『アルトリア・キャスター記念短編小説』士郎がアルトリア(術)と契約するルート (貫咲賢希)
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『アルトリア・キャスター実装記念』士郎がアルトリア(術)と契約するルート
二○○四年。年が変わってすぐの出来事。
冬木市に住む高校生男子、衛宮士郎は倒れている金髪の少女を見つけた。
「おい! あんた大丈夫か!?」
すぐさま士郎は倒れた少女の傍へ駆け寄り、呼び掛ける。
冷たい冬の雨が降っていた。応答がない体をそっと触ると、氷のように冷たい。
救急車を呼ぶべきか?
しかし、この場所なら自分の家まで連れて行ったほうが早い。
少女の苦しそうな顔を見れば、迷う暇などなかった。
その答えに至った士郎は少女を抱えて、自分の屋敷まで彼女を運んだ。
〇
少女が目を覚ますと、そこは知らない天井だった。
起き上がるとそこも知らない部屋。植え付けられた知識によると伝統的な日本家屋のようである。
畳に障子。部屋は薄暗く、外から雨音が聞こえてた。
あの男から去り、追手から逃げおおせてからあまり時間が経っていないことを察する。
次に自分が身に着けているものが、いつもと違うのを確認した。
おそらく、浴衣と呼ばれるものだ。
下着──は雨で濡れて湿っており、そのままである。
体に違和感がないので乱暴なことはされてないと、一先ず安心した。
彼女も女性だ。人並みに貞操は気にしている。
すると、鼻からとても良い匂いを感じだ。
(なに!? この美味しそうな匂いはっ!」
次に足音が聞こえくると障子が開かれ、小鍋を載せたお盆を持ってきた少年が現れた。
「よかった! 気が付いたみたいだな!」
現れた少年は起き上がった彼女の姿を見ると、しんそこ安心した笑顔を浮かべる。
そのまま、畳に腰を下ろした少年──士郎はお盆を脇に置く。
目の前の少女が自分よりも小鍋を気にしていることに気付かない士郎は、真剣な顔つきになり、頭を下げた。
土下座である。
そこまですると流石に少女も小鍋から士郎へ意識を集中させ、目を丸くする。
「最初にすまん! 濡れた服のままだと風邪をひくと思ったから、着替えさせてもらった。できるだけ見ないように心掛けたつもりだ! 変なことは誓ってしてない!」
「…………」
「えっと、日本語分かるか?」
返答がない少女に不安を覚える士郎。
相手は見るからに異国の少女。言葉が通じなくても不思議じゃない。
知り合いの英語教師を頼ろうかと悩んでいると、少女がふわっと微笑んだ。
「大丈夫、わかりますよ。着替えのことは、正直恥ずかしいですけど私を助けるための行動なので大目に見ます。
なにより──、助けてくれてありがとう」
鈴音のような声で照れ臭そうに喋る少女に士郎の心臓が高鳴る。
出るだけ意識しないようにしたが、改めて見るとお姫さまのような美少女だ。
急に気恥ずかしくなった士郎は、話題を変えるように小鍋が載ったお盆に手を伸ばす。
「よければ、これ食べないか? 温か─「いいの!?」いから、おう、おう。遠慮なく食べてくれ」
温かいから体が温まるぞと言おうとしたが、途中で物凄く少女が食い付てきたので、思わず狼狽える。
まさか──空腹で行き倒れていたのか?
そう懸念しながら、彼女の太もも辺りにお盆を載せ、小鍋の蓋を開いた。
「わあぁぁ!」
すると、出てきた蒸気と共に少女の顔が明るくなった。
士郎は長らく一人暮らしをしており、凝り性の為、料理が上手い。
今回士郎が作ったのは地鳥と卵の雑炊だ。
急いで作ったので彼からすれば簡単ばものなのだが、少女の目は星のように輝いており、唾を飲んでいる。
思わぬ喜びように士郎は期待に応えられるのかと、少し不安になりながら見守る。
少女は備えられていた蓮華を手に取ると、ゆっくりと雑炊に伸ばし、三度息を吹きかけてから咀嚼した。
「────!」
美味しいとは言わなかった。
言わずとも感想は少女の顔を見れば分かる。
彼女は高揚を表すように何度も頷いて、再び咀嚼する。
なんて、可愛い顔で食べるんだ。
士郎はこれまで色んな人間に食事を振る舞い、その度に良い反応を貰ったが、ここまで素晴らしい食べっぷりを見たのは初めてだった。
「ごちそうさまでした。とても素晴らしい食事をありがとうございます」
「いや、こちらこそ。喜んで貰って何よりだ」
士郎は食べ終わった物を受け取り、部屋の隅へ置くと気を取り直し身構える。
食事も終えたので、そろそろ本題に入らないといけない。
「ところで君はなんで、あんな場所で倒れていたんだ?」
まさか、本当に空腹で行き倒れていたのか?
その言葉を覚悟していた士郎だが、少女の口から予想外の言葉が飛んでくる。
「その前に、貴方は魔術師で間違いないですね?」
「!? なんで、それを!?」
そう。衛宮士郎は魔術師だ。
といっても、三流。もしくはそれ以下。
使える魔術は強化のみ。亡くなった養父からも才能がないと言われていた。
「貴方から微弱ながら魔力と魔術回路を感じます。屋敷の周りには結界が張られていますし、敷地内に工房的なものもありますね」
「そこまで分かるのか……。もしかして君も魔術師か」
「正解ではありますが……。単刀直入に聞きますが貴方はマスターですか?」
「マスター?」
思わず聞き返す。
マスターというのは何だろうか? 喫茶店のマスター? それとも屋敷の主ということか。
「──その反応を見るに、この地で起きることを何も知らないようですね。
まあ、そういうこともあるのでしょう。
助けてくれたお礼に私は二つの選択肢を貴方に選ばせてあげます」
「二つの選択肢? 選ぶ?」
「一つ。私の話を聞いて、この地の危険を知ること。
知れば引き返すことはできないかもしれません。
二つ。私のことは何も聞かず、このまま忘れること。
ただし、忘れたとしても危険はゼロではありません。私としてはこの地を去ることをお勧めします」
「そこまで言われたら一つ目の選択肢しかないじゃないか。
どうするにしろ、この地、つまり冬木だろ? ここで何かヤバいことでも起きるのか?」
「──戦争です」
「戦争?」
士郎は耳を疑った。
危険なことが起きると感じ取ったが、まさか戦争なんて言葉が出てくるなど思いもしなかった。
「はい。聖杯戦争と呼ばれるものです」
そして、少女は士郎にこの地で起きる魔術儀式を説明した。
万物の願いをかなえる『聖杯』を奪い合う争い、聖杯戦争。
聖杯を求める七人のマスターと呼ばれる魔術師たちは、全部で七騎存在するサーヴァントという使い魔と契約し、覇権を競う。
自分以外の六組を排除し、聖杯を手にし、願いを叶える。
少女は自分がサーヴァントの一騎であるキャスターだと告げた。
自分を最初に呼び出したマスターは、無関係な子供の命を使う魔術師だったので縁を切ったそうだ
参加する魔術師にはそのような非人道的行動をする者がいても不思議じゃないらしい。
更にはこの儀式自体に欠陥があることも伝えられる。
それはキャスターである彼女だからこそ分かったことだ。
「冬木でそんなことが! しかも、そんなヤバい奴らが暴れる上、儀式自体もきな臭いとか最悪じゃないか!」
「ええ。原則当事者同士の争いとなってますが、無関係な人間が巻き込まれる可能性は高い。
魔術師という生き物は冷血で利己的。目的の為なら手段を選ばないろくでなしと相場が決まってますから。
儀式に欠陥があると他の誰かが気づいても、それでも自分の目的が達成、あるいは利になるなら実行するでしょう。
貴方はどうやら違うようですけど」
「俺は半人前以下だからな。君はどうなんだ? 君もサーヴァントとはいえ魔術師なんだろう?」
「人の道は外したくないと思っています」
それを聞いて士郎は心の底から安心した。
先程あったばかりの相手だが、外道とは思いたくなかったからだ。
「ですから、この地で起きる厄災を私は食い止めたい。
しかし、マスターがいない私は朝が来る前に消えてしまうでしょう」
「そんな!」
「だから、私を助けてくれた貴方の善性に頼みます。
いきなり決断を迫ってすみません。ですが、この地の為。私と契約してください。
見たところ、貴方はマスターの素質がありますが、まだ未契約のようです。
今なら、私の魔術を使って正式な契約をすることができます。
無論、自分の身を守るため、この地から去るほうが一番いいでしょう。
さて、どうしますか?」
「決まっている。契約しよう、キャスター」
即答だった。
お願いしたキャスターもこれには驚く。
「迷う暇もなしですか」
「危ない奴がいるかもしれないんだろ?
危ないことがあるんだろ?
だったら、自分だけ逃げることは俺にはできない。それに──」
「それに?」
「俺の夢は正義の味方だからな。悪い奴は許さない」
キャスターは言葉を失った。
押し黙る彼女を見て、士郎は不満そうに口を歪める。
「なんだよ。いい歳をして、正義の味方とか恥ずかしいと思ったか?」
「いえ、違います! むしろ、その──」
キャスターは何処か恥ずかしそうにしながらも、観念して自分が感じた思いを言葉で出す。
「本気でそう言った貴方が、かっこいいと思ったので」
「そ、そうか……」
「それに偽りがないのは、私を助けてくれたことで証明されてます」
照れ臭くなって視線を思わず視線を逸らしかけた士郎だったが、真っすぐ見つめるキャスターの瞳がそれを許さない。
「聞き遅れましたが、貴方の名前は何と?」
「えっと、士郎。衛宮士郎だ」
「では、シロウと。本当に後悔しませんか?
惨い最後になるかもしれませんよ? 今なら引き返せますよ?」
「大丈夫だ、キャスター。どんな結果になって後悔はしない。
だって、自分が決めた道だからな」
「……分かりました。契約をしましょう、マスター」
そして、今宵、一つの契約が交わされた。
「ところで、どうやって契約するんだ?」
「えっと……非常に言いにくいのだけど、まだシロウは正規のマスターとして覚醒してないので、あの、その……私とパスと繋げれば、私の方でシロウをマスターに覚醒させることができます」
「? そうか。で? どうやったら、そのパスが繋がるんだ?」
「それはおしべとめしべが……」
「?」
「だから━━ッ!」
顔を真っ赤にしたキャスターからパスを繋ぐ方法を教えられた士郎は、同じように顔を真っ赤にした。
そして、今宵、少年は大人になった。
〇
かくして、聖杯戦争が始まる。
「バーサーカー! 和菓子ばっかり食べてないでいい加減冬木に行くわよ!」
「もぐもぐ。いえ、まだ生八つ橋を食べてません」
参加する魔術師は七人。
「勝った! 伝説のアーサー王だ! 早速言峰に知らせよう!」
「なんだか幸薄そうなマスターだな」
戦いを繰り広げるのは七騎の英霊。
「ちょっと桜! この色白冷血メイドを止めてくれ!」
「ラ、ライダー! なんで銃口を兄さんに向けるの!?」
「ピーマンを残したからだ」
「撃ちなさい」
「桜さん!?」
だが、参加者はまだ知らない。
「なんで水着なのよ~!! しかも水鉄砲でアーチャーとかふざけてんのッ!?」
「いや、私もなんでか分かりません」
サーヴァントたちが皆、ほぼ同じ英霊であることを。
「おほほほ!
最高の聖遺物が入手できましたので召喚してみれば、何故かアーサー王が女性で、エクストラクラスのルーラーで、しかもバニーですが、アーサー王はアーサー王!
過去の負債は清算! 華麗に勝利してみせますわ!」
「マスター。切り札は貴女の手に」
「それに冬木ならば、あの夕暮れで高跳びをしていた殿方に会えるかもしれないわね」
しかも、知らないところで何かフラグが立っており。
「行きますよ、フィオレちゃん! すべてのセイバー顔を殺しましょう!」
「だからセイバー顔って何? ちょっと、車椅子をそんなに押したら危ないわよ!」
更に新たなフラグも立ち、最終的に殆んどのマスターとサーヴァントが、聖杯ではなく衛宮士郎を求めることを。
未だ、誰も知らない。
「シロウのご飯は今日も美味しいですね」
「キャスターが幸せそうに食べるから毎回力が入るんだ!」
「もう、またそんなこと言って。照れ臭いじゃないですかっ」
渦中になる少年は、あと一か月もしない内に己に降りかかることなど知らず、自分のサーヴァントと仲睦まじく過ごす。
聖杯戦争ならぬ、正妻戦争。
またの名をアルトリア戦争は、間もなく開幕する。
ちょい修正。
ギル枠は黒セイバーで。
原作キャスター組同様、アルトリア・キャスターがマスターである士郎をバックアップします。
キャスターのバフと指導がやば目で、士郎ばバリバリ戦えるという設定。
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