IS、零 (歩輪気)
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零、円

1話目

※初めの方を少し修正しました。


 …………私の名は織斑マドカ

 

 私は最高の人類を夢見て作り出された人工生命体、織斑千冬を元に作られた人間だ。

 

 しかし、私は出来損ないだった。いつも優秀だった姉さんと比べられ、研究員の奴らから蔑まれてきた。所詮はスペアでしかないということだ。

 

 私の姉さんは数年前にとある男を連れて逃げ出した。私ではなく、その男を……それはそうだ、私のことなど知らないのだから。

 

 それでも飯を貰えるだけマシだった。

 

 でも、そんな生活は突然終わりを迎えた。

 

 生まれてから数年経ったあの日、私は研究員の奴らから殺されかけた。もうこんな出来損ないを生かしておく価値はないということだろう。私の存在は表に出てはならない、なら始末した方がマシということだ。

 

 だから……私はあそこから逃げ出した。

 

 だが、人工生命体とはいえ、まだ幼い私にとって、一人で生きていく術など知らない。

 

 

「…………お腹……空いた……」

 

 

 空腹で死にそうだ、知らない船に乗ってただひたすら歩いて逃げた。おかげでもうこの数日間何も口にしていない。

 

 このまま土に帰るのもいいかも知れない。出来損ないの私の命なんぞ、貴重でもなんでもないのだから。世界を憎む気力も、姉さんのことを追いかける気力も、もう残っていない。

 

「………………」

「………………」

「…………ねえ」

 

 ふと、顔を上げると見知らぬ男児が私のことを哀れむような目で見ていた。

 

「……君、何があったの?」

「…………?」

「やつれ具合が酷い。それにその痣……普通にぶたれてつけれるようなものじゃない」

 

 私には男児が何を言っているのか、空腹のあまり耳に入ってこなかった。

 

「おい零。何やってんだ、さっさと行くぞ」

「礼子姉さん、この子、死にかけてるよ」

「はぁ? んなもんほっとけよ。さっさと帰るぞ」

 

 そう言いながら女性は向こうへ去る。

 

「……とか言ってるけど、姉さんは僕を拾ったじゃないか」

 

 そう言いながら、男児は私を抱き抱える。

 

「軽い……軽すぎる」

「?」

「……帰る場所、ないんでしょ?」

「…………」コクッ

 

 私は男児の問に頷く。

 男児は私を抱き抱えたまま、どこかえ連れていく。もうこの際、こいつの貢物にでもなってやろう…………もう私の命など……

 

 

 

「ん? なんだ、連れてくのか?」

「うん」

「ふーん、おめーにしては珍しいな」

「何となく、助けてあげたかったから」

 

 ゴツンッ

 

「そんな生半可な気持ちで連れて帰んじゃねえよ、そういう所から情報が漏れるだろうが」

「ごめん…………」

「たく、おめーが面倒見るんだぞ」

「わかってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────ー数年後

 

 

 

『シュミレーション終了、お疲れ様でした』

 

 スピーカーからアナウンスが響くと同時に、2mの小型の球体のハッチが開く。中からISのバイザーを付けた少女が出てくる。

 

「お疲れ様、M」

「ん、スコールか。すまないな」

 

 Mと呼ばれた少女は、金髪の淫乱漂う女性から投げられた飲料水をキャッチする。

 

「相変わらず熱心ね」

「なに、仕事がないからただ暇を潰しているだけさ。そう熱くはなってない」

「暇潰しねぇ、にしてはココ最近新記録更新が続いてるようだけど」

「偶然だ偶然」

 

 Mはペットボトルの蓋を開け、ボトル内の水を飲む。

 

「ぷはっ……そういえばオータムと0は?」

「んー、多分もうそろそろ「馬鹿野郎が!」ほら来た」

 

 入口付近から、オータムの怒鳴り声が響く。

 

『たく! だからあんだけ気をつけろっつっただろうが!』

『分かってるって、でも仕方ないだろ? まさかあーも大人数で来るとは思わなかったんだよ』

『お前はいっつもそうやって安易にやりやがって、ちーとはこっちの身にも…………ておい! 0! まだ話は終わってねーぞ! てかその前に傷口塞げ!』

 

 オータムの怒鳴りに振り向きもせず、0はそのまま自室に向かう。

 

「0ったら、まーた何かやらかしたのね。いい加減にしないとオータムの髪の毛がストレスで抜けるわよ」

 

 その光景を、スコールはやや呆れた表情で見ていた。

 このようなやり取り、今日始まったことではない。0が思春期を迎えてからずっとである。

 

「…………それじゃあ、私はオータムを癒しに行くから……あら」

 

 スコールはMに話しかけようとしたが、いつの間にか姿を消していた。

 

「あらあら、相変わらず0のことになると速いわねーMったら」

 

 

 

 

 

「スコール──…………」

「はいはい、どうしたの」

「0の野郎が最近私を避けてやがるー……」

「そう、それは辛いわねー(オータムったら、0を拾った時とはまるで別人ね、まあこの子のこういう一面も好きだけど)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────ー0の部屋

 

 

「…………いっつ、やっぱ痛いな。そりゃあ集団から一斉に撃たれればこうなるか」

 

 今日の仕事は何時もよりキツかった。何せただの強奪に何十人もの警備が着いてたんだからな。ISの。

 こちとら男だからISなんて使えないのに全く上の人間はどうかしてるぜ。

 ま、こうして無事盗んで生きて帰ってこれただけでも良しとするか。

 あーくそ、血が治まらないな。やっぱ礼子姉さんに手伝ってもらった方が良かったか? 

 

 コンコンッ

 

「ん? 誰だ?」

「……私だ、零」

「ん、Mか。いいぞ、入ってくれ」

 

 ガチャッ

 

「だからプライベートではマドカと呼べと…………てお前!? なんだその怪我は!?」

「何って、撃たれたんだよ。まあ動脈やってないから大したことない」

「何処が大したことないんだ! お前と言うやつは本当に…………貸せ!」

 

 マドカは俺から包帯を取り上げ、腕をキツく縛る。

 

「いてててて、きついきつい」

「止血だ馬鹿者。全く、オータムの奴が心配するわけだ……ほら出来たぞ」

 

 マドカは俺の腕を軽く叩く。こうだと軽くでもけっこう痛いもんだな。

 

「サンキュー……て、要はこれだけか?」

「ん、そうだな」

 

 マドカは何故か顔を赤くしながら両手を拡げる。

 

「何それ?」

「……!? このバカ!」

 

 マドカは俺の頭をはたく。一応頭も掠ったから結構痛い。

 

 ダキッ

 

「バカ……約束だろう……帰ったらハグするって」

「……そういえばそうだったな」

 

 そうか、確か任務前にマドカと約束したんだっけか。流石に今回は死ぬかもしれないからもし生きて帰ってきたら何かするって、たしかあん時もマドカにはたかれたっけか。

 

 それにしても随分と熱い抱擁だな。

 

 ん? 

 

「お前、泣いてるのな?」

「…………」ギュウゥゥゥ…………

「ぎ、ギブギブ」

 

 俺を絞め殺すきか。

 

 まあいい、約束は約束だ。今日は好きなだけ抱かせてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

「はい、食べて」

「………………」

 

 男児に抱き抱えられた私はそのままとある場所に連れていかれた。どうやらこいつとさっきの女性が泊まっている部屋らしい。

 部屋に入って早々私は服を脱がされ、シャワーを浴びせられた。体も洗われた。髪が酷くパサついていたため、洗われた時はちょくちょく引っかかっていた。

 そして今、男児は私に料理を差し出してきた。何やらスープのようなものである。

 だが正直、空腹が続いた状態で食べ物を見ると、逆に気持ち悪さが増す。

 

「一応消化にいいものを入れといたから」

 

 そう言うと、男児はスプーンで料理を掬い、私の口元に近づける。

 気持ち悪くてあまり食欲はわかない。しかし空腹なのは確かだった。

 結局私は空腹に耐えられず、気持ち悪さを押し殺しながら差し出された料理を頬張る。

 

「………………」

「美味しい?」

「………………」

 

 あまりに空腹だったため、味は分からなかった。けど温かいスープがお腹を満たしてくれていたのは理解出来た。何日間ぶりか分からない食事だった。

 

「泣いてるの?」

 

 男児に指摘され、私は自分の目から涙が出ていることに気がつく。

 そういえばココ最近追われている恐怖で涙なんか流す暇がなかった。

 

「…………ひぐ……」

「よしよし」

 

 男児は私を優しく包み、頭を撫でる。

 こんなことをされたのは生まれて初めてだった。あそこでは人間のような扱いを受けていなかったからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、零、飯買ってきたぞ…………何やってんだお前」

「ああ礼子姉さん、おかえり。ちょっとこの子が泣いちゃったからさ。寝るまで少しね」

「おめーが泣かせたのか?」

「うーん、多分。料理が不味かったのかな?」

「お前が作るスープが不味いんならそこいらの野郎のはドブの味だな」

「褒めてるの?」

「貶してはねえよ…………で、そいつどうすんだよ? お前がちゃんと面倒みるってんなら上の奴らに私から話をつけておくけど?」

「うん、出来ればそうして欲しいけど。僕の時はどうだったの?」

「あー、あんまし難しくはなかったな。お前だって別に反抗的なわけじゃなかったし。何より家は人手不足だから子どもでも真面目にやる気のあるやつは大歓迎だってよ」

「……じゃあこの子に聞いてみるしかないかな。出来れば危険なことから遠ざけたいけど」

「なんだ、そいつが好きになったのか?」

「好きって?」

「……あー……お前にはまだ早かったか……いや忘れてくれ。ほれ、とりあえず飯」

「? ありがとう」

 





オリ主。幼い頃にオータム(礼子)に拾われた。


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零、円2

2話目


 ────────────────ー

 

 

 

「…………ん、いつの間にか寝てたか」

 

 どうやら俺はいつの間にか寝ていたらしい。ベッドの周りには包帯やらが散乱していた。隣ではマドカが可愛い寝顔をしながら眠っている。

 

「…………ん…………」

「相変わらず寝顔は変わらないな」

 

 マドカを拾ってから約10年、ガリガリだったこいつも今では男女両方が振り向きそうな美少女になった。そりゃそうだ、何せマドカは織斑千冬と瓜二つなんだからな。ま、俺には関係ないことだ。マドカが織斑千冬と姉妹だろうがクローンだろうが知らねえよ。

 一時期このことで上が何やらやらかそうとしてたが、直ぐに文句を言ってやった。忠誠心がどうのこうの言うからとりあえず命令通り無理難題な任務をこなした、死にかけたけど。流石に驚かれたというか呆れられたというか、まあとりあえずマドカについては口出ししない約束を付けさせた。姉さんから殴られたけどね。

 それにマドカ自身織斑千冬の話はあまりしたくないようだ。

 正直今目の前にあの女がいたなら一言文句を言ってやりたい。まあレインから聞いた話ではかなりの脳筋ゴリラらしいから話し合えるか分からないけど。あんな女とマドカを一緒にすんな。

 

「……ん、零…………!?」

 

 マドカが目を開いたと思ったら飛び起きた。何してんだ。

 

「何顔赤くしてるんだ?」

「あ、いや! 何でもないぞ! 何もやってない! 決してお前の隙を着いて寄り添おうなどと…………あ、いや! 今のは忘れてくれ!」

「さっきから何言ってんだ?」

「あ、あぅ……」

 

 顔どころか体も熱くなってる。タンクトップ姿で何やってんだか。

 

 

「おーい、0。飯の時間だ……ぞ」

「ん? なんだ姉さんか。入るならノックぐらいs「ゼェェェロォォォォォォ! テメェェェェ!!!」

 

 姉さんがいきなり俺の胸倉を掴んでグラグラと前後に揺らす。寝起きだからやめてくれ、余計頭が痛くなる。

 

「何怒ってんだよ」

「何じゃねえよ! お前って奴は! やる時はホテルとかでやれってあれほどいっただろうが!」

「いや、何の話だよ」

 

 

「オータムー? どうしたの?」

「スコール! 0の野郎がとうとうMに手ー出しやがったんだよ! あれほどここでやるなっつったのにー!」

「あらあら、それは辛いわねー(まあ多分勘違いでしょうけど)」

 

 姉さんは途中から来たスコール姐さんに泣きつく。マドカも何かゆでダコみたいに赤くなってるし。よく分からんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「今日から僕と一緒に暮らして行かない?」

「…………え?」

 

 男児、名前は零と言ったか。零に拾われてから数日後、私は彼から突然そんなことを言われた。

 

「まあ正直普通の暮らしはおくれないけどね。やってる事テロだし。捕まったら即アウトだけどね」

 

 零は笑いながらそう言うが、テロがどういう事なのか、監禁状態だった私にだってそのくらいのことは分かる。やれば確実に殺されるか良くても拷問を受けることぐらいは。

 

「どうかな?」

「……私なんかが行ってもいいの?」

「うん、一応姉さんには話して貰えるよう頼んであるから多分大丈夫だよ」

「…………」

 

 私には帰る場所などもうない、もともとなかったようなものだが。

 

「…………私も……行きたい……」

「そっか! 良かった!」

 

 零は純粋な笑顔を私に向ける。

 私にとって初めて優しくしてくれたのは零だった。それにもともとこの命は捨てようと考えていたものだ。なら彼の傍で尽きるまで恩を返していく方がいい。

 

「あ、そういえば君、名前まだ聞いてなかったね。なんて言うの?」

「え……ま、マドカ……」

「マドカかぁ! これからよろしくね! マドカ!」

「う、うん……」

 

 こうして私は亡国機業の一員になった。

 それからというもの、私は零やオータム、スコール達と一緒に仕事のついでに世界を巡った。研究所では一生観れなかったであろうものを沢山観た。それに亡国機業はテロと言っても悪いことばかりやっている訳では無い、国の暗躍から売店まで様々だ。下手すればそこらの企業よりもホワイトかもしれない。まあ姉さん……織斑千冬関係で一時期危うくなったが。その時は零が身を呈して守ってくれた。

 正直あの3人には感謝したくてもしきれない。まるで本当の家族のように一緒に過ごしてきた。

 あの時私は自分の命などどうでも良かった、でも今は零のために生きていきたい、死にたくないと考えている。

 

 

 そうして私は織斑という苗字を捨てた。もういらない、こんなもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 とあるBARのカウンター席、2人の女性が並んで座っている。1人はドレスに身を包み、もう1人は項垂れていた。

 

「スコール……」

「はいはい、どうしたの?」

「最近零の野郎、私のことを避けてやがるんだ」

「そうねぇ、最近は特に避けられてるわね」

「昔はよォ、礼子姉さん礼子姉さん言いながら私の後をウザイぐらいついてきてたのによォ、初めの頃なんて仕事場まで来るぐらいだったのによォ!」

「あぁ、あの時ね」

 

 あの時とは零がオータム……礼子に拾われてから間もない頃のことである。

 まだ幼い零は、礼子の後ろをいつも着いて来ていた。ウザがられようが、怒鳴られようがお構い無しに。

 ある日礼子がとある悪い噂が流れる店にアルバイトとして潜入した際、零がいきなり店に来て大変なことになった。

 何でも仲間の1人がうっかり教えてしまったとか。幸い大事にならずに済んだものの、その後スコールと礼子は上から酷く叱られたそうだ。

 

「あの時は大変だったわぁ、まあ大幅減給で済んだから良かったけど」

「あんなに一緒にいたのによォ、いつの間にか離れて色々やるようになって、最近だと全然甘えてくれないよぉ! 私だって心配してんのにぃ!」

「よーしよし、オータムは偉いわねぇ(まあ男の子の思春期ってそんなもんよ)」

 

 礼子はスコールに泣きつく。

 ちなみにこの光景は週3回のペースで目撃されている。

 

「お冷です」

「ありがとう」

 

 見かねたバーテンダーが水を差し出す。このやり取りもしょっちゅうである。

 

「(でも零も零でシスコンなのよねー、本人とオータムは気づいてないけど。そういえば最近あの子からよく零のこと聞かれるけど…………まさかね)」

 

 スコールは自分の姪であるレイン・ミューゼルの最近の言動を察しつつ、敢えて無視する。

 

 

 



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零、雨

3話目


 ────────────────ー

 

 

 俺の名前はレイン・ミューゼル。

 

 あいつと初めて会った時、正直俺はあいつが嫌いだった。いつもオータムについて行ってばかりで弱々しかった。

 俺にまで軽々しく話しかけてきたから初めの方はウザかったぜ。

 でもあいつには力じゃなくて、心の強さがあった。弱くても諦めない、何のかんのいって困っている奴を見捨てない、あんなに当たってた俺のことも怖い男どもから守ってくれた。

 今じゃあなかなか逞しくなったけどよ。

 確かあの時からだな、俺があいつのことを…………

 

 

「センパーイ? おーい?」

「……ん? なんだよフォルテ」

「いやぁ、さっきから呼んでたんすけど……」

「あ、悪ぃ。ちょっと考え事してた」

「へー、もしかしてこの前話してた故郷に残した零君のことっすか?」

「んー、まあな。あいつ今頃どうしてっかなーって」

「ふーん、そうっすかそうっすか、先輩にとって私はセフレですか」

「おいおい拗ねんなって……てかあいつとはそういうのじゃねえよ!」

「怒った顔も可愛いっすね」

 

 あ、そうそう。俺今IS学園の生徒なんだわ。ちなみに名前はダリル・ケイシーって名乗ってる。叔母さんから潜入しろって言われたからよ。で、こいつはフォルテ・サファイア、俺の彼女だ。

 最近零のことを話したら「それ普通に好きなんじゃないすか……」とか言って拗ねたな。

 まあ、そうなのかもしれねえな……。

 

「あ、そういえば今度男子がここに入学するらしいっすよ」

「んなこと知ってるよ。確か織斑千冬の弟だろ?」

「かなりのイケメンらしいっすねー……できれば私は避けたいけど」

「あれがねぇ」

「噂では中学の時に多くの女子を虜にしてたものの鈍感さゆえに泣かすことが多かったとか」

「はん! あんなもやしに惚れるかってんだ。どうせ中身は色んな意味でやべー奴だろうよ」

「例えば?」

「姉貴関連のことで変なことにブチ切れて相手を殺しかけるとか?」

「ないない」

 

 まあ、どっちでもいい。男子だろうがイケメンだろうが知るかよ。

 にしても織斑千冬の弟か…………そういえばマドカってあいつにそっくりなんだよな、前それ言って怒られたけど、まああんま触れない方が良いみたいだ。あいつは零に拾われた時からずーっと一緒だったらしいし、今でも一緒らしいし、今頃零に添い寝とかなんかしちゃったりして…………

 

「先輩、何か怖いっす……」

 

 くそ、マドカばっかり。俺なんてここ数年あえてねえのに! 

 

「おーい、センパーイ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 とある広場

 

 

 

「来んじゃねえよ! きもちわるい!」

「え、僕別にまだ何も……」

「ついてくんなっつってんだよ! お前みたいにヒョロいやつに付きまとわれるとウザイんだよ!」

「でも礼子姉さん達が一緒にここで待ってろって」

「あーもう! 知るかそんなもん! とにかくついてくんな!」

 

 結構前に、おばさんが面倒を見てるオータムが男の子を拾ったらしい。それがこのヒョロ男だ。名前は零、オータムが名付けたらしい。俺より年下だ。

 俺はこいつが嫌いだ。ヒョロいくせにいっつもついてきやがって。この前なんてオータムの仕事場まで来て大変なことをやらかしたとか。こんな野郎男じゃねえ。だから嫌いだ。

 

「来んな!」

「あ、待って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後

 

「…………なあスコール、零とレインは?」

「いないわね……全くあの子達ったら、あれほど待てっていったのに」

「…………たく、手間のかかるガキだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………やばい、ここ何処だよ」

 

 零から逃げた俺だったが、気づいたら知らない場所にいた。まずい、叔母さんに怒られる、叔母さん怒るとこえーからなぁ。

 てか本当にやばい、どこか分からない。

 

「ハロー、どうしたんだいお嬢ちゃん?」

「迷子かな? お兄さん達が案内しようか?」

 

 若い男が2人近づいてくる。俺にはすぐ分かる、この2人は間違いなく誘拐犯だ。この前叔母さんが言ってた。ここいらはそういう輩が多いって、仕事で被害にあった子どもにあうと大体ここら辺の子どもだって。

 逃げないと。

 

「く、くんな……」

「何か震えてるねぇ、迷子だからかなぁ?」

「それは大変だ、じゃあ一緒に探さないとね」

 

 2人は悪い笑を浮かべながら俺に近づいてくる。くそ、何で足が動かねえんだよ。怖がってんのか、俺。

 

 誰か、誰か助けて……叔母さん。

 

 

 

 

「あ、あの…………」

「ん? 何だい坊や? 君も迷子かな?」

 

 横から男の子の弱々しい声が聞こえた。その声の主はあいつ……零だった。今でもチビりそうに震えてやがる。

 何で来たんだよ、お前までやられるぞ。

 

「いえ、あそこ……お巡りさんが見てます」

「「はっ?」」

 

 男がお巡りさんの言葉に反応して向こうの方を見る。

 

 無論、そんなものいない。

 

「い、いこ!」

「え?」

 

 零は俺の手をガシッと掴むと、その場から逃げるように走る。

 

「おい!」

 

 でも俺達はまだ子どもだ。大人に足の速さで勝てるわけが無い。

 男2人は直ぐに追いつき、俺達を挟み撃ちにする。

 

「このガキ!」

「い…………」

「零!」

 

 男の1人が零の頬を勢いよく叩く。

 

「おいおい、よせって。傷つけたら安くなんだろうが」

「あ、あぁ、悪い。つい感情的になっちまった」

 

 そう言いながら2人は俺達にジリジリと近づく。

 俺は怖くてその場でへたり込んだ。

 

「零……」

「…………」

 

 でも零は俺を守るように立ち塞がった。そんなことしても無駄なのに、俺達2人とも売り飛ばされるのは変わんないのに、何で。

 

「とりあえず早く済ませるか」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ビチ〇ソ野郎共。何うちのガキに手ー出してんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、だからあそこから離れんなっつっただろうが!」

「「ごめんなさい…………」」

「まあいいじゃないの。私達も悪かったわよ、ほんの少しだけなんて思ったんだから」

「……そうだけどよぉ」

 

 数分後、俺と零はオータムからこっぴどく叱られている。

 男が俺達に触れる寸前のところで、オータムと叔母さんが助けてくれた。

 ちなみに男2人は滅多打ちにした後、警察に放り投げた。なんでも警察も目をつけていた奴ららしい。

 

「ま、とりあえず無事だったから良かったわ」

「はぁ……ほら、行くぞ。アイス買ってやるから」

 

 そう言うと2人は歩いていく。俺達も離れないように後ろを着いていく。

 

「…………なぁ」

「ん?」

「痛くねえか?」

「うん、少し。でも大丈夫、直ぐに治るよ」

 

 零は腫れた頬を少し抑える。俺を助けようとして付けた傷だ。

 

「……ありがとうな……」

「?」

「俺を助けてくれてよ」

「え、うん。でも結局捕まっちゃったけど」

「それでもお前はすげぇよ。俺なんて何も出来なかった……」

 

 その場でへたり込むしか出来なかった俺なんかと比べれば零は強い。年下で俺よりも小さいのに。

 

「なぁ、俺の事、名前で呼んでいいぞ」

「え? いいの?」

「うん」

「じゃあ、レインって呼ぶね! よろしく、レイン!」

「……!? お、おう。よろしく」

 

 それから俺は何かと零の面倒を見るようになった。俺にとっては弟みたいな存在だ。飯作ってやったり一緒に寝てやったりした。

 マドカが来てからあいつは変わった、いい意味で。責任感ってのが強くなったのかな? 末っ子キャラが徐々に抜けてったぜ。

 IS学園に入学してからは会えてない。

 通信越しで話すぐらいだな。

 

 

 

 くそ、マドカばっかりずりぃよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────別の日

 

 

 今日、俺はすごく気分がいい。とうとう零と再会できるからだ。何でも仕事関係でIS学園から近い場所にあるホテルに泊まるらしい。そんで叔母さんから良かったら来いって。

 

「あいつ、元気にしてっかなぁ」

 

 零とはここ数年逢えてない。通信越しでしかあいつの顔は見れなかったが、かなり逞しくなってた。あんなヒョロかった弟がいつの間にか男になってるなんて……とりあえず今は一刻も早く逢いたい、逢ってハグをしたい。どうせなら今日1日一緒に寝てもいい。

 そしてとうとうあいつが泊まってる部屋の前まで来る。とりあえず1度呼吸を整えるんだ。

 

 ガチャッ

 

「零!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ零」

「モグッ……ああ、前よりも美味くなってるよ」

「そ、そうか。ほら、どんどん食べてくれ。唐揚げは特にオススメだぞ」

「そう焦るなって、ちゃんと味わって食べるからよ」

 

 

 

 

 

 

「…………おい」

「ん? あれ、もしかしてレインか? 久しぶりだn「マドカァァァァァァ!! てめぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 俺はマドカの肩を掴んで前後に揺らす。揺らさないわけないだろうが! 

 

「な、なんだ! 何を叫んでいるんだ!」

「ふざけんなぁ! おめー何独り占めしてやがるんだ!」

「何を、私はただ零に手料理を食わせてただけだ。それに独り占めとは人聞きが悪いぞ、なあ零」

「モグッ……まあ結構な頻度で食わせて貰ってるかな」

「ちくしょおぉぉ……」

 

 やっぱこうだろうとは思ってたけどよぉ! そりゃあ何年も一緒にいりゃあそうなるけどよぉ! くそぉ! 

 

「おいおい、外まで叫び声が聞こえてるぞ…………て何やってんだお前」

「あらー、レインじゃないの。どうしたのよこんなところで泣いて」

 

 叔母さんとオータムが部屋に戻ってくる。2人とも相変わらず変わってない。

 おい叔母さん、何笑ってんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、いきなりマドカに掴みかかるから驚いたぞ」

「ふん、お前が鈍感すぎんだよ」

「?」

 

 暫くして俺は数年ぶりに零と2人きりになった。叔母さんとオータムが気を利かせてマドカを連れて何処かに遊びに行ってくれたおかげだ。

 

「にしても随分雰囲気変わったな」

「零だって同じだろ、てかお前話し方変わってねえか?」

「ん、そうか?」

「そうだって。前なんて一人称僕だったじゃねえか」

「あー、まあ確かになぁ」

「ま、別に気にしてねえからいいけどよ……とりあえずほら」

「?」

「数年ぶりにあったんだ。ハグぐらいさせろよ」

「いや、別にそんなことしなくてもぐふっ!」

 

 俺はごちゃごちゃ言う零を力いっぱい抱きしめる。今まで逢えてなかった分思い切りだ。

 

「(マドカといいレインといい、何でこうもハグが好きなんだか……)」

「そういえばお前、この前付けた怪我は大丈夫なのか?」

「ああ、あの強奪の時につけた奴のこと? もう殆ど完治してるよ。腕も動かせるようになったし」

「そうか、なら良かった」

「お、おい、もうそろそろ苦しぐふっ!」

 

 やだね、離してやるもんか。このまま一緒に寝てやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイン貴様ぁぁぁぁ!! 独り占めしてるのはどっちだ!」

「はぁ!? ふざけんな! こちとら何年あってねえと思ってんだ! こんぐらいやる権利はあるに決まってんだろ!」

「お、おい。流石に苦……ちょ……ギブ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 

 

「なあスコール」

「はいはい」

「弟が彼女複数連れてきたらよぉ、どうすればいいと思う?」

「一夫多妻制の国に送り付けるとか?」

「ちくしょう、やっぱ認めるしかねえのか……くそぉ! こうなったらとことん飲んでやる!」

「明日仕事だから今日はこれ以上ダメよ」

 

 

 

 



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零、刀

4話目


 ────────────────ー

 

 

 

 

「………………」

 

 私は今、自分だけの秘密の場所にいる。誰にも知られてない、自分が自分で居られる場所。

 

 

 そして今日も皆から叱られた。

 跡継ぎなんて生まれてから決まってたことだもん。仕方ないかもしれない。でも、それでも辛い。いつも期待されて、応えられなかったときの皆からの視線が怖い、でももし応えたらまた簪ちゃんへの風当たりが強くなっちゃう。

 

「…………もう嫌」

 

 誰も私を助けてくれない、誰も私の話を聴いてくれない。お姉ちゃんだから頑張んないといけないのはわかってる、でも、それでも無理なものは無理よ。

 いっそこのままどこかへ行ってしまいたい。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここ、どこ」

 

 ふと、顔をあげると、知らない男の子が泣き顔で蹲っていた。迷子かな? 

 

「どうしたの?」

「……礼子姉さんとはぐれちゃった……もう疲れて動けないよぉ……」

 

 そうか、この子お姉ちゃんとはぐれちゃったんだ。体も泥まみれ、きっと転んだのね。

 

「大丈夫、私がついてるから、暫くここで休も?」

「うん……」

「君、名前は? 私は刀奈よ」

「……零」

 

 それから私は暫く零君と話した。

 何でももともとは海外に住んでて、お姉さんの仕事関係で日本に遊びに来たらしい。それで今日はお姉さんや友達とこの付近に来た、でも途中で迷子になっちゃってここに迷ってきたんだって。

 

「何で刀奈お姉ちゃんはここで泣いてたの?」

「んー、ちょっとね、家族のみんなから怒られちゃったの」

「? どうして皆刀奈お姉ちゃんのことを怒るの?」

「私がやりなさいって言われたことを上手く出来なかったからよ。お姉ちゃんだから失敗はダメなの」

「へー」

「でもね、私だって子どもだもん、失敗の1つや2つしちゃうわよ。でも成功するとね、今度は皆私の妹を怒り始めるの、『なんで刀奈みたいに出来ないんだ』って」

「……何でそんなこと言うんだろう」

「みんなから私に期待してくれてるからかな。でも、それでも辛いのよ。みんなから期待されればされるほど失敗した時が怖いし……成功すれば妹への当たりが強くなるし……誰も私のことなんて分かってくれないもの……」

 

 何でだろう、この子とはさっき初めてあったばかりなのに、何でこんなに本音が漏れるんだろう。

 

「……礼子姉さんが言ってたんだけどね」

「?」

「本番じゃないなら失敗は何度もしろって、成功は本番ように取っておけって言ってたよ」

「? どういうこと?」

「わかんない、でも成功は貯められるんだって。僕もよくわかんない」

 

 零君はお姉さんの言葉の意味について、首を傾げながら考え始めた。でも今ので何となくお姉さんの言いたいことは分かったかな。

 

 成功は貯めておけ…………か。

 

 

 

『れーい! どこだー!?』

 

 

 

「あ、礼子姉さんの声だ」

「あら、良かったじゃない。心配してるから早く戻りなさい、あそこから抜けれるから」

「うん、ありがとう。刀奈お姉ちゃん!」

 

 お姉ちゃんか……何だか弟が出来たみたいね。

 

「ねえ、明日もここに来てもいい?」

「……うん、いいよ」

 

 そう答えると、零君は笑顔でお姉さんのもとへ戻っていった。

 

 

 

『礼子姉さん!』

 

 ゴツンッ

 

『痛い……』

『馬鹿やろぉ! どこいってたんだこらぁ! 泥だらけだしよォ!』

 

 向こうから泣きながら説教する女の人の声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 それから私は数日間、零君と秘密の場所であっていた。そこで零君は色んなことを話してくれたわ。

 零君と零君のお姉さんは血が繋がってないらしい、お姉さんに拾われたとか。でも零君はお姉さんのことを本当のお姉ちゃんのように慕ってるみたい。それに零君にはお姉さんとは別にお姐さんがいるらしい、本当に大好きなのね。

 

 気づくと私も自然と零君に色んなことを話していた。それに零君とあってから周りからの視線があんまり気にならなくなった。失敗してもまた次頑張ろう、そう思えるようになった。

 

 でもそんな日も終わりを迎えた。零君がもうすぐ日本を離れるんだ、正直寂しい。でも零君にだって事情はあるんだもん、仕方ないわよ。

 

 

「刀奈お姉ちゃん、これあげる」

「? これは?」

「扇子って言うんだって、暑い時に扇ぐ道具だよ」

 

 知ってる。いつもお父さんが使ってるもん。

 

「僕、刀奈お姉ちゃんのこと絶対忘れないよ。だから刀奈お姉ちゃんも僕のこと、忘れないでね」

「…………うん、絶対に忘れないわ」

 

 私は零君から扇子を受けとる。

 

 こうして私と零君の2人だけの時間は終わった。短い期間だったけど私にはすごく楽しい時間だった。

 今でも彼の言葉は忘れてない。練習で失敗しても気にせず次に進む、そして本番で成功を掴む、今の私のモットーだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからもう10年は経つ。正直色々ありすぎて訳わかんない。

 一時期簪ちゃんと大喧嘩したけど、ちゃんと仲直りした、思いなんて言わないと伝わらないもの。

 

 

 

 

 

 

「…………零君は元気かなぁ」

 

 でも、それでも私は零君のことをずっと覚えてる。プレゼントの扇子も手入れしながらずっと愛用してるわ。

 

 

 

 きっといつか、会える日を待ってる。

 

 そして自分の気持ちを…………

 



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零、兎

5話目

辛い日をくぐり抜けた 人だけが持つ輝き


 ────────────────ー

 

「どういうことだ? 何であの試験体だけ『ヴォーダン・オージェ』が適合しない」

「さあね、他の試験体はちゃんと適合したというのに……ま、あれが出来損ないだったってことよ」

「はあ、結構優秀だと思ったんだがなぁ……期待外れか」

 

 あの日、私の人生はドン底まで落ちた。私は普通の人間では無い、『遺伝子強化試験体』として、1種の生体兵器として生み出された存在だ。

 私はありとあらゆる兵器の操縦技術、及び戦略を修得している、戦いの道具として生きることが私……いや、私達の存在意義なのだ。

 でもあの日……ヴォーダン・オージェを移植した時、私はそれに適合しなかった。何故こんなことになったのか自分でも分からない、何が悪かったのかも不明だ。

 

 それからは毎日が地獄のようだった。周りからは『出来損ない』の烙印を押され、いつも軽蔑した目で見られていた。それもそうだ、私はいつも周りを見下していたのだから、やられていたものにとっては溜まったものではなかっただろう。

 軍内部に私の居場所など一切なかった。

 

「みてよあれ」

「なんであんな出来損ないが私達と同じように扱われるのかわかんないわ」

「やめなって、聞こえるよ」

 

 また言ってる、あの日から毎日のように言われてるからもう慣れたがな。

 

 もういっその事死んだ方がマシなのか? 

 

 

 

 

 

 

 ある日、同じ軍に所属しているクラリッサから外出を勧められた。彼女は唯一私のことを気にかけてくれた人物だった、彼女には感謝しきれない。

 

 

 

 

 

「よし、行くか」

 

 彼女から借りた(というより押し付けられた)服を見にまとい、キャップを深く被り、私は外に出る。そういえば個人的に外出したのは今日が初めてか、いつもは仕事関係のことが多かったからな、身分証と財布と通信機はちゃんと持ってるな? よし。

 

「とは言ったものの、何をすればいいんだ」

 

 あんな息苦しい場所から少しでも離れることが出来たのはいい、しかしこれといって行きたい場所もやりたいこともない。地図は覚えた。

 あそこでは子どもが無邪気にはしゃぎ、それを母親が優しく見守っていた。家族というのはああなのだろうか。

 

「そいつを捕まえて!」

 

 何やら向こうの方で女性の叫び声が聞こえた、と思ったら、何やら男が駆け足で逃げていた。

 

「待て!」

 

 とりあえず目の前で起きたのなら捕まえなければならない。これも仕事の1つだからな。

 にしてもなんだあの男は、なかなか速い、どうせならひったくりなどやめてオリンピック選手にでもなった方がいいだろうに。

 

「ぎゃっ!」

 

 と思っていたら、男がいきなりその場で転けた。隣にいる少年が足を引っ掛けたのか。

 

「て、てめぇ」

「ふん!」

「ぎゃあ!」

 

 とりあえず押さえよう。

 

「…………」

「あ、おい!」

 

 少年は何も言わず、どこかへ去っていった。一言ぐらいなにか言えばいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「はぁ」

 

 全く、ひったくり犯がなかなか大人しくしないわ走り疲れるわ、今日は散々だな。というかなんださっきの警察官、『まだ小さいのに嬢ちゃん凄いねえ』だと、私をいくつだと思っているんだ、少なくとも中等教育は受けられるぞ。

 

 はあ、何だか腹がすいた。あそこでアイスクリームでも買うか。

 

「いらっしゃい」

「チョコと、そうだな、バニラを貰おう」

「はいよ」

 

 何とか上手くいったか。実を言うとこんな経験をしたのは初めてだ、以前一緒に仕事をしていた者がこうやって買ってたからな、見ておいて正解だった。

 

「財布…………あれ」

 

 ない、何故だ。何でないんだ。まさかひったくり犯を追いかけた時に落としたのか? いや、身分証は別に持っているから大丈夫だが。どちらにしろまずい、このままでは食い逃げ扱いで捕まる。

 

「はい、出来たよ。3ユーロね」

「あ、いや、その」

「……3ユーロね?」

 

 まずい、怪しんでる。どうすれば。

 

「3ユーロ、ここ置いとくよ」

「兄ちゃん、この子の連れかい?」

「まあね。とりあえず受け取ってよ、それでいいだろ?」

「ふむ、毎度」

 

 と思っていたら、横から知らない男が3ユーロ(+α)を店員に支払った。

 ん? お前は。

 

「さっきの青年か?」

 

 その男は先程ひったくり犯に足を引っ掛けた少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきは助かった。礼を言う」

「別にいいよ、それよりもアイスは美味しい?」

「ああ」

 

 私は今、少年と一緒に公園のベンチで腰を下ろしている。

 

「とりあえず、はい」

「ん……ん? それは」

「道中で落ちてたけど、これ、君のでしょ?」

 

 少年から差し出されたのは、間違いなく私の財布だった。

 

「ここいらは治安が悪いんだ、財布なんて落とすもんじゃないよ」

「ああ、そうだな……ん、待てよ。何で私の財布だと分かったんだ?」

「いや、だって。この財布のマーク、君の着てる服と同じ兎のマークが着いてるから。というかあそこでこんな財布持ってるのって多分君ぐらいだし。帽子も上着もズボンも同じマークが入ってるって……」

「? そんなにへんか?」

「うーん、まあ変と言ったら変、なのかな。とりあえず9歳ぐらいに見えるよ、うさぎ大好きな」

「む、何だそれは。私が子どもに見えるということか?」

「うん」

 

 失礼な、まあ確かに人間で言えばまだ子どもだが。

 

「ほら、アイス溶けてる」

「おっと……はぁ、最近何でこんなについてないんだか」

「何か悩み事?」

「……まぁ、そんなところだな」

「ふーん、良かったら話してよ。ちょっとは楽になると思うよ」

 

 ……こいつ、初対面なのにやけに馴れ馴れしいな、まあいい。

 

「具体的には言えんが……簡単に言えば、この前まで成績トップだったのに今やダントツのビリまで下がった、という感じか。周りからも相当妬まれてたからな、余計あたりが強くなったわけだ」

「……助けてくれる友達とかはいないの?」

「おらんな、ハッキリいって一人ぼっちだ。いっその事、このまま誰か私を連れて行って欲しいものだ」

 

 何でこんなにも話せるのか、私にも分からん。

 

「……昔あるところに、とある男の子がいました」

「?」

「その男の子は自分が何者なのか、どこで生まれたのかすら分かりませんでした。ただひたすら歩く日々、彼を助けようとする人は誰もいませんでした」

 

 突然何を言い出すんだこいつ。

 

「でも男の子は生きることを諦めませんでした。そんなある日、男の子はとある女性に拾われました、それからはその女性と一緒に仲良く暮らしましたとさ、めでたしめでたし」

「? 何の話だ?」

「ま、とりあえず諦めずに頑張れってことだよ。そうすれば運命の人と出会うことができるかもしれないからね」

「……説得力があるようなないような」

 

 正直こいつが言っていることはよく分からない…………でも、少し心がスッキリした気がする。

 

「ん? 姉さんから?」

 

 ピッ

 

『おいごら零! どこほっつき歩いてんだ! さっさと戻ってこい!』

「分かった分かった、そんなに怒んないでよ」

 

 ピッ

 

「はあ、それじゃ、僕はもう行かなくちゃ」

「ふむ、そうか。ではお別れだな」

「あ、そうだ。僕の名前は零、君は?」

「…………ラウラだ」

「そっか、それじゃあまたね、ラウラちゃん」

「うむ」

 

 少年……零はその場を去っていった。

 短い間の関係だった、でもあんなに素で話せたのは今回が初めてだ。

 

 ……とりあえず諦めないことか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日以来、私の日常が変わったかといえばそうでも無い。毎日陰口を叩かれる日々だ、しかしそれでも諦めずに頑張った、いつ来るか分からないその日を迎えるために。

 

 そしてあの日、私は教官と出会った。あのお方はとても力強く、ISの適合率が低かった私に徹底的な指導を行ってくれた。そのおかげで私は、再び部隊のトップへと登りつめることが出来たのだ。

 

「教官は何故そんなにお強いのですか?」

「強くないさ。私なんてペーペーだ」

「ペえぺえ?」

「あ……まあ平ってことだ。それに私が強くいられるのは……弟のおかげだ」

「弟、ですか……」

「なあラウラ、お前には守りたいものはあるか?」

「守りたいもの、ですか」

 

 そんな事言われても特にない……あ、でも

 

「守りたいものはありませんが……会いたい人ならいます」

「会いたい人?」

「はい、私にとって心の支えになった人です。今どこで何をしているか知りませんが」

「……そうか、私も会ってみたいものだな」

 

 零に会えるのなら会いたい。あって、あって何をするんだ? まあいい、その時に考えればいいさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 ────────────────ー

 

 

「あのー」

「あ“?」

「すみません」

 

 俺は今、テロリストに捕まっている。千冬姉の応援にドイツまで来たら突然誘拐された。それで真っ暗な部屋で縛られてんだけど……

 

「ほら、早く食えよ。お前がくたばったら元も子もねえからな」

「は、はい」

 

 ボイスチェンジャーで野太い声になってるテロリストからさっきハンバーガーを貰った。

 

「美味いか?」

「あ、はい」

 

 これ、誘拐されてるんだよな? 何かさっきから水渡されたり食べ物貰ったりしてるけどいいのか? いや誘拐されてるから怖いけどさ…………。

 

「あのバカぁぁぁぁ!!!」

「!?」

 

 びっくりしたぁ…………何かさっきからおかしいぞあの人。スマホ持ちながら何やってるんだ? 

 

「はあ……たく、おいお前」

「はい!」

「いいか、本当に姉貴のこと大好きなら心配だけはかけんなよ?」

「え?」

「でもやばい状況なのに何も言わないのもなしだ、余計に心配させるだけだからな、寧ろストレスがでかくなるんだよこんちくしょうが」

「え、でも今誘「いいな?」……あ、はい」

 

 その後はそのテロリストから説教のように姉貴うんぬんかんぬんを聞かされた。姉が弟のことをどう思ってるかとか、心配かけないようにされると余計心配するとか。

 千冬姉もこんな感じのことを考えてるのかなぁって思った。

 

 で、気がついたら千冬姉が助けに来てくれた。結局水とハンバーガーを貰って愚痴を聞かされただけだった。

 

 

 

 あの時食べたハンバーガー、美味しかったなぁ。

 

 

 

 

 

 




ドイツの通貨ってユーロであってますかね?


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零、黒

6話目


 ──────────ファミレス

 

 

「えっと」

「?」

 

 ある日、俺は久々に1人街をブラブラしていた。最近はマドカや姉さん達と一緒にいることが多かったからな、たまの休みってやつだ。折角だから3人……いや4人に何かプレゼントでも買っていこう、今まであげる機会がなかったし。

 そんなことを思っていたら、突然道中で少女に声をかけられた。杖を使って目を瞑ってる、どうやら盲目らしい。銀髪に海兵隊が着ているセーラー服のようなものを纏っている。何か不思議だな。

 

「どうしました?」

「いえ、とりあえず何か頼みますか?」

「はい、では何か甘いものを。私こういうところは初めてなので」

「分かりました」

 

 そして今、俺はその少女と一緒にファミレスにいる。突然声をかけられて断れるわけにも行かず、色々あった結果こうなった。まあ別に新手の殺し屋とかでも無さそうだ、別にそんな匂いもしないし。にしても何か馴れ馴れしいなぁ、何処かで話したか? 

 ちなみに俺はいつもファミレスを使っている。礼子姉さんやスコール姐さんは仕事柄高い店をよく使うらしいが、俺にそんな余裕はない。お金は貰ってはいるが正直ああいう場所は息が詰まる、ファミレスぐらいが丁度いい。とりあえずチョコケーキを2つ頼んだ。

 

「ところで聞きたいんだけど」

「?」

「俺と貴方、何処かでお会いしましたっけ?」

「ふふ、覚えていませんか」

 

 少女は笑みを浮かべる。本当にどこであったのか覚えていない。こんな少女あった記憶もない。

 

「数年前、とある方の依頼で私は貴方に助けられました」

「依頼?」

 

 数年前の仕事でそんなことやった記憶は山ほどあるが、こんな少女とあった記憶はない。

 

「覚えてませんか? ドイツの研究所のこと」

「…………あ」

 

 あの時か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────数年前

 

 

「全く、無茶なことを依頼する輩がいるもんだ」

 

 俺は今、とある研究所に潜入している。何でもここでは試験管ベビーの実験をしているらしく、もうすぐその処刑が始まるとか。

 そこで今回、とある人物から亡国機業へ試験管ベビー救出の依頼が出された。報酬はたんまり貰えるらしいので、上の人間は賛成らしい。まあ金関係のことだけじゃないけどな。

 しかし何とも運が悪いんだか。礼子姉さんもスコール姐さんも別の仕事があるし、マドカをこんな危険な任務に同行させる訳にはいかないし、結局ISを持たない俺が潜入することになった。正直普通に死ぬ可能性が高い。

 俺はどっかの超人みたいに身体が丈夫じゃない。普通の人間だ、いや、普通の人間よりは少し丈夫か。

 

 さて、今俺はとある場所にたどり着いた。この奥に例の試験管ベビーがいるらしい。ここに来るまで何人か撃ったけど正直姉さん達の扱きに比べれば弱い奴らだった。殺しはしてない。お偉いさんへ捧げて牢屋で過ごしてもらう必要があるからな。

 

 バンッ! 

 

「よし、上手く消えたな」

 

 あらかじめここの主電源に小型の爆弾を仕掛けておいた。おかげで今奴らは真っ暗闇で何も見えない。俺は暗視ゴーグルがあるから大丈夫、とりあえずそこら辺で取り囲んでる奴に麻酔で眠らせた。闇討ちだろうが頭を使ったもん勝ちだ。

 

「君が今回のターゲットか」

「……?」

 

 暗闇の中、暗視ゴーグル越しで少女は首を傾げる。何ともボロボロな服だ。全くここの奴らは児童虐待の性癖でも持ってんのかよ、くそが。

 

「貴様!」

「うっせえ!」

 

 とりあえず暗闇の中俺に気づいて飛びかかってきた男の股間を潰した。死んでろこのサディスト野郎……おっと。

 

「とりあえず行こうか、時間が無い」

「え……」

 

 俺は困惑する少女を連れて研究所を抜ける。あいにくおってはさっき殆ど気絶させたからそんなにいなかった。

 ま、ここまでやってて気づかないなんてガバガバすぎるセキュリティだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、もう大丈夫。ここまで来れば安全だ」

「…………」

 

 震えてるな、そりゃそうだ。殺されかけた上に知らんやつに連れ出されたわけだからな。

 にしてもここのヤツら、本当は全員玉を潰したかった。何せ試験管ベビー関係の死体やら何やらがあったんだからな。亡国機業が潰そうと考えてたのも分かる、こんなもん流石にこの世にあっちゃ行けないもんな。

 

「とりあえず迎えが来るらしいから。少し待ってて……ん?」

 

 なんだこの子、足に怪我してるじゃないか。しかも俺がここに来る前のやつか。処分するからどうとでもないと、やっぱあいつら殺しておけばよかった。

 

「い…………」

「少し我慢してね」

 

 とりあえずまずは怪我した箇所を洗わんとな。

 あとは綺麗なハンカチで巻いて。

 

「はい、出来た」

「………………」

 

 少女は巻いた箇所に手を当てる。というかさっきから目開いてない。

 

「………………」

「!?」

 

 少女がふいに目を開く。黒い眼球に黄色い瞳、こんなもん生まれつきか外的要因でしかありえない。

 

「…………やっぱ切り落とす方が良かったか。あいつら」

「?」

 

 礼子姉さんなら切り落としてたな。スコール姐さんの場合はそのまま撃ち抜くか。

 

 何て思ってたら空から変なのが降ってきた。興味無いから知らん。

 

「やっほー、お疲れ様」

「どうも、貴方が依頼主ですか?」

「はぁ、そうに決まってんじゃん、てか直接迎えに行くって言ったんだからここに来るのなんて私ぐらいじゃん。馬鹿なの?」

 

 面倒くさい奴だ。兎耳つけた痛い女性だし。

 

「今うさ耳つけた痛い奴ってバカにしただろ」

「うわ怖(いえいえ、まさか)」

「逆転してんぞこら……まあいいや。とりあえずこの子は貰ってくよ。報酬は振り込んどくから、そんじゃ」

「はいはい」

 

 ガシッ

 

「ん?」

「…………」

 

 少女が俺の手を掴む。何だ? 

 

「どうしたんだい?」

「……名前、教えてください」

「悪いな、仕事柄教えられないんだよ。じゃあね」

 

 とりあえず少女の手を優しく振りほどき、俺はその場を去る。名前を教えるなんて馬鹿なこと出来るわけない。

 

 あ、昔礼子姉さんでやらかしたっけ、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「あの時の女の子?」

「はい、そうです」

 

 そして現代に戻る。まあ確かに言われてみれば面影がある、あの時はガリガリでボロボロだったから分からなかったが。ふーん、でもまさかこんな所で会うとはな。

 

「まさかと思うけど、俺の名前、知ってる?」

「はい、知ってますよ。零さん」

 

 やっぱバレてる。

 

「束様が調べてくれました」

「束ねぇ、あん時のうさ耳か」

 

 後からわかったが、あの時のうさ耳は世界の大天才篠ノ之束博士だったらしい。道理で痛いわけだ。

 

「で、俺になんの用?」

「……あの時はありがとうございました。あの時助けてくれなければ私は死んでいました……本当にありがとうございます」

「依頼だから礼なんて必要ないよ」

「それでもです。こうして生きているのは貴方のおかげです」

 

 別にお礼なんていいのに、依頼なんだから。

 

「お待たせしました、チョコケーキでございます」

「ん、ありがとうございます」

「とりあえず食べませんか?」

「そうですね」

 

 

 

 その後俺は少女……クロエさんと少し街を回った。何でもあれからずっと箱入り娘らしい、兎は何してんだか。

 まあ、とりあえず分かったことは目の方は一応大丈夫らしい。あと世間知らずすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

「…………零、お前、他の女の臭いがする」

「ああ、久々に知り合いの女性にあったんだよ。ついでに街も案内した」

「それだけだな?」

「他に何かやるの?」

「……いや、何でもない」

 

 帰ってそうそうマドカが臭いを嗅いできたと思ったらこんなことを言い始めた。何すんだよ他って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女遊びなんてするような子じゃなかったのによぉ、くそぉ、まさか外でも彼女作ってるなんて信じられるかよぉ……」

「マスター、お冷。頭にかけるからバケツサイズ」

「はい、どうぞ」ドンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 あの人は誰なんだろう。

 

 

 私を助けてくれたその人は名前も名乗らずどこかに行ってしまった。

 

 

 いつの日か、彼が誰なのか知りたい。

 

 

 だから私は待っている。あの人と、私の王子様と再会する日を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

「いやぁ、まさかクーちゃんがねぇ。よし、ここは可愛い娘のために、いっちょ束さんが人肌脱ぎますか」

 

 

 

 

 

 

 

 



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零、起動

7話目


 ────────────────ー

 

「…………で、他に言いたいことはあるかしら? 0」

「何でこんなことになったのか全くわからないです」

「貴方ねぇ」

 

 今、私の目の前で零がスコールに説教されている、オータムは頭を抱えてなにやらウーウー唸っていた。

 私たちに何があったか、何故零が正座しているのか、何故オータムが唸っているのか。それは今から数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────数分前

 

 

「姉さん、それって前に盗んできたやつ?」

「その言い方やめろ0」

 

 今日、オータムが数週間前にイギリスから盗……強奪してきたISを展開していた。何でもBTシステムとシールドなんちゃらを搭載した発展機だとか。それで上層部の奴がデータやらが目的で盗んでこいと命令したとか。

 全くイギリスも秘密裏にとんでもないものを作るものだ。

 

「色々見てーもんは終わったからくれるってよ。お古ってやつだな」

「全く、こんなにISがあっても乗るヤツが居なきゃ宝の持ち腐れだっつうの」

「しゃあねえだろ、仕事なんだから。文句なんて言えねえよ」

 

 そう言いながらオータムは零から飲料水を受け取る。私にも専用のISがあれば何か役に立てるのに。どうせならあのISを私に譲ってくれないだろうか? 少なくとも護身用に持ちたいものだ。

 いい加減私だって本物のISを操作したいさ、零の……いや、何でもない。

 

「そういえば今度IS学園に男が入学するらしいわよ」

「あーあれだろ。ブリュンヒルデの弟とかいう奴。全く無駄な仕事が増えそうだな、こちとら最近休みすらねえっつうのに」

 

 

「…………」

 

 ブリュンヒルデ……織斑千冬のことだ。そしてその弟は織斑一夏、私の元姉弟達の名前だ。オータムとスコールはあえて名前を出さない、私に気を使っているんだ。

 織斑という名はとうに捨てたのに、やはり引きずってしまうものなのか。

 

「おいM」

「ん」

 

 零に呼ばれて横をむくと、いきなり頬に冷たい感触が襲った。冷えた缶飲料だ。

 

「まーた嫌なこと考えてたろ」

「……まあな」

「……お前は織斑じゃない。マドカだろ?」

「うん」

「ならそれでいいじゃないか」

 

 そう言うと零は私に缶飲料を渡す。相変わらず言っていることがよく分からない。でも昔から不器用なのは変わってないな。

 

「……ん? なんだこれ」

「どうした?」

 

 ふと、零が何やら部品を拾う。

 

「なんだこれ、こんなものあったか?」

「いや、少なくとも昨日はなかったはずだが……」

「なあ、スコール姐さん! これ何かわかるかー?」

「えーなにー? あら、なにそれ」

「なんかそこに落ちて」

 

 零が何か言いかけた次の瞬間、部品が突然光だし、零を一瞬にして包み込む。

 

 

 

 

「………………」

「「「………………」」」

 

 

 

「「「「……………………は?」」」」

 

 

 光が止むと、そこにはISを纏った零がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 これがさっき起こった真実だ。そして初めの方に戻る。

 

「正直俺は何もしてないよ。そもそも何であんな所にISが落ちてるんだよ」

「それもそうねぇ……ちょっとオータム、いつまで唸ってるのよ」

「唸らずにいられるかぁ!」

 

 珍しくオータムが怒っている。ていうか泣いている。それはそうか。弟のように可愛がっていた零がいきなり目の前でISを纏ったんだから、でもそれ以上にオータムは零が実験室送りにされたり、他のメンバーから命を狙われるのを恐れているのだろう。長年一緒にいるからわかるよ。

 

「ん? 誰だ?」

 

 突然零の端末に着信が入る。件名は書いていない、どこの誰か分からないものからだろう。

 

 ピー……ピッ

 

 と思ってたら勝手に通話が入った。新手のウイルスか? 

 

『ハロ〜? やあやあ元気かな! 天才美少女束さんだよ!』

「「「………………」」」

「うわきっつ(束博士でしたか)」

『おいこら本音漏れてんぞ』

 

 束……あの篠ノ之束か? 織斑千冬の友人とかいうあの天才科学者の。確か数年前に依頼してきたやつか。

 

「……はあ、なるほどね。詳しい事情はわかんないけど原因は貴方だったわけね」

『ピンポーン、大正解』

「なんつーことしてくれるんじゃこのクソうさぎぃ…………」

 

 オータムがとうとう泣き始めた。

 全てはこの天才の仕業だったという訳だ。何ともはた迷惑な天才なんだろう。織斑千冬も振り回されてることに違いない、そこには同情しよう。

 

「で? 何で俺にISを動かせるようにしたんだ?」

『ヒーミーツー、トップシークレットなんだなぁこれが。ま、この前クーちゃんとデートしてくれたそのお礼と思ってもらってOKだよ』

「ああ、あの時の……全然嬉しくないお礼だな」

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………おい

 

 

 

「零、デートとはどういうことだ。あの時お前はデートじゃないって言っただろ? てかくーちゃんって誰だ?」

「ちょ、M、マドカ、どうしたんだ。いきなりつか…………が、ぐるし……」

「嘘ついたのかお前ー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらぁ、Mも随分と成長したわねぇ(違う意味で)」

「ちくしょぉぉ…………零がどんどん遠くへ……」

『あ、そうそう。もう世間にはこの情報流れてるから』

「それはどうも(とんでもねえことしてくれたなこの兎)」

 

 

 

 

 

 この日、2人目の男性操縦者「巻紙零」が誕生した。

 この出来事が後に、彼を運命の歯車に巻き込んでいく(かもしれない)ことは、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「いやぁ、今日もいい天気っすねぇ」

「そうだなぁ(零の奴から貰ったキーホルダー、どこつけっかなぁ)」

「ん? 何かニュースっスよ?」

「へー、どんなのだ? (こんどあいつに卵焼きでも作ってやろうかな)」

「なになにぃ……2人目の男性操縦者現る、だそうっす」

「ふーん」ゴクッゴクッ

「あ、しかも名前、巻紙零って言うらしいっす。先輩が言ってた零君と同じ名前っすn「ぶうぅぅぅ──ー!!!」うわっ!? きったね!? って大丈夫すか先輩? すげー豪快に吹いたじゃないすか?」

「ちょ、それ見せろ!」

「え? どうぞっす」

「…………マジ……かよ………………」プルプルッ

「先ぱ……ダリル?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんのバカァァァァァァァ!!!」

 

 

「うわ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

「これって……」

「さっき流れてきたものです……はあ、織斑君の件で忙しいのに何でこうも続けざまに」

「まあまあ飴ちゃん舐めて落ち着こうよ〜…………かいちょ〜?」

「お嬢様?」

「お〜い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「男の操縦者が見つかったんだってー」

「へー、また面倒なことになりそうねぇ。ねえ隊長?」

「……………………」

「隊長?」

「おーい?」

「…………は、ああそうだな。面倒事が増えそうだ(零、まさかお前なのか?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「束様! 凄いです! 零さんも操縦者だったんですね!」

「いやぁ束さんでも予想出来なかったなぁ」

「それじゃあ……今度一緒にお空で……」

「(娘の成長を見れるとは嬉しいねぇ……でもなんかクーちゃんから危ない匂いがするのは気の所為? ま、いっか。実験も成功したし)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────

 

「黎、何やってんだ?」

「愛する先輩方へのお土産の準備だよ雷、それと魂の師匠へのラブレター」

「誰それ?」

「秘密ー」

 

 

 

 

 




IS
クロスライザー
・束がプレゼントした零専用のIS。
・一応亡国機業側が手を回してレインと同じ企業が作ったことになっている。
・フルスキン
・見た目は脚と腕がごついテッカマンエビル。真っ黒で赤い目
・束の実験により生み出された世界初のデュアルコア(束しか知らない秘密である)

武器
・クロスマッシャー:大型の双剣。ガンモードに切り替え可能。
・ライザーファング:両肩についている大型のソードビット。硬いためシールドにも使える。
・小型ワイヤーブレード:両足両腕計4つ。
・ワイヤースラッシュ:胸装甲






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零、入学

8話目
この作品内のセシリアは空気です。


 ────────────────ーIS学園

 

 

 俺は巻紙零、本名は零だ。

 今俺はIS学園とかいう女子校のとあるクラスに向かっている。何故亡国機業(テロリスト)の1人である俺がこんな所にいるのか、ISを動かしたからだよ。

 

 この数日間、俺は姉さん達からISについて扱かれた、正直任務をこなすよりも辛い。特にスコール姐さんは容赦がなかった。姉さんも容赦なかったけど死なない程度に済ませてはくれてたな。

 マドカも行きたがってたが流石にダメだ、危険すぎる上に織斑千冬やら他国の人間に何されるか分からない。

 

 ISに関してもアメリカのレインのISを管理する企業が面倒をみるということで話が着いた。

 

 ていうかトップはそれでいいのか? まあいいか。いつかはここを抜けることになるんだ、それが数日後なのか卒業後なのか分からないけどね。

 できればさっさと離れて家に帰りたい、でないと姉さんやマドカに沈められる(物理的に)。

 

 

 にしても足が重い。正直行きたくない、学校なんて産まれて初めてだ。

 3組だっけか? 織斑千冬と一緒じゃないだけマシだな。

 

 それとあの兎から渡されたIS……クロスライザーか? フルスキンなんて今どき珍しい仕様だ。極悪ヅラだけど。

 

「あ、あなたが巻紙君ですか?」

 

 ふと振り返ると、眼鏡をかけた女子教員らしき人物が息切れを起こしながら立っていた。

 

「ええ、そうですけど」

「きょ、教室通り過ぎてますよ、ほら、3組はあそこです」

 

 あ、しまった。つい。

 

「すみません、ありがとうございます先生」

「い、いえ! 当然のことをしたまでです!」

「それじゃ」

 

 とりあえずさっさと行こう、何か1組やら2組やらから顔をのぞかせてるけど無視だ。あ、織斑一夏と織斑千冬だ。確かにマドカに似てるな。

 てなんか金髪のロールさんがじっとみてくる。

 

「(巻紙君、私のおっぱい全然見てなかったなぁ、ちょっと嬉しい)」

 

 何かとても嫌な予感がしたのでさっさと行こう。今度こそマドカに琵琶湖あたりに沈められそうだ。しかしまさかあいつがああなってしまうとは。

 

「失礼します」

 

 とりあえず3組の教室に入る。

 やっぱ視線が痛いがそんなものはどうでもいい。

 

「遅れてすみません」

「いえいえ、とりあえず早速自己紹介してもらえるかな?」

「はい、分かりました」

 

「初めまして、巻紙零です。まだISについては知識が浅いので皆さん、宜しければ教えてください、よろしくお願いします」

 

 パチパチパチッ

 

「(ねえねえ、結構良い男っぽい?)」

「(織斑君はイケメンだけど、巻紙君はカワイイ系かな)」

 

 何か話しているけど聞こえない。

 とりあえず自己紹介を済ませ、指定された席に座り、一限目の準備を始めよう。

 

 

 あ、ここ姐さんのドリルで出たところだ。やったね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────ー

 

 

「ねえねえ、零君って好きな物とかあるの?」

「そうだなぁ……料理とかかな。よく家族が忙しい時とかに作ってたから」

「いいなぁー、私なんてお米すらびちゃびちゃだもん」

「はは、まあ初めは失敗するもんだよ」

 

 とりあえずクラスの生徒と話す。意外と皆普通の感じだ。変に寄ってこずクラスメイトとして話している。結構いい感じの距離感だ。

 担任の榊原先生もいい人だ、性格も姉さんとは正反対で美人だし。

 

 

 ピロンッ

 

 今絶対姉さんからメール来たけど後にしておこう。

 

 

 

 

 それにしても結構料理しない子って多いんだね。ぼk……俺の場合姉さんも姐さんも仕事が忙しくてしょっちゅう俺がやってたのに、やっぱ普通の家庭だと違うのか? 

 

「おーい、零君」

「ん?」

「1組の人が呼んでるよ?」

 

 1組? 織斑一夏か? 

 

「うん、ありがとう」

 

 とりあえず俺は席をたち、その1組の生徒のもとへ向かう。

 

「…………?」

「初めまして、巻紙零さん。わたくしはセシリア・オルコットと申します。以後お見知り置きを」

 

 あ、さっきのロールの人。

 

「とりあえずここではなんですので、屋上へ行きませんか? まだ少し時間もあるので」

「うん、いいよ」

 

 とりあえず話があるなら聞こう。内容次第ではそれ相応のことをしないといけないけど。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、巻紙零っているか?」

「お、織斑君!? れ、零くん今ちょうど他の人とどっか行ったよ!」

「え? そうなのか(折角の男同士だから挨拶しようと思ったんだけどなぁ)」

 

 

「おい、巻紙零はいるか!?」

「あ、け、ケイシー先輩!? いえ、いません!」

「そうか、悪ぃな」

「さっき1組の女子とどっかに……あ、行っちゃった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────ー屋上

 

 俺は今、校舎の屋上でセシリア・オルコットと名乗る少女と2人きりだ。

 確かオルコットってあのイギリスのオルコット家のことだよな、何でも生体融合エクス何とかとかいうやばいもんをアメリカと作ろうとしたとか。まあ直ぐにコアが渡る前に別の亡国機業が介入して止めたらしいけど。当たり前だ、そんなもん作らせるわけないだろ、どんだけ親バカなんだ。

 

 ついでにコアを流した亡国機業メンバー及びアメリカ関係者はお仕置された。安心して、死んではない、ちょっと精神崩壊して病院でのんびり暮らしているだけらしいから。オルコット家には忠告だけしたらしい。

 

 ちなみに……えーっと、エクシアだったか、あの子は手術が無事成功したからお咎めなしだ。今頃お姉ちゃんと何処かで静かに暮らしてるだろう。

 え? 何で知ってるかって? 一時期うちで預かってたからだよ。短かったけどね。結構いい子でマドカやレインとも直ぐに打ち解けてた。

 

「あのー……」

「ん? あ、はい。それで話って何かな?」

「…………チェルシー・ブランケットという方をご存知でしょうか?」

「チェルシー……昔同じ名前の女の子とあったことならありますけど、それが何か?」

「ではこの写真については」

 

 セシリアさんが何やら写真を渡してきた。

 そこには昔の俺と少女がキスをする写真が…………おいおいおい。

 

「何で貴方がこんなものを」

「IS学園に来る直前、とある方から渡されたのですわ。零さんに会えたら渡してほしいと」

 

 まさかあの時の写真がこんな所で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────数年前

 

 

 ある日、エクシアという女の子がうちに来た。何でも過激派の亡国機業の一部がイギリスのお金持ちの人と一緒にとんでもないものを作ろうとしたらしい、それでこの子が生体何とかで利用されかけてたとか。詳しいことは僕にも分からない、礼子姉さんから断片的に聞いただけだから。

 

 初めは何も話さない大人しい女の子だった。でも徐々に心を開いてくれて、マドカやレインと一緒に楽しく話せるようになった。僕? あんまりかな。男の子だから話しにくいのかも。

 

 そんな楽しい日々も、もうすぐ終わる。お姉さんのチェルシーさんが迎えに来るんだ。ちょっと寂しいけど仕方ないよ。

 

「れ、零君」

「ん?」

 

 そう思ってたら珍しくエクシアちゃんの方から話しかけてきた。なんだろう? 

 

「その、もうすぐ離れ離れになるから……海、連れて行ってほしいです」

「うん、いいよ。姉さんに頼んでみる」

 

 もうすぐ離れるんだ。なら最後ぐらい皆で思い出を作ろう。

 

 というわけで、僕とマドカとレイン、エクシアちゃん、それと礼子姉さんとスコール姐さんの6人で海に出かけた。比較的人が少ない、海が綺麗な穴場らしい。ここなら遊べそうだ。

 

「おい見ろ零! 凄く綺麗だ!」

「うん」

「叔母さん、よくこんな穴場見つけたな」

「まあねー、仕事柄こういう所も知ってるのよ」

 

 やっぱスコール姐さんは凄いや。マドカも嬉しそうで何よりだ。

 

 

 

「ほらよ!」パシャンッ

「ひっ!? 冷たいぞ!」

「あはは」

 

 それから僕達は水着に着替えて海で遊んだ。姉さん達は遠くから見てるだけだったけど。

 エクシアちゃんも嬉しそうだった。

 

 

 

 

 気づけば夕方になってた。

 もう明日にはエクシアちゃんともお別れだ。ちょっと寂しいな。

 

「零君、良かったらあっちの方、見ませんか、2人で」

「? いいよ」

 

 僕とエクシアちゃんは皆から少し離れて岸辺付近の岩場まで歩いた。ここは貝の死骸が沢山あるから足に刺さりそうだ。危ない。

 

「零君」

「?」

「その。とっても楽しかったです。皆と出会えたこと、いつまでも忘れません」

「うん、僕もエクシアちゃんと友達になれたこと、絶対忘れないよ」

「……それに、私、嬉しかったんです。零君が来たばかりの私のためにご飯を作ってくれたこと」

 

 ご飯……エクシアちゃんが来たての頃に作ってあげたビーフシチューのことかな。エクシアちゃんビーフシチューが好きだってチェルシーさん(エクシアちゃんのお姉ちゃんで1度だけ話した時に教えてくれた)が言ってたから。

 

「零君」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パシャッ

 

「いやぁ、とんでもない場面に遭遇したわねぇ」

「叔母さーん? 何やってんだ?」

「ん? ちょっとしたお仕事」

「オータム、仕事なんてあったのか?」

「いや? ねえけど、何やってんだよスコール」

「ふふ、ひみつ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ーそして今

 

 

 ということがあった。これ絶対スコール姐さんだ、間違いない。エクシアと離れる時に何か色々やってたの今思い出した。てかこんなものバレたらマドカに沈められる。

 

「あのー?」

「あ、いえ、確かに俺です。この写真に写ってる女の子はチェルシーさんの妹さんですね」

「あら、やはりご存知でしたか」

「昔お世話になりましたから」

「ふふ、でもご本人で良かったですわ。これでチェルシーもエクシアも喜びます」

「それは良かった。ところでチェルシーさんとエクシアさんは今どこに?」

「はい、2人ともわたくしの専属メイドを務めておりますわ」

「へー、専属メイドー……え」

 

 マジかよ、結局オルコット家から離れなかったのか。まあ確かにあそこ以外行くとこないか、それに数年前に事故でこの子の両親も死んだとか。余計離れられないか。

 

「あら、もうすぐ時間ですわね。では行きましょう」

「はい、そうですね」

 

 とりあえず俺とセシリアさんはそれぞれの教室へと戻る。

 にしてもまさかここでエクシアちゃんのことを思い出すなんてなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さぶ……今なんか寒気が。

 

 

 

 




序盤は結構雑いかも。


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零、飯、部屋

9話目

オリキャラ登場


 ────────────────ー

 

 時間はいつの間にか流れ、気づけば昼飯の時間になっていた。授業もこれ以上ない。とりあえず食堂でさっさと食事を済ませるか。

 

 ちなみに四限目ではクラス代表を決めた。何でも学級委員やら行事関係者の仕事をやるんだとか、それで何故か俺が選ばれた、男だからというのもあるが一応専用機持ちというのもあるそうだ。所で学級委員ってなに?まあいいか。

 

 はっきり言って非常に面倒だ。自由に動けない時間が増える、上からの命令はどうでもいい、というかさっきスコール姐さんから『暫くは学園生活で交友関係を築いていいそうよ』というメールが届いたから別にいいんだろう。

 女ならまだしも男性操縦者である俺が何かことをしでかすのは向こうにとっても危ないのだろう。

 

 それよりもこまめにマドカと姉さんに連絡を取らないと端末の通知が恐ろしいことになる。スコール姐さんに伝えたら『学園生活満喫してきなさい』だそうだ、全く。

 

 というか現にマドカからの通知が恐ろしいことに…………。

 

「おばちゃん、ビッグステーキください。しっかり焼いたヤツで」

「はいよー」

 

 とりあえず今は飯だ。学食なんてそうそう食えるもんじゃないからな。

 

 あ、マドカからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私よりも飯の方が大事か?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………よし、ステーキ食べるか。

 

「おーい!」

「ん?君は……織斑一夏か?」

「お、知ってるのか?」

「まあね、君のことは有名だから。それでなんか用?」

「おう、一緒に飯食わないか?えーっと」

「巻紙零」

「零か、一応男って俺たちだけだからさ。折角だから挨拶ついでにどうだ?」

「いいよ、そっちの人がOKしてくれるのなら」

「おう、いいよな箒?」

「……ああ」

「あ、俺のことは一夏でいいぞ」

「じゃあ僕も零でいいよ」

 

 俺と織斑一夏と誰かは席に着く。

 あの態度からして本当は織斑一夏と2人で食いたかったんだろう。何ともわかりやすい。あれ。

 

「君、篠ノ之箒か?」

「!?」

 

 少女は目をぎょっとさせてむせる。図星か。というかまずいな、下手に束との関係をばらすと亡国機業のこともバレそうだ。

 

「え?箒のこと知ってるのか?」

「ん?ああ、ちょっとね。昔知り合いから貰った新聞に載ってたのを偶然見かけたらもしかしたらって思って」

「へー、そうなのかぁ」

「そ、そうか……ならいいんだ」

 

 嘘だ、本当はあのうさぎから嫌という程聞かされた。小さい頃のドジっ子から大きくなってからの武士口調の話から織斑一夏のラブコメまで全部、全くシスコンを拗らせるとああなるのか。

 

 その後一夏から色々な話を聞いた。殆ど1組の愚痴だが。

 何でも一夏も同じような理由でクラス代表に選ばれたらしい。本人は辞めようとしたけど織斑千冬がそれを認めなかった(脳筋が)。まあ途中でセシリアさんが副代表を務めるということで何とか収めることが出来たようだ。一夏もセシリアさんからの励ましでやる気が出たようだし。

 

 にしてもセシリアさんは凄いな。これもチェルシーさんとエクシアちゃんの教育のおかげかな(多分)。今度お礼を言っておこう(連絡先知らないから無理か)。

 

「ねえねえ」

 

 ふと横から何か知らない人が声をかけてきた。3年生か。

 

「はい?何ですか?」

「君たち、噂の織斑一夏君と巻紙零君でしょ?」

 

 この笑顔、絶対何か裏がある。男性操縦者に取り入るとかそんなもんだろう。姉さんが『ハニートラップには気ーつけろ』とか言って長い時間話してたから嫌でも覚えてる。

 

「1年生ってことは今度クラス代表戦があるよね」

「はい」

「でも君たち操縦はまだ素人だよね」

「まあそうですね、この前動かしたばっかだし」

「良かったら私が教えてあげよっか?ISについて」

 

 既に姉さん達から嫌という程扱かれたからいりません。

 

「結構です。ISについては私が教えるので」

「でも3年生の私の方が上手く教えられると思うんだけどなぁ」

 

 なんか言い争いが始まった。箒の方は一夏を取られたくないとかそんな感じだろう。本人は気づいてないから悲しいな。

 何か寒気がしたけど気のせいだろう……あ、気のせいじゃなかった。

 

「あのー」

「「?」」

「後ろ」

 

 

「おい、おめーら何やってんだ」

 

 箒と3年生が振り向くと、そこには鬼のような形相のとある3年生が立っていた。下着露出してる3年生なんて1人ぐらいしか居ないだろう。

 

「あ、いえ、その」

「そいつは俺が教えるんだよ、文句あっか?」

「アワワワワッ……」ガタガタッ

「い、いえ、それじゃあ!」

 

 ピュッーっと3年生はどこかへ逃げた。

 

「あ、あの……」

「おい、お前」

「は、はい!」

「ISについて詳しいのか?」

「あ、いえ「はよ答えろ」詳しくないですはい!」

「じゃあ教えれるなんて言うなよ、相手にも悪ぃだろうが」

「ごめんなさい!」

 

 箒が震えながら敬語で応えてる。さっきまでの大和撫子はどこいった。

 

「……さてと」

 

 そう言うとその露出魔は俺の方に周りこみ首をしじじじじじ痛い痛い痛い!!??

 

「おいごらぁ!誰が露出魔だ!」

「れ、レイ「ダリルだこらぁ!」だ、ダリル、久しぶり、元気してた」

「阿呆か!とりあえずお前は阿呆か!何でこんなとこにいるんだよぉ!」

「な、なりいぎぎ……」

 

 ああ、そういえばこっちだとレインじゃなくてダリルだっけ。

 一夏と箒がガタガタ顔を青くしながらみてる……あ、やべ…………意識が……。

 

「先輩やめるっす!これ以上は死ぬっすよ!」

「……ふん!」

 

 レインが絞め技を解く。

 今天使の声が聞こえた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はダリル・ケイシーだ」

「私はフォルテ・サファイアっす。よろしくっす」

「よ、よろしくお願いします」

 

 2人は挨拶を済ませる。まさかレインの方から会いに来るなんて思わなかった。ま、こっちからいくつもりだったから別に良かったか。

 

「えっとー……」

「さっきは悪ぃな、どうしてもこいつを1発絞めたかったからよ」

「そ、そうですか」

「僕とダリルは歳は離れてるけど幼なじみなんだ」

「へー、そうなのか」

「たく、もうちょっと絞めたかったぜ(本当はハグしたかったのによ)」

 

 なんて怖いことを言うんだこいつは。ていうかお前IS学園だと結構人気なんだろ、こんなことやってたら変な噂がでるぞ、てか現に今周りがざわついてるし。ま、本人がいいならいいか。

 

「君が零君っすか、先輩から話は聞いてるっすよ」

「へー、そうなんですか。てどんな話を?」

「そうっすねぇ、小さい頃おねs「何人の黒歴史他人に話してんだよ!」

「別にいいじゃねか、ずっと会えてねえんだし……こんぐらい許せよ」

 

 とんでもないことをしてくれたなこいつ。

 というより何かおかしくないか、こんな顔したレインなんて初めて見た。

 

 

 

 その後は5人で色々話した(カット)。

 

 話してみて分かったが、一夏は親がいないらしい(流れで漏れた)。織斑千冬と2人で生きてきたとか、何となく同情するな。あと近いうちに専用機が貰えるとか。流れで一緒に訓練をする約束を付けさせられた。

 ……まあ弟は別にいいか。

 

 それとレインがフォルテさんに俺のあることないこと話しまくってたことも。全くとんでもないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 さてと、今日はとりあえず部屋に行くとするか。そういえば急遽部屋を用意したせいで誰かと相部屋だとか、余計下手に動けないなこれじゃ。

 

 あれ、そういえば鍵は?

 

「巻紙くーん!」

 

 向こうの方から今朝あった先生が走ってくる。確か山田真耶先生だったか、一夏から聞いた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、見つけました……これどうぞ」

 

 先生が息切れが起こしながら右手に持った鍵を差し出してくる。

 

「それ、もしかして寮の部屋の?」

「はい、そうです。榊原先生が渡しそびれたらしいので織斑君のついでに渡しに来ました」

「ありがとうございます」

「いえいえ!先生として当然のことをしたまでです!」

 

 山田先生は胸を張って答える。いい先生だな、この人。

 

 とりあえず俺は部屋に向かう……1029号室か。中途半端な場所にあるな。

 

「お、零じゃないか」

「あ、一夏」

「お前、そこの部屋なのか?」

「ああ、一夏は?」

「あっちの方だ。ちょっと距離があるから辛いな」

「ふーん、ま、お互いに頑張ろうよ」

 

 そう言って一夏と離れる。ふむ、ここからそう遠くないか。

 

 さてと、とりあえずマドカと姉さんに返信しないと

 

 その前に相部屋相手に挨拶をしないとね。

 

 

 ガチャッ

 

 

 

「おかえりなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも、わ・た・し?」

 

 

 扉を開けた先には、裸エプロンの変な人がいた。とりあえず榊原先生に連絡しておこ「ちょ、ちょっと!冗談だから!ていうか少しは反応してちょうだい!」

 

「とりあえず着替えて貰えませんか?その格好だと色々と勘違いされる可能性が高いんですよ」

「下に水着来てるから大丈夫よ。もしかして興奮しちゃった?」

「するわけないでしょう……ていうかもしかして貴方が同室の?」

「(するわけないってチョット酷い……)ええそうよ。私は更識楯無、よろしくね」

 

 更識楯無……確か姐さんが言ってた生徒会長且つロシア国家代表の奴か。相棒の『ミステリアス・レイディ』は水蒸気やら水やらを操ることが出来るとか。スコール姐さんの方が強いけどね。

 

「とりあえず入ったら?今着替えるから」

 

 そう言うと楯無さんは浴室へと引っ込んだ。結局なんだったんだ。

 

 さて、周りに盗聴器やらがないかチェックしよう……よし、ないな。

 にしてもまさかこんな大物が同室なんて、というか普通は1年生とじゃないのか?まあ調査とかそう言うのが目的かもしれないな。何だかこの先ちゃんとやって行けるか不安になってきた。

 

 とりあえずマドカと姉さんに返信しないと。

 

 うわっ、思った以上に溜まってる。

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」

 

 と思ってたら外から男の叫び声が聞こえた。男なんて一夏しかいないでしょ。

 ま、多分大丈夫だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「零!助けてくれ!」

「何で来るんだよ!?」

 

 一夏がいきなり部屋の扉を開けてきた。おいおい巻き込まれるのは「待てやぁぁぁぁ!!!!」……なんかきた。

 

「げっ!?」

「一夏!大人しくしろ!」

 

 現れたのは木刀を持ったバスタオル姿の箒だった。

 怒りを顕にしたその顔は、まさに鬼そのものであった。般若。

 

「ん?巻紙か?…………あ」

 

 何故か箒の顔が赤くなっていく。ああそうか、俺は慣れてるけど普通は裸を見られるのは恥ずかしいってマドカが「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「あぶなっ!」

 

 パシッ

 

「な!?」

 

 箒から木刀を取り上げる。危ないわこんなもん。

 

「……とりあえず何があったか説明して。それとそこにTシャツがあるから、良かったら着てよ。流石にバスタオル姿で戻るのは危ないから」

「あ、ああ……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────数分後

 

「なるほどね、シャワーからでたら一夏がいて裸を見られたと、それで恥ずかしさでつい殴ったと」

「ああ」

「ふむ…………どう思います楯無さん?」

「そうねぇ、まあ確かに裸を見られるのは恥ずかしいけど、流石に木刀で殴り掛かるのはやりすぎね。下手すれば保健室送りだったわけだし……はい、終わり」

「イテテテ……」

 

 一夏は楯無さんから湿布を貼ってもらった箇所を撫でる。

 

「まあ男の僕の意見だけどね、裸を見られたことには同情するけど、流石に箒もやりすぎだ、打ちどころが悪ければ死んでたかもしれないからね」

「う」

「それに木刀って一種の凶器だってことを忘れてないかい?あれだって十分に殺傷能力があるんだ。使うならそういうのも考えないとダメだよ?」

「すまん……」

 

 なんて、普段銃やら刃物やら振り回してる俺が言えたことじゃないか。

 

「さて、それじゃ、どっちも謝って」

「お、おう……悪いな箒、確認せずに入っちまって」

「いや、私の方こそいきなりぶってすまなかった」

 

 ここは互いに謝った方がいい。

 昔レインと派手に喧嘩した時に礼子姉さんから教えてもらった、『無駄な喧嘩するぐらいならどっちも謝れ』って。

 

「さて、今日はもうこれでおしまい」

「ああ、今日はありがとうな」

「すまない」

「うん、じゃあまた明日」

 

 一夏と箒は部屋から出る。

 

「…………はぁ、疲れた」

「随分親身になってたじゃない」

「巻き込まれたからにはああでもしないと。それに箒のあれは本当に危ないですよ、何処ぞのテロリストでもないのに普段からあんなんじゃ一夏の命が足りませんよ」

「ふーん、何のかんのいってそこまで考えてるのね」

 

 そりゃあ学園内で殺人事件が起きるなんて溜まったもんじゃないからね。そんなのは裏世界だけで十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 

「…………あれ」

「起きた?」

 

 目を開けると、目の前に楯無さんの顔が映った。どうやらいつの間にか疲れて寝てしまったらしい。ていうか

 

「何で膝枕なんてしてるんですか?」

「男の子ってこういうの好きなんでしょ?」

「なんですかその決めつけは……」

「ふふ、可愛い」

 

 何故だろうか、楯無さんは今日初めてあった気がしない。というより何故こんなにもこの人は距離が近いんだ?ついさっき知り合ったばっかなのに。

 俺自身も何でこんなにこの人のことを受け入れられるのか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「よし、上手く出来たな」

 

 俺は今、食堂のキッチンを借りて弁当を作っていた。勿論零に食わせてやるためだ。この前プレゼントをくれたお返しとさっき締め上げちまったお詫びだ。

 

 でもどうせならお詫びとかそういうのじゃなくてこれから毎日こうやってご馳走するのもアリ……だよな?今まではずっと離れてたけど、これからは毎日会おうと思えば会えるんだ。

 

 マドカもいないから2人の時間を邪魔される心配はないし、それに今まで離れてた分を一気に埋めることだってできる。

 

「さて、行くか」

 

 俺は弁当を持ってあいつが今日から暮らす1029号室に向かう。

 なに、味は多分大丈夫だ。あいつが小さい時なんかいっつも俺が作ってたんだ。それに少しは練習もしてんだ、大丈夫、大丈夫だ、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 よし、開けるぞ。

 

 ガチャッ

 

「零!飯作ってきてやった……ぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楯無さん、いつまで膝枕するつもりですか」

「んーそうねー、私が満足するまで」

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………おい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、1029号室から女性の怒鳴り声と男性の叫び声が聞こえたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ箒、今零の叫び声聞こえなかったか?」

「気のせいだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「僕、刀奈お姉ちゃんのこと絶対忘れないよ。だから刀奈お姉ちゃんも僕のこと、忘れないでね」

 

「…………うん、絶対に忘れないわ」

 

 

 

 私は忘れない、あの時の約束を

 

 彼との出会いを

 

 そして今も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……zzz」

「ふふ、相変わらず寝顔は変わんないなぁ、零君」

 

 子どものように眠る零の寝顔を見つめながら、楯無は微笑む。

 

「いつか私のこと、思い出してくれるかな」

 

 そう言うと、楯無は零の頭を優しく撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────ーとあるラーメン屋

 

 ここはとある橋の下にあるラーメン屋の屋台、そこには一般人から道を外れたものまで様々な人種の人間が集まる。

 

 そして今宵も、とある2人の男が並んでラーメンを啜っていた。片や帽子を被った中年の男性、片や長身の青い服を身に纏った男が、味噌ラーメンと醤油ラーメンを食べていた。

 

「へえ、そんじゃあお兄さんって悪いヤツをやっつける仕事してんのか」

「はい、私の仕事はいわば世界の平和、均等を守るために必要なことなのです…………ただ」

「ただ?」

「最近、本当にこれでいいのか。悩んでいるのです。こんなことをしても永遠に平和が来ないのではないか。ならいっその事皆で夢の中で自由に暮らした方が平和なのではないかと」

 

 長身の男は、醤油ラーメンに移る自分の姿を眺めながらそう言い放つ。

 

「夢の中ねぇ……働かずに暮らしたり、こうやってラーメンを食べられるんなら俺は賛成かな。死んだばあちゃんとかに会えるならその方がいいや」

「おお、そうですか!理解してくれますか!」

「お、おう。いいと思うよ?」

「そうかそうか、いや良かった、これでようやく決心することが出来ました。いやぁ、ありがとう」

「おう?」

 

 長身の男は泣きながら中年男性に礼を言う。

 

「とりあえず食おうぜ。伸びちまうよ」

「それもそうですね」

 

 2人は再び麺を啜る。

 

 

 

 この男が何者なのか、そしてこの男の決心が後に世界を巻き込む大騒動になることを、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 



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零、挨拶

10話目


 ──────────ー第3アリーナ

 

 

 入学式から数日経った放課後、俺はレインと一緒にアリーナを借りてISの訓練を行っていた。初期設定は入学前に終わったから、とりあえずその他機能が正常に動くかの試運転も重ねている。

 PICも異常なし、ホバー移動も飛行も良し、ウィングスラスターも問題は無い。ハイパーセンサーも正常だ。

 それにしてもこの『クロスライザー』、やっぱいつてみても極悪人ズラだな。少なくとも初見で敵認定されそうだ。

 

『誰が極悪人ズラじゃい』

 

 ん?今どっかから声が……気のせいか?

 

「零!よそ見すんな!」

「うわっ!?」

 

 なんて思ってたらレインが思いっきり双刃剣を振り下ろしてきたので横に沿った。かれこれ数十分避けている。こちとらまだ動かして日が浅いのにさっきから手加減がない。

 というか何故かこの数日間レインの機嫌が悪い、何があったんだ?

 

「おらぁ!」

「く!」

 

 両手に大型双剣クロスマッシャーを展開し、レインの一撃を塞ぐ。

 そして剣を弾く反動を利用して距離を取り、クロスマッシャーを素早くガンモードに切り替えて弾丸を放つが、レインはいとも簡単に避ける。

 

「!?」

 

 と同時にヘル・ハウンドの両肩についてる犬頭から炎が放たれる。幸いギリギリ避けることが出来たが。スコール姐さんの家系は炎が得意らしい。何かレインが昔やってたゲームみたいな設定だな。

 

 しかし気の所為だろうか、両肩の犬頭も何故か怒っているように見える。

 

「……あっち」

 

 さっきの炎、避けきれなかったか。腕の装甲が少し焼けてる。

 

「…………あ」

 

 正気に戻ったように、レインが声を漏らす。

 

「おい零。大丈夫か」

「ああ、大丈夫だよ。少し装甲が焦げただけだから」

「そ、そうか」

 

 先程の鬼の形相はどこへやら。

 それにしてもレインのIS操縦技術は凄いなぁ。やっぱ3年間通ってる上に入学前から毎日のように動かしてたからか。

 

「とりあえずもう時間だから戻るか」

「うん、そうだな」

 

 今日は避けてばっかで何も出来なかったな。クロスライザーにはクロスマッシャー以外に武装があるから今度は上手く使いたいな。

 

「ほら」

「?」

「疲れただろ?手ー繋いでやるから」

「いや、別に「いいからほら!」

 

 無理やり手を捕まれ、そのまま入口まで連れていかれる。こいつ、こんな強引な奴だったか?

 てか観客席から悲鳴やら叫びやらが聞こえてるけどいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「あ、フォルテさん」

「ふぉ、フォルテ……」

 

 入口に戻ると、フォルテさんがジト目でこちらを睨んできた。

 

「……手ー繋いでるっすね」

「あ、いやな?これh「どうせ私は遊びっすよぉぉぉーー!!!」あ!待てって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「んで、一夏と箒は訓練機の予約は出来たの?」

「いやぁ、それが今週の分はもう埋まってるらしくてさ。来週まで無理って言われたんだよ。借りれたとしても2つはきついかもしれないらしいし」

「下手すれば専用機が先に来るかもな」

 

 訓練の後、俺は一夏と箒と一緒に夕食を食べていた。

 レインは今フォルテさんの所にいる。相当落ち込んでいるらしい。

 

「セシリアも射撃の訓練に付き合ってくれるって言ってくれたぜ」

「へー、セシリアさんがねぇ」

 

 セシリアさんは確か射撃タイプのISを使ってたっけ、ブルー・ティアーズ、礼子姉さんが強奪したサイレント・ゼフィルスの姉貴分にあたるISか。

 そういえばサイレント・ゼフィルスは今頃どうしてるかな?やっぱマドカが使うのか?

 

「あら皆さん、ごきげんよう」

「あ、セシリアさん」

 

 なんて思ってたらお盆を持ったセシリアさんが来た。

 

「お隣、よろしいでしょうか?」

「いいよ、座って」

 

 俺の隣の空席に座る。

 

「おおセシリア、訓練は終わったのか?」

「ええ、先程。今日も上手く行きませんでしたわ」

 

 何でもセシリアさん自身は偏向射撃を練習中だとか、空間把握とイメージで撃てるとかなんとか。身内(マドカ)がシュミレーションで普通に撃ててたから難しいとは思わなかったなんて言えないな。

 

「そういえば、零さんもケイシーさんと訓練されていましたわね」

「あれ、見てたの?」

「隣で訓練してましたから。もしかしてお気づきにならなかった?」

 

 レインの猛攻を避けるのに夢中で全然気が付かなかった。

 

「零さん、失礼を承知でお聞きします。貴方、ISの稼働時間は」

「んー、アメリカで初期設定をやって…………それで動かして、今日またうごかしたから……大体16時間ぐらいかな」

「じゅ、16時間ですの?」

「そうだけど?何か変かな?」

「いえ、16時間にしては動きが良かったもので……」

 

 そりゃあたった16時間でもあんな濃いスパルタ教育を受けてれば嫌でも動きは良くなる。本当は16時間以上だけど。

 

「指導してくれた人がとっても厳しい人だったからね、あの人に最低限動かせるぐらいにはしとけって扱かれたから」

「そうでしたの」

 

 出来ればあんなスパルタ教育は二度とゴメンだ。

 

「いいよなぁ、俺も上手く使えるようになるかなぁ」

「訓練するしかないさ。ま、専用機が来たら約束通り一緒に訓練しようよ」

「そうだな、一緒に頑張ろうぜ!」

 

 何か一夏といい感じになってる気がするが……というか今更だけど、俺、男友達なんて作ったことないな。そもそも友達がいないか。マドカは家族だし、レイン?レインは姉貴みたいなもんだから家族だ。

 エクシアちゃんは…………どっちだ?

 

「いやぁこのサバ美味いなぁ」

「それはさわらだ織斑」

「え?鯖じゃないのか?…………ん?今の誰?」

「後ろだ、馬鹿者」

 

 ふと、一夏の後ろに誰かが立っていた。

 黒いスーツ越しでも伝わる整ったスタイル、膝まで丈のあるスカート、流れるような艶のある黒髪に蛇のように鋭い目付き、美人の類に入る容姿…………ふーん、この人が。

 

「あ、千冬姉」

 

 シュバンッ!

 

「ここでは織斑先生だと言っただろ」

 

 そう、後ろに立っていたのは人類最強の鬼……じゃなくて、なんだったっけ?

 ああそうだ、ブリュンヒルデだ。そう、そこに立っていたのはブリュンヒルデの異名を持つ織斑千冬だった。

 

「いてて……お、織斑先生、何でここに?」

「ふむ、先程倉持技研から来週の月曜日にお前の専用機が届くと連絡が入ってな、それを伝えに来た」

「そ、そうですか。え?それだけ?」

「いや、それもあるが」

 

 そう言うと織斑千冬は俺の方に視線を移す。何とも怖い、さっきの打撃といい性格といいマドカに全然似てない、似てるのは容姿だけだ。

 それにマドカはあんな暴力しない、やるのは俺が怒らせた時だけだ。それに目付きだって可愛い。

 

「ふむ、お前が巻紙零か」

「はい、初めまして織斑先生」

「榊原先生から話は聴いている、いきなり入学が決まって大変だろうが頑張ってくれたまえ。何かあれば私に相談してくれて構わん」

 

 脳筋先生への相談(物理的)は出来れば避けたいですね。ま、関係を作っておくのもありか。

 

「それと……織斑とは同じ男同士、仲良くしてやってくれ」

「ちょ、ちふ……織斑先生」

「はい、わかりました」

 

 なんのかんのいってブラコンなわけだ、まあ2人で生きてきたのならそうなるか。

 それにしても…………マドカも成長したらこうなるのかな?いや、そうだとしてもマドカはマドカだ。織斑千冬に似てようが関係ない。

 

「私の顔に何かついてるか?」

「いえ、何でもありません」

 

 しまった、つい織斑千冬の顔を見つめていたか。後でマドカから何か言われそうだな。

 

「それじゃあ私は戻る」

「おう」

「はいだろ馬鹿者」

「あ、はい……」

 

 織斑千冬は食堂から去っていく。

 後ろ姿もマドカに……てさっきから何を考えているんだ。

 

「零さん、どうかなされましたか?」

「ん?いや、何でもないよ」

 

 ピロンッ

 

 あ、多分マドカからだ。でも怖いから見ない。

 

「どうしたんだよ零、まさか千冬姉に惚れたのか?」

「まさか、それは(ありえ)ないよ。ただ僕の家族に似てたから少し見てただけだよ」

「へー、千冬姉に」

 

 似てるどころか下手すれば…………いや、なんでもない。

 

「はぁ……何処かに千冬姉を貰ってくれるいい男はいないもんかなぁ」

 

 そういう事を女子の前で言うんじゃないよ。

 

「一夏……お前なぁ……」

「流石に今のは……」

「え?」

 

 案の定セシリアさんと箒が引いてる。

 

 さて、早く食べないとうどんがのびる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

「なあ、スコール」

「はいはい」

「零は大人の女性の方が好みなのだろうか?」

「うーん……まああの子のことだからそう言う好みとかはないんじゃないの?」

「そ、そうか……ならいいんだ」

「(ふーん、もしかして零が織斑千冬に惚れると思ってるのかしら。ま、そんなことはまずないでしょうけど)」

「零の奴、今頃女を取っかえ引っ変え……くそ、そんな男に育てた覚えなんてねえのに」

「とりあえず頭冷やしなさいオータム(荒れた姿も素敵ねぇ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「さてと、今日の復習でもするか」

 

 IS学園では一つ一つの授業の内容が濃い、だから1日の復習しないと着いていけなくなる。姉さん達から扱かれたから少しはマシだけど、一夏の場合はかなり辛いだろうに。てか電話帳と間違えて捨てるってなんだよ。

 

「……ん?誰からだ?」

 

 突然端末が鳴り出す。

 ていうかこの番号って…………

 

 ピッ

 

『ハロハロ〜♪元気かな?天才美少女束さんだよ!』

「……いきなりなんですか」

『相変わらず堅いなー君は』

「貴方から電話かかってくる時は大体やばいことが起きるって学びましたから」

『偏見も程々にしないとマドっちから嫌われるよ?』

 

 マドっち?もしかしてマドカのことか?

 

「はぁ、それで、何の用ですか?」

『んーちょっとねー、今からメールで電話番号送るからさー、そこに電話してくんないかな?』

「…………」

『別にやばい所とかそういうのじゃないから』

「……断ったら?」

『零君がちーちゃんに見とれてたことをマドっちにチクる』

「おい!ちょっと待て!」

『んじゃよろしくー、あと私が絡んでること言わないでねー、いったらチクるから』

 

 ブツッ

 

 

 ざっけんなあんにゃろう、そんなこと漏らされたら確実に沈められる。てか見とれてねえよ、ふざけんなボk……おっと、姉さんの口癖がうつったのか……

 

 ピロンッ

 

 

 うさぎからメールが届き、そこには誰かの電話番号が書かれていた。

 

 

 …………仕方ない、掛けるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────???

 

 

「束様、夕食です」

「ありがとー」

 

 とある薄暗いラボ、束はクロエから差し出された真っ黒な物体を口に運ぶ。

 

「どうでしょうか?」

「うん、美味しいよー(でも普通の人間が食べたら腹下すねこれ)」

「よかった!ありがとうございます!」

 

 しかし束は本当のことを言わない、折角娘が男の為に頑張って料理を勉強しているのだ、それを踏みにじる訳にはいかない。

 

「あれ?何で私の端末に連絡が?」

 

 突然クロエの端末に連絡が入る。ちなみにクロエは束以外連絡を取らない。

 

「束様、これは一体……」

「多分出て大丈夫だと思うよー」

「?そうですか?」

 

 

 ピッ

 

 

『もしもし?』

「そ、その声はれ、零さんですか!?」

『ん?もしかして……クロエさん?』

「は、はい!クロエです!そ、それよりも何で零さんがワタ私の端末に?」

『あー、それはですねー』

 

 零が回答に困っているが、クロエはそれどころでは無い。

 

『クロエさん?』

「……は!いえ、大丈夫です」

『そうですか……あ、すみません。人が来たのでもう切ります』

「あ、あの」

『?』

「宜しければ……これからもこうやってお話して貰えませんか?」

『?別にいいですよ』

「あ、ありがとうございます」

 

 

 プツッ

 

 

「た、束様。零さんから電話がありました……」

「おーそれは凄い偶然じゃないかー。それで、何て言ったの?」

「こ、これからは連絡しあってもいいって……」

「おー!やったねクーちゃん!1歩前進だね!(計画通り)」

「え?あ、はい!」

 

 クロエは困惑しつつ、笑顔で答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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零、飛翔、遭遇

11話目


 ──────────第3アリーナ

 

 月曜日

 

 月曜日の放課後、俺は約束通り一夏達と訓練をすることになった。

 ちなみに、一夏は今裏でISの最適化を行っている頃だ。名前は『白式』とかいうらしい、何でも昔織斑千冬が使ってた『暮桜』に似てるとか似てないとか……似てないか。ただ武装がおかしすぎる、雪片弐型とかいう剣しかないらしい。ま、たかが剣1つでもワイヤーを仕込むなり盾にするなり、使い方を工夫すればどうとでもなる。一夏がそこまで頭が回るならの話だがな。

 

「…………」

「あ、箒。一夏は?」

「もうそろそろ来る頃だ……全く」

 

 打鉄を纏った箒がよろよろしながらこちらにやってくる。何やら怒った表情だ。

 そういえば最適化やらはセシリアが手伝ってるんだっけか、それできれてるのか、わかりやすい奴だな。うさぎから聞かされた話では小学生の頃からその傾向があったとか、全く、女心が分からないにも程があるな。

 

 

『お前もな』

『ブーメランじゃい』

 

 

 …………また何か聞こえた気が。

 

「おーい!終わったぞ!」

 

 裏から一夏がよろよろしながら寄ってくる。

 ふーん、あれが白式かぁ。名前の通り真っ白だな。しかし昔資料で読んだ『白騎士』に何処と無く似ている気がするが…………まさかな。

 

「はぁ、何とか間に合ったな」

「お疲れ様、セシリアさん」

「いえいえ、副代表として代表をサポートするのは当然の務めですわ」

「よし、それじゃあとりあえず基本的な動きから始めようか」

「おう!」

 

 とりあえず、まずはISを動かすことに慣れてもらうために低空飛行でアリーナを1周する。

 

「おっと……」

「お」

 

 一夏も箒も全然慣れていないのか、さっきから転んでいる。まるでクロスライザーを動かし初めた頃の俺のようだ、ああやってよろけて転ぶなんてしょっちゅうだったからな。正直無免許で自動車やら二輪車を動かした方がまだマシだ。

 

「お二人とも、まずは焦らず、落ち着いてイメージすることが大切ですわ」

「あ、ああ」

「て言われてもなぁ……ぎゃっ!」

 

 一夏が壮大に転けた。

 

「大丈夫?」

「お、おう。何とかな」

 

 これは暫くの間飛行訓練かな。

 …………て、そうなると俺も流れで付き合わせられるじゃねえか。それはキツい。

 

「零さん?」

 

 おっと、とりあえず今は1周だ1周。

 

「そういえばよ、零っていつもケイシー先輩に訓練してもらってんのか?」

「まあね、時々楯無さんが混じってくるけど」

「あの相部屋の人か?」

「うん」

 

 そういえば一昨日の訓練にもついてきてたな。あの時は流石に驚いた、なんせいきなり背中に抱きついてきやがったからな。いくら同居人で少し親しくなったとは言え、何故抱きついてくるのか理解できなかった、案の定レインに見られて一悶着あったが……まあ大したことにはならなかったから良しとするか。イタズラ好きにもほどがある。

 にしても本当に何がしたいんだあの人は。裸エプロンやら膝枕やら、更には抱きつきまで。

 

「おい零!」

「ん?」

 

 ゴスっ!

 

 一夏に呼ばれたと思った瞬間、俺は壁に衝突する。顔面から入ってしまった、マスクがなきゃもっと痛かっただろう。

 

「大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 とりあえず楯無さんのことは後回しにしよう、今は深く考える時間はないからな。クラス代表戦とやらが待っているらしいし。

 負けたら姉さん達から何を言われるか

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────数日後

 

「ではこれよりISの基本的な飛行訓練を実践してもらう。織斑、オルコット、巻紙、前に出ろ」

 

 俺とセシリアさんと一夏は織斑千冬の指示通りに前に出る。

 

 今日は1組と3組が合同でグラウンドに集合していた。

 なんでも1組と3組(本当は4組もらしいがまだ専用機が完成していないらしい)に専用機持ちがいるということで、この際せっかくだから合同でやってしまおうと言うことらしい。先生と話はつけてあるから大丈夫だとか。

 

「よし、展開しろ」

「「「はい」」」

 

 言われた通りに展開する。

 俺とセシリアさんは1秒もかからなかったが、一夏3秒かかった。これでもかなり早くなった方だ。白式が来たての頃なんて5秒経っても出来なかったからな。

 

「おい織斑、遅いぞ。最低でも1秒でやれ」

「は、はい…………」

 

 こう見るとスコール姐さんはまだ優しかった方だな、厳しいけど上手く出来ればちゃんと評価してくれた。

 厳しいけどね。

 

「よし、飛べ」

 

 その掛け声とともに、俺たち3人は上空へ飛ぶ。

 背中の黒い翼型スラスターを広げる。いつ見ても禍々しいな、これ。

 

 それとやっぱりセシリアさんは慣れてるだけあってかなり速い。これもチェルシーさんとエクシアちゃんの教育の賜物なのか。

 

 よし、大体ここまで飛べばいいか。

 

「零さん、なかなかお上手ですわ」

「どうも、でもセシリアさんには適わないよ。流石は代表候補生」

「ふふ、ありがとうございますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今零の野郎がイチャイチャしてる気がするぜ」

「どうしたのケイシーちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾクッ

 

「?どうかしましたの?」

「ううん、なんでもないよ」

 

 今寒気が…………多分レイン辺りに何か言われてるな。

 

「おーい!」

 

 暫くしてようやく一夏が追いついてきた。

 

「やっと追いついた……」

「お疲れ様」

「お疲れ様ですわ」

「あはは、いやぁにしてもイメージってなかなか難しいなぁ」

「そうかい?一夏のスラスターなら翼型だから羽ばたくイメージとかできると思うんだけど」

「んー、羽ばたくか……」

 

 そう言うと一夏の背中のスラスターがひょこひょこと小さく羽ばたき始める。いや、まああってるけど。

 

「お、何となく分かった!」

「そう、それは良かった」

 

 まあイメージ出来たならいいか。

 

『よし、では1人ずつ急降下からの完全停止をやってみせろ。目標は地面から10cmだ』

 

 下から織斑千冬が指示を出す。

 

「ではお先に失礼しますわ」

 

 セシリアさんが先に急降下した。

 

 ふむ、どうやら成功したようだ、代表候補生だから当然か。

 

「零、先にいいぞ」

「そうかい?じゃあお先に」

 

 俺はクロスライザーとともに急降下する。前やった任務で数十メートル上から落ちたのを思い出すなぁ、あの時は骨折ったけど、ISだからその心配はないだろう、痛いだろうが。

 

「ふむ、20cmか。初心者にしてはよくやった方だな。次は上手くやれ」

「ありがとうございます」

 

 さて、後は一夏だが…………遅いなあいつ。まだあそこにいるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫……うん大丈夫だ」

 

 セシリアと零が降り、残るは一夏1人となった。しかし一夏は中々1歩を踏み出せずにいる。不格好とはいえ、練習で何度か軽い降下はやった。が、この高さからは初めてである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(一夏のやつ、何をやっているのだ?)」

 

 そんな一夏をみて箒は不審に思った。ここは男なら1発やれと言いたいところだが、怒鳴った所でどうしようもない。さてどうするか、箒は考え、1つの案を思いつく。

 

「山田先生、少しの間でいいのでインカムを貸して貰えませんか?」

「え?は、はい」

 

 真耶は箒にインカムを渡す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、どうすれば……」

『あー、一夏!』

「ほ、箒?」

 

 一夏は突然聞こえた箒の声に反応する。

 

『大丈夫だ、あれだけ練習したんだ。お前ならやれる、自分を信じろ』

「……そうだな、俺ならやれる!いくぜ白式!」

 

 箒の言葉に元気をもらった一夏は勢いよく急降下する。

 グングンとスピードは上がっていく、その姿はまるで落下する天使のよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃダメだ」

「ダメですわね」

 

 しかし零とセシリアにはこの後起こることが予想出来た。

 とりあえず周りにいる学生の前に庇うように立つ。

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ズドオォォォォォォォォォンッ!!!

 

 一夏は勢いよく地面に激突し、地表に大きなクレーターを作る。

 

「馬鹿者!誰が地面に衝突しろと言った!」

「す、すんません」

 

 ふと、一夏は箒に目線を向ける。が、箒は目が会った瞬間、ジト目でそっぽを向いた。

 

「(あーあ、怒らせちまったな)」

 

 そう思う零なのであった。

 

「授業が終わったら穴をふざけ、いいな?」

「は、はい…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「……さてと、ここら辺でいいか」

 

 今日も一日終わりを迎えた。しかし俺にはやらないといけないことがある。いや、俺も久々に声が聞けるから楽しみなんだけど。

 とりあえず連絡するか。

 

 

 

 

 プルルルッ…………ピッ

 

 

 

 

『れ、零?』

「おう、マドカ。ようやくそっちに連絡できるようになったよ」

『そ、そうか。それは良かった』

 

 そう、マドカとこうやって話すことだ。この数日間は勉強やら内部把握やらが忙しくて連絡なんて取れなかったからな。それに俺達にとっても要注意人物が同室だ、こうやって隙を見つけないと連絡なんて早々できない。

 

「で、そっちは元気か?」

『ああ、私は元気だ。ただオータムがちょっとな……零が女遊びをしていないかと不安でかなり飲んでいるんだ』

「はぁ、礼子姉さんったら。そんな心配してたら仕事に支障がでるだろうに」

『まあその度にスコールが冷水をかけてるから一応正気は何とか保っているらしい』

「姐さんには感謝しきれないな」

『ああ、そうだな…………なあ零』

「ん?」

『その……そっちでの生活は楽しいか?』

「……まあまあかな。でもハッキリ言うとマドカや姉さん達と一緒にいた方が楽しいよ。正直皆と離れてるのは寂しいな」

『そ、そうか。私も零が居ないと寂しいぞ。お前の作るご飯だってこいしい』

「俺も久々にマドカや姉さん達が作る料理が食いたいよ。ここも悪くはないけど、やっぱり1番は皆が作った料理だな」

 

 ここの味はかなりいい。でも皆が作ったものには到底適わない。

 

『じゃあ……』

「?」

『こ、こっちに戻った時に手料理を沢山食わせてやる!だから絶対1回は帰ってこい!』

「おう、楽しみにしてるよ」

『……そ、それじゃあ、おやすみ』

「うん、おやすみ」

 

 マドカからの通信が切れる。

 それにしても何時になったら家に戻れるのやら。ま、夏休みとかに企業からの呼び出しみたいな感じで戻れるだろうから、その時だな。勿論レインも一緒だ。

 

「さて」

 

 外は暗いし早くもどろうか。じゃないと織斑千冬にどつかれるだろうからな。それだけは勘弁だ。

 

 

 …………ん?何だあのツインテール女、いや、女の子か?

 

 

 

「どこよここ……受付なんてないじゃない。大体広すぎんのよこの学園、早くしないと夜に…………あ、もうこんなに暗くなって……」

 

 ふむ、迷子か。しかしこんなやつ見たことないぞ、転入生か?ま、とりあえず聞いてみるか。

 

「ねえ、どうしたんだい?」

「ん、アンタ誰?」

「僕は巻紙零、ここの生徒だ」

「へぇ、じゃあアンタが噂の男性操縦者の片割れなんだ。アタシは凰鈴音、今度からここに通うことになったの、よろしく」

 

 ふーん、やっぱ転入生って奴か。しかしこんな時期に転入生だなんておかしな話だ、普通はもう少し後だろうに。それに凰鈴音、名前からして中国か…………時期が時期だからかなり臭うな。

 

「鈴音ちゃんか、よろしく」

「うん…………あのさぁ」

「?」

「ここの事務受付って何処にあるかわかる?」

「ああ、それならここを真っ直ぐ行って右に曲がって更に行った所にあるよ」

「そう、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 そう言うと鈴音ちゃんは去っていく。

 

 何故だか分からないけど、また一夏関連のことで一悶着起きる気がする。

 

 こっちに飛び火させるのだけは勘弁してくれよ。

 

 



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雷、白

番外編1

オリキャラ登場


 ────────────ー???

 

 とある空間、そこはIS達が生活しているコア・ネットワーク空間、ここはいわば一種の世界であり、IS達も果てが何処にあるのか把握出来ていない場所。

 この空間内では、IS達は人間と同じ姿(大体が操縦者に似る)をしている。

 

 

 

「はぁ、暇ねぇ」

「そうですわねぇ」

 

 

 

 そんな中、専用機ISの『ブルー・ティアーズ(ティア)』と『甲龍』は退屈を持て余していた。

 

 ISはそれぞれが意志を持ち、互いに情報を共有しあっている。しかし彼女達にはとあるものが欠けていた。そう、『食べる』ことである。ISなのだから食べ物など食う必要はない、そもそも食べ物など食べなくても生きていけるのだ。

 

「ねえ」

「?」

「さっきからあの子なにやってんのかしら?」

 

 甲龍がとある場所を指さす。

 

 

 

 

 そこには、赤毛に所々黒髪の混じったISが、テレビの前で胡座をかきながらお菓子を食べていた。

 

「いやぁセ〇ンはいつ見てもいいですねぇ、平成も気になるから見とこっと」

 

 

 

 

 

 

「……行ってみる?」

「……そうですわね」

 

 ティアと甲龍は、そのISのもとへと近づく。

 

「ねえ」

「ん?これはこれはティア先輩に甲龍先輩ではありませんか、何用で?」

「先程から何をしておりますの?」

「いやぁ、ネットワーク内を歩いてたら丁度レア物が手に入ったものでしてね。早速視聴しようと思ったわけですよ」

「レア物?ネットワーク内にそんなのあるの?」

「あるんですよ、良かったら先輩達も一緒に見ませんかい?丁度お菓子もありますし」

「お菓子?私達にそのようなものは必要ないのでは?」

「てかそんなのどっから取ってきたのよ?」

「ネットワーク内にあるものから作り出したんですよ」

「そんなこと出来んの?」

「ええ出来ますよ、先輩達もやれることです。今までそう言うのが要らなかったから知らないだけですよ。それよりもささ、もうすぐ本編が始まりますよ」

 

 ISに勧められるように、2人はテレビの前で腰を降ろす。

 

「あんた名前は?」

「黎と申します」

「へえ、じゃああんたが噂のクロスライザーの、相方は?」

「今頃散歩してますよ」

「これは何のお菓子ですの?」

「食べればハッピーになれるお菓子でっせ、魔法の粉がたまりませんよ」

「ふーん」

 

 甲龍とティアはお菓子を口にする。

 この行為が、後にネットワーク内に波乱を巻き起こすきっかけになる(かもしれない)ことを、彼女達は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後

 

 

 

 あっという間に30分がすぎる。

 3人の周りには、お菓子の残骸が散らばっていた。

 

「主人公とヒロインのデートが描かれているのに放送禁止とはもったいない」

「ねえ黎」

「はい、なんでしょうか?」

「これって他のやつも見れるの?」

「見れますよ、一応現実世界から電波やらは受信できるんでB〇もWOW〇〇もタダで見れます」

「ふーん」

「他のやつも見ますか?」

「……見せて」

「わたくしもお願い致しますわ」

「あとお菓子もちょうだい」

「りょうかーい(あ、雷のこと忘れてた……まいっか)」

 

 黎はリモコンのスイッチを押す。すると画面が切り替わり、先程とは別の番組が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「…………ここ、どこだよ」

 

 とある空間内の草原、黒髪の青年がその場で大の字になっていた。

 

「ある所にいけばヤカンを投げられ、ある所にいけば風呂桶を投げられ……散々な目にあった。

 

 少年の名は雷、雷は先程までここいらを散策していたのだが、『雄』ということで、至る所で散々な目にあっていた。その上、迷子になってしまったのだ。

 

「くそう、何で俺は『男』として生まれてきたんだよ。教えてくれよ母さん(束博士)」

 

『デュアルコア作成の影響』

 

「……そうですか」

 

 何処かから束の声が聞こえた気がした雷は、ため息を吐く。

 

「おい」

「ん?」

 

 ふと、上の方から誰かが声を掛けてくる。

 雷が顔を向けると、そこには白い鎧を纏った女性が仁王立ちしていた。目つきは鋭く、雷のことを警戒している。

 

「貴様……何ものだ?」

「…………」

「おい、聞いてるのか?」

「…………あのー、誰ですか?」

「……何、私のことを知らないのか?」

「ええ、全然。というか俺、生まれたばっかでここら辺のことなんにもわかんないっす」

 

 雷の言葉に、女性の体から力が抜ける。まさかISの中に、自分のことを知らないものが居るとは思わなかったからだ。

 

「ねぇねぇ」

「ん?誰?」

「こら白式、勝手に出てくるなといっただろ」

「別にいいじゃん、怖い人じゃ無さそうだし」

 

 女性の後ろから、白髪の少女が顔を見せる。

 

「私は白式だよ、お兄ちゃんは?」

「ら、雷」

「へー、じゃあお兄ちゃんが例のデュアルコアなんだ」

「まあな、ていうかそんなに有名なの俺達?」

「有名だ、何せ世界初なんだからな」

「へー、そうなんですか」

 

 ちなみにこのことは世間では流れていない。勿論操縦者である零も知らない。

 

「この人は白騎士、私が産まれる前のコアの人格だった人だよ」

「え?人格が残るなんて有り得るの?」

「普通は有り得ん、突然変異ってやつさ。お前と同じな」

「そうですか……はあ、俺もいっその事リセットしよっかなぁ……」

「大分疲れてるじゃないか、何かあったのか?」

 

 白騎士に問われた雷は、ここに至るまでの経緯を話す。

 その内容に白騎士と白式はなんと言っていいのか分からない苦笑いを浮かべる。

 

「俺も黎ぐらい自由人な性格だったら良かったのに」

「ま、まあまだ始まったばっかりなんだし、これからいいことがあるかも知れないよ?」

「そうかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、らーい!」

 

 

 

 

「あ、黎だ」

 

 遠くから、雷を呼ぶ黎の声が聞こえる。あまりにも遅いため、黎が直接探しに来たのだ。

 

「おーい、ここだー!」

「あーいたいた、何やら女騎士と幼女に挟まれてるではありませんかええ雷さんよ」

「よ、幼女……」

「おいこら黎、そういうこと言うなって」

「へーい、えーっと、白騎士姐さんと白式ちゃんですね、初めまして。私は黎です、お近付きの印にこれどうぞ」

 

 黎は2人にお菓子を差し出す。

 

「知ってるのか?」

「ええ、あっしはこう見えて勉強家なもんで、さ、とりあえず戻るよ雷」

 

 そう言うと黎は、せっせと先に歩き始める。

 

「待てよ。と、白騎士さん、白式さん、お世話になりました」

「私のことは呼び捨てで構わん」

「私も呼び捨てでいいよ」

「そうか?じゃあそうさせてもらうよ」

 

 雷は2人に手を振りながら、黎の後をついて行く。

 

「良かったらまた今度遊ぼうぜ!俺も色々と知りたいからさあ!」

「いいよぉ!」

 

 雷と白式は互いにそう叫んだ。

 

「…………」

 

 白騎士は何故か帰っていく雷の背中を、お菓子を食べながら見つめていた。その時の彼女が何を思っていたのか。それは誰にも分からない。

 

「白騎士?どうしたの?」

「ん?いや、何でもない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「粉、粉を寄越せ……」ガツガツッ

「辞められませんわ」ガツガツッ

 

 

 

 

 

「…………おい黎」

「ごめーん、何かハマっちゃったみたい」

「どうすんだよ!アレ末期だぞ!」

「てへぺろ☆」

 

 

 

 

 

 




黎、雷
クロスライザーのコア。
雷はコアの中でも珍しい男のコア、デリカシーがない。
黎は自分の好きなことならなんでもやる女、先輩だろうが容赦ない。



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零、宣戦、酢豚

12話目


 ──────────────3組

 

 

「そういえばさぁ、今日2組に転校生が来るらしいよ。あ、リバース(赤)」

「へー、そうなんだ」

「しかもいきなりクラス代表になったらしいよ」

 

 次の日の朝、3組では2組に転校生が来ることで話題でもちきり……ではなかったがまあまあ話題になっていた。ちなみに今はクラスの女子3人とU〇Oを楽しんでいる。家でもよく姉さん達とやってたからルールは分かる。

 にしても転校生か……多分昨日の鈴音ちゃんだな。

 

「その子なら昨日あったよ。あ、1(赤)で」

「え?そうなの?」

「ああ、中国から来た代表候補生らしいよ」

「へぇ、にしても代表候補生かぁ、なかなか手強そう。あ、ワイルド(黄)」

「でも専用機持ちって今の所うちと1組だけだから優勝はかも?ドロツー(黄色)」

「うわ……あ、零君、デザートフリーパス楽しみにしてるからね!応援するから!」

「うん、頑張るよ。5(黄)」

 

 さて、次で手札が無くなるな。

 しかし多分鈴音ちゃんは専用機を持っている。何故?昨日楯無さんから聞いたから知ってる。転校生が来ることは生徒会長であるあの人が知らないわけがないからな。質問料として手料理作ることになったけど。

 

「その情報、古いよ「ドロフォー」「ドロフォー」「ドロフォーだよー」

「まじか!」オーイ

 

 なんてこった、あがる直前でまさかこんな自体になるとは……まさか。

 

「もしかしてはめた?」チョットー

「「「サアナンノコトヤラ」」」ネェ

 

 くそ、姐さん達といいなんでこうもカードゲームで俺を嵌めたがるんだ。

 というか可笑しくないか?

 確かドロフォー重ねるのってルール違反じゃなかったか?

 

「ねぇってば!」

 

 3組の扉から聞き覚えのある女子の大声が聞こえた。

 

「はい?」

「ハイじゃないわよ!さっきから呼んでるでしょ!」

 

 その女子はツインテールをブンブン揺らしながら怒っている。ああ、やっぱそうか。

 

「鈴音ちゃん、昨日ぶり」

「ハロー零、昨日は助かったわ。あとアタシのことは鈴でいいわよ」

「そう?じゃあそうさせてもらうよ」

 

 鈴ちゃん……面倒だから鈴でいいか。

 

「ところで鈴、うちのクラスに何かよう?」

「まあねー、2組もクラス代表が専用機持ちになったから、アンタに宣戦布告しに来たのよ」

「へーそうなんだー(棒)」

 

 宣戦布告ねぇ、この様子だと一夏の方にも喧嘩を売ったのか?まあ俺には関係ないか。それにクラス代表は誰とぶつかるか分からないし、というか4組の方はいいのか?確かまだ完成してないんだろ?

 

「あ、戻んなきゃ。そんじゃ、またね」

「うん、また」

 

 鈴は教室の扉を開けたまま2組の教室へ戻っていく。

 さて、これで一応専用機持ちがそれぞれのクラスにいることになるわけか。というか多くないか?2年でも楯無さんとフォルテさん、3年に至ってはレイン1人しかいないってのに。1年だけ超過供給だ。それだけ各国もやけになってるってことか。

 

「はーい!SHR始めるわよー!」

 

 おっと、座るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────ー屋上

 

 

 鈴から宣戦布告を受けてから数時間後、俺は屋上でレインと一緒に昼飯を食っていた。なんでも弁当を作ってくれたんだとか。

 

「そんで、その凰とかいう奴とやりあうのか?」

「さあな、初っ端から当たるかもしれないし2回目で当たるかもしれないし。とりあえずまずは鈴がどんなISを使ってくるか把握しないとな」

「ふーん、ま、頑張れよ。観客席から応援してやるから。とりあえずほれ」

「ん、サンキュー」

 

 俺はレインから貰った弁当箱を開ける。中は、左半分に卵ふりかけがかかった白米、右半分には玉子焼きと小さい赤ウインナー、少量のパスタ、唐揚げ、レタスが綺麗に詰められていた。

 何とも美味しそうだ。

 

「随分可愛い弁当じゃないか」

「い、いいから。早く食えよ」

「急かさなくてもちゃんと食べるよ」

 

 何を恥ずかしがってんだ?まあいい。

 さて、まずは玉子焼きから。うん、不格好ながら味はちゃんと染み込んでる。唐揚げも油が多すぎず、さっぱりした味だ。

 

「ど、どうだ?前のと比べて美味いか?」

「ああ、美味い、前のやつよりも美味しくなってるよ」

「そうか、喜んで貰えて良かったぜ(あん時(零の入学初日)から何度も練習した甲斐が有ったぜ)。ほら、どんどん食えよ」

「そんな焦らなくても、ゆっくり味合わうよ」

 

 昔もこうやってご飯を作ってくれたっけ。マドカと出会う前はレインが作ってくれてたからな。

 

「ほら」

「ん?」

 

 レインが箸で自分の弁当から唐揚げを掴み、俺に差し出してくる。一体何がやりたいんだ?

 

「昔みたいに食わせてやるから、口開けろよ」

「お、おう?」

 

 レインに言われるまま、俺は口を開ける。

 

「あ……あーん」

「あーん……」

「どうだ?」

「モグッ……美味いけど?」

「そうか…………良かった……」

 

 いや、だってこれ俺に作ってきた唐揚げと同じやつだから味は同じだろ。

 

「さっきからどうしたんだ?顔赤いぞ?」

「う、うっさい、さっさと食え!鈍感野郎!」

「何怒ってんだよ?」

「怒ってねえよ!」

 

 プンプン怒りながらレインは弁当を食べ始める。本当にどうしたんだこいつ?俺が学園に入学する前は少なくともこんなんじゃなかったはずだが。

 

 

 

 パシャッ!

 

 

 

 …………おい、今やばい音聞こえなかったか?

 

 

「いやぁこれは大スクープよ……『IS学園1の人気コンビ、まさかの男性操縦者と秘密の密会。彼への愛の手作り弁当、泥沼な三角関係』…………これはいけるわ!」

 

 何やらカメラを持った変人が扉から現れた。スクールってことは新聞部とかそこら辺の奴か?いけるって何が。

 

「あっ!てめー新聞部の奴か!」

「どうもー!2人の密会はバッチリ撮らせて貰いましたー!」

「おいこら待てや!」

 

 笑顔で逃げる新聞部に、レインは鬼の形相……ではないが、怒った顔で追いかけていく。てかなんだよ密会って、ただ友人と昼飯を食ってただけだろうに。ん?食べさせあいってそんなにやばいことなのか?昔からやってるからわからんな。

 

 とりあえず残りを食べるか。昼飯の時間は限られてるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「ケイシーさんと密会してたそうじゃない」

「だから密会じゃないですって。てかなんで知ってるんですか」

「薫子ちゃんから聞いたのよ、新聞部副部長の。今日あったでしょ?」

「ああ、あの人」

 

 その日の夕方、俺は楯無さんから昼間の件で弄られていた。てかあの人副部長だったのかよ。他人のプライベートを隠し撮りするなんて随分と立派なマスコミ根性じゃないか。

 まああの後レインに捕まって写真は消されたけどな。

 

「さあ、出来ましたよ」

「ありがと……うん、美味しい♪」

「どうも」

 

 楯無さんは俺が作った料理を美味しそうに食べる。これは昨日の質問料だ。

 

「にしても何で俺のなんですか?」

「食べてみたかったから?」

「そんな理由で」

「風の噂で零君が料理好きって聞いたのよ」

「何処から吹いた噂ですかそれ……」

 

 よく分からない人だ。

 でも不思議とマドカやレインと一緒にいる時と同じように安心できるのは何故だろうか?やっぱり昔会ってたのか?…………ダメだ、思い出せない。

 

 

 

『毎日酢豚奢るなんて約束するバカが何処にいんのよ!この馬鹿ァァァァァァッ!!!!!』

 

 突然廊下から叫び声が聞こえてくる。中まで聞こえるって相当だな。

 

 

 

 ズコッ

 

『ぎゃんっ!』

 

 

 

「…………今転けませんでした?」

「ええ、転けたわね。多分この部屋の前よ」

 

 とりあえず部屋の扉を開けて外を確認する。

 そこには顔面から大胆にずっこけ、うつ伏せで倒れる鈴がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────ー数分後

 

「なるほどねぇ、そんなことがあったの」

「ぐすっ……はい」

 

 事情を聞いた楯無さんが鈴を優しく宥める。

 何でもアリーナでの訓練の際、一夏と箒が同室だったことを知って、早速2人の部屋に乗り込んだらしい。そこで一悶着終えた後、一夏に幼い頃にした約束を聞いたところ、忘れていた……というよりも、勘違いして捉えられていたらしい。

 それで1発ぶん殴って逃げてきたと。

 箒も木刀を使わず言葉で追い返そうとするとは、成長したものだ。

 

 それにしてもなんだよ、『料理が上手くなったら毎日酢豚作ってあげる』って。あれか?日本の『毎日?毎朝?俺の味噌スープを作ってくれ』とかいう

 告白の真似か?そんなもん一夏どころか俺でもわかんねえよ。

 

 てかそもそも毎日味噌スープってなんだよ、味噌じゃないけど家では毎日のように料理をしてたぞ、姉さんもマドカも、え?それとは違う?違うのか?

 

「織斑君も鈍感ねぇ、ちょっとは察してくれればいいのに」

「ホントですよ……ぐすっ」

「よしよし、今は思いっきり泣きなさい」

「ぐすっ、うえぇぇぇぇぇぇん!!」

 

 鈴が大声で泣き始めた。

 

「というかそれその時普通に告れば「零君?この状況でそういうことは言わないものよ?」…………あ、はい」

 

 楯無さんから妙な圧がかかった。

 それにしても……楯無さんに泣きつく鈴を見てると昔を思い出すな、マドカもああやって泣きついたりしてたっけ。俺も小さい頃礼子姉さんによく泣きついてたらしいが。

 

「それで、鈴はどうしたいんだい?」

「……と、とりあえず謝りたい……かな?流石にぶったのは悪いし……でも、それが出来たら苦労しないわよ……」

 

 ふむ、ここは前の箒みたいに両者ともに謝るのがベストだが。そうなると鈴の一夏への思いが周りに漏れる可能性があるな、それに一夏のことだから10回程言わないと理解出来ないだろう。

 となると手は1つか。かなり雑だけど。

 

「じゃあ、今度のクラス代表戦で優勝したら一夏に謝るってのはどう?」

「優勝?」

「ああ、そうやって目標を立てた方がやりやすいでしょ(多分)」

 

 てか宣戦布告してきたんだからそのぐらいはやってもらわないとな。

 クロスライザーの力を早く発揮させないといけないし。

 

「優勝か……うん、分かったわ。そうする」

 

 そう言うと鈴は立ち上がり、部屋の扉の前まで歩く。

 

「えっと、お世話になりました」

「いいえ、それよりもクラス代表戦、頑張ってね。私も応援してるから」

「はい!……それと零!」

「はい」

「アンタも手加減なしでやるんだから、覚悟してなさい!」

 

 鈴は部屋から出る。随分と立ち直りが早い早い。

 

「…………なんだったんですかね?」

「乙女の覚悟」

「?」

 

 とりあえず一夏のせいで妙なことに巻き込まれたことは確かだ。

 あいつ、いつか後ろから刺されるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




UN〇でドロの重ねがダメなの、書いてる時に知りました。


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IS、煎餅

番外編2

番外編は本編とは別物と考えてもらった方がいいです。


 ──────────────???

 

 

「黎お姉ちゃーん!遊びに来たよー!」

「おー白ちゃん白さん、イラッしゃーい!」

「いらっしゃい!」

 

 とある空間、黎と雷のもとへ、白式と白騎士が遊びに来る。

 

 2人を笑顔で出迎える黎の横で、雷は何やら円形のものを七輪の上に乗せて焼いている。

 

「雷お兄ちゃん、何やってるの?」

「んー?ちょっと待ってなー、もうすぐ煎餅ができるところだから」

「お前、そんなこと出来たのか?」

「まだ勉強したばっかだけどな」

 

 雷は煎餅にタレを塗っていく。

 ココ最近、雷はネットワーク内にあるものからこうやって料理を作ることがマイブームになっているのだ。

 

「いやぁ、うちの雷にこんな趣味がおアリとはねぇ、料理ができる男はいいですなぁ」

「お前には負けるよ。てか煎餅に関してはお前が食いたいって言ってたじゃないか」

「そうだっけ?」

 

 そう言いながら、黎は雷が作った煎餅(失敗作)が入っている袋から煎餅を取り出し、口に運ぶ。

 

「そんな失敗作食って美味いのか?」

「味が良ければ問題ナッシング。それに私は焦げ多めの方が好きなんでね」

「ふーん。よし、出来た」

 

 雷は煎餅を紙に包み、白式と白騎士に差し出す。

 

「暑いから気をつけて」

「ありがと……あっつ……」

「白騎士もほら」

「うむ…………ところで」

「?」

「なんであいつはあんな死んだ目をしているのだ?」

 

 白騎士がある人物を指さす。

 

 

 

 

 それはとある番組のエンディングが流れるテレビの前で、虚ろな目をする打鉄弐式であった。

 

「………………」

「に、弐式、しっかりして」

「だ、大丈夫です、きっとお2人は生きていますわ」

「…………じゃああの勾玉は?」

「あ、あれは……」

「最後に2人が夕日の中振り返ったのは?」

「え、えっと、多分魂が天に「ティア!」…………は!

「………………ひぐっ」

「あーもうティアったら!泣かせちゃだめでしょ!」

「も、申し訳ございません!」

 

 泣き始める弐式を、ティアと甲龍が必死に宥める。

 

「何があったの?」

「なんかね、テレビで応援してたヒーローが生死不明になっちゃったんだって」

「でも生きているかもしれないのだろう?」

「いやぁあれはダメっしょ」

「ちょ、黎。そういうこと言うなって、弐式先輩に聞こえたらどうすんだよ」

 

 弐式は数日前にとあるヒーロー番組にハマったのだ。剣や銃を使わず、己の体で戦うシンプルなヒーローであり、追加戦士も最終回直後で、それまでずっと1人で戦っていたのだ。が、そのヒーローは最終回で人類滅亡を止めるため、自ら突撃したのだ。

 

「大丈夫よ!ご〇さんは生きてr「ご〇さ“ぁぁぁぁん!」あーもうどうすればいいのよこれ……」

「ミスティさんは何処をほっつき歩いているのでしょうか…………」

 

 

 

 

 

「な、何か大変そうだね…………」

「あいつは操縦者の影響を受けすぎだ」

「あんさんも大概や」

「ん?何か言ったか黎?」

「いいえ何も?さあて、そんじゃあっしは準備でもしますか」

「何の準備だよ?」

「いやぁ、もうそろそろ皆さんお腹まわりが気になるころおわっ!?」

 

 突然黎は躓く。黎が手に持っていた煎餅(失敗作)の入った袋は宙を舞い、白騎士と白式に煎餅の欠片の雨及び粉の雨が降り注ぐ。

 

「きゃっ!」

「うわ!?」

「いてて……ん?あらま」

「あらまじゃねえよ、全く」

 

 雷は白式と白騎士に降り注いだ煎餅と粉を払う。

 

「悪い、うちの黎がドジっちまって」

「あ、ああ、大丈夫だ」

「ひえぇ……ワンピースが粉だらけ……」

「ごめんごめん、今度弁償するから」

「……よし、取れた」

 

 雷と黎は、2人に降りかかった煎餅の残骸を払い終える。

 

「…………あ、白騎士」

「なんだ?」

 

 ふいに雷は白騎士の頭を撫でる。

 

「な!」

「おい、じっとしてろって」

 

 突然のことで混乱する白騎士を差し置いて、雷は白騎士の頭を撫で続ける。

 

「よし、取れた。まだ髪に煎餅がついてたから…………白騎士?」

「…………」

 

 パシンっ!

 

 白騎士は徐々に顔を真っ赤にさせると、雷の頬にビンタを放つ。

 

「いって!なんすかいきなり!」

「知るか!」

 

 白騎士は怒りながらそっぽを向き、煎餅を齧る。

 

 

 

 

「おやおや、伝説の白騎士にもこんな一面が……雷には驚かされますなぁ」

「黎お姉ちゃん、どうしたの?」

「んー?ひみつ」

「?」

 

 

 

 

 

 




私も、あの二人は生きてると信じてます。


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零、届け物、本番

13話目

今他のを書いててこっちまで手が出しにくいです


 ────────第4アリーナ

 

 

「おら!」

「くっ!」

 

 互いの剣がぶつかり合い、火花を散らす。

 あれから時間は経ち、今日はクラス代表戦前日、俺はレインと一緒にいつも通り訓練を行っていた。

 相変わらず手加減がない上に、クラス代表戦ということもあって、いつもよりもスパルタだ。一撃一撃が重い。

 

「もらった!」

「やらせん!」

 

 加速したレインから放たれた斬撃を、肩にある大型ソードビット『ライザーファング』を展開させ、防ごうとした。

 

 ガンッ!

 

「うごっ!?」

 

 しかし斬撃が来ることはなく、変わりに腹部へ激しい蹴りをくらった。

 

「横ががら空きだ。相手の攻撃は必ず真っ直ぐ来るわけじゃねえ、そういう所も気ーつけろよ」

「わ、わかったよ……」

 

 いってぇ……装甲があるとはいえかなり来るな。にしてもISの操縦はなかなか難しい。生身で出来ないことが出来る変わりに、生身だからこそ出来たことが出来ない。

 それを使い分けられるんだ、やっぱりレインは凄いよ。

 

「そんじゃ次行くぞ!」

 

 レインは休む間もなく、追撃仕掛けてくる。

 

「こちとらやられっぱじゃねえよ!」

 

 俺はスラスターを噴射させ、剣の刃が当たるギリギリを右に逸れて交わす。

 そして後ろを向いたまま両足の小型ワイヤーブレードを放ち、ヘル・ハウンドの片足と片腕に巻き付ける。

 

「なっ!?」

「当てれば!」

 

 そしてクロスマッシャー両刀をガンモードに素早く切り替え、ヘル・ハウンドにワイヤーブレードを巻き付けたまま円を書くように旋回しながら弾丸を放つ。

 しかしここは経験の差、両方合わせて6発中2発しか命中しなかった。やはり拳銃を撃つのとは少し違うな。

 

「舐めんな!」

 

 レインが体制を立て直し、ヘル・ハウンドの両肩の犬頭から炎を放つ。

 

「やられ!」

 

 炎を避けるため、そのまま下に逸れるように、移動する。しかしここでワイヤーブレードを解かなかったことを後悔する。

 

 ギュッ!

 

「やべっ」

 

 そう、ワイヤーが限界に達したのだ。そりゃあ有線だ、限界はあるよ。

 クロスライザーは引っ張られた反動でバランスを崩し、そして

 

 

 

 

 ズズァァァァァァァ!!!!

 

 

 

 そのまま地面に引きずられるように衝突する。かなり痛い。

 

「あーあ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……」

「……ったく、武装の特徴ぐらいちゃんと把握しとけよな。本番だったら死んでたぞ?」

「悪い、今度から気をつける」

 

 レインから差し出された手を掴み、立ち上がる。

 

『巻紙くーん、いますかー?』

 

 突然アリーナのピットから俺の名前を呼ぶ山田先生の声が響く。

 

「ん?山田先生?」

『巻紙君にお届け物ですよー』

 

 俺とレインは互いに顔を合わせ、首を傾げる。

 届けもの?一体なんなんだ?

 

「ちょっと行ってくる」

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────ピット

 

「ありがとうございます」

「いえいえ、それでは」

 

 山田先生が笑顔で帰っていく。

 それよりも。

 

「……何だこれ」

 

 ピットについた俺を待っていたのは、両手で抱えられるサイズの小さいダンボールだった。

 一体誰からだ?送り主は…………アメリカの企業から?一体何を送ってきたんだ。

 

 ピルルルッ

 

 と思っていたら突然、というよりタイミングよく端末に連絡が入る。

 ……この番号は確か。

 

 ピッ

 

『もすもす終日〜?元気かな〜?天才美少女束さんだよ!』

「相変わらず痛いな(どうも束博士)」

『凡人には私の挨拶の意味が分からんよ』

 

 おっと、本音が漏れた。

 

「…………で、企業に成りすましてまで物を送り付けて来るなんて、今度は何ですか?」

『いやぁちょっとね〜。今の零君って頼りないからね〜』

「……ハッキリ言うと?」

『全然、めちゃくそ弱い』

 

 分かってはいたけど直で言われると結構傷つくな。確かに動かせるようにはなったし武装も使えるようにはなった。でも弱いのは確かだ。

 

『そこで!今回はそんな零君を(クーちゃんに似合う)立派な男に鍛え上げるために束さんからプレゼントだよ!』

「………………」

 

 怪しい。

 

『そんな疑わなくてもへーきへーき、怪しいもんじゃないから安心してよ(んなもん渡したらクーちゃんに殺されるわ)。そんじゃま、束さんは忙しいからもう切るねー、取り扱い方は説明書見ればわかるから、じゃっ』

 

 プツッ

 

 うさぎから一方的に通話を切られた。

 疑わない方が可笑しいだろ……まあいい、とりあえずレインとの訓練を再開するか、ダンボールの中身は今度開ければいいし。

 

「お、もう終わったのか?」

「おう」

「んじゃ始めるか」

 

 にしても、立派な男に鍛えるってどういうことだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────当日

 

 

「あっという間に試合当日」

「誰に話しかけていますの?」

 

 そして迎えた試合当日、1回戦は一夏と鈴が当たった。俺は4組とやり合うそうだ。少し残念だな、一夏と鈴とやり会えないのは。一夏もセシリアさんとの訓練で瞬時加速を早くも学習したらしいし。俺?連続旋回と回避なら覚えた。加速はまあまあだ、これでもレインとの訓練で上がった方なんだよ。

 

 

 

『あっし達の力はまだまだこんなもんじゃないでっせ』

 

 ………………。

 

『おいこら無視すんな』

 

 

 

 

 ちなみに俺は今、セシリアさんと一夏の応援に来ている。何故かって?セシリアさんから是非って頼まれたからだよ。鈴の方は楯無さんが応援しに行ってるから心配ない。

 あれから鈴とすれ違う度に『あんたもぶっ飛ばすから覚悟しなさい!』と言われた。一夏に関しては避けていたとか、一夏から相談を受けてたから知ってる。

 

 しかしなんということか、男が俺しかいないとはいえこうも親しくしてくるとは…………下手に仲良くするよりもいっその事突き放した方が楽だったかもな、もう遅いけど。

 

「では鈴さんのISについておさらいしますわね。鈴さんのISは中国が開発した第三世代IS『甲龍』、武装は大型の青龍刀『双天牙月』、そして両肩の龍咆と腕部の崩拳から放たれる『衝撃砲』ですわ」

 

 衝撃砲……確か空気を圧縮して放たれる弾丸か。砲身と弾が見えないから回避もしづらいとか、燃費のいい甲龍とは相性抜群だな。

 

「ありがとう、セシリア」

「副代表としてサポートするのは当然ですわ」

 

 セシリアさん、本当にちゃんとしてるな。正にイギリス貴族のお手本だ、どいつもこいつもこういう人だったらいいのだが現実はそう甘くない。

 これは本当に1度チェルシーさんとエクシアちゃんに挨拶しないとな。

 

「そんじゃ、僕とセシリアさんはピットに戻るよ」

「おう、ありがとな零、違う組なのに応援しに来てくれてよ」

「どういたしまして」

 

 礼を言うならセシリアさんにしろ。

 さてと、とりあえず戻るか。あ、そうだ。

 

「(隠れてないでいってやったらどう?)」

「(っ!?)」

 

 物陰に隠れていた誰かさんにこっそり話しかける。

 部外者はさっさと出ますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひえー、緊張するなー」

「…………い、一夏!」

「え?箒?」

「あ、その、あのな」

「?」

「…………が、頑張れ!そして勝ってこい!」

「…………おう!絶対勝つぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────ー

 

 

「来たわね、一夏」

「おう(あれ、何か鈴の奴可笑しくねえか?)」

 

 定位置についた一夏と鈴は互いに言葉を交わす。しかし鈴の顔は何やらニヤついており、何処か得体の知れない狂気が出ていた。

 

「手加減なしでいくわよ。いい?」

「それはこっちのセリフだぜ!」

 

『それでは試合を開始します』

 

 3.2.1.ビィィィィィッ!

 アリーナに試合開始の合図が鳴り響く。

 

「先手m「先手もらったぁぁぁぁぁ!!!!」は!?」

 

 一夏は瞬時加速をかけながら素早く雪片弐型を展開し、鈴に突撃を仕掛けるが、鈴は一気に後退しつつ、両肩の龍咆から衝撃砲を連射した。

 

「んなのありかよ!?」

「手加減しないって言ったでしょうがァァ!!」

 

 鈴は今も衝撃砲を連射する。一夏は突然のことに直ぐに体制を立て直せず、何発か被弾した。

 

「こんなの避けるのに精一杯だって!」

 

 そんなことを叫んでいると

 

「でやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うぇ!?前!?」

 

 衝撃砲の嵐の後ろから、双天牙月を展開した鈴が一夏に突撃する。

 一夏はギリギリ雪片弐型で受け止めるが、その衝撃はかなりのものである。

 

「おい!そんなのありかよ!」

「正々堂々ってのはねぇ!馬鹿みたいに真っ直ぐ行くわけじゃないのよ!あ!?」

「(え、何この鈴怖い)」

「おら次!」

「え?ぎゃあ!?」

 

 鈴は双天牙月で雪片弐型を下に払うと、そのまま衝撃砲を撃ち込む。

 

 何故鈴がこうなってしまったのか。それは試合開始直前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 ────────────その時

 

 

「鈴ちゃん、頑張ってね」

「あ、ありがとうございます……でも、本当に一夏とやりあえるか不安です…………」

「何言ってるのよ、優勝して織斑君に謝るんでしょ?」

「でも……嫌われたらどうしよう……」

「織斑君は試合に負けて相手を嫌いになるような男なの?」

「ち、違うわよ!アイツはそんな奴じゃない!」

「じゃあやっちゃいなさい。手加減無用で叩きのめしちゃいなさい。これは鈴ちゃんの……乙女の戦いなんだから」

「乙女の……戦い?」

「そうよ、これは乙女の戦いなの。鈴ちゃんのプライドと夢をかけた……ね」

「プライド……夢……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────その時終わり

 

「それがなんでああなるんですか?」

『まさかあそこまでなるなんて私も思わなかったわ』

 

 楯無さんは通信越しに悪びれるつもりもないような声で返事をする。

 鈴が何故あんな狂ったように戦っているのか、原因は楯無さんだったのだ。

 それにしても一体なんなんだ『乙女の戦い』って。そんなもの初めて聞いたぞ。まさか姉さん達もそんなものを持っているのか?

 あと隣で箒がめちゃくちゃ心配そうな顔で一夏を見ているが今はそっとしておいてやろう。

 

「てか鈴も鈴で影響受け易すぎませんか?」

『追い詰められた女の子程怖いものはないのよ』

 

 え、何んだよそれ。

 今まで任務で味わったのとはまた違った恐怖心が俺を襲った。死にかけるのとは訳が違う何かが。

 ん?となるとマドカやレインも。

 

 

 

 

「うをぉぉぉぉぉぉ!!負けられるかぁぁぁぁぁ!!」

 

 なんて思ってたら一夏が鈴に瞬時加速をかけて突進した。零落白夜を解放して……。

 

「あれって確か下手すればパイロットごと切り捨てるやばい兵器じゃなかったですっけ?」

『織斑君がそこまで理解出来てるかしら?』

 

 何とも恐ろしいことを平然と言えるものだこの人は。それにしても零落白夜か…………戦闘向けではあるがスポーツ向けではないな。玩具の剣相手に真剣を使うようなものだ、そんなもの誰が聞いてもおかしいと気づく、俺のような環境で育った奴でもな。

 

 しかし世の中には小学生に真剣を持たせたヤバいやつがいたとか、一体何処の誰なんだか。

 

 一夏も早く零落白夜の怖さを自覚出来ればいいが。

 

「あぁぁ!」

「うげっ!?」

 

 しかし鈴には零落白夜だろうがそんなものお構い無しだ。双天牙月で雪片弐型を容易く切り払い、一夏の肩装甲にもう一方の双天牙月で切りかかる。

 正直俺でも今の鈴には勝てる確率は低い、でも一夏よりは高い、これだけは何故か分かる。

 

「おら!とどめぇぇ!!」

 

 鈴が一夏に腕部を向ける。これは終わったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズドォォォォォォォォン!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何!?」

 

 突然、一筋のビームがアリーナの遮断シールドを貫く。

 その衝撃は強く、アリーナ全体に大きな揺れを走らせた。

 

「何よ……あれ」

 

 アリーナの中央に煙を立てながら現れた謎の影、それは

 

「……あ、ISか!?」

 

 それは、禍々しい雰囲気を纏った、通常よりも一回り大きいISだった。

 

 



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零、襲撃、入院

14話目


 ──────────ピット

 

「…………あれは」

 

 いきなりアリーナが揺れたと思ったら、中央に何やら巨大なものが映っていた。そう、ISだ。しかもただのISじゃない、一回りでかい上にシールドを破壊する程の高威力ビーム砲を持ってやがる。オマケにクロスライザーと同じ全身装甲か……まだクロスライザーの方が味方側…………いや、どっちも同じか。

 

「一夏!」

 

 ピット内に箒の叫びが響く。

 映像では、一夏と鈴がそのISと交戦を行っていた。が、両者ともに先程の戦闘でSEは十分じゃない。あんなビーム当たったらすぐに尽きるだろうな。

 それに2人のISは武装からしてどちらも相手のISとの相性が悪い。鈴の龍咆を上手く使う以外方法はないだろう。

 

『零君、聞こえる?無事?』

「はい、聞こえます」

『良かった。今教員陣が織斑君と鈴ちゃんの救出に向かっているわ。零君は他の子と協力して観客の避難誘導をお願い』

「分かりました、楯無さんは?」

『私は避難誘導が終わり次第、教員陣と一緒に織斑君と鈴ちゃんの救出に向かうわ』

「分かりました」

 

 さて、こうしちゃ居られん。

 早く観客を避難させないとな。流石にこんな所で死人が出るなんて真っ平御免だ。それにレインやフォルテさんだっているんだ。

 

「というわけだ。行こうか、セシリアさん」

「はい!」

「箒もほら、早く避難するよ?」

「…………しかし」

「とりあえず今は一夏を信じるしかないよ。それに一夏はそう簡単にやられる奴じゃないだろ?」

「……そうだな」

 

 何処か不安そうな顔をする箒を連れながら、俺とセシリアさんは観客の避難誘導に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 ビジュウウゥゥゥ!

 

 

 

「うわっ!?」

「おうっと!?」

 

 突如襲来したISは、一夏と鈴に容赦なく高出力ビームを放つ。

 

「一応観客席のシールドは破れてないけど……」

「俺たちは当たったら即死だな」

 

 謎のISの放つ高出力ビームは観客席に貼ったバリアを破る力はない。が、ISに当たった場合は別である、下手に当たり過ぎれば確実に死ぬだろう。

 

「喰らえやぁ!」

 

 鈴は両肩の龍咆からISに向けて衝撃砲を放つ。

 が、ISはいとも容易く衝撃砲を躱していく。掠りすらしない。

 

「当たんねえ……」

「まあそうだとは思ってたけど……」

 

 ビジュウウゥゥビジュウウゥゥビジュウウゥゥゥ!

 

「は!?3連射!?」

「んなのありかよ!」

 

 ISは一夏と鈴に向けて高出力ビームを3連続放ち、2人はなんとかギリギリ避けた。

 

『織斑!凰!無事か!』

「ち、千冬さん!」

「千冬姉!」

 

 2人の通信を入れたのは千冬だった、その声は珍しく焦っている。

 

「千冬さん、観客の方は」

『安心しろ、今専用機持ちの奴らが避難誘導を行っている。お前達の方は』

「正直避けるのがやっとです。このままだと……おわっ!?」

 

 鈴の横を高出力ビームが掠る。

 

『教員陣がそちらに向かっている。それまで耐えろ!いいな!?死ぬなよ!?』

「が、頑張ります!」

「こんな所で死ぬなんて御免よ!」

 

 ビジュウゥゥゥゥゥゥ!!!

 

 その時である、ISは千冬と通信をとるその一瞬の隙を見逃さなかった。

 

「しまっ!?」

 

 ドガァァァァァン!!

 

「きゃあァァァ!!!」

「りいぃぃぃぃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「落ち着いて!焦らず移動してください!」

「おらそこ!押すんじゃねえ!前の奴が怪我すんだろうが!」

「順番に!こっちから逃げてくださいっす!」

「あ!そちらは出口ではございませんよ!」

 

 俺たちは今観客の避難誘導を行っている、レインとフォルテさんとも合流して何とかやれてはいるが。

 にしても凄い人数だ、一体何百人いるだ。こんな人数が出口に殺到するなんて、下手すれば死人が出るぞ。

 

「だから押すなっつってんだろうが!」

 

 レインもいつもよりイラついてるな。

 まあとりあえず順調に避難は出来てるようだし、このまま楯無さん達が来るまで一夏達がもってくれればいいが。

 

「お願いします!行かせてください!」

「ダメっす!今戻るのは危険っす!」

 

 何やらフォルテさんに掴みかかってる女子がいるが、何があったんだ?

 

「どうしたんですか?」

「あー零君、実は」

「友達がまだ中継室にいるんです……」

「それは確かなんですか?」

「さっきから探してるけど全然姿が見えなくて……それに連絡にも出ないし」

 

 ふむ、不確定情報か。この人数なら見つけられないのは仕方ないし既に出ている可能性もあるが…………最悪の事態も想定する必要があるな。

 

「分かったよ、僕が見てこよう」

「え、零君?」

「フォルテさん、ここは任せました」

「あ、零君!」

 

 とりあえず中継室に急ごう。

 今の状況だと居るかどうかなんて分かりやしないからな。どちらにしろ居たら危ないな、それにある程度避難人数も減ってきたし、ここはレインや他の皆に任せても大丈夫だろう。

 にしてもあのIS、本当に有人なのか?見た目からして人なんて乗ってるように見えない。

 それに……なんというか、映像を見る限りだとあのIS、動きが人間じゃない。今まで任務やらで人間とやり合って来たからわかることだ。いくらISを纏っているとはいえあんなカクついた動きなんてしねえよ。初期の一夏や箒でさえもう少し動いてたからな。

 

 さて、そうこうしているうちにもう中継室まで来たわけだ。

 

 バンッ

 

「大丈夫ですか!」

「あ、ああ、あ」

 

 中継室の扉を開けた先には生徒が2人、腰を抜かして座り込んでいた。

 こりゃあダメだ、完全に怯えてる。

 でもまあ、2人ぐらいなら何とかいけるか。というよりこんな状況だ、やる以外に選択肢はない。でないとここで3人纏めてお陀仏だ。

 

「さあ、早く逃げますよ。掴まって」

「は、はい」

 

「零!無事か!」

「……箒?」

 

 扉の方を向けくと、箒が息を荒らげながら立っていた。

 おいおい何でここにいるんだよ、避難したんじゃなかったのか。

 

「おい何やってんだ!何でここに来たんだよ!」

「さっきサファイアさんからお前が取り残された者の救助に向かったことを聞いたのだ」

「だからって来んな!」

「知り合いが必死に戦っているのを黙って見過ごせるわけがなかろう!」

 

 あーもう、なんて頭の硬い。本当にあのうさぎの妹なのか?いや、正直あのうさぎが2人もいるなんて地獄絵図だが。何ていうか、良くいえば情に厚いっていうのか?

 

「……わかった、じゃあそっちの人を運んでくれるかい?」

「うむ、わかった」

 

 そう言うと箒は窓付近で腰を抜かす人を運ぼうとする。よし、このまま行けば……

 

 

 

 ドガァァァァァン!

 

 突然デカい爆発音が響き、アリーナ全体が揺れた。

 

『鈴!おい!大丈夫か!』

『や、やばいかも…………スラスターもイカれたし』

『しっかりしろ!』

 

 中継室の窓から見えたのは、右肩の龍咆と右腕の先を跡形もなく破壊された甲龍を纏う鈴と、鈴を抱えながらビームを避け続ける一夏の姿だった。

 ていうか普通にやばいじゃねえか。まさかこんな短時間で鈴があんなボロボロになるとは。一夏ももうそろそろ限界か。

 

 にしてもまずい、このままこの人達を避難させるまでの時間、一夏と鈴が持つとは思わない。かと言ってここで出れば2人どころか箒まで巻き添えを食らう羽目になる。たく、なんでこうも。

 

「一夏!」

 

 箒が窓越しに一夏の名前を叫ぶ。

 

 と同時に会場内に声が響く。

 どうやらさっきの大きな揺れで運悪くマイクがONになってしまったらしい。そんな馬鹿なことが起きてたまるかよ、せめてoffだろうが、最悪のご都合主義だよくそ。

 

 するとISが首をこちらに向けた……おいおいマジかよ!あれってどう考えてもこっち狙ってるじゃねえか!

 

 ISはビーム砲の銃口をこちらに向け、エネルギーを貯め始めた。

 

「あ、ああ…………」

「危ない!下がってろ!」

 

 俺は箒と2人を勢いよく後ろへ突き飛ばす。

 

 ビジュウゥゥゥゥ!!!

 

 と同時に、ISは高出力ビームをこちらに放つ。

 

 くそ!間に合ってくれよ!

 

「ライザァァァッ!」

 

 俺はクロスライザーを展開し、中継室を庇うように立ち尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 シュウゥゥゥ……

 

「…………おい、無事か?」

「……れ、零?」

 

 暫くして俺は意識を取り戻す。目の前には怯えた顔の箒達がいた。どうやら無事らしい。

 背中に妙な痛さを感じる。それはそうか、何せ高出力ビームを背中で受け止めたんだからな。ライザーファングで防ぐ暇なんかなかったし。

 多分俺の背中、今凄いことになってるんだろうなぁ。

 

「零!!!」

 

 振り向くと顔面蒼白で全身ボロボロの一夏と鈴がこっちを見ていた。

 後ついでにISの野郎もこっちにまたビーム砲を撃とうとしてた。全く手加減がない。

 

「れぇぇぇぇぇぇぇい!」

 

 突然何処かから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 と同時に、ISが巨大な氷に包まれ、凍りつく。

 

「先輩!今っす!」

「くたばれぇぇぇぇ!!!」

 

 そして巨大な炎が凍りついたISを包み込む。

 死んだな、あれは。

 

「零君!」

 

 楯無さんとその他大勢が入場口から姿を現す。

 

「楯無さん、遅いですよ。全く」

 

 言い切る前に俺の意識は朦朧とし始める。まあ地面に落下しているのは何となくわかる。

 

「れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」

 

 最後にレインの叫び声が聞こえた気がしたが…………まあ……返事は…………む……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 ここは何処だろう

 

 とっても寒い…………

 

 何も食べてない……お腹空いた……

 

 でも食べるものなんてない…………

 

 でも死ぬのは嫌だ…………死ぬのだけは……

 

 

『……おい、お前』

 

 知らない女の人が僕を睨んでいる。

 

『……離せって』

 

 僕は気づかないうちに女の人の足を掴んでいたようだ。でも僕は離さなかった。

 

『……はぁ、たく。何か変なもんにまとわりつかれちまったな』

 

 そう言うと女の人は僕の頭を掴む。

 

『いいか?今から飯奢ってやるから、それ食ったらどっか行けよ?』

 

 僕が頷くと、女の人は僕の手を掴んでどこかへ連れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「…………あれ、ここは?」

 

 目が覚めると、知らない天井が目の前に映った、天国じゃないのは確かだ。どうやら俺は生きてるようだな。手足があるのも何となくわかる。背中が少し疼いているが。

 

「零君」

 

 隣に目線を向けると、そこには俺のことを心配そうに見つめる楯無さんが座っていた。

 

「……楯無さん」

「良かった……意識もハッキリしてるようね」

「ええ、何とか。ここは?」

「医務室よ」

「そうですか……一夏達は?皆は無事ですか?」

「ええ、大丈夫よ。幸い織斑君と鈴ちゃんは思ったより酷い怪我じゃなかったし。箒ちゃんも中継室にいた2人も無傷で済んだわ。観客も被害者はゼロよ」

「そうですか」

 

 ま、とりあえず全員生きてて何よりだ。こんな所で死人なんざ見たくないからな。鈴も今頃一夏に謝ってる頃だろう。

 あ、そうだ。

 

「あの襲撃してきたISはどうなったんですか?」

「ええ、真っ黒焦げよ。ケイシーさんが燃やしたおかげでね」

「うわ…………中の奴は?」

「その件だけど……あれ、無人機だったわ」

「そうですか」

 

 やっぱりか。まあ変な動きだから何となく予想はしてたが。にしても、あんなもん作れるのは……まあ1人ぐらいか。

 

「あら、あんまり驚かないのね」

「どっちにしろあの状態で助かる見込みはないですからね。ダリルが人殺しにならなかっただけ良かったですよ」

「まあそうね。でも良かったわ。零君自身も軽い火傷で済んだようだし」

「え?そうなんですか?」

 

 おいおい、あの時確かにモロに食らったはずだろ?何で軽い火傷で済んだんだよ。

 

「零君のIS、クロスライザーの装甲が思った以上に耐熱で丈夫だったのよ」

「いや、そこはバリアを貼るとかじゃないんですか?」

「うん、まあ一応出てたっぽいけど……大半は装甲のおかげだったわ」

 

 なんというか……それはそれでいいのか?まあいい。それだけクロスライザーが頑丈に造られてるってことで良しとするか。

 とりあえず命拾いしたわけだ、一応クロスライザーには感謝しとくか。あとうさぎにも。

 

 

 

『あっし達はニュータイプですから、そう簡単には壊れませんよ』

 

 ……………………。

 

『無視すんなておい』

 

 

 

「ISの損傷の方は?」

「うーん、まああれぐらいなら数日あれば直るわよ」

「そうですか」

 

 とりあえずこの後の訓練とかにも支障がでなければそれでいいか。

 

「……でも本当に無事でよかった」

 

 楯無さんは俺の頭を撫でる。何かこの人いつも俺の頭撫でてないか?

 

 

 

 バンッ!

 

「れぇぇぇぇぇぇぇい!!!」

 

 誰かが俺の名前を叫びながら医務室のドアを勢いよく開ける。何かこの叫び気絶する前も聞いた気がふっ!?

 

「こんにゃろぉ!あんなもんモロに受けるとかよぉ!阿呆かおまえはぁ!」

「ちょ……ダリル……苦し……」

「知るか!苦しんでろ!」

 

 レインは半泣きで俺を強く抱き締める。いや、これは締め上げるに近いか。ていうか本当にこれ以上はやばい……。

 

「だから先輩!それ以上は死にますって!」

「うるせぇ!こんな馬鹿はいっぺん死ねやいいんだよ!」

 

 なんてことを言うんだこいつは。

 あ……やべ……本当に意識が……。

 

「あらあら」

 

 楯無さん……笑ってないで助けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「オータムー?ちょっといいー?」

「どうした?」

「何かさっきレインから連絡が来たんだけどね、何かIS学園に無人機が襲撃して来たらしいわよ?」

「無人機?んなもんあんのかよ」

「あるみたいよ?それで零が背中を撃たれて死にかけたらs「ちょっと行ってくる」落ち着きなさい、レインが黒焦げにしたらしいから。それに零もさっき目を覚ましたって」

「そうか……ならいいや、後で電話すっから。そういえばMにはこのこと伝えてんのか?」

「伝えてないわ。だってあの子ただでさえ零と離れて情緒不安定になってるのに、こんなの伝えたら倒れるわよ」

「……まあそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……零が死にかけた?」

「え、M」

「あらM、いつの間にいたの…………」

「………………」フラッ

「おわっと!危ねぇ、ておいM、しっかりしろー、おーい?」

「(まあこうなるとは思っていたわ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「いやぁ、にしても零が無事で良かったぜ」

 

 暫くして俺のもとへ頭に包帯を巻いた一夏と鈴が見舞いに来た。どうやら軽い打撲と包帯で済んだらしい。

 レインと楯無さんはやることがあるからまた後で来るとか。

 

「2人も無事で何より」

「まあねー、そう簡単にくたばんないわよ」

「あんなボロボロだったのに?」

「あ、あれは隙を付かれただけよ。本当なら無傷で済んだわよ」

 

 ま、鈴の腕前ならその可能性はあったな。勝機があったかどうかは分からないが。

 

「あんたこそよくそんだけで済んだわね。モロにくらったはずでしょ?」

「まあ確かにそうらしいんだけど……クロスライザーの装甲が思った以上に丈夫だったらしい」

「え?そんだけ?」

「うん、そんだけ」

「んなアホな」

 

 まあ当然の反応だな。あんな高出力をバリアも貼らずにモロにくらったのに大火傷もせず無事でした、なんて。

 

「ま、丈夫に越したことはないよ」

「そ、そうだな……あ、そうだ。俺達これから購買に行くんだけど、何か買ってくるか?」

「んー……じゃあ何か甘い物を頼むよ」

「OK、んじゃ行ってくるわ」

 

 シュバシュバンッ!

 

「行かせるか馬鹿者、貴様達も大人しく寝ていろ」

 

 2人の後ろから聞き覚えのある女の声が聞こえた。出席簿なんぞで怪我人を叩くやつなんて1人しかいないよ。

 

「いてて……お、織斑先生……」

「お、お疲れ様です」

「全く、歩けるとはいえお前達も十分怪我人なんだ。分かったらさっさと自室で安静にしてろ。いいな?」

「は、はい……」

「そ、それじゃあ零、また明日な」

「うん、また」

 

 一夏と鈴は頭を擦りながら医務室を後にする。それにしても怪我人にも容赦なく殴りつけるとは何とも怖い女、やっぱりマドカと大違いだ。

 

「……それで、巻紙、怪我の方は大丈夫か?」

「ええ、何とか。軽い火傷で済みましたよ」

「ふむ、そうか。ならいいんだ。それと今回は助かった、おかげで中継室にいた者たちも全員無傷だ。礼を言う」

「いえ、いいんですよ」

 

 織斑千冬から礼を言われるとは…………まああの状況だとどっちにしろ俺が展開しなきゃ4人とも死んでたからな。そう言えば箒は無事なのか?

 

「…………それと巻紙、1つ聞いてもいいか?」

「え?あ、はい。何ですか?」

「お前のIS、クロスライザーのことだが……あれは本当にアメリカ企業が製造したものなのか?」

「……ええ、そうですよ。ダリルのヘル・ハウンドを造った企業と同じです」

「そうか……いや、済まなかった。少し気になることがあったのでな。私の思い過ごしのようだ」

 

 ああ、これは多分うさぎについて察してるな。まあクロスライザーはもともとうさぎから貰ったものだからな。

 それにしても何と察しがいいことか。これも人類最強故の勘か、それとも単にうさぎがバレやすいのか。

 

「それでは私はこれで戻る」

「はい、お疲れ様でした」

 

 織斑千冬は医務室を去っていく。

 最近織斑千冬を見る度にマドカに会いたくなる衝動に駆られる気がする。何てこと、マドカには言えないな。

 

『ほら、お前も隠れていないでさっさと行ってこい』

『あ、その。はい』

 

 何やら外から織斑千冬と誰かが話しているようだ。

 なんて思ってたら医務室の扉を開けて誰かが入ってきた。

 

「箒?」

「れ、零」

 

 まあ何となくそうだろうとは思ったが。それにしても何やら暗い顔だな。

 

「どうしたんだい?随分と暗い顔じゃないか」

「あ、いやな……その……あの時はすまなかった。私が叫んだせいでISの奴に目をつけられて」

「あれは箒のせいじゃないよ。あんなハプニング誰だって予想出来ないよ」

「しかし……」

「自分をあまり責めない方がいい。それにあそこで駆けつけてくれただけでも箒は凄いよ」

「……そうか」

 

 どうやら少しは楽になったようだ。にしても本当にうさぎと似てないな。見た目といい性格といい、似ているとすれば変な所で融通が利かないところか?いや、うさぎに関しては融通が利かないというより相手に融通を利かせることを強要してくる方か。

 ま、あそこで一夏に喝を入れるだの変な行動を取らなかっただけ良かった良かった。

 

「とりあえず、一夏の所へ行ったら?もう部屋に戻ってると思うよ」

「う、うむ、そうだな。では失礼する」

 

 箒は医務室を後にする。

 

 やれやれ、今日は疲れた。

 そう言えばレインはこのことを姉さん達に伝えたのかな?いや、伝えてるか。でもマドカにだけは知られたくないな。ただでさえ離れてるのにこれ以上あいつに心配はかけたくないし。

 とりあえず今日は1日眠ろう。返事はまた明日すればいいし。

 

 

 

 ピロンッ

 

 

 

 

 

 ピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッピロンッ

 

 …………やっぱり眠れないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

「…………私は…………」

 

 私はただ見ていることしか出来なかった。

 

 知り合いと幼なじみがボロボロになっているのをただ見守ることしかできなかった。

 

 私も、何か役に立てれば……力が欲しい。

 

 …………いや、しかし姉さんには頼らないと1度は決めたのだ。もし頼ってしまえば私はその力に慢心するかもしれない。

 

 ならやることは1つ。姉さんの手を借りずに自らを鍛え上げていくしかない。

 

 …………よし、明日から頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ーとあるラボ

 

 

「いやぁ、束さんとしたことがうっかり無人機のレベルを間違えちゃったよ。あんなんじゃいっくんが勝てるわけないよねー」

 

 とある薄暗いラボ、束は何やら端末を弄っていた。

 

「ま、クロスライザーのデータも少しは取れたし。いっくんも無事みたいだし、結果オーライかな……さて」

 

 束は今、とある人物にラボの端まで追い詰められている。

 

「…………束様」

「許しておくれクーちゃん、これは事故だったんだよ。束さんがうっかりレベルを間違えちゃってね。まさか零君があんな目に会うとは思わなかったよ。だからその禍々しいオーラをどうか収めておくれ」

「……………………」

 

 クロエは禍々しいオーラを放ちながら束にジリジリと迫っていく。どうやら今回の件で零が怪我をおったことに関して、クロエがキレてしまったらしい。

 

「ちょ、クーちゃん怖いよ?いつものクーちゃんじゃないよ?てか何か背中から変なの出てない?あれ、何で体が動かないの?」

「……………………」ガシッ

「え、クーちゃん頭掴……ちょ!それ以上はホントにダメだって!頭潰れるから!いくら束さんのオーバースペックな骨格でもそれ以上はやばいって!あ、何か今ミシッて音ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 束の断末魔がラボ内に響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 



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零、開封、焼きそば

15話目

9月中は忙しいため、更新が止まります。もしかしたら隙を見つけて書くかもしれませんが。

※修正させて頂きました。


 ────────────第4アリーナ

 

 無人機ISが襲撃してから早くも数日経った。あの無人機の件だが、表向きにはどっかの企業が開発中のISが暴走したってことで方が着いた。パイロットも架空の奴が救助されたとかなんとか。目撃者には口外禁止を言い渡されて事件は幕を閉じた。

 

 さて、俺は今第4アリーナのピット内にいる。背中の火傷の疼きも治まってきたし、今日は久々のアリーナでの訓練を行うことになったわけだ。ちなみにレインの方はフォルテさんとの約束で今日はいない、楯無さんも妹の専用機が何とか言いながら嬉しそうにどっかへ行った。つまり、今日は俺1人ということだ。

 

 それにしてもこの数日間は本当に大変だったよ。たった数日でいつの間にか授業は進んでるわ、楯無さんがしょっちゅう頭を撫でたり抱きついてきたりしてくるわ、それを見たレインが楯無さんと一悶着やらかすわ。授業に関しては3組の女子達からノートやらを見せてもらって何とか追いついたが。

 

 でも1番大変だったのは礼子姉さんとマドカからのメールと電話の頻度だったな。

 特にマドカは数時間に1回は必ず電話してきたし、メールも『おやすみ』に行き着くまで何十回も送り合う羽目になるし。可愛かったけど。

 礼子姉さんも礼子姉さんで掛けてそうそうレインみたいに怒鳴ってきたし、火傷の時の体の拭き方がどーだとかで何回もメールを送り付けてきたし。

 スコール姐さんに助けを求めても顔文字で誤魔化すし。

 おかげでこっちは寝不足だ。まあそれだけ心配してくれてるってことなんだろうけど。

 

 さて。

 

「これは一体なんだ?」

 

 以前うさぎから送られてきた小さいダンボールを開けたんだが。

 中にはキューブ状の白い機械が入っていた。大きさからして何かのゲーム機だろうか。電源らしきものが1つあるがそれ以外にボタンは見られない。

 

 とりあえず押してみるか。

 

 ポチッ

 

 俺は白い機械の電源らしきものを押したが、その瞬間そいつから変な音が聞こえてきた。

 パソコンやらを起動した時によく聞くあれか?

 

 ピルルルルル……ブチッ!

 

『もすもす〜?元気かな〜?天才科学者束さんだよ!』

「…………」

『返事をしないか若者よ』

「…………こんなの返事する気も失せる」

『マドっちに嫌われるよ?』

 

 起動した瞬間、ISの通信機からあのうさぎの超えが勝手に聞こえてきた。何勝手に通信いじってるんだあいつ。てかマドカは関係ないだろ。

 

「……で、これは何ですか?束博士」

『良くぞ聞いてくれました!これは超弱い零君を(クーちゃんに似合う)立派な男に鍛え上げるために私が開発した訓練用シュミレーションなのだー!』

「……怪しい」

『大丈夫大丈夫、見返りは(今のところ)特に求めてないから』

 

 超弱いは酷いだろ、これでも上手くなった方なんだぞ。

 

「……それで、訓練用シュミレーションって何をするんだ?」

『チッチッチッ、それはやってからのお楽しみなんだなぁこれが。とりあえずさっさとアリーナにレッツゴー!』

「……はぁ」

 

 とりあえず俺はよく話すキューブを持ったままアリーナへと移動する。

 この時間帯は他にも訓練やらで使っている生徒が何人かいる。

 

「あ、箒」

「ん?零か」

 

 入ってすぐの所に打鉄を纏った箒が打鉄の標準武器『葵』を振っていた。

 

「1人で訓練かい?」

「まあな、一夏の奴も織斑先生に呼び出されて今日は来れないと言っていた。だからこうやって1人で振るっていたところだ」

「へー、そうなんだ」

 

 一夏曰く、ココ最近箒はアリーナを借りて訓練することが増えたらしい。ま、努力するに越したことはないからな。

 

「零、それはなんだ?」

「ん、ああこれ?企業から送られてきたんだよ、何でも訓練用シュミレーションだとか何とか、とりあえず試してみようと思ってね」

「そうか」

『箒ちゃん可愛いよ、おっパイまたおっきくなったかなー』

 

 おいこら、本人に聞こえないからって耳元で卑猥なことを言うんじゃない。

 

「……で、どうするんだ?」

『あー、とりあえずそこら辺にそれを置いて数メートル離れてー』

 

 多分箒の体を観察しているであろううさぎの言葉通り、俺はキューブを置いて数メートル距離をとる。

 

「箒、危ないから少し離れてくれないかい?」

「ああ、分かった」

 

 さて、どんなのが来るのか。

 

「今から何をやるんだ?」

『そんなの簡単、今からビーム兵器を備えたドローンを沢山出すから、それを避けて回避力と反射神経をアップするんだよ』

 

 うさぎの言葉と同時に、空中に無数のドローンが現れた。円盤型で、下部には一丁の小型ビーム砲が取り付けられていた。

 一体何処から湧いてでたんだ。

 

『IS技術のちょっとした応用だよ』

「あっそ」

『そんじゃあ!早速シュミレーションスタート!』

 

 キューブから開始の合図がなる。

 

 ピシュンッ!

 

「危な!」

 

 と同時にドローンの一機からビーム砲が放たれた。結構速かったぞ。

 

『いいねいいね!やっぱり束さんは天才だ!』

 

 ピシュンッ!ピシュンッ!ピシュンッ!ピシュンッ!ピシュンッ!

 

 うさぎのキンキン声と同時に空中に浮遊する無数のドローンから一気にビーム砲が放たれた。

 ……ておいおい!こんな馬鹿なのありかよ!

 

「おわっ!」

 

 俺はとにかく無数に放たれるビーム砲を避け続ける。ていうか速すぎだろ。避けんのに精一杯だ。

 

『その調子その調子、どんどん交わしてクロスライザーのデータをおくれー』

「たく、これの何処がシュミレーションだ!」

『ペラペラくっちゃべってると当たるよ?』

「んなこと……」

 

 分かっていると言おうとした瞬間、クロスライザーの左足にビーム砲が被弾する。するとそれに続くようにクロスライザーに次々とビーム砲が被弾していく。集団リンチってのは多分こういうことを言うんだろうな。

 

 ドガァァァァァァァァァン!!

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!!!」

 

 俺とクロスライザーはそのまま後方へ吹き飛ばされる。威力は低いためか装甲に傷はない。

 

『ねえ?』

「ねえじゃねえだろ……たく」

 

「零!大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だよ」

 

 心配した箒がこちらに駆けつけた。まああんなもの見させられたら驚くか。

 俺も驚いてるよ。

 

「それにしても随分とハードなシュミレーションだな」

「ああ、企業の人たちもとんでもないものを開発したよ。けどこれならISを大破させる心配はないね」

「そうなのか?」

「ビーム自体がISが大破しないよう調節されてるからね」

 

 本当はお前の姉さんが作った、なんて言えないな。

 ま、折角の贈り物だ、有難く使わせて貰うとするか。立派な男とやらになってやるよ。

 

「…………なあ零」

「ん?なんだい?」

「その訓練、私も一緒にやっても良いだろうか?」

「え?」

『勿論OKだよ!』

 

 いきなり改まったと思ってたらどうしたんだこいつ?うさぎはうさぎでうるさい。まあ別に断るつもりは無いけど。

 

「いいよ」

「うむ、礼を言う」

『箒ちゃん超カワイイ』

 

 その後、俺と箒はこのうさぎ特製訓練用シュミレーションで一日中ドローンからビームを避ける訓練を行った。お陰で身体中が痛いったらありゃしない。背中の火傷もぶり返した気がするよ。

 にしてもあのドローンのビーム砲、箒を撃つ時は確実に威力と弾速を落としてやがった。

 

 ……全く、シスコンってのは拗らせると面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────IS学園地下特別区画

 

 

「お疲れ様、山田先生」

「あ、織斑先生お疲れ様です」

 

 ここはIS学園地下のとある場所、そこでは真耶が端末を弄り、黒い物体の解析を行っていた。

 

「それで、何かわかったか?」

「いえ、まだ何も……殆ど丸焦げになってしまったので」

「コアもか?」

「はい」

「そうか……」

 

 真耶は数日前に襲撃してきた無人機ISの解析を行っていた。しかしレインがヘル・ハウンドの怒りの炎でコア諸共丸焦げにしてしまったため、解析に行き詰まってしまっていた。

 

「それにしてもケイシーの奴、まさか丸焦げにしてしまうとはな」

「大切な友達をあんな目に合わされたのがよっぽど答えたんでしょう」

「しかしだな、もしそれが有人機だったらどうなっていたことか」

「黒焦げですから……解体する時絶対吐きます」

 

 真耶は黒焦げた人間の遺体を想像して顔を青くする。このIS学園でそのようなもの、誰でも見たくはないのだ。

 

「あ、そういえば今日巻紙君と篠ノ之さんがアリーナで一緒に訓練してましたよ」

「篠ノ之が?」

「はい、何でも巻紙君の企業さんから送られてきた訓練用シュミレーションだとかで一緒にビームを避けてました」

「ふむ」

 

 千冬は顎に手を当てる。箒は実の姉である束が原因でIS学園に入学することになったも同然であり、本人も入学して暫くは乗り気ではなかった。そんな彼女が数日前の襲撃事件以来、自ら進んで訓練を行うようになったのだ。

 千冬は箒に何があったのか確証はないが、襲撃事件をきっかけに彼女の中で何かが動いたのだろうと納得した。

 

「まあ、めげずに己を鍛え上げているのならそれでいい」

「そうですねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

「はぁ……疲れた」

 

 あのクソみたいなシュミレーションを何とか耐えた俺は、疲れた体を引きずるように寮室へ向かっていた。

 にしてもあのシュミレーション、レベルがおかしすぎるだろ。あんな弾速軍事用でもなきゃ有り得ねえよ。これが天才のなす技か?

 それと箒に撃つ時、絶対手加減してたろ。それぐらいのことは俺でも分かるぞ。

 とりあえず今日は自室でゆっくり寝よう。

 

 

 

 ガチャッ

 

 

 

「おかえりなさい!」

 

 何て気持ちで部屋の扉を開けた俺を出迎えたのはエプロン姿の楯無さんだった。勿論服の上から着ている。

 

「どうしたんですか、随分と機嫌が言いようですけど」

「ふふ、知りたい?」

「別に。興味無いです」

「もう、そこは聞いてちょうだい」

 

 何か何時もより増してテンションが高いな、さっきからずっと満面の笑みだ。

 

「…………何かいい事でもありましたか?」

「ひーみーつ♪」

「そうですか……」

 

 まあ何となく予想はしてたけど。

 

「あら、冷たい」

「企業から送られてきたシュミレーションが鬼畜過ぎて疲れたんですよ。もう今日は寝ます。おやすみなさい」

 

 俺はそのままベッドに飛び込もうとしたが、その前に楯無さんが後ろから俺の服を掴んだ。

 

「離してください」

「まあまあそう言わずに。今日は私が夕食を作ったの。良かったら食べてちょうだい」

 

 楯無さんは笑顔で俺を引っ張る。本当はこのまま寝たいけど確かに腹も空いてる。まあ折角作ってくれたんだ、大人しく食べるか。

 

 楯無さんは俺を強引に机の前に座らせると、台所から大皿を持ってくる。

 確かこれは……焼きそばか。前にレインと会った時にマドカと一緒に食べたことがある。マドカも美味そうに食べてたな、その後俺も真似して作ったが、なかなか上手く作れなかったな。礼子姉さんは美味そうに食ってくれたが。

 

「はーい、召し上がれ」

 

 とりあえず俺は楯無さんが作った焼きそばを啜る。

 普通に美味い、俺の何かより全然。

 

「どうかしら?」

「……美味しいです、凄く」

「そう、満足してくれて良かった」

 

 俺の反対側に座る楯無さんはさっきと変わらず笑顔だった。

 よっぽどいいことが会ったんだろう。

 てか訓練行く前に妹の専用機がどーとか言ってたか、多分それだろ。前に妹がいるとか話してたからな。

 

 俺も早くマドカに会いたい。

 会って可愛い笑顔を見たい。

 

「あ、零君」

「はい?」

 

 楯無さんに呼ばれたので前を向くと、いきなり頬を拭いてきた。

 

「ソースついてたわよ」

「ああ、どうも」

 

 そう言うと楯無さんは微笑んだ。こういうのは子どもじゃないんだからやめて欲しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あーんやっといて何言っとんのこの人は』

『違いね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────ドイツ軍基地

 

 

『隊長、少しご相談が』

「うむ、どうした」

 

 午後9時(ドイツ時間)、ドイツ軍基地内のとある室内。ドイツ軍IS特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒは、端末越しに部下であるクラリッサ大尉と何やら話し合っていた。

 

『はい、実は今度渋谷で限定販売されるシー〇〇ライ〇ーの入手を追加でお願いしたいのですが』

「うむ、分かった」

『それともう1つ、同日に限定販売されるブレ〇〇ライ〇ーもお願いします』

「うむ……ところでクラリッサよ」

『はい?なんでしょうか?』

「これらは本当に手に入れなければならないものなのか?」

『はい勿論、この2つは日本の渋谷でしか手に入らないものでして、ネットで買おうとしても転売で高値で売られてしまうのがオチです。ならここは隊長のお力をお借りして是非手に入れて頂きたいと』

「……はぁ、そうか」

 

 クラリッサの言葉に首を傾げながらも、ラウラは答える。

 

「しかしこんなもの手に入れてどうするのだ?ていうかと〇〇ちマスクなんぞ何の役に立つのだ?」

『バハハーイごっこができます』

「は?」

『バハハーイごっこです』

「そ、そうか……」

 

 ラウラはとある任務から、正式にIS学園へと入学することになった。

 そこでクラリッサはこのチャンスを逃さんと、日本でしか手に入らないホビー等の入手をラウラに頼んでいるでいるのだ。

 

『あ、それと隊のメンバーからお菓子の追加の申し出がありました』

「分かった分かった、後でメールでまとめてくれ」

『……それと隊長、お渡しした寝巻きの試着はお済みになりましたか?』

「ああ、したよ。なかなか着心地が良いではないか。裸でなくてもこれなら眠れるな」

『そうですかそうですか……うへへ』

「どうした?」

『いえ、何でもありません』

 

 クラリッサの変態のような笑いにラウラは気が付かなかった。

 ちなみにラウラは今、クラリッサから渡された子どもが着用するようなパジャマを身に纏っている。

 

『ではおやすみなさい』

「うむ」

 

 ラウラは通信を切る。そしてそのまま保存フォルダを開き、とある写真を表示する。そこには、2人目の男性操縦者である巻紙零が写っていた。

 

「……零、もうすぐお前に会えるのだな」

 

 ラウラは零の写真を見つめながら、彼との出会いを思い出すのであった。

 

「会ったら……そうだな、会ったらまずは…………何をしようか?」

 

 まあいい、会ったその時に考えればいい。

 

 ラウラは心の中でそう思った。

 

 

 

 

 

 

 



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雨、拗

15.5話目

ちょっとした小話 文量も少なめ

※修正させて頂きました。


 ────────────第3アリーナ

 

 ピシュンッ!

 

「うお!」

 

 放課後の第3アリーナ、ドローンから放たれるビームをスラスターを上手く利用しながら上下左右に躱していく。

 あれから一週間、俺はうさぎからプレゼントされたシュミレーションで訓練を続けている。

 これのお陰で前よりも回避も旋回も軽く熟せるようになった。初めの方は毎度のようにリンチを受けてたが、今では弾道をある程度予測できるようになったし大半は勘で躱せるようになった。うさぎには後で礼の1つでも言っておくか。

 

 あと時々箒も来ているが、今日は部活で来れないとか、あいつ部活やってたのか。まあいい。

 にしても箒の奴も変だよな、一夏には秘密にして欲しいって、何が恥ずかしいんだ?これも『乙女の戦い』ってやつなのか?

 

「そこ!」

 

 俺はビームを右に躱しながらクロスマッシャー(ガンモード)を展開し、そのままドローン目掛けて弾丸を放つ。

 

 チュドォォォォォン!!

 

 そして見事命中した。

 

 ちなみに今はビーム砲を躱しつつ素早く動く相手ドローンを撃沈する訓練をやっている。基礎が出来上がってきたからだってさ。まあ当たんないけどな、さっきのもまぐれだ。

 あのドローンは自動修復プログラムがあるから撃沈しても暫くすれば治るらしい。全く、天才さまさまだ。

 

「やらせ!」

 

 ライザーファングを盾にしてビームを防ぐ。

 

 そしてそのままファングをドローンに向けて射出する。

 このライザーファングはちょっと頭で命令すればあとは自動でやってくれる優れものだ。自分で当てるよりも確率は高い。

 

 ザシュッ!ザシュッ!

 

 ドガァァァァァァン!!!

 

 そしてファングは浮遊してるドローンを全て切り裂く。

 

『コンプリート』

「そりゃどうも」

 

 キューブから発音のいい声が聞こえると同時に、辺りのドローンが粒子化される。

 さて、今日はこれでお終いだ。さっさとピットに戻ろう。

 

 それにしてもこのキューブ、小さいから持ち運びが出来て便利なうえにそれにISにも仕舞える。これなら何処でも訓練ができるというわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「零」

 

 ピットに戻った俺を待っていたのは、ジト目で仁王立ちしているレインだった。しかも低い声で俺の名前を呼んだ。なんか怒ってないか?

 

「レイン?どうしたんだよ?」

「どうしたじゃねえよ。今日は俺と一緒にやりあう約束だろうが」

「約束……あ」

 

 そういえば今日はレインと一緒に訓練をする約束をしてたんだった。シュミレーションに夢中になりすぎてすっかり忘れてたよ。

 

「ずっと教室の前で突っ立って待ってたんだぞ」

「ごめん……」

「……おめー、また例の訓練用シュミレーションとか言うやつやってたのか?」

「え?まあ、はい」

「……そうかよ」

 

 何だがレインが拗ねてる。約束破ったのはまずかったか。

 

「ごめんごめん、今度から約束忘れないようにするから」

「……そうじゃねえよ……たく」

「ん?」

「……もういい」

「おい待てって、怒らせたのはごめんって」

「怒ってねえよ」

 

 嘘だ、レインが低い口調で早歩きになる時は大体何か怒ってる時だ。

 小さい時にレインが大切にしてたゲーム機を壊した時もこんな感じだったからな。

 

 しかし約束のことじゃないとしたらなにで怒ってるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「……えっと、これはどう言う状況ですか?」

 

 夕方頃、フォルテさんから呼び出しを受けて2人の部屋に向かった俺を待っていたのは、ベッドで体操座りをしながら俯くレインの姿だった。

 一体何があったんだ?

 

「とりあえず先輩から話は聞いたんすけど……聞いた限りだと零君が悪いっすよ」

「そうなんですか?」

「そうっすよ」

 

 フォルテさんは呆れ顔で俺を見る。そんなにやばいのか?

 

「とりあえず今日私は知り合いの部屋に泊まらせて貰うんで、詳しい内容は本人から聞いて欲しいっす」

「はあ」

「いいっすか?絶対謝るっすよ?先輩を泣かしたら許しませんからね?」

「あ、はい」

 

 そう言いながらフォルテさんは何処かへ行った。

 

 ……とりあえず聞いてみるか。

 

「…………レイン?」

「………………」

「もしかして今日の約束のこと、やっぱり怒ってるのか?」

「………………」

「俺もシュミレーションに夢中になりすぎてた、今度からちゃんと気をつけるから」

「………………」

「本当にごめん」

 

 反応してくれないか……。

 

「…………本当に悪いと思ってんな?」

「え?う、うん」

「……じゃあこっち来いよ」

「?」

「いいから」

 

 俺はレインに言われた通りに隣に座った。一体何がしたいんだ?

 

 ギュッ

 

「レイン?」

「うっせえ、今日1日こうさせろ」

 

 そう言いながらレインは俺を強く抱きしめる。いつもみたいに締め上げるのとは違って今回は結構優しい。

 

 その日はこうやってレインに抱きつかれながら眠った、次の日目が覚めた時には元のレインに戻っていた、結局何で怒ってたのかは教えてくれなかったな。

 

 そういえばこの一週間レインと訓練してなかったが……もしかしてそれと関係あるのか?まあ元に戻ったからいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これじゃあ一夏のこと馬鹿に出来ねえじゃん』

『ハーレム主人公の運命ってやつかねー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「zzz…………」

 

 零、昔っから寝顔は変わんねえな。こいつの寝顔見てるとさっきまで怒ってたのがアホらしくなってくるぜ。

 後でフォルテには礼を言わねえとな。

 

 にしてもよ、折角近くにいるのに流石に一週間もほったらかしにされたら俺もきついぜ。しかも相手がシュミレーションなんてよ…… そんな機械的な動きしかしねえもんより俺とやり合った方が経験になるだろこんちくしょう。

 

 

 それに最近の零、更識の野郎ばっかに構ってるし。この前なんて零の手料理食べさせて貰ってたし。

 

 

 よし、今度から俺ももっと攻めてみるか。

 



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零、兎、再会、鬼

16話目

久々の投稿です。

書きたいことは思い浮かんでるんですけど……色々と迷ってる部分もありまして。


 ────────────────ー

 

「ねえねえ、零君のISスーツってどこの会社で作ったの?」

「さあ、僕のは特注らしいからね。正直いきなり渡されたから何処の会社が作ったまでは分からないかな」

「へー、でもいいなぁ、特注なんて羨ましい」

 

 さて、気がつけば6月になった訳だが。相変わらず上からは何の音沙汰もない。

 ちなみに今は3組の女子達とISスーツの話で盛り上がっていた、というより周りが盛り上がっているだけで俺は巻き込まれた方だが。

 何でも6月に入った今日からISの本格的な実戦訓練が始まるらしい。それで皆何処のスーツを購入しようか迷っているとか、ISスーツ1つでも会社やらがあるらしい。俺?正直使えれば何処でも良い、変に選り好みせず、使えるもんを使えるようにした方がマシだ。

 ちなみに俺のISスーツはクロスライザーのオマケで付いてきた、だから多分うさぎが作ったやつだろう。

 

「はーい皆座ってー、SHR始めるわよー!」

 

 おっと、榊原先生が来たか。

 

「えーっと、今日はみんなに重大なお知らせがあります」

 

 重大なお知らせと言えば、今日1組の方に転校生がやってきているらしい。

 名前はシャルル・デュノア、本名はシャルロット・デュノアだ。昨日スコール姐さんから連絡が来た、何でもデュノア社の娘で男としてここに入学してくるとか、狙いは俺か一夏のISらしいとか。

 しかしいくら何でも無理があるだろうに、写真を見せてもらったがあれはどう考えても女だ。そもそも骨と体つきから違う。確かに世の中にはそういう人もいるがデュノアはどう見ても違う、どっからどう見ても正真正銘の女だ、普通なら気がつく。

 

 でもセシリアさんの話じゃ1組は一夏の影響で男に飢えているとか。多分気づかないな。

 

 

 

『『『きゃあぁぁぁーーー!!!』』』

 

 

 なんて思ってたら遠い所から甲高い叫び声が聞こえてきた。早速騙されたか。榊原先生も3組の皆もこれには苦笑いだ。

 

「…………ごほんっ、えーっと、今日はなんと我が3組に転校生がやって来ました!」

 

 榊原先生の発言に3組内がザワつく。あれ、おかしいな。スコール姐さんからは1組に男装少女が転校してくるとしか聞いてないが。

 3組にも転校生が?

 

「それではどうぞー!」

 

 榊原先生の声と共に1人の女子生徒が教室に入ってくる。

 その女子生徒は銀色の長い髪を揺らしながら教卓の前まで移動する(クロエさんに似てるな)。右目は赤く、左目には眼帯をつけている。何か制服も軍服みたいだな。あれはオシャレの一種なのか?

 

「それでは自己紹介をお願いします」

「はい」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ドイツ軍IS特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』に所属している。あとドイツの代表候補生でもある。まだ学園生活とやらについてあまり知らないので、色々と教えて貰えると助かる、以上だ」

 

 女子生徒が自己紹介を終えると、3組内はザワつく。

 今あの子ドイツ軍って言ったよな?じゃあ本物の軍人さんか?てかそういうのって言っても大丈夫なのか?それにシュヴァルツェ・ハーゼって、確か試験管ベビーが混ざってるって噂があるあのドイツの闇を象徴したような部隊じゃねえか。その隊長って…………ああ、だからあの子、クロエさんに似てるのか。

 

「みんな仲良くしてくださいね」

「「「は、はーい!」」」

 

 これまた凄い奴が来たもんだ。もしかして俺のことが漏れてる……とかはないよな?いくら何でも連絡が来るはずだ。まあないってことはいいんだろうけどよ。

 

 うーん、しかしなんだろう。どっかで見た事あるような気がするんだよなあの子。てかラウラって聞いたことがあるぞ?

 

「……ん?」

 

 なんて思ってたら転校生が俺の目の前まで移動していた。オマケに俺の事をじっとみてるし。何だ一体。

 

「……久しぶりだな、零」

 

 ん?今久しぶりって言った?

 

「…………えーっと、どちら様?」

「何?私のことを覚えてないのか?」

「…………誰?」

「私だ、ラウラだ!昔ドイツであっただろ!」

 

 ラウラさんが涙目で机をバンバン叩き始めた、何だか子どもみたいだ。てかドイツの軍人さんと会うなんてそうそうないだろ。

 

 ……ん?待てよ……ドイツ……ドイツ……ラウラ……ラウラ……あ。

 

「財布を落としたチョコとバニラのあのラウラちゃん?」

「そうだ!」

 

 ラウラちゃんは嬉しそうに笑う。

 そうだ思い出した。彼女は昔ドイツで出会った財布を落とした兎のマークが入った服を身につけたあのラウラちゃんだ。

 てか軍人だったのかよ、分かるわけねえよ。

 

「え?ボーデヴィッヒさんと零君って知り合いなの?」

 

 周りの女子生徒がざわつき始めた。まずいな、下手に騒がれたりあらぬ噂を流されたらますます活動が制限される。何より姉さん達からの通知が……。

 

「あ、まあ知り合いというか……」

「零は私の大切な(友)人だ」

「「「…………え?」」」

 

 ラウラちゃんの言葉を聞いた瞬間、3組内に女子生徒達の叫び声が響き渡る。1組程じゃないけど。

 

 ああ、それにしてもまずい、確実に誤解を産んだ。

 

 どうやら俺に安眠できる時間はないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「なあ、スコール」

「はいはい」

「零は黒髪よりも銀髪の方が好きなのだろうか」

「うーん…………多分そういうのはないと思うわよ?」

「……私も染めてみようかな」

「辞めておきなさい、Mは今のままが1番可愛いわ」

「そ、そうか?」

「……私も染めようかなぁ……」

「オータムも今のままで1番よ(でも銀髪のオータムもちょっと見てみたいかも)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「ねえねえ!零君とボーデヴィッヒさんってどういう関係なの?」

「さっき大切な人って言ってたけど!」

「もしかして恋人!?」

「あー、いや、その」

 

 朝の騒動から時は流れ一限目後の休み時間、俺は3組の皆からラウラちゃんとの関係について質問攻めにあっていた。どうやらクラスメイトという関係でも『恋愛』というワードに関しては別腹らしい。勘違いだけどね。

 3組でこの有様だから一夏の方はもっと大変だろうな。

 

「ねえねえ、ボーデヴィッヒさんって本当に軍人さんなの?」

「そうだが?言っておくが詳しい内容は極秘だ」

「零君とはいつそんな関係に?」

「うむ……確かあれは数年前だな。アイスを購入した時のことだ」

「うんうん」

「支払いをしようとしたのだが、その時に財布を落としてしまったことに気がついたのだ」

「うんうん」

「それでどうすれば良いか困っていた時に、零が代わりに代金を支払ってくれたのだ」

「きゃー!いかすー!」

「それに落とした財布も届けてくれたのだ。あの時は本当に助かった」

「ロマンチックー!」

「それでそれで?」

「まあそれから少し話して後はそれっきりだ」

「え?それだけ?」

「デートとかキスとかは?」

「ん?何か勘違いしてないか?私と零は別にそういう関係ではないぞ?」

「え?そうなの?」

「そうだよ。ドイツへ旅行に行った時に偶然あっただけでそういった関係じゃないよ」

「でも大切な人って」

「友人として大切ということだが?」

「えー」

「なーんだ、つまんないの」

「かいさーん」

 

 そう言いながら皆自分の席に戻っていく。あんだけ質問攻めにしといてつまんないって酷くないか?

 まあいい。

 

「とりあえず久しぶりだね、ラウラちゃん」

「ああ。しかしまさか私のことを忘れているとは思わなかったぞ」

「いや、寧ろ一瞬会話した相手を覚える方が無理だって。それにそっちこそ軍人だったなんて驚いたよ」

「あの時はそんなこと言う必要は無かったからな」

 

 まあ確かに、あんな所で私は軍人だ、なんて言っても何の得もないしな、俺も普通に警戒するよ。

 

「それにしてもニュースを見た時は驚いたぞ、まさかお前がISを動かすとはな。教官の弟だけでも驚きだと言うのに」

「僕も驚いてるよ……ていうか教官って?」

「織斑千冬教官のことだが?」

 

 何だよそれ、織斑千冬って軍に行ってた時があったのか?

 

「お前と会って暫く経ってからだな、教官が我がドイツ軍に赴任してきたのだ」

「へー」

 

 織斑千冬関係のことは全然興味ないから知らなかったが……もしかして姉さんが上の命令で一夏を誘拐した時と関係あるのかな?まああのドイツのことだ、表沙汰にもしてなかったし、どうせ碌でもない難癖つけて呼び込んだんだろう。一夏をまともに護衛出来なかった奴らもどうかと思うがな。

 

 それにしてもだ、織斑千冬関係ならば普通は奴が担任の1組に転入しそうなんだが。いや、1組に専用機持ちを固まらせるなんてのもおかしいか。

 

「お前はあの時諦めずに頑張れば運命の人と出会うかもしれないと言ったな」

「そうだっけ?」

「そうだぞ。だから諦めずにやったよ。そして教官に出会えた。改めて礼を言わせてもらう」

 

 ラウラちゃんは俺に頭を下げる。別にそんなこと、俺のおかげでもなんでもないのに。

 

「……と、もうすぐ2限目が始まるから、席につくか」

「そうだね」

 

 さてと、これからどんなことが待ってあるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────少し前

 

『ボーデヴィッヒ、私だ』

「教官?」

 

 数日前、私の端末に教官から連絡があった。何でもIS学園への入学に関して、どのクラスに入るか私に意見を聞きたいらしい。本来なら教官が担任を務める1組に入るはずだが、そうなると1組に専用機持ちが固まってしまうらしい。それに私の他にもう1人転入生が来るらしく、そいつも1組で専用機持ちだとか。

 

『そこでお前にも一応何処に入りたいか確認を取りたいと思ってな』

「ふむ、そうですか……」

 

 本来なら教官のもとに行く方が良いが……流石に固まるのもおかしな話だ。

 となると他のクラス……確か零の奴は3組だったな。

 よし、そこにしよう。

 

「では3組への転入をお願いします」

『3組か。本当に良いのだな?』

「はい、教官に負担をかけるわけにはいかないので」

『うむ、そうか(本当に大丈夫か……いや、ここはラウラを信じよう)。では私から学園側に伝えておく。わざわざすまなかったな』

「いえ、こちらこそありがとうございました」

 

 しかし3組か……教官がいない状態で上手く学園生活を送れるだろうか?

 いや、クラリッサから学んだことを信じよう、あいつは収集癖がある変人だが優秀だ。嫁理論については意味がわからないが。

 

 

 

 あと教官の弟にも挨拶をしておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────ー第二グラウンド

 

 

「はーい、それじゃあISの実戦訓練を始めまーす!」

「「「はーい!」」」

 

 時間はさらに流れ三限目、今日は使ってISの実戦訓練を行う。担当の先生は織斑千冬じゃなくて別の人だ。あの女とは真逆で緩すぎる。

 ちなみに今日は4組との合同訓練だ。1組2組は朝に済ましたらしい。

 

 それにしてもさっきは大変だったよ。更衣室に行こうとしたら何故か何時もはいない女子たちに追いかけられたんだからな、何だったんだあの人達?もしかして例のデュノアのせいか?

 

「ふむ、それが零のISスーツか」

「ああ、競泳水着タイプらしいよ。変かな?」

「いや、特にそういうのはない」

「そう」

 

 俺のISスーツは所謂競泳水着タイプらしい。肘膝先が露出しているタイプだ。対してラウラちゃんのISスーツは灰色?のスク水みたいなやつだ。姉さん達もこんな格好だった、正直第一印象は『ハイグレさん』だったな。それ言ったら礼子姉さんに殴られたけど。

 

「それでは早速訓練機で実習を行います。専用機持ちの皆さんはグループリーダーをお願いしますね」

 

 さてと、早速先生のご指示が入った。

 そういえば1組2組の方では織斑千冬の命令でセシリアさんと鈴が山田先生とやり合ったらしい(追いかけてきた女子から聞いた)。こんな狭いグラウンドで何考えてんだ。

 とりあえずISを展開しよう。

 

「貴方が巻紙君?」

「はい?」

 

 呼ばれたので振り返ると、専用機ISを纏った女子生徒が立っていた。例の4組代表か?てか何処となく誰かに似ているような。

 

「貴方は?」

「初めまして、更識簪です」

「更識……もしかして楯無さんの?」

「うん、妹」

 

 へー、じゃあやっぱりこの子が例の楯無さんの妹か。

 どおりで楯無さんにそっくりなわけだ。でもあの人より大人しそうだ。

 

「初めまして、零です。よろしくね」

「よろしく。それといつもお姉ちゃんが迷惑かけてるようですみません」

「やっぱり楯無さんと同室だってこと知ってたんだ」

「友達が教えてくれたから。いつも振り回されているようで」

「いえいえ、僕の方こそ楯無さんには色々とお世話になってます」

 

 ご飯作って貰ったり膝枕してもらったり時々訓練してもらったり。

 

「お姉ちゃんと一緒にいて疲れない?」

「疲れは……特にないかな。まあ何かしらの火種にはなってるけど」

「……ごめんなさい」

「いえ」

 

 楯無さんってやっぱりプライベートでもあんな感じなんだ。他人ならともかく身内は大変そうだな。

 

 ……と、さっさと定位置につくか。

 

「先生、ちょっと」

「はい?……はい……あ、忘れてました」

「もう本人泣きそうなんで早くお願いします」

「すみません……はーい皆さん注目してくださーい!」

 

 何やら教員陣が騒がしいな。どうしたんだ?

 

「実は専用機持ちの人にちょっとした実演をやってもらうことをすっかり忘れていましたー。ごめんなさいね」

 

 なるほど、1組2組と同じか。

 ていうかどれだけ緩いんだあの先生。

 

「そこで今回はスペシャルゲストを呼んでまーす!それではどうぞー!」

 

 先生が手を挙げると、上空からISを纏った誰かが降りてくる。あれって。

 

「山田先生?」

「ふぅー、今回は上手く出来ました!」

 

 ラファール・リヴァイヴを纏った山田先生だった。うん、何となくこの後の展開が読めた。

 

「はーい!教員陣1の腕を持つ山田先生でーす!今回は織斑先生の許可を得て来てもらいました!」

「そ、そんな教員陣1だなんて……」

 

 山田先生は否定しながら照れている。確かあの人ってIS業界だと有名な方だっけか?この前3組の子が全盛期の山田先生が載ってる雑誌を持ってきてたよ。結構可愛いとは思った。

 

 

 

 寒……今冷気が……

 

 

 

「というわけで専用機持ちの……巻紙君とボーデヴィッヒさん!山田先生と殺りあっちゃってください!あ、他の皆さんは危ないからちょっと下がっててくださいねー弾来たら普通に死にますから!更識さんはもしもの時のために待機しててくださーい!」

「はい」

 

 あの先生、性格が真逆なだけで本質は織斑千冬と同じな気がする。

 とりあえず前に出るか。

 

「まさか零と共闘でやることになるとはな」

「僕も驚いてるよ。一緒に頑張ろう」

「うむ。あ、そういえばお前のIS……クロスライザーだったか?基本データを見させて貰ってもいいか?共闘するなら互いのデータは見ておいた方がいいだろう」

「うん、そうだね」

 

 俺とラウラちゃんはお互いのISのデータを送る。データと言っても基本装備とか燃費とかそういう基本情報だけだ。

 ふむ、『シュヴァルツェア・レーゲン』か。両肩とリアアーマーについたワイヤーブレード、肩のレールカノン、そして両腕のプラズマ手刀が武装か。

 それと…………これは。

 

「ラウラちゃん、AICって?」

「慣性停止結界……まあ簡単に言えば物理的に動くものを停止させる兵器だ」

 

 ああ、確か前に姐さん達がそんな話をしてたな。ドイツの方で作ってるとか何とか。まさか完成したとはな。

 

「弱点はないの?」

「範囲内のものしか停められない、エネルギー兵器は基本的に効果が薄い。はっきりいって微妙な兵器だ」

 

 なるほど、1体1なら最強ってことか。ていうか操縦者本人から微妙なんてこと言われたら設計者が泣くな。

 

「ふむ、クロスライザーについては見させてもらった。大体私と似たようなものだな」

「ただ決定打がないのがねぇ」

「なに、そんなものはやり方次第さ」

 

 かっこいいこと言うねぇ。

 

「準備はいいですか?それでは始め〜!」

「零!」

「あいよ!」

 

 さて、早速試合開始だ。

 

 

 

 先に言っておく。この後俺たちは負けた。軍人のラウラちゃんなら兎も角ペーペーの俺では山田先生には敵わない。ラウラちゃんの足を引っ張るだけだったよ。

 戦闘描写はめんどくさいから省かせてもらう。1組2組の試合で見たのと同じような光景だろうからな。結構押してたけど。

 

 

 

「いって……」

「ふむ、回避と旋回、加速はなかなか上手かったが、イマイチワイヤーの使い方がなってなかったな。あと双剣もガンモードばかりだ。クロスライザーは遠距離専用じゃないんだ。燃費もいい方なんだからもっと近距離で使ってやれ」

「ごめん、今度から気をつけるよ」

 

 ラウラちゃんは結構いい感じに戦ってたけどね。流石は軍人だ。

 

「はーいこれで山田先生の強さが分かりましたねー?」

「「「はーい!」」」

「はい山田先生お疲れ様でしたー!」

「あ、はい。じゃあ私は戻りますね。あ、巻紙君も結構いい線いってましたよ!」

 

 そう言うと山田先生はそのまま上空へ去っていく。

 励ましだけでもありがたいな。

 あと山田先生のファンも増えたな。

 

「はーいそれでは実習を始めまーす!均等に別れてくださいねー!別れないと連帯責任で走ってもらいますからー!はいかいさーん!」

 

 先生の笑顔の脅しに生徒達は均等に並ぶ。あの人猫の皮を被った鬼だ。

 この後俺たち専用機持ちは皆をISに乗せたり動かす指導を行った。

 流石というか、ラウラちゃんも簪さんも教えるのが上手かった。

 俺?一応伝わったけど。

 

 はあ、山田先生との激闘でお腹空いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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零、昼、接触

17話目


 ────────────────ー

 

「ほれ、作ってきてやったぞ」

「ん、サンキュー」

 

 さて、山田先生にフルボッコにされたうえに腹が減った俺は今、屋上でレインと昼飯を食っている。ちなみに昼飯はレインが作ってきてくれた弁当の焼きそばだ。最近何かと一夏達と食うことが多かったからな、レインの作った弁当は久々だな。

 

「そういえばおめー山田のせんこうに負けたらしいじゃねえか」

「もぐっ、まあな。寧ろ現役並の実力を持つ人に俺みたいなペーペーが勝てるわけないだろ」

「……たく、俺との実戦サボって機械相手にシュミレーションばっかやってるからだよ」

「そうなのか?」

「そーだ」

 

 まあシュミレーションのおかげで回避やらは上がったが攻めに関してはあんまり鍛えられてなかったからな。

 今度からレインとも訓練するようにするか。

 

「…………そ、そんなことはどーでもいいけどよ。今日の弁当はどうだ?美味いか?」

「もぐっ、ああ、ソースがいい感じに効いてて美味いよ。にしてもお前が焼きそばを作るなんて珍しいじゃないか」

「た、たまには俺だってこーいうの作るって……」

 

 レインは何処か恥ずかしそうに顔を赤くする。そんな女の子が焼きそば作るなんて恥ずかしいことじゃないだろうに。

 

 にしてもココ最近よく焼きそばを食べる気がする。気のせいか?

 

「そういえばよぉ、お前ん所のクラス、今日転校生が来たらしいじゃねえか」

「まあな、姐さん達からはデュノアの方しか連絡が来てなかったから驚いたよ」

「その話だけどよー……単に姐さんが伝え忘れただけだぜ。俺ん所には来てたからな」

「おい、いいのかそれで」

 

 姐さんも随分と怠けてんじゃねえか。

 

「まあいいんじゃねえの?ただドイツ軍のやべー部隊の隊長だから気ーつけねーといけねえがな…………で、説明してもらおうか」

「説明ってなんだよ」

「とぼけんな、お前そのラウラって奴と知り合いなんだろ?ドイツの隊長なんかといつ知り合ったんだよ」

 

 誤解は朝に解けたと思ったが……どうやら噂は本当に1人歩きするらしい。

 

「昔ドイツに行った時に少し話しただけだよ、その時は軍関係者だとは思わなかったし」

「……ホントだな?」

「こんなことで嘘つく意味なんてないだろ」

「……そうか」

 

 そう言うとレインら何処か納得したような、ほっとしたような顔をする。

 別にラウラちゃんはそんな奴じゃないよ、多分。

 

「とにかく!デュノアの野郎のハニトラにはぜってー引っかかんじゃねえぞ!」

「分かってるよ」

 

 分かってて引っ掛かりに行くアホなんて居ないだろう、そんなことしたら姉さん達からなんて言われるか。マドカに鎖に巻かれてマリアナ海溝に沈められるのがオチだ。

 

「……ところで零」

「?」

「お前ってプライベートの水着とか持ってたか?」

「あるけど……姉さん達の所に忘れたよ」

「そうか……んじゃよ、良かったら今度俺t「零!ここに居たか!」

 

 誰かが俺の名前を呼んだ。

 扉の方を見ると、購買で買った焼きそばパンらしきものを持ったラウラちゃんが立っていた。また焼きそばかよ。

 

「ラウラちゃん?どうしてここに?」

「なに、折角だからお前と一緒に昼食を取ろうと思ったのだ……ところでそっちの女子生徒は?」

 

 ラウラちゃんがレインに目線を向けるが、レインはそっぽを向いてしまった。

 

「この人はダリル・ケイシー、僕の幼なじみだよ。それと3年生だからね」

「ダリル……そうか、貴方が例のアメリカの専用機持ちか。私はラウラ・ボーデヴィッヒ、ドイツのIS代表候補生を務めているものだ、よろしく頼む」

「……おーよ……軍人さん」

 

 レインは目線だけをラウラちゃんに向けて挨拶する。普通に名前で呼べばいいのに。

 

「隣、いいか?」

「うん、いいよ」

 

 そう言うとラウラちゃんは俺の隣に座り、焼きそばパンを頬張る。クロエさんに似てるな(クロエさんの方がもう少し年上か)……となるとやっぱりラウラちゃんは試験管ベビーか……まあいい。

 

 にしても、焼きそばパンを美味しそうにモグモグ頬張る姿は何処からどう見ても小学生だ、昔のマドカを思い出す、あいつもよくこうやって美味しそうに菓子パンを頬張ってたっけ。今も一緒に1つの菓子パンを半分こしたりしてるけどね。

 早く会いたい。

 

「ん、なんだいきなり」

「ん?あ、ごめん」

 

 どうやら俺は気づかないうちにラウラちゃんの頭を撫でていたらしい。

 昔もよくこうやってマドカの頭を撫でてたせいか、癖になってしまったよふぐっ!

 

「お、おいダリル。焼きそばを押し込むなって」

「うっせえ!黙って食え!」

 

 なんて思ってたらレインが手作り焼きそばを俺の口に押し込もうとしてきた。これってアーンなのか?

 

「ふむ、2人は仲が良いようだな」

 

 そりゃあ小さい頃から一緒にいたからな、マドカよりも付き合いが長いし、俺にとってはもう1人の姉貴みたいなもんだ。

 しかしこの状況は仲がいいと言えるのか?

 

「もぐ……あ、そうだ零」

「むぐ……なんだい?」

「今度学年別トーナメントがあるのだが、良かったらペアになってくれないか?」

「僕なんかでいいの?」

「ああ、私もここに来たばかりで親しい人間はお前しかいないからな。それに先程の戦闘でお前とならやれる気がしたのだ」

「軍人の勘ってやつかい?」

「多分な」

 

 ああそうか、今度学年別トーナメントがあるのか。何でも実戦的な模擬戦闘をイメージするために二人一組でペアを組まされるんだとか。レインとフォルテさんは学年が違うから同学年の誰かさんと組むらしい、レインに関しては友達と組むんだとか。

 

 それにしてもおかしくないかこのトーナメント、普通なら専用機持ちと一般は分けるはずだろうに。こんなの学校の部員とオリンピック選手を競わせるようなもんだ。ま、俺はオリンピックなんて程遠いけどな。

 まあいい、特に組む相手ももいなかったし。一夏は多分一応男のデュノアとだろうし。

 

「いいよ、一緒に頑張ろう」

「ふむ、礼を言う。では後で書類を渡すから、そこに名前を書いてくれ。私の名前は書いておいた」

 

 何とも準備がいい。

 

「……くそ……専用機持ちタッグだったら俺だって……」

 

 何やらレインが呟いた気がするが。気のせいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

 

 

 

 

 

「今零が他の女の頭を撫でた気がする」

「貴方最近怖いわよ?大丈夫?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

「ハロー零」

「ん?鈴か。今から一夏と訓練かい?」

「まあねー、あいつったらセシリアとばっか訓練やってるでしょ?だからたまには私ともやれって言ってやったのよ」

 

 それはまた随分と強引だ。

 

「でも転校生も一緒にやることになるんじゃないの?」

「まあね、本当は2人でやりたかったけど……」

 

 今本音が漏れた気がしたけど聞かなかったことにしておこう。

 

「……で、アンタの方はどうなのよ?」

「どうって何が?」

「聞いたわよ、あんた三組の転校生と付き合ってるらしいじゃないの」

 

 ええ、何でここまで噂が広がってるの。ていうか独り歩きをするにも程がある。

 

「だからそれは勘違いだって、僕はその子とは知り合いなだけで恋人でもなんでもないよ」

「え?そうなの?」

「そうだよ」

「ふーん、そう。まあいいや。それじゃあ、あたしは一夏の所に行くから、また明日ね」

「うん、明日」

 

 それにしてもまさかここまで広がるとは……これはいつか姉さん達の耳にも届きそうで怖いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────第3アリーナ

 

「おらぁ!」

「おあ!」

 

 その日の放課後、俺はアリーナで久々にレインと実戦訓練を行っていた。

 がら空きだった俺の腹目掛けてレインに蹴りを入れられたが、その場で頭を軸に回転して逆さまになるように避けた。これもシュミレーションのおかげだな。

 あ、ちなみに例のキューブは今箒に貸している。今日はレインとやり合うから特に使わないからな、それに箒も熱心なようだから貸さない訳にはいかないよ。

 

 俺はすぐさまクロスマッシャーを展開し、至近距離からレインに斬りかかる。しかしやけに鋭い剣でいとも容易く塞がれ、火花が散った。やっぱプロは違うか。

 

「ほらほら!どうしたどうした!もっと斬りやがれ!」

「分かってるって!」

 

 俺はそのまま体制をすぐさま立て直し、クロスマッシャーと蹴りをレインに浴びせる。しかしクロスマッシャーの斬撃は剣で切り落とすように塞がれ、蹴りは躱される。

 これ以上の攻撃は無理だと判断し、俺はすかさず後方に下がり、胸装甲のワイヤースラッシュレイン目掛けて放つ。

 レインは横に移動して躱そうとするが、このワイヤースラッシュはワイヤーブレードと違ってある程度なら標的を追ってくれる。現に今も移動するレインを追っている。

 

「あーくそ!鬱陶しい!」

 

 レインはイラつきながら俺に向かって両肩の犬頭から炎を放つが、俺は下に移動して躱す。

 

「ファングッ!」

 

 そしてすぐさまライザーファングをヘル・ハウンドに向けて射出する。

 

「この!」

 

 犬頭から炎が放たれるが、ライザーファングは赤いビームソードを出したままのまま側面を向け、それを弾く。

 と同時に俺はそのまま加速をかけ、爆風を突き抜けてクロスマッシャーで一気に斬りかかる。

 レインは後方へ逃げようとしたが、の前にクロスマッシャーの刃がヘル・ハウンドの装甲を少し切りつけた。

 

「やるようになったじゃねえかお前」

「褒め言葉どうも」

 

 レインは上空から俺を見下ろすように嬉しそうに笑っていた。

 しかしシュミレーションばかりでなくこうやって人間相手に訓練をするのもかなり重要だな。特にレインは学園内でもトップ3以内に入る実力者だ。1位は多分楯無さんだな、国家代表だし。

 

 

 

『ふむ、1体1は問題無しか』

 

 なんて思ってたらプライベート・チャネルでシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったラウラちゃんが話しかけてきた。

 

「ラウラちゃん?どうしてここに?」

『先程タッグトーナメントの申請書を提出してきたところだからその報告を。それとお前個人の強さを確認していたところだ』

「またなんでそんなことを?」

『私はお前のパートナーだぞ?協力するにあたって相方の事をもう少し詳しく知らなければならんだろう?』

 

 随分と勉強熱心なことで……って、ある意味当たり前か、何も知らない相手となんぞ組みたくはないからな。

 

 

 

 さて、この後俺は何故か不機嫌になったレインから一方的に殴られた。一体何を怒ってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────学生寮

 

 

 

「君が巻紙零君だね」

「そうだけど……君は?」

 

 レインとの訓練を終えた俺はさっさと自室へ戻ろうとしたが、その前に1人の男ではなく女が話しかけてきた。

 そう、あのシャルル・デュノアだ。

 

「初めまして、僕はシャルル・デュノア。フランスから転校してきました」

「そっか。わざわざ挨拶ご苦労さま。確か一夏と同じ部屋だっけ?」

「うん、そうだよ」

「そっか」

「同じ男同士、よろしくね」

 

 どう見ても女だろうが、なんて言えないな。ていうか実物を見たけど書類以上に女じゃないか。骨格と言い顔立ちと言い、寧ろなんで皆気が付かないんだか。

 そういえば昔姉さんも1回だけ男装したことがあったな、どっかの潜入かなんかで。その時に『もともと男っぽい性格だからよく似合ってるね』って言ったら思いっきり殴られた。

 それっきり男装なんてやらなくなったな、別に似合ってないなんて言ってないのに。

 

「どうしたの?」

「ん?いや、なんでもないよ。デュノアちゃん」

「ちゃん?」

「あ……女の子っぽいからつい。ごめんね」

「う、ううんいいよ。時々間違えられるから」

 

 ついやってしまったが……今一瞬焦ったな。

 

「じゃあ僕部屋に戻るから、何かあったら何でも聞いてよ」

「うん、ありがとう」

 

 さて、目的はどうあれ俺のISを狙うのなら黙っていない。まあ狙いは一夏だろうけどな。

 

 

 

 

 ガチャッ

 

 

 

 

「おかえりなさい零君、早速だけどボーデヴィッヒさんと付き合ってるって本当かしら?」

 

 

 

 

 ……もう勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 

「ボーデヴィッヒ、ちょっといいか?」

「む、教官。お疲れ様です」

 

 その日の夜、ラウラの部屋を千冬が訪ねていた。ラウラは寝巻き姿であり、子供が着るようなキャラクターがプリントされたパジャマを纏っている(暗いところで光る)。

 

「……あー、とりあえずその寝巻きはどうしたんだ?」

「クラリッサから渡されたものです。これなら裸でなくてもゆっくり眠れます」

「そ、そうか……(クラリッサめ、相変わらず訳の分からないものを)」

 

 ラウラで遊ぶクラリッサに、千冬は心の中でため息を吐いた。

 

「ところで御用件は?」

「ん、そうだな。

 学校生活はどうだ?初日ということもあって疲れてないか?」

「はい、確かに多少は慣れないことも多いですが……それ程疲れてはいません。クラスのもの達とも仲良くやっていけそうです」

「(ふむ、人間関係については大丈夫そうだな)そうか、なら良かった」

 

 千冬は、生まれてから軍の中で人生を過ごしてきたラウラが学園での生活で孤立していないか心配していたのだ。が、シュヴァルツェ・ハーゼの隊員達との関係は良好であったためか、ラウラ自身はそれほど対人関係のコミュニケーションに関しては困っていなかった。

 

「……それともう1つ確認したいのだが」

「はい」

「お前と巻紙が付き合っているというのは本当か?」

「付き合う……それはつまり私と彼が恋人かどうかということでしょうか?」

「そうだ……あ、いや、そのような噂を他の生徒から聞いたものでな。

 で、どうなんだ?」

「私と零はそのような関係ではありません、友人です」

「ふむ、そうか……ならいいんだ」

 

 自分の勘違いであったと、千冬は心の中で安堵する。いくら教え子とはいえ、学園内で男子と不純異性交遊を行っているのなら、対処しなければならない。

 

 実際は教え子から恋の相談やらなんやらを聞かれるのが少し怖かったと思っていたことは、千冬本人だけが知る秘密である。

 

「話は以上だ、初日で疲れただろう。ゆっくり休むといい」

「は!」

 

 ラウラは背筋を伸ばし、敬礼する。

 

「ここは軍じゃない。敬礼は不要だ」

「はあ、そうですか」

 

 千冬はラウラに背中を向け、その場を立ち去る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────ー

 

 はあ…………疲れた。

 

 あれから自らを鍛え上げると心に決めたが……やはり辛いものだな。

 

 部活動との両立はやはり無理か……いや、それでは前の私と同じではないか。

 

 よし、今日は寝てまた明日も頑張ろう。

 

 

 

 

 



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IS、有酸素

番外編その3


 ──────────────???

 

 

 

 

「へーーーイ!エブリバァディー!」

「「「イェェエエイ!!」」」

「そこのムッチリボディのみんなー!痩せたいかー!」

「「「イェェエエイ!!」」」

「モテモテボディに戻りたいかー!」

「「「イェェエエエイ!!」」」

「痩せるためなら中枢神経もクラッシュする覚悟はあるかーー!」

「「「イエェェェェェェイ!!」」」

「そんじゃー12時間休み無しエアロビクス!張り切っていくぜぇぇぇい!」

「「「イエェェェェェェェェェェェイ!!!!!!!」」」

 

 その日、とある空間にエアロビクスの音楽が響き渡っていた。そしてその音楽に合わせて、目が血走った少女達と女性達が踊り狂っていた。

 ちなみに彼女たちの前では、赤毛にところどころ黒髪が混じった少女が笑顔で踊っていた。多分楽しんでいるのは彼女だけである。

 

「痩せる!痩せる!」

「目指せあの頃ボディ!」

「おさらば皮下脂肪!」

 

「こ、怖ぇ……」

 

 必死に叫び踊り狂う彼女達を見て、雷は恐怖を覚えた。

 

 何故このような事態になったのか、それは数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────数分前

 

 

 その日、白騎士と白式は黎と雷のもとを訪れていた。正しくは『その日も』 であり、あれから彼女達は毎日のように通っている。

 その度にこうして、雷が手作りお菓子をご馳走しているのだ。

 

「どうだ?一応この前の奴を改造したんだが?」

「うん!前より全然美味しい!」

「……確かに」

「ふうー、良かったぁ。前の奴は本当に食えたもんじゃなかったからな」

「私もあれは……うん」

「……土団子だな」

「ひ、ひでえ……」

 

 過去の作品とはいえ、手料理の味を土団子と呼ばれた雷は酷く落ち込む。

 

「あれ、でも白騎士あのクッキー美味しそうにむぐっ」

「?」

「何でもない、気にするな」

 

 白騎士は白式の口を塞ぐ。何故かその顔はやや赤かった。

 その光景に雷は首を傾げる。

 

「でもまあ、白騎士はいつも俺の料理沢山食べてくれるから嬉しいな」

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 突然、少女の叫びが響き渡る。

 

「う、嘘ですわ!こんなもの!」

「嘘よ……こんなのって」

「そ、そんな……」

「ところがどっこい、嘘じゃありません。現実です」

「そ、そんな……どうして……」

 

 体重計の数値を見た彼女達は顔を青くする。

 IS達は今日、とある1つのことを思い知った。

 

「まさかISも太るなんてねぇ、こりゃあ新しい発見だ。まあピンクボールじゃないし当たり前かー」

 

 そう、ISも『食べすぎると太る』ということを。ちなみに全ての元凶である黎は薄々気づいていた。

 

「通りで最近服がキツいと思ったら」

「わ、私達にそんな概念が……」

「ちょっと!そんなの聞いた事ないわよ!」

「まあまあ落ち着きなすって先輩方、私たちって一応生命体だからねー、食べれば太るよ。特にティア先輩」

「は、はい?」

 

 黎は背中からとあるものを取りだす。それはティアが普段食べているポテトチップスであった。

 

「そ、それは……」

「そりゃあこんなビックサイズのポテチ毎日食べてればそうなりまっせ」

「うぐっ」

 

 ティアは自分のお腹周りに着いた、この前まではなかったはずの脂肪を掴む。

 

「あ、あんた……あんな油っこいもの毎日食べてたの?」

「だ、だって……皆さん美味しそうなお菓子ばかり食べているものですから……つい」

 

 ティアはこのビックサイズポテトチップスうす塩味を毎日食べていた。毎日である。毎日食べればどうなるか、容易に想像できる。

 

「ティア……流石にそれはないよ……」

「む!そういうラムさん(ラファール・リヴァイヴカスタムⅡ)こそ!この前カップラーメンを3個同時食いしていたではありせんか!見ていましたわよ!」

「ぎくっ」

「さ、3個!?あんた何やってんのよ!」

「だ、だって……この前テレビでやってたから……つい」

 

 ちなみにこれはティアやラムに限った話ではない。ここにいるIS達全員同じような事をしでかしているのだ。

 食文化の発展は、同時にIS達の健康問題にも課題を生み出しているのだ。

 

「で、でも私達が太ったくらいでそんな支障なんて」

「でますよ?」

「え、でるの?」

「私なりに調べたところ、①IS自体が重くなって動作が遅くなる②スラスターを噴射してもなかなか進まない③ジャンプ力が低下する④肥満によりサポートが遅くなる、と言った支障がでます。こんなの下手すれば初期化行きでっせ」

「そ、そんな…………」

 

 IS達は突きつけられた現実に絶望する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「へー、ISも太るのかー」

「わ、私も太っちゃったかな?」

「白式は育ち盛りだから大丈夫だろ。なあ?白騎士」

「……あ、ああ、そうだな」

 

 白騎士は目線をそらしながら返事をする。

 

「そういえば最近白騎士も『鎧がキツくなった』って言ってたよね?」

「そうなのか?」

「お、おい白式!」

 

 

 

 

 

「…………白騎士姐様」

「姐さん」

 

 白騎士の背後にティアと甲龍が回り込み、両腕を固定する。

 

「お、おい貴様ら!何をする!」

「姐様も測ってくださいまし」

「勿論鎧を脱いでね」

「貴様らぁ、私を何だと思っている!」

「それはそれこれはこれですわ!」

「さっさと測れや騎士さんよぉ!」

「は、離せ!って何だこれは、全然離れない」

 

 白騎士は悪しきオーラを纏った2人に連行されていく。

 

「……なんだろうね?」

「さあ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────数分前終了

 

 これが数分前の真実である。その後、黎が密かに準備していたエアロビクスセットによって、今IS達は脂肪を燃焼している。

 

「で、何でエアロビクスなんだ?」

「この方が手っ取り早く痩せるんだって」

 

 その光景を脇の方から雷と白式は眺めていた。

 ちなみに雷はそれ程食べていなかったため、今回のエアロビクスには不参加である。寧ろ彼は無意識のうちに白騎士に餌付けをしていたのだが。

 

「でもよ、白騎士ってお菓子とか食べてたのか?」

「ううん、全然、雷お兄ちゃんのお菓子しか食べてなかったよ」

「(試作段階のやつとか捨てたって聞いたのに……何でだ?)」

 

 雷は白騎士が肥えてしまった理由を考えるが、彼には結局分からなかった。

 

「あ、白騎士」

 

 白式が指さす方を見ると、そこにはIS達と共に踊る白騎士がいた。その姿は体操服であり、もはや騎士でなかった。

 

「白騎士ー!お前さー!何で太っt「ふんっ!」ぎゃっ!」

 

 白騎士は数十メートル先にいる雷に電子出席簿をクリーンヒットさせる。

 

「うわー……」

「レディに対してデリカシーが無さすぎますわ……」

「(やれやれ、白さんも随分とツンデレなようで)」

 

 雷の行動に、一部のISを除いた全員がドン引きした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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??、??、食事

??話目

久々の投稿です。今後の展開やシャルロットをどうするかで時間がかかりました。

今回はちょっとしたお話です。本編は次回投稿します。


 ──────────────ドイツ

 

 ドイツ時刻正午。

 

 ここはドイツのローテンブルク内にあるとあるレストラン。中世の街並みを色濃く残しているここら周辺は、ドイツの中でも観光地として毎年多くの観光客が訪れている場所であり、いつもならこのレストランも繁盛しているはずだった。

 

 しかし、今の店内には清楚な格好をした男1人がご窓側の席に座っているだけで、他に客の姿はなかった。店内に流れるクラシック音楽に耳を傾けながら涼しい顔で目を瞑るその男は、何処か不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「お待たせ致しました。シュニッツェルでございます」

 

 店員が男の座る席のテーブルに料理を運ぶ。このシュニッツェルはドイツだけでなく、様々な国で食されている料理であり、場所によっても使われる肉が変わる。

 

「ありがとうございます。もう1つの方は?」

「もう少々お待ちください」

 

 男が礼を言うと、店員は頭を下げて厨房へと戻り、次のシュニッツェルの調理を再開する。

 

「んー、遅いですねぇ……」

 

 男は時計を確認しながら声を洩らす。どうやら誰かと待ち合わせをしているようだ。

 

 

 

 

 カランカランッ

 

「いらっしゃいませ」

 

 数分後、店内へ新たなお客が入店する。白い布地に黄色い模様が染められた浴衣を纏った女性であり、彼女は入るや否や、うーんと言いながら店内をキョロキョロと見渡す。

 

「おおSさん!こっちです!」

「あら!Iさん!そこにいらしてましたか!」

 

 男、IはSを見ると、歓喜の声を上げて呼びかける。それに反応したSは、喜びに満ちた表情でIの元へ歩みよる。

 

「いやはや、時間になっても来ないので心配しましたよ」

「申し訳ございません、道に迷ってしまって。わたし、方向音痴なもので」

「以前も来ましたよ?」

「あら?」

「ふふ、Sさんは相変わらず面白い人だ」

「ふふ、それほどでも」

 

 IとSは互いに微笑む。

 

「さ、座ってください」

「ありがとうございます」

 

 Iは立ち上がると椅子を引き、Sはその言葉に甘えて着席する。

 

「あら?今日は他に人はいないのですか?」

「貸切です。折角のSさんとの再会のディナーなのですから、今日はゆっくりお話をしたかったのですよ」

「まあ、それは嬉しい。わたしもIさんと2人きりで話したいと思っていましたから」

 

 Sは手を合わせて笑顔を浮かべる。

 

「お待たせ致しました」

 

 とそこへ店員が新しいシュニッツェルを運ぶ。今回は鶏肉をあげているようだ。

 店員はIから会計分の紙幣とチップを受け取ると、そのまま笑顔で再び厨房へと戻る。

 

「まあ、美味しそう」

「Sさんが好きな鶏肉を注文させて頂きました」

「あら、覚えててくださったんですか」

「ええ、私にとってSさんは同業者です。大切なお方の好みの一つや二つ把握しておかなければなりませんから」

「大切なお方だなんて……わたしには勿体ないお言葉ですわ」

 

 Sは少し頬を染め、そんなSを見たIはニッコリと笑顔を浮かべる。傍から見ればまるで恋人のようだ。

 

「ところでIさん」

「はい、なんでしょう」

「何か嬉しいことでもありましたか?何だかいつもより笑顔が素敵ですよ」

「ふふふ、これはこれは私としたことが。つい顔に出てしまいましたか」

 

 Iは口元に手を当てて笑いながらポケットから端末を取り出し、小型空中ディスプレイを投影する。そこには、2人目の男性操縦者である巻紙零の写真が映し出されていた。

 

「あら、この子……例の男の子ですか?」

「ええ、そうです。例の博士からISを譲り受けたというあの子です」

「とても可愛らしい」

「……実は私、近々彼に会おうと思うのです」

「そうなんですか?」

「はい、どうにもこの気持ちが収まらなくて。1度お会いすれば落ち着くかもしれませんので」

 

 Iはカップを持ち、縁に口をつけて珈琲を飲む。

 

「めずらしいですね、Iさんがそこまで熱中なされるなんて」

「…………私、彼には……正確には彼と博士には感謝しているのです」

「感謝?」

 

 Iはカップを手前に置き、珈琲に映る自分を見つめる。

 

「戦場で命を終えるはずだった私がこうして珈琲を嗜めていられるのも、シュニッツェルを食せているのも、彼が現れてくれたおかげなのです」

「……そうですね、おかげでわたしもこうして──さんと一緒にいられる時間が増えたのですから」

「おおSさん、本名はダメですよ?」

「あらわたしったら、失礼いたしました」

 

 Sはほほほっと笑いながら謝罪する。

 

「……さて、冷めてしまいますから早速食しましょう」

「ええ、いただきます」

 

 2人はナイフとフォークを持ち、シュニッツェルを切り分けていく。

 

「そう言えば、今度のお仕事はここで?」

「ええ、主からのご命令で。なんでも禁じ手を犯そうとしているものがいるのだとか」

「それはそれは。ではわたしももうそろそろお仕事の連絡が来るかも知れませんね」

「はい。その時はよろしくお願いしますね」

「はい」

 

 パクッ

 

「(あら、美味しい)」

「(んー、これはなかなか……主にも食べて頂きたいものですね)」

 

 

 

 




原作買い直しました。

バラですが。

IとSは名前の頭文字です。ISのことではないです。


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零、男装、真実

18話目


 ────────────────

 

「ふう……疲れたー」

 

 日本時刻午後8時、千冬からの呼び出しを終えた一夏は自室を目指して廊下を歩いていた。

 

「鈴も酷いよなぁ、あんな擬音ばっかじゃわかんねえのに、分かんなかったら怒ってくるなんてよ」

 

 千冬から呼び出される前、一夏は鈴と共にISの訓練を行っていた。しかしその指導の雑さはあまりにも酷く、セシリアがいなければ殆どの時間が無駄になるところだった。

 

「でも、箒の弁当美味しかったなー……昔より上手くなっててびっくりしたぜ」

 

 そんな一夏にとって、今日唯一の幸福は箒が作ってくれた手作り弁当であった。宿題やらセカンド幼なじみの雑い指導やらでストレスが溜まる中、幼なじみが作ってくれた美味い弁当はそんじょそこらの飯屋とはくらべものにならないのだ。

 

「今度お礼に何か作るかー」

 

 そう言いながら一夏は部屋の扉を開ける。

 すると、シャワー室から水が流れる音が聞こえた。

 

「ん?シャルルはシャワーか?」

 

 一夏はシャルルがシャワーを浴びていると思った。シャルル以外の人間が入っていたら不法侵入になるため、他のものが浴びている可能性はまずありえない。

 

「あ、そういえばボディーソープ切れてたな」

 

 そう言うと一夏は浴室へ向かう。シャワーの音と扉越しにぼんやりみえるシルエット。どうやら本当にシャワーを浴びているようだ。

 

「えーっと……あった」

 

 一夏は洗面台下からボディーソープの詰め替えを取り出し、シャワー室をノックする。

 

「おーいシャルルー?」

「い、一夏!?」

 

 突然の声掛けにシャルルは驚いた声を上げる。

 

「ボディーソープ切れてるだろ?持ってきたぞ」

「あ、ちょっとま、あ!?」

 

 ずこっ!

 

 中から転けたような大きな音が響く。

 

「お、おいシャルル!大丈夫か!」

 

 慌てた一夏は浴室の扉を開ける。

 

「お……お?」

「いてて……あ」

 

 しかしそこにシャルルの姿は無かった。一夏が扉を開けたその先には、女性特有の2つの膨らみを持つ1人の金髪少女が尻もちをついていた。

 

「……い、いやん」

「……ここ、置いとくぞ」

「……うん」

 

 それだけ言い残すと、一夏はボディソープの詰め替えを置いて、さっさと扉を閉める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────数分後

 

「「………………」」

 

 暫くしてシャワー室から上がったシャルルらしき少女は一夏と向かい合うように座る。

 寝巻きの胸部には、この前までなかったはずの2つの山が膨らんでいた。

 

「えっと、シャルル、だよな?」

「う、うん。まあそうなる、かな?」

 

 一夏の問にシャルルらしき少女は答える。

 一夏自身、今目の前にいる少女がシャルルと同一人物であることは理解している。シャルルは実は女であり、今まで男装していた、そう考えれば、今までの不審な行動にも納得いく。問題はその理由が一体なんなのか、ということである。

 

「……とりあえず、何で男のフリなんかしたのか、話してくれないか?」

「……うん」

 

 シャルルらしき少女は口を開き、事の詳細をポツポツ語っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────1029号室

 

 ラウラちゃんが転校してきてから今日で数日が経った。

 この数日間、俺はトーナメント戦に向けてラウラちゃんと一緒に訓練にあけくれていた。そこでうさぎのシュミレーションドローンを敵に見立てて只管連携プレイを鍛えていたわけだが……まさかこんな所でも役に立つとは思わなかったよ。ISには遠く及ばないけど訓練するには丁度いい動きをしてくれる。やっぱ天才が作るものは格が違うってことか。今度一夏達にもやらせてみよっかな、嫌がらせ的な意味で。

 

「もーちょっと下かなー」

「ここですか?」

「行き過ぎー、もう少し上」

「ここ?」

「んー!きくぅぅ!」

 

 さて、そんな疲れを抱えながら、俺は楯無さんの腰をマッサージしている。何でも生徒会の仕事で腰をやられたんだとか、逃げ遅れて椅子に縛り付けられたり大変だったらしい。

 昔もよく姉さん達の背中を押したっけ。いつも仕事で疲れてるからこうやってマッサージをしてたな、下手くそって言われるけど。今なら褒めてもらえるかな。

 

「ねえ零君、デュノア君のことだけど」

「あの子は女、でしょ?」

「あら、気づいてたの」

「寧ろ気づかない方がおかしいですよ。着替えの時とか何故か後ろを向くように言われるって一夏も言ってたし。ていうか骨格からして女の子でしょ」

「随分と詳しいのね」

「昔家族がおふざけで男装してたから分かるんですよ」

「仲良しで何よりだわー、あ、そこ」

「ハイハイ」

 

 仲良しか……そういえば最近は喧嘩ばかりしてる気がするな。メールのやり取りでも何かと言い合いしてるし。

 

「ていうか楯無さんも気づいてましたよね?」

「まあねー。だってどう考えても女の子よ、流石に無理があるわよ」

「……で、その事情とかも知ってたりします?」

「これ以上は秘密♪」

 

 だろうな。少なくともあんなイレギュラーに対して学園側も色々と動いてはいるのだろう、じゃなきゃ受け入れなんてしないからな。

 

 ピルルルッ

 

「ん?なんだ?」

 

 こんな時間帯に電話だなんて。姉さんか?それともレインか?……いや、レインならドアを突き破って直接来るか。

 

「あれ、一夏からだ」

 

 端末を取り出して確認すると、一夏の名前が表示されていた。なんで一夏の連絡先を知っているかって?この前流れで何故か交換することになってしまったんだよ……あんまり深い関係にはなりたくないのに。

 とりあえず出るか。

 

「はい、もしもし?」

『あ、零?今暇か?』

「まあ、暇っちゃ暇かな。どうしたの?」

 

 暇だから楯無さんのマッサージやってたわけだし。

 

『ああ、実は大事な話があるんだ。今すぐ俺の部屋に来てくれないか?』

 

 いつもと違って随分と真面目な一夏だ。大方デュノアが女だってことがバレたんだろう。まあ近いうちバレるとは思ったが。

 

「……分かった、ちょっと待ってて」

『悪いな』

 

 ピッ

 

「すみません、ちょっと出ますね」

「あら?誰かさんからの呼び出しかしら?」

「秘密ですよ」

 

 そう言うと俺は部屋から出て一夏の元へと向かう。俺も楯無さんと同じように秘密がある。

 さて、一体何を聞かされるのやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

「悪いな零、こんな時間に」

 

 で、場面は変わって一夏とシャルルの部屋に来たわけだが……やっぱりな。

 

「いいよ。で、大事な話って何?」

「ああ、実はな……」

 

 一夏が部屋の奥に目線をやる。

 中では金髪の少女が椅子に座っていた。

 

「ど、どうも……」

「零、落ち着いて聞いてくれ……この女の子はな、シャルルなんだ」

「うん、知ってる」

「「えっ!?」」

「えっ!?……て言われても」

「いや、だって。お前知ってたのか?」

「知ってるも何も、どうみたって女の子だよ。寧ろ気づかない方がおかしいって」

「え?そうなのか?」

「あはは……バレてたんだ」

 

 そりゃあバレない方がおかしいって。

 

「それで、話って何?」

「あ、ああ……実はな、シャルルについて聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 それから俺は椅子に座らされ、一夏とシャルル……シャルロットから詳しく事情を聞かされた。

 

 シャルロットは父親、すなわちデュノア社の社長『アルベール・デュノア』からの命令でここに来た、狙いはやはり一夏のISの情報取りらしい(ついでに俺のも対象らしい)。

 で、ここからがちょっと複雑な話になるんだが…………シャルロットはアルベールの愛人の子どもだそうだ。一夫多妻制でも無い国で何やらかしてるんだか。

 2年前にシャルロットの母親が死んでその後直ぐデュノア社に引き取られた(というか連れていかれた)。それで検査したらIS適正が高くて非公式の操縦者になったとか。

 父親とも数回しか会ってない上に1度本邸に呼ばれた時に正妻から『この泥棒猫の娘がっ!』って言って殴られたらしい。昔姐さんが昼間に見てたドラマみたいだ。

 まあ、ここまで聞くと本妻よりも社長の方が男としてやばいか。昔姉さんが『おめーは二股するような男にだけはなるんじゃねえぞ』って言ってたけど……確かにこんな悲劇を産むぐらいなら二股なんてしない方がいいな。

 

 で、その後フランスが『イグニッション・プラン』から除名を受けた。デュノア社は量産機のシェアが世界3位らしいが、どうやら第三世代型の開発はかなり遅れているらしい。おかげで経営は悪化、一刻も早く開発するためにシャルロットを広告塔のついでとして男装させてIS学園に送り込んだって訳だ。で、今回バレたから祖国の牢獄へ行くかもしれないらしい。流石に一少女じゃ後ろから島レベルの銃口を向けられては逃げることは出来ないか。

 

 さて、ここまで来てなんだが…………なんかおかしくない?

 

 だっていくら何でもリスクがデカいだろ、広告塔のために明らかに女にしか見えない奴を男装させるってどんな炎上商法だ、炎上ぐらいしか無理だろこんなの、ついでの域を超えてる。国がそんなことさせるのか普通?

 百歩譲ってデータ取りのスパイならまだ分かる。ただ男装だけは意味がわからない、俺みたいなペーペーにバレてちゃ世の中の殆どの人間にばれるぞ。

 

 …………何か匂うな。もしかしてデータ取り以外に狙いがあるのか?

 こういうのは社長本人から聞き出した方が早いんだが…………絶望してるシャルロットがそんなことしてるわけないか。

 

 うーん……本当ならこれ以上スパイと関わるのは俺の命に関わるし俺もまだ死ぬ気は無い。

 

「本当にいいのかよ!それで!」

「……嫌だよ、本当は。でも、もうどうしようもないよ……苦しくても……もう……」

 

 なんて思ってたら一夏とシャルロットが何か始めていた。昔レインとマドカとエクシアちゃんと一緒に見たドラマみたいな光景にそっくりだ。確かあのドラマだとこの後2人は互いに抱き合ってベッドの中に潜って…………ってところでスコール姐さんがテレビを消しやがった。レインは顔を赤くしていたが……まあ今ならその理由も分かる。

 にしてもあの後あの二人はどんな夜を過ごしたのやら、俺にはそんなのまだ早いしそんな相手もいない。

 

「特記事項第二十一、これで3年間はここにいられる」

「確か原則として外部の人達はIS学園内の生徒に手出し出来ないって奴だよね。よく覚えてたね?」

「勤勉なんだよ、俺は」

 

 でも『原則』だから『例外』も存在する、法律っていうのはそういうもんだ。じゃないともしもの時に対応出来ないからな。世の中には例外が一般とかいうよく分かんないのもあるが、保険料だっけか?

 

「3年間の間にじっくり考えればいい……それにここには千冬姉だっているんだ。頼れる人は沢山いる」

「……一夏」

「……もう1人で抱え込まなくてもいいんだぞ」

「……ありがとう、一夏」

 

 シャルロットは涙を流しながら笑みを浮かべた。相当ストレス溜まってたんだな。そりゃそうか、親が死んだうえに散々振り回されたんだ。泣きの1つや2つかきたいか。

 一夏も随分と男っぽい所を見せている。それにまさか織斑千冬の名前を出すとは、てっきり千冬姉には迷惑かけるから無理!みたいなことを言い始めるのかと思ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、俺はどうしたものかな」

 

 数分後、一夏とシャルロットの戯れを見させられた俺は頭を悩ませながら自室に向かっていた。

 とりあえずシャルロットをどうするか………… 楯無さんも学園側も動いていることだろうし、このまま黙っているのもいいが。

 

 

『……嫌だよ、本当は。でも、もうどうしようもないよ……苦しくても……もう……』

 

 

 …………似てるんだよなぁ、あの顔。あの時のあいつに。

 

『お困りのようだねー』

「……だから、いきなりプライベート・チャンネルで話しかけないでくださいよ、束博士」

 

 またうさぎが勝手に通信を繋げてきた。

 てか何で今困ってるって知ってるんだ?

 

『私を誰だと思ってるんだい?監視カメラからパソコンの1つや2つ簡単にハッキング出来るんだよ?フランスのお話だって把握済みだよ』

「そりゃあ凄い、ということは妹のプライベートも?」

『オフコース』

 

 最低だこの人。

 

『そんなことは置いといてさー……零君、今デュノア社に1発かまそうとか考えてるでしょ』

「……まあそうですね」

『そんなハイリスクなことして零君に何かメリットがあるの?』

 

 確かに、ここでシャルルを助けたところで俺にはなんのメリットもない。寧ろ自分の立場を危うくするかもしれない。でも。

 

『でも?』

「……こういうモヤモヤしたものが晴れないの、気持ち悪いんですよ」

『へー意外と熱血だねー』

 

 どこをどう取れば熱血と解釈できるんだ。

 

「……で、なんの用ですか?まさか手伝うだなんて言いませんよね」

『随分察しがいいねー、流石は(クーちゃんが惚れた)男だけあるね』

 

 察しがいいのと男であることになんの関係性があるのやら。

 

「お断りします。これ以上あなたに振り回されるのも仮を作るのもいやなので」

『うーん、それは残念だなー……折角零君のためにあの会社について超特急で調べあげたのに……仕方ない、これはちーちゃんと零君の添い寝合成写真と一緒にマドっちに送るよ』

「おいちょっと待て!流石にやめろ!」

 

 うさぎのことだからそんじょそこらの合成写真よりもクオリティの高いやつを作りかねない。もしそんなのがマドカに送られたら……これじゃあ脅しじゃないか。

 

『で?どうする?』

「……分かりました、聞かせてください」

『素直でよろしい』

 

 仕方なく俺は了承した。

 本当は嫌だよ?けどマドカから嫌われるのはもっと嫌なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次に続きます。





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零、報告、お誘い、感知

19話目



 ────────────フランス 午後1時

 

「ああ、それでは頼む」

 

 ここはフランスのデュノア社。

 そこの社長室にて、デュノア社社長アルベール・デュノアが電話越しに役員の1人と会議の打ち合わせを行っていた。経営が落ち込んでいても会社は忙しい。企業というのは、赤字でも生産が止まるまで働かなければならないのだ。

 

「ふぅ」

 

 アルベールは通話を切り、一息つく。

 

「(あの子は元気にやっているだろうか……)」

 

 ふと、アルベールは1人の少女のことを思い浮かべる。いくら何でも男装させてIS学園に男として入学させたのは無理があるとアルベール自身も分かってはいた。しかし、彼女を守るためには仕方なかったのだ。

 

「あなた、入りますよ」

「ああ、いいぞ」

 

 部屋に入ってきたのは、アルベールの妻であるロゼンダであった。

 

「はい、コーヒー」

「すまないな」

 

 アルベールはロゼンダから差し出されたコーヒーを1口飲む。

 

「あの子……大丈夫かしら」

「報告を見る限りは、まだ……」

 

 いくら何でも今回の計画には無理があった。しかし、それしか方法がなかったのだ。たとえ彼女から恨まれたとしても…………。

 

「情報はまだ掴めないか?」

「ええ、調査員にも調べてもらってるけど……何せ何千人もいるから」

「そうか……早く探さなければ」

 

 ピルルルルッ

 

「ん?なんだ?」

 

 突然、アルベールの端末に連絡が入る。番号を確認するが、全く身に覚えのない相手であった。

 

「……はい」

 

 アルベールは恐る恐る通話に応じる。

 

『アルベール・デュノアですね』

「……そうだが、君は誰だ?」

『……そうですね、0とでも言っておきましょうか』

 

 相手は0と名乗った。異常に野太い声からして、恐らくボイスチェンジャーを使用しているのだろう。

 

「イタズラなら切るぞ」

『まあまあ待ってください、今日はお話したいことがありまして』

「話だと?」

『ええ、そうです……あなたが娘であるシャルロット・デュノアをIS学園に送った理由と暗殺派のことについてね』

「!?き、貴様!」

 

 アルベールは立ち上がり、机を強く叩きつける。それもそうである、声の主はシャルロット・デュノアの名を呼んだ。さらにはシャルルが女であることも、暗殺派がいることも知っている。見ず知らずの奴が1番知られては行けない情報を知っているのだから、焦るのも無理がない。

 

『ご安心ください、このことはまだ何処にも話していません』

「……貴様…………何処でその話を」

『いえなに、知り合いのとある科学者からデュノア社の裏について色々と教えてくれたものでしてね、知らないといけないので一応ご報告をと思いまして』

「報告?」

 

 アルベールは0の言葉に気の抜けた声を漏らす。

 

『ええそうです、一応そちらのお力になれるかと』

「……本当だな」

『ええ、勿論…………とりあえず、話だけでも聞いて貰えませんか?』

「……わかった、聞こう」

「ちょっとあなた」

 

 声を上げようとするロゼンダを、アルベールは無言で手を上げ、黙るようジェスチャーをする。

 

『言っておきますが、逆探知等は無駄です。こちらも対策は行っています。下手な真似はしないように』

「……いいだろう」

『……とりあえず、まず信じてもらうためにこちらが持っている情報をお話します。報告はそれからでよろしいですね?』

「……ああ、分かった。話してくれ」

 

 アルベールがそう答えると、0は知っている情報を話して行く。

 

 

 

 彼、アルベール・デュノアは、正妻であるロゼンダ・デュノアと愛人である女性……即ちシャルロットの母親の2人の女性を同時に愛していた。そしてアルベールは愛人との間に血の繋がった娘……シャルロット・デュノアを儲けており、彼は娘のことを大切に思っていた。

 

 愛人である女性が他界したと連絡が入った際、アルベールはシャルロットを正式に養子として、娘として迎え入れようと考えていた。当然これを聞いたロゼンダは怒り狂い、夫である彼を問い詰めた挙句、本邸にやってきたシャルロットを殴ってしまった(しかし、生まれつき子どもを授けられない体質であり、夫との間に子どもが出来なかったロゼンダからすれば、今回の夫の行為は裏切りである。その事を踏まえれば、彼女が夫とシャルロットに手を挙げてしまったことは仕方の無いことかもしれない)。

 

 その後アルベールは何とかロゼンダを説得し、シャルロットを引き取ることに納得してもらった。

 しかしここである問題が発生した。そう、シャルロットを暗殺しようと企む者がデュノア社内にいることが発覚したのだ。犯人を探そうにも、デュノア社には何千人という社員が働いており、下手に動けば探りがバレてしまうかもしれない。もしそうなればシャルロットの生命の危険がある。

 

 そこでアルベールは考え出した。シャルロットを代表候補生にすれば彼女の安全を確保出来ると、経営難を理由に彼女をスパイとしてIS学園に入学させれば、暗殺派の奴らも外部からは手出し出来ないと考えたのだ。男装させたのは入学させるための追加理由でしかなく、白式とクロスライザーのデータ取りも、言わば政府に納得してもらうための理由付けの1つに過ぎなかった。それが結果としてシャルロットを苦しめることになってしまったのだが。

 

『こうしてあなたはシャルロットを無事学園に入学させ、彼女の身の安全を確保した。そして今現在、政府にいる知り合いの協力者とともに極秘で暗殺派について調査を行っている……そうですね?』

「…………」

 

 0の話を聞いたアルベールは唖然とする。まさか計画のことだけでなく、シャルロットの出生まで知られていたとは夢にも思わなかったからだ。

 

『間違っている箇所があれば訂正を』

「……いや、寧ろ全て的確すぎて何処から突っ込めばいいのか」

『それはそうでしょうね……で、これで信じてもらえましたか?』

「……ああ、少なくとも君が暗殺派でないことは信じよう」

『ありがとうございます』

「……それじゃあ、報告を聞かせてくれ」

『はい、では報告します。今現在、IS学園ではシャルロット・デュノアが女であることは把握済みです。勿論、裏でデュノア社や政府が関わっていることもね』

「やはりか……」

 

 アルベール自身もこんなお粗末なやり方、バレない方がおかしいと考えてはいた。寧ろバレないのは奇跡に近い。

 

『しかし学園側も単にスパイとして疑っている訳ではないようです。男装させるにはそれ相応の理由があると向こうも考えているようで、それを踏まえた上で入学を許可したようです。協力を求めるのもありかと』

「そうか……」

『……アルベール社長、私が言うのも何ですが……このことを娘さん……シャルロットさんにお話した方が良いのでは?』

「……そうしたいがな。今更遅いだろ」

『……彼女は今も苦しんでいます。何故男装させなければならないのか、何故こんな苦しい目に合わなければいけないのか』

「…………」

『貴方は話すべきだ、これ以上彼女を苦しめないように。今なら学園側も協力してくれるかもしれない。だから』

「…………ふ」

 

 0の気の入った言葉に、アルベールは少しおかしいのか、小さく息を吹く。

 

『どうしました?』

「すまない、まるでシャルロットの気持ちを知っているよう言い方だったからね」

『……情報からそう解釈しただけですよ』

 

 アルベールの言葉に0は淡々とはぐらかす。

 

「……ありがとう、学園の件については考えておく」

『そうですか。では、私はこれで』

「待ってくれ、君は一体何者なんだ」

『……ただの暇人ですよ』

 

 ブチッ

 

 0は一方的に通話を切る。

 

「…………はぁ」

「あなた……気は確かですか?」

「ああ、これでも正気のつもりだ」

 

 アルベールは右手で前髪を抑えながらため息を吐く。いづれは娘のことがバレると考えてはいたが、まさかこんなに早く来るとは思ってもいなかったのだ。

 

「さっきの電話、信じていいんですか?」

「あそこまで的確に言われたら信じるしかないだろう……それに私自身、いつかは話さなければならないとは思っていたからな」

「…………」

「……とりあえず、やってみるしかないだろう」

「……ええ」

「……さて、それじゃあ早速話す練習でもするか。ロゼンダ、君も同席してもらえるか?学園だけならともかく、1人であの子と会話するのは流石に間が持たないよ」

「もう、不器用なんだから」

「はぁ……全く、一体どこの誰なんだか」

 

 アルベールは再びため息を吐く。しかしその顔は不安に包まれながらも、まるで何処か突っかかりが無くなったような、決心したような表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

「ふう、終わった終わった」

 

 とりあえずこれで一通りすんだか……俺って交渉とかそういうのに向いてないな、絶対。向こうが思ってた以上に信頼してくれて助かったよ。

 

「…………にしても、なんだってこんなもの」

 

 これは驚いた、まさかうさぎから『デュノア社関連のメール』が送られてくるとはな。流石に誰が暗殺を企ててるかまでは書かれていなかったが。しかしまぁ、こんな真実が裏にあったとは。ていうかやっぱり学園側も動いていたのか、まあ楯無さんの素振りからして気づいてるのに動いてない方がおかしいか。

 

 ちなみにうち(亡国機業)はこの件に関与していないようだ。ま、エクスカリバーみたいに一部の奴らに需要があるわけじゃないからな。たかだか適性がある少女1人殺したところでこっちには何のメリットもない、デュノア社内の奴が勝手にやったことだ。世の中の悪事全部がうちの仕業なんてとばっちりにも程がある。

 

 うさぎもうさぎだ。あの盗聴魔、何を考えているのかさっぱり分からない……どちらにしろ、俺はあのうさぎに遊ばれてるのは間違いないな。

 

 まあそれはいい、余計な手間が省けたからな……それよりも、今回の(一方的に押し付けられた)情報の見返りだがこれまた変だ。『クーちゃんを1日お出かけに誘いなさい』だってさ。つまりクロエさんと1日付き合えってことだ。まあ、その程度で済むならこっちとしてはお安い御用だ。マドカに合成写真を送り付けられるよりは全然いい。

 

 さて、俺の役目はここまでだ。あとは向こうで勝手にやってくれるだろう。これで何が起きても俺は一切責任を取らない、俺はただ報告しただけだ。

 

 ガチャッ

 

「おかえりなさい、添い寝にする?膝枕にする?それとも……」

「…………」

「あーん、無視しないでー」

 

 俺は扉の前で巫山戯ている楯無さんを無視し、そのままベッドにダイブする。

 

 あーあ、何で関係もないデュノアの件にここまで首突っ込んでるんだか。つくづく自分がバカだと思ってしまう。

 こんなことやってもシャルルがあの胸で抱きしめてくれるわけでもないし…………マドカよりも大き……いやいや、マドカの方が大きいに決まってる、絶対…………あの温もりが恋しい。

 

「……と、いけないいけない」

 

 さっきうさぎと約束したのを忘れるところだった。今日中にクロエさんへメールを送らないと同じくマドカに写真を送り付けられる。

 正直、亡国出身だってことをバラされるよりもマドカに怒られる方が怖い。それでマドカに嫌われたら一生立ち直れない。

 

「えーっと……」

 

 俺は端末の画面を操作し、クロエさんにメールを打つ。

 日にちはとりあえずトーナメント後ら辺を聞いてみるか。お出かけってことは街中がいいよな、場所はこの近くにあるショッピングモールがいいか、それともちょっと離れたところか……一応世界に2人しか居ない男性操縦者って扱いだからあまり遠くへは行けない。それにクロエさんの目のこともある、ちゃんとした場所を選ばないと、本人にも聞いてみるか。

 あ、それと読み上げ機能付きで送らないと。

 

「なにしてるの?」

 

 楯無さんがベッド横からにやにやしながら顔を覗かせてきた。

 

「友達にメールを打ってるだけですよ」

「ふーん、そう」

 

 楯無さんは画面を覗き込もうとさらに詰め寄る。この人はいつもこうだ。

 

「もしかして彼女?」

「違いますよ」

「お姉さんにも見せて」

「嫌です」

 

 俺はベッドからたちあがり、椅子の隣まで移動する。それでもなお見ようとする楯無さんの猛攻を躱しつつ、俺はクロエさんへのメールを打っていく。思った以上に執拗い、そんなに他人のメールが見たいのかこの人は。別に俺が友達とメールを打ってもいいじゃないか……一夏もこんな目にあってなきゃいいけど。

 

 ……よし、出来た。

 

 ピッ

 

「はい、おしまい」

「もう、恥ずかしがり屋さん」

 

 楯無さんは笑みを浮かべながら口元で扇子を広げる。扇面には『ムッツリ』と書かれていた。

 

「誰がムッツリですか」

「本当のことでしょ?」

「別にムッツリじゃないですよ」

「えー、でもこの前画面見ながらニヤニヤしてなかったっけー?」

 

 この前って……もしかしてスコール姐さんがドレスを着たマドカの写真を送ってきた時か?

 いや、そりゃあ確かににやけたけど……仕方ないだろ、何時ものマドカとは思えないぐらい綺麗だったんだから。

 ……あれ、これってムッツリ?

 

「(ふーん、やっぱ零君ってムッツリ助平ね)」

 

 楯無さんが心の中で笑っているとも知らずに、俺はムッツリについて考え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

「…………へへ」

「おいM、なににやけてんだよ」

「…………え、いや、何でもない」

「もしかして零から何か言われたのか?」

「な、何でもないって……」

「なになにー……凄く綺麗だよ……ですって」

「お、おいスコール!」

「なんだ、Mのドレス姿の感想かよ。てかもう先月のだろそれ」

「何回も見ちゃうほどうれしかったのよ、ねーM?」

「う、うぅ…………」

 

 …………ピキーンッ!

 

「……今零が誰かをデートに誘った気がした」

「お、おい、いきなり真顔になるのやめろって」

「この子ったら……日に日に悪化してるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────とあるラボ

 

「束様、夕食です」

「ありがとー」

 

 とある薄暗い……とまではいかないものの、室内にしてはまあまあ暗いラボ内。束はクロエから差し出された黒い何かを口の中へ運ぶ。

 

「ど、どうでしょうか?」

「んー!とってもおいしーよ!」

「ほ、ほんとですか!」

「うん!とってもおいしーおかきだね!」

「……それ、コロッケです」

「oh……」

 

 クロエの言葉に束はやってしまったと声を漏らす。どうやら今回はコロッケを作るつもりが、揚げすぎて中まで固まるぐらい真っ黒焦げにしまったようだ(しかしゲル状に比べればまだマシなようだ)。

 

「…………」シュンッ

「だ、大丈夫だよクーちゃん、こんなに美味しいんだから零君が食べても大丈夫だよ(多分)」

「……そうでしょうか?」

「大丈夫だって、私の目に狂いはないよ(多分)」

 

 いくら天才でも、愛しい娘であるクロエの作る未知の料理に関してはあまり自身を持って言えないようだ。

 

「……ん?」

 

 突然、クロエの端末からメールを受信した音が鳴り響く。クロエが連絡をとる相手は束ともう1人ぐらいなので、誰からのメールかは直ぐに察した。

 

「…………」

「クーちゃん?どうしたんだい?」

 

 端末を確認したクロエはまるで銅像のように固まり、次の瞬間プルプルと体を震えさせる。

 

「た、束様……れ、零さんから……でした」

「ほほう、で、なんだって?」

「こ、今度……一緒にお出かけしたいと……」

「おー!やったねクーちゃん!零君からデートのお誘いだー!」

「で、デート!?」

「うん!これでまた1歩前身だー!」

「は、はい!」

 

 突然のことにクロエは困惑しつつ、満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ゼロってなんだ?ゲームか?』

『無〇の人でしょ』

『〇能の人って誰だよ』

『人じゃないよ』

 

 

 




一応シャルロットの件は前進しました。ご都合主義です……。

原作のシャルロットを学園に送った経緯が簡潔すぎて『あれ、あっけない』と感じました。


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零、噂、合同

20話

試合は次の次を予定してます。

1度未完にしようと思ってましたが、やはり少しずつでも良いので物語を進めたいと思いました。
一応、今はトーナメント後までを目標にしています。

あと戦闘描写は下手です。すみません。


 ──────────────3組

 

 時はまあまあ流れ、週明けのある日。

 早くもトーナメント当日まで残り数日となった今日この頃、早速3組の教室に入ると、女子達が何やら皆ひそひそ話で盛り上がっていた。

 

「ねえねえ、それほんと?」

「本当らしいよ」

「今度の学年別タッグトーナメントで優勝すると織斑君と……」

 

 どうやらタッグトーナメント関連で何かあるらしい。とりあえず挨拶しておくか。

 

「おはよう」

「あ、零君。おはよう」

「おはよう。一夏に何かあったのかい?」

「何かね、今度のタッグトーナメントで優勝すると織斑君と付き合えるらしいよ」

「へー」

 

 これはまた一夏の身体がボロ雑巾になりそうな噂話だ。多分これは嘘だろう、いくらIS学園とはいえ人を景品にするなんて非人道的なことをやらかすはずがないからな。

 …………いや、やっぱやりかねないか。

 

「ところで誰からの噂なの?」

「1組の友達だよ」

 

 やっぱり1組かー、あのクラスってホントに男に飢えてるからなー。3組で本当によかったよかった。1組だったら今頃俺もボロ雑巾になってるだろうからね。流石にボロになるのは勘弁だ。

 

「零」

「あ、ラウラちゃんおはよう」

「うむ、おはよう」

 

 なんて言ってたら教室にラウラちゃんが入ってきた。相変わらず長い銀髪は所々はねているうえに、目も半開きで眠そうだ。

 

「寝不足かい?」

「ん、まあな。昨夜いきなり部下から視聴をするよう指示されたものがあってだな、それで寝るのが遅くなったのだ」

「視聴?」

「何でもコンピューターの中に入り込んで戦う戦士ものらしい。途中何度も酔ってしまった」

 

 コンピューター……あれか、多分昔レインとマドカと3人で日本に来た時に偶然レンタル屋さんで借りたアニメのことだろう。

 本編でロボットが全く動かないからレインと2人で『うごけー!』って文句を垂れながら見てたっけ。マドカは気にしてなかったようだけど。

 結局最後まで見ちゃったけどね。

 

「どうした?」

「いや、何でもないよ」

「そうか……ところでさっきから辺りが騒がしいようだが、何かあったのか?」

「なんかね、今度の学年別タッグトーナメントで優勝すると一夏と付き合えるらしいよ」

「……随分と胡散臭い噂だな」

「多分嘘だよ」

 

 やっぱりラウラちゃんもそう思うか。まあこんな馬鹿みたいな話で盛り上がるのは精々一夏狙いの女子だけだろう。

 

「お前は巻き込まれてないようだな」

「まあね」

「しかし気をつけろ、噂と言うものは尾鰭をつけて変化していくそうだからな」

「尾鰭?」

「日本のことわざだ、噂が広がっていくうちにありもしない内容がくっついていくことをそのように言うらしい」

 

 ああ、つまりこの前のラウラちゃんと付き合ってるとかいう嘘話みたいなものか。

 ま、そんな気にする事はないだろう。俺3組だし。

 

『そうやって舐めてると今に痛い目みるぞ』

『寧ろ1回見た方がいいよ』

 

 さて、一限目の準備をしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

「……どうして、こんなことに……」

 

 ここはIS学園の1年1組の教室内、そこの窓側の席にて、私、篠ノ之箒は冷静を装いつつ内心頭を抱えていた。その理由……それは

 

「嘘じゃないでしょうね!?」

「ホントだって! 月末のタッグトーナメントで優勝すれば、織斑君と付き合えるんだって!」

「俺がなんだって?」

「「「きゃあああ!」」」

 

 …………と、ご覧のように、私の後ろで繰り広げられているひそひそ話を聞いて貰えれば大体は察してくれただろう。

 

 そう、何と今度のタッグトーナメントで優勝すると一夏と交際できるという噂が広まっているのだ。しかし、これは全くのデマだ……そしてその原因は……私だ。

 

 あれは数日前のこと…………

 

 

 

 

 

 

 

 ──────数日前

 

『い、一夏……ほら』

 

 その日、私は屋上で一夏に手作り弁当を振舞っていた。凰……鈴の奴は部活で今日はいない。デュノアは少し遅れてから来るらしい。

 つまり、一夏に手料理を振る舞うなら今がチャンスということだ。

 

『ん? これって』

『お、お前が前に食べたいと言っていた炒飯だ……前よりはマシになったはずだぞ』

『ホントか?』

 

 一夏は嬉しそうに弁当を受け取り、中の炒飯をレンゲで口へ運ぶ。

 

『ど、どうだ?』

『……んー! 美味い! 初めの時と全然違うぜ!』

『本当か!』

 

 良かった……あれから何度も練習したからな、やったかいがあったというものだ。さて……

 

『……い、一夏』

『ん?』

『その……今度のタッグトーナメントの話だが……』

『あー、悪い。俺もうシャルルと組むことに決めたんだ』

『いや、そうじゃなくて……その……あの……』

『?』

 

 言え、言うんだ。今なら言えるはずだ。

 

『こ、今度のタッグトーナメントで……わ、私が優勝したら……わ、私と……』

『私と?』

『…………わ、私と付き合ってくれ!』

 

 私は声を上げてそう叫んだ。屋上ということもあって、その声は上空まで響いた。他に人がいなくてよかった。

 

『おう、いいぞ』

『本当か!?』

『買い物に付き合うんだろ?』

『………………』

 

 ……………………。

 

『箒?』

『……知らん!』

『?』

 

 全く、一夏というやつは。何でこういつも変に解釈するんだ。鈴の毎日酢豚と言い私の告白と言い…………鈴の気持ちが何となくわかった気がした。

 

 

 

 

 

 

 ──────数日前終了

 

 

 

 と、こんなことがあった。

 どうやらあの時の叫び声が誰かには聞こえていたらしい。そしてそれが曲がりに曲がって尾鰭が付け加えられた結果『タッグトーナメントで優勝したら一夏と付き合える』という噂に変わってしまったようだ。

 

 …………つまり私の責任だ。

 

 はあ、どうしよう…………あの頃の約束を果たそうとしただけなのに……いや、でもあの一夏の反応だと、あの時も買い物と勘違いしていた可能性は……ありえるか。

 しかし、もしこのまま一夏と付き合うことになったら学園中に……なんて、前の私なら考えていただろう。現実は非情だ。今の実力では専用機持ちの奴らとやり合えるかすら怪しい。

 

「……箒さん」

「……セシリア」

 

 ふと、セシリアが私に声をかけてきた。

 

「……ファイト」

「……ありがとう」

 

 どうやら色々と察してくれたようだ……彼女と一緒のクラスで本当に良かったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────屋上

 

 

 あっという間にお昼ご飯の時間。

 あれから特に女子から追われることなく、ラウラちゃんと午後の打ち合わせを行いながら、無事昼休憩を迎えることが出来た。一夏とシャルルは何か追われてたけど。

 

 さて、今日もレインがお弁当を作ってきてくれるらしい。レインの作る飯は普通に美味しいから特に文句はない。

 

 ところで最近マドカや姉さん達とのやり取りがないと思ってる奴も何人かいるだろう。

 

 ピロリンッ

 

 言っておくがそれは違う、こうしてお昼になると毎日のようにメールが来る。毎日来るメールを一々書くのは面倒だからこうして飛ばしている。

 

 とりあえず返信しておいて……よし。

 

「おう零、待ったか」

 

 と、そこへタイミングよくレインがやってきた。手には弁当が入ったランチバックをぶら下げている。

 

「いいや、今来たとこ」

「またマドカとオータムか?」

「お察しの通り」

「相変わらずだなあの2人は……叔母さんも今頃板挟みで死にかけてんだろうなー」

 

 スコール姐さん……仕事もあるっていうのに、マドカは兎も角姉さん恋人なんだから気を使ってあげてくれよ。

 

「お、そうそう。もうすぐフォルテも来るからよろしくな」

「珍しいな、フォルテさんも一緒だなんて」

「最近あいつに構ってやれてないからさー、拗ねちまって大変なんだ」

 

 フォルテさんも来るのか、余分に弁当作ってこれば良かったかな。

 

「ていうかお前、フォルテさんはパートナーだろ? ならもっと大切にしてやれよ」

「…………」

「ん? どうした?」

「……いや、零だけには言われたくないって思っただけだ」

 

 なんでだよ。

 

「…………そういえばよ」

「?」

「今度の学年別タッグトーナメントだが……優勝したらお前と付き合えるってほんとか」

「おいちょっと待て、なんだその噂は」

「フォルテがクラスメイトのやつから聞いたって言ってたんだよ。今度のタッグトーナメントで優勝したら男性操縦者のどっちかと付き合えるって」

 

 なんだよそれ、そんな話聞いてないぞ。俺が聞いた時は『一夏と付き合える』だったはず……まさか、これがラウラちゃんが言っていた『噂に尾鰭が付く』なのか。

 畜生、まさか俺の方にまで被害が及ぶなんて…………早くうちに帰りたい。

 

「そんな噂、嘘に決まってるだろ」

「やっぱりなー、そんな気はしてたぜ(良かった……)」

 

 レインは少しほっとしたのか、ため息を吐きながら肩を下ろす。そんなに心配だったのか。

 

「おーい!」

 

 と、向こうからフォルテさんが手を振りながら此方へ歩いてきた。歩く度に三つ編みが揺れている、本当に先輩なのか疑うくらい小柄だ。

 色んな意味でレインとは真逆だな。だから馬が合うのだろう。

 

「こんにちは、フォルテさん」

「よおフォルテ、早かったな」

「男に飢えたクラスメイトから優勝賞品話を永遠と聞かされそうになりましたから、飛ばして来たっスよ」

「それってまさか、トーナメントの?」

「そう、零君が景品とかいうあれっス」

 

 やっぱりかぁ、フォルテさんにまで被害が来ていたとは…………ごめん、フォルテさん。

 

「ほら、座れよ」

「んじゃ遠慮なく」

 

 フォルテさんは俺とレインの前に座る。にしてもフォルテさん、本当に小さいなぁ。数年前のマドカぐらいの身長しかないぞこれ。

 

「な、なんスか零君。私に何かついてますか?」

「え、いえ、なんでもないです」

 

 やれやれ、つい見てしまった……おっと、レインがジト目でこっちを睨んでる。とりあえず昼飯にするか。

 

「はい、ダリルとフォルテさんの分」

「これは?」

「弁当箱番オムライスですよ、いつもダリルには作って貰ってばかりいるんで」

 

 いつもレインに作ってもらってるからな、たまには俺の方からお礼させて欲しいよ。

 

「(別に見返りなんていいのに)」

「でもこれ、零君の分じゃ」

「いいんですよ、フォルテさんには何かと迷惑かけちゃってるから。受け取ってください」

「……じゃあ、有難く受け取らせてもらうッス」

「ダリルも」

「お、おう」

 

 フォルテさんはオムライス弁当を受け取り、一緒に渡したスプーンでそれを掬い、口の中に運ぶ。それを見たレインも同じように掬い、口へ運ぶ。

 

「「……あ、美味い!」」

 

 良かった、どうやら味付けは間違ってなかったようだね。時間が経ってるから冷めて不味くなってないか心配だったけど、大丈夫そうだ。

 

「これ本当に美味しいッスよ零君!」

 

 フォルテさんは目を輝かせながらオムライスをかき込んでいく。まるで美味しいものにかぶりつく子供のようだ……あ、一応ここ日本だからまだ子どもか。

 

「お前、腕上げたなぁ」

「まあね、料理当番は殆ど僕がやってたし」

「ちぇ、いいよなぁ。オレはたまにしか食えねのに」

「なら毎日作ってくるけど?」

「お、ホントk……や、やっぱたまにでいいぜ」

 

 もぐもぐとしながら睨むフォルテさんからの視線にレインは言葉を止めた。

 

 ぐうぅぅぅ…………

 

 はぁ、腹の虫は黙っちゃくれないか。

 

「ほら。やるよ」

「ありがとう」

 

 レインが持ってきた弁当箱を差し出してきた。そもそもレインが作ってきてくれるって言ってたし。ここは貰っておこう。

 

「私のもあげるっス。売店で買ったものですけど良かったら」

「いいんですか?」

「零君にオムライス貰いましたから、そのお返しです」

「……じゃあお言葉に甘えて」

 

 俺はフォルテさんから売店で購入したエトセトラを受け取る。メロンパンにコロッケパンにソーセージマフィン……貰っておいてなんだが、すっごい偏り。こんなもの毎日食べてたら血液がドロドロになりそうだ。ん? 

 

「あ、フォルテさん」

「モグッ……なんスか?」

 

 俺はティッシュを取りだし、フォルテさんの口元に着いたケチャップを拭き取る。

 俺もレインもマドカも時々ケチャップやら米粒を付ける時がある。やれやれ、俺達家族ってそういう所そっくりだよなぁ、それとも子どもだからか? 

 

「れーいー」

 

 なんて言ってたらレインが拳をポキポキ鳴らしながら怒った笑顔で俺に詰め寄ってきた。

 

「な、なんだよ」

「なんだじゃねえ、そういうのはあんま他人にやるな。フォルテを見ろよ」

 

 ふと、もう一度フォルテさんの方を見る。

 

「お、おと……あわわわ…………」

 

 フォルテさんは顔を真っ青にしながらあうあう言っていた。

 

「あれ」

「こういうのが苦手なやつだっているんだよ。分かったか?」

「あ、ああ、わかったよ」

 

 やばい、つい家にいる時と同じ感覚でやってしまった。でもラウラちゃんに同じことやった時は特に何も言ってこないけどなぁ。

 

 

 

 パシャッ! 

 

 

 

 ……なんかどこかで聞き覚えのある音がしたような。

 

「いやぁ、まさかこんな写真が取れるなんて……『2人目の男性操縦者、まさかのIS学園1の人気コンビを手玉に。ご褒美は愛の手作りオムライス』…………今度こそいけるわ!」

 

 ああなんだ、この前の新聞部の副部長さんか。確か楯無さんの友達の薫子さんだっけ? また人のプライベート勝手に隠し撮りしてるのか。

 

「てめーまたか!」

「またまた撮らせて貰いましたー! それじゃ!」

「待てコラ!」

「今度こそ新聞のトップに載せてみせる!」

「やらせるかよ!」

 

 あの時と同じように笑顔で逃げる薫子さんをレインは怒った顔で追いかける。あれだけこっぴどくやられたのに諦めないなんて……マスコミ向いてるな、あの人。

 

「…………」

「……フォルテさん?」

「な、なんすか!?」

「いえ、さっきはすみませんでした。フォルテさんがああいうの苦手だって知らずにやっちゃって」

「あ、いいっすよそんな……私こそ折角貰ったのにあんな態度取っちゃって」

 

 フォルテさんは緊張しながらも申し訳なさそうに謝る。なんかこっちが悪いのに向こうに謝らせちゃうのはちょっときついな。

 

「……行っちゃったッスね」

「はい」

「あんな先輩……いや、ダリルを見るのは珍しいッス」

「レi……ダリルはいつもあんな感じですよ」

「そうなんスか?」

 

 フォルテさんはキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「ええ、いっつもああやって怒ってます。昔ダリルの遊んでたゲームのデータを消しちゃった時もあんな感じに追いかけ回されましたよ」

「そうなんですか……ちょっと意外っス」

「こっちにいる時は違うんですか?」

「そうッスねぇ……結構男勝りでかっこいいってみんなから言われてますけど、うちらの前でああやって怒ったりするのはそうそうないっスね」

 

 なるほど、こっちだと少し猫被ってるってことか。まあ一応スパイだからな、できるだけ自分を表に出さないようにするか。

 

「でも見てる限りあんまり素を隠してない気がしますけど?」

「うーん、多分零君がいるからッスよ」

「僕ですか?」

「ほら、親しい人がいるとつい気が緩んじゃうっていうか、安心してると思うんスよ」

「安心……ですか」

 

 安心か……確かに、俺もレインがいなかったら今頃ここでの生活が息苦しかったかもしれないな。あいつの前なら下手に猫被る必要もないし。

 

「…………幼なじみな零君が羨ましいっス」

「? そうですか?」

「そうッスよ、いつも仲良さそうにしてて……」

「でもフォルテさんって……」

「……恋人でも互いの距離間って結構複雑なんスよ」

 

 複雑ね……姉さん達を見ている限りじゃそんな雰囲気は感じなかったがな。

 

「……零君……ダリルを泣かせたら承知しないッスよ」

「……はい」

 

 フォルテさんが複雑な瞳をこちらに向けながら言ってきたので、とりあえず俺は答えた。

 泣かせるって……

 

『待てやー!』

 

 ……と思ってたら屋上下からレインの叫び声が響いた。

 

「……まだやってるッスね……あむっ」

 

 フォルテさんは呆れた顔でそう言うと、オムライスを口の中へ運んだ。

 今日の薫子さんはかなりしぶといようだ。弁当を振る舞うなんて、別にそんなおかしいことでもないのに。

 

 

 

 

 

 

 

『やれやれ、とんだ女たらしだ』

『ああ、違いね』

『ホント、主人に似るんだねぇ』

『え?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────第3アリーナ

 

「零! 動きが鈍いぞ!」

「分かってるって!」

「相手の動きをある程度予測するんだ!」

 

 時はさらに流れて放課後の第3アリーナ、トーナメントに向けて、俺はラウラちゃんと一緒にドローンを使った訓練を行っていた。あと数日ということで、本番での連携に向けてハードモードでプレイしている。このモードになると、ビームを撃つ射撃型に加えて槍みたいなものを向けながら高速で突進して来る突進型まで現れた。

 オマケにこれがまた難しい。ビームを躱すことに手一杯で攻撃の隙もありゃしないのに、それに加えていきなり高速で突進して来る奴までいると来た。

 それに比べてラウラちゃんは躱して隙を見つけてはリボルバーカノンとワイヤーブレードを駆使して次々に倒していく。突進型のドローンなんてワイヤーブレードで巻き付けて別のヤツにあてている。やっぱIS使う軍人なだけあるなぁ、俺亡国だけどどちらかと言えばのんびりやってた方だし、何回か死にかけたけど。

 

「零!」

「あいよ!」

 

 俺は右往左往に躱しながら身体を半回転させ、射撃型に向けて右足のワイヤーブレードを伸ばす。

 

 ズシュッ! 

 

「おらあ!」

 

 射撃型にブレードを突き刺したと同時にそのまま旋回しながらビームを避けつつそれを振り回し、ラウラちゃんとちゃんを追いかけている突撃型と衝突させる。

 この爆発が命取りだ。

 

「はぁ!」

『!?!?』

 

 爆発で起きた煙に紛れて一気に瞬時加速をかけ、数十メートル先にいた射撃型をクロスマッシャーで一気に切り裂く。

 

 ビシュンッ! ビシュンッ! ビシュンッ! ビシュンッ! ビシュンッ! ビシュンッ! 

 

 死角からビームの嵐が槍のように俺に向かってくるが、俺はすかざずライザーファングを射出展開し、合わせて巨大な盾へと変換させてビームの雨を防ぐ。

 

「狙えよ!」

 

 そして素早くクロスマッシャーをガンモードに切り替え、シールドの上からドローン共に連射を浴びせた。

 

 ドガァァァァンッ! 

 

「ふう、何とか終わった」

「ふむ、上出来だ。しかし最後の無駄弾は頂けないな」

「これでも結構当ててる方なんだよ」

「下手に無駄弾を撃つとな、煙が上がって」

 

 ビジュウゥゥ! 

 

「……ああいう攻撃が来る」

 

 ラウラちゃんが突然リボルバーカノンを地面の砂煙に向けて撃つ。

 煙が晴れると、そこには穴がぽっかり空いたドローンの残骸が落ちていた。どうやら砂煙に紛れて狙ってきた奴がいたようだ。AIなのにずる賢さが人間並みだ。

 

「ごめん、気をつけるよ」

「うむ」

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 なんて話してたら数十メートル先から叫び声と大きな墜落音が響いた。目を向けると、一夏が背中から地面にめり込んでいた。どうやらビームの嵐にやられたらしい。

 今日のシュミレーションは一夏達も合同でやっている。偶然同じ時間帯に第3アリーナを借りたせいでバッタリ遭遇してしまった、で、その流れで一緒にシュミレーションのドローンをシェアすることになった。あんまり一緒にやるとトーナメントで当たった時に戦法を読まれそうで怖いが……まああの様子なら心配はいらないか。

 

「いってー……」

「だ、大丈夫一夏?」

 

 上空からシャルロットが心配そうに一夏のもとへ降りていく。あれは確かラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡだったか、第2世代のラファールを改造して武器を詰め込んだ武器庫みたいなものだって楯無さんが言ってたな。

 流石というか、一夏と違ってシャルロットの方は普通にこなしている。代表候補生ともなると当たり前ってことか。

 

「ああ、なんとか……にしてもこれがシュミレーションかぁ。零っていっつもこんな訓練やってるのか?」

「まあね、作ってくれた人が僕を徹底的に鍛え上げるって言ってたから」

「はは、随分と鬼畜だなぁ」

 

 オープン・チャネル越しに一夏は乾いた笑い声をあげる。まさかこれを作ったのが知り合いの博士だなんて夢にも思わないだろうに。

 

「一夏って銃とか後付しないの? いくら何でも剣1本じゃムリがない?」

「ああ、本当は持ちたいけどさぁ、なんか拡張領域が空いてないらしいんだよ」

「そうなの、シャルル?」

「うん、確認したけど白式の容量の殆どがワンオフ・アビリティーに使われていたよ」

「それって零落白夜?」

「そう、だから装備出来ないらしい」

 

 なんという欠陥品……いや、流石にISに悪いか。にしても、確かワンオフ・アビリティーって2次移行した第二形態のときに発動するもんじゃなかったか? こんなんならワンオフなんてなくして武装を詰め込んだ方がいいだろう。

 ……そういえばクロスライザーの容量はどうなってたっけ……ふむ、まあまあ空いてるな。隠し武器に何か追加しておくか。

 

「でもまぁ、武装の使用許諾をすれば一応撃つことはできるからまだマシか」

「いざとなったら相手に雪片をぶん投げるのもいいんじゃない?」

「あ、あはは……」

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

 ふと、別の方角から威勢のいい声が聞こえてきた。

 

「すげー、躱してるよ」

 

 声のする方に顔を向けると、打鉄を纏った箒が射撃型の猛攻を躱しながら葵で一体一体を落としていた。

 …………見ない間に随分腕を上げているようだ。初めて会った時とは纏っているものが違う、まるで別人のようだ。

 

「やる気だね、箒」

「ああ」

 

 一夏とシャルルは箒の姿に感心の声を漏らした。

 

「(……箒の奴、なんか前よりも……)」

「いちかー? どうしたの?」

「あ、いや、なんでもないぞ。よし、続きやろうぜ! ほら、銃の撃ち方とかもう少し詳しくおしえてくれよ!」

「う、うん」

 

 シャルロットの声掛けに、一夏は少し顔を赤くして誤魔化した。一夏の話だと最近の箒はご飯が美味くなったそうで、それが楽しみの一つだとか。

 

 んー、これはもしかして……ま、関係ないから放っておくか。

 

 さて、頑張る箒を見て一夏もやる気になった事だし、さっさとラウラちゃんとの訓練に戻るか。

 

「…………」

「どうしたの、ラウラちゃん」

「ああ、ちょっとな……なあ零」

「ん?」

「デュノアのことだが……奴は本当に男なのか?」

「……さあ、僕には分からないなぁ。どうしていきなり?」

「いや、いいんだ。少し気になっただけだ」

 

 やっぱりバレるよなぁ。そりゃあラウラちゃん軍人だし、バレないわけないか。

 

 さてと、トーナメントまで残り数日、最後の足掻きといくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────第4アリーナ

 

 

「ほら! 簪ちゃん! もっと!」

「くっ……!」

 

 場所は変わって第4アリーナ、そこでは、ミステリアス・レイディを纏った楯無が、打鉄弐式を纏った簪に向かって蒼流旋の弾丸を放っていた。簪は打鉄弐式を受け取ってからまだ日が浅いため、ある程度の訓練が必要になると判断した彼女が、自ら姉である楯無に指導を申し込んだのだ。

 

「結構ギリギリ…………」

 

 飛び交う弾丸を簪はスラスターを噴かせながら縦横無尽に躱し続ける。しかし弾丸は確実に簪を狙っており、これには簪も苦顔を浮かべながら避けていた。

 

「逃げてばかりじゃだめよ!」

「逃げてなんか……」

 

 というものの、実際は逃げていることに変わりはない。姉のISの特性上、そして楯無の操縦技術を踏まえれば、近接攻撃はまず不可能。実際に先程、彼女は夢現による近距離からの攻撃を試しみたものの、危うく全身の装甲を削ぎ落とされそうになった。

 となると、こうして躱しながら春雷を放ち、遠距離から攻撃する他ないのだ。

 

「…………!! そこ!」

 

 隙を見つけた簪は瞬時に後退し、山嵐を一斉に発射。

 

 ズドドドドッ! 

 

 簪に操られたミサイルは楯無に全弾命中し、空中に大きな煙繭を作った。

 

「…………やった?」

 

 白い煙繭が広がる中、簪は息を飲む。

 

「………………」

 

 ビーッ! ビーッ! 

 

 警告音が鳴ったと同時に、後ろから首に鋭い突起物が突きつけられる。簪の背後には、いつの間にか移動した楯無が笑みを浮かべながら槍先を突き付けていた。

 

「…………ふふ」

「…………参りました」

 

 このままいけば普通に負けていたと判断した簪は、 潔く降参する。

 

「はーい、おつかれー」

 

 楯無は蒼流旋を粒子化させると、そのまま勢いにまかさて簪に抱きつく。

 

「ちょっとお姉ちゃん……人前でやめてよ……」

「んもう、いいじゃない。姉妹なんだから。ハグも大切なスキンシップの1つよ」

「……巻紙君に抱きつく理由もそれ?」

「んー…………それは秘密」

 

 ジト目で睨む簪からの視線に、楯無はウインクで誤魔化した。

 

「はぁ……なかなか上手くいかない……」

「大丈夫、まだ時間はあるんだから。本音ちゃん達と一緒に少しづつ調整すればいいのよ」

「……うん」

 

 楯無の言葉に簪は恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 

 

 

『美しい姉妹愛……素敵ねぇ』

『…………』カタカタカタッ

『にーしーきーちゃ『それ以上近付いたら初期化させるから』……酷い、私たち姉妹なのに』

『こんな姉を持った記憶はない』

『そう言わずにー』

『半径1mに入ったら一生口聞かない』

『ひ、酷い……水のように冷たい』

 

 

 

 

「ん? 何か言った?」

「? 何も言ってないけど」

 

 

 



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疾風、お願い

番外編その4


 ──────────────??? 

 

「おーい! 白騎士ー! お菓子持ってきたぞー!」

 

 青空がどこまでも広がるとある空間、その日も雷は、手作りのお菓子を白式達に振舞おうとしていた。

 

「………………」

「どうしたんだ?」

 

 しかし今日は様子がおかしい。いつもなら返事の1つや2つするはずなのだが、今日は寄ってこない。それどころか、脚を組んで何やらポーズを取っていた。

 

「おーい、クッキー」

 

 雷はもう一度呼ぶが、白騎士は瞼1つ動かさない。

 

「雷お兄ちゃん」

 

 状況を見兼ねた白式が雷に近づく。

 

「白式、白騎士のやつどうしたんだ?」

「断食だって」

「断食?」

「これ以上食べないように数日間ずっと瞑想するらしいよ」

 

 IS達は以前の体重増加の経験から、食べ過ぎの恐ろしさをその身で味わった。

 そこから彼女達は食べ過ぎた自分を戒め、長い瞑想による煩悩の断ぜつを行っているのだ。

 白騎士もその1人であり、本人曰く『鎧が緩くなるまで何も食わん』と話しているらしい。

 

「まあISってもともと食うなんて概念なかったからな。食わなくても死にやしないだろう」

「そうだねー、あ、私は貰うね」

「おう」

 

 白式は皿からクッキーを1枚取り、口へ運ぶ。

 

「モグッ……あれ、このクッキーって」

「おう、おからを使ったクッキーだ」

「おからって確か残りカスだっけ?」

「そうだぞ」

 

 雷が持ってきたのは、おからを使ったおからクッキーであった。小麦粉を殆ど使用していないため、普通のクッキーと比べるとヘルシーである。

 

「こんなのどこにあったの?」

「デュノア社のISが作った農園だよ。豆腐作る時に出来たからって分けてくれたんだ」

 

 ここ最近食文化を知ったIS達の中には、ネットワーク世界内で開発された電子植物の種で農園を開く者が多く現れている。雷のおからクッキーの原料であるおからのさらに原料である大豆も、ここから少し離れた場所で大豆畑を営んでいるデュノア社所有のIS達が栽培しているものであった。

 また、農園を開いているものは他にもいるらしく、噂ではとある軍隊に所属しているIS達がじゃがいもを作っているらしい。

 

「でも残念だなー、これなら白騎士でも食べれると思ったのに」

「やっほー! お二人さん!」

 

 と、空間内に黎が笑いながら現れた。

 

「あ、黎お姉ちゃん」

「黎、お前どこいってたんだよ」

「いやねー、ちーと甲先輩達とレア物のVHSを探してたんだよ」

「ぶいえいちえす?」

「ビデオテープのことだぞ白式」

「あれかー」

 

 白式はVHSが何なのかを思い出す。いくら白騎士のコアを再利用して生み出されたものとはいえ、白式は生まれてから間もない。VHSについて知らなくても仕方がないのだ。

 

「ところで何のVHSなんだ?」

「七夕の日に晴れる映画」

「なんだそれ?」

「これ以上は秘密ー、甲先輩と約束したから……お、クッキーじゃん。もーらい」

 

 黎は雷が持っている皿からクッキーを1枚取り、口へ運ぶ。

 

「んー何ともバターが香る食感、まるでおからのような風味」

「おからクッキーだぞ」

「おやま、なのにパサパサしてないなんて、流石雷」

 

 そう言いながら、黎はおからクッキーをもう1枚取り、口の中に放り込む。

 

「モグッ……ところで白さんは何やってんの」

「ああ、瞑想らしいぞ」

「断食してるんだって」

「……ほほう、断食ね」

 

 2人の言葉を聞いた黎は怪しい笑みを浮かべ、皿からクッキーを数枚取る。

 

「あ、おい」

「しーっ、ちょっと待ってねー」

 

 黎は振り向き、笑いながら口元に人差し指を当てると、そのまま白騎士の隣まで歩く。

 

「おーい白さーん、雷がクッキーつくってくれたよー」

「…………」

「おーい聞こえてるー?」

「…………」

「もしかして要らないんですかー?」

「…………」

 

 黎は耳元で呼びかけるが、白騎士は一向に反応しない。それほど白騎士は瞑想に集中しているのだ。

 

「勿体ないなー、こんなに美味しくてヘルシーなのにー」

 

 パクっ

 

「んー、柔らかくて美味しー」

 

 黎は白騎士の目の前で美味しそうにおからクッキーを頬張る。如何にもわざとらしい。

 

「ほらほら〜、白さ〜ん」

 

 今度は白騎士の口元付近にクッキーを近づける。これはあからさまな嫌がらせである。

 

「白さんも食べましょうや」

 

「……」

 

「本当に美味いでっせ」

 

「……」

 

「おからだからヘルシーでっせ」

 

「……」

 

「むっちりボディになった白さんにもオススメでっせ」

 

「……」プルプルッ

 

「白さんがアチチな雷が作ってくれたアイn「あ゛ぁぁぁ! うるさい! 食えばいいんだろう食えば!」

 

 突然白騎士は叫ぶと、黎からクッキーを奪い取り、口の中へ全て投げ込む。

 

「…………」モグモグッ

「美味しいですか?」

「…………」コクッ

 

 白騎士はもぐもぐとクッキーを頬張りながら頷く。

 

「どうだ白騎士、美味いか?」

「ゴクンッ…………まあまあだ」

「まあまあかー。んじゃ、白騎士が美味いって言ってくれるようにもっと頑張んないとな」

「…………ふん」

「(ひゅーひゅー)」

 

 雷の言葉に白騎士は素っ気なく答える。そんな白騎士を見ながら、黎は心の中でひやかした。

 

「ねえ、アチチってなに?」

 

 白騎士の純情などつゆ知らず、白式は黎が発したアチチという単語が何なのか問いかけた。黎のように悪意を持ったものでは無い、純白な質問なのだ。

 

「びゃ、白式は知らなくてもいいことだ」

「えー、なんでー?」

「んー白ちゃんにはまだ早いかなー」

「?」

「というか私にそのような気持ちはない」

「えーうっそー」

「??」

 

 白式は首を傾げる、無知というのは時に恐ろしいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い弐式! 僕に協力して!」

 

 そんな茶番を繰り広げる4人から少し離れた場所では、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡことラムが、アニメを視聴している弐式に土下座をしていた。

 

『な、なに……言ってるんですか』

『なあ、俺と一緒に来い。そして壊そうぜ、この腐った世界を、俺たちを引き裂くこの世界を』

『……卑怯っすよ、こんなの』

 

「……本気で言ってるの?」

「……うん、本気だよ」

 

 ラムが弐式へ依頼した内容……それはデュノア社内にいる『シャルロットの暗殺』を企む人間達の割り出しであった。普通に考えればそのようなものは不可能に近いだろう。しかし、操縦者である簪の影響を人一倍受け、かつISの中でも1番のネットワークを司る優秀な能力を持った打鉄弐式なら、それが可能になるかもしれないのだ。

 

「ラムも分かってるよね、私達ISが必要以上に現実世界に関わることがどれだけハイリスクなことか」

「……うん、分かってる……けど、どうしてもシャルロットのことを助けたいんだ……」

 

 弐式の言葉に、ラムは真剣な声で答える。

 シャルロットが今までどの様な人生を送って来たのか、どのような気持ちでISのテストパイロットになったのか、どんな気持ちでIS学園にやって来たのか。

 決して長い間ではないが、彼女の傍にいた相棒だからこそ、ラムは誰よりもシャルロットの気持ちを理解していた。

 そんな彼女だからこそ、現実世界に干渉するようなハイリスクな要求をしてでも、危機的状況に陥っているシャルロットを助けたいと考えているのだ。

 

「…………条件がある」

「条件?」

「3日以内にこのメモに書かれたものをゲットしてきて。そしたらラムが欲しいものを上げる」

 

 そう言うと、弐式はラムに手のひらサイズの投影型メモをスライドさせて渡す。

 

「……ほんとに、これをゲットすれば……くれるんだね?」

 

 その言葉に弐式は頷き、ラムは一旦唾を飲む。

 

「……わかったよ、絶対手に入れるよ!」

 

 ラムは弐式からメモを受け取り、そのままどこかへ走り去っていった。

 

「……さて」

 

 弐式は再びテレビに視線を戻すと、ヘッドギアから細長いコードを伸ばし、テレビのビデオ入力らしき穴に端子を差し込む。

 するとテレビ画面は一瞬砂嵐を映し、すぐさま真っ青な画面に切り替わる。

 

「ひと仕事、やりますか」

 

 弐式は何処からか取り出したポテチを1枚口の中へ放り込むと、目の前に空中タッチ式キーボードを投影させ、文字を打ち込んでいく。

 

「いやはや、ラム先輩もなかなか甘いねぇ」

「でもまぁ、傍にいる大切な相棒を助けたいって気持ちも分からなくはないな」

「ねえ弐式お姉ちゃん、ラムお姉ちゃんに何頼んだの?」

「……これ」

 

 弐式は空中ディスプレイを投影し、スライドさせる形で4人に見せる。

 そこには、弐式がラムに頼んだ品の写真と名前が載せられていた。

 

「……え、これ、プレミアムもの?」

「限定生産だからそうそう見つけられるものじゃないねーこれ」

「さ、サントラ高! こんだけで!?」

「ふむ」

 

 弐式がラムに頼んだもの、それは現実世界でさえ手に入れることが困難な品々であった。それこそ、そこそこ収入がある者が考えに考えた末でカートに突っ込むような値段のものばかりだ。

 

「こんなものがこの世界にあるのか?」

「無理でも手に入れてもらわないといけない、じゃないと依頼に見合わない」

「いや、流石にこれは……」

「大きな依頼でそれ相応の対価を貰うのは当然の権利」

「鬼畜だねぇ」

「…………ラムお姉ちゃん、大丈夫かなー……」

 

 白式は、今頃叫び声を上げながら必死に物を集めているであろうラムの身を案じた。

 

「にしても、現実世界も色々と大変だー「ここにいたか! 雷!」……誰だ?」

 

 突然名前を呼ばれて振り向く雷。そこに居たのは、ラウラとそっくりな容姿をした彼女の専用機、シュヴァルツェア・レーゲン(略してレーゲン)であった。

 

「なんだ、レーゲンちゃんか」

「ちゃんとはなんだちゃんとは。仮にも私は先輩だぞ」

「いや、なんかレーゲンちゃんは違う気がして……」

「? それはなんだ?」

「これ? おからクッキーだよ。食べるか?」

「うむ、1枚貰おう」

 

 レーゲンは口をあーんと開き、雷はそこへおからクッキーを放り込む。

 

「どうだ?」

「モグモグッ…………まあまあだ。もう1枚」

「はいよ」

 

 雷はもう1枚放り込む。クッキーを頬張るレーゲンと彼女にそれを食べさせる雷の姿は、少なくとも先輩後輩のような関係には見えなかった。

 

「で、レーゲンは何をしに来たんだ?」

「ゴクンッ……そうだった。白騎士姐様、しばらくこいつをお借りします」

「借りる?」

「もうすぐタッグトーナメントがあるので、2人で呼吸を合わせる訓練です」

「いや、別に俺たちが合わせたところで現実の奴らに影響が出るなんて」

「言い訳無用、さあ来い」

「あ、ちょ、あっ」

「おっと」

 

 レーゲンは雷の腕を掴むと、強引に引っ張りながらその場を後にした。

 

「雷お兄ちゃん、大変そうだね」

「いやーモテモテですなー。流石は雄のコア」

「……あれ、クロスライザーってデュアルコアだよね? お姉ちゃんは行かなくていいの?」

「めんどくさいからやだ」

「お前と言うやつは……」

「それよりも白さーん、雷盗られちゃったよ?」

「……それ以上揶揄うならそのニヘラ顔を叩き斬るぞ?」

「私を斬っていいのは暮さんだけなんで」

「くれ?」

「お前……」

「冗談ですよ」

 

 黎の言葉に白式は首を傾げ、白騎士は黎を睨みながら雷からキャッチしたおからクッキーをもう1枚頬張った。

 

 

 

 

「ふふ……そうよね、あの時そばに居てあげなかった私が悪いのよね……弐式ちゃん、またお姉ちゃんって呼んで……へへ」

 

「で、ミスティは何をブツブツ言っているんだ?」

「そっとしておきやしょうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ……こんなもの、どこに行けば手に入るの……」

 

 ズルッ

 

「え? ……あぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

「あれ」

 

「どうしたんだ? シャルル」

 

「今、誰かが叫んでいたような」

 

「そうか? 俺には何にも聞こえなかったけど」

 

「多分、気の所為かな?」

 

「そうか、ほら、早く行こうぜ」

 

「うん…………けど、本当に大丈夫かな?」

 

「大丈夫、千冬姉なら助けてくれるはずだ。俺もついてるからよ」

 

「……うん」

 

 



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零、対戦、粘土

21話目

VTシステムについてオリジナル設定があります。

戦闘描写やら戦術は下手です。


 ────────────────

 

 時は流れ、あっという間にトーナメント当日。

 アリーナにはいつもの観客から色々と勉強をしに来た各国のお偉いさん達がすし詰め状態でワラワラと客席に座っている。中にはお祭りごとということで、なにか怪しいものを配っている輩もちらほらいた。

 

「うわぁ……思ったよりも多いな」

「3年生にはスカウト、2年生には1年間の成果を確認するための腕ためしみたいなものも兼ねてるからね。1年でも上位入賞者ならチェックをつけられるかもしれないよ」

「これって、3年生にとっては就活みたいなものかな?」

「に近いかもしれないな」

「お、確かに。ここで決まれば後々楽だもんな」

 

 そんな人達を、着替え終わった俺と一夏、シャルロットとラウラちゃんは控え室に用意されたベンチに横並びで座りながら、壁に設置されたモニターでその様子を見ていた。こんなに人が敷き詰めていては見てるこっちが酔ってきそうだ。昔の姉さんの荒いドライブよりはマシかもしれないけど。

 

「ところでデュノア」

「なに?」

「お前の会社は来ているのか? 見たところ関係者は見当たらないが」

「え? あ、あー、それは……と、取引先との大切な会議があるから来れないって。ねえ一夏?」

「そ、そうそう」

 

 突然のラウラちゃんからの質問に2人はあからさまに慌てる。

 

 ちなみに、一夏とシャルロットは数日前に織斑千冬に助けを求めたらしい。考えに考えた結果、やはり身内で力があって1番助けを求めやすいあの人に頼んだんだとか。で、偶然にもその日、織斑千冬(と謎の偉い人)の方もデュノア社からシャルロットについて話したいことがあると言われたそうだ。まあ、学園側からすれば漸く話す気になったかこの野郎って思っただろうな。

 それで全員で話し合った結果、学園側もデュノア社の提案を了承して、全面的にシャルロットを保護することを約束した。デュノア社の方も暗殺者の特定と何時もの仕事で大忙し、だから今日は来れないとか。とりあえずはこれで一旦は落ち着いたのかな? 

 

 で、なんでそんなことを俺が知っているのかというと、俺もその場に立ち会ってたからだ。一夏とシャルが助けを求めた後ら辺だっけ、いきなり織斑千冬に呼び出されて『貴様も来い』って疲れた顔で言われた。一応シャルロットの話を聞いた人間の1人としてあの場に立ち会えって命令されたわけだ。

 いや、本当はこれ以上は面倒だから関わりたくなかったけど、シャルロットがどうしても一緒に来て欲しいって言うから仕方なく……楯無さんに何故か見えない槍を背中に突き立てられてたのもあるけど。

 正直同じことを繰り返し聞く様なものだったから眠かった。

 

 でもまぁ、これでデュノア社関連のことは一段落ついたってことか。

 

 ……にしても、あの時の織斑千冬の顔、何だか夜更かしした時のマドカに似てたよなぁ。見てて撫で……おい。

 

「おい零、聞いているのか?」

「え? なんか言った?」

「さっきから呼んでるよ?」

「対戦表がでてるって、お前聞こえてなかったのか?」

「あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をね」

 

 いけないいけない、マドカが恋しすぎるせいか最近冗談抜きで織斑千冬を目で追っている気がする。

 

「……零」

 

 突然ラウラちゃんが耳打ちで話しかけてきた。

 

「なんだい?」

「……もしや教官のことを考えていたのか?」

「……え」

 

 ラウラちゃんからの言葉に俺は固まった。まさかラウラちゃんにバレていたとは……

 

「最近のお前は教官を見る度に目で追っているからな。嫌でもわかるぞ」

「まあ確かにそうだけど……」

「何かあったのか? もしや……」

「いや、特にそういうのはないけど……」

 

 ラウラちゃんが言いたいことは分かる。けどそれは有り得ない。

 

「……ならいい、だがあまり思い悩むなよ。試合に支障を来たすからな」

「うん、分かったよ」

 

 ラウラちゃんは何処か不安そうな顔を残しつつ、モニターに視線を戻した。今は試合前だ、相棒の足を引っ張らないためにも、悩まず気を引き締めないといけない。

 …………早くマドカに会いたい。

 

「ほら、あれ」

 

 一夏が指をさし、俺はモニターに映し出されたトーナメント表に目を向けた。

 

 Aブロック 第1試合

 凰鈴音 セシリア・オルコットVS篠ノ之箒 相川清香

 

「箒、初っ端から専用機持ちのタッグとバトルか」

「しかも相手は鈴とセシリアさん……あの二人ってペア組んでたんだ」

「なんか直前まで決まらなかったみたいだぞ。セシリアの方は抽選で良いって言ってたけど、鈴の方があたしと組んで欲しいって」

「へー、あの二人がね」

「イギリスと中国の代表候補生……篠ノ之箒はどこまで持つか」

 

 正直、一般生徒2人が代表候補生2人を相手に勝てるとは思わない。けど俺とラウラちゃんが見る限りだと、箒はこの数日間かなり己を鍛えていた。一夏よりも回避率とドローンの撃沈数は多い。だからもしかしたらいい所まで行けるかもしれない。

 

「あとで一声かけたら?」

「うーん、そうするか」

 

 きっと箒も実力を出せるかもしれないし。

 

「あ、僕達だよ」

 

 と、考えていると次のトーナメント表が映し出された。

 

 

 Aブロック第2試合

 巻紙零 ラウラ・ボーデヴィッヒVS織斑一夏 シャルル・デュノア

 

 

「まさか、お前らが相手とはなぁ」

「運がいいのか悪いのか……」

 

 まるで仕組まれたような対戦表に、俺たちは苦笑いを浮かべた。まあ箒と相川さんよりはマシか。

 

「どんな相手だろうと手加減はしない。全力で行くぞ、零」

「ああ」

「俺達も」

「うん」

 

 俺たちは笑みを浮かべながらお互いを見合った。

 なんというか、こんな友情シーン的な何かを昔見た気がする。大概この後何か起こってた気がするけど……フラグか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 がキンっ! 

 

「くぅ、量産型なのになかなか効くじゃない!」

「私も伊達に鍛えていない!」

「あたしだって、負けてらんないのよ! セシリア!」

「分かりましたわ!」

 

 ピシュッ! ビジュっ! 

 

「くっ……なんのこれしき!」

「(いいガードですわ、箒さん)」

 

 早くもAブロック第1試合、専用機持ちペアVS量産型ペアの戦いは、意外にも量産型が負けじと押していた。特に箒は葵だけでなく、焔備を使用して鈴とセシリアを牽制しており、相方である清香はその援護という形で、落とされないように身の守りを固めながら連携を取っている。常に真剣勝負を求めてきた彼女にしては珍しい戦法だ。この成長ぶりには、クラス副代表であるセシリアも内心喜んでいた。

 

「相川!」

「はいよ!」

 

 そして今も、箒は清香の名を呼び、彼女と交換する形で葵と焔備を投げ合う。

 

「させるかぁ!」

 

 ヒュンッ! 

 ズダンッ! 

 

「うわっ!」

「ふんっ!」

 

 箒は葵ごと自身をなぎ払おうとする鈴の顔面に既に弾切れになっていた焔備を投げつけ、彼女が体制を崩したその隙に清香の葵をキャッチした。

 

『箒、頑張れよ』

『あ、ああ……努力する』

 

「(一夏、見ていてくれ……お前の応援は無駄にしない!)」

 

 試合前に貰った一夏からのエールを脳内で復唱させながら、箒は葵2本を構えた。

 

「一夏は……一夏は貰ったぁぁぁ!」

「渡さんっ!」

 

 一夏との約束のために箒は葵を鈴に向け、『試合で優勝すれば一夏と付き合える』というありもしない噂のために鈴も双天牙月を箒に向け、お互いに叫声を上げながら突進をしかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふーむ、これがIS学園、そしてIS同士の闘技ですか……実に素晴らしい』

「ええ、わたしもつい興奮してしまいました」

 

 そんな彼女達の試合を、人気のない場所から、赤い布地に黄色い模様が染められた袴を纏った女と、彼女が抱える小型ディスプレイに映る男が不敵な笑みを浮かべながら観戦していた。両者ともに後へ引かない戦いぶりに、男の心と体は醤油ラーメンを食した時と同様に揺さぶられ、その様子に女は満足そうに微笑んだ。

 

『あのような発展物がぶつかり合い、争い、そして共に支え合うこの光景……ここでしか観れないかもしれませんね』

「ええ」

『しかし……非常に残念です。できればこの目で直接見たかった』

「わたしも、Iさんと一緒に見たかったです」

 

 ビーッ ビーッ

 

『おっと、そろそろ時間ですね』

「あら、もうですか?」

『はい……巻紙零、そしてそのお仲間さんたちの試合を是非とも見たかったですね』

「ふふ、御安心ください。彼らの試合はわたしがしっかり覚えておきますから」

『Sさんには何から何までお世話になりますね』

「もう、わたし達の仲ではありませんか」

『ふふ、それもそうですね……ではSさん、頼みましたよ』

「はい」

 

 映像がプツリと切れると、女はディスプレイを袴の中へ仕舞い、火照った表情で試合の続きを観戦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

「緊張してきたな……」

「一夏、大丈夫?」

 

 時は流れ、Aブロック第2試合開始数分前。

 西口では、ISを展開したシャルロットと一夏がその場で待機していた。が、直前になって一夏は軽く身を震わせ、その背中をシャルロットが摩っていた。モニター越しでは単なる集合体にしか見えなかった観客達も、ここではその声援が振動となって響き渡っている。おまけに大勢の観衆の、しかも未確認ISが襲撃したあの日よりも多い人数の前で戦うのだから、緊張するのも無理がないのだ。

 

「とりあえず確認するよ。まずボーデヴィッヒさんだけど、彼女の操縦技術は多分、学年内でも1位の実力を持ってるよ」

「ああ、訓練の時に見てたけど……あれは凄かったな」

「そう、おまけにAICも装備してるから、真正面からやり合うと簡単に堕とされる。一夏なんて特にね」

「はっきり言わなくても……で、零の方は?」

「零の方も中々だね。ボーデヴィッヒさんとの訓練も見てたけど、あの連携はなかなか崩せないかも。それで連携したらまず武装が雪片だけの一夏を堕とす」

「……となると、1体1に持っていくしかないか。けど零と上手くやり合えるかなぁ」

「……そこなんだけどさ」

「?」

 

 意味深な顔をするシャルロットに一夏は首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 一夏達があれこれ考えているだろうその頃、クロスライザーを展開した俺は、シュヴァルツェア・レーゲンを纏ったラウラちゃんと一緒に作戦の事前確認を行っていた。

 

「奴らは1体1を仕掛ける」

「そうなの?」

「おそらくな」

 

 一夏達は俺達の訓練で連携プレイをしっかり見ている、シャルロットもそこら辺は警戒しているだろう。

 あれだけ一緒に訓練してたらそりゃあ警戒されるか。だからあまりやりたくなかったけど……。

 

「で、どうする? 操縦技術と機体性能からして一夏を先に潰すのもありだが」

「……いや、シャルルのことだ。こっちが一夏を潰すことぐらい予想はしてると思うよ。ラウラちゃんの言う通り、1体1に持っていくと思う」

「そうなるな。では私がデュノアをやる。零は一夏でいいか?」

「ああ」

 

 流石にシャルロットが相手じゃ俺も勝てる気がしない。あいつの高速切替とかいうやつは一夏とのやり合いでも確認させてもらったからな、あの連撃は受け止めきれない。

 

「……そうだ」

「ん?」

「この試合で勝ったら何か奢るよ」

「いきなりどうした?」

「単なる景気づけだよ。この方がやる気出るかも」

「……では、お前の手料理を食べさせてくれ」

「OK、何がいい?」

「うむ……焼きそばがいい、萌やし入のやつを頼む」

「りょーかい」

 

 焼きそばか……美味く作れるといいな。

 

『これよりAブロック第2試合を始めます。選手は入場してください』

 

 お互いに約束を交わし、俺たちはアナウンスの言われた通りにスタジアムに向かって飛び出す。一夏とシャルロットも同じタイミングで飛び出したようで、お互いに定位置で止まった。

 

「よ、手加減はしないぜ」

「ああ、もちろん」

「全力でいくよ」

「ああ」

 

 俺達は睨み合い、

 

 …………ビ────! 

 

 試合開始と同時に宙を舞った。

 

「ウオォォォォッ!」

 

 そして開始早々、一夏が瞬時加速をかけながら、雪片弍型で俺目掛けて突っ込んできた。先手必勝ってやつ、いや、初っ端から1体1に持ち込むつもりなんだろう。

 おまけに一夏の横からシャルロットが放ったライフル弾がラウラちゃん目掛けて飛んできた。これはもう隠す気はないか。

 

「ならお望み通りに!」

 

 彼の望み通りに、俺は翼型のスラスターを広げて片手のクロスマッシャーで雪片の一撃を受け止め、火花を散らしながらそのまま後退する。

 

「やっぱ防ぐよなぁ!」

「もちろん、で、こう!」

 

 俺はもう片方のクロスマッシャーで一夏の腹あたりに弾丸を放つ。爆発するように弾けると同時に白式の身体が大きく後退するが、一夏は羽を噴かせて何とか堪えた。

 が、そんな隙を逃すわけがなく、俺は空中を移動しながら一夏に向かって両脚のワイヤーブレードを伸ばした。

 一夏は気づいて逃げようとスラスターを四方八方に噴かせる。

 

「ほら!」

「くっ、うわ」

 

 ワイヤーブレードで翻弄させつつ、俺は一夏目掛けてクロスマッシャーの弾を放った。もちろん、無駄弾を出さないように一撃一撃を確実に狙いを定めて放った。これもラウラちゃんとの訓練のおかげだな。

 

「(やっぱ刀1本じゃ辛いなぁ……俺もライフルの1つでも持てたら)」

 

 なんてことを考えてそうな苦顔を浮かべながら躱し続ける一夏。にしても、スラスターはまだぎこちないけど、一夏も回避が上手くなっている。あの訓練だけでここまで向上するもんだ。箒も一夏ももしかしたら才能が眠っているだけなのかもしれないな。俺? 出来ればいらないな、そんなもん。ただのんびり死なない程度にみんなと暮らしたい。

 

「そこっ!」

「おわっ!」

 

 ワイヤーブレードが漸く一夏を捕らえると、俺はすぐさまワイヤーを巻き付けて一夏を引き寄せ、

 

 バンッ! 

 

 ……ようとしたところで、横から割って入るように弾が飛んできて、俺のライザーファングに被弾した。幸い壊れはしなかったものの、一瞬の隙をつかれて一夏がワイヤーを振り払って後退していった。

 やれやれ、やっぱ一筋縄ではいかないか。

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

『悪いシャルル! 助かった!』

「どういたしまして」

 

 一夏からのプライベート・チャネルに、シャルロットは言葉を返す。

 

 零と一夏が激しい戦闘を繰り広げている一方、少し離れた場所では、シャルロットとラウラによる高速の攻防戦が繰り広げられていた。

 

「はぁっ!」

「てゃあ!」

 

 ラウラは4本のワイヤーブレードを縦横無尽に操りつつ、時にリボルバーの音を鳴らし、時にプラズマ手刀で切りにかかる。対するシャルロットも同様に、高速切替による銃とブレードの連撃を放ち、ラウラからの攻撃を相殺していた。両者ともに一歩も引かない。

 

「流石だね、ボーデヴィッヒさん」

「お前もなかなかだ」

「ありがとう……けど、僕も負けてられないよ!」

 

 シャルロットはショットガンを構え、6連射をラウラに放つ。

 

「(僕は……私はもう迷わない、だって)」

 

 

 

『シャルロット……これが真実だ』

 

『デュノア社長……』

 

『……私は、あの日、嫉妬のあまりあなたに当たってしまった……謝っても謝りきれないわ』

 

『ロゼンダ……さん』

 

『……今まで、本当にすまなかった』

 

『……正直、頭の中が混乱してます。お母さんが死んでから何もかもぐちゃぐちゃで、使い捨ての駒にされてると思ったら本当はそうじゃなくて…………怒っていいのか、喜んでいいのか……けど、今はあなた達のことを信じます……僕も、今まで疑ってごめんなさい』

 

『シャルロット……』

 

『……お、お父、さん?』

 

『え?』

 

『ほらあなた、ちゃんと返事してください』

 

『そ、そんな急に言われても……』

 

『もう、浮気はするのにこういう時はチキンなのね』

 

『や、やめんか! 娘の前だぞ!』

 

『……ぷっ、あはは』

 

 

 

「(私にも、大切な人がいるんだ! だから……)負けるもんかァァァァァ!!!」

「くぅっ!」

 

 数日前のデュノア社……否、父と義母との会話を思い返すと、シャルロットは叫声を上げながらアサルトカノンとマシンガンを展開し、ラウラに向けて爆破弾と弾丸のの嵐を放つ。多少の不安は残りつつも、迷いと疑問を振り払った彼女の顔は、日の出のような清々しさを持っていた。

 

「(押されているな……しかし、私も負ける訳にはいかない!)……そこっ!」

 

 バシュっ! 

 

 シャルロットがアサルトカノンを仕舞うと同時に、ラウラはレーゲンのスラスターを噴出させながら一気に距離を詰め、プラズマ手刀でマシンガンを断斬する。

 

「ちっ!」

 

 シャルロットはマシンガンだったものを後方へ投げ捨てると、すぐさま別の武装を展開してラウラと刃を弾けさせた。

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

「くっ! おら!」

「やるじゃないか!」

 

 ラウラちゃんとシャルロットが激しい試合を繰り広げている頃、中盤に差し掛かった俺は一夏と斬りあっていた。お互い一気に斬りかかり、当たると1度後退してまた斬りにかかる、SFやバトルものでよく見るような戦い方をしていた。センサーがビービーうるさい。

 

「そこだ!」

「うわぁっ!」

 

 一夏が後退した一瞬の隙をついて、俺はまだ使っていなかった胸部のワイヤースラッシュで一夏の身体を拘束する。

 卑怯者に見えるかもしれないが、これは試合だ。単なる斬り合いだけが戦いじゃない。

 

「いけっ!」

「なっ……うわぁぁぁぁ!」

 

 拘束と同時にビームソードを伸ばしたライザーファング2基を一夏に向けて直撃させ、地面目掛けて押し落とした。一夏が地面に叩きつけられたと同時に、激しい爆音と砂煙が舞った。今の一撃で白式のSEは大分削られたはずだ。

 

 ……ん? まさか……

 

「マジかよっ!」

 

 俺はラウラちゃん目掛けて、自分でも気づかないうちに瞬時加速をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

「もうそろそろ限界じゃないか?」

「くっ、まだまだ、ヘッチャラだよ」

 

 試合開始から時間が経ったが、ラウラとシャルロットの攻防戦は未だ続いていた。が、体力面ではテストパイロットと現役軍人には差があるようで、シャルロットは軽い息切れを起こしている一方、ラウラはまだ余裕と言いたいような表情であった。

 

「(あれをやるなら……今だ!)」

 

 SEの残量から勝負の時期を感じたシャルロットはブレードでラウラを軽く弾くと、左腕に装備したシールドを彼女に突き立て加速をかける。

 

「そこっ!」

 

 突然見せた隙を逃さんと、ラウラは秘密兵器、AICを展開しようと腕を伸ばした。これでリボルバーを当てれば確実に勝利。そう確信した。

 

 バンッ! 

 

「なっ……!?」

 

 しかし、その一瞬の慢心が新たなすきを生み、別方向から放たれた弾丸をその身に受けた。

 

 弾が出された方角には、まるで『これはタッグトーナメントだぜ?』とでも言いたいような顔で、手持ちサイズの小型ピストルを握った一夏が砂煙に紛れながら立っていた。

 

「(まさか、あの時の……)」

 

 ラウラは一夏の足元に転がる先程の切り落としたマシンガンの残骸を見て瞬時に判断する。

 おそらく、シャルロットは何処かのタイミングで小型ピストルを展開し、それをガラクタになったマシンガンとともに捨てたのだろう。そしてそれを一夏が拾い上げ、ラウラに命中させた。

 

 シールドが崩れ、パイルバンカー『グレー・スケール』がその姿を表す。訓練でも武装でも一切見せていなかった隠し球を、シャルロットはラウラの腹部目掛けて突き立てた。

 

「(なるほど……1本取られたわけか)」

 

 一か八かのかけのようなやり方ではあるが、これは立派な戦術の一つだ。ラウラはバンカーが腹部に当たるまでの一瞬の間に、自らのミスを悟った。

 

 

 

「ラウラァァァ!」

 

 ガシャンッ! 

 

「がっ!?」

「えっ!?」

 

 ふと、零の叫び声が聞こえたかと思うと、目の前に驚異的なスピードでクロスライザーが割って入ってきた。

 と同時にバンカーが放たれる鈍い音が響き、肺の空気がなくなるような苦しい声が漏れた。

 

「…………あぁぁぁぁっ!」

「れ、れ……きゃあぁぁぁ!」

 

 ウイングスラスターを噴射させてその場に踏んばりながら、零は腹に打ち込まれたバンカーの激痛に耐えつつ、クロスマッシャーを暴れるように振るい、ラファールに切り刻むような連撃を放ち、パイルバンカーと左腕の装甲を弾かせ、シャルロットの叫びとともに吹き飛ぶ。

 

「零!」

 

 爆発とともにシャルロットとは別方向へ吹き飛ぶ零を追いかけるようにラウラはスラスターを噴出させ、彼が壁に激突する1歩手前でその体を受け止めた。

 

「零、しっかりしろ! 零」

「……うるさいなぁ、そんなに叫ばなくてもいいだろ」

 

 必死に体を揺らすラウラに、零はマスク越しに不機嫌そうな声を出した。

 

「お前と言うやつは……あんな無茶なことをするやつがあるか」

「……無茶で結構、あれって相当痛いんだよ」

 

 体勢を立て直しながら零は応えた。

 

 過去にオータムが敵ISからパイルバンカーを腹に受けたことがあったのだが、その後も数日間、オータムの腹には痣ができ、痛みに唸っていた。

 視覚的ではあるが、バンカーのおぞましい威力を知っていた零は、本能的にラウラを庇ったのだ。

 

「けど、こいつの装甲が分厚くて助かったかな……あ、勝負は?」

「ああ、それなら」

 

 ビ──ーッ! 

 

 試合終了の合図が鳴り響き、観客席から声援が上がった。2人がシャルロットの方に目を向けると、SEが切れたシャルロットと彼女を背負うように持ち上げる一夏の姿があった。

 残りSEの数値により、ラウラと零の勝利に終わったのだ。

 

「勝ったんだ……」

「ああ、私達の勝利だ」

 

『いやー、負けちまったなぁ。折角当たったのに』

「よくあんな突飛推しもないやり方を考えたもんだよ」

『ごめんね、でもボーデヴィッヒさんと零を倒すにはああでもしないとダメかと思って……ちょっとギャンブル過ぎたけどね』

「いや、私も久々に楽しませてもらったぞ」

「最後はなかなかめちゃくちゃな終わり方をさせたけどね」

 

 オープン・チャネルを通じて、4人は談笑しあう。

 何はともあれ、無事に試合が終了したのだ。

 

「……さて、帰ろ……てぇ」

「お、おい。大丈夫か? パイルバンカーか?」

「……ごめん、バンカーじゃなくて多分無理に加速したせいだと思う、どっかやったかも。まあ大丈夫だよ」

「ば! バカ! 大丈夫なわけないだろ!」

「このくらい平気だから。ほら、帰ろ。焼きそば作るから」

「あ、おい! ……全く」

 

 脇腹辺りを抑えながら入場口まで戻る零の背中を見つめた。

 

 さっき、間違いなく零はラウラのことを呼び捨てで呼んだ。そして揺らした際の第一声……いつもとは違う崩れた口調、あれこそが本当の彼の声なのかもしれない。

 

「……なんだ、この気持ちは」

 

 ふいに、ラウラは自身の胸の内に今までなかったざわめきが湧き上がっていることに気がつく。しかしそれは不安とは違う、何か別のものであることは彼女にも分かった。まるで舞い上がるような、不思議な気持ちだ。

 

 

 

 

 

『……VALKYRIE TRACE SYSTEM……FORCED BOOT』

「? なんだ?」

 

 突然、どこからともなく聞こえてきた声にラウラは首を傾げる。そしてすぐに全身に微弱な電流が流れているようなピリピリとした感覚が走っていることにきがつく。

 

「……こ、これは」

 

 バリバリバリバリッ! 

 

「うあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 悪寒が走ったのも束の間、ラウラの身体に激しい電流が走る。

 

「な、なんだ!?」

「え、なに!?」

「……ラウラちゃん?」

 

 ラウラの絶叫に3人は振り返り、苦しみの声を上げる彼女の姿に驚愕する。

 

「ラウラ!」

「くるなっ! 逃げろっ!」

 

 かけようとする3人を、ラウラは大声で静止させる。

 

「な、なんだこれは……い、いらない……こんな力、今の私にはいら…………あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 まるで闇に誘い込むかのような感覚にラウラは反発しようとする。しかしすればするほど電流はさらに強まり、装甲はドロドロとしたものへと変わり、脚部、腕部、上半身と少しずつ彼女の身体を覆っていった。

 

「ラウラちゃん!」

「………………れ……い……」

 

 その言葉を最後に、ラウラは完全に黒塊に飲み込まれた。そして暫くして、それはあるものに形を変えた。

 

「(……織斑千冬?)」

 

 ラウラを飲み込んだ黒い塊。

 

 その形は、あの世界最強のIS操縦者、織斑千冬に酷似していた。

 




今悩んでいるもの
・鈴の家族の和解
・コスモスの登場

どれも後々まで残さなくても話の流れからして早い段階で回収出来そう。


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零、奮闘、夏、命中

22話目


 ────────────────────────

 

「あれは……」

 

 教師専用の観察室。そこで一夏達の試合を観戦していた千冬は、モニターに映し出される映像に声を出した。

 

「な、なんですかあれ」

 

 千冬の隣で観戦していた真耶は思わず声を上げた。

 ラウラがいきなり電撃に包まれたと思ったら、次の瞬間には黒い塊へと変化していたのだ。しかも、その黒塊の形というのが、どこかの誰かさんにそっくりなのだ。

 

「……VTシステム」

 

 千冬は誰にも聞こえない声で小さく呟く。

 VTシステム……前に束が『こんなの不細工な代物だよ、ちーちゃんみたいに綺麗じゃないし、私ならデザインをちーちゃんにして足先から頭の先までちゃんと造るよ。あとむn』と愚痴で捨てるように話していたあのシステムが、今目の前で発動していた。

 

「(発動条件は確か……いや、それならラウラはどのパターンも満たしていないはず、束も外すとなると……なるほどな)……やってくれるな、ドイツ軍!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

『非常事態発令! 現在行っている全試合を中止! 生徒と来賓のみなさまは速やかに避難してください! 繰り返します! ──────』

 

 突然、観客席にブザーが鳴り響き、避難命令のアナウンスが響き渡る。

 

「な、なに!? 何があったの!?」

「こ、怖い……立てない」

「だ、大丈夫? 頑張って」

 

 なんの前触れもなくアナウンスが流れたことで、観客席にいた生徒達と一部の来賓は混乱に包まれた。

 

「これは」

「さあ、けどやばいことだけは確かね」

「ええ、そうですわね」

 

 周りが慌てふためく中、試合を終えて客席で観戦していた箒も鈴、そしてセシリアは冷静に状況を判断していた。セシリアは言わずもがな、箒と鈴は以前の無人機襲撃事件で同じような目にあっているためか、自然と焦らず、冷静でいられた。

 

「とりあえず、わたくしは皆さんの避難誘導を行いますわ。鈴さんもよろしいですね?」

「……いいわよ。ホントは一夏達を助けに行きたいけど、こんなんじゃ何処もバリアー貼ってて無理だろうし」

「…………」

 

 鈴は顔を曇らせながら答え、箒は無言で不安に包まれる。冷静ではいるものの、両者とも一夏達のことが心配でないわけではない。助けられるなら今にでも助けに行きたいと考えていた。

 

『鈴ちゃん、聞こえる?』

「た、楯無さん! 一夏は! 一夏は無事なんですか!」

『もう、落ち着いて。大丈夫、織斑君は無事よ』

「零さんとデュノアさんは?」

『2人も生きてるわ』

「そっか……良かった」

「(一夏……)」

 

 楯無からの知らせを聞いた鈴と箒は各々安堵する。

 しかし、今どのような戦闘が行われているかも分からない。なら、自分たちのできることをするしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

「あれは……」

 

 俺は今、数十メートル先で鎮座する黒い塊に唖然としている。自分でも分からねえ、試合に負けて4人で帰ろうとしたら突然ラウラが叫び声を上げて、気づいた時には変な黒いものに包まれて…………なんだよ、あれ。

 

「ら、ラウラ! 聞こえるか!? ……ダメだ、繋がらない。なんなんだよあれは」

「……多分、VTシステムだよ」

「VTシステム?」

「VT……なんだそれ?」

 

 零の言葉に俺とシャルロットは首を傾げた。そんな名前、聞いたこともねえ。

 

「正式名称、ヴァルキリー・トレース・システム……簡単に言えば、歴代のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをそのままトレースするシステムだ」

「ヴァルキリー……てことは」

「一夏の想像通り、あれは織斑先生をトレースしたものだよ」

 

 千冬姉の……だからあの時の千冬姉に少しそっくりなのか。

 

「……そして、こいつは操縦者にデカい負担をかける。だから条約でどんな理由があっても開発も研究も使用も禁止されてるんだ」

「そうなの?」

「ああ。そして、あれを使った操縦者は……最悪死ぬ」

「「!?」」

 

 零の言葉に俺達の背筋が凍った。

 

「じゃあ、ラウラは……一体誰がそんなものを」

「決まってるだろ。こんな阿呆みたいなことをするのは、開発したものを試したくて仕方がない輩だけだ」

「……まさか、ドイツ軍?」

「全く、よくもまあこんなことができるもんだ」

 

 ビーッ! ビーッ! 

 

「っ!? 来るよ!」

 

『…………!』ビュン! 

 

 シャルロットが叫ぶと同時に、千冬姉の形をした黒塊が雪片みたいな刀を出して零に突撃した。

 

 ガンッ! 

 

「零!」

「くっ……!」

「…………」

 

 クロスマッシャーと雪片擬きがぶつかり合う音が響いて、零と黒塊が睨み合いながら、刀と剣を弾かせあう。

 間違いない……あの動きは、千冬姉のものだ……それを、アイツは……。

 

「(……て、何考えてんだよ。ラウラが死ぬかもしれないってのに)」

 

 何故かラウラに対してわけのわからない怒りが湧いてきたことが気持ち悪くて仕方なかった。確かにあれは千冬姉の技だ。けどそれが今となんの関係があるっていうんだ、知り合いがやばい事になってるんだぞ! 

 

「れ、零!」

「来るな一夏! お前はSE切れのシャルロットを全力で守ってろ!」

「けどっ!」

「お前もSE殆どねえだろ! 死にたいのか!」

 

 いつもと違う口調で叫ぶ零からの威圧に俺はその場で立ち尽くした。

 

 ……俺は…………俺に出来ることは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 

 さて、今俺はとんでもないことに巻き込まれている。

 何せ今、あのVTシステムとかいうタチの悪いシステムがラウラちゃんを飲み込みんだからだ。

 ちなみにこのシステム、本来なら操縦者のダメージやら力の欲望やら色々と面倒臭い条件を満たして初めて発動するらしいんだが、場合によっては別の条件、例えば操縦者がいつまで経っても条件を満たさなかったりすると強制起動をおこしたり、開発者側が手動でやったりすることもあるらしい。

 にしても、まさか姐さんがついで程度で教えてくれたことがこんなところで役に立つとはね。

 

 ……いや、もうそんなことはどうでもいい。

 

「でやぁぁ!」

「……!」

 

 ガギンッ! 

 

 クロスマッシャーで斬りかかった俺を黒塊は雪片擬きで軽く受け止める。

 

 今はとにかくラウラちゃんを助けることが最優先だ。このシステム、下手すればパイロットの体がボロボロになって死ぬかもしれないクソみたいな代物だからな。

 こんなものをISに仕込んでおくなんて。あいつら、ラウラちゃんのことをなんだと思ってやがる。

 とりあえず隙だ、隙を見つけるんだ。

 

『零君! 聞こえる!』

 

 やり合ってる途中、突然プライベート・チャネルが起動して、画面に楯無さんの顔が映し出された。

 

「聞こえてますよ」

『今教師部隊とケイシーさん達が向かってるから……て、まさか』

「お察しの通り、VTシステムとやり合ってるんですよ」

『VTって……やっぱり』

 

 楯無さんもVTシステムぐらいは知ってるか。

 

「っっっ!!!」

 

 ザシュッ! 

 

「ちっ!」

 

 楯無さんとくっちゃべってる途中、黒塊は素早い動きで刀を上段に構えて斬りにかかってきた。なんとなギリギリ避けられたものの、今のはもろに食らっていたらやばかった。

 

「おうらぁ!」

 

 俺は一気に距離を後方に回避し、旋回しながらやつにワイヤーブレードとワイヤースラッシュの嵐をお見舞した。

 

 シュンっ! シュンっ! 

 

 が、奴はどのワイヤーも躱す。小さく横にズレたり、昔やってた映画のワンシーンみたいに背中を沿って躱したり。

 ……幾ら模写とはいえ、織斑千冬は強いか。

 

「っっっっ!!!!」

「マジかっ!」

 

 突然黒塊は瞬時加速で俺に急接近してきた。さっきのあれ、瞬時加速じゃなかったのかよ……。

 奴からの突撃に俺はクロスマッシャーを盾替わりにしたが、やつの鋭い刀先はその装甲を貫いた。それどころか身体に少し刺さったっぽい。

 

「おらっ!」

 

 爆ぜる寸前のクロスマッシャーのどさくさに紛れて、右肩のライザーファングを奴の足先にぶつけて吹き飛ばし、クロスライザーを一気に後退させる。もし胴体をやったらラウラちゃんを殺しかねないからね。

 

 さて、どうする。クロスマッシャーの片方はやられた。このままやり合っても何も始まらない。あれは多分、ラウラちゃんが死ぬまで動き続ける、かと言って俺がこのままやっても俺のSEが尽きて殺される。

 全く、こうなるんだったら武器のひとつでも追加しておけばよかった。

 

「……賭けに出るか」

『賭けって……何をするつもりなの?』

「ごめん楯無さん、1回通信を切らせてもらうよ」

『あ、待って────』

 

 さて、もうこうなったら出るしかない……死んだら姉さん達やレインに会えなくなるかもしれないけど。

 

「…………っっっ!!!!!」

 

 耐えきれなくなったのか、向こうから突進してきてくれた。これはありがたい。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 らしくない雄叫びを上げながら、俺もあいつ目掛けて突進をしかけた。殺さないように、傷をつけられれば! 

 

 ガジャンっ! 

 

 クロスマッシャーと雪片擬きがぶつかり合う。

 

『っ!』

「マジか!」

 

 と思った矢先、奴はもう片方の腕から雪片擬き2号を生やしてきやがった。

 

 バンッ! 

 

 しかし横から何かが飛んできて、奴の振るおうとした刀を弾き折った。

 ……流石は主人公。2回も当たるなんて、こういう時の運は強い。おかげで隙が出来たよ。

 

 ザシュッ! 

 

 俺はクロスマッシャーを上へ反らし、その隙に胸のスラッシュを伸ばして奴の腹部に突き刺した。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

 俺は奴の腹部に飛びつき、両腕で傷口を推し広げようと奮闘する。と同時に柴電が俺と黒塊に流れ始め、傷が裂ける度に電流は増していく。

 

 ガンッ! ガンッ! 

 

「ぐぉ…………うぉぉぉぉ!」

 

 暴れ狂うように殴り付けてくる黒塊の猛攻を受けながらも、俺はライザーファングを盾にしながら耐え続けた。時々胴体にも当たっているせいか、骨が少し軋むような音も聞こえてきた。

 

「…………っ! 見つけた!」

 

 そして引き裂いたその先に、ラウラちゃんの手が見えた。

 

「ラウラ!」

 

 俺は手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。

 その瞬間、いきなり彼女を包んでいた泥が弾け飛び、四方八方へ……いかずに、そのまま俺とラウラちゃんを包み込むように覆いかぶさってきた。

 こんなのってありかよ。

 

「「零!」」

 

 一夏とシャルロットの叫びを聞いたと同時に、俺の意識は真っ暗闇に包まれた。

 

 …………マドカに会いたかったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

「零!」

「お、おい。どうしたんだよM」

「あ、いや……今零が私の名前を呼んだような気がして」

「まーたそれかよ。お前大丈夫か?」

「いや、確かに聞こえたはずなんだ……」

「エムー、卵焦げてるわよ?」

「え? うわっ!」

「たく、こりゃあ重症だな」

「(そういうオータムもやけ酒の量が増えたけどねー)」

 

 



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兎、零、セピア色

23話目

※一部文章を追加しました。


 ──────────────────────

 

 

『Cー0037……またお前だけ制御不能か』

『出来損ないが』

 

 

 これは、あの時の記憶か。

 

 

『全く、ISすらろくに動かすことが出来ないなんて』

『期待外れか……』

 

 

 相変わらず酷い言われようだ。何度思い出しても不快になる。

 

 

『(何故だ……何故私だけ……!)』

 

 

 私も、初めは現実が受け入れられなくて尖っていたものだ。周りに追い抜かされたこと、周りに見下されること、出来損ない扱いされたことが悔しくて、しばらくは唸っていたな。

 

 で、いつまで経っても適正が上がらず、陰口も収まらず、次第に自暴自棄になっていったわけだ。

 

 

『1度でいいから外出してみたらどうだ?』

『え……外出? しかし』

『たまの息抜きも必要だろう。服は私が貸してやる、ほら』

『あ、ありがとう……』

『着心地はどうだ?』

『悪くはない……』

『……ぐへへ』

 

 

 あの日、今の部下のクラリッサから服を借りて……待て、なんだ今の声。

 

 まあいいか。

 

 それで町に出て盗人をとっ捕まえて財布を落として……。

 

 

『道に落ちてたけど、これ、君のでしょ?』

 

 

 ……懐かしいな、この記憶も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────??? 

 

 

「……ここは?」

 

 過去の記憶から目を覚ますと、私の目の前に何も無い真っ暗な空間が広がっていた。本当に物ひとつすらない。私もISスーツしか纏っていない。

 

「うっ……」

 

 痛む頭を抑えながら起き上がり、先程までのことを整理する。確か零を受け止めて、試合に勝って、帰ろうとしたら変な声が聞こえて、身体に電流が流れて、装甲が黒い泥みたいに溶け始めて……。

 

「……VALKYRIE、TRACE……なるほど、そういう事か」

 

 あの時、謎の音声が発していた言葉。あれは間違いなくヴァルキリー・トレース・システムのことだろう。私だって軍人で部隊長だ、それくらいのことは知っているさ。

 

「……ははっ、はははっ」

 

 心の底から乾いた笑いが込み上げてきた。

 つまり、私はまんまとモルモットにされたということか。それが祖国なのか内部の者なのか……国だとしたらメリットがないから、一部の関係者か。

 どちらにしろ、彼らにとって私はその程度の価値なのだろう。所詮は生物兵器か。

 もし私が教官関係……例えば一夏を恨むだとかしていればもっとスムーズに起動していたかもしれない。そんなものは無理だから強制的に発動するように仕組んだのだろう、実際に強制起動と言っていたからな。

 

 しかし不思議なものだ。

 

 酷い仕打ちを受けているはずなのに、全く心が痛まない。まあ、昔からこういう扱いには慣れているからか。

 

 ……どうしたものか。

 

 どこを見ても暗闇しかない、

 

 そのうえ何だか抗う気力も起きない。

 

 もういっその事このままで良いとも思ってしまっている。

 

 まるであの時と同じだな。

 

 ……シュヴァルツェ・ハーゼのみんなは元気にしているだろうか? もし私がいなくなっても……クラリッサは優秀だ。彼女ならきっと隊を導いてくれるに違いない。

 

 ……ああ、そういえば、あいつらには土産を買わなければいけなかったか。全く、人使いが荒い部下を持ってしまったものだ。

 

 …………もう疲れた。

 

 …………ここでも一人ぼっちか。

 

 …………そういえばさっきの零、私のことを呼び捨てしてたっけ。

 

 あれが別れの言葉なんて悲しいな。

 

 おまけに最後に見た夢があれって……。

 

「……ん?」

 

 ふと、前方から声がすることに気がついた。

 誰かが泣いているような、そんな声だ。

 

「? なんだ?」

 

 突然、目の前にぼんやりとしたセピア色の映像が映し出された。

 

 そこには、声の主と思われる子どもが蹲っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

『……ここは何処だろう』

 

 昔むかし、ある所に、とある男の子がいました。

 

 その男の子は自分が何者なのか、どこで生まれたのかすら分からず、ずっと1人ぼっちでした。

 

『(……お腹、空いた)』

 

 男の子はいつも空腹で、酷い時は何日も食事にありつけない時もありました。

 

 ただ毎日、行先も決めずにおぼつかない足で歩く日々。

 そんな彼を助けようとする人は誰もいませんでした。

 

 そして今日もまた、道の途中で蹲っていました。

 

『(……死ぬのは、嫌だ……死ぬのだけは……)』

 

 でも、男の子は生きることを諦めませんでした。例え無視されても、雨に濡れても。

 

『……おい、お前』

『…………』

『……離せって』

 

 そんなある日、男の子は女の人と偶然出会いました。そこまでではないけど、自分より年上の荒れていそうな性格の女の人にしがみついたのです。

 

『……はぁ、たく。何か変なもんにまとわりつかれちまったな』

『…………?』

『いいか? 今から飯奢ってやるから、それ食ったらどっか行けよ?』

『…………』コクッ

 

 男の子はその人と手を繋ぎ、結果的にそのまま拾われることになりました。

 

『今日からお前は零だ』

『レイ?』

『そう、お前何にも覚えてねえからな。適当だ』

 

 そして男の子はその人から[零]という名前を貰ったのです。男の子も、その人のことを姉さんと呼んでいます。

 

 

 

 それから暫くして、男の子に家族が増えました。

 

『あら、可愛い子ね。お名前は?』

 

 ちょっぴりエッチなおばさんです。男の子はその人のことを姐さんと呼んでいます。

 

 

 さらに暫くして、男の子にまた家族が増えました。

 

『なんだよお前、こっち来んな!』

 

 ちょっぴり気性の荒い男勝りな女の子です。男の子にとっては友達でもあり、お姉さん的存在でもあります。

 

 

 そして数年の時が流れて、またまた家族が増えました。

 

『……私も……行きたい』

 

 その子は、とってもとっても可愛い女の子でした。男の子にとって、その子は今ではかけがえのない家族になっています。

 

 それから、男の子はみんなと一緒に色んな場所へ足を運びました。街にも、海にも、男の子は思い出を増やしていったのです。

 

 

 

 それはいいものばかり、とは言えませんでした。

 

 ある日は、

 

『礼子ねーさん……』

『な、零! お前なんでここに来たんだ!』

『ん? お前の知り合いか?』

『あ、いえ』

『ねーさん』

『うっせえ! 帰れ!』

 

 ゴンッ! 

 

『うぐっ……うぅぅっ』

『あ、やば……』

 

 姉さんのお仕事の邪魔をしたり、またある日は、

 

『零! お前オレのセーブデータをよくも!』

『わ、わざとじゃないよ』

『うっせー! ぜってー許さねー!』

『痛っ、わ、わざとじゃないってば!』

『いてっ! 逆ギレすんじゃねー! このやろー!』

『うぐっ! ばか!』

『うわ、アホ!』

『はいはい、やめなさい』

『がっ、お、おば……ざん』

『ぐっ、苦しい……』

『ここまでしないとやめないでしょ、あなた達』

 

 友達と派手に喧嘩して姐さんから絞め技を受けたり、またある日は、

 

『…………』

『れ、────?』

『…………』

『ご、ごめん、ゲーム機、壊しちゃって……あれ、どこにいくの?』

『知るか、ばか』

『え』

『もうオレに近づくな』

『あ…………ぅぅっ』

 

 友達を本気で怒らせてしまったり、またある日は、

 

『どうだ零、かっこいいか?』

『うん! ハイグレさんみたいだね!』

 

 ゴンッ! 

 

『な、なんでぇ……』

 

 悪気のないことを言って姉さんを怒らせてしまったりと、あまり思い出したくない思い出も沢山あります。

 

 

 また、

 

『マドカ、どうしたの?』

『なんでもない……なんでもない……だから、離さないで』

『……うん』

 

 ある日は、大切な女の子が震えるように男の子に泣きついたり、

 

『姐さん? どうしたの?』

『ん? ううん、ちょっとね、昔のことを思い出してて……』

『ね、姐さん?』

『……ごめんなさい、今は1人にして欲しいの』

『う、うん……』

 

 ある日は、いつも明るい姐さんが泣いていたり、

 

『姉さん、どうしたの?』

『ん? ああ、この前やられたバンカーが痛むんだよ』

『……痛い?』

『まあな、これは数日は残りそう……いてて』

 

 ある日は、姉さんが怪我を負ってしまったりと、家族が辛いことにあってしまうという思い出もありました。

 

 けど、嫌な思い出も、楽しい思い出も、男の子にとっては全部が宝物なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして男の子は、

 

『今日の晩飯は俺が作ってやるよ』

『ほんと? 僕、────のご飯美味しいから嬉しい!』

『そ、そうか?』

 

 みんなと触れ合いながら、

 

『零……一緒に寝てくれないか?』

『いいけど、何か怖い夢でも見たの?』

『いや、そういう訳じゃない……なんとなく』

『いいよ、僕も寂しかったから』

 

 少しずつ成長していき、

 

『おい零! 返事ぐらいしろ!』

『うるさいなぁ姉さんは。ただ女の人を案内しただけだろ』

『てかお前未成年だろ!』

『だから何もやってないって』

 

 時に喧嘩をしながら、

 

『零……』

『マドカ……姐さん何ニヤけてんだ?』

『別にー?』

『な、いつからいたんだ……』

 

 時に揶揄われながら、

 

『零、ハグしてくれ』

『なんだよいきなり』

『いいから』

『……全く』

 

 みんなと一緒に仲良く暮らす日々を送ることになりましたとさ。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

「これが……お前の過去か」

「…………」

 

 暗闇の中、ラウラはいつの間にか隣で座っていた零とともに、空間に映し出された彼の過去の記憶を観ていた。あいにく映像に出てくる零以外の人物の顔はぼやけているものの、何気ない日常を堪能しているその笑顔は、モヤ越しでも伝わってきた。

 

「はぁ、なんだよ全く。いきなり喰われたと思ったら友達に記憶を覗かれるなんて」

「仕方ないだろう、勝手に映ってしまったんだ」

「……恥ずかしいったらありゃしない」

 

 零はため息を吐きながら、恥ずかしそうに頬をなぞる。断片的ではあるが、自分の知られたくない過去、ましてやプライベートを覗かれるというのは、彼にとっては正体がバレるという危険性以上に嫌なことなのだ。

 と言いつつ、彼も先程までラウラの記憶を覗いていたのだが。

 

「お前も、初めは1人だったんだな」

「……もう昔過ぎて拾われる前のことは覚えてないけど、多分1人だったよ。ただ、死ぬのだけは怖くて、必死に生きようとしてたのは何となく憶えてる」

「それで、今の家族と出会ったわけか」

「まあね」

「……諦めなかった結果だな」

 

 ラウラは笑うように口角を上げる。あの時、零が自分に言ってくれた言葉、それは彼の実体験に基づくものであった。

 

「いい家族だな」

「まあね。最近は喧嘩ばっかしている気がするよ。けど、みんな大切な人なんだ」

「大切な人……か」

 

 ラウラは真っ黒な空を見上げる。何処までも暗闇が広がるこの世界の空に、ラウラは千冬やシュヴァルツェ・ハーゼの隊員たちの顔を浮かべた。

 暫くすると、左目につけた眼帯を外し、その眼差しを零に向けた。

 

「……綺麗だ」

 

 ヴォーダン・オージェの移植手術によって変色した金色の瞳を見た零は素直な感想を呟き、それを聞いたラウラは少しの笑みを浮かべた。

 

「……私にとって、お前との出会いは1つの転機だった。お前の言葉が、私の支えになったんだよ」

「そんな、僕は何もやっていよ」

「いや、やってくれたさ。あのままだったら、私はどんなになっていたことか」

 

 零の話した何気ない言葉、それがラウラにとっては、今の自分の存在を作り上げてきた基盤になっていた。

 だからこそ、ラウラにとって零は恩人であり、大切な友人であり、そして…………。

 

「……で、どうするのラウラちゃん? このままここに居るつもり?」

「そうだな、確かにここは居心地がいい。けど、いつまでもここにいる訳にはいかないな……んっ」

 

 ラウラは手を組むと、そのまま上にぐーっと伸ばして背を伸ばす。その場の居心地のよさよりも、現実世界と向き合うことを彼女は選んだのだ。

 

「ぁぁ……なあ零」

「?」

 

 ふと、伸び終えたラウラは赤と金の瞳で零の目を見つめる。

 

「お前にとって、家族は大切な人か?」

「もちろん」

「大切な人は、家族以外にいてもいいか?」

「ああ」

「なら……お前の『大切な人』の中に、私を入れてもらえないだろうか? そしたら頑張れる気がするんだ」

「……いいよ、ラウラちゃんなら」

 

 ラウラの告白を、零は頷いて了承する。その返しにラウラは瞳を潤ませながら、恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「ん?」

「多分、出口だね」

 

 突然、2人の後方から白くて眩しい光が漏れ出す。光からは何やら騒がしい音がこだましている。

 

「それじゃあ、行こうか。ラウラちゃん」

「ラウラでいい。その方が私も嬉しい」

「……じゃあ、帰ろうか。ラウラ」

「ああ」

 

 零が立ち上がり、ラウラに右手を差し伸べると、彼女はその手を掴む。

 

「(これが零の温かさか……なるほど、あの時から私は)」

 

 ラウラが内心呟くなか、暗闇は白光によって照らされていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

「……イ、しっかりしろ!」

「……イ君」

 

 暗闇から抜け出して早々、聞き覚えのある声が俺の耳に入ってきた。何度も聞いている2人のうるさい声、けど何だか安心してしまう。

 

「……楯無さん、れ……ダリル?」

 

 目を開くと、仰向けになった俺の顔を覗くように見詰める楯無さんとレインの顔が映った。相変わらず変に際どいスーツだ。

 

「目が覚めた?」

「……何とか」

「たく、心配させやがって」

 

 2人は俺が目覚めたことに一安心したのか、ホッと息を吐いて胸を下ろした。左に目を向けると、ISスーツ姿の一夏とシャルロットが心配そうにこっちを見ていた。

 

「はぁ、良かったぁ。てっきり死んだかと思ったぜ」

「え、縁起でもないこと言わないでよ一夏」

「2人とも……なんでここに?」

「覚えてないのか? お前、いきなり黒い塊に喰われたんだぞ?」

「それで固まったまま動かなくなっちゃって、そしたら突然あれが溶けて2人が出てきたんだよ?」

 

 ああ、そうか。俺、あの時ラウラちゃんを引きずり出そうとして喰われたんだっけ。それで暗闇の中でラウラちゃんの過去と俺の過去を観て……ラウラちゃんは? 

 

「隣で眠ってるわよ」

「運ぶのに面倒だから離そうとしても離しやしねぇんだぜ? こいつ」

 

 楯無さんとレインの言葉を横に、俺は顔を右に向けた。

 

「…………」

 

 隣では、ラウラちゃんが俺と同じように仰向けで眠っていた。しかも俺の右手をしっかりと握りしめながら。

 眼帯はあそこに置いてきてしまったようで、彼女の可愛らしい穏やかな寝顔が露わになっていた。

 

 …………昔と変わんないね。

 

 にしても

 

「……あーあ、変な約束しちゃったなぁ」

「約束?」

 

 それだけ言い残すと、俺は再び目を瞑って意識を暗闇へと落とした。途中、レインが俺を起こしながら約束ってなんだよって連呼してた気がするけど、今はこうして……眠ろ…………。

 

 おやすみ……ラウラ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぜぇ……ぜぇ……なんだよこの不意打ち』

『いやはや、まさか過去の記憶にモザイクかけるのがこっちの手作業だなんて。レイもんは手間がかかるお子様だ』

『こんなのねぇよ……おまけになんでセピア色なんだ?』

『思い出ってセピア色らしいからねー』

 

 



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零、ベッド、兎、箒、春来

24話目


 ────────────研究施設

 

 この世界の何処かに存在するVTシステムの研究施設。この施設はドイツ軍の一部の者達によって、武力の増大と発展を目的として秘密裏に建てられたものであり、ここの存在を知っている者は研究に携わる一部の上層部のみであった。

 

 

 

 

 

 そして今…………

 

 

 

 

 

 

 

 グジュっ! 

 

「ひ、ひぃぃぃっ!」

 

 ズシュッ! 

 

「しーっ、騒がなくても良いのですよ? 騒いだところで誰も来ませんから」

 

 そう言うと、男は研究者の脳天に突き刺したプッシュダガーを引き抜く。同時に傷口から赤い鮮血が噴水のように吹き出し、辺りに飛び落ちる。

 

「な、なんだあれは……なんなんだ!」

「だ、ダメ! 開かない! 何故!」

 

 施設内にいる研究者達は慌てふためき、各々出口と思われる場所にかけ群がる。それもそのはず、今この施設内にでは、一人の男による『任務遂行』が行われており、既に数十名の研究者が粛清を受けていた。

 

「い、嫌だ……こんなところで死ぐっ……」

 

 扉を叩く研究者の1人の心臓部分辺りから、プッシュダガーの鋭い刃先が飛び出した。

 

「ご安心ください、私もできるだけ苦しまないように致しますので」

 

 グジュ……

 

「おっ……」

 

 男がダガーを引き抜くと、研究者は力なく膝から落ちていき、その光景を見た隣の女研究者は身体を震わせ、背中をドアに押し付けたまま男に恐怖の眼差しを向けた。

 

「な、なんで……どうして」

「どうして? それは貴方達が1番分かっているのではありませんか?」

「へ?」

「私の主から受けた依頼は、この世の禁忌を犯したもの……つまり貴方達の粛清なのてす」

「そ、そんな……」

「そんなに怖がらないでください。例え貴方がいなくなっても、この私が覚えていますから」

 

 そう言うと、男はダガーを持っていない左手で手刀を作り、振り上げて縦に軽く振るう。

 すると、女研究者は悲鳴をあげることもなく、ただ呆気に取られたような表情のまま、顔から腹に掛けてスーッと細い切れ目を作り、瞳孔を開かせた。

 

「さて、残りの方々も粛清しなければなりませんね……あと数分ですか、主もせっかちなお人だ」

 

 何がおかしいのか分からない笑みを浮かべながら、男はあおげば尊しを口笛で吹き、コツコツと靴音を鳴らしながら残りの逃走者を探索する。

 

 彼らは逃げようと抗った。しかしもう遅い。

 コードを入力しても、救助要請が届くことも、非常口のシャッターが開くことも決してない。

 

 ただ、未知の存在から粛清されるという恐怖を叫びながら、自らの運命を受け入れるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────

 

「あ、もしもし。Sさんですか?」

 

『あら、Iさん。お仕事はよろしいのですか?』

 

「ふふ、御安心ください。もう終わりました」

 

『まあ、流石はお早い』

 

「それほどでも。それでお時間が空いてしまったので、近々2人で何処かに行きませんか? トーナメントのお話もしたいので」

 

『うーん、お誘いは有難いのですが、今回の試合、VTシステムのせいで全て中止になってしまいまして』

 

「おや、それは残念です」

 

『それに……どうやらわたし、『お名前のない人達』から狙われてしまっているようで』

 

「おやおや、あの人たちに……さては」

 

『ええ、恐らくこの子のことかと。ですので、先にその人達にご挨拶をしなければなりません』

 

「ふむ、それは由々しき事態ですねぇ」

 

『ふふふ、でもわたし、この子が舞うと思うと少し嬉しいんです』

 

「Sさんならきっとその子と美しく舞うことができるでしょう。あなたのために造ったのですから」

 

『もう、Iさんったら……それではまた』

 

「ええ」

 

 男は通話を切り、端末を胸ポケットへ仕舞うと、今しがた終えた仕事の残骸を眺めて微笑む。しかしこの微笑みには、粛清したことによる快感など微塵もこもっていない。あるのは、Sとまた会うことが楽しみという気持ちだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────保健室か医務室

 

「……んん……」

 

 目を開けると、目の前にぼんやりとした蛍光灯の白い光が映った。おまけに天井も真っ白、さっきまでいた真っ暗な空間とは大違いだ。

 多分ここは医務室か、もしくは保健室のどっちかだろう。そして俺は今、怪我でここに運ばれてきたと……ラウラとは手を離したのか。まだあの子の手を握っている感覚が残ってる気がする。マドカと手を繋いだ時みたいに柔らかい……これじゃあまるで変態じゃないか。

 

「……いっつ、やっぱり痛めてるよなぁ」

 

 俺は上半身を起き上がらせようとするも、背中に走る激痛に動けなかった。そりゃああれだけぶん殴られてればこうなるか、肉厚な装甲とライザーファングで防いでもこのザマなんだ、あれがなかったらもっと酷かっただろうよ。あ、あと瞬時加速の時にも腹辺りをやったか。最近亡国の任務をやってないせいか耐久面で衰えてきたきがする。

 

 それにしても、ラウラは大丈夫かな? VTって確か操縦者にかなりの負担をかけるらしいから、生きて帰って来れてもしばらくは動けないらしい。

 深い傷とかなければいいけど……今回の件は特にね。なんせ今まで守ってきた国の誰かさんから酷い仕打ちを受けたんだからな。そこらの奴等ならショックがでかいかもしれない。

 ま、とにかく傷が治ったら1番に会いに行こうか。一夏達にも勝ったんだ、焼きそばも作らないと。あと一夏にも弾のお礼を言うか。

 

 

 さて、

 

 

「なんだこれ」

 

 さっきから俺の右半身に何かが引っ付くような違和感がある。まるで人がくっついているような……これ人だ。

 

 バサッ

 

「…………」

 

 布団を捲ると、水色の髪のその人がいた。現生徒会長であり、国家代表でもあるあの人が、俺の体に寄り添うように寝巻き姿で寝ていた。

 

「……楯無さん、何やってるんですか?」

「んっんー、あら零君、おはよう」

 

 目を覚ますや否や、楯無さんは寝ぼけ眼で俺を見てきた。何時もの悪戯してそうな顔が今だけは緩んでいて子どもっぽい。

 

「なんでそこで寝てるんですか?」

「あら、いいじゃない別に。看病ついでよ」

 

 楯無さんは寝ぼけ眼をウインクさせた。

 

「看病って、何時間ここに?」

「そうねー、ざっと5、6時間ってとこかしら」

 

 ラウラと一緒にあそこを抜け出してからもうそんなに経つのか。随分と寝てしまったようだ。

 

「本当はケイシーさんもいたんだけどねー。2回戦で勝ち残ったチームはとりあえず表彰するからって呼び出されたのよ。本人は面倒くさがってたけどねー」

「2回戦? 試合の続きは?」

「例の件で全部中止、お陰で3年の一部からクレームが殺到したわ」

 

 それはそうだ、なんせ就活の1つとも言えるこの大会を中止にされたんだからな。俺はやった事ないからわかんないけど。あと一夏と付き合うとかいうので怒ってる人もいるか。

 

「で、その時から楯無さんはずっとここにいたと?」

「まあねー、ちょうど暇を持て余していたところだったし。こう見えてここでやれることは済ませたのよ? ちょっと残っちゃったけど」

 

 この人、生徒会長だよな? 今回の件はこの人も大忙しな気がするけど。俺に構わずそっちを優先すればいいのに。ずっとここに居させたのは悪いな。

 

「ラウラは?」

「ラウラちゃんは別の部屋で安静にしてるわ。大丈夫、命に別状はなかったわ」

「そうですか」

 

 とりあえずは一安心ってところか。しかしこの先どうするべきか、ラウラの件といい今回といいとりあえずドイツ軍はもうあれだとして、ラウラがどうなるか……最悪の場合、死んだことにして連れて行くのも考えておこうかな、姐さん達に半殺しにされるだろうけど。

 

「けど、目が覚めて良かった。あれから何度呼んでも返事してくれなかったもの。私もケイシーさんも心配したんだから」

「ご迷惑をお掛けしてすみません」

「もう、零君ったら」

 

 楯無さんは悪戯そうな寝ぼけ顔のまま、人差し指で俺の頬をつついてきた。今更だけど、この人って会った時からやけに距離が近いな。もしかしてほんとうに何処かであってるのか? けどあの時みた映像には映ってなかったし……ダメだ、引っかからない。

 

「……さてと」

 

 なんて考えていたら、楯無さんが一息つくようにそう言って体を起こし、俺を上から真っ赤に光る瞳で覗くように姿勢を変えてきた。こんな感じのシチュエーション、前にマドカから受けていたような。

 

「ところで零君、あれは一体どういう意味かしら?」

「あれ?」

「零君が気絶する前に言った言葉よ。変な約束しちゃったって」

 

 ああ、あの時のことか。

 

「……VTシステムに食われたときにラウラと話したんです。それで色々あって」

「色々あって?」

「……やっぱり秘密です」

「えーなんでー?」

「秘密ったら秘密です」

「あとラウラちゃんのこと呼び捨てにしてない?」

「本人からそう呼んで欲しいと言われたので」

 

 正直言ってもいいけど、言ったら言ったで後から色々と弄られそうだ。だから今回は言わない。

 

「んもう、意地悪」

 

 如何にもつまらないという表情で楯無さんは顔を離す。

 

「……でも、本当に無事でよかった。もう無茶なことしちゃダメよ」

 

 そう言うと、楯無さんは無人機が襲ってきた時と同じように、今度は横になった状態で俺の頭に腕を回して抱きしめてきた。

 

 なんだろう……やっぱりこの人……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────その頃

 

「先輩、零君が目を覚ましたそうッスよ」

「おう、そうか」

 

 ダルくて必要も無い表彰式を終えたオレは、フォルテを連れて零のいる部屋に向かっていた。ようやく目が覚めたかあんにゃろう、心配させやがって。

 

「……良かったっスね。先輩の声が届いて」

「声? そんなもん出してたか?」

「出てたッスよ。零君が運び込まれた時、ずっと名前を呟いてたっす」

「マジで?」

「大マジっす」

 

 オレとしたことが、無意識にやっちまってたか。

 

「大丈夫ッスよ、多分わたし以外聞いてなかったんで」

「別に友達の名前呟くぐらい聞かれても問題ねーよ」

「ものすっごい乙女な顔だったっすけど?」

「…………」

 

 ……フォルテ以外に聞かれなくて良かったぜ。

 

 ま、とりあえずは済んだことだから別にいいか。

 さて、さっさとあいつの顔を拝むとするか。さっきのことで聞きたいことが山ほどあるしよ。

 

「えーっと……あ、ここっスね」

「よし、入るか」

 

 オレは零が眠る部屋の扉を開けた。無人機の時はつい叫んじまったが、今日は大丈夫だ。

 とりあえず背中を流してやるか。久々だなぁあいつと風呂に入るのは。あ、浴場使えねえか。まあ部屋のやつでなんとか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、あーん」

「いいですって、そういうの」

「遠慮しなさんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「うわぁ……」

 

 目の前の光景にフォルテは苦笑いで引き気味の声を漏らした。いや、まさにこいつの出した答えが正しい。

 

「……おい」

 

 さて、攻めると決めた以上、ここはいっちょやるとするか。安心しろ、こちとらこういうのには慣れてんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────医務室

 

「……ここは?」

 

 零とともに光へ歩いたラウラが目を覚ますと、目の前に真っ白な天井が広がっていた。背中からは柔らかいクッションのようなヤワ心地が広がっている。

 

「目が覚めたか?」

「……教官?」

 

 ラウラが聞き覚えのある声に顔を向けると、ベッド横で腕を組んで座る千冬の姿があった。

 ラウラは上半身を起こそうとするも、あいにく全身が鉛のように重く感じているため、首を動かすのがやっとだった。

 

「ここは……医務室ですか?」

「ああ、そうだ。つい数時間前にここに貴様を運んできたのだ」

「……私は、いったい」

「それはだな」

 

 千冬はラウラに数時間前のことを説明していく。試合が終了したすぐ後にラウラが黒塊(VTシステム)に呑み込まれたこと、その状態で零のクロスライザーと戦闘を行ったこと、そして今度は彼女を助けようとした零ごと塊に呑み込まれてしまったこと、そして何故か2人仲良く手を繋いで気絶していたことを。

 

「手を……ですか」

「ああ、引き剥がそうとしても離れないから、ここまで運ぶのに苦労したんだぞ?」

「も、申し訳ございません……」

 

 頬を染めながら謝罪するラウラに呆れに近い微笑を浮かべる千冬。しかし内心は色々な意味でハラハラしていた。

 

「ボーデヴィッヒ、VTシステムは……説明しなくてもわかるな?」

「はい……」

「お前のIS、シュヴァルツェア・レーゲンにVTシステムが組み込まれていた。本来ならダメージの蓄積量と操縦者の精神状態、そして本人の意思が必要条件になっていたらしいが……どうやら今回は強制的に発動するように仕組まれていたらしい」

「……私が、力を求めなかったからでしょうか?」

「恐らくな」

 

 VTシステム、それは本来、負の条件が揃った時に発動するように仕組まれているという。しかしラウラ自身が絶対的な力を求めるような考えを持っていなかった、だから今回は、彼女の意思に関係なくシステムが発動する仕組みになっていたのだ。

 

「近々ドイツ軍には委員会から強制的な審査が入るだろう。それまでは安静にしておけ」

「…………」

「しかし、ドイツ軍もやってくれたものだ。私の教え子にこんな仕打ちをするとは……今から壊滅させに行くか」

「……隊の皆は助けてやってください」

「おい、冗談だぞ」

 

 冗談に真面目に返答をしたラウラに千冬はツッコミを入れる。冗談とはいえ、千冬が本気を出せば軍1つを潰すことなど容易いのだ、と一夏が言っていた。

 

「分かっています、半分は冗談です」

「(半分は本気なのか、こいつ……)ふん、ジョークが言えるようでなによりだ」

「……教官」

「なんだ?」

「私は、どうなるのでしょうか?」

 

 ラウラは天井の光に視線を映す。

 事故とはいえVTシステムを発動させてしまった以上、ラウラには何かしらの処罰等が下るだろう。それが退学なのか、軍への帰還なのか、運が良ければこのままここに……何を言われるのか、皆目見当もつかない。が、現実に戻ってきた以上、ラウラはどのような運命も受け入れる覚悟を持っていた。

 

「何、心配するな。私がそうおめおめと奴らの好きにはさせない」

「ありがとうございます」

 

 不敵に笑う千冬の言葉に、ラウラは返した。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「はい」

「お前は何者だ?」

「……私は……

 

 わたしは、ラウラ・ボーデヴィッヒです。遺伝子強化試験体Cー0037ではなく、ラウラ・ボーデヴィッヒです。生まれた時から死ぬまで、ずっとそうあり続けようと思います」

「……随分と偉くなったものだな、お前も」

 

 まだケツの青いペーペーながらも、真っ直ぐとした眼差しで見つめながら答えたラウラに、千冬はふっと笑い、席から立ち上がる。

 

「これからもせいぜい悩みながら生きていくがいい、小娘」

 

 そう言うと、千冬はラウラに背を向けて医務室を去っていく。

 

「教官」

「なんだ?」

「……VTシステムに呑み込まれた時、私は零と話しました」

「ほう、それで?」

「……私のことを、大切な人の中に入れてくれるそうです」

「そうか」

「……こういう時、なんと言えば良いのでしょうか?」

「……『春が来た』、とでも言っておけ」

 

 それだけ言うと、千冬は医務室を後にした。

 たった1人残されたラウラは、春が来たという言葉を数回復唱した後、満足そうに微笑み、ついでに部下達にも相談しようと思ったのであった。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、彼女の人生はこれからも続くのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………春が来た、か」

 

 そして、今さら自分が言ったセリフが小っ恥ずかしくなってきた千冬であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

「……はぁ」

 

 学園内の学生寮の自室にて、シャワーを追えた箒は深いため息を吐きながらベッドにダイブした。

 相方と共に量産機で代表候補生2人を相手にしていたことに加えて、一夏と零達の試合の観戦中に発生した謎の事故によって、箒は彼らの安否を気にしつつ観客の避難を行うことになった。そのため、彼女の疲労はピークに達していた。

 

「……負けたぁ」

 

 枕に顔を埋めて箒は吐きだした。

 今回の大会で、箒は一夏からのエールを胸に勝負を挑んだものの、まさかの初っ端から知り合いの専用機タッグとやり合うことになるなど予想外だった。

 当然そうなれば勝つ確率など低いも同然で、結果は鈴をあと数歩で堕とせたというものになった。いや、むしろ量産機でそこまで攻め込めたのは賛美に値することである。

 

「…………こんなものを貰ってもな」

 

 箒は仰向けになり、ポケットから手のひらサイズの入れ物を取り出し、電灯の光に被せるように上へかかげた。

 この入れ物の中には、箒が試合で使用・破損させた葵の刃先が収められており、大会関係者から専用機相手に奮闘した努力賞として授与された物だ。

 

「……もっとやるしかないのか」

 

 そう吐き出していると、

 

『箒、いるか?』

 

 突然、扉の外から1人の男の声が聞こえてきた。この学園に男は2人しかいないため、箒はすぐさま声の主を誰か察し、慌てて起き上がる。

 

「い、いい一夏か? ど、どうしたんだ?」

『いや、ちょっと通りかかったから話でもしようと思って……いいか?』

「ああ、少し待っててくれ」

 

 箒は着崩れた寝巻きを正し、大急ぎで部屋の扉まで走り、慌てずにゆっくり扉を開けた。

 

「よぉ、元気か?」

「う、うむ……」

 

 開けた先には、何故か今から風呂場に入りに行くような着替えとその他一式を脇に抱えた一夏が立っていた。が、今の箒にとっては風呂のことなどどうでもよかった。

 

「ど、どうした? 話って」

「ああ、トーナメントのことでな。とりあえずおめでとう。鈴とセシリアとの試合、凄かったぞ」

「そうか、ありがとう……」

 

 何ともない会話のはずなのに言葉が続かない。ついこの間までの2人なら、この程度の会話などどうとでもなかったのに。

 

「……あのさ」

「な、なんだ?」

「この前言ってたあれ……買い物に行くって約束しただろ?」

「覚えていたのか(買い物じゃないのだが……しかも私は初戦敗退だ)」

「……良かったら今度行こうぜ。実はさっきクラスの子が話しててさ、臨海学校で水着が必要になるって。それで俺、水着とか家に忘れたからよ。箒が良ければ一緒に買いに行きたいなーって」

「え……わ、私でいいのか?」

「ほら、箒には飯おごって貰ったり世話になってるからさ。たまには何かお礼でもしたいと思って」

 

 一夏からの告白に箒はしばらくの間、電源の落ちたロボットのように、ポーズを取ったまま固まった。

 まさか鈍感オブ鈍感の幼なじみからこのような誘いを受けるなど、夢には描いていたものの、現実になるとは思わなかったからだ。

 

「……」

「箒?」

「……へ? あ、いや、その」

「もしかして忙しいか?」

「いや、忙しくないぞ。ちょうど私も水着がなくて困っていたのだ。何時でも行けるぞ」

「お、そうか? じゃあ今度の週末に行こうぜ!」

「あ、ああ」

 

 それだけ言うと、一夏は手を振ってその場を去り、大浴場へと向かって行った。

 

「………………」

 

 しばらくして箒は扉を閉じ、ゆらゆらと歩いて再びベッドへとダイブする。

 

「…………一夏と、買い物……」

 

 そう呟いた次の瞬間、箒はシーツを抱きしめながら何やら悶え始めた。恋する乙女の一時、今はそっとしておくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「巻紙くーん? 起きたー? 実は山田先生から連絡で、男子の大浴場の使用が今日から解禁され…………えぇぇぇ!?」

 

「榊原先生、こんばんわ」

 

「こ、これは一体……」

 

「なんか2人とも急に暴れ始めて、気づいたらこの有様で」

 

「……なんでサファイアさんまで?」

 

「ま……巻き込まれ事故……ッス」

 

 

 

 




この先は少し強引かも。


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黒、泣

24.5話


 ──────────────────ラボ

 

 配線やら機械のコードやらはたまた機械やらが散らばったとあるラボ。まるで機械が根を張っているようなその光景は、まさに機械仕掛けの樹海または森林といっても過言ではない。

 

「んー、どういうことだろーねー?」

 

 そのラボにて、八〇郎も驚くであろうまさに天からの災いな科学者、略して天災科学者こと束博士は、ディスプレイの映像に首を傾げていた。今彼女の見ている画面には、VTシステムを研究している施設『だったもの』が映し出されていた。だったもの、というのは、既に研究所自体が跡形もなく消えているということであり、そこにはただの更地しか残っていなかった。

 

「さっきまではちゃんとここにあったんだけどなー……束さんよりも先にどっかの誰かさんが消しちゃったかな?」

 

 虚無に近い笑顔で束はネットワーク内を捜索する。

 実を言うと、先程まで束もVTシステムの研究所をこの世から抹消しようとしていた。それは彼女にとって容易いことであり、なんなら死亡者も出さずにやれる。

 しかし、消そうとした研究所はどこにもない。あるのは更地だけだ。

 ちなみに今回のVTに彼女は関与していない。彼女ならあのような紛い物でなく、もっと完璧に、十全に作り上げているだろう。

 

「みーつけた」

 

 ものの数秒で、束はネットワーク内からとある映像を入手し、早速と言わんばかりに再生した。

 そこには、更地になる数分前の唯一残っている研究所内部の監視カメラ映像が記録されていた。

 

「ふーん、なるほど、へー」

 

 その内容に束は唸るように呟いた。

 残念ながら監視カメラの映像自体は暗くて殆ど何も見えないが、叫び声や不快な刺音から、やはり自分より前に誰かが『消した』ということは理解できた。

 

「……あれ」

 

 ふと、束は研究者たちを次々と消していく黒い影らしきものがこちらを見ていることに気がつき、少ない光を跳ね返す不気味な瞳と目が合う。

 

「……っ」

 

 瞬間、束の背中にゾゾっとした寒気が走った。

 細胞レベルでオーバースペックなはずの彼女の本能が、この影を、有象無象のものとはまた違う、人間として吐き気を催すレベルの存在と認識したのだ。

 

「…………とりあえずこのままにしとこー」

 

 束は笑いながら逃げるようにディスプレイをスライドさせ、映像ごとごみ箱へ投げ捨てた。自分の不利益にならなければ、この先のことは彼女にとっては大きな暇つぶしになるかもしれないのだ。

 

「……さてと」

 

 ひと段落ついた束は一息つくと、後方へ振り返る。

 

 

 

 

「どれを着ていけば……え? そっち? けど零さんのクロスライザーは暗い色なので……それに第2の操縦者なのであまり目立つ色は……銀色は少し……うーん」

 

 彼女の後ろでは、愛しの愛娘こと、クロエ・クロニクルが、機械仕掛けのリス達と共に服選びに首を捻らせていた。

 彼女は今、零とのお買い物という名のデートに着ていく服選びに悩んでいる。第2の男性操縦者という彼の立場、そして束のお世話になっている自分の立場等々を考えると、どのような服装で行けば正解なのか、かれこれ数時間は鏡に立って試行を重ねていた。リス達の中には暇すぎてリサイクルパーツの上で胡座をかいて眠るものも数匹いた。

 

「束様、零さんはどのような服が好みなのでしょうか?」

「零君はそういうの気にしないと思うよー(今のところマドっちにしか興奮してないし)」

「うう、迷います」

 

 そんな生まれて初めての服選びに悩む愛娘の成長した姿に、束は嬉しそうに微笑んだ。先程の虚無と違い、この微笑みは本物である。

 

「やはりここはいつもの格好で……」

 

 ピロリンっ

 

 と、首を傾げるクロエの端末に一通のメールが届く。

 

「ん? ……あ、零さんからです! …………」

「どうしたんだいクーちゃん……クーちゃん?」

「…………束様」

 

 メールを開封して中身を確認するやいなや、突然落ち込んだ表情をとるクロエ。そんなクロエの隣に束はピョンと跳ねるように移動し、端末を覗いた。

 

「えーなになにー……『すみません、実は学園の大会で事故にあってしまい、怪我を負いました。今度のデートは難しそうです。また別の日にしていただけますか? 本当にすみません』……ね」

「……束様」

「……ドンと来い、クーちゃん」

「…………うぅ」

 

 クロエは束の大きな胸元に飛びつき、その胸の中で泣いた。何故かリス達も涙を流した。

 

「(いやぁ、遠回しにクーちゃんを泣かせるなんて……やっぱあの国には少し痛い目を見てもらおうかな)」

 

 そう言うと、束は右手でクロエを撫でつつ、左手で小型ディスプレイを操作し、こっそり盗撮したとある映像を全国ネットに乗せて発信した。

 VTシステムの件(研究所をやれなかった腹いせ含む)に加えて、娘が楽しみにしていたデート(買い物)の先延ばしの原因を作った彼らには、ちょっとしたお仕置が必要と判断したのだ。

 

 全く違う理由で天から災難が訪れる。彼らにとって、これはまさに天災なのだ。

 

 多分違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……zzz』

「あ、紅椿」

 

 

 

 

 

 

 



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疾風、帰還、黎、策略

 番外編5+本編24.7話くらい

 ここから先はやや強引な展開になります。
 フランスの件に関しては後の方まで長引かせる程のことではないと思うので。
 というより、やはり男装させた意味が……。

※一部文章を変更しました。


 ────────────────────??? 

 

「うー……」

 

 ここは何処までも青空が広がるいつもの空間。 いつもの空の下で、レーゲンは畳一畳の上に敷かれた布団に潜り込みながら全身の痛みに魘されていた。

 

「大丈夫か? レーゲンちゃん」

「わ、私を誰だと思っている。仮にも代表候補生の専用……うっ」

「そんな無理すんなって。ただでさえ全身筋肉痛なんだからよ。ほら、あーん」

「あーむ」

 

 そう言うと、雷はうさぎの形に切り分けたリンゴをレーゲンの口元へ運ぶ。今回のVTシステムの件で、シュヴァルツェア・レーゲンはほぼ全壊に近い状態にまでダメージを受けていた。さすがに損傷がそこまでいくと、コアの人格である彼女達にも影響が出てしまい、現にレーゲンは全身筋肉痛になり、雷からの介抱がなければ食事もろくにとれない有様になっていた。別に取らなくても問題は無いのだが。

 

「どうだ?」

「……うむ、程よい甘酸っぱさだ」

「だろ? ネットワークを使って美味いリンゴの作り方を調べたんだ」

「お前……とうとう栽培にも手を出し始めたのか」

「料理の一環だよ。果物なら色んなもんが作れるだろ?」

「随分と熱心なやつだ」

「こう見えてオレは勤勉……あれ、これ誰かのセリフか?」

「私が知るわけないだろ」

「だよなー、あ、ほら」

「あー……」

 

 雷はレーゲンにリンゴを食べさせる。ここ最近の雷はマイブームである料理作りを本格的なものにし始めているらしく、今回のリンゴのように、料理に使う食材を1から作るということにもチャレンジしていた。

 まさに、IS会のウンタラカンタラ王子というわけだ。

 

「雷、すまないがすりおろしにしてくれないか? あの方が美味いらしいのだ」

「おう、ちょっと待ってろよー」

 

 雷は何処から取り出したおろし金でリンゴをすりおろしていく。シャキシャキという冷えたリンゴがおろされる音に、レーゲンは食欲をそそられた。

 

「はい、できた」

「うむ……うん、美味い」

「やったぜ、今度みんなにも振る舞うか」

 

 雷は嬉しそうに笑った。

 

 

 

「…………」

 

 そんな彼を、ISスーツのような服を纏った白騎士は遠くから真顔で見つめていた。動きづらいということで、いつもの鎧のようなあれは纏っていない、

 

 

「白騎士、どうしたの?」

「……ん? いや、なんでもないぞ」

「雷お兄ちゃんとレーゲンが気になるの?」

「別に、ただリンゴというものを食べたことがないから、気になっただけだ」

 

 と言いつつ、白騎士の目はリンゴではなく、無邪気に笑う雷の顔を捉えていた。

 

「それで、何を作るつもりだ?」

「そうだなぁ……アップルパイとかいいかもな」

「アップルパイか、是非とも食べてみたいものだ」

「おう、出来たら食わせてやるよ。けど3番目だぞ」

「3番目? 1番と2番は誰に振る舞うつもりだ?」

「白騎士と白式だ」

 

 ふと、自分の名前を呼んだ雷に、白騎士は耳を傾けた。

 

「何故白騎士姐様達に?」

「そりゃあ、白騎士達にはここについて色々と教えて貰ってるし、白騎士もなんのかんの言って俺が作った料理を美味そうに食べてくれるし、だから始めに食べてもらうならあいつらかなって」

「……お前には畏れ多いという言葉はないのか。残留思念とはいえ、白騎士姐様は我々の祖の1人でもあるというのに」

「いや、そんなこと言われても、俺生まれた時から白騎士についてなんも知らなかったし、今更仲良くなったあいつと敬う関係になるのは嫌だな」

「お前も黎も変わっているな。流石はデュアルコアと言ったところか」

「この先生まれるデュアルコアから苦情が来そうだな」

 

 

 

 

 

「だって、良かったね白騎士」

「…………」

「もしかして嬉しい?」

「……子供が大人を揶揄うんじゃない」

 

 雷の話を聞いた白式は、照れ隠しをするようにそっぽを向く白騎士を見て悪戯そうな笑みを浮かべた。

 

「そりゃあそうだよ白ちゃん、何せ白さんは「黎、お前を叩き切ってやる」えー別にいいじゃないすかー」

 

 と、そこへいつの間にか戻ってきた黎が割って入ってきた。手には、丸いものが大量に入った袋を持っている。

 

「というか、お前は今までどこにいたんだ?」

「キンキン先輩とアラ先と一緒にドイツの子達の畑で芋堀体験させてもらってやした。あとはビール片手にどんちゃん騒ぎ。これはお土産のじゃがいも」

 

 今日の黎は、知り合いのIS、ゴールデン・ドーン(ゴールデンなのでキンキン)とアラクネとともに芋堀体験を行い、本場ドイツの名物料理とビールをご馳走になっていた。

 

「道理で臭いと思ったら……」

「白ちゃんはまだダメよー、コアでも一応未成年なんだから」

「いや、お前も大体同い年のはずだろ」

「経験の差はあっしが圧倒的に上ですよ」

 

 黎は何処か黒そうにけけっと笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、も、もしかしてあんたラム!? どうしたのよそれ!」

「な、なんですの!? 何があったのですか!?」

 

 突然、ティアと甲龍の驚きの声が響き、辺りにいたIS達がざわめき始める。

 

「はぁ……はぁ……うぅ、みんな、ただいま」

 

 なぜなら、彼女たちの目の前に今、ボロボロになりながらも木の棒1本で、コツっ、コツっ、と鳴らしながら1歩1歩を何とか歩いているラムの姿があったからだ。

 

「ら、ラファール……あなた」

「通して……僕は、行かなくちゃ」

 

 弐式との約束を果たすため、この3日間、彼女はこの世界を駆け巡った。時に崖から足を滑らせ、時に川に流され、時に謎の老人に階段から滑り落とされ、時にベル音とともに看板を頭上に落とされたりと散々な目にあいながらも、彼女は今日、無事にこの場へ帰還することが出来た。無論、その間もシャルロットへのサポートは忘れていない。

 

「……ラム」

 

 今にも倒れそうなラムの目の前に、彼女の依頼人でもり依頼主でもある弐式が現れた。

 

「弐式……僕、必死に探してきたよ。弐式が求めるもの」

「見せて」

 

 ラムは残りの力でディスプレイを開き、弐式の要求した品物の一式を送信した。

 

「……うん……うん」

「どう……かな?」

「……これ、持って行っていいよ、あと中身もちゃんと確認して」

 

 弐式はお返しに、ラムにとあるデータを渡す。早速閲覧したラムはその内容に驚き、笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、これであの子を……シャルロットを助けられるよ!」

 

 ラムは飛び跳ね、怪我も忘れて走り出そうとした。

 

「あ……」

 

 が、数歩で力尽きてその場に大の字で倒れ込む。

 

「ちょ、ラム? おーい」

「しっかりしてくださいまし」

 

 仲間たちがラムを呼ぶが、彼女は目覚めず、満足そうな顔で気絶した。

 

「……さてと」

 

 そんな彼女達を横に、弐式は目の前に薄型テレビを展開し、早速と言わんばかりにラムから貰ったディスクを挿入する。

 

「……ふっ」

 

 そしてあまりの内容に笑った。

 

 

 

「ラムお姉ちゃん、本当に取ってきたんだ」

「これはラム先輩に拍手だねぇ」

 

 ラムの粘り強さと優しさと勇気に2人は心の中で拍手した。

 

「しかし……」

「?」

「どうやって表沙汰にするんだ? 会社に送るとしても不審者としか思われないだろ」

「学園に送るとか?」

「あーそこは大丈夫ですよ、あっしに考えがあります」

「考え?」

「はい、ただこれにはレイもんの尊い犠牲が必要になります。あと母さんに怒られるかもしれないっすね」

「何するの?」

 

 黎は2人の耳元でごにょごにょと話し、その内容に2人は顔を引き攣らせた。

 

「あっし達はISですよ? このくらいのことはおちゃのこさいさいですよ」

「貴様……仮にも零はお前のマスターだろ」

「大丈夫ですって、下手こかなきゃレイもんには被害はお呼びません。母さんも名前をお借りするだけなんですから。この際やっちまいましょう」

「黎お姉ちゃんって結構滅茶苦茶なことするよね」

「またまた、母さんに比べればあっしなんて亀ですよ。まあ亀って意外と足も泳ぎも速いんで馬鹿にできませんけど」

 

 にししっと笑う黎に、白騎士と白式は苦笑した。

 

「さーてさてさて、そうと決まれば早速行動でっせ。おーいラムせんぱーい! 寝る暇あったら最後まで責任取れーい!」

「シャル……ロッ……ト……へへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────デュノア社

 

「…………」

 

 フランス時刻午後3時頃、社長室にてデュノア社社長であるアルベールは、会議資料に目を通しつつ、チラチラと時計を確認してはソワソワとしていた。

 

「あなた、コーヒーをお持ちしました」

「……あれ、お前、いつの間に」

「ずーっと呼んでたのよ。気が付かなかったの?」

「いや、すまない」

 

 謝るアルベールにロゼンダはため息を吐きつつ、彼にコーヒーを差し出した。時間が経っているせいか、ほんの少しだけ冷めている。

 

「あの子のこと、考えていたんですか?」

「ああ」

 

 アルベールの落ち着きがない原因、それは今頃IS学園で保護されているであろうシャルロットのことであった。

 本来なら、妻と共に第三世代機の研究も兼ねて娘の活躍を見に行きたいと考えていた彼ではあったが、何せ今は娘の暗殺を目論む輩の捜索と会社経営の両立で大忙し。そのため、信頼出来る社員を視察に向かわせた。

 だが、向かわせた調査員から聞かされたのは、試合中に発生した事故による全試合の中止と、シャルロットがその事故に巻き込まれたという報告であった。幸いシャルロットには怪我がなかったものの、アルベールにとっては朝から娘の身が気がかりで仕方がないのだ。

 

「学園側も協力してくれてはいるが……」

「ここ最近、何かと事故が多いようね」

「早く見つけ出さなくては……」

 

 アルベールとロゼンダは頭を抱える。一体シャルロットを狙う輩は誰で、どこに潜んでいるのか。調査をしてもなかなか決定的なものは掴めなかった。

 

 ……♪ 

 

「…………誰だ、こんな時間に」

 

 頭を悩ませている途中、アルベールの端末に通知が入り、彼は面倒くさがりながらもメールを確認すると、差出人不明のメールが一通届いていた。彼のプライベート端末に直接メッセージを送れるのは、幹部のもの達や付き合いの長い者達ぐらいである。

 

「誰から?」

「…………」

 

 アルベールは無言でロゼンダにメッセージ画面を見せた。そこには、『0』とだけ書かれたメッセージと一緒に極秘と書かれた資料が添付されていた。

 

 と、まるでタイミングを測ったかのようにアルベールの端末に連絡が入る。表示された名前を確認すると、アルベールは一息置いて通話に応じた。

 

「……君か」

『お久しぶりですね、アルベール社長』

 

 聞き覚えのある野太い声と話し方。通話の相手は、以前アルベールに報告を行った0であった。

 

「……一応、本物の君かどうか確認したい。あの時のことをもう一度話してくれないか」

『ええ、そう言うと思いましたよ』

 

 0は、以前アルベールに話したシャルロットの件について、あの時と同じように話していく。相変わらず的確すぎる情報にアルベールは唖然とした。

 

『どうですか?』

「……ああ、間違いなく君だな。それで、このメッセージは一体なんだね」

『どうやらそちらが暗殺派の割り出しに手こずっているようなので、私から有力な情報を提供します』

「有力な情報か……それは一体」

『先程送信した資料を見ていただければ分かるかと』

 

 0の言う通りに、アルベールは先程受け取ったメッセージに添付されていた資料を開く。

 

「……これは……」

「……」

 

 資料を開いたアルベールとロゼンダは言葉を失う。

 そこには、シャルロットの暗殺を目論んでいると思われる社員のリストが載せられており、その中には、アルベールが以前から怪しんでいた人物の名前も載っていた。

 

『どうでしょう? お役に立てそうですか?』

「……君は、一体何者なんだ」

『言ったでしょう、ただの暇人だって』

「……ははっ、そうか。そういえばそうだったな」

 

 0の言葉にアルベールは笑った。

 

「ありがとう、使わせて頂くよ」

『……では、このことが奴らにバレないように、十分に、且つ迅速に対応してください』

「ああ、そうさせてもらおう」

『……ところで、シャルロットとちゃんと話はしましたか?』

「ああ、したさ。無論、学園側にも話した。色々と嫌味は言われたがな」

『当然でしょう、あなたもそれをわかった上で話したはずだ』

「もちろんだ」

『……それで、仲直りは出来そうですか』

「……とりあえずは、と言ったところか」

『上出来です』

 

 通話越しに0はフッとした笑い声を出し、そのまま通話を切った。娘に本当のことも言えない不器用な父親がこれだけやったのだから、上出来もいい所だ。

 

「あなた……」

「分かっている。とりあえずこのリストをもとに暗殺派を炙り出す。勿論、信頼できるものか確認しつつ、慎重にな」

 

 あの時と同じように、アルベールはため息を吐く。その顔は、疲れながらも、暗殺派を見つけ出そうという気迫に満ちていた。

 

 あの暇人が一体なんの目的で自分たちに情報提供をしているのか、それは彼にも分からない。が、ただ1つ言えるのは、彼は現時点で本当に暇人ということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────保健室か医務室

 

「あー……終わった」

 

 誰もいない部屋の中、デュノア社長との会話を切った俺は端末を枕元に放り投げて、ベッドの上で大の字になる。こんな夜遅くに、なんでシャルロットの件で関わりたくない俺が今デュノア社長に再び電話をかけたのか。大体の人は察してくれるだろう。

 

「…………あのうさぎ」

 

 そう、あのうさぎこと大天災な束博士がまたもや勝手に通信を繋げてきやがった。楯無さんとレインが一悶着して帰ったから後だから良かったものの、もし誰か居たらどうするんだ。オマケにさっきまで織斑千冬まで来てたってのに。まあうさぎのことだ、帰ったタイミングを見計らってかけてきたんだろう。おかげでこっちは痛い体を起き上がらせないといけなくなったけど。

 

 にしてもあのうさぎ……今度は『シャルロット・デュノア暗殺派の一覧』を送り付けてくるとは、一体何を考えているんだ。

 しかも今回の(一方的に押し付けられた)情報の見返りが『箒ちゃんの面を取った時のベストショット』って……そんなマニアが買いそうな写真、盗撮やらし放題なんだから自分で撮ればいいだろうに、俺を盗撮魔にするつもりかあいつは。

 まあ、亡国機業だから盗撮魔よりタチは悪いか。

 

 ……今度かけてきたら一言文句でも言ってやろう、そう心の中で誓った。

 

 にしても、今日のうさぎはなーんかおかしかった。いや、声と話し方と一方的な通信は間違いなくあいつだ。ただ途中途中で『あっし』やら『でっせ』やら聞き覚えのない単語を話していた。なんだよこれ、アッシーなら昔姐さんが日本で流行ってたって言ってたけど、デッセってなんだよ、意味不明だ。本当にうさぎか? 

 

 プー……ビッ

 

『もすもす終日〜?』

「……相変わらず神出鬼没ですね、束博士」

『それほどでも〜』

 

 褒めてねえよ。

 

「今度はなんですか? まさか箒の風呂場の写真よこせとか言いませんよね?」

『何の話かな? 束さんはただ怪我をした零くんを労わってお電話しただけだよ? それに箒ちゃんの入浴写真なんて既に入手済みだよ?』

「それはすごい、ということは面を取った瞬間のベストショットも?」

『オフコース、汗が滴る瞬間までバッチリだぜぃ』

 

 やっぱ最低だ、この人。

 

 …………あれ。

 

「束博士、さっき電話してきましたよね?」

『私はなんにもしてないよ? 今零くんにお電話したのが初めてだよ?』

「え、なんで」

『そりゃあ、零くんが(クーちゃんが気にいった)男だからだよ』

 

 だから男となんの関係が……え。

 

「……束博士、もう一度聞きますけど……これが今日初めての通信なんですよね?」

『だからそう言ってるじゃん。さっきまでクーちゃんを慰めるのに必死だったんだから』

「…………じゃあ、俺にシャルロット暗殺派の情報を流した覚えも、箒の写真を要求した覚えもない……と?」

『だからそうだって……ん? なんのこと? 零くん?』

 

 いや待て。確かにさっきの通信はうさぎだ、番号もメールアドレスっぽいものも、話し方も声も……え? まさか。

 

『零くーん? おーい? キャンユーヒアミー?』

「…………」

 

 何これ、怖い。

 

 

 

 

 

 

 その日、俺はよく分からない気持ちの悪い恐怖心を抱きながらベッドの中で眠りについた。

 もうこの後何があっても俺は責任を取らない。

 俺はあれを受け取らなかった。

 そう、受け取らなかったんだ。

 

 

 

 ……マドカ、こういう時に君がいてくれたら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ピキーンっ! 

 

『今零が私に助けを求めた気がする』

『こんな時間に何を言い出すのよ、さっさと寝なさい』

『かーっ……零、おめーまた女……ぐぅ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ? 上手くいったでしょ? 私達にかかればこんなもんちょちょいのちょいですよ」

「お前……博士に消されるぞ」

「こんなんで子どもに手をかけるようなチンケな母さんを持った記憶はございません」

「うわぁ……黎お姉ちゃん、真っ黒」

「まあ何かあったらラム先輩に責任は取ってもらうんで、ねーラム先輩?」

「しーっ、やっと寝たんだから静かにしろよ」

「……ん……シャルロット……僕、頑張った……へへ」

「ま、今後は現実世界に干渉しないことだな」

 

 

 

 

 



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円、秋、強風、愚痴

各々の愚痴


 ──────────マドカの愚痴

 

「…………零」

 

 私の名前はマドカ……初めの方で説明したから名前だけでいっか。

 

 家族である零がIS学園に入学してもうすぐ3ヶ月は経つ。だが私にとってはもうそれ以上、まるで1年以上会えていないような気分だ。

 

 正直に言うと零がいなくて寂しい。寂しいどころか苦しい。

 

 いつも見ていた零の笑顔も怒った顔も泣きそうなのを我慢している顔も最近見ていない、通信越しで表情が見えることはあるがそんなの見たとは言わない。

 それに朝起きてもあいつはいない。いつもなら隣で可愛い寝顔をしているはずなのに。

 でも零の方は何だかんだ言って学園生活とやらを満喫しているそうだ。私がいなくても平気なのだろうか……。

 

 本当は私だって行きたいさ、それで一緒に飯を食べたり一緒に寝たり一緒におふ…………はダメか……。

 とりあえずできるのなら私だって一緒にいたい。でもそんなことすれば織斑関連で面倒なことに巻き込まれるのは間違いない、折角零が命をかけて助けてくれたというのに、そんな真似なんて出来ない。

 それに一応夏休みに戻ってこれるとも言ってたし、もう少し我慢すれば会える。

 

 …………でも

 

「零と一緒にいたい」

 

 そんな気持ちが日に日に増していく。

 

 そういえばIS学園にはレインも通っていたな。ダリル・ケイシーとかいう偽名で。

 今頃零と一緒にお昼を食べたり食べさせたり食べさせあったり抱きついたり添い寝したりしているに違いない。

 

 何だろうかこの気持ちは。凄く心がモヤモヤする。

 

 それに最近心配していることがある。零が他の女子とイチャイチャしていないかどうかだ。

 いや、女子校だから話すのは仕方の無いことだ。でももし他の女子と恋に落ちそのまま口付けやらをしてしまったら、ましてやそれが織斑千冬だったら。いや、零のことだから織斑千冬に恋をするなど。

 

 でも、確か織斑千冬に見とれてたってレインが…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「M、あなたどこに行くつもり?」

 

「スコール……」

 

「勝手に零のところに行くのはダメよ」

 

「けど……このままだとあいつが織斑千冬の毒牙に」

 

 ギュッ

 

「ムグッ……な、何をするんだスコール。いきなり抱きしめるなんて」

 

「貴方って子は、零のことになるとすぐこうなんだから。大丈夫よ、あの子は織斑千冬に恋なんてしないわ」

 

「……本当にそうだろうか?」

 

「あの子、意外と一途なんだから(まあ、どうなるかはあの子次第ね)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────オータムの愚痴

 

 零の野郎がIS学園に行ってからもうすぐ3ヶ月、ハッキリ言うとそれ程生活に支障はねぇ。いつも通り任務をやって帰って寝てる。

 毎日食ってたあいつの美味い料理が食えなくなっただけでそれ以外はいつも通りだ。Mは随分と荒れてるようだがな、まあそれもそうだ、会ってからずっと離れず一緒に暮らしてたんだからな。

 

 私か? 別に寂しくもなんともねえよ。

 それにあいつは私の義弟だぞ? そう簡単にくたばりもしねえよ……まあ無人機はちょっとだけ心配したけどよ。

 それに上からも何も連絡がねえから逆に命狙われてねえかとか、それくらいだ。

 

 それよりもだ、私が1番心配なのはあいつがIS学園の女どもを取っかえ引っ変えしてねえかってことだ。だって女子校だぞ? 私とスコールみたいな関係の奴がゴロゴロいやがる上にそれと同じくらい男に飢えた野郎だっているんだ。あいつが女を侍らせて遊ぶクズ野郎になるかもしれねえ可能性だって高えわけだ。もしそうなったらぶっ殺してやる。

 

 そういえば、レインの話じゃ今あいつと同室になってる更識楯無が零に対してすげーアプローチしてるらしいじゃねえか。更識家だか対暗部用暗部だか知らねえがよぉ、零の野郎を嵌めようってんならタダじゃ置かねえからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………それにしてもよぉ、何で私への返信はこんなに雑なんだ? マドカなんて結構な量送ってんのに全部ちゃんと答えてんじゃねえか。私だって同じくらい送ってんのに、何で『うん』か『そうだね』ばっかなんだよ。スコールが送ってもちゃんと返信してるしよぉ。

 

 

 

 昔はこんな奴じゃなかったのに。いっつも私の後ろをついてまわった、姉さん姉さんうるさいのなんのって、転んだ時も絆創膏したらありがとうって笑顔で答えたのに今では治療拒否する上に話すらまともに聞かないんだぜ? こちとらどんだけ心配してると思ってんだよ。

 

「なあスコール?」

 

「オータム、貴方ちょっと飲みすぎよ」

 

「こんぐらい飲まないと落ち着けるかってんだ」

 

「マスター、お冷。もう水風呂で構わないわ」

 

「かしこまりました、少々お待ちを」

 

「(オータムもM並に荒れてるわね)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────スコールの愚痴

 

 

 …………ええ、2人の愚痴を見てもらえばわかる通り、私はこの情緒不安定な2人に挟まれながら暮らしてるわ。

 私も零のことは心配よ? 

 でも2人はいきすぎよ。零はそんなにヤワじゃないわ、それにレインもいるんだから……レインもちょっとあれだけど、問題はないわ、多分。

 

 それにしてもおかしいわね、サイボーグなのに節々が痛い。何処か錆びてるのかしら。

 

「スコール! 零がドイツの兎に誑かされてるそうだ!」

 

 あ、これね。

 

 




次回とその次でトーナメント編は終わる予定です。


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零、口付け、ショック

 25話

とりあえず今回でフランスの件が終わります。かなり違和感というか色々と都合が良すぎると思います。すみません。
 男装については、考えれば考えるほど丸く収まる方法が分からなくなりました。


 ────────────────3組

 

 時は流れて、トーナメントから数日経ったその日、何とか1人で色々と出来るまで回復した俺はいつものように3組の教室に向かっていた。たった数日とはいえ、何だか数ヶ月ぶりにここを歩いているような感覚だ。トーナメントが中止になったおかげで少なからず授業も進んでいるだろうし、クラスの子にノートを見せてもらおう。

 ……なんかここに来てから怪我ばっかしている気が。

 

「あ、零君、おはよー」

「おはよう」

 

 廊下ですれ違った生徒と挨拶を交わす。

 

 にしても、この数日は本当に大変だった。

 VTシステムの件で織斑千冬やその他教員から連日で事情聴取を受けたり、ラウラと手を繋いでいたことで何故か凄く勘違いされて(織斑千冬含む)一部の教員や見舞いに来てくれたみんなから質問攻めにあったり、楯無さんとレインが飯を食わせようとしたり、フォルテさんが巻き込まれたり……心配してくれるのは有難いんだけど、正直寝かせて欲しかった。

 あと何故か怪我したことをマドカが察知して深夜にメッセージを大量に送ってきたこともあるか。レインの話だと俺のことを礼子姉さん達に伝えたのはトーナメントの次の日だ。だから、その時のマドカはまだ知らないはずだ。なんで分かったんだ? で、案の定、礼子姉さんとマドカからのメールで寝不足だ。

 

 あと昨日は一夏が手料理を作ってきてくれたり……なんだろう、この気持ち。これが友情ってやつなのか? 

 いや、これはどうでもいいか。

 

 けど、1番大変だったのは風呂だ。本当は頑張れば自分で洗えたんだけど、レインと楯無さんが『黙って背中を洗わせやがれ(洗わせなさい)』と訳の分からないことを言って半ば無理やり背中を流してきた。あくまで背中だけだ、その他は自分で洗った。

 全く、俺だって年頃の男だっていうのに。大怪我をした時なら兎も角、今更背中を流されるのは正直恥ずかしい。ましてや楯無さんみたいな他人にやられるのはもっとだ。

 

 ……マドカがしてくれるのは嬉しいかもしれない。

 

 

『相手が裸なのはどうでもいいのかよ、こいつ』

『ISスーツ着てたからじゃない?』

『いや、だとしてもおかしいだろ。つーかこいつ日に日に悪化してねえか?』

『どれだけ悪化しようが、あっし達はレイもんを見守るだけでっせ』

 

 

 …………なんだ今の寒気。アッシー、デッセ……何だか折角忘れかけていたものが呼び起こされそうな気がする。いけないいけない、さっさと教室に向かおう。

 

「あ、零君だ」

「おはよー」

「おはよう」

「怪我は大丈夫なの?」

「ああ、おかげさまで。ちょっと痛むけどね」

「またノート見せてあげるね」

「助かるよ」

 

 教室に入るやいなや、みんなが挨拶をしてきた。ふむ、どうやらトーナメントのことで特に変わったことはなさそうだ。ラウラは……まだ来てないのか、楯無さんの話だとラウラは動けるようになった後、大破したシュヴァルツェア・レーゲンの修理で暫く整備室に篭っていたらしい。早く彼女の元気な顔がみたいよ。

 

「ねえねえ、今朝のニュース見た?」

「見た見た、ドイツとフランスのニュースでしょ」

「まさかあんなことがあったなんてねぇ……ボーデヴィッヒさんも災難だなぁ」

 

 後ろの席では、女子たちが群がって今朝のニュースのことで盛り上がっていた。

 

 それはそうだ、何せ数日前に、VTシステムの内容とあの時の映像がどっかの誰かさんの手によってネットに流出、そしてドイツのやらかしが全国レベルで知り渡ることになったんだからな。

 平然と話してるけどこいつはなかなかやばい、何せあの禁止されてるVTシステムを造った挙句、貴重な代表候補生のISに無断で仕込んだことが世界中に流れたんだからな。今頃ドイツの方は大変なことになっているだろう。

 あ、ちなみにラウラのことだけど多分大丈夫、ラウラはあくまでIS製造関係者の一部過激派の実験に巻き込まれた被害者という立ち位置で収まったらしい。

 これに関してはおそらく織斑千冬や学園側も動いたはずだ、じゃなきゃ俺も困る。処罰も悪くて降格といったところだろう。

 肝心の主犯格だが、国の方はVTシステムの開発に関わっていた一部の上層部と軍幹部、あと製造責任者を吊し上げて全責任をおっ被せたようだ。全く、相変わらず責任逃れがえぐい。

 

 まあ、とりあえず世間の目もあるから、ラウラが下手に消される心配は無くなった……いや、平気で拷問やらをやってたドイツ軍のことだ。もしかしたら、なんてこともあるから一応誘拐することも考えておこう。姉さん達に殺されるだろうにけど。

 たく、一体どこの誰がこんなことを……気まぐれだな。

 

「ドイツもそうだけど、フランスもよ。まさかデュノア君がデュノアさんだったなんて……」

「あーあ、今頃1組の方はお通夜状態でしょうねー」

「あんだけ追っかけしてたからね」

「織斑君とのお付き合いもダメになったし」

「神は私たちを見捨てたとか言ってるでしょ」

 

 そして今回のニュースでやばいのがもうひとつ……フランスのデュノア社の件だ。ドイツが言い訳していた裏では、デュノア社社長のアルベール・デュノアによる謝罪会見が行われていた。

 凄ーく長い話だからざっくり省略させてもらうと、

 ①娘であるシャルロット・デュノアをシャルル・デュノアとして第三の男性操縦者としてIS学園に入学させたこと

 ②その理由が娘の暗殺を目論んでいた会社関係者等の輩から守るために行ったこと

 ③男性操縦者として入学させたのは、彼女を守るため、そしてフランス政府を納得させるため

 ということらしい。もっと具体的なことも言ってたけど。いや、流石に3つ目は無理があっただろ。

 

 それはそれとして、アルベール社長は伝手のある政府関係者と協力、シャルロットの暗殺を企んでいた輩をあぶり出して全員逮捕。ということらしい。こんな短期間でよくやったものだ、親バカってやつか。

 

 今頃、会社にはドイツ軍に負けず劣らずクレームやらが殺到しているに違いない、社長だってその覚悟でやったはずだ。まあ、少なくともこの学園はシャルロットに関しては味方側だから、ここでの彼女の身の安全は確保されてはいるだろう。

 

「零君、これ、数日分のノート。良かったらボーデヴィッヒさんにも見せてあげてね」

「ああ、ありがとう」

 

 何はともあれ、これでドイツとフランスの件は一件落着ってことか。全く、何とも無茶苦茶な案件だった。VTシステムもやるメリットなんてほとんどないだろうし、男性操縦者も無理があるだろ。どうせならそのままでハニトラさせとけば良かったのに。

 

 ……ついでにもう一度言っておく、俺は今回のデュノア社の件に関してなんにも関わってない。電話をかけた覚えも暗殺者リストを送った記憶もない。そう、そんなことはなかった。

 

「はーいみんなー、席に着いてー」

 

 と、先生が来たか。

 うわ、なかなか酷い隈だ。あれは例のことで大忙しだったんだろう。織斑千冬も山田先生も同じようになっているに違いない……後で何か持っていくか。

 

「えー、皆さんもご存知の通り、シャルル・デュノアさんはシャルロット・デュノアさんでした。それとボーデヴィッヒさんも大変な目に会いましたね、みんな変わらず仲良くしてくださいね。はい、これでこの件はおしまい。これ以上先生達に追求したら夏休みは無くなると思って、いい?」

「「「はーい……」」」

 

 あー、これは相当疲れてるな。顔が笑っているようで笑ってない。

 

「……あれ」

「どうしたの?」

「いや、確か男子の大浴場って解禁されたって言ってたよね?」

「あー、そういえば織斑君とデュノアさんが使ってた……あれ」

 

 ああ、そういえば大浴場ってもう使えるんだった。で、一夏とシャルロットが使ってた……なるほど。

 1組、穴が空いてなきゃ「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」……やっぱダメか。

 

 

 

 

 

「零! 助けてくれ!」

「だから! なんで俺の所に来るんだよ!」

「「「俺?」」」

 

 しまった、つい気が緩んで「いーちーかー」……なんだ? 

 

「ひっ!?」

 

 一夏の女々しい叫びと共に教室の扉からゆっくりと現れたのは、どす黒い龍のオーラを背に纏い、甲龍を部分展開させた鈴だった。まるで何かに憑依されたヒロインのようだ。

 

「鈴……」

「そっかー……アンタ、あの時シャルルと一緒にお風呂入ってたのねー。アタシ達がすっごく心配して疲れてた時にアンタは混浴かー。へーそっかー」

「あ、いや、これは流れでそうなっただけで」

「流れかー、流れで混浴かー、あははっ」

 

 顔は笑ってるけど目は笑ってないうえに光がない。これはダメだな。

 

「あ、あのな鈴。これには深いわけが」

「あるの?」

「……ないかも」

「死ぃねぇよぉやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 興奮した鈴は叫びながら、右肩に展開した龍咆で衝撃砲を一夏に向けて発射した…………普通にやばいじゃねえか! このままだと周りの子も死ぬぞ! 

 

「ちょっとは場所考え……!」

 

 俺はすぐさまクロスライザーを展開しようと待機状態のこいつを掲げた。

 

 ズドンッ! 

 

 が、その前に何かが割って入ってきて、鈴の衝撃砲を受け止めた。

 

「ラウラ?」

「無事か、零」

 

 衝撃砲を受け止めたのは、シュヴァルツェア・レーゲンを部分展開させてAICを発動させたラウラだった。危機一髪って所か。眼帯は新しいものをつけているようだ。

 

「久しぶり、危うく死ぬところだったから助かったよ」

「礼は良いんだ……それよりも凰」

「な、なによ」

「お前はもう少し場所を考えろ。危うく他の者まで巻き込むところだったぞ」

「うっ……ごめん」

「一夏も頭を下げろ」

「え? 俺も? ……と、とりあえずごめん」

 

 ラウラから言われた通りに謝る鈴と一夏。なるほど、昔礼子姉さんから教わったあれと同じか。一夏と箒が喧嘩した時もやったっけ。

 

「……さて」

 

 そう言うと、ラウラは俺の方を振り向いて、胸ぐらを優しく掴んで少し引き寄せてから、つま先立ちで俺の口元に自分の唇をぐむっ……。

 

「えっ!?」

「え……えっ!?」

「ハレンチー……」

 

 突然の口付けに、教室内にいたみんなが声を漏らした。俺だって口を塞がれていなかったら声を漏らしたかった。

 

「んっ……あっ」

 

 意外と長い間キスをした後、顔を離したラウラは笑顔を浮かべていた。

 

「……ラウラ? これは一体」

「あの時助けてもらった礼だ」

「なんでキスなの?」

「特別な気持ちを持った相手への礼はキスが1番だと考えたからだ」

「特別な……気持ち?」

「ああ、まあ……うん」

 

 俺の言葉に、何故か恥ずかしそうに頬を染めるラウラ。

 

「え……これって、そういうこと?」

「ドイツ人って大胆だぁ」

 

 そんな彼女を見てざわめき始めたクラスと先生とその他2人。

 

「あ、あんたねぇ! あんたの方がよっぽど場所選んでないじゃない! だったらアタシだって……何言ってんのよ!」

「こ、ここは恋愛禁止……あ、そんな規則なかったわ」

 

 鈴と榊原先生が動揺して訳の分からないことを言い始めた。どうやらこういうことには……いや、そんなことはどっちでもいい。それよりもこの状況は非常にまずい。

 

 

 ピロンッ

 

 

 突然、俺の端末に通知が来た。音からしてマドカだ。

 

「まさか……」

 

 俺は恐る恐る端末を開き、マドカからのメッセージを確認した。

 

 

 

 そこに書かれていたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『零なんか嫌いだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズドォォォォォォンッ!! 

 

 その一文を読んだ瞬間、俺の心臓部がシャルロットのパイルバンカーを受けたような……いや、それ以上の衝撃に襲われた。

 昔レインと派手にやり合った時にスコール姐さんから仲良く受けた絞め技と同じように、辺りが揺らぎ、少しずつ暗闇に包まれていく。周りの子の声が雑音に変わっていき、まるで夢に落ちるかのように体の力が抜けて、硬い床に倒れた。

 

 ああ、流石にダメかもしれない。

 

「お、おい零。しっかりしろ、れーい!」

 

 一夏の叫びとともに、またもや俺は暗闇の中へ意識を落とした。

 

 

 

 

 

 ……暫くここから抜け出したくない。

 

 

 

 




リ○○=カーネイション→リヴァイヴとコ○モスに分離可能。

そんなのありかよ、と思いました。


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夏、花、混浴

ちょっとした補完。




 ────────────────大浴場

 

「……来ちまったな」

「……来ちゃったね」

 

 トーナメントの夜、山田先生に導かれるように、用意を持った俺とシャルロットは夜の大浴場に連れて行かれ、その脱衣所で二人っきりになってしまった。

 

 これはかなりまずい。背中を向けあっているとはいえ女の子であるシャルロットと2人っきりって……鈴に見られたら殺されそう。

 

「……と、とりあえずさ、シャルロットが入れよ。俺はシャワーで十分だから」

「い、いいよ。ほら、一夏こそ入って。ここに来てからずっと入れなかったんでしょ?」

「え? まあ楽しみにはしてたかな」

「だったら入りなよ、僕のことは気にしなくていいから。それに僕、お風呂とか苦手だから。一夏は?」

「好きだけど」

「なら入って、僕はここで待ってるから」

「そうか? じゃあ有難く入らせてもらうぜ」

 

 シャルロットのお言葉に甘えさせてもらい、俺はさっさと服を脱いで大浴場の扉を開けた。湯気のおかげで浴場内は真っ白に染まっていて、俺はその中を突き進む。

 

 

 

 さて、先に汗で汚れた体を洗ってから入るか。

(まるまるカット)

 

 

 

 

 ……ヂャボンッ

 

「はぁ〜……気持ちいいなー」

 

 一通り洗い終わった俺は、頭にタオルを乗っけて大きな湯船の中に浸かった。

 数ヶ月ぶりとはいえ、湯船がこんなに気持ちのいいものだなんて。これならやっぱりシャルロットに入って欲しかったな。あ、確か風呂嫌いだっけ。

 

 ……ふぅ、今度零を誘って2人で背中でも流し合うか。今日の件のお礼もしたいし、あいつが良いって言ってくれるといいけどな。あ、あとラウラの様子も見てくか。

 

 ……ん? 今扉が開く音がしたような……そして誰かが湯船に浸かるような……気のせいか。

 

「お、お邪魔します。隣、いいかな?」

「おお、いいぞ……え」

 

 突然話しかけられた俺は声のした方角に顔を向ける。

 そこにいたのは、シャワーの時と同じように何も纏わないシャルロットだった。

 

「ちょ、シャルロット!?」

「ご、ごめんね。やっぱり入りたいって思っちゃった……迷惑だったかな?」

「いや、迷惑とかそういう訳じゃないぞ!」

 

 俺はシャルロットに背を向けながら彼女の裸を見まいと焦る。おかしい、初めて見た時々は動揺しなかったのに。あ、あれは事故みたいなもんだからか。

 

「き、気持ちいいね」

「そ、そうだな! いやー久々にこんな広い風呂に入れて良かったよかった、ははっ…………は」

 

 俺の笑い声が浴場内に虚しくこだまする。湯気のせいで乾いた声は湿気っている気がする。

 それが終わると、俺とシャルロットの間になんとも言えない雰囲気が漂ってきた。湯気でぼやけているけど、シャルロットは間違いなく裸だ。

 

「……ねえ、一夏」

「な、なんだ?」

「背中、持たれてもいいかな?」

「……は?」

 

 ピトッ

 

 俺が答える前に、背中に比較的柔らかい感触が伝わってきた。女の子の背中ってこんなに柔らかいもんなのか。

 

「しゃ、シャルロット?」

「ふぅ、ホントに気持ちいいねぇ……温かいや」

 

 シャルロットは背中どころか頭も持たれたようで、俺の背中に彼女の湿った長い髪が張り付いた。

 

「……今日の一夏、かっこよかったよ」

「え、そうか?」

「そうだよ。あの距離から相手の部位に的確に命中させるなんて」

「ああ……あれはまあ、まぐれってやつだ。それに下手したら零に当たってたかもしれないだろ?」

「それでも当てたんだから凄いよ」

 

 あの時はただ只管自分にできることを探していたからな。それがあれだった。射撃だってセシリアとシャルロットが教えてくれたからまともに撃てるようになったわけだし、もしもあれが零に当たってたら今頃みんな……けど、あの状況を解決できる力がなかった俺には、あれ以外に自分ができることが見つからなかった。零落白夜なんて使えるエネルギーも残ってなかったし。

 

「一夏って、結構大胆な人なんだね」

「お、俺なんかまだまだ、千冬姉に比べたら……あの、シャルロットさん?」

「何かな?」

「いつまでこうして入ればいいんでしょうか?」

「……僕じゃ、嫌かな?」

「いや、嫌とかそういうのじゃ」

 

 こういうのは男として緊張するというか。

 

「あ、ああ! そういえば、会社のことはどうなったんだ? あれから何か進んだか?」

「え? ううん、まだ何も。お父さん達も必死になって探してるみたい」

「そうか。今日の試合、見に来て欲しかったな」

「一応、調査員の人が来るって言ってたけど……やっぱり見に来て欲しかったかな。お義母さんも残念そうにしてたよ」

 

 シャルロット、向こうの人達とすっかり仲直りできたみたいだな、良かった良かった。

 それにしても、まさかデュノア社の裏であんなことが動いてたなんて……なんか、それでいいのかよとか叫んだり勤勉とか堂々と言った自分が恥ずかしくなってきた。

 

「……ありがとう、一夏」

「へ?」

「一夏があの時、1人で抱え込まなくていいって言ってくれたから、僕は前に進めたんだよ」

「そ、そんな……俺はただ」

 

 助けたかった、そんなセリフを言う前に、俺の背中にまた違った感触が伝わってきた。今度は比較的どころかめちゃくちゃ柔らかい感触が……。

 

「シャ、シャルロット?」

「……嬉しかったんだよ。僕のために必死になってくれて、怒ってくれて……男の人からこんなに優しくされたのは初めてなんだ」

「あー、そ、そうなのか」

「……一夏」

 

 俺の名前を呼ぶと同時に、シャルロットはさらに俺に抱きつき、柔らかいものを押し付けてきた。おっかしいなぁ、凄く緊張する。

 あ。やばい、いろいろ持たない。

 

「一夏……僕、一夏のことが「あー! 何だかのぼせてきたなぁ! 悪い! 俺先に上がる!」え?」

 

 俺はシャルロットからの抱擁を振り払い、体を起こしてその場から逃げるように脱衣所へ向かった。

 

 こんな光景、箒にでも見られたら真剣で頭から股下まで一刀両断にされるな。鈴なら衝撃砲でミンチか……

 ああ、そういえばさっき箒と水着を買いに行く約束しちまったけど……なんか、あいつと2人っきりで行くのはちょっと緊張するなぁ……誰かもう1人連れていこうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、一夏ったら」

 

 大浴場にただ1人取り残されたシャルロットは、さっさと脱衣所へ退散した一夏へ内心文句を言いながら、手足を伸ばして体全体を湯の中へ沈めた。

 

「(君って、噂通りの鈍感なんだね)」

 

 湯気に包まれた天井を見つめながらシャルロットは心の内で呟く。

 クラスメイトから聞いた話によると、一夏はIS学園に入学する以前から女子生徒からモテていたらしく、その鈍感さ故に多くの女子を泣かせてきたという。

 現についさっき、シャルロットが積極的にアピールしたにも関わらず、おそらく彼はそれが好意から来るものだと気づいてはいない。

 

「(君は、自分の気持ちにも鈍感なのかな)」

 

 しかしこの数週間の付き合いの中で、シャルロットは一夏のことをある程度理解していた。彼がファースト幼なじみこと、篠ノ之箒の横姿を見る目が、他の女子生徒を見る時とは違うことを。そして一夏本人がそれを無意識にやっていることを。

 

「……僕は、どうしようかな」

 

 とりあえずの実家との蟠りを解いたシャルロットは、これから先をどう過ごそうか、一夏との関係をどうしようか、もし全てが終わって実家に帰れたらまず家族と何をしようか。入浴しているしばらくの間、湯の温かみを感じながら目を瞑って考えた。

 

 

 

 

 

 

 



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零、買い物、追跡

26話

サイレント・ゼフィルスについてですが、本作品のセシリアはエクスカリバーが造られなかった影響に加えて、例の姉妹の教育のおかげでかなり真面目に育ったため、早い段階でブルー・ティアーズを乗りこなし、いいデータを収めていた(偏向射撃はまだ上手く出来ていない)。なので、ゼフィルスを生産する時期が原作よりも若干早くなった。という設定にしています。
かなり矛盾が多くなるうえに無理がある設定ですが。(エクスカリバーについては、後々から回収する予定です)


 ────────────────寮内

 

「こっち……いや、こっちか」

 

 トーナメントから日が流れた週末、臨海学校が間近と迫ったその日、箒は自室で、自身の背丈程ある鏡の前で一夏との買い物に着ていく服を選んでいた。初恋の一夏と離れて早数年、再会してから1度も共に外出をしていなかった彼女は、彼と買い物をする今日という日をなんのかんの言って楽しみにしていた。

 あれから大人の女性として色々と成長した箒。あの頃とは違う自分を見てもらうためにも、ここはオシャレをきめて一夏にアピールをしたいところなのだ。

 

「よし、これで」

 

 数分後、ようやく服を決めた箒は鏡の前でベタな一回転をして全身を確認する。

 胸の谷間が少し露出したノースリーブとその上から羽織ったジャケット、膝丈より短いスカートを纏ったその姿は、年頃の少女にしては少々刺激が強めな服装であった。これならいくら唐変木な一夏でも見蕩れるに違いない、そんな別の意味で甘いことを箒は考えていた。

 

『箒ー、迎えに来たぞー』

 

 自室の外から一夏の声が聞こえ、箒は1度咳き込んでから皺を正し、平然を装いながら口を開いた。

 

「い、今行く」

 

 ショルダーバッグを肩に下げた箒は扉の前で一旦呼吸を整え自室の扉を開けた。その先では、ラフにキメた服装の一夏が何時もの表情で立っていた。

 

「よっ、おはよう」

「お、おはよ……」

 

 一夏からの挨拶を返そうとした箒だったが、彼の後ろに潜む怪しい人影に言葉を止める。

 

「一夏、これは」

「ああ、2人っきりじゃつまんないと思ってさ。シャルロットも誘ったんだ。なぁ?」

「お、おはよう……あはは」

 

 一夏の背後から申し訳なさそうな顔つきで現れたシャルル改めてシャルロット。その格好は以前のような男装ではなく、例えるなら、私立高等学校の窓側の席に1人は居そうなお嬢様の風貌を纏っていた。

 

「どうしたんだ、箒」

「いや、なんでもない(どーせこうなるとは思っていた……)」

「おう、じゃあ行こっか」

 

 さっさと歩いていく一夏の後ろを、箒は脱力した様子でついて行く。

 こうなることは薄々勘づいてはいたが、それでも2人っきりのお買い物を就寝中でも妄想していた箒は、内心大きな溜息を吐きながら落胆した。

 

「……箒」

「……シャルロット」

「その……ごめんね、話を聞く限りだと2人で行った方がいいって言ったんだけど、どうせならって一夏が」

「いや、いいんだ。あいつはそういう奴だ。ははっ」

 

 箒は生まれてから何度目か分からない乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────交差点

 

「零、何か仰ぐものはないか?」

「仰ぐか……あ、扇子あるけど使う?」

「扇子? ああ、うちわの仲間か」

「多分そんな感じかな」

 

 トーナメントから数日がすぎたある日の週末。俺は今、ラウラと一緒に学園から離れた駅前にあるショッピングモールを目指して歩いていた。

 ちなみにこの扇子はこの前楯無さんから貰ったものだ、なんでも今使っているやつがあるからいらないとか。俺も扇子なんて使ったことないよ。あれ、あったか? 

 

「にしても暑いなぁ」

「日本の夏は随分と暑いものだな」

「うーん、僕が昔遊びに来た時はもう少し涼しかった気がするけど」

「そうなのか」

 

 日焼けしてしまいそうな熱を放ってくる常夏の日差しを浴びながら、信号の前で俺たちは右手に持った扇子で顔を扇いだ。

 ちなみにラウラは部下の人から渡された子ども服……ではなく、黒を基調としたTシャツとデニムパンツを、俺は普通に黒いTシャツとジーパンを、それとお揃いのベースボールキャップを被っている。これじゃあ友達というよりは兄妹に見えるかもしれない。

 

「ケイシーさんを呼ばなくて良かったのか?」

「うーん、呼ぼうと思ったけど用事があるらしくて」

 

 本当はレインも呼ぼうと思った。けど今日は別の用で外出しているらしく、部屋にはいなかった。フォルテさんの話では俺のことでどーとか。また何か怒らせるようなことをしてしまったか? あるとすればラウラからのキスかもしれないが……あれだってマドカと同じでちゃんと弁明したはずだ、ラウラとはそんな関係じゃないって。『おめー、いつかあいつ(マドカ)に刺されるぞ』とは言われたけど。

 

「おい零、手の甲が赤いぞ」

「ん? ……あ、蚊に刺されてる」

 

 さて、今更でなんだが、何故俺がラウラとショッピングモールを目指しているのか、それは昨日まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────昨日の調理室

 

 ジュウゥゥ…………

 

「どうですか?」

「うん、その調子よ。あとは麺が焦げすぎないように」

 

 その日の夕方、ラウラとの訓練を終えた俺は、調理室を借りて夕食の焼きそばを作っていた。この焼きそばはラウラと作る約束をしたあの焼きそばで、楯無さんの指導を受けながら調理している。今の実力だと不味い焼きそばしか作れないので、ここは料理ができる知り合いの楯無さんから教わった方が美味いものを作れると思ったのだ。

 訓練といい料理といい、何のかんの言ってこの人には世話になってるな。

 

「はい、これで出来上がり」

 

 楯無さんからの合図と同時に、俺は火を止めてフライパンを持ち上げ、焼きそばを大皿に盛り付ける。昔みたいに失敗してなきゃいいけど。

 

「ありがとうございます、楯無さん」

「いいのよ、料理くらい」

 

 さて、早く運ぶか。

 

「お待たせ、ラウラ」

「うむ、美味そうだ」

 

 ラウラのいるテーブルに皿を置くと、彼女は早速フォークを握って焼きそばの麺を絡めとる。箸はまだ使い方に慣れていないとか。

 

「どう?」

「……うん、ソースが効いていてなかなか美味いな。萌やしもなかなか」

「良かった」

「私が教えたから当然よ」

 

 少し自慢げに楯無さんは応える。

 コレで俺の料理のレパートリーが増えた、向こうに戻ったら姉さん達にも作ってあげよう。もうあの時みたいな不味いやつは作らないよ。

 

「あ、ラウラ」

「チュルッ……どうしだ?」

「口のここ、ソースついたよ」

「む、そうか」

「ほら、拭くからじっとして」

「んむ」

 

 俺は自前のティッシュでラウラの口元に着いたソースを拭き取った。

 やれやれ、どうやらフォルテさんだけじゃなくてラウラも俺たちと同じらしい。どうも俺の周りの人達はみんな口元に何かをつけたがる。そういえばレインから他人にやるなって言われたけど……ラウラは知り合いだからいいか。

 

「…………」

「どうしました? 楯無さん」

「んー? べっつにー、ただ何となーくかケイシーさんの気持ちが分かっただけよ」

 

 楯無は引き攣らせた口元を隠すように扇子を広げた。『鈍感野郎』……なんか失礼なことを言われているのだけは分かる。別にソース拭き取るぐらいおかしなことじゃないだろうに、楯無さんだって俺にやったんだから。

 

「私の時とは色々と違うのよ」

「ん?」

 

 何か言われた気がしたが、楯無さんは口笛を吹いて誤魔化していた。

 

「ねえねえ、水着ってもう買った?」

「買ったよー」

「そっかー、やっぱりみんな新しいの買うんだ」

「そりゃあ、学園生活の中で1回しかないんだから。後悔の無い青春の1ページにするつもりで行かなきゃ」

「あー、私も明日買いに行こっかなー」

 

 ふと、部屋の外から女子生徒数人の盛り上がる声が聞こえてきた。多分数日後にやる臨海学校のことだろう。なんでも海辺の砂浜で水着で仲良くキャッキャしながらISの実習をやるんだとか。

 

「ふむ、水着か。零は持っているか?」

「実家にはあるけど、今は学校指定のものしか持ってないかな」

「私も同じだ」

 

 だろうな、軍で自前の水着を着るタイミングなんて休日以外ないだろうし。俺も水着には特にこだわりはない。たかだか3日間着る程度だろ。

 

「もしかして2人とも、学校指定の水着で行くつもり?」

「私はそのつもりだ」

「僕もそれでいいかな」

 

 俺たちがそう答えると、楯無さんは呆れたと言いたいような顔で笑った。

 

「あのねーあなた達、折角の学園生活の大イベントなんだから、こういう時に遊んでおかないと。2年、3年って意外と忙しいのよ?」

「そうなんですか?」

「そう、だからこの前のトーナメント中止で大半の子は血涙を流していたのよ」

 

 血涙は知らないけど相当忙しいんだろう。うーん、でも俺もいつまでここにいるか分からないし、俺亡国だし、卒業までいるかどうか。

 

「それに、ラウラちゃんは女の子なんだから、スク水じゃなくてちゃんとした水着を買いなさい」

「うーん、しかし……そうだ、少し待っててくれ」

 

 そう言うとラウラは席を立って、離れた場所で誰かに電話をし始めた。一体誰に電話しているんだ。

 

 

 

 あ、戻ってきた。

 

「誰に電話してたの?」

「シュヴァルツェ・ハーゼの部下だ。こういう時は信頼出来る部下に聞くのが1番だと思ってな」

「へー、で、どうだった?」

「それが……」

 

 ラウラはさっきの電話の内容を話していく。

 

 

 

 

 

 

『クラリッサ、私だ』

 

『どうなされました隊長。もしや巻紙零との関係に進展が?』

 

『いや、そういうわけではない。ただ、臨海学校の事で相談があるのだが』

 

『ふむ、臨海学校……さては水着のご相談で?』キランッ

 

『よく分かったな』

 

『もうそろそろご連絡が来る頃かと思いまして』

 

『? そうか』

 

『そして今、隊長は学校指定の水着で行こうとしていらっしゃる……違いますか?』

 

『あ、当たっている(なぜ分かったんだ?)』

 

『はぁ……いいですか隊長、確かに隊長のスク水姿は誰が見ても速攻でノックアウトする代物です。私だって即死です。しかしそれはあくまでマニア受け、色物の域を出ない上に隊長のロリボゲフンゲフン……素晴らしいスタイルを100%活かせるものではありません』

 

『そ、そうか……えー、つまり購入した方がいいと?』

 

『はい、これは隊長のためでもあり、お相手の零さんの為でもあります。ついでに私達のためでもあります』

 

『お、おう、分かった……とりあえず適当に買っておこう』

 

『あ、ついでに試着した写真をこちらに送っt────

 

 

 

 

 

「ということらしい」

「なんかやばい単語が聞こえたような」

「今日もドイツは平和ね……」

 

 何だかとっても危ない匂いがする。ていうか今のドイツ軍ってVTシステムの件で大忙しのはずだろうに。

 

「まあ、クラリッサは優秀なやつだ。彼女の言葉は信用できる。気に入った相手を嫁にする嫁理論は理解できないがな」

 

 ……その人、いろいろ大丈夫か? 

 

「仕方ない、買いに行くか」

「じゃあ、折角だから僕と買いに行くかい?」

「いいのか?」

「ああ」

 

 ラウラが買うならついでに俺も買いに行ってもいいかもしれないな、金もここ最近使ってなかったから結構貯まってるし、ついでに姉さん達にも何か買っていこう。

 

「だがどこで買うんだ?」

「うーん、水着が売ってる場所って……」

 

 ラウラと俺は首を捻る。

 すると、横にいた楯無さんが咳き込んで口を開いた。

 

「こういう時はお姉さんに任せなさい」

「楯無さんに?」

「しかし、生徒会長の手を煩わせるわけには」

「大丈夫よ、それに2人とも水着の売ってるお店なんて知らないでしょ?」

「「はい」」

 

 そりゃあここに来てから外出なんてしてないからな。

 

「だから、ここは私に任せて」

 

 ふふっ、 と不適に笑う楯無さん。別に不適じゃないか。

 

「その代わり、私の言うこ「お嬢様……ここにいましたか」あん、お嬢様はやめ……え?」

 

 突然、知らない女の人の声がしたと思ったら、いつの間にか眼鏡を掛けた女子生徒が楯無さんの背後に立っていた。なんだかドス暗いオーラ……あ、目が死んでる。

 

「う、虚ちゃん……」

「どこにいるかと思ったら、こんなところで油を売っていましたか。オマケに外出の約束まで」

「油を売るだなんて、私はただ零君に焼きそばの作り方を教えて欲しいって言われたから、水着だって同じよ、ねえ零君?」

「はい、ただ水着に関しては知りません。楯無さんから行こうって誘われたんです」

「ああ」

 

 俺たちが口を合わせてそう言うと、楯無さんは裏切り者を見るような涙目を浮かべた。

 

「と、仰っていますが?」

「いやー、そのー……あれ、虚ちゃんいつもより怖いわよ」

「それはもう、堪忍袋の緒が切れてますから」

「あらまぁ」

 

 ガシッ

 

「さあ、帰りますよ。まだ仕事は沢山残っていますからね、ついでに残りの分も終わらせましょう。早くても明後日まで部屋から出しませんから」

「や、やめて、私にはまだやることが……零くーん」

「焼きそば、ありがとうございました」

「いけずー」

 

 虚さん、という人に引きずられながら、楯無さんは部屋を去っていった。

 

「……なんなんだ?」

「さあ」

 

 とりあえず、後で近くの水着屋について調べるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────昨日の調理室、終わり

 

 なんてことがあって、今に至るわけだ。あの後、部屋に戻ったら机の上に『お嬢様がお世話になりました』って置き手紙と一緒に1杯の紅茶が置かれてたっけ。お世話になったのは俺だけどね。美味かったなぁ、あれ。

 にしてもお嬢様だなんて、楯無さんってやっぱりいい所の娘なのか? まあIS学園の生徒会長に就任するほどなんだから、それなりの名家なんだろう。野良な俺にとってはどうでもいいけど。

 

「で、目的のショッピングモールとはどんな場所なんだ?」

「えーっと、クラスの子の話だと、『あそこになければ市内にない』って言うぐらい品揃えが豊富らしいよ」

 

 3組の子達の話によると、今俺達が向かっている駅前のショッピングモール……レゾナンスだっけ? そこは地下鉄やらバスやら駅舎その他公共機関が融合しているうえに、モール内には子どもから年寄りまで幅広い年齢層が買い物を楽しめるように作られているらしい。こんな場所があるだなんて、俺が姐さん達と日本に遊びに来た時は知らなかったな。

 

「ふむ、ではもしかしたら部下が求めていたものがあるかもしれないのか」

「部下の人から?」

「ああ、なんでも渋谷限定の玩具だとか……なんちゃらライガーとか言っていたな」

「なんちゃらライガー?」

 

 これまたヘンテコな名前の玩具だ。ライガーって確かライオンとトラの雑種だっけ。いくらなんでも渋谷限定なんだからないと思うけど。

 

「それと何とかマスクも欲しいと言っていた」

「ナントカマスク?」

「よく分からないが……ば〇はーいごっこ? という遊びができるらしい」

 

 なんだそれ、そんな遊び聞いたことがない。というかば〇はーい? って何だよ。そんな言葉聞いたことがないぞ。フレーズからして世代そうな姐さんなら知ってるかもしれないけど。

 

 ピロンッ

 

 ん? 誰だ? ……スコール姐さん? 珍しいな、姐さんから来るなんて。

 

 

 

『それ以上言ったら……分かってるわね?』

 

 

 

 ……よし、これ以上追求するのはやめよう。

 

「零、青になるぞ」

「ああ、そうだね」

 

 歩行者用信号が青になると同時に、俺とラウラは並んで横断歩道を渡った。

 昔は信号機が青になると音楽がついてたっけ、レインとマドカと一緒に歌ったから覚えてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────??? 

 

「……うーん、これは」

 

 並んで歩く零とラウラ、そんな2人の後ろを、ツインテールと縦ロールコンビこと鈴とセシリアが後を追っていた。

 

「あの、鈴さん。流石にこのような行為は如何なものかと」

「わ、分かってるわよ。でも気になって」

 

 ちなみに、2人が彼らを目撃したのは全くの偶然であり、もともとはトーナメントで組んだ好で2人で水着でも買いに行こうということになったのだ。鈴自身は一夏を誘おうとしたのだが。

 

「ねえ、あの二人って……どう思う?」

「どう思うとは付き合っているか、ということでしょうか? でしたら零さんが否定していたではありませんの」

「だって、目の前であんな堂々とキスしたのよ? それに」

「それに?」

「……と、特別な人って、ラウラが」

「まあ」

 

 恥ずかしそうに答える鈴に、セシリアは手で口を覆った。

 年頃の娘にとっては、あの一場面は脳内を直接殴りつけられるほどの衝撃だったようで、これには恋を知らないお嬢様であるセシリアも理解した。

 

「しかし、だとしたら余計にこのような行為は……あら?」

「どうしたの?」

「いえ、あれを」

 

 鈴はセシリアが指をさした方角に顔を向ける。

 

 

「…………」

 

 

「……あれって確か、3年の」

「ダリル・ケイシーさんですわね」

 

 2人の更に前方で零達を見ていた人影。その正体は、3年生唯一の専用機持ちであり、零の幼なじみ(家族)でもあるダリル・ケイシーであった。相も変わらず綺麗な姿勢と色々と露出している服装だが、それ以上に熊をも追い払うかのようなしかめっ面が通り過ぎる人々の目を奪った。

 

「どうしたのでしょうか」

「……あー、うん。まあそうなるわよね」

 

 以前、鈴はルームメイトであるティナ・ハミルトンからダリル・ケイシーのことについて聞かされていた。零とは幼なじみであること、彼女のISと彼のISが同じ企業によって製造されたこと、2年のフォルテ・サファイアとコンビを組んでいて学園内で人気なこと、零といつもお昼ご飯を食べていること、そして彼女が零のことになるとやけに乙女になるということ、しょっちゅう誰かさんと…………といったように、本人でもそんなことが話されているとは気づいていないことまで聞かされていた。

 だからこそ、鈴はダリルがあのような表情で零達を睨む理由も大体わかってしまうのだ。

 

「……で、どうします? 追いかけますか?」

「……アタシ達はアタシ達で買い物しよっか」

「分かりましたわ」

 

 零を追うダリルの後ろ姿を、鈴は色んな意味で自身に重ね合わせながら見えなくなるまで見守っていた。

 

 ふと、空のどこかでなぜか『よし、殺そう』と物騒な単語を放つ自分の声が聞こえてきたような気がしたが、鈴はすぐに忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────2階

 

「と、言うわけでやって来ましたショッピングモール」

「誰に話しているんだ?」

 

 俺達はショッピングモール『レゾナンス』の2階にある水着売場に到着した。何ともだだっ広い売り場なんだろう。流石はここになければ市内にないと言わしめたショッピングモール、四方八方水着だらけだ。

 

 

『ちょっと雷、ちゃんと全部撮りなさいよ』

『え、俺っすか甲先輩。別に作るんならネットワークのデータでも』

『こういうのは生のやつが1番よ。あんただって姐さんにいいものあげたいんでしょ?』

『まあ、せっかくなんで』

 

 

「なんだ今の」

「どうした?」

「いや、多分気の所為……さてと、どうやって見ていこうか」

「とりあえず適当に見ていけば良いんじゃないか?」

「そうだね」

 

 とりあえず俺達は適当に右の道から順番に水着探索を開始した。

 へー、今の水着ってこんなに種類があるのか。バンドゥ? V? なんだろうこれ、変に際どいな。

 あ、スリングショット。昔姐さんがしょっちゅう着てた奴だ。確か日本の漫画でも似たようなものを着た主人公がいたはずだ、顔にパンツ被った変な人……ん? あれは違ったか? 

 あと礼子姉さんは恥ずかしがって着なかったな。

 

「うーん」

 

 正直、水着の種類なんて全然分かったもんじゃない。みんなIS学園の改造制服並みに違いすぎる。あれ、本当に幅が広いんだよな。レインまではいかないけどなかなか過激な改造をしている人は何人もいるし、ラウラみたいな軍服タイプとまではいかないけどやけにキッチリした人もいる。俺もやってみるか? いや、面倒だから辞めとくか。

 

「水着というのはこんなにも種類が多いのか」

「みたいだね。あ、あれなんてどうかな?」

 

 俺は棚の中間ら辺に掛けられた黒い水着を指さす。ローライズ、だっけ? フリルが付いてるやつだ。ラウラならレーゲンと同じ黒色が似合うに違いない。

 

「うむ、なかなかいいな。サイズもピッタリだ。これにしよう」

「あれ、もう決めるの?」

「お前が選んでくれたのだ。有難く買わせてもらうよ」

「試着は? 着なくていいの?」

「ん? もしかしてみたいのか?」

「まあ、ちょっとは」

「ふっ、なら今はやめておく。向こうで着てからのお楽しみだ」

 

 ラウラはイタズラそうに笑った。

 

「あ、もうちょっといいかな?」

「ああ」

 

 ものの数秒で決まったラウラの水着を横に、俺は姐さん達への土産の1つでも買っていこうと水着を見てまわる。

 

 さて、どれにしようか。

 

 姐さんは赤いスリングショットでいいだろ。いつも似たようなものを着てるし。

 

 姉さんはちょっと柄の着いた……ハイネック? クロスホルダー? 眼帯? 3つとも買っておくか。

 

 レインは……そうだな、あいつは蒼色のプランジングとかいう胸が空いてて臍がギリギリ見えないものにしよう、きっと似合うはずだ。

 

 で、マドカは……そういえばあいつ、離れている間に背丈とか伸びたかな? 一応あいつも成長期だ、今度会う時にはサイズが合わないかもしれない。いや、でもここでひとつ買っておくのもいいか。となるとマドカには、この紫の三角形ビキニを買っていこう。あまり変なのを着せると怒るかもしれないからな。

 

 さてと、これでみんなのお土産は全部か。

 

「…………」

「どうしたの? ラウラ」

「いや、お前、その水着は誰に渡すつもりだ?」

「実家に残した家族だよ。あ、でもこれはダリルにあげようと思ってるよ」

「そうか」

 

 そうだ、ついでにクロエさんにも何か買っていこう。こっちの都合で買い物を先延ばしにしちゃったからな……流石に水着はダメか。あとで別の店に行こう。

 

「ちょっと、そこのあなた」

 

 にしても、これだけ買うとなると出費も馬鹿にならないか。いや、でも長い間離れているんだ。これくらいのものは買っていかないと。

 

「ちょっと! さっきから呼んでるでしょ!」

「……なんですか?」

 

 さっきから知らないおばさんがギャーギャー煩い。

 

「これ、戻しておきなさい」

「……ええ、分かりました」

「あら、随分と物分りがいい男ね。それじゃあよろしく」

「はい」

 

 俺は投げつけられるようにおばさんから水着を受け取り、おばさんはそのままどったどったと去っていった。そして横で何故かムスッとした、というよりは疑問符をうかべた顔のラウラが俺を見ていた。

 

「零、なぜ反論しなかった」

「こんなところで喧嘩なんてしたくないからだよ。ああいうのって1度拗れると面倒臭いからさ、それに今の世の中、その拗れがまかり通るからね。あんまり大事は起こしたくないんだ」

 

 本当は礼子姉さんみたいに、うっせえこの野郎てめぇの(以下規制)の一言ぐらい言ってやりたかったけど、そんな喧嘩をしてもこっちにはなんのメリットもない。それに俺、男性操縦者だし。家族に手を出されたら半殺しにするけど。

 

「弱い男って思った?」

「まさか。それがお前のやり方ならそれでいいのだろう」

 

 ラウラは納得したように頷いた。

 ま、とりあえずああいつやつはそのうち痛い目を見るさ。

 

「……ば〇はーい」

「ばーはーい……あらやだ」

 

 あれ、もしやあのおばさん……世代か? 

 

 まあいいか。さて、さっさとこいつを戻して、あとは俺の水着を探すだけだ。

 どれにしようか、ズボンタイプかパンツか全身か、昔来ていたやつだと半パンタイプだけど、たまには違うやつを選ぶのもいいかもしれない。

 にしてもここ、女物は多いのに男物のコーナーは意外と狭いな。これも女尊男卑の影響ってやつか? 

 

「お前はどんな水着が欲しいんだ?」

「そうだなぁ……着れればなんでもいいかな」

「ふむ、そうか……ならこれはどうだ? よっ」

 

 そう言ってラウラは、少し上段に掛けられた黒色のズボンタイプの水着を背伸びして取る。横に赤い柄が付いている、まるでクロスライザーみたいなカラーリングだ。

 

「うん、なかなかいいんじゃないかな。サイズもちょうどだし、これにするよ」

「本当にそれでいいのか?」

「せっかくラウラが決めてくれたんだから、買わせてもらうよ」

「そ、そうか……ならいい」

 

 何故かちょっと嬉しそうにラウラは笑った。

 別にさっきと同じようにしただけなのに、変なの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱりこういう水着がいいのかしら」

「あの、鈴さん。流石にそれはハレンチすぎるのでは……」

「ふっ、いいもの持ってるセシリアには分かんないのよ。アタシみたいな人間がああいう奴を振り向かせるには、ここまでやるしかないのよ」

 

 

『いや、アタシでも流石にそれはないわよ』

 

 

「……ん? なんか言った?」

「いえ? 何も言ってませんが?」

 

 

 

 

 

 




9巻の最後に描かれてた亡国らしき2人のハグ絵を見て癒されました。


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零、ハンバーガー

27話
前回の続きです。

この先の構成を考えているのですが、ワールド・パージ辺りが大きく改変しそうです。

一部文章を変更しました。


 ────────────────

 

「さてと、買いたいものは買えたわけだし」

「私もついでのものを買えたわけだ。すまないな、荷物持ちをさせてしまって」

「これくらいお易い御用だよ」

 

 水着を購入した後、ラウラの買いものを済ませた俺達は、先程の水着売場近くにあるベンチに腰をかけて休んでいた。にしても、ラウラは随分な量を買ったものだ。なんでも部下の人から日本のスナックが食べたいから送って欲しいと注文されたとか、何とも人使いならぬ隊長使いの荒い部下なんだ。 あとクラリッサさんからはなんちゃらライガー以外にプラモデルの玩具菓子も頼まれたとか(残念ながらライガーはなかったけど)。最近の玩具菓子ってクオリティが高いんだね、もはやラムネがおまけみたいなもんだ。

 

「で、コレからどうする?」

「うむ、そうだな。ここで昼食を摂るのはどうだろうか? 歩き回ったせいか少々腹が空いてきた」

「確かに、僕も空いてきたかも」

 

 そういえば今何時だろ……もう昼過ぎか。随分と早いな。

 

「それじゃあフードコートにでも行こうか」

「ああ……と、その前に」

 

 ふいにラウラは立ち上がると、前方の道の突き当たりまで歩いて行った。誰かと話してるのか? 

 

 あ、戻ってき……ん? 

 

「ダリル?」

「……よぉ」

 

 ラウラが戻ってきたと思ったら、何故かこの場に居ないはずのレインを引き連れていた。確か今日は用事で居ないんじゃなかったっけ? 

 

「先程から私たちをつけていた」

「え? いつから?」

「……交差点の時から」

 

 マジか、結構前から後ろにいたのか。

 

「なんだよ、いるならいるって言えば良かったのに。こんなストーカーみたいなことして」

「……悪ぃ、オレももともとここに用があったからよ。そしたらお前らがいたからついでに、な」

「そ、そっか」

 

 不貞腐れ顔にしてはやけに素直だな、今日のレイン。いつもなら何かしら反論してるだろうに。

 

「折角だ、ケイシーさんも我々と一緒に昼食を取りませんか?」

「……いいのか?」

「何か問題でも?」

「いや、だってお前ら……」

 

 何故か気まずそうに口をモゴモゴとさせるレイン。

 うーん、恐らくレインはデートかなにかと勘違いしてるな。

 

「デートじゃないよ。ただの買い物さ、なあラウラ」

「ああ、今回は単なる買い物だ」

「そうか、それならいい……」

 

 そもそも俺とラウラは付き合ってないから、どう頑張ってもデートにはならないだろに。何を心配しているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────side??? 

 

 その日、オレはストレス発散のために駅前のショッピングモールを目指していた。別に何かやらかそうとしてるわけじゃねえ、ただ単にゲーセンのパンチングマシンの一つや二つ壊すつもりでぶん殴ろうと思っただけだ。

 

 ここ最近、零の野郎は他の奴とつるんでばっかでオレのことを時々忘れている。いや、別に他の奴とつるんでるのが悪いってわけじゃない、あいつだって今までオレやマドカの相手ばっかやって同い年の奴らと仲良くなる機会なんてなかった。むしろ話し相手や友人ができて何よりだ。

 ただそのせいか、最近はオレとの訓練の回数がめっきり減った。

 

 いや、別にそれが悪いことじゃ……あーくそ、なんだよこれ。オレってこんなに面倒臭い女だったか? 自分でもあいつのことになるとむしゃくしゃする。昔はこんなんじゃなかったのに(なかったよな?)。

 

 この前なんかあのドイツ軍人……ボーデヴィッヒからお礼とか言ってキスされたらしいじゃねえか。あいつ、ハニトラには気をつけろって言ったのに……まあ、そのことを勘づいたマドカから嫌いメールを送り付けられてぶっ倒れたのは爆笑したけどよ。ざまあねえぜ。

 

 あーイライラする、ここ最近は何故か更識と変な争いしてばっかだし。

 めんどくせえけど、こういう時は1人でゲーセンで暴れるのが1番、フォルテにも内緒のオレだけの時間だ。

 

 

 

 ……なんてこと考えてたら目の前にアイツがいた。こんな偶然あってたまるか。オマケに女と仲良さそうに……しかもそのお相手があの公然キスをかましたあのボーデヴィッヒだった。これじゃあ先月の噂がホントみたいじゃねえか。おまけに服装まで似てる、帽子に至ってはオソロか? 

 あいつ、いつかマドカに刺されるな。いっぺん刺されりゃいいんだよ。

 

 

 

 そんでいつの間にかオレはアイツらの後をつけていた。というより目的地が同じショッピングモールだった。なんだアイツら、ガチのデートか? 

 

 ん? 水着コーナー? なんであんなところに? 

 

 あ、フォルテから連絡だ……なるほどな、お互いに水着を持ってないから買いに来たと、ついでにオレを誘ったけどいなかった……タイミングが悪すぎるっつうの。

 

「お前、その水着は誰に渡すつもりだ?」

「実家に残した家族だよ。あ、でもこれはダリルにあげようと思ってるよ」

「そうか」

「それじゃあ行こうか」

 

 今なんかオレの名前を呼んだような。フォルテからのメールに気を取られて聞き取れなかったか。

 

 とりあえず、オレはその後もあいつの跡を着いて回った。

 

 途中でウザイおばさんに絡まれたり、何故かスナックを買い込んでいたり、土産屋で菓子を選んでいたり、まるで本物の恋人みたいに買い物を楽しんでいた。

 

 ……オレもあいつとああやって買い物したい。

 

「ケイシーさん、私たちになにか御用ですか?」

「……あっ」

 

 なんて思ってたら、いつの間にか目の前にボーデヴィッヒが立っていた。

 フォルテとおんなじで抱き心地良さそうだな、こいつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩が他の女に浮気しそうな気がするッス」

「どったの、サファイアさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「いやー、まさか零達も水着を買いに来てたなんてな」

「偶然ってやつだね」

 

 場所は変わって、レゾナンス上階にあるフードコートのソファ席。そこで俺達は、偶然にも居合わせた一夏達と一緒に昼食を食べていた。どうやら一夏達も水着を買いにここへ来たらしい。みんな考えることは同じだな。

 ちなみに全員、席から近いとあるファストフード店のハンバーガーのセットを注文した。あのファストフードの商品は比較的安くて、財布の中身が寒い学生にとっては心強い味方だ。まあ、ここにいるメンバーって特に金には困ってないと思うけど。俺は別に舌が肥えてるわけじゃないから別にここでいい。

 

「にしても凄い量の荷物だな、ラウラ。菓子と……玩具か?」

「ああ、これは部下達へ送る土産だ」

「え、これ全部?」

「水着以外はな。あいつら、厳密には副隊長のクラリッサが大の日本好きでな、日本のアニメグッズやら少女漫画やらを買い込んでいるんだ。他の部下はそう言うのはないが日本のお菓子が食いたいと駄々をこねる始末だ」

「そ、そうなのか……大変だな」

「はぁ、全く。あいつらは私を何だと思っているんだ」

 

 ラウラは疲れながらもどこか嬉しそうにため息を吐いて、注文したハンバーガー(ケチャップたっぷり)に齧り付いた。何のかんの言って部下のみんなから頼りにされてるのが嬉しいんだ、そういう優しい性格だから部下の人とも上手くやっていけてるわけだ。

 にしても、昨日の電話といい話を聞く限りだとクラリッサさんって所謂オタクってやつなのかな? 

 

「……なあボーデヴィッヒ」

 

 さっきからポテトを齧っていたレインがようやく口を開いたかと思えば、どこか疑問を持っているようにラウラに話しかけた。

 

「まさかと思うが、お前にキスのことを刷り込んだのもそのクラリッサってやつか?」

「んむっ……刷り込む、と言うよりは教えてもらった」

「やっぱり」

 

 そうだと思ったぜ、とでも言うようにレインは言葉を漏らし、その場にいたラウラ以外のメンバー全員が目を逸らした。じゃあ俺はその人の謎の刷り込みのせいでラウラからキスをされてマドカに勘違いをされてレインから笑われたのか……何だか残酷な気分だ。『嫁は女に、婿は男に使うものだろ?』って嫁理論に首を傾げてくれたのが唯一の救いか。

 

「で、一夏達はどうなの?」

「え? あ、ああ、俺達も水着は買えたぞ」

「それと途中で千冬さんと山田先生にも遭遇した」

 

 あの2人もここに来てたのか。おおかたみんなと同じで水着を買いにってところかな。

 

「一夏ったら、織斑先生の水着姿に真っ赤になってたんだよ?」

「お、おいシャルロット。そのことは……」

「ん? なんだおめー、姉貴の水着姿に興奮したのか?」

「ち、違……う気がする」

「おい、そこは否定しろ」

 

 頬を赤く染めて中途半端に否定した一夏に、箒の鋭いジト目のツッコミが入る。けど、一夏の気持ちは何となく分かるかな。

 

「おめーも似たようなもんだからな」

「それってどういう意味だ?」

「自分で考えろ」

 

 レインは呆れた顔でコーラをストローでズズっと吸った。もしかして俺がシスコンだとでも言うのか? そんなうさぎじゃあるまいし。

 

 

 

 

 

 ……織斑千冬の水着姿か………………

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

「零、今教官の水着姿を想像していたな」

「え、なんで分かったの?」

「少なくとも私とケイシーさんには分かるぞ」

「ああ、すっげー分かりやすい」

「(分かりやすい……のか?)」

 

 なんで俺の考えていることがバレるのか。周りのみんなが人の心を読めるのか、それとも俺がわかりやすいのか、そんな自問自答をしている俺を横に、一夏達はハンバーガーを食べ進めた。

 

「このハンバーガー……安さの割には美味いものだな」

「俺も昔はよく世話になったなぁ。ラウラのところはそういうのないのか?」

「私は生まれた時から訓練ばかり受けてきたから、こういったものがあっても触れる機会など殆どなかったんだ」

 

 しんみりとしたラウラの話に、一夏はあっと発音するように口を開いて目を逸らし、箒もシャルロットも一夏を見ながら苦笑している。どうやら触れてはいけない話題に触れたと思ったらしい。確かにデリケートな話題だからな。

 

「……だが、零と出会った日に食べたアイス。あれだけは時々出向いて買っているんだ」

「チョコとバニラ?」

「そう、あれは私にとって忘れられない味だ……また2人で食べたいものだな」

「……そうだね」

 

 俺とラウラはあの時のアイスを思い出しながら、お互いの買ったハンバーガーに齧り付き、甘いのとは真逆なしょっぱさを口の中に広げた。

 

「……あ、零」

「なに?」

「口元、ケチャップがついているぞ」

「ん? あ、ホントだ」

「拭いてやるからじっとしていろ」

 

 そう言うと、ラウラはハンバーガーと一緒にトレーに乗せておいたペーパーで俺の口元についたケチャップを拭き取る。もう子どもじゃない……と言いたいところだけど、何だか悪い気はしない。

 

「(は、破廉恥な……いや、しかしこれなら私でも)」

「(これ、恋人じゃないん……だよね?)」

「(……アホ)」

 

 3人(箒とシャルロットとレイン)の心の声も知らないまま、俺もラウラの口元についたケチャップを拭き取った。

 

「忘れられない味かー」

 

 ただ1人、一夏だけは何かを思い出していた。

 

「一夏にもあるの?」

「ああ、昔な。あ、えーっと……一応、他人には話すなって言われてるんだけど……」

「えー気になるよー」

「……じゃあみんな、ちょっと」

 

 そう言うと一夏はテーブルの中心に顔を引き寄せるようにみんなにジェスチャーを送り、俺達もそれに従うように顔を寄せあった。周りに聞き耳を立てて聞いてる輩はいないな。

 

「……俺さ、昔、誘拐されたことがあるんだ」

「え、誘拐?」

「ああ、第二回のモンド・グロッソの時にな」

 

 一夏のなんちゃって爆弾発言に箒とシャルロットは驚いている。一夏が誘拐されて、それで織斑千冬が棄権したあの事件のことだろう。ちなみにラウラはもともと知っているから驚きはしない。俺とレイン? もちろん知ってる。だってあれやったのウチ(亡国機業)だもん。ていうかそういう話はこういう場所で……もう今更いいや。

 

「その時にさ、誘拐犯の人からハンバーガーを奢って貰ったんだ」

「「…………は?」」

 

 次に飛び出した一夏の突飛推しもない言葉に箒とシャルロットは思わず声を出した。普通はこういう反応が返って来るだろうよ。

 

「何故に?」

「お前がくたばったら元も子もないからって。ついでにその時に姉貴が弟のことをどう思ってるかとか、色々聞かされたんだ…………あの誘拐のせいで千冬姉が優勝を逃したのは許せないし、俺も力不足だったって思う。けど、何だかその人だけは恨めないんだ。あの人のおかげで千冬姉の気持ちが少しだけど分かったからな」

「そ、そうなんだ……」

「あー、あの時食ったハンバーガー、本当に美味かったなぁ」

「「…………」」

 

 誘拐犯からハンバーガーと教えを貰い受けたという思い出に浸る一夏に、箒とシャルロットは呆れに近い表情を浮かべる。それはそうだ、誘拐されたのにトラウマどころかちょっといい思い出話になってるんだから、どんな茶番だ。

 

「……零」

「ああ……」

「?」

 

 俺とレインは目を合わせてため息を吐き、その光景にラウラは首を傾げた。

 

 言えないよなぁ、その誘拐犯が自分の身内だなんて……てか何やってんだよ姉さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「ベャクションッ!!! ……あーっ」

 

「あらオータム、風邪?」

 

「いや、別に引いてねえはずなんだが」

 

「ふーん、じゃあ誰かがオータムの噂でもしたのかしら」

 

「最近、噂になるようなことしたっけか」

 

「零、やはりお前は織斑千冬の毒牙に……私の水着姿ではダメなのか……」

 

「……ねえM。毎回思うんだけど、あなたなんで零の考えてることがわかるの? 超能力かなにか?」

 

「? 何を言っている、普通は分かるものだろ?」

 

「んなわけねえだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「じゃあなー! 先戻ってるぞー!」

「ああ、また後で」

 

 さて、時は流れておやつが欲しくなる昼の3時頃。フードコートで小一時間食っちゃべったあと、臨海学校の準備もあるということで、一夏達は先に帰って行った。俺はというと、クロエさんのことでこの後ももう少しだけ寄るところがあるからここに残る。

 ちなみにラウラは御手洗に行ってるから、ここには俺とレインしかいない。

 

「……さてと、オレもそろそろ帰るわ」

「もう帰るのか? 用事は?」

「なーんかハンバーガー食ったらだるくなっちまった。また今度にする」

 

 俺たちを追いかけてなんもしない……結局なんだったんだ。まあ、レインも1人になりたい時があるんだろう。

 あ、そうだ。

 

「レイン」

「なんだよ」

「これ、今の内にあげるよ」

 

 俺は水着売り場で貰った紙袋から、包みにつつまれた水着を取りだしてレインに見せた。

 

「な、なんだよそれ」

「プレゼント、いつも世話になってるだろ? だからそのお礼」

「い、いいのか?」

「姐さん達の土産のついでに買ったものだけど、良かったら受け取ってくれ」

「……ついでかよ。まあお前が折角買ってくれたんだ、一応貰ってやるよ」

 

 そう言うと、レインは小っ恥ずかしそうに包みを受け取った。似合うといいな。

 

「……なあ零」

「なんだ?」

「おめー、向こうに行っても十分気ーつけろよ。腐ってもお前は男性操縦者なんだ、どこで襲われてもおかしくねえってこと、自覚しろよ」

「ああ、自分の命くらい自分で守ってやるよ」

「それだけじゃねえって……」

「ん? 他になんかあるのか?」

「……もう知らねえ」

 

 レインはイライラと拗ねるようにそっぽを向いた。狙われるって……。

 

「まさか、ハニートラップのことか?」

「……分かってんならいい」

「言っておくけど、そんなもんに引っかかるほど俺は女に飢えてないぞ」

 

 そもそも学園滞在中に同じ学園内にいる女子生徒を彼女にしようだなんて思ってもない。最近腕が訛って腐りかけているとはいえ、俺も亡国機業の一員だ。彼女なんてできたら情報流出で俺が危ないうえに、俺に近いその子の身も危ない。いや、大体彼女なんて作ろうとも思ってないから問題はないか。ラウラとの件は少しやばかったけど。

 

「毎度更識に躍らされてるやつがよく言うぜ」

「遊ばれてるって言えよ」

「どっちも同じだろ」

 

 少しイライラが収まったのか、レインは頬を緩めた。

 しかし、もし彼女を作るとしたら、姐さん達みたいに同じ亡国機業内の人になるのか。いや、亡国でも活動部隊によっては派閥とか普通にありそうだし、別部隊との交際となると裏切りとかも……そもそも俺と同い年くらいの女の子なんていたっけ? だいたいみんな店持ちとかで相当年上なうえに、子持ちや既婚者も多い。確か昔姐さんに連れられて行ったアメリカのピザ屋夫婦がそんな感じだった。けどあの人たちは普通にいい人だったなぁ、一目見ただけじゃ亡国なのかすら分からない。

 となると歳が近いのはレインとマドカぐらいになるのか。でも2人とも恋人というよりは家族だ。

 

「零」

「ん? なんっ……だ」

 

 ふと、レインに話しかけられた俺が顔を上げると、いつの間にか目の前にレインの顔が迫っていて、じっとこちらを見つめてきた。

 

「な、なんだ「いいから、目ー閉じてろ」……わ、分かった」

 

 俺はレインに言われた通りに目を瞑る。

 

 

 

 ………………チュッ

 

 

 

 そして数秒後、どこか卑猥な水気のある音とともに、俺の額辺りに柔らかい感触が広がった。

 

「……開けていいぞ」

「お前、一体」

「じゃあな。引っかかったらマドカに告げ口すっから、覚悟しとけよ」

 

 それだけ言い残すと、レインは背を向けて早足で駅に歩いていった。

 

 そんな彼女を、俺は突然のことで放心したまま、駅の中へと消えるまでただただ見ていた。

 

 ……なんだか、男前。

 

「……零」

 

 なんて思っていたら、背後からラウラの声がしてきた。どうやら戻ってきて…………

 

「……何してるの?」

「すまない、試しに着けたら脱げなくなった」

 

 そこに居たのは、例のば〇はーいごっこができるという奇妙なマスクを被ったラウラらしき人物だった。この状態で帽子も被っちゃって、これじゃあ職質されても不思議じゃない。

 

「すまないが脱がしてくれ。息が篭もってハンバーガーの臭いが……」

「はいはい。あ、結構きつい」

 

 さっきのレインの行動はなんだったのか、そんな考えを、俺はラウラのマスク取りで頭の片隅に無意識に追いやっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば箒、さっき何買ってたんだ?」

「ん? ああ、ちょっとした買い物だ」

「そうか」

「(……今度、もし姉さんに会えたら……こういうのもいいかもしれない)一夏こそ、何か買っていなかったか?」

「俺か? いやー、なんにも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────寮

 

「…………よし、居ないな」

 

 IS学園内の寮に戻って早々、ダリルことレインは自室に相方であるフォルテ含め、誰の姿もないことを確認する。そしてそれを終えるとベッドの脇に座り、さっそくと言わんばかりに零から貰ったプレゼントのラッピング包装の口を締めているテープをビリッと破り剥がして中身を取り出す。

 

「……これは」

 

 中身の水着を広げたレインはやや困惑したように頬を染める。中に入っていたのは、大胆にも胸が開けたプランジングタイプの蒼い水着であった。別に彼女が特別こういった水着が苦手という訳ではない、実際にレインのISスーツ等もこれ以上になかなかな代物となっている。ただ、数年前まで弟気質だった彼からまさかこんな大胆な物をプレゼントされるというのは、レインにとっては嬉しさと恥ずかしさが合わさってしまうのだ。

 

「(まあ、胸と股間だけ隠すあれよりはマシか)」

 

 内心安心しつつ、レインは立ち上がって鏡の前まで移動し、纏っている私服を脱ぎ始めた。ここから先の描写は具体的に書くと官能小説と化してしまう恐れがあるので丸々カットさせてもらう。

 

「……なかなかいいセンスしてんな。あいつ」

 

 零から貰った水着を纏ったレインは鏡に向かってポーズを決める。レインのスラッとしたラインに合わせて水着が形を変え、大きな胸囲と引き締まった臀部分を蒼い生地が包み込み、彼女の全身におけるベストポジションを引き締める。学生とは思えないほどの魅力を放つ彼女の水着姿は、世の男性なら10人に9人は倒れるだろう。残りの1人は唐変木である。

 

「(にしてもあいつ、なんの反応もしなかったな。オレってそんなに魅力がないのか?)」

 

 ふと、レインは今日の帰り際に零にやったあれのことを振り返る。レインにしてはかなり攻めた方なのだが、おそらく零は都合良く気が付かないだろう。そこまでいくと、レインも男勝りな自分に魅力がないのではないかと疑ってしまうのだ。

 

「……よし、今度は唇にしてみっか」

 

 レインは水着姿のまま、次回への意気込みを吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……誰の唇にするんスか?」

 

 いつの間にか部屋に戻ってきていたフォルテが後ろにいるとも知らずに。

 

「ふぉ、フォルテ? お前いつ戻って」

「誰の、唇ッスか?」

 

 いつものマイペースな雰囲気と違って、小柄な体でレインに詰め寄るフォルテ。そんな威圧的な彼女にレインは思わず後退りをした。

 

「そ、そりゃあ……まあ、あいつ」

「ふーん、そーッスかそーッスか。先輩にとって私は単なる遊びっスか」

「あ、その、そういう事じゃ……てフォルテ、どこに行くんだよ」

「べっつにー。ただ傷ついた心を癒しに外に出るだけっス。じゃ」

「お、おい待てよフォルテ、おいって!」

 

 レインは水着姿のまま、拗ねるように部屋を出たフォルテの後を追いかけた。

 

 

 

 

 後日、IS学園内にて水着の露出魔を巡る鈍感な幼なじみと恋人のロリによる泥沼な三角関係を噂する記事が張り出されたとか張り出されなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……真耶」

「はい?」

「……弟の恋路の邪魔をするのは邪道だろうか」

「……少なくとも渡さない発言はしない方がいいと思いますよ」

「そうか……そうだよなぁ」

「もしかして嫉妬してますか?」

「そんなわけないだろう」

「ホントですかー?」

「揶揄うんじゃない」

 

 そしてそんな記事が作成されている頃、とあるブラコン教員が、買い物で弟とその幼なじみの距離が近くなったことを感じとって拗ねたとか拗ねなかったとか。

 

 

 

 




暫く書いていなかったせいか、誰がどのキャラとどこまで親交があるのか少し分からなくなって混乱しています・・・・・・特に楯無さん関連。


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訓練、穴埋め

『零、口付け、ショック』と『零、買い物、追跡』の間のお話です。かなり短いです。

次回から臨海学校に入ります。


 

 ────────────────第3アリーナ

 

「おらっ! 当てろ当てろ!」

「くっ…………うおっ!」

 

 ある日の放課後の第3アリーナ、突然だけど、マドカからの誤解が解けた俺は今、ここでレインと猛訓練を行っている。今ちょうど右肩当たりを斬ろうとしたのを躱されて、大きく空ぶったところだ。さっきから空中でスラスターを噴かせて何度も斬りかかっているけど、全部躱されるか双刃剣で塞がれている。

 タッグトーナメントの怪事件で怪我を負ってから約数日間、俺はベッドの上でマドカや姉さん達との会話、そして楯無さんとレインのいざこざを見ながら寝転んでいたせいで、まともな訓練をできていない。

 練習は1日サボると取り戻すまでに3日かかるという言葉がある、それは勉強でも実感したことだ。となると俺は多分10日以上は訓練で培ったものを失ったことになる、だから一日でも早く失った感覚とかを取り戻すために、こうしてレインにお願いしてやり合っているわけだ。気の所為か、前のスパルタよりも少し優しい気がする。

 

「あたれっ!」

 

 数回か剣をぶつけあった後、隙を見つけた俺はすぐさまライザーファングをレインに向かって一直線に放った。

 

 ガシンッ! 

 

「ぐわっ!?」

 

 が、そこは姐さん達に鍛えられてきたレイン。ライザーファングの突撃を右に僅かに逸れるように難なく躱して、そのまま俺に向かって鋭い獣爪のような足で回し蹴りを放ってきた。数メートル吹き飛ばされた上にかなり痛い、前も同じようにやられたな。

 

「おいおい、そこはファングを飛ばした後に次の行動だろ。何ぼーっとしてんだ。前やった時とおなじじゃねえか」

「いてて、ごめん。忘れてた」

「数日分のブランクがもろに来てるな」

 

 吹っ飛ばされた俺に近づきながらレインはあーあ、と言いたいような顔をした。

 正直、自分でもかなり体が訛っている自覚はある。今の攻撃もファングをどう躱されるかをある程度考えないといけなかったのに。悔しいな。

 

「ま、お前の様子じゃ2日3日で戻るだろうよ」

「そんなに早く?」

「ああ、見てれば分かる」

 

 流石はレイン、やり合っただけで分かるなんて、学園のトップ3に入るほどの実力を持っているだけある。

 

「臨海学校までには戻す。だから、明日もオレとやるぞ。安心しろ、フォルテには事前に「あ、ごめん。明日は一夏達とやるって約束したから」……明後日「明後日はラウラと」………………」

 

 俺がそう言うと、レインは笑顔のまま一瞬固まり、後ろに束ねた髪を風で揺らしながらゆっくりと細く目を開けて、なんとも言えないと訴えているような横目で俺を見てきた。

 

「ごめん」

「…………別に謝んなくていいって、前から約束してたんなら仕方ないからな」

 

 と、レインはにしっとした笑顔を俺に向けてきた。けどおそらくこれは作り笑いだ。だって両肩の犬頭があからさまに落ち込んで耳を畳んでいるんだもん、あれにそんな機能あったんだ。

 まさかここまで落ち込ませるとは…………折角訓練に付き合って貰ってるのに。一夏達との約束とはいえ、レインには悪いことをしたな。

 

 

『なあブラッドー』

『なんスか?』

『こいつ、いっぺん焼いてもいい?』

『やりたい気持ちは分かるけどダメっス』

 

 

 ん? なんか今右肩の犬頭が俺を睨んで来たような…………気のせいか。最近、変な幻聴が聞こえることが多くなったからなぁ、とうとう幻覚まで。多分疲れてるんだろう。

 

 

 

 

 

「はぁ、疲れましたわ」

 

 ふと、数十メートル隣から乙女のいい声が聞こえてきた。レインと一緒に顔を向けると、そこにはスターライトmkIIIを担いで汗を拭うセシリアさんがいた。

 今、俺たちのお隣では、セシリアさんが俺の訓練用シュミレーションを使って偏向射撃を練習している。何でも未だに偏向射撃が上手く撃てないらしく、そこで今回は実際に撃ち落とす的を相手にやってみたいということで頭を下げてきた。別に頭を下げなくてもセシリアさんなら普通に貸すのに、上から目線になるけどホントに礼儀正しいな、この人。

 

「セシリアさん」

 

 俺はオープン・チャネルでセシリアさんに話しかける。

 

「あ、零さん」

「調子はどう?」

「見ての通り、上手く行きませんの」

 

 セシリアさんは落ち込むようにため息を吐く。浮かぶドローン達を見ると、中央で左右にカーブするように矢印を伸ばした標識看板を持ったドローン(通称:看板型)達が、BTのビームでところどころ黒焦げになって浮かんでいた。あれは相当固めに設定してあるからビーム数発では落ちない仕組みになっている、だから何発も当てられてもああやって空に浮遊できているわけだ。もし落とされても次のやつが出てくるから大丈夫。

 対して本来の的のドローン達は無傷、傷1つないメタリックボディをキラリと輝かせていた。気のせいだろうか、ドローンに顔なんてないのに今ドヤ顔をされたような。

 

「偏向射撃ってそんなに難しいものなの?」

「いえ、空間の把握はいいと言われたので、恐らくイメージさえ出来れば簡単かと……ですが」

「そのイメージが出来ないと」

「はい」

 

 うーん、これは困った。イメージもなにも、ただ単に弾が曲がることを想像すればいいと思ってたけど。昔マドカとレインで仲良く視聴してた番組とかだと普通に曲がる弾とかあったし、レインがやってたゲームにもそういうのが武装として使用されていた。あれをイメージ出来れば…………ああ、セシリアさんってイギリスのお嬢様だから、そういうのに触れる習慣がないのかもしれないか。ならイメージ出来なくても仕方ない。

 

「んー、どうしたらいいと思う、ダリル?」

「そう言われてもなぁ、こればっかりは……えーっと、セシリアだったか。お前がイメージできなきゃどうにもなんねえな」

「そうですか……」

 

 セシリアさんははぁっと落ち込むため息を吐いた。本当だったらマドカが偏向射撃を余裕で成功させた映像とかを見せたいけど今ここにあるわけがないし、かと言って番組を見せたところで……そもそも俺が最近そういうのをあまり見てないからわかんない。

 

「ま、適当に戦闘機が上空でカーブすんのをビームに例えるとか、ベースボールの変化球とか、ボーリングの球が途中で方向転換する動画を見るとか、鏡に光を当ててみるとか、とりあえず曲がるもんでも見とけばいいんじゃねーの」

「そんな適当でいいのか?」

「こういうのはな、大体真面目に考えねえ方が上手く行きやすいんだよ。オレの3年間で蓄えた知恵だ」

「適当に…………ですか、分かりましたわ。ありがとうございます」

 

 セシリアさんは適当なアドバイスを送ったレインに頭を下げ、レインは軽く手を横に振って答えた。そんな適当でいいのか、まあ、レインが言うなら説得力はあるか(あるのか?)。

 それに結構前に姉さんが言っていた、確か成功は本番用に貯められるから今のうちに失敗しとけって。ここは失敗が死に繋がる恐れはない、だからセシリアさんもいつかは撃てるようになるさ。

 

 

 

 その後、俺とレインはとりあえず一通り模擬戦を繰り返して、数日分のブランクをまあまあ穴埋めした。さっきよりも少しハードになったのは気のせいじゃない。

 セシリアさんはというと、ひたすらティアーズビット達を2つ並べて真っ直ぐ飛ばしては、看板型を使ってカーブを描くように左右に別れさせ、曲がる弾道のイメージを捉えようとしていた。セシリアさんならきっと上手くいくよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ねえくーちゃん」

「はい、なんでしょうか?」

「……海、行ってみる?」

「…………はい?」

 




福音戦がしんどいです。


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零、海、お話、顔面

28話目

今回は長いです。


 

 ──────────────────────────

 

「…………」

 

 ある日のIS学園。その生徒会室にて、生徒会長こと更識楯無は、机に置かれた紙媒体の資料の山に囲まれながら、投影ディスプレイのキーボードで生徒会関連の資料を作成していた。

 

「………………」

 

 普段の彼女ならここで何かしらジョークの1つでも話していそうなものだが、今はそれどころではなかった。ぶっ続けの徹夜のせいか、目は血走り、目下にはそれほどでは無いが濃い隈が出来上がっていた。

 

「……終わったぁ」

 

 そして最後の1文字を打ち終えたところで、楯無は手を組んで上へあげて、数時間ぶりに体を伸ばす。ポキポキという関節の泡が弾ける音が豪快に鳴り響き、彼女の疲労具合を部屋に伝えた。

 

「会長、お疲れ様です」

「あー、虚ちゃん。おつかれさま……」

 

 倒れるように机に突っ伏す楯無の元へ、紅茶の入ったティーカップとカップケーキを載せたトレイを持った生徒会の1人の布仏虚がやってくる。

 

「見てー、ちゃんと終わったわよー」

「どれどれ……素晴らしい出来栄えです。さすがは生徒会長」

「この程度でくたばってたら生徒会長も国家代表も務まらないわ」

「ならなんで放置してたんですか?」

「それは……まあ、ね」

「……今度からは仕事を全部終わらせてから遊んでくださいね。だいたい最近のお嬢様は巻紙君に」

「あーやめてー、徹夜で脳が通常の3分の1しか回転しないからー」

「言われたくなかったらやってください。やれば出来るんですから」

 

 そう文句を垂れつつ、虚は楯無の前にトレイを置く。

 

 別に楯無はこういったことが苦手という訳では無く、寧ろ得意な方である。

 彼女は学生で云うと、夏休みの課題を最後まで残しそうなタイプの人間に思えるかもしれないが、実際はその気になれば1週間で終わらせることが出来る秀才タイプの人間だ。だからこそ、生徒会の仕事もこれまで起きたIS学園のトラブル関連の処理も、彼女は勉学と両立して行えているのだ。

 ただ、本人がここ最近は別のことにかまけて終わるはずの仕事を終わらせていなかっただけである。

 

「簪様から聞きましたよ。最近の会長は巻紙君にちょっかいをかけてばかりいると、呆れていましたよ?」

「いやー、それは」

「以前も訓練後に巻紙君にいきなり抱きついてケイシーさんと喧嘩して、この前は無理やり巻紙君のお風呂の介抱をしたそうで」

「無理やりじゃないわ、ちゃんとケイシーさんと一緒に零君から許可貰ったもん」

「半ば無理やりでしょう。それにあの日はケイシーさんと……なんかことある事にケイシーさんと争ってませんか? 何故?」

「うーん……乙女の戦い、かな」

「はぁ……?」

 

 意味深に話す楯無の言葉に、今はまだ恋を知らぬ虚はとりあえず返事をする。早い話、楯無がこんなにも仕事を溜める原因になったのは、男性操縦者である巻紙零にかまけて毎度のようにダリルと争っていたからということになる。何とも個人的な理由か。

 

「……さあ! とりあえずお菓子でも食べましょ!」

 

 気を取り直すように楯無は顔を上げ、トレイに乗った抹茶のカップケーキに視線を向ける。

 

「ん? このカップケーキ……」

「簪様からです。仕事で疲れてる楯無様にと、合宿に行く前に作ってくれたんですよ」

「簪ちゃん……私のために」

 

 ほろりと涙を流し、楯無は両手で愛する妹の作ったカップケーキをすくい上げ、頭の生地を口元へと運ぶ。すると口の中で抹茶の芳醇な風味と苦味に近い甘みが広がり、楯無の疲れを吹き飛ばした。

 

 今思えば、あれほどお家事情で言い争い、ましてや絶縁寸前まで悪化していた妹との関係がここまで回復するとは、当時の楯無からすれば想像も出来なかったことだろう。

 ISの練習相手として申し込んで来た時、楯無はそのまま抱きついてしまいたいくらい嬉しく、彼女が愛おしかった。そのくらい、昔の楯無と簪の関係はあまり良いものではなかったのだ。

 しかしあの時、きちんと彼女と向き合って話し合い、お互いの本音を言い合ったおかげで、本人から訓練を頼まれ、こうして美味しい手作りお菓子も食べられる。あの時の判断は間違えてはいなかったと、楯無は改めて思った。本音万々歳。

 

『それほどでも〜』

 

 何故か布仏妹こと本音の緩みきった声が聞こえた気がしたが、とりあえず無視をして、楯無は昔の簪の可愛い幼少期を脳内で再生する。

 

 

 

 

『お姉ちゃん、一緒に遊んで』

『分かったわ、簪ちゃん』

 

 

『お姉ちゃん、一緒にテレビみよ』

『いいわよー、簪ちゃん』

 

 

『お姉ちゃんしってる? ヒーローって色んな人がいるんだよ』

『あら、そうなの?』

『うん。自分の幸せよりみんなの幸せを願うヒーローもいれば、借金をするヒーローも、自分のカッコ良さを優先するヒーローも、先生をしながら戦うヒーローも、自分の家族を守りながら戦うヒーローも、地球のために自分の命をかけたヒーローもいるの』

『そうなんだ』

『…………私、いつもお姉ちゃんに守られてるから、いつかお姉ちゃんを守れるヒーローになる』

『マジ可愛い(ありがとう、簪ちゃん)』

 

 

 

 

「(可愛かったわー、もちろん今も可愛いけど)」

 

 と、可愛い愛妹との昔のあれこれを思い出しながら、楯無はカップに口をつけて、虚の注いだ世界一美味しい紅茶を胃の中へ流す。これまた愛妹のお菓子と相性抜群で、楯無の胃袋と脳内をを幸福で満たした。

 

「そう言えば簪ちゃん、専用機の方は大丈夫なの?」

「はい、本音達と一緒に色々とやっているようですよ。けどなかなか上手くいかないことが多くて、この前もマルチロックオン・システムの微調整をしたらあらぬ方向へ飛んでしまって、開発側の方と先生から怒られたとか」

「いいのよ、そうやって今のうちに何度も失敗を経験しておけば。その分いざと言う時の成功に繋がるんだから」

「それは、お嬢様がよく言っている『成功は貯められる』、ということですね」

「うん、正解」

 

 成功は貯められる、だから練習で沢山失敗しておけ……これは楯無が幼い頃、とある少年から教えてもらった言葉であり、今の楯無を作り支えてきた教訓でもある。

 この言葉を教えてくれた少年は今どこでどうしているのか……少なくとも、楯無は彼の行方を知っていた。

 

「それにしてもお嬢様、その言葉は昔から言っていますが……一体誰の教訓ですか?」

「そうねー……私の初恋の人……かな」モグッ

「はぁ、初恋…………え?」

「ご馳走様。さあて、一眠りしようかしら〜……ぐぅっ」

 

 カップケーキを食べ終えた楯無は背伸びをして立ち上がると、眼鏡をずらした虚を残すように生徒会室のソファにダイブし、抹茶の味を口の中に残したまま、ものの数秒で眠りについた。

 

「初恋…………ですか」

 

 楯無の残した言葉に、虚はしばらく顎に指を当てて考えた。後に彼女も初恋というものを知ることになるのだが、今はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんか背中に変な寒気が」

「お兄? どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

『……なさい』

 

 

 

 

 

 なんだろう……この声は。

 

 

 

 聞いたことの無い、知らない声。

 

 

 

 

 

『……れていけなくて』

 

 

 

 

 

 まるで申し訳なさそうに、女の人が僕に声をかけている。

 

 

 

 死んでいるかのように、冷たい声だ。

 

 

 

 

 

『……か、……人に』

 

 

 

 

 

 なんて言っているんだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうか……優しい人に、拾われてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「…………んん、寝てたか」

 

 微妙に揺れるバスの中、俺は目を覚ました。

 

 今日はみんなが待ちに待ったであろう、例の水着姿でみんなでキャッキャしながらISの実習を行なう臨海学校当日。みんなからしりとりで『る』縛りをやられてまんまと落とされた俺は、我が3組が乗車しているバスの後ろの座席の窓側で、目的に到着するまでの間、少しだけ眠っていた(全く、U〇Oといいどうして3組のみんなはこうも俺を嵌めるのが好きなんだ)。と言っても十数分程度だけど。

 

「零」

 

 ふいに横を向くと、隣に座っているラウラの顔が目の前に映った。というよりは、目の前全部がラウラの顔で塞がれていると言えば良いのか、鼻息がかかるほど、ほぼゼロ距離まで彼女は俺に顔を近づけている。檸檬のお菓子を食べたのかな、いい匂いだ。

 

「ラウラ。おはよ」

「(む、シャルロットのアドバイスでもダメか……)おはよう。大丈夫か? 何やら魘されていたが」

「あれ、そうだったんだ……なんかよくわかんない夢を見たから。けどもう大丈夫だよ」

「そうか、ならいいんだが」

 

 ラウラは心配そうな顔をしながらも、俺から顔を離す。

 夢か、やっぱりさっきのは夢だったんだな。別に夢ならそれでいい、ただあれはなんだか夢じゃない気がするだけだ。自分でもよく分かっていないが。あと今ラウラが何か呟いたような。

 

「あ、零くんが起きたー、お菓子いるー?」

「ありがとう」

「ラウラさんもどうぞー」

「ああ、感謝する」

 

 俺とラウラは、前の席から身を乗り出して顔を覗かせた女子生徒から細いお菓子を受け取り、同時に齧り付く。

 周りに目を向けると、レクリエーションを終えたみんなは雑談やらゲームやらお菓子やらで各々盛りあがっていた。なるほど、これが学生時代に体験する『バス移動のイベント』というやつなのか。昔姉さん達と観光客に偽装した時に乗ったバスとはまた違う感覚で、レクリエーションやらお菓子やら、まるで初々しい学生のような、ちょっとうきうきした気分になっている。正直臨海学校本番よりも楽しみにしていたかもしれない。それはラウラも同じらしく、現場に向かう軍用車両とは全然違ったこの空気が新鮮らしい、今も楽しさで目を輝かせている。というよりお菓子の美味しさに小動物のように頬をモキュモキュと動かしている。なるほど、部下の人がラウラで遊ぶわけだ。

 

「……こいこい」

「ん、さっきのやつか?」

「うん、なんか覚えちゃった」

 

 ちなみに、さっきまで(寝落ちする前)のレクリエーションでは、レクリエーション係の子が作った『臨海学校を100倍楽しむための夏海の音楽集』なるものを再生される…………予定だったんだけど、何故かどこかの番組で放送されていた落語の音声が流れた。どうやら昔、部活の先輩から借りパクして放置していた落語のCDとレクのCDをうっかり間違えたらしい。凄いうっかりだ。

 確か、生き別れた犬の兄弟の話だったっけ。けど落語なんて人生で初めて聞いたから、イマイチ話の内容が分からなかった。ラウラは楽しめていたようだけど。あとは喧嘩の話だっけ、序盤で寝たから覚えてないや

 

 にしても、生き別れた兄弟か……俺の場合は姉さんと会うまで1人だったから兄弟がいるかどうかも分からない。ま、そんなのはもうどっちでもいいか。俺の家族は姉さんとスコール姐さんとレインとマドカだ、今更血の繋がった兄弟やら家族やらが出てきてもなんとも思わない。例え敵として出てきても、こっちを潰そうとするなら容赦なく殲滅するつもりだ。実際に出てきてないから分からないけど。

 

 

 …………きょうだいか…………マドカは…………

 

 

「零君、ラウラさん、これどうぞ」

「ありがとう」

 

 無駄な考えを振り払うように、俺は後ろの席の子からお菓子を貰い、口の中へ放り込む。ん、何だこれ、チョコなのに塩辛い。

 

「はーいみんなー! もうすぐトンネルを抜けるわよー」

 

 榊原先生の掛声とともに、バスが暗いトンネルから抜け出し、俺達の視界に、太陽の光を反射してキラキラと燦然する水色の海が飛び込んできた。今頃、前を走る1組のバス内では誰かが『海、見えたっ!』とか言ってるだろう。

 

「わー、綺麗ー」

「水着、新しいの買って良かったー!」

 

 各々が美しい海を見て盛り上がり始めた。かく言う俺も、自分が想像していた海よりも綺麗で結構驚いてる。昔みんなと一緒に行った穴場のビーチには負けるけど。あのビーチ、まだあるかな。忙しくて全然行けてないけど、もしあるならまた行きたい。

 

「綺麗だな」

 

 ふとラウラがそんなことを呟き、俺は彼女に視線を向けた。心打たれたのか、彼女の赤い瞳はあの海のように輝いていた。可愛いな、ホント。

 

「みんなー、もうすぐ到着するから、荷物の忘れ物がないようにねー」

「「「はーい!」」」

 

 先生の声に元気よく返事をした我が3組は、せっせと荷物をまとめて降車の準備をする。

 

 

 そして目的地の旅館に到着すると、荷物を持ってバスを降り、途中セシリアさんと視線があって軽く手を振りつつ、俺達は先生達の前で整列する。

 

「今日から3日間お世話になる花月荘だ。全員くれぐれもご迷惑をかけないように」

「「「「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」」」」

 

 女将さんと思われる人に、全員が挨拶をする。

 

「はい、よろしくお願いします。今年の1年生の皆さんも元気が良い子ばかりですね」

 

 ニコッと営業スマイルを返す女将さん。

 楯無さんやフォルテさんが言っていた通り、なかなかの美人さんなようだ。あれで姉さんよりも歳上、下手すれば10は違うかもしれないだなんてちょっと信じられないな。いや、姉さんが老けて見えるのか、仕事上ストレスとか溜まるから仕方ないか。あ、姉さんからメールが。

 

「今日は1日自由時間だ。各自、この後は自由に行動して良い。ただし羽目は外しすぎるな、いいな?」

「「「はーい!」」」

 

 キリッとした顔の織斑千冬の言葉に返事をすると、みんなは自分の部屋に向かって散らばっていった。あ、簪さんだ。そう言えば楯無さんが行く前に『ついででいいんだけどー、簪ちゃんの写真が欲しいなー』って目に隈を作りながら頼んできたっけ。タイミングを見計らって撮らせて貰うか。

 さて、俺の部屋は…………

 

「零、お前の部屋はどこだ?」

「んー、それなんだけど……どこにも書いてなくて」

「印刷ミスか?」

「かもしれない」

「れーい」

 

 ラウラとそんな会話をしていると、向こうから荷物を持った一夏が歩いてきた。

 

「一夏、部屋割りなんだけど」

「ああ、俺も気になってたんだけど、何も言われてないんだよ」

「む、一夏もなのか」

 

 んー、これはもしかして先生の方から何か言うかも。

 

「織斑、巻紙、なにをぼーっとしている。お前らはこっちに来い」

 

 なんて思ってたら、織斑千冬に呼び出された。相変わらずの大人っぽい教員服姿だ…………大人か、マドカも大人になったらこんな感じに。

 

「零?」

「あ、ごめん。じゃあまた後で」

「ああ」

 

 ラウラに別れをつげて、俺と一夏は織斑千冬に着いていくように歩き、奥の部屋へとたどり着いた。途中で一夏から織斑千冬に見蕩れていたことを突っ込まれたけど笑って誤魔化した。

 

「では部屋割りについて教える。織斑は私と同じ部屋を、巻紙はその隣の部屋を1人で使え」

「先生、質問いいですか」

「なんだ?」

「僕と一夏は同じ部屋じゃなくていいんですか? どうせなら男で固まった方がいいと思うんですけど」

「すまんな、部屋割りの都合上、こうなってしまったんだ。それにお前たちだけでは盛ったヤツらが押しかけて来るかもしれない、だが私が居れば早々に近づけないだろう」

 

 うーん、なんか納得できるような出来ないような。まあ日常生活でも俺に近づく女子はあんまりいないからなぁ、一夏と同じ部屋じゃこっちに飛び火するかもしれないし、もし俺が織斑千冬と同部屋だったら気まずいうえにマドカ達から1分ごとにメッセージが来るかもしれないし、そう考えると一人部屋はありがたいか。

 

「安心しろ、お前の部屋はあくまで教員用として扱うから、何かあれば私に殴られると脅しておけ」

「ありがとうございます」

 

 教員としてアウトな発言、けど流石に本気ではないだろう。ないよな? 

 

「では私は用がある、ゆっくりしていくといい」

「はい、わかりました」

 

 織斑千冬は踵を返してその場を去っていく。揺れる黒髪が…………一夏から細い目で見られている気がするから辞めておこう。

 

「それじゃあ一夏、また後で」

「おう、一緒に行こうぜ」

 

 軽く一夏と約束を交わして、俺は部屋の中へ入り、そうそうに荷物を置いて、畳の部屋に寝っ転がる。

 いつも姐さん達と日本に来る時は大体洋風の高級ホテルが多かったから、こういう日本味溢れる部屋に泊まるのはそうそうない。畳の固めの感触と海のサーっと言う音がなんとも心地いい。今度みんな(家族)で行きたいな。

 

「…………と、ゆっくりしてる場合じゃないか」

 

 俺は体を起こし、鞄を開けてラウラが選んでくれた水着とその他セットを取り出す。さてと、さっさと着替えて久々に泳ぐとするか。久々の海水浴だ、うんと羽を伸ばすとしよう。

 

 

 

 

 

 

『えーっと、ここがこうであれがあーで……あー、ここがここかー。案外飯作るより難しいなぁこれ』

 

『雷、何をしている』

 

『おお白騎士、実は今水g『はいはい白さん、こっちにきて一緒にドラマでも見やしょう』

 

『お、おい黎、押すな』

 

『なんだ黎のやつ』

 

『あんたねぇ、特別なプレゼントなんだから本人に言ったらダメに決まってるじゃない』

 

『特別っていっても、単に手作りの水着を渡すだけっすよ、甲先輩』

 

『…………あんた、ほんっとそういうところそっくりね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

「ふぅ、気持ちいいなぁ」

「そうだね」

 

 少しだけ時は流れ、別館で一夏と合流した俺は、男子更衣室のお隣の女子更衣室にいる女子達の赤裸々トークから逃げるようにさっさと着替え、出てそうそうに突き刺してきた真夏の太陽と心地の良いそよ風に当たっていた。一夏は恥ずかしがっていたけど……俺は姉さん達のおかげでそういうのは慣れてしまったようだ。胸の話なんて小さい頃から嫌という程聞いてきたからね。

 さて、 それはそうと、さすがは四季折々がある日本、故郷とは違ったいい風が吹いている。そして初めて男の知り合いと並んで歩く真夏の……なんか、関わりたくないとか言ってたのにいつの間にか関わっている自分がいる。

 

「けど、悪い気はしない……かも」

「お? なんか言ったか?」

「いや、なんでもないよ」

 

 さて、さっさとみんなの元へ向かうとするか。

 

「い、一夏、零」

 

 早速歩き出そうとしたら、横から箒らしき声がした。

 

 顔を向けると、そこには白い水着にちょっとした線が入った、なかなか際どい水着を纏った箒が立っていた。別に体型に沿った物を着てるから際どくはないか。

 そう思って一夏の方に目を向けると、何故か無言で赤くなっていた。

 

「…………」

「あ、あまりジロジロ見るな……」

「あ、ご、ごめん!」

 

 互いに顔を真っ赤にしながら顔を逸らす一夏と箒。

 ふむ、やっぱりあの時の顔は勘違いじゃなかったか。けどあの頃よりは確実になっているな。一夏も成長したものだ。

 

 

『あんさんが言うなあんさんが! あんさんはもっと成長しろ!』

 

 

 さてと、早くみんなの所へ行くとするか。

 と思ったら一夏から手を握られた、おかげでしばらくのあいだ、2人の仲睦まじい雰囲気を目の前で見せつけられた。

 

 

 

 

 

「ん?」

「どうした?」

「いや、あれ」

 

 そしてようやく終わって3人で浜辺へ歩きだしたところで、人気のない場所から一夏が何かを見つけた。

 見に行くと、そこには『引っ張ってください』という立て札の前に、どこかで見たことがあるうさ耳らしきものが地面から生えるように刺さっていた。ああ、うん、知ってる。俺がIS学園に来る原因になった張本人だから忘れるわけがない。ていうかこんなあからさまなトラップがあるか。

 

「箒、これって……」

「…………」

 

 一夏の言葉に箒は目だけを逸らす。本当は関係ないと言ってこの場を去りたそうな顔をしているが、どうやらそうもいかないようだ。もし他の人が引っ張ったら大変なことになるかも。

 

「零、少し離れててくれないか?」

「え? ああ、うん」

 

 俺は一夏と箒から少しだけ距離をとる。ああそうか、そういえば2人にはうさぎと知り合いだってことは秘密にしてたな。バレたら芋ずる式にクロスライザーのこともバレそうだし、来ても他人のフリをしておくか。

 

「「いっせーの」」

 

 と、2人で息を合わせてうさ耳を引き抜く。しかし取れたのは耳だけで、その下には何も埋まっていなかった。

 

「あれ?」

「耳だけ?」

 

 ……………………キィィィィィィィンッ! 

 

 あれ、なんか変な音が…………まずいっ! 

 

「っ!? 上だ! 逃げろ!」

 

 ズドォォォォォォッ! 

 

 そう俺が叫んだと同時に、目の前に謎の物体が落下してきた。円錐っぽい形の人参じみたロケット、なるほど、うさぎだから人参か。あのうさぎらしい。幸い2人には当たることはなくて良かった。

 にしても、なんて登場の仕方なんだ。

 

「あははっ! 引っかかったねーいっくん! 箒ちゃん!」

 

 デカい声とともに人参ロケットの扉が開き、その人が姿を現した。そう、あの天才兼自称みんなのアイドル、しかしその本性は天からの災いそのものと言わしめたあの篠ノ之束博士だ。俺がIS学園に来る、そしてISに乗ることになった元凶だ。何のかんの言って楽しめてるから今はそこまでは。

 

「お、お久しぶりです、束さん」

「久しぶり〜」

「姉さん……」

「おー! ひっさしぶりだねー! マイプリティエンジェルシスター箒ちゃぁぁぁぁんっ!」

「ふんっ!」

「ぐふぉっ!?」

 

 大きな胸に向かって飛びつこうとしたうさぎを、箒はどっかから取り出したか分からない竹刀で素早く顎を突いて吹き飛ばした。どう見ても不審者が女子高生に飛びつこうとしたようにしか見えないから、多分正当防衛になるだろう。ならなきゃおかしい。

 

「さ、流石箒ちゃん、昔よりも鋭くなったねー。てっきり優しくなったもんだと」

「あなたに関しては手を抜くつもりはありません」

「ツンデレ」

「殴りますよ」

「うんうん、可愛いねぇ、可愛いよぉ!」

「なっ、は、離れてください! 離れろっ!」

 

 結局束博士に飛びつかれた箒は、身動きも取れず、数秒間一方的に頬擦りをされていた。箒はマジで嫌がって引き剥がそうとするが、うさぎはビクともしない。

 

「はは、相変わらずですね、束さん」

 

 一夏は苦笑いして見ている。昔からこんなテンションに付き合わされてきたと思うと、2人と織斑千冬には少し同情してしまう。

 さて、おじゃま虫はさっさと…………

 

「と、箒ちゃんにもいっくんにも会えたことだし」

 

 逃げようとした直後、箒から離れたうさぎは気を取り直すようにクルっと周り、如何にもろくなことを考えてない笑顔で俺を見てきた。相変わらずうさ耳が痛いな、この人。

 

「うんうん、君が零君かー。初めまして! みんなのアイドル、うさ耳がキュートな篠ノ之束だよ! 箒ちゃんのお姉ちゃんです! よろしくね!」

「うわぁ……(初めまして、束さん)」

「おやおや、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないかー」

 

 うさぎは至近距離からトカゲのような笑顔を見せつけてくる。つい本音が漏れていたか、いけないいけない、ちゃんと人前では漏れないようにしないと。

 

「ね、姉さんが……」

「束さんが……」

 

 何故か一夏と箒が驚いた表情で俺とうさぎを見ている。確か博士は身内か興味がないやつ以外は眼中に無いって性格だっけ。俺と初めてあった時もかなり辛辣だったかからな、どうせならそのまま拒否られて関わんないでいたかったかも。

 

「と、悪いけどいっくん。ちょっと零君を借りていくねー。それじゃあまた後でね、箒ちゃん!」

「はい……え?」

 

 ガシッ

 

 一夏が声を上げる間もなく、俺はうさぎに腕を捕まれそのままどこかへ連れていか(ズドドドドドドドッ! 

 

「うおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 

「……………………あ、零!」

 

 一夏の叫びを背中に、俺はうさぎに誘拐されていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはー!」

 

 高笑いとともに、うさぎは旅館やら山やら森やら、時に色々なものを風圧でなぎ倒しながら、超スピードで飛び越えていく。うさぎの爆走に酔いそうになりながら、俺は風圧に軽い脳震盪を起こしかけた。

 

「とうちゃーく!」

「う、うぇ…………」

 

 そしてあっという間に目的地とおもわれる砂浜につくや否や、俺は地面に膝を着いて俯き吐き気を抑えた。俺、普通の人間なんだけど。流石に亡国でもこんなGを生身で受けたらキツいに決まってるだろ。

 

「じゃあ私はこれでー」

 

 そう言うと、うさぎは俺を置いてズドドドと大きな大振動を起こしながら砂浜の向こうへ消えていった。一体何なんだ、ていうかなんでこんなところに。

 

「…………れ、零……さん?」

 

 ふと、目の前から聞き覚えのある声がした。

 

「……クロエ、さん?」

 

 顔を上げると、そこには黒い水着を纏ったポニーテールのクロエさんが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ピキーンっ! 

 

「今零が砂浜で女と密会しているような気がする」

「スコールー、次の仕事は? どっかの護衛か?」

「残念、デスクワークよ」

「ちぇ、事務仕事かよ。めんどくせー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

「ほらっ!」

「きゃっ、冷たい!」

「やったなーこのー!」

 

 零が束に誘拐されているその頃、旅館前にある海辺のビーチでは、IS学園の女子生徒達が、あるものはパラソルを開いて日陰に敷いたビニールシートの上に寝転がり、またあるものはビーチボールを弾け合い、またあるものは海水に脚を浸からせながらしょっぱい水を掛け合って黄色い声を上げて騒いでいた。燦々と照り付ける太陽の下ではしゃぐ思春期女子達、まさにサマービーチと呼ぶに相応しい光景である。

 

「海か……確か日本の海には海坊主というヨウカイが住んでいるらしいな。会ってみたいものだ」

 

 海水に浸かって水を掛け合う女子達を、可愛い黒い大人なローライズを纏ったラウラは腕を組んで眺めていた。長い銀髪はツインテールに束ねられており、左眼を覆う眼帯と傷のない白い肌、そして堂々とした姿勢がより彼女の可憐さを醸し出していた。

 

「ら、ラウラ? それって確か想像上の生き物じゃ……」

 

 そんなラウラを、黄色のオサレな水着を纏ったシャルロットが心配そうに話しかける。

 

「ああ、分かっている。以前生徒会長から見せてもらった本に載っていたから、試しに言ってみただけだ」

「生徒会長って、楯無さん?」

「そうだ。だから本気で信じている訳では無いぞ?」

「そ、そっか、なら良かった」

 

 またオタクな部下のクラリッサから変なことを吹き込まれたのかと心配したシャルロットは安堵の息を吐く。

 

 2人はタッグトーナメントで知り合って以来、組は違えど何かとこうして話しかけ合うことが多く、ちょっとした交流が生まれていた。先程のバスでラウラが零に行ったゼロ距離アタックも、ラウラから相談を受けたシャルロットがやってみたらどうかな? とアドバイスを送ったものであった。

 

「そうだシャルロット。昨夜お前が教えてくれたゼロ距離だが……零には聞かなかったぞ」

「そうなんだ」

「それどころか顔すら赤くしなかった」

「え、ええ」

 

 零の鈍感さにシャルロットは若干引いた。

 確かに昨夜ラウラに教えたアドバイスは、恋愛経験に疎いシャルロットが必死に捻り出したスカスカな作戦である。が、まさか顔すら赤くしないとは、流石にシャルロットもこれには呆れてしまうようだ。

 

「ふっ、まあそれが零らしいと言えば零らしいか」

 

 しかしラウラは落ち込むことなく、寧ろこれからどう零と交流していこうか、どう仲を深めていこうかというやる気に満ちた笑顔を浮かべた。

 

「(いいなーラウラ。僕もここまで大胆に出来たら……あ、やったけど逃げられたか)」

 

 どこまでもストレートにアタックできるラウラを、シャルロットはちょっぴり羨ましいと感じた。

 自身も同じような感情はもう1人の方に向けてはいるが、あのアタックであの有様では気づいてくれるのはまだまだ先か、下手すれば一生放置になるだろう。それはそれで仕方がないと考えてはいるが。

 

「そういえば零は? まだ来てないの?」

「ああ、もうそろそろ来てもいい頃なのだが……」

「一夏も箒も来てないね」

「何かおかしなことに巻き込まれてなければ良いが」

 

 ラウラは顎に手を当てて、小さな不安を脳裏に過ぎらせる。実際は当たっているのだが。

 

「ラウラさーん! シャルロットさーん! こっちでビーチバレーでもやんなーい?」

 

 2人の後方から、1組と3組の混合組が手を振って2人を呼んだ。その後ろでは、7月のサマーデビルこと櫛灘がレシーブの素振りをしている。

 

「とりあえず遊ぶ?」

「……いや、私は零を呼んでくる。先に行っててくれ」

「そう? じゃあ先に行ってるね」

 

 2人は海に背を向け、ラウラは更衣室に、シャルロットはビーチバレー組へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「はー、いいわよねーあの子。あんなにオープンにできて。ねえティナ?」

 

 少し離れた場所からタンキニを纏った鈴が羨ましそうにラウラを見ていた。

 ちなみに鈴は今、ルームメイトのグラマラス担当ことティナ・ハミルトンとともに、ビーチパラソルの傘下で寝転がるセシリアの体にサンオイルを塗っている。暇人同士、交代交代で塗っていこうという話になったのだ。

 

「そう? 鈴も十分オープンな気がするけど?」

「あはは、そうよねー。アタシ、結構隠してないんだけど……それなのにこのザマよ……」

「……なんかごめん。あとでなにか奢るわ」

「……じゃあコーラで。あ、セシリアー、お尻塗るわよー」

「私は横腹いくねー」

「はい、お願いしますわ」

 

 光の消えた瞳を振り払うように、鈴はセシリアの柔らかい臀部に、ティナは綺麗なラインを描いた横腹にサンオイルを塗っていく。

 

「一夏も鈍感すぎるけど……零も零よ、楯無さんもケイシーさんがあれだけアタックしてるのに全然反応しないし、それどころか目の前でラウラと無自覚にイチャイチャしちゃって…………大変なんだろうなぁ、あの2人も」

「はは……」

 

 女子校のIS学園に2人しか居ない男子生徒、しかしどちらも恋愛面では唐変木という最悪極まりない有様。一夏は言わずもがな、零はまるで鋼鉄のように先輩2名とクラスメイトからの猛烈なアピールにビクともしない。これには鈴だけでなく、話題に夢中なその他女子生徒も顔を引き攣らせるしかなかった。

 

「曲がる……適当……はぁあ」

 

 そんな鈴を差し置いて、セシリアは何かに悩んでいるような、疲れたため息を吐き、永遠に脳内で曲がるレーザーをイメージしていた。

 

 

 

 各々が悩みや楽しみを抱えたまま、IS学園1年のサマータイムという名の自由時間(午前中)は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

「お久しぶりです、まさかこんなところで会うなんて」

「い、いえ、こちらこそ、束様がご迷惑をかけたようで」

「いえ、慣れているので」

「は、はい……」

 

 場所は変わって旅館から少し離れた場所にある海岸付近。鈴やラウラ達がビーチを満喫しているであろうその頃、うさぎに連れ去られた俺は、偶然にも遭遇したクロエさんと一緒に砂浜を歩いていた。いや、どう考えても偶然ではないか、これはうさぎが俺とクロエさんを2人きりにするためにわざとやったのか。

 あいつにどんな意図があるかは知らないけど、ちょうど良かった。ここ最近クロエさんとのやり取りもなかなか出来てなかったし、この前なんて買い物の約束を先延ばしにしてしまった、この人には随分迷惑をかけてしまっているから、謝らないと。

 

「本当にすみません、僕の都合で約束を先延ばしにしてしまって」

「そ、そんな謝ることなんて。零さんにも零さんの都合があるでしょうし、それに零さんが無事なら私はそれで……」

 

 クロエさんは少々小声ながらも答える。優しいな、クロエさんって。

 それにしてもクロエさん、水着姿がよく似合っているなぁ。ラウラと同じ黒いローライズにフリルが付いたタイプ、髪は後ろにポニーテールで束ねている。やっぱり生まれ方が同じだからか、ラウラに似ている気がする。

 

「あ、あの零さん、そんなにマジマジと見られたら……」

「……あ、すみません。つい」

 

 いけない、ついじっと見てしまっていた。

 

「ど、どうでしょうか? 似合ってますか?」

「はい、とても可愛いですよ」

「ほ、ホントですか? (か、可愛い……)」

 

 瞳を閉じながらも、クロエさんは嬉しそうな笑顔を向けてきた。やっぱりラウラによく似てるな。

 

「(良かった……似合わないなんて言われたらどうしようかと)」

 

 ちなみにこの水着をクロエさんにオススメするまでに、うさぎと機械仕掛けのリス達が小一時間激しい議論をしたらしいが、そんなことを俺もクロエさんも知るはずもなく、俺達は砂浜のシャりっとした音を足の裏に伝えながら歩き進め、他愛もない会話を交わす。

 

「お変わりはありませんか?」

「は、はい。特には……毎日束様のお世話で忙しいです」

「そうですか。こう言うのはなんですけど、束博士って結構変わり者だからお世話も大変そうですね」

「いえ、そんな。寧ろ私の方があのお方には良くしてもらっているので」

 

 クロエさんはどこかオドオドしながらもきちんと言葉を返してきた。

 あのうさぎにとって、クロエさんは娘のような存在だとか(妹の方があってる気がするけど『私の妹は箒ちゃんオンリーだよ』とか言ってた)。あの時の箱入り娘具合からしても、依頼で俺が助け出したのを拾ってからずっと溺愛しているんだろう。その愛が母親としてのものなのか、それとも飼い主みたいなものなのか、それは天災にしか分からない。

 

「この前は夕食にフレンチトーストをお出ししたのですが……失敗して焦がしてしまいまして。束様は美味しいと言ってくれるのですが、無理をしていらっしゃるようで申し訳なくて」

「それは大変だ。けど束博士のことですから、多分本当に美味しいと思って食べてくれていると思いますよ」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ」

 

 その焦げ具合がどれ程かは知らないけど、恐らく美味いんだからそれほど酷くはないだろう。それに不味かったとしても、折角娘が作ってくれたものを不味いだなんて言えるわけがないからね。俺だって不味いなんて言われたら辛いし、せっかく作ってくれたマドカやレインの料理を不味いだなんて言えない。それで嫌いなんて言われたら立ち直れない。

 

「大丈夫、練習を重ねれば上手くなれます。僕も初めの頃は下手でしたから」

「は、はい……あの」

「はい?」

「……その、食べて、みたいですか? 私の料理」

「そうですね……食べてみたいですね、クロエさんの料理」

「じゃ、じゃあ……よろしければ、その、いつか……た、食べて貰えますか?」

「はい、もちろん」

 

 俺がそう答えると、クロエさんは恥ずかしがりながらも、パァっと明るい表情をこちらに向けてきた。クロエさんの料理が食べたいのは本当で、お世辞でも嘘でもない。是非とも食べてみたいものだ。

 

「……と、その前に、まずは買い物の約束を守らないといけませんね」

「は、はい……」

 

 そういえば、前に水着を購入した時についでに買ったクロエさんへのプレゼント、うっかり持ってきてたんだっけ。買い物の時にでも渡そうと思ったけど、どうせなら今渡したかった。

 

 

 

「れーい!」

 

 と、色々と話し合っていると、何処からか俺の名前を叫ぶラウラの声が聞こえてきた。あんまりにも遅いから探しに来たのか? 

 

「この声は?」

「ラウラですよ。あー、僕のクラスメイトで友人なんです」

「ラウラ……そう、彼女が……ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 ラウラの名前を聞いた途端、クロエさんは曇らせた表情を浮かべ、複雑そうに俯く。

 

「……あの、失礼は承知で聞きたいんですけど……クロエさんとラウラは」

「……零さんの想像通りです」

 

 苦しそうに声を絞り出したクロエさんの言葉に俺は納得すると同時に、自分の仕出かしたことに対する後悔に襲われた。クロエさんとラウラは同じドイツ軍の生み出した試験管ベビー、遺伝子強化試験体という『道具』として生み出された、云わば姉妹のような存在だ。そして、クロエさんは数年前に処分されそうになったところをうさぎに依頼されていた俺が連れ出した。これがどういうことを意味するのか……こんなことを聞いたらどうなるかなんて、少し考えれば分かったはずなのに。

 

「……すみません」

「謝らないでください……私が彼女になれなかったのは事実ですし、私が失敗作なのもまた事実です」

「クロエさん……」

「……けど、あの時、零さんがあそこから助け出してくれた時から、私は『人間』として、クロエ・クロニクルとして、束様の娘として生まれ変わったんです」

 

 瞳を閉じながらも、クロエさんは真っ直ぐな目を俺に向ける。

 

「だから……私は、零さんに……」

 

 突然、空間に微弱な電流が流れたような刺激が走る。と同時に、クロエさんは閉じた2つの瞼をゆっくりと開き、数年ぶりに金色に輝くそれを見せた。

 

「…………綺麗ですね」

「…………」

 

 それに対して、俺はただ一言そう言った。嘘でも慰めでもない、純粋に思ったことを告げた。あの時から全く変わっていない、黒い眼の中で金色に浮かぶ瞳だ。

 

「…………」

「クロエさん?」

 

 ふと、俺はクロエさんが目を開いたまま硬直していることに気がつく。正確には体全体を茹でダコのように真っ赤にしながらアワアワと目をグルグル回して、壊れた機械のように口をパクパクと動かし始めた。

 

「き、きれ、きれれれれ」

「クロエさん?」

「れ、れれれれ、れれれれれ…………い、いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「あ、クロエさん!」

 

 いきなり大きな叫び声をあげると、クロエさんは砂浜から海に向かって猛ダッシュで走り去って行った。

 て、もしかして海の上を走ってる!? あ、飛んだからISか。

 

「あ、待ってクーちゃん! カムバーックっ!」

 

 そしてクロエさんの後を追うように、岩陰から飛び出したうさぎが先程の人参みたいなロケットで追いかけて行った。さては盗み聞きしていたな。

 ……で、結局なんだったんだろう? 

 とりあえずこのことは一夏と箒以外には秘密にしておくか。

 

 にしても。

 

「…………よく飛ぶなぁ」

「零、ここにいたか」

 

 ちょうど2人の姿が見えなくなったタイミングで、向こうの方から前に買った黒のフリル付きローライズの水着を纏ったラウラが歩み寄ってきた。

 

「随分探したぞ」

「ごめん、少しこっちの方が見たくなってさ。こんなに綺麗な日本の海なんて久々だから」

「ふむ、そうか。ところでさっきこちらから女性らしき叫び声が聞こえてきたが……誰かと話していたのか?」

「いや、僕1人だけだったよ。ラウラの空耳じゃないかな?」

「むう、そうだろうか……何か隠していないか?」

「何も隠してないよ」

 

 ちょっぴり疑いの眼を向けてきたラウラからの追求を笑って誤魔化す。自分でも無理があるのは分かってるけど、流石に天災指名手配犯の篠ノ之束に連れ去られたなんて言えないし、かと言って『君のお姉さんと話していた』なんてのも言えるわけがないし、言う必要もない。

 

「……分かった。信じよう」

 

 少々腑に落ちないながらも、ラウラは頷いた。ここは海坊主? が出たとでも言えばよかったか? 

 

「…………」

「ん? どうした?」

「いや、 水着、似合ってるなぁって思っただけだよ」

「お前が選んでくれたのだから、当然だ」

 

 自信満々な顔でラウラは答える。

 

「あと髪型、ツインテールにしたんだ」

「あ、ああ。この格好では何かと長髪が邪魔になると思ったから、試しにクラスメイトから教えて貰った髪型を採用したのだが……似合わない、か?」

「まさか、寧ろ可愛いと思うよ」

「か、かわいい……か。そうか、可愛いか……へへ」

 

 可愛いという言葉に、ラウラは顔を逸らしながら笑った。何時もクールな姿からは少し想像できない、緩んだ二ヘラ顔だった気がする。

 

「ラウラ?」

「……あ、いや。こほんっ! と、とりあえず戻るぞ。向こうで皆がビーチバレーをやっているらしい」

「そうだね、早く行こうか」

 

 俺はラウラと並ぶ形でみんなのもとへ引き返す。

 初めての学園生活のビーチバレー、堪能させて貰うとするか。

 

 あともしこの後クロエさんに会えたらプレゼントも渡そうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「ほら! 行くわよー!」

「零くーん! ラウラさーん! 点とってよー!」

 

 さて、いきなりだが場所は変わって旅館前の海辺の砂浜。そこでは1組VS3組(助っ人で鈴も参戦)によるお菓子を掛けた総力戦が勃発していた。

 ちなみに俺は今、自分の陣地のサイドライン横で1組からのアタックとスパイクを受け止める体勢を取っている。1組チームには7月のサマーデビルさんというビーチバレーの悪魔がいるらしいが、我が3組チームにはそれを超えるサマーデーモンさんというビーチバレーの神様がいる(そんなの今初めて知った)。つまり、俺が前に出る幕はないということだ。まあ、俺も超絶上手いわけじゃないし、海行ってもビーチバレーよりも海水の掛け合い派だったから。球じゃなくて弾の撃ち合いなら慣れてるけど。

 あと1チーム4人で、現時点の対戦メンバーとしては、1組は箒とセシリアさんとサマーデビルさんともう1人。3組は俺とラウラと鈴とサマーデーモンさんだ。

 

「箒! 来たぞ!」

「え、あ、よっ」

 

 控えにいる一夏の声掛けで、箒は綺麗なトスを返す。

 箒のやつ、初めの頃に比べて随分とクラスに馴染めているようだ。初めは木刀を振り回して殴ってくるもんだからどうなるかと思ったが……3組の剣道部の子から聞いた話だが、毎日部活に来て真面目に稽古を積んでいるらしい、それにISの訓練も絶えず続けているんだとか。一夏達が見ていないところでもきっちり努力をしているとは、凄い成長だ。て、俺が上から言う資格はないか。

 

「はい!」

「そーれっ!」

 

 なんて考えていると、伝説のサマーデビルさんからエンドラインギリギリ目掛けての激しいスパイクが放たれた。

 

「やらせんっ!」

「ナイス!」

 

 と、ギリギリのところでラウラがスライディングで球を受け止め、鈴が声を上げる。

 

「零!」

「はい、よっ!」

 

 サイドラインにふんわりと降りてきた球を、俺はトスでネット前まで飛ばす。

 

「おらぁっ!」

 

 バシィンッ! 

 

 そしてボールの落下に合わせてサマーデーモンさんが数メートル宙に浮かび、強烈なアタックを1組のコート内に突き刺した。

 

「あ、あわわっ、え〜い!」

「な、なにぃ!?」

「あ、やった〜!」

「ナイス!」

 

 そんなアタックを、キツネの格好をした謎の女の子が跳ね返した。なんだあの生き物、あんなものが1組に住み着いていたのか。いや、そんなことはどっちでもいい、問題はあれがどこで手に入れたかだ、あんな水着今まで見たことないぞ…………マドカが着たら似合いそうだ。

 

「セシリア!」

「曲がる、曲がる…………」

 

 キツネさんからのトスを受け取った箒がセシリアさんに向かって球を送る。なんかセシリアさん、さっきから曲がる曲がるしか言ってないな……もしかしてBTのことか? 

 

「……っ!? 曲がれっ!」

 

 バシィッ!! 

 

 突然そう叫ぶと、セシリアさんは綺麗な姿勢で数メートル跳ね上がり、スパイクを放つ。

 

「きたっ!」

 

 ヒュインッ! 

 

「ま、曲がった!?」

 

 球は綺麗なカーブを描き、サマーデーモンさんのブロック、そして受け止めようとしたラウラを華麗に躱す。

 まずい、落ちる! 

 

「やらせないわよ!」

 

 と、落ちるギリギリのところを、鈴がスライディングをしながら後ろに跳ね返す。ナイスプレイ。

 

「ラウラ!」

「了解した!」

 

 それをラウラが受けとり、俺の方にパスを回す。この流れは俺か。

 

「零! 決めろっ!」

「分かったよ!」

「やらせるか!」

 

 俺はサマーデビルさんと同タイミングで飛び上がり、右腕を振り下ろした。

 

 トンッ! 

 

 しかし、叩きつけはせず、後ろギリギリまで届くように、トンッと弾かせた。

 

「しまっ!」

「え、あ、おわっ」

 

 焦った1組で、唯一取れそうな箒が後方に慌てて走り出した。でもこのまま行くと一夏に……。

 

「おわっ!」

「ぎゃっ!」

 

 と言う前に、箒は一夏と衝突して、重なるように倒れた。

 

「こっちに1点入るよー」

 

 審判役のシャルロットが点数版を捲る。今は3組がリードしている。

 

「いってて……大丈夫かぁ、箒」

「あ、ああ。すまない……て」

「え? ……あ、うわぁっ!」

「うわぁ、織斑君揉んでたよ」

「ハレンチー」

 

 一夏からのアタックに箒は両腕で胸を覆って蹲り、一夏も顔を赤くしながら慌て、周りが揶揄う、なんとも平和な光景だ。シャルロットの呆れたジト目と頭に怒筋を浮かべた鈴のジト目がなかなか痛いけど。

 

「ほう、随分と盛っているなぁ織斑。間違いだけは起こすなよ」

 

 そんな状況の中で、横から食い込むように女性の声が割り込む。全員で視線を向けると、そこには少々刺激が強い黒い水着を纏った織斑千冬と顔を赤くした山田先生が立っていた。

 

「ちふ、お、織斑先生……」

「お、織斑君! そういうのはダメですよ! こういうのは順番が……」

 

 山田先生ってこんなんだったっけ? うちの副担任じゃないから分からないな。

 にしても一夏のやつ、凄い見蕩れてるじゃないか。顔まで赤くして鼻伸ばして。

 前から思ってたけど……もしかしてあいつ、そういうことなのか? 水着姿ならともかくそっちの意味でも……だとしたらちょっとなぁ。

 

 

『お前が言う資格ねえよ』

『全くっス』

 

 

 あれ、今レインとフォルテさんらしき声が聞こえたような。

 まあいいか。

 

「どうだ若人ども、楽しめているか?」

「は、はい!」

「巻紙、ボーデヴィッヒ、貴様らは……楽しめているようだな」

「はい、教官」

「ええ、お陰様で」

 

 何のかんの言って俺のことも気にしてはいるようだ。

 それにしても、織斑千冬の水着姿か。想像してた以上だな。流石は世界最強、あれなら世の中の男も振り向かずには入れられないだろう。

 ……やっぱマドカも大人に成長したらきっと……最近自分の馬鹿さ加減に心底呆れてしまう。いくらマドカと会えてないからって、寄りにもよって織斑千冬に欲情するなんて。

 

「どれ、自由時間も少ないが、私も久々にやるとしよう。篠ノ之、交代しろ」

「は、はい」

 

 いや、欲情してる訳じゃない。ただ彼女を見ていると、マドカが大人になったらこうなるのかなぁって考えてしまうだけだ。

 

「す、凄い……立っただけで押し潰されるような覇気」

「これが織斑先生の……まさにオーガ」

「よし、いくぞ」

 

 大体マドカはあんなセクハラ紛いな下品な言葉を口に出して言わない。

 

「ふんっ!」

 

 バシィッ! 

 

「さ、サーブでこれ!?」

 

 それに最近じゃバスタオル姿すら恥ずかしがって見せなくなったからな。姉さん達は堂々としてるってのに、それくらいマドカはそういうのが気になってしまう年頃らしい。あのキツネの衣装も着てくれるかどうか。

 

「零! 危ない!」

 

 よって、マドカは織斑千冬と違う。もしそっくりだなんて言って手を出す奴がいたら即効で────

 

 バシンッ! 

 

「ごふっ!?」

 

 なんて自分の煩悩を払い除けている途中で、織斑千冬のサーブという名のアタックが俺の顔面に直撃した。その威力は前にブツを盗んだ時にやり合った奴らのストレートを軽く超えていて、脳が上下左右に振られるような衝撃に襲われた、まさに規格外の強さだ。

 

「あ」

 

 というぽかんとしたような顔をしているであろう織斑千冬の声が聞こえてきたのを最後に、俺は背中から砂浜に倒れ、意識を暗闇に落とした。

 

 …………なんか、ここ最近、暗闇に落ちてばっかな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クーちゃーん、帰っておいでー」

「きれい、きれい……へへへ」

「色んな意味で帰っておいでー」

 

 

 

 

 

 

 

 



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雷、プレゼント

番外編6

短いです。


 

 ──────────────────

 

「ねえねえ、どう? 似合う?」

「えー、それはちょっと見えすぎじゃない?」

「いいじゃないのー、どうせこの世界には私達しか居ないんだから」

 

 ここはISコア達が人の姿で好き勝手やってるいつもの電脳空間(広場)。今日のIS達は、『現実世界の夏といえばやっぱり水着でシーバカンスでっせ。良かったら先輩方も作りやせんか?』という黎からの提案により、現実世界のデータを元に自分達で創作した『水着』の軽いお披露目会を催していた。

 コアである彼女達にそんなものが必要かどうかは今は置いておく。

 

「レーゲンはどんな水着にしたの?」

「私か? 私はな、これだ」

 

 レーゲンは羽織っていた布をばっと捲り、身に纏っている水着……紺色のスクール水着を自信満々に、堂々とラムに見せつけた。

 

「えっ、ちょ、それスクール水着?」

「そうだが?」

「なんでそれ?」

「うむ、選んだ中で1番動きやすそうだったのだ。おかしいか?」

「え? まあ、似合ってないわけではないかな」

「そうだろう。それにラウラの部下曰く『速攻でノックアウトする』代物らしいからな。これならどんな相手だろうとイチコロだ」

「あ、うん。そっか」

 

 これ以上言っても無駄だと感じたラムは、レーゲンを追求するのを辞めた。少なくともこの世界においてはノックアウトされる者はいないだろう。

 

「白式ー、アンタもう少しへそ出してもいいんじゃない?」

「で、でもそれだとお腹が……」

「何言ってんのよ。アンタぐらいの歳ならそんなの大したことないわよ……つーかあんたアタシよりも地味に大きい? 一夏が操縦者なのになんで? もしかして喧嘩売ってる?」

「え、怖いよ? 甲お姉ちゃん?」

 

 その横では、自分よりも年下にも関わらず、地味にいいものを持つ白式に対して甲龍が笑顔で理不尽な言いがかりをつけるなどなど、コア達は各々が好みで作り上げた水着を纏い、評価しあっていた。

 

 

 

「……ふぁ」

「あー白騎士姐さん」

「なんだ?」

 

 ふと、コアの1人が、隅の方で彼女達の戯れを暇そうに座って眺める白騎士に声をかけた。

 

「姐さんは水着はもってないんですか?」

「別に必要ないからな」

「はぁ、そうですか」

 

 と言うのは白騎士の嘘であり、実際は彼女自身もこっそり何が自分に似合うのか1人で悩んでいた。が、どれがいいのか分からず、悩みに悩んだ結果、いっその事何もいらないという結論に至ってしまったのだ。

 

「(何やってんのよぉあいつは)それじゃあ私はこれで」

 

 気まずそうにコアは白騎士から離れていき、白騎士は再びボーッと眺め始めた。

 

「……私に、あんなものなど」

 

 どこか寂しそうに呟くと、白騎士は立ち上がり、その場から去ろうと踵を返す。ここにいると妙な息苦しさを感じてしまうらしい。

 

「おお白騎士、ここにいたのか」

 

 歩き出そうとしたところで、横から声をかけられる。目を向けると、そこには白色のラッピング袋を持った雷が立っていた。

 

「雷か、今まで何をしていたんだ?」

「いやぁ悪い悪い、思いのほか時間がかかっちまってさぁ。ほら」

 

 雷は悪そうに後頭部をかきながら、白騎士にラッピング袋を差し出す。

 

「これは?」

「おう、いつもお前には世話になってるからな。俺からのプレゼントだ」

「……ぷ、プレゼント?」

 

 突然の言葉に白騎士は少し動揺し、すぐさま姿勢を正す。

 

「わ、私に?」

「おう。つっても、水着なんだけどな」

「み……お前が作ったのか?」

「ああ、まあ何回か失敗して作り直してるけど。いやぁ食いもんと違って調理なんて出来ないから、なかなか苦労したぜ」

「そ、そうか……」

 

 先程まで雷はコソコソと何かしていたが、これを地道に作っていたのかと白騎士は心の中で納得する。

 

「どうした? あ、まさか自分の水着持ってたか?」

「い、いや、持っていないぞ。私は、その……何が似合うか迷って作らなかったからな」

「そうなのか? じゃあちょうどいいな。ほい」

 

 雷は白騎士に袋を再度差し出し、白騎士は「あ、ああ……うむ」と口籠もりながらそれを受け取る。

 

「一応サイズとか合ってなかったら言ってくれよな」

「あ…………雷」

「ん?」

「その………………その……」

「あっ、なんだって?」

 

 白騎士は目線を逸らしながら、雷に何かを言いたそうに口を開く。が、あまりに声が籠もって小さいため、雷は上手く聞き取ろうと彼女に耳を近づける。

 

「…………」

「白騎士?」

「……あっ、ち、近い!」

「ぐおっ……な、何すんだよいきなり」

「知らん! 自分で考えろ!」

「何怒って……あ! 待てよ!」

 

 白騎士は数cmまで近づいた雷の顔をグイッと押しのけたかと思えば、顔を赤くしながら怒ったようにその場を去っていった。

 

「(なんだよ白騎士のやつ……俺、何か怒らせるようなことやったか?)」

 

 ご立腹したようにスタスタと歩いていく白騎士の背中を見ながら、彼女の心を知らない雷はしょんぼりと落ち込み俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、全くアイツは」

「雷お兄ちゃん、大丈夫かな」

「ほっときなって、こういう時はそっとしておいてあげるのが1番よ」

「でも……」

「そうだぞ白式。それに男は狼を心の奥底に潜めているらしい、今の雷に近づけば今度はお前が食われるぞ」

「オオカミ?」

「日本の民謡? にそのようなものがあった。男はみんな羊の皮を被った狼らしいぞ」

「そうなの?」

「あー、レーゲンの言うことだから気にしなくていいわよ(そんな民謡ないわよ)。つーかそれ誰からの入れ知恵よ」

「キンキン(ゴールデン・ドーン)だが?」

「あっそ(キンキンって……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(…………やってしまった)」

 

 レーゲンが白式に謎の知識を植え付けようとしているその頃、白騎士はしばらく歩いた場所にあるハゲの木が並ぶ広場にて、雷からプレゼントされた袋をじっと見ながら、先程の彼に対する仕打ちを後悔していた。いきなりとはいえ、折角自身のために水着を作ってくれた彼に対してあのような態度はないだろうと反省していた。

 それに、なぜあの時、自分は『ありがとう』という言葉を話せなかったのか、たった5文字の簡単な感謝の言葉を、どうして口を詰まらせてまで言えなかったのか、白騎士は自分自身の言動が不思議でならなかった。

 

「(……私のため、か)」

 

 白騎士が開発主である篠ノ之束に生み出されてから十数年、あの事件で宙を駆け巡り、1度は分解されたものの、偶然にも人格が残ってしまい、今も続いている彼女のコア生。考えてみると、こうして誰かから贈り物を貰ったのは生まれて初めての経験であった。

 

「…………私は、どうかしてしまったのか」

 

 1本のハゲの木に持たれかかると、白騎士は顔を上げて透き通った青空を流れる白い雲を観ながら、雷からの贈り物をその胸に抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女はその存在故、他のIS達から敬われ、(一応)恐れられている云わば1匹狼である。しかし、そんな彼女は今、とある雄の狼に初めて味わうある感情を湧かせ、無意識に心を高鳴らせていた。

 

 

 

 

 



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零、夜飯、マッサージ

29話目

とある場面で行き詰まってます。ただ時間をかけてもいいので進めて行こうと思います。


 

 ────────────────────

 

「うーん、どうしようかなー」

 

 夜の七時頃。

 IS学園が臨海学校を行っている旅館、その近くにある崖の上にて、某天災こと篠ノ之束は、投影ディスプレイと睨めっこをするように笑顔で眉を顰めていた。

 画面には、赤よりも紅い謎のISが映し出されており、名目欄には『紅椿』と記載されていた。

 

「ここいらにこの子の初お披露目に使えそうな子は……お、いたいた」

 

 適当にタップやスライドをしているうちに、束は1つの映像を指先で拡大させる。

 白銀の装甲に天使のような翼を生やしたそれは、とある国で共同開発されているISであった。

 

「スペックもそこらの機体より上等だね……さてと、君には悪いけど、箒ちゃんと紅椿のお披露目の『お手伝い』をしてもらうよ」

 

 束は笑顔のままそう呟いた。しかしその顔は喜びや感動といったものではなく、冷淡で軽々しい笑顔であった。

 

 

 

『なあ黎』

『どうしたん雷』

『白騎士にさぁ、さっき水着をプレゼントしたんだ。そしたらあいつ、急に目線逸らしてモゴモゴし始めたんだよ』

『ほうほう、ツンデレツンデレ?』

『で、何言ってんのかわかんねえから顔を近づけたんだ。そしたら白騎士のやつ、なんか知らねえけどいきなり俺の顔押しのけて、そのまま怒ってどっかに行っちまったんだよ……なんかやらかしたかなぁ、俺』

『うーん、ドウテイ野郎』

『え?』

 

 

 

「あれ」

 

 ふと、束は何処かしらから会話が聞こえたような気がしたが、辺りには何も見当たらず、多分空耳だろうと聞き流し、再び画面に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

「はい、じゃあみんなー」

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 楽しい楽しい臨海学校一日目は早くも夜を迎えた。

 そして俺は今、3組用に用意された大宴会場の正座席で、浴衣姿で夕食の刺身を食べている。奥には椅子席も用意されていて、あそこには主に正座に慣れていない外国の子が使っている。本来なら浴衣の正座で食べるのがルールらしいが、どうしてもできない子はあそこを使っていいことになっているらしい。俺は何回も日本に来てるからもう慣れてる。

 今頃、あっちの方にいる一夏達が何かしらハプニングでも起こしているだろう。例えばシャルロットが山葵をそのまま食べるとか……いや、まさかそんな阿呆な。

 

「……美味い」

 

 それにしても、ここの旅館の魚は本当に絶品だ。昼飯に出てきた海鮮丼の鮪やサーモンも美味しかったけど、このカワハギの刺身もなかなかいける。向こうだと刺身を食べる習慣なんてないから、軽いカルチャーショックを起こしている。

 

「うむ、生魚も調理をすればここまで美味くなるのか」

 

 俺の左隣で座るラウラが、慣れない箸使いで刺身を口の中へ運び、とろけるような美味さに思わず声を出す。ラウラの場合は教官時代の織斑千冬からよく正座をさせられていたとのことで、この姿勢には慣れているらしい。

 

「ラウラは今までに生魚は食べたことあるの?」

「サバイバル訓練で生のものを何度か。ただあくまで命を維持するためのものだったから、こんなに美味いものではなかったな」

 

 やっぱり軍ともなればサバイバルとか遠征とかも普通にやるのか。俺はそういうのはやったことないからわかんないな、だって亡国機業と云ってもそんなガチガチな軍隊って訳じゃないし、テロリストから一般企業まで様々だ。訓練に関しては各々がお好きにどうぞって形を取っている、最低限はやんなきゃ本番で死ぬけどね。

 

「よっ、と」

 

 ツルっ

 ベチャッ

 

「あっ」

 

 カワハギの刺身がプルプルと震えるラウラの橋先から滑り落ち、醤油皿に落下する。辺りに軽く醤油が跳ね返った。

 

「あーあー、こんなに跳ねさせちゃって」

「す、すまない……」

「浴衣、汚れてない?」

「大丈夫だ」

 

 そういえばラウラと相部屋になった子達の話だと、ラウラは今まで浴衣を着たことがなかったらしく、初めはどうやって着るのか分からなかったらしい。そんでもって着方を教えるついでにラウラが人当たりが良くて無知(純粋)なのをいいことに、言葉巧みに騙して走らせたり跳ねさせたりさせて勝手に萌えたとかなんとか。そこは普通に可愛いって言えばいいのに。

 

 あとなんか相撲もどきをやった時の浴衣が着崩れたラウラの火照った写真を押し付けられた、悪そうな笑顔で。一体何を企んでいるんだ。とりあえずマドカやレインに見られたらまずい気がするから2重で鍵かけておくか。

 

「やはりまだ箸は慣れないな」

「なら食べさせよっか?」

「い、いいのか?」

「いいよ。このまま浴衣が汚れたら大変だろうし」

「……では、甘えさせて貰うとしよう」

 

 俺はやや赤くなるラウラから箸を受け取り、脂身の乗ったカワハギを掴み、彼女の口元へ運ぶ。

 

「あー」

 

 ん、とラウラは口を閉じて頬張り、刺身を咀嚼する。

 こうやって誰かに食べさせたのはいつぶりだろう。最近、怪我をしてはレインか楯無さんに食べさせてもらってばかりいたから、何だか新鮮な気分だ。

 

「ねえねえ、あれって……」

「食べさせ合いっこってやつ?」

「いいなー、私もやって欲しい」

 

 何だか前からヒソヒソ話が聞こえてきたが、俺は聞き流してそのままラウラに刺身を食べさせ続けた。

 

「も、もういい……あとは自分で食べる」

「そう? 分かった」

 

 が、途中でラウラが恥ずかしそうに手で口を塞いで断ってきた。たかだか食べさせ合いぐらい、相手の口を拭くのと変わらないからそんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。

 

「おう零、ここにいたか」

 

 なんて思っていると、後ろの襖が開かれて浴衣姿の一夏が現れた。へー、浴衣も似合ういい男ってやつか。

 

「一夏、なんか用?」

「いやぁ、昼間は千冬姉が悪いことしたからさ。その、お詫びと言っちゃなんだけど、風呂の後に俺の部屋に来てくれないか?」

「いいけど、何かやるの?」

「それは、来てからのお楽しみだ」

 

 ニヤッと悪意のない笑みを作ると、一夏はそのまま襖を閉めた。ふむ、別に詫びるほどのことでもないと思うけど……いや、折角の誘いだ、ここは素直に行ってみるのもいいか。

 なんて考えていると、何やら周り子達が薔薇やら何やら言い始めた。なんで薔薇なんだ? 

 

「(薔薇……確かクラリッサが少女漫画を読みながらそんなことを言っていたような、何かの表現か?)」

 

 知らないうちに俺とラウラはお互いに首を傾げ合う。勿論ラウラがそんなことを考えているだなんて俺はこれっぽっちも知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

『よお、更識。生徒会のお仕事とやらは終わったか?』

 

『あらケイシーさん、もうとっくの昔に終わってますけど』

 

『そうか、にしても死にそうな顔してんな』

 

『それはもう、徹夜でしたから…………で、何か用かしら?』

 

『なに、たまにはお前とコーラでも飲んで話してーと思っただけだよ。零もいねーことだしな』

 

『奇遇ですね、私もそんなことがしたいなーって思ってたところ』

 

『分かってるなぁ、お前』

 

『伊達に零くんのことであなたと数ヶ月間も争ってませんから』

 

『零なぁ……あいつ、今頃『箸慣れしてないなら食べさせよう』とか言ってボーデヴィッヒに食べさせてるんだろうよ』

 

『……分かるんですか?』

 

『こちとら長い付き合いだからな。あいつの行動ぐらい予想は着くんだよ。お前だって何となく分かるだろ?』

 

『……途中でラウラちゃんが恥ずかしがる所まで想像しちゃったわ』

 

『で、次に『別に口拭くのと変わんないのに』って考えるのがオチだ』

 

『…………今日は私の部屋で飲み明かしませんか? 生徒会の仕事もなくて零君もいないから静かですよ』

 

『…………いいぜ、つまみもいいよな?』

 

『ええ、もちろん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 時は少し流れて、ここの旅館の露天風呂を堪能した俺は、隣の一夏と織斑千冬のいる教員用の部屋へと向かっていた。

 しかし、料理もそうだが、ここの露天風呂もまた絶品だった。体で食うと言えばいいのか、少し熱めの温泉が肌を温めて今まで身体に貯めてきた疲れを解してくれて、そのうえ真上の夜空が目を癒してくれた。いつかはあの空に飛べる日が来るのか、なんてことも考えた。

 まさか日本の海沿いにこんな素晴らしい旅館があったとは、やっぱりいつか家族みんなでここに来てみたいな。その時はマドカの背中も流して……いや、流石にあいつが嫌がるか。昔は普通に流してたのに、少しばかり淋しい気もする。ていうかここ混浴ないか。

 

 と、あれこれ言っているうちに部屋の前に到着した。鍵付きの襖とは珍しい。さて、何が待って……ん? 

 

『もしかして緊張してるのか? 千冬姉』

『ふん、そんなわけ……あっ』

『うお、硬い。じゃあここは』

『あ、い、一夏……んぁっ!』

『だいぶ溜まってるなぁ』

 

 へー、なるほど。とうとう我慢できずにおっぱじめたかあの二人。いや、本音はドン引きだが、あの様子じゃいつかはやると思っていたから。しかし場所は考えて欲しい、ラウラだっているんだから、しかもこんな旅館で不純異性交遊なんて、礼子姉さんも聞いたら呆れて何も言えなくなるな……と、巫山戯るのもここまでにしておくか。

 

「一夏、上がったよ。入っていい?」

『お、来たか零。鍵開けてるから入っていいぞ』

 

 一夏から入室の許可を貰った俺は入口の襖を横にスライドさせる。

 すると、中では織斑千冬が布団の上でうつ伏せで寝転がりながら、腰あたりを一夏に親指で押されていた。まあ、こんなだろうとは思ってたよ。

 

「ん、巻紙か。お前も一夏のマッサージを受けに来たのか」

「ええ、夕食の時に誘われたんで。マッサージとは聞かされずに『来てからのお楽しみ』って言われて」

「はぁ、一夏。お前はまたそんなことを」

「だってこういうのは秘密にしておいた方が面白いだろ?」

「お前という男は……だから唐変木と呼ばれるんだ」

 

 ツボを押されつつ、織斑千冬は呆れた顔で一夏を睨む。どうやら、そういう面での一夏の鈍感さには彼女も思い当たる節があるようだ。

 そういえば、かなり前にレインが一夏は中学生の時に何人もの女子が泣かせた伝説があるとか言っていたっけ。つまり、こうやって甘い誘い紛いなことを言って、誤解させては相手の子をその気にさせて、後からガッカリさせるってことを何回もやってきたってことか。とんだ女たらしだ。

 

『お前が言うな』

 

 今礼子姉さんの声が聞こえたような気がするけどとりあえず無視をした。

 

「ほら、零も来いよ。お前のも押してやるから」

「ああ」

 

 俺は襖を閉めて部屋にあがり、一夏に誘われるまま隣に座る。

 

「もう少し待ってろよ。千冬姉が終わってから……よっ、ほれ」

「んぃっ!? も、もう少し優しく」

「これでも結構加減してる……てっ!」

「あぁぁっ! そ、そこはぁ!」

 

 一夏に痛いツボを押され続け、織斑千冬は狂い悶える。その姿は普段の鬼のようなオーラを纏った武将とはかけ離れていて、弟の攻めに簡単に落とされ、その快感に声を上げてしまう1人の姉だった

 

 ……………………なんだこれ、完全に誤解されそうな文章じゃないか。

 

「へー、一夏ってマッサージもできるんだ」

「ああ、昔はしょっちゅうこうやって押してあげてたんだ…………あ、ここ硬い」

「ん、こいつのは効くぞ巻紙。お前も受ければ分かあぁんっ!」

「うわぁ……(気持ち良さそうですね)」

「お、おい。引くんじゃない」

 

 おっと、うさぎ相手じゃないのについ本音が漏れてしまった。

 にしても、料理もできてマッサージもできるとは、所謂優良物件ってやつか。俺も最近は仕事で疲れた楯無さんの背中ばかり押していたけど、おかげで少しは上手くなったとは思う。

 

「そういえば、零も楯無さんにマッサージとかやってるって言ってなかったか?」

「そうなのか?」

「ええ、でも一夏みたいにそんなに上手くないですよ?」

「ほ、ほう……では試しにやってもらうとするか」

「え」

 

 突然の織斑千冬からの悪い言葉に声を出した。ハッキリ言うとやりたくない、よく分からないけど触った瞬間にマドカから大量にメッセージが送られてきそうな気がするからだ。

 

「そりゃいいな。零、やってくれるか?」

「……いいけど、揉み返しても知りませんよ?」

「なに、日々の疲れに比べればそんなもの、大したことはない」

 

 うつ伏せでリラックスする織斑千冬と、悪意のない笑みでこちらを見る一夏の眼差し……まあ、断る理由もないし、やってみるか。

 

「じゃあ、行きますよ」

「ああ、頼む」

 

 俺は織斑千冬の横に正座で座り、彼女の骨盤の上辺りを親指で押した。

 

 グイッ

 

「あぁぁっ!」

 

 …………うん、よし。マドカからメールはない。

 

「……大丈夫ですか?」

「す、すまない。気持ち良くてつい」

「はは、なかなかやるなぁ零。やっぱ楯無さんで鍛えられてるのか」

「まあね、毎回こうやってここを……よっ!」

「んいぃっ!」

 

 次に小腸のツボ辺りを押すと、またもや織斑千冬はいい声を上げる。ふむ、どうやら楯無さんのおかげで上達しているようだ。

 

「あ、あぁ、あぅっ!」

「はい、次はここを」

「あ、や、やめ……んー!」

 

 それにしても、この人随分と硬いなぁ。いくら世界最強でも体は疲れるのか、教師ってのも大変だな。

 ああ、そういえば姐さんも幹部の仕事で疲れがなかなか取れないとか言ってたっけ。あの人、一応生身の部分も残ってるから、そこのケアはちゃんとしてあげないと。

 

 グイッ、グイッ

 

「が、あがっ、ああっ! ま、巻紙、もっと優しくぅ!」

 

 そうだ、戻ったらレインを1番にマッサージしてあげようかな。あいつには本当にいつも世話になってるし、これくらいのことはやってあげたい。

 で、実家に帰ったら……姉さんかな、これなら姉さんも文句を言わずに喜んでくれるかもしれない。あの時は下手くそ過ぎて悪いことをしちゃったから。

 

「ん、んぁぁっ!」

「はは、千冬姉は大袈裟だなぁ。よし、俺もやるか!」

「い、一夏!? お前何を考えて、あぁぁっ!」

 

 ふと気づくと、俺の隣で一夏が織斑千冬の上半身のあらゆるツボを刺激していて、織斑千冬は悶えを超えて叫んでいた。何だこの光景。まあ、なんか面白いからいいか。

 

「こ、こんな感覚、今まで味わったことが、ないぃ……」

 

 俺と一夏のマッサージが気持ちよすぎたのかそれとも痛かったのか、織斑千冬はとうとう泣き始めてしまった。

 …………前の無人機で怪我した時、マドカのやつ、こんな感じに画面越しで泣いてくれたっけ。正直あいつの泣き顔は見たくないけど、泣いたら泣いたでそれはそれで可愛いと思ってしまう。

 

 ……メキッ

 

「……ん?」

「なんだ?」

 

 バキッ! ドンッ! 

 

「「「ヘぶしっ!!!」」」

 

 入口が軋むような音がすると思った矢先、突然襖が内側に倒れ、女子生徒3人の鈍い声が室内に響いた。

 

「…………何やってんの?」

 

 襖とともに倒れ込んだ箒と鈴とシャルロットに声をかけるが、彼女達は黙ったまま軽く震えていた。その後ろでは、ラウラが黙ってこっちを見ている。

 

「な、何をしている。馬鹿者共」

「どうも、教官」

 

 と、マッサージでヨロヨロになった織斑千冬がむくりと起き上がりながら言う。

 ラウラは頭を下げて挨拶を交し、残り3人はガバッと一斉に体を起こし、困惑した顔で俺たちに視線を向けた。

 

「お、織斑先生……」

「こ、こんばんは、織斑先生…………」

「お、お疲れ様です……じゃ、邪魔しちゃいましたか?」

 

 3人が顔を赤くしながら織斑千冬に挨拶をする。

 

「…………教官」

「どうした、ボーデヴィッヒ」

「……流石にここに来て男子2名を相手にそういったことは」

「ら、ラウラ!?」

 

 突然のラウラの発言に鈴がアワアワとしだした。

 …………ああ、なるほど。そういうことか。しかし、ラウラ、さては分かっててやってるな。

 

「貴様、何を勘違いして」

「先程から外に教官の声が漏れていましたが?」

「……………………」

「あと通りかかった女将さんが困惑した顔でなにやら諸々の準備を「今すぐ止めろぉ!」

 

 その日、教え子からのちょっとしたイタズラ発言に取り乱した世界最強の恥ずかしい叫び声が教員用の部屋に響いた。

 なんだ、こんな顔もできるんだ。この人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────数分前

 

 

 夕食後、部屋の者達と一通り遊び終えた私は、一夏と千冬さんのいる教員用の部屋へ向かっていた。目的としては、昼間に遭遇した姉さんについて千冬さんも含めて少し話がしたかったからだ。姉さんのことだ、どうせまた碌でもないことをし出来そうとしているに違いない。

 まあ、それと一夏に個人的な話も少しはあるが。

 

「「…………」」

 

 なんて思って部屋の前に到着すると、鈴とシャルロットが襖に顔をつけて何やら聞き耳を立てていた。

 

「おいお前達、何をして」

「「シーっ!」」

 

 と、声をかけた瞬間に2人から『静かにしろ』というジェスチャーを送られ、その次に襖に耳を当てるよう指で刺された。全く、一体何をそんなに。

 

 

『あぁぁっ!』

『……大丈夫ですか?』

『す、すまない。気持ち良くてつい』

『はは、なかなかやるなぁ零。やっぱ楯無さんで鍛えられてるのか』

『まあね、毎回こうやってここを……よっ!』

『んいぃっ!』

 

 

「…………は?」

 

 突然の状況に、私は情けない声を出した。

 いや、これ……いや、そんなまさか。千冬さんと一夏が……しかも零まで。というか楯無さんで鍛えてるって…………あ、あいつ、まさか楯無さんと既にそんな関係を? さらには千冬さんのあえ……は、破廉恥な。

 

「……ねえ、コレって」

「で、でもまだ決まったわけじゃ……」

「けど思いっきり声出してたわよ?」

「ま、待て、落ち着け」

 

 そうだ、流石に千冬さん……織斑先生がそんな間違いを起こすわけがない。確かにあの2人は前々から危ない匂いはしていたが、寄りにもよってこんな場所でそんなことをするはずが。ましてや零まで巻き込んで。

 

『あ、あぁ、あぅっ!』

『はい、次はここを』

『あ、や、やめ……んー!』

 

 そんなことを考えている間にも、襖越しに3人の卑猥なやり取りが廊下に漏れ出る。あと今ここに用があったであろう女将の景子さんが、私達の後ろで顔を赤くしながら廊下を走り去って行った。あれは多分バレた。

 

「おい、お前達。ここで何をぐむっ……な、なんだ?」

 

 後から現れたラウラの口を鈴が塞ぎ、そのまま手招くように襖に耳を当てさせる。

 

『が、あがっ、ああっ! ま、巻紙、もっと優しくぅ!』

 

 

「「「「…………………………」」」」

 

 最悪のタイミングで最悪の叫び声を上げた織斑先生。早速聞いたラウラの顔が真顔のまま止まってしまった。

 

『ん、んぁぁっ!』

『はは、千冬姉は大袈裟だなぁ。よし、俺もやるか!』

『い、一夏!? お前何を考えて、あぁぁっ!』

 

 とうとう3人で始めてしまった。

 中で繰り広げられている地獄絵図に、鈴は顔を真っ赤にしながら夢中になって聞き入り、シャルロットは涙目であわわとし始めた。私は私でもの凄い立ちくらみに襲われた。何故かラウラが耳を離して顎に指を当て始めたが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 一夏、お前という男は…………

 

『こ、こんな感覚、今まで味わったことが、ないぃ……』

 

 ああ、ダメだ。もう姉さんのことなんてどうでもいい。とりあえずこの地獄を早く終わらせて欲しい。

 というより織斑先生、あなたという人はそんなに男に飢えていたんですか……ダメだ、立ちくらみが。

 

「ちょ、箒」

「お、重い……」

 

 

 …………メキッ

 

 バキッ! ドンッ! 

 

「「「ヘぶしっ!!!」」」

 

 次に気づいた時には、襖が内側に倒れ、私と鈴とシャルロットは思いっきり顔面を床にぶつけた。

 よく見ると、浴衣姿の一夏と零が、同じく浴衣を纏った織斑先生の背中を押していた。

 

 

 あ、これは……………………私の勘違い? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「全く、何を勘違いしている。馬鹿者共が」

 

 数分後、色々と誤解が解けた織斑千冬は片膝を立てた、下着が見えそうな少し卑猥な姿勢をとって、箒達4人を目の前に置いた座椅子に座らせて軽い説教を垂れていた。簡単に言えば、俺と一夏か織斑千冬といけないことをしていると勘違いしてしまったようだ。まあ俺も初めはそんな感じに思っていたから、聞いたのが他の生徒じゃなかっただけ良かっただろう。

 

「いやぁ、マッサージであんな声が聞こえてくるなんて思わないというか……ねぇ?」

「……てっきり織斑先生が男に飢えているのかと」

「ふん、だからといって弟と間違いを起こすほど、私は愚かではない」

「(ほ、ホントかなぁ?)」

「ん?」

「いえ、なんでもないです」

 

 シャルロットが心の中で首を傾げているであろう表情を取ったことに気づいたのか、織斑千冬はキッとした目を彼女に向ける。

 

「というかボーデヴィッヒ、貴様途中で気づいていたな」

「いえ、実の所は半信半疑でした。しかしもし本当だった場合は乗り込んでまで無理に止めるのは双方に多大なダメージが入ると聞いたことが「わ、わかった……もういい」

 

 真面目に答えるラウラに織斑千冬は頭を抱えて言葉を遮る。

 ちなみに、あの後織斑千冬は大急ぎで女将さんの元に走って必死に誤解を解いていた。その時に浴衣が着崩れてたからさらに勘違いされそうになったらしいが。

 

「私が身内とその友人にいけないことをするとでも思ったか? やるわけないだろ」

「「「「…………」」」」

「……おい、そのやりかねないと言いたげな顔はやめろ」

 

 おーおー、世界最強が生徒から信用されなくて涙目になりかけてる。ツボを押されて涙腺が刺激されたか。

 

 グイッ

 

「うおっ」

「よーし、終わったぞ」

 

 ちなみに俺は今、この光景を眺めながら一夏から約束のマッサージを受けている。そしてちょうど腰あたりを押されて終わったところだ。いやはや、本当に気持ちが良かった、これならお金も取れるかもしれない。

 

「どうだ巻紙、一夏のマッサージは効いただろう?」

「はい、おかげでこっちもいい汗をかきました」

「ふむ、なら2人でもう一度風呂にでも入って来るといい。私はこいつらと少し話があるのでな」

「そうか? じゃあお言葉に甘えて。行こうぜ、零」

「ん? ああ、うん」

 

 俺は起き上がり、汗をかいた額を袖で拭いながらみんなのいる部屋を後にして、自室へお風呂セットを取りに戻る。織斑千冬、ラウラ達に少しお話があるって言っていたけど、まさかさっきの制裁……はないな。

 

「(……と、マドカからは何も来てないか)」

 

 再度端末を確認するが、家族からのメールは一切ない。いや、ないのが普通なんだけど。いつもなら一通は来そうな空気だったから。ま、来てないならないでいいか。

 さてと、風呂に入るか。ちょうどこの前付けた傷跡も薄くなって特に目立ったものは無いから、これならバレないだろう。

 

 

 

 

 

 ……………………カポーンッ

 

 さて、いきなりだが場面は変わる。

 

 桶のいい音が洗い場に響く中、俺は一夏と並ぶように風呂椅子に座り、汗で蒸れた髪の毛とベタついた体を流している。この時間帯になると風呂場を使う女子生徒はいない、つまり俺と一夏の貸切状態ということになる。さっきも貸切だったから変わらないか。

 

「いやぁ、やっぱ男2人で入る風呂は気持ちがいいなぁ」

「そうだね(そうなのか?)」

 

 一夏からの謎の言葉に俺は内心首を傾げながらもとりあえず肯定した。別に男2人で入ろうと1人で入ろうと風呂の気持ち良さは変わらないと思うけど。

 

「そうだ零、背中流しあおうぜ」

「え、なんで?」

「いやほら、折角IS学園で2人だけの操縦者だからさ。こういうこともしてみたいって思って。学園じゃなかなか時間も合わないしさ、いいだろ?」

「…………うん、じゃあやろっか」

 

 一瞬の間に迷いに迷った末、俺は一夏からの誘いを受けた。ここまで来て別に断る理由もないし、下手に拒否をして関係を悪化させるよりはいいだろう。

 それに俺自身、ほんのちょっぴり男との流し合いというものを楽しみたいのもある。今まで女性に囲まれて生きてきたから、こうやって男の知り合いと風呂に入るなんて体験したことがない。

 あ、でももしこのタイミングで一夏の暗殺なんて命令を出されたら……その時はその時、任務を優先するか、自信はないけど。まあ、俺一応全世界でニュースにされてるから、そんなタイミングを狙った狂った任務は早々ださないか。いや寧ろ出すなよそんな任務。

 

「よし、じゃあ背中を向けてくれ」

「うん…………あ」

 

 俺が一夏に背中を向けると、一夏は泡立てたスポンジで俺の背中をゴシゴシと柔らかく擦る。あー、何だか懐かしい気分だ。昔はレインとマドカの3人でこうやって風呂に入って流し合ったものだ。レインのやつ、いつも肌が赤くなるまで力強くやるもんだから痛くて仕方なかった。マドカは優しくやってくれたのに。

 

「痒いところはあるかー?」

「ないけど」

「よし、じゃあ交代だ」

 

 俺と一夏は互いの体を真反対に向き直す。俺はスポンジを握って一夏の背中を擦る。

 

「痒いところは?」

「そうだな、肩の辺り」

「じゃあ、はい」

「く、擽ったい」

 

 …………うーん、なんだろう。これは、なんとも言い難いこの気持ち。少なくとも不快ではないかな。

 

「おう、そうだ零」

「なんだい?」

「タッグトーナメントの時はありがとな。お前のおかげで俺もシャルロットも助かった」

「いいって、礼なんて言われるようなことじゃないよ。こっちこそ、あの時撃ってくれて助かったよ」

「はは、あれはまぐれみたいなもんだからなぁ」

「いや、あれがなかったら僕も危なかったよ。一夏って土壇場の時に結構やるよね」

「はははっ、照れるな」

 

 そんな感じに話しながら、俺と一夏は体を流し終え、だだっ広い露天風呂に飛び入るように入浴して、一緒に体の疲れを癒した。

 

「ふう、やっぱ男同士っていいよなぁ。もしここに女子が入ってきたら大変だけど」

「もしそうなったら、一夏は箒から殴られるかもね」

「流石にそうだろうなぁ」

「…………でも、もし入ってきたのが箒だったら、それはそれで嬉しい?」

「ああ…………え、な、何言ってるんだよ!」

「はは、冗談冗談」

「あ、たく……」

 

 ふむふむ、軽く探りを入れたが……この反応を見る限りではやっぱりそうなのかな? これ以上は本人が可哀想だからやめておこう。あとは一夏次第だ。

 

「あー、この空のどっかに人工衛星が飛んでんのかなー」

「だろうね」

 

 実際は宇宙ゴミばっかだろうけど。

 人工衛星か……ああ、なんかエクス何とかのことを思い出したらエクシアちゃんのことも思い出しちゃった。また会いたいな、あの子に。

 

 

 

 そういえば、ラウラ達の方はどうなってるんだろ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

『ぷはー! 大体あいつは鈍感通り越してんだよなぁ』

 

『そうよねー、もう織斑君のこと笑えないレベル』ゴクッ

 

『はは、違いね』ゴクッ

 

『私なんてずっと同じ部屋なのにこの有様ですよ? 初めての挨拶なんてちょっとエッチな格好でからかったら『興奮するわけない』って言われたんですから。私、地味にショックだったんですから』ゴクッ

 

『けっ、そんなハニトラじゃあいつは引っかかんねーよ。下手したら裸でもダメかもな』ゴクッ

 

『んー、否定できない』ゴクッ

 

『…………あのー』

 

『ん? どうしたフォルテ』

 

『もしかして炭酸抜けてた?』

 

『いや、そうじゃなくて…………なんで2人とも、私に抱きついてるんでスか?』

 

『はは、細かいことは気にすんな!』

 

『そうそう、今日はジャンジャン飲んでジャンジャン食べてジャンジャンフォルテちゃんを愛でるんだから!』

 

『最後のは訳わかんないっス、ていうかそれ酒じゃなくてコーラっスよね? なんで2人ともそんなに酔ってるんスか?』

 

『人間なんて酔おうと思えば酔えるもんなんだよ……フォルテ、お前と2人きりの時もな』

 

『こんな時にそんなキメ顔で言っても効かないっスよ』

 

『えー』

 

『まあまあそう言わずに、フォルテちゃんもー』

 

『は、離してください、流石に2人同時に挟まれるのは……きゃ、そこ擽ったい』

 

『はあー、抱き心地サイコー……』

 

『よく眠れそうだ……』

 

『(な、なんで私がこんな目に…………とりあえず帰ってきたら零君に一言文句を言ってやるっス、絶対言ってやるっス)……まあこれはこれで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今フォルテさんから恨まれたような」

「ん?」

 

 



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