Return to ZERO (ジェラール_)
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おはよう283プロ

ウルトラマンZがウルトラ面白いので初投稿です。

完全な自己満足の産物ですが、よろしければお付き合いください。


 出勤してからわずか三秒後の出来事だった。視界いっぱいに広がる文字の群れと、鼻をくすぐる紙とインクのにおい。何事かと一歩引いてみれば、「してやったり」と言わんばかりの満面の笑み。唯一の同僚である事務員がにこにこ笑顔で差し出してきた週刊誌には、こんな風に書かれていた。

 

『283プロダクション。

 

 アイドル跋扈する芸能界戦国時代において隼のごとき速度で業界に突入した新興プロダクションだ。立ち上がり当初は所属アイドルが一人しかいなかったにも関わらず、運がよかったのか、それとも彼女のプロデューサーがよほど有能だったのか、あるいは業界にもともと覚えがあったのか。新人アイドルの頂点を決める『W.I.N.G』にて見事に優勝をつかみ、以降も優れたアイドルを輩出している今最も勢いのある事務所の一つである(現在四名のアイドルが所属しているが、彼女たちを預かるプロデューサーは一人のみだという。事務員はアルバイトであるとのうわさもあるが真偽は不明だ)――』

 

「間違ってないのが笑えないよなぁ」

 

 週刊誌をテーブルに放り投げ、『四名のアイドルを預かるプロデューサー』であるぼくはぐっと伸びをする。めきごき、とちょっと不安になるような音が鳴った。運動不足ですか~、とからかってくる事務員を適当にあしらって、ぼくは『羽丘零斗』と書かれている自分のデスクへと向かう。アイドル達の知名度や人気も上がってきて、嬉しいことに仕事は山積みだ。嬉しくはあるがさっさと済ませてしまいたかった。

 

「俺が運動不足なら世の中の人たちはみんなナマケモノも同然だぞ、七草」

 

「あら、そうですか~? それは失礼しました~」

 

 七草はづきは283プロ唯一の事務員(アルバイト)であり、ダンス、ボイス、ビジュアルトレーニングのトレーナーも務める才女だ。なぜアルバイトで居続けているのかはわからないが、きっと彼女なりの理由があるのだろう・・・単純に、ここの給料がよくないからかもしれないが。いくら勢いがあるからとはいえ、そうやすやすと給与が上がるわけではない。彼女の家は大家族であり、少しでも家計の助けになればといくつものバイトを掛け持ちしていると聞く。ひとつの仕事に絞ることは、最初から考えていないのかもしれない。

 

 「誰かさんが養ってくれれば、私もここ一本に絞れるんですけど~」

 

 「馬鹿言え。そんな気もないくせに年上をからかうんじゃねえよ」

 

 軽口を飛ばしあう。ぼくたちはお互いに冗談を言い合える気安い間柄だった。劇的に忙しい日々の中、遠慮のない会話はプラスに働いている。ぼくにとっては特に。仕事の仕方という意味でもそうだが、三年前から続く苦しい日々が、少しでも和らぐように感じるから。

 

 「む~、乙女の純情を疑うなんてよくないと思いますよ、羽丘さん」

 

 「そう思ってほしいなら普段の言動と行いを正すんだな。乙女は事務所の床に突っ伏して寝たりしない」

 

 「そう思うのは羽丘さんが乙女の生態を知らないからですよ~」

 

 全くもって中身のない会話だが、これが意外と仕事を促進させてくれる。仕事に集中しろ、と怒られるかもしれないが、これでもきっちりと仕事は片付いているのだ。ぼくは生まれついてのおしゃべり野郎なので、デスクワーク中は口を動かしているほうが集中できる。業界の先輩には「変わってるな」「よく雑談と仕事を並行できるな」と言われたが、すでに自分のワークスタイルとして確立しているので変えるつもりはない。

 

 書類とメールの山を切り崩していく。TV番組への出演、ラジオのMC、地域PRイベントへの出演依頼、雑誌のインタビュー、ドラマのオーディション、エトセトラ、エトセトラ。仕事とあれば何でもござれ、というわけにはもちろんいかない。業界には他人の失敗や不幸をことさらに喜ぶ奴、個人を悪し様に表現しようと躍起になっている奴、そしてそれら「スキャンダル」というコンテンツによって金を稼ごうと目論む奴がごまんと存在する。プロデューサーというのはアイドルの「今」と「未来」を預かる仕事だ。人生において失敗というものは経験せねばならないことだが、それはあくまでアイドル自身と、ぼくが選択した結果として存在しなければならない。間違っても、彼女たちを他人の悪意によって傷つけさせるわけにはいかない。星の数ほどある仕事の中から、「彼女たちにとってプラスになるであろう仕事」をピックアップし、そのうえで一人一人の個性や性格を考慮しつつ振り分けていく。ほんの少しでも気を抜くのは、ぼくを信じてくれているアイドルたちとその家族、彼女たちを応援してくれるファンの方々に対し失礼にあたるだろう。たった四人、されど四人。そのぶんの人生がぼくの双肩に乗っていると考えれば、気も引き締まろうというものだ。

 

 やれ今期の各球団の成績がどうの、やれ今の流行がどうの、やれアイドルたちの評判はどうのと七草としゃべりながら仕事をやっつけていると、「おはようございまぁす」という猫なで声が聞こえた。被り物の声。この事務所で開口一番そんなものを使うのは一人しかいない。

 

「おう、おはよう冬優子。今日も早いな、一番乗りだ」

 

 ぼくがそう言うと、挨拶の主は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「・・・はづきさんがいる時はふゆって呼んでって、いつも言ってるでしょ」

 

「お気になさらず~」

 

「ふゆが気にするんですけど・・・」

 

 ほんとにもう・・・とぼやきながら、黛冬優子はレッスンルームの鍵を持っていく。283プロダクションでは土曜の朝六時ごろになるといつも見られる光景だった。

 

「冬優子ちゃん、いつも早いですねぇ」

 

「冬優子は人一倍の努力家だからな」

 

「ふふ、よくご存じなんですね~」

 

「あいつは俺が最初に担当したアイドルだぞ。知らないことなんてあるもんか。何年一緒にやってきたと思ってる。例えばな・・・」

 

「ちょっと! 聞こえてるわよ! 恥ずかしいからやめてったら!」

 

 冬優子のお叱りを受けたのでほどほどに切り上げることにする。そろそろ社会が目を覚ます頃合いだ。案件というのは早ければ早いほどいいのだと誰かが言っていた。それに倣うべく、ぼくは再びモニターと向かい合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで」眼鏡の奥の鋭い目を細め、初老の男性は「スーツ」を検める。「こいつはもう動かせるのか」

 

「ええ、中に人が入りさえすればね」

 

 少し白髪の目立つ男性が応じる。彼はつつ、と「スーツ」を指で撫で、その出来栄えに満足したような笑みを浮かべた。対する初老の男性のほうは、やや不安が残るといったふうだった。

 

「しかし、もう三年経つ。彼の身体も、大なり小なり変化しているだろう」

 

「ご心配なく。零斗の身体データはもらっていますから。それに、今度実際に着てもらう予定ですよ」

 

「ほう」初老の男性が感心したように頷いた。

 

「そいつはいい。データだけでは細部の調整ができないからな」

 

「本当に。しかし、あんな大けがからたった三年で復帰してくるとは・・・やはり彼は類稀な努力家だ」

 

 まるで父が子を慈しむような笑みを浮かべる白髪の男性。初老の男性も彼に同意するように大きく頷いた。

 

「そうだな・・・。ともあれ、我々がすべきことはこのスーツを彼と共に完成させることと、何よりも羽丘くんの帰還を祝福することだ。このスーツでもってな」

 

 再度「スーツ」に目をやる。銀と赤と青。鋭くはあるがどこか柔らかさも感じさせる目つき、「父」譲りのマッシブな造形。頭部に二本備えられたスラッガー。きっと誰もが知っている、光の国の新世代(ニュージェネレーション)を牽引する若き最強戦士。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルトラマンゼロ。そのアクション用のスーツが、相棒――羽丘零斗を待つかのようにたたずんでいた。

 




次回の投稿は一週間後です(鋼の意志)



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おはよう283プロ②

前回の続き。短めです。

イメージ的には30分番組のBパート。

それでは今回もお付き合いください。


 283プロには現在四名のアイドルが所属している。そのうち二人が高校生であるので、土曜に朝からレッスンに来るのは冬優子ともう一人。・・・なのだが、もう11時を回っている。ここまで遅くなるのは比較的珍しい。いつもならば冬優子とじゃれあい始めるくらいの時間なのだが、今日は違うようだ。なにか彼女が興味をひかれるような面白いことでもあったのだろうか。芹沢あさひの行動は基本的に彼女の中にある感受性や論理に基づいているから予測はできないが、ある程度予想することはできる。さて今日は何が飛び出すのかな、と思っていると、なかなかの勢いでドアが開け放たれた。小柄な銀髪の少女が、目を輝かせて飛び出してくる。あさひはぼくを見るや否や挨拶もそこそこに駆け寄ってきた。

 

「おはよっす! プロデューサーさん!」

 

「おー、おはようあさひ。なんか面白いものでもあったか?」

 

 そうなんすよ! と興奮を抑えきれない様子のあさひが手にした紙袋の中から取り出したのは、ぼくにとっては見慣れた何の変哲もないソフビ人形。銀と赤のツートンカラー。胸に輝く菱形のカラータイマー。左腕に装着されたブレスレット。『メビウス』と呼ばれるウルトラ戦士が、あさひの手の中からぼくを見つめていた。まさかこんなところで「再会」するとは露ほども思っていなかったので、ぼくは声を抑えることができなかった。幸い、あさひはメビウスに夢中でぼくの動揺には気づいていないようだった。彼女はキラキラした屈託のない笑顔のまま、ぼくの眼前に人形を突き出す。ウルトラソフビシリーズでメビウスが商品化されたのは2013年が最新だった気がするが、思っていた以上に良くできている。体の模様やメビウスブレスの意匠など、とても1000円以下で手に入るフィギュアとは思えない。動揺が感心に上書きされていく。

 

「見てくださいこのキャラ! かっこよくないっすか!?」

 

「ああ、そうだな。しかしメビウスか、懐かしいなぁ。最後に見たのは三年前のフェスだったっけな」

 

「メビウス? これ、メビウスっていうんすね。初めて見るキャラクターだったからつい買っちゃったんすよ。ほかにもほら、見てほしいっす! 見たことないキャラとモンスターがいっぱい!」

 

「えっ・・・」

 

 「初めて見る」「見たことない」という言葉に、再び動揺がぼくを襲う。『ウルトラマンメビウス』が放送開始したのがあさひの生まれた年だったんだからそりゃ見てるわけないよなあ、という冷静な心と、いやそんなに昔の作品だなんて嘘だろ、終わったのついこないだじゃないのか、という現実から目を背けようとする心が混ざり合ってとっ散らかっていく。そうして感情の暴風に見舞われた心を立て直すのにたっぷり十秒かかった。メビウスはわりかし新しいほうの作品だと思っていたのだが、よくよく考えてみれば現行の『ウルトラマンタイガ』はニュージェネレーション7作目なわけで、『メビウス』放送終了から実に十三年近く経っている。ちょうど目の前で首をかしげているあさひがそうであるように、赤ん坊が中学生になるくらいの時間だ。まったくもって新しくはないという事実にぼくは改めて愕然とする。なんてこった。そういえばあの頃ウルトラマンの主題歌、挿入歌といえばProject D.M.Mだったが、今はボイジャーに代替わりしている(ぼくはどちらも好きだ)。・・・自分が年を取ったというのを実感する。いや、まだ大丈夫だろう。まだ二十七歳だし。いけるし。

 

「プロデューサーさん? どうかしたっすか?」

 

「あーいやなんでもねえ。俺もおじさんになったなーって思ってただけだから」

 

「・・・? プロデューサーさんはおじさんじゃないっすよ?」

 

「・・・あー、ありがとな。ほれ、レッスンしに来たんだろ。冬優子が待ってるから行ってやりな」

 

「ほんとっすか! 冬優子ちゃーん!」

 

 ちょっと涙が出そうになったのであさひを冬優子に押し付けることにした。あさひはああ言ってくれたが、どんなに取り繕ったところでぼくはもうアラサーのおじさんなのだ。冬優子の嫌そうな顔が目に浮かぶが、若い子の相手は若い子に任せよう。それにそろそろ、愛依と灯織の授業が終わる頃合いだ。久しぶりに迎えに行ってやろう。そうしよう。内心の乱れから目を背けつつ、ぼくは愛車のカギを取り出した。

 

「あれ、羽丘さん。どこ行くんですか」

 

 デスク越しに聞いてきた七草に、

 

「んー? ・・・久々に愛依と灯織を迎えに行ってやろうと思って」

 

 と正直に話すと、彼女は「はーい、いってらっしゃい」と返事をして、それから思い出したように「あ、そうだ」と続けた。なんだか嫌な予感がするが、一応聞いておいてやることにする。ぼくが先を促すと七草はにこにこ笑顔で、

 

「おみやげはプリンがいいです」

 

 聞かなければよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を買ってきたのか気になったので、事務所を出る前にあさひが持ってきた紙袋の中に目をやる。確認できたのは、ゼットンにゴモラ、ミーモス、シェパードン、それからウルトラマンエックスのソフビだった。「見たことない」というあさひの言葉を思い出して、「見なければよかったかな」と少しだけ後悔した。・・・しかしあさひ、エックスとはなかなかいいチョイスをするじゃないか。今度ブルーレイボックスを貸してあげよう。気に入ってくれるといいが。

 




今回はここまで。

お付き合いいただきありがとうございます。


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羽丘零斗の原点①

キングジョー、やっぱりいつの時代もかっこいいなあ…

今回は残り二人のアイドルと、羽丘零斗の始まりについて。

それではお付き合いください。


 埼玉方面へクルマを走らせながら、ぼくは先ほどのことに思いを巡らせる。たかがソフビ人形を見たぐらいであそこまで動揺するとは、自分でも思っていなかった。自覚している以上に、ぼくは『ウルトラマン』が好きで好きでたまらないらしい。

 

 ぼくの両親はそろって特撮好きだったらしく、実家には放送当時の映像を収めたVHSが大量にあった。らしく、というのはぼくの両親はぼくが生まれてすぐに事故で亡くなってしまったので、二人の趣味嗜好を正確には知らないからだ。ぼくを育ててくれたのは母方の祖父母だった。祖父母は特撮に理解のある人たちで、「いつかこの子が見るかもしれないから」と処分される予定だったVHSを引き取ってくれていた。あれらがなければぼくがこの業界に入ることはなかっただろう。両親と祖父母には感謝してもしきれない。子どもだったぼくは「パパ」「ママ」という言葉の意味も知らなかったが、知らないなりに「自分にはパパもママもいないのだ」ということを分かっていたように思う。友人と遊んでいるとき、祖父母と食卓を囲んでいるとき、いつも線香の煙が絶えない仏壇の前を通り過ぎるとき、ぼくは得体の知れない疎外感や孤独をずっと感じていた。ひとりではないはずなのに、そばに誰もいないような、この宇宙にたったひとり取り残されているような気がしていた。

 

 だからなのだろうか。祖父にVHSの存在を知らされたぼくが導かれるように手に取ったのは、『ひとりぼっちの地球人』とラベルの貼られたテープだった。

 

 このエピソードの主役であるイチノミヤ青年は、素晴らしい天才の持ち主であったにも関わらず、その才能を誰にも認められなかったことで人間、ひいては地球不信に陥ってしまっていた。そこを狡猾な宇宙スパイ・プロテ星人につけこまれ、地球侵略の片棒を担いでしまう。やがて本性を現したプロテ星人はイチノミヤ青年を裏切る。星人は幻覚を操り、セブンすらも翻弄するが、イチノミヤ青年の決死の行動で命を落とす。地球を守り若い命を散らしたイチノミヤ青年はしかし、最後までひとりぼっちのままだった。誰にも知られることなく、誰にも顧みられることなく。彼はひとりぼっちのまま戦い続けたのだ。そしてそれは、正体を隠し戦うモロボシ・ダンにも当てはまる。ラストシーンでイチノミヤ青年に思いを馳せるダン。地球を守る無敵のヒーローは、故郷から与えられた任務から離れ戦う孤独な戦士だった。ぼくにはそれがとても悲しく、しかし美しく思えた。背負った意味や物は違えど、セブンもイチノミヤ青年もひとりだった。イチノミヤ青年の勇気とウルトラセブンの言葉が、ぼくを救ってくれたのだ。そして同時に、『ぼくの周りには、ぼくを認め愛してくれる人たちがいる。だからぼくはひとりではないのだ』と心で理解できた。それが何よりもうれしかった。

 

 それから夢中になって『セブン』を見続けて、気が付けばすっかり夜中になっていたが、不思議と眠気は起きなかった。眠気など銀河の彼方に吹き飛ばすほどに、熱く燃えるものが心の中に滾っていたから。居間でひとり詰め将棋をしていた――今にして思えば、なかなか眠ろうとしないぼくを待っていてくれたのだろう――祖父のもとに駆け寄って、ぼくは今しがた味わった感動をひとしきりぶちまけた。セブンの雄姿。ウルトラ警備隊の勇気。敵宇宙人たちが持つある種の美学。画面の向こうから伝わってくる怪獣たちの脅威。そしてそれらを作り上げた円矢プロダクションの情熱。『セブン』がどれほどに素晴らしいヒーローだったかをまるまる一時間はかけて語り続けた。祖父はそんなぼくを咎めることも遮ることもなく、ただ静かに微笑みながら嬉しそうに「そうか、そうか。それはよかったなぁ」と呟いた。興奮冷めやらぬぼくに祖父は冷たい麦茶を差し出して、

 

「零斗。そんなに特撮を好きになったのなら、どうだ、お前自身が特撮に関わってみないか」

 

 祖父のこの言葉で、ぼくは自分が進むべき道を定めた。今から二〇年前、七歳の夜。ぼくは「ヒーローになる」と決意した。ヒーローになるにはどうすればいいのか。幼いぼくが思いついたのは、俳優になることだった。決めたのなら後は進むだけだ。どのみち俳優になるためには東京に出る必要がある。それまでは大人しく勉学に励みながら、いざという時のために体を鍛えておこう。そうして日々祖父母の手伝いや勉強などに精を出し、十五歳になると同時に上京した。「せめて高校までは出ておきなさい」という祖父の言葉に従い、東京の高校に入学。高校生でも受けられるオーディションやエキストラ募集などを貪欲に探し、片っ端から受けていった。演技のことなどなにひとつわからない、素人以前の状態。回数を重ねるごとに上達していったとはいえ、周りの役者志望の青年たちとは比べるべくもない。それでも、夢への情熱だけは誰にも負けない自信があった。諦めるつもりなどない。必ず、あの日ぼくを救ってくれた『セブン』のように、誰かの未来を照らせるヒーローになる。

 

「そうだ、その通りだ。きっと、私たちは君をずっと待っていたんだ」

 

 二〇〇九年。ぼくにとっての人生の分岐点。オーディションからの帰り道、ぼくは自分を呼び止める声に振り向いた。息せき切って駆け寄ってくる中年の男性。彼はぼくの右腕をむんずとつかむと、「やっと見つけた」と呟いた。

 

「羽丘零斗くん、だったね」

 

「・・・はい、そうですが」

 

「ああよかった、間違っていたらどうしようかと・・・いや、失敬、私はこういうものです」

 

 差し出された名刺に記載されていた文字に、心臓が跳ねる。『円矢プロダクション 代表取締役 岡島隆一』。ずっと憧れ続けた夢のヒーロー、その総本山。あまりの事態に固まるぼくに、岡島さんはこう続けた。

 

「君の演技を見ていた。荒削りで拙い、でも心惹かれる演技だった。・・・そうだ、その通りだ。きっと、私たちは君をずっと待っていたんだ」

 

「羽丘零斗くん。君をわが社にスカウトしたい。私たちが作る新しいヒーローを・・・『ウルトラマンゼロ』を、演じてくれないか」

 

 その後のことは、よく覚えていない。気が付いたら自宅にいた。手に契約書や事務書類などを握りしめていたから、多分、スカウトを受けてすぐに岡島さんと一緒に円矢プロ本社に向かい、諸々の契約を交わしたのだと思う。ずっと追いかけ続けていた夢のほうからこちらに向かってきたというのは、それほどの衝撃だった。覚えているのは、別れ際に岡島さんに言われたこと。

 

「夢を諦めずにいてくれてありがとう」

 

 翌日から、ぼくは円矢プロの一員になった。

 

 

 

「・・・お、着いたか」

 

 気付けば愛依の通う高校に到着していた。ずいぶん懐かしいことまで思い出してしまった。あれから十年近く経ったとはいまだに信じられない。つい昨日のことのように感じる。

 

 守衛から許可証をもらい、駐車場へと乗り入れる。迎えに行く旨は伝えてあるので、もう間もなく姿を見せるはずだ。・・・見慣れない男が車を乗り入れて誰かを待っている、という状況は学生たちにとって珍しいことに違いない。ひっきりなしに視線を感じるが、今更視線程度では動じることはない。しかしやや手持ち無沙汰なのは事実。ちょっとからかってやるか、などと考えていると、こちらに駆け寄ってくる金髪が見えた。

 

「プロデューサー!」

 

「おーう、お疲れさん、愛依。悪いな、急に迎えに行くとか言って」

 

「んーん、全然! うち、今日は事務所に直行するつもりだったし、マジ助かる的な!」

 

 朗らかに笑う愛依に、ややセンチになった心が癒されていく。やはり笑顔とはいいものだ。武内先輩の言うことは間違っていなかったわけだ。そういえば先輩、今十人近いアイドルをプロデュースしているとかなんとか。どんな処理能力をしているのだろう。今度事務処理やスケジュール調整のコツを教えてもらおうか。久しぶりに先輩と喋りたいし。

 

「ならよかった。今日はこのまま灯織を迎えに行くからちょっと時間かかるが、いいか?」

 

「もち!」元気のいい返答にこちらも笑みがこぼれる。

 

「そいじゃ行くぞー、車乗れー」

 

「おっけー! そんじゃみんな、またねー!」

 

 ばいばーい、頑張ってねー、という愛依の友人たちの声を背に車を発進させる。移動中愛依がずっと話し相手になってくれていたので、先ほどのように回想にふけるようなことはせずに済んだ。会話が途切れないというのはいいことだ。

 

 灯織の姿はすぐに見つかった。彼女が通う高校、その正門前でそわそわしていた。落ち着かない様子でスマホをのぞき込んだり、車道に目をやったり、かと思えばカバンに付けているお守りを握りしめたり。きっと「そろそろ着く」と連絡する以前からあそこで待っていたのだろう。相変わらずわかりやすい子だ。小動物を見ているようで微笑ましいが、いつまでもほっておくわけにもいかない。

 

「灯織、待たせたなー」

 

「灯織ちゃーん! お疲れー!」

 

「! プロデューサー、愛依さん・・・お疲れ様です」

 

 ぱっと顔を輝かせてこちらに駆け寄ってくる姿は大変かわいらしい。ドアを開け、彼女を車内に誘導する。少しだけ顔が赤らんでいる灯織を愛依が気さくに出迎えていた。灯織はコミュニケーションにやや難がある子だが、愛依相手にはそこまでやりにくそうな気配は感じさせない。それは愛依が灯織を気遣い、彼女が話しやすい雰囲気で接しているからだ。やはり彼女のコミュ力には目を見張るものがある。あるいは、日ごろから弟や妹たちの面倒を見ているために、年下の扱いはお手の物なのかもしれない。ぼくも見習わなければ。

 

「よーし、車出すぞ。冬優子とあさひはもうレッスン始めてっから、事務所着いたらすぐ着替えて合流すること。いいな」

 

「はーい!」

 

「わかりました」

 

 二人に声をかけ、車を出した。目指すは愛しきぼくらの事務所だ。




ぼくにとっての「原点」であるウルトラマンはコスモスです。ちょうど世代だった。各エピソードの詳しい内容まではちゃんと覚えてはいませんが、彼がとても優しく、だからこそ強いヒーローだったことは胸に焼き付いています。

皆さんの「原点」のヒーローは誰でしょうか?


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羽丘零斗の原点②

まさかここまで長くなるとは思わなかったのでひとまずキリのいいところまで仕上げました。もうちっとだけ続くんじゃ。

アイマス原作なのにアイドルが出ねえ、なぜだ。

それでは今回もお付き合いください。


 レッスンルームに向かう愛依と灯織を見送ってから、ぼくはデスクに戻る。何やら物欲しそうな七草にコンビニで買っておいたプリンを与えてから、事務所を出る前にあらかじめモニタに待機させておいた一通のメールを開いた。現在ぼくの心を大いに乱しているこのメールが届いたのは先週のことだ。送り主は岡島社長。件名はなし。本文も友人や家族に送るような至ってフランクなもので、実にあの人らしい簡潔さだった。しかし、その内容はぼくにとって極めて重要なものだ。

 

 

 

 

 

 

『まずは回復おめでとう。君が元気でいてくれることを心から嬉しく思う。君がアイドルのプロデューサーをやっていると聞いたときは驚いたが、なかなかどうして楽しんでいるようじゃないか。生き甲斐があるというのは素晴らしいことだ。

 

 少し前から君に身体データの定期的な提出を求めていたね。あれで薄々察しているかもしれないが、手短に用件を伝えようと思う。

 

 世界中が君を待っている。――もう一度、ゼロになってくれないか。

 

 もちろん、無理にとは言わない。だがもし、君にその意志があるなら、来週の日曜日、円矢プロ本社に来てほしい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この文章を見ているとどうにも思い出に押されて涙腺が決壊しそうになる。先ほどの焼き直しではないが、少しばかり頭の中を整理することにした。椅子に腰かけ息を吐いて、ぼくは目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めてゼロに会ったのは、ぼくが円矢プロの一員となって一週間後のことだった。ゼロに関しては、「ぼくがスーツアクター及び声優を担当すること」「今後のウルトラマンを牽引する存在にしたいこと」「強くカッコいい存在であること」など様々なことを知らされていたが、ぼくの心を躍らせたのは「ゼロはウルトラセブンの息子である」という設定だった。あのセブンの息子を、ぼくが演じる。それだけですさまじいプレッシャーと、それを上回るワクワクを感じた。ぼくの特撮好きは『セブン』に端を発している。役者を志したのだって、元はと言えば「セブンのようなヒーローになりたい」という憧れがあったからだ。そのセブンと関わりを持てる。高揚しないわけがなかった。

 はじめてゼロのスーツを見た時の衝撃は今でも覚えている。上半身は父であるセブンに似たプロテクターに、父と真逆の青い体とカラータイマー。下半身は父と同じ赤色に、上半身と比較するとやや短いが、それが力強さの表現となっている脚部。頭部のスラッガーは2本に増えていて、その目つきの鋭さはどちらかと言えば『ウルトラセブンⅩ』劇中のセブンを彷彿とさせたが、それがゼロの持つ若さと奔放さを現わしているようで、純粋にかっこよかった。

 

「これが・・・ウルトラマンゼロ・・・。俺が、この中に・・・」

 

「ああ、そうだ。君が、ウルトラマンゼロだ。・・・とはいえ、まだまだこれを着るには早いぞ。可能性だけでは演技はできない。君にはまず、演技者としていっそう成長してもらわなければならない」

 

 岡島社長の言うとおりだった。演技者としては素人に毛が生えた程度の若造であるぼくがゼロという大役を演じようと思うのであれば、並大抵のことでは務まらない。一刻も早くぼくを「使える」ようにするべく、さながらレオに対してセブンが行ったそれのような、円矢プロが誇る精鋭による地獄のレッスンが幕を開けた。

 

 拳法を使う以上ある程度の武術は修めねばならないので、ある日は武道における体の正しい動かし方を学んだ。体力には自信があったが、今までとは全く別種の筋肉の使い方の前にぼくの体は情けなく悲鳴を上げることになった。当然、休むことはなかった。死体に鞭打つかのごときしごきに、何度となく膝を折りかけた。

 

 ある日は感情の現わし方を叩き込まれた。スーツ越しに役者の表情は見せられない。だからこそ、声と指の先にまで感情を滾らせなければならない。何度も叫び、何度も激情を迸らせる訓練をした。声は枯れたし、レッスン中は別に腹立たしくもないのに怒りに震えたり、特に悲しくもないのに悲嘆にくれたり、何もおかしくないのに笑い転げたりしていたので(すぐ治ったとはいえ)情緒がやや不安定になった。

 

 ある日は視界がほぼないに等しい状態で激しいアクションをこなせるよう訓練した。一度スーツに袖を通せば、頼れるのはごく小さな覗き穴と周囲の状況を覚え的確に動く反射神経と判断力だ。見えない、というのは思っている以上に体運びに影響を及ぼす。自分では構えているつもりが全然できていないことなどよくあることだ。意識と現実の齟齬をなくすために目隠し状態での格闘など無茶苦茶なことをやった。ジープで追い回されるレオの気持ちが少しだけわかった気がした。

 

 今思い返しても寒気がするほどのスパルタ特訓だった。怒号を浴びない日はなく、できない自分を憎まない時はなかったが、それでも楽しかった。闇雲に走るしか出来なかった頃とは違い、何ができて何ができないのかを教えてくれる人たちがいる。プロが自分の実力を客観的に判断し、改善策を提示してくれるというのは得難い経験だ。存分に使い尽くしてやろうとさえ思っていた。後に当時の師匠から言われたのだが、

 

「どれだけキツい課題を出しても、厳しすぎるくらいにダメ出ししても折れない。むしろそれを吸収してもの(・・)にしていくもんだから、おれたちもつい熱くなりすぎてな。必要以上にお前をしごいてたんだ」

 

 ということらしかった。そのおかげで、おおよそ半年の突貫工事ではあったが(想定していたよりも早くOKが出たそうだ)、何とかぼくは役者として半人前程度には仕上がった。円矢経営陣にも認められたことでゼロのデビュー作――『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』の撮影は、当初の予定よりもやや早まる形で開始されたのだった。

 

 撮影中、ぼくは興奮しっぱなしだった。自分が演じるゼロの活躍が単純に心躍ったし、「クロマキーの上でやったアクションが合成されるとこんな風になるんだ!」という感動をCGで描写されたウルトラの国に抱いた。そしてそこに攻め込む悪のウルトラマン、ベリアルの『絶対悪』然とした佇まいに痺れた。数多のウルトラ戦士を歯牙にもかけぬその強さもさることながら、黒地に赤、鋭角なシルエットの中に確かにウルトラマンを感じさせるデザインには心底から惚れ惚れした。

 

 もちろんタイトルの通り『大怪獣バトル』シリーズの要素も詰め込まれていて、たくさんの怪獣が出演することもぼくを小躍りさせた。ウルトラシリーズの魅力は、怪獣がいなければ始まらない。 

撮影スタジオを見学させてもらった時はまるで子どもに戻ったかのようにはしゃいでいたことを覚えている。地球のレイオニクス、レイの相棒であるゴモラはめちゃくちゃかっこよかったし、怪獣墓場に集結した怪獣たちの中にガッツ星人やメトロン星人、エレキングを見つけた時は無性に嬉しかった。カプセル怪獣たちも活躍したし、正直セブン怪獣たちの描写に関しては100点満点だと思っている。異論はもちろん認めるけれども。

 

 そして何より、ウルトラセブンを間近で見ることができた。思わず涙するほどに感極まっていたため、セブンのアクターさんが困惑していたらしい。

 

 

 

 

 

 撮影自体は順調に進みつつがなく終わり、共演者やスタッフの皆さんに「よかったよ」「素晴らしい演技だった」と絶賛されたのだが、正直に言えば全く満足のいく演技はできなかった。この話をすると大抵「理想が高い」と言われるのだが、ぼくにしてみればゼロはセブンの息子なのだから最高にカッコよく、強くなくてはならない。当時のぼくの演技はゼロの秘める可能性と過酷な修行の末に得た強さを表現し切れていなかったのではないか。

 今でも『ウル銀』を見返すたびにそう思うのだが、283プロきってのウルトラオタクである天井社長に言わせれば「やや突っ走り気味なところが若さを感じて大変すばらしい」のだそうだ。当時映画館に足を運んでくれたファンの感想もおおむねそのようなものだったので、不満を感じているのは本当にぼくだけなのかもしれない。

 

 ゼロの第一歩は大成功に終わり、それ以降、ウルトラシリーズの中心には必ずゼロがいるようになった。『ウル銀』の好評を受けて『ダークロプスゼロ』『ベリ銀』『キラー ザ ビートスター』に代表されるOV・劇場作品も制作され、もちろんその全てにぼくはゼロとして参加した。例に漏れずこの時期のゼロの演技には思うところがあるのだが、ありがたいことにそのどれもが高い評価を受け、その過程でぼくは円矢と正式に「ウルトラマンゼロ専属アクター」として契約を結んだ。この契約が生きている限り、ぼく以外がゼロを演じることはないというものだ。「ゼロを君に任せる」と言われた時の嬉しさとプレッシャーに勝るものは、きっと今後感じることはないだろう。・・・この契約が、現在進行形でぼくを悩ませているのだが。

 それに嬉しい出会いもあった。のちに『ジード』で再び共演することになる竜田光臣と初めて知り合ったのは『ビートスター』の現場だった。あの頃はちっちゃくて可愛かったことを覚えている。今ではすっかりイケメンになってしまったが。そういえばあいつ、最近気になる子がいるとかなんとか聞く。喜ばしいことだ。今度からか・・・兄貴分として相談にのってやろう。

 

 続く『ウルトラマンサーガ』あたりから、ぼくはゼロを表現することに慣れてきた。というのも、この頃になるとアニメやゲーム作品で声をあてることや、特撮ではない普通のドラマ作品に出演することも多くなってきていたので、自然と演技の引き出しを増やす必要が出てきたからだ。「ゼロ以外の演技はできません」では役者としてお話にならない。

 

 サッカー少年を演じた。アングラ社会を潜り抜ける青年を演じた。大国の治安を守る騎士を演じた。正統派アイドルの「中の人」としてステージに立つこともあった。かと思えば中二病に罹患した大学生になり、ある時は戦国武将として乱世を駆け、あるいはやたらとテンションの高い教師として熱血指導を行ったりした。・・・その全てがぼくを成長させてくれ、同時にぼくの中の「ウルトラマンゼロ」を補強してくれた。

 

 みんな愛すべきキャラクターたちだ。ぼくの人生になくてはならない存在だ。誰もが完璧じゃないということを教えてくれた。悩みながら、傷つきながら、それでも前に進んでいく。みんな魅力的で、演じることが楽しくて仕方がなかった。その一方で、ゼロはぼくの中で確固たる存在であり続けた。理由は明白で、ゼロは役者・羽丘零斗のオリジンだからだ。彼がいなければ、ぼくは役者にはなれなかっただろう。逆もまた然りだ。やや傲慢な気もするが、今ここにいる「ウルトラマンゼロ」は、羽丘零斗がいなければ生まれてこなかっただろう。

 

 

 これまでも、きっとこの先もずっと、ゼロはぼくの「特別」であり続ける。ゼロと共に生きていく。ぼくはその覚悟をしていたし、そうできるものと信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし不運というのは唐突にやってくるもので、予測、ましてや回避などとてもできるものではない。それは雷鳴のように突然に訪れた。

 

 忘れもしない3年前の8月。いち役者として出演していた舞台で、会場となっていたホールの天井の一部が崩落する事故が起き、ぼくは重傷を負った。・・・事故、と呼ぶのは適切ではないかもしれない。どうも、犯人がいたようなのだ。犯人の名前は知らない。知る機会がなかった。彼あるいは彼女は前々から出演者の一人――優れた役者だが、以前から女性関係で良くない噂が絶えない人だった。この事件に関しては全くの無関係だったらしい。便宜上Yと呼ばせてもらう――に恨みがあったらしく、彼を殺害するために公演の一月前から綿密に計画を練っていたそうだ。確実に彼を殺せるタイミング・・・上演終了の挨拶のタイミングでホールの天井を崩落させたが、幸運なことにYはかすり傷ひとつ負わなかった。その日、Yは全く別の位置で観客に挨拶をしていたからだ。

 

 しかし悪いことは起きるもので、崩落する機材の真下に子どもがいた。なぜかは分からない。長々とした舞台挨拶に飽きて席を立ってしまったからなのか、それともお手洗いに行った帰りだったのか。いずれにせよ、このままではその子の命が失われてしまう、それだけは確実だった。

 

 無意識のうちに駆け出していた。壇上を全力で走って、立ちすくむその子を思いきり突き飛ばした。ごめんよ、と謝った直後に冷たい感覚が全身に走って、その後のことは覚えていない。多分気を失ったのだと思う。次に目を覚ました時は病院のベッドの上だった。全身が馬鹿みたいに痛くて、その上身動き一つとれないくらいに厳重に拘束されていた。病室にはYがいて、ぼくが目を覚ましたことに気付くと飛び上がって驚き、直後に「ごめん、俺のせいだ、ごめんよう」と泣き崩れた。騒ぎを聞きつけた医師たちがやってくるまで、Yの慟哭は続いていた。

 

 医師の話によるとぼくは3か月もの間昏倒していたらしい。脇腹を鉄骨が貫通、全身打撲と骨折のデパート状態だったというから驚きだ。聞くだけで体が痛くなってくる。生きているだけ奇跡というものだ。全身ミイラみたいにされていたのはそれが原因だったのか、などと他人ごとのように考えていると、医師が深刻な面持ちでぼくに告げた。

 

「羽丘さん。貴方の怪我は一朝一夕に治るものではありません。よくて5年、最悪10年単位でリハビリが必要になります。・・・お辛いでしょうが、どうか気を強く持ってください」

 

 その時ぼくは何も言わなかった。自分でも驚くほどに穏やかな心持ちで、ただぼんやりと、「ああ、もうゼロを演じることはできないんだなぁ」と思っていた。軽いストレッチはしてもらっていたとはいえ3か月も寝たきりだったぼくの身体は衰えに衰えていた。とてもじゃないがスーツを着て動くことなど叶いそうにない。腕も足も動かないのではどうしようもなかろう。どれだけゼロを演りたいと願っても、願うだけでは現実には勝てないのだから。だがぼくとは違い、ゼロはまだ生きている。それだけが救いだった。

 

 たとえぼくが止まったとしても、ゼロはその限りではない。スーツに誰かが入れば少なくともゼロは動く。声ばかりはどうしようもないが、最悪ライブラリ音声でどうにかなる。こういうところは創作物の利点で、ガワさえあればそれなりになんとかなるのだ。ぼくと同じ身長190cm台の体格のアクターを探すのは苦労するだろうが、円矢ならなんとかするだろう。

 

 人生とは思うようにいかないもので、必ずどこかで帳尻が合うようになっていると祖父に聞いたことがある。何かを切り捨てたぶん何かを得る。何かで成功した分何かで失敗する。そういう風にできている、と。きっと今が、何かを・・・ゼロを失う時なのだろう。この時は、本気でそう思っていた。

 




ほとんど地の文しかない。なんだこれは・・・たまげたなぁ。

というわけで今回はゼロと負傷のお話。次はアイドルたちの出番!・・・のはず。

お付き合いいただきありがとうございました。


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☆風野灯織は物思う①

遅くなりました。申し訳ございません。

マキオン……楽しくて……


 プロデューサーの様子がおかしい。私――風野灯織がそのことに気が付いたのはつい一週間ほど前のことだった。めったにつかないため息を何度となくついているかと思えば窓の外をぼうっと眺めていたり。かと思えばいつにも増して口数が多くなったりとどうにも落ち着きがない。普段から底抜けにポジティブでにこやかでおしゃべり好きな彼の姿を見ている私からすれば、天変地異にも等しい状況だ。悩むことは悪いことではないけれど、あまり長く続くと生活に支障が出るかもしれない。自分に出来る事なら解消してあげたいが、どうしたらいいのだろうか。そもそも、彼は何に悩んでいるのだろうか。それがわからない。

 

 一時から始まる仕事の打ち合わせのために事務所に来ていた私は、あさひがプロデューサーのデスクに飾っていた「ティガ」という名前らしいウルトラマンのソフビ人形を見ながら思い悩んでいた。先日からあさひはウルトラシリーズにお熱らしく、ソフビや変身アイテムを集め始めていた。彼女にしては珍しく興味が長く続いているようで、私も量販店遠征に誘われたりした。子ども向けのおもちゃだと思っていたけれど、なかなかどうして完成度が高くて感心したことを覚えている。

 

 

 

 

 私が283プロの書類選考を見事通過し、アイドルになったのはおよそ一月前。283プロは灯織を含めて所属アイドル4名と規模の小さな事務所ではあるが、黛冬優子、芹沢あさひ、和泉愛依――ストレイライトを輩出したその実力は765、346といった大手事務所にも引けを取らない。「輝くアイドルになりたい」という目標を持つ私にとって、これ以上ない環境であるといえた。

 

 私は自分のことが嫌いだった。誰かを傷つける意図などないのに、言葉を選ぶのが苦手なばかりに本心とはかけ離れた言い方をしてしまう。何度も矯正しようとしたけどうまくいかなかった。できない自分が憎いから、できるまで努力を重ね続ける。それでも自分を好きになれなかった。だから、ほかの何かを本気で好きになることもできない。私が占いやジンクスを重視するのは、「自分以外の超常的な何かの力ならば私を変えてくれるのではないか」という心の現れなのではないか、とプロデューサーは言っていた。

 そんな私がアイドルを志したきっかけは中学生の頃、学園祭のゲストとして学校に訪れていたアイドルを見たことだった。ステージの上で輝く彼女たちを見て、「自分もあんな風になれれば何かを好きになれるのではないか」と思ったのだ。目標が定まれば行動するのみだ。きっと一五年の人生の中で一番死に物狂いで頑張ったのがあの時期だと思う。書類選考が通ったと連絡があったとき、思わず涙を流してしまうほど嬉しかったのを覚えている。

 

 

 

 そうして初めて事務所に出社した日。プロデューサーと名乗った男性を、私は何度も目にしたことがあった。ドラマで、バラエティで、銀幕で。名前だけであればアニメでも。私はあまりサブカルチャーに詳しくはなかったけれど、アイドル研究の一環として『機動戦士ガンダム00』は動画配信サービスで見ていた。とある同年代のアイドルが「刹那は永遠の推し」「声優アイドルを目指すうえでの指標の一つ」と絶賛していたのが気になったからだった。主人公である刹那・F・セイエイの声優を務めていたのが、目の前のプロデューサー。見上げるほどの長身と、精悍な顔立ち。画面越しでも美形の人は生だともっとキレイだ、と母が言っていたけれど、まさにその通りだ。羽丘零斗はテレビで見る以上にめちゃくちゃかっこよかった。

 

アニメを通して聴くのとは全く違う美声で、彼は私に言葉をかけた。

 

「風野灯織さんだね。はじめまして、今日から君のプロデューサーを務める羽丘零斗だ」

 

 よろしくな、と差し出された手は、父のそれよりも大きくてごつごつしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、勘違いである可能性も否定できない。私はプロデューサーとの付き合いが長いほうではない。彼と行動を共にするようになってまだ一月しか経っていないのだ。283プロ初のアイドルである冬優子さんは二年間、彼女の後に入所したあさひと愛依さんも一年を共にしている。そんな彼女たちストレイライトが自分たちのプロデューサーの変化に気が付かないはずがない。にも関わらず、レッスン中も雑談中も、彼女たちからそういった話が出たことはなかった。

 

(……もしかしたら私はみんなに、そういった話をされるほどに信頼されていないのかも……)

 

(き、聞くべきなのかな……でも、私なんかが聞いてもいいのかな……どうしよう……)

 

「灯織ー」

 

(いや、勇気を出すのよ風野灯織! プロデューサーのコンディションは私の仕事にも影響するはず。だとしたら放っておくのは悪手……)

 

「おーい、灯織?」

 

(どうやって切り出そう……ええと、ええと……これから仕事だというのに気が緩んで……私の馬鹿! こんなの絶対にダメ……!)

 

「なあ、大丈夫か?」

 

「わひゃあっ!?」

 

 肩を揺らされ我に返る。突然の事態に驚いて振り返ってみれば、何やら困惑した様子のプロデューサーがいた。手に企画書を持っている。そういえばラジオ出演の話があるって言っていたような。時計に目をやってみれば一時をとっくに回っていた。

 

「仕事の話しようと思ってたんだが……なんか悩みでもあるのか? えらい深刻な顔してたぞ」

 

企画書をデスクに置き、私を悩ませている原因たるプロデューサーは私の向かいに腰かけた。

 

「ほれ、話してみな。なんか力になれるかもしれないし、な」

 

 そう言って笑うプロデューサーに、私はどう切り出せばいいものかわからなかった。悩みの原因は間違いなく彼なのだが、それを真正面から伝えてしまってもいいものか。気を悪くしないだろうかとか、不躾じゃないかとか余計なことを考えてしまって言葉が出ない。肝心なところで私には勇気が足りなかった。どうしよう、と視線を彷徨わせていると、デスク上のティガと目が合った。ただの玩具のはずなのに、彼を見ているとなぜだか勇気が湧いてくる気がする。そうだ、ここでためらっちゃいけない。意を決して、私は切り出した。

 

「あの、プロデューサー。何か、悩んでいることでもあるんですか?」

 

「ん……?」

 

「その……最近、いつものプロデューサーじゃないなって、そう思うんです。普段よりもっと口数が多かったり、急にぼーっとしたり……私、心配で……だから、あの、私に何か出来る事があるなら、言ってほしいって、そう思ったんです」

 

 言えた。内心ほっとしている私に対し、プロデューサーはしばらく固まっていた。その表情は複雑で、いろいろな感情がない交ぜになったものだった。何度か口を開きかけては閉じてを繰り返し、やがて彼は観念したように息を吐く。

 

「……まいったな、そこまで表に出てたのかよ。こりゃ七草とか冬優子にも筒抜けだな。……わかった、話すよ。お前たちは大事な担当だからな」

 

 ちょっと待ってろ、と言い残し、プロデューサーは給湯室に向かった。きっと長い話になるのだろう。知らず知らずのうちに、私はこぶしを握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うとな。もう一度ゼロになろうと思ってるんだ。そのことでちょっと悩んでてな」

 

 二人分の湯呑をテーブルに置いたプロデューサーは腰を下ろすなりそう告げた。私は仰天する。プロデューサーの負傷はむこう五年は完治の見込みがないと聞いていたからだ。ゼロというのは彼の持ち役であるウルトラマンゼロのことだろう。もう一度ゼロになるというのはつまり、スーツに身を包み激しいアクションをこなすということを意味していた。

 

「え……ケガはもう大丈夫なんですか?」

 

「おう、そいつは心配ない。医者からも大丈夫だってお墨付きもらったしな。回復が早すぎるって首傾げてたけど」

 

 心配なのは体がきちんとついてくるかだな、というプロデューサーを前に、私は「はあ」と返すことしかできない。人の身体とは神秘に満ち溢れているんだと何かで読んだ気がするが、いくらなんでも神秘すぎやしないだろうか。だが彼の芸能界復帰、それそのものは喜ばしいことだ。私自身も彼のファンの一人。ドラマで、アニメで、特撮で、再び彼の姿が見られる。なんと素晴らしいことだろうか。ファン歴の浅い自分でもそう思うのだから、長年のファンの喜びはいかほどのものか想像もつかない。

 

 だが彼はそのことで悩んでいるという。つまりいいことばかりではない、ということなのだろう。私がそのことを聞くと、プロデューサーはその通りだと首肯する。曰く、いつ戻るかが問題なのだという。

 

「俺はお前たちのプロデューサーだ。途中で投げ出すつもりなんて毛頭ない。でも途中、っていったいどの時点のことだ? お前たちが名実ともにトップアイドルになった時か? お前たちが大人になって、一人でも十分にやっていけるほどに成長した時か? たぶんそうじゃない。プロデュースに途中なんてない。あるのは始まりと終わりだけだ」

 

「お前たちがアイドルの世界にお別れを告げる時、それが俺のプロデュースが終わる時だ。引退か、結婚か、それは分からない。でも少なくとも、俺はお前たち四人のアイドル人生をきっちり見届けるつもりでいる。投げ出すことは絶対にしない」

 

「……ただそうすると、俺が役者に戻ったとして、いったいどのくらい演技に時間が取れる? 中途半端は一番やっちゃいけないことだ、何に対してもな。だが今のままじゃ、プロデュースも演技も、どっちも中途半端になっちまう。それは駄目だ」

 

 だからどうしたもんかと悩んでるわけだ、とプロデューサーは苦笑する。私は己の迂闊を呪った。どうやっても私のようないちアイドルの手に負える問題ではない。私の動揺をよそに、プロデューサーは続けた。

 

「一人では無理でも、二人ならどうか。俺はお世辞にもプロデューサーとして優秀とは言えないが、もう一人プロデューサーがいれば幾分やりやすくなるんじゃないかと思ってな。今社長と協力して新しく社員になってくれる奴を捜しているところなんだ」

 




少し短いですが、灯織と零斗の会話はもうしばらく続きます。会話文書くのって難しいや……

補足として、今後零斗以外の人物の一人称を用いる場合はタイトルの前に☆マークを付けます。


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☆風野灯織は物思う②

大変長らくお待たせいたしました。相変わらず話が進んでない。

灯織視点はこの話でいったんおしまいです。女の子の視点書くのって難しいですね……

それでは少しの間お付き合いください。


「新しい社員の方……ですか?」

 

 プロデューサーは頷く。

 

「手が足りないなら増やせばいい。ストレイライトも灯織もだいぶ名前が売れてきて、経営にも余裕ができてきたからな。いい加減複数のバイト掛け持ちしてるやつに事務作業任せっきりなのもまずかろうってな。いい機会だから社員を募集してるんだよ」

 

「バイト……?」

 

 この会社にアルバイトのひとなんていたっけ、と首をひねっていると、プロデューサーは思いもよらなかった名前を口にした。

 

「七草のことだよ」

 

「え、あの人バイトだったんですか」

 

 何だ知らなかったのか、というプロデューサーの声に私は頷く。今日一番の衝撃だった。日々の事務作業から私たちの各種トレーニングまで見てくれるアルバイトなんて聞いたことがない。いつも眠そうにしているのはいくつものバイトを掛け持ちしていて睡眠時間が足りないからだと聞き、私は今まで彼女のことをねぼすけさんだと思っていたことを反省する。

 

「社員募集、なんて言うのは簡単だ。けどこれがなかなか難しくてな。アイドル業界は今や戦国時代まっ只中だろ。生半可な腕じゃ到底務まらない。スカウトしてきました、あるいは選考通しましたけど鳴かず飛ばずで終わらせてしまいました、じゃあ話にならない。俺たち283プロが求める人材は、お前たちも含めて今後増えていくであろうアイドルをきちんとプロデュース出来て、なおかつ美城の武内先輩か、765シアターの佐久間くらいには仕事がデキる奴ってわけだ」

 

 それは何とも、要求するスペックが高すぎるのではないだろうか。タケウチ先輩とサクマなる人物のことは分からないが、片や百人を優に超えるアイドルが所属する大手事務所に、片やトップアイドルが多数所属する最高峰の事務所に勤めているわけであって、それはもう並大抵の能力ではないのだろう。私たちのプロデューサーがわざわざ名前を挙げるくらいなのだから。彼らに匹敵する能力を持つ人材など、そうそう見つかるものではないだろう。いたとしても、芸能界のみならず他業界の会社だって放っておかないはずだ。就職難が騒がれる昨今、とっくに他企業に身を寄せていてもおかしくない。

 

「無理難題ですね……」

 

「だろ? だから全然見つかんなくてな。俺もちょっと焦ってるわけだ。……ただでさえ、俺には三年近いブランクがある。もちろんそれを言い訳にするようなことはしないが、二足の草鞋を履きながらじゃあ、どっちもベストなパフォーマンスを発揮できなくなる可能性は十分にある。さっきも言ったが、何事も中途半端が一番良くない。それに何より、お前たちは今が一番勢いがある時期だ。俺の個人的な問題で足を引っ張りたくはない。だけど――」

 

 プロデューサーはやや困ったような笑顔を浮かべた。問題はそこで振り出しに戻ってしまう。何よりもまず人手が足りない。283プロを支えるための人手が。元プロデューサーだという天井社長がプロデュース業務を引き継ぐとしても、社長職との兼任という形をとらざるを得ない以上、事業の拡大や新規アイドルの雇用は難しくなる。父がぼやいていたが会社とは難しいものらしく、好調な時に事業を拡大すればいいというものでもないが、少なくとも「我々にはこういうビジョンがあり、そこに向けて動いている」ということを顧客に対して示さなければならないらしい。283プロのような芸能事務所ならば既存の所属タレントの各方面への出演拡大や新規タレントの雇用などがそれにあたるだろうか。だがそれをしようにも、283プロにはプロデューサー以外に社員がいない。出演に当たっての書類整備や精査はまだしも、各種打ち合わせや企画会議にはづきさん(アルバイト)を参加させるわけにもいかないだろうから、必然的にそういった業務はプロデューサーが行うことになる。それらがどの程度の頻度で行われているのかは、私にはわからない。わからないが、私を含めたアイドル四人のここ最近のラジオやバラエティへの出演増加を考えれば想像に難くない。きっと相当無理をしているはずだ。

 

「今はちょうど就活ラッシュも終わる頃合いだからな。俺らみたいな弱小芸能事務所が求める能力を備えた人材は残っているかもしれないが、正直望み薄。俺の伝手はプロデュースされる側ばっかりだから使えない。社長は『私にいい考えがある』っつって出張行ってから全然帰ってこない。現状はあんまり芳しくないな……ま、そんなに気にすることはないよ。岡島さんも急がないでいいって言ってくれてたから大丈夫……なはずだしな。復帰はもうちょい待ってもらうことにするよ」

 

 この話はこれでおしまい、とプロデューサーは手をたたき、机に放っていた書類を手に取った。そういえば、仕事の打ち合わせをするために事務所に来たんだっけ。時計を見てみると、既に二時に差し掛かろうとしている。かなりの時間話し込んでいたようだ。

 

「心配かけたな。でも大丈夫だ、なんとかしてみせるさ。それよりほら、打ち合わせしよう。すっかり予定の時間過ぎちまったからな」

 

 その言葉に、私の思考もようやくアイドルとしてのものに戻っていく。当初の目的である「プロデューサーの悩みの原因を探る」ことには成功したのだ。とてもいちアイドルにどうこうできそうな問題ではなかったものの、疑問そのものは氷解した。ならば今私に出来る事は、アイドルとして彼の期待に応える事だろう。

 

「……わかりました、もともとそのために来たんですものね」

 

「うん、その通り。さあ、お仕事の時間だ。今回はラジオの依頼なんだけどな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち合わせはつつがなく終わった。もう少し書類を片付けてから上がるよ、とのことでプロデューサーはまだ事務所にいる。うず高く積まれた書類はとても一日で何とかなりそうな量ではなかったが、退出する私と入れ替わるようにはづきさんが出社してきた。直前にプロデューサーが電話をしていたことを考えると、応援を要請していたのだろう。帰り際、オフィスから「お疲れさん、悪いけど手伝い頼むわ」「報酬はケーキがいいです」「わかった、わかったから……」という会話が聞こえてきた。相変わらずはづきさんにたかられているようだ。なんだか気の毒に思えてきた。

 

「……そういえば」

 

 はづきさんは普段、炭水化物や高カロリーのものをあまり口にしない。差し入れはもちろん、毎日の食事でも。

 

「なんでなんすか?」

 

 と首をかしげながら質問するあさひに「ハタチを超えるといろいろ気にしなきゃいけなくなるんですよ~」とにこにこ笑顔で諭していたのも記憶に新しい。そんな彼女だが、唯一プロデューサーからの差し入れは口にする。のみならず、今日のように自分からねだりに行くことすらある。どうしてだろうと考えていたが、そこまで難しい問題ではないことに気が付いた。

 

「はづきさんも、プロデューサーのファンなのかな」

 

 なんだか正解のような気がしてきた。また一つ疑問が解決したことを喜びながら、私は岐路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のはづきさんに対するこの認識が盛大な勘違いであったことに気が付くのはもう少し先の話になるのだけれど、それをこの時の私が知る由はなかった。

 




短い(自省)

活動報告にも記載しましたが、ようやく身の回りが落ち着いてきたので今後は週間くらいで仕上げられると思います。積んでるガンプラが10個くらいあってなおかつ改造もしてるのでやや不安ですが。嘘です、ちゃんとやります。


次回は再び零斗視点。あのキャラも登場します。お楽しみに……


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シャイニーカラーズ①

新キャラ、プロデュンヌさん登場回。

今回も、少しの間お付き合いください。


「戦いは数だよ兄貴」とザビ家のドズルさんも言っていたとおり、戦争のみならず、あらゆる場面において人手が多いということはそれだけで有利に働く。少数精鋭が悪いとは言わないが、人間一人当たりが持つ平均的処理能力に限界というものがある以上、抱える仕事量は適切であることが望ましい。処理限界以上の仕事を抱えてしまえば潰れるか壊れるかの二択でしかないからだ。

 

 なぜこのようなことを考えているかというと、まさに今、ぼくたちが抱えている仕事の量が限界を超えているからだ。どうしてこんなことになってしまったのか。ぼくらは一日だってさぼりなどしなかったというのに。理由は簡単で、アイドルたちの人気がどんどん上がってきているからだ。各種番組やイベントへの出演依頼、ティーン向けファッション雑誌のモデル依頼、各雑誌のインタビューなど枚挙にいとまがない。仕事があるというのはよいことだ。だといっても限度があるが。これがアイドル戦国時代の力だとでもいうのだろうか。今まで書類を捌くのに割けていた時間を打ち合わせや会合に持っていかれてしまうようになったため、一日で処理できる案件が減ってしまったのが痛い。総人数三人でなんとかやれているのが奇跡めいている。今は社長が出張中なので二人なわけだが。少しでもスポンサーや支援者を増やすためとはいえ、日本の端から端までをたった数日で渡るというのだから大変なことだ。

 ぐっ、と背を伸ばしてみると盛大に骨が鳴った。時計の針は午後6時を指し示していた。いつもならば絶え間なく続いているはずの会話もすっかりなくなってしまっている。ここまで口が回らないのは久しぶりのことだった。

 

「終わんねえなあ……」

 

「終わりませんねえ……」

 

 思わず弱音が漏れてしまうが、七草も同じことを思っていたらしい。目の前に山積した書類は灯織が帰ってからその数を半減させたものの、それでもまだ底が見えない。このまま続けていてもよい結果を出すことは難しいだろう。そう考え、ぼくは休憩を入れることにした。

 

「ちょっと休憩するか。茶でも淹れよう。七草、お前何がいい?」

 

「紅茶でお願いします~。お砂糖多めにしてくれたら嬉しいです~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この事務所にはティーバッグしかないが、市販のものでも美味い紅茶を淹れること自体は難しくない。予め温めておいたティーカップにお湯を注ぎ、そこにティーバッグを静かに沈める。茶葉によって適切な蒸らし時間は異なるためよく確認しつつ、ソーサーなどでカップに蓋をする。おおよそ1~2分ほど待てば出来上がりだ。欲を言えばきちんとした茶葉で、なおかつティーポットで淹れたいところではあるが、ないものねだりをしても仕方がない。時間が取れたら紅茶専門店に足を運んでみようか。

 

「羽丘さ~ん、まだですか~?」

 

いつの間にか後ろに来ていた七草をあしらいつつ、ぼくは砂糖を手に取った。砂糖多めがいいと言っていたから、大体スプーンに三杯くらいで十分だろう。

 

「こら急かすな、そんなグイグイ来なくても紅茶は逃げねえよ。大体まだ五分くらいしか経ってないだろ。せっかちはよくないぞ」

 

「だって、喉渇いたんですもん」

 

「もんってオマエ」

 

 我慢できないほどなら水でも飲めばよかったじゃないか、というと、七草は唇を尖らせて「私は羽丘さんの紅茶が飲みたいんです」とぷりぷりし始めた。そんなにぼくの紅茶を楽しみにしてくれているとは光栄だが、だからといって拗ねるのは違うだろう。相変わらずよくわからないやつだ。

 

「とにかくもう少し待ってろ。せっかく淹れるんなら美味い紅茶にしたいんだよ」

 

「むー、じゃあ私にもっと構ってくださいよ」

 

「構えったってあと一分ちょっと蒸らすだけなんだけど……?」

 

 素直に疑問を口にするととうとう頬を膨らませ始めた。「いけず。昼行燈。甲斐性なし」などと罵倒の言葉までセットでついてきたので始末に負えない。こうなってはもう白旗を上げる以外に対処法がないので、ぼくは両手を挙げて降参の意を示した。

 

「わかった、わかったよ。こいつが出来上がったら気の済むまで構ってやるから」

 

「ほんとですか? うそだったら泣いちゃいますよ」

 

「うそじゃないから。戻って茶請けでも見繕っといてくれ。なるべく話が弾みそうなやつな」

 

「は~い」

 

 先程までのふくれっ面はどこへやら。上機嫌になった七草が足取り軽くリビングに向かうのを横目に見ながら、ぼくはカップに被せていたソーサーを取り払う。ふわりと漂ってきた紅茶の香りは、いつもより芳醇な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅茶と茶請けのショートケーキが潤滑油の役割を果たしてくれたためか、ぼくたちの口数はいつも通りに戻り、事務所を覆うどんよりしたムードはすっかり消えた。休憩を入れてから二時間ほど経った現在、書類は最早十数枚を残すのみとなっていた。終わりが見えてくると俄然やる気も出るというものだ。新しい書類を手に取り流し読んでみたが、こちらの足元を見ているのが丸わかりなのでさっさとお断りのメールを入れておく。冬優子たちを安く見やがってと心の中で先方を罵倒しつつカップに口をつけてみると、すっかり冷たくなってしまっていた。

 

「むう……淹れ直すか」

 

「あ、おかわりですか~? 私も欲しいです~」

 

「はいはい、砂糖はいるか?」

 

「もうこんな時間ですし、いらないかな~」

 

 了解、とぼくが立ち上がったのと、事務所の玄関が開いたのはほとんど同時だった。こんな時間に誰だ、と思い玄関を見やってみると、手に紙袋を提げた天井社長がそこにいた。

 

「あ、社長。おかえりなさい~」

 

「うむ、ただいま戻った。この大変な時期に事務所を空けてしまって悪かったな」

 

「いえ、それは構いませんが。何か収穫はありましたか?」

 

「いや、我々にとってはそうではないが、先方にとっては所詮はただの付き合いだからな、得るものなどそう多くはなかったよ、残念ながらな。しかしそれとはまったく別のところで思わぬ収穫があってな。喜べ、社員が一名増えることになったぞ」

 

 どういうことかと考える間もなく、彼の背後から小柄な女性がおずおずと顔を出した。ぼくを見るなり「ほ、本物……!」と呟いて引っ込んでしまったが、即座に社長に引っ張り出される。

 

「紹介しよう。今日付けで283プロのプロデューサーとなる謝花仁奈くんだ」

 

「よ、よろしくお願いいたします……・」

 

 消え入りそうな声と共に、彼女はぼくたちにぺこりとお辞儀をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後二人をリビングに通し詳しい話を聞いてみれば、謝花さんは社長の友人の娘さん、ということだった。出身は沖縄。東京の大学を卒業後就職したものの、どうやらその会社はかなり黒い会社だったようで、日々心労をため込んでいたようだ。辞めようにも優秀だったことが災いし、あの手この手である日それが爆発した彼女は暴走。すべての家財を売り払い、必要最低限の荷物だけ持って家を飛び出したそうな。会社に辞表をたたきつけ、住んでいたアパートも解約して、もうどうにでもなれとばかりに電車に飛び乗って、気が付いたら聞いたこともない駅のホームに突っ立っていた。遅まきながらに自分のしでかしたことの重大さに気付き、どうしたらいいのか途方に暮れていたところを、出張帰りに謝花家から連絡を受けていた社長に発見・保護され今に至る……と。

 

「なんというか、凄いな……」

 

「でも、もう少し後先は考えたほうがいいと思いますよ~?」

 

「うう……返す言葉もありません……」

 

 項垂れつつ紅茶と茶請けにはしっかり口をつけているあたりなかなか大物のようだ。単に腹が減っているだけかもしれないが。……ところで「羽丘さんの紅茶……へへ……」などと聞こえてくるが、はて、ぼくのファンか何かなのだろうか。時折視線も感じるし、そうであるなら嬉しい限りだ。しかし自分から聞くのはなんだかがっついているような気がしないでもない。とはいえ気になるものは気になるので、さてどう切り出すかと考えていると、社長がお土産に買ってきたちんすこうをもぐもぐしていた七草が謝花さんに近寄っていき、

 

「ところで、謝花さん~。一つ質問よろしいですか~?」

 

「はひっ!? な、なんでしょう、えっと――」

 

「七草はづきです~。先ほどから羽丘さんのことが気になっているようですけど……」

 

 羽丘さんのファンなんですか? という七草の問いに、謝花さんは途端におろおろし始める。あー、とかうー、とか言葉にならないうめき声をあげつつ暫く悶えていた謝花さんだったが、やがて観念したかのように顔を上げた。

 

「う、えっと、はい。学生の頃に『ウル銀』見てからずっとファンで。ライブにも参加させていただいてました」

 

「ああ、なるほど」

 

 言ってくれればファンサービスの一つや二つぐらいするというのに。「ですって」と七草がぼくに振り向くので、軽く頷き、喉の調子を整えるように声を出す。何かを察したのか、慌てて逃げようとする謝花さんを七草が抑えにかかった。

 

「は、放してください!」

 

「羽丘さんのファンサービス受けるの、イヤなんですか?」

 

「そういうことではなく畏れ多いんです! 私は隅っこのほうにいるジメジメしたオタクでいたいんです!」

 

 そういえば同じようなことを辰宮も言っていたな。しかしこれから同僚になる相手なのだ、なるべく打ち解けたいじゃないか。こういう場面で役者であるぼくが出来る事といえばやはり演技しかないだろう。脳裏にゼロの姿を浮かべ、なおも逃げようと暴れる謝花さんに向けて、

 

「あー、あー……『二万年早いぜ!』」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 形容しがたい声を発して謝花さんはぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……何やら騒がしいと思ったらそんなことをしていたのか。少しは手加減してやれ」

 

「死ぬかと思いました」

 

「悪かったって……ほら七草、お前も謝りなさい」

 

「は~い、ごめんなさい~」

 

 ぜいぜいと肩で息をする謝花さんの顔は未だに赤い。刺激が少し強かったか。ライブやファンイベント、試写会などでファンとの距離感には慣れているつもりだったが、ブランクのせいか少し鈍っていたのかもしれない。謝花さんは全く悪いと思っていなさそうな七草に抗議の視線を送っているが、七草はどこ吹く風といった様子でにこにこしていた。

 

やや弛緩してしまった場の空気を引き締めるべく、社長が軽く咳払いをする。

 

「すっかり夜も遅くなってしまったが……改めてわが社の方針を確認しておこう。まず、謝花くんという新たな仲間を得たことで、我々は羽丘を心置きなく芸能界へ送り出すことが可能となったわけだが――」

 

「え、羽丘さん復帰するんですか!?」

 

 謝花さんの驚愕した声が響く。そうなんだよ、と頷いて見せると、なんだかいろいろな感情がない交ぜになった表情で固まったのち、ややしまりのない表情に落ち着いた。

 

「……続けるが、構わないな」

 

 社長の声に頷く。謝花さんも慌てて姿勢を正した。

 

「送り出すとはいっても、羽丘には変わらずストレイライトと風野のプロデュースをしてもらう。謝花くん、君にしてもらいたいのは――わが社のアイドル候補生たちのプロデュースだ」

 

 ずらり、と社長がデスクに書類を並べていく。総数十五枚、その全てに少女たちの顔写真とプロフィールが記載されているのが確認できる。その中には、ぼくが面接やスカウトを担当した子たちもいた。

 

「十五名、ですか」

 

「勿論、一度に全員とは言わない。しかし会社である以上、経営には信用が必要でな。283プロが765や美城に劣らぬ事務所である、ということを各方面に示さねばならんのだ……無理難題を言っていることは分かっているが――」

 

「いえ、大丈夫です。やれます」

 

 謝花さんは力強く言い切った。先ほどまでの姿はどこへやら、今の彼女は美城の常務にも匹敵する『覇気』に満ちていた。なるほど、どうやら彼女は仕事となると人が変わるようだ。社長もそれに気づいたようで、やや口角が上がっている。

 

「全員ソロで活動させる、というわけではないのですよね?」

 

「うむ、いくつかのユニットに分かれて活動してもらう予定だ。既におおまかな振り分けは決まっている」

 

「では、後ほど伺います。それを踏まえたうえで皆さんと一度話しておきたいので、近日中に面談を設けていただけませんか」

 

 こいつはデキる奴だ。ぼくは確信した。社長も満足げに頷き、高らかに宣言する。

 

「勿論だ。では――わが社の命運をかけ、『プロジェクトシャイニーカラーズ』を開始する!」

 




「謝」花「仁」奈で「シャニ」。読みは「じゃはな」だろってツッコミは密に密に。


デュンヌさんはシャニPとほとんど同じ能力(例:よし楽しく話せたな)を持ちますが、性格や仕事のやり方、趣味なんかはけっこう違います。


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シャイニーカラーズ②

ええ、大変遅くなりました。卒論やら何やらでこんなにドタバタするとは思っていなかったです。Zのみならずギャラファイも終わってしまったというのに。めっちゃ面白かったですよね、ギャラファイ。

二ヵ月半でこの程度しか書けなかった無力な私を許してくれ……。

それでは少しの間お付き合いください。



 むくり、と体を起こしてみれば見慣れた天井だった。

 ぐっ、と伸びをしてから出社の準備に取り掛かる。現在時刻は午前五時。出社時間にはまだ二時間ほど余裕があった。ぼくが眠りについたのは確か二時過ぎだったはずなので、少し早起きしすぎかもしれない。スマホを見てみると社長からメッセージ。曰く謝花さんに改めて仕事の説明をするので、出社時間が少し遅くなるとのことだった。であれば早めに出社して、諸々の作業を終えておくのがいいだろう。朝から事務作業というのはやや気が重くなるが。脳を起こすためには食事をするのが一番だ。最近朝は簡単なものしか口にしていなかったので、久しぶりにきちんとした朝食を作ろうと思い、ぼくは台所に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を作っている間、ぼくは昨晩のことを思い出していた。昨日は岡島さんから頂いたメールに記載されていた刻限の日。もともと連絡自体は遅くならないうちにする予定だったのだが、謝花さんの登場で深夜にまでもつれ込んでしまった。いや、彼女は全く悪くない。ぼくがもっと余裕をもって行動していれば済む話だったのだから。それにそもそも、彼女が現れようが現れまいが、ぼくはもう一度ゼロになると答えるつもりだった。

 『もう一度ゼロになる』。そこに至るまでの険しい道筋が少しばかり舗装されたというだけのことではあるが、謝花さんが入社してくれたことは今のぼくには十分すぎる援護射撃だった。今まで抱いていた不安はすっかり消え、一度手放した夢にもう一度手が届くことへの希望が満ちる。昨夜、ぼくは明日以降の予定を決定すると同時に取るものも取りあえず事務所を飛び出した。正直な話、日付が変わるまでに円矢プロ本社に辿り着けるかはわからなかったが、行かない選択肢は最初からなかった。

 結論から言えば、岡島さんはずっと待ってくれていた。曰く、ぼくは必ず来るだろうから、遅くとも明け方までは待っているつもりだったとのことだ。その信頼に目頭が熱くなったことを覚えている。

 岡島さんとの会話自体はそう長いものではなかった。芸能界に復帰すること、新しく迎え入れるアイドルたちの活動が安定するまではそちらを優先することを伝え、あとは軽く雑談を交わしただけ。深夜であったこと、互いに翌日の予定が午前中から埋まっていたことが原因だった。「仕事が絶えないというのも考え物だね」と岡島さんは笑った。全くその通りだ。TDG三部作直後の経営危機に比すれば今の円矢は順調そのものと言っていい。2010年以降に展開されたいわゆるニュージェネレーションヒーローズは日本国内のみならず世界でも人気を博した。ぼくもゼロとして出演した『ウルトラギャラクシーファイト』に加え、漫画・アニメという媒体を用いて展開された『ULTRAMAN』に『SSSS.GRIDMAN』も大きな反響を呼んだ。変則的なところだと『怪獣娘』なども記憶に新しい。更には初代ウルトラマンがアメコミというコンテンツにもなるというのだから驚くほかない。『シン・ウルトラマン』についても、着々と準備が進んでいるようだし。最新のコンテンツのみを考えても一体どれほどの仕事量になるのか。間違いなく馬車馬という言葉すら生ぬるいだろう。だが岡島さんの笑顔は疲れの色も見えたが、むしろ輝いて見えた。

 

「ええ、まったくですね。有難いことではありますが」

 

「違いない。……今日のところはこの辺で切り上げよう。今度ゆっくり腰を据えて話をしようじゃないか。アイドルのプロデューサーとしての話も聞きたいしね」

 

「私の話などでよければいくらでも。来月のどこかを空けておくことにします」

 

「ありがとう。――ああ、それと」

 

 別れ際に、岡島さんはぼくの目をまっすぐに見つめて、

 

「おかえり」

 

「……ただいま、戻りました」

 

 こみ上げる涙を、ぼくはとうとう抑えることができなかった。

 

 

 

 しかし今は手元のだし巻き卵に集中しなければならない。卵料理というのはすべての基本だが、だからこそ難しい。特に形を綺麗に整えようと思うと猶更だ。うまいことやろうとすると却って失敗する確率が上がる(気がする)ので、失敗しちゃってもいいさ……とジョースター卿になりきってみる。そもそも人に振舞うものではないのだから見た目を気にする必要はないのだけれど。菜箸でひっくり返してやると、卵焼きは少しだけ焦げていた。不覚である。

 というわけで朝食が完成する。白米と卵焼きとみそ汁、それから冷凍庫の隅にひっかかっていた紅鮭の塩焼き。ベーコンエッグじゃないしみそ汁もワカメではなくナメコを使っているが、まさしくゴキゲンな朝飯だ……と思わず刃牙になったのも仕方ないだろう。しかし何かが物足りないと見直してみると山盛りのキャベツが足りなかったので急いで刻んで付け合わせた。これで完璧だ。いただきます。

 朝食はとてもうまかった。我ながらいい出来だったと自賛してみる。料理は久しくしていなかったので手際よくできるか不安だったが、何の心配もいらなかった。やはり体に染みついた動作というのはそうそう失わないものであるようだ。腹も満ちたし時間もいい頃合いだ。出社するとしよう。ぼくはジャケットを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出社してみると、既に七草がいた。相変わらず早い……というよりも、ソファに置きっぱなしの毛布を見る限り単に帰っていないだけかもしれないが。彼女の仕事ぶりには素直に感心するが、体を壊してしまってはことだ。きちんと休息をとるように言い含めておかなければならない、とぼくは密かに決意する。そのためにもさっさと仕事を終わらせてしまおう。

 

「おはよう、七草」

 

「あ、羽丘さん。おはようございます~。早いですね~」

 

「お前ほどじゃないさ。今日の作業、どこまで進んだんだ?」

 

 聞いてみたところ、社員であるぼくや社長の押印や検閲が必要な各種書類の作成以外の作業は大まかに終わったとのことだった。各種発注手続きなどすべて終わっているあたりはさすがというほかない。ぐるりと事務所内を見回してみれば、『ようこそ謝花プロデューサー』の横断幕がその存在感を主張している。なるほど、新プロデューサー歓迎会の準備も終わっているようだ。書類等がどれほどの量あるのかは未知数だったが、ざっと確認してみた限りそこまで多くはなかった。

 アルバイト一人では手のかかる量だろうが、二人掛かりならばどうという事はない。事前準備を終え、資料を纏め、今後の予定を印刷した。昼頃には冬優子たちが到着する。時間的にはまだまだ余裕がある。今のうちに事務所内で済ませられる作業は早めに片付け、七草が休む時間を作ってやらねば。

 

「人数分の資料と予定表、纏め終わりました」

 

「ありがとう。こっちも各スポンサーや支援者への連絡と報告が終わった。予定表見せてくれ、定例会議の日程をそれとすり合わせるから」

 

「はい、ただいま」

 

 打てば響くとはこのことだ。本当にアルバイトにしておくには惜しい。そういえば社長とは旧知の仲のようだが、そこに彼女をアルバイトにとどめておく理由があるのだろうか。まあ考えても仕方のないことだ。それよりも、作業が終わった今だからこそすべきことがある。大変眠そうな様子で欠伸をかみ殺している七草を寝かしつけることだ。ソファや床などではなく、きちんとしたベッドで。幸いにして、仮眠室に彼女を向かわせるに足る理由をこじつける材料は揃っていた。

 

「サンキューな。ああ、そういえば」

 

「はい、何ですか~?」

 

「社長と相談して仮眠室に備え付けるアロマキャンドルを買ってあるんだよ。冬優子たちが来るまで時間あるし、今のうちにいくつか試してもらってもいいか?」

 

 七草はきょとんとしていたが、やがて合点がいったようににっこり笑った。

 

「はい、分かりました~。それじゃあ、『備品整理』してきますね~」

 

「おう、頼んだぞ。時間かかっても構わないからなー」

 

 

 

 

 

 

 社長と謝花さんが事務所に現れたのは、それからほどなく後だった。時刻は午前十一時。七草はまだ戻ってきていないが、冬優子たちからの連絡を待って起こしてやればよいだろう。

 

「羽丘、遅くなってすまなかったな」

 

「いえ、好きでやっていることですから。こちら、定例会議の日程と使用する資料を纏めたものです。七草と確認はしておきましたが、後ほど目を通しておいて頂けますか」

 

「確かに受け取った、ありがとう。お前もはづきも、仕事が迅速で助かるよ。ところではづきの姿が見えないが……」

 

「彼女には仮眠室の備品整理をお願いしています」

 

「なるほど。ならもう少し時間がかかるな」

 

「ええっと……?」

 

 男二人で勝手に分かりあっている中、間に挟まれた謝花さんはひたすら困惑している。彼女は今日の主役と言ってもいい存在だ、いつまでもほったらかしにしておくのは良くない。挨拶は実際大事だ。ぼくは謝花さんの前まで移動し、右手を差し出す。

 

「二度目になりますが……改めまして、283プロ社員の羽丘零斗です。これからよろしくお願いしますね」

 

「っ……はい、改めまして、283プロに入社しました謝花仁奈です。至らない点がたくさんあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 謝花さんはしっかりと手を握り返してくれた。こうして、283プロは新たな一歩を踏み出したのだ。




短いうえに話が進んでいない。いつになったらアイドルが出るのか。次からです。

プロット書くのはいいけどそれを遵守しないのならプロットを作る意味はないのでは? と思い始めている今日この頃です。

とはいえいろいろケッチャコ……がついたので投稿ペースを上げられると思います。がんばる。


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Fly to the Sky①

相も変わらず更新が遅い。プロットは守るものであり守られるものだってそれ一番言われてるんだよな。

ところでスタマスの新キャラがジオウだのディケイドだの言われてて平成の残した爪痕の大きさを実感してます。やはりあんな醜い時代は舗装しないと(SOUGO並感)

それでは今回も少しの間お付き合いください。


 謝花さんが正式に283プロに入社してはや数日。彼女が日々の業務に慣れてきたところで、いよいよ新たなアイドルたちを迎え入れる運びとなった。朝から社員総出(二名だけだが)で歓迎の準備に奔走し、ようやくそれが終わったところだ。茶菓子が切れかけているのに気づいたときは肝が冷えたが、歓迎会が午後からのスタートであったのが幸いし事なきを得た。社長とはづきはアイドルたちの送迎のため既に車で出ているので、ぼくと謝花さんはその到着を待つのみだ。社長たちの帰還は予定では午後二時頃。後もう一時間もしたらいよいよアイドルたちとのご対面である。ぼくは彼女たちとは面接やスカウトを通じて会話をしたことがあるが、改めて言葉を交わすとなるとそれなりに緊張するものだ。

 

 

 一息入れるべく、デスクの上に纏めてあったアイドルたちの経歴書を手に取る。総勢十五名。今まで四人だったのが一気に四倍近く増えるわけだ。仕事量はさらに倍増えると思っていいだろう。忙しくなりそうだと思いつつ、彼女たちのプロフィールを改めて確認していく。こうしてみると実に個性的な面々が揃っている。第一印象の範疇を出ないが、一人ずつ思い出してみることにしよう。

 

 

 櫻木真乃。柔らかな羽のような印象を受けたことを覚えている。いわゆる癒し系というやつだが、趣味が登山やハイキングであることを鑑みるに相当なフィジカルも持ち合わせているようだ。確か鳩を飼っていると言っていた。

 

 八宮めぐる。見ているこっちも思わず体を動かしたくなるほどに元気いっぱいで明るい子だった。誰とでもすぐに打ち解けることができるコミュ力の持ち主でもあるので、灯織と組ませてみるのもいいかもしれない。

 

 月岡恋鐘。長崎の子だ。アイドルが天職という表現が最もしっくりくる。そのポジティブさと自分への自信はセンターを任せるに足る逸材だろう。今流行りらしい方言女子なのもポイントだろうか。

 

 三峰結華。アイドルオタクというやつで、初めて会った時もアイドルグッズを抱えていた。ファンの目線を持っているというのは非常に大きな武器になるだろう。サブカルにも強いようで、ぼくを見るなり「うそ、羽丘さん……刹那じゃん……!」と零していた。後でトランザムでもしてあげようか。

 

 白瀬咲耶。元モデルで、その長身と整った容姿がひときわ目を引く。しぐさや言動からも「人を喜ばせる」ことに長けていると感じた。しかしどうにも「ひとりになる」ことに強い忌避感を抱いているようなので少し見ておいたほうがいいかもしれない。ソロ活動よりもユニット単位で活動するほうがあっているだろうか。

 

 幽谷霧子。包帯や絆創膏を身に着けていたのでやや心臓に悪かった。本人曰くおまじないらしい。独特な感性を持っているようだ。やや遠慮がちかつ心配性のきらいがあるので、誰と組ませるべきか慎重に考える必要があるだろう。

 

 田中摩美々。わるい子を自称してはいるが、十分に思春期の範疇に収まっている。何を抱えているのか、何を考えているのか、彼女の心に寄り添ってやれば見えてくるだろうか。

 

 小宮果穂。今回スカウトしてきたアイドルの中で唯一の小学生だが、そのプロポーションは高校生と言っても十分に通用する……というか並の高校生なら蹴散らせるだろう。ぼくも最初は高校生か大学生かと思ったくらいだ。とにかく素直でいい子だ。守護ってやらねばならない。ゼロのことも知ってくれていたし猶更。

 

 有栖川夏葉。大学生でいいとこのお嬢様らしい。持って生まれたものに甘んじることなく努力を怠らないその姿勢は好感の持てるものだ。トップにかける想いも十二分にある。間違いなくリーダーの器だ。

 

 園田智代子。ザ・女子高生といった感じの女の子だ。明るく社交的で親しみやすい。このフレンドリーさはきっと大きな武器になるだろう。何よりとても可愛らしい。可愛いは正義だ。冬優子や灯織がそれを証明してくれているように。

 

 西城樹里。不良っぽい見た目をしているが本質は純情可憐な乙女といった具合の少女だ。本人は語気を強めて否定するだろうがそういうところが可愛いポイントだろう。陳腐で安易な表現にはなるが「ギャップ萌え」というやつだ。

 

 杜野凛世。大和撫子を絵にかいたような美人さんで、着物がとてもよく似合う。意外とお茶目さんでノリもいいため、小宮さんや園田さんと組ませてみるのもいいかもしれない。

 

 大崎甜花。双子である大崎姉妹の姉のほう。インドア派故か趣味故かぼくのことも知っているようだったが、人見知りする性格のためか会話自体はそこまで得意ではないようだった。だが彼女には光るものを感じる。きっと大きく羽ばたけるはずだ。

 

 大崎甘奈。大崎姉妹の妹のほう。とにかく姉の甜花さんのことが大好きで大好きでたまらないようだ。アイドルを志望した理由も甜花さんのためという側面が強いようだが、それがよい方向にいくか悪い方向にいくか、少しだけ不安もある。

 

 桑山千雪。柔和なお姉さんといった雰囲気の女性で、今回所属するアイドルたちの中では最年長となる。社長の袖を直してあげたのがスカウトのきっかけだったらしい。全く関係ないがはづきと仲良くなりそうな波動を感じる。ついでに言えば酒好きの気配もする。

 

 

 

 

「羽丘さん? 何を見てらっしゃるんですか?」

 

 ぼくが何をしているのか気になったのか、謝花さんが近寄ってくる。

 

「ああ、アイドルたちの経歴書を確認していたんですよ。ぼくは全員と一度会っていますし、もう数時間もしたら面と向かって話すこともできますが……書類(これ)から読み取れることもあるかと思いまして」

 

「なるほど……よろしければ私にも確認させていただけますか。これでもプロデューサー、ですから」

 

「ええ、もちろん」

 

 謝花さんは書類を受け取ると真剣な面持ちで読み始める。すっかり仕事モードに入っているようだったので、邪魔をしないように席を離れる。数日の付き合いではあるが、彼女について分かったことはいくつかある。普段はおっちょこちょいという言葉が似あううっかりさんだが、仕事となると人が変わったように厳格になる。手元の仕事が片付くと憑き物が落ちたかのように元に戻る。特撮、特にウルトラシリーズのファンで推しはガイアV1。好きな怪獣はミズノエノリュウ。清々しいまでのガイアオタクである。

 社会人としてはきっちりしている一方でオタクとしてはやや金銭面が散漫で、先日もガチャで爆死したらしい。「今回も天井かぁ……」と呻いているのを聞いた。曰く今年に入って7回目ということだが、天井はそう何度も手が届くものではないと思う。いったいどこから課金額を捻出しているのだろう。まさか食事代を削っているのではないだろうな。ガチャ禁止令を出すべきだろうか。節度を持ってある程度お金を浮かせておかないと、不意打ちでアーツやら大人用変身アイテムやらが出た時に泣きを見ることになる……というよりも、光熱費や家賃が心配である。

 まあ今考えても仕方のないことだ。ガチャ云々に関しても、一応社長との協議がいるだろうし。謝花さんの懐事情は一旦隅に置いておくことにしよう。

 

 

 時計は一時半を示していた。




ようやく名前だけでもアイドルたちが出た。つっても零斗さんの第一印象に過ぎませんが。

資格の勉強やら英文法の復習やら、以前にも増してやるべきことがたくさん。人生は学び続けるものなんやなって。


ここまで読んでいただきありがとうございました。今月中には更新します(宣誓)


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