ネクロフィリアの未熟児 (紅絹の木)
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プロローグ

ゴーナイトは、クランの時からのメンバーだ。温厚な性格で、対立を嫌い、悪く言えばどっちつかずな男だった。広く浅く仲が良く、決して深く関わる事がない人物だった。

 

やがて仲間が引退したり、ログインする頻度が減ってきた頃。ようやく俺たちの間は縮まった。まずはじめに知ったことは、ゴーナイトさんは、回避率に異常にこだわる人だった。

 

「どうすればもっと回避率上げられるか、考えているんですよ」

「装備とかステータス以外で、ですか?戦士職ってリアルの体が結構、物言いますよね?実際、ワールドチャンピオンのたっちさんは警察官ですし。鍛えるとかどうでしょうか」

「なるほど。やってみます」

 

その日から、彼は本当に筋トレを始めた。

それまで影が薄い人だと、特別悪さもしなければ迷惑をかける人でもなかったので。印象が残らない仲間だったが、あの日から“こだわりの強い人”という印象がついた。

 

 

ある日の金策中に、なぜそこまで回避率にこだわるのか質問した。

 

「俺がゴーストだからです。攻撃が当たらなかったら、幽霊らしいでしょ?」

 

なるほど。オーバーロードらしくあろうとした俺みたいに、ゴーナイトさんもゴーストナイトらしくあろうとしたんだ。

気が合うかも、とその時思ったんだ。

 

 

 

二人ともほぼ毎日ログインして、仕事の愚痴を言い合って。ギルドを維持するための金貨を集めて、また少し喋る。

変わりばえのない毎日だった。でも季節のイベントや年末年始を一緒に過ごせたことは、例えゲームの中だろうと嬉しかった。

 

「せっかくの桃の節句なんですから、女の子たちの記念写真撮りました。性別不明のNPCについてはノータッチです」

 

彼は俺に写真データを見せてくれた。シャルティア、アウラ、プレアデス、メイドたち、アルベドと沢山あった。どれも同じ構図で、周りに桃の節句の飾りー桃の花ーを置き、並んで撮っている。

 

「へー、桃の節句の飾りのアイテムなんてあったんですね」

「それ買ってきた奴です。季節感あっていいなと、思ったので。茶釜さんたちがいたら盛り上がって、衣装にも凝りだすんでしょうけど、俺にはこれが限界ですね」

「いいじゃないですか。充分、華やかですよ」

 

余裕があって、気まぐれに季節のイベントを楽しむ。気楽で楽しかった。何よりゲームを楽しむゴーナイトさんの姿が、俺を楽しませてくれた。

 

 

酒を片手に一日中お喋りした日もあった。

 

「よし、おれ自分のフレーバーテキストにモモンガさんのこと愛してるって書く!!」

 

ベロベロに酔っ払った友人はとんでもないことを言い出した。驚きよりもおかしさが勝って、大笑いした。

 

「じゃあ俺はゴーナイトさんのこと愛してるって書いちゃいますよ?嫌じゃないですか?」

「全然!ただテキストに書くだけだし。あー他人のテキストに書けたら面白かったのになー」

 

どうやら本当は俺のフレーバーテキストを弄りたかったようだ。そんな機能がなくてよかった。

真面目でこだわりが強く、現状を楽しめる男という評価に、イタズラが好きも加わった。

 

 

 

男は最後までモモンガといてくれた。

ナザリック地下大墳墓、最奥、玉座の間。セバスとプレアデス、アルベドが臣下の礼をとることで、より厳かな雰囲気になる。

王は玉座に、友は隣に立っていた。

 

「本当に楽しかった。ゴーナイトさんのおかげです。名残惜しいですけど、またいつか」

「あー、できたら次も一緒に遊んで欲しいんですよ。なので、はい」

「メール?これは別ゲームのタイトルですね」

「評価が高いもの順に調べてきました。気になったものから、一緒に遊んでみませんか?」

 

モモンガは深く微笑んだ。

 

「ええ!ええ!一緒に試してみましょう!……これからもよろしくお願いします。ゴーナイトさん」

「こちらこそ、よろしくお願いします。モモンガさん」

 

 

 

零時。

ユグドラシルは終わらなかった。

いや、違う。

 

俺たちが終わらなかったんだ。

 

 

〈つづく〉

 



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何が起こったのか

 

「ゲーム、終わりませんね」

「そうですね。これは一体どういうことなんでしょうか」

 

ゴーナイトはモモンガと顔を見合わせて、バッと目を逸らした。

 

「ゴーナイトさん?俺何かしましたか!?」

「い、いえ。モモンガさんは悪くありませんから」

 

空っぽな鎧の中、無いはずの胸の鼓動がうるさい。もし彼の表情が伺えれば、その顔が真っ赤に染まっている様子がわかっただろう。

なぜこんなにも胸がときめくのか。なぜこんなにもモモンガさんがカッコよく映るのかわからない。胸の前で手をぎゅっと握りしめた。

 

 

 

一方、モモンガの方は。

「(うわあ、ゴーナイトさんそのポーズ可愛い)」

ゴーナイトに見惚れていた。

先程の、目を逸らされた事はショックだった。だが、それを忘れさせてくれるほどの尊さがモモンガの胸の包んでいる。いや、照らしている?とにかく、自分が悪く無いのなら問題はない。ゴーナイトを待つだけだ。その間に考えよう。

 

ここはナザリック地下大墳墓、第十階層、玉座の間。それは間違いない。最後に移動させたNPCたちもそのままだし、俺たちの姿もユグドラシルのゲームのアバターのままだ。だが、視界がまずおかしい。マップも時間もその他も表示されていないのだ。これじゃGMコールだってできやしない。そもそもログアウトができない。では、どうすればいいのか。

 

「まずは身の安全確保か……」

 

そう呟いたとき、声が発せられた。

 

「モモンガ様、ゴーナイト様、何か問題がございましたか?」

 

美しい女性の声だ。発生源を辿ると、そこにはNPCのアルベドがいた。アルベドは顔を上げてモモンガを見つめている。視線が合った。合うはずのない、交差するはずもない視線が交わったのだ。まるで生きている人間同士のように。

NPCの視線は中空を見つめているものだ。そもそも視線が定まってすらいない。それが合うなんて一体どういうことか。あまりにも続いて起こる不測の事態にモモンガも、隣にいたゴーナイトも麻痺していた。

ここでゴーナイトが話す。

 

「……アルベド」

「はい、ゴーナイト様」

「…………回ってくれないか?」

「かしこまりました」

 

ぎょっとした。よく見かけるだけの女性に普通命令などしない。そして相手だって、そんな事が起きたら警察を呼ぶか、強い拒否反応を示すはずだ。だが、アルベドは素直に従った。

アルベドはその場に立って時計回りに回った。命令を聞いたのだ。モモンガは呆気に取られる。ゴーナイトだって驚いた。それでもお礼は忘れない。

 

「ありがとう。今日も美しいよ」

「まあ、勿体無きお言葉ですわ」

 

美女が頬を赤く染めて微笑む姿の、なんという破壊力か。

いや、それよりも会話ができている。ありえないことだ。こんなこと、ゲームじゃできない。ゲームじゃないのか?ありえないだろ!思考が爆発し、喚きたくなった。だが、ふと感情が平坦になった。なんだ、急に冷静になれたぞ?

 

「モモンガさん」

 

理由を探す前にゴーナイトさんが話しかけてきた。彼もやけに冷静だ。もしかして自分と同じように大きな起伏は平坦になるのか?

 

「セバスたちを玉座の下まで来るように命令していただけませんか?」

「?わかりました。ーーセバス、メイドたちよ!玉座の下まで」

『かしこまりました』

 

全員の声が重なる。セバスたちはすくっと立ち上がり、綺麗に背筋を伸ばしたまま動き、玉座の下まで来ると膝をついた。

驚いた。ゴーナイトと顔を見合わせる。NPCを従わせるコマンドワードを使わずとも、彼らが言葉の真意を汲み取り実行したこと。アルベドだけではなく言葉を発したこと。

少なくとも玉座の間の中ではNPCがおかしくなっている。さらに情報を掴もうとして、モモンガはアルベドを鋭く見る。アルベドが言葉を発するよりも前にゴーナイトがモモンガに問いかけた。

 

「モモンガさん、セバスたちに命令を出してもいいですか?」

「ーぇ?はい、いいですよ」

 

どうせ先程と同じような、意味のない命令だろうと思って許可を出した。あのぐらいならNPCも聞いてくれるようだし。

予想は覆った。

 

「では……セバス、及びプレアデスに命じる。大墳墓を出て半径一キロメートル周辺を探索してくるんだ。危険な行動はするな。戦闘行為も許さない。もし知的生物がいた場合は、そうだな。会って話がしたいが、どうしましょう。俺たちから会いに行きましょうか?」

「えーと。ここに連れて来させましょう。例え交渉が決裂して、戦闘になってもここなら安全に戦えますから」

「わかりました。聞いていたとおりだ。知的生物を確認した場合、交渉の末、俺たちの下へ連れてくるんだ。その場合、相手の条件をほぼ聞き入れても構わない。交渉ごとが決裂したり、戦闘になった場合はプレアデスの一人を必ず逃がせ。情報を確実に持って帰らせるんだ。あと、プレアデスの何名かは残って第九、第十階層の守護にあたれ」

「了解いたしました。直ちに行動を開始します」

「畏まりました。ゴーナイト様」

「うむ。では、行け」

 

セバスたちは了解の意を取ると、玉座の間から出て行った。

本来、NPCたちは拠点から出ることはできない。セバスたちが出られるだろうか。それは彼らが外に出られればわかるだろう。

 

「それでは、私は如何いたしましょうか」

 

アルベドが俺たちを見て、ゴーナイトさんが俺を見る。俺に命令を出せということだろう。

「アルベドは、そうだな。階層守護者たちを集めてもらおう。今から一時間後、第六階層の円形闘技場で待っているぞ」

「承りました」

「うむ。行け」

「はっ」

 

アルベドも巨大な扉を開けて出て行く。

彼女が出て行って、ようやく俺たちは大きな息を吐き出したんだ。

 

「はあー!疲れた。何が起こっているんだ!」

「あー、本当ですね。一体どうしたんでしょう?ユグドラシルIIではないようですし」

「こんなリアルなゲームなんてあり得ますかね?それにしても、命令したとき嫌だと言われないで良かったですよ」

「俺とモモンガさんの命令を聞きましたね。まるで俺たちの方がはるかに偉いって感じで」

「ゴーナイトさんがどんどん先に試すから、こっちはちんぷんかんぷんですよ。少し情報をまとめてもいいですか?」

「私からもお願いします」

「では。えー、GMコールができません。画面ではなく、視界に切り替わっています。体もリアルのボロからアバター姿に変わっています」

「ボロって、自分の体に容赦ありませんね」

「事実ですから。それから、NPCたちが動き出した」

「俺アルベドをよく確認したんですが、唇動いてましたよ」

「マジですか!えー、唇まで動くなんて……ますますゲームの線は無くなりましたね。……これってリアルなんでしょうか?」

「まだなんとも言えませんね。とりあえず、自分の身を守れるか確認しないといけません。まずはレメゲトンの悪魔たちを動かしてみましょう」

「……………」

「モモンガさん?」

 

モモンガは悩んでいた。これを言えば嫌われてしまうかもしれない。けれど、確実にゲームかリアルか確かめられる方法。

 

それはお触り。

 

ユグドラシルIIなら絶対に許さないだろう18禁行為。ゴーナイトさんに頼むのは心苦しいが、これは大切な実験だ。この実験が許されるかどうかで、ここがゲーム内かそうでないのかがわかる。

 

「一つ、確実にここがリアルかどうか判別できる方法があるんですけれど」

「そうなんですか?危なくなければやってみましょう。俺もできる限り協力します」

「……18禁行為、というかお触り」

「あっ!ああ……」

 

やっぱりドン引きされた!引き返さないと!

 

「あの、やっぱり引いちゃいますよね。やめておきましょ……」

「やります」

「やり、やります!?え、触っていいんですか!!」

「なんでそんなに食いつくんですか、恥ずかしい。だってしょうがないじゃないですか!確かめないと、いけないんですから」

 

もじもじと両手をこするゴーナイトさんに幼さを感じて萌える。

 

「モ、モモンガさんだけですよ。こんなの、許してあげるの」

「お、俺だけ……」

 

男なら、一度は好きな人に言われたい言葉じゃないか!胸が、今アンデッドなのに、ないはずの胸が高鳴る。

 

「それで、どこを触るんですか?」

「あう、えと……では、お尻を」

「うう、わかりました」

 

ゴーナイトさんは俺の目の前まで来ると、体を回転させ後ろを向いた。そして俺の眼前に尻を突き出したんだ。

 

「こ、これで、いいですか?」

「もう、充分に」

 

えっろ!なんだこれ、えっっっろいな!!!尻の突き出しなんて雑誌やら漫画やらで見慣れているが、本物はとんでもなくエロい。玉座の間で、やってはいけない事をしているという背徳感がさらに興奮させた。

俺はそっと、例えるなら完熟した柔らかい桃に触れるように両手でゴーナイトさんのお尻をズボンの上から触れる。形に沿うように撫でて、時々弾力を確かめるように揉んだ。

 

「ふっ、ふう……うう、うん」

 

悩ましいゴーナイトさんの声が聞こえる。

 

ふむ、垢バンはされないか。つまり運営会社はこの状況を感知できないでいるのか。いや、そんなはずはない。であれば、考えられるのは管理会社がいないということ。仮想空間が現実になった可能性が大いにある。

加えて、今香るこの匂いである。

おそらくゴーナイトが日常的に遊びでつけていた、香水の匂いだろう。爽やかな柑橘系の香りがモモンガの鼻をくすぐった。

 

「こんなの、データ容量的にありえないよな」

 

NPCたちの唇が動くことも、コマンドワード以外の言葉で動くことも、NPCと話せることも、匂いを嗅げることも、すべてありえない。

だから、仮想空間が現実になったと、はっきり言えた。

モモンガは力なく腕を下ろす。ゴーナイトも力なく、その場に膝をついた。

 

「あっ、大丈夫ですか?すみません!触り過ぎてしまいましたね」

「だい、大丈夫です。ちょっと、くすぐったいだけでしたから!私のことはいいので、早くレメゲトンの悪魔たちを動かしに行きましょう」

「わかりました。じゃあ、一緒に行きましょう」

 

 

〈つづく〉



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睦み合う至高たち

仮想空間が現実になった。

ありえないが、本当の話だ。現実に今起こっている。

 

玉座の間から出てレメゲトンの悪魔たちが命令を聞くか確認したあと、俺たちは第六階層へ移動した。アウラとマーレに会い、モモンガさんと一緒にスキルや魔法が使えるか実験した。まるで元から使えたかのように、手に体に馴染んだそれらは自分の身を守るのに申し分なかった。

ああ、そうそう。アイテムも問題なく使えたぞ。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用して玉座の間から転移したんだ。体が一瞬軽くなる感じだったな。

 

そして続々と階層守護者たちが集まってくる。

 

シャルティア、コキュートス、デミウルゴスにアルベド。第四階層、第八階層守護者を除いたメンバーが揃った。彼らは揃うと、すぐに「忠誠の儀」を始めた。

 

なんて言うか、圧巻だった。生涯、味わうことがなかったピリピリとしたあの空気。誰かに心から敬われたことがない私たちは、ひどく動揺してしまって。モモンガさんなんて誤まってオーラを周囲に放ったり、後光を背負ったりしていた。俺はその場から逃げたくて、間違って体を半透明にしたり、スキルで視認しづらくなる黒い霧を自分の周りに発生させてしまった。恥ずかしい!

 

それらを解除する余裕なんてなくて、モモンガさんが主軸となって話を進めていく。苦心しながらも、頑張って上位者らしくロールプレイするモモンガさん、本当にカッコよかった!

 

私たちはNPCたちから攻撃されるかもしれないと考えていたが、彼らの忠義、強い光のような想いを見せられて考えを変える。モモンガさんと顔を合わせて頷いた。

彼らなら大丈夫だ。どんな問題も苦難も解決してくれるだろう。

 

そこからは、モモンガさんはするすると言葉を発していた。魔王ロールを普段からしていた故か、熟達している。私はロールプレイをしてこなかった身なので、これから大変だと思った。上位者らしい振る舞いを頑張って覚えなくてはならない。

 

 

ナザリックに起きた異変は誰も気づいていないようだった。各階層で異変が起きていないことは幸いだ。そしてセバスが走って来た。

シャルティアが円形闘技場に来る前に、誰かと〈伝言〉をしていた。おそらく相手はセバスだったんだろう。モモンガさんがここへ来るよう、セバスに命令したんだ。

 

セバスは調査を報告する。

周囲は草原。空にも地上にも人工的建物はなし。明かりもなし。小動物はいたが大型、中型はおらず。その生物は戦闘力が皆無であるため、モンスターでないと考えられる。

 

ふむ、拠点周囲に厄介ごと、問題はないか。なら、内部のことに集中できるな。

モモンガさんと話して、各階層の警戒レベルを一段階上げる。加えて第八階層を除いた全階層の警備を行う。つまり、第九、第十階層にモンスターを置くという事だ。

 

これにはアルベドたちも驚いていた。「至高の方々が御坐す領域」?

私たちは、NPCたちから一体何だと認識されているんだ。

とにかく第九、第十階層にもシモベを配置してもらう。うん、中はとりあえずこれでいいんじゃないかな。

 

次は外、ナザリック地下大墳墓の壁とかだな。土でもかけて隠しちゃいますか?と、モモンガさんに聞いたら「いい考えですね。そうしましょう」と同意を得られた。

守護者たちは目を大きく開けて、驚きを吐露する。え、なんか変な提案だったかな?こてりと、首を傾げる。するとモモンガさんから視線を感じた。

 

「何か?」

「あ、いえ。……わざとなのか?それとも無意識なのか?それにしてもあざとい」

「?」

 

独り言をブツブツ呟いているが、何のことかわからない。誰なのか、何があざといんだろう。

とにかく。壁に土をかけるならマーレに頼むべきだろうと、声をかける。マーレは可能だと言った。セバスにも声をかけて、ダミーを複数作ることでナザリックが目立たなくなると結論がついた。

 

「隠せない上空部分には、ナザリックの者以外に効果を発揮する幻術をかけておきましょうか」

「それがいいですね。では、今日はこれで解散とする。各自、休憩に入り、それから行動を始めるのだ。どの程度で一段落つくか不明である以上、決して無理をするな」

 

守護者たちが頭を下げて了解の意を示す。

 

「ーーモモンガさん、ちょっとお話ししたい事があるので円卓に行きませんか?」

「うむ、わかった。では皆、さらばだ。今後とも忠義に励め」

 

再び大きく頭を下げた守護者たちの元から、モモンガたちは指輪の力で転移する。瞬時に円形闘技場から円卓前の扉へと景色が変わった。お互い以外誰もいないとわかると、二人とも脱力する。

 

「あふ、疲れましたね」

「まったくです。肩が凝りましたよ」

「ですです。話は中に入ってからでいいですか?誰かに聞かれてはいけませんから」

「わかりました」

 

二人は扉を開けて中に入った。ゴーナイトは扉をそっと、音を出さないように閉める。二人はそれぞれ自分の椅子へ腰掛けるがいかんせん遠い。これでは大声で話合わねばならず、まどろっこしい。ゴーナイトは立ち上がり、モモンガの側に立った。そしてアイテムボックスから高級そうな革張りの一人用ソファを取り出して、モモンガの斜め後ろに置いた。

 

「すみません、ここに座ってもいいですか?」

「それは構いませんけど、隣に座らないんですか?」

「なんだか、皆さんに悪くて……」

「自分の席に座ったぐらいじゃ怒りませんよ。さあ、どうぞ」

「では、失礼します」

 

モモンガさんに促されて、ゴーナイトはソファをアイテムボックスに戻し隣の席に座った。モモンガと膝を付き合わせる様に、互いの方を向く。モモンガは非常に鼓動が早くなった気がした。

 

「それで、話というのは?」

「俺たちの件なんですけど、あの、テンパった状況でやけに冷静になれたり。その、やけにモモンガさんがカッコ良く見えたりとか、凄く胸が熱くなるんです」

「お、俺がカッコいい??え、ええ?」

「あの、そこじゃなくてできれば精神が抑圧される方に食いついてください……」

 

恥ずかしさを押し殺すような声色でお願いされる。

 

「ああ、はい。精神が抑圧されるかですよね。俺も玉座の間で経験しましたよ。ゴーナイトさんもそうだったんですか?」

「はい。私もです。だからアルベドに命令できたんですよ。試してみようって」

「怖くなかったですか?」

「怖かったけれど、いきなり攻撃はされないだろうと思って。今思えばちょっと楽観的でしたね。もう少し慎重に行動しますね」

「よろしくお願いします。……ところで、俺が、その、かっこいいんですか?」

「……はい。とっても魅力的です。モモンガさんは?俺のこと良く見えていますか?」

 

不安げな、切ない声に押されて本音が出てくる。

 

「かわ、いいです」

「可愛いですか?嬉しいですけど、変ですよね」

「そうですよね、男性に対して失礼ですよね」

 

すみません。と頭を下げる。しかしゴーナイトは首を振った。

 

「そうじゃないんです。俺たち、いつからこんな風になっちゃったんでしょうか。日にちが変わる前は、普通の男友達でしたよね?それが今じゃ、まるで異性のように惹かれてる」

「そういえば、アレ?おかしい……のか?なんで俺、ゴーナイトさんの事可愛く見えているんだ?」

 

ひやりと背筋に冷たいものが伝う。何かがおかしくなっていた。

 

「もしかして、アレのせいですかね」

「アレ?」

「覚えていませんか?自分たちのテキストに“愛してる”って書き込んだ事を」

「あっ!そのせいか!だったら消した方がいいですよね。えーと……そうだ!流れ星の指輪を使えばきっと……」

「ま、待ってください!」

 

中空へ手が伸びかけたモモンガの骨の手を、ゴーナイトは両手で掴む。

愛した相手に初めて掴まれた手は、固く、決して暖かくはなかったが。モモンガの心は沸騰しそうだった。どうにか平静を装い、ゴーナイトに話しかける。

 

「ど、どうしましたか?」

「あの、問題なければ、このままじゃダメですか?」

「え?でも、気持ち悪くありませんか?俺と両想いなんですよ?」

「モモンガさんとだから嬉しいんですよ!」

 

ゴーナイトは声を張り上げる。モモンガは驚いて、それからじわじわと喜びが胸に染み出した。

だが、これは違うと内心頭を振る。

これはテキストによって植えつけられた偽りだ。本物ではない!

 

「俺は、ずっと、子どもの頃に両親を亡くしてから一人で……。会社に入っても友人なんてできなくて、ゲームでだって中々、仲の良い人とは巡り会えなくて。好きな人なんかできなくて」

「それは、俺も同じです。俺にとってはユグドラシルが全てでした」

 

改めて考えると何もない人生だったな。いや、ナザリック地下大墳墓が、アインズ・ウール・ゴウンの皆がいるじゃないか。それだけで心が満たされる。

 

「私も、ユグドラシルが全てでした。でも、ちょっとずつ変わっていったんです。皆さんからたった一人に……。モモンガさんが初めての友達でした」

「ゴーナイトさん……」

 

俺にとっては皆がいたけれど、この人にとっては俺一人だったんだ。そう思うと、ゴーナイトがとても可哀想に思えた。モモンガはゴーナイトの手を握り返した。そして空いているもう片方の手で、彼の手を包み込む。

 

「モモンガさんは俺の大事な人です。友人として、あ、愛する人として。この愛が書き加えられた偽物でも、俺は嬉しい。飛び上がるほど喜んでいます!好きな人と両想いな事が、何よりも嬉しいんです。ですから、どうか……………消さないで」

 

ごめんなさい。

最後はかき消えるぐらき小さな声だった。

モモンガは数分迷い、天秤にかけた。

 

ここにいない仲間たちと、これまで苦労を共にしてくれた仲間を。

 

天秤は簡単に傾いた。

 

「わかりました。テキストは変更しないでおきます」

「!ありがとうございます、モモンガさん!」

「俺だって、その、す、すすすす、好きな人の悲しい顔は見たくありましぇんから」

 

噛んだ!なってカッコ悪いんだ!モモンガは項垂れる。が、そんなものは吹っ飛ぶ事態が起きた。

 

「本当に嬉しいです」

 

ゴーナイトはゆらりと立ち上がり、モモンガの手を自らの体の方へ導いた。

そして左手を胸に、右手を太ももに当てる。

モモンガはガバリと口を開けた。

 

「な、何をしているんですか?!」

「モモンガさんに触れて欲しくて、当てています」

「ぐふっ!ふ、触れてほしいって!」

 

こんな事をしてモモンガは嫌がらない。ゴーナイトはそのまま続行すると決めた。

 

ゴーナイトはフルアーマーに憑依したゴーストナイトである。なので、胸といっても鎧の上からで楽しんでもらえない。ならば、ズボンが見えている太ももの方を動かした。モモンガの手を上から添えて、太ももからゆっくり上へ腰を辿り腹近くまでさする。それを何往復もする。

モモンガは手を引かない。むしろ食い入るようにその様子を見ていた。徐々に顔が近づき、鼻息が当たりそうなほど近くで見ている。

ゴーナイトはドキドキしていた。自分がこんなに大胆だとは知らなかった。

 

「モモンガさん、もっと、触ってほしいです」

 

甘えた声に促されて、今度はモモンガの意思でゴーナイトの太ももを撫でた。

 

 

〈つづく〉



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ジェラシー

 

 

あれからゴーナイトさんと一時間ほど弄りあった結果、足りないものがあると理解する。物だ。わかりきっていた事なのに、それが判明してお互いに笑いあった。

 

「どうしますか?流れ星の指輪の力で肉付けできないか、試してみますか?」

「ランダム性がある中で、ピンポイントで願いが叶うとは思えません。というか、肉付けしたいんですか?その……」

「もちろん」

 

ゴーナイトさんは耳元で甘く囁く。

 

「モモンガさんと、もっとシタいですからね」

 

 

 

あれから二日後。

「むう」

モモンガに肉がついていたら、顔は赤く染まっていたことだろう。

自室のドレスルームにて、壁一面鏡張りの真ん中に立つ。横にはナーベラルがいた。モモンガの呟きを聞いた彼女は一歩前に進み出た。

 

「モモンガ様、何かお困り事でもございましたか?」

「いや、なんでもないとも。気にするな」

 

これだ。モモンガは内心でため息をついた。どこへ行っても部下が付いてくる。何をしていても彼らがいる。中々一人になれないモモンガはフラストレーションが溜まり、精神的に体が重くなっていた。どこかで一人になりたい。ならなければ、彼らの前で無様に爆発するだろう。

モモンガはすぐに行動に移すことにした。

 

 

 

一方、ゴーナイトは。

自室のベッドの上で転がっていた。今日の装備は装飾が少なく、シーツを傷つけないタイプの物だ。ちょっと暴れるくらい、どうという事はない。だから転がる。ただし静かにだ。じゃないと、扉の向こうで待機しているメイドや護衛のシモベに気づかれてしまう。そうなれば、この一人の時間は失われてしまうだろう。

ゴーナイトはパタリと、転がるのをやめて仰向けになる。ぼんやりと天蓋を眺めて、己の行動を思い出してはまた悶えた。

 

「恥ずかしい……!」

 

なぜあんなにもモモンガに積極的になれたか。それは自分がモモンガを愛しているからだ。モモンガが自分を愛しているからだ。

自分という人間は、友人だった頃から相手に尽くし、感情のまま行動を起こすタイプではあった。その結果があれだ。

 

モモンガに尻を触られて、くすぐったかった。もどかしくて、さらに触れて欲しかった。だから、円卓で積極的にモモンガさんに触れてもらおうと。自分から彼の手を誘導した。

 

飢えは満たされない。渇きは潤わない。

 

ならば、さらに求めるしかない。

それがどれほど羞恥に塗れていても。

 

「もっと、もっとシタいよお。モモンガさん……」

 

マッチの火よりも微かな火が、欲が消えない。疼く。じわじわとその周囲を焦がしてやまない。苦しい。解放されたい。

 

ゴーナイトはアイテムボックスから流れ星の指輪を取り出す。サービス最終日にガチャを回してやっと当てたアイテム。それをジッと見つめて、ため息を吐く。モモンガに言われた通り、ピンポイントで願いを叶える事は難しいだろう。ゴーナイトは再び指輪をアイテムボックスへとしまった。

 

ベッドで横になっていても眠気に襲われない。自分がアンデッドになってしまったからだろう。ここ最近夜中が暇だ。何か暇つぶしになる物は……そうだ。図書館に向かおう。理想の上司になるための振る舞いの参考になるビジネス書ぐらい置いてあるだろう。

 

ベッドから起き上がり寝室を出る。扉を開けた先、右手側に執務机があり、さらにその先に応接用のソファとテーブルが置かれている。そのソファの一つにメイドが座っていた。彼女は立ち上がり主人を待つ。俺はなるべく堂々とした所作で、彼女の隣まで歩く。見上げると隠密を得意とするモンスターが天井を張っていた。

彼らにも聞こえるように声を張る。

 

「気が変わった。これから図書館に行く。付いて来い」

『かしこまりました』

「では、お召し物を替えさせていただきます」

「いや、マントを羽織っていくから、着替える必要はない」

 

ゴーナイトはマントの中でも豪華に見える、聖遺物級のアイテムを取り出した。首元はフサフサでボリュームたっぷりのファーが付いた深紅のマントだ。

それをメイドに差し出して、着せてもらう。うん、これで人前に出られるくらいにはなってんだろ。

 

「では行くぞ」

『はっ』

 

私を入れた計八名で自室を出て、図書館へ向かう。

はじめは、護衛の人数はもっと多かった。計三十名くらいはいた。あれなんていうんだっけな。儀仗兵だっけ?鬱陶しいからそれらしい理由をつけさせて、すぐにやめさせた。おかげで人数が減ってストレスフリーだ。連動してモモンガさんのところの儀仗兵も減ることになり、愛する彼に感謝された。生活圏を侵される圧力が少なくなって嬉しいです、と。

自己中心的な考えから行動したんだが、モモンガさんの役に立てて良かった。

 

 

 

最古図書館。

ティトゥスに挨拶を済ませてビジネス書がある本棚へ向かう。付き添いには司書Dがいる。護衛は外に待たせてあった。メイドは一時間の休憩をやって、今は側にいない。

 

「理想の上司、これはいるな。部下とのコミュニケーション方法、これも必要。本ばかりじゃ面白くないからな、映像データを少し借りていくか」

「ご案内いたします」

「ああ、頼むぞ」

 

映画やドラマのコーナーから王様が出てくる作品をピックアップしていく。漫画も視野に入れるか悩んでいたところ、〈伝言〉が入った。

 

「はい、ゴーナイトです」

『ーーー夜分遅くにすみません。モモンガです。今よろしいですか?』

「大丈夫ですよ。何かありましたか?」

『ちょっと報告しておきたい事がありまして……』

「あの、よろしければ会って話しませんか?二日ぶりですし」

『え?あ、そうですね。で、では、俺の部屋で会いませんか?』

「わかりました。すぐにそちらに向かいますね。それじゃ、後で」

 

〈伝言〉を切る。ゴーナイトは胸が高鳴り、足が軽やかにステップを踏む。

二日ぶりにモモンガさんに会える。早く会いたい!探し物はここまでにしよう。

 

「司書Dよ、今日はもう帰る。案内ご苦労であった」

 

司書Dは深々とお辞儀をした。

 

 

 

モモンガさんの部屋に到着し、護衛とメイドを帰した。いつ自室に帰るかわからなかったからだ。当然、彼らは私を待つと言って聞かなかった。だが、お前たちを待たせたままではゆっくり話もできないと言うと、しぶしぶ言うことを聞いてくれた。

 

中に入ると、モモンガさんが人払いをしてくれた。全員が出て行き、扉の外に気配がなくなってから、モモンガさんとソファに座った。

 

「隣に座っても?」

「どうぞ」

 

腰掛ける彼のすぐ隣、膝がくっつくほど近くに座った。マントをさっさと外し、モモンガさんとは反対方向に投げておく。

露わになったゴーナイトの装備は、普段と比べればとても薄着だった。シャツにズボン、胸当てに腰当て、ひじ、脛当てと、鎧部分の方が少なかった。

 

本来、ゴーストナイトというのはフルアーマーに憑依する悪霊のアンデッドモンスターだ。なぜゴーナイトは、フルアーマー以外に憑依できるのか。課金したからだ。課金する事でローブにも、こうしたシャツとズボンを着用できる。ただし、フルアーマーに憑依した時よりもステータスが大幅にダウンする。そのため、戦闘時には不向きであった。

 

こういった、触れ合うときにはちょうどいい。

鎧よりも薄い布地の方が、モモンガさんの手を感じられる。

モモンガの左手がゴーナイトの右太ももを撫でた。形をなぞるように触れるやり方はゴーナイトが教えたものだ。こちらから何かしらアクションをせずとも、触れてくれる事が嬉しい。

ゴーナイトはさらにモモンガへ身を寄せて、右半身を密着させた。

 

それから数十分は、じゃれ合いが続いた。互いに際どい部分にタッチし、撫でる。時々言葉を交わしては、また触れ合う。

 

「え、一人でナザリックの外に出たんですか?」

「いや、デミウルゴスと一緒です」

「そうでしたか。……ふうん」

「なんですか?」

「いや、なんか。胸がもやもやするなあって思って」

「……やきもちですか?」

 

そうじゃないと言いたかった。そんな心の狭い奴ではないと。でも、反論できないほどモモンガを独占したい気持ちもあった。だから素直に頷く。

 

モモンガは、まさか頷かれるとは思っておらず驚いた。そして体の底からじわじわと喜びが込み上げてくる。

両腕を伸ばし、ゴーナイトの肩を抱いた。ゴーナイトはおずおずと体重を少しだけモモンガに預ける。

 

「……外に、デミウルゴスと出かけて、しばらく星を眺めていたんです。とても綺麗でした。次は一緒に見ましょうね。……すると、地面が波打っていて、その原因はマーレでした。ナザリックの壁に土をかけていてくれたんですよ。だから、マーレを激励して、その働き見合う物をあげました。その、指輪です。」

「なんの指輪ですか?」

「これを。合流したアルベドにも必要だと思ってあげました」

 

彼の指を一本独占する、アインズ・ウール・ゴウンでも最も重要な指輪だ。

驚いて顔を上げて、彼の方を向く。至近距離で輝く紅い瞳が綺麗だと思った。

 

「え、リングをあげたんですか?」

「はい。階層守護者には必要だと思いましたので。ダメでしたか?」

「いえ、そんな事はありません。驚いてしまいましたけれど、モモンガさんの考えには賛成ですから」

 

いつか、持たせるべきだと思う。ならば、今渡しても問題はないはずだ。

ゴーナイトは一人で納得する。モモンガはゴーナイトが怒っていないことに安堵した。

 

「報告はそれだけで……あっ!」

「なんですか?」

「いやー!その、もう一つ言ってなかった事が、ありまして」

「?なんでしょうか?」

「その、アルベドの設定を変えちゃいまして……」

「……ありゃ」

「その、ビッチであるから、そのお……モ、モモンガを愛してるって」

「はああ!??こんの、浮気者!!」

 

自分からモモンガを引き剥がして、隣に投げていたマントを、今度はモモンガの方へ投げる。

 

「いや、浮気者って。あの時はまだ両思いじゃなかったでしょうが!冤罪ですよ!」

「それは、そうですけれど!でも、だって、じゃあ今、アルベドはモモンガさんの事が好きなんでしょう!はあ!?あんな美人じゃ私に勝ち目ないじゃん」

「勝ち目って……あまり気にしなくてもいいと思うんですけど」

「どうしてですか?」

「だって、俺たち両思いですよ?」

「たしかに、そうですけど……。モモンガさん、美人好きでしょう?」

「はい」

「くっそ!」

「怒らないでください!あと、その事で相談に乗って欲しいんですよ。タブラさんに申し訳なくて……」

「タブラさんが怒るかもしれないって話ですか?私、あの人とあんまり仲良くなかったんでわかりませんよ……」

 

タブラさんとの思い出を掘り起こしてみるが、少ない。それにアルベドやNPCに関して話している場面に出くわした事もないので、設定の改変について怒るのか、わからない。

 

モモンガさんは、俺が投げたマントに顔を埋めた。

 

「うう、そうですか。あー……どうしましょう」

「どうするも何も、帰ってきたら素直に謝りましょうよ。それしか方法はないんじゃないですか?」

「そうですよね。そうします」

 

モモンガが甘えるように、しなだれかかってきた。実際甘えているのだろう。

ゴーナイトは振り払わなかった。

甘えられて嫌な気持ちではなかったし、優越感に慕っていたからだ。

 

「(モモンガさんが、こんな姿を見せるのは俺だけだよな?)」

 

そうであって欲しいと、ゴーナイトは思う。

 

 

 

〈つづく〉



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名前変えてみませんか?

 

モモンガとゴーナイトはそれぞれ椅子に座りながら、正面に据えられた鏡と向き合っていた。これは魔法の鏡だ。その証拠に、正面に座るモモンガとゴーナイトを映しておらず、草原が映っていた。草原の草はそよそよと風に揺れている。それを穏やかに見つめる者はいない。二人とも必死に腕を動かしている。腕を動かすたびに、画面が切り替わったり拡大したり縮小している。

 

使っているアイテムは遠隔視の鏡。

二人は今、賭けをしている。

 

勝った方の言うことを何でも聞く、というありきたりな賭けだ。

 

ゴーナイトは窮屈な生活に刺激を求めて言い出した。勝ち負けは気にしていない。むしろモモンガが勝ったとき何を言い出すのか知りたいくらいだ。

ちなみに今日はフル装備なので、エッチなお願いなら一度着替えて来ないといけないなー、と考えていた。

 

モモンガはこの遊びが配下の印象にどう変化を及ぼすのか内心ひやひやしている。そしてゴーナイトが勝ってどんな命令を下すのか、無いはずの心臓が速まっていた。

 

まさかとは思うが、もしユグドラシ時代と同じような罰ゲームを言い渡されたら、支配者としての面目は崩れ落ちる。絶対に負けられない!

 

二人は勝利条件である「知的生物」を見つけるため、とにかく画面を動かしまくっていた。

 

 

実はゴーナイト、手を抜いている。

なぜなら、モモンガが必死すぎたからだ。ちょっとしたお遊びなのに、何をそこまで必死になるのか。只ならぬ気配を感じた。

そこまで私に命令したいのか。はたまた負けるわけにはいかないのか。どちらにせよ、軽く手を抜いて……同じところをぐるぐると見たり、ただ視点を変えたりする事で時間を稼いだ。

 

 

ゴーナイトが手を抜いている。それを知るのは立った一人。二人の間に立つセバスだけだ。

ゴーナイトがちらちらとモモンガを窺っていること、それからわざと時間をかけて鏡の先を映しているところも、ばっちり見られている。

 

ゴーナイトはこちらを凝視するセバスに対して、黙っておくようにハンドサインを出した。指を一本立てて唇に当てたのだ。セバスは深く頷いた。

 

 

やがてお遊びは終わる。

 

「おっ!」

 

モモンガさんが何か見つけたのだ。

ゴーナイトは立ち上がり、モモンガが操作する鏡を覗き込んだ。そこには麦畑が広がる村があった。

 

「おめでとうございます。モモンガさんの勝ちですね」

「ありがとうございます。いやあ、勝ててよかった」

 

その声色は、勝利した自慢よりも安堵の方が優っている。やっぱり負けて良かった。

 

セバスからも拍手が起こり、モモンガさんは賞賛される。

 

「おめでとうございます、モモンガ様。このセバス、流石としか申し上げようがありません!」

「ありがとう、セバス。それにしても長く付き合わせて悪かったな」

 

セバスは語る。至高の存在の側に控え、命令に従うこと。それこそが存在意義だと。

 

「ふふふ、そうか。では、もう少し側で働いてもらおうかな」

「かしこまりました。全身全霊でお仕えさせていただきます」

 

モモンガは再び鏡に向き直る。村をよく見て回り人間を探す。やがて人を見つけたがー。

 

「……チッ!」

 

それは不愉快な光景だった。騎士風の鎧を着た人間が村人らしき粗末な服を着た人間に、剣を抜いて振るっていた。

剣が振るわれるたびに村人たちが一人ずつ倒れていく。そして血が広がっていく。

 

すぐに別の光景へ変えようと思った。死にゆくこの村に価値はない。これでは情報も得られないだろう。

 

そこで気づく。自身がそれほど、この光景にショックを受けていない事に。

 

まるで昆虫同士の対戦映像を見せられている気分だった。なんだこの気持ちは?まさかアンデッドをやめたせいで、人間を同種と思えていないのか?ゴーナイトさんはどう思っているんだ?

 

横にいるゴーナイトを見る。

彼はじっと鏡に映る映像を凝視していた。そこから感情は窺えない。

 

「ゴーナイトさん。この光景、どう思われますか?」

「うん?騎士風の男たちの事ですか?弱いですね。体が全然遅い。村人たち相手にわざとしていても、技術が足りていないのが丸わかりです。総評ザコです」

「そうではなくて。この光景に嫌悪感はありませんか」

「あります。昔を思い出して胸糞悪いですね。でもそれだけです。モモンガさんは?」

「俺も、その程度です」

 

やっぱり、ゴーナイトもこの殺戮に対してあまり動揺していなかった。しかも自身の変化に気づいていない可能性がある。

 

モモンガはどうするか考えた。

ゴーナイトの見解ではこの騎士風の男たちはザコらしい。ならば恐れる必要はないだろう。しかし、彼らが所属する国はどうだろうか。もしかしたら俺たちよりも強者がいるかもしれない。未知の世界に軽々しく飛び出す事はできない。

 

手が滑り映像が切り替わる。

 

揉み合う村人と騎士。そこに二人組の騎士が駆けつけて、村人を引き離す。村人は両手を摑まされたまま立たされた。揉み合っていた騎士が起き上がり、村人に剣を突き立てる。一度、二度、三度、何度も怒りをぶつけるかの如く繰り返される。

最後に蹴り飛ばされて、村人は血の海に伏した。

 

モモンガはその村人と、目が合った気がした。

もう虚ろな目で、唇が動かされる。

 

ー娘達をお願いします。

 

「どう致しますか?」

 

タイミングを見計らっていたかのように、セバスが声をかけてきた。

モモンガはセバスを見て、その後ろにたっちさんを見た。

 

「誰かが困っていたら助けるのは当たり前……」

 

そしてゴーナイトが呟いた。

驚いてモモンガとセバスはゴーナイトの方を振り向く。

 

「たっちさんの言葉だ。彼に、私は救われている。ならば、彼に恩返しするべきでしょうか」

 

もはや決断した後のようだった。

モモンガは頷いた。

 

「一緒に行きましょう」

「いいんですか?私のワガママなんかに……」

「考えることは同じですよ。俺だってあの人に救われている。セバス!」

「はっ!」

 

モモンガはセバスに命令を下す。

ナザリックの警備レベルを最大まで上げること。アルベドに完全武装で来させること。隠密能力に長けるシモベを送り込むこと。

 

鏡の中で少女たちが騎士たちに襲われている。

即座にアイテムボックスからスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出した。ゴーナイトも自らの愛刀を取り出して装備している。

 

 

〈転移門〉

 

 

視界が変わる。転移阻害などの妨害を受けずして、少女たちの側に出る事ができた。モモンガは一つ安堵する。モモンガに続いてゴーナイトも〈転移門〉から出て来た。ゴーナイトはすぐにモモンガの前に立つ。

 

騎士たちは茫然としていた。剣を振るうことも忘れて、そのまま立ち尽くしている。

 

モモンガもゴーナイトも、冷静に相手と対峙していた。暴力とは無縁の生活を送ってきたにも関わらず、この世界が現実であるにも関わらず、恐怖心は一切ない。

 

その冷静さが、冷徹な判断を下す。

 

「まず俺から」

「りょ(了解)」

 

何も持っていない方の手を伸ばして広げる。即座に魔法を発動させた。

〈心臓掌握〉

モモンガの手の中で柔らかい物が潰れる感覚がしたのと同時に、無言で騎士が倒れた。

モモンガとゴーナイトは内心喜んだ。モモンガの得意とする死霊系魔法が効いたのだ。ゴーナイトがザコと評価したとはいえ、魔法に耐性がある可能性もあった。

 

次はレベルを調べる必要がある。

モモンガは死霊系魔法に特化する代わりに、単純な攻撃魔法のダメージ量は落ちていた。

金属の鎧は防具の中でも雷撃系の魔法に弱い。ゆえに、まず雷撃系の魔法に対して耐性を組み込む。

 

では、そんなモモンガが騎士に雷撃系の魔法を撃ったらどうなるか。

 

 

二人は前進して、少女たちを素通りした。すると姉らしき人間から困惑の声が漏れた。

モモンガこそ困惑した。助けに来たというのに、なぜ戸惑う。全くもってわからない。疑問を飲み込み、少女たちを隠すように前に立った。

 

「次は弱い魔法を撃ちますね」

「りょ」

「〈龍雷〉」

 

防御不可能、回避不可能。

龍のごとくのたうつ白い雷撃は、二人の騎士を貫いた。一瞬だけ白く輝き、騎士たちは大地に伏した。肉体が焦げて異様な匂いが辺りにたちこめる。

追撃の準備に入っていた二人はガクリと肩を落とした。

 

「弱い。脆いぞ」

「まったくですね」

 

第五位階の〈龍雷〉はレベル百のモモンガたちにとっては弱過ぎる魔法だった。普段使う魔法が第八位階だと言えば、その強弱がわかってもらえるだろうか。

 

失った緊張感は取り戻しにくい。代わりに警戒心を働かせる。さっきの騎士は攻撃特化型だった可能性もあると。だから魔法が通じたのかもしれないぞ。

 

「今度は特殊技術(スキル)を試してみようかと思うんですけど」

「やってみてください。俺たちのパーティだったら、要はモモンガさんですから、能力はどんどん試してみてください」

「では、早速」

 

ーー中位アンデッド作成、死の騎士(デス・ナイト)ーー

 

モモンガのスキルの一つ。様々なアンデッドモンスターを生み出す能力だ。その中でもデス・ナイトはレベル的にも能力的にも低いモンスターで、はっきり言えば役立たずの分類に入る。しかし、重宝するスキルを持っていた。

 

一つ目は、敵モンスターの攻撃を完全に引きつけるもの。二つ目は、一度だけ、どんな攻撃を受けてもHP1で耐えきるという能力だ。

 

モモンガは今回も盾の役目を期待して召喚する。

 

召喚方法はユグドラシルと違った。

 

ゴーナイトは引いた。

 

黒い霧が空中から生まれたかと思うと、そいつが死んだ騎士を包み込んだ。騎士は生きた人間ではあり得ない動きで立ち上がると、口からゴボリと黒い液体が溢れて体中を覆った。騎士の形が歪みながら変形していく。

液体が流れるように去っていく。そして、後に残るのは死霊の騎士。

 

気持ち悪い、という言葉はどうにかして飲み込んだ。

 

デス・ナイトそのものはユグドラシルと変わらない。アンデッドに相応しい生者を憎み、殺しそうな見た目をしている。

ゴーナイトはほっとした。見慣れた奴が出てきて安心した。これで違う変なモンスター出てきたらどうしようかと思った。

 

モモンガさんがデス・ナイトに命令し、村に向かわせた。騎士を殺すためだ。

 

「いいんですか?盾役を行かせても」

「あっ、やっちゃった……」

「ふふ、まあもうすぐ来るでしょうから、大丈夫ですよ。ほら」

 

閉じかける〈転移門〉から一体の悪魔が出てくる。完全武装したアルベドだ。

 

「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」

「いや、ちょうどよかったよ。ねえ?」

「ああ、そうだとも」

「ありがとうございます。それで、そちらの下等生物の処分はどうなさいますか?」

「何を言っているんだアルベド?セバスからなんと聞いたんだ?」

 

アルベドは答えなかった。

俺たちはため息をついた。これちゃんと話し聞いて来なかったな。モモンガさんがアルベドに説明している間に、ゴーナイトは少女たちの方に向き直った。

近づかず、目線を合わせるように膝を折る。後ろから驚かれる気配がするが、無視だ。

 

「こんにちは。私はゴーナイトと申します。あなた方を助けに来た者です。近くで話してもいいですか?」

 

できるだけ警戒心を抱かせないように、優しい声色で話す。

二人は困ったようにお互いを見た。おずおずと姉の方が尋ねてくる。

 

「わ、私たちを襲わないんですか?」

「襲いません。さっきもお話したとおり、私たちはこの村を、あなた方を助けに来たんですよ」

 

ゴーナイトはもう一度、近くに寄ってもいいか尋ねた。今度は、少々時間がたってから了解を得られた。

 

ゴーナイトは三歩近づいた。両者の距離は縮まったが、二メートルほど間があった。

 

「あなたは、お姉さんかな?怪我をしていますね。よければマジックアイテムで回復させてあげます。いいですか?」

「で、でも、うちにはお金がなくて……」

「今日は出血大サービスですから、気にしなくていいですよ」

「?はあ……」

 

ゴーナイトはアイテムボックスから赤い下級治癒薬を取り出した。そして身を乗り出して、腕を伸ばしアイテムを姉妹の方へ渡そうとする。だが決して近づかない。

 

「どうぞ。これが私が持っているポーションです。飲んでください」

「は、はい」

 

姉は苦しそうに身を乗り出しながら、ポーションを受け取った。まじまじとポーションを見つめてから、意を決して、赤い液体を飲み干した。

 

「嘘……」

 

彼女の背中にあった大きな傷が見る見るうちに塞がれた。信じられないのか、背中を叩いたり体を捻ったりしている。

 

「うん、大丈夫そうですね。よし、じゃあ村の方に行きましょうか」

 

ゴーナイトは立ち上がり、膝についた土埃を払いながら言う。モモンガはその前にと、姉妹たちに守りの魔法をいくつかかけた。

 

「生命を通さない守りと、射撃攻撃を弱める魔法をかけてやった。そこにいれば大抵は安全だ。それと、これをやろう」

 

モモンガは二つの見すぼらしい角笛を姉に投げ渡した。

 

「それは小鬼将軍の角笛と言われるアイテムで、吹けば小鬼ーーー小さなモンスターの軍勢がお前に従うべく姿を見せるはずだ。そいつらを使って身を守るがいい」

 

小鬼将軍の角笛といえば、ユグドラシルじゃ有名なゴミアイテムだ。出てくるモンスターは軍勢と呼ぶには少なく、弱い。さっきの騎士すら勝てない少女たちのお守りぐらいになら、最適だろう。

 

「ではな」

「た、助けてくださってありがとうございます!」

「あ、ありがとうございます!」

「気にするな」

「あの、図々しいとは思いますが、頼れる方があなた方しかいないんです!どうか、両親を助けてください!」

「了解しました。生きていれば助けましょう」

「ありがとうございます!ありがとうございます!本当にありがとうございます!そ、それで、あの、お名前はなんと仰るんですか?」

「我が名はーーーー」

「ちょっと待ってください」

「む?」

「こちらに」

 

モモンガはゴーナイトに呼ばれるまま姉妹たちから離れる。そこでこそこそと喋り始めた。

 

「どうしたんですか?」

「いや、ちょっとお願いがありまして。モモンガさん、名前変えていただけませんか?」

「は?」

 

 

 

〈つづく〉



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アインズ・ウール・ゴウン

「我が名はアインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 

 

モモンガは今日から、外においてはアインズ・ウール・ゴウンとなった。

ゴーナイトには考えがあった。

 

「名前を広げたいんですよ。仲間たちにアインズ・ウール・ゴウンはここだよーってわかりやすく伝えるために」

「はあ」

「高まる名声。その中で、何が一番広がりやすいかって言うとやっぱり評判と名前でしょ。だったら唯一無二のギルド名、アインズ・ウール・ゴウンを人々に広げてもらった方が、仲間たちも気づきやすいと思うんです」

「なるほど?」

「それにプレイヤーと現地人を見分ける判断基準になるでしょ?反応すればプレイヤーの可能性がある。なければこの世界の住人とか」

「なるほど」

「理解していただけたようで嬉しいです」

「でも、俺がこの名前を名乗ってもいいんですか?皆の名前なのに」

「むしろ皆を見つけるために名乗ってほしいんですけれど、アルベドはどう思う?」

「……そういう理由があれば、よろしいかと思われます」

「アルベドもこう言っていますし、どうか、よろしくお願いします」

 

ゴーナイトはモモンガに向かって頭を下げた。モモンガは頭を上げるように言う。

 

「はい。頼まれました。それにしても、デス・ナイトだけで倒せるとは、幸運でしたね」

「さすがは愛しのーー至高の御方が作られたアンデッド。素晴らしい働きでございます」

「愛しの……」

「何かございましたか?ゴーナイト様」

「いや、何でもないぞ。そうですね、ここら辺の人間は弱いのかもしれませんね」

 

二人してハイタッチしたいほど喜びたかったが、アルベドの手前、それは遠慮しておいた。

さて、村に入る前にやるべき事がある。

それはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのエフェクトをカットしたり、モモンガの骨部分を隠したり、ゴーナイトの周囲を漂う黒い霧をカットしたりすることだ。

これで邪悪なアンデッドから、不気味な集団にレベルダウンしたはずだ。多分。

最後にモモンガとゴーナイトがお互いを確認することで終了する。うん、大丈夫だろう。そんなに怖くない。

 

彼らは村の中に入っていった。

 

 

 

四名の騎士をわざと逃し、村人たちに安全だと言う。

 

場所は変わって、村長宅。

アルベドは外で待機させて、私とモモンガさんの二人だけで中にお邪魔する。家の中は機械類が一つもない、私たちから見ればとても新鮮な家だった。あまり見ては失礼にあたると思い、視線はやや下の方ー机の上に置いた手の甲ーで止めている。

 

「今、白湯をお持ちしますので」

「いえ、喉は渇いておりませんので結構です。それよりも、広場で話したとおり金銭についてお話をしましょう」

 

モモンガさんも私もアンデッドなので喉は乾かない。だが、思い出す。この人たちは人間なのだから喉が渇いているかもしれない。

 

「お二人は喉、渇いていませんか?水不足は病気になりますからね。適度に飲んでください」

「では、ちょうだいします」

 

村長と奥さんは水を用意し、それを静かに飲み干す。一息ついたところで話し合いが再開した。

 

結論を言うと、金銭は村の復興のためにも使うので、さほど出せないとのことだった。

ならば、とモモンガさんがあれこれ交渉した結果。村長さんたちは、私たちに情報を提供する事、提供した事を誰にも話さないと約束させた。

 

村長さんは固く約束してくれた。

命を救った恩があるとはいえ、見ず知らずの俺たちに誠意を持って対応してくれた、彼ならば信じられる。

 

村長さんがもたらした情報は私たちを混乱させた。どこだよリ・エスティーぜ王国って。全然ユグドラシルと関係ないじゃないか。全く別の世界に来たのかもしれないと、モモンガさんと話したことはある。でも、覚悟はしていたが、衝撃を殺すことはできなかった。頭の中がぐわんぐわんと大きくうねっているようだ。

机に手を置いて体を支えることで、何とか保つ。

 

それに、多分モモンガさんも同じ考えだと思うけれど、騎士を逃したのは惜しかった。彼等の内一人でも捕まえて情報を得ればよかった。騎士といえば身分が高く、教養もあるはず。村長が知らない国家間の事情さえも把握しているはずだ。

 

モモンガさんはさらに熟考している。

何を考えているだろうか。もしかして、他のプレイヤーの可能性かな。もし他のプレイヤーが来ているなら戦闘になる可能性の方が高い。アインズ・ウール・ゴウンはPKを是とする悪のギルドだったから、恨みを買いまくっている。避けるにはどうするべきか、衝突した場合の策も考えているんだろう。

戦闘になる場合、どれだけのレベル百プレイヤーが押し寄せてくるかわからない。ならば戦力は拡大させるべきだ。そしてこの世界についてもっとよく知るべきだ。

 

話は周辺にいるモンスターについて移る。

ほう、こちらにもドワーフ、エルフ、ゴブリン、オーガ、オークがいるんだな。それに森の奥には『森の賢王』と呼ばれる魔獣がいると。強いのかな?どれだけ賢いんだろう。

そういった人間の生活を脅かす存在、特にゴブリンやオークたちを報酬次第で退治してくれるのが冒険者らしい。冒険者がリアルにいるのか!ちょっと楽しみだな!最寄の城塞都市、エ・ランテルに冒険者ギルドがあるようだ。行ってみたいな!村長さんの話はとても有益だったが、曖昧な部分も多い。エ・ランテルなら、さらに詳細な情報が得られるだろう。

 

それにしても冒険者か!本の中でしかなかった職業が、今はリアルなんだ。ちょっと楽しみだな。私も人化の指輪を装備すれば、肉体の幻影は得られるわけだし、街に出かけられないかな?

 

頭の隅でそんなことを考えつつ、モモンガさんと一緒に村長さんの唇を見る。口動きのと聞こえてくる音がまるで違った。異世界って感じだな。もう頭パンクしそうだから休憩入れませんかね?

 

その時、木でできた薄いドアの向こうから足音が近づいてくる。足音と聞こえてくる間隔から急いでいないとわかった。

 

「誰かいらっしゃいますよ」

「は?」

 

同時にノックの音がした。村長は少し驚いた様子でこちらを見てくる。いや足音が聞こえたものですからね。

村長さんは私たちに「出ても良いか」と尋ねる。

 

 

「どうぞどうぞ。こちらも少し休憩が欲しかったところです。ねえ、ゴーナイトさん」

「ええ。ですから、出てくださって構いませんよ」

「申し訳ありません」

 

村長さんは軽く頭を下げると立ち上がり、ドアの方へ歩いて行った。ドアを開けると一人の中年男性がたっていた。彼が言うには、葬儀の準備が整ったらしい。

話は一時中断ということになった。

 

 

 

その後、死者の葬儀を見届けたり、なぜかこの村を襲撃すると勘違いしていたシモベたちを帰したりした。

 

 

 

時刻は夕方になろうとしていた。遠い地平線に太陽が沈み、夜の帳が下りてくる。ユグドラシルでしか見られなかった、太陽の動きで時間がわかる。なんとも不思議で、感動的な光景だった。

 

「モモーじゃなかった、アインズさん見てください。夕方ですよ。空が赤くて綺麗ですね」

「ええ、とても綺麗ですよ」

「?私に映った赤色なんて赤黒いでしょう。空を見てください。まるで赤い海ですよ。凄いなあ」

「ゴーナイト様は夕日を見たことがないのですか?」

「あー、なんと言えばいいのかな。ユグドラシルで見た以来、かな。なんとも懐かしい気持ちになる」

「左様でございましたか」

 

「さて、やるべきことも終わりましたし、撤収しますか」

「了解です。一言、村長さんに声をかけてから帰りましょう」

「承知いたしました」

「……どうした、アルベド?調子でも悪いのか?」

「いえ、そのような事は。ただ……」

「人間が嫌いか?」

「はい。踏み潰せたらどれ程綺麗になるか……いえ、一人を除いてですけれど」

「そうか。しかし、ここでは冷静に優しく振る舞え。演技というものは重要だぞ」

 

アルベドは頭を下げた。

ゴーナイトとモモンガはアイコンタクトを取る。外で活動するにも、アルベドを筆頭にこんな調子ではうまくいかない。外で活動させるNPCはきちんと選別しないといけないな、と。

一行は村長がいる広場へ向かう。彼は数人の村人に囲まれていた。その表情には緊迫感が浮かんでいる。やれやれ、また厄介ごとかな。

 

「ーー行きましょう。こうなったら最後まで関わりましょう」

 

モモンガを先頭に村長へ近づく。俺たちを見ると、村長はあからさまに安堵の表情を浮かべた。

 

「ーーどうされましたかな」

「おお、アインズ様、ゴーナイト様!実は村に馬に乗った戦士風の男たちが向かってきているそうです」

「なるほど。では、生き残りの村人たちを一番大きな家屋に集めてください。デス・ナイトに守らせましょう。後は私が対処します」

 

村人たちは村長宅に集められ、その扉の前にデス・ナイトが配置された。村長は私たちと一緒に村の広場にて、戦士風の男たちを待つ。

 

村長さんの緊張を解くため軽口を叩く。彼は少しだけ頰を緩ませて、それから瞳に力を入れた。覚悟を決めたのかもしれない。

 

やがて、戦士風の男たちがやってきた。

見た目にも装備にも統一感はない。だが見事に統率がとれている。

 

「正規軍ではないのでしょうか?」

「まだわかりません。歴戦の戦士集団にも装備がバラバラの傭兵集団にも見えます」

 

戦士たちは整列すると、その中から一人の最も屈強な戦士が馬に乗って前に出てきた。

彼はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと名乗った。なんでもこの近隣を荒らし回っている帝国の騎士たちを討伐するために、王命を受けてやってきたらしい。

 

「王国戦士長……」

「どのような人物で?」

「商人たちの話ですが……」

 

なんでも王国の御前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭兵士たちを指揮する人、と。ふうん、偉い人が出てきたもんだな。

 

モモンガさんがこの村を救った人だと判明すると、彼は馬から降りて頭を下げた。

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

ザワリと空気が揺らいだ。

王国戦士長という特権階級の人物が、身分が不確かなモモンガさんに頭を下げることは驚きだろう。俺も、見ず知らずの不審者たちにお礼を言うなんて、と驚いている。それなのにガゼフはわざわざ馬を降りて頭を下げた。彼の人柄だろう。誠実で人が良さそうだな。

 

話の流れで、俺たちは旅の冒険者となった。そして仮面も外せないとやんわり断る。

 

「そちらの騎士殿もかな?」

「はい。私も外せません。……まだ終わっていないようですから」

「なに?」

「この村の周囲に複数の人影があります。村を囲むような形で迫ってきていますね」

「なんだと?あなたは一体?」

「このクローズド・ヘルムのおかげですよ。敵を察知できるんです」

 

嘘だ。これは俺のパッシブスキル〈生命探知〉のおかげだ。スキルや魔法で隠されない限り生者を感知できる。

 

程なくして、彼の部下らしき人物が報告をあげた。

周囲に複数の人影あり、と。

 

 

〈つづく〉



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育む二人

 

 

敵はガゼフを狙っていた。敵国ースレイン法国ーの仕業だという。ガゼフはモモンガさんを雇いたいようだが、モモンガさんは断った。敵の力が未知数のためだろう。もちろん、俺も断ったよ。

 

最後に、もう一度村人を助けてほしいの頼まれる。モモンガさんはアインズ・ウール・ゴウンの名にかけて、村人を守ると約束した。

 

 

戦士長の背が小さくなるまで見送る。

モモンガはため息を吐いた。

 

「はあ。初対面の人間には虫程度の親しみしか湧かないが、話してみるとどうも小動物に向ける愛着が湧くな」

「そうですね。なんというか、可愛くなってくるんですよね」

「いや、間違ってませんけれど。その言い方なんか嫌だな」

「愛着が湧いたから、あの尊きお名前を用いてまでお約束をされたのですか?」

「そうかもな。あるいわ……」

 

モモンガは遠くを見つめる。その先にガゼフがいるようだった。俺は胸がもやっとし出したので、そのあたりを払うように撫でる。いくらなんでも見境なさすぎたろう。

誤魔化すために話題を振る。

 

「あー、周りに伏兵はいません。とりあえず村は大丈夫でしょう。しかし、私の探知に引っかかっていないだけかもしれませんので、シモベたちに確認させましょう。いた場合は殺しますか?」

「いえ、意識を奪うだけにしましょう。ーアルベド」

「ただちに行います。……アインズ・ウール・ゴウン様、ゴーナイト様、村長たちです」

 

村長は二人の村人を連れてやってきた。息を切らしたまま口を開く。

 

「アインズ様。ゴーナイト様。私たちはどうすればよろしいのでしょう?なぜ戦士長殿は私たちを守ってくださらず、村を出ていかれるのでしょう」

「村長殿、戦士長殿が村を出たのはあなた方を守るためですよ。ここに留まれば村が戦場になる。村人が巻き添えになるでしょう。かの御仁はこの村にいない方が、あなた方にとっては良いのです」

 

村長と村人はようやく納得したようだ。

それから村長が語る言葉は、今すぐ解決できないものだった。

幸運を安全と勘違いして、自衛を忘れて。結果隣人をなくした。

慰めの言葉も今は染み込まないだろう。こればかりは時間が解決するしかない。

 

「村長殿、あまり時間がない。早く行動しましょう。それが戦士長殿のためにもなります」

「そ、そうでしたな。皆様はどうなされるのですか」

「……私たちは状況の変化を見届け、機を見て皆さんを守って脱出するつもりです」

「皆様には幾度もご迷惑を……」

「気にしないでください。戦士長殿とお約束もしましたので。村人の皆さんを大きめの家屋に集めてください。私の魔法でちょっとした防御を張っておきましょう」

 

村人たちと移動して倉庫として使われているだろう家屋の中に入る。倉庫の中にはたくさんの干草があった。村人たちから離れて家屋の奥へ移動する。声を低くして周囲にはわからないよう会話する。

 

「戦況は?」

「かなり悪いですよ。でもレベルが低い戦いのようです。これなら……」

「いつでもいいですよ。アインズさん」

 

帯刀している愛刀に手をかけながら言う。彼がガゼフを助けてもいいと思っていることはわかっていた。なら、その意向に沿うよう動くだけだ。

「ーそろそろ交代だな」

 

そして私たちはガゼフたちと交代する。

 

 

 

 

 

「ぐっぎゃああああ!!!」

「ありがとう。いいプレゼントになるよ。……さあ、アインズさん。受け取ってください」

 

モモンガさんから忠告を受け取ったにも関わらず従わないスレイン法国の皆さん。実験に付き合ってもらったのに、プレゼントまで貰えるなんて申し訳ない。だから片腕だけで勘弁してやった。

切り取った片腕を遠くに放り投げ、魔封じの水晶をモモンガさんへ渡す。もちろん、マントで綺麗に拭いてからだ。モモンガさんは受け取ったアイテムを凝視し、それから鑑定した。

 

〈道具上位鑑定〉

 

「は?これが……本気だというのか?私に対する最大の切り札?」

「アインズさん、どうでしたか?中身は……?」

「くだらん……本当にくだらん」

 

極大のため息をついて脱力するモモンガさん。どうやらしょうもない魔法が封じられていたらしい。せっかくプレゼントにできると思ったのに、なんて残念なんだ。

 

「すみません。価値がないアイテムだったんですね」

「いやいや!ゴーナイトさんのせいではありませんから!アイツらが尊大な事を言うのが悪いんですよ」

「そうでございます!決してゴーナイト様のせいではありません!」

「……うん。そうですよね。期待させたアイツらが悪いですよね」

 

「何を言っている!!最高位天使がくだらないだと!お前たちは一体……!??ありえん、なぜそんな態度が取れる?自分たちは魔神すら凌駕するとでも言うつもりか!?」

 

「……また聞きなれないワードが出てきましたね。魔神ですって」

「ええ。まったく、彼らには聞きたい事が山程ありますよ」

「本当ですね。……そうだ、アインズさん。いい事思いつきましたよ」

「何でしょうか?」

 

スレイン法国の皆さんには聞こえないようにごにょごにょと話。すべてを聞き終わった後、モモンガさんは了承してくれた。

 

「ーーお前たちに良いものを見せてやろう」

「なに?」

「顕現せよ、ドミニオン・オーソリティ」

「はひっ」

 

その姿は光り輝く翼の集合体だ。翼の塊の中から腕が生えて王笏を握っている。まさしく異形の姿だが、凍えるような怯えはない。なぜなら、纏う空気が清浄なものだから。

 

それが味方であったなら、どれほど心強かっただろうか。

いや、奴らのあの態度を見た後では、かの最高位天使でさえ心許ない。

 

どうして寒気が消えないんだ。

どうしても死の予感から逃げられない。

 

「そしてーー〈暗黒孔〉。消えろ」

最高位天使の輝く体にぽつんと小さな点が浮かぶ。それは瞬く間に巨大な“穴”へと変貌し、すべてを吸い込んだ。

清浄な空気もろとも、ドミニオン・オーソリティは消滅した。

呆気に取られるほど簡単に、何もなくなった。

 

拍手が起こる。

ゴーナイトとアルベドから、モモンガへ送られる。

それを力なく、ニグンは見ていた。

 

「……何者なんだ、お前たちは。アインズなど、ゴーナイトなんて聞いた事がない。なぜ簡単に最高位天使を消せた?なぜそこまでの力がある?わかるのは魔神すらも遥かに超える存在だということだけ……」

 

「アインズ・ウール・ゴウンだよ。かつては全世界に轟いていた名前だった」

「……これからも、ですよ」

 

アインズとゴーナイトは互いを見つめて、アインズの方が先に俯いた。

カン、と骨同士がぶつかる軽い音がする。

 

「……さあ、これ以上のお喋りは時間の無駄だ。さらなる無駄を省くために言っておくが、私の周辺には転移魔法阻害効果が発生さている。さらに周辺にはシモベを伏せてあるので、逃亡は不可能だと知れ」

 

ニグンは動かない。その部下たちも力なく座り込んでいる。終わりを感じとっているからだ。それは紛れもない事実だった。

突如、世界が大きく割れる。まるで陶器を割ったように、それはすぐに収まる。世界は何事もなかったかのように元の姿に戻った。

ニグンが困惑して周囲を見渡す中、アインズが答えを出す。

 

何らかの情報系魔法が使われたようだ。それをモモンガさんが張っておいた対情報系魔法の攻性防壁が起動した。おかげで大して覗かれていないらしい。

 

「やれやれ、こんなことならより上位の攻撃魔法と連動するように準備しておくべきだったかな。……広範囲に影響を与えるよう強化した〈爆裂〉程度では覗き見に懲りたりしないかもな」

「大丈夫じゃないですかね?アイツらがエリート集団なら、それを覗く奴等も同じくらい弱者で、良いお灸になっているかも」

「ならばいいんだがな。さて、お遊びは終わりだ」

 

「まっ、待ってください!」

 

ニグンが喚きだした。なんでも、逃がしてくれたら、私たちが望む額を出してくれるそうだ。なんだそれ。

 

「……お前たちを逃すわけないだろう?」

「へ?」

「最初に言っただろう?忘れたのか?」

「確か……こうだったな。無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる」

 

 

ニグンたちを回収した後、村へと戻り、ガゼフと村長さんに挨拶をしてから、我が家に帰った。

もうすっかり夜になった頃だ。

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、モモンガの自室。

応接用ソファに、対面する形で俺たちは座っている。

 

アルベドから簡単に報告を受け取り、今回の件についていくつか確認、処分を決めていく。

それらは数分で片がついた。優秀な部下がいてくれるからこそ、簡単に物事が終わっていくのだろう。

アルベドには感謝している。だからーーー。

 

「(見逃してやろう)」

 

右手の薬指にはまる指輪を。上機嫌な彼女を。

湧き上がるモモンガさんへの理不尽な怒りにも全部塞いで胸の奥底に沈めてしまおう。

 

「(俺が大人しくしていれば万事解決、まるっと収まるんだ。子供じゃないんだから、駄々はこねないぞ)」

 

恋は自由だ。それが歪められた物でも。それを俺たちは知っている。証明してしまっている。だから、アルベドだけ仲間外れにしちゃいけない気がしていた。

 

「(彼女に応えるかは、モモンガさん次第だ)」

 

彼が応えたとき、それこそ本当の愛と呼べるのだろう。

ー俺に勝ち目はあるのか?

途方もない寂しさがゴーナイトを襲っていた。

 

 

 

「アルベド、先に出てセバスを待たせておけ」

「かしこまりました」

 

アルベドが部屋を出る。モモンガさんが〈飛行〉で机を飛び俺にのしかかる。

 

「え?モモンガさっーー」

「しっー。聞こえますよ」

 

こしょこしょと声を潜めて喋る。

モモンガさんは俺をー多分力いっぱいー強めに抱きしめて顔をすり寄せた。骨が金属に当たる音がして、なんか変な感じだ。

胸がくすぐったくて照れてしまう。それでも嬉しさの方が勝ったので、私もモモンガさんに腕をまわした。

 

「どうしたんですか?甘えてます?」

「甘えもしますよ。今日どれだけ俺が頑張ったかご存知でしょう?甘えさせてくださいー。はあ、癒される」

「そりゃあ、いくらでもいいですけど……」

「けど?」

 

頭の中じゃ喜びのわっしょい祭りだ。今日は記念日として、祝日になるべきだ。そんな馬鹿げた考えを外に追いやり、なるべく冷静さをつくろう。

今度はゴーナイトがモモンガに優しく擦り寄り、上目遣いになって大切な事を話す。

 

「もうちょっとだけ頑張ったら、もっ〜と長い時間甘やかしてあげられるんだけどな」

「うゔ……じゃあもう少し頑張ります」

 

名残惜しそうにモモンガが立ち上がる。ゴーナイトも立ち上がろうとして、モモンガに右手を差し出された。それを素直に受け取ってから立ち上がる。

 

「行きましょうか」

「はい。もう少しだけ、頑張りましょう」

 

 

 

〈つづく〉



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旅立つ者

 

頑張ったモモンガさんをたくさん甘やかした後、私たちは寝室のベッドに寝転がった。心臓がーもうないんだがー壊れるほど早鐘を打つ。やる事といえばいつものお触り程度だ。それも場所が変われば非常に甘いものになる。

今は座って向き合い、左手をモモンガさんの右手に絡めながら今後の話をする。

 

「やっぱり、常識を学ぶためには町に住む必要があると思うんです」

「それには賛成です。でもどうやって住むんですか?商人にでもなるつもりですか?」

「……それも悪くありませんね。でも、今回は冒険者になろうと思います。冒険者なら常識がなくても、他国から来たからとか言えば多少納得してもらえるでしょう」

「そうですね。外国からなら仕方ないと思うでしょうね。誰と行くんですか?」

「は?貴方と行きますが?」

「私は無理ですよ。中身はからっぽの、というか魂だけのゴーストですし。兜を取ることができません。顔を見せられないなんて、人間社会で生きていくにはリスキーですよ」

「そこはほら、幻術の指輪を使えばいいじゃないですか。触らせさえしなければバレませんよ」

「私、幻術の指輪持ってません……」

 

せっかく誘ってもらったのに行けない。落ち込んでいると、肩を撫でられた。慰めるように優しく何度もさすられる。

 

「宝物殿にないか探してみましょう」

「ありがとうございます。私はモモンガさんの旅に役立ちそうなアイテムを探してみますね」

「それってゴーナイトさんの私物を使うって事ですか?悪いですよ」

「後で返してもらえるなら問題はありません。……怪我せずに帰ってきてくださいね」

「もちろんです。何かあった時は撤退を最優先させますから」

 

そこで二人はお互いを抱きしめ合った。相手の存在を確かめるように、形取るように触れ合う。そのまま静かに会話を続ける。

 

「……宝物殿に行く時は私も連れて行ってください。モモンガさんのNPCに会いたいので」

「え?あ、あー……その、いいですよ?」

「ふふ、冗談です。私は私の方で探し物しますし、会うのは今度にします。楽しみですね、あの設定でどんな風に動くのか」

「ぐう!やめてください。今から会うのが恐ろしくなりますから!」

 

 

 

結局、指輪は直ぐには見つからなかった。私の方もすぐに良いものが見つからなかったのでおあいこだ。パンドラズ・アクターがどんな風に動いていたか聞くと「会ってからのお楽しみに取っておいてください」なんて言われてしまった。それでは聞き辛いじゃないですか。

 

モモンガさん一人を旅立たせる訳にはいかないから、もう一人、プレアデスから連れていくことになった。できれば人間に好意を持ったNPCを選ぼうと話し合ったが、よくよく考えれば逆の方がいい。

人間に好意的なNPCは心配なく人間社会に溶け込めるだろう。また演技ができる者もだ。彼らは主人がおらずとも、自ら考えて人間に対し好意的な行動を取ることができる。

逆に人間が嫌いなNPCは一人にしたら、どんな行動に出るかわからない。カルネ村を訪れたときのアルベドのように、すぐに人間を始末しかねない。

 

ならば側で見守り、演技ができるほど育てればいいじゃないか。最終的に全員がそうなれば、外での活動に支障や心配事はなくなり、仕事を任せやすくなるというものだ。

 

モモンガさんは前衛をやりたいらしい。ならば後衛が必要だ。人間嫌いで、後衛で、〈伝言〉も使える人間らしい見た目のプレアデス。

ナーベラルに決定した。

 

 

とんとん描写に決まっていくかと思われたが、アルベドが立ちはだかった。

モモンガさん自らが外に出て情報を集めると宣言され、そのお供にはナーベラルが選ばれたと発表したとき、アルベドが荒れた。

強固に反対したのだ。モモンガさんと私は説得を試みたが、話し合いは平行線を辿った。その時、デミウルゴスがアルベドに何か耳打ちする事で場は収まった。

 

今度はゴーナイトの執務室で話し合いの場を設ける。

 

「あれ、なんて説得したんですかね」

「さあ……。それにしても、これで外に出て活動できますね。渡すアイテムについてはもう少し待っていただけますか?」

「いつでも大丈夫ですよ。急かしませんからね。ところで……お願いの事なんですけれども」

「お願い……ああ賭け事のことですね!何にするか決まりましたか?」

「いや、まだ決まっていないのでもう少し待ってもらえませんか?」

「いいですよ。期限は設けませんので、ゆっくり考えてくださいね」

「ありがとうございます」

 

それから数日後、モモンガさんことモモン。ナーベラルことナーベはエ・ランテルへ旅立って行った。

私はアルベドとコキュートス、もうすぐ出発するデミウルゴスと留守番だ。アウラとマーレ、シャルティアはそれぞれ外で活動している。

この留守番で恐ろしいものはたった一つ。そう支配者として決断すること。平社員だった私たちに支配者の仕事が務まる筈がない。ならば有能な部下に丸投げしてしまえばいいのだ。

 

「私はモモンガさんを助けるためのアイテムを探す。仕事に関してはアルベドに任せよう。頼んだぞ?」

「はっ!雑務はすべてお任せください」

 

それ以降、一つも書類仕事がきていない。私ー最高責任者ーがいなくても滞りなく進められているのか。それとも雑務としてすべてアルベドがやってくれているのか。わからないが安心した。モモンガさんと喜びを分かち合ったほどだ。

 

今日もぎゅうぎゅうに詰め込まれたドレスルームを片付けつつ、低級の換金アイテムを探し出す。それらをエ・ランテルで売ってモモンガさんの活動資金にしてもらう為だ。

ちなみに低級の宝石はモモンガたちからすれば道端の石ころ同然なので、誰も持っていない。あれば即座に宝物殿に送られて金貨へと変換される。というか換金アイテム自体、金貨に変わる以外に使い道がないので持っている方こそ変わっている。

 

私はメンバーの中でも特に物持ちが良すぎるから、多分まだ残っているはずだ。

 

一日中ドレスルームの中をかき回したが、見つからない。うーん?大昔に見たはずなんだがおかしいな。

 

自分の性格を顧みると、収集癖のせいでどんなしょぼいアイテムも一つは持っているはずなんだが。もしかして倉庫の方かな?だったら根気を入れて探さないと出てこないな。

 

「うむ、決めた。エアリスよ、明日は倉庫の中を調べる。大掛かりになると思うので、手の空いている者たちを集めてほしい」

「皆がゴーナイト様の様のために馳せ参じます」

 

言葉の雰囲気から数十名のメイドが押しかけてきそうで、慌てて首を振った。

 

「いや、そんな大人数でなくていいのだ。あと数名来てくれればいい。心当たりはないか?」

「プレアデスの方々が今は待機中だと聞いております」

「うん、ちょうど良いな。ではプレアデスたちに明日来るように伝えるのだ。行け」

「かしこまりました」

 

そういってメイドのエアリスは下がった。

ゴーナイトの周囲には装備できるフルアーマーから装備できない防具、装飾品、消耗品、素材など様々なものが箱に入れられて分けられている。さて、戻ってくるまでに少し片付けておこうか。片付けといっても押入れーアイテムを収納できるクローゼットやキャビネットの事ーに入れるだけだ。

 

その後デミウルゴスが挨拶に来てくれた。

無事に戻ってこれるようにと、昔ウルベルトさんと交換した装備ー手袋ーを貸した。

「持っていろ。それを返すまで死ぬなよ」

「ゴーナイト様、ありがとうございます。これ以上のお守りはございません。必ずや任務を成功させ、帰還します」

 

 

夜にはモモンガさんと定時連絡を済ませる。

ナーベラルと同じ部屋に泊まっているらしい。なんだそれ、羨ましいな!俺もモモンガさんとお泊りしたいよ。とは実際に言わない。心の内に留めておく。仕事中に不必要な私事を持ち込むのは鬱陶しいからね。

それからある女に下級治癒薬を渡したと言っていた。それは面倒でしたね。でもポーション一つで収まって場が良かったです。明日は依頼を受けるんですね。頑張ってください。

 

 

 

そして次の日。

エアリスは交代してアウクルがやってきた。そしてナーベラルとソリュシャンを除いたプレアデスが揃う。全員が整列したタイミングを待ってから声を出す。

 

「今日も換金アイテムの発見と片付けだ。これはモモンガさんとナーベラル、後に私も合流する冒険者業の助けとなる。……一緒に頑張ってほしい。よろしく頼むぞ」

「はい!どうぞお任せください。必ずやゴーナイト様のご意向に沿う結果をご覧にいれます」

「ふふ、そうかしこまらなくてもいいんだぞ。ただ一緒に探し物を見つけてほしいだけだからな」

「そういうわけにはいきませんわ。至高の御方との作業ですもの。身が引き締まります」

 

皆、気合いに満ち足りている。士気が高いのは良いことだ。

 

「……そうか。では、はじめよう。取りかかれ」

「はっ!」

 

ゴーナイトが言う倉庫とは。彼の自室、スイートルームの中でも広い部屋を物置にしているためそう呼んでいる。その様子を見たギルドメンバーは「汚部屋(おへや)!」と叫んで二度と入ることはなかった。今再び、その部屋が開かれる。

 

汚部屋はメイドたちが顔をしかめる程のゴミアイテムもあった。彼女たちから見ればただの草でもちゃんとした素材なんだよ!もうユグドラシルで取れなくてレア度上がっているから捨てないで!

俺にふさわしいかどうかで決めないでくれ。手に入るか入らないかで決めてくれ!と内心何度か叫びつつ、倉庫は足元が見えるほどには片付いた。そしてとうとう見つけた!

高さ二メートル、横一メートル幅五十センチの扉がついたアンティーク調のキャビネット。重量千キロまで入る持ち運びできないタイプのアイテム収納棚だ。移動させたいときはアイテムをすべて外に出す必要がある。この中に大量の換金アイテムが入っていたのだ。ようやく見つけることができた!

 

「皆、ご苦労さま。ようやく見つけることができた!ありがとう!お前たちの働きに感謝する!」

メイドたちの顔に晴れやかな笑顔がともった。朝から始めた作業、途中休みを入れたとはいえ夜までかかってしまった。長い時間彼女たちを拘束してしまい申し訳ない。

私は一人一人に慰労の言葉をかける。換金アイテムのついでに見つけた、ホワイトデーイベント期間限定配布アイテムのクッキー(有り余るほど数があった)を配りその日は解散となった。

 

二日目の定時連絡。

今日は街の外に出た。戦闘したと。怪我なくてよかったです!

へえ、いきなり名指しの依頼が入って、他のチームと一緒に依頼を受けたんですね。……大変そうですけれど、発見も多かったでしょう。

 

うん?仲間はギルドメンバーとNPCたちだけ?そうですよ?何をいっているんですか。

 

私たちだけがモモンガさんの最高の仲間ですよ。

 

 

〈つづく〉



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大事件

俺もモモンガさんもつつがなく仕事をこなせるはずだった。

事件は三日目の夜に起こった。

 

モモンガさんへ持っていく宝石を見繕っているときだ。アルベドが面会を求めてきた。とうとう書類仕事が来たか!

私は身構えて面会を許可した。

 

アルベドはいつもの微笑みをなくして、無表情でやってきた。その顔には若干の怒りも含んでいるようだ。私何かしてしまったか?己の失態を念頭において、彼女の言葉を待つ。

アルベドは跪き、言った。

 

「シャルティア・ブラッドフォールンが反旗を翻しました」

「……ええ」

 

呻き声が喉からひねり出される。

言葉を受け入れることを頭が拒否する。シャルティアが裏切ったなんて信じられない。というかあんなに忠誠心が高いNPCが裏切るのか?なぜ今?もしかして自分たちの無能さを嫌って裏切ったとか?

冷や汗が背中を伝う。もう少し詳しく聞かねばならない。

 

「それは……間違いないのか?」

「はい。マスターソースのNPCの名前欄で確認いたしました。シャルティアの名前が黒色に変色していましたので、間違いないかと思われます」

「…………シャルティアは、たしかセバスと行動を共にしていただろう?彼から話は聞いたか?」

「すでに終えております。セバスの話では、野党と遭遇。その後、シャルティアは野党を捕獲するためアジトに向かったののことです。その間に不審な点はなく、至高の御方々への忠誠を口にしていたようです」

「では、その後に反旗を翻す何かがあったんだな」

「はい。……それとシャルティアが連れていたシモベ二匹ー吸血鬼の花嫁ーが、滅びております」

「あれは弱いからな……。いや、滅びる何かがあったんだな。……エントマに〈伝言〉を使わせろ。モモンガさんにも知らせるんだ。それから私は玉座の間に行ってマスターソースを確認する。アルベドはモモンガさんの返事を持って、私の所に来い」

 

了解の意を示すアルベドを見送ってから、私は玉座の間の前の部屋、レメゲトンへ転移した。

重厚な扉を開けて、玉座まで歩き扉の方を向く。

 

「マスターソース・オープン」

 

半透明の窓が開いた。タグで区切られ、無数の文字がボードに書き込まれている。

これはナザリック地下大墳墓の管理システムだ。一日の維持コスト、現在のシモベの種類や数など、様々な拠点に関する内容が書き込まれており、この場からでも大雑把に管理できる造りとなっている。

転移してから、この玉座の間の心臓部でしか窓を開くことができなくなっている。なんとも面倒だと、モモンガさんが愚痴っていた。

ゴーナイトは慣れた手つきでNPCのタグを開き、シャルティア・ブラッドフォールンの欄を確認する。本当に彼女の名前だけが黒色になっていた。

 

その意味は第三者によって精神支配を受け、結果一時的に敵対行動を取ったNPCの名前の色の変化だ。

決して裏切りとは言えない。……アルベドからみればそうなのかもしれないが。

 

シャルティアはアンデッドだ。良くも悪くも精神作用は受け付けない。なのになぜ名前の色が変わっているのか。

 

シャルティアの意思で反旗を翻した。

タレントなど、この世界特有の能力で精神作用を受けた。

世界級を使われて、精神を支配されている。

 

考えられるのはこのくらいだろうか。

もし世界級ならば、私たちが迂闊だったで話が済む。次からは守護者たちに世界級を持たせて外に出せばいいのだから。

シャルティアの意思で反旗を翻した場合、対処法を見出すべく早急にモモンガさんと話し合うべきだ。

タレントなど、この世界特有の魔法やスキルで精神支配であれば、それの対処法も。

 

「どちらにせよ、とにかくモモンガさんと合流しないと」

あとこちらでできる事はなんだろうか。そうだ、シャルティアの所在だ。今どこにいるのかアルベドは知っているのか?

 

後からやって来たアルベドは新たなる衝撃を持ってきた。

 

「モモンガ様は“今は忙しい”と……」

「この件より優先するべき仕事なんかないぞ……。エントマはちゃんと伝えたのか?」

「いえ、伝える前に断られました」

「…………こちらでできるだけ情報を集めて、後ほど報告するとしよう」

 

NPCは何をおいてもギルドメンバーを優先する。今回もそうだ。シャルティアが精神支配を受けた可能性という大事件よりも、モモンガさんの都合を優先させた。

ゴーナイトは一つ決心する。

どんなに忙しくても、NPCたちからの連絡はちゃんと話を聞くぞ。

 

「ところで、シャルティアの所在は摑めているか?」

「申し訳ありません。未確認です。まずはシャルティアがナザリックに攻めてくることを考え、シャルティア直轄の部下たちを拘束すると同時に、防御を固めるために第一階層にシモベを動かしておりました」

「そうか。ならば確認しておこうか。君のお姉さんのところに行こう」

 

ドレスルームや倉庫を整理していた時に出てきた、冷気を遮断できる真紅のコートをアルベドに貸して第五階層へ転移する。

 

氷河をイメージして造られた第五階層にある洋館、氷結牢獄に向かう。

 

氷結牢獄の一室にいるアルベドの姉ニグレド。狂乱する彼女を落ち着かせてーこれも設定だーシャルティアを見つけてもらう。

シャルティアは森の中のどこか開けた場所に立っていた。

フル装備をして。

 

「……このまま監視を続けてくれ。俺たちは戻るよ」

「はっ。かしこまりました」

「アルベド、警戒態勢はそのままで頼む。数時間毎に休みを入れるように。後はすべて、モモンガさんが帰ってから行う」

「承知いたしました」

 

 

 

モモンガさんが帰ってきたのは、それから朝になってからだった。

 

 

 

ナザリック地下大墳墓。モモンガさんの自室。

私はモモンガさんが帰ってきたらすぐに会えるよう、彼の自室に待たせてもらっていた。

帰ってきた彼は、部屋に二人きりになると支配者の皮を破り捨てた。

 

「一体どういうことですか!?シャルティアが裏切ったって!?」

「落ち着いてください。まだその点は確認できていないんです」

 

ああ。アルベドに報告させるんじゃなくて、私から今回の件を報告させて貰えばよかったな。

 

「では、何がわかっているんですか?」

「マスターソースで確認したところ、シャルティアの名前が黒色に変色していること。彼女は森の中にいること。セバスたちと行動しているときはおかしな部分がなかったこと、です。アルベドは裏切と言いますが、私は精神支配の可能性もあると考えています」

「確かに……ゴーナイトさんの言うとおりですね。それでは裏切と断定できません」

「モモンガさんさえ良ければ、シャルティアのところへ転移し、彼女の状態を確かめたいと思います。ただ、シャルティアは完全武装をしていたので、こちらもアルベドを連れて行きましょう」

「わかりました。念のため、アルベドにも鎧を着させます」

 

フル装備したアルベドと共にゴーナイトとモモンガは、森へと転移した。

わざとシャルティアから離れた場所に〈転移門〉を使う。シャルティアの奇襲を回避するためだ。

 

「この先ですね。アルベド、モモンガさんの前に立て。私は先頭を歩く」

「承知いたしました」

「気をつけてくださいね。ゴーナイトさん」

「大丈夫です。回避は得意ですから任せてください」

 

森の大きく開けた場所。牧歌的なそこに、まるで似つかわしくない真紅の甲冑が立っていた。

シャルティアだ。

彼女はニグレドに確認してもらった位置からまったく動いていなかった。吹き付けてくる血生臭さが鼻を掠めた。

 

「シャルティア」

 

モモンガさんが威厳のある声で呼びかける。決して小さな声ではない。相手側にも届いているはずだ。だが彼女は微かに動きもしない。

返事がない。

私はシャルティアをよく観察する。すると彼女の瞳が空虚であることに気づいた。そこに意識はない。宿っているように見えない。

アルベドは気づいていないのか、シャルティアに向かって怒り出した。

 

「シャルティア!言い訳の言葉なく、さらにはモモンガ様、ゴーナイト様に対しての無礼ーー」

「アルベド、煩わしい!静まれ、動くな!シャルティアに近寄ることは許さん!」

 

普段のモモンガさんからは考えられない乱暴な口調で制止する。今だけは、彼も自制がきかなかった。ゴーナイトもである。二人の側で「あり得ない」と何度も呟いていた。

だが感情の大幅な起伏も、アンデッド特有の精神安定化により、すぐに冷静さを取り戻す。

モモンガは噛み砕くように語り出す。

精神支配を受けていることは確定だと。

 

「いかなる理由があってかわからないが、陽光聖典の人間から情報を得る際に、これに近い光景を目にした。これはやはり精神支配による結果だ」

「何もしていない、動いていないという事は命令を受けていない……という事ですよね」

「おそらく相打ちによる結果でしょう。推測の範囲を出ませんが」

「ならば、今は近寄らない方がいいですね。……カルマ値がマイナスに偏っている場合、近寄ると攻撃される事が大半なんだ。だからここから動いてはいけないよ」

「はい。心得ました。ですが、これではナザリックに連れ戻すことが不可能です。ここに時間をかけるのは、シャルティアを精神支配した何者かが死んでいるのであればいいのですが、もし生きていた場合、長居は危険かと」

「全くだな。だから手っ取り早く無効化してしまおう」

 

モモンガさんが取り出したマジックアイテムは流れ星の指輪。超希少アイテムで、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの中でも三人しか持っていないアイテムだ。超位魔法〈星に願いを〉を経験値消費なしに三度まで使うことができる。

 

「私の指輪を使いましょうか?」

「いえ。これを使います」

 

願いの種類は豊富だ。攻略掲示板によると二百種類はあるらしい。

〈星に願いを〉はその中から願いがランダムで表示された。十%消費なら一つ、五十%消費なら五つといった具合だ。

流れ星の指輪は二百の願いの中でも、良い効果のものが十個、ランダムで表示された。

破格の当たりの課金アイテムだ。一つだって無駄にはできない。

 

「さあ、指輪よ。俺は願う!」

 

サイコロを振るときに気合を入れるようなものだ。良い目が出ますように、と強く願う。

その時、モモンガは不快感に襲われた。

 

「なんだこれは……」

 

頭の中の情報が書き変えられるような感覚。ーそして同時に巨大な何かと繋がるような幸福感。人間だった頃と同じような感覚がいくつもモモンガを襲う。

その波が去った後。〈星に願いを〉がユグドラシルとはまるで違うものに変わってしまったことを知る。

この世界において〈星に願いを〉は、望んだ願いを実現する魔法へと変わっていたのだ。消費される経験量にもよるが、ンフィーレアのタレントだって奪える。さらに最大五レベルダウンー五百%もの経験値を消費して、より強大な願いを叶えるものへと変質していた。

モモンガはこれならシャルティアにかけられた効果を打ち消せると、勝利を確信した。

 

「シャルティアにかけられたすべての効果を打ち消せ!」

 

声が響き、一拍後、モモンガの瞳は激しく光った。ゴーナイトが状況をいち早く理解し、モモンガに指示を出す。

 

「て、撤収しましょう!アルベド来い!」

「はい!」

 

ゴーナイトはアルベドを抱えて、モモンガの腕の中に入る。モモンガは二人をしっかりと抱きしめると転移した。

転移した先は緩やか丘だ。安心できる我が家に帰ってきた。だが油断はできない。二体のアンデッドは迎撃態勢に入った。

 

「アルベド!追尾してくる者に警戒せよ!」

「はっ!」

「モモンガさんの側に立て!」

「かしこまりました!」

 

武器を構え、アルベドは命令通りにモモンガの側に立つ。ゴーナイトも武器を構え、モモンガは両手を自由にした。

モモンガはゴーナイトの背中を見て何か言いたそうにしたが、飲み込んだ。

 

そのまま時間が過ぎ、モモンガたちはようやく緊張の糸を解く。それを見てからアルベドも平常の姿勢へと戻った。

 

「糞が!!」

 

落ち着いてくると、モモンガを襲ったのは激しい怒りだった。アンデッドになってからは、久しい感情だ。次々に押さえ込まれても、次々に新しい憤怒の波がやってくる。

 

「糞!糞!糞!」

 

モモンガは何度も地面を蹴り上げた。その度に大量のの土が舞い上がる。

 

「モモンガさん……」

 

かけられた声に若干の怯えを感じ取り、モモンガは急速に冷静さを取り戻した。できもしない深呼吸をして、内側の怒りの炎を消すように動いた。

 

「すみません。我を忘れてしまいました。……アルベドも見苦しい姿を見せたな。忘れてくれ」

「忘れろと命じられるのであればすべて忘れます。ーですが、一体何があったのでしょうか?何がモモンガ様を不快に思わせたのでしょう?」

「アルベドのせいではない。指輪の力を使っても、シャルティアの効果を打ち消せないからだ」

「世界級……による効果ですね」

「その通りです」

 

黙ったままのアルベドを見て、説明が足りないことを知り、ゴーナイトは言葉を続ける。

 

「シャルティアは間違いなく、世界級アイテムによって精神支配を受けている」

「そんな、まさか……」

「迂闊だった。プレイヤーに警戒するなら、世界級アイテムにおいても警戒するべきだった。……俺は無能です」

「やめてください。そんな風に自分を責めないでください。私だって考えが及ばなかったんです。責められるなら一緒ですよ」

 

モモンガの肩を抱くゴーナイトに疑問を抱きつつ、「ナザリックの者は誰も責めたりしない」と言おうとした時、モモンガに〈伝言〉が入った。

 

「ーーナーベラルか。今は忙し……いや、話を聞こう。うむ。………わかった。ゴーナイトさん、アルベド。今冒険者組合から、昨夜とは別件で呼び出しがかかった。吸血鬼に関わることだ。行くべきだろうか?」

 

ゴーナイトとアルベドは少し考えて意見を述べた。

 

「……行くべきだと愚考いたします。タイミングから考えて、吸血鬼の件はシャルティアである可能性は高いと思われます。話だけでも聞いておくべきかと」

「私も行くべきだと思います。こちらは監視しておけば対処できます。ですが、冒険者組合の方は情報がありません。アルベドと同じく、情報を得るべきです」

「……わかりました。では行ってきます。ナーベラル、聞こえたな。指輪をユリに預けたらすぐに行く。使者にも伝えろ」

 

 

 

〈つづく〉



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もう一度

「モモンガ様、冒険者たちをナザリックへ運びました」

「そうか。ならば問題は解決だな。“吸血鬼に殺されてしまった”彼らには気の毒だが、生き残った我々は先に進むとしよう」

 

冒険者組合に呼び出されたモモンガは、吸血鬼ーシャルティアーの討伐を引き受けた。幸運なことにシャルティアの普段の美しい少女の姿は見られておらず、真祖の醜い姿が報告に上がっていた。誰が討伐するか話し合い、その過程で付いてきてしまった哀れな犠牲者を、先ほどナザリック送りにしたところだ。

これで邪魔者はいなくなった。シャルティアについて集中できる。

 

アルベドとマーレにハムスケを紹介した後、ナザリックに帰還したモモンガは、ユリから指輪を渡される。そして即座に宝物殿へと転移した。

〈飛行〉を自身にかけて、金銀財宝を言葉通り体現した金貨や宝の山を抜ける。

 

宝物殿の武器庫の扉の前にはシズがいた。

小さな体に長いストロベリーブロンドの髪。幼い印象には似合わないアイパッチをしている。

 

「なぜここにいる?」

「ゴーナイト様に待機を命じられました。モモンガ様を待つようにと」

「そうか。では行こう。ーかくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう」

 

扉、漆黒はある一点に吸い込まれて、ぽっかりと開いた穴から奥が覗く。

今までの管理の行き届いていない区域から、博物館の展示室という言葉が相応しい区域へと移る。

〈全体飛行〉をかけて二人は先を急いだ。

やがて長い通路から広間に出る。広間の奥には応接用のソファがある。そこに黄色のコートを着た男が立ち、漆黒の鎧がソファに座っていた。モモンガを見つけると、ゴーナイトは立ち上がる。

 

「お帰りなさい、モモンガさん」

「ただ今戻りました……」

「おぅ帰りなさいませ!モモンガ様!」

「……ああ」

「パンドラと一緒に待っていたんですよ」

「そのようですね」

 

とある親衛隊の制服に非常に酷似した物を着用している者こそ、モモンガが創造したパンドラズ・アクターである。

オーバーアクションな動きと芝居かかった口調がダサいとモモンガは思った。ここからは見えないが、シズが引いているのが手に取るようにわかる。

 

「シズ、指輪を預かってくれ。さあ、奥に行きましょうか」

「わかりました。じゃあ、私のはパンドラに預かってもらおうか」

 

二人は指輪を預けて、霊廟へと入って行った。

 

 

 

 

「入るのは久しいですね」

「そうですね。……ここはいつも変わりない」

 

左右の窪みに武装した像がずらりと並べられている場所まで到達する。ここはモモンガが作成したアヴァターラが収められている場所だ。仲間たちの装備品を置いておく場所である。

ゆえに空白もある。まだ引退していない仲間たちの場所だ。モモンガとゴーナイトの窪みも空席だった。

 

「それで、シャルティアとは戦うんですよね?編成はどうしますか?アルベドに任せますか?それとも私たちで選びましょうか」

「ゴーナイトさん、そのことなんですけれど。……私に任せていただけませんか?」

 

ゴーナイトはモモンガの方を振り返った。彼に表情などないが、内心とても驚いていることは手に取るように理解できた。

 

「……どういうことでしょう」

「……単騎で戦いを挑みます」

「ふざけないでください!そんなの許せるわけないでしょう!下手したら、モモンガさん死んでしまうんですよ!!」

 

怒声が響きわたる。ゴーナイトに肉体があれば、息を荒くしていただろう。だが、今は耳が痛いほどの静寂が聞こえるだけだ。

ゴーナイトはゆっくりとモモンガに近づき、右手で彼の左手を取った。頭をモモンガの左肩に乗せて、謝罪する。

 

「大声を出してすみません。でもお願いです。そんな事言わないで……俺を一人にするような事を言わないでください」

 

すがりつくように、泣きつくように発せられる言葉たち。いや、実際に泣いているのだろう。心の中で、彼は泣いている。

モモンガは、はじめて愛する者の悲痛な声を聞いた。そして、それは聞いた事がある。過去に、親を亡くしたとき自分が流した声だ。無下になどできるはずもなく、ゴーナイトを優しく抱きしめる。労わるように、慰めるように背中を優しくさすった。

 

「あなたを、置いていく訳ないじゃないですか。はじめてできた……あ、愛しゅる人なんですから」

「……だったらなぜ、単騎でシャルティアの所に向かうんですか?なぜ俺と行ってくれないんですか?」

「それは、三つ理由があります。俺が疑問に思ったからです。俺は、はたして本当にナザリックの支配者に、ギルド長に相応しいんでしょうか。愚かで、今回の問題を引き起こした原因は私にあると思うんです」

「相応しいに決まっています。ギルドメンバーに愛されて、こんなにもギルドのことを愛してくれた。NPCたちを為に、色んなことを頑張ってくれた。あなたこそ、ナザリック地下大墳墓の主人に相応しい。それに支配者としての責任問題なら私にだってあります。もう一度言いましょう。一人で背負わないでください」

「……ありがとう、ございます。……二つ目は、罠を警戒してです」

 

シャルティアを囮にして、敵が待ち伏せているかもしれない。敵の裏をかくためにも、大勢で攻撃するのではなく、少数で攻撃するべきだ。そうすれば、相手側も伏兵を気にして出てこれなくなる。

 

「ユグドラシルでよくありましたね。こちらから仕掛けた事もありました」

「そうです。ふふ……懐かしいですね」

 

二人は額をくっつける。コンと、金属が鳴った。

 

「三つ目は、NPCたち同士でーー子どもたち同士で殺し合いをさせたくなかったからです。それは、わかってくれますよね」

「……っ、わかります。けれど、だからって一人で行く必要がありますか」

「あなたには、ここに残ってください。残って、もしもがあった場合に備えてください」

「ひどい、酷い……!なんて事言うんですか。それなら、あなたが残ってください。俺に行かせてください」

「できません。あなたを死地には送れない。送り出せない。……俺が行けるのは、あなたよりPvPの勝率が高いからです。俺なら勝って、帰って来られる」

「確かに、モモンガさんは強いです。それは知っています。でも、でも……」

「……ゴーナイトさん」

「…………」

「“お願いします”」

「………………ここで、それを使いますか」

「はい、使います。聞いていただけますか?」

「……ずるいなあ、モモンガさんは」

 

どちらかが行かなくてはならない。ならば、勝率が高い方が行くことは当たり前だ。

ゴーナイトは己の無力を呪った。力がないばかりに彼を子供(NPC)と戦わせてしまうのだから。

 

「ごめんなさい……」

「ゴーナイトさん」

「ごめんなさい。弱くて、ごめんなさい………」

 

かん。

モモンガはゴーナイトの口元に“歯を当てた”。

 

「ーーーーモモンガさんっ」

「俺に責めるなと言うなら、自分を責めないでかださい。いいですね?」

「わかり、ました……」

 

二人はお互いを強くーゴーナイトは優しくー抱きしめた。もう迷いはなかった。

 

「モモンガさん、ナザリックを頼まれる前に一つ、いや二つほどお願いがあります」

「なんでしょうか?」

「一つ、アルベドを説得してください。私では上手く話せません。というか、彼女が納得しないでしょうから」

「わかりました。私の口から説明します」

「二つ、パンドラズ・アクターをここから出してあげてください。も、もしもの時、彼の頭脳があった方がいいですから」

「了解です。帰り際にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡しておきますね」

「それから……」

「はい」

「……もう一回、お願いします」

「…………はい」

 

再び、かんと音が鳴った。

 

 

 

〈つづく〉



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次なる問題

 

 

「パンドラズ・アクター」

「何でございましょう?モモンガ様」

「ゴーナイトさんを頼んだぞ」

「……それは、どういった意味でしょうか」

「今までと変わらず忠義を尽くせば良い。それだけだ」

「かしこまりました。何があってもお守りします」

「ああ、それでいい。これで戦いに行ける。……必ず戻る。それ間だけ頼むぞ」

「……お早いお帰り、心よりお待ちしております」

 

 

 

モモンガさんは世界級アイテムを持たせたアウラとマーレを連れて、シャルティアがいる森へ行った。

私は第九階層の自室で、その様子を遠隔視の鏡を越しに見ていた。周りには誰もいない。下がらせたのだ。

愛する人が死地に向かうこの状況で、ナザリックの支配者の仮面は邪魔だった。とても平常でいられないし、NPCたちの前で弱音を吐いて、心配させるわけにはいかない。

 

「モモンガさん……」

 

画面にはボロ布をまとったナザリックのまとめ役が映っている。アウラとマーレとちょうど別れたところだ。

走って彼に追いつきたい衝動を抑え込む。それは彼を信用していない証だ。あれだけ言わせてたのに、まだ不安なのか。

「アルベドの落ち着きようとは、比べ物にならないな」

 

モモンガさんと話し合った後の彼女は、憑き物が落ちたように晴れやかであった。そして覚悟を決めていた。

「俺も覚悟を決めないとな」

 

モモンガさんは帰ってくる、そう信じて。

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓、第九階層、とある一室。

遠隔視の鏡がよく見えるように、ソファとテーブルが置かれている。まるで観覧席のようだ。

最後に部屋に入ってきたデミウルゴスは、素早く部屋を横切る。挨拶もせずに、ソファの空いている席に荒々しく腰を落とした。普段の彼ならば決してしない動きが、彼の内心の不満を顕著に表している。

デミウルゴスは少し落ち着く為にも、メガネのブリッジを少し上げた。

 

「ーー初めてお会いする方がいますね」

「初めまして、デミウルゴス様。私、宝物殿を守護する領域守護者、パンドラズ・アクターでございます。以後、お見知り置きを!」

「……初めまして、パンドラズ・アクター。第七階層守護者のデミウルゴスだ。こちらこそ、よろしくお願いするよ。あと、様付けはいらない。同じナザリックの仲間だからね」

「かしこまりました」

 

デミウルゴスは、パンドラズ・アクターの仰々しいアクション、芝居かかった口調に対して、あまり反応しなかった。彼以上に気にかかっている事があるからだ。

 

「それで、伺いましょうか」

 

うってかわって、普段の優しげなものとは違い刺々しい口調。それは敵意というよりも、殺意に近い感情だった。真正面から受けているはずのアルベドに変化はない。

 

「モモンガ様とゴーナイト様がお決めになったことよ?それに対して私たち……」

「……なぜ?」

 

アルベドの言葉を、敵の命を奪うごとく刈りとる。

 

「あれほど人間の都市に行かれるモモンガ様を止めたあなたが、なぜ今回は頭を縦に振ったんですか?守護者を連れて行かないと決めたモモンガ様を案じての筈」

 

アルベドが頷く。デミウルゴスの顔が怒りに歪んだ。

 

「では重ねて問いましょう!なぜ、それをお許しになった!」

「落チ着ケ、デミウルゴス。ソレ以上ハ見過ゴス事ガデキナイ」

「どういう事でしょうか、コキュートス」

「ゴーナイト様からの命令よ。黙ってモモンガ様の戦いを見届けるように、と」

「……理由を聞くなということですか」

「戦闘が終わった後にならば、話合ってもよいそうです」

「それではすべてが遅いではありませんか」

「そう、すべて遅いのよ」

「ーーなに?」

 

アルベドはいつものように微笑む。デミウルゴスにはそれが異様に映った。

 

「第七階層はモモンガ様とゴーナイト様、そして私の連名で既に封鎖済みよ。シモベたちの掌握も終わった。至高の存在と私たち、どちらかに従うかなんて言うまでもないでしょう?」

「……私たちが従うべき御方が、いなくなってしまうかもしれないんですよ」

 

ちらりとパンドラズ・アクターを見る。彼は自分の視線の意味に気づくだろうか。

自分だったら、ウルベルトを行かせない。行かないでくれるように頭を下げ続けるだろう。なぜ彼は冷静でいられる?

 

「……ゴーナイト様はモモンガ様を信じていらっしゃる。モモンガ様はお戻りになられますよ、デミウルゴス様」

 

パンドラズ・アクターはそう言って帽子を被り直した。

 

「さあ、そろそろ始まるわ。不利を跳ね除けるモモンガ様の勝利を、刮目して見ましょう」

 

 

************

 

 

 

シャルティアとモモンガさんが空から放たれた光の砲撃に包み込まれた。おそらく〈失落する天空〉だろう。

手が潰れてしまうのでないか、それほど強く握りしめる。

ー立っているのはどちらか。

光が収束し影が現れる。あれはモモンガさんだ。モモンガさん“一人”が立っていた。

その姿を確認してようやく、体から力を抜いた。張り詰めていた糸が一気に緩み、ズルズルと椅子から落ちる。

 

「よかった……よかった……」

 

モモンガさんが生きていてくれてよかった。シャルティアを失う悲しみよりも、愛する者が生きている事に感謝している。そこに罪悪感は一切ない。

 

「ごめんな、シャルティア。俺はモモンガさんが大事なんだ」

 

NPCよりも、愛する者を優先する。気づいたこの気持ちが、今後どう自分の道を照らしていくのか見当もつかない。

 

抜ける腰などなかったが、今だけは本当に腰が抜けていた。数度深呼吸をして、頭を振って切り替える。支配者の仮面を被り、よろめきながらも立ち上がり、隣室に控えているエントマの方へ向かった。

 

 

 

パンドラズ・アクターに〈転移門〉使わせて、モモンガさんとアウラたちを迎えに行く。

本当は走って彼を抱きしめたかったが、俺たちは握手するだけに留めた。

それからすぐナザリックに帰還した。

モモンガさんの装備を普段のものに戻してから、玉座の間に集合する。

玉座の間にはすでに五億枚の金貨が、宝物殿から運び出されていた。

 

「では、これよりシャルティアの復活を行う。アルベドはシャルティアの名前を見ていること。先程と同じ精神支配を受けた状況であれば……」

「モモンガ様。その時は僭越ながら私どもで対処させていただきます」

 

デミウルゴスの言葉に、アルベドを除いた守護者たちが頷く。

 

「デミウルゴス……」

「モモンガさん、任せましょう。彼らの気持ちを汲んでやってください」

「ゴーナイトさん……。わかりました」

 

本当は子供たち同士で戦わせたくない。

だがギルドメンバーを何よりも尊いと言い、守りたいと思っているデミウルゴスたちの気持ちもわかる。それに、これ以上ゴーナイトに心配をかけたくなかった。

 

あとはモモンガが命令を下すだけだ。

 

「守護者たちよ。我らを守れ。行動を開始せよ!」

 

一斉に威勢のいい声が返ってくる。

モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを動かして金貨に向ける。本来であればキーボードで操作するところだが、それが必要ないとわかる。

金貨がどろりと溶け出して、川をつくり、玉座前に集まってくる。液体は固体へ、人型を形作り黄金の輝きが収まっていく。

金色の光が完全に収まると、そこには何も身にまとっていないシャルティアが横たわっていた。

 

「アルベド!」

「ご安心ください。精神支配は解除されたようです」

「そうか……」

 

モモンガはこみ上げてきた強い安堵に胸を撫で下ろし、精神が安定される。ゴーナイトと顔を見合わせて、静かに喜んだ。

そしてゴーナイトが消える。

モモンガは驚いて視線を彷徨わせた。すぐに見つけた。彼はシャルティアの側に立っていた。そして自らのマントを彼女にかける。

ゴーナイトの紳士的な対応にモモンガは感心した。自分も早く気づいてやるべきだった。

人の気配を感じてだろうか、シャルティアが目を覚ます。

 

「ゴーナイトさま?」

 

その声にははっきりと忠誠を感じ取れた。

ゴーナイトは膝を折り、シャルティアの肩を抱いて起こしてやる。

 

「目覚めてよかったよ。シャルティア」

「うぇえ?一体どういうことでありんしょうか?わたしは何かしてしまったんですかえ?」

「何があったかは後で語るとしよう。それよりもます、聞きたいことがある」

「なんなりと」

「お前の最後の記憶を教えてくれ」

 

シャルティアの記憶は五日前で止まっていた。

これが第十位階魔法〈記憶操作〉によるものなのか、それともNPCの復活の条件として「数日前の状態で復活する」というものがあるのかは、わからない。

シャルティアに世界級アイテムを使った者の正体は、再び水面下に沈んだ。

 

「結局敵はわからず終いか。いつか、相手にはきっちり落とし前をつけさせましょうね」

「ええ、もちろんですよ。十分に復讐させてもらいます。……シャルティア、他に異常はないか?」

 

シャルティアはその細い体をペタペタと触り、頷く。

 

「問題ないでありんす」

「そうか」

「モモンガ様、ゴーナイト様!!」

「どうした!?」

「なんだ!?シャルティア!」

 

「胸がなくなっていんす」

 

その言葉に守護者全員が脱力した。「自分たちの心配を返せ」と言わんばかりだ。

 

「お前は自分が今まで置かれていた状況をわかって言っているの!」

 

アルベドが全員を代表して叫ぶ。シャルティアは肩をびくりと震わせた。

モモンガとゴーナイトは両手が床についてしまうほど脱力した。シャルティアと守護者たちが言葉のぶつかり合いをし出した輪を抜けて、二人は玉座の手前にある階段に座ってその様子を眺める。

 

「あー……クレマンティーヌたちの記憶も無くなっていたらいいな」

「先日、解決した事件の首謀者たちですよね。何かまずい物でも見られましたか?」

「正体明かしちゃいました」

「ああ、それは記憶飛んでおいてほしいですね」

「ですです」

 

皆から責められ、シャルティアは次第に涙目になっていった。彼らの姿にギルドメンバーの姿を重ねる。

弟であるペロロンチーノを責める、姉のぶくぶく茶釜さん。それを見守る仲間たち。それに重なって見えるNPCたち。

寂寥感がモモンガを襲う。が、すぐに霧散した。

モモンガの右手がそっと握られている。

 

「……もう、この光景にひびを入れさせたりしません。一緒に頑張りましょうね。モモンガさん」

「ええ。あなたとなら頑張れる」

 

最後にぎゅっと強く握りしめる。ゴーナイトは立ち上がって、手を引いた。モモンガはその流れに乗り立ち上がる。そこで互いの手を離した。

 

「さあ、お前たち。もういいだろう、それくらいにしておけ」

「しかし、ゴーナイト様。もう少し厳しく言った方がよろしいかと」

「まったくです!この馬鹿にがつんと言っちゃってください!」

「あ、あの、あまり厳しくは、その……」

「自分モ厳シク言ウベキカト考エマス」

「至高の御方々から仰っていただければ、シャルティアも少しは理解できるかと」

「……はっ、ははは」

「ふふふ」

 

ゴーナイトとモモンガは守護者に見守られながら、心から笑った。十分に笑ったあと、モモンガは静かにシャルティアを目を向ける。

 

「前もアルベドには告げたと思うが、今回の件にシャルティアのミスはない。様々な情報を得ておきながら、そこまで思い至らなかった私の責任だ。シャルティア、お前に罪はない。この言葉をしかと覚えておけ」

「あ、ありがとうございます」

「何があったかはデミウルゴスに聞け。任せるぞ」

 

スーツを着た悪魔が丁寧にお辞儀をする。

 

「ところで、モモンガ様。セバスはーー」

「囮だ。したくはないがな。シャルティアの次に狙うとしたら同行していたセバスたちだろう。だから呼び戻すことはしなかった」

 

そしてアルベドにセバスを守るためのシモベの選抜をするよう言い渡した。

 

「かしこまりました。強さも考えた上で早急に揃えます」

「頼むぞ。シャルティアの件で復活が可能だとわかったが、これ以上仲間が創り出したお前たちを屠るような真似はしたくない。これ以上はさせてくれるな」

 

守護者たちが感動した表情で頭を下げる。自分たちが大切にされていると、改めて言葉にされて喜んでいるのだ。

その様子にシャルティアが、自身が何をしでかしたのか薄々気づき、顔面がさらに蒼白になる。モモンガは気にするなと手振りで伝える。

 

「それで、戦闘跡は消さなくていいんですよね」

「ええ、残しておきます」

「え?ど、どうしてですか?」

「吸血鬼との激戦を物語ってもらうためだ。そうだ、アルベド。鍛治長に作らせている壊れた鎧に、焦げた跡もつけておけ。そしてニグンから得た魔封じの水晶も傷つけておくんだ」

「かしこまりました」

「それで、だ。私は少々甘かった。私たちにも被害を与えることができる存在が近郊にいることは確実だ。なので、早急にナザリック強化計画に入りたい。そこで、私の特殊技術を使ってアンデッドの軍勢を作り出そうと思う」

「それでしたら、モモンガさん。アルベドから話があるんですよ」

「うん?なんだ。アルベド、言ってみろ」

「はっ。モモンガ様の特殊技術で創造できるアンデッドですが、媒介となるのが人間の死体である場合、中位アンデッドの中でも弱いものしか作れませんよね」

「その通りだな」

 

作り出せたアンデッドはレベル四十までだ。それ以上となると、媒体となった死体と共に消滅してしまう。

 

「人間以外の死体を使ってみるのはいかがでしょうか。例えばーーアウラが見つけたリザードマンを滅ぼして」

「ーぇぇ」

 

小さな呟きは空中に消えた。

 

 

〈つづく〉



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二人の決意

 

 

ゴーナイトさんのリアルでの性別は男性だ。

俺も男性だ。

 

ユグドラシル時代、たった二人で毎日ログインしてはギルドの維持費を稼ぐ日々。楽しくやってこれたのは、確実に向かいに座る彼のおかげだった。女性ほど気を遣う必要もなく、気楽に話して金策を続けられた。残ってくれた彼には感謝している。

 

モモンガとゴーナイトは久しぶりに、安全にもくもくと仕事をしていた。書類仕事だ。

アルベドからもらった報告書を二人で分担して処理していく。大体はアルベドとデミウルゴスが見てくれたのだから問題ないだろうと思って、読み切ったら判子を押すだけの作業だ。

 

今日はナザリック地下大墳墓、ゴーナイトの自室に備えつけられた執務室を借りて行なっている。

彼の部屋には何度か招かれているというのに、毎度緊張するのは仕方ないことだろう。

 

「(今日は呼んでくれるかな?)」

 

寝室に行けるだろうか。そこで、恋人のように過ごす。モモンガはちょっとー本当はかなりー期待している。

なぜなら彼を愛しているから、そういう深い触れ合いをしたくてたまらない。

 

今日の彼の装いは全身白金のフルアーマーだ。まるでマネキンのように特徴がなく、頭部も体部分もつるりとしている。体にぴたりと沿うように作られた鎧だ。胸部が盛り上がっていないため、女性用アーマーではないのだと思う。男女兼用だろうか。

その下にいつも着用しているシャツとズボンを履いているのが、鎧の隙間から見える。

 

ゴーナイトの種族、ゴーストナイトは鎧に憑依する。鎧は、特定の職業でなければ着用できないなど制限がある物を除いて、男女専用問わず憑依できる。また、課金することで鎧の下に魔法が付与されていない衣服を着用できた。

鎧が壊されると本体である魂の部分が出てくるのだ。魂は弱く、魔法防御、物理防御共にかなり低い。なので、鎧が壊されたら終わりだ。

ゴーナイトは鎧を壊されることを嫌い、またゴーストナイトらしさを求めて、極限まで自身の回避率を上げている。お陰でその他のステータスがあまり伸びておらず、ギルドメンバー内の戦士職の中では下の上という悲しい位置にいる。

しかし、回避率を左右する運の良さ(LUC)は上の上だ。リアルラックがいい日は、クリティカルを連発して敵のヒットポイントをガンガン削っていた。

 

「(そういえば、運の良さの検証とかしてないよな。ゴーナイトさんにくじ引きさせたら、絶対に当たるんだろうか?)」

 

パンドラズ・アクターに探させていた幻術の指輪も見つかった。この書類仕事が終われば、俺たちはエ・ランテルに向かう。やっとゴーナイトさんと合流できるわけだ。

 

その前にやっておきたい事があった。

 

俺はその為にも処理速度を上げた。ゴーナイトさんから視線を感じても辛抱する。あなたに触れるのは後で、必ず。

 

 

 

 

モモンガさんが1.5倍の速さで仕事を終わらせていく。何か用事でも思い出したんだろうか。この後時間を取ってもらうのは厳しいかもしれない。

私の頼み事は長時間に及ぶ。相談だけして、また後日頼もうかな。

 

自身に積み上げられた山の処理を終えると、今度は私の方に積み上げられた山に着手した。

 

「終わったら、少し時間ください」

「いいですよ」

 

モモンガさんからのお誘いは珍しい。

彼は精神的に疲れるはずなのに、やっぱり速いスピードで仕事を片付けていった。見る見るうちに山は減り、一時間後には全てが終了した。

 

「終わった」

「お疲れ様でした。モモンガさん頑張りましたね」

「ええ、やりたい事がありますので」

「それは……?」

 

期待せずにはいられない。今度はモモンガらさんから誘ってもらえるのか?

 

「ゴーナイトさん。俺はこれからエ・ランテルに行ってナーベラルを回収します。帰ってきたら、しばらく時間をいただけませんか?

「か、構いませんよ。いくらでも」

「……よかった。では、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 

モモンガさんは転移した。

私は彼がいなくなった部屋で、自分の顔を抑えた。皮膚があれば赤く染まり、ほてっていただろう。

 

「なんだよ、いくらでもって。期待しているのがバレバレじゃないか」

 

多分モモンガさんだって気づいている。そして彼は喜んでくれた。ならば恥ずかしいがる事はないだろう。堂々としていよう。

休憩時間を与えていた二人のメイドが戻ってくる。済んだ書類ーバインダーに収められているーをアルベドに持って行かせた。

そういえば、アルベドには自室がなかったので、先日ギルドメンバーと同じく第九階層のスイートルームを与えておいた。不足なく使えているだろうか。今度家具一式を贈ってもいいかもしれない。その時はモモンガさんにみつくろってもらおう。その方がアルベドも喜ぶだろう。

 

ゴーナイトは、帰ってきたメイドたちと共に今度は家具探しを始めるのだった。

 

 

 

 

程なくして、モモンガさんとナーベラルが帰宅した。時間にして三十分くらいだろうか。本当に速い。

 

『お、俺の部屋に来ませんか?』

「……伺いますね」

 

勘が働いた。これえっちなお誘いのやつだ!!

私は今日もモモンガさんに触れてもらえる箇所、衣服が見える部分が多いかチェックしてから部屋を出る。

残念なのは、今日憑依している鎧がシンプルすぎる事だろう。これでは格好良さも可愛げもない。それだけが気がかりだった。

モモンガさんの部屋の前に到着して、メイドと護衛たちに暇をやった。彼らも慣れたもので何も言わずに命令を聞いてくれる。

私は滑り込むように中へ入った。

 

「お帰りなさい。さっきぶりですね」

「ただいま戻りました。……こっちです」

 

モモンガさんは応接用のソファに座っていた。彼は立ち上がり、自分の手を引いてどこかへと案内する。

扉を抜け、廊下を歩き、奥の扉を開ける。その部屋は寝室だった。私たちはベッドの縁に腰掛ける。

 

「ん?」

「どうかしましたか」

「いえ。気のせいです」

「そうですか?……それで、どうしますか?」

 

彼の手の甲から滑り、いやらしく腕をさする。モモンガはその手を取って、ジッと私の顔を見つめた。いつもの甘ったるい雰囲気とは違い真剣さがある。私は黙って彼の言葉を待った。

 

「ゴーナイトさん……あなたが好きです」

「はい。私も同じ気持ちですよ」

「それで、その……だから…………」

「はい」

 

そこからモニョモニョと口ごもる彼が、不慣れで可愛いと感じる。私だって女性経験があったわけではない。だが、今から何が起こるのかは予測がついた。

ついには黙ってしまった彼に、微笑んでしまう。温かな気持ちのままモモンガさんにキスを……口部分を彼の歯に当てた。

 

「……モモンガさん、私とシテくれませんか?」

 

直接的な言葉にするのは、はばかられて。とても恥ずかしかった。

アンデッドではなく肉体があれば、増幅する熱を持て余していただろう。

モモンガさんはガパリと口を開いて、それから何度も頷いた。

 

「良かった。断られたらどうしようかと思いました」

「断るなんてあり得ません。俺だって同じ気持ちで、さっきだって言いたくて……」

「何となく、伝わりましたよ。だから私から言い出せました」

「ゴーナイトさん……」

 

かん。二人が重なる。十分な時間がたって離れた。

 

「……それで、コレを使おうと思うんですけど」

「そ、それは流れ星の指輪じゃないですか!?ゴーナイトさん、一体どうするつもりですか?」

「どうって、モモンガさんとエッチできる体にしてください!って願うんですよ。願えばどんなものだって叶うんでしょ?」

「そうですけど……えー、ちょっと勿体ない気がします……」

「勿体なくない。今の私たちにとっては大事です。やらせてください」

「……その指輪はあなたの物です。俺に止める権利なんてありません。本当に使うんですね、ゴーナイトさん」

「あなたと、もう一歩踏み込んだ関係になれるなら、この指輪を使うことだって惜しくありません!」

「嬉しいです……。それで、なんて願うんですか?」

「えっと、私とモモンガさんをエッチできる体にしてくれ!と願う予定なんですが、よろしいですか?」

「それでお願いします。……もしもの時は俺の指輪も使いましょう」

「モモンガさん……ありがとうございます」

 

私たちは互いを抱きしめ合う。そのまま指輪を起動させた。

 

「指輪よ、私は願う。私とモモンガさんをエッチできる体にしてくれ」

 

指輪に彫られた星の一つが瞬き、穏やかにくすんだ。私は指輪をアイテムボックスに戻す。両手を彼の背に回して、頭を肩にうずめた。

 

「……叶いましたね」

「ですねえ」

 

なんとなく、わかる。自分たちの中に新しいパッシブスキルが誕生した。

 

「よかった。かなり上手くいきましたね。パッシブスキルならオンオフの切り替えが可能だから、普段の生活に邪魔になりませんよ」

「想像以上に使い勝手が良いですね。アンデッドの特性には助けられてきましたから、新しいパッシブスキルが邪魔にならないのは助かります。…………性能は、どうなんでしょうか?」

「それは試してみないと」

 

口にしてから、とんでもなく恥ずかしくなった。試すとは、つまり致すという事だ。これからヤると決めていても、照れてしまう。

モモンガさんの肩口に額を擦り付ける。するとモモンガさんが体重をかけてきた。大した重さではなくて、はじめは何かと思った。体重の上に圧を加えられて、気づいた。

彼に従ってベッドに寝転がる。モモンガさんが私を見下ろしていた。

 

「……………………」

 

そこから動かない。何も言わない。

気持ちはわかるけれど、もどかしいので、こちらから勇気を出した。

 

「あの、今オンにしたので、触ってほしいです」

「は、はい」

 

どこから触るか手が迷っているので、私はシャツのボタンやズボンのボタンをさっさと外していく。鎧の下まで手が届かないが、中途半端な状態で充分だろう。

 

その証拠にモモンガさんが覆いかぶさってきた。

 

 

〈つづく〉



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幕間

 

 

三回ノックする。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

パンドラズ・アクターは扉を開けた。部屋の中央に置かれた応接用ソファには、アルベドが座っている。パンドラズ・アクターは彼女の向かいに座った。

 

「それで。私が呼ばれたご用件を伺いましょうか」

 

座っているのに、芝居口調のせいで騒がしく感じる。

アルベドはまったく気にしていない様子で、にこりと微笑んだ。

 

「モモンガ様とゴーナイト様について相談したいの。本当はデミウルゴスも呼びたかったんだけど、今はナザリック外で任務中じゃない?だからあなただけを呼んだの」

「モモンガ様とゴーナイト様についてですか?何かあったんですか?」

 

パンドラズ・アクターは考える。

もしや創造主の女性の好みについて質問されるのだろうか。彼女とシャルティア・ブラッドフォールンがモモンガを第一正妃の座を争っている話は、デミウルゴスとコキュートスから聞かされている。

しかし、自分はその情報を持ち合わせていない。聞いたことも質問したこともないからだ。目の前の美女はがっかりするな。

どう言えば面倒なく……ゴホン。相手があまり傷つかず済むか考える。

 

「お二方はできていらっしゃるわ」

「……左様ですか」

「……あまり驚かないわね」

 

残念と言いたそうな顔をしている。

あまりからかわないでほしいな、と思う。パンドラズ・アクターは帽子を被り直した。

 

「モモンガ様とゴーナイト様は仲が良かったですからね。関係が発展しても不思議ではありません。ところで、どこでその情報を得たんですか」

「……乙女の秘密よ」

 

例えるなら女神のように微笑む。その表情から読み取ろうと凝視したが、無駄だった。諦めて続きを促す。

 

「それで、お二方ができているからなんでしょうか?何か問題が起きましたか?」

「何も起きていないわ。ただ、どうするべきか悩んでいるの。ねえ、私は皆とこの情報を共有するべきかしら。それとも黙っておくべき?」

「共有すれば、皆と協力してお二方を自然に二人きりにできますね。しかし、モモンガ様とゴーナイト様は公表されていない。意に反する行為とも捉えられかねません」

「反対に情報を共有しなければ、無知ゆえにお二方の仲を邪魔してしまうわ。それも良くないでしょう?どうすればいいのかしら」

 

ナザリックでもトップクラスの知能が頭をこねる。数分ほどかけて出した答えは。

 

「……正直に話してみませんか?気づいてしまったと。お二方に判断を仰ぎましょう」

「………………いいのかしら。主人の意も汲めないシモベだ、なんて思われない?」

「意に反して行動を起こしてしまうよりは良いかと。どうしますか」

「……お聞きしてみましょう。一緒に来る?」

「もちろんです。参りましょう」

 

二人は、ゴーナイトとモモンガがいる部屋へ向かった。

 

向かった先はモモンガの自室だ。今日はこの部屋の執務室にて、お二人は仕事をなされている。

 

扉の横には二体の高レベルのシモベか警備にあたっていた。二体はアルベドたちを鋭い視線を送る。当然だ。主人の部屋に近づく者は誰であろうと警戒する。でなければ警備の意味がない。むしろ警戒しないシモベなど不要だ。

 

ノックする。やがてメイドが顔を出した。

 

「モモンガ様とゴーナイト様にお話ししておきたい事があるの。アルベドとパンドラズ・アクターか来たと、取り次いでもらえるかしら」

「かしこまりました。」

 

メイドは部屋の中に戻る。数分後、彼女は戻ってきた。

 

「どうぞお入りください」

 

 

 

 

 

 

「よく来たな。アルベド、パンドラズ・アクター。今日は揃ってどうした」

「モモンガ様とゴーナイト様にお話ししておきたい事があり、参上しました」

「ふむ、聞こうか」

「……最重要案件なので、他の者の耳に入れることは、はばかられます。どうかシモベたちを下がらせてくださいませ」

 

シモベの分際でそのように願うなど、叱責されるかと思ったが、至高の存在は一つ頷いて受け入れてくれた。

 

「よかろう。お前たち、一時間休憩とする。下がれ」

 

メイドと護衛から了承の意が返される。彼らは部屋の外に出て行った。完全に足跡が遠ざかってから、感謝を述べる。

 

「願いを聞いてくださり、ありがとうございます」

「大したことではない。それで、最重要案件とはなんだ?」

「はっ!モモンガ様とゴーナイト様に関することでございます」

「なんだと?どういうことだ」

 

ご自身に関する件だと思わず、驚かれている。やはりあの件は内密だったのだ。ひっそりと深呼吸をして言葉を紡ぐ。

 

「お二方は、関係をお持ちでいらっしゃいますね」

「ごほっ!」

「なんでそれを!?」

「日々、お仕えする中で、お二方の距離が縮まっていることに気づきました。」

「そ、そうか……。バレてしまったか。あー、お前たち以外も知っているのか?」

「いえ、私たちのみでございます。ですが、いずれ気づく者が現れるかと」

「そうだな。……どうしましょう」

 

ゴーナイト様はモモンガ様にお伺いをたてる。モモンガ様は顎をさすりながら、熟考する。

 

「もう少し隠しておく予定だったんだがな。…………ゴーナイトさんはどうしたいですか?俺は、変な噂が流れてしまう前に、告げてもいいんじゃないかと思います」

「私は、モモンガさんさえ良ければNPCたちに話してもいいと思います。皆に話しておいた方が、お前たちも気が楽だろう?」

「私どものことを考えてくださり感謝いたします。ですが、最優先事項は至高なる御方々のご意志。どうぞ御心のままになさってください」

「心のままに、か。私は公表したいですね。……正直に申しますと、あなたとの仲を自慢したかったんです」

「ゴーナイトさん。……そう思ってくださって嬉しいです。よし。公表しよう。場を整えてくれるか?」

「かしこまりました。すぐにご用意します」

 

 

モモンガ様とゴーナイト様は、その日の内に告白されたの。私たち以外のNPCたちは酷く驚いていたわ。でも、仲睦まじいお二人の姿を見てお祝いする流れになった。

謙虚な神々はそれを辞退され、自室に戻られたわ。

メイドたちがそれぞれの持ち場へ戻っていく姿を見届けつつ、私たち階層守護者は残って話し合ったの。

 

「お二方はいつからお付き合いされていたんでありんすか?まったく気づかんでありんした」

「ほんとだよねー。アルベドは先に知っていたんでしょ?いつ頃かわかる?」

「私だって気づいたのはほんの先日よ。それより前は……多分まだだったんじゃないかしら」

 

微笑みを絶やさないアルベドに、他の守護者たちは不思議に思った。

 

「アルベド。随分と落ち着いているね。モモンガ様に懸想する君なら、もっと心が乱れていそうだがね」

「チャンスがあるからよ」

「チャンス、カ?」

「そうよ、コキュートス。ねえ、付き合ったらその次のイベントは何かしら?」

「え、えーと。結婚ですか?」

「当たりよ、マーレ。結婚の次は子ども。子どもといえば女が必要でしょう?その時、呼ばれれば良いのよ」

「なるほど!たしかに、それならまだチャンスがありんす!!」

 

モモンガとゴーナイトの関係を前に、失恋したと思っていたシャルティアが復活した。テンションが上がりすぎ、「もしかしたら3Pもあり得る」と呟き出す始末だ。

が、アウラの言葉によって挫かれる。

 

「あんたさ……アンデッドじゃん。お世継ぎ産めるの?」

「はっ!…………う、産めるでありんす。…………………………多分」

 

涙目になるシャルティアに、アウラが呆れたと言わんばかりに息を吐く。デミウルゴスはあえて、何も言わないでやった。

 

 

 

〈つづく〉

 



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冒険者としての歩み

 

巨樹と呼ぶに相応しいモンスターでクルシミマスツリーを作った。ユグドラシル時代を思い出す、懐かしいイベントだ。

 

「今度は、ちゃんとクリスマスを楽しみたいですね。私たちだけじゃなくてNPCたちがいてくれますから」

「そうですね。今年はナザリックでパーティをやってもいいかもしれませんね」

「全身全霊を尽くして取りかかります」

「いや、もっと気軽な感じで頼む。……私たちのように、家族で楽しむ場合は畏まらなくていいんだ」

「なるほど。承知いたしました。全員が参加できるパーティを考えます」

「ありがとう。時期は十二月下旬であれば良いだろう。皆の都合を聞いて、無理のない日取りを決めてくれ」

 

守護者たちが了承の意を示す。

新しいシモベ、ドライアードのピニスン?に勧誘を任せて、私たちはナザリック地下大墳墓へ戻った。

 

 

 

そして数日後、モモンガはモモンとしてナーベナルを連れてナザリックの城壁上にいた。そこには真っ白なフルプレートを着込んだゴーナイトが傍らにいる。鎧もマントも白く、太陽の光をきらきらと反射していた。

彼もとうとう冒険者としてデビューするのだ。ゴーナイトの顔は兜に隠れて見えないが、中には端正な顔立ちの男性がいる。パンドラズ・アクターが見つけてくれた指輪の効果だ。触れられない限り偽物だとわからない。

この美しい顔はゴーナイトのリアルの顔である。指輪の仕様なのかわからないが、少々美化されている気がする。けれどほとんど変わらない。顔を見たモモンガは「綺麗ですね」と言ってくれた。そのため、ゴーナイトの機嫌はいい。

彼らのすぐ側に、同じく機嫌のいいNPCがいる。アルベドだ。

見送りに来ていたアルベドは、ゴーナイトを眩しそうに目を細める。羨望と、いつか未来で自分もあんな風に傍らに立つのだと思いながら。少し顔がにやけている。

 

「どうした、アルベド。何かいい事でもあったか?」

「はい。ございました」

「そうか。よかったな」

「はい。ありがとうございます」

「ゴーナイトさん。そろそろ行きますよ」

「ええ、わかりました。では、留守を頼むぞ」

「かしこまりました。お早いお帰りをお待ちしております」

 

モモンガは〈全体飛行〉をかけて飛んだ。ゴーナイトが続き、ナーベラルが最後に空へ向かう。

 

 

 

 

三人はぐんぐん速度を上げて、カルネ村の上空を通り過ぎる。村人たちが働く姿をちらりと視界に入れつつ、空の中を飛んで行く。

 

「ここら辺でいいだろう」

 

降り立ったのはカルネ村とエ・ランテルの間に位置する林の中だ。上空から辺りに人がいない事は確認済みである。林の中から出て、草を抜かれて整えられた道に入る。そこからエ・ランテルへ向かって歩き出した。

 

街には休みなく歩いて三時間ほどでたどり着いた。街へ入る列に並んでいる間、馬車や同じ冒険者らしい人々を眺める。

 

「人が多いですね。いつもこんな感じなんですか?」

「街に入るときはそうですね。馬車のほとんどは商人たちのもので、様々な物が忙しなく行き交っています。冒険者の数は、今日は少ない方です」

「そうなんですね」

「あ、動きますよ。ゴーンさん、離れないでくださいね」

「ちゃんと付いていきますよ」

 

ゴーンは、ゴーナイトの冒険者としての名前である。ユグドラシルで使われていたニックネームをそのまま名前に流用したのだ。おかげで名を呼ばれても間を空けず反応することができる。

モモンガさんやナーベラルから街について多数質問を投げかけていると、周りから話し声が聞こえてきた。

 

「あの白い戦士、漆黒の一員か?見たことないな」

「いや、違うだろ。漆黒はモモンとナーベの二人だけだ。……新しく仲間を迎えたのか?」

「新しい仲間の為にあんな見事な造りの鎧を用意してやったのか。はたまた自前で用意したのか、どっちだろうな」

「どっちにしてもすげえよ。漆黒の一員になれるなら、それだけの実力があるって事だ。相当強いぜ、アイツ」

 

……早速話題になっているようだな。モモンガさんたちがせっかく得た名声を壊さないように、さらに高められるように頑張らないとな。

街へはモモンの顔パスで入り、その足で冒険者組合に直行する。受付嬢に仲間が増えたことを伝えると組合長室に通された。

 

「やあ。モモンくん、ナーベくん。よく来てくれたね」

「お久しぶりです。組合長」

「そちらの彼が新しい仲間なのかな?はじめまして、エ・ランテル冒険者組合長プルトン・アインザックだ」

「はじめまして、組合長。ゴーンと申します。モモンとは先日合流しました」

「合流した?前から知り合いだったのかね」

「ええ。元から仲間だったんですよ。ですが、ここに来る前にはぐれてしまいましてね。つい三日前に合流できたんです」

「それは良かったな。元から仲間ならば、試験は必要ないか」

「冒険者になるための試験ですか?」

「いや、ゴーン君の場合はアダマンタイト級に相応しいか見極める為の試験だな。新しく仲間に入った人物なら、アダマンタイト級の力があるか確かめさせてもらっていた。しかし、元から仲間であるならば、実力は保証されている。すぐにでもプレートを渡そう。一応、周囲を納得させる為にミスリル級以上の依頼を一つこなしてもらうがね」

「ゴーン様が相応しくないわけがなっ……」

「ナーベ、黙っていろ」

「……ミスリル級の依頼がなければ、相応のモンスターを倒すことで、依頼達成ということにしていただいてもよろしいですか?」

「かまわない。最近は強いモンスターの目撃情報がないから、すぐには見つけられないかもしれないが」

「道すがら倒してきたモンスターでもよろしいですか?」

「は?……まあ、難度が足りていればかまわんよ」

「ではどうぞ」

 

ゴーンは魔法が付与された背負い袋(重量が1tまでならばどんなアイテムでも入れられる)からキメラの頭(大きなライオンの頭部)を机にどんと置いた。

 

「なんだと!?」

 

組合長は勢いよく立ち上がり大声をあげた。口と目をポカンと開けてキメラの頭を見ている。

 

「その袋はマジックアイテムなのか……いや、それよりもこの頭、伝説のモンスターキメラか!?」

「伝説かどうか存じませんが、たしかにキメラと呼ばれているモンスターで間違いありません。モモンと合流する途中で出会い、倒しました」

「たった一人でかね?」

「はい。そうです」

「それは、とんでもないな……」

 

 

 

 

結果、試験はパス。そして、あらかじめ用意しておいたキメラが、アダマンタイト級と恐れられる伝説のモンスターだった為、依頼もパスとなった。ゴーンには無事アダマンタイトのプレートが用意される。プレートと討伐料金は後日渡されることになった。

キメラを持ってきたのは、討伐料で懐を潤すためだ。チーム漆黒としての活動に加えて、お金持ちの商人という設定のセバスたちの活動の資金になる。お金は多い方がありがたい。できるだけ出費を抑える必要がある。アダマンタイトとして宿屋に宿泊することは無駄だと、ゴーナイトは判断した。

 

「思いきってエ・ランテルで家を購入しましょう!そうすれば一度に大きい金額が動きますが、後は貯蓄に回せます」

「この世界って不動屋さんありますかね。という冗談は置いといて……ずっとここにいるわけじゃあるまいし、必要ですか?俺はこのまま宿屋暮らしでもいいんですけど」

「……三人一緒に泊まれるほど宿の部屋って広くありませんよね?私がチームに加わったことで、二部屋借りて宿泊することになります。つまり二倍の金額が出ていくことになります。それを毎日払うのはちょっと……」

「わかりました。家を買いましょう」

「私が床で寝れば問題解決ではありませんか?」

「ナーベは仲間だ。そんなことさせられるわけないだろう。その案は却下だ」

「かしこまりました」

 

ゴーナイトが持ってきた宝石を売り払った分と、三日後に冒険者組合から支払われたキメラ討伐料の金貨を合わせる。かなりの額が懐に入りモモンガたちは喜んだ。二人は相談して、手頃な物件を探す。

 

物件を探して一週間後に本命が舞い込んできた。

話を持ってきたのは、ゴーンの宝石を買い取った商人だ。見た目はヒョロヒョロと線が細く、しかし目には力がこもっているという印象的な三十代の男だった。

 

男は気品のある深い緑色の服を着て、モモンガたちが宿泊している高級宿屋を訪ねてきた。

 

「こんにちは、ゴーン様。先日は良いお取引をありがとうございました。お陰様で貴族の方ともご縁ができまして」

「それは良かったですね。ヘカトールさん。私としても、先日の取引はたいへん有意義なものでした。こちらこそお礼を言わせてください。ありがとうございます」

 

挨拶もほどほどに泊まっている部屋へ案内する。部屋にはモモンがおり、彼の前には書類が積まれていた。紙には他の商人から勧められた物件について情報がまとめられている。つまりヘカトールさんの競争相手の情報だ。ヘカトールさんが持ってきたものはこれらより良いものだろうか。

 

ヘカトールさんをモモンさんの向かいの席に座らせて、私はモモンさんの右側の席に座った。ナーベがヘカトールさんに水ーナザリック産の美味しい水だーを入れてから、商談を始める。

彼はナーベをジロジロ眺めたり鼻の下を伸ばさないので好感が持てる男だった。

 

「ありがとうございます、ナーベさん。それで……こちらが皆さんにお勧めしたい物件です。家は大きく、大人五人ほどが一緒に住めます。建って新しい方なのでまだまだ中も外も綺麗ですよ。台所、厠、風呂、井戸もちゃんとついております。ただ繁華街から離れ、スラムに近いので他の方からは敬遠されており、値段をかなり下げて買い手を探しています」

「たしかに、手頃な値段ですね。私たちが探した中でも安い方だ。しかしスラムが近いと言っても、この好条件なら誰かが買取そうですが……」

「それが、そのう……。大変申し上げにくいのですが……」

「なんでしょうか?」

「実は一度盗みに入られたことがある家なのです。なので、誰も買取たがらなくて……。それで値段もかなり下げました。今回、漆黒の皆様にお持ちしたのは、あなた方ほど腕の立つ方々ならば盗みなど敬遠する要素にならないのではないかと、考えたのです」

「仰る通り、対策ならばあります」

「おお!さすがですな!であれば、こちらの物件も候補に入れていただけますか?」

「そうですね……」

 

モモンとゴーンはアイコンタクトをとり、頷き合う。

 

「ナーベはどうだ?」

「モモンさーんとゴーンさーんに従います」

「そうか、ならばここにしましょうか」

「一応、中を見せてもらってから……ね」

「ありがとうございます!」

 

内装を気に入ったため、ヘカトールの物件を購入した。

こうしてエ・ランテルに拠点を持ったモモンたちであった。

 

 

 

 

〈つづく〉



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リザードマン

 

 

 リザードマンとの戦争は順調だった。コキュートスは負けて成長したのだ。その学びは今後活かされるだろう。リザードマンたちを殲滅するよう命令を下す。これでコキュートスの失態はチャラだ。私たちは安堵したところにコキュートスは声を上げた。

 

「モモンガ様、ゴーナイト様ニオ願イシタイ儀ガゴザイマス!」

 

 予想もしていなかった事態に私もモモンガさんも驚いた。命令されたのに、ハイかYES以外の言葉を紡ぐなんて初めてじゃないか?NPCたちも驚いて、アウラとマーレなんか目を見開いている。と思ったらコキュートスを睨み出した。顔怖いぞ!

 

「ナニトゾ!モモンガ様、ゴーナイト様!」

 

 それに怒り出したのはアルベドだ。コキュートスを愚かと罵り、敗将である立場を弁えろと言った。

 これ止めなきゃヒートアップするだけだな。ならば割って入ろう。

 片手を上げてNPCたちの注目を集める。

 

「皆、落ち着け。モモンガさん、どうでしょう。コキュートスの儀とやら聞かせてもらいませんか?」

「ええ、かまわないですよ。コキュートス、話してみろ」

「お前が何を望んでいるのか、聞かせてほしい」

 

 ゴーナイトに背を押されて、コキュートスは話し始めた。

 

「リザードマンタチヲ皆殺シニスルノハ反対デス。ナニトゾ御慈悲ヲ」

「ふむ、慈悲を願うか。なるほど」

 

 ゴーナイトは顎をさする。モモンガは凪のように静かだ。そして場を塗りつぶすかのように怒りを発しているのがアルベドである。今にもコキュートスに怒りの炎をぶつけそうだが、まだゴーナイトが話そうとしている。だから睨むだけに留めていた。

 

「仮に彼らを生かしたとて、ナザリックにどんな利益があるんだ?コキュートス、聞かせてくれ」

「ハッ!今後、彼ラノ中カラ屈強ナ戦士ガ出現スル可能性ガアリマス。ユエニココデ皆殺シにシテシマウノハ勿体ナイカト思ワレマス。リザードマンノ中デモ強者ガ現レタ時、ナザリックヘノ忠誠ヲ植エ付ケ、部下ニスルノガ利益ニ繋ガルト判断シマシタ」

「納得がいく提案だな。リザードマンの死体を使っても人間の死体と同じ結果になった。強さは変わらなかったのだ。人間の墓地を荒らして数を増やせられるなら、リザードマンにこだわる必要はない」

「でもね、死体を利用してモモンガさんがアンデッドを作った方が費用対効果が良いはずなんだよ。忠誠心は信頼がおける、食費などの費用を気にしなくてもいい。長い目で見ればコキュートスの案に加えて数が増えるというメリットはリザードマンにあるな。でもそれぐらいだ。他に利点はあるだろうか?コキュートス、答えられるか?」

「ソレハ……」

「なんでもいいぞ。そうだな。個人的に惹かれた点を挙げてくれてもいい。本当になんでもいいんだ。例えば……心意気が気に入ったとかな」

 

 コキュートスは六つの目でゴーナイトを凝視した。まるで自分の心を見透かされたようだと感じたから。決して言うことはないと思っていた理由が明るみに出た。武人は覚悟を決めた。

 

「ソノ通リデゴザイマス」

「ほう」

「何?」

「リザードマンハ、武人トシテノ輝キヲ持ツ者タチデシタ。殺シ尽クスニハ惜シイカト」

 

 なんて個人的な理由なのか。シャルティアとアウラは呆れているし、マーレは困惑している。デミウルゴスは困ったように眼鏡のブリッジを押し上げた。そしてアルベドは、憤怒と冷徹な笑みを混ぜ込んだような、恐ろしい笑みをたたえていた。今までの比ではないくらいの恐怖を感じ、心臓をキュッと握られるような気がしたが、コキュートスは堂々と膝をつく。言いたい事はすべて発言した。後は沙汰を待つだけだ。

 沈黙は至高の存在の笑いによって破られる。

 

「そうか、武人としての輝きか……気に入った!!あっはっはっはっはっ!……しかし、コキュートス。納得させたのは片方である私だけだ。モモンガさんには何と言う。」

「…………」

「思いつかないか?」

「申シ訳ゴザイマセン……」

「良い。それだけ話してくれたら私は充分だ。でもモモンガさんは違う。そうですね?」

「ええ。コキュートス、もう少しナザリックのメリットとなる話が聞きたかったぞ。さて、どうしたものかな。ゴーナイトさんは乗り気だが、ただ抱えるには数が多すぎるし費用もかかりすぎる。何に利用したものかな」

「……コキュートス以外の守護者たちに問う。コキュートスに責任を取らせつつ彼を成長させ、リザードマンたちを利用する方法を今述べよ。デミウルゴスとアルベドは少し待つように」

 

 二名の了承を聞いて頷く。ヴィクティムを含めた四名の守護者たちは唸り出した。

 まず手を上げたのはヴィクティムだ。

 

「“リザードマンの責任者をコキュートス様にしてはいかがでしょうか?ナザリック生まれではない、外部の兵士です。訓練をする事も、忠誠心を植え付ける事も大変です。必ずやコキュートス様の成長に繋がるかと”」

「気に入った。ゴーナイトさんは?」

「私もいい案だと思います。他にはあるか?」

「はい!村を支配してナザリックの領地にするでありんす!えーと、外部での領地の経営はまだやった事がなかったはず。加えてコキュートスには経験がないこと。やらせてみてはいかがでしょうか?」

「うん。かなりいいですね」

「そうですね。では、アウラとマーレ」

「アタシから!恐怖による統治ではなく、飴と鞭を持って支配するのはいかがでしょうか!その方が信頼関係が生まれますし、こっちの言う事聞いてくれやすくなります!」

「ボ、ボクは、生き残るリザードマンの選別をコキュートスさんに任せるべきだと、思いました。支配するにも、飴と鞭を応用するにもまずこちらの強さを示さないといけません。それから、えーと、うーん……い、以上です」

「大丈夫だよ、マーレ。よくできたね」

 

 実際、マーレはよくやった方だと思う。いろんな案が出し尽くしたところに、さらに提案したのだから。

 以上をもってコキュートスへの罰とする。私たちはリザードマンに会いに行った。

 

 

 

 リザードマン集落外、沼地にて。

 沼地はアインズさんの超位魔法で氷漬けにされた。辺り一面は氷原だ。寒さに弱い彼らには堪えるだろうな。

 即席で巨大な台座に、アンデッドのシモベたちで即席の階段を作る。その頂上に私とアインズさん、守護者たちが並んだ。モモンガさんが魔法で作り出した黒曜石の玉座に座り彼らを待つ。

 二体のリザードマンが村から歩いてきた。彼らは階段下で、私たちは階段の上から話す。少々まどろっこしさを感じるがこれも演出だ。真面目に取り組むとしよう。

 

 リザードマンは降参する意思がある。しかし、それではナザリックは負けたままだ。それを許せるはずがない。

 

「降伏など言わないでくれよ?それじゃあ私たちが挨拶に来た意味がないからね」

「ちょっとぐらいは戦おうじゃないか。こちらとて、適度な勝利の美酒を味わいたいからな」

 

 そう言って私たちはリザードマンの前から去った。

 

 

 

 コキュートスが戦う間、私たちはアウラが建てている要塞に身を寄せる。

 魔法による防御などまったくない紙の要塞だが、追跡者ーユグドラシルプレイヤー、またはこの世界のまだ見ぬ強者ーを誘き出すにはもってこいだ。

 危険ではあるが二人の中に、虎穴に入らずんばという気持ちがあった。

 

 しかし追跡者はやって来ない。失敗か?

 

 ゴーナイトは部屋の中をよく見た。

 ナザリックと比べれば確かに非常に見劣りするが、そんなに悪いものでもない。モモンガとゴーナイトを迎え入れるため、何とか内装を整えようとした努力が見られるからだ。

 ゴーナイトは素直に口にした。

 

「中々いいな。私がまだ一人だった頃の、昔の拠点を思い出すよ。しかしここまで内装は豪華じゃなかった。アウラ、よく頑張ったな」

「……ありがとうございます。ゴーナイト様」

 

 アウラは伏せていた顔を上げた。表情は普段と変わらないものに見える。

 持ち直したようだ。かけた言葉は正解だった。

 改めて部屋を見回し、芸術品ともとれる素晴らしい造りの、大きな背もたれがついた椅子二つを凝視する。

 

「それで、これはなんだ?」

 

 モモンガさんがある確信から目を逸らすように言った。デミウルゴスは自信満々に答える。

 

「簡素ですが、玉座をご用意させていただきました」

「……何の骨だ?」

「様々な動物です。グリフォンやワイバーンなどの良い部分を集めました」

「それは、ご苦労だった」

 

 背後に従うデミウルゴスが深く腰を折る。

 動物と言ったが、他にも亜人や人間の頭蓋骨が使われている。なんておどろおどろしくて薄寒い玉座だろうか。怖くて座りたくない。たが、部下の好意を無碍にはできない。

 何かいい断り文句がないものか、とモモンガが閃いた。

 

「シャルティア、お前にここで罰を言い渡す」

「はっ!」

「そこに四つん這いになれ」

「はい」

 

 そして彼女の背中に乗る。

 なんとシャルティアを椅子にしたのだ。

 

「あ、あいんずさま!」

「この場で椅子となれ。理解したな」

「は、はい!」

 

 嬉しくて堪らないといったシャルティアに、ゴーナイトはひどく引いた。その趣味嗜好に理解ができなかったのだ。

 だがデミウルゴスは目をきらめかせて、モモンガに賛辞を述べる。なぜ同僚を辱めている上司にそんな敬意を抱けるのか。わからない。

 精神的に疲れを感じる、ふらりとした足取りで簡素と表現された玉座に座る。

 

 うん。しっかりとした造りだ。ガタガタ動いたりしないし、よくできているなあ。

 

「中々の座り心地だ。ありがとう、デミウルゴス」

 

 そういうとデミウルゴスは、さらに笑みを深めた。

 同じくにこやかなアルベドが、断りをいれて部屋を出て行った。

 直後、外から「どりゃあああ!」という低い声と、凄まじい激突音が聞こえた。そして館が大きく揺れる。

 一分程度の後、いつもの優しげな笑顔のアルベドが帰ってきた。外で間違って壁にぶつかってしまったと言う。アウラは乾いた声で笑った。

 

「……ははは。うん、はい。おっけー。直しておきます」

 

 

 

 

 それからリザードマンとコキュートスの戦いの上映時間となった。もちろんコキュートスが圧勝した。

 私は帰ってきたコキュートスに、ふと聞いてみた。

 

「ところでコキュートスよ。良い戦士はいたか?」

「ハイ。オリマシタ。私ハ彼ラニ戦士ノ輝キヲ見マシタ。モシカスルト、予想以上ニ強クナルカモシレマセン。コノママ、アンデッドノ材料ニシテシマウノハ勿体ナイカト」

「そうか。そいつらは後で復活の実験に使ってもいいかな。どうでしょうか、モモンガさん」

「いいでしょう。ですが、ただ復活させるのではなくこうしたいんですけど……」

 

 モモンガさんの提案にコキュートスは肯定した。迷惑がかからないのであれば、と早速実行する。

 

 一体の白いリザードマンが呼ばれた。それは雌の、コキュートスと最後まで戦ったザリュースの妻でもある。そして今は、残ったリザードマンたちのまとめ役だ。

 

 ザリュースの復活を条件に、彼女にリザードマンの監視を言い渡す。

 白いリザードマンは表情を目まぐるしくー全てを読み取れないがー変化させて、その要求をのんだ。

 

 

 

 ザリュースは無事に生き返った。

 復活直後、側にいた妻を見て「クルシュもころされたのか」と混乱していたが、頭は徐々ににはっきりとしてきた。その証拠に仲間の復活を願ってきた。

 

「ぜんべるとあにはつよい。必ずやお力になれるはずです」

「……考慮しておこう。行くぞ」

 

 

 

 〈転移門〉でナザリックに帰り、モモンガさんの自室に戻る。最近はもっぱら、どちらかの部屋に入り浸っていることが多い。ほとんどの時間は会議だ。そして次に、甘い時間を設けてある。まあ、恋人同士だからね。

 私はモモンガさんに寄り添いながら、今回の作戦について話した。モモンガさんは、私の腰に手を回して深くソファに座っている。互いにリラックスした状態だった。

 周りに部下はいない。いたらこんな風に、寄り添ったりはできない。見られるのは恥ずかしいからだ。

 

「コキュートスはこれからどんどん成長しますね。楽しみです」

「それはそうなんですけど、いつか俺たちのボロがバレないか心配ですよ」

「そうならないように、今から勉強を頑張るしかありません。今日は何を読みましょうか?」

「そうだなあ。前回は途中で終わったので、続きからしましょう」

 

 モモンガさんの手が腰から離れる。少し名残惜しいが、仕方がない。

 互いのアイテムボックスから鍵付きの箱を取り出し、上司としての心得の本を出して読み始める。

 

 今回は最後まで読書することができた。

 

 

〈つづく〉



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王都

 

 

 エ・ランテル。自宅内、一階、応接室。

 

 

 モモンとゴーンは向き合って、机を挟んでいた。机には王国の貨幣が山盛りに乗せられている。

 モモンが手を伸ばし、その山から三分の一のお金を削り取る。お金は、魔法が付与されていない、ただの袋にジャラジャラと音を立てて入れられた。

 

「これがセバスたちの活動資金……」

「結構かかりますね」

「お金持ちという設定ですからね。予算に妥協はできません」

 

 ゴーンは頷き、自らも手を伸ばす。残ったお金の四割ほどを削った。

 

「リザードマンたちの復興に必要な費用は、このくらいですかね」

「妥当だと思いますよ。資材や食料なんかはナザリックで用意できますからね」

 

 二人は残ったお金を見る。これが自分たちの活動資金だ。両手に盛れるほどの額がある。モモンガはとても喜んだ。ゴーナイトが売却した宝石のお陰で貧乏英雄から抜け出したからだ。

 ゴーナイトに改めてお礼を言うと、彼は「協力して頑張ることは当たり前ですから」と言った。

 

「なにより、大好きなモモンガさんの力になれて嬉しいです」

「あ、はい……。ありがとうございます」

 

 モモンガは恥ずかしくなって顔を伏せた。肉がついていないので、顔は赤くならない。そのため、彼の表情を知るのはとても困難なことだ。しかし、数年共にゲームをして声を聞き、数ヶ月も側にいて感情を読み取れるよう努力した結果、多少なりとも今のモモンガの“表情”が読み取れるようになった。

 

「(恥ずかしがってる。可愛いな)」

 

 二人の間に甘い空気が流れ始めたとき、ドアが叩かれた。

 

「モモンさーん、ゴーンさーん。ナーベです」

「入れ」

 

 ナーベラルが部屋に入ってきた。近くまで寄ると床に片膝をつく。

 

「商人の使者が来ました。鉱石を用意できたとのことです」

「そうか、わかった。では彼に会いに行こう。ゴーンさんも来ますか?」

「行きます。あの、これが終わったらセバスたちに会いに行ってもいいですか?久しぶりに顔が見たいんです」

「いいですよ。……私も見に行った方がいいですかね?」

「二人で行くほどじゃないと思いますけど。ほら、私はセバスの創造に関わっていますから、彼のことがちょっとだけ気になるんですよ」

「なるほど。でしたら、こちらの事は気にせず行ってきてください」

 

 金を分けて袋に入れる。モモンの活動資金はモモンガさんが持って、他二つは私がアイテムボックスに入れる。

 セバス会ったら渡してやろう。

 

 

 

 

 

 ゴーナイトは、ナザリックを経由してセバスとソリュシャンがいる王都へ向かった。彼らが拠点としている館に〈転移門〉を開いてもらったのだ。

 

「いつもありがとう。シャルティア」

「恐縮でありんす。しかし、このぐらいどうって事はないでありんせん」

「そうだろうな。君の能力を考えれば、もっと難題を片付けられるだろう。しかし、こんなちょっとした積み重なりも大事な仕事だ。頼むぞ」

「お任せください。ご期待に添えるよう努めあげてみせんしょう」

 

 シャルティアに見送られて、ゴーナイトはエントマと共に〈転移門〉をくぐる。

 ゴーナイトの悪戯心によって、先方には来訪を告げられていない。行ったらどうなるか楽しみだった。

 

 闇の先には豪華なーそれでもナザリックに劣るー部屋の一室に出た。そこは至高の存在を受け入れるため、館の中でも最上級の家具で整えられている場所の一つだ。 

 はじめて訪れたが、中々いいじゃないか。

 ゴーナイトは感心して部屋を見回す。絵画の位置やら花瓶の花など、彼が好む点が多い。

 部屋を横切り扉の前に立つ。すると、追従していたエントマが開けてくれるので、進む。

 背後で扉が閉まったらまた歩き出す。

 すると突然の来訪に驚いたシモベたちが、慌てて身を低くした。私は「持ち場に戻れ」と命令する。

 普段は、周りの気配を感知しすぎて邪魔なパッシブスキル気配察知を使用して、屋敷の中を調べる。一番多いのは複数のシモベたち。それからソリュシャンが一階に、セバスが二階にいる。その中に知らない気配があった。セバスが傍にいる。

 

「うん?客人でも来ているのか?ならば二階の部屋で待つか」

 

 考えている内に二つの気配ーセバスとソリュシャンーがものすごいスピードで動き出した。気づかれたかな。

 

「ゴーナイト様、セバス様です」

 

 エントマが報告する通り、前方の廊下からセバスが早歩きでやって来る。彼は私の姿を確認すると速度を落として、傍に寄った。深くお辞儀をする。

 

「ゴーナイト様、よくぞおいでくださいました」

「突然邪魔して悪いな、セバス」

「何を仰いますか。至高の御方を邪魔に思う者などナザリックに存在しません」

「はは、そう言ってくれると助かる。ああ、ソリュシャンも来たな」

「いらっしゃいませ、ゴーナイト様。……今日は一体どの様なご用件でしょうか」

「なに、お前たちの顔が見たくなっただけさ。ところで、客人が来ているのか?二階に知らない気配があるな?」

「それは…………」

「…………ご報告します。その気配はセバス様が連れてきた女のものですわ」

「……は?どういう、ことだ?」

 

 女を連れ込んだ。そう聞いて一番に頭の中に浮かぶのは性欲処理だ。セバスも男だ。そういうのは仕方ないかもしれない。だが、拠点となるこの屋敷に連れ込むのは感心できない。

 声に感情が出ていたのか、セバスの肩が少し強ばる。

 

「道を歩いていたとき、助けを求められましたので、保護しました。当初、負っていた怪我や病気などはすべてソリュシャンに治療させました。現在は意識が戻り、意思疎通が可能です」

「なんだ、助けたのか。すまない。早とちりをして勘違いしてしまった」

「そんな!謝らないでください。私の報告の仕方がいけなかったのです!」

「決めつける前に、私は事情を聞くべきだった。だからソリュシャンは悪くないよ。今後、気をつけよう。それで、セバス。その女性は何なんだ?どこかの、恩が売れそうな貴族の女性か?」

「いいえ。わかりません。……おそらく娼館にいたので、農民の出かと思われます」

「…………詳しい話を聞いた方が良さそうだな」

 

 二階の応接室。そこは至高の存在が訪れる場所として、先程の部屋よりも豪華に、少しでもナザリックに届く様に整えられている。

 その部屋に移動した。ゴーナイトは奥に、セバスとソリュシャンは話をする為に御方の向かいに座る。

 ゴーナイトは今度こそ、先走らないようにセバスから全てを聞いた。

 

 全てを聞いて腹が立った。

 怒りに身を任せるのではなく、努めて冷静に話す。

 

「セバス。お前の善意を、私は責めたりしない。なぜならたっちさんもまた、そうやって人を助けてきたからだ」

「たっち様も……」

 

 感激に浸ろうとしたセバスを片手を上げて止める。話は終わっちゃいない。

 

「だが、行うなら自分の金でやれ。お前たちに渡した活動費は、利益にもならない誰か一人を救うためではない。ナザリックの利益となるよう、行動できるように渡したのだ」

「も、申し訳ありません!この責任は私が命を持って……」

「やめろ。私やモモンガさんを悲しませる行動はするな」

「ゴーナイト様……」

「セバス。お前に罰を与える。自分のために使ったお金だけでいい、それらを私たちに返金しろ。どう稼ぐかはお前に任せる。必要なアイテムや人材があれば相談しに来い。ただしナザリックだとバレる行為は一切禁じる。それと、あの女性、ツアレと言ったか?彼女を助けた責任をとり、面倒をみてやれ。ただし、ナザリックの事は隠す様に」

「はっ。かしこまりました」

「かしこまりました。……あの、ゴーナイト様。王都を離れると時、ツアレはいかがいたしましょう?」

「まだ決められない。この件はモモンガさんと話し合って進める。……セバス、最悪の場合も想定しておくように」

「それは、殺すということですか?」

「わからない。利用価値が生じ、本人が望めばナザリックの配下に加えてもいいだろう。それも視野に入れておけ」

 

 こうして突然の訪問は終わった。

 ゴーナイトは二人とエントマを下がらせて〈伝言〉を発動する。

 

「ーモモンガさん?」

『ゴーナイトさん、どうかしましたか?』

「セバスの事でちょっと話したいんですけど、今よろしいですか?」

『はい。周りに人もいませんし、話せますよ。……何か問題でも起こりましたか?』

「そうなんです。実は……」

 

 私はかいつまんで、何があったのか伝えた。

 

『そうですか、セバスが……』

「事後報告となって申し訳ないのですが、こちらで勝手に罰を決めさせてもらいました。すみません」

『いえ、大丈夫ですよ。俺もその罰に賛成ですから。次回は一緒に決めましょうね』

「ありがとうございます。それで、次回なんですけど……」

『え、何かあるんですか?』

「ツアレの処遇を決めないといけません。殺すか生かすか。外へ放つのか、内に受け入れるのか……。どちらにせよ、経過を見る必要がありますが」

『セバスたちの報告待ちですね。わかりました。次はその話をしましょう』

「よろしくお願いします。それじゃ、この後エ・ランテルに戻りますね」

『待ってます。それじゃ』

 

 〈伝言〉を切り、ゴーナイトは一息ついた。

 これで一旦は区切りがついた。あとはツアレの様子を見つつ、セバスが金を払った相手側がどう出るか……だな。

 

 

 結果は数日後に現れた。

 

 

 王都の貴族と明らかに堅気ではない人物が、屋敷を訪ねてきたとソリュシャンから報告があがった。時刻は午後を回った頃だ。ナザリックに帰還して一服していた日だった。

 

「つまり、タカリに来たんだな?ナザリックに金があるから、脅して奪い取ろうというわけだ」

『その通りかと』

「目にモノを見せてやりたいなあ。モモンガさんはいかがですか?」

「賛成です。俺たちに手を出すとはどういう事なのか教えてやりましょう。フィーネ、すぐにデミウルゴスとアルベドを呼んでくれ。会議を開くぞ」

「かしこまりました」

 

 フィーネは頭を下げた後、部屋から出て行った。

 

「ソリュシャン、報告ご苦労。こちらで対策会議を開く。そちらは沙汰を待て。攻撃されたら、敵は殺さず捕まえておくように。後ほど尋問する」

『承知いたしました。ところであの女は、ツアレはいかがいたしましょう?』

「ー少し待て。モモンガさん、セバスを保護した女性なんですけど、セバスたちに守らせてもいいですか?もちろん、セバスたちの安全を最優先にして」

「それでいいですよ。えーと、ナザリックに採用するか確認するんですよね?」

「そうですね。本人の意思を聞いてから、面接になります」

「わかりました」

「ソリュシャン、ツアレを守ってやれ。ただし、自分たちの命を最優先にするように。もしもの場合はすぐに撤退しろ。それと、人間は食事をしないとすぐに力を出せなくなる。体調には気を遣ってやれ」

『かしこまりました。すぐに実行いたします』

 

 

 

 

 

 王都、セバスたちの拠点である屋敷にて。

 

 

 腐った貴族と男が帰った後、ソリュシャンはゴーナイトたちに報告した内容、下された命令をセバスに話した。

 

「わかりました。では、夕食でも購入してきましょう。ソリュシャン、ツアレを頼みます」

「かしこまりました」

 

 セバスは外出した。

 そして二人の剣士に出会う。

 

 

〈つづく〉



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(番外編)ゴーナイトと女子会

超絶久々に投稿します。
リハビリに一本。できたらもう一本投稿予定です。
予定は未定なので、できなかったらすみません。


 

 ――これは、ある日のナザリック。

 まだゴーナイトが冒険者登録をしていないころのお話し。

 

 

 ゴーナイトの執務室に二人の異形がいた。

 片方はゴーストナイトのゴーナイト。今日は漆黒の禍々しい鎧にとりついている。ゴーナイトの当番であるメイドのチョイスだ。ゴーナイトの力強さを表しているらしい。

 ……俺ってメイドたちから禍々しい存在って思われているの?

 

 もう片方はサキュバスのアルベドだ。

 いつだって白のドレスを着て、美しい笑みを見せてくれる。

 そういえばアルベドって所有物少ないらしいんだよね。自室もなかったぐらいだし。今度、俺の持ち物の中から、似合いそうな服をモモンガさんとみつくろってやるか。

 

 

 執務していたゴーナイトは手を止めて、机の前に立つアルベドと目を合わせる。

 アルベドは「お話ししたいことがござきます」と言った。

 

「私と?」

「はい。できましたら、ご内密に」

「急ぎか?モモンガさんへの許可はとったか?」

「急ぎではありません。アインズ様から許可はいただいておりません」

 

 ここでゴーナイトはアルベドをまじまじと見た。

 アルベドがこのナザリックの主の許可を先にとらず、ゴーナイトに話しを持ってくることは珍しかった。

 モモンガに許可をとらない例えとして挙げられるのが、ゴーナイト個人に用がある場合だ。

 ゴーナイトは自身を指さした。

 

「つまり、私自身に用事があると?」

「左様でございます」

 

 アルベドは深く腰を折った。

 急ぎじゃない。内密に。俺に用がある。

 なんだろうね?

 首を傾げていると、アルベドが折った腰を元に戻す。

 

「実は、折り入ってゴーナイト様にご相談したいことが……」

「うん。言ってごらん?」

「私とシャルティアとアウラに、恋愛講座を開いてほしいのです」

「……なんだって?」

 

 ゴーナイトは自身の耳を疑った。

 

「恋愛講座です。アインズ様を虜にした、その方法を学びたいのです。どうか、お願いいたします」

 

 土下座でもしそうなほど、真摯に願われる。

 俺はすぐに返事ができなくて、一日待ってもらうことにした。

 

 アルベドが部屋から出ていく。

 俺は当番のメイドや護衛を休憩を与えて、執務室と繋がる寝室の方へ足を向けた。

 

 ベッドにダイブしたら、すぐに〈伝言〉の魔法を使う。

 相手はもちろんモモンガさんだ。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 ゴーナイトさんから〈伝言〉が使われた。

 アインズはすぐに応答する。

 

「――はい。俺です。どうかしましたか?」

『相談したいことがあって連絡しました。今、時間空いていますか?』

「大丈夫ですよ。宿屋でゆっくりしていますので、時間ならあります。それで、どうしたんですか?」

『あのですね、ちょっと困ったことになりまして……。アルベドから恋愛講座を開いてほしいと言われたんです』

「恋愛講座?なんで、また」

『モモンガさんを虜にした方法を学びたいそうですよ。ねえ、どうしましょうか』

「どうしましょうかね……」

 

 ナザリック内において。

 アルベドとシャルティアがモモンガを愛しており、正妃の座を争っていることは有名な話しである。

 そして、ゴーナイトとアインズが恋人同士であることは、もっと有名な――それこそ常識といえるほど――当たり前の話題としてNPCの間で共有されていた。

 

 ゴーナイトとアインズの馴れ初め。

 

 それはユグドラシル時代にまでさかのぼる。

 お互いが酔っ払った勢いのまま、自身のフレーバーテキストを書きかえたのが始まりだ。

 ゴーナイトは「モモンガを愛している」と、アインズは「ゴーナイトを愛している」と書き加えた。

 

 ゲームが現実になったとき……この世界に転移したとき。ゴーナイトとアインズの世界は変わった。

 フレーバーテキストの通り、愛情が芽生えたのだ。

 

 それからはお互いの気持ちを確認して、体を触りあって、繋がって。

 現在に至るまで、恋人としては幸せな日々を過ごしている。

 

 つまり、何を言いたいのかというと。

 アインズを虜にした方法など、無いのだ。

 ゴーナイトはアピールをしてアインズを振り向かせた訳ではないのだから。

 

 強いて言うなら、フレーバーテキストを書きかえることだろうか?

 そんなこと、NPCたちにはできない。

 ……アイテムを使えばできるけれど、彼らが主人の心を変えてしまうなど願うとは思えない。

 

 ゴーナイトは困ってしまった。

 

『……でね、恋愛講座を断ることは簡単なんですよ。でもね、あの子たちのうち誰かはいつかさ、モモンガさんの正妃となって子供産むかもしれないじゃないですか?』

「俺、アンデッドですよ……?子供つくれませんよ?」

『アイテムの力で何とかなりますよ。それでね、今のうちから仲良くしておくのは大事なことだよなと、思うのです』

 

 いつか、モモンガの子供を抱っこさせてほしいから。

 いつか、その子供と色んな話しをしたいから。

 いつか、その子供にもモモンガとの仲を認めてもらいたいから。

 

 そのためには、母親の助力が必要だ。

 

 恋愛講座を開いて、母となるアルベドたちと仲が縮まればそれで良し。

 でも、教えるものがないのだ。だから、困っている。

 

「……ゴーナイトさんが俺の子供産んでくれたら、すべてが解決するのでは?」

『…………俺ですか!?えー!?考えたことないですよ!』

 

 というか、俺が産むの!?

 モモンガさんは??モモンガさんが産んでくれないの??

 

 そう言ったら「その話しはまた今度」と言われてしまった。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 二日後。

 結局、未来がどうあれ、仲良くなることは良いことなので恋愛講座に参加することになった。

 いや、俺が開くのか?

 

 執務室の応接用の長いソファでアルベドたちと一緒に机を囲む。

 アルベドと俺、向かいにシャルティアとアウラが座る。

 

 今日はメイド二人体制で今回の講座をサポートしてもらう。

 一人は給仕、もう一人はホワイトボードに要点を書き込む書記の役だ。

 ……めちゃくちゃ気合い入ってんなあ。

 

 お茶菓子にはひな祭り用のお菓子「あられ」を用意した。ユグドラシルの頃、参加したイベントでゲットしたアイテムだ。

 色とりどりで一口サイズのそれを、可愛いガラスケースに取りだして、皆が食べやすいようにする。

 俺は食べられないから、皆で食べてね。

 

「さて、お菓子もお茶も行き渡ったところで、まず皆に説明しておきたい。あ、気楽にな」

 

 といっても、真剣に聞いてくれる。なので、こちらは努めて気楽な感じで話し始める。

 

「今日の集まりは恋愛講座となっているが、内容は雑談になると思う」

「それはなぜですか?」

 

 アウラが聞いてきた。

 俺は痒くもない頬をクセでポリポリとかく。

 

「だって思い浮かばないからさ。モモンガさんを落とした方法ってのがさ」

「それは……つまり自然体でアインズ様を落とした、ということでありんすか?」

「違うな。気づいたらお互いに恋に落ちていた、からさ」

 

 嘘じゃない。本当でもないけれど。

 

「だから、私から話せることは昔話だ。私とモモンガさんが何をやってきたかを話す。それを聞いて、モモンガさんを落とすヒントにしてくれ」

 

 各々思うところはあるのだろう。お互いに顔を見合わせて、それから頷いてくれた。

 

「よし。それじゃ、出会いから話していくぞ。あれはユグドラシルという世界ができてしばらくたった頃で……」

 

 クラン時代に出会ったこと。

 ナザリックを手に入れたこと。

 仲間たちがそれぞれの理由でナザリックに来られなくなっていったこと。

 

 そこでぽろりと話してしまった。

 ――ユグドラシルが消える未来を。

 

 口が滑った。本当に、やってしまった。

 慌てて口元を抑えたが時すでに遅く。

 

 アルベドたちが、俺を凝視する。

 その瞳があまりにも真剣だったから、俺は覚悟を決めて話した。

 

「ずっと黙ってて、すまない」

 

 頭を下げると、周りの部下たちは慌てだした。

 各々「頭を上げてください」とか「謝らないでください」とか言ってくれる。

 でも、こんな大事なことを秘密にされていたら、気分は良くないだろう。

 俺はしっかりと頭を下げた。

 

 

 

「あの、質問をしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?なんでも聞いてくれ」

 

 アルベドが小さく手を挙げる。

 俺はできるだけ優しい声音で聞き返す。そんな態度に安心したのか、アルベドから緊張感が抜けた気がした。

 

「ユグドラシルは消えるはずだった。なのに私たちはナザリックと共に消滅していません。それは何故でしょうか」

「わからん。これにはモモンガさんも同意見だと思う。……アルベド、シャルティア、アウラ。この件については、モモンガさんと話し合い次第、皆に明かそうと思う。それまでは、内緒にしてくれるか?」

「わかりました。口外いたしません」

 

 三人も、控えていたメイドたちも頷いてくれる。

 

「ありがとう」

 

 俺はみんなの信頼に感謝するのだった。

 

 さて、多少脱線してしまったが話しを元に戻そう。

 温かい紅茶の香りを楽しむ。

 皆が一息ついたところで話し出す。

 

「さて、過去の話しはできたと思う。次は現在の話しをしようか」

「現在というと、恋人になってからですか?」

「そうだ、アウラ。三人とも、何か知りたいことはあるか?」

 

 宙を切る音がした。

 高く手を挙げるのはシャルティアとアルベドだ。

 素早さで勝っているシャルティアの方が速かったので「シャルティア」と声をかけた。アルベドは悔しそうだった。

 美少女は艶やかに口元を緩ませる。

 

「はい。ゴーナイト様、もうアインズ様とはもういたした……」

「ストップ!その質問には答えんぞ!」

「なぜですか!?」

「なぜって……」

 

 シャルティアとアルベドが心底驚いた顔をしている。

 反対にアウラが「あちゃー」と片手で額を抑えていた。

 俺は、シャルティアがなぜその質問をするのかまったくわからなかった。

 

「というか!なぜ最初の質問がそれなんだ!?いや、最初じゃなくても困惑するし、答えられんだろう?恥ずかしい!」

 

 そう言うとにっこりとシャルティアとアルベドが微笑む。なんだ、その微笑みは。やめてくれ!

 

「では、気を取り直して……」

 

 小さく挙手するアルベド。

 俺は「どうぞ」と言う。

 

「どちらが上ですか?」

「上?というのは……?」

「夫婦でいう、夫役をするのはどちらでしょうか?」

「モモンガさんだ。私が夫役なんて考えたこともないな……」

「それは!なぜでありんすか!?」

「なぜって、うーん……モモンガさんが相手なら、俺が夫役じゃなくてもいいかなって」

 

 きゃーっ!と黄色い悲鳴が上がる。そのせいで、外にいた護衛が部屋の中に慌てて入ってきた。説明してなんでもないからと、外に出した。

 アウラもメイドたちも顔を赤くしている。

 

 

 ――――――

 

 

 

 モモンガさんが帰宅して、今度は俺の部屋でくつろぐ。

 今日の話題は恋愛講座だ。といっても、内容はほぼ雑談で終わったけれど。

 

「それでね、俺とモモンガさんのどっちが夫役なんですかって聞かれてさ……」

「どう答えたんですか?」

 

 モモンガさんが密着していた体を少し離して、顔を向き合わせる。

 そんなに気になるところかな?

 

「モモンガさんだよって言ったけど?」

「そうなんですね……さっきの質問のえっちしているかどうかは答えなかったから、それにも答えるつもりはないと思っていました……」

「え?」

「?だって、普段から夫役は俺なんですよね?そしたら、えっちの時だって夫役はアインズだって思われますよね?」

「え……あ……!???」

「あ、気づいていませんでしたか……」

「どうしよ……今から忘れてもらって……」

「その方がいいなら、そうしますか?忘れてくれって。まあ、いつかはバレると思いますが」

「うう……いつかバレるなら、いいです。恥ずかしいけど、嘘じゃないし……。というか!そうだ、ユグドラシルのことなんて話すか決めないと!」

「どういうことですか?」

 

 ゴーナイトはモモンガに事情を説明する。

 

 いつかは向き合わなければならない問題だった。

 二人は引っ付くのをやめて、うんうんうなり出した。

 結局、数時間もかかってしまい、二人の時間がなくなってしまった。

 ゴーナイト成分を充分に摂取できなかったモモンガの機嫌は悪かったらしい。



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(番外編)ゴーナイトとコキュートス

短いです。
戦士職が転移したら、困った事になりそうですよね。


 

 

 ――これはまだ、転移して間もない頃のお話し。

 まだアインズがモモンガさんだった頃。

 

 

 

「モモンガさん、俺やばいかもしれない」

「な、なんですか?どうしたんですか」

 

 NPCたちに聞かれてはマズいと、円卓の間にモモンガさんを呼び出した。

 二人は膝をつきあわせてごにょごにょと話す。

 円卓の間の外には護衛がいた。しかし、部屋には魔法がかけられており、外には話し声が聞こえない。

 それでも大声で話す事は、はばかられた。

 だから内緒話をするように顔を近づける。

 

 モモンガはこっそりドキドキした。

 ちなみにゴーナイトもドキドキしている。

 

「あのね、俺って戦士職じゃないですか」

「そうですね」

「でもね剣の振り方を知らないんですよ、やばいですよね」

「あ〜、なるほど。それは問題ですね」

 

 モモンガは納得した。自分というマジックキャスターとは違い、ゴーナイトは剣を扱う。

 その剣の扱い方を知らないとなれば、問題だろう。

 

「それで、相談なんですけれど」

「はい」

「コキュートスに剣の扱い方を教えて貰えないかなって思いまして」

「それはいいですけれど……ゴーナイトさんが剣の扱い方を知らないという事がバレたら、問題になりませんか?」

「ええ。なので俺ちょっと考えました。――知らなかったのではなく、忘れたことにすれば良い……と」

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 円形闘技場。

 アウラとマーレはいない。円形闘技場の広場に俺とコキュートスがいる。

 俺はコキュートスの前で剣を軽く振った。すると、コキュートスは顎を鳴らした。ちょっと怖くないか?それ。

 

「どうだった?率直な感想を聞かせてくれ」

「……僭越ナガラ、良イ太刀筋カト」

「それだけだろ?」

「……ハイ」

「大丈夫だよ。コキュートス、お前が感じたことは正しい。私はギルド内の戦士職ランキングでは下位だ。武人建御雷さんの攻撃をかわし続けたとはいえ、防御は紙の様だし、攻撃力もない。運が高いから、クリティカルヒットはそれなりに出せるがな」

「ゴーナイト様……」

「次は手合わせだ。現在の私の能力に異常がないか確かめるためにも、手を抜く事は許されない。頼むぞ」

「御意」

 

 

 

 結果はコキュートスの勝ちだ。

 うん、なんら不思議はないな。コキュートスの装備の中には俺対策の物もあったし。多分、建御雷さんが渡しておいたんだろ。

 手合わせも終わった後にその予想を話してやると、コキュートスは納得したようだ。

 

「私ガ勝ッタノハ、武人建御雷様ガ助ケテクダサッタカラナノデスネ」

「そうだな……。そうとも言える。だが、アイテムの力だけではなくて、自身の能力や判断力もあって私に勝ったのだ。その事を誇れ」

「ハイ!」

「ところで、コキュートス。私の動きに何か感じることはなかったか?率直に頼むぞ」

「……ソノ、動キガマルデ初心者デシタ」

「やっぱり?」

 

 俺がうんうんと納得していると、コキュートスは驚いた雰囲気をかもし出した。

 あらかじめ用意しておいた理由を言う。

 

「実は転移の時に、これまでの経験というか……記憶がおぼろげになってしまっている部分があってな。簡単に言うと、剣の振り方を忘れてしまった」

「ナント!」

「だから、コキュートス。俺に稽古をつけてくれないか?」

「至高ノ御方ニ、私如キガ教エル事ナド恐レ多イ事デス」

「でも、お前がやってくれないと私はこのままだぞ?……コキュートス。どうか、私を助けてくれ」

 

 願われるように言われて、拒否はできない。

 このまま、至高の存在を曇ったままにもできない。

 コキュートスは頷いた。

 

「……カシコマリマシタ。コノコキュートス、至高ノ御方ノ剣トシテ、ゴーナイト様ニ剣ヲオ教エシマショウ」

 

 

 

 それから、コキュートスが稽古をつけれくれるようになった。

 その輪の中には、冒険者として出ていくモモンガさんも参加するようになった。

 



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初めての面接

 

 セバスは夕食を持って帰ってきた。

 その間に良い出会いがあった。セバスの心は多少、上を向いていた。

 

 それも館に帰宅するまでだった。

 

「セバス様、アインズ様とゴーナイト様がお待ちです」

「――すぐに行きます」

「こちらです」

 

 ソリュシャンが先頭を歩く。

 セバスは緊張した足取りで後を追った。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 セバスが帰ってくる、少し前にさかのぼる。

 

 王都の館、二階には至高の存在のために作られた部屋がある。

 どの部屋よりも豪華な家具と調度品で飾られたそこに、足を踏み入れるのは二回目だ。

 モモンガさんは部屋を見回している。

 

「ふむ。ナザリックに劣るとはいえ、素晴らしい出来だ」

 

 うんうんと頷くモモンガさん。

 こうやって自分たちの為に用意してくれたことは、どんなに小さな事でも褒めていこうねと、モモンガさんと約束したのだ。

 俺も言葉を紡ぐ。

 

「そうですよね。居心地がいいから、落ち着けます」

「そうですね。ゆったりできます。……さて、セバスが帰ってきた後の予定でも組むか」

 

 上座に置かれた一人用ソファに、まずモモンガさんが座り、その隣りにある一人用ソファに俺も座る。

 ナザリックの自室に用意されたソファはふかふかだが、こちらは硬めだ。うん、こっちも座りやすくていいな。

 

 ナザリックから連れてきたメンバーは、コキュートス、デミウルゴス、念の為ヴィクティム――胎児のような見た目の天使、デミウルゴスに抱っこされる程小さい――、その他のシモベとハンゾウを連れてきた。

 ハンゾウったらマジで便利すぎて困る……多分、他のNPCたちが嫉妬しちゃうレベル……。

 今度、皆が参加できるBBQ大会とか開催して、他の子たちの機嫌とろう。

 

「どうしました?」

「えーと、後で相談したいです」

「?わかりました」

 

 BBQ大会の相談は後でするか……今する事じゃないからな。

 その前に。

 

「コキュートス、アインズさんの傍に立て。デミウルゴスとヴィクティムはこっちだ」

 

 俺の命令を受けて、コキュートスとデミウルゴス、デミウルゴスに抱っこされたヴィクティムの位置が入れ替わる。

 

「?ゴーナイトさん、どうして……」

「私よりコキュートスの方が防御力が高いからです。少しでも、アインズさんの近くには安全を置きたいのです」

「それなら、コキュートスを私たちの中央にして――」

「それだと、コキュートスに迷いが生じるかと。迷っていたら守れる命も取りこぼしちゃいます。だから、コキュートスには、皆にはアインズさんを守ってほしい」

「……守られないあなたは、どうなるんですか?」

「攻撃はすべて回避しますよ」

 

 弾むように砕けた調子で話すと、モモンガさんは深くため息をついた。というか、わざと「はー」って言った。

 

「俺たちのどちらを優先するかは後でしっかり話し合うとして、問題は面接ですよ」

「まず、ツアレには夕食を食べてもらいましょう。お腹が減っては力が出せませんからね。セバスとは今生の別れになるかもしれませんし、二人の時間を作ってあげたいです」

「……なんか、セバスが助けた娘に随分入れ込んでませんか?」

「どちらかと言うと、セバスの方に……ですね。ツアレに関しては、子供が拾ってきた小動物に対して接する感じですよ」

「なるほど」

 

 雑談を交えつつ進めていく。

 組織の、アインズ・ウール・ゴウンの情報は秘密にしておく事になった。

 

「前情報なしですか。ユグドラシル時代を思い出します」

「ナザリックを手に入れるとなった時も、情報無しで挑みましたからね」

 

 懐かしい気持ちに満たされる。

 そこにセバスが帰ってきた。

 ソリュシャンに案内されたセバスは緊張している。ツアレの面接日だもんな、緊張するよね。

 テーブルを挟んだ向こう側で、セバスが深くお辞儀をする。

 

「遅くなりまして申し訳ございません」

「よい。わざとお前がいない間に来たのだ。だから謝罪は必要ない」

「はっ」

 

 モモンガさんの言葉で、セバスの緊張が少し和らいだみたいだ。顔色がちょっとだけ良くなった。

 俺はセバスに声をかける。

 

「セバス、お前がいない間に決まった事を話そう」

 

 当初の予定通り、先程決めた事をセバスに聞かせる。

 ツアレに夕食を食べさせる事、二人の時間を作る事、ナザリックの事を話さずこの部屋に連れて来る事。

 

「……そうだ。アインズさん、この部屋には私たち――セバスの上司がいるという事、面接するという事は事前に話しますか?話した方が、こちらで説明する手間が省けますよ」

「ふむ、そうするか。――聞いていた通りだ。セバス、お前の方で説明しておいてやれ。ただし、再度言うがナザリックについては伏せろ」

「かしこまりました。それでは、いつ頃こちらの部屋に戻ればよいですか?」

 

 俺とモモンガさんは顔を見合わせる。

 俺は「三十分ほどでどうでしょうか?早いですか?遅いですか?」と聞いた。

 モモンガさんはちょっとだけ考えて「そのくらいでいいと思う」と言う。

 

「ではセバスよ。三十分ほどで戻れ」

「かしこまりました。では失礼いたします」

 

 セバスは部屋の外に出ていった。

 

 その間、俺たちはツアレにどんな質問をかけるか、あらかじめ伝えておくか話し始める。

 

 

 

 ――三十分後。

 

 セバスが女性を連れてきた。

 部屋の扉が開かれる。向こうとこっちの視線が交差した。

 メイド服の女性は、愛嬌のある顔立ちを驚きと恐怖に歪ませる。

 

「ひっ――」

 

 悲鳴を上げたいだけマシだなあと思うのだけれど、そう思わないのがNPCたちで。

 なんで怒ったのかわからないが、女性――ツアレ――に対して怒りを向けようとしたので、意識をこちらに向けさせる。

 

「ウォッホン!……失礼、ちょっと喉の調子を整えようと思いまして。あ、私、アンデッドだから喉はないんですけれどね。あはは」

 

 小粋なジョークなのに誰も笑わない。しかも視線が痛い。唯一の救いであるモモンガさんですら「こいつ何言ってんだ?」って感じの空気だしてる!辛い!

 俺は耐えられなくて、話しを進めることにした。

 

「――面接を始めましょう。アインズさん、お願いします」

「――うむ。まずは部屋の中に入るといい」

 

 そういえばセバスとツアレ、まだ部屋の外にいたわ。

 

 

 まずツアレを見たモモンガさんの様子が変わった。

 知らない奴から知人を見る目に変わった感じだ。

 うーん?二人とも前からの知り合いではないはずだし。後でモモンガさんに聞くか。

 

 モモンガさんが今回の面接における注意事項を、ツアレに話す。ツアレはビビっているけれど、必死に耳を傾けていた。

 

 そして、モモンガさんはツアレの本名を聞いた。

 ――ツアレの本名を聞いて、一人だけ納得するモモンガさん。

 そして、ツアレにどうしたいのか、どうなりたいのかを聞いた。

 

 ツアレは震えながらも、強い意志を込めて言う。

 

「私は……セバス様と、一緒に暮らしたいです」

「よかろう。聞け、皆の者。これよりツアレはアインズ・ウール・ゴウンの名の下に保護される。……客人待遇で迎えてやれるが、どうする?」

「あ……セバス様と一緒に働きたいです」

「わかった。お前をセバス直轄の仮メイドにしてやろう。――よろしいですね、ゴーナイトさん」

「異論ありません。セバス、お前が救った命なのだから、ちゃんと面倒を見るように」

「はっ!かしこまりました」

 

 欲しがったもの、拾ったものに対して責任をとるように、そう伝えたつもりだ。セバスの事だ、ちゃんと伝わっているだろう。

 

 後の細かい指示はモモンガさんが出しくれた。最後の仕事がそれぞれ決定する。

 セバスとソリュシャンは小麦の買い付け、デミウルゴスが欲しがったからだ。

 デミウルゴスはどこかに出かけるらしい。気をつけて行ってらっしゃい。一応、ハンゾウを護衛に付けておこう。

 館の警備は……セバスたちが帰ってくるまで、そのままにしておきましょうよ。盗みに入られないとも限らないし。それにツアレがいるから、守ってあげないと。

 

 そこでデミウルゴスが言う。

 ツアレを囮にして敵の拠点を暴こうと。

 それに対して俺は首を振った。

 

「その案は良いものだか、もしもツアレが敵に殺されたら蘇生ができないだろう。危険すぎる……だから、コイツを使う」

 

 カチン――。

 ゴーナイトが金属に覆われた指を鳴らすと、彼の影から一体のハンゾウが出てきた。

 彼はゴーナイトに向かって膝をつく。

 

「正体をみせよ」

「御意」

 

 ハンゾウの姿が溶けて、また何かに固まる。

 それはドッペルゲンガーだった。

 服は祭服を着ている。このドッペルゲンガーはナザリックの司祭なのだ。そしてゴーナイトの被造物であった。

 

「立て、エードラム。そしてツアレに変身しろ。彼女の代わりに囮となれ」

「かしこまりました。――お嬢さん、しばし姿をお借りしますね」

 

 グニャリとエードラムの姿がまた歪み、メイド服姿のツアレが現れた。

 偽物のツアレはその場で、くるりと回転してみせる。

 ゴーナイトは満足気に頷いた。

 

「――うん。上出来だ。では、始めましょうか」

 



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お友達になりたいな

 

 

 ツアレに化けたエードラムは誘拐された。

 予定通りだ。

 

 本物のツアレは屋敷の地下室に、俺と俺についている護衛たちと一緒に隠れていたのでバレなかった。

 というか、地下室の扉を幻惑で隠しておいたので、簡単には見つからないのだ。

 

 誘拐犯たちが屋敷から出て行く気配を感じつつ。充分な距離があいてから、俺たちは地下室を出た。

 

「よし、もういいぞ。皆、ついてこい。ツアレは隊列の真ん中な」

「はっ」

「か、かしこまりました」

 

 俺が先頭を歩く。次にシモべ、ツアレ、シモべといった感じで、ツアレをサンドイッチする。

 敵が屋敷にいないのはわかっているが、念の為な。

 

 当たりをつけた、ある部屋に入る。灯りはつけない。屋敷の主人であるセバスたちがいないのに、明るかったら変だろ?

 部屋のテーブルには置き手紙があった。

 俺は上座のソファに座り、手紙を読んだ。もちろん、マジックアイテムの力を使って読む。

 ご丁寧に時間と場所を指定してきた。

 

「……うん、またまだ時間に余裕があるな。もうしばらくは、セバスたちも帰ってこないし。ツアレ、こっちに来て座れ」

「し、しかし……」

 

 断るツアレに、シモべたちがヘイトを向ける。ツアレはまた体を縮こませた。俺は片手を上げた。緊張した空気が緩む。

 

「いいから、おいで。立ってても意味ないんだし」

 

 優しく声をかけてやると、やっとツアレが動き出す。

 か細い声で「失礼します」と言い、俺の向かいのソファに座った。

 

「うん。それでいい。楽にしてていいからな」

「はい……」

 

 良し。俺ってば、セバスが拾った子の面倒をちゃんとみれてる。上出来じゃん。

 機嫌が良くなった俺は、小さく鼻歌を歌いながらセバスたちを待つ。

 

 あ、そうだ。一応報告しておこう。

 〈伝言〉を発動し、恋人に繋いだ。そして、エードラムが誘拐されたことを伝える。

 

『では、俺たちの可愛い子供たちに手を出した愚か者共に、鉄槌を下しましょう。デミウルゴスを責任者として、セバスを支援する部隊を編成させます』

「はい。よろしくお願いします。では俺はセバスと合流次第、小麦を持って一旦ツアレとナザリックに帰るので」

『はい。待ってますね』

「すぐ戻ります。ではでは〜」

 

 そこで〈伝言〉を解除した。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

「おう、おかえり」

「ただいま戻りました」

 

 セバスとソリュシャンが帰ってきた。二人は俺に膝をつこうとしたが、それを止める。

 

「それよりも、セバス。お前宛てに手紙を預かっている」

 

 誘拐犯からの手紙をセバスに渡す。

 セバスはマジックアイテムを起動させて、読んだ。顔をしかめた。

 

「そこに書いてある通りだ。ソリュシャンと一緒に行ってこい。本当にツアレが攫われた気持ちで行くんだぞ?それからソリュシャン、いつもの姿に戻っていいからな」

「かしこまりました」

「かしこまりました」

「それじゃ、俺たちはナザリックに帰るか。セバス、ツアレは客室に案内しておく。世話は一般メイドたちに頼んでおくから、大丈夫だろう。他に何かあるか?」

「いえ、ございません」

「良し。アインズさんに〈転移門〉を発動してもらおう」

 

 また〈伝言〉を発動する。

 横目でチラリと見ると、セバスがツアレの手を握ってあげていた。熱いね。

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 ナザリックに帰還して、ツアレをメイドたちに預けた。

 それから大至急、冒険者ゴーンとしてエ・ランテルに向かう。ゴーンの代名詞である白い鎧に“早着替え”を付与しておいて良かった。すぐにゴーンに変身できる。

 

 なんでも名指し依頼してきた貴族から、連絡があったらしい。なので、一度エ・ランテルの拠点に〈転移門〉を繋いでもらった。

 そして、貴族から送られてきたマジック・キャスター二名に従い、俺たちは空を飛んでいる。〈浮遊板〉に乗って。

 位階は低いけれど〈浮遊板〉便利だなあ。ゲームだとこんな使い方はできない。

 

 

 

 

 王都上空、数時間ほど遅れてやっとたどり着く。

 そして、モモンが気づいた。

 

「待て!見ろ!まただ。あそこで魔法と思われる輝きがあったぞ」

 

 貴族の元からやって来た二人のマジック・キャスターは、多分といった感じで賛同する。

 

「……確かに……魔法の……ようですね」

「間違いないですよ」

 

 俺がそう言うと、モモンも「ですよね」と確信を持った。

 

「あそこがどこか、わかりますか?」

「あの場所は襲撃をかけるはずの八本指の拠点の一つです」

「なるほど。間に合わないと思ったが、少しは役立てそうだ」

「モモン。俺が飛んであなたを運ぶから、合図してくれ。そこで落とす」

「了解した。ではゴーン、ナーベ、行くぞ」

「はっ」

「お二人とはここでお別れです。乗せてくださってありがとうございました!」

 

 二人のマジック・キャスターと別れて、俺とナーベは空に浮く。そして、俺はモモンの両腕を掴み、その巨体を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 戦闘していたのは、仮面をつけたデミウルゴス。そしてこちらもまた仮面をつけた知らない女性――?女の子?だ。

 彼女の離れた所には二人の――やっぱり女性の死体があった。デミウルゴスがしたのかな?

 そんな事を考えていると、仮面をつけた女性が声を張り上げた。

 

「漆黒の英雄!!私は蒼の薔薇のイビルアイ!同じアダマンタイト級冒険者として要請する!協力してくれ!」

「――承知した」

 

 モモンがデミウルゴスから女性を隠すように立つ。

 うーん、そこだとモモンとデミウルゴスの戦闘に巻き込まれると思うんだよね。

 俺はナーベよりも素早く地面に落ちる。そして、女性の近くに大きな音を立てて、立った。女性は大変驚いた。

 

「誰だ!?」

「驚かせてすみません。チーム漆黒の仲間で、ゴーンと申します」

「……聞いた事がない」

「合流してから日が浅いので、こちらでは話題に上がっていないかもしれませんね」

 

 話を聞いていたモモンが、俺を紹介してくれる。

 

「ゴーンは漆黒の仲間で間違いありません。彼と一緒に下がっていてください。私はデ――デーモンと戦います」

「しかし……」

「ほらほら、下がりましょう。大丈夫です。モモンはとっても強いので、負けたりしませんよ」

 

 イビルアイさんと数メートルほど下がる。

 彼女はモモンの姿を見る為なのか、俺の隣に立つ。

 俺たちがちゃんと離れた事を確認してから、二人は話し始めた。情報交換である。

 

 デミウルゴスはヤルダバオトと名乗っている事。

 モモンは貴族の依頼をうけて王都に来た事。

 デ――ヤルダバオトの目的は、王都に内にあるらしい悪魔を召喚できる強大なアイテムの回収である事。

 モモンとヤルダバオトは戦うしかない事。

 

 強大なアイテムって、ナザリックから持ってきた物なのかな?

 悪魔召喚アイテムって、悪を愛したウルベルトさんが好きそうなアイテムだよな……。俺、ウルベルトさんの事、全然知らないけれど。

 

 そうこうしている内に、モモンとヤルダバオトの戦いが始まる。

 戦士化の魔法をかけているゆえに、体の動きは元々の前衛職と遜色ない。コキュートスとの練習にも出ている為、剣を振るう動きも鮮やかだ。

 何よりモモンのこれまでの努力あってこそ、それらは輝いている。

 

「すごい……」

「でしょう?モモンは素晴らしいんですよ」

 

 モモンの努力を褒められた気がして、俺は声を弾ませた。

 それに対して呆れたようにイビルアイさんが言った。

 

「……あなたはどれだけ凄いんだ?」

 

 ――瞬間、イビルアイさんを殺さんばかりの圧が、空から降り注ぐ。

 イビルアイは弾けるようにして空を向く。

 

「!?」

 

 その圧を、片手を上げて制した。

 圧の根源は、ゆっくりと空から降りてくる。

 

「ナーベ、ダメだよ」

「しかし」

「ダメ」

「……かしこまりました」

 

 ナーベはやっと圧をかける事を止めてくれた。

 うんうん。それで良し。

 

 ゴガン、という音がして、ヤルダバオトが大きく吹っ飛んだ。石畳の上を滑る。

 モモンから数メートル後退した辺りで、彼は服のホコリを払った。

 

「お見事です。あなたのような天才戦士を相手にしたというのは私の唯一の過ちかもしれませんね」

 

 モモンは自分の背丈よりも少しだけ短い――常人からすれば十分な――大剣を、石畳に突き刺した。

 そして、ヤルダバオトに「まだ力を隠しているだろう?」と言う。

 それを聞いたイビルアイさんが、聞いた事がない言葉を発する。

 

「もしや……神人か?」

 

 ――この子とは、仲良くなっていた方がいいな。

 ゴーンは横目でイビルアイを観察した。

 



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挨拶は大事なのです。

 

 

 ヤルダバオトを退けて、一息ついてからナーベにデミウルゴスと連絡を取らせる。

 デミウルゴス……作戦内容教えてくれなかったよ。悲しい。デミウルゴスの作戦が俺のせいで失敗したらどうしよう。

 

 

 

 場所は変わって、王城の一角。

 王都の冒険者たちが集められていた。ヤルダバオトを倒すための作戦会議だ。チーム漆黒は作戦の要を任された。モモンがデミ……じゃない、ヤルダバオトと互角に戦ったからな。一番やばい敵を任されるのは当然だな!

 

 チームのリーダーをつとめる冒険者たちは、部屋の奥に呼ばれた。作戦内容を知るためだ。チーム漆黒は、後で別室で作戦内容を聞く事になっている。

 みんなとは違う動きをするからね。仕方ないよね。

 

 リーダーの皆さんが作戦内容を聞かされている間。

 副リーダーと思わしき人たちが、俺たちに殺到した。俺とモモン、それぞれ一列になって並んでいる。……モモンの方が圧倒的に多いな。

 

「――え、なんですか?」

「ああ、挨拶をしておこうと思いまして」

「なるほど」

 

 手を差し出されたので、握手を交わす。

 軽く自己紹介をして、ちょっとした雑談をして、次の人の順番になる。

 ぐわ〜、ここに名刺があればな!少しは相手の情報を覚えられたのに!特徴とか書き込んだのになあ!

 

 列が終わると、並んでいなかった冒険者たち――まだ若い――が、今度は並びにくる。

 自己紹介を聞けば、駆け出しの冒険者らしい。めちゃくちゃ緊張しつつも挨拶に来てくれた。

 う、初々しい!なんだか視線に熱がこもっているのは、アダマンタイト級冒険者への憧れかな?それなら憧れの像を壊さないようにしたいと思う。

 

 先に並んでくれた冒険者たちの時と同じように、自己紹介と雑談をした。

 駆け出し冒険者は興奮したように顔を赤くして去っていく。ほとんどは笑みを浮かべているから、対応は間違えていないだろう。

 

 途中でイビルアイさんがモモンを迎えに来たが、モモンは行かなかった。

 先に並んでくれている人たちが優先だってさ。わかる。

 挨拶にはナーベを行かせた。一人で行かせていいものか悩んだが、こちらにも列がある。ナーベの応援には行けそうにないな。

 ……列に並ぶ人さっきより増えてない?もしかしてモモンの列に並んでから俺の所に来てる??

 

 

 

 結局、モモンより時間をかけて列を片付ける。

 なんでこんなに並んだんだ??

 やっと解放されたので、モモンとナーベの所に向かった。そこにはイビルアイさんもいた。

 

「お待たせしました」

「いえ、さほど待ってませんよ。では、あちらに行きましょうか」

「ええ」

 

 二人並んで歩き出す。ナーベとイビルアイさんは後ろだ。

 

 

 ――――――

 

 

 ラナー王女とその配下、蒼の薔薇と漆黒――つまり二つのアダマンタイト級チームなどを見送ってから、その場に残された冒険者たちは話し出す。

 話題はチーム漆黒だ。

 

 人として器がでかい。

 丁寧。

 朱の雫のメンバーもそうだぞ。

 

 そんな雑談から入り、モモンの人柄に話がうつる。

 蒼の薔薇の一人が呼びに来たのに、リーダーであるモモンは行かなかった。代わりに仲間のナーベに任せた。

 

 悪く言えば、状況判断を間違えそうな人。

 良く言えば、同じ冒険者を――例え駆け出しであろうと仲間を尊重してくれる人。

 

 その部屋にいる冒険者たちは、モモンに……同じく残ってくれたゴーンに魅了される。

 

「そういえば、ゴーンという人物について、どれだけ知っている?」

「ほとんど知らないな……とにかく、さっきの短いやりとりで、いい人なのはわかる」

「おれは知っているぞ。なんでもモモンと同格の強さで、一人で伝説級のモンスターキメラを倒したらしい」

「はっ……キメラだと?嘘だろ。あれはおとぎ話の中のモンスターで、実際にはいないはずだろ?」

「いる。あと、本当だ。エ・ランテルの冒険者組合長が、本物だと発表してる」

 

 一瞬、時計の針が聞こえそうなほど、辺りが静まった。

 

「おれ、とんでもない人と握手しちまった……」

 

 モモンたちが去っていった扉を見つめる視線には、憧れが満ちている。

 ゴーンと握手した手をグッと握った。

 ――まだ、あのガントレットのかたさが残っている気がした。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

「(セバス、顔広いな……)」

 

 ゴーンは、今話題に上がっている人物について考える。

 

 セバス・チャン。

 ナザリックの家令。生活面の最高責任者。

 

「(たしか、報告書の中にはクライムとブレインの名前はなかった……と思う)」

 

 ゴーンは書類仕事が大の苦手だったので、仕事ではない視点から書類を読んでいた。

 

 それは、日記である。

 

 セバスが書いてくれた日記だと思って読む。

 遠くにいるセバスとソリュシャンが、元気に仕事を頑張っていることを喜んだ。そして日記……じゃない。報告書には、ほとんど仕事関係しか書いてなかったはず。

 

 チラリとクライムとブレインを見る。

 

 うーん。根性があってカルマ値がプラスよりな彼らなら、セバスに気に入られるだろう。

 いつ作ったコネクションかな?

 

「(あとで、セバスに教えてもらおうっと)」

 

 とりあえず、ここは無難に褒めておきますか。

 そう思っていたら、モモンが言った。

 

「そのセバスという人物と私が実際に戦ってみないことには、どちらが上かなど想像もできませんが……」

「モモンさーーんとゴーンさーーんの方が上です」

 

 イビルアイさんが頷いた。

 俺とモモンは、ナーベの頭に軽くチョップと拳を落とす。

 

「そんな風に言っちゃダメだ。ナーベ」

「申し訳ありません……」

「――仲間はこういっておりますが、クライムさんとブレインさんが強いと言うのですから、私は互角の強さを持っているのではないかと思いますね」

 

 モモンの言葉をうけて、蒼の薔薇がまた賑やかになる。

 そこで聞こえてきた魔剣の話。

 

「(魔剣キリネイラムか……たしか、アインズさんの報告書にあったはず)」

 

 魔剣かっこいい、と覚えていたアイテムだ。

 集めたらアインズさんが喜ぶかな、と考えていた。

 

 ――国一つ滅ぼせるようだし、集められそうなら、そうしよ。

 

 ゴーンは無邪気に考える。彼に顔があれば、ニコニコと笑っていただろう。

 

 そこにこの国の二番目の王子と、レエブン侯が入室した。モモンたちは、この二人とすでに先程会っている。王城に入ったときだ。八本指に対する備えからヤルダバオトを討滅することに、依頼内容が変更されたのだ。

 そして、王女たちが集めた冒険者と協力することも要請されている。

 

 彼らと軽く言葉を交わし、モモンたちは退出する。

 どうやら、王女に話があるらしい。

 最後に王女は言った。

 

「では皆さん。私はここで、皆さんが誰一人欠けることなく戻ってくることを、神にお祈りしております。……皆さん、より正確に言えばモモンさんに全てはかかっています。ご武運をお祈りしております」

 

 深く頭を下げる王女に、それぞれ答えながら、今度こそ部屋から退出した。

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 戦闘が始まる。

 イビルアイさんとナーベ、それから俺は空を飛べるので、飛ぶ。ついでに俺が飛べないモモンを運ぶ。後ろから抱きついて、持ち上げるのだ。なんでこの持ち方かって言うと、モモンが両手に剣を握っているからだ。

 両腕は使えた方がいいでしょ?

 

 ……イビルアイがめちゃくちゃこちらを見てくるが、絶対にこの役目は譲らんぞ。

 

 甘い雰囲気なんて今は邪魔だけど、ナザリック外の女性とくっつくのを許せられるほど、こちらの心は広くないんだよ。

 アルベドとシャルティアは抱きついてもいいよ。うちの子だから。俺は我慢する。

 

「ゴーン、落としてくれ」

「了解」

 

 ある地点に来たので、ぱっと、モモンを地上に落とす。衛士たちとモンスターの間だ。

 モモンは、瞬く間に地獄の猟犬を切り裂く。

 ――たった二撃。それで、獣のモンスターたちを倒してしまった。

 

 次は朱眼の悪魔だ。六体いる。

 いっせいにモモンに向かって突撃してくる。

 

「……ゴーン。頼みます」

「いいですよ」

 

 まるで相手の得意な仕事を頼むように。気軽なやりとりだ。

 ゴーンを空から地上へ滑り落ちる。そしてモモンよりも少し細い長剣を抜いて、スキルを発動させた。

 一振、巨大な斬撃となる。

 モモンから先の地面を、レンガの壁を簡単に抉った。

 朱眼の悪魔たちは、身体を真っ二つに切られている。

 

「すげえ……」

 

 衛士の言葉が聞こえた。

 そうだろう。モモンは凄いんだぞ?

 俺は誇らしい気持ちになる。

 

 次だ。

 魂食の悪魔、一体だけだ。逃げようとしていたので、斬撃を飛ばそうとした。

 

「左に退いてください」

「はい」

 

 素直に左に退く。

 右側からブンッと巨大な剣が投げられた。魂食の悪魔の首に刺さる。悪魔はばたりと倒れて、息絶えた。

 

「こんなものか……。まあ、軽い運動にはなったな。さて、諸君。これから冒険者たちの反攻作戦が行われるはずだ。もう少しこの場を維持してくれ」

 

 俺は魂食の悪魔だったものから、モモンの剣を引き抜き、振って血を飛ばす。

 綺麗になった剣をモモンに渡した。

 

「どうも」

「どういたしまして」

「また運んでもらえますか?」

「いいですよ」

 

 モモンが背中を向けてくるので、また抱きしめて、空に上がる。

 モモンは衛士たちに頭を下げた。

 

「しばらくは悪魔たちも来ないだろう。急ぎで敵の首魁を討伐する。それまでの間、後ろにいる市民たちを守ってくれ。頼んだぞ」

 

 モモンが言い切ったのを確認してから、俺は上空に飛び立っていく。後ろにはナーベとイビルアイが続いた。

 

「……強いんだな」

 

 イビルアイが声をかけてきた。

 あ、俺に声をかけてる??

 

「モモンの隣に立てるよう、頑張っていますからね」

「そうか」

 

 なんか一人で納得してる。

 雰囲気が柔らかくなっているし、チーム漆黒のメンバーとして認めてもらえたのかな?

 



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終幕・ヤルダバオト

 

 

 デミ――じゃない、ヤルダバオトとの決戦にて。

 モモンとヤルダバオト。

 俺と大量の悪魔たち。

 ナーベはプレアデスの三名と。

 イビルアイさんが、プレアデスの中でも真面目な二人と。

 

 それぞれ戦闘が決まった。

 モモンさんとヤルダバオトが、離れた場所で戦闘を開始する。俺は挑発スキルでザコ悪魔のヘイトをガンガンに集めて、切っては切りまくる作業に取り掛かった。

 

「私が他の悪魔を抑えている間に、メイドたちは頼んだぞ!」

「わかった!こちらは任せろ!」

「かしこまりました」

 

 なんかイビルアイさんの口調が素に戻っているようなので、こちらもゴーンの素の口調で話す。

 モモンも、なんか素の口調だったし、いいかなって思った。

 

 どのくらい時間がたっただろうか。地震がおきて、ちょっとびっくりした。

 それでもスキルは控えめに使って、悪魔たちを切ったり投げたりしていれば、ヤルダバオトがこちらに吹っ飛んできた。あらら、派手だね。でも、傷だらけだ。心が痛むなあ……。

 

 遅れてモモンが登場する。こちらの漆黒の鎧も傷だらけだ。

 あたかも二人の間に死闘があったようだ。

 

 その死闘は続く。

 

「モモン!」

「こちらは問題ない!あと少しだけ、踏ん張ってくれ!!」

 

 俺、手伝いに行かなくていいの?って感じで呼びかける。すると「筋書き通りです。そのままでお願いします」と返ってきた……多分。

 そういうことだと納得して、俺はまた悪魔たちをほふる。

 

 やがてその時は来た。

 突然、悪魔たちが動かなくなった。俺の動きも止めて、構えたまま警戒する。

 モモンとヤルダバオトの会話が聞こえてきた。

 

「本当にあなたは、そしてあれだけいた悪魔たちを倒してしまったあなたの仲間も、お強い」

「お前もな、ヤルダバオト」

「それでどうでしょう。提案があるんですが?……この辺りで退きますので、勝負はこれぐらいにして、お互い手を引きませんか?いえ、より正確に提案するのであれば、私は今回はこれで手を引きますので、あなたも追撃を止めてほしいと言うところですか」

「ふざけるな!」

 

 イビルアイさんが激高した。

 ちょっと黙ろう?アインズさんとデミウルゴスが話し合っているんだから。

 

「構わない。いいな、ゴーン」

「私も、構わないよ」

「そんな……!?なぜ!」

 

 イビルアイさんの疑問に、ヤルダバオトはやれやれと肩をすくめる。そして言うのだ。考えればわかるだろう、と。

 

 ヤルダバオトは、悪魔の群れをいつでも王都全域を襲えるように待機させているらしい。

 準備いいな。

 

 王都全域が人質に取られていては、仕方ない。

 という訳で、ヤルダバオトはメイド五人と、辛うじて生きている残りの悪魔を引き連れて、転移魔法で消えた。

 

「行ったな……」

「そうだな」

 

 しばらくザコ悪魔の顔を見たくないや。そう思って頷く。

 

「うわああああああああああ!」

 

 うお!びっくりした!

 イビルアイさんは走って、モモンに抱きついた。

 ――おい。

 俺はモモンと、彼に抱きつくイビルアイさんに背を向けた。

 

「やった!勝った!勝った!流石はモモン様だ!」

「……離れてくれ」

 

 殺気を抑えるのに集中する。えー?俺こんなに嫉妬深い奴だったかなあ。あ、でも父さんがいつもヤキモチやいていたなあ。母さんと目が合った男の人を、敵視してた気がする。

 遺伝かな……??

 

「ゴーン、ゴーン」

「あ、え、なんですか?」

 

 いつの間にか、モモンが後ろに立っていた。

 振り返ってモモンの顔を見る。……なんか、覚悟決めちゃってる??

 

「……ハグしてくれ」

「は?」

 

 一瞬、空白があった。

 

「――私は、あなたとの未来を守りたくて、死力を尽くした。ハグの一つでもしてくれたっていいんじゃないか?」

「……は?」

 

 今度はイビルアイさんの声が聞こえた。

 俺は、慌ててモモンの口元に手の平を当てた。そして小声で言う。

 

「何言ってるんですか?!ハグなんて、ねえ!??」

 

 そんな態度でいたら、俺たちの関係バレますよ!!!

 咎めようとしたら、モモンの口元に置いた俺の手に、彼の手が重ねられる。

 

「愛しています」

「――モモ、ン」

「愛する人を不安にさせるなんて、恋人のする事じゃない。だから、隠すのはやめます」

 

 モモンの顔が近づいて、カツンと金属同士が当たる音がした。

 ――クローズドヘルム越しに、キスされたのだ。

 それからギュッと、抱きしめられる。

 

 俺は嬉しくて、戸惑って困惑した。

 誤魔化さなくていいのか?隠さなくていいのか?

 

 視界の端で戦士長が見える。冒険者に兵士たち、それに蒼の薔薇の面々。

 後戻りはもうできなかった。

 

 俺は喜びに身を任せて、モモンを抱きしめ返した。

 

 

 勝利は、静かだった。

 

 

 

 

 

 

「……はああああああ!???」

 

 

 そうでもなかった。

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

 

 それから五日間。

 王都にある冒険者の宿の中でも、最高ランクの宿屋を紹介してもらう。そこに宿泊した。

 部屋はロイヤルスイート。モモン、俺、ナーベの三人が一緒に泊まれるからいいね。

 宿屋の代金は払っていない。レエブン侯が出してくれたらしいのだ。ありがたく受け取らせてもらおう。

 

 ――モモンとの関係を公表したら、好奇の眼差しで見られるかと思っていたが、それは案外少なかった。

 ほとんどの人が、冒険者を筆頭に、兵士も蒼の薔薇の面々も「驚いたな」って話すだけで、男同士である事を蔑んでこない。

 ……まだ出会っていないだけかなあ?

 

 

 

 ボロボロになった装備は、王都の鍛冶師たちに超特急で直してもらった。装備が直ったので、エ・ランテルに帰る。

 

 王都外れ。

 朝。快晴。太陽は眩しいし、空は雲がなく青い。

 帰りも〈浮遊板〉に乗る事になった。レエブン侯のはからいだ。ありがたく乗らせてもらう。

 王都に来たときと同じ魔法詠唱者に、送ってもらえるようだ。二人に手を振ると、振り返してくれた。

 

 見送りには、レエブン侯と蒼の薔薇のメンバーが来てくれた。

 やっぱりイビルアイさんからは、凄く視線を感じる。居心地悪いや。

 

「今回は非常に世話になりました」

 

 レエブン侯が感謝を述べて、俺たちは軽く頷く。

 

「陛下もあなた方に直接お礼を申し上げたかったそうですが……」

 

 それはね、宮廷の礼儀作法なんてわからないので、お断りさせていただきます。

 王様と会うとか胃が痛くなるイベント、回避したいよ。本当に。

 

「王、および第二王子、第三王女より連名で、モモン殿に対する感謝の書状が届いております。それと王直轄領に関する通行税の一切を免除するという証明板。更には王より短剣を頂いております」

 

 レエブン侯は短剣をモモンに渡した。モモンは後ろに立つナーベに渡した。

 なんでモモンの功績が一番大きいかというと、一番ヤバイ敵だったヤルダバオトを退けたからなんだよね。

 俺とナーベ、それからイビルアイさんは二番目って事になる。

 

 蒼の薔薇の面々が何か話しているが、レエブン侯との会話に集中しているため、あまり聞こえない。

 

「ではそろそろ私たちは行くとしよう。レエブン侯。いろいろと感謝します」

 

 レエブン侯に挨拶し、蒼の薔薇に挨拶する。

 そして俺たちは〈浮遊板〉に乗った。

 それはゆっくりと浮かび上がり、空を滑り出した。

 

 

 

 王都がぐんぐんと小さくなっていく。

 モモンが言った。

 

「今回も大変だったな」

「そうだね。結構疲れたよ」

「褒美が欲しいな」

 

 モモンがこちらをじっと見てくるので、私は頷いた。

 

「あるよ」

「ほう?」

「家に帰ったらね。おいしいごはんが待ってるよ。ね、ナーベ」

「はい。すぐに準備いたします」

「――食事か。楽しみだよ」

 

 ふふ、アインズさん「俺、食事できないんだよな〜」って考えてるだろうな。

 食べられなくても、楽しい思い出になると思うから、楽しみにしててね。

 



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