俺は君の邪魔をしちゃった…もしあの時飛び出したのがヤマトだったら…俺も君と同じ事をすると思うのに……だけど…やっぱり一緒に旅した"仲間"を危険にさらしたくないとも思ってしまう…特に君には、何度も危ない所を助けられてるから…」

 

 

 

パートナーを守る、仲間も守りたい。

 

「………」

 

彼の言葉にアグモンは何も答えない。

 

なぜなら彼の話す内容は、アグモンにも心当たりがあるから。

 

(ゴツモン…ベタモン…)

 

未来の世界で自らがロードした二匹の親友を思い出す。

何度彼らに救われ、何度彼らを救いたいと願ったか。

 

 

「でも、俺のした事は結局君を落ち込ませただけ…それじゃ意味ないよね……こんな事言っても仕方ないかもしれないけど、沙綾が帰ってくるまで、俺達で君を支えるから…だから…その…許してくれなくても、君は俺達の大切な"仲間"だから……」

 

少しだけ涙声になりながらも、ガブモンははっきりと最後までいい通す。アグモンは仲間だと、

 

それは未来の世界においても聞いた事のある言葉

 

「…ガブモン……」

 

彼の想いの籠った言葉に、アグモンは今まで感じていた"悲しみ"や"寂しさ"、彼に感じていた"怒り"が薄れていくのを感じる。アグモンは立場を変えて考えてみた。

 

もし同じ状況で、飛び出したのがゴツモンやベタモンだったら、自分はどうしただろうか。

得たいの知れないゲートに向かおうとする"仲間"を、果たして見ているだけなど出来るだろうか。

 

 

(……そうだよね…ボクだって…同じ事をする…そんなこと…分かりきってるのに…ガブモンは…ただボクの事を心配しただけなのに…ボクは……)

 

 

「…ごめんね…」

 

顔を上げ、アグモンは先程から合わせようとはしなかった目を、ガブモンへと向ける。以前の沙綾と同じように、彼もまた今の言葉で本当の意味で彼らの想いを自覚したのだ。同時に、さっきまで彼に検討違いの"怒り"を見せていた自身を恥じる。

 

「ガブモンは……何も悪くない……」

 

「えっ?」

 

「ボクの事…心配してくれたんでしょ…ありがとう…君達が"仲間"で良かった…」

 

せっかく乾いた涙が再び流れ出す中、アグモンは包帯の巻かれた右腕を差し出す。そして、一瞬驚いた表情を見せた後、

 

「うん…俺達は…仲間だ!」

 

ガブモンも右手を出し、綺麗な月が顔を覗かせる中、二匹は固い握手を交わした。強く握る手に懐かしい"友"を感じながら、今はいないパートナーに心の中で語りかける。

 

(…マァマ…ボク…こっちでもゴツモン達と同じぐらい…いい仲間が出来てたみたい…)

 

一人で膝を抱えていた時には感じていた心細さは、既に彼の心からは消えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、心配をした子供達がたいまつを片手に、アグモン達の元へと駆けつけ、全員で元の野営地点にまで戻る事となる。

 

道中、一行は先程までと雰囲気の変わったアグモンに安心の表情を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

だが、まさかこの先二ヶ月以上沙綾達を見つける事が出来ないなど、アグモンも含め、彼らはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ガブモンって凄くいいデジモンだと作者は思っています。アドベンチャー内でも一番"やさしい"パートナーは彼ではないでしょうか。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イカダ……?

何時もより更新が遅れてしまいました。すみません

クロックモンパートです。



太一と沙綾がデジタルワールドから姿を消して5日後、

 

破壊された電話ボックスの転がるファイル島の浜辺で、クロックモンは何時もと同じように腕を組んで悩んでいた。

 

(この島の大方を見て回りましたが、今のところヒントはなしですか……)

 

よく晴れた空の下、目の前に広がる大海を見つめて彼はため息をついく。

 

古代の遺跡の探索を終えた後も、彼は『革新的な方法』を求めてこの島のあらゆる場所を訪れた。

 

流氷の浮かぶ雪原、強い日射しが照りつけるピョコモンの村、元々バケモンの縄張りであった古い教会、多くのデジタマが並ぶ始まりの街、そして、島の中心にそびえるムゲンマウンテン。

 

しかし、いずれの地域でも彼のヒントになるものは得ることは出来ず、次なる手として、クロックモンは沙綾達が向かうと言っていた"海の向こうの大陸"に自らも旅立つ決意を固めたのだった。

 

 

だが、

 

(さて…問題はどうやってこの海を渡るかですが……)

 

勿論、マシーン型のデジモンであるクロックモンに地力で海を渡る術はない。彼は沙綾から借りている小説をパラパラとめくる。

 

(この小説には皆で小さな"舟"を作り、それに乗ってこの島を出た、とありますが……私に出来るでしょうか…)

 

悩むクロックモンであるが、この間まで一人隠れて過ごしていた彼に"水性型デジモン"の知り合いなどはおらず、だからといって此処で諦める訳にもいかない。考えたところで他に手段を思い付かず、結果、クロックモンは"舟"作りに挑戦することを決めた。

 

「ふぅ……」

(仕方がない…森に行けば手頃な木は沢山あるはず…時間はかかるかも知れませんが、やってみましょう。)

 

軽いタメ息の後、彼はどこまでも続く海に背を向け、一人近くに広がる森へと歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、この木なんかは良さそうですね……ふっ!」

 

海岸近くの森の中へと入りしばらく歩いた後、クロックモンは、そこに立つ手頃な木の幹に向け、己の武器である鉄製の槌を勢いよく打ち付ける。しかし、

 

「……………」

 

ドゴっという音と共に槌は木を揺らし、葉がふるうが、折れるには至らない。

単純に力が足りないのだ。

ドゴッ、ドゴ、ドゴ、と、彼が何度も武器を木に叩きつけても、やはりそれが倒れる気配はない。

 

(…なんとも情けない……)

 

クロックモンは頭を抱える。

 

世界に影響を与える力を持ちながら、沙綾を助ける手段どころか、木の一本すら満足に倒せない自分に、彼は呆れるしか出来ない。

 

それでも、諦めず何度も何度も木に衝撃を与え続け、ようやく一本の木が傾き始めた。そんな時、

 

 

「何をしているのだ?」

 

「!」

 

不意に背後から自分に声を掛けてくる存在に、彼は内心肝を冷やす。慌てて振り返り防御の姿勢を取るクロックモンであるが、

 

「すまない。驚かすつもりはなかったのだ…ただ、近くで何かを叩く音が聞こえたので来てみただけだ」

 

目の前に立つそのデジモンの姿を見た彼は即座に姿勢を戻す。理由は簡単、"このデジモンがいきなり襲ってくる事などありえない"からである。二人は初対面であるが、クロックモンは彼の事を知っている。

 

鍛え上げられた逞しい肉体。

腰に携えた名剣。

そして、彼を象徴する気高いたてがみ。

ファイル島のデジモンならば、恐らく誰もが知っているこの島の勇者。

 

「レオモン…ですか」

 

クロックモンは安堵の表情を浮かべてレオモンと向き合う。

 

「ああ、そうだ…君は見慣れないデジモンだが、此処で一体何をしているのだ?」

 

クロックモンとは違い、レオモンは一定の警戒は保ったまま質問をする。平和が訪れたとは言え、まだ油断出来るものではない。正義感の強い彼は、見慣れないデジモンが森の中で何をしてるのかが気になったのだろう。

 

レオモンの性質を知っているクロックモンは特に隠す事はせず、此処にいる目的を話す。

 

「はい、"舟"を作るために森の木を使おうと思ったのですが、私の力ではなかなか倒せなくて…」

 

「舟?海を渡るのか?遠くにある大陸には、まだ暗黒のデジモンがいると聞くが…」

 

「はい…それでも…そこにどうしても"助けたい方"がいますので…」

 

レオモンの目をはっきりと見た上で、クロックモンは静かに、それでいて力強く答えた。

 

「助けたい方?」

 

「はい…しばらく前までこの島にいたのですが…」

 

「!」

 

その言葉を聞いた直後、レオモンの雰囲気が変化する。彼は目を細め、まるで何かを見定めるかのようにクロックモンを見つめはじめた。その"助けたい方"には、彼も心当たりがあるからである。しかしそれが正しければ、尚更このデジモンが"悪のデジモン"でないかを見抜かなければならないのだ。

 

「………君の言うその"助けたい方"とは…もしかして選ばれし子供"達"の事か……?」

 

「……………はい」

 

レオモンの質問に彼は小さく頷く。

彼は嘘をついた訳ではない。選ばれし子供と共に行動していると言う意味では、沙綾も間違いなくその内の一人である。彼女が未来人であると伏せた上で、その立場を説明することは実際かなり難しいのだ。

 

「理由を聞いても構わないだろうか?」

 

「…そうですね……詳しくは話せないのですが、"自分の過ちを清算するため"、でしょうか…私のせいで、その方は大変な重荷を背負うことになってしまった。"私が居たから"、その方は大切なものを失ってしまった。だから、私は私の出来る事で、その方の力となりたい。その方を助けて上げたいのです」

 

「………」

 

レオモンは信用に値するデジモンだと判断したクロックモンは、自身の胸の内を語る。

彼の語る内容をレオモンはうつ向いてただ黙って聞き、しばらくした後、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……なるほど…君、名前はなんと言う?」

 

「私ですか…そう言えば名乗っていませんでしたね…クロックモンです」

 

「そうか…クロックモン、ならば私も手伝おう。一人よりも二人の方が早く完成するだろう」

 

「いいのですか!?」

 

クロックモンの声は思わず大きくなる。実際木を一本倒すだけでこの有り様なのだ。だが、協力者を募ろうにも、まず彼には知り合いなどほとんどいない。故に"子供達のために一度舟を作った事のある"レオモンの申し出は、クロックモンにとって非常にありがたいものであった。

 

「うむ、君から邪悪な気配は感じない、子供達を助けたいと言う気持ちも信用できる。私も子供達に救われた身だ。協力しよう」

 

レオモンがその逞しい手を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

若干の躊躇いを見せながらも、クロックモンも自分の手を差し出した。こうして、ファイル島の太陽が真上に上がる頃、彼らによる"舟"の製作が開始されるのだった。

 

 

 

数十分後

 

 

 

「獅子王丸!」

 

レオモンの名剣が森の木々をいとも簡単に斬り倒し、ドスン、ドスン、という音と共に巨木が倒れる音が周囲に響き渡る。

 

(凄い!流石はこの島の勇者……)

 

その様子を、クロックモンは彼の背中越しに見ていた。

非力な彼は、力仕事に関して明らかにレオモンに劣っている。よって、木を切る事は彼に任せ、自分は倒れた木の枝を外していく役目を請け負ったのだ。

 

(私も頑張らなければ…もたもたしていては、結局何ヵ月掛かるか分からない)

「ふっ!」

 

心機一転、クロックモンは槌を振り上げ、倒れた木の枝を叩き折っていく。太い幹とは違い、細い枝はバキッと言う音を断てて折れ、数回それを繰り返したのち、立派な一本の丸太となった。

 

「よし、とりあえずは一本」

 

乱れた息を整えながら、彼は次の倒木へと足を運ぶ。

丁度その時、再び先程と同じように彼らの後方から、今度は聞き覚えのある声が上がった。

 

「ほう…なにやら森が騒がしいと思ったら、レオモンと……ふむ、君は以前遺跡に来たデジモンではないか」

 

二体は声の主を確かめるべく、作業を中断して振りかえる。そこにいたのは、クロックモンが古代遺跡で出会ったデジモン。クロックモンは軽い会釈をする。

 

「ケンタルモン…ですか……その説はお世話になりました。」

 

「二人は知り合いなのか…それより、遺跡の門番であるお前が、なぜ此処に?呼ばれた訳ではないのだろう?」

 

彼が守りを務める遺跡とこの森の距離は遠い。

あまり遺跡の近くから動かない彼が此処に居ることに、レオモンは疑問の声を浮かべた。

 

「確かに…しかし既に選ばれし子供達はあの場所で必要な情報を手にいれたのだ。たまには気分転換に外へ出ても構わないだろう」

 

「なるほど…」

 

「それより、見たところ木を斬り倒しているようだが、また"イカダ"を作っているのか?」

 

「?」

(……イカダ?)

 

聞きなれない単語に、クロックモンは困惑の表情を浮かべて停止する。だが、ケンタルモンとレオモンの会話は、疑問を挟む余地などないように続いていく

 

「ああそうだ…何ならお前も手伝って貰えないか。クロックモンも子供達と同じように海の向こうの大陸に渡りたいらしい」

 

(……えっ?舟ではなく?)

 

彼の提案に、ケンタルモンは少し考える素振りを見せた後、それに頷いた。

 

「……ふむ、これも何かの縁だ、私で良ければ手伝わせてくれ」

 

クロックモンの知らぬ内に、二人の話しはまとまっていく。一人取り残されたように呆然と佇むクロックモンだが、再び現れた協力者に頬が緩んだ。

 

「は、はい…よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

 

 

 

それから更に数時間の間、作業を進めるクロックモンの前に、その後も導かれるように度々この森を訪れるファイル島のデジモン達、皆そこに来た経緯はバラバラであったが、話を聞いた後、その全てが作業を手伝うと答えたのだ。

 

レオモン、ケンタルモンに加え、更にメラモン、ピョコモン数匹、もんざえもん、ユキダルモンと、

加入していき、一同の"イカダ"作りは急速に進んでいく事になる。

 

「おいっ、そこのロープをとってくれ!」

 

「はい!これでしょうか?」

 

「木が少し足りない…メラモン、ユキダルモン、調達を頼む」

 

「これ、イカダに積み込む果物、私達が取ってきたの!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

彼一人で始まった"舟作り"は、たった数時間の間に、皆が声を掛け合い、忙しく動き回る"イカダ作り"へと変貌を遂げていた

 

(こんなに賑やかなのは……初めてです……)

 

作業の合間、クロックモンは目頭が熱くなるのを感じていた。一人が嫌だった訳ではない。彼は自らの力の危険性を熟知している。しかし、だからといって一人が好きだった訳でもないのだ。

 

(……なんて……温かい……)

 

「よし…みんな、一旦休憩を挟もう」

 

太陽が傾き、夕日へと変わっていく頃、レオモンが休憩の合図を送る。皆それぞれの仕事を一度中断し、円になるように座り込んで談笑を始める。勿論クロックモンもその輪の中に入ったのだが、彼はここで、隣にいる一匹のピョコモンの顔に擦り傷が出来ている事に気付いた。

 

「おや…その傷はどうしたのですか?」

 

「えっ?……あっ!ホント……さっき木に登った時に切れちゃったのかな?」

 

「少し見せてください」

(この程度ならば、問題はないでしょう)

 

そう言って、彼はピョコモンの傷口にふれる。

彼の手が瞬淡く光り、そして、そのまましばらく待ったのち、クロックモンは手を戻す。するとどうだろう。

 

「あれ…痛くない?」

 

「はい。治りましたよ」

 

「ウソ!?……すっごーい、貴方怪我を治せるデジモンなのね!ありがとう!」

 

クロックモンのまるで魔法のような所業に、ピョコモンは瞳を輝かせる。無邪気に微笑むピョコモンに、彼は少し照れたような表情を見せた。

 

「どういたしまして」

 

だが、実のところ別に彼は直接ピョコモンの怪我を治したのではない。単純に『彼女の身体の時間だけを少し巻き戻した』のだ。

 

対象者を丸々時間移動させる事に比べると、対象者の時間だけを巻き戻す事は彼にとっては簡単な事である。

 

これだけ見れば、彼のこの『時間を操る力』はある意味万能の蘇生術のようにも思えるが、事実そういう訳でもない。

何故ならば、デジタルワールドはその特性上、致命傷を負うと即座にデータが分解されてしまう。当たり前だが"対象者"が居なければこれは成立しない上、沙綾のような特殊な存在を救う事も出来ない。勿論自分が致命傷を負った場合も同様である。

それに加え、目立ち過ぎた行動は自分の力を悪用される事にもつながってしまう。

よって、実際の所は『使いがってのいい治療法』程度の事しか出来ないのだ。

 

「ほう…変わった力を持っているのだな」

 

レオモンを含む全員が、今の光景に関心を抱いたようにクロックモンを見る。

 

「いえ…大した事は出来ませんよ…」

 

「いや、その力があれば、君はきっとその"助けたい方"を救えるだろう」

 

「……」

 

レオモンはクロックモンを励ましたつもりなのだが、彼は少しの愛想笑いを浮かべただけに止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて!皆休憩は終わりだ、そろそろ始めよう」

 

レオモンが立ち上がり、それに引き続いて皆腰を上げ、再び作業に戻っていく。

 

「頑張りましょ、クロックモン」

 

「はい、ピョコモン達も、ありがとうございます」

 

クロックモンもまた、先程と同じく槌を持って一つずつ木の枝を外していく。

 

 

 

 

 

 

彼一人で数ヶ月掛かる事を覚悟していた"舟作り"は、皆の協力に加え、作成するものが彼の知らぬ内にイカダへと変更されていた事もあり、なんと日を跨がずして完成したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日、

 

 

(…成る程…見れば見るほど……立派な"イカダ"ですね…)

 

朝、海岸に浮かぶ完成した実物を前に、一同が達成に満ちた表情を浮かべる中、クロックモンはほんの少しの苦笑いを浮かべる。だが、彼は落胆している訳ではない。

 

(…それでも、こんなに沢山の方々が私のために…私のわがままに付き合って下さったなんて……)

 

今の彼にとっては、舟の安全性の問題よりも、まず、得たいの知れない自分のために、多くのデジモン達が協力をしてくれた事による感激の方が勝っていたのだ。

 

「皆さん…ありがとうございます…こんな見ず知らずの私のために……」

 

躊躇うことなくイカダに乗り込んだクロックモンは、昨日と同じく熱くなる目頭をがまんし、皆に向けて精一杯の感謝を込めて頭を下げる。

 

「気にする必要はない。昨日も言ったが、君から邪悪な気配は感じない。

我らは同じ島に住む"仲間"、"同族"なのだ。困ったことがあれば頼るがいい」

 

「!……ッ」

 

だが、皆を代表して話すレオモンのその言葉に、彼の感情は呆気なく限界を向かえてしまった。

 

片手で目元を押さえながら、言葉が旨く出てこない変わりに、彼は皆にいっそう深く頭を下げる。

 

「……は…い……本当…に…ありがとう……」

 

 

 

 

 

沙綾達がこの島を出航してから半月以上が過ぎたこの日、彼もまた、ファイル島のデジモン達に見送られながら、この島を後にするのだった。

 

 

 




何気に結構大切なこの話、

最初は、イカダと舟の認識の違いによるギャグを中心に進めていくつもりだったのが、気が付けばこんな感じになっていました。

まあ伝えたい事に変更はないので問題はないでしょう。

後レオモンの二人称が『君』となっていることに若干の違和感があるかもしれませんが、『初対面でお前と言うのも変かな』と思ったのでこうしただけです。深い意味はありません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マァマは死んでなんかない!!!

この回で作者がなぜパートナーデジモンに太一と被るアグモンをチョイスしたのか。その理由が分かるかもしれません。


「マァマー!何処に居るのー!返事してよー!」

 

地平線の先まで続く荒野の中で、アグモンは一行の先頭を歩きながら声を上げて沙綾を呼ぶ。

 

クロックモンがファイル島を出発してから更に10日後、沙綾達が現実世界に消えてから早半月が経ったこの時も、選ばれし子供達は彼女達を探して果てのない荒野をひたすら進んでいた。

 

「太一達がいなくなって今日で半月か……」

 

アグモンに続いて歩くヤマトがそう声を漏らす。

 

「…大丈夫よ、沙綾ちゃんだってついてるんだから…」

 

「そうですよ、太一さんだけなら不安ですが、沙綾さんも一緒ならきっと無事ですよ」

 

その言葉に、空と光子朗は努めて明るく答えた。

皆不安な気持ちは拭いきれないが、沙綾を信じて待つアグモンの手前、弱音を吐くわけにはいかないのだ。だが、当のアグモンは今の会話を聞いてはおらず、一人先頭を歩きながら首を振ってパートナーを見つけようとしているのだが、

 

「マァマー!」

 

(……まだ…戻って来ないのかな……)

 

 

ガブモンと話をしてから、皆の気遣いのおかげもあり、アグモンは比較的落ち着いて子供達と行動している。だが、それはあくまで"沙綾が無事である"という前提の元で成り立っているのだ。半月経っても一行に現れない沙綾に、流石に彼も焦りと不安を持ち初めていた。

 

(…マァマ……どうしちゃったんだろ…もう帰ってきててもおかしくないのに……何かあったのかな……)

 

歴史を知らないが故の不安が彼を襲う。

 

何か不測の事態が起きたのではないか?

彼女の身に何かあったのではないか?

気付かない所で、自分は歴史を変えてしまったのではないか?

彼の頭に様々な可能性がよぎる。

 

「………無事なんだよね……大丈夫だよね……」

 

うつむき小さな声でアグモンは呟く。

するとそんな彼を励ますように、ヤマトの横を歩いていたガブモンが走りよりその肩を叩いた。

 

「!」

 

いきなりのことに、彼は驚きながら意識を周囲に向けた。

 

「大丈夫だよ!沙綾も太一もアグモンも、きっと何処かで俺達を探してる筈さ、諦めずに探せば必ず見つかるよ」

 

彼なりの気遣いなのだろう。その明るい口調にアグモンの心は少し軽くなる。

 

「…うん、ありがとうガブモン…」

 

ガブモンの励ましを受け、彼は再び顔を上げて、不安を取り払うかのように皆と共に懸命に沙綾を探し続けた。

 

 

 

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

 

それから一日、また一日、更に一日と、アグモンがいくら待っても沙綾は帰っては来ない。

 

それから更に三日後、

 

「マァマー!何処に居るのー!」

 

更に三日後、

 

「ねぇマァマー!居るんでしょ!返事してよー!」

 

そして更に五日後

 

「……うぅ…グス……マァマァァ……帰ってきてよぉぉ……」

 

そのまた五日後

 

「……………マァマァ………グスン……マァマァ!……………」

 

 

時間ばかりが過ぎて行き、それに比例するようにアグモンの不安は増大していく。「本当に何かあったのではないか」、「本当に歴史が変わってしまったのではないか」、未来においてでも彼女とアグモンがこれ程の期間会わなかった事など一度としてない。

 

もしかして自分は捨てられてしまったのではないか

 

そんなありえない仮説すら浮かぶほどに、彼の心は徐々に追い詰められていく。まるで彼女が消えた直後に戻って行くかのように。

 

一つ違うところがあるとすれば、それはガブモン達の必死の励ましを受けて尚、もうそれが止まる事はないと言うことだろう。やはり彼の心の中で彼女に勝るものなどないのだ。

 

「…アグモン…」

 

「………うぅ……」

 

一番側でアグモンを励まし続けるガブモンにとっても、日毎に涙を浮かべる時間が増えていくその姿を見続けることは、辛いものである。

 

子供達もまた、何の情報も得られないまま歩き回るだけの日々に、次第に会話が少なくなっていき、精神的、体力的な疲れからか、アグモンの前での空元気すらもままならい状態となる。

 

 

 

 

そして、遂に沙綾を探し始めて1ヶ月が経過した頃、事件は起きた。

 

 

 

 

 

日が落ちた事で、一行は何時もと同じように火を起こし、その回りを囲うように腰を下ろす。

アグモンも目に涙を浮かべながら、ちょこんとその輪の中に座った。

日々の疲れによって、しばらく沈黙が続いた後、丈が口を開く。

 

「……今日も太一達は見つからなかったな………」

 

「……そうね…でも、探し続けてれば絶対に見つかる筈よ……」

 

膝を抱え、皆の中心で燃える火を見つめながら空はそれに答えた。

 

(……マァマ……)

 

最早ここ数日、アグモンの頭の中を占めるのは沙綾の安否の事のみである。子供達の会話や、ガブモン達の言葉ですら、満足に頭に入って来ることはない。

子供達の会話は続く。

 

「……やっぱり、ゲンナイさんを探してみませんか…あの人なら、太一さん達の行方を知ってるかもしれません」

 

「何処にいるかも分からないヤツをどうやって探すんだ、それじゃ結局今と何も変わらない」

 

「私……もう…お家に帰りたい……」

 

「……ミミ…」

 

アグモンと同じく、ミミもまた瞳に涙を溜め始め、パルモンが彼女の背中を擦る。少なからず皆同じ事を考えているのか、子供達は皆悲しそうな表情を浮かべ、再び辺りは重苦しい静寂に包まれた。こうなってしまっては、出てくる発想はネガティブなものが多くなる。

 

案の定、次の丈の言葉は、その最たるものであった。

 

 

「……はあ…ホントに太一達は無事なのかな……もしかしたら、もう………」

 

「丈!」

 

「………」

 

ヤマトが慌てて彼を止めるが、それはもう遅い。

恐らくそれは、今この場で最も言ってはいけない言葉、

見えすぎた地雷と言ってもいいだろう。

 

沙綾の安否を心の底から心配し、半ば情緒不安定に陥っているアグモンにとって、悪気がないとは言え、今の発言を聞き逃すことはできなかった。

 

「………言うな………」

 

「!」

 

その彼とは思えない静かな、それでいて強烈な怒気を含んだ声に、一行は驚きながらアグモンの方へと振り向く。

 

「………マァマは………」

 

アグモンは目に涙を浮かべながらも、その目ははっきりと丈を睨んでいる。次第に彼の身体は小刻みに震えだし、そして、

 

 

彼がこの1ヶ月間溜め込んだ不安が遂に爆発した。

 

「マァマは死んでなんかない!!!」

 

少し潤んだ激しい叫び声と共に、激情によって彼の身体が輝き始める。

 

「キャッ!」

 

「ミミさん!うわっ!」

 

膨れ上がるような体長の変化に、近くに座っていたミミ、光子朗が押し退けられるように弾かれた。幸い怪我などはなく、二人は慌ててその場から離れる。

その間にも彼の進化は続き、やがて赤い恐竜が怒りの形相と共に姿を現した。その瞳には何時もの穏やかさなど欠片も写ってはいない。

 

「マァマは絶対に生きてる!いい加減な事を言うな!」

 

「ティ、ティラノモン…!」

 

彼の豹変に驚いた子供達は、丈も含めて一歩、二歩と後退する。

それを逃がすまいと、ティラノモンは丈へと詰め寄るため、大きな一歩を踏み出そうとした。その時、

 

「待ちなさい!」

 

ミミ達が押し退けられた際に素早く進化を果たしたトゲモンが、羽交い締めにするようにティラノモンの進撃を背中からガッチリと食い止めた。それは偶然にも、かつておもちゃの街でのシチュエーションとほぼ同じように。

 

「そうでっせ!仲間割れはいけまへん!」

 

同じく進化を完了したカブテリモンも、四本の腕を使って前から彼を押さえつける。

 

「離してよっ!」

 

以前の彼ならば、この時点で何も出来なかった。子供のように身体をばたつかせるのが関の山。

 

 

だが、今は違う。

 

 

「この!離せえぇぇ!」

 

「なっ!」

 

最早今のティラノモンは成熟期二体で止められるものではない。力任せに身体を捻り回し、無理やりトゲモン、カブテリモンを振り払ったのだ。

二体は弾き飛ばされ、夜の闇を転がる。

 

「トゲモンッ!」

 

「カブテリモンッ!」

 

「ティラノモン!超進化ァァァ!」

 

「「!」」

 

拘束が解けたティラノモンは怒りに任せて、更に光を放ち始め、そのまま己の最強の姿にまで到達した。灰色の恐竜が大地を踏み鳴らし、雄叫びを上げる。

 

「なんで沙綾さんがいないのに完全体になれるの!?」

 

「言っている場合じゃない!みんな離れろ!」

 

子供達はアグモンが紋章の力なしに完全体に進化出来る事は知っていても、沙綾とデジヴァイスもなしにその境地に到達出来る事は知らない。

"進化するにはパートナーとデジヴァイスが必要"という固定概念は、数々のデータを吸収した今の彼には通用しないのだ。

 

先程まで皆の中心で明々と燃えていた焚き火を蹴り飛ばし、周囲に火の粉が舞飛ぶ。

子供達は散り散りに逃げ回るが、

 

「ひぃぃ!」

 

明らかな殺気を向けられている丈だけは、蛇ににらまれたカエルのようにその場から動けなかった。

 

「覚悟しろッ!」

 

自らの主砲を足元で硬直する丈へと向けながら、メタルティラノモンはドスの効いた低い声で吠える。勿論、こんなところで彼が必殺を放てば、丈を含めて全員無事ですむ筈がない。だが冷静さを欠いている彼にそんな事は関係ないのだ。ウイルス種故の好戦的な性格が、更にそれを助長させている。

 

「ご、ごめん!謝るから、落ち着いてくれメタルティラノモン!」

 

丈が急いで今の発言を撤回すも、彼は右腕を下げない。

進化した彼の頭に浮かぶものは、『沙綾の無事を否定する者の排除』のみ。

 

 

 

 

 

 

「うるさい!オレはお前を…"破壊スル"!」

 

「逃げろっ!丈ーー!」

 

彼が右腕に力を込め始める。

 

 

子供達は彼と自分達の末路を想像して目を瞑る。

 

 

 

そして、あわや至近距離でミサイルが放たれようとした時、

 

 

 

「待ってくれ!」

 

「止めるんだ!メタルティラノモン!」

 

間一発で進化を果たしたイッカクモン、ガルルモンが両サイドから滑り込むように立ち塞がった。

 

「そこを退け…お前達を巻き込みたくはない!」

 

二匹を見てメタルティラノモンはそう言うが、どちみち彼らが避けたところでミサイルが打たれれば全ては終わる。

 

「待て!確かに今のは丈が悪かった!オイラも謝る、だから腕を下ろしてくれ!」

 

「君はそんな事をするデジモンじゃない…俺は君を信じてる…」

 

二匹はメタルティラノモンの目をしっかりと見据えて言葉を伝える。今までの彼ならばそれでも迷わず打っていただろうが、

 

「……ガルルモン…そこを退いてくれ…」

 

「退かない…君にそれを撃たせる訳にはいかない…」

 

「チッ……」

 

二匹のパートナー達、特にガルルモンが立ち塞がったのが大きかったのだろう。いくら好戦的になろうと、かつてのゴツモン達と同じ言葉を掛けてくれた存在を容易く打つことなど出来る筈はない。

 

右腕を構えながらも、メタルティラノモンはその引き金を引くことに躊躇いを見せる。

 

「俺達は仲間だ…腕を下ろしてくれ…君が撃てば、沙綾は絶対に悲しむ…」

 

「……………………」

 

 

にらみ会うような沈黙の後、彼は視線を横にずらしながらゆっくりと腕を下ろした。

彼にとって、沙綾とは時に最大の起爆剤となり、同時に最大の鎮痛剤となる。"沙綾が悲しむ"、この言葉が決めてとなったのだ。

 

周囲に散乱した火のついた木がパチパチと鳴る音だけが聞こえる。

 

「…悪かった……」

 

誰とも目を会わせないまま小さな声で彼は呟く。

 

「君は悪くない…今のは僕が悪いんだから…ごめん…」

 

しゅんとする丈や、一部怯える子供達に背中を 向け、メタルティラノモンはその体を一気にアグモンにまで退化させた後、今までの狂乱から一転、その瞳から再び涙を流しながら、膝を抱えてその場にしゃがみこんで泣きじゃくる。頭を少し冷した事で、今自分がした行動の重さを理解したのだ。

 

「…ごめん…グス…マァマ……ひっく……」

 

沙綾の目的を破綻させかねない行為、自らの仲間を裏切る行為、そして彼女の安否。

アグモンの頭の中は既に整理のつけようがない。

 

危険が去った事で、ガルルモン達もそれぞれ成長期へと退化する。先程撥ね飛ばされたトゲモン達も、目立った傷はなく、ガルルモン達に続くようにその身を成長期へと戻す。だが、

 

「…………」

 

子供達も含めて、誰一人彼を責める者はいないが、同時に、誰一人として今のアグモンに掛ける言葉が見つからない。

 

「…本当にごめん…アグモン……」

 

自らの軽率な発言を悔やむ丈の小さな声だけが、夜の闇に響いていくのだった。

 

 

 

 

 




まだ後半月以上あるのに既にアグモンが限界です。

メタルティラノモンの状態で彼がキレるのは何気に始めてですね。

ご意見、ご感想等お待ちしています


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どうしよう……早く戻らないと……

タイトルでも分かると思いますが、沙綾パートです。

今回は少し短いです。


「……こ…ここは……?」

 

「……に、人間がいっぱい……」

 

照りつける夏の日差し、騒がしいセミの鳴き声、そして、見覚えのある広い公園を行き交う多くの人々、

エテモンを撃破し、次元の歪みに吸い込まれた太一とコロモンは、気がつけば目の前に広がるその光景に目を丸くしていた。

 

「俺達……帰ってきたのか…って沙綾……お前もアレに呑み込まれたのか……?」

 

そう言いつつ、太一はコロモンを挟んで反対側に並んで立っている彼女に視線を向ける。だが、そこには、

 

「…あ……あ……ど、どうしよう…私…アグモン…お…置いてきちゃった……」

 

元々白い顔を更に青白くし、明らかな動揺と共に微かな声で呟く彼女の姿があった。辛うじて聞こえた彼女の話す内容に、太一は周囲を見回すが、やはり沙綾のアグモンの姿は見当たらない。そのかわり、近くで無邪気にボール遊びをしている少女を見つけ、その少女へと声をかけた。

 

「ごめん、ちょっと聞きたいんだけど…この辺りで……えーと何て言うか黄色い……これくらいの…怪獣? 見なかった?」

 

「?」

 

太一の話す言葉の意図が分からなかったのだろう。少女は首を傾げる。しかし、彼の側にいるコロモンに彼女が目を映した時、その表情は一変したのだった。

 

「ひぃ! うわぁぁぁん!」

 

見たこともない生物に対する恐怖からか、少女は大きな声で鳴き始め、周囲を歩く人々の視線が太一達にあつまっつしまう。

 

「ねぇ太一?ボク変かな?」

 

最早太一達にとってデジモンの存在は当たり前であるが、一般的にはそうではない。その辺りの認識を太一は完全に失念していたのだ。慌ててコロモンの口を塞ぐ太一であるが、周囲の視線はどんどん増えていく。

 

「ふがふが……ふがふがふが!」

 

「しまった……そりゃそうだよな……一旦場所を変えよう、沙綾、こっちだ!」

 

「!?」

 

このままではいずれ警察でも呼ばれかねないと、太一は片手にコロモンを抱き抱え、もう片方の手で沙綾の手をガッチリと掴んだ後、その場から逃げるように走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうしよう……早く戻らないと……)

 

太一に手を握られ、人混みを避けて東京の街を走る沙綾だが、異性に手を握られているという意識は今は欠片もない。

それもそうだろう。何せ"時間の流れ"が違うデジタルワールドに、何も知らないアグモンを置いてきてしまったのだ。彼女は今気が気ではない。

 

(こんな事なら始めて"こっち"に来たときに時間の流れの違いぐらい説明しとくんだった……いや、大丈夫…落ち着け私……アグモンは大丈夫……きっとみんなが支えてくれてる筈……でも……早く…戻らないとあの子、きっと私が全然戻ってこないって不安で泣いちゃう……うぅ……こんな事なら……)

 

何度自分を落ち着けようと思っても、彼女の思考はグルグルと同じ所を回るばかりで一向に冷静になれない。

 

そうしている内に、沙綾の手を握る太一がとあるバス停の前で一度立ち止まった。釣られて彼女も足を止める。

「…お台場…間違いない…ここはオレん家の近くだ!帰ってきたんだよ俺達!」

 

「えっ……あ…うん……そうだね……」

 

生きるか死ぬかの冒険から開放されたことを確信した太一は、喜びからかか笑みを浮かべるが、沙綾の返事はそっけないものである。

太一は自分が失言をしてしまった事に気づく。

 

「……悪い、遂舞い上がっちまった…アグモンの事が心配なんだよな………」

 

「……」

(……アグモン……)

 

彼の言葉に沙綾は無言で頷く。その様子は正に、心此処に在らずといったところである。太一は少し困った表情を浮かべた後、口を開いた。

 

「沙綾お前、家は東京じゃなかったよな……考えてもどうにも出来ないし、一旦俺ん家に来いよ…アグモンも何処か別の場所にいるかもしれないし……このままじゃ帰れないだろ?」

 

この時点の太一は、まだ自分達だけがこの世界に戻ってきた事を知らない。

そして沙綾はその誘いに対して、この先の展開を頭に描こうとするが、やはりアグモンの安否が気になり思うように思考が纏まらない。結果、

 

(……考えてもしかたない…多分太一君について行く事が一番早く向こうに戻れる方法……"あの人"もそこにいる筈だし……)

「……うん……そうだね…ありがとう…」

 

自信のなさげな小さな声で、彼女はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ただいまー、いや…ごめんくださーい…」

 

自身の体感時間で既に何年、何ヵ月の時間を向こうで過ごした太一は、久し振りとなる我が家に、少し躊躇いを見せながら玄関のドアを開ける。

 

「……なんだ…よかった…ちゃんと俺ん家だ……沙綾、上がってくれ」

 

「…うん……おじゃまします」

 

太一がコロモンを連れて真っ先に自宅のキッチンへと向かい、沙綾は彼に促されるまま、小さめのソファーがあるこの家のリビングへと通された。

 

「母さん達、何処に行ったのかな? あっ、コーラでいいか?」

 

「気にしないでいいよ…」

 

ソファーに腰を下ろし、努めて平静を装っている沙綾だが、その足は小刻みな貧乏揺すりを繰り返している。

勿論、異性の家へと招かれたからではない。

先程街中を走り回っている時に比べれば少しは落ちついたものの、依然アグモンが心配で仕方がないことに違いはないのだ。

 

(早く…早く…早く…)

 

太一がこの世界の異常にデジモンが関わっている事に気付き、再びデジタルワールドに戻るその瞬間を彼女は今か今かと待ち望む。

 

そして、

 

「……おい……なんでカレンダーが"あの日"から変わってないんだ……!?」

 

冷蔵庫からコーラを取りだし、その取っての部分に掛けられたカレンダーが彼の目に止まった瞬間、太一はその場で硬直した。コロモンが不思議そうに彼を見つめる。

 

「あの日って?」

 

「俺達がサマーキャンプに出掛けた日だよ! どうして……時間が全然すすんでない!? 沙綾、これはどういうことなんだ!?」

 

なんとなく沙綾ならば分かると思ったのか、太一は彼女へと話を振る。だが、実際この時点で正解な答えを速答する訳にもいかない沙綾は、内心で小さなガッツポーズを決めながらも、首を横に傾げた。

 

「えと、私に聞かれても……」

(やっと気付いてくれた!)

 

「そ、そうだよな……一体……向こうで何が……」

 

答えを得られず頭が混乱する太一、そして、

 

この時、この家の、恐らく寝室であると思われる扉が、ゆっくりと開かれていく。沙綾も含め、太一とコロモンはその方向へと視線を動かした。そこには、

 

 

 

 

 

 

「……お兄ちゃん……帰ってきたの……?」

 

背丈の小さい、タケルと同じぐらいのショートヘアの少女が、パジャマ姿でその場に立っていたのだった。

 

選ばれし子供の本当の八人目、この先光の紋章を手にすることになる太一の妹、

 

「ヒカリ!起きてたのか……母さん達は!?」

 

「…何行ってるの…? 今朝お婆ちゃんのお家に行くって言ってたじゃない……」

 

「!……そう……だったな……」

 

 

 

八神ヒカリ

 

未来に置いて、"世界"を跨ぐ外交官、宇宙飛行士、世界的ファッションデザイナー、など、何処か近寄り難い雰囲気を持つ子供達の中で、お台場幼稚園の先生という彼女は、間違いなく一番庶民に近く、井ノ上京と並んで親近感を持たれやすい存在である。

 

沙綾も、担任を持って貰った事こそないが、通っていた幼稚園に勤める先生ということもあり、その姿は実際に何度も見ていたし、会話をした事もある。最も、ヒカリが"世界を救った存在の一人"だと理解したのは、それからもう少し先の話となるのだが。

 

 

(この子が…ヒカリ"先生")

 

「……お兄ちゃん……キャンプに行ってたんじゃないの……それに……この人は……? 」

 

「……あっ、ああ…えーと、俺の友達だ……沙綾って名前なんだ……」

 

突然現れた妹に、太一は慌ててコロモンを動かないように押さえつけ、冷や汗をかきながらそれに答える。

 

「あの、よろしくね…ヒカリ"ちゃん"……」

 

今まで先生として見ていた人に対して、この呼び方に違和感を持ちながらも、沙綾は座ったまま少しだけ頭を下げた。ヒカリもそれに答えるように軽い会釈を交わす。

そして、隠すように押さえつけられているコロモンを一目見て、

 

「……コロモンも一緒なのね……」

 

「お前!こいつの事知ってるのか!?」

 

「何言ってるの……コロモンはコロモンでしょ……やっぱり……キャンプなんか行ってなかったのね……本当は何処に行ってたの……? 向こうって、コロモン達の世界……?」

 

「えーと……その……」

 

不自然な程的確に核心をつく彼女に、太一は完全に困り顔を見せ、横目で沙綾へと助けを求める。だが、彼女は目を会わせてはくれず、太一は悩んだ末、隠しきれない事を悟ったのか、

 

「……分かったよ……実は……」

 

今までの出来事をヒカリへと話始めたのだった。

 

 




少し見切り発車ぎみになってしまった今回。
一気に太一達がデジタルワールドに戻る所まで書こうと思っていたのですが、原作と余り変わらない上、文章にすると結構グダグダになりそうでしたので、一旦ここで切って、少しだけスキップする事にしました。ご了承ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

………ごめん……ボク……マァマに会いたいんだ……

すみません。
作者のミスで、未来のヒカリの職業が間違っていました。正しくは幼稚園の先生です。前話の投稿直後に見てくださった場合、保育士となっていたと思いますが、修正しています。
このため、沙綾の通っていた施設についても、お台場保育園からお台場幼稚園へと変更されています。





沙綾達がデジタルワールドから姿を消して、遂に一ヶ月と半月の時間が経過した。

 

「「「……………」」」

 

広大な荒野を抜け、平原へと足を進めていた子供達は、夜、何時ものように火を囲んで座り込む。最早一日の会話すら数えるくらいしかなくなってしまった一行の中、空は中心で燃える火を見つめながら考えていた。

 

(…みんなもう太一達の無事をほとんど諦めちゃってる……このままじゃ……何時またアグモンが暴走しちゃうか分からない……)

 

丈の発言が引き金となったのか、あの日以来、皆三人の無事を諦めている節が徐々に目立ち始めていた。

最も、半月前の事件を見ている以上、それを口にするものは一人としていないが、皆の様子を見ていればそれは容易に想像がつく。

 

(丈先輩は……まだ頑張って探してくれてるけど……)

 

空は力なく項垂れる丈を横目で見る。

発端となった丈自身は、その真面目な性格故に、アグモンへの罪悪感から懸命に彼らを探してはいるのだが、やはり心の何処かでは諦めも持っている風に空は感じていた。

 

最早、アグモン以外で沙綾達の無事を心の底から信じているのは、空と、今だ諦めずにアグモンを励まし続けているガブモンぐらいのものだろう。

だがそのガブモンも、最近はパートナーであるヤマトが三人の捜索を断念しようか悩んでいる事もあり、板挟みにあう彼の精神的な負担はかなり大きいものとなっているのだ。

 

(……これ以上、アグモンを此処に置いておくのは、みんなにとっても、アグモンにとっても良くない………もう………決めないと…………)

 

アグモンはアグモンで、あの日以来まるで心を閉ざしたかのように口数が極端に少なくなっている。誰の声にもほとんど反応を見せる事がない。たとえそれがガブモンであっても。

沙綾への恋しさがパンク寸前なのは、もう誰の目にも明らかだ。

 

静寂が支配する夜、そこに至った経緯は違えど、空は歴史と同じ決断をする。

 

(…………今夜みんなが寝静まった後、ピヨモンとアグモンを連れて……ここを離れましょう……私達だけで……太一達を探すわ……)

 

そして深夜、空は静かに行動を始める。

 

「……アグモン……起きて……」

 

一人だけ皆の輪から外れ、涙を浮かべて眠るアグモンを、彼女は二、三度揺らすようにして起こす。それは偶然にも、彼が過去に来てから始めて沙綾に起こされた時と同じように、そして同じ言葉で。

 

「マ、マァマ!」

 

それに反応したのか、アグモンは勢いよく起き上がるが、

 

「しーー……みんなが起きちゃう……」

 

「えっ………………」

 

人差し指を口に当てる空を見た後、彼の表情は急速に消えていく。それは正に希望が絶望に染まっていくように。最近の彼は、この状態になると最早ほとんど口を開かない。だが、空は諦めずに説得を試みた。

 

「ずっと空を飛びながら広範囲を探せば、きっと早く見つけられるから」と。

 

 

その熱意が伝わったのかは彼女には分からないが、やがて彼は無表情に空の提案に頷き、ピヨモンを含めた三人は皆に気付かれないようにその場から歩きだす。

その最中、眠るタケルの側を彼女達が通り過ぎようとした時、不意にトコモンがうとうとと目を開けた。

再び空は人差し指を口に当てる。

 

「しー……タケル君が泣いちゃう……これからは、私達だけで太一を探すね……アグモンも一緒に……」

 

それが夢か現実なのか分からないトコモンは、小さく頷いた後、もう一度瞼を閉じた。

 

「さあ…行きましょう、ピヨモン、アグモン」

 

「うん」

 

「………………ごめん………ガブモン…………」

 

歴史にはない一匹を加え、彼女はこの日、歴史通りに皆の前から姿を消す。

 

"アグモンを連れていった事"、その行動が凶とでる事も知らずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、現実世界では、自宅のテレビのニュースを食い入るように見つめる太一と沙綾の姿があった。

 

「あれは……メラモン………ユキダルモンまで!」

 

太一はテレビの映像にまるで蜃気楼のように写るデジモン達に驚きの表情を隠せない。

 

「…お兄ちゃんにも見えるようになったんだ………」

 

そんな中、ヒカリは一切動揺せずにそう答える。

 

 

 

 

太一達が大まかに今までの旅を語っている時も、彼女は表情を変えることなくその話を聞いていた。彼らの話を信じていない訳ではない。"今までもデジモンが見えていた"ヒカリにとって、彼らの話は特に驚く程のものではなかったのだ。

 

むしろ彼女にとって驚くべき事は別の場所にあった。

 

それは即ち、『兄が空以外の異性を家に連れてきた事』である。

 

本来ならば、太一は話を終えた後、"今までの事は何もかも夢だったのか"考え、少しの間家でくつろぐのだが、ヒカリが太一に耳打ちするように言った一言によって、それは崩れ去る事になってしまったのだ。

 

「……ねえ……お兄ちゃん……」

 

「…ん、どうしたヒカリ?」

 

「……沙綾さんって……美人だね………」

 

「なっ!?」

 

今まで特に意識する事などなかった太一だが、そう言われると見てしまうのが人間である。実際、白い肌に整った顔立ち、大きな瞳をしている沙綾は、一般的に見て美人に分類されるだろう。

 

(……まあ……確かに空よりは……かわいい……のか……?)

 

そして、見れば見るほど意識がそちらに向いてしまうのも、人間ならば仕方がない。太一はしばらく後ろから横目でボーっと彼女を見ていたのだが、

 

「……どうしたの太一君?」

 

「!」

 

視線が気になったのか、沙綾は太一へと問いかけた。

たまたま座っている沙綾が、ヒカリと並んで立っている太一を上目使いで見上げる形となったことで、太一は思わず顔を赤くする。

 

「い、いや、何でもねぇよ!」

 

慌てて視線をずらしながら彼は答える。

いつかの砂漠での出来事とは見事に逆の構図となってしまったのだ。

 

(クソっ……ヒカリのヤツ、余計なこといいやがって……)

 

沙綾を放っておいて一人部屋に引きこもる訳にもいかず、結果、彼は自分だけが陥る気まずさに耐えながら残りの時間を過ごす事になった。しばらく立った後、その気まずさを回避するためにテレビをつけ、現在へと至る。

 

 

「お前……知ってたのか!?」

 

「……だって……見えるって行っても……誰も信じてくれないもの……」

 

ヒカリは寂しそうにそう答える。画面の向こうにかすかに写るデジモン達は、一般人には見つける事が出来ない。それこそ、選ばれし子供でもなければ。

 

「…………」

 

その中で、沙綾は一人、無言を貫きながら目を凝らして画面を見つめるが、

 

(……やっぱり……私には……見えない……)

 

そう、彼らはコロモンのように完全な実態でこの世界に現れた訳ではない。特殊な立ち位置にいるとはいえ、あくまで"一般人"に過ぎない沙綾は、画面に写るデジモン達を観測出来ないのだ。

 

(……いや、でも、関係ない……とにかく今は早く向こうに戻らないと!)

 

やがて、彼らを見つける諦めた沙綾はそう結論をだす。

だが、彼女は見えない事をばらす訳にはいかない。もしそれが太一に知れれば、この後街で暴れるデジモンを止めに行く際に置いてきぼりを受ける可能性が高いためだ。この時代の土地勘がない沙綾は、一度彼とはぐれてしまうと、向こうの世界に戻るタイミングを逃してしまいかねない。

上手く働かない頭でもそれだけは理解できた。

 

 

そして、遂にその瞬間が訪れる。

 

「な、なんだっ!」

 

太一のデジヴァイスが突然輝き始め、それに連動するようにリビングの隣、ダイニングに設置されたこの家のパソコンの画面が点灯した。

そこに数秒間だけ写し出されたデジタルワールドにいる筈の光子郎。

太一と沙綾に向け、途切れ途切れに「帰ってこないで下さい」と告げた後、パソコンの画面は消灯するのだった。

 

その直後、

 

「うお!一体今度はなんだ!」

 

外から聞こえる轟音と共に、まるで地震のようにマンション全体が揺れ動いたのだ。このタイミングでのデジモンの現界、そして彼らによる物理的な干渉、それはつまり、歴史的にデジタルワールドに帰れる瞬間が訪れたという事。

 

(来た! 今行くからね!アグモン!)

 

沙綾は直ぐ様行動を開始する。それはもう太一に何が起きているのかを考えさせる隙も与えない程素早く。

 

「太一君!行くよ! 早く!」

 

「えっ!?おい、ちょっと待っ……」

 

「もたもたしないで!」

 

家に来た時とは真逆に、今度は沙綾がコロモンを抱え、太一の手を引く。先程の出来事故か太一の顔が再び赤くなるが、彼女は一切それに気付いていない。

勿論行き先など沙綾は分からないが、外に出れば後は太一が導いてくれるだろうと考えたのだ。

 

「お、お兄ちゃん!」

 

「ヒ、ヒカリは付いてくるな!」

 

太一を引き留める事すら叶わず、ただその場で手を伸ばして立ちすくむヒカリに、彼は半ば引きずられながら、そう口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太一の住むマンションを全速力で降りた後、沙綾は一度立ち止まって振り向いた。

 

「太一君!どっちに行けばいいの!」

 

「はぁ、はぁ……お前が引っ張って来たんだろ!」

 

「?」

 

沙綾は疑問の表情を浮かべる。それは太一の返答に対してではない。彼のその様子についてだ。

 

(なんで太一君バテてるんだろ?)

 

太一はサッカークラブでエースを勤めるだけあって、体力、走力において沙綾をわずかに上回っている。

そんな彼がたかがマンションを降りた程度で疲れを見せる事などあり得ないのだ。

最も、アグモンの事で頭が埋まってしまっている沙綾に、その答えが分かる筈がないのだが。

 

「とにかく、走りにくいから…手を離せ」

 

「太一照れて…ふがふが!」

 

「あーー、うるさいコロモン! と、とりあえず、音がしたのはこっちだ!」

 

太一は握られた手を強引に離し、コロモンの口を塞ぎつつ沙綾から取り上げる。そのまま沙綾に自分の顔を見られないように、彼は全力で加速した。

 

「うん!」

(……なんだ、全然大丈夫みたい、私の勘違いか)

 

太一の後に続くように、沙綾もまた全力で走り出す。

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

この後彼女は知ることになる。

 

 

 

 

冷静さを欠き、思考を怠った事の愚かさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり、デジタルワールド、サーバ大陸のとある森林地帯。

 

太一達を探すために皆と別行動を取った空達は、それから数日後、食料の確保のために立ち寄ったこの森で、一匹のデジモンが得たいの知れない誰かと通信している所に出くわし、茂みに身を隠すようにその話を盗み聞きしたのだが、

 

「おやおや……今の話…聞いちゃいました?」

 

話を終え、通信を終了したそのデジモンに運悪く見つかってしまっていた。

 

(もうバレちゃってるみたいね……仕方ない……)

 

幸い、相手のデジモンは見たところ成長期、いざとなれば撃退出来ると、彼女は隠れるのを止める。

 

「き、聞いたわよ……」

 

 

このデジモンが話していた内容、つまりは、紋章の意味。沙綾を見習い、今まで『誰かを守りたい』と強く願うことで完全体への進化を遂げられると信じていた彼女にとって、彼が話していた内容は衝撃的なものだった。

 

「ふぅん……あなた、空さんでしょ……可愛そうに……愛情の紋章ねぇ……」

 

「何がおかしいのよ!」

 

「あなたにその紋章が使えるんですかねぇ……」

 

「っ!」

 

「無理でしょうねぇ……本当の愛情を知らないあなたには……」

 

そのデジモンの語る内容は、空の心を抉る。

何故それを知っているのか。という些細な疑問すら思い付かない程に。

パートナーを守るため、ピヨモンが前へと出る。

 

「いい加減にしなさい"ピコデビモン"!それ以上空を傷つけるなら、私が許さない!」

 

「おっと、これは失礼しました……それでは……私はこれで……… ん? ……あなたは?」

 

「…………」

 

ピコデビモンと呼ばれたデジモンがその場から飛び立とうとした時、不意に彼の目に一匹のデジモンが映る。

 

空達が隠れていた茂みの中に尚も残り続ける、ほとんど生気の隠っていない目をした一匹のデジモンが。

自身の問いかけに対して一切の反応を示さず、まるで虚空に映る誰かを見つめるような目に、ピコデビモンは興味が湧いた。

 

 

「どうしたんですか? ……もしかして……誰かをまってるんですか?」

 

「…………どうして……それを………」

 

(おや……食いついた……これはもしかして……)

「いえいえ簡単な事ですよ……どうです? あなたの探している方の行方、知りたくありませんか?」

 

「!」

 

ピコデビモンが話すその内容に、アグモンの表情は一気に変わる。勿論彼の話す内容など口から出任せであるが、基本的に無邪気なアグモンは人の言葉を疑う事などしらない。

 

「マァマの事しってるの!」

 

(ふぅん……マァマねぇ……)

「私は分かりませんけど……ヴァンデモン様なら……あの方なら、きっと全てを知っています……どうです……なんなら一緒に行きませんか? ヴァンデモン様の所へ……」

 

ニヤニヤと、見るからに怪しい笑顔を浮かべるピコデビモンだが、アグモンにそんな事は関係ない。

 

「……うぅ……ひっく……」

 

やっと手がかりを見つけたと、アグモンの目からは今までとは違う涙が溢れてくる。そして、そんな彼のたどり着く答えなど一つしかない。慌て空とピヨモンはアグモンを引き留めた。

 

「ダメよアグモン!そんなの嘘に決まってる!どう考えても怪しいわよ!」

 

「そうよ、騙されないでアグモン!」

 

だが、彼は溢れる涙を拭き取った後、二人を無視するようにテクテクとピコデビモンのもとまで歩いていく。

そして、たった一言だけ、

 

 

 

 

「………ごめん……ボク……マァマに会いたいんだ……」

 

 

 

「ア、アグモン!」

 

彼の瞳に、既に空達は映ってはいない。

なまじ彼の力を知っている二人は、強引に彼を引き留める事が出来ず、遠ざかる小さな背中に手を伸ばす事しか出来なかった。そして、彼女達も予期していない、唐突な別れの瞬間が訪れてしまう。

 

「……では……私"達"はこれで………」

 

「…………」

 

"残念でした"と、意地の悪い笑みと共に、ピコデビモンは低空飛行で飛び去っていく。勿論、アグモンもその後に続いて、一度として振り替える事なく、森の奥へと消えていった。

 

「アグモン!アグモン!」

 

悔しさに目を潤ませながら叫ぶ空の声だけが、静かな森にこだまする。

 

 

 

 

 

 

 




今回、沙綾とヒカリをけっこう絡ませたかったのですが、話の展開的に少し持ち越す事にしました。

さて、アグモンが敵サイドについていってしまいました。限界の状態での甘い言葉、ほいほい付いていってしまうのも仕方ありません。
これから色々吹き込まれそうですね。

沙綾との再開は果して……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私って……なんてバカ……

遅くなってすみません。って、最近そればかり言ってるように思います。
小説を書くのって難しいですね。

この回、少しだけ流血描写があるのでご注意下さい。


現実世界、お台場、

 

太一のマンションを後にしてから数十分、コロモンを抱えたまま走る彼の後に続き、人通りの多い街中を沙綾はすり抜けるように走る。

街を走る最中、頻繁に発生する地震の度、太一は虚空を見上げながらその表情を曇らせていた。

 

「あれは……ドリモゲモン!」

 

「…………とにかく、早く何とかしないと……」

 

沙綾もそれに相槌を打つが、勿論彼女には見えてなどいない。

今のところは街全体が混乱するような騒ぎにはなってはいないが、このままデジモン達を放置すれば、彼らが見えずともいずれパニックを起こす事は避けられないだろう。

 

幾つもの横断歩道のある広い交差点に差し掛かった頃、太一は足を止めて振り返った。

 

「何とかするったって……あいつら直ぐに消えちまう……一体どうすりゃいいんだよ……」

 

「それは……」

(多分時間的にそろそろの筈なんだけど……)

 

肩を落としながら太一は呟く。

すると、

 

「……ごめん太一……ボク……戻るよ……」

 

唐突に彼の腕に抱えられていたコロモンが、その腕から地上へと飛び降り、寂しそうにそう口を開いた。

 

「何言ってんだよ!せっかく帰って来たんだぞ……それに、大体どうやって向こうに戻るってんだ!」

 

「う、うーん……」

 

再びあの危険な世界に飛び込むなど、彼にとっては冗談ではない。太一はまくし立てるようにコロモンへと詰め寄る。実際、その帰る手段について明白に分からず、困った表情を見せるコロモンに、沙綾は助け船を出した。

 

「太一君達が初めてデジタルワールドに来た時はどうしたの?」

 

「……! そうだよ太一! デジヴァイスの力を使えば!」

 

ふと閃いたように、コロモンは太一へと問いかける。

すると、今度は彼が自分の手の中にあるデジヴァイスを見つめたまま、何かを考えるように黙ってしまった。

 

「太一も見たでしょ……やっぱりデジモンは、こっちの世界にいちゃいけない……ボクもデジモンだから、向こうの世界に戻らないと……それに、今この世界がこうなっちゃってるのは、ボク達が向こうの世界の歪みを正さないまま帰って来ちゃったからでしょ……」

 

 

 

「っ………」

 

コロモンの話す内容に、太一は録な反論が出来ず、唇を噛み締めながら下を向く。彼とて分かっていない訳ではないのだ。

 

 

 

 

「……コロモン……俺「…お兄ちゃん!」」

 

しばらく黙ったのち、彼が再び口を開きかけたその時、後方から太一を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「!?」

 

(来た! 間違いない……もうすぐ……もうすぐ戻れるよ、アグモン)

 

聞き覚えのあるその声に、太一は表情を引き釣らせ、沙綾は期待に満ちた顔で振り返る。

 

「ヒ、ヒカリ!?」

「ヒカリちゃん!」

 

人混みの中、恐らく風邪の影響かふらふらと走ってくる妹に、太一は驚きの表情を隠せず、自身の胸へと飛び込んでくる彼女を目を見開きながら受け止めた。

 

「お、お前、付いてくるなって言っただろ!」

 

「……だって」

 

兄を心配する妹と、妹を心配する兄による口論が巻き起こり、道行く人々の視線が集まる中、沙綾は考える。

 

(ヒカリちゃんが来たって事は、もうすぐここで戦いが起きる筈)

 

歴史によればこのすぐ後、街中でデジタルワールドから迷い混んだオーガモンと、太一のコロモンが戦闘を行い、その最中に向こうへと続くゲートが開く。

沙綾もそれははっきりと覚えている。

 

(二匹の戦いを見届けてから……太一君と一緒に向こうに戻る……………って……あれ?)

 

しかし、彼女はここで一つ重要な事を思い出した。

 

(そう言えば……)

 

それはとても単純な事。

 

普段の冷静な彼女であれば、直ぐに気付くであろう"それ"を、沙綾はこの期になるまで完全に失念していたのだ。

 

(……オーガモンって……何処から来るの……?向こうの信号、それとも、こっちの信号? えっ!?あっちにも! どうしよう分かんない!)

 

 

そう、"デジモンが見えない"沙綾には、オーガモンの姿を確認することは出来ない。彼が横断歩道の奥の信号付近に現れる事は知識として知っているが、今沙綾達が立っているのは人通りの多い交差点。信号機など幾つもある。小説の知識だけでは、沙綾はオーガモンの正確な位置を特定出来ないのだ。

 

彼女は目を凝らし、慌てて体を捻りながら周囲を見回すが、目に映るのは大勢の人の姿だけである。

攻撃される事が分かっているが故の不安が沙綾を襲う。

 

「どうしたの沙綾?」

 

「えっ!?いや、その……」

(何処……何処からくるの!?)

 

そしてそのまま、ある一つの信号の色が赤から青に変わる直前に、コロモンが遂にその姿を発見した。

 

「太一!沙綾!あれ見て!」

 

「オ、オーガモン!」

 

「!?」

 

咄嗟に振り向いた太一は、ヒカリを庇うように一歩前にでる。沙綾も反射的にコロモンの視線の先に目をやるが、その行動は意味をなさない。

 

(しまった!逃げなきゃ!)

 

彼女は此処でまた一つのミスに気付く。

『見えない相手による攻撃』など対応できる筈がない。

それに気付いた時点で逃げておくべきだったのだ。

 

とにかく一度その場から後退しようと、沙綾が足に力を込めた時、

 

 

 

 

信号の色が変わった。

 

 

「グオオォォォ!」

 

 

それを合図とするようにオーガモンが人混みをすり抜け、雄叫びと共に棍棒を振り上げて三人へと一気に迫る。太一は咄嗟にヒカリを押し倒して自らも地面へと伏せ、コロモンは勢いよく真上に跳ねる。だが、沙綾にはその姿は勿論、咆哮すら聞こえる事はなく、

 

 

「きゃあぁぁぁ!」

 

 

突然目の前のアスファルトが吹き飛んだと、そう感じると同時に彼女の体も瓦礫と同様に宙へ舞い上がった。

 

(私って……なんてバカ……)

 

やけに長く感じる浮遊感。彼女の目に、妹を庇いながらも口を開けて自分を見上げる太一の姿が映る。

そして、

 

「!」

 

肺の空気が全て放出されるような勢いで、沙綾の体は都会のコンクリートへと叩き付けられ、そのまま地面を二度、三度転がった末、力なく停止した。

瓦礫の上を転がった事で、彼女の衣服は所々が裂け、更にその奥の白い肌からは真っ赤な血が滲み出る。

 

「「「沙綾」」さん!」

 

太一、ヒカリ、コロモンの悲痛な叫びが響く。

 

直後、

 

「な、なんだ!テ、テロかっ!」

「おい!子供が巻き込まれたぞっ!」

「救急車!誰か救急車を呼べ!」

「いやあぁぁ!助けてぇぇぇ!」

 

周囲を歩く人々が目の前で起きた出来事に大混乱を起こし始めた。彼らにとって見れば、突如沙綾の前の道路が弾けとんだようにしか見えないのだ。

 

「………う………あ…………ア……グ……モ…………」

 

「おいっ!しっかりしろ!沙綾!」

 

だが、そんな回りの叫び声や、急いで近くまで駆け寄ってきた太一の声も耳に入らず、彼女は真っ赤な視界の中血の滲んだ手を届かない空へと伸ばし、

 

「……ご………め……………」

 

遠く離れるパートナーを思いながら、その意識は遠ざかって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここがヴァンデモン様のお城です。さぁ、付いてきて下さい……ヒヒッ……」

 

薄暗い雲が浮かぶ下、不気味に聳え立つ巨大な城を前に、ピコデビモンが怪しい笑みを浮かべながらアグモンの前をゆっくりと飛行する。

既に選ばれし子供のパートナーデジモンを連れていく事を通信によって報告しており、ヴァンデモンから誉め言葉を貰った彼は上機嫌である。

 

 

「ここにマァマの事を知ってるデジモンが居るんだね……」

 

「ええ、そうですよ……とにかく、こちらへ……」

 

ピコデビモンに促され、ひたすら暗い城内を、アグモンはテクテクと歩いていく。

幾つもの階段を登り、長い通路を歩き、二匹は一つの大きな扉の前で立ち止まった。扉の奥から感じる異様な雰囲気に飲まれそうになるも、アグモンはそれをぐっと堪える。

 

「この扉の奥に、ヴァンデモン様はいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように……」

 

「……うん」

 

アグモンはゆっくりと扉を開く。

 

中もまた扉と同じく大きな一枚部屋。明かりなどはなく、部屋の温度は冷たい。最大の特徴は、部屋の奥から延びる階段だろう。

といっても、それは別に上の階へと繋がっている訳ではなく、そのてっぺんには豪華な椅子が一つだけ置かれている。そして、その椅子に足を組んで座っている存在こそ、アグモンが会いたかったデジモン。

 

「あれが……ヴァンデモン……」

 

「ヴァンデモンではない、ヴァンデモン"様"だ!」

 

独り言のように呟くアグモンに、ピコデビモンは即座に反応するが、彼は聞いてはいない。

二匹は部屋の中央まで歩いていくと、ヴァンデモンは二人を見下ろすように、座った体勢のまま口を開いた。

 

「お前が"選ばれし子供のパートナーの一匹"か……なるほど………」

 

「えっ?」

 

アグモンは一瞬呆気に取られるが、ヴァンデモンはさして気にする事はなく話を続けた。

 

「ピコデビモンから話は聞いている……何でも、はぐれたパートナーを探していると……」

 

「……! うん、君ならマァマが何処に居るか知ってるってピコデビモンが言ってたから!」

 

彼が沙綾の話題にふれた途端、アグモンは今思ったの疑問など何処の吹く風、目の色を変えて声を上げる。

 

「君ではない!ヴァンデモン様だといってるでしょ!」

 

「……かまわん……」

 

ピコデビモンが話に横槍を入れるが、本人は特に気にする様子はなく、口許を少し吊り上げ、静かな低い声でアグモンへと問いかけた。

 

「教えて欲しいか……?」

 

「うん!」

 

「そうか……ならば一つテストをしよう……お前がそれに合格し、私の計画を手伝うと言うのなら、パートナーの行方を教える事を約束しよう……だが……もし不合格ならば…………」

 

彼はその言葉の続きを言うことはなく、代わりに残虐な笑みを浮かべる。だが、今のアグモンにとって重要なのはそこではない。『沙綾に会いたい』、ただその一心で今彼は動いているのだから。

 

「何をすればいいの?」

 

「……ほう、躊躇うこともないか……面白い……テストの内容は簡単だ、私にお前の力を示せ。」

 

「君と戦えばいいんだね……」

 

「……いや……相手をするのは私ではない……テイルモン!」

 

座ったまま、彼はパチンと指を鳴らす。

すると、

 

「お呼びでしょうか……ヴァンデモン様」

 

アグモンとピコデビモンの後方、彼らが先程入ってきた大きな扉が、ギィという音を立てて再び開く。アグモンが振り返ると、そこには自分と変わらない小さな猫型のデジモンが、膝をおってヴァンデモンに対して頭を下げていた。

 

「話は聞いていただろう……お前が相手を務めるのだ……殺すつもりでな……」

 

「仰せのままに……」

 

テイルモンと呼ばれたデジモンは、ゆっくりと立ち上がり歩き出す。

 

「構えなさい……もし進化出来るなら、今の内に済ませとく事ね……」

 

二匹と同じく部屋の中央にまで歩み寄った後、先頭姿勢に入ったテイルモンは静かにそう口にした。その風格から、彼女が只者ではないと感じたアグモンは、忠告通り即座に進化を始める。

 

「言われなくてもそうするよ……アグモン進化ァァァ! ティラノモン!」

 

ズシンとした音を響かせ、着地と同時に彼もまた構えを取る。

 

「……容赦はしない……」

 

「……マァマの居場所…絶対に教えてもらう……」

 

にらみ会うように視線が交錯し、そして、

 

「「行くぞっ!」」

 

二体は同時に床を蹴った。

 

大きな赤い恐竜と小さな白い聖獣の戦いが、今始まる。

その様子を、高い位置からヴァンデモンは怪しげな表情で見つめていたのだった。

 

 





沙綾ちゃんが怪我をおってしまいました。
作中の描写は少しややこしいかも知れませんが、死んではいません。
ですが、これでは恐らく……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君を殺してでも……ボクはマァマに………



ふと物語の前半部分を読み返したりしてみたのですが、やっぱり文章力が弱いなぁと改めて感じました。
今もあまり変わりませんが、それが分かるようになっただけ成長はしているという事でしょうか。

この小説を書き始めて早3ヶ月、最初は50話くらいで終わるだろうとか思っていましたが、うん、不可能ですね。


ヴァンデモンが段上から見下ろす中、互いを目掛けて一気に加速した両者。ティラノモンは片腕を振り上げ、初撃となる攻撃を仕掛けた。

 

「いくぞっ!スラッシュネイル!」

 

今や並のデジモンならば一撃で引き裂く程の鋭い爪を、高速で足元のテイルモンへと奮う。だが、

 

「甘いわね……」

 

「!」

 

彼女はそれを確認するや、そこから更に速度を上げ、自身の小さな身体を生かして、ティラノモンの股の間を滑り抜ける事でそれをかわした。攻撃を避けられ、逆に背後を取られた彼は、一瞬の動揺の後すぐさま尻尾を使おうとするが、テイルモンの動きはそれよりも早い。

 

「ネコキック!」

 

「ぐっ!」

 

小さな身体からは想像できない威力の跳び蹴りが彼の背中に命中する。とっさに足に力を入れた事で、何とか転倒だけは避けたティラノモンだが、振り返った所を更なる追撃が襲う。

 

「ネコパンチ!」

 

「うおっ!」

 

脳に響く程の拳を頭へと受け、ティラノモンはゆらゆらと後退する。それでも、"殺すつもり"で向かってくるテイルモンの追撃の手は止まらない。

 

「ネコパンチ!ネコキック!」

 

ドゴッ、ドゴッと、ティラノモンの防御をすり抜けるように、小さな身体を駆使した連撃が飛び交う。

 

「く、くそっ……ファイヤーブレス!」

 

彼女の攻撃はことごとく彼の身体へと命中するが、ティラノモンががむしゃらに放つ炎は、的が小さいく素早い事からなかなか当たらない。

 

勝負開始からものの数分で、流れは完全にテイルモンへと傾いていた。

 

「へぇ……なかなかしぶといのね……」

 

「うっ……がっ……」

(このままじゃ……)

 

止まない攻撃を受け続け、徐々にティラノモンは防御姿勢を崩せなくなる。

 

いくら耐久力があろうともこのままでは不味いと、ティラノモンは一度距離を取るべく、部屋の壁まで大きく後ろへ跳んだ。

二体の間に距離が開く。

 

「……はぁ……はぁ……」

(……このデジモン……かなり強い……ボクだって相当強くなってる筈なのに……すごく戦い慣れてる………)

 

乱れた息を整えながらティラノモンは考える。

 

(マァマ……ボクは………)

 

「何?もう終わり?」

 

肩で息をするティラノモンとは対照的に、テイルモンは息を乱す事なくゆっくりと歩いて距離を詰めていく。このまま戦い続ければ、恐らく自分は敗北するだろう。それは即ち、自らの死を意味する。

 

だが、打開策がない訳ではない。ティラノモンの脳裏に二つの選択肢が浮かぶ。

 

まず一つ目は、この場から逃走する事。

 

この城に入ってから通った道は、既に彼の頭に記憶されている。"逃げる事"が得意な彼ならば、敵の目を欺いて逃走する事は不可能ではない。勿論その場合、せっかく手に入りそうな沙綾の情報を諦める事になるのだが。

 

そしてもう一つは、完全体へと進化する事。

 

進化さえすれば、テイルモンを力押しで倒すことが出来るだろう。しかし、それでは逆に、今度はテイルモンの身の安全は一切保証できない。彼女がもし『本来死ぬ運命にないデジモン』なら、それは歴史を変えてしまう可能性を孕む危険行為である。もし歴史が変わり、未来に帰れなくなれば、例え沙綾を見つけたとしても彼女は絶対に微笑まない。

 

「……諦めたのか?なら……」

 

いつの間にか、取った筈の距離が再び埋まっていた。

 

「……悪いけど、これで終わりっ!」

 

テイルモンが鋭利な爪を構えて飛びかかる。ティラノモンはまだ動かない。

 

沙綾が消える以前の彼ならば、間違いなく前者を選ぶ。

彼は沙綾の意思に背く事など絶対に行わない。もしもの時も、それを止めてくれる"仲間"がいた。

ゴツモン達への思い、打倒カオスドラモンを忘れた訳でもない。

 

だが今は、

 

「……ごめんマァマ……それでもボクは……マァマに会いたい……」

 

涙混じりに、ティラノモンは小さくつぶやいた。

 

そして、あわやテイルモンの爪が届こうとした時、彼の雰囲気が一気に変わる。瞬間、薄ぐらい室内の中、ティラノモンの身体はまるで爆発するかのごとく輝き、飛び掛かるテイルモン吹き飛ばした。

『沙綾のため』という最後のリミッターが音を立てて外れる。

 

「な、何!?」

「……ほう」

 

テイルモンは勿論、今まで沈黙を続けていたヴァンデモンも、その予想外の変化に驚きの表情を見せた。そして、光の放つティラノモンが、今までとは違う目付きで口を開く。

 

「……君を殺してでも……ボクはマァマに……覚悟しろっ! ティラノモン、超進化ァァァァァ!」

 

彼は今、親愛のパートナーに会うため、ウイルスの本能に身を任せる事を決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいっ!沙綾!くそっ!どうして……」

 

混乱が広がるお台場の交差点で、血だらけの沙綾を抱き上げ、太一は必死に彼女に呼び掛けるが、反応は返ってこない。

原因を作ったオーガモンは、今はコロモンが引き付けながら歴史通りの戦闘を繰り広げていた。

 

「なんで避けなかったんだよ……お前なら出来た筈だろ……」

 

大声で呼び掛けていた声が、徐々に涙声へと変わってゆく。

 

「……くそ……俺がもっとしっかりしてれば……」

 

「……お兄ちゃん……」

 

太一は自分の不甲斐なさに涙が溢れてくる。

何度も彼女に助けられながら、自分は妹を守ることしか出来ず、彼女は今この有り様なのだから。

 

「………ちくしょう………」

 

沙綾を強く抱き締めながら、太一はボロボロと涙を流す。

 

 

しばらくした後、恐らく通行人の誰かが連絡したのだろう。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。太一はハッとしたように涙を拭う。

 

「お兄ちゃん!救急車が!」

 

(!くそ、泣いてる場合じゃないだろ!……俺にも……出来ることがある筈だ)

 

この時期、都会のアスファルトは高熱を帯びている。

何時までも沙綾を此処に寝かしておく訳にはいかないと、太一は慎重に彼女を背負い、夏の日差しが遮れるビルの影へと移動するために歩き出した。

 

(戻りたくないなんて……そんな事言ってる場合か)

 

「……沙綾……お前、アグモンの事が気になって仕方なかったんだよな……頭ん中一杯で……逃げるどころじゃなかったんだよな………」

 

背中で小さく呼吸をする沙綾に向けて太一は呟く。

いつも冷静な沙綾が、オーガモンの襲撃に一歩も動けない理由など、彼にはそれしか思い付かない。

 

(コロモンもさっき言ってた……デジヴァイスの力を使えば……)

 

彼女を背負ったまま、彼はポケットからデジヴァイスを取り出す。すると、

 

「うわっ!………あ、あれは……」

 

彼の意思に反応したのか、はたまた唯の"歴史の流れ"か、デジヴァイスの画面から空に向かって一直線に光が昇ったかと思うと、その一部分が捻れて歪み、調度その真下で戦闘を行っていたオーガモン、進化を果たしたアグモンを、たくさんの瓦礫と共にゆっくりと吸い込み始めたのだ。

それは正に、太一達がこの世界へと戻ってきた時と同じように。

 

(……間違いない……あそこに行けば……)

 

それを見た太一は確信を持つ。同時に彼の中で、歴史にはないある一つの決意が生まれた。

 

涼しい風が通り抜けるビルの合間にゆっくりと沙綾を下ろした彼は、振り替える事なく後ろを付いてきたヒカリへと声をかける。

 

「……ヒカリ……沙綾を頼む……」

 

「お、お兄ちゃんはどうするの……」

 

「……決まってる……待ってろ……俺が必ず、お前のアグモンを連れてきてやる……だから……お前も頑張れ」

 

意識のない沙綾にささやくように言葉を残した後、太一はゆっくりと立ち上がる。そして、今度は妹の頭に手を当て、申し訳なさそうに口を開いた。体の弱い妹に無理を強いている事を、彼自身が一番理解しているからだ。

 

「ごめんな、ヒカリ……でも、お前にしか頼めないんだ……」

 

「…………」

 

勿論、彼女としては引き留めたい所であるが、彼の決意が籠った眼差しを見れば、それを口にする事などできる筈がない。故に、

 

「……絶対……帰ってきてね……」

 

「……ああ……約束する……こんな事頼んどいてなんだけど……風邪、治せよ……」

 

妹にしばらくの別れを告げ、今、彼は歴史以上に強い想いを胸に、アグモンと共にデジタルワールドへと帰還する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は再びヴァンデモンの城、

 

「ふふふ……素晴らしい……予想以上の力だ……」

 

ティラノモンの身体が光を放ってから数分後、そのものの数分の間に、この広い部屋の雰囲気はガラリと変わっていた。

 

壁にいくつも開けられたレーザーの穴、

貫かれた天井と、瓦礫が散乱するヒビだらけの床、

そしてその中心、唯一無傷のまま残っているヴァンデモンのいる椅子の階段下で、傷だらけのテイルモンを片足で踏みつける灰色の恐竜。

 

「ひ、ひぃぃ」

 

そのあまりの光景に、ピコデビモンは恐怖におびえている。

 

「あぁ……ぐっ……」

 

「どうした……もう終わりか……?」

 

形勢は一変し、メタルティラノモンは片足に更に力を込め、テイルモンは悲鳴を上げる。既に彼女の体力は底を付き、これ以上の追い討ちは最早無意味であるが、自らのブレーキを取り外し、ウイルス種の破壊衝動に身を任せた今の彼に、そんな事は一切関係ない。

 

「……なら、これで終わりだ……」

 

「……う……」

 

自身の全体重をもって彼女を踏み潰すため、メタルティラノモンは片足を高く上げる。最早逃げる体力さえ残っていないテイルモンは、拘束が解けても動く事は出来ない。

壇上のヴァンデモンも、部下の危機に腰を上げることはせず、彼女は絶命を覚悟し目をつむる。

 

そして、

 

ブオンと、まるで風を切るかのような音と共に、ためらいなく彼の足が降り下ろされたその時、

 

「待てっ!」

 

滑り込むように、一体のデジモンが杖を構えてテイルモンの隣に立ち、周囲を透明な結界で包む事で彼女を守る。

降り下ろされた彼の足は、今度はガキンという音と共にその結界によって停止した。

 

「!?……誰だ……お前は……?」

 

「ぐっ!」

 

メタルティラノモンは突如現れた謎のデジモンへと問いかけるが、そのデジモンも彼の体重が乗った足を防ぐ事で一杯なのだろう。その言葉に答える事はなく、早々に壇上のヴァンデモンに視線を向けて口を開いた。

 

「……く……ヴァンデモン様、もうテストは十分でしょう……このデジモンの力は、既に証明された筈だ!」

 

「ほう……ウィザーモン、盗み聞きとは感心せんな……だが……ふん……まあいいだろう」

 

見下すような視線をウィザーモンと呼ばれたデジモンに向けながらも、ヴァンデモンは今まで座っていた椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

「お前の力は分かった……テストは合格だ……」

 

「………」

 

"合格"、その言葉を聞いて、始めて彼はゆっくりと足を元に戻す。しかし、それは慈悲からくるものではない。単純に"興味がなくなった"だけなのだ。彼の目には既にテイルモンなど映ってはいない。

ウィザーモンは結界をとき、テイルモンを抱き抱える。

 

「大丈夫か、テイルモン」

 

「……うっ……ウィザー……モン……」

 

「……なら、早くマァマの居場所を教えろ」

 

「それは出来ん……始めに言っただろう。まずは私の計画を手伝うのが先だ……心配せずとも、全てが終った後で約束は守ってやる……」

 

口許をつり上げてながらヴァンデモンは言う。

実際の所、ヴァンデモンは沙綾の行方を知ってなどいない、いや、知りようがないのだ。そもそも、今しがたのテストすら、9割方彼を処刑するつもりで始めた物。彼が想像以上の力を見せたが故に合格としたが、生半可な勝利ならば、ヴァンデモンは容赦なく不合格の烙印を押していただろう。

だが、性格が攻撃的になっている今の彼が、その提案に納得する筈がなく、

 

「いいや……今すぐだ……」

 

副砲であるを左腕を階段上のヴァンデモンへと向けて、威圧するような声を出した。それに対し、彼の纏う雰囲気が変わる。

 

「ほう……誰に牙を向けているのか、分かっているのだろうな?」

 

「お前が誰かなんて興味はない……」

 

その場に緊迫した空気が流れる。

 

この場に居るのは危険だと判断したウィザーモンは、傷だらけのテイルモンを抱き上げ、じりじりと後退を始め、ピコデビモンはオロオロと両者を見る。

 

先に動いたのは、やはりメタルティラノモンであった。

 

「ヌークリアレーザー!」

 

左腕から放たれる光の光線が、ヴァンデモンの直ぐ隣を通過し、その壁に風穴をあける。

 

「次は外さない……」

 

威嚇を込めたその一撃にも、ヴァンデモンは一切動じる事はなく、沈黙を続ける。

やがて痺れを切らしたメタルティラノモンは、副砲の位置を彼へと修正し、再度声を上げた。

 

「黙りか……なら、お前を叩きのめして聞き出すまでだ!ヌークリア……」

 

だが、

 

「ブラッディストリーム!」

 

それよりも早く、ヴァンデモンは伸縮自在の赤い光の鞭をその手に出現させ、それを彼の腕に向けて素早く奮う。それは見事にメタルティラノモンへと命中し、バチンという高い音を上げ、その腕の軌道をずらした。

検討違いの方向にレーザーが打ち込まれ、またしても部屋の壁に大穴が開けられる。

 

「なっ!」

 

「いささか面倒だが……まずは力の違いと言うものから教えるとしよう……果たして叩きのめされるのは誰か、その身を持って知るがいい……」

 

崩壊した天井から満月が顔を覗かせ、月明かりにヴァンデモンの顔が照らし出される。

ぞっとするような黒い笑みを浮かべながら、今、彼の一人舞台が幕をあけた。

 

 





ということで、
沙綾ちゃんは現実世界に置いてきぼり、アグモンは……まあこの後ヴァンデモンにボコボコにされるでしょう。
それから一人デジタルワールドに戻った太一、無事に沙綾のアグモンを説得できるのか?
嫌な予感がプンプンしますね。

それから、ここ数話、視点がいったり来たりとややこしくなってしまい申し訳ありません。次回からはオリジナルの話を挟みつつ、原作はサクサクと進めていきます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来……思い出

今回は沙綾達の過去回(未来回?)です。
この物語においてかなり重要な回ですね







太一が去った後のお台場の交差点付近。到着した救急車へと担ぎ込まれた沙綾と共に、ヒカリもまた近くの病院へと向かうために後部座席へと乗り込んだ。

 

 

「……沙綾さん……死なないで……」

 

血に染まった手を握りながら、会って間もない沙綾のためにヒカリは祈る。勿論それは、兄である太一に『頼む』と言われた事も大きいが、元々誰に対してもやさしい彼女の事、恐らく見ず知らずの他人であろうと同じ態度をとっていただろう。

 

「…………」

 

救急医達が忙しく手当てをする中、当の本人である沙綾は一つの夢を見ていた。

 

それは、彼女にとって大切な日常の始まりのひとこま。

今から24年後の未来、沙綾の主観では6年前となる、まだ彼女がデジモンの存在を知らなかったある日の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は2023年、市立お台場幼稚園。

都会の真ん中にあるにしては比較的広い敷地を持ち、元選ばれし子供の一人が勤めるこの幼稚園で、昼下がり、二人の園児がまるで追いかけっこをするように、園内を所狭しと駆け回っていた。

先頭を走るのは黒髪を単髪にした少年、そして、それを追いかけるのは同じ黒髪を"ショートヘア"にした瞳の大きな少女。

ただ、後方を走る少女の様子から、二人は単純に遊んでいる訳ではないのだろう。

 

「こらー!まてー!」

 

目の前を駆ける少年に向かい、少女は高く幼い声で叫ぶ。

 

「アキラ!あんたミキちゃんを泣かせたでしょ!」

 

「だからごめんって言ってるだろ!そんな怖い顔で追っかけてくるなよ!」

 

後方を振り向きながらも速度を落とすことなく、アキラと呼ばれた少年は弁明を求めるが、少女の方は聞く耳を持たない。

同じ園児達をすり抜けるようにして廊下を駆け回り、アキラは下駄箱から靴を放り投げて履いた後、逃げ回るには都合のいい校庭へと飛び出した。遅れながら、少女もまた同じように外へと繰り出し、グラウンドにて二人のデッドヒートが続く。

 

「あたしじゃなくてミキちゃんに謝れって言ってるの!」

 

「謝ろうとしたらいきなり沙綾が追いかけて来たんだろ!」

 

なんとか後方から追いかけて来る少女、沙綾を振り切ろうと、アキラは小さな体で全力疾走をするが、そこは幼稚園児。男女の足の速さに違いはなく、なかなか距離は開かない。

 

「とにかく早く謝れってば!」

 

「だ、か、ら、追いかけて来るなって!」

 

事は数分前、給食を食べ終えたアキラが、友達数人と校庭で遊ぼうとした時にまで遡る。

『じゃぁ、ここから外まで競争だ』とアキラが切り出し、自身が皆の不意を突く形で勢いよく教室を出たところ、たまたま廊下を歩いていたミキと激しく接触し、彼女が撥ね飛ばされてしまったのだ。

転倒した痛みからか泣き始めるミキに、アキラはどうしていいか分からず立ちすくんでいた所を、ミキのクラスメイトであり、アキラの友人でもある沙綾に発見される。それを見た彼女がどういう事かを問い詰めようとアキラに近づいた際に彼が逃走し、現在へと至る。

 

 

アキラは設置された遊具を駆使し、ブランコや鉄棒の間を縫うように走る事で沙綾を撒こうと考えるが、彼女はピタリと付いてくる。それどころか、やはり執念の違いだろう、徐々に二人の差は縮まりつつあった。

 

「はぁ……はぁ……待てって……言ってるでしょ……」

 

「ふぅ……はぁ……そんな事言われて……止まるヤツがいるか……」

 

息を切らしながらも両者はグラウンドを走り続ける。

だが、体力とて無尽蔵にあるわけではない。

しばらくした後、アキラはラストスパートと言わんばかりに速度を上げ、校庭の隅に設置されたジャングルジム登り始め、そのまま勢いよく天辺までたどり着いた。

遅れて到着した沙綾はそこで足を止め、彼を下から眺める。

 

「はぁ……はぁ……やっと……追い詰めた……」

 

「ふぅ……ふぅ……なら……登ってくればいいだろ……」

 

「…………!」

 

一見すると、アキラが自ら追い詰めたようにも思えるが、実はそうでもない。

彼が頂上にいる以上、沙綾が彼を捕まえるためには同じ所まで登るしかないのだ。その間にアキラがジャングルジムから飛び降りれば、全ては振り出しに戻る。

 

故に、彼女は下から彼を睨み着けることしか出来ない。が、獲物を逃がすまいとするその姿勢は、さながら肉食獣のようである。

 

硬直状態が続く中、回りの園児達の視線が二人に集まる。あれだけ声を上げながら昼休みの校庭を駆け回ったのだ。それも当然だろう。

 

「あんたが降りて来ればいいでしょ!」

 

「やなこった、なんでわざわざお前みたいな"男女"に捕まりに行かなきゃいけないんだよ!」

 

「お……男女って……言ったねこのどんぐり頭っ!」

 

バチバチと、本来の目的も忘れて二人は視線で熱い火花を散らす。大人達から見れば単なる子供のじゃれあいだが、同年代の子供達にとっては喧嘩にしかみえないため、近場にいた園児達はだんだんとジャングルジム付近から離れていく。それでも尚二人の言い合いは止まらない。

 

「お前もうちょっと女の子っぽくならないのかよ!」

 

「そんなのあたしの勝手でしょ!どんぐり頭!」

 

「うっせー男女!」

 

最早論点は完全にずれてしまい、他の園児達も二人の中に割ってはいる事は出来ず収集がつかなくなる。

 

 

 

そんな時、

 

「はいはい……二人とも、そこまでにしなさい」

 

パンパンと、近くで両手を鳴らす音が二人の耳へと届いた。

 

二人がその方向へと目をやると、そこにいたのはスラッとした体に長い茶髪をした顔立ちの綺麗な女性と、彼女に付き添われる同じく茶髪の少女。

 

「ヒカリ先生………ミキちゃん」

 

二人の姿を見て、幾分か落ち着きを取り戻した沙綾がそう口を開いた。彼女達にとってヒカリは特別親しい訳ではないが、幼稚園一優しいと評判の彼女の事を知らない訳でもない。

 

「二人とも、ミキちゃんが心配して職員室まで来てくれたのよ……喧嘩はそこまで……」

 

まだ目が赤いミキの頭に優しく手を当てながら、ヒカリは諭すように二人と交互に目を合わす。それに便乗するように、ミキもまた少し涙声になりながらも小さな声で呟いた。

 

「……喧嘩……しないで……」

 

弱々しくも必至に訴えかけるその目に見つめられると、沙綾はバツが悪いのか直ぐに謝罪の言葉を口にした。

 

「うっ……ごめん……ミキちゃん……」

 

「…………」

 

だがアキラの方は、ミキに対して悪いとは思っているのだろう。しゅんとなりながらも、それでもやはり恥ずかしいのかなかなか口を開こうとはしない。沙綾によって謝るタイミングを逃してしまったのも原因の一つである。

そんな彼の心中を察し、ヒカリは少し微笑みながら優しく切っ掛けを与えた。

 

「……ほら、アキラ君も。ミキちゃんの事、突飛ばしちゃったんでしょ?ミキちゃんも怒ってないから、そこから降りてきて一緒に謝ろ」

 

「………うん……」

 

彼女の言葉が後押しとなり、アキラはジャングルジムから飛び降りると、そのままスタスタとヒカリの隣にいるミキへと歩いていく。そして、

 

「……えと……その……ごめんな……ぶつかって……怪我、してないか?」

 

「えっ……うん……大丈夫……」

 

少しぶっきらぼうに彼は謝る。だが、彼女が返事を返したとたん、恥ずかしさが戻ってきたのか、反対側を向き、沙綾の方へと歩き出した。

 

「な、何……?」

 

そして、まるで今の恥ずかしさを紛らわすかのように、少し赤い顔をしながら、アキラは沙綾の顔を見ておもむろに口を開いく。

それが明らかな地雷である事など、彼にはそこまで考えがおよばなかったのだ。

 

「お前もヒカリ先生みたいに髪伸ばせば、ちょっとは可愛くなるんじゃないか?」

 

「!」

 

直後、棒立ちの彼の不意を突くように、その体に向けて幼い沙綾の短い足が振るわれた。アキラが反射的に体をくの時に曲げた事で、その足は空を切ることにはなったが、

 

「よ、余計なお世話だよ!」

 

「あ、あっぶねぇ、いや、やっぱり無理だな……」

 

「ちょっと二人とも……」

 

ヒカリの登場によって落ち着いていた空気が、再びピリピリとしていく。彼女は慌てて二人を止めようとするが、先に身の危険を感じたアキラが一目散にその場から逃走した事でそれは失敗に終わってしまう。そして、勿論沙綾がそれを放っておく訳もなく、

 

「アキラー!」

 

再び彼女達による校庭での激走が開始されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

取り残されたヒカリはそんな二人を眺めながら小さなため息をつく。ただ、遠目にみる限りでは二人の様子は先程のような剣幕なものではなく、今度こそはじゃれあいのようである。そのため、彼女も追いかけてまでそれを止める事はしないという判断を下したのだ。

 

そして、しばらくの間逃げ惑っていたアキラが、砂場にて沙綾に捕らえられた事を切っ掛けに、ヒカリは自らの隣にいるミキへと口を開く。

 

「ねえ……ミキちゃん」

 

「?……どうしたの先生」

 

遠くを駆け回る二人をただポカンと眺めていた彼女は顔を上げると、何時もよりも真剣な顔付きのヒカリがそこにいた。

 

「これからも、あの二人の事を見ててあげて……特に沙綾ちゃん、あの子は、直ぐに無茶ばかりするから……」

 

「えっ……」

 

ヒカリの言葉にミキは首を傾げる。

それもそうだろう。彼女は別に自分達のクラスの担任という訳でもなければ、特別親しい関係者でもないのだ。しかしヒカリの今の言葉は、少なくともそれなりに沙綾を"知っていなければ"出てこない言葉なのだから。

 

「先生って、沙綾ちゃんと仲よかったの?」

 

ミキは思ったことを素直に質問する。それに対し、ヒカリは一瞬寂しそうな表情を見せた後、少しはにかんだような笑顔を見せて呟いく。

 

 

「……うん……とっても大切な……私達の……」

 

だが、彼女の話すその最後の一言だけはミキに届く事はなかった。何故なら、

 

「うおあぁぁぁ!」

 

砂場にて発せられたアキラの絶叫によって、ヒカリの声が描き消されてしまったからである。

 

「「!」」

 

二人は突如上がったその声に意識を沙綾達のいる砂場へと目を向ける。するとそこに居たのは、

 

「へっへーん!アキラが失礼な事言うからだよ!」

 

「ごめん!悪かった!だから止めてくれ!」

 

片手にアキラの襟袖を、そして砂場にある小さなスコップをもう片方の手に、得意気な笑みを見せる沙綾と、服の中に直接入れられたであろう砂を、服をパタつかせて必至に出そうとしているアキラの姿であった。先程の絶叫は、恐らくいきなり体に入ってきた冷たい水分混じりの砂にアキラが驚いた故のものなのだろう。

それを見たミキは、声を小さくして呟く。

 

「……先生、私、自信ないよ……沙綾ちゃんとアキラ君を止めるのは……」

 

実際、この時点のミキは、まだ二人と特別仲がよかった訳ではない。行動的な二人に比べると、彼女はどちからと言われれば内向的、女の子らしい彼女には、あれほどアクティブに動き回る彼女達を止める自信はないという。だが、しゅんとなるミキに対してヒカリは腰を落とし、彼女と目線を会わせてニッコリと微笑んだ。

 

「大丈夫……それに、ミキちゃんみたいな女の子と一緒なら……多分沙綾ちゃんも段々女の子らしくなってくると思うから…」

 

それだけ言い終わると、彼女は小走りに砂場へと掛けていく。理由は勿論、『沙綾をアキラから引き剥がす』ためだ。

最後に『お願いね』という言葉と共に残された彼女は、その場からヒカリに注意される二人をしばらくの間黙って見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、

 

「暇だなぁ……」

 

「そうだねぇ……」

 

お台場幼稚園に通う園児の大半が保護者の迎えの元帰宅した園内で、沙綾とアキラは共に親が来るのを同じ教室で待っていた。二人は違う組ではあるが、園児が少なくなってくると、先生達の目を行き届きやすくするため、このような処置がとられるのだ。

 

アキラの親は共働きにより迎えに来るのはいつも遅く、沙綾の母親もこの時代はまだ専業主婦ではなかったため、アキラと同じくなかなか迎えには来れない。そのため、同じように行動力のある性格の二人は、その日々の中で自然と仲が良くなっていった。昼間のような喧嘩を起こす事も度々あるが、基本的に二人の馬はあう。

ミキもまたこの教室の中にいるのだが、内向的な彼女は、いつも沙綾達とは別のグループで親の迎えを待っていた。

 

「なぁ沙綾、鬼ごっこしようぜ!」

 

アキラは意気揚々と沙綾へと問いかける。

彼は物事を引きずるタイプではない。昼間の出来事など、アキラにとっては既に忘却の彼方なのだ。最も、彼の前のショートヘアの少女も、それは同じなのだが。

 

「あたしはいいけど、二人でするの?」

 

「二人いれば十分だろ」

 

アキラは躊躇わずに即答する。今残っている同い年の園児達は、人数が少なくそのほとんどがミキのような内向的な少年少女。誘ってものって来る事は殆どないのだ。

 

「場所は?いつも通り?」

 

「おう!」

 

「そっか、うん、分かったよ」

 

"いつも通り"、つまりこの建物の中一体。彼女達の鬼ごっこは、まず先生に見つからないように教室を抜け出すところから始まる。彼らは基本的に低年齢の子供達に付きっきりのため、まともに見つからなければ教室から出ようと呼び止められる事はない。二人は教室の入り口付近で遊んでいる風を装い、その隙を待つ。そして、

 

「今だ……行くぞ沙綾……」

 

「うん……」

 

忍び足ぎみにゆっくりと教室のドアを開ける。ここまでくれば脱走は成功したも同然なのだが、

 

「アキラ君、沙綾ちゃん……何してるの?」

 

「「!」」

 

今回は違った。

隙を見て二人が部屋を出ようとした所、後ろから誰かに声を掛けられてしまったのだ。

二人が慌てて振り替えると、そこにいたのはいつもは違うグループで遊んでいる少女、

 

「ミ、ミキちゃん!」

 

「ねえ、二人で何処かに行くの?」

 

不思議そうに首を傾げて彼女は問いかける。昼間ヒカリに"二人の事を見ててあげて"と言われた彼女は、その言葉通りに、別のグループにいながらも、アキラと沙綾を見ていたのだ。最もそんな理由など、二人は知る由もないのだが。

 

首を傾げてポカンとそこに立つミキに、アキラはとっさに彼女の手を掴み、小さな声で沙綾へと指示をおくる。

 

「ヤバい見つかる、沙綾!この子も引き釣り込め!」

 

「う、うん!ごめんねミキちゃん!」

 

「えっ!えぇ!?」

 

二人に両手を取られ、まるで引きずられるように強引に、彼女もそのまま沙綾達と共に教室から姿を消した。

 

 

 

 

「ね、ねぇちょっとアキラ君、沙綾ちゃん、戻ろうよ……」

 

廊下に出てすぐ、ミキは不安そうな顔で二人へと問いかける。時間も時間、廊下の電気は所々が消えており、少し薄気味悪い事は間違いないだろう。だが、

 

「まぁまぁ、ここまで来たんだし、ミキちゃんもやろうぜ、鬼ごっこ」

 

「そうだね、二人より三人の方が楽しいしね……じゃぁまずはあたしが鬼だよ、はい、アキラタッチ!」

 

「ちょっ、おい、いきなりは反則だろ!ミキちゃんタッチ!」

 

「えっ、わ、私!?えと、沙綾ちゃんタッチ!」

 

 

少しだけ薄暗い廊下の中、ミキも含めて至近距離からの

タッチの応酬が続く。

 

「アキラタッチ!」

「ちっ、ミキちゃんタッチ!」

 

「さ、沙綾ちゃんタッチ!」

 

始めは戸惑いを見せていた彼女も、やがてタッチから次のタッチまでの時間が段々と短くなっていき、そして、

 

「アキラタッチ!よし行くよミキちゃん!」

 

「えっ!」

 

片手でアキラの肩を叩いた後、もう片方の手でミキの片手を握り、勢いよく沙綾が廊下を走り出す。ミキにタッチするために構えていたアキラの手が空を切り、遂に"鬼ごっこ"がスタートしたのだ。

 

「ミキちゃん!早く、アキラに追い付かれちゃう!」

 

「え、う、うん!」

 

沙綾が手を離し、ミキは状況に流されるまま彼女の後ろに付いて懸命に廊下を駆け抜ける。

最初の方こそこの鬼ごっこに躊躇いを持っていたミキであったが、やがて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらっ!ミキちゃん、二人ががりでアキラをつかまえるよ!」

 

「うんっ!」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!鬼は一人だろ!」

 

数十分後、ミキの母親が彼女を迎えに来た時に目にしたのは、笑顔を浮かべ、今度は逆に沙綾と共にアキラを追いかけるように園内を走り回る元気な娘の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

これが、未来に置ける親友3人の第一歩。

互いに影響を与えあい、デジモンと出会う前の仲良し三人組の一番最初の物語。




沙綾の過去回と言うより未来組三人の過去回でした。

"一応沙綾の夢"という程ですが、一人称視点ではないため、少しややこしかったかもしれません。

沙綾やミキ、アキラの性格が一部違うと思いますが、それはこれからの6年間で互いが互いに影響を与えた結果です。
具体的には、

沙綾………一人称(ミキ)、二人称(ミキ)長髪化(アキラ、ヒカリ?)、性格(ミキ)
アキラ………正義感(沙綾)、思いやり(ミキ)
ミキ………行動力(沙綾、アキラ)、性格(沙綾)

()の中が影響を与えた人物ですね。

さりげなくではないかも知れませんが、物語の核心に関わるも事柄も、やっと物語中に入れていく事が出来ました。ヒカリの"あの発現"の指す意味については、恐らく皆さんもある程度予想出来たのではないでしょうか。
分からなければ、物語の始め、もしくは感想欄の一部を見れば恐らく分かると思います。

この話の後に未来編を思うと、一層悲壮感が増すのではないでしょうか。
予定では、次回からしばらくの間主人公はまともに登場しないと思います。デジタルワールド内での話がメインですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お前が真に牙を向ける相手は私ではない……

ここ数日、なかなか文章がまとまらず時間がかかってしまいました。
というのも、カオスドラモンがなかなか話に絡んでこないので、いっそ『エピソード、オブ、カオスドラモン』的な物でも書いて、そっちに今まで考えていた彼の設定を物語的に書いていこうか、結構真剣に考えていたのが原因です。

彼が何故"過去の子供達を"殺そうとしたのか
彼が何故ミキとアキラのバックアップを破壊できたのか
そして彼の目的

そこら辺の話を中心に書いていきたいな、なんて思ったり。まあ本編でもその内出す予定なのですが、結構先になるのでどうしようかと。





デジタルワールド、ヴァンデモンの城。

 

メタルティラノモンの暴走によってまるで廃墟のような風貌へと変わった大広間、崩落した天井から月が顔を出す夜、ヴァンデモンは一人傷一ない玉座へと腰を掛けて思案していた。

内容は、昨日ピコデビモンが報告してきた『選ばれし子供達の動向』についてのある一つの疑問点。

ピコデビモンの話によれば、散り散りになっていた子供達は次々に合流を果たし、友情、そして知識の紋章が光を取り戻したという。ヴァンデモンにとってこれは放置出来る問題ではないが、彼が今気になっているのはそこではない。

なんと、ピコデビモンはその際"7人の子供達とそのパートナーの姿を確認した"というのだ。

 

「……おかしい……数が合わん……」

 

誰に語るでもなく彼は呟く。

ピコデビモンの話を総合して考えると、選ばれし子供達は既に7人共無事に揃っており、"それぞれのパートナーの確認も取れている"。なら、ついこの間叩きのめし、今この城の一階に首を繋いでいるあの灰色の恐竜は一体何者なのか。

 

(……8人目のパートナーか……?いや、だが……進化に必要なタグと紋章は今は私が持っている……どういう事だ……?)

 

当然ながら『未来から来た』などと言う突拍子もない考えなど浮かぶ訳がない。

 

(……ヤツが特殊なのか、それとも別の要因か、直接聞き出すのが確実だが…………ふん……恐らく話にならんだろうな……)

 

先日圧倒的な力を持ってメタルティラノモンを叩きのめしたヴァンデモンであるが、それでも尚自身に対して従順になる事はなく、床に倒れ付しながらもギラついた視線を彼へと向けていた。

それ以降退化する事のなかった彼を、ウィザーモン以下数匹のデビドラモンの監視の元、この城の一階、吹き抜けの修練場へと縛り付けているのだが、口を開けば『マァマの居場所を教えろ』の一点張りなのだ。勿論偽の情報を彼に与えてもいいのだが、あの様子では情報を手に入れた途端パートナーを探すため無理矢理にでも逃走する事が目に見えている。ならば、それはヴァンデモンにとって面白い話ではない。

 

(……ふっ……まあ良い……どちみち考えた所で答えは出まい……ヤツが何者であろうと……協力する気がないのならば消すだけの話…………)

 

最終的に、彼は思考をそうまとめる。

何時するかも分からない心変わりを悠長に待っているほど彼は優しくはない。ヴァンデモンは椅子から立ち上がり、自らの手で彼に引導を渡そうと階段を下り始めた。

 

その時、

 

「ヴァンデモン様ー!」

 

丁度彼の真正面、崩壊した巨大な扉の奥から声が上がる。

 

額に一筋の汗を流したピコデビモンが、バサバサという音を立てながら慌てて彼の元まで文字通りに飛んできたのだ。ヴァンデモンは階段上で足を止め、見下すような視線を彼へと向ける。

 

「騒々しいぞ……ピコデビモン」

 

「も、申し訳ありません……ですが、その……ヴァンデモン様にご報告が」

 

「報告……?お前の失敗談ならば、既に飽きる程聞いている」

 

「ひっ!も、申し訳ございません」

 

威圧感の籠ったその目にピコデビモンは震える。

実際、子供達の紋章が次々と輝きを取り戻しているのは、一重に彼の作戦が裏目に出続けた結果なのだ。ピコデビモンは地に足をつけ、両羽で頭を覆い隠しながら震える声で言葉を続けた。

 

「で、ですが、今回の報告は……その……"ヤツ"のパートナーの事でして……」

 

「……何?……詳しく話せ」

 

その予想外の言葉に、ヴァンデモンは一瞬驚きの表情を見せた後、彼を睨み付けるのを止める。それに若干安心したのか、ピコデビモンはふぅ、と一息ついた後語り始めた。

 

「……はい、ヴァンデモン様の言い付け通り、今日も子供達を監視していたのですが、そこでその内の一人が話しをしているのを聞いたのです。」

 

「…………」

 

「話によると、ヤツのパートナーは今は人間世界に居るようです……それも重傷を負った状態で……どうも二人で向こうの世界に渡り、片方だけが戻ってきたようなのです……怪我を負った理由は、詳しくは分からないのですが、その子供が言うには『自分がしっかりしてなかったからだ』と……残念ながらどうやって向こうの世界に渡ったかまでは話していませんでしたが……」

 

 

そして、彼のの報告を聞いた途端、彼は口許を大きく吊り上げ、まるで笑いを堪えるかのように不気味な笑みを浮かべた。正にその情報は、彼にとって吉報以外の何物でもないのだ。

 

「ほう……成る程……不明な点もあるが……そうか、やはり8人のパートナーで間違いない……それに…クク……これは面白い……予定は変更だ」

 

「ヴァ、ヴァンデモン様?」

 

「……ピコデビモン、子供達は今何処にいる?」

 

「え!?……は、はい……えと、少し東の森林地帯に……その……全員……います……」

 

ヴァンデモンの問いに、ピコデビモンはバツが悪そうに小さな声で答える。それも当然。彼の話す事は即ち、バラバラになっていた子供達全員の合流を許したと言うことなのだから。やはり、彼は今日も失敗を繰り返していたのだ。だが、

 

「それなら都合がいい……ピコデビモン、先程の情報に免じて、今回のお前の失敗は不問にしてやる……さあ、行くぞ」

 

ヴァンデモンの返事はあっさりとしたものであった。

『制裁』を恐れ、再び羽で頭を覆うピコデビモンの隣を、彼はスタスタと歩いていく。

 

「えっ!?ヴァンデモン様、何処へ?」

 

「決まっている……ヤツに教えてやるのだ……望み通り、"今パートナーが何処で"何を"しているのか"をな……」

 

再び立ち止まり、彼は企みを含んだら怪しげな横顔をピコデビモンへと向けた。彼の中で新たなる作戦が組上がっていく。

 

「ピコデビモン……今宵、私自らが選ばれし子供達に襲撃を掛ける……その場に"真実を知った"ヤツがいたなら、さぞ面白い事になるだろうな……」

 

アグモンは元々パートナーに会いたいがために子供達から離れたデジモン。そんな彼が、『沙綾を守れず、一人でのこのこ戻ってきた太一』を目にした時に取る行動など一つしかない。今の彼の精神状態ならば尚更である。

 

(少し此方が後押ししてやれば、間違いなくヤツは仲間にさえ牙を剥く)

 

ピコデビモンが背中を追いかける中、彼は真っ直ぐにメタルティラノモンが囚われている一階、吹き抜けの修練場へと移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァンデモンの城、一階

 

ヴァンデモンに打ちのめされたあげく、ウィザーモンの魔法によって体の自由を奪われたメタルティラノモンはその後、身を一階へと移され、デビドラモン達が上空を舞うこの修練場とも呼べる場所へと監禁されていた。

 

(……クソ……こんな所で……オレは……)

 

力付くで魔法を解除しようと、彼は幾度となく腕に力を込めてみたが、どうにも上手く動かない。彼は理解していないが、恐らく神経に細工をされているのだろう。起き上がる事さえできず、メタルティラノモンは倒れ込んだ姿勢のまま、時間だけが過ぎていった。

 

 

そして彼がヴァンデモンに敗北して三日目となる現在。

 

 

 

今だ動けず、倒れ込んだままの彼の耳に、コツコツという何者かの足音が聞こえる。時刻は夜、月の明かりだけが唯一の光となる薄暗い闇の中、その姿が徐々に彼の目に映る。

 

「ヴァンデモン………」

 

「どうだ、少しは協力する気になったか……?」

 

「なら……早くマァマの居場所を教えろ……」

 

力の違いを見せつけられても一切衰えない鋭い眼光を向け、メタルティラノモンは口を開く。最も、既に三日間同じ問答を繰り返しているのだ。簡単に答えてくれるとは思ってはいない。だが、詳しい詳細は分からないが、何時終わるかも分からない彼の"計画"付き合う程、今の彼の心に余裕はない。

 

何時もならば、ヴァンデモンはここで直ぐ様踵を返して去っていくのだが、今日は少し様子が違った。

彼は怪しい微笑を浮かべながら、ゆっくりと口を開く。

 

「ウィザーモン……監視は終わりだ……下がるがよい……」

 

「………分かりました」

 

見張りに付けていたウィザーモンを城内へと戻す。

最も、彼が消えたからといって魔法の効力まで消える事はなく、依然メタルティラノモンの体の自由はないのだが。

 

「……何のつもりだ……」

 

何時もと違うヴァンデモンの行動に、彼は警戒心を強める。だが、その次の言葉は、メタルティラノモンにとってある意味予想だにしないものであった。

 

「……気が変わった……やはり先にお前のパートナーが今どうしているかを教えてやろう……」

 

「!!どういう……事だ……?」

 

ピコデビモンを引き連れてやって来たヴァンデモンのその言葉に、メタルティラノモンは目を見開く。今までそれを教えようとしなかった彼が突然口を割ったのだ。普通は疑問の一つでも浮かぶだろう。たが、

 

「聞きたかったのだろう……なら、教えてやる……フフ、此方もこれ以上お前に付き合っている暇はないのでな……」

 

「何処だ!マァマは何処に居る!」

 

そのような疑問は直ぐに彼の頭からは消えて無くなる。

 

メタルティラノモンはまるで食らい付くかのように声を荒げ、それに対し、ヴァンデモンは得意気に口許を歪ませた後、話を始める。

自身に都合のいいようにねじ曲げた、彼にとっては最も残酷なその答えを。

 

「お前のパートナーは今は此処とは違う世界、"人間世界"にいる……が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう死んでいるかもしれんな……」

 

 

静寂、メタルティラノモンがヴァンデモンの言葉を理解するのには時間が掛かった。

 

 

それは、彼が最も恐れていた答え

それは、彼が最も聞きたくなかった結果

それは、彼が最も許せない回答

 

「なっ……嘘……だ……」

 

「嘘ではない、共に消えたもう一人の子供の"判断ミス"に、お前のパートナーは巻き込まれたのだ……」

 

ヴァンデモンは語る。確かに彼は"嘘"はついていない。一部の表現を大きくしただけなのだから。

 

「……違う……マァマは……いい加減な事を……言うな!」

 

だが、"沙綾の無事を否定"する者を、このパートナーは許さない。まともに動かない右腕をヴァンデモンへと向けようと、メタルティラノモンは体に力を込めるが、目の前の吸血鬼は全く動じる事はなく話を続ける。

この恐竜に止めを刺す、決定的な証拠を突き付けるために。

 

「お前が信じようが信じまいが結果は変わらん……何より、共に消えた筈の『もう一人の子供だけがこの世界へと戻ってきた事』が何よりの証拠……」

 

「……な……に………」

 

メタルティラノモンは硬直する。

 

『太一一人が帰ってきた』、それが事実ならば、最早反論のしようがないのだ。

 

「!………うっ……そん……な……マァ……マ……」

 

途端、灰色の恐竜の目からは大粒の涙がボロボロとあふれ、告げられたその結果だけが彼の心を支配する。今の彼にとっての全て、大切な光がゆっくりと音もなく消えていく。

 

「お前が真に牙を向ける相手は私ではない……」

 

 

 

 

そして、

 

 

 

「━━━━━━━━━━━━━━━━━━」

 

 

声にすらならない、悲しみを帯びた爆音の咆哮が、周囲一体へと響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本文では特に触れていませんが、メタルティラノモンがずっと完全体の姿を維持しているのは、一重に、『成長期へと退化する理由がない』からです。
プロフィールにも書いていますが、元々彼が成長期の姿で行動するのは、『沙綾のため』という部分が大きいので。


さて……次回は子供達視点でのヴァンデモンの襲撃。原作でのガルダモン初進化回ですね。
子供達にとっては久々の総力戦になりそうです。

何と言っても完全体"2体"を同時に相手する訳ですから……原作のように"全員成長期で突っ込んであっさり敗北"なんて事にはなりません。

ご意見、ご感想等お待ちしています。


追記…………前書きにも書きました『カオスドラモンの物語』について、活動報告の方に詳しく書いていますので、一度目を通して頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

邪魔を……するなァァ!!

気がつけば前回の投稿から一週間が立っていました。

楽しみにして下さっていた方がいましたらすみません。
文章を書くのに、何故か今までで一番時間がかかりました。
話の構成は出来ているのに、筆が進まないのはもどかしいですね。







深夜、

 

(待っているがいい、選ばれし子供達……今夜が、お前達の最後だ)

「行くぞ……」

 

ヴァンデモンの合図と共に、デビドラモンが彼を乗せた馬車を引いて宙へと飛び上がる。あっという間に彼の城は小さくなっていき、そのまま、彼等は選ばれし子供達を目指して一直線に進行を開始した。

 

「…………」

 

その真下を、彼に続くように強烈な怒りを宿した一匹の灰色の恐竜が進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタルワールドにある、とある森林地帯。

 

パチパチと焚き火の音だけが聞こえる満月の夜、皆が寝静まる中、太一は横になりながらも一人だけ目を開けていた。

 

(……沙綾のアグモン……何処に行っちまったんだ……?空は『ピコデビモンに連れていかれた』って言ってたけど、今まで全然姿を見なかったし……)

 

 

再びこの世界へと戻った彼とアグモンはその後、ピコデビモンによる様々な妨害を受けながらも、タケル、ヤマト、丈、ミミ、光子郎と、無事に合流を果たし、最後の一人である空とも、この森にて再開を果たしたのだった。

 

しかし、

 

一緒にいる筈と聞いていた沙綾のアグモンの姿はそこにはなく、太一が事情を聞くと、空は涙ながらに今までの出来事を話だした。

 

 

アグモンがピコデビモンと共に姿を消した事

その際に耳にした、ヴァンデモンという存在と、紋章の持つ意味、

その後、ピコデビモンの妨害をしながら、空なりにアグモンを探してはみたものの、発見には至っていないという事。

 

太一を始め、ピコデビモンがどのようなデジモンかを知っている一行は、彼女の話す内容に、驚きと共に表情を曇らせる。

 

空の話を一通り聞いた後、今度は太一が『現実世界で起きた出来事』を彼女へと話したのだが、沙綾が負傷した話を聞いた後、空は顔を青くし、『ごめんなさい』と、ここにはいない沙綾に謝りながら、崩れ落ちるように涙を流し始めた。

 

そんな彼女を何とかなだめ、彼等は次の方針を『アグモンの奪還』へと切り替え、その日の夜を向かえたのだった。

 

 

 

(ピコデビモンの事だから、どうせ録でもない事を企んでるだろうけど……沙綾……ごめんな、もうちょっと時間がかかっちまいそうだ……)

 

目をつむりながら、太一は現実世界に残してきた彼女の姿を思い浮かべる。

果たして彼女は無事なのだろうか。

沙綾の事を考えると、嫌が応にも最後に見た血だらけの姿が彼の脳裏に浮かぶ。

 

(……くそっ……全然寝むれねえや………)

 

そろそろ眠ろうと考えている太一であるが、一度思い返してしまうと、その姿が頭から離れず、なかなか眠気は襲ってはこない。

 

(仕方ない……眠くなるまで……一応見張りでもするか……)

 

太一はムクリと体を起こし、消えそうな焚き火に木を足して、一人見張りを始めるのだった。

 

この後に起こる、『衝撃の再会』など、この時の彼は考えもせずに。

 

 

 

 

やがて、

 

 

深夜、そんな彼にようやく眠気が襲ってきた頃、バサバサという小さな羽音が遠くからゆっくりと此方に向かって響いてくるのが聞こえ始めた。

 

(……ん……なんだ……?)

 

こんな真夜中、それを不自然に思った彼は、目を開いて周囲を見回す。満月の光と焚き火の火によって、周囲は夜にしては明るい方だが、今のところ彼の目に写るのは闇の景色だけである。

 

「おい、アグモン……起きてくれ」

 

「……う……ん……どうしたの、太一……まだ朝じゃないよ……」

 

「音がする……何かがこっちに飛んできてるような……」

 

「えっ?」

 

眠そうに目蓋を擦るアグモンを起き上がらせ、彼等は再度音のする方向へと意識を傾けた。

 

すると、やがて一匹のデジモンの輪郭が闇の中にぼんやりと浮かび上がってきたのだ。

 

それは小さな翼に、コウモリのような容姿、加えて、沙綾のアグモンの居場所を知っている数少ないデジモン。

何やら独り言を呟きながら此方に向かって飛んできたそのデジモンは、二人の姿を見つけた後驚きの表情を浮かべた。

 

「ヴァンデモン様が到着する前に、少しでも手柄を立てておかないと……!って、お、お前達、何でこんな時間に起きてるんだ!?」

 

「ピコデビモン!」

 

「お前、俺達が寝てると思って襲いに来たのか、そうはいかないぞ!おいっ!みんな起きろっ!」

 

一人焦るピコデビモンを無視して、太一は声を張り上げて皆に呼び掛けた。

 

「や、やめろっ!」

 

彼の焦りは更に加速するが、今更どうしようもない。

 

「……どうしたんだ……太一……こんな夜中に」

 

「……何かあったんですか……?」

 

子供達の寝込みを襲う積もりであった彼の計画が、"たまたま"起きていた太一によって脆くも崩れ去る。

他の子供達も、彼の呼び掛けに眠そうな反応を示したが、彼と対峙するピコデビモンの姿を見た途端、意識が覚醒したようである。

 

「あっ!ピコデビモン!ピヨモン起きて!」

 

本来の歴史とは異なり、彼は空に奇襲を欠ける間もなく、あっという間に子供達とそのパートナーに取り囲まれた。

 

「あわ…あわわ…」

 

「丁度いいぜ、お前に聞きたい事があったんだ」

 

じりじりと、まさに袋のネズミというように、回りの子供達と連携を取りながら、太一は徐々に彼を追い詰めていく。

 

「く、くそっ!」

 

そこまで追い詰められてようやく手柄を諦めたのか、彼は四方八方からにじりよってくる子供達をかわすため、真上へと飛び上がって逃げようとする。

 

だが、その行動は既に彼等には読めていた。

 

「逃がすな!アグモン!」

 

「分かった太一! アグモン進化ァァ……グレイモン!」

 

太一の指示の元、アグモンは素早くその体を巨大化させ、闇に紛れて逃走する彼の体を片腕でガッチリと捉える。

 

「うっ、は、離せ!」

 

勿論成長期のピコデビモンの力でそれを振り払える訳もなく、精々体をばたつかせるのが関の山。

グレイモンは手の中で暴れる彼を睨み付け、威嚇を込めた低い声で問いかける。

 

「さあ……いろいろと話して貰おうか!」

 

「ひっ! お、お前達なんか、ヴァンデモン様が到着すれば一捻りだぞ!」

 

「ヴァンデモンって……貴方がアグモンに会わせるって言ってたデジモンね」

 

「そ、そうだ……ヒ、ヒヒ……ヴァンデモン様は偉大なお方……もうすぐお前達を始末するために、ここにやってこられる……それに、"ヤツ"だって……」

 

額に冷や汗をかきながら、絶体絶命のこの状況でピコデビモンは声を震わせて怪しい微笑を浮かべる。

子供達が彼のその様子にただならぬ悪寒を覚えたその直後、彼らのいる森の中に、低く、威圧の籠った"その声"が響き渡った。

 

「口が過ぎるぞ……ピコデビモン……」

 

「!?……誰だ!」

 

突然何処からともなく聞こえてきた声に驚いたのか、グレイモンはピコデビモンから視線を外して叫ぶ。

底知れぬ不気味な雰囲気子供達を襲い、彼等は慌てて周囲の森を見渡すが、その声の主は見当たらない。

 

「ヴァンデモンってヤツか!?クソ、何処だ!…………はっ!」

 

その時、太一は気づく。

 

ピコデビモンを捉えて尚、"かすかな羽音"が止まらず響いている事に。

直後、不意にヤマトが遥か上空を指差して声を上げた。

 

「太一!みんな!あれを見ろ!」

 

彼らの真上、満月を背景に、一匹の悪魔のようなデジモンがまるで馬車を引くかのように飛行していたのだ。そして、その馬車の上に佇み、マントで体を覆い隠しながらも、威圧的な目で子供達を見下ろす存在が一人。

 

「……あいつが、ヴァンデモン!?」

 

「ヴァ、ヴァンデモン様!」

 

さながら吸血鬼を連想させるその姿に、子供達の視線が集まる。

すると、彼はそのまま上空で馬車から飛び降り、高度に比例しない軽やかな音と共に、子供達の前へと着地を決めた。そしてグレイモンの手に捕らえられたピコデビモンを見て、彼は口を開く。

 

「……失態だな、ピコデビモン……」

 

「も、申し訳ございません!」

 

ピコデビモンの怯えようと、ヴァンデモン自身の佇まいから、子供達はこのデジモンの強さを感じとる。

ヤマトはガブモンと共に、タケルを守るように彼の前に立ち、他の子供達もいつでも戦闘に入れるようデジヴァイスを強く握りしめた。

そんな中、太一は先程ピコデビモンにしようとした質問を、彼の主であるヴァンデモンへと投げかる。

 

「おいっ!お前がピコデビモンのボスか!俺達の仲間をいったいどこにやった!」

 

「……ん……」

 

ヴァンデモンはグレイモンの隣に立つ太一へと視線を移し、一瞬の思案の後、静かな、それでいて威厳のある口調で話す。

 

「ほう……お前が"戻ってきた子供"か……ふん……お前達の『仲間』など、私は知らん……」

 

「そんな筈はない!」

 

ヤマトの隣に立つガブモンが、睨み付けるような視線で珍しい怒声をあげる。そこには恐らく、友達を支えると誓いながら、その役目果たせなかった自分への怒りも含まれているのだろう。

 

「アグモンがピコデビモンに付いていく所を空が見てるんだ!お前が知らない筈がない!」

 

今にも飛びかかりそうな勢いでガブモンが捲し立てる。

 

が、丁度その時、

 

 

「きゃっ!こ、今度は何!?」

 

「じ、地震か!?」

 

再びこの暗闇の森に異変が訪れた。

 

それはドスン、ドスンと、いう地面を揺らす振動と、それに連動するようにバタバタと倒れる木々の音。

まるで"大きな何か"が、子供達に向かって歩いてくるような。

始めは小さかった振動が、徐々に大きくなっていく。

音が間近くまで迫ってきた頃、ヴァンデモンは邪悪につり上がった笑みを浮かべた。

それはまるで、これから起こる事に期待を寄せるように。

 

「来たか……フフ、選ばれし子供達よ……実は今日、お前達に贈り物を用意してきた……今までの長旅の"最後"を飾るには、絶好の代物だ……」

 

 

 

遂にその瞬間がおとずれる。

 

 

 

子供達から見える正面、ヴァンデモンの後方の木々が、何者かに踏み倒され、それは姿を表した。

 

「!……メタル……ティラノモン……」

 

見覚えのあるその姿。

太一が今最も会いたかったデジモン。

沙綾の最愛のパートナーの進化形態。

 

ただそれが纏う雰囲気は、太一の知っている彼ではない。

まるで捕食者のようなギラついた目で、彼はゆっくりとヴァンデモンの隣を通り過ぎ歩いてくる。

他の子供達は、彼のその目に全員が共通して過去の出来事を思いだし戦慄が走る。

 

「ちょっと……これってまさか……」

 

「ヴァンデモン!お前アグモンに何をした!」

 

ミミは顔を青くして呟き、ガブモンはヴァンデモンへと声を張り上げるが、彼は何も答えない。

変わりに、子供達を見てからも無言であったメタルティラノモンが、この場で始めて口を開いた。

 

 

「…………見つけたぞ…………」

 

「おい……どうしたんだ……お前、沙綾のアグモン……だよな……?」

 

かつて丈に向けたような、いや、それ以上に強烈な敵意を持った目に、思わず太一は後ずさる。

 

 

 

「"元"、お前達の仲間……それが私からのプレゼントだ……」

 

 

 

 

「太一ィィィィ!!」

 

瞬間、今までの静寂を切り裂き、怒号と共にメタルティラノモンが地面を蹴る。その目は真っ直ぐに太一だけを捉え、他の子供達には目もくれず、強靭な顎で彼を仕留めるため一直線に突き進む。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

突然の再会に加え、急襲を受けた太一は、何がなにか分からず一歩も動けない。だが、

 

「危ない太一! グレイモン超進化ァ!」

 

「う、うわぁぁ!」

 

彼のアグモンが成熟気へと既に進化していた事が幸いした。グレイモンは握っていたピコデビモンを放り投げ、太一とメタルティラノモンの間に割って入った後、即座にその身を完全体へと進化させる。

 

「メタル……グレイモン!」

 

メタルティラノモンの合金の顎に対し、メタルグレイモンも同じく合金の左腕を盾にして防御の構えを取る。

直後、ガキンという金属同士がぶつかる音と共に、メタルティラノモンはその左腕へと容赦なく噛みついた。

 

「ぐうっ!……」

 

突進の勢いを全体重を持って殺し、間一髪で後方の太一を守る。左腕のアームがギリギリと軋むが、持ちこたえる事には成功したようだ。

 

しかし、

 

「落ち着くんだ!メタルティラノモン!」

 

「邪魔を……するなァァ!!」

 

既に彼は正気など保ってはいない。

噛みついたまま、あろうことかそのまま右腕の主砲をメタルグレイモンへと突きだして来たのだ。

この超至近距離、相殺などは不可能。

引き金を引くだけで、回りを巻き込んだ大爆発がおこるだろう。

自身の身の安全すら度外視したその行動に、彼は慌てて後方に向けて強く叫ぶが、既に時は遅い。

 

「逃げろ!太一!みんな!早く!こいつは今正気じゃない!」

 

「ギガ……」

 

今のメタルティラノモンに躊躇いなど一つもない。

彼はそのまま、右腕の標準を彼の頭へと合わせ、その引き金を引く。

 

「デストロイヤー!」

 

衝撃にそなえ、メタルグレイモンは目をぎゅっと瞑る。

 

ドゴンと打ち出された有機体ミサルは、彼の頭を撃ち抜く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事はなく、

 

その頭のギリギリ横を通過し、暗い森の中にて大きな音と共に赤々とした爆炎を上げた。勿論、後ろの太一にも被害はない。

メタルグレイモンはゆっくりと目を開ける。その目に写るのは、今だ腕に噛みつきながらも、視線だけを下げる灰色の恐竜の姿と、その視線の先、彼らのほぼ真下で、一匹の獣人型デジモンが足を踏み込み、拳を突きだした姿勢で立っている姿。

 

 

「君に、そんな事はさせない……」

 

「ワーガルルモン!」

 

獣人型デジモン、完全体へと進化したガブモンが静かに口を開く。

 

進化した彼はまるで疾風のように二体へと詰めより、数日前にヴァンデモンがしたように、その鋭い爪から放たれる衝撃波をもってその右腕の軌道を僅かにずらしたのだ。

 

彼に遅れるように、ヤマトを始め、全員が急いで太一の側まではしりよる。その様子をヴァンデモンは動かずに静観する。

 

「太一!大丈夫か!」

 

「あ、ああ……悪いヤマト、助かった……」

 

「とにかく、今はあいつを止めよう……きっとヴァンデモンに何かされたんだ……」

 

「僕もそう思います……太一さんとヤマトさんでメタルティラノモンを抑えておいてください……僕とテントモンでヴァンデモンに挑みます……ミミさん、丈さん、サポートをお願いします!」

 

「分かったわ!」

 

「任せてくれ!」

 

「タケル、お前は後ろに下がっていろ、空、タケルを頼む」

 

「え、ええ……みんな、気をつけて……」

 

『僕も戦う』と声を上げるタケルを抑え、空は彼と共に後方へと避難する。

丁度その時、ワーガルルモンの助けを借りた事で、メタルグレイモンは腕に食らいつくメタルティラノモンを振り払い、両者の間に僅かな距離が開いた。

 

「作戦会議は終ったか……?なら、試してみるがいい……」

 

余程の余裕があるのだろう。先ほどから手を出すことなく戦いを見ていたヴァンデモンが、そこでようやく口を開く。

 

「みんな、用意はいいか……行くぞ、俺達の仲間を取り返すんだ!」

 

子供達は一斉に手に持ったデジヴァイスを掲げ、今、本来の歴史とは違う、突然訪れた文字通りの"総力戦"が幕を開けた。

 

 

 

 




次回はほぼ戦闘だけとなりそうです。

追記、活動報告にも書いていた、エピソード オブ カオスドラモンを投下しました。
もしよければ見てみてください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「「ギガ……デストロイヤー!」」


あらすじ欄にも書いていますが、6月23日、カオスドラモンの外伝を投稿しました。
ほんの少しのネタバレ要素はありますが、もしよろしければ見てやってください。

あと、今回も一応三人称視点ですが、主となる人物はコロコロ変わります。




満月が照らす深夜の森、その中でも木々が少なく比較的開けた場所で、戦いは再開した。

やはり最初に動いたのはメタルティラノモンである。

 

メタルグレイモンから引き離され、今しがた後退したばかりの彼だが、今度はその位置から、左腕の副砲を前へと突き出す。

 

「オレはお前を……絶体に許さない! ヌークリアレーザー!」

 

直後、一筋の閃光がメタルグレイモンに向けて、いや、正確には彼の後方に控える太一、及び子供達に向けて放たれた。

 

「「うわっ!!」」

 

だが、そこはやはりパートナーが許さない。

 

「くっ!太一達には指一本触れさせない!」

 

それを見たメタルグレイモンは太一の前で体勢を少し落とす。そして飛来するその光線を、進化と共に強化された鉄製の頭で受け止めた。

 

「ぐうぅ!」

 

彼の放つ必殺の衝撃は大きく、それを真正面から受け止めたメタルグレイモンの足元の地面にヒビが入る。

だがそれでも、彼の頭部を破壊するには及ばない。襲い掛かるレーザーは弾かれ、周囲へと霧散していく。

 

「やめろっ!落ちつくんだメタルティラノモン!」

 

その合間に、ワーガルルモンは素早くメタルティラノモンへと接近、拳を構えて飛び上がり、小柄な体格ながら彼の腹部に強烈な一撃を浴びせかける。

 

「がはっ!」

 

その威力に、メタルティラノモンは腹を押さえてよろよろと再び後退し、そこでようやく、彼の副砲による狙撃は中断した。

 

「助かったぜ……サンキューメタルグレイモン」

 

その太一の声に小さく頷いた後、彼は立ち上がり、急いで目の前の灰色の恐竜を押さえるために前進を開始する。

ワーガルルモン一人では攻撃は出来ても、体格の関係上彼を縛り付ける事は難しいのだ。

先程のような奇襲を受けないためにも、メタルグレイモンは相手の両腕に注意を払いながら、前から抱きつくようにしてメタルティラノモンを押さえつけた。

 

「クソッ!離せっ!オレの邪魔をするなァ!」

 

彼は怒りの形相を浮かべてもがくが、力は互角、その上、後ろにまわり込んだワーガルルモンに尻尾を押さえられ、強引に前進することも出来ない。

 

「今だ!行け、光子朗!」

 

「分かりました、お願いします!行きましょうミミさん、丈さん」

 

「うん……怖いけど、沙綾さんのためだもん、私頑張る!」

 

「沙綾君のアグモンの事、頼んだよ!」

 

その絶好の隙を逃さず、ヤマトは光子朗達へと素早く合図を出し、彼らパートナーを成熟期へと進化させた後、二体が押さえるメタルティラノモンの横を通り抜け、その奥に今だ佇むヴァンデモンを目指して走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……お前達三人が……私の相手か……?」

 

「沙綾さんのアグモンに何をしたんですか!」

 

「ふん……私は特に"何もしていない"……あれはヤツ自身の意思なのだからな……」

 

後方ではメタルグレイモン達が灰色の恐竜を押さえつけ、そのまま自分達から遠ざけるように移動する中、光子朗はカブテリモンを引き連れてヴァンデモンへと問うが、彼はつり上がった笑みを浮かべるのみである。その様子に、イッカクモン、トゲモンを背後にした丈、ミミが声を上げた。

 

「嘘だ!アグモンは理由もなく暴れるようなデジモンじゃない!お前が何か吹き込んだんじゃないのか!」

 

やはり思うところがあるのだろう。丈にしては珍しく怒りのこもった声に更にミミが続く。

 

「そうよ!沙綾さんの事以外でアグモンが怒るところなんて見たことないもの!」

 

それぞれが過去の体験を元に声を荒げる。そして、

 

「……沙綾さんの事…………まさか!」

 

光子朗が何かに気づいたように、はっとした表情でヴァンデモンへと顔を向けた。

丈、ミミも同じくそれに気づいたようである。そしてそれは、ヴァンデモンも同様に。

 

「さあ……どうだろうな……どのみちお前達は全員此処で死ぬ……知った所でどうにもならん」

 

あくまで余裕を崩さない彼に、三人の表情に怒りが見え始める。

 

「そんな事はありません……」

 

そして、遂に光子朗のデジヴァイスが輝き、それに連動するように首に掛けた『知識の紋章』も光を放ち始めた。

先日手に入れたばかりの、その"力"を奮うために。

 

「僕達が貴方を倒してアグモンの誤解を解けばいいんです……いくぞ!カブテリモン!」

 

「待ってましたで光子朗はん! カブテリモン、超進化ァ!」

 

夜の闇の中、カブテリモンの身体が眩しく輝く。

徐々に身体は巨大化し、青い体色は赤く染まり、全身の筋肉がより大きく膨れ、重量感のある姿へと変貌を遂げていく。そして、

 

「アトラー……カブテリモン!」

 

ズシンという大きな着地音と共に、彼は光子朗の前、ヴァンデモンと対峙するように立ち塞がった。

 

「ミミさん!丈さん! 行きますよ!サポートをお願いします!」

 

光子朗が振り替える事なく一歩後ろの二人へと言葉を投げ、両者のパートナーも戦闘姿勢へと入る。

 

「行きまっせ! 」

 

今だマントで身体を覆い、構えすらみせないヴァンデモンへと、アトラーカブテリモンは先制で突撃する。更に、

 

「ハープーンバルカン!」

「チクチクバンバン!」

 

イッカクモン、トゲモンがそれを援護するように己の持つ角とトゲを、彼の背中越しにヴァンデモンへと乱射した。

だが、一斉に迫る攻撃を前に、彼は鼻を鳴らして小さく呟いく。

 

「……さて……そう慌てる事はない……ゆっくりと教えてやろう……私の力というものをな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ワーガルルモン達は、メタルティラノモンを出来るだけ子供達から遠ざけるため、二体掛かりで彼を取り押さえ、強引に木々をなぎ倒しながら周辺の森の中へと戦いの場所を移していた。

彼らのパートナーである太一、ヤマトは、森の木々の影に隠れるようにしてその戦いを見守る。

 

「━━━━━━━」

 

「何故だ!何故お前がみんなを襲う!」

 

「そうだ、忘れたのか!オレ達は"仲間"だろ!」

 

がむしゃらに身体を捻るメタルティラノモンを必死に取り押さえながら完全体二体は声を上げるが、それが彼の耳に届く事はない。

 

「━━━━━」

 

最早喋る事はせず、咆哮を上げながら彼は身体を右へ左へ大きく振る。そして、

 

「! しまった!」

 

振り回されるメタルグレイモンの拘束が一瞬緩み、二人の間にほんの僅かな"隙間"が生まれた。そこに強引に片足を入れ、メタルティラノモンは彼の身体を、その強靭な足で大きく蹴り飛ばす。

 

「━━━━━━!」

 

彼らの予想を越えるその威力に、メタルグレイモンの身体は低空飛行を維持したまま吹き飛ばされた。

 

「うおあっ!」

 

「メタルグレイモン!」

 

バキ、バキ、と大量の森の木々達をへし折った後、メタルグレイモンの身体は停止するが、前方の彼が離れた事で、既にメタルティラノモンは"両腕"が自由になってしまっている。

 

彼は左腕に光を集めながら、後方で今だ尻尾を掴むワーガルルモンへと振り返った。

 

「くそっ!やめるんだメタルティラノモン!」

 

二体の視線が交錯するが、一方の目には既に光はともってはいない。

 

以前にも似たような状況があった。

その時の彼は、一瞬の静寂の後腕を下ろしたが、今回は違う。

 

自分の身体の一部が巻き込まれようと今の彼には関係ない、メタルティラノモンはその副砲を、ためらいなく"友"に向けて発射した。

 

「オレはヤツを破壊スル!邪魔するならお前も敵だ! ヌークリアレーザー!」

 

やっと口を開いた彼の決別の言葉に、ワーガルルモンは一瞬目を大きく開く。

 

だがその隙が、決定的なものとなってしまったのだ。

 

「!」

 

直撃、

 

防御の姿勢すらとる事も出来ず、一筋の光線は彼の尻尾ごとワーガルルモンの身体を飲み込み、森の大地を抉りながら突き進む。

 

 

やがて、その光が収束すると、抉りとられたレーザーの軌道上に、片膝をつき、消滅こそ免れたものの、退化してしまったガブモンの姿が現れた。

 

「……ぐ……アグモン……」

 

「…………」

 

ボロボロの状態で彼はメタルティラノモンを見上げるが、友は何も答えない。

彼を支えきれなかった後悔が頭を占める中、ガブモンはそのままゆっくりと崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガブモン!」

 

「おい!大丈夫か!」

 

パートナーが倒れた事で、身を隠していたヤマトと太一が、くっきりと削れた森に倒れ伏すガブモンへと急いで走りより、その身体を抱き上げる。その時、

 

「太一ィィィィ!」

 

拘束が完全に解けたメタルティラノモンが、その姿を見つけるなり再び叫び声を上げ、再度太一を喰らうために彼に向かって突進を始めのだ。

 

「う、うわ、こっちに来た!」

 

最早怒りが痛覚を麻痺させているのだろう。

黒く焼け焦げた尻尾がバチバチと放電するが、彼は一切気にしてはいない。

 

「なんで俺なんだよ!」

 

「言ってる場合か!逃げるぞ、太一!」

 

ヤマトはガブモンをかつぎ上げ、太一を急かして急いで元いた方向に走り始めた。先程のレーザーによって木々は消し飛ばされ走り安くはなっているものの、根本的な速度が違う。あっという間に灰色の恐竜は彼らの真後ろへと迫ってきた。

 

「まずい!追い付かれる!」

 

背後につくその巨大な影に、森を駆ける太一とヤマトの表情が強ばる。

だが、

 

「そうはさせるかっ!」

 

ガシャンという音と共に、先程蹴り飛ばされたメタルグレイモンが、間一髪、今度は背中から覆い被さるようにして彼の進撃を食い止める。そして、

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

「!!」

 

雄叫びのような咆哮を上げて、後ろから彼の身体を持ち上げ、彼が飛び道具を使うよりも早く身体を捻り、その巨体を後方へと投げ飛ばした。

 

再びバキバキという木が倒れる音が周囲へと響く。

 

「た、助かった……」

 

「はあ……はあ……今のうちに、太一達は早く逃げてっ!」

 

一安心する太一とヤマトに向かい、メタルグレイモンは息を弾ませながら声を上げる。紋章の力を受けて進化を果たしている彼は、持久力において優れてはいないのだ。

 

「あ、ああ!」

 

投げ飛ばされたメタルティラノモンは既に起き上がり、怒りの表情と共に、再度主砲である右腕を再び構え、彼は口を開く。

 

「ギガ……」

 

「くっ、させるかっ!」

 

今の彼に、メタルティラノモンの主砲を耐えきれる保証はない。しかし、先程とは違い、今は二人の間に距離がある。

メタルグレイモンは直ぐ様胸部のハッチを開く。

 

「ギガ……」

 

太一達を守るという意味でも、彼の主砲を受ける訳にはいかない。

なんとしても、あのミサイルだけは撃墜しなければならないのだ。

そして、これもまた、立場は違えど以前にも起きた光景、スカルグレイモンの暴走時の光景と非常に良く似ていた。

 

(あの時ボクを止めてくれたのはお前だった……今度は、ボクが……)

 

二体はほぼ同時に、全く同じ必殺の発射の合図を叫ぶ。

 

「「デストロイヤー!」」

 

先にメタルティラノモンの右腕から、一瞬遅れてメタルグレイモンの胸部から、それぞれ同じミサイルが打ち出される。

片や一発、片や二発、だが、その威力は同じ。

 

互いの最高火力が二体の中心でぶつかり合い、一瞬の閃光の後、暗い森の中に激しい衝撃と爆風が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くっ……ホーンバスター!」

 

仲間の援護を受け、アトラーカブテリモンの一本角から、強力なエネルギー砲がヴァンデモンに向けて一直線に放たれる。

 

しかし、

 

「……ふっ……ナイトレイド!」

 

その攻撃は、彼が前面に展開する無数のコウモリ達に阻まれ、一切彼には届かない。

勿論、イッカクモン、トゲモンの攻撃も同様に。

 

「これは……」

 

「どうしよう光子朗君!?全然効かないじゃない!」

 

先程からもずっとそうである。光子朗達が数の利を生かし、幾ら集中砲火を加えても、ヴァンデモンをその場から動かす事すら出来ず、そのコウモリ達が彼の盾になるのだ。

 

「どうした、選ばれし子供達よ……まさかこの程度か……?」

 

漆黒のコウモリ達が宙を舞う中、その中心でヴァンデモンがゆっくりと口を開く。

 

「なんでや! なんでワテら全員の攻撃が、あないなコウモリに止められるんや!?」

 

「なら、次はこちらから行くぞ……!」

 

ヴァンデモンは直立姿勢のまま、片腕だけを前へと出し、指をパチンと鳴らす。

すると、

今まで盾となっていた夥しい数のコウモリ達が、一斉にその牙を向け、こちらに向かって突撃してきたのだ。

 

「くっ、光子朗はん!」

 

まるで黒い竜巻のように迫り来るその群れに、それぞれのパートナー達はその身を盾に子供達の前へと立ち塞がる。

そして、

 

「うおぉぉっ!」

 

「アトラーカブテリモン!」

 

一匹一匹の力は其ほど強くはないが、その数があまりにも多い。弾丸のようにぶつかって来るコウモリの群は、防御力に優れたアトラーカブテリモンといえども、確実に体力を奪っていく。完全体である彼ですらこうなのだ。他の成熟期二体がそれに耐えきれる筈はなく、

 

「イッカクモン!」

「トゲモン!」

 

コウモリの群が過ぎ去った直後、イッカクモン、トゲモンは力なくその場へと倒れ、光と共にその身を成長期へと戻した。

丈とミミが慌てて彼らの身体を抱き抱える。

 

大きく体力を削られたアトラーカブテリモンも、両膝を付き、苦しそうな息を吐く。

 

「大丈夫ですか!アトラーカブテリモン!」

 

「なんとか……やけど次は、もうあきまへん……あのヴァンデモンっちゅうデジモン……ワテらの予想以上の強敵や……」

 

「……太一さん達は応援には来れない……僕達が頑張るしか……」

 

額に汗を滲ませ、光子朗は苦悶の表情を浮かべた。その時、

彼らの後方、森の中で、轟音と共に赤々とした炎が再び上がった。

見れば赤く染まる森の中、メタルグレイモンが片膝を付き、そんな彼を、メタルティラノモンが勢い良く蹴り倒す光景が目に写る。

 

「ふん……善戦はしていたようだが……向こうもそろそろ頃合いか……まあ、楽しい時間というのは存外早く過ぎるもの……此方もトドメとするか……」

 

今だ余裕を崩さず、ヴァンデモンは口を開く。

そして、ここに来て、光子朗達は彼が余り積極的に攻撃に移らなかった理由を思い知るのだった。

 

(……くそ……僕達は……遊ばれていた……)

 

そう、戦いの最中においても、ヴァンデモンは光子朗達との戦闘よりも、森の中に微かに写るメタルティラノモン達の方に意識を向けていたのだ。

それはまるで、仲間同士の戦いを見て楽しむかのように。

 

明らかに手を抜かれてこの有り様なのだ。今の彼らに勝ち目などない。

それを悟った光子朗の表情が歪む。

 

「僕達の……負け……」

 

「死ね……選ばれし子供達よ」

 

ヴァンデモンが攻撃の姿勢に入る。再び大量のコウモリが彼らに向かって襲いかかる。

丈とミミはパートナーを抱き締めて目を瞑り、光子朗とアトラーカブテリモンもこの状況に絶望感が沸き上がる。

 

まさに絶対絶命、

 

だが、コウモリ達の牙がその場にいる全員へと届こうとした、その時、

 

「まだだよっ!」

「まだよっ!」

 

そんな声が、彼らの真上から響く。

そして、諦めかけた光子朗の視界に、真っ白な純白の羽と、燃え上がるような真っ赤な羽が、同時にヒラヒラと舞い落ちた。

 

 





この話、少し急ぎぎみに書いたので、もし何処か不自然な所があったらすみません。
最低限皆様にイメージがつくように意識したはいるのですが、どうでしょう。ちゃんと伝わってるかな



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

"どうして分かってくれないの!"


タイトルの意味、原作をよく知っている方ならピンとくるものがあるかもしれません。
分からなくとも、本文中にて説明はあります。




ヴァンデモンの攻撃が光子朗達へと襲いかかる少し前。

 

選ばれし子供達がそれぞれの完全体の相手を務める頃、

空とタケル、パタモンは共にバードラモンの足に乗り、彼らの上空、この場において恐らく最も安全な空へと移動していた。

 

(ここならみんなの邪魔にならずにタケル君を守れる筈)

 

「空さん……お兄ちゃん達、大丈夫かな……」

 

「うん……太一もヤマトも、みんな強いから」

 

赤々と燃える森の上空、空はタケルに優しく話す。

 

だが、戦いの全貌が見渡せるこの場で、徐々に劣勢を強いられる仲間達に二人は不安は募っていく。

そして、ワーガルルモンが戦闘不能になると同時に、遂にタケルが声を上げた。

 

「そ、空さん!このままじゃお兄ちゃん達がやられちゃう!僕達も行かないと!」

 

「それは……そうだけど……」

 

メタルティラノモンから逃げる回るヤマト達を指差しながらタケルは叫ぶが、空の歯切れは悪い。

それもそう。

彼女とて皆を助けには行きたいが、他ならぬタケル本人を彼処へと連れていく訳にもいかないのだ。まともに戦う事すら出来ない彼が完全体が並ぶあの戦いに加わった所で、皆の負担が増えてしまうだけなのだから。

 

幸い、既に彼女達の位置からは、メタルグレイモンが二人の救出のために動き出しているのは確認出来たため、空はこの場は動かない事を決める。

 

「タケル君……気持ちは分かるけど、今は落ち着いて……ヤマト達は大丈夫、それより、タケル君が出ていく事の方が、逆にみんなに心配をかけちゃう。」

 

タケルが足から滑り落ちないように片腕で支え、空は諭すように彼を制止する。しかし

 

「僕達だって戦える!そうだよね!パタモン!」

 

「うん!」

 

もう守られ続けるのは嫌だと、タケルはすがるような目を空へと向けた。パタモンも少し自信のなさそうな表情を見せるも、それを飲み込み力強くタケルに頷く。

 

「だけど……ううん、やっぱりダメ!タケル君に何かあってからじゃ遅いんだから……とにかく、今は私と一緒に此処にいて!」

 

地上ではメタルグレイモンとメタルティラノモンが揉み合い、少し離れた所でアトラーカブテリモン達が懸命にヴァンデモンへと攻撃を仕掛けているが、どちらの戦いも決して有利には見えない。

 

「どうして……!空さんはみんなの事心配じゃないの!」

 

「そんな訳ないでしょ!どうしても危なくなったら、私はみんなを助けに行くわ……でも、そこにタケル君を連れていく訳にはいかないのよ!」

 

「そんなのイヤだ!僕だって戦う!」

 

「お願いだから言うことを聞いて!」

 

「タ、タケル、危ないよ!」

 

「空も落ち着いて!」

 

地上から百メートル近い場所を飛ぶバードラモンの狭い足の上に立ち、二人はお互いの主張をぶつけ合う。

一歩間違えば転落の危機すらある危険行為に、それぞれのパートナーは気が気ではない。

 

「僕だってみんなの仲間だよ!」

 

「それでも、ダメなものはダメなの!」

 

パートナー達の制止の声も耳には入らず、二人の言い合いは続く。どちらが正しいという答えなどない。二人の意見は平行線を辿り、それがこのまま続くのではないかと、そうパートナー達が思った時、

 

ドカンと、彼女達の真下から凄まじい爆発音とそれによる衝撃がバードラモンを襲った。

 

「うっ!空、タケル、パタモン、しっかり捕まって!」

 

この高さにまで届く衝撃に焦りながらも、バードラモンは空達が振り落とされないように出来るだけ身体を水平に保ち、空中を旋回する。

 

「な、何!?」

 

「そ、空さん!あれ!」

 

やがて、その衝撃が過ぎ去った頃、慌てふためく空に向かって、タケルは地上を指差しながらそう答える。

彼の指す方向に目を向けると、そこにいたのは燃え上がる森の中、片膝を付くメタルグレイモン。

恐らく、今の必殺によってエネルギーの殆どを使いきってしまったのだろう。

更に、状況はそれだけではない。

 

「光子朗君達もっ!」

 

空が視線を真下を向けると、メタルグレイモンだけではなく、アトラーカブテリモンまでもがヴァンデモンの前に膝を折っていたのだ。

 

「助けに行かなきゃ!パタモン!」

 

その様子に、タケルは形振り構わずパタモンの足を掴んでその場から飛び立とうとする。パタモン自身の考えもタケルと全く同じなのか、彼は無言で頷き、バードラモンの足から短い手を離し、自身の羽で飛行を始めた。

だが、

 

「待ってタケル君!私とバードラモンが行くから!」

 

「離してよっ!」

 

飛び出そうとするタケルの腰に手を回し、空はがっちりとそれを阻止する。そしてそれに対し、タケルは目に涙を溜めながらバタバタともがき、本来は"ピヨモンが放つはずの"その言葉を、無意識に彼は叫んだ。

 

「どうして分かってくれないのっ!」

 

「!!」

 

空がハッとした表情を浮かべる。

 

まるで身体に電流が流れたかのように、彼女の体が硬直する。

 

何故なら、それはかつて自らも口にした事のある言葉。

 

足を捻った自分がサッカーの試合に出る事を反対した母に、自らが放った言葉と全く同じものであったから。

それは彼女の主観で、『母は自分を愛してはおらず、華道の家元の後取りとしか見ていないから、サッカーをさせたくない』のだと今まで思い込んでいたのだが、

 

(……お母さん……)

 

空は気付く。

自分の主張は、あの時の母と全く同じものなのだと。

 

自分の紋章が輝かなかったのは『本当の愛情を知らなかったから』ではない。ただ『本当の愛情に気付いていなかった』だけなのだと。

 

(……今の私は……あの時のお母さんと同じ……お母さんは、ちゃんと私の事を……)

 

彼女の手が緩む。同時に、今度はタケルのデジヴァイスが光を放ち始める。それは本来の歴史よりも早い彼の再進化の合図。

 

「……力が……溢れてくる……あの時と同じ……」

 

体に溢れてくるエネルギーが、少し自信のなかったパタモンの表情を、"希望"に満ちたものへと変えていく。そして、

 

「行くよ!パタモン!」

 

「うん!」

 

力ない空の拘束を振りきって、彼はパタモンと共に勢いよくバードラモンの足から飛び降りた。

直後、パタモンの体が眩しく光を放ち始め、ほぼ自由落下に近いタケルを包み込むかのように彼の進化が始まる。

 

更にそれは、パタモンにだけに起こった現象ではない。

 

「!……紋章が!」

 

「空の想いが、伝わってくる……空! 私達も行きましょう!」

 

『本当の愛情』を知った空の紋章もまた、タケルのデジヴァイスと同じく光を放ち始めた。

一瞬戸惑う空であったが、すぐにそれを受け入れ、光と共に落ちて行くタケルに目を移す。

今しがたまで彼の意見を跳ね退けていた彼女のものとは違う、決意に満ちたその目には、タケルを行かせた後悔は写ってはいない。

 

(……後でタケル君に謝らないと……なんでタケル君の気持ち、分かってあげられなかったの……)

「……うん! "タケル君と一緒に"……みんなを助けるために!」

 

空の声に反応するかのように、彼女の紋章とデジヴァイスが一層強く輝き、バードラモンは空を乗せタケルを追うように急降下を始めた。

 

一気に落ちていくその体。真下に見えるのは、光を纏ったパタモン達と、更にその下、膝を付くアトラーカブテリモン達へ止めを刺そうとするヴァンデモン。

 

輝き続ける紋章に反応し、バードラモンの体を暖かな炎が包み込んむ。

 

そして炎を纏ったまま、二人は光に包まれたパタモンとタケルへと追い付き、2体のパートナーはほぼ同時に声を上げた。

 

「パタモン進化ー!」

「バードラモン、超進化ー!」

 

片や光に身を包み、片や炎を身に纏い、二匹のパートナー達は今、仲間の危機へと疾走する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これは………羽……?)

 

今にも迫る弾丸のようなコウモリ達を前に、光子朗はヒラヒラと舞い散る二種類の羽を視界に捕らえる。

 

そして次の瞬間、光子朗達の真上からその声は上がった。

 

 

「ヘブンズ、ナックルー!」

「シャドーウイング!」

 

ヴァンデモンすら予期出来なかった事態。

なんと、諦めかけた子供達の前に、頭上から一筋の閃光と激しい炎が彼らの盾になるかのように降り注ぎ、コウモリ達の突撃を遮ったのだ。

 

「えっ!?」

「な、なんでっか?」

 

絶望に歪んでいた光子朗の表情が、驚愕の表情へと変わる。表情こそ変わらないが、アトラーカブテリモンも、それは同じのようである。目を硬く瞑る丈とミミも、なかなか到達しない衝撃に徐々に薄目を開けた後、同じ表情を見せた。

 

「これは……一体……?」

 

「……すごい……私達を守ってくれてるの……?」

 

そのまま勢いよく光と炎にぶつかったコウモリ達が次々に消滅していく。その様子に、今まで常に余裕を見せていたヴァンデモンが、ここに来て初めて戸惑いを見せた。

 

「!……何者だ!」

 

やがて、襲い掛かるコウモリ達が全て消え去った後、その盾は消滅し、その代わりに、2体のデジモンがパートナーを抱えて光子朗達の前へと降り立つ。

一体は、かつてデビモンとの対決において切り札となったタケルのパートナー、六枚の白い翼を持つ天使型デジモン。

もう一体は、燃えるような赤い翼を持った巨大な鳥人型デジモン。姿こそ始めて見るが、その面影と連れている人物を見れば、誰であるかは簡単に想像がつく。

 

「タケル君! 空さん!」

 

「間に合ってよかった!光子朗さん、みんな、大丈夫?」

 

「はい、助かりました……ありがとう、タケル君」

 

天使型デジモンの腕から降りたタケルは、光子朗の元へと駆け寄り、二人は軽く言葉を交わした後、ヴァンデモンへと振り返った。

 

そこに居たのは、先程よりも少し険しい表情を浮かべた彼の姿。

 

「ふん……もう少しで止めをさせたものを……」

 

口調は変わらず、しかしやや憎々しげにヴァンデモンは口を開く。アトラーカブテリモンも含め、完全体とそれに匹敵する存在が計三体、状況は彼にとってそれほど好ましいものではない。

 

だが、

 

「タケル君、ここをお願い……私達は向こうを助けてくるから……それまで何とか此処を守って……」

 

鳥人型デジモンの掌の上で、空はタケルへとそう伝える。

そう、この場にはまだもう一体相手をしなければならないデジモンがいるのだ。

空の心変わりを知らないタケルにとっては、叱られる覚悟はあっても、今の今まで自分を戦闘から外そうとしていた彼女からのその言葉は正に予想外だったのか、少し呆気に取られる。

 

「えっ!?空さん……それって……」

 

「"仲間"……でしょ……さっきはごめんなさい……お願い出来る……?」

 

この場には似合わない微笑みを浮かべながら、空は優しくタケルを見つめた。

勿論、それに対する彼の答えは一つしかない。

 

「う、うん!任せて空さん!僕達が光子朗さん達を助ける!行くよ!"エンジェモン"!」

 

「ふふ、ありがとうタケル君…………よし、行くわよ"ガルダモン"!」

 

先程までの険悪な雰囲気がまるで嘘のようである。

 

それぞれのパートナーは力強く頷き、ガルダモンは空を乗せたまま、周囲で赤々と燃え盛る森の中、暴走を続けるメタルティラノモンを目指して再び飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度は私がお前の相手だ! ヴァンデモン、お前の邪悪な力、消し去ってくれる!」

 

ガルダモンが飛び立ち、その場に残ったエンジェモンが、眩い光を放ちながら、武器である棍を敵へと向けて声を上げる。

 

「……直接対決は避けたかったが……さて……」

 

成熟期の身でありながら完全体と互角、更に闇のデジモンに対して強力な特効を持つこのデジモンの登場には、ヴァンデモンも少なからず警戒を強めた。

先程まではなかった"真っ赤な鞭"をその手に出現させ、エンジェモンの動向を探る。

 

両者は十メートル程の距離を挟んで睨み合い、

そして、

 

「行くぞっ! ホーリーロッド!」

 

エンジェモンが動いた。

彼の手に持つ棍が眩しい光を放つと同時に、その全長をまるで如意棒のように大きく伸ばし、彼はそれをヴァンデモンに向けて横に一閃、勢いよく振り抜いた。

 

しかし、

 

「させん! ブラッディストリーム!」

 

ヴァンデモンもまた手に持つ赤い鞭を大きく振るい、襲い掛かる光の棍を弾く。更に反撃としてもう片方の手にも同様の鞭を精製し、それ素早く伸ばしてエンジェモンへと奇襲をかけた。

 

「何っ!」

 

「エンジェモン!」

 

"敵の武器が一つ"という先入観により、エンジェモンに僅かな隙が生まれる。もし彼が一人で戦っていたのなら、この攻撃は避けれなかっただろう。だがまだこの場にはもう一体のデジモンがいる。

 

「アトラーカブテリモン!」

 

「任せなはれ光子朗はん!ホーンバスター!」

 

後方に控えるアトラーカブテリモンが、角の先端からエネルギー砲を発射し、正確に鞭を弾く。

 

「くっ……! ふん……死に損ないが私の邪魔をするか……」

 

今攻撃でペースをつかむつもりだったのだろう。それを阻止されたヴァンデモンの声にはかすかな苛立ちが含まれているようだ。

 

「タケル君達は攻撃に集中してください!防御は僕達が行います!」

 

「ありがとう光子朗さん!頑張ってエンジェモン!」

 

「ああ、すまない、助かった」

 

一呼吸を置き、エンジェモンは再び強く武器を握りしめて、遠距離から再度ヴァンデモンへと棍を振るう。

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、

 

「!……メタルグレイモン!急いでガルダモン!」

 

夜の空からよく目立つ赤々とした森の中、空は倒れながらもメタルティラノモンの足へと食らい付き、その進撃を止めるメタルグレイモンを発見する。

彼の体力が既に限界に近い事は一目で分かる。

だが、急いでそこまで行こうとした時、不意に真下を見たガルダモンが声を上げた。

 

「待って空!彼処!太一達がいる!」

 

「! よかった無事だったのね!」

 

メタルティラノモンへと向かい飛行する最中、まだ燃え広がっていない森の中を走る太一とガブモンを背負ったヤマトを見つけた空達は、急ぐ気持ちを抑え、一度その場で着陸し、二人と合流する事を決めた。次の行動をスムーズに行うために。

 

「な、なんだ!」

 

ズシンという音を響かせて舞い降りた巨大な鳥人に太一達は驚くが、その手の中にいる空の姿を見た事で、二人共状況を察したのか、表情をゆるませる。

ガルダモンが腰を落とし、空を地上へと下ろすと、二人は慌てて彼女の元へと駆け寄ってきた。

 

「空!ピヨモンも完全体に進化出来たのか!」

 

「タケルはどうしたんだ!?」

 

「二人共落ち着いて、……タケル君は今エンジェモンと一緒にヴァンデモンを抑えてくれてるの……今の内にみんなを集めて、一旦ここから逃げましょう!」

 

メタルグレイモンの体力を考えるとあまり時間は残されていない。空は手短に要件を伝える。

皆が纏まって逃走するためには、この森の中、せっかく見つけた二人を再び見失う訳にはいかない。それが合流した理由である。見つけたその場で止まっていた方が、スムーズに逃走出来るのは言うまでもないだろう。

 

「ちょっと待て! 沙綾のアグモンはどうするんだ!?」

 

「今は無理よ! 丈先輩とミミちゃんはもう戦えないし、光子朗君もメタルグレイモンも限界が近いの、ガブモンもこの状態じゃ……今はとにかく、みんなの安全が第一よ!」

 

「そうだ太一、タケルにも無理はさせられない……空のいう通り、ここは一度退こう」

 

現実世界に置いて強い誓いを立てた太一は一度空へと食い付くが、ヤマトの説得もあり、最後にはしぶしぶながらもその提案を受け入れた。

 

空はガルダモンを見上げ指示を下す。

 

「ガルダモン!メタルグレイモンを助けて、その後みんなを連れて飛んで逃げましょう!」

 

「分かったわ……すぐに戻ってくるから……空も此処を動かないで」

 

メタルグレイモンがメタルティラノモンを引き留めている以上、彼に近づけば多少の戦闘は避けられない。ガルダモンは空を残したまま立ち上がり、再びその翼を広げ、力強く地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 





今回で一回目VSヴァンデモンを終わらせたかったのですが、どうしても長くなってしまい、少し見切り発車ぎみですが、一旦ここで切ることにしました。すみません。
最初は二話ぐらいのつもりだったのに、のびてしまいました。

次話以降、話は少しスキップする予定です。

というか、主人公の視点をそろそろ入れないと……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

"狂犬 "……いや、"狂竜"か……



やっとヴァンデモン戦が終わりました。
始めは二話で構成するつもりが、あれよあれよとながくなってしまいました。

ですが、やっとこの鬱展開から脱出出来そうです。




「待……て……太一の所には……行かせない……」

 

互いの必殺によって燃え盛る炎の森の中、エネルギーを大きく消耗したメタルグレイモンは、倒れながらもメタルティラノモンの足へと必死にしがみ付き、その進撃を食い止めていた。しかし、

 

「退け!」

 

「ぐぁっ!」

 

残るもう片方の足が容赦なく彼に降り下ろされる。

既に体力は底を付き、限界は近い。闇雲に降り下ろされるメタルティラノモンの体重を乗せた踏みつけが、更にそれを加速させる。それでも、彼はその両手を離そうとはしない。何故なら、

 

「お前は……ボクを……止めてくれた……今度は……ボクが……」

 

それは、『太一を守る』という気持ちに次ぐ今の彼の想い。かつての暴走を止めてくれたこのデジモンを、なんとか救いだしたいのだ。

 

「お前を……助ける……」

 

ガツン、ガツンという幾度の踏みつけに耐えながら、彼は"同族"の説得を試みる。

 

「目を……覚ましてくれ……沙綾のためにも……」

 

だが、そんな彼の想いも、一つの"食い違い"によって今のメタルティラノモンには届かない。

いや、むしろそれは、"その言葉は"、この灰色の恐竜にとっての逆鱗そのものである。

 

「うる……さい!! 」

 

「がっ!」

 

ドゴっという鈍い音を上げ、しがみ付くメタルグレイモンの身体に今まで以上の強烈な蹴りが入る。

踏みつけによってさんざん体力を削られ、最早気力のみで捕まっていた彼は、その横からの衝撃に耐える事は出来ず、大きく宙を舞った。

 

「お前が! それをいうのかっ!」

 

力なく浮き上がるその体に追撃のレーザーが直撃し、メタルグレイモンは爆炎と共に更に大きく吹き飛ばされる。

 

自力での飛行などもう不可能。

それどころか、最早完全体の姿を維持する事も出来ず、彼の体は光に包まれて幼年期へと退化し、無情にもそのまま落下を始めた。

 

(……ボクじゃ……ダメなのか……)

 

メタルグレイモンでは大した高さではなくとも、体の小さなコロモンでは話は別である。

森の木々よりも遥かに高い位置から落ちたとなれば、無事では済まない。

薄れていく意識、無力感と『このまま地面へと叩き付けられるのか』という絶望勘が退化したコロモンに過る。

 

(……ごめん、太一……)

 

徐々に近付いていく地上に、動けないコロモン。

 

 

その刹那、

 

「コロモン!」

 

意識の無くなる直前、聞き覚えのある声と共に、巨大な赤い影が、間一髪の所で彼の身体をその大きな手で受け止めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫……?」

 

「君は……ピヨモン……?」

 

「ええ……」

 

「そう……よかっ……た……」

 

巨大な翼で羽ばたくその頼もしい姿に安心したのだろう。

その言葉を最後にコロモンは目を閉じ、ガルダモンの腕の中で意識を手離した。

 

「……ゆっくり休んでいて……コロモン……」

 

そんなコロモンへの労いの言葉を掛け、ガルダモンは灰色の恐竜と向き合う。

 

 

 

 

メタルティラノモンは突如目の前に現れた新たなデジモンに再三左腕を構え、強烈な眼光を向けた。

 

「お前も……オレの邪魔をしに来たのか……!」

 

「貴方と戦うつもりはない……」

 

「ならそこを退けっ!」

 

相手の返事を待つこともせず、飛行するガルダモンに向けて彼の副砲が一直線に放たれる。

だが、

 

「でも……」

 

ガルダモンは翼を大きく羽ばたかせて急上昇する事で難なくそれをかわした。

巨大な鳥人が空へと舞い上がり、彼を翻弄するように回りを動き回る。

 

「!、ヌークリアレーザー!」

 

体格にに合わないその素早い動きに、メタルティラノモンは副砲を乱射するが、ガルダモンは障害物のない空中を右へ左へと旋回し、それが当たる気配はない。

 

「クッ!」

 

一切命中しない攻撃に、メタルティラノモンは苛立ちをうかべて歯軋りをする。

 

そして、

 

「チッ!」

 

舌打ちと共に、彼は腕を下ろした。

実際の所、彼は既に二回の必殺に加え、副砲の連発。更に、太一を見つけてから全力で暴れているのだ。

少なくなってくるスタミナを此処で無駄に消費する訳にはいかないと判断したのである。ガルダモンが"自らの進行の邪魔をしない"のなら、今の彼にとって彼女になど構っている暇はないのだから。

 

 

メタルティラノモンは視線を上空のガルダモンから外し、太一が消えた方向へと顔を向け走り出そうとした。

 

しかしその時、上空を舞う鳥人が突如急停止し、反撃の構えと共に声を上げる。

 

「でも、貴方がみんなを殺そうとするのを、黙って見てる訳にはいかない! 」

 

「!」

 

直後、ガルダモンの身体が炎に包まれる。

 

「シャドーウイング!」

 

先程ヴァンデモンの攻撃を止めた炎、彼女が纏い放出される炎が、まるで分身のように巨鳥の形を形成し、メタルティラノモンに向かって襲いかかったのだ。

 

「!、クソッ! この程度っ!」

 

彼は反射的に腕で頭を守るように防御の構えを取る。

防御力の高いメタルティラノモンならば、疲労を考えても一撃では倒れない。

 

 

 

しかし、ガルダモンの狙いは最初からそこにはない。

 

先程も言ったように彼女はメタルティラノモンと戦う気などはないのだ。

 

「な……に……!」

 

炎の巨鳥は不規則な軌道を描きながら、彼の防御をすり抜けるように足元へと着弾し、メタルティラノモンの片足へとダメージを与えてガクンとその体勢を崩す。

更にそのまま彼の周囲へと広がる炎は、森の火の手を更に激しい物へと変えた。それは大きく立ち上ぼり、まるで彼を取り囲む炎の壁のようである。

 

"メタルティラノモンの視界を奪い足止めする事"、これがガルダモンの目的なのだ。

 

「今のうちに!」

 

「お前……よくも……!グッ……!」

 

唯一火の手の上がらない上空を見上げ、メタルティラノモンは片膝を付く。

 

だが、この足止めも実際何時まで持つかは分からない。ガルダモンは炎の中憎々しげしげに此方を見上げて吠える彼に一瞬目を向けた後、手筈通りこの場から脱出するため、腕の中で眠るコロモンと共に素早くこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

「ふっ!」

 

光の棍と闇の鞭が月明かりの下で交差する。

お互いに牽制の意味を込めた遠距離からの物理戦は、一進一退を繰返し、どちらとも決定打に欠ける戦いが続いていた。

 

「……まずいです……このままじゃ……」

 

「う……エンジェモン!頑張って!」

 

だが、それを見守る子供の様子は優れない。

何故なら、

 

「くっ……ホーンバスター!」

 

エンジェモンへと襲いかかる赤い鞭を、アトラーカブテリモンは角先からのエネルギー弾で弾くが、その威力は戦闘開始時より明らかに弱々しい。

そう、"エンジェモンの防御"を担当する彼の体力が、もう限界を迎えつつあるのだ。

 

天使と不死者による一進一退の攻防は、確実に"ヴァンデモンの有利"へと傾きつつあった。

 

「どうした……?私を倒すのだろう……?」

 

「くっ!」

 

二つの鞭をで攻撃と防御を器用にこなしながら、ヴァンデモンはつり上がった笑みを浮かべる。このままではいずれこの均衡は崩れるだろう。

勿論それはエンジェモンも理解している。故に彼は此処で勝負に出た。

 

「はぁぁ!」

 

ヴァンデモンの振るう片方の鞭をバチンと弾いた後、彼は自身の武器を素早く光へと変え、自らの拳へと纏わせる。

 

そして、

 

「光よ……」

 

腰を落として右腕を引き、自身の必殺の構えを取った。

 

「ふん……来るか……」

 

だが当然、闇に対して強力な特効を持つその必殺をヴァンデモンが黙って見ている筈がない。

弾かれた鞭と残るもう一つの鞭、両方を変則的に降り下ろしてエンジェモンを狙う。

アトラーカブテリモンが一つの鞭を捌く事で最早手一杯な以上、こうする事で少なくとも"どちらか一つ"はエンジェモンへと命中するとかんがえたのだろう。

 

しかし、それは両方とも"エンジェモンには"当たることはなかった。

 

何故なら、

 

「させまへんでっ!」

 

アトラーカブテリモンが最後の力と言わんばかりにエンジェモンの前へと立ち塞がり、弾くのではなく、その身を盾にして二つの鞭を受けたのだ。

 

「ほう……」

 

「ぐっ!……すんまへん……後は……たのんます……」

 

バチンバチンと、立て続けにヴァンデモンの攻撃がアトラーカブテリモンへと命中し、役目を果たした彼はゆっくりと崩れ落ち、その身を幼年期へと退化させた。

 

「すまない……アトラーカブテリモン……」

 

彼の捨て身の甲斐あって、その後方のエンジェモンは無事に必殺の準備を整え、後はそれをヴァンデモンに向かって放つのみである。

 

しかし、まだ一つ問題がある。

 

「準備は万端か……だが、当たると思っているのか……?」

 

そう、両者の間は約10メートル。直線的な攻撃はまず見切られてしまうだろう。

 

だから、彼は勝負に出た。

 

「行くぞっ!ヴァンデモン!」

 

白い天使が地面を蹴る。

拳に光を纏わせたまま、彼は六枚の翼を持って全力でヴァンデモンへと加速したのだ。

避けようのない至近距離から必殺を当てるために。

 

「!……思いきったな……だが、私のやることは変わらん……」

 

闇が光を苦手とするように、光もまた闇を苦手とする。

エンジェモンの特攻にも近いその行動に、ヴァンデモンは驚くが、それも一瞬の事。彼は"赤い鞭"を捨て、すぐさま突撃するエンジェモンに向かい、光子朗達を苦しめた"闇の弾丸"を展開する。

 

「ナイトレイド!」

 

「エンジェモン!」

 

「タケル君!前に出ちゃダメだ! 」

 

ヴァンデモンの妨害など承知の上。

飛びかかる無数のコウモリを前にしても、エンジェモンは引かない。過去の出来事を思い出したタケルが不安感をあらわにする中、彼は弾丸のように突き進むコウモリの大群へと突撃した。

これを越えなければ、ヴァンデモンに攻撃を当てることすら叶わないのだ。

 

「うっ! ぐっ、あ……!」

 

夥しい数の闇が、エンジェモンの体力を削る。

やはり前進すら満足にいかない。

彼の全力を上げたスピードが、強烈な向かい風を受けたかのようにピタリと停止したのだ。

いや、むしろ激しいその衝撃に、前進姿勢を保ちながらもゆっくりと押し戻されている。

 

(くっ……やはり、強い……)

 

成熟期と完全体の差だろうか。

嵐のような弾幕にエンジェモンは歯を食い縛る。

 

「さて……いつまで持つか……」

 

一方、ヴァンデモンは自身の勝利を確信した。

何せ、自身が動かずとも向こうの体力は勝手に減っていくのだから。

仮に今必殺を放とうともコウモリ達が達が盾になる。

 

 

 

「お前達の負けだ……」

 

「はぁ、はぁ……うっ……失……敗……か」

 

 

押し寄せる闇にズルズルと後退するエンジェモンを見下すようにヴァンデモンは口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼は気付いていない。いや、目の前の天使に意識を集中していた為に気付くのが遅れてしまったのだ。

 

「……!」

 

自身のほぼ真上を、太一達を救出した赤い鳥人が闇に紛れるように飛んでいるのを。

それはヴァンデモンにとって皮肉にも、先程光子朗達を追い詰めた時とほぼ同じように。

 

「お願いガルダモン!」

 

「シャドーウイング!」

 

まるで先程と同じように、夜の闇に紛れた遥か上空から赤々とした炎の巨鳥がヴァンデモンへと降り注いだのだ。

 

「小賢しい!」

 

"反射的"にマントを盾にしてヴァンデモンはその炎から身を守るが、正にそれが仇となってしまった。

一瞬途切れる弾幕、エンジェモンは最後の力を振り絞って前進を開始する。右腕を引き、彼の懐へと一気に迫った。

 

「ヘブンズ……」

 

「くっ!」

 

ヴァンデモンの額に冷や汗が滲む。再びコウモリ達を召喚しようとするも、それは最早間に合わず

 

「ナックルゥー!」

 

足を踏み込み、エンジェモンは渾身の一撃を見舞う。そして、

 

「ぐうぅぅ!」

 

ドゴっという鈍い音を上げてその腹部へと彼の拳が命中した。同時に、ヴァンデモンが目を見開く。

瞬間、その右腕に蓄えられた光の力は、爆発のような閃光となってヴァンデモンの身体を大きく吹き飛ばし、その身体を勢いよく森の木々へと叩きつけた。

 

消滅とまではいかずとも、やはり確実にダメージは受けているのだろう。彼は立ち上がる事は出来ず、腹部を押さえて片膝を付く。

 

「………くっ………おのれ………」

 

「はぁ……はぁ……」

 

しかしそれはエンジェモンも同じ。むしろ、彼の方が受けたダメージは大きい。

全力を放った彼はそのまま地面へと倒れこみ、光を放ちながらその身を成長期へと退化させた。

 

「パタモン!」

 

タケルが慌てて彼の元まで駆け寄り、その小さな身体を抱き上げる。

 

「大丈夫!?」

 

「………うん……なんとか………」

 

「今の内!みんな逃げましょう!」

 

弱々しくもなんとか頷くパタモンを抱き抱え、なんとか立ち上がろうとするヴァンデモンを横目に、タケルもまた、その場から急いで彼女達の元へと駆け出した。

 

 

 

そして、

 

 

「みんないるわね……しっかり掴まってて!」

 

全員が無事に揃ったところで、ガルダモンは背中の翼を大きく広げて大地を蹴る。

 

ガルダモン以外のパートナーは全員戦闘不能といってもいい状況の中、"奇跡的"に一人も欠けることはなく、選ばれし子供達は皆、無事にこの燃え盛る森から飛び去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故だ! 何故太一を逃がした!」

 

子供達が去った燃え上がる森。空が僅かに明るくなり始めた頃、メタルティラノモンはヴァンデモンに怒りの眼差しを向けて激昂する。それに対し、彼はまるで独り言のように、低く小さな声で呟いた。

 

「……やはり選ばれし子供……油断は禁物と言うことか……」

 

一撃を受けた腹部に手を当てながら彼は思う。

自身の慢心が引き起こしたミスであることは否めないが、それでも、選ばれし子供達はあの絶望的な状況から見事に全員離脱して見せたのだ。

それは称賛に値すると言ってもいいだろう。

"窮鼠猫を噛む"、追い詰められてからの強さこそが、彼らの武器なのだ。

 

ヴァンデモンは改めて"選ばれし子供達の危険性"を確認する。

 

「ふ……ピコデビモンでは手に余るのも頷ける……」

 

しかし彼のこの呟きは、メタルティラノモンの質問の答えにはなっていない。

 

「オレの質問に答えろっ!」

 

 

 

直後、メタルティラノモンはその強靭な牙を持ってヴァンデモンへと襲いかかった。

彼はヴァンデモンの軍門へと下った訳ではない。あくまで選ばれし子供達を、引いては『太一を殺す』という目的において一致しているに過ぎないのだ。

一度敗北したところで関係はない。自身の目的だけが、今の彼にとっての全てなのだ。

 

「"狂犬"……いや"狂竜"か……」

 

しかし、やはり元々の力はそう簡単に覆るものではない。ヴァンデモンは迫り来る狂竜を見据えた後、慌てる事もなくそれを放つ。

 

「ナイトレイド!」

 

「ぐっ! がっ!」

 

 

飛び掛かるメタルティラノモンを闇の弾丸達が容赦なく迎撃する。それは光の力をまともに受けた事を感じさせない程の威力。

 

「うっ! がはっ!」

 

直撃に加え、度重なる戦闘によって疲労していた彼は、なすすべなくドゴンとその場に倒れふし、そのまま沈黙した。

 

ヴァンデモンは背中のマントで自身の身体を覆い、コツコツとメタルティラノモンへと歩み寄る。

 

「心配はいらん……ヤツらとはいずれまた戦う事になる……」

 

「…………」

 

「ふん……気を失ったか……まあいい、ピコデビモン! いるのだろう……出てくるがよい……」

 

ヴァンデモンは虚空に向かって声を張り上げた。

すると、

 

「は、はい!」

 

彼の背後から驚きのような声が上がる。

しばらくして、今だ燃え広がっていないその木々の間から、バサバサという音と共に、小刻みに震えるピコデビモンが姿を表した。

臆病な彼の性格の事、グレイモンに投げ飛ばされた後、被害を受けないようにずっと隠れていたのだろう。

ヴァンデモンの足元へと着地した彼は、"自分も制裁をうけるのではないか"と、身を縮めて怯える。

 

しかし、

 

「……城へ戻る……デビドラモン達を手配しろ……」

 

「……え!?」

 

その余りにも拍子抜けなヴァンデモンの言葉に、ピコデビモンは思わず目をパチリとさせた。

 

「二度は言わん……」

 

「わ、分かりました……あの……コイツは……?」

 

ピコデビモンは地へと伏せるメタルティラノモンを横目で見ながらヴァンデモンへと問う。

 

「……選ばれし子供達は必ず我が野望の前に立ちはだかろう……ならば、この八人目のパートナーにも、まだ使い道はある……」

 

その回答に、ピコデビモンの背筋が震える。

メタルティラノモンの暴走の激しさを間近で見た彼は、『いっそ此処で消してしまう方がいいのではないか』と感じるが、ヴァンデモンの手前、自分の意見を発する事など出来はしない。

これ以上の醜態をさらす訳にはいかないと、彼は努めて平静に言葉を返す。

 

「では、コイツの分のデビドラモンも……?」

 

「……うむ……」

 

「畏まりました」

 

やりとりを終え、ピコデビモンは一度城へと帰還するべく、ゆっくりと明るくなっていく空をバサバサと飛び去る。

 

「……」

 

そんな中、ヴァンデモンは子供達の消えた空を無言で眺めていた。

 

 

 

 





多分この戦闘がこの物語に置ける"最鬱"の戦いでしょう。
作者自身鬱展開が苦手なので、書いていて何度かスマホを置きました。

ここから少しずつ上がって行きます。
次回はひさしぶりの沙綾視点メインです。

病院に運ばれた後の話になるでしょうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

……う……ん……ぁ……れ……


時系列は多少前後しますが、今回は主人公の視点がめいんです。


東京、光が丘にある一つの病院。

 

「……う……ん……ぁ、れ……」

 

その病棟の一つのベッドの上で、沙綾はゆっくりと目を覚ました。

 

「! 良かった……目が覚めたんですね……」

 

「……ヒカリちゃん……?」

 

彼女が目を開いた時、まず始めに写ったのが白い天井と、安心したような優しい笑みを浮かべて自分を覗き込むヒカリの顔。だが彼女の『視界』はまるで片目を閉じているかのように右半分が狭い。

意識が覚醒したばかりであるためか、沙綾は横になったまま、ぼうっとした表情で口を開いた。

 

「……此処は……?」

 

「お台場の病院よ……」

 

「……病院……?」

 

ヒカリの返答に沙綾は疑問を浮かべる。

『何故自分が病院に?』と首をかしげながらも、彼女は取り合えず自分の腕を支えに体を起こそうとした。

直後、

 

「痛っ!」

 

ズキリと、両腕に鈍い痛みが走り、沙綾の表情が苦痛に歪む。

その様子にヒカリは慌てて彼女の上半身を支え、その体をやさしく横に倒した後、今度は心配そうな顔を見せた。

 

「動かないで……沙綾さん、全身に怪我してるのよ……その目だって……」

 

「……えっ?」

 

視界が狭い原因、沙綾は先程のような痛みが走らないよう、恐る恐る右手を動かして自身の顔に触れる。

自身の額から右目に掛けて感じる包帯の感触。

それだけではない。布団を被っていたため気づかなかったが、その右腕にも同じような包帯が巻かれているのだ。

 

 

まどろんでいた彼女の意識が息を吹き返すかのように覚めていく。同時に『自分が何故此処にいるのか』という点を、彼女はハッキリと思い出した。

 

「……そうだ……私、あの時…………」

 

「目蓋の上を切ってたみたい……目は無事みたいだけど、暫くは開かないって……体の方も、骨は折れてないけど、擦り傷と打撲が酷いから、動かさないようにって、お医者さんが……」

 

「はっ!アグモンッ!」

 

「えっ……?」

 

ヒカリが簡潔に沙綾の容態を説明するが、全てを思い出した以上彼女の頭の中は今それどころではない。先程とは違い、沙綾は痛みを堪えてガバッと上半身を起こす。見れば彼女の服も今まで着ていた物とは異なり、ワンピースのような"入院患者用の病院服"に変わっているが、沙綾は気に止めることもなく、唖然とするヒカリへと即座に問いかけた。

 

「ヒカリちゃん!私、どれくらい此処に居たの!?」

 

「ちょっと、沙綾さん落ち着いて……安静にしないと……他の人もいるんだし……」

 

「いいから答えて!」

 

その鬼気迫る表情にヒカリは一歩後退る。

 

「そんなに長く眠ってた訳じゃないよ……だいたい"三時間"ぐらいだと思うから……」

 

「さっ……三時間……!」

 

その言葉を聞いた沙綾の顔が引き吊る。

 

三時間。

それは現在のデジタルワールドの時間に換算して約半年。いや、だがそれはあくまで"沙綾が此処で眠っていた時間"。過去の現実世界へと渡り、襲撃に合ってから病院に運ばれて治療を受けるまでの時間も含めると、もう既に向こうでは"一年近い"時が流れている筈である。

 

病室の窓に目をやると、意識を失う時には真上にあった太陽が、今はもう半分以上は傾いて見える。

 

「た、太一君は!?」

 

「お兄ちゃんは……えと、向こうの世界に……」

 

「わ、私も行かないと! 痛っ」

 

沙綾は布団を勢いよく上げ、ベッドから飛び降りるような勢いで降りた所で、ガクンとその場に崩れ落ちた。

文字通り"全身"包帯だらけなのだ。その足も例外ではない。打撲と捻挫によって傷ついた今の沙綾では、恐らくまともに走る事さえ困難だろう。

 

 

「行くって……そんな体で何処に行くの……?」

 

「何処って……」

 

"デジタルワールドに決まってる。"そう言いかけた所で、沙綾の口が止まった。体を巡る痛みが、逆に暴走ぎみの彼女の頭を落ち着かせたのだ。

 

(……ちょっと待って……)

 

彼女は出来るだけ冷静に考える。

そもそも、どうやって"向こう"に戻るのか。

沙綾自身が『選ばれし子供』でない以上、彼女は"太一に付いていく"という方法以外で向こうの世界には戻れない。

この時代には、まだパソコンからデジタルワールドにアクセスするシステムなどはないからである。

 

 

そしてもう一つ。

沙綾の持つ『小説の知識』によれば、子供達は現実世界へと侵攻したヴァンデモンというデジモンを追って一度"こっち"へと帰って来る筈なのだ。

現実世界で三時間、デジタルワールドの時間にして半年もの時間がたった今、果たして子供達とアグモンはまだ向こうの世界にいるのだろうか。

 

(いや……いくらなんでも流石にそんなに時間は掛かってない筈……という事は、みんなはもうこっちに戻って来てる……?)

 

病室の床に座り込んだまま、沙綾は思考を巡らせる。

 

(闇雲に動いちゃダメ……今回だって、それで失敗してるんだから……もしアグモンがみんなと行動してるなら、もう一回太一君と合流すれば会える筈……なら、私が今しなきゃいけない事は……)

 

「あの……沙綾さん、大丈夫……?」

 

「えっ……」

 

不意に、沙綾の真正面から声が上がる。

床に座り込んだっきり動かなくなった彼女を心配し、ヒカリが腰を落として覗き込むように沙綾を見ていたのだ。

確かにヒカリのいう通り足を始め全身が悲鳴を上げてはいるが、沙綾は努めて平気そうにゆっくりと立ち上がってみせた。

 

(………っ!)

「……うん……ごめんね、ちょっと取り乱しちゃったみたい……」

 

痛々しい全身でも、沙綾はヒカリににこりと笑顔を見せる。そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ヒカリは会って間もない沙綾へと優しく抱きつき、呟いた。

 

「……沙綾さんのアグモンは、絶対にお兄ちゃんが見つけてきてくれるわ……だからお願い、無茶はしないで……沙綾さんに何かあったら……きっとお兄ちゃんが悲しむから……」

 

「…………ヒカリちゃん……」

 

沙綾は少し困り顔になる。

兄の事を信じ、また、兄の事を想い服をぎゅっと握る健気なヒカリの手をを振りほどく事など彼女には出来ない。だが自身の目的を踏まえれば、何時までも病院のベッドにいる訳にはいかない。『無理をするな』というヒカリの意見に簡単には頷けないのだ。

 

「………………心配しないで……『今すぐ』デジタルワールドに行くなんて言わないから……」

 

「……ホントに……?」

 

「う、うん……」

 

やはりヒカリは沙綾がすぐにでもデジタルワールドに戻ろうとすると感じていたのだろう。上目使いに安堵の表情を見せた。

嘘はついていないものの、その優しい笑みに沙綾の良心はチクリと痛む。しかし今そこを気にしている訳にはいかない。沙綾が"今するべき事"のために。

 

「……だけど、えと、私病院って苦手だから……あの、ヒカリちゃんのお家の方が……なんていうか、リラックス出来るかな……って思うんだけど……」

 

うるうるとした瞳を向けるヒカリにバツが悪くなったのか、沙綾にしては珍しく少し強引に話をかえた。

 

だが現状、これが恐らく彼女に出来る最善の行動。

アグモンが子供達と共にこちらの世界に来ているのならば、彼らの内誰かと合流出来ればその居場所が分かる。

小説の情報では、子供達は今夜にでも一度それぞれの自宅へと帰るため、そこで待機していれば確実に会えると沙綾は判断したのだ。

 

(……もしアグモンが戻って来てなかったら…………ううん、あの子は絶対に私のいる所に来てくれる……)

 

「それは……先生に聞いてみないと……」

 

沙綾から離れ、今度はヒカリが困った表情を浮かべた。

それでも"デジタルワールドに行く"と言われる事に比べれば遥かに安心出来るためか、反対するような素振りは見せてはいない。そして、

 

「じゃあ私が聞いてくるから、ヒカリちゃんは此処で待ってて!」

 

間髪入れずに沙綾は悲鳴を上げる足を引きずるようにして歩き始めた。片目が塞がってしまった事で遠近感がうまくとれないが、ゆっくりならば歩く事自体は可能のようである。

しかし、それをさせまいとヒカリは通せん棒をするように両手を広げて彼女の前へと回り込む。

 

「……ダメ、私が行くから……」

 

「これくらい大丈夫だよ!ヒカリちゃんも風邪引いてるんでしょ、ゆっくり休んでて……」

 

「えっ……」

 

沙綾は微笑を浮かべてヒカリの頭をポンポンと優しく撫でたあと、彼女を避けて再びヨロヨロと歩き始め、ヒカリの次の言葉を待たずにそのまま病室を出た。

勿論、沙綾は医者に外出許可を取るつもりなどない。

ただヒカリにそれを任せ、もし許可が下りなければ面倒な事になる。それを避けるため、適当に時間を潰した後再びここに戻ってくるつもりなのだ。

 

 

 

 

しかし、沙綾は気付いていなかった。

 

 

今、一つだけ些細な、それでいて致命的なミスをしたことを。

 

『小説の知識』があるからこそ、彼女はそのミスに気付くことすらなく、『それ』が"当然"であると疑う事もしなかった。

 

だが、それはおかしいのだ。

 

何故なら、『それ』は『変わってしまったこの歴史では、彼女が一言も口にはしていない事』、沙綾が今知り得る筈のない情報。

 

本当に些細な、しかし家族以外は誰も知らない筈の彼女の『状態』

 

 

 

「……沙綾さん……何で私が"風邪引いてる事を知ってるの"?」

 

 

 

沙綾がいなくなった病室の中、ヒカリはポツリとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、デジタルワールド、ヴァンデモンの城周辺

 

「彼処がヴァンデモンの城か……」

 

周囲を警戒するように茂みの中に身を隠しながら、太一は静かに呟いた。

 

暗い雲が空を覆い、悪魔のようなデジモンが上空を舞う巨大な城。

先日その城の主、ヴァンデモンによって苦しい戦いを強いられた選ばれし子供達だが、今度は自ら敵の拠点へと乗り込むため、周囲に生い茂る草木の中に一纏まりに身を潜め、その期を伺っていた。

 

「早くヴァンデモンを見つけないと、沙綾ちゃんが……」

 

「落ち着け空……今は待つんだ……」

 

焦りの表情を見せる空をヤマトが制止する。

だが、そういう彼自身も早る気持ちは同じなのか身を隠しながらも、その手にはしっかりとデジヴァイスが握りしめられていた。

 

 

彼らが焦る理由、それはヴァンデモン達からの逃走に成功した数日後の事。

久方ぶりに子供達の前に現れたゲンナイが語った『ヴァンデモンの目的』がその原因である。

 

『ヴァンデモンはお主達の世界を侵略しようとしておる』

 

『現実世界にいる8人目の選ばれし子供の命を、ヴァンデモンは狙っておる』

 

その言葉が、太一達をこの場所へと突き動かしたのだ。

 

 

 

 

「ねえ太一さん……私達、ヴァンデモンに勝てるの……向こうにはまだメタルティラノモンだって……」

 

一度ヴァンデモンの技を間近で受け、一撃でパートナーを戦闘不能にされたミミは、少し自信なさげに後ろから太一へと声をかけた。元々戦いを好まない彼女は、先日の戦いの壮絶さから不安を隠せないのだろう。

 

「ミミちゃん……」

 

それに対し彼は振り返り、『決意』の籠った目で力強く口を開いた。

 

「……確かにヴァンデモンは強敵だ……だけど、このまま何もしなきゃ沙綾がやられちまう……俺達の大事な『仲間』が!……それだけは絶対にさせない!」

 

そう、今の子供達にとって8人目の選ばれし子供とは『沙綾』を置いて他にはいないのだ。

見ず知らずの誰かではない。今まで何度も危機を助けられ、また太一にとっては一度は"助けられなかった"少女の命が狙われている。

 

自信を喪失するミミとは対照的に、彼の8人目を助けようとする『決意』は、本来の歴史よりも遥かに重い。

 

「ええ、それに今度こそ、メタルティラノモンを説得出来る筈です」

 

自前のパソコンを叩きながら、太一に続くように光子朗が口を開いた。先日の戦いでのヴァンデモンとのやり取りとメタルティラノモンの様子から、光子朗を始め皆はもう『ヴァンデモンがアグモンに何を吹き込んだのか』をある程度推察出来ているのだ。

 

「沙綾君の無事を証明して、ヴァンデモンの野望を話せば、きっとメタルティラノモンも分かってくれる筈さ!」

 

「ええ、恐らくヤツは、『沙綾さんが太一さんに殺された』とでも吹き込んだんでしょうから…………」

 

メタルティラノモンの説得さえ出来れば、状況を一気に変えることが出来る。ヴァンデモンを倒す事も不可能ではない。

 

「……うん、そうよね……ごめんなさい……私も頑張る!」

 

彼らの意見に鼓舞されたのか、ミミも不安そうな顔付きを真剣なものへと変え、静かに頷いた。

 

 

しばらくして、

 

 

「あっ、皆さん出ました! この位置、敵の守りが手薄です!」

 

カタカタとパソコンを叩いていた光子朗が声を上げる。

 

「見せてくれ」

 

その声に、太一を始め皆は彼の回りへと集まり、覗き込むように彼のパソコンの画面に表示された城の周囲の地図を見た。正面の正門と裏口からの進入を警戒してか、地図上に赤い点で表示された警備の敵デジモンは、その二ヶ所に大きく集中しており、城の側面にはほとんど写ってはいない。

 

結果、彼らはそこから城内へと進入することを決める

 

「……みんな、準備はいいか……」

 

光子朗がパソコンをリュックへと仕舞い立ち上がった所で、太一は皆へと問いかける。

 

「ああ、勿論だ」

 

「沙綾ちゃんのためにも、此処でヴァンデモンを倒しましょう」

 

勿論、沙綾を助けたいと願うのは太一一人ではない。

ヤマト、空を始め先程まで弱気であったミミも、そして他の子供達もそのパートナー達も、その場にいる全員が力強く頷いた。

 

「よし、行くぞ!」

 

ヴァンデモンを倒すため、そして敵の手に落ちたメタルティラノモンを救い出すため、選ばれし子供達とそのパートナー達は一斉に茂みから飛び出すのだった。

 

 

 




次回は『episode of CHAOSDRAMON』を更新しようと思います。

原作ではヒカリが『風邪を引いている』と自分から申告していますが、この小説ではそのセリフは喋らせていません。
『歴史の流れ』にも引っ掛からない本当に些細な歴史の変更ですが、この一言を喋ってるかどうかってかなり大きいですね。

こんな誰も気付かないような伏線が、この物語の随所にあります。

未来編、ファイル島編には特にそんなのが多く書かれています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メタル、グレイモォォン!

更新がかなり遅くなってしまい、申し訳ありません。

episode of CHAOSDRAMONの連続投稿が主な原因です。
ダークマスターズ編の中盤くらいまでには向こうを完結させたいのですが、間に合うか不安ですね……
一応プロットは完成していますが、文章が……

こっちの方は、これからまた今まで通り4、5日ペースでの投稿になると思います。


「……遂に、この時が来た……」

 

怪しい雰囲気が立ち込める場内、その一室である薄暗く広い書斎のような部屋で、膝をつくピコデビモン、テイルモン、ウィザーモンを前にヴァンデモンは歓喜に満ちた声を上げた。

 

「ウィザーモンよ……兵は集まったのだろうな……?」

 

「はい……今はこの城の一階で待機しています……皆、腕に覚えのある強者達です」

 

膝を付き、目を瞑ったままそう語るウィザーモンに、彼はニヤリと口許を吊り上げる。

長きに渡って封印されてきたこの城の地下にある"異界へと続く扉"。その最終調整の終了を目前に控え、ヴァンデモンは何時もより機嫌がいいようだ。

 

しかし、そんな主とは対照的に、テイルモンは厳しい表情を浮かべて口を開く。

 

「……ヴァンデモン様……"ヤツ"は如何いたしましょう……あの"凶竜"はヴァンデモン様に忠誠を誓った訳ではありません……八人目と接触する可能性がある以上、連れて行くのは危険かと思いますが……」

 

"ヤツ"、それは勿論メタルティラノモンの事である。

 

選ばれし子供達との戦闘後、再びウィザーモンの魔術によって拘束し、今もこの城へと繋いでいるあの暴走する凶竜をどうするのか。現実世界において"嘘"がバレれば、間違いなく彼はヴァンデモンへと三度牙をむけるだろう。

 

一度徹底的に叩き伏せられた身としても、テイルモンはメタルティラノモンを連れて行く事には反対なのだ。

そして、それに対しては残りの従者二人も気持ちは同じなのか、跪きながらも二人供彼女の言うことに黙って頷いた。

 

「ふっ……勿論……"ヤツ"を向こうに連れて行く気などない……」

 

「では……やはり此処で消して行くのですね……?」

 

メタルティラノモンの狂暴性に危機感を覚えるピコデビモンは、主のその言葉に内心ホッとしながらそう声を漏らす。

 

しかし、

 

「……いや……それは違う……」

 

「……!?どういう事ですか?……」

 

思っていた答えが返って来なかった事に、ピコデビモンは主の前であるにも関わらず思わず力の抜けた間抜けな声を上げてしまった。

裏を返せば、自身が連れてきたデジモンではあるが、彼はそれほどにあの"何を仕出かすか分からない凶竜"を恐れているのだ。

 

そんなピコデビモンに、ヴァンデモンは自身の策略を、彼にしては珍しく饒舌に語り始めた。

 

「私の目的は、恐らく既に子供達の知る処だろう……ならば、奴等は必ずこの城へとやって来る……それは今日かもしれんし、明日かもしれん……そして、元よりヤツの仕事は子供達の撃退だ……向こうは"仲間"にまともに手は出せん……ヤツ一匹此処に置いておけば、選ばれし子供達は私を追う事すら容易ではないだろう……」

 

「ですが、"ヤツ"が選ばれし子供達に説得され、寝返る可能性もあります……そうなれば、子供達にみすみす戦力を渡すようなものでは……?」

 

主の意見に疑問を持ったウィザーモンは、膝を降った体勢のままヴァンデモンを見上げるようにそう問いかける。

対して、ヴァンデモンは余裕のある笑みを崩すことなくそれに答えた。

 

「今のヤツに子供達の言葉など届きはせん…………仮に向こう側へと寝返ったとしても、それは"戦闘の末、ヤツを大人しくさせた場合"のみだ……ヤツも含め、向こうの戦力が大幅に削がれる事は間違いない……」

 

詰まる所、彼はどちらに転ぼうがかまわないのだ。メタルティラノモンが子供達を八つ裂きにしようと、戦闘の末に寝返ろうと、共倒れになろうと、"仲間同士"争う以上は、既にヴァンデモンにとっては"得"にしかならないのだから。

 

"沙綾の死"を伝え、子供達を襲撃した夜から、メタルティラノモンの様子は更に悪化の一途を辿っている。

押さえきれない"破壊衝動"に飲まれた彼は、最早人語を話す事はなく、動かない身体をバタつかせて時折狂ったように咆哮を上げるのみなのだ。意思の疎通など既に不可能である。

 

『放っておくだけで宿敵は勝手に疲弊する』

 

ヴァンデモンはそう考えているのだ。

 

「さて……そろそろ最後の調整も終わるだろう……テイルモン……兵を集めろ」

 

「はっ」

 

テイルモンがゆっくりと立ち上がり、それに続くようにウィザーモン、ピコデビモンも腰を上げる。

 

そして、丁度その時、

 

「お取り込み中失礼します……ヴァンデモン様」

 

彼らのいる書斎、その壁際に設置された"本棚の中"から声が上がった。見れば、ヴァンデモンの部下であり、"異界へと続く扉"の最終調整を任されていた幽霊形デジモンのバケモンが、壁と本棚をすり抜けるように上半身だけを出し、彼ら四人へと視線を向けていた。

 

「……最後の調整が終了しました……」

 

ヴァンデモンへと目を伏せながら、お辞儀をするようにバケモンは告げる。

 

「……ふっ……そうか……良いタイミングだ…………ウィザーモンよ、ヤツの拘束を解け……最早この城に用はない…」

 

ウィザーモンは静かに頷き、テイルモンと共にヴァンデモンへと一礼した後、くるりと反対側を向き、スタスタとこの部屋を後にした。

 

「……さあ……ヴァンデモン様」

 

「うむ……フフ……待っているがいい……愚かな人間共よ……」

 

二人の背中を見送った後、ヴァンデモンもまた、バケモンに先導されるように部屋の出口へと向かう。

 

 

そんな中、

 

 

「あれ……あの……私は……?」

 

 

ポツンと一人残されたピコデビモンは、少し物悲しそうにポツリと呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、時をほぼ同じくして、太一率いる選ばれし子供達は、敵に見つかることなく無事にこの城の側面から内部へと侵入し、今はこの迷路のような巨大な城の廊下を、敵の姿を警戒しながら歩いていた。

 

少し早いが、その行動はおおよそヴァンデモンの予想の範囲内だといえるだろう。勿論、それを選らばれし子供達が知ることはないのだが、

 

「おかしいですね……これ程大きな城なのに、さっき見た"ナニモン"達意外、誰も見かけないなんて……」

 

薄暗く不気味な通路の中、光子朗は呟く。

 

「敵がわんさか居るよりはいいさ、こっちには時間が無いんだ」

 

先頭を歩く太一が振り返らずに言葉を返す。だが、彼に何時もの楽天的な様子はなく、口ではそう言いながらも辺りへの警戒は怠ってはいない。

 

「うん……早くヴァンデモンを止めないといけないんだし……」

 

「ええ……ですが、これが敵の罠という可能性もあります……皆さん、慎重に行動してください」

 

彼らが敵の姿を見かけないのは当然だ。

何せ、既にヴァンデモンを含めこの城の内部にいたであろう敵達は、既にテイルモンの収集の元、一ヶ所に集められているのだから。

 

そう、ただ"一匹"を除いて……

 

「━━━━━━━━━━━━━!!」

 

「「!!」」

 

静寂に包まれた広い城内で、その低く、威圧的な咆哮は突如響いた。

 

 

 

「きゃ!な、何っ!?」

 

それと同時に、城の奥からドスン、ドスン、という床を揺らす振動が、子供達の足へと伝わり始める。

 

転ばないように足に力を入れて踏ん張る一行の中、以前にも聞いた事のあるその声に、すかさず太一のアグモンが反応した。

 

「太一!今の声……」

 

「ああ……間違いない……アイツだ……」

 

「「!」」

 

"アイツ"、その言葉で、子供達の表情に緊張の色が浮かぶ。嫌が応にでも先日の戦闘を思い出してしまうからだろう。説得の材料はあっても、やはり不安感は拭いきれないのだ。

向こうはまだ此方には気づいてはいないのだろう。大きな足音は一定のゆっくりとしたもので、一直線に太一達へと向かっている風でもない。

 

「……行こう……今度こそ、ぶん殴ってでもアイツを連れて帰るんだ!」

 

太一が振り返り、皆へと問いかけた。

交渉材料は持っていても、この前のメタルティラノモンの様子から、状況が悪ければ戦闘になる恐れもある。

それでも、

 

「ああ、勿論だ!」

 

「沙綾ちゃんのためにも!」

 

ヤマトを始め、一行は力強く彼の言葉に頷いた。その中で、

 

「後でいーっぱい我が儘聞いてもらうんだからっ!」

 

「ちょっとミミ……」

 

パルモンはため息混じりにパートナーを見上げるが、あまりにも場違いなミミの発言が、逆に皆の緊張を解したようである。

 

「後のヴァンデモンとの戦いも考慮して、素早く彼を説得しましょう……みなさん、必要以上のエネルギー消費は押さえるように努めてください」

 

「そうだな……よし、行くぞアグモン!」

 

「任せてよ太一!」

 

少し解れた緊張感の中、太一を始め、子供達はその足音と、時折響く咆哮を頼りに、城の中を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァンデモンの城、一階、修練場。

 

「━━━━━━」

 

黒い雷雲が空一杯に写し出される不気味な吹き抜けの広場。

周囲を壁で囲まれた城の中庭に位置するこの場所で、太一達は遂にその姿を発見した。

 

「太一さん!あそこっ!」

 

修練場へと続く大きな入り口から、タケルがその後ろ姿を指差す。メタルティラノモンはその広場を何かを探すようにズシン、ズシンと徘徊しており、今は入り口へと背を向けているためか、子供達の存在に気付いている節はない。

 

気付かれればもう後には引けない。だが逆に、彼が子供達の存在に気付いていない今こそが、ある意味最大のチャンスなのだ。

 

再び一行に緊張感が走る中、太一は小声で自らのパートナーと仲間達へと最後の確認を取る。

 

「ああ……アグモン、もしもの時は頼む」

 

「……うん」

 

「みんなも……準備はいいな……」

 

「……ああ、行こうぜ!」

 

気を引き締める太一の言葉に、ヤマトを始め全員が深く頷いた。

"敵の手に落ちた仲間を救う"。皆大なり小なりの不安はあっても、その想いは同じ。

 

そして、

 

太一とアグモンが先頭を切って修練場へと駆け込み、分厚い雲がよく見える暗い空の下、その灰色の背中へと声を張上げた。

 

「おいっ!メタルティラノモンっ!」

 

「!!」

 

その声に、今まで地響きを上げながら徘徊していたその灰色の身体がピタリと制止する。

余計な戦闘は出来る限り避けたい太一は、間髪入れずにメタルティラノモンへと事情の説明を開始した。

 

「俺達の話を聞いてくれ!お前はヴァンデモンに騙されてるんだ!沙綾は無事だ、いや、怪我はしちまってるけど……とにかくあいつは生きて今俺達の世界にいる!」

 

「そうよメタルティラノモン!沙綾ちゃんは生きてるのよ!私達が戦う必要はないわ!」

 

要点だけをまとめ、メタルティラノモンが振り替えるよりも早く"沙綾の無事"を彼へと伝え、襲いかかる暇を与えずに一気に誤解を解く。

恐らく、これが現状太一達が行える最良の手段。

沙綾に会えない寂しさからの暴走ならば、沙綾に会える方法さえ提示すれば話を聞いてくれる筈である。

「"アグモン"、オレ達は誰も君を責めたりなんかしない……だから、帰ってくるんだ!」

 

かつて夜の砂漠で誓った思いを胸に、ガブモンもまたヤマトの隣で"友"へと声を上げる。

 

「その通りだ!一度敵対した程度で、俺達の"友情"は壊れたりしない!」

 

「戻ってきて下さい!僕達には、貴方の力が必要なんです!」

 

「お願い!メタルティラノモン!」

 

「沙綾君のためにも!」

 

「ヴァンデモンなんかに騙されないで!」

 

それに続くように、動かないメタルティラノモンの背中に向かって、ヤマト、光子朗、ミミ、丈、タケル、がそれぞれの思いを力強く彼へと伝えた。

 

「一緒に行こう……沙綾もお前に会いたがってるから……」

 

そして、最後に太一がこう締めくくる。

メタルティラノモンはピクリとも動かず、襲ってくる気配は見せていない。背中をみせたまま、巨像のように沈黙を続けるのみである。

 

「……………………」

 

「分かって……くれたのか……?」

 

子供達はそんな彼の様子に、"想いが届いた"のだと、若干胸を撫で下ろしたのだが、

 

 

事態は、子供達が思っていたほど簡単ではなかった。

 

 

一瞬の静寂の後メタルティラノモンがゆっくりと振り返る。

 

だがそれは子供達の話を聞くためではなく……

 

「━━━━━━━━━━━━━━!」

 

「う、うわっ!」

 

今までの静寂がまるで嘘であるかのように、暗い空に向かってメタルティラノモンは爆発のような咆哮を上げた後、一行へとその瞳孔が開ききった狂気的な目を向けた。

 

「━━━━━━━━━━!」

 

彼は片足上げ、ドゴンと、力強く地面を踏みつけた。修練場に敷かれた石造りの床が一部弾け跳び、パラパラと宙を舞う。

 

「お、おい!どうしちまったんだ!?」

 

「━━━━━━━━━━━!」

 

まるで何かのスイッチが入ったかのように豹変した彼の様子に、太一の額から嫌な汗が吹き出してくる。

 

狂ったように叫び声を上げる彼のその姿は、誰がどう見ても"未だ敵意を持っている"ようにしか見えないのだ。

 

 

 

 

 

 

"最愛のパートナーの死"による暴走。子供達の推測は正解ではある。

だが、ウイルス種の破壊衝動がそれに上乗せされ、更に、その意思がどんどんと加速されればどうなるか。

"怒りが悲しみを越えて"膨らみ続けた場合、それはどのような結果を迎えるのか。

 

答えは簡単である。かつてのスカルグレイモンと同じく、『破壊するだけの化け物』へと変わってしまうのだ。

 

そうなれば、太一のアグモンがそうだったように、最早簡単には外部の声など耳には入らない。

 

今の彼は正にその状態といえるだろう。

 

 

 

「━━━━━━━━」

 

絶叫と共に、メタルティラノモンは左腕のレーザーを彼らに向かって構えた。彼の"目"を見れば一目で分かるように、その凶龍はためらいなくその引き金を引く。

 

「危ないっ!みんな伏せろっ!早く!」

 

「くっ!」

 

「━━━━━━━」

 

間一髪、ヤマトの叫び声のすぐ後に放たれた一筋の閃光は、一行の真上を通過し、ガシャンという音を上げて城の壁を吹き飛ばし、そこに大穴を開けた。

 

 

「メ、メタルティラノモン、どうしちゃったの!?」

 

「……信じられない……沙綾君の無事さえ伝えられれば、戦わなくて済むんじゃ……」

 

「こんな事……想定していませんでした……」

 

太一を始め子供達は姿勢を低くしたまま皆驚きの表情を浮かべる。

確かに、多少の戦闘を彼らは覚悟していたが、それはあくまで『自分達が沙綾の無事を知らせる前にメタルティラノモンが襲いかかってきた』場合のみの想定なのだから。

『知らせた上での暴走』など彼らは考えてもいなかった。

 

「お、おい!聞こえなかったのか!沙綾は生きてる!俺達は戦わなくていいんだ!」

 

「━━━━━━━━」

 

破壊の化身には最早言葉など必要ない。

メタルティラノモンは太一の必死の叫びに対して凶悪な牙を見せ、普通の人間ならば震え上がるほどの咆哮を持って返事を返す。そして、

 

 

 

 

「太一……みんな……下がって……どうやら話は通じないみたい……」

 

「……アグモン……」

 

 

小さな黄色い恐竜が、ムクリと身体を起こして一歩前進し、皆を守るように巨大な灰色の凶竜へと対峙した。

そう、この中において彼だけが、今のメタルティラノモンの状態を正確に分析できたのだ。

 

「今のメタルティラノモンは"あの時"のボクと『全く同じ』……」

 

パートナーの無事を聞いて尚、沙綾のアグモンが一切それに反応を見せない事などありえない。

 

自身の意思とは関係なく暴走する身体。

止めようと思っても言うことを聞かない心。

 

経験のあるアグモンは直ぐに理解できた。

こうなってしまっては、もう戦闘の回避は不可能であると。

だが、勿論彼は諦めるつもりなどない。

 

 

 

 

「クソ……こうなったら、アグモン!オレも一緒に行く!」

 

振り返らず、一人前を見る太一のアグモンに向かい、ガブモンは届かない想いに歯を食い縛りながら共闘を申し出た。しかし、

 

「待ってください!」

 

アグモンを追うように前へと進もうとするガブモンの手を光子朗がつかんで制止させる。

 

「離して光子朗!」

 

「ダメです!忘れたんですか!僕達の目的はヴァンデモンを倒す事です!あのデジモンは強い……此処で必要以上に体力を消費すれば、次の戦いの勝率は著しく下がるんですよ……」

 

光子朗は真剣な目付きでガブモンを見つめて声を上げる。勿論彼とて今すぐにでもアグモンを助けるためにテントモンを向かわせたいのは言うまでもない。

これが苦渋の選択である事は、彼の表情が全てを物語っていた。

 

「………光子朗のいう通りだ……ガブモン、ここは太一のアグモンを信じよう……」

 

ヤマトも光子朗の意見へと賛同し、そっとガブモンの肩へと手を置いて彼を諭す。

 

「…………うっ………」

 

「……僕達が出ていくのはアグモンがピンチになった場合です……今は、待ってください……みなさんも……いいですね……」

 

 

 

 

 

 

 

「━━━━━━━━」

 

今にも飛び掛かりそうなメタルティラノモンの前へとテクテクと歩きより、アグモンは静かに目前の凶竜へと語りかけた。

 

「不思議だね……"あの時"は、ボクを助けてくれたのは君だった……」

 

心の中で彼は思い返す。

今にも皆を消してしまいそうになった時、目の前のデジモンがそれを止めてくれた事を。

同じアグモンとして、ファイル島から共に旅をしてきた事を。

一緒にいた期間は仲間達の中で最も短いが、それでも、

 

「ボク達にとって……君は大切な仲間だ……だから……」

 

「━━━━━━━━━━━━━━」

 

直後、メタルティラノモンは目の前に直立するアグモンへと向かい、絶叫を上げて地面を蹴る。

巨大で凶悪な大顎を開き、彼を噛み潰さんとその小さな身体へと喰らいかかってきたのだ。

 

「今度こそ、ボクが君を救い出す!」

 

それは先日の襲撃時には果たせなかった想い。

 

「頼むアグモン!あいつを止めてくれ!」

 

アグモンの強い意思に反応して、後方の太一のデジヴァイスが輝き始め、同時に光へと包まれたアグモンの身体が一瞬にして巨大化していく。

 

「アグモン進化ァァ……グレイモン……超進化ァァァ!」

 

メタルティラノモンの牙が届く前に、アグモンの身体は成熟期を通過し、目の前の凶竜と並ぶ力をもつ"強竜"へとその身を一気に昇華させた。

 

仲間であり、友であり、そして恩人でもあるもう一匹のアグモンを救うために、最"強"の恐竜が、彼にも負けない程の力強い咆哮を上げる。

 

「メタル……グレイモォォン!」

 

 




さて、次回、第三章、ヴァンデモン編(デジタルワールド)の最終回になると思います。

メタルティラノモン対メタルグレイモン

スカルグレイモンの時とは完全に真逆の構図ですね。
戦闘力は2体共たぶんほとんど違いはありません。
"体力面"においてメタルグレイモンが不利程度のものだとお考えください。


以下おまけ



沙綾「私、主役なのに最近出番が殆どないんだけど……」

アグモン「そうだねマァマ……で、でも、その間ボクが頑張って主人公してるから!」

沙綾「主人公っていう割には随分ダークだけどね……」シュン

アグモン「うっ……落ち込まないでマァマ……ほらっ!マァマより出番の無い人だって一杯いるんだよ!」

クロックモン「…………………」

カオスドラモン「………………」

沙綾「あっ……ご、ごめん、私何考えてたんだろ……で、出番があるだけマシだよね!」

アグモン「マァマって、以外と単純だよね……」

沙綾「アグモンに言われたくないよっ!」

クロックモン「……………」

カオスドラモン「……………」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君は必ず、ボクが元に戻して見せる!


デジアド続編キターー!!

すみません、遅れました。
ていうか、もう50話まできたんですね。
文字数にして22万文字、ようやく半分過ぎたぐらいでしょうか。




「━━━━━━━━━!」

 

金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に、完全体へと進化を果たしたメタルグレイモンと、暴走するメタルティラノモンが、灰色の空の下で衝突する。

襲いかかる強靭な顎を左腕のアームを盾に防ぐその構図はこの前の再現のようであるが、太一のアグモンの心境は全く違う。

彼の豹変に唖然としながら攻撃を食い止めていただけのあの夜とは違い、今の彼はその瞳に宿る強い意思と共に、一切怯む事なく次の動作へと移行した。

 

「それっ!」

 

「!!」

 

ギリギリとアームを噛み付けてくる凶竜の両足を、メタルグレイモンは片足を勢いよく振って足払いを掛ける。

やはり足元に意識など向けていなかったのか、メタルティラノモンはそのままドスンという重い音を上げてその体制を崩した。

 

そこへ、

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

彼を腕に噛みつかせたまま、メタルグレイモンは雄叫びを上げながら自身の体を軸に"力任せ"にグルグルと回転を始める。

 

すると、

 

「ぐぅおおぉぉ!」

 

「━━!!」

 

始めはズルズルと引きずられていた凶竜の身体が、遠心力によって徐々に浮きがって行く。

そう、『一度食らい付いたらなかなか離さない』という彼の習性を利用した"ジャイアントスイング"である。

勢いが付き、高速でブンブンと振り回され始めた凶竜は、やがて自身の全体重に比例して外側へと掛かる強烈な引力に耐えかね、投げ飛ばされる形でその顎を開いた。

 

「━━━━━━━!」

 

野獣のような叫び声と共に、そのままドゴンとメタルティラノモンの身体は城の外壁を突き破り、瓦礫と土煙を盛大に舞い上げた後停止する。

 

しかし、

 

「━━━━━━━━━!!」

 

「……やっぱり、この程度じゃ元には戻らないよね……」

 

流石の防御力。

派手に城壁を突き破ったにも関わらず、即座に起き上がってギラついた目で吠える彼に、メタルグレイモンは呟いた。

やはり、もう簡単にはあの"凶竜"を元に戻す事は出来そうにない。

 

ならば、メタルグレイモンが取るべき行動は一つ。

 

(進化出来ないくらいまで、エネルギーを使わせるしかない)

 

エネルギーの枯渇。

かつての自分がそうであったように、ワクチン種である成熟期以下にまで彼を退化させれば、恐らく暴走は終わる。

 

しかし、それを行うには問題も幾つかある。

 

そもそも、自力での進化であるメタルティラノモンを退化にまで追い込む事は簡単ではない上、逆に自身は完全体の姿を維持出来る時間に限りがあるのだ。

それに加え、先程のように暴走する凶竜はためらいなく自身の必殺を放ってくるが、メタルグレイモンとしては彼に致命傷を与えかねない必殺の使用は避けねばならない。いや、それ以前に子供達を巻き込む可能性が強い。

 

 

不可能ではないが、目に見えて分が悪いのはいうまでもないだろう。それでも、

 

「━━━━━━━━!」

 

「来るぞ!メタルグレイモン!」

 

「君が心を取り戻してくれるのが先か……それとも、ボクの体力が底をつくのが先か……勝負だっ!」

 

出来る事がある限り彼らは諦めない。

城の中から瓦礫を蹴り飛ばしながら荒々しくコチラを目掛けて突き進んでくる凶竜を前に、メタルグレイモンは再度それを真っ向から受け止めるべく左手を前に防御姿勢を取った。

 

だが、

 

「━━━━━━━━━━!!」

 

「!なっ!」

 

再び噛みつくのかと思いきや、一直線にメタルグレイモンへと迫るメタルティラノモンが、急に頭を下に向け、転びそうになりながらも勢いを殺さずそのまま突っ込んできたのだ。

 

「ぐっ!」

 

「━━━━━━!!」

 

頭突き。

それも下から掬い上げるように強烈な一撃が強竜の防御をすり抜けてその腹部へと直撃する。

ガンっという音と共にオレンジの身体が宙を舞い、今度はメタルグレイモンが城の二階付近の外壁へと勢いよく叩きつけられた。

 

「がはっ!」

 

ガラガラという音を立てて壁の一部を崩し、その身体が半分城内へとめり込む。

 

「メタルグレイモン!」

 

後方に控える太一達の表情が曇る。そんな中、

 

「━━━━━━━━!」

 

「ひっ!太一!あいつ"こっちにミサイルを撃つつもりだぞ"っ!」

 

「!まずい!」

 

暴走する凶竜は本能的に一番近い物を狙う。

メタルグレイモンが弾き飛ばされた事で、それは"破壊対象"を修練場入り口付近にまで後退した子供達とそのパートナーへと変更し、即座に主砲である右腕を彼らへと向けたのだ。

ここが城のど真中であろうと、彼には関係はない。

 

 

「━━━━━━━!!」

 

凶竜の右腕が一瞬光る。しかし、やはりそれはもう一匹の強竜が許さない。

 

「っ……トライデントアーム!」

 

メタルグレイモンが吹き飛ばされた"位置"が、城の二階相当の高さであった事が幸いした。高い位置から、彼は強固なワイヤーによって着脱可能な左腕の先端部分を射出。それはメタルティラノモンの腕へとグルグルと絡み付き、彼が必殺を放つタイミングで、素早くワイヤー共々彼の腕を引っ張り上げたのだ。

 

「━━!?」

 

ドゴンと打ち出されたミサイルは検討違いの遥か上空に向けて打ち出され、厚く暗い雲の下、閃光と轟音を上げて爆散した。

 

「た、助かった…」

 

「サンキュー、メタルグレイモン!」

 

「太一達には手を出させない!」

 

次はこっちの番だと、メタルグレイモンは凶竜の右腕にワイヤーを巻き付けたまま、それを手繰りながら城の壁から勢い良く飛行した。そして、

 

「うおりゃ!」

 

「!!」

 

メタルティラノモンの前へと再び降り立ち、空いている右腕で彼の左頬を思い切り殴り付ける。

一撃で吹き飛ばせそうな衝撃ではあるが、ワイヤーによって互いの身体が結び付いているため、凶竜は吹き飛ぶ事なく、逆にメタルグレイモンがそれを引き戻す事で、彼を逃がさずに更なる追撃を仕掛けた。

 

「もう一発っ!」

 

「━━!」

 

ガツンと、メタルティラノモンの左頬に再度強烈な拳が入る。身体を引き寄せられながらのクロスカウンターのような一撃に、灰色の身体は地面を滑るように転がった。

最も、その程度ではやはり暴走する凶竜は止まる事はなく、

 

「━━━━!!」

 

「うっ!」

 

次はメタルティラノモンの方が右腕に巻き付いたアームを力一杯に引き寄せる。すると勿論、今度は先程とは逆にメタルグレイモンがそれに引き寄せられ、

 

「━━━━━━━━━!!」

 

「ぐっ!」

 

蹴り。

"ティラノモン"の得意とする全体重を乗せた飛び蹴りが、メタルグレイモンの頭部へと命中した。

鋼鉄化した頭故にダメージは少ないが、その衝撃に彼は思わず転倒してしまう。そこへ、

 

「━━━━━━━━!」

 

「!」

 

拘束されていない左腕を向け、凶竜が吠える。

"ヌークリアレーザー"。この至近距離で放たれれば、転倒しているメタルグレイモンでは避けることも、頭部による防御も不可能だろう。もし直撃すれば、制限のある体力を根こそぎ持っていかれかねない。

 

そこで、

 

「メガフレイム!」

 

「━━!?」

 

それはグレイモンの必殺技。

 

猫だましのように口から素早く発せられた火炎弾は、凶竜の副砲の発射よりも早くその頭部へと命中し、爆炎と共に彼の体勢を大きく崩した。光を集めていた副砲から色が消え、攻撃がキャンセルされる。

 

強竜は素早く身体を起こすと、続け様に火炎弾を更に三発、一瞬怯む凶竜に向けて放ち、最後に、

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

彼の腕へと絡み付かせていた左手のワイヤーを元へと戻した上で、雄叫びを上げて爆炎の上がるメタルティラノモンの身体へと渾身の体当たりを仕掛けた。

 

「━━━!!」

 

ガシャンという機械同士が擦れる音が響き、撥ね飛ばされた凶竜の身体は勢いよくゴロゴロと転がった末、城壁に激突する形で静止する。

やはり、暴走しているとはいえ生物。一連の攻防により体力は消費しているのか、メタルティラノモンは先程のように即座に反撃に出ることはなく、その身を壁に付けたまま沈黙した。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

乱れた息を整えるように、メタルグレイモンは肩を上下に動かす。

 

戦闘が始まってまだ僅かな時間しか経過していないが、息つく間もない戦いは確実に強竜の体力を奪っていっているのだ。

 

「大丈夫か!メタルグレイモン!」

 

「……太一……」

 

戦闘に一つ区切りがついたからだろう。

入り口付近に避難していた太一が、一人パートナーの元まで走りより、その背中へと声を掛けた。

 

「……今のところは、何とか……でも、まだ勝負はついちゃいない……危ないから下がってて」

 

「くそ、ごめんな……お前に全部任せちまって……」

 

申し訳なさそうに見上げてくるパートナーに、メタルグレイモンは首を横に振る事で返事を返す。

余計な会話をすることは出来ない。何故なら、目の前の凶竜は既に膝をついて起き上がってきているのだから。

 

後退するように太一を促し、強竜は再び凶悪と正面から退治する。

 

「━━━━━━━!!」

 

(あんまり時間は掛けられない……君は必ず、ボクが元に戻して見せる!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、ヴァンデモンの城、地下

 

「ふっ……選ばれし子供達め……思いの外早かったではないか……」

 

照明の無い暗く巨大な部屋の中、支配下にある無数のデジモン達の先頭に立ち、ヴァンデモンはポツリとそう呟いた。それに対し、彼のすぐ後方へと着くテイルモンはその場で膝を折り、ヴァンデモンへと進言する

 

「……いかがいたしますか……?ヤツらが既にこの城に到着しているのなら、今からでもこの兵達と共に私が掃除をして来ますが……」

 

「……いや、構わん……先程から響くこの戦闘音、私の思惑通り、子供達はヤツによって足止めされている……最早我々が出ていく必要はない……それより……」

 

そう言いながら、ヴァンデモンは目の前に聳える巨大な両開きの"扉"へと目を移した。

 

(此処を潜れば、また一つ、私の計画が進む……)

 

今の彼にとって優先すべきは自らの野望、『人間世界征服』の実現。疲弊した選ばれし子供達など、仮に追ってきた所で向こうで捻り潰せばいいだけなのだから。

 

ヴァンデモンは自身の後に続く無数の僕達(しもべたち)へと振り返り、いつも通りの威圧感がこもった低い音で短く声を上げた。

 

「行くぞ……人間共に、我等の力を見せてやるのだ!」

 

「はっ」

 

「「「うおぉぉぉぉ!」」」

 

自らを鼓舞するかのように、ヴァンデモンのカリスマ性に見せられた兵達が一斉に声を張り上げ、彼に続くかのように"扉"へと押し寄せていく。

 

「ふっ……去らばだ……選ばれし子供達……」

 

"本来の歴史"とは少し異なり、夜の王たる吸血鬼は誰の妨害も受ける事なくその一歩を踏み出し、今、長きに渡って閉ざされてきた現実世界へと続く扉を、ゆっくりと開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方場所は移動し、一階の修練場。

 

「━━━━━━!!」

 

「うおっ!」

 

ガシャンと、凶竜の鋭いテールスイングを横腹へと受け、オレンジの身体が修練場の床を滑るように転がる。

 

「くっ!」

 

左手の爪で床を削りながらブレーキを掛け、なんとか城壁へと激突することなくメタルグレイモンは立ち上がった。が、

 

「━━━━━━━!」

 

「!」

 

距離が開いた所を、今度は副砲のレーザーが襲いかかる。

それに対し、咄嗟に機械化された左腕を前に出し盾にすることで、メタルグレイモンは何とかその身を守った。

しかしその様子は、戦闘開始直後程、余裕があるものではない。

 

「……ふぅ……はぁ……」

 

弾んだ息も、先程に比べればまた一つ荒くなっていた。

 

先の一時的な区切りから数分が経過し、再度近接戦闘を行っていたメタルグレイモンであるが、以前として相手の体力の底が見えず、また、いよいよ自分の残りの体力が半分を大きく下回ってきたのか、肩を上下に動かしながら険しそうな表情でメタルティラノモンを見つめた。

 

「くそっ!このままじゃ……」

 

「━━━━━━━━!!」

 

パートナーの劣勢に、再び後方へと下がった太一が声を絞り出す中、メタルティラノモンは、更なる追撃を仕掛けるために大顎を開いて突撃を開始した。

 

「くっ、メガ、フレイム!」

 

それに対し、メタルグレイモンは疾走する彼の両足に向けて連続で火炎弾を放つ。

 

だが、エネルギーの低下が原因だろう。それはドカン、ドカンと命中しているものの、凶竜の突進を止めるには至らない。

 

「━━━━━━━━━━━━!!!」

 

それどころか、むしろ彼のその妨害に闘争心が煽られたかのように、メタルティラノモンは今まで以上の強烈な眼光と共に彼へと迫っていく。

それは正に、獲物を食い殺す野獣のような目。

 

「なっ!」

 

そして遂に、

 

「━━━!!」

 

「がっ!」

 

ガブリと、凶竜の鋭い牙がメタルグレイモンの喉元を捉えた。

強竜の表情が一気に引き釣り、それから、

 

「ぐぁぁぁああ!」

 

修練場全体へと絶叫が響き渡る。

メタルティラノモンの顎の力は生易しい物ではない。凄まじい圧力が、メタルグレイモンの太い喉元にガリガリと食い込んでいく。

痛みからか、彼はがむしゃらに両腕を使ってそれを引きはなそうとするが、万力のような力の前にそんな抵抗は無駄に等しい。その上、

 

「かはっ!があぁぁ!」

 

その凶悪な顎に彼は呼吸が出来ず、手足が徐徐に痺れ始めていくのだ。

 

(うっ……まずい……力が……)

 

残されたエネルギーが急激に体内から抜けていく。早くこの状況から抜け出さなければと考えるメタルグレイモンだが、そのための手段がない。

いや、胸部のハッチを開き、至近距離から必殺を撃ち込めば打開は出来るだろうが、"助ける"と誓った相手の命を消しかねない行動は取れない。そして、

 

(…………目が……霞む……意識が……)

 

思考が纏まらないまま、メタルグレイモンの身体からガクンと力が抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メタルグレイモン!くそっ!もう見てられるかっ!」

 

「っ!太一さん!危険です!」

 

後方に控える子供達の中、光子朗の言葉を振りきるように、太一が絡み合う二体に向かって一直線に走り始めたのだ。

 

「待ってろ!俺が今行くから!」

 

「太一!」

 

後ろから呼び止める空の声も無視して、彼は持ち前の俊足で一気に加速した。

勿論、戦力的な意味で彼が出ていった所でどうにもならない事は、太一自身が一番理解している。

 

最悪、スカルグレイモンの暴走時のように唯の足手まといになってしまう可能性もある。

 

しかしそれでも、『沙綾の事をパートナー一人に全て任せっきりにしているこの状況』に、太一は我慢の限界を迎えたのだ。

 

そして、それに続くように

 

「ピヨモン、お願い!メタルティラノモンを止めて!」

 

「ガブモン!後の事はいい!お前も頼む!」

 

空、ヤマトがそれぞれのデジヴァイスを強く握りながらパートナーに視線を移す。

最早この状況、彼らも太一と同じく後々のヴァンデモン戦を気にしている場合ではないと判断したのだろう。そしてそれは、この場に置いて一番冷静な光子朗も同じ。

 

「テントモン!貴方も!」

 

「ええんでっか、光子朗はん?」

 

「はい」

 

「よっしゃ!ほな、行ってきます!」

 

飛び出した太一も危険ではあるが、何よりも、声を上げる力すらないメタルグレイモンを、今助けずして何時助けるというのだろうか。

 

「……それに……もしかすると、ヴァンデモンはもう此処には……」

 

テントモンが光子朗へと背を向ける最中、既に穴だらけとなった城壁を見回し、彼は誰にも聞こえない程の小声で、ポツリと呟いた。

 

そして、

 

「ピヨモン進化ー!バードラモン!」

 

「……今行くぞ……"アグモン"!ガブモン進化ァ!ガルルモン!」

 

「ワテもいきまっせぇ!テントモン進化ァ!カブテリモン」

 

成熟期への進化の完了と同時に、赤い巨鳥と蒼い狼、鋼のオオカブトは、太一を追うように、一斉に修練場内へと飛び出していく。

 

 

 






すみません。
前回、「次で三章終わる」とかいっときながら、結局文章が延びに延びて終わりそうにもなく、何時も通りの構成になってしまいました。いや、次こそは終わる筈……

それと、何分複雑な物語ですので、ここまで読んで下さった方で、作者の表現的に「此処が分からない」という感じのご質問があれば、遠慮なく感想欄に書き込んで下されば幸いです。
勿論、それ以外の「もっとこうした方がいい」というご指摘や、「ここのシーンが良かった」というご感想もいつでも受け付けております。

読んでくださっている皆様への返信を考える時が、作者的には本分を考えるよりも楽しいです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お前の居場所はヴァンデモンの隣なんかじゃない!

台風の影響から、気が付けば前回の投稿から二週間もあいてしまった……
これだけ盛大な遅刻は始めてです……


「…………か……あ………」

 

「━━」

 

修練場の中心で、機械化された二匹の恐竜が交わる。

"凶竜"が"強竜"の喉元へと食らい付き、先程までの激しい戦闘から一転、二匹の間に静寂が訪れた。

 

そして、

 

抵抗する力を失い、だらりと、メタルグレイモンはメタルティラノモンに『噛み吊るされる』ようにその足を地面から離す。

彼の意識は既に途切れる一歩手前。その上、急激に減少していくエネルギーを踏まえれば、最早この万力のような顎から自力での脱出は絶望的だろう。

 

(……ここまで……なのか……ボクじゃ……君は助けられないのか……)

 

メタルグレイモンの脳裏に、"諦め"の二文字が過った。

 

 

その時、

 

「やめろっ!メタルグレイモンを離せ!」

 

「……!」

(た、太一!)

 

今しがた後方へと下げた筈のパートナーの声が、彼の消えそうな意識へと届いたのだ。

 

直後、

 

「メガ、ブラスター!」

 

「━━!?」

 

メタルティラノモンの背後から、その後頭部に向けてカブテリモンの光弾が飛来する。

死角を突いたその一撃は彼の不意を突くように命中し、突如受けた衝撃から、ギリギリと締め付けていた大顎から力が抜け、ドスンと、メタルグレイモンの巨体が崩れるように地面へと落ちた。

 

「がはっ! はぁ……はぁ……」

 

呼吸を止められていた彼の頭に酸素が送り込まれる。

最も、意識を失う一歩手前だったのだ。視界はハッキリとはせず、両手も使って自分の身体を支えるだけで手一杯である。

 

そして、

 

「━━━━━━━━!!」

 

自身の邪魔をされたからだろうか。

凶竜は目の前で崩れる彼を無視して振り返り、宙を舞うカブテリモンへと左手の標準を合わせて、雄叫びのような咆哮を上げた。

 

だが、

 

「させないっ!フォックスファイアー!」

 

光がその左手の銃口へと集束されていく最中、青い炎を吐き出しながら、それを妨害するようにガルルモンが横から飛び掛かり、そのまま彼の左腕へとガチリと噛みつく。

 

「━━!」

 

再度攻撃を阻まれた彼は、憎々しげにガルルモンを睨み付けた後、その腕をブンブンと振り回して振り払おうとするも、彼は意地でもその牙を離そうとはしない。

 

そして、メタルティラノモンがそんな彼らに気を取られている隙を見計らい、

 

「大丈夫? メタルグレイモン」

 

「……その声……バードラモンか……?」

 

「ええ……とにかく、一旦下がりましょう」

 

「すまない……」

 

赤い巨鳥がメタルグレイモンの肩を足でガッチリと固定し、その身体を凶竜から引き離すように飛行した。

ただ、実際機械化されたその巨体はやはり重いのか、引きずるように、少しづつではあるのだが。

 

「……ちょっと待って……」

 

そんな中、メタルグレイモンの頭にようやく酸素が回り始める。だが、同時に鮮明になる視界が、今戻ったばかりの顔色を再び青くそめた。

 

「た、太一 ! なんであんなところにっ!」

 

彼が目にした物。

 

それは、暴れまわるメタルティラノモンのすぐ足元で、自身のパートナーがそれを見上げている姿だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいっ! 話を聞けメタルティラノモン!」

 

カブテリモンとガルルモンが注意を引く中、その足元で太一は凶竜へと声を張り上げた。

 

「ヴァンデモンが俺達の世界にいる沙綾を狙ってるんだ! このままじゃ、本当に沙綾は死んじまうんだぞっ!」

 

「━━━━━!」

 

先程と同じくメタルティラノモンへと必死に言葉を投げ掛けるが、彼の眼光には一切変化はない。

噛みつくガルルモンへと振り払おうと、叫び声を上げながらその右腕を大きく上下へと振り回すのみである。

今のところ、太一は彼の視界にすらはいっていないのだろう。

 

すると、

 

「くそっ!」

 

なんと太一は、ガルルモンへと気を取られているその凶竜の尻尾へと飛び付き、あろうことかそのまま彼の背中を登り始めたのだ。

 

「た、太一はん!? 何を!」

 

「……くっ! やめろ太一……!」

 

喉元を右手で押さえながら、メタルグレイモンはその強行に苦しそうな声を漏らす。

 

だがそんな彼の忠告も振りきって、太一はただがむしゃらに上を目指す。

背鰭を掴みながら、まるでロッククライムのように背中をよじ登り、あっという間にメタルティラノモンの頭の上へと到達した。そして、

 

「いい加減にしろっ!」

 

ガコンと、足元である凶竜の後頭部を拳で力一杯殴り付けながら、そこで彼は更に声を張り上げる。

 

「お前はただ、沙綾に会いたかっただけなんだろっ!」

 

「危険だ太一……早くそこから離れるんだっ! ぐっ!」

 

残りのエネルギーを振り絞るようにしてメタルグレイモンは立ち上がろうとするが、先程のダメージは思った以上に大きく、ガクッと、その場に崩れ落ちる。

 

太一の小さな拳など、凶竜にとっては蚊が止まったにも等しい衝撃でしかない。

そして、かつての自分がそうであったように、『理性のない凶竜には彼が叫ぶ"言葉"など届きはしない』

戦闘が始まる前のように、メタルティラノモンはためらいなく太一を殺しにかかるだろう。

 

メタルグレイモンも含め、この場にいる全員がそう思っていた。だからこそ、太一の行動は自殺行為にも等しい"無謀"にしか写らなかった。

 

だがそれでも尚、太一の声は止まらない。

 

「お前いつも言ってたじゃないか! 『"マァマ"はボクが絶対に守る』って! 思い出せよ! お前がそんなでどうするんだよ!」

 

再びゴツンと、その拳が大きな頭へと降り下ろされた。

 

「太一! 今は無理だ! 君の声はコイツには届かない!早くそこから降りるんだ!」

 

片腕に噛みつき、振り回されながらも行動を封じるガルルモンもその特攻に肝を冷やし、遠くでその捨て身を目の当たりにする空やミミも、ゴクリと息を飲み、両手で目を覆い隠した。

 

 

しかし、

 

『……━━……━………』

 

「!」

 

「どういう……事だ……」

 

「メタルティラノモンが……」

 

「……止まった……」

 

ガルルモンを始め、遠くで待機している光子朗やヤマト達でさえ、その"反応"に驚愕した。

 

なんと、今まで誰の言葉にも一切反応を見せることのなかったメタルティラノモンが、一瞬だけビクッと、彼の言葉の何かに反応したように、その動きを一時停止したのだ。

腕に噛みついてくるガルルモンを振り払う動きも中断し、両腕を下げたまま、何かをつぶやくような小さな呻き声を上げる。

 

「……━ァ……━……」

 

太一にしか聞こえない程度の微かな声。

狂った目をしながらも、それは今までとは明らかに違う反応。メタルグレイモン達が呆気に取られた表情を見せる中、太一は諭すように言葉を続けた。

 

「そうだ!お前の"マァマ"はまだ死んじゃいないんだ……それなら、お前が助けてやらなくてどうするんだよ……お前が守ってやらなくて……どうするんだよ……」

 

凶竜の頭にしがみつき、太一は表情を歪めながら必死の思いを伝える。

 

"無謀"がどうしたというのだ。そんなことは既に彼の頭からは抜け落ちている。

 

太一が思う事はただ一つ。

約束したのだ。血に濡れて眠る彼女に、パートナーを必ず連れて来てやると。

 

「お前の居場所はヴァンデモンの隣なんかじゃない! 沙綾の……"マァマ"の隣なんだろっ!」

 

「!!」

 

全てを賭けた最後の叫び。

 

「━━━━━━━━━━━━━!!!」

 

その全身全霊の思いに、メタルティラノモンの身体が先程よりも大きくビクリと跳ねた後、今度はガルルモンの噛みついていない左手で頭を押さえながら、咆哮と共にガクンと、その両膝を地面へとつけたのだ。

 

「━━マ━━ァ━━━!」

 

「う、うわっ!」

 

しかし、そのドスンという衝撃から、彼の頭へとしがみついていた太一の体が、勢いに耐えきれずに宙へと投げ飛ばされてしまった。

 

「太一っ!! ぐっ!」

 

パートナーの危機にメタルグレイモンは腰を上げようとするも、先程のダメージからか咄嗟に動く事が出来ない。ガルルモンが代わりに動こうと、メタルティラノモンから離れてその体を追うも、僅かに届かない。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

しかし、

 

「太一はん!」

 

間一髪。唯一今この場に置いて手が空いていたカブテリモンが素早くそれに反応し、宙を舞う彼を二本の腕で捕まえ、そのまま凶竜から距離を置くように空へと退避した。

 

「た、助かったぜ……サンキュー、カブテリモン……」

 

「無理し過ぎでっせ……ヒヤヒヤしましたわ……」

 

「……悪い、でも、効果はあったみたいだ……」

 

短いやり取りの後、太一はカブテリモンの手の平から、修練場のほぼ中心で膝を付くメタルティラノモンを見下ろす。

 

「━━━……━……ァマ……━━……マァ……」

 

彼の言う通り、その様子の変化は一目瞭然であった。

 

瞳孔の開ききった猫のような彼の瞳が、僅かに感情の色を取り戻しているのだ。

ウイルスの本能に抗うように、自分を取り戻そうとするかのように、それは苦しそうに呻き声を上げ、しゃがみ込んだままその場で固まっている。

 

「カブテリモン、時間がないのは分かってるけど、しばらく様子を見よう……メタルグレイモンの側まで降りてくれ」

 

「そうでんな……分かりました」

 

"もしかすればこのまま彼が元に戻るかもしれない"

太一の指示の元、カブテリモンは修練場の端で膝を付くメタルグレイモンの側へと降下し、腕から離れたガルルモンもまた、彼から攻撃の意思が消えた事によりそこから離れ、太一達と同じく一度後退した。

 

「太一!無茶し過ぎだっ!」

 

開口一番、メタルグレイモンは空から降りてきたパートナーに対してそう口を開く。

 

「今さっきカブテリモンにも言われたよ……悪かった……心配かけて……」

 

巨大なパートナーに向けて、太一は少し申し訳なさそうに口を開くが、後悔の色はない。

 

そこへ、

 

「太一! 大丈夫か!?」

 

「ヤマト……みんな……」

 

「どれだけ無茶をするのよっ! 心臓が止まるかと思ったじゃない!」

 

「はぁ……はぁ……全くです……前にも言いましたが、これはゲームじゃないんですよ!」

 

「ふぅ……太一の無茶は今に始まった事じゃないけど……今回は本当に心配したんだぞ!」

 

メタルティラノモンが行動を停止した事で、後方に待機していた子供達と残りのパートナー達も慌てて彼らの元まで走りよってきたのだ。

息を切らしながら駆け寄る皆の様子から、彼らが如何に太一の無謀を心配したかが分かる。

 

「わ……悪かったって……」

 

そして、流石に全員からの刺すような視線には耐えきれなかったのか、彼は少し慌てながら手をパタパタとふり平謝りをした。

しかし、今重要な事はそこではない。

 

「それより、どういう事だ……メタルティラノモンのあの様子は……」

 

全員が一ヶ所へと再び集まる中、離れた位置で動きを止めるメタルティラノモンを見てヤマトがそう呟く。

 

「ああ……アイツ……マァマって言葉に反応してた……」

 

「どうしてなの……"沙綾さん"じゃ全然反応しなかったのに……」

 

「分からない……けど、確かに俺の声はアイツに届いてる筈だ……」

 

太一の言葉の後、皆はうずくまるメタルティラノモンへと視線を移す。

 

「━━……━……━……マァ……━……━…」

 

苦しそうな息使いは先程よりも激しくなり、メタルグレイモンとの戦闘よりも遥かに体力を消費しているかのようである。

 

後一歩。

 

だが、

 

「━━━━━━━━━!!!!」

 

大人しく動きを止めていた凶竜が、突如絶叫を上げて行動を起こしたのだ。

それは膝を着き、片腕で頭を押さえ、これが最後の抵抗と言わんばかりに右腕の主砲を一行へと向けていた。

それは掌に格納された必殺のミサイルを打ち出す構え。

 

「ひ、ひぃ、や、やっばりダメだったのか!?」

 

「そんな……」

 

そんな彼の様子に、丈は腰が抜けたかのようにその場にペタンと尻餅をつき、ミミは顔を青くして両手で口を押さえる。

それでも、

 

「いや、見ろよ……アイツの目……」

 

そんな危機的状況の中、太一は冷静にそう口を開いた。

見れば、今までとは違いメタルティラノモンの目は何かを耐えるようにギュッと力いっぱい瞑られており、息使いは尚も荒いまま。

 

「きっとこれが最後なんだ……だから……」

 

腰に備え付けられた太一のデジヴァイスが光を放ち、エテモンに止めを刺した時のように、連動してパートナーの身体が淡く輝き始めた。

 

「……行けるか? メタルグレイモン」

 

「ああ……任せろ太一」

 

ここから先はパートナーの仕事。

 

強竜は残りの力を振り絞るように立ち上がり、皆の盾になるかのように前へと立ち塞がった。

それは正に、目の前の彼が始めて進化を果たした時、そして、かつての自分の暴走の終幕と瓜二つであった。

 

太一のデジヴァイスから放たれる暖かな光が、メタルグレイモンを包み、その胸部のハッチが開く。

敵を倒すためではなく、その勢いを殺すために。

 

「太一が繋げてくれた想い……無駄にはしない……」

 

そして、

 

「行けっ! メタルグレイモン! アイツを救ってやるんだ!」

 

「━━━━━━━━━━━!!!!」

 

「ギガ、デストロイヤー!!!!」

 

両者の持てる力を全て込めたミサイルが、ほぼ同時に相手に向けて打ち出された。

 

方や一発、方や二発、だがその威力は同じ。

 

「タケル、みんな、伏せろ!」

 

ヤマトの声と同時に子供は頭を抱えて地面へとふせ、それを守るように、成熟期へと進化を果たしているガルルモン達が覆い被さる。

 

その直後、

 

訪れる一瞬の閃光。

二つのミサイルは正確に両者の中心で轟音を上げてぶつかり合い、修練場の外壁だけでなく、城その物すら倒壊させかねない程の威力で互いの力を殺し会う。

 

物凄い土煙。結果、対となる必殺は石造りの床を軽く吹き飛ばし、まるで"爆炎の壁"とも言うべき炎が、城を二分に破壊して高く立ち上った。

 

そして更に、発生する風圧が、城の二階をガラガラと崩し、立派な城を見るも無惨な廃墟へと変えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

やがて、まるで地震のような衝撃が過ぎ去り、煙がゆっくりと晴れていく頃、

 

「……くっ……大丈夫か……みんな……」

 

半壊した城の中、太一は服についた大量の土埃を払いながら、ゆっくりとその身を起こす。

 

「……ああ、なんとかな……ガルルモン達も、怪我はないか?」

 

「ああ…ありがとうヤマト……オレ達は大丈夫だ」

 

太一に続き、ヤマトも盾となっていたパートナー達を気遣いながら立ち上がる。

メタルグレイモンが正面に立っていた事、そして、更にガルルモン達が子供達へと重なるように覆い被さっていた事で、彼等に掛かる衝撃はほぼなかったのだろう。

空や光子朗、丈、ミミ、タケルと、全員がひとまず無事のようである。

 

「なんて有り様でしょう……」

 

瓦礫が散乱し、半ば倒壊した周囲をチラリと見回した光子朗がポツリと呟いた。

冷静な彼が言葉を失う程、この城の姿は物の数分で様変わりしていたのだ。その中で、

 

「! コロモンっ!」

 

太一は自分のすぐ近くで、瓦礫に埋もれて目を回している自身のパートナーの姿を発見し、彼は先行して、飛び出すように瓦礫の中を駆け、その小さな身体を抱き上げた。

 

「おいっ! しっかりしろ! 大丈夫かコロモン!」

 

「…………」

 

「気を失っているみたいですね……さっきの衝撃は……すごい物でしたから……」

 

「……ああ……よくがんばったな……ありがとう、コロモン」

 

腕の中で眠るパートナーに、太一は精一杯の労いを込め、静かにそうつぶやく。

 

そして、

 

それとほぼ同時に、空が少し離れた位置、先程まで"凶竜"が佇んでいた場所に倒れ伏す、その"小さな姿"を指差して声を上げた。

 

「みんな見て! あそこ!」

 

「!!」

 

瓦礫に埋まるように横たわり、コロモンと同じく意識を絶っているその黄色い身体。

 

「あれは……」

 

見間違いではない。

 

右腕に巻かれたピンクの包帯、今太一が抱いているデジモンの進化形であり、同時に、彼が必ずつれて戻ると決意した大切な仲間。

いつも無邪気に沙綾へと寄り添っていた、彼女の最愛のパートナー。

 

「「「アグモン!」」」

 

その姿を目にした子供達全員の声が重なる。

 

その声色はまだ少し不安をも含んでいる物であったが、彼へと近付き、その身体に被さる瓦礫を退かした所で、その不安感は吹き飛ぶ事になった。

 

「………スゥ……スゥ……ムニャ……マァ……マ……」

 

「……ふ、ふふ……眠ってる……まるで今までの事が嘘みたいね」

 

「はぁ……こいつ、人の気も知らないで……」

 

敵意を剥き出しにして襲い掛かって来た事が嘘であるかのような静かな寝息を立てるその小さな恐竜を見て、彼等は確信した。

 

「でも、本当に良かった…」

 

やっと、彼を本来の姿へと戻すことが出来たのだと。

 

先程の爆風の影響だろうか、今まで分厚く覆われていた暗い雲の一部が裂け、明るい日差しが廃墟へと差し込む。

 

場違いではあるが、太一達は崩壊した敵の拠点の真っ只中で、少しばかりの間、ほのかな笑みを浮かべるのであった。

 




アグモン帰還。
一応、ここまでが第三章ですね。
やや中途半端な気もしますが、ヴァンデモンはもう城にも居ませんし、この後は原作通り『途方にくれる子供達の前にゲンナイが現れる』という展開に違いはないので、

あっ、本文には書いては詳しく書いてはいませんが、爆発によって吹き飛んだのは表面だけ、地下にある異界の扉は、一応無事です。

第4章はアグモンの目覚めからです。
あと、久々の沙綾視点も少し入る予定です。

再会はもうすぐ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編 第四章
???「一緒に探そう……君の『心』を」


















第四章スタートです。











ですが、この章から一部番外編とリンクする部分がでてくると思います。












よろしければ、先に番外編『episode of CHAOSDRAMON』を見ていただいた方が、より物語の内容を理解、推察しやすいかと思います。












それでは、どうぞ……

















夢、

 

(……? あれ……此処は……?)

 

「……じゃあ決まり! 今日から私が、君のお母さんだからねっ!」

 

(!?)

 

夕日にそまる何処か懐かしい雰囲気の平原。沈み掛けた太陽を背に、一人の少女がアグモンを見て元気にそう声を上げた。

少女の姿は太陽の逆行によってぼやけ、輪郭以外は分からない。

 

(マァマ……? マァマなの!?)

 

顔は見えず、姿も朧気。

ただ、その長髪のシルエット、声、喋り方は彼の最愛のパートナーと非常によく似ている。

 

(うっ……うぅ……マァマァァァ!)

 

"やっと見つけた"

何故かはよく分からないが、会いたかった人物が今自分の目の前にいる。

その身に触れたくて、彼女の胸に飛び込みたくて、アグモンはその少女へと全力で駆け出そうとした。

 

しかし、

 

(あれっ……どうして、身体が、動かない)

 

彼の足は地面へと貼り付けられているかのように全く動かず、代わりに、自分の身体が勝手に動いて腕組みし、口が自然に動き出す。

 

「……ふん……勝手にしろ……」

(えっ……なんで、口が……)

 

「はぁ……その乱暴な口調、なんとかならないの……?」

 

「……どう話そうが、オレの勝手だ……」

 

自分の声とは思えない程の粗暴な口調。だが、違うのはあくまで口調だけ。声の質そのものは間違いなく自分のものである。

 

「……もぅ……まぁいいや……これからよろしくね……アグモン」

 

少女が白い手を彼へとそっと差し出し、そして、日だまりのように優しく、それでいて懐かしい声で呟いた。

 

「一緒に探そう……君の『心』を」

 

瞬間、

 

(な、何!?)

 

ぐにゃぐにゃと、唐突に回りの景色が暗く歪み始めたのだ。自分の体も、勿論、顔の見えないその少女の姿も。

 

短い夢の終わり。

 

(ま、待ってよっ! 置いてかないで! マァマっ!)

 

差し出された彼女の手に、足と同じく動かない腕を必死に前へと伸ばそうとしながら、アグモンの意識もまた、その闇に溶けるように消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

海底に沈むように建てられたゲンナイの住居である一つの和風の豪邸。

 

その一室、何もない六畳程の小さな和室で、掛けられた毛布を蹴り飛ばしながら、アグモンは勢い良く目を覚ました。

 

「……なんだ……夢か……」

 

キョロキョロと回りを二、三度見渡し、彼はシュンとなりながら小さくそう声を漏らす。

 

「……此処は、どこだろう……?」

 

二方を壁に囲まれ、一方は庭園が見渡せる縁側に、残りの一方は襖(ふすま)によって隣と仕切られたおおよそ正方形の部屋。そして敷かれた布団にちょこんと座る自分。

目覚めたばかりであるためか、アグモンの頭は状況を上手く捉えられてはいない。

"何故自分はこんな見た事もない部屋で寝ているのか?"

疑問を浮かべて首を捻りながら、彼は頭の中を一つ一つ整理する。

 

(……ボクは……えっと、ピコデビモンに付いて行って、それから…………)

 

いつまでも現れないパートナーを探し、自分は子供達の元を離れた。

ここまでは問題ない。

 

そして

 

(……マァマの居場所をヴァンデモンに聞こうとして…………!!)

 

直後、

今までの事がまるで雪崩のようにアグモンの頭に流れ込む。

 

「あっ! ……あぁ……」

 

ヴァンデモンに"沙綾が太一のせいで既に死んでいるかも知れない"と伝えられた事。

子供達を本気で殺そうと襲撃した事。

その後直ぐ、怒りによって自我を保てなくなった事。

暴走するまま、再度子供達へと牙を向けた事。

 

そして、そんな中でも聞こえて来た太一のあの言葉。

 

「そっか……うぅ、マァマ……生きて、たんだ……」

 

"マァマは生きている"

太一の放ったその言葉は、確かにアグモンの胸に届いていたのだ。

この二ヶ月、何よりも聞きたかったその言葉に、押さえきれない感情の波が一気に溢れ出す。

 

「えっぐ……ヒック……うえぇぇん! マァマァ」

 

依然寂しさは拭いきれないが、同時に、彼にとってその情報はこの上ない喜びでもあるのだ。

 

「よかったよぅ……ほんとに……よかった……うえぇぇん!」

 

二ヶ月以上ぶりとなる"別の意味の涙"がボロボロと溢れ出す。

先程の"夢"の寂しさも、『此処が何処か』なども最早どうでもよく、アグモンは自分のために敷かれた布団を大粒の涙で濡らしながら、声を押さえる事もせずにワンワンと泣き散らかすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、

 

「……どうだ? 落ちついたか?」

 

「えっ!?」

 

ひとしきり泣きじゃっくた後、目を赤くして布団のシーツで涙を拭う彼の前に、そんな言葉と同時に前の襖がゆっくりと開いた。

勿論、そこにいたのは彼を此処まで運んで来た者達。

"アグモン"としては、実に数週間ぶりとなる"仲間達"の姿である。

 

「太一……みんな……」

 

「全く……心配かけさせやがって……ホントにヒヤヒヤしたぜ」

 

まるで何もなかったかのように、太一は何時も通りの軽口でアグモンへと声を掛けた。

 

メタルティラノモンとの戦闘後、崩壊した城でヴァンデモンを逃がしてしまった事を理解した子供達は、その後現れたゲンナイのホログラムに導かれ、彼本人の住居を訪れていた。

"ヴァンデモンの城跡の地下に眠る異界の扉"。

ゲンナイからその存在と、更に扉を開くためのカードを入手した子供達は、再び城に向かうために、今はこの豪邸で束の間の休息をとっていたのだ。

 

「はぁ、良く言うわよ……自分が一番無茶苦茶したくせに」

 

「全くです……」

 

「だ、だからそれはもう謝ったじゃんか」

 

「まぁ、今回はそれが上手くいったんだ、空、光子朗、その辺にしとこうぜ……いくら太一でも、もう分かってるさ」

 

「なっ! ヤマト、そりゃどう言う意味だ!」

 

「言葉通りの意味だ」

 

「もう、二人とも止めないか……、それよりアグモン、何処か痛いところはないかい?」

 

「一応ゲンナイさんにも見て貰いましたが、気分は大丈夫ですか?」

 

呆然とするアグモンを他所目に、彼らはまるで今までの事など無かったかのように、別れる前と何一つ変わらない表情で彼を見つめた。

しかし、当の本人は皆の視線をさけるかのように、顔を下へと向けて黙り混む。

 

「………」

 

「うん? どうしたんだ? やっぱり何処か痛むのか?」

 

太一が一歩前へと踏み込み、ちょこんと座るその黄色い体の前へと腰を落として問いかけるが、別にアグモンは体が痛む訳ではない。

ただ、沙綾への心配が消えた今、アグモンにとっては皆のその何一つ変わらない様子が、とても複雑なのである。

 

「……みんな、どうして……」

 

そう、彼は覚えているのだ。自分のした事を全て。

 

「……どうして、ボクなんかに優しくするの!? ボクは、みんなを……」

 

"本気で殺そうとした"

それも二回も。それは当然許される事ではない。

にも関わらず、何故彼らは自分を気遣うのだろうか。

冷たくされるのが当然であろう。

 

「はぁ……なんだ、そんな事か……」

 

しかし、彼のそんな問いかけを聞いた太一は、わざとらしい盛大なため息を吐いた後、そのうつ向く頭にポンっと片手を置き、口を開いた

 

「いいか、一回や二回喧嘩したくらいで、俺達がお前を見捨てると思うか?」

 

「……えっ?」

 

その言葉はアグモンにとっては正に予想外。

自分が一方的に襲いながら、相手はそれを『ただの喧嘩』の一言で済ませてしまったのだから。

 

「お前は今まで何度も俺達を助けてくれたじゃないか……なら、俺達がお前を助けるのは当然だろ」

 

「……うっ……で、でもっ、ボクは……」

 

自分を思っての太一の言葉に、アグモンは再び目を潤ませる。しかし、涙声になりながらも引こうとしない彼に、太一は今までのあっけらかんとした言動から一転、

その頭を撫でながら、優しく、諭すように言葉を続けた。

 

「……分かってるさ……寂しかったんだよな……ずっと沙綾が居なかったんだもんな……」

 

「……っ!」

 

「心配しないで、此処にいるみんな、誰一人貴方を責める人なんていないんだから」

 

「君が戻って来てくれただけで……それだけでいいんだ」

 

「ああ、心配するなアグモン、こんな程度じゃ、俺達の関係は崩れたりしない」

 

「う……うぅ、ミ……ミ、ガブ……モン、ヤマ……ト」

 

優しげに微笑む仲間達の言葉が、アグモンの"心"を温めていく。

そして最後に、

 

「一人ぼっちで、今まで良く頑張ったな……おかえり、アグモン」

 

「……えっぐ……うう……うわぁぁぁん」

 

その全てを受け止める太一の言葉に、アグモンの涙腺は再び決壊してしまった。

久しぶりに感じる"仲間の温かさ"に、彼は滝のようにポロポロと溢れてくる涙を堪える事も出来ず、太一の胸に顔を埋めて盛大な鳴き声を上げた。

 

「一緒に行こう……沙綾を、守るんだろ?」

 

「ひっく……ぐず……うん、あり……がとう、みんな……」

 

自分の犯した罪を深く反省し、また、仲間達の"心"に深く感謝し、遂に、その仲間達が見守る中、もう一匹のアグモンは真の意味で"仲間達と合流した"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、

 

子供達は再び二匹目のアグモンを加えてゲンナイの家を発つ。

昼過ぎにはヴァンデモン城後に今だ残る地下室を発見し、彼等も今、その現実世界へと続く異界の扉を開いた。

 

薄暗いながらも、地上の崩壊によって僅かに日の光が差す地下室の中、扉を開いた太一が振り返り、皆へと声を上げる。

 

「此処を抜ければ俺達の世界だ!行くぞ!みんな!」

 

「「おう!」」

 

「……待ってて、今行くからね……マァマ」

 

ヴァンデモンの野望を阻止するために、そして、沙綾の命を守るために。

 

一行は今、光に包まれるように世界を渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界、お台場。

 

「ねぇ、ヒカリちゃん……なんか私、物凄く目立ってないかな……?」

 

高層ビルが幾つも建ち並ぶ炎天下の街中を重い足を引きずりながら歩く沙綾が、隣を歩く小さな少女に向かって恥ずかしそうに口を開いた。

 

「……仕方ないよ……だって沙綾さん、見るからに"大丈夫じゃないんだもん"。」

 

 

片目を始め全身は包帯だらけ、更に服装はどう見ても入院患者のそれ。加えて、痛みから歩き方もどこかぎこちない。

ヒカリには"外出許可が降りた"と伝えている沙綾だが、『病院からの脱走者』である事などはたから見れば一目で分かる。

目立たない筈がないだろう。

いや、通報されていないだけ、まだマシなのかもしれないが。

 

「うぅ、せめて私服があれば……」

 

「あんな破れた血だらけのお洋服で外には出れないよ……」

 

「は、はは……そ、そうだね」

 

最もすぎるヒカリの返答に沙綾は苦笑いを浮かべた。

彼女が着ていた服は捨てられた訳ではないが、確かにあのようなものを着て歩こうものなら、そのの姿も合間って間違いなく警察を呼ばれる。

 

(まぁ……仕方ないよね……)

 

「沙綾さん、お家までまだだいぶ歩かなきゃ行けないけど……」

 

「……うん、大丈夫……気にしないで」

 

土地勘のない彼女は今自分が何処を歩いているのかはわ分からない。見慣れない東京の街を、沙綾はヒカリに離されないように気を付けながら、ゆっくりとした足取りで歩いてくのだった。

 

 

 

"その直ぐ近くで、今正に帰ってきた子供達と、ヴァンデモン配下のマンモンによる戦闘が起ころうとしている"事にも気付かずに。

 

同時に、"再開の時"は刻一刻と近づいていた。

 

 








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アグモン進化ァァ!

ずいぶん遅くなってしまいました。

始めに、本文の一部を少し訂正しましたので、そのご報告を。

沙綾の輸送された病院につきまして、当初『お台場』病院となっておりましたが、『光が丘』病院に変更しております。
といいますのも、作者は『お台場と光が丘が歩いていける距離』だと思っていたのですが、実際、この二つの町は徒歩では大きく離れているようで、『沙綾とヒカリが歩いて光が丘の事件に遭遇する事は難しい』と判明したためです。

何処に輸送されようと、過去の街並みに疎い沙綾は、結局自分が何処を歩いているのかが分からないため、沙綾の心境や行動指針に変更はありません。
ですが、彼女を先導するヒカリの心境については、病院が家から遠くなってしまいましたので、少しばかり変更しています。

作者の知識不足でした。申し訳ありません。

一応、その他の文面や伏線には変更はありません。


現実世界、東京、光が丘。

 

「あーーっ! 全く、こっちは急いでるってのに、まさかバスが止まるなんてよぉ……あー、あちぃ……」

 

夏の強い日差しが照りつける都会の陸橋の上で、太一はため息混じりに声を上げる。

 

沙綾のアグモンを加えた選ばれし子供達は、デジタルワールドから続く異界の扉を潜り、数時間前に現実世界、元いたキャンプ場へと帰還した。

当然、歴史通りキャンプは中止となり、彼らはバスでお台場まで戻る事になったのだが、途中、この光が丘にてバスのエンジンが故障、沙綾の様子を早く確認するべく急いでお台場まで帰りたかった太一は、『車内で待て』という引率者の言葉を無視し、『自力で帰る』と、ぬいぐるみと偽っていたアグモン二匹を"気合い"で無理矢理背負い、バスを飛び出したのだ。

当然、行きなり飛び出す太一を放っておける訳もなく、他の子供達も渋々ながらそれに付き合うことなり、刺すような暑さの中、現在に至る。

 

「もう、太一が飛び出しちゃうのが悪いんじゃない! どう考えても、バスが直るのを待った方が早いに決まってるでしょ!」

 

「うっ……だってよぉ……」

 

流石にこの炎天下、勢いに任せて飛び出した事を反省したのか、呆れる空に対して太一は口ごもる。

しかし、暑さでやられそうな子供達の中に置いても、パートナー達は初めての人間世界に興味津々なのか、太一のアグモンを始め数匹は、今だ元気にはしゃいでいる。

 

そして

 

「……ここが、マァマ達の世界……?」

 

沙綾のアグモンもまた、皆と同じく初めて見るその都会の景色に目を丸くしていた。

 

デジモンの存在が世界に知れ渡り、科学が発展した未来に置いても、治安や生態系の面から"一般的"なデジモンが現実世界に来る事はまず出来ない。ヴァンデモンのように進行しようとも、プロテクトによって弾かれてしまうのだ。

パートナーデジモン達については例外的にこの限りではないが、"長い時間をパートナーと共に過ごした上で、そのデジモンに危険性がない事"、"パートナーが責任を持つ事"などの条件がつく。

少なくとも小学生の沙綾は、その責任能力という点に置いて条件を満たせてはいないため、彼女のアグモンもまた、皆と同じくこの世界に来るのははじめてなのだ。

 

話には聞いてはいたが、実際沙綾の住む世界を体感したアグモンは、その光景に驚くと共に、何処かうれしそうである。

だが、それも束の間。

 

「 マァマは何処に居るの、太一?」

 

そういって、太一の服の袖をクイクイと軽く引っ張る。

 

「あ、ああ……とにかく、早くあいつの無事を確認しないとな……俺が向こうの世界に行く前に救急車のサイレンが聞こえたから、多分ヒカリと一緒に何処か近くの病院に運ばれてると思うんだけど……」

 

見上げてくるアグモンの問いかけに太一は腕を組み、頭を捻るようにしてそう答える。ヒカリが沙綾と共にいる事は分かってはいるのだが、如何せん、彼女と直接連絡する手段がない以上その行方は分からない。

 

少しだらけたように歩いていたヤマト達も、意識を切り替え太一の話へと加わっていく。

 

「てことは、やっぱりお台場の何処かの病院か……?」

 

「ああ、多分な……」

 

そう思っているからこそ、彼は一刻も早くお台場に戻るためにバスを降りたのだ。

しかし、

 

「……いえ、そうとも限りません……沙綾さんはかなりの大ケガなのでしょう? なら、恐らく搬送先は大きな病院に限定されます。 お台場にも病院は幾つもありますが、大病院となると数は限られるでしょう。もしそれらの受け入れが無理なら、お台場ではなく近辺の大病院に輸送されている可能性もあります」

 

「???」

 

光子朗の話に、既にアグモンはついていけてはいない。

いや、彼だけでなく、太一のアグモンや、他のパートナー達もそれはおなじなのだろう。皆顔を見合わせては首を傾げている。

 

「なら、どうやって調べるの? まさか東京中の病院を一つずつ見て回るつもり!?」

 

「いや、流石にそれじゃ時間が掛かりすぎるだろ……ヴァンデモンの事もあるし……ヒカリも心配だ……なんとかならないか、光子朗?」

 

"八人目を狙う"

ヴァンデモンの目的がこれである以上、今沙綾の近くにいるであろうヒカリの身にも危険がある。

太一が険しい表情を浮かべて光子朗へと問うと、彼は少し腕を組んで考えた後、口を開いた。

 

「…………えと……そうですね……少ないですが一応お金はありますし、電話ボックスを使うのはどうでしょう……そこからしらみ潰しに近辺の大病院に電話を書けていけば、恐らく見つかる筈ですから……」

 

「確かに、それなら時間はあんまり掛かんない!ナイスだぜ光子朗! みんなも、それでいいか?」

 

彼のその案に、太一はハッとした顔をした後、親指を立てて"了解"の合図を取る。皆もその案には賛成なのだろう。

 

 

だが、電話ボックスを探そうと、彼らが陸橋の上から周囲を見回し始めたのも束の間、やはり、歴史通りの事態が起こる。

 

「うわっと! なんだ! 地震か!」

 

「……いやっ! 違う!」

 

ドスン、ドスンと言う音と共に、彼らのいる陸橋を微かにを揺らすような地響きが、今しがた目的を決めたばかりの一行に襲いかかったのだ。

それは明らかに自然現象としてのものではなく、彼らが"デジタルワールド"で幾度も感じてきた"敵の来訪"の合図である。

 

そして、

 

「みんな! あれを見て!」

 

空が真っ先に音のする方向を指差す。

 

すると、

 

光が丘の大通り、突如としてパニックに陥る人々の喧騒の中、ビルが立ち並ぶその街角から、やがて地響きの元凶である"それ"が、ノソノソと、そのマンモスを思わせる巨体をゆっくりと表したのだ。

 

「な、なんだアレ! デジモンか!?」

 

都会のアスファルトを巨大な足によって意図も簡単に叩き割り、子供達の方を向いたマンモスが、鼻を高く上げながら吠える。

 

「━━━━━━━━━!!」

 

「おいっ! まさかアイツ、ここで暴れる気か!?」

 

「出ました! ……マンモン……完全体のデジモンです……太一さんっ!」

 

カタカタと、素早くパソコンを叩いた光子朗が、雄叫びを上げながら子供達のいる陸橋を目指して直進する巨体の情報を太一へと告げる。

 

「くそっ! ……しかたねぇ! 悪いアグモン、沙綾を探すのは後だ! とにかく今はアイツを止めないと街が壊されちまう! 」

 

マンモンがヴァンデモンの手下にしろ、デジタルワールドの異変によって此方に流れてきたにしろ、このまま放置する事など出来ない。

太一は沙綾のアグモンに横目で詫びると、自分のアグモンを進化させるため、デジヴァイスへと手を掛けた。

 

「行くぞアグモン! 進化だ!」

 

「オッケィ太一っ!」

 

しかし、

 

「……待って!」

 

不意に、誰かが太一の服の袖をぎゅっと握りしめたのだ。

振り替えるとチラリと見えるピンクの包帯。

 

沙綾のアグモンである。

 

「うわっと……ア、アグモン……えとな、今直ぐに沙綾に会いたいお前の気持ちは分かる……でも、今はアイツを止めないと!」

 

不足の事態に太一は若干慌てたように沙綾のアグモンを見て諭そうとするが、そんな彼とは対照的に、アグモンは遠くから迫り来るマンモンをしっかりと見据えた上で、とても落ち着いた口調で声を上げた。

 

「違うよ太一……此処はボクが行く……みんなは下がってて」

 

一度別れるまでの"無邪気"な彼からはあまり聞く事のなかった、決意を込めたような静かな声。

 

「……みんなは、こんなボクでも、もう一度仲間に入れてくれた……一緒に行こうって、マァマを探そうって、そう言ってくれた……たから、ボクはそんなみんなの"想い"に答えたい……みんなの助けになりたい……だから、ここはボクに任せて」

 

「アグモン…………でもっ!」

 

小さな恐竜の大きな決意。

 

だが、やはり太一は彼一匹だけで戦わせる事には抵抗があるのだろう。戦力的にも相手は完全体である。

勿論、反対するのは太一だけではない。

空やヤマト、それにパートナー達も、その提案には頷きはしなかった。

 

だが、そんな中

 

「……いえ、みなさん……此処は沙綾さんのアグモンに任せてはどうでしょうか?」

 

「えっ!?」

 

ただ一人、『この状況』をよく観察していた光子朗だけ

は違ったのだ。

 

「ちょっと、光子朗君!?」

 

「皆さん回りを見て下さい。 此処は市街地のど真中ですよ……そんな中で、何体ものデジモンでマンモンを迎え撃てば、反って被害が大きくなります。 戦う人数は少ない方がいい。 なら、この場は僕達の中で"一番戦闘が上手い"沙綾さんのアグモンに任せた方が、被害は押さえられるんじゃないでしょうか」

 

それはある意味最もな正論。

暴走時の荒々しい動きから忘れられかけていたが、本来の彼の"戦い方"は、その経緯により、"攻める戦い"より"守る戦い"の方が上手い。

更に戦闘経験自体も、他のパートナー達よりも遥かに高いのだ。

 

そう言った意味では、彼はこの場に置いて一番適任しているのかもしれない。

 

「それは……確かにそうかもしれないけど……」

 

それでもやはり不安なのか、空は何か言いたげに光子朗へと口を開こうとする。

 

しかし、

 

「……分かった……」

 

「た、太一!?」

 

空が驚くのも無理はない。

先程の反対意見からは一転し、太一がアグモンの提案を了承したのだ。

 

「確かに、光子朗の言う通りだ……それに、見てみろよ空、こいつのこの目……」

 

「アグモン……」

 

「心配しないで……絶対に止めて見せるから……」

 

そこにあるのは、無邪気さの欠片も見せない真剣な眼差し。その決意を直視して誰が反対できようか。

最後まで反対していた空も、それには諦めたように『はぁ』とだけため息を吐いた後、静かに口を閉じた。

 

そして、迫るマンモンが陸橋の目と鼻の先にまで近寄ってきたその時、太一が声を張り上げる。

 

「頼んだぞ! 回りに被害が出ないように上手く戦ってくれ……出来るか!?」

 

「任せて! !」

 

その声にアグモンは元気に頷き、

 

「アグモン、進化ァァ!」

 

彼らの立つ歩道橋の手すりを掴み、真下の道路へと飛び降りながら、その身を成熟気へと一気に巨体化させる。

迫るマンモンを前に、一行を背後に、ドスンと、久しぶりの赤い身体が、気合いを込めるかのように力強く咆哮を上げたのだった。

 

「ティラノモォォン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、

 

「うぅ……ごめんねヒカリちゃん……」

 

冷房の効いた涼しいタクシーの車内で、沙綾は申し訳なさそうにシュンと項垂れていた。

 

「……気にしないで……お金は、お家に着いたら私が払うから……」

 

「うっ……ほんと、ごめんなさい……」

(はぁ……私ってば、なんか色々と情けない……)

 

心の中で、沙綾は盛大なため息をつく。

 

 

病院からの脱走後、停留所にてタクシーを捕まえたヒカリと沙綾は、今はその車内にて座って自宅を目指していた。

勿論、二人共財布など持ってはいないが、タクシーならば、自宅に着いた後に金を払えばよい。

 

(……気を使わせちゃったかな……"このくらい"歩いてでも何とかなると思ったけど、やっぱり……"ちょっと"きつい……)

 

痛みから痙攣を起こしそうな足を見つめて沙綾は思う。

 

だが、彼女は"今自分がいる場所"すら知らない、いや、"倒れた場所がお台場であった事"から気づいてはいないため、本当に『最初から最後まで』歩いて帰るつもりであったのだが、ヒカリは始めから知っている。

 

『この"光が丘"から徒歩でお台場まで歩いて帰るなど、今の二人では出来る筈がない』と。

 

沙綾の姿故に乗せて貰えるか心配であったヒカリだが、実際の処は、最初驚かれた程度で乗車には問題はなかった。

今は情けなさから項垂れている沙綾も、その時は既に体の節々が悲鳴を上げており、ヒカリの気遣いに感謝しながら、彼女に促されるまま乗車してしまったのだ。

 

 

 

しかし、

 

「……でも……ぜんぜん動かないね……」

 

動き始めて数分とせず道路はいきなりの大渋滞、一向に進む気配を見せていない。

 

「うん……」

 

"場所さえ分かっていれば"、歴史を知っている沙綾は渋滞の原因など直ぐに分かったであろうが、締め切った車内は外の喧騒をも遮断しており、残念ながら彼女達から見れば、それは『ただ道が混んでいる』程度にしか思えなかったのだ。

 

しかし、しばらくして、

 

「ん?……あれ? ねぇヒカリちゃん、何て言うか……この車、揺れてない?」

 

「……えっ……あっ、本当。 動いてないのに……地震かな?」

 

突如として感じ始めた、一定のリズムの地響きと、車を揺するような衝撃に、沙綾はヒカリと顔を見合わせて不思議そうな顔をする。

 

「ねぇ運転手さん、これは一体……?」

 

「い、いえ、私にも何が何だか………」

 

"車のトラブルでは?" と、沙綾は前席に座る男性運転手へと声を掛けるも、彼もまた首を捻るばかりである。

車の揺れは時間を追うごとにゆっくりと、だが確実に大きくなっていく。

 

カタ、カタからガタ、ガタと、そして、ドン、ドンと。

 

(これは……いくらなんでもおかしい……)

 

流石にここまで来れば、沙綾もこれが自然現象でも、車のトラブルでもない事に気付く。

これは、間違いなく何かが地面を揺らす振動を与えている。

 

(……えっ!? 嘘、じゃあ、これってまさか……)

 

彼女は元々頭の回転は早い。

仮にこの揺れがデジモンだと仮定すると、小説の知識と照らし合わせてこのタイミングで出現するそれらしいデジモンは一匹しかいない。

 

(そうだとしたら……今私達がいるこの場所って……もしかして……)

 

そこでようやく、沙綾はヒカリがタクシーに乗ると言った事の意味に気づいた。

確かに自分を気遣ってくれた事も大きいだろうが、それ以前に、距離的な意味合いの方が大きいのだろう。

 

(光が丘なの!? 嘘、私そんな所まで運ばれてたの!?)

 

そして、彼女がそれに気付いた丁度そのタイミングで、前方のに見える十字路の交差点を、その原因たる一体のデジモンがゆっくりと、ドスン、ドスンと、車を踏み潰しながら横切ったのだ。

 

「━━━━━━━━━━!!」

 

「沙綾さん、あれは……デジモン!?」

 

車内から見えるその巨体を指差し、ヒカリが慌てて沙綾へと問いかける。

 

「や、やっぱりマンモン!」

 

「えっ、やっぱりって……?」

 

「う、うわぁぁああ!!」

 

今度は彼女の目にもはっきりと見える。

不完全な実体ではなく、完全に"こちら側"へとやって来たヴァンデモンの配下。

沙綾自身が驚いてしまったため、知らずに"口にすべきでない"言葉が混じってしまったが、目の前を得体のしれない巨像が横切ったのだ。車を捨てて逃げ出す運転手や、外のパニックの嵐を前に、ヒカリの疑問など、簡単に流れていく。

 

(マンモンが彼処にいるって事は、みんなはそれを止める為にすぐに動き出す筈……アグモンがみんなと一緒にいるなら、マンモンについていけば、あの子に会える)

「っ!」

 

「あっ! ちょっと、沙綾さん! 何処に行くの!」

 

「ヒカリちゃんは車の中で待ってて! 多分安全な筈だからっ!」

 

「えっ、どういう事!? あっ! 沙綾さん!?」

 

『彼処まで行けば、夜を待たずしてパートナーの安否がわかる』。それを理解した沙綾はもう止まらない。

 

ヒカリが止める間もなく、彼女は怪我をしている事も忘れているかのような勢いでタクシーのドアを開けて外へと飛び出し、そしてそのまま、車の渋滞を掻き分けるように、逃げ惑う人々の波に逆らいながら、歯を食い縛って走り始めたのだった。

 

「もう……何がどうなってるの……」

 

いきなりの事で、一人車内に取り残されたヒカリが、呆然としながらポツリと呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れ! ティラノモン!」

 

「ファイヤーブレス!」

 

子供達の声援を背に、ティラノモンは初撃から自身必殺の炎をマンモンの額に向けて放つ。

体格では明らかに相手の方が上、しかし、繰り出される火炎放射の威力は、その体格差をものともしない程に激しい。

 

「━━!!」

 

多少の油断が混じっていたのだろう。その炎を真っ正面から浴びるように受けたマンモンは、短い悲鳴を上げた後、ドスン、ドスンと二、三歩後退し、炎を振り払おうと首を左右に大きく揺する。

 

勿論、ティラノモンはその隙を見逃さない。

 

(よし、目眩まし成功!)

 

続けざまに、彼はその強化された脚力で素早くアスファルトの地面を蹴り、ビルやマンションの立ち並ぶ大通りに舞い上がる。

 

そして、

 

「ダイノキック!」

 

「!?」

 

ドゴン、と、その落下の勢いを保ったまま、首を振るマンモンのこめかみへと強烈な飛び蹴りが決まった。

 

これもまた、その体格以上の威力。

マンモン路上に乗り捨てられた幾つかの車を撥ね飛ばしながら、滑るように道路を転がる。

 

だが、まだティラノモンの追撃は止まらない。

 

「うおぉぉ!!」

 

転がる巨像か立ち上がるよりも更に早く、彼は道路を風のように疾走。

その鋭い爪を振り上げてマンモン横をすり抜け、その擦れ違い様に一閃、居合い切りのように、巨像の体を切り裂いたのだ。

 

「スラッシュネイル!」

 

「━━!」

 

「いいぞ! ティラノモン!」

 

後方の陸橋から、太一を始め仲間達の声援が飛ぶ。

 

素早く、小回りの効いた正に流れるような技の連撃。その戦闘技術はやはり変わってはいないのだと、子供達はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

そして、

 

「ファイヤー……ブレス!」

 

『これで最後だ』と、ティラノモンは今しがた通り抜けたマンモンへとクルリと振り返り、先程よりもまた一段と強烈な、文字通り止めを刺すための火炎を、一瞬の溜めの後、勢いよくその口から噴射した。

 

 

だが、

 

「━━━━━!!」

 

「なっ!」

 

相手は完全体、その耐久力は並ではない。

ティラノモンの連撃を受けて尚、彼は甲高い像の鳴き声と共に立ち上がり、強烈な炎が自身へと迫る中、その長い鼻からまるでブリザードのような冷気を発射。ファイヤーブレスを相殺したのだ。

 

「くそっ!」

 

『ツンドラブレス』

マンモンの得意とする絶対零度の吹雪である。

 

「ティラノモン!」

「これは……水蒸気ですか!?」

 

炎と氷、反対する二つの技がぶつかり合った事で、辺りに霧のような水蒸気が広がり、子供達の視界を遮った。

 

そんな中、今まで攻撃を受け続けていた巨体が動く。

 

「━━━━!!」

 

雄叫びと共にマンモンは一直線にティラノモンへと突進。そこに先程のような油断などはなく、自慢の象牙によって彼を仕留めるため、巨体ながらも一気に加速した。

『タスクストライク』。彼の最も得意とする正に必殺の一撃である。

 

「!」

 

発生した水蒸気によって視界が悪くなり、更に左右にはビルとマンションの並ぶこの大通り。

一直線に突っ込んでくるマンモンの突進に、ティラノモンは回避が間に合わず、

 

「ぐおっ!」

 

まるでカブトムシが小さな昆虫を投げ飛ばすかの如く、その巨体から繰り出された牙による『すくい上げ』が赤い恐竜をものの見事に吹き飛ばした。

加速によって勢いの着いた一撃。ティラノモンの身体は遥か高くまで舞い飛び、そして、

 

「がはっ!」

 

鈍い音を上げ、固い地面へと叩きつけられた。

車数台を巻き込み、更にその下のアスファルトが衝撃によって砕け飛ぶ。

成熟期と完全体の地力の違いだろう。

ティラノモンが繰り出した連撃によるダメージよりも、明らかに今のたった一発の攻撃の方が受けたダメージが大きい。

 

尚もマンモンの攻めは続く。

 

「━━!」

 

「ぐうぁぁぁ! 」

 

前足による容赦のない踏みつけがティラノモンを襲う。

乗用車を一撃でぺしゃんこにする程の威力に、アスファルトの亀裂は更に広がり、恐竜の身体は半分地面へとめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深い霧が晴れていく。

 

「お、おいっ! あれを見ろ!」

 

同時に、その時子供達の目に写った光景は、今までの優勢から一変。マンモンの太い足に押し潰されるティラノモンの姿であった。

まるで強制的に土下座を強いられているようなその姿に、空は顔を青ざめる。

 

「た、太一! このままじゃ……このままじゃティラノモンが負けちゃう!」

 

「くっ、大丈夫だ、まだ進化がある…………進化するんだっ! ティラノモン!」

 

成熟期のティラノモンで半ばまで互角の勝負ができたのだ。完全体同士の戦いならば、メタルティラノモンの方に部がある。

太一は陸橋の手すりから身を乗り出しながら、徐々に追い詰められるティラノモンへと声を張り上げた。

 

しかし、

 

「……なんでだ……なんで進化しないんだよ!」

 

いくら追い詰められようと、赤い恐竜に進化の兆しは現れない。

 

「! ……これは推測ですが、暴走を恐れているんじゃないでしょうか」

 

「なんだって!? そんなバカな! もうあいつは暴走したりなんかしない! "沙綾は生きてる"って、アグモンはしってるじゃないか!」

 

「確かにそうですが、そのトラウマは太一さんにも分かるでしょう! 」

 

「!!」

 

「光子朗の言う通りだ……見てみろ太一!」

 

マンモンの踏みつけをなんとか回避し、一度奥へと距離を取ったティラノモンをヤマトが指差す。

見れば、彼は距離を取ったにも関わらず、そこから遠距離の火炎を放つ事もせず、ただ呆然と自分の両手を見つめ、動きを止めていたのだ。

 

「恐らく、ティラノモンも進化しようとはしているんでしょう……でも……体が無意識にブレーキを掛けている」

 

「━━━━━━━!!」

 

立ち竦むティラノモンに遠距離からマンモンのブリザードが襲いかかる。咄嗟に防御の姿勢は取ったようだが、凍てつく吹雪を前に、彼は苦しそうに方膝をついた。

 

二体の戦いに、決着がつこうとしている。

 

「くそっ! こうしちゃいられない……行くぞアグモン!」

 

「うん!」

 

もう多少の被害の拡大を言っている場合ではない。

このままでは、せっかく分かり合えた仲間を失うことになる。

太一に続き、ヤマト、空、ミミ、丈、タケル、そして光子朗もこの事態にそれぞれのパートナーを向かわせるため、デジヴァイスを強く握りしめた。

 

その時、

 

「負けないでっ! ティラノモン!」

 

戦闘音以外は静まり帰った大通りに、不意に一つの声が響く。

子供達にとってしばらくぶりとなり、ティラノモンにとっては何よりも会いたかったその人の声が。

 

 

 

 




ようやくここまでこれました。

分かりにくい所などはなかったでしょうか。
あっ、そういえばこの話、最近あまり出てこなかった『歴史の流れ』が働いている箇所があります。
どこかわかるでしょうか


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「メタルティラノモン! お願い!」 「任せろマァマ!」

小説を書き始めた頃に比べて、最近の一話辺りの文字数が倍以上に増えています。
その分時間も倍以上掛かっていますので、成長したのかはなんともいえませんが………




混乱する人込みに逆らいながら、沙綾はマンモンを追い、光が丘の街を全力で駆ける。

全身に回る痛みは既にピーク、彼女の整った顔立ちに玉のような汗が幾つも浮かんでは流れていく。

 

(はぁ……はぁ……うっ……足が痺れてる……身体も……痛い…………でも……)

 

軋む身体に鞭を打ち、彼女はそれでも速度を落とそうとはしない。

この先に、彼が居るかも知れないのだ。

押し寄せる人々と接触し転倒しようが、足の感覚が無くなろうが、『邪魔だ! 退け!』と罵声を浴びせられようが彼女には関係ない。

 

「……はぁ……ふぅ……待っててね……アグモン」

 

そう、全ては、我が子のように大切に思い、そして、自分を想って泣いているであろうパートナーを安心させるそのためだけに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ! かはっ!」

(……はぁ……はぁ……くそっ……このままじゃ……)

 

マンモンの渾身の一撃。更に続く強烈な踏みつけ。

まるで土下座のような姿勢で襲いかかる前足を受ける中、ティラノモンはそれに耐えながら、この状況を打開する手について思考していた。

 

その間にも、ドゴン、ドゴンと彼の身体はアスファルトを突き破ってその下の地面へとめり込んでいく。

 

(……うっ、な、何とか……何とかしないと……!)

 

とは言え、実際は追い込まれつつある今、成熟期である彼が完全体であるマンモンに逆転する手段など"一つ"しかない。ティラノモン自身もそれは十分に理解している。

ただ、過去の経験が彼を躊躇わせるのだ。

 

(……怖い……もし、また暴走しちゃったら……もし、またみんなを傷付けちゃったら……)

 

 

そして、

 

「━━━━━━!」

 

マンモンが吠える。

恐らく止めを刺すつもりなのだろう。今までの片足による踏みつけではなく、まるで馬の嘶きのように後ろ足で一瞬立ち、勢いを付け、両足でティラノモンへと襲いかかったのだ。

 

だが、

 

「くっ!」

 

その一瞬の隙をついて、彼は身体を横に転がしながら間一髪でそれをかわし、マンモンの両足が大地を揺らす中、力を振り絞るように一気に後方へと跳んだ。

 

「……はぁ、はぁ……危な……かった……」

 

二体の間に距離が開く。

それでも、仕切り直しと言う訳にはいかない。

今だ体力の底が見えないマンモンに対して、肩で息をするティラノモン。録に動き回れない市街地で、このまま戦闘が続けば敗れるのはどちらか、それはもう火を見るより明らかである。

 

(……くそっ……ボクは何を考えてるんだ……もう、他に方法なんてない。なら……)

 

『ここは任せて』、そう言ったのは他ならぬ自分自身である。勿論、それは生半可な覚悟で口にしたわけではない。

暴走の恐怖と"同じ程に"、彼は子供達の信頼に答える事が出来ない自分がイヤなのだ。

心の中に"暴走する自分の影"が写っては消えていくが、ティラノモンはそんな雑念を振り払うかのように首を左右にブルブルと震った後、覚悟を決める。

 

「━━━━━━!」

 

マンモンが鼻を高く上げて威嚇する。

その中で彼は目を閉じ、乱れた息を調え、そして敵の咆哮に答えるかのように声を上げた。

 

(そうだ、やるしかないんだ!)

「ふう……行くぞっ! 覚悟しろっ!」

 

"灰色の凶竜"へと、その身を進化させるために。

 

だが、

 

「……あれ、えっ……どうして……!?」

 

何時もならば、『進化をする』と決めた瞬間に、彼の身体は次の世代へと変化を遂げられる。先程成長期から進化した時もそうだ。

しかし今、いくら身体に力を込めても、その身が完全体へと昇華する気配はない。

 

「早く、早く進化しないとっ!」

 

自らの身体の異変に焦りながら、何度も進化を試みるが、やはりその身は輝かない。

やがて、『これ以上の進化が出来なくなっている』という事実を悟ったティラノモンは、衝撃からか、敵を前にしたまま、自身の手を呆然と見つめて固まった。

 

(く、くそっ! ………怖がってる場合じゃないのに)

 

頭では理解している。

進化しなければこの場はもう乗り切れない。皆の期待を裏切る事になると。

しかし、彼の"心"がそれについていけないのだ。

かつて太一のアグモンがそうであったように、無意識に働く"トラウマ"が、彼の進化にブレーキをかける。

 

そして、

 

ティラノモンが行動を辞めたその絶好の隙を、相手が見逃してくれる筈がない。

 

「━━━━━━!」

 

「っ!? しまった!」

 

雄叫びと共に長い鼻から発せられる猛烈なブリザードが、夏の日差しを物ともせず、瞬く間に道路を凍結させながらティラノモンへと突き進む。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

それに対し、不意を突かれた彼は避ける事は出来ず、咄嗟に防御の姿勢を取ったものの、襲いかかる猛吹雪はティラノモンの身体を氷付かせる勢いでぶつかっていき、やがて、

 

「……ぐっ……あっ……」

 

激しい冷気が過ぎ去った後、ティラノモンはガクンと、その場に膝から崩れ落ちた。

既に何度となく完全体の攻撃を受け続けたのだ。体力が限界をむかえたのだろう。

辛うじて意識はまだ保ってはいるが、視界はぼやけ、気を抜けば飛んでいきそうなものである。

 

"進化"が出来ない以上、最早勝敗は決したも同然であろう。

 

「……うっ……はぁ…………はぁ……」

 

遠くなった陸橋の上、子供達が此方に向かって叫んでいる姿がぼやけた視界に映るが、意識は既に途切れる寸前、その声は聞こえない。

 

「━━━━━━!!」

 

敵を追い詰めたマンモンが甲高い鳴き声を上げて地面を踏み鳴らす。

 

その二本の象牙から繰り出される一撃を耐える体力も、まして、それを避ける体力も、もう彼には残されてはいない

 

(……ああ……ボク、負けちゃうのか……ごめん、みんな……ごめん……マァマ……)

 

ふと思い出すのは自分に微笑みかける彼女の顔。

もうずいぶん前に別れ、ただひたすらその無事を祈り続けたパートナーの面影。

必殺の構えに入るマンモンを前に、そんな幻想を胸にして、ティラノモンは前のめりにバタリと倒れ、その意識は暗く沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、その"声"が彼の心に届くまで。

 

 

「負けないで! ティラノモン!」

 

(えっ……この声……)

 

倒れたのも束の間、もう聞こえなくなっていた耳を無視して、必死に叫ぶその懐かしい声が、ティラノモンの意識を現実へと引きずり戻す。

それとほぼ同時に、マンモンがその牙を奮い立たせて止めの突進を開始した。

 

「……マァ……マ……」

 

「そうだよ! 私は此処! 負けないで! 貴方は勝てる、貴方は……私のパートナーなんだからっ!」

 

抵抗なく頭へと直接届くような声。

震える手で四つん這いになるように身体を起こして、迫るマンモンを無視して彼は右へ左へと首を回した。

 

 

そして、

 

「あ……あぁ……」

 

遂に、見つけたのだ。

 

自分のすぐ近くに。

 

大量の瓦礫が転がり、人一人いなくなった大通り。その中において、ビルの外壁に体を預け、肩で息をしながら叫ぶ少女の姿を。

全身の至る所に包帯がまかれ、服装も変わっているが、間違いはない。いや、どんな姿になろうとも、彼がパートナーを見間違うことなど"有り得ない"。

 

「マァマ! マァマ!!」

 

ティラノモンの意識が一気に覚醒する。

全てはこの時のため、彼女の無事を信じて彼はここまで進んできたのだから。

溢れる感情が涙となって頬を伝うが、今は再会を悠長に喜んでいる場合ではない。

 

「話は後だよ! 今は前を見て! 」

 

「う、うん!」

 

「 構えて……貴方なら、受け止められる!」

 

待ち焦がれた沙綾の声。

その声を前に、"出来ない"などと口にする訳にはいかない。

いや、それ以前に、彼女はパートナーの事を誰よりも深く理解している。故に、沙綾が"出来る"というのであれば、そこに間違いなどある筈がない。

 

彼女のたった一声が、ティラノモンにとってはこれ以上ない力へと変わるのだ。

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

赤い恐竜が咆哮を上げて再び立ち上がり、腰を落としてドッシリと身構えた。その姿は先程まで力尽き、倒れていた事など嘘のようである。

 

直後、

 

「━━━━━━━━━!」

 

先程と同じく、マンモンが突進の威力をそのままに、巨大な二本の牙でティラノモンを掬い上げるように力強く頭を震う。

完全体が繰り出す渾身の一撃だ。手負いの成熟期が受けきれるものではない。

 

だが、

 

「絶対に……負ける、もんかぁぁぁぁ!!」

 

ドン、という衝突音を上げ、ティラノモンは振るわれる象牙を両腕でガッチリと捕まえた。

巨体の突進の衝撃により、踏ん張りをみせる彼の両足が道路を削りながら二歩、三歩、と後退したが、それでも、彼は沙綾の指示通り、今の一撃を見事止めて見せたのだ。

 

「━━!!」

 

まさか今まで瀕死状態であった格下の相手に、己の必殺を止められるなど考えてはいなかったのだろう。表情こそ分からないが、マンモンは明らかに動揺しているようだ。

 

「ぐっ、ぐぐ……」

 

それでも、まだ終わりではない。まだその巨像にはこの状況でも使える技がある。そう、鼻先から放出出来るブリザード攻撃である。

ティラノモン自身は、巨体の突進を受け止める事で頭がいっぱいなのだ。まずこの攻撃はかわせないだろう。

 

マンモンは突進の姿勢を保ったまま、その鼻先だけをティラノモンへと向けようとする。

 

しかし、今の彼は一人で戦っている訳ではない。

 

「ティラノモン! さっきの攻撃が来るよ!マンモンの鼻を踏みつけて!」

 

「!」

 

ティラノモンは沙綾の指示に対しては殆ど反射で動く事が出来る。つまり、そこには指示を理解するタイムラグも、片足を上げる事でバランスが崩れるかもしれないという躊躇いも一切存在しない。

 

「ふあっ!」

 

頷くよりも早く、彼は右足を一歩伸ばして、持ち上がろうとするマンモンの長い鼻を踏みつけた。

 

「━━━━━!!」

 

最も、元々ティラノモンの体重はマンモンに比べれば遥かに軽いのだ。

両足を使って踏ん張ったために突進を防げたが、片足を前へと出した今、左足一本では当然力負けを起こす。

 

「━━━━!!」

 

二度も攻撃を封じられ、更に呼吸を阻害されたマンモンは頭に血が昇ったかのように、猪突猛進の勢いで前進を始め、体制をそのままに、ティラノモンの身体は更に後退する。

このままでは、いずれ押しきられてしまう事は間違いない。

 

「ぐっ!」

 

「ティラノモン!」

 

 

 

だが、それは"ティラノモン"であった場合の話。

 

 

 

 

 

「今だよ! 進化して!」

 

「!!」

 

その言葉に、ティラノモンは目を見開く。

沙綾は彼が進化出来なくなっている事など微塵もしらない。彼の抱えるトラウマも、沙綾がいない間に、デジタルワールドで何があったのかも。

 

しかし、彼女は今まで、不可能な指示を彼に下した事など一度もない。

 

それはつまり、

 

(マァマが……出来るって言ってくれてるんだ……マァマがそう言ってくれるなら、ボクに"出来ない事"なんて何もない!!)

 

ティラノモンの心に更なる火が灯る。

 

他ならぬ彼女が、自分を信頼して"出来る"と言っている。

ならば、"暴走の恐怖"がなんだというのだ。"トラウマ"がどうしたというのだ。

そんな物は、"沙綾の信頼に答えられない自分"に比べれば、いくらであろうと噛み潰せる。

彼女のためならブレーキなど意図も簡単に破壊する。それがこのデジモンの在り方なのだから。

沙綾が隣に居てくれるのであれば、もうティラノモンに恐れるものなど何もない。

 

「……見ていてマァマ、 ボクは、負けない! 行くぞ!ティラノモン、超進化ァァァ!!」

 

「━━━!」

 

大気を轟かせる程の咆哮。

心に灯った火が、爆発のような光へと変わる。

"マンモンの牙を掴み、その鼻を踏んだ状態のまま"、彼の身体はその輝きに包まれた。

 

全てはパートナーの信頼に答えるために。

 

ウイルスの血が身体を巡る。

 

赤い身体は、くすんだ灰色へ。

 

体格は一回り大きくなり、全身が隈無く機械化されていく。

 

トラウマも恐怖も踏み潰し、やがて、拡散した光の中から、一匹の機械竜がマンモンを睨み付けながら、進化する前と同じ体勢で姿を表した。

しかし、牙を押さえつける握力はティラノモンの比ではなく、ギリギリと音を上げて象牙が軋んでいる。更に、一気に跳ね上がった重量はマンモンの突進を容易く受け止め、微動だにしない。

押さえつけられた鼻は最早ぺしゃんこであろう。

 

「…………」

 

「━━━━!!」

 

痛みからか、マンモンは一心不乱に暴れまわるが、時は既に遅い。

力は敵わず、武器である二本の牙も、そして鼻も、完全に固定されているのだ。出来ることは何もない。

 

ここに、形勢は一気に逆転した。

 

「可哀想だけど、そのデジモンは此処で倒さなきゃいけない……メタルティラノモン! お願い」

 

「任せろマァマ……今までの分……きっちりと返させて貰う……」

 

本来の歴史に置いても、このマンモンはこの場所で空のガルダモンによって倒される事を沙綾は知っている。ならば、その運命を変えるわけにはいかない。

沙綾の指示に、灰色の機械竜が闘志の籠った低い声で答える。沙綾がいる今、それはもう"破壊"意外を考えられない凶竜などではない。

 

「うおらぁぁ!!」

 

「━━!!」

 

そして、停滞していた戦闘がメタルティラノモンの渾身の頭突きによって再開された。鉄の塊と同等の衝撃が頭部へと直撃したのだ、マンモンは短い悲鳴の後、前進姿勢を崩し、千鳥足のようにヨタヨタとふらつく。

 

「時間はかけないで! 被害が大きくなっちゃうから」

 

「了解だマァマ!」

 

沙綾の指示に素早く答え、メタルティラノモンは勢いの無くなったマンモンの半ば潰れた鼻から足を上げ、同時に、捉えていた牙からもその手を離す。

頭突きが効いている今、相手は強引な攻めが出来ない。

 

その隙を見計らい、彼は近接戦最大の武器である大顎を開き、ガブリと、マンモンの鼻のつけねへと噛みついた。万力のような圧力で、その牙が食い込むが、まだこれで終わりではない。

 

「ぐうぅおぉぉぉぉ!!」

 

なんと、彼は進化により発達した顎と首の全ての筋力をフルに使い、マンモンの巨体を広い道路にそってブンブンと振り回し始めたのだ。

そして、十分な加速と勢いが突いた状態から、メタルティラノモンはマンモンの身体をまるでハンマー投げをするかの如く、上空へと思いきり投げ飛ばした。

自身の最高火力を被害を出さずに使用するために。

 

「━━━!!」

 

悲鳴と共に、巨大な象は子供達がいる陸橋の真上を、物凄いスピードで通過する。

そんな中、メタルティラノモンは一瞬沙綾へと目配せした後、その右腕を遥か上空に向けて構えた。

 

彼の主砲が開かれる。

 

「これで止めだ……ギガ……デストロイヤー!!」

 

バシュンと、白い煙を上げて放たれるミサイルが、音速に迫る速度で打ち出され、そして、

 

「━━━━━━━!!!」

 

マンモスを巻き込み、光が丘の上空にて、閃光と共に爆散したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……はぁ……よかった……まさかアグモンが戦ってるとは思わなかったけど……無事に此方に来てくれて、ホントに……)

 

一部道路が吹き飛んでいる大通り。ビルの外壁へと体を預けていた沙綾は、戦闘の終了と共に、へなへなっと、その場に崩れるように座り込んだ。

タクシーを降りた瞬間から、バクバクとしている心臓が、安心感からかようやく落ち着きを取り戻していく。

 

だが、張っていた気が抜けると同時に、今まで"ツケ"が彼女へと一気に襲いかかってきた。

 

「っ……うっ……あっ……い、痛っ……あ、うっ……」

 

突如として全身を巡る痛みに、沙綾はそのまま身体を丸めて苦悶の表情を浮かべる。

何せ、全身が、擦り傷、切り傷、打撲、捻挫だらけなのだ。そんな状態で無理をすれば、この結果は当然であろう。

余りの痛みに目の奥がチカチカと光り、意識が途切れそうになるが、まだ、彼女は気絶する訳にはいかない。

 

何故なら、

 

「うわぁぁん!! マァマァァァ!!」

 

顔をグシャグシャにしながら駆けてくるパートナーを前に、『一人でよくがんばったね』と労いの言葉も掛けずして倒れる事など出来ようか。

 

「うっ……はぁ、はぁ……アグモン」

 

沙綾は気力を振り絞りながら何とか体を起こし、ビルの壁を支えに懸命に立ち上がる。

そして、ペタペタと、此方に向かって両腕を振って向かってくるパートナーに向かい、出来る限り平静を装って声を掛けようとしたのだが、

 

「ごめんね……アグモン、今まで、よく頑張っ……」

 

「会いたかったよぉぉぉ! マァマァァァ!」

 

沙綾が言葉をかけ終わるよりも早く、激情のままにアグモンは彼女へと"ダイブ"するように飛び付いてきたのだ。

3ヶ月という長い期間の寂しさが噴火したのだろう。

戦闘時とは違い、今の彼は完全に『親を見つけた時の迷子』である。

恐らく、今アグモンは『沙綾がケガをしている』という事さえ頭からは抜けているのだろ。そして、

 

「ちょっ! ちょっと待って! アグモン!」

 

「マァマァァァァァ!!」

 

「きゃっ!!」

 

ガバリ、と、彼は疾走の勢いを一切止める事もなく沙綾へと飛び付いてしまったのだ。

勿論、今の彼女にはそれを受け止める程の力はなく、全身に痛みが走る中、沙綾はアグモンに押し倒される形で、背中からドスンとコンクリートへと倒れ込む。

 

(……あっ……まずっ……意識……が……)

 

先程から気力のみで意識を繋ぎ止めていた所へ、追い討ちを掛けるように背中を強打したのだ。

沙綾の意識はスゥーと、溶るように白く染まっていく。

 

(……アグモンの……ばか…………)

 

「マァマァ! ボク、頑張ったよ……マァマがいない間も、ずっとマァマの事探し……」

 

最も、そんな様子にアグモンが気付くことはなく、目を回している沙綾の胸に顔を埋めながら、グシャグシャの顔でその胸に貯めた想いを語っていたが、残念ながら、彼女の耳には殆ど届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感動の再会という訳にもいかず、沙綾の意識がなくなっている事にアグモンが気づいたのは、それから一、二分後、選ばれし子供達がそこへと到着してからの事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回でアグモンメインの物語展開は一応終わりです。
いや、長かったですね。

ちなみに、今のアグモンの皆に対する信頼度を、図にするとこんなかんじでしょうか。

沙綾>>>>>>>>>>ガブモン>>太一、太一アグモン>他

はい、やはり沙綾だけ露骨にぶっ飛んでいます。
次点で、一番パートナー達の中でアグモンを励まし続けていたガブモン、暴走からを救ってくれた太一達と続きます。
ですが、図では一番低い子供達やパートナーの事も、勿論全面的な信頼と好感を持っています。
あくまで、沙綾が飛び抜けているだけですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅の果て……たどり着いた最悪の結末……


















この世界の秘密を知っていますか?
















はい →いいえ











それでは、どうぞ



沙綾がアグモンと波乱の再会を果たした数時間後の事、そのころ、デジタルワールド、ファイル島では、

 

「……やっと着きました……ふう、しばらく振りの"故郷"ですね……」

 

もう『二年ぶり』となる、自身が旅立った白い砂浜の海岸で、クロックモンはほぼガラクタ同然にボロボロとなった"イカダ"から降り、ポツリとそう呟いた。

 

(……やはり、あの広いサーバ大陸でも……収穫は無しでしたか……)

 

この二年間、彼は自らが犯した罪を償うため、片時も休むことなくサーバ大陸を渡り歩いた。

 

日差しの照りつける砂漠を渡り、深い森を突き進み、時には、おおよそ他のデジモン達が寄り付かない火山地帯にすら足を踏み入れ、ただひたすらに『沙綾を救う手段』だけを考え、その閃きを求めて行動してきた。

 

しかし、彼の目的は正に雲を掴むような話。

 

"時の概念に逆らう方法"など、そう易々と見つかる筈もなく、また、それを思い付く切っ掛けすらも掴む事すら出来ず、気付けば既に二年という歳月が過ぎ去っていたのだった。

 

「……はあ……この感じ、始めてこの"舟"で海に出た時を思い出します……」

 

懐かしい島の空気に触れ、クロックモンは海に浮かぶ『相棒』を眺めながら、一度大きな深呼吸をする。長い冒険の果て、その様子は、島を離れたあの頃よりも随分堂々としているようだ。

 

「心なしか、舟も喜んでいるように思えますね……」

 

そう言って、彼は今やくたびれ果てた相棒との思い出を振り返る。

二年前、島のデジモン達と共に作り上げたこの絆の証は、孤独な彼の旅にとっての大きな支えだったのだ。

陸地を行くときは流石に連れては行けなかったが、それでも、彼は海岸に留めてあるこの舟を想い、結果こそ何も得るなかったが、広く険しいサーバ大陸の調査を進める事が出来たのだ。

 

しかし、

 

それならば、彼は何故今更このファイル島へと帰ってきたのか。

もう、諦めてしまったのだろうか。

 

いや、

 

(……………残るは、もう、あの場所だけでしょうね……)

 

彼は"諦めたから"此処に戻ってきたのではない。

 

二年前、既にこのファイル島のほぼ全土を回ってしまったクロックモンではあるが、実は一ヶ所だけ、彼は"意図的に調査する事を避けていた場所"が存在する。

それは、本来ならば"真っ先に調べるべき場所"であり、恐らく、そこを調べれば全ての答えが出るとクロックモンは『始めから』思ってはいた。

 

「……ふぅ……」

 

では、何故彼は今まで其処を調べなかったのか。

 

答えは簡単だ。

 

(……覚悟は、もう、出来ています……)

 

其処にある答えは、9割9部が"最悪の回答"であるからである。

 

その場所とは、

 

(……行きましょう……未来で私が居たという……"アンドロモンの工場"へ……)

 

沙綾にとって全ての始まりとも言える場所。

時間を遡り、はじめてこの世界へと足を踏み入れたあの工場である。

此処を避けにる至った切っ掛けは、一番始め、クロックモンが住み慣れた隠れ家を出る時に気付いた、沙綾の話の矛盾点だ。

 

(彼女は言っていました……"未来の世界で工場の扉が勝手に開いた"。そして、"此方の世界で扉を開く登録をしたのだろう"と…………今は、それが彼女の勘違いである事を祈るばかりですが……)

 

デビモンとの決戦前、沙綾が自分の身分を伝えるために事細かに説明したこれまでの経緯の中で、彼女は確かに彼にそう話した。

 

しかし、

 

もしそれが正しいのならば、ここには一つ致命的な矛盾が生まれるのだ。

彼はそれに気付きながらも、サーバ大陸を回りきるまで、見て見ぬふりを続けていた。

 

(今の時代の彼女が、過去を遡って門の登録をしたところで、"その時代の彼女自身"が未来で工場に入れるようにはならない……"登録"と"認証"の順番が入れ替わる事はない筈ですから……)

 

つまり、"今の彼女"が未来においてアンドロモンの工場入るためには、まず先に、"『その前に』過去に来た沙綾が、先にこの世界で扉の認証をしておかなければならない"のだ。

 

そうなると、ここで一つの疑問が生まれる。

 

『その"前の沙綾"は、過去で門の認証をした後、どうなってしまったのか。』

 

沙綾が過去に来る目的は、『親友を救うためにカオスドラモン倒す事』以外にはありえない。ならば、沙綾と同様に、カオスドラモンにもまた、"それより前に来たカオスドラモン"が存在する筈でなのである。

ここまで来れば、おのずと答えは見えてくる。最悪の回答が。

 

("前の彼女"が先に過去に跳んだにも関わらず、未来ではカオスドラモンが生きており、"今の彼女"が再び過去へとやって来た……)

 

もしも、"前の沙綾"が、"前のカオスドラモン"を倒し、未来の世界である"今の沙綾"がいた時代の"今のカオスドラモン"を倒したのならば、鼻からこの事件は起こらない。

"今のカオスドラモン"が生きているからこそ、"今の沙綾"が彼を追って此方に来たのだから。

 

つまり、クロックモンの立てた仮説はこうだ。

 

(……この世界は……今、正に同じ時間を延々と繰り返している……そして彼女は……最終的にカオスドラモンには、"絶対に勝てない"……)

 

いや、カオスドラモンの目的は、『選ばれし子供達の抹殺』。つまり正解には『未来の世界で選ばれし子供達が生きている』以上、恐らく"前の沙綾"は、"過去のカオスドラモン"を打倒する事には成功しているのだろう。

問題はその後だ。

 

(……この世界のカオスドラモンと相討ちになるのか……もしくは、未来の世界で敗れたのか……いずれにしても……このままでは、彼女は"歴史の修正"を受ける以前に、……そのどちらかで命を落とす……)

「……っ!」

 

今までに見せたこともない深刻な表情で、クロックモンは奥歯を噛み締めるように呟いた。

もしこの仮定が真実なら、それは既に"歴史の流れ"の一つ。"確定した未来"なのだ。まず"彼女の死"という"結果"は簡単には覆らない。

なんという皮肉だろう。親友の死の運命を変えるために来た彼女自身が、既に引かれたレールの上を歩いていたに過ぎないのだから。

 

更に、問題はもう一つある。

そしてこれこそ、クロックモンにとっては一番受け入れがたい残酷な仮定である。

 

(……もし、世界が同じ時間を繰り返していると言うのなら、少なくとも、"未来の私は彼女がどのような運命を辿るのかを知っていた筈だ"…………なら)

「私は知っていながら、彼女を死地へと向かわせたのか? 知っていながら、私は彼女に助けを求めたのか!? 歴史を守るという大義を掲げて、彼女を見捨てたのか!?」

 

そのあまりにも馬鹿馬鹿しい結論に、クロックモンは思わず声を上げて叫んだ。

静かな海に、彼の悔しげな咆哮が吸い込まれるように消えていく。

 

そう、"前の沙綾"も過去の世界に置いてクロックモンと接触していたのならば、その時代の未来の彼は間違いなく彼女の行く末を知っている。

クロックモンは自分の性格については熟知しているつもりである。彼は沙綾を救う手段を諦めるつもりはない。

困難な道ではあるが、『未来は変えられる』と信じて、彼も、そして沙綾も、この世界を旅してきたのだ。

 

しかし、

 

もしも、時間がループしており、尚且つ未来の自分が"知っていながら"そのような行動を取ったというのなら、それはつまり、『最後まで沙綾を救う手段が見つけられなかった』という揺るがない結論の裏付けになってしまう。

 

(くそ……)

 

ならいっそ、彼は始めから工場に居なければよかったのではないか?

クロックモンさえ工場に居なければ、沙綾も、そしてその親友達も、死の運命から逃れられたのではないか?

 

(……いや、それは恐らく意味をなさない。"カオスドラモンが過去に行く"という"結果"がある以上、何処にいようが私はヤツに見つけられてしまう。"カオスドラモンを追って過去に行く"という結果をもつ彼女も同様だ。どう足掻こうが、彼女は必然的に"その場に居合わせる"ように"歴史の流れ"が働くのだから……)

 

クロックモンが今まで工場の調査を避けていた事、そして、真実から目を背けていた理由は、正にそこである。

認めてしまう事になるのだ。自分の力のなさを。彼女のたどり着く未来を。

 

しかし、

 

「……確かめなければ…………もう、今の私に出来る事は、恐らくそれ以外にはないのだから……」

 

現状、最早この世界の殆どの地域を回ってしまったクロックモンに残された選択肢などはない。

アンドロモンの工場へと出向き、門の仕組みを解析すれば答えが出る。

 

沙綾から預かった大切な"宝物"をぎゅっと握りしめ、彼は一人、再びこの島を歩き始める。

始まりの工場。其処にあるはずの真実を見極めるために。

 




今回は何時もに比べてかなり短いです。

超久々のクロックモンパートですが、"世界のループ"。この設定を考え、早半年、ようやく書くことが出来るぐらいにまで話がすすみました。
もう気付いていた方も大勢いたかもしれませんが……

実は、一番最初のクロックモンパートから、あの工場を彼が一番最後に調べる場所にしようと考えていました。

ですので、前回のクロックモンパートで、彼がファイル島で探索したエリアを箇条書きで本文中に書いた箇所があるのですが、そこに工場エリアは最初から含まれていません。
また、イカダを作る際に、子供達に関わった様々なデジモンが彼に協力してくれましたが、その中にも、アンドロモンだけは登場していません。

あっ、前書きのあの一文は、あるゲームの一文をパクっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

えと、じゃあ……行ってくるね……

やっと沙綾とアグモンの物語が再始動です。

今回は、その序章って感じです。





選ばれし子供達が現実世界へと帰還したその二日後。

 

「……はぁ……」

 

東京都、光が丘病院の個室病棟に沙綾とアグモンはいた。

 

「どうしたのマァマ、何処か痛いの?」

 

つい先日抜け出した筈の病院のベッドの上で、ため息を付く沙綾の顔を除き込むようにしてアグモンは心配そうな顔を浮かべる。

 

 

 

 

あの戦いの後、沙綾はアグモンの飛び付きによって意識を刈り取られたのだが、幸いな事に、後から到着した太一達が即座に彼を引き離し、沙綾を抱えて直ぐにその場を離れた事で、どうにか野次馬が集まる前に逃げる事が出来た。

 

しかし、

 

「太一! マァマは! マァマは大丈夫なの!?」

 

「くそっ! こんな体で無理しやがって!」

 

太一の背中で眠る沙綾の見た目は、どう見ても重症患者のそれ。更に、意識までも失っているとなっては、既に子供達の手に負えるものではない。

 

結果、一行はしばらく裏路地をさ迷った後、光子朗の提案によって、近くの公衆電話から救急車を呼び、沙綾は再びこの病院へと輸送される事になったのだ。

 

その際、付き添いとして子供達全員がパートナーを『ぬいぐるみだ』と偽って半ば無理矢理搭乗し、共にこの病院まで来たのだが、無理が祟ったのか、日が落ちてもまだ目覚めない沙綾に、仕方なく、太一達は一度帰宅する事を決める。

 

ただ、ヴァンデモンが沙綾を狙いに来る可能性を考慮して、沙綾のアグモンだけは、『お見舞いのぬいぐるみ』として彼女の隣で警備を任された。

 

というのが、次の日、沙綾が目覚めた後に、泣きじゃくるアグモンからなんとか聞きだしたその後の内容である。

 

(ここが個室じゃなかったら、今頃大問題になってたんだろうね……)

 

さも"当然"のように自分の隣に腰を下ろすアグモンに、沙綾は内心苦笑した。たが、彼女はそれを責めるつもりはない。何故なら、他ならぬ彼女自信、再び目が覚めた時に、その狭い視界いっぱいにパートナーの姿が映し出された事を、何よりも嬉しく思ったのだから。

 

「……ねえ、マァマったら!」

 

少し物思いにふけるような沙綾の様子に、アグモンはツンツンと、爪の腹で沙綾の腕を優しくつついた。

 

「……あっ、ごめんね……大丈夫、じっとしてれば体は痛くないよ……」

 

「でも、さっきからよくため息ついてるよ? 」

 

「それは……その……ヒカリちゃんに悪い事しちゃったなって……」

 

沙綾の先程からのため息の原因、それは混乱の中、タクシーの車内へと放置してしまったヒカリの事である。

何せ、自らの我がままに付き合わせた挙げ句、最後にはヒカリを放ってアグモンの元へとしてしまったのだ。

 

「しかも、また此処に戻ってきちゃってるし……」

 

しっかり者の彼女の事である。恐らく心配はないと沙綾は思ってはいるが、気にするなと言う方が無理であろう。再び顔を合わせた時、沙綾はなんと言って彼女に詫びれば良いのか分からない

自分を気遣うあの年下の少女の顔を思い浮かべると、ますます申し訳なさが込み上げてくる。

 

「……はぁ……」

 

「うーん……ボクはそのヒカリって子の事はよく分からないけど、悪い事したなら、ちゃんと、ごめんなさいしないと」

 

アグモン本人も見に染みているのだろう。いつもながらの無邪気な口調ではあるが、その言葉には強い説得力がある。

ちなみに、沙綾は昨日の内に『自分がいない間に起こった出来事』も、全てアグモンの口から聞いている。

勿論、彼自身の凶行についても全て。

だが、彼女はそれを『自分の責任』と受け止め、アグモンを責める事はしなかった。むしろ『ちゃんと謝ったならいい』『みんなが許してくれて良かったね』と、優しく彼を抱き締めたのだ。

 

「そうだね……アグモンも頑張ったんだもんね、」

 

「……うん」

 

「……よし! くよくよしてても仕方ない。ため息は此処まで! アグモン、作戦会議だよ! 」

 

「えっ!? う、うん、分かったよマァマ」

 

暗くなってしまった雰囲気を察し、沙綾は気分を変えるようにムクリと体を起こした。

"決戦"の時は刻一刻と近付いている上、只でさえ彼女達は寄り道までしてしまったのだ。何時までも此処で横になっている訳にはいかない。

今、この個室には彼女達二人しかいない。人に聞かれたくない話をするには持ってこいである。

 

二人は向かい合ってベッドに腰掛け、沙綾は声を抑えて静かに口を開いた。

 

「聞いてアグモン。この後……えと、たぶん明日か明後日ぐらいになると思うんだけど、ヴァンデモンがお台場って街を一日で丸々占拠しちゃう筈なの……」

 

「えっ、一日で!? 」

 

「ちょっとアグモン、声大きいよ!」

 

「ご、ごめん」

 

沙綾の語る近未来の出来事に、アグモンは心底驚いた表情を見せる。

実際小説にも書かれていた事ではあるが、ヴァンデモンの侵略の手腕はかなりのものである。

 

まず外界との接触を深い霧によって断ち、続いて情報の発信源であるテレビ局の電波を潰す。その後、街全体に配下のデジモンを放ち、人々を殺すことなく一ヶ所に集めさせる。

 

これを僅か一日の間にやってのけたのだ。鮮やかとしか言いようがない。

 

だが、

 

「アグモン、大事なのはそこじゃないよ」

 

「あっ……そっか」

 

そう、彼女達にとってそれは特に大した問題ではない。極論をいえば、結局沙綾達が何もしなくても、この問題自体は選ばれし子供達によって勝手に解決されるのだから。

では、何が重要なのか?

そんなことは一つしかない。

 

沙綾は真剣な眼差しをアグモンへと向け、口を開く。

 

「うん……それでね……選ばれし子供達とヴァンデモンが決戦する時に、相手は"もう一段階進化するの"……完全体のヴァンデモンが……。 私達は、何がなんでもそのデータをロードしなきゃいけない……」

 

現状、メタルティラノモンの戦闘力は、沙綾の支援を含めても精々ヴァンデモンに届くかどうかのものである。

そんな彼らが、迫る"決戦"を前にして急激に成長するには、"究極体のデータ収集"は絶対に外せない必須事項なのだ。

 

「……うん、ボクが、今よりもっと強くなるために……みんなの敵を……この手で……」

 

「そう……今のままじゃ、私達は絶対にカオスドラモンには勝てない……少なくとも、私達も究極体まで進化出来るようにしとかないと……これから先、アイツと戦うまでに究極体のデータを手に入れるチャンスは合計"四回"。 一つだって逃せないよ」

 

未来の世界でも、これを手に入れた者は間違いなく冒険者として名を上げている。

それほどに究極体のデータが与えるデジモンへの影響力は計り知れないのだ。

しかし、彼らには他を寄せ付けない程の絶対的な力がある。それこそ、物語後半の選ばれし子供達でも、限られた者以外はまともな戦闘すら困難な程に。

そんな中で、圧倒的に数が少ない野生の個体を見つけ出し、尚且つそれを撃退するなど、どれ程の難易度なのかは語るまでもない。

そんなデータを計四回獲得出来たのなら、カオスドラモンに対しても十分な勝算が見込めるだろう。

 

「四回……」

 

「うん……まずこれから戦う"ヴェノムヴァンデモン"。それから、ダークマスターズのメタルシードラモン、ピノッキモン……そして、ムゲンドラモン……」

 

ムゲンドラモン。

その名前を口にしながら、沙綾の表情は僅かに固くなる。当然だ。彼女達の怒りの矛先はカオスドラモンだけではない。彼の前世とも言えるムゲンドラモンも同様なのだ。いうなれば、アレさえ居なければ、彼女は親友を失うこともなかったのだから。

 

『助けてっ! 沙綾!』

「…………」

 

頭の中に甦るあの時の光景に、彼女は唇を強く噛む。

助けを求める親友を前に、ただ立ちすくむしかなかった絶望感。振り返ってみると、あの日から既に沙綾の体感で一ヶ月と半月もの時が流れていた。

 

(もう、あんな想いはしたくない……アイツは、私達が絶対に倒す……)

「……アグモン、夜になったら、此処から抜け出そう」

 

静かな決意を胸に、沙綾はパートナーを見つめる。

 

「……お台場に行くんだね、でも大丈夫なのマァマ? 動くと痛いんでしょ」

 

「うん……でもまあ動けない訳じゃないからね……それに、こんな体だからこそ早めに準備はしておかないと。 それに、もしもの時も貴方が助けてくれるんでしょ」

 

心配そうに見つめてくるアグモンに対し、沙綾は彼の頭をポンポンと撫でながららそう答えた。

その信頼に、アグモンの顔はパァと明るくなり、ピンクの右腕で自身の胸をポンっと叩きながら、ベッドから跳ねるように声を上げるのだった。

 

「……マァマ……。うん! 任せてよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の夜。

痛みに耐えつつシャワーを浴び、包帯を取り替えた後、消灯時間を待って、沙綾はアグモンと共に病室を抜け出した。

彼女が元来ていたシャツとショートパンツは、所々が破けてはいるが、幸い、洗濯によって"何とか着れる"程度には血を落とす事が出来たため、外では異常に目立つ患者服は脱ぎ、今はこちらを着用している。

 

(うぅ……ちょっと恥ずかしいけど……これもファッションだと思えば……)

 

人気の無くなった薄暗い廊下を音を立てないように歩きながら、沙綾は窓に写る自分の姿を見て思う。

破けた箇所とまだ少し残る血の後を誤魔化すためにシャツを着崩し、一部裂けたショートパンツ履いたその姿は、包帯と眼帯さえなければ"ロックな少女"といった所だろうか。

 

だが、

 

「ふ、ふふ……マァマ、面白い格好だねー」

 

いつものイメージとは違うその姿に、隣を歩くパートナーは口許を抑えて小さく笑っている。

 

「わ、分かってるよ! でもこれしかないんだから仕方ないでしょ!」

 

「マァマ! 声! 声!」

 

「あっ……」

 

静まり返った廊下に、沙綾の声が響く。

 

(うっ、やっちゃったかも……)

 

軽率なその行動に、彼女は慌てて自分の口を抑えた。

一度脱走している手前、誰かに見つかれば『トイレに……』という言い訳すら恐らく通らないだろう。

何より、『彼女の今の格好が既に脱走する気満々』なのだ。

 

二人はその場で呼吸を止めて固まり、ゴクリと唾を飲んで回りを見渡した。だが、幸いにも今の声で誰かが近付いてくる気配はない。病院特有の不気味な雰囲気だけが、辺りを支配している。

 

しばらくした後、彼女達は『ハァ』と息を吐き、お互いの顔を見合わして安心した。

 

「……よかった……気付かれてないみたいだね……」

 

「ボクまでヒヤッとしたよ……もう、気を付けてねマァマ」

 

「うっ……ご、ごめんね……行こ、アグモン」

 

今した失敗を再び犯すことは出来ない。

『元はと言えばアグモンのせいでしょ!』と言いたい気持ちをぐっと抑えながら、彼女達はそそくさと、足早に病院の出口へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

そして、

 

(そういえば……アグモンはどんな究極体に進化するんだろ?)

 

ふと、病院を上手く抜け出した所で沙綾はそんな事を思う。

 

「……ん……どうしたのマァマ? ボクの顔に何かついてるの?」

 

(メタルティラノモンからの進化だから、やっぱり恐竜っぽくズッシリした感じになるのかな……あっ、でもウォーグレイモンみたいな竜人型っていうのも頼もしいかも……)

 

月明かりと街灯のお陰で、深夜にも関わらず周囲は比較的明るく、見つめ返してくるアグモンの顔をじっとみながら、沙綾は腕を組んで彼の"到達点"を想像してみた。

 

(うーん、普段ポケーっとしてるアグモンの事だから、案外可愛い感じになったりして……いや、でもメタルティラノモンの時は性格も変わっちゃったし……)

 

人通りのない裏路地を、首をかしげるアグモンを余所に、彼女の想像は膨らんでいく。

 

(デジモンって進化するまで本当にどうなるか分からないからねぇ……ヌメモンみたいになっちゃったらどうしよう……)

 

実際、デジモンについてはそれなりに詳しい沙綾も、"究極体"の情報についてはあまり知識がない。

というのも、未来に置いてですらそれらはやはり希少個体。なかなか研究も進んではいないのが現状だ。そんな中で、"ティラノモン系統"のものはまだみつかってすらいないのだ。

余談ではあるが、デジタルワールドが普及した未来でも、"究極体に進化可能なパートナー"を従えている者は、太一を初めとする現在の選ばれし子供達8人に加え、ごく少数の熟練冒険者程度のものであろう。

 

それでも、"デジモンは皆究極体に到達できる"というのが、未来で光子朗が唱えた定説である。

ならば、必要な経験値さえ得ることが出来れば、沙綾のティラノモンも、いずれまだ見たこともない究極体へと進化する可能性があるのだ。

 

(なんか、楽しみなような、ちょっと怖いような……寂しいような……)

 

どこか、巣だって行く雛を見送る親鳥のような心境に、沙綾は歩きながらしんみりとした。

 

のだが、

 

「ねえマァマァ、そんなに見られると照れちゃうよぉ」

 

彼女の直視し続ける視線に耐えかねたのか、体をくねくねさせながら恥ずかしがるパートナーに、沙綾は思わず口許を緩ませる。

 

「……ふ、ふふ……やっぱり、アグモンはアグモンだね」

 

「? 」

 

二ヶ月以上離ればなれになっても、以前と変わらずに寄り添ってくるパートナーに、彼女は確信する。

『どんな姿になろうとも、最終的には"何時も通りのパートナー"が自分の元へと戻ってくるのだ』と。

一瞬感じた寂しさは、もう心の中にはない。

 

「さ、行こうアグモン、明日までにお台場についておかないと!」

 

痛む体を堪えつつ気持ちを切り替え、沙綾は元気よくアグモンの一歩前に出た。時刻は零時を回ったあたり。仮に明日の正午にヴァンデモンが動き出すとしたなら、あまり彼女達に時間はないのだ。

 

 

しかし、

 

それからしばらく裏路地を進み、やがて広く、深夜でも車通りの多い大通りが見えてきたところで、後ろをテクテクと歩くアグモンが、何気なく口を開いた。

 

「……そういえばマァマ、お台場って何処にあるの?」

 

それは本当に何気のない。彼にとっては別に聞かずとも構わない程の些細な質問である。

だが、返ってきた解答はアグモンが予想だにしないものであった。

 

「私も分かんないよ。 初めて来たんだから……」

 

「ええ!? じゃあどうするの!?」

 

全てを沙綾に任せ、信頼して何も聞かなかったアグモンは、その突然のミングアウトに目を丸くして驚く。

 

「どうするって……」

 

当然だが、彼女はこの時代の地理には疎い。

更にタクシーやバスを使おうにも現金はなく、言わば身一つで外国を旅しているような感覚である。最も、今はその"身"すら満足には動かない訳だが。

 

「えーと……それは……ね」

 

そんな沙綾が、どうやって光が丘からお台場まで移動するつもりなのかというと……

 

「本当はやりたくないんだけど……」

 

明らかに言いにくそうに、沙綾はアグモンに向け、引き吊った顔で親指を立て、『そのポーズ』を取って見せた。

 

「……その……ヒッチハイク……かな……?」

 

「……………………?」

 

シン、とした夜の静寂が二人を包み込む。

 

それは小説で、選ばれし子供達が家に帰る際に取った最終手段。

彼女も、出来るならこのような手段は取りたくはない。

今の顔がその全てを物語っている。

こんな深夜に少女が一人でヒッチハイクなどしようものなら、普通は録な事にはならない。

 

しかし、昼間からいくら考えようと、お台場に自力でたどり着くには、最早これ以外の方法が思い付かなかったのだ。

幸い、今の彼女には『最強のボディガード』がいる。ぬいぐるみとして車内に乗せさえすれば、後は何が起ころうとも心配はない。

 

問題は、彼女のその奇抜な格好である。

 

顔には眼帯。

薄手のインナーは着ているが、大胆に着崩したシャツ。

一部が破けたショートパンツ。

両足にはぐるぐるに巻かれた包帯。

 

時間帯も合間って、通報されても不思議ではない容姿だろう。

何より、それを分かっている沙綾自身が一番"恥ずかしい"。

 

「……うーん、よく分からないけど、マァマにはちゃんと考えがあるんだね!」

 

「えっ!? う、うん……その、任せなさい……」

 

だが、"ヒッチハイク"という言葉も、ましてや沙綾の葛藤も知らないアグモンは、『流石マァマ! すごい!』と只々彼女を持ち上げてきたのだ。

そのキラキラした視線を前に、彼女は"恥ずかしい"や"ちょっと怖い"など、余計な愚痴を溢すことすら許されない。

 

結局、

 

「えと、じゃあ……行ってくるね……」

 

何か物言いたそうな沙綾が、トボトボと一人裏路地から出ていく。

奇抜な少女の自分との戦いが、この光が丘で、今ひっそりと開始されたのだった。

 

 

 




今回は新しい沙綾の容姿の紹介パートといったかんじでしょうか。

眼帯に包帯にパンクなファッションの黒髪ロングヘアーのロリ。
うん。属性の塊みたいな主人公ですね。

ちなみに
この頃の子供達は、丁度ヤマトとタケルがパンプモン、ゴツモンと出会ったり、空とミミがデスメラモンと戦闘したりしてる筈ですね。光子朗対レアモンは、沙綾が目覚める直前といったところです。

子供達が各々動く目的も、原作の『八人目を見つける』から『ヴァンデモンを見つける』に変わってたりしますが、やってる事に変更はない上、特に物語に重要でもない気がしますので、このあとがきに書いておきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

???「……私の、初めての……友達だから……」


あーでもない、こーでもないと消しては書きを繰り返して早二週間。すみませんでした。




沙綾達が病院を抜け出し、光が丘にて『恥ずかしさ』と格闘しながら深夜のヒッチハイクを試みるその少し前。

 

 

時刻は夜の8時頃、無事にお台場の自宅へと帰宅していた太一の元に、『歴史通り』ではあるが、今の彼にとっては更に予想もしていなかった突然の知らせが届けられていた。

 

「おい……ちょっと待てよテイルモン……おかしいだろ! ヒカリが"八人目"だって……!?」

 

比較的広い家のベランダ、妹であるヒカリの隣に立つ二匹のデジモンの内一匹に向かい、夜であるにもかかわらず、太一は声を荒げた。

 

彼が驚くのも無理はない。

 

ウィザーモンとテイルモン。突如、太一達兄弟の前に現れた二体のデジモンによって知らされたその内容は、『ヒカリが選ばれし八人目の子供である』という事と、『このテイルモンというデジモンが、彼女のパートナーである』という事。この二つなのだから。

その上、本来の歴史とは異なり、太一とテイルモン達はこの場が初対面なのだ。『今までヴァンデモンの元で彼に協力していた』と話すテイルモン自身の告白も加わり、太一の頭は更に混乱している。

 

「……そんな、バカな……」

 

「……君のその反応は最もだ……しかし、現にこのデジヴァイスはこの子に反応している」

 

そんな彼を諭すように、テイルモンの従者であるウィザーモンは、その手に持った八個目のデジヴァイスをそっとヒカリへと近づけて見せる。

すると、やはりそのデジヴァイスの画面が夜の暗がりの中で仄かに輝いた。

 

「ああ、それに、私もさっき思い出した……私はずっと待ってたんだ……ずっとずっと……何年も、ヒカリの事を……」

 

「……テイルモン……」

 

「ヒカリ……お前が私の……パートナーだ」

 

まるで飼い猫が主人を見つけたかのように、テイルモンはヒカリへと優しくすりより、ヒカリもヒカリで、そんな彼女に暖かな笑顔を向けながら、その頭を軽く撫でていた。

 

もうお互いが理解しているのだろう。

 

しかし、

 

「ちょっと待て!」

 

そんな二人の様子に、妹思いの兄は待ったをかける。

 

「そんなの嘘だっ!」

 

太一、いや、ヒカリ以外の子供達全員の認識として、『選ばれし子供』は既に"八人とも揃っているのだ"。それに加え、あろうことか自分の妹が『実は選ばれていた』など、例え目の前で証拠を見せられてもそう易々と信じられようか。

 

混乱する頭で、太一は二体のデジモンへと食って掛かる。

 

「 お前達はヴァンデモンの手下……今更そんな嘘並べたって、俺は騙されないぞ!」

 

「……今話したばかりだが、それはついさっきまでの話だ……自分のやるべき事が見つかった今、私がヴァンデモンに従う理由はない」

 

「そんな都合のいい話があるか! 俺達は始めから八人揃ってたんだぞ!あえて番号を付けるってんなら、沙綾こそ八人目の選ばれし子供だ! ヒカリは関係ない!」

 

"選ばれし子供"というのが常に危険と隣り合わせである事を太一はもう十分に理解している。だからこそ、既に役者が揃っている筈のこの状況で、ヒカリを連れだそうとするこのデジモン達に彼は頑なに噛みつくのだ。

 

「ふむ……例の"凶竜"のパートナーの事か……残念だが、自分達もそれについてはよく分からない……言い伝えにはない"9人目"なのか……それとも、何か特別な存在なのか……」

 

「訳分かんない事言いやがって……九人目? 特別な存在? ゲンナイのじいさんはそんな事一言も言ってなかった!」

 

冷静に話を進めようとするウィザーモンにも、太一は隠すことなく敵意を向ける。しかし、そんな頭に血が昇ったら兄を見かねたのか、ヒカリはテイルモンを撫でる手を一度止め、彼女にしては珍しく声を上げた。

 

「お兄ちゃん、ちょっと落ち着いて!」

 

「……っ」

 

「……以前、私はヴァンデモンの城でティラノモンとは闘った事がある。 でも、ヤツはお前達のパートナーとは明らかに違う……それだけは確かだ……」

 

テイルモンにとってはあまり思い出したくはない内容なのだろう。少しだけ目を伏せながら彼女はそう口にした。

 

「はぁ? 何が違うんだよ……?」

 

「……分からないのか? ヤツはパートナーの力も借りずに完全体になれる……私は、ヴァンデモンの元で長い間経験を積んで今の姿へと進化した……それこそ、血の滲むような訓練を積んで……」

 

「……………」

 

「でも、ヤツはそれすらも軽々と越えてきたんだ……ヤツ個人の力だけで……」

 

圧倒的な敗北。

テイルモンにとって、まるで今までの自分を否定されるようなものであろう。

ただ、太一達にとっては、それは驚く程のものではない。むしろ、『何を今更』といったところである。

沙綾のアグモンの戦闘力の高さなど、彼は既に承知の上なのだから。そしてそれに対する理由も、以前沙綾はこう語っていた。

 

「でも、それは前に一度デビモンに乗り移られた影響があるからで……そのデビモンの力が、あいつの力を底上げしてるんだろ?」

 

「……じゃあ、ヤツは"その時"から自力で完全体になれたのか……?」

 

「えっ? そ、それは……」

 

テイルモンのその質問に、太一は口ごもった。

 

『メタルティラノモンの進化は"ほぼ"自力』、これは彼ら子供達は皆知っている。

だが、初めて沙綾のアグモンがメタルティラノモンに進化した時、確かに彼女のデジヴァイスは光り輝いていた。つまりそれは、多少なりとも沙綾の補助を受けていたという事。言い換えれば、その時点では、彼単独での進化はまだ出来なかったのではないか。

 

しかし、この前のマンモン戦を振り返っても、遠目ではあるが、進化の際に沙綾のデジヴァイスが輝いていたようには見えなかった。

考えてみれば、暴走していた時もそうである。そもそも沙綾がデジタルワールドにいない以上、彼は太一達がこちらの世界に戻ってきたその時点で、既に完全体の力を自分の物としていた筈である。

 

『沙綾のアグモンは元々紋章なしで進化出来る』

 

その知識があるからこそ、皆は彼が"本当"に一人で進化しても、今まで特に何も追究したりはしなかったのだ。

 

「言っておくけど、私達デジモンはそう簡単には完全体になれない……あの凶竜程の力になると尚更だ……お前のアグモンが、今だお前なしで成熟着にもなれない事を考えれば分かるだろう……」

 

「テイルモンのいう通りだ。 仮に"デビモンの力"とやらが働いたにしても、ヤツの成長するスピードは明らかに異常だ」

 

「………………」

 

「……お兄ちゃん」

 

まるで今までの威勢が嘘であるかのように、太一は下を向いたまま、唇を噛み締めて黙り込んだ。

何せ筋が通っているのだ。この二匹の意見を覆す事が、今の太一には出来ない。

言われて始めて、太一はもう一匹のアグモンの異質さを自覚した。

 

それに加え、考えてみれば、パートナーの沙綾にも、些細な事ではあるが、不審な点が今までなかった訳ではない。

 

(……そう言えば沙綾、"家に居た"っていう割にはずいぶん準備がよかったよな……包帯持ってたりとか……)

 

今まで気にも止めていなかった事が、露骨に太一の心に引っ掛かる。そして、一つ不審な点に気づいてしまえば、芋弦的に更なる疑問が浮かんでくるものである。

 

(考えたら、あいつの口から家族とか友達の話なんて聞いた事ないな……いや、そもそも、俺達はあいつの回りの事なんて、何一つ知らないのか……? あれだけ長くに旅してたのに……?)

 

今更になって、太一はそんな些細な事に気づく。

 

思えば、彼らはあの果ての全く見えない旅の中、不安から何度となくホームシックに陥っていたが、沙綾は一度としてそんな様子を見せなかった。

彼らと同じ年齢の子供がだ 。

異常と言えば、それも異常である。

 

(沙綾……お前、八人目なんだよな……俺達と同じ、選ばれし子供なんだよな……)

 

彼のその根本が揺らいでいく。

彼女達が味方である事に疑いはないが、本当に自分達と同じなのか、という疑問が太一の頭を過る。

 

「……話を戻そう……凶竜のパートナーはさておき、テイルモンがこの子のパートナーである事は確実だ……どうか、これだけは信じてほしい……」

 

「……………………」

 

ただ、テイルモン達が此処に来た理由は、沙綾の正体を探るためではない。

ウィザーモンはそこで話を切り上げ、再び、太一を説得しようと彼に向けて頭を下げた。

だが、太一はまるで無反応。下を向き、固まったままである。

答えなど出せる訳がない。ヒカリが選ばれていないという確固たる自信の元が不安定になってしまっているのだから。

 

僅かな沈黙がベランダを通り抜ける。

 

やがて、

 

「やはり、信用はしてもらえないか……」

 

「……私のしてきた事を考えれば、それも仕方ない……」

 

「なら……」

 

太一のその様子を二人は非と受け止めたのか、ウィザーモンは頭を下ろすのをやめ、スタスタと、今度は沈黙する彼の元へと歩いていく。そして、その手を取り、ポンっと、自身が持っていたヒカリのデジヴァイスを太一へと手渡したのだ。

同時に、今までヒカリへと寄り添っていたテイルモンが、彼女の元を離れて、スタッと、ベランダの手刷りへと飛び乗った。

 

「このデジヴァイスは君に預ける……八人目を見つけるためだけの"偽物"だが、このタグと紋章も渡しておこう……」

 

「えっ、お、おい……なんのつもりだ!?」

 

「……信じてもらえないなら後は行動で示すだけだ……ヴァンデモンの持っている"本物"のタグを奪って此処に戻る……ウィザーモン、行くぞ!」

 

「 ま、待ってテイルモン!」

 

「……ヒカリ、私はすぐに戻ってくる……だから、心配しないで……」

 

呼び止めるヒカリを背に、テイルモンは振り返る事なくそう返事し、従者と共にスッとベランダから飛び降り、そのまま、夜の闇に紛れるように消えた。

 

「テイルモーン!」

 

ヒカリがベランダから身を乗り出すように虚空へと声を上げる。そんな中、

 

「……ちくしょう……何が、どうなってんだよ……」

 

ウィザーモンに渡されたデジヴァイスを握りしめながら、整理が全くつかない頭で、太一はポツリとそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あっ……まただ……また、この夢……)

 

微睡んだ意識の中、気がつけば、アグモンは今いる筈の人間世界の都会とは違う、満天の星が輝く夜の海岸へと腰を下ろしていた。

押し寄せる穏やかな波音が周囲に響き、パチパチと焚き火の炎が揺らめいている。

 

(今日で、もう4回目かな……)

 

メタルティラノモンとして、ウイルスの本能による暴走を経験した翌日から、彼は毎日のように同じ夢を見るようになった。

 

内容は、恐らくファイル島だろうか。何処か見たことのある風景を旅する自分と、もう一人の"誰か"との、他愛のない日常のほんの一場面である

 

普通の夢と同じく、目覚めればあまり夢の事は覚えてはいないのだが、不思議と、眠っている間はとても鮮明に思い出せる、そんな奇妙な"夢"。

 

「……おい……」

(やっぱり……今日も体が勝手に動くみたい……)

 

そしてこの中では、アグモンはアグモンでありながら、体の自由はない。その目を通して、進んでいく物語を眺めているのみである。

 

「聞きたいことがある……」

 

「うん? どうしたのアグモン?」

 

夢の中の"自分"が、パチパチと燃える火を見つめたまま、隣にいる"誰か"へとおもむろに問いかけた。

 

「……お前は、何故オレのために動く……? オレは別に、お前に何かしてやった覚えなどないが……」

 

「だ、か、ら、お前じゃなくてお母さんでしょ!」

 

(うーん、いつも思うけど……この声、なんとなくだけど……マァマと似てる……)

 

その問に対し、"誰か"は高い声でため息混じりにそう返す。その声色は、どことなくアグモンのパートナーに似ているのだが、夢の中の自分は、いつもその少女と視線を会わせようとせず、したがって、視界を共有しているアグモンにも、今だその顔は分からない。

ただ!声のトーンや、服装、真っ白な素肌から、沙綾と同じく少女であることには間違いないだろう。

 

「もう……せめて名前で呼んでくれてもいいじゃない……」

 

「………」

(全く、夢の中のボクは……。 目ぐらい合わせればいいのに……)

 

少しでも顔を覗きたいアグモンとは裏腹に、夢の彼は、今の少女の答えに不満なのか、ほんの僅かに苛立ちを含んだような声で口を開いた。

 

「……そんな事はどうでもいい……オレが聞きたいのは、"何故見返りも求めずに付いてくるのか"という事だ……この世界はお前のような普通の人間がいつまでも生きていける世界ではない……このままでは……いずれ命を捨てる事になるぞ……」

(……でも、最初の頃よりは、まだ喋るようにはなったのかな?)

 

「…… あれ、もしかして、心配してくれてるの……?」

 

「…………違う……オレはただ……お前のその行動が、理解出来ないだけだ……」

 

隣に座る誰かが、彼の顔を覗き込むように顔を近付けてくるが、彼はやはりその顔は見ず、逆にくるりとそっぽを向く。

しかし、言葉や態度は誉められたものではないが、それはどこか照れを隠すような仕草でもある。口調も、何処と無く躊躇いがあるようにきこえなくもない。

 

(はぁ……どうして夢の中のボクは、こう意地っ張りなんだろ?)

 

二人の会話が一度そこで止まる。

そうなると、最早聞こえてくるのは静かな海の音のみ。

 

しばらくして、

 

「真面目に答えろ……何故……お前はオレに付いてくる……?」

 

再び話を切り出したのは、やはりアグモンの方であった。

そっぽを向いていながらも、口調は元通り、感情のこもっていない粗暴な物だ。

 

だが、

 

「……はぁ……そんなの決まってるじゃない……」

 

少女は、そんな彼の質問にため息を一つ吐いた後、

 

「私が……貴方のお母さんになるって言ったでしょ! ママは、子供のためなら何処にだってついてくんだから!」

 

一切の躊躇いも怖れも見せず、キッパリとした口調でそう言い切ったのだ。それが確固たる理由なのだと。

視界を共有しているその目が、ハッキリと開くのをアグモンは感じとる。

 

(ホントに、マァマみたいな人なんだなぁ……)

 

最も、アグモン自身は、その少女の答えにそれほどの驚きはない。何せ、生まれた時から自らの隣に同じ事をいうだろうパートナーがいるのだから。

しかし、夢の彼は違う。

 

「……バカな……本当に、たったそれだけの理由で……お前は……自分の命を掛けるのか……?」

 

そんな感情を理解する"心"を『まだ』持っていない彼には、彼女が語る意味がまるで理解出来ないのだ。

 

「掛けるよ……だって、貴方は私の子供で……それから……」

 

そこで少女はいったん言葉を区切る。それと同時に、

 

(……あっ……)

 

いつもと同じく、アグモンの視界に映る景色がゆっくりと歪み始めた。静かな波の音もだんだんと遠くなっていく。

 

それは、夢の終わりの合図。

 

(今日は、ここまでなのかな……)

 

徐々に意識が"夢の自分"から引き離され、元の世界へと戻っていく。現実の自分が目を覚まそうとしているのだ。この先の二人のやり取りが気になるアグモンではあるが、これに抗うすべはない。

始めは気持ち悪かったこの感覚も、4回目ともなればそれなりには慣れてきたのか、ぐにゃぐにゃと崩れていく夢に、アグモンは取り乱すこともせず、現実へと帰る流れに身を任せた。

 

目を覚ませば夢の内容など彼はほとんど覚えてはいない。

そんな中、

 

「……私の、初めての……"友達"だから……」

 

崩壊する夢の最後、少女のそんなか細い声が、遠くなっていく彼の意識へと微かに聞こえたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都、お台場。

 

「アグモン!もう、 何時まで寝てるの! 早く起きて! ねえってばっ!」

 

「う、うぅん……」

 

まだ日が昇って間もない午前6時。

お台場の人目の付かない日陰の細い裏路地で、沙綾は道端にグテっと寝転がるパートナーをゆさゆさと揺すり起こす。

 

昨日の深夜、恥ずかしさから顔を真っ赤にしながらも、彼女はどうにか、お台場へと帰宅途中の車を止める事に成功した。

道中、沙綾を乗せた運転手に『少女がこんな時間に……』などときつく叱られはしたものの、アグモンの手が必要になるような事態は起こらず、二人は無事、深夜の内に、この"見慣れない地元"へと帰ってくる事が出来たのだ。

しかし、沙綾はヒッチハイクの気疲れ、アグモンは『ぬいぐるみ』として動かない時間が長く続いた事で、耐え難い眠気から、二人共車から降りるなり人気のない裏路地へと歩を進め、そのまま、建物の壁に寄り添うようにして朝を迎える。

ただ、寝相のあまり良くないアグモンは、沙綾が起きた時には既に、このようにグテっと地べたに倒れ込んでいたのだが。

 

「………ふあぁ………あっ……マァマ……おはよう………」

 

「もう、呑気に欠伸してる場合じゃないよ!」

 

目を擦りながら、まだ眠そうにムクリと体を起こすアグモンだが、それとは対照的に、まともな睡眠が取れていないにも関わらず、沙綾はもう頭が覚醒しているようである、

それもそうだろう。何故なら、

 

『キャーー! バケモノォォ!!』

『く、くるなぁぁ!!』

 

「!! えっ! な、何!?」

 

突如として表通りの方角から上がる無数の人々の悲鳴に、アグモンの目が一気に冴え渡る。

思えば、まだ早朝であるにも関わらず、街が随分と騒がしい。

 

「聴こえたでしょ! さっきからあちこちでこんな悲鳴が上がってる」

 

「えっ、そ、それって……」

 

「うん……ヴァンデモンが動き出したみたい……」

 

そう、全ては歴史通り、ヴァンデモンが自身を裏切ったテイルモンを昨晩捕らえ、"八人目を炙り出すために、今日、"お台場中の人間を全て一ヵ所に集めるよう指示を出したのだろう。

 

事態が起こったのならば、もう、二人に時間は残されていない。

 

「さあ、私達も此処からが本番だよ! とにかく、今は早くみんなと合流しよう。 そうすれば、自然と決着のタイミングに居合わせられる筈だから」

 

「……でも、今出ていったら、ボク達も見つかっちゃうよ……どうする? 戦うの?」

 

「ううん……勿論逃げるよ。 下手に歴史を変えちゃいけないから……まあ、私は今こんな状態だから、アグモンには、進化して私をおぶってほしいんだけど……出来る?」

 

結局、今の沙綾達に出来る事はそう多くはない。

戦闘で敵の数を減らす事も出来ず、土地勘もないため、太一達の正確な居場所さえ分からない。沙綾に至っては走る事すらままならないのだ。

故に、かなり目立つ事になるが、ティラノモンに乗って町中を逃げ回れば、逆に皆が自分を見付けてくれると、彼女は考えたのだろう。

 

「うん!」

 

そして、逃げる事こそこのアグモンにとっては正に十八番。 彼は沙綾のその要望に、胸をポンっと叩きながら自信満々に答えた。

 

「 ボクに任せてよ!」

 

「ふふ、ありがとう、じゃあ……行こっか」

 

作戦会議は終わり、沙綾はパートナーの頭を優しく撫でる。

 

此処からが、彼女達にとっての正念場。

 

究極体のデータ、その習得の為の第一歩を、彼女達は踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




太一の疑問と、アグモンの夢、そして動き始めるヴァンデモン。
もう毎回の事ですが、基本沙綾の知らない所で物語が動いています。

太一は沙綾の正体に気づくのか?
アグモンは何故こんな夢を見始めたのか?夢の意味は……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ありがとう、ヒカリ"先生"



またまた前の更新から二週間。
うーん、次はもっと早く書けるようにがんばろう。





物静かになったお台場の市街、それぞれの難を逃れた太一と空は、パートナー達と共に立ち並ぶビルの影に身を隠し、互いの情報を交換していた。

 

「ビックサイトか……其処に、ヴァンデモンが居るんだな?」

 

「え、ええ……ミミちゃんも、太一のご両親も一緒よ」

 

ヒカリをヤマトに預け、単身でヴァンデモンと家族の行方を探していた太一にとって、敵の拠点が知れた事は非常に大きい。

 

「分かった。 空は今すぐこの事をヤマトに知らせてくれ。 あっ、それと、ヒカリに"俺は大丈夫だ"って事もついでに頼む」

 

「……うん……でも太一、さっきの話、本当なの? その……ヒカリちゃんが"八人目の選ばれし子供"だったって…… 」

 

戸惑いを含んだ表情で、空はポツリと太一へと問いかける。

 

「……分からない。 でも、空の言う通りテイルモンがヴァンデモンに捕まってるんなら、あいつは本気で八個目のタグを奪いに行ったからに違いない……ヒカリのために……」

 

実際の所、太一も空の話を聞くまではまだ半信半疑であったが、テイルモンが尋問を受けている今、その思いは確信に変わりつつある。

最も、彼が空に説明したのはあくまで"ヒカリが八人目である事"のみ。テイルモンから説明された"沙綾の疑問点"については、今だ自身の胸に止めてある。

口に出せば、例えそうでなくても、彼女を疑っているような感覚に陥るからだ。

 

「この事、ヤマトは知ってるの?」

 

「ヒカリを預けた時に、大体説明してきた……やっぱり戸惑ってたけど、大丈夫、あいつならちゃんとヒカリを守ってくれるさ!」

 

そう答える太一の顔に迷いはない。

時に衝突する事もあるが、彼はヤマトの事を他の誰よりも信頼している。だからこそ、自分の大切な妹を預けてきたのだから。

 

「……そう……分かったわ。 必ず伝えるから、太一も無理はしないで……ピヨモン、行きましょう!」

 

"ヒカリが八人目なら、辻褄が合わなくなる"

恐らく、空も太一と同じ疑問を抱いてはいるのだろう。

しかし、彼女はそれを聞くことはせず、今は黙って頷き、進化させたパートナーと共に、遥か上空へと飛び上がった。

 

「空……よし、俺達も行くぞ! アグモン!」

 

「うん! 今度こそ、太一のお母さんを助けるから!」

 

「期待してるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティラノモン! 上から来るよ!」

 

「任せて、ファイヤーブレス!」

 

文字通りゴーストタウンとなったお台場。

迫り来る大量のバケモンの群れを牽制しながら、ティラノモンは沙綾を乗せ、当てもなく街中を疾走する。

 

(小説通りに進んでるなら、もうそろそろみんなお台場に集合する頃だと思うけど……)

 

時刻は午前9時半、沙綾がバケモン達との"鬼ごっこ"を開始してから早二時間程になるが、今の所、子供達の誰かが彼女を見付けてくれた気配はない。

始めは数匹単位であった追っ手の数も、気が付けばまるで大名行列のようにまで膨れ上がっていた。しかし、

 

『止まれぇぇ! そこの赤いヤツゥゥ!』

 

「はぁ……そんな事言われて止まる人なんていないよ」

 

「だよねー」

 

必死で追いかけるバケモン達をよそに、ティラノモン自身はジョギングのような感覚でその足を動かす。

追い付かれる気など沙綾達は微塵もしないが、逆に誤って彼らを撃破してしまう可能性を考えれば、早く誰かに見つけてもらいたいものである。

 

(せめてみんなの位置さえ分かれば話は早いのに……)

 

『待てぇぇ!』

『逃がさないぞぉぉ! 』

 

「ティラノモン、そこ右に曲がって!」

 

「オッケー! 」

 

ドスンドスンと、今だ全く疲れを見せない軽快な足取りで、ティラノモンは沙綾の指示通りにT字型の大通りを右手へと曲がり、速度を落とさずゴーストタウンを駆け巡る。

 

「ファイヤーブレス!」

 

(うーん……そろそろ誰か見つけてくれないかな……)

 

ティラノモンが威嚇を含めた火炎を後方へと吐く中、沙綾は思う。すると、そんな彼女の願いが通じたのか、しばらくして、

 

「あっ! ねぇマァマ、あれ見て!」

 

走りながら、ふと上空を見上げたティラノモンが、背中の沙綾へと声を掛けた。

彼の指差す方に首をやると、遥か前方の空を横切る赤い巨鳥の姿がちらりと、彼女の狭い視界に映る。

 

「……あれは……バードラモン! てことは、空ちゃん!」

 

まだ距離があるためか、それとも慌てているのか、向こうは恐らくきづいていないのだろう。赤い姿は沙綾達には目もくれず、一直線に飛び去っていく。

 

(よかった。 ヴァンデモンの所から上手く逃げ出せたみたいだね……なら、空ちゃんは今からヤマト君達と合流する筈)

 

当初の予定とは少し違うものの、"子供達と合流出来る"という点に置いては変わらない。

それに加え、発見出来た仲間が空であった事は、彼女にとっては今、最も都合が良かった。

 

何故なら、

 

(……たしか、二人が合流して直ぐに敵が襲撃に来る筈……えっと、ファントモンだったかな……ガルルモンとバードラモンを追い詰めて、ヒカリちゃんをヴァンデモンの所へ連れてっちゃったって、"本"には書いてた……)

 

「どうしようマァマ?」

 

答えなど分かってはいるが、それでも、ティラノモンは沙綾の命令を待つ。

 

(私達は"歴史の過程"だけなら変えてもいい……たぶん、ヒカリちゃんが拐われようが拐われまいが、結果的に"ヴァンデモンは倒される"……なら、する事は一つだよね)

 

あの小さな少女が、抵抗する術なく一人で魔王と向き合うなど、一体どれだけの恐怖だろうか。

先日の謝罪という意味でも、沙綾は出来るならこの"過程"を変えてやりたいのだ。

 

自身がするべき事を頭にまとめ、彼女は疾走するパートナーへと声を上げた。

目標を見つけた今、最早彼女達がこの"鬼ごっこ"を続ける意味はない。

 

「勿論追いかける!ティラノモン、スピードを上げて! バケモン達を一気に振りきるよ!」

 

「ふふ、よーし、とばすよマァマ、 ボクにしっかり掴まってて!」

 

予想通りの指示に、ティラノモンはニッとした表情を浮かべる。その直後、彼の速度が一瞬にして跳ね上がった。

 

『!? は、速い!』

 

そのガルルモンすらも凌駕するスピードに、大量のバケモン達は付いていく事が出来ず、ぐいぐいと距離が離れていく。

障害物のない空を直進するバードラモンは、既に沙綾達からは見えなくなっているが、大方の方向が分かったのならば問題はない。

戦闘音さえ聞こえれば、二人はそれを頼りに場所を特定すればいいのだから。

 

(待っててね、空ちゃん、ヤマト君……ヒカリちゃん)

 

そんな想いを胸に、あっという間に彼女達は敵の追跡を振り切り、空が消えた方角へと高速で足を進めた。

 

 

 

そして、数分が経過した後。

お台場の中心地から少し離れたオフィス街で、その音が響く。

 

「! ティラノモン、聞こえた?」

 

ドゴン、ガラガラ、という何かが建物に衝突したような音を聞き取った沙綾は、即座にそれに反応し、速度を上げていたティラノモンも、一度ピタリと足を止めた。

更に耳を済ませば、静寂の街の中、今の大きな衝突音の他にも、獣が地を蹴る音や、バサバサという羽音も、微かではあるが聞こえてくる。無数に立ち並ぶ建物故に姿は見えないが、それは間違いなく空達とファントモンとの戦闘音だろう。

 

「やっぱりこの辺りみたいだね」

 

「うん、近いよマァマ……たぶんこの先だよ!」

 

「急いで、ぐずぐずしてるとヒカリちゃんが拐われちゃう!」

 

沙綾の声に頷き、ティラノモンは迷う事なく交差点を曲がり、高いビルに囲まれた街を疾走する。

"ヒカリへの謝罪"、そして"選ばれし子供達への手助け"。足を進めるにつれて大きくなる戦闘音と共に、背中の沙綾も、今一度表情を引き締めた。

 

 

そして、

 

 

「! 居たっ!」

 

三つ目の交差点を曲がった所で、遂に遠方にその光景が飛び込んできた。

 

先程から一段階進化しているものの、高層ビルに叩き付けられ沈黙するガルダモン。

傷つきながらも、まだ何とか抵抗の意思を見せ、敵を威嚇するガルルモンと、その後方でヒカリを守るように立つヤマト、空。

そして、そんな彼らを見下すように空中を浮遊するバケモンの進化形態、巨大な鎖鎌を持つ死神、ファントモン。

 

状況はやはり劣勢、しかし

 

(よかった……まだヒカリちゃんは無事、間に合った)

 

まだヒカリが敵の手に落ちた訳ではない。

その上、幸い敵も味方もまだ距離があるためか沙綾達の存在には気付いていない。

 

いわば、奇襲を掛けるには絶好の機会である。

 

「ティラノモン!援護して! 」

 

まだ米粒程のガルルモンがファントモンに飛び掛かり、大鎌の元に一蹴されて地面を転がる中、沙綾は加速するティラノモンに向け、素早く攻撃の指示を出した。

目標は勿論、追撃を掛けようと鎌を構え直すファントモンである。

 

「うん、アイツ、よくもガブモンを……」

 

仲間が追い詰められる様を見たティラノモンの目がかわる。同時に、ブオォと、彼は大きく息を吸い込んだ。

これは牽制ではない。

 

「ファイヤー、ブレス!!」

 

友を助けるため、今、赤い恐竜の全力の炎が、道路にそって遥か遠方へと一直線に伸びる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあっ!」

 

大鎌による一撃。完全体であるファントモンの鋭い攻撃を受け、ガルルモンが地面を滑るように転がった。

 

「ガルルモン! くっ、空! ヒカリちゃんを連れて下がれ!」

 

「ヤマト、で、でも!」

 

(……どうして……どうしてこんな事するの……?)

 

ヤマトと空が苦悶の表情を見せる中、ヒカリはただ空中をゆらゆらと浮遊するファントモンを見上げて思う。

今しがた、空によって兄と両親の無事を知らされたヒカリだが、同時に、"今ヴァンデモンが今何をしているのか"も知ってしまったことで、彼女は今強い罪悪感に苛まれていた

 

(私が……八人目だから、テイルモンも捕まって……私のために、みんなが傷ついて……)

 

優しい彼女は、自分のために他者が傷付く事を良しとしない。そして、ヴァンデモンがテイルモンのパートナーを炙り出すために町中の人間を襲ったのだとすれば、それは、

 

(……全部……私のせい……)

 

自分さえ名乗りでれば、皆はこれ以上傷付かなくてもいいのではないか。

自分さえ捕まれば、事態は収束するのではないか。

 

幼い少女は、耐えきれず歴史通りの決意を固めた。

 

「止めだっ! その首貰った! ソウルチョッパー!」

 

「ガルルモン! 逃げろ!」

 

「……う……ヤマト……」

 

ファントモンが鎌を構え、地に伏せるガルルモンへと急降下する。ヒカリが名乗り出る以外に、それを止める術は何もない。

 

そう、それが本来の歴史ならば。

 

「待って!私が……!」

 

"八人目"。そう口にしようとしたその時、彼女は回りの気温がチリチリと急激に上昇した事を感じ取る。

 

直後、

 

「なっ!」

 

「えっ!」

 

目の前で起きた出来事に、ヤマトと空が同時に目を丸くした。

当然だ。何せ絶体絶命のこの状況で、突如凄まじい火炎が彼女達の直ぐ前を通過し、ガルルモンを守るかのように、飛来するファントモンを目掛けて正確に打ち込まれたのだから。

 

「ぐふっ!」

 

直撃を受けた敵は体勢を大きく崩し、まるで波に流されるかのようにその炎に飲み込まれる。そして、

 

「チッ!」

 

先程のガルルモン同様、その体が勢いよくアスファルトの上を転がった後、フワッと、ファントモンは周囲に溶けるかのようにして姿を消した。

 

「えっ……な、何……!?」

 

その突然の出来事に、ヒカリもまた目をパチクリさせ、慌てて今の火炎の出所へと首を向ける。

 

すると、そこに見たのは物凄い速度で此方へと迫る、グレイモンに似た赤い恐竜の姿。

 

「!」

 

「おいっ! あれって、もしかして……」

 

「嘘……どうして此処にいるの!? 」

 

一瞬、『新たな敵か!?』と思ったヒカリは身を強ばらせるが、他の二人は純粋に驚いた表情を見せている。

当然だ。彼らはあの恐竜をよく知っている。そしてその恐竜の近くには、いつだって"彼女"が居ることを。

 

「「沙綾!」ちゃん!?」

 

「……えっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うーん、やけにあっさりだったけど……まあ、逃げてくれたならそれに越した事はないか……)

 

「沙綾ちゃん!」

 

「……間一髪だったね……おとと、三人ともケガはない?」

 

ティラノモンの背中からゆっくりと降り、少しふらつきながら、沙綾は駆け寄って来た空達へとそう問いかけた。ファントモンとの交戦も彼女は覚悟していたが、倒す訳にはいかない以上、直ぐに引いてくれた事は喜ぶべきなのだろう。

倒れ付していたガルルモンや、高層ビルへとその身体を埋めていたガルダモンも、その体を成長期へと戻し、何とか自力で彼女達の元まで集まってくる。

 

「えと、一応"久しぶり"になるのかな……空ちゃん、ヤマト君」

 

「貴女なんでお台場にいるのよ!? いいえ、そんなことより、沙綾ちゃんの方こそ大丈夫なの? 」

 

「う、うん、一応大丈夫……かな? 心配かけてごめんね、空ちゃん」

 

口ではそう言うものの、沙綾の全身を見ればそれが虚勢である事くらい誰にでも分かる。ガチガチに包帯を巻かれた両足は、見ているだけでも痛々しい。

まして空にそんな嘘が通じる筈などなく、彼女はため息と共に呆れ顔を見せた。

 

「はあ、やっぱり、また無理してるんでしょ……もう、沙綾ちゃんはいつもそうなんだから……たまには自分の体の事も考えて」

 

「うっ……ご、ごめん」

 

何時もは"アグモンの母"として行動している沙綾も、空の母性にはやはり敵わない。彼女が心から心配している事を知っているからこそ、沙綾は空に頭が上がらないのだ。

 

「……でも……ありがとう。 沙綾ちゃんが来てくれなかったら、私達、今頃どうなってたか……」

 

「空ちゃん……」

 

「ほら、ヤマトも一歩退いてないで、ちゃんとお礼言わないと」

 

「……お、おう……助かったよ沙綾、ありがとう……」

 

空に促され、ヤマトもまた、沙綾へと感謝の言葉を口にするが、その様子は何処かぎこちない。いや、感謝している気持ち自体は空と同じなのだが、目が泳いでおり、沙綾を直視していないのだ。

 

「あれっ? どうしたのヤマト君、大丈夫?」

(もしかして、どこかケガしてるのかな……小説じゃ特に何も書かれてなかったけど)

 

そんな彼の様子に疑問を抱いた沙綾は、目を反らすヤマトの顔を下から覗き込む。

すると、彼はますます動揺を露にし、その整った顔が赤く染まっていく。

 

「あ、ああ……お、俺は大丈夫だ……大丈夫だけど……お前、その格好……」

 

「えっ!? ……あっ!」

 

ヤマトにそう言われた途端、沙綾は一瞬ピタリと固まり、次に自分の今の姿を思い出して慌てて彼から飛び退いた。

 

空は同性であるため特に気にはしていないようだが、今の沙綾の姿は着崩したシャツと破けたショートパンツによって露出部分が前よりもかなり多い。

沙綾自身忘れかけていたが、着ている本人さえも恥ずかしいのだ。ヤマトが直視しにくいのも無理はないだろう。

 

徐々に自身の顔も赤くなっていく中、沙綾は小さな声で口を開く。

 

「あっ……う、そ……その……ふ、服の事は、あんまり触れないでくれると……嬉しいかな……結構恥ずかしいから……」

 

「そ……そうか……悪い……」

 

二人の間に気まずい空気が流れる。

そんな中、

 

「……あの、沙綾さん……」

 

二人に守られるように後ろに立っていた少女が、小さな声を上げた。

 

「あっ……」

 

その顔を見た途端に、沙綾の中から恥ずかしさの気持ちが消えていく。そうだ、全てはこの少女を救うため、この少女に謝罪するために、今彼女は此処に立っているのだから。

 

「……ヒカリちゃん……あの……」

 

この前の謝罪。精一杯の気持ちを込めて、沙綾は深く頭を下げる。

 

「この前はホントにごめん……ケガはなかった? ちゃんと帰れた? 私、気が動転してて……その、ごめんなさい!」

 

「 えっと……うん、大丈夫だったよ……気にしないで。 この子が心配だったんでしょ」

 

沙綾の後ろに立つティラノモンを見上げながらヒカリは優しげに答えた。パートナーを心配する気持ちは、今の彼女には痛いほどよく分かるのだ。

 

「……うん」

 

「だったら、もう顔を上げて。 沙綾さんは別に、悪い事した訳じゃないんだから」

 

ポンポンと、背中を折る沙綾の肩を叩きながら、ヒカリは諭すように話す。

そしてそれは、遠い未来での、沙綾の記憶にある彼女の叱り方と全く同じ。だからだろうか、つい嬉しくなった沙綾は、頭を下げたまま、誰にも聞こえないような、本当に小さな声で呟いた。

 

(やっぱり、この人は今も未来も変わらない、いつも優しい……私達の先生だ……)

「……うん……ありがとう、ヒカリ"先生"……」

 

「え? 沙綾さん、何か言った?」

 

「ううん、何でもないよ。 ありがとうヒカリ"ちゃん"って、ただそれだけ! 」

 

沙綾の気持ちが軽くなる

顔を上げ、彼女はニコリとヒカリへと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キキキキキキ』

 

目下の目的を果たし、沙綾の知る『小説』の範囲内の危機は逃れた。

 

だが、

 

『キキキキキキ!』

 

彼女は考えてはいなかった。なぜ、完全体のファントモンが抵抗する事なく逃げ帰ったのか。彼は同じ完全体

であるガルダモンでさえも追い詰めた強敵。

そんなデジモンが、果たして成熟期の必殺を受けただけであっさりと逃げていくだろうか。

 

『キキキキキキ!』

 

"黒いコウモリ達"が、今、安堵する四人の上空を、バサバサと旋回する。

 

 

 






さて、次回、戦闘、ティラノモンVS……………&……………
あまり隠す意味もありませんが、一応。
さあ、どうなる事やらです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ようやく会えたな……イレギュラーよ……

遅くなってしまいすみません。


お台場、ビックサイト。

現在、ヴァンデモン軍の本拠地と化し、お台場中の殆どの人間が収容されたこの巨大なドーム状の施設。

敵の拠点にしては随分と静まり返っている場内は、まるで向こうの世界での彼の城のようである。

 

先程、グレイモンと共にどうにかそこへと突入した太一は、今、辛くも敵の目を欺き、寝巻き姿のまま一人施設をさ迷っていたミミと、場内にて偶然の再開を果たしていた。

 

「……えっ、じゃあ、ヴァンデモンは今、此処にはいないのか!?」

 

「……えーと、うん。 正確には、ついさっきまでいたんだけど……」

 

太一の問いかけに、ミミは人指し指を口に当て、思い出す仕草をしながら答える。

 

「"死神"っていうのかしら? バケモンをもっと怖くしたようなデジモンがフワっと現れて、こそこそ何か話してたわ……その後、二人一編に消えちゃって……」

 

「……バケモンを怖くした……? 太一、それって……」

 

彼女の話すそのデジモンに、グレイモンは心当たりがあった。

そう、それは今朝、自宅であるマンションからヒカリと共に脱出した時の事、

 

「ああ、俺達が家を出る時に戦ったデジモンにちがいない……」

 

グレイモンの体力を一撃で大きく削られ、泣く泣く、連れ去られる母を置いて逃げる事になった経緯から、太一は苦々しげにそう口を開いく。

同時に、其ほど強力なデジモンが、ヴァンデモンと共に姿を消したという事に、彼は胸騒ぎを感じた。

 

「嫌な予感がする……」

 

「太一さん?」

 

「……いや、何でもない……とにかく、ヴァンデモンがいないんなら今がチャンスだ。 ミミちゃん、みんなの所へ案内してくれ」

 

「う、うん……こっち、付いてきて」

 

だが、"気にした所で何も始まらない"

そんな胸騒ぎを振り払うかのように、太一は意識を切り替え、再びビッグサイト奥へと足を進める。

 

自らの"予感"、それが当たっている事に気付きもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう、ヤツが"イレギュラー"だな……」

 

「……はい、間違いありません……"子供達と同年代の負傷した女児"……ヴァンデモン様に教えて頂いた情報に、全て合致しております……」

 

「……凶竜の方も生きていたか……選ばれし子供達が此方に来ている以上、もう命はないと思っていたが……フフ……まさか"あの状態"から元に戻るとはな……」

 

お台場の高層ビルの屋上で、ヴァンデモンは自らの真下で戯れる沙綾達を見て口許を吊り上げた。

それはまるで、敷いていた罠に獲物が掛かったのを喜んでいるようである。

 

 

 

 

昨晩の事、

 

(……テイルモンが八人目のパートナーである事に、最早疑いようはない……そして、伝承にある選ばれし子供の数は八人丁度……つまり……)

 

"自分が利用していた凶竜は、選ばれし子供のパートナーデジモンではない"

先日までのヴァンデモンの推測は、昨晩のテイルモンの捕獲と共に瓦解したのだ。

しかし、メタルティラノモンが執拗に語っていた"マァマ"という存在は、やはり彼の中で引っ掛かる。

 

(だが……ヤツに人間のパートナーがいた事もまた事実……選ばれし子供達の反応も、それを裏付けている……)

 

では、何故選ばれもしない者がデジタルワールドにいたのか。

何故アグモンというパートナーがいたのか。

何が目的なのか。

その存在の意味は?

様々な仮説が昨晩から彼の頭を巡るが、その全ては憶測の域を出ない。

 

高々伝承に記されている程度の八人目よりも、真の意味で恐ろしいのは"本当に何も分からない相手"である。

更に厄介なのは、今まで八人目のタグのコピーで沙綾を探していたヴァンデモンには、彼女を識別する手段が無い。

ピコデモンから聞いた唯一の手掛かりである"ケガした少女"というキーワードも、この東京にはそれこそ数え切れないほどいるだろう。

 

ならば、どうするか?

 

答えは簡単である。

そう、相手を引きずり出し、自らが直接彼女と対話すればいいのだ。

 

本来の歴史ならば、このお台場の制圧は、いわば『八人目を炙り出すため』だけの計画。

しかし、今回はその目的に加えてもう一つ、ある命令がヴァンデモンの口より一部の部下達へと下されていた。

 

『もしも……八人目探索の最中に選ばれし子供達へと接触する手負いの女児を見かけたならば、即刻私に報告せよ』と……

 

 

 

 

「フン……まさか、こうもあっさり見つかるとはな……さて、では確かめに行こうか……ヤツらが一体何者なのかを……」

 

「御意」

 

漆黒のマントをはためかせ、彼は今屋上からフワリと飛び立つ。

 

己の抱く疑問の中心へと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて、上手くヒカリちゃんも助け出せたし、後はヤマト君達に付いて行くだけだね)

「ねえ、二人共これからどうするの?」

 

少しの間再会を喜んだ沙綾は、頭の中で確信を持ちながらも、あえてその言葉を口にした。それに対し、空は『あっ』と思い出したかのように両手手を叩く。

 

「そうだわ! 太一が捕まったみんなを助けるために一人でビッグサイトに向かってるの! ヤマト、私達も!」

 

「……ああ……でも、この子はどうする? 流石に敵のど真ん中に連れていく訳にも行かないだろ?」

 

ヤマトは横目でヒカリを見る。

 

「お願いヤマトさん……私も……お兄ちゃんの所へ行きたい……テイルモンも、そこにいるんだよね……」

 

「いや、でもな……」

 

仲間を助けに行くことに躊躇いはない。しかし、

"妹を守ってくれ"

太一にそう頼まれているヤマトとしては、その責任を途中で放り出す訳にもいかないのだろう。先程のような襲撃があった今、迂闊な行動は取りにくいのだ。

 

「確かに……連れていくには少し危険ね……どこか安全な場所があればいいんだけど……」

 

そういいながら空はぐるりと辺りを見回すが、何せバケモン達は壁をすり抜けて建物へと浸入出来る。ヒカリを一人にして真に安全な場所など、最早このお台場には存在しないのだ。

 

そんな時、間髪入れずに沙綾が口を開いた。

 

「それなら、ヒカリちゃんは私に任せてくれないかな?」

 

「……いや、お前だってそんな体じゃないか。 無理はしない方がいい」

 

「ふふ、こんな体だからこそだよ。 私達はティラノモンに乗ってヤマト君達の後ろをゆっくり進むから……ねっ、これなら心配ないでしょ」

 

「沙綾さん……」

 

ニコリと、沙綾はヒカリを見つめて微笑む。

というのも、元より彼女はそのつもりなのだ。

ヒカリを助け歴史を変えた今、誰かが彼女を『ヴァンデモンとの決戦の地』までつれていかねばならない。しかし、子供達には出来る限り歴史通りに動いてもらいたい。ならば、ヒカリの護衛は自分が適任だと。

 

その提案にヤマトは少し考えた後、渋々なかがらにも首を縦に振った。

 

「…………分かった。でも、ホントに無理だけはするなよ 」

 

「はぁ……全く、貴女は危なっかしいから」

 

「うん、も、勿論だよ!」

 

小説では、ここからヴァンデモンとの決戦まで戦闘らしい戦闘は起こらない。"たぶん、大丈夫だろう"と、沙綾は若干ため息混じりの二人へと苦笑いを浮かべながらそう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、小説通りに事が進んだのならば、沙綾の推測に間違いはない。

 

だが、

 

「……ほう、作戦会議は、もう終ったのかな……?」

 

「「「「!」」」」

 

今回は違う。

 

ヤマトがガブモンを再度ガルルモンへと進化させ、沙綾もヒカリと共に腰を落としたティラノモンへと足を掛けようとしたその時、不意に四人の真後ろから、その低い声があがったのだ。

 

「えっ!?」

 

「だ、誰……!」

 

初めて感じる異様な威圧感に、沙綾はキョトンとその場で固まり、ヒカリはビクリと体を震わせる。そんな中、

 

「フフ……ならば丁度よい……」

 

コツコツという足音をならし、"それ"は沙綾達が背を向けるビルの影からゆっくりと姿を表わした。

 

「そ、そんな、なんで此処に……」

 

「クソッ……最悪のタイミングだ……」

 

「この声……まさかっ!」

 

ティラノモンを始め、ヤマト達は即座に声のした方向へと首を向ける。

そう、彼らは知っているのだ。

この声の主を。

特にティラノモンにとっては、忘れようにも忘れられない相手。

"それ"が視界に入ったティラノモンが、目付きを変えて声を張り上げた。

 

「お前! この前はよくもっ!」

 

そして恐竜が睨みを効かせる中、僅かに遅れて、沙綾も振り返りながら顔をゆっくりと横に向ける。すると、そこに居たのは勿論、

 

「……あっ……」

(嘘……どうして此処にいるの……今は……捕まえたテイルモンと一緒に……いる筈なのに……)

 

漆黒のマントを纏う高貴な吸血鬼の姿。

そしてその後方には、先程消えたばかりの死神がフワリと現れる。

ヤマトが口にした通り、予期せぬ最悪のタイミングでのそれの登場に、沙綾は思考が追い付かない。ただ絞り出した"それ"の名だけが、静かな街へと響く

 

「……ヴァンデモン……!」

 

"本来の歴史"においてこの場に現れる筈のない魔王。

 

まるで金縛りにあったかのように硬直する彼女達に、ヴァンデモンはゆっくりと、ファントモンを引き連れて歩きよってきたのだ。

 

(どうしよう、こんな事本には書いてなかった……)

 

「前はよくもボクを騙したなっ!」

 

「ヤマト達に手は出させない!」

 

形相を変えたティラノモンとガルルモンが、パートナーの命令よりも先に魔王へと飛び掛かる。

 

だが、瞬間的に現れる赤い鞭がそれを許さない。

パチン、パチンと乾いた音が周囲へと響き渡る。

 

「うおっ!」

 

「ティラノモン!」

 

「ぐっ!」

 

「ガルルモン! 大丈夫か!?」

 

「大人しくしていろ……今直ぐに消されたいか……?」

 

襲いかかる二体を鞭の一振りで地べたへと叩き伏せ、尚も魔王は進む。

そして一定の距離を保ったまま、彼は呆然と佇む沙綾の前でピタリと停止し、ニヤリと、口許を歪めながら声を上げた。

 

「……フッ……ようやく会えたな、イレギュラーよ……その様子では、やはり私の事は知っているか……」

 

「……えっ? イレギュラーって…… 私の、事?」

 

「……そうだ……伝承にある選ばれし子供とは違いながらデジタルワールドに召喚され、更にパートナーまで連れている……これをイレギュラーと言わずに何と言う……?」

 

「えと……それは……」

(そっか……もう、ヴァンデモンはそこまで辿り着いてるんだ……)

 

沙綾は思わず口籠る。

 

"物語"が進んできた今、"自分が選ばれていない"事はいずれ皆に知れ渡る事になるだろうが、彼女にしてみれば、それは出来るならば"あやふや"にして通り過ぎたかった問題である。

 

当然だ。未来の事を伏せた上で、どうやって彼女自身の事を皆に説明しろというのだ。

恐らく、自分から白状しなければ、子供達は誰もその事については深く言及したりはしないだろう。

"歴史にはない九人目"と言う事で、勝手に納得してもらえた可能性すらあった。

 

しかし、

 

「単刀直入に聞こう……貴様は何者だ……?」

 

"黙秘は許さない"

 

ヴァンデモンの目がそう言っているのは、沙綾のみならず、ヤマトや、ピョコモンを抱いた空にさえ感じ取れる。それほどの圧倒的な存在感を、この魔王は放っているのだ。

 

(うっ……どうしよう……なんて答えれば……)

 

下手な回答は出来ない。"嘘"が通じるような相手でもない。

ゴクリと生唾を飲み込み、彼女は必死に思考を回す。

 

そして、

 

一瞬の沈黙の後、額から一筋の冷や汗を流しながら、沙綾は言葉を選んでこう答えた。

恐らく、この場で一番無難だと思える回答を。

 

「…………私は……太一君や、ヤマト君、空ちゃん達の"仲間"……だよ」

 

「……ほう……仲間、か……」

 

「そ、そうだよ!」

 

"みんなと同じ選ばれし子供"

 

その言葉を、彼女は口にする事が出来なかった。

この魔王は既に自身を"選ばれていない"と断定している。状況的にも此方が不利。ならば、此処で下手な嘘をつき、状況を悪化させる訳にはいかないと、沙綾は判断したのだ。

 

しかし、

 

「……成る程……」

 

それこそが正にヴァンデモンの誘導尋問。

 

「……やはり貴様、"最初から"自分が選ばれていない事を知っていたな……?」

 

「……えっ!? なん……で……」

 

その言葉に、沙綾の表情が僅かに青ざめる。

それもそうだ。今の答えの何処にそれを悟られる要素があったのかが、彼女には分からないのだから。

 

「フン……図星か……」

 

少女のその反応にヴァンデモンは目を細め、まるで沙綾を見下すようにそれに答え始める。自らが立てた一つの仮説を。

 

「……誤魔化せると思うなよ小娘……テイルモンが八人目のパートナーだと発覚したのは昨日の深夜……そして、それ以降に貴様が選ばれし子供と接触する機会は今までなかった筈だ……にも関わらず、何故貴様は"自分が選ばれていないという事実"に動揺しない……? 」

 

「!」

(…………そう言うこと……ね……)

 

"歴史"を知っている事が裏目に出たのだ。

 

彼女はヒカリが八人目である事を、まだこの世界の誰からも聞いてはいない。

普通は驚愕から入るものだろう。"下手な嘘を付けない"と思う余り、致命的な墓穴を掘ってしまったのだ。

それも、ヤマトと空、そしてヒカリの目の前で。

 

(私の……バカ)

 

己の失態から思わず奥歯を噛み締める。

だが、更に悪い事に、ヴァンデモンの追求はここでは止まらなかった。

 

「……では、何故貴様は最初からそれを知っていたのか? ……一見、貴様と選ばれし子供達との間に違いなどない……子供達と共にデジタルワールドに召喚されたのなら、自ら判断するのは不可能……ならば……何故……」

 

「…………!」

(やめて! 言わないで! )

 

本格的に背筋が凍る。

 

"それ"を言われれば、今までの嘘が全て無駄になる。

子供達との間にも亀裂が入りかねない。

だが、後悔しても、既に時は遅い。

魔王による止めの一言が、静寂の街へと響いた。

 

「……簡単な事だ……貴様は"選ばれし子供"の存在を知りながら、自らの意思でデジタルワールドに介入したのではないのか……?」

 

「!」

 

ほぼ完璧に近い洞察力と推理力。

 

「…………ち、違うっ……!」

 

「声が震えているぞ……?」

 

「っ……」

 

それを前に、沙綾はろくな反論さえ出来ず、元々白い顔を青白く染めて愕然と、ただ黙って下を向く事しか出来ない。

ヴァンデモンが再びニヤリと口許をつり上げる。

沈黙、それ即ち肯定の裏返しなのだから。

 

「……さ、沙綾……どういう事……なんだ……? アイツの言ってる事は、本当なのか……?」

 

「沙綾……ちゃん……貴方は……いったい……」

 

「……?」

 

そして彼女のその仕草は、仲間であるヤマト達をも動揺させる。最も、ヒカリだけは事態が飲み込めてはいないようだが、ヴァンデモンはそんな彼らに一切の関心を見せる事もなく、ただ、目の前の少女だけを見つめ、その重苦しい声を響かせた。

 

「イレギュラー……貴様の目的はなんだ ……?」

 

「沙綾……答えてくれ……」

 

"戸惑い"、"疑惑"、"興味"、様々な感情の籠ったこの場全ての視線が、この傷だらけの少女へと集まる。

 

そして、

 

「…………私……は……」

 

下を向いたまま、沙綾は今、静かに口を開く。

 

 

 

 




すみません。
戦闘描写も入れたかったのですが、長くなりそうでしたので一度区切る事にしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友達のため……ただ、それだけだよ!

前回の投稿からかなり期間が開いてしまいました。
楽しみにしてくださっていた方々、申し訳ございません。
仕事が最盛期に入っていたもので、あまり小説を書く時間が取れないでいたのが原因です。
一応、仕事の方はあらかた片付きましたので、これ以降はある程度は安定したペースで投稿できそうです。


沙綾がヴァンデモンと対峙する丁度その頃、ビッグサイトでは……

 

「さあどうする! まだやるのか!」

 

何十体といるバケモン達が足元で目を回す中、高い天井の館内に辛うじて入る程の大きさであるメタルグレイモンが、冷や汗をかいて飛行するピコデビモンを見上げて声を上げた。

 

「ひぃっ!」

 

その圧倒的な力の違いに、小さなコウモリは短い悲鳴を上げる。

そして、

 

「くそっ! お、お前達、覚えてろ! ヴァンデモン様が黙っていないからなっ!」

 

そんな捨て台詞を吐きながら、彼はメタルグレイモンの側をすり抜けるように飛行し、非常口のドアへと体当たりしながら、一目散にこの会場からバサバサと飛び去った。

 

「待てっ! …………くそ、逃げ足だけは速いヤツだ」

 

戦いの一部始終を側で見ていた太一は、ため息と共にそう声を漏らした。

 

 

そう、敵の拠点奥にまで到達した太一とグレイモン、そしてミミは、今、ヴァンデモンの不在中見張りを任されていたピコデビモン達を力づくで叩きのめす事に成功したのだ。最も、肝心のピコデビモンには逃走されてしまったが…

 

「どうする太一、追いかけるか?」

 

「いや、今は母さん達が先だ!」

 

「パパッ! ママッ!」

 

優先するべきは敵ではなく、彼らのいるこの広いホールに無造作に倒れ伏す捕らえられていた人々である。

メタルグレイモンはパートナーの決断に頷き、その身を幼年期へと退化させた。

そして、両親を探して走り始めるミミに続くように、太一もまた、床に伏せる人々に目をやりながら、自分の家族を探すのだった。

 

その後しばらくして、

 

「あっ! 母さん!」

 

その人々の中に、今朝別れた母の姿を発見する。

だが、やはり

 

「母さん! おい母さんってばっ! …… 起きてくれよ!」

 

「………………」

 

力なく横たわる体を揺すりながら、そう声をかける太一だが、反応は何もない。ただ、眠っているかのように静かに寝息を立てるのみである。

 

「パパ! ママ!」

 

どうやら少し離れた位置では、ミミも彼と同じ行動を取っているようだ。

 

「クソ! どうなってんだ……?」

 

一向に目覚める気配のない人々に、太一は拳を握り締めて悪態をつく。

そしてそんな時、彼の後方から聞き覚えのある声が、静かな館内に小さく響いた。

 

「……すまない……私のせいだ……」

 

「!」

 

それは昨日の深夜、家のベランダで聞いた声。

 

今回の騒動のある意味引き金となったデジモンである。

 

「……テイルモン! 良かった、無事だったんだな……」

 

敵の見張りを全て蹴散らした事で、彼女自身も自由にならたのだろう。しかし、今は辛うじて動けているが、よく見れば、その全身は傷だらけ。今にも倒れてしまいそうである。

 

「お、おいっ、大丈夫か?」

 

「……」

 

あのヴァンデモンに挑んだのだ、それも仕方ないだろう。

太一は心配そうに問いかけるが、彼女はそれを気にする事はなく、うつむき、ただ申し訳なさそうに口を開いた。

 

「私の事はいいんだ……自分が招いた事だから……ただ、私がヴァンデモンに捕まったばっかりに、関係のない人達まで巻き込んでしまった……すまない……」

 

「……なあ……母さん達はどうしちまったんだ? 」

 

「……ヴァンデモンは言っていた……この人達は、後で自分が"味見"をすると……それまで眠らせておけとピコデビモンに命じていたんだ……だから、たぶんヤツかピコデビモンを倒さないと、みんな元には……」

 

苦々しく、テイルモンは絞り出すように口にした後、そこで言葉を切った。

図らずともこの現状を招いてしまった彼女にとっては、この現実はとても重いのだから。

 

しかし、

 

 

「……そうか……サンキュー、テイルモン……それだけ分かりゃ十分だ……」

 

太一はそう言うと、眠る母親を一度見つめた後、決意と共にその腰を上げた。

 

「……すまない……」

 

「謝るなって、お前が悪い訳じゃないんだ……それに俺の方こそ、昨日は疑って悪かったよ……沙綾の事はともかく、お前は間違いなく俺達の仲間だ」

 

「太一……」

 

「 さあ……行こうぜコロモン!」

 

そう、客観的に見ても、テイルモンのその答えは太一にとって既に予想の範疇内。

ならば、すべき事はただ一つ。

 

「……うん! ヴァンデモンをやっつけるんだね!」

 

「ああ、そのためにはまず、ヤマト達ともう一度合流しないとな」

 

気合い十分と言ったように、小さなピンクの体がピョコンと跳ねる。それと同時に、負傷し俯いていたテイルモンも、顔をぱっと上げ、まるで懇願するような目をしながら、太一へと一歩つめよった。

 

「待ってくれ……私も一緒に……私も、ヒカリの元で戦わせて……」

 

「……テイルモン……ああ、でも無理はするなよ。 お前にもしもの事があったら、きっとヒカリが悲しんじまう」

 

兄として、妹を悲しませる事はしてはならない。

太一のそんな想いの籠った一言に、テイルモンは小さく頷いた。

 

「勿論……約束する」

 

「よしっ! ……じゃあ、行くか!」

 

新たな"仲間"を加え、今、太一は再び動き始める。

決戦の時は、刻一刻と近付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、

 

「貴様の目的はなんだ?…………イレギュラーよ……」

 

「…………うっ」

(……私は……どうすれば……)

 

その"元凶"、ヴァンデモンと対峙し、仲間達の前で自身の正体の核心へと迫られた沙綾は、困惑する思考を精一杯回転させ、なんとかこの状況を覆せないかを模索していた。

 

しかし、

 

「沙綾……答えてくれ、あいつのいっている事は……本当なのか……?」

 

「……そ、それは……」

(……私のバカ……なんでこんな時に、何も浮かばないの)

 

ヤマト達の視線の中、有効な"言い訳"は何も思い付かない。自らが招いた墓穴なのだ。訂正を加えれば加えるほど、逆に怪しさが増していくものである。

しかし、だからといってヴァンデモンの解答に頷きたくはない。何故なら、それは"仲間達をずっと欺き続けていたのだと彼らの前で認めるに他ならない"のだから。

 

(……うぅ……何か、何か言わないと!)

 

「フフ……どうしたイレギュラー? 何か言ってやってはどうだ? 」

 

「……っ」

 

だが、結局反論できなければ頷いているのと変わらない。

最も、冷静になりきれない思考で余計な事を口にすれば、知恵の働くヴァンデモンにはたちまち見抜かれるだろう。それどころか、最後の砦である『未来人』というワードにも辿りつかれかねない。

 

(…………私、どうしたら……誰か……助けて……)

 

額から一筋の汗が流れる。

一瞬の時間が、まるでずっと続いていくような感覚。

向けられる様々な視線に、彼女は寒気すら覚えた。

 

(……ミキ……アキラ……)

 

そんな危機的状況の中、ふと頭に過るのは消えた親友の顔。

 

「!」

 

瞬間、彼女は思い出す。

 

(そうだ……)

 

記憶の中でにこやかに微笑みかける二人の顔が、沙綾の思考に冷静さを取り戻させたのだ。

 

(……私は何のためにこの時代に来たの……ただみんなと仲良くするため……? 違う!)

 

最後の砦、それだけは何があっても悟られる訳にはいかない。もし知られれば、"自分のいた未来"に帰れる保証はなくなるのだ。

そしてそれは、彼女本来の目的の失敗を意味する。

 

(ミキとアキラを助ける……それだけは……絶対に譲れない!)

 

沙綾はこの二人の笑顔を取り戻すために時間すら越えてきたのだ。その意思は、今でも何一つ変わらない。

子供達との間に亀裂が入ることは怖い。

しかし、

 

"あの二人に二度と会えなくなる"

 

それ以上に怖いことなどあるものか。

 

気持ちに整理がついた途端、沙綾の思考が一気にクリアになっていく。そして、彼女は遂に決断する。

 

「はぁ……」

 

溜まったものを吐き出すかのように小さく溜め息をついた後、今までのおどおどした雰囲気から一変、彼女はヴァンデモンを睨み返えし、静かにその口を開けた。

 

「……そうだよ……私は最初から、"選ばれし子供達"を知ってた……デジタルワールドに行ったのも、自分の意思……全部……貴方の言うとおりだよ……」

 

下手な嘘は最早逆効果。

沙綾はとても落ち着いた口調で、ヴァンデモンの推察を肯定した。

そう、認めたのだ。今まで付いてきた嘘の全てを。

 

「沙綾ちゃん……」

 

「ほう……ようやく観念したか……では、今一度聞こう、貴様の目的はなんだ? 」

 

ヤマトや空、ヒカリが目を見開いているが、今は関係ない。

ただ自らの想いを口にするだけ。

沙綾は目の前の魔王に向かい、全力で声を張り上げる。

 

 

 

「……"友達のため"……ただ、それだけだよ!」

 

 

 

嘘偽りのない、それが彼女本来の目的。

 

「なっ……小娘……貴様また適当な事を!」

 

しかし、ヴァンデモンにとっては、返ってきたそんな答えが不満であったのだろう。

当然だ。この時代において、事前に選ばれし子供達の存在を関知し、あまつさえ、本来"普通の人間"が出来る筈のない"デジタルワールドへの干渉"を行った者の目的が、たかがその程度の答えであるなど誰が納得出来ようか。

 

"この後に及んでまだシラを切るつもりか"と、彼は目を細め、苛立ちを含んだ表情と共に沙綾の首根っこへとその腕をぐいっと伸ばす。

 

「きゃっ!」

 

足を怪我した今の彼女に、その魔の手から逃れる術はない。

 

「沙綾ちゃん!」

 

それを見た空が反射的に声を上げるが、当の本人は身体を縮めるのが関の山である。

 

しかし、その時、

 

「ん? ……なっ! ヴァンデモン様っ! 後ろ!」

 

従者のように主の隣をフワフワと浮かぶファントモンが、何かに気づいたかように後方へと振り返り、それと同時に慌てて上げたのだ。

何故なら、

 

「マァマに近寄るな……!」

 

先程叩き伏せられた赤い"恐竜"が、光を纏いながらその身をムクリと起こし、怒りを露にして機械化された爪を頭上へと振り上げていたのだ。

 

「オマエの相手はこの"オレ"だ……!」

 

「くっ! 貴様っ、いつの間に!」

 

不意をつくかのように吸血鬼へと降り下ろされる巨大な"凶竜"の爪。

対応が間に合わず、ヴァンデモンの表情が驚愕に歪む。

しかし、

 

「そうはさせんぞ!」

 

ゆらりと、まるで主の盾になるかのように死神が動き、

ガコンと、間一髪で降り下ろされるそれを鎌の柄で受け止めた。

だが、攻撃こそ阻まれたが、間近で起こるその衝撃は、ヴァンデモンの腕を止めるには十分だった。

 

「ナイスだメタルティラノモン! 今だガルルモン! お前も進化だ!」

 

敵が見せたその一瞬の隙、ヤマトが声を振り絞る。

刃を交えるメタルティラノモンの更に後方、今、首をブルブルと震わせながら、彼と同じく立ち上がった己のパートナーに向かって。

 

「ああ、任せろヤマト! ガルルモン、超進化ァァ! ワー…ガルルモン! 」

 

ボウっと、メタルティラノモンに続き一瞬で立ち上る"友情"の光。

その中から、直ぐ様一匹の人狼がまるで疾風のように拳を構え、親玉であるヴァンデモンへと一気に迫った。

 

「カイザーネイル!」

 

しかし、

 

「ふんっ! 小賢しいっ!」

 

その突進は既に振り返っているヴァンデモンにとっては奇襲にもならない。

即座に出現する赤い鞭を振り抜き、振りかかる彼の右腕をガッチリと拘束したのだ。

 

「ぐっ!」

 

同じ完全体でも力はやはりヴァンデモンの方が格上。片腕を捉えられたワーガルルモンの勢いは止まり、丁度刃を交えるメタルティラノモン達の足元、ヴァンデモンからおおよそ五メートルの位置で停止し、それを振りほどこうともう片方の爪を立てるが、それはなかなか外れない。

 

「無駄だ……貴様程度に振りほどけるものか……」

 

その様子に、ヴァンデモンは冷ややかにそう答える。

しかし、次の瞬間、

 

「……なら……これならどうだっ!」

 

ファントモンを爪の一降りで大きく吹き飛ばし、メタルティラノモンが首を下へと向け、その強大な顎で絡み付く鞭へとガブリと噛みつき、強引にそれを食い千切った。

 

「ほう……」

 

それを見た魔王は少し感心したかのように短くそう呟く。食い破られた鞭は、そのまま周囲に溶けるかのように消えていった。

 

「すまない……助かったぜ……」

 

「気にするな……オレの方こそ……ずっとお前に助けられてばかりなんだ……それより、今は気を抜くなよ……」

 

「ああ……」

 

メタルティラノモン、ワーガルルモンが並び立ち、共に魔王へと退治する。

そしてその間、"動いていた"のは彼らデジモン達だけではない。

 

「今の内だ! 沙綾! しっかり捕まってろよ!」

 

「えっ! ちょっ! ヤマト君!?」

 

「話は後だ! ちょっと痛いかもしれないけど、がまんしてくれ!」

 

「きゃっ!」

 

ワーガルルモンが攻め込んだ事で、必然的にヴァンデモンの意識はそちらへと傾けざるを得ない。

その間に、ヤマトは素早く沙綾の元へと駆け寄り、動けない彼女の身体を抱え上げ、その場から離れたのだ。

 

「……聞きたい事は山ほどあるけど……今は此処をどう切り抜けるかが先だ!」

 

「……うん……ごめん……なさい……」

 

俗に言う"お姫様だっこ"である。何時もの彼女ならば、恥ずかしさから顔が熱くなるところだが、今はやはり、その表情は優れない。

 

その体制のまま空、ヒカリと合流し、僅かながら敵と距離を取った後、沙綾の体はゆっくりと地へと下ろされた。

 

そして、

 

「沙綾ちゃん! 大丈夫!? 怪我はない!?」

 

合流後、空は即座に沙綾へと駆け寄る。

彼女にとっては、先程の"話"の内容などよりも、今はそちらの方が遥かに大事なのだろう。

沙綾は少し戸惑いながらも、出来るだけ平然に言葉を返す。

 

「……空ちゃん……うん……ヤマト君のおかげだよ……」

 

「……はぁ、全く、心臓が止まるかと思ったわ」

 

「……はは、ごめんね……」

 

それでもやはり、その返事はどこかぎこちない。

 

「二人とも、無駄話はそこまでだ…戦いが始まるみたいだぞ!」

 

人気の消えた街中、これから起こる戦いの巻き添えを受けないよう建物の陰へと身を移したヤマト達は、そこから祈るようにパートナーを見守る。

 

(しっかりしなきゃ……悩んだってもうどうにもならない……今はヤマト君の言う通り、此処を切り抜ける事だけ考えなきゃ)

 

沙綾も一度自身の罪悪感を押し止め、目の前の状況へと頭を切り替えた。

 

「ごめん空……こんな時に私、役に立てなくて……」

 

「いいのよ、ピョコモンはさっき十分がんばってくれたじゃない」

 

「負けるなよ! ワーガルルモン!」

 

「気を付けて! メタルティラノモン!」

(倒さなくてもいい……"その時"がくれば、"歴史の流れ"に乗っ取ってヴァンデモンは倒される筈……)

 

そう、予想外のアクシデントが続いたが、今日、もう近々ヴァンデモンが子供達によって倒される事は既に"確定事項"。

どういった"過程"でその"結末"に辿りつくのかはまだ沙綾には分からないが、今重要なのは"耐える"事。この一点のみなのだから。

 

(お願い……それまで何とか持ちこたえて……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュウっという風が、睨み合う三体の間を通り抜ける。

ビルに囲まれた近代的な雰囲気だか、その様子は、さながら西武劇のようでもある。

 

「……あれで隠れたつもりか……? フフ……もう一度じっくり話しを聞きたいものだが、やはり貴様らが邪魔をするか…………動けば消すと最初に忠告した筈だが……?」

 

沙綾達が隠れた先に一度チラリと目をやった後、ヴァンデモンは敵である二体へと視線を移し、静かな口調で話す。

それに対し、メタルティラノモン、ワーガルルモンの両者は、咆哮を上げるようにそれに答えた。

 

「やれるもんならやってみろ……! 何があろうとマァマ達には指一本触れさせない……!」

 

「ああ、その通りだ! デジタルワールドでの借り……ここで全部返させてもらうぞっ!」

 

両名が戦闘の構えに入る。

方や接近戦のエキスパート、方や遠距離戦のスペシャリスト。

 

「……身のほど知らずめが……力の違いを教えてやる……」

 

それを前にしても、ヴァンデモンは微塵も動じない。

そこに、先ほど弾き飛ばされたファントモンが、ボゥっと、主の頭上へと現れる。

 

「先程は不覚を取りました……ヴァンデモン様……私も加勢します……」

 

「フッ……好きにするがいい……では……行くぞ!」

 

「今度は負けない……! オレをあの時のオレだと思うなっ!」

 

「来るぞ! 気を付けろメタルティラノモン!」

 

ワーガルルモンの声が響いた刹那、ヴァンデモンが鞭を両手に、ファントモンのようにフワリと宙へ浮き上がった。

 

 

"決着"の瞬間は近い。

その序章、凶竜と人狼、魔王と死神、完全体4体の戦いの火蓋が、今切って落とされた。

 

 

 

 

 




ヴァンデモン編もいよいよ終盤です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私は……もう……この世界で"本当に一人ぼっち"……


対ヴァンデモン戦。

ある程度構想を纏めていたつもりでもいざ書くと「あーでもない、こーでもない」となってしまいます。
気づけば前回の投稿から二十日ですか……もう少しペースを上げねば……


「来るぞっ! メタルティラノモン!」

 

ワーガルルモンのその声と同時に、ユラリ宙を舞う魔王が行動を開始した。

その両手に持つ赤い光の鞭が、振るわれると共に一気に伸び、地上の二体へと向けて放たれる。

 

「さあ、どう動く? ブラッディストリーム!」

 

中距離戦において絶大な力を発揮するヴァンデモンの主力攻撃。 先程、成熟期の状態であった彼らを瞬く間に叩き伏せた一撃である。

変則的な動きで伸びる光を二つも同時に操るその技量は恐ろしいが、ただ、そうそう何度も同じ手を受ける二体ではない。

 

「ふっ! はっ!」

 

「なめるなっ……!」

 

飛来するそれを、ワーガルルモンは身軽になった身体を最大限に利用して、冷静に、まるでボクサーが相手の攻撃を見切るかのようにギリギリでかわしていく。

対象的に、耐久力が向上したメタルティラノモンは、その強力な一撃を真っ向から受け止め、ガブリと、魔王の武器を噛み千切った。

 

それだけではなく、

 

「ふっ!、ふっ! 行くぞ、カイザーネイル!」

 

「今そこから引きずり落としてやる……ヌークリアレーザー!」

 

反撃。

真空波ともいえる空気の刃と、一閃の閃光が、地上からヴァンデモンへと放たれたのだ。

最も、その反撃自体はヴァンデモンにとって予想の範疇内ではあるが……

魔王は攻撃を中断し、ポツリと呟く。

 

「成る程……」

 

そして、二匹の攻撃が届く直前、その身体がフワリと消え、目標を失った彼らの必殺はそのまま真後ろにあった高層ビルの一室をドカンと吹き飛ばす。

 

「くっ! 外したか……」

 

「……ちっ……」

 

そしてモクモクと立ち上る土煙の中、再度同じ場所へと姿を表したヴァンデモンは、二体を見下ろしながら更に言葉を続けた。

 

「……確かに、デジタルワールドに居た頃よりは力をつけているようだ……だが……やはりそんなものか……」

 

余裕。

今の一連の攻防で、彼は相手の力量を見抜いたとも言うようにニヤリと口許をつり上げる。

しかし、メタルティラノモンはそんな彼の様子には一切動じず、再びその副砲を相手へと構えた。

 

「……次こそは吹き飛ばす……オレはお前を絶対に許さない……」

 

そう。彼にとってこの魔王は許しがたい存在。

偽の情報を刷り込まれ、仲間達へと牙を向けさせた憎むべき敵なのだ。

勿論、沙綾の目的が"進化したヴァンデモンのデータ"である以上、"仮に出来たとしても"彼は此処でヴァンデモンに止めを刺すことは出来ない。

たがせめて一撃、あの余裕ぶった鼻っ柱を叩き折らねば、好戦的な恐竜の気が収まらないのだ。

 

「その通りだ! これ以上お前の好きにはさせない。お前の野望は、ここで終わりだ!」

 

そして共に戦う仲間も、そんな彼に続くように声を張り上げる。

だが、

 

「……ほう……ではやってみるがいい……最も、その前に"自分達の背後に意識を向けるべき"だと思うがな……」

 

「…………!」

 

ヴァンデモンのそんな忠告に、地上の二人は同時にハッとした表情を浮かべた。

そう、この戦いは一体二の勝負ではない。始めから二対二の戦いなのだ。

戦闘開始時には全く動いていなかったファントモンの姿が、此処に来ていなくなっている事に彼らは気付く。

 

「くっ! まさかっ!」

 

同時に、ワーガルルモンは自身の背後から突如放たれた殺気に急いで振り返った。

 

「ちっ!」

 

すると当然、そこにいたのは大窯を真横に構える死神の姿。

 

「ヒヒっ……ソウルチョッパー!」

 

「 くっ!」

 

ブオンと風を切りながら振るわれるその大窯を、ワーガルルモンはその脚力で後方に大きく宙返りする事で間一髪で避ける。

 

「コイツっ……!」

 

誰もいない空間を鎌がすぎる中、メタルティラノモンが仲間の隙をカバーするかのように左手の標準を死神へと向け、回避に成功したワーガルルモンもすかさず体制を建て直して死神へと向き直った。

 

だが、

 

「邪魔をするな……! ヌークリア……」

 

「ヒヒヒ……」

 

いざ反撃と、メタルティラノモンが左腕からレーザーを発射しようとした途端、ファントモンはあっさりと、不適な笑みを残してフワリと都会の景色に溶ける。

まるで始めから"追撃の意思はない"とでもいうような不自然な行動に恐竜は困惑するが、すぐにその真意へとたどり着いた。

 

「そうか! しまった……ワーガルルモン! ヴァンデモンから目を離すな……!」

 

「えっ!?」

 

そう、始めから今の攻撃は囮でしかないのだ。その理由は二つ。

並んでいる"二体の分断"と"意識の移動"である。

気配なく相手に忍び寄るのは、何も死神だけではないのだ。慌ててワーガルルモンへと声を上げるメタルティラノモンだが時は既に遅く、

 

「……フフ……今言ったばかりではないか……"背後には気をつけろ"とな……」

 

拳を構える獣人の背後に、魔王は悠然と立っていた。

突如真後ろから響くその声に、ワーガルルモンの瞳孔が開く。

 

「なっ……!」

 

「まずは貴様のデータから頂くとしよう……」

 

つり上がった口許から凶悪な"牙"を覗かせ、ヴァンデモンが囁いた次の瞬間、

 

「ぐぅあああぁぁぁ!」

 

「ワーガルルモンっ……!」

 

ガブリと、獣人の首元に魔王の鋭い牙が突き刺さる。

 

"吸血"

相手の体内から血液やデータを奪い自分の糧とするヴァンデモン特有の簡易的な"戦闘データのロード"である。

 

「がぁああっ!」

 

「貴様っ……!」

 

振りほどく事が出来ず絶叫を上げる仲間にメタルティラノモンは援護をしようとするが、何せ二体は完全に密着しているのだ。主砲も副砲も使えない。それどころか、この場に置いて圧倒的巨体であるメタルティラノモンは、完全に密着されると逆に近接攻撃ですらヴァンデモンだけに範囲を絞ることは困難になる。

ヴァンデモンもそれを分かっているからこそだろう。使用中ほぼ無防備となるこの行動を敵の目と鼻の先で行っていながら、その表情は余裕そのものなのだから。

 

「……フフ……どうした? 打ちたければ何時でも打つがいい……」

 

「クソっ……!」

 

ただ、親友のピンチに呆然と立ちすくんでいる訳にはいかない。

ドスンドスンと、メタルティラノモンは二体との僅かな距離を埋めるべく、とにかくその巨体を動かす。

 

だが、走り始めたその直後、

 

「ぐおっ……!」

 

彼の後頭部に強烈な衝撃が走り、その身体がアスファルトへと勢いよく叩き伏せられた。

いつの間にか自身の真後ろへと移動していた一体の死神の手によって。

 

「ぐっ……ファント……モン……!」

 

「ヒヒ……ヴァンデモン様の"食事"、邪魔させる訳にはいかん」

 

「……チッ……! 引っ込んでろっ!」

 

地に片手をついた状態から、メタルティラノモンは上空を漂うファントモンに向けて無数のレーザーを乱射するが、ヒラリ、ヒラリと瞬間移動を繰り返す彼に攻撃が当たる事はなく、その全ては密集するビルを煙と共に蜂の巣へと変えるのみである。

 

「おぉ怖い怖い」

 

「……っ!」

 

好戦的な性格のメタルティラノモンは、挑発を繰り返しながら逃げるファントモンに苛立ちを隠せない。

だが、放置して進もうにも今しがたのような不意打ちを受ける事は目に見えている。

 

「クソが……! まともに勝負も出来ないのか……!」

 

「ヒヒヒ……」

 

結果、彼は罵声を上げながらも当たる兆しのないレーザーを打ち続ける。

幾つかのビルは倒壊し、瓦礫の塊が街の一角を廃墟のように変えていく。

 

「チッ!」

 

そして、

 

まんまとファントモンへと意識を裂かれたその一瞬の間、

 

「がっ……はっ……」

 

遂にワーガルルモンの身体が痙攣と共にずるり崩れ落ちた。

まるで口許の"血"を拭うかのような仕草と共に、魔王の食事が終了したのだ。

 

「クッ……しまった……!」

 

「さて、私の役目は此処まで……後はヴァンデモン様に……」

 

同時に役目を果たしたとでも言うように、ファントモンはゆらりとヴァンデモンの隣へと瞬時に移動する。

 

「き、貴様らぁ! 」

 

「フッ……やはり獣の血は不味いな……だが……」

 

足元に倒れ伏す人狼をまるでゴミのように見つめた後、ヴァンデモンは視線を前へと写す。

 

「絶対に……ぶちのめしてやるっ……!」

 

親友たる仲間を倒され、今にも飛びかかりそうな恐竜へと。

 

「貴様を葬るにはこれでも十分だろう……さて、では"凶竜"よ……増幅された我が力、その身を持って体感するがいい!」

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

仲間が倒された怒り。

邪魔する者がいなくなり、怒濤の勢いで突進を再開したメタルティラノモンだが、そんな彼を嘲笑うかのように魔王は止めの一撃を容赦なく放った。

 

「散れ……ナイトレイド!」

 

「なっ!」

 

凶化された漆黒の弾丸が、恐竜の視界を黒く染める。

無数のコウモリの雨が、まるで竜巻のように道路を削りながら一直線にメタルティラノモンへと直進し、そして、

 

「ぐっ! がっ! かはっ! ぐうあああぁぁぁ!」

 

濁流のごとくその巨体を飲み込み、突き進んでいた彼の身体を一気に押し返す。

多段的に命中するコウモリ達に防御は意味がなく、全快に近い体力をガリガリと削られ、ただ流されながら攻撃を受け続ける。

 

「がぁあああ!!」

 

永遠に続くような黒い旋風。

 

しかし最後、轟音と煙を上げてメタルティラノモンは突き当たりの建物に衝突、それを倒壊させた所でようやく黒い波は停止した。

 

「フッ……即席にしてはなかなかの威力だ」

 

ガラガラと崩壊音が響く中、それを放ったヴァンデモンが呟く。

しばらくして立ち上る土煙が晴れると、そこに居たのは瓦礫の中で沈黙する傷だらけのメタルティラノモンの姿。

 

「………………」

 

「フン……」

 

勝利を確信した魔王が笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその一方。

 

「メタルティラノモン!」

(な、なんとかしないと! このままじゃあの子が消えちゃう!)

 

完全体四匹の戦いを少し離れた建物の影から見守っていた沙綾は、予想以上の劣性に顔を青ざめていた。

今の一撃。いくら耐久力があろうとも並大抵で受けられるものではない。

ヴァンデモンの力を侮っていた訳ではないが、沙綾の小説の知識よりも遥かに敵の実力は高かったのだ。

それはもう、"決着"までの僅かな時間稼ぎすらも許さない程に。

 

「ワーガルルモン! 頼む! 起き上がってくれ!」

 

ヴァンデモンの足元で今だ動かないパートナーにヤマトは祈るように声を上げるが、勿論その叫びは届かない。

最もワーガルルモンに限って言えば、"歴史の流れ"がある以上ここで消滅する事はないだろう。しかし、

 

(私の判断ミスだ……)

 

メタルティラノモンは違う。歴史にとっての"イレギュラー"である彼に命の保証はない。

負ければそれまでなのだ。

 

(もっと近くで、ちゃんと指示を出すべきだったのに……)

 

"ヴァンデモンが自分を狙っている以上、今は近付くべきではない"。

そう判断し、戦いをパートナーだけに任せてしまった事を彼女は後悔した。

今まで数々の強敵と渡り合えてこれたのは、一重に沙綾とアグモンが二人揃ってこその結果なのだ。

 

(アグモン一人に全部任せて……私は何してるの? あの子が頑張ってるのに、私は!)

 

直後、沙綾は信じられない事を小声でポツリと呟く。

 

「……行かないと……」

 

「「えっ……」」

 

ヒカリも含め、その場の全員がその発言に固まった。

当然だ。こんな状況でのこのこ戦場に出るなど、最早無茶を通り過ぎて唯の自殺行為に他ならないのだから。

それでも、呆気に取られる空とヒカリを無視して進もうとする沙綾だが、その腕をヤマトがすんでの所で引き留めた。

 

「待てよ! 行くってお前……そんな体で何言ってんだよ! アイツらはお前を狙ってるんだぞ!」

 

「そうよ! 今出ていったら、それこそヴァンデモンの思う壺だわ!」

 

ヤマトに続くように、空も必死に彼女を引き留める。

しかし、今の沙綾はその程度では決して引き下がらない。皆の前では滅多に流さなかった涙をその大きな瞳に浮かべながら沙綾は感情を露にして叫ぶ。

 

「そんな事分かってるよ! でも行かないと! あの子までいなくなったら……私はもう……本当に……"この世界で一人ぼっち"……」

 

「えっ……!?」

 

「沙綾……ちゃん……?」

 

その真意を、ヤマト達は知らない。

ただ、告げられた言葉だけが重く、そして寂しく彼らの胸に響く。

その一言だけで、"仲間"だと信じていた沙綾との間に、どうしようもない距離があるのではないかと、そんな気さえ起こる。

 

「あっ……」

 

気付けば、ヤマトはいつの間にか掴んだその腕を離していた。

そして、

 

「……ごめん……ヤマト君……空ちゃん」

 

動けないヤマト達に背を向け、沙綾は一言だけ申し訳なさそうにそう呟いた後、足を引きずるようにしてビル陰から出た。

 

「大丈夫……まだ、手は残されてるから……」

 

最愛のパートナーの元へと向かうために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フン……他愛もない……」

 

一部盛大に破壊された廃墟のような街の一角でヴァンデモンは呟く。最早決着は着いたも同然だが、その声色は何処と無く不服そうである。

 

「が……まだ死んではいないか……」

 

限界までデータを"吸血"されたワーガルルモン。そして、その吸収した力を上乗せした必殺を受けたメタルティラノモン。ヴァンデモンとしては両者とも"殺す"つもりで攻撃したのだが、微かにでも生きていた事がその原因だろう。

 

「如何致しますか?」

 

「……"コレ"は残しておく……残りの選ばれし子供達への"脅し"には使えるだろう……」

 

武器を下げ、背後をフワフワと漂うファントモンに視線は向けず、魔王は片足で人狼の頭を踏みつけながらそれに答えた。

 

「では、ヤツの方は?」

 

「"人質"は一匹で十分だ……ヤツと隠れている子供達は、このまま私自らが引導を渡してやる……お前はバケモン共を指揮して街の巡回にあたれ……」

 

「御意……」

 

今回の戦闘に大きく貢献したファントモンは、主のその命令に小さく頭を下げた後、周囲に溶けるようにフワリと姿を消した。

 

 

そして死神の気配がその場から消えた後、ヴァンデモンは遥か遠方、今や瓦礫の山にもたれ掛かるように沈黙する恐竜へと目を移し、そのままゆっくりと歩き始める。

 

しかし、沈黙するメタルティラノモンまで後10メートル程の距離まで迫った所で、不意にその足が止まった。

 

一人の少女の登場によって

 

「待ってっ!」

 

「ほう……隠れていたのではなかったのか?」

 

そう、沙綾である。

今まで姿を隠していた彼女が両手を広げて仁王立ちし、魔王とパートナーの間に割って入ってきたのだ。

それはまるで、決死の覚悟で母が子を守るかのように。

 

「……なんのつもりだ? イレギュラー……」

 

ヴァンデモンは目を細め、"退け"と言わんばかりに沙綾を威圧するが、彼女とて此処で引くわけにはいかない。

 

「お願い……もうこれ以上、この子を傷つけないで」

 

放たれる威圧感に震えそうになる体を押さえて沙綾は声をあげるが、そんな願いを簡単に聞き入れるデジモンではない事くらい彼女は最初から知っている。

 

「フッ……そんな戯れ言を私が聞くと思うか?」

 

予想どうりの魔王の答え。

 

「……じゃあ……取引だよ」

 

だからこそ、彼女は用意した"作戦"を素早く行動に移した。

 

(一か八か……でも、もうこれ以外に方法は思い付かない)

「約束してくれるなら、私達が何者なのか……隠さずに全部貴方に話す……目的も……どうして選ばれし子供達を知っていたのかも……」

 

「……ほう?」

 

それを聞いたヴァンデモンの表情が僅かに変わる。

 

そう、"それ"は正に沙綾達にとっての最後の砦。

ヴァンデモンは"それ"を知りたいがためにここまで足を運んだのだ。ならば、この交換条件ならばこの場を乗り切れる可能性がある。いや、乗り切らなければならないのだ。

彼女の旅は、パートナーが消えればそこで全て終わるのだから。

 

緊張の一瞬、沙綾は思考を回転させる。

 

(この距離ならヤマト君達に聞かれる心配はない。例えヴァンデモンに正体を知られても、後一、二時間以内には倒されてる筈……なら……)

 

証拠はすぐ隠滅され、子供達に情報は漏れず、恐れている歴史の改編は起こらない。

仮に今更ヴァンデモンが近未来を知った所で、ここまで来ればもう"歴史の流れ"は変わらない。それを沙綾は自身の体験で深く理解している。

問題はただ一つ。ヴァンデモンがこの提案に乗るかどうかである。

 

「交換条件……という事か?」

 

「この子にはもう闘う力は残ってないし、私の知ってる情報には貴方に有益な物も沢山ある……悪くないでしょ? 」

 

「成る程……"有益な情報"、か……」

 

「そう……この世界を支配したいなら、知っておいた方がいい事だよ……」

(まあ、知ったところでどうにもならないけどね)

 

「ほう……」

 

提案に興味を持ったようなヴァンデモンの様子から、"上手くいった"と沙綾は若干の安心を覚える。

 

だが彼女のそんな期待は、次の一瞬で脆くも崩れ去るのだった。

 

「フフ、ハハハハッ!」

 

「な、何がおかしいの!」

 

ヴァンデモンが突如として不気味な高笑いを上げたのだ。それは"あまりにも馬鹿馬鹿しい事"を聞いたとも言うような侮蔑を含んだ物。

彼のイメージにはあまり似合わない盛大な笑い方に、思わず沙綾の背筋が凍る。

一通り笑ったその後、魔王の表情は再び冷淡な物へともどった。

 

「……生意気な小娘が……この私に交渉だと……?」

 

「え……!?だって、貴方はそれを知りたいんでしょ! さっきも言ってたじゃない! "目的を教えろ"って!」

 

「フン……勘違いをするな……あれは"命令"だ。"貴様の意見など誰も聞いてはいない"……!」

 

そう、ヴァンデモンにとっては沙綾の交渉自体に意味を感じない。話すことこそ当然と感じているからである。

むしろ格下の"人間"からの意見など、例えイレギュラーであろうと彼にとっては不快以外の何物でもないのだ。

 

「そん、な……」

 

結果、ヴァンデモンは沙綾の話に耳など貸さず、コツコツと再びその足を進める。そして、黒髪の少女に手が届く距離まで詰め寄った後、その右腕が容赦なく白い首筋へとのばされた。

 

「……きゃっ!」

 

抵抗する事も許されず、小さな体が宙へとつり上げらる。

 

「どうだ、苦しいか? イレギュラー……?」

 

「うっ……あ……」

(い、息が……!)

 

呼吸を止めらた沙綾は必死に足をバタつかせるものの、魔王は一切気には止めない。

それどころかより一層残虐に口許を歪ませる。

 

「この凶竜は此処で消す……"命令"に背くなら貴様も同様だ……お前達が何者であろうと、共に消えされば私の"計画"に支障はないのだからな……!」

 

「きゃっ!」

 

そして、まるで小石でもなげるかのように、ヴァンデモンは沙綾の体を無作為に放り投げた。

 

包帯だらけの体が宙を舞い、次の瞬間

 

「っ!」

 

固い地面へと叩きつけられ、彼女の全身に刺すような激痛が走る。その上、投げ飛ばされた勢いから道路を滑るようにころがり、やがて、沈黙するメタルティラノモンの足下で停止した。

 

「……あ……う……」

 

両足に巻かれた包帯から血が滲む。

 

同時に頭も打った事による脳震盪から、彼女はうつ伏せの体勢から起き上がる事さえ出来ない。

 

冷淡な魔王の声だけが、その耳へと届く。

 

「直ぐに他の子供達も"そちら"に送ってやる……さらばだ……イレギュラーよ」

 

最早パートナーを守る手段も残されてはいない。

逃げる事も出来ない。

 

(……失敗した……まだ何もやり遂げてないのに……私……ここまでなのかな……)

 

絶対絶命。

ヴァンデモンが必殺の構えに入る。

先程メタルティラノモンを迎撃したあの黒いコウモリ達を召喚するために。

 

(……勝手にみんなの"物語"に介入して……あげく勝手にしんで……はは……これじゃ、まるでお笑い草だ……)

 

万策は尽きた。

沙綾は悔しさを噛み締めながらその目を閉じる。

 

(ごめん……ミキ、アキラ……それからアグモン……結局私、何も出来なかった……)

 

恐怖ではなく、謝罪の涙がその頬を伝う。

 

そして、

 

「ナイト……レイド!」

 

止めの一撃、必殺を告げる魔王の声が街へと響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














絶対絶命の主人公。
さあ、この後の展開を三択です。

1、沙綾のピンチでメタルティラノモン復活!
2、土壇場での太一&メタルグレイモン登場!
3、現実は非常である……

正解は来週……ぐらいになるかな……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

???「だって……私のために……泣いてくれてるじゃない」

夢、

ふと気付いた時、最初に写り込んできた来たのは灰色の雲と降りしきる雨。

 

(ん……? ここは……?)

 

その次に写るのはモクモクと黒煙が上がる崩壊した都市。ただ、そこはメタルティラノモンが今までいたお台場ではなく、何処か別の場所のようだ。

 

(そうか……オレは、ヴァンデモンに負けて……これは……またあの夢の続きか……)

 

最早感覚で分かる。

 

夢にしては非常に現実感のある、まるで思い出を辿っているかのような鮮明な光景。

懐かしくもどこか心地良い、一人の少女と一匹のアグモンの物語。

 

意識を失った時に完全体であったためか、今回、夢の中の彼の意識もまたメタルティラノモンのままのようだ。

 

最も、何時もはただ、一人の少女と不器用な"自分"の旅の一コマを、その目を通して見ているに過ぎなかったのだが、

 

「……オノレ……よくも……」

(な……なんだ……?)

 

今回は勝手が違った。

 

自身の"内側"から放たれ始める尋常ではない"殺気"に、メタルティラノモンは戦慄を覚える。

同時に、地上から分厚い雲が掛かる空に向けて、"今の自分と同じ姿をしたアグモン"が、これまた"今の自分と全く同じ声"で吠えた。

その視線の先には、中を漂う武装した二匹の魔竜の姿。

 

「殺シテヤルッ! 貴様らああぁぁぁ!!」

(あれは、メガドラモン……? それにギガドラモン……? 今回は……戦闘中……なのか……!?)

 

瞬時にある程度の状況を察するメタルティラノモンであるが、あくまでこれは夢。その上"目"を通して見ているだけしか出来ない以上、状況の把握はあまり意味をなさない。

ただ、"彼"の怒声は通常の戦闘にしてはあまりにも鬼気迫っている。そこにはいつもの"心地良い雰囲気"など欠片もない。

 

そして次の瞬間、地上の"彼"、『灰色の恐竜』が左腕を構えて声を上げた。

 

「ヌ―クリアレーザー!!」

 

魔竜の内の一体、メガドラモンに向けて放たれる極太のレーザー。

 

(!? なんだ……この威力は!)

 

それはまるで"エネルギー波の壁"。

 

空へと打ち出されるレーザーは自身の副砲の非ではなく、ただ一介の完全体の域を遥かに越えているのだ。

そのあまりに強大な出力に、メタルティラノモンは内心で鳥肌が立つ。

 

「!」

 

そしてそれは、飛行する二体の魔竜も同じ。

 

「━━━━━━━━━!!」

 

見たところ、恐らく魔竜達は二体がかりで空から"彼"を仕留めるつもりであったのだろう。

しかし、突如放たれた巨大な閃光を前に、軌道上にいたその片割れは動く事すら出来ずに飲み込まれ、たった一撃で、悲鳴を上げて光の粒子へとその身を変えた。

 

「……破壊シテヤル……貴様ら……一匹残らず……!」

 

光が消え、左腕を下ろした"彼"が残るギガドラモンへと牙を剥き出しにして呟く。

 

(こ、コイツ……本当に……あのアグモンなのか!?)

 

驚異的な破壊力も去ることながら、いつもの"夢の自分"は何事に置いてもあまり関心をしめさず、ましてこれ程の激情を露にする事など一度とて彼は見た事がない。

 

それがどうして?

 

そんな疑問が頭をよぎるが、目に写る景色から、彼はある一点に気付いた。

 

(そういえば……あの子は何処だ……?)

 

夢の自分のそばに何時も居た少女。

自らを"母"と名乗り、何度突き放されようと離れなかったあの少女が居ないのだ。

 

(……なんだ……この胸騒ぎは……)

 

不吉な予感。だが、メタルティラノモンにそれを確かめる術はなく、彼の意思とは関係なく夢は続く。

 

「━━!」

 

同族が一撃で葬られた事による恐怖からか、ギガドラモンは短い悲鳴を上げ、空中でクルリと旋回し、そのまま逃げるように飛び去ったのだ。

 

しかし、

 

「逃ガスモノカ……!」

 

そんな相手に対し、次に"彼"は主砲である右腕を空へと付き出す。

自らの必殺を持ってギガドラモンを撃墜するつもりなのだろう。先程の副砲でさえあの威力なのだ。ギガデストロイヤーともなれば、その破壊力は計り知れない。

 

右の掌にあるハッチが開く。

だがその瞬間、メタルティラノモンは更に驚愕する事となった

 

(違う……!)

 

何故なら、そこから飛び出したのは何時もの有機体ミサイルではなく、

 

(……なんだコレは……オレは……こんな技は……知ら……ない……?)

 

"眩い光弾"

 

分厚い雲の下、グングンとギガドラモンが速度を上げていく中で、その"光弾"は構えられた掌で急速に巨大化していく。

やがて、その大きさが自身の頭程になった時、"彼"は標準を合わせて静かに、それでいて強烈な憎しみを噛み締めた声を上げた。

 

「破壊シテヤル……━━ン━━ノン……!」

(!)

 

放たれる光弾。

打ち出された後も尚巨大化していくその光は、今や米粒程の大きさにまで遠ざかったギガドラモン文字通りの速度で迫る。

そして、遥か先の空、灰色の雲ごとその身体を飲み込み、瞬間、巨大な光が一気に弾けた。

 

(くっ!)

 

「━━━━━━━━━!!」

 

目が眩む程の閃光と炸裂音。ついで木霊する魔竜の断末魔。

大気をも振動させるその一撃を前に、ギガドラモンは一ミリのデータすら残す事なくその身体を蒸発させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……撃墜……完了……対象ヲ……破壊……」

 

突如始まった戦闘の終了。

"彼"はポツリとそう呟いた後、構えていた右手を静かに下ろした。

ザーザーと降りしきる雨が、"彼"の身体を伝っては流れ落ちる。

 

そんな中、

 

(なん……なんだ……コイツは……)

 

光が収まっていく中、"彼"の目を通して一部始終を見ていたメタルティラノモンは、"夢の自分"のあまりの強さに驚きを隠せない。

同じ身体、同じ声をしているにも関わらず、その戦闘力は今の自分を遥かに上回っているのだ。今の"光彈"に至っては最早規格外とさえいえるだろう。

 

「ハァ……ハア……」

(たかが夢……と言えばそれまでだが……毎回毎回、なんなんだ……このどうしようもない"現実感"は……)

 

あまりにも鮮明に映る廃墟の景色、降りしきる雨の臭い。そして、ウイルスの本能に飲まれた時に起こる、強烈な"破壊衝動"に耐える"彼"の荒い息。

その目を通して感じる全てがメタルティラノモンの"心"を揺する。

 

(……オレは……この夢の光景を見た事があるのか……? いや……オレは生まれた頃からマァマと生きてきたんだ……こんな所に来た記憶はない……)

 

必死に頭を捻るが、思い当たる節はやはりない。そしてしばらくして、急にそんな彼の目線が低くなった。

 

(うおっ!)

「グっ! こうしている……場合じゃない!」

 

破壊衝動に駆られそうになった完全体から一転、突如として何時もの黄色い身体へとその身を退化させた"彼"、アグモンが、それと同時に今度は瓦礫の転がる街を一心不乱に駆け始めたのだ。

 

(クソ、今度は何だ!)

 

目まぐるしく変わる状況に、メタルティラノモンは悪態をつく。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

倒壊した凱旋門、上半分が消し飛んだエッフェル塔、果ては東京タワー。

現実世界の様々な建物がごちゃごちゃと入り乱れる謎の都市の中を、"彼"は盛大に息を上げながら疾走する。

 

(どこまで走る気だ……夢のオレは……?)

「はぁ……はぁ……」

 

複雑な地理を物ともせず、アグモンはひたすら走る。

 

そして、

 

辿り着いた場所。

 

瓦礫の転がる交差点の一角に、"全ての答え"があった。

 

そしてそれは、皮肉にも、この夢で最初に感じた"嫌な予感"そのものであった。

 

(こ……これは……!)

 

交差点の角、"彼"の目の前で横たわる"存在"。

瓦礫の中で力なく倒れ、今、ゆっくりと足元から光の粒子へと変わっていく、傷ついた少女の姿である。

 

「おいっ! しっかりしろ!」

 

そんな少女を抱き抱えながら、アグモンは今まで見せた事もない表情で必死に声を掛ける。

しかし、それとは逆に、"内心"のメタルティラノモンは思わず言葉を失っていた。

 

(………………)

 

一目で分かる致命傷。

そこに至った経緯は分からないが、

『"夢の自分"のいつも近くにいた存在が居なくなろうとしている』

その事実だけははっきりと理解する事が出来た。

 

「……アグ……モン……?」

(!)

 

今まで目を背けていたその顔を、メタルティラノモンは事此処に置いて遂に直視した。

初めて見るその"顔"はまるで透き通るように白く、また、沙綾を思わせるその長い髪も同じくまっ白。

 

どこか似てはいるが、当然それは彼のパートナーではない。

 

だが、

 

(……何故だ……何故……たかが夢なのに……こんなにも……心が……痛い……?)

 

本能が告げているのだ。

"この少女にバックアップは存在しない。"消えてしまえば、未来での沙綾の親友のように其処で終わりであると。

 

目に映る少女が、抱き抱えられたまま苦しそうに口を開く。

 

「…………はぁ……はぁ……ごめ……んね……私……ホントに……ドジで……」

 

「謝るなっ! クソ ……オレのせいだ……オレが……お前を此処に連れてきたから…… 」

 

「……ううん……キミのせいじゃないよ……私……嬉しかったんだ……キミの……"故郷"が見られて……」

 

弱々しくもニコリと微笑む白い少女。

二人を包むような雨は次第に強くなり、それと比例するように少女の粒子化はもう膝のあたりまで進んでいた。

 

(…………………)

 

"最早手の施し用はない"。冷静に理解できるメタルティラノモンは内心で目を伏せるが、その"口"は必死に声を駆け続ける。

 

「やめろ……消えるな……お前は……オレの"母"なのだろう!」

 

「……フフ……遅いよ……でもよかった……私……最後に、やっと君の"ママ"に……なれたんだね……」

 

そう幸せそうな笑みを浮かべながらも、少女の下半身はその形を完全に光へと変える。

それに対し、小さな恐竜は最早すがるようにいっそ強く彼女の体を抱き寄せた。

 

「……"最後"ではない! これからも、お前はずっとオレの母だ! 約束したではないか……一緒に……オレの"心"を探すと……母は……何処までも子に着いて行くのだろう……だから…… 」

 

声は段々と震えを帯び、"口"は遂にそこで止まった。

メタルティラノモンの視界が急に暗くなったが、それは"彼"がぎゅっと目を閉じたからであろう。

そんな彼に、消え入りそうな少女はそっと手を伸ばし、"彼"の頭を優しく撫でた。

 

「……はぁ……はぁ……フフ……前から思ってたけど……もう……君は……ちゃんと、"心"を持ってるよ……」

 

手は滑るように閉じられた"彼"の目元へと伸びる。

 

「だって……私のために……泣いてくれてるじゃない……」

 

「……違う……これは……ただの雨粒だ……オレはまだ"心"など見つけていない……だからまだ……オレと"母"の旅も終わりはしない!」

 

いつもの素っ気ない立ち振舞いからは程遠く、子供のような駄々を捏ねる"彼"に、最後が近いにも関わらず少女はニッコリと微笑んだ。

それはまるで、子を慰める本当の親であるように。

 

「フフフ……なんだ……やっぱり……気付いてたんじゃない……」

 

少女の身体から溢れる光が加速する。

 

「……短い間だったけど……私……君に会えて良かった……」

 

そしてそれは、二人の別れの合図。

 

「……待ってくれ……頼むから、オレを一人にしないでくれ……オレはまだ……"母"に何もしてやれてない……! 何も……伝えられていない……!」

 

最早"目"から流れる涙は留まる事を知らず、その"口"は声を絞り出す事で精一杯である。

必死に抱き寄せていた"彼女"の身体の感覚さえ、希薄な空気へと変わっていく。

 

(……クッ……もう……やめてくれ……)

 

それが一体何れ程の絶望感だろうか。

自らを母と名乗るその少女が沙綾と重なり、吐き気すらも通り越す心の痛みがメタルティラノモンを襲う。

しかし、"彼"の目が少女を見続けているかぎり、嫌でもその光景が頭の中へと流れ込んでくるのだ。

 

「……ごめんね……でも……そう言ってくれるだけで……私……幸せだよ……」

 

「うっ……うっ……」

 

彼女の最後にみせる心の底から笑顔。それを前に、もうアグモンは返事を返すことも出来なくなっていた。

 

少女の身体が朧気になる、そして、

 

 

 

「……また……ね……アグモ……私……楽し……た……」

 

 

 

 

霞が掛かったようなそんな小さな声と共に、白い少女は光の粒子となり、この世界から消滅した。

 

(………………)

 

それと共に、メタルティラノモンの意識も揺らいでいく。

 

「ぐっ……うっ……ウアアアあぁぁああああぁぁ!!!」

 

遠ざかる意識の中、残された"彼"のそんな絶叫だけが、いつまでも瓦礫の都市へと響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもならば、これで終わり。

彼の意識はこのまま現実へと返される。

しかし、

 

(急いで! キミのママが危ないよ!)

 

目が覚める手前の暗い闇の中。

ふと、メタルティラノモンの脳裏にそんな声が聞こえた。

 

(……! だ、誰だ……!)

 

(誰でもいいでしょ! そんな事より……いい? 目が覚めたら直ぐにママを守りなさい ! あの吸血鬼、ママごとキミを消そうとしてるよ!)

 

まるでテレパシーのように意識へと直接響く声。その"吸血鬼"と言うワードで、メタルティラノモンは今自分が置かれていた状況を改めて思い出した。

 

(なっ……そうか……クソっ!……ヴァンデモンめ……絶対にマァマに手はださせない!)

 

沈んでいた気持ちが奮起する。

今の"夢"で感じた途方もない絶望感、それを"現実"にする訳にはいかないのだ。

 

(その意気だよ……キミなら出来る! さあ急いで!)

 

(ああ!)

 

そんな短いやり取りの後、彼の意識に一筋の光が射した。

今度こそ、現実への帰還である。

 

 

 

(それからもう一つ……お願い……"あの子"を止めて上げて……それはたぶん、キミにしか出来ない事だから……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界、お台場。

 

「ナイトレイド!」

 

「プハッ……ハァハァ……」

 

ヴァンデモンが漆黒のコウモリを召喚すると同時に、瓦礫の山へと横たわるメタルティラノモンが息を吹き替えした。

 

「マァマっ!」

 

状況は既に粗方察している。

 

目が覚めると同時に彼はその身を起こし、自身の足元へとうつ伏せに倒れる沙綾を跨いで、彼女と、黒い波との間に割って入った。

先程の一撃によって全身にガタが来ているが、沙綾のピンチである以上、恐竜にとって"その程度"の事など二の次である。

 

「ほう……随分頑丈になったものだ……あれを受けてまだそれほど動けるとはな……だが、それもここまでだ……イレギュラー共々、此処で消えるがいい!」

 

黒い旋風が嵐の如く道幅一杯に押し寄せる。

その距離約10メートル。

 

「チッ……!」

(……どうする……オレが盾になっても、ヤツの攻撃はそう何発も凌ぎきれない……)

 

全快であった先程ですらあれ程のダメージを受けたのだ。直撃すれば命の保証はない。

だが、沙綾を守って立っている以上、選択肢に"逃げ"はありえない。

 

残り8メートル。

 

(考えろ! 何か手がある筈だ……マァマはいつも、そうやってピンチを越えてきた!)

 

後方で意識を失う沙綾を横目で見る。

耐える事は難しく、逃げる事は出来ない。

目の前の闇を吹き飛ばす程の威力を持った技を繰り出すしかないが、自身の持つ主砲、副砲程度では恐らく力不足。

 

ならばどうする。

 

(! そうだ……あれなら……)

 

そんな時、メタルティラノモンはふと思い出した。

 

そう。それは先程の夢の中、"彼"がギガドラモンへと放った最後の攻撃。

 

(試してみる価値はある……いや……もうそれしかない!)

 

たかが夢の話。だが、あの夢で起きた全ての出来事をただの妄想だと彼には思えなかったのだ。

"彼"と同じように、メタルティラノモンは右腕の主砲を迫り来るコウモリの群れへと素早く向ける。

 

その距離残り5メートル。

メタルティラノモンは静かに目を閉じた。

 

(思い出せ……あの一撃を……)

 

あの夢を、ただの夢では終わらせない。

 

あの夢で感じた絶望を、現実にしてはいけない。

 

そして暗闇の中聞こえたあの"声"が、『キミなら出来る』と言っていたのだ。

 

(まるでマァマに言われたみたいだ……力が……沸いてくる!)

 

構えられた掌の先端にあの夢の"光"が灯る。

 

データの集合体とも言える彼らデジモンが持つ"必殺"は、決して努力の果てで習得したものではない。

彼らそれぞれが、"自身の必殺のデータ"を内部に持っているからこそ、それを扱う事が出来るのだ。

つまり、

 

(イメージするんだ……あの光を……)

 

仮に"そのデータ"が『予め』彼の中に存在していたのならば、後はその必殺をイメージし、起動のトリガーと言える必殺名を上げれば、無条件にそれは発動する。

 

(そうだ……確か夢のオレが叫んだその"技の名前"は……)

 

コウモリの壁は残り3メートル。

 

出来ない筈などない。

性能の差は確かに存在するだろう。だが、夢の自分が出来た事を、現実の自分がやる。ただそれだけなのだ。

 

残り2メートル。

目をカッと開き、メタルティラノモンはトリガーとなるその"必殺名"を叫んだ。

 

「いくぞっ! ムゲンキャノン!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

夢の中で大気をも震わせた消滅の光が、今、メタルティラノモンの右手から放たれる。




消えた少女と夢の終わり。
そしてメタルティラノモンの覚醒。

さあ、あの夢は誰の記憶?
もう、分かりますよね……

もしややこしければ、改めてタイトルに???がつく話を順番に見た上で、番外編の小説を読んで頂ければ、"彼"がどういった経緯を辿ったのか、だいたい整理できるかと……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ムゲン……キャノン!

前回の投稿から一ヶ月ちょいが立ちました。

今回は少し長めです。
対ヴァンデモン戦をこの一話で書ききりたかったので、だいたい二話分くらいの長さです。


「 ムゲン………キャノン!」

 

廃墟に近いお台場の市街。

 

その声と共に、メタルティラノモンの右腕から"あの夢"で見た光の弾丸が、大量に迫る黒いコウモリに向かって放たれた。

バシュンと打ち出されたその光弾は、夢の"彼"が放った物よりは小規模だが、内包されたエネルギーは主砲の非ではない。

 

大きな黒い波と小さな白い玉。

ひとたび放たれたそれは目映い光を撒き散らしてコウモリ達と衝突する。

 

「フン……最後の悪足掻きか……いいだろう……そうでなくてはつまらん」

 

所詮苦し紛れ、そう思っていたヴァンデモンだが、直後、その表情が驚愕に変わった。

 

「な……バカな……!この私が……押されている……だと……!?」

 

いや、押されているというレベルではない。

 

軌道上にいたコウモリは勿論、余波だけで道路一杯に広がる黒い波全てを消し飛ばしながら、"白い点"は放出元であるヴァンデモンに向かって一直線に突き進んでいるのだ。

 

その様子に、普段冷静なヴァンデモンの額に青筋が浮き上がる。

 

「グッ……私を……舐めるなあぁ!」

 

格下の者に逆襲されるなど彼のプライドが許さない。

怒声と共に奥歯を噛み締め、魔王は黒い弾丸、ナイトレイドの勢いを更に激しい者へと変えた。

 

ゴォッと、さながらマシンガンのように放たれるそれは、正にヴァンデモンの本気と言っても過言ではないだろう。

 

だが、

「!! ……ッ! ハアアアァ!!」

 

いくら勢いを増そうとも、もう直進する光弾を止める事は出来ない。

正面から襲い掛かるコウモリ達は全て消滅し、やがてその光弾は必殺を出し続ける魔王を捉えた。

 

そして、

 

「……あ……ありえん……」

 

目前に迫る光を前に、ヴァンデモンは目を見開きながらポツリと呟く。

そして次の瞬間、それはカッという音と共に勢い良く弾けた。

 

「があぁぁあああぁぁ!!」

 

響く魔王の絶叫。

周囲一帯に目が眩む程の閃光を上げて、光の玉は魔王を飲み込み、都会のど真ん中で勢い良く炸裂したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……な……なんなんだ……今のは……!?」

 

やがて収まっていく光。

クラクラとした目を細め、ビル陰に身を潜めて一部始終を見ていたヤマトが呆然と呟く。

そしてそんな彼の後ろで、追い詰められる沙綾に息を飲んでいた空も、今、目の前に広がる光景にピョコモンを抱えたまま固まった。

 

「こ……これって……」

 

先程までの激しい必殺の応酬から一転し、地上にポッカリと空いた大穴。

魔王が立っていた道路の真ん中は、その一部分だけがまるでクレーターのように深く抉りとられていたのだ。

 

勿論、そこにヴァンデモンの姿はない。

 

唯一立っているのは、土煙が舞い上がる中ゼイゼイと荒い息を上げながらも、気を失った主を守った恐竜のみである。

 

「う……嘘……もしかして……ヴァンデモンに勝っちゃったの……!?」

 

絶対絶命とさえ思えた状況からのまさかの逆転。

沙綾が飛び出して以降、緊張のあまり張り詰めていた神経が緩んだのだろう。安堵からか、彼女はへなへなとその場にペタリと座り込んだ。

 

「よかった……今度こそ……もうダメかもって……」

 

「空……」

 

空のうるんだ瞳をピョコモンが心配そうに覗き混む。

彼女としては、一人ヴァンデモンの元へと向かおうとする沙綾に、あの時何も言えなかった事に責任を感じていたのだろう。

 

「考えるのは後だ! とにかく今は沙綾とガブモンの無事を確認しないと……光ちゃんは此処で待っていてくれ……俺と空が行く」

 

ヤマトが二人に声を掛ける。

一瞬の間の後、空はそれに反応するようにゆっくりと腰を上げた。

 

「う、うん……そうね……」

 

「空は沙綾を頼む……俺は向こうのガブモンを見てくる」

 

「分かったわ。 光ちゃん、ちょっとピョコモンをお願いね」

 

「う……うん……」

 

少し戸惑いながらもそういって抱き抱えるヒカリにピョコモンを任せ、空とヤマトはそれぞれ、クレーターを挟んで倒れるワーガルルモン、そして沙綾の元へと急いで駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……これは……予想……以上だな……」

 

構えていた右手をダラリと下ろし、肩で息をしながらポツリとメタルティラノモンは呟く。

無我夢中で放った一撃は、まさに予想を越える威力。

信じられないものを見る目で、彼はしばらくの間動けず硬直していた。

 

「……!」

 

しかし、考えるべき所は多々あるが、メタルティラノモンにとってまず一番にするべき事はそこではない。

 

「マァマは……!? ………良かった……気を失ってるだけか」

 

後方で倒れるパートナーへと振り返り、彼は腰を落としてその無事を確認する。

小さく一定のリズムで聞こえる呼吸に、メタルティラノモンは胸を撫で下ろし、そこで始めて、目の前に広がる現状へと目を向けた。

 

人気の消えた空虚な街の真ん中に、ポッカリとした穴が空いている。

 

「……咄嗟とはいえ……少し不味い事になったか……?」

 

一度夢で見たとはいえ、その"必殺"のあまりの威力にメタルティラノモンは内心戸惑った。

"もしや、今の一撃でヴァンデモンを完全に消してしまったのだろうか"と。

 

(……どのみちヤツはみんなに倒される筈だ……歴史的にはオレがヤツを倒しても問題ないだろうが……マァマの言っていた"究極体のデータ"が……)

 

そこまで考えて、メタルティラノモンは小さく溜め息を付く。

他に方法はなかったのだ。沙綾の方針を破る結果になってしまったが、彼女の命には変えられない。

 

(確か……マァマの話では少なくとも後三回、そのデータを得る機会がある筈だ……過ぎた事を悔やんでも仕方ない……今は……マァマが無事だった事だけでも良しとしなければ……)

 

そう、逆に"彼"よりも一回り以上小さな光でさえこの威力なのだ。夢通りの威力が出なかった事だけでも不幸中の幸いだろう。この距離では、彼は勿論、最悪沙綾や向こう側で倒れているワーガルルモンすら巻き込んでいたかもしれないのだから。

 

(敵の気配は……今はない……)

 

しばらくその場で周囲を見回し、彼は一応の安全を確認する。

 

(……マァマが目を冷ますまで待つしかないか……それに体力も……かなりキツい……)

 

先程の光弾を放った影響か、メタルティラノモンのエネルギーはほぼ空に近い。しかし、彼は成長期へと戻る事はせず、そのままズシンと、建物を腰掛けに沙綾の隣へと座り込んだ。

周囲に殺気は感じないが、今だこの街は敵だらけ。現状戦える者が彼一人しかいないため、まだ進化を解く訳にはいかないのだ。

 

そして、

 

そんな時、彼の目に此方へと走りながら声を上げる仲間の姿が写った。

 

「メタルティラノモン! 大丈夫!?」

 

「空……」

 

「怪我はない!? その……沙綾ちゃんは!? 」

 

「ああ……マァマも無事だ……」

 

「……よかった……」

 

地べたへ横たわる沙綾を抱き起こし、その無事を確認した所で、彼女の表情は少し柔らかくなる。

 

「今……ヤマトが向こう側のガブモンを見に行ったわ……もうすぐこっちに来ると思う」

 

「……そうか……」

 

空の指差す方向を見ると、丁度ヤマトが瓦礫の散乱する街の中、エネルギーを失い退化したツノモンを抱き上げているところであった。

遠目からではあるが、少なくとも命に別状はないようである。

"巻き込まなくてよかった"

そう思い、メタルティラノモンはホッと胸を撫で下ろす。

 

「全く……無茶ばっかりして……」

 

そう呟きながら、空は抱き上げた沙綾に膝枕をするように座り込み、少しおずおずとした様子で、次にメタルティラノモンへと問いかけた。

 

「ねえ……さっきのは……一体何なの? ヴァンデモンは……どうなったの……?」

 

「…………」

 

"さっきの"、つまりは、光弾"ムゲンキャノン"

ヴァンデモンのナイトレイドすら圧倒した見たこともない必殺。気にならない筈はないだろう。

しかし、それに対してはむしろメタルティラノモンの方が聞きたいぐらいである。彼はただ、あの"夢"を再現してみただけなのだから。

 

「……さあな……オレにもよく分からん……ただ頭に浮かんだ行動を取っただけだ……ヤツがどうなったのかも分からない……そのまま消滅したのかもしれないが……」

 

「そう……でも、とにかく助かったわ……ありがとう……貴方が居なかったら……私達、きっと此処でやられちゃってたわ」

 

並んで座る一人と一匹。

それから少しの間無言が続き、やがて、再び空がおもむろにメタルティラノモンへと問いかけた。

 

「ねえメタルティラノモン……一つ、聞いてもいい?」

 

「……なんだ?」

 

「……さっきヴァンデモンも言ってた事だけど……貴方達は……何者なの……? 沙綾ちゃんも言ってたわ……貴方を失ったら、私は一人ぼっちだって……」

 

「…………それは……」

 

空のその質問に、恐竜は困り顔を見せる。

 

彼女のこの質問はある意味当然のものだろう。

何せ、沙綾自信が先程ヴァンデモンに対してもハッキリと認めたのだ。

だが弁明を図ろうにも、歴史に疎い彼には録な言い訳が思い付かない。下手な事を口走る訳にはいかないのだ。

 

すると、

 

「あっ……別に疑ってる訳じゃないの。 ただ……これまで一緒に旅してきたんですもの……やっぱり気になるなって……」

 

そんなメタルティラノモンの表情を察したのか、取り繕うように空は少し明るく振る舞う。

 

「……悪いが……オレからは何も言えない……だが信じてくれ……オレもマァマも……みんなの事は大切な仲間だと思っている……それだけは間違いない……」

 

結局、彼に言えるのはこれが限界。

勿論それに嘘はないが、メタルティラノモンは心苦しくうつ向く。

しかし空は、そんな苦し紛れの回答を聞いた上で、彼へと微笑みかけた。

 

「……そっか……言えないなら……仕方ないね……うん……心配しないで 。私達も信じてるから……」

 

「すまない……」

 

「……いいのよ。何か理由があるんでしょ……いつか沙綾ちゃんが話してくれるまで……私待ってるから」

 

沈んだ気持ちを察するように、空はニッコリとメタルティラノモンを見上げ、そんな彼女の表情に、彼は果たされないと知りながらも小さな声で頷くのだった

 

「……ああ」

 

 

 

 

しばらくして……

 

 

 

 

 

「ツノモンも無事だ。色々聞きたい事はあるけど、とにかくお前のおかげで助かったよ、メタルティラノモン」

 

「うん……貴方のおかげ……ありがとう」

 

瓦礫の中からツノモンを救いだしたヤマト、そして、安全を確認した後ビル陰から小走りに走ってきたヒカリが二人の元へと集まる。

依然沙綾は空の膝で気を失ったままの状況だが、ヤマトの提案で、彼女が目を覚ますまでに取りあえずのこれからの方針を話し合う事となった。

 

「それで……これからどうする?」

 

ヤマトが話を切り出す。

 

「ヴァンデモンを倒したんなら、後は太一と協力して街の人達をみんな解放すればいいんじゃない? ほら、太一だけだと危なっかしいし」

 

「うん……お兄ちゃんも、テイルモンも……心配……」

 

既に太一がヒカリの元を離れてから二時間程が立つ。

今だ戻らない兄に、彼女はピョコモンを抱えたまま、沈んだ表情を浮かべた。

 

「ああ……ただ、ツノモンもピョコモンも暫く進化出来ない……メタルティラノモンもかなり疲れてるだろうし、街でファントモンに出くわしたら終わりだ」

 

「それは……確かにそうだけど……」

 

「…………」

 

ヴァンデモンがいなくなったとはいえ、以前街中には彼の配下のデジモン達が徘徊している。バケモン程度ならいくら来ようと問題ないが、完全体に狙われればひとたまりもないと、皆が話を進める中、メタルティラノモンは目を閉じながら自身の回復に専念していた。

成長期に退化した方がエネルギーは溜まりやすいのだが、消費した体力が非常に大きく、ここで退化すると、他のパートナーと同じく暫く進化出来ない可能性がある。

身を隠す上では効率は悪いが、"沙綾を守る"ためにはこの姿を維持するしかないのだ。

 

「もう少しだけ……せめて空のピョコモンが回復するまで待たないか? バードラモンなら飛ぶことも出来るし、歩いてビックサイトに向かうよりも最終的に早く着ける筈だ」

 

「それが一番良さそうね……ピョコモン、後どれくらいで進化出来そう?」

 

「うーん……もうちょっとだけ待って……頑張ってみるから」

 

「ごめんね……無理いって……」

 

空の代わりに胸に抱いたピョコモンと顔を合わせ、ヒカリは静かにそう口にする。

だが、丁度その時、たまたまグルリと辺りを見回したヤマトが、突然ハッとした表情を見せた。

「どうしたのヤマト?」

 

「そういえば変だな……ヴァンデモンを倒した筈なのに……お台場の霧が晴れてない」

 

「あっ……言われてみれば……ホントだわ」

 

ヤマトに続いて首を動かした空もそれに気が付く。

 

ヴァンデモンによって作り出された霧の結界は尚も健在。依然として、お台場の街はまるで壁に囲まれたかのように周囲から孤立した状態なのだ。

 

「一体どうして……?」

 

頭を捻りながら、ヤマトがポツリと呟く。

 

 

その時、

 

 

「当然だ……まだ……私は消えていないのだからなっ!」

 

 

 

「!!」

 

ヤマト達がいる街の一角に突如として響いたその重苦しい声に、一同はまるで蛇に睨まれたかのようにビクリと鳥肌がたった。

座り込んだまま目を閉じていたメタルティラノモンもカッと意識を覚醒させる。

 

「嘘……でしょ……」

 

「まさか……」

 

それもそう。何せその声は、今しがた倒したと思われていたあの魔王の声なのだから。

 

「……残念だったな……」

 

遠くから響くような声は、次に聞こえる時には間近くからの物へと変わる。

その場の全員が恐る恐る声のした方へと振り替えると、クレーターの丁度真上に、それはユラリと現れた。

 

「……死んだ……とでも思ったか……?」

 

「「ヴァンデモン!」」

 

皆の顔が恐怖に引き吊る。

見間違いなどではない。不適な笑みを浮かべて浮遊するその姿は、間違いなくあの魔王本人である。

状況は最悪。皆が固まる中、冷や汗を浮かべながらヤマトが最初に声を上げた。

 

「お……お前……さっきので倒されたんじゃないのかよ!?」

 

「フン……確かに……アレはなかなか惜しかったな……私も……今回ばかりは反省する必要があるようだ……下等な雑魚と鷹を括っていた事は詫びよう……全く……想像以上のかくし球だな……」

 

宙にフワフワと浮きながら、魔王は全員を見つめる。

 

「クソ……どうなってるんだよ……」

 

"何故生きているのか"、具体的な回答が得られずヤマトが歯を食い縛るように声を漏らす。

 

「チッ……そういう事か……」

 

そんな中、メタルティラノモンはヴァンデモンを睨み付けながら立ち上がり、合点がいったかのように口を開いた。

 

「……空間の移動……だな……」

 

「……フフ……」

 

そう、それは彼が元々持っていた技。

ファントモンなどの幽霊型デジモンと同じく、離れた場所へとユラリと移動するヴァンデモン得意の瞬間移動。

先程の戦闘も、魔王はこの技を使って二匹の攻撃を避け、ファントモンと共に彼らを追い詰めたのだ。

 

「……その通りだ……最も……後一瞬でも遅れていれば……本当にチリ一つ残ってはいなかっただろうがな……」

 

言いながら、ヴァンデモンは自傷ぎみに笑う。

 

「…………」

 

よく見れば、魔王の高貴な服も今やボロ雑巾のように損傷しており、整えられたオールバックの金髪もほどけ、長い髪が仮面の半分を隠している。

そして何より、ボロボロとなったマントで隠してはいるが、

 

「……そんな"腕"で、まだ戦うつもりか……?」

 

メタルティラノモンは魔王の右手に一瞬視線を移し、威嚇するように低くそう声を上げた。

 

恐らくあの消滅の光の中、反射的に右腕を盾にしたのだろう。その片腕が肩口からバッサリと消失しているのが彼のシルエットからハッキリ見て取れたのだ。

 

「フフッ……このくらいのハンデで丁度いい……貴様も体力を相当削られているのだろう? ……分かるぞ……あのかくし球を、貴様はもう使えまい……?」

 

「……チッ……」

 

できる限り平静を装ったメタルティラノモンだが、どうやら魔王の目は誤魔化せないようだ。

一見ヴァンデモンの方が重症ではあるが、その実、体力的にはメタルティラノモンの方が劣勢だろう。肩で息をする彼とは違い、片腕を失いながらも、魔王にはまだ幾分かの余裕がある。

 

しかし、

 

「……ヤマト…… 空…… マァマを連れて出来るだけ遠くへ離れろ……」

 

最早戦えるのは自分だけ。

"主を守る"、その意思だけを原動力に彼は左腕を構え、後方の仲間達へと声を掛ける。

 

「でもっ!」

 

「早くしろ! マァマを危険に晒す事は許さない! 行け!」

 

空の抗議に厳しい口調で返し、メタルティラノモンはヴァンデモンを睨み付ける。

そして彼の意思を察し、ヤマトが素早く動いた。

 

「くっ……行くぞ空! 沙綾は俺が運ぶ! ヒカリちゃんはツノモンを頼む!離れるなよ!」

 

沙綾をその背に背負い、空の手を引いて立ち上がらせる。

 

「う……うん……ごめんなさい……負けないでね……メタルティラノモン……」

 

初めは戸惑っていた空も、ヤマトとメタルティラノモンに促されて立ち上がり、彼らはそのまま、急いでその場を後にした。

ヴァンデモン自身も、メタルティラノモンを一人の"倒すべき敵"として捉えたのだろう。立ち去るヤマト達に意識をそぐ事はせず、威嚇する恐竜に対し威圧を持って返す。

 

そして、

 

「……貴様のおかげで、私の力は幾分か低下した……我が野望の実現も……僅かに遠退いたといえよう……」

 

先程出来たクレーターを中心に挟み、二人だけとなった大通りでヴァンデモンが呟く。

力自体は彼自身の言う通り減退しているが、だからこそ、今そこに慢心は一つもない。だがそれでも

 

「……それは残念だったな……だが安心しろ……お前の野望は、"最初から"実現する事なんてない……!」

 

メタルティラノモンは一切怯まない。

 

「フフ……言ってくれる……覚悟しろ! ナイトレイド!」

 

「それはこっちのセリフだ……! ヌークリアレーザー!」

 

再開される戦闘。

バシュンと一閃の光と黒の弾丸が、大穴の上で激しく激突する。今やお互いの力は五分と五分。閃光と弾丸は一歩も引かず、衝撃と共に爆散した。その中

 

「行くぞ……!」

 

発生する衝撃と煙が晴れない内に、ヴァンデモンは残った片腕に赤い鞭を握りしめ、メタルティラノモンへと高速で飛行する。

 

「ブラッディストリーム!」

 

「グッ!」

 

爆風の中から突如として伸びてくる鞭に、恐竜は反射的に差し出していた左腕で身を守る。

バチンと弾ける音を上げて叩きつけられると共に腕を拘束されるが、片腕である以上所詮扱える鞭は一本だけ。

追撃を受ける可能性は低い。なにより、長期戦が出来るほどの体力など彼には残ってはいない。ならば、することは一つだけ。

 

「うおおおぉぉぉ!」

 

捉えられたまま、メタルティラノモンもまたヴァンデモンへと一直線に突撃した。

煙で姿が見えなくとも、たとえ瞬間移動が出来ようとも、この鞭を辿れば本体が分かるのだから。

 

煙の中を駆けながらその拳を握りしめる。

 

「何……!」

 

対面したヴァンデモンの表情が歪んだ。

煙に紛れたつもりが、まさか正面から突進してくるとは思わなかったのだろう。

迎撃しようにも、今彼の彼に片腕はない。不慣れな身体に魔王の反応が鈍る。その間、恐竜が大きな一歩で踏み込み、握りしめた拳を引いた。

そして、

 

「吹き飛べっ……!」

 

「クッ!」

 

ガツンと、小柄な魔王の体に巨大な鉄拳が命中する。

 

「グガッ! 」

 

圧倒的な体格差から繰り出す鋼の一撃。その余りの衝撃にヴァンデモンは鞭を手放し、まるで豪速球の勢いで吹き飛ばされ、近く住居の壁を突き破る。

 

ドゴンという音と共に激しく飛び散る外壁、そこへ、

 

「ダイノキック……!」

 

地鳴りを上げながら勢いよく加速し、メタルティラノモンは跳び蹴りで建物ごと追撃を掛けた。

進化と共に重量と威力が跳ね上がった巨体による渾身の蹴りに、建物は爆発したかのような音を上げて倒壊する。

力に任せた連続攻撃。ただ、その追撃は魔王に当たる事はなく、

 

「……次は此方から行くぞ……!」

 

「!」

 

瞬間移動。

一瞬にしてメタルティラノモンの後頭部へとフワリと回り込んだ魔王が、そこで片腕を差し出し、今度は逆に、彼が必殺の構えを取った。

 

しかし、

 

「ナイトレ……!」

 

無防備なその背中へと黒の弾丸を打ち込もうとしたその時、不意に何かを察知したように行動をやめ、ヴァンデモンは身体を後ろへと剃らすように高度を高く上げる。その直後、

 

「クッ!?」

 

ブオンと、

 

まるでアッパーカットのように、ノーモーションで分厚い尻尾が彼の鼻先を僅かにかする。

 

「フン……これは危ないな……」

 

「ハァ……ハァ……チッ……ヌークリアレーザー!」

 

その間に恐竜は体勢を立て直し、上空へと距離をとる魔王に向けて副砲を乱射するも、ヴァンデモンはそれを空間をユラリと移動する事でかわしていく。

 

息をつく間もない攻撃の応酬。

力の低下からか、二人の戦力は拮抗しているようにも見えた。

 

しかし、

 

「ハァ……フゥ……ハァ……」

 

時間の経過と共に、その均衡が崩れ始める。

 

やはりここに来て元々の体力差が影響しているのだろうか。宙へと放たれるレーザーの出力は、回数を撃つ毎に目に見えて弱まっているのだ。

戦闘が始まった段階からもう満身創痍。無制限に副砲を連発出来る程の体力を、もう彼は持ち合わせていないのだろう。

 

「クッ……降りて……来い……」

 

腕が小刻みに震え、標準が上手く定まらない。

発射の勢いに耐えられずに身体がよろめき、見当違いの方向に閃光が走る。

 

「当てればいいだけの話だ……先程の拳のようにな……」

 

そして勿論、ヴァンデモンはそれを見逃さない。

距離を保ったまま、自らは牽制程度のコウモリを飛ばして相手の攻撃を誘発させ、その体力が切れるのを待つ。

 

攻めているのはメタルティラノモン、しかし、追い詰められているのもまた彼なのだ。

 

やがて、

 

「ハァ……ハァ……グッ……」

 

幾度目かの副砲を空へと放つ最中、その身体が遂に崩れ落ち、灰色の恐竜は地に片手をついた。

 

「どうした……? ずいぶん苦しそうだな……」

 

同時に、宙を舞うヴァンデモンがスタリと地上に舞い降りる。

 

「お前の方こそ……ハァ……ハァ……さっきより……弱くなったんじゃないのか……」

 

「黙れ……」

 

片手から放たれる数匹のコウモリの弾丸、それがピストルのような早さで恐竜へと打ち込まれる。

 

「ぐおっ!……がっ!」

 

その威力自体は大した事はない。普段の彼ならば余裕を持って耐えることが出来る

だが、疲弊しきったその身体ではそれさえも凶弾へと変わるのだ。

 

三発、四発、そして五発目の衝撃を受けた後、メタルティラノモンの身体はうつ伏せにゆっくりと崩れ落ちた。

 

「……ク……ア……」

 

最早限界。

倒れ付したまま、恐竜は苦しげに呼吸を繰り返す。

 

最も、ヴァンデモン側としても本来なら今のは一撃で終わりに出来た筈でる。それを、辛うじてとは言え四発まで耐えられたのだ。弾丸を放った左腕を憎々しげに見つめながら、彼はポツリとつぶやいた。

 

「フン……貴様の言う事も間違いではない……こんな体たらくでは……選ばれし子供を全員抹殺する事さえも難しいだろうな……」

 

「……はっ……だから……言っただろ……最初から……お前は……失敗……したんだ……」

 

「減らず口を……」

 

「グッ……!」

 

あくまで反抗的なその態度に、ヴァンデモンは更に一発、その額に向けて黒い玉を放った。

 

「フン……力が足りないなら、他者から奪いとるまでだ……忘れたのか……? 今やこの街の市民全員が、私の人質なのだぞ……失った力や右腕など、その気になれば容易に再生できる……」

 

「……………!?」

(……成る程……あれほど力を無くしているのに妙に余裕なのは……それが理由か……)

 

そう、それはヴァンデモンのみが行える簡易的なデータのロード。いや、人間からも力を得れるという点に置いては、寧ろ未来のデジヴァイスよりも優秀だろう。

デジモンの肉体はデータで構成されているのだ。それさえ補えるなら、身体の損傷など大した問題ではない。

 

ただ、それでは一つ疑問が残る。

メタルティラノモンを追い詰めながら、魔王は自らその理由を語り始めた。

 

「……ならば……何故手負いの状態で再び貴様の前に現れたのか……か?……答えは簡単だ……」

 

バシュン、バシュンと、片腕を差し出して一定の感覚でコウモリを放ちながら、魔王が恐竜へと近付いてくる。

 

「貴様だけは先に潰す必要があったからだ……例え回復したとしても、万が一にでも"あのかくし球"を受ければ全てが無に還る。 ならば、貴様の体力が尽きている間に叩いておく事こそ最善だ……二度目を撃たれない確信を得れるまで私は気配を殺し……貴様の様子を注意深く監視した……」

 

「………ガフ……ウッ……」

(……だからあの時……ヤツはすぐには現れなかったのか……)

 

最早満足に動かない身体。

両腕で身体を起こそうとするも、その手は震え、自身の体重すら支える事は出来ない。

瞳に写る街の景色もボヤけ始め、目前に迫る魔王の姿は分身のようにブレて見える。

 

「……結局……貴様には最初から最後まで手を焼かされたな……だが……それもこれで終わりだ……!」

 

「……………」

(クソ……此処までか……すまない……マァマ……)

 

既に対抗策はない。

次のヴァンデモンの一声で全てが終わるだろう。

 

"歴史の登場人物"ではない自分に命の保証はない。

 

そう理解した上で、恐竜は観念したかのようにその目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼はまだ気付いていない。

それすらも全て含めて、"歴史の流れ"は順調に進んでいる事を。

 

 

「なっ!」

 

絶好の機会を前にして、突然、ヴァンデモンは驚きに満ちたそんな声を上げて、彼の目と鼻の先から大きく後退した。

 

(な……なんだ……?)

 

直後、ドカン、ドカン、という音を上げて、魔王の居

た位置に火柱が上がる。

そう、止めを刺そうとするヴァンデモンに目掛けて、遠方から巨大な火炎弾が飛来したのだ。

 

それと同時に、メタルティラノモンは横たわる自分の顔に小さな暖かい手の感触を覚え、ゆっくりと再び目を開く。すると、ボヤけた視界の中、其処に居たのは、

 

「悪い……遅くなっちまった……大丈夫か、メタルティラノモン?」

 

ゴーグルを着けた一人の少年。そして、そのパートナーであるグレイモンの背中。

 

「……太……一? ……フフ……ああ…………おかげで……もう……ボロボロ……だ……」

 

まるで図ったかのようなタイミングでの登場にメタルティラノモンの表情が緩む。

 

「ヤマト達から簡単に話しは聞いたよ……沙綾は大丈夫だ……後は俺達に任せて、お前はゆっくり休め……」

 

「……俺……達……?」

 

光子朗やミミも来ているのだろうか。それとも、単に太一とグレイモンの事を指しているだけだろうか。

いや、そうではない。

 

「がんばって! テイルモン!」

 

首を僅かに動かして周囲を見ると、其処に居たのは先程逃がした筈のヒカリの姿。

ただ、少し前とは違い、彼女のその小さな手にはデジヴァイスが握られ、何時か見たデジモンがそれを守るようにグレイモンと共にヴァンデモンを睨み付けている。

 

「さあ! 今度はボク達が相手だ!」

 

「ヴァンデモン……手負いのお前なら、私でも勝ち目はある……」

「……成る程……あの子供が八人目だったか……だが舐めるな! まだ貴様ら数匹に負ける程弱っているつもりはない!」

 

グレイモン、テイルモン、そしてヴァンデモンとの戦いが始まった。

 

「心配するなって……もうすぐ丈や光子朗達もここに来る……だから安心して休め……沙綾と一緒に目が覚める頃には、全部解決しておいてやるからよ!」

 

いいながら太一はポンっと自らの胸を叩いて見せる

 

歴史の歯車は着実に回り続ける。

魔王との最終戦、メタルティラノモンはその結末を直に見ることなく、太一の言葉に頷き、再び目を閉じた。

 

「……ああ……まか……せた……」

 

小さな黄色い姿へと退化したその寝顔は先の引き吊ったものではなく、穏やかな笑みさえ浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、ヴァンデモン戦ラスト。申し訳ありませんが、ここから先の戦闘はカットです。
というのも、メタルティラノモンのダウンに伴い、若干流れは違いますが、これから先は殆ど原作と同じです。
暫くテイルモンが一人で奮闘しますが、最後に隙をつかれ、遅れて到着したウィザーモンが盾になる。という展開ですね。

原作とは違い、ワーガルルモン、ガルダモンは最後の戦闘に不参加となりますが、ヴァンデモン自体の力が原作より弱まっていますので、エンジェウーモンが力を集めてヴァンデモンに止めを刺す部分も、原作のように完全体全員の力を集結するにはおよびません。

では次回、ヴァンデモン編最終回です。

矛盾はない……かな……









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボクは、どんなマァマにだって最後まで付いていくから


前回で、『次でヴァンデモン編ラスト』と書きましたが、前回以上に文章量が多くなりそうでしたので二話に分ける事にしました。
この一話だけで平均文字数の倍近くになってます。


夢、

 

「……………」

(……はぁ……)

 

いつも通り自由の聞かない身体。低い視界が静かな街の中をトコトコと歩いている。

 

(……また来ちゃったのか……)

 

最早慣れきったこの感覚。間違いなく、今日二度目となる"あの夢"であろう。

 

(……はぁ……まさか、こんな短い間に二回も来るなんて……はぁ……)

 

心の中で、アグモンは盛大にため息をついた。

 

先程は、対ヴァンデモン戦の切り札を習得した例の夢ではあるが、その"終わり方"があまりにも衝撃的だった事が原因だろう。その気持ちは沈んでいるようだ。

最も、だからと言ってどうしようもない事は既に言うまでもない。気持ちを切り替え、彼はいつも通り、目に写る景色を眺める事にした。

 

(……ここは……さっきと同じ街……かな?)

 

見覚えのある景色。場所は先程と同じ各国の建造物が乱立する都市だろう。

ただ、一つ違うのは、

 

(おかしいなぁ……さっきはもっとボロボロだったのに)

 

破壊され尽くされていた前回とは違い、今は晴天の空の下、道路や建物も綺麗に舗装されている。それはまるで何事もなかったかのように。

 

「…………」

 

内心で首を捻るアグモンなど知らず、小さな黄色い身体は無言のままトコトコと街の中を歩き続け、やがて、ある一つの交差点の隅で足を止めた。

目の前には、この場所には不釣り合いの大きめの石が、歩道に埋め込まれるように立てられている。その足元には、摘み取られた白い小さな花。それはまるで

 

(……お墓……?)

 

そう、交差点の一角、あの少女が消えたであろう場所に建てられた墓標。

"彼"はちょこんとその前に座り込み、静かに口を開いた。

 

「……元気だったか……?」

 

墓標に語り掛けるが、当然返事は帰っては来ない。

それでも、"彼"は構わずに言葉を続ける。

 

「……"母"が居なくなって……今日で丁度25年だ……もう……オレ達の旅も……随分と昔の事になってしまったな……」

(…………えっ……)

 

遠い日を思うような寂しげな声。声は出ないが、アグモンは言葉を無くした。

彼にとって、あの少女の消滅はほんの数分前の出来事。

しかし、夢の中の"彼"にとってはあれから既に途方もない時間が経過していたのだ。

アグモンはまだ生まれて2年程度。25の歳月など想像もつかない。まして『最愛のパートナーを失ってから』という状況など考えただけで身の毛が弥立つ。

 

(マァマ……)

「オレは……"あの時"より遥かに強くなった……もうこの大陸に敵などいない……誇るがいい……お前は……"最強のデジモン"を子に持ったのだ……」

 

自慢気に話してはいるが、その声には大きな影がある。

当然だ。"最強の力"と"最愛の人"、"彼"をアグモンだとするなら、欲しかったものがそのどちらかなど言うまでもないのだから。

 

「……"母"よ……お前がいない間に……世界は大きく変わったぞ……"元"選ばれし子供達の影響か、お前のような人間が今はそこかしこでパートナーを連れている……他人が見れば、それはとても賑やかなものだろうな……だが……」

 

"彼"以外誰もいない交差点に、ヒューっと冷たい風が吹く。それはまるで、"彼"の心を表しているかのように。

 

「オレにとって……"母"の居ない世界は……ただ空しいだけだ……お前に貰ったこの"心"も……変化を覚えるのはお前の事を考えている時だけ……今思えば……お前こそ……オレの心の全てだったのだろうな……」

 

それは遅すぎる独白。

伝えたい事、伝えるべき事など山程あったのだろう。

だが、

 

「……ああ……分かっている……いくら"この姿"で待っていても……"母"はもう帰ってこない事くらい……」

 

もうそれがあの少女に届く事はない。

 

(やっぱり……このアグモンとボクは似てる……当たり前か……夢の中のボクなんだし……でも)

 

寂しげに墓標に語り掛ける"彼"に、アグモンはかつての自分を思い出した。それはエテモンの撃破直後、一度沙綾と離別した時の事。

いくら探し回ろうとも、いくら呼び掛けようとも、決してそれが実る事の無かった地獄の日々。

母への想いを募らせ、毎晩のように泣いたあの二ヶ月。

そんな時間を、"彼"は一体何年繰り返したのだろうか。

 

(そんなの……ボクには耐えられそうにない……)

「……だがな……今でもふと思ってしまうのだ……振り向けば、其処にお前がいるのではないか……見えていないだけで……今でも……お前はオレ後ろを歩いているのではないかと……フッ……バカバカしい妄想だ……そんな事……有りはしないのにな……」

 

その後"彼"はうつ向き、いなくなった母への黙祷を捧げるようにただ沈黙が続いたのだった。

 

 

そうして、しばらく穏やかな時間が続いたその後。

 

(あれ……? 誰か来たのかな?)

 

静かなこの街の中、何者かが近付いてくる気配をアグモンは感じた。アグモンでさえ分かるのだ。恐らく"彼"も気づいてはいるのだろう、しかし、その気配に敵意を感じないためか、その目を閉じたまま動こうとはしない。

 

(こっちに近付いてきてるみたい)

 

そして、

 

「おーいっ! ちょっと聞きたいんだけど、いいか?」

 

「…………なんだ……?」

 

後方から呼び掛けるその声で、初めて"彼"はスクリと立ち上がり振り返る。すると、視界に映ったのは二十歳程の男女と、そのパートナーだろう二体のデジモンが、その後ろをフワフワと浮遊する姿。

一匹はまるで獣と竜を合わせたような容姿に、もう一匹は東洋の竜そのものに近い出で立ちである。

 

(あれは……えーと、見た事ある……たしか……ドルグレモンと……ヒシャリュウモン……だったかな……? 両方とも珍しいデジモンだってマァマは言ってたと思うけど……)

 

見たところ、彼らは未来での沙綾と親友達のように、共にこの世界を冒険しているのだろう。連れているパートナーを見る分には、それなりに冒険には慣れているようである。

 

「なあ……お前この辺りで"究極体"のデジモン見なかったか……? 異常に強くて、見るからに凶悪な"赤い"身体をしているらしいんだが……?」

 

(……ん? 凶悪な……赤い身体?)

 

青年が一歩踏み出し、黄色い身体へとそう声を掛ける。

対して、"彼"は一瞬チラリとそのパートナーの方へと目を向けた後、特に興味のなさげにいつも通りの冷たい口調で返した。

 

「……何故……わざわざ"ソレ"を探す……? 見つけた所で、お前達の手に負えるものではないだろう……?」

 

「分かんないわよ? もしかしたら勝てるかもしれないじゃない。……まあ負けちゃっても"バックアップ"があるんだし、物は試しよ!」

 

そう前向きに答えるのはもう一人の女性。

 

「ああ、上手くいけばそいつのデータもロードして、コイツらを一気に成長させてやれるかもしれない……」

 

青年は言いながら、ドスンという音と共に着地したドルグレモンの下げた頭をポンポンと撫でて見せた。

 

「…………」

 

それを見たアグモンは内心で思う。

 

(うーん、そういえば……ボクらのいた未来にも、こういう人達って結構いたなぁ)

 

そう、バックアップのお陰で命の保証がある未来では、こういった自分よりも遥かに強いデジモンへの特攻を仕掛ける者も決して少なくはない。負けて当然ではあるものの、そのローリスクハイリターンっぷりには目を見張るものがあるからである。

最も、いくらバックアップがあるとはいえ、常にその身を危機的状態に曝すのだ。よほど好戦的なデジモンでなければ、バートナーとの間に意図も簡単に亀裂が入る。一般的にはあまり誉められた手段でない事はいうまでもない。

 

最も目の前の二人はその手の問題を抱えているようには見えないが。

 

「なぁ、知ってるなら教えてくれないか?」

 

「………………」

 

両手を広げながら、青年は"彼"へと近付いてくる。

だがその時、表情こそ変わらないが、"彼"の纏う雰囲気がほんの一瞬だけ変化した。直後、

 

(えっ……何!?……この……苦……しい……)

 

小さな身体の内側に木霊する強大な重圧。

感覚を共有するアグモンさえも押し潰そうとする程のプレッシャーが、"彼"の奥底からふつふつと沸き上がる。

その直後、誰にも聞こえない程の小声で、"彼"は吐き捨てるように呟いた。

 

「………"母の死を踏み台にしたあのシステム"か……バカ共が……」

 

「えっ? 今何て……?」

 

ただそれも一瞬の事。

 

(あ……れ……元にもどった……なんだったの……今のは……?)

 

憎悪にも似た感情はそれ以上もれることはなく、青年がスタスタと目の前まで近付いてくる頃には、まるで何事もなかったかのようにこう答えた。

 

「……知らん……他を当たれ……」

 

「えっ? そうか……うーん……よくこの辺に出現するって話を聞いたんだけど……」

 

「……くどい……」

 

バッサリとそう切り捨て、"彼"は青年に背を向けて再び墓標へと向き直った。その背中が"これ以上話すことはない"と言っているのは誰の目にも明らかである。

 

「お、怒らなくてもいいだろ……仕方ない……別のヤツに声を掛けるか……」

 

青年は引き下がり、回りをキョロキョロとみまわす。

しかし、近くには"彼"以外誰もおらず、時折吹くそよ風以外、周囲一体は穏やかな静寂そのものである。

晴天の空が建物の隙間から顔を覗かせるその様子は、一般人からはとても凶悪なデジモンがいるようには見受けられない。

青年はやや落胆ぎみに相方の女性へと声を掛けた。

 

「はぁ……こんな静かな所に究極体なんているのか?」

 

「うーん……そうねえ……もしかしたら、もう移動した後なのかも……」

 

「……残念だけど一旦引き上げるか……街に戻ってもう一回情報の集め直しだ」

 

「…………」

 

結果、冒険者達もまたクルリと踵を返し、スタスタとその場を離れ始めた。元々招かれざる客なのだ、勿論、そんな冒険者を"彼"は見ることすらせず、再び、今は無き母の墓標へと黙祷を捧げる

 

 

 

 

 

…………筈だった。

そう、去り際に、彼らのこんな会話さえ耳に入らなければ。

 

「ねえねえ、なら……先にあの"時間を操るデジモン"の噂、確かめにいかない?」

 

「はぁ……アレは唯の噂だぞ……流石に期待なんて出来ないだろ」

 

「まぁまぁそう言わないで!」

 

(あっ、たぶんクロックモンの事だ)

 

青年達の話に、アグモンはのんきにそんな事を思う。

 

「見に行くだけタダでしょ……"時間を跳ぶ"なんて、もし出来たら素敵じゃない! 先週の試験の問題だって、今の私が味方になれば余裕よ!」

 

「……はぁ……そんなしょーもない"過去を変えて"どうすんだよ?」

 

青年達にとっては本当に何気ない日常会話。

そして、アグモンにとっては既に今更な話。

だがそれを聞いた瞬間、

 

「……な……に……!!」

 

"彼"の心臓はバクンと跳ねた。

 

"今奴等は何と言った?""時間を跳ぶ?""過去を変える?"

今まで考えもしなかった。そんな妄想など、以前の"彼"ならば『バカバカしい』の一言で切り捨てていただろう。だが、

 

「……そんな……まさか……」

 

もしも、もしもそれが可能ならば……"彼"には、それこそ命を差し置いてでも叶えたい願いが一つだけある。

 

"彼"は唖然としながらも、目の前の墓標を見つめた。

 

「…………」

 

もしも、『あの惨劇を"なかった"事にできるのなら』……あの少女に再び会う事が出来るなら……いや、最早そんな高望みはしない。ただ、『母が今も何処かで生きていられる世界を作れるのなら……』

 

根拠など何処にもない。しかし、

 

「待て……!」

 

"彼"は振り返り、立ち去ろうとする冒険者へと声を上げた。

 

「……ん? なんだ?」

 

「……その"究極体"の居場所を教えてやる……」

 

「えっ……でも、貴方さっきは知らないって言ってなかった……?」

 

「気が変わった……その代わり……」

 

"彼"はそこで一度言葉を切り、静かに目を閉じる。それはまるで、彼女への"最後の"黙祷を捧げるように。

 

そして、次に"彼"が目を開いたその直後、

 

(うっ!)

「ひっ!!」

「きゃっ!!」

 

周辺の空気が、音もなく一瞬で凍り付いた。

 

「な……なん……なんだ……お……まえ……」

 

小さな身体からは想像も出来ない程の禍々しい圧力。

それは、先程内側だけに留めたものよりも遥かに大きな物。

風も止まり、暖かな日差しさえも戦慄へと変える強大な威圧感に、完全体二体を連れた冒険者達は、パートナーもろとも短い悲鳴を上げて硬直した。

それは最早『蛇に睨まれた』という話ではない。『心臓を鷲掴み』にされたと言っても過言ではないだろう。

何が起きたのかも分からず、彼らは口をパクパクと動かしながら顔を青ざめている。

 

(うっ……この感じ……どこかで……)

 

そう、これこそが"究極体すら超えた者"の本領。

"並の者"なら見ただけで心が折れる覇者の力。

 

冒険者達は想いもしなかっただろう。まさか、こんな小さな成長期こそが、彼らの想像すら越えた力を会得した存在だと言うことを。

 

「……ひっ……く……来……る……な……」

 

青年が引き吊った表情の中やっとそう声を絞り出す中、

 

『……その代わり……"時間を操るデジモン"の話……全て……聞かせて貰う……!』

 

"夢"というには余りにも生々しい赤黒いオーラをその身に纏い、小さな身体は徐々にその姿を変化させながら、"彼"はゆっくりと、自身へと挑んだ愚かな"獲物"へとその歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都、ビックサイト

 

「ぷはっ! はぁ……はぁ……」

 

ヴァンデモンとの戦闘から時は経ち、時刻は午後6時を指そうとした頃。

大勢の人々が今だホールで眠るこの巨大なドームの内、ある一つの小部屋で、アグモンは寝かされていたソファーから飛び起きるように目を覚ました。

今しがた見た"夢"の影響か息は荒く、その額には玉のような汗が滲んでいる。

 

「はぁ……はぁ……また……あの夢……」

 

弾んだ息を整えながら、彼は今見たその夢について改めて振り返る。

連日続くこの夢。

余りにも鮮明な景色に、生々しいまでの臨場感。まるで自分が本当にそこにいるかのような錯覚さえ覚える。

それに加えて前回、そこで見た事がそのまま現実の世界で出来てしまうという奇跡。

ムゲンキャノンが発動した瞬間から分かっていた事だが、最早偶然でない事は言うまでもない。

 

(……あれは……ただの夢なんかじゃない……)

 

アグモンは確信する。

ただ、それが何なのかと聞かれれば、彼にも上手く説明は出来ないのだが。

 

(なんて言うのかな……えーと……正夢? ……予知夢? うーんちょっと違うなぁ……)

 

正夢も予知夢もつまるところは同じ事。つまりそれは夢で見た事がそのまま現実で起こる事を指す。

しかし、"ムゲンキャノンを発動した"、という点以外に現実と夢に接点など何もない。

何より、時折覚える妙な"懐かしさ"が、アグモンには引っ掛かった。

 

(ボクの隠された記憶……って、そんな分けないか。 確かにあの女の子はマァマに似てるなって思ったけど……あの街もあんなお墓も知らないし……そもそも、ボクまだ生まれて二年じゃないか……)

 

今回の夢を参考とするなら、夢の"彼"は少なくとも25年は生きている事になる。その時点で、確かに"アグモンの記憶"という線はなさそうである。

 

(でも、姿も声もやっぱりボクなんだよなぁ……うーん……どういう事だろ?)

 

しかし、その後もいくら頭を捻ってみても、答えは全く出てこない。

 

「ダメだ……全然分かんないや……」

 

アグモンはパタリとソファーへと寝転んだ。

 

「また"、次"を待つしかないかなぁ……」

 

どのみち、最近は意識を失うたびに"彼方の世界"へとばされるのだ。その内答えは見つかるだろうと、アグモンはやきもきした気持ちになりつつも、この場での解決は諦める事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてしばらく考え混んでいた後、

 

「そういえば……ここは……どこだろう? 」

 

再びソファーから身を起こし、今更だが、アグモンは周りをキョロキョロと見回してみた。

スタッフ用の控え室だろうか。比較的狭い部屋には後方のドアと自分が腰かけているソファー以外に目立った物は特になく、彼以外には今のところ誰もいない。

 

「太一達が運んでくれたのかな?」

 

意識を失った状況を踏まえれば、アグモンが生きている以上それは間違いない。

となれば、後彼が気になるのは一点のみ。

 

「マァマはどこだろう? 太一は無事だって言ってたけど……」

 

そう、沙綾の安否である。

意識を失う前に太一は確かにそう言っていたが、やはり彼としては顔を見るまで安心は出来ない。

アグモンは少しの不安を胸にガチャリと部屋のドアを空け、そのまま廊下を当てもなくテクテクと歩き出した。

 

すると、その直後、

 

「よかった……アグモン!」

 

「うわっ!」

 

ドサッと、聞きなれたそんな声と共に、押し倒されるような衝撃がアグモンの背中へと掛かる。そう、振り替える間もなく後方から走ってきた何者かにギュッと強く抱きつかれたのだ。

勿論、そんな事をする人物は一人しかいない。

 

「……って、マァマ! よかった! ケガはない!?」

 

その声と、自分の腹部へと回された包帯の巻かれた両腕に、アグモンは少し驚きながらも歓喜の声を上げた。すぐさま振り返りパートナーの胸へと飛び込んでいきたいアグモンだが、肝心の沙綾の様子が少しおかしい事に気付く。

 

「……良かった……目が覚めてたんだね……心配……したんだよ……」

 

声は心なしか震え、ギュッと回した腕を中々ほどこうとはしないのだ。それはまるで、我が子の無事を体全体で感じているかのように。

 

「……ホントに……よかった……ちゃんと……目を覚ましてくれて……」

 

「? マァマ……もしかして泣いてるの?」

 

「…………」

 

黄色い後頭部に顔を押し付けるようにして、沙綾はそのまま沈黙する。肯定こそしないが泣いている事は間違いない。この分では、彼女は相当アグモンの事を心配していたのだろう。無理もない。助かったとは言え、彼女は自分の判断ミスで、危うくこの最愛のパートナーを無くす一歩手前だったのだから。

 

「……さっきね、空ちゃんから……全部話を聞いたんだ……アグモンが、私を助けてくれたんでしょ……ありがとう……それから、ごめんね……私、やっぱりアグモンに助けられてばっかりだ……ダメだね……私って……貴方がピンチなのに、結局何にも出来なかった……私がもっとちゃんとしてたら……貴方があんなに傷付く事もなかったのに……」

 

「…………」

 

泣くことを我慢するかのような声で、背中越しに沙綾は言う。

 

彼を一人で戦わせ、自分は指示を送ることもなく安全な場所で待機。

そしてその後、追い詰められるメタルティラノモンを救おうとしたものの結果的には失敗し、危うく二人とも消されるところだった。

更に言えば、沙綾本人はそこで一人勝手に意識を失い、その後の全てを結局アグモンへと押し付ける結果になってしまったのだ。

 

彼女からすれば、これでは自分が足を引っ張っているだけにしか見えない。

それ故に、沙綾は今自分に自信をなくしているのだろう。

 

「マァマ……」

 

「……ホントに……ごめんね……こんなんじゃ、パートナー失格だね……」

 

その言葉と同時に、アグモンの背中へと暖かい雫がポタリと落ちた。

そして聞こえる彼女の啜り泣くような声。

 

しかし、

 

「マァマ……それは違うよ……」

 

彼女の抱える不安、それは、アグモンから言わせれば大きな勘違いである。

 

彼は後ろからギュッと抱きついている沙綾の手を優しくほどき、クルリと彼女の方へと振り返った。

すると予想通り、そこには片目を真っ赤にした彼のパートナーが、やや下向き加減でペタリと床に座り込んでいる。

そんな彼女の顔をしっかり見つめて、アグモンは自分の想いを包み隠すことなく声に出した。

 

「マァマが先にボクを助けに来てくれたんでしょ。 いつだってそうだよ……ボクがまだ小さくて全然戦えない時だって、マァマは一回もボクを見捨てて逃げたりはしなかった……マァマ一人なら逃げ切れた事だって何回もあったのに、絶対に"最後"までボクの事を抱いてくれてた……」

 

今からもう二年近くも前の話。

冒険を始めたばかりの沙綾達は、それこそ何度バックアップに助けられたか分からない程、野生のデジモンに対して無力であった。

旅もした事がない少女が、自分よりも遥かに巨大な敵に連日追い回されるのだ。仮想世界とはいえ、恐怖がない筈がない。

だが、それでも彼女は最後まで今のアグモンと共にあった。戦えない彼を責める事もせず、『次はがんばろうね』と、いつも笑って受け入れてくれたのだ。故に

 

「そんなマァマだから、ボクは何度だって立ち上がれる……マァマのためならどんなヤツだって怖くない……マァマの前だから、がんばらなくちゃって思うんだ……」

 

そう、例え本人がどう思おうが、彼にとって"ダメな沙綾"など存在しない。彼女が何度失敗しようが、それによって自らが何度傷付こうが、アグモンにとって大した問題ではないのだ。

 

"何があろうと沙綾を守る"、ただそれだけが、今のアグモンにとっての全てなのだから。

 

「マァマは気にした事ないかもしれないけど、生まれた時から、"助けられてる"のはずっとボクの方なんだよ?……だから、マァマは何にも悪くない……失敗したって、また次頑張ればいいんだ……ボクは、どんなマァマにだって最後まで付いていくから……ねっ」

 

かつて自分を慰めてくれたように、アグモンは沙綾へとニコリと微笑んだ。最も、それは今までずっと堪えていた沙綾の涙腺をいっそう刺激する事になってしまったが。

 

「ぅぅ……アグモぉン……!」

 

「な、泣かないでよマァマ。 ほらっ! ボクならもう大丈夫だから!」

ますます目を赤くしながら、今度は正面から強く抱き締めてくる沙綾に、アグモンは少し困った顔をしながらそういって見せた。それに対して、

 

「……うん……ありが……とう……」

 

表情こそ見えないが、先程よりも柔らかい声で沙綾は途切れ途切れにもそう答えたのだった。

 





次回こそは終われる筈。

以下沙綾とアグモンのその後の雑談です。


ア「ねえ、マァマは何時目が覚めたの?」

沙「うーん、アグモンが起きる一時間くらい前かな? 私も、起きた時はアグモンの隣で寝かされての……最初はビックリしたよ……何で生きてるんだろって……丁度その時に空ちゃんも居てね……叱られちゃった……」

ア「空、マァマの事すごく心配してたからね……」

沙「うん……あんな空ちゃん、久しぶり……」

ア「ぞ、そういえばマァマ、ボクが眠ってる間何処に行ってたの?」

沙「えっ?……あぁ……ほら、私達って二人とも気を失ってたから、今"何時"かちゃんと確認しようと思って……あの部屋に時計はないみたいだったから」

ア「時計……? なんで……?」

沙「えと、さっき確認した時が6時丁度だったから、もうすぐ分かると思うよ」

ア「?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私も……もう一度みんなと一緒に旅をさせてください


サイバースゥルース攻略に時間が掛かってしまいました。
いや、思った以上に楽しくて、ついつい時間をそっちに回している自分がいました。すみません。
話は長いけどのめり込めるし、グラフィックも綺麗で登場人物も個性豊か、声優も豪華と、デジモン好きにはたまらないゲームですね。

それではヴァンデモン編、ラストです。


「ね……ねえマァマ……あ……あれが、ヴァンデモンの究極体なの!?」

 

時刻は6時20分。

ビックサイトの入り口から、遥か遠方でがむしゃらに暴れる巨大な悪魔を見上げ、アグモンはポカンと呟いた。

当然だ。ビルをも越えるその大きさも去ることながら、本能のままに暴れ狂う姿にかつての知的な魔王の姿など欠片も残っていないのだから。

 

しかし唖然とするアグモンとは対照的に、小説の知識を持っている沙綾は、比較的冷静に口を開く。

 

「うん、これが"ヴェノムヴァンデモン"……選ばれし子供達が初めて戦う究極体のデジモンで、私達が絶対にロードしなきゃいけない相手だよ」

 

太一を始め、ヤマト、空、光子朗、タケル、ヒカリは、ヴェノムヴァンデモンの出現と同時にこの会場を飛び出した。残っていた丈とミミも、今しがた彼らの元へと援護に向かったところである。

そしてその際、負傷している沙綾では危険だという丈の判断もあり、彼女達は今回文字通りの"留守番"を任されたのだ。

 

「……」

 

沙綾は小さくため息をつく。

 

(結局、目が覚めてからも空ちゃん以外とはほとんど話せなかったな……太一君にもちゃんとお礼出来てないし……でもまぁ……今回はこの方が都合はいいんだけど)

 

ロードをするなら誰にも見られない方がいい。

皆の力になれないのは残念ではあるが、先のヴァンデモン戦での失敗もある。それになにより、究極体相手に今の彼女とアグモンが行った所で皆の足手まといにしかならないだろう。

 

(今は動かずに、私の役目を果たさなきゃ……)

 

先程は感情を押さえきれずにアグモンの背中で大泣きしてしまった沙綾だが、事態が動きだした今、既に気持ちは切り替わっていた。

 

「わわっ!」

 

そんな中、彼女のパートナーは目の前で繰り広げられる戦闘にあたふたしている。

 

「マ、マァマ! アイツもの凄く強いよ! 太一達の攻撃が全然効いてない……」

 

戦況は劣勢の一言。

メタルグレイモンを始めとする完全体達の怒濤の攻撃すら、あの悪魔には全く効き目はない。

それどころか、ヴェノムヴァンデモンが本能のままに振り回す長い両腕が、一匹、また一匹と子供達のデジモンを弾き飛ばしていく。

歴史を知らなければ、それは最早絶望的とさえ思えるだろう。

そんなアグモンを落ち着かせるように、沙綾はその黄色い頭をそっと撫でる。

 

「心配しないでアグモン……今は我慢だよ。 大丈夫、みんなは無事だから」

 

「う、うん……マァマがそういうなら……」

 

「もう少し……もう少しだから、ねっ」

 

沙綾自身もそうやって自分に言い聞かせる。

 

圧倒的力の前に徐々に追い込まれていく皆のパートナー達。何体かは戦闘不能になり完全体の姿を保てなくなっていく。

結果は分かっていても、やはり不安にはなってしまうものだろう。

 

 

 

そして、選ばれし子供達のデジモンの半数が倒れたそんな時、

追い詰められていく中、不意にヴェノムヴァンデモンの足元から激しい光が巻き上がったのだ。そして、

 

「来たっ!」

 

いち早くそれを見つけた声を上げる。

そう、この立ち上る光こそが反撃の合図。小説内において、選ばれし子供達の"切り札"とも呼べる二体の究極体デジモン誕生の瞬間なのだ。

 

「見て見てアグモン!」

 

「えっ?あれは……進化の光!?」

 

沙綾に促されたアグモンも目を丸くする。

同時に、光の中からその"切り札"が姿を表す。

 

一匹は黄色い装甲を纏う竜の戦士、そしてもう一匹は、全身を機械化した蒼い狼。

 

「す、すごいマァマ!これならいけるよ!」

 

立ち上る光の中から現れたのは、ヴェノムヴァンデモンと比べればは米粒ほどの大きさでしかないが、その戦闘力は究極体としても申し分ない。

これだけ離れていてもアグモンにはあの二体の強さが伝わっているのだろう。彼は沙綾の隣で両手を上げ、跳び跳ねるようにはしゃいでいた。

 

「あれが、ウォーグレイモンとメタルガルルモン……太一君とヤマト君の最強のデジモン」

 

各言う沙綾も、宙を舞いながらヴェノムヴァンデモンと戦闘を繰り広げる二体の究極体に心なしか目が輝いている。

穴が空くほどタケルの小説を読み込んだ彼女にとっては、あの二体はある種の目標のようなものだ。

いや、彼女だけではない。未来の世界において、選ばれし子供達と共に様々な激戦を潜り抜けてきたウォーグレイモン、そしてメタルガルルモンは正に多くの冒険者達の憧れなのだから。

 

ウォーグレイモンが両手のドラモンキラーを合わせ、そのまま身体をまるで竜巻のように回転させてヴェノムヴァンデモンへと突撃した。

ドラモン系デジモンへ特に効果的な技、ブレイブトルネードだ。

 

「━━━━━━━!!」

 

意図も容易く相手の胸を貫通し、魔王の絶叫が沙綾達の位置にまで響いてくる。

 

「ガブモン達、かっこいいなぁ……」

 

その隙を付くように、メタルガルルモンが身体中に搭載された冷気のミサイルを一斉に射出した。その一発一発がとてつもない威力である事は遠目からでも分かる。

グレイスクロスフリーザー、彼の得意とする技の一つである。

あっという間に巨大な悪魔さえ氷付けにする友の活躍を見ながら、アグモンはポツリとつぶやいた。

 

「ねえマァマ……ボクも、あんな風になれるかなぁ?」

 

ヴェノムヴァンデモンが自身を拘束する氷を破る、貫通した穴を容易く修復し、再度咆哮と共にいくつものビルをなぎ倒しながらその両腕を振るった。

ガシャン、ガシャンと、まるで積み木を崩すかのように、建物の倒壊する音が鳴り響く。

 

「アグモン……」

 

究極体同士の戦闘。

そのあまりのレベルの高さに、アグモンは少々面喰らっているのだろう。

そう、カオスドラモンとまともに戦うには、少なくともあれ以上の戦闘力を身に付けなければならないのだ。

実際に戦っている彼らを見ると、それがいかに遠いのかを思い知らされる。

しかし、不安そうに見詰めてくるパートナーに沙綾はニコリと微笑んだ。

 

「心配しないで……きっと、アグモンはまだまだ強くなれる。そのために私が居るんだからね!」

 

アグモンに抱きついて泣いていた先程とは逆。今度は沙綾がアグモンを勇気付ける。

 

「私がアグモンをサポートする……だから、絶対に二人で"アイツ"に勝って、二人揃って未来に帰ろ!」

 

ポンポンと、子供をあやすかのようにパートナーの頭を軽く撫でる。

アグモンにとって、沙綾の一言は何にも勝る魔法のような力を持つ。今までの不安はどこへやら、彼は無邪気に沙綾へと笑顔を見せた。

 

「うん! やっぱり、マァマに言われると自信が出てくるよ!」

 

「フフ、その調子だよ。 アグモンなら、直ぐにあの二体にだって追い付けるから! ……っと、そろそろ終わりが近付いてきたみたいだね」

 

二人が話しをしている間に、子供達の戦いも佳境に入ったようだ。

ヴェノムヴァンデモンの"核"と言うべき腹部の"本体"が姿を表したのだから。

同時に、沙綾も自身のデジヴァイスをシャツの胸ポケットから取りだしたのだが、それを操作しようとしたところで、不意に思い出したかのようにその手が止まった。

 

「あっ……そうだアグモン、体力はもう回復してるよね。 一応、完全体にまで進化してもらいたいんだけど……」

 

「えっ?此処で進化するの?」

 

「うん、一応……ね」

 

苦々しい反応を見せる沙綾にアグモンは首を傾げながらも、言われた通り、周囲の建物に気を使いながらその身体を巨大化させた。

 

「ふう……これでいいのか……?」

 

「うん、ありがとうメタルティラノモン」

 

「なるほど……ファイル島での二の舞を避けるため……だな」

 

そう、これは言わば保険なのだ。

かつてファイル島でデビモンをロードした時、ワクチン種のティラノモンは自身に流れてくるあまりに強大な闇の力に一度暴走した事がある。ならば、予めウイルス種であるメタルティラノモンにしておけば、そのリスクはなくなる筈。

"自身を遥かに越えた相性の悪いデータを一気に取り込んだための副作用"

あの暴走を、今の沙綾はそう結論づけている。

 

最も、ウイルスの力を上手くコントロールしている今の彼なら、ワクチン種の姿でも恐らく問題はないだろうが、これは念のためだ。

 

遠方では、今正に本体の"核"に向けて、二体の究極体が己の必殺を打ち込もうとしている。

 

「さあ、もう決着が付くよ! メタルティラノモン、準備はいい?」

 

「ああ……とは言っても……オレが何かする訳ではないが……」

 

直後、

 

「━━━━━━━━━━━!!!」

 

魔王の断末魔が東京の空へと響く。

メタルティラノモンにとっては長かったヴァンデモンとの因縁に終止符が打たれる時。

それを合図に、沙綾はデジヴァイスのロード機能を起動させた。

 

「気持ちの問題! さあ、究極体のロード……行くよ!」

 

「ああ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これが……究極体のデータ……」

 

自身へと流れる膨大なデータを処理し、メタルティラノモンは取り込んだその力に思わずそう口を開いた。

 

「うん、どう……強くなった感じはする?」

 

「……ああ……身体の底から一気に力が沸いてくる……今なら、何だって出来そうなくらいだ……」

 

多少の高揚感はあるようだが、沙綾の読み通り、やはり以前のような暴走をする事はない。純粋なパワーアップを果たす事が出来たのだろう。

 

「そっか! えーと、じゃあ、究極体にはなれそう?」

 

「………」

 

万を辞して問いかけたその言葉に、メタルティラノモンは集中するかのように目を閉じる。しかし、やはり現実はそう簡単にはいかない。しばらくそうしていた後、彼は少しがっかりしたかのように肩を落とした。

 

「…………すまないマァマ……それは……まだ無理みたいだ……」

 

「うーん……そっか……やっぱり一体だけじゃちょっと届かないのかな……」

 

「……分からない……純粋にまだ力が足りないのか……それとも、完全体に進化した時のように、何か"切っ掛け"が必要なのか……」

 

「……まあ、今は気にしても仕方ないね。 残り3体をロードすればきっと進化出来るようになるよ……それより、今はみんなの所へ急ご! 早くしないと、私達だけ置いてかれちゃう!」

 

「……そうだな……」

 

最早彼女が"選ばれし子供"ではなく、今まで嘘を付き続けていた事はもう皆も知っているだろう。果たしてそんな自分を子供達が受け入れてくれるのか、沙綾は不安に思う。だが、

 

(それでも……行かなきゃ)

 

例え信じて貰えなくても、彼女には選ばれし子供達に着いていく以外の選択肢はないのだ。

はぁ、と息を吐き、沙綾は気持ちを落ち着かせる。

 

「……どうする……? 退化しておくか……?」

 

「ううん。 背中に乗せて貰いたいし、別にそのままでもいいよ 」

 

「了解だ……」

 

メタルティラノモンは地べたに伏せるように腰を低く落とし、負傷した少女を自身の背中へと乗せて立ち上がった。そして、

 

「さあ、行くぞマァマ……しっかり掴まってろ……」

 

「うん!」

 

ドスンと地面を蹴り、一気にトップスピードまで加速する。機械化され"速さ"が大幅に落ちたメタルティラノモンの状態でさえも、究極体をロードした今は前のティラノモンの時よりもまだ一回り速い。究極体に進化出来ずとも、その速度だけみれば彼が如何に強化されているのかは一目瞭然である。

 

歴史通り、日が落ちた東京の空にデジタルワールドが映し出される中、彼女達は皆のいる崩壊した街中へと進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕達がこっちの世界に帰ってきて数日になります……てことは、向こうの世界では、もう何年も経ったことになる……」

 

遥か上空、おぼろげに映し出されたデジタルワールドを見上げ、光子朗がポツリと呟いた。それに続くように、今しがた究極体から退化したばかりのコロモンが、不安そうに口を開く。

 

「……きっと、ボク達が向こうの"歪み"を正さないままこっちの世界に来ちゃったから、あっちが大変な事になってるんじゃないの……?」

 

「その影響が……こっちにも現れたって事ね……」

 

「行ってみよう! もう一度、デジタルワールドに!」

 

「確か、最初に向こうに行った時は、デジヴァイスに導かれるように飛ばされたから、今回も同じようにすればいいんじゃないかい?」

 

「そうだな……よしみんな、デジヴァイスを!」

 

太一のその言葉で、八人の選ばれし子供は輪になりながら各々のデジヴァイスを取り出す。

 

本来の歴史ならば、このまま彼らはデジタルワールドへと帰還し、待ち受けるダークマスターズとの戦いに身を投じる事になるのだが、

 

「ちょっと待ってぇー!!」

 

そんな大声と共に、ドスン、ドスンという地鳴りの接近に、太一達はデジヴァイスを掲げるのをやめて音のする方向へと目をやった。

 

「あれは……メタルティラノモン!」

 

「おいっ! なんかものすごいスピードで向かってくるぞ!」

 

「……沙綾ちゃん……」

 

怒濤の勢いで廃墟を直進する恐竜にヤマトは顔を引き吊らせ、空は最早溜め息を吐いている。

そして、

 

「……到着だ、マァマ……」

 

数秒と経たない内に皆の前まで前までやって来たメタルティラノモンは、そう言いながらパートナーを下ろした後、その身を成長期へと退化させた。

皆の視線が集まる中、背中から降りた沙綾が静かに口を開く。

 

「お願いみんな……私も連れていって!」

 

「一緒にって……貴方その怪我で着いてくるつもりなの?」

 

「うん……どうしても……みんなに着いていかなきゃいけないから……」

 

「貴女って人は……どうしてそんな無茶ばかりするの!?」

 

あくまで付いていくという沙綾に対して、空は最早呆れながら一歩詰め寄る。当然だ。先程沙綾が目を覚ました時も、空は彼女に対して散々"無理な事はするな"と言っていたのだから。

しかし、そんな二人の会話に割って入るように、ヤマトが口を開いた。

 

「その前に沙綾、お前に聞きたい事がある……」

 

「うん……」

 

「まず始めに、お前は"選ばれし子供"じゃないんだよな?」

 

(やっぱり、追求されちゃうよね……)

「……うん」

 

「でも、それなのにお前はデジタルワールドにいた……俺達と同じデジヴァイスも持ってる……その上、ヴァンデモンと戦う前に言ってたよな……"私は最初からみんなの事を知ってた"って……それは一体どういう事か、説明してくれ」

 

ヤマトの口調は少し厳しい。

要するに、彼は沙綾に対して不信感があるのだ。

いや、本人自体は沙綾を信用してはいる。沙綾が"敵"に回るなんて事は流石に考えてはいない。しかし、デジタルワールドは弱肉強食の世界だ。"もしも"という事もある。

 

「全然分からないんだよ……お前の事が……」

 

弟タケルの命を守らなければならない立場であるヤマトは、不安要素に対して納得のいく説明が欲しいのだろう。

 

しかし、

 

「……ごめん……詳しくは"まだ"言えない……ただ、私達には私達の目的があって……そのためには、どうしてもデジタルワールドに戻らなきゃ行けないの!みんなと一緒にいなきゃいけないの!でも、私は選ばれた子供じゃないから、自分の力じゃあの世界に戻れない……だから……」

 

沙綾に言える事は、せいぜいこれが限界だ。

しかし、それに対するヤマトの追求は厳しい。

 

「じゃあ……お前は最初から俺達を"利用する"つもりで近付いてきたって事か?」

 

「……始めは、確かにその通りだよ……アンドロモンの工場でみんなに会った時は……言い方を悪くすれば……みんなを"利用する"だけのつもりだった……でも、みんなと一緒に旅をしてみて……私の事を"仲間"だって言って貰えて……本当に嬉しかった……私もみんなを助けたいって……心の底からそう思った……」

 

ファイル島でのデビモン戦以降、沙綾は自分の目的に加えてただひたすらにそれを考えて行動してきた。

時には裏目に出る事もあったが、これが彼女の本音である事に間違いはない。

今までの嘘を詫びるように、沙綾は頭を下げる。

 

「お願い……信じて……みんなの足を引っ張るような事は絶対にしないから! 私も……もう一度みんなと一緒に旅をさせてください……」

 

「…………」

 

必死に頭を下げてそう頼み込む沙綾に、ヤマトは少し困惑しているのか目を反らしたままなかなか返事が返せない。

そんな時、そこに助け船を出したのはやはり、

 

「まぁいいじゃねーかヤマト……連れてってやろうぜ」

 

太一である。

彼は困っているヤマトの肩をポンっと叩きながら、頭を下げる沙綾の前までコツコツと近づいていく。

そして、

 

「なぁ……顔上げてくれよ沙綾」

 

「太一君……」

 

「こうやってちゃんと話すのも、なんだか随分久しぶりだよな……」

 

「……太一君からすればそうだね……私にとっては……ほんの3日4日だけど……」

 

「ははっ、それもそうだな」

 

それは太一なりの気の使い方か、張り積めた空気を気にしていないかのように、彼は何時もと変わらない軽い口調で話す。

 

「……ずっと嘘をついてたんだもん……簡単に信用して貰えるだなんて思わない……でも、私がんばるから!」

 

「心配すんなって。 誰もお前の事を疑ってる訳じゃないんだ……そりゃあ、俺だってお前が"選ばれてない"って知った時は信じられなかったけど……それでも、やっぱりお前は俺達の大切な仲間だ」

 

いつか聞いたようなそんな言葉を、躊躇うことなく口にした。

 

「目的が言えないっていうのも、きっと何か理由があるんだろ?」

 

「……うん……」

 

「なら、それだけ言ってくれりゃ十分だ。 今までお前に散々助けられて来たんだからな……今度は俺達がお前を助ける番だ……そうだろヤマト」

 

「……はぁ……分かったよ……」

 

太一に促され、ヤマトは溜め息を吐きながら"渋々"とそれを了解した。

 

「怪我してるってんなら、俺達で沙綾を守ってやればいい……いや……今度こそ、俺がお前を守ってやる! 」

 

「!!?」

 

太一のその一言に、沙綾の心臓がバクリと跳ねた。

同時に、その綺麗な白い顔が徐々に赤みを帯びてくるのが分かり、彼女は思わずそれを悟られないように下を向いた。

ただ、それでは逆に、下から彼女を見上げている何も分かっていないパートナーに思いきり見られてしまう結果になるのだが。

 

「ん?どうしたのマァマ? 顔が赤いよ?」

 

「な、何でもないから!」

 

「えっ……でも……顔が」

 

「だ、大丈夫だから!」

(……もう……前々からそうだけど……なんで貴方はそんな不意打ちをしてくるのかな……)

 

首を傾げるアグモンにヒヤッとしながらも、沙綾はそんな事を思う。太一としては、以前彼女を守れなかった事に対する責任からの発言だろうが、 狙っていないにしても、今の言葉は質が悪い。

 

(……こんなタイミングでそんな事言われたら……ドキッとしちゃうじゃない……バカ……)

 

ただ、彼女の言う太一の朴然人ぶりは、間違いなく自身にも当てはまっているのだが、当の本人はそれに気付くことはない。そして彼女が内心でそんな事を考えてる中、皆の話は進んでいく。

 

「空もそれでいいだろ?」

 

「……はぁ……もう、別にいいわよ……"誰かさん"と一緒で、どうせ言ったってきかないんだから……」

 

「"誰かさん"って誰だよ!」

 

「さあ……自分に聞いてみれば?」

 

「……ちぇっ……なんだってんだよ……」

 

少し不貞腐れた様子で空はぷいっとそっぽを向く。

だが、態度こそ突き放してはいるものの、彼女も既に沙綾が来ること自体には頷いていた。

 

「……みんなも、それで問題ないか?」

 

太一が皆にそう問いかける。

 

「僕は問題ありません。沙綾さんが居てくれた方が、戦力としては心強いですから」

 

「うんうん! 私も女の子は多い方が嬉しいし!」

 

「まあ……そこまで頼みこまれちゃしかたないよな」

 

「辛かったら言ってね。僕達も沙綾さんの力になるから!」

 

「あの……よろしくお願いします……沙綾さん……」

 

「みんな……」

 

素性や目的を隠しているにも関わらず、光子朗達は以前と変わらない笑顔で沙綾を迎え入れた。

ヤマトと空も"態度"こそ不満そうだが、最早反対はしていない。皆の暖かさに、沙綾の瞳が潤む。

そして、それを満場一致だと判断した太一は、元気よく声を上げた。

 

「なら決まりだな……さあ、あんまりもたもたしてられない!行こうぜみんな!」

 

その声を合図に、ヤマト、空を始め、沙綾以外の全員が、先程と同じようにデジヴァイスを天へとかざした。

すると直後、遥か上空に映るデジタルワールドから帯状の光が彼らを包み込む。今度こそ帰還の時である。

その中で、

 

「沙綾、行こうぜ!」

 

太一はデジヴァイスを片手に、もう一方の手を沙綾へと差しだす。そして、彼女はその伸ばされた手を少し恥ずかしそうに見つめた後、

 

「うん!」

 

そう嬉しそうに彼の手を握り返したのだった。

 

 

 






いや長かった。
次回からやっとダークマスターズ編に突入です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去編 最終章
魔竜の想い


ダークマスターズ編開始……なのですが、今回はその序章です。
話の内容はタイトル通り。
もしかすると、作者の文章力的に少し混乱する部分があるかも……




沙綾とアグモンが、選ばれし子供達と共に再びデジタルワールドへと帰還を果たしたその頃。

 

次元の狭間。

 

『……………』

 

どちらが上で、どちらが下かも分からない深い闇。

 

その中を、一匹の巨大な"魔竜"が漂うように進む。

全身に纏う装甲は血の色、両爪は鋭く、背中には巨大な大砲を背負った深紅の機械竜。

 

『…………』

 

彼の名はカオスドラモン。

ダークマスターズの一人であるムゲンドラモンが、長い年月を掛けて更なる進化を遂げた最強のマシーン型デジモン。そして、沙綾とアグモンが過去へと渡る切っ掛けを作った、彼女達にとっての"諸悪の根元。

 

『……後少しだ……』

 

闇の中を出口を求めて漂いながら、彼は静かにそう呟いた。そして、

 

『……フッ……クク……』

 

まるで、何かを期待しているかのように魔竜は短く笑う。

最も、それはかつての彼を知っている者が見れば、間違いなく不気味に写った事だろう。

『殺戮兵器』とまで称された、ただ破壊するだけの無機質な機械が、そんな感情めいた表情をするなどありえないのだから。現に、彼は未来の世界において沙綾の親友達を眉一つ動かさずに殺害して見せた。

 

 

しかし、

 

果たしてそれは正しいのだろうか。

沙綾達が主観的に見たカオスドラモンが、本当の彼の姿だったのだろうか。

 

逆に、こうは考えられないだろうか。

 

彼はあの時、『殺戮兵器として対象を破壊した』のではなく、『ただ自分の回りを飛び回るハエを落とした』に過ぎなかったのだと。

 

もし、彼が以前のムゲンドラモンと同じならば、彼のいる部屋へと"踏み行った段階"で沙綾達の命などない。"侵入者"と判断され、即座に消されていた事だろう。

それに対し、彼は最初に何と言った?

 

『"動けば"……破壊スル……』

 

鳥肌が立つようなプレッシャー故に彼女達は気付きもしなかっただろうが、この時点で既におかしいのだ。

小説に登場するムゲンドラモンはそんな悠長な事はしない。ありとあらゆる手段を用いて対象を始末する。

それが動こうが動けまいが、弱者だろうが強者だろうが一切関係はない。

"目標は等しく全て破壊する"

これがかつての彼の在り方なのだから。

 

そしてもう一つ。それ以前に、沙綾達があの部屋へと突入した段階では、まだアキラのパートナーであるゴツモンは、虫の息とはいえ"生存していた"。

たかだが"成熟期"の身で、"超究極体"ともいえる彼へと挑んだにも関わらずにだ。そんな事が本当にありえるのだろうか。

 

その後にしてもそうである。

カオスドラモンの"普通の攻撃"を受けて、ティラノモン達が生きている道理など何処にもない。

 

わざわざ沙綾の親友のバックアップを破壊した理由も、"目標を完全に消滅させる"というよりは、彼個人がそのシステムに何かしらの"嫌悪感"をもっているからだろう。

人間に例えるなら、彼にとって未来での沙綾達との戦闘は、所詮『飛び回るハエを払ったか叩いたか』の違いに過ぎない。ただ飛んだだけのティラノモン達は払われ、カオスドラモンにとって"不快な羽音"がしたアキラ達は叩かれた。

 

本当に、ただそれだけの違い。

 

つまり、彼は間違いなくムゲンドラモン本人ではあるが、その実、内面はダークマスターズ時のムゲンドラモンではないのだ。

『うっとおしいハエを落とす』というその行為は、"感情"がなければ成立しないのだから。

 

遥かなる闇の中、魔竜は思う。

 

(……思いの外"ヤツ"が早く落ちたのは好都合だ……フン……あの人間供には……感謝せねばな……)

 

"ヤツ"、それは勿論クロックモン。

3日間掛けて彼を精神的に追い詰め、次元の扉を開かせたカオスドラモンであったが、相手は"時の番人"。それこそ後何日、何ヵ月という時間を掛けて彼を拷問するつもりでいた。アキラ、ミキの殺害はカオスドラモンにとって取るに足らない出来事であるが、それが大幅な時間の短縮に繋がったのならその価値は十分であろう。

出来るなら、彼は一刻も早く過去へと戻りたかったのだから。

(……アンドロモンも破壊した……これでもう……あの時代の"ヤツら"が過去に来る事はない……)

 

ムゲンドラモンすら越える圧倒的な力を手にしたカオスドラモンでも、過去に渡る上で一つだけ警戒しなくてはいけないことがあった。

 

そう、それは……

 

(八神太一……石田ヤマト……他六名の"英雄"達……)

 

未来の世界の、元"選ばれし子供達"。

 

彼の"計画"において唯一の障害となりえるのは、"あの時代の太一達の歴史への介入"である。アンドロモンは古くからの彼らの知り合い。自身の目が届く内は『人質』として大いに利用価値があったが、もし彼を残したまま過去へと跳べば、デジヴァイスを介した通信によって後々"大人となった選ばれし子供達"に"計画"が露呈する可能性があった。

 

(それだけは……回避せねばなるまい……)

 

いくら彼でも、未来世界"最強"と名高い聖騎士、オメガモンを始めとした何体もの究極体を相手する事は出来ない。

それが、彼がわざわざ瀕死のアンドロモンに止めを指した理由である。

 

『……"あれ"から25年……長かったのか……それとも……短かったのか……』

 

何時終わるとも分からない時空の旅の中、カオスドラモンは物思いにふけるかのように目を閉じ、そう呟いた。

 

『後は……選ばれし子供達を"破壊"するだけ……それだけで……オレの"願い"は叶う……』

 

彼の願い。

 

それはただ単純に選ばれし子供達に復讐する事ではない。いや、それどころか、彼は子供達に対して別段恨みを持っていない。

当然だ。ムゲンドラモンが子供達に倒された時、彼はまだ"感情"など持っていなかったのだから。

"戦闘の末の敗北"。驚きこそあったが、彼にとって過去の自分の死などその程度の認識でしかないのだ。

 

では、あの時果たせなかったデジタルワールドの支配こそがカオスドラモンの目的なのだろうか?

 

『……………』

 

いや、それも違う。そもそも他の三体とは違い、当時からムゲンドラモンには支配欲なんて物はない。カオスドラモンとなった現在でもそれは同じ。

 

ならば、一体何が目的なのか?

何のために、過去の選ばれし子供を狙うのか?

 

もし仮に、選ばれし子供達が30年前、世界を救う前に倒れたとしたなら、一体何が起こるのか。

 

答えは簡単だ。

 

(……後は選ばれし子供を破壊すれば……デジタルワールドには暗黒の時代が続く……そうなれば……もう人間達が"こちら世界にやって来る事はない"……)

 

そう、デジタルワールドに起きた異常は解決されず、したがって、人間世界の異常も解決されない。デジモン達は暗黒のデジモンに怯え続け、人間達は迷い混んだ見えざるデジモンの被害を被る。支配するでもなく、復讐のためでもなく、ただそんな世界を作る事こそ彼の目的。

"誰も望まない"そんな結末だけを、この魔竜は望んでいるのだ。

 

では何故、彼はそんな世界を望むのか?そんな世界に一体何の意味があるのか?

 

『……"お前"ならば……』

 

この底の知れない闇の中、魔竜は穏やかな声で、まるで誰かへと問いかけるように囁いた。

 

『……オレのしようとする事……"お前"なら……何と言うのだろうな……』

 

その声色は優しく、彼が未来で沙綾達に見せた物や、ムゲンドラモンとして、選ばれし子供達と対峙した時とは全く違う。

闇の中から返事など返って来る筈もないが、カオスドラモンは気にせず一人話を続けた。

 

『……フッ……"そんな事はやめろ"……だろう……? 分かっている……だがな……』

 

例えそんな世界でも、彼にとってはこの上ない"意味"がある。

 

『……"お前"に拒否権はやらん……今は大人しく"あの世"で見ていろ……文句なら……いつか聞いてやる……』

 

そう、全ては、25年前のあの"事故"の"原因"を根本から消し去るために。

 

己に"心"をくれた、たった一人の"人間"のために。

 

"少女"が生きていられる"可能性"のために。

 

『……これは"子"を置いて勝手に消えた罰だ……この"親孝行"だけは……嫌でも受け取って貰うぞ……』

 

そのためならば、たとえ世界を犠牲にしようと、誰を敵に回そうとこの魔竜は止まらない。目的を果たすまでは、例え己の命が果てたとしても動き続けるだろう。

ただ一つだけ残念な事があるとするならば、それは、

 

『……最も……そうなれば……お前はオレの事など"忘れてしまう"だろうがな……』

 

憂いを含んだ寂しそうな声で魔竜はそう呟いた。

彼のしようとしている"歴史の改変"は、正にそういう事だ。選ばれし子供達という『人間とデジモンの架け橋』を壊す以上、両種族はもう交わらない。

大切な思い出も、その出会いも、あの旅も、何もかもが"少女"の記憶からは"なかった事になる"。それだけではない。

 

(クロックモンは言っていた……"世界は矛盾を許さない"と……ならば……歴史の変更と同時に……当然今の"オレ"も消えるだろう……お前に貰った……この"心"ごとな……)

 

過去へと跳んだ時点で、既に彼が救われる結末は存在しない。

デジタルワールドの異常が直らなければ、デジモン達が新たな命に生まれ変わる"はじまりの街"も死んだまま。そして更に、カオスドラモンは"タイムパラドックス"への警戒から、時間の移動先を"かつての自分が倒された瞬間"に指定している。ならば、"はじまりの街"が機能していない以上、ムゲンドラモンの生まれ変わりである彼の存在は、子供達を始末した瞬間に矛盾が生じる事になる。

 

皮肉にも、少女の『蘇生』の瞬間が彼にとって『消滅』の瞬間になるのだ。

 

(………これが今までの報いか……フン……オレには相応しい結末だ……)

 

だが、例えもう会うことが出来なくとも、

例えこの声がとどかなくとも、

例えこの想いが伝わらずとも、

例えその果てに、己の存在が消え去る事になろうとも、

 

その"心"には一辺の迷いもない。

 

『待っていろ……"オレ"が……必ず"お前"を甦らせてやる……』

 

暗闇の遥か先、一点の光が彼の目に映る。

どうやら"出口"が近いのだろう。

それを目の前に、"彼"はその合金の内に秘めた決意を、今は亡き少女へと捧げた。

 

『……だから……お前は生きろ……我が"母"よ……』

 

光が"彼"の全身を包み込む。

とても悲しく寂しい、そしてなんとも独善的な、"彼"の最初で最後の"親孝行"が、今幕を開けた。

 

 

 

 

 




未来編でのいくつかの伏線の回収でした。
カオスドラモン"本人"の登場は未来編以来ですね。

ダークマスターズ編は、彼との決戦が話の主軸ですので、本編の前にこの話を入れました。
カオスドラモンが過去に渡った本当の理由……もう気付いていた方も多いとおもいますが『沙綾と全く同じ』です。
そして彼のその行動理念は『アグモンと全く同じ』……まあ、それは当然ですね……だって彼は……

さて……果たして勝つのはどちらでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

考えるのは……おしまいです……

デジタルワールド、

 

「……俺達……帰ってきたのか……?」

 

新緑の森の中太一がそう呟く。

 

「そうみたいですね……ここは……えーと……ファイル島でしょうか?」

 

「ファイル島か……なんだか随分懐かしいな」

 

ヴァンデモンとの決戦を終え、歴史通り無事にこの世界へと帰還を果たした選ばれし子供達は、本当に帰って来れたのかを確認するためか回りをキョロキョロと見回している。

その一方、

 

「帰ってきたんだね……」

 

目の前に広がる鬱蒼と生い茂った草花と、青々とした森の木々。久方ぶりとなるこの世界を体で感じながら、沙綾は囁くように呟いた。

 

「ん、どうかしたのマァマ?」

 

沙綾を下から覗き込みながらアグモンは首を傾げる。

そんなパートナーを優しく見つめた後、彼女は言葉を続けた。

 

「……なんだか不思議だなって……そんなに時間は立ってない筈なのに、前にみんなと旅をしたのがもうずっと昔みたい……」

 

エテモンの撃破後から現実世界に留まっていた沙綾にとって、実際に経過した時間は一週間にも満たないが、あの時と比べ、彼女の状況は目まぐるしく変化した。

アグモンとは一度離れ離れとなり、気付けば体中に無数の傷を負っていた。更に、不測となるヴァンデモンとの戦闘を経て己の未熟さを想い知り、嘘を付き続けていた事も皆へと知れ渡る。そして言わずもがな、"決戦"へのタイムリミットも刻一刻と近付いてきているのだ。

 

そう深呼吸しながら感傷に浸る沙綾の背中越しに、太一と空が軽く笑いながら声を掛ける。

 

「ははっ、それは俺達のセリフだ。 お前が寝てる間、こっちは色々大変だったんだぜ?」

 

「ふう……本当に、あの時はどうなるかと思ったわ」

 

「うっ……それはその……ごめんなさい……」

 

言うまでもなく、それは"メタルティラノモンの暴走"

冗談混じりに言う彼らだが、沙綾としてはなかなか耳に痛く、肩を落として言いにくそうにそう口にした。

しかし、予想以上に落ち込んだ彼女の様子に、太一は焦りながらそれを慰める。

 

「じょ、冗談だよ! あれはお前のせいじゃないんだ。気にすんなって! なっ!」

 

「……うん……ありがとう、太一君……」

(そうだ……今は落ち込んでる場合じゃない……もう此処まで来ちゃったんだ……覚悟を決めないと……)

 

歴史通りに話が進むなら、彼女達はこれから"身を切られるような思い"を何度とする事になる。

親しくしていたデジモン達が次々に倒れていく中で、選ばれし子供達は前へと進んでいくのだ。沙綾はその歴史を知っているが、勿論、だからといってそんな彼らの"結末"を変える事は許されない。以前の彼女ならば、それに対して何も出来ない自分に葛藤を覚えていた。"それでも見捨てたくない"と。しかし今は、

 

(……決めたんだ……私は……私に出来る事をやり遂げる……)

 

もう迷う事は許されない。ヴァンデモンとの戦いでは、自身の判断の"甘さ"故にパートナーを無くしかけた。

アグモンは沙綾の判断で行動しているのだ。これから先は熾烈な激戦の連続。彼女が揺らげば、それは"アグモンの窮地"となって表に現れるだろう。

 

「ああ! くよくよしてんのはお前らしくないって! 元気だして行こうぜ!」

 

「うん」

(……必ず……"アイツ"を倒す……待っててね……ミキ……アキラ……)

 

"始まりの決意"を新たに、沙綾は必死に励まそうとする太一へと頷く。そんな彼らを横目に、

 

「はぁ……もう、太一……デレデレしちゃって……」

 

「空? どうしたの?」

 

「……ピョコモン……ううん……何でもない」

 

ダークマスターズによる突然の襲撃は間近。そんな中、空は少し不満げに、自らのパートナーへとそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デジタルワールド、スパイラルマウンテン第三層、都市エリア。

 

「……どうやら今、ムゲンドラモンは不在のようですね……」

 

様々な国の建物がデータとして乱立する巨大都市。

ダークマスターズの一人であるムゲンドラモンが支配するこの街の地下で、アンドロモンは声を潜めてそう口にした。

 

「今の内に、"メタルエンパイア"の連中を一体でも倒しておきたいところです」

 

メタルエンパイア、それはムゲンドラモンを頂点としたマシーン型デジモン集団の呼称。

ダークマスターズが世界を支配し、スパイラルマウンテンを作り上げて以降、それに異を唱えたアンドロモンはこの街の地下へと潜伏し、彼の集団に対してレジスタンス活動を行っていた。

最も、完全体の身である彼では当然究極体のムゲンドラモンには歯が立たない。よって、あの機械竜がいない今こそが、メタルエンパイアを攻める絶好のチャンスなのだ。

ただ、本来その活動は、あくまでアンドロモン個人によるものでしかない筈なのだが、

 

「……では……行きましょうか……」

 

アンドロモンは振り返り、後方の闇へとそう声を掛けた。

するとそれに答えるように、地下特有の暗い通路の中、コツ、コツという足音を響かせて、その独特の身体が映る。

"時計型の機械"へと騎乗したそのデジモンの名は、

 

「"クロックモン"……」

 

「……はい」

 

そう、沙綾を過去へと送った張本人にして、その後各地を旅しながら、消滅の危機にある彼女を救う手段を模索していた彼である。

 

「貴方は成熟期だ……戦闘は私が行います……貴方は、サポートに徹して下さい」

 

「……分かりました」

 

アンドロモンの提案にクロックモンは小さく頷く。

ただ、その表情はアンドロモンが知る中でも一段と暗く見えた。

 

「どうしたのです? いつもにも増して、表情が優れないようですが?」

 

「いえ……別に……何でもありません……」

 

何故、彼が今アンドロモンと共にレジスタンス活動を行っているのか。それはクロックモンが"歴史のループ"を確かめるため、沙綾が始めてこの世界へと訪れた工場へと足を進めた所まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

アンドロモンの協力の元、クロックモンは彼の工場の門のシステムを徹底的に解析した。しかし、結果から言えば、彼の推測は残念ながら的を射てしまったのだ。

 

「この工場の認証システムは正常に働いていた……やはり彼女がこの世界に来るよりも前に……"別の彼女"があの世界で門を開ける登録をしていた事に間違いない……」

 

"しばらく一人にしてください"

そう言って借りた部屋の中で、クロックモンは明かりもつけずに呟く。

 

最早疑いようのない解答。

浮かび上がる最悪のシナリオはこうだ。

 

沙綾がいた時代、その時代で殺される親友を救うため、『別の時代の沙綾』が"先"に過去へと向かう。

今回の沙綾と同じように偶然過去にて登録を行い、今回と同じ旅を送る。

そして、選ばれし子供達と共に"この時代"のカオスドラモンを撃破し、そして最後、全てを終わらせるため、"沙綾がいた時代"のカオスドラモン"を倒すべく未来へと帰った処で……

 

(彼女は……カオスドラモンに殺される……理由は恐らく、『選ばれし子供達』という戦力を失うから……)

 

他にも、この世界での決戦の段階で『カオスドラモンと相討ちになる』や『未来へと帰る前に何かしろの事故が起きる』といった結末もあり得る。

いずれにしても、過去の世界は救われているが、"沙綾がいた時代"のカオスドラモンが生存している事に変わりはない。ならば、生き残った彼がその後工場を襲撃して親友を殺害し、結果、『この時代の沙綾』が過去へと渡る。そして再び偶然過去にて扉の登録を行う。

前の沙綾が死ぬと、次の沙綾が旅立つ。

紛れもないループ。

確証はないが、本人に自覚がないまま、"沙綾"は恐らくこの旅を何万回、何億回、何兆回と繰り返しているのだろう。

 

(……これでは……最早本当に……どうしようもない……)

 

そしてそれは、恐らくクロックモンも同じ。

沙綾を助ける手段を探しては、結局見つからずに次の沙綾を過去へと送り、その時代の彼が、再び彼女を救う旅を始め、結局見つからずに次の沙綾を……

その中で『世界のループに気付いていながら』、それでも尚ループは続いているのだ。それは正に、"彼には何も出来ない"という『証明』そのもの。

 

ただ、それだけでは説明がつかない『物』も一つだけある。それは

 

(唯一……この『小説』だけは『世界のループ説』を否定出来そうでしたが……)

 

沙綾が未来から持ってきた小説。

選ばれし子供達の激闘が記された伝記だが、その小説内に"沙綾の存在は一言も明記されていない"。

本当に世界がループしているのだとすれば、これは明らかな『矛盾』。ならば、この小説の存在こそが、このループ説を根刮ぎ否定する証拠となる筈。

 

だが……

 

(……彼女が一度過去に戻っている事が『確定』した今……最早これも証拠にはならないでしょう……)

 

それはこの小説が『本当にその世界の伝記』であった場合の話である。

 

クロックモンはこう考えている。

 

(仮に……本当に"一番始め"、ループ開始時の彼女が、この本の『原本』を持って過去へと渡り……それが何らかの形で小説の著者へと渡れば……結局矛盾は起きなくなってしまう)

 

そう、ループが開始される前、正しい歴史の『デジモンアドベンチャー』を持った一人目の沙綾が過去へと渡った時、その小説がそのまま過去の『タケル』へと渡れば、沙綾が介入した世界でも、彼女の登場しない『デジモンアドベンチャー』を執筆する事が出来てしまう。

要は完全なコピーだ。

それが未来の世界で世の中に広まり、そのコピーを手にした沙綾がまた過去に渡ったとすれば、今彼の手元にあるこの小説の説明も付いてしまう。

つまり、世界のループを否定する証拠にはなり得ない。

 

多くの人々に多大な影響を与えたこの『小説』もまた、彼女と共に同じ時間をぐるぐると回り続けていたのだ。

 

なら『一人目の沙綾はどうやって扉を開いたのか?』という疑問が新たに生まれるが、結局、『門が勝手に開いた』というのはあくまで『沙綾が過去へと渡る』という"結果"の"過程"でしかない。要はいくらでも変更がきくのだ。最終的に、例え門が開かずとも『たまたま勝手に工場の外壁が崩れた』などの理由で彼女はこの施設に足を踏み入れるように"歴史"が出来ている。

 

(……なぜ……この小説が過去の著者に渡ったのか……様々な予測を立てる事は出来ます……ですが……実際、それはあまり意味がないでしょう……)

 

『何故そうなったのか』は問題ではない。

結局『この小説ではループを否定出来ない』という結果が全てなのだから。

八方塞がりの状況に変化は何もない。

 

「はは……ははは……」

 

もう、彼には乾いた笑い声しか出てこない。

 

「……こんな事なら……私は居ない方がましだった……」

 

"いっそ消えてしまおうか?"

しかし、クロックモン自身が消えるだけで解決するなら話は簡単だ。

確かにそうすればこれ以上の"ループ"は起こらないが、今彼が消えれば、この『世界にいる沙綾』がタイムパラドクスを起こして"消滅"する。

自分のエゴでこの世界へとおくりこまれた今の彼女がだ。

そんな事が果たして許されるのだろうか。

 

「……もう……疲れました……」

 

結局答えは出ないまま、クロックモンは暗い部屋で一人崩れ落ちた。

胸の中に溢れるのは、後悔、そして果てしない虚無感。

そして、

 

「……考えるのは……おしまいです……」

 

彼はその時思考を停止した。

考えれば考える程、抜け場のない泥沼へとはまっていくだけなのだから……

 

 

 

それから何年、クロックモンは絶望を抱えながらあの工場内に閉じ籠っていたのだろう。

気付けば訪れるダークマスターズの進行。

勿論、クロックモン達のいる工場にも彼らの魔の手は及んだが、その際アンドロモンに救われてその場を脱出し、以後、成り行きから彼のレジスタンス活動に手を貸しているのだ。

 

その表情に、暗い影を落としながら。

 

 

 

 

 

 

「さあ、行きますよクロックモン!」

 

「……はい」

 

アンドロモンの声と共に、クロックモンは暗い地下道を駆ける。

 

(……恐らく……もう少しで選ばれし子供達がこの世界へと帰って来る……そして、そこには……"当然"彼女もいるでしょう……)

 

世界のループ。そして"歴史の流れ"

その事実を言い換えるなら、沙綾は余程の事がないかぎり『カオスドラモンに殺されるまでは死なない』

ここまでの彼女の旅の無事は"歴史"によって保証されている。何度窮地に立とうが、"奇跡"と"運命"が沙綾を守護する。

だが、いざカオスドラモンとの戦闘になれば、その"奇跡"と"運命"が彼女に牙を向ける事になるのだ。

 

(私は……彼女にどの面を下げて会えばいいのでしょうか……)

 

"小説"では、選ばれし子供達とアンドロモンはムゲンドラモンとの戦いの前に合流する。

ならば、彼と行動している以上クロックモンもそのタイミングで沙綾と再開する事になるだろう。

 

暗い地下道は果てしなく延びている。

再開の時は刻一刻と迫っているものの、クロックモンは今、沙綾の顔すらまともに見る自信がなかった。

 

 

 




今回の話、もしかすると作者の説明能力的に分かりにくかった方がいるかもしれません。
ですので、これまで話の中で出した情報を少しまとめてみようと思います。

1、カオスドラモンとの戦いでは、沙綾は確実に彼に勝てない
2、何故なら、それは『最終的に沙綾が死ぬ』という歴史がループしているから
3、この事実を知っているのは、現状クロックモンだけ
4、沙綾の持ってきた『デジモンアドベンチャー』は、"前回"のループ時の沙綾が持っていた『デジモンアドベンチャー』がその世界のタケルへと渡り、沙綾のいた時代で彼が『そのまま』世に広めたもの。
5、だから、小説内に沙綾が登場しないにも関わらず、未来の世界のヒカリが沙綾をよく知っている。

何故『タケルに小説が渡ったのか』、それはこの先でキチンと説明していこうと思います。たぶん、かなり後半の話になるかとおもいますが。

カオスドラモンの想いに、世界のループ、タケルに託される彼の小説。そして、アグモンの最後の進化。

今、冒険が進化する!



あ、あと、あまり関係ないですが、今回文章を書き出すのが難しくて、息抜きがてらに全く別の小説もスタートさせました。もし原作を知っている方がいましたら読んでやって下さい。
基本は此方を優先しますので、更新は一定を越えるとゆっくりになりますが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

さよなら……ピッコロモン



更新が遅れて申し訳ないです。
その分、今回は二話『ほぼ』同時更新です。


クロックモンが自らの"解答"を胸に暗い地下道を駆けるその頃。

その"絶望の原因"である沙綾は、

 

(……流石はダークマスターズだね……本当にあのウォーグレイモン達が手も足も出ないなんて……)

 

「ふう……全く、間一髪だったッピ……」

 

選ばれし子供達と行動を共にする彼女は今、歴史通り突如として現れたダークマスターズから逃れるため、駆け付けたピッコロモンの結界でその身を隠しながら、流れに身を任せるように、彼の魔法で浮遊しその場を離れようと移動していた。

 

(……ムゲンドラモン……今は勝てないけど、次にあった時は……必ず……)

 

当然、先程現れ、今も彼女達を追撃しているダークマスターズの中には、彼女の宿敵とも言えるムゲンドラモンの姿もある。

だが、だからといって今はどうしようもない事も彼女自身よく分かっている。

故に、沙綾は彼と対面した時から今まであえて感情を表には出さず、冷静に"次の展開"へと目を向けていた。

 

(でも、今はそれよりも……)

 

そう、この先に待つ"別れの時"へと……

 

「くそっ!」

 

自らの主戦力である究極体が全く歯が立たなかった悔しさからか、太一は結界の中で奥歯を噛み締めるようにそう呟く。

 

「「………」」

 

それに加え、他の子供達にとっても帰還後早々の敗北は衝撃が大きかったのだろう。パートナー達も含めて、皆の表情も固く口を閉ざしている。その上、

 

「……ボク、アイツに勝てるのかな……」

 

沙綾のアグモンにしても、究極体というカテゴライズの広さに、少し不安になっているようだ。

何せ、彼が近い内に戦うカオスドラモンは、今しがたウォーグレイモン、メタルガルルモンを一蹴したピエモンよりも、まだ"格上"の可能性が高いのだから。

 

"沙綾を守る"

その意思に揺らぎはないが、果たしてそれを成せる力が自分にはあるのか。

沙綾が大丈夫だと言っている以上、それを疑う訳ではないが、『万が一彼女の身に何かあれば…』と考えれば、彼が不安に思うのも仕方がない。

ヴェノムヴァンデモンをロードした今でも、まだ究極体にすら成れていない彼は、そんな焦りからか、せっかく再会したこの世界で数少ない知り合いのピッコロモンにも、目立った反応を示せないでいた。

 

各々が様々な不安を抱える今、後方からはメタルシードラモンを筆頭に、計4体の究極体が彼らを逃がすまいと 迫って来ている。

 

そんな緊迫した状況の中、

 

「助けてくれてありがとう……あの修行の時以来だね、元気だった? ピッコロモン」

 

沙綾は呆れるほど穏やかに、そして何処か寂しさを含んだ声で、結界を移動させる小さな妖精へと口を開いた。

 

「……お主は何を呑気に……雑談なら後にするッピ!」

 

まるで場違いな言葉を話す沙綾に、ピッコロモンは呆れながらそう返事を返す。ダークマスターズの追撃はもう直ぐ後ろまで来ているのだ。それも当然だろう。

しかし、沙綾は既に覚悟している。

『これが、このデジモンとの最後の会話になる』と……

 

「……うん……分かってる。けど、ちょっとだけでも、話し……しておきたくて……」

 

「………」

 

後方では、メタルシードラモンが鼻先から凄まじい熱線をがむしゃらに放出し、周辺を破壊しながらこちらを探している。

今はピッコロモン得意の"周囲の景色と同化する"結界によって相手側に姿は見えていないが、もし相手の攻撃が直撃すれば何時破られるかも分からないのだ。彼としては、こんな時に"無駄"な会話をしている場合でない事は明らかなのだが……

 

「……その体はどうしたッピ? 怪我でもしたッピ?」

 

ピッコロモンは聡明なデジモンだ。

沙綾の声がただ軽口を言いたいようにも聞こえなかったのだろう。いや、もしかすると、彼女の言葉の"真意"が理解出来たのかもしれない。

何せ、ピッコロモンは"そうなる事も覚悟して"救援にかけつけたのだから。

彼は横目でチラリと彼女を見て、口数少なくそう呟いた。

 

「……うん、ちょっと向こうの世界でいろいろあってね……今は歩くのも大変なんだ……」

 

まるで久しぶりに合った友に語り掛けるかのような口調。

 

「……そんな姿で、この先の戦いを潜り抜けれるのかッピ?」

 

ドカン、ドカンと迫る爆音。

だが、それを気に止める事なく沙綾は話を続ける。

 

「……そうだね、ちょっと不安だけど……でも、絶対にやり通してみせる……貴方にも修行をつけて貰ったし、きっと大丈夫」

 

「……ふむ、まあ、お前達二人は元々戦いには慣れておったし、飲み込みも早かったッピ……」

 

あの時の修行を懐かしむかのように、ピッコロモンはそう呟く。

 

「……うん……だから、安心して……」

 

「……ふふっ……そうかッピ……それなら問題ないッピ……期待してるッピ」

 

本当に短い会話。

状況が状況だ。長話が出来ない事は沙綾も分かっている。だから今の会話に彼女は想いの全てを込めた。

そして、最後に沙綾は心の中でこう締め括る。

 

(……ごめんなさい。 私は……貴方を助けられない……)

 

決意は揺らがない。後悔もしない。

もう迷わないと彼女は決めたのだ。ただ、もしもそんな沙綾が、このデジモンのために残してやれる物があるとすれば、それは一つだけ。

 

(けど、せめて貴方の"力"だけは……この世界に繋いであげるから……)

 

「それにしても、まさか選ばれし子供の数が伝承より増えてるとは思わなかったッピ」

 

「いや、選ばれし子供はちゃんと八人だよ……沙綾はまた別みたいなんだ……」

 

「?」

 

「なあ! それより教えてくれピッコロモン! 選ばれし子供が全員揃えば、この世界を救えるんじゃなかったのか!」

 

「そうよ! 私達はそう信じて此処まで来たのよ!」

 

太一やミミがピッコロモンとそんな会話をする中、沙綾はショートパンツのポケットへと閉まっているデジヴァイスを、誰にも見られないように指先だけで器用に操作していく。

 

それが、彼女なりのピッコロモンへの弔いの形。

 

そう、これから消える筈のピッコロモンを、アグモンへとロードするために。

 

(……本当に……ごめん……)

 

心の中で、最後にもう一度謝る。

すると、そんな気持ちが表情に現れたのだろう、気付けば彼女のアグモンが、心配そうに沙綾を見つめていた。

 

「マァマ……? 大丈夫? なんだか悲しそうな顔してるよ?」

 

「……えっ、ううん……心配ないよ。それよりアグモン、これからしばらく、何が起こっても静かにしていて……」

 

「えっ……う、うん」

 

皆には聞こえない程度の小声に、アグモンも同じく静かに頷いた。

 

本来、全員が一ヶ所に固まっている今のような状態で、未来の技術であるロードを行うべきではない。

光の粒子がアグモンへと吸い込まれる瞬間を目撃されれば、ただでさえ綱渡りな彼女の立場に、一層何かしらの疑念が強まる事にもなりかねないのだ。しかし、

 

(大丈夫……今回だけは、"見られても関係ない")

 

事この状況に限れば、アグモンさえ黙っていれば、沙綾は誰にもそのような疑いを掛けられないという確信があった。

 

「ふむ……事情はよく分からんが、選ばれし子供はただ数が揃えばいい訳じゃないッピ! 」

 

「じゃあ、私達には後何が足りないの!?」

 

「頼む! 教えてくれ!」

 

空とヤマトが打開策を求めて狭い結界の中ピッコロモンへと詰め寄ろうとした。その時、

 

『アルティメット……ストリーム!』

 

「きゃっ!」

 

「うおっ!」

 

ドゴンという音と共に結界全体がガラガラと激しく上下に振動し、二人がバランスを崩して盛大に転倒した。

同時に、結界の内から外が全く見えなくなる程の閃光が広がる。

 

「ぐぐっ……やられたッピ……」

 

そう、無差別に乱射するメタルシードラモンの熱線が、遂にピッコロモンの結界を僅かに捉えたのだ。

流石は究極体の必殺。襲いかかる衝撃に耐えられずに結界が僅かに軋み、周囲への同化が不完全な物へと変わる。そしてその直後

 

『見つけたぞ……!』

 

「「!」」

 

戦慄が走るような声。

 

「フフフッ……おやおや、小賢しい"手品"は終わりですか?」

 

「えー、もう終わりなの? なんだ詰まんない……もうちょっと遊びたかったなぁ……ねぇ、お前もそう思うよね」

 

『…………』

 

「ちぇっ……相変わらず反応のないヤツ」

 

メタルシードラモンを先頭に、ピエモン、ピノッキモン、そしてムゲンドラモン、ダークマスターズ全員の視線が、フワフワと移動する結界へと集中した。

 

「おい……これ……まずくないか……?」

 

「イヤ……私、こんな所で死にたくない……」

 

ヤマトは額から冷や汗を流し、ミミはペタリと崩れ落ちる。沙綾を除いた他の皆の表情も、蛇に睨まれたかのように凍りついた。

既に戦力が崩壊している今、彼らに自分達の居場所を特定されれる事は、死、以外の何物でもないのだから。

 

そして、遂にその時が訪れる。

 

「残念だけど、何が足りないかを教えてやれる時間はなくなったみたいだっぴ……」

 

やはり覚悟は元々出来ていたのだろう。

結界に綻びが出来るとほぼ同時に、ピッコロモンは皆へとそう呟く。

 

「私が囮になるッピ! お前達はこのまま私の結界でスパイラルマウンテンに向かうッピ!」

 

「囮って……相手は究極体なんだぞ!」

 

「例え勝てなくても、やり方はいくらでもあるッピ! 心配するなッピ! 必ず私も逃げ切ってみせるッピ」

 

そう言いながら、ピッコロモンは自らの結界をすり抜けるようにして外部へと飛び出す。

ダークマスターズが待ち受ける死地へと。

 

「お、おい!」

 

太一達の表情が歪む。

 

「!」

 

そしてそれは、沙綾のアグモンも例外ではない。

 

ピッコロモンの話す事はただの虚勢だ。

確かに彼は身を守る術に長けてはいるが、それでも、恐らくあの究極体の集まりにはザルにもならない。

それはアグモンでも容易に想像がつく。

『黙っていて……』

沙綾にそう言われた以上彼は口を開いていないが、『なんとかしないと!』と、主を見上げる視線が訴え掛けている事は明らかだった。

 

だが、そんなアグモンに対して、沙綾は目を閉じて首を横へと振る。

 

「……ごめんアグモン……これが、歴史なの……」

 

「!」

 

「待てよ! それなら俺も行く!」

 

「バカ者! お前達はこの世界に残された最後の希望だッピ! 行けッピ!」

 

それが最後の怒鳴り声。

結界の内側から手を伸ばそうとする太一を叱りつけ、

ピッコロモンが手に持った小さな槍をバット代わりに、外側から結界を強く叩く。

すると、球型の結界は彼を残したまま、その速度を一段と加速させた。

 

離れていくピンクの小さな体。

 

「おい! ピッコロモン! ピッコロモォン!!」

 

絶望に顔を歪めながら、その場の全員の視線が、ダークマスターズと対峙するピッコロモンに集中する。

それを見計らって……

 

(さよなら……ピッコロモン……)

 

ポチッと、沙綾はポケットの中でデータのロードを実行した。後はピッコロモンが死ねば、彼のデータは引き寄せられるようにアグモンへと流れていく筈。

言い方しだいでは、これは単純にピッコロモンの死を利用したアグモンの強化だ。最低な行為だという自覚は彼女にもある。

だが、それを踏み越えてでも成さなければいけない目的が沙綾にはあるのだ。

 

「!!」

 

同時に、彼女のアグモンがその目を見開く。

遠ざかるピッコロモンと隣の沙綾。慌てながらも両者の様子を首を振って見ていた彼には、今彼女が何をしたのかが分かったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ……完全体の身で私達四人に勝つもりですか?」

 

「やってみないと分からないッピ!」

 

いや、結果など分かりきっている。

既に約束された死。

ピッコロモンは果敢に槍を振り上げて、嘲笑うピエモンへと単身突撃するが、

 

『アルティメット、ストーム!』

 

「っ……!!」

 

その槍は道化師には届く事はなく、横から放たれた一筋の閃光によって、彼の体は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ピッコロモンが……死んだわ……」

 

遠方でピカっと光った閃光の後、移動する結界の中で、不意に何かを悟ったようにヒカリが静かに呟いた。

そして、その次の瞬間、

 

「……おい! あれを見ろ」

 

崩れ落ちる子供達の中、ヤマトがそう声を上げる。

指さした先に見えるのは当然、ピッコロモンのデータの粒子。

 

彼が消滅した跡地から、細かな光の粒子が、結界をすり抜けて沙綾のアグモンの回りを二度三度回った後、その体へと吸い込まれていく。

 

「……これは……ピッコロモン……なんででしょうか……?」

 

「ええ……きっと、そうよ……」

 

光子朗の言葉に、空は涙を流しながら頷く。

 

「……アイツ……沙綾のアグモンに一番、期待してたから……きっと、自分も一緒に戦うって……そう言ってくれてんだ……」

 

「……そう……だね……」

 

そう、これが沙綾が今回に限って皆に何も怪しまれず、見られようと関係がないと判断した理由。

敵デジモンのデータがアグモンに吸い込まれていくのは不自然でも、味方デジモンのデータならば、悲しみに暮れる彼らは間違いなくそう解釈する。沙綾に対して特別な修行をつけたピッコロモンなら尚更だ。

『選ばれし子供達を守り、消滅し、死して尚力を貸す』

誰もが納得する非常に良くできたストーリー。

怪しまれよう筈がない。

 

(……最低……こんなところばっかり……頭が回るなんて……)

 

「みんな……アイツのためにも……必ず、この世界を救うんだ……」

 

沙綾が自己嫌悪に教われる中、太一は皆へとそう声を上げる。

 

ピッコロモンの遺産(結界)に守られながら、選ばれし子供達はダークマスターズの追撃を逃れ、今、歴史通りスパイラルマウンテンを目指す。

 

 





えーと、次の話の前に皆様に少しお詫びを……

今回の話の前に、一応原作では、『ダークマスターズがそれぞれの必殺を放ちながら一人づつ登場する』シーンがあるのですが、この小説内では『彼らは必殺は使っていない』もしくは『そのシーンそのものがなかった』ものとお考え下さい。

いや、大した理由でもないのですが、単純にここでムゲンドラモンに∞キャノンを使われると、話的に少し困るので……

次話は大体30分後くらいに投稿します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お前はオレだが……それでも、決して"オレ"にはなるな……


続きです。




 

 

 

その日の夜。

 

選ばれし子供達は、ピッコロモンを失ったショックを胸に、ダークマスターズに見つからないよう森の中で息を潜めるようにして眠りに落ちる。

その中には勿論沙綾の姿も……

 

「………」

 

気丈に振る舞っていても、彼女も所詮11才の少女だ。覚悟していたとは言え、今回自分が取った行動はやはり精神的に少し参ったのだろう。

結局、あれ以来アグモンにすら録に口を開かないまま、彼女も皆と同じように目を閉じた。

 

そして

 

「……おやすみ……マァマ……」

 

沙綾のアグモンもまた、彼女の隣で複雑な想いを抱きながら、夢の中へと入る。

そう、最早恒例のようになってきた、あの不思議な夢へと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……う……ん……?)

 

夢の中で、アグモンはその目をゆっくりと開いた。

 

(……此処は……何時もの夢みたいだけど、なんだろう……ちょっと違う?)

 

今回彼の目に写ったのは、何もないただ真っ白なだけの空間。

何処までも続くかのような全面"白"の部屋に、彼だけがポツリと立っている。音もなく、他の生き物の気配もしない。

現実味のある何時もの風景とは異なり、今回は何処か抽象的な、ともすれば、まるで誰かの"精神世界"にいるような感覚。

ただ、やはりアグモンの意識はとても鮮明で、『夢だとは思えない』という部分では何時もと何ら変わりはないのだが。

 

(うーん……どっち向いても白ばっかりだ )

 

そんな異質な風景に、アグモンは思わず首を捻った。

回りをキョロキョロと見回してみても、出口らしきものは何処にもない。ただただ"白"が続くのみである。

最も、これが夢である事が分かっている以上、出口の有無は特に関係はない。

しかし、彼は此処で何時もとは決定的に違う"ある事"に気付いた。

 

(あれ? 体が……"動く"?)

 

そう、何時もの夢ならば、アグモンに行動の自由はない。"彼"の目を通して過ぎていく夢を眺めているだけ。

だが今回は、先程アグモンが回りを見渡せたように、本人の意識で体を動かせるのだ。

それだけではない。

 

「……声も、ちゃんと出る……」

 

試しにアグモンは口から火を吐いてみた。

すると、白い部屋に赤い炎がボウっと立ち上る。

不思議な事に、今回は今までの夢にあったような制限は何一つないようだ。

勿論、それがどうしてなのかはアグモンにも分からないし、動けたところでこんな何もない場所でする事など一つもない。結果、

 

「……なんだかよく分からないけど……目が覚めるまで待ってるしかなさそうかなぁ……」

 

言いながら、アグモンはペタンとその場に座り込む。

本当に一面が真っ白のこの空間では、床や天井の境目も、どこまでが地面なのかも分からない。感覚としては、座っているというよりも、どちらかと言えば浮かんでいると言った方が近いのかもしれない。

 

「…………」

 

そうしてしばらくの間、アグモンは何もせず、ただボーっとこの空間を眺めていた。

頭の中に浮かぶのは、突然のピッコロモンの死と、これからに対する不安。そして、

 

「マァマは……やっぱりずっと前からピッコロモンが死んじゃうって知ってたのかなぁ……」

 

沙綾と共に旅をしながら、その実、彼女の苦悩を分かっていなかった自分への失望感。ピッコロモンをロードすると決断した時、彼女は一体どれだけ辛かった事か。

 

「……マァマ……きっと、ボクが悲しむって分かってたから……」

 

これまでも、沙綾はある程度先の展開はアグモンへと事前に話していた。しかし、事"味方デジモンの死"について、彼女は一度もアグモンにそれを打ち明けてはいないのだ。

例え最後には分かるとしても、全ては彼女の小さな親心だろう。

 

「ごめん……マァマ……ボク、何も知らなかった……」

 

彼女を守ると誓いながら、何も気付けなかった自分に、アグモンは落胆する。

 

そんな時、

 

「……何を……落ち込んでいる……?」

 

「っ! 誰だ!」

 

突然聞こえてきた声。

気配など微塵も感じられず、背中越しにいきなりそう話し掛けられたアグモンは、慌てて飛び上がるようにクルリと振り返った。

 

すると、そこに立っていたのは……

 

「……どうした……"自分の顔"も忘れたか……?」

 

「えっ!? ボ、ボク……?」

 

まるで鏡に写されたかのような、自分と寸分違わないもう一匹のアグモンの姿。

唯一違うところがあるとすれば、それは沙綾のアグモンだけが左手につけているピンクの包帯のみ。

不気味な程同じ存在だが、アグモンはその姿と話し方に若干心当たりがあった。

 

「キミは……もしかしてあの夢の……」

 

そう、今まで見てきた夢の自分。

ぶっきらぼうに一人の少女と旅を続け、その果てに、何もかもをなくした、一匹の子竜。

 

「……お前を待っていた……」

 

口調こそ違うが、声の本質はやはりアグモン本人と同一である。そこで、彼はハッと気づいた。

今回、この夢の中で自分に行動が許されているのは、一重に"彼"と体が分断されているからだろう。と。

 

「ねえ……君が、ボクを此処に呼んだの?」

 

「……好きに推測するがいい……だがオレは……お前に聞きたい事があって此処に来た……」

 

「聞きたい事?」

 

白い空間の中、向かい合って話す二人はまるで合わせ鏡のようにさえ見える。

 

「……ああ……"オレ"の記憶を……覗いたのだろう?」

 

「えっ……それって……"ボク"が見た今までの夢の事?」

 

「……そうだ……あれを見て……お前は何を感じ、何を思った……?」

 

そう聞いてくるもう一人の自分に、アグモンは申し訳なさそうに顔を下に向ける。

不可抗力とはいえ、覗いていたと彼に知られていた事が少し気まずいのだろう。

ただ、最早バレている以上シラは切れない。

 

「……えと……最初は、なんだかすごく居心地がよくて……でも、最後は凄く悲しくて……凄く辛くて……言葉じゃ……説明出来ないよ……」

 

それがアグモンの素直な気持ち。

特に"少女"を失った時の喪失感は、我が身を切り裂かれそうな程、彼の"心"を深く締め付けたのだ。

それを聞いたもう一匹のアグモンは、下を向く彼とは反対に、真っ白な虚空を見つめて呟く。

 

「……そうか……いや……"それも当然"……か……」

 

「えっ?」

 

まるで答えを聞く前からアグモンの解答を知っていたかのような台詞。彼は更に言葉を続ける。

 

「……オレは、ただ"母"を助けたかった……何もなかったオレに……何もかもを与えてくれたのがあの"母"だ……もしそれが出来るのなら……例え"母"に嫌われようと、例えこの身が滅びようと……オレには構わなかった……仮に世界を壊す事になっても……"母"にだけは……どうしても……生きていて欲しかった……」

 

それは静かな独白のよう。

何処か寂しげで、憂いを含んだ声。

夢の中で聞いた時よりも、彼の声にはそれほどトゲはない。気になるのは、彼の話すそれらが全て『過去形』である事。

 

断片的な記憶しか見ていないアグモンには、彼の話す言葉の真意までは理解出来ないが、それでも、このデジモンが自分と本当に似ていると再確認するには十分で……

 

「……ねぇ、君は……誰なの?」

 

気付けば、アグモンは彼へとそう問いかけていた。

すると、彼もまた視線をアグモンへと戻す。

 

「……見た通り……お前はオレで、オレはお前……お前の中の『潜在意識』、『本性』と言われるものがオレだ……つまり、お前が"夢"だと認識してるものも全て……『お前自身が過去に体験した出来事』に他ならない……言うならば、アレは一種のフラッシュバックだ……」

 

「??」

 

「……そしてここ最近、お前の身に突然この現象が起き始めたのは……恐らく、お前が"オレ(昔の自分)と"似た経験"をした結果……閉じていた記憶の楔が一部外れたからだろう……最も……だからこそ……本性(オレ)もお前の前に現れる事が出来たのだがな……」

 

「???」

 

一度にされる説明に、アグモンの思考は最早パンク寸前だ。

それどころか、"記憶の楔"や"自分自身が経験した事"、"潜在意識"など、彼の話す飛躍した内容の半分も、何も知らないアグモンには端から全く理解出来ていない。

『えっ?』と口を開けたまま、ただ呆然と固まってしまっているだけである。

最も、相手もそれを分かった上で話しているのだろう。

何せ、説明している相手は他ならぬ自分自身なのだから。

 

「フッ……"今の"お前には……意味が分からなくて当然か……安心しろ……近々、イヤでも分かる事になる……」

 

「……ねぇ、もっと分かりやすく説明してよ……」

 

アグモンにとっては当然の台詞だが、彼は首を横に振る。

 

「……いや、止めておく……結局、オレの口から全てを語ったところで……お前は"きっと何一つ信じない"……加えて、オレが此処に来た理由に、今の話は特に関係はない……」

 

言うなら、彼にとって今の問い掛けは興味本意。

本当の話題は別にあると、今度は真剣な瞳で、自分自身へと向き合う。そして、

 

「……単刀直入に聞く……お前は……"ヤツ"に勝ちたいか……?」

 

落ち着いた静かな声でそう呟いた。

同時に、その言葉を聞いたアグモンの表情が引き締まる。

先程の説明の殆どが理解出来ないアグモンでも、一つだけはっきり分かった事がある。

それは、『とにかくどっちもボク』だという事。

彼がもし自分ならば、このタイミングで"ヤツ"が指す相手など一人しか思い当たらない。

 

「それは……カオスドラモンの事……?」

 

アグモンの言葉に、もう一人のアグモンは静かに頷いた。

 

「……そうだ……今や"ヤツ"は、未来世界のオメガモンにすら匹敵する力を得ている……お前が今日見たダークマスターズすら、アレはたった一匹で殲滅する事が可能だろう……そんな相手に、お前は勝てると思うのか……?」

 

「………」

 

ある意味予想は出来ていた。いや、予想よりもまだ遥かに上だったかもしれない。

太一のウォーグレイモンを一撃で破ったピエモンよりも、まだ二段も三段も格上の存在。それがあのカオスドラモン。

彼が何故そこまで詳しいのかは分からないが、現状、まだ究極体にすら届いていないアグモンとの戦力差は、正に絶望的の一言である。

 

だがそれでも、アグモンの答えは以前と何一つ変わらない。

 

「……ボクは……勝つ……勝たないと、"マァマ"を守れないから……でも……」

 

「……怖いのか? あの魔竜が……」

 

「怖くなんてない! マァマのためなら、どんなヤツだってボクは戦う! でも……今のままじゃ……」

 

"カオスドラモンには届かない"。アグモンの意思と、立ちはだかる現実は全く違う。

ダークマスターズの面々をこの先ロードしていけば話は変わってくるかもしれないが、それでも、"絶対に勝てる"という確証はない。いや、例え追い付けても、拮抗した戦力では意味がない。ヴェノムヴァンデモン、そしてダークマスターズの力を見てアグモンはそれを強く感じた。

欲しいのは、流れ弾の一発さえも沙綾に近付けさせない"圧倒的な力"

沙綾を安全を確実に保証出来る力だ。

 

「……力が……欲しいのか? 」

 

「……うん」

 

本性の問いかけに、アグモンは迷わず頷く。

 

「成る程……だがその果てにあるのは……お前にとって"絶望"だけかもしれんぞ? 仮に……それを得た事で、お前がマァマ()に"嫌悪される存在"になったとしても……それでも……お前は力が欲しいか?」

 

やけに具体的な例え。

『いきなり何を聞いてくるのか』、そう思うアグモンだったが、目の前の本性は真剣にそれを聞いているようである。故に、

 

「……それでもいい……マァマのために"アイツ"を倒す……マァマを悲しませる全部を……ボクが無くしてあげたい……マァマに嫌われるのは……すごく辛いけど……でも、もしそれが出来るなら……」

 

アグモンもまた、まじめにそれに答えた、

 

今日のピッコロモンの死について、沙綾が長い間一人で悩んで、苦しんで来た事は容易に想像できる。それに対し、アグモンは何も出来ず、また、それに気付きもしなかった。

ヴァンデモンとの戦いにしても同じ。

あれは沙綾の視点から見れば、"判断の甘さでアグモンが窮地に立った"となるが、アグモンの視点で見るなら、"そもそも自分が強ければ、沙綾が自分の盾になるような目に会う事もなかった"、となる。

 

全ては自分の力不足。

例え沙綾に嫌悪されるとしても、今より遥かに強く彼女を支える事が出来るのなら……

 

「ボクは……何だって惜しくない!」

 

「……それがお前の答えか?」

 

「……うん」

 

真っ直ぐに、アグモンはもう一人の自分を見つめる。

『沙綾のためなら全てを捨てられる』

例えそれが彼女の愛情であっても、『沙綾を守るため』に必要なら何一つ躊躇わない。

これが彼の答え。変わらないたった一つの生き方だ。

 

「………」

 

「………」

 

訪れる沈黙。

互いが互いの目を見つめたまま、真っ白な空間に時だけが流れる。

 

やがて、

 

「……フフッ……因果とは皮肉なものだ……認めたくはないが……やはり"オレは……何処まで行っても、結局オレを捨てられない"らしい……」

 

「?」

 

再び意味不明なことポツリと呟いた彼に、アグモンはまた首を捻る。

何が可笑しいのかは分からないが、そう語る彼の表情は、どこか吹っ切れているようにも思えた。そして、

 

「……いいだろう……オレが……力を貸してやる……」

 

「えっ?」

 

先程彼は言った。『オレはお前』だと。

自分が自分に力を貸すなど何とも可笑しな話であるが、もう一人のアグモンは構わず話を続ける。

 

「……よく聞け……選ばれし子供が次に戦う相手はメタルシードラモンだ……歴史的には選ばれし子供達がヤツを撃退する筈だが……今回……その役目はお前が担え……いいな?」

 

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 何でキミはそんな事知ってるの? それに……ボクはまだ究極体には……もっと力を蓄えないと……」

 

彼の提案はいくら何でも無茶がある。

少なくともダークマスターズとまともに戦うためには、何より先に究極体へ進化をしなければならないのだから。

現状では、いくら完全体として強かろうが万に一つもアグモンに勝ち目などない。沙綾も恐らく強く反対するだろう。

 

沙綾のためなら命を捨てるアグモンだが、流石に犬死にする気はさらさらない。

 

「……敵データのロード……それも結構だ……だが、お前がこれから戦おうとしている相手が、そんな方法だけで勝てる程甘いと思うな……」

 

「……っ! じゃあ、他にどうしろっていうの!?」

 

「……フン……お前は何を聞いていた……? 言っただろう、力を貸すと……ヤツに対抗出来る"力"は……既にお前の中にある……オレが、その力を後押ししてやる……」

 

そう言う彼だが、アグモンにとってはそれこそ馬鹿馬鹿しい話である。もしそれが本当ならどれだけ楽か。それ以前に、始めからカオスドラモンに勝てる力があるなら、そもそも彼らは過去になど来ていない。

 

しかし、

 

「信じられない……と言った顔だが、お前は一度無意識にその"力"を行使した事がある筈だ……もう忘れたか……?」

 

「……!……ムゲンキャノン!?」

 

そう、対ヴァンデモン戦で見せたあの技こそ、彼の言葉が満更嘘でもない何よりの証拠。

 

「……アレの応用だ……あの時、お前が引き出したのはあくまで"技"だけだったが……今度は、"オレそのもの"の力をお前へと流す……最も、『以前』に比べればオレの力もたかが知れているが……それでも、お前を"究極体"に押し上げるには十分だ……」

 

「…………」

 

理屈は全く不明ではあるが、筋は通っている。

少なくとも、あの夢で"彼"の戦闘力の高さは保証されている上、あの時引き出した"技"の威力も究極体に迫るものだった。

もし、それ以上の力がアグモンへと流れてくるとすれば……

言わば、"自分自身のロード"と言ったところだろうか。

 

「……そんな事が、ホントに出来るの?」

 

「案ずるな……自分(オレ)を信じろ……それでお前の望む"力"は手には入る……」

 

そう言うと、彼はアグモンの返事を待たずに彼へと背を向け、『話は終わりだ』と言わんばかりに真っ白な空間をコツコツと去っていく。そして最後に、ふと思い出したかのように一瞬立ち止まり、振り替える事なく自分(アグモン)へと声を上げた。

 

「だが……最後に一つ……お前はオレだが……それでも、決して"オレ"にはなるな……」

 

その言葉の直後、彼の体がスーっと、まるで周囲に溶けるかのようにして消えていく。

 

「あっ! ちょ、ちょっと待ってよ!君は『ボクが君だ』って言うけど、まだボクには、君の事が全然分からないよ! なんでそこまで知ってるの!? ねぇ! 待ってったら! 」

 

まだまだ聞きたい事は山のようにある。

なんとか引き留めて詳しい話を聞きたいアグモンであったが、

 

「うっ……こんな……タイミングで……」

 

どうやら"時間切れ"が来たようだ。

夢の終わり。

伸ばした手は本性(アグモン)には届かず、ぐにゃぐにゃと視界が歪み、白い部屋が真っ黒に染まっていく。

 

「……まっ……て……」

 

意識も薄くなり、立っている事すらままならない。

こうなってしまっては、最早アグモンに抗う術はない。

後は、強制的に現実に引っ張り返されるのみである。

その時、

 

「……お前は(オレなら)……今度こそ……"大切な物"を最後まで守り通して見せろ……」

 

なくなっていく意識の中、最後にそんな声が、遠ざかるアグモンの耳に聞こえた気がした。






事実上、これが最後のアグモンの夢……
やっと、やっと此処まで来ました……


次回
ロード進化 "決戦兵器" ラストティラノモン!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後の進化……無情の決戦兵器《1》


一ヶ月ぶりくらいの更新です。
今のところ後もう一話は書ききっていますので、夜にでも見直して投稿しようと思います。



ピッコロモンの死から丸一日が経過した頃。

 

『……追っ手のハンギョモン達は振りきりました。これで、一先ずは安全でしょう』

 

「そっか……ありがとう、助かったよ"ホエーモン"」

 

ドーム型の"体内"へと響くその声に、沙綾はホッと胸を撫で下ろしながら返事を返す。

 

(さて、ここまでは順調だね……)

 

昨日のピッコロモンのロードが少し堪えた彼女ではあったが、何時までも落ち込んでいる訳にはいかないと、今朝目を覚ました時から、沙綾は既に次に戦う究極体、メタルシードラモンのロードへ向けてきちんと意識を切り替えていた。

 

(今は"歴史の流れ"に出来るだけ任せて、アグモンの力を蓄える事に専念しなきゃ)

 

浜辺でのシェルモンとの戦闘、次いでアノマロカリモンの不意打ちを歴史通りに凌いだ沙綾は、立て続けに現れたメタルシードラモンから一時逃れるため、救援に駆け付けたホエーモンの体内での保護の元、今は皆と共に、此処デジタルワールドの深海を急ぎ進んでいるのだ。

 

「流石にこの水圧じゃ敵も迂闊に近付くのは無理みたいですね。メタルシードラモン本人なら、もしかすると此処まで潜って来るかも知れませんが……」

 

「もー、 折角逃げきったのに怖いこと言わないでよ!」

 

パソコンをカタカタと叩きながら状況を分析する光子朗に、ミミはパルモンをギュッと抱き締めながら不満そうな声を漏らす。 だが、

 

「いや、でも確かに……今の内に何か作戦を立てておかないと、今度アイツに見つかった時にどうしようもなくなっちまう……」

 

腕を組ながらヤマトはそう呟く。

追っ手の親玉であるメタルシードラモンの実力は言うまでもない。

実際、今回彼らが対面したあの究極体から逃げ切れたのは、一重にホエーモンの捨て身の体当たりが効を奏した結果なのだから。

 

「そうだな……なあ光子朗、何かいい手はないか?」

 

ヤマトの意見に頷き、太一はパソコンの画面を真剣に見詰める光子朗へと問いかける。

現在彼のパソコンはホエーモンと視覚情報を共有しているため、画面を通して体内から深海の様子を観察しているのだろう。

 

「そうですね……なくはない、と言ったところです」

 

「ホントか!?」

 

「はい。 えーと、皆さんこれを見てください」

 

そう言うと光子朗は一度モニターを切り替え、その画面を中央に集合した全員に見せる。

画面に写し出されていたのは、彼のデジモンアナライザーに登録されたウォーグレイモンの基本情報である。

 

「先程ウォーグレイモンのデータをもう一度詳しく調べたのですが、どうやら、彼の両腕の爪は『ドラモン系』のデジモンに対して非常に効果的だそうです。『ドラモンキラー』と言う名前まで付いてるくらいですから、もしかすると、これを上手く使えば多少の実力差は覆せるかもしれません」

 

(うん……その通りだよ)

 

そう、本来の歴史ではメタルシードラモンはこのドラモンキラーの前に倒れる。

その際今沙綾達を乗せているホエーモンが『犠牲』となってしまうものの、決着自体はほんの一瞬の間に付くため、子供達の身に危険が及ぶことはない。

つまり、今回も沙綾はロード以外は『何もするつもりはない』という事である。

 

(今の内に謝らないと……ごめんなさい。 ホエーモン)

 

そして勿論、今回彼女がロードする対象はメタルシードラモンだけではない。同時に消滅する筈のこのホエーモンすらも、沙綾は目的のためにアグモンの力に変えるつもりなのだ。

全ては、あの魔竜をこの手で倒すために。

 

「成る程……なら、問題はそいつをどうやって"当てるか"だな……」

 

そんな沙綾の内心など全く知らず、パソコンの画面をまじまじと見つめながらヤマトがそう口を開いた。

一撃で致命傷を与えなければ当然向こうに警戒されるだろう。元々戦闘力で劣っている分、外せば勝機は格段に下がるのだ

 

「そうですね。メタルシードラモンは接近よりも、どちらかと言えば距離を取った戦い方をしますから……」

 

「さっきは口から火まで吹いてしね……あれにはビックリしたよ」

 

先程の浜辺での遭遇を思い返し、沙綾も光子朗に相槌を打つ。

選ばれし子供達が逃げ込んだ"海の家"を瞬く間に全焼させた火炎放射。得意攻撃ではないとはいえ、その威力は今のティラノモンよりも遥かに強力だろう。

 

「はい。ですがそれよりもまずあの鼻先の光線を何とかしないと……アレはズドモンを甲羅の上から倒す程の威力ですから……」

 

「よし! ならこれから作戦会議だ! どうせこのまま逃げてるだけじゃ世界なんて救えない……次会った時こそ、アイツをギタギタにしてやろうぜ!」

 

そして太一のその言葉を羽切に、まだ幼いタケルとヒカリを除いた全員が、対メタルシードラモンを想定した戦闘の話し合いを始めた。

最も、それは様々な意見がバラバラに飛び交う、何時も通り何処かまとまりにかけたものであるが……

そんな中で……

 

(ハンギョモンを追い払ってもう5分くらい……もうすぐ私達が深海にいるってバレちゃう筈だから、そこからメタルシードラモン本人が追い付いてくるまで、だいたい後30分くらいかな)

 

沙綾だけは一人頭の中で歴史を踏まえた作戦を練る。

何せ相手はこの海の支配者。水中での速度はホエーモンの比ではない。戦いはもうすぐそこまで迫っている事は明白である。

そして何より、

 

(……もうすぐ……アイツがこっちの世界に来ちゃう……)

 

カオスドラモンとの決戦も近い。

沙綾も形だけとは言え太一達の話し合いへと混ざりながら、これからの行動を頭の中へとまとめるのだった。

 

 

 

 

 

 

そんな中、

 

 

 

「……」

 

子供達やパートナー達の輪から少し離れた場所で、沙綾のアグモンは一人でチョコンと座る。

極力歴史通りに事を進めようとする沙綾とは違い、今、彼女のパートナーはそれとは真逆を考えていた。

 

(やっぱり"夢のボク"が言った通りみたい。一番始めに戦うのはメタルシードラモン、マァマも確かにそう言ってた…… )

 

昨晩の夢。

いや、最早ここ一週間近く意識を失う度に見ていたあの物語。

自分と同じ姿をした自分(本性)を名乗るデジモン。

そして、そのデジモンが放ったあの言葉。

 

『お前は……ヤツに勝ちたいか……?』

 

ホエーモンの体内で皆が作戦会議を続ける間、アグモンは一人昨晩の夢、もう一人のアグモンとの対話を思い返していた。

 

(……メタルシードラモンを……ボクが倒す)

 

本当にそんな事が可能なのか?

今日彼らが浜辺で見たメタルシードラモンの実力はやはり圧倒的なものであった。リリモンを尻尾の一振りで戦闘不能に追い込み、ズドモンの固い甲羅を物ともせず突き破る。

いくら大幅に強化されているとは言え、海辺で自身に勝ち目はない。

機動力、技の出力で圧倒的な差があるのだ。

切り札の"ムゲンキャノン"ならば大ダメージを与えられるだろうが、彼の出せる出力には限界がある。陸地から水陸空万能の相手に向かって放とうと恐らく当たらない。

 

だが、

 

("ボク"が"ボク"の力を押し上げる……かぁ……)

 

夢の彼は言っていたのだ。

"自分を信じろ"と……それで力が手に入ると……

始めは疑問に思っていたものの、今やそれを"出来る"と思っているアグモンがいる。

"ムゲンキャノン"を放った時もそうであったが、根拠は一切ない。ただそんな気がするだけ。

所詮は夢と言われればそれまでの話だが……

 

(やってみるしかないよね……夢のボクは、敵のロードだけじゃカオスドラモンには勝てないって言ってた……分からないけど、たぶんそれはホントのような気がする……)

 

結論を言うと、アグモンはあの夢に従い、メタルシードラモンへと単身で挑むつもりでいる。

 

(もし……夢のボクが言ってた事が全部ホントなら、もしかしたら太一のアグモンやガブモンよりもっともっと強くなれるかも……)

 

そう、ムゲンキャノンを放った時と同じように、"元々"自分の中に究極体になれる力が仕舞われているのだとすれば、その力を借りて進化する分には『今まで蓄積した敵データの力は一切関係ない』

究極体へと進化した上で、そこから更に今までロードしてきた敵デジモン達のデータが"上乗せされる"形になる筈なのだ。

 

そうして得られる力は、正に『沙綾に掠り傷一つ負わせない圧倒的な力』『何があろうと沙綾を守り通せる力』となるだろう。

敵データのロードだけでは辿り着けないその境地へと登り詰めるチャンスがあるのなら、多少の無茶は彼にとって何でもない。

 

しかし、

 

(マァマは……やっぱり止めるよね……)

 

きちんとした説明が出来るのならまだしも、アグモン自身があの夢をよく分かっていない以上彼女は間違いなく反対する。

彼のしようとしている事は、言わば『勝った試合のやり直し』に他ならない。そして沙綾に"止めろ"と言われれば、自分は間違いなくその意見に従う。

それが分かっているからこそ、アグモンは朝から彼女に何も伝えてず、何時もと変わらない態度で接しているのだ。

 

「……見ててマァマ……ボク、強くなって見せるから」

 

既に彼の決意は固まっている。

皆の中に混じって話し合っている沙綾の背中を見つめなから、アグモンはそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

それからしばらくして、

 

「……では、取り合えず今までに出たみなさんの意見を纏めましょう」

 

フロア中央にてがやがやと作戦を練っていた一行の中、光子朗が先頭を切って話の"まとめ"に入った。

 

「まず最初、ウォーグレイモンには囮になりながら、先行してメタルシードラモンを引き付けてもらいます。太一さん、大丈夫ですか?」

 

「おう! いけるかアグモン」

 

「任せてよ!」

 

確認をとる光子朗に太一達が力強く頷く。

それを確認した後、彼はカタカタとパソコンを叩きながら更に言葉を続けた。

 

「……その間に、僕達は……えーと、こんな感じに敵の攻撃が避けられる位置に移動して、そこから攻撃とサポートを両方こなします」

 

「ああ、分かった」

 

分かりやすいよう、メタルシードラモン、ウォーグレイモン、そして他の子供達の戦闘時の簡易的な位置を表示しながら説明を続け、ヤマトもそれに頷く。

 

「……そして最後、それによって隙が出来た相手に、ウォーグレイモンがドラモンキラーの一撃を加える……簡決ですが、作戦はこんな感じでいいでしょうか?」

 

「ええ、私達も問題ないわ。 沙綾ちゃんはどう?」

 

「うん、私もそれが一番いい作戦だと思うよ」

 

問いかけてくる空に、沙綾も首を縦に降りながら一発返事でそう答えた。この作戦が八割方成功する事は既に未来で証明されているのだ。反対する理由は今の彼女にはない。

それよりも、

 

(もうそろそろってところかな……)

 

時刻は先程から数えて30分を少し過ぎた辺り。

撤退したハンギョモンがメタルシードラモンに此方の居場所を伝えたのなら、彼のスピードを踏まえればもう何時追い付いてきても不思議ではない。

 

 

そして

 

「じゃあアグモン、取り合えずイメージトレーニングでもしておくか」

 

「オッケー」

 

「僕ももう一度ダークマスターズの情報を整理してみます。他の三人にも何か弱点があるかもしれませんから」

 

作戦会議を終えた太一達が、各々自由に過ごそうとフロア内に散らばろうとした所で、遂に"ソレ"は現れた。

 

『……皆さん、聞いてください! 何者かが後方から猛スピードで迫っている様です!』

 

突然体内に響く鬼気迫るホエーモンの声。

その言葉の直後、

 

「なっ!どうしたんだ!?」

 

『ぐっ! これはっ!』

 

ドカンという岩を吹き飛ばすような衝撃音と共に、今まで順調に深海を泳いでいたホエーモンの体が、突如荒波に飲まれたかのように大きく上下した。

 

「 どうしたんだ! ホエーモン!」

 

(ドンピシャ……だね)

 

ざわつき始める船内。

フロア全体がグラグラと振動を繰り返し、沙綾も含めて全員がバランスを取れずに膝を着く。

 

「アグモン、こっちに来て!」

 

「うん」

 

予想通りの襲撃。この揺れは遥か遠方からの狙撃による余波であることは間違いないだろう。

揺れが小さくなっていく中、沙綾は少し離れた位置に座っていたアグモンに声を掛け、彼も何時も通り頷き、彼女の元へトコトコと歩み寄る。

だが、

 

その時、彼女は自らのパートナーの些細な変化に気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

「う、後ろからの攻撃!? 当たりはしませんでしたけど……今の光線……ホエーモン! 皆さん! 気を付けてください! たぶんメタルシードラモンです!」

 

ガラガラという振動が収まると同時に、光子朗がパソコンのモニターを切り替え、カタカタと素早く操作しながらそう声を上げた。

 

「な、何だって!? もう見つかっちまったのか!?」

 

「そんな! 早すぎるわ!」

 

予想よりも余りにも早く見つかったためか、太一を始め皆の顔にも動揺が走る。

 

「……さっき振りきったハンギョモンが僕達の進行方向をアイツに伝えたんだ……敵のスピードを侮っていました。どうしますか太一さん……このままじゃ間違いなく追い付かれます!」

 

「…………」

 

巨体であるホエーモンに直撃しなかった事から、先程の光線はかなりの遠距離から放たれたものだろう。

しかし、見つかってしまった以上逃走する事は難しく、もしこんな深海での水中戦になれば、抵抗も出来ずに全滅する事など目に見えている。

 

「………ホエーモン、出来るだけ岸に沿って浮上してくれ!」

 

光子朗に判断を委ねられた太一が腕を組んで少し考えた後、先程よりもスピードを上げて泳ぐホエーモンへと口を開いた。

 

『分かりました……最善を尽くします』

 

「ここで決着をつけよう! みんな、さっきの作戦通りに頼む!」

 

深海のカーチェイスならぬデジモンチェイスのような感覚。まだ確認できない程距離は離れているもの、確実に追っ手はこちら側に向かって近づきつつある。

自身に向かって放たれる光線をギリギリでかわしながら体勢を上向きへと変更し、ホエーモンは懸命に上を目指す。

 

 

グングンと迫ってくる追っ手、

 

 

 

 

そして、

 

 

 

ザバァっという豪快な音を上げて、一気に浮上したホエーモンの身体が突き抜けるように海面へと姿を表わした。

それと同時に、一行は体内のフロアから潮吹きの要領で甲板ともいえる彼の背中へと勢い良く飛び出す。

 

先程の太一の意見考慮したのか、幸いにも今ホエーモンが浮かんでいる場所は陸地に程近く、彼らの目の前には小さな海岸、そしてその奥には身を隠すためには持ってこいの森林地帯が続いていた。

 

「よかった……とりあえず海の底で沈没って事にはならなくて……」

 

丈が安堵のため息を吐く。

だが彼らに安心出来る間はない。

既に深海からこの水面までの浮上の間、追ってとの距離はかなり狭まっている事は想像に容易いのだ。

 

「アグモン進化だ! メタルシードラモンを迎え撃つぞ!」

 

「うん! アグモン、ワープ進化ァァ!!」

 

甲板で声を上げる太一に反応し、デジヴァイスが輝き彼のアグモンの進化が始まる。

元々作戦を立てていたいたためか、その行動の早さは沙綾から見ても流れるように無駄がない。

 

「ウォー……グレイモォン!」

 

小さかった身体は瞬く間に戦士を模した竜人の姿へと変わり、甲板から勢い良く宙へと飛び立つ。

そして、

アグモンのその進化の完了と共に、彼らから見て沖に当たる海面が微弱に振動し始めた。

 

『ヤツが来ます!』

 

ホエーモンの声。

その直後、ザバァっと、まるで竜が空へと昇るように振動した海面から、海水を吹き飛ばすようにソレが荒々しく立ち上った。

 

『……………』

 

蛇を思わせる巨大な細長い身体に、鼻先の射出口が特徴的なダークマスターズの一人。全身に合金を纏う海の支配者、メタルシードラモン。

 

『……逃げ回るのはもうお仕舞いか……ホエーモン?』

 

宙で静止し、敵は選ばれし子供達とホエーモンを見下すように睨みながらその口を開く。

 

「お前の相手はオレだ! 」

 

『ウォーグレイモンか……この間私達に手も足も出なかった貴様が、この海で私に勝てると思っているのか?』

 

「やってみるまで分からない! それに……今度は負けるつもりはない!」

 

ホエーモンと子供達を庇うように敵と対面したウォーグレイモンが、ドラモンキラーを構えて啖呵を切った。

それを見たメタルシードラモンは、彼を小馬鹿にしたように短く笑う。

 

『フン……まあいい。 誰が相手でも同じだ……何も変わらん、貴様らは結局……』

 

一瞬の間。

だが次の瞬間、敵ははキッと目付きを変え、

 

『全員この海で死ぬのだからな!』

 

「!」

 

その言葉と同時に、間髪入れずその鼻先に搭載された射出口をウォーグレイモンへと向けた。

両者の間は距離にして50メートル前後。

既に相手方の射程範囲内である。

 

高速でチャージされるエネルギー。データの粒子が周りから吸い寄せられるようにメタルシードラモンへと集まり、そして、

 

『アルティメットストリーム!』

 

放たれる光のレーザー。

完全体程度の耐久力なら容易く貫通する一筋の光線が、真っ直ぐにウォーグレイモンへと直進する。

しかし、

 

「させるかっ!」

 

既に二度この敵と遭遇しているのだ。

そんな相手の動きを予測していなかったウォーグレイモンではない。

 

「ガイアフォース!」

 

相手の攻撃に合わせ、必殺である大気の力を集結させた巨大なエネルギー弾で素早く対抗する。

光線と光弾、二つが交わり巨大な衝撃が一行のほぼ真上に近い位置で炸裂し、

 

「行くぞっ! こっちだメタルシードラモン!」

 

「成る程……この間よりは"究極体の力"にも慣れたか……面白い!」

 

その爆風が収まるより早く、ウォーグレイモンは海面ギリギリを低空飛行しながら相手の注意を自分へと向けた。

 

これが"始動"の合図。

 

「作戦開始です! 皆さん、今の内に陸に上がりましょう! 」

 

ウォーグレイモンとメタルシードラモンが戦闘を始める中、光子朗は眼前に広がる大陸を指差しながら声を上げる。

白い浜辺の直ぐ奥に続く森林地帯。そこまで後退すれば、少なくともメタルシードラモンが海中の何処から攻撃してこようと反応する事が出来るだろう。

更にそれは、遠隔からウォーグレイモンのサポートも辛うじて行える絶妙な距離。

 

「皆さん、出来るだけ分散しながら森を目指してください! メタルシードラモンに狙いをつけられないように!」

 

「分かったわ! 行くわよピヨモン!」

 

「進化して! テイルモン!」

 

光子朗の指示の元、空を始め、選ばれし子供達は自身のパートナー達を成熟期、ないし完全体にまで進化させた後、各々がホエーモンの背中から海上、空中へ次々にと飛び出していく。その中で

 

「わりぃ空、乗せてってくれ!」

 

「うん、そっち側の足にに捕まって!」

 

「サンキュ!」

 

ウォーグレイモンが戦闘中の太一は空と共に飛翔するバードラモンの足へと飛び乗り、

 

「丈さんごめん、私達もいいかな?」

 

「えっ? ああ、そういえば沙綾君のアグモンは飛んだり泳いだりは出来ないのか。 勿論いいよ、ほら、手を貸すよ」

 

「ありがとう」

 

「うぅ……何だかごめんねマァマ」

 

そして進化しても陸上しか移動出来ないもう一匹のアグモンと沙綾は、丈と共にイッカクモンに乗せてもらう事で、全員がホエーモンの背から無事に離脱した。

 

「ホエーモンも早く避難してください! 此処にいると巻き添えを食らいます!」

 

カブテリモンの背中から、光子朗は海上のホエーモンへと声を上げる。巨体の彼はメタルシードラモンにとって格好の"的"。ウォーグレイモンが彼の注意を引き付けるように戦っている今こそ、この"仲間"を安全に逃がせるまたとないチャンスなのだ。

 

「此処までありがとな! 後は俺達に任せてくれ!」

 

「心配しないで! きっと何とかして見せるから!」

 

二度も彼らの旅を支えてくれたこのデジモンにこれ以上の被害がでないよう、太一達はそれぞれの場所から手を振り、有無を言わさず彼へと別れの合図を送る。

そして、

 

『わかりました……皆さん、お気を付けて……』

 

そんな子供達の意思を汲み取り、ゴボゴボと、ホエーモンは巨大な水飛沫を上げて海中へと姿を消したのだった。

 

 

 

しかし、

 

「…………」

 

イッカクモンの背中、それを黙って見送る沙綾は考えずにはいられない。

 

(ここでもしちゃんと逃げてたなら、ホエーモンは死なずに済むのに……)

 

そう、彼女は知ってしまっているのだ。

ホエーモンは逃げてなどいない。ただ海中に身を潜め、この戦いを最後まで見守っていた事を。

そしてその果てに、避けられない消滅の運命が待っている事も。

誰にも教える事が出来ず、また自らも動く事は許されない。言葉に表せない"やるせなさ"がそこにはある。

 

「急いでくれイッカクモン!」

 

「…………」

(やっぱり辛いな……ただ見てるだけなのは……)

 

「……マァマ」

 

イッカクモンが砂浜を目指して大海原を急ぎ泳ぎ始める中、沙綾の表情には小さな陰が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ほんの些細な事ですが、今回の話は多少原作とは違います。
具体的には、『エコーロケーションによる海底洞窟の発見のスキップ』と『メタルシードラモン戦の他の子供達参戦』ですね。
前者はあまり書く必要がないと判断したため、後者はメタルシードラモンとの戦闘をアニメのまま再現するとあまりにも一瞬で終わってしまうというのが理由です。
『沙綾が関わったからこうなった』のではなく、この小説では『元々こうだった』という感じですね。


では、次の更新は夜の八時から九時当たりになるかと思います


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後の進化……無情の決戦兵器《2》

思いの外書き直す所が少なく、予定より早く投稿できました。


沙綾達がホエーモンの背中から脱出して約二分程。

 

「よし! イッカクモン、このまま森の中を進んでくれ。! 君の角が届くギリギリの位置まで下がるんだ!」

 

大陸の入り口である砂浜まで泳ぎ通したイッカクモンに、丈は早口にそう声を上げた。

この"作戦"は皆のサポートがあって始めて成り立っているのだ。宙を移動できるバードラモンやカブテリモン達と比べ、水上を移動して陸を目指した彼らはやはり一歩出遅れる形になってしまっている。

 

「了解! ちょっと揺れるよ、しっかり捕まってて!」

 

しなやかな水上移動とは異なり、イッカクモンの陸地の移動はまるでトラックのように大雑把なものである。

ガタンガタンと揺れ動く体は、彼の体毛を握っていなければ即座に転落してしまうだろう。

 

「もうヤマト君達は援護の準備に入ったくらいかな?」

 

「どうだろう? でも、とにかく僕達が一番遅いのは間違いないんだ。急がないと……僕がみんなの足を引っ張る訳にはいかないからね 」

 

「丈さん……」

 

責任感の強い丈らしい言葉。

ただ、旅を始めたばかりの頃の空回りぎみだった彼はそこにはなく、その背中は以前よりも遥かに逞しく沙綾は感じた。

 

海岸を抜け、イッカクモンはドスンドスンと森の中を進んでいく。木々の裂け目から見えるウォーグレイモン達は遥か遠方。そんな時、丈はキョロキョロと回りの景色を確認しながら、振り替える事なく後方の沙綾へと口を開いた。

 

「……ところで沙綾君、一つ聞いてもいいかな?」

 

「うん? どうしたの?」

 

「前に君が言ってた事だけど、君がこの世界(デジタルワールド)でやらなきゃいけない"目的"っていうのは、そんな身体を押してまでする必要がある事なのかい?」

 

「…………えと……それは……」

 

丈の質問に彼女は口ごもる。

 

「あっ……ごめん、言いたくないなら別にいいんだ……君の事は信用してるから……ただ僕の兄さん、えと、医学生なんだけど……兄さんがいうには、君のその傷は決して軽傷じゃない。片方の瞼は深く切ってるし、骨は折れてないらしいけど、旅をするのは相当辛い体の筈だ……」

 

「…………」

(……丈さんのお兄さんって、私会った事ない筈だけど……? ……あぁ成る程……もしかして前に気を失ってた時かな……)

 

沙綾本人に会った認識はないが、小説では丈の兄もヴァンデモンとの決戦時にビックサイトにいた筈である。

ならば、そこに気を失った今の"ミイラ姿"の彼女が担ぎ込まれてくれば、動ける医者など誰もいなかったあの状況、眠っている間彼に診察を受けていてもおかしくはないだろう。

 

「だからちょっと気になったんだ……例え世界の運命が掛かってるって言われても……僕なら、とても真似出来ない事だからね」

 

「……そんな大した理由じゃないよ……丈さん達に比べれば、私の目的なんてホントにちっちゃな事だから」

 

そう、世界中何億人という人々に影響を与えた彼らに比べれば、沙綾は"たった二人の結末を変える"ためだけに皆の旅に付いて来たに過ぎない。

 

「いや、なら尚更君は凄いよ……勉強ばかりしてた僕よりも沙綾君はずっとしっかりしてる……見習わないとね」

 

「はは……そんな事はないと思うけど」

 

故に丈からのそんな賛辞も、沙綾にとっては今一ピンとこない。

むしろ、『見殺し』を容認している自分を知られた時、彼らが一体どんな顔をするのか、彼女は不安に思う。

 

そんな時、

 

「丈! みんなの攻撃が始まったよ! オイラ達もこの辺りから援護しよう! 」

 

イッカクモンがその足を止め、頭の上の角へと捕まる丈へとそう声を上げた。

沙綾達が上を見上げれば、そこには光の矢や炎の羽が今正に流星のようにメタルシードラモンに向けて飛来している。

 

「そうだな。この距離から届くかいイッカクモン?」

 

「任せてよ! でもまぁ、当たらなくてもこっちを向かせればいいんだろ? 簡単さ!」

 

「いや……そこは当ててくれよ……」

 

「フフ……」

 

この状況に置いても何時も通りな丈とイッカクモンの掛け合いに思わず沙綾は口許を緩ませる。

だが、そんな彼らに続こうと後方を振り返った瞬間、

 

「アグモン……私達も……って……えっ……?」

 

彼女は絶句した。

 

ほんの一、二分前、海を渡りきった時までは確かにそこにいた筈のパートナーの姿はそこにはなく、あるのはフサフサとしたイッカクモンの体毛だけ。

 

「ん? 沙綾君、どうしたんだい?」

 

「丈さん! アグモンが……居なくなっちゃった……」

 

「な、なんだって!」

 

首を左右にキョロキョロ振りながら彼女達は慌てて周囲を見渡すも、アグモンの姿は何処にもない。

"まさか森の何処かで落ちてそのまま道に迷ったのか"

沙綾は一瞬そう考えるが……

 

「ちょっと待ってくれ! 沙綾君のアグモンなら、もし落ちても直ぐに追い付いてこれる筈だ…… あれだけ大きな足音を出しながら走ってたんだし、迷うなんてあり得ない!」

 

「そう……だよね」

 

丈の言う通りだ。昔のアグモンなら兎も角、今の彼ならばイッカクモンに追い付く事など雑作もない。

ならば何故?

こんな時、彼女が取る行動は何時も一つだけ。

 

「私……探してくる。 丈さん達はこのまま攻撃して!」

 

「お、おい沙綾君!」

 

痛む足を引きずりながら、丈の制止を無視して沙綾は来た道を走り始めた。

海を渡り終えた所までは確実にいた事から、溺れてしまったという線はない。

むしろ、居なくなった瞬間を誰一人気付きもしなかった事から、彼が"彼自身の意思"でいなくなった可能性すらある。

 

「何処行っちゃったの……アグモン……」

 

新緑の森の中、得体の知れない不安感が沙綾を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、

 

「マァマ……やっぱり心配してるかなぁ……」

 

森の入り口、ウォーグレイモンとメタルシードラモンの戦いがよく見える海岸の手前で、アグモンはペタンと座り込みながら呟いた。

その様子は、さながら家出をした時の子供のようである。

 

「……でも、マァマに知られちゃう訳にはいかないし……仕方ないよね」

 

水面に向かいながら、彼は一人ポツンとそう呟く。

 

一番後方に座っていた彼は、イッカクモンが海を渡り終えてすぐに、その背中からさっと飛び降りていたのだ。

その際、ガタンガタンというイッカクモンの走行の振動が幸いしたのか、沙綾達はアグモンが跳んだ事に気付く事はなく、彼女達はそのまま森の奥へと消えていった。

 

「……はぁ」

 

目の前に広がる大海、そこで繰り広げられる戦いを見ながら彼は思う。

 

(……太一のアグモン、強くなっちゃったなぁ……それからガブモンも……なんだか、ボクだけ置いていかれたみたい……)

 

終始攻撃を避ける事に専念しているが、ウォーグレイモンとメタルシードラモンの攻防はとても"今"の彼が入っていけるものではない。

 

最も、それはあくまで完全体までしか進化出来ない"今"の時点の話ではあるが。

 

(でも……ボクもすぐに追い付いてみせる)

 

彼の頭の遥か上空を、様々な遠距離攻撃が流れ星のように通過していく。

 

「……みんなの攻撃が始まっちゃった……さあ、ボクも動かないと」

 

そういうと、彼は落ち着いた様子で立ち上がり、そのままスタスタと浜部まで歩いていく。

あの夢の意味をこの身で確かめるため、そして沙綾を守る力を得るために。

今はまだ"夢の自分"がいっていた"力"は何処にも感じないが、戦闘になれば恐らくその問題は解決されるのだろう。

 

「………」

 

最早何時見つかっても不思議ではない距離。

 

そんな中で、

 

『チッ! 小賢しい!』

 

飛来した攻撃がドカン、ドカンと音を上げて次々にメタルシードラモンへと命中していく。

勿論ダメージなど殆どないが、元より、これらの攻撃は相手を倒すためのものではない。全てはウォーグレイモンのドラモンキラーへと繋げるための布石である。

 

そしてその作戦通り、突然襲いかかった衝撃にメタルシードラモンが此方の島へと一瞬目を映した。

 

作戦の最終段階。

 

「今だ!」

 

その隙を見逃さず、ウォーグレイモンが両爪を構えて必殺の体制へと入る。

『ブレイブトルネード』

本来、この戦いの鍵を握るドラモンキラーによる大技である。

だが、いざそれを放つためにウォーグレイモンが身体を高速回転させようとした、その次の瞬間。

 

 

 

遂に、沙綾のアグモンが動いた。

 

彼は一度大きく息を吸い込み、そして……

 

「スゥー……こっちを見ろォ! このノロマァ!」

 

波が押し寄せる海辺ギリギリ。ありったけの声を振り絞って、眼前のメタルシードラモンへと叫びを上げた。

 

全ての作戦を台無しにする一声。

反射物など一つもない海に、その声はとてもよく通る。

 

(……これでいいんだよね……"ボク"……)

 

その中でアグモンは自らの内面にそう問いかけてみるが、内側から答えなど返ってくる筈はない。

いや、最早動いてしまった以上後戻りは出来ない。

 

その声を境に訪れる一瞬の静寂。

アグモンはゴクリと唾を飲み込む。そして、

 

『何だと……?』

 

沖に浮かぶメタルシードラモンの蛇のような瞳が、ギロリと浜辺に立つアグモンを捉えた。同時に、

 

「オ、オイ! 何してるんだアグモン!? いくらなんでも近すぎるぞ! 」

 

狙われればひとたまりもない近距離での挑発行動。アグモンの行動に驚いたのは、メタルシードラモンよりもむしろウォーグレイモンの方である。

アグモンが何をしたいのかサッパリ分からず、彼は必殺の構えを取ったまま一瞬ピタリと固まった。

 

そしてそれが、逆に自らを追い詰める最悪の隙となる。

 

『貴様は沈んでいろ……!』

 

「ぐおっ!」

 

海中からザバンと襲いかかるメタルシードラモンの尻尾。

まるでハエを叩くように高速で振るわれたそれを避けることが出来ず、ウォーグレイモンは盛大な水飛沫を上げて海中へと叩き伏せられた。

 

「…………」

(……ごめん……アグモン、それからみんな……)

 

ゴボゴボと沈んでいく仲間をただ眺めながら、アグモンは心の中で謝る。

"致命傷"ではないだろうが、たった一度と言えるチャンスをみすみす潰したのだ、"作戦"においてこれは"致命的"な失態である。

光子朗達がこの様子を何処かで見ているのならば、恐らく今頃顔を青冷めさせているだろう。

 

『…………』

 

既にウォーグレイモンには興味はない。そう言わんばかりに、メタルシードラモンは再度アグモンへと目を移す。

そして、ザバンと一瞬海中へと潜ったかと思えば、

 

「あっ……」

 

『さて……今……貴様はオレに何と言った?』

 

彼はアグモンの目と鼻の先の海面から即座に姿を表し、小さな恐竜を思いきり見下しながらそう口を開いた。

 

イッカクモンでは一、二分程度掛かる距離など彼にとっては"ない"も同じ。海中ではそれ程のスピードを有しているのだ。悪口らしい言葉があまり思い付かずに適当に放ったものではあるが、図らずとも、先程のアグモンの挑発は彼にとってこの上なく効果的だったのだろう。

 

陸と海。対面する成長期と究極体。

襲い掛かる強烈なプレッシャーに耐えながら、アグモンはメタルシードラモンへと言い放つ。

 

「お、お前なんて怖くない! 何回だって言ってやる! このノロマ!」

 

『……フッ……聞き違いかと思ったが……成る程……ククッ……』

 

一瞬だけながれる不気味な静寂に、アグモンの額から一筋の汗が流れる。

そして次の瞬間、笑いを抑えるメタルシードラモンの表情が一変した。

 

『それほど"なぶり殺し"にされたいなら、望み通りそうしてやる!』

 

その言葉と同時にアグモンに向けて振るわれる巨大な尻尾。それは今しがたウォーグレイモンを海中に沈めた物と同じ。

既に避けるには遅すぎる。いや、元より彼に避ける気などない。

自身へと迫る強大な風圧を感じながら、アグモンは目を瞑りその身体へと力を込めた。

 

(来たよ! "ボク"……力を貸して!)

 

全ては本性を名乗る自分の指示通り。

ここで究極体の力を開花させ、その力を持って目の前の敵を薙ぎ払う。

作戦はそれだけだ。

 

しかし、

 

次の瞬間、アグモンの表情は凍りついた。

 

(えっ……う、嘘……何にも変わらない!)

 

戦闘さえ始まれば自ずと解放されると思っていた"力"

だが、事この状況に置いても夢の自分が言っていた"力"など彼は何処にも感じる事は出来なかったのだ。

実際、今アグモンが感じているのは"何時もと何一つ変わらない"、完全体になれる程度の力のみ。

 

(嘘でしょ! 早く! 早く進化しないと!)

 

驚愕に染まる表情。

あの時彼は言っていた。

"オレがお前の力を押し上げてやる"と……

だが今、幾らその言葉を信じて身体の奥にあるという"力"を探してみても、彼には何も掴むことは出来ない。

 

自身へと横薙ぎに迫る巨大な尻尾。そして……

 

『吹き飛べ!』

 

何のアクションも起こせないまま、メタルシードラモンの尻尾攻撃(テールスイング)は正確にその小さな身体を捉え、

 

「がうっ!」

 

パチンという快音が当たりに響く。

 

まるでバットで打たれるボールになったような感覚と共に、アグモンは物凄い勢いで森に向けて弾き飛ばされた。

そしてそのまま、背中からトップスピードで入り口付近の大木に衝突し、アグモンの肺の中の空気が全て吐き出される。

 

「うっ……ぐっ……」

 

力なくズルズルと木から落ちる身体。

次いで、打ち付けられたその木が、あまりの衝撃の強さからバキッと幹から折れて倒木した。

 

「……はぁ……はぁ……あぅ……」

 

完全体すら一撃で戦闘不能に陥る恐ろしい威力のテールスイングだ。距離にして一体何十メートル吹き飛ばされたのだろうか。

呼吸が全く出来ず、アグモンは地面に横たわったまま一切動けない。

"成長期"の姿で"究極体"の一撃を受けるという事は、いわば幼児がボクサーに殴られた事にも等しい。

いくら強化されていても体力は一瞬で空、いや、むしろ強化されていなければ、最悪今の攻撃で消滅していたかもしれない。

消えなかっただけマシと言うものだが、最も、今アグモンが考えている事はそのような事ではなかった。

 

「うっ……どう……して……何で……進化……出来ないの……」

 

地べたにグタリと横たわりながら、アグモンはうわ言のように呟く。

"まさかアレは本当にただの夢だった?"

"全ては自分の妄想"

頭に過るのはそんな最悪のビジョン。

 

(クソ……これじゃ……ボク……結局……何をしたかったのか分かんないよ……)

 

地べたに力なく倒れたまま、アグモンの身体は小刻みにピクピクと痙攣している。

皆が立てた作戦を台無しにした上、進化も出来ず、勝てない喧嘩を吹っ掛けた結果、何もしない内に敗北し、ただ地面に転がっているだけ。

最早笑い話。

自分を信じた結果がこれなのだ。本末転倒もいいところである。そして、

 

『フン……力を入れすぎたか……なぶり殺すつもりが、これではそうも言っていられない様だ……』

 

そんなアグモンを眺めながら呟いた後、止めを刺すと言わんばかりにメタルシードラモンは鼻先にエネルギーを集中させ始めた。

先程の尻尾でさえあの威力なのだ。必殺など受けようものなら消滅は間違いない。しかし、

 

(せめて……立ち上がらないと……)

「……くっ……うっ……」

 

アグモンは懸命に立ち上がろうとするも、いくら身体に力を込めようと身体を起こす事すら満足にできない。

 

(うぅ……ダメだ……力が入らない……)

 

いや、最早多少動けたところで意味はないだろう。メタルシードラモンの必殺を避ける体力も、進化して防御する体力も、今の彼にはには残されていないのだから。

 

『最後だ……』

 

メタルシードラモンの声が響く。

 

援護に回った子供達には彼の攻撃を中断させる事は出来ない。

頼みの綱のウォーグレイモンは今は海の底。

最早絶対絶命。

 

(ああ……ボク……ここで死ぬんだ……)

 

余りにも情けない幕切れであるが、驚く程あっさりとアグモンは自らの最後を認めた。

今の彼にとって唯一の救いは、この場に沙綾がいなかった事だろうか。

自分の意味不明な行動で彼女まで巻き込んだとなれば、彼は死んでも死にきれないだろう。

 

『死ね……』

 

(ごめん……さよなら……マァマ)

 

 

 

そっと目を閉じる。

 

 

 

 

 

だが、これで終わりかと思ったその瞬間……

 

 

 

 

 

 

「アグモン! アグモーン!!」

 

「!」

 

聞こえてしまった。

 

空耳などではない。彼の真後ろの森の中から、自分を呼ぶ聞きなれた声が。

動かない身体に代わり、首だけを声がした方向へと向ける。するとやはり、森の奥から此方側に向かって懸命に走る傷だらけの少女が一人。いうまでもなくそれは……

 

「……マァ……マ!」

 

そう、沙綾である。

恐らく先程のアグモンの大声を聞き付けたのだろう。

彼女は森の中から傷だらけのアグモンを見つけると、一心不乱に駆け寄りその身体を抱き起こした。

 

「アグモン! 大丈夫!?しっかりして! ねぇ!」

 

「……うっ……マァマ……来ちゃ……ダメだ……早く逃げて……」

 

「………」

 

此処にいては沙綾まで巻き込まれる。

自分から離れるようにアグモン精一杯の声で促すが、当然彼女が言うことを聞く筈もなく、黙って瀕死の彼をギュッと抱き締めたまま動こうとはしない。

 

そしてその様子は、勿論メタルシードラモンにも筒抜けである。

 

『ほう……探す手間が省けたか……都合がいい……選ばれし子供、貴様も此処で消えるがいい! アルティメット……ストリーム!』

 

「!」

 

二人に向けて無慈悲に放たれる熱線。

海水を蒸発させながら、一筋の閃光が彼女達を飲み込もうと直進する。その中で、

 

「っ!」

 

アグモンを抱き締めながら、沙綾はギュッと目を閉じた。

傷を負っていない片方の目から、彼の額にポタリと涙が落ちる。

 

「……マァマ」

 

冷たい雫がそのままアグモンの頬を伝う。

彼は知っている。

沙綾は絶対絶命のこの状況に涙しているのではない。

単純に、ボロボロの自分を想って涙を流しているのだと。

 

(……何してるんだボクは)

 

アグモンは気づく。

 

(決めたじゃないか……もうマァマに悲しい思いをさせないって)

 

自分を信じる。そう言いながら、彼が信じていたのはあくまでもう"一人の自分だけ"に過ぎなかった。

そう、言われた通りにメタルシードラモンにさえ挑めば、自ずと力が手に入ると思っていた。

 

だが、それは違う。

 

("ボクが"……ボクがマァマを……)

 

"誰か"に頼って沙綾を守るのではない。

まして、"誰か"の言う通りにしたから彼女を守れるのではない。

 

守るのは"自分"だ。夢の彼は、そんな自分の力を後押しすると言ったに過ぎない。

ならば、アグモンが本当に自分を信じて力を出せるのはどんな時か?

 

そんな事は考えるまでもない。

 

(ボクが動かないで……誰が此処でマァマを守るんだ!!)

「ああああぁぁぁ!!」

 

「アグモン!もう無理しないで! 私は大丈夫だから!」

 

エネルギーが空であろうと関係ない。

勝てない相手だろうが関係ない。

"沙綾の前でこそ"彼は何より強くなれるのだ。

迫る熱線の中、アグモンは咆哮を上げて沙綾の腕から飛び出した。

フラフラとした足取り。だが、先程とは全く違う覚悟を持って、その小さな体が沙綾を守る盾となるため真っ向から閃光に向かいう。

 

 

 

 

 

すると瞬間、

 

 

 

 

 

「くっ! うっ!」

 

彼は自分の身体の異変に気づく。

 

「何……こ……れ? 力が……」

 

沙綾の盾になったその直後、まるで今までの疲労が嘘であるかのように、身体の隅々まで電流が走ったかのように膨大なエネルギーが流れてくるのだ。

 

「あ……くっ!」

(まさか……これが夢のボクがいってた……力……)

 

思わず踏ん張っていた身体がよろける。

 

"自分自身をロードする"ような不思議な感覚と同時に、気を抜けばそれに侵食されかねない程の圧倒的なエネルギーの濁流。

体内を駆け巡る力は何処か懐かしく、アグモンにはそれが究極体に至る力であると本能的に確信出来た。

傷は回復し、それ以上に溢れだしたエネルギーが、そのまま夢の"彼"が纏っていたような赤黒いオーラとなって視覚化する。

そしてその様子には、流石の沙綾も理解が追い付かずに目をパチクリさせていた。

 

「ア、アグモン! な、何! どうしちゃったの!?」

 

「…………」

 

最早光線は目と鼻の先である。

その中で、アグモンはヨタヨタとしながら沙綾を見つめ、静かに呟いた。

 

(マァマ)は……オレ(ボク)が……守る……だから……見てて……」

 

「えっ……」

 

それは沙綾が今まで一度も見た事がない表情だった。

赤黒いオーラを放ちながら、どこか寂しげな表情で途切れ途切れにそう語る彼は、まるで別の誰かにさえ見える。

 

だが、それも一瞬の事。

 

直ぐ様アグモンは彼女に背を向けて再び閃光へと向き直り、そして二人の姿が光へと飲み込まれるその瞬間、アグモンは空に向かって力強く叫んだ。

 

「アグモン! ロード(ワープ)進化ァァァ!!」

 

瞬間、

 

『何!?』

 

メタルシードラモンは目を見開く。

金色の光を遮るかの如く、まるで噴火のように立ち上る"黒光"。光に守られるその中を、ティラノモン、メタルティラノモンと次々に世代をスキップし、アグモンの"最後"の進化が今始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 





次話はだいたい3分1程書けていますので、投稿は一週間以内には出来るかと思います。
うーん、まだまだ文章力や表現力が足りないなと実感しております。

ご意見、ご感想等あれば気軽にどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後の進化……無情の決戦兵器《3》

前回の投稿から異常な程時間が立ってしまいました。
申し訳ございません。
というのも、ここ二ヶ月程、ずっとあるゲームをプレイしてまして……
昔からファンだったゲームの新作でしたので、思わずのめり込んでしまいました。たんまりとプレイしたので、もう大丈夫です。

後、その間に感想をコメントして下さったみなさま。返事が出来ず本当に申し訳ございません。
遅くなりましたが、折を見て、全てにお返事を返したいと思います。





もしも……

 

もしも"母"がこの場にいたのなら……オレの選択をどう思うだろうか……?

 

……あれ程までお前に固執し……お前のために一度は世界をも壊そうとしたオレが、今更……よりにもよって"此方側"に力を貸すなど……

 

笑われるのだろうか……それとも、呆れられるのだろうか……

 

今になって"お前を諦める"など、端から見れば、やはり滑稽にしか映らないのだろうか……

 

 

 

 

いや……それは違うか……

 

 

 

 

……"あの時"ですら分かっていた事だ……

 

例え世界を壊して母を救ったとしても……例え、甦ったお前がその事実に気づかなくとも……

 

オレの記憶の母は……オレが目的を果たしたところで……決してに笑ってはくれない事など……

"親孝行"などと言っておきながら……オレはオレのエゴをお前に押し付けようとしたに過ぎなかった……

 

だがな……例えそれが分かっていても……あの時のオレは止まれなかった……

仕方なかろう……25年間、ただ想い続けていたのだ……あの事故さえなければ、あの時、オレがお前を守ってやれていれば……とな。

 

 

 

フッ……思えば……この身体に生まれ変わって二年……長かったのか、それとも短かったのかすら分からんな……

最も、考える時間だけは十分にあったとは思うが……

いや……身体の自由がない"今のオレ"には、考える事しか出来なかったと言った方が正しいか……

……口では"諦める"とは言うが、実際は……そう簡単には割りきれん……今でさえ未練だらけだ……どう取り繕ったところで、本音ではお前を諦めたくはない……

 

 

……だが……それでもきっと……お前ならば……

 

 

"かつてのオレを止める"というこの決断を……誰よりも、喜んでくれるのだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アグモン!! ロード(ワープ)進化ァァ!!」

 

アグモンの叫びと共に噴火の如く舞い上がる黒光。

そして、それに向かって一直線衝突するメタルシードラモンの必殺の白光。

白と黒、目が潰れそうな程の閃光が新緑の森の入り口で衝突し、嵐のような衝撃が島全体を震撼させる。

 

『クッ……なんだとっ!?』

 

そしてその光景を前に、海上のメタルシードラモンは驚愕の声を上げた。

既に決着は着いていたのだ。普通ならば進化出来る力すら残されていない死にかけの状況で、究極体たる自身の必殺を相殺するなど、選ばれし子供の力を持ってしても"異様"としか言えないのだから。

 

『おのれぇ!』

 

"敵を侮ってはいけない"

直感した彼はレーザーの出力を一気に最大にまで上げる。

だが、究極体の全力を持ってしても黒光の壁は破れず、ぶつかる二色の光はより一層強くなるばかり。やがて、

 

『バカな……チッ……これ以上は無理か……』

 

最早目を開けている事すら出来ない閃光の嵐の中、メタルシードラモンは短い舌打ちを上げてやむなく砲撃を中断した。

それとほぼ同時に、黒の光は白を飲み込んみ、溜め込んだ力がドカンと二発目の大噴火を起こす。

島へと流れる波を逆に押し返すような衝撃。

 

そしてそれが、アグモンの進化終了の合図となる。

 

 

 

 

『……収まったか……それにしても、今のは……』

 

嵐が過ぎ去った後のような静寂。

目を覆う閃光も徐々に元へと戻っていく。

そんな中、メタルシードラモンがぎゅっと閉じた瞳を開こうとした時、

 

その声は聞こえた。

 

『……拍子抜けだ……"この世界の支配者"の力が……たかがその程度とはな……』

 

『……!』

 

静かに響く低い声。

同時に、目の前の島からピリピリと感じる異常なプレッシャー。そして、眩んだ目を慌てて開いたメタルシードラモンが目にしたのは、

 

『な……に……!?』

 

一部が吹き飛んだ森に君臨する、一体の巨大な機械竜の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……成る程、これが……ヤツの言っていた"力"か……』

 

今しがたのメタルシードラモンの攻撃などまるでなかったかのように、機械竜は新しい身体の具合を確かめるかのように体を軽く動かし、落ち着いた声でそう呟く。

 

そんな中、

 

「う、嘘……進化……出来ちゃったの?」

 

その後方、吹き飛んだ大地の中で、彼に守られるように、ポッカリと無傷のまま残った地面にペタリと座り込んだまま、沙綾は呆然とその巨体を見上げていた。

 

「ア……アグモン……ねえ、アグモンなの……?」

 

『………』

 

まるで信じられない物を見たかのように、彼女は方目をパチクリさせながら声を上げる。

それに対し、先程までアグモンだったそのデジモンは、その首を足元の彼女へとゆっくりと向けた。

 

「あっ……アグモン?」

 

赤い光を鈍く放つ両目と目が合う。

一切の感情が読み取れない機械的なその瞳に、沙綾は一瞬戸惑う。だが、

 

『……ああ……心配をかけた……すまない母よ(マァマ)

 

返ってくる返事は正に自身のパートナーそのもの。

進化と共にあまりにも大きな変化を成したが故に戸惑ったが、それを聞いた彼女は一先ずホッと胸を撫で下ろした。

 

「……よ、よかった……それで……あの、それが君の……究極体の姿……?」

 

『……ああ……どうやらそうらしい……身体中に底知れん"力"を感じる……』

 

「そっか……それにしても、なんていうか……その……すごいね……」

 

改めて沙綾は言葉を失う。

それもそうだろう。何せ、進化を果たしたパートナーの姿は、今までと比べて完全に異質だったのだから。

 

(……これが……あのアグモン? 本当に信じられない変わり様……)

 

沙綾がそう思うのも無理はない。

 

全身は赤錆(あかさび)が回った完全なフルメタル。

 

いくらか丸みのあった完全体までの体とは違い、その姿はあまりにも鋭く、背中に新たに搭載された巨大な電磁砲も相まって、一言で表現するならば容姿は正に"恐竜型兵器"。

 

進化と共にコンパクトになった太一のアグモンとは異なり、体長はメタルティラノモンよりも更に巨大で、大きさは丁度未来で見たカオスドラモンと同程度だろう。

 

一応恐竜の形をしてはいるが、メタルティラノモンまでには見られたアグモンに通ずるような特徴は何一つなく、凶悪そのものな見た目、100%のメタルボディ、そして背中の大砲も合間って、"色"を除けばその姿はあの"ムゲンドラモン"に非常に近い。

 

"ティラノモン"の究極体について様々な妄想をしていた沙綾だが、予想していた姿とは大分かけ離れた、少なくとも彼女の知識には存在しないデジモンである事は間違いない。

 

ただ、

 

『……どうした(マァマ)……?何故 、固まっている? 』

 

「…………」

(いや、でもそんな事より……)

 

その見た目以上に彼女が最も気になるのは、その"声色"である。

メタルティラノモンよりも重厚感のある響く声。

それが瓜二つなのだ。沙綾の脳裏に焼きつく、未来で親友を殺したあの魔竜と。

 

(……どうしてだろ……何なの……この不安な気持ち)

 

過程に不明な点は多いものの、結果的にパートナーが念願の究極体になれた事は喜ぶべき事の筈。しかし彼のその"見た目"と"声"が合間って、両手を上げて喜べない彼女がそこにいた。しかし、

 

『大丈夫か母よ(マァマ)……? まさか、やはり……何処か体が痛むのか……?』

 

「えっ!? う、ううん……違うよ……大丈夫」

 

『……そうか……良かった……(マァマ)にこれ以上怪我を負わせたとなれば……オレはパートナー失格だ……』

 

「そんな事ないよ! ほら、私、貴方のお陰でピンピンしてるから!」

 

沙綾は立ち上がりながら、巨大なパートナーに"大丈夫だ"とジェスチャーを送る。

凶悪そのものな見た目ではあるが、沙綾を気遣う様子はメタルティラノモンの時と何一つ変わらない。

彼の自分を呼ぶ口調に少し"違和感"こそ覚えるが、それはこの見た目にあまりにもそぐわない『ギャップ』からくるものだろう。

 

(まあ、デジモンはデータの集合体だし……音声とか姿が他のデジモンと被るって事も……たぶんない事はないよね……)

 

名前すらわからないが、目の前に立っている巨竜は紛れもなく最愛のパートナーなのだ。その彼を見た目や声で軽蔑する気など沙綾は毛頭ない。

不安を拭い去るように沙綾はそう考える事にした。

何より、

 

(……よく分かんないけど……でも、とにかく今はあのメタルシードラモンを何とかしないと!)

 

そう、今はまだ戦いの最中である。悠長に長話をしている余裕もない。

目まぐるしく変わる状況に混乱していた沙綾だが、戦地のど真ん中で呆然としている訳にはいかないと、即座にその思考を巡らせた。

 

(……ウォーグレイモンが水の中からまだ上がって来てないところを見ると、やっぱりさっきの攻撃が結構効いてるのかも……やられちゃってはないとは思うけど……でも、実際これはかなりまずいかも……)

 

先程のアグモンの独断行動によって、沙綾達は本来変えるべきでない歴史に干渉してしまっている。

小説ならば、このメタルシードラモン戦はウォーグレイモンがいて始めて勝利する戦い。言い替えれば、現状、有効打のない他の子供達だけではメタルシードラモンにはまず勝てはしないだろう。

仮にウォーグレイモンが先の一撃で多大なダメージを受けているとするなら、回復に掛かる時間がプラスされた分だけ味方の被害が増えてしまう。

 

ならば、

 

(もう一か八か、だね……)

「えと、新しい名前が分かんないけど……お願いアグモン……ウォーグレイモンが戻ってくるまで、アイツを押さえて!」

 

そう、たった今進化したばかりの、このパートナーに全てを託す。

名称は不明、戦闘力も未知数。それ以前に、究極体の力を上手くコントロール出来るのかさえ分からない。

加えて、彼女自身がパートナーの特性を理解できていない以上、後方からまともな指示も送れない。

以前、進化したばかりのウォーグレイモン達がピエモンに完敗した経緯も踏まえると、彼女の命令は圧倒的に部の悪い賭け。

 

だが、

 

「……出来る? アグモン」

 

最早これ以外に手はないのだ。

出来なければ、沙綾達は自らの失態で、子供達に甚大な被害を負わせる事になるのだから。

 

不安げな表情を覗かせながら、沙綾は巨竜に声を掛ける。

 

しかし、

 

『……任せろ……だが……』

 

それに対するパートナーの答えは、沙綾の想像を遥かに越えていた。

 

『……本当にそれだけでいいのか……? (マァマ)が望むのなら……"今すぐにでも、ヤツとの戦いに決着を付けてやるが"……?』

 

「えっ!? で、出来るの?」

 

『ああ、勿論だ母よ(マァマ)……オレはそのために……この姿へと進化したのだからな……』

 

沙綾の表情をyesと捉えたのか、巨竜は静かに頷いた後、ガチャリと音を立てながらその体をメタルシードラモンの浮かぶ海上へと向ける。

先日ダークマスターズの戦闘力の高さをいやと言う程見せつけられているのだ。進化したばかりで、尚且つ単体で決着をつけるなど簡単な話ではない。

パートナーの背中を見つめながら呆気に取られる沙綾だが、次の瞬間、

 

『……そこで見ていてくれ母よ(マァマ)……お前の障害は、オレが全て破壊する……』

 

巨竜の雰囲気が、全く別の物へと変わった。

 

「っ!」

 

肌に電気が走ったかのようピリピリとした感覚。

そう、それはパートナーである沙綾すら、思わず身を震わせるような圧倒的なプレッシャーの波。

 

(嘘……じゃない……進化したばっかりなのに、アグモンは、本気でアイツに勝つつもりなの!?)

 

本来ならそのような事は出来る筈がない。

ウォーグレイモンやメタルガルルモンですら、進化したばかりではピエモン一人に何も出来なかったのだ。

 

だが、目の前にいるパートナーの放つ威圧感は、そんな"当たり前"をも吹き飛ばす程の"力"を持っていると、沙綾は直感出来た。

 

(もしかしてホントにいけるかも……でも、なんだろ……この"感じ"も……やっぱり……"アイツ"とすごく似てる……)

 

期待感の中に僅かに燻る不安感。

 

親友の敵と同じ雰囲気を放つパートナーに沙綾が戸惑う中、今、陸と海、海岸を挟んで巨大な二体の究極体が睨み合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……答えろ……一体何をした……!貴様はもう戦える状態ではなかった筈だ!』

 

巨竜に向かい、先程の一撃を防がれたメタルシードラモンが吠える。

彼にしてみれば納得がいかないのは当然だろう。

今しがたの"奇跡"は、既に"選ばれし子供"の力だけでは説明がつかない。いくら彼らが世界を救う存在だといわれようが、死にかけの成長期を、いきなり究極体にまで進化させる事など、普通は出来ないのだから。

 

しかし、感情をむき出しに睨むメタルシードラモンに対し、巨竜は全く微動だにしない。

 

『……教える義理はない……』

 

『……っ、何だと?』

 

『二度も言わせるな……此処で消えるお前に……今更言葉など不要だ……』

 

それは背筋が凍るような冷たく無機質な声。

沙綾と話す時とはまるで違う、破壊対象へと向ける慈悲のない宣告。

そしてその言葉と同時に、巨竜の足元からユラユラと立ち上る禍々しい黒のオーラ。

見るからに凶悪な姿も合わさり、並デジモンならその姿を目にしただけで心が折れそうな程の存在感であるが、相手も流石究極体、そのくらいでは動じない。

 

『……"鉄屑"が……一撃耐えた程度で図に乗るな……進化したばかりの貴様に、何が出来るというのだ……』

 

『……そう思うなら掛かって来るがいい……最も……その果てで"鉄屑"に変わるのは……オレではなく、お前の方だがな……』

 

『っ、貴様……!』

 

巨竜の挑発に、メタルシードラモンは奥歯を噛み潰すようにそう呟いた。そして、

 

『そんなに死にたいのか! いいだろう! ならば貴様の望み通りにしてやる!』

 

その鼻先に点る白い光。

首を大きく上に向け、回りの大気からエネルギーを集束さる。

 

『消し炭すら残さん……オレを愚弄した己を呪うがいい……』

 

相手の攻撃が届きにくい海上にいる事を強みに、メタルシードラモンは先程までよりも遥かに時間を掛け、より一層大きく呼吸をするように光を集めていく。

それはまるで光のブラックホール宛ら。輝きは鋭く、その威力がどれほど絶大であるかなど放つ前から予想がつきそうなものである。

 

『今度の一撃は先の比ではない! 受けれると思うな!』

 

次に来るのが正真正銘、全力全開の一撃。

ダークマスターズの本当の力なのだろう。

だが、

 

『……やってみろ……』

 

その光を前にしても、巨竜は一切動かない。

 

沙綾を守るように立ったまま、防御の姿勢すら取らず、メタルシードラモンのエネルギーが充填されるのを、ただじっと眺めている。

そして、

 

『愚か者が……消えろっ! アルティメットストリーム!』

 

必殺の叫び声と共に放たれる極太のレーザー。

進化し巨大化した"アグモン"を丸々飲み込めそうな光が、盛大な波飛沫を上げて彼らのいる大陸に向かって直進する。

 

「アグモン!」

 

それが先程、瀕死のアグモンに向けて放たれた光景と被ったのだろう。巨竜の背に守られながらも、沙綾は押さえきれずに不安そうな声を上げた。

 

迫る熱線。避ける事は恐らく出来ない。

 

彼女はぎゅっと目を瞑る。

 

しかしその瞬間、巨竜が遂に動いた。

 

『案ずるな母よ(マァマ)……ヤツの技は届きはしない……』

 

「えっ!?」

 

『言った筈だ……(マァマ)はオレが守ると……』

 

彼は振り返らずに背中のパートナーに優しくそう声を掛けた後、押し寄せる光の波を前に、ガッチリと両手両足を地面へとつけた。

 

それが、この巨竜が必殺を放つ合図。

 

身の丈をも超える主砲をガチャリと前面に素早く展開させ、直後、稲光のようにバチバチという音と青い光を上げて、電磁砲へとエネルギーが急速にチャージされる。

 

『……さて、では此方もゆくぞ……』

 

そう、彼はあえてこの瞬間まで動かなかったのだ。

 

目と鼻の先にまで迫る光。そして放出元であるメタルシードラモンをその赤い目で見つめながら、"アグモン"は小さく呟いた。

 

『……"力"勝負だ……プライドの高いお前に、もう"回避"という選択は取れまい……』

 

それが必殺を放たれるその瞬間まで、彼が何もしなかった理由。

先程の挑発も含め、全ては自身の攻撃を"確実に当てるための布石"。

初めから分かっていた事だ。

いくら進化しようと、ただ先手で主砲を放つだけでは、相手は海という地形を生かしてそれを避けてくるだろう。

だが、事"打ち合い"となれば話は別。ダークマスターズのプライドに掛けて、技と技がぶつかり合えば、メタルシードラモンは間違いなく力付くで押し切ろうとする筈。自身最強の一撃なら尚更である。

 

そしてもう一つ。"アグモン"は確信しているのだ。

 

例えどんな強力な攻撃が来ようと、真っ向勝負になれば自分に負けはないというない事が。

 

光に二人が飲み込まれようとするその瞬間、巨竜は吠えた。

 

『終わりだ……! 受けよ……ムゲン…キャノン!!』

 

同時に射出される光の弾丸。そして巻き起こる暴風。

あの夢の果てで習得した、沙綾のアグモン最強の威力を誇る必殺が更に威力を増し、激しい勢いと共に閃光と衝突したのだ。

 

「えっ!? 嘘……な、なんで!?」

 

『バ、バカな!! 何故貴様がっ!?』

 

その驚愕は何に対してか。沙綾とメタルシードラモンが全く同じ表情を見せる中、放たれた光弾は相手の攻撃を物ともせず、ぶつかる側から閃光を裂いて真っ直ぐに突き進む。

沙綾にしても、相手にしても、それは正に目を疑うような光景だ。

敵の光を霧散させ、巨竜の必殺は速度を上げながら一気にメタルシードラモンへと迫っていく。

 

『ぐっ! クソ……何故だ! この海の支配者たるオレが、こんな鉄屑に……押されている……だとっ!? 』

 

"力"の差は歴然。最早いくら出力を上げようと、自身が放った必殺は光弾を止める壁にすらならない。

ただそれでも、最後まで海中へと逃げようとしないのは、やはり彼の究極体としてのプライドだろうか。

 

『くっ……認めん……オレは認めんぞォォ!!』

 

巨竜に向かい、メタルシードラモンが怒号を上げる、止まらない弾丸。そして直後、

 

『!!』

 

カッ、という眩い閃光をあげて消滅の光が彼の身体を包み込み、大きく、弾けたのだった。

 

 

 

 

 

 





今回でメタルシードラモン戦終わるかな、と思っていましたが、全くそんな事はありませんでした。
すみません。
結局、対メタルシードラモン戦 前編という感じです。
久しぶりの投稿ですので、少し読みにくい所があるかもしれません。

巨竜の正体は、前から決めていた通りラストティラノモンですが、話の都合上、今回は名前を伏せさせて頂きました。当然ですが、本来彼の必殺もムゲンキャノンではありません。その辺りは次話で説明させて頂きます。

あっ、それとものすごく今更ですが、作者は普通に喋る生物の場合は「」、機械的でどちらかと言えば思念で会話するような生物の場合は『』で台詞をいれています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後の進化……無情の決戦兵器《4》

前回の投稿から一年以上空いてしまいました。
少し話を書くのがしんどくなってしまっていまして…
見てくださっていた方がまだいましたら、本当に申し訳ありませんでした。
最近「あ、もう一回書きたいなぁ」て思いまして、久々に書いてみたら思いの外さくさく進められました。



海上で炸裂する光弾。

海が割れるのではないかとさえ思える程の振動が、沙綾達の居る大陸まで響く。

メタルシードラモンを飲み込み、今正に決着の瞬間を迎えようとしている最中、

 

(嘘……でしょ……なんでアグモンが……"アイツ"の技を……)

 

"それ"を放ったパートナーの後方で、沙綾はただ呆然と先程巨竜が言ったその"必殺名"を頭の中で繰り返していた。

 

(……"ムゲンキャノン"……)

 

そう、それは小説を熟読している彼女にとっては、当たり前のように知った技の名前。

彼女が憎む相手、その前身のデジモンが放つあの有名な必殺を沙綾が知らない筈がない。

 

(そんな筈は……だってアグモンはアグモンで……アイツじゃないのに……でも、じゃあなんでその技が……)

 

親友の敵と似ている姿、ほとんど同じ声、そして、歴史を知っているからこそ分かるその必殺の意味。

目の前にいるのは間違いなく自らのパートナー。それを頭の中では理解できているにも関わらず、考えれば考える程、彼女の思考は混乱していく。

 

(今のはだって……あの"ムゲンドラモン"と同じ技で……いくら似てても、アグモンが使える技じゃなくて……)

 

本来、多種多様な進化を遂げるデジモンの必殺が、他のデジモンと全く同じになる事はあまりない。進化前のデジモンの技がそのまま引き継がれた場合や、まだ技にバリエーションがない幼年期の世代ならばこの限り出はないが、多量の経験を積み、それぞれが独自の進化を遂げた究極体という高みで技が完全に一致するなど基本的にありえないのだ。メタルティラノモンとメタルグレイモンのような、関係性があるデジモン達を除いては。

 

目が痛む程の眩しい光の中、沙綾は自分を守って立つ巨竜の背中を見上げて思う。

 

(……アグモン……ホントに貴方……アグモンなんだよね……)

 

『…………』

 

そんな彼女の不安など知る由もなく、"アグモンであったその巨竜"は、光の中で一人悠然と闘いの決着を見守っていたのだった。

 

 

 

やがて、

 

 

 

 

霧のように周囲を覆っていた光が晴れる。

 

「あっ……」

 

そんな中で沙綾の目に最初に写ったのは、晴天の空の下、此方に向かって流れてくる小波と、その先をじっと見つめる巨大なパートナーの姿のみ。そこには先程まで海上で立ちふさがっていたメタルシードラモンの姿は何処にもない。

 

まるで今しがたの激闘など嘘のようなその風景に、沙綾は思わずポカンと口を開けたまま固まった。

 

「……」

 

まるで根が生えたように固まっていた足を動かし、沙綾は巨竜の足元によたよたと歩みより、その顔を上に向ける。

 

「ね、ねえ……アグモン、メタルシードラモンは……えと、その、もしかして……ホントに倒しちゃったの?」

 

先程のアグモンに対する僅かな不安感からか、そう問いかける沙綾の声色は何処となくぎこちない。

だが、そんな彼女の心情を知ってか知らずか、低い声ながらも、巨竜は穏やかな声で沙綾を見下ろすように向かい合った。

 

『いや……直撃した事は間違いないが……ヤツめ……どうやら最後の最後で海中に身を隠したようだ……』

 

「 海中って……じゃあ、アイツはまだ生きてて、今度はどこから来るか分からないって事?」

 

当然それを聞いた沙綾は慌てた表情を見せた。

何せ相手はこの海全ての支配者なのだ。先程は向こうの姿が確認出来たからこそパートナーの攻撃が命中したが、もし相手が地の利を活かし、この広大な海中から攻めてくるような事があれば、状況は再び自分達の不利となるだろう 。

しかし、どうしたものかと頭を抱える沙綾を他所目に、"アグモン"は敵の沈んだ海中に目を写しながら、静かに彼女へと口を開いた。

 

『……言い方が悪かったな……母よ(マァマ)、心配はいらん』

 

「えっ、どうして?」

 

『……例え生きていたとしても、先の一撃はヤツにとって既に致命傷……海中でそのまま塵になるか……例え再び現れたとしても、もうヤツには何も出来はしまい……』

 

彼は理解しているのだ。

ヴァンデモンと戦った時よりも遥かに強化されたあの必殺(ムゲンキャノン)は、例え相手が究極体であろうと、文字通り"当てるだけで"決着が着くと。

そして、その巨体と悠然とした佇まいは、それだけで慌てる沙綾を納得させるには十分である。

 

「そっか……なんだか、前よりずっと頼もしくなったね、アグモン」

 

『……どうだろうな……だが、もしそうだとすれば、それは全て(マァマ)のお陰だ……今もお前が来てくれなければ、オレは間違いなくヤツに消されていた……本当に……感謝している』

 

「……うん……」

(なんていうか、形も声も雰囲気も……ホントに全部変わっちゃったね……マァマって呼んでくれるところだけは変わらないみたいだけど……なんだか、やっぱりちょっと寂しいな……)

 

パートナーを見上げたまま沙綾は想う。

先程も感じた事だが、今のアグモンは成長期の頃を考えると信じられないような変わり様である。

無邪気な幼さは完全に消え、アグモンらしいパーツも一つ足りともない。唯一残された"マァマ"という呼び方だけが、彼がアグモンであるという証。

退化すれば元に戻ると分かってはいる沙綾だが、あのムゲンキャノン(必殺)がどうにもやはり頭の中で引っ掛かる。そこで、

 

「ねえアグモン……あの、さっきの技の事なんだけど……」

 

しかし、沙綾がその質問をぶつけようとしたその時、

 

「沙綾!!」

「沙綾ちゃん!!」

 

「!」

 

上空から不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、沙綾は思わず口を閉ざして声のする方向へと首を向けた。するとそこには、やはりというべきか、彼女と"アグモン"に向かって飛行するバードラモンと、その片足にそれぞれ腰を掛けて捕まる空と太一の姿が目に映る。その後方にはヤマトとタケル、パタモンを乗せたメタルガルルモン、更にそれに続くように残りの皆を乗せたカブテリモンが、共にこの森の入り口を目指しているようである。

海上へと目を移せば、先程メタルシードラモンの攻撃で海中へと沈んだウォーグレイモンも、手負いながらもなんとか浮上しているのが見える。

 

あの様子なら、皆はすぐにここまでやってくるだろう

 

(うっ……このタイミングで……あの技の事聞きたかったのに……仕方ない)

 

流石に皆の前でこの話題に触れるわけにはいかないと、沙綾は出そうとしていた言葉を飲み込み、上空の太一達へと手を振って答えた。

 

 

そして、

 

 

「沙綾ちゃん! 良かった 無事だったのね!」

 

バードラモンが着地すると同時に駆け寄ってきた空が、開口一番にそう口を開いた。

 

「うん、この子のおかげだよ」

 

『……』

 

微笑を浮かべる沙綾に、巨竜は少し気恥ずかしそうにその背を向ける。

 

「……やっぱりそのデジモン、沙綾ちゃんのアグモンなのね……ビックリしたわ。こんなに変わっちゃうなんて……」

 

巨竜を見上げながら、空は呆気に取られたような表情を見せる。彼女としては他にも言いたい事や聞きたい事がある筈だが、この巨竜を前に今はそれ以上の言葉が出てこないのだろう。

 

「それで沙綾、アイツはどうなったんだ!?倒したのか!?」

 

空に続くように、太一は傷だらけの少女へとそう問いかけた。それに対し、沙綾は首を小さく横に振る。

 

「ううん、"この子"が言うには、まだ倒しきってないみたい…ただ、もう放っておいても消えるだろうって」

 

「ホントかよ!?俺達があんなに苦戦したアイツをほぼ一撃で仕止めちまうなんて…なんていうか、すげーな」

 

空同様、太一も開いた口が塞がらない様子で、彼女の元アグモンを呆然と見上げた。同じアグモンの究極体同士、これ程までの戦闘力の差があれば、それも仕方がないのだろう。

 

『……』

 

他の子供達も続々と集合してくる中で、巨竜は一人穏やかな海を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……うっ……バカな……この私が……あんなデジモンごときに……』

 

深海に向かってゆっくりと沈んでいく長い巨体。

まるで信じられないと言ったように、呆然とメタルシードラモンは呟いた。

 

『……海の支配者たる……私が……』

 

負ける事など一切考えてはいなかった。

現に本の数分前まで、彼に敗北の要素は何一つなかったといえよう。しかしアグモンが進化した途端、たったの一撃で彼の身体は大きく破損し、自身を構成するデータが至る所から粒子となって漏れ出している。即死とはいかずとも、これが致命傷であることは疑い様がない。

身体はまだ動きはするが、全力の必殺さえ返された相手に正面から挑める程の力など残ってはいない。更に回りには選ばれし子供がまだ8人全員生きているのだ。そんな状況では、最早不意を着く事さえ簡単ではない。

 

『…………クッ』

 

粒子化は止まらない。持った所で後数分程。いや、全力で身体を動かしたなら、実際の時間は更に短くなる。そんな中で、あの巨竜も含めて選ばれし子供達を皆仕留める事などまず不可能。

 

『……まさか……此処で果てる事になるとはな……』

 

海面がもう随分と遠くに感じる中、メタルシードラモンは不意にそう悟る。彼にしてはずいぶんあっさりとしているが、現実的に、最早"自分の力だけ"ではどうしようもない事を、他ならぬ彼自身が理解しているのだろう。

 

だが、それはあくまで彼が一人で戦った場合の話。

 

 

そんな時である。

 

『……?』

 

全てを諦め水の底へと落ちていこうとしたその時、メタルシードラモンのその視界が、海底にゆらめく"ある物体"を捉えたのだ。

 

『! ヤツは……!』

 

深海の岩影に身を潜める巨大な影。

 

そう、それは先程逃げたと見せかけながら、海底にて選ばれし子供達をサポートするため、密かにその期を伺っていた一匹のデジモン。

 

同時にそのデジモンが、自身にとって正に逆転の切り札になりえる事を、メタルシードラモンは瞬時に理解出来た。

 

『……ククク……そうだ……この手があったか……』

 

思わず彼の口許がつり上がる。

確かに"彼一人"では勝ち目はない。しかし、そこに"選ばれし子供達の弱点"が加われば話は変わってくる。

その考えが気配として漏れだしたのだろうか、向こう側もメタルシードラモンに気付き、巨体を翻し素早い速度で逃走を始めるが……

 

『……逃がさん……!』

 

力の抜けた身体から一転、メタルシードラモンはジェット噴射の様な勢いで加速し、そのデジモンへと一気に直進した。

いくら死にかけとは言えやはり彼は海の王。加えて、彼にしてみてもこれが最後のチャンスなのだ。粒子化は更に勢いを増し、文字通りその命をガリガリと削りながらも速度を衰えさせる事なく、目標との距離はぐんぐん縮んでいく。

 

『クク……私はこのままでは死なん……! ヤツ共々、選ばれし子供を全員道連れにしてくれる……!』

 

消えかけていた闘志を再び煮えたぎらせながら、メタルシードラモンは巨体、"ホエーモン"へとその牙を向く。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、先程の海岸では、集合を果たした子供達が、パソコンを叩く光子朗を中心にその画面を興味深そうに覗きこんでいた。

 

「おかしいですね…該当データなしなんて、こんな事は初めてです。ダークマスターズでも、簡単な情報くらいはあったのに…」

 

「…やっぱ壊れちまったんじゃねーのか?」

 

「それはありませんよ。ここ以外には、別に変なところはありませんから」

 

首を捻る太一に、光子朗はきっぱりと反論した。

原因は、進化した沙綾のアグモンのデータが彼のパソコンに全く表示されないことにある。

 

「なんでかな?別に私は特別な事はしてないんだけど」

 

沙綾もはっきりした理由は分からないため首をかしげてはいるが、一つ仮説を立てるならば、それは彼がまだ"この時代に存在しないデジモン"であるからだろうか。

彼女達の時代では、デジタルワールドの情報は既にかなり更新されてる。ならば、沙綾のアグモンが未来のデジモンである以上、この時代に存在しないデジモンに進化する因子を持っていてもなんら疑問はない。

最も、

 

「でも、別に問題はないんじゃないか?コイツが究極体なのは見た目でも分かるし」

 

今のところ、太一達にとってはそんな事は二の次である。

 

「確かに、いかにも"ツワモノ"って感じよね。ゴツゴツしてるし、まぁちょっと恐すぎかなぁって思うけど」

 

「まぁ、そうですね。何にしても、此方としては貴重な大型戦力です。これからの戦いも、これでかなり盛り返せそうですね」

 

「ホントに!私達、無事にお家に帰れるの!」

 

ダークマスターズの力を目の当たりにしてから表情が曇っていたミミも、光子朗の言葉で一気に明るくなる

 

「強いて言うなら、不便なのは名前くらいかな?」

 

「まあ、実際それが一番大事だよね」

 

丈が呟く一言に沙綾が合わせる。

あの見た目で何時までもアグモンと呼び続けるのも、やはり少し抵抗があるのだ。

 

「それなら、本人に聞くのが一番早いんじゃないか?」

 

ヤマトが元アグモンに目配せしながら、沙綾にそう促す。

メタルシードラモンの消息がはっきりしない今、奇襲にそなえ、ウォーグレイモンを始め、パートナー達は進化を継続したまま子供達の回りに配置されている。

勿論沙綾の元アグモンも、皆に背を向けたまま、メタルシードラモンが消えた水面を見つめるようにどっしりと巨体を維持していた。

 

「いや、なんかタイミング逃しちゃって」

 

変わりすぎた雰囲気からか沙綾は苦笑いを浮かべるが、何時までもこうしてる訳にはいかないと、彼女は巨大化したパートナーに聞こえるよう声を大きくした。

 

「ねえアグモン、今更なんだけど…君、今はなんていう名前なの?」

 

沙綾の声に巨竜は顔だけをそちらに向ける。

だが、一瞬の沈黙の末、彼は意外な答えを口にした。

 

『…すまない母よ(マァマ)…生憎だが、オレは今の自分の名が分からん…だから、オレの事は(マァマ)の好きに呼べばいい……』

 

「えっ!?」

 

これは沙綾だけでなく、皆にとっても予想外な答えである。

如何にデータベースにはなくても、基本的にデジモンはある程度自身の情報は進化した時点で把握しているものだ。現に、彼は先程姿が変わって直ぐ背中の巨砲を瞬時に展開し、メタルシードラモンを撃破している。

名前だけが分からないのか、それとも名前を隠したいのか。

 

「…………」

 

何時ものアグモンなら隠し事などすぐに見抜けるが、機械化に伴い表情の変化が分からなくなった今、その声色だけでは判断は難しい。

 

結果

 

「そっか…じゃあ、私が新しい名前を付けてあげる」

 

沙綾は何も聞かない事にした。

いや、親友の敵と似た姿の彼に対し、それを聞く事を無意識に躊躇したのだろう。

 

『…ああ…頼む』

 

低音ながらも穏やかな声。

少しの安心感を覚えながら、沙綾は腕を組み考える。

空気を読んでいるのか皆まで沈黙する中、しばらくして彼女はゆっくり口を開いた

 

「うん…決めた。貴方の名前……"ラストティラノモン"…なんてどうかな?」

 

再び訪れる沈黙。

直訳すると、"最後のティラノモン"

目の前にいるのはティラノモンとは似ても似つかない姿の巨竜だが、沙綾はあえてその名前を選んだ。それは、彼が自らのパートナーであると、自分に対して言い聞かせる。そういった感覚もあるのかもしれない。

"最後の"というのは、これが二人の到達点。そして、迫る決戦に決着を着けるという意味だ。

 

「えと、どう…かな?」

 

一応彼女にとっては渾身の出来のつもりなのだが、相手が無反応だと流石に不安になるものだ。

 

『ああ…良い名だ…』

 

「よかった。ちょっとスベったのかと思ったよ」

 

『そんな事はない…(マァマ)のつけた名だ…どんな名であれ、オレに不満などある筈がない…だが…』

 

直後、巨竜ラストティラノモンが再び海面に目を移した。

どうやら彼の沈黙の原因は、沙綾のネーミングセンスではないようである。

 

『下がっていろ母よ(マァマ)……ヤツが来る……』

 

今までの穏やかな雰囲気から一片。

目には見えないが、まるでオーラを纏っているようなプレッシャーを放ちながら、ラストティラノモンは沙綾に背を向け、彼女を守るように立つ。

 

そう、それは再びここが戦場に変わる合図。

 

「太一!みんな、気を付けろ!」

 

ウォーグレイモンを始め、メタルガルルモン達もパートナーを守るためにそれぞれ海岸に並び立つ。

相手はダークマスターズ、先程の一撃で深手を負っていたとしても侮ってはならない。

 

周囲に緊張が走る。

 

そこへ、

 

『ハアアアアア!!』

 

海面を突き抜けるように盛大な水しぶきをあげ、海の王、メタルシードラモンが、雄叫びと共に再びその姿を表した。

だがその咆哮とは対照的に、海面から出ているその体は既に、至るところから光の粒子が漏れ、消滅の時が近い事を感じさせている。

 

『さっきはよくもやってくれたな…まさかこの私が…お前のような"ガラクタ"に足元をすくわれるとはな…』

 

『…大人しく消えていればいいものを…今更何をしに来た…?それほど止めを刺されたいか…?』

 

ラストティラノモンがドスの聞いた低音で威嚇する。

 

「そうだぜ!こっちは9人、そんな体じゃもう勝負になんてならないだろ!」

 

姿を表した事によって、今はもうメタルシードラモンこそが袋のネズミのような状況だ。

しかし、今まさに消滅しようとしているダークマスターズの一人は、この状況に余裕を崩さなかった。

何故なら

 

『残念だったな…お前達に私は殺せん……これをみるがいい』

 

持っているのだ。選ばれし子供達の最大の弱点を。

 

「!!」

 

ザバンっと、メタルシードラモンが水中から空中へと勢いよく飛び上がった瞬間。太一達は息を飲んだ。

今まで水中に隠れていた彼の胴体から下、彼の半身が、一匹のデジモンにぐるぐると巻き付いていたのだ。

紛れもなくそのデジモンは、

 

「ホエーモン!どうして!逃げたんじゃなかったの!」

 

空が声を上げる。

しかし、想像を絶する強さで締め付けられているのだろう。ホエーモンはぐったりしたまま、声を発する事も出来ないようである。

そして次の瞬間、丈の顔が青ざめた。

 

「け、痙攣し始めた…まずい!このままだとホエーモンが窒息しちゃうよ!」

 

「ホエーモン!」

 

タケルが叫ぶ。

彼の命が危機に瀕している事は、その場にいる全員が理解できた。

 

「っ!」

 

太一が唾を飲み込む音が、隣にいた沙綾にも聞こえる。

最も、アグモンの進化によって頭から離れていたが、この結末は沙綾にとっては想定していた事だ。

 

(ホエーモンは……ここで死ぬ……それが正しい歴史)

 

だが、理解はしていても辛いのが現実だ。

今の彼女に出来ることは、握り拳を強く握る事くらいだろうか。

各々のパートナー達も、主達と同様その場に硬直したまま動く事が出来ない。

 

『貴様らの甘さは承知の上だ…コイツを救いたいなら…全員…今すぐ降伏してもらおう! 人間供はデジヴァイスを捨て、デジモンは今すぐ退化するのだ!』

 

「なんだって…」

 

到底頷けない命令が飛ぶ。

だが、彼らは先日ピッコロモンの犠牲を目の当たりにしたばかり。仲間の命が掛かっているこの状況では、とれる選択肢はない。

 

「…くそ…ウォーグレイモン、アイツのいう通りにしてくれ…」

 

「メタルガルルモン、お前もだ…ここはいったん、ヤツの命令に従おう…大丈夫だ。向こうも体力の限界…必ずチャンスが来るさ」

 

太一とヤマトが先陣を切ってパートナーに指示を出た。

 

(…ヤマト君のいう通り。ウォーグレイモンも無事だし、ここは大人しく流れに任せておけば、後は歴史が勝手に正しく進んでくれる筈…)

 

「そうよね…今はホエーモンを早く助けなきゃ…バードラモン、貴方も」

 

ヤマトに続き、空、そして他の子供達も続々とパートナーに退化を促していく。どのような形で形勢が逆転するかは分からないが、少なくとも選ばれし子供達はここでは倒れない。そう思い、沙綾もパートナーへと退化を指示しようとしたその瞬間、

 

『…笑わせる……』

 

ゾッとするような威圧感と共に、ラストティラノモンの方が先に敵へと言葉を投げた。

 

『…的の分際で…よくそんな口が叩けるものだ…』

 

同時に、彼は両手を砂浜へと付けて四つん這いとなり、背中の大砲を、ホエーモンという重りを抱えた、文字通り空中に漂う巨大な"的"へと向けた。

これは脅しではない。ラストティラノモンから放たれる殺気がそれを物語っている。

 

「えっ!?ちょっと!ラストティラノモン!まだ今は待って!」

 

沙綾も含めその場の全員がざわめく。勿論メタルシードラモンも例外ではない。彼の最後の切り札が、想像以上にあっさりと打破されたのだから。

 

『バカな!今撃てばコイツも死ぬことになるのだぞ!』

 

「待て!お前ホエーモンごと撃つ気か!」

 

メタルシードラモンと太一、双方から声がかかるが、巨竜は意に介さない。

 

『…戯れ言を…ヤツの息の根を止める絶好の機会だろう…』

 

「だ、だからって仲間を巻き込んでもいいってのかっ!」

 

『フン…諦めろ…どのみち、ヤツはもう助からん……』

 

「なんだとっ!どうしてそんな事が言えるんだよ!」

 

以前から沙綾を守るためには手段を選ばなかったアグモンだが、余程の事がない限り味方を切り捨てるような事まではしなかった。これほど冷静に、これ程冷酷なアグモンは誰も知らない。パートナーの沙綾ですらも。

 

「沙綾ちゃん!ラストティラノモンを止めて!このままじゃホエーモンが死んじゃう!」

 

空の懇願に、沙綾はもう一度自らのパートナーに指示を下す。

 

「ねえお願い!ここはみんなの言う通りに退化して!」

 

沙綾としてみれば、ホエーモンが誰に倒され、メタルシードラモンを誰が倒しても答えは同じ。しかし、好き好んで自らのパートナーに"仲間殺し"をさせたい者など何処にもいない。まして、それを行えば"正しい歴史"を知らない皆からどうみられるかなど考えるまでもない。

彼女は必死に止めようと試みる。

 

「ねえ!言うことを聞いて!」

 

しかし、ラストティラノモンは止まらない。

 

母よ(マァマ)…悪いが、その命令は聞けない…』

 

沙綾に目を移す事なく、彼は静かにそう答える。

 

「…なんで!」

 

『……いった筈だ…お前の障害は、オレが全て排除してやると……』

 

「!」

 

彼は決めたのだ。

 

あの夢の中で。

 

例え自らが母と慕う者に嫌われようと、彼女が最も"安全"な道を選ぶのだと。

万が一など許さない。

例え死ななくても負傷する可能性が十二分にある以上、"私を守るな"などという命令は言語道断だ。

沙綾の命令を無視し、その背中の巨砲が稼働する。

 

『…次は鉄屑では済まんぞ…覚悟しろ…』

 

光の粒子が巨砲の先端に集まっていく。

太一が自らのアグモンに再進化を促すが、最早間に合わない。

空も両手で自らの顔を覆う。

 

『ムゲン……』

 

『クッ!待て!止めろ!』

 

「イヤーーー」

 

その絶叫は誰のものか。

仲間が仲間を撃つ。

その異様な光景に様々な声が交錯する中、

 

『キャノン!』

 

青い空の下、今日二発目となるその必殺が無情にも放たれた。

巨大な光の弾丸はずれる事なく、一直線に目標へと接近し、

 

『おのれぇええ!!!』

 

一瞬だけ聞こえたその断末魔を書き消し、ホエーモン共々、それはメタルシードラモンを簡単に飲み込んで直も上空へとつき進む、そして

 

「ホエーモーーン!!」

 

太一達の叫びも空しく、遥か雲の上、轟音を上げてそれは炸裂した。

 

「そんな…」

 

驚くほどの呆気ない幕引き。

 

『…決したな…無事か…母よ(マァマ)…』

 

「う…うん」

 

『…そうか…』

 

沙綾の身を背中越しに気遣いながら、敵の反応が消えた事でラストティラノモンは前傾姿勢をといた。その横で

 

「嘘だろ……ホエーモン……」

 

ガクンと膝から崩れ落ちる太一や、泣きじゃくるミミとタケル、奥歯を噛み拳を握りしめるヤマト。

皆の反応は様々たが、ホエーモンを失う覚悟だけは決まっていた沙綾は、回りの子供達に比べてまだ多少は落ち着いてはいたのかもしれない。

 

(どうしてそこまで…アグモン…)

 

ラストティラノモンの背中を見上げ、沙綾は思う。

彼女の感じた"不安感"は正しく、圧倒的な力を手に入れた反面、アグモンの最終形態が両手離しで喜べるようなものではない事を確信したのだ。

彼女に対する反応は全く変わっていないが、それ以外にはまるで冷酷なデジモン。

かつてのメタルティラノモンのように、恐らく必要とあらば太一達でさえ躊躇う事なくその牙を向けるだろう。

 

(もしかしたら……もうみんなとは一緒に入れないかも……)

 

沙綾は目を伏せる。

彼女にとって究極体の力は必須。だが、それが目の前のパートナーのような力ならば、回りに与える被害は尋常ではない。皆の助けにならないどころか、最悪歴史を変えてしまう恐れもある。

たが

 

(それでも…私は……)

 

一つ目の驚異が去ったものの、いいようのない空気が、沙綾を含む全員を包み込んでいた。

 

 

 





メタルシードラモン編はこれで終わり。
次回からは少しの間、沙綾とアグモンの二人旅になりそうです。
一年間全くこのサイト自体を開いていなかったので、その間に感想をくれた方々、ありがとうございます。返信も出来ずに申し訳ありません。


後、分かってる人が殆どだと思いますが、ラストティラノモンはオリキャラではなく既存のデジモンです。
一応、ラストティラノモンのラストはダブルミーングで、本来は"錆た"という意味もあるのですが、パートナーの名前の由来がそれじゃああんまりなので、この小説では"最後の"を強調しました。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人旅

うーん、1年も間を空けていると、伏線なんかを忘れてないか若干不安になりますが、一応読み返しながら書いてるので大丈夫……だと思います。




スパイラルマウンテン第2層 森エリア 

 

木漏れ日が指すジャングルの中を、少女と一匹のアグモンがテクテクと歩く。

アグモンが先に、その数歩後ろを少女がついていくような形である。

比較的歩きやすい道を選択しているが、このエリアは巨木が立ち並ぶために死角が多い。先頭を歩くアグモンは常に警戒を怠らないように首をキョロキョロ左右に降りながら歩いていた。

 

「どうアグモン…敵はいない?」

 

「うん、大丈夫そうだよマァマ」

 

後方を歩く少女、沙綾が声を掛けると、アグモンは振り返りながら手を上げてそう答えた。

 

「そっか…はぁ…はぁ…じゃあ、いったん此処で休憩しよっか」

 

パートナーの元まで歩みよってそう言った後、巨木を背もたれにして沙綾は木陰にゆっくり腰を下ろす。

メタルシードラモン撃破から約一日が経過し、早朝から歩き続けた彼女の体力は、怪我の影響もありそろそろ限界だったのだ。

 

(……みんな今頃どうしてるのかな…心配してなきゃいいんだけど……)

 

額を伝う汗を拭きながら、沙綾が思い出すのは昨日の出来事。

そう、メタルシードラモンを撃破した直後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

「なぜだ!……どうして撃った…君はそんなデジモンじゃなかった筈だろう!」

 

突然とも言えるホエーモンの死。

膝から崩れ落ちる者

泣きじゃくる者 

理解が追い付かず、口を空けたまま固まる者

海岸沿いの浜辺、皆が何も言えず呆然とする中で、まず最初に口を開いたのは、ホエーモンが撃たれる直前、再び進化を果たしたウォーグレイモンだった。

僅か数秒の差で間に合わず、悔しさを滲ませながら彼は地上から飛び上がり、この状況を作り出した張本人、ラストティラノモンと正面から対峙したのだ。

 

『…どうしてだと……逆に聞くが…お前は何故あの時攻撃しなかった…?』

 

「そんなの決まってるだろ!そこに仲間がいたからじゃないか!」

 

圧倒的な体格と戦闘力を身に付けた同族に怯むことなくウォーグレイモンは声を上げるが、対するラストティラノモンの反応は冷ややかなものだった。

 

『成る程…ならヤツの言う通りにしていれば、あのデジモンは助かっていたと……そう言いたいのか?』

 

「そ、それは……だけど、やってみなくちゃ分からなかった!」

 

感情的な威勢は何処へやら、ウォーグレイモンは言葉を濁すが、更に追い討ちは続く。

 

『…茶番だな……元よりヤツにその気がない事ぐらい見てとれた筈だ……お前がヤツなら、あの要求の後にまず何をする…?重りでしかないホエーモンを先に消すのではないか…?』

 

「っ!」

 

図星。

一番手痛いところを突かれ彼は言葉に詰まる。

分かっていたのだ。メタルシードラモンの要求を飲んだところで、ホエーモンが助かった可能性はほんの僅かしかない。パートナーに退化を命じ、子供達にデジヴァイスを捨てさせたなら、次に行うべき事など簡単に想像がつく。

ラストティラノモンの取った行動は非情だが、ある意味では最善と言えなくはない。

 

「それでも…」

 

ただ、頭ではそれを理解出来ていても、簡単に納得できないのが人間だ。

 

「それでも…全員が生き残れる道だってあったかもしれない!なんでそんな簡単に割り切れるんだよ!」

 

ウォーグレイモンが言葉に詰まる中、二体の会話に地上のヤマトが割って入った。友情に厚い彼は、例え利にかなっていたとしても今しがたの出来事を受け入れる事など出来ないのだろう。拳を握りしめ、彼は巨竜を激しく睨む。

 

「仲間だったじゃないか!…それなのに…ちょっとピンチになったくらいであんなにあっさり見捨てるのかよ!そんなのってないだろ!」

 

『…愚か者が…それが戦いなのだ……判断を渋れば、そのツケが自分の身に返ってくると理解しろ……』

 

ヤマトの怒号にも巨竜は全く動じない。

結局、感情論では何を言ってもこのデジモンには届かないのだ。

 

「……クソッ…じゃあお前は、沙綾を人質に取られてもそんな事が言えるのかよ!」

 

『…ふざけた事を……それとこれとは話が別だ…この一件が"そうならないための処置"だという事も分からんのか…!』

 

「っ!」

 

ラストティラノモンが語尾を強めた。

恐らく、この拉致の空かない問答にいい加減イライラしはじめているのだろう。戦闘時よりかはましだが、その巨体から放たれるプレッシャーは一介の少年を黙らせるには十分過ぎる。

ヤマトはもちろん、今まですすり泣いていたミミやタケルすらも、彼の一括の前に静まりかえった。

 

『……話は終わりだ……母よ(マァマ)、すまなかったな……』

 

「えっ……う、うん」

 

それはホエーモンを殺めた事に対してか、それとも今の不毛な言い争いに対してか。

沙綾に視点を移してそう言い残すと、ラストティラノモンの身体が目映い光に包まれた。

巨体はみるみる萎んでいき、元の幼いアグモンへと変化を遂げていく。

皆が釈然としない思いを抱えているのは分かっているが、それでも沙綾は内心ホッとしていた。

 

(はぁ…とりあえず、これでいつものアグモンに戻ってくれる…)

 

これまで順当に成長してきたパートナーも、今回ばかりは沙綾予想を遥かに越えて"大人"になり過ぎていた。

最早彼女の指示すら要らない程に。

 

(ラストティラノモンか……これから大丈夫かなぁ)

 

新たなパートナーの形体に不安を感じる中、ラストティラノモンの姿を隠していた輝きは徐々に収束し、その中から何時もの幼いアグモンが姿が見え始めた。だが次の瞬間、

 

「お、おい沙綾!アイツ大丈夫なのか!?」

 

「えっ!」

 

太一が指差す方を見て、沙綾は唖然とした。

何故なら、そこにいたのは普段の元気なパートナーの姿ではなく、今にも倒れそうなほどボロボロに弱った子竜だったのだから。

 

「ア、アグモン!」

 

沙綾は急いでアグモンの元まで駆け寄り、その小さな身体を抱き止める。

 

「アグモン!大丈夫!?」

 

「あ……マァマ……ごめん、ボク…ちょっと疲れちゃった…」

 

「…そっか…さっきまで一人で戦ってたんだもんね…お疲れ様……今はゆっくり休んで」

 

「……うん」

 

考えてみれば当然である。

究極体に進化する前の段階で、彼はメタルシードラモンから相当なダメージを受けていたのだから。その上であの大立ち回りである。疲労が出ない筈がないのだ。

寄りかかるアグモンは、彼女に抱かれて安心したのか、もう既に静かな寝息をたてていた。

 

(もしかしたら、かなり無理してあの姿をずっと維持してたのかな…ごめん…気付いてあげられなくて)

 

腕の中で眠るアグモンは小さく、沙綾には今起こった事全てが嘘のようにさえ感じる。その一方で、

 

「太一さん…あの…ミミさんもこんな状態ですし、今日は此処でキャンプを張りませんか?テントモン達も相当疲れてると思いますから…」

 

「そうだな…ヤマト…言いたい事はあると思うけど、ひとまずアイツを休ませようぜ…」

 

「…クソッ…俺は絶対に認めない…認めてたまるか…」

 

肩に置かれた太一の手を気にも留めず、ヤマトはただ静かに震えていたのだった。

 

 

 

結局、当人であるアグモンが倒れた事によって、その場で彼の取った行動の是非がそれ以上問われる事はなかった。

しかしヤマトを始め、皆が大なり小なりアグモンに対する不信感が増した事は言うまでもなく、彼が目を覚ました時に再び衝突が起きる事は疑い用がない。

只でさえこの先々で選ばれし子供達同士での衝突が増えていく事が彼女には分かっているのだ。このまま沙綾達が何食わぬ顔で皆と共に行動すれば、それを更に大きなものに変えてしまう可能性が非常に高い。

何より、決戦に向けてラストティラノモンの事を彼女自身がよく理解する必要がある。そのためには、皆の前では触れにくい話もしなければならないだろう。

 

故に、

 

「"ちょっとアグモンと話しをしたいので、一足先に進みます。後で合流するから、探さなくても大丈夫だよ。今日はごめんなさい。沙綾より"……と、これでよし」

 

沙綾はここで一度皆と離れる事を選んだ。

明け方、皆がまだ眠っている頃にアグモンを強引に起こし、そのまま彼をつれて、一足先に次の階層へと向かったのだ。

 

それが今から約半日程前の事。

彼女達はそれからひたすら歩み続け、今は此処、ピノッキモンが支配するスパイラルマウンテン第二層までやって来たのだ。

 

(一応光子朗君のパソコンに書き置きは残してきたから、たぶん大丈夫だよね)

 

選ばれし子供達の中で一番冷静な彼の事だ。恐らくすぐに気づく事だろう。唯一心残りがあるとすれば、それはヤマトの事である。

 

(結局あれから一回も喋ってくれなかったし…あんなに怒ったヤマト君って、今まで見たことなかった)

 

あの日の夜、沙綾が皆に今回の謝罪をして回った時も、彼だけは無言のままそっぽを向いていた。

ただ、どのみち今の沙綾にはどうする事も出来ないのだ。時間を掛けて再度信用してもらうしかないだろう。

 

(……流石にちょっと疲れちゃったな…風も気持ちいいし…じっとしてると眠くなっちゃいそう)

 

「マァマ大丈夫?辛いならボクが進化しておんぶするよ?」

 

時刻は昼下がり。今までの疲れがどっと出たのかウトウトしそうな沙綾の顔を、アグモンが何時も通り心配そうに覗き込んだ。

 

「ふふ、少し休めば大丈夫だよ。進化すると目立っちゃうでしょ…それよりアグモンの方こそ大丈夫?」

 

「ボク?うん!全然大丈夫だよ!」

 

昨日の疲労は何処へ行ったのか、アグモンは元気よくそう答えた。恐らく彼自身のレベルが大幅に上がっている影響だろう。回復力がこれまでとは桁違いである。

 

「そっか…」

(…ホントに無理してる訳じゃなさそうだけど…それにしてはやっぱりちょっと不自然だよね…)

 

アグモンのレベルが急速に上昇しているのだとすると、それは敵データのロードが理由ではないだろう。

冷静に考えてみれば、ヴェノムヴァンデモンを一体ロードしただけで、昨日のようにメタルシードラモンを圧倒出来る程の力を得れたとは彼女にはとても考えられない。何か別の要因が必ずある筈なのだ。

 

そして沙綾は確信していた。その"要因"と"あの技"には、必ず深い関わりがあると。

 

(…もうかなりみんなと距離は離れた筈だし、一度この辺りでアグモンとちゃんと話をしておいた方がいいかな)

 

実は今朝から今まで、沙綾はアグモンとあまり会話が出来ていないのだ。彼女自身、ケガの影響で長距離を移動するのが辛かった事、そんな彼女を守るため、アグモンが周囲の警戒に全力を注いでいた事が主な原因であるが、昨日の今日という事で、お互いに何となく内心ギクシャクしていた部分もあったのだろう。

休息を取りたがっている頭をシャキッとして、沙綾はアグモンに声をかけた。

 

「ねえアグモン、貴方に話があるの…ちょっと此処に座ってくれる?」

 

「えっ…は、話しって…何の?」

 

沙綾の呼び掛けに、アグモンは少しビクっとした様子でそう口を開く。

 

「大事な事なの。いいから座って…」

 

「…う、うん」

 

躊躇いながら、アグモンは沙綾の正面に小さくチョコンと腰かけた。

"話し"の内容についておおよそ理解出来るのだろう。今しがたの元気さは鳴りを潜め、その様子はまるで、説教を受ける前の子供のようである。

 

「昨日の事…覚えてるよね。貴方が進化した後の事」

 

「……うん」

 

「…メタルシードラモンを倒した時の事は?」

 

「……うん……ちゃんと…覚えてるよ」

 

アグモンは小さく二回頷く。

今まで努めて何時も通りを装っていたが、やはり彼の中でもあの出来事に対して後ろめたさがあったのだろう。

叱られる事は簡単に想像出来る。先程まで何時も通りに接していたのはその不安の裏返しである。

少しだけ気まずい。そんな空気の中、アグモンはゆっくりと口を開いた。

 

「……ごめんなさいマァマ…ボク、マァマを守りたくて…これ以上…マァマにケガして欲しくなくて…だから……」

 

話している内に、子竜はだんだんと涙声になっていく。

 

「…ホエーモンが死んじゃうって事より……マァマに危ない目にあって欲しくなくて…ボク…ボク…」

 

「そっか…」

 

アグモンの場合、成長期と究極体ではその精神年齢の触れ幅が他のデジモンよりも格段に大きいのだ。いくら沙綾を守る決意が固かったとは言え、退化した今彼の中で罪悪感が溢れだしたのだろう。

沙綾もそれを理解したのか、アグモンの頭を優しく撫でた。

 

「よしよし、泣かないでアグモン。私別にその事を怒ってる訳じゃないから」

 

「ホントに…?ボク、ホエーモンを…殺しちゃったんだよ…」

 

「仕方ないよ…ホエーモンの事は…アグモンが何もしなくても最終的にはその……同じようになってたから…それよりありがとう……そこまで私の事を想ってくれてたんだね」

 

言いながら、彼女はアグモンへと以前と変わらない優しい笑みを浮かべた。

聞きたかった話とは少し違うが、先程のアグモンの言葉が沙綾には純粋に嬉しかったのだ。

 

「マァマ……うぅ……マァマアァァ!」

 

「わわっ!ちょっとアグモン!」

 

彼女の言葉に感極まったのだろう。アグモンはボロボロと涙を流しながら彼女の胸へと飛び込んだ。

"嫌われても構わない"と"嫌われたい"は全く違う。

不安な気持ちを感じていたのは沙綾だけではなかったのだから。

 

(うん…やっぱりアグモンはアグモンだ…私の、大切なパートナー)

「よしよし、ほら、鼻水出てるよ」

 

「うぅ…グスン…マァマァ」

 

「もう、何時まで経っても仕方ない子だね」

 

ラストティラノモンとアグモン。

一見進化によって大きく変わってしまうように映るが、その本質は同じ。究極体の扱い方に不安を感じていた沙綾だったが、腕の中で涙を流すパートナーの姿を見て、彼女の中の不安感は鳴りを潜めていた。

 

 

 

 

暫くして、

 

「ねえアグモン、話しがそれちゃったけど、聞きたい事っていうのはホエーモンを死なせちゃった事じゃないの」

 

一頻り泣き散らしたアグモンが落ち着いたのを確認し、沙綾は再度アグモンへとそう声を掛けた。 

 

「?…それじゃあ何なの?」

 

アグモンはポカンと沙綾を見つめる。

そう、ここからが沙綾が聞きたかった本題。

 

「うん…あのさアグモン、貴方あの時…技を出す時に言ってたよね……ムゲンキャノンって…」

 

「うん…えと…それがどうかしたの?」

 

アグモンはポカンと沙綾を見つめる。

何も知らない彼にとっては、パートナーが何を聞きたいのかがさっぱり分からないのだろう。

 

「アグモンは知らないかもしれないけど……あれってね、ムゲンドラモンの技と同じ名前なんだ…分かるでしょ…カオスドラモンの昔の姿の……だから、どうしてアグモンがそれを使えるのかなって…」

 

「?」

 

どうやら、沙綾の説明を受けても尚、幼い彼には理解出来ていないようである。頭に?マークを浮かべ、"同じ技を使えちゃまずいの?"とでも言いたげなその顔が証拠だ。

 

「…よく分かんないんだけど、あれはメタルティラノモンの頃にも使えたよ?ヴァンデモンと戦って、マァマが気絶してる時に一回だけだけど」

 

「えっ!そうなの!?」

 

「うん…一回使うだけで凄く疲れるんだ。あっ、でも昨日使った時は全然大丈夫だったよ。やっぱり進化出来たからかなぁ?」

 

「ちょ、ちょっと待って。その、なんで使えるようになったのかちゃんと説明して」

 

余りにもサラリと衝撃的な発言をするアグモンに、沙綾は若干取り乱しながらそう聞き返した。

すると、アグモンは少し難しい顔をした後で、ゆっくりと口を動かし始める。

 

「えと…なんかね、最近夢の中にボクそっくりのアグモンが出てきてね、その子が使ってたんだ…あっ、使ってた時はその子もメタルティラノモンだったんだけど…それで、ボクとその子ってそっくりだったから、もしかしたら同じように出来るんじゃないかなって思って、あの時やってみたら」

 

「ホントに出来ちゃったって事?」

 

「うん」

 

これには沙綾も空いた口が塞がらない。

何せ、話が突拍子もない上に、アグモン本人ですら使えた理由がいまいちハッキリしないのだから。

 

(どういう事だろ…夢で使えたから現実でもって事……デジモンにあるのかな…)

 

沙綾は頭を捻る。

デジモンの必殺技というのは基本的にインスピレーションでは修得出来ない。要は使えない技はどうやっても使えない筈なのだ。進化後のデジモンが進化前の技を一部継承出来るなどの例外を除いては。

 

(メタルティラノモンの隠された必殺技に"ムゲンキャノン"が初めからあったのかな…それで、その夢をヒントに使えるようになったとか?あっ、でもそれだとアグモンの急速なレベルアップが説明出来ないし…)

 

現状ではヒントが余りにも少なすぎて判断が出来ない。

沙綾は更に話を続ける。

 

「その夢っていうのは他にはないの?もうちょっと詳しく聞きたいんだけど」

 

「えっ…うん……ボクも細かくは覚えてないんだけど…最近よく見るんだ…なんだか懐かしい感じの夢で、さっき言ったボクそっくりのアグモンと、もう一人…えと、マァマに似た感じの女の子が二人で冒険してるんだ…」

 

「うんうん」

 

「最初はあんまり喋らなかったんだけど、海とか山とか、色んな所をただボーッと旅して、アグモンと女の子はだんだん仲良くなっていくんだよ……でも」

 

「でも?」

 

「……最後はアグモンを残してその女の子が死んじゃうの……ただの夢なのに、それがすっごく悲しかった……その子のお墓を立てて、アグモンがそのお墓の前で"寂しい"って話しかけてるところで、夢は終わっちゃったんだ…」

 

「………」

 

まるでおとぎ話に出てきそうな切ない夢の内容。

話し終わるとアグモンは寂しそうに一度その目を一度伏せるが、その後思い出したかのように再び沙綾へと向き直った。

 

「ただね、この前夢の中で初めてそのアグモンと会ったんだよ」

 

「?…夢の中でいつも会ってるんじゃないの?」

 

「ううん、何時もはボクがそのアグモンの中に入ってるような感じだったから、会った事は一度もなかったんだ」

 

「ああなるほど。それで、会って何か話したの?」

 

「うん。夢の中でその子が言ってたんだ…"お前はオレ"とか"オレの記憶を覗いたんだろ"って……あんまり時間はなかったんだけど、他には、"オレが力を貸せば究極体になれる"とか……」

 

「!」

(ていう事は、アグモンのレベルアップはその夢のアグモンが力を貸したからって事?)

 

余りにも想像の斜め上だが、この短い期間の中ではそれ以外に考えられない。アグモンにそこまでの作り話が出来る筈もない以上、恐らくこれが答えなのだろう。ただ、新たな疑問も同時に生まれる。

 

(でも"お前はオレ"とか"記憶を覗く"っていうのは一体どういう事だろ…アグモンは生まれた時から私と一緒だからそんな記憶なんてないし……て事は、他に考えられるのは……アグモンの前世…とか…?)

 

デジモンは消滅すると、その後デジタマに生まれ変わり始まりの街へと帰る。タケルのパタモンなどが良い例で、その際に前世の記憶を保持している事があるのは有名な話である。しかし

 

(イヤイヤ……流石にそれはないよ!)

 

沙綾は思い切り首を横に降った。

前世、そしてムゲンキャノン。

この二つのヒントを元にすると、嫌が応にも一つの"仮説"を想像してしまうからである。それは沙綾にとっては最悪の結論。しかし、ムゲンドラモンの転生先がカオスドラモンである以上、その仮説は矛盾している。

 

(……良かった……そうなら私……もうどうしていいのか……) 

 

沙綾はホッと胸を撫で下ろした。

ある意味彼女が今程(かたき)の存在を嬉しく思ったことはないだろう。その存在こそ、アグモンの前世が"ムゲンドラモン"ではない何よりの証拠になるのだから。

 

「ねぇマァマ、ねえったら!」

 

ただ、無言のまま表情が二転三転するパートナーに、アグモンは少し困惑しているようだった。

 

「あっ!ごめんごめん…ちょっと考え事しちゃって」

 

「そうなの?……それで、結局ボクがなんで"むげんきゃのん"を使えるのか分かったの?」

 

「ううん……今のところハッキリ分かんないね…まあアグモンがなんでいきなり強くなったのかは一応分かったし、今はそれでいいかな…もしまた夢でそのアグモンに会ったら、その時こそ何か分かれば良いんだけど」

 

「そうだね。ボクも気になるし、今度会ったらもうちょっとちゃんと聞いてみるよ」

 

「うん。お願いね」

 

"ムゲンドラモンの技を使う夢の中のアグモン"

結局肝心な部分は分からないまま、沙綾にとっては新しい疑問が増えただけとなってしまった。

しかし悪い事ばかりではない。

 

「さあ、休憩は終わり!久しぶりにゆっくりアグモンと話せた気がするし、そろそろ行こっか」

 

「うん!任せてよ、マァマの事はボクがちゃんと守るから!」

 

「ふふ、頼もしいよアグモン」

 

抱えていた蟠りは消え、出発する二人の絆は以前よりも強くなっていた。

 





以上、二人の情報交換回でした。
これで一応、アグモンはムゲンキャノンの意味を、沙綾はアグモンの夢について認識しました。
勿体ぶった割にはサクッとした感じですが、まあ大丈夫でしょう。あんまり考えすぎると前みたいに更新が止まるので。
そういえば、作者はtryをまだ1話もみてないんですよ。どうせ続きが気になって仕方なくなるので、見るなら一気に見ようかなって思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再戦





沙綾達が森エリアで休息を取る数時間前。

その頃スパイラルマウンテン第一層、海エリアでは。

 

「沙綾がいなくなっただって……」

 

早朝の海岸沿い、空に叩き起こされた太一は、突然彼女から伝えられたその内容に驚愕した。

眠い筈の頭が瞬時に覚醒し、飛び起きなから空へと詰め寄る。

 

「いったいどうしてだ!?」

 

「…やっぱり昨日の事気にしてたんだと思う…今朝光子朗君のパソコンに書き置きがしてあったみたいなのよ…アグモンを連れてしばらく離れますって……今みんなが探してくれてるけど、書き込みがあったのが明け方より前だから、何処に行ったにしてももうかなり距離が開いてるかもって……」

 

「そんな…あいつ怪我してるんだぞ!もしあんな状態でピエモン達と鉢合わせにでもなったらどうする気だ!」

 

沙綾の身を案じてか、太一は空に対してそう声を荒げた。最も実際、ダークマスターズの行動を粗方予測出来る沙綾が彼らと鉢合わせる可能性はあまり高くはないが、それを太一らが知る由もない。

 

「私だって気付いたら止めてたわよ!でも……」

 

空はそこで言葉を詰まらせる。

沙綾が無茶をしないように自分がブレーキ役になる。そう決めていた空にとって、再三彼女の行動を止めれなかったこの結果があまりに歯がゆいのだろう。

涙こそ流さないが、小刻みに震える体がそれを証明していた。

 

「……ワリィ…お前にあたるつもりじゃなかったんだ…とにかく、俺達も探してみる……行けるかアグモン」

 

「勿論だよ太一」

 

共に話しを聞いていたパートナーに視線を移し、アグモンもそれに答えるように力強く頷いた。

 

「沙綾が心配だ……空、昼まで探して、それでも見つからなかったら一度集まろうってみんなに伝えてくれ」

 

トレードマークであるゴーグルを身につけ、靴を履きながら太一は横目で空に伝える。だが、そんな彼に対し空は少し複雑そうな顔をした。

沙綾が心配なのは空も同じ、だがそれを太一が言葉にすると、彼女にはまた違った意味に聞こえてしまうのだ。

 

「…あの…太一…こんな時に変な事聞くけど…」

 

「ん?何だ?」

 

太一が不思議な顔で空を見る。

だが、実際"それ"を聞くとなるとなかなか言葉にするのは難しいものだ。現状を考えれば尚更である。

 

「…ううん…やっぱり何でもない。分かったわ、みんなに伝えとく」

 

「うん?まあいいや、とにかく頼んだぞ!」

 

空の想いなど露知らず、片手を振りながら太一はアグモンと共に走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

時は戻り、スパイラルマウンテン第二層、森エリア

 

「はぁ…さて…ここからどうしようかな」

 

一時の休息もそこそこに再び歩き出した沙綾だったが、何処までも続く森の中、再度その足を止める事となっていた。

 

「どうしたのマァマ?」

 

「…いや、そろそろピノッキモンの縄張りに入る頃だと思うんだけど……」

 

「……だけど?」

 

「うーん…それがちょっと厄介なんだよね…」

 

そう言いながら沙綾は腕を組んで何かを考えるようなポーズを取った。

彼女達が第二層の森に入ってもう半日以上が過ぎている。"小説"の内容によれば、そろそろピノッキモンの支配する領域に入る頃合いだろう。ただ、そこで問題となるのが彼が遊び半分で仕掛けてある罠である。

 

(下手に動いて"射程圏内"に入っちゃったら、"私だけ"がピノッキモンの屋敷にワープさせられるって事になりかねないし…)

 

そう、特定の範囲にいる対象物を、屋敷にいるピノッキモンが任意で範囲内の別の場所にワープさせる事が出来るトラップ。これが厄介極まりないのだ。

"小説"ではタケルが単身"ピノッキモンの屋敷"に飛ばされ、その他の子供達も第二階層内の違う場所に散り散りに移された。結果的にはタケルによってこの罠は無力化されるが、それは彼が屋敷の中を駆け回ってピノッキモンの注意を反らした事が大きい。

 

(今の私じゃタケル君みたいな事は出来ないし、ワープさせられたらほぼ終わり…だよね…)

 

ここから先に進むには余りにリスクが高い。皆が到着するまで動かないというのが、恐らく懸命な判断だろう。しかし、

 

(…もうこれ以上ロードを渋るなんて出来ない…何とかして此処を突破しないと)

 

メタルシードラモンのロードに失敗している以上、沙綾としては残りのダークマスターズのデータは是が非でも欲しいところである。

何より、罠自体は厄介極まりないが、単純な戦闘力でピノッキモンは他のダークマスターズには一歩及ばない。メタルシードラモンを仕留めたラストティラノモンならば一匹でも間違いなく勝てる相手なのだ。

ならば、究極体の扱い方を学ぶという意味でも、データのロードをスムーズに行うという意味でも、そして、選ばれし子供達を助けるという意味でも、皆が到着する前に何とか彼を撃破する術がないかと沙綾は頭を回した。

 

(アグモンだけをピノッキモンの射程圏内に入れて注意を反らして……屋敷にアグモンがワープさせられたらそこてで究極体に進化。たぶん巨大化と同時に屋敷が壊れるから、一応これで罠を無力化出来るけど……ダメダメ…これじゃかなり運頼みになっちゃう)

 

もし屋敷以外の場所にアグモンを移動させられた場合、これではただ沙綾がパートナーとはぐれてしまうだけである。

 

(此処で暴れて向こうから来てくれるなら話は早いんだけど……それじゃあ何体のデジモンを相手にしなきゃいけないか分かったもんじゃないし…)

 

ピノッキモンの性格を考慮すると、部下のデジモンを多数けしかけて自身は屋敷から出ては来ない可能性が高い。そうなった場合、沙綾達は歴史を変えてしまわないよう注意しながら多数のデジモンと戦わねばならなくなる。

ホエーモンの教訓を無駄にしないよう、一応彼女はアグモンに"自身の指示なしに他のデジモンの命を奪わない事"を約束させてはいるが、究極体となった後の彼に何処まで効き目があるかは不透明である。

余計な"事故"を起こさないためにも、狙いはピノッキモンだけに絞る必要があるのだ。

 

(そうなると他に出来そうな案は……うーん、流石に直ぐには思い付きそうにないか…)

 

アグモンが見つめる中しばらく思案してみても、これといった良策は思い付かず、沙綾は小さく溜め息をついた。

 

「困ったなぁ…流石に作戦もなしにこれ以上は進めないよね…」

 

「心配しなくていいよマァマ、どんなヤツが出てきてもボクがやっつけるから!」

 

ピノッキモンの罠など当然知らないアグモンは、彼女を励まそうと自らの胸をポンっと叩いて自信満々にそう話す。

 

「ふふ、ありがとうアグモン…うん、まあ焦っても仕方ないか…」

 

その無邪気さに多少は気が紛れたのか、沙綾はアグモンと顔を見合わせた後、しばらく休憩を挟む事を決めた。

行動を焦った結果悪い方向へ転がっては意味がない。

幸いにも、皆がここに来るまでには暫く猶予があるのだ。アグモンと相談しながら作戦を練る時間は充分ある。

 

「どうアグモン、回りには誰もいない?」

 

しかし、いざ休憩を挟もうとしたその瞬間、沙綾の隣でアグモンが突如声を上げた。

 

「ちょっと待ってマァマ!」

 

「ん、どうしたの?」

 

「…聞こえる……誰かが此方の方に来るよ!」

 

目を瞑り、耳を澄ましながらアグモンはそういうが、沙綾には足音の類いは何も聞こえない。彼女の耳に届くのは森の木々が風で擦れる音のみ。だが、

 

「速い……気をつけて!たぶん強敵だよ!」

 

「えっ!?嘘…まさか…ピノッキモン!?」

 

「分かんない。でもいいデジモンじゃなさそう」

 

恐らく接近してくる者の気配である程度の判別が出来るようになっているのだろう。アグモンの表情は厳しさを増し、沙綾を守るよう前へと出た。

同時に沙綾も気付く。風で木々の葉が鳴っているにしては、その音が何処と無く不自然である事を。

そして次の瞬間、

 

「アーーアァーー!」

 

周囲一帯に聞いたことのある声が響き渡る。

未だ姿は見えないが、その声で二人とも"敵"の正体を察したのだろう。お互いが顔を見合わせた。

 

「…マァマ…この声って…」

 

「…うん…ちょっと予想外だよ…此処では会わないと思ってたんだけど…」

 

沙綾達が驚くのも無理はない。何故なら、この場でその"敵"の登場は小説には書かれていなかったのだから。

だが驚いたのも束の間、ジャングルの奥から此方に向かって来るその声の主の姿を二人は確認した。

 

「アァーーアァーーーー!」

 

その姿はまるでターザンのように、生い茂るツタを飛び移りながら木々の間をすり抜けるように移動してる。

隠れてやり過ごせないか。一瞬沙綾はそう考えるが、彼女達が敵に気付いたように向こうもまた此方の存在に気付いたのだろう。視線を沙綾達に向け、それは木々を伝いながら一直線に向かって来る。

そして、二人の前まで来たところで持っていたツタを手放し、華麗な宙返りの後、それは見事な着地を決めた。

 

(…よりによって面倒なのに見つかっちゃったなぁ)

 

沙綾は内心溜め息をつく。

何せ、このデジモンと出会ってしまった以上は、この場での戦闘は最早避けられない。

 

「あらあらアンタ達随分久し振りねぇ…こんな所で会えるなんて思わなかったわぁ……」

 

特徴的な口調、そしてサングラスをかけたファンキーなスタイルは、沙綾達の記憶にはっきりと残っている。唯一前回と違うところと言えば、進化した事で全身が鋼鉄化している事くらいだろうか。

 

「アチキの事、忘れたなんて言わせないわよぉ」

 

「まさか、貴方のそのキャラは一度見たら死ぬまで忘れないよ……エテモン」

 

それはかつて選ばれし子供達との戦いで消滅した筈のデジモン。ニヤリとした表情を見せるかつての強敵に、沙綾は皮肉交じりにそう返した。

歴史を知っている沙綾にとって、彼が生きていた事自体に驚きはない。ただ、相手側はそんな彼女の冷静な対応が若干不満なのか、チッと短く舌打ちをした。

 

「……つまんない小娘ね。てっきりアチキのこの変化に腰を抜かすと思ったのに」

 

「進化したんでしょ…今の貴方はメタルエテモンでいいのかな?」

 

「…チッ…名乗る前に答えを言われるなんて屈辱……まぁいいわ、それで他のガキ供はどうしたのかしら?」

 

「みんなはいない、此処にいるのは私とアグモンだけだよ」

(そっか…歴史よりも早く私達が此処まで進んで来たから、メタルエテモンがミミちゃん達のところに行くよりも先に私達に会っちゃったのか…)

 

本来メタルエテモンが小説内に再登場するのは、今沙綾達がいるこの場所よりもかなり前である筈だが、恐らく彼は今この第2層全体を主な活動拠点としているのだろう。そう考えれば此処で遭遇する事にも合点がいく。

 

「それは残念ね…アチキを一度地獄に落としたあのガキに、今度こそたっぷりお仕置きをしてやろうと思ったのに…」

 

「………」

(参ったな…ここでメタルエテモンと戦うのはちょっとまずいかも)

 

メタルエテモンの戦闘力をダークマスターズ並みと考えても、今のアグモンならば戦う事に不安はない。

しかし、先程沙綾が考えていたように、今此処で激しい戦闘を起こしてしまうと、ピノッキモンが手下を大量に寄越す可能性がある。

それに加え、

 

(このデジモンはまだ倒しちゃいけない…歴史が変わっちゃうかもしれないから…)

 

そう、貴重な究極体のデータを持ったデジモンではあるが、メタルエテモンにはまだこの世界での"役割"が残っているのだ。彼を今此処で倒してしまうと、レオモンが死ぬ"原因"を奪う事になる。非情な話ではあるが、彼には"レオモンを殺すまでは生きていてもらわねば困る"のだ。

 

「へぇ、アチキを無視して黙り考え事なんて余裕じゃない?……舐めてるの?」

 

「…作戦を考えてただけだよ」

 

ドスの聞いた殺気を飛ばすメタルエテモンに、沙綾はおくさずそう答える。その一方で、

 

「オマエ、太一達に倒されたんじゃなかったのか?」

 

何も知らないアグモンは小説内の子供達と同じ反応を示した。そしてそれこそメタルエテモンが望んでいた反応。予想以上に素っ気なかった沙綾に苛立ちを感じていた彼だが、アグモンのその言葉で機嫌が回復したのか、その表情が若干明るくなった。

 

「フフン…えぇ、確かにアチキはあの時アンタ達選ばれし子供にダークエリアに落とされた…あそこはまるでブラックホールみたいな場所……流石のアチキも今回ばかりはもうダメかと思ったわ…けどね…」

 

メタルエテモンは得意気にその鋼鉄の身体を見せつけるようなポーズを取る。

 

「何年もの間、アチキの身体はそこで崩壊と再生を繰り返して、その果てで更なる力を手に入れ、そして帰ってきたの!見なさい!この新しい身体を!」

 

彼は自慢気に言ってはいるが、首を傾げるアグモンは勿論理解出来ていないようである。最も、彼にとってはエテモンがどうして生きているのかなど、実際どうでもいい事だ。彼にとって本当に重要なのはただ一点のみ。

 

「…よく分かんないけど、マァマを狙うならボクは容赦しないぞ!」

 

目の前の敵を威嚇するように睨みながら、小さな恐竜は声を上げる。

 

「フフン…そう言えば…アンタとの決着確か預けっぱなしだったわよね?」

 

それはかつての話。沙綾達は二度エテモンと闘い、劣勢だったとは言えそのどちらも勝負は付けていない。戦力的に闘いが続けば敗北の可能性が高かったとはいえ、メタルエテモンとしては彼女達を倒せていない事が既に気に食わないのだろう。太一と同様、彼にとっては沙綾達もまた因縁の相手なのだ。

両手をポキポキと鳴らし、メタルエテモンは不適な笑みを浮かべた。

今にも戦闘が始まりそうな、ピリピリとした空気がながれる。

 

(…考えても仕方ない、向こうはやる気マンマンみたいだし、今の私じゃあいつ相手にこの森で逃げ切るのはたぶん無理…だったら…)

「アグモン…私との約束、覚えてるよね」

 

腹を括り、沙綾はパートナーの背中にそう呟いた。

それは"命は奪うな"という指示。一瞬の沈黙の後、意図を理解したのかアグモンは静かに頷く。そして、

 

「肩慣らしに丁度いいわ!久し振りにこっちに帰ってきたら、よく分からない連中が天下取った気になってるみたいだし……ほんとムカムカしてたのよ!!」

 

言い終わると同時に彼は得意の必殺、ダークスピリッツを片手で瞬間的に生成、そのまま沙綾とアグモンに向かって豪速球の如く投げ飛ばした。

しかし、

 

「アグモンお願い!」

 

「任せてっ!」

 

二人もただ棒立ちしていた訳ではない。

沙綾の指示を受けたアグモンが直ぐ様彼女の盾になるように迫る黒い球体に突撃、そしてあわや直撃するかどうかのタイミングで、彼はその力を解放した。

 

「アグモン、ロード(ワープ)進化ァァ!!』

 

「くっ!これは!?」

 

稲光を挙げて立ち上る黒い光がダークスピリッツを書き消し、邪魔な木々をボキボキとへし折りながらアグモンの身体がみるみる巨大化していく。

 

(死なない程度に叩きのめして、急いで此処から離れる……信用してるからね、アグモン)

 

そんな沙綾の期待を背に、僅か数秒の内にアグモンの進化は完了し、光の収束の後に姿を現したのは赤錆に包まれた巨体。面影は完全に消失し、急激な精神の成長を遂げた究極の姿。

 

「嘘でしょ……アチキの技を弾いたの?それに……なんて大きさ……」

 

皮肉にも、その変貌に唖然としたのはメタルエテモンの方だった。そんな中、倒れた巨木を片足でボキリと踏みつけ粉砕しながら、究極体ラストティラノモンが小さな敵へとその口を開く。

 

『…山猿が…たかが進化した程度で図に乗るな…』

 

進化前からは想像出来ない程の威圧感を持った声。

放たれるオーラを感知してか、本能的にメタルエテモンは1歩後退した。

 

『……先の威勢はどうした?…達者なのは口先だけか?』

 

「……フ…フフフ、言ってくれるじゃない。アンタこそ随分ボロ臭くなったわね、何その身体?戦えるの?まるでガラクタじゃない?」

 

『……ならば掛かってこい…格の違いを教えてやる…』

 

「キーー!!何その偉そうな態度!もう許さない!絶対アンタをぶっ壊してやるわ!」

 

その挑発的な言動にヒステリックを起こしたのだろう。

メタルエテモンは声を荒げながら大きく後方へ跳び、そこで攻撃の姿勢をとった。

技は先程と同じくダークスピリッツ、唯一違うところはチャージしている分大きさが先程の倍以上になっている事だが、もうそれだけでは今の沙綾達には驚くに値しない。

 

「ラストティラノモン…どう?アレは受けきれそう?」

 

『当然だ母よ(マァマ)…オレの影に隠れていろ…』

 

「そっか…うん、お願いね」

 

パートナーを見上げてそう言い、沙綾は彼の足元へとスッと寄り添う。そして次の瞬間、

 

「アチキをバカにした事を後悔しなさい!ダークスピリッツ!」

 

放たれる特大の暗黒物質。それは軌道上の木々を次々と飲み込みながら二人に向かって直進する。だが、

 

『……』

 

「なっ、なんですって!?」

 

無言のままブオンという腕の一振りだけで、ラストティラノモンは宣言どうりそれを意図も簡単に引き裂いた。

自身の放った全力を事も無げに防がれ流石に焦りを隠しきれないのか、メタルエテモンの表情が一気に引き釣る。

 

「チッ…そ、それならこれはどう!ラブ・セレナァァデ!」

 

彼の十八番。相手の戦う気力を奪い強制退化させる音波攻撃。

何処から取り出したのかマイクを片手に熱唱を始めるメタルエテモンだが、爆音故に両手で耳を押さえた沙綾とは対称的に、ラストティラノモンは素知らぬ顔である。

 

『…何時聞いても不愉快な音だ……止めろ…そんな子供騙しが今更通じるとでも思っているのか…?』

 

「く……何で効かないのよっ!」

 

『…言った筈だ…オレとお前では格が違うと…』

 

レベルの違いは歴然。そもそもいくら能力が上がろうと完全体時の必殺で押しきれる程このデジモンは甘くないのだ。ただ、だからといってメタルエテモン自体の必殺は妨害能力は高いが攻撃力などはない。

つまり先の二つの技が効かない以上、メタルエテモン側に有効打はない。状況は圧倒的不利といえる。

しかし、

 

「ぐっ……ぐぐ……ふ、ふざけんじゃないわよ!」

 

"格下"だと決めて掛かっていた分それだけは認めたくないのだろう。拳を構えてメタルエテモンは全力で疾走、そのまま地面を蹴り、ラストティラノモンの胸部へと一気に跳躍した。そして、

 

「このアチキがっ!アンタ程度にっ!負ける筈がないでしょ!」

 

ガコンという金属同士の衝突音が木霊する。

雄叫びと共に繰り出された拳が、この戦闘が始まって初めて巨竜の身体へと直撃したのだ。

ただのパンチとは言え究極体本気の一撃、その衝撃は相当なものだろう。だが、

 

『…それで終わりか…?』

 

「…そんな…バカな!……あうっ!?」

 

メタルシードラモンの必殺すら防ぐ装甲の巨龍には全く通用しない。それどころか、逆に殴ったメタルエテモンの方がダメージを受けたかのようにその手を押さえている。その隙をラストティラノモンは見逃さない。

不動だった巨竜が動いた。

 

『…逃がさん』

 

「ぎゃっ!あ、ああぁぁぁ!!」

 

自由落下するメタルエテモンの身体をその大きな口でガブリとくわえて救い上げ、そのまま左右に勢いよく振り回した後、渾身の力で彼を投げ飛ばす。

 

「あぁぁぁあああ!」

 

その勢いは凄まじく、衝突した巨木が更に5本、6本と次々倒れ、7本目に打ち付けられた時にようやく勢いが殺されたのか、メタルエテモンはその場にバタリとうつ伏せに崩れ落ちた。だが腐っても究極体。その程度では戦闘不能になる筈はなく、彼は頭を押さえながらも即座に身を起こす。しかし、

 

「ぐっ!舐めんじゃな…はっ!」

 

言い終わる間もなくメタルエテモンは気付いた。巨竜が既に此処まで迫り寄り、今自らの頭上でその巨大な片足を降り下ろしている事に。

 

『…終わりだ』

 

「ぐふっ!!」

 

ドスンと言う地響きを挙げて、ラストティラノモンがその圧倒的重量で小さな身体を踏み潰す。短く上がる悲鳴、しかしそれでも巨竜は攻撃の手を緩めない。

 

「うっ!…よく…もっ!…ぐうっ!」

 

一度足を退け、ヨロヨロと再び立ち上がろうとするメタルエテモンに、ラストティラノモンは再度その足を降り下ろす。

相手が究極体、かつ金属製の身体であるからこそ消滅していないが、並のデジモンなら即死するであろうその攻撃を、立て続けに二発、三発と、躊躇う事なく繰り出していく。

 

「この…がはっ!…アチキ……が……負け……る……がっ!」

 

地面にクレーターが出来ようが、相手が地中に半ばめり込もうが巨竜は攻撃の手を緩めない。

最初は悲鳴を上げていたメタルエテモンも数発もすれば完全に沈黙し、後はなす統べなく攻撃を受け続けている。

闘いが始まってものの数十秒、たったそれだけの時間で勝敗は完全に決していた。

 

そこへ、 

 

「そこまでだよラストティラノモン!もう十分」

 

巨竜の後方から沙綾が静止の声を上げる。

敵は既に戦闘不能、これ以上の追い討ちは意味がないだろう。しかし、敵を踏みつけたまま振り替えるラストティラノモンは、この前と同じく彼女の指示に不満を漏らした。

 

『……まだコイツには意識がある…母よ(マァマ)、ここで止める意味はないのではないか…?』

 

「ダメ!これ以上やるとエテモンが死んじゃうかもしれないでしょ…さっき私と約束した事、もう忘れちゃったの?」

 

『…忘れてなどいない……だが殺さないにしても、責めて意識を刈り取るまでは続けるべきだ…お前に何かあってからでは遅い……』

 

「それは違うよ…エテモンはもう動けないでしょ。無茶はしないで」

 

口調こそ穏やかだが、ラストティラノモンの目をじっと見ながら強い気持ちで沙綾はそう返した。

彼が一筋縄でいかないデジモンだという事は彼女には承知の上、だからこそ沙綾は引くわけにはいかない。全ては自身を思っての行動だと理解しているが、此所でパートナーを制御出来ないようなら、彼女はこの先皆と行動を共にする事さえままならないのだから。

 

「………」

 

『………』

 

しばらくの間、両者見つめあったまま沈黙が流れる。

だが、劇的な変化を遂げようともやはり彼はアグモン、やがて一歩も引かない沙綾に根負けしたかのようにラストティラノモンは軽い溜め息を吐き、渋々ながらもメタルエテモンからその片足を退けた。

 

『…分かった…(マァマ)に従おう…』

 

「えっ!?…う、うん!ありがとうラストティラノモン!」

 

そう言って、驚きながらも微笑む沙綾に、パートナーは気恥ずかしいのか目線を横に向ける。

 

『……構わない……確かにお前のいう通り、今のコイツには不意を付くなど出来そうにもない……』

 

「ふふ…それでもありがとう」

 

この場には不釣り合いな笑顔だが、一時の沙綾の苦悩を考えれば喜ぶのは当然だ。まだまだ完全には程遠いが、"ラストティラノモンが彼女の意見に耳を傾けられる"事を証明したのだから。

ただ、だからといっていつまでも此所で時間を使っていられる余裕などはない。沙綾はすぐに頭を切り替える。

 

「急いで移動しなきゃ…貴方も退化して。その姿じゃ見つけてって言ってるようなものだから…」

 

『…ああ…了解だ母よ(マァマ)…』

 

巨竜がその姿を成長期へと戻す。

彼の退化を確認した後、沙綾はアグモンを連れ壮絶な戦闘後地からそそくさと退避し、そのまま森の中へと姿をかくした。たった一匹、今や瀕死となったメタルエテモンを残して。

 

「みと……めない……アチ…キ……が……アイツら…なんかに……」

 

消えていく二人を追う事など出来る筈もなく、屈辱にまみれた彼は、か細くそう呟いたのだった。

 

 

 

 





メタルエテモン戦回。
いや、最初は拮抗した勝負にしようと思ったのですが、気付いたら無双になってました。
この辺りからちょこちょこ原作にない出来事が起こり始めるかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友情と愛情、疑念と嫉妬《1》


この度、読者の紫魚さんからこの小説のイラストを頂きました。驚くぐらいの完成度の高さに作者は感無量です。


【挿絵表示】

沙綾とアグモン、イメージイラスト


【挿絵表示】

冒険初期、敵からひたすら逃げる沙綾とコロモン


【挿絵表示】

沙綾とティラノモン+選ばれし子供達


【挿絵表示】

ファイル島編ラストバトル、エンジェモン対ダークティラノモン


【挿絵表示】

ヴァンデモン編ラストバトル、発動ムゲンキャノン

どれもこれも甲乙付けがたい作品です。紫魚さん、ありがとうございました。



「ねえ太一さん…ミミさん達だけ残して来てよかったのかな…」

 

明かり差す森の中、不安そうにタケルが前を歩く太一へと呟く。

沙綾達がメタルエテモンを退けてから一日が経過した頃、選ばれし子供達もまた彼女と同じこの第二階層へとその足を踏み入れていた。歴史通り、仲間の死を直視した事でこれ以上進む事を拒んだミミと、それに付き添う丈の二人を残したまま。

その影響も大きいのだろう。穏やかな森の雰囲気とは裏腹に皆の空気は若干重い。

 

「仕方ないだろ…ずっと彼処にいたって何も解決しないんだ…ピッコロモン達のためにも、俺達は早く先に進まないと…」

 

「うん…それは分かってるんだけど…」

 

「心配すんなってタケル…丈だって付いてるんだ、きっと大丈夫さ…」

 

タケルへと視線を落とし太一はその肩をトンと叩く。

だが、言葉とは裏腹にその声には何処と無く何時もの覇気がない。ただ、それは二人の身を暗に心配しているというものではない。実際、メタルシードラモンという最大の驚異が消えた以上、あの場に止まっている限りは二人の身の危険は反って少ないのだ。

彼の"気掛かり"はまた別にある。

 

「…ですが、やっぱり戦力的に少し不安ですね…ミミさん達もそうですが、沙綾さんも結局見つかってませんし…」

 

「……ああ…アイツ、また一人で突っ走ってなきゃいいんだけど…」

 

後ろから話に入る光子朗の言葉に、太一の表情が僅かに曇る。

彼の表情が優れない原因、それは未だ行方の分からない沙綾の事である。

昨日半日を費やして近辺を捜索した太一達だったが、結局何の収穫も得られないまま約束となる正午を迎える事になった。結果これ以上の捜索は意味がないと判断した一行は、書き置きに残されていた『後で合流する』という彼女の言葉を信じ、この場まで進んで来たのだ。

最も今しがたの太一の発言に対して、光と空は若干納得がいかないようであるが。

 

「珍しいね…お兄ちゃんがそんな事言うなんて…何時もは言われる方なのに…」

 

「ホントどの口が言うんだか…」

 

空の厳しい眼差しに太一の眼が泳ぐ。

 

「うっ……な、なあ光子朗、俺ってそんなに毎回…えと…先走ってるのか…?」

 

「…失礼ですけど、僕も空さんと同じ意見です」

 

「…ハハ…マジかよ」

 

三人の呆れ果てた視線に耐えかねたのか、太一は苦笑いの後そそくさと前方に目を移す。

 

「と、とにかく早く行こうぜ!さっさと沙綾と合流して、一気に残りのダークマスターズも叩いちまおう!行くぞアグモン!」

 

勢いに任せて話をうやむやにし、ため息混じりの三人を置いてくようにそのまま彼はスタスタと歩いていく。

ただ、そんな太一のおどけた態度が項をそうしたのか、場の雰囲気は先程よりかは幾分軽くなった。

しかし、

 

「ちょっと待てよ」

 

それも一瞬の事。

今まで黙したまま列の最後尾を歩いていたヤマトがその場でピタリと立ち止まり、グイグイと進む太一を呼び止めた。

 

「…太一…お前何そんな呑気な事言ってんだよ!」

 

「えっ?どうしたんだよ急に」

 

僅かにだが怒気を含んだその声に、太一、そして皆も驚いたのかその足を止めて一様にヤマトへと振りかえる。

 

「さっさと沙綾と合流する?…ふざけるなよ!アイツのアグモンがホエーモンを殺した事、忘れた訳じゃないよな!」

 

「ヤマト…」

 

拳を硬く握りそう声を上げた彼に、太一や皆の表情も自然と真剣になる。沙綾が居なくなって以降皆はあまりこの話題に触れてはいなかったが、もちろん彼らとて何も考えていなかった訳ではない。

 

「…忘れてねえよ…だけど、それは何もアイツだけが全部悪かった訳じゃないだろ…元はといえばメタルシードラモンがホエーモンを人質にした事が原因だ」

 

「はい…それに…僕達も考えなしにデジヴァイスを手放してしまいました…もしラストティラノモンが彼処でメタルシードラモンを撃ってなかったら、やられていたのは僕達の方かもしれません…」

 

「私も同感だ…心苦しいけど、ヤツの言っていた事に違いはない…私達が負けてしまったら、それこそ世界は終わりなんだから…」

 

太一の意見を援護するように光子朗、そしてテイルモンがそう続ける。

"歴史の流れ"を踏まえれば、実際はラストティラノモンが手を下さなくても彼らが負ける事などなかったが、知らない以上そういった結論になるのは至極当然だろう。

空を始め他の面々もそれぞれ思うところはあるようだが、彼らの意見に大筋で同意なのか、テイルモンが話終えた後、固い表情をしながらもヤマトを除く全員が小さく首を縦に降った。そして、

 

「だからさ…アイツがした事はたぶん"俺達全員の責任"なんだ…なら、それをちゃんと沙綾に言ってやんねえといけないと思う…違うかヤマト?」

 

一呼吸を置いた後、皆の意見を締めくくるように太一はヤマトへとそう問いかける。

恐らくいつものヤマトなら、嫌々だろうともそれが全員の総意ならば納得しただろう。しかし今回ばかりは違った。

太一を睨むその眼差しがより厳しさを増す。

 

「…俺だって分かってるさ…アイツの言ってた事が全部正論だって事くらい……けどな!もしあの時人質に取られたのがホエーモンじゃなかったら?空やアグモン、ヒカリちゃんだったらどうなんだ!仕方がないってお前は割り切れるのか!太一!」

 

「お前っ!沙綾がそんな事許す訳ないだろ!」

 

「沙綾が許さなくても、進化したアイツのアグモンなら独断で動く!この前みたいにな!」

 

「くっ…それは…」

 

言い返せず言葉に詰まる太一を横目に、ヤマトの声は勢いを増していく。

 

「お前達だってそうだ!撃たれたのがホエーモンじゃなくて自分の身内だったらどうなんだ!それでも沙綾と合流した方がいいなんて言えるのか!」

 

それは余りにも酷な"もしも"の話。

だが極論ではあるものの、皆はホエーモンの件を始めアグモンの"暴走"を数回見てきているのだ。この場にいる誰一人としてヤマトの意見を真っ向から否定しきれる者などいない。彼の問いかけに全員が一様にうつ向き、場が静寂に包まれる。

しばらくそうした雰囲気が続いた後、多少の冷静さを取り戻したのか、ヤマトは静かに再び口を開いた。

 

「確かにアイツらは強いよ…旅にしても戦いにしても俺達なんかよりもよっぽど手慣れてる。正直頼りになるさ…でも、仲間だって言いながら沙綾は肝心な事は何も話してくれないじゃないか…そんなヤツをこの期に及んでまだ黙って信用しろってのか…」

 

以前のヤマトならば、沙綾の合流について此処まで意固地になる事もなかったかもしれない。しかしそれは、あくまで沙綾達が"自分達と全く同じ立場の仲間"であるという前提の下成り立っていたのだ。彼女の口からそれが偽りだと伝えられている今、ラストティラノモンの行動が引き金となり、彼のみならず沙綾本人への不信感もより増大しているのだろう。

そしてそれはヤマトだけに限った話ではない。

 

「…ヤマトの言いたい事も、少しだけ分かる気がするわ…」

 

「確かに…それも一理あるとは思いますけど…」

 

空や光子朗を始め、皆不信感とまでは行かずとも、多少なり彼女に対して違和感のようなものを覚えているのは間違いない。加えてホエーモンの一件があった以上、今の沙綾を100%庇護出来る者などこの場にはいないだろう。

ただ一人を除いては。

 

「……それでも…俺は沙綾を信じるよ…」

 

皆が言葉を濁す中、太一ははっきりとそう言い切ってみせた。静かではあるが、その目と雰囲気でそれが口から出任せでない事は誰の目にも分かる。しかし勿論その姿勢だけで今のヤマトが納得する筈がない。

 

「根拠はなんだよ。まさか"今まで助けられてたから"なんて言う訳じゃないよな?」

 

「…そ、それは…」

 

太一は困ったように頭をかく仕草を見せる。

確かに沙綾が子供達の旅を助けていた事は事実ではあるが、彼女の目的が別にあると知った以上、ヤマト達からみればそれは"目的の達成に必要だから助けた"と感じるのが当然。沙綾を信じる強い"根拠"には最早成り得ない。

そしてそれは太一も理解している。ただ彼の場合、理解して尚依然として沙綾を信じる気持ちに迷いがないのだ。しかし、本人もその理由を上手く説明出来ずにいるのだろう。歯痒い表情をしながらもそれ以上の言葉が出てこない。

 

「どうしたんだよ。あれ程言い切ったんだ。ちゃんとした理由があるんだろ太一!」

 

「ぐっ…」

 

先程と同じようにヤマトの言葉が熱をおび始める。

だが、言い返せない太一が必死に理由を探っていたその時、助け船を出すかのようなタイミングでガブモンが両者の間に割って入った。

 

「そこまでにしようよヤマト…太一に当たっても仕方ないよ」

 

「そうでっせヤマトはん…言いたい事は分かりますけど、一端落ち着きなはれ」

 

ガブモンに続き、テントモンもヤマトを引き留めるようにその肩にスッと手を乗せた。

 

「お兄ちゃん…」

 

「…チッ」

 

回りを見れば、今しがたの言い合いの影響だろう、タケルも怯えた表情でヤマトを見ていた。それが決め手になったのか、彼の体から熱が冷めていく。

若干不満そうな顔をしながらも、肩に置かれたテントモンの手を優しく振りほどきながらヤマトは太一達に背中を向けた。

 

「………悪かった…ちょっと頭を冷してくる…」

 

「あっ!待ってよヤマト!」

 

「………」

 

スタスタと森の横路へと歩いて行くヤマトをガブモンが追いかける中、太一は掛ける言葉が見つからず、黙ったままその後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

暫くして、

 

「ねえ、太一」

 

「うん?…ああ空か」

 

ヤマトがいなくなった事で一事休憩となった一行。

皆の輪に入らず、一人思い詰めた顔をしながら腰かけていた太一に空が声をかけた。

太一の隣にしゃがみこみ、空は少し聞きずらそうに口を開く。

 

「あの…さっきの話なんだけど…」

 

「はは……カッコわりぃよな俺。結局何も言い返せなくてよ…」

 

空の表情からおおよそ何を言いたいのか察したのか、太一はそう言いながら自嘲気味に苦笑いを浮かべた。

そんな彼に対し、空は首を横に振る。

 

「ううん、そんな事ない…それよりごめんなさい。私こそ、あの時ヤマトに何も言えなかった…沙綾ちゃんの事は信用してるのに、ヤマトの言う事が正しいって…そう感じちゃって…」

 

言いながら、空は抱えた膝に顔を埋めた。

 

「前にメタルティラノモンが言ってたの。"詳しい訳は話せないけど、沙綾ちゃんと自分はみんなを大切な仲間だと思ってる"って…それなのに私…」

 

人一倍沙綾の身を案じていた彼女の事、僅かにでも疑った自分自身を悔いているのだろう。

 

「いや、空は間違ってねえよ…変なのはたぶん…俺の方なんだと思う」

 

「えっ?」

 

「結局分からないんだ…沙綾を信用してる理由がさ…お前みたいに前から付き合いがある訳じゃないし、同じ選ばれし子供って訳でもない…ヤマトが言ってたみたいにアイツの事なんて何も分かってないのに、何で俺はそんなに沙綾の肩を持ちたがるんだろうな…」

 

宙をポカンと見上げながら、太一は深いため息をついた。今まで気にした事がなかったが、改めて考えてみると一体何時から自分がこの考えに至ったのかすら彼には分からない。気がついた頃には仲間以上に沙綾を気にして行動している自分がいただけの話。

 

「ホント、何時からこうなっちまったんだか…」

 

二度目のため息。

最も、そこまで話してその"理由"が分からない者など当人しかいない。まして、"虚空を見つめたまま呆然とため息をつく"など驚くほど典型的な症状である。当然空がそれに感付かない筈がなかった。

 

「…………」

 

「ん?どうしたんだ空?」

 

一瞬目を伏せて寂しげな表情を見せた空に太一は気づいたが、反対に彼女はそれを悟られまいとしているのか、太一に背を向けながらスッと立ち上がった。

 

「…ううん…何でも…ない…なかなか帰ってこないし、私、ちょっとヤマトを探してくるね…」

 

「えっ、お、おい!」

 

太一の返事も待たずに、空は呼び寄せたピヨモンを連れてまるで逃げるように早足でその場から離れていく。

呼び止める太一の声が聞こえていない筈などないが、それ以降空が振りかえる事はなかった。

 

「無視って……一応慰めたつもりなのに、俺何かアイツを怒らせる事言ったのか?」

 

その場に一人ポツンと残された太一は、不思議そうな顔を浮かべながら遠ざかるその背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一方で、

 

「ねえマァマ、なんだか昨日より敵の数が増えてない?」

 

「うん…思った以上に向こうも私達を警戒してるみたいだね…」

 

選ばれし子供達のいざこざなど露知らず、巨木の根元を掘っただけの即席の隠れ家から僅かに顔を覗かせ、沙綾はひっそりとアグモンにそう呟いた。

仕方がないとは言え、やはり究極体を倒した事が災いしたのか、ピノッキモン配下の追っ手は時間が経過する事にその数を増やしているのだ。目に写るだけでも、クワガーモン、スナイモン、それに加えてフライモンの群れが空を飛び回り、地上ではブロッサモンを筆頭としたベジーモン達植物系デジモンが彼女達のすぐ近くを彷徨いている。今はまだ見つかってはいないが、こんな即興の隠れ家など何時発見されてもおかしくはないだろう。

 

「うーん、このまま待ってても減る気がしないし……仕方ない。アグモン、鬼ごっこになるだろうけど、振り切って一旦来た道を戻ろっか」

 

「えっ、いいの?せっかくここまで来たのに」

 

「…うん。今のままだとピノッキモンに近付くほど余計な敵が増えちゃうと思うし、だからってここに隠れててもその内きっと見つかっちゃう…それに、私達がいなくなれば向こうもちょっとは油断するかもだしね」

 

「…でも、みんなに先を越されちゃうかもしれないよ?」

 

「それは多分大丈夫。これだけの敵がいる間はみんなだって簡単には動けないよ」

 

「そっか、分かったよマァマ!」

 

素直に頷くアグモンに僅かに微笑み返した後、沙綾は飛び出すタイミングを息を潜めてじっと伺う。何せこれだけの数を一匹も殺さずに逃げ切らなければ行けないのだ。今のアグモンの戦闘力を考えると、ベジーモン程度のデジモンならば護身の技でさえ致命傷を与えかない。

 

(今頃みんなはどうしてるだろ…順調にいってればだぶんそろそろ太一君とヤマト君が喧嘩する頃だと思うけど…)

 

敵デジモンの動きと配置に注意しながら、沙綾は小説に置ける皆の様子を思い浮かべる。

ジュレイモンに利用されたヤマトと太一の衝突。

自分がその場にいれば多少なりともブレーキくらいは掛けられたのにと考える沙綾だが、ピノッキモンの確実なロードを優先する以上それはどうにもならない事である。

 

(今は気にしても仕方ないか…私は私の出来る事をやるだけ)

 

空に目をやれば、分散したのかクワガーモン達の数は先程よりも少なくなっている。このチャンスを逃す手はないだろう。

 

「アグモン、準備はいい?」

 

「うん、いつでもいけるよ」

 

短い言葉でパートナーの意図を察知したアグモンがコクりと頷く。そして、地上のブロッサモン達が自身の方向から目を反らしたその瞬間、沙綾は穴蔵から飛び出し素早く指示を出した。

 

「ティラノモンで一気に駆け抜けるよ!行こう!」

 

「オッケー!アグモン進化ァァァ!」

 

沙綾と同じく飛び出したアグモンが一瞬の内にその体を成熟期の赤い身体へと進化させる。

ズシンと言う地鳴りを上げて着地したティラノモンに敵デジモンがピクリと反応し視線を向けるが、彼は両腕で沙綾を素早く抱きかかえ、相手が動くよりも早く地面を蹴った。

 

「後ろだけじゃなくて前にも注意して!」

 

「分かってるよマァマ!」

 

立ち並ぶ木々を器用にかわし、時に焼き払いながらティラノモンは速度を上げていく。

後方や左右、そして上空と至るところから敵デジモン達の声が飛び交う中、沙綾とティラノモンの何度目ともなる逃走劇が幕を明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は再び戻り、選ばれし子供達が休憩を取るエリアから少し外れた森の小道。

 

「ねえ空、大丈夫?」

 

「…うん、心配しないで…何でもないから…」

 

隣を歩くピヨモンにそう返しながら、空は森の中をさ迷うように歩く。

本人は努めて平静を保とうとしているようだが、先程の太一の様子がどうしても頭から離れないのだろう。言葉にこそしなかったが、あれは最早そう"宣言"されたに等しいのだ。誰の目から見ても一目で分かる程、彼女の表情は沈んでいた。

 

「太一と何かあったの?さっき一緒にいたみたいだったけど」

 

「ううん…ホントに何でもないのよ…」

 

「…空」

 

一応空自身は笑って返したつもりだったのだが、それが余計にピヨモンを心配させているようである。

 

(バカ…私、こんな時に何考えてるのよ…今考えるような事じゃないのに)

 

懸命に思考を切り替えようとするが、ここは静かな森の中、神経を邪魔するものがない分、反って意識がそちらに向いてしまうのだろう。彼女が何を考えても最終的には同じところに辿り着く。

皮肉にも、状況は違えどその様子は先程の太一とよく似ていた。

 

(太一の…バカ…)

 

心の中で呟く度にそれは虚しさへと変わっていく。

空は自分自身の性格をよく分かっている。太一の気が此方を向いていない以上、強引になれない自分には何も出来ないという事も。精々邪魔をせず離れて見守る事が関の山だという事も。

 

(…落ち込んでも仕方ないのにね…)

 

「空!ねえ空ったら!」

 

「えっ!?」

 

バサバサと羽ばたきながら自身の耳元で喋りかけていたピヨモンの声で、空はハッと我に返ったようにその目をパチクリとさせた。

 

「ピ、ピヨモン…どうしたの?」

 

「もう、ホントに大丈夫なの?ずっとぼーっとしてるよ」

 

「だから心配しないでって。それで、どうしたの?」

 

パートナーに悟られないように空は強引に話を切り替える。ピヨモンもピヨモンで、先程から続く大丈夫の一点張りにいい加減追及する事を諦めたのか、地面に降り立った後、彼女は小さなため息を吐いた。

 

「はぁ…向こうの方から何か聞こえるの…たぶん話声だと思う。ヤマト達じゃない?」

 

「…あっ…そっか。私、ヤマトを探しに来たんだっけ」

 

そう言われて空はようやく自身がここまで来た"一応"の目的を思い出した。ピヨモンの指差す方向に目をやると、少し先、木々の合間に僅かに開けた場所が見える。この広い森の中、闇雲に歩いていただけでヤマトの痕跡を見つけられたのは幸運だろうと、空はそちらに向かう事を決めた。

 

「行ってみましょう」

 

再び二人は歩き出す。大した障害もなく、しばらく進むと彼女達は目的の開けた場所へとたどり着いた。

遠目からでは分からなかったが、この場所に木々が見えなかったのはこの辺り一帯が大きな泉になっていたからのようだ。

 

「へえ、こんな所に泉があったのね」

 

「綺麗なところ…でも、ヤマト達はいないみたい…ピヨモン、ホントにこっちから声がしたの?」

 

空は周囲をグルリと見渡してみるが、そこにヤマトらしき姿は見当たらない。彼女は足下で湖を覗くピヨモンにそう声を掛けてみた。しかし次の瞬間、

 

「フォフォフォ、一日に二人も此処を訪れる者がいるとは、珍しい事もあるものです」

 

「だ、誰!」

 

ピヨモンではない第三者の声が不意に響く。

咄嗟にデジヴァイスを構え空がもう一度辺りを注意深く見てみると、彼女達のすぐ近く、数ある内の一本に過ぎないと思っていた巨木が不意にくるりと振り返り、その幹に刻まれた老人のような顔を除かせた。

 

「空っ!下がって!」

 

見たことのないデジモンにピヨモンも臨戦体制を取る。しかし、二人の警戒とは裏腹に、そのデジモンの物腰は柔らかかった。

 

「ああ、これは申し訳ない。驚かせてしまいましたかな?私はジュレイモン。この森の長老と呼ばれております。」

 

「えっ?」

 

大きな杖を付き紳士的なお辞儀をするその姿に、空は若干躊躇う。ジュレイモンと名乗るそのデジモンから敵意は特に感じられず、理性的な対応は正に長老と言った雰囲気を醸し出していた。

老人のような姿も手伝ってか、攻撃してくる気配のないジュレイモンに、程なくして空とピヨモンは警戒を緩めた。

 

「えと、こちらこそごめんなさい。敵かと思っちゃって…」

 

「フォフォ、いやいや、気にしていませんよ。確かに今この森はピノッキモンの手下で溢れていますから」

 

空達の態度を咎める事もせず、ジュレイモンはニコっと優しげな笑みを浮かべる。そんな彼に、空は先程気になった言葉を問いかけてみた。

 

「…あの、さっき一日に二人って…」

 

「はい。確かヤマト君でしたか、今の今まで此処にいたのですが…」

 

「!」

 

恐らく入れ違いになったのだろう。しかし、空が彼らとすれ違っていない以上、二人は皆の元へ引き返した訳ではなさそうである。

 

「ジュレイモン、ヤマトがどっちに行ったか分かる?」

 

そう問いかけた空に、ジュレイモンは杖で自身の背中側を指した。それは皆とはますます離れる方角、彼女の"何故そっちに"という表情を悟ったのか、空が言葉を発する前にジュレイモンはそれに答えた。

 

「ここから北にしばらく進んだ所で、ピノッキモンの手下達が集中しているエリアがあります。恐らくそこに向かったのではないかと…」

 

「えっ?どうして一人でそんな所へ…」

 

「決着を付けに行ったのですよ。自らの疑念に…」

 

「疑念に決着?どういう事?」

 

ヤマトの行動も謎だが、ジュレイモンの言葉は二人には更に意味が分からない。そんな首を傾げる空達を見据え、巨木は順を追って説明を始める。

 

「…先程ヤマト君がふらっと此処に来られた時、彼は何かに迷っておられるようでした…見かねた私が声を掛けると、彼は言ったのです。"疑いが疑いを呼んで、何を信じていいのか分からない"と…」

 

「「……」」

 

「よくよく話を聞けば、仲間の一人について悩んでいた御様子…どうすればいいかと問うヤマト君に私は答えました…"悩んでいるくらいなら直接本人に問うてはどうか"と、それで何も話して貰えないのなら、"貴方自身の覚悟と決心"を示してみるのも一つの方法なのではないかと…」

 

そこまで話を聞いて、空の中で点が線に繋がる。

 

「まさか、ピノッキモンの手下達が集まってるエリアって…」

 

「森の噂ですが、選ばれし子供の一人がその辺りに潜んでいると聞いています…」

 

「…沙綾ちゃん…やっぱりそう言う事ね」

 

空は思わず溜め息が溢れそうになる。 

当然だ。無理をするなと散々忠告したにも関わらず、またしても彼女はそんな危険な場所にその身を置いていたのだから。最も、彼女が太一と同じく人の意見を聞かないなど最早何時もの事、今更驚くような事でもない筈。しかし、

 

(あれ…私、なんでこんなにイライラしてるのかしら)

 

何故か今の空は、そんな沙綾に確かな苛立ちを感じていた。

 

「ねえ空、いったん戻ってみんなにこの事伝えた方がいいんじゃない?」

 

「そ、そうね…教えてくれてありがとうジュレイモン」

 

ヤマトだけならともかく、沙綾もいるならば全員で移動した方がいいと判断した空は、ジュレイモンにそう伝えると踵を返し、ピヨモンを進化させるため再びデジヴァイスを取り出した。此処から皆のいる場所までバードラモンならば数分と掛からない。全員を乗せてからヤマトを追い掛けても充分余裕があるのだ。

だがパートナーの進化が完了し、空がその背中に乗ろうとしたその時、不意にジュレイモンが再び彼女に声をかけた。

 

「フム、空さん、でしたか…貴方も大変ですね、人知れず苦悩されているようで…」

 

「えっ?」

 

不意に投げ掛けられたその言葉に、思わず空はドキリとして振り替える。

 

「フォフォフォ、歳柄、色々な相談をよく受けるもので、雰囲気で分かってしまうのですよ…貴方の場合は……その原因は"嫉妬"、っといったところでしょう?」

 

「い、いい加減な事言わないでよ。私が誰に嫉妬してるっていうの?」

 

見に覚えのない"言い掛かり"に空は否定するが、まるで全てを見抜かれてるようなジュレイモンの雰囲気に焦っているのか、彼女にしては珍しく言葉にトゲがある。

知らず知らずの内に、空はジュレイモンにペースを握られていた。

 

「フム、では帰る前に一度その泉を覗いてみて貰えませんか?それは自らの心を映す鏡とも言われております。時間は掛かりません。さあ…」

 

「……分かったわ。覗けばいいんでしょ」

 

僅かに考えた後、空はバードラモンに乗るのを止め、ジュレイモンに促されるままに湖を覗き込む。この瞬間まで空には自信があった。仮にこの泉が心の中を映す鏡だとしても、そこに映るのは以前からの想い人の姿の筈だと。

しかし、

 

「ウソ…!」

 

現実は違った。

長い黒髪に白い肌、泉に映った自身の姿は太一などではなく、

 

「沙綾…ちゃん…どうして…私、嫉妬なんて…」

 

まるで信じられないものでも見たかのように小さくそう呟いた後、空はその場で棒立ちになった。

そんな彼女の背後で、ジュレイモンは妖しく語りかける。

 

「"大切な人を取られた"と感じるその心、決して恥ずべき気持ちではありません。ですが、貴方はそれを心の隅に追いやり、自ら気付かないふりをしているのではないですか?」

 

「!」

 

その言葉に空は鳥肌がたった。

ピヨモンにさえ話していない自身の悩み。それをこのデジモンはさも簡単にいい当てて見せたのだ。

思えば、先程沙綾に感じた過剰なイライラも、彼の言うように嫉妬だと考えれば合点がいく。

泉から目を移し、空はジュレイモンへと振り替えった。

 

「慎ましく身を引くのも一つの美学です。しかし、それでは貴方の望む"者"は手に入らない。他者を退け自らを誇示する事も時には必要なのです。"恋愛事"ともなればそれは尚更…」

 

「………」

 

話が進むにつれて核心へと迫るその内容に、空の意識はジュレイモンの言葉に吸い寄せられていく。そう、彼はその豊富な経験と巧みな話術を武器とするデジモン。心の隙をつかれた空は、それに抗う術を知らない。

 

「貴方、空に何を吹き込もうとしてるの!」

 

「待って…続けて、ジュレイモン」

 

「そ、空!」

 

ジュレイモンに目をやったまま、空は片手で威嚇するバードラモンに待ったを掛けた。最早彼女にとってこのデジモンが怪しいという事など見えてはいない。

 

「貴方は優しい方のようだ…ですが、そのせいで損な役回りになる事が多い…たまには我が儘にならなければ、貴方はずっとその役割から抜け出せませんよ」

 

「……私は…どうすればいいの…?」

 

既にマインドコントロールは磐石。そう"確信"を持った相手は止めを下す。

 

「何、難しい事ではありませんよ。言ったでしょう。他者を蹴落としてこそ勝ち取れる物もあるのです」

 

「蹴落とす…私が…沙綾ちゃんを…」

 

空は僅かに戸惑った表情を見せてはいるが反論する様子はなかった。ジュレイモンの言う通り、空は今まで自分よりも他人を優先して考えてきた。この旅に置いても彼女が自身の我が儘を押し通した事などほとんどない。

"たまには我が儘になってもいい"、その言葉で、彼女の中の張り詰めた糸がプツリと切れたのだ。

 

「…沙綾ちゃんを倒せば…太一は私を見てくれるの?」

 

「フォフォフォ…その先は御自分で考えてみなされ。私の出来る助言はここまで、後は貴方が決める事だ…さあ、もうお行きなさい…」

 

「あっ!ちょっと待って!」

 

ジュレイモンの仕事はこれで終わり。茫然と立ち尽くす空に背を向け、彼はそんな言葉を残して森の奥へと去っていく。元々が木の姿である彼は、そのまま周囲の森と同化するように消えていった。

 

「私は貴方を応援していますよ…空さん」

 

最後にそんな声だけが、静かな森へと木霊した。

 

 

 







今回はここまで。
本当はヤマトとジュレイモンの会話も書きたかったのですが、話が長くなりすぎるので断腸の思いでカットしました。
さて、やっと太一、空、沙綾の関係性が微妙に変化していきそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。