冴えないアラフォーリーマンが壊滅一直線の悪の組織の女幹部に転生した (ゔぁいらす)
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序章

試しに書いたものです。
続きはタイトル通り某改造兵士よろしく未定です。


 働き方改革が叫ばれるこのご時世に残業残業で今日も仕事を終えたのは終電ギリギリ。

 こんな生活が最早当たり前になりつつある自分が怖くなる。

 親に言われた通り有名な大学を出て一流企業に就職して約十余年。

 社会人になりたての頃は入社して10年も経てば結婚もして家も車も買ってそこそこ良い生活を送っているかと思っていた。

 しかし現実はそう上手くは行かず、有名な企業に入ればこれで人生も安泰だろうと思いきや蓋を開けてみればサビ残も当たり前のブラック企業でもう40手前だというのに結婚なんて浮いた話も余裕もなく最近は不況や業績の悪化のせいでリストラに怯えながら上司と後輩の板挟みになって終電間際まで残業を続ける毎日だ。

 ああ……俺何のために仕事してるんだろ……? 

 本当は何がしたかったんだっけ? 

 柄にもなくそんな事を考えてしまう。

「あっ! そんなボヤボヤ考え事してる暇じゃなかった!」

 そう。この終電を逃せば明日の貴重な休みの朝を会社で迎えることになってしまう。

そうなれば警備員や上司にまたへこへこと頭を下げなければいけなくなる。

 それだけは避けたかった俺は大急ぎで駅へ走った。

 元々運動が得意な方ではなかったが最近歳のせいか少し走っただけで息が上がってしまい、そんな自分に情けなさを感じながらもやっとのことで駅が眼前に見えてきた。

 腕時計を確認するとこのまま駅に駆け込めば終電には間に合うギリギリの時間だ。

 しかし駅前の信号機は点滅を始め無慈悲にも赤に変わった。

「ああっ……」

信号待ちしている時間は計算に入れておらず焦燥感から声が漏れる。

 そして駅からは電車の到着を告げるアナウンスが小さく聞こえてきた。

 まずい……このまま信号を待っていたら確実に終電を逃してしまう! 

 そんな焦りから赤信号の横断歩道を駅に向けて走り出した。

 その時である

 低いクラクションが聞こえたと思った次の瞬間俺の身体は大きく宙を舞った。

 痛い

 そんな感覚が遅れてやってきたのもつかの間、俺の意識と感覚は徐々に薄れていく……

 ああ……俺撥ねられちゃったか……

 まだ結婚もしてないしやらなきゃいけない仕事も残ってるのにこんな所で……

 死ぬ前に走馬灯を見るとはよく言ったものだが本当に薄れる意識の中で過去の出来事が脳裏によぎっていく。

 ほんとに社会に出てからロクな事なかったなぁ……これで俺の人生終わっちゃうのか……

 とうとう走馬灯は小学生時代にまで到達して

「ぼく、大きくなったら装鋼騎士シャドーVXになりたい!」

 そんな子供の頃見ていたヒーローになりたいなんていう絵空事を嬉々として話す過去の自分がよぎった。

 ごめんな30年くらい前の俺……今の俺はヒーローどころか悪の組織の幹部(ブラック企業の上司)のご機嫌取りしながら残業してたら車に撥ねられちまったよ……

 とうとう走馬灯も見えなくなってきて思考も働かなくなってきた

 ああ……ほんとにこれで終わりか……

 思い返してみたらあっけなかったけどこんな所で死にたくないなぁ……

 終電前で静まり返っていた街が俺が撥ねられたせいか救急車のサイレンや野次馬の声で騒がしくなっていき、そんな喧騒が徐々に小さくなっていく。

 それからしばらくして俺の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……◎☓△□△□○! ◎☓△□△□○!!」

 意識が徐々に戻ってきたかと思うと何やら聞き慣れない言葉が耳元に聞こえてくる。

 あれ……? 俺助かったのか? 

 というかなんで聞いたこともない異音のハズなのに俺はさっきの音を言葉って認識できたんだろう……? 

 ゆっくりとまぶたを開けるとそこにはおどろおどろしい空間が広がっていて、俺は妙なデザインのベッドのようなものの上で横になっていた。

 少なくともここは病院では無いようだ。

 もしかして地獄だったり……? 

「◎☓△□△□ま! ◎☓△□さま!!」

 聞き慣れない言葉なのに意識がはっきりしていくたび頭でその言葉が徐々に理解できていく。

「よ□っ△!! お☓ざめになら○ましたね!」

 声の方に目をやってみると覆面を被った全身タイツがこちらを見つめていた。

「うわぁ!!」

 思わず声を上げて立ち上がってしまったが事故に遭ったとは思えない程に身体は軽やかだった。

 しかし何故か胸にだけずっしりとした重みを感じる。

 なんだろう? 包帯とかギプスとかでも巻かれてるのか? 

 それだけでなく驚いたからかなんだか甲高い変な声を出してしまったし髪も伸びたかな……こんなに前髪邪魔だったっけ……?ちょっと前に散髪行ったばっかりだったんだけど…

 いくらかき分けても視界にぶら下がってくる前髪をいじっていると

「ど、どうされましたか? お身体の方はもう無事に完治いたしましたが胸の傷だけは完全に治療することはできませんでした……」

 覆面全身タイツはまるで何かに怯えるように声を震わせてそういった。

 完治……? ということは俺助かったのか!? 

 彼の言う通り胸に違和感があるくらいで身体には痛みもだるさもない。

 それどころか溜まりに溜まった疲れや肩こりも綺麗に消し飛んでいて車に撥ねられる前より元気なくらいだ。

 どうやら目の前に居る変なのが俺を助けてくれたらしい。

 とにかくお礼を言わないと! 

「あ、えーっと……あなたが俺を助けてくれたんですか? ところで……」

 そこまで言いかけた所で覆面は身体を縮こませる。

 一体何にそんな怯えているんだろう? 

 それにやっぱり声が変だ。

 なんだか女みたいな声が俺の喉から発されている。

 事故の後遺症かなんかか? 

「ひぃっ!!! お、お許しください!! 命だけは……命だけは助けてください……これでも我々は全力を尽くしたのです!!」

 覆面はどうやら俺にひどく怯えて居るようだった。

「そ、そんな助けてもらった相手に酷いことはしませんって……所でここは一体ど…………こ!? ごっ、ごめんなさい!! 女の方が居るとは知らず……」

 おどろおどろしい部屋を見渡すと鏡のようなもがあり、前を通るとそこには胸に大きな傷跡がある全裸の美女が映っていて俺は反射的に謝っていた。

 いやこれ鏡じゃないのかな? でも確かに鏡に映り込んでいる美女以外は背面にあるおどろおどろしい空間とさっきまで寝ていたベッドのようなものと怯える覆面が鏡写しに映り込んでいて美女はこちらを見つめている。

 それにこの美女どこかで見たことある気が……

 なんいせよこんな美女に見つめられる事に慣れていない俺の胸の鼓動がどんどんと高鳴っていく

 ただただ鏡のようなものの向こう側からこちらを黙って見つめる全裸の美女、しかしこのままでは埒が明かない

「え、えーっと……どこかでお会いしたことありますでしょうか? あの……真っ裸で見つめられると恥ずかしいと言いますか……」

 鏡のようなものに話しかけるも鏡に映る美女は恥ずかしそうな表情をして俺と同じ様に口を動かすだけで返事は帰ってこない。

 それに邪魔な前髪をかき分けると全く同じタイミングで彼女も気持ち悪いくらいに同じ動作をした。

「えっ……えっ!?」

 試しに頬をなでてみると今まで手入れなんてしたこともなく寝ていたら無精髭も生えているであろう自分の頬をなでた感触はみずみずしくなめらかでひげ一つ生えておらず、鏡に映る美女も俺と全く同じ動作をしている。

 恐る恐る違和感のあった胸に目をやってみると大きな膨らみが2つぶら下がっていて試しに触ってみると感触もあるし鏡の美女も同じ様に胸を触っていて、胸を触る指も毛が生えて太かった俺の指ではなく細くしなやかで伸びた爪はきれいに手入れされていて美しい黒くネイルが塗られた女性の指の様だった。

「と、言うことは……これ……俺? どうなってんだ!?」

 そして恐る恐る下腹部に手をやるとやっぱりそこに遭ったはずのものが無くなっていて目の前の美女も股間を触って表情を青ざめさせていた。

「ある……無いっー!!」

 古典的な叫びを上げながらもう一度胸と股間を順に触れてみたがやはりそこには今までに無かったものが付いていたりあったものが無くなっていたりしていてどうやら今の俺は鏡に映っている女になってしまっているようだ。

 なんで車に轢かれて目を覚ましたら女になってるんだよ!? 

 わけも分からず鏡を覗いていると怯えていた覆面が恐る恐る近づいてきて

「ど、どうされたのですかマルデュークさま……やはり胸の傷がお気に触りましたでしょうか……」

 覆面は今にも消えそうな声でそう言った。

「マルデューク……? それ……俺のこと?」

 どこかで聞いたことのあるような名前だ……

 その名前を聞いて頭にモヤがかかっていたような部分が徐々に晴れていく。

 そうだ。俺……いやアタシはアポカリプス皇国の作戦参謀兼処刑人マルデューク。

 滅びゆく母星のアポカリプス星から移住できる最適な星である地球から原住民族を排除して星の民を移住させる使命のために巨大宇宙要塞アポカリスで地球にやってきて……

 ってなんだこれ!? まるで他人の記憶が自分の記憶みたいに頭の中から湧き出してくる。

 いや違う!確かに今の俺はマルデュークって女の人なんだ! 

 ということはここは月の裏側に浮遊している巨大宇宙要塞アポカリスの中で……

 一度考え出すとどんどんとマルデュークとしてこれまで生きてきた記憶がはっきりとしていく。

 地球を滅ぼすのに邪魔な装鋼騎士シャドーを我々の仲間にするべく戦ってその時に傷を負って倒れてしまって、その時のショックでどうやら前世のアラフォーリーマンだった頃の記憶が蘇ってしまったらしい。

 前世……って事は俺、あの事故から助かって無くてアポカリプス皇国のマルデュークに転生したってことか? 

 今流行のヤツ!? 

 というかこのアポカリプス皇国……それにマルデュークって装鋼騎士シャドーVXに出てくる悪の組織とそれに属する女幹部じゃないか!! 

 元々高飛車でヒステリックだったマルデュークは確か1話で装鋼騎士シャドーを仲間に引き入れようとした時高飛車な性格から隙きを突かれてその時胸に傷を付けられたせいでシャドーに復讐心を燃やしていた女幹部の! 

 確かに美人でいつもテレビで見てた頃は毎週ドキドキしてたけど毎回作戦が失敗するたびにこの覆面全身タイツの戦闘員に八つ当たりしたりしてたんだよなぁ……

 で、結局最終話前に仲間からもアポカリプス皇王に見限られてシャドーに助けを求めながら無様に死んじゃうんだよな……

今になって思えば職場のパワハラ上司が可愛く見えるくらいのパワハラ女幹部だ…

 で、結局そんな積み重ねた悪行が祟って最終話前に仲間からもアポカリプス皇王からも見限られてシャドーに助けを求めながら無様に死んじゃうんだよな……

正直あのシーンはトラウマで……

 って事はマルデュークになってる俺も近いうちにそうなるって事!? 

 自分があんな末路を辿るなんて考えただけでも恐ろしい。

 せっかくこんな美人に生まれ変わったんだしそれだけは避けないと……

 でも俺が死なずに済む方法といえば地球を侵略する他にない。

 それもなんか嫌だしどうすれば……

「あ、あの……マルデューク様……?」

 俺が考え込んでいると戦闘員がまた消え入りそうな声で話しかけてきた

 この後も確か身体に治らない傷を付けられた事を知るや否や治してくれた科学者戦闘員を腹いせに殺しちゃうんだよな。

 そんな事の積み重ねで最終的に見限られちゃうんだからまずはとにかく組織内での評判を上げないと……

「あ、えーっと……コホン……あなたがおr……アタシを助けてくれたの?」

「ひぃっ!! は、はいぃっ! しかしながら胸の傷だけは痕が残ってしまいました! 申し訳ございません! 申し訳ございません!!」

 俺が声をかけるや否や戦闘員は地面に突っ伏して許しを乞うてきた。

 そんな戦闘員の姿にやらかして上司や取引先に全力で謝る自分の姿が重なってしまい胸が痛む。

 こんな時はどうすれば……

 とりあえず突っ伏している戦闘員の頭を優しくなでたあと抱き寄せた。

 俺も男だったんだしこうすれば喜んでもらえるだろ

「まままマルデューク様!? 一体何を?」

「ありがとう。おかげで助かった……わ」

「へっ!? は、はぁ……しかし命だけは!」

「大丈夫。恩人を殺したりなんてしないから」

「ほ、本当でございますか!?」

「ええ。当たり前だ……こほん当たり前でしょう?」

 優しく声をかけたことで戦闘員の震えが少し和らいでいくのを感じる。

「そ、それは良かったです……はぁ……」

 彼は安堵の息を吐き、安心して腰が抜けたのかそのまま床にへたり込んだ。

 しかしマルデュークの御前であることを思い出したのか大急ぎで彼は体制を立て直し

「と、所でお身体の方はもう痛みなどは有りませんでしょうか?」

 そう心配をしてくれた。

 ここまでしてくれた戦闘員を腹いせで殺すなんてほんとにマルデュークは悪いやつだ。

 いや……今は俺がその悪いやつなんだけど……

「はい! あなたのおかげで前より元気になった気がするよ……! じゃなかった気がするわ! ありがとう」

「は、はあ……そう言ってくださるのなら私も助けた甲斐があったというものですが……」

 戦闘員は不思議そうにそう言った。

 やっぱり喋り方とか急に優しくしたりしたから変に思われたか……? 

 一応マルデュークに生まれ変わってからの記憶もあるんだけどいまいちちゃんと思い出せないし女言葉って急にしゃべると難しいもんだな。

 あんまり違和感を与えちゃうとそれこそ危険分子として処刑されちゃうかもしれないしとりあえず話題を変えよう

「ところで今装鋼騎士シャドーはどうなっているの?」

「はいっ! 現在ジャドラー様率いる怪人部隊が無事捕らえました! 只今尋問中です!」

 そうそう。マルデュークがやられた後ジャドラーって怪人育成参謀と彼の育てた怪人ドクロ人にシャドーはコテンパンにやられて捕まっちゃうんだよな。

 当時それ見た時の絶望感はすごかったなぁ……

 シャドーの技が何一つとして通用しないんだから。

 で、この要塞に捕らえられたシャドーを仲間にしようとするんだけど全然折れなくてマルデュークが尋問することになるんだけど結局時激昂したマルデュークはシャドーの変身ブレスレットを破壊して宇宙に放り出すんだよね。

 それから不可思議なことが起こってシャドーはVXに進化するんだったよなぁ……懐かしい。

 VXに進化したシャドーはめちゃくちゃ強くてアポカリプス皇国のどんな作戦も絶対に打ち砕くし負けそうになっても不可思議な事が起こって絶対に負けない。

 最終的にはこの要塞どころかアポカリプス星もろともすべてを消し飛ばして地球には平和が訪れるんだけど……

 ここで俺が話通りのヒスさえ起こさずシャドーを倒してしまえば地球には他に対抗できる敵もいなくなって地球は簡単に我々のモノに……そうすれば母星の人々も助けられるし俺自身の破滅も回避できる! 

 いやこれでも一応地球に40年近く住んでた身だし確かに気に入らないヤツも居るけど人類を根絶やしにするのにはちょっと抵抗もあるし……

 少なくともこれからマルデュークとして人類を根絶やしにした地球で暮らすってのは俺の良心が耐えられなさそうだし……

 なによりシャドーが無様に負けるところなんて一ファンだった俺としても見たくない。

 そうだ……! それならあえてシャドーを宇宙に彼を放逐してVXになってもらおう! 

 そうすれば少なくともこの星は救われる! 

 後は少なくとも猶予が約一年はある。

 その間に俺が助かる方法を探していけばいいだけだ! 

 でも俺だけが助かってアポカリプス星の人たちを見殺しにするっていうのも記憶が戻るまでマルデュークとして約200年くらいあの星で暮らしてきた訳だしそれはそれで良心が耐えられない。

と言ってもあくまでこの200年というのは地球時間で換算したものであってアポカリプス星での暦と体感からすれば大体地球時間で言うと二十数年と言ったところだろうか。

つまるところ地球で暮らした体感の方が長い訳だし俺としての記憶が蘇ったせいかイマイチ思い出せないこともあるけど一応アポカリプス星で生まれ育った記憶も僅かながらに有るわけで…

それにあんな性格のマルデュークだけど一応アポカリプス星の人たちの期待や命運を背負ってる訳だしあわよくば俺だけじゃなくてそんな母星の善良なる市民も助けられる方法を模索しなくては……! 

 まずはとにかくシャドーをVXにするために装鋼騎士シャドーVX第一話に沿って行動しないと……

「ね、ねえ貴方?」

「は、ハイッ! 何でしょうか!?」

「アタシ疲れちゃったみたい。もう次の命令があるまで部屋に戻っていてもいいかしら?」

「も、もちろんです! お召し物はそちらに置いてありますので!」

 戦闘員の指す方には毒々しい色をした露出度の高い衣装が一式置かれている。

 うわぁ……あれを着るのか……なんか凄い抵抗あるな……

 と言っても俺の記憶が目覚めるまでは普通に着てたんだよな……

 恐る恐るそれを手に取り身につけようとするものの女物の……それもこんな奇抜な衣装の着方なんて皆目わからないので適当に身に付けてみる。

 とりあえずこれで大事なところは全部隠れてるし大丈夫なはず……

 鏡の向こうでは衣装を着崩して顔を赤らめるマルデュークがこちらをじっと見つめていた。

 それにしてもやっぱりこれ布の面積も少ないし恥ずかしい……

 今後これを着て生活していかなきゃいけないと思うと先が思いやられるな……

 

 衣装をなんとか身につけ終え、幸い広い要塞のどこに何があるのかはマルデュークとしての記憶が覚えていたので俺はすれ違う戦闘員達の目線を感じながら急いで自室へ向かうことにした。

 それにしても地球の建物とは全くもって構造が違って落ち着かないなぁ……

 その道中話し声が聞こえてくる。

「なあ、聞いたか? マルデュークのヤツ地球のよくわからないのに負けたらしいぜ?」

 どうやら戦闘員が愚痴を零しているようでこっそり聞き耳を立てて見ることにした。

「おいおいマジかよ! いつもあんなに偉そうにしてるのに大したことねえのな」

「いつも俺たちをコキ使ってるからバチが当たったんだよ」

「一応一命はとりとめたみたいだけどせっかくなら死んでてほしかったよな〜」

「おいおいそれマルデューク親衛隊に聞かれてたら殺されちまうぞ」

「おっといけないいけない……いまの内緒だぞ?」

 

 やっぱり……! 毎週毎週戦闘員に対する当たりは酷いと思ってたけど戦闘員からの評判も最悪じゃないか! 

 そりゃ作戦が失敗したり気に入らないことがあったらもれなく一人二人戦闘員殺してたけどさ!! 

 やっぱやりすぎだよ……こんなんだから最後はあんなことになるんだ。

 気まずいなぁ……でも自室の通り道は向こうの方だしあそこを通り抜けないことには辿り着けない。

 そうだ! せっかくだしあえてあそこを通り抜けてやろう! 

 ついでに俺の事を少しでもいい目で見てもらえるように声もかけるんだ! 

 俺も腐っても悪の女幹部! もっと胸張って行こうじゃないか! 

 自分を奮い立たせ戦闘員数人が愚痴を零している場所を通りかかると

「ひぃっ!! マルデューク様!?」

「ごごごご無事でしたか!! いやぁ〜よかったなぁ〜」

「我々戦闘員一同心配してたんですよ!?」

 背筋を正し社交辞令丸出しの言葉を口々に投げかけてくる。

 戦闘員達の手足は震えている。

 マルデュークが相当怖がられていて悪の軍団でもこうやって社交辞令が使われているところを見ると嫌な上司にもへこへこと頭を下げていた自分を思い出して彼らに親近感を覚える。

 それと同時にこれまで相当マルデュークが恐怖政治を敷いていた事を思い知らされいたたまれない気持ちになった。

「聞いてたわよ。アタシの悪口言ってたでしょ?」

「へっ!?」

「なななな何のことでしょう?」

「違うんです! こいつが死ねとか言ってただけで私はマルデューク様命です!! 私だけは助けてください!」

「おいコラお前だってボロクソに言ってただろ!! ちちち違うんですよ? 僕はただ……」

 その場に居た戦闘員たちの表情が凍りつくのがわかった。

 みんな同じ様な覆面をかぶっているけどこの身体になったからだろうか? 

 不思議と表情を読み取ることができて皆同じ様に死の恐怖に怯えている様に見える。

 やっぱり相当嫌われてるし恐れられてるんだなぁ……

 それにやっぱり会社勤めしてた頃の体育会系のめんどくさくてパワハラ気質な上司を目の前にした自分や同僚を思い出す

「いいのよ? 愚痴なんて生きていれば誰だって言うものだから」

「へっ……!?」

「い、今なんと……」

「許してあげるって言ったの。アタシがこうやって作戦参謀をやれてるのもあなた達が居てこそなんだしこれまではあなた達にキツく当たりすぎていたわ。謝らなきゃいけないのはこっちの方ねごめんなさい」

 もう謝るのも頭を下げるのも慣れっこだった俺は戦闘員たちに深々と頭を下げた。

「な、なんだって!? あのマルデューク様が頭を下げたぞ!!」

「なんだこれ? あなた本当にマルデューク様ですか!?」

「そんな事言って安心させきった後に俺たちを纏めて殺すつもりとかじゃ……」

 やっぱり相当疑われてるなぁ……マルデュークの日頃の行いを考えれば無理もないんだけど……

「そんな事しないわよ。アタシは心を入れ替えたの! これからもアポカリプス皇国のために頑張ってね」

 ウチの会社にも美人でこうやって優しい言葉をかけてくれる上司が居たら良かったのになぁ

そんな事を思いながら戦闘員たちにそう投げかけて俺はその場を去った。

 

「どうしちまったんだマルデューク様……」

「お、俺一生ついていきます!!」

「さっきまで死んでてほしかったとか言ってたヤツが言うセリフかよ……でもなんか今のマルデューク様なんか凄く優しかったよな……?」

「……いや俺はまだ信じないぞ! きっと俺たちを試してるんだ。後で裏切られるだけさ」

 後ろからはそんな戦闘員たちの声が聞こえてくる。

 やっぱり一日で失った信用や貼られたレッテルをすべて精算することなんてできないよな……

 ここからは俺が社会に出て培った社交辞令と社会に出て失った低いプライドでこの星と俺の危機を乗り越えてみせるぞ! 

 総決意しておどろおどろしいドアを開けて自室に入った。

 やはり部屋の中もおどろおどろしくて落ち着かない。

 すると

「マルデューク様……もうお身体はよろしいのですか?」

 抑揚のない声が聞こえて振り返ってみると少し奇抜なデザインのメイド服を着た少女が立っていた。

 えーっと……確かこの子はマルデュークの侍女のアビガストで……

 この子もマルデュークに虐待されまくってて毎週身体にアザが増えてくんだよな……

 で、26話くらいでそんな仕打ちが遠因になってシャドーの説得でアポカリプス皇国を裏切ってヒロインになるんだっけ? 

 それをきっかけにしてマルデュークは更に荒む上にアビガストの知っている要塞の内情や脆弱性が相当有利に働いた結果アポカリス要塞は壊滅して……

 って事はこの子がシャドー側に寝返るのだけはなんとしても阻止しないと! 

「アビガスト、心配してくれてありがとう。アタシはもうこの通り元気いっぱいよ!」

「…………は、はい……」

 いつもなら部屋に戻ってきて早々殴られたりしていたアビガストは身構えていたものの不思議そうな顔で拍子抜けしたように肩の力を抜いた。

「どうしたの? アタシの顔になにか付いてるかしら?」

「……いえ。いつも通りお綺麗でございます……」

「そう。ありがとう」

「…………」

 アビガストは黙り込むと少し首をかしげた。

 叩かれたりしないのが相当不思議らしい。

 毎回どれだけこんな可愛い子をいじめてたんだマルデューク! 

 自分のことながらマルデュークのことが許せない。

 だからこそアビガストを大切にしようと俺は心に誓ったのだった。

 部屋に戻ったのもつかの間、ドアをノックする音が聞こえたのでドアを開けるとそこには戦闘員が立っていて

「ま、マルデューク様……イビール将軍がお呼びです……!」

 戦闘員はやはり恐怖で手足が震えている。

 たしかこれでイビール将軍からシャドーの尋問をやるようにって命令が下るんだったはず。

 その前にとにかくこの戦闘員から評判も上げておかないと

「呼びに来てくれてありがとう。あとはアタシ一人で行くからもう下がっても良いわよ? 体に気をつけてね?」

「……はっ! それでは失礼いたします!」

 一瞬首をかしげた戦闘員はそう言って逃げるように去っていった。

 やっぱりみんなから恐いヤツだとかすぐヒスを起こすめんどくさいヤツだと血も涙もないヤツだとか思われてるんだろうな……

 とにかく今はシャドーをそれとなく逃してシャドーVXに進化させなきゃ……

 でも露骨に協力姿勢なんて見せようものなら裏切り行為と認定されて皇王から直々に埋め込まれた爆弾を起爆させられてしまう。

 これを取り除かない限りは裏切る選択肢を取ることはできないし無理に外そうものなら確実に爆発してしまって命はない。

 だから今はおとなしくイビール将軍の命令には従わないと……

 俺はそんな事を考えながら司令室へと向かった。

「おお、目覚めたかマルデュークよ。待っていたぞ」

 威厳のある声で話しかけてきたマント姿の怪人、彼こそがアポカリス要塞の司令官にして地球侵略の任を皇王から直々に一任された言わば最高責任者だ。

「はい。ご心配おかけして申し訳有りませんでした。今後は再発防止に努めます!」

 俺は反射的に頭を下げてそう発していた。

 前世で染み付くほどには言ったセリフだ。

 しかしそれを聞いたイビール将軍は不思議そうな顔をする

「ほう。貴様がその様に反省の意を示すとは珍しいこともあったものだ。頭でも打ったか?」

 確かに頭打ったようなもんだけどさ! 実際イビール将軍にも横柄な態度取ったりしてたからなぁマルデューク……

 でもイビール将軍は彼女の実力を買って彼女の悪行には目を瞑ってたんだよな。

 その結果増長しすぎてクーデターを起こそうとして見放されちゃうんだけど……

「今ジャドラーが捕らえてきた装鋼騎士シャドーこと月影舜(つきかげしゅん)を拷問にかけておるが一向に仲間になる気配が無くあやつは改造人間であるが故に洗脳も余り効果を成さん。あとは貴様に任せる。もしそれでも仲間になる意思を見せなかったならば殺しても構わん」

 そうそうこのセリフビデオテープで何回も擦り切れるくらいには見たから覚えてる覚えてる

 それでマルデュークはこう言うんだ

「ええ。もちろんですわイビール将軍。アタシの魅力で籠絡して見せます。それにこの胸の傷の事もありますし反抗する気もなくなる程には痛めつけてあげますわ。オーッホッホッホ!」

 そうそうこうやって高笑いしてヒールを響かせながらシャドーの捕まってる牢獄まで歩いていくんだ。

 本当にあの話通りに進んでるなぁ。

 それで確か牢獄のこの辺りで変身を解かれたシャドーこと月影舜が鎖で繋がれてて……

なんか凄い緊張する…!

だって子供の頃にテレビの向こうで見てたヒーローがあと数メートル先に居るんだぞ?

こんなに緊張したのはまだ新人の頃やらかして取引先に謝りに行った時くらいだ…いやそれ以上かも!!

将軍に指示された場所に近づくに連れて俺の胸の高鳴りは増していく。

 

 えーっとたしかこの辺りのはずなんだけど…

あっ!居た居た! 

うわぁ本物だぁ! 

と言っても本当の役者さんはもう50過ぎの良いおっさんなんだけど目の前にはあの頃のままの月影舜が居る! 

 握手したい……サインとかもらいたい……!! 

 今そんな立場で無いことは重々承知している。

 でもやっぱり子供の頃のヒーローをいたぶるのは気が引けるなぁ……とりあえず挨拶はしなきゃ

「あっ、どうもまたお会いしましたねお世話になっておりますわたくしアポカリプス皇国のマルデュークと申す者でして……」

 違う! 

 なんで丁寧に挨拶してんだ俺は!! 

 ほら月影舜もなんか不思議そうな顔してるし! 

 えーっと確かこの後は……

「……コホン無様な姿ね! アタシが油断さえしなければもっと無様な姿でここに連れて来られていたんだからまずはアタシに感謝なさい? それに良くもアタシのこの美しい身体に傷を付けてくれたわね! かんたんには殺さずに後悔させてあげるわ!!」

 そうそう。ここで自分から油断したせいで負けたみたいなことを早速言っちゃうんだよなマルデューク……

 で、この後は確か胸の傷の礼にって手から電磁ムチみたいなのを出して舜を叩くんだけど……あれってどうやって出すんだろう? 

 とにかく手に意識を集中して……えいっ!

マルデュークが良く使っていた手から出る電磁ムチ。

出し方はいまいちわからなかったがとりあえず手に力を込めて振り下げてみると

「ぐぁぁぁっ!!!」

 舜の苦しむ声が聞こえたと思うと俺の腕からは黄色い電磁ムチのようなものが伸びていた

「あっ、なんか出ちゃった……すみませんっ!!」

「怒ったと思ったら謝るなんて変な幹部だな。この程度モグログから受けた改造手術に比べたら痛くも痒くも無い! いくら拷問にかけても無駄だ! 俺は貴様らの仲間にはならないし貴様らの野望は俺が打ち砕く!」

 舜はそう啖呵を切って見せ、俺を睨みつけてくる。

 いやぁやっぱりかっこいいなぁ……昔見たままだ。

 って見とれてる場合じゃない……

 この部屋もイビール将軍達に監視されてるからあまり怪しまれないようにしなきゃ。

 俺は心を鬼にして一話のこのシーンを思い出しながら何度か手から伸びる電磁ムチで舜を殴打する。

 この後攻撃では屈しないとわかったマルデュークは色仕掛けに入って官能的に囁いて仲間に引き入れようとするんだけど失敗、そして自分の魅惑が効かなかった事に腹を立てて牢屋に備え付けられている宇宙へ放逐するスイッチを入れて舜を宇宙へ放り出すんだ。

 よし。その通りにやれば話通り舜は助かるしVXに進化する。

 今の俺に官能的なことができるかどうかはわからないけど地球を守る為にやるしかない! 

「はぁ……これだけやっても屈しないなんてアタシ少し貴方のことが気に入ったわ」

 そうそうこうやって首筋をしなやかな指でなで上げて……

「ねぇ? アポカリプス皇国の為じゃなくてアタシの為に戦わない? アタシの配下になればアポカリプス帝国の科学力で貴方をもっと強くすることができるわ」

「そんな誘惑に乗るか! 俺は必ず貴様らを倒す!」

「ふふっ! そう言うと思った」

 そう! それでこそ我らがヒーローなんだよ! 

「それなら貴方はもう用済みよ! 宇宙のチリになってしまうが良いわ!」

 俺は手から伸びる電磁ムチで腕に付けられていた変身ブレスレットを破壊して壁についた奇抜なデザインのレバーを下げる。

 すると低い音が響き、舜が縛り付けられている場所がパックリと開く。

 開いた先には地球が顔を覗かせていて拘束され身動きの取れない舜はその青い星に向かって気圧に吸い込まれ投げ出されていく。

 それを見送った俺はレバーを戻しイビール将軍に彼は仲間になる意思を見せなかったから宇宙に放逐し大気圏で燃え尽きて死んだと一話のセリフ通りに報告した。

 ここまでは一話の台本通りだ。

 

 

 俺は自室に戻りそこに置かれていた水晶玉に手をかざして舜の事を強く念じると宇宙に放り出された先で不可思議な力によってVXに進化し地球に降り立った舜の姿がテレビさながら、いやテレビで見たときよりもすごい迫力で映し出された。

「よしっ!」

 良かった! どうやら上手く行ったみたいだ! 

 それにVXへの覚醒シーンをこんな状況で見ることができるなんて夢みたいだ! 

 これでひとまず地球は救われる! 

 あとは俺自身とアポカリプス皇国の人たちを助ける方法を一年以内に見つけ出さなくては!! 

「マルデューク様……」

 水晶を眺めているとアビガストが声をかけてくる

「ん? どうかした? アタシの顔に何か付いてる?」

「いえ……マルデューク様のその様な優しいお顔を見たことがありませんでしたので……」

 彼女は今にも消えそうな抑揚のない声でそう言った。

 そうだ。

 彼女は言わばマルデューク最大の被害者なんだ。

 他の戦闘員は一撃で殺してしまうマルデュークだけどこの子は元来頑丈なヒューマンタイプの種族な上こきを使う為にわざと死なない程度に毎週毎週……いやテレビで放送されていない部分も合わせれば毎日いたぶり続けられていたのかもしれない。

 当時見ていた頃はなんとも思わなかったが今思い返してみるといくらなんでも演出にしてもやりすぎで可愛そうだ。

 つまり彼女に付いているアザは覚えがなくても記憶が戻る前の俺がやった事だという事実からは逃れられず、罪悪感から目からは涙がこぼれだしてくる。

 俺は居ても立っても居られなくなり彼女を抱き寄せていた。

「……マルデューク……様?」

 彼女は少し困ったように俺の名前を呼ぶ。

「ごめんね……今更謝るのもどうかと思うし許してもらえるとも思わないけど……もう君にはあんな痛い思いはさせないからね……」

「今日のマルデューク様……なんだかあたたかくてやわらかいい気がします……それに私は貴女に仕えることだけが生きる意味なのです。ですからマルデューク様が謝られる意味が私には理解できません」

 彼女のそんな言葉を聞いて俺は泣きながら彼女の頭を優しく撫で続けていた。

 この子にこれ以上つらい思いをさせないためにも自分自身の破滅の未来も地球の運命もこの子を含めたアポカリプス星の人たちの運命もなんとかできる限りいい方向に持っていかなければいけない。

 そう改めて心に誓った。

 

 こうして装鋼騎士シャドーVXとアポカリプス皇国との戦いの幕が開くと同時に俺の悪の女幹部としての第二の人生、そして地球とアポカリプス皇国の人たちを救うための生活が幕を開けたのだった。




今流行の悪役令嬢転生モノに何かと不思議なことが起こりがちな某ヒーローのネタをミックスしてみました。


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第一話 シャワーを浴びて!マルデューク

「おい! 全くお前この会社に入社して何年経ってると思ってんだ!!」

 俺また何かやらかしたんだっけ……? 

 部長に呼び出されたと思えば机をドンと叩く音と同時に怒号が飛んできた。

「す、すみません……」

「はぁ……全くそんなんだからいつまで経ってもヒラのままなんだよ。同期の倉田を見てみろ! あいつ今は新しく立ち上げた部署の部長だぞ? それに比べてお前は未だに取引先にまで迷惑をかけて……」

「はい……申し訳ありません……」

 こうやって頭を下げるのに慣れたのはいつからだろう? 

 確かにどんくさいし出世ルートも完全に外れてしまっている。

 それでも日夜サービス残業までして必死に働いているのにこれだ。

 俺は一体何のために働いているんだろう……? 

「おい! 聞いているのか? これ以上ノルマをこなせない様なら私にも考えがあるぞ」 

 

 

「申し訳ありませんでしたっ!!!」

 

 目を覚まして初めて発した言葉はそれだった。

 どうやら部長に怒られる夢を見ていたらしい。

 ああ……また部長に怒られる夢見ちゃったな……

 今日もさっさと支度して仕事行かなきゃ……

 行きたくねぇなぁ……仕事

 いつものように眠りから覚めそんな事を考えながら意識がだんだんはっきりとしてくる。

 いつもならここで身体を起こすのにいくらか時間を要するのだが、今朝は体の怠さや頭痛も無く、こんなに寝覚めの良い朝はいつぐらいかと思うほどスムーズに目が覚め、軽やかに身体を起こすことができた。

 まるで自分の身体じゃないみたいだ。

「んんっ……なんだろう? 夢見は最悪だったのに身体が嘘みたいに軽い……って悠長にしてる場合じゃない! 何でアラーム鳴らなかったんだ? もしかして遅刻!? 夢で怒られた所なのに現実でも部長に怒られるのは絶対嫌だぞ!」

 慌ててベッドから飛び降りて身支度を整えようとするが開けた視界に広がったのは見慣れた狭いマンションの一室ではなく辺り一面奇抜な装飾で囲まれた決して趣味が良いとは言えない部屋で……

「ど、どこだよここ!? それになんか声も変だし……ああもう前髪邪魔! ってか俺こんなに前髪長かったっけ……?」

 最近ただでさえ前髪の後退にナイーブになっていたはずなのに少し動くたびに前髪が俺の視界を遮ってくる。

 そして部屋を見渡していると全裸の女性が視線を横切った。

 な、なんで女の人が同じ部屋にいるんだ……? 

 もしかしてここはそういうコンセプトのラブホテルか何かか!? 

 いや待て、彼女も出来たことがない俺がなんでラブホテルなんかに居るんだ? 

 全くこんなところに来た記憶がないんだけどもしかして昨日の帰り記憶がなくなるくらいまで飲んじゃったのか……? 

 早く出社しなきゃならないのになんてことをしてしまったんだ俺は!! 

 もしそうならまずは謝らないと! 

「ご、ごめんなさい! 酔った勢いとは言え見ず知らずの女性とここここんな事を……!!」

 俺の喉から可愛らしい声が出たと思うと目の前の女性も俺と同じ様に土下座をしていた

「ん……? あれ……?」

 女性を見つめると不思議そうにこちらを見つめてきた。

 試しに邪魔な前髪を指でかき分けてみると目の前の女性も同じ動きをするので試しに頬をつねってみたり睨みつけてみたり少しキワどいポーズを取ってみたりするとそのとおりに目の前の女性も同じように動く。

 よく見ると彼女の周りには奇抜なデザインの縁取りがされていて、指でつついてみるとそれが鏡であることがわかった。

「なんだ鏡か……びっくりさせんなっての……って鏡!?」

 そう。

 俺は昨日までは冴えない童貞アラフォーサラリーマンだったはずだ。

 しかし鏡に映っているのは目鼻立ちのくっきりしたスタイルの良い女性の姿だ。

 そのときはっと昨日自分の身に起きたことを思い出す。

 そうだった。

 俺は終電ギリギリまで残業して電車に間に合わないと思って信号を無視したらトラックに撥ねられて……

 で、目が覚めたら子供の頃にやってたヒーロー番組「装鋼騎士シャドーVX」に出てくる敵宇宙人集団アポカリプス皇国の女幹部マルデュークになっていたんだった。

 いや正確に言えばなっていたというのは間違いだ。

 今の俺にはおぼろげにだけどマルデュークとして生きてきた記憶もある。

 つまるところ俺は死んでマルデュークに転生したといったところだろう。

 前世の俺としての記憶が覚醒めてから約一日経つが未だにこの身体、そしてマルデュークとしての生活には慣れないなぁ……

 しかしまあ寝ぼけていたとは言え出社しようとするなんて記憶に刻み込まれた社畜精神は死んでも治らないものなんだなぁ……とか思いながら俺は鏡に映るマルデュークを見つめると鏡の中彼女は苦笑いをしてこちらを見つめていた

 いやしかし子供の頃は露出度高いなぁくらいにしか思ってなかったけどこんなにエロい身体してたんだな……

 俺はゴクリと生唾を飲み込んで細い指で腹をなでてみると肌には毛一つ生えておらずなめらかでみずみずしい指ざわりだ。

 そのまま指を上へ上へと上げていってその豊満なバストに俺は手をかける。

 いや待て流石に男としてこんな方法で女の胸を揉むのはどうなんだ……? 

 一瞬理性が手を止めたが今はこれが俺の身体なんだし……

「ちょっとくらい触ったってバチは当たんないよな? でゅふっ……!」

 気持ちの悪い笑い声が漏れ出してしまったが俺は男性的な好奇心からその大きな膨らみに手をかけようとしたその時、鏡に自分以外の少女が映り込んでいる事に気づき後ろを振り向いてみると少し変わったデザインのメイド服を着た少女がじっとこちらを死んだ魚のような目で見つめていた。

「う、うわぁ! ごめんなさい! これは出来心で決してやましい気持ちなどではなく……」

 俺は思わず謝ってしまったが少女は不思議そうに首をかしげた

「……マルデューク様なぜ謝るのです?」

「えっ……ああ……アビガストかぁ……びっくりさせないでよ……」

 彼女はマルデュークの使用人のアビガスト。

 片時もマルデュークの側を離れないけどいつもいつも憂さ晴らしにいじめられてる可哀想な女の子で、服の下にはマルデュークに付けられた痣や傷跡が生々しく残っている。

 そんな彼女を画面越しでなく実際に見た俺はマルデュークのしてきた事も許せなかったし彼女にこれ以上つらい思いをさせたくないと決心した。

「ね、ねえ……アビガスト? いつからここに居たの?」

 恐る恐る取り繕う様に女言葉で彼女に尋ねる。

「はい。マルデューク様がお目覚めになる前からここで待機しておりました」

 嘘! ってことはさっきまでの事全部見られてたってことじゃないか!! 

「ア、アビガスト……さん? さっきまで見たことは全部忘れてちょうだいね?」

「はい。 マルデューク様がそうおっしゃるのならば」

 アビガスト抑揚のない口調を一切崩さず淡々とそう言った。

 まあ彼女は他人と話すような事もあまりしない子だから今までの痴態をバラそうなんてことは絶対にしないと思うけど……

「そ、それよりアビガスト? おれ……ちがっ! ア、アタシに何か用かしら?」

「はい。朝食の準備が整いましたのでお呼びに上がった次第でございます。しかしながら絶対に起こすなと以前に仰いましたので貴女様が目を覚ますのをこちらで待っておりました」

 そうだった。寝てるのを起こそうものなら

「アタシが気持ちよく寝てるのを邪魔すんじゃないわよ!」

 とかヒステリックを起こして彼女をボコボコにしたりひどい時にはその辺りにいる戦闘員にまで八つ当たりしてたんだっけ……

 我ながらなんて傍若無人なんだマルデューク……

 そんな事ばっかりしてたから視聴者からも嫌われるしあんな最悪の末路を辿ることになるんだよな……

 

 マルデュークがどのくらい嫌われていたかと言うと、物語の枠を飛び越えて演じていた女優の元に放送当時カミソリの入ったファンレターが大量に送られてきたり街を歩いていると子供たちから石を投げられたりと相当ひどい目に遭ったらしい。

 

 それもこれもマルデューク役の女優である[[rb:火田 高子 > ひだ たかこ]]って人の怪演のたまものといえば聞こえは良いがいくらなんでも脚本も監督のせいだしそれに全力で答えて熱演した女優が割を食うのも気の毒な話に思えてしまう。

 それでも最後の最後まで火田さんはマルデュークを演じきったんだよなぁ。

 正直あの最期は当時見ててトラウマになったくらいだし……

 と、とにかくそんな劇中でも画面外でも嫌われまくって最終的に誰からも見捨てられて殺される結末だけは絶対に避けないといけない! 

 当時無名だった火田さんは結果的にマルデュークという役のおかげでその後ブレイクし、大物女優へのスターダムをのし上がっていく訳だけどもしも俺自身があんな末路を辿ってしまったら役者でもなんでもなく紛れもないマルデューク本人である俺の第二の人生はそこで終わりだ。

 せっかくこんなに美人に生まれ変わったんだからあんな酷い死に方はしたくない。

 

「あの……マルデューク様?」

 アビガストの声ではっと俺は我に返る。

 そうそう。

 朝食の準備が出来たからってわざわざ呼びに来てくれたんだったよな

「そ、そうだったわね。 アタシお腹空いちゃって……」

「はい。本日も私めが腕によりをかけてご用意させていただきました」

 そう言ってアビガストが寝室のドアを開けるといい匂いが香ってきてなおさら腹が減ってくる。

「そ、それじゃあアタシ着替えるから少し待っていてくれるかしら?」

「それでしたら私がお召し物をご用意いたしますので少々お待ちを……」

 アビガストが俺のために奇抜なデザインのクローゼットに手を掛けた。

 いつも服はアビガストが用意して着せてくれる。

 でもあんなひどい仕打ちをしていた子に一から十まで何でもやらせるなんていくら前世の記憶が無かったとは言え申し訳なくてできないし一人で服くらい着ないと……

「いや良いよ良いよそんな気を使ってくれなくても……! それくらい自分でできるからさ」

「っ……! も、申し訳ありません……」

 俺が彼女を止めると彼女は体を少しこわばらせてクローゼットから手を離した

 表情には出さないけど相当彼女は俺のことを怖がっているということをひしひしと感じさせて心が痛くなる。

 それにこのまま彼女に悪い印象を与え続けてしまえば彼女はシャドーVXの説得でアポカリプス皇国を離反し、皇国崩壊の大きなきっかけとなってしまう。

 それが巡り巡って皇国の崩壊とマルデュークの末路に繋がってしまう訳だからなんとかしないといけない……

「ご、ごめんなさいアビガスト……でもお……アタシこれくらい一人で出来るから……あれ?」

 俺はそそくさとクローゼットから服を取り出すがどれも奇抜なデザインをしていて着方がわからない。

 俺には一応マルデュークとしてここまで生きてきた記憶もあるはずなのだがやはり思い出せない。

 いや性格にはマルデューク自身服の着方を知らないのだ。

 どれだけ記憶を辿っても使用人にやらせている所しか脳裏に浮かんでこない。

 そう言えばアビガストが離反してから急に全身タイツみたいな服装に変わったんだけどそれって本当はPTAからの苦情みたいな理由なんだろうけど実はちゃんとこういう理由付けもされてたんだなぁ……

 って何で俺こんな所で装鋼騎士シャドーVXの裏話を一つ見つけちゃってるんだよ!! 

「ご、ごめんなさいアビガスト? やっぱり服の着方……教えてくれないかしら……?」

 せっかく良いところを見せようと思ったのにとんだ恥をかいてしまった……

 俺がそう言うとアビガストは黙って下着から何から着るものを選んで着付けてくれた。

「……はい。今日もお似合いですよ」

 鏡を見るときっちりと決まった衣装を着たマルデュークがいた。

 でもやっぱり露出度も高いし落ち着かないし我ながら胸やフトモモに目が行ってしまって恥ずかしい。

 とにかく一人で服くらい着れるようにならなくちゃな……

「ありがとう……ごめんね」

「何故謝るのですか? 昨日今日と謝られてばかりですが私にマルデューク様が頭を下げる価値などありませんからお止めください。貴女に仕える事以外に私の存在価値などないのですから」

 彼女は全く表情も声色も変えずそう淡々と言った。

 その姿がとても哀れに見えると同時にマルデュークが今まで彼女にしてきた仕打ちが心底許せなくなってしまう。

「そ、そんなことないよ! アビガストは凄く可愛いし……そう! ファンだってマルデュークの何倍も多かったんだよ? 俺もアビガスト派だったし……!」

「ふぁん……? とは一体何でしょうか? 地球の言語ですか?」

 あっ、しまった! 勢い余って余計なことを言ってしまった

「あ、いえ……何でも無いのですわ! おーっほっほっほ!」

 俺のバカ! マルデュークはそんな喋り方しない!! 

 ほら見ろアビガストが首をかしげてるじゃないか

「……こほん そ、それより今日の朝食は何かしら? アタシお腹空いちゃって」

 とりあえず適当な事でごまかそう。

 そう尋ねると彼女は俺を食堂に連れて行った。

 マルデュークの食卓はいつもアビガストと二人きりで、料理を食べるのはマルデュークだけ。

 アビガストはただ横で立っているだけだ。

 これもマルデュークのプライドの高さと疑り深い性格故自分の食事はアビガスト以外には任せないし誰かと一緒に食事をしようとも思わなかったようだ。

 そんな寂しい一人用のテーブルの前に座ると

「本日の朝食はマルデューク様のお好きなポダダブンガスのバザンとプーズドモロゴンでごさいます」

「……えっ?」

 アビガストはどう見ても食欲を減退させるような色をした名状しがたい何かがドカンとテーブルに置いた。

 確かに美味しそうな匂いはするし身体は早く食べたいと唾液を作る速度を上げているのだが地球人である俺がそれをものすごい勢いで拒否していた。

 たしかにいい匂いはするし腹も減ってるけどこれ本当に食べ物……? 

 いや厳密に言えば前世の記憶が目覚めるまではこれを嬉々として食べてたわけなんだけども……

 この生活に慣れられないであろう一二を争う要因がこれだ。

 昨晩もどう見てもヤバそうな物をテーブルに置かれた時は思わず悲鳴を上げてしまった。

 まだ悪の幹部としての仕事や部下への接し方はこれまでの社会人経験と社交辞令でなんとかなるがこの女の身体と食事だけはどうしようもない。

 一日経ってわかったが事だが身体の構造はほぼ地球人と同じ様で腹も減るしムラムラだってするし排泄だってする。

 だから食事を欠かすことは出来ないのだがやはり目の前に置かれているものはどうしても食べる気にはなれない。

 ああ……前世の地球の料理達が恋しい……

 俺は窓から映る青く美しく光る星を見つめた。

 しかしこれを食べない限りは今はどうしようもない訳だし……

 テーブルの上に乗せられたそれを怪訝な顔で見つめていると

「マルデューク様どうされましたか? お気に召さなかったのでしょうか?」

 アビガストがそう尋ねてくる。

 感情をほぼ表に出さない彼女だが指先が少し震えていて、少しでも気に食わない料理を出した時にマルデュークから受ける仕打ちを身体が警戒しているのが見て取れた。

「い、いやそんな事無い……わよ? い、いただきまーす……」

 これ以上彼女に不安を与えるのも可哀想だし空腹も限界なので恐る恐るテーブルに乗った名状しがたいものを口に運ぶ。

 そして口に入ったそれは前世では味わったことのないような奇妙な歯ごたえでやはり抵抗はあったものの味は悪くない。

 いやむしろ美味しいと言っても良い。

 美味しいんだけどやっぱりこの見た目のものを食べるのは抵抗あるなぁ……

 このアポカリプス星の食文化に慣れるまでは毎朝SAN値が削れそうだ。

 その後もそんな名状しがたいものを口に入れていき、やっとのことで朝食を完食した。

「はぁ……やっと全部食べ終わった……ごちそうさま」

「やはりお口に合いませんでしたか……?」

「い、いやそんな事無いよ! 美味しかったよありがとう!」

「ありが……とう……? 私にはもったいないお言葉です。ただ当然のことをしただけですから……それなのに何度もそんな言葉をかけられては私……なんだか胸の奥が変になってしまいます」

「そんな事無いよ! 着付けから料理の支度……それ以外の身の回りの世話も全部やってくれてる君にお礼一つも言わないとバチが当たっちゃうよ」

「そう……なのですか?」

「うんうん! 絶対そう!」

 だって一人で何でもやって当たり前だった俺からすればこんな可愛い子が世話焼いてくれるなんて最高の事にほかならない。

 やっぱりこの子を大切にしない限りマルデュークとして幸せになることは決して無いと言っても良いと思う。

 

 そして朝食を済ませた俺は地球侵略のための会議へと出席するため要塞中心部にある司令室へと赴いた。

 もちろん議題は死んだはずの装鋼騎士シャドーが進化した装鋼騎士シャドーVXの妨害をくぐり抜けて如何にして地球を侵略するかということだった。

「第一あの場で殺しておけばこの様な事にはならなかった! 下等な地球生物を仲間に引き入れようなどという腑抜けた作戦自体が間違いだったのだ! これは作戦を立案し奴を宇宙に放逐させ結果的に生きながらえさせたマルデュークの責任だ!!」

 テーブルを叩いてそういったのはおどろおどろしい見た目の幹部の一人でドジャーリ怪人の育成を取り仕切るジャドラーだ。

 ドジャーリは地球で言う爬虫類や両生類、それに昆虫や魚類の特徴を持った怪人でその中でもジャドラーはひときわキレ者でほぼ使役されるか娯楽や食事のために消費されるのが主であったドジャーリから幹部にまで上り詰めた皇国幹部きっての生え抜き実力者だ。

 確かに彼の言う事は間違いではないし……

 それに元々厳ついデザインだと思ってはいたが生で見るとその迫力も凄みも段違いでとにかく恐い。

 それに怒りに任せて怒鳴り散らすその姿はどこか俺の上司に似ていて身体が縮こまってしまい

「申し訳ありませんっっ!!」

 俺は気がつけば思わず頭を下げていた。

「……な、なんだ今日はヤケに素直だな。謝ったら死ぬのかという程他人に頭を下げるところを見せない貴様が……調子が狂う」

 ジャドラーは[[rb:俺 > マルデューク]]が謝ったことに相当驚いたらしい。

 他の幹部二人、そしてイビール将軍も表情に驚きの色を滲ませていた。

「そうマルデュークだけを責めるなジャドラーよ。奴の変身機構は完全に破壊されていたのだ。そこから生還した上にパワーアップするなど不測の事態と言っても良いだろう。それに彼女も深く反省しているようだ。今は責任の追求よりも今後我々がどのようにして策を講じていくかを考えるほうが重要ではないか? 責任を問うのはそれが全て終わってからでもよかろう?」

 イビール将軍はそう言って俺をかばってくれた。

 彼は厳しい面もあるけど必要以上に怒ったりはしない。

 ウチの上司もそんな人だったら良かったのに……

 でもこれは不測の事態じゃないんです……全部知った上でやりました。

 なんて言ったらそれこそ反逆者として処刑されてしまいそうだし……

「も、申し訳ありません……以後この様なミスが無いように改善に務めさせていただきます……」

 俺はそうとしか言えなかった

「事の重大さをわかった様だなマルデューク! しかしそのVXとやらと我々は戦いたくなったぞ! 我らアポカリプス星最強の種族であるヴェアルガルがヤツの首を皇王様に献上してみせようぞ!」

 そう声高に叫んだ獣人の様な彼はドスチーフ。

 アポカリプス星の獣人種族であるヴェアルガルの軍隊を率いるボス的な存在だ。

 彼は誇り高いけど自信過剰で自らの種族こそがアポカリプス星で最強だと信じて疑わない。

 たしかにみんな超人的な力や能力を秘めているけど基本的に詰めが甘くていつも作戦は失敗するんだよね……(まあ作戦が失敗するのはマルデューク含めみんなそうなんだけど)

『フン……戦闘だけが取り柄の下等種族が何を言うのやら……ヴェアルガルが最強などとうの数百年前までの話ですよ』

 彼を見下すように電子音声でそう吐き捨てたのは機械が意思を持ち一種族になるまでに成り上がった種族ゴーレトニグのヘルゴラムだ。

 彼はクールで知能も高くロボット軍団を率いていてどれもデザインがかっこいいんだよなぁ……

「なんだと! 能書きだけのガラクタ風情が!!」

『何も当然のことを言ったまでですが? そんな事も理解できないのですか?』

「何を!? 好き勝手に言ってくれるな! 最強の種族は我々ドジャーリに決まっているだろう!」

 二人の言い合いにジャドラーまで加わってしまった。

 これもテレビでよく見た光景だが幹部たちは武勲を上げればその分自分たちの種族の待遇が上がるためとても仲が悪く手柄の取り合いと足の引っ張り合いを日常茶飯事に起こしている。

 テレビで見ていた頃はマルデュークも同じ様に言い合いに参加していたのだが今の俺にこんな仰々しい奴らの言い争いに割って入るような度胸はなかった。

「ええい! 毎度毎度貴様らはモメなければ話ができんのか!!」

 イビール将軍の一喝でそんな揉め事はぴたりと止まる。

「こんな所で言い争っていても埒が開かぬだろう! 我々のすべきことは何だ? あの星を我らアポカリプス皇国の民の第二の故郷にすることであろう?」

『し、しかしあのVXとか言う奴が居る限りは地球の侵略もままなりません』

「確かに奴は地球侵略と大きな壁であることは間違い無い……そこでだ。奴がまだVXになる以前の姿であるシャドーだった頃ならば我々に部はある。そこで過去にタイムスリップして……」

「それは絶対ダメです!! あっ……ごめんなさい」

 思わず将軍の話を遮ってしまったがそれは絶対にやってはいけない作戦だ。

 そんな事をしようものなら不可思議な事が起こって未来からVX、そしてVXの変身する今で言う強化フォームみたいなのまでが過去にやってきて返り討ちにされるからだ。

 まさかその作戦がこんな序盤からそれも将軍から考案されてたなんて……

「どうしたマルデューク? 今日は口数が少ないと思ったら急に声を荒げて」

「い、いえ……でもその作戦は止めたほうがいいかなー……なんて」

「フン! 所詮腑抜けで卑怯者のゲーニジュはその程度がお似合いだろうな」

 ジャドラーはそう吐き捨てた。

 ゲーニジュと言うのはアポカリプス星人の5割を占める人間に近しい種族でマルデュークもそれに分類される。

 他の種族に比べて身体的に長けた能力はないがウィラスという魔力の様な物を使うことができ、その中でも高度な魔力を持つ一族が皇国の物流やインフラ、その他諸々を支えているがその反面過度な開発や発展のせいで現在アポカリプス星は滅亡の危機にも立たされている。

 マルデュークが他の幹部たちから疎まれる理由は性格の悪さだけではなく種族自体が他の種族から目の敵にされているというのも大きい。

「と、とにかく! その作戦だけは絶対に止めたほうが良いです!」

「ほう? そこまで言うのならばその理由を言って見せい」

「え、えーっと……」

 イビール将軍に聞き返されるが

 はい! ビデオで見たことがあるからです!! 

 なんて言えるわけがないしいずれ皇国がシャドーVXによって滅ぼされますなんて言った暁には反乱分子とみなされて粛清されるのがオチだ。

 そうだ。

 マルデュークの趣味は占いだった! 

 自分の気に入らない結果を出した占い道具はその場でいつも壊すようなシーンが結構あった。

「う、占いです! 占いでそれはやらないほうが良いと出てまして……」

「む、そうか……いつ占ったかは知らんがいつも自分の気に入った結果が出るまでやり方を変えて占いを続ける貴様がそういうのならば止めておいたほうが良いのだろう」

「ケッ……なんだよ全部ゲーニジュが悪いってのにゲーニジュは自分のケツも拭けねぇのかよ」

『まず臀部を拭くという非生産的で不潔な行為が必要な下等な種族が何を言うのですか』

 ジャドラーが吐き捨てるとヘルゴラムがそう皮肉を吐いた。

「何を!?」

 そしてまた言い争いが始まったのだが

「ええい静まれ静まれ!! 次の作戦決行は地球時間で一週間後! 作戦指揮はヘルゴラムに一任する!」

『承りましたイビール将軍……我々ゴーレトニグこそが最も優れた種族であることをお見せしましょう』

「と言うわけだ。解散!」

 イビール将軍がそう言うと幹部たちは睨み合ったまま別々の出口からお互いの区画へと帰っていき、俺も逃げるようにその場を離れた。

 

「はぁ……やっぱり何もできなかった……」

 だってあんな厳つい奴らと肩を並べて発言なんて平社員の俺に出来るわけがないだろ……

 イビール将軍は基本的に全種族にチャンスを与えるため序盤は毎回作戦指揮を執る種族をローテーションで入れ替える。

 つまるところ週一でしか作戦が決行されないのだ。

 しかもその中で自分の担当になるのは4回に1回なので実質1ヶ月に1回しか自分の番は回ってこない。

 次に俺が作戦参謀になるのは確か劇中の話で言えば3話後だからあと2週間ちょっとは余裕があるな……

 はぁ……一応今の俺は女幹部マルデュークなんだからそれまでに会議でもうちょっとマシな発言が出来るようにしないと……

 と言うか誰に向けてこんなに説明してんだろ俺……

 

 肩を落としてとぼとぼと歩いているとまた戦闘員達の話し声が聞こえてくる。

「はぁ……マルデュークは良いよなぁ……俺たちは作戦の度に引っ張り出されるってのにあのババアは自分の指揮する作戦まで暇なんだもんなぁ」

「はぁ……俺たちがゲーニジュだってだけで他の種族の奴らは好き勝手に扱いやがるしマルデュークもウィラスすらマトモに使えない下級の俺たちなんてゴミ同然だと思ってやがる」

「そうそう。昨日は癇癪起こして誰かが殺されるなんてことも無かったしなんか機嫌もよさそうだったけど今度はいつ気まぐれで癇癪を起こすか……クワバラクワバラ」

 やっぱりその内容はマルデュークに対する愚痴だった。

 同じ種族であるはずの戦闘員たちからもこれだけ評判が悪いのは本当に日頃の行いのせいとしか言えない。

 でも流石にババアはないだろ? まだピチピチの200歳だぞ!? 地球年齢で言ったら26歳くらいだし……まだまだ全然若いだろ!! 

「ん"んっ!!」

 軽く咳払いをしてみると戦闘員達の体は一斉に強張り顔は真っ青になる。

「ひっ! マ、マルデューク様!?」

「い、いやー今日もお美しい」

「おいこらお前だけ何逃げ延びようとしてんだ! こいつさっきババアって言ってました!! 俺はそんな事思ってないですけど!!」

 彼らは口々にそう言って必死にマルデュークのご機嫌を取ろうとする

 いや丸聞こえだったんだけど……

 なんかマルデュークがちょっとの事で戦闘員を殺す理由が少しわかったような……

 でもこれも日頃の積み重ねだしまずは彼らの評価を上げないと……

「え、えーっと……昨日言ったわよね? アタシは心を入れ替えたって」

「は、はい確かに……」

「でも流石にババアはちょっと傷ついちゃったかもなぁ……」

「ごごごごごめんなさい!! いいい命だけは!! 命だけは!!!」

 ババアと言っていた戦闘員は日本で言う土下座に相当するポーズをこれでもかという程に取ってくる。

 なんだかそんな姿を見ていたら俺自身を見ているみたいでなんだか可愛そうになってきた

「もう良いわよ。 それだけ謝ってくれたんだし」

「へ、本当ですか……?」

「ええ。命までは取らないわよ」

「安心させて……とかでもなく?」

「当たり前じゃない。あなた達が居るからこのアポカリプス皇国軍地球侵略部隊は回ってるのよ! そりゃ不平不満はあるでしょうけどこれからも頑張ってね? 期待してるわよ」

 自分がもしこんな女の上司が居たら良かったなぁと思う理想の女上司を演じ、戦闘員たちを鼓舞してみると目に見えて戦闘員達の顔色が明るくなっていく

「は、はいっ! がんばります!!」

「ありがとうございます!!」

「我々ゲーニジュ一般戦闘部隊一同精神誠意貴女に忠誠を尽くします!!」

 戦闘員達は姿勢を正して俺を見送ってくれた。

 なんだかそう言われると悪い気はしないなぁ……

 俺は装鋼騎士シャドーVXのオープニングを鼻歌で歌いながら自室に戻った。

 ヒーローの主題歌を鼻歌で歌う敵組織の幹部もどうかと思うけどなんだか歌わずにはいられなかった。

 

 部屋に戻るとマルデュークとして張り詰めていた線が切れたのかどっと疲れが来て一気に力が抜けベッドに倒れ込んでしまう。

「はぁー……やっぱ万年ヒラで小心者の俺なんかじゃ悪の女幹部は務まらないかなぁ……なんかめちゃくちゃ変な汗もかいたし他の幹部の威圧感すごいし……風呂入りたいなぁ……」

 前世では風呂なんて一日二日くらい入らなくても大丈夫と思っていた俺だがマルデュークになったからなのか毎日欠かさずシャワーを浴びるようになった。

 幸いシャワーを浴びるという文化はアポカリプス星にもあるようでデザインは奇抜だがユニットバスの様な設備がマルデュークの部屋には併設されていた。

 しかしこの奇抜なデザインの服は着方もわからなければ脱ぎ方もわからない。

 試しにアビガストを呼んで見ると

「お呼びになりましたか?」

 すかさず彼女はどこからともなく現れた。

 その急な出現に驚いたが今はそれどころじゃない

「あ、あの……シャワー浴びたいんだけど服の脱ぎ方がわからなくって……申し訳ないんだけど脱ぎ方教えてくれない……かな?」

「承知いたしました。それでは失礼します」

 アビガストは慣れた手付きで俺の服を脱がせ即座に綺麗に畳んでいった。

「あ、ありがとうアビガスト……それじゃあお……アタシ、シャワー浴びてくるわね」

 アビガストにそう言ってシャワールームに入り蛇口をひねった。

 すると心地良い温度のお湯が流れ出し俺はそれをめいいっぱいに浴びる

「んんっ〜〜シャワーってこんな気持ちよかったっけなぁ……」

 少なくとも以前の俺だったらただめんどくさいけど生活する上で必要だから仕方なくやっている事程度の認識だったシャワーもこの身体になってからとても気持ちのいい物に感じる。

 それに肌は手で撫でるとツヤツヤだし……水を弾くくらいにハリもいいしほんとに理想の女性って感じだよな……

「それにこのおっぱい……大きいし凄い柔らかいんだよなぁ」

 ここでは誰にも邪魔をされないし俺は鏡を見ながらマルデュークの胸に優しく触れる

「んっ……♡結構敏感なんだな……あっ♡それにこっちも……ひうっ♡ほんとにチンコも生えてないし……」

 下腹部にはただ少し毛が生えているだけで男の頃に生えていた男の象徴と言えるそれ等見る影も無い。

 少し喪失感もあったが今はこれが俺の身体なんだし何より無修正の女性のそれを見たことがなかった俺にとっては最早得体の知れない物と言っても良かった。

「で、でも……そろそろちょっと触るくらい良いよな……?」

 いやでもそれ人として良いのか? 

 いやいや第一これは俺の身体なんだから好きにしても

 でも女のアソコなんか触ったこともないし爪も伸びてるからもし変なことして腫れちゃったらどうしよう……

 でもやっぱり気になるよなぁ……

 様々な思考が脳内をぐるぐると回る度俺の鼓動は徐々に速度を早めていき、指はだんだん下腹部へと近づいていく。

 そして到達しようとした瞬間シャワールームをノックする音が聞こえた

「ひゃいっ!! だ、誰!?」

「シャワー中申し訳ありません。今日は久しぶりに私がお体をお流ししようかと思いまして」

 アビガストの声がドア越しに聞こえてくる

「そ、そんな……良いよそれくらいは自分でできるから」

 今の自分の身体ですらまともに見れないのに他の女の子の裸なんて見ようものなら俺はどうなるかわからない

「そうですか……マルデューク様は以前私を身体の洗い方だけは上手いと褒めてくださいました。 しかしながら最近は私の他のことも良く褒めてくださいます。 私ごときがこんな感情を抱くのもおこがましいのですが私にはそれがとても嬉しかったのです。 この胸の奥の変な気持ち……きっとこれがあの時褒めてくださった時に初めて感じた嬉しいという気持ちだと思うのです。それを今日だけで何回も私は感じることができました。 ですからマルデューク様……私にその……お礼をさせてください」

 ドア越しに彼女の声が更に聞こえてきた。

 いつものように抑揚のない彼女の声だったがどこか少し感情がこもっているようにも聞こえ、そんな彼女の思いを無下にすることも出来ず俺はシャワールームのドアを開けた。

 するとそこには裸のアビガストがじっと立っている。

「あ、アビガスト!?」

「申し訳ありません。この様な汚らわしい姿で……しかしながらメイド服のままではお体をお流しするのに支障をきたしますのでご容赦ください」

 彼女の身体には痣や傷跡がいくつも見て取れる。

 これは全て[[rb:マルデューク > 前世の記憶が蘇る前の俺]]がつけたものだ。

 しかしながらアビガストはこれは全て自分が至らないが故に作った傷だと独白するシーンが中盤にあるようにどんな些細な癇癪から付けられた傷も全て自分の責任だと思っている。

 そんな彼女に傷の分だけつらい思いをさせてしまっていることをまじまじと感じて心が痛くなり、それ以上は何も言えなかった。

「それでは椅子におかけになってください。お体お流ししますので」

 しかし彼女はそんな事を気に留める様子もなく俺を椅子に座らせ、背中を流し始めた。

 その時俺の身体がびくりと跳ねる

「んひゃぁっ♡」

「どうかされましたか?」

「い、いや……なんでもな……ひぃんっ♡」

 な、なんだこれ……アビガストの手さばきが気持ちよすぎる……! 

 俺の身体が敏感なだけか……? 

 いやそんなはずは……

「いかがでしょうか? 何の取り柄もない私ですがマルデューク様に心地よく成ってもらおうと疲れを癒やすウィラスを勉強してまいりました……ろくなウィラスも使えない私程度の最底辺の者ではこれで精一杯ですが……」

「う、ううん……! 凄く気持ちいいよ」

「そ、そうですか……ここはどうでしょう」

「うひゃぁんっ♡そ、そこ……良いっ……!」

 彼女は背中を流しているだけのはずなのに俺の身体の気持ちのいい場所に的確に何かしらの気のような物を送り込んで俺の疲れを癒やしていく。

 唯一褒められたと言っていたがたしかにこれには非の打ち所がない。

 俺は背中を撫でられるたびに情けない女みたいな(いや女なんだけど……)声を出してしまった。

 そして一通り背中を洗い終わると……

「お次は前の方ですね……新しい洗い方を考えてみたのでよろしければ試させていただけないでしょうか?」

「う、うん……良いよ?」

 新しい洗い方……一体どんな? 

 俺、これ以上されたらどうなっちゃうんだ!? 

 そんな期待と不安が俺の胸の鼓動を更に加速させる。

 するとアビガスとは自分の胸や腹に地球で言うところのボディーソープを塗りたくり始め……

「マルデューク様……こちらを向いてくださいますか?」

「う、うん……」

 言われたとおり俺は彼女と向かい合う様に立つと次の瞬間アビガスとは俺に抱きついてきて彼女の控えめな胸が俺の胸当たってくる

「うわぁぁっ!? な、なにしてんの!?」

 こんな年端のいかなそうに見える子にソーププレイみたいなことさせての元の俺がやられてたら捕まるよ!!! 

「昨日前マルデューク様にこうされた時も私の胸の奥は変になりました……でも今ならこれが嬉しいという気持ちだとわかります。しかしマルデューク様にどうすれば嬉しいと思っていただけるか今の私にはわかりません……こうされたらマルデューク様も嬉しい……ですか?」

 彼女はそう言って俺をじいっと健気そうに見つめてくる

 や、やばい……こんな事されてたらアポカリプス帝国が滅ぶ前に俺が死んじゃう……! 

 俺は男なんだぞ!? 

 こんな可愛い子に抱きつかれて嬉しくないわけが……

 いや待て待て今の俺……いやアタシは女……女だから抱きつかれても変な気分にはならない……! 

 そう頭の中で何度も復唱してみたがやはり胸のドキドキは止まらずなんだか頭がクラクラしてきてしまった。

「マルデューク様?」

「い、いや……なんでもない……なんでもないから……」

「そうですか……それではこの様にして石鹸を塗っていきますね……?」

 そう言うと彼女は石鹸を塗り拡げるため身体を上下に動かし腹と胸を俺に擦り付けてくる

「んんんんんんんん!?!?!?!?!?!?!?」

 さっき手だけでされていた時とは段違いな気持ちよさを身体が駆け巡る。

 多分体全体を使ってその疲れを癒やすウィラスを俺に使っているのだろう。

「どう……ですか……? 気持ちいいですか……? 嬉しいでしょうか……?」

「ききき気持ちよくないわけ……ない…… あぁっ♡やっ♡そこはぁぁ♡」

 色々なことがあったことに対する疲れと今美少女が俺に抱きついて身体をこすりつけてきている事にとうとう脳のキャパが限界を迎えつつある

 ああ……もうだめ……

「そうですか……そう言っていただけると私も嬉しい……です」

 そう言った彼女は少し笑ったような気がした。

 アビガストが俺に笑いかけてくれるなんてこんな事あって良いのか!? 

 そんな彼女を見た時俺の頭の中で何かがぷつりと切れたような音がして……

「ぶはっ!!!!!!!!」

 俺は鼻血を勢いよく吹き出させてしまった。

 ああ……極限まで興奮したときってほんとに鼻血ってでるんだな……

「マルデュークさま……? マルデュークさま……!?」

 薄れていく意識の中俺の名前を呼ぶアビガストの声だけがぐわんぐわんと頭の中に響き、俺は意識を失った。

 

 ああ……こんな刺激的な女幹部生活にただのサラリーマンの俺が耐えられるんだろうか……



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第二話 フラグ回避の落とし穴

「んっ……んんっ〜〜〜ふわぁぁ……よく寝た」

 騒がしいアラームの音が聞こえて目が覚める。

 ここでは朝も夜も無くこの音だけが一日の始まりを告げてくれる

軽く身体を起こして伸びをしてからベッドから降りてまずは日課のスキンケアとメイクを軽くこなしていく。

「よしっ♪」

 鏡に映るその顔は少しケバく思えるがキワモノ揃いの職場では威嚇の意味も込めてこれくらいしておかないといけない。

 それから髪を整えているとドアをノックする音がした

「はーい」

「おはようございますマルデュークさま…… お召し物ご用意しております」

 ドアが開くとその先からいい匂いと共にメイドのアビガストが着替えをいつものように持ってきてくれる。

「おはようアビガスト。いつもありがとう」

「いえ。私にその様なお言葉もったいないです……それではお着替えお手伝いしますね」 

「いいよいいよ。アタシ一人でできるから」

 始めは身につけ方一つわからなかった露出度の高い衣装を彼女から受け取って身につけていく。

「これでよし……っと どう? どこか変な所とか無いかしら?」

「いえ、今日も大変お似合いでございます」

「そっか……よかった。 いい匂いしてるけどご飯の準備は?」

「ご用意出来ております」

「いつもありがとうね。ほんとはそれもアタシがやらなきゃいけないんだけど……」

「滅相もございません。 マルデューク様にそのような事をさせては私の面目が立ちませんからこれからも私に食事をご用意させてください。それではこちらへ……」

 彼女は少し語気を強めてそう言って食堂へ向かった。

 無駄にだだっ広く装飾がされた部屋にぽつんと一人様のテーブルが置いてあり、所定の位置に付く

 

 

「おまたせいたしました。こちら本日の朝食のミババモーゼでございます。付け合せでメバドムスのリムンもご用意しました」

「まぁ! 今日も美味しそうな料理ね。いただきます」

 まずはミババモーゼを一口味わってから窓に映るいずれ我々……いいえアタシの物になる美しい星を眺めながらリムンを傾ける。

 ああなんて優雅な朝のひととき……

 じゃぁない! 

 ああもう慣れすぎて普通に優雅な朝食を楽しんでしまった

 アタ……俺に前世の地球人として社畜生活を送っていた中年男性の記憶が戻ってから2週間くらいが経った。

 人とは恐ろしいもので最初のうちはアラームが鳴るたびに出社しようとしたりトイレで立ちションをしようとしてえらいことになったりと色々女の身体で難儀なこともあったが今はなんとかこのアポカリプス星人のマルデュークとしての生活も板に付きつつある。

 それだけ前世の俺が無個性で周りに合わせるようにしか生きてこなかったからこそなのか単に前世の記憶と今のマルデュークとしての記憶が混ざりあって来ているだけなのか……

 もし後者だった場合俺はじきに元の性格がめちゃくちゃ悪い悪の女幹部マルデュークに戻ってしまうのだろうか? 

 そうなってしまったら悲惨な末路を辿ってしまうというのもあるが何より目の前にいるアビガストをまた傷つけてしまうことになるだろう。

 こんな可愛い子にこれ以上辛い思いはさせたくない。

 第一今の自分がマルデュークに転生した中年男性だという事を証明できるものなんて一つも無いわけでただあるのは前世の記憶、そして子供の頃テレビで見たシャドーVXのストーリーに沿って物事が進行している今の現状くらいなものだ。

 だからこの意思はしっかりと持ち続けないと偶然蘇った前世の記憶なんて不確定なものはいつの間にか消えて無くなってしまうかもしれない。

 とにかく今の俺にできるのはマルデュークが破滅するルートを回避しつつ地球もアポカリプス星も最善の方向へ持っていくことだけだ。

 まずはさっさと朝食を食べてしまわなければ……

 最近はそんなアポカリプス星の食文化にも徐々に慣れては来たのだが目の前に置かれた得体のしれない何か、そしてさっきまで優雅に口に運んでいたグラスに注がれている謎のサイケな色合い液体はやはり到底食べられる物だと思えない。

 ……のだが食べてみるとどれも気味が悪い程に美味しい。

 美味しいけど……食べるほどに地球の食事が恋しくなってくる。

 記憶が戻ってまだ2週間程だから体感としては2週間変な飯を食っていることになるがマルデュークとしてかれこれ200年生きているわけだから200年と2週間地球の食事を食べていないということになる。

なんて長い時間なんだろう。

そう考えると尚更地球の食事が恋しくなってくる。

 ああ……ラーメンとかカレーとか寿司とか食べたいしビールも飲みたい。

 しかしそれらは目の前に見える場所にあるはずなのにあまりにも遠い存在になってしまった。

そんな思いを馳せながら眼の前に広がる大きな窓の向こうの暗闇の中でほんのりと青く輝く星を見つめる。

「いかがなさいましたか? 本日は食欲が優れませんか? それともお気に召しませんでしたか?」

 そんな俺を彼女は心配そうに見つめてくる。

 また変に心配させちゃったかな……

「ああいや……何でも無いの! ちょっと考え事してただけだから! そ、そう! どうやって地球を手に入れようか少し考えてただけで……あははは……」

 嘘は得意な方ではなかったが誤魔化し方も徐々に上手くなってきているような気がする。

 これ以上無駄に心配をかけるわけにもいかず、俺は出された得体のしれない料理を完食し、サイケな色の液体を飲み干した。

「はぁっ……今日も美味しかったわ。ごちそうさまアビガスト」

「そんな……私にはもったいないお言葉です」

「謙遜しないの! こうやって毎日美味しくご飯が食べられているのもアビガストのおかげなんだから!」

 彼女が作ってくれていなければおそらくこれらの料理を口に運ぶことすらしなかっただろう。

 あまり表情を顔に出さない彼女だが俺の言葉を聞いた時少し嬉しそうな顔をしたように見えた。

 あくまで俺がそう思っているだけなのかもしれないけど……

 

 朝食を済ませて身支度を完全に整え、今日も幹部たちが集う会議に俺は出席した。

 会議室の巨大なモニターにはシャドーVXによってものの見事に真っ二つにされたアポカリプスロボ:ジュウソンブが映し出される。

 テレビで見ていた頃よりも大迫力のその映像に俺は圧巻されたが他の幹部や将軍はまるで恐怖映像を見ている様に目を丸くしている。

「くそっ! ヤツは化け物か!? 我々の攻撃を受けても傷一つ付けられんとは」

 イビール将軍はそんな映像を見て机を叩いた。

『ご安心をイビール将軍。 あれは所詮データの収集の為の斥候に過ぎません。 想定通りデータを回収することに成功しております。 現在ゴーレトニグの総力を挙げVXのデータを解析中です』

 ロボット軍団ゴーレトニグを取りまとめる幹部ヘルゴラムは淡々とそう言ったが残り二人の幹部はそれを鼻で笑う

「ふん! 何を言い出すかと思えば見苦しい言い訳か? 鉄屑ごときが笑わせてくれるなよ」

 そう言い放ったのはトカゲのような見た目の幹部ジャドラーだった。

 かくいう彼の怪人も前の作戦のVXとの初戦闘であっさりとやられてしまっている。

 テレビで見ていた時は尺の都合か何かだと思っていたが本当に一瞬で勝負がついてしまいVXの底知れない力を実感させられてしまった。

「二人共見苦しいぞ。将軍、次は我々ヴェアルガルにお任せを……必ずやあの首討ち取ってご覧に入れましょう」

 そう一括した狼のような幹部ドスチーフは自信満々にそう言い放つ。

 まあこっちもあっさり負けちゃうんだけどね……

「ああ。次は貴様の作戦指揮の番だなドスチーフ。貴様の働きに期待しておるぞ」

「はっ……! 仰せの通りに」

 ドスチーフは立ち上がりイビール将軍にアポカリプス皇国式の敬礼をした。

 そして会議は終わるはずだったのだが……

「おいマルデューク!」

「はっ、はいぃ!?」

 突然ジャドラーが俺の名前を読んだ

「最近会議での発言が少ないんじゃねぇか? やる気あんのか? それともシャドーにやられて臆病風にでも吹かれちまったか? 所詮丸腰じゃ何も出来ねぇ腰抜けのゲニージュだもんなぁ?」

 そう言ってジャドラーはわざとらしく笑ってみせる。

 確かに発言が少ないのはその……こんな場で緊張するし変なことを話して粛清なんてことになったら嫌だからで……

 それにしてもジャドラーの体育会系的なノリは本当に会社の上司にそっくりで嫌になる。

 なんで来世でまで同じ様な仕打ちを受けなきゃいけないんだろう……? 

 いやマルデュークならそんな皮肉交じりな言葉に啖呵を切って言い返すんだろうけどやっぱり怖いし……

「止せジャドラー。我々の敵はあくまでVXだ。 無駄に幹部同士で争うでない しかしこやつの言うことも一理あるぞマルデュークよ。 貴様最近様子が少し変わったのではないか?」

 や、やばい……! 

 はい! シャドーに切られた時に前世の記憶を思い出しました! 

 なんてふざけたこと言って許されるわけがないし俺はただ平謝りすることしかできなかった。

「わかっておるならもう良い。 ドスチーフの次は貴様が作戦指揮を取る番だぞ? それまでには体調を整えておくように。 それでは本日は解散とする! マルデュークは少し残れ」

 イビール将軍のその言葉で幹部たちはそれぞれの区画へ戻っていった。

 やっぱり俺の異変に気づかれてる……? 

「けっ……ゲニージュの中では美人なんだろうがちやほやされやがって……」

 去り際にジャドラーは俺を睨みつけてそう吐き捨て出ていった。

 そして会議室には俺とイビール将軍の二人だけに気まずい空気が流れる

イビール将軍からは悪の組織、一つの国の軍をまとめ上げるだけのことはあって凄まじい威圧感が漂っている一体俺どうなっちゃうんだ?

もしかして俺の思惑がバレてこれから処刑されるとか…!?

「マルデュークよ」

「は、はいぃっ……!」

「やはりまだヤツに付けられた傷がよくないのか?」

 イビール将軍からかけられた言葉は叱責や疑念ではなく俺を心配するものだった。

予想外の言葉に俺は腰が抜けてしまいその場で少しよろけたがなんとか必死に姿勢を立て直す

「い、いえそんな滅相もないです! ほらこの通りもう元気いっぱいですよ!」

 俺は大げさにそう言ってみせるが

「ふむ……そうか。儂にはお前の年くらいの娘が居てな、まだ嫁入り前の身体にその様な傷を付けられる事がどれだけ辛いことか少しは分かっておるつもりだ。 しかし指揮がとれないと言うのであれば様にはその代わりアポカリプス星での職務に就いてもらおうと考えておるのだが……」

「しょ……将軍……」

 なんて上司の鑑……! あのクソ上司とかジャドラーとは大違いだ! 

 でもそんな事になったらそれこそテレビで見たマルデュークの最期よりはマシな最期を迎えられるかもしれないけどアポカリプス星諸共宇宙の藻屑になってしまうオチは避けられない。

「どうだ? 悪くないポストを用意してやるつもりだが……?」

「い、いえ! おr……アタシやります! あの憎きVXにこの傷の御礼もしなくちゃいけないし必ずやゲニージュの誇りにかけてVXを倒しあの星を手にれてみせます!!」

勢いで言ってしまったが今はこれ以上の言葉が見つからない。

その言葉を聞いたイビール将軍は安心した様に口に小さな笑みを浮かべた。

「ほう……そうか。 その気概があってこそマルデュークだ。 期待しておるぞ」

「は、はい……! ありがとうございます」

「それともう一つ……」

「な、なんでしょうか?」

「貴様を信用しての頼みがあるのだが地球へ偵察に行ってくれぬか? 予定ではもう移住計画が進んでいてもおかしくない頃合いだったがVXというイレギュラーの発生で計画に大幅な遅れと損害がでている。それだけでなく我々には地球人の情報すらほぼ無い訳だ。数日で根絶やしにする予定だったから調べる必要も無いと思っていたのだが甘く見すぎておったな…… そこでだ。あの星に住む人類によく似た姿の貴様にあの星の調査に行ってほしいのだ。 他の星への観光は貴様の趣味であろう? 調査も兼ねて傷の事を少しは忘れて楽になってくるが良い。 その代わり地球人に関するレポートの提出は忘れるなよ?」

「しょ……将軍……! ありがとうございます! その任務謹んでお受けいたします!!」

 そう言えばマルデュークは地球に何度も訪れて様々な計画を練ってたんだっけ? 

 地球に降りて豪遊する描写もあったような気がするけどそういうことだったのか……! 

 それに傷を案じて任務と言う名の休暇をくれるなんてなんていい人なんだ……! 

 地球人を根絶やしにするなんて考えてなければ本当に良い上司なんだけどなぁ……

「そうか。 では急だが明日出発できるか?」

「はい!」

「良い返事だ。 それでは下がって良いぞ。 本日のうちに地球調査への準備を整えておけ」

「はいっ! 失礼します」

 ということは……地球の飯が食べられる!! 

 やったぁ! 200年と2週間ぶりの地球飯だ!! 

 俺は地球調査の任務に胸を高鳴らせ会議室を後にした。

 

 自室へ帰る途中、廊下でまた戦闘員が何かを話している

「はぁ……首が痛くてたまんねぇよ」

「そうだよなぁ……結構やられた後ここまで戻ってくるのも大変だし帰ってきてもあんなクソ狭いタコ部屋じゃ疲れも取れねぇよ……」

「そうそう……せっかくこのアポカリス要塞で一番広いゲニージュの区画もマルデューク様一人のプライベートな施設が大半を締めてるから俺たちには何も関係ないしなぁ……」

 どうやら部屋が狭いという愚痴のようだった。

 各幹部の部屋はたまに描写されることもあったが戦闘員がどんな所に住んでいるのかは全く描写もされていなかったしマルデューク本人も全く気に留めていなかったので好奇心をそそられる話だ。

「戦闘員のみんな、おはよう!」

 俺はそんな戦闘員たちに元気に声をかけると彼らは姿勢を整え蛇に睨まれたカエルのようにビクリと動かなくなってしまう

「お、おはようございますマルデューク様……本日もたいへん麗しくございます……!!」

「そう? ありがとう。 ねえ貴方?」

「は、はい……! なんでございましょうか?」

「貴方のお部屋見せてくれない?」

「は、はぁ? そそそそんな急に!? 今の私の部屋は誰かに見せられるような状態では……」

「いいのいいの! 散らかってても気にしないから」

 そう言うと観念したのか一人の戦闘員が居住区画へと案内してくれた。

 急に戦闘員居住区画にマルデュークがやってきたものだから一体何事かと戦闘員たちがこちらを見ている。

 辺りはドアが無数に並んでいて壁からかけられていたロープに戦闘員のスーツが干されていたりしてとても生活感の溢れる感じの場所で、ツンと鼻を突く汗の匂いは臭かったがどこか懐かしく、そして悲しくなるような臭いだった。

 

「ここです……本当に汚いですよ……?」

「大丈夫大丈夫俺もそ……じゃないアタシの知り合いもそうだったから。そんなことで殺したりしないわ安心して?」

 戦闘員が手を震わせてゆっくりとドアを開けると四畳もない部屋に色々なものが散らかっていた。

 俺が学生時代に住んでたアパートなんかよりもっと狭く劣悪な環境で寝るスペースを除けばほぼ何も置けないような部屋だった。

「う、うそ……」

「申し訳有りません……事前に仰っていただければ多少は片付けたんですが……」

「だ、大丈夫……ちょっとびっくりしただけ」

 毎週雑に扱われ戦闘に駆り出される彼らの居住空間がこれだけだという事実に前世の俺の姿が重なり胸が痛くなってしまう。

 彼らが話していたようにゲニージュの区画はこの宇宙要塞アポカリスの中でも最も広くスペースが撮られているが大半はめったに使われないマルデューク専用の施設が締めていて知らなかったとは言え自分のせいでこんな事になっているという状況は早急になんとかしなければ戦闘員たちがかわいそうだ。

「ま、マルデューク様……?」

「ごめんなさい……いつも頑張ってるあなた達にこれだけの事しか出来てなかったなんて……よし! 良いわ。アタシのプライベートスペースを一部……いや八割開放しましょう!」

「マルデューク様……? 今なんとおっしゃいました?」

他人に情けをかけるようなことをしないはずのマルデュークからそんな言葉が出たことが予想外だったのか戦闘員たちはお互いに顔を見合わせる。

「アタシのプライベートスペースの八割をあなた達戦闘員に開放するって言ったのよ。プライベートスパも娯楽設備もラウンジも一人で使うには広すぎるし使わなきゃもったいないでしょ? アタシには寝食ができる場所さえあればそれで十分だから」

「う、嘘じゃないですよね……?」

「もちろん! この区画を管理してるのアタシなんだから任せといて! いつも頑張ってるあなた達にそれくらいしてあげないとバチが当たっちゃうから。……でも一つだけ約束して?」

「な、何でしょうか……?」

「危なくなったら逃げてもいいから必ず生きて帰ってきてね」

「は、はいっ! マルデューク様……一生ついていきます!」

「それならよしっ! 戻ったら早速みんなでも使えるように手続きをしておくわね」

 そう言った途端居住区画には歓声が溢れた

「うおおおお!」

「俺の人生まだ捨てたもんじゃなかった!」

「すげえ! あの自己中の化身みたいなマルデューク様が我々にお慈悲を!」

「俺もうマルデューク様の悪口言うのやめます!」

「自分親衛隊入ってもいいですか?」

「俺も入ります!」

「マルデューク様万歳!!」

 話を聞いていた戦闘員たちが一斉に飛び出してきて居住区画にはマルデュークコールがこだまする。

 こんな大勢の人に讃えられるなんてこと今までなかっただけにとても心地が良い。

 やっぱり上司は部下をこき使うだけじゃダメなんだよな。

 しっかり褒めるところは褒めて働きにはしっかり報酬を返さないと。

 

 そんな歓声を背に俺は自分の部屋に戻り、区画を管理する端末を使って俺しか入れないような部屋を言った通り八割ほど開放した。

 というかいつ使うのかもわからないし本編でも出てこなかったようなプライベートルームあったのかよ多すぎだろ……こんなに要らないよ。

「んんっ〜! やっぱ良いことをすると気持ちがいいなぁ」

「マルデューク様……? 本当によろしいのですか?」

「もちろん! だって毎週みんな頑張ってくれてるんだからこれくらいしなきゃ。それにどうせ使わないなら必要としてる人達に使ってもらったほうが良いじゃない?」

「マルデューク様がそう仰るのでしたら良いのですが……」

「あっ、そうそう! アビガスト? 明日地球に降りるんだけど……」

 ん? ちょっと待て? こんな感じの話の展開があったような……

 そうだ思い出した! 

 たしか荷物持ちとしてアビガストも一緒に地球に降りるんだけど途中でマルデュークが買い物になりすぎて町ではぐれちゃう話があったような……

 それで最終的に迷ったアビガストを助けたのはシャドーVXこと月影瞬……ここで二人が初めて出会って言うなればフラグが立つってことなんだろうけど……

「明日地球に降りる……ですか?」

「え、ええ……あーでもアタシ一人で降りようかなって」

「いけません! マルデューク様一人で敵地に降り立つなど……私もお供します」

 そう語気を強めて言った彼女はどこか真剣そうに見えてそんな目で見られたら留守番をしておけだなんて俺は言えなかった。

「う、うん……わかった……わよ。 それでも条件があるわ」

「条件……? なんでしょうか?」

「絶対アタシから離れちゃダメだからね?」

「はい。もちろんです」

 

 よしそうと決まれば地球に降りる準備……前世ぶりの地球かぁ……なんかそう考えるとワクワクしてきたな。

 と言っても2週間前にシャドーを捕まえるために一回降りてるけどその時は俺の記憶もまだ蘇ってなかったわけだし

 でも流石にこんな格好で降りたらVXに見つかる前に痴女扱いされて捕まっちゃうし……

 でもマルデュークって地球に降りるたびになんか変装……というかコスプレしてたよな? 

 あれもウィラスでどうにかしてるんだろうか……? 

 しかしマルデュークとしての記憶をたどってもテレビで見たシャドーVXの記憶をたどってもそれらしい方法で服を着替えるようなことはしていない様な……

 実際そんな便利な方法で服を着替えられるならわざわざ毎朝アビガストに着替えを用意して貰う必要もないし……

「ね、ねえアビガスト? アタシって変身するウィラスとか使えた……かしら?」

「……? いえ。マルデューク様がその様なウィラスを使えるのはお仕えしてから一度も見たことも使えるという話を聞いたこともありません。 お役に立てず申し訳有りません……」

「ああ良いの良いの! 謝らないで! アビガストは何も悪くないから!!」

 しかしそれならあの毎回変わる服って一体……

 もしかして毎回自前で買って着替えてたのか? 

 変装というより趣味だったのかあれ!! 

 それなら地球に降りてあれだけ買い物してた理由も納得だし今後のために変装用の着替えは買っておかないと支障も出る! 

 でもそうなると……

 やはりクローゼットを開けてみるがどれも地球人からすれば奇抜なデザインで露出度が高いものしか入っていない。

 ほんとマルデュークの趣味はどうなってんだよ……いやこの場合マルデュークの趣味というよりVXの監督の趣味なのか? 

 こんなん着て町なんか歩けないし……

 じゃあマルデュークは一体地球に降りた時どうしてたんだ? 

 いや多分マルデュークの事だしこの格好で町を歩いて着替えたんだろうなぁ……

 今の俺にそんな度胸は無いし……

 そうだ! アビガストの服を借りよう。

 まだこの変な服よりはメイド服の方がマシだろう。

「ね、ねえアビガスト? そのお洋服一着アタシに貸してくれないかしら……?」

「……? これ……ですか? かしこまりました。明日までにはご用意いたします。それでは私は夕食の準備がありますので失礼します」

 アビガストはそう言って部屋を出ていってしまった。

 問題はサイズ……(主に胸とか)だけど向こうで適当な服買って着替えれば良いや。

 ……そうだお金! 

 お金はどうやって用意すれば良いんだ? 

 今日本円なんて持ってないし……

 流石に地球に降りたはいいけど何も出来ずに帰ることだけは避けないと……

 そうだ! 

 ふとマルデュークとしての記憶から良いものがあることを思い出した。

「えーっとこの辺に……あった」

 クローゼットの隅にそれはしっかりと置いてあった。

 マルデュークが飽きた宝石類のアクセサリーだ。

 売れるかどうかはわからないけど地球では取れない貴重な石のはずだし多少は高値に換金できるのではないだろうか……? 

 身分証とかはないけどそこはマルデュークのウィラスで人を操れば……

 よし! その手で行こう! 流石に盗みを働くわけにもいかないし変に目立てばVXに捕捉されるリスクも上がるしなるべく穏便に……

 ああでも明日地球に帰れると思うと本当に楽しみだなぁ……

 他にも色々準備しなきゃ……! 

 俺は胸を踊らせて明日に備えることにした。

 

 そして地球調査の日、今日はアラームがなる前に自然に目が覚め、軽くシャワーを浴びて日課をこなし、メイクは少し薄めにしてアビガストを待つ。

 しばらくするとアビガストが手にメイド服を持って部屋にやってきた

「おはようございますマルデューク様。こちらご用意しました」

「ありがとアビガスト! 早速着るわね。んっ……? あれ……?」

「あっ、マルデューク様、ここはこうでございます」

「あっ、そっかありがとありがと……」

 アビガストの助けを借りて俺はメイド服に身を包んでいく。

 鏡に映ったそんな自分の姿を見るといつもは奇抜な服だっただけに逆にこういう服を着ると女装してる気分になってなんだか恥ずかしい。

 そしてなんとかメイド服に着替え終えたのだが胸とお尻が少しキツイくらいで思ったよりキツくはない。

「アビガスト? これ本当にあなたのメイド服?」

「はい。しかしそのままですとサイズが合わないかと思い昨晩仕立て直しておきました」

 そういった彼女の目の下には小さな隈が出来ていて夜なべをして用意してくれた事が伺えた

「ありがとうアビガスト……でも目に隈ができてるけど大丈夫なの?」

「ええ。一日寝ないなんてことは今までもありましたし問題有りません。それよりもそちらの服……いかがでしょうか? マルデューク様の様な高貴なお方が使用人の服を着るなどと思いましたが……」

「うん! サイズもぴったり合ってるしアビガストが丹精込めて仕立て直してくれたと思うと尚更嬉しいわ!」

「そう……ですか」

「でも意外ね。こんなにお裁縫が上手だなんて知らなかったわ」

「はい……いつも折檻の時にできる服の破れ等を直している内に上達しました。以前マルデューク様の使用人である以上身だしなみはきっちりとしろと仰られていらっしゃいましたので」

 それってつまりマルデュークが毎度毎度アビガストを痛めつけてた時に出来る服の破れとかを自分でその後直してたって事だよな……? 

毎回服がボロボロになるまでやられても次の週には直ってたのってそういうことだったのか

 うう……マルデュークはどこまでアビガストにひどい仕打ちをすれば気が済むんだ……

「ごめんね……」

「なぜ謝るのですか?」

「いつも辛い思いばっかりさせてたからだよ」

「辛い……? 私にはよくわかりません。折檻も全て私に原因があることですし」

「そんな事ないよ! いくらなんでもやりすぎだと思う……いや、やりすぎだった……よね」

 それ以上アビガストはそのことについては何も言わなかった。

 

 そして要塞から怪人を送り出す転送装置のある部屋まで歩いている途中昨日より人通りの多くなった廊下で戦闘員たちとすれ違う。

彼らは早速開放した施設を惜しげもなく使ってくれているようだ。

そんな戦闘員は驚いたような素振りを見せてこちらを見てくる

「おいおいマルデューク様が使用人の服着てるぞ!」

「いや〜眼福眼福。怒られるかもしんないけどいつもの服より似合ってんな……結構有りかも」

「あのマルデューク様が使用人の格好をしているギャップよ……」

「おいこらあんな下級な役職のヤツが着る服を似合うなんて言ったら何されるか……」

 そんな話し声が聞こえてくるので笑顔で手を振ってやった。

「マルデューク様……やはりその格好はお辞めになったほうがよろしかったのでは……?」

「なんで? 良いじゃない可愛いんだし」

「ですがこれは……」

「良いの良いの。階級とか関係なし! それにアタシの身分を隠すにはもってこいな衣装でしょ?」

「そう……ですね」

 そんな話をアビガストとしながら転送装置のある部屋へ着くと事情を聞いていた戦闘員が既に準備をしてくれていた。

「もう準備は完了していますが本当にマルデューク様直々にお出向きになられるのですか? 前回地球で大怪我も負われていますしこんなことは我々の仕事ですよ」

 

「ええ。もちろんアタシが行くわ。行かなきゃいけないのよ!」

 そう。今後の計画の為、そして地球の……日本の飯を食べるために! 

「そうですか……それではご無事で! 転送システム起動問題なし。 それでは転送します! 地球時間の0時丁度同じ場所転送地点を用意しますのでそれまでには転送された場所に戻っていてくださいね!」

 

 戦闘員がボタンを押すと俺とアビガストを光が包み、気がつくとどこかの路地裏に立っていた。

 俺は軽く深呼吸してみるととても懐かしい臭いが鼻から入って抜けていく。

 ここはまちがいない……! 

「…………地球だ!」

 少し気になることもあるしとりあえず……

「アビガスト! 付いてきて」

 俺はアビガストを連れて街に出るとそこはどこか少し古臭い日本の東京の様な町並みをしている。

 町ゆく人々のファッションも少し古臭いようなそうじゃないような……

 町を歩いているとどこか子供の頃にタイムスリップしたようなどことなく懐かしくそれでいて違和感があるようなにぎやかな町並みが続く。

 この服装のせいか町行く人からの視線が気になって恥ずかしい。

 そんな視線をくぐりながらコンビニが見当たらないので結構探すのに手間取ったがやっとのことで売店を見つけ軽く新聞を立ち読みすることにした。

 これやってみたかったんだよなぁ……タイムスリップモノとかで今が何年なのか知る為に新聞読むやつ……! 

 えーっとなになに……? 

昭和 6X年?

63年って何年だ……?

 脳内で自分の生まれ年から計算をしてみるとその年は間違いなくVXが放送されていた年だった。

 俺は新聞を睨みつけていると

「ちょっとお客さん! 新聞の立ち読みはウチでは遠慮してもらってるんだけどなぁ」

 店の親父もこちらを睨みつけていた

「あっ、ごめんなさい……あのえーっと……今って1988…年なんですよね?」

「はぁ? 何当然なこと言ってんだ。ほら買うなら買う! 買わないならさっさと帰んな」

「は、はい……! ありがとうございました!」

 無一文だしこれ以上文句を言われるのも面倒なので俺は軽く頭を下げ逃げるようにその売店を後にした。

 確かに当時と同じ昭和 63年だけどVXが実際に存在しているということは俺が居た世界とは違う平行世界ってことなんだよな?

 いや今はこれ以上考えても仕方ない! まずはお金だお金! 

 地球で使える通貨を手に入れないと何もできない。

資金を調達する為アビガストを連れ町を歩いて宝石なんかを買い取ってくれる店を探すと結構すぐに見つかった。

というかあちらこちらに金や宝石や金券を買い取る店が見て取れた。

 ひとまずその中から一つを適当に選んで入って持ってきた宝石を買取りに出してみると……

「ふむふむ……これは珍しいですね。 この大きさのものはなかなか取れませんよ」

「そ、そうですか……」

「それではこのくらいでいかがでしょうか?」

「えっ!? こんなに? 売ります売ります!!」

 そこには予想外の金額が表示されていたので俺は即座に首を縦に振った。

「それではすみません、身分証の提示をお願いします」

 やっぱり来た……それはもう予想済み! 

「え、ええ……それより前にアタシの目をみてくださらないかしら……?」

「目……ですか?」

 俺と目を合わせた宝石商の目が徐々にうつろになっていく

 やっと転生モノらしくなってきた! 

 これがマルデュークの能力で人間を少しだけ操る事ができるんだ! 

「身分証は最初にお見せしましたよね?」

「はい……確かに拝見しておりました……」

 宝石商は平坦な口調でそう言って買取は成立した。

 見様見真似で試してみたけどなんとか成功したらしい。

 正直ちゃんとこの能力が使えるのか最後まで内心ドキドキしていたくらいだ。

「はぁ……よかったぁ……ちゃんと使えた……」

「マルデューク様……? 何故あの力を使ってお金を巻き上げなかったのですか? わざわざご自分の宝石まで売りに出さずともよかったのではないでしょうか?」

「ううん。そこはちゃんとやらなきゃダメ。盗みなんてやって後で騒ぎになったら大変だから」

「そうでしたか……私の思考が足りていませんでした申し訳有りません」

「いいのいいの。多分少し前までのアタシならそうしてただろうし……それにしてもこれだけお金があれば一日で使い切るのは難しいかも……あっ!」

 俺はクレープ屋の屋台を見つける。

 クレープか。

 食べたこと無いけど女の子が好きそうだよな……

「アビガストお腹空いてない? ちょっと待ってて」

 俺はクレープを2つ買って一つを彼女に手渡した。

「マルデューク様……? これは一体……」

「クレープっていう食べ物だよ」

「クレープ……こんなもの本当に食べれるのですか?」

 アビガストはクレープを睨みつけて怪訝な顔をする。

 そりゃこっちからしたらアポカリプス星の食べ物がみんなそんな感じに思えるんだし向こうからすれば地球の食べ物がそう見られてもおかしくないか……

「ご、ごめん……あんまり美味しそうじゃなかった? それなら無理に食べなくても……」

「いえせっかくマルデューク様が私にくださったものですしこれは大事に保管しておきます」

 それはそれでクレープが本当に目も当てられないものになりそうだからできれば食べてほしいんだけどなぁ……

「大丈夫大丈夫ほら美味しいから騙されたと思って食べてみて? あむっ……んんっ!!!」

 口に広がるバナナの甘みとチョコの苦味……それを包み込むような生クリームと生地……

 ああ……アポカリプス星では味わえない味……まさかバナナがこんなに美味しいと思えるときが来るなんて……

 俺は知らず知らずのうちに涙を流していてそれを見たアビガストは心配そうにこちらを見ている

「どうされたのですかマルデューク様……? やはりこんな星の得体のしれない食べ物を召し上がって何か体調をお悪くしたのではないですか……?」

「ち、ちがうよ……! これすっごい美味しくて……ああ……クレープってこんなおいしい食べ物だったんだなぁ……」

 俺は涙をポロポロ流しながらクレープを頬張っているとアビガストも恐る恐るクレープを口に運んだ

「んっ……!! な、なんですかこれは……甘くて美味しい……です」

「そうでしょ? 大丈夫。美的感覚はぜんぜん違うけど味覚は似たようなものだから」

「何故マルデューク様はそれほど地球に詳しいのですか?」

「あ……えーっと……そう! あれよ! 一応これから侵略する星なんだしちょっとくらいは予習しておこうと思って調べてたのよ!」

「そうでしたか……マルデューク様のその勤勉な所……見習いたいです……これ……一口食べたら止まりません!」

 アビガストもいつの間にかクレープを平らげていた。

 それから町を歩きながら久々の地球を満喫しつつ服屋を周り、ひとまずは企業に女性社員として潜入できるよう女性用のスーツを買ってそれに着替えてみる。

「どうかしら……?なんか変なところとかない?」

「それが地球人の正装なのですね……とてもお似合いですが何やら地味な印象を受けます。喪服ではないのですか?」

「喪服……た、確かに黒っぽいからね……」

そんなアビガストの受け答えを聞きながら試着室の鏡を覗き込むとそこにはスーツ姿のマルデュークの姿がある。

それにしてもやっぱ凄い胸だな・・・少し余裕のあるのを選んだはずなんだけどそれでもこんなになるなんて…お尻もスカートがラインを強調するせいでただのスーツのはずなのに凄くエロいぞ?

会社にこんな同僚が居たら目の保養になってもう少しはマシに働けたかも……?

「マルデューク様? いかがなさいました?急に頬を緩ませて」

「あ、ああいやなんでも無いの…… さ、他にも色々回りましょ!」

 スーツに着替えてもやはり町ゆく人々の視線が変わりなく気になるのは俺の自意識過剰なんだろうか……?

それからも町で買い物や散策を続け店を何件かハシゴして一通り変装に使えそうな衣服やメガネそして普段着れるような服を買い足していく。

 他にも完全にコスプレになってしまうだろうがチャイナ服やバニースーツなんかも勢いで買ってしまった。

 結構服選ぶのって楽しいかも……

「うーん……こっちとこっち……どっちがいいかなぁ?」

「どちらもマルデューク様ならお似合いだと思います」

「そう? それじゃあ試着してみちゃおうかしらね〜」

 俺は鼻歌交じりに選んだ服を持って試着室へ向かい服を試着して鏡を見るとそこには嬉しそうな顔のマルデュークが映っている。

 あれ……? 何で俺こんなにノリノリで女物の服選んでるんだ? 

 もしかして前世の俺としての記憶とマルデュークの記憶が混ざり始めててどんどん思考がマルデュークに近づいてきてるんじゃ……いやいやいや! そんなはず……

 脳裏に浮かんだそんな憶測を否定しようとしたが完全には否定できずにいた。

「もしそうならこれからどうするんだマルデューク……」

 俺は目の前にいるマルデュークに問いかけるがもちろん答えは返ってこない。

 少なくとも今のマルデュークは確かに俺なんだ。

 この俺の記憶がいつまで保つのかはわからないけどそれまでは俺にやれることをやらないと……

 絶対お前みたいな最後は辿らないからな! 

 俺は鏡に映った悪の女幹部を睨みつけ試着室を飛び出した

「どう……かしら?」

「はい。とてもお似合いです」

「それじゃあこれにしようかしら。あっ、そうそうアビガストのお洋服も買ってあげる」

「そ、そんな……私は間に合っていますから」

「良いの良いの。遠慮しないで! 何でも好きなの買ってあげる。地球に潜入してる間もアタシの横に立っても自然に見える服を買わなくっちゃ……ね?」

「はい……マルデューク様の指示とあれば」

「さっきこの服見てたでしょ? 気になるの?」

「い、いえ……私にその様な服似合うわけがありません」

「そんな事ないわよ! 絶対似合うし試着だけならタダよ!」

「で、ですが……」

「良いの良いの気にしないで。アタシがやりたくてやってるだけだしいつも頑張ってくれてるお礼みたいなものだから」

 やっとアビガストにそれらしいお礼が出来る上彼女の色んな姿を見れるチャンス……これをみすみす逃してなるものか! 

「ささ……そうと決まれば着替えた着替えた! 試着室の使い方はわかる?」

「は、はい……少し形は異なりますがアポカリプス星で使われているものと大差ないようですし……」

「そうと決まればほら! ちょっとこれ着てアタシに見せて」

 俺は半ば強引にアビガストに服を持たせ試着室へ押し込んだ。

 それからしばらくしてゆっくりと試着室のカーテンが開き可愛らしいワンピース姿のアビガストが現れる。

いつものメイド服と違いこれならなんら他の少女と変わりなく町を歩けるだろう。

「あの……マルデューク様……一応着ては見ましたが……」

「うん! 良い!」

「マルデューク……様?」

「やっぱりアビガストは可愛いから何着ても似合うよ!」

「そう……ですか?」

「うんうん! で、着心地はどう?」

「着心地……ですか? この生地はアポカリプス星の物にも引けを取らない良い生地ですね。機能性も悪く無さそうですし……」

「そっか。それなら良かった。 店員さーん! これも追加でお願いします!ねえねえアビガスト?この服なんてどう?」

俺はそのままアビガストに似合うような服を選んでは試着をさせ、一日中ショッピングを楽しんだ。

 服なんて着れればいいと少し前(いや厳密には200年と2週間くらい前か)までは思っていたがこの身体のせいなのかマルデュークとして200年行きてきた感性からかこんなに服選びに時間をかけるなんて思わなかった。

これも俺がマルデュークになった影響なのかもしれないが今こうして楽しいと思えている感情を俺は否定したくない。

それに押し付けがましいかもしれないがアビガストにもこういうときだけでも普通の女の子として接してあげられれば良いなと思う。

「はぁ……いっぱい買っちゃった……わね」

「マルデューク様……私の分までこんなに買っていただいて本当に良かったのですか? それに荷物も全て私がお持ちします。そのために私は付き添っているのですから」

「いいのいいの。これくらい運動よ運動!」

 若い身体だからかこれまで少ない休みも一日中動き回る気力すらなかく部屋で寝ていたら終わっていたような生活を送っていた俺だったが今はこうして大荷物を両手いっぱいに抱え年甲斐もなくはしゃぎながら歩いている。

 ああ……若いっていいなぁ……

まだまだ全然遊べるくらいには体力も残ってるし、それに美人だしこんなかわいい美少女と買い物できるなんてそれなりに前世で徳を積んでたってことかな……? 

 そんなとき俺の腹がグウと鳴るのが聞こえる

「あっ、ごめんなさい」

「いえ。私は何も聞いていません…… それはそうといつもならばそろそろお夕飯の時間ですね」

「そうね…… あっ、あそこなんてどう?」

 俺は有名なラーメンチェーン店を見かけたのでそこを指差す

「あれも……食べ物なのですか?」

「ええもちろん! 日本では嫌いな人を探すほうが難しいくらいの食べ物なんだよ……じゃなかった食べ物よ! 行きましょ!」

 空腹のせいで眼の前のラーメンで頭が一杯になり、俺はアビガストの手を引いてラーメン屋に入った。

 

 ラーメン屋に入ると立ち込める独特のスープの香り……それにこの妙にぬめぬめした床……嗚呼すべてが懐かしい……

 俺が感動する横でアビガストはまた怪訝な顔をしている

「アビガスト大丈夫? もしかしてこういうの苦手?」

「い、いえ…… マルデューク様がお召し上がりになりたいのであれば私もお供させてください……」

 そう言った彼女の顔は明らかに無理をしている。

やはり地球に来て初めての夕飯がラーメンというのは少しハードル高かったか?

「ね、ねえ本当に大丈夫……? 無理なら他のご飯にする?」

「私のことなど気にせず召し上がってください……!!」

 アビガストは少し語気を強めてそう言ったので俺は彼女の好意に甘えることにした。

 

「すみませーん! ラーメン大餃子定食麺ちょい硬野菜ニンニク増しで……アビガストは……」

 アビガストの方に目をやると首を横に振ったのでひとまずそれだけをオーダーした。

 それからしばらくして俺の目の前にラーメンと餃子とライスが運ばれてくる

「うわぁ〜!」

 200年と2週間ぶりのラーメンだぁ……

 俺の口からは自然と声が漏れ出していた。

「いただきまーす!」

 早速胡椒を軽く振りかけ割り箸を割ってラーメンに手を付けようとした時

「お待ち下さいマルデューク様……! ご無礼をお許しください」

 突然アビガストが俺の手を止めた

「な、何?」

「やはりまともな食べ物には思えません…… 私めに毒味をさせてください」

 そりゃアビガストからしたら得体のしれないもの食べようとしてるんだから心配されて当然か……

 俺、もしかしてマルデュークとは別ベクトルでアビガストに無理させてる? 

「だ、大丈夫よ! 普通のラーメンだから……!」

「いえなりません…… マルデューク様にもしものことがあれば私は……」

 そんな彼女の気迫に負け、毒味をお願いすることにした。

「それでは……」

 アビガストは恐る恐る蓮華にスープと麺を乗せゆっくりと口へ運ぶ

 その顔は恐怖からなのか歪んでいるように見えたが意を決したように口の中へ入れた……

「んんっ…………!」

「あ、アビガスト……? 大丈夫?」

「あ、あの……これ……」

「どうしたの?」

「ボポルパッゼに似た深みのある味わい……それにこの歯ごたえのあるもちもちとした食感……マルデューク様? もう一口頂いてもよろしいですか?」

「え、ええ……」

「マルデューク様……! 確かに直接的な毒性は無いようですが……やはりこれは危険です……食べたいという欲求が収まりません……中毒性があるかもしれません……あのもう一口……」

 どうやらラーメンの魔力に即堕ちしてしまったらしい、

ラーメン恐るべし……

「すみませーん! ラーメン大盛り麺ちょい固ニンニク野菜増しもう一つお願いしまーす! はい。これ全部食べていいわよ?」

「そんな……良いのですか?」

「ええ。 もう一つ頼んだから」

「そ、そうですか……それではお言葉に甘えて……」

 そう言うと堰を切ったようにアビガストはラーメンを蓮華で掬って食べ始める。

先程までの顔が嘘のように淡々とラーメンを啜る彼女の姿が微笑ましく見えた。

 よかった。ラーメンはアポカリプス星でも通用するんだな。

 元地球人として誇らしいよ。

「あのねアビガスト。これはこのお箸っていうので挟んで食べるの」

「オハ…シ?ですか?」

「ええ。指でこうやって挟んで…」

「こうですか?」

「そうそう。飲み込み早いわね!さすがよ」

 アビガストに箸の使い方を教えているうちに運ばれてきたもう一杯のラーメンを俺はポロポロと涙を流しながら平らげ、結局アビガスト共々替え玉までして久しぶりのラーメンをこれでもかと言うほどに堪能して店を出た。

「ふぅ……食べた食べた……」

 アポカリプス星の料理も不味くはないんだけどやっぱ地球の飯がいちばんだなぁ……

 それに服とか色々買えたしアビガストと月影瞬のフラグも発生させずに済んだみたいだし今日は最高の1日だった。

「申し訳有りませんマルデューク様…… 私、マルデューク様を差し置いて我を忘れてしまって……いくらでも私に折檻してください」

「そんなことするわけ無いでしょ? 地球の料理を楽しんでくれたみたいで嬉しいくらいよ」

「……何故これから根絶やしにする星の文明をこれほど楽しんでいるのですか?」

「……えっ?」

 そうだ。俺……いやアポカリプス皇国は人類を根絶やしにして滅びゆく母星の人々を移住させる事が目的。

 そこに元あった星の文化など邪魔でしかないものだ。

確かに彼女からしたら不思議で仕方なかったのだろう

「……好き……だからかしら? この星の文化も……アポカリプス星も」

「好き……? ですか?」

「ええ。なんだか懐かしいのよ……アビガストは地球どうだった?」

「……はい。 もっと野蛮で下等だと聞かされていましたがここに居る人々も我々ゲニージュと変わらず……いえ我々よりも自由に生きている事がわかりました。 それに食事も見た目は少々気になりましたがとても美味しかったですしこのまますべて無くしてしまうのは少々勿体ないとそう感じました」

「……そう。アビガストも楽しんでくれてたみたいでアタシも嬉しい!あっ、そうそうボポルパッゼ? だっけ? それってどんな料理なの?」

「あっ、はい……私の出身近くの郷土料理で何度かしか食べたことはないのですがヴェアルガルやドジャーリを生きたまま三日三晩大鍋で煮詰めたスープですがあのラーメン……? というものからはボポルパッゼに似た深みと煮込まれた者たちの怨嗟のようなものを感じました。身体に染み込むような味です」

「うぇっ!?」

 確かにラーメンも色んな動物とか煮詰めてるけど……これ以上想像するのは辞めておこう

「そ、そうなんだ……それよりまだもう少し時間あるけどこれからどうしようか?」

 そう言った次の瞬間

「何何何ぃ〜お姉さんたち暇なの? そんな大荷物持っちゃって」

「俺達も暇しててさぁ」

「俺達と楽しいことしない? 荷物持って送ってあげても良いけど?」

 見るからにチャラい三人組が話しかけてきた。

 うう……こういう奴ら苦手なんだよな……

 アビガストはそんな三人組から俺を守ろうとしてくれているのか俺と三人組の間に割って入ってはいるものの傍から見ればただ非力な少女が俺と三人組の前に立っているようにしか見えず

三人組は意に介していない。

「あ、あの……私達行く所があるので……ごめんなさい」

 そうそう。ここは穏便に穏便に……

 三人組を交わして逃げようとするが一人が俺の腕をグッと掴んできた

「ひぃっ……!」

「さっきまだ時間あるって言ってたじゃん! いいじゃんか遊ぼうよぉ」

「離しなさい……この御方は……」

 アビガストがその腕を離そうとするが非力な彼女ではそれは叶わず

「ん? 何ソイツの手なんて持っちゃって……やっぱ遊びたいんじゃん?」

 もう一人がそう言ってアビガストの手をとった

「や、やめろ……! その子に手を出すな……!」

 必死にそう言ってみたがこの高い声と震えのせいで全く迫力が出ず、それどころか三人組はゲラゲラと笑い始めた

「何? 脅してるつもり? 全然怖くないんだけど?」

「いいじゃんいいじゃん。お姉さんが良いって言えば悪いことはしないって」

「そうそう!ちょっと遊ぶだけじゃんか」

 どうしようこのままじゃ……

 マルデュークならきっと「下等な生物の分際でアタシに話しかけるなんて良い度胸ね!」とか言って三人を八つ裂きにするだろうけど……

 そんな事を考えると手にエネルギーが集まってじんわりと熱くなるのを感じた。

 きっと身体が思った通りの事をしようと力が手に集まってきてるんだ。

 いやダメだ! そんな事やったら騒ぎになるし……何より俺は人殺しなんてしたくない……

 うう……どどどうすればいいんだ……早く考えないと……せめてアビガストだけでも助ける方法は……

 思考を巡らせていると

「あっ、こんなとこに居たのか! おーい」

 聞き覚えのある声がこちらに近づいてきた。

「つ……月影瞬!?」

 声の方に目をやるとそこには装鋼騎士シャドーVX……月影瞬がこちらに向かって走ってきているではないか!

そりゃこの町でアビガストと出会う筋書きがあったんだから居て当然だったんだ。

 でもなんでこっちに来てるんだ!?それも俺を知ってる感じで…もしかして俺がアポカリプス皇国の女幹部マルデュークだと知って!? 

「何お前? 俺達これからこのお姉さんと楽しいことしようとしてるとこなんだけど」

「ごめんごめん待たせちゃった。 あの……この子達は俺と待ち合わせしてたんだけど? さ、行くよ!」

 瞬はあっという間に俺と三人組の間に割って入ると俺とアビガストの手を引いて走り出した。

「おいちょっと待て!」

訳もわからないまま瞬に手を引かれ3人組の姿がどんどん遠くなっていく。

一体俺たちをどこに連れてく気なんだ?

「えっ、ちょ……ちょっと!!」

「いいから! 俺にちょっとだけ合わせてください」

 瞬は俺の不安もよそに耳元でそう囁いてくる。

 その時俺の身体にゾワゾワとなにかが走り、鼓動が徐々に高まっていくのを感じた。

 しかしそんな事などお構いなしに瞬は俺とアビガストの手を引いて走っていく。

それからしばらく瞬に手を引かれ、三人組が見えなくなる事を確認すると瞬は立ち止まった。

 一体俺とアビガストをどうするつもりなんだ…?

「ふぅ……ここまで来たらもう大丈夫かな?ごめんなさいお姉さん達、急に知り合いのフリしてそれに手なんて引いちゃって。もうアイツら追っかけて来てないですよ。」

少し身構えていたが瞬は笑顔でそう言った。

そこに敵意や疑念は感じられずただただ俺たちを助けてくれたようだ。

「えっ ?助けてくれたんですか?」

「ええ。俺、困ってる人が居たら放っておけないんです。今回はちょっと強引でしたけど」

 どうやら俺の正体はバレていないようで、それどころか単に困っていそうだったから助けてくれたなんてやっぱり月影瞬は俺のあこがれのヒーローだ。

 ……そんな瞬の笑顔に俺の胸はさらに高鳴り顔が熱くなるのを感じた。

 何? この感じ……走ったからか……? 

「あ、ありがとうございます……助けていただいて」

 

「あっ、そうだ。お姉さん俺の名前知ってたよね?どこかで会ったことありましたっけ?」

 マズい……! とっさに口から出てしまったが俺が瞬の事を知っているのは不自然だし受け答えによっては俺の正体がバレてしまうかも……

「えっ!? あ、えーっと……新聞とかでお見かけしたことあったんで……」

「あー……そっか……一応陰ながらやってるつもりなんだけど一年もやってたら多少は有名になるか……ところでお姉さん? やっぱりなんか見覚えある様な気がするんだけど」

 そう言って瞬が急に俺の顔を覗き込んできた。

 しゅ……瞬の顔がこんな近くに……! 

 ああやっぱり近くで見てもかっこいいなぁ……でもなんだろう……じっと見つめられてたらなんか恥ずかしいし……まるで頭が沸騰する様に熱くなっていく。

 それになんだ……なんか身体の奥のほうがきゅうってなって……

 だ、ダメだ……! このままじゃ俺変になる……!! 

「ご、ごめんなさいっ! 助けてくれたことは感謝してますっ!! でも今日のことは忘れてください!さよならっ!!」

 俺はとっさにアビガストを連れて一目散にその場を逃げ出した。

 

「はぁ……はぁ……」

 俺一体どうしちゃったんだろう……? 

「マルデューク様……大丈夫ですか? まさかあんな無礼な地球人が居るとは思いませんでしたね……特に四人目の男……マルデューク様になんと無礼な態度を取るとは……」

 どうやらアビガストはなんともないらしい。

「えっ、あの……しゅ……じゃない四人目の人の事……?」

「ええ。不遜で最低だと思います」

 あれ……? 装鋼騎士シャドーVXで最初にでアビガストが瞬と出会った時の印象は「温かい感じがして自分までそうなっている気がする」だったはずなのに寧ろそう感じているのはどちらかと言うと今の俺の方で…

 もしかして……アビガストと瞬のフラグが立たなかった代わりに俺と瞬の間にそういうフラグが立ってしまったのか!? 

そんな…

 いや……俺はこんな身体だけど一応男で……男で……

俺が瞬の事…確かにずっと前から好きで憧れてはいたけどこんな感情じゃ無くて…

これじゃあまるで本当に女みたいだ。

 俺の目下には大きな胸とゆらゆら風で揺れるスカート、それに両手いっぱいの女性ものの服……

 これじゃ男だって言っても説得力が無いし何より俺……今日一日ずっと女として楽しんでたじゃないか……

 俺……心までマルデュークに……女になってきてるのか……? 

 そんな不安は結局解消されることはなく、俺とアビガストはアポカリス要塞へと戻った。

 

「はぁ……疲れた……」

「マルデューク様……地球調査の任務お疲れさまでした」

「え、ええ……ありがとう」

「ふわぁ……あっ!申し訳有りませんマルデューク様の前でこの様な粗相を」

 アビガストが大きなあくびをした。

 そりゃ徹夜した上見ず知らずの異星で一日連れ回されたんだし疲れて当然だよな

「気にしないよ。疲れたよね?ごめんねアビガスト……一日中連れ回して」

「……いえ。マルデューク様のあんな楽しそうなお顔……久しぶりに拝見でたので私もうれしい……です。 それではそろそろシャワーの用意をいたします……あっ……」

 アビガストは立ち上がるとバランスを崩してしまう。

 俺はとっさに彼女を受け止めた

「す……すみません……少しめまいがして……役たたずでごめんなさい……」

 アビガスとは必死で身体を起こそうとする。

 なんだかその姿が痛ましく思えた俺は

「アビガスト? シャワーはもう少し後でいいから。少し休憩しましょう?」

「……いいのですか?」

「ええ。今日は一日付き合ってもらったお礼」

「ありがとう……ございます……それではもう一つ良いですか?」

「ん? 何かしら?」

「少し……もたれかからせてください……」

アビガストがマルデュークに甘えるような事を言うなんて思わなかったので俺は一瞬驚いた。

それにここ何日か少しずつではあるけど彼女の表情が豊かになってきたように思える。

「え、ええ……良いわよ?」

 俺がそう言うとアビガストは俺の方に身体を預けてきた。

 ああ……アビガストの髪の匂いがする……

 いい匂いだなぁ……

「ありがとう……ございます……」

 それからしばらくしてアビガストは可愛らしい寝息を立てて眠ってしまった。

「相当疲れてたんだな……今日は一日ありがとう」

 俺はそんなアビガストを優しく撫でた。

 これから本当に俺がテレビで見ていた装鋼騎士シャドーVX通りに未来が進んでいくのかそうならないのかはわからない。

 でも俺が俺で居られる間だけでもアビガストを悲しませないって決めたじゃないか。

 こうしてアビガストと一緒に居られるその間だけはこの幸せを噛み締めていたい。

それにこうしてアビガストの見たことのない表情や一面を見ることが出来ているのは少なくともマルデュークではなく今の俺じゃないと出来なかったことだと思う。

「ふわぁぁ…」

 気持ちよさそうな彼女の寝顔を見ていたらつられて大きなあくびをしてしまった。

流石に若くて地球人よりも多少身体能力の高いこの身体とはいえ一日中動き続けたからか流石に疲れてきた。

 でもこの疲れはどこか心地よく悪い気はしない。

「アビガスト……俺も……良いかな……?」

 俺は聞こえないくらいの声でアビガストにそういった後寄りかかってきている彼女に身体を預けゆっくりと目を閉じ、そのまま眠りへ落ちていった。



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第三話 氷の剣士対VX

「クハハハ! もうこの世にVXは居ない! この星は我々アポカリプス皇国の物となるのだ!」

 高笑いを浮かべ勝利を確信するのはアポカリプス皇国の怪人グラギム。

 剣の名手であるグラギムはなんとあのVXを初めて戦闘不能に追い込んだ怪人だった。

 のだが……

「そこまでだアポカリプス! お前達の企みは俺が許さない!」

 体中に傷を負いながらどこからともなく現れたのは装鋼騎士シャドーVXこと月影瞬だ。

 瞬はグラギムに倒され変身を解除させられた上崖から転落したのだが奇跡的に木に引っかかり一命をとりとめていたのだ。

「月影瞬! 生きていたのか!!」

「俺は影……この世界に光ある限り消え去ることはない! 行くぞ! 転ッ……装……VX!」

 瞬がポーズを取り高らかに叫ぶと身体が一瞬にして銀のボディへと変わっていき身体に血管のような赤いラインが走り頭部に緑の輝きが灯る。

「装鋼騎士シャドーVッXッッッ!」

 こうして月影瞬は装鋼騎士シャドーVXへと転装を遂げるのだ。

    

 彼の転装までにかかる時間は0.02秒にも満たない。

 では、転装プロセスをもう一度見てみよう。

「転ッ……装……VX!」

 拳を突き上げポーズを取り転装と叫ぶ二段階の認証によって左腕に埋め込まれたエンペラージェムが活性化。

 体組織が急激に戦うためのものへと変化していき戦闘を補助する為の鎧であるヴァーテックスクロスがエンペラージェムから出力され瞬の身体を包み悪と戦い人々を護る戦士装鋼騎士シャドーVXへと身を変えるのである。

 

 

「死にぞこないめ! 今度こそその首、マルデューク様の手土産にしてくれよう!」

「望むところだ! 来いグラギム! 招雷デモンカリバー!」

 剣を構えるグラギムに対しVXは左腕のエンペラージェムが埋め込まれたブレスレットから魔剣デモンカリバーを引き抜くように呼び出しそれに応戦する。

 そして二人は剣を交え死闘を繰り広げる! 

 子供の頃の自分ならそんな無敵のヒーローを戦闘不能にした怪人とヒーローのリベンジマッチなんていう激熱な展開胸を高鳴らせ目を輝かせてブラウン管に食いついて見ていただろう。

 しかし今の俺はそんな気分にはなれなかった。

 俺が昔より大人になってしまったからなのか? 

 いや違う。

 寧ろ二人の戦いは子供の頃テレビ越しで見ていた時よりも迫力があり白熱しているように思える。

 しかし二人が剣を交える度俺の胃がキリキリと締め付けられていくのだ。

「頼むグラギム死なないで……」 

 でもVXにも負けてほしくない。

 そんな2つの相反する感情が俺の中で渦を巻いていた。

 これは悪の組織に属する物ならば避けては通れない道なのかもしれない。

 しかしこうして部下を死地に追いやる事が本当に正しい事なのか? 

 その疑問に答えを出せず結局彼を子供の頃見た筋書き通りVXと戦わせてしまっていたのだった。

 

 それは彼らの戦いから4日前のこと

「ふわぁぁぁ……よく寝た」

 地球へ行ってから数日が経ち、地球の事をまとめたレポートをイビール将軍に提出し終えたお陰で昨晩はぐっすりと眠ることができていていつも以上に寝覚めは良好だった。

 この変わったデザインのベッドにも部屋にも慣れてきた俺は大きく伸びをしてベッドから降りる。

 快眠できた理由はもう一つあって、アポカリプス星人には寝間着の概念が無く、基本裸か普段着のまま寝ている様なので流石にあんな服のまま寝るのは服が邪魔だし裸で寝ても寝返りを打つ度乳首が布団に擦れるしで一度気になってしまうと落ち着いて寝るどころではない状態だった。

 そこで地球で買ったジャージを着てみた所前世ぶりに感じる懐かしい地球の生地の肌触りはとても心地よく、アポカリプス皇国の生地はそんなジャージと比べるとゴワゴワしていてその落差からかそんな高級なものを買ったわけでもないのに凄まじく上質な生地に感じてしまう。

それに袖のある安心感と温もり……そんなものに包まれているとびっくりするほどぐっすり眠れたのだ。

「うん。やっぱりこっちの方が着心地いいや。間違えて男の時のサイズで買っちゃったのは誤算だったけど……そろそろ着替えるか」

 女性経験が恐ろしくないからなのかそれだけ年をとって血圧が高めだったからかはわからないが毎朝毎朝目覚める度に女の裸を見るのも俺には少々刺激が強い物があったがもうそんな無駄なドキドキとはこれでおさらばだ! 

 意気揚々と鏡の前に立つとそこにはぶかぶかなジャージを素肌に身につけた美女が映っている。

 いや……これはこれで裸より不健全に見えるというか……

 自分の身体のサイズなんて把握していなかった上地球に行けたのが嬉しすぎて前世の頃のサイズのジャージを試着もなしに数着買い込んでしまったのだがもちろんサイズが合うはずもなく下は履けたものではなかったのでこうして下着だけ身につけその上にジャージを羽織るとにしている。

 これでは本末転倒な気もするが今までよりは幾分もマシでジャージの偉大さを身を以て感じたのだった。

 いやぁでもこの着心地は懐かしさを感じるしなによりついでに買ったこの女性用の下着……もうそれ以上に変な服を着まくって居たから抵抗はあまりなかったけど凄く肌身を包み込むみたいでなんか安心するんだよなぁ……

 はっ……! いかんいかん

 なんで俺ブラジャーとショーツつけてこんな気分になってんだ……

 俺はこんなナリになっちゃったけど中身は40近いオッサンなんだぞ!? 

 これじゃあただの変態じゃないか……体感では少し前まで起きる度くたびれたオッサンが鏡に写ってたんだぞ? 

 鏡の前に映る下着姿のマルデュークを見ていると脳裏に薄ぼんやりと前世の俺のだらしない身体で寝起きの間抜け面が浮かんだ。

 それもいま身につけている女性用下着をつけた姿の俺が……

「っぷっ! おろろろろろろろろろろろろ!!!!」

 我ながら最悪な事を思い浮かべてしまったせいでせっかく気持ちいい目覚めだと思ったのに最悪の目覚めになってしまった。

 すると部屋の扉が勢いよく開かれ

「マルデューク様無許可で部屋にはいるご無礼お許しください! どうなさったのですか?」

 すごいスピードで救急箱(の様なもの)を持ったアビガストが飛んできた

「い、いや……ごめんなんでもないんだ……じゃなかったなんでも無いわ」

「しかし先程嘔吐をしたようなお声が聞こえましたので……」

「ほ、ほんとになんでも無いの! 今日もいつもと変わらず健康美麗なマルデューク様よ?」

 ……言ってるこっちが恥ずかしいしいつもと変わらずってのも多少語弊があるかもしれないが変に心配されるわけにも行かないし……

 「しかしお身体に何かあってからでは遅いのです。 少し前にあれほどの大怪我を負われたばかりなのですからもしご不調でしたらすぐにおっしゃってくださいませ。 私には常備薬をお出ししてお体にいい料理を作る程度しかできませんが……」

 彼女の目は心底俺を心配しているように見えてしょうもないことでえずいたこっちが申し訳なくなってしまう。

「い、いや……本当になんでも無いのよ? ほら! アタシはこんなに元気なんだから!」

 健康に気を使った食事なんていって得体の知れないものを食べさせられたらそれは逆に正気度が削られそうだし彼女を心配させないために軽く体を動かして見せると思ったより軽やかに体が軽やかでこの体の若さを肌身を持って感じるし、体を動かす度に胸が少し揺れてもブラジャーのおかげでいつもの服より胸が揺れないし引っ張られる感覚も多少はましになってるし地球のブラってすごい! 

というのを身を以て実感した。

 ……って宇宙人の女の身体になって地球のブラジャーの凄さに関心してるってどんな状況なんだよ俺……

 なんだか今の動作が虚しくなりそうだったので俺はそれ以上考えるのを止めたがアビガストは大丈夫だと思ってくれるだろうか? 

「そうですか。 安心……いたしました。 それでは今朝のご朝食も準備しておりますのでご支度お手伝いいたします」

「ええ。いつもありがとうねアビガスト」

 こうしてアビガストに髪をとかしてもらっている間にマルデュークとしての日課のスキンケアとメイクを終わらせ服を着替えて朝食を取り幹部定例会議へと向かった。

 

 ……そんな道中廊下を歩いていると一度ジャージと下着の生地の心地よさを覚えてしまったからか今まではなんとも思わなかったのに着ている服の肌触りが気になってしまう。

この服ゴワゴワしてて着心地もあんまり良くないし露出度高いし一回地球の服着ちゃうとやっぱり落ち着かないよなぁ……

でも流石に下着とジャージで会議に出るわけには行かないし我慢しなきゃ

 そんなことを思いながらラウンジの前に通りかかると

「チィー……? だっけ?」

「違う違うこれはカーンだろ?」

「いやトゥモーって言ってなかったか?」

 戦闘員たちの声が聞こえるのでそちらに目をやると以前よりにぎやかになったラウンジでは戦闘員達が机を囲っていたので、まだ会議までは少し時間もあるし戦闘員達とのコミュニケーションも兼ねて行ってみることにした。

「みんなおはよう! どうかしたの?」

 そう声をかけると一斉に戦闘員たちはこちらを向いて姿勢を正す

「はいっ! おはようございますマルデューク様!! 今日も一段とお美しゅうございます!!」

「その通りでございます!」

「本日も健康美麗であらせられますっ!!」

戦闘員たちは必要以上に[[rb:俺 > マルデューク]]を褒め称えた。

というか健康美麗って戦闘員たちからも言われてるって事は自分でも言ってたのかよマルデューク……

いや、今は一応俺自身がマルデュークな訳だし無意識のうちにそんなマルデュークの記憶から出た言葉なのかも……?

っとそんな事今はどうでもいい。

彼らは口ではそう言いつつもやはりまだマルデュークを恐れているのか体を強張らせ小刻みに震えていて、

恐怖政治をこれまで敷いてきたのだから彼らから恐怖心を取り除くにはまだまだ時間がかかりそうだと感じた。

「もう……そんなにかしこまらなくても良いのに。最低限の礼節だけわきまえてれば今は自由時間なんだしもっと楽にしてていいのよ?」

体を強張らせる彼らを見るのは個人的にも前世の上司に詰められる自分を思い出して精神衛生上も良くないし必要以上に気を使わせるのも忍びないので俺は緊張を解すため笑顔で言うと彼らの体の緊張がほんの少し和らいだ気がした。

「少し楽にしたくらいで態度が悪いとか怒ったりしないから安心して?それでどうかしたの?なにか困っているみたいだったけれど?」

「はいっ! 我々、マルデューク様から頂いたこのマー・ジャンというゲームを解析しているところでありまして……しかしこれが揃ったときになんと言えば良いのか地球語がイマイチわからず……」

 戦闘員達が囲んでいた机には麻雀の牌が並べられていた。

 この麻雀は広いとは言え閉ざされた宇宙要塞の中ではマルデューク用に用意された数える程度の娯楽しか無く、命をかけて毎回戦ってくれている彼らに何か楽しめるお土産をと思って何個か遊べるものを買っておいたものの一つだ。

 彼らの飲み込みの速さは眼を見張るものですぐにルールは覚えた様だがどうやら言語の問題が立ちふさがったようで……

「えーっとね……これはロンね」

「ロ・ン……ですか! ありがとうございます」

「いやぁしかしこれ下等な遊びだと思ったんですが結構燃えますね!」

「単純ですが奥が深いと言いますか……しかし何故マルデューク様は地球の娯楽をご存知なのですか?」

「えっ!? あ……えーっと……」

 まずい……前世が実は地球人の男で学生の頃よくやってたなんて言っても信じてもらえないだろうしそんな事言ったらどうなるかわからないし……

「あ、アタシくらいになればこれから侵略する星の下調べくらいするわよ! 遊びから侵略作戦のヒントが得られるかも知れないでしょう?」

 ……なんて適当な言い訳で信じてもらえるかな……? 

「すげぇ流石は我々アポカリプス皇国の作戦参謀! これから滅ぼす種族のこんな些細な事までリサーチしているとは……」

「マルデューク様流石です!」

 戦闘員たちは目を輝かせて俺を讃えてくれた。

 これが俗に言う前世知識をひけらかしてあれ……? 俺今なんかやっちゃいました? 

 ってヤツか? 

 バカバカしいと思ってたけど当人になってみると悪くない……というか結構気持ちいいなこれクセになりそう……

「ま、まあね? これでも一応作戦参謀だから……なんだか見てたらアタシも久々にやりたくなっちゃった! 一局どうかしら? 負けないわよ〜?」

 こうして戦闘員たちと麻雀をやることになったのだがゲームが進む度だんだん目の前の戦闘員の顔が青くなっていく

「あ……あの……」

「ん? どうしたの?」

「い、いえ……あの……ですね……? 大変申し訳無いんですがこれはロ・ン……という奴……ですよね?」

 その戦闘員は声を震えさせてそう言って牌を見せてきた

「え、ええ……ロンね」

「ごめんなさい……! 私程度の者がマルデューク様に勝ってしまうなど!」

「お、おい……! 俺もロ・ンだったの隠してたのにお前何言ってんだ?」

「あ、あの……私も先程ロ・ンになってたんですが……」

「えっ……それじゃあ……役作れてなかったの俺……じゃないアタシだけって事?」

「「「申し訳ありませんっっ! 命だけは!」」」」

 戦闘員たちは血相を変えて頭を下げてきた。

 よっぽどマルデュークを負かして何かされるのが怖かったのだろう。

 わかる……わかるよその気持ち。

 死ぬわけじゃなかったけど接待で取引先とゴルフやってひょんなことから勝っちゃった時はそりゃもう大変だったし……

 会社のためとは言えなんでわざわざ少ない休みにやりたくもない事に駆り出されてで気まで使わなきゃいけないんだって話だよ。

 それに近いことを俺は戦闘員に知らずのうちに強いってたって事になるし第一そんな変な気を使われてたらこっちも面白くないしなぁ……

「そんなゲームで負けたくらいで命まで取らないわよ。それよりルール無視してリーチとかロンの申告しないほうがダメよ?」

「……へっ?」

「お許しくださるのですか?」

「当たり前じゃない。 ゲームなんだしそんな事気にしないで楽しみましょ? アタシも久々に遊べて楽しいし!」

「本当ですか?」

「マルデューク様……負けることが何よりお嫌いだった貴女様が我々にその様なお心配りを……」

「だから言ってるでしょ? 心を入れ替えたって。 さ、もう一局やりましょ? 次はアタシが勝つから!アナタ達も手を抜かないでかかってきなさい!」

 そうだ。

 どれだけ本気で来られようが数日前に麻雀を覚えたての宇宙人が経験者の俺に勝てるわけがない。

 それならば本気を出してもらってやっと張り合いがあるかどうかというところだろうと俺は高をくくり大見得を切った

 そうしてもう一局……

 更にもう数局打ったのだが結局俺は一度も和了ることもできずにボロ負け。

 これが賭け麻雀じゃなくてよかったと心底安心した。

 嘘だろ……アポカリプス星人恐るべし…………!!

「はぁ……まさか普通にビリになるとは……」

「も、申し訳ありませんマルデューク様……」

「いいのいいの。久々にやれて楽しかったし勝ちは勝ちよ。経験者を負かしたんだからちょっとは誇りなさい?」

「そう……ですか」

「ところでマルデューク様? 久々って言ってましたけど前にどこかでこれやったことあるんですか?」

「えぇっ……!?」

 しまった! 久々の麻雀が楽しくて普通に自分がマルデュークだって事を忘れて喋ってた……

 どうすりゃいいんだ……? 

 でっち上げるにしても変なこと言ったら更に悪化しそうだし……

「あ……あの……えーっと……あーいっけな〜いそろそろ会議が始まっちゃう〜! それは好きに遊んでくれていいからまたやりましょうね〜」

 俺はわざとらしくそう言って逃げるようにその場を立ち去り会議へと向かったのだが会議室までが遠い上いつも使っている通路がメンテナンス中で通れず遠回りするはめになってしまった。

 

そしてやっとのことで幹部たちの揃う部屋にたどり着き

「ご、ごめんなさい遅くなりました!!」

「おせーよマルデューク。 また大して変わりもしねぇ化粧に無駄な時間をかけてたのか?」

 部屋に入るや否やジャドラーが皮肉交じりな一言を飛ばしてくる

「最近マシにはなってきたが3分の遅刻だ。短いとは言え遅刻は遅刻だぞマルデューク。 今日はお前が指揮を執る作戦についての会議なのだぞ? それでは皆に示しが付かぬだろう」

 うう……まさか来世でも遅刻で怒られる事になろうとは……

 でも怒鳴り散らされたりしないだけまだマシか……

「はっ……はい! 申し訳ございませんイビール将軍……」

「わかったならばよい。 では今週の地球侵略、そしてVX打倒作戦についてだが……」

 そう言えば今日はとうとう俺が作戦指揮を執る番だった。

 でもなんで週一なんだろう? 

 それこそこんな要塞があるんだから一気に怪人を呼び出して数と圧倒的な力で侵略してしまえば流石にVXと言えどひとたまりもないと思うんだけど……

「あ、あの……イビール将軍?」

「なんだマルデューク」

「どうして作戦の間隔は週一なんでしょうか……? いっそ一気に怪人を呼び出して地球に攻め入ってしまえばいいのでは……」

 そう言うと他の幹部達がくすくすと笑い始めた。

「グハハハハ! おいおい今更何を言ってやがるんだよ! やっぱりVXの野郎に切られた時に頭でも打ったんじゃねぇのか?」

『今更その様な質問をするなどゲニージュの記憶力には呆れますね』

「フン……それが出来ていれば我がヴェアルガルの軍勢が今すぐにでもあの星を手中に収めておるわ」

 俺なんか変なこと言ったのか……? 

 イビール将軍の方に目をやると彼も頭を抱えていた。

「ゴホン…… マルデュークよ本当に忘れたのか?」

「えっ……? は、はい……すみません」

「一度しか言わぬぞ? 確かに攻め落とすだけならば我々アポカリプス皇国の軍事力があれば容易いことなのかもしれない。しかし我々の目的はあくまであの星に移住すること。大々的に攻めようものなら人類も軍事力を以って反撃を仕掛けてくるだろう。そうなればこの星もアポカリプス星同様汚染が広がり住めなくなってしまうやもしれん。それを皇王様は危惧しておられるのだ」

「そ、そうだったんですか……」

「それに我々とてエネルギーは有限ではない。アポカリプス星から怪人一人を転送するには太陽系地球時間周期で一週間程度を要するのだ。どうだ? もう二度と言わぬから決して忘れるなよ?」

 なんだかんだ言ってちゃんと教えてくれるイビール将軍はやさしいなぁ……

 務めてた会社なんか少しでも質問しようものなら「そんな事自分で考えろ!」とか「そんな事も分からないのか?」とか怒鳴られてたし

 それにしても週一でしか動けない理由ってそんな世知辛い理由だったのか……

「ところでマルデュークよ、作戦は考えてきたのか?」

「へっ!?」

 そうだった。今日の本題はマルデュークの地球侵略作戦についてだったな。

 えーっと確か侵略の障壁、そしてマルデュークに傷を負わせたVXを倒す為わざと目立った行動をしてVXをおびき寄せて氷系最強を自称する剣士怪人グラギムと戦わせるって計画だったような……

 グラギムはその剣技と氷の力で一回はVXを倒すんだけど結局倒しきれてなくて負けちゃうんだよなぁ……

 ひとまずその通りに話を進めさえすれば今は問題ないだろう。

 その計画を会議で話し終えると部屋に置かれていた転送装置に光が灯り、光の中からゴツゴツとした鎧をまとったような怪人グラギムが現れた。

「アポカリプス皇国一の氷の剣士グラギム、馳せ参じました。 この剣に誓って必ずやVXを打ち取り勝利をマルデューク様……いえアポカリプス皇国へ捧げましょう」

 グラギムは来るや否やこちらに跪いた。

「フン! 俺たちの精鋭ですら勝てなかった相手に腰抜けのゲニージュ如きが勝てるわけねぇだろ」

 ジャドラーはそんなグラギムを鼻で笑うと彼は剣をグラギムに突き立てる

「貴様のようなケダモノ風情に我らを愚弄するとは……ならばこの場でどちらが上か試してみるか?」

「グハハハハ! 鎧と武器がなけりゃ何もできねぇクセに笑わせるぜ」

 ジャドラーは更に挑発を続けるが

「やめんか貴様ら!」

 イビール将軍の一喝で辺りが静まり返りグラギムは剣を収めジャドラーも不満そうに舌打ちをし、会議はお開きとなった。

 ここまではテレビで見た通りの光景だった。

 テレビでは場面が転換して即座に作戦決行当日になるのだが今はそうもいかない。

 一体俺はそれまで何をすれば良いんだ……? 

 ひとまずグラギムと共に部屋を出て頭を悩ませていると

「マルデューク様、お怪我を負われたと聞きましたがもうよろしいのですか……? マルデューク様の玉体に傷跡をつけるなどVX許してはおけません!」

 突然グラギムが話しかけてきた

「あ、これ? 大丈夫大丈夫! 傷は残っちゃったけどお陰様ですっかり元気よ?」

「お陰……様? 私は何もしていませんが」

 アポカリプス星にはそう言う文化はないのか……ど、どうしよう

「あ、えーっと…… ほら! 心配してくれるだけで嬉しいなーって……あははは……」

「私がその場に居れば貴女様にこの様な傷を負わせることも無かったと思うと悔やむに悔やみきれません……! その傷を負わせたVXを必ずや私が仕留めてみせます。あの式典で初めて貴女様にお会いしたその時から貴女様にこの身を捧げる覚悟はできております」

「えっ!?」

 式典……? 

 なんだそれ? 俺の記憶にはそんなものは当然無い……のだがマルデュークとしての記憶を思い返してみてもそんな式典どころかグラギムの名前すら出てこない。

 そう言えば本編ではずっと怪人の事はお前呼びだった気がするけど……

「お忘れですか? この私に爵位を与えてくださったあの時のことは決して忘れることはできません! その爵位に恥じぬよう剣を振るわせて頂きます。

 なおさらわけがわからない。

 もちろんテレビで見ていたときにはそんなシーン一つもなかった。

 それどころかマルデュークとして生きてきた記憶にもそんな記憶は……

 必死で思い出そうとすると薄ぼんやりとそんな記憶があった。

 ただただいくつかの式典で着た衣装のことだとか式典はとても面倒だったとかの記憶が。

 そんな人と合うのが面倒だとかこの衣装が気に入らなかったなんて記憶はポンポンと出てくるのだが全くグラギムどころか今後出てくるであろう怪人たちの顔や名前などは全く思い浮かんでこない。

 もしかしてこれって……

 子供の頃読んでた児童向けテレビ番組雑誌テレビワールドのマルデュークの解説に【マルデューク脳:自分のことと悪いことしか考えていない】みたいな事が書かれてたけど誇張なしでほんとにそうだったのか!? 

 マルデュークって奴は相当自分が好き……と言うより自分以外に興味がないのだろう。

 通りでグラギムや他の怪人に関して何も覚えていない……と言うか覚える気が無かったんだろうな。

「マルデューク様……? お考え事でしょうか?」

「え、ううん! なんでも無いのよ? どうやってあの憎きVXをやっつけてやろうか考えてただけよ」

「そのことならお任せください! 我らゲニージュを代表して私がVXを倒す事で我々が如何に優れた種族であるかを他のケダモノや鉄屑共に思い知らせてやりましょう」

「う、うん……」

 この後負けるのがわかってるだけになんか複雑だな……

 そしてラウンジの方に差し掛かるとその光景を見たグラギムは驚いた様子だった

「な……何故戦闘員がマルデューク様専用のラウンジを占拠しているのですか!?」

「あー……あのね? 流石に一人で使うには広いからいつも頑張ってくれてる戦闘員達に開放したの。もちろんグラギムも使っていいのよ?」

「し、しかし……」

「良いの良いの! アタシ一人で使うには寂しい場所だったしこれくらいしてあげたほうが士気も上がると思って」

「そう……ですかマルデューク様がそう仰られるなら」

 恐らく予想に反して和気あいあいとした雰囲気を見たグラギムは困惑しているらしい。

 すると戦闘員が一人こちらに寄ってきて

「グラギムさん! グラギムさんじゃないッスか! 次の作戦担当はグラギムさんなんスか!?」

「ああお前か、久しいな。 だが少し見ないうちに腑抜けたようだな? 戦いの真っ只中だと言うのに何をしているのか 私が稽古をつけてやっていたときの緊張感はどこへ行ったのだ?」

 どうやらこの戦闘員はグラギムの知り合いらしく身の上話が始まり……

「そんな事無いッスよ! 確かに今は休憩中ッスから休んでますけどちゃんと訓練だってやってるッスよ! 寧ろ設備がたくさん使えるようになって俺たち今までより効率的に訓練できるようになってるんス! これも全部マルデューク様のお陰なんスよ!」

「何? マルデューク様がお前らの様な者たちにまでそのようなお慈悲を向けられたというのか?」

「い、いやぁ〜それほどでも……」

「ま、マルデューク様! 一つお願いを聞いていただいても良いッスか?」

「おい! 貴様如きがマルデューク様にその様な口を利くなど無礼が過ぎるぞ!」

「いいのいいの! 聞くだけならただなんだから。 で、何かしら?」

「お、俺たちグラギムさんに強くなったとこ見せたいんス! それとせっかくグラギムさんが来てくれて俺嬉しいんスよ! だからグラギムさんの歓迎会とかできないッスかね……?」

 戦闘員がそんな事を言い出すなんて思いもしなかったがきっと彼はグラギムの事を相当尊敬している様だし俺もグラギムが実際はどんな奴なのかテレビで切り取られた部分と怪人図鑑で読んだ説明くらいでしか知らないしグラギムを知るチャンスかも知れない。

 しかしその言葉を聞いたグラギムは怒りを顕にした。

「お前! ここは戦場の前線基地だぞ? 何をたわけたことを! やはりこの環境に甘んじて腑抜けになったようだな……その腑抜けた根性このグラギムが叩き直して……」

「ああちょっとグラギムそんな怒らないの! 歓迎会かぁ……もちろん良いわよ! やりましょう!」

「し、しかしマルデューク様私めの為にその様な事……」

「気にしないで! アタシももっとグラギムの事知りたいし」

「私の事を……ですか?」

「ええ! 明日から忙しくなるんだから今日くらいはパーっとやりましょ! おーいみんなー? これからグラギムの就任歓迎会をやるわよ〜」

 俺が声をかけると戦闘員達がわらわらと集まってくる。

「歓迎会ですか!?」

「飲んでも良いんですか!?」

「宴じゃー!」

「頑張ってれば良いことってあるんですね! VXの野郎にボコボコにされた甲斐がありましたよ!」

 戦闘員たちは嬉しそうに声を上げた。

「ええ今日は飲んでも良いわよ〜!」

 食料はアビガスト曰くマルデューク用の食材やらお酒が大量に倉庫で圧縮保存されていて、約50年分くらいの貯蔵があるらしいから少し拝借しても良いだろう。

 早速倉庫を管理している戦闘員に掛け合って戦闘員全員分の料理が用意されることになった。

 それだけでなく流石毎週毎週作戦の雑用に駆り出されているだけあって戦闘員たちは手際よく歓迎会の準備を進めていき……

 

 ラウンジのテーブルには料理が並べられ、俺とグラギムを中心に戦闘員達はグラスを持っている。

「えーこほん……それではグラギムの着任と我々の勝利に……乾杯っ!」

 俺が乾杯の音頭をとるや否や戦闘員たちは乾杯を終え料理に手を付け始めた。

 彼らはレーションのようなものを要塞に来てからずっと食べていた様で久しぶりに料理らしい料理を食べたからか戦闘員の中には涙を流す戦闘員も居た。

 生活環境だけじゃなく食事もなんとかしてあげられないかなぁ……

 しかし横にいるグラギムは一向に食べようとせず

「グラギムは食べないの?」

「彼らがあんなに楽しそうにしているのを見るのは初めてでして……少々驚いています」

「いいじゃないの楽しそうにしてるならそれで。ほら、グラギムも早く食べないと無くなっちゃうわよ?」

「は、はいそれではマルデューク様のお言葉に甘えて……」

 次の瞬間グラギムは頭に手をかけると突然頭部がぽろりと外れ、中からブロンドヘアで目鼻立ちの整った中性的な青年の顔が現れた。

「えっ!? そ、それ取っちゃっていいの? 中の人出ちゃってない?」

「はい……? マルデューク様何をおっしゃっているのですか?」

「い、いやその……それって脱げるやつなの?」

「脱げるも何もこれは鎧ですからね」

「そ、そうなんだ……」

「そう言えば素顔をお見せするのは初めてでしたか。 そんなにジロジロ見られては恥ずかしいです……」

 そうか……普通に考えたらマルデュークだけ人間そっくりの顔してて他のマルデューク陣営の怪人だけゴツゴツした見た目な訳ないもんな……

 じゃああのおどろおどろしい怪人とかもあれ仮面というか鎧なのかな……? 

 そう考えると他の怪人はどんな素顔をしているのか俄然興味が湧いてきた。

 その後食事を取り始めたグラギムに話を聞いた所ゲニージュ陣営の怪人は皆魔力を強化、補助したり他の種族に劣る身体能力を補う為鎧を身にまとっているものの中身はマルデュークや戦闘員たち同様地球人と外見はさほど変わりない事を教えてくれた

 これシャドーVXが知ったらストーリーとかがらりと変わっちゃいそうだけど大丈夫なのかな……

 流石にそんな事を聞かれたグラギムには変な顔をされたがそこはパーティーの雰囲気で雑にごまかした。

 みんなで食べるとこの見るからに地球人の感性だと食欲を削がれるような食事も味は悪くないので勢いで食べることができた。

 そしてグラギムの歓迎パーティーは数時間に及び……

 

「うへへぇ〜グラギムぅ……なんか俺気持ちよくなってきちゃったなぁ〜」

 俺は完全に出来上がってしまっていた。

 アポカリプス星の酒はなかなか悪くなく、更にこの身体がそこそこ酒に強かった様で結構な量を飲んでしまいもはや取り繕う事すら忘れて久しぶりに酔っ払ってしまったのだ。

「ま、マルデューク様? それ以上飲むのはお身体に触りますよ?」

「触るぅ〜? うへへぇ〜グラギムも男だもんなぁ〜ほらほらぁ〜俺のおっぱい触ってもいいぞ〜」

「ちょ! マルデューク様!? 戦闘員たちも見ているのですよ! それ以上はいけません!」

 グラギムは顔を真っ赤にして抵抗する。

 なんだかその反応が可愛らしく思えて俺の中で何かが更にエスカレートしていく

「グラギムが触んないならぁ〜 はーいマルデューク今から脱いじゃいま〜す!」

 俺は気がついたらテーブルの上に立って一糸まとわぬ姿になっていた。

 脱ぎ上戸ではなかったはずだけど多分このスケベな身体を見せびらかしたくなってしまったんだと後で思った。

 その時の戦闘員たちの羨望の眼差しや必死に隠そうとするグラギムの姿が面白くてたまらなかったのだがそれから後の記憶がどんどんぼやけていき……

 

「うう寒っ……はっ!」

 寒さで意識がはっきりした時には見知らぬ部屋が視界に広がっていてズキズキと頭が痛んだ。

 多分二日酔いだ。

 この寝覚めがダルい感じは俺がまだ男だった頃以来の少し懐かしい感じだができればもう感じたくは無かった感覚だった。

「いてててて……流石に飲みすぎちゃったな……いくらなんでも羽目を外しすぎたかも…… 変なボロとか出してなきゃ良いけど……ってかここは一体どこだ……?」

 辺りを見渡すとそこは人が住んでいるとは思えないほど殺風景な個室だった。

 部屋の奥の方に灯りが灯っていてそこから何やら物音がしたので俺は恐る恐る重い体を持ち上げた。その物音のする方をこっそりと物陰から見つめるとそこでは金髪のイケメンが何やら鍋で得体の知れないものをグツグツと煮込んでいた。

 ……というかなんで俺と同じ部屋にあんなイケメンが……? 

 もしもしかして俺……酔った勢いであんなことやこんな事を!? 

 いくら女の身体になったからって男となんてそんな……

 まだ童貞すら卒業できてないんだぞ!? 

 いや童貞卒業はもうこの身体じゃもうできそうにないんだけど……

 そんな事を考えながら疑惑のイケメンを見つめていると彼は鍋を見つめてにっこりと笑った。

「よし! これで良いだろう。マルデューク様のお口に合うかどうかは分からないが……」

 その声には聞き覚えがあった。

 グラギムだ。歓迎パーティーで鎧を脱いだらあんな感じの顔だったんだ。

 じゃあここは怪人用の部屋って事か……? 

 ということは俺……グラギムと一緒に寝ちゃったって事!? 

 これって相当なスキャンダルなのでは……

 どどどどうしよう……

 声をかける勇気もなくただただ鍋を見つめるグラギムを見ていると彼の視線がこちらに向いて目が合い俺は思わずその場で尻もちをついてしまう。

「うわぁっ!」

「ま、マルデューク様? お目覚めになられたんですか?」

「え、ええ……おはようグラギム」

 今更意味もないと思うが俺は立ち上がって女幹部マルデュークとして取り繕って見せた。

 しかし記憶がない間にあんな事やこんな事をしてしまったと思うとグラギムを見ているだけで心臓が破裂しそうなくらいに脈打つ。

 これはもう興奮とかじゃなく恐怖に近いモノだと思う。

 だって女になってしかも記憶にないうちに男に犯されたなんて考えただけでもう訳がわからない。

 というかマルデュークとしての記憶を巡らせてもそう言った記憶が全くと言って良いほど無かったのも恐怖心を煽る一因になっている。

 マルデュークはどうやら処女だったどころかそういった性的な知識が全くもって無かったのだ。

 あんな格好してるくせに処女だったのかという驚きと同時にヒーロー番組のキャラクターとして健全なんだなとも思えた。

 しかし一糸まとわぬ姿で男と一夜を過ごした訳だし……俺……グラギムに処女を……? 

 いやいやいや俺何も覚えてないしそんないくらなんでも勢いで男に股開くなんて……

 そう考えると血の気がさっと引いていくのがわかった。

 そんな俺を心配したのかグラギムはこちらを見つめてくる

「マルデューク様? どうされたんですか深刻な顔をされて……? 二日酔いでしょうか?」

「きゃぁっ!」

 グラギムに見つめられ俺は自分でも驚く様な可愛らしい声をあげてしまう。

「グラギム? あ、あの……アタシその……昨日一体どうなっちゃったのかしら……? その……一緒に寝たりとか……」

「い、いえ! 勘違いなさらないでください! 私程の者がマルデューク様のお身体を汚す様な事恐れ多くてできません! これはただ……マルデューク様が私から離れないまま寝てしまわれたのでそのままにするわけにも行かずマルデューク様の部屋に入るためのロックも解除できないので……ご無礼をお許しください」

「えっ……? あー……そう……なんだ」

 よかったぁぁぁぁぁ俺まだ処女のままかぁぁぁ! 

 グラギムの言葉を聞いて安堵感が俺を包む。

 ……って何を安心てるんだ俺は……

 でもせっかくなら処女は瞬に捧げたいし……

 って違う違う! 何考えてんだ俺! 

 俺はこんな身体にはなったけど男なんだぞ!? 男とそんなことするなんて……

「どうされましたマルデューク様? やはりお体の調子が優れないのでは……?」

「う、ううん? 違うわよ!? ちょっと考え事してて……」

「考え事……? もしやお休みになられている間のことを心配されているのですか? ご安心ください。 ただでさえ狭いベッドですし寝ている間に何かあってもいけないので私はずっと起きて軽い鍛錬をしておりました」

「グラギム……」

 テレビで見ている限りグラギムは誇り高い剣士を自称するだけの怪人だと思っていたが本人は相当俺に気を使ってくれているらしいし貞操観念もしっかりしている様で安心した。

 ああ……こんな部下前世でも欲しかったなぁ……

「見ていてくださいマルデューク様! 私は必ずVXを倒します! もちろんマルデューク様にその様な傷を負わせた相手に私如きが勝てないとおっしゃりたかったのかもしれませんがそれでも私は勝って貴女の傷の恨みを晴らしあの星を第二のアポカリプス皇国にしてみせますから!」

「ん……? おっしゃった? あの……アタシ昨日なにか言っちゃった?」

「覚えていらっしゃらないのですか? 無理はありませんね。アレだけ酔っ払っていたのですから……」

「……で、アタシなんて言っちゃったの?」

「え、それはその……私がVXに負けると……」

 少し言葉を濁してグラギムはそう言った。

 しまった! 

 そりゃグラギムがやられる所を知ってるんだしなにかの拍子にその事を口走ってしまったらしい。

 なんてことだ……そんな次の戦場でお前死ぬんだぞなんて相当なパワハラじゃないか……! 

 それにあんな宴会の場でそんな事言ったら雰囲気も盛り下がるだろうし……

「ごめんなさいグラギム! 俺……じゃなかったアタシそんなつもりはなくて……」

「いえわかっています。油断するなと仰いたかったのですよね? マルデューク様がお厳しいと言うのは評判で伺っておりますからその程度お気になさらないでください。それどころか私の歓迎会を開いてくださったり戦闘員たちからもあの様に慕われて評判などアテにならないほど優しい方だとすら私は感じたのですから。それに私自身自分の剣の腕を過信ていた事を貴女の言葉で再確認させられたのです。ですから少しでも剣の精度を上げられる様作戦決行までの短い間修練に励む事にしました。 」

 どうやらグラギムは好意的に受け取ってくれた様だ。

 今回はどうにかなったけど今後妙なことを口走らないように気をつけなきゃ……

「え? う、うん! そうよ! 油断大敵って言うでしょう? 気を抜かずに頑張ってVXを倒しましょうね!」

「ええ! もちろんですとも! ところであの……」

「ん? 何かしら?」

「枕元に置いていますからそろそろお召し物を着ていただけないでしょうか……? その……私とて一人の男ですから昨日のようなはしたなことは……」

「えっ……? いやぁぁんっ!」

 そうだった……昨日素っ裸になったまんまだったし寝る時に服を着る風習がないから裸のままだったんだ! 

 グラギムに裸を見られている事が急に恥ずかしくなった俺は 逃げるようにベッドの方へ行くとマルデュークの衣装が丁寧に畳まれていたので俺はそそくさと身につける。

「マルデューク様、こちら二日酔いに効く私の故郷の料理ドヒツォイテです。昨晩の料理の残り物の有り合わせで作ったのでお口に合うかどうかはわかりませんがもしよろしければ……」

 俺が服を着たのを見計らったようにグラギムは先程まで鍋で煮詰めていたドロッとしたセメントのようなものをカップに入れて出してくれた。

「あ、ありがとう……」

「それでは私は鍛錬がありますのでお先に失礼します。 それと昨日のことは忘れるようにと戦闘員には私からキツく言っておきますので……では!」

 そう言うとグラギムは鎧を着て部屋を出ていってしまった。

 でもこれどうするんだ……? どう見ても固まる前のセメントだぞ? 

 でも昨日散々迷惑かけた上にせっかく作ってもらったのに無下にする訳にもいかないし……

 俺は恐る恐るグラギムの作ったスープを口に運んだ。

 そのスープは匂いが少しキツかったが口の中にはどろっと濃厚な味わいが広がり悪くない味で目が冴えるような感じがした。

 

 グラギムの作ってくれたスープを飲み終え、さすがにここに長居するわけにもいかないので俺はひとまず自室へ戻ることにした。

 マルデュークの疑り深い性格からかマルデュークの部屋へ通じる通路は彼女とアビガスト以外が居ると開かない様になっている。

 だからグラギムは自分が入ることができてかつしっかり横になって眠れる場所として仕方なく俺を部屋に連れて行ったのだろう。

 はぁ……しっかし昨日は羽目外しすぎちゃったかなぁ……今後は気をつけないと……

「ただいまー……」

 部屋に戻るとアビガストが俺の腹に飛びついてくる

「うわぁっ! あ、アビガスト!?」

「おかえりなさいませマルデューク様! どこかお怪我はされていませんか? それに酷い目にお遭いになったりもしていませんか……?」

 アビガストは昨日帰ってこない事を相当心配してくれていた様で少し申し訳ない気分になってしまう。

「し、心配かけてごめんなさいねアビガスト。ちょっと飲みすぎちゃっただけだから大丈夫よ?」

「そう……ですか。 マルデューク様は以前に飲みの席の邪魔をするなと仰いましたので一人で待っておりましたがいくらなんでも帰りが遅く私は何かあったのではととても心配で心配で……」

 彼女の声は少し震えているように思えた。

「ご、ごめんなさい……今度からは気をつけるから……ね? ずっと待っててくれてありがとう」

 俺はそんな彼女の頭を優しくなでてあげた。

 彼女に抱きつかれて身体のダルさが少しマシになった様に思える。気のせいだろうか? 

 

 そしてアビガストは昨日からいつ帰ってきても良いようにと風呂の用意をしてくれていたのでひとっ風呂浴びることにした。

「……本当に俺……何もされてないんだよな?」

 少し心配になった俺は下腹部に手を伸ばして鏡に映そうとしてみた。

 この間も触ろうとしたけど爪が長くて少し爪が当たっただけで凄い事になっちゃったんだよな……

 でも確認はしておきたいし……

 いやでもいくら女の体になったからって男としてそんな事するのはどうなんだ……

 いやいや寧ろ男なら気になって当然じゃないのか? 

 そう脳内で自己弁護と自己批判を繰り返しながら指を下腹部に近づけていく

 指が近づいていく度に胸の鼓動が早くなり、とうとう股間に指が達した。

 また爪を引っ掛けない様にゆっくり指で開くようにするまでは良かったがなんだか急に怖くなって鏡を直視することができなかった。

「クソッ……俺ヘタレにも程があるだろ……でも……」

 生唾を飲み込み意を決して鏡に映る今の自分の姿に視点を合わせた。

 ……のだが一瞬見たところでまた鼻血が出そうになったのですぐに手を離して鼻を押さえた。

 あれだけアビガストに心配かけた上また鼻血出してぶっ倒れて要らない手間をかけさせるわけにも行かない。

 惜しい気もしたが俺はこれ以上変なことを考えないよう大急ぎで風呂を済ませ、いつもの朝の日課であるスキンケアとメイクを済ませて新しい衣装に着替えて朝食を取りマルデュークとしての仕事に向かった。

 以前の俺なら二日酔いで働こうものなら二~三日は後を引くくらいに調子が悪くなった俺だがこの体のお陰かグラギムのスープが効いたのかなんとかその日を乗り越える事ができた。

 やっぱり若いって良いなぁ……

 

 それから作戦決行までの数日間グラギムといろいろ話したりグラギムの特訓に付き合ったりしているうちに相当グラギムの印象が変わってきた。

 最初はただ悪い怪人という先入観があったものの誠実でストイックだが意外に気さくなところもあって厳しいものの戦闘員たちからの人望もある良い奴だということがわかってきた。

 そんな彼がVXに倒されるという事を知っていながらそれを言う事もだからといってグラギムを助けるために何かしてやることもできずにとうとう作戦決行当日になってしまい……

 

「それではVXの首を手土産に持って帰ります! 行くぞ誇り高きアポカリプス皇国の戦士たちよ! 我々の修練の成果VXと地球人共に見せつけてやろうではないか!! アポカリプス皇国に勝利を!」

 グラギムが声を上げると戦闘員たちも鬨を上げ、今までとは比べ物にならないほど士気が高まっているのを肌身で感じた。

「では行って参りますマルデューク様。必ずや貴女様に勝利を捧げてみせましょう」

 そう言って転送装置に向かおうとするグラギムを俺は呼び止めずには居られなかった

「グラギム!!」

「マルデューク様? どうされたのですか?」

「……ううん。頑張ってね」

「もちろんですとも! 行くぞお前達! 我々の誇りにかけて!」

 こうしてグラギム達は打倒VXの命を受け地球へと向かっていった。

 本当は「やばくなったら逃げていい」とか「死なないでね」とかそんな言葉をかけてやりたかった。

 でも彼や戦闘員たちの今日までの努力や彼の戦士としての誇りに泥を塗る様でそんな優しい言葉をかけてやる事はできず、結局俺は無責任な言葉で彼を死地へと送り出す事になってしまった。

 やっぱり俺……本当に上に立つのに向いてないんだな……

 結局気の弱い万年平社員の俺に悪の組織の女幹部なんて向いてないんだろうか……? 

 

 そして俺は部屋に戻り地球での彼の姿を前にやったように水晶玉に映した。

 そこではVXをグラギムと戦闘員が見事な連携で圧倒する様が映されていて……

 

『クッ……この怪人今までの奴とは違う……』

 テレビで見ていた時にはこんなセリフは無かったような気がするのだがVXは目に見えてグラギムに押されていて、とうとうVXは崖っぷちに追い詰められグラギムの凍結能力で身動きがとれなくなり……

『フンッ! 貴様の力任せな小手先だけの剣では私達は倒せんッ! これで終わりだァ!!』

 グラギムはVXをほぼ完封する形で倒しVXは崖から落ちていく。

 本来は結構拮抗した戦いのはずなのだがその戦いは正に圧勝だった。

『やった……! 俺たちVXを倒したんスね!』

『これであとはこの星を俺たちのモノにするだけだ!!』

 VXを倒した事を勝ち誇る戦闘員たちは口々に勝利の言葉やアポカリプス星に残した家族の事を叫んでいる。

 その姿を見ていると本当に彼らに勝ってほしいと思う反面それがかなわない事がわかっているだけに複雑な気持ちになってしまった。

 

 VXを倒したグラギムたちは街へ進行し破壊活動を始める。

 その惨状はテレビで見たときと同様で逃げる人々の悲鳴や子供の泣き声が街に響く

 あんな優しいグラギムや酒を飲み交わしたり麻雀に興じていた戦闘員達が残虐とも言えるそんな行為を平然と行う様は見てはいられない。

 彼らにも背負っているものがあってそのための行いだというのはマルデュークになってから痛いほどわかる。

 だからといって地球の人々の平穏を奪い去る事も正しいとは言えない。

 何よりグラギムを差し向けたのは紛れもなくアポカリプス皇国でありマルデュークである俺自身だ。

 それならやっぱりグラギムを止めるべきだったのだろうか? 

 本当に正しいことってなんなんだ? 

 俺は今の自分が本当にしたいことがわからなくなっていた。

 いや。

 マルデュークになる前から俺が本当にやりたいことなんてわかってなかったのかもしれない。

 

 そんな時

『VX! たすけて!』

 そんな子供の声が破壊された街に響く。

『クハハハ! もうこの世にVXは居ない! この星は我々アポカリプス皇国の物となるのだ!』

 グラギムはそんな子供に勝ち誇るようにそう吐き捨てた。

 その時である。

『そこまでだアポカリプス! お前達の企みは俺が許さない!』

 ボロボロになった月影瞬がどこからともなく現れVXへと転装し2回戦が始まった。

 そして魔剣デモンカリバーをVXが取り出したのを見たグラギムは

『下がれ、あとは私一人でやる』

 と戦闘員を下がらせた。

『で、でもグラギムさんっ!』

『私はあいつと一騎打ちがしたくなったのだ。貴様らは十分戦った。後は私に任せろ。早くいけ!』

 そう言って戦闘員達を引かせるとVXとグラギムの一騎打ちが始まった。

 これもテレビで見たとおりの展開だ。

 そんな熾烈を極めるその戦いを俺はただ祈って見つめる事しかできない

「頼むグラギム死なないで……」 

 ただただ祈るように口からそんな言葉が漏れ出していた。

 テレビで見たとおりならばグラギムはVXとの一騎打ちに敗れて爆散。

 その後VXは彼の戦士としての彼の矜持を認めて話が終わるのだがグラギムの猛攻はテレビで見た時以上でVXは劣勢に追い込まれていく。

 このままじゃ本当にVXが負けてしまう。

 そう子供の頃もハラハラしたものが今はそれ以上にハラハラしている。

 VXが負けてしまえば本当に地球はアポカリプス皇国の手に堕ちてしまうのだから。

 そしてとうとうVXは膝をついてしまい

『今度こそこれで終わりだ! 死ね! VX!!!』

 グラギムの剣がVXへと振り下ろされ彼の身体を真っ二つに切り裂いた。

「嘘!? VXが本当に死んだ!?」

 原作とは違う展開に俺は思わず叫んでしまった。

 どうしよう……このままじゃ俺が地球人を滅ぼしたことに……

 

 しかし真っ二つに切り裂かれたVXはぼやけて霞の様に消え、グラギムの前に二人のVXが立っている。

『シャドーハレイション……これを出させたのはお前が初めてだ』

「シャドーハレイション!?」

 VXの技の一つで実体のない分身を二体作り出し相手を撹乱する技なのだがそれを初めて使うのはもう少し話が進んだ後だったはずだ。

 しかし原作以上に追い詰められたVXはグラギムに対してそれを使ったのだ。

『フンッ! そんな子供騙しでこの私は倒せん!!』

 グラギムは目の前に立ちはだかった二人のVXを剣でなぎ払うが二体ともVXはゆらりと歪んで消える。

 シャドーハレイションで出せる分身は二体までのはずなのにたしかに最初に切られた一体を含め三体の分身をVXは作り出したのだ。

 恐らく強くなったグラギムに呼応してVX自体も更に強くなってしまっているのかもしれない。

『何っ? 二体とも幻影だと!?』

『俺はこっちだァァァァ!!!』

 グラギムの頭上から声が聞こえVXは上空からグラギムめがけてデモンカリバーを突き立てる

『クソッ上か……こいつ太陽を背にして……!』

『デモンブレイクッッッッ!』

 一瞬の出来事だった。

 分身を囮にしたVXは空中から太陽を背にしてグラギムに百発百中の必殺技であるデモンブレイクで斬りかかる。

 グラギムはそれを必死に防ごうとするがデモンカリバーは彼の氷の剣を砕く

 そしてその先に有るグラギムを切り裂き彼は叫び声を上げ力尽きるように倒れた。

「グラギム!!! グラギムぅぅぅぅぅ!!!」

 崩れ落ちるグラギムを見て涙を流しながら彼の名前を叫ぶ。

 こうなることはわかっていたはずだがそれに直面すると涙が溢れて止まらなかった。

 

 グラギムを倒したものの満身創痍のVXは変身を解くと壁に拳を叩きつける

『クソッ……俺が弱いばっかりにこんなに被害を出しちまった……それに一騎打ちを望んだあの怪人に俺は不意打ちでしか勝てなかった……!』

 瞬は自分の弱さに打ち震え、よろよろと足を引きずりながら破壊された街の奥へと消えていった。

 

 戦いを終えた戦闘員たちが要塞に戻ってきたので出迎えに行くと彼らはグラギムの亡骸を囲んでわんわんと泣いていた。

「グラギムさぁぁぁん! 俺何もできなかったッス……グラギムさんの事……命令無視してでも助けに行くべきだったっスよぉ!」

 そんな戦闘員の悲痛な叫びと傷ついたグラギムの亡骸を見ると俺も罪悪感から更に涙がこみ上げてきて……

「グラギム……ごめん……俺の……俺のせいでこんな……」

 戦闘員に混じり声を上げて泣いた。

 するとその時……

「あの……少しよろしいでしょうか……?」

 そう声をかけてきたのは本当は1話で死ぬはずだったシャドーに切られて瀕死の重傷を負ったマルデュークを助けた科学者戦闘員だった。

「な、何……? あなたもグラギムの弔いに?」

「……いえ。まだグラギム氏は助かるかもしれません」

「……えっ?」

 その言葉に戦闘員たちはざわつく。

 助かる? 

 あんな攻撃を受けたグラギムが? 

「それ……本当なのか!? ……じゃない本当なの?」

「まだこの段階ではなんとも……しかし身体が残っている以上鎧の生命維持システムが少しでも残ってさえいれば……我々科学医療班が全力を尽くします」

 そう言うと科学者戦闘員が何人かやってきてグラギムを手術室へと連れて行った。

 

 それからしばらくざわついていた戦闘員たちは徐々に散り散りになって部屋に戻っていき、俺も作戦報告の為会議室へと赴いた。

 

「……以上です」

 作戦の一部始終を報告するとイビール将軍は悔しそうに拳を握りしめる。

「VXめ……またしても生きながらえるとは……ジャドラー! 次こそはVXの息の根を止めてみせろ」

「おう! 次は負けねぇよ」

 イビール将軍の命を受け継ぎの作戦は一周回ってジャドラーが再び担当することとなった。

 そして部屋を後にしようとすると

「おい、マルデュークちょっと待てや」

 ジャドラーから急に呼び止められた

「は、はいっ!? なんでしょうか……?」

「はぁ……なんか最近のお前の喋り方調子狂うなぁ……まあそんなこたぁどうでもいい。 あいつの戦い俺も見てたんだが……残念だったな」

 てっきりいつもどおり皮肉を言われるのかと思ったが彼の言葉には哀れみが含まれていた

「あいつがVXより弱かったから負けちまった。それはもう取り消せねぇことだ。だがよ、あいつの勝つことへの執念は戦いから感じ取れたぜ。腰抜けって言っちまった事は取り消させてもらう……勘違いすんなよ!? ただ俺はあんな戦いをしたやつを腰抜け呼ばわりしたままだと寝覚めが悪ぃだけでゲニージュを認めた訳じゃねぇからな!」

 そう言うとジャドラーは逃げるように自分たちの区画へと戻っていった

「ジャドラー……」

 今のは彼なりの優しさだったのかもしれない。

 他の種族を見下しているあいつがそんな事を言うなんて考えられない事だったけどグラギムはたしかにあいつの心を動かすほどに頑張ったんだ。

 でももうグラギムはここには居ないしそんな事を言われてもただただ虚しさが残るだけで、その日は食事も喉を通らずグラギムの事を思い出しては涙を流して気がつけばそのまま眠ってしまった。

 

 次の日、朝起きると涙で化粧が取れて顔が凄いことになっていたので化粧落としの重要さを身にしみて感じながら朝のルーティーンをこなして部屋を出るとあの科学者戦闘員に医務室まで来るようにと声をかけられたので以前俺が目覚めた医務室へ向かうとグラギムが眠ったように横たわっている。

「マルデューク様……我々は最善をつくしました……」

「えっ……じゃあやっぱり……」

 VXの必殺技を受けて生きているはずがない。

 そんな事わかってはいた。

 淡い期待なんて持つだけ無駄だったんだ。

 いくら頑張ってもアポカリプス皇国の未来は変わらない。

 それなら俺が今やってることだって全部無駄なんだ。

 そんな虚無感と絶望感が押し寄せる中グラギムの指がぴくりと動いた

「ッ……ここは……? 私はVXにやられて……」

 なんとグラギムは目を開けゆっくりと起き上がったのだ。

「嘘……」

「はい。我々は最善を尽くしました! アポカリプス皇国一の科学者である私のプライドにかけてグラギム氏の蘇生手術は成功したのです!」

 科学者戦闘員は誇らしげにそう言った。

 ってちょっと待て? アポカリプス皇国一の科学者って事はマルデュークはそんな凄い人を一話で殺してたって事かよ! 

やっぱりマルデューク余計なことしかしてないじゃないか!!

 とにかくこの科学者戦闘員が生きてるお陰でグラギムが助かるなんてなにかの因果なのかもしれない。

 それにデモンブレイクは斬撃のエネルギーで相手を真っ二つにして爆殺する必殺技……

 本当は亡骸が残る事なんて無かったはずだ。

 科学者戦闘員によればグラギムは既の所で急所を外したお陰でエネルギーを流し込まれず爆散しないで生き残ったらしい。

 それでも相当なダメージを負っていて回復したのは奇跡との事だった。

 きっとグラギムは努力と執念でVXの必殺技を耐え抜いたんだ。

 やっぱり原作とは違う方向に少しずつでも現状を変えていける……のかもしれない。

 でも今はそんな事よりまたグラギムと話ができることが本当に嬉しかった。

「ありがとう! アタシだけじゃなくグラギムまで助けてくれて!!」

 俺はこの体で初めて目覚めた時のように科学者戦闘員をぎゅっと抱きしめながら喜びの涙をながした。

「そ、そんな……私はただ自分にするべきことをしたまでですから……」

 彼は恥ずかしそうにそういった。

 そんな俺と科学者戦闘員を何が起こっているのか分からないと言った顔でグラギムがぼんやりと見つめている。

「あ、あの……私は一体……?」

「細かいことは良いの! とにかく生きててよかった……! 痛い所とかない?」

「は、はい……しかし私は一体……」

 またグラギムと話ができるのが夢の様だ。

「グラギム……よく頑張ったわね! それじゃあ戦闘員達にもグラギムの無事を知らせにいきましょう!」

「えっ……? は、はい……」

「細かいことは後で説明するから!とにかくあなたはしばらくゆっくり休みなさい!」

 こうしてグラギムは鎧と剣が使えなくなったものの生還し、それを知った戦闘員達も大いに喜び、生き残った彼に俺は戦闘員たちの教官という新たな役職を与え、その初仕事として前回の作戦の反省会と称して彼と戦闘員達を労ったのだった。

もちろんお酒は控えめにして

 

つづく



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第四話 美少女になったVX

 グラギムが無事に帰ってきてから一週間が経ち、今日は毎週恒例の作戦会議で今日はジャドラーが指揮を執る番だ。

 最早手慣れた朝のルーティーンを済ませアビガストに行ってきますと一言告げて今日も要塞の中心部にある会議室へ向かう。

 戦闘員達に開放され以前よりも賑やかになった廊下を歩いていると

「マルデューク様おはようございますッ! 本日もお綺麗で」

 そう爽やかに声をかけてきたのは戦闘員と色の違う全身タイツを身に着けたグラギムだった。

 一時はどうなることかと思ったけど一命を取り留め今やピンピンしていて、何人かの戦闘員を引き連れている。

「あらグラギムじゃないおはよう。 今朝もランニング?」

「はい! 作戦がなかろうとその間怠けているわけには行きませんからね……皇国陛下から直々に賜った剣と鎧をあのVXに破壊されてしまったわけですからこの身一つでヤツを倒せるまでに強くならなくては……! それでは私はこれで! 日課の要塞内150周ランニングの途中ですので!」

 150周!?   

 ただでさえだだっ広いこの要塞を150周も? 

 最近毎朝走ってるとは思ってたけどまさかそんなハードな部活の朝練みたいなことをしてたなんて……

 いくらなんでも雑務に勤しんでいる戦闘員達が少ない自由時間までこんな訓練に駆り出されていると思うと気の毒になってくる。

「そ、そう……ねえグラギム? 鍛えるのは良いけれど戦闘員たちの体調とかにも気をつけるのよ? これで本番に差し支えたり怪我したら本末転倒だから」

「ええもちろんですとも!」

 グラギムはそう言うが結局意識の高い先輩が居ると下っ端は断るに断れなくなるんだよなぁ……

「それとあなた達もしんどくなったら休むこと。あんまり無理しすぎたら逆効果よ?」

「もちろんわかってるッス! まだまだ100周入ったところでピンピンしてるッスよ!」

「そうですよ。マルデューク様に待遇を良くして頂いてるのに自由時間にただ遊び呆けてるだけじゃバチが当たります!」

「まず自由参加でまだ部屋で寝てるやつも居ますしもう何人も途中で抜けた奴も居ます。それにグラギムさんはそこまで厳しいことしないですよ。寧ろジャドラー様とかドスチーフ様の担当の作戦の時の雑用とかのほうが何倍もキツイです……それに比べたらこのくらい屁でもありません!」

 戦闘員たちはもうかれこれ100周はしているというのにハキハキとした声でそう答えた。

 グラギムの人望の厚さと統率力もあってか戦闘員達の士気は格段に上がっている事が見て取れ、彼らの反応を見る限り日本の体育会系のノリなんかよりはずっとマシそうで俺はそっと胸をなでおろす。

 きっと今の中身が万年平社員のマルデューク(おれ)なんかよりグラギムの方がずっと幹部に向いてるんだろうなぁ……

 そう考えるともう少しアポカリプス皇国作戦参謀として身を引き締めないといけない。

「そ、そう……あなた達が大丈夫なら良かったわ。 でも無理だけはしないでね? あなた達が元気で居てくれるからこのアポカリプス皇国軍は回ってるんだから。もちろんグラギムもよ? アタシ一人じゃ戦闘員達全員の把握や管理はできないもの」

「もったいなきお言葉です。それでは我々はまだランニングの途中ですので! 失礼します! それではラストスパートだ! 我らアポカリプス皇国勝利のために! グニアアポカリプス!」

「「「「「「グニアアポカリプス!」」」」」」」

 グラギムたちは軽くアポカリプス皇国式の敬礼をしながら勝鬨を上げとランニングへと戻っていき、俺は彼らの背中を見送った。

 ああいうのって青春って言うのかなぁ……若いって良いなぁ……

 っといけないいけない……

 アタシ(おれ)は中身は40手前でもまだまだ花盛りピッチピチの200歳なんだから……

 ん? なんかよくわかんないこと言ったか俺……? 

 っといけないいけない。

 会議に行く途中だったんだ! 

 また遅刻したら何言われるかわかったもんじゃないし急がなきゃ! 

 俺も会議に急ぐため要塞中心部へとヒールをカツカツと鳴らしながら小走りで向かった。

 

 そして今日はなんとかしっかりと会議の時間までに間に合い会議が始まり、いつもどおり厳つい面々がモニターで前回のVXの戦いを眺めている。

「前回マルデュークの作戦はVXをあと一歩のところまで追い詰めたが倒すまでには至らなかった……ここまで四参謀の作戦がことごとくヤツ一人に退けられていて皇王陛下も憤っておられる……幾多の星星を植民地にしてきた我らアポカリプス皇国軍としても不甲斐ない限りだ」

 イビール将軍は深刻そうにそう呟く

「任せてくれよ将軍! 次こそ俺たちドジャーリがあのいけ好かないVXを叩き潰す!」

 幹部の中でも一番厳ついジャドラーはそう声を上げる

「フン……その意気や良し……せいぜいあがいてみせるがいい」

 獣のような見た目をした幹部ドスチーフはその言葉を鼻で笑いジャドラーはそんな彼を睨みつける。

「なんだとテメェ! 見てろ吠え面かかせてやるからな!!」

 ジャドラーは力強く言い返し今回の作戦の概要を説明し始めた。

 その作戦とはジャドラーが作らせた生物置換装置のテストを兼ねたもので、街の人間を無造作に動物に変えて混乱させVXをおびき寄せるというものだった。

『ほう……アナタにしてはマシな作戦を考えましたね。 しかしその生物置換装置というのは?』

 その作戦を聞いたロボットのような見た目の幹部ヘルゴラムは彼にそう尋ねるとジャドラーは何やら電卓のような装置を取り出して見せつけた。

「ああ! ゲニージュの科学者に作らせた。どうも俺たちのこの姿じゃ地球に潜伏するのも難しいだろ? 俺たちを地球人そっくりに擬態させられる装置だ。もしそんなのが出来上がったら簡単に地球に潜入できるようになるだろ? どうだすげえだろガハハハ! まだ実験ができてねぇからまずは地球人で試してやろうって思ってよォ!」

 ジャドラーは得意げに高笑いを浮かべた

『ふむ……なかなか興味深いですね。ま、我々はホログラムを使えば地球人の目を欺くことなど容易なのですが……ところでその装置の使い方はおわかりなのですか?』

 ヘルゴラムのその言葉でジャドラーの高笑いはピタッと止まった

「い、いや……ほら……ここをこう押したらなんかこうあれだよ……」

 急にたどたどしい口調で手に持った装置を眺め始めるジャドラー

 そう。彼は作らせたは良いものの装置の使い方を全く理解できていないんだ。

 そしてマルデュークがそんな彼を見かねて協力を持ちかけて街を混乱の渦に陥れるんだけど最終的にVXには何故か装置の力が効かず怪人も倒された上置換装置をVXに奪われて動物にされた人達を元に戻されそのまま撤退を余儀なくされるっていうのが今回の話だった……はず。

 でも既に死んでいるはずのグラギムが生きていたりと俺が昔テレビで見ていたとおりに物語が進んで行くわけでは無いからこんな序盤に原作から逸脱した行動を取れば下手をするとVXが負けてしまう可能性だってある訳でそれだけは避けなきゃいけないしここは一応筋書き通りに進めといたほうが良いよな……? 

 装置を動かすのはなんたってマルデューク(おれ)なんだし話の通りに進めてさえおけばVXの敗北は避けられるはず……

 そうと決まれば……! 

「ふ、フンッ! アタシ達の技術で作ったものをアンタたち下等なドジャーリ如きに扱えるわけないじゃない!」

 だからアタシが直々にVXをブタにでも変えて焼豚にしてやるわ! 

 テレビで見たマルデュークはそんなセリフを続けて手柄を横取りするためにジャドラーと渋々協力することになるんだけど……

「あァ? 今なんつった?」

「ひっ! ご、ごめんなさいっ!」

 ギロリとジャドラーにドスの利いた声で睨みつけられ思わず俺は言葉を止めてしまう。

 やっぱりこんな厳つい化け物と面と向かって罵り合いができるマルデュークってすごかったんだな……

 しかしそんなビビるマルデューク(おれ)を見てつまらなさそうにジャドラーは大きなため息を一つついて頭を抱えた。

「はぁ……少し睨みつけただけで謝ってくるなんて最近のお前なんかつまんねぇな…… で? なんだって? 話だけは聞いてやるよ」

「あ……あの……よかったらおr……アタシがその装置を使って……VXをブタに……」

「はァ? 聞こえねぇなぁ! いつもの威勢の良さはどこに行ったんだァ? もっと腹から声出して喋れ!」

「は、はいぃっ! その……恐らくわたくしならその装置を使って地球人を他の動物に変えられると存じますのでよろしければお力添えさせていただきたく……」

 ああ駄目だ……普通にいつも上司に怒られてる時みたいな感じになってしまった……

 これじゃあ女幹部としての威厳ゼロだ……

 それに低姿勢すぎるマルデュークが余程予想外だったのか他の幹部や将軍も目を丸くして見つめてくる。

「わーったよしょうがねぇ。 折角の機械も使えなきゃ意味ねェしな…… 但しVXを倒した時の手柄は俺たちドジャーリのモンだからな!」

「は、はいもちろんでございますッ!」

「なんだやけに素直じゃねぇか……変な気起こすんじゃねぇぞ? ほらよ」

 ジャドラーはそう言うと生物置換装置を投げつけてきたのですかさずキャッチする。

 ふぅ……落としたら絶対壊れてただろうけどそこばかりはこの身体の反射神経に感謝しなきゃいけないな。

 そして手元に受け取った装置を見ると最早懐かしさすら覚えるほどに見慣れた地球人に優しいQWERTY配列のキーボードと小さな液晶、そして安っぽいアンテナが付いたお粗末で胡散臭い代物だった。

 これもテレビで見てたとおりとは言え美術スタッフが急ごしらえで作ったんだろうけど言語からして全く違うアポカリプス星人が使うにしては無理があるだろこれ……

 そんなどう見ても安っぽくて胡散臭い装置を眺めていると

「そんじゃ俺様が直々に選んだ我らドジャーリの豪傑を紹介するぜ! 出てきやがれ!!」

 ジャドラーが声を張り上げ部屋の中心にある転送装置に閃光が走り光の中からイカに似たドジャーリ族の怪人スドイックが現れた。

「ゲヒャヒャヒャヒャ! スドイック、ここに水産……いえ推参いたしました! 必ずやVXとやらを打倒しドジャーリこそが我が星最強の種族であることを証明してみせましょう!」

「おう、相変わらず腕の先までピンピンしてやがるな! お前のその力でVXをねじ伏せてこい!」

 威勢よくジャドラーがそう叫びスドイックはその声に応じ跪いた。

 そして作戦会議は終了し作戦決行当日……

 

 置換装置を持って地球に降り立ったマルデュークと戦闘員が人を次々に動物へと変える怪事件を起こし、その事件をアポカリプス皇国の仕業だと嗅ぎつけてきた月影瞬がその前に立ちふさがるまではテレビで見たとおりだ。

 そして町外れにある石切場で待ち構えていると瞬は戦闘員達を追ってやってきた。

「そこまでだアポカリプス! 動物に変えた人達を元に戻してもらうぞ!」

 そうこちらを睨みつける瞬の姿はテレビで見た以上にかっこよく見えてしかもそれを特等席で見られるなんてなんて幸せなんだ……

 ってそんな浸ってる場合じゃない! 

 早く瞬には【装鋼騎士シャドーVX】の筋書き通りこの計画を打ち砕いて動物にされた人達をもとに戻してもらわなきゃいけないんだから……

 そうと決まれば……

「性懲りもなく出てきたわね月影瞬! 出番よ!」

 俺がそう呼びつけるとどこからともなくスドイックがぬるっと姿を現す

「ゲヒャヒャヒャ! VX! 今日こそ貴様の最期だ! お前も動物に変えられた地球人の仲間に入れてやる! 来い月影瞬! 貴様を倒して我々ドジャーリ族こそがこの星を支配するのだ!」

 スドイックはそう言うと長い触手を伸ばして攻撃を始め、それと同時に戦闘員たちも瞬へと飛びかかるも瞬はその触手と戦闘員の猛攻を変身もせず徒手空拳で応戦しいなしていく。

 その陰で一人の戦闘員が置換装置を操作していたのだが瞬はそんな怪しい動きに気づき大きく跳躍してすかさず置換装置を持つ戦闘員の手から装置を蹴り上げた。

 そして宙に浮いた置換装置はそのままマルデューク(おれ)の方に飛んできて手元にすっぽりと収まる。

 これもテレビで見たとおりだ。

 置換装置をキャッチしたマルデュークは勝利を確信して高笑いを浮かべて装置を作動させるんだけど瞬には効かなくてそのままVXに変身してスドイックも倒されて情けない捨て台詞を吐いて退却。

 こうしてVXの活躍により動物に変えられた人達も助かってめでたしめでたしって結末だったはず……

「おーっほっほっほ! 運はアタシに味方したようね! これでアナタも終わりよ! アタシに付けたこの傷のお礼をたっぷりさせてもらうんだから」

 そんなテレビで見たような完全に勝ち誇った台詞を言って装置を操作して置換装置から出る光線を瞬に向けてぶつけると巻き上げられた砂埃の中から何事もなくVXが出てくるはずだ。

 でももたもたしてたらそういう訳にも行かなくなるし急がなきゃ……

 装置の操作は簡単でテクノロジーはよくわからないがキーボードで半径10mに居る人間の名前を入力し、隣りにあるアイコンを選んでアンテナから光線を照射するとあら不思議! 対象の人間は選んだアイコンの動物に変わってしまうというものだ。

 なので俺はキーボードで手始めにツキカゲシュンと入力した。

 変化する動物はどうせ効かないんだし適当でいいや。

 とアイコンを選びエンターキーを押そうとしたその時戦いの際に舞った砂埃のせいか鼻がムズムズとしてきて……

「ふぇ……ふぇ…………はくちゅん!」

 可愛らしいくしゃみをした拍子にボタンを何個か押してしまい、装置の先についたアンテナから蛍光色のビームが瞬めがけて発射された。

 やば……まだちゃんと確認もせずに打っちゃった……

「ぐわぁぁぁぁっ!」

 瞬はそんな声と同時に大きく舞った砂埃に包まれる。

 一応ここまではテレビで見たとおり……ちゃんと操作できてた事を信じるしか無い……

「ゲヒャ! やったか!?」

 スドイックはお約束とも言えるそんな台詞を吐き大きく舞った砂埃を見つめる。

「ななな……なっ……!?」

 そして砂埃が晴れてそこから現れた瞬の姿に俺は目を疑った

 

 

「な、なんだ? なんとも無いぞ? そんな虚仮威しに屈するか! って……あれ? なんか声が……」

 瞬の声は明らかに高く可愛らしくなっていて砂埃が晴れていく度はっきりとしてくる彼の姿は背丈も縮んでしまっていて来ていた服はダボダボになっていて髪も伸びて明るい銀髪になっていて、まるで別人の……いや少女の姿になっていたのだ。

「な、なんで!?」

 テレビで見ていた展開とは全く違う事が起こり俺は慌てて手元の機械を確認すると小さな液晶にはタイショウ:ツキカゲシュンと書かれているその横には女性用トイレのマークのようなアイコンが映し出されていた。

 もしかしてさっきのくしゃみで操作が狂って瞬を女の子に変えちゃった!? 

「お、おい! なんだジロジロとこっちを見て! まだ戦いは始まったばかりだろ?」

 瞬は可愛らしい声でスドイックを睨みつけるがスドイックは大きく高笑いを浮かべた

「ゲヒャヒャヒャヒャ!! ずいぶん弱そうな姿になったな月影瞬! やれるものならやってみろ!!」

「お前がそう言うなら望み通りにしてやる! 転ッ……装!」

 ダボダボとした服の袖を振り回しながら変身ポーズを取る瞬、しかしその姿はVXに変わることはなかった……

「転ッ……装! 転ッ……装!!! くそっ! どうして転装できないんだ!! それに身体もなんか縮んで……おい! 一体何をした!?」

 瞬は自分の身体に起こった変化を理解しきれないのかそう言って俺の方を睨みつけてきた。

 恐らく置換装置で細胞まで書き換えられてしまったことで改造人間ですらなくただの一人の人間の少女になってしまった結果転装ができなくなってしまったのだろう。

「ゲヒャ! どうした? VXに転装しないのか? それならこちらから行くぞ! 死ねっ! 月影瞬!!」

 スドイックはこれがチャンスとばかりに少女へと変貌した瞬へと触手を伸ばして攻撃を再開する。

 どどどどどうしよう……本当は装置の光線が当たる直前に変身して対象が瞬からVXへと変わったせいで装置の効果が無効になっていたはずなのに俺がくしゃみをしたばっかりにタイミングが少し早まったせいで本来失敗するはずだった作戦が成功した上瞬が今にも倒されそうになってる……! 

 このままじゃ地球は早い段階でアポカリプス皇国の手に堕ちてしまう! それだけはなんとしても避けなきゃ……

 そ、そうだ! 

 俺はとっさに手に力を集中して手からエネルギーでできたムチを出し、スドイックの伸びた触手もろとも瞬の足元に振り下ろして再び大きな砂埃を巻き起こした。

 これで逃げるだけの時間は稼げるはず……頼む逃げてくれよ瞬……

「ゲヒャァァァ! おいマルデューク! 何をする!? やはり手柄を横取りするつもりだったかァ!?」

 もちろん攻撃を邪魔されたスドイックはこちらを睨みつけてくる

 やばいやっぱり近くで見ると怖い……

 いや……(アタシ)はアポカリプス皇国軍作戦参謀マルデューク……

 ここは毅然とした態度で……

「あらごめんなさい。なんだか小動物みたいになったアイツを見てたらお腹の傷が疼いちゃってね。でもこれだけ攻撃を浴びせれば瞬もお終いね。 おーっほっほっほ!」

 俺は更に高笑いを浮かべ時間を稼いだ。

 そして砂埃が晴れてくるとそこには俺のムチが当たってちぎれたであろうスドイックの触手の先端が数本落ちているだけで瞬の姿はそこにはなかった。

 よかった……なんとか逃げてくれたみたいだ……

 俺はひとまず胸をなでおろしたが瞬を仕留める最大のチャンスに水を差されたスドイックは激昂し……

「ゲヒャァァァ! ふざけるなマルデューク! 俺の邪魔をして一度ならず二度までもまた月影瞬を逃がすとは! いくら幹部と言えど許さんぞ! ゲニージュの部下たちに痴態を晒し上げた後に絞め殺してやる!!」

  スドイックの触手は俺の身体を一瞬のうちに俺を締め上げてきた。

 ほんのりと湿った触手の感触はなんとも名状しがたいもので背中にゾワゾワと悪寒が走る。

 しかしそんな事などお構いなしに触手はどんどん身体に巻き付きそのまま持ち上げられたかと思うと逆さ吊りの状態にされぎりぎりと締め付けられた。

「ぐっ……んっ……あぁっ!!!」

 吊るし上げられる俺を見た戦闘員たちはどうすれば良いのかわからないのかおどおどとしてこちらを見つめてくる。

 そして触手の先端は俺の敏感なところに触れ……

「ひぅっ♡ や……やめ……」

 思わず変な声を出してしまった。

 自分でもまだちゃんと触ってないどころかマトモに見てもないのにっ……

「あ……アナタ達……見てないで助け……あんっ♡」

 戦闘員達に助けを求めてみるが彼らは相変わらず見ているだけだった。

 駄目だ……結局急場で作り上げた信頼なんてこの程度か……

 まあ俺が戦闘員の立場だったら上司がどう考えても勝てない奴に捕まってる状態で助けに行こうなんて思わないけど……

 しかしその時

「やめるっス! マルデューク様をこれ以上辱めることはこのワグが許さないッスよ!」

 戦闘員の一人がスドイックに飛びついた。

「そ、そうだ! マルデューク様を離せ!」

「いくら強いからってこれはやりすぎだぞゲニージュより下級種族のくせに!!」

 一人の戦闘員が突破口を開いたお陰でそれに続いて何人かの戦闘員もスドイックへ飛びかかったり俺を縛り付ける触手を叩いたり蹴ったりし始めた。

 しかしスドイックはそんな戦闘員をいとも簡単に跳ね除ける。

「ゲヒャ? 下級戦闘員の分際でこのスドイックに楯を突こうとは面白い! まずはお前から先にあの世に送ってやろうか?」

 だ、だめだ……このままじゃ戦闘員たちまで殺されちゃう……

 いやちょっと待てよ? 

 おとなしく捕まっちゃったけどいくら他と違ってほぼ生身とは言え幹部クラスの力があるはずのマルデュークがこの程度で負けるはず無いのでは? 

 さっきちょっとムチで叩いただけで触手も切れてるんだから……

 試しに手に力を込めてエネルギーの剣を生成してみるとあっさりとスドイックの触手を貫いた。

「ゲヒャッ! い、痛っ!」

 この調子なら簡単に脱出できそうだ。

 あんまり味方同士で痛めつけ合うのも気がすすまないけど……

 そのまま手を動かしていくと簡単に俺を縛り付けていたスドイックの触手は切り裂かれていきあっさりと離脱することが出来た。

「ゲヒャァァァ!! 俺の触手がァァァ」

 そしてそのままエネルギーで出来た光の剣の先をスドイックの眼前に向ける

「確かに瞬を逃したのはアタシの判断ミスよ。そこは謝罪させてもらうわ。でもね、どちらが上かははっきりさせないといけないでしょう? これはれっきとした幹部への反逆行為よ? 今すぐイカそうめんにしてあげても良いけれど……?」

「ゲ……ゲヒャ? イカソーメン?」

「それにアタシだけなら飽き足らずアナタの為に精一杯働いたアタシの可愛い部下にまで手を下そうって言うなら容赦しないわよ」

「ゲ……ゲヒャ……も、申し訳ありません……」

 俺はそう言ってスドイックを睨みつけると彼はビクリと身体を硬直させてその場で跪いた。

 ふぅ……この悪人顔が役に立ったなぁ。

「わかればいいのよ。原因はアタシだし……ここは責任を持ってアタシが瞬を探してとっ捕まえて来てあげるわ。その後はアナタの好きになさい。もちろん手柄は全部あなた達それでここは手打ちってことにしない?」

「げ、ゲヒャ……俺としても触手の再生に少々時間がかかるのでそうして頂けるのでしたら……」

 スドイックは声を震わせてそう言ってひとまずスドイックの腕が再生するまでにかかる数時間の間は俺に指揮を任せてくれる事になり、ひとまずスドイックは要塞へと転送されていった。

 

 そして少女の姿になった月影瞬捜索作戦が結構されることとなった。

「あの身体じゃそう遠くには行っていないはず。 あくまで穏便に、事を荒立てないように見つけ出すのよ! あ、そうそう。こんな事もあろうかと変装用の服も用意してあるから」

 俺は用意していた服を戦闘員に配り、全身タイツの姿からスーツとサングラスの人間社会に溶け込めるような服装に着替え瞬を探すため散り散りになっていった。

 さて……スドイックには悪いけどまずは戦闘員達より先に瞬を見つけてもとに戻さなくちゃ……

 瞬が逃げる場所は……ひとまず人を隠すなら人の中って言うし近所の街を探してみようか。

 そうと決まれば俺もこんな格好じゃ街は歩けないし……

 俺も持ってきていた服に着替えてメイクも軽めにし直して街へと向かった。

 それからしばらく街を歩いていると俺の目に洋服屋のショウウィンドウが目に飛び込んできた。

 ん? あの服可愛いかも……! 

 俺は服に引き寄せられる様にその服屋に入り

「すみませんっ! この服試着させてもらっていいですか?」

 早速試着を始めた。

 もう女物の服も手慣れたもので試着室で手際よく着替えてみるとやっぱり似合う。

 さすがアタシ(おれ)! 美人だから何着ても絵になるなぁ……

 って何やってんだ俺は……ま、まあこれも今後作戦で地球に潜伏する時の変装に使うものだし……

「あの、すみませ〜んこの服買います。あっ! これも良いかも……それにこれも!」

 それにアビガストに似合いそうな服も結構あったのでお土産も兼ねて結局そのまま何着か追加で買い物をしてしまった。

「はぁ……買った買った……って違う違う! 今はあくまで仕事中……戦闘員達より先に女になった瞬を探さなきゃ!」

 何普通に買い物楽しんでんだか……

 横道にそれてしまったが買った服の入った袋片手に瞬を探していると

「ご、ごめんなさいっ!」

 そんな聞き覚えのある声と共に男子公衆トイレからどう見てもサイズの合っていないダボダボの服を着た銀髪の少女が飛び出してきた。

 間違いない! 女になった瞬だ! 

 流石に急に声をかけるわけにも行かず遠巻きに彼を眺めてマルデュークの身体能力をフルに使い聞き耳を立てていると

「うう……一体どうなっちゃったんだ俺の身体……それにトイレ行きたいのにこの身体で男子トイレ入ったら追い出されちゃったし……そうなるとこっちに入るしかないよなぁ……でも俺は男だぞ? 女子トイレに入るなんて……でもこんな身体じゃ立ちションなんてできないし」

 瞬はどうやらトイレに行きたいようで女子トイレの方をチラチラと見つめていた。

 わかるわかる。

 急に女になった時っていつもの癖で立ちションしちゃったり男子トイレ入っちゃったりして大変だよなぁ。

 実際俺も何回かやらかしたし……

 なんだか女になった時の反応って憧れてたヒーローでもアラフォーのおっさんでも大して変わらないんだなと思うと一気に瞬に親近感が湧いてしまう。

 そしてとうとう瞬にも限界が来たようで

「ああもうっ! 今日だけだから仕方ないっ!」

 そう言うと女子トイレに駆け込んでいった。

 うーん……気になる。流石に女子トイレの中まで追いかけて覗き見するのは人としてどうなんだ……

 でもすごく気になるし今の俺は悪の女幹部なんだから女子トイレを覗き見するくらい地球を侵略することに比べたら可愛い……よな? 

 俺はしばらく考えてからそんなよくわからない理由で自分を正当化し女子トイレの中をこっそり覗き込んでみると瞬が鏡の前で自分の姿をじっと見つめたり顔や髪を手で触ったりしていた

「はぁ……女のアソコなんて始めてみた……それにしても……本当に女になってる……一体どうなっちまったんだ俺……んぅっ♡ 胸も走る度擦れてなんか痛いと言うか変な感じだし……」

 瞬はダボダボの服に出来たたわわな膨らみを触り可愛らしい声を上げていた。

 やっぱり女になった時って確かめたくなるよね……

 瞬も俺と同じ様な反応してるしみんな通る道なんだなぁ……

 そんな女になった先輩として先輩風を吹かせていると

「はぁ……これからどうすれば……転装もできないしなんとか逃げられたけど今アポカリプス皇国の奴らに見つかったら……」

 瞬は鏡の前で可愛らしいため息を付いた。

 ま、現在進行系でそのアポカリプス皇国の女幹部が覗きをしてるんですけどね……

 その時

「ちょっとそこ邪魔なんだけど?」

 急にトイレを使うためにやってきた後ろから恰幅のいいおばさんに押しのけられ俺はバランスを崩し思いっきり倒れ込んでしまう。

「うわっ! ちょ……きゃぁっ! いててててて……」

 畜生……確かにトイレの入口に突っ立ってたら邪魔なのはわかるけどいくらなんでも押さなくてもいいだろ……

 俺は心の中でそんな愚痴を吐きながら顔を上げると目の前にはとんでもなく可愛い美少女……いや女になった瞬がこちらに手を差し伸べていて……

「あ、あの……お姉さん大丈夫ですか?」

 そう声をかけられた

 あれ……遠巻きにしか見てなかったけど女になった瞬めちゃくちゃ可愛くないか? 

 やばいっ……めっちゃ緊張してきた……

 これが憧れのヒーローが目の前にいることで緊張しているのか女性経験の少ない俺にこんな美少女が話しかけてきたかなのかわわからないが彼、もとい彼女を目の前にして俺の心臓の鼓動はドクドクと速さを増していく。

 いや多分どっちもなんだろうな……

「えっ!? い、いやおおおお俺は別に覗きなんてしてませんよ!?」

 急なことでとっさに痴漢冤罪をかけられた人みたいな挙動不審な反応をとってしまったが瞬はそんな俺を見て首を傾げる

「覗き? 貴女も女の人ですよね?」

「う、うんありがとう……そう! 俺……アタシも女の子……だけど……」

「……とりあえず立ちましょうか」

「あ、ありがとう……ございます……」

 差し伸べられた瞬の手を借りて俺は立ち上がるが

 なんてちっちゃい手だ……前に俺を助けて手を引いてくれた時はマルデューク(おれ)の手なんかよりずっと大きくて力強かったのに今や俺の手の中にすっぽりと収まるか細い手をしてるなんて……

 なんだか俺の中に変な感情がこみ上げてくる。

 行けないいけない……それよりタイミングを見計らって瞬をもとに戻して今週も地球の平和を守ってもらわなきゃいけないんだ……

「あっ、そうそう。ところで君、なんでそんなブカブカでボロボロな服着てるの?」

「えっ? あ、ああえーっと……これには色々あって……」

 そりゃさっきまで怪人と戦ってたら突然女になってしまいましたなんて言えるはずもないよなぁ……

 一応置換装置も持ってきてるし本当は今すぐにでも瞬をもとに戻したほうが良いんだろうけどこんな美少女をもとに戻すのももったいない気が……

 まだスドイックの触手の再生には何時間かかかるって言ってたし少しぐらいは良い……よね? 

「そ、そうだ! そんなボロボロでブカブカの男物の服だったら動きにくいでしょ? さっき良いお洋服屋さんを見つけたんだけど行ってみない? もちろん服代はアタシが出してあげるから……あっ、そうだ! パフェも食べましょ? 美味しいわよ」

「え、えっと……」

 やば……この言い方いくら今の俺が女だからってこんな年端も行かない女の子を連れ回そうとしてるなんて完全に令和の世じゃ事案だろ……

 でもここは大体俺が居た前世より30年くらい前の雰囲気の異世界だからなんとかなってくれ!! 

 今すぐこの可愛い瞬に可愛いお洋服着せたり一緒にスイーツ食べたりしたいっ! 

 それくらいは許されても良いはずだろ……!? 

 俺は必死にそう祈ると瞬はこくりと小さく頷いた。

 よしっ! 流石古き良きおおらかな時代ッ! 

 瞬も知らない子供に声かけまくったり子供の家に上がり込んだりしてたけど何も言われてなかったしな……

「そうと決まればこっちよ! ついてきて!」

「わっ、ちょ……ちょっとお姉さん!?」

 以前彼に手を引かれたのとは真逆で今回は俺が瞬の手を引いてさっきの洋服屋の方へと走り、彼はサイズの合わないズボンをずり落ちない様に必死に抑えながら俺に引っ張られてるいてくる。

 その道中ランジェリーショップに通りかかりそこで立ち止まった。

 服よりまずは下着をなんとかしたほうが良いよな……

 俺は自然とそんな事を考えて口元が緩む。

「お、お姉さん? どうしたんですか?」

「ねえ、そんな格好だったら擦れて痛くない?」

「擦れるって……!?」

「ほら……胸とか」

 俺がそう言うと瞬は顔を赤くしてしばらく黙りこくったあと静かに頷いた。

「それじゃあ買いましょうかブラジャー」

「えっ、ブブブブラジャー!? 良いですよそんなの……」

「もちろんアタシが買ったげるから遠慮しないで。ほらっ! 行くわよ」

 俺は戸惑う瞬を引き連れてランジェリーショップに入った。

「うーん……これかな……? いやこっちのほうが似合うかな……?」

「え、えーっとあの……本当に大丈夫ですから。早く出ましょう? ね?」

 今の瞬に似合いそうなブラジャーを選んでいる横で彼は顔を真赤にしてキョロキョロと店内を見回したり目を伏せたりした。

 やっぱり男がこういう所に入るのは抵抗あるよなぁ……

 ま、俺はマルデュークとしての記憶がある分少しはマシだったけど瞬はずっと男だったんだしこんな空間は正直抵抗あるだろうなぁ……

 だってどこ見渡しても女物の下着がぶら下がってるんだし。

「ずっと擦れてたら気持ち悪いし痛いでしょ? あっ、これなんてどう?」

「うう……こんなの似合うかどうかなんてわからないですよ……」

「それじゃあ付けてみなきゃね。 そうだ! まずはサイズ図らなきゃ。店員さーん! メジャー貸してください」

 俺は店員からメジャーを借りて瞬を試着室へ連れて行った。

「それじゃあサイズ測りましょっか!」

「えっ? は、はい……」

 瞬はあまりにも自分に降り掛かっている現状を処理しきれないのかもじもじとして小さな声でそう言ったので

 俺はダボダボになっている彼の服をたくし上げた。

「ひゃぁ! ななな何するんですか!?」

「だってそんなブカブカな服の上からじゃサイズ測れないでしょ? ちょっと冷たいけど我慢してね」

 俺は顕になった瞬のハリのある腹と以前には無かった大きく柔らかい膨らみを見て鼻息を若干荒げつつメジャーを彼の膨らみに巻きつけた。

「んっ……!」

 瞬はメジャーが敏感なところに当たって驚いたのかそんな可愛らしい吐息を上げた。

 ああ可愛いっ! 

 美少女になった瞬のカップサイズを40手前のオッサンが測ってるなんてこんなの犯罪だろ……

 いやでも今の(アタシ)は悪の女幹部マルデュークだから何ら問題は無しっ! 

 俺はそのまま瞬のカップサイズを測っていき

「うーん……Eってとこか。それじゃあこれ付けてみて?」

「へっ!? つ、つける……!? そんなの付け方知りませんよ」

「へぇ……こんな良いおっぱいしてるのにブラも付けたこと無いなんてねぇ……」

 俺はスケベ心が瞬の膨らみに手が伸び、その柔らかな膨らみを優しく撫でる

「ひゃんっ……や、やめてくださいっ……!」

 瞬は胸を触られる未知の感覚からか可愛らしい声を上げて身体をビクリと硬直させた。

 ああっ……わかるよ! 

 胸とか男だった頃の何倍も敏感だし変な声漏れちゃうのもやっぱり皆通る道なんだよな

 そんな女になった男あるあるを勝手に共感しながら彼の胸に何着か持ってきたブラジャーからサイズの近いものを選び巻きつけてみる

「そんな触ったくらいで声出しちゃうくらい敏感なんだからそんなゴワゴワな服じゃ掠れてたいへんでしょ? だからブラジャーは付けとかなきゃダメよ? ブラジャーって凄いんだから」

「うう……」

 瞬は俺にされるがまま服を脱がされブラを身につけられていく。

 その時触った少女になった瞬の素肌にはこれでもかと言うほど艶と潤いがあって(マルデューク)として嫉妬したくなる程だ。

 そんな瞬の柔肌をブラジャーの中へと収めていく。

「えーっと……ここを寄せて……ちょっとくすぐったいわよ」

「あっ……! んっ……」

 瞬は胸を触られる度必死に堪えている声が漏れ出してくる。

 そんな我慢してる瞬も可愛いっ……! 

 そしてとうとうブラジャーを付け終え瞬を鏡の前に立たせた。

「どうかしら? 結構しっくり来るでしょ?」

「しっくりって……なんか胸が締め付けられて変な感じ……です。」

 彼はブラジャーに包まれた自分の胸を不思議そうに優しく撫でていた。

「それじゃあもう一回これ着てみましょうか」

 俺は瞬が着ていた男物のシャツを再び彼に着せた。

「どう? これで胸が擦れることはなくなったでしょ?」

「ほ、ほんとだ……これなら歩く度痛くなったりしなさそうです……!」

「それじゃあセットのこっちも履いてみましょっか」

 俺はブラジャーと同じデザインのショーツを瞬に見せる

「そそそそんな女物のパンツなんて履けないですよ!!」

「どうして? アナタも女の子じゃない」

「い、今は……そうですけど……」

「ほら良いから! 下もどうせ男物のパンツなんでしょ?」

「ひゃわぁぁっ! わ、わかりました! 履きますっ履きますからぁ!!」

 瞬は渋々俺の渡したショーツを履いてくれた。

 そして会計を済ませてランジェリーショップを後にする。

「うう……俺男なのに女物の下着着せられちゃった……」

 瞬は男として大切なものを失ったであろう喪失感からそう小さな声でつぶやいていた。

「ん? なにか言ったかしら?」

「い、いえ何も……」

「そう! それじゃあ次はそんなサイズの合わない服じゃ動きにくいでしょうしお洋服も変えなきゃね! 行きましょ!」

「えっ、ちょっと待ってくださいよぉ!」

 俺は再び瞬の手を引いて最初に立ち寄った服屋へと向かった。

 

 

「うう……こんなフリフリしたの似合わないですよぉ……」

 

 服屋に入るや否や似合いそうな服を何着か持って瞬と試着室に駆け込み手当り次第に着せてみると目の前には赤面した可愛らしい美少女が立っている。

「全然っそんな事無いよ! すっごく可愛いから……ほら鏡見てみて!」

 恐る恐る鏡を見た瞬は変わり果てた自分の姿に言葉を失ったのか少しの間硬直し

「……これが……俺?」

 と小さな声でつぶやいた

「ん? なにか言った?」

「い、いえ……おれ……いや私っ! こんな可愛い服着たこと無くて……なんか股が落ち着かないというか……」

 可愛いっ……! 

 俺も未だに気を抜いた時にやっちゃうけど一人称誤魔化すのも女物の服着て戸惑ってるところも可愛過ぎかよぉぉぉ! 

 もうだめ……このまま要塞まで連れて帰ってアタシの妹分として飼ってあげたくなっちゃう……♡

 いやいやそんな事したら少なくともアポカリプス星は救われるだろうけどVXが居なくなって地球は終わりだ。

 俺がこの美少女をどうするかでこの星の命運が左右するなんて……今すごく悪の女幹部っぽいことしてないか? 

 ああでも今は自分が悪の女幹部であることも忘れて目の前の美少女と戯れてたいし憧れのヒーローである瞬と一緒に入れる悦びを噛み締めていたい。

 とりあえず瞬をもとに戻すのはもう少し楽しんでからでも……ね? 

「あ、あの……こんな可愛いの恥ずかしいから……もうちょっと地味なのが良い……です」

「う〜んそうねぇ……それじゃあこれなんかどう?」

 俺はその後も瞬を着せかえ人形の様に着替えさせた。

「これでどう?」

「うう……これも他のよりはフリフリしてないですけど丈が短くてなんか落ち着かないです……」

「え〜全部似合ってると思うんだけどなぁ。じゃあ今までのだったら一番どれが良い? このピンクの可愛いの? それともこの水色の……」

 俺は今まで着せ替えた服を何着か見せて瞬に訪ねてみると少し考え込んだ後

「……これが……良いです」

 と小さな声で言ったので早速会計を済ませてタグを切ってもらった。

 

 そして服屋を出ると瞬は人目が気になるようで顔を赤くして終始恥ずかしそうにしていてそんな初々しい彼に

「可愛いわよ」

 俺はそう声をかける。

 それからしばらく街を歩いて買い物をしたりゲームセンターで遊んだりしているうちに初めは慣れない女の身体や服に戸惑っていた瞬だったが徐々にまんざらでも無くなってきたのか途中からはまるで傍から見ている限りは本当にその年頃の少女のようにはしゃぐ彼の姿を見ることが出来た。

 ああ……なんて眼福……

 そして半ば当初の目的を忘れ二人で街を歩いていると瞬の腹がグウと音を立てる。

「もしかしてお腹すいてる?」

「えっ……あっ……はい」

 どうやら瞬自身も自分から出た音に驚いているようで不思議そうに自分の腹を擦っている。

 そりゃ改造されて宇宙に放り出されても死なない程度に強くなってる改造人間が空腹如きで腹を鳴らすはずがない。

 おそらく置換装置の影響で本当に人間の少女へと細胞レベルで変化したことによって今の瞬は本当に年相応の女の子のものに変わってしまっているのだろう。

「じゃあ約束もしたしパフェでも食べに行きましょうか。お姉さんに付き合ってくれたお礼」

 俺はそのまま瞬を引き連れてパフェが食べられそうなレストランを探してオーダーをした。

 それからしばらくして山盛りのパフェが運ばれてくる。

 結構でかいな……

 でもやっぱりいつも要塞でアポカリプス皇国式の奇抜な料理ばっかり食べてるから地球の料理の慎ましさは見る度に実感する。

「い、いいんですか……? 服とか買ってもらっただけじゃなくこんなデザートまでご馳走してもらって」

「気にしないで! アタシが好きでやってるだけだから! 早く食べないとアイス溶けちゃうわよ。あっ、そうだ。アタシのもちょっと食べる? あーん」

 俺は手元にあったパフェをスプーンで掬い瞬の口元に持っていく

「えっ、あ……あーん……? そそそんな悪いですよごちそうしてもらったのにお姉さんの分までなんか……」

「気にしないで気にしないで。ほら食べてみて! ね?」

「は、はい……あむっ……」

 瞬は渋々と言った感じで口を開け、俺の差し出したスプーンを口に咥えた。

「どう? 美味しい?」

「……美味しい……です。 俺……こんなに食べ物が美味しいって思ったの久しぶりかも……」

「ん? 俺?」

「い、いえ……わ、私! 私ですっ! それじゃあ頂きます……ね」

 少しイジワルしたくなって一人称を弄ってみるととっさに誤魔化す瞬を見て更に俺の胸は高鳴る。

 ああ……本当にこのままでも良いんじゃないか? 

 そんな事を俺の中の悪魔がささやく。

 これがマルデュークとしてのものなのかアラフォーのオッサンの邪な感情から来るものなのかはわからないがそんな理性と欲望の間で俺は必死にそんな感情と戦っていた。

 瞬は味覚までも平均的な人間の少女の物に変わっているのか俺の差し出したパフェの一口を味わって食べている。

 そりゃ身体能力だけじゃなくて感覚も強化されてるんだから味覚も変わってくるだろうなぁ……

 瞬が改造されてからどんな味覚を感じているのかは分からないけど今の瞬は心の底から美味しそうにパフェを頬張っていた。

「はぁっ……本当に美味しいっ……! 食べ物がこんなに美味しいなんておr……私忘れてました」

「そう。よろこんでよかったわ」

 そして一通りパフェを食べ終えると瞬は警戒が溶けてきたのか幸せそうな顔でこちらに話しかけてくる。

「あ、あの……お姉さんのお名前まだ聞いてなかったなって」

「ん? 名前? アタシはマ……」

 っといかんいかん。

 ここでアポカリプス皇国軍の幹部であることをゲロったら大変なことになるえーっと……考えろ俺……なんか名前……

「えーっとマリ子よ」

 すげえ咄嗟に考えたけどこれで通すしか無いだろ……

「マリ子……さん……」

「そういうアナタの名前は?」

「え!? えーっと……私は……あの……ごめんなさい思い出せないです」

「思い出せない?」

「はい。私、実は身よりもなくて辛いことも沢山あって……これから行くところも無いんです。だからマリ子さん。私の名前……付けてくれませんか? それにもっと他の所にも連れて行ってほしいんです。ここじゃないどこか遠いところに」

 急展開キターッ! 

 ど、どうしたんだ? 

 瞬らしくもない言葉が帰ってきたぞ? 

 それに連れて帰りたいだなんて思ってたけどまさか瞬の方からそういう言葉が出てくるなんて……

 そんな事言われたらほんとに要塞までお持ち帰りしたくなっちゃうじゃないかッ!! 

「色々辛いことがあったの?」

「はい……それはもう沢山数えられないくらい。私もう嫌なんです……これ以上傷ついたりするの」

 確かに瞬は両親に改造人間にするために育てられたり兄弟同然に育ってきた兄貴分を手に掛けたり家族や理解者を失ったり色々辛いことを経てヒーローを続けてたんだよな。

 俺なら絶対にそんな事出来ないけど瞬はそんな境遇で二年間も悪の組織と戦い続けた。

 きっとテレビには映らないところでこういう弱音を吐いたりもしてたんだろうけどそれをまさかマルデューク(おれ)なんかに弱音を吐いてくれるなんて……

 ああっ! 本当に養いたいっ! かわいがってあげたいっ!! 

「えーっと……名前も思い出せないの?」

「はい。マリ子さんが付けてくれるなら私……その名前でこれから生きていこうと思うんです。なんだかマリ子さんに会ってこの世界ってこんなに心地の良いところだったんだなって思えたんです。なんだか今までいろのなかった視界に色がついたみたいに……」

 こ、これはもしかしてヒーロー辞めます宣言!? 

 ここでマルデューク(おれ)がYESと答えれば地球は手に入るしこんな可愛くなった瞬を好きに仕放題な未来が待っていてマルデューク的には破滅とは程遠いハッピーエンドしか見えない……! 

 でもそうすれば地球の人達はどうなる? 

 俺が40年近く慣れ親しんで住んだこの星の人々は……それに瞬がこれまで自分を捨ててまで守ってきた街の人達は……

 いいやだめだ。

 こんな俺一人のエゴの為に地球を天秤にかけるわけにも瞬の努力を無駄にするわけにも行かない。

 マルデュークとしての破滅回避は自分の手で掴み取らなくちゃ……! 

「あ、あのね……名前は付けてあげる。でもアナタと一緒に行くことは出来ないわ」

「なんで!? それじゃあなんで俺を助けてこんなに良くしてくれたんですか!?」

 瞬はそう声を荒げて問うてきた。

 それはもちろん邪な感情に起因するものだけどあのまま放っておけば戦闘員に見つかってたかも知れないし……

「あのね、よく聞いて? 少し前に困ってる人は放っておけないからって言ってアタシを助けてくれた人が居てその時すごくかっこいいって思ったの。だから私も困ってるアナタを見てたら放っておけなくなっちゃったから声をかけたのよ」

 俺のその言葉で瞬は明らかに自分のことだとわかったのか少し頬を歪めた。

 変装術のお陰でマルデュークだとはバレていない様だけどどうやら以前街で出会った時のことを覚えていてくれていたらしい。

「あ、あの……その人ってそんなにかっこよかったですか?」

「ええとっても。アタシああいう人に憧れてたんだもの」

「……憧れ……ですか」

「ええ。ずっとずっとその人のことを心の支えにできるくらいの素敵な人だって思ったの」

「素敵な人……」

 その時遠くから爆音が聞こえ、レストランに置かれていたラジオからは臨時ニュースが読み上げられた。

『臨時ニュースです! 東京都○×区でイカのような怪人がVX出てこいと叫びながら暴れているという情報が入ってきました。 周辺住民の方々はくれぐれも自らの安全を守る為に行動してください! 繰り返します……』

 どうやらスドイックの触手は完全に再生してしまったようでしびれを切らしたのか街で暴れだしたらしい。

 それを聞いた瞬は少し考え込んだ後ゆっくりと立ち上がりこちらを強く見つめてきて……

「ごめんなさいお姉さん。私、行かなきゃいけない所があったのを思い出しました」

 瞬は恐らくこの姿のままスドイックと戦うつもりなんだろう。

 いくら逃げたい。もう戦いたくないなんて弱音を吐いていても心の底では困っている人を放っておけない。

 そんな心情だけが彼を突き動かして以前よりもか細くなった身体を動かしているのだろう。

「そう……行くのね」

 俺はそんな瞬の覚悟と熱い瞳を見たら引き止めることなんて出来なかった。

「最後にもう一つだけお願い……聞いてくれないですか? あの……名前を……私に名前をつけてください。そうしたら私……いや俺は一歩踏み出せる気がするんです。辛いことから逃げるためじゃなくて辛いことからマリ子さんを……それに皆を助けるために!」

 その瞳からは瞬の鋭く熱い眼光を思い起こさせる。

 いくら身体がか弱い女の子になってもやっぱり彼は俺のよく知る正義のヒーロー月影瞬なんだ。

 それなら今の俺がやってあげられることは彼を辛い戦いから引き離すことじゃなくそっと送り出してあげることだけだろう。

 可愛くなった瞬と別れるのは惜しい気もするけどやっぱりかっこいいヒーローの瞬ももっと見ていたいから! 

「わかったわ。ならアカリ……とかどうかしら? だれかの優しく照らして導いてくれる……そんな月明かりみたいな……」

「……ありがとうございます。 それじゃあ俺……行ってきますね。きっとこの身体でもマリ子さんを守ることくらいはできるはずだから。 マリ子さんに貰った名前……大事にします。短い間でしたがこんな俺に優しくしてくれて……ありがとうございました! もしまたどこかで会えたら……その時は今日みたいに話し相手になってください! 今度は俺がパフェ、ごちそうしますから!」

 そう言うと瞬は振り向かずレストランを飛び出していく。

「うん……きっとまたどこか出会いましょうね。今度はもっと可愛い服も買ってあげるから」

 アカリちゃんとそんな叶わぬ約束をして店を飛び出す彼を俺はただただ見送る。

 その背中は以前よりも小さく細くはなっていたが確かによく知る憧れの英雄(正義のヒーロー)の背中だった。

 

 そしてレストランで会計を済ませこっそりと瞬の後追いかけて行くとスドイックが手当たりしだいに街を破壊して回っていた

「出てこいVX! さっきは逃したがそうはイカないぞ! 早く出てこないとその分この街の人間が死ぬことになるんだからなァ! ゲヒャヒャヒャ!」

 

「はぁっ……はぁっ……ま、待てッ……!」

 そんなスドイックの前に瞬は立ちはだかる。

 しかし既に肩で息をしているような状態で、どうやらいつもの調子で走った様だが身体の方は年相応の少女の体力しか無いため悲鳴を上げているようだった。

「ゲヒャヒャ! 誰かと思えば月影瞬……やっと現れたな! それにしてもう息も上がっているじゃないか。最早転装も出来ないそんな身体でこの俺に敵うとでも思っているのか」

「敵う敵わないじゃない……姿が変わろうと貴様は……いやアポカリプス皇国の野望はこの俺が……月影瞬が粉砕するッ!」

「ゲヒャッ! 減らず口を……今の貴様など戦闘員が居なくとも倒すことなど容易い! ゲッヒャァァァ」

 スドイックが触手を瞬へと伸ばす。

 もちろん今の瞬に戦闘能力やなど無く今まで走ってきたせいでそれを避ける余力もなくいともたやすく触手で雁字搦めにされてしまった。

「くそっ……離せ……!」

 瞬は触手の中でもがくが徐々に触手の締め上げは強くなっていき、非力な肉体になってしまった彼にそれを振りほどくことは到底敵わない。

 駄目だ! 早く瞬を元に戻さないと本当に瞬が死んじゃう……! 

 えーっと……人を元の姿に戻す時は……

 テレビで見た時は人を動物に置換する操作方法しか見ていなかったのでもとに戻す方法がわからず手当たりしだいに置換装置を触ったりした。

「ああくそ……これ液晶が小さくて操作しにくいんだよ! 元々怪人を人間に変装させる装置だしテレビで見た時は動物にされた人達も皆元に戻ってたんだから人を元に戻すボタンがどこかにあるはず……! 早く! 早くしなきゃ」

 くそっ……こんなことなら説明書をちゃんと読でおくんだった……! 

 俺が置換装置と格闘している間も容赦なくスドイックは少女になった瞬を締め上げ、その苦しむ声が聞こえてくる。 

「くっ……まだだ……!」

「ゲヒャヒャぎゃヒャ! その姿になっては威勢のいいのは口だけだなぁ月影瞬! 貴様はこのままゆっくりと嬲り殺しにしてやるからな!」

「ぐっ……あぁっ!」

 スドイックは瞬の小さな体を容赦なくメリメリと締め付け、もちろん強化も何もされていない人間の少女と化している彼の身体は悲鳴を上げる。

「ぐっ……く、くそぉぉっ! 威勢よく飛び出してきたのに今の俺には何も出来ないのか……この街を守ることも……誰かのささやかな希望の光になることも……!」

「あっ、これか! 頼む瞬! もとに戻ってくれ!!」

 

 その時 不可思議な事が起こった。

 

 

 訳ではなく俺は置換装置の解除ボタンを見つけ俺はそれを思いっきり押すと瞬は再び置換装置から出る光線に包まれ小さくか細かったその姿は徐々に元の姿に戻っていく

「な、なんだ……身体に力が戻ってくる……! 今なら行けるはずだ 転ッ…………装ッッ!」

 瞬は少しハスキーになった少女の様な声でそう叫ぶと光が彼の身体を包んでいき転装のプロセスが完了する頃には完全に元の背丈のVXへと変貌し、巻き付いていた触手を自らの力だけで引きちぎると華麗にその場に着地を決めてみせた。

「俺は影……されど人々を静かに照らす希望! 装鋼騎士シャドーVッXッッッ!」

「ゲヒャッ!? VX! 何故転装できた!?」

「そんな事俺が知るか! 貴様を倒して動物にされた人達……そしてこの街の人達を救ってみせる! 行くぞ!」

「来いVX! いくら元の姿に戻ったからと言ってこのスドイック様が簡単に倒されると思うなよ!」

 スドイックはそう見栄を切るとVXへと触手を勢いよく伸ばして攻撃するがVXはそれを華麗に躱していく。

 その戦いっぷりはテレビで見ていたスドイック戦よりも遥かに鮮やかでかっこよく見えた。

「ゲヒャッ! これならどうだぁ〜!」

 スドイックは闇雲に攻撃するだけでは勝てないと悟ったのか口から煙幕を発射しVXの視界から消える。

「そんな暗闇……この俺が跳ね除けられないとでも思ったか! エンペラージェムスパークッ!!」

 VXは左腕を天高く突き上げると腕のブレスレットに埋め込まれたエンペラージェムから凄まじい閃光が放たれ、一瞬にして煙幕を消し飛ばしていく。

 しかし煙幕の中にスドイックは居なかったが彼はそのまま必殺剣デモンカリバーを左腕から引き抜くようにして招雷した次の瞬間くるりと180度後ろを振り向くと勢いよくデモンカリバーを振り下ろした。

「ゲ、ゲヒャァ……!!! 何故わかったァァァ……」

 すると透明化していたスドイックが身体を真っ二つにされた状態で徐々に姿を現していきその場で勢いよく爆炎を上げて爆散し、VXはそのままどこかへと去っていった。

 

 そして動物にされた人達は元に戻り(これはVXのお陰じゃなくて俺が解除ボタンを押したからなんだけど……)街には再び平和が戻ってきた。

 今週もVXによって世界はアポカリプス皇国の魔の手から救われたのだ。

 その裏で色々とひと悶着があったのは(マルデューク)と月影瞬だけの秘密である。

 

 

 そして今回もVXが倒せなかったどころかおめおめと逃げる原因を作ってしまった俺は要塞へ帰るとジャドラーに怒鳴りつけられた挙げ句死なない程度に高圧電流を流される罰を受けさせられた。

 いやもうこれが痛いのなんの……もう思い出したくもない

 それに下手を打つとまた処刑と銘打たれたお仕置きを受けることになることを嫌というほど胸に刻みつけられところどころ衣装を焦がして自室へと戻った。

 戻る最中戦闘員たちが心配そうにこちらを見ていたが基本的にこの手のお仕置きを受けた後のマルデュークは気が立っているのでそれを恐れてか誰も近づこうとしなかった。

 なんだかそれがとても疎外感を煽り寂しい気持ちになってしまう。

 ああ……やっぱり日頃の行いって大事なんだな。

 俺ももっと良い女幹部にならなきゃ

 そんな前世(おれ)の記憶が蘇る以前のマルデューク(おれ)の行いを悔いながらヒリヒリと痛む身体を引きずってトボトボと自室へと戻った。

 

 自室へ戻るやいなやボロボロになった俺を見てアビガストが飛んでくる。

「マ、マルデューク様! なんとおいたわしい…… このアビガストが変わって差し上げたいくらいです……」

「あ、ありがと……アビガスト」

「そんな……私は感謝されることなど何も……せめていつも通りマルデューク様の鬱憤晴らしを受けることぐらいでございます…… さあ如何様にでも私を好きなだけ痛めつけてその辛さを忘れてくださいませ。私の取り柄はただ他人よりも丈夫な事ですから……」

 アビガストはそう言ってその場で身をかがめた。

 マルデュークがお仕置きを受けた後アビガストを腹いせに痛めつけるシーンは何度かあったがつまるところ嫌なことがある度そうして憂さ晴らしをしていた様でアビガストはそれになんの疑いも持っていなかった。

 そんな彼女がただただ可愛そうに思えて俺はぎゅっと彼女を抱きしめた。

 それだけじゃない。女になった瞬を見た時にも感じたけどただ愛でたいというか包み込みたいというか……

 もしかしてこれって母性本能ってやつなのか……!? 

 俺男なのに母性……

 ま、それはそれで良いか。アビガストを幸せにできるならそれでも……

「アビガスト……もうアナタを傷つけるような事はしないって言ったでしょ? それにあなたの取り柄はいっぱいあるじゃない。アタシはずっとアナタに助けられてるんだから……だから丈夫なこと以外に取り柄がないなんて言わないで?」

「マ、マルデューク様……? では私はどうやって貴女様を癒やせばよいのですか? それとも私はもう不要ですか?」

「そんなこと言ってないわよ。アタシにとってたった一人のメイドなんだから……そうねぇ……それなら今からお風呂入って汚れ落としてくるからそれが終わったらマッサージしてもらえる? あとアナタにお土産もあるのよ!」

 正直身体中がまだヒリヒリと痛かったがこれ以上アビガストを心配させるわけにも行かず無理に笑顔を作ってそう言ってみる。

 そしてその日は風呂を上がってからアビガストのマッサージを受けたのだがそれが気持ちよくて俺は思わず男全開のおっさん臭い声を出してしまってしまい、そのままゆっくりと意識がまどろみの中に沈んでいく。

 ああ……今日も作戦には失敗したしお仕置きも受けて散々だったけどそれ以上にいい思いもいっぱいしたなぁ……

 そんな事を考えながら俺はゆっくりと眠りに落ちていく。

 

 

 

 

 その頃戦いを終え、住居のボロアパートに戻った瞬は明らかにサイズの合わない女物の服を脱ぐのに必死になっていた。

「くそっ! 身体は戻っても服はそりゃそのままだよな…… これどうやって脱ぐんだ……? あっ……しまった! 急いで出てきたから元の服マリ子さんにあずけたままだったぁぁぁぁぁぁ! あれ一張羅なのにぃぃぃぃぃぃぃ!」

 そんな彼の声が虚しく月明かりが照らす夜空の下に響き渡り、衣服と格闘すること十数分やっと女物の服を脱いで大事そうにクローゼットにしまって部屋着に着替えた瞬はバタリと仰向けになって布団に倒れ込む。

「はぁ……マリ子さんっていうんだあの人……俺のこと覚えてくれてたなんて……やっぱ人助けも悪いもんじゃない……かな……今度会った時なんかお礼したほうが良いかな……? いやマリ子さんと会ったのはあくまで女の時の俺……そのアカリちゃんだし……ああもうどうすりゃいいんだよほんと……でもまた会えたら良いな……マリ子さん……なんだか今日は久しぶりに気持ちよく寝れる気がするよ」

 瞬はそう呟くとゆっくりと戦いの疲れを癒やすように眠りにつくのだった。



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第五話 店先でバッタリ

 かつて超古代から蘇った悪しき文明から人々を守る為にたった一人で戦った男がいた。

 その戦いは熾烈を極めたが彼は多くの代償を払いながら辛くもその戦いに勝利し、人々の平穏を取り戻す。

 しかし戦いの傷が癒える間もなく地球を我が物にせんとする新たな脅威が宇宙の彼方から現れた。

 その名はアポカリプス皇国。

 その目的は全人類を根絶やしにし、地球を第二の故郷とすることだった。

 地球を狙う脅威を前に新たなる力を引っ提げ彼は再び敢然と立ち上がる! 

 人々の平穏を守る。ただそれだけのために……

 

 彼の名は月影瞬。

 またの名を装鋼騎士シャドーVX……! 

 

 

 ……こうして地球を守る為日夜正義のヒーローとして戦っている月影瞬が今俺の目の前に居る。

 しかしその姿はヒーローにあるまじきもので……

「おやっさぁん……熱燗もう一杯……」

 正義のヒーロー月影瞬は寂れた居酒屋のカウンターに突っ伏しながら顔を真っ赤にして店主のオヤジに熱燗をせびっているのだ。

 なんだこれ……俺がテレビで見てた時は飲酒シーンはおろかどれだけ強い相手を前にしても弱音一つ吐かなかった瞬が今目の前で酔っ払ってうなだれているなんて……

「おいおい瞬、今日はちと飲みすぎじゃあないか? もうこれで51本目だぞ? 今日はこの辺にしときなって……」

「いいだろ別に……こんくらい飲まねぇと酔っぱらえないんだよ! なら帰って消毒用アルコールで飲み直させてもらうぞ……?」

「あ、ああ……わかったわかったお前が深酒するのはいつも辛いことがあった時だもんな……今夜はこれで最後にしなよ?」

 流石に店主のオヤジも心配そうに泥酔した瞬に酒を止めるように促すが瞬のただならなさに押されたのか渋々熱燗を彼の前に置いた。

「あーはいはい……じゃ、いただくよおやっさん。これが人生最後の一杯になるかもしれないけど…………ぶはぁっ……! はぁ……俺はほんっとダメな奴だ……何がヒーローだよこんちくしょー……」

 瞬は熱燗を出されるや否や一気に飲み干し再びカウンターに突っ伏すとブツブツとぼやき始める。

 えー……何この状況……

 俺の中の瞬のヒーロー像が音を立てて崩れ落ちていってるんだけど……

 そりゃ俺も酒呑んで愚痴りたいときくらいあるけどさ……流石に憧れてたヒーローがそうなってるところを目の当たりにするのは嫌だし……

 そもそもなんでふらりと立ち寄った居酒屋でこんな呑んだくれてるんだ!? 

 俺が店の引き戸に手をかけながらそんなヒーローの痴態を複雑な心境で見つめていると

「おっ、いらっしゃい! お姉さん見ない顔だね! あんたみたいなナウなヤングがこんなくたびれた居酒屋に飲みに来るなんて珍しいったらありゃしないよ! ちょっとそこに呑んだくれが居るけど気にせずささ……座って座って! はいこれ俺からお通しの枝豆サービスね! 何食べたいか決まったら言ってくれよ。おじさんいつもより張り切って用意すっから!」

「え……!? あ、はい……!」

 とうとう店の親父が俺に気付き席に通されお通しまで出されてしまった。

 ここまでされたらもう見なかったことにして他の店に行くこともできないし……

 ああ……なんでこんな日に俺はこっそりこんなところに来ちゃったんだろう……

 それはちょっとした出来心というか逃避願望というか……そんな軽はずみな気持ちからだった。

 

 

 話は一日ほど前に前に遡る……

 

 この日も俺はアポカリプス皇国の作戦参謀の一人である女幹部、マルデュークとしての一日を送っていた。

 前世のアラフォーサラリーマンだった俺の記憶が蘇ってから早一ヶ月。

 初めは慣れなかった女の身体……それに悪の女幹部としての生活にも自分でも怖くなるほど慣れ始めていた。

 しかし未だに幹部が集まる会議には慣れない。

 だって他の幹部の言動がサラリーマン時代のパワハラ上司みたいで胃が痛くなるし変に口を滑らせてマルデュークの中身が40手前のオッサンだなんてバレたら何をされるか分かったもんじゃないからだ。

 その日は幹部ヘルゴラム率いる機械生命体種族であるゴートレニグによる侵略作戦の会議だった。

 俺は何度もボロを出さないように……そしてマルデュークとして振る舞うようにと自分に言い聞かせ作戦会議に臨んでいる。

 今回の作戦は日本のデータの中枢をハッキングし、物価を上げて人々を争わせようというものだった。

 これもテレビで見てた通りでハッキングを行った結果物価が上がり、人々は物を奪い合うようになってしまう。

 ひいては追い詰められた人々は友人同士そして家族同士でも他人のことを思いやることすらできなくなり最後にはお互いを疑い、憎しみ合い自滅するというものだった。

 子供の頃はそんな馬鹿げた話があるかって思ってたけど流石に現実でも急に物がなくなってみると転売だの何だのが横行して世界が滅ぶとまでは言わなくとも大変なことになったしこの作戦はいつも回りくどい作戦ばかりのアポカリプス皇国にしてはとても的を射た作戦だと今になって思う。

 そんな作戦をヘルゴラムは嬉々として話しており……

『私の計算によれば1週間で食料自給率の低いこのニホンであれば陥落させ地球侵略の前線基地化することが可能です』

「ケッ……ガラクタらしい陰気なやり方だな」

 得意げに語るヘルゴラムに強面の爬虫類のような幹部ジャドラーがいつものように悪態をついた。

『下等生物如きに我々ゴートレニグの崇高な作戦は理解できませんか。ま、貴方はそこで指を加えて見ていてください。この星の主権は我々ゴートレニグが頂きますから』

 そんな悪態に表情を変えること無く(そりゃ機械だし……)ヘルゴラムは続ける。

「フン……この様な下劣な作戦我であれば感化できんがそんな下劣な作戦で落ちればこの星もその程度という事…… しかしVXはどうするのだ? 我々程ではないが奴は鼻が利く。このままではその企みを嗅ぎつけられ以前の二の舞ではないか?」

 狼男のような幹部ドスチーフがジャドラーに助け舟を出すように疑問を投げかけた。

『私が同じ轍を踏むとでも? それに『埃』だのなんだの些末な事に拘るあなた方とは違うのです』

「『埃』だと!? 誇り高き種族である我々ヴェアルガルを愚弄するか!?」

『おっと失礼。我々の第一目標であるニホンでは『[[rb:誇り > プライド]]』と『[[rb:埃 > ゴミ]]』はどちらもホコリと言う様でしてね。ニホンの情報を収集していた手前ついつい間違えてしまいましたよ」

「貴様ァ!」

 ヘルゴラムの挑発に乗ってしまったドスチーフ牙をむき出し飛びかかる。

 その時沈黙を貫いていたイビール将軍は杖を地面に叩きつけ両者に一括した。

「よさんか! 我々同士で戦っていもしょうがないと何度言えばわかるのだ! ヘルゴラム、そのVX対策とやらを聞かせてもらおう。ドスチーフ、貴様も下がれ」

「クッ……」

  ドスチーフはイビール将軍の言葉に歯を食いしばり円卓に乗り上げた体を下ろす。

ヘルゴラムはそんなドスチーフを嘲るように軽く鼻で笑ったような音を出すと更に話を続けた。

『全く……この星はあなた方のような感情を制御できない下等な生物には任せておけないと言うことがわかりましたよ。 我々は前回の戦いでヤツの戦闘データを収集、解析することに成功しました。そしてその成果をお見せいたしましょう』

 ヘルゴラムがそう言うと部屋に置かれた転送装置に電撃が走り、そこから現れたのは−−

 銀のボディに緑の眼を光らせたゴートレニグの怪ロボット……

「ダイヴァレル!!」

 思わず俺はその姿を見て叫んでしまった。

 この怪人の名はダイヴァレル。

 VXの戦闘データを解析して作られた怪人でその姿はVXを禍々しくしたようなデザインだ。

 しかしVXと違い主な武器は剣ではなく左腕のビームガトリング砲! 

 近距離での戦闘を得意とするVXを得意な距離に近付けさせず何度も試算したことにより移動位置と行動パターンを完全に把握し放つ弾は100発100中でVXを完膚なきまでに追い詰めた序盤の強敵である。

 デザインもあの話の戦闘もめちゃくちゃかっこよかったんだよなぁ……

 やっぱ今見てもかっこいいしそれをこんな目の前で見れるなんて……! 

 ああ……女幹部やっててよかった……

 そんな感慨に浸っていると

『あああああ貴女……何故その名前を……!?』

 あの一切感情を見せないヘルゴラムから見るからに焦りの色が見て取れた。

 あれ……? 俺なんかやっちゃった……? 

『ま、まあいいでしょう……このダイヴァレルはVXの行動パターンを何度も試算し……』

 しかしヘルゴラムは何事もなかったかのようにダイヴァレルの説明を始め一通り解説を終えるとダイヴァレルは作戦のため地球へと転送されていき

「本日の会議は以上。 ヘルゴラム、健闘を祈るぞ」

 将軍のその一声で会議は終了し、将軍が自らの部屋に戻っていったのを見て俺を含む各幹部達も自らの区画へと戻っていく……

 ここまでならばいつも通りの会議だったのだがその日は違った。

 俺は突然何かに縛りられそのまま頭を下にして吊るし上げられる。

「きゃぁっ……! な、何!?」

 あれ? この間もこんな事あったような……

 そして縛られている物をよく見ると以前のような触手ではなく無機質なコードで、元を辿るとそれはヘルゴラムの腕から伸びたものだった。

『マルデューク……一体我々の完璧なセキュリティで守られた機密であるダイヴァレルの情報をどこから盗み出したのですか……? 決して我々の情報は外に漏れてはいないはずなのに何故……? 理解不能です。私が理解できないことがあってはならないのです!』

 ヘルゴラムのその声には怒りや焦りが感じ取れた。

 こんなヘルゴラムは見たことがない、

 なんかとてつもなくヤバそうな予感が

「ひいぃぃっごめんなさ……じゃない! な、何するの離しな……さいっ……」

 吊るし上げられながらもなんとかマルデュークとして振る舞って見せるが以前の触手と違いどれだけ力を込めても全く切れそうにない。

 さすが幹部クラスと言ったところか

 って感心してる場合じゃない! 

 俺一体どうなるんだ!? 

 そうしている間にもヘルゴラムから伸びたコードはキリキリと俺の身体を締め付けていく

「ぐっ……あぁっ……!」

『この私があなた方のような下等生物のことが理解できないなどあってはならなアa亞@@@@@@@@@@@@@@@イ!!!!!』

 もはや声と呼べるのか怪しい電子音を上げ更に締め上げる力を強めてくるヘルゴラム。

 そして巻きつけたコードの先端をこちらの顔に近付けてくる。

 更にその先端からは細いコードが何本もうねうねとうねり更にこちらに近づいてくる。

「な、なんだよこれぇぇえぇ!」

『少々癪ですがアなタのデータを収集するついでにメモリーを読ませて頂きまス!』

 そう言うとコードの先端が頬を撫で、耳の方へ伸びていく

「なんだこれっ……離っ……離せぇっ!!」

「痛イのはⅠ瞬Death! アナタのはーどでィすクにアクセすして出ータを絞り出すッ!」

 それってつまりこのコードから俺の情報を抜き取るって事!? 

 そんな事されたら俺の中身がただのオッサンだって事とアポカリプス皇国の末路を知っていることがバレてしまうのでは……!? 

 そうなったらあのヘルゴラムのことだ! 

 弱みを最大限に活かして何をしでかすかわからない……

 いやもしかすると即刻処刑かも……

 そうなってしまっては俺が死ぬだけでとどまらず俺の記憶を頼りにVXを倒す作戦を編み出して地球がアポカリプス皇国の手に落ちてしまうかも……! 

 そう考えている間にもコードが耳の中に触れ、身体にゾワッと嫌悪感を伴う悪寒が走る。

「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 思わず情けない悲鳴を上げてしまったがもはやどうすることもできない。

 ああ……短い女幹部としての第二の人生がこんな機械陵辱みたいな方法で幕を閉じるなんて……

 やっぱり社畜の俺がこんなグラマラスな美人になって生活できるなんて虫が良すぎたのかなぁ……

 完全に諦めてしまったその時、何かがブチブチとちぎれる音が聞こえてそのまま地面に叩きつけられ、絡まっていたコードは力を失ったように解けていく。

 もしかして助かった……? 

 ここにはもう俺とヘルゴラムしかいないはずなのに一体誰が……? 

『何のつもりデす火……ジャドラー!!』

「えっ?」

 ゆっくりと身体を起こしヘルゴラムの視線の方を見るとそこにはちぎれたコードを両手に持ったジャドラーの姿があった。

 ジャドラーが俺を助けてくれた……のか? 

 一体なんで!? 

「おいおいおい情けねぇ声が聞こえたと思ったらこの鉄クズ野郎……おもしれーことやってんじゃねぇか」

『何故貴様がマルデュークを庇う!? 理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できない理解できないerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorerrorrrrrrrrrrrrrrrrrr CPU熱が危険値を超えました。急速水冷の後再起動モードに以降しまス……』

 予想外の乱入にヘルゴラムは頭から煙を出し始めるとそのまま逃げるように自らの区画へと戻っていった。

 一体何が起こったのか理解できずきょとんとしているとジャドラーは逃げるように去っていくヘルゴラムを見て鼻で笑った。

「ハンっ! 散々俺たちのことを感情を制御できねぇ下等な生き物だとかなんとか抜かしやがってたがお前も大して変わんねぇじゃねえか」

 そう言って逃げるヘルゴラムをジャドラーを俺は不覚にも少しかっこいいと思ってしまった。

「じゃ……ジャドラー……さん……?」

「あアん!?」

「ひっ!!」

「ッたくよぉ……最近のお前はなんか調子狂うんだよ。言い返してもらえねぇと張り合いがなくてつまらねぇ……! それとこれは助けたわけじゃねぇからな。この間のあのいけ好かない金髪野郎への借りを返しただけだ」

「……へっ?」

「あのグラ……なんとかってヤツの事だよ。 あのVXの攻撃を耐えた唯一のヤツがまさかゲニージュだとは思いたくはねぇがあいつの強さは本物だった。だからあの時に腰抜けって言った借りを返しただけだ。だから次はねぇぞ」

「は、はぁ……ありがとう……ござい……ます」

「ああもう気持ち悪ぃんだよそういうの! 俺たちドジャーリがこの星を手に入れて本調子のお前に吠え面をかかせてやりてぇんだからさっさといつもの調子に戻ってくれよ じゃあな」

 そういうとドシドシと足音を響かせ再びジャドラーは自分の区画へと戻っていった。

 あれ……? もしかして俺心配されてる? 

 前も発言が少ないとかなんとか言われてたけどあれは体育会系のノリなんかじゃなくて他の幹部相手に啖呵を切りまくってるマルデュークじゃないと駄目ってことか……? 

 いやいやいや無理無理無理! あんな厳ついのとか狼男とかよくわからないロボットみたいなのに啖呵切れる度胸なんて持ち合わせてないよ俺……

 でも待てよ? 

 もしかすると幹部の中で一番バカだと思ってたジャドラーが一番先に俺の中身が少し前までのマルデュークじゃない事に気づくんじゃ……

 それだけは避けないと……

 うう……自分と地球とアポカリプス皇国の最善の道を探すとか言っときながら今は目立ったことすらできてないのに更に心配事が増えちゃったよ……

 胃薬ってこの要塞に常備してるのかな……? 

 そろそろ飲まないとキツくなってきたかも……

 そう思うとあの集団に全くためらいもなく啖呵を切れてたマルデュークってすごかったんだな……あの図太さは少しは学んだほうが良いのかも……

 そんなことを考えながらちぎれたコードを片付けて部屋を後にし、ゲニージュの居住区画に戻ってくると

「マルデューク様! この資料なのですが……あの……大変申し上げにくいのですが……」

 戦闘員の一人が近づいてきて何やら言いにくそうにしている

「何かしら?」

「は、はいっ! マルデューク様のお書きになられたこの資料のこの部分……おそらく桁が2桁ほど間違っているかと……それとここも行がずれていまして……」

「えっ!?」

 その戦闘員が持っていた電子資料に目を通すとたしかに色々な申請やらをマルデュークとしての記憶を頼りにやった記憶はあったのだが確かに間違えている。

「ご、ごめんなさい! すぐに直すわね……」

「お、お許しを……ってえ? マルデューク様自らが?」

「当たり前でしょ? 私のミスなんだから……」

 俺はそう言って戦闘員の端末から指摘された部分を書き直した。

 はぁ……所詮転生した所で俺はダメダメな平社員だったんだから急に幹部になったからって仕事までよくできるようになんてならないよな……

 そんな事を考えながら自室の戻ろうとすると

「マルデューク様! 居住区画D地区の保全の件なのですが……」

「えっ!? あ、あれは……」

「マルデューク様! 戦闘員達の戦闘強化の為に予算を少々上げていただきたく……」

「マルデューク様!」

「マルデューク様お話が!!」

 すれ違う度戦闘員たちに声をかけられその対応に追われてしまう。

 さっきヘルゴラムに縛り上げられて生命の危機を感じた直後だって言うのに仕事が尽きる事はない。

 ああ……責任者は責任者で大変なんだな……

 

 

「はぁ……終わった……まさか半分くらいは俺の見落としのせいだとは……」

 戦闘員からの事案全ての対応が終わり、自室へ戻る最中戦闘員二人組の話し声が聞こえてきた。

 その会話に聞き耳を立ててみると……

「最近のマルデューク様さぁ……」

「優しくなったというかなんか丸くなったよな。俺は今の方が好きだぜ」

 よかった。戦闘員たちからの評判は少なくとも以前よりはマシになりつつあるようだ。

 最初は視線を向けただけで怖がられたりもしたけど最近は気軽に話しかけて来てくれることも多くなってきたし頼られるってのも疲れるけど悪い気はしないな

 しかし更に話を聞いていると……

「いやそれはそうなんだけどさ……最近オレでもわかるようなミスを連発したりしてるんだよ」

「ミス?」

「ああ。書類の見落としとか申請のし忘れとか母星のへの報告とかな。少し前までは全然そんな事なかったのに」

「なんだそりゃ? そういうのはマルデューク様が一人で全部やってたんだっけ?」

「なんでも何度か戦闘員に任せられることもあったらしいんだが自分より能力の低いヤツに仕事は任せられないとかなんとかで結局それを任されたヤツは皆殺されちまったんだと」

「うわぁ……マルデューク様ならやりそうだなそれ……」

「最近はそういう事も嘘みたいに減ったけどな。その代わり急に仕事ができなくなったと言うか……」

「うーん……本当に仕事ができることだけが取り柄みたいな人だったからなぁ。でも俺は嫌いじゃないぜ? ドジっ子っての? 昨日もなんか可愛い声が聞こえるなって思ったらなにもない所で転んでたの見てさ。なんか辺りを見回してよし誰にも見られてないなとか言ってたけどな。俺はちゃんと見てたぜ」

 み……見られてた! 

 昨日ヒールで歩くのも慣れてきたと思って気を抜いて足をぐねらせて盛大に転んだの誰にも見られてないと思ったのに!! 

「おいおいなんだよそれ……しかし見つからなくて幸運だったな。もし気づかれてたら口封じで殺されてたかもだぞ?」

「うーん……最近なんか顔つきも優しくなったような気もするし今のマルデューク様はそんな事しないんじゃないかなぁ……なんて」

「おいおいあの鬼と呼ばれたマルデューク様だぞ? いくら最近急に優しくなったからってあんま調子乗ってると何をされるか……ま、戦闘以外で命の心配をすることが減ったってのは悪いことじゃないけど」

「だろ……? なんつーかギャップ萌えって言うかさ……俺やっぱ最近のマルデューク様好きだわ」

「ま、最近待遇も一気にマシになったし飯も美味くなったし悪くはないけど仕事が滞ると他に心配することも出てくるだろうなって」

「まあそん時はそん時だろ? もう今日の俺たちの班の業務は終わったんだし風呂入ってラウンジでマ−・ジャンやろうぜ」

「はぁ……今から侵略する星の娯楽にドハマリしてどうすんだよ全く……ま、面白いから良いんだけどな。俺母星に帰ったらこれで一儲けしようと思ってんだよ」

「おいおいなんだよそれ! ずりーぞ!!」

 そう言って戦闘員二人はラウンジの方へ言ってしまった……

 はぁ……確かに評判はマシになりつつあるみたいだけど仕事ができない……か……

 わからないなりに頑張ってるつもりだけど聞かされるとこれはこれでキツイものがある……

 でもどうすりゃいいかなんてわかんないし……

 俺、どうすりゃいいんだよ

 そうして足取り重く俺も自室へと向かった。

 

「はぁ……今日はマルデュークの身体になった初日よりつかれたかも……」

 やっとのことで自室に戻り、服を脱ぎ捨てジャージに着替えてベッドに倒れ込む

「はぁ……やっぱこれが一番落ち着くよな……」

 はぁ……あの戦闘員が言う通りならマルデュークは性格が駄目だっただけで仕事はちゃんとできる人だったのかなぁ……

 そりゃ幹部にまで上り詰めるだけの実力があるんだから当たり前だよな……

 本当にこんな万年平社員の俺にそんな仕事が務まるのか更に不安になっていく

「はぁ……結局俺はマルデュークになっても俺のまんまなんだな……」

 ベッドで寝転がり以前に比べて細くきれいになった自分の指を見つめながら俺はそんなことを呟いていた。

 

 それからしばらくしてノックとともにアビガストの声が聞こえてきた。

「マルデューク様、ご夕食の準備が整いました」

頼れる人が1人も居ないこの環境で唯一俺を癒やしてくれるのはアビガストだけだ。

最初はこんなにかわいい女の子に身の回りの世話をしてもらえるなんてこの上なく幸せだと思っていたが彼女が俺に尽くしてくれているのは俺がマルデュークだからなんだよな……

いくらアビガストを幸せにしたいとか辛い思いをさせたくないとか思いながらも結局の所彼女に嘘をつき通すことが本当に正しいことなのか日に日にわからなくなってきている自分がいる。

妄信的に尽くしている主の中身がある日を境にその辺に掃いて捨てるほど居るオッサンに変わっていたと知ったらアビガストはどう思うだろうか?

それがバレた時の事を考えると怖くて仕方がなく、今はこうして優しい主人として彼女になるべく不安や不信感を抱かせないように接していかなければならない。

「あ、ありがとうアビガスト。すぐ行くよ ……よいしょっと」

 俺は疲れた身体を起こし、夕飯を用意してくれている部屋へ向かうとそこには相変わらずだだっ広い部屋にぽつんと置かれた食卓にSAN値が減りそうな料理が並んでいる。

 確かに美味しい事は美味しいんだけどこれ食べるのってそこそこ体力要るんだよな……

 それにアビガストが毎日腕によりをかけて作ってくれてる訳だし

「わ、わぁ〜今日も美味しそうね……! いただきま〜す……」

 と無理に喜んだふりをして急いで料理を掻き込んだ。

 

 夕食を終え、疲労感と一日が終わったという虚脱感からこの体になってから欠かすことのなかった風呂に入る気力すら無く再びベッドに倒れ込むと頭によぎるのはこれからのことへの不安と不満だった。

それはまるで残業を終えやっとのことで家に帰ってきた時の自分とそう変わりない状態だ。

「俺……なんで生まれ変わってもこんな仕事やんなきゃいけないんだよ……」

 サラリーマンをやっていた時より幾分かは労働時間が短くはなったもののイビール将軍や他の幹部の顔色を伺い、自分が40手前のオッサンだということを悟られないように振る舞う生活にも少々疲れが見えてきた。

 テレビでマルデュークを見ている時は傍若無人で好き勝手にやっているだけの奴だと思っていたがテレビには映らない所でちゃんと仕事をしていたことを身を以てわからせられてしまった上にだれもそれを助けてはくれない。

 そんな今の俺に向けられる視線や女幹部としての重圧を日に日に感じるようになってきてしまっていたのだ。

 そしてベッドに顔をうずめてうなだれていると頭によぎるのはなんでもない地球の料理のことだった。

 ああ……やっぱりこういう疲れた時は地球の料理が恋しいな……

 地球に行かなきゃ食べれないし……

 ああ食べたい! 洒落たものとかじゃなくていいからなんかこう煮物とか白飯とかそういうのが!! 

「そんなのここじゃ食べれるわけないか……」

 食材の管理はアビガストがしているから触れないし配給のある戦闘員から分けてもらうのも忍びないしまた何か仕事を頼まれるかもしれない。

 はぁ……なんで40手前で死んじまったんだよ俺……社畜だったけど地球での万年平社員生活も言うほど悪いものじゃなかった気すらしてきてもうこのまま女幹部という職を投げ出してしまいたいとすら思えてしまう。

 そりゃ前世でだって仕事は辞めたいと四六時中思ってはいたけどそれをしなかったのは仕事をしないと生きていけないからだ。

 しかし今はどうだ? 

 マルデュークがせかせか集めた宝石やら衣装やらが大量に手元にはあるし以前それを地球で換金した時は凄まじい額になった。

 これだけの資産とマルデュークとしての力さえあればこっそり地球で何不自由なく生活していく事も不可能じゃないはずだ! 

 それならいくらマルデュークとして振る舞う為とはいえ地球を侵略する作戦を企てる必要も無くなるし何よりマルデュークとして振る舞う必要も無い! 

 どうせ俺が何もしなくたって瞬が地球は守ってくれるんだし!! 

 そうと決まればもう地球へ帰ればいいじゃないか! 

 地球で美人として静かに暮らそう! 

 そうと決まればと俺はゆっくり起き上がり、ベッドに顔をうずめたことで取れた化粧を軽く直すと変装用に買ったスーツに着替えた。

 さて問題はどうやって地球に行くかだ。

 転送装置を使うにも装置がある場所まで行くのも使うのも戦闘員と会う必要があるし脱走したことがバレてしまう……

 考えろ……どうにかして地球に行く方法を……! 

 その時「装鋼騎士シャドーVX」のとあるエピソードを思い出す。

 アビガストがマルデュークと袂を分かち、瞬と共に生きることを決意した次の回でマルデュークの部屋には要塞が破壊された時一人だけでも助かれる様密かに小型の転送装置があることが語られる事があった。

 結果それを知った瞬はアビガストの手引でその転送装置を逆に利用して要塞に侵入することになるんだけど……

 そんな記憶を頼りに部屋を物色してみると……

「あった!」

 当時は瞬が月の裏側にある要塞に侵入する方法を用意するため急場で作られた設定のように感じたがそこには正にテレビで見ていたときと同じ転送装置らしきものを見つけることができた。

 近くにあったタブレット端末のような操作パネルを触ると座標を設定する画面が出てきて転送装置には明かりが灯る。

 これは行けるかもしれない! 

 俺は操作パネルの座標を日本の東京へ設定し、転送装置が発する光の中へと飛び込んだ! 

 

 そして次に目を開くとそこは俺が生きていた時よりすこし古臭い感じの都会の風景が広がっていた。

 やった! 成功だ!! 本当にあれは転送装置だったんだ! 

 それに勢い余って一緒に持ってきた操作パネルを使うことでいつでも要塞に戻ることもできる様でなかなかに便利なアイテムだなこれ……

 ま、もうあの要塞に帰ることもないだろうけど……

 でもそうなったらアビガストはどうなるんだ……? 

 それに戦闘員達やグラギムも……

 いいや今はそんなの考えるの辞めだ! 

 どうせみんな俺がテレビで見てたとおりになるだけなんだ! 

 それなら俺が気にしてやる必要もないじゃないか!! 

 

 俺は今自分が置かれている状況を忘れ、夜の街へと繰り出した。

 すると居酒屋からはもはや懐かしさすら感じるいい匂いが漂ってきて一気に空腹感が刺激されていく。

 折角食べるんだから美味しそうな所で食べたいよな……

 何食べよっかなぁ……

 

 そんなことを考えて店を吟味しているうちに繁華街の外れの方まで出てきてしまった。

「あ……ちょっと行き過ぎちゃったかな……?」

 と、思ったその時【酒処 むら松】と書かれたのれんが目に飛び込んできた。

 そんな何の変哲もない居酒屋も今の俺にはとても懐かしく思え、心を惹かれていく。

 街の外れにあるこういう寂れた居酒屋が逆に美味しかったりするんだよな……

 また戻るのも面倒だし今夜はここで呑んで食ってから今後のことを考えよう! 

 俺は意を決してのれんに手をかけ引き戸を開けると……

 

「おやっさぁん……熱燗もう一杯……」

 

 そこに居たのは酔いつぶれた月影瞬だったのだ。

 こうして偶然入った居酒屋で瞬と遭遇してしまい今俺は非常に気まずい中枝豆をつまんでいる。

 うう……折角久々に地球の寂れた居酒屋を堪能できると思ったのによりによって真横に瞬が居るなんて……

 それもなんでこんな事に……

 幸い深酔いしててまだこっちには気づいてないみたいだしさっさと適当に食べてずらかろう。

「お姉さん、何にしましょう?」

「あっ、えーっと……それじゃあ」

 焼き鳥と生ビールを注文すると店のオヤジがせっせと串打ちした焼き鳥を焼き始めた。

 その間にも瞬はブツブツと弱音を呟いてはぐったりとカウンターに顔を伏せてうなだれている。

「うう……どうせ俺なんか……どうせ俺なんか……ブツブツ……」

 ああもう気が散る!! 

 幼少期の憧れだったあの瞬が呑んだくれて弱音吐いてる所を見せられるのは流石にキツい物があるぞ……

「いやぁ悪いねウチの瞬がこんなんで。はい生一丁」

 店のオヤジはそう言ってビールをこちらに差し出してきた

「へっ……ウチ?」

「ええ。アイツが子供の頃からの付き合いでね。3年くらい前に身寄りを無くして以来面倒見てやってんだ」

「へ、へぇ……そうだったんですか」

 瞬の関係者? 

 こんな人知らないぞ!? 

 少なくとも俺の記憶ではこんな登場人物は「装鋼騎士シャドーVX」には出てきていない。

「あいつね、週に1~2回くらい急に仕事抜け出してちゃうんで働き手もなくてね、ま、そんな奴は何人も見てきましたが手のかかる子程可愛いっていうんですかねぇ……放っておいたら何しでかすか分かったもんじゃありゃしない。はいモモ2本お待ち」

「ど、どうも……」

 アルバイト……? 

 そんなの初耳なんだけど

 い、いやそりゃ生活するのにはお金が必要なのはわかるんだけどヒーローっていう実質不定期の仕事がある以上そんなのもままならないだろうし……

 それにわざわざヒーローがアルバイトしてるシーンなんて放送に乗せないよな。

 瞬も結構苦労してるんだ……

 やっぱりヒーロー一本じゃ食っていけないよな。

 俺はそんな事を思いながら焼き鳥を口に入れビールで流し込んでいく

「んっ……………………まいっ!」

 そうだよこれこれ! かれこれ四捨五入して前世から数えて300年ぶりの焼き鳥とビール! 

 なんかの漫画で犯罪的だとかなんとか言ってたけどそんなもんじゃない! 

 この圧倒的庶民的な味にちょっとパサついた肉をごまかすようにこれでもかと塗りたくられた甘辛いタレ……それを押し流す冷えたビールのコンボ……これはたまらないっ!! 

 はぁ……やっぱり地球の飯は良いなぁ……

「あのっ! 皮も貰っていいですか!? タレで!」

 気づくと俺はおかわりを頼んでいた。

「そんな美味そうにウチの焼き鳥食ってくれる人久々に見たよ。はいこれ三本目はサービスだから」

「ええっ!? 良いんですか!? 悪いですよ枝豆も貰っちゃったのに」

「いいよいいよ気にしないで。今日はもうあいつしか居なかったからそろそろ閉めようと思ってたとこだったんだ。このまま残ってちゃもったいないしあんたみたいな美人さんに食ってもらえたら焼き鳥も嬉しいだろうよ」

「ありがとうございますっ! 頂きますっっ!」

 さっさと適当にずらかるつもりが気づけばそのまま焼き鳥もビールも何度もおかわりをしてしまい、酒も回ってきたのかいい感じに出来上がってしまった。

「ふぅ……こんないっぱい食ったのは久々ですよぉ……」

「そりゃよかった。あんなに美味そうに焼き鳥食うやつを見たのは3年前の瞬以来だよ」

「へぇ……三年前になんかあったんですか?」

「ああ。久々に顔だしたと思ったら親父が死んだとだけ言って店に入ってきてね、それも体中ボロボロにしてさ」

 3年前……

 おそらくそれは瞬が装鋼騎士に改造された時のことだろう。

 その時瞬は父親を殺され、その復讐を果たすため超暗黒古代文明モグログと戦う事を決意するんだけど……

 その直後にそんなことが……

「ま、アイツの親父も何やってたかよくわかんない人だったからさ、それにあの時のアイツの顔は見たこと無いくらいに怖くってまるで鬼みたいだったんだよ。それから……」

 そして店のオヤジはそんな彼の事を詮索せず焼き鳥を出してやったら「前に食った時と変わんねぇ……」って泣きながら言って貪る様に食べていた事を教えてくれた。

 おそらく身体を改造されて人間じゃない何かにされてしまった直後なだけに味覚がそのまま残っていたことが嬉しかったんだろうな……

 突然人間じゃないなにかに……か

 今の俺も見た目も身体の作りもほぼ人とは変わらないけど一応地球人の身体じゃないし食べ物はどう考えてもおぞましい見た目のものばっかりだしこの間クレープとかラーメンとか食べてちゃんと美味しいって思えた時は少し安心したかな……

 瞬は人知れず敵だけじゃなく自分が背負わされたものとも戦っていたんだ。

 それも22歳のまだ若い青年がそんな境遇に立たされているんだから弱音の一つや二つくらいは吐くよな普通に考えて……

 それに比べて22歳の頃俺何してた……? 

 思い返してみても大学を一年留年して自主休講を繰り返して学生寮で呑んだり麻雀したりしてた記憶しか思い起こせない

 ロクな事してねぇな俺……

 それに比べたら瞬は……いや年頃のヒーローはその若さにしては重すぎるものを背負って戦っていたんだという事を再認識させられる。

「そんなことが……」

 そう言えばこの間瞬が女の子になった時もどこか遠い所に行きたいって言っていたのもその辛さや運命から逃げ出したいからだったんだ……

 ヒーローがそんなセリフを吐くなんて絶対許されない事だろうけど俺も似たような理由でここまで来ちゃった訳だし……

 何よりこんな若いのに色々背負わされたんじゃ嫌にもなるよなぁ……

「ま、そんなこんなでそれからはウチに入り浸る様になったんで仕方なく面倒を見てやってんだ」

「ん……何おやっさん? もしかして俺の話ししてる?」

 ずっと壁の方を見てブツブツとなにかを呟いていた瞬がむくりと体を起こしてこちらと目が合った。

 そして俺を見るや否や酔っ払って腫れぼったかった眼が一気に丸くなり

「も、もしかしてマリ子さん!? ああ……また会えるなんて……」

 瞬は立ち上がると俺の方に千鳥足ながらも駆け寄ってきた。

 うわあ……せっかく気づかれないうちに退散しようと思ってたのに気付かれた……! 

「なんだ瞬、このお姉さんと知り合いか?」

「知り合いも何もこの間色々……い、いや街で男に絡まれてる所を助けた人で……」

「ああそんな話してたなお前、いやぁ瞬がお世話かけました」

「お、俺は何もしてねぇって!」

「ど、どうも……お久しぶりですその節はどうも……」

 うう……どうしたら良いんだ……? 

「うう……会いたかった……まさかまた会えるなんて思ってもみなかったです。連絡先も聞きそびれちゃったしウチには電話もないですし……」

 瞬は鼻水と涙を垂らしながら俺の手を握ってくる。

 そっか……この世界の地球の文明レベルは大体「シャドーVX」が放送されていた90年代初頭くらいだから携帯もメールもそこまで普及してないしな……

「うう……俺はやっぱ駄目な奴です……あの時マリ子さんに背中を押してもらえたのに結局また逃げようとして……うわぁぁぁぁぁん!!!」

 瞬はそのまま年甲斐もなく子供の様に泣き出してしまう

「おいおい瞬、大の男が女の人の前で泣くんじゃないよ情けない」

「だっでぇ……だっでぇ…………うう……」

 うわぁ……瞬酔っ払うと絡み酒もしてくるのか……

 それからというもの瞬に絡まれ、更に店を出辛くなった上に瞬の愚痴につきあわされる羽目になってしまった。

「別に見返りとか求めてるわけじゃないんですよ……? それにしたって……それにしたって報われなさすぎだと思いませんか? それに少しでもピンチになったら次の日の新聞ではボロクソ書かれるわヒーローたるもの……とか何も分かってない奴にえらそうに言われるわで……」

 最初はヒーローは泣かないとか明日はいらないとかそういう昭和独特の根性論とか固定観念みたいなのにも悩まされていたんだろうなと瞬が可哀想に思えてしまったのでそんな彼に付き合っていたのだが彼の愚痴は徐々にヒートアップしていき……

「ったくほんとに俺はこんなに頑張ってるのに一つも報われないなんてこの世界はクソですよクソ! ああもういっそアポカリプス皇国に支配されちゃえば良いんだよこんな世界!!」

 と瞬は吐き捨てた。

 その言葉だけは絶対にヒーローとしてだけじゃない。

 人として言っちゃいけないだろ! 

 そう思うより先に俺は瞬の頬をを思いっきり引っ叩いていた。

 それも本当にマルデュークの身体能力で思いっきり引っ叩いたもんだからそのまま店の奥まで吹っ飛んで壁に激突してしまう。

「さっきから聞いてりゃ何だよ! クソなのはアンタの性根のほうだろうが!!」

 そのまま酔った勢いに任せて俺の口からは溜まっていた感情が言葉になって溢れ出す。

「ま……マリ子……さん!?」

 突然ふっとばされた瞬は一気に酔が冷めたのか顔を真っ青にして壁の方からこちらを見つめてきた。

 ものすごい音がして壁には亀裂と漫画みたいな人型の痕がついているのに叩いた方の頬が少し赤なっているだけの瞬を見てさすがはVXだと一瞬感心したがこうなったら言いたいこと全部言ってやる。

「何が世界がクソだよ! そんなクソッタレた世界でも少なくともアンタを見て頑張ろうとか俺も見習おうとか思ってた奴が大勢いるんだぞ!? そんな人達までお前は否定するのか!? それだけじゃない!アンタが命をかけて救った世界と助けてきた人たちの事まで否定する気か? そりゃ辛くて逃げたくなることがあるのだってわかる……弱音だって人間なら吐きたい時だってあるのもわかるし吐いたって良いと思う! でも自分がやれることまで放り出して悪に屈するなんてそれは人として絶対やっちゃいけないことだろ!!」

 口から出たその言葉は今逃げるようにここに居る自分にも突き刺さっている。

 そうだ。

 俺も逃げようとしてたんだ。

 俺が居なくなったらどうなる? 

 アポカリプス星はおろかアビガストさえ無事かどうかも分からない。

 それなのに一時の気の迷いでこんな所にいる。

 今の瞬と同じゃないか……

 いや。

 俺なんかより瞬の方がもっと辛い目に遭っているんだから俺がどうこう言える立場ではないのは分かってる。

 自分勝手な押しつけなのも分かってる。

 それでもこのまま瞬を見過ごすことは俺にはできなかった。

「俺だってそんなアンタに憧れてたんだ……! そんなあこがれを押し付けられちゃいい迷惑かもしれない……それでもアンタのおかげで多少はアンタみたいな人間になりたい……そう思ってた奴らが俺以外にも大勢居たはずなんだよ!! きっとこの世界にもアンタの事を心の支えにしてる子どもたちがいっぱいいるはずだろ!!!」

 そんな俺の言葉に面を食らったのか瞬はただ目を白黒とさせていて、店のオヤジも急に俺が怒鳴り散らしたのをみて驚いたのかその場で固まってしまっている。

「だからせめて……せめてそんなアンタを支えにしてる人たちを否定するような事だけは言わないでくれよ……頼むよ……VX……」

 気づくと俺の頬には涙が一筋伝っている。

 結局俺もまだ何もできていない。

 そんな状態で逃げ出したことや瞬に偉そうに説教をたれてしまった自分も悔しくてたまらなかった。

 すると瞬はゆっくりと立ち上がり…

「ごめんなさいマリ子さん……俺……間違ってました」

 そう言ってこちらを見つめる目はさっきまでの情けない彼のものではなくいつも画面越しに見ていたヒーローの顔つきをしていた。

 そしてその顔を見て今自分がとんでもないことをしていることを再認識させられこちらもよいが消し飛び我に返る。

 俺が瞬の正体を知っていることがバレたら話が更にめんどくさい事になりそうだ。

 なんとか言い訳しなきゃ……!! 

「へっ!? ご、ごめんなさいねこんな一度や二度会っただけなのに偉そうなこと言っちゃってそれに酔っぱらってるからかしら……あはは……私ったら手まで出しちゃって訳わかんない事まで言いすぎちゃったかも〜……それになんでVXなんていっちゃったのかしら〜」

俺はしどろもどろに言い訳を考えるが上手く行かず、瞬はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「いえ、謝るのは俺の方です。俺、人に叩かれて痛いなんて感じたのは久しぶりで……いや…こんな痛みは初めてかもしれない。それだけじゃない!すごく想いがこもっていたのも伝わってきました……そうですよね……やっぱ駄目だなぁ俺……」

「い、いや……瞬……さんは駄目なんかじゃないと思います……よ? それになんだかんだ言って今まで続けてこられたのはきっと瞬さんが困った人を放っておけないって優しさがあるからだと思うんです……私にもそう言ってくれましたよね?」

「貴女がそんなに俺のこと想ってくれてたなんて……! そんな事も考えず俺はなんてことを言ってしまったんだろう」

「えっ……?」

 そう言うと瞬は再び俺の手を握ってきた

 それに真剣な表情で俺を見つめてくるのでこっちまで胸の鼓動が高まっていく

「俺、あの日からずっと独りだと思ってました。 でも貴女に想ってもらえるならそれだけで逃げずに戦えそうです! 貴女に恥じないように……俺、貴女のために戦います!!」

「ええええっ!?」

 彼の口から出た予想外の言葉に俺の頭の中も真っ白になった。

 なんでだ!?今の所の何処にそんな要素があった?

 顔見知りの女に突然ぶん殴られた上訳のわからない偉そうな説教垂らされただけだぞ!?

 俺が瞬なら殴り返すとまではいかないまでも反発の一つや二つはしたくなると思うけど……

「俺からも一つお願いがあるんです。聞いてくれますか?」

「な、何……かしら?」

「……来週も……いやこれから毎週日曜日の夜に……ここに会いに来てくれませんか? そうすれば俺……たった独りでもどんなに辛いことでもマリ子さんさえ居てくれればこれからもきっと頑張れますから!」

「は……はい……」

 その瞬の勢いにNOとは言えず思わず俺はそう答えてしまう。

「やったぁ!それじゃ俺、ちょっと出かけてきます! おやっさん! 今日のお代はバイト代から引いといて!」

 そう言うと瞬は店を飛び出していき、そんな瞬を店のオヤジは呆れた顔で見送っていた。

「おいおいあんだけ呑んだら給料何ヶ月分だよ……はぁ……急に居なくなったり急に元気になったりほんと忙しい奴だ。しかしお姉さん……瞬とはどういう知り合いなんで?」

「い、いやまあ……そのなんというか……」

「いやぁアイツ年頃なのに全然浮いた話がなくってさ! 知らないウチにアンタみたいな美人さん引っ掛けてくるなんてアイツも隅に置けないなぁ……ま、いつでも来てやってよ。アイツああ見えて結構繊細だけど同じくらいに単純な奴だから」

「い、いや……おr……私はそんなんじゃなくて……」

「またまたぁ……! ま、あんな奴だけどさ根はいいやつなんだ。よろしく頼むよ。アンタみたいな美人さんが居てくれればこのくたびれた居酒屋も華やぐってもんさ」

「えっ!?」

「瞬のこと、よろしくしてやってくれ」

 店のオヤジは何か勘違いをしているのかもしれないがこれ以上言い返しても照れ隠しだとか言われて終わりそうでそのまま逃げるように会計を済ませて店を後にした。

 一体何だったんだあれ……

 瞬もやっぱり悩んだり弱音吐いたりしてちゃんと人間だったんだな……

 テレビでは見ることのできなかったそんな彼の一面を見ることができて初めは少々困惑もしたけれど親近感のようなものも感じた。

 それに……

 やっぱり目先のことを投げ出すのは良くないよな……

 あれだけ偉そうな事言った瞬に顔向けできなくなっちゃうよ。

 俺にだってやれることはまだいくらでもあるはずだ。女幹部として少しはしっかりしなきゃ! 

 俺は鞄から端末を取り出し座標を再設定して転送装置を作動させ要塞の自室へと戻った。

 そして部屋に戻って服を脱ぎ捨てて脱力したようにベッドに再び倒れ込むとさっきとは違う少し心地の良い疲労感に体が包まれる。

 そして冷静にさっきの物事を思い返してみると俺はヒーローにビンタをしたどころか毎週合う約束までしてしまうという暴挙に出たことがとんでもないことだということを更に自覚していった。

 あれ……これってとんでもないことしちゃったんじゃ……

 そう。本来マリ子なんて登場人物は「装鋼騎士シャドーVX」には存在しない。

 だから下手をすると物事が大きく本筋から外れてしまうリスクが有るということだ。

 それがいい方向に転べばそれは願ったり叶ったりなんだけど逆に悪い方向に転んでしまえば見の安全どころか地球の平和すら危うい状況になりかねない。

 だからといって一方的とは言えあんな約束をしてしまった手前、予想以上に削られていた瞬のメンタルのことを考えるとその約束を無下にする訳にもいかないし……

 つまるところVXの背負っている世界の命運を一部肩代わりすることになってしまったと言っても過言ではない状況だ。

 もともと薄ぼんやりと本来であれば後一年も絶たないうちに[[rb:俺 > マルデューク]]にふりかかる破滅を回避するという漠然とした目標のため右も左もわからずこれまでマルデュークとして生活をしてきたがこれからはもっと考えて行動しなければいけないということだろう

「おい……ほんとにそんな事俺にできんのかよ……」

 鏡に映る赤髪の美女に語りかけてみるが彼女はこちらをただただ引きつった笑顔で見つめるだけで何も返事はしてくれなかった。

 

 

 

 そして次の日……

 

 物価を高騰させる作戦がアポカリプス皇国の仕業だと嗅ぎつけた瞬は逃げること無くダイヴァレルの前に立ち塞がる。

 その様子を俺は部屋に置いてあった水晶玉を通して見守ることにした。

「やはり貴様らの仕業かアポカリプス! 好きにはさせないぞ……転装ッ!!」

『フンッ! 俺ハ貴様のデータヲ解析シテ作ラレタ! 貴様ノ行動パターンはスベテオ見通シダ!』

 瞬はVXへと姿を変え果敢に戦いを挑む。

 しかしVXのデータを完全に解析したダイヴァレルに苦戦を強いられる……はずなのだが

『何故ダッ! 俺ノ射撃地点予測ハ完璧ナハズ……シカシ弾丸ガスベテVXをスリ抜ケテユクッ!!』

「過去のデータに縛られる俺じゃない! 俺は愛の力で生まれ変わったんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 そう叫ぶとVXは全く苦戦すること無くダイヴァレルをほぼ完封と言っていいほどに圧倒してしまった。

そしてダイヴァレルが吹き飛んだ爆炎の中

「やった……やりましたよマリ子さん……!愛の力の勝利です!!」

VXはそう拳を高く突き上げて嬉しそうに呟いていた。

えっ?

 なんか愛の力とか言ってなかった……? 

 もしかして瞬も俺のこと……? 

 いやいやもってなんだよ!!俺は一応男なんだぞ!?そりゃヒーローとしての瞬は好きだけどその……恋愛とかそういうのは……

そんなことを考えると顔が火を吹くように熱くなり胸の鼓動が凄まじい勢いで加速していく

ああやばい!これ以上考えるのは危険だ!

とりあえず落ち着け……ま、まあ瞬に好意を向けられるのは悪い気はしないしそれが瞬のモチベーションになるなら今はそれで良いとしよう!

 …………良いんだよな? 

 と、とにかく瞬も立ち直ってくれたみたいだし俺も俺のやれることを頑張らなくちゃ! 

 こうして俺も気持ちを新たに女幹部マルデュークとして自分の……そしてアポカリプス皇国破滅の未来を変える為に働こうと再び心に誓い、瞬を元気づける為マリ子としての二重生活が始まったのだった。

 

 つづく



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第六話 狭霧の暗殺者

 瞬のヒーローとしての裏側を見てしまいひょんなことから毎週会うことになってしまってから早一週間。

 ただでさえ中身が中年リーマンだというのにアポカリプス皇国の女幹部マルデュークとしてだけではなく、瞬を勇気づける謎の女性マリ子としての二重生活を送る羽目になってしまった。

 何だよこれ!! 

 そりゃ瞬と会って話ができる事自体に悪い気はしないけど悪の女幹部がヒーローと密会するなんてバレたら大問題どころじゃないぞ!? 

 と言ってもあれからまだ一度も瞬に会いには行っていないがあんな調子だと放っておいたらアポカリプス皇国が何かの間違いでVXを倒しちゃうかもしれないし気が気でない。

 更にとうとう順番が回ってきて今週はマルデュークの次なる作戦が実行に移される日だ。

 ああ……やっぱ女幹部も楽な仕事じゃないけど俺もできることはやらないと! 

 マルデュークの惨死を免れられれば自分の身の安全だけでなくアビガストだけでなく部下たちの運命すらも変えられるかもしれないのだから……

 図らずしもマリ子と名乗ったおかげで俺の知っている「装鋼騎士シャドーVX」の物語とは違う方向に話をすすめる事ができるかもしれない。

 そうと決まれば今週もVXを倒さない程度に悪の女幹部として悪事を働くとしよう! 

 こうして悪事を働けるのも良心が傷まないと言えば嘘になるけど瞬が絶対にその計画を阻止してくれるという安心感があるからこそだ。

「よ〜っし! 今週も無事故無災害で乗り切るぞ〜!」

 と気合を入れていると後ろから視線を感じる。

 振り返るとアビガストが不思議そうな顔でこちらを見つめていた。  

「あ、あらアビガスト……おはよう……」

「はい。おはようございますマルデューク様、ご朝食の準備ができております。今日も私めが腕によりをかけてお作りいたしました」

 そう言ったアビガストは相変わらず声に抑揚もなく表情もあまり変わらなかったがフンと鼻息を上げどこか張り切っているように見える。

 これも少し前までは見られなかった事でいつも表情一つ変えず淡々とまるでロボットの様な女の子で俺が手を伸ばすたびに散々暴力を受けた故の反射なのか体をこわばらせる事も少なくなかった。

 しかし最近はそんな氷のような表情にどこか温かみを感じる様になっていて、それだけでなく体をこわばらせる事も少なくなった。

 これも俺がやったことが徐々に表れ始めているという事だと思いたい。

「わかったわ。いつもありがとねアビガスト。それじゃあ頂くわ」

 そうして今朝ももう見慣れたおどろおどろしい朝食をなんとか平らげる。

 アビガストが腕によりをかけてくれているからか日に日におどろおどろしさのスケールが増していっている気がするのだが味はその見た目に反比例するように毎度毎度悪くないのだが見た目と味のギャップがすごすぎて脳の理解が追いつかない。

 そうしてなんとかこれは美味しいものだと自分の脳を納得させながら朝食を終えた俺は最早手慣れた朝のルーティーンと化した化粧や髪の手入れを始めた。

 それにしてもこの髪長いし手入れが面倒なんだよな……

 風呂に入る時はちゃんと毛先まで洗わなきゃいけないし髪が湯船に浸からないように気を使わなきゃいけない。

 それに少しでも手入れをさぼろうものならすぐにゴワついてしまって格好が悪い。

 男の時なら多少髪がはねていても気にはしなかったが女幹部として戦闘員や他の幹部達に見られる手前、そういう訳にもいかないのだ。

 朝起きて寝起きのくたびれた顔を見ながら髭を剃るという面倒な作業は無くなったがそれ以上に朝にやることが多くなり時間と労力がかかっている。

 女の人って毎朝これなんだもんな……電車の中で化粧する気持ちもわからなくもない様な……

 アビガストには全部独りでやると意気込んではいたもののこれだけの作業を毎朝こなすのにはそこそこキツい。

 そこで俺はせめて髪の手入れだけでもアビガストに手伝ってもらえないかと尋ねてみた。

 すると

「髪……ですか? しかしマルデューク様……以前汚らわしい手で髪に触れるな……と」

 アビガストはそう伏目がちに言った。

 やっぱりそうかーッッ!! 

 どこまで酷い女なんだよマルデューク! 

 こんな可愛い子の手が汚いわけ無いだろ!! 

 通りでアビガストが全く俺の髪に触らない訳だよ!! 

 そんな事を言っていたなら尚更早くそんな事は撤回しなくては

「アビガスト……ごめんなさいねそんな事を言って……貴女は全然汚くなんてないわよ」

「し、しかし私は……身よりもなく貧民街で長らく過ごしていた身……そんな私めが貴女様のお美しい髪に触れるなど」

「自分で言っといてなんだけどそんな事気にしないで! なにせ毎日三食しっかり料理を作ってくれている貴女の手が汚いわけないじゃない! だから勝手だけどもう一回お願いさせて? アタシの髪を梳いてくれないかしら?」

「良いのですか?」

「もちろんよ! アタシなんかよりずっと女の人の髪のことは分かってるでしょうし」

「マルデューク様…… はいっ! このアビガスト……この命にかえてもやり遂げてみせます!」

「もうっ! そんなにかしこまらなくっても良いのよ? それじゃあお願いね」

 アビガスとは深く頷くと俺から櫛を受け取って髪を毛先まで優しく梳かしてくれる。

 ああなんか他人にこんな長い髪を梳かされるなんて今までにない経験だしドキドキするな……

 鏡に写ったマルデュークは少し挙動不審になっていたがアビガストはそんな事も気にせず真面目にそして必死に俺の髪を整えていく。

 その手さばきはさすがというかまるで頭を撫でられているように心地の良いもので……

「はぁっ……マルデューク様の髪を私が……なんてしなやかでお美しい……それにいい匂いも…………こほん…………いかが……でしょうか?」

「うん! 気持ちいいわアビガスト。 明日からもずっとお願いしても良い?」

「私が……ですか?」

「ええ。前にアナタはアタシしか居ないって言ってたわよね? アタシにだってアビガストしかメイドは居ないんだから!」

「私……だけ…… 私だけ……」

 アビガストはその言葉を噛みしめる様につぶやきながら最後の仕上げをしてくれた。

 

「はい……出来上がりました。 いかが……でしょうか?」

 仕上がった髪はいつも以上に艷やかに見えた。

 そりゃ見えもしない後ろを手探りで櫛で梳かすより他の人にやってもらったほうが綺麗にまとまるよな……

「ありがとねアビガスト。それじゃあ今日も行ってくるわ!」

「はい。行ってらっしゃいませマルデューク様。 今夜もご夕食を用意してお待ちしておりますので」

 そう言ってアビガストは俺を見送ってくれて、いつもよりしっかり決まった髪をなびかせながら今日も幹部同士の会議へと向かう。

 

 今日はアビガストの手伝いもあってか初めて部屋に一番乗りでついた。

 いつもの厳つい顔ぶれが居ないとそこは不気味なくらい静かでおどろおどろしいデザインのオブジェと変に近未来感のある機械が並べられた異様な空間だ。(いや幹部たちが居ても十分異様な空間ではあるんだけど……)

 そうこうしているとヴェアルガル区画に通じる扉が開き

「……おや? 今朝はマルデュークに先を越されたか。 しかし貴様がこうも早くやって来るなど明日は雨でも降るのではないか?」

 ドスチーフがそんな皮肉を投げかけ自分の席に腰を下ろす。

 それからしばらくしてドシドシと足音を響かせジャドラーがやってくると俺を見て驚いたような表情を浮かべた後少しつまらなそうにため息をついた。

 そして会議の時間丁度にヘルゴラムが現れる。

『おやおや皆さんお揃いで。 毎度毎度お早い到着ですね。 私は正確に時間を刻んでいるのでそんな非効率な事をしなくても定刻丁度にここに来られますがやはりあなた方はそうも行かないようで なんと不便で非効率な生物なのでしょうか……』

 いつものようにヘルゴラムはそう言って自らが最も完璧なのだと言わんばかりに俺たちを見下してくる。

 そんなヘルゴラムにジャドラーやドスチーフが反応して声を荒げるとそれを諌めるようにイビール将軍が現れるというのがお決まりだ。

 そして今週の作戦担当である俺が今回の作戦を発表する。

 今回の作戦は瞬のやさしさに漬け込んだもので、アポカリプス皇国から逃げ出してきたと偽って刺客を瞬の元に送り込みその隙を突き暗殺するというものだ。

 そして転送装置が怪しい光を放ち、そこから現れたのは地球人と寸分違わぬ青年で、転送が完了するやいなや俺の前に跪いた

「狭霧のジン……招集に応じ馳せ参じました」

 良い声で言ったその青年こそ狭霧のジンである。

 彼は瞬を倒すために差し向けられた刺客であり、狭霧流という拳法の使い手であり何度もアポカリプス皇国を脅かす者たちの暗殺に成功してきた名うての暗殺者だ。

 そんなジンは刺客として差し向けられるのだが本心では捨て駒のように扱われ、マルデュークにも見捨てられた所を瞬と触れ合う事で最終的にアポカリプス皇国と袂を分かち、瞬の心強い相棒として第二の人生を歩みはじめるというのが本来の筋書きである。

 この作戦が本来の筋書き通りに進めば孤独に戦いを続けるVXの味方としてだけでなく、裏であそこまでうなだれている瞬の心の支えになってくれるに違いないしターゲットを瞬に絞った作戦だから被害も最小限で済む! 

 これなら今回は俺の知っている通りに進めればきっと上手くいくはずだ。

 そのためにはジンをアポカリプス皇国から離反させる原因を作らなければいけない。

 その原因とは瞬との交流による心境の変化はもちろんのこともし作戦が失敗した時に瞬諸共自爆する爆弾を仕掛けられていた彼が本当に組織から信頼されているのかと瞬に問われて心がゆらぎ、最終的にVXの力で爆弾のみを破壊されたおかげで晴れて自由の身となる。

 そして敵であり騙していた自分を助けた瞬に感銘を受けアポカリプス皇国を離反するというものであった。

 心苦しいがジンにはアポカリプス皇国を裏切ってもらわなければ瞬側に大きな戦力低下を引き起こす事になる訳でこの作戦だけは筋書き通りにやらなければ……

 そう決意を固め、その日の会議が終了し、ジンとともにゲニージュの区画へ戻る最中

「マルデューク様、少々よろしいでしょうか?」

 突然ジンは立ち止まりそう声をかけてきた。

 ど、どうしよう……

 アポカリプス皇国に対する不信感とか不満を抱かせないといけないわけだし

 ひとまず冷たくしなきゃいけないよな……? 

 でも初対面の部下にキツく当たったり無視したりするとさすがに可哀想だし……

「な、なにかしら?」

 俺は結局普通に返事をしてしまった。

「マルデューク様にお会いできて光栄です! 俺、必ずこの作戦を成功させてみせます……! 身寄りのない俺を一流の暗殺者に育て上げてくれた皇国に報いなければいけませんからね!」

 そう真っ直ぐな瞳で向き直って俺を見つめてきた。

 ああっ……そんな目で見られたらこれから裏切らせなきゃいけないのにそれができなくなっちゃうだろ……!! 

「そ、そう……頑張ってね」

 俺はそんな熱い瞳から目をそらしつつそう答えるしかなかった。

 そしてラウンジに差し掛かると非番の戦闘員達が自由時間を楽しんでおり、その光景を見たジンは目を丸くしていた。

「マルデューク様……一体この有様は……」

 グラギムも始めは驚いていたし余程想像と違ったのだろう。

 ま、実際ここも俺の記憶が目覚めてすぐは誰も居ないマルデューク専用の寂しいラウンジだった訳だし……

「折角頑張ってくれてるんだからこれくらいの事はしてあげないとね」

「良いのでしょうか……?」

「ええ。もちろんジンも自由に使ってくれて良いのよ?」

「なんと! マルデューク様……話に聞くよりずっとお優しいお方だ…… そんな御方の下で直々に働けるなどなんという幸せでしょうか! それに生で見るとなおにお美しいですし……」

 ああやめろやめろ!! 

 そんな羨望の眼差しで俺を見ないでくれ!! 

 サラリーマンやってた頃は毎年できの良い新人が入ってくるたびにオドオドしてたくらいなのにそんな俺をここまで慕ってくれる可愛い部下に危ないことなんかさせたくなくなっちゃうじゃないか!! 

 逆にここまで慕ってくれてるジンを裏切らせるってマルデュークと皇国は一体何をやらかしたんだよ……

 いや、そこは瞬の人柄に惚れたって事にしておこう……

 そんな会話をしているとどこからか視線を感じ、その方に目をやると戦闘員が何か言いたげな様子でこちらを見ていた。

 あの戦闘員はたしかこの間俺が転んだのをこっそり見てた戦闘員だったような……

「どうしたのかしら? なにか用事?」

 そんな戦闘員に声をかけると彼はビクりと体を硬直させ気をつけをする

「は、はい……! 自分はその……ジン殿にあこがれおりまして……こうしてお目にかかれてとても嬉しく存じておりまして……」

 戦闘員は緊張しているのか声をところどころ裏返しながらそう言った。

 やっぱり二つ名が付いてるくらいだから戦闘員達の間でも有名だったんだなぁ……

 そんな事を思っているとその戦闘員の方にジンがてくてくと歩いていき……

「おっ、俺のファン? 嬉しいね。こんな汚れ仕事ばっかりやってる俺にファンが付くなんて光栄だよ」

「は、はい……! ご活躍は聞かせて頂いておりますっ!」

「そんなかしこまらなくても大丈夫だって!」

「それで……その……こちらにサインと握手を……」

 そう言って戦闘員は色紙みたいなものと変わったデザインの筆記用具をジンに差し出す。

 アポカリプス皇国にもそういう文化はあるんだな……

 それにしてもジン良いやつすぎるだろ!! 

 声も良いし確かに瞬を支える三枚目なコミックリリーフっぽい立ち回りではあったけどこっちに居るときからずっとこんな感じだったの!? 

「あーはいはい。応援ありがとね。 それで名前は……?」

「マガーと申しますっ!」

「はいはいマガーくんねっと…… はいどうぞ! 大事にしなよ〜こういう仕事やってる手前いつ死んじゃうかわかんないからさ」

 ジンはそう言いながら差し出されたものにすらすらとサインを書いて戦闘員に手渡し、気前よく握手にも応じた。

「は、はいッ! ありがとうございますッ!! 一生大事にします!!」

 そう言うと戦闘員は足取りを軽くして走り去ってしまった。

「いやぁ……やっぱ良いっすね応援されるって……こんな俺でもなんだかヒーローになれたみたいだ」

 そう爽やかな顔で戦闘員を見送るジン。

 こんな好青年にどうやってアポカリプス皇国を裏切らせろと……? 

「ね、ねえジン……くん? アナタっていつもそんな感じなの?」

「え、ええそうっすよ。暗殺者なんてやってる手前暗そうだとか寡黙そうだとか言われるんスけど俺みたいな身寄りのない最下層はこれくらいできないとここまで上がってこれないですもん。もしかして予想と違ってて驚きました?」

 そう自嘲気味に笑うジンを見てもうこんな子に何故あんな命令を下さなければならないのかという母性……いや老婆心のようなものさえ感じてしまう……ってアタシは母親でも老婆でもないっ……じゃなかったまずそれ以前に男なんだけど……

 そうこうしているうちにサインを貰った戦闘員の話を聞きつけたのか戦闘員達がわらわらと集まってきて今回も戦闘員主導で歓迎会が開かれることになった。

 最早当初の予定など忘れ、戦闘員達の熱意に押される形で俺はそんな歓迎会に許可を出し参加していた。

 

 そしてラウンジには戦闘員達が集まりジンの歓迎会が始まってしまい、ジンの隣で乾杯の音頭をとったのはグラギムで、二人が話しているのを俺は後ろから眺めていた。

「いやはやこのグラギム……狭霧のジン殿とお会いできる日がこようとは……!」

「もしかしてそういうあんたは騎士団のグラギムさん!? いやぁほんとに生きてたんすねぇ〜やっぱり華々しい騎士様は違うなぁ……」

「いやいやそんなものではないですよ。全ては私を信じてくれたマルデューク様……そしてここで死ぬわけには行かないという執念と医療部門の方々の尽力で拾われた命ですから」

「騎士団ってもっとプライドの高い奴らの集まりかと思ってましたけどグラギムさん意外と謙虚なんですね……」

「ああ。もう武器も鎧も憎きVXに破壊されてしまい騎士団と名乗るのもおこがましいくらいですが傲慢さは自らの足を掬いますからな」

「いやぁほんとに〜かっこいいなぁ…… 実は俺も最初は騎士団志望だったんすけどね……?」

「……ああそうか……貴殿は身よりも無い身でしたか……実力よりも血族の気高さが優先されるというのも考えものですな…… 騎士団に所属していた私が言うのもおこがましい話ですが……」

「いえいえ気にしないでくださいよ! 今の仕事も悪くないっすよ? 俺を応援してくれてる子もいるみたいですし……今の仕事に不平不満ばっか言ってるとその子に顔向けできなくなっちゃいますから」

「なんと……よくできた御方だ。これからも共にアポカリプス皇国のより良き未来と民の安息の為頑張りましょう! グニア・アポカリプス!!」

 そう言うとグラギムとジンは熱い握手を交わし、戦闘員達が大いに湧き上がった。

 本当にここは悪の組織なのか……? 

 いや……悪の組織というよりは一つの国家だしこっちにはこっちの正義もあるんだよな……

 って駄目だ! ついアポカリプス皇国の方についちゃうところだった。

 いくら母星が滅びかけてるからって他の星に住む人達を根絶やしにして第二の故郷にするなんて絶対に正しくないはずだ。

 でもこのままじゃアポカリプス皇国は滅ぶだけ……

 そんな未来どうやって変えていけば良いんだ……? 

 そう考え込んでいると

「マルデューク様! いかがされましたか浮かないお顔をされて…… 折角のお綺麗な顔が台無しだ。 今日は我々の新たなる友の着任祝いなのですからささ……どうぞ……」

 グラギムが気を使ってくれたのかお酒を注いでくれたのだがその心配りに尚更心が痛むのだった。

「装鋼騎士シャドーVX」では悪い部分ばかり切り取られていたけれどここに居るみんなも本当の目的は母星の同胞を救うことなんだよな……

 和気藹々と歓迎会を楽しむグラギムやジン、それに戦闘員たちを見ているとそんな事を痛いほど感じてしまった。

 

 そんな歓迎会も終りを迎え、俺は一人トボトボと静かな廊下を歩いて自室へ戻ると

「おかえりなさいませマルデューク様…… お召し物お持ちいたします」

 アビガストが俺を出迎えてくれた。

 彼女に羽織っていたマントを手渡し、俺はそのままベッドに倒れ込むと

「本日も大変お疲れさまでした。 お風呂の準備も済ませてあります。 お疲れでしたら先にマッサージを致しましょうか?」

 アビガストは続けてそう尋ねてきた。

「え? う、うん……それじゃあお願いしよう……かしら」

 俺はベッドにうつ伏せになるとアビガストは一声かけてから俺の背中に優しく手が触れた。

「んっ……」

 回を重ねるごとに彼女のマッサージの腕が上がっていくのを身を以て感じ、指先で背中を撫でられるだけで体の芯まで凝りをほぐしていくような感覚に俺は思わず声を漏らしてしまう。

 まるで彼女の指先から俺を心の底から癒そうという気持ちがそのまま伝わってくるかのようだった。

 アビガストの手付きに身を委ねる様に俺の意識はそのままゆっくりと優しいまどろみの中に落ちていった。

 

 

 

「おい! 立って居眠りするとはいい度胸だな!!」

 そんな声で俺は目を覚ますとそこは勤めていた会社で目の前にはいつも怒鳴ってくる上司が椅子にふんぞり返って鬼の形相でこちらを睨みつけていた。

 あれ……? 俺何してたんだっけ? 

 あっ、そうだ。

 納期が昨日までの案件が間に合わなかったんだっけ……

「申し訳ありませんでした」

 俺は最早反射的に頭を下げる。

「これで何度目だ!? ええ? 頭に栄養が行ってないんじゃないか?」

 上司の怒り方がいつもと違う様に感じた。

 すると上司はおもむろに俺の胸ぐらに手を伸ばしたかと思うと俺の胸をぎゅっと掴んできた

「ふわぁぁっ! な、何するんですか!?」

「栄養が全部こっちに行ってんだろ……? ええ?」

 そのまま上司は俺の胸をむにむにと揉んでくる

「ちょっ……男の胸なんて揉んでなんのつもりですか……?」

「はぁ……男ぉ? そんなエロい身体して男な訳ないだろうが!」

「えっ!?」

 ふと顔を下に向けると上司の指が膨らんだ俺の胸にめり込んでいて、顔を横に向けるとガラスに反射した鏡像にはサイズの合っていない男物のスーツを着た赤い髪の女性の胸を上司が揉んでいる姿が映っていた。

 もしかしてこれって俺……!? 

 確かにガラスに映った赤い髪の女性は驚いた顔でこちらを見つめていて、その間にも上司はそんな女性の胸を揉み、俺の胸にも触れられている感覚がたしかにあった。

「ちょっ……やめ……あんっ♡」

 俺は思わずそんな声を漏らしてしまう。

 その声は妙に甲高くまるで女のようだった。

「ほんと仕事はできないくせにそんなエロい身体しやがって…… 仕事をミスした罰だ。ちょっと触るくらい良いだろう……? 減るもんじゃないんだからなぁ…」

上司がそう大義名分を得たようにニヤニヤといやらしい目で見つめて更に激しく俺の体を弄り倒してくる。

「あっ……ひぅっ♡や……やめて……くださ……やんっ♡俺ほんとに男なんですってば!」

そのくすぐったいやら気持ち悪いやら怖いやら様々な感情が入り乱れる中、俺は自分が男だと甲高い声で言うくらいしかできなかった。

「何が男だこの野郎…… どう見たって女じゃないか。変な意地張るのは辞めたらどうだ?」

 更に上司は俺のズボンを下ろし、トランクス越しに尻と太股を撫でてきた。

「や……やめろぉ……!」

「なんだよそんな可愛らしい声出して…… そうだ。一発ヤらせてくれたら秘書にしてやるぞ……ぐへへ……嬉しいだろ? なんせこんなエロい身体してんだからどうせ私生活でも淫乱なんだろ?え?」

「ち……ちが……俺は……俺は…………」

 

「俺は男だぁぁぁっ!」

 

 そう声を上げるとぼやける視界には禍々しい色をした天井が広がっている。

 ああ何だ……夢か……

 未だに上司に叱られてる夢はよく見るけどとうとう夢の中でも俺、マルデュークになってたな……

 それにあの上司……セクハラしてるのを揉み消してるって噂があったけどまさか俺がその被害を受ける夢を見る事なんて我ながら酷い夢を見たもんだ……

 あんなのが居るんだから人類を根絶やしにしても……

 ってそんな個人的な感情と私怨で関係ない人たちを巻き込むわけにも行かないか……

 それにしても夢の中でまで上司にされたい放題ってどうなんだよ……折角夢の中でもマルデュークになってたんだから一発ぶん殴ってやるくらいはしても良かっただろうに情けないなぁ……

 自嘲気味にため息をつきながら目をこすった腕を見ると腕には化粧がこびりついている。

「やば……またメイク落とさずに寝ちゃった…… 早く落とさなきゃ……それにシャワーも浴びて髪も……」

 そう自然に思う辺り既に女としての生活が徐々に板についてきてしまっている自分がさっき見た夢のせいもあって怖くなる。

「はぁ……本当に俺……これからどうすりゃいいんだろ……」

 そんな時ふと身体に重さを感じ、その重さの方へ目をやるとアビガストが床に膝を付き俺の腹の上に頭と腕を置いて突っ伏すようにして眠っていた。

 腹の上に重いもが乗ってると悪夢を見るって聞いたことあるけどホントだったのか……

「あ……アビガスト!? さっきの寝言とか聞かれてない……よな? おーい……アビガストさーん……?」

 恐る恐るそんな彼女に小声で声をかけてみるがすうすうと寝息を立てて熟睡をしているようでほっと胸を撫で下ろした。

 すると

「むにゃ……」

 アビガストが口を開き─

「マルデュークさまぁ……お慕いして……おりま……」

 そんな寝言をポツリと呟いていた。

「アビガスト……」

 可愛らしい寝顔と寝言に俺は胸をときめかせ、恐る恐る彼女の頭に手を伸ばす。

 これくらいは……良いよね? セクハラじゃないよね……? 

 先程の夢もあってか少し心配になりながら俺は彼女の頭を優しく撫でるとアビガストはほんの少し笑みを浮かべたような気がした。

 アビガストの見てる夢の中でも優しいマルデュークだったら良いな……

 この胸の高鳴りは男としての欲望なのか……それとも女としての母性みたいなものなのか……

 そんな事はわからなかったがただただ俺のために精一杯尽くしてくれる彼女が愛おしくてたまらなかった。

 俺は気持ちよさそうに寝息を吐くアビガストを起こさないようにしてゆっくりとベッドを降りて彼女に布団をかけてやり、面倒な女としての寝る前のルーチンワークを慣れた手付きで全てこなして再びアビガストの隣で眠りについた。

 

 次の日、アビガストは居眠りしてしまっていたことを怯えながら謝ってきたがそんな彼女を優しくなだめた。

 あんなかわいい寝顔が見れたんだから怒るなんてとんでもない! 

「アビガスト? アタシのために頑張ってくれるのは嬉しいけれど疲れたらしっかり休養をとるのよ? アナタが体調を崩したらアタシも心配しちゃうから」

「はい…… マルデューク様がそうおっしゃるなら今後は一層健康管理に気を配ります」

「そんなに気を詰めないの! 疲れた時は疲れたって言ってくれていいからね?」

「……はい。 お気遣いしていただきありがとうございます……!」

「それじゃあ今日も行ってくるわ!」

「はい。行ってらっしゃいませ。マルデューク様」

 こうしてアビガストに見送られ、その日も悪の女幹部マルデュークとしての一日が始まった。

 

 今回は時間をかけて瞬に付け入る作戦の為、ジンが地球へと送り込まれる日だ。

 その際に戦闘員と共にジンを転送し、まるで戦闘員に追われて逃げてきたかのように瞬に見せつけるのだ。

 そして転送装置の前で今回作戦に参加する戦闘員とジンを見送るため俺も装置の前までやってきていた。

「それじゃあ頑張ってね」

「はい。我々の安息を邪魔するVXとやらを必ずや暗殺しアポカリプス皇国の障壁を取り除いてみせます!」

 ジンは笑顔で得意気に語り戦闘員達と共に地球へ転送されていった。

 どうしよう……本当に大丈夫かな……? 

 もし何かの手違いで本当に瞬が殺されたりしたら……

 そんな不安が俺の胸をよぎるがそこからはテレビで見た通りに瞬とジンは出会い、行動を共にし始めた。

 その時ふと俺は思い出す。

 しまった! 

 ジンに爆弾を仕掛けるのを忘れてた!! 

 アレがないとジンに不信感を抱かせられないじゃないか!! 

 あわわわわ……どうしよう……! このままじゃあと一週間もしないうちに瞬が殺されちゃうかもしれない……!! 

 原作にはなかった自分のしでかしたミスがどう転ぶか分からない俺は気が気ではなくジンと瞬の動向を祈るように部屋に置かれた水晶で監視し続けた

 そんな心配はよそに時にはジンが車に惹かれそうな子供を助けたり、瞬と語り合ったりと彼らは物語の筋書きに沿って徐々に親交を深めていき、数日が経過した。

 

 その日は本来ならば暗殺計画が進行しない事にしびれを切らしたマルデュークがタイムリミットを告げるためにジンに会いに行くシーンがあった日だ。

 その日、マルデュークは地球に転送される直前にジンの身体に爆弾を仕掛けた事とその爆弾はあと24時間で爆発することを告げ、瞬と半ば強制的に戦うことになるのだが……

 最早爆弾すら仕掛けていないが一応は筋書き通りにすすめるため俺は地球へと降り立ち、待ち合わせていたジンと会うことにした。

「マルデューク様! お久しぶりです!」

「どう? 調子は」

「すみません……どうも奴はスキがあるようでなくて……」

「そう……よかった……」

「よかった……?」

「いえ……こっちの話よ。 そうだ。地球でもう数日過ごしてるけどどうかしら? 食べ物とか……」

「ああ飯ですか? いやぁ……見た目は食い物かどうか怪しいものばかりでしたけど食ってみるとなかなかいけますね! 特にカレー? とかハンバー……なんとかとか……おっとすみません……遊びに来てるわけじゃないのに……」

 アポカリプス星の食事は地球人からしたら異様な見た目をしてるしその逆も然りでアビガストも最初は怪訝な顔をしてたから心配だったけどジンの口にも合ったみたいだ。

「良いの良いの。立ち話もなんだし少しどこかでご飯でも食べながら話しましょうか」

「えっ、悪いですよそんな……ただの経過報告なのに……」

「まだ途中でも頑張ってる部下は労ってあげなきゃ! さ、何か食べたいものはあるかしら? アタシも地球の食べ物は大好きだから何でも良いわよ?」

「マルデューク様もお好きなんですか!? うーん……それじゃああれなんてどうでしょう?」

 そう言ってジンが指差したのは焼肉店だった。

 焼き肉かぁ……焼き肉なんて金も行く気力もなかったし一人で行く気にもなれなかったから久しく行ってなかったなぁ……

 それにマルデュークとして生活していた300年近い年月が上乗せされるから尚更だ。

「焼き肉かぁ……アタシも食べたくなってきちゃった! 良いわね行きましょ!!」

 俺はそのままジンを連れて焼き肉屋に入った。

 そして席について俺はメニューを開くとひとまずライスとサラダ、それに枝豆とビールを二杯と肉の盛り合わせを注文する。

「すごいですねマルデューク様……なんというか手慣れてると言うか……」

「そりゃひさしぶ……じゃなかった! しっかりと敵の情報は仕入れておくものよ」

「わざわざ敵地の食事の知識まで入れておくなんてマルデューク様流石っすね!」

「いやいやそれほどでもないわよ」

 そうこうしているうちにビールと枝豆が運ばれてくる

「なんですこの泡まみれの汁は……」

「地球のポピュラーなお酒よ。 アポカリプス星のよりちょっとアルコールはキツめかもしれないけどこの枝豆と一緒に食べると美味しいの んっ……んっ……んっ……ぷはぁーっやっぱうめぇ……! じゃなかったすっごく美味しいっ!」

 俺は手本を見せるようにビールを飲んで見せると美味しそうに見えてくれたのかジンも恐る恐るビールを口に運んだ。

「はぁっ……! これなかなかいけますね! なんというか染みるというか……」

「でしょー?」

 ひとまずジンもビールを気に入ってくれた様で安心するとそこに店員さんが肉の盛合せを持ってきてくれた。

「あっ、お肉も来たわそれじゃあ食べましょうか」

「それじゃあ早速……! イタキダマース! でしたっけ?」

「いただきますね」

「そうっすそれです! 瞬のやつ食う前に言えってうるさいんすよ」

「地球だと当たり前の挨拶だからね」

「ではありがたく……イタダ……きまーす!」

 次の瞬間ジンは割り箸で直接生の肉を取ろうとするので俺はそれを急いで止めた。

「ちょっと何してんの!?」

「何ってこの赤いの美味そうなんで食おうかなって……」

「焼かなきゃお腹壊しちゃうわよ! これは個々にあるトングを使って……」

 俺はジンに焼き肉の焼き方をレクチャーする。

「それで表面が茶色くなってきたら食べるのよ」

「へぇ……これ生じゃ食えないんですか……ありがとうございます。 それにしても変な色っすねぇ……赤い時の方が綺麗だったのに」

「色は気にしないでとにかく食べてみて!」

「は、はい……」

 ジンは恐る恐る焼いたカルビを口に運び……

「う、美味いっ! なんというか口の中で汁みたいなのとしょっぱいのとが広がってく感じで……!」

「でしょでしょ? ほら、まだいっぱいあるんだからたーんと食べて。今日は俺……じゃなかったアタシのおごりだから! それつけて食べるともっと美味しいわよ?」

 ジンにタレをつけて食べてみる事を促すと更にジンはガツガツと肉を食べ進めていく。

「ありがとうございます! いやー……まだ任務も成功してないのにマルデューク様直々にここまでしていただけるなんて夢みたいですよ〜!」

「でしょでしょ……アタシも焼き肉食べれてうれしいし! あっ、店員さん? 塩タン4人前追加で

 !」

 こうして最早任務の話等忘れて俺とジンはただただ焼き肉を楽しんでいた。

 それからしばらく焼き肉だけでは飽き足らずデザートに杏仁豆腐も頂いた所でジンは幸せそうに腹を擦っている。

「いやぁ……食った食った……それにこのビール……とかいう酒……なかなか来ますね……こんなの食っちゃったらもうこの星征服するのなんて辞めたくなっちゃいますよ……なんつって」

 そう笑いながら言ったジンの言葉を俺は聞き逃さなかった。

「本当にそう思うの?」

「えっ……? い、いや……そりゃアポカリプス皇国の為にもなんとしてでもこの星は我々のものにしなきゃいけないのは分かってるんですよ……? それに俺、ここに来るまで地球人は我々よりも遥かに野蛮で下等な人種だって伝えられてました。でも……飯は美味いし……見ず知らずの俺に優しくしてくれるなんて……本当にあの瞬とかいう奴を騙してまでやることなのかなって……それに俺……なんでですかね……? 地球人の女の子を助けちゃったんですよ。 なんか勝手に身体が動いてて……これからアポカリプス皇国の為に滅ぼさなきゃいけないはずなのにおかしいですよね」

「ううん……おかしくないわよ」

「えっ!?」

「ジンは本当に優しいのね」

「い、いやぁそんな……もう優しいなんて言えるほど綺麗な手じゃないですから俺……でもあの子にありがとうって言ってもらえた時……俺もヒーローになれるのかな……なんて思っちゃって……おかしいですよね。何人も皇国の邪魔になる奴を消してきたはずなのに……」

「ジンはヒーローになりたかったの?」

「……はい。本当は俺みたいな弱い立場の人たちを助けたかったんです。それでも身分の壁とか色々あって気がついたら暗殺者になってました。 誰も俺みたいな事をしなくて良くなるようにって思って今はやってますけど難しいっすよねヒーロって……」

 ジンは悲しそうに少し泡の残ったグラスに入っている溶けかけの氷を見つめながらつぶやく。

 やっぱりジンは優しい人なんだな……

 俺、こんな良い奴にマルデュークみたいに非情にはなれないや……

 でも待てよ……? 

 これはアポカリプス星の運命を変える重要なファクターになるかもしれない……

 それにずっと一人で考え込むより仲間は多いほうが良いし……

 俺がもし処刑されても地球だけなら瞬が救ってくれるはずだから……! 

「それなら今からでもなれば良いじゃないヒーローに」

 ここは二人しか居ないクローズドな空間……それならいっそのことジンには瞬を支えつつ俺の手伝いをしてもらおう! 

 でも問題はジンがその申し出を受けてくれるかどうか……

 もしかすると俺が逆に反逆者だとリークされてしまう危険性さえある。

 しかしジンはそんな事をするような奴だと俺は思いたくないしジンも地球とアポカリプス星もどちらも助かる方法があることも信じたい。

 なら当たって砕けるだけだ! 

「それは瞬を殺してアポカリプス皇国の英雄になれってことですか……?」

「違うわ。 アナタが本当にやりたいことをしなさい。アタシからは瞬を暗殺するために信頼を勝ち得る為スパイとして潜伏を続けてるって上には報告しておくから。もちろん無期限でね。アタシも全力でやるつもりだから」

「それってつまり……」

「アナタを裏切り者だって言う人が出てくるかもしれない。それにアナタを慕ってくれていた戦闘員の子が悲しむかもしれない。でもね、それでもアナタがこの星の事もアポカリプス皇国の皆もどちらのことも好きなら……その覚悟ができるならどちらも助かる最善の道を一緒に探してみない……?」

「マルデューク様も……そう考えてらっしゃったのですか?」

「……ええ。この話は全て二人だけの内緒ね? この極秘司令……受けてくれるかしら?」

 するとジンは唇を噛みしめると頬に涙を一筋流し─

「最善…か。 綺麗事かもしれないですけどいい言葉ですね。そのためにできることがあるのなら俺……その任務精一杯やらせてもらいますっ!」

 ジンは深く頭を下げた。

 

 それからジンは改めて瞬の下で地球もアポカリプス星もどちらも救う道を模索する手伝いをしてくれると約束してくれた。

ジンと別れ要塞に戻った俺は作戦変更の手続きを皆に伝え諸般の手続きを終え、戦闘員たちにもジンはスパイとしてこれからも引き続き瞬の元に潜伏を続行するという説明をした。

一部複雑そうな顔をしている者も居たけど結果が出るまではそれも仕方のないことだと今はそう思うしかない。

 

そして本来ならばマルデュークが提示していたリミットによりジンと瞬が戦っていたであろう頃、

 ジンは地球に送り込まれた経緯、そして地球もアポカリプス星も救いたい事を瞬に話し、謝罪した上で共に戦うと約束する所を俺は水晶から見守っている。

 経緯は違えどガッチリと手を握り合う二人の姿が水晶には映し出され俺はホッと胸を撫で下ろした。

 はぁ……なんとか上手く行ったのか……? 

 いや、上手く行ったかどうかはこれからわかることだ。

 俺もより一層気を引き締めなきゃ……!

 

 そんな時ふと瞬との約束を思い出す。

 そうだ! 今日は瞬と約束してた日曜日じゃん……! 

 流石に初日から約束を破るのはまずいと俺は大急ぎで女物のスーツに袖を通し、マリ子の姿に変装すると部屋にある転送装置を作動させて先週瞬と出会った居酒屋むら松へと向かった。

 流石にまだ早かったようで、店の前でしばらく待っていると晴れやかな表情をした瞬が手を振ってやってきた

「おーい!マリ子さーん! よかった!一方的なお願いだったのに本当に来てくださったんですね! 約束守ってくれてありがとうございます!!」

そう屈託のない笑みを浮かべて駆け寄ってきた瞬のあどけない表情を見て俺の胸はドクンと高鳴り顔がほんのり赤くなったのを感じる。

くそっ……なんでただ会っただけでこんな事になっちゃうんだよ……!

「ええ。アタシも会えてうれしい……から」

俺はそう答えるので精一杯だし傍から見たら本当に彼氏に会った彼女みたいになってるのかな……

俺男なのに……

「ささ、早く入りましょう! 今日はいいことがあったんです! 聞いてくれますか?」

「は、はいっ……!」

 そんな葛藤など瞬は知らずか俺を店の中へと連れて行く。

 ああ……すごい緊張するなぁ……

 と、とにかく俺が男だって事とマルデュークだってことがバレないようにボロを出さないようにしなきゃ……

 

 「いらっしゃ……おっ、瞬!今日は前のお姉さんも一緒か!」

 店に入ると店のオヤジが出迎えてくれて、瞬は俺を席に座らせるとその隣に座り

「おやっさん! とりあえずビール2つ! で良いですよね?」

 弾むような声で注文すると久しぶりに友達ができた事、それが以前大切な友達を失った心の穴が少し埋まったように思えた事を嬉しそうに語ってくれた。

 

 それからしばらく瞬の話に付き合っていると店のオヤジが何やらオーバーリアクション気味に胸のポケットを触り始め……

「おっといけねぇタバコ切らしちまった…… おい瞬! ちょっくらたばこ買いに行ってくるから店番頼むな」

「店番? この店そんな客来ないだろ? それにタバコなら前の自販機で……」

「うるせえな! せっかく人が気を使ってやってんだからそこは素直にハイって言っとけ! ま、そういう訳だから後は任すからな はぁータバコタバコ……」

 オヤジはわざとらしくそう言って店を出ていった。

 そして店には俺と瞬の二人きり……

 二人きり!? 

 気を利かせてとか言ってたけど店のオヤジもしかして二人きりにするために……

 そう考えると胸がバクバクと変な脈を打ち始める

 こんな時どんな話をすれば……

 何離せば良いんだろう……? 

 そりゃ実際に子供の頃憧れてたヒーローに会えたら聞いてみたいことだって一杯あるけど今の俺はあくまで街で偶然であった名もなき女性(モブ)……

 あまり不用意なことは聞けないし変にボロが出るのも良くない。

 どうしよう……

 そうだ! とりあえずここは当たり障りの無い会話で場をつなごう! 

「あ、あの……」

「ん? マリ子さんどうかしました?」

「ご趣味は……」

 ちが──────ーうっ! 

 これじゃあお見合いじゃないか!! 

 なんでこんな質問しちゃったんだ俺……

「趣味ですか……? そうですね……生きることですかね……なんちゃって……ごめんなさい。最近もう一つの仕事が忙しくてあんまり何もできてなくて……ははは……」

 瞬も酔ったせいなのか緊張しているのか顔を赤くしてそう答えた

 ああ……いい感じになるどころかますます気まずいなぁ……

 その後会話は長く続かず、二人きりの居酒屋はしんと静まりかえった。

 そんな時店の引き戸が開く音がして

「あ──ー!!」

 という声がした、驚いて引き戸の方に振り向くとそこにはジンが驚いた表情で立っていた。

「じ、ジン!? 用事があるからついてくるなって言っただろ!!」

「瞬がめかし込んで出かけるって言うからついてきてみたらこんな美人さんと呑んでるなんて結構済におけないじゃないか……ってあなたもしかしてマ…………!!!」

 そこまで言いかけた所で俺は大急ぎでジンの口を塞ぐ

「わーっ!! マスターならいまご不在でーす!」

「むぐぐぐ……な、なんで……」

「いいから……ちょっと来て……すみません瞬さん? 私この人とちょっとお話があるの! あははははは……」

 俺はジンに耳打ちをして強引に店の外に連れ出した

 

 そして店の隅に人を連れて行き手を離すと

「マルデューク様? こんな所で何やってるんですか? それもよりによって瞬といい感じにお酒なんか呑んじゃって……」

 ジンは不思議そうにそう尋ねてきた。

 見られてしまった以上は今後のためにも説明をしておくべきだろう。

「あ、あのね……? 実はアタシも……」

 俺は以前ひょんなことから瞬とこの店で会った事を話し、地球とアポカリプス星を救うため素性を明かさず瞬とコンタクトを取っているというそれっぽい理由を伝えた。

「そんなことが……」

「だから協力者がほしかったの」

「そういうことだったんですね! それでしたら任せてください!」

「あ、あとコレはアタシとジンだけの秘密だからね? アタシは瞬がVXだってことも知らないただの女性だってことになってるから……!」

「もちろんです! こう見えて拷問を受けても口を割らない訓練はしてますしマルデュークへの御恩もありますからね! しっかしいい匂いしますねぇこの店……折角だし俺も一杯やってこうかな!」

「えっ?!」

 そう言うとジンはずかずかと店の中に入っていき

「おーい瞬! 俺もここで飲ませてくれよ! 俺とお前の仲直り記念ってことでさ」

「何だよお前! ま、いいか……ここの焼き鳥は美味いぞ? なんせおやっさん秘伝のタレをつかってるからな」

「焼き鳥!? なんだそれ! 焼き肉とは違うのか!?」

「何いってんだよお前! 作ってやるからちょっと待ってな」

 そんな二人の声が聞こえてきた。

 はぁ……ジンって優しいし心強くはあるけどデリカシーがないというかもうちょっと乙女心をわかってほしいというか……

 乙女心!? 

 何いってんだ俺は!! 

 俺に乙女心なんてある訳……ない……よな……? 

 ま、まあジンがそれだけ瞬と馴染んでくれてるみたいだし今日のところは良いってことにしとくか……

「ちょっと二人で何話してるの〜私も入れてほしいなぁ〜」

 少しあざと目にそんな事を言いながら俺も店に入り、その日は夜がふけるまでボロが出ないように程々に3人で飲み明かした。

 

 

 こうして狭霧のジンという瞬にとっても俺にとっても心強い味方が一人増えたのだった。



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第七話 エマージェンシー!主従の縁

ご無沙汰しております。7話です。
最近(というほど最近でもない)TS転生女幹部おじさんとヒーローをくっつけまくっていたので取ってつけたようなTS百合要素(と言えるのか?)もありまぁす!


 正義のヒーロー装鋼騎士シャドーVXは絶体絶命のピンチに陥っていた。

 水力を強大なエネルギーに変える研究をしていたところをアポカリプス皇国に目をつけられてしまった佐々木博士を助けるため狭霧のジンと共に上久保ダムへと向かった月影瞬だったが、ジンが囚えられてしまいアポカリプス皇国に手を貸すことを拒んだ佐々木博士共々処刑が決定されてしまう。

 そんな二人を助けようと瞬は果敢にVXへと姿を変え立ち向かったが怪人ガイオレンの圧倒的防御力の前にデモンブレイクを破られた上アポカリプス皇国が周到に準備していた罠に嵌りダムの地下深くに秘密裏に作られていたVX処刑用の牢獄に閉じ込められてしまったのだ。

 その牢獄はVXのデータを解析して作られており持ち前の攻撃力も壁に設置されたVXの力を弱体化させるレーザーにより無力化され、更にその壁がじわじわとVXに迫り彼はただ圧死の時を待つだけという状況だった。

「くそぉぉぉっ……こんな所で! また俺は誰も助けられないのか……! ぐあぁぁぁっ!! 力が……力が入らない……だめだ……まだなにか……なにか脱出の手立てはあるはずだ……!!」

 レーザーに力を吸われその場で膝をつくVX。

 博士とジンを助けられない無力感、そして刻一刻と迫りくる死を前に彼の叫びだけが深い深い地下牢獄に虚しく響き渡る。

 しかし最後まで希望を捨てないVXのその足掻く姿を嘲笑う高笑いとヒールの音を響かせて現れたのはアポカリプス皇国の女幹部マルデュークだった。

「無様ねVX! どうかしら特注の牢獄、そしてアナタの棺桶の居心地は?」

 勝ち誇った笑みを浮かべ彼女は鉄格子越しに立つ事で精一杯になったVXを嘲る。

「ぐっ……俺はこんな所では死なんぞ……!」

 VXはそんなマルデュークを睨み返すが身体からじわじわと力が抜けていきその場で膝をついてしまい、その間にも壁はVXを押しつぶそうと左右から彼を押しつぶそうと迫りくる。

「あらあら口だけはまだ元気みたいねぇ……そんな減らず口ももう聞けなくなると思うと清々するわ。あ、そうそう。もう死んじゃうんだし冥土の土産に教えてあげる。佐々木博士と裏切り者ジンの処刑は正午に上久保ダムの頂上にて決行されるのよ。貴方が死んだという知らせとともに二人の処刑は決行。その後ダムを管制室に仕掛けた高性能爆弾で爆破して水没した街の人間皆貴方の元に送ってあげるから! それじゃ、短い余生をアタシに傷を付けた事を後悔しながら終えると良いわ! おーっほっほっほ!! おーっほっほ……ゲホッゲホッゲホッ!!!」

 マルデュークは高笑いの最中唾液が気管に入ってしまったのか突然むせてしまい咳を連発し始めた。

「ゲホッゲホッゲホッ……ウッ……オエェェェッ…………ふぅ……と、とにかくアナタもジンももう終わりなのよ!! さようならVX!!」

 マルデュークはなんとか咳を止め息を吐くと何事もなかったかのように捨て台詞を吐きその場から逃げ去った。

「ま、待てマルデューク!! 畜生……!! 最後に観た景色がアポカリプス幹部の高笑いに失敗して酷いむせ方をした所で終われるかぁ……!! 俺は生きて……生きて……生きて今夜もジンとマリ子さんと優雅な夕食を楽しむんだァァァァァァァ!!!!!」

 今にも壁に押しつぶされそうなVXが生への渇望を込めた叫びを上げたその瞬間不可思議なことが起こった。

 VXの身体が眩い光に包まれたのだ。

 光りに包まれたたVXは一陣の風へとその身を変え、迫りくる棘のついた壁と鉄格子をすり抜け勝ち誇ってその場を去ろうとしていたマルデュークの髪を大きくたなびかせながら追い越しジンと博士が処刑されるというダムの頂上目掛けて吹き抜けていく。

 

 次の瞬間ゴンと牢獄の壁と壁がぶつかる重い鉄の音が響きダムの頂上でジンと博士の処刑を執行せんとしていた怪人の耳にその音が届いていた。

「ガハハハ! 無敵のVXもとうとうミンチになっちまったようだぜ! 裏切り者のお前もドジャーリ1の堅牢さを誇るこのガイオレンがすぐに後を負わせてやるッ!!」

 勝ち誇った笑いを浮かべながら巻き貝のような怪人ガイオレンが腕につけられた貝をドリルのように回転させジンの方へにじり寄っていく

「クソッ……もうダメか……瞬……マルデューク様……」

 ジンはドリルの回る不快な音とその鋭利な先端を眼前にしてマルデュークから託された密命を果たせない後悔、そして友の死を聞きすべてを諦め目を閉じる。

 しかし次の瞬間一陣の風が吹き抜け今にもジンの胸を突き刺さんとするガイオレンを切り裂き吹き飛ばした。

「ぐあぁぁぁぁっ!!! な、なんだ!?」

 突然のことに驚くガイオレン。

 そしてその風は博士とジンを包み込むと柱に縛り付けられていた二人を解放し、つむじ風の様に逆巻きながらその姿を人の形に変化させていく。

「……瞬……なのか……?」

 その姿を見たジンはそう思わず呟く。

 そして風が吹き抜ける中から現れたのは……

「俺は風……! 悪をかき消す静かなる旋風! VXッ……アトモス!!」

 人の姿を形作った風はガイオレンに向けてそう見栄を切ってみせた。

 そう。彼こそは絶望の中で最後まで希望を捨てなかったVXの感情にエンペラージェムが呼応してさらなる進化を遂げた姿! VX-アトモスなのだ! 

「VX……あの罠は脱出不可能だったはずだぞ……!? 何故生きている!?」

「確かにVXのままでは脱出できなかった。しかしこのアトモスの力は身体を風へと変貌させる。そして脱出できた。あの鉄格子も俺の力を奪うレーザーも地下深い牢獄も全てすり抜けてな!!」

「なんだとォ!! わざわざこの俺にミンチにされるために地獄から舞い戻ったかァ!!!」

 ガイオレンは片腕を破壊された事とVXを仕留め残ったことに腹を立て両腕のドリルを回転させながらVXアトモスへと向かっていき彼の身体を勢いよく貫いた。

「ガハハ……所詮姿が変わっただけの子供騙し……そんな死にぞこないガイオレンの敵ではないわ!!」

 ガイオレンは勝ち誇ったように笑ったがその突き刺したドリルには手応えが無い。

 目の前のアトモスの腹には確かにドリルが貫通しているがまるで刺した感触もアトモスが苦しむ様子もないのだ。

 次の瞬間アトモスはドリルをすり抜けるようにして身体を離し拳を一撃ガイオレンに食らわせた。

「何ぃ!? この俺の攻撃がすり抜けただとォ!?」

「言っただろう? アトモスの力はその身を風へと変える。お前の攻撃では俺に傷一つ付けることは出来ん!!」

「小癪なぁ!! それならばこのドリルの回転で吹き飛ばしてくれる!! それにの俺のこの防御力の前に成す術もなかった貴様などいくら見た目が変わった所で恐るるに足らんわァ!!!」

 ガイオレンは高速でドリルのラッシュをアトモスに放つ。

 しかしその全てがアトモスの身体をすり抜けていき彼は再び身体を一陣の風へと変貌させガイオレンの堅牢な殻の隙間に入り込んだ。

「ぐっ……な、なんだ……身体が……内側から…………ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 堅牢なガイレオンの殻を直接破壊することは不可能だと踏んだVXは身体を風に変え殻の隙間から内部に侵入しそこから攻撃を行ったのだ。

 内部の弱点を突かれたガイオレンは苦しみだすと木っ端微塵に爆発四散し、その爆風の中から吹き抜けた一陣の風が再びアトモスの姿を形作っていく。

 

「VX……! 無事だったんだな!! でもまだダムに仕掛けられた爆弾が……」

 戦いを終えたアトモスの元にジンが駆け寄ってくる。

「安心しろジン。もう既に牢獄を脱出した時に一緒に全ての爆弾を処理してきた」

「……なんでもありかよ……しっかし俺正直もう駄目かと思ってたぜ……」

「ああ。俺もそう思った。でもまたお前と……マリ子さんに会いたい。その一心で諦めなかったからまたエンペラージェムが力を貸してくれたみたいだ」

「くうっ……泣かせるなぁ……やっぱすげえよ!」

「この力で……必ずアポカリプス皇国の野望を砕いてみせるぞ!!」

 最後まで諦めない心が瞬に新たな力VX-アトモスをもたらしガイオレンを打ち倒した。

 しかしアポカリプス皇国の侵略の魔の手はとどまる所を知らない。

 新たな力を手にした彼は思いも新たにアポカリプス皇国との戦いに身を投じる覚悟も新たにするのだった……! 

 

 

「はぁぁぁぁぁよかったぁぁぁぁ……」

 アポカリプス皇国が上久保ダムに密かに建設していた牢獄へ続く地下道でマルデューク……いや俺はそんな新たな戦士の誕生の一部始終を水晶玉を使って覗き見ていて無事に今回もVXが勝利したことに安堵の息を漏らしていた。

 いくら絶体絶命のピンチから脱出することが分かっていたとは言え目の前で見ているとヒヤヒヤするのなんの……

 それに盛大に高笑い失敗してむせちゃったな……もうちょい練習しといたほうが良いのか……? 

 今回もなんとかマルデュークとしてVXを話の筋道通り新たな形態であるVX-アトモスに強化させることができた。

 このVX-アトモスこそVXがチートと言われる所以の大部分であり身体を風に変えることで物理的攻撃はもちろんのことその他すべての攻撃を無効化してしまうという敵に回せば恐ろしい能力を持っている。

 つまり俺がここで下手なことをすればVXがアトモスの力を得られない可能性もあり、そうなればアトモスの力無くして勝てない敵も今後どんどん出てくるので避けては通れなかったという訳だ。

 ひとまずそんなヒーローの強化イベントを無事こなした俺はこうして一人安堵していた。

 それに本来アトモスになった時は生への渇望だけを叫んでいた瞬が今回はマリ子(おれ)のことも叫んでくれていて彼の声に俺は胸を躍らせ上機嫌のまま転送装置を使い要塞へと戻り急いで服を着替える。

 この後にマリ子として瞬といつもの居酒屋で会う約束があるからだ。

 ある時はアポカリプス皇国の女幹部マルデュークとして、そしてまたある時は月影瞬を影で支える謎の女性マリ子として昼間は悪の計画を進めVXを追い込みそんな瞬の話し相手として食事をともにする。二重生活は結構ハードなのだ。

 転送装置の記録は誤魔化さなくちゃいけないしこうして俺がひっそり瞬に会っているなんてことがアポカリプス皇国の人間に知れたら大問題だ。

 それにマリ子の正体がマルデュークだと瞬に勘付かれるわけにも行かない。

 これでも一応細心の注意を払って……

「うーん……化粧もうちょいちゃんとしといたほうが良いかな……? いつもスーツじゃ味気ないしそろそろちゃんとした女物の服にも手を出すべきか……? でも女物の服なんてわからないし尚更俺が子供だった当時の女の人のファッションセンスなんて……それに髪型もちょっとくらい弄ったほうが瞬も喜んでくれたりするのかな……?」

 そんな事をつぶやきながら鏡とにらめっこして髪を手櫛で撫でたりしていると鏡の隅に自分以外の人影が映る。

「うわぁぁっ!!」

 思わず振り返るとそこに立っていたのは部屋着のジャージを大事そうに抱えたアビガストだった。

「あ、アビガストか……びっくりさせないでよ」

「マルデューク様……もうお帰りだったのですね……。驚かせてしまったのなら申し訳ございません。何度かノックしたのですが御返事がなくお戻りになる前にお寝間着の方を準備しておこうと思っていたのですが……」

 そう言って彼女は身を強張らせる。

 恐らく驚かせた報復を受けると身体が条件反射的に反応してしまっているのだろう。

「大丈夫よアビガスト! 気にしないで? それにジャージもありがとう」

「左様……でございますか。ところでそのお召し物……またお出かけでございますか?」

 相変わらず抑揚のない声で彼女はそう言った。

「え、ええ……次の侵略作戦の為にちょっと極秘で地球に調査へ行こうと思って……」

「でしたら御夕食はどうされますか?」

「え? ああ今日は要らないわ。たまにはアナタも休みなさい?」

「……そう……ですか……それではお寝間着の方ベッドに置いておきますね……失礼いたします。何かございましたらいつでもお呼びつけください。それでは行ってらっしゃいませマルデューク様……」

 俺の言葉を聞いたアビガストは少し寂しそうに顔をうつむかせた後抱えていたジャージを丁寧にベッドの上に置くと一礼して俺の部屋を出ていき再び部屋の中で一人きりになり俺は安堵の息を漏らす。

「はぁ……なんとか怪しまれずには済んだみたいだけど……」

 俺は再び鏡に向き直り入念にマリ子用のいつもより薄めのメイクを続ける。

 そして一通りマリ子への変装を済ませた俺は小型の転送装置の座標を瞬と毎週会うのが恒例になっている居酒屋の近くに設定し作動させた。

 

 そして居酒屋の前で立ってしばらく待っているとジンが走ってやって来た

「マルデューク様……いえマリ子さん!!」

「あら? 今日は瞬と一緒じゃないの?」

「ええ……ちょっと折り入ってお話がありまして途中で巻いてきました」

 そう言ったジンの表情はどこか深刻そうだった。

「……どうしたの? とりあえずお店の中で話しましょうか?」

「い、いえ……店のオヤジに聞かれるのもまずいのでこちらで……」

「え? いい……けど……?」

 そう言ってジンは俺を居酒屋近くの路地裏に連れてきた。

「……今日のVXの戦い……見ていましたか?」

 そこでジンは更に思いつめた様にそう俺に尋ねてきた。

 何の話かと思ったら瞬の活躍を自慢したいのだろうか? 

「ええもちろん! やっぱアトモスすっごくかっこいいよな! ……じゃなくてかっこよかったわよね! お……アタシ興奮しちゃって!」

 俺はテンションが上がって早口で話し始めていたがジンの表情は暗いままだ。

「マルデューク様がVXにそのようなご感想をお持ちとは……しかしそうも言っていられないのではないでしょうか?」

「……ジン? どうかしたの?」

「……はい。確かにあのアトモスとかいうVXの新しい姿のおかげで俺も死なずに済みましたが本当に奴を野放しにしたままでも良いのですか?」

「……へっ?」

「俺だって……せっかくダチになれたアイツを手に掛けるなんて真似は出来ることならしたくない……それは本心からです。しかしこのままVXが強くなり続ければアポカリプス皇国を救うより先に瞬にアポカリプス皇国が滅ぼされてしまうのではないでしょうか?」

 ジンのその言葉で俺はハッとなる。

 強化フォームの登場なんていう一大イベントを間近で見て俺は浮ついていて肝心なことを失念していたのだ。

 VXを筋道通りに強くする事、それはすなわちアポカリプス皇国壊滅へのカウントダウンを進めるということに他ならない。

「え……ええ……で、でもそれより先にアタシ達がなんとかすれば……」

 俺は苦し紛れにそう答えてみるがジンは俺の顔を真っ直ぐ据わった目で見つめてくる。

「暗殺者たるものいつでも最悪のケースは想像しておくものです。もし奴がアポカリプス皇国を滅ぼすと判断した場合……俺はVXを……瞬をたとえ刺し違えてでも殺しますよ。友人の命と母国の命運……天秤にかけるなんてことはできませんがそれと同じくらい皆が母国のために頑張っているのに俺の個人的な感情で母国を滅ぼそうとしている奴を止めずに指を加えて見てるだけなんて事もできません! ですから俺に命令してください……! 瞬を殺せと……貴女の命ならばやれる気がするんです。この身に変えても……」

 ジンのその言葉と表情には覚悟が滲み出しており、いつもブラウン管越しにおちゃらけた明るい彼の表情ばかり見ていた俺は圧倒されてしまう。

「ちょ……ちょっと待ちなさいジン……」

 そうだ。

 ジンは俺の知っている「装鋼騎士シャドーVX」と同じ様に瞬と仲間になった。

 しかし俺の知っている筋書きとは違いアポカリプス皇国を見限り裏切って瞬の味方に付いたわけではない。

 いくら瞬とジンの間に友情が生まれていたとしても彼はあくまで自ら裏切り者の汚名を被りアポカリプス皇国と地球どちらも救いたいというマルデューク命によりスパイとして瞬の近くに潜伏しているだけに過ぎない。

 つまりジンを一応は瞬だけではなく俺の味方として引き入れることは出来たもののその反面でこのまま俺の知っている話通りに進めれば瞬がジンによって暗殺されるかもしれないという新たなフラグが建築されてしまったのだ。

 ジンの人の良さはテレビで見ていた時だけでなく面と向かって話しているだけでも分かる程だ。

 そんな彼が原作では完全にアポカリプス皇国と袂を分かったものの今のジンはそれも出来ないでいる。

 瞬とアポカリプス皇国の板挟みになり彼は苦悩しているのだ。

 俺がやったことはもしかすると失敗した時もろとも自爆する爆弾を彼に仕掛け瞬の暗殺を命じた本来のマルデュークよりも残酷なことだったのかも知れない……

 それに比べて俺はただ瞬を生かし地球を救うためにできるだけ筋道通りに話を進めることくらいしかできていない。

 そりゃ多少は俺の知っているマルデュークよりは戦闘員達からの人望も厚くなったが今はただそれだけだ。

 もっと時間があると思っていたが実は残された時間はそうないのかも知れない。

「俺はどうすれば良いのですかマルデューク様……貴女の命さえあれば俺はいつだって無慈悲な暗殺者に……!!」

 そうジンが言った時

「おーいジーン! 置いていくなよー!」

 今自分の生死について語られている事など全く知る由もない瞬ののんきな声が通りの方から聞こえてくる。

 その声を聞くとジンは唇を噛み彼の呼び声に応え路地裏から通りに出ていった。

「おーうやっと来たか。お前が遅いんだよぉ! 待ちくたびれたぜ!」

 通りの方から聞こえるジンの声は先程までの殺気を一つも感じさせないいつものおどけた彼の声で、殺意をほんの一瞬で消せる辺りやはり彼の暗殺技術は超一流であることがド素人の俺にもすぐに理解できた。

「そりゃ無いだろ!? あれ? マリ子さんは? まだ来てないか?」

「お、おう……待ちくたびれたって言って路地裏の自販機でタバコ買ってたぜ?」

「そっかー待たせちゃったかーそりゃ悪い事したなぁ……今日俺が勝てたのもマリ子さんのおかげみたいなモンだしいつも情けない所ばっかり見せてるし……今日は俺がごちそうしちゃおっかな! そしたらマリ子さん……ちょっとは俺のこと見直してくれたり……するかな?」

「バカ言え! とりあえずまずは遅れたこと謝ってからだろうが! それに他人に奢れるほど稼いでねーだろ?」

「はいはい分かったよ……で、マリ子さんは路地裏にいるんだな? マリ子さ〜ん!」

 瞬の声を聞いて俺は恐る恐る路地裏を出た。

「は、は〜い……」

「マリ子さん! 遅くなってすみませんでした!! それと今日も来てくれてありがとうございます!! 毎週貴女に会うの俺凄く楽しみにしてるんです!!」

 瞬のその笑顔が今は胸に突き刺さる。

「い、いえ……私も今来た所ですから……ねえジンさん?」

「え、ええそう……! そうだったような気もするなぁ……」

 ジンは気まずそうに俺に話を合わせてくれた。

「ささ……今日も一杯やりましょうよ! ほんとはもっとムードのあるオシャレなお店にお連れしたいんですが……」

「おいおい瞬それは俺も連れてってくれんのか?」

「なんだよ俺はマリ子さんと話してんだ!」

「へぇへぇわかりましたよ……おやっさん邪魔するぜ〜」

 そんな二人の話を聞きながら居酒屋の暖簾をくぐるといつもの親父が俺たちを暖かく出迎えてくれてもはや定位置になった席に三人でついた。

 そこまでは今まで通りなのだがジンの先程の言葉が頭の中でぐるぐるとリフレインし俺はそれどころではなく瞬の言葉が半分も頭に入ってこず出された料理も味がしなかったような気がした。

 

「……さん! マリ子さんってばぁ……!」

「な、何かしら瞬さん?」

「今日もしかして俺が遅刻したから機嫌悪くしちゃいましたか……?」

「そうだぞ瞬! マル…………マリ子さんだってなぁ……多分色々あるのにこうやってお前のワガママに付き合ってくれてんだぞ! そうですよねぇ!?」

「へぇっ!? そそそそそんな事無い……わよ?」

 突然ジンに話を振られた俺は軽くパニクってしまいそんなたどたどしい返事しかできなかった。

「ところでマリ子さんは何のお仕事をされてる方なんですか? 俺もっとマリ子さんのこと知りたいんです」

 更に畳み掛けるように瞬はそんな質問を投げかけてきて俺とジンは凍りついた様に固まる。

「え……!? えーっと……それは……」

「おっ、そりゃ俺も気になるねぇ……こんな美人さんが日曜日にまでスーツ着て何してる人なのか!」

 俺とジンの事など気にもとめずに居酒屋の親父もそう尋ねてくる

「い、いや瞬におやっさん……!! いくらなんでも女の人にそんな急な質問は失礼だぞ……!」

 ジンも苦し紛れの助け舟を出してくれたがここで逆に変にはぐらかすと尚更怪しまれてしまう。

 しかし流石に悪の女幹部やってます! なんて正に今その悪の皇国と戦うヒーローを前にして言う訳には行かないし……

「え、えーっと……その……外資系の……中間……管理職……的な?」

 一応間違ってないし外星系資本の組織……? というか国だし……

「へぇ! お姉さん若いのにそんないい職就いてんのか! やっぱ時代はグローバルだよなぁ……瞬にも見習ってほしいもんだ!」

 おやじの反応を見てジンはひとまず胸をなでおろしたのか安堵の息を吐いていた。

 とりあえず当分はこれで通そう……それっぽいことを言ってはぐらかすんだ。

「い、いえ……そんな良いものじゃないですよ……ほぼほぼ休みもないし上司と部下の間で板挟みで……」

「マリ子さん……! そんな激務の中俺なんかに会いに来てくれるなんて感激ですッ! 俺これからもがんばりますね!! だからこれからも俺に会いに来てください……それだけが今の俺の支えなんです!」

 瞬はそう言って俺の両手を取りこちらを見つめてきた。

 その顔は酔っ払って居るのもあるだろうが悪を前にした殺気を感じる顔ではなく呆けきった顔をしている。

 彼と会うたび子供の頃憧れた彼のヒーロー像がどんどん崩れていってしまう。

 でもそんな瞬も年相応な若者って感じで可愛いんだよなぁ……ああ……若いって良いな……って俺何考えてんだ!? 

 それに俺……こんな瞬に見つめられて……今日はあんまり飲んでないしさっきジンに言われた事もあってそれどころじゃないのに顔も熱いし胸もドキドキして……

「は……はい……わたしも……瞬さんと一緒に御飯食べるの……好き……だから……」

 うわぁぁぁ何いってんだ俺はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 

 まずい……何かすごい事を言ってしまったような気がする!! 

「おい聞いたかジン! 俺のことマリ子さんが好きだって!! おやっさん! 熱燗追加!! 今日は飲むぞぉ〜!!!」

「おいおいお前のことが好きだとは言ってねぇだろ……」

 俺の言葉を聞いて舞い上がった瞬を見た後ジンはやれやれと呆れた顔で頬杖を付き俺の方をなんとも言えない目で見つめてきた。

 それからというもの(ほぼ瞬が一人で盛り上がって)三人での酒盛りは続き、とうとう酔いつぶれてしまい……

「うう〜マリ子さぁん……永遠のために貴女のためにぃ……」

 そんな事をうわ言のように言いながら瞬はカウンターに突っ伏している。

「おいおい勘違いでぶっ倒れるまで飲む奴があるかよ……こんな奴の為に悩んでるのがバカバカしくなってくるぜ……」

 そんな瞬を見て更にジンが呆れてため息をついた

 すると……

「マリ子さん、それにジン君……いつも瞬に付き合ってくれてありがとうな」

 居酒屋のおやじが店じまいを始めながら小さな声でそう言った。

「お、おやじさん? 俺は別に何も……」

 おやじの言葉が先程まで瞬を殺すと言っていたジンの胸に突き刺さったのかその表情が再び少し暗くなる。

「あんたらとここで飲むようになってから久しぶりに瞬が幸せそうな顔してるのを見れて俺も嬉しいんだ。あいつに何があったか知らねぇけどさ、少し前まではスキさえあれば俺の前で思いつめた顔して弱音ばっか吐いてやがった。最近はそんな事も減ってきたしきっとあんたらのおかげだな! なんつって……こんな奴だけどこれからも瞬のこと……よろしく頼むな」

 おやじはそう言ってカウンターに突っ伏した瞬を優しく見つめた

「んん〜? おやっさぁ〜ん? なんか言ったかぁ?」

「な、何でもねぇよ! そろそろ店じまいだ! いつまでも寝てねぇで片付け手伝え片付け!!」

「ええージンにやらせてくださいよぉ〜」

「何いってんだ! 今日はお前が9割飲み食いしたモンばっかなんだぞ! 甘ったれてねぇでさっさとやれ!」

「はいはいわかりましたよぉ〜うっぷ……ちょっと起き上がるから待ってくれよおやっさん……」

 瞬はそう言うとよろよろと立ち上がり始めた。

 そんな彼を尻目に会計を済ませていると

「マリ子さん、それにジン君。今日はもう遅いし後はこいつに後片付けさせるから気ぃつけて帰んなよ? あとこれお土産。残りモンだけどおでん。明日くらいまでは保つと思うからよかったら温めて食べてくれな」

 おやじはそう俺たちに気前よくおでんを詰めたタッパーを渡して笑顔で見送ってくれた。

「は、はい……ごちそうさまでした」

 そんなおやじの笑顔を見て先程まで瞬を殺すと意気込んでいたのが後ろめたくなったのかジンはおやじから目をそらしてタッパーを受け取る。

「おやっさんごちそうさんです……」

 そんな彼に掛ける言葉も見つからないまま俺は二人で店を出た。

 

 それからしばらくお互いに何も話さずに店を離れ人もまばらになった夜道を歩いてしばらくすると……

「あ、あの……マルデューク様……」

 ジンが重い口を開く

「な、何かしら……?」

「油断しきった今なら奴をきっと殺れます……ですから俺にご命令を……たとえあいつが居なくなっても俺が地球の人たちもアポカリプス皇国の人たちも守れるよう2倍頑張りますから……ですから……」

 そう言ったジンは固く拳を握り震わせている。

「……ジン……そんなことアタシからは命令できないわ……」

「ど、どうして! あいつを放っておいたらきっとアポカリプス皇国侵略部隊はあっと言う間に全滅させられてしまいますよ!?」

「わかってる……わかってるわよそんな事……でももしVXが居なくなったらほんとうにアナタ一人でアポカリプス皇国の精鋭たちから地球の人々を守れるの?」

「そ……それは……しかし……」

 その言葉でジンは今朝の戦いで人質に取られVXを窮地に陥らせた原因を作ってしまった事を思い出したのか言葉を詰まらせた。

 自分自身力不足で女幹部としての手腕も足りていない状況を棚に上げてジンの弱さを指摘するなんて卑怯な真似本当はしたくなかったが彼を説得するには今はこれしかない。

「理想論だけでアナタをアポカリプス皇国と地球の板挟みにする過酷な命令を出してしまった事は本当に申し訳ないと思ってるわ……でも……でもアタシはアポカリプス皇国も地球もどちらも無くなってほしくないの……それはジンも同じでしょう?」

「確かに……それを覚悟して貴女の命を受けましたし出来ることなら俺だってそうしたいですよ……」

「地球を護るためには悲しいかなVXの力は必要不可欠なのよ……瞬だけに頼らなきゃいけないってのもおかしな話だけれど……ごめんなさいジン……アナタにそんなつらい思いをさせたのも全部アタシが至らなかったから……だからお願い! アタシにもう少しだけ時間をちょうだい!!」

 俺はそう言ってその場でアスファルトに膝を付き深々とアポカリプス皇国式の土下座をした。

「ちょ……ちょっと!! アポカリプス皇国侵略部隊四幹部の一人である貴女が俺なんかにそんな事をするなんて!! 頭を上げてください!!」

 プライドが高いと噂になっているマルデュークがまさか目の前で土下座をするなんて思っていたなかったのかジンは驚きを隠せない様だった。

「アタシは……ジンにも瞬にも……悲しい顔はさせたくないの……だから……そのためにアタシももっと頑張るから……だから瞬を殺すなんて悲しいこと言わないで欲しいの……」

「わ、わかりました……貴女の思いは充分わかりましたから! だからお顔を上げてください!!」

「うう……本当に分かってくれた……?」

「……ええ。わかりましたよ。それにあのおやじさんの嬉しそうな顔まで曇らせるわけにはいきませんからね……でもあくまで待つだけですからね? 本当に瞬がアポカリプス皇国を滅ぼそうとした時は命をかけてそれを止めます。止めてみせます! そのために俺ももっと強くならないと……!」

「ありがとうジン……やっぱりアナタ優しいのね」

「そんな優しいだなんて……きっとそれは瞬やあのおやじさん……それに貴女のおかげですよ」

 そうして俺はジンと瞬の暗殺を再び延期する約束、そしてこれからも地球とアポカリプス皇国の双方を救うため瞬を側で観察する任務を続けてくれると約束してくれた。

 

 

 そうして俺はジンと別れ要塞の自室に戻ると一気に疲れが出てスーツを脱ぎながら奇抜なデザインのベッドに倒れ込む。

 するとベッドに置かれていたジャージからは洗剤の匂いだろうか? ふんわりと良い匂いが鼻をかすめた。

「うう……どうなるかと思った……それにしてもやっぱり俺……まだ何もアポカリプス皇国の為に出来てないんだな……」

 ジンを仲間に引き入れた結果このまま俺が筋書き通りに行動していれば地球が救われるという訳ではなくなってしまった。

 しかし瞬のことだ仮にジンに暗殺を仕掛けられたところで難なく切り抜けてしまうだろうがそれでは駄目だ。

 自分だけ傷つくことから逃げてばかりは居られない。

 最初は自分がテレビで見ていたマルデュークの様な無残な末路を辿りたくない一心だったがこんな俺を慕ってくれるグラギムや戦闘員達……それにいけ好かないけど自らの種族を守るために頑張る他の幹部達や俺を2度も信じてくれたジンの為にも最善の方向に持っていく義務が俺にはある。

 それが出来るのは現状アポカリプス皇国の末路をこの世界で唯一知る俺だけなのだから……

 

 それから暫くするとドアをノックする音がして……

「マルデューク様……お声が聞こえたのですがお帰りになられていらしたのですか?」

 アビガストの声がドア越しに聞こえてきた。

「え、ええ! さっき帰ってきた所!」

「それでしたら少々失礼してもよろしいでしょうか……?」

「え、ええ。良いけれど……」

 すると扉がゆっくりと開きアビガストが一礼をして部屋へ入ってくる。

「ど、どうかしたのかしら?」

「マルデューク様……おかえりなさいませ」

「ただいまアビガスト」

「その様な格好でお化粧も落とさずにお休みになられてはマルデューク様のせっかくの麗しいお顔が台無しです……おつかれでしたら私めにご就寝の準備をお手伝いさせていだだけないでしょうか……?」

「あ、ありがとうアビガスト」

 俺がそう言うとアビガストはこころなしか少し広角を上げフンと鼻息を強く吹いた。

「それでしたらまずはそのお召し物をお脱ぎになってください。お風呂の準備は出来ていますから」

「え、ええ分かったわ」

 そう言えばいつも俺が買えるタイミングを見計らってお風呂も最適な温度にしておいてくれてるんだよな。

 今日は帰りが遅くなっちゃったけどそれまでずっと待ってくれてたのならアビガストにも悪い子としちゃったかな……

 俺はそんな事を考えながらアビガストに連れられ一人で入るにはだだっ広い風呂の脱衣所へ向かう。

 そこでアビガストに脱いだスーツを渡して俺は浴室へと足を踏み入れシャワーを浴びる

「ふぅ……危うくあのまま寝落ちしちゃうところだったけどシャワーって気持ちいなぁ……この身体になってから風呂がどれだけ重要かってのを再認識させられた気がするんだよな……それにむふっ……この胸も誰にも邪魔されずに拝めるし……」

 やっと最近になって自分の裸を直視する余裕も出てきた俺は水を弾くたわわな膨らみを撫でながらシャワーを満喫し、化粧を落とし洗顔で顔を洗った。

 洗顔なんて男の頃はめんどくさくて滅多にしなかったけどこれもマルデュークになって増えた日課だ。

 化粧を落とすついでだし化粧を落とさないと次の日が大変だから背に腹は代えられないんだよな……それに綺麗になれば瞬だってもっと俺のこと……

 ってだから何考えてんだ俺は! 

 いくら瞬がなんか俺に好意みたいなのを抱いてるからって俺は男なんだぞ!? 

 身体は確かに女なんだけどさ……

 そんな事を思いながら俺は男の頃とは比べ物にならない艶とハリのある自分の肌を撫でるようにして顔を洗っていく。

 顔を洗い終えそのまま身体を洗おうと石鹸を泡立て股に手を伸ばそうとしていると鏡の隅に自分以外の人影が映っていた。

「ウワーッ!! お、俺は何もいかがわしいことなんてしてません!! ただ健康と清潔を守るために自分の体を洗おうとしていただけで……!!」

 俺は反射的にに映った人影に弁明を試みたがそこにはバスタオルを巻いたアビガストが立っていてそんな俺のことを不思議そうに見つめていた。

「……ってアビガスト? どどどどうしたのかしら?」

「マルデューク……様? 驚かせてしまったのでしたら申し訳ありません。ノックをしてもお返事がなかったものですから……もしよろしければ私にお背中流させてくださいませんか? 以前は途中で鼻血をお出しになって倒れてしまわれましたので……」

 そう彼女は小さな声で言った。

 こんな可愛い子にタダで背中を流してもらえるなんて断る理由なんてないよな? 

 いやでも40近い俺がこんな女の子と一緒に風呂入るなんて事案だぞ事案!? 

 仮にこのくらいの年の娘が居たとしてもそうだ。

「い、いや……気持ちは嬉しいけれどそれくらい自分でできるから……」

 俺はそう彼女から目をそらしながら言った。

 しかし

「ご迷惑だったでしょうか……?」

 そう彼女は消え入りそうな声で言った。

「違う違う!! そういう事じゃなくて……」

「最近はマルデューク様……お一人で様々なことをするようになられたので……もう私など必要ないのでしょうか……?」

 そう言った彼女の声はまるで怯えているように震えていた。

 一人でやるなんて一人暮らし歴ももう数えたくなくなるくらいだったし皆当たり前のことだったから……

 それに今日は瞬と会う事で頭がいっぱいになっていて気を使ったつもりだったがアビガストにとっては相当効いてしまっていたらしい。

 それで浮ついて出ていったらジンに深刻な顔はされるし俺って本当に何も考えてなかったんだなと自責の念に駆られてしまった。

 ただ炊事とか洗濯とかをやってくれてるだけでも充分にありがたかったんだけどそれ以上にマルデュークは身の回りのことはみんなアビガストにやらせてたんだろうな……

 そんなマルデュークが急に自分の仕事を盗ってきたもんだからもしかしてアビガストは(マルデューク)が機嫌悪くしてるとか新手の嫌がらせとか虐待か何かと勘違いしてるのか……? 

 確かにいつも怒鳴ってくる上司が変に優しかったり機嫌良さそうにしてると逆に怖かったりするけどさ……

「そ、そんな事ないわよ!! アビガストは必要でかけがえのない存在よ!? 身の回りの事を自分でやるようになったのは……そう! 貴女の負担をすこしでも減らそうと思って……もし地球に長期的に潜伏する作戦とかがあった時一人で何も出来なかったら困るじゃない……?」 

 そう言った次の瞬間突然アビガストが俺の左腕を優しく両手で掴んでこちらを見つめてきた。

「私、その時はマルデューク様にお供させて頂きますから……私を置いていかないで……」

 まるで怒られた親に取り入ろうとする子供のように。

 いつも抑揚のない彼女の声には確かに感情が籠もっていた。

「お、置いていくなんてそんな……」

 そこまで言いかけた所で俺は言葉を詰まらせる。

 これから俺がしようとしていることは言わばアポカリプス皇国の命令に反することだ。

 置いていくなと言うことはそれに彼女を巻き込むことになる訳で……

 それにアビガストが俺を慕ってくれているのは俺がマルデュークだからだ。

 いつかその事を彼女に明かさなければいけない日も来るかも知れない。

 ずっと仕えていた主が実はある日を境に中身が中年のオッサンになっていたと知ったら彼女はどう思うだろうか? 

 そんな事を考えると彼女の厚意に甘えていいのか時々怖くなってしまう。

 しかし今目の前でこちらを見つめる少女の吸い込まれそうな瞳を見ていたら気の弱い俺には彼女を拒むことなんて俺には出来やしなかった。

 俺……いやアタシは女でマルデューク……アタシは女でマルデュークだから女の子のアビガストに背中流してもらっても何らおかしいことはないし不健全でもいかがわしくない……アタシは女でマルデュークだから女の子のアビガストに背中流してもらっても何らおかしいことはないし不健全でもいかがわしくない……

 そうなんとか自分に頭の中で何度も言い聞かせ呼吸を整えた。

「わ……わかったわ……それならお願いしようかしら。それにアビガスト。アタシはアナタを一人になんてしないわ。ずっと一緒よ……」

 結局俺はまた耳触りのいい言葉で彼女に出来るかどうかもわからない嘘をついた。

「ありがとう……ございます。 このアビガスト……この身が滅びるまで……いえ滅びようとも貴女様にお仕えいたします。不束者ですがどうかこれからもお願いしたく存じます」

 アビガストはどこか嬉しそうにそう言って丁寧に巻いていたバスタオルの裾を掴んでこちらに一礼をした。

 このまま俺に依存しているような状態ではきっとアビガストも幸せにはなれないだろう。

 その点で言えば俺の知っている本当のマルデュークの様にキツく当たって突き放すくらいのことはしなければいけないのだろうがそんな事俺に出来るわけもなく、地球人のオッサンには未だにアウェーなこの要塞の中でたった一人心を許せる相手をこちらから手放したり傷つける事もしたくない。

 きっと本当のマルデュークも自分以外誰も信じていないし興味もない中彼女だけは近くに置き続けていたことを考えると共依存の関係だったのかも知れない。

 それは今の俺にも言えることだけど……

 そんな事を考えているうちにアビガストは髪が傷んではいけないからと髪にタオルを巻いてくれてそれから背中をやさしく洗い始めてくれた。

「最近マルデューク様は身の回りの事をなんでもお一人でなさることがお増えになって休めと仰ったので私などもう不要なのかと……でも良かったです……マルデューク様が私を必要としてくれていて……」

「あ、当たり前でしょう!? お洗濯物だって食事だってアナタがやってくれてるからアタシは幹部としてやってイケてるの! 不要になんてなる訳がないじゃない! 今日だっていつもお世話になりっぱなしだからちょっとでも体を休めてほしくて……」

「私にとってマルデューク様に仕えることだけが全てです……ですからそんな私にお気を遣われるなど恐れ多いかぎりでう」

「いいのいいのそんな気負いしなくても……アナタのおかげで凄く助かってるわ。今日だってずっとアタシが帰ってくるの待っていてくれたんでしょ……? 気付くのが遅くなってごめんなさい」

「そ、そんな……私などに謝らないでください……そう言っていただけてそばに置いてくださるだけで私は幸せですから……」

 アビガストはそう言いながら最適な湯加減で背中の石鹸をアビガストは洗い流してくれた。

 マルデューク(おれ)の心地よい適温を彼女は熟知しているのだろうか? 正直今だに温度調整方法がよくわからない奇抜なデザインのアポカリプス皇国式蛇口から丁度いい温度のお湯を流してくれる。

「ありがとう。そこまで言ってくれてアタシも嬉しいいわ」

「では次は……よろしければお御髪も流させていただけないでしょうか……? 朝のお支度の時はマルデューク様の御髪に触れても良いとお許しをくださいましたがまだご入浴の時に洗ったことはありませんでしたので……」

 もうここまで来たら背中も頭も変らない。

 今日は彼女の厚意に甘えるとしよう。

「え? 良いわよ? この髪凄く長くて洗うの大変なのよねぇ」

「ありがとうございます……それでは目に入るといけませんからお目を瞑っておいていただけますか?」

 アビガストはそう言って俺の長い髪を優しく丁寧に流し始めた。

 頭皮から毛先まで彼女の細い指は優しく撫でるようにシャンプーを染み込ませていきまるでマッサージされているような気分だ。

 きっとアビガストの指先から出ている癒やしの力も相まっての事だろうが他人に頭洗ってもらうのってこんなに気持ちよかったんだな……

「マルデューク様の紅いお御髪……本当にお綺麗です……私の薄汚い黒髪等足元にも及ばびません……」

「そんな事ないわよ! アタシは好きよ……アビガストの黒髪。艶があってキラキラしてて清楚だもの」

「……本当……ですか? 私……そんな事言われたの初めてです……黒髪は汚いといつも蔑まれていましたから……それでもマルデューク様だけは私の黒髪を悪く言うことはありませんでしたし……今こうして褒めてくださるなんて私……私……」

 確かに思い返してみてもマルデュークがアビガストに当たる時に吐く暴言は基本的に仕事の遅さや不満など揚げ足を取るような理不尽なことばかりでアビガストの容姿に関することは言っていなかったような気がする。

 しかしそれは単にマルデュークグラギム達の顔を全く覚えていなかったことからも分かるように余程他人に興味がなかったからだとは思うがアビガストはそう好意的に解釈していたようだ。

 ただ自分以外だれも入れないようなだだっ広いスペースを専有しておきながら身の回りの世話を彼女一人に任せていたということはどれだけ酷いことをしようともマルデュークはアビガストの事を信用していたと言うことだけは理解できるしアビガストもマルデュークに負けず劣らずきれいな髪をしていると思う。

「もっと自信持ちなさい。アナタも充分に綺麗で可愛いんだから私などとか私なんかとか言うのはやめなさい」

「……ありがとうございます。マルデューク様ほどではありませんが……貴女様がそうおっしゃるなら……」

「当たり前よ! なんたってこのマルデューク様のたった一人の使用人なのよ? もっと誇りを持ちなさい! ここまでマルデュークに嫌な顔ひとつしないで着いてきてくれているんだからそれだけで大したものよ。……本当にありがとうね」

「……はい」

 アビガストは噛みしめるようにそういった後一言も話さず黙々と俺の長い髪を手入れし続けたが指の動きが軽くなるのを感じた。

 顔にはあまり感情を出さないけどこういった所で感情が出てくるらしい。

 彼女の手さばきに身を委ねているうちにコンディショナーまであっと言う間に終わり、その後は俺の長い髪が傷まないようにと髪を軽く結ってタオルを巻いてくれた。

「これで終わりです。お御髪を洗わせて頂いてありがとうございました……」

「お礼を言うのはアタシの方よ。ありがと、アビガスト。それじゃあそろそろお風呂に……きゃぁっ!」

 立ち上がろうとした瞬間床に石鹸が残っていたのか足を滑らせ甲高い悲鳴を上げて俺はすっ転んでしまう。

 しかしでかい胸と更にそのしたに何かが下敷きになったおかげかはたまた元より地球人以上に頑丈にできた身体だからかあまり痛みを感じなかった。

「いててててて……」

「マルデューク様……お怪我はありませんか?」

「え……ええ……大丈夫……だけれど………………!?」

 そんな声が真下から聞こえてきて目を開けるとそこにはアビガストの顔があった。

 どうやら転んだ時アビガストも巻き込んでしまったらしい

 が、これはどう見ても俺が急に押し倒したみたいな感じになってるじゃないか!! 

 なんだよこの少年漫画のラッキースケベみたいな展開は……!!!!! 

「あ、アビガスト……ごめんなさい……貴女こそ怪我はない……?」

「はい……私は問題ありません……身体が他人よりも頑丈なことだけが取り柄ですから……」

「そそそそう……だったわね……じゃなくて!! ごめんなさいすぐ退くから……」

「いえ……マルデューク様……貴女がお望みであれば私は……」

 アビガストは頬を赤らめこちらから目を逸らした。

 もしかして俺が急に押し倒したと勘違いしていらっしゃる! 

 そうじゃないだろそれにしてもマルデュークにやられた傷痕は痛々しいけど本当に綺麗だし可愛い顔してて……って違う違う!! アタシにそんな趣味は……いや待てよ俺男だし全然自然なのか……じゃなくてえーっとその……

 こんな年端も行かない女の子押し倒すって結構ヤバい状態なのでは!? 

「あ、アビガスト……? これは本当に事故で……うわぁぁっ!」

 急いで立ち上がろうとしたが再び床で足を滑らせ身体を更に彼女に擦りつけてしまう。

 そりゃもう大きな胸の先が彼女の体の上をスライドして俺も自分でびっくりするようなくらい変な声を出しちゃいましたよ。

「ごごごごごめんなさい!!」

 俺は大急ぎで彼女から離れなんとか立ち上がれたがアビガストは一向に立ち上がろうともしないし返事もしない。

「あれ……アビガスト……アビガストぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 彼女の顔を見ると鼻から一筋の血を流してぐったりと倒れていた。

 しかしその顔はとても幸せそうで

「マル……デュークさまぁ…………」

 とうわ言のようにつぶやいていた。

 俺は風呂どころではないと急いで彼女を浴場から担ぎ上げて鼻血を拭き取り、なんとか男としての欲望とか助平心とかを抑えながら濡れた彼女の身体を拭いてあげた。

 

「ふぅ……なんとかなった……今度は俺じゃなくてアビガストが鼻血出して倒れるなんてな……」

 裸でぶっ倒れた彼女をとりあえずは自室のベッドの上に寝かせたがこのまま裸のままじゃ風邪引いちゃいそうだし……

 でも寝てる女の子にメイド服なんて着方のわからないもの着せられないし……そうだ! なにもないよりはマシだろう。

 俺はとりあえずベッドに置いてあったメンズサイズのジャージを持ってきて彼女に羽織らせる。

 そして今晩着る寝間着が無くなった俺は脱ぎ捨てていたスーツを再び着て今晩は寝ることにした。

 社畜時代スーツのまま寝るなんてことはよくあったからこんな事は慣れっこだ。

 いつもはすぐに洗濯してくれてるから毎晩同じジャージを着れてたんだけどもう一着ぐらい買っといたほうがよさそうだな……今度地球に降りた時に買っておくか。

 ま、でもアビガストの幸せそうな寝顔が見れたから今日は良しとしよう。

「おやすみ……アビガスト」

 今日だけでいろいろなことがありすぎて限界だった俺はいつもより狭くなったベッドで真横に居る幸せそうな顔で気を失った彼女にそう小声で語りかけ布団を被り重くなった瞼をゆっくりと閉じるのだった。

 

 そんな次の日目を覚ますとアビガストが全力で土下座をして謝ってきてそんな彼女をなだめていたらその日の幹部会議に遅刻してしまった。

 

 その日の幹部会議の議題は昨日の作戦の反省会。そしてVXの新たな姿についてで、まだこの状況でアトモスの能力は未知数だったので口を滑らせないようにするのに初めて見る理不尽な敵の強さに驚愕する敵幹部(マルデューク)を演じるのに苦労した。

 そしてイビール将軍が苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる

「VXめ……アレだけの対策をいとも簡単にくぐり抜けた上新たな力まで手に入れるとはヤツは化け物なのか? 侵略計画ももう少し別のアプローチを練った方が良いのだろうか……そうだ! 例えば地球人の子供を一人連れてきて高待遇で我々の仲間に加える代わりに地球をアポカリプス皇国に献上すると言わせ……」

「そんな悪質で禁じられた感じなのは絶対にダメです!!」

 嬉々としてイビール将軍が出したそんな案を俺はなんとか必死で静止したのだった。

「……そうか……悪質に禁じられた…どちらも嫌いではない言葉で良い案だと思ったのだが……まあよい。今日は以前よりVXを倒すヒントを探るために調査隊に探査を進めさせていた超古代遺跡残骸での調査結果についてだ」

 イビール将軍がそう言って持っていた杖を地面に軽く打ち付けるとボディースーツの色が他とは異なる戦闘員二人が何やら人が一人すっぽり収まりそうなほどの大きなカプセルの様な物を持ってきた。

「なんだァ? こいつは……」

「VXと似ているな……匂いもだ」

『ほうほう……これはまた面白いものを拾ってきましたねぇ……』

 その中に入っていたものを他の幹部たちは怪訝な顔で見つめていた。

 俺もそのカプセルの中身を間近で見て目を丸くした。

 そのカプセルの中に入っていたもの……

 それは漆黒のボディに身を包んだもう一人の装鋼騎士……

 俺は思わずその名を口から溢す。

「ソル……ダークネス……!」




何とは言いませんがアレを一気見して最終回でテンションブチ上がった直後法定速度遵守のシュールさに笑ったり虚無ったりした結果体調を崩しました(本作の投稿が遅れたのとは全く関係ありません)
恐らくこのシリーズの投稿は年内最後になると思うので少し早いですが今年一年ありがとうございました。
来年もどうかよろしくお願いいたします。

それとこれまでpixivにだけ投稿していた単発のTSF系小説をちょくちょくこっちにも不定期で投稿していこうと思います。よければそちらもどうぞhttps://syosetu.org/novel/301893/


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第八話 ソルダークネス?

 月蝕の日に産まれ兄弟のように育った二人の男が居た。

名を月影瞬、そして陽黒想と言う。

二人は良き友であったが18歳の誕生日を迎えたその日、彼らの運命は大きく動き出した。

悠久の眠りから現代に蘇った超古代文明モグローグの新たな王の器として拉致されその腕に王の資格たるエンペラージェムを埋め込まれその力に適合するよう身体を作り変えられてしまったのだ。

二人は腕に埋め込まれたエンペラージェムと命を賭け、互いに殺し合い一つしか無い王の座を奪い合うことを運命付けられる。

しかしその適合手術の最中事故により瞬は脳改造直前にその場から脱出、想はその事故の影響で仮死状態になってしまう。

 

手術から逃げ出しモグローグの陰謀と自分の運命を知ってしまった瞬は自分の得てしまった力に戸惑いながらもその悪の陰謀を砕くため、そして取り残された友を救うため装鋼騎士シャドーとして立ち上がった。

 

その戦いが熾烈を極める最中シャドーを倒すため仮死状態で眠っていた想をモグローグは強化改造し目覚めさせる。

彼は優しく穏やかな青年であったが事故と強化改造の影響で目覚めた彼にその面影はなく、ソルダークネスと名乗った彼の中には最早シャドーを殺して自らが新たな王になり地球を再びモグローグの手で支配するという邪悪な野望しか残されていなかった。

 

目覚めたソルダークネスとシャドーは幾度も戦いを繰り返し地球の命運をかけた最後の戦いの時まで瞬は想が元に戻ることを信じて戦い続けた。

しかし最後の最後まで想の意志が戻ることがないまま瞬は勝利を手にし、息を引き取ったソルダークネスはモグローグ地下神殿と共に地の底へ沈んだ。

こうして瞬の最も助けたかった友の犠牲を払いながら古代文明モグローグとシャドーの長く苦しい戦いに終止符は打たれ、世界にひとときの平和が訪れた。

 

 

しかしソルダークネスは死んではいなかった。

エンペラージェムの自己防衛、修復能力により仮死状態になり目覚めの時を地の底で今か今かと待っていたのだ・・・

 

そんな戦いから約一年が過ぎた頃、地球侵略を目論むアポカリプス皇国の侵略部隊幹部であるマルデュークは先遣隊にモグローグの遺跡を調査するように命じていた。

地球侵略の暁に自分が他幹部よりも優位に立てる様シャドーとソルダークネスを手駒にする計画を立てていたのだ。

しかしその計画は見事に頓挫し、仲間になることを拒んだシャドーに深い傷を負わされてしまった上シャドーVXという新たな力を与えるきっかけを作ってしまう。

それから皇国とVXの戦いが続く中でもモグローグ神殿跡の調査は水面下ですすんでおり先遣隊は最早見る影もない神殿の最深部で繭のようなカプセルに包まれたソルダークネスを発見した。

 

という筋書きで今俺や他幹部達の集まる部屋の中心には先遣隊が引き上げてきた仮死状態のソルダークネスが運び込まれてきた。

この後マルデュークはVXを倒す良い駒になるとソルダークネスを目覚めさせ戦いのダメージからか記憶がシャドーへの復讐心しか無いことを良いことに良いように使おうとするんだけど・・・

 

できないっっ!!

この後VXと戦っている最中に正気に戻ったソルダークネスがVXを庇って死ぬ展開を知ってる俺にそんな事出来る訳がないだろ!!

何より瞬は死んだはずのソルダークネスが蘇ったことで更に苦悩して友殺しの苦しみを二回も味わうことになる。

それを知ってソルダークネスを・・・想を蘇生させて瞬に差し向けるなんて俺には絶対にできない。

なんとかしてソルダークネスの復活を阻止しないと・・・

「あ、あの〜やはり一度VXの強化前であるシャドーに敗れた者をこちらに取り込んだ所で役に立たないのでは・・・?」

俺は恐る恐る手を控えめに挙げてそう意見具申する。

しかしその言葉を聞いたイビール将軍の反応は冷ややかで・・・

「何を言うマルデュークよ、貴様が打倒VXの為にと遺跡の調査を命じたのだろう?」

「は、はい・・・確かにイビール将軍のおっしゃる通りですが・・・」

「そうなると遺跡からVXを倒す糸口になるようなものは見つからず持って帰ってこれたのはこの死にぞこないだけと言うわけだが・・・マルデュークが不要というのであれば他に有効に活用したいという者はおらぬか?」

イビール将軍はそう他の幹部に尋ねた。

「ふむ・・・それではVXを倒すためヴェアルガルの精鋭が鍛え上げた我の新たな獲物の試し切りに・・・」

真っ先に声を上げたのはドスチーフで、そう言いながら刀を鞘から引き抜き始める

「犬っころと意見が合うのは癪だがよォ こんなデクの棒さっさとぶっ潰しちまった方が良いんじゃねぇか?」

彼に賛同するようにジャドラーも腕をボキボキと鳴らした。

そんな二人を呆れ顔でヘルゴラムは見つめ

『全く・・・相変わらず血の気の多い方々だ。幾らあなた方と同じ様な型落ちとは言えVXに似た体組織、そしてエンペラージェムを持っているのは確かです。それならば我々ゴーレトニグの科学力を持って解剖、解析しVXの打倒に役立てて差し上げようではありませんか。そのための基調なサンプルですよこれは』

そう言って体中から触手のようなコードをうねうねと生やしその先端にはメスのようなものやドリルのようなものが付いていて今からでも解剖する気が満々と言わんばかりだ。

「や、やっぱりお・・・・いやアタシが使わせてもらうわ!!」

俺はそんな状態を見て思わずそう叫んでいた。

『なんですか今更・・・先程役に立たないと言ったばかりではありませんか』

「えーと・・・それは・・・そうっ!気が変わったのよ!きっと倒したはずのコイツがVXの前に現れればVXは精神的に追い詰められるはず!その隙をついてVXを倒すのよ!!そのためにアタシが使うって今決めたの!!なにせアタシの指示で見つけ出したモノなんだからアタシに使う権利があるってものでしょ?アンタ達に使われるくらいならこのマルデューク様が有効に活用してやるわよ!」

俺は勢いで結局テレビで見た通りソルダークネスを蘇らせる選択を取ってしまった。

そうでもしないともっと大変なことになりそうだったからだ。

「ふむ・・・遺跡調査を命じたのはマルデュークだ。それならばマルデュークの管轄で此奴の処遇を決めるがよい」

『なんと! 一度シャドーを仲間に引き入れようなどという間の抜けた作戦に失敗したどころかVXへと強化した原因を作ったマルデュークに再び一任するのですか!?』

ヘルゴラムは不服そうに言った。

「ああ。あくまで此奴をどうするかの権利は発見した彼女にある。しかしVXの様な新たな脅威になるやもしれぬ。そこでだ。マルデュークの手に余ると判断すればヘルゴラム、貴様に此奴の処理を任せよう」

『はっ・・・!マルデュークの尻拭いをするのは気が進みませんが所詮型落ち、VXの身体データを解析しゆうにそれを超えるスペックを叩き出せる我々であればコヤツの処理など赤子の手を撚るも同然でございます』

ヘルゴラムは身体から伸ばしたコードを身体にしまうとイビール将軍にアポカリプス皇国式の敬礼をした。

「それでは本日は解散!明日、ヴェアルガルの侵略作戦を結構する!」

 

将軍の一声でその日の会議は解散になり、仮死状態のソルダークネスはゲニージュ区画の研究所兼医務室へと運ばれていった。

俺もその後を追って以前[[rb:俺 > マルデューク]]をシャドーから受けたダメージから助けた科学者戦闘員の主任にソルダークネスを蘇生するよう命じて自室に戻る。

 

「はぁー今日も疲れた・・・それに結局ソルダークネスは蘇らせる方向で進んじゃったしどうすりゃいいんだ・・・」

部屋で一人長い髪をぐしゃぐしゃと掻きながら作中通りに話を進めてしまったことを後悔した。

しかしあそこでそれ以外の選択肢を取ってしまえばドスチーフのあの刀で試し切りされるかジャドラーに叩き壊されるかヘルゴラムに解剖されて俺も知り得ないとんでもない怪人を作られるかの三択になってしまうところだった。

それに比べれば作中通りに事を進めるのが一番ベストだと思って咄嗟にあんな事言っちゃったんだよなぁ・・・

ほんとに目覚めたソルダークネスをどうすれば・・・

テレビで見ていたヒーローとしての彼だけでなく年相応の若者として重すぎるものを背負わされ弱音を吐く所を近くで見せられているだけあってせっかくなら瞬を正気に戻った想と会わせてあげたい。

一度ならず二度も人類の脅威と戦う彼にはそれくらいの報いがあっても良いはずだ。

しかしそれはつまるところVXとソルダークネスの二人がアポカリプス皇国の敵になる事を意味していてそうなってしまえば知っている筋書きから大きく逸脱した展開になるどころか俺の死期が早まる可能性だって大いにある訳で・・・

結局ジンにもう少し待ってとは言ったけどまだ打開策も何も見つかってないのにここに来て悩みがまた一つ増えてしまった訳だ。

ああもう!!誰だよソルダークネスを見つけて連れてこいなんて言ったやつは!?

・・・紛れもなくそれも[[rb:マルデューク > 俺]]なんだけど・・・

とにかくここで選択を間違えば大変なことになってしまう。

今までより慎重に事を進めなければいけないな・・・

でもどうすりゃ良いんだよこんなの・・・!!

今後のことで頭を抱えているとドアをノックする音がしてアビガストの声がした

「マルデューク様・・・御夕飯の準備が整いましたが如何致しましょうか?」

「え、ああもうそんな時間なのね・・・ありがとう頂くわ」

 

アビガストに呼ばれ相変わらずだだっ広い空間にぽつんと置かれた一人用の食卓の前にアビガストが立っている。

いつもはテーブルにべらぼうでアバンギャルドな到底食べ物とは思えない見た目の料理が置かれているのだが今日はまだ何も置かれていない。

不思議に思っているとアビガストから座って待っていてほしいと言われてそれからしばらくして彼女が器を俺の前に置いた。

「こ・・・これは・・・!!」

食欲をそそる懐かしい香りがほんのりと鼻を掠め、湯気の立ち込める器の中を見てみるとその中に入っていたのはいつものようなとんでもない見た目の料理ではなく白く濁ったスープと麺。

そしてその上に盛り付けられた具材だった。

「はい・・・最近マルデューク様がお疲れの様でしたので私の故郷の郷土料理ボポルパッゼを以前地球で召し上がられておられたポンコツラメーン・・・?風にアレンジしてみました・・・見様見真似ですのでお口に合うかどうか・・・もしお気に召さなければ新しい料理を用意させていただきますので・・・」

アビガストは自信なさげにそう言ったが確かに目の前にあるのはチャーシューと味玉のようなものの色が変なことに目をつぶればラーメンそのものだ。

 

恐る恐るスープを掬って口に運ぶと口の中に広がるこってりと濃厚なスープの味わいは紛れもなくラーメンを想起させ、俺は気がつけばそのまま麺も口に運んでおり細いその麺にはしっかりとスープが絡みつき硬めの麺の食感が口の中に広がっていく。

一体どんなスープを使ったのかは分からないがこの味わいは今まで食べたラーメンと似ているようでどのラーメンとも形容し難い味がして、その味を確かめるように一口、さらにもう一口と麺を啜る手が止まらない。

以前の俺なら胃がもたれていたかもしれないくらいにこってりしているがこの身体が若いからなのかそんなことも気にせず箸のようなものを進めていく。

ああ・・・若いって良いなぁ・・・

「お、美味しいわアビガスト!これ本当にアナタが作ったの!?」

「・・・はい。昨晩はお夕飯が不要とのことで少々時間を持て余しておりましたのでその間に具材を煮詰めてスープを作っておりました。一晩煮込んだだけですのでボポルパッゼと言うには少々薄味になっておりますが昨晩お見苦しい所をお見せしてしまいましたのでそのお詫びの意味も込めて以前美味しそうに召し上がっていた物を作れればと・・・」

相変わらず健気で可愛い子だ。

乗っかっているチャーシューや味玉のようなものも見た目は凄まじいが味は確かでそれにもスープが染み込んでいてとても美味い。

それにしてもこの麺だ。

一度食べただけでここまで地球の麺に近いものを作れるなんて流石マルデュークのメイドを一人で務めあげているだけのことはある。

麺も見様見真似で作ったとは思えないくらいにちょうどいい太さと歯ごたえで申し分ない。

やっぱりちゃんと小麦っぽいものから打ったりしたのかな?

俺の脳裏に麺をひたすら打つアビガストの姿が浮かぶ。

そんな姿はどこかシュールに思えたが同時に好奇心から彼女にこの麺について尋ねることにした。

「ねえアビガスト?この麺どうやって作ったの?本当にラーメンそのものじゃない!」

「メン・・・?ですか?あっ、ロホデデディアのはらわたの事でございますか?」

「ゲフッ!?ゴホッゴホッ!!」

予想外の答えに俺は思わずむせてしまう。

今すごい事を聞いた様な気が・・・いや気のせいかも知れない・・・

こんな麺そっくりな食感のはらわたがあってたまるか!!

「あ、アビガスト・・・今なんて?はらわ・・・?」

「はい。そちら高級食材のロホデデディアを生きたまま火にかけ棒で叩いて吐き出した腸を引き抜き茹でた物です・・・ 本来であれば採れたての物を使用したかったのですがあいにくこの要塞には生体凍結されたものしかなく・・・」

思ったよりグロテスクな調理方法だった!?

先程まで脳裏に浮かんでいた健気に麺を打つ彼女の姿は良くわからない生き物を痛めつけるような凄惨なものに変わっていて、見た目が凄まじい料理には慣れてきたけど調理方法を聞くのは止めておいたほうが良いなと激しく後悔した。

「わかったわ!わかったからもうその説明はしなくても大丈夫!ありがとう。アタシの為に頑張ってくれたのはすっごくわかったから!!」

「左様でございますか。お喜びいただけたなら私も・・・嬉しく存じます・・・」

そう言ったアビガストは頬をほんのり赤らめかすかに笑った。

やっぱこんな子に料理作ってもらえるならなんでも良いやとさっき聞いたことは聞かなかったことにして再びラーメンのようなものを口に運ぶと口に広がるのはやはり懐かしいラーメンのような食感。

毎度のことながら味は良いんだよなぁ・・・

そんな複雑な思いのまま料理を食べ進めていく。

 

「ふぅ・・・ごちそうさま」

ラーメンを食べた多幸感と生きたまま火炙りにされた上内蔵を引き抜かれたというロホデデディアとやらに少々の罪悪感を覚えながらも俺は気づけばスープも一滴残らず飲み干していた。

こんなにアポカリプス皇国流の料理を食べて満足したのは初めてかも知れない。

「お口に合った様で私も嬉しく存じます・・・この様な下品で低俗な私の故郷の料理をここまで美味しそうに召し上がってくださり・・・本当にありがとうございます」

アビガストは頭を深々と下げた。

調理法に問題がありそうだとは言えやはり料理に対する感覚が地球人とは大きく異なっているのかこのシンプルな見た目のスープがアポカリプス星人からすると相当ゲテモノ扱いされているらしい。

そう言えばこの間ジンと焼肉食べに行った時も食べる前は相当気味悪がってたし料理に対する感性が真逆なのかな・・・

しかし味覚や美味しいと思うもの自体に大差はなさそうなのが唯一の救いだ。

「自分の故郷の料理を下品だとか低俗だとか言っちゃダメ!誰かがそう言ったのかも知れないけれどこの味は本物よ?それにアビガストの思いもちゃんと伝わったから・・・この味は誇って良い物よ」

「そ、そうですか・・・以前マルデューク様にお出しした時はお気に召されず一口もお召し上がりにならなかったのでそのリベンジも兼ねて食べやすいようにアレンジしてみたのですがこうして喜んでいただけて本当に嬉しいのです・・・」

ん?

ということは・・・

アビガストの郷土料理を下品で低俗とか言ったの[[rb:俺 > マルデューク]]かよォォーッ!!

いや俺じゃなくてあくまでマルデュークが言っただけで・・・でも今は俺がそのマルデュークな訳で・・・

ああもうホントなんだよあの女!

こんな健気でアンタの事想ってそこそこ手間のかかる料理を必死に作ってくれてる子になんてことを・・・

いくら自己弁護を重ねようとしても彼女にそう言ってしまったのは紛れもなく[[rb:マルデューク > 俺]]という事実からは逃げられない。

「ごめんなさいアビガスト!マルデューク・・・い、いえアタシが言ったその言葉全部撤回するから・・・!本当にごめんなさい・・・アビガストが精一杯作ってくれたのにアナタどころかアナタの生まれ故郷まで卑下するような事を言って・・・本当に最低よ・・・」

いくら記憶がないとは言え彼女を傷つけたり暴言を吐き散らかしていたのは紛れもなく彼女にとっては[[rb:マルデューク > 俺]]自身なので俺は深々と頭を下げる。

他人の失敗で頭を下げることなんて慣れっこだし何よりそんな事を俺自身も許せない。

突然頭を下げた俺を見てアビガストも驚いたのかあたふたとして俺の顔を覗き込んできた

「ま、マルデューク様!?頭をお上げくださいませ!!私はもう気にしておりませんし何よりマルデューク様の好みも考えずボポルパッゼを出してしまった私の責任でございます!マルデューク様がお怒りになられるお気持ちも理解しております・・・!ですから頭をお上げください!こんな私めの為に貴女様がそこまで頭を下げる必要はございませんから!!」

アビガストは必死に俺をなだめてきた。

なんかそこまでされると逆に俺が悪いことしちゃったみたいになっちゃうな・・・

「わ、わかったわアビガスト・・・前にそんな事して本当にごめんなさい。こんなアタシの事許してくれる・・・?」

「はい。召し上がってくださった上に美味しいとまで仰っていただけた。それだけでもう十分過ぎるほどでございます・・・ですからもう頭を上げて・・・」

アブガストにそう言われ俺はゆっくりと頭を上げた。

「許してくれてありがとうアビガスト・・・ところでアナタ・・・何かアタシにしてほしいこととか・・・無いかしら?」

許してはもらえたようだがやはりそれだけじゃ気が済まないしいつもお世話になっている彼女になにか喜んでもらいたいと俺は彼女にそう尋ねた。

すると彼女は少し困った顔をして・・・

「な、何を仰るのですかマルデューク様・・・私は貴女の使用人であって私が貴女様になにかしてほしいことなど・・・・」

「そう言わないの。なんでも・・・って訳にはいかないだろうけどアタシに出来る範囲の事なら聞いてあげるから遠慮しないで」

「え・・・で、では・・・・・ああやはりそんな!恐れ多いです!!」

一度口が緩みかけたがその途端彼女は口を手で抑えてしまった。

「もうっ!アタシが良いって言ってるんだから言うだけならタダなんだし言っちゃいなさい」

「・・・で、では・・・」

アビガストは観念したのかゆっくりと口を開き始める。

一体何を頼まれるんだ・・・?

もしかすると死ねとか言われるかも・・・?

い、いやアビガストはそんな事言うような子じゃないし・・・

俺がドキドキしていると彼女はか細い声を吐き始め・・・

「・・・・でてほしいです・・・・」

顔を真赤にしたアビガストは消え入りそうな声でそう言った。

「ごめんなさいアビガスト・・・肝心の部分が聞き取れなかったのだけれど・・・?」

「ひゃ、ひゃいっ!すみませんっ!あの・・・・その・・・私の頭を・・・撫でてほしいのです・・・今日もよくやったと・・・」

今までにないほどの取り乱し方と可愛らしい声を出した彼女は恥ずかしそうにそう続けた。

頭を撫でてほしい?

「そんな事でいいの?」

「・・・はい。私の幸せは貴女様に喜んでいただくことですから・・・」

「そ、そう・・・それじゃあ・・・いつもありがとうアビガスト。アタシがやっていけているのはみんなアナタのおかげよ」

俺はそう言いながら彼女の頭を優しく撫でた。

いつもは俺が手を彼女の前に出すだけで防衛反応からかどこか身体を強張らせるような素振りを見せていた彼女だったが今日はそんな強張りを感じることはなく、彼女の中の辛さや恐怖を少しは取り除けているのなら自分がマルデュークとしてやってきたことも無駄ではないのかもしれないと思えた。

「ありがとうございますマルデューク様・・・こんな私めのお願いを聞いてくださるなんて・・・」

「いいのいいの!それもアタシが半ば強引に言わせちゃったことだし。これから本当に嫌なこととか辛いことはしなくても良いのよ?きっとその方がアタシも嬉しいから!」

「・・・はいっ!」

俺の言葉に彼女は今までに見たこともないほど嬉しそうにそう返事をしてくれた。

でもあれ・・・?なんかこの流れどっかで・・・

あっ!しまった!!

これは確か37話辺りで瞬がアビガストの正体や素性を知った上で「これからは君が本当に嫌なことと辛いことはしなくても良い!きっとその方が俺も嬉しい!!」って言うシーンがあったんだ!!

この言葉がきっかけでアビガストはマルデュークと袂を分かってアポカリプス皇国を離脱するんだけど・・・

またそんな重要なフラグをへし折ってしまった!

い、いや待て・・・アビガストが離脱するフラグは徹底的に排除していく方が正解なのでは・・・?

とにかく今はアビガストのためにも自分にできることを地道にやっていくしかないと俺は自分にそう言い聞かせるのであった。

 

そして次の日・・・

部屋に備え付けられている通信機のけたたましい音で俺は目を覚ます。

「ふわぁぁ〜〜なんだよこんあ朝っぱらから・・・」

通信機を取るとそこから科学者戦闘員の大声が聞こえてきた

『まままマルデューク様!!ソルダークネスが目覚めました!!!ひとまず現在は拘束して無力化しておりますが今すぐこちらへ!!』

その焦り様は尋常じゃなかったので俺は最低限の化粧と身だしなみを整えて研究室へと向かった。

するとそこには武装したグラギムや戦闘員も控えていて物々しい雰囲気だ。

「おおお早う御座いますマルデューク様。本日もお麗しい・・・」

「あ、ありがとうグラギム・・・ところでアナタ達も呼ばれたの?」

「え、ええ・・・何と言ってもあのシャドーVXと過去に対をなした輩ですからね・・・何かあればこの私めが・・・」

グラギムがそう言って武器を構えると研究室の扉が開き中から科学者戦闘員の主任が出てきた。

仮面を被ってはいるものの彼からは憔悴しきり疲れ果てた表情が俺にはうかがえる。

「お、お早う御座いますマルデューク様・・・早朝よりお呼び立てするご無礼をお許しください!」

主任は震えながら俺に頭を下げる。

多分まだ寝起きで機嫌の悪いマルデュークは何をするかわからないとか思われてるんだろうなぁ・・・

「気にしないで頂戴。ところでそ・・・ソルダークネスが目覚めたって?」

「はい。我々の技術の粋を集めて仮死状態からの脱却を図りました。身体には我々には計り知れない改造が施されておりましたが身体の組成自体は我々ゲニージュと大差が無かったものですから順調に進みはしたのですが・・・」

「したのですが・・・?」

「はい。目覚めた途端その姿が変化してしまったのです。あの鎧をまとった様なゴツゴツとした姿から丸腰の我々の様な姿に・・・」

主任は言いにくそうに言った。

待てよ?VXの手で力尽き果てるその時まで想が元の姿に戻ることはなかったはずだけど・・・

「そ、それで彼には会えるかしら?」

「ええ。一応意識もありますし今は落ち着いていて自動翻訳システムも問題なく動作していて会話も可能かと・・・」

会話もできる・・・?

作中だと訳も分からず襲いかかってきたソルダークネスをマルデュークが一方的にボコボコにしてていくらインフレが進んでいたとはいえ複雑な気持ちになってたけど話せるなら話し合いでなんとかなるかもしれない。

でもその内容を他人に聞かれるのはちょっとまずいな・・・

「そ、そう・・・!なら危険かもしれないからアタシが一人で話すわ。何かあったら通信機で呼ぶからそれまでは人払いを頼めるかしら?」

「そ、そんな・・・危険すぎます!またもし万が一のことがあれば・・・」

「そうですよマルデューク様!せめてこのグラギムをお側に置いてください!」

二人共俺の身を案じての事なんだろうけど俺の言ったことに猛反対する。

「だ、大丈夫よ!アタシを誰だと思っているの?アタシはアポカリプス皇国ゲニージュ特務部隊作戦参謀マルデュークよ?こういう時はトップが先陣を切らなきゃ・・・ね?」

「は、はい・・・ですが・・・」

なんとか立場を利用して押し通そうとしてみるが主任はまだ不満そうだった。

しかし・・・

「マルデューク様!流石です!!この様な自らのみを危険に晒す事態にも先人をお切りになられるとは不肖グラギム・・・貴女様のような聡明なお方にお使えできてとても光栄でございます!!!」

グラギムが目から涙を溢れさせそう声を上げた。

いくらなんでも単純すぎないかコイツ・・・

「主任殿、マルデューク様がそうお望みだ。場所を開けてくれたまえ。我々がマルデューク様のお言葉を信じずしてどうするのだ」

でもグラギムを味方につけられたのは大きかった。

グラギムがそう言って主任をなんとか説得してくれたのだ。

 

そして人払いも済み、想の拘束されている隔離病棟に一人足を踏み入れる。

するとそこには四肢を鎖で繋がれた人間の姿をした想がいた。

彼の身体には戦いでできた傷跡が生々しく残っており少々ぐったりしているように見えたが俺の姿を見て顔をゆっくりと上げる。

そして・・・

「あ、あのー・・・ここは一体何処なんでしょうか?なんか突然鎖で繋がれて電流流されたりして・・・・っておわぁぁぁぁっ!なんて格好してるんですか!?」

彼の口からはモグローグ次期帝王としてのけたたましく威厳のあったソルダークネスだったとは思えないほど気の弱そうな震えた声を発して顔を真赤にしてこちらを見つめてきた。

一体どういう事だ?ソルダークネスはもっとこう絵に描いたような覇王って感じのキャラだったのに・・・

予想だにしない想との邂逅に俺は戸惑いを隠せずに居た。

多分それと同じくらい急に目が覚めた途端痴女みたいな格好をした女がやってきた彼も同じくらい戸惑っていたのかも知れない

ひとまず何処から何を話せば良いのやら・・・

 

つづく



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第九話 未来と贖罪の共同戦線

「おわぁぁぁぁっ!なんて格好してるんですかあなた!?」

過去作のラスボスがマルデュークに出くわした第一声がこれであった。

それに顔を真赤にした彼の視線がちょくちょく俺の胸の方を向いているを感じる。

そりゃこんな格好してる女がいれば男ならそうなるよな・・・

しかし結構チラチラ見られてるのって分かるもんなんだとこっちまで少し恥ずかしくなってきたが今はそれどころじゃない。

本来であれば訳も分からず復讐心と怒りから暴れ狂うソルダークネスをマルデュークが一方的に叩きのめしひとまず配下に置くというパワーインフレを残酷に見せつけられるシーンだったんだけど彼は攻撃してくる素振りを見せるどころか大人しく拘束されたまま顔を真っ赤にしてこっちの胸を見てくる有様だし・・・

とにかく話ができるならまずは挨拶から・・・

「お初にお目にかかります。わたくしアポカリプス皇国地球侵略部隊ゲニージュ作戦参謀のマルデュークと申す者でして・・・」

「あっ、はいご丁寧にどうも・・・」

だ違う!!

どうしてもまだサラリーマンの時の癖が抜けないしこういう時悪の組織の女幹部ってどうやって挨拶すりゃいいかなんて知らないしそれに向こうもなんか更に気まずそうにしてるし!!

でも胸は見てくるんだよなぁ・・・あっ、また見た!

こっちが気付いた素振りした瞬間え〜胸なんか見てませんけどみたいに視線逸してもバレバレなんだけど!?

男の視線ってこんな分かりやすいもんなのか!?

「こほん・・・今あなたが置かれている状況お分かりですか?」

「状況?えーっと・・・シャドーってヤツにやられてそれから・・・あっ、シャドーっていうのは・・・」

ちょっと待ってちゃんと受け答えしてくれるどころか記憶もあるの!?

てっきり全部記憶がすっとんで変になってるのかと思ったらそういう訳でもなさそうなのか?

「その辺は知ってるんで大丈夫・・・ところであなた自分のことは分かります・・・?名前とか」

「は、はぁ・・・陽黒想と言います・・・というか知ってるって・・・?」

俺の質問に彼は不思議そうに答えた。

ふむ・・・しっかりとソルダークネスになる前の記憶もありそう・・・と。

「ああいえこっちの話・・・!それじゃあソルダークネスの事も?」

その言葉を出した瞬間彼の表情が暗くなる。

「ああもうその名前は出さないでください・・・!我ながらあんなのクソですよクソ!!」

予想外の言葉が彼の口から飛び出した。

ソルダークネスだった頃は我こそはこの世界を黒く灼き焦がす覇王とか言ってたのと同一人物とは思えない。

「どうして?かっこいいじゃないですか!お・・・アタシは好きですよ?」

「かっこいい?ふざけないでくださいよ!急に拉致られて目が覚めたら急にあんなバケモノにされてたんですよ!?ああなんで生きてるんだ僕は・・・!!」

彼は声を荒らげたと思うと急にうなだれてしまった思ったより重症・・・?

ちゃんと想の時の記憶もソルダークネスとしての記憶も両方ありそうだけど・・・

「えーっと・・・ちゃんと記憶はあるって事ですか?」

「そりゃもちろん!むしろ忘れたいくらいですよあんなの!だから僕はあの時瞬に・・・シャドーに殺される選択をしたはずなのに・・・!!なんで生きてるんですか僕!ねぇ!説明してくださいよ!!!」

「お、落ち着いて!!確かにあなたはその時シャドーに倒されました。ただ死んだ訳じゃなくエンペラージェムの自己再生能力が瀕死のあなたの傷を癒やして眠りについかせていたんです。それを私の部下がここまで連れてきまして・・・」

「クソッ!またあの石のせいか!!もうよしてくれよぉ・・・」

想は俺の言葉を聞きぐったりと繋がれた鎖に体重を預け涙をこぼした。

「あの・・・もしかしてソルダークネスだった時も自我はあったんですか?」

「なんであなたが僕の事情を知ってるのかは存じ上げないですけどそうですよ。でもどうすることも出来なかったんです。あの時はなんというか俺じゃない俺がシャドーを殺してこの世を再びモグローグの手中に収めることしか考えられなくなってて・・・正直生きてるのも驚きですけどこうしてまた自分の意志で身体を動かせてるのも不思議なくらいで・・・えーっとマルデュークさん・・・でしたっけ?そんな僕を連れてきてどうするつもりなんですか?」

「えっ!?えーっと・・・」

彼がソルダークネスとして行ってきた所業は今の彼にとって言わば黒歴史のようになっているらしい。

どうしよう・・・俺の知ってるVXに再登場したソルダークネスはVXが憎い。VXを俺に殺させろくらいの勢いでシャドーに対する恨みや憎しみくらいしか残ってなかったはずなのになんでこんなに記憶がはっきりしてるんだ?

比べちゃ悪いけど酔っ払ったときの奇行を後から死ぬほど後悔するやつみたいになってるじゃないか・・・

「えーっとその・・・私の計画に協力してほしいなー・・・と」

「計画・・・?嫌に決まってるじゃないですか!そう言うのはもう懲り懲りなんですよ!!僕はもう誰にも従いませんからね!不要ならさっさと・・・」

想がそこまで言いかけた所で彼の腹がぐうと大きな音を立てた。

「もしかしてお腹空いてます・・・?」

「おかしいな・・・腹減ったなんてこの身体になってから今まで感じたこともなかったのに・・・」

「そ、そうなの・・・!?と、とりあえず何か食べ物を用意しますからひとまずその後のことはそれから考えましょう」

「え・・・はい・・・お願いします」

想は遠慮がちにそう言ったので俺は一度部屋を後にして何か食べ物を用意することにした。

部屋から出ると武器を構えた戦闘員やグラギムたちがわらわらとこちらに駆け寄ってきて心配そうに見つめてくる。

「マルデューク様ご無事で!?」

「ええ。大丈夫だけど?」

グラギムに尋ねられそう軽く返すと辺りからは軽い歓声が上がる。

「マルデューク様、奴の様子は・・・」

続いて科学者戦闘員の主任にもそう尋ねられたので問題なく目覚めて会話もしっかりできる状態であることを伝えた。

「でも今変に刺激するのはおそらく危険だから引き続きアタシにまかせてくれないかしら?少し用事を思い出したの。すぐ戻るから引き続きここは封鎖しておいて」

「ははっ・・・!」

「それとアタシは大丈夫だからあなた達はもう仕事に戻って頂戴?心配してくれてありがとうね。」

ひとまずそれっぽいことを言って人払いを続行させ、グラギムや戦闘員達も俺に危害がないことを知りそれぞれ持ち場に戻っていった。

そして主任と俺の二人きりになった所で彼に気になっていること尋ねる事にした。

「ちょっと良いかしら?」

「は、はい!?どどどどうされましたか?」

突然声をかけられ身体を強張らせる主任。

やはりまだまだマルデュークは恐れられているということだろうか。

そりゃ一歩間違えれば殺されてた人なんだし怖がるのも当然といえば当然なんだけど・・・

「ソルダークネスの蘇生・・・一体どうやったの?」

「どうやったと言われましてもヤツの身体は歪な外科的手術で痛みや苦痛を感じる神経が切断されていたりその他受けたダメージが累積してボロボロでしてね・・・しかし不思議とそれでも確かに生きているものですから興味深いデータを取らせていただきました。しかしながら再生医療を得意とする私にかかればあの程度の蘇生治療朝飯前でしたよ。そんちょそこらの医者ならばどこか後遺症が残ったりしていたでしょうけれど・・・す、すみません・・・少々調子に乗ってしまいました。あまりにも興味深い手術でしたので・・・」

主任は少し得意げに言った後身体を縮こまらせてペコペコと頭を下げた。

グラギムを救ったのも本来であれば既に死んでいるはずの彼だった訳だしきっとこの主任が完璧にソルダークネスを再生させたお陰で彼は記憶を失うことが無いどころか陽黒想としての人格取り戻せたのかもしれない。

やはり彼は殺してはいけない人材だったようだ。

「本当にありがとう!アナタは天才よ英雄よ!!アポカリプス皇国に無くてはならない存在よ!!」

「へっ!?そ、それはどうも・・・私めには身に余るお言葉です」

「それじゃあ戻り次第続きはやるからアタシにまかせて」

そう言って俺は医務室を後にした。

 

勢いで飛び出したまでは良いがさてどうしたものか・・・まともに話ができるだけ俺の知っている復活したソルダークネスよりも幾分かはマシに思えるが今の彼はそれ以上に追い詰められているような気がしてならない。

ひとまず何か食べられるもの・・・でも要塞にあるような食料は普通の感性をしてる地球人が寝起きで見せられたら卒倒するような見た目のばっかりだし・・・・

そうだ!

俺はあることを思い出し部屋に戻ると部屋から繋がっているアビガストの住む小部屋のドアをノックする

「アビガスト、少しいいかしら?」

俺が呼びかけるや否やドアをゆっくりと開け彼女がひょっこりと顔を出す。

「おかえりなさいませマルデューク様・・・!本日はご朝食がまだでしたよね?」

「え、ええ・・・っとその前に昨日出してくれたラーメン・・・まだ残っていたりしないかしら?」

そう。昨日彼女が作ってくれたあの豚骨ラーメンの様な何か。

元気がなくて腹が減った時はこってりしたラーメンに限るしあれならばここにある他の料理や食材よりも想でも食べやすいかもしれないと思ったのだ。

「ラーメ・・・?あっ、ボポルパッゼの事でございますか?」

「そうそれ!それが今凄く必要なの!!」

「まだ少々残っておりますが2日連続で同じものをお出しするなど恐れ多く・・・」

よかった!まだ残ってたんだ!

これなら想の空腹も満たせるだろう。

「流石よアビガスト!全然構わないのむしろありがとう!できれば今から昨日と同じものを用意してくれないかしら?」

「は、はい・・・それではすぐにご用意いたしますのでしばらくお待ち頂けますでしょうか?」

アビガストは俺の勢いに少々押されながらも何処か嬉しそうに鼻をムフンと軽く鳴らし厨房へと向かっていった。

 

それからしばらく待っているとアビガストがクローシュの乗ったカートを押して戻ってきた。

「お待たせいたしました。残り物で大変恐縮ですがボポルパッゼでございます・・・こちらでお召し上がりにならないのですか?」

「え?ええ。アタシが食べるんじゃなくて食べさせたい人がいるのよ。ありがとうアビガスト!恩に着るわ!!」

「は、はい・・・お役に立てたのでしたら・・・」

アビガストはそう言ってみせたが何処か少し残念そうな顔をしていた。

そんな彼女からカートを借り、俺は再び想が拘束されている病室へと向かう。

「マルデューク様?そちらはなんでしょうか?何やら良い匂いがするのですが・・・」

その前まで来ると研究員の主任がそう尋ねてきた。

「え?ああこれ?お腹空いてるみたいだから想に食べさせてあげようと思って。こういう時はまず胃袋を掴まなくっちゃ」

「い、胃袋を・・・ですか!?それは新たな拷問かなにかでしょうか・・・?」

俺の言葉を聞いた主任は顔を恐怖で歪める。

しまった!多分アポカリプス星にこの表現は存在しないっぽいしマルデューク自体相当バイオレンスな奴という風潮がある以上彼はおそらく・・・

「ほぉらアタシの下僕になると言いなさい?ほらほら・・・拒否すればアナタの胃袋はこのアタシの美しい手のひらの中でぐちゃぐちゃに潰れることになるわよ?オーッホッホッホ!」

とか言うのを想像したに違いない。

「ああいや!そんな文字通り胃袋を掴んだりなんて残酷なことはしないわよ!?ただ美味しいものを食べてもらって多少は円滑にコミュニケーションを図ろうと・・・」

「そ、そうでしたか・・・それではご無事をお祈りしております。もし何かありましたらグラギム氏からすぐに呼ぶようにと申し使っておりますので」

そう言って主任は再び病室の厳重なロックを解除してくれた。

「あ、そうそう・・・この部屋の音って外に漏れたりする?」

「いえ。防音になっております」

「そう。せっかく新たな戦力を手に入れられるかも知れないチャンスよ。これがヘルゴラム辺りに盗聴でもされたら溜まったもんじゃないわね。だから完全にオフレコで頼むわね」

「ははっ!」

主任はそう言ってコントロールパネルのようなものを操作してくれた。

 

そして部屋に入るとやはり四肢を鎖で繋がれた想がぐったりとうなだれていたが俺の持っているものに気がついたのかくんくんと臭いを嗅ぐ。

よしよし食いついたな。久方ぶりのラーメンの匂いなんて日本男児・・・それもまだ食べざかりな20代前半の空腹の男なら反応しないわけが無い。

「なんですかそれ・・・なんか懐かしい香りが・・・」

「お待たせしました。私の使用人が腕によりをかけて作った料理です」

俺はそう言って彼の目の前でクローシュを外すと白い湯気がモワッと上がり濃厚なトンコツスープのような匂いがふわっと広がる。

「こ・・・これは・・・ラーメン!?」

先程まで濁っていた彼の瞳はそれを見た途端わずかに光を取り戻したように感じ、口からは涎が垂れている。

よし、ひとまず掴みは成功と言ったところか。

そりゃ俺だって前世ぶりにラーメンを食べられた時はこんな感じだったしそれほどじゃなかったと言えど恐らくソルダークネスに改造されて以来ラーメンなんて食べてないんだろうなと言うことは想像に難くない表情だ。

「こ、これ・・・僕に!?」

「ええもちろん。」

「で、でも僕こんななので食べられなくて・・・もしかして!?」

想は期待するように鼻を伸ばして俺の方を見つめてくる。

もしかして俺にあーんでもしてもらえると思ってたりする!?

い、いやそんな俺だってそんなの男にやるのは恥ずかしいし・・・

第一瞬にもまだやってないし・・・

俺は顔を少し赤らめながら手に力を集中してエネルギー状の鞭を発生させ、彼の両腕を繋ぐ鎖を断ち切った。

「これで食べられるでしょう?そうそう。これ使って」

俺は地球へ降りた時例の居酒屋で貰っておいた割り箸を彼に差し出す。

アポカリプス星のカトラリーも使い慣れてきたといえば慣れてきたけどやっぱり箸が一番使いやすいんだなこれが・・・

だからあの居酒屋に行くたびに何本か貰いストックしていて飯の度に使っていたのだ。

箸を使う度アビガストに変な目で見られはするがそれももう慣れっこだ。

そんな貴重な割り箸を想に差し出すと彼は目を輝かせて手を合わせる。

「い、いただきます・・・!」

そう言った途端器を片手で持ち上げ箸で貪るように麺(のような何か)を啜りはじめ、彼はあっという間にスープまできれいに平らげてしまった。

「うんめぇぇぇ!ラーメンなんて何年ぶりだろう!?もう二度とメシなんて食うことは無いと思ってましたしこんな美味しいなんて気持ち一生感じることもないと思ってました!ご馳走様です!」

先程までの表情が嘘のように満足げな表情で礼を言う彼を見ていると本当に持ってきた甲斐があったと言うものだ。

それにアビガストの作った料理をここまで美味しそうに食べてもらえてまるで自分の事のように嬉しくも感じる。

これだけ胃袋をガッチリと掴めば少しは警戒も解けるだろう。

「あ、あの・・・ところで」

遂に想の方から口を開いてくれた。

一体何を聞かれるのやら

「何かしら?」

「僕の事こんな簡単に解放してよかったんですか?仮面被ったヘンな奴らは僕が目を覚ました途端怯えてるようにも見えましたけど貴女は怯えるどころかラーメンまで食わせてくれて・・・一体何者なんですか?それにここは何処なんです・・・?」

「えーっと・・・何から話そうかしらね・・・」

急に情報をワッと浴びせるわけにもいかないしとにかくここは物事を順序立てて説明しなければ・・・

「とにかくシャドーに倒されるまでのことは覚えているんですよね?」

「ええまあ・・・できることなら思い出したくもないですけど」

「そ、それなら無理に思い出さなくても良いです!そこまで分かってるならそれで・・・それじゃあその後から今アナタがここに来るまでの話をしますから落ち着いて聞いてくれますか?」

「は、はぁ・・・」

何故この眼の前の女は僕の事を知っているんだろうと言いたげな顔でそう言った彼にソルダークネスを手に掛けたシャドーこと瞬はモグローグを滅ぼしたものの失意のどん底にあったこと、それから更に一年が経っていて、なんやかんやあってシャドーVXへと強化変身を果たした事を話した。

「ということはあいつ・・・まだ人のために自分を犠牲にしてるんですか・・・」

「ええまあそうですね・・・」

それからVXはアポカリプス皇国という新たな脅威の前に敢然と立ち上がり今も地球の平和を守るため尽力していることを続ける。

「それでその時のVXの必殺技がすっごくかっこよくて・・・あそこのアクションがたまんないんですよ!!」

俺はいつの間にかヒートアップして延々とVXの魅力を想に語っていて、そんな俺の熱量に彼もいつしか口をぽかんと開けていた。

「お、お詳しいんですね・・・まるで本当にずっと俺たちのことをどこか近くで覗き見してたみたいだ」

「そりゃ俺の子供の頃のあこがれのヒーローをこうして間近で見れてるんだもん!テンション上がりますよ」

「子供の頃のあこがれのヒーロー・・・?それに今俺って言いませんでした?そんな喋り方でしたっけ?あとアポカリプス皇国ってマルデュークさんが所属してる・・・とか言ってませんでしたっけ?ということは貴女は瞬と敵対してるってことですよね?その割にはなんだか楽しそうですけど・・・」

「あっ・・・」

俺は思わず手を口に当てる。

マズい・・・気が緩んでマルデュークの口調を完全に忘れていた・・・!

いや待てよ?これは逆にチャンスかも知れない。

[[rb:この身体 > マルデューク]]になってからというものずっと誰かと話す時は女として振る舞うことを余儀なくされていて少々窮屈に思うことも少なくなかった。

それに今の想の存在は俺の見ていた本編とは大きくかけ離れたイレギュラー・・・それなら今の俺の事を知ってもらえば大きく局面を動かすことが出来るんじゃないか・・・!?

「あ、あの・・・それも話せば長くなるんですけど聞いてくれます?」

「は、はい・・・一度死んだ身ですしこうして正気に戻して頂いた上にラーメンまでご馳走になったので・・・」

「あ、ありがとうございますそれじゃ驚かないで聞いてくださいね・・・?私・・・いや俺も実は一回死んでるような物でして・・・」

俺は「装鋼騎士シャドー」「装鋼騎士シャドーVX」が子供の頃テレビで放送されていた特撮ヒーロードラマであること、それから時が流れ社畜サラリーマンをやっていて信号無視をしてトラックに跳ねられ次に目を覚ましたらこの姿になっていたこと、そしてマルデュークの末路を知っている手前その破滅を回避する為に動きたいが明確な回避策を現状見つけられないどころか誰にも打ち明けられないで居る事を彼に伝えた。

そんな俺の話を想はぽかんとしながらも聞いてくれていたが

「なんですかそれ!そんな漫画みたいな話が本当にあるわけ・・・ってちょっと待ってくださいそれじゃあ僕たちって空想上の存在って事なんですか!?」

「うーん・・・空想上の存在・・・と言ってしまえばそれまでですけど俺はこうしてここに居ますし仮説にはなるんですけど俺がマルデュークとして本当にシャドーやソルダークネスが現実に存在する平行世界に転生してしまった。という解釈が今は妥当かなって・・・」

「そう・・・ですか。平行世界とかいう概念はいまいちよくわかんないですけどもし僕らがそんな存在だとしたらこんな残酷な運命を思いついて実行させる脚本家はものすごく残酷ですよ。そんな娯楽のために僕と瞬はこんな身体にされちゃった訳ですからね・・・ところでそのマルデュークさんが知ってる世界の僕は最後どうなるんですか?」

「それなんですけど・・・」

更に俺は本来のソルダークネスは自我を取り戻すことも無くただただVXへの復讐心だけの存在に成り果てVXと戦うも最後の最後で彼を庇って本当に命を落としたその時やっと想の姿に戻った事を伝えた。

「それってつまり今の状況とは合致しないって事ですよね?」

「・・・はい。だからこうして打ち明けてみた訳なんですけど・・・」

「なるほど・・・いやぁしっかし40手前のおじさんだったのが目が覚めたらこんな美人になってるなんて僕が改造される少し前に少年マンデーでそんな漫画の新連載を読んだ様な・・・あとそんな映画ありましたよね鏡の前である!ないー!とかいうやつ!」

想は俺の話をゆっくりと噛みしめるように聞きながらそんな事を言いながら胸と股間に手を当てるジェスチャーをしておどけて見せてきた。

あれ?結構好感触なのか・・・?

「そんな映画ありましたね懐かしい!それほんとにやりましたよ。あったものが無くなってて無いはずのものがこうして胸に付いてるんですもん勝手に口から出てきてました」

「それにしてもでっかいですよね・・・好きなだけ触れるんですよね?羨ましい・・・」

「いやいや結構これ肩凝ったりして大変なんですよ〜自分で揉んで気持ち良かったのも最初だけでなんかもう慣れちゃったというか・・・未だに自分の裸見るのには勇気もいりますし目のやり場に困りますけど・・・」

「そういうもんなんですねー・・・そりゃそうか。自分が望まないまま目が覚めたら違うモノになってたっていう点では僕や瞬と同じですし」

「いやいやそんな貴方達に比べたら俺なんてそんな・・・だからこそ俺は瞬にも幸せになって欲しいし貴方ともこうして話ができた以上幸せになって欲しいんです!」

俺のその言葉を聞いた途端再び彼の表情は暗さを増した。

「そう・・・ですか。でも僕はもうきっと自分の幸せなんて願えるような立場じゃないです。いくらモグローグに改造された上洗脳され擬似的な人格を植え付けられていたとは言えたくさんの人々の幸せを奪い親友にまで深い心の傷を負わせてしまったんですから。幸せを掴むには僕の手はもう血に塗れすぎているんですよ。そんな悪の化身はあのまま正義のヒーローに葬られて地獄へ行くのがきっと正解だったんです。きっとこの世界なんかより貴方の見ていた番組の筋書きの方がそこに関しては真っ当だったんでしょうね」

想は相当ソルダークネスとして引き起こした自分の所業を悔いている様でそれは先程の取り乱し様を見ても明確だった。

でもだからこそこうして正気に戻ったのなら解決の糸口は見いだせるはずだ。

「確かに過去の罪は消せないかも知れません。俺だってぼんやりとですけどマルデュークとしての悪行の数々が記憶にあるんです。例えば真摯に尽くしてくれているたった一人の使用人の女の子を意味もなく痛めつけたりその他諸々・・・それは確かに俺の意思ではないはずなんですけどたしかにそれをやったのは今の俺自身なんです。だからこそ自分にやれることがあるならやろうって・・・そう思ってるんです」

「・・・僕と同じなんですね。それにそれだけ今後の展開が大体分かっているなら自分だけ助かって悠々自適に過ごすことだって出来るはずなのにそんな大層な目的の為にたった一人で・・・」

「いいえ。一人じゃないです。確かに俺の事を打ち明けたのは貴方が初めてですけどこんな悪女でも慕ってくれる人は居たんです。だからこそそんな部下たちのためにも自分だけ助かろうだなんて言えませんよ」

「なんかそのバカでかい目標を立てる所アイツに似てる気がします。テレビ越しに見ていた瞬の生き様が貴方の心の奥深くに根付いてるのかもしれないですね」

「そう・・・だと良いですね。」

「最後にこれだけは聞かせてください貴方が生きていた未来は今よりも良くなっていました?瞬が命を賭けてでも守って良かったと思える未来でしたか?」

「そ、それは・・・」

想のそんな質問に俺は口をつまらせる。

確かに科学は発展し生活はシャドーVXが放映されていた時代よりも格段に便利になっていると言ってもいいだろう。

しかし昔は良かった。なんていつの間にか毒づく様になってしまったがあれからバブルは崩壊し経済の成長も停滞し失われた何十年なんて言われる有様だ。

俺だってそんな煽りを受けたせいで必死こいて就職した先がブラック企業だった訳で・・・

そんな[[rb:未来 > いま]]を瞬が見たらどう思うだろう?そんな事考えたこともなかった。

それでも瞬の勇姿に心を打たれた子どもたちは俺以外にもきっと大勢居たはずだ。

そんな世知辛い世の中を生きる中で瞬はきっと俺の心の支えになってくれていた。

だからきっと幾ら世間が世知辛くても彼が戦ってきたことは決して無駄じゃない。

それだけは胸を張って言える。

だから・・・

「今よりも良い未来だとは簡単には言えません。でも瞬が居たからきっと辛い仕事だって頑張れたし今もなんとか最善の道を見つけようって頑張れるんだと思います。だからきっと瞬の守った[[rb:未来 > いま]]は思い通りじゃなくても辛いことがあったとしてもきっと無駄じゃないんです。自分勝手な主張ですけど俺はそう思ってます」

「・・・わかりました。それなら僕にも協力させてください。どこまでお役に立てるかわかりませんがそれで少しでも自分のしてきた事の罪滅ぼしができるのなら」

そう言って想は手を差し出してくれたので俺はその手をガッチリと握り返した。

「ありがとうございます・・・」

「敬語なんて良いですよ。聞く限り遥かに貴方の方が年上ですし僕なんて敬われるような立派な者じゃないですしなんか落ち着きませんから」

「そ、それじゃあ早速・・・ひとまずは見ていた筋書き通りマルデュークの配下になったという事で話を合わせてもらえませんか・・・じゃなくて貰えないかな・・・?そうしないと俺の立場もここに居る以上は君の立場も危ういし・・・当面は二人だけの秘密ってことで」

「わかりました。それじゃあやっぱこの姿のままじゃマズいですよね・・・正直もうやりたくないんですが・・・・あっ、ちょっと離れてもらえます?」

「え?は、はい・・・」

想に言われるがまま少し離れると彼は構えを取りギュッと拳を力強く握り込んだ。

「烈・・・焼ッ!」

想がそう叫んだ次の瞬間彼の身体を炎が包み、その炎の中から黒き騎士ソルダークネスが黒煙を巻き上げながら現れ、その黒きボディに俺は見惚れていた。

「ふぅ・・・よかった。力は普通に使えるみたいです。」

厳しいその姿からは想像もできない優しい声で彼はそう言って手を閉じたり開いたりしてみせる。

「VXもいいけどやっぱかっこいいなぁ・・・ソルダークネス」

ソルダークネスが人間態に戻ることはなかったのでこうして変身シーンを間近で見ることができた俺は胸を高鳴らせ思わずそんな言葉を漏らしてしまった。

「そう・・・ですかね?僕はあんまり好きになれないんですけど・・・もしかして貴方の居た世界では結構ファンとか居たりしたんですか?」

「もちろん!ソルダークネスが後々のヒーロー物与えたダークヒーローの概念はとんでもないんだから!もっと自信持って!」

「なんかそう言われるとちょっと照れちゃいますね・・・こうしてこの姿で誰かの役に立つっていうのも悪くない・・・かもしれない。この力・・・存分に貴方の為に行使しましょう」

そう言うとソルダークネスは俺の前に跪く

「ああもうそんなかしこまらないで!俺中身はしょうもないオッサンだよ!?そんな大層なことしなくていいから顔上げて上げて!!」

「いやでもこれくらいやっとかないと示しがつかないと言うか・・・とにかくこれからよろしくお願いします」

「こちらこそ!」

こうして「装鋼騎士シャドー」のラスボスであるソルダークネスが俺の心強い仲間に加わった。

当面は二人でこの秘密を共有しつつ彼が死んでしまう要因を排除しなければいけないのだが・・・

とにかく今は想が自分の意志を取り戻したこと、そしてそんな彼が俺の秘密を知って受け入れてくれたことを喜ぶのであった。



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第十話 大復活!?漆黒の覇王

おまたせしました。第十話です。




「やめてくれ想!モグローグは滅んだんだ!俺たちが戦う理由は無いはずだ!」

「貴様になくとも我には有るッ!シャドーVX・・・貴様を倒す為我は地獄から這い戻ったのだ!」

VXの悲痛な叫びを一蹴する黒き騎士。

彼こそはソルダークネス。

シャドーにとってはかつての友であり宿敵。

悪の手に堕ちた友を救うためシャドーは幾度もソルダークネスが正気に戻ることを信じ戦い続けたが幾多の戦いの末敗北を喫した彼は超古代文明モグローグの地下神殿と共に地の底へと沈んだ。

しかし彼は死んでおらずシャドーVXと相対するアポカリプス皇国により眠りから目覚めさせられ再び敵として立ち塞がった。

シャドーに復讐を果たす。ただそれだけのために・・・

「どうしてだ想ッ!!やはり倒すしか無いのか・・・?くっそぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

一度ならず二度までも友を手に掛ける事をシャドーVX・・・月影瞬は躊躇しており、必殺剣デモンカリバーの太刀筋にもその迷いが見えていて・・・

「初めからそう言っているだろう?王はこの世界に二人も要らぬ。それに何だ今の攻撃は!この星を賭け我と戦い仕留めた時の事を思い出せ!その時の太刀筋に比べれば今の貴様の剣はなまくら同然だァ!!!」

ソルダークネスは以前よりも強化されているはずのVXのデモンカリバーを硬化した左腕で受け止めると右拳を固く握りしめそのままVXを殴りつける。

燃え盛る拳はVXの腹を捉え彼はその場で瞬の姿に戻ってしまった。

「ぐ・・・・あ・・・・想・・・どうして・・・」

意識も絶え絶えになりながら友の名を呼ぶ瞬の元にジンが大急ぎで駆け寄ってくる

「おい瞬!しっかりしろ!!クソっ。ここは撤退だ!覚えてやがれ!!」

ジンは捨て台詞を吐きながらポケットからけむり玉のようなものを出してばらまくと瞬を担いでその場から逃げ去った。

「フン・・・逃げたか。まあよい!今の腑抜けた貴様など我が倒すまでもない!最後に勝つのはこの我ソルダークネスだ!」

ソルダークネスは空を仰ぎ勝ち誇った高笑いを浮かべ、そんな彼の元に女性が手を叩きながら現れる。

「流石よソルダークネス!一回負けてるとは言えかつてのVXのライバルの名は伊達ではなかったと言うことね。逃した事は今回は特別に許してア・ゲ・ル♡でも次は裏切り者の狭霧のジン諸共血祭りに上げなさい?もし失敗すればアナタもタダでは済まないわよ?分かってるわね?」

彼女こそ仮死状態で眠っていたソルダークネスを目覚めさせ、その上配下としてしまったアポカリプス皇国の女幹部マルデュークだ。

「フン・・・我はシャドーVXと戦えればそれで良い・・・」

マルデュークに皮肉交じりにそんな言葉をかけられたソルダークネスはそう言って目をそらす。

「ま、良いわ。今日はもう戻りましょ。」

彼女がそう言って制御端末のようなものを操作すると二人の体は光に包まれ一瞬のうちにその場から姿を消した。

 

こうして地獄より蘇ったソルダークネスがシャドーVXの脅威として再び牙を剥いたのだ・・・!

 

というのが大体の筋書きで俺の目の前で当時テレビの中で起こった出来事がほぼほぼ再現された。

しかしテレビで見ていた時と違うことが大きく分けて2つある。

まず1つはマルデュークの中身がアラフォーのオッサンになっていると。

そしてもう1つがソルダークネスこと陽黒想は本来であれば人間だった頃の記憶は失っていて悪の意志に染まっているのだがそうではなく本人の人間としての意志と記憶が蘇っているという事だ。

彼は俺の秘密俺の秘密を知った上で協力をしてくれるというソルダークネスこと陽黒想は表面上は復活した悪の戦士兼マルデュークの部下として振る舞ってくれている。

 

想が俺に協力してくれると言ってからというもの過去にシャドーを追い詰めた経験のあるソルダークネスをマルデュークが従えた事で戦闘員達の士気も上がり、他の幹部たちは余り良い顔をしなかったもののイビール将軍は以前シャドーを逃したという汚名を少しばかりでも返上したと褒めてくれた。

 

そのおかげかすんなりとイビール将軍に認められ、彼には上級戦士の爵位と部屋が用意され、今日は復讐を誓うソルダークネスである事と皇国への忠誠を他幹部や将軍に見せつける為一芝居打った訳だが自分自身のマルデュークとしての破滅、そして地球とアポカリプス皇国を救うために必要とは言え死んだはずのかつての友と再び相まみえた瞬の姿は痛ましくて見ていられない物がある。

要塞に帰還し定例の幹部会議を終えた俺は想の部屋へと向かった。

 

「はぁ・・・僕ちょっとやりすぎちゃいましたかね・・・?タダでさえあいつに合わせる顔もないのに・・・」

部屋のドアを開けると当の本人も瞬の事を相当気にしているようで彼は部屋の隅で顔を手で覆いうなだれている。

確かに瞬の姿もいたたまれないが今の彼も相当だ。

せっかく人としての意志が戻ったのにこんな俺の突飛な理想にこうして付き合ってくれているのだから。

もはやそんな彼を俺は老婆心のようなもので見ていて・・・

って誰が老婆だ!?

「う、ううん。大体テレビで見た通りだった・・・はず。それにVXにはもう少し強くなってもらわなきゃ最悪の場合地球を守れなくなっちゃうし・・・それにしてもこんな辛い役回りさせちゃってごめん。想くんだってまだ若いしせっかく正気に戻れたんだしやりたいこともいっぱいあるだろうに・・・とりあえずお茶でも飲む?この前箱で買っといたんやつなんだけど・・・」

俺は缶に入ったお茶を彼に差し出すと彼はそれを受け取り喉に流し込んだ。

「ふぅ・・・ありがとうございます。久々に戦って感じました。あいつは以前よりもずっと強くなってる。僕もあのお医者さんの治療が良かったのか調子は以前よりも良いように感じるんですけどきっと瞬に本気を出されたら僕なんかひとたまりもないと思います。でも以前戦った時とは比べ物にならないほど手を抜いているようにも思ったんです。きっと相当僕の事を引きずってるんだろうなって・・・」

「そりゃそうだよ!瞬は最後まで君を助けるために戦ってたわけだし最後の最後であんな事言われちゃ・・・ねぇ・・・」

ソルダークネスはシャドーに倒されたその時

 

「親友を殺して得たまやかしの平和の世界で貴様は永遠に孤独のままその力に怯えて生き続けるがいい・・・!我の勝ちだシャドー!」

 

と最後の最後で呪詛めいた言葉を吐いて事切れてしまったのだ。

その言葉が今も瞬の心には深く突き刺さったままなのだろう。

想も自分の意志は無かったそうだが当時のことは脳裏にこびりついているように覚えていて相当気にしているようだった。

「うう・・・いくら自分の意志ではないとは言えどうしてあんな事言っちゃったんだよ・・・!!」

「もう起こっちゃった事は仕方ないよ。でもこれからは変えられる・・・はず。そのために俺に協力してくれたんでしょ?」

「はい・・・そうですね。次はどうすれば良いんですか?僕は瞬が幸せになれるならなんだってやってやりますよ」

彼の目には確かな覚悟が宿っていた。

人間死ぬ気になれば何でもできるなんて言うけど一回死んだという自覚の有る俺ですらそんな気にはなれないというのに想は恐らく本気だ。

きっと俺や瞬の為ならなんでもやるだろうという気概すら感じられる。

ただそれが過去の自分ではない自分のやらかした悪事やその他諸々を一人で背負い込んで追い詰められているようにも見えて尚に彼のことが心配になってしまう。

 

そうして今に至るのだが暇さえあれば昔のことを思い出して暗い顔をしている所を見ているとそんな彼に協力を持ちかけた俺まで罪悪感で押しつぶされてしまいそうになる。

少なくともこのままだと経緯は違えど想が原作通り本当に死んでしまうかもしれないという危うさすらも感じるしそれは可能ならば回避したい。

テレビ本編では知ることができなかった本当の想を垣間見てしまったから尚更だ。

「ね、ねえ想くん・・・?」

「・・・なんですか?今度はソルダークネスとして何をすれば?」

やっぱりそうだ。

恐らく自分の一番忌避している部分となっているソルダークネスとして振る舞う事が相当精神的に来ているらしい。

それにこんな地球人の一般的な感性からはかけ離れた奇抜なデザインとオブジェクトまみれの要塞に閉じこもってたら嫌でもそうなるだろうし彼だって数奇な運命を辿ってしまったものの遊び盛りの若者だ。

しかもやっとのことで自由を手に入れたのだからそれなら少しでもゆっくり羽を伸ばしてもらうなんてどうだろうか・・・?

今日は瞬も大怪我で流石にあの居酒屋には行かないだろうから鉢合わせの心配もなさそうだし!

「ちょっとお茶でも飲んで待っててくれる?」

「はい?」

 

ぽかんとする彼を置き、俺は自室へ戻り服を着替える事にした。

羽織ったマントと妙に露出度の高い衣装をベッドに投げ捨ててクローゼットの奥にしまい込んでいる地球へ降りる時用の女性もののスーツと下着を取り出し鏡の前でショーツを履きブラジャーを慣れた手付きで身に付けた。

「よしっ。」

鏡の向こうで得意気に微笑むマルデュークを見た俺はなんのためらいもなく自分が女性者の下着を付けていることを自覚し、女としての生活がここまで板についてしまっていることをひしひしと感じた。

マルデュークになってからというものボロが出ないようにずっと彼女のフリをしながら女としての生活がそこそこ続いているうちにそんな事もいつしか当たり前になっていたのだ。

慣れとは本当に恐ろしいもので[[rb:女 > マルデューク]]として振る舞わずに接することのできる相手が居なければこんな事を思い返すこともなくなっていたかもしれないと考えると内心怖くてたまらなくなった。

「そっか・・・俺・・いつの間にかう女物の下着つけることにほぼ抵抗もなくなっちゃってたんだな・・・」

そう言いながらまじまじと鏡を見つめると下着姿のマルデュークがこちらをなんとも言えない表情で見つめ返してくる。

「このままだとやっぱりいつかまた中身まで女に・・・いや元のマルデュークに戻っちゃうんじゃないだろうか・・・」

中年男性としての自分の存在が今は自分の頭の中にしか居ない吹けば飛ぶような希薄な存在に感じてしまう。

もしかすると俺なんていうのは本当は実在しないマルデュークが生み出した多重人格だったり・・・とか

そんな考えがふと脳裏によぎる。

「ああもう!いかんいかん!想を元気付けようとしてる俺がそんな辛気臭い事考え込んでどうすんだよ!俺は誰がなんて言ったって男!マルデュークとして振る舞ってるのもここでの立場を危うくさせない為!・・・ふう・・・さっさと着替えて戻らないと・・・」

俺は脳裏によぎった一抹の不安をかき消し鏡に向かってそう言い聞かせてそそくさと女性もののスーツとスカートを身に着けた。

そう言えばスカート履いて股が落ち着かないのも慣れちゃったな・・・

ま、まあそれはいつもほぼ裸同然の格好にマント羽織ってるだけみたいな格好だからそれよりはマシってほうがでかいんだろうけど・・・

俺はそんなことを思いながら自分の腰を撫でてみた。

それから化粧を少し薄いものにし直し部屋を出ようとすると

「マルデューク様・・・お帰りになっていらしたのですね。仰っていただければお召し物のご用意くらいさせて頂きますのに・・・」

「うわぁぁっ!?あ、アビガスト・・・!?いつから居たの!?」

アビガストがひょっこりとドアから顔をのぞかせていた。

「・・・?たった今ですが? そのお召し物を身に着けていらっしゃるということはこれからまた地球へお出かけなさるでしょうか?」

驚く俺を見て少し不思議そうに首を傾げた後彼女はそう訪ねてきた。

「え、ええそうよ!次の侵略作戦の下見に行こうと思ってね!今日は多分帰りも遅くなりそうだから夕食の用意もしなくていいわよ!いつも頑張ってくれてるんだから今日はゆっくり休んで頂戴。お土産も買ってきてあげるからね!」

流石に遊びに行くとは言えないので適当に嘘をついた。

「左様でございますか。流石はマルデューク様です・・・行ってらっしゃいませ」

アビガストはいつものように抑揚のない声でそう言って自分の部屋に戻っていったのだがその時の彼女の顔はどこか寂し気に思えた。

「ふぅ・・・とりあえず俺がさっき言ってたこと聞かれてないと良いんだけど・・・」

俺はそんなことをつぶやきながら鏡をもう一度見直し髪を軽く整えメガネを掛けると部屋を後にし、想を待たせている部屋へと向かった。

 

「おまたせ」

「あっ、マルデュークさ・・・ってなんですかその格好!?」

俺の格好を見た想は目を丸くしてこちらを(主に胸元の方を)見つめてくる。

やっぱ目線って結構分かるもんなんだな・・・

そう男心に思う反面彼の気持ちも分からないでもないので

「じゃーん!レディーススーツなんだけどどうかな・・・?」

そう言いつつ少々胸元を強調したポーズを取ってみせると

「あの・・・えーっと・・・すごい似合ってる・・・とは思うんですけどなんで急に着替えてきたんですか?」

想はそんな俺から露骨に目を逸らしながら言った。

「なんでって変装だよ変装!」

「へっ?それで変装になるんですか?顔も出てますし」

想はきょとんとして当たり前のことを口にする。

たしかに彼の言う通りで変装と言うにはバレバレなのだが本編では顔を隠さずとも服を着替えるだけで変装として成立しているどころかこの状態で瞬と会ってもバレない程には変装として機能している。

このメガネが凄いのかこの世界の住民が番組の性質上ご都合主義的に変装に鈍いだけなのかは分からないがこれで別人だと言い張れるんだから凄いものである。

「そうなんだよ。俺も正直心配だったんだけど正体が知られない限りはこのメガネをかけるだけでなんとかなるっぽいんだよ。こんなバレバレの変装なのに誰にもバレないんだから不思議なもんだよね」

「そ、そうなんですか・・・でも何故女物のスーツを?どこぞの会社にでも潜入してなにか裏取引とか工作でも?それを僕に手伝えと・・・」

想は全く理解できていないような顔をしながらそう尋ねてきた。

一応一年くらい前まで悪の帝国の首領代理をしていただけあってそういう方に思考が向くらしい。女幹部が変装してやることと言えばその辺が関の山だろうし・・・

「しないよそんな事!もし想くんが良ければなんだけどこんなとこに引きこもってたら嫌なことばっかり考えちゃうかもしれないし・・・たまには外出でもどうかなーって。せっかくソルダークネスとしての洗脳も解けたんだしパーッと気晴らしでもさ」

「外出・・・ですか?周り何もないどころかここって宇宙要塞なんですよね?」

「ああいや地球に降りようかなって。こんなのがあって俺も暇な時はこっそり降りてるんだけど」

俺はそう言って操作端末を取り出すと彼は不思議そうにそれを見つめた。

現在で言うところのタブレット端末のようなものだが30余年前の世界を生きていた彼にとっては訳の分からない代物だろう。

「何です?その光ってる板みたいなの。さっきも弄ってましたよね?」

「これ地球に一瞬でワープできる優れものなんだよ!他にも書類作ったりその他もろもろこれ一台で出来ちゃうんだ!それにホントは地球行くのに作戦許可書とか要るんだけど秘密裏に俺の部屋に小型の転送装置が用意してあるやつでさ。俺の部屋から地球までひっそり行けちゃうって訳!」

「い、良いんですかそんなの・・・表面上は悪の帝国の幹部なのに街をほっつき歩いたりして・・・それに僕こんなですしお金も何も持ってないので・・・」

「良いの良いの!一応変装もしてるから大丈夫!もし想くんが良ければだけど服もボロボロだしなんか新しいの買ったり美味いもの食ったりしてパーッとやろうよ。それぐらいしたってバチは当たんないと思うよ?もちろん俺の奢りだからお金のことは気にしないで!それに何かあったときは俺だって一応女幹部やれてるくらいには戦えるし想くんが守ってくれるでしょ?ま、時期作戦まで時間もあるしそんな事無いだろうけど!だから今日くらいはそんな事忘れてさ」

「悪いですよ僕なんかの為に・・・」

「僕なんかなんて言わない!計画の為とはいえ無理してソルダークネスを演じてもらってるんだし少しくらいは俺にもいい顔させといてよ」

「は、はぁ・・・」

「そうと決まれば早速行こっか!」

「えっ、行くって?」

「まずは装置のある俺の部屋!」

その言葉を聞いた途端想の顔が真っ赤に染まる。

「マママママルデュークさんの部屋!?そそそそそんな女の人の部屋なんて・・・」

ああそっか。久々に女として振る舞う必要もない相手だから気を抜いてたけど今は俺、女の体なんだよな・・・

そりゃ想だって年頃の男子なんだしいくら中身がオッサンとは言え女の人に今から部屋に来いなんて言われたらそんな顔にもなるか・・・

「ご、ごめん・・・!俺一応男なんだけどそうだよね・・・確かに部屋は紛れもなく[[rb:女性 > マルデューク]]の部屋だし・・・でもこっそり地球に降りるには俺の部屋の転送装置を使わなきゃいけないし・・・」

「そ、そうですよ!いくら中身が男だって言われても異性の部屋なんて入ったこと無いんですよ!?」

想は顔を真赤にして言った。

そんなの俺だって無いよ!

いや・・・今はそこに住んでるようなもんなんだけど・・・

「良いから良いから!別になんてこと無いし想くんが想像してるような女の子の部屋じゃないからさ!俺なんて未だに落ち着かないもん」

「で、でも・・・」

「ほら行くよ!こんなとこで籠もってたって悪いことばっかり考えちゃうだけなんだしさ!」

俺はたじろぐ想を半ば強引に部屋へと連れて行く。

 

「ここが一応俺の部屋なんだけど・・・別に見られて困るものは無いはずだから気にしないでね」

「そ、ここがマルデュークさんの・・・うわぁ・・・」

想は部屋をキョロキョロと見回し毒々しいショッキングな色を基調とした内装や奇抜なデザインの家具を見て若干引いているのがわかった。

そんな彼を尻目に転送装置が隠してある場所を開け準備をしていると

「ま、マルデュークさん・・・これ・・・」

想は顔を赤くして指を指した

「あっ・・・」

その先にはさっき脱ぎ捨てた衣装がベッドにそのまま置いてあった。

さっきまで着ていて見られてもなんともなかったはずなのに脱ぎ捨てられたそれを見られた俺は何故か急に恥ずかしくなって大急ぎでそれをクローゼットに仕舞った。

「ごっ、ごめんっ!!大急ぎで着替えてきたもんだからさ・・・」

「こ・・・こちらこそなんかすみませんっ!」

お互いぎこちなくぺこぺこと頭を下げた。

それから気まずい空気が部屋に流れる中俺は端末を操作し転送装置を作動させる。

座標はもちろん東京の繁華街で端末の起動ボタンを押すと装置が作動して光に包まれた。

 

眩しい光が収まると俺たちは目立たない路地裏に立っていてそこから外へ出るとギラギラと街明りの輝く東京の繁華街が広がっていて・・・

「うわぁ!ほんとに街まで移動してきたのか・・・!?なんかこの景色ももう懐かしいような・・・」

先程までの重苦しい表情はどこへやら想は久々の娑婆にテンションが上ったのか目を輝かせてあたりを見渡していた。

彼にとっては戦いや破壊を目的にせず人の集まる街に繰り出すなんてソルダークネスになる前以来だろうからそんな気分になるのも当たり前なのかもしれない。

それならば久々のそんな街の空気を今日は彼に存分に堪能して欲しいと俺は思った。

「それじゃ色々買いたいものもあるし行こっか」

「は、はい・・・!お供します」

「それじゃあまずはそうだな・・・あそこで!」

俺はアビガストに何かプレゼントしようとひとまず女性物の服屋に入ることにした。

「えっ、ここですか?」

「うん。アビガストに服でも買ってあげようかなって。あっ、あのメイドの子ね?いつもお世話になってるから」

「あの無表情な子ですか。偶に見かけますけどどういう関係なんですか?」

「あの子は[[rb:マルデューク > おれ]]の唯一人のメイドでね、めちゃくちゃ健気な子なんだけど俺の知ってる限りだとマルデュークは何か気に食わないことが有ったら暴力を振るったりしてたんだけど最終的には見限られちゃうんだ。だからそうならないように今頑張ってるってとこ。あんな良い子をいじめるなんて我ながら許せないしあの子にも幸せになって欲しいから・・・あっ、この服可愛くない!?どうかな?」

「えっ、それですか・・・?良い・・・んじゃないですかね?」

「そっか!想くんもそう思う?それじゃあこれは?あーこっちも可愛いー!!ねえねえこれはどうかな!?」

「俺はそれよりこっちの方があの子なら似合うと思いますけどね」

「ほうほう想くんはこういうのが好みなんだ」

「ち、違いますよあくまであの子に似合うかなって思っただけで・・・」

俺はそれからしばらくアビガストへの服選びを続け想はそんな俺に付き合ってくれた。

 

そして買い物を終え俺と想は大量の紙袋を両手に店を出る

「ふぅ〜いっぱい買っちゃった!ごめんね時間かけちゃって!ついでに俺の服まで見てもらっちゃってさ!」

「い、いえ・・・ところで言っていいかわからないんですけど・・・」

「ん?どうしたの?」

マルデュークさんなんか思ったよりその・・・女の人としての生活満喫してるんですね」

「えっ・・・?そう・・・かな・・・?」

想に言われて思い返して見ると男の頃なんて会社に着ていくスーツ以外で服に気を使う気力も金も無かったし着れればそれで良いくらいにしか思っていなかったがいつの間にかそんな服選びすら楽しく感じているのは女性的な感性なんだろうか・・・?

それに選んでた服も女物だったしそんな服を嬉々として選ぶ所を見てたらそうも思うのかな・・・?

「だ、だってせっかくこんな美人になったんだし多少はさ・・・」

「そんなもんなんですかね?」

「俺も良くわかってないしまだ女の体で慣れないこともあるけど当分は多分このまんまなんだし少しは楽しまなきゃ損でしょ」

「・・・僕もちょっとはそう思えると良いんですけどね・・・この身体のこと」

俺がそう返すと想は少し表情を暗くしてエンペラージェムが埋め込まれている自分の右腕を見つめた。

俺も想も突然望みもしない形で今までとは違う身体に変えられてしまった事は同じだけどその言葉からは彼にはもう二度と普通の人間には戻れない上一度地球を支配しようとしていた過去が重くのしかかっていることが感じられた。

「ご、ごめん・・・!そういうつもりで言った訳じゃなくて・・」

「いえ僕もそんなつもりじゃないです・・・!ちょっとマルデュークさんの事が羨ましくって・・・せっかくこうして自我も取り戻せた訳ですしこの身体になってよかったなーって思えることが一つぐらい僕も見つけられたら良いなって思って・・・」

想はそう言って右手をぎゅっと握りしめる。

気づけば俺はそんな彼の拳に手を重ねていた。

「きっとあるよ!あんまり当事者じゃない俺が言うのも無責任だけど・・・一人で見つけられなさそうなら俺も一緒に探すから!だからこれからも一緒に頑張ろうよ!」

「へっ!?そそそそうですね!!!よーし僕も頑張っちゃおっかなーなんちゃって・・・ははは・・・」

手を重ねられた想は顔が火を吹くほど真っ赤になり俺から目をそらして何かをごまかすように笑った。

「それじゃあそろそろ想くんの服でも見に行っこっか」

「そ、そうですね・・・お願いします」

それから俺は想と共に街を練り歩き、まずは彼の着替えやらを何着か見繕った。

それからは生活用品やらも買いながら繁華街をめぐり歩き、今まで見れなかった想の年相応な若者としての横顔を俺はいつしか微笑ましく見つめていた。

そして要塞で自由時間の娯楽の少ない戦闘員達に遊んでもらえるようなお土産なんかを買いにおもちゃ売り場へ向かうと

「あーっ!ドラゴンダンジョン3!!」

想は店に入るなりゲームのポスターを指さして声を上げた。

そのゲームは当時社会現象にもなり俺も店におばあちゃんと並んで買いに行った懐かしのゲームだった。

「ほんとだ懐かしいなぁ・・・想くん、ドラダン好きなの?」

「好きも何も1と2も欠かさずプレイしててずっと楽しみにして予約もしてたのに発売前にモグローグに改造されちゃったもんで遊べなくて・・・」

彼のその言葉には悔しさがにじみ出ていた

「そうだったんだ・・・じゃ、本体ごと買っちゃおっか!」

「えっ、良いんですか?こんな高いものを・・・?というかさっきから結構色々買ってますけどそのお金はどこから?まさかどっかから奪って・・・それか偽造・・・ですか?一応悪の帝国・・・ですもんね」

「違う違う! 俺としての記憶が目覚める前のマルデュークが集めてた宝石とか売ったら地球では希少な鉱石だとかなんとかでめちゃくちゃ高値で売れただけだから!!」

彼は突然表情を暗くして猜疑心の眼差しを向けてきたので俺は必死に弁明する。

「そ、そうなんですか・・・?それにしたって色々生活用品や服なんかも揃えて頂いて流石に趣味のものまで買ってもらうのは・・・第一僕はゲームなんてやって良い身分じゃないですし・・・」

よかった。なんとか信じてくれたみたいだ・・・

しかし彼は遠慮がちに言った。

やはり自分の過去の所業や今の境遇からゲームなんてものにうつつを抜かせるような身分じゃないとでも思ってるんだろうか・・・?

そんなことないよ!

君はまだまだ若い遊び盛りなんだしもう好きに遊べるんだから遊べるうちに遊んどかないと!!

「大丈夫大丈夫!せっかく遊べるようになったんだから遊ぼうよ!内容に関しても俺が保証するから!あっ、そうなるとテレビも要るか・・・一応モニターはあるけどAV端子には対応してないだろうし・・・いや科学者担当に話し通してみようかな・・・・とにかく買おう!俺も久々にやりたいし!!」

そう説得するとその言葉に彼は食いつき少し表情が明るくなる。

「えっ?マルデュークさんもドラダン好きなんですか?」

こういう時は共通の話題があったほうが話も弾むよね。

会社で新入社員の後輩に指導するように言われてその子がゲーム好きって言ったもんだからゲームの話を切り出したもののモンパズやらRGOやら訳の分からないスマホゲーとかFPSの話をされた上

「ドラダン・・・?ああ有名っすよね。でも僕はやった事ないっす。RPGってダルいじゃないっすか」

って言われたのがめちゃくちゃショックだったんだよなぁ。

それから結局会話が続かずなんか気まずくなっちゃったんだけど・・・

しかし彼はそんなスマホネイティブ世代とは違う!一応ゲームに関しては黎明期も黎明期でほぼ同世代だろうし自慢じゃないが生まれて初めて買ってもらったゲームがドラダン3だったくらいだ。

それならここは一気にその話に引き込んでしまおうじゃあないか。

ソルダークネスにされたせいでできなかった事が目の前にあるというならそれを再び我慢させるなんて俺にはできない。

「そりゃもう世代どストライクだからね!個人的にはVが名作でさぁ・・・ちょっと前に映画化されたんだけどあれにはがっかりしたんだよなぁ・・・それとⅧも旧ファンには叩かれてるけど個人的には好きで・・・」

「ちょっと前・・・?V・・・?Ⅷ・・・!?ドラダンって僕がソルダークネスになってる間にそんな出てたんですか?」

俺の言葉に想は混乱したように首を傾げた。

しまった!熱がこもり過ぎて普通に[[rb:俺が死ぬ直前 >202X年くらい]]の雰囲気で喋ってしまった!!

今は1989年くらいなんだし知らないのも当然だよな・・・

「あっ、ごめん・・・これから30年くらい後の話だから忘れて・・・今は3が最新だから」

「そ、そうですか・・・ほんとにマルデュークさんって未来から来てたんですね」

「信じてなかったの?」

「い、いやそういう訳じゃなく今のですごく実感したというか・・・」

「どこで実感してるのさ・・・ま、特に証拠も出せなかったしね。これで俺の中身が今より少し先の未来から来た中年男性だって分かってくれた?」

「え、ええまあ少しは説得力が出たかなって・・・それで・・・ほんとに良いんですか?ゲームなんか買ってもらって」

「良いって良いって!それじゃあ買ってくる!」

俺はドラダン3とゲーム機を手に取りレジへ向かった。

いやぁ・・・当たり前なんだけど昨今ではレトロゲームなんて呼ばれてるゲーム機やらソフトがこんな新品な状態でズラッと並んでるのは壮観だなぁ・・・

そんなことを思いながらレジまで歩いているうちに気がつくともう数本の名作ゲームソフトを手にとって一緒に購入していた。

 

 

無事ゲームやその他ボードゲームをいくつかを買い二人で大荷物を抱えて店を出ると想は今まで見たこともないほど満面の笑みを浮かべていて、それから俺たちは完全に意気投合してしばらくゲームの話をしながら街を歩いた。

そんなゲームの話をしているうちにマルデュークは知らないはずの自分が好きなものについて胸を張って語れるという事が今の俺を俺たらしめる確かなものなんじゃないかと思えて少し安堵することもできた。

想を元気づけるためのはずだったけど結果的に俺も楽しかったし少しは気が楽になったな・・・

「ふぅ・・・結構買い込んじゃったな・・・色々付き合ってもらってごめんね。荷物も持たせちゃって」

「いえいえ!僕も楽しかったですし!こんな体ですしこれくらい軽々持てますからそこはしっかり使ってやってください!それに何よりもう遊べないかと諦めてたドラダン3をゲーム機ごと買って頂けるなんてなんとお礼を言えばいいか・・・」

「良いの良いの。俺も見てたらついでに当時遊べなかったヤツとか名作タイトルとかも買っちゃったしそれも帰っていっしょにやろうよ!作戦の担当回ってくるまで時間あって結構暇だからさ!」

「そうなんですか。良いですね!」

想がそういった途端想の腹がぐうと音を立てる。

「・・・っとその前に飯でも食べていく?何か食べたいものある?」

俺が尋ねると彼は少し考え込んだ後・・・

「食べたいものですか・・・そうですね・・・ラーメンはこの間頂きましたししいて言えば焼き鳥・・・いや、ワガママを言わせてもらうならステーキ・・・とか」

「良いね!でもその前にこの荷物だけ先に送っちゃおうか。これだけ持って入られたら店も迷惑だろうし」

「はい!」

 

夕飯の前にひとまず買った大荷物をなんとかしようとはじめに訪れた路地裏に戻り転送装置を作動させ荷物を自室へと送った。

「いやぁアポカリプス皇国のテクノロジー様々だよ。これでスッキリしたしステーキ食べに行こっか!」

「はいっ!ってあれ?これ送り忘れてないですか?」

そこにはブティックのロゴの入った紙袋が一つぽつんと置かれていて中にはサイズの小さめなレディースの服が何着か入っている。

「これ、アビガストのお土産に買ったやつだ。大量に転送したからあぶれちゃったのかな・・・ま、これくらいなら手で持てるしご飯にしようか。」

そう言って紙袋を持って路地裏を出た瞬間・・・

 

「おーい!マリ子さーん!!!」

そんな聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。

その方向に目をやると遠くで体中包帯やらガーゼをグルグル巻きにした瞬がこちらに向かって走ってきている

「げぇっ!瞬!?」

どうしよう・・・!俺一人だったらこのまま適当に話聞いたりしてあげるんだけど今は隣に想も居るし・・・

まずい・・・!

瞬に他の男と・・・それもよりによってソルダークネスと一緒に居る所をタダでさえ身体もメンタルもボコボコな今の彼に見られるのは非常にまずい。

「えっ、瞬がなんでこっちに向かって来てるんですか!?ちょっと流石にまだ僕には合わせる顔が・・・」

俺の言葉で想も瞬に気づいた様で想も路地裏からひょっこりと顔を出して瞬の姿を確認すると老司裏に身を引っ込めた。

「どどどどどうしよう瞬にこんなところを見られると色々まずいぞ!!」

「ぼ、僕だってまだ心の準備が・・・!!この展開マルデュークさんならどうなるか知ってるんでしょ!?どうなるか教えて下さいよ!!」

「そ、そんなの知るわけ無いよ!だって俺がテレビで見てたマルデュークは想と買い物なんてしてなかったし・・・!!」

「じゃ、じゃあ逃げますか!?この状態ならマルデュークさん一人担いで逃げるくらい・・・いや転送装置を起動させて帰っちゃいましょうよ!!」

「これから転送装置を起動させてもあのスピードじゃ間に合わないどころか俺がマルデュークだってバレちゃうかもしれないし・・・何か・・・何か無いか!?」

二人でその場であたふたとして鞄の中をゴソゴソと探ったりしてみる。

そこでカバンに何やら四角いものが入っている事に気づき取り出すとそれはいつぞやの生物置換装置だった。

「そうだ!」

「えっ、マルデュークさんなんか思いついたんですか!?アイツも一応改造人間ですから逃げても余裕で追っかけてくると思いますけど・・・」

「逃げないよ。でもこの状況を切り抜けるためにちょっと我慢して・・・ごめんっ!!」

「えっ、ちょっ・・・何を!?うわーっ!!!」

俺が装置を操作すると想の悲鳴がこだまし、彼を光が包んだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・マリ子さん!やっぱりマリ子さんだ!」

瞬はそこら中怪我だらけの姿で息を上げながら俺たちの居る路地裏にやってきて俺を見るなり目を輝かせていた。

なんでこんなところで瞬と出くわしちゃうんだよ・・・

「そ、そうね・・・」

「こんな所で会うなんて奇遇ですね!所でそちらの女の子は?」

俺の隣に想の姿はなくその代わりに黒髪の少女が顔を真っ赤にして立っている。

「え?ああ・・・この子は私の姪っ子で・・・ほら挨拶して?」

「こ・・・こんばんは・・・」

少女は恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。

「マリ子さんの姪っ子さんかぁ・・・こんばんは!俺はマリ子さんのその・・・お友達の月影瞬って言うんだ。よろしくね!」

瞬は流石子供の相手は手慣れていると言うべきか少女に向けてニッコリ笑みを浮かべた。

そんな彼の顔を見た途端少女は俺の裾を引っ張ってくる

「瞬さんごめんなさい。ちょっとこの子ちょっと人見知りが激しくて・・・なんか私と話したいことがあるらしいから少し待っててくれるかしら?」

俺は適当な理由をつけて少女に引っ張られ瞬と距離を取る。

すると・・・

「マリ子さんってどういうことなんですか!?それになんか瞬といい感じっぽいですけど・・・一応敵同士ですよね!?」

彼女は耳元で小さな声でそう言った。

まさかこんなところで出くわすとも思ってなかったし瞬と俺との複雑な関係についてはもう少し時間を置いて話そうと思っていただけに完全に計算外だ。

「これには色々理由があって・・・詳しいことは落ち着いてから話すから今は俺の姪っ子って事で話を合わせて・・・」

「は、はい・・・でもなんでこんな姿に変えたんですか!?よりによって女の子なんかに・・・!!」

「他の生き物とかよりマシでしょ!?しかもちょうどアビガスト用に買った服のサイズも合ってるみたいだし・・・」

「うう・・・久しぶりに目が覚めたら女の子にされた上女物の服まで着させられるなんて・・・」

「と、とにかく説明は後!後で元にも戻すから今は話を合わせて・・・!」

「わかりましたよぉ・・・」

少女は目に涙を浮かべながらも渋々そう言った。

何を隠そう彼女・・・いや彼は想その人なのだ。

彼と瞬を今合わせるわけにもいかないのでもあの時の瞬同様に女の子になってもらったのだ。

これで彼の正体に瞬が気づくことはないだろうし幸い転送し忘れていたアビガストのお土産に買った着替えが手元にあったので大急ぎで着替えさせてなんとか瞬と出くわすまでには間に合ったと言う訳だ。

 

こうして俺と想とのマルデュークとソルダークネスであることがバレてはいけない瞬との夕食が幕を開けるのだが・・・

俺は・・・そして想は無事乗り切ることができるのだろうか?

 

つづく



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第十一話 俺(アタシ)は誰だ?

「おーい! マリ子さーん!!!」

「げぇっ! 瞬!?」

 ソルダークネスとの戦いで大怪我を負い包帯を体中に巻いた瞬が人混みの中をこちらに手を降って走ってくる。

 あれだけの大ダメージを負った直後だというのにあそこまで動けるのは流石VXといった所だろうか。

 いやいや感心してる場合じゃない。

 なにせ昨日瞬にここまでのダメージを負わせた本人であり因縁の宿敵、そしてかつての友である陽黒想が今俺の隣にいるのだから。

 瞬は想が正気に戻っていること等知る由もないし彼が俺と一緒に居るなんてことになれば話が更にややこしい方向にこじれて今後の展開が大幅に変わってしまい最悪の場合シャドーVXの敗北に繋がりかねない。

 そりゃ最終的には本来のマルデュークとアポカリプス皇国の破滅をなんとか回避するのが目的だから話が大幅に変わってしまうのは避けて通れない道だけど俺が不用意に動いてしまうとその目的が果たせたとしても地球に住む人々の身の安全が保証できない以上は最善の策が見つかるまで瞬には地球を狙うアポカリプス皇国の刺客たちを退けてもらわないといけないし俺もそれまではアポカリプス皇国地球侵略作戦参謀マルデュークで有り続けなければいけない。

 

「どどどどどうしよう瞬にこんなところを見られると色々まずいぞ!!」

「ぼ、僕だってまだ心の準備が……!! マルデュークさんならこの後どうなるか知ってるんでしょ!? どうなるか教えて下さいよ!!」

 想も流石に今出くわすのはまずいと思ったのか俺にそう尋ねてくる。

 そんな事言われたって俺が見てたのはVXのヒーロー活劇の部分だけでそんな万能な未来予知的なものじゃないんだけど!? 

「そ、そんなの知るわけ無いよ! だって俺がテレビで見てたマルデュークは君と買い物なんてしなかったし……!!」

「じゃ、じゃあ逃げますか!? この状態でもマルデュークさん一人担いで逃げるくらい……いや転送装置を起動させて帰っちゃいましょうよ!!」

 確かにそれができればいいけどVXの走力は確か何処かで読んだ時に時速300km超えって書いてあった気が……

 いくら今がパワーをセーブした人間態でかつ手負いの状態とはいえ彼が本気を出せば常人どころかアスリートさえ歯が立たないだろう。

 それに対して転送装置を起動させて座標を設定したりするのには早くても5分はかかる。

 瞬相手に転送装置の起動を待っている時間など残されてはいないのだ。

「これから転送装置を起動させてもあのスピードじゃ間に合わないどころか俺がマルデュークだってバレちゃうかもしれないし……何か……何か無いか!?」

 二人でその場であたふたとして鞄の中をゴソゴソと探ったりしてみる。

 するとカバンの底に何やら四角いものが入っている事に気づき取り出すとそれはいつぞやの生物置換装置だった。

 結局あの時瞬を元に戻したことがバレるのも怖かったし壊れたことにしてそのままにしてあったんだっけ……

 俺はそんな装置を見て以前瞬を女の子に変えた時の事を思い出す。

「そうだ!」

「えっ、マルデュークさんなんか思いついたんですか!? アイツも一応改造人間ですから逃げても余裕で追っかけてくると思いますけど時間稼ぎくらいには……」

「逃げないよ。でもこの状況を切り抜けるためにちょっと我慢して……ごめんっ!!」

「えっ、ちょっ……何を!? うわーっ!!!」

 俺が装置を操作すると想の悲鳴がこだまし、彼を光が包んだ。

 彼を包んだ光が収まるとその中からは想ではなく黒髪の少女が現れ、きょとんとした顔でこちらを見上げている。

「あ、あれ……? マルデュークさんなんかおっきくなりました……ってへぇっ!? なんだよこの声ぇっ! それになんか服もぶかぶかになってる? ど、どうなってるんですかぁ!?」

 少女……いや少女の姿になった想は自分の身に起きた変化に戸惑い慌てふためいているが今この危機を乗り越えるにはこれしかない。

 それに個人的に瞬と想にあって話もさせてあげたいしこれならそんなことも可能かもしれない。

「想くん! とりあえずこれ着て!」

 俺は大急ぎでアビガストにお土産で買った服を紙袋から取り出す

「へっ!? それってアビガスト……さん? に買ってた女物の奴ですよね? ぼく男ですしそんなのサイズ合う訳……」

「良いから早く!」

 小さくなった想をひょいと持ち上げ俺は大急ぎで彼のぶかぶかになった服を脱がせる。

「ひゃっ!! ちょっと服脱がさないでくださいよぉっ! うわぁぁっっ! パンツまで……ちょ……それ女物の下着じゃ!!」

 理由もわからずじたばたと抵抗する想だったが身体が縮んだ彼から衣服を剥ぎ取るのは簡単で、そのまま大急ぎで女物の服に着替えさせた。

「な、なんでこんなのがピッタリ着れちゃうんですか……それにぶ……ブラジャーまで……んっ……! それになんか胸も柔らかくなってるし……」

 想は顔を真赤にして胸元を恐る恐る撫でている。

 そりゃ急に女の子にされたんだから訳もわからないよな……

「はぁ……はぁ……なんとかなった……瞬にバレないようにとりあえず見た目を変えさせてもらったんだけど……」

 俺は化粧直し用に持ち歩いていたコンパクトを取り出しその鏡を彼に向けた。

 彼は鏡に映った少女を少し見つめた後表情を変えてみたり頬を引っ張ってみたりした後……

「これ……ぼく!? それじゃあ……ないーっ! ぼく、本当に女の子になっちゃったんですか!? なんで!?」

 恐る恐る手を股の方にやりそう叫ぶと彼は目に涙を浮かべながら俺を見つめる

「ごめんっ! これくらいしか思いつかなくて……と、とにかく少しの間我慢して!」

「えぇっ!?」

 そんな事を話しているうちに包帯をぐるぐる巻きにした瞬が息を上げてやってきた。

 

「はぁ……はぁ……マリ子さん! やっぱりマリ子さんだ! こんな所で会うなんて奇遇ですね!」

 瞬はまるで運命とでも言いたげに目を輝かせていて、想はそんな彼を見るなり俺の背に身を隠した。

「そ、そうね……」

「所でそちらの女の子は?」

 瞬はそんな俺の背に隠れた想を見てそう尋ねてくる。

「え? ああ……この子はお……私の……そう! 姪っ子! 甥っ子で……ほら挨拶しなさい?」

「へっ……? は、はい……こ……こんばんは……」

 俺は後ろに隠れる想に言うと彼は恥ずかしそうにペコリと頭を下げ小さな声で言った。

「マリ子さんの姪っ子さんかぁ……こんばんは! 俺はマリ子さんのその……お友達の月影瞬って言うんだ。よろしくね!」

 瞬はそんな恥じらう彼に近づき目線を合わせるようにしゃがむとニッコリと笑みを浮かべて言った。

 流石何度も子供を助けたりしているだけあって子供への対応は手慣れていると言うべきか……

 と感心しながらなんとか姪っ子であると信じてくれたようでひとまず胸をなで下ろす。

 

 それからしばらく今日は天気がいいとかなんとか当たり障りのないそれっぽい会話をしていると想が俺のスカートの裾を引っ張り

「あの……ちょっといろいろ聞きたいことがあるんですけど……」

 と小声で囁いてくる。

 確かにいくらなんでも想を女の子に変えた上置いてけぼりにするのはかわいそうだと思いひとまず彼と話すことにした。

 

「瞬さんごめんなさい。ちょっとこの子ちょっと人見知りが激しくて……なんか私と話したいことがあるらしいから少し待っててくれるかしら?」

「えっ、はい良いですけど……? もしかして俺、その子のことびっくりさせちゃいましたかね?」

「ああいえ全然そんな事無いのよ? ただちょ〜っとだけ二人で話がしたいって言うもんですからちょっとだけ待っててくださらないかしら〜?」

 俺は必死にそんな事を言って彼から会話が聞かれないくらいに距離を取った。

 瞬は聴力も人一倍だろうけど流石に他人の話を盗み聞きするような無粋な男ではないはずだ。

 

「マリ子さん……ってどういうことなんですか!? それになんか瞬と何回も会ってる感じっぽいですけど……一応敵同士なんですよね!?」

 彼は耳元で小さな声でそう問い詰めてきた。

 まさかこんなところで出くわすとも思ってなかったし瞬と俺との複雑な関係についてはもう少し時間を置いて話そうと思っていただけに完全に計算外だ。

「これには色々理由があって……詳しいことは落ち着いてから話すから今は俺の姪っ子って事で話を合わせて……」

「は、はい……でもなんでこんな姿に変えたんですか!? よりによって女の子なんかに……!!」

「設定が前のままになってただけだし他の生き物とかよりマシでしょ!? しかもちょうどアビガスト用に買った服のサイズも合ってるみたいだし……」

「前……!? これ前も誰かに使ったんですか!? うう……久しぶりに目が覚めたら女の子にされた上女物の服まで着させられるなんて……合わせる顔がないとは言いましたけどこんな格好であいつと会うのもそれはそれで恥ずかしいですよぉ……」

「ま、まあ色々あって……と、とにかく説明は後! 後で元に戻すから今は話を合わせて……! 今は俺の姪っ子って事で話し合わせて! 俺は外資系の会社に努めてるOLって事になってるから」

「はぁ……わかりました……」

 想は渋々俺の申し出に了承してくれた。

 そして彼の小さくなった手を引き俺達は瞬の元に戻った。

 

「お、お待たせ〜瞬さん? それにしてもすごい大怪我ね。大丈夫なの?」

「ああこれですか……? ちょっと昨日転んじゃいまして! いやぁ〜我ながら鈍臭いですよね……ははは……」

 瞬は俺がマルデュークだと知る由も無いのでそんな見え見えの嘘をついて笑って見せ、その怪我の本当の原因を俺はもちろん知っているのでその嘘を聞き心が痛む。

 それはこのダメージを負わせた張本人である想も同じ様で目をやると顔をうつむかせている。

「そ、そうなの〜……それでそんな大怪我してるのにこんな所までお出かけ? お家で休んでたほうが良いんじゃないかしら……?」

「いえいえ! こんなのすぐ治りますって! 俺、怪我の治りだけは人一倍……いや人千倍くらい早いんで! あいてて……」

 瞬は怪我がなんとも無い様にその場で腕をグルグルと回してみるがやはり全開の戦いの傷が癒えていないようでソルダークネスのパンチをモロに食らった脇腹を痛そうに押さえていた。

 そんな姿を見た想はやはりやりすぎてしまったと自己嫌悪に陥っているのか顔を真っ青にして頭を抱えている。

 なんで気負いしてる想の気晴らしになればと思って出かけた筈なのに瞬にばったり会っちゃうかなぁ……

 そんな事を考えて内心頭を抱えていると

「おい瞬! まだ怪我も治り切ってねぇのに急に走って行っちまうからびっくりしたぜ……ってマル……いやマリ子……さん!?」

 ジンが瞬を追いかけてきたのか息を上げてこちらに走ってやってきて俺を見るなり姿勢を正した。

「こ、こんばんは……ジンさんも一緒だったのね」

「ど、どうも……」

 ジンももちろん俺がマルデュークであることは知っているし怪我の原因がソルダークネスを差し向けた俺であることも知っているはずだ。

 彼からすれば自分には瞬を見張るように指示しておきながら瞬を殺すような刺客を差し向けた様にしか見えない訳で……

 そしてこの中でその事を知らないのは瞬だけという状況で俺もジンも非常に気まずい中挨拶を交わす。

「聞いてくれよジン! マリ子さんに会えたんだよ!」

「ああ知ってるよ。眼の前に居るからな」

「やっぱ悪いことの後には良いことがあるもんなんだな!」

「え? ああ……そうだといいな」

 瞬は相当俺と会えたことが嬉しかったのか嬉々としてジンにそう語りかけ、彼はそんな瞬に何と言えば良いのかわらず面倒なことになったと言わんばかりの表情をしていた。

 ジンも俺の本性は知らないまでも正体がマルデュークであることを知っているので瞬にこれだけの大怪我を負わせた張本人を前にして目を輝かせて喜んでいる姿にはやり場のない気持ちがあったのだろう。

「何だよジン! 俺より元気ないんじゃないか?」

「お、俺にだって色々あるんだよ……!」

 ジンはそう言って瞬から目を逸らすと瞬はこちらに向き直り

「マリ子さん、今日は姪っ子さんとお買い物ですか?」

「えっ!? え、ええそうよ。この子久しぶりに都会に出てくるっていうもんですからこうして買い物がてら観光でもしようかなって……ねぇ?」

 俺がそう言うと想は無言で頷き、そんな彼のことをジンは不思議そうな目で一瞬見つめた後

「おい瞬! 姪っ子さんと水入らずの時間に水さすのは悪いって! 怪我もまだ治りきってねぇし今日はもう帰ろうぜ? な?」

 ジンが瞬をそう諭す。

 この状況で何も知らない瞬を長居させるのは良くないと彼も判断したのだろう。

「えー……なんだよジン妬いてんのか?」

「バカッ! そんなんじゃねぇよ! お嬢ちゃんもごめんなこんな包帯グルグル巻きの兄ちゃんが突然走ってきて怖かったろ? それではマリ子さん俺たちはそろそろこれで……ほら行くぞ瞬! おい瞬?」

 ジンが話を切り上げ瞬を連れて行こうと腕を引っ張るものの彼がそこを一歩も動くことはなく……

「良いだろジン! せっかく会えたんだからもう少し話ぐらいしても!」

「あんまマル……じゃねぇマリ子さんの事困らすなって! 怪我もしてんだから変な気ィ遣わせちまうかもしれねぇだろ!?」

 ジンに諭されるも子供のように駄々をこねてその場を離れようとしない瞬を俺と想は何も言えず見つめるしか無かった。

 そんな時、ぐうと腹の音が鳴り、音の方に目をやると想が驚いたような顔で自分の腹を触っていた。

「ん? もしかして君お腹空いてる?」

 瞬はそんな彼に話しかけると彼はゆっくり頷いた。

「そっかそっか! それならお兄さんこの近所で美味しいお店知ってるから案内してあげるよ! マリ子さんともよく行くお店なんだけど……マリ子さんも良いですよね?」

 瞬はここぞとばかりにそんな事を言いだした。

 近所の美味しいお店と言えばいつも彼と会っている居酒屋だろう。

 確かにここから近い場所ではあるが……これ以上長居させるのは想にも負担が大きいだろうし何かボロが出たりするとマズい……

 ん? 

 そういえばあの店のオヤジ瞬とは昔からの付き合いだって言ってたし想とも面識があるかもしれないな。

 それに想もさっき焼き鳥が食べたいって言ってたしもしかしたら想が食べたかった焼鳥ってあの店の焼鳥のことかもしれない。

 それならせっかくだし瞬の誘いに乗るのも有り……なのか? 

「おい瞬! お前もういい加減に……!」

「待ってジン! ……さん。わかったわ。私達もちょうど夕食を何処で取ろうか考えていたところなの」

 静止を無視する瞬に憤るジンを遮り俺は瞬の誘いに乗ることにした。

 俺の言葉を聞き想は顔を青くしていたがそれとは裏腹に瞬の表情がぱっと明るくなる。

「あ、ありがとうございますっ!」

「本当に良いんですか……?」

 瞬は嬉しそうに頭を下げる横でジンは怪訝そうな顔をしてそう尋ねてきた。

「良いのよ。色々話したいこともあったしね」

「そ、そうですか……よかったなぁ瞬!」

「だろ〜? やっぱ悪い事の後には良いことがあるんだよ! そうでもなきゃやってらんないよな! さ、そうと決まれば行きましょう」

 瞬はその年頃の青年らしい笑顔ではしゃいで見せ、俺達を連れていつもの居酒屋へ向かった。

 

 そして居酒屋を前にすると想は歩みを止め看板を見つめる。

「こ、ここって……」

「ん? どうしたの?」

 俺も彼に合わせて歩みを止めると

「あれ? マリ子さん? どうしました?」

 瞬がこちらを振り向いて尋ねてきた。

「え? ああ……この子このお店の外観が気になるみたいで……先にジンさんと入っててくれないかしら?」

「わっかりました! 飲み物先にマリ子さんとその子の分も頼んどきますね! えーっとマリ子さんはビールで……お嬢ちゃんはオレンジジュースでいいかな……?」

 瞬の問に俺と想は頷くと彼はそのまま店に入っていった。

「おお瞬じゃねぇか! 今日はまた一段とハデに転んだんだな! 相変わらずどんくせぇヤツだなぁ〜」

 店に入るやいなやそんな店のおやじの声の後に瞬とジンの他愛のない会話が店の中から漏れ聞こえてくる。

 そんな様子を想は何処か懐かしそうに聞いていて……

「やっぱりこの店、想くんも知ってる所?」

「知ってるも何も昔よく瞬の親父さんに連れてきてもらいましたよ。おやっさんも元気そうで……それに瞬もなんだかんだ上手くやってるみたいでぼく……少しだけ安心しました。ところで、一体何故アポカリプス皇国の幹部であるはずのマルデュークさんもこの店のことを知っててよりにもよって敵であるはずのシャドーVXと一緒に呑んだりしてるんでしょうかねぇ……? ぼく、何も聞いてないんですけど?」

「あーえーっとそれは……」

 想はさんざん自分を置いてけぼりにして話が進んでいる事に憤りを感じているのかジト目でこちらを睨みつけてくる。

 ああ……その表情もかわい……じゃなかった。

 ちゃんと説明をしておかなきゃな……

 俺は彼に瞬との奇妙な関係の一部始終を伝えた。

「ふむふむ……以前地球に降りた時この店に入ったら偶然瞬とばったりと出くわして貴女の正体はバレなかったけどその代わりなんだかんだで話し相手になってたら定期的に会うことになったと……」

「そ、そうなんだよ……俺も正直なんでこんな事になったかわからないんだけど結構あれで隙があれば酒浸ってる状態で……憧れのヒーローのそんな所見てたら放っておけなくて……そしたらこんなややこしいことになってたって訳で……」

「なるほど……それで瞬と一緒に居たジン……? でしたっけ? あの人、この間瞬を助けて逃げてた人ですよね? あの人は誰なんです……?」

「あの人は……」

 ついでに説明を求められたジンについても続けて彼に説明した。

「あの人は貴方がマルデュークだと知っててかつ僕同様貴女の理念は多少理解してはいるものの中身が云々とか実は貴女が幼少期に見ていたヒーロー番組の世界がどうとかは知らないわけですか……なんかすごいややこしいことになってませんか?」

「そ、そうなるね……流石に俺の中身がおっさんだなんてそう簡単には言えないよ。今のところそれ伝えられてるのは想くんだけだし……」

「ぼくだけ……ですか」

「うん。だって想くんも俺ほどじゃないけど俺の知ってるシャドーVXのソルダークネスとは全く違うイレギュラーだから隠す必要もないかなって……」

「その割には瞬とのこととか教えてくれなかったですよね?」

 想は頬を膨らませていじけてみせた。

「ご、ごめん……一気に話したら混乱すると思って……」

「でも良いです。瞬のヤツ、あれで結構辛いことは溜め込んじゃうタイプなのはよく知ってますし……あいつがああして元気そうにしてるのは貴女のおかげだってことにしておきます。ぼくが瞬に倒されたその時からそれだけが気がかりでしたから」

「うん。でも元の姿のまま瞬に会わせるわけにもいかないし女の子に変身させたのも結果オーライだった……でしょ?」

「それとこれとは話は別ですっ!」

「あ、あはは……わかったよ。と、とにかくご飯食べて早く切り上げて帰ろっか」

「そうですね。ああ……このタレの匂いも懐かしいなぁ……もう二度と食べられないと思ってましたから……」

 想は店から香ってくる少し焦げたタレの香りを噛みしめるように吸い込む。

「やっぱり食べたかった焼き鳥ってここの店の焼き鳥のことだった?」

「さぁどうでしょう? ほら、早く行きますよ! マル……おねえちゃん!」

 想は悪戯な笑みを浮かべて俺の胸はドクりと高鳴る。

「へぇっ!?」

「今は姪っ子って設定なんでしょ? ほら早く行きますよぼく……いやわたしお腹へっちゃったわよ〜……いやお腹へっちゃったなぁ〜とかのほうが自然か……?」

 そんな事を言いながら想は俺の手を引いて店に足を踏み入れる。

 全く女の子の格好でお姉ちゃんなんて言われたら心臓に悪いったらありゃしない……

 でも想がその気になってくれたなら今は良しとしよう。

 

 

「おおマリ子さんいらっしゃい! 今日も仕事の帰りかい? ご苦労さん……っとそっちのお嬢ちゃんは?」

「えっ、ああ私の姪です」

「ど、どうも……」

 店ののれんをくぐなり出迎えてくれた店のオヤジに二人で軽く頭を下げる。

「おおそうかい! うーむ……」

 オヤジは想の顔を何やらじっくりと覗き込み、突如顔を覗かれた想は体を強張らせた。

 完全に跡形もない姿に変わってるはずだけどもしかして店のオヤジ……想の正体がわかったとか……!? 

「ぼ……わたしの顔になにか付いてますか……?」

 おやじに見つめられた想はたどたどしくそう言って目をそらすがオヤジはニッコリと笑い

「ああいやマリ子さんの姪っ子だけあってべっぴんさんだと思ってなぁ!」

「そ、そうですか……ありがとう……ございます……はぁ」

 どうやら杞憂だったらしく想は安堵の息を漏らし、俺もその影で密かに安堵した。

「ほら瞬から聞いてた生とオレンジジュース。あとふたりとも美人さんだからお通しもサービスで取っといてくれ! 瞬、後でその分バイト代から引いとくからな!」

 オヤジはそう言うと俺と想の前にグラスジョッキと枝豆の入った小皿を置く。

「おやっさんそりゃないよぉ〜」

「ま、今日は瞬が無理やり連れてきたようなもんなんだしそんくらい安いもんだよな!」

 肩を落とす瞬の肩をジンがぽんと叩き三人は声を上げて笑う。

「まあいいや! よ〜っし今日はマリ子さんにも会えたし俺の快復祝いでいっぱい飲むぞ〜! あいいててて……」

「おい瞬! 何が快復だよ! 全く回復してねーじゃねーか! ま、今日くらいは呑んでパーッと忘れちまおうぜ! おやっさん俺にも生頼むわ!」

「なんだい今日はジン君も威勢がいいなぁ。よっしゃすぐ用意するからちょっと待ってな!」

 俺にとっては最早見慣れた景色だったがそんな様子を想は何処かここが自分の居場所ではない様なそんな孤独感をにじませていた。

 

 そしていつも通りおまかせを頼むと俺達の前に焼き鳥や小鉢料理が並ぶ。

 見るもの全てが懐かしいのか想はそんな料理たちに目を輝かせ、彼の横顔は今の姿応の少女の様に見えた。

 

 その横にはビール瓶や焼酎が運ばれてきて瞬はそれを浴びるように飲みながら俺に今日あった事だとか色々と話してくれて俺はそんな彼の話に笑顔で答える。

 これは社畜時代に培った処世術だ。

 飲み会で酔った上司に何を言われても我を出さずこうして笑顔でそれとない受け答えができるのだ。

 そんなクソ上司と瞬を比べるなんておこがましいにもほどがあるがそんな処世術のお陰でボロを出さず彼の相談相手としてこうして隣で話を聞くことができているのだから社畜生活もクソ上司との飲み会も無駄じゃなかったんじゃないかと死んでからではあるものの薄々そう思ったりしている。

 そういえばずっと想の事ほったらかしにしちゃってるけど大丈夫かな……? 

 ふとそう思った俺は瞬の話を聞きつつ想の方に目をやると……

「んん〜っ! おいひぃっ! やっぱりおやっさんの焼く焼き鳥が一番だなぁ〜」

 彼は焼き鳥を口に入れながら頬を抑えて口を緩ませ至福の表情を浮かべていた。

 よし。

 なんとか彼も彼なりに楽しんでくれているみたいだ……

 想のこんな幸せそうな顔テレビ越しにも会ってからも見たことがなく、今の少女の姿ではなく本来の彼の素顔でこの表情が見られなかったことだけが悔やまれる。

「おっ、嬢ちゃんその年で焼き鳥そんなうまそうに食ってくれて嬉しいねぇ〜おっちゃんも焼いた甲斐があるってもんよ! ってか嬢ちゃん? ウチの焼き鳥が一番っつってたけど前にこの店来たことあったかい? こんな可愛いべっぴんさん一回見たら忘れねぇはずなんだけどなぁ」

「えっ……えーっと……それはその……」

 想は店のオヤジに痛い所を突かれて目を泳がせている。

 マズい……店のオヤジからすれば今の想は初対面の少女だ。

 ここは助け舟を出さなければ! 

「えーっとこの間お土産に頂いた焼き鳥をこの子にあげたらとっても美味しいって言ってくれてそれからずーっと焼きたてを食べてみたかったのよね〜?」

「そ……そう……なの! わたしぃ〜お姉ちゃんにここの焼き鳥食べさせてもらってずっとこのお店に来たかったの〜!」

 想は俺に続けてそうわざとらしく続けた。

「ほうそうかい! それならた〜んと食っていきな! ほら砂肝お待ちィ! 瞬の分も食っときな」

「あ、ありがとうおや……おじさん……ふぅ……」

 なんとか難を逃れたようでオヤジは気を良くしたのかそう言って想の前に砂肝を二本置き、彼は安堵したのか息を漏らす。

 はぁよかった……なんとかボロが出るのは阻止できたみたいだ。

 この女の子が想だなんて今の瞬に聞かれたらどうなることか……

 そう思いながら瞬の方に目をやると

「ういぃぃ〜おやっさん生追加でぇ〜あと砂肝まだ〜」

「おう瞬良い飲みっぷりだぜぇ〜ほらほら今日はもっと飲んじまえよ! おやっさん俺にも生追加で頼んます〜!」

 彼はジンともども完全にできあがっていてジョッキ片手に肩を組んでゲラゲラ笑っていた。

 

 そんな時間も過ぎていき……

「うへぇ〜おやっさぁ〜ん熱燗もう一杯〜」

 瞬は酔いつぶれてカウンターに突っ伏しながらうわ言のようにそんな事を呟く。

「おいおい流石に飲み過ぎだぞ瞬……それに今日はそろそろ店じまいの時間だ。今日はこんな小さい子もいるんだしあんまり長居させちゃマリ子さんにも悪ぃだろ?」

「うぃ〜わかりまひたよぉ〜」

 瞬は机に突っ伏しながらも手だけ動かして店のオヤジに返事をした。

「いつも瞬に付き合ってもらって悪いねマリ子さん……それに姪っ子の嬢ちゃんも」

 店のオヤジは瞬を見てやれやれと言った具合に軽くため息をつくと想に向けてそう笑いかける。

「い、いえ……私もここ……ずっと来たかったので! おじさんの焼き鳥とっても美味しかったですっ!」

 想も店のオヤジに笑顔でそう答えた。

「おう! そんならまた来てくれ! おっちゃん待ってっから!」

「……はいっ!」

「そんじゃああの二人は俺が後で叩き起こしとくから今日はもう遅いし気をつけて帰んなよ? これそれとこれ、おっちゃんからお土産」

 そう言うと店のオヤジは焼き鳥を何本か包んで想に渡した。

「えっ、良いんですか?」

「お嬢ちゃん相当ウチの焼き鳥気に入ってくれたみたいだからなぁ」

「あ、ありがとうございます!」

 想は深々と頭を下げ、俺は酔いつぶれた瞬とジンを置いて会計を済ませ店を出ようとしたその時

「うう……想……またお前とここで飯食いたかったなぁ……」

 瞬がぼんやりとそんな言葉を呟き想はもらった焼鳥の入った袋の取っ手をぎゅっと握りしめた。

「何だ久々に聞いたなぁ……マリ子さんが来るようになってからは酔いつぶれてその名前言うこともめっきりなくなってたってのに……アイツ……今何処で何やってんのかねぇ……?」

 瞬の言葉を聞いたオヤジは遠い目をしてそう言った。

 今度想をこの店に連れてくるときには生物置換装置なんてものに頼らない本当の姿で彼をこの店に連れて来たい。

 そして瞬と避けを飲み交わす彼の姿を見たいと俺は心の底から思った。

 そうするためには今後の俺の采配が鍵を握っていると思うと責任重大だがそれができるのはほかでもない俺だけなんだと決意を更に新たにして会計を済ませ店を出たがその間も想はどこか名残惜しそうにしていた。

 

 店を出ると

「お〜いマルデューク様ぁ〜まってくださいよぉ〜」

 とジンが千鳥足で俺達を追いかけてくる

「じ、ジン? 声が大きい……わよ! どうしたの?」

「いやぁ……瞬を酔いつぶれさせてその隙に貴女と話そうと思ってたんですが俺も飲み過ぎちゃいましてね……お恥ずかしい」

「そ、それで今日はやけに呑んでたのね……それで話って?」

「その女の子についても気になりますが新しい計画かなんかだと思うのでそちらには触れませんがあの黒い奴の事です。アイツは何者なんですか!? 瞬は何か知っている様でしたが聞いてもお前には関係ないとかで教えてくれないですし……俺に瞬を見守るようにって言っておいて何よりあんなのを差し向けるなんてマルデューク様は瞬をやっぱり殺す気なのですか!?」

 ジンの言葉には先程までのおちゃらけた雰囲気はなく言葉には圧が込められていた。

 たしかに地球もアポカリプス皇国も救うを宣っておきながらソルダークネスを差し向けVXを完膚なきまでに叩き伏せるなんてことをしたんだからそう言われても仕方がない。

 そしてその言葉を聞いた想の表情にも再び影を落とす。

「ご、ごめんなさいジン……貴方に説明も無しに……でも大丈夫。彼もアタシたちの協力者よ」

 ジンには悪いが今はそうとしか言えない。

「そうなのですか? なら何故瞬をあそこまで痛めつける必要があったのですか!? アイツ……いつも通りみたいに振る舞ってますけど結構無理してるんです! それなのにマルデューク様はアイツの前に現れて……! そんな事したらアイツ……更に無理しちまうじゃないですか!!」

 彼の言葉には瞬を気遣う気持ちと怒りが滲んでいた。

「そう……よね。ごめんなさい。でも今はそれだけしか言えないの。でも悪いようにはしないわ。だからアタシを……もう少しの間だけでも良いから信じてくれないかしら」

「……わかりました。でももし貴女が俺に下した命令に逸脱する事をしていると判断したその時は……俺……」

「その時は本当に瞬の方に付いてもらっても構わないしそれをアタシは咎めることもしないわ」

「……はい。でも俺だって腐ってもアポカリプスの戦士です。そうならないことを強く望みます。それでは」

 ジンはそう言い残すとそのまま振り向くこともなく店の中へと戻っていった。

 そんな彼の背中を見送り早いうちにジンにも今のマルデューク(おれ)の事を話さなければいけないなと再認識させられたが果たして彼はマルデュークの中身が地球人の中年男性だと聞いても俺の考えに賛同してくれるだろうか? 

 ただただそれだけが不安だ。

 

 ジンと分かれ元いた路地裏に戻って転送装置を起動させ、やっとのことでアポカリス要塞の自室へ戻ることができ、自室へ戻った途端一気に力が抜けてしまいそのままベッドに腰を下ろした。

「ふぅ……一時はどうなるかと思ったけどなんとか乗り切れたね……お疲れ様想くん。想くんもここ座って」

 俺はベッドをぽんぽんと叩き、隣に想を座らせる。

「い、良いんですか? 失礼します……はぁ……急に女の子にされるわ瞬と飯食うことになるわでほんっとにずっと変な汗掻きまくりでしたよ! でも……久しぶりの焼き鳥……美味しかったです。それに瞬が相変わらずだってこともわかりましたし」

 瞬はそう言って笑顔を見せてくれた。

 しかしそれと同時に店で瞬を見つめた時の瞳、そして瞬が彼の名前をつぶやいた時の表情……

 笑顔の裏にそんな彼の寂しそうな表情が浮かび、彼がソルダークネスとして瞬に倒されてからこうして蘇りここまでに至る経緯を思い返すとたたまれなくなり、俺は目から涙を溢れさせ思わず小さな彼のことを抱きしめその頭を優しくなでていた。

「うわぁぁぁっ! ま、マルデュークさん!? どどどどどうしたんですか急にっ!」

「想くん……これまで色々辛かったよね……だから今度は絶対元の姿であの店に連れて行くから! オヤジさんと瞬に元気な所見せてあげられるように俺も頑張るから!」

「わわわわかりましたっ! それは凄くありがたいんですけどなんというかすごく刺激が強いですっ!」

 想は顔を真赤にしてジタバタと暴れたので俺はハッとなりそんな彼から手を話した。

「ううっ……ごめんね。できるならすぐにでもそうしてあげられれば良いんだけど……」

「はぁ……はぁ……わ、わかってますって。まだ下手には動けないんですよね。でもぼく……マルデュークさんが本当にいい人なんだってわかりましたしぼくも貴女を助けるために頑張りますから! ……とその前に」

「前に?」

「ぼくの事……そろそろ元に戻してくれませんか?」

「あっ、ごめん! そうだよね! いつまでも女の子の体のままじゃ落ち着かないよね?」

「そ、そうですよ! スカートはなんか風通しが良すぎて落ち着かないし自分で喋ってるはずなのに他人が喋ってるみたいですし……それにおやっさんとか瞬の前で女の子のフリするの結構恥ずかしかったんですよ!?」

「結構ノリノリだったように見えたけどね。可愛かったし!」

「可愛くないですっ!」

 そう言って怒る想の顔はやはり可愛かった。

「ごめんごめん! それじゃあ装置を起動させてっと……」

 俺はカバンから装置を取り出し想を元の姿に戻すための操作をするがあることを思い出し手を止める。

「あの……想くん?」

「どうしました?」

「戻しても服はそのまんまだから服脱いでもらわないとダメ……かも」

「えぇっ! 服……脱ぐんですか?」

 ふたたび想は顔を真赤にする。

「し、仕方ないでしょ!? あくまで変化させるのは肉体だけなんだしそのままで変化させたらせっかく買った服が破れちゃうよ!」

「そ、そうですよね……わかりました……で、でもあんまりジロジロ見ないでくださいね……? なんか恥ずかしいので……」

 想は観念したのかベッドから腰を下ろしてそう言うと手で身体を隠す仕草を見せる。

 もうそんな仕草するのは女の子なんだよなぁ〜

 でもこの初々しいところも可愛いような……

 っとイカンイカン。

 いくら中身が青年だとしてもこんな年端も行かない女の子に俺みたいなのが邪な感情なんて抱いたら事案だぞ事案! 

 俺は自分をそう律する

「わかったよ。それじゃあ脱ぎ終わるまで後ろ向いてるよ」

「ぜ、絶対見ないでくださいね……!?」

「わかってるって」

 俺はそう言って彼に背を向けた。

 すると彼は服を脱ぎ始めたのか息遣いと足音が聞こえる。

 ああすごい気になる……

 けどここで背を向けたら信用問題に関わるし……

 そんな事を考えていると……

「あれ……これどうなってるんだ……? これもしかして背中にジッパーが……? うーん……と、とどかない……」

 どうやら慣れない女物の服で悪戦苦闘しているらしい。

 その気持わかるなぁ……

 俺もマルデュークになってすぐの頃はアビガストに手伝ってもらわないと服脱いだり着たりできなかったし

「そ、想くん……? 良かったら手伝ってあげようか?」

「い、いえ大丈夫ですっ……! ふ〜ん! うむむむむむむっ!」

 想は俺の申し出を断ったののやはり服が脱げないようでしばらくそんな声を聞いていると流石に見ていられなく……いやもともと見てはいなかったんだけど……

 とにかくこのままでは埒が明かないので彼の方向を振り向くと背中のチャックが下ろしきれない状態で必死に手を伸ばしていた。

「ふわっ! ま、マルデュークさん!? 見ないでって言ったじゃないですか!」

「だっていつまで待ってもまだ上すら脱げてないじゃないか! 大丈夫。ここは女になった歴先輩の俺に任せて。俺も最初は女物の服とか結構難儀したから」

「そ、そうなんですか……それじゃあお、おねがいします……この背中のジッパーが下ろせなくて……なんというか急に小さくなってイマイチ手の距離感がつかめないと言うか……」

「うんうんわかるわかるっ! ここはおじさんに任せなさい!」

 恥ずかしそうな想にそんな言葉をかけながら俺は彼の服を優しく脱がせていく。

 そしてあっという間に下着姿になり……

「あ、後は下着だけなんだけどさ……」

 なんだかこれ以上脱がせるのは流石に犯罪臭がするというか……

「う、うわぁ……ぼく本当に女物の下着つけちゃってるんだ」

 想は自分の胸元を見下ろし薄っすらと膨らむ自分の胸元をまじまじと見つめていた。

「後はできる?」

「は、はいっ……なんとかやってみます」

 そして想は恐る恐る下着を脱ぐと

「ぬ、脱ぎましたよ……?」

 そう言って股間を両手で隠しながらこちらを見つめる。

「想くん? 今は女の子なんだから胸も隠さなきゃ」

「えっ……きゃぁっ! ち、違いますっ! ぼくは男ですっ!」

 そう言いながらも想はしっかり片手で胸を隠す。

 やっぱり初々しいしかわいいなぁ……

 と流石にこの状態でこれ以上置いておくのはかわいそうだし早く元に戻してあげないと

「はいはいわかってるって。それじゃあ戻すよ?」

 装置を起動させると再び彼の身体を光が包み、その光の中からもとに戻った想が現れる。

「おっ、一気に視界が高く……!? それに声も元に戻ってる!! それにこの感覚は……! はぁ……僕男に戻れたんだ!」

 全裸の想は自分の体の感覚を確かめるように両手で自分の体を撫でていく。

 気がづくと俺はそんな彼の身体をマジマジと見つめていて……

 想も結構筋肉あるんだな……とかそれに下のサイズは……って何気にしてんだ俺! 

 俺は男だぞ!? なんで男が男の裸をまじまじと見ようとしてるんだ!! 

 そんな事を意識すると急に彼の裸を見るのが恥ずかしいことに思えて俺の顔はかっと赤くなっていく

「と、とりあえずこれ……! 早く着て!」

 俺はそんな彼から目をそらしつつ女になった時に脱がせた服を入れておいた紙袋を手渡した。

 

「はぁ……やっぱり男物の服のほうがしっくりきますね!」

「やっぱそうなんだ……」

 想は服を慣れた手つきで身につけ、男物の服の感触を噛みしめるように優しく撫でる。

 そんな彼を見ていると俺の中になんだか羨ましいという気持ちが生まれていた

「あっ、ごめんなさい! もしかしてマルデュークさん自身女の体になった事気にしてたりしますか?」

 想のその言葉で俺ははっとなった。

 俺、もしかして男の身体が恋しかったのかな……? 

「い、いやそんなつもりじゃなくてやっぱり男の体に戻れたら安心するんだなーって。俺はもう男の体には戻れなさそうだし……」

「そうなんですか……?」

「ま、まあどちらかというと女になったというより女だったけど前世のオッサンの記憶が蘇ったって感じだから……」

 これまでずっと40手前で少し走っただけで息は上がるし寝ても疲れは取れないし肩はずっと凝るし小さい文字は見えにくくなってきたりと老いを年々実感する身体からある日突然そんなものとは無縁のこのマルデュークの身体になっていた訳だけど……

「それじゃあマルデュークさんは男に戻りたいとかは……」

 想に尋ねられるまでそんな事考えもしなかったがどうなんだろう……? 

 少なくとも以前の俺なんかよりはずっと充実した毎日を過ごせているし何より巨乳で美人だし言う事は無いはずなんだけど彼の事を見てそんな今より以前の体を恋しがるなんて贅沢な悩みなのかな……? 

 俺はあくまで前世が男だっただけで今は女なんだぞ……? 

 それなのに俺は男だ……なんて言ってて良いんだろうか? 

 考えれば考えるほど今の自分が相当ちぐはぐな存在であることを思い知らされてしまう。

「うーんどうなんだろ……? 一応うっすらだけどこの身体で女として生きてきた記憶もあるし……戻るとかそういうのじゃないと思ってたからわかんないや!」

「そうなんですか……? 僕も改造されてソルダークネスにされてからずっとできることなら普通の人間に戻りたいとは思っていましたが半ば諦めてますしマルデュークさんにとってもそんな感じなのかも知れないですね……無粋なことを聞いたかもしれないです。忘れてください」

「ううん気にしないで! 俺も想くんに聞かれるまでそんな事考えてもなかったから……」

 俺と想の間に気まずい空気が流れる。

「じゃ、じゃあ僕はそろそろ自室に戻りますね」

「そ、そう……だね! 一日付き合ってくれてありがとう」

 想を部屋まで送り届けたがその間会話を交わすことはなかった。

 

 それから部屋に戻った俺は鏡に映ったマルデューク(おれ)をじっと見つめる。

 そういえば俺の意識が目覚めたての頃はよく鏡に映ったマルデュークを目の敵にして俺はお前みたいにはならないからなとか言い聞かせたりしてたっけ……

 そんな事を今思うと少し滑稽に思えてしまい俺は苦笑いを浮かべると鏡の向こうの彼女も同じ様に苦笑いを浮かべていて嫌でも鏡に映る彼女が俺自身であるということをひしひしと改めて感じたのだった。

 

 そして次の日、戦闘員たちの居るラウンジに昨日街で買ってきたものを色々と持っていくと彼らはどれも興味ありげに見つめていたのだがゲームだけはこんなローテクな機械でゲームが遊べる訳が無いだろうとかどうせ地球人の作った機械なんだし大したことないだろうとかなんとかで不評だった。

 そこで研究員にゲーム端子を接続できるモニターを作れないかと掛け合うといとも簡単に出来上がり、ラウンジにそのモニターを持ち込んで昨日の気まずい空気を打開するため想と一緒に遊んでいるとじわじわと興味を惹かれた戦闘員たちが集まってきていつの間にか黒山の人だかりになっていた。

 そしてゲームも晴れてラウンジの新たな娯楽として戦闘員たちに受け入れられたのであった。

 今は取るに足らない侵略するための星としか思われていなくてもこうして地球の良い所を知ってもらえればジンのように戦闘員全体の意識も少しは変えられるかもしれない。

 そんな希望が僅かに見えた瞬間であった。

 

 つづく……



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