元プロバレー選手は、本気でバレーをしない! (turara)
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プロローグ

 俺が、そいつとであったのは小学校4年生の時だった。そいつは公園で一人、身の丈に合わない堅い高校生用のバレーボールを必死に追いかけていた。

 

 オレンジ色の髪の毛にでっかく少しつり上がった目。何より印象的だったのが、一人のくせに余りに楽しそうにボールを追いかけていることだ。

 

 この町に小学生が入れるバレーチームはない。恐らく毎日一人で練習しているのだろう。一人遊びにしては上手で、オーバーもレシーブもたどたどしいが練習の跡が見られた。

 

 微笑ましく眺めていると乱れたボールが俺の元へ飛んでくる。

 

 俺は、走ってボールの下へ行くと、その少年に向けてポーンとボールをアンダーで返す。

 

 優しく、ふんわりと上がったボールは、丁度少年の腕の前へ行く。少年は、俺がボールを返してくれたことが嬉しかったのか、必死になってまた俺にアンダーを返してきた。

 

 腕を大きく振り上げ、俺へ届くよう精一杯返す。案の定変な方向へ行ったが、元プロの俺は、そんな乱れたボールも完璧に少年に返す。

 

 何度かラリーが続き、少年も慣れてきたように俺へと返す。

 

 俺は、少しいたずらをしたくなって、俺の頭上へと飛んできたボールをトスではなく軽いアタックで少年に返す。

 

少年は、「うわっ!」と言いながら必死にボールを追いかけたが、結局後ろの上へ飛んでいってしまった。

 

 

 

 少年は、バレー仲間に初めてであったようで、始終うれしげにボールを追いかけていた。

 

 俺は、そんな彼を見て懐かしい気持ちになる。昔は、俺もこんな風な笑顔でボールを追いかけていたっけなと思い出す。

 

 

 俺は、元プロバレー選手だ。かつての俺は、日本代表の絶対的エースで、その外国人並の高身長とパワー、そしてジャンプ力を生かし、世界相手に戦っていた。

 

 俺は、バレーの試合中にボールで足が滑り、頭を強うぶつけ死んでしまった。

 

 生き返ったときには、こんな小さい姿になり、また小学校の生活をおくっている。

 

 俺が死んだのは、オリンピックの前日のアップだった。こんな悔しいことはなかった。この日のために、つらい練習を積み重ねてきたのだというのにだ。

 

 俺は、だから今度こそ日本のエースになりプロのオリンピックっで日本をメダルに道びきたいと思っている。

 

 こんな小さい姿になって、思うように体も動かないが、バレーを欠かさない日はない。

 

 

 俺は、目の前の少年を見、再度またそう強く思った。

 

 

 

 しかし、このときの俺はまだ全く想像さえしていなかった。俺は、世界を目指すどころか、高校バレーでさえ活躍できないということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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大学バレー

 わ


 俺は、窓の外から体育館を見下ろす。今は、放課後で、教室には数人の生徒が談笑している。

 

 この3階の窓からは、体育館と裏庭が見えた。

 

 バレー部員の声がここまで聞こえてくる。

 

 ここ、青葉城西高校はバレーがとても強いらしい。何でも県で4位にはいるとか何とか。

 

 しかし、自分には関係ないことだと、視線をはずす。毎日、体育館を見ているのは、決してうらやましいと思っているわけではない。つらそうな練習だと見下ろしているだけだ。

 

 俺は、乱雑している教科書を鞄をに片づける。毎日、毎日、勉強の日々。

 

 これまで、バレーしかしてこなかった俺は、やることが無く、仕方なく勉強に手を伸ばしている。青葉城西は進学校だ。しかし、毎日暇しのぎに勉強しているせいか、青葉城西高校でもトップ10には毎回はいっている。

 

 これまで勉強するという概念さえなかったので不思議な感覚である。

 

 決して、バレー部員の声だしをBGMに勉強しているということではない。ただ、暇だからである。

 

 

 いよいよ勉強もあきてきて、日も暗くなってきたので帰り支度をする。俺はこの後、コンビニで買い食いして、電車に乗る。そして、少し揺られて、大学へいくのである。

 

 

 電車から降りると、バスに乗り5分ぐらいで目的地へついた。大学の体育館である。

 

 

 俺は、マスクをし、フードをかぶる。見ばれしないよう、変装し、いつものように体育館へ入った。

 

 体育館の中には、いつものメンバーがそろっている。もうすでに試合を始めているようだった。

 

 「よお。」

 

 点付けをしている大学生が俺に挨拶をする。俺も手を挙げて反応した。

 

 

 俺は、ここに大学生として混じっていた。

 

 「へえ。いい勝負だな。」

 

 試合は拮抗している。

 

 15体16。とってはとられてのシーソーゲームになっていた。

 

 「もうちょっと早く来てたら入れたのにな。なかなかいい試合だよ。」

 

 俺は、フードを被り直す。

 

 

 

 ここの大学にバレーサークルは3つある。一つが、毎日高校の部活のようにやるガチバレーサークル。そしてもう一つが週1のお遊びサークル。そしてこのサークルは2つのサークルの間をとって週3である。ガチでもなく、遊びでもない、それがこのサークルだった。

 

 しかし、全員バレー経験者のようで、高校のようにガチでやりたくない人がここに集まっているようだ。

 

 メンバーは20人。だいたい15人ぐらいが毎回そろう。

 

 そして、元バレーOBの社会人が一緒になって試合している。だいたい2コートで、チームを変え、緩く遊びのような割りに、難易度の高い試合をしていた。

 

 

 

 俺は、試合を見ながら軽くストレッチをする。今日は、よくからだが動きそうだと、足を伸ばしながら思う。

 

 どちらのチームに入ろうか。毎回、社会人のほうが少し弱くなる。現役から離れてかなり経っているからだろう。

 

 俺は、今回も社会人チームに入ろうかと思う。とは言っても、実力を拮抗させるためにだいたい俺は社会人チームに入っている。実際ここの大学の人ではないので正しいのだが。それに、俺は大学生だと言っているが、とても怪しまれている。

 

 なにを聞いても学部も学年も黙秘をし続けるから、このサークル内で、俺にそういうことを聞くのは禁句になった。しかし、高校生で大学生に混じってプレー出来るほど強いのに、高校バレーはしないと言うことはおかしいだろうと言うことで、ギリギリばれていないみたいだ。

 

 しかしもう、そんなことは気にされなくなっている。俺は、ここに中学3年生から入っているからだ。今は、高校2年生。と言うことでずいぶんちびな大学3年生という設定になっている。それでもフードにマスク。また、俺の精神年齢的に、ぎりぎりそれが通っている。

 

 

 試合は、やはり大学生チームが勝ったみたいで、社会人チームはひさびさに俺なしでいい試合ができたのにと落ち込んでいる。

 

 俺が言うのもなんだが、社会人チームは、少し運動不足である。最後の最後だって疲れて足がもつれていた。

 

 技術や実力は大学生チームと変わらないのに毎回負けるのはそういうところだ、と一人思う。

 

 俺はアップを終え、みんなのいるところへ混ざる。

 

 俺に気づいた、社会人チームの一人が俺に声をかけた。

 

 「今の試合見てたか?おまえなしで結構いいとこまでいっただろ!」

 

 40代ぐらいのおっさんが首にかけているタオルで額の汗を拭いながらそう言う。この少し中年太り気味のおじさんは、こうみえてもかなり強い。体の動きは重いが、トスの技術に関してはかなり上手い。アタッカーが欲しいところへ完璧にあげるセッターである。

 

 「見てましたよ。最後、足がもつれて取り損なってたとこ。」

 

 そう俺は、そう軽く返す。いつもこんな感じだ。俺は生意気なキャラで通っている。社会人チームにいつも混ざるから何故かこんなキャラになっていた。

 

 「何だと!?そこじゃねえだろ見るとこ。もっとほかあっただろ。」

 

 「・・・いや、ないっすね。やっぱり俺がいないと駄目なんだなと。」

 

 

 随分上から目線だと感じる人もいるかもしれないが実際その通りである。

 

 足のもつれてろくに動かない大人のカバーを全てやっているのが俺である。アタックにカバーにレシーブにトスに。そのときそのときで俺は、何でもやって見せた。いわゆるオールラウンナーである。

 

 しかし俺は、そう言う緩いところが気に入っていた。もし、高校のバレーにはいれば絶対そんなことは許してくれないだろう。俺は、レシーブ専門のリベロへと追いやられるに決まっている。

 

 俺はアタックがしたいのだ。思いっきり地面へ叩きつける感覚。そして自分の手で点をとる快感。

 

 レシーバーが悪いといっているわけではない。ただ、俺の性に合わないだけだ。

 

 

 もし背が高く生まれていたらと考えない日はない。高校バレーで、メンバーを春高へ連れてって、日本もついでに世界のトップに連れてってやろうと、そのぐらいの気概だった。

 

 しかし、俺は背が低いし、ジャンプ力もない。その代わりすばっしっこさと俊敏さは前より凄くなったが、俺がほしいのはそれではないのだ。

 

 俺がほしかったのはほかを圧倒する背である。

 

 一度は、やめてしまおうと思った。自分がやりたいプレーが出来ず、強制させられるなんて苦しいだけだろうと。

 

 

 

 しかし俺は、今でも、しつこくバレーから離れられないでいる。

 

 根っからのバレー好きだし、こうやって遊びでもボールにふれられることが、本当に嬉しいからである。

 

 

 

 「おーい。次の試合始めるぞ。」

 

 そう叫ぶ声が聞こる。

 

 

 「じゃあ、今日もよろしく頼むよ。エース君。」

 

 40代ぐらいのオジサンは、俺の肩をぽんぽんと叩くと、チーム決めをしている舞台のほうへ歩いていく。

 

 俺も、すぐにどこのコートで試合をするかを確認しにそちらへ向かった。

 

 

 

 

 

 



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及川が参入!

 「今日、高校生が来るらしいぜ。」

 

 そう話すのは、大学生3年生の佐竹という人物だ。彼は、なかなか上手いアタッカーである。高身長で、動きも柔軟である。俺とは仲が良く、休憩時間良く一緒に話している。

 

 「へー。そうなんだ。」

 

 「めっちゃ上手いらしいよ。あの強豪校、青葉城西のセッターらしい。」

 

 俺は、ドキリとする。青葉城西のセッターと言えば、うちのクラスメイトの及川だろう。同じクラスメイトとは言え、あまり仲がいいわけでもない。俺はどちらかと言えば、教室の隅で窓を眺めている奴なので、なかなか系統が違う。彼は、クラスの中心的存在だ。その容姿からしてもクラスの人気者なのは頷ける。

 

 恐らく、フードをしてマスクをつけてれば、ばれることもないだろうが色々心配である。

 

 ただ、決して苦手というわけではない。関わることが少ないと言うだけで、むしろ俺は好感を持っている。バレー好きに悪い奴はいないからだ。

 

 

 「でも何で?」

 

 「さあ。社会人チームに坂出さんているだろ。あの人の知り合いらしい。」

 

 「ふーん。」

 

 

 俺は、サポーターを付けたりシューズをはいたりと準備しながら佐竹と話す。

 

 

 

 

 

 

 準備が終わり、コートをたてていると及川らしき人物と坂出さんが体育館に入ってきた。

 

 俺は、無意識にフードを深くかぶる。

 

 及川は、セッターとしての技術は飛び抜けている。恐らく社会人チームにはいるから俺と同じチームになるかもしれない。

 

 俺は、避けた方がいいか。と思いながらも、一緒のチームで彼のトスをうってみたいという欲望もあった。背が小さいがアタッカーとして、セッターという存在は特別である。良いセッターの球に惹かれないアタッカーはいない。

 

 

 俺は、余ったところに適当にはいるか。と流れに任そうと計画していると、少し声がかかる。坂出さんだった。コイコイと手招きをしている。恐らく及川に俺を紹介するつもりなのだろう。

 

 俺は、どうしようかと思いながらも渋々坂出さんの方へ近づく。

 

 

 

 

 「田中君。」

 

 

 

 そう呼ぶ坂出さんの横には及川がいた。及川は、俺のほうをにこやかな笑顔で見ている。少し興味深そうな目でもあった。

 

 

 

 「やあ。田中君。今日、社会人チームとして入る及川君だ。多分君たち同じチームじゃないかなと思ってね。」

 

 

 坂出さんは俺にそう紹介する。

 

 俺は坂出さんのほうから目線をはずし、改めて及川をみた。

 

 

 「どうも。田中です。」

 

 

 ぺこりと頭を下げ、俺はそう簡単に挨拶する。

 

 無愛想な俺とは逆に、及川は人懐っこい笑顔で俺に手をさしのべる。

 

 

 「青葉城西高校の及川です。今日はよろしくお願いしますね。」

 

 差し出された手に、俺も慌てて手を出す。彼の手はバレー部特有の固くしっかりとしていた。

 

 

 「彼は、俺たちのチームのエースなんだ。めちゃくちゃうまいんだぞ。」

 

 

 坂出さんは、そう及川に紹介する。そして俺の背中をバンバンとたたく。

 

 

 「坂出さん。ハードルあげないでください。」

 

 

 俺は調子の良いことを言う坂出さんにそう注意をする。過度な期待は迷惑である。

 

 

 「へー。ポジションはどこになるんです?」

 

 

 及川はそう興味深そうに聞く。坂出は俺のことをエースといったが、まさか本当に前衛のレフトだとは思わなかったのだろう。俺の背は全くアタッカーには見えないからである。

 

 

 「一応、前衛レフト。アタッカーですよ。」

 

 

 俺は、セッターとしてがっかりさせるのではないかと思ったがそんな事はないようだった。

 

 及川は最初は、意外そうな目をしたが、すぐに挑戦的な目になった。どうやら面白がっているようだ。

 

 

 

 「へえ、いいですね。知っているかは分かりませんが、俺、セッターなんです。」

 

 

 俺は、知ってるよ。と思う。しかし及川は、俺の身長を見ても、ちゃんとアタッカーとして見てくれているようで少しうれしく思った。俺を知らない奴は、俺がアタッカーだというと、無理だろう。という顔をしてくるからである。

 

 

 「俺の身長で、変に思わないのです?」

 

 

 俺は、思わず及川にそう問う。しかし、及川は、全く偏見を持っていないようだった。さも当然のように即答する。

 

 

 「思いませんよ。俺の身近にも、身長の低い怪物アタッカーがいるんで。」

 

 

 俺は、少しうらやましく思う。及川をここまで言わせるアタッカーがいるからである。そして、その彼はどうやら俺と同じく身長が低いようだ。

 

 

 「良かったです。俺の身長だとそう思われることが多いので。」

 

 

 そう言うと坂出さんは、自慢気に答える。

 

 

 「そうだよなあ。それで試合が始まった瞬間、田中君の凄さにみんな驚くんだよ。」

 

 

 「だからやめてください。坂出さん。なんどいったら分かるんです?」

 

 

 俺はうんざりしながらそう怒る。何故かここの人達は、俺のことをさも自分のことのように自慢気に紹介するのだ。紹介されるこっちのみにもなってほしいもにである。

 

 

 「いやー。駄目だね。つい自慢したくなるね。」

 

 

 坂出は、「ははは」と笑いながら頭をかく。

 

 俺はそれを白い目で見つめた。

 

 及川も愛想笑い程度に笑う。そして改めて、俺の方を見て質問する。かなり核心をつく質問にドキリとする。

 

 「暑くないんです?そのフード。」

 

 俺は、なんて答えようか迷っていると、坂出さんが代わりに答える。

 

 

 「田中君は、一年中その格好なんだよ。僕たちもなに聞いても答えてくれなくてね。」

 

 

 俺は、頷く。及川は、理解出来ていないようだったが、触れてはいけないことのような雰囲気を感じ取りそのまま引き下がる。こういうところは、流石にコミュ力が高いなと感じる。時々、不躾にしつこく聞いてくる奴もいるからである。

 

 

 「それよりなんでここでバレーしに?」

 

 

 及川は、俺に答える。

 

 

 「坂出さんが紹介してくれたんです。なかなかレベルの高い試合するときいて、大学のバレーも経験してみようと思ったんです。」

 

 

 「へー。そうなんだ。」

 

 

 何だかんだ話しながら準備をしていると、そのうち準備も終わってしまう。メンバーもだいぶん集まってきた。どうやら、試合を始めるようである。

 

 

 「今日はよろしく。」

 

 いつの間にか敬語もとれてしまい、俺は及川にそう声をかける。俺は、及川が気に入ってしまったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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同じチーム

 予想通り、俺と及川は同じチームに振り分けられた。チームにわかれそれぞれアップを開始する。俺は及川を誘い軽くラリーをしていた。

 

 

 「田中さん。」

 

 

 及川はそういい俺に綺麗なトスをおくる。流石、青葉城西高校の主将セッターともあり、めちゃくちゃ安定している。俺は、足一歩も動かしていないのにぴたりと俺の返しやすいほうへくる。

 

 

 俺は、少し距離を伸ばそうとボールを少しずつ遠くへとばす。だんだん俺と及川の距離も離れ、コート、端から端までの距離になる。それでも及川は依然と完璧に俺にトスをおくる。

 

 

 また、トスのフォーム、タッチも見事である。全く音がしない。及川にかかると全てのボールが正常化して戻ってくるみたいに感じた。

 

 

 

 アップが終わり、いよいよ試合が始まる。

 

 俺は、最初真ん中のセンターでサーブカットをする。及川をふと見ると、俺のほうを見て少し合図する。最初、俺にトスをあげると言うことだろう。

 

 

 サーブは右端後ろに飛んでくる。俺はそれを確認し、レフトのポジションに移動する。アタックの準備を整え、「レフト」と叫ぶ。

 

 及川は最初の合図通り、俺の方へトスをあげる。

 

 無難な、少し高めのトス。俺は低い身長ながら、助走をつけ思いっきり高く上へ飛ぶ。レフトへとばすように見せかけてライトへアタックを打ち込む。

 

 アタックはうまく決まった。

 

 及川はニヤリと笑い、「ナイスです!」と声をかける。それから、及川は俺に「トスどうでした?もう少し低い方がいいです?」と質問する。

 

 俺は、確かにもう少し低めでもいいかなと思ったので、「ああ。お願い。」といった。

 

 

 いつもならどっこいどっこいの勝負をするが、及川が入ったことで点数はかなり偏る。というのも、及川のサーブをとるのに大学生側はかなり苦戦したようだ。また、俺のカットもそうだし、アタック力も及川が入ったことで上昇し、13対25で決着が付いた。

 

 

 

 「結構点差ついたな。」

 

 及川にそう言うと、「そうですね。」と相づちを打つ。及川も少し物足りなさそうである。

 

 

 「次は、俺があっちのチームいこうかな。」

 

 俺は、そう独り言を言う。大学生チームは少しカット力が弱い。及川のサーブにかなり苦戦し、3点ぐらいサービスエースを決められていたので、少し一方的な試合になってしまった。

 

 俺はアタッカーに拘っているが、正直カットのほうが向いている。この小さい背は、アタッカーとしての能力を奪ってしまったが、逆に守るのにはとても向いていた。アタッカーとしての俺は、普通の高校生なら一般的な実力だが、守りとしての実力はほとんどプロとレベルは変わらない。

 

 恐らく俺なら、及川のサーブにも対応できる。また、及川のツーアタックにも全然堪えないだろう。

 

 本当は、もっと及川のトスでアタックを気持ちよくうっていたいところだが、ここまで差が付いてしまったら俺はあっちにはいるしかないだろう。

 

 正直、俺が所属しているこのチームを及川にがっかりさせたくはないのである。

 

 

 「あっちにはいるんです?」

 

 及川はそう俺の独り言に返事する。

 

 

 「ああ。勝負がこんなに早く決まったらつまらないだろ。」

 

 俺は及川にニヤリと笑う。

 

 

 「次は楽しませてやるよ。」

 

 

 この俺が、アタッカーとしての地位を捨て、拾うことに意識しようと考える。絶対ボールを決めさせないという自信だけが漲っていた。

 

 俺は、自分がこんなに守護の側でドキドキしているのは初めてではないかと考えた。

 

 及川のサーブをAカットすれば、どんな表情が見られるのだろうと、俺はやる気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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珍しい

 俺は、大学生チームの一人と交代し、真ん中に入った。

 

 俺は首を回す。そして軽く屈伸し、少しジャンプする。

 

 今日は体が軽い。

 

 俺は自分でもテンションがあがっているのがわかった。そして、アタックをうつより、及川のサーブをカットしたいという気持ちが上回っている自分に少し驚く。恐らく、誰も出来ないことをやって見せたいという欲求が強いのだと思う。

 

 かつての俺も、アタッカーとして誇りを持っていたのは、誰にでもとることの出来ないスーパーアタックを決めたときの瞬間が忘れられないからである。

 

 結局、俺は何らかの形で、他人を認めさせたいのかもしれない。それがかつてはアタックであり、俺の誇りだった。

 

 思ったより単純な思考回路に自分でも苦笑する。

 

 俺は、コートに入り、軽くボールをさわる。手にすいついてくる感じが何ともいえず心地よかった。

 

 コートの中には、後からきた大学生が次の試合を待っている。さっきの試合に入れなかった分、やる気がすごい。彼らも物珍しい高校生に興味があるようだった。

 

 

 「やっぱり、強豪校の主将とあってつえーな。」

 

 「だな。でも、このまま負けるわけにはいかねーよ。」

 

 

 大学生はそう話す。しかし、大学生も高校生に易々と負けてられないようでやる気を見せている。俺は、コートで話している数人に声をかける。

 

 「俺、守護に回るから攻撃に専念していいよ。」

 

 俺はフードの端をさわりながらそういう。大学生は、いつも俺がうつといって聞かない田中がこういうことを言うのは珍しいと少し面食らう。

 

 

 「へー。珍しいな。田中がそんなこと言うなんて。」

 

 俺は、少し照れ、フードを深くかぶる。

 

 「別に。珍しくねーだろ。」

 

 

 そう、そっぽを向く俺をおもしろく思ったのか、ここぞとばかりにからかってくる。

 

 

 「いや、珍しいって。いつも、『俺うつ俺うつ』っていって聞かねえのは誰だよ?」

 

 

 「いってねーよ。いつもカットだってちゃんとしてんだろ。」

 

 俺が少し不機嫌になったのを感じ取ったのか、もう一人の大学生が苦笑しながら言う。

 

 「まあでも、田中が守備に入ったら正直怖いものなしだな。」

 

 

 そいつは、俺の頭を叩く。背が低い分、俺はこうやって体を触られやすいみたいだ。社会人チームの人にしても、俺をいくつだと思っているのか。

 

 

 「てことは、田中リベロにはいんの?」

 

 「・・・ああ。」

 

 ほかのメンバーは驚愕する。まさか、守護にまわるとは言え、アタックをうつことが出来ないリベロになるとは思っていなかったからだ。

 

 田中は、これまで一度もリベロにはいったことがない。頑なにアタックに拘る田中がこんなことを言うなんて、本当にあり得ないことだ。ほかのメンバーは、田中がリベロという概念を持っていたことにすら驚く。

 

 「本当に、リベロはいんのか?てか、動きわかんの?」

 

 メンバーは、困惑気味にそうきく。

 

 俺は、失礼な奴らだとつんけんして答える。

 

 「当たり前だろ。リベロぐらいやったことあるよ。」

 

 メンバーは、怪しげな目で俺を見つめる。

 

 田中が、カットに秀でてることは、普段のプレーからよくわかる。どれだけいいコースを決めても、わかっていたかのように簡単にとってしまう。サーブカットも田中にうつと大体Aカットされるのが目に見えている。

 

 正直、アタックうつよりカットに専念してくれと何度思ったことか数え切れない。田中は、アタックに拘っているようだが、圧倒的カットのセンスに溢れているのは誰の目で見ても明らかだった。

 

 だからこそ、今回の田中の発言には困惑したし、どうなるのかという期待も勿論あった。

 

 天才的なカット力を持つ田中にバックを完全に任せるなんて、鬼に金棒だろう。攻撃するがわからしたら、バックに絶対返してくるトランポリンがあるようなものだ。

 

 ほかのメンバーは、思わぬ展開に興奮を隠しきれない。「田中がリベロだー!」とテンションがあがっている。

 

 

 

 俺は、大袈裟だな。と少し照れる。そして、そこまで俺に守護へまわってほしかったのかと呆れた。

 

 「まあ、だからバック安心して。」

 

 俺は、ぼそりとそういい、バックへ戻る。他のメンバーは、田中のその言葉ほど安心できるものはないと心の中で強く思う。

 

 大抵、田中と戦うときは、力のバランス上、大学生チームの敵になることが多い。相手チーム最大勢力の敵が自分の見方に、そして、カットにまわるという発言を聞き、彼らはテンションがあがりっぱなしである。

 

 

 「田中が守護か・・・。こんな日が来るなんてな。」

 

 一番、年上の大学4年生は涙ぐましく俺を見ている。

 

 俺は、正直いたたまれなかった。ただ、リベロにまわるといっただけで、この大袈裟な反応は何だと苛つく。

 

 

 「見てんじゃねー!」

 

 俺は、物珍しげにみるメンバーにそう一喝する。するとメンバーも笑いながら、それぞれのポジションへ散らばっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編(体育の授業)

授業のチャイムが鳴る。俺は、けだるげに体を起こし次の授業に目を配る。次の授業は・・・・・「体育」だった。

 

体育の授業で何をしているのか。それはずばり「バレーボール」である。これは、俺にとって嬉しいことか、都合の悪いことかと聞かれれば、40対60で都合の悪いことに分類されるだろう。めんどくさい授業を受けなくてもよいが、そのめんどうな授業に匹敵するほどのめんどくさい事案が追加されるからである。

 

及川徹、岩泉一などというバレー部のやつと一緒にバレーをしなければならない。これは、大きな問題だった。

 

バレーボールの授業は約三か月間。授業が始まった当初、俺には二つの選択肢が用意されていた。手を抜いて、俺がバレー経験者だと悟られないようにする。または、普通に、俺の実力を隠さずバレーをする。この二つである。どちらを選んでも面倒になることは、手にとるようにわかる。

 

しかし俺が、何のために姿を隠して大学でバレーをやっているのか。そのことを考えれば容易に出る結論だ。もし、実力がばれてしまえば俺は、バレー部から熱烈な歓迎を受けるに違いない。これは、うぬぼれでも何でもない。冷静に次何が起こるかということをあらかじめ考えておかないと、のちに困るのは自分である。とにかく、あえて自分から晒すようなことは避けたほうがいいだろう。

 

というわけで、俺は渋々、体育館へと訪れた。クラスメートは、よほどの運動音痴でない限り、バレーを楽しんでいるだろうし、俺だけ背負わなくてもよい心身的負担がある分うんざりする。みんな、嬉々として、バレーコートを立てていた。

 

「ずいぶんやる気なさそうだな。」

 

そう声をかけてきたのは、俺の親友の松村だ。こいつは陸上部で、なにかと面倒見のいいやつである。

 

「別に。そうでもないけど。」

 

俺の不貞腐れた態度を何か敏感に感じ取っていたようである。俺は、うまく隠していたつもりだったのでどきりとする。

 

「お前、運動神経悪くなかったよな。つーか、陸上部の俺相手に100mをガチで勝とうとする奴なんてお前ぐらいだけどな。」

 

俺は、ネットのひもを結びながら「ふんっ」と鼻を鳴らす。

 

「いや、あれはお前が挑発してくるからだろ。」

 

そうつっかかると、松村は、笑いながら言う。

 

「いやだって、お前が本気で体育してるとこ見たことなかったからな。というか、陸上部のコーチと話してたんだ。なかなかいい筋肉のつき方してるなって。コーチが、『あれは走らせれば中々早いぞ』っていてた。」

 

俺は、松村の言葉に反応しさっと足の筋肉を見る。そして、俺は眉をひそめた。夏でさえ足を隠せって俺に要求するのか。どれだけ不自由なんだ。

 

「・・・・くそ。もう絶対、次からは長ズボンにしてやる。」

 

松村はそんな俺の様子を見て、面白がっているようだ。いろいろとからかってくる。

 

「なんで?いいじゃん。体育で活躍すれば女の子にもてるかもよ。」

 

「別に、もてたいとか思わないし。」

 

というか、この身長では相手にされないだろう。キスするとき、相手と程同じ身長なんて嫌すぎる。

 

「でも、お前って意外と人気あるよな。身長小さくて可愛いって言われてたけど。」

 

松村は、俺を励ますつもりで言ったようだが、それは逆効果である。可愛いなんて言われてうれしいと思う男子がいるのか。いるわけがないだろう。

 

「可愛い?俺がそれで喜ぶと思ってんのか?」

 

そう睨みつくと、松村は、「悪い悪い。」となんの悪げもなく言う。思うが、俺のことをからかって面白がる奴が多すぎではないだろうか。全部、この身長が悪いに違ない。ちびというのは、何かと舐められやすい存在だ。やっぱり恨んでも恨み切れないのがこの身長である。

 

 

 

無事コートを立て終わり、松村と話していると、先生から号令がかかる。俺は、足取り重く集合した。

 

 

「じゃあ、とりあえず二人組を組んでパスな。3分ずつで、トス、アンダー、最後は軽くアタック混ぜながら適当に体あっためて。ペアは自由って言いたいけど、毎回おんなじだとつまらんしな。あんまり絡んだことのない奴とペアになって。じゃあ、始め。」

 

先生にそう言われ、みんなバラバラに動き出す。俺は、どうしようか。とあたりを見回す。大体松村と組んでいたので、今回はそういうわけにはいかない。

 

田中誘うか。

 

俺がそう思い、田中の姿を探していると、不意に後ろから声をかけられた。なかなか、聞き覚えのある声に嫌な予感を感じながら振り返る。

 

案の定、及川だった。

 

「一緒にやらない?まだ、組んだことないよね。」

 

及川は、相変わらずの笑顔で俺に言う。

 

「・・・・まあ。」

 

俺は、冷静さを装い、頭をフル回転させた。ここで断るべきか否か。松村相手でさえ本気を出していなかったことがばれていたのである。バレー部の及川にばれず、初心者のふりをすることができるのか。・・・・・無理である。きっと無理だろう。

 

悶々と悩んでいると、及川は、俺が承諾したと思い込みボールを取りに行ってしまった。

 

「ちょっと待っ。」

 

冷や汗で、どうしたものかと焦る。ふと目を向けると田中の姿があった。田中は、俺を見て、なんだ?という顔をした。

 

俺は、慌てて田中のほうへ近寄る。

 

「田中。お前はボッチでかわいそうだな。俺のペアに入れてやるよ。」

 

田中の背中をさすると、田中は怪訝な顔をする。

 

「誰がボッチだ。普通にペア決まってるんだけど。てか、お前も決まってんだろ。」

 

田中は俺を誘おうとして、及川に俺が誘われているのを見ていたらしい。

 

「三人のほうが面白いだろ?」

 

必死にそう訴えると、田中のペアがボールをもってこちらに近寄ってくる。

 

「あれ、田中と組みたい感じ?」

 

田中のペアが、俺に気を使ってそう聞くと、田中はぺっと俺を追い払う。

 

「別に。やろーぜ。」

 

「おい」

 

俺の制止も聞かずに田中は、すたすたといってしまった。

 

 

・・・やるしかないのか。

 

 

俺は、緊張の面持ちで、及川のほうへ目線を配った。

 

 



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番外編2(体育の授業)

俺は今、及川と向かい合っている。

 

「よし、じゃあやる?あ、あの辺空いてるね。」

 

及川は、楽しそうにボールをポンポンしながら俺のほうに笑顔を向ける。というか、なんで俺を誘ったんだ。もっとほかに、相手はいただろう。

 

俺は渋々及川の後をついていく。空いている場所まで来ると、ある程度の距離を取って、パスが開始された。

 

「いくよ。」

 

及川は、ふわりとしたボールを俺に向ける。

 

その時、俺はボールがスローモーションに見えるほど葛藤していた。

 

トス、トスである。ただトスをするだけだ。とは言っても、普通にトスをするわけにはいかない。経験者は、大体トスのタッチセンスが優れている。アンダーとは違い、一朝一夕で磨かれることのないタッチセンスは、素人と経験者を見分ける最も分かりやすい例だろう。音のないふわりとしたボール。ボールを持っているようで持っていない。何とも表現しがたいバレー部特有のあのトスは、経験とともに磨かれる。

 

絶対ばれるわけにはいかない。

 

俺だって、2週間ぐらいバレーの授業を受けてきている。素人のトスは習得済みだ。焦ることはない。ボールが来た瞬間、手を思いっきり固くしてはじけばいいだけだ。そして、相手が一歩、二歩動かなくてはならないぐらいの場所にボールを散らす。俺が2週間、同級生のバレーを見てきて、平均的な実力を割り出した結果である。失敗はしない。

 

「大丈夫。」

 

俺は、小さい声でそうつぶやいた。

 

「い、いくぞ。及川!」

 

俺は、及川のほうをちらりと見る。そして、及川の2歩左横ぐらいに狙いを定める。

 

(あそこだよな。)

 

俺は飛んできたボールを、思いっきり音を立て、はじく。

 

 

ボールは俺の狙い通り、及川の2歩横へと飛んで行った。

 

「ナイス!」

 

及川は、俊敏にボールの下へと入り込んだと思うと、俺のほうをちらりと見て、そう声をかける。及川はさすがセッターともあり、完璧なトスを繰り出した。俺は一歩も動くことなく、めちゃくちゃ取りやすいいふわりとしたボールを俺に向けてくる。

 

(さすが及川。)

 

俺は、やっぱりきれいなトスを上げる及川に感心する。バレーをしてると、ある程度、基本のトスは一定レベルまで身についてくる。けれどその中で、セッターとしてやっていくには、やはりそのトスはずば抜けてなければならない。確かに、司令塔としての役割も重要だが、それと同時に、トスの純粋なうまさも必要だろう。ある一定を超えたタッチセンスは、それこそ生まれ持った才能だ。

 

俺は、さらに飛んできたボールを今度は右にずらす。そして、後ろ。前。というように、絶妙に散らしていく。

 

正直、かなりきつい。

 

気を抜けば普通にトスをしてしまうのである。あえて、下手な演技をするというのは、それこそ神経を使う。

 

 

「田中って、結構バレーうまいね。」

 

及川は、お世辞かよくわからない言葉を投げかける。

 

「えっ。」

 

俺は、だらだらと冷や汗を流す。

 

あれ?もっと散らすべきか?

 

俺は及川と何回かラリーを続けていたが、及川はここで、あえてボールを散らし始めた。俺の実力を見るつもりなのだろう。

 

俺の気も知らないで、ずいぶんやってくれる。

 

俺の一歩先に飛んできたボールは、あえて少し取りにくくされていた。

 

どうする?もうちょっと散らすか?

 

俺は、ボールの真下に素早く入り込み、ちらりと及川のほうを見る。三歩後ろに飛ばそう。そう決めて、狙いをつける。乱れたボールに動揺して、力を入れすぎた風を装う。

 

バン!

 

少し力を入れて、遠くへ飛ばす。及川のほうを見ると、やはり余裕そうにボールの真下に入り込んでいる。そこで、俺は、あれ?と疑問に思った。今、8回ぐらいラリーが続いているが、このラリーはいつ終わるのかということである。

 

普通なら、相手がどこか取れない位置に飛ばして終わりである。しかし、及川とのラリーにおいてそれは期待できない。少しずつ乱れていって、ラリーが終わるということが存在しないのである。

 

俺がミスらないといけないのか!

 

俺は、予想外の事態に冷や汗を流す。こんなきれいなボールを、どうやってミスれというのか。どんな失敗を起こしたら、四方八方に飛んでいくというのだろう。

 

及川は、俺のボールを余裕で受けると、やっぱり少し乱してボールを飛ばしてきた。

 

今か?今なのか!?

 

俺は覚悟を決め、不自然のないよう装い、ボールをはるか後ろへ飛ばす。

 

どうだ?

 

俺は、及川のほうを見る。しかし、あろうことか、及川はやっぱり簡単にそのボールを捕らえてしまう。そして、変わらない精度で俺のほうへトスを返してきた。

 

 

くそ。あの程度の散らしかたでは駄目なのか。

 

 

俺は今度こそ、及川にボールを落とさせようと、後ろへ下がった及川に対し、圧倒的前にボールを落とす。それも、軌道を低くしてである。

 

これでどうだ?

 

しかし及川は、あっという間にフォームを立て直し、前に走り出す。ギリギリ滑り込んだと思うと、アンダーでボールを返してしまった。ある意味、執念を感じるほどきれいに上がったボールは俺が一歩も動くことなく返せるボールである。

 

何故だ!?

 

体育であると油断している及川では、絶対取れないボールを出したつもりだったのである。

 

そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。

 

俺は、飛んできたボールに対し、一歩下がりアンダーで迎え撃つ。トスでミスるには少し演技が難しい。アンダーなら、変なところにあてた風を装いいくらでもミスができる。

 

俺は、組んだ手の先にボールを当て、超低空飛行、超高速ボールを及川のはるか後ろへ飛ばす。

 

ボールは、高速で飛行し、派手な音を立てて壁にぶつかった。

 

案の定、さすがの及川もとる事を諦めたのか、後ろへ飛んで行ったボールを無言で見つめる。

 

やべえ。やりすぎた。あまりに及川がミスらないからって明らか、やばいボールを返してしまった。いや、でも俺は悪くない。ミスらない及川が悪い。

 

及川は、俺のほうへ振り向くと申し訳なさそうな顔を向けた。

 

「・・・・ごめん。疲れた?」

 

及川は、終わらないラリーにつかれたと思ったらしい。謝られると、こっちが申し訳なくなる。

 

「そ、そうだな。及川うまいから。」

 

そういうと、及川は、「ちょっと休憩しよ。」と俺に笑顔を向け、飛んで行ったボールを回収しに行った。

 

戻ってきた及川は、ボールをポンポンしながら俺に話しかける。

 

「めっちゃバレーうまいね。なんかやってた?」

 

俺は、どきりしながら誤魔化す。

 

「いや、初めて。及川が上手だからうまく見えたのかも。」

 

「へー。じゃあ、運動神経いいんだ。普通に経験者かと思ったよ。」

 

及川は、何の裏もなさそうな顔をしてそう俺に言う。俺は、冷や汗ものである。さっきのどこを見て経験者と思ったのだろうか。

 

「えっ。そうか?俺、思ったところに全然飛んでいかないし。下手だったよな?」

 

及川は、うーん。と少し考える。

 

「・・・一番はトスかな。めっちゃ飛んでたから。初めてだと、トスであれだけ遠くまで飛ばせないよ。」

 

及川は、俺の顔を覗き込む。経験者と疑っているのだろうか。俺は、ドキドキしながら必死にごまかす。

 

「ま、まあ、力だけは強いからな。」

 

「ははは」と乾いた声を出す。及川は、「へー。」と何の疑いもなさそうにしている。

 

「練習すれば、すごくうまくなりそうだな。トスだけじゃなくて動きとか、もろもろ、才能あるよね。」

 

及川は、なぜかいろいろ俺をほめてくる。俺は、なぜか後ろめたい気持ちになる。なんせ、何十年もやっているのだ。

 

「お、お世辞はいいよ。続きやろーぜ。」

 

俺は、及川からボールを奪い、無理やり練習を再開させた。

 

 

 



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