ハイスクールD×D~ベルの魔王が死んだとき (山寺獄寺)
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魔人、死す

※にじファンからの移転作です。

「ハイスクールD×Dとデビルサバイバーを混ぜたら面白そう」っていう妄想からスタートさせてみました。

主人公はデビルサバイバー オーバークロックでの魔王ルートを進んだ設定にしてあります。

少しばかり独自設定的な部分もありますので、そのあたりは優しい目でお願いいたします。

出来るだけゲーム未プレイの方にも解っていただけるように努力していきます。


大天使メタトロンを倒したと同時に、俺のベル神(英雄)としての役割は終わった。

 

それでいいんだ、と思う。別段、今の生に未練があるわけでもないから。

ハルが言っていた「アンタからは夜の匂いがする」という言葉はまさしく正しいんだ。

そのことを言われたときは、内心の驚きを隠そうと必死だった。

 

いとこから無理矢理渡された悪魔召喚の力、ベルの王との戦い、そして魔王になるという決断。

 

そして――終焉――。

 

魔王になって何かがしたかったわけでもない。いとこは「魔王になれば、どんなことでも思い通りだ」なんて声高々に叫んでいたが、俺からすれば「くだらない」の一言ですんでしまう。

 

ただただ、生きたかった。

生きて、地獄のようだった東京から抜け出したかった。

それだけの話だ。

 

ベル神もくだらない。

 

神も、天使もくだらない。

 

悪魔もくだらない。

 

人のすぐ後ろに潜んで欲望の声に愉悦を見出す悪魔。

 

人の上に佇んで人を管理していた神。

 

そのどちらもが、その存在としての役割としては正しいのだ。

 

欲望によって人間を堕とそうとする悪魔と……。

 

人を律して彼らが正しいと思う道に導く天使。

 

そんな二つを比べるのはそもそも正しくない。

いや、正確には比べようがない。

だから、好き嫌いの判断なんて結局、人それぞれの感覚でしかないんだから。

 

 

そういった取捨選択の上で俺は魔王になることを選んだんだから。

 

 

天使として神の試練に立ち向かおうとした翔門会の巫女も、

 

最後の抵抗としてすべてを殺しつくそうとした男も、

 

自分の愛した女のために命がけで戦ったバーテンも、

 

愛する息子のために必死に包囲網と抜け出そうとした父親も、

 

困った人を助けるために、自分が恐怖の対象となっても誰かを救おうとした少女も、

 

許せない現実に打ちのめされて断罪をもって正義を貫こうとした少年も、

 

真実を求めて必死に生きていた少年も、

 

そして、絶望の中で必死に生き足掻いていた少女も、

 

命の価値を見失いながらも歌を歌い続けた女性も、

すべてが自分なりの決断をもって生きていた。

 

だから、俺は何より人間が好きだ。

 

あの囲いのなかで、絶望に打ちのめされても、必死に一日でも生き抜こうとしている人間の姿が、あまりにも眩しかった。

 

『生きたい』というあまりにも純粋で無垢で原初な願いが満ち溢れていたから。

 

そんな彼らのために、俺はベル神になったんだ。

 

 

最後の戦いも終わりを告げた。東京封鎖も終わることだろう。

 

俺の役目は終わったんだ。

意識だけが、すうっと自分の体から抜けていくような感覚。少しずつもやが掛かったように思考が間延びしている。

 

「ふぅん、コレが『死』か」

 

周りにいる仲間たちに聞こえないように、ポツリ呟いた。

 

特に、恐怖はない。

むしろ当然だと思っている。

あまりにも俺は生き急ぎすぎた。人間の体に六柱もの魔王を溜め込んだのだから仕方のないことだ。

 

けれども、消えいく意識のなか、俺の体の内側に途轍もない力が生まれつつあるのを感じていた。

 

ゆっくりと自分の腹部にそっと指を這わせる。

 

その手の平に感じるのは新たな王の息吹だった。

 

――なるほど、コイツが正当なるベルの王か。

 

俺のなかに集まったベル神の欠片。それがひとつに戻ろうとしている。

 

コイツは魔王としてどう生きていくのだろうか?

 

力強くも高潔な力の奔流。

 

もし仮にコイツが暴君であるならば、俺はコイツを殺さなくてはならない。

 

そう覚悟した瞬間、

 

〈我は悪魔を導く者。人間を滅ぼそうとは思わぬ。されど、人間が我らに牙を剥くならば、そのときは知らぬがな〉

 

厳かな声が頭に響いた。

 

なぜかは解らないが、この声の主が、俺の体から生まれつつある魔王のものだと解った。

 

だから、死に逝く寸前でありながら、のんびりと会話を続けていた。

 

人の世界を支配する気は――?

 

〈ない。天使は天界で、人は人の世で、悪魔は魔界で生きていく。その住み分けは必要なものだ。その境界を侵す気はない。人の思いによって召喚されることはあっても、我らから人間に手出しはせんし――させぬと誓おう、父上〉

 

父上、か。

 

高校二年で魔王の父親になるとは思わなかったな。

 

〈ククク、死ぬ間際にて、そのような思考が出来るとは……やはり面白い人間よな〉

 

どこまでも楽しげな声色だった。

俺の役目は終わったからな。あとはお前に任せるさ。頼んだぞ、息子よ。

 

〈任せよ、父上。ただし、この世にある改造COMPはすべて破壊し、父上の親類の――確かナオヤと言ったか、彼は殺す。彼の者はあまりに危険すぎる〉

 

それぐらいは仕方ない、か。コレはあまりにも危険すぎるからな。そんなことを考えながら、左手で握りこんでいたCOMPに力を込める。それだけで、COMPはガチャリと不穏な軋みを立てて武骨な機械部分を露わにして、そして二つに裂けた。破片が俺の皮膚を裂いたのか、手の中に妙な生温かさを感じる。痛みがないのは、俺の生が終わりつつあることの証明か。

 

不意に、一気に視界が狭くなった。見えている範囲も砂嵐が起きているように灰色に掠(かす)れ、明滅を繰り返す。そんな視界の真ん中で、仲間たちが駆け寄ってくるのが見えた。その顔は一様に慌てていた。ナオヤの顔にも驚愕が張り付いているのが見えて、内心笑みがこぼれる。

 

――じゃあ、さよならだ。

 

〈さらばだ、父上。それにしても――〉

 

別れを告げた俺に対して、どこか含みを持たせるような言葉を掛けてくる魔王。

 

なんだよ。

 

〈自らも魔王となり、そして新たな魔王を生んだ父上が、当たり前のように死ねるとお思いか?〉

 

その言葉が聞こえた瞬間――。

 

〈――『魔人の物語』はまだまだ終わらないのだぁッ、てね〉

 

突然聞こえてきたその言葉に導かれるかのように、俺の意識はどこかへ連れ去られた。

 

〈では、父上を頼みましたよ、混沌殿〉

 

〈はいはい任されましたぁーよッ!、と。ワタシもこーんな面白い人間を死なせるのは惜しいからねッ〉

 

 

 




第一稿終了。


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魔人、転生する

この小説はハイスクールD×Dとデビルサバイバーを混ぜたら面白そうという、作者の妄想を元に作られています。

今回、初戦闘及びスキルが何種類か出てきます。解説はあとがきで。


意識のみ連れ去られた俺は、どこかよく解らない場所にいた。

 

上も、下も、左も、右もなく。暑くも、寒くもない。

 

どこまでも真っ暗な闇が広がっていた。

 

「どこだよ、ココは――」

 

気付けば、意識だけだと思っていた俺に体が出来ていた。ついさっきまでと同じ、寸分変わらぬ自分の体。けれども、魔王の気配はまったくない。

そして、自分の体の大きな変化を感じていた。

 

魔力に溢れていた。

 

人間でも悪魔での天使でもないような、そんな力だった。

 

少し考えたが、答えは出ない。だから、ココに連れて来た本人に訊くとしよう。

 

「ニャルさん、いるんだろ?」

 

〈おっと。バレバレ? ならなら仕方ないなー〉

 

目の前の空間が歪むと同時に、闇の密度が増していく。

 

「あいやしばらくゥ~。主の望みに応じて、我参上ッ!! 我は〈這い寄る混沌〉ニャルラトホテプさんでごぜ~ます。どうも、ご主人様」

 

闇が集まって姿を現したのは、可愛らしい女の子だった。北欧系の透き通った肌に、血のように紅のカチューシャをつけたブロンドの長い髪。紺に近い黒のワンピースを身に着けていた。白のハイソックスに革靴。

一目見れば決して忘れないような美少女だった。

 

そんな彼女――ニャルさんは俺に向かって小さくお辞儀すると、小さな口を三日月形にニンマリと歪めた。

 

気づけば、まわりの景色がどこまでも続いているような白一色の世界に変わっていた。単色なため、どれぐらいの大きさの空間かすらわからない。

 

「どうもニャルさん。んで? どうして俺はアンタのなかにいるのかな?」

 

「ご主人様は早漏過ぎますよ~。あれですか? セッ○ス後はタバコ吸ってさっさと寝ちゃうダメ男君ですか? もう少し奴隷との会話を楽しんでみてもイイじゃん? 今なら我の大人バージョンが快楽の園に連れて行ってくれますよ~」

 

「時間があるならお誘いに乗ってもいいんだけど、このままココにいたら混沌に飲み込まれそうだし止めとくよ。あと、俺は童貞だからヤッたあとのことなんて解んないな」

 

そう言って、俺が先を促すと、ニャルさんは舌をペロッと出して自分の下唇を舐めた。姿形は無垢な少女だが、こういった行動の端々から妖艶な魅力を感じさせた。

 

「残念、このまま私と一緒に享楽ライフを過ごさせようと思ってたのに~。それにしても、不能さんですか? ご主様なら女なんていくらでも手に入ったでしょうにねぇ。ハル、ユズ、マリに、アマネって巫女さんも。皆、好き好きオーラ全開だったじゃないですか~。仲魔にも誘惑されまくりだったし」

 

「なんとなく、俺はそのうち死ぬんだなって予感があった。彼女たちの思いに答えてあげることは出来なかったよ。あと、仲魔たちは誘惑して精を搾ろうって連中ばっかだったし」

 

ニャルさんの言った人たちの顔を一人ずつ思い浮かべる。

 

どうしているんだろうか?

 

東京はどうなっているだろうか?

 

俺は間違いなく死んだ。そして、新たなベルの王が生まれた。それによって東京封鎖は解かれることになるのだろうか。

 

平和な日常を送ることが出来ているだろうか……。

 

もう死んでしまった自分が、こんなことを考えるのも意味のないことだろう。後のことは、そこに生きる人間たちが決めることだ。ただ、人間はそれ以外の存在を知ってしまった。

 

悪魔――。

 

神――。

 

そうである以上、今まで通りということはありえない。

 

いや、それよりも――俺はどうなってしまうのだろうか。

 

俺の考えていることが解ったのか、ニャルさんはクスリとイタズラを成功させた子供のように笑んで、

 

「パンパカパーンッ!! ご主人様はレベルアップぅ! 

力がカンストした。

魔力がカンストした。

体力がカンストした。

速さがカンストした。

ご主人様は人間から『魔人』に進化した」

 

あたりからファンファーレが鳴り響き、クラッカーが破裂する。そして、ニャルさんは手から紅白の紙吹雪を生み出し、天に撒く。

 

「……はぁ!?」

 

意味が解らなかった。

 

「いやいや、下僕としてワタシも鼻が高いですね~」

 

などと、ニャルさんは恍惚の表情を浮かべていた。

 

「悪い。意味が解らん」

 

そんな俺に、彼女は「仕方ないですねぇ」ともったいぶって、

 

「魔王となって、魔王を生み出したご主人様ですよ? 普通に死ねるわけがないでしょう。本来なら、魔王の一柱としての魔界の一部を統治することすらありえる話です。ですが、貴方はあくまで『人間』であることを望んでいます」

 

「ああ。俺はどこまでいっても人間だ」

 

だからこそ、俺はあそこで死ぬことに満足したんだから。

 

「ま~、ワタシもそんなご主人様だから今まで憑き従ってきたんですけどねぇ。きゃぁぁぁ、カッコいい、ご主人様」

 

頬を真っ赤にして手の平を頬に当てて、腰をくねらせるニャルさん。

 

いや、だからその幼女の格好でそんなことしてると、かなり違和感が……。

 

「んで?」

 

「説明が面倒なんでザックリ言うけど、このまま死ぬと輪廻の輪が崩壊します。ご主人様の魔王としての魂の大きさが大きすぎますから。ですんで、輪廻の輪を通ることなく、人間でありながら魔の頂点に到った『魔人』として別の世界へ渡ってもらいます。ですが――」

 

「……ですが?」

 

なんだか嫌な予感がする。聞いてはいけないことを聞いてしまうような。

 

「ご主人様と一緒に生きたいという仲魔が多くてですね~。困ってるんですよね。モテモテですね~。天然ジゴロってヤツですか」

 

ぶつぶつ呟くニャルさん。微かに、「全員敵だから、殺してしまったほうが……いや、でも……」なんて聞こえてしまうから性質が悪い。

 

「てか、普通に考えても連れて行くのはマズイだろ」

 

悪魔が何体も世界に渡るのは明らかに良くない気がするんだが。

 

けれども、ニャルさんは、それに関しては「まったく問題ないんですよ」と、きっぱり否定した。

 

「そもそも、ワタシたちは正確には『悪魔』ではありません。ご主人様も薄々は解ってるでしょう?」

 

「それは……」

 

それはなんとなく理解していた。悪魔召喚プログラムで呼び出される悪魔は、あまりにも悪魔とは呼べない者が多かった。

 

一番解りやすいのは、クルースニクとノルン。クルースニクはスロベニアに住んでいたスラブ人の伝承に出てくる吸血鬼ハンターだ。

彼はあくまで人間として生まれている。その彼の偉業が語り継がれることで英雄化することはあっても、悪魔では決してありえない。

そしてノルンは北欧神話に登場する運命を司る女神だ。

 

そんな彼らが悪魔として呼び出されていることには違和感があった。

 

オーディンもそうだし、天使までも当たり前のように召喚できていた。

 

よくよく考えると、悪魔召喚プログラムというのは、どこか別の世界とこの世界を繋げる門のようなものなのではないのか。

 

「大正解!! 大当たりのご主人様には、ワタシの愛をプレゼントなんてね」

 

ウインクしながらの投げキッスをいただいた。魔力を使ってハートマークの魔力弾まで作って俺のほうまで飛ばしてくるという無駄なサービスまでしてくれた。

 

「でねでね、問題はその門がどこに繋がっているのかっていう話な訳ですよ。はっきり言って、あんな機械で天界と魔界のそれぞれに門を作るなんて不可能ですしねー。そう意味ではご主人様のいとこは天才かも。なんせ人間の『集合意識』に門を開いちゃうんだから」

 

「集合意識――」

 

「そうそう、『集合精神』とも言うけどねー。細かい説明はメンドーですんで省いちゃうけど、ひとつの種の複数の精神はどこかでひとつに繋がっているってヤツです。この場合は人間の精神ってのは無意識な部分で、繋がっているんだーね」

 

さっき飛ばしてきたハートマークがようやく俺の近くまで飛んできた。そして、俺の目の前でパンッと弾ける。

 

「この『集合意識』ってのは、要は人間の無意識の集まり。「悪魔ってこんな形してんのかなぁ」とか、「天使ってこういう性格してそう」とかのイメージが自然と集まってるわけなんですよ。そこに門開いて悪魔呼んじゃう訳だから、当然人間の妄想満点の悪魔や天使が

 

出てきちゃうんだなーこれが。だから、神話体系もバラバラ。好き勝手にポンポンと、人間のイメージが出てくるんだから仕方ないねー」

 

 

「だから、呼びだした人間に対してある程度友好的です」とニャルさんは締めくくった。

 

頭がパンクしそうだった。

 

つまりCOMP(コンプ)は人間の無意識と現実を繋ぐ門の役割をしてる。

 

あくまで人間の無意識から呼び出してるので種族の括りが関係なく呼び出される。

 

だから、そこから呼び出された悪魔や天使なんかの存在は人間のイメージを反映するからある程度人間に友好的になる、と。

 

そこまで考えてみたところで、ふと気付いた。

 

「それが、俺に着いていくこととどう関係があるんだ?」

 

集合意識の海に帰るだけじゃないのか?

 

「ここで問題なのは、人間の無意識から呼び出されていても神魔の性質は持っているってことなんですよー。呼び出されたワタシたちとご主人様は契約で結ばれてます。運命の赤い糸ってヤツですねー。ゴホンッ、ちょっと長話になりますんで座りましょうか――」

 

そう言ってニャルさんが手をかざすと赤いソファーがひとつ現れる。

 

彼女に言われるままに腰掛けると、ニャルさんが俺の上に勢いよく飛び込んできて座ってきた。俺と向き合う形で。

 

「おッ、と」

 

なんとか受け止めると、吹き上がってきた空気から、芳醇な花実のような女性特有の柔らかな匂いが鼻をくすぐってきた。

 

「ん~、戦ってたころはこんなこと出来ませんでしたからー。スキンシップってヤツですね。他のお邪魔虫も出てきませんし……」

 

そう言って頬を俺の胸に押し付け、気持ち良さそうに表情を緩める。

 

「あったかいですねー。細い体に秘められた鋼のような筋肉。クールに見えて熱い思いに満ちた魂。このままご飯三杯いけちゃいそうです。ねーご主人様、ほんとうにワタシとひとつになりませんか? 目くるめく快楽の混沌に沈んでみませんか?」

 

「勘弁してくれ……。それより話の続きを頼むよ」

 

すぐに話が横道にそれるせいで話が進まない。

いやニャルさんの場合は横道のほうが本線なのか。

 

若干辟易しながら先に進めようとすると、ニャルさんは名残惜しそうに顔を胸から離した。

 

「煩悩退散ってヤツですか? まぁ、ワタシの今の体じゃご主人様の熱い情欲は受け止められないですし。仕方ないですねー。契約の話までしましたよね。集合意識から現れているので、当然ご主人様の意識の一部もその形成をになっているわけです。

そうして、契約者が死んだら、その神魔もまた集合意識に戻るんですが。

ここで、イレギュラーがふたつ発生しちゃったわけです。

ひとつは、ご主人様が死ななかったこと。正確には肉体はないので中途半端な生存ですが。それによって契約自体が履行不能、正確には保留というようなかたちになってます。死んでないから集合意識に戻れない。けれど、ご主人様の肉体はこの世には存在しないって感じですね。

もうひとつが、ご主人様が『魔人』になっちゃったことですねー」

 

長々と話しながら、俺の鳩尾あたりに手を当ててくる。

 

「人間の魂(精神)の大きさは人それぞれです。その大きさによって悪魔との親和度が変わります。たしかマリさんでしたっけ、クルースニクを内に秘めてたのは。あれと同じようなことがご主人様もできます。とはいえ、ご主人様の器の大きさは『魔人』となったことで

 

かなりの大きさになってます。どれぐらいかっていうと――」

 

「どれぐらいかっていうと?」

 

「今まで呼び出したことある悪魔全員を内に秘めてもっていけまーす」

 

「チートじゃん」

 

唖然。というか、呆然。『魔人』になったと言われた時点でかなりの力を手に入れた気はしていたが、こうやって告げられると、自分の人外さをまじまじと見せ付けられている気がして気が滅入る。

 

人間でありたかったはずなのに。

自分の思いを貫き続けたはずなのに。

 

「ご主人様が人間でありたいという思いは理解しています」

 

目を閉じていた俺の頬にそっと暖かな感触が広がった。俺のなかの苦しみを和らげるかのようにその暖かさがじんわりと胸に伝わってくる。

 

そっと、目を開くと、ニャルさんの透き通るような肌と、ダイヤのように輝く蒼い瞳が映る。

 

「ですが、ワタシたちもまたご主人様とともにありたいと願っています。八日間という短い契約でしたが――それでも、ワタシたちはアナタとともに生きたいんです」

 

さっきまでのふざけた言葉が嘘のような真剣な思い。今、それをはっきりと感じた。

 

「――解った。一緒に行こうか。多分長い道のりになるだろうけど、一緒に来てくれるか?」

 

フッと思わず笑みが零れた。

 

何を勘違いしていたんだろう。

今の自分がどうであれ、俺は自分が人間だと思っている。

他人が俺をどう評価しようと関係ない。俺は俺の思いを貫いてきたんだから。

 

そして、俺とともに地獄のような八日間を生きてきてくれた仲魔(コイツラ)も、また俺にとってはかけがえのない仲間なんだ。

 

「ありがとう、ございます」

 

彼女の瞳から一筋の涙が零れる。

 

それを俺は手の平で拭ってやる。

 

ニャルさんはなすがままにされながらも、

 

「COMP(コンプ)はもっていけないから、代わりとなるものを用意しなければなりません。とはいえ単純に呼び出すための魔法陣としての機能しか必要ないですが」

 

魔法陣か……。

 

魔導書?

腕輪?

ネックレス?

 

いろいろ考えたが、あまりグッとくる物がない。

 

と、いうより――。

 

「なぁ、ニャルさん。俺らが今から行く新世界ってのは戦いがあるの?」

 

ずっと思ってたことがある。

COMP(コンプ)を持ち歩きながら戦闘をするのは、かなり大変だってことだ。

どれだけ力を持っていても、COMP(コンプ)を破壊されれば戦闘不能になるのだから。

 

俺の問いに対してニャルさんは曖昧に肯定した。なんというか彼女らしくない態度だった。

 

「出来るだけワタシたちの存在で、世界が歪んでしまわないようなトコロを選びますから戦闘は当然あるんじゃないのかなー。ワタシもある程度の選択は出来ますが、特定の世界を選んで渡るってのは出来ないんですよー。だから、〈天使〉〈堕天使〉〈悪魔〉〈妖精〉〈妖怪〉なんかがいる世界ってのをキーワードにしてます」

 

それだったらほぼ確実に戦闘があると思ったほうがいいのかな。

 

ってことは出来るだけ体から離れない物のほうがいいわけか。

 

そう考えて、ふとハルのことが頭に浮かんだ。彼女の左肩あたりにあったタトゥだ。

 

「魔力を通すと見えるようになるタトゥとかって出来る?」

 

さすがに四六時中見えるようなタトゥは入れたくない。

学校に通えるかは解らないが、それでも働いたり遊んだりはしたいからな。

 

「出来ますよー。いつもは見えないけど、魔力を解放すると現れる紋様みたいになりますねー。ただ、そうすると結構大きなタトゥになりますけどねッ」

 

少しずついつもの様子を取り戻した彼女の言葉はどこか気楽だった。

 

「んじゃ、それでお願い。デザインは任せるよ。期待してんね?」

 

元気な彼女に合わせるように俺も笑う。

 

「ん~、任されたよッ!! そこまで期待されちゃ、応えるのが奴隷の役目ってね。それじゃ、始めちゃうから、上着を脱いでくれるかなー」

 

言われた通りに、タイトな黒のボーダーシャツを脱ぐと、体のあちこちに傷が目立った。火傷のような痕もあれば、刃物で切り裂かれたような裂傷もある。出来るだけユズやアツロウを心配させたくないと隠していたが、こうして露になると悲しくもあり、誇らしくもある。

 

「始めますねー。とりあえず右手を前に突き出してもらえますか~?」

 

上着をソファーの背もたれに乗せて、腕を前に突き出す。

 

すると、ニャルさんは自分の両手の平に魔力を集中させながら、そっと俺の右手首に手の平を当てた。

 

「痛みはないですかー?」

 

手の平がギリギリ触れないぐらいの距離を保ったまま、撫で回すように俺の腕を手首から肩のほうへと進んでいく。

 

「痛くは、ない、けど、くすぐったいな」

 

痛みはまったくないのだが、手の平の熱を感じているのか魔力に触れているからかで、じんわりと暖かさを感じていた。

そのせいで微かに触れる肌の感触が妙に敏感に感じられた。

 

「クフフッ、少しイタズラしたいところですけど、マジメにしてるんで我慢してくださーい。あと五分ぐらいはこのままなんで」

 

指先が艶かしく蠢きながら、そっと俺の肌を撫でていく。そのたびに俺の体が反応して肩や背中がピクリと震えてしまう。それが解っているのか、ニャルさんは唇を舌で舐めながらニヤリと笑んだ。

 

痛みには慣れたんだけどなぁ。

 

痛みとは別系統の刺激だから仕方ないことだ。

しかも、性質の悪いことに、さっきからずっとニャルさんは座っている俺の上に腰を下ろしている。

 

そのまま、彼女は俺の腕に手の平を当てているので少し無理な体勢をしているのだ。時々意表をついて彼女が腰を浮かしたり、捻ったりしてくる。

 

そのたびに俺の太ももあたりに彼女の柔らかな感触が伝わってきて、なかなかに刺激が強い。

 

それを解ってやってるんだから、なかなかに悪女だ。

 

とはいえ、今は彼女も俺のために魔法を使ってくれているのだから、我慢しよう。

 

目を閉じて、俺はさっさと時間が過ぎてくれることを切に願った。

 

しばらく、待ってみたものの、一向に終わる気配がない。

 

あれからどれだけ時間が経っているのか解らないが、もう終わっている気がする。

 

なぜか腕を触れていた手が、少しずつ胴体のほうにまで伸びてきたりしているし、なんというか彼女の息遣いが荒くなってきている。

 

「終わってるだろ」

 

「そ、そんなことは――な、ななないんですよー?」

 

バレバレだった。上擦っているとかいうレベルじゃなかった。ここまでうろたえてくれるとむしろ確信犯じゃないかと思う。

 

目を開けて彼女の腰を掴んで放り投げた。

 

腕の力だけだったのだが、小さな彼女の体は二、三メートルほど宙を舞って、

 

「女の子を投げるなんて鬼畜ですッ! 鬼畜罪で逮捕ですッ! アッ、でも鬼畜なご主人様も素敵です。ハァ、ハァ――」

 

クルリと一回転して、何事もなかったかのように着地した。そして、スカートの裾をパンパンと払う。

 

以前の自分では決して出来なかった力技に一瞬呆けてしまった。

 

いや、それよりもまずは確認しなきゃな。

 

俺は自分の右腕に視線を動かす。

特に変わった様子はない。いつもどおりの自分の腕だ。

 

「魔力を流すんだったな――」

 

軽く右腕に魔力を通してみると、薄っすらと右腕に、黒く紋様が奔る。

 

きちんとした魔法陣を見たことはないのでこれがどういった意味を成すものか解らないが、形としては、植物のツタだろうか。それが腕に巻きつくように手首から肘にかけて広がり、重なり合ったりしながら伸びている。

 

ところが良くみると、手の甲辺りから肘の関節辺りまで一直線に何も描かれてない部分があった。

 

「イメージは生命の系譜ですよ。一つの原初から数多の種へ。混ざり合い絡み合い、先へ進む命の進歩です。まー、魔法陣はそれで完成ですが、あくまでそれは陣の役割しかありません。そこに必要なのはご主人様の魔力と血ですー。陣の空いているところにご主人様の血液で線を引いて呼びたい仲魔を呼んでください。そうしたら出てきますんでー」

 

言われた通りに左手の親指を噛んで血を流す。そして、親指で一直線にラインを引きながら、

 

「来いッ!」

 

ドクンッと心臓が跳ねた。そこから吐き出されたように一際大きな魔力が血潮のように脈動する。

 

ドクン――ッ。

 

魔力がタトゥの先のほうから根元のほうに、まるで川の本流に流れ込むように一つに集まっていく。

 

そして、魔力が充分に魔法陣に流れたのを見計らって、俺は――。

 

「来い――ッ! 【魔王】ヘカーテ!!」

 

名を呼んだ。

 

 

右手から魔力が溢れ、眩い輝きを放つ。その光が収まると、そこには、

 

「さっそくアタシの出番かい。何の用だい? 主さんよ」

 

ライオンの顔が不敵に笑った。

【魔王】ヘカーテ。ギリシャ神話に登場する黄泉の国の女王だ。特徴的なのは、その風貌だろう。

 

首から下は鍛えられた女性らしいメリハリのついた体躯をしている。その身には露出の多い黒のボンテージのような服を着ている。その肩や膝部分にはトゲのついたアーマーを装備していて、さらにその手には鞭。なんというか、魔王というより女王様といったほうがいい気がする。

 

さらに目に付くのは三つの頭部だ。首から普通に生えているライオンの頭部とは別に、肩と肩甲骨の間あたりからそれぞれ白い犬と馬の頭部がまるで背中合わせのように存在していた。

 

ライオンの顔に女性の体。現実にはありえないその風貌には不思議な色気があった。

 

「ご無沙汰だね、ヘカーテ。ちょっとお願いがあってさ――。そこにいるイタズラ娘なんだけどさ」

「へ?」

 

俺がニャルさんを指差すと、素っ頓狂な声を上げた。

 

「ちっとばかしイタズラが過ぎるから、お仕置きでもしてもらおうかと思ってさ――」

 

「そんなことでアタシを呼ぶんじゃないよ」

 

メンドくさそうに溜息をヘカーテは吐いた。

しかし、それも一瞬のことで、

 

「けど、そういうのは嫌いじゃないよ」

 

犬歯剥き出しの獰猛な笑みを浮かべた。

 

そして、鞭を持っていた右手が一瞬、翻(ひるがえ)ると、

 

「え、えッ、へぇぇぇぇえ!?」

 

鞭がニャルさんの体に巻きつくと、ヘカーテのほうへ引き寄せた。

 

べちゃっと音を立ててニャルさんがヘカーテの足元に落ちる。

 

「それじゃしばらく頼むよ。俺は少し離れて自分の体の状態確認してくるから」

 

 

無限の広がりをみせる混沌の世界。

 

彼女たちに背を向けてテクテクと歩き出した。

 

「ご主人様ーッ! ヘルプミー!!」

 

「お黙りッ!!」

 

パシッと乾いた音が響くと同時に、「ひぃぃぃぃーッ!!」と悲鳴が上がった。

 

無視、無視。

 

「あぁぁぁーん!」

 

「感じてんじゃないよッ」

 

無視、無視だ。

 

少しずつ遠くなっていく嬌声を手で耳を押さえて聞こえないようにしながら、俺はずっと歩き続けた。

それなりに時間が経った。とはいっても、俺は歩いていただけだ。これだけ歩いてようやく声が聞こえなくなったのだから、逆に驚きだった。

 

立ち止まって、息を大きく吸い込む。

 

「よし、始めるか――」

 

今まで俺は、速さと魔力を中心に鍛えてきた。

 

なぜなら、悪魔や天使からの攻撃を受けるのが怖かったからだ。

あの八日間の戦闘の相手は悪魔や天使なんかの強大な敵を相手にすることが多かった。だから、接近戦をするのにかなり抵抗があった。

 

だから、攻撃を出来るだけ避けられるように速さを鍛えたし、遠くからでも攻撃できるように魔法の威力を鍛えた。

 

アツロウやカイドーが悪魔相手に格闘戦を仕掛けているのを見て、正直、戦々恐々としたものだ。

 

けれども、今はかなり体力面でも向上してしまっている。

 

いままでのような魔法戦以外の接近戦をある程度できるようになったほうがいいはずだ。

 

だから――。

 

さっき噛んだ指先の傷を軽くいじって血を滲ませた上で、もう一度魔法陣にラインを引く。

 

「来い――ッ! 【闘鬼】ベルセルクッ!!」

 

先ほどのように光が溢れ、

 

「オレ……呼んだカ?」

 

たどたどしい言葉とともに現れたのは、豹の毛皮を身に纏った屈強な大男だった。その手には、身長の半分ほどはありそうな赤褐色の大剣。

 

毛皮が顔を覆っているせいで表情は良く見えないが、こちらに対して挑戦的な視線を送っている。

 

「相手になってくれるか?」

 

「お前、倒せば――オレ……魔王二なれ、る?」

 

「おう、俺を倒せればベル・セルクも夢じゃないんじゃないかな」

 

静かに構えを取る。正直、空手を習ったこともないし、格闘の経験もほとんどない。

 

けれど、あの地獄のなかで死線を乗り越えた数は誰にも負けない。

 

自然と体が動く。重心は少し後ろの方へ。右脚を軽く前に出し、両手を前に出す。拳は握らない。すぐに相手の動きに対応できるように

 

踵は地面につけない。

 

傍からみると、合気道や古武道の構えに似ているかもしれない。

 

基本は待ちの姿勢。一瞬の一撃にかける。

 

「じゃあ……いく」

 

「――ッ、来い!!」

 

ベルセルクの言葉と同時に、殺気が溢れ出し、俺へと叩きつけられた。一瞬気圧されて息を呑んでしまう。けれど、負けるわけにはいかない。

 

俺たちの距離は四メートル弱。お互いに一歩踏み込めばそれだけで死地に落ちるような距離だ。

 

それをお構いなしにベルセルクは一歩駆けると、

 

「ゥおおおおぉぉぉォォォ!!」

 

振り上げていた大剣を担いでいた両腕の筋肉が一気に盛り上がる。剣の柄がギリギリと軋む。

 

そして、込められた力が解き放たれて一気に振り下ろされた。

 

空気を切り裂く音。そして、唸りを上げる大剣の圧力。それらが俺の体を強張らせる。

 

まるでスローモーションのように時間が間延びする。

 

 

脳裏に最悪の光景が浮かんだ。

 

 

 

ビビるなッ!

 

前へ出ろ――ッ!!

 

 

 

自分のなかの恐怖を振り払うために俺も、気合を入れて叫ぶ。

 

「おおおおおぉォォォォー!!」

 

両腕を上げているベルセルクの懐に飛び込むように一歩踏み込む。

 

しかし、恐怖に飲まれていた分、俺のほうがワンテンポ遅かった。このまま突っ込めば、赤褐色の大剣は俺の頭を唐竹割りにするのは確実だった。

 

だから俺は両手を上に振り上げてベルセルクの手首に添える。

 

踏み込んで前傾姿勢になってる俺にはベルセルクの力を受け止めることは出来ない。

 

そこで、円を描くように彼の大剣を逸らす。

真下に向かう力を阻まないように流れを斜めに変えてやる。

 

そして――、

 

右のほうに回した腕の反動を利用して、左脚でベルセルクの側頭部を蹴り抜く。

 

「さすが、けど……甘い、な」

 

たしかに左足には感触がある。けれど、俺が蹴ったのは、彼の右腕だった。俺の蹴りを察知して剣から片腕を離して防御にまわしたらしい。

それなりに力を込めたはずだったが、腕一本で防がれてしまった。

 

さすが力に特化した悪魔といったところだろうか。

 

「やっぱ強いな――ベルセルク」

 

力が均衡した状態で俺は笑う。

 

「お前、も強い。オレ……強くナりたい。お前を、守れルように。オレ、二番目でイい。けど、お前以外二負けたく、ナイ」

 

仲魔に恵まれたと正直に思う。

 

ここまでの気持ちを真正面からぶつけられて、嬉しくないわけない。

 

「いくぞ――」

 

振り上げていたままの脚から抵抗が突然消えた。グラリと上体がバランスを崩す。

ベルセルクは膝を曲げて正中線を軸に回転しながら、脚を刈り取るような低い軌跡で回転切りを放ってきた。

 

上体が傾いてしまっている俺がそれをかわすには、飛ぶしかない。

 

けれど、それは相手も理解しているはずだ。飛んだ俺に対しての追撃の手段を持ち合わせているはずだ。

 

だから――。

 

俺は、遠心力を含んでかなりのスピードになっている大剣の腹を、抵抗を失って宙ぶらりんになっていた左脚で踏みつけた。

 

「あ――?」

 

ベルセルクの口元が驚きで半開きになっている。

 

それも当然だ。一瞬でもタイミングがずれれば俺の足は断たれているのだから。

 

けれど、その賭けに俺は勝った。

 

無理矢理腰を捻ったせいで、腰が軋む。

 

まだだッ!!

 

体がクルリと後ろに向ける。そして、上体を地面に向かって傾ける。完全に倒れこむ寸前に両手をついて、バランスを取る。

その反動を利用して、馬が後ろ足を振り上げるような格好で右脚の踵でベルセルクの顎を蹴り上げた。

 

「あ、が――」

 

踵に感じる骨の硬さ。そして、ベルセルクの肺から漏れ出たようなうめき声を聞きながら、俺は両腕に力を込めて体を引き起こしながら体を反転させて前を向く。

 

ダメージを受けたベルセルクはたたらを踏んでいて、未だに俺に反応できていない。

 

 

ココで必殺の一撃を――!!

 

 

【スキル】エクストラチャージ発動ッ!

 

 

 

左脚で思い切り大地を踏み込み、右脚を畳む。そして、溜め込んだエネルギーを一気に解放するように、右脚を前に蹴りこむ。

 

「――〈最後の一撃〉ッ!!」

 

ドンッと火薬が爆発したような轟音が木霊した。一瞬遅れてメキッと嫌な音を足の裏越しに感じた。

 

これは骨が逝ったか――?

 

俺の一撃はベルセルクの無防備な鳩尾を蹴り抜き、そして、衝撃で彼は吹き飛んだ。

 

錐揉みしながら物凄いスピードで吹き飛んだ彼は受身も取れずに転がっていく。

 

「おーい、生きてるかー」

 

ようやく止まった彼はピクリとも動かない。

 

「ヤッバイ! やりすぎた。――サマリカームッ!!」

 

急いで駆け寄って回復魔法をかけると、ようやく彼は上体を思い動きで持ち上げた。

 

「――お前、やっパり強い。自信持て。お前、誰にモ負けナい」

 

「ありがとな。また手合わせしよう、ベルセルク――、いや未来のベルの一柱」

 

俺の言葉に一瞬、彼は目を見開き、そして嬉しそうに笑って俺のなかへと消えていった。

 

よく解らない感情が湧き上がった。高揚感のような、達成感のような、そんな不思議な感情だった。

 

パチパチパチ――。

 

そんな感情が胸を渦巻いていた俺の背後から拍手が一つ。

 

振り返ると、赤いソファーに座って手を叩くヘカーテ。そして、どこから持ってきたのか解らないロープでグルグル巻きになって倒れているニャルさんがいた。

 

どうやら観戦していたらしい。ココはニャルさんの世界だから距離なんてものは自由自在なのだろう。

 

「さすがだね」

 

「カッコよかったですー」

 

ヘカーテがニャルさんを踏んでいるのは気にしたら負けなのだろうか。

 

「チートだからこれぐらい出来ないとな。それよりヘカーテもありがとう。くだらないことで呼んじゃって悪かった。今度はちゃんとしたところで呼ぶよ」

 

「頼んだよ。アタシは何より戦いが好きなんだからね」

 

彼女は最後に獰猛に笑って消えた。と同時にニャルさんを縛っていたロープも消える。

 

ヘカーテの持ち物だったのか?

 

ニャルさんは立ち上がって服についた埃を叩く。

 

「準備は終わりましたかー」

 

「ああ、これなら負けないだろうさ」

 

覚悟は決まった。

 

俺は自分の思いを貫いて生きていく。

 

「じゃー、ワタシも戻りますねー。でわでわ、新たな世界でまた会いましょう、ご主人様」

 

ニャルさんの体が霧のようにぼやけていく。

 

そして、その姿が完全に消えてしまう寸前、

 

「それじゃ、フリーフォールッ!」

 

足元の感触が消えた。

 

「はぁ!?」

 

一瞬の浮遊感。

 

そして、重力に引かれて、俺は足元に空いた大穴のなかに落とされた。

 

「ぅおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」

 

視界は完全に闇。ただ、自分が落ちていっている感覚だけがあった。まるで、真っ暗なトンネルのなかを滑っているような気持ちだった。

 

アトラクションのように楽しめる要素は一切ないが……。

 

そして、足元のほうに光り輝く出口を見つけた。

 

その出口から飛び出たオレは、夕焼けに染まる真っ赤な町並みを見おろしていた。

 

上空約1000メートル地点。雲一つない夕焼け空にオレは投げ出された。




【スキル解説】
・エクストラチャージ
エクストラターン中の攻撃によるダメージを二倍にする。
エクストラターンはゲーム中におけるターン終了後の追加攻撃ターンのことですが、今作では相手がダメージを受けて動けなかったり等の状況において発動するという風にしています。

・最期の一撃
自分のHPを1にするかわりに、その分のダメージを相手に与える。
体力がカンストしている主人公がこれを放つと、確実にオーバーキル。いわゆるやり過ぎってヤツです。

・サマリカーム
死亡したキャラクターをHP全回復で復活させる。
死亡を復活させるのはさすがにマズイので、瀕死クラスのダメージを回復させる効果として設定しています。


ご意見・ご感想をお待ちしています。

※なぜか改行が不適当になっていたので訂正

※さらに訂正


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魔人、命を救う

この小説はハイスクールD×Dとデビルサバイバーを混ぜたら面白いかもという妄想から生まれています。


ただいま高度約一キロの上空から落下中。

 

――なーんて、一瞬お気楽に考えた。

 

はっきり言うが現実逃避以外の何物でもない。

 

 

「ぅおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

腕や脚で空気を蹴ってみても、当然ながら浮けるわけがない。あくまで悪足掻きだ。

 

『魔人』になっていてもあくまで人間だからな。翼があるわけでもないし、『飛翔』のスキルを持ち合わせているわけでもない。

 

「――とか考えてる場合じゃねぇ!」

 

〈今のご主人様なら落ちても無傷で生還できるですよー〉

 

頭のなかにお気楽な声が響く。

 

「空から人が降ってきたら下にいる人がどんな反応するかわかったものじゃないだろ!!」

 

「空から女の子がッ!!」なんてことはないだろうからな。

 

空飛べる悪魔を呼ぶことも一瞬考えたが、東京封鎖のときと今とでは状況が違う。

 

あの時は悪魔が当たり前のようにいたから、恐怖されることはあってもその存在が悪魔であることは公然の事実だった。

 

今は、そもそも悪魔なんてものが一般に認知されているわけではないだろう。そんなところで悪魔に乗って俺が現れるのは明らかにマズイ。

 

〈そんなことを考えてるうちにどんどん地面に近づいてますよー〉

 

 

どうも、死に直結しないと気づいてしまっているせいか、自分の思考回路がいくぶん暢気だった。我ながら呆れるほどの能天気さだ。

 

「てか、ニャルさんならなんとか出来るんじゃないの?」

 

〈ん~。……実はワタシー、ご主人様の魔力を抑えるためのリミッター的な役割をしてましてー。今ワタシが外出ちゃうと完全に魔力垂れ流しですよ。そっからこの街の天使やら悪魔やらに注目されちゃったりなんかしたりして? どうします? 出ましょうか?〉

 

「他のヤツ呼んでも魔力漏れるよなぁぁぁ!?」

 

だんだんと重力によってスピードが加速度的に上がっているのを感じる。

 

だって、地面がますます近づいてるから。

 

〈そうですねー魔力がちょっと漏れて「少し調査しましょうか」ってのと、かなりの魔力が発生して「今の魔力は何!? 全員警戒して!!」ってぐらい違いますかねー〉

 

「マリさんみたいに、俺が体貸すのは!?」

 

〈アッ、その手がありました!! でわでわ選手交代をお知らせします。ご主人様に変わりましてぇ、ニャルラトホテプ~、ニャルラトホテプ~。背番号~、無限〉

 

一瞬、意識が遠のく。

 

「でわ、ゲートオープンッ!!」

 

俺の口から出たとは思えないほどの軽い口調でニャルさんがそう言うと、足元にまた黒い穴が現れる。

 

「むっ、北西方向の公園にてイベントの気配を感知。うしうし、乱入が漢の華よの~。ワタシ女の子だけど。てか、邪神だけど」

 

穴のなかに体が入り込んだ瞬間、

 

「これ以上、ワタシが出てるといろいろメンドーなんで選手再交代です。ニャルラトホテプに変わりましてぇ~、ご主人様ぁ~、ご主人様ぁ~。背番号~、666」

 

再び俺の意識が遠く。

そして、完全に意識が入れ替わった瞬間――。

 

「クソがッ、あとで覚えてろよ」

 

荒い言葉になるのも仕方ない。

 

イベントに乱入とか言っていたが、そこに突撃するのは俺なんだから。

丸投げにもほどがある。

 

地面から四メートルのところで再び現れることとなった俺は大地の上に着地した。

 

下手したら怪我をするような高さだったが、まったくもって無傷だった。余裕と言ってもいい。

 

降り立った場所は、どうやら公園らしい。四方を木々で覆われていて、人の気配もない。

 

一瞬、よく行った芝公園を思い出したが、そこまで大規模な公園ではなかった。

 

そして、

 

「――ッ何者よ!?」

 

黒い翼を羽ばたかせた黒髪の目のパッチリとした少女と、

 

「な、な、んだ――?」

 

腹に穴を開けて倒れ込んでいる少年がいた。

 

それを視界に入れた瞬間、目の前が真っ赤に染まる。

 

あぁ――、よく知っている。

 

俺はこの光景を、よく知っている。

 

この世の理不尽をすべてかき集めてぶちまけたようなこの惨状を――。

 

耐えようのない怒り。ありえないほどに頭が熱い。

 

左手の親指をグッと噛んだ。今までよりも鋭い痛みが奔ったが、知ったこっちゃない。

 

俺は右腕にラインを乱暴に引く。

 

「来いッ――!! 【女神】ノルン!!」

 

ヘカーテやベルセルクを呼び出したときよりも強烈な閃光。

 

そして、現れたのは俺の身長と同じぐらいの時計だった。その周りには金色に輝く美しい片翼の天使が三人装飾されていた。

 

「御用でしょうか――?」

 

装飾だと思っていた天使の一人、時計の上に腰掛けていた女性が言葉を発した。凛とした鈴の音のような声だ。

 

「彼の治療を頼む。俺は――」

 

――アレを殺す。

 

自分でも驚くぐらいの低い声が出た。

今までにないぐらい魔力が体内を荒れ狂っている。

 

「主よ。怒りで、我を忘れぬように――」

 

ノルンが忠告してきたが、今の俺には意味がない。それぐらいに頭は怒りに燃えていた。

 

「下等な人間如きが私を殺すですって。フフッ、身の程知らずもいいところだわ」

 

ようやく口を開いた堕天使のほうに向き直った。

 

「なぜ、その男を殺そうとした」

 

「今から死ぬあなたに答えて必要があって? でもいいわ。冥土の土産に答えてあげる。その男には〈神器(セイクリッド・ギア)〉が眠っている。どうせ死ぬんだから最期にイイ思いさせてあげようと思って彼女になってあげたわ。感謝してほしいわね。私が彼女になってあ――」

 

愉快そうに高笑いを上げている堕天使の言葉を遮る。

 

もう、限界だった。

 

「黙れ――」

 

「貴様、人間如きが――」

 

「ドブくせぇ口を閉じろっつってんだよ!!」

 

 

 

一気に走り出す。

 

俺と堕天使の距離は遠い。

 

遠距離から攻撃することもできたが、コイツみたいなクズは直接一発殴らないと気がすまない。

 

「アハハハハッ、薄汚い人間が何を言っているのかしら。そのクソガキは、私がアザゼルさまから寵愛を受けるための糧になるのよ。最期に教えてあげる。私は堕天使レイナーレ。――それじゃあ、消えなさい!!」

 

まったく負けるという予測が出来ないからか、余裕そうな表情をしている。

 

彼女の右手にゆっくりと魔力が集まっていくのを感じるが、その収束はあまりにもお粗末なものだった。

 

こんなもんなのか?

 

呆気に取られる。沸騰していた血が、急激に醒めていく。

 

もしかしたら、隠し玉でもあるのかもしれない。

 

冷静になる頭のなかでいろいろな考えが過ぎっては消えていく。

 

伏兵?

 

俺たち以外の魔力反応はない。

 

余裕を見せて、コチラの油断を誘っているのか?

 

全速力だったスピードを少しだけ下げて、様子をしてみるが、相手は先ほどと同じペースで魔力を集め、

 

「喰らいなさい――ッ!」

 

身の丈ほどある光の槍を作り出し、こちらに向かって投擲してきた。

 

バチバチと音を立てて迫りくる槍。

 

しかし、それを見ている俺はあまりにも落ち着いていた。

 

遅すぎる。

 

俺を貫こうとやってくる光槍の穂先を無造作に掴み取った。

 

「なんですって!?」

 

そんなに驚くべきことだろうか? あー、なるほど。この世界での強さのレベルはあの世界よりも一段低いところにあるらしい。

 

これぐらい出来ないと生き残れなかったからな、なんて端的な思いが頭に浮かんだ。

 

とはいえ、とりあえずコイツはほんとうに弱いことがよく解った。

 

さっきまでの警戒心を返してほしい。ほんとうなら今頃地に伏したコイツを見下ろしていたはずなんだから。

 

しかし、今から反撃を開始しようとした矢先のこと、ノルンの切羽詰った叫びが響きわたった。

 

「主、転移用魔法陣の発生を確認しました。間もなく、何者かがコチラに来るかと思われます」

 

体は堕天使に向けたまま、返事をする。

 

「魔法陣!? ――原因は?」

 

「解りません。ですが――時間はあまりないかと」

 

思考がぐるぐると回転する。俺があの八日間で学んだこと。

 

それは常に思考を止めないこと。

 

そして、決断は早くする。

 

時間はどこまでも残酷なのだから。

 

「なにが出てくるか解らんから、一度身を隠す。ノルン、少年の治療は?」

 

倒れたままの少年を連れて行くのは難しい。気絶した男を抱えて街中を歩くのは危険な行為だ。

それに俺自身、自分の身の振り方すら決まっていない状況なんだから。

 

「治療はすんでいます。ただ、血が足りていません。目を覚ますにはもう少し時間がかかるかと」

 

チラリと横目で少年を確認する。

意識のない少年の表情は先程よりも穏やかだった。たしかにまだ血の気は薄いが、目を覚ますのも時間の問題だろう。

 

無責任に思われるかもしれないが、切り捨てなければいけない時もあるのだ。

 

命は救ったのだから、それで勘弁してほしい。

 

「ちぃッ、次会った時はかならず殺してあげる」

 

俺たちの会話を聞いていたレイナーレが黒い翼を広げて飛び立った。

 

「逃がすと思ってんのかよ」

 

未だに俺の手のなかで音を弾けさせている光の槍を振りかぶって、思い切り投げた。

 

唸りを上げて空気の壁を突き破る槍は、後ろを向いて飛んでいくレイナーレとの距離を一瞬で縮め――。

 

力強く羽ばたいていた翼の一つを貫いた。

 

かすかに聞こえてくる呻き声とともに、レイナーレのバランスが崩れる。

 

そこに向けて、俺は右腕をかざす。

 

魔力を感じて、タトゥが妖しく輝いた。

 

「『裁きの雷火』――」

 

彼女に狙いを定め、呪文を紡ぐ。

すると、最初からそこにあったかのようにぶ厚い雲があたりを漂い始め、彼女の頭上に真っ白な魔法陣が展開される。

そのことに気付いて慌てふためくレイナーレ。出来るだけ距離をとろうと進路を変えようとしているが、あまりにも鈍重な動きだった。

 

巨大な魔方陣の範囲からは到底逃れられるわけはなく、魔法陣から発生した雷のような魔力の一閃が一筋駆け下りた。

 

ジグザクな軌道を通りながら、見事レイナーレの体へと直撃し、その身を焦がす。蒸発音に近いような低い轟音が響いた。

 

それを尻目に、俺は少年のほうに近づく。

 

そっとその顔を覗き込む。その顔立ちからは溌剌とした印象を受けた。今まであまり見たことのないタイプだった。もしかしたら、悪魔や天使なんかとはまったく関係のない人生を送ってきたのかもしれない。

アツロウもこんな感じの顔立ちだった気もするが、あいつはネットや機械のプログラミングの印象が強すぎた。

 

彼も見かけによらない何かを持っているのかもしれないな。――〈神器(セイクリッド・ギア)〉という言葉も気になるし。

 

「悪いな。ココに放っておくのは忍びないが、我慢してくれ。……縁があったら、また会おう」

 

少年にそう告げて、公園の出口に向かって走り出した。

 

後ろのほうで、魔法陣からあふれ出す魔力の流れを感じた。

 

ようやくの登場らしい。

 

レイナーレも逃走したことから判断すると、おそらく彼女にとっての敵が現れるのだろう。

 

それだったら問答無用に殺されるということはないはずだ。

 

彼が生きていれば、そのうち必ず会えるだろう。

 

なぜならすでに彼とは“縁”が出来ているのだから……。




【スキル解説】
・裁きの雷火
敵全体に相手の現HPの半分の魔力属性ダメージを与える。
現HPの半分のダメージを与えるので、実はあまり使い勝手がよくないスキルの一つ。耐性の関係もあるので、実際に半分のダメージを与えるのは難しかったりする。

【仲間解説】
・【女神】ノルン
北欧神話に登場する運命の女神。非常に多数存在しているようだが、主に語られるのは、長女ウルズ、次女ヴェルザンディ、三女スクルドの三姉妹である。
世界樹ユグドラシルの根元にあるウルザルブルン(「ウルズの泉」)のほとりに住み、ユグドラシルに泉の水をかけて育てるらしい。ウルズとヴェルザンディは木片にルーン文字を彫っている。スクルドはワルキューレの一人として語られている。

ちなみに【3】という数字は神的な完全を指す数字である。神話では三兄弟や三つの試練といった形で【3】という数字が多く見つけることが出来る。

余談だが、白雪姫の中でも女王が白雪姫を殺すために『腰紐』『毒のついた櫛(くし)』『毒リンゴ』の3つのアイテムを利用している。


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魔人、館に赴く

さて、久しぶりの投稿です。

この小説は、ハイスクールD×Dとデビルサバイバーを混ぜると面白そうだという妄想をもとに作成されています。

できるだけ原作を知らなくても楽しめるようにはするつもりですが、原作を知っていたほうが楽しめるかもしれません。


あのあと、街中を適当に徘徊してみたが追っ手の類は一切なかった。もしかしたら、俺に気づかれないレベルでの追跡をしているというのなら話は別だが、さっき戦闘した堕天使の実力を考慮すると、この世界における俺の実力はかなりの上位だということは容易に想像できた。

 

〈ご主人様の考えてるとーりですよー。ワタシの索敵でも、魔力反応は特にありませんねー〉

 

ニャルさんからも太鼓判を押された。

まぁ、敵が来ないというのなら素直に喜んでおくべきなのだろう。むこうの世界でも殺伐としていたからか、妙に思考が戦闘方面に向かってしまう。とっさの事態にも対応できるといえば聞こえはイイが、結局のところ日常生活向きじゃない。それも、そのうち治るだろうと思うのは楽観的だろうか。

 

「とりあえず、確認しておきたいんだけどさ――」

 

無事と表現するのはどうかと思うが、なんとかこの世界に転生を果たしてみたものの、少しばかり不安なことがあった。それをニャルさんに尋ねてみる。

もちろん、周りに人がいないことを確認した上で、だ。ぼそぼそと独り言を言っているこんな状況を誰かに見られでもしたら、一発で怪しい人だからな。

 

〈なんですー? もしかしてワタシの体がご所望ですかッ!? なら今すぐワタシを呼び出してくださいッ!! 大人モードのワタシが桃色世界へご案内して差し上げまっせー。今ならサービスでハードSMもお付けします。もちろんご主人様がSで、奴隷(ワタシ)がMですが……〉

 

喜色に富んだ声が頭に響きわたる。こんな声が頭のなかで聞こえてくるのは正直勘弁してほしい。耳の中で、黒板を爪で引っ掻かれている気分だった。

 

「相変わらずの平常運転で……。俺らの住むところってあんの?」

 

家。かなり気になるところだった。というより、俺の戸籍ってどうなってるんだ? 警察官に職務質問されて連行されるなんて、冗談でも笑えない。あの八日間でそれなりに野宿には慣れたものの、ちゃんとした屋根のある場所で生活したいというのが正直な願いだった。

 

〈あ、やっぱり初めてはベッドの上でのノーマルプレイをお望みですねー。さすがご主人様、エロの権化ですー!!〉

 

なんか精神衛生上よろしくない勘違いをされている気がする。

そんな風に考えている俺をよそに、彼女の言葉は続いた。

 

〈家ならすでに準備済みですよー。ココからでも見えますし――〉

 

「はぁ!? この近くなのか?」

 

〈とりあえず、右のほうを見てくださいな〉

 

とりあえず、言われた通りに右のほうに首を曲げた。住宅街なのか、一軒家が立ち並んでいる。その家々は、ちょうど俺の視線の中央で一度途切れ、そこから細い道が続いている。そして、その道は住宅街の奥にある小さな山にまで伸びていて、

 

「まさか……アレじゃないよな?」

 

いくらなんでもないだろうと思いながらも指差したのは、その山を少し登ったところにある洋館だった。ここからでも見えるということは、かなり大きいだろう。けれども、そんな俺の思いをぶち壊すように、ニャルさんのお気楽な声が響いた。

 

〈よく解りましたねー。どうです、イイお家(うち)でしょう? 庭付き、一戸建て。部屋数もたっぷりですよー〉

 

「お前、バカだろッ!?」

 

思わず声が荒げた。どこの世に洋館に住んでる高校生がいるんだ。いや、いるかもしれないが、家の主では決してないはずだ。

どこのブルジョアだよ、と言わずを得ない。

 

〈ご主人様のことだから、この世界でもフラグ満載でしょうからねー。これぐらい部屋の余裕がないとダメッすから〉

 

それに、屋敷の警戒用に何体か悪魔を召喚しておく必要がありますしねー、と付け加えた。

 

「家の管理は!?」

 

〈それこそ悪魔の出番でしょーに。家の管理からご主人様の身の回りのお世話まで、さらに不審者の撃退まで何でもこなせるスーパー家政婦、その名は、【妖精】シルキーッ!〉

 

「そこはニャルさんがやるわけじゃないんだ。まぁ、料理とか無理そうだけどさ」

 

〈ワタシが料理見たいななにかを作る作業をすると、基本混ぜこぜの混沌としたなにかが出来上がるんです。食べた瞬間にワタシの仲間入りですよー。適材適所と言ってくださいッ!〉

 

いや、知らないけどね。

 

「あんな豪邸を手に入れるとか、どんな胡散臭い手段使ったんだ? 恐喝か? それとも……館の主を誑かしての乗っ取りか!? 今すぐ警察に行くことをオススメするけど」

 

〈いやいやー、いくらなんでも疑いすぎですよー。もともとはココの地主さんの別荘だったらしいんですけどね。管理の問題で手放して空き家になってたんですよー。それをワタシのほうでチョチョイと書類を弄りまして、今はご主人様のご自宅にしてあるですよー〉

 

「犯罪じゃないか……」

 

額に手を当てて溜息を一つ吐いた。

 

〈これでも一応最高クラスの邪神ですよー? どこにでもいて、どこにでもいない。常に誰かの影にいて、背後からこの世に混沌を導くものでごぜーます。そんなワタシが、干渉して操作したんですからまったくバレる要素はなーすぃんぐ。ご主人様が心配するよーなことはなぁんにも起きやしやせんぜ、旦那ァ〉

 

頭が痛い。どこをどう安心する要素があったんだろうか。けれども、あの屋敷に住む以外の選択肢はないようだ。俺自身、もう野宿は勘弁だしな。

 

〈それじゃーご主人様が納得したところで、お屋敷に向かってレッツ・ゴーですッ!!〉

 

諦めるほかない。もう一度溜息をついて、俺は山のなかに見えるを恨めしげに眺めながら、ゆっくりと歩いていくのだった。

 

それから約五分弱、山のなかを登っていった。

 

とはいっても、その山道はきちんと整備されていて歩きづらいということはなかった。車がきちんと通れるぐらいの道幅はある。両側はうっそうとした林となっていて、すでに夕暮れから夜へと変わりつつ今となっては深い闇の色をしている。

暗闇で出来たトンネルのような道を、周りに気をつけながら歩いていく。

 

十分か、二十分か……。

 

景色に変化がなくただただ、俺の足が土を踏む音だけが辺りに木霊する。

 

そのまま進んでいた俺の視界の先に、ようやく明かりのようなものが見えてきた。

 

山道が終わったのだ。両端の林が切り取られたようになくなった。

 

幕が上がったように木々がなくなり、空が丸く広がっていた。またたく星たち。中央に鎮座する満月が、いつもより大きく見えて仕方がない。

自然と引き込まれる。

 

そして、その月光を浴びて金に輝く洋館の外観。

それはまさに芸術の世界だった。

 

「綺麗だ……」

 

無意識に感嘆の吐息が漏れる。

 

〈いいところでしょー?〉

 

自慢げなニャルさんの声。

 

「あぁ……」

 

俺には頷くことしか出来ない。

 

それほどまでに、この景色は美しかった。

 

それからしばらくの間、俺は幻想的に煌く館を見つめ続けていたのだった。




今回、話はあまり進んでいませんがキリがよかったのでココまでにしました。
少しご都合主義ですが、無理矢理住処を用意しました。拠点がないと、生活感ゼロになっちゃいますから。
そのかわり、拠点はかなりカオスです。

この続きは明日中に更新できたら良いな……。

ちなみに原作で使われる別荘ではありませんww


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魔人、ひと時の平和、狂気の鞘。

この小説はハイスクールD×Dとデビルサバイバーを混ぜたら面白そうという妄想を基に作られています。


平和という二文字に含まれる言葉の重みというのは、あまりにも何物にも変えられないものがある。

 

たとえ自分の認識できる範囲という意味での世界が平和であったとしても、そこから外れた宇宙(どこか)では、今もなお戦争が起き、人が死んでいく。

 

真の意味での平和を成り立たせるためには、地球規模での外敵が必要なのだ。宇宙人でもいい。地球外生命体でもいい。隕石衝突の危機(アルマゲドン)でもいい。悪魔が人界を支配しようと攻めてきてもいい。

――それこそ、人類の敵に足りえるのであれば人間でもいい。

 

『何かと戦う』という意思があって初めて世界は一つになるのだ。

 

けれども、それを個人として感じるのは不可能だ。

 

対岸の火ではないが、人間というのはどうしても自分の世界以外の不穏には目を閉じてしまいがちになるものだ。結局のところ、〈自分さえよければ〉という思考からは逃げられない。

 

他者に目を向けられる人間というのは、あくまで自分という範囲が広いか狭いかの違いしかないと、俺は思う。

 

 

ここまでグダグダと思考を重ねてみたが、つまりのところ俺がなにを言いたいかというと、

 

「平和だ――」

 

俺は、ようやく平和を手に入れられたというだけである。

 

目を覚まし、食事をし、風呂に入る。歯を磨き、ふかふかの布団にはいって一日を終える。

 

そんな当たり前のことを当たり前に出来ることこそが、平和なのだ。

 

それを、俺はふかふかのベッド上に横になって実感していた。

 

けれども、どこか居心地の悪さというものがあった。そわそわするというか、背中がむず痒い。

この館にやってきて一日しか経っていないことも理由の一つではあるだろう。いまだにココが自分の家だという感覚がないのだから。もっと言ってしまえば、洋風の外観に合わせた内装の煌びやかさがあまりにも自分の感性に合わないのだ。

どこぞの高級ホテルのスイートルームかと思ってしまう。そもそも、部屋の大きさがおかしい。俺一人の部屋なのに畳一八畳程度の広さがある。床一面には濃い赤茶のカーペットが敷き詰められている。家具といえば、ベッド、クローゼット、三段のタンスに、丸テーブルに椅子が四脚、大画面の液晶テレビ。パソコン、自分の身長の半分ぐらいの大きさがあるスピーカのついた音楽プレーヤー。天井まで届くほどの本棚に梯子。それにトイレとお風呂まである。これをホテルの一室と言われれば誰もが信じてしまうだろう。

別に俺が小市民だと言いたいわけじゃない。けれども、それでもこの部屋は大きすぎる。

大の大人が三人寝転んでも余裕があるほどの大きな天幕付きベッド。そこにはシルク生地のシーツに重さをほとんど感じない羽毛布団。豪奢な刺繍が施されていて、高級感が凄まじい。

そんな部屋のなかに流れているは、俺の大好きなテクノ。

はっきり言おう、場違いにも程がある。ジャズやクラシックの類には一切の造詣がないので仕方ないのだが、違和感が一周まわって逆に落ち着いてしまう。

 

そしてなにより――。

 

コンッ、コンッ。

 

BGMの流れる室内に、少し躊躇いがちのノックが二度響いた。

 

「どうぞ」

 

こんな部屋にいるせいだろう。ノックに答える俺も、少しおかしなテンションになってしまっている。

 

主様(マスター)、飲み物をお持ちしました――」

 

そう言って入ってきたのは、可愛らしい装飾のはいったティーセットとクッキーを載せたカートを押す一人の女性の姿だった。

オレンジ色を基調とした編みこみドレスに身を包んだ碧髪の女。肌の色は白というよりも青い。けれどもそれは病的な青さではなく、儚さを感じさせるものだった。化粧も薄めで素朴。その表情は純朴で家庭的だ。

 

ゆったりとした動作で体を起こす。

 

「ありがとう、シルキー」

 

ベッドから立ち上がり、まずは音楽プレイヤーの電源を落とした。もともと違和感しかない状況にさらにティータイムが始まるのだから、せめて形だけでもまともにしておきたいのだった。実際、音楽を止めたぐらいでどうにかなる違和感ではないが……。

 

「本日は、ベリーのタルトとアップルティーをご用意いたしました」

 

ブルジョアにもほどがある。慣れた手つきで丸テーブルの上にカップとお皿を置いていく姿を見ながら、そんなことを漠然と思った。

シルキーとは、そもそも家霊――つまり家に住み憑く精霊のことを指す。家主が寝静まっているいるうちに家事を済ませてしまうというのが伝承として残っている。夜中に微かに聞こえる布が擦れるような音がしたらシルキーが住んでいる証拠なんて言葉もあるぐらいである。さらに、家に害をなす人間を殺してしまうといった過激な守護者としての一面も存在する。

そういう意味では、従者としては問題ないのだろう。こういった動きが隙のない所作というものだと示している。

 

けれども、問題はこちら側にある。

どこの高校生が、従者に茶を運ばせるんだと言いたい。いや、いわゆる金持ち(セレブ)と言われる人種は、そういったことに慣れているのかもしれないが、俺は一般市民だ。

正直、今後も慣れることはないだろう。

 

四つある椅子のうち、一番窓際にある椅子に腰掛ける。なんというか、座った感触も今まで椅子なんかで感じたことのない柔らかさと反発力があった。

目の前には、切り分けられたタルトの一つと、赤茶色の液体に満たされたカップ。そして、細かな細工が施された銀のスプーンとフォーク。カップから立ち昇る湯気に乗って、タルトの香ばしさと甘酸っぱい香りが俺の鼻先をくすぐってくる。

 

「美味そうだ――」

 

自然と言葉が漏れた。

 

「どうぞお召し上がりください」

 

シルキーは深くお辞儀をした。けれども、俺には顔が見えなくなる寸前、彼女の顔が赤くなっているのが見えた。どうやら照れているらしい。

それに気づいたからといって、それをからかうようなマネはしない。日常生活においての仲魔の態度というのはなかなかに新鮮だけれど……。あの東京封鎖のときのような戦闘だけで呼び出しているわけではない。あくまで生活の一部として存在している。

 

だからこそ、どこかで感謝しているのだ。

彼らが戦闘以外で生活してる光景を通して、俺が平穏のなかにいることを実感できている。

 

けれども、不意に頭の片隅に過(よ)ぎる。

戦いに命を懸けたあの八日間――。

 

急激な高低差に心肺が対応しきれずに命を落としてしまうかのように。

俺の心は、いまだにあの地獄のなかに取り残されている。

 

ヒトとして生きた俺――。

 

後悔は、ない、はずだ。

 

けれども、もしかしたら――。

 

並行世界なんて概念を考えるのはあまりに荒唐無稽な話だが、もしかしたら別の選択をした俺が、他の未来を切り開いているかもしれない。その未来と今の俺の姿を比較するつもりはない。ただ、気になって仕方がない。逃げようといったユズの言葉に頷いていれば、ナオヤの誘いを断っていれば、ジンとともに行動していれば、アマネの言ったとおりに神の試練に挑んでいれば――、なにか違っていたかもしれない。

 

自分でも女々しいと思う。

 

後悔はないといっておきながら、もっと別の可能性を夢想している。

 

これでは、うかばれない。

 

他の誰でもなく、自分自身がうかばれない。

 

ずるずると思考が奥へと沈んでいく。人間の思考は沈みやすい。なぜなら――。

 

「――後悔するには早すぎるかと思いますが」

 

俺の思考を読んでいるかのような一言が俺を縛っていた鎖を振り払う。

 

「それでもな、後ろを見たくなるんだよ。なにか遣り残しはなかっただろうか? なにかミスをしてなかっただろうか?ってな」

 

「それで、良いではありませんか。主様(マスター)の歩いてきた道筋は、それこそ十年、二十年の先になって初めて結果が見える類のものでしょう。それを今、あれこれ考えたところで結末は見えないでしょう。それこそ、生きて、生きて、生き抜いて、その先に――主様(マスター)が死ぬ寸前になって、その時に判断すればいいのです。アナタにとってあの八日間の決断がどれだけ大きなものだったかは理解できますが、今のアナタは一七歳の少年でしかありません。まだ、人生の半分も生きてない。後ろを振り返ってもいいんです。後悔してもいい、けれども、立ち止まってはいけません。歯を食いしばって前に進む主様(マスター)の姿に、私(わたくし)は惹かれ、ともに生きることを誓ったんですから」

 

力のある言葉というのはこういうものを言うのだろう。完全に納得できたかと問われれば解らないが、それでも前を向ける気がする。

 

「すまない――」

 

「違いますよ、主様(マスター)。こういう時は『ありがとう』と言うんです」

 

あまりにもお決まりな文句だが、クスリと微笑んでいるシルキーの姿を見ると、それもどうでもよくなってくる。

 

「あぁ、ありがとう」

 

少し冷めたカップを手に持ち、口を付ける。アップルティー特有の爽やかな酸味と甘みが口いっぱいに広がり、のどに香りが抜けていく。

ほう、と息が漏れた。

 

「美味い」

 

心からの一言だった。

 

シルキーはにっこり微笑んで、

 

「ありがとうございます」

 

一つの会話が終わると同時に、部屋の外が突然騒がしくなった。

 

この館にはあまりにもふさわしくないドタドタドタという慌しい足音。そして、

 

「きょ~う、っの、ティータイムッは、ベリッ、ベリッ、ベリータルトォ~。ご主人さま~と、甘いッあっまぁいティータイム~ッ! エル・オー・ブイ・イー、LOVELOVEタ~イム」

 

雰囲気をぶち壊すにもほどがある。

 

「私(わたくし)、あの方が本当に邪神なのか疑わしく思うことがあります」

 

ぽかんとした表情のシルキーに、

 

「場の空気を混沌とさせてるだろう」

 

現れた瞬間に混沌を生み出す。さすがニャルさん、なのだろうか。

 

自動車が事故の寸前に急ブレーキをかけたようなゴムが磨り減る音がドアの向こう側で起きる。

ノックなんてものはなく、扉を壊そうな勢いで開け放たれた。

 

「とうちゃ~く。シルキーちゃんとのピンクなアバンチュールはさせませんぜ、旦那ぁってね」

 

天真爛漫な笑みを浮かべて現れたニャルさん。腰に手を当ててふんぞり返っていた。

 

「悪いが、紅茶の追加をふたつな」

 

「ふたつ、ですか?」

 

「あぁ、シルキーも一緒にティータイムしようかと思ってさ」

 

「ですが、私(わたくし)は――」

 

「別にメイドって訳じゃないんだ。それに俺は皆を仲魔であると同時に家族だと思ってる。召喚している間ぐらいメシ食ったりしてもバチは当たらんだろうさ」

 

「|主様(マスター)、分りました。少々お待ちください」

 

手馴れた所作でカートの下の棚からカップを取り出すと、そこに琥珀色の紅茶を注いでいく。「本来はカップを温めたりといった準備が必要なのですが……」なんて言いながらも、表情は明るい。そして、カップと人数分のタルトを用意すると、椅子に合わせてテーブルにそれらを置いた。

 

そして、シルキーはスカートの裾を畳みながら、上品な動きで椅子に腰掛けた。

 

「無視はダメですよー、無視は。ニャルさんは寂しいと世界を滅亡させちゃうんですよー。あ、そしたらご主人様とアタシが新世界のアダムとイブッ!? むしろこんな汚い世界は滅ぶべき!!」

 

見る見るうちにニャルさんの体から魔力がどろりと溢れていく。煌びやかな金髪は逆立ち、スカートの裾が風を受けたようにふわふわとたなびく。

蒼の瞳の瞳孔が開き、焦点はあっていない。魔力が密度を増し、霧のように体を包み、その空間がぐにゃりと歪んでいく。その奥からいくつもの眼球がコチラを覗き込んでいた。瞼(まぶた)もなく血走っている眼からはどす黒い感情の色が見てとれた。

 

「あ、あああぁぁッ、あアアァァァアアアア――ッ!!」

 

ある程度の耐性を持っている俺とは違って、シルキーはその狂気を直に感じて悲鳴に似た声を上げた。顔は血の気が引いて真っ青になり、額から汗がぶわっと滲む。呼吸が不規則になっていて、なおかつ浅い。そして、彼女の体を構成している魔力分子がぼやけはじめていた。このままいけば彼女の構成魔力が崩壊してしてしまうだろう。

 

「いいから、こっち来なよ。紅茶の準備できてるよ、ニャルさん」

 

「あ、そーでした。せっかくのタルトですからねー。温かいのが美味しいです」

 

俺が座るよう促すと、一気に魔力が霧散した。ホニャッとした笑みを浮かべて、とてとてと俺の隣に座ると、フォークを思い切りタルトに突き刺して頬張る。

 

「んまー!!! さすが一家に一台スーパー家政婦シルキーです。酸味も甘みもカリッとした生地も、さいっこうですよー」

 

幸せそうにタルトに夢中になっているニャルさんを横目に、

 

「シルキー、無事か?」

 

声をかける。

 

「ハァ、ハァ――。んクッ、な、なんとか」

 

狂気は消えたものの、いまだに息が荒かった。

 

そのまま何度かゆっくりと深呼吸してようやく回復した彼女は、自分の体を抱いてブルリと肩を震わせた。

 

「さすが、【邪神】ニャルラト――」

 

彼女の名を言おうとしたシルキーの唇を、俺は自分の人差し指で押さえて止めた。

 

「名を呼ぶっていう行為は相手の存在を確定させる意味を持つ。ココで名を呼んでしまうとニャルさんは邪神として存在を確定してしまう。俺がニャルさんって呼んでるのはな、彼女の狂気を抑える意味があるんだよ。だから、シルキーもできるだけ真名を呼ばないようにな」

 

世界を混沌に堕とす存在であるニャルさんからは常に狂気が溢れている。俺が彼女をニャルさんと呼ぶのは、『ニャルラトホテプ』という刀身の外側に、『ニャルさん』という鞘を当てているのだ。けれども、ちょっとしたことでそれは外れてしまう。もしも俺が彼女をニャルラトホテプと呼ぶときは、確実に死が溢れるだろう。

 

俺の魔力を抑えるニャルさん。ニャルさんの狂気を抑える役目を持つ俺。お互いがお互いの鞘を担っている。だからこそ、彼女は単独行動ができないという不便もあるのだが……。

 

「アタシはこの生活を気に入ってますよー。ご主人様あるところに邪神あり、影の守護者ってネ。ご主人様が死ぬときがアタシが消えるときですから。一蓮托生? いえ、赤い糸で雁字搦めですから」

 

「見透かされてんなー」

 

「ご主人様のことで解らないことはありま――、いや、唯一の疑問はいつになったらアタシとの甘い快楽に溺れてくれるのか気になりますけどねー」

 

「一生そんなことは起きないから安心しとけ」

 

いつもの会話を続ける俺たちの姿を見て、落ち着いたシルキーの表情に笑みが零れる。

 

それでいい。

 

皆が笑いあうこの光景こそ、俺にとっての幸福なのだから――。

 



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