わたくしがお嬢様に憧れるのは絶ぇえっ対にぃぃいいッ、間違っておりませんわっ!!! (実験場)
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第一話 ボーイミーツガールですわ!
全ての道は『淑嬢』に通ず
ラ・シャルンティーヌ
「ハッ……ハッ……ッ!」
少年は走る。腕を振り、足を上げ、体力の続く限り。死という絶望から少しでも距離を離す為に。
「なんでなんでなんでなんでなんっっで!!! こんなところにミノタウロスがいるんだあああ!!」
『ヴモオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「いやああああああああああ、こっちに来ないでええええええっっ!!」
LV.1の少年ではまともに戦うどころか手も足も出ない牛頭人体のモンスター。十四歳の少年──ベル・クラネル──は、突如目の前に現れたこんな低階層に現れるはずのないミノタウロスと理不尽極まりない命がけの追い駆けっこを強いられていた。
ベルの憧れる物語に登場するような英雄であれば一撃の下に葬り去るか、その聡明な頭脳でこのような格上の相手からでも勝利をもぎ取るはずだ。しかし、残念ながらベルは英雄でもなければ屈強な戦士でもない。十把一絡げの駆け出しの冒険者。ゆえに情けなく無様に倒すべきモンスターに背を向けている。
「もおおおおお、いい加減に諦めてええええ!!」
『ヴモモモモアアア!!』
こちらの恐怖感を煽るようにミノタウロスは蹄で土の壁を砕きながら追いかけてくる。後ろを振り返ると心なしかミノタウロスの口角が弧を描いているように見え──。
『ヴォ! ヴヴォ!! ヴモッモッモ!!!』
いや、確実に嘲笑っている。沸々と怒りが湧いて立ち止まりたい衝動に駆られるが、そんなのは一時の気の迷いで、向かっていくと即死する未来が容易に想像できるので早々に零れ出る荒い息と共に投げ捨てた。現金だとか言ってはいけない。誰しも自分の命が最優先なのだ。
「わっ、うわわわっ!」
不意に感じる足元の違和感。遂に神がベルを見放した。不運にも地面に転がる石に足を取られ転倒してしまったのだ。立ち上がり体勢を立て直す暇など無い。四つん這いのまま腕と膝でずるずると何とか前に進む。が、死への反逆はここまでだった。顔を上げた先には無機質な冷たい壁がベルを見下ろす。
行き止まり。
死。
流れ出る涙。ガチガチと震える奥歯。恐怖から目を瞑ると瞼の裏に浮かんでくるのは14年分の記憶。
(ごめんなさい。神様……)
最期によぎったのは返しても返しきれない大恩ある一人の少女への謝罪の言葉だった。
「……あれ?」
死んでいない。混乱しているが自分がまだ生きているという事は分かる。
「ヴモ? ヴモオオオオアアアアア!!!」
ダンジョンに反響するミノタウロスの叫び声。何が起こっているかの確認をするため恐る恐る閉じていた目を開ける。
胸部、腕、足、首と部分部分にバラバラになっていくミノタウロスだったモノ。噴出する鮮血と崩れ落ちるモンスターの隙間から自分を救ってくれたであろう人物の姿が見えた。
刹那で目を奪われた──。
女神と間違うような美しい金髪の少女。胸の奥がキュウッと締め付けられる。苦しいのだけども心地良い、何とも言えない不思議な感覚。それに付随して顔も熱くなってきた。
アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキファミリアに所属する最強の一角とされている女剣士。
呆然と少女を見つめていると視界の上から赤黒い液体が降りかかってくる。
と、女神のような黄金の少女の姿も、赤黒い液体も突然視界から消えてしまった。目の前を真っ黒なものが遮っている。もっと黄金の少女を見ていたいとの欲求から目を凝らしてよく見ると、真っ黒だと思っていたものはどうやらフリルのあしらわれた上品な日傘の裏側だったようだ。
ダンジョンに似つかわしくないアイテムの登場に疑問を持つ前に声が掛けられた。
「大丈夫? 御召し物が汚れたりしなかったかしら?」
不意に耳朶を濡らす甘く優しい吐息の混ざった柔らかい声。
鮮血を浴びるのを救ってくれた日傘が持ち上げられ声の主がゆっくりとこちらに振り向いてきた。
まず目を引かれたのは顔の左右に垂れる淡い紫色のふわりとした巻き毛。
それらに挟まれる無垢なベルにすら色気を感じさせる褐色の肌。
長いまつ毛の下の安心させるように薄っすらと弧を描いた瞳は夜空。真っ黒な中に星のようにキラキラと輝いている光が漆黒に負けじと自己主張をしている。
整った高い鼻筋に薄紅色の潤いを帯びた瑞々しいふっくらとした唇。
顔から視線を下へと動かすと、腰から裾まで大きく膨らみを持たせた赤色のポールガウンドレスに、リボンのついた短い丈の上着を羽織り、肘上から二の腕にまで至る長い手袋を着用していて肌の露出が全くと言っていいほどない。しかし、赤色の神秘のベールに覆われようとその肉体の女性らしさは失われておらず、特に胸部は己が女であることを、衣服を下から盛り上げることによって強調している。
五感から得られた数多の情報整理し、まとめた結果ベルの口から一つの単語が零れ出た。
「……お嬢様?」
言い終わるが早いか、ベルの視界が大きく広がった夜空で埋め尽くされた。
「まあまあまあ! 今、何とおっしゃられて!!?」
「ふえ? ってうわあ!?」
あっという間に間合いが潰され目の前には今までに見たことも無いような神秘的な顔があったので、焦り戸惑う初心なベルに構わず女は矢継ぎ早に質問を重ねる。
「ですから、今何と!?」
「え、いや、えっと」
「っは!? こほん。わたくしはシャーロット・グレースと申します。皆様からはシャルと愛称で呼ばれておりますわ。で先程は何とおっしゃられたのですか?」
「あ、ぼ、僕はベル・クラネルです。し、シャーロットさん」
「ふふふ、シャルで構いませんわベルさん。で先程は何と?」
「あ、あの、ではシャルさん、そっ、その顔が近……くて」
「まあ! わたくしったら。申し訳ありませんわ……あら! お顔に土が付いておりましてよ。直ぐに綺麗にいたしますから。で先ほどは何と?」
「ありが……とう……ございます……」
「いえいえ、当然のことでございますわ。少しだけ、じっとしてて下さいましね。で先程は何と?」
シャーロットと名乗った女性は白い高級感溢れる肌触りの良いハンカチでベルの顔に付着した汚れを丁寧に拭き取っていく。
手から、ハンカチから、再び接近した髪の毛、顔から女性特有の美香がベルの鼻孔に触れ悪戯っ子のようにくすぐってくる。妙齢の女性に、しかも飛び切りの美女にこんなにも親切な対応をされ、ぼーっと心地良い感覚に身を任せる。
なのでシャーロットの質問に素直に答えた。答えてしまった。
「これで綺麗になりましたわ。で先ほどわたくしを見た時に何とおっしゃられたのですか?」
「……はい、まるで物語に登場するお嬢様のようだと」
「はぅんっっ!!!!」
胸に手を当てビクンッと仰け反り、口元をだらしなく緩ませ恍惚の表情を浮かべた、数秒前の姿とはとても同一人物とは思えない目の前の女。
「え」
ベルは見間違いをしたのかと右手で目元を擦り、きちんと目が見えるか手のひらで確認すると再び顔を上げた。そこには慈愛の微笑みを浮かべたシャーロットがいた。やはり、先程の光景は見間違いだったようだ。きっとミノタウロスとの逃走劇で生じた死の恐怖とかのストレスが見せたものだろう。今日は早く帰ってゆっくりと寝たほうが良い。
そんなこれからの予定を脳内で立てている時だった。
「おい!! 残りの一体がそっちに行ったぞ!!!」
男の怒声と共にシャーロットの背後に再びミノタウロスが現れる。完全に緩み切った空気の中、ベルは勿論のこと目の前のシャーロット、アイズまでも不意をつかれ反応が遅れた。しかもシャーロットにいたっては怪物の登場に気づいてもいないのか振り返りもせず此方に微笑みを向けている。
振り上げられる蹄。
殺意の込められた獰猛な視線に映るのは淡い紫色の髪の毛。
「シャー────」
ベルの声も間に合わない。無慈悲な死神の鎌はシャーロットの後頭部へと打ち下ろされた。
静まり返った空間にベルの後悔と哀しみの嗚咽が響く。
「そ……そんな、シ、シャーロット…………さ、んっ!」
何故、自分はこんなにも無力なのだろう。
何故、あんなにも親切にしてくれたシャーロットが死ななければならなかったのだろう。
自分が強ければ、いや、そもそも英雄になりたいなどと夢想を掲げてダンジョンに潜らなければこんな悲劇は起きなかった筈だ。この悲劇の引き金を引いたのは身の程知らずの己だ。
「僕の……せいで、ごめ……んな、さい。シャー、ロットさん」
「もう、ですからわたくしの事はシャルとお呼びください。ところで先程の言葉なのですが上手く聞き取れなかったのでもう一度言っていただいたけないかしらダンジョンって嫌ですわね声が反響して上手く聞き取れないんですもの『物語に登場する』までは聞こえたのですがその後がどうも分からなくて今度は聞き逃さないようにしっかりと構えておきますからしかし誰しも失敗はあるというものもし再び聞き逃してもきっとベルさんなら嫌な顔一つせず何度もお伝えしてくれるとわたくし信じておりますわ男の子が細かい事に拘っては器が小さすぎるというものさあ女性を余り待たせるものではありませんわたくしの準備は万全ですさささ口を開いて下さいませ」
ベルの心情もなんのその。少しのダメージも受けてはいない様子で一方的にシャーロットが話しかけてくる。勿論この間にもミノタウロスは『ヴモッ! ヴモッ!』と叫びながらシャーロットの後頭部を打ち付けている。
流石のベルもこの光景は全く意味が理解できなかった。
「あのー、シャルさん……」
「はい! わたくしが聞き漏らさないようどうぞ大きなお声でおっしゃって下さい」
これから抱擁を受け入れるように両手を広げるシャーロット。
微動だにしない後頭部をそこはかとなく涙目で幾度も殴りつけるミノタウロス。
遠い目をして明後日の方向を見続けているアイズ。
この混沌とした場面を打破出来るのは自分だけだと己を鼓舞し、ベルは口を開いた。
「頭大丈夫ですか?」
決してそういう意味で言ったのでは無い。純粋に殴られ続けている後頭部が心配だったのだ。言葉が足りなかっただけなのだ。
「あたま?」
指摘しても一向に状況が飲み込めないシャーロットにベルは痺れを切らし後方を見る様に促す。目が合う一人と一体。妙な沈黙が周囲を支配する中、ミノタウロスとベルを交互に見ていたシャーロットが突然膝から崩れ落ちた。
「あぁっ!」
「シャルさんっ!!?」
頭部への衝撃は時として後からダメージがやってくるのもあると聞いたことがある。今回のケースはその類いだったのだろう。
とっさに抱え込むことが出来た腕の中から発する小さな、しかし真剣な願いにベルは耳を傾ける。
「ベルさん……こんなにダメージを負ってしまったら、わたくしはもう駄目ですわ」
「シャルさ、ん」
「ですから、最期に一つだけ、先程ベルさんの口から出た最初が『お』で始まり『ま』で終わる言葉を言っては頂けないでしょうか。それを聞ければわたくしは本望です。この世に未練なく逝けますわ」
「……嫌ですっ。満足して死んでしまうのなら、未練が少しでもシャルさんをこの世界に縛り付けてくれるのなら僕は言いたくありません!」
「………………その単語が聞けたのなら、もしかしたら奇跡が起きてわたくしは元気になれるかもしれませんわ」
「っ!?? 元気になれる可能性が一パーセントでもあるのなら何度だって言ってみせます!」
「何度もっっっ!!!!??」
ベルは人を疑うこと知らない、田舎育ちの純粋な十四歳の男の子だ。
「よく聞いて下さいね」
「はぁっ……はぁっ……」
「おじ──」
『ヴモモモモモモーーーーーッ!!!』
ミノタウロスの激昂の叫びがこだまする。散々虚仮にされたせいで血走った相貌には憤怒の炎を浮かばせていた。
「うわああああ!?」
ベルの脳裏に先程までの死の恐怖が甦ってきた。だが逃げるわけには行かない。今、自分の腕の中にいるのは──。
「はぁーっ……はぁーっ……」
頭部の痛みを顔を真っ赤にしながらも耐え、体を小刻みに震えさせ呼吸もままならない護るべき人がいるのだ。ぎゅっと抱き締め自らを盾にしてシャーロットの体を庇う。
「え……わたく……初め……人……護られ……はっ!? 執事……必要不可欠……ここは優し……お淑や……アピール……ゲット……ふへっ」
覚悟と決意を胸に滾らせているベルにシャーロットの独り言など耳に入らない。絶対に彼女だけは護ると抱きしめている力を強くすると腕の中で反応があり胸に手を添えられ体をやんわりと離された。
「もう大丈夫ですわ。後はわたくしにお任せ下さい」
「え、さっきまで瀕死だったはずじゃ」
「小さな事に拘っていれば大きな人物にはなれませんよ」
納得出来るような出来ないような微妙な表情のベルを残しミノタウロスの眼前へとシャーロットは立つ。一方のミノタウロスも急な展開に戸惑いを隠せず様子を伺っているようだった。
「本来であればここで仕留めなければならないのでしょう。でも、幾らモンスターとはいえ意志を持った生命の一つ。いたずらに命を奪ってはいけないと思いますわ」
チラチラとこちらに視線を送りながらの発言にベルは『倒すべきモンスターに慈悲深いとは、なんてお淑やかで優しい女性だろう』と胸をときめかせる。
「ですから、これがわたくしから貴方への罰。後は、お好きなところへ行ってくださいまし」
シャーロットの人差し指がぴんと立てられる。
「人の会話の邪魔をしてはいけません、めっ、ですわ」
蕩けるような慈愛に満ちた声色。
壊れやすい繊細なガラス細工に触れるように、ミノタウロスの額に細い褐色の人差し指が添えられた。
瞬間、ミノタウロスの頭部が木端微塵に爆ぜた。
呆然としているベルに降りかかってくる赤い黒い液体。全身にベットリ付着したそれは生臭い匂いを周囲に巻き散らしていた。
凍りつく時間。
最初に動いたのは同じく鮮血のシャワーを全身に浴びたシャーロットだった。彼女は指を顎に当てると。
「触れただけでこんな事になるなんて頭に中身が詰まってなかったのかしら?」
などと宣い。
「力の加減をもう少し勉強しませんとね」
こつんと自分の頭を叩き。
ばちんと片目を瞑り。
ぺろりと舌を出し。
にこりと笑った。
血の海の中心で全身を返り血で染め、笑みを張り付けた鬼が其処にいた。
ベルは反射的に全速力でその場から逃げ出した。
そのスピードはミノタウロスとの追い駆けっこよりも遥かに早かった。
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第二話 ロキ・ファミリアは固い絆で結ばれておりますの!
「女子力が高まるぅ……溢れるぅ……」
シャルリー
あら、何処かへ行ってしまいましたわね?
ベル・クラネルさん……雪のような白い髪の毛に赤い瞳。まるで白兎のようなお方でしたわ。
それにしても……。
──お嬢様。
「ふひっ」
おおっといけませんわ、いけませんわ。お嬢様というものがはしたない、涎を拭きませんと。それに顔に掛かりました血も。淑女たるものいかなる時にでも身だしなみは気にしませんといけませんわ。汚れているお嬢様なんてド三流もいいとこですわ! ハンカチ、ハンカチ。
「ククッ、おいアイズ、なんだってんだよあの傑作なトマト野郎は。ここで何があったらあんな面白──」
「あ、ベート、さん。シャルが──」
「いや、言わなくても良い。何となく理解したわ……あのガキも大変だったんだな」
これで、良し! 身だしなみは完璧! 何処に出しても恥ずかしくのないお嬢様の爆誕ですわ!!
全くこんなにもわたくしはお嬢様していますのに周りはやれ、
──お嬢様。
「オイオイオイ、鬼女の奴、明後日の方向見ながらブツブツぼやき始めやがったぞ」
「ベートさん、声を掛けてシャルを元に戻して、下さい」
「……」
「聞こえないふりは、ダメ」
せめてもう一度聞きたかったですわ。
──お嬢様。
他の人の口から聞いたのは初めてだったんですもの。
──お嬢様。
初めて人から認めてもらえました……。
「はあっ……はぁっ……」
──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様。
「ふへ、ふへへへへへへへ」
──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様──お嬢様。
最っっっっっ高にぃ!!! ハイッてやつですわーーーーーーっっっ!!!!!!!
もう、たまりませんわ! この世の楽園は目の前にあったのです! ああああ、漲ってきますわ!
「女子力が高まるぅ……溢れるぅ……!!!」
いやーん、わたくしどうにかなっちゃいそうですわーーー!!!
「オイ、やめろっ! 拳をふりまわすんじゃねえ!!! どう考えても壁を壊しながら言っていいセリフじゃねえだろう!!? てめえの場合は破壊力が高まってんだろうがっ!!」
「おーーーーーーっほほほほほ!」
「ヤベェ、声が耳に入ってねえ!!?」
「私、皆を呼んでくる」
「一人だけ逃げる気かアイズ!?」
「…………私はベートさんを信じてます」
「上目遣っっっ!!? チッ、しょうがねえな。ここは俺に任せて行け」
「お願いします……これが女の武器の使い方……シャルに教えてもらっておいて良かった」
今日は良き日ですわっ! 五十一階層でのイレギュラーにイライラさせられましたけれども、終わり良ければ全て良し。流石先人たちは素晴らしい事を言いますわね。面倒くさがらずにミノタウロスを追いかけて正解でしたわ。こんな運命の出会いがあるなんて。しかし、盲点でした。自分の身なりや言動ばかりだけを気にしていてもいけないとは。
『執事』
完全に見落としていました。そうなのです、お嬢様には執事が必要なのです! わたくしが見た本の中にも、ちゃんといましたわ。お嬢様を護る存在。彼らがいなければパーフェクトなお嬢様ではありませんわ。ふふふ、咄嗟に閃いたわたくしにはゴールデンお嬢様賞を差し上げますわ。
ベルさんに対してのお淑やか、優しさアピールは成功。想像してみてもあの白色の髪の毛に黒の執事服は似合いすぎですわ。きっとベルさんはわたくしの執事をする為に生まれてきたのでしょうね。そうと決まれば早速勧誘しませんと。
…………わたくし名前しか知りませんわね。ミノタウロスから逃げていたという事はLv.1もしくはLv.2の冒険者ってところかしら……んー、どうしましょう。
「やっと動きを止めやがった……」
「無事だったかい」
「遅すぎなんだよ、フィンッ!」
「すまないね。これでもアイズから聞いて急いできたんだよ。それで戦況は?」
「見ての通りだ。今は動きを止めて何事か考え込んでやがる」
「とりあえずの危機は去った訳か。まだ暴走しているようだったら隊を分けて他の冒険者の護衛に当たらないといけないところだったよ。……それにしても……ははは、随分見通しが良くなったね」
「うわあ……」
「うわあじゃねえよ、バカゾネス妹っ! てめえら同族だろうが、さっさとあの鬼女を元に戻してきやがれ!」
「ちょっとそれは聞き捨てならないわね! 私達アマゾネスをあの破壊の権化と一緒にしないで。ほら、ティオナも言われっぱなしじゃなくて言い返しなさい!」
「いやー、軽口を叩かれるだけでシャルを止めなくていいのならそれに越したことはないかなーって。ティオネもそう思うでしょ?」
ギルドに聞いても答えてはくれないでしょうし、いっその事あの子が来るまでギルドの入り口かダンジョンの入り口に張り込んでいようかしら。一週間も待てばきっとやってきますわよね。それとも、手っ取り早くギルドに交渉(物理)でもしようかしら。ベルさんの前ではお淑やかさを前面に押し出しておりましたが、本来お嬢様は傲慢さを兼ね備えたものでもありますし。ああっ! 一つの個の内にお淑やかさと傲慢を抱えるという矛盾! 深すぎですわっ! 底が見えませんわっ! 余りの深さにわたくしは溺れ沈んでいきますわーーーー!!! ぶくぶくぶく。
「シャルの奴、両腕を上げて藻掻いているんだが」
「ガハハハハハ、ほっとけ、通常運転じゃろうが」
「ふむ。触らぬ神に祟りなしか」
「リヴェリアさんもガレスさんも放っておくんすか?! また暴れ始めるかもしれないっすよ!」
「ラウルさん、世の中には言い出しっぺの法則というものがあってですね」
「とても素晴らしいアイディアだよレフィーヤ。だから頼むよ、ラウル」
「団長の命令と言えどそれは御免被る」
「口調が……そんなに嫌なんだね」
まあ、一人で考えても仕方ありません。わたくしには頼れる仲間がいることですし後で相談でもさせて頂きましょう。ってナイスタイミングですわね。気づかないうちに皆様お揃いでした。
「あ、こっち見た」
ティオナさんが此方を指さしながら言ったのを皮切りに皆様の視線が集中してきましたわ。天真爛漫なのは素敵なことですけども人に指を差してはいけないと教わらなかったのかしら? ……あの蛮族が教えるわけありませんわね。
「無事……ではないけれども、ミノタウロスは討伐出来たみたいだね」
苦笑しながらフィンさんが声を掛けてきます。この方、わたくしを前にするといつもこのような表情をしますの。何でかしら? 余計なものまで背負いこみ過ぎなのかしらね。仕方ありません、少しでも団長の荷を軽くするのが団員の務めですわ。やだ、わたくしったらとても淑女!
「大丈夫ですわ、ダンジョンの壁なんて勝手に再生するので問題ありません」
「……………………そうだね」
苦虫を百匹位潰した顔になりましたわね。何でかしら?
「はぁ……。さあ皆、本拠地へ帰還するぞ」
団長の号令で歩き始めるメンバー達。これがわたくしの所属する、オラリオで一、二位を争うファミリア、『ロキ・ファミリア』。
先頭を歩くのは団長であるフィン・ディムナさん。頭の回転も速く、幾度もファミリアの窮地を救っています素敵な殿方なのに毎回わたくしに小言を並べますの。何でかしら?
副団長はリヴェリア・リヨス・アールヴさん。エルフの王族だけあって流石に気品が溢れてます。わたくしも見習いませんと。ただ、言葉使いがまだまだ粗暴ですわね。減点。結果、わたくしの方が頂には近いでしょう。良い勝負でしたわ、リヴェリアさん。
最古参の一人、ガレス・ランドロックさん。体格の通り力はオラリオでも最高峰ですの。わたくしは力比べで負けたことありませんけど。あと、わたくしの事を面白い面白いとからかってきますの、面白い事はしておりませんのに。何でかしら?
アイズ・ヴァレンシュタインさん。惜しいですわ。素材は申し分ないのですが言葉使いと服装に興味が無いのは減点対象です。強さにしか興味ないとは貴方こそ
ベート・ローガさん。昔はよくじゃれて来て下さった子犬のような方ですわ。可愛かったですわね。周りからは平和で仲の良い温かな姉弟のように見えていたと思います。最近は大人になったのか余りじゃれてはくれませんわね。姉離れかしら? お姉さん寂しいですわ。確か昔二人で遊んでいた時に倒れてピクリとも動かなくなってから近寄ってくれなくなりましたわね。何でかしら?
ティオネ・ヒリュテさん。片田舎の蛮族の姉の方、同郷みたいなものですわ。フィンさんに惚れて言葉遣いも仕草も女らしくはなりましたけども、凶暴な本性が見え隠れするのはいただけませんわね。甘々ですわ。そんな体たらくでは、わたくしの相手にはなりませんことよ。相談なら受け付けていますから何時でもいらっしゃいな。
ティオナ・ヒリュテさん。片田舎の蛮族の妹の方。元気で笑顔を絶やさないとても良い子ですの。淑女には程遠いですが。全くあの蛮族は……。乱暴な習性に露出狂と間違われてもおかしくない格好。淑女の『し』の字もございませんわ。そう考えるとこの姉妹は可哀想ですわね。女らしさというものを学ぶ機会がなかった訳ですから。こうなったら、わたくしが一肌も二肌も脱いで差し上げます。遠慮せずにバッチこいですわ!
ラウル・ノールドさん。……誰かしら? 冗談、冗談ですわ! ちょっとしたお茶目、お嬢句ですの。えーっと、男の人で、若くて、黒髪で、えーっと、特徴のないのが特徴ですの。
レフィーヤ・ウィリディスさん。まだまだ少女なので、お嬢様に必要な色気や強さや高飛車さを持ち合わせてはおりませんが将来有望ですわね。是非とも研鑽を重ね、わたくしを脅かす存在になって下さいまし。わたくしは期待しておりますわ。
仲間とは時にライバルとしてお互い高めあうもの。今はわたくしの一人勝ちですが女性陣の皆々様は女子力を高めて頂ければ、きっとわたくしのライバルとして相応しい女性になれると思いますの。皆様それぞれ良いものを持っていますから。
ここに宣言致しますっ! この個性豊かな仲間達と共にわたくしはこの世界の中心オラリオで、強く、気高く、美しく! 淑女を超え、お嬢様を超えやがて究極の『淑嬢』へと至るのですわ!!! 優雅に慎ましやかに淑嬢道を爆進、道に立ち塞がるモノは全てぶっ飛ばして差し上げますわー!!!! おーほっほっほ!!
「──────ほっほっほ!! ん?」
皆、いなくなってしまいましたわね。やれやれ、早く本拠地へ帰還して疲れを癒したいのは分かりますが些かせっかち過ぎではありませんこと? でもわたくしは寛容な女。どんな仕打ちも広い心で受け止めてみせますわ。
さて、皆様に追いつきませんと。しかし、焦ってはいけません。どんな時も優雅に立ち振る舞うのです。なので走って追いかけるなど言語道断。
「こっちがこうで……あちらが……であれば…………うん、こちらの方角ね」
どうするか? それは最短距離を進めばいいのですわ! それ、どかーん。
「わたくしが進むのは、誰もが辿り着いたことのない未踏の頂点。ゆえに道など存在しませんわ!」
えいっ、どーん。どかーん。
「ならば、道はわたくしの手で作り上げてみせますわーーーーーーっ!!!」
五十一階層での仕返しもありますし、宣言通りこのまま出口まで立ちふさがる壁をぶっ飛ばして進みますわよーーっ!
「おーーーーーーーっほっほっほっほっほっほ!!!!」
◆
ベルは走る、ダンジョンを抜け街の中を。
駆け出した当初は無我夢中で目的なぞ無かったのだが今は走るべき理由があるのだ。外の空気に触れ少しだけ冷えた頭でダンジョンでの二つの出会いを想う。
黄金の妖精を想うと胸が味わった事の無い心地良い痛みに支配され顔が熱に浮かされる。
真赤な一輪の薔薇を想うと胸が張り裂けるほどの動機に襲われ、顔からは滝のような汗が噴出する。
これが答えだ。
ベルは自分が行うべき行動を正確に理解していた。そして自分の思いも。
英雄となり、数多くの女性から慕われハーレムを作る。これはその第一歩なのだ。
ギルドの分厚い扉に手を掛け力の限り開く。木製の扉が軋む音がかき消されるほどの大きな声でベルは叫んだ。
そう、ベルは──
「エイナさぁあああああん!! アイズ・ヴァレンシュタインさんとシャーロット・グレースさんの情報をおしえてくださああああいっ!!!」
二人に恋をしたのだ。
ぐるぐるお目目のベルは恐怖と混乱から脳内に大量の
エイナさん「ここまでがヴァレンシュタイン氏について教えてあげられることかな」
ベル「ほとんど教えてもらえなかった……じゃあ、シャーロットさんの事を」
エイナさん「今日はいい天気ね」
ベル「あの、シャー」
エイナさん「見て鳥が飛んでる」
ベル「あの、あの」
エイナさん「エイナ、休憩入りまーす」
ベル「あの」
紐神様「二人に同時に恋をしたって……え?」
「憧憬『一途』って……え?」
「…………え?」
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