名前のない艦息 (カフェいろ)
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吹雪編
信頼の重さ


「頑張ってね!吹雪ちゃん!」

「う、うん。が、ガンバル……」

 

 興奮気味の睦月ちゃんに声援(エール)を贈られた私は、鏡を見るまでもなく硬くなった表情で返事をした。

 緊張――そう、間違いなく私は今、緊張している。過去にも緊張したことは何度もあった。鎮守府(ここ)に着任して初めて司令官に挨拶をした時。初めて出撃をした時。初めて旗艦に任命され、艦隊を率いた時。色々なことがあったけど、やはり初めてのことは緊張する。

 そして、今回私が緊張しているのも初めてのことだからだろう。だけど、今回は今までの緊張とは勝手が違った。

 

「そんなにカチコチで大丈夫っぽい?」

 

 予定のない日は朝が弱くてゴロゴロしている夕立ちゃんも、今日に限ってはパッチリと目を醒めしている。

 

「だ、ダイジョウブ……かなぁ。髪、跳ねてたりしない?!スカートは短すぎたりしないかな?!それからぁ、それからぁ……!」

「大丈夫だよ。さっき一緒に確認したでしょ?」

「それよりも情報収集、お願いするわ」

 

 安心させるような声音の睦月ちゃんだったが、やたら大人びた表情な夕立ちゃんの言葉を聞いて激しく首を縦に振りながら期待する眼差しを私に向けてきた。

 

「情報収集って言われても何から聞けばいいのやら……」

「そう言うと思ってました!」

 

 薄っすらと隈がある割には、やたらと元気一杯な睦月ちゃんから手渡された一枚の紙。そこには様々な質問がずらっと書かれていた。

 

「一人一つまでに絞ったからよろしく!」

「よろしくって……」

 

 この鎮守府に一体何人の艦娘がいると思ってるのか。

 

「被った質問は多かった順に上から並べてあるからね。夜更かしして頑張りました!」

 

 夜更かししてまでまとめたその頑張りはすごいと思うけど、それでも数が多い。

 正直、全部読んでいる時間など残されてはいない。それでも、せっかく頑張って作ってくれたものなのだから少しでも目を通しておこう……。なんて思っていたが、一つ目の質問を読み終えた瞬間、この努力の結晶を握りつぶした。

 

『あぁっ!』

 

 二人の悲しみの叫びを背に、一応なにかの役に立つかもしれないと、しわくちゃになった紙をできる限り綺麗に折りたたみ直して懐に入れる。

 

「よしっ……いってきます」

『いってらっしゃい!』

 

 覚悟を決めて部屋を出る私に対し、二人は敬礼で見送った。

 

 

 

 

 いってきます。などと言ったが、別に遠出をするわけでもないし、鎮守府から出るわけでもない。

 廊下を歩く私は、高く上がりつつある太陽の光を浴びながら今日やるべきことを頭の中で整理していた。途中で何人もの艦娘とすれ違うがその全てが私に視線を痛いほどに突き刺してくる。ある者は私に羨望の眼差しを、またある者は期待の眼差しを、そしてある者には部屋を出たときの睦月ちゃんと夕立ちゃんと同じく敬礼で見送られる。様々な視線を太陽の光以上に浴びながら一歩、また一歩と進んでいった。

 

 そうして辿り着いた場所は提督室前。細かい内容まではわからないが微かに中から声が聞こえる。どうやらもう私が案内するべき人は中にいるようだ。

 そう、私がやるべきこととは今日着任する人物にこの鎮守府の案内をすること。とはいえ、案内をするのは今日が初めてというわけではない。だが、今回はいつもと勝手が違うのだ。

 

 緊張で早まる鼓動を落ちつける為に自身が初めて案内された時を思いおこす。確か、あの時は他の艦娘達が怖い人かどうかに不安を抱いていた。そんな中で提督室を出てすぐに出会った睦月ちゃんと打ち解けて心底安心したんだ。

 きっと、これから目の前の扉から出てくる人も私の時と同じで不安がっているかもしれない。そう思ったら少しは鼓動が落ちついてきた……ような気がする。

 

 不意に、提督室の中から漏れていた声が止んだ。

 まもなくして、扉が開く――

 

 * * *

 

 

 事の始まりは数日前に遡る。

 

「What?世界初のカンムス?」

「そうだ」

 

 深海棲艦が現れて早数年。私が着任した時よりもより多くの艦娘が所属するようになった鎮守府(ここ)では、数多くの艦娘(わたし)達に召集がかけられていた。

 先ほどまでは姦しかったこの場も、司令官が放った一言で静まり返っていた。私たちには言葉の意味が理解できなかったからだ。

 

「Newfaceが登場するってことネ?」

 

 みんなの疑問を代表して金剛さんが司令官に質問してくれた。

 

「その認識で間違ってはいない。が、問題はそのNewfaceだ」

 

 司令官の予想以上に(こういっては失礼かもしれないけれども)ネイティブな発音の『にゅ~ふぇいす』を耳がにしながら、なぜ召集されたかなんとなくではあるが予想がついてきた。

 

「つまり、そのNewfaceを受け入れてあげようってことネー?でも鎮守府(ここ)だってOriginality溢れる艦娘ばかりネ、No problemデース!」

「頼りになる言葉だ。だが、ただ受け入れてくれと頼んで終わりではない。今日はその新顔に鎮守府の案内をする打ち合わせをしようと思って召集した」

 

 またしても浮かぶのはクエスチョンマーク。この鎮守府を案内することに対する内容としては、ここまでの人数を召集する理由としては弱い。よほどその新顔に問題があるのだろうか。先程までは、私も金剛さんと同じで『の~ぷろぶれむ』な気分だったがどうにも不安が募ってきた。

 そんな私や一部他の子の雰囲気から察したのか、先程よりも少し声のトーンを落ちつけて司令官は続ける。

 

「すまない、なにもみんなを不安にさせようと思っていたわけではない。彼の中身に問題があるわけではないから安心してくれ。……多分」

『多分!?』

 

 さすがに最後の発言には今まで沈黙を貫いていた私を含め多くの艦娘が声を荒げた。と、いうよりも今の司令官の発言には、どこか違和感があったような……?

 

「勿体ぶっても仕方ないから言うが、問題というのは性別なんだ。艦娘ではなく()()。つまり男なんだ、今回来る新顔というのは」

『…………』

 

 沈黙が訪れる。誰もが理解するのに数秒の間を要したからだ。

 

「ぇ」

 

 誰かの――もしかすると私のだったかもしれない口から微かに声が漏れ、司令官は素早く耳を塞いだ。

 

『えええええええええええええええぇ~!』

 

 甲高い声が木霊した。

 

 

 

 

「さて、やっと落ち着いてきたことだ。話の続きをしようか」

 

 あの後、みんなに揉みくちゃにされながら質問の嵐に晒されていた司令官だが、そのほとんどに答えることはなかった。

 いつまで経っても落ち着かなかった艦娘にはバッテンマークのついたマスクを装着されている。

 

「みんなを召集したのは、前例がない彼を受け入れる体制を作って欲しい為だ。君達には君達なりにここでの細かいルールがあるだろう。性別の違い故に守ってほしいことなど色々あるだろうから、それらの意見を収集しまとめて欲しい。では、後の細かい進行は大淀、頼んだぞ」

 

 そうして始まる緊急会議。荒れるかと思われた会議だったが、マスク装着済みの艦娘達はこの会議中の発言権を失っている為――後でちゃんと文章による要望は受け入れるらしい――進行の優秀さもあってかスムーズに取り行われていった。

 会議もそろそろ終わろうかと思われたその時、沈黙を貫いていた司令官が口を開く。

 

「大体のことは決まったな。ありがとう大淀。最後に案内人を決めたいと思う」

 

 司令官の発言と同時に艦娘達に緊張が走る。我こそはという者、自分だけは嫌だと怯える者、大して興味がなさそうな態度の者、様々な反応を見せるみんなを余所に私は、これだけの人数がいるのだから、そうそう自分が案内することにはならないだろうと高を括っていた。

 いくら進行が優秀とはいえ、人数が人数。会議が白熱したこともあり、それなりの時間が経過していたが故に、少し疲れも出てきていた……そんな時。

 

「ふむ。できる限りみんなが納得できる人選をしないとな。……吹雪、やれるか?」

「はっはい!」

 

 完全に気を抜いていた私は、司令官に急に名前を呼ばれて、条件反射で返事をしてしまった。

 周囲から突き刺さる視線を浴びて、ようやく状況を理解。

 

「まあ、吹雪ちゃんなら」

「ぶっきーならNo problemネ!」

「吹雪、頼んだわよ」

「吹雪さん、頑張って」

 

 なにやら私が案内する流れになってしまっている。

 みんなの私に対する信頼は嬉しくもあるが、今は重さのほうが勝った。

 だけど、今更嫌です。などと言える雰囲気でもなければ勇気もなかった。

 

「よし、吹雪。彼が着任するまでまだ数日はある。急な話で申し訳ないとは思うが、頼んだぞ」

 

 いつもなら私に勇気をくれる司令官の言葉も今だけは遠慮願いたかった。

 

「では解散」

 

 心なしか足早に去ってゆく司令官。質問のほとんどに答えなかったとこから察するに、答えられないことや知らされていないことも多いのだろう。艦隊の指揮をするだけが司令官の仕事ではないのだ。普段から難しい立場にある私たちが任務に専念できるよう、軍のいざこざやらなんやらから私たちを守ってくれていることを考えると、無理に問い詰めることもできなかった。

 

『……』

 

 だが、この場からいなくなったのは司令官だけ。依然として艦娘(愛すべき仲間)達からの視線は私に集中しており誰も動かない。これは、私が何か言わないといけないのだろうか。

 司令官にはせめて、みんなが解散するところまで見届けてから出て行ってほしかったです。

 基本的に鎮守府は司令官という例外を除けば、女の花園なのだ。その司令官だって、まず立ち入ることのないパーソナルスペースは多くある。だが、艦息となれば話が違う。司令官以上に私たちと近い距離で接することになるだろうし、司令官が入ってこない場所に入ってくる可能性も考えられる。ましてや、生活のほとんどを鎮守府で過ごすことが多い艦娘だ、そのほとんどが単純に男性との接触機会が少ない。一部、合コンなどをしている艦娘もいるといえばいるが、成果が出た話しなど一度も耳にしたことはない。なにより艦息という妖精や深海棲艦以上に未知なる存在。どう対処すればいいかなど私にわかるはずもない。うん、一体どうしろと……。

 なんにせよ、この視線による針の筵とも言うべき現状をなんとかせねば。

 

「お……」

『お?』

「お腹空きません?皆さん……。あはは……」

 

 渾身の花より団子作戦は以外にもうまく作用して、何とかあの場から逃れることができた。これも偉大なる赤城先輩が激しく同意してくれたおかげである。

 そんな赤城先輩がおいしそうにカレーライスを頬張る姿を見つめて現実逃避をしていた私は、唐突に食堂のテーブルに突っ伏した。

 

「無理無理無理。やっぱり無理だよー!怖い人だったらどうしよう!というかどうして私なの司令官ー!」

 

 過去、司令官に名前を呼ばれ、ここまで嫌だったことがあっただろうか。

 

「まあ、そこは信頼の証ってことじゃないかな。吹雪ちゃん頑張ってるし!」

 

 こんなことの為に頑張っていたわけでは決してない。

 

「でも実際、責任重大っぽい」

 

 夕立ちゃんの発言に睦月ちゃんも同意する。

 

「そうだね。やっぱり何事も最初は肝心だし。だけど、吹雪ちゃんが不安がるのもわかるかなあ。情報が不足しすぎてるもんね」

 

 そう、そうなのだ。司令官は私達の質問のほとんどに答えることはなかった。その中には名前、容姿、果ては艦種までもが含まれる。艦息ということ以外なにもわかっていないようなものだ。

 

「こんなの艤装なしで深海棲艦の群れに突っ込んでこいと言ってるようなものだよ……」

 

 自然と口から漏れ出た言葉は、大げさではあったが食堂に居合わせた誰も否定はしてくれなかった。

 

「ほら、私達もサポートするからさ。ね?夕立ちゃん」

「そうね。ほら元気出して。まずはお腹一杯にしてそれから考えましょう?」

 

 いつもより心なしか大人びた表情の夕立ちゃんに促され、身体を起こした私は、スプーンを口に運ぶ。

 後にして気付いたがこの二人、所謂興味はあるけど一番槍はご遠慮願うタイプ――私もそう――であったのだろう。つまるところ、私を利用する気満々だったのである。

 

 

 * * *

 

 

 その後、短くとも長くとも感じた数日を費やしてみんなから様々な要望を取り入れた(洗脳された)私。今では立派な案内人、もとい斥候に仕立てあげられて提督室の扉の横に立っていた。

 中から聞こえていた声が止み、まもなくして扉が開かれた。彼の姿を注視するにあたってどこに視線を向けるべきか、同僚達から受けた好き勝手な意見(レクチャー)を思い出す。

 

『男は顔よ、吹雪。まず顔から査定するの。いいわね!』

『うーん、男はまず服装のチェックからじゃ?』

『ふむ……男たるもの屈強かどうかが重要だろう。つまりまず見るべきは筋肉!』

『筋肉はともかく、戦場で役に立つかどうかは重要ね。戦力分析をまずはするべきだわ』

『こ、怖い人じゃないといいのです……』

『私的には~、やっぱ一緒にいて楽しいかが重要だしぃ~。コミュニケーション能力を確かめるべきじゃない?』

『etc...』

 

 うん。言ってることがバラバラすぎて何を参考にしていいのかわかりません。

 とかなんとか考えている内に彼の全容が明らかになる。と、とにかくまずは挨拶からだ。

 

「あ、あの!はじめ――」

「あぁ、そうだ」

「――は、はいっ!なんですか!?」

 

 私に話しかけてきたのかと思ったけど、彼は提督室のほうを向いていた。

 よく見てみれば、まだ扉さえ閉めてはいなかった。テンパって見落としていました。恥ずかしい……。

 

「言い忘れていたことがあった」

 

 顔を真っ赤にしてる私をよそに、彼は指を一本だけピンと伸ばして高らかと宣言する。

 

「一年だ」

 

 顔、服装、体つき、雰囲気。結局のところ私が真っ先に目を奪われたのは、あれだけ大量にあった意見のどれにも該当はしなかった。

 

「俺は、一年でこの戦争を終わらせる」

 

 横から見ても視線が吸い寄せられるその瞳は、深海を連想するほどの深い黒だけれども、どこか眩いほどの輝きを放っているように感じました。

 

「是非もない。この戦争を終わらせることが私の使命だ。期待しているよ……『NAMELESS(ネームレス)』」

 

 これが、私と『名前のない艦息』との出会いでした。

 

 



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艦娘たちはキャラが濃い

「俺は、一年でこの戦争を終わらせる」

「是非もない。この戦争を終わらせるのが私の使命だ。期待しているよ……『NAMELESS(ネームレス)』」

 

 高らかに宣言した彼――ネームレスさんは、司令官の言葉を受けて笑みを浮かべた。

 

「嘘こけ、何が使命だ。アンタが戦争終結程度で満足するタマかよ」

 

 態度こそ小馬鹿にするようだったが、言葉の節々には二人の間で信頼に近いものが感じ取れました。

 

「まっ、精々戦争が終わった後の身の振り方でも考えておくんだな」

 

 捨て台詞を吐いたネームレスさんは、提督室の扉を閉めると私に向き直る。

 

「さて、挨拶しようとしてくださったのに遮ってしまいすみませんでした」

「あっ、い、いえ。こちらこそ扉も閉める前に話しかけてしまい申し訳ありませんっ!」

 

 さっきまでの司令官への態度とは一変。私に対しては礼儀ある態度で接してくれた。

 

「本日の案内を承っている、吹雪であります!よろしくお願いします!」

 

 よかった。噛まずに言えた。……最初からこの調子で最後までもつだろうか……また不安になってきた。

 

()()は、本日付で鎮守府(ここ)の配属となりました。NAMELESSです。よろしくお願いします」

 

 私の挨拶に落ち着いた声音で返してくれたネームレスさん。私が新人だった頃とは大違いだ……。

 しかし、落ち着いた声音とは裏腹に敬礼はなんだかぎこちないような……?

 

「……すみません。軍属経験は浅いので、ご覧の通り敬礼の一つすらぎこちない身でお恥ずかしい限りです」

 

 苦笑するような仕草のネームレスさんでしたが、あまり恥ずかしがっているようには思えませんでした。

 

「い、いえ、気にしないでくださいっ!私も初めてここに来た時は……来た時は……うぅ……」

 

 私が初めて睦月ちゃんと挨拶を交わした時は荷物の中身をぶちまけたのだった。思い出すだけでも恥ずかしい。

 

「まっ、新兵時代に苦い思い出がない人のほうが珍しいでしょうし、そんなもんですよね」

 

 詳しいことは掘り下げずに同情してくれました。司令官に対する自身満々の態度は鳴りを潜めて、私には親身に接してくれている……と考えるにはちょっと無理があるけど、相手によってお世辞や忖度をできる人であることは評価点に加算しておこう……。

 ……ハッ!いつの間にか採点をしてしまった!これもみんなの洗脳(レクチャー)のせいだ。

 

「あの……?」

「あっ、ごめんなさいジロジロ見つめて!」

「いえ、自分が良くも悪くもイロモノとして見られてしまうのは理解しているつもりです。まだあまり実感はしていませんがね」

「そんな、イロモノなんて……なんて……あはは……」

 

 ここ数日のことを思い返せば否定できなかった。少なからず、ここ数日の私以上に彼が苦労することは間違いないだろうなと安易に想像できる。

 私が逆の立場だったらどうだっただろうか?男だらけの環境に投げ込まれる私……うん、生まれたての小鹿のように震えている姿が用意に浮かんだ。

 

「ネーム……レスさんは、結構大物なのかもしれませんね」

「は、はぁ……」

 

 褒めたつもりだったけど、あまり伝わってはいないようだった。

 

「あの、何か落としましたよ?」

「え?」

 

 そう言って彼が拾ってくれたのは皺のできた一枚の紙。

 

「あ、それは!」

「これは……自分に対する質問ですね」

「あっ、えっと、そうです。鎮守府みんなの質問が詰まってます……うぅ」

 

 まるで自分のことのように恥ずかしい。

 

「この紙、お借りしても?後で回答と一緒にお渡ししますので」

「それは助かります。けど、いいんですか?」

 

 なんたって一行目から『好みのタイプは何ですか?!』なのだ。そんな系統の質問が数十にも連なっているとなれば、私の疑問にも不思議はないだろう。

 

「イロモノはイロモノでも、煙たがられないだけマシです。こちらも誠意を持って対応するのが吉と判断しました」

「ならいいんですが……。度が過ぎる場合は遠慮なく言ってくださいね」

「なるべくそうならないようにうまくやりますよ」

「それは頼もしい限りです。さてと、立ち話もなんですし、早速案内を始めますね」

 

 ……()の名前を呼ぶ時に自覚した感情は、唾と一緒に飲み込んだ。

 

 

 * * *

 

 

「そんなこんなで鎮守府の外に出ることはほとんどないんですよ」

「へぇ、小さな町といった感じなんですね」

「間違ってはいませんね」

 

 案内はスムーズに進んでいた。原則として、今日に限り彼に接触が許可されているのは私や一部の艦娘だけと取り決めてあったからだ。

 そうでもしないと今頃は、彼を向かい入れる為の会議をした時の司令官以上に揉みくちゃにされていただろう。

 

「……この針の筵な視線に慣れるのまだ先になりそうですが」

「あはは、こればっかしはどうにも……」

 

 取り決めは接触のみだから仕方ない。だけど、その視線からも一時的に逃れることができた。艦娘()達が利用する宿舎とは別の……彼専用の宿舎に入ったからだ。

 

「でも、言うほど嫌そうではないようにも見えましたが」

 

 結構気さくな人で心を許したせいか、ついからかうように言葉を投げ掛けてしまう。

 

「まぁ、何年も付き合うつもりはありませんしね」

 

 落ち着いた声音とは裏腹に、ひどく冷たい感情がその言葉には垣間見えた。

 

「それは、司令官に言ったことが虚勢ではないってことでしょうか」

 

 声音こそ平坦なものなのに、自分でもビックリするぐらいに言葉に熱が篭った。そもそも、こんな返しをするつもりだってなかったのに。

 

「……貴方達の今までを否定しているわけではありません。でも、()は本気ですよ」

「……怒ったつもりはないんです。ただ、私にも自覚していないだけでプライドがあったってことでしょうか」

 

 さっきまで明るく話していたはずなのに、こんなにも雰囲気が変わってしまったのは、宿舎の中が日陰で暗かったせいだろうか。

 

「それだけ吹雪さんが経験を積んできたってことでしょう。頼りにしていますよ()()

 

 ここに来てようやく私は、彼の姿をちゃんと観察した。それは、彼と私の言葉に表せない()()から目を逸らしていたからだった……のかもしれない。

 

 身長は、私より頭半分高い。正直、この身長差で先輩と呼ばれてもなんだかなぁ、と感じてしまうのは私がコンプレックスを抱いているからだろうか。……でも、身長が高い男性の方が好まれる傾向にあるから加点。

 髪型は、長すぎず短すぎずかつ清涼感があって好印象だ。髪色も私にとっては慣れ親しんだ黒ではあるが、例え奇抜な色だったとしても様々な艦娘が増えたこの鎮守府では浮くことはないだろう……男というだけで浮くという話は置いといて。……加点。

 顔は、髪型にも似合う好青年――つまりイケメンと言っても差し支えない。加点。

 服装は、紺のブレザーに近い色のズボンで特に目立った特長がないといっては失礼にあたるが、奇抜なアクセサリーなどもつけてはいない。これまでの清涼感を裏切らない格好とも言える。てっきり学ラン姿の人がくるかと想像していた私には、却ってブレザーという近代的な服装は新鮮に感じた。唯一特徴があるとすれば、ブレザーの下に着ている白いワイシャツにワンポイントを彩るネクタイをしていないことだった。ネクタイをしていないだけで減点するほどじゃないか……な?何にせよ、新鮮なのはいいことかな。うん、加点。

 後は、体格だろうか。これも今まで感じたイメージにそぐわない――なんてこともなく、太すぎず細すぎずで強い威圧感や頼りなさを感じることもない。つまり、バランスのいい体格だ。これも加点。

 

「……正直、外で感じていた以上に強い視線を感じますが……?」

「あっ……ごめんなさいっ!」

 

 ジロジロどころか穴をあけそうな勢いで彼のことを見てしまっていた。

 

「吹雪さんでこれなら、覚悟を改める必要がありますね」

「あの、私でこれならって一体どういう……?」

「インショウ。マジメ。ヤサシソウ。シンライアリ」

 

 わざとらしいカタコトで繰り出された彼の言い分は、的をこれでもかと得ていた。

 

「一応、褒め言葉として受け取っておきます……」

「百パーセント褒め成分で構成サレテイマスヨ」

 

 私の内面だけでなく、覚悟云々もいい勘していると言わざるおえない。

 

「今決めている覚悟を数段上にあげておいたほうがいいかもしれませんよ」

 

 言っても大した意味はないと分かりつつ、私は忠告する。

 

「ここの人達は、ものすごーーーーーくキャラが濃いですから」

 

 所詮私は、四天王の中でも最弱――どころかゲーム序盤で出てくるスライムクラスなのだから。

 

吹雪さんもやる時はやりそうな雰囲気あるよなぁ

 

 意味ありげに怪しく嗤う私には、彼の呟きは聞こえませんでした。

 

 まあ、結局のところ覚悟は足りていなかったのです。彼も……私も。

 それを私達は、これから思い知ることとなるのでした。

 

 

 * * *

 

 

「こちらがお部屋になります。まだ案内するところがあるので一度荷物を置いてきてください」

「……あの」

「はい?なんでしょうか」

 

 部屋の扉に手をかけたところで固まった彼を不思議に思う。鍵は事前に開けておいたはずだけど……。

 

「中に先客がいますよ」

「えっ?ここは原則艦娘の立ち入りは禁止なんですが……というか、開けてもいないのになんでわかるんですか?」

「寝息が聞こえたので」

「気のせいでは?」

 

 とにかく中を確認すればわかることだ。固まった彼の代わりに扉を開ける。その際、僅かに彼と私の手が触れ合ってドキッとしたのは内緒。

 

「って川内さん!?」

「不審者ではないようで良かった――とでも言っとけばいいのでしょうか?」

 

 犯人は大胆不敵にも、他人の部屋のど真ん中でちょうちんを作らんとばかりに寝ていた。

 

「ん……んんぅーーーーーーーん!よく寝たぁ!」

 

 私達の声に反応してか、覚醒してしまった夜戦の化身。正直見なかったことにしてこの場を離れたかったのが本音だ。

 

「おっ?やっと来たんだね。待ちくたびれたよ、艦息くん」

 

 立ち入り禁止エリアにまで忍び込んでいたのだ。当然目的は隣の彼。

 

「初めまして。艦息NAMELESSです。よろしくお願いします、川内さん」

「ねーむれす……?あぁ、つまり名無しくんってことね。よろしく」

「ちょっ!?」

 

 いくらなんでも失礼が過ぎる。

 

「素敵なあだ名をありがとうございます」

「うむうむ、早くここに慣れるといいさ」

 

 表面上は素敵な笑顔で返事をした彼だが、まだ短い付き合いの私でもわかる作り笑顔(営業スマイル)だった。

 

「それで、川内さんはどうしてここに」

 

 結局、強引さなど欠片も持ち合わせてはいない*1私には、お世話になったことのある先輩を無視できるはずもなくて理由を聞いてしまう。

 

「そうだよ吹雪!私としたことが大事なことを忘れてたよ!」

 

 あぁ、この流れは知っている。

 

「名無しくん。キミが着任したこの素敵な日に、やるべきことといったらただ一つ!」

 

 この後に続く台詞も容易に想像できた。

 

そう!夜戦しよ!

 

 まだ昼なんですが。

 

 

 * * *

 

 

「あの、良かったんですか?あんなアッサリ受けちゃって」

「ははっ、間違っても吹雪さんに迷惑かけるような展開にはならないようにしますよ。夜戦の許可も自分で取りますし」

 

 二つ返事で激しくなること必死な夜のお誘いを受けた彼は、川内さんの失礼なあだ名の件も含めて気にしている素振りは見せていない。

 

「そういう問題じゃなくて……」

「……もしかして、あだ名の件を気にして報復にでるんじゃないかと心配してます?」

「あはは」

 

 素直にはいとも言えず、笑って誤魔化した。

 

「本当に気にしてないので、吹雪さんもお気になさらず」

 

 約束を取り付けることに成功した川内さんといえば、夜に備えてもう一眠りしてくると叫び走り去った。あんなに興奮した状態で眠れるのかは疑問である。

 

「改めて考えると、案内役というよりは護衛役ですね。吹雪さん」

 

 話題を変えた彼の言葉は、間違いとは言えなかった。宿舎を出たことにより、再び好奇の視線に晒されることとなった私は、さっきの川内さんの件もあってか警戒度を上げている。

 

「なんだったら私が守って欲しいぐらいです」

 

 ここまで出会って数時間だけど、いつの間にやら自然と軽口を言い合えるぐらいには、私と彼の仲は深まっていたらしい。

 

「戦場でなら期待してくださいな」

「ウワータノモシイナー」

 

 そんな私と彼の気さくな雰囲気に当てられたせいか、最初は遠巻きから見つめるだけだった同僚達も軽い野次を飛ばしてきていた。

 

「ヒュー!吹雪かっこいいよ!その調子でじゃんじゃん情報収集よろしくー!」

「さすが吹雪ちゃん!この短時間でそんなに仲良くなるなんて、私達の希望だよ!」

「吹雪はやればできる子だって信じてたよ!」

『ふーぶーき!ぶーぶーき!』

 

 なんだこのノリ。

 

「私だって案内しなきゃいけないんだから邪魔しないでよぉー!」

 

 この人たち、彼に話かけなきゃセーフだと思っている。

 

『おぉー!吹雪が怒った!』

 

 むしろこんな状態でも私は怒らないのかと思われていたのか。心外です。

 

ふっ……

「あっ!今笑いましたね!ひどいですよもぉー!」

 

 それでも、彼の自然な笑顔を引き出せたからまぁいっか、と内心思ってしまうのは私だけかな。

 

 

 * * *

 

 

「賑わってますねぇ」

「なんで今日に限ってこんなに」

 

 私達は、本日最大の難所であろう食堂へと辿り着いた。

 

「メニュー多いですね。楽しみです」

「日替わりランチもあるので良かったらドウゾ」

 

 さっきまでは物理的に距離をとっていた彼女らも、ここでは自然と距離が近くなる。加えて、あちらからの接触は禁止されていても、彼から接触するぶんには制限がない。

 つまるところ彼女らは、ワンチャン彼のほうから話かけてもらえるシチュエーションを狙っているわけだ。

 

「あ、隣は空けといてよ!鈴谷の隣にもしかしたら座ってくれるかもしれないのに!」

「何言ってますの、これだけ人が多くては席を選ぶ余裕があるはずないでしょう」

「ちょっと、椅子の上の荷物誰ー?」

「あー!その荷物はどけちゃダメぴょん!そこはうーちゃんが艦息くんの為に確保した席なのだぴょん!」

「あの方が噂の方ですか。まぁ、後日お話する機会は訪れます。今は目の前の食事を頂くとしましょう」

「わざわざ食事の時間を遅らせたのは貴女じゃありませんか。赤城さん」

「んんっ!なんのことでしょう」

 

 あぁもう、赤城さんですらこれなのだ。ここにいる艦娘のほとんどが確信犯で間違いないだろう。

 

「吹雪さんは何にします?」

 

 慣れてきた――というより、食事が楽しみなのかあまり周囲を気にしていない様子の彼を見ていると少しだけイラッときた。

 

「あのですねぇ……いえ、なんでもないです」

 

 理不尽な文句の一つでも言ってやろうかとも思いましたが、満面の笑みを前にして言葉は続きませんでした。

 

「む~」

 

 文句の一つも言えない私は、メニュー選びですら難航する。

 本音を言えば今日はカレーライスの気分だ。しかし、今日は匂いのきついものは遠慮したかった。

 

「後ろが控えてますよ。吹雪さん」

 

 彼に言われてハッとするが、振り返るまでもなく後ろからのプレッシャーでその言葉が事実だとわかる。

 

「ブッキー、やっぱり案内役はChangeするカー?」

「し・ま・せん!」

 

 私の肩に頭を乗せてきた金剛さんを振り払い、肉じゃが定食を頼んだ。うーん、これはこれで芋臭いとか思われないかな……。

 なんて、くだらない想像をしている私をよそに、彼が頼んだのはトンカツ定食。無難ともとれるが、男らしさが感じられるチョイスだった。

 

「席はー……あそこがちょうど二席空いてますね」

 

 彼が向かう先はテーブルを挟んで2対2で向かい合うボックス席。

 

「え、ちょっとそこは!」

「ん?何か問題でも」

「あっ、えっと、ないです」

 

 きっと、多分、おそらく。そうであってほしい。

 

「対面、失礼しますね」

「おー、うわさの艦息くんだ。ハイパー北上さまだよ。よろしくね~」

「うわさの艦息くんことNAMELESSです。よろしくお願いします」

 

 北上さんの軽い挨拶を受けてか、彼も比較的軽い口調で返した。

 

……失礼しまぁ~す

吹雪

 

 そう、北上さんだけであればなんら問題はなかった。問題は北上さんの隣に座る人物だ。

 

どういうつもり?

「ど、どうなんでしょう……大井さん」

 

 本日、最大の難所が私の前に立ち塞がった。……座ってるけど。

 

 

*1
と本人は思っている



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命の使い道

「吹雪。どういうつもり?」

「ど、どうなんでしょう……大井さん」

 

 大井さんに名前を呼ばれるようになったのはいつからだっただろうか。北上さんや目上の人を除けば、名前を呼ぶことすら稀な大井さん。そんな人から気づいたら名前を呼ばれるになっていて、それを自覚した時には心の中でガッツポーズしたものだ。

 しかし、今に限っては名前で呼ばれるせいで、より恐怖を感じる。

 

「なに?そのふざけた返事は」

「はっ、はいぃっ!ごめんなさいっ!」

「欲しいのは謝罪じゃないの。わかる?」

 

 北上さんと大井さんが二人の時には邪魔するな。これはもはや鎮守府内の常識であり、無遠慮にこの空間に何度も突っ込んだ者には大井さんによる『教育』が行われる。

 無論、業務連絡などの致し方ない事情でお邪魔することはあれど、ノータッチなのが基本だ。*1

 

「で、でも他に席が空いていなくて……」

 

 そう、私が彼から離れれば誰かが必ず接触を図ってくる。

 そして、一人が掟を破れば周りも破りだすのは無理のない想像だった。一度揉みくちゃになればもう歯止めはきかないだろう。

 私の頭上には任務失敗の文字が浮かんだ。

 

「席なら他にも空いているじゃない。あっちにいきなさい」

 

 周りを見渡すが、二席空いている箇所はない。バラバラに一つの空席が在るのみだ。

 

「それはちょっと……」

「は?」

 

 今の大井さんがこちらの意図を汲み取ってくれるわけもなく、私はたじろぐばかりだった。

 

「吹雪さん、そろそろ頂きませんか?」

「えっ、で、でも……」

 

 大井さんの意向を無視したままじゃ……。

 

「ふんっ……」

 

 もう一度圧をかけられるかと思ったけど、現実はそんなこともなくて対面の二人は食事を再開した。さっきまで怒っていたはず、なのにまるで目の前に私達などいないと言わんばかりの大井さんの態度急変に私は困惑していた。

 

「はいっ、北上さんあ~ん!」

「ん」

 

 しかし、この困惑が吹き飛ぶほどの発言がこの後隣の彼から飛び出すとは、私には予想できなかった。

 

「……ふむ」

「あの、どうしました?」

 

 食事を急かした割りに、すぐに手をつけようとしない隣の彼を不思議に思う。

 

「いえ、自分達も()()()()をしませんか?」

「え?」

 

 唐突な提案を理解するのに、数秒を要した。

 

「それって……」

 

 対面の二人を見る。彼の言っていることはつまり……つまり!!

 

あ~んするの!?

 

 周りで聞き耳を立てていた艦娘たちが私の心の声を代弁してくれたのでした。

 

 

 * * *

 

 

『いただきます』

 

 お手手とお手手を合わせて命を頂く前の挨拶をした私達。

 

「うん、おいしい!」

 

 今日一番の笑みで感想を述べる彼。

 

「それじゃ、吹雪さんの肉じゃがもいただきますね」

「ドウゾ。私もとんかつイタダキマス」

 

 『あ~ん』などというありもしない未来を想像していた私は、カタコトで返した。

 

「にしては『あ~ん』なんてするわけないのは、分かりそうなものですがねぇ……。さすがに男女の距離感ぐらい弁えていますよ自分は」

「ソウデスネ」

 

 普通に取り皿を貰ってきた彼は、少量の肉じゃがととんかつを交換するだけに終わった。

 

「結構夢みがちな人が多いってことですかね。あの紙のこともありますし」

「ソウデスネ。夢みがちでゴメンナサイ……

 

 あの紙とは、私が提督室前で落としたみんなからの質問が書かれた紙のことだろう。

 

「うん、肉じゃがもおいしい!」

 

 食事を始めてすぐにわかったことがある。それは、彼が赤城先輩と同様に美味しそうにご飯を食べれる人だということだ。素直に尊敬できる部分でした。

 

「もう今更視線に関して言及することはありませんが、せっかくの美味しいご飯が冷めちゃいますよ」

「アッハイ……」

 

 目の前のご飯以上に熱くなった頬を冷すため、水を飲んでから止まっていた食事を再開する。

 

「にしては、さっきまで騒がしかったけど少しは収まったねぇ……」

 

 北上さんの発言は、ただ事実を口にしただけで特定の誰かに言っているわけではなさそうだった。

 

「なんででしょうねぇ」

 

 暢気な声音で相槌を打った彼は、原因をわかっているのかどうか判断つきかねた。

 

ホント、夢みがちでゴメンナサイ……

 

 口数の少なくなった艦娘の大多数は、さっき私の心を代弁したメンバーでした。

 

「女が三人集まれば姦しいっていうけど、これは女女しいって言っていいんかねー」

 

 会話を広げた北上さんだけど、この人こんな話をする人だっけ……?案外彼女でも緊張をしているのかもしれないと思った。

 

「女女しいは主に男性に使う言葉では?まぁ、森が林になるぐらいには落ち着いた気がします」

「おぉ、わかり易い例え……かなぁ?それ」

 

 なんだろうこの二人。会話の内容こそなんだかヘンテコなのに、物凄く自然というか気楽に話している感じがする。

 

「まっ、森と林は木の本数の違いではありませんしね」

「えっ、そうなの?」

「林は同じ種類の木々が狭くない間隔で並んでいる場所。森は木が生い茂っている場所らしいです」

「じゃあここは森ってわけだ」

 

 確かに、個性豊かな艦娘が集まるここは森と表現しても違和感がない……のかな。

 

「どうでしょうね」

 

 北上さんの言葉を否定したのは、意外にも森と林云々を言い出した張本人だった。

 

「林は人工的に作られた樹木の密集地とも定義されていますしね」

艦娘(わたし)たちが人の手で作られたってこと?」

「元の(ふね)は人が作り出したものでしょう?それに……」

「それに?」

 

 あぁ、まただ。彼の会話は不意に雰囲気が一変するときがある。

 

「それに、艦娘という存在に何らかの意思が絡んでいることは本人(あなた)達が一番よくわかっているでしょう?」

 

 彼の言葉は、大した声量ではなかったのに不思議なほどにこの食堂全体に響き渡った。

 

『…………』

 

 さっきまで確かにあったはずの賑わいが、一瞬にして鳴りを潜めた。

 

「だからなに?」

 

 意外にも、この静寂を破ったのは今まで会話に参加しないどころか、彼と目も合わせようともしなかった大井さんだった。

 

「あなたの話、これっぽっちも面白くないわ。会話のセンスないから『私の』北上さんに話かけないでください。というか、あっても話かけないで」

「あー、ごめんなさい。せっかく『居ないもの』として扱ってくれてたのに。ちょっと出しゃばり過ぎました」

「……ふんっ。行きましょう?北上さん」

「あ、待ってよ!大井っちー」

 

 なんだかよくわからない内に嵐は過ぎ去ったのでした。

 

 

 * * *

 

 

「案内は以上になります。最後に提督室前までお送りしますね」

 

 案内を終えた私は、本日最後の仕事を果たしにいく。

 詳細に関してはダイジェストでも思い出したくもないひと悶着(イベント)の連続だったので、私からは語ることは絶対にない。

 

「ありがとうございます。吹雪さんのおかげでわかりやすかったです」

 

 私の案内以上にわかりやすいお世辞を貰って、歩みを進める私達。

 私たち意外に人の居ない廊下で日が落ちつつある景色が目に入る。……予定より大幅に遅れていることからは目を逸らした。ダイジョウブ、案内はわかり易かったって言ってくれた。ワタシ、アンナイデキルコ。

 

「ここはいい場所ですね」

「そう言って貰えて嬉しいです」

 

 さっきのお世辞とは違い、その言葉には確かに心が篭っていた。

 

「艦娘の皆さんも仲がよくて、この鎮守府に対しての思い入れも感じれました」

 

 ここに来て長い艦娘も多い。思い入れがあるのも当然だろう。かくいう私もその一人なのだから。

 

「だから――」

 

 だから――

 

「――鎮守府(ここ)が必要なくなってしまうことを恨まないでくださいね?とでも言うつもりですか?」

 

 ――と言って、ここが一番大切なんじゃない。

 私達が目指すところはただ一つ。

 

「戦争を終わらせて、この海の平和を取り戻すことが私達の使命です」

 

 私は振り返り、彼の瞳を見る。

 

「違う」

 

 彼は私を見ているようで見ていない。それだけはわかった。

 

「何が違うんですか?」

「戦争を終わらせることは艦娘(アンタ)達の使命なんかじゃない。それはただの過程だ。当然俺も同様にな」

 

 だから――そう彼は続けた。今度は私に続きを奪われることはない。

 

「いい加減この戦争を終わらせる」

 

 あぁ、ここに来てようやく気づいた。彼の瞳にある、その眩いほどの輝きは――

 

「それが俺の歩む道だ」

 

 ――昔の私が持っていたものだ。

 

*1
例外的にお邪魔してもお咎めなしな人が数名いる



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お世辞じゃない

どたばたごろごろばったんこ


 いつからだろう。停滞していると感じるようになったのは。

 

「だから、いい加減この戦争を終わらせる」

 

 いつからだろう。この戦争がいつ終わるのかを考えるようになったのは。

 

「それが俺の歩む道だ」

 

 いつからだろう。目の前の彼のように、未来に希望を抱くことをやめたのは。

 

「人も、(ふね)も、前に進まなければならない」

 

 いつからだろう。このままこんな日常がずっと続けばいいって、思ってしまったのは。

 

「ねぇ、吹雪さん――」

 

 いつから――いや、なぜだろう。私が彼の名前を呼ばなくなったのは。それは簡単に思い出せる。単純に今日の出来事だからだ。

 でも、思い出すのは嫌――というより、悲しい気持ちになる。全部、勝手な想像ではあるけど……。

 

 NAMELESS。それが彼の本当の名前かどうかは知らない。川内さんなんかは『名無しくん』なんて失礼極まりないあだ名をつけていたけど、彼は否定もしなければ怒りもしなかった。

 司令官が教えてくれなかったから。初対面だから。悲しい過去かもしれないから。彼の名前に関することに踏み込まなかった私には、踏み込まない為の言い訳がたくさんあったから。

 でも、本当はずっと気にしていた。彼の名前を口にしたその時から。

 私は自分の名前を密かに気に入っている。自己紹介する時に誇らしく『私は吹雪です!』と言える。だけど、彼が自分の名前を語る一瞬、機械のような冷たい声音になることに私は気づかぬ振りをしていた。

 しかし、一度は唾と共に飲み込んだはずの感情は、もう気づかぬ振りはできまいと喉元にまで迫り上がってきていた。そうしてできた突っかかりが私を苦しめる。

 

 あぁ、どうすれば彼が自身の名前に暖かい感情を宿してくれるのだろうか。なんて、好奇心を通り過ごしておせっかいとしか言いようのない思いが私の奥底から溢れてくる。

 過去(名前の由来)に踏み込む?そんな勇気があれば苦労しない。そもそも聞いたところで何になるのだ。

 やっぱり諦める?いやいや、簡単に諦められたら苦労しない。停滞していることを感じつつも戦争を終わらせることを諦めきれてない私だ。たかだか私一人の自己満足であっても到底諦めてたまるか。

 

 正直自分のテンションがどこかおかしいことは何となく気づいていた。だが、もう止まれない。そんな精神状態で私が辿り着いた答えは――

 

「――()()()()!」

 

 ――川内さんと同じ、あだ名をつけることでした。しかも、名無しからとって『なな』という、面白みもなにもない今夜ベッドで恥ずかしさで身を悶えること必死のもの。

 

「は?」

 

 当然、台詞を遮られただけでなく、脈絡もない意味不明な発言を聞いた彼の――ななくんの反応はこうなる。

 

「あなたのあだ名です!川内さんからあだ名を貰って嬉しいって言ってたじゃないですか!」

 

 もうヤケクソな私の剣幕に、ななくんの困惑具合は加速していきます。

 

「いや、あれはお世辞で……」

「お、お、お、お世辞だったら私のにもお世辞で返してくれていいじゃないですか!」

「え?あ、はい……ごもっともです」

 

 私の乱れた息だけが廊下に響く。あれ、元々何の話をしていたんだっけ……?

 

「と、とにかく!今日からあなたはななくんです!いいですね?!」

 

 そこまで言ってようやく自覚する、惚けたななくんの顔が目の前にあることに。

 

ちょっと押さないでよ!

それはこっちのセリフー!

待って待ってこれ以上はバレるって!

 

 近くの部屋から僅かに漏れてくる声。

 

うわっ!?

 

 どたばたごろごろばったんこ。

 

『ど、どうもー?』

 

 扉を押し倒して現れたのは人類の守護者(愛すべき同僚)達でした。

 

「距離ちっか」

「もしかして、お邪魔でした?」

「さすが吹雪!私達にできないことを平然とやってのける!」

『ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!』

 

 確認するまでもなく、みんなは私とななくんの会話を盗み聞きしていただのだろう。

 

「う」

『う?』

うがああああああああああああああああああああああああああ!!

『キャー!吹雪が怒ったー!』

 

 ブチ切れでもしないと、この顔の熱さを誤魔化すことはできそうになかった。

 

「吹雪さん!」

 

 みんなを追いかけようと走る私を止めたのはななくんでした。

 

「素敵なあだ名をありがとう!」

 

 例えお世辞であったとしても、私の顔がニヤけるのを止めることはできなかっただと思う。

 

 

 * * *

 

 

 NAMELESS。改め、ななくん。

 名無しから取ったなんて口が裂けても言えないけど、川内さんさえ口封じすれば他の人にバレることは絶対ないはずだ。

 そんな心配をするのも、廊下での会話を聞いていた一部の艦娘がいいあだ名と使い始めたことが原因だ。いや、いいんだけどね。本人も素敵なあだ名って言ってくれたし……なんだか顔が熱い。

 

「やっほー!七くん!」

「お、七くんみっけ!」

「ハロー、セブン。いい天気ね」

 

 手で顔を仰ぐ私の視線の先では、ななくんから更に改まって七くん、もしくはセブンという呼ばれて他の艦娘(私以外の女)に絡まれていた。別に私は漢字を当てたつもりはなかったのだが、名無しから取ったなどと知る由もないみんなが数字の七と受け取ったことに文句も言えない。

 

「はい、こんにちは。悪いんですが今忙しいので、また今度」

『えー!ケチー!』

 

 いいぞななくん!そのまま振り払ってしまえ……って、私は何を考えているんだか。

 

「私だって全然喋れてないのに……」

「残念だったねー、吹雪ちゃん」

「睦月ちゃん」

 

 私が無意識に漏らした言葉を拾ったのは、親友の睦月ちゃんでした。

 

「別に、なにも残念じゃないし……」

「そんな表情で言われても説得力ゼロだよ」

 

 ななくんが着任してから数日が経過した。しかし、ほとんどの艦娘は彼と満足がいくまでコミュニケーションを取れていなかった。私を含めてだ。

 

「まさか、配属先が()()だなんてねぇ……」

 

 そう、彼のしている仕事は私とは全く異なる(海の上に立てない)ものでした。

 

 




はい、皆さんも一緒に
『ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!ふーぶーき!』


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理想と現実は違うもの

「まさか、配属先が工廠だなんてねぇ……」

 

 睦月ちゃんの呟きは、この鎮守府に所属するほぼすべての艦娘が思ったことだろう。

 

「ななくん。大丈夫かな……」

「毎日忙しそうだもんね」

 

 それこそ、いつ休んでいるのかと心配になるほどだ。

 

「セブンさん。今のうちに食事をとってきてください」

「七、なるべく早く戻ってきてねー」

「了解しました」

 

 大抵の艦娘があしらわれる中、例外な艦娘がご登場してななくんに声をかけていた。

 

「出たわね。羨まし組」

「夕立ちゃん」

 

 自室ではごろごろぐだぐだな夕立ちゃん(親友その二)。しかしどうしたことでしょう、一歩外に出ればあら不思議。やたらと大人びた仕草と口調を()()は特に多くするようになった。

 

「どんなに大人びた雰囲気出して言っても、内容が嫉妬に塗れてちゃ台無しだよー」

 

 睦月ちゃんのツッコミはどこ吹く風――なんてこともなく普通に涙目になってた。

 

「だってそうでしょう!?ほぼ独占みたいなものよあれは!」

 

 夕立ちゃんの言葉は間違ってはいない。

 

「独占って……ただ七さんが重宝されているだけだと思うけど」

 

 しかし、睦月ちゃんの表現の方が的確だと感じた。

 

「頼りになる男性っぽい?」

 

 夕立ちゃんの呟きには誰かが答えるまでもなく、明石さんや夕張さんをはじめとする工廠によく出入りする――例外な艦娘の表情を見れば明らかだった。

 

「夕張さんなんか、手のひらクルックルだったもんねー」

 

 睦月ちゃんがよく似合うジト目をしながら言った。

 

「あの時は大騒ぎになってたなぁ」

「なに言ってるの吹雪ちゃん。その大騒ぎに巻き込まれた張本人な癖して」

 

 やめて、思い出させないで。なんて口にしたいぐらいには、私の中でトラウマ必死の出来事があったのだ。

 

「あの時はホント……」

『怖かった』

 

 私たち三人の仲の良さを表すかのように、声が重なった(ハモった)

 

「川内さんと夕張さんが」

『吹雪ちゃんが』

「えっ?」

『えっ?』

 

 ……えっ?

 

 

 * * *

 

 

 話は、数日前――世界初の艦息こと、ななくんに鎮守府を案内した翌日にまで遡る。

 

「どういうつもりですか?提督」

 

 言葉の端々にある棘が、これは訊ねているのではなく問いただしているのだと理解させてくれる。

 

「私の判断に何か不満を感じたか?夕張」

 

 提督室にて任務の報告を行っていた私。

 扉一枚隔てた先で待ってくれている睦月ちゃんと夕立ちゃんの為にも、早々に終わらせよう――なんて思った矢先に突如として乱入してきたのが夕張さんでした。

 

「あんなにイライラしている夕張さん、初めて見たかも」

「なんだか修羅場っぽい?」

 

 全開になった扉の影から顔だけ覗かせている親友二人は、興味はあっても巻き込まれたくはないと言わんばかりに提督室の床を踏むことはありませんでした。……私もそっち行っちゃダメかなぁ。

 

「不満を感じないほうがおかしいでしょう!?」

 

 チクチクとした不満の棘が、撒き散らされるかのように飛び散った。

 

「今朝いきなり工廠に連れてくるわ!資料には録なデータがないわ!使えるかもわからない新人に時間を割いてる時間はないっ!今工廠に余裕ないのわかってるでしょ!?」

 

 そう、昨今ここの鎮守府の工廠事情はひっ迫していた。

 理由は単純。海に出られる人員にたいして、工廠で装備の整備や改修に携える人員が足りていないから。私が初めてここにきた時と比べると、艦娘の在籍数は数倍にもなっている。その中で、工廠でのお仕事ができる人材は限られていた。

 

「それなのに何なのよアイツわ!工廠にきた初日からいなくなったのよ!?きっとばっくれたに違いないわ!」

「ばっ、ばっくれたって、単純に道に迷っただけかもしれませんし……」

「あなたがここを案内したんでしょ吹雪!それなら責任はあなたにある……はずないでしょ!」

 

 矛先が私に向いてきて目を瞑りたい思いだったけど、自分で自分にツッコムという器用なことをしている様子を見れば瞬きするだけに終わった。

 

「いくら敷地が広いからって複雑な構造はしてないんだから、迷子になるほうが難しいわ!」

『はっくしゅん!!』

 

 なんだか遠くのほうで、かわいいくしゃみが聞こえたような?

 

「もー!忙しくて深夜ア二……お気に入りの番組は見れないし!出撃なんて何ヵ月してないのよ私!」

 

 とうとう愚痴へと発展した。

 

「ただでさえうんざりしてるのに、行方不明の艦息の見つけるまで帰ってこなくていいって言われて出てみればいつまで経っても見つからないし……ああああああもおおおおおおおう!」

 

 明石さんが夕張さんの様子を見かねて、休憩がてらに気を効かせてくれたのが目に浮かぶ。

 

「あぁ、とにかくもう!アイツの居場所誰か知らない?!」

 

 肩で息をしている夕張さんの表情は、吹っ切れたものになっていた。

 結局のところ、なんだかんだで信頼している司令官()に思いの丈を打ち明けることこそが一番のリフレッシュになったみたいです。

 

「NAMELESSなら後ろにいるぞ?」

『えっ?』

 

 司令官の言う通り、振り返った先には確かにななくんがいた。

 思いのほか距離が近く見上げることになって、昨日も似た構図になったことを思い出した。……顔が熱くなったのは、窓から入る日差しのせいに違いない。

 

「あ、貴方!ずうううううううっと捜してたのよ?!一体どこに行ってたのよ!!」

「捜してた……?現場からしばらく離れることは近くの方にお伝えしたはずですが。伝達ミスがあったのでしょうか」

 

 ななくんの表情には、確かに困惑が感じられて嘘をついているようには思えませんでした。

 

「あと、自分は今さっきまで鎮守府の外に出ていましたよ」

「はぁ!?それじゃ見つかるはずないじゃない!」

「……夕張さん。捜してたとおっしゃいましたが、放送室は利用しましたか?」

「ほ、ホウソウシツ?」

 

 ななくんに言った単語を、まるで知らない言葉かのように繰り返した夕張さん。

 

「昨日、吹雪さんに案内された時に説明を受けました」

 

 はて?どんな説明をしたのだったか。

 

「『敷地が広いので、人が見つからない時は放送室を利用してください』」

「え……?」

 

 思わず零れた声は、誰のものだったか。

 

「『あっ、でもプライベートな用件では使用しないでくださいね』」

 

 ななくんの声は突如として()()みたいな高音域に変わった。

 

「『説明しておいてアレですが、私も自分で使ったことはないんですよね。使い慣れてる人がいれば代わってくれますし、なんかこういうのって勇気がいるんですよねぇ』」

 

 どこがで聞いたことがあるような声だったが、誰の声なのかをこの場で私だけが気づけなかった。

 

「『でも、ななくんならそんな尻込みはしなさそうですね』……ってね。おっと、この時はまだあだ名じゃなかったかな」

『おおー!!』

 

 興奮気味に拍手をしながら提督室に入ってきた親友二人。

 

「すごいですよ!完全に()()()()()()声でした!」

「満点っぽい!」

「え……?」

 

 思わず零れた声。今回は私のものだとはっきりわかった。

 

「ちょ、ちょっと待って。今の私なの?!」

 

 私の声はもうちょっと大人っぽいはずだ。あそこまで少女然とはしていないはず。

 

「何言ってるの、どっからどう聞いても吹雪ちゃんだったよ!」

「空気伝道と骨伝道での聞こえ方の差だな。録音した自分の声を聞いたことはなかったか吹雪は」

 

 睦月ちゃんの指摘と司令官の解説は、内容がまるで入ってこなかった。

 

「理想と現実は違うものですよねぇ……」

 

 ななくんが言う『理想』なんてこだわりがあったわけではないけど、もう少し……もう少しだけ大人っぽい声だと思ってた。

 

「吹雪ちゃんショック受けてるなぁ……隣の夕張さんはもっとショック受けてるけど……」

「う、嘘よ。放送を使うことにも思いつかない無能なの?私は。一体何年鎮守府に勤めているのよ。あぁ、もう私はダメなのかも……」

 

 床に座り込んで顔を手で覆った夕張さん。そんな彼女の絶望具合を見ていると、自分の声なんてみみっちいことでショックを受けていた私も冷静になる。……冷静に考えてみれば夕張さんがここまで絶望するのもなんだかおかしいような。

 

「夕張さんは無能なんかじゃありませんよ」

 

 なんて声をかけるべきか迷っていた私たちをよそに、温かい口調で否定したのはななくんでした。

 しかし、続く言葉は恐ろしいほどに冷たい。

 

「無能は提督、アンタだよ」

「な、ななくん……?」

 

 急激な温度の変化が起きた。そう感じてしまうぐらいには、空気が一変した。

 

「そ、そ――」

 

 そんなことない。何かを考える前に、そう言葉を紡ぐはずだった。

 

「――そうだよ提督」

 

 私の声を遮ったのは新たな乱入者。

 

「どうしてコイツが工廠行きなの?ありえないでしょ、それは」

「川内……さん?」

 

 鬼気迫る表情をした先輩がそこにはいた。

 あぁ、修羅場が加速していく――



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