僕の灰色アカデミア (フエフキダイのソロ曲)
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幼少期
1話


見切り発車です


僕は傍から見てあまり幸せな子供ではなかった。というのも、生まれた家庭の環境がよくなかったからだ。

 

僕には4歳年上の姉がいた。姉はお姫様だった。速坂(はやさか)家という狭い世界限定のお姫様ではあったが、幼い子供にとってはそれで十分である。

 

姉に極端に甘く姉の言うことをなんでも聞く両親に、ワガママ放題で横暴な姉。僕の役割はなんだろう。姉にとってはサンドバッグ、両親にとっては……特に興味もない子供ってところかな。

 

だが僕は別に自分のことを不幸な子供だとは思わなかった。なぜなら僕は親の愛こそ姉に全て取られたが、逆に言えば姉が僕から奪えるのはそれだけだったからだ。

 

とはいえ、傍から見た人が僕のことを不幸と断ずるのは理解出来る。なにせ、新品のものなんて身につけたことは無いし、誕生日?なにそれ?状態。今夜は貴方の好きな物よー、なんてセリフと共に僕の好物が食卓に上がったことは1度もない。

 

姉の意地悪で姉がしでかしたことを僕のせいにされてご飯抜きや引っぱたかれたりするのは日常茶飯事。姉が欲しがるものはなんでも彼女に与えられ、僕はそのおこぼれたともいえないカスにあやかるだけ。

ついでに姉は心が醜い人間だったので、特に欲しくもないくせに僕の持ち物を欲しがる癖もあった。

 

まあ、幸か不幸か姉は大層頭が悪かったので、僕にとって本当に大切なものを取られたことは無い。いや別に本当に大切なもの、なんてなかったけど。

 

僕の持ってる僅かな取るに足らない持ち物の中で、なくては少し困るものや、まあそれなりに気に入っているものなど、そういうのは取られたことは無い……というか、何度か取られて以降はない。僕は学ぶことができる生き物なのである。

 

そんなわけで5歳になる頃には、僕は姉という宇宙生物への対処法を完全に身につけつつあった。

 

基本的に姉が僕のものを欲しがるのは、僕の泣きそうな顔だったり悔しそうな顔だったり怒りの顔だったりを見て高笑いし、わざわざ奪い取ったものを両親のいない所で僕の前で壊しその壊した罪を僕になすり付け、そうすることで僕の心を踏みつけにしてズタズタに踏みにじりたいがゆえである。

 

まあ、そんな訳なので、姉が欲しがる僕のものは僕が好きなものだ。

 

と、いうことを理解してから、僕は1度も姉に負けたことは無い。姉は負けたことに気づいてさえないけどね。まあ話は簡単なのだ。

僕にとって欠片の価値も無いもの(例えばお菓子の付録のヒーローカードとか、短い鉛筆とか、珍しい形の石とか)を、後生大事にしているように見せかける。

 

そう難しい事じゃない。常にそれを携帯したり、姉の目から隠そうとしたり、姉が触れると焦った顔をしたりすれば済むことだ。これだけで簡単に騙せる。

そして、僕にとって価値のあるものはどうでもよさげな感じを演出してそこら辺にほっぽっておき、姉が見ようが触ろうが何しようが無視するのである。

 

 

結果、このような事態になる。

 

 

「ねえママ!統也(とうや)の持ってるあの鉛筆、欲しい!!」

 

綺羅(きら)ちゃん……、何であれが欲しいの?鉛筆が欲しかったらママと今から可愛いのを買いに行きましょう?もっといいのを買ってあげるわ。ね?」

 

「やーよ!綺羅はアレがいいの!」

 

 

目の前に広がるのは、小学校でクラスの女王としての地位を築き上げ家では姫として君臨する姉が、幼稚園生の弟の僕が持つボロボロの短くて汚い鉛筆を地団駄を踏んで欲しがるという爆笑ものの光景だった。

 

「仕方ないわねぇ……統也。お姉ちゃんに渡してあげて」

 

「嫌」

 

 

僕は端的に拒絶した。決してここで進んでその鉛筆(ガラクタ)を差し出してはならない。母親に、お姉ちゃんに渡しなさい!と重ねて言われても首を横に振って抵抗するのである。

 

そんな僕を見た姉は満足気ににんまりと笑いながら鉛筆(ゴミ)を要求し、僕は悲痛な表情でそれを差し出しながら、そんな姉を見て心の中で腹を抱えて笑った。

 

 

うーん、こういうとこだけ見ると似た者姉弟なんだよなって思う。

 

お互い性格の悪さだけはピカイチだった。まあ、そんな共通点に気づいているのは僕だけなんだけどね。なにせ、僕の方が姉より何枚も上手だから。

 

 

姉は僕を虐げているつもりで、実は逆に僕に利用されたりバカにされたりしていることには全く気づいていない。

 

 

 

 

 

 

5歳の誕生日に、個性が発現した。2ヶ月前の秋のことである。他と比べると平均より随分遅い発現だった。

 

 

僕の個性は、速度支配(スピードラプス)。まあ要するに、ものの速さを操ることが出来るという個性であった。

 

止まっているものを動かすことはできない。だが、既に動いているものなら何でも自由に速さを変えられる。というもの。

 

具体的な例をあげようか。

 

例えば誰かが僕に殴りかかってくるとしよう。僕はそいつの拳の速さを操って、ものすごく拳のスピードを遅くしたり、逆に早くしたりすることが出来る、というわけである。

 

変えられる速さは、僕が知覚した動いているものの速さのみ。“ 知覚した ” という部分が重要である。

 

つまり、見たもの、だけではないということだ。たとえば、姉が僕の悪口を言ったとしよう。統也のばかあほ!

 

すると、統也の、と、が僕の耳に聞こえた瞬間僕はその、言葉(音)の伝わる速さ、を操ることが出来るのである。……これはかなり難しいので最初に個性が発現した時の暴走時以来、なかなかできないのだが。

 

 

まあ基本的に今の僕が操れるのは、視界でとらえた動くものの速さが精一杯であり、また、1度に操れるのは2つ。鍛えれば何個も一度に操れるようになるかもしれない。

 

あ、でも自分の体に関しては今の時点でも凄く自由に操れる。理由はよく分からないがやはり自分の体だからなのかなんなのか、自分に関しては常に知覚しているからなのか、自分の足の速さから始まり発する言葉のスピードさえもスムーズに、いくつでも同時に操ることが出来る。

 

 

 

ちなみに最初に発現したのは2ヶ月前、幼稚園にいる時でクラスメイトの誰かが危ないことをしていて、それを見つけた先生が注意しながら走っていくのをぼんやり眺めていたときに、唐突に僕の個性は発動した。

 

 

不幸にも僕の個性の初めてのターゲットにされた結果、先生の左足は突然ものすごい勢いで地を蹴り、彼女は前のめりに数メートルびょいんと飛んでバランスを崩し地面に顔からダイブした。

 

個性を使ったのは初めてだったけど僕はこれが自分の仕業なのだとハッキリとわかって冷や汗をかき、どうしようかと真剣に悩んだ。やばい。

そしてあたふたと周りを見回したところ、丁度隣に氷の個性の子がいたので、閃いた僕はその子が無意識に生み出していた氷塊を引っ掴んで先生がコケたところに落としておくことにした。

 

 

すると、先生は走っている最中にその子の氷塊を踏んで滑った勢いで吹っ飛んで転んだ、ということになり、その子は無闇矢鱈と氷塊を出さないように!と厳しく指導を受けた。紅白頭のそいつを迎えに来た父親らしき偉丈夫は「そろそろ訓練を開始した方がいいか……」などと謎の台詞を呟きながら先生に謝罪して息子を連れて帰っていった。

 

それを見ていた真犯人である僕は、世の中ちょろいな、と腹の中で高笑いしたのを覚えている。

 

 

 

 

***

 

 

まあなにはともあれその日の帰り、僕は近所の誰もいない空き地に足を踏み入れた。何だか昼間から体の中をモヤモヤしたものが駆け巡るのを感じるのだ。ずっと落ち着かなかったんだよね。謎のエネルギーが駆け回っている感じ。モヤモヤする……。

 

無理やり感覚で押さえつけていたそのもやもやを、そーっと、解放してみることにした僕は、とことこ歩きながら大きく息を吐いた。ふぅっ……。

 

 

「うお゛ぁっ!!……っ!!っ!!」

 

 

その瞬間、ぐにゃりと世界が歪んだ。

 

気軽に踏み出した僕の片足は凄まじい速さで地に埋まり、もう片方は宙に振り上げられて僕はバランスを崩して仰向けに、不自然にゆっくりとした速さで倒れ込む。

 

反射的に振り回した手に当たった小石が弾丸のようなスピードを得て飛んでいき、空を飛んでいた不運な小鳥に命中した。そして僕の視界に映ったその鳥の死体はやけにゆっくり、ゆっくりと地面に落ちる。

 

その時ちょうど町内に流れた、夕焼け小焼けで日が暮れて〜という歌とともに聞こえてくる、外で遊んでいる子供はおうちに帰りましょうという町内放送は、僕の耳に入った瞬間ものすごい勢いで緩急が付けられ、意味不明なものに早変わりした。

 

ガンガンと痛む頭を押さえながらとりあえず起き上がろうと、地面にぶっ刺さった足を抜き、上半身をあげようとしたが何故か体がスローモーションにしか動かなくなり、半身を起こすのに普段の2倍の時間がかかる。かと思いきや、立ち上がろうと足で地面を踏みつけようとした瞬間、突然足の振り下ろされる速さ上がって僕はそのあまりの勢いに宙に浮いた。

 

 

「うわぁあああ!!」

 

 

ドスンと地面に落ちて、僕は再び無様な悲鳴をあげて地面にダイブする。ごめんなさい先生!!これは痛い!!バチが当たったのか!!いった!いったい!ごめん!ほんとにごめん!罪をなすり付けてごめんなさい!!

 

なんだ、なんなんだ!一体何が起こって……っ!!!!

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「ぜーっ、ぜーっ…………」

 

 

体力が尽きかけたことにより個性が止まったあと、ボコボコと地面に穴が開き、鳥や動物などがバタバタ気絶したり死んだりしているその場の惨状に僕は慄いて家に逃げ帰った。

 

それから気絶するように寝て朝起きて幼稚園バスに乗りおはようの挨拶をしご飯を食べ、お昼寝の時間に布団に潜り込んだことによって、やっと落ち着いた僕は必死に頭を回してその日の夜、何とか情報を整理することに成功する。

 

どうやら僕がもてあましていたモヤモヤしたものは発現したばかりの個性だったようで、暴走した個性によって僕は自分や音を含めた、その場にあるありとあらゆるモノの速度を変えてしまっていたようだ。と。

 

そしてそれから自分の個性について考察をしてちょっと実験して、今に至る。

 

 

「統也ー!!」

 

 

階段から大声で自分の名前がよばれた。

 

 

僕は大きく息を着いてベッドから起き上がった。

 

 



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2話

「あーなんか綺羅、トマト食べたくなっちゃったなあ!」

 

「そうなの、綺羅ちゃん。おかわりしていいわよ」

 

 

個性発現から3年が経ち8歳になったある日、朝食の席で、トマトのおかわりを欲しがる姉に母が冷蔵庫から新しいのを出してきた。最後に残ったふたつだそうだ。だがしかし姉は首を横に振って拒否する。

 

 

「統也のお皿にあるのがいちばん美味しそう!統也、それちょうだい!」

 

「やだよ。新しいの食べればいいだろ」

 

 

 

僕は意地悪そうにそう言う姉に素っ気なく答えた。すると姉はニコッと笑う。

 

 

「食べるよ!でも統也のも食べたいから、早くよこしなさいよ」

 

「統也、お姉ちゃんが食べたいって」

 

「お姉ちゃんに譲りなさい、男の子だろ」

 

 

何が男の子だクソ野郎。だったらテメーも男としてひとっ走りしてスーパーでトマト買ってこい。

 

と、その物言いに若干イラつきつつも両親に言われて渋々トマトを差し出す僕に、姉が声を潜めてささやいた。残念だったわね、いい加減抵抗しても無駄だって分かりなさいよ、ばーーーか!

 

 

それに僕は心の中で嘲笑ってこう吐き捨てる。いつも残飯処理ありがとうね。12歳にもなって全く成長が感じられない幼稚な嫌がらせ、お疲れ様!と。

 

僕はため息をついてお茶を飲んだ。

 

なんというか、ここまでくるといっそアッパレと言ってやってもいいかもしれない。もう何年も代わり映えのないことをやり続けるその姿勢はある意味尊敬する。改良とか考えないのだろうか。はっ、べつにどうでもいいけど。

 

まあでもこの嫌がらせは小さい頃からの習慣のようなもので、他の嫌がらせはそれなりに成長したものも多いから、まあ、姉もそこまで脳無しではない……はず。

 

なにはともあれ、この嫌がらせが姉にとって習慣なら僕にとっても習慣なのである。心の中で毒を吐き捨てながらも、もはや自動的に唇を噛んで我慢する表情を作ってみせるのだ。

 

 

そんな僕を見た姉は満足そうにトマト3つを順に平らげて顔をゆがめていた。姉はトマトが好きじゃないことを僕は知っている。お疲れ様。本当に無駄な努力だ。

そして姉は、僕がトマトが大好きなことを知っている……と本人は思っている。

 

僕はトマトが嫌いだ。だが好きだと思わせることで姉が代わりに食べてくれるのである。なんて優秀な残飯処理人なんだ。涙がちょちょぎれるよ。

 

僕の好きな物はきんぴらとか、ひじきとか、そういう地味なおかずだ。そして嫌いなものは、トマト、煮魚、甘いもの。

 

だが姉にはそれを逆にして思わせておく。つまり、トマト煮魚甘いものが大好きで、ひじききんぴら切り干し大根などが嫌いだと思わせておくのだ。

 

すると何が起こるのか。

 

姉は僕への嫌がらせに熱心である。食卓では必ずと言っていいほど、僕の好きな物をとりあげ嫌いなものを渡してくるのだ。

 

お分かりだろうか。姉は僕の好き嫌いを勘違いしているので、嫌がらせしているつもりで出来ていないのだ。つまり実際のところ姉は僕に好きな物を渡して嫌いなものを取り上げているのである。ありがとう。感謝感謝。ははははっ、ばぁーーか。ざまあみろ!

 

僕と姉の関係は、3年たってもほとんど何も変わっていない。お互いの腹の中で嘲笑っている。お前、ほんとにバカだな、と。

 

姉は相変わらずこの狭い世界での女王様で、僕は引き立て役その1。まあでも、そろそろその役にも飽きてきたから少しずつ行動しようかなと思ってはいるけど。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

誰よりも早く食べ終わった僕は食器を流しへと持っていくと、そのまま部屋に戻って登校する準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

綺羅ちゃんおはよう!綺羅ちゃんその髪型可愛いね!えー!自分でやったの!綺羅ちゃんすごぉい!え、ありがとう!綺羅ちゃん優しい!ほんとに綺羅ちゃんって天使みたいだよね!

 

 

姉は世渡り上手である。というか姉の才能なんてそれくらいしかない。まあ正直姉のやり方は幼稚なので年が上がるにつれて段々通用しなくなるはずだけど。うん。通用しなくなるはず、たぶん。将来姉が周りから手のひら返しされて村八分にされますように。どん底に落ちますように。

 

僕は学校に登校中、取り巻きに囲まれてヨイショされながら前を歩く姉の背中に呪いをかけた。開け僕のサードアイ。さあ、奴に社会的な破滅を…。

 

 

「統也くん?どうしたの?目がこわいよー」

 

「ああごめん、目にゴミが入ったみたいで痛くてさ」

 

「大丈夫?」

 

「うん。ありがとう」

 

 

おっと。同じ登校班の女の子が少し怯えた表情でこちらを見てきたので咄嗟にそう返すとその子は心配そうな顔をした。まあ嘘ではない。姉という名のゴミが視界に入っていたのである。

 

 

「ちょっと統也!なにチンタラ歩いてんのよ、遅れるじゃない!早くしなさい」

 

「弟くん、朝ご飯の時に綺羅ちゃんのトマト食べたいって駄々こねて遅れそうになったんだって?」

 

「統也っていっつもそんなじゃない?いい加減もう2年生なんだし、きらりんに迷惑かけるのやめなよ!」

 

 

は?

 

その時、そんな僕達の会話が耳に入ったらしい姉が振り返って放ったセリフに、取り巻き共が追従するどころかとんでもない発言をかました。そしてそのタワゴトに僕の額にピシッと青筋がたつ。

 

寝言は寝て言えこの野郎。誰が駄々こねたって?今日集合場所まで行くのが遅れたのはテメェが髪の編み込みが出来なくてべそかいてたからだろうが。

 

取り巻きはくすくす笑って嫌な感じの目で僕を見てきた。あー。あー、なんか今のすごいムカついたな。普段ならスルーする所だけどもういいよね?そろそろ耐えるのにも飽きたよ僕は。

 

 

「………………」

 

「きゃあああっ!」

 

 

朝からイラついていたのもあってやたらムカッときた僕は、衝動的に姉の足の速さを操って彼女をひっくり返した。

 

ずてーん!と見事にすっ転んだ姉はバサッとスカートがめくれてパンツが丸出しになり地を這う芋虫みたいな無様な格好を取り巻きに堂々と晒す。

 

「……き、綺羅ちゃん!?大丈夫!?」

 

 

思わぬ姉の醜態に周りは一瞬息を飲んだ。

 

僕はゆっくり歩いて姉のもとへ行き、体を起こすのに手を貸して心配そうな顔で声を上げた。

 

「大丈夫、姉さん?あ!三つ編みが解けてるよ!せっかく朝時間ギリギリまで粘って母さんに結んでもらったのに……」

 

「え、母さん?」

 

「綺羅ちゃん、その髪自分でやったって言ってなかった?」

 

 

面子をぶっ潰された姉が凄まじい目で僕を睨んでくる。その目を真っ向から見据えてふっと嫌味な笑みを浮かべると、姉は今まで常に従順だった僕の初めての反撃に驚いた顔をした。

 

いつまでもやられっぱなしだと思うな。

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

姉は可愛い。いや、その心の醜さをこの世の誰よりも知っているであろう僕からすると姉の顔の綺麗さなんて何の価値もないが、周囲にとってはそうではない。

 

両親によって最高級の手入れをされた艶やかな金髪に海のように蒼い大きな瞳。1度も日に当たったことがなさそうな真っ白な肌に、赤い唇。それらが絶妙なバランスで卵型の小さな顔に配置されているのだ。

 

我が姉、速坂綺羅は美しい少女だった。そして彼女の個性は魅了。周りの人の自分に対する好意を増幅させる個性だ。まるで人を懐柔するためだけに生まれてきたような存在だな、ほんと。

 

ちなみに個性の効果は相手の心にある自分に対する好意をちょっと増し増しにするだけなので、最初から好意ゼロの相手にはなんの効果も発揮しない。つまり僕には効かない。

 

だが他の人はそうじゃない。姉の、生まれ持った美貌と世渡りの才能と魅了の個性のトリプルコンボでやられた人数は少なくなく、姉の信者は学校中にいた。

 

そして一昨年、名実ともに学校の女王だった姉は小学校を卒業し、残された僕はその影響をもろに受けた。良い意味で。

 

と、いうのも僕が姉と同じく容姿がまあ良かったことと顔立ちが姉に似ていたことで、残された信者どもが姉に向けていた好意が行き場を失って僕に向かったのだ。

 

ちなみに言っておくが僕は女顔では無い。似ているといっても目鼻立ちや雰囲気だったりがなんとなく通ずるものがある、といったレベルだし目と髪の色も違うのだが、その僕に姉を重ねた信者共(教師含む)は今度は何故か僕をホイホイするようになり、それによって僕は自動的に学校内での地位をてっぺんまで押し上げた。

 

些か驚きはしたもののまあ別に害はないし、上の地位にいることのデメリットはそんなにないので気にしない事にした。

 

ああ、綺羅ちゃんの弟くんね!と、初対面の先生からの覚えも目出度い。ふむ、悪くないな。生まれて初めて姉が僕の役に立った気がする。

 

 

 

そんなこんなで意図せずしてスクールカーストトップをとった僕は順調に進級し、5年生になった。そこで僕は意外な再会をすることになる。

 

 

 

 

「今日から新しいお友達が増えまーす。○○学園初等学校から転校してきた轟焦凍くんです!みんな仲良くしてね」

 

 

5年生になったある学期の半ば、朝のホームルームで先生に連れられて転校生がやってきた。顔の左に火傷の跡があるその転校生はめでたい紅白の頭をしたイケメンで、氷と炎どちらも使える個性の持ち主というツワモノだった。

 

無表情で挨拶する彼を自分の席で見ながら、僕はチクチクと記憶が刺激されるのを感じて首を傾げる。うん?コイツどっかで会ったような……?

 

女子がそのイケメンぶりに色めき立つのをよそに、彼はとことこと歩いて指示された席に座る。僕の隣だ。目が合ったので軽く会釈をする。なんだこの既視感は?

 

紅白頭の氷……。ん?

 

 

「……なあ、ひょっとして幼稚園の時、氷で先生を転ばせたことあったりする?」

 

「は?」

 

 

記憶にヒットするものがあった。ひょっとしてコイツ、記念すべき僕の個性発現時に、冤罪きせられた氷塊のクラスメイトじゃね?

 

唐突な問いに、眉を寄せて僕を見る転校生。変なものを見る目で見ている。うーん。そうか。なーんだ、違うのか。ちょっと感動したのにな。少し残念だ。

 

 

「あ、ごめん。違ったか。まあとにかく、隣同士よろしくね」

 

 

「…いや、違わねぇ。たぶんお前が言ってるのは俺のことだ」

 

 

軽く謝罪して話を切り上げようとした僕に、転校生がぼそっと答える。おお、やっぱり?僕の目に狂いはなかったか。久しぶりだな冤罪ボーイ。あの時はすまなかったね。反省はしている、だが後悔はしていない。

 

 

「へぇ、やっぱりそうだったんだ。じゃあ僕ら同じ幼稚園だったんだな。偶然だね」

 

 

「うん」

 

 

転校生はこくりと頷くとそのまま視線を逸らして黒板の方を見つめた。

 

話は終わりということだ。まあ別に、僕もコイツには大して興味はないので構わない。強いていうなら幼稚園の時は無かったはずの火傷の跡が若干気になるくらいだ。

 

なんかよくわからんが災難だったな転校生。僕には強く生きろと言うことしかできない。それにしてもお前イケメンで良かったな、火傷の跡がある意味カッコよく見えるぞ。

 

 

 

 

 

 



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3話

季節外れの転校生、轟焦凍は転校初日から学校中の話題をかっさらった。イケメンなこと。強個性なこと。有名な私立小学校から微妙な時期に公立に転校してきた謎。そして何故かいつも怪我をしていること。ミステリアスな彼の感じと合わせて、他人の興味を引くには十分だったようだ。

 

更に、転校してきて1週間が経ったころには、彼がNo.2ヒーロー、エンデヴァーの息子であることは周知の事実と化していた。

 

この地域はエンデヴァーのお膝元であるので、他の地域に比べるとだいぶエンデヴァーについて詳しいし、かつ、それなりに田舎なので噂も回りやすい。エンデヴァーの苗字が轟であることはみんな知ってるし、回ってくる噂などから総合して轟焦凍がヒーローの息子であることは容易に特定されたのである。

 

その上、1ヶ月が経つ頃には、転校してきた理由などの噂もわんさか回ってきた。

 

曰く、轟家はなんとなく家族の雰囲気がおかしかった。奥さんがいつもビクビクしている感じだった。末の息子はなぜかいつもどこかしらを怪我していてボロボロ。

 

やっぱり、いつかそうなるんじゃないかと思ったのよねぇ。なんかおかしかったもの!ある日いきなりしばらく学校休んだかと思ったら顔に火傷が!奥さんが病院に入院したって………etc。

 

 

今紹介したこれらは他にもわんさかある中から僕が厳選した、まだ真実に近いであろう噂だ。

 

ちなみに前の小学校では顔に火傷を負ってから爆発的に蔓延した噂に耐えきれずに転校してきたらしい。

 

転校先のこの学校でももう既に噂は飛び交ってるからあんまり意味なさそうだけどね。うん。まあ、前の学校よりはマシなのかな。

 

へーえ、ふーん。ほぉーん。波乱万丈だなあ。僕は好奇心が刺激されるのを感じた。色んな噂が飛び交う中で、なにが本当で何が嘘なのか。ちょっと興味がある。

 

ちなみに、なかには轟に直接火傷について訊ねた猛者もいたが、冷たい目で睨まれ撃退されたそうだ。馬鹿だ。ただの馬鹿だ。もっと頭を使え。うーん、そうだな、探りを入れるんだったら聞くのは一つだけでいい。

 

 

当の轟はといえば、騒ぐ周囲になんの関心もない顔で淡々と学校生活を送っており、集まってくる人をつれない態度であしらいつづけた結果一匹狼で過ごしていたので、1人のときを狙って話すのは容易かった。

 

僕はちょうど人気のない図書室近くの廊下ですれ違った轟を呼び止めて、単刀直入に聞く。

 

 

「轟ってさ、なんか武術とか習ってんの?」

 

「習ってねえけど。いきなりなんだ?」

 

 

話しかけるなオーラをまとった紅白頭は僕を訝しげな目で見た。そんな視線をまるっとスルーして僕は笑顔で彼の体を指さす。

 

「近所に護身術を習ってるお兄さんがいてね、その人もキツい訓練とかした後そんな感じのアザとかできてたから、もしかしたら轟もそうなのかなって」

 

「ああ……そういうことか。まあ似たようなもんだ。……俺は武術っていうか、親父に訓練されてるだけだけど」

 

僕の言葉を聞いて轟は心なしかホッとした表情を見せた。おおかた、他にもそういう人が普通にいるということに安心したのだろう。うん、まあ、真っ赤な嘘だけど。僕の近所には常に痣だらけなお兄さんなんて存在しない。

 

 

「へえ、そうなんだ。やっぱりね、そうじゃないかと思ったんだよ。……でも、なんか痛そうだけど手当とかしなくていいの?お兄さんはいつも湿布とか貼ってたけど」

 

「姉さんがやってくれてるから大丈夫だ」

 

「そっか。なら安心だな。みんなも心配してたから大丈夫だって伝えとくね」

 

「ああ……ありがとう」

 

 

ニコニコ笑顔で僕は轟と別れると、自分の教室に戻って取り巻きに、轟はいつも武術の訓練してるから痣だらけなんだって。お姉さんに手当してもらってるから痛くはないそうだよ。ヒーローになるにはそのくらいやる必要があるんだねーすごいねー。と上手く言い包めてその噂を学校中にばらまいた。

 

すると酷かった轟焦凍関連の噂は徐々に沈静化されてきて、その結果、学校内の治安というかそういうのをおさめた僕の評価が上がった。難しい転校生の立場が落ち着いたことにホッとした先生方からも感謝され、いいことずくめだ。優等生の仮面の裏でちょっと悪いことしたって誰にも咎められない。ははっ。信用があるっていいね。

え?ちょっと悪いことって何かって?あはは、別に大したことじゃないよ。気にしないで。

 

 

 

まあそんなことはどうでもいいとして、収穫はあった。

 

轟焦凍がいつもボロボロなのは、父親に訓練を受けているからである。

 

本人の口から聞いたからこれはきっと事実なのだろう。

 

うん、でもそれにしたって明らかにあのあざの数とかボロボロ具合とか、ちょっとおかしいよな。まあ、恐らく超絶鬼スパルタレッスンを受けているのだろうが、ここまでくると虐待なのではないかと僕は思う。まあどうでもいいけど。ヒーローにも色々あるんだろう。ただの野次馬根性で探りをいれただけなので、これ以上どうこうする気は僕にはない。ていうか仮にどうにかしたくたって、どうにもならないし。どうにかしたくもないし。

 

聞こえてくる噂から察するに、轟が火傷を負ったのと同時期に奥さんが姿を見せなくなったそうなので、おそらく火傷の犯人は母……?そして轟くんは常に虐待に近い訓練を父から受けている。

 

この2つの結論に僕は達した。おそらく真実からそう遠くはないだろう。うん、好奇心もみたせたし、満足と言ったところか。複雑な家庭っぽいし関わると面倒くさそうだから今まで通り適度な距離感を保つとしよう。

 

僕は欠伸をしてベッドに寝転がった。

 

 

 

**

 

 

僕が小五ということは姉は中三ということだ。つまり受験生ということである。

 

姉はたいそう頭が悪いと昔言ったことがあるしその評価は変わっていないのだが、どうやらそれには、“ 僕から見ると ” という言葉を付け足さなくてはならないようだ。

 

実のところ姉の学力はかなり良いらしい、ということを最近知った僕はかなり衝撃を受けている。あの幼稚な姉が、雄英高校を第1志望としていることを知った当初は鼻で笑ってバカにしていたが、どうやら模試でA判定をもらったという事実を知ってビビった。まじかー。マジなのかー。

 

正直昔からお勉強の面でも(姉が僕の歳の頃の成績表と比較すると分かる)駆け引きの面でも姉より出来が良かった僕からすると、驚き桃の木山椒の木である。

 

でもまあたしかによく考えてみれば、うちの父親はどっかの大学の教授で母親は薬剤師なので、教育に関しては熱心だったのかもしれない。

 

姉は昔から有名塾に通ってスパルタで勉強していたし、それなりに学力は高いのかな。ちなみに僕はそこらへんの名もない塾に放り込まれただけで、姉とは違って勉強も全く見て貰えなかったものの、それでも一応塾に通わせた時点で彼らの教育に対する意識が高いのであろうことが察せられる。

 

まあそれはおいておいて、最近、姉は随分と荒れている。

 

 

リビングから喚く声が聞こえてきた。

 

 

「私はヒーロー科がいいの!!第1志望学科はヒーロー科にする!!」

 

 

「でも綺羅ちゃん……、塾の先生もお父さんも言っていたけど、綺羅ちゃんの個性はヒーロー向きじゃないから難しいと思うわ……」

 

 

ついで、癇癪をおこす姉を必死に宥める母の声も聞こえてくる。

 

 

昔から、ヒーローに憧れてるから将来はヒーローになりたいの!と言っていた姉には受け入れられないのだろう。

 

ちなみにだが、姉がヒーローに憧れる理由は別に人助けがカッコイイとかそんな理由じゃない。

 

ヤツはただ、困ってる人を助けたいからヒーローになる!と言っておけば周りの好意が上がる、ヒーローになればチヤホヤされる、みんなから尊敬されるし高収入高ステータス、ヒーロー兼芸能人になって世間の憧れの存在になりたい!というようなただの欲まみれの煩悩から、ヒーローになりたいのであった。

 

さすが僕の姉。ヒーローとは程遠いねじ曲がった心の持ち主だ。まあ、世の中には家族を虐待する有名ヒーローもいるようなので、ヒーローになるためにはその心持ちは大して重要ではないだろう。能力があれば誰だってなれるのだ。そう、能力があれば……。

 

姉の個性は魅了である。ヒーローとして何の役にも立たない。あ、うーん、諜報とかならいけるのかも。でも雄英の実技試験に受かるのは難しいだろう。ふん、まあ、どうでもいい。むしろ落ちろ。あ、それか試験官に個性使って篭絡でもすれば?裏口で入れてくれるかもよ。

 

僕は姉の不幸は蜜の味であることを再確認した。

 

 

 

 



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4話

僕は姉のことは大嫌いだし最低な人間だと常々思っているが、実はそんな姉にも一つだけ評価できる点がある。

 

それは執念の強さだ。何年もチミチミ僕に嫌がらせをしている時点でそのしつこさはお察しであろうが、それ以外にも姉には自分の望みにはトコトン貪欲で絶対に諦めないという一面がある。

 

日々姉のお粗末さを嘲笑っている僕だけど、どんな汚い手を使ってでも目的を達成してやる、というその執念と強靭な精神力だけは認めてやってもいいだろう。

 

まあ何が言いたいかというと、結局あれから姉はその凄まじい執念を燃やして、ヒーローになるという自分の夢を絶対に諦めなかったのだ。

 

まず最初に姉がしたことは情報収集だ。姉は勉強の片手間に雄英高校ヒーロー科の入試情報(主に実技)を隅から隅まで調べあげようとしたが、残念なことにパソコンが得意では無かったため行き詰まった挙句、弟の僕を無理やり引き摺ってパソコンの前に座らせ調べさせた。

 

 

ちなみにここ3年ほどで僕と姉の関係はある程度変化していて、小二の時に初めて反撃をしてから、今までの姉が僕をいじめて僕が泣き寝入り、という関係では無くなっていた。

 

まあもちろん、表向きは全然変化していない。相変わらず姉は人心掌握に長けていて両親は姉の言いなりだし、僕へのチクチクした嫌がらせも止んでいない。

 

変わったのは姉の僕に対する認識だ。実はあれから僕と姉は密かに裏で大喧嘩を繰り広げ、一進一退の攻防をチクチクお互いに繰り返したのである。そして今では休戦状態のようなものになっている。誤解なきように言っておくが、仲が良くなったわけではない。ただ、お互い、お互いと争ってもあまりメリットがないことに気がついただけ。

 

今では顔を合わせれば嫌味を言うか無視するかのどっちかで、かつ、姉は効果がないと知りつつも昔からやってる地味な嫌がらせを続け、もうそれに慣れている僕は特別反応せずに適当にあしらっている。

 

 

すこし詳しく説明すると約2年前、僕はついに姉に裏から反撃を開始したのだ。

 

狙いは姉にとって1番大事な世間体というか周りからの人気というか周囲からの評価。僕はイロイロやりくりして様々な手を打ってそれらを失墜させる画策をし、姉を引きずり落としにかかった。

 

そしてある程度追い詰められたところで姉はやっと僕が裏で糸を引いていることに気がつき、その時点から僕に対しての反撃を開始。使える手はなんでも使って僕と戦った。

 

戦況は拮抗した。どちらかというと僕が優勢だったが、1年ほど戦ったあと、ふと僕は、自分は一体何をしているんだろうか、という素朴な疑問におそわれて、ひょっとしてものすごく時間を無駄にしているのではないかと考え始めた。

 

その疑問を姉にぶつけると、姉も苦々しい顔をしてそれに同意。そして暗黙の了解でお互いにホコを収めたのだ。まあ、戦況が有利だったのは僕だしもう少し粘れば潰せたんだけどね。姉がまだ息をしているのは僕の心が広かったからだ。

 

ちなみにこれに関しては、姉も同じことを主張している。戦況が有利だったのは姉だし僕がまだ生きてるのは姉の心が天使のように清らかだったからだと、ヤツは堂々とほざいていた。さすがだ。面の皮の厚さだけは誰も姉にかなわないだろう。……はっ、寝言は寝て言うがいい。

 

 

話が逸れたが、ともかく姉は僕のことを自分には敵わないが、まあ自分の弟と断言できるレベルの人材だと認識したらしく、どんな手を使っても最高のブランドをひっさげたヒーローになったるわと腹を括ってから、僕をもその目論見に巻き込んだ。

そう、ここで重要なのは、最高のブランドをひっさげた、の部分である。

というのも、姉は何がなんでも上(世間体的な意味で)を目指さないと気が済まないらしく、ヒーローになるなら雄英出身じゃないと箔がつかない!とわめいて敢えて最難関の雄英への険しい道を驀進しているのであった。なんのこだわりだよ。

 

 

ありとあらゆる手を使って、嫌がる僕に手を貸すことを求めて突撃してくる姉にうんざりして嫌気がさした僕はついに折れてある程度なら協力してやることにした。姉と僕が協力。うえ。吐き気がする。

 

 

そんなこんなで、ここ最近だいぶパソコンに詳しくなっていて、なんなら不正アクセスにまで手を染めはじめている腕前を持つ僕は、非常に不本意ながら姉の手足となって情報収集を始めた。

 

まあさすがにまだ僕程度の技量じゃ雄英高校への不正アクセスなんかはやった所で失敗するのは目に見えているので合法的な範囲でネットの奥へ奥へと検索していき、毎年変わる雄英高校ヒーロー科実技試験についての情報を手に入れようと奮闘する。

 

もうなんか途中からは何故か、姉に協力というより、雄英高校を出し抜いて情報を手に入れてやる今に見てろ、という気持ちになったので、自分でも意外なほど熱中して情報を集めた。

 

 

まずは、まあ、有名な対策サイトみたいなとこからの情報。基本的に実技はロボと戦闘するらしい。どんな形式で行われるのかについては毎年変わるのでわからないが、対策としては個性を云々……。

 

姉の個性はどう贔屓目に見ても戦闘向きじゃないので、個性対策みたいなのはパス。意味ない意味ない。

 

掘り下げていくうちに見つかったのは、雄英高校の入試の実技試験は今まで対人戦闘(ヴィランに扮した教師と戦う)という形式で行っていたが、批判がかなり集まったので対ロボットに変えたという、かなり古い記事。ふーん。そうか。

 

更に深く潜った僕は実技で使われる会場、模擬市街地場に整備に入ったという会社名を特定しそこに派遣されたスタッフも特定、最後にその中の一人の個人用パソコンをも特定したあと、そこで指を止めて迷った。

 

ちょっと古い型のパソコンだしざっと見た感じだとセキュリティも甘そうだ。これならいけるか……?うーんでもなぁ。ちょっと自信ないかもしれん。

 

 

「どうしたのよ?固まっちゃって。なんかいい情報でも見つけた?」

 

 

動きをとめた僕に気がついて、隣で勉強兼僕が逃げ出さないように監視をしていた姉が声をかけてくる。それに僕は素直に答えた。曰く、ハッキングするかしないか迷っている、と。

 

 

すると姉の答えはこうだった。

 

「そういえば近くの河原にパソコンが捨ててあったわね。あれ拾ってきて最低限だけ直して、それでハッキングしなさいよ。で、終わったらすぐに粉々にして川に捨てるのよ。くれぐれも足がつかないように注意しなさい」

 

「うわ、それでもヒーロー志望のつもりなの?」

 

「うるさいわね!バレなきゃいいのよバレなきゃ!」

 

 

とてもヒーロー志望には見えない禍々しい表情でくけけと笑った姉はグズグズする僕に、指紋残すんじゃないわよ!と、手袋をつけさせケツをひっぱたいてパソコンの回収に向かわせた。

 

指紋残すも何も終わったらパソコンは粉々にする予定だし、あんまり意味はないんじゃないの、と思いつつも僕は重い腰を上げて河原へと向かった。

 

 

 

**

 

 

結論からいえば大成功で、幸い軽く修理するだけで直ったそのパソコンで行ったハッキングは完全犯罪に終わり、その持ち主が会社の同僚とやり取りした内容が手に入った。これが大当たりだったのだ。

 

それによるとどうやら今回彼らは試験会場を改造し、市街地と更地を半分ずつ作らされたらしい。要するに右半分が市街地で左半分が更地というような会場づくりをしたという訳だ。

 

当初僕は彼からはどういう会場メイクをしたかという情報を手に入れたかっただけなのだが、彼は僕の予想以上に有能だった。

 

彼はメールで、雄英教師と話したけどなんか今回は更地側から襲い来るロボから市街地を他の人と協力して守るっていう趣旨の試験らしいぜ、と、本来なら部外秘であるはずの情報をあっさり同僚に送っていて、なんと期せずして詳しい試験内容まで手に入ってしまったのである。

 

さすがにそれ以上の情報は入手できなかったが姉と僕の喜びは大きかった。採点基準予想や、姉がどうそれを切り抜けるかを考えた結果、姉の人たらしな性質……場の空気を掌握して人の上に立つのが得意な才能を利用してその場のリーダーシップを奪い、周りの人を指揮してロボを倒すという計画が出来上がった。

 

ロボットを倒すことでももちろん点は入るのだろうが、市街地を守ることに関しての全体への貢献度的な点もきっと入るはず。周りをうまく利用してそこらへんの点を稼ぐのだ。あと救助ポイント的なのもありそうだから危なそうな人に手を貸すとか、そういうのでちまちま点を稼ぐといいだろう。

 

まあ……もし失敗したり、そんな採点基準がなかったりしたらアウトだけど。その時はその時だ。正直この作戦はけっこう穴だらけだとは思うけど、ないよりはマシといったところかな。あとは姉次第だな。

 

というか姉は別に運動神経悪くないんだし、上手くやればロボットの一体や二体倒せるんじゃないの?幸い試験会場へ道具の持ち込みは自由ってあるし、なんか、こう、金属バット的なものをもちこんでぶん殴ればいーんじゃねーの。おれしーらね。

 

さて、僕の役目はこれで終わりだな、あばよ姉さん。後は野となれ山となれ。多分人生初、キセキの姉弟共同戦線はこれにて終了だ。そして2回目はないだろう。

 

そんな清々しい気持ちでガタリと席を立ってその場から立ち去りかけた僕は、次の瞬間首根っこを掴んで引きずり戻された。小学生の僕と中学生の姉ではまだ姉の方が力が強い。僕は戻されたリビングのソファーの上で姉と睨み合った。

 

 

「もう僕の役目は終わっただろ?あとは自分でやれば」

 

「はんっ、あの程度で終わるわけないでしょ。毒食らわば皿までってことわざ知らないの?アンタにはまだまだ付き合ってもらうわよ」

 

 

最近、私、自分の個性について気づいたことがあるのよね。アンタにはその検証に付き合ってもらうわ。姉が目を爛々と光らせてそう言った。

 

僕は鼻で笑ってヒラヒラ手を振った。

 

 

「いやいや、どうあがいても姉さんのは戦闘向きな個性じゃないから。もういい加減ヒーローとか諦めてアイドルにでもなれば?」

 

 

「うっさい、そう簡単に諦めてたまるもんですか!私は地位と富と名誉を確実に手に入れるんだからね。将来、アンタも不出来ながら一応私の弟ってだけでそのおこぼれに預かれるかもしれないわよ。ほら、いいからちゃんと話聞けこの愚弟」

 

ビシッと叩いてこようとする手の速度をいじって亀のごとく遅い速さに変化させる。暴力反対。姉はギロっと僕を睨んだ。僕はそんな姉をまたしても鼻で笑った。……ふん、まあいい。

 

ハイハイ、一応話だけは聞いてやるからとっとと話せこの愚姉。

 

 

 

 

 



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5話

 

 

 

 

姉の個性は魅了で、他者の中の姉に対する好意をやや増幅させる効果を持つ。制限は、一度に4人までしかかけられないことと効果時間が最大24時間ということだ。

 

と、今まで思っていたのだが、どうやら少し違っていたらしい。

 

「なあんかねぇ、最近ちょっと違うんじゃないかって思ったのよねえ」

 

 

そういう姉曰く、ついこの間イライラしている時に両親の干渉が鬱陶しく感じられて、うざいからもう私の事なんて放っておいてよ、他人みたいに接して!と強く思ったんだとか。

 

そしたら次の瞬間驚くほど両親の態度が豹変し、まるで他人を見るかのような目で姉を冷たく見て、他人行儀な態度で接してきたらしい。

 

当然姉は驚き不可解に思ったが混乱した頭で考えても原因は分からず、その日の夜ようやく落ち着いてから改めて考えたところ、やはり両親の豹変ぶりの原因として思い当たるのは自分が心の中で思った、他人みたいに接して、の一言しか無かった。

 

両親の冷たい態度はその後も続き、きっかり24時間後にいつも通りに戻ったのだそうだ。そして両親自身、その24時間の間の自分たちの態度に戸惑っていて、ひたすら謝り倒してきたらしい。

 

そんなわけで姉は色々な実験をしてみたらしく、ペラペラとその結果を話して僕にどう思うか意見を求めてきた。

 

どう思うって。いや僕に聞くほどのことじゃないだろ。

 

 

「姉さんの個性は、魅了、じゃなくて他者との心の距離を操る感じのやつだったんじゃないの。今まではうまく使いこなせてなかったから、相手の心をちょっと自分に引きつけるくらいしか出来なかったってことだろ多分」

 

「そうよね。私もそう思う。……いや、厳密に言うと、相手と私の関係性のカテゴリを動かすことができるって感じなんだけど」

 

 

うん?カテゴリ?

 

首を傾げると、説明が付け加えられた。ふーん。なるほど。

 

例えば姉と両親の関係性は家族。両親に個性を誤ってかけてしまった時、姉は普段、姉に対して家族というカテゴリにある両親の心を、他人というカテゴリに放り込んでしまったそうだ。

 

 

「でもちょっと不思議なことがあるんだけど、この前アンタの私に対する心の距離をちょっと離してみたのよね。家族から友達のカテゴリに移したの」

 

 

勝手に何してんだ。ジロッと姉を見ても姉は悪びれもせず平然と僕の視線を無視した。

 

「それなのにアンタ何も態度変わんなかったのよね。なんで?」

 

「さあ?」

 

 

嘘、大体予想はつく。そう思ったのが顔に出たのか、姉がギロリと僕を睨んで、なんか思い当たるんなら吐きなさい。と命令した。その言い草に地味にイラッとしたけど、まあ別に隠すようなことでもないから僕は素直に言うことにした。

 

「僕と姉さんの“ 関係性 ”は家族かもしれないけど、僕の姉さんに対する“ 心の距離 ” が家族じゃないからじゃないの?今更ちょっと心を離された所で大して影響はなかったってわけで」

 

普通、関係性と心の距離はだいたい一致する。家族という関係性の相手には家族愛を持っているし、恋人という関係性なら、その相手には恋愛感情を抱いているであろう。

 

でもそれには例外があるという事だ。例えば僕とか。僕と姉の関係性は家族ではあるが、僕は姉に対して家族愛など持っていない。よって個性がよくきかない。

 

 

「ああ、なるほど……。アンタみたいな例外もあるのね。それが知れただけでもよかったわ」

 

 

姉は納得したようにふぅむと頷いた。

 

 

しかしこれなら十分ヒーローとして活動できるんじゃないのかね。相手との心の距離を操れるというのは結構恐ろしいことだ。

 

例えば、姉と戦う相手という関係性であるヴィランがいたとしよう。そのヴィランの心を、敵というカテゴリから家族というカテゴリに放り込めば、相手は姉を家族と同じくらい大切な存在として認識するので攻撃出来なくなったりするのではないか。

 

まあ、かなり有効なのでは?ついでに実技で周りの人間の心をつかむのも、その個性使えばいけるんじゃね。

 

僕はその後しばらく姉のチキチキ個性強化作戦に付き合わされたあと、交渉して報酬をもらう約束を取り付けてから正式に姉弟共同戦線を終わりにした。あばよ。

 

 

 

 

 

 

そして約7ヶ月後の3月、姉は見事に不合格となった。

 

 

 

***

 

 

「速坂、お前こっち方面だったか?」

 

 

「あーうん、違うけど、ちょっと寄るとこあるから」

 

 

 

6年生になった僕は帰り道、それなりに話す関係になった轟焦凍に不思議そうにそう聞かれた。まあ、うん、ちょっとね。そういうと轟は、そうか。といってすぐに引き下がった。こいつは変に干渉してこないところがいい。

 

分かれ道でじゃあまた明日と別れる。

 

 

そう。僕には少し寄るところがあるのだ。まあ大したことではないんだけどね。うん。近くの八百屋さんに用事があるのだ。え?なんの用事かって?そりゃあ買い物だよ買い物。今日という日を平穏に過ごすための必需品を僕はこれから買いに行くのだ。

 

 

「こんにちは!!」

 

 

「らっしゃい!ってあら、統也くんじゃないの、学校お疲れ様!よく来たねぇ。またこれかい?とっといたよ」

 

 

「はい、そうです!わざわざありがとうございます。いつもすみません」

 

 

「まぁ、相変わらず礼儀正しくていい子ねぇ。いいのよ〜、おばさん統也くんと会えるの楽しみにしてるんだからこれくらい。もう常連さんだしねぇ」

 

 

僕はいつも通り、八百屋のおばちゃんにニコニコと礼儀正しくて元気のいい小学生の仮面をつけて話しかけた。すると僕のことを気に入っているおばちゃんは相好を崩して、僕のために取っておいてくれたというその品物をドスンとレジに置く。お礼を言いながら財布を取り出した。

 

というかなんでこの僕が小学生にして既に近所の八百屋の常連さんにならねばならないのか。非常に不本意である。姉め。みんな貴様のせいだ。そしてそれ以上に雄英め。姉がこうなったのは貴様らのせいだ。

 

 

心の中で諸悪の根源を罵りながらも表面上は笑顔でおばちゃんにお世辞を連発する。すると嬉しそうに舞い上がったおばちゃんは、特別よぉ、といいながら値段を少し負けてくれた上にもう1つおまけに付けてくれた。ふっ、チョロい。

 

僕は見事な大きさのキャベツ2玉を手に入れて帰路に着いた。

 

 

さて。一体なぜ僕がこんな謎の行動をしているのか。説明しよう。ことは、姉の雄英の合格発表の日の少し前までさかのぼる。

 

 

 

-----

 

 

「たっだいまぁ!!」

 

「あら綺羅ちゃん、おかえりなさい、お疲れ様!試験どうだった?」

 

 

 

入学試験から帰ってきた姉はすこぶるご機嫌な様子だった。両親だけじゃ飽き足らずわざわざ僕をもつかまえて試験の出来を語ってきたくらいだ。

 

曰く、筆記の手応えは完璧だったし実技の試験形式もほぼ僕達の予想通りだった。初めて試験内容をその場で聞かされて少し戸惑った様子の受験生たちを、その隙をついて見事にまとめあげ、ロボから市街地を守る防衛戦の指揮をとって順調にボコボコにしていくことが出来た、などなど。

これで貢献ポイントは十分かせいだわね、と姉は鼻高々にのたまった。

 

更に、試験中盤から体力が続かなくてへばってきた、個性は強いものの運動神経や反射神経がよくなくてうまく立ち回れなかったり怪我をしたりした、いざ実戦となると体が竦んで動けなくなってしまった、などといった問題で半ばパニックになる人もそれなりにいたらしく、姉は暫定的に市街地の中に避難所をもうけ、そういった人たちを回収して救助したらしい。

ある意味あの場の白衣の天使だったわよ。これで救助ポイントもタンマリ!と、姉はとても天使とは思えないゲス顔でニタリと笑った。白衣の天使の意味知ってる?

 

 

最後に、姉は小学校の頃から合気道の教室に通ってたので、体力も実戦経験(合気道の試合などによる)もあるし運動神経も良いため実技試験中へばったりはせず、むしろ誰よりも走り回って指示を飛ばし人を助けるついでにロボを二、三体ほど倒したそうだ。

撃破ポイントも少しは手に入れたわよ。さすが私ね!と、姉は自画自賛した。

 

 

ベラベラとずっとそのことばかり話す姉には辟易させられたものの、以上3点から姉の合格は確実と思われ、両親や周りの人はもちろん僕でさえ姉が合格することを信じて疑わなかった。

 

 

 

だがしかし運命の合格発表の日、姉は一転してその自信をへし折られることになる。

家に送られてきた投影装置によりその場に投影された教師が言うところによると、君は素晴らしかったし誰よりもあの場で貢献していたし能力もかなり高い云々かんぬん、だがしかし今回の試験の採点の基準は、撃破、救助、貢献が、6対3対1の配点比率で定められていて、規則通りに採点したところ君は非常におしいが残念ながら一点の差で………………

 

 

「速坂綺羅くん、君は不合格だ」

 

 

「…………………………」

 

 

 

その日我が家に怒り狂った大魔王が爆誕した。

 

 

 



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6話

姉は静かに静かに怒り狂った。

 

僕は曲がりなりにも生まれた時から姉と一緒なので、姉が癇癪を起こしたり激怒したりする姿は何度も見たことがあったが、今回ほどブチ切れた姉は初めて見ると思う。

 

凄まじい勢いでキレた姉は、だがしかし一周まわってある程度冷静になったのか、額にビキビキと青筋を浮かべながらも速やかに雄英高校普通科(そっちは合格していた)の入学手続きを行った。

 

おや?普通科とな?諦めたのか?とも思ったのだが、だがしかし姉は、様々なプロヒーローの中から自分に似たタイプのヒーローを探しだし、その人がどのように今活躍しているかやヒーローになるまでの道のり、そして身につけている技能だったりを調べ尽くすということを始めた。

更にその人の分析を細かく行って今の自分に出来ることを探して実行したり、合気道の教室にも普段以上の熱意を持って通い体を鍛えるのをやめなかった。

 

ついでに僕には、アンタから見て今の私に足りないとこを教えなさい!ちなみに下らないこといったら土に埋めるから真面目に答えろ、という命令が下され、素直で誠実な僕はそんな理不尽な命令にも忠実にしたがって思う存分姉をこき下ろし罵ったところ、倍以上の罵りが返ってきて最終的には取っ組み合いの喧嘩になった。

 

だが姉の周りの人間はほぼ姉の信者で、姉に対して甘やかさず微塵の遠慮も見せずにズケズケと欠点を列挙する人間は今のところ僕だけであり、そういうのは姉にとってある意味貴重だったらしく、姉はしぶしぶ僕と肉体言語で会話するのをやめた。

 

まあ僕は分析だけは真面目にやったので、その伝え方はともかく言ったことは間違ってないからね。

 

何はともあれ、姉はものすごい勢いでヒーロー目指して努力をしていた。おそらく姉のすさまじい怒りが原動力となってこんなにも精力的に動いているのだろうが、それにしても不可解だなあ。他の私立のヒーロー科にも合格してたんだし、だったらなんでそっちにいかなかったんだろうか。

 

 

姉が入学する日の朝、なぜ普通科にいくのか、実はヒーローの道を諦めたりしてるのかと問うた僕に、姉はおどろおどろしい怨念に満ちた声色で答えた。

 

「諦めるわけないでしょ。雄英の普通科にいくのは、この私の輝かしい経歴に泥をつけやがったあのドグサレ共を残らず三枚に下ろして踏みつけにして心の底からの後悔と謝罪を引き出すために決まってるじゃない」

 

「うわぁ……ヒーローになる前にヴィランになりそう……」

 

 

ドン引きだ。僕の予想以上に姉はこじらせていたらしい。輝くような笑顔を浮かべながらも地を這うような声で吐き捨てられた内容に僕はドン引きした。

 

 

姉にとって一番大切なのは面子、世間体、自分への評価、とかそんなんだ。それを保つためには努力も惜しまない姉は、絶対受かって見せるから!とか周りに公言までしていたのにも関わらず、アホみたいな採点基準で落とされたという屈辱がよほど腹に据えかねていたみたいだ。

 

まあ、たしかに撃破、救助、貢献、を平等にみずに採点するのはおかしいと僕も思うけどさあ。

 

ドン引きする僕を歯牙にもかけずに姉は獰猛な表情で言葉を続ける。

 

 

「アンタは知らないでしょうけど、雄英にはね、体育祭で活躍すれば普通科からヒーロー科に編入できるっていうシステムがあるのよ。私はそれを利用するつもり」

 

「へー、そうなんだ」

 

「ふん。首といわず全身洗って待ってなさいよ雄英の脳筋どもめ……。この綺羅様が体育祭でアンタら全員叩き潰して優勝して世間からの注目も全部かっさらってから大手をふって編入、そして世間に私みたいな金の卵を不合格にした雄英の入試がいかに非合理的かってことをさらしあげてボコボコにしてやるんだからっ……!!」

 

 

気を付けろ雄英。大魔王がいくぞ。

 

僕はこれから姉と関わることになるすべての雄英関係者に心からの同情を捧げた。

 

 

 

***

 

 

まあそんなこんなで姉は雄英に通い始め、僕は姉との交渉で得た報酬(僕を合気道の教室に通わせるように両親を説得する)をつかって合気道の教室に通い始めた。

 

ちなみに合気道をならい始めたことにはそんな深い意味はない。なんとなくだ。強いていうなら、姉から実技試験の周りの様子を聞いたことで、やはり強い個性を持っていても実戦で使いこなせなければ意味がないんだなあ、と気づいて自分を鍛えようかなと思った程度である。うん。まあ。そんなとこ。

 

もうひとつ付け加えるとすれば将来のためである。

 

僕は今のところ将来何になりたいかとかは全然決まっていない。ある程度の地位と富と快適な暮らしができればそれでいいかなと考えているくらいだ。

そのためにはどうしたらいいかなーと漠然と考えてはいるが、いざ、なりたいものが決まったときに選択肢が少なくなるのはいただけない。

 

まあその進路を決める段階になったときのための準備として、学力は十分にあるので問題ないから、あとは体力?というか戦闘力?というか運動面か、そういうのを底上げしとこうと考えて、最近通い出した合気道の教室では筋がいいと誉められている。ははっ、さすが僕。

 

と、自画自賛したところで僕は意識を現在に引き戻した。家のドアを開けて中に入り玄関を見たところ、姉の靴がおいてあった。どうやらもう帰ってきているらしい。早いなオイ。まあちょうどいいからいいけど。

 

リビングにはいると、キッチンの方から騒音が聞こえてきた。あーやってるやってる。

 

鬼女のごとき異様な迫力でひたすらなにかをビタンビタンと打ち付けている姉に僕は呆れながら声をかけた。

 

 

「またやってんの、姉さん」

 

「あらぁ統也じゃない、で、ブツは?」

 

「ここにあるけど」

 

 

短縮授業だったらしく、いつもより早く帰宅していた姉に答えつつ、僕は買ってきたキャベツをキッチンにおいた。

 

それを見て満足そうににたりと笑った姉は不気味な笑顔で捏ねていた餃子の生地を、また、ビタン!と作業台に叩きつける。そして、

 

 

「地獄へ堕ちろあのクソ野郎!!アンタなんかこうして、こうして、こうして……!!こうしてやる!!」

 

 

悪態と共に素晴らしい構えで振りかぶられた麺棒がドスドスと生地に振りおろされ、タコ殴りにされた生地は見事な薄さに伸びていった。うわぁ…。

 

普通科に入学した姉は雄英でもみんなのアイドルの座を勝ち取ったらしいが、そんなことはどうでもいいらしく、ことあるごとに見せつけられるヒーロー科への学校側の贔屓や、ヒーロー科の生徒の無意識な特別意識などに、怒りのボルテージは上がるばかり。

 

今まで常に人の上にたってきた姉からすると、いくら成績がよくても人望があろうとも、普通科であるというだけで感じる二軍感は耐えられるものではなかったらしい。

 

当初僕としては姉の意識しすぎではないのかとか思ったりもしたのだが、話を聞く限りではどうやらそうでもないようだな、と考えを改めた。

 

うん、まあ、ことの真相はどうあれ、とにかくストレスが溜まりにたまった姉はどこかで発散しないと爆発すると危惧したらしく、次第に、イラついたことがあった日は家のキッチンを占領して料理をするようになったのである。

 

今ではもう悪態をつきながら料理というかもはや何かと戦っている姉の姿は我が家の名物になりつつあってその事実に僕は笑いをこらえきれない。

 

ちなみに姉はオフィシャルコメントでは、うーん、ストレスがたまったときはお菓子とかちょっと凝ったお料理とかをして紛らわしてるかなっ!と図々しくも可愛くて健気な女子を演出してそうほざいているが、実際はそんなんじゃない。

 

実際はお菓子やお洒落な料理どころか、とにかくストレスを発散するために練って叩いて切る練り物料理しかつくらず、そんな日は僕たち家族は大量の春巻きやら餃子やら千切りキャベツやらを消費する羽目になるのだ。

 

 

「ふっ、見事な大きさのキャベツね、まるであいつの頭みたいだわ」

 

 

餃子生地へのイジメを終えた姉は、今度は僕の買ってきた丸々大きいキャベツを手に取ると、そう言いながらまな板の中央に設置。オルァ!というドスの聞いた掛け声のもと包丁のひとふりで見事に真っ二つに両断してみせた。

 

そして無表情でザクザクとひたすらキャベツを切り刻んでみじん切りにしはじめる。

 

 

 

「………………」

 

 

もはや笑いを通り越してなんともいえない気持ちになった僕は無言でその場から退散することにした。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

そんなこんなで姉が炎をメラメラと燃やしてヒーロー科の連中を引きずり下ろすために邁進しているなか、六年生の5月、僕はある失言をしていらん面倒を背負うはめになる。

 

それは、5月なのにやけに肌寒かったある日、ちょうど隣にいた轟に冗談半分で、寒いから炎であっためてくれ、と言ったことから始まったのだ。

どうやら僕は気づかずに地雷をふんだらしい。轟の顔が曇ったと思ったら、なぜか彼は断るついでにその理由を一から説明することを始めた。

 

 

 

 

「…どこまで話したっけか、…ああ、そうだ、個性のための結婚。いわゆる個性婚ってやつ。速坂はそのこと知ってるか?」

 

「聞いたことならあるけど」

 

 

僕は死んだ目で、ふむふむとクラスメイトの自分語りに相づちを打った。いやもういいよ……。ここ数日かけてちょくちょく語られた壮大なストーリーに僕はもうすでにお腹いっぱいである。なんなんだこいつ。どっかの主人公なのか?設定盛りすぎだろ。

 

 

「…~…~…っ、で、…が、…~…。……そうして親父は母の親族を丸め込み母の個性を手に入れたんだ」

 

「ふぅん、そうなんだ」

 

「金と実績だけはある男だからな」

 

「へえ」

 

 

金と実績だけあれば十分じゃね?

 

ボソボソと無表情で語る轟に、優しい僕は素直な感想を飲み込んだ。

 

彼が何を思って僕にそれを話そうと思ったのかよくわからない。たしかに僕はこの学校で轟と一番仲が良いだろうけどさあ。

僕は轟にあまり興味がないので、他の人みたいにその事情を熱心に聞いたりしないし一線は越えない、轟がたまに漏らす弱音やら一言自分語りやらはサラッと軽く聞き流す。

 

そんな僕の態度が好ましかったらしく次第に和らぐ僕に対する轟の態度を見て、たしかにある程度は懐かれているのだろうなとは思ってはいたけれども。

 

少し距離が縮まったからなのか、僕が『僕合気道始めたんだ。ああ、そういや轟はお父さんに武術、訓練してもらってるんだっけ。No.2のマンツーマンは厳しそうだけどためになりそうだな』とか余計なお世辞を口にしたからか、はたまたストレスがたまって王様の耳はロバの耳みたいに誰かに吐き出さずにはいられなかったのか。

 

炎の個性について不用意に僕が言及してしまった日から、何かのたかが外れたらしく、僕はなぜか轟焦凍に重い重い家庭事情を打ち明けられるようになった。

 

色々と述べたが様子を見る限りでは僕に、同情したり慰めることを求めているわけではなさそうだし、誰かに吐き出したかっただけ、というのが正解なのだろう。適当に聞き流すからいいんだけどさ。やっぱちょっと面倒くさい。

 

……まあでも轟も悪気はないんだし聞くだけならそんな大変でもないから諦めて最後まで聞いてやることにしたけど。ははっ、本当、僕って優しいなあ。

 

 

 

うんうん、で?結局お前は何がしたいって?

 

え?炎を使わないでNo.1ヒーローになることでにっくき父を否定する?

 

…え…本気でいってる?あーうん、そうかそうか。うん。そうなのか。

 

その悩みに対する僕からの解決策はただひとつだよ少年。

 

いますぐ大手ゴシップ紙、文冬砲で知られる週刊文冬に駆け込んで同じ話を記者の前でするといい。

 

そうしたらそんな回りくどいよくわかんないことをしなくても、世間が父をギッタンギッタンに否定して制裁してくれるからね。そのほうが超楽だからオススメ。おっけー?アンダースタン?

 

 

「まあ正直驚いたし何て言っていいかわからないけど……、お前ならできると思うよ。見返してやれ」

 

「ああ…。ありがとう、速坂」

 

 

賢明な僕はその意見は心のなかだけにとどめ、表面上は淡々とした表情で適当に感想をのべることにした。轟はスッキリした表情で、こころなしか嬉しそうに僕に礼をのべた。

 

いやいや、僕に感謝する必要なんてないよ。というかむしろ感謝とかやめてほしい。

 

だって、ホラ、僕にも一応罪悪感はあるわけだからさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『~~…。~…っ、…だからだ。……俺はお母さんを苦しめたあいつを絶対に許さない。』

 

 

ピッ。

 

轟がどう思っているかは知らないが、僕は自分のことをあの姉の弟にふさわしい、最低な性格の持ち主だと自覚している。

 

 

僕は録音した、轟家末息子プレゼンツ『衝撃!No.2の家庭事情!』をCDに焼いて自分の部屋の机の引き出しの2重底の下に厳重に封をして、しまった。

 

 

ほら、僕も鬼じゃないから使わないですむならそれに越したことはないなぁって思うけど、人の弱味ってのはさあ、使う使わない、今敵対してるしていないを問わずに、手に入れられる状況なら手に入れるようにしてるんだ。まあこれは昔から姉を見てきて学んだことなんだけどね。

 

 

 

ゴメンね轟くん。できれば将来君と敵対しないことを祈るばかりだよ。君のことは別に嫌いじゃないからね。

 

 

 

 

 

 

 



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7話

元々僕は、たぶん、他の人と比べると周囲への興味とか執着心とか、そういうものが希薄な性質(たち)なんだと思う。

 

家族とか、友達とか、世間体とか。正直自分に害がなければ基本的にはあまり関心がない。

 

基本的にはね。勿論、興味がわけば関心を持つこともある。まあいくつか例外を除いて大抵その関心は長続きしないけど。

 

でもそんな僕にも常に気にかけていることはあるのだ。気にかけるというと少し変かな。こだわりといったほうが正しいだろうか。まあ、分かりやすく言えば、姉にとっての世間体、面子みたいなものだ。姉の世界で一番大事で、常にど真ん中にあるそれら。今からするのは僕の世界のど真ん中についての話だ。

 

僕にとってのそれは一言で言えば、快適な暮らし、である。

 

なんだそんなことか、と思うかもしれないが、そう、そんなことなのだ。僕の願いなんてささやかなのである。

 

まあ、ささやかではあるのだけれども、最初の頃はそんな自分と折り合いをつけるのがとても大変だった。なぜなら昔の僕は常にそれに完璧を求めていたからだ。

 

完璧に快適な暮らしをするためには、不愉快な思いがあってはいけない。日常生活において思い通りにいかなかったり不快な思いや体験をしたりとか、そういうのが一つでもあると途端に快適な暮らしは快適ではなくなり、僕の求める完璧は破綻することになる。そしてそれは僕に実に不快な気分を味わわせるのだ。

 

なので僕としては、昔から自分の日常生活において起こりうるであろう不快な要素を出来るだけ前もって排除することを最優先に考えて生活を送っていたわけなのだが。

 

 

 

ーーーー

 

きっと、僕、速坂統也という人間は、姉の存在に大きな影響を及ぼされているのだろうと思う。

 

姉がなぜ幼い頃から僕を嫌っていたのかは、姉の口から聞いたことがないので本当のところは僕にはわからない。おおかた僕の事を、それまで親の関心を一身に受けていた自分を脅かす存在だと認識したとか、そんなんだろうけど。

 

いずれにせよ、姉に物心がついたころから意地悪や嫌がらせを受けてきた僕にとって、そういった煩わしい思いから解放されたいという気持ちが強く芽生えたのは別におかしなことじゃない。

 

いつの頃からかは正直あまりよく覚えていないが、僕は密かにそんな気持ちを持ち始め、そして次第に大きくなっていくその思いを持て余した。

 

なぜなら、当然のことながら完璧に快適な暮らしを維持するなんて不可能だからだ。

 

まあそもそも姉という常に不快感を与えてくる特大の問題人物が身近にいる時点で完璧なんて無理なのだが、姉によって生ずる問題を抜きにしても煩わしい思いを一切しないなんて芸当は不可能だった。当たり前だ。

 

 

だが当時の僕はそのことをうまく理解できずに何が問題なのかを考えた結果、すべての原因を姉に押し付けたのである。まあ、僕の問題の九割は姉が原因だったのであながち間違った考えでもなかったのだが、とにかく僕は最大の障害を取り除こうと姉の排除に取りかかり、それが皆さんご存じの通り小学二年生の時。

 

姉さえ消えればすべてはうまくいくと考えていた僕の誤算は一つ、姉が僕が思っていた以上に手強かったことだ。

 

まあ、曲がりなりにも僕の姉であるわけだしそう簡単にはいかないかもな、とは思っていたが、実を言うと当時いくつも姉を出し抜いてきたことで頭から姉をバカにしていた僕はあそこまで姉に手こずらされるとは考えていなかったのだ。

 

前にも述べた通り姉と僕の戦況は拮抗して、そして戦っている間の一年間で僕もそれなりに成長した。

 

そこで、自分は何をやっているんだろうとふと我に返ったのもあるが、それと同時に新たに気がついたこともあって僕は姉と停戦し、今に至るわけなのだが。

 

僕は姉との関係が変わった時から、完璧な生活を送るのは例え姉がいなくなったとしても不可能である、ということに気がつき始めていたのである。

 

更に姉の影響が後押ししてスクールカーストトップの座に君臨したことによってまた新たに気がついたこともあり、今までずっと持て余してきた自分の気持ちと折り合いをつけることに成功した。

 

もともと自分のクラスの中では頂点の座にいたのだが、そこを飛び越えて学年全体を完全に手に納めたことにより、一気に煩わしさが減ったことに気がついたのである。僕は力を持っていさえすれば、大抵のことが解決できることに気がついた。

 

不快なことを全て未然に防ぐことは出来ないにしても、その数は減らせる。そもそも力を持っていれば僕に不用意なことはできない。要は抑止力だ、抑止力。

 

それにそれでももし誰かに不快な思いをさせられても、力があればすぐにソイツを踏みにじることができるし、例え不快な気分になってもその原因を叩き潰せば僕の気も晴れて万事はオーケーだ。

 

まあ、力を持っているからこその面倒事だってあるのかもしれないが、気を付けていればそんなことも起きない。要するにその手にいれた力を誇示したり乱用したりするから要らない面倒事を引き寄せるのである。

 

その点僕は、自分の不快なものの排除と抑止力にしか使わないので大丈夫だ。僕に害さえ及ぼさなければ何をしても自由。それを周りに理解させればいい。

 

まあそれでも全ての煩わしさは無くならないが、及第点とは言える生活を送れるので、それなりに今、僕は満足している。

 

 

 

「ねぇ、統也くん、今週菜花たちと一緒に遊ばない?統也くん来たら皆喜ぶしぃ」

 

「ゴメンね、忙しいから無理かな」

 

「えぇ~統也くんいつもそうじゃん!今週だけでもいいからさ!お願い!菜花もう先輩に統也くん来るっていっちゃったんだよね」

 

「へぇ、それは大変だね。言い訳頑張って」

 

 

昼休み、最近見つけた興味深い本を読んでいた僕のもとへ無遠慮に話しかけてきた取り巻きなのかどうかもよく覚えてない女子生徒は、僕の木で鼻をくくったような返事に鼻白んで地団駄を踏んだ。

 

昔はこの程度のことでイライラさせられたものだが、今の僕にとってはすこぶるどうでもいいことだ。意識の端にも引っ掛からない。ふっ、僕も大人になったものだ。

 

それ以降なんの反応も示さずに本のページをめくっていると、僕の横で塾の課題をやっつけていた轟が眉をしかめて彼女を見やった。どうやら彼は横でうるさくされて気が散ったらしい。

 

 

「速坂。いいのか?」

 

「うん」

 

 

一応聞かれたので頷くと、轟はその女子生徒に何か言って追い払おうとする。だが無駄に根性があるらしい彼女は引き下がらず、僕がダメとみるやいなや更に誘いにくいであろう轟を誘った。

 

 

「轟くんでもいいからぁ」

 

「わりぃけど遊んでる暇はねぇ。親父がうるさいし」

 

 

だがさしもの彼女もNo.2ヒーローの威圧感には勝てなかったらしい。スゴスゴと退散していった。さすがだなエンデヴァー。名前だけですごい威力だ。僕は少し感心した。

 

思えば、僕と姉は力を手に入れようとする面でも似ているのかもしれない。姉は力を手にすることで自分の面子や世間体を守り誰よりも上に行きたい、僕は力を手にすることで自分の生活から余計な雑音を極限まで減らしたい。そう。ただ、その目的が違うというだけで。

 

ちなみに常に厄介事を運んでくる姉は僕の天敵であり、1番の抹殺対象でもあるのだが、残念ながら潰そうとすれば更に面倒臭いという実に鬱陶しい存在でもあるので、僕は放置を決定している。まあ、それなりに利用価値もあるので、放置だ。

 

そして、その利用価値は約半年前に更に高まった。

 

約半年前の6月、執念に燃えた怨念の塊のようになっていた姉は、遂に体育祭で準優勝し見事その無念を晴らしたのである。

 

姉は入学前に僕に宣言した通り、世間の注目をかっさらって大手をふってヒーロー科に編入し、更に実技入試の採点基準に対する疑問を世間に叩きつけ、特大の猫を被った美少女の訴えに沸いた世間に激しく叩かれた雄英は、採点比率を平等にする旨の発表をした。

 

もともと地元ではそれなりに有名だった速坂綺羅の名は更に上がり、それにつられて弟である僕も、あの速坂綺羅の弟として評判をあげた。お姉さんに似て弟さんも優秀なんですってね、とか。将来有望な姉弟で羨ましいわぁ、とか。親は僕の事コミで頻繁に声をかけられるようになったらしい。

 

更にどうやら僕ら姉弟の写真がひそかに出回っているらしく、知らないやつに声をかけられるようになったのを除けば、まあ、その名声によって僕の権力もちょっと強まったし、いいことだ。

 

それに姉がとりあえずは目的を果たしてヒーロー科に編入したことによりご機嫌になったので、最近はバカみたいに練り物料理を量産することもないし、実に快適である。

 

まあでも姉からしてみると優勝じゃなくて準優勝だった事実が大いに不満かつ、姉を負かして優勝した男が実にいけすかないらしく、近頃またストレス発散料理が再発しそうだ。

僕はといえば姉が悲願を完璧な形で遂げるのに横槍をいれ、悔しがらせて更にストレスを与え続けるという偉業を成し遂げたその男を密かに応援している。その男については体育祭の様子をテレビで見た程度の情報しかないものの何となく同類臭も感じた。是非頑張っていただきたい。そしてできれば叩き潰してやってくれ。

 

僕の近況はそんなとこ。色々あったけどこの一年ももう終わりだ。

 

 

僕はこの春、ついに小学校を卒業した。

 

 

 

***

 

僕の住んでいる地域周辺で今年、大規模な小中学校の合併が行われた。

 

少子化とか色々な理由があるのだろうが、当事者の僕としては自分が行くんだろうなと思っていた中学が急に変わって少し驚いたのを覚えている。

 

姉も通った桜庭中学校は廃校となり、そこへ行く予定だった僕の小学校ともう1つの小学校の生徒は隣街の折寺中学校へ通うことになった。

 

まあ、ということは僕は徒歩10分圏内登校というすごく楽な今の生活を捨てる羽目になり、家からやや遠い駅まで行ってそこから更に2駅ほど電車に乗って中学へ通わねばならないことになったわけで。あーあ、やってらんね。合併するなら桜庭の方に統一しろよ。なんで僕が折寺なんかに。

 

合併の知らせを聞いた日、僕はブツブツ心の中で文句を言ったが、あれから一年たった今でもまだそう思う。

 

 

春休み、僕はしばらく見ていなかった配られた資料を取り出してぼんやり眺めた。

 

折寺中学校に通うことになるのは僕の通っている小学校と、同じ街にもう1つある小学校。それに、隣街の小学校の中の一つの、あわせて3つの学校の生徒でありなかなかの人数となるだろう。

 

そして人間関係もまたごちゃまぜになることであろうけれど…。

 

 

「ま、大丈夫かな」

 

 

僕はあくびをしてそう呟いた。僕もなにもぼんやりと毎日を過ごしてきた訳でもない。それなりに成長したしやり方も大体わかる。姉のお陰で知名度も評判も十分だ。一から自分の地位を確立するなんて容易いだろう。

 

 

「それにしても暇だな」

 

 

本も読み終わってしまったし、今はパソコンを開く気分でもない。なんだかやけに暇だった。

 

外を見ると麗らかな春の日差しが心地良さそうだった。

 

 

「うん。暇だし、折寺までいって周辺をちょっと見てこよう」

 

 

思い立ったが吉日。僕は気が変わらないうちにスマホと財布を片手に家から外へ出る。

 

そして電車を何駅か乗って折寺中学校につき、さらにそこから適当にぶらぶら散策して数分、近くを流れる大きな川と居心地が良さそうな芝生が生えた河原を発見した。

 

おお、と感動して河原におりていった僕はそこで興味深い出会いをすることになる。

 

僕の注意を引いたその存在は僕らの世代では珍しい無個性の少年で、それなのにオールマイトみたいなカッコイイヒーローになりたいと口にして見るからにガキ大将の少年に爆風で吹き飛ばされて罵られ、それでもなお、待ってよかっちゃん!とべそべそ叫びながら、何故かまたそいつの背を追いかける謎の思考の持ち主だった。

 

 

 

 

 

 

 



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8話

正確に言えば先に僕の注意を引いたのは怒鳴り声と爆音で、その付属品のようにして緑色のモサモサ頭を見つけた、という方が正しい。

 

「うっぜぇんだよこのデク!!無個性のくせについてくんな!!」

 

 

芝生の上に腰を下ろして穏やかな風に吹かれながら川を眺めてのんびりウトウトしていた僕は突然響き渡った爆音にビクッと身体を震わせた。ああビックリした。いきなりなんだ?

 

BOOM!という爆音と、それと共に聞こえた罵声に注意を引かれてそちらに目をやると、先程まではいなかったはずの数人の男子がなにやら揉めている様子だった。

 

「そうだそうだー!個性もないくせに!」

 

ガキ大将らしき金髪のツンツン頭が手のひらを爆発させて威嚇し、それをその取り巻きらしき2人が煽っている。そしていじめられっ子らしき緑のモサモサはそれにおどおどした態度だが一応言い返していた。

 

ビビりながらもなお潰れないその態度はガキ大将の苛立ちに火に油を注ぎ、BOOM!!

 

吹き飛ばされるモサモサ。怒鳴るツンツン。囃し立てる周囲。

 

 

「なにこの永久機関」

 

 

おもしろ。

 

なんだかワクワクした。なにこれちょっと面白い。こんなにも感情をむき出しにしてぶつけあう人間関係初めて見たかも。

 

僕は春の麗らかな日差しに半ばぼんやりとしていた意識を完全に覚醒させてから、崩れていた姿勢を少し正した。

 

胡座をかいた膝に肘を乗っけて、手のひらに顎をのせ楽な姿勢をとってから彼らを観察する。どこぞの三流映画の鑑賞をしている気分でしばらく見ていると、やはり興味深い関係である事がわかった。

 

 

「何回言やぁわかんだよ、ほんっとテメェはデクだなオイ!」

 

「な、なん…」

 

「てめえなんぞがヒーローになれるわけねぇだろクソナード!気持ちわりぃんだよ!」

 

「た、たしかに僕なんか君と比べれば大したことはないけど……で、でも、そんなの…や、やってみなきゃ分からない…よ…?」

 

「ああ゛!?!?」

 

 

震えながらの口答え、爆音、ぶっ飛ぶモサモサ、吠えるツンツン、煽る周囲。

 

「無個性の癖によぉ!生意気なんだよいい加減消えろや!!」

 

 

無個性、無個性か。

 

僕は先程から何回も会話のなかに出てきたその単語をなんとはなしに口のなかで呟いた。

 

少し珍しいな、僕らの世代で個性がないのは。だが別に全くいないわけでもない。

 

たしか下の学年に一人いた気がするな。それでいじめられて僕のところに泣きついてきた覚えがある。

 

そんなことを呑気に考えていた僕をよそに、ガキ大将は再びもはやお約束の、無個性の癖によぉ!という鳴き声をあげるとそのままモサモサを置き去りにして走り去っていった。

 

おっと。思考に沈みかけていた意識を引き戻してパッと目の前に視線を戻すと、そこには、「待ってよかっちゃあん!」と、べそをかきながらもガキ大将を追いかけようとして、痛みでつまづいて転ぶモサモサが。どんくさ。ていうかなんなんだコイツ。あんなにバカにされて苛められてたのに、なんで自主的に追いかけようとしてるんだ?

 

パチ、と目を瞬くと、目の前の芝生の上で理解できない行動をする少年がズビッとはなをすすっていた。ふぅん、へえ。僕は自分の興味が完全に彼に傾いたのを感じて、小さく笑みを浮かべる。

 

おもしろそうだなあ。いったい何考えてるんだろ。ただのマゾでした、とか、そういうオチじゃないといいな。まあそれはそれで面白いからいいけどさ。

 

 

そのとき抱いた興味はそこまで大きなものでもない。適当に絡んで、話を聞いて、ふぅん、と思って。それで、終わりのはずだったのだけれど。

 

後から過去を振り返ったとき、ふと考えることがある。もしこのとき何もしないでその場から立ち去っていたら、どうなっていたのだろうか、と。…まあ別に後悔はしてないからいいんだけどね。

 

 

**

 

 

僕は立ち上がって息を吸い、顔ににこやかな人好きのする笑顔を浮かべてソイツの元へと歩いていった。

 

「ねぇ、怪我してるみたいけど、どうしたの?」

「え……あ…」

 

 

目の前まで降りていって、そう、声をかけて手を差しのべた。すると彼はなぜか呆けたような顔で僕を見てボーッとしている。返事がない。ただのモサモサのようだ。おいこら、無視するんじゃない。

 

 

「おーい、大丈夫?」

 

「…え、…あ、あ、だ、大丈夫ですすみません!!」

 

 

ひらひらと目の前で軽く手を振って首をかしげると、彼は顔を赤らめて焦りながらズササッと後ずさった。なんだよ人を化け物みたいに。そんなに怯えないでくれたまえ。僕はただの心優しい通行人その1なのだから。

 

「そうは見えないけど。うわー、擦り傷だらけじゃん。血が出てるし。早く手当てしないと大変だ」

 

「へっ!?い、いやあの、このくらい放っておいても大丈夫なんで…その、きにしなくても…」

 

「いやダメでしょ。怪我した人を放っておくことなんて出来ないよ。っていってもそんなに大したことは出来ないんだけど、よかったら僕に手当てさせて」

 

 

「…いや、でも」

 

 

「…あ、えっと、いきなりごめん。…迷惑だったかな」

 

 

「ええっ!?いっいや迷惑だなんてそんな!」

 

 

へたりこんだ彼の前にしゃがんで顔をのぞきこみ、困ったように眉を下げてそう尋ねると、彼は慌てたようにブンブン首を横に振った。うん、そうだろうそうだろう。僕の優しさが伝わったみたいでよかったよ。僕は曇った顔をパアッと明るくして嬉しそうに微笑んだ。

 

「よかった!じゃあちょっとこっちきて。あ、たてる?痛むかな?」

 

「あ、た、立てます…」

 

未だに呆けたような顔をしている彼の手を強引にとって立ち上がらせた僕は、内心、はて、これからどうしようかと首を捻った。

 

なぜなら僕には今まで誰かの傷の手当てなんざした経験がない上に、ここは河原でなにもないからだ。しまった。早まったか。えーっと、なにすりゃいいんだろ。今救急箱とか持ってないし。うーん。どうしようか。でも手当てすると宣言した以上はあとには引けないしなあ。僕は心優しい少年なのだ。なんとか考えてやろう。

 

 

「…………」

 

 

少し考えてから僕はソイツの手を引いて横を流れる川に向かった。隣から戸惑うような声がするが安心しろ、別にお前を川に沈めて笑おうとかそんなことは思っていないから。

 

「うわ、春っていってもまだ寒いね。冷たいけどごめんね、我慢して」

 

 

川の水、つめたっ。

 

そう声をかけた僕はモサモサ頭を川べりに座らせて、ジャボッと川の水をすくうと適当にソイツの傷にかけて、傷を洗いはじめた。

 

 

「ええっ!つ、つめた!いたっ…!」

 

「ああ、ごめんね、しみた?じゃあ菌が死んでる証拠だね」

 

「え、あ……そ、そうなのかな……、うん、そ、そうだよね、ありがとう!」

 

 

 

どういたしまして。ただの水で傷口が殺菌されるわけがないけどね。

僕の適当すぎる台詞に最初は首をかしげたモサモサは、だがしかし、口ごもった挙げ句勝手に納得して頷いた。いや納得すんなよ。まあ今は混乱しているというのもあるのだろうけど、こんな調子じゃいつか変な壺とか買わされそうだな。

 

 

大丈夫?痛くない?痛かったらすぐに言ってね。

 

そう声をかけつつ、それから僕はしばらくソイツの無数の擦り傷を洗うことに専念した。…それにしても多いな、傷。だる。

 

 

 

ーーーー

 

 

「よし、これで最後かな」

 

 

僕は地味になかなかの時間をかけてソイツの複数の擦り傷から砂などの汚れを取り除くと、適当に濡れた肌をハンカチでササッと拭いた。きれいに拭き取ってやる気はない。もううんざりだ。人の手当てするのも飽きた。自然乾燥万歳。

 

 

「ごめんね、本当に大したことできなくて」

 

「い、いや!そんなことないよ!…あの、ありがとう。僕はその…誰かにこんなに親切にされたことって久しぶりだったからすごく嬉しかった、ありがとう」

 

 

申し訳なさそうな顔で謝るとモサモサは、僕にとったら大したことだよ!ありがとう!と、川の水を傷にかけただけの僕に紅潮した顔で感謝の言葉を慌てて述べた。

 

いや正直文句を言われることも想定していたしなんならその場合の対処法まで用意してたんだけど。川の水ってよくなかったような気がしないでもないし。まあうまくいったのならよかった。

 

 

「いやいや、それはちょっと大袈裟だろ。僕そんな大したことしてないし。まあ役に立てたならよかったけど」

 

「ううん、大袈裟じゃないよ。…君は知らないだろうけど…僕は………だから、その…本当に、こんな風に楽しく会話するのも久しぶりなんだ」

 

 

「え?そうなの?なんで?友達と喧嘩でもした?」

 

 

うんうん、無個性だから苛められてるんだよね?知ってる知ってる。みてたから。そう思いながらも、無個性の部分をうにょうにょと誤魔化して話す彼に僕はそ知らぬ顔でそうたずねた。

 

喧嘩は長引くと厄介だよねぇ。なーんて。しらんけど。僕は喧嘩というか潰し合いしか経験がないので。

そのまま適当に相槌を打っていると、しばらくたったあと何やら葛藤していた彼は決心したような顔でもそっと打ち明けた。そして反応をうかがうように僕の顔をそっと見る。

 

「け、喧嘩とかじゃなくて…、僕は、その…信じられないかもしれないけど、無個性なんだ。だから、あの、」

 

 

僕は驚いた顔をした。

 

 

 

 

 



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9話

ああ、本気で驚いた。

 

 

え、打ち明けるの?それ打ち明けるの僕に?初対面の僕に!会ってまだ三十分もたってないのに!何で?ねえなんで?

 

演技しなくても十分いま僕は驚いた顔ができている。てっきり自分がいじめられていることを言うのかと思ったら、まさか無個性を打ち明けられるとは。

 

なぜ驚いているかというと、無個性とは正直かなりのハンディキャップというか簡単に人に打ち明けることではないからだ。なぜならぶっちゃけ皆口に出しては言わないだけでこの社会かなり個性至上主義な部分があるから。特に子供は尚更そう。

 

しかもそれを理由にいじめられているなら、自分から人に言うなんてあり得ないだろう。普通隠せるなら隠し通したいと思うはずだ。うまくやればバレるはずがない、こんな短い付き合いの僕に自分からばらすなんて驚きにもほどがある。

 

……ああ、まさかそういうこと?

 

うわぁまじか。コイツ思ってたよりあれなのかもしれない。正直なめてたよ、ゴメンね。ただのぼんやり君かと思ってたけどそうでもなかったのか。意外と強かなんだねお前。あ、これ誉めてるよ。

 

 

「無個性って個性がないってことだよね?」

 

「……うん」

 

僕はひきつづき驚いた顔でなるほどと相槌を打った。いや知ってたけどさ。驚いたよ。別の意味で。ついでに今僕はかなりテンションが上がっている。僕の目に狂いはなかったようだ。やっぱり面白いよお前。

 

弱々しい羊の皮を被ったモサモサはぐっと唇を噛み締めて僕の反応をうかがっていた。瞬きの数が多くなり、乾いた唇を引き結ぶその姿からは大きな緊張が伝わってくる。うん、それは演技じゃない。わかるよ。試してるんだもんね、そりゃあ緊張するだろう。まあ安心するといい、僕はきっと合格するから。

 

 

「そっか…、それは珍しいね。最近じゃ少ないからなあ」

 

「…………え?…そ、それだけ?」

 

 

へぇ、と驚いてはいるもののそれだけな、比較的冷静な僕の反応に、逆に驚いたように彼は目を丸くした。そして拒絶したりバカにしたり引いたりせず自然体で受け入れた僕の反応に拍子抜けしたのか、わずかに肩の力が抜けるのが見てとれる。だが緊張はとれていない。ああ、もしかして逆に警戒させた?

 

まあさっき見たガキ大将との関係を考えると、相手の悪い方向での過剰反応を予想するのも無理はないかもしれないが、あいにく僕はそんなことはしない。ちなみにもし無個性ということを今はじめて知ったとしてもそれに変わりはない。

ああ、何でか不思議?不思議だよね、だって世の中だいたいそうだし。さっきのガキ大将ほど過激な発言は皆そりゃあしないけど、もっと穏やかにバカにするからね普通。

 

でも心の広い僕は個性の有無で人を差別したりしない。それにどちらかというと無個性は好きだし。いや本当に。

まあそんなこと言っても信じてもらえる訳がない上に無個性好きの理由を説明するわけにもいかないんだよね。引かれるから。でも大丈夫。

 

僕は不思議そうに首を捻った。

 

 

「え?それだけって?」

 

「いっ、いやぁその、もっとこう……なんていうか」

 

 

なんだか釈然としない顔つきのモサモサに小さく苦笑する。言いたいことはわかる。

 

 

「うーん、まあたしかに珍しいけど僕の学校にも無個性の子はいたからなぁ。たしか中島とかいう…」

 

「え!そうなの?無個性の子いたの!?」

 

「うん。いたよ。仲良くやってたよ。まあたしかにこんなに近場に二人もいるのは驚きだよね」

 

 

世代を経るごとにだんだん減ってきてはいるけれども、別に無個性はそんな珍獣レベルで珍しいわけでもない。僕らの年代でも各県に5人くらいはいるんじゃないの?いや知らないけど。適当に言ってみただけだけど。でもなにせ世界の全人口の二割は無個性なのだ。そのくらいはいるよ。

 

まあ昔はいざ知らず僕らの世代では、さすがに佐藤さん田中さんレベルでゴロゴロいるわけではないけど、五十嵐さんとか藤原さんとかみたいに『聞いたことはあるけど会ったことない!あ、でも友達の友達の友達にたしか一人いたような?いやいなかったかな』というレベルのレア度で、それなりにいることはいる。そしてだいたい無個性はバカにされていて、その傾向は若い世代にいくにつれて大きくなっている。うん、我ながら分かりにくい例えだったけど、まあいいか。

 

ちなみにその中島だったか中尾だったかいうヤツは、べっしょべしょに泣きながらある日なぜか轟に連れられて僕のところにやってきた。

 

最初はめんどくさ僕が知るかよさよならバイバイとか思ったけど、事情を聞いて何となく面白そうだったからちょっと実験してみたんだったっけ。あれは意外と楽しかったな。

 

それはともかく、無個性のレア度についての知識を披露するとモサモサはほえーと感心した顔で聞き入っていた。

 

でもそのくらいモサモサも知っているはずなのだが。あ、個性もちの僕がそこまで詳しいことに感心しているのか。

 

僕の言葉にやはりどことなく拍子抜けしたらしいモサモサからは更に肩の力が抜けた。しかしまだ緊張は解けていない。落ち着かなさげに身じろいだり僕をうかがったりしている。

 

うーん、そんな簡単に警戒を解いてはもらえないか。ああでもちょっとは安心したよね?だって僕が無個性に寛容な理由がわかったから。無条件で受け入れるなんて怪しいもんね?そう、僕は君の仲間と知り合いなんだよ。無個性仲間と。仲良かったんだ。

 

モサモサはうんうんと頷いた。

 

「僕以外にも同じひとがいるんだね…。いや、いないとは思ってなかったけどこんなに身近にいたんだなって、なんか……」

 

「安心した?驚いた?嬉しかった?」

 

「うーん、その全部かも……。よくわかんない」

 

 

そう言って彼はようやく僅かな笑みをこぼしてくれた。あ、笑った。自然な笑みだ。どうやら少しは心を開いたようである。

 

「その子面白かったし学校でも人気な子だったから、学年が違う僕とも結構仲良くて。だから僕は他の人よりちょっと無個性について詳しいんだ」

 

「人気者だったの?無個性なのにすごいなぁ……」

 

 

しきりに感心したようにそう言うモサモサ。あ、興味を持った顔になった。

 

よかった。初対面の僕に自分が無個性だって打ち明けたのは僕を試すためだったんだろうけど、どう、僕は。合格?胡散臭さはもうかんじない?

 

僕は内心にやにや笑った。ああ楽しい。まあ人なんてそう簡単に信用できるわけないし。その気持ちはわかる。ましてや、いじめられてるんなら尚更だろう。

 

なんかやけにいい人ぶってるけどなにお前。胡散臭い。怪我した君を手当てしたい放っておけないとかきもちわる。なにそれ?どうせお前も違うんだろ?ほら、僕は無個性だよ。それでもその偽善者ぶった気持ち悪い態度、貫ける?ね、出来ないだろ。とっさに取り繕ってももう遅いよ。不意打ちくらって本音はみえたから。ほらやっぱり。お前だって所詮はそんな人間なんだろ騙されないって、そう言おうと思って、警戒して、僕を試したんだよね?強かだなぁ。

 

いやまあさすがにここまで思ってないかもしれないけど、モサモサはただのモサモサではなかったということだ。騙されやすそうな見た目に反して実は警戒心満載のモサモサだったということでOK?感激だな。たまには適度にひねくれたやつと遊ぶのもなかなか楽しかったりする。え、そうだよね?ひねくれてるよね?

 

半ば暴走気味の思考でそんなことを考えながら隣に目をやって観察すると、ノホホンとしたそばかす面が純粋そうな瞳をぱちくりさせて僕を見た。

 

 

「………………」

 

 

……うーん。

 

 

うん。一旦落ち着こう。興奮しすぎた。テンションを下げろ僕。よく考えよう。こいつがそんなタマにみえるか?あ、目が合った。するとニコッとしたモサモサがのんびり口を開く。

 

 

「すごいね、その子。あと周りの友達も。なんか君が通ってる学校ってかんじ。きっと君みたいな人が多いんだろうね。穏やかそうでいいなぁ」

 

 

「あ、うん」

 

 

脳天気なセリフが少々暴走気味だった僕の頭を完全に冷やした。前言撤回。え、まじで?

 

 

うんでもなんか本気でお人好しそうだし、そこまで頭回んなさそうだし……。実はそんなこと考えてないという説の方がしっくりくる。ああ、たしかヒーローに憧れてるんだっけ?

 

だとしたら人の無条件の好意とか信じちゃってる系なのか。やっぱりそうなのか。

ええ……でも普通無個性を初対面のヤツに簡単に打ち明けるくらい信じる?そんなことあんの?あ、むしろ初対面だからこそ打ち明けたとか。もう会わないしいいか的な。

そうだとしてもよく自分の弱みをホイホイさらけ出せるねお前。すごい。僕じゃ考えられない。

あーうん……やっぱそうっぽいなコレ。じゃあさっきから緊張したり警戒したりしてるのはただ人見知りなだけだから?

 

モサモサはじっと見つめる僕の視線に居心地悪そうにうつむいてモゾモゾした。……あー、やっぱそっちかな。うん。そんな警戒心を持ているようには到底見えない。深読みしすぎたのか。うわつまんな。

 

…まあなんでもいいか。僕がつい先走りすぎただけでそこら辺はあんま重要じゃなかったね。反省反省。とりあえずその選択肢は頭の片隅においときゃいい。なにはともあれ彼は中島に興味があるようだし。うーん中島ねぇ…ごめん実は中里だったかも。まあそれはいいとして、よかったエサにくいついた。

 

 

「それでその中島…?さんってさ、あの…」

 

「ああ、中島が気になる?えーっとたしかアイツはクラスのお調子者ってかんじで人気者だったな……ああでも、一時期無個性ってことで苛められてたこともあったかも。でもすぐ解決して今は楽しくやってるはず」

 

「あ……やっぱりその子もいじめられて……」

 

「え?その子もって…あっ……ごめん。その……もしかして…」

 

 

狙い通り、いじめの部分に反応したモサモサに僕は一瞬不思議そうな顔をしたあと、ハッと何かに気がついたかのように口ごもって目を泳がせた。モサモサは気まずそうにモゴモゴと口ごもった。

 

 

「う、うん。そうなんだ…っていや、その、僕は苛められてるっていうか、なんていうか…僕が鈍臭いし人よりできないし個性もないから、いつもかっちゃ…いや、幼馴染みを苛つかせちゃうっていうか…」

 

「………………」

 

 

僕はDV被害者を見る目でモサモサを見た。なるほど。飼い慣らされてるのか。いや……、でもそれにしてはさっき一応言い返したりしてなかったか?やっぱり完全ないじめられっ子とはちょっと違う。

 

だってなんか、待ってよ!とかいってたし。追いかけようとしてたし。むしろガキ大将の方が、ついてくんな!とか言ってたし。……あれ、ちょっと待ってどういう関係?よくわからなくなってきた。なに、実は片想いとか?

 

 

「なるほどね。その幼馴染みくんとうまくいってないんだ?それは主に無個性が原因で?」

 

「直球だね……、まぁ、うん。そういうことになるのかな」

 

 

質問を投げ掛けると苦笑された。直球?そう?まあお前とこうやって話すまでにかけた手間に比べればそうかもしれないけど。ほら、手当てしてやったりさ。で、モサモサ、お前はその幼馴染みを何で追いかけたりしてるわけ?気になるから話してよ。あ、でもまずはもっと心を開いてもらわないとダメかな。強かにせよそうじゃないにせよ、僕は合格したでしょ?え、まだだったりする?

 

じゃあ中島の話をしてやろう。なかなか興味深い話だよ。

 

 

「そっかあ。…うーん、なかなか複雑そうだね。中島とちょっと似てる」

 

「え、そうなの?中島さんと?」

 

「うん。中島は僕より2つ下の子なんだけど、」

 

えーっと、どんな話だったっけ。ああそうだ。

中島はある日突然轟に連れられて僕のもとへとやって来たんだった。

 

その日ちょっと用事があって帰りが遅くなった僕が誰もいない教室で帰り支度をしていたら、非常に困った顔をした轟が腰の辺りに泣きべそかいた少年をくっつけてやってきたのだ。

 

「どこからはなそうか。そうだなぁ、うん、彼も君と同じで幼馴染みがいてさ、まあその、いじめられる前までは仲良しだったみたいなんだけど」

 

これは嘘じゃない。中島には1人幼なじみがいた。たぶん、今はもう会話はないだろうけど。

 

 

「それでね…………」

 

 

モサモサはわずかに身を前のめりにして聞き入り始める。無個性以外にも共通点があって嬉しい?そうだろうね。ああでもこれから話すこと、全部が本当じゃないから、あんま信用しない方がいいよ。

 

 

 



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10話

久しぶりでどんな風に書いてたのか忘れた…、あと記憶が怪しかったから単行本で復習しようかと思ってたけど(緑谷の性格とか諸々)時間がなくて無理でした。
なので、何かおかしいとこがあったら優しく教えてください。

いつも感想や評価、ブックマークありがとうございます。


僕が小五の終わり頃の話だ。まあつまり今から約一年ほど前の話でそこまで昔のことでもない。

その日、全力で帰って寝る気満々だった僕は、ちょうどランドセルを閉じたところで目の前に現れた明らかに厄介なその存在を月まで蹴り飛ばしたくなったがなんとか我慢した。

 

「轟、なにそれどうしたの?」

 

「よかった、速坂まだ帰ってなかったか。助けてくれ。ずっと泣かれて俺にはもうどうしたらいいのかわかんねぇ」

 

とりあえずビエビエ泣いているそいつを僕は力ずくで轟から引き剥がして椅子に座らせるのと同時に教室に残っていた数人に目線で圧力をかけて追い出す。少年に対する僕のやや乱暴な扱いを咎めるように轟が視線を送ってきたが無視して事情聴取を開始した。

 

で?なに?何事?泣いてるだけじゃわかんないよ。あーもう。僕帰りたいんだけど。ダメ?あ、そう。

 

泣きじゃくって話もまともにできないくせに帰っていいかと聞くと、不明瞭な声で喚いてブンブン首を横に振る。待って待ってあんた速坂先輩だろういかないでぇえ。

実に面倒くさい。仕方ないので轟に目をやると、困り顔で話し出した轟曰く、掃除当番のゴミ出しをしたあと教室に戻る途中で彼と会ったんだとか。そして彼は轟の姿を見るなり突然泣き出して泣きながら僕と会わせてくれと頼んで離れなかったらしい。

 

慌てた轟はなんとか落ち着かせようと試みたが効果はゼロ、かつ、とりあえず先生の所へ……と思い連れていこうとすれば、先生は嫌だぁあ!速坂先輩ぃいいと更に泣きわめく始末。

 

え、なに、何で?僕こいつと知り合いだったっけ。いや、そんなことはない。こんな奴記憶にないよ。大方一方的に向こうが知っているだけなんだろうけど、それにしても僕になんの用?

 

泣きながら僕の元へ訪れたクソガキの用件にそれなりに興味が湧きはしたものの、どちらかと言うと面倒くささの方が大きかった。早く帰って寝たい。

 

お前を呼んでるし、お前なら年下の扱いも上手そうだし。どうにかしてくれ。

 

なんてしれっと抜かす轟に僕は大きくため息をついた。

 

 

「いやいや、僕末っ子だから。年下とか無理なんだけど」

 

「俺よりましなんじゃねえか。とりあえずどうしたらいいんだ、これ」

 

「泣き止ませるか置いて帰るかの2択」

 

「置いて帰るのは可哀想だ」

 

「じゃあ泣き止ませるしかないじゃん」

 

「どうやって」

 

「僕に聞かれたってしらないよ」

 

 

無言で二人で中島を見つめる。いや知らないけど。つーかいつまで泣いてんの?干からびるまで?勘弁してほしい。……。あーもう!しょうがないなあ!

 

「ねえ、僕の声聞こえる?」

 

「うっ……ひっく、は、はひ……うぇっ」

 

そうか。聞こえるのか。良かった。じゃあ耳の穴をかっぽじってよく聞くといい。僕は泣きながらも何とか首を縦に振った少年の前の椅子にどかっと座って宣言した。

 

「とりあえずあと2分で泣き止んでくれるかな?まあ泣き止まなくてもいいけど話が出来る状態にまでなってほしいんだけど」

 

「え……?うぇっ……ひっ」

 

 

「お前さ、なんか僕に用があるんだろ。2分以内で復活したら話聞いてやってもいいよ。でも出来なかったら僕はとっとと帰るし、その場合は今後一切お前の頼みは聞かない」

 

 

あと2分以内に泣き止まなかったら、次の日泣き止んで僕のとこに来ようが土下座しようが何しようが一切交渉の余地はないということだ。要するに、僕になにかして欲しいならチャンスは今しかないってこと。少年の目にやや遅れて理解の色が浮かぶのを見てからカウントを開始。はい!じゃあ今からね。1、2、3、4、5……。

 

必死に泣きやもうとする少年。そして僕の横顔に突き刺さる轟の非難がましい視線。そちらに目を向けると人でなしを見る目を向けられたが、うるさいな。これでも僕は最大限譲歩はしてるんだよ。

 

頬杖をついてカウントダウンを続ける。無理かなと思ったけど意外と根性をみせたソイツは、残り30秒の時点で何とか嗚咽を押さえ込むことに成功した。

 

「ご、ごめんな…っひぐっ、さい。うぇっ。…も、もう大丈夫です……」

 

「そう。よかった。話はできる?」

 

「……っ、はい」

 

「じゃあ用件をどうぞ。お前は僕に何をして欲しいのかな」

 

 

正直面倒だけど、泣きながら轟の腰にくっついて僕の元まで到達かつ2分以内に泣き止むという条件達成をした勇気と根性に免じて聞いてやろうじゃないか。

 

 

 

……と、僕は真実の過去を頭に思い浮かべながらモサモサに都合の悪い部分を除いてちょいちょい改竄した過去を話した。

 

友達がゴミ捨て場でいじめられてた中島を拾って泣き止まないって困って僕を頼ってきたから僕は親身になって彼を慰めて泣き止ませて事情を聞き出したんだ、ははっ。良い奴でしょ?

 

 

「へぇ…やっぱり君は頼りにされてるんだね。優しいからかな」

 

「そんなことないよ」

 

 

モサモサは感心した顔でうなずいている。僕が優しいだなんてそんなそんな。照れるじゃないか。

 

そして真実の過去の続きだけど、詳細はめんどくさいから省こう。

 

まあ要するに、聞き出した話によればだ。中島は今までクラスでもお調子者キャラで運動神経も顔もそこそこよくて人気者だったものの、小三になってからそんな中島に嫉妬した幼なじみとの関係が悪化、今まで暗黙の了解で黙っていたがもう知らん、おいお前ら同じ幼稚園じゃないから知らないだろ、なんと中島ってあいつ無個性なんだぜ知ってたかうわぁだっさぁ普段あんなにイキってるくせに実は無個性のカスだったんだぜぇ!ひゃっはー。

というわけで幼馴染と愉快な仲間たちにのせられた周囲から一斉に手のひら返しにあった哀れ中島は人気者から一転いじめられっ子に変身したんだそうな。

 

しばらく我慢していたもののもう限界。そうだ、2コ上に速坂統也っていう権力もってる人がいたはず。どうにかしてもらおう。

 

と、以上により中島は轟の腰にすがって僕のところまでやってきたと。

 

要するにお前は脱いじめられっ子が目的なわけ?との僕の質問に中島は頷いた。その目に縋るような色がある。希望の色がある。

 

僕は首を傾げて一瞬考えたあと、轟に頼んで少しの間外に出ていてもらう。鉄仮面みたいな無表情のくせに実は人がいい轟に口挟まれるのもやだし。

躊躇う轟に笑顔で相対する。酷いことはしないから安心して。

 

 

そして2人きりになった教室で、目に希望を浮かべた少年に次の質問をした。別に不可能じゃないけど、僕はそれをやることで何か得するのかな。

 

無償のボランティアなんか僕はしないよ。中島くん。

 

 

窮鼠猫を噛む、ということわざがある。ここで引用するのはちょっと違うかもしれないけどまあ大した問題ではない。何が言いたいかと言うと、人間死ぬ気になればなんでもできるさってこと。

 

意外と根性があって図太くてしたたかな中島くんは窮地に陥ってもなお諦めず僕と無事取引を成立させ、意外な結果に満足した僕は彼を助けてやることにした。

 

 

**

 

無個性は差別されている。このことは周知の事実である。そりゃあ表向きはそんなの無いことになってるよ、表向きはね。だけどそういう偏見の目はやはり社会にひっそりと蔓延しているのだ。皆それを表立っては言わないだけ。建前万歳。

 

個性を持ってないってだけでソイツは大なり小なり馬鹿にされるのだ。かっこつけていうなら、生まれながらに背負ったジュージカってやつ?かわいそー。

 

ついでに僕は個性がないからといって人を差別したりはしない。なぜなら僕の心は海より広いから……という冗談は置いておくとして、正直に言うと問題はそこじゃないからというかなんというか、僕にとって人の個性の有無なんてたいした問題じゃないからだ。

 

個性がない?ふーん、そうなんだ、珍しいね。じゃあそんな君が無個性を補うために身につけたことは?

 

無個性と言われてぱっと頭に浮かぶのはこんなもん。

僕にとって人に個性があるかないかはあまり重要じゃない。重要なのは総合的なソイツの力だ。そしてソイツが僕に害をなすかどうか。害をなせるだけの存在であるかどうか。害をなす気があるのかどうか。

 

 

「それで、どうなったの?」

 

「ああ、うん。僕たちは……」

 

 

少し黙り込んだ僕にモサモサが声をかけて先を促したので、逸れかけた思考を引き戻す。おっと、そうだった。中島の話に戻ろう。僕が彼をいじめから解放するのになにをしたかって?質問と指示を1つずつしただけ。

 

お前なんか特技ある?ああ、声真似?そう、じゃあ今からそれ猛練習して極めて。

 

要領を得ない顔をする轟と中島をよそに僕は鼻歌交じりにことを進めた。別に大したことはしてない。ただ、中島がいい感じに声真似上手になった頃を見計らってちょくちょく絡みにいくようにして、僕と中島の親密さを周りにみせただけ。

 

すると学校の王様である僕が珍しく積極的にかまう相手に興味を持ち始めた周りが、速坂ってこいつと知り合いだったっけ?中島と仲いいの?とか何とか聞いてくるのに、最近仲良くなったんだ。こいつの個性知ってる?声コピーする個性なんだけどすごいよ。めっちゃそっくりで、目を閉じて聞くと芸能人が目の前にいるかんじで面白い。とぺらぺら嘘八百を並べ立てるだけの簡単なお仕事。あとは中島の演技力にかかってる。

 

 

え?中島って無個性なんじゃ……。という声は当然上がった。

 

それに対しても、発現が7歳で普通よりだいぶ遅かったんだって。だから幼なじみとかは勘違いしてるんじゃない?きっと彼らは中島が個性発現したの知らなかったんだねー。とかいう雑な理屈で封じ込める。勢いで押し込むのだ。

 

相手は小三で単純だ。まだ物事を深く考えることを知らない奴が多いわけで、学年を超えてたくさんの手下を抱える僕の敵ではなかった。所詮、こういうのは声が大きい方が勝つんだよね。よく考えればおかしい理屈でも周りがそれを正しいとして主張していると、それが正しいと思い込むのが一般的。集団心理って怖い。でもまあ、おかげで結構やりやすかった。

 

もちろんおかしいと主張する奴もいた。筆頭は、クラスの権力を握って中島イジメを主導していた幼馴染みくんとその愉快な仲間たち。彼ら5人は声高に、アイツは無個性なんだ!だまされてる!と主張したが、もはや学校の雰囲気がそういうのにノせられる雰囲気ではなくなっていたため無意味だった。ついでに必死になった彼らは教師に中島の個性について問い詰めたりもしていたが、事前に僕に中島のことについて相談されていた教師はさすが大人と言うべきか、やんわり上手く切り抜けたらしい。ははっ。

 

晴れて王様のお気に入りに昇格した中島くんにたかが1クラスのいじめっ子が物申しても、ほかのクラスや他の学年の奴らから白い目で見られるだけ。いやだから中島無個性じゃないっていってんじゃん。まだわかんないの?つーか無個性だから何?そういうのしってる!サベツっていうんだ!てか今時いじめとかダサくない?

 

そんなこんなで学校の雰囲気がそんな感じに流れていっていじめっ子たちは伸びきった鼻っ柱を叩きおられた訳なのだが、一件落着かと思いきやそいつらは意外と気骨がある奴らだったらしく、大人しくなるどころかあろうことかこの僕に真正面から喧嘩を売ってきたので言い値で買ってあげたのもいい思い出である。

 

学校の廊下でたくさんの生徒の前で、中島を庇うために無個性じゃないって嘘ついてるみんなを騙してる!つーか声真似が個性とかおかしくね?個性じゃなくてただ声真似してるだけだろ!とかなんとかいって僕を思う存分罵ってきた彼らの、まだ完全には折れていなかったらしい鼻っ柱を優しい僕は根元からへし折ってあげた。意外と真理を突いてきたことだけは褒めてあげる。

 

事前のリサーチによると主犯の幼馴染みくんの個性は天気感知。精度は天気予報と同程度であり、その日の天気が何となくわかる!というイロモノだったので、僕はみんなの前でそこをつついてあげた。

 

あーていうかさ、お前の個性なんだっけ、天気感知だっけ。ははっ、それホントに個性なの?ただ毎朝天気予報見てそれっぽいこと言ってるだけなんじゃない?実は無個性なのってお前の方だろ。

 

幼馴染みくんは顔を真っ赤にして言い返してきたが周りの人達はいっせいに僕の言葉に笑い、その笑い声に反論はかき消されてきえた。

公衆の面前で嘲笑われた彼らの鼻っ柱は見事に折れましたとさ!ちゃんちゃん。中島いじめ終了。なかなか興味深い結果だった。

 

ちなみに最後のその光景は逆に彼らに対するいじめのようになっていたが気にしない気にしない。ま、相手が悪かったってことで。

 

 

 

 



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11話

……という真実の出来事をそのまま話すにはやはり少し難があるので適当にお涙頂戴風の話に作り替えてぺらぺら喋ると、モサモサはその話に興味深そうに相槌を打ちながら、幼馴染かぁ……。とどことなく複雑そうな顔で呟いた。

 

「彼は幼馴染みとはどうなったの?」

 

 

「さあ?詳しくは知らないけど多分絶交したんじゃないかな」

 

 

嘘。詳しく知ってるし、多分どころか完全に絶縁状態である。まあ幼馴染みなんてそんなもんだ。いや僕にはいないからわかんないけど。

 

そう言うとモサモサは少し悲しげなやり切れなさそうな……まあ要するに複雑な感情の入り交じった顔をしたのでその表情を観察した後、僕は本題に入ることにした。

 

「どうしたの?そんな顔して」

 

「え?い、いや。その…ただ、僕と中島くんは似ているなぁって思ってただけ」

 

無個性なとこと幼馴染みがいじめっ子なとことか?僕は神妙な顔をして首を傾げた。

 

 

「似てる?…もしかして君のその傷、幼馴染みにやられたの?」

 

「え、あ、あはは……まあ、…いや、えーっと……」

 

 

聞くと、モサモサは気まずそうに目をそらして言外に肯定した。あまり話したくなさそうな雰囲気だ。だが僕は諦めない。さあモサモサ君。僕の好奇心を満足させてくれ。手当てと中島の分はキッチリ取り立てさせてもらうよ。

 

僕は立ち上がって川に向かって一歩踏み出し、その場にしゃがんで手をちゃぽんと水につけてバシャッと小さく水飛沫をあげた。

 

 

振りかえると突然のその行動にモサモサがやや不思議そうな顔をしているのが目にはいる。さて。前置きはもう十分だろう。そろそろ本題に入りたいな。ここまでくればあとは楽だ。警戒心も緩んだ頃だろうしこのまま優しい顔したまま質問をさりげなく繰り出そう。

 

そんなことを思いながら内心ほくそ笑んで言葉を続けようとした時、河原の端に立っている柱時計が目に入って僕はふっと口を閉じて考えを変えた。なんだ、もうすぐ4時になるのか。うわ、もうそんな時間?たしか今日の夜は家に親戚が来る予定だったはず。

 

となると早めに帰路につかねばならない。うーん、いいひとヅラしてぬるりと心の隙間に入り込んでちょっとずつそれとなーく話を聞き出すにはちょっと時間が足りないなあ。仕方ない。少々強引な切り口でもいいから質問攻めにしよう。どうせこいつとはもう会うこともないだろうし問題は無いだろう。

 

僕は今までの努力をあっさり放棄して本題に入った。

 

 

「ところで僕はちょっと前からこの河原にいたから実はさっきの一部始終を見ていた訳なんだけど」

 

「え?」

 

 

突然の僕の発言に、頭をかいていたモサモサの動きが止まりパチクリと目が瞬いた。当たり前だろう、僕が現れたタイミングを考えてみろ。あんな都合よく助けてくれる通行人が現れるわけないだろ。いや、もしかしたら現れることもあるのかもしれないが、残念ながら君の元に現れたのは善人面した僕だった。運がなかったね。

 

 

「…え?えぇ!じゃあ最初から知ってたってこと!?知ってたのに知らないフリしてたの!?」

 

「なにを」

 

「なにをって僕の怪我の原因とか、かっちゃんのこととか!」

 

「いやその怪我の原因は途中から見てたから知ってたけど、かっちゃん?…ああ、あの金髪の子の名前?じゃあひょっとして彼が例の幼馴染み君なのかな」

 

「あ、うん、そうだけど……じゃなくて!」

 

 

はぐらかすように答えるとモサモサは腰を浮かし気味にする勢いで身を乗り出した。僕はそんな彼を無視して川に石を投げて遊ぶ。ほーれ。水切りはそこそこ得意だ。石は3度水面で飛び跳ねて沈んだ。2個目の石を持つ。

 

 

「へぇ。彼がねぇ。中島と同じだな、お前いじめられてるじゃん。無個性が原因って訳だ」

 

「いや僕は……って待ってよ、はぐらかさないで」

 

「違うの?」

 

「ちが、わないけど……」

 

 

投げられた3個目の石はかけられた僕の個性によって途中から弾丸のようなスピードで対岸に飛んでいき、川べりに立っていた木の幹にめり込んだ。それをバッチリ目撃したモサモサの顔が少し青ざめ彼の勢いが削がれる。少々幼稚な手段ではあるが、まあいい。会話の主導権を乱暴に奪い返した僕はそのままにっこりと笑いかけた。

 

 

「細かいことはなんでもいいじゃないか。なにはともあれ僕はさっきの一部始終を見ていて、そのうえで君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

 

「き、聞きたいこと?」

 

「うん。ひとつ聞かせて欲しいんだ。見ていてずっと不思議だったんだけど、君はあれだけボコられてたのに何で懲りずにずっと彼を追いかけようとしてたの?」

 

 

ズバリ答えはなんでしょうか。モサモサはその質問に少し虚をつかれたようだった。きょときょとと大きな目を左右に動かしたあと、覚悟を決めたかのように大きなため息をついてから顔を上げる。

 

「……君がなんでそんなことを知りたいかは知らないけど」

 

 

言い淀み、無言で先を促す僕に気づいてギュッと唇を引き結んだ。そして少しの間首を傾げて考えていたが、やがて口を開く。

 

「そう改めて聞かれると僕にもよく分からないけど、これだけは確かだ。かっちゃんはたしかに嫌な奴で、悪い所もいっぱいあるよ。すぐに手が出るし口は悪いし自信満々でいつも人を馬鹿にするし、でも……」

 

「最低な奴だね。ははっ、たしかにさっき見た感じじゃ自信だけは人一倍凄そうだったな。でもまあ、少なくともヒーローにはなれなさそうだよね。向いてない」

 

「そんなことないよ!」

 

 

正直な感想を言った途端モサモサが語気を強めて僕を見据えてきて、先程までの引っ込み思案で気弱そうな彼とは思えないほど強い光が宿ったその瞳に僕は虚をつかれた。そんな目もできたんだ?案外肝が据わっているのかもしれない。ていうかなんで地味に怒ってるんだろう。最低って言ったのがダメだった?自信だけはありそうって皮肉が気に入らない?それともヒーローに向いてないって言ったから?イマイチ彼の怒りのポイントがわからない。眉を顰める僕にモサモサは強い目を向けた。

 

 

「最後まで聞いて。たしかに最低だよ。すごく嫌な奴だ。でも、それでもかっちゃんは凄いんだ!嫌なところが全部霞んじゃうくらいすごい!自信満々になるのもまぁ分かる気もするくらいに…。昔から僕に無いものを沢山持ってて、どんどん先に進んでいくんだ。同じ夢を持ってるはずなのに、背中が遠くて、必死で追いかけても追いつけなくて、そりゃあ会う度に嫌なこととか言ってくるしたまにぶっ飛ばされるしそういうところはホントに嫌だけど、でも……」

 

「…………」

 

 

そこまで感情に任せて一息に言い切るとモサモサは少し落ち着いたようで深呼吸をして気持ちを沈めると、結論を言う。

 

 

「……かっちゃんは身近にいるすごい人なんだ。僕は必死に追いかけるけど追いつけなくてバカにされて……。でも、それでも追いかけるのをやめられないくらいその凄さが鮮烈だから、僕は何度拒絶されても追いかけるのかもしれない」

 

「同じ夢って?」

 

 

「ヒーローに……最高のヒーローになる夢だよ!」

 

 

静かに問いかけると、ぐっと両手の拳を握りしめてモサモサが高らかに宣言した。

 

 

「………………は?」

 

 

 

耳を疑った。聞き間違いか?ヒーロー?

 

目の前の少年に先程までのオドオドとした様子は微塵もなく、ただただその瞳は力強く何かを見据えている。彼の中に何か、1本筋の通った折れない芯のようなものを感じた気がするが錯覚だろう。そのはずだ。万が一錯覚じゃなかったとしたら、きっとそんなものがある彼の頭がおかしいのだろう。だって、何をそんなに自信満々に宣言してるんだこいつは?

 

僕は呆気に取られてモサモサを見つめた。ちょっと待って。整理しよう。今こいつはなんと言った?

 

モサモサがあたかもDV被害者のごとく何度もぶっ飛ばされても幼なじみの後を追うのは、そのかっちゃんとやらが凄いから。同じヒーローになるという夢を追いかける彼の背中には追いつけないけどそれでも尚追いかけてしまうほど彼がすごいから。

 

 

……は?

 

 

 

「お前が何を言っているのか理解できない」

 

「え?」

 

 

え?じゃないよ。こっちのセリフだよそれは。そもそもお前は無個性だろう。ヒーローになる?ヴィランの獲物になるの間違いじゃなくて?いや、……いや、そこじゃない。まあ無個性なのは置いておくにしても……。

 

僕は目の前の少年を頭の上から爪先までジロジロ観察した。

 

緑色のモサモサした髪。そばかすの散った気の弱そうな顔。不健康に白い肌。筋肉のきの字も見えない貧弱な体。

 

はっきりいってもやしだ。家で引きこもってそうな…ていうかインドア派代表みたいな。とてもヒーロー志望には見えない。無個性でもヒーローになるために努力しているようにも見えない。少なくともパッと見たかんじでは、全くそのように見えない……、いやでも待て。まだ僕達は子供だしいくら鍛えてもか細い時期なのかもしれない。そんな時期があるかは分からないけども。だが知り合いのヒーロー志望(轟)と比較すると天と地の差がある。轟と比べては可哀想かもしれないけどそれにしても……。

 

 

「……何か、習い事はやってるの?」

 

「へ?習い事?……えっと、近所の塾に通ってるけど」

 

「塾」

 

 

塾。質問を変えよう。

 

 

「えーと、かっちゃん、だっけ?その子を追いかけてるって言ってたね、確か。その子はヒーローになるために具体的に何をしてるの?」

 

「え、かっちゃん?えーと、詳しくは知らないけど毎朝走ったり筋トレしたり個性爆発させたりしてると思う」

 

「そうなんだ。じゃあ君は?彼に追いつくために何かしたりしてるの?」

 

「僕は…その、将来のためのヒーロー分析、をしてるかな…」

 

「へぇ。どんなの?」

 

「た、大したことじゃないよ……。でもこんな僕だけど、できることはやっておきたいと思って…」

 

 

ほぉ?分析とな?そういえば姉もやっていた気がする。詳細について聞くとやや照れたようにモジモジと言い淀み始めたのでなだめすかして聞き出すと、やっと答えてくれた。

 

 

「その……ヴィランの事件とか起きるとそこに行って活躍するヒーローの一挙手一投足を記録して、分析してるんだ。こういうヴィランにはこんな攻撃が有効、あのヒーローはこんな特徴があってそれを活かすためにこうしてる、とか」

 

「それが、将来のためのヒーロー分析ノート?」

 

「うん。っていう題名で、今6冊目」

 

「へぇ…そう。それ以外には?」

 

「え、えっと、それだけ……。で、でも結構大変なんだよ!まあそれが楽しいからいいんだけどさ」

 

「………………」

 

 

それは果たして無個性というハンデを背負いながらもヒーローを目指す人間が他をそっちのけにして熱中する事として正しいのだろうか。

 

僕の脳裏に先程の河原での光景が甦った。怒鳴るツンツン頭の少年を罵倒されても尚追いかけようとするモサモサ頭の少年。

 

そりゃあ幼馴染みを必死に追いかけても追いつけないはずだよ。なぜなら今の話から察するに、モサモサは幼馴染みを文字通り物理的にしか()()()()()いないのだから。なんてこった。

 

驚きの事実である。先人は正しかった。やはり世の中には色々な人種が存在しているらしい。それが知れただけでも収穫はあったのかもしれない。

 

 

 

 

 



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12話

**

 

「ああ疲れた。ちょっとそこの愚弟、なんか面白い話でもしなさいよ」

 

 

暴君(あね)が僕に無茶振りをした。どっかとソファーに腰を下ろして足を組み頬杖をつくその姿は実に偉そうである。だがまあ、今日に限っては僕は姉に文句は言えないかもしれない。借りは返さなくては。

 

目の前では遊び疲れた従兄弟が仲良くソファーの上で眠っている。僕と姉は従兄弟の正面のソファーに座ってお開きの時間を待っていた。

 

親戚……父の弟夫婦が息子2人を連れて訪問してきたのが数時間前。共に夕食を取ったあと大人は大人で積もる話があるらしく、子供は子供で遊んでいろとダイニングからリビングへ叩き出されたのでしぶしぶ僕と姉は小学校低学年のモンスターズもとい従兄弟の相手を務めたのである。

 

子供ってやつはなんでこんなに元気なんだろうか、と子供の僕がぼやくぐらいに元気すぎる従兄弟の相手を僕は早々に放棄して姉に全てを押し付けて逃亡した。そして従兄弟の方も僕よりも姉の方に懐いているので特に問題はなかったーーーーーー僕には。姉にとっては大問題だったらしいけどしーらね。今こそその無駄に培ったコミュ力を発揮するときなのではないだろうか。僕はぴょんぴょんはね回る従兄弟の相手に悪戦苦闘する姉の殺意の籠った視線が飛んでくるのをガン無視してリビングの隅で1人優雅に読書と洒落込んだ。

 

僕が自分の部屋に戻ろうとする度に従兄弟をけしかけてそれを妨害していた姉は、やがて遊び疲れて眠ってしまった従兄弟をソファーの上に放り出すと、うんざりした顔をしながら僕の隣に腰掛けて面白い話を要求した。これはつまり、従兄弟の相手を全部引き受けてやった借りを返せと言っているということであり、更に言えば貸し借りの話になっている以上生半可な面白い話では許されないということである。

 

面白い話……面白い話ねぇ。幸い今日は話題はあるからいいけどさ。面白くは無いかもしれないけど、珍しく姉とそこそこ興味深い話が出来るかもしれない。僕は今日あった出来事を踏まえて執念の鬼である姉にひとつ聞いてみることにした。……まあ、執念云々を除いてもこの話をする相手としては姉が最適だと思う。

 

 

「じゃあ、仮にの話だけど」

 

「うん」

 

「姉さんが無個性だったとしよう」

 

「はぁ?」

 

 

唐突に切り出した話に姉が胡乱な顔をする。まあまあ、最後まで聞いてよ。とりあえず先を促す姉に頷いて僕は続きを話した。

 

「それで姉さんが無個性ながらヒーローになるって夢を叶えたいって思ってるとする」

 

「無個性でヒーロー」

 

「うん。その夢を叶えるために姉さんは何をする?」

 

 

そんなつまんない話してんじゃないわよ!とか言われることも想定していたがそんなことはなく、姉はやや真面目な顔つきになって数秒首を傾げたあとふふんと自信満々な顔で笑った。よかった食いついた。どうやらこの話は姉にとってもそれなりに興味深かったらしい。

 

 

「そんなの簡単よ!基本的には今やってる事と変わらないわね」

 

「変わらない?」

 

「とぼけてんじゃないわよ、あんただって分かってるでしょ。個性があってもなくてもやることはほぼ一緒じゃないの。体鍛えて勉強するのよ。今私がやってるのは勉強して体鍛えて個性鍛えるこの3つだけど、無個性だったら個性を鍛える時間を体鍛える時間に当てればいいだけの話ね」

 

 

ざっくりいったな。まあそうなんだけど。目だけで先を促すと姉はひとつ頷いて続けた。

 

 

「つまりね、世の中には色んな個性の人がいるでしょ。で、プロヒーローになった人全員が戦闘特化型の個性の持ち主じゃないのよ。例えばワイルドワイルドプッシーキャッツのマンダレイ。知ってる?」

 

「誰それ」

 

「何で知らないのよ。ほんとあんたってヒーローに興味無いわよね。まあいいけど……。とにかくマンダレイの個性はテレパスなのよ」

 

「つまり念話?」

 

「そうね。正確に言うと……」

 

 

そこで言葉を切った姉は素早くスマホで検索すると、ヒーローファンサイトみたいなサイトを開いてその詳細を読み上げる。

 

 

「えーっと、他者の脳に直接語りかけることができる。遠方の複数人にも伝達が可能。必殺技は、戦いながらテレパスで相手に動揺を与えて攻撃すること。らしいわ」

 

「戦いながら?」

 

「そう。いい、マンダレイは身体能力的には凡人なのよ。ただちょっと念話ができるだけで」

 

 

念話ができる時点で有能だがな。まあ問題はそこじゃないか。姉がトントンと指でソファーの肘掛けを叩いた。

 

 

「でも彼女は鍛えて戦い方を身に着けて1人でもヴィランと互角にやり合うことが出来るようになってるってこと。まあ戦闘においてもテレパスを上手く使ってるけど重要なのはそこじゃなくて……」

 

「無個性でも戦い方を身につければヴィランと互角に戦えるってことか」

 

「その通り。私を見なさいよ。心の距離を弄れること以外は無個性同然なのよ。確かに相手との心の距離を弄れるのは大きいけど稀にあんたみたいにそれが通じない奴もいるし。じゃあ私は個性が通じない相手には手も足も出ないのかって、そんなことないわよ。その弱点を埋めるために合気道習ったり有用なサポートアイテムを考えたりしてるんだから。ワイルドワイルド以下略みたいにチームを組んでお互いの弱点を補い合うのも一つの手ね」

 

「言いたいことはわかるけどさ、それでも個性があるってのは大きいんじゃないの?マンダレイだって確かに対人戦も人並みにこなせるかもしれないけど、直接戦わなくたって個性で大きく貢献できるじゃないか。姉さんだって大抵の相手には個性を使って有利になれるだろ?プロヒーローってのは対人戦が出来るのは当然とした上でプラスアルファで何か光るものを持ってないとダメなんじゃないの」

 

対人戦が十分こなせることを前提とした上で個性を上手く使える者がプロヒーローになれるのでは。マンダレイにしたって姉さんにしたってなんだかんだいって有用な個性を持っている。

 

正直僕はそんなにヒーローに詳しい訳では無いので断言は出来ないけど、そういうもんなんじゃないの?

 

だがしかし姉はそんな僕に得意げに笑いながら首を横に振った。

 

「そうね。それは正しいわ。一般的にはそうだけど、中には例外もいるのよ」

 

「例外?無個性でヒーローになった人がいるってこと?」

 

「まあ……そんなとこよ。似たようなもんね。あんたいくらヒーローに興味がなくてもサーナイトアイくらいは知ってるわよね?」

 

「ごめん知らない」

 

 

誰だそれ中二病の人?右目が疼くとか言ってそうな名前だけど。けっと嘲笑う僕に姉がため息をついて、ヒーロー名なんてみんな恥ずかしいもんよ、と呟いた。そうかもしれない。それで?その人がどうしたって?

 

「オールマイトのサイドキックだった人なの」

 

「オールマイトの?じゃあ結構すごいヒーローなんだ」

 

「まあそうね。でも私が何がすごいと思ったかって、サイドキック云々じゃないのよ」

 

「へぇ。そいつの個性は?」

 

「予知。未来予知。他人の生涯を記録したフィルムを見られるみたいね」

 

 

何それ、強くね?めちゃくちゃ強個性じゃん。どこが無個性だよ。胡乱な顔で姉を見ると姉はちっと舌打ちをした。最後まで聞けって?はいはい。じゃあ続きをどうぞ。で、そいつが無個性の話とどう繋がるんだよ?姉は難癖つけようとした僕を一睨みで黙らせるとささっとスマホを操作して検索を始めた。

 

 

 

 

「サーの個性の詳細については置いておくわよ。重要なとこだけ読むわね、『 サーが一度見た未来は絶対変わらない。変えようと動いても最終的には"見た"通りの結果になる 』」

 

「……うん?」

 

 

ん?サーが予知した未来は絶対に変わらない?この文章がなんだかやけにしっくり来ない気がするのは気のせいだろうか。なんかおかしくね?姉が見ているサイトの信憑性はどれくらいのものなのか。ネット特有のガゼネタなのでは。

そのサイト信用出来んの?と聞くとかなり大手のサイトだし信用出来ると思うけど、と答える姉。……うん。疑わしい目をする僕に、微妙な顔をする姉。日本最大級のヒーローオタクサイトらしい。信憑性もかなりのものとのこと。ほぉん。まあいいけど。

 

 

「いいこと、色々言いたいことがあるのはわかるけどそれは一旦置いといて。とにかく今ので分かるのは、つまり彼が無個性同然ということでしょ」

 

「…………あー要するにそもそも未来が変えられないのに予知する必要も意味もないって言いたいの?」

 

「そうよ。どうせ変えらんないのに見ても意味ないじゃないの。サーに未来伝えられても心構えくらいしか出来ないでしょ。しかも1日1回しか使えないのよ。つまりサーの個性は全くの役立たずってことで……」

 

「待って、なんか色々おかしい気が……」

 

「変えようと動いても問題の先延ばしのようになるだけで結末は絶対に変わらないってサー本人が言っていたようね。ソースは確かなようよ。つまりサーが敵と戦う時に相手に負ける未来が見えたら何をどうしようが負けると」

 

 

スマホをいじる姉が疑問を口にしようとした僕をさえぎった。いや待て。それでもおかしいから。色々変だから。

 

 

「そもそも結末ってなに?他人の生涯が見えるんだろ?結末がどこかって誰が決めるんだよ。それに誰かが未来阻止しようとして動いたらその時点でもう未来は変わってるんじゃ」

 

「うるっさいわね!そんなん知ってんのよ!私だって最初に聞いたときおかしいと思ったわよ!君は明日日本で通り魔に殺される!って予知された人がその日のうちに荷物まとめてブラジルに引越したらどうなんのよとか思ったわよ!」

 

「その場合は飛行機のトラブルとかが起きてそもそもブラジルに行けないんじゃない?」

 

「じゃあその飛行機に乗るはずだった人たちも全員行けないわね。その人が予知を知らなければブラジルに行こうとしなかった。つまりサーが予知しなかったら飛行機トラブルで大勢の人が迷惑することもなかったのね。てことは大局的に見れば未来は変わってる上にめちゃくちゃ迷惑野郎じゃないの!」

 

「ていうかそもそもサーの個性って未来予知じゃないんじゃないの。自分が見た未来を確定させる個性とか?」

 

「はんっ、そうだとしたら余計にたまったもんじゃないわよ。どちらにしてもとんだ迷惑野郎なことには変わりないじゃない。いい予知ならともかく悪い予知なんてされた日にはサーを殺して個性を消すしかないわ」

 

「それはヒーロー候補生の台詞じゃないよ姉さん」

 

 

話がどんどん迷走していき、ついには僕の適当な推論に将来有望なヒーロー候補生のはずの姉がヴィラン顔負けの発言をかました。次いで、考え出したらキリがないからサーの個性の検証は置いておく!分かったわね!とドスの効いた声で僕を脅したので釈然としないながらも頷くと、姉は大きく息を吐いてソファーに座り直し脱線しかけた話を元に戻した。

 

「そもそもサーの個性は1日1回しか使えないのよ。使いどころが難しくて何にせよあまり役には立たなさそうだし……っていうかそれはいいとして、そんなサーがどうやってヒーローになれたのか、今までどうやってヒーローとして戦ってきたのか。今はそこが問題でしょ、違う?」

 

「まあそうだけど。……ん?…え!なに、まさかその人素手でここまでのし上がったとかそういう?」

 

予知したところで未来を変えることは出来ない。つまりサーは自分が戦う敵の未来を予知したところで、負けるという未来が見えたらどうしようもないということだ。

だがサーはプロヒーローとして第1線を張るどころかオールマイトのサイドキックまで務めて活躍してきたという。それはそんじょそこらのヴィランなんざ蹴散らしてきたということであり、例え戦いの最中で予知を使ったところでサーがヴィランに勝つ未来は確定していたという事だ。

 

要は予知なんざなくてもサーは素で大多数のヴィランに勝てるだけのフィジカルを持っていたということになる。いやいやいや。えぇ……まさか。

 

 

「そうよ。彼の凄いところは素の強さ。生身でヴィランをぶちのめすその圧倒的強さなの。巷ではフィジカルお化けと言われているみたいだけれど……、えーと、サポートアイテムは5キロのハンコ。それをぶん投げて巨体のヴィランを吹き飛ばしたり……」

 

「吹き飛ばす!?」

 

え、なに、ゴリラなの?予想の斜め上を行く馬鹿げた戦闘能力に僕は愕然とした。やはり世の中は広い。人間の可能性も無限大だ。どんだけ鍛えたんだサーナイトアイ。中二病とかバカにしてごめん。すごいな。まだまだ僕も世間知らずだったようだ。どんな世界にも達人はいるんだな。プロってすごい。

 

 

「強すぎじゃない?絶対その人個性なくてもやっていけるよ。むしろ個性の方がおまけみたいなものじゃないか」

 

今の話でサーの個性の謎とかどうでもよくなった。むしろ傍迷惑かもしれない個性を封印した方が世のため人のためなのでは。

 

「そうね、まあサーのレベルに達することは並の人にはできないと思うけど、ある程度才能があればそこそこはいけるはずよ。この前現役ヒーローの人の話を聞く機会があったんだけど、個性が弱くても体鍛えて工夫して個性が弱い分頭をうまく使ったりしてヒーロー免許を取った人も少数だけど居るみたいだし」

 

「じゃあ無個性でも頑張れば可能性はあるってことか」

 

「そりゃあね。でもまあやっぱりハンデは大きいわよ。なれる可能性は個性持ちに比べて圧倒的に低いし、たとえなれたとしても大して活躍は出来ないかもしれないし、なによりヒーローは命張った仕事だから個性持ちに比べれば危険も増すと思うわ。……サーナイトアイは例外中の例外だしね」

 

そう話をまとめる姉はそこでふと訝しげな顔で僕を見る。

 

 

「それなりに興味深い話だったわね。でも何でいきなり無個性云々言い出したの?」

 

「今日無個性でヒーローになりたがってる奴と会ったから」

 

「あら無個性。珍しいわね、まあ頑張れば可能性は皆無じゃないけど……」

 

 

そう言ったあと、姉はふと真顔で僕に向き直った。

 

 

「ああ、だからあんた、私にこの話をしたの」

 

「まあね。この話題を出す相手は姉さんが最適だろ」

 

 

 

そう、姉が自分の個性を心の距離をいじれるものであると把握したのはつい最近である。

それが分かる前までは、姉は言い換えれば他人に好かれやすいだけの無個性、みたいなものだった。つまり、姉がヒーローになれる可能性はとても低かったということだ。無個性並みに。

 

 

「そうねぇ。私は無個性みたいなもんだったし、可能性がすごく低いのも理解してたわよ。でも諦めたくなかったから必死に努力したの。もしかしたらなれるかもしれない、他の凡人にはできなくても私ならってね。ヒーローになるのに役に立たない個性だって分かってたけど個性の訓練だって手を抜かなかったわよ?私の個性の幅が広がったのは偶然なんかじゃないわ、私の努力の賜物よ」

 

「今の話、あれだけスラスラ答えられたのは昔姉さんが自分で調べたことだから?」

 

「そうよ。この私に1番ふさわしい職業をヒーローだって決めた時から、無個性同然でもヒーローになれるのかを必死で調べてたわ。人気ヒーローだけじゃなくてマイナーなヒーローも探して、弱個性でもヒーローやってる人がいないか探したの。で、私と似たような人達を見つけてその人たちがどうやって個性の優劣っていう弱点を補ってるのか分析したのよ。ママにお願いしてアポ取って話聞きに行ったことも何回もあるわ」

 

 

誇らしげな顔をして姉はそう力強く言いきる。僕はその姿を見て数秒黙り込んだ後、小さくため息をついて皮肉っぽい笑みを浮かべた。まあ。最低最悪の姉ではあるが、そこだけは認めている。

 

 

 

「…知ってるよ。僕は姉さんのことは大嫌いだけど、そういうとこだけは素直に尊敬してるんだ」

 

「あーら知ってたの。ついでに私はあんたのそういう、何もかもお見通しです、みたいなとこが大嫌いよ。いっつも涼しい顔しやがって」

 

 

嫌味混じりの言葉を交わして、僕と姉の目が合った。互いに静かに相手の顔を見つめる。姉の青い瞳は凪いでいた。思えば、姉とこういう話をするのは初めてかもしれないな。こんな機会はそうそうないだろうし、昔から気になっていたことを聞くことにした。

 

 

「たとえヒーローになれたとしても人気ヒーローになるのは難しい。それが分かってたのに何で姉さんはそれでもヒーローになろうとしてたの?」

 

そう、姉の目的は、皆から尊敬されて高収入高ステータスなヒーロー兼芸能人になって世間の憧れの存在になりたい!である。なのに何故だろうか。昔からそこが地味に謎だったのだが。

 

そんな問いに姉はふっといつもの自信に満ちた輝くような笑みを浮かべて自慢の艶々な金髪をファサァッとかきあげる。

 

 

「ふんっ、そこらへんの凡人共と一緒にしないで欲しいわね!ヒーローとしてやっていける最低限の力さえ身につけれたら例え戦闘面で他に劣っても上にのしあがることは、この私なら可能よ。色々とやりようはあるんだから。戦闘で劣る分、作戦立案とか指揮とか敵の分析とかの能力を磨いて、そういうのが苦手だけど戦闘は得意っていう脳筋とチームを組めば活躍できて人気になれるわ!頭を使うのよ頭を!!ついでに私は可愛いのよ、他と比べて人気も出やすいはず」

 

「へぇ。そういうのって事務所の人とかがやるのかと思ってた」

 

「まあ事務所の人に任せる人も多いわね。でも別にそうしなきゃいけないわけじゃないのよ。そういうのを自分でやってるヒーローもいるし、周りが了承してくれれば問題ないわ。それに私の個性は『魅了』だったわけだし。説得には自信があったのよ」

 

「なるほどね」

 

 

なるほど。よく調べている。そこまで言い切ると姉は少し皮肉っぽい笑みを浮かべて僕を見た。

 

 

「そういえばあんたは個性に恵まれてるわよね。ヒーロー目指しても十分やっていけるはずよ」

 

「まあね。だって僕だし」

 

「はんっ。これだから昔からあんたが嫌いなのよ。同じ親から生まれたのに何であんただけ強個性なのかってずっと思ってたわ。弟のくせに生意気なのよ」

 

 

僕を敵視するのってそれが理由だったの?そう聞くと姉は僕を鋭い目で睨みつけて短く肯定する。そうか。そうだったのか。僕は姉の瞳を見つめ返して軽く息を吐いた。

 

 

「いや嘘だよね。僕の個性が発現する前から僕のこと嫌いだったよね。僕が物心つく前から嫌がらせしてたじゃないか」

 

なにを被害者面をしてるんだ。お前の性格が悪いのは自前だ。僕のせいにするな。鼻で笑うと姉はチッと軽く舌打ちをして唇の端を吊り上げた。

 

「よく分かってるじゃない。でも完全に嘘じゃないわ。これはあんたが嫌いな理由のひとつよ」

 

「それはそれは。光栄だね」

 

 

姉と僕は静かに睨み合った。

 

 

 

 

 

「綺羅ちゃん、統也!カズくんたちを起こしてちょうだい。子供はもう寝る時間よ。寝支度させなくちゃ」

 

リビングに顔を出した母の声が僕たちの睨み合いを中断させた。時計を見るといつの間にかかなりの時間が経っていたようだ。次いで叔母がリビングにやって来て仲良く眠る従兄弟を見て、あらあらと相好を崩す。

 

「いいのよ、綺羅ちゃんたち。あとはおばさんに任せて、あなた達も部屋に戻りなさい」

 

 

それではお言葉に甘えて。僕は大人しく2階へと引っ込み洗面所の使用権を巡って姉と争ったあと、目覚めたらしい従兄弟が叔母に叱られながらも騒ぐ声を聞いて、モンスターが襲来する前に急いで自室へと引っ込む。

 

そして寝る前にスマホで調べたサーナイトアイが僕が想像していたオールマイトみたいなムキムキマッチョではなく、むしろかなり細身のインテリ系の男だったことに驚愕して、自分の中の常識が1部破壊されたのを感じた。

 

 

 

 

 




姉は努力型。弟は天才型。


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中学生
13話


長いようで短い春休みが終わり、僕は中学生になった。3校が1つに合併されたことでなかなかの大所帯となった折寺中学に入学してから既に約1年が過ぎ去ろうとしていて、

小学校での経験、僕と同じ桜庭小学校出身者、またこの地域でのちょっとした有名人である姉の知名度やらなにやらを上手く利用した僕はここでもカーストトップに上り詰めることに成功し、現状にそれなりに満足していた。

まあ少し誤算もあったが許容範囲内ではある。その誤算は何かと言うと、

 

BOOM!!

 

昼休み、突然廊下に響き渡った大きな爆発音に、僕の周りに集まっていた同級生達の肩が跳ね、一瞬の驚きから醒めると一様にうんざりした顔になって廊下へ目をやった。教室で彼らと話しながらスマホをいじっていた僕もまたかと思いつつそちらへ目を向ける。

 

案の定、そこには手の平から煙をたたせた金髪のツンツン頭に鋭い赤い目をしたガラの悪そうな少年が子分を2人従えて、目の前で尻もちをついている緑のモサモサ頭にいかにもインドア派な気の弱そうな見た目の少年を睨みつけていた。そう、彼らこそが僕の誤算である。

 

「チンタラ歩いてんじゃねえよデク!邪魔だどけカス!」

 

「ご、ごめん……!」

 

 

お察しの通り彼らは僕が春休みに河原で会った2人である。例のガキ大将と無個性くん。またの名をツンツン頭とモサモサ。本名を爆豪勝己と緑谷出久といい、なんと彼らは僕と同い年だったようで、中学が合併されたことによって僕の同級生になっていたのである。

 

入学して1週間も経たないうちに無駄に目立つ爆豪勝己のお陰で僕はモサモサの存在を発見しかなり驚いた。まじか。同級生だったのか。

 

それなりに衝撃を受けた僕は早速その日の帰り道でモサモサに接触することに成功し、驚くモサモサに笑顔で自己紹介をした。どうも、速坂統也です。

 

するとどうやらモサモサは去年の雄英体育祭を見ていたらしく、姉のことを知っており二重の意味で驚かれた。弟さんなんだ!どおりでよく似てるね!

やめろ、似てない。顔をよく見ろ。似てるのは雰囲気だけだ。

 

そういえばこの前言ってた幼馴染ってあの爆豪勝己のこと?と聞くと気まずげな顔で首肯され、もうかっちゃんのこと知ってるんだね、と言われたので、そりゃあね、有名だからね。と返しておいた。

 

嘘じゃない。実際爆豪勝己は有名だった。悪い意味で。

悪名高いとでも言うべきか、その一癖も二癖もある性格や傲岸不遜で粗暴な態度のおかげで爆豪勝己の校内での知名度は僕をも上回る勢いである。そしてついでにいうと目の前のモサモサもとい緑谷出久も別の意味で同じぐらい有名人であった。

 

これに関していえば彼は全く悪くない。悪いのは全て爆豪勝己だ。要するに彼は、悪名高い爆豪勝己が目の敵にする相手として、そして爆豪勝己が無個性のくそデクが!などと大声で罵倒するので、珍しい無個性の人間として、入学して間もなく二重の意味で有名になったのであった。

 

そしてそのふたつの理由によって彼は既にクラスメイトから遠巻きにされつつある。さすがの僕も同情するよ。踏んだり蹴ったりだな、緑谷。

 

帰り道、例の河原に緑谷を誘った僕は前回の続きの話をしたのだが、結論からいえば緑谷出久という人間はやはり興味深い人物であった。

 

ヒーローになりたい理由は小さい頃どんな困ってる人でも笑顔で助けるオールマイトに憧れたから。

 

ヒーローになりたい云々の話になると、緑谷の口は途端に重くなったが、彼は僕が無個性を馬鹿にしない心の広い優しい人間であったということを思い出したのか、その後何度も帰り道で接触して河原に連行して話すということを繰り返すうちに、時間が経つにつれて僕に心を開いたらしくポツポツと打ち明けてくれるようになる。

 

本当は分かってるんだ。と、彼は言った。無個性の僕なんかがヒーローになれる訳ないって分かってるんだよ。

 

彼は悲しそうに顔をゆがめて俯いて、ぽつり、とそうこぼした。

 

その姿は、春休みに爆豪勝己を馬鹿にした僕に腹を立てた勢いで高らかに最高のヒーローになりたいと宣言した力強い姿とはかけ離れたもので、全くの別人のようだった。

そのギャップは面白く緑谷出久は、そろそろこいつに構うのもやめようかと飽き始めていた僕の興味を再び引くことになる。

 

 

「分かってる。周りのみんなが正しい。見ないようにしてるだけで本当は僕だって分かってるんだ」

 

週に1、2回、河原で話すようになって半年ほど経ったある日、彼はうじうじとうずくまりながら小さく呟いた。僕は口を挟まずに黙って彼の独白を聞いていた。

 

「……でも。それでも。どんなに馬鹿にされても僕は……」

 

「ヒーローになりたいんだね」

 

 

途中で消えていった彼の言葉の続きを穏やかな声で引き取ると、緑谷出久は今にも消え入りそうな姿で俯きながら微かに頭を上下させる。

 

思うに、彼は中途半端な人間なのだと思う。もう少し弱く、またはもう少し強く生まれてくれば幸せになれたのかもしれないね。

 

緑谷出久は気が弱く常におどおどとしているが、ここ数ヶ月話しながら分析した結果、僕は彼が本来は意思の強い人間なのではないかという結論に至った。

 

だが彼には致命的に運がなかった。1つ目は無個性として生まれてきたこと。2つ目は無個性にも関わらずヒーローに強い憧れを抱いてしまったこと。3つ目は幼馴染みがよりにもよって爆豪勝己であったこと。

 

1つ目と2つ目は説明するまでもないので3つ目について詳しく語ろう。爆豪勝己。このツンツン頭の存在は緑谷出久という人間を語る上で欠かすことが出来ない人物だ。

 

爆豪勝己は才能には恵まれたが性格には恵まれなかった男である。僕とはまた違ったベクトルで性格が悪い。あー…いや、嘘嘘。やっぱり僕なんて奴の足元にも及ばないよ。ははっ、アイツに比べたら僕の性格の悪さなんてかすむかすむ。

 

まあそれはさておき、爆豪は確かに最低最悪な性格をしているが、ある意味裏表がない性格であると言いかえることも出来るかもしれない。

 

つまり絶望的なまでに世渡り下手なのだ。僕の姉に師事して世渡りのイロハを叩き込んでもらうといいよ、と言いたくなるくらい生きづらそうな奴であり、賢く世間の荒波をスイスイ泳ぐ僕のような人間からすると涙がちょちょぎれそうなタイプである。

 

そんな彼だが、緑谷出久との相性は最悪だった。

 

同い年で同じ夢を持つ少年である彼は飛び抜けて凄く、才能溢れるその姿は、緑谷出久にまざまざと自分との差を思い知らすばかりであるのに加えて最低の性格の持ち主であるので、緑谷は幼い頃から常に爆豪に酷く馬鹿にされ続けた。

 

ガキ大将であった爆豪にのせられた周りもそんな緑谷をバカにし続けたと、彼の話を聞き現状を見る限りではそう推測できる。

 

そんな環境で育った緑谷は自分を卑下しながら育ったのであろうが、幸か不幸か彼は通常より少し意思の強い人間であったようだ。緑谷の意思は完全には折れなかった。が、そこまで意志が強い訳でもなかったため、完全には折れなかったが中途半端にへし折れて燻っているのだろう。

 

それが今の緑谷の状態なのではないかと僕は推測する。だからさっき僕は、緑谷はもう少し弱くまたはもう少し強く生まれてくればよかったのに、と言ったのだ。

 

もう少し弱ければ完全に意思は折れてヒーローをキッパリと諦めて別の道へと邁進することが出来ただろう。

そしてもう少し強ければ周りの逆境を跳ね除けて夢に向かって全力で突き進むことが出来たはずだ。例えば僕の姉のように。

 

まあ姉と緑谷は環境からして違うが、おそらくもし姉が緑谷だったら爆豪勝己なんざ蹴り飛ばして我が道を爆走していたはずだ。

 

バカにされたり虐められたりしても周囲の人間を上手く味方につけて逆に爆豪を孤立させ、高笑いしながら批判を蹴散らして夢に向かって一直線に突撃する姿が目に浮かぶ。奴の意思の…執念の強さをナメてはいけない……、いや、姉の話は今はどうでもいいんだった。そうそう、緑谷だよ緑谷。

 

まあつまり、中途半端に強く生まれてきたおかげで現実とのギャップに苦しんでいるのが緑谷出久という人間ではないかと僕は思うのだが。

 

というか姉といい緑谷といい爆豪といい、なぜ皆揃いも揃ってヒーローになりたがるのだろうのか。何がそんなにいいの?僕には理解ができな……、

 

 

「おい速坂。速坂!」

 

 

「……え?ああごめん。どうしたの?」

 

 

長い回想をしながらボーッとしていた僕は、隣の奴に肩を揺すられてハッと我に返った。何かあったのかと隣を見ると、彼は嫌そうな顔で教室のドアの方に向かって顎をしゃくる。え?あ。

 

 

BOOM!!

 

 

「無視してんじゃねぇぞサイコ野郎ォ!!」

 

 

促されてそちらに目をやると、ズカズカと僕の教室に乗り込んできた爆豪勝己が怒りに燃える赤い瞳で僕を睨みながら勢いよく目の前で僕の机を爆破したのだった。黙れ蛮族。僕の優雅な昼休みを邪魔するな。

 

 

 

 

 



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14話

もしかしたら後で修正するかも


ああ、そうそう。言い忘れていた。もう一つあったよ、誤算。折寺中での僕の最大の誤算。まあ正確に言えば忘れていたというか、あまりにも忌々しいので思い出したくなかっただけなのだが。あれに比べたら人畜無害な緑谷との再会なんて実に些細な問題である。

 

その“ 誤算 ” が自らこちらに向かってやって来るのを見て僕は眉間に皺を寄せた。一体どういう心境の変化だ?あれ以来当分僕には近寄ってこないものだと思ってたんだけど。

 

BOOM!!

 

「無視してんじゃねぇぞサイコ野郎ォ!!」

 

僕の机の周りには5人ほどの同級生が集まっていたのだが爆豪が机を爆破する直前、僕を含めた全員が素早く後ろに身を引いたため爆風に吹き飛ばされた者も爆破の瞬間の光で目にダメージを負った者もいなかった。ちなみに驚きや恐怖でひどく心をやられた者もいない。心身共に全員ほぼ無傷である。

 

爆豪が僕に絡んでくるのはこれが初めてではないので皆もう慣れたらしい。まあそれでも前回大問題に発展したこともあり、今日は周りの雰囲気が以前と比べてかなりピリピリしているけれども。

 

大きな焦げ跡が出来た机からはもくもくと煙が立ち上っていて、不運にもそれを吸い込んでしまった数人の女子がごほごほと咳き込んだ。

 

さあて、今回はどう対処しようか。それにしても懲りないよねコイツも。いや、一応懲りはしたのか。前回の絡みから数ヶ月ほど経ってる訳だし……。でもなぁ、それにしてもなぁ。きっと喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこういうことなのだろう、っておっと。

 

 

「避けてんじゃねぇよカス!」

 

腹いせに再び哀れな机を爆破した爆豪は机を蹴り飛ばして横にどけると、そのまま右手を振りかぶって僕を睨みながらそう吠えた。バチバチと手の平から火花が散って軽い爆発が起こり小さな爆音が幾度も教室に響き渡る。

 

 

「何言ってんのお前。避けてあげたんだよ、感謝しろよ」

 

「ああ゛!?」

 

 

しっかし相変わらずみみっちいなー、爆豪は。

 

変な所で小心者の彼は結局、爆破の個性を直接人に当てることはしないのである。彼が個性を使うのは手のひらで爆発を起こして人を威嚇する目的が主であり、酷い場合でも相手の体の近くで爆発を起こすことで、生じた爆風を上手く使い相手を軽く吹っ飛ばすレベルで留まっている。

 

それがセーフかアウトかと聞かれたら限りなくアウトに近い……というかぶっちゃけアウトなのだが、少なくとも相手に致命的な怪我は負わせていないので、最後の一線は越えていない。……おそらく。多分。きっと。

というよりも見る人が見たら完全アウトなのだが、まあ見て見ぬふりもギリギリ出来なくはないレベルだといったところなのだろう。

 

ただまあやはり威嚇の爆破でも爆風を利用した爆破でも、相手が心に傷を負うこともある上に一歩間違えば大変なことになるわけで、危険な行為であることには変わりはない。というか今まで何事もなくやってこれたのは奇跡だ。周りの大人は一体何をしていたのだろうか。働け。

 

 

高まる怒りに呼応して次第に大きくなる爆発音を綺麗に無視し、僕は後ろの机に軽く腰かけながらにんまりと薄い笑みを浮かべた。

いくら個性と怒鳴り声で脅したところで無意味だから。お前に直接人に当てる度胸がないことくらいもうとっくに知ってるんだよ。

 

爆豪に何か言う隙を与えずにすかさずそう煽ると、赤い瞳に宿る殺意が膨れ上がる。爆発音も大きくなる。でもそれだけ。爆豪勝己はそれ以上どうすることも出来はしない。だってみみっちいもんね!クラスメイトを爆破なんてしたら大問題だもんね!そんでもってお前は前回僕に絡んだ時にそれを身をもって知ったもんね!今の爆豪にできるのはせいぜいが威嚇目的の爆発だけである。それ以上は無理。

 

僕は心の中でそう嘲笑った。口には出していないはずなのだが顔には出たらしく、爆豪の顔が更に歪む。

 

 

「適当なこと抜かしてんじゃねェぞクソが!前みたいにテメェがピーピー泣き喚かねぇように気ィ使ってやってるだけだわ!」

 

「あーそうなんだー。じゃあお前も少しは成長したってこと?まあそうだよねぇ、だってこの前は当てるつもりなかったのに狙いが狂って僕に当てちゃって青ざめてガタガタ震えてたもんねぇ。個性のコントロール頑張ったんだ?前回よりは使いこなせるようになったんだね、おめでとう。祝電でも送ろうか?」

 

「ぁああ゛!!?何ほざいてんだテメェまじで殺すぞこのクソサイコ野郎!!俺が個性使いこなせてねェわきゃねェだろうが!!あれはテメェの……っ!」

 

 

ブチギレた爆豪が喚くのを遮って、僕はガツンと焦げた机を軽く蹴り飛ばした。個性をかけられた机は軽く蹴られただけとは思えない程の速度で爆豪までの短い距離を詰め、反射的に手をかざした爆豪が爆破しようとする直前で動きを止めて床に落ちる。ああ、僕も個性を大分使いこなせるようになったもんだ。

 

ちなみに僕の個性は動いていないものを動かしたりはできないし、逆に動いているものの速さは自由に操ることが出来るものの、速さをゼロにすることはできない。が、ゼロに限りなく近づけることは出来るので、こんな芸当も可能というわけである。

 

今の一連の出来事にただでさえ凍り付いていた教室内の雰囲気が更に緊迫する。警戒を高める爆豪の顔を見て僕は冷たく唇を歪めた。前回の出来事は爆豪勝己にとっても不愉快な記憶なのであろうが僕にとっても最悪に不愉快な出来事である。

 

 

「言いがかりはよしてくれるかな、見苦しいよ。お前が言うことには何の信憑性もない上に何をどう言い繕ったところで加害者はお前。ていうか僕に文句つけれる立場なの?停学になりそうなとこを救ってあげたのは誰だと思ってるんだか」

 

「ハッ、ほざいてんじゃねえよクソ!停学になりそうなのを救ったんじゃねェ、救わざるをえなかったくせに偉そうなこと抜かしてんじゃねェ!!この俺を陥れようなんざ100年早ぇんだよ!!残念だったな性悪腰抜け野郎!策に溺れた気分はどうだカス!」

 

 

……っ、ああ、腹が立つ。

 

瞬間、僕は体の奥から込み上げてきた激しい感情を理性で無理矢理抑え込み大きく深呼吸をした。落ち着け。ここで感情を爆発させたところで何の得もない。今は耐えるときだ。切り札というのは最大の効果が見込めるタイミングで切るべきものであり、残念ながら今はその時じゃない。

 

だが覚えておけよ爆豪勝己。僕は執念深いんだ。お前の弱みは既にいくつか握ってるし、しかもその数は今後さらに増えていくだろう。忘れた頃に爆弾を放り投げてあげるから、せいぜい10年後を楽しみにしていて欲しい。派手に演出してやるよ。

 

ふーっと長く息を吐き出し、荒立った感情を抑え込むことに成功する。一瞬の激しい苛立ちは表には出していないつもりだったがまだまだ僕も未熟だったらしい。瞳孔開いてんぞ、と爆豪が嘲るような声を上げた。こころなしか嬉しそうだ。そうか、思えば彼との絡みで僕がそういう激しい感情を露わにするのは初めてかもしれないね。ははっ、よかったね、満足した?

 

ふっと笑って僕は爆豪から視線を外した。あーあ、馬鹿らしい。時間の無駄だな。そんな態度に拍子抜けしたような間抜け面を晒す爆豪を無視して、僕は彼の足元に転がった自分の机を引き起こし元の位置へと置き直した。次いで、友人に声をかける。

 

「復原。悪いんだけどこれ直してもらえる?」

 

「……ああ、いいぜ」

 

 

強張った顔のクラスメイト達の中で1人どこか面白がるような表情を浮かべていた彼は僕の頼みに頷いて近寄ってくると、焦げた机を軽く撫でてから手をかざした。するとみるみるうちにぽわんと光った机が新品同様の状態に戻る。

 

復原涼介。個性は復元。無機物を新品同様の状態に戻すことが出来る。彼は別に時間を巻き戻している訳では無く、物についた汚れを完璧に落とすことができるとの事。彼曰くその“汚れ” の定義は広め。

 

幸いなことに “焦げ跡” は彼の中では汚れにカウントされるらしく、2度ほど爆破された上に持ち主に蹴り飛ばされるという凶行を受けた僕の机の復元は可能だった。ごめんね机くん、悪いのは全て爆豪なんだ。恨むなら彼を恨んでくれ。

 

ついでにいつの間にか倒れていた椅子も引き起こすと僕はそこでやっと爆豪に目を向けた。

 

 

「で、まだ何か用?何も無いなら自分の教室に戻りなよ。邪魔」

 

 

その言葉に何事か怒鳴ろうとした爆豪に先んじて僕はピッと時計を指さす。もうすぐ予鈴が鳴るよ。授業に遅れてもいいの?

 

不良ぶってるくせに変な所でみみっちい彼は、僕の言葉を裏付けるようにして鳴り始めたチャイムの音にグッと言葉を飲み込んで、覚えてろよクソが!と捨て台詞を残すと鼻息荒く去っていった。その姿に慌てたように、待てよ勝己!と、子分ふたりが追いかけていく。まったく、捨て台詞まで芸のない男だ。

 

爆豪が消えてから数秒経って、凍りついていた周りが漸く我に返ったらしく周囲に喧騒が戻ってきて、そこかしこから爆豪の悪口が聞こえてくる。声をかけてくる周りを適当にかわしながら席に着くと、復原がにやにや笑いながら僕の隣の席に腰を下ろした。

 

 

「災難だったな」

 

「まあね」

 

珍しく苛立ってるみたいだけど?とからかい交じりにかけられた声に鼻を鳴らして肯定する。そうだね。それは認めよう。でもお前はその理由を知ってるだろ。

 

「まあでも」

 

ピカピカに輝く机の上に教科書を引っ張り出して復原に笑いかける。

 

「最後に笑うのは僕だよ」

 

はいはい、分かったよ。こえーからその顔やめろ。復原は呆れたように首をすくめて両手を軽く上げた。

 

 

 

***

 

 

 

祖母と二人きりで暮らす復原の家は、余計な邪魔が入ることを心配せずに好きなことをするにはうってつけの場所だった。

放課後、復原の家によった僕は彼の祖母に挨拶をしたあと、持ち込んだパソコンを開きながら彼の部屋のクッションの上で胡座をかく。

 

復原涼介は折寺中で出会った僕の友人である。まだ知り合って1年も経ってはいないが、かなり付き合いやすい奴な上に利害関係が一致したというのもあり、現状では1番仲が良いといってもいい。

 

観察眼の鋭い復原はその慧眼で様々なことを見抜いてはいるが、だがしかし何を知っても自分に害がない限りお節介を焼いたり他人の事情に土足で踏み込んだりしない。つまりは賢い奴であり、また余計な正義感も持ち合わせていないドライな性格の彼は妙に僕と馬があった。

 

そしてここ最近僕と復原はある目的を達成するための下準備を彼の部屋を拠点として行っている訳なのだが、今日は作業開始前に彼に聞いておきたいことがある。

 

 

 

「昼間、爆豪が僕に絡んできたよね?」

 

「ああ、そうだな」

 

「正直前回ああなったわけだし爆豪は僕にもう近づいて来ないと思ってたんだけど、何で今日絡んできたかお前知ってる?」

 

「……まあ、心当たりがないことも無いが」

 

 

そう言って復原が呆れたような顔で目を眇めた。お前もよくやるよな。と言われたので、僕は売られた喧嘩を買っただけ。と返すと、まあ前回は災難だったとは思うけどな。としみじみとした調子で頷かれる。

 

 

「ほんとだよ」

 

「いや、災難だったのはお前もだけど、爆豪もだよ」

 

 

可哀想に。呆然としてたじゃないか。

 

全く可哀想だと思っていない口ぶりで復原がそう言った。

 

 

 

 

 

 

約半年前の話だ。そう、あれは確か緑谷出久が僕に本音を吐露した少しあとの頃だったかな。緑谷出久という人間に対する分析を粗方おえた僕は彼に対する興味を失いつつあり、河原に誘うこともほぼ無くなっていた。その代わり校内で見かけた時はちょくちょく声をかけたりしていたのだが、まさかそれがきっかけでこんな事になるとは思っていなかったのである。

 

公然の場で緑谷と関わる以上、爆豪に目をつけられる可能性は想定はしていないこともなかったが、もしそうなった場合でもどうにでもなるだろうと高を括っていたのが間違いだったか。まあある意味僕にとっても人生経験を積むいい経験となったとも言えるかもしれない。

 

ここまでいえば分かるだろうが、お察しの通り僕が爆豪と絶妙に嫌な関係を築くことになった原因は緑谷出久だった。

こういうと緑谷が悪いみたいな意味にも取れるがそんなことは無い。例によって彼は被害者であり悪いのは爆豪である。

 

全ては、休み時間の廊下で僕と立ち話していた緑谷を爆豪が見つけたことから始まった。正確に言えば爆豪が見つけたのは廊下の端の方で立っている緑谷の後ろ姿であり、宿敵に気を取られた彼の視界に僕は入っていなかった。僕、緑谷、爆豪の順で廊下に一直線になる形だったと言えば分かりやすいだろうか。

 

廊下で突っ立ってる緑谷を見つけた爆豪はどうするか。因縁をつけるに決まっている。例によって例の如く彼は威嚇目的で個性を使用しながら緑谷の体すれすれに大きく振りかぶった腕を振り下ろし、そしてその腕は緑谷の前に立っていた僕に襲いかかった。つまり僕に気が付かなかった爆豪の不注意によるミスである。

 

ボサっと突っ立ってんじゃねェ!邪魔だデク!という罵声によって僕が緑谷の背後の爆豪に気付いた次の瞬間の事だった。目の前で突然強い光が閃いたかと思うと、次いで発生した爆風によって緑谷が僕の視界から消える。

 

横に吹き飛んだらしい緑谷をかえりみる間もなく、巻き込まれ事故にあった僕は眼前に煙と共に迫った爆豪の腕を咄嗟に下から蹴り上げ、個性によって強化されたスピードで蹴られた爆豪の腕は勢いよく上に持ち上がった。

結果、ものすごい勢いで挙手する形になった爆豪は大きく仰け反ってバランスを崩し、そこをすかさず足払いをした僕によって彼は地に伏せた。

 

仰向けに倒れ込んだ爆豪勝己は、だがしかしすぐに身を起こすと、一瞬何が起こったのか分からないという顔をしていたが流石に状況判断は早い。どうやら緑谷の傍に立っていたらしい僕が反撃をしたと悟ったと同時に口汚く罵りながら素早く立ち上がって体勢を整える。

が、彼が僕に何かする前に教師がやってくる音がして僕と爆豪の1回目の邂逅はここで終わった。

 

人通りの多い廊下である。固唾を飲んで見守っていた周囲の人間の誰かが教師を呼んだのだろう、爆豪勝己は盛大に舌打ちをしながらその場を去って行き、去り際に僕に肩をぶつけようとしたが僕は余裕でそれをかわした。

 

 

 

 

2回目の邂逅は案外すぐにやってきた。これもきっかけはまたもや緑谷である。あーいや、そうでもないのかな。まあいいや。

なにはともあれあの後、廊下の端にしりもちを付いたまま混乱していた緑谷に僕は声をかけずにその場を立ち去ったため、緑谷は僕を巻き込んでしまったと謝罪する機会を窺っていたらしい。

 

週末を挟んで月曜日、駅から学校までの道のりでどこか不安そうに佇む緑谷を発見した僕は彼に声をかけ、謝る彼に気にするなと言ったあと、共に登校した。その際彼に、週末にかっちゃんに速坂君のことを聞かれたんだ。と打ち明けられた僕は、特に意外でもなかったが情報提供には感謝した。

 

そもそも僕は定期テストの順位で爆豪を負かしたこともあり強個性の持ち主としても有名であったため、緑谷が言うにはどうやら爆豪は僕の名前には聞き覚えがあったようである。

まあそれはともかく、先週の出来事によって顔と名前が一致した僕が彼に目をつけられたのは間違いない。と、そこまで話した所で僕達はその張本人と交差点でばったり鉢合わせした。

 

流石に先週のような一触即発な事態にはならなかったが、一方的に敵視してきた爆豪のおかげで雰囲気は最悪を通り越しており、僕と爆豪はそこで初めて言葉を交わした。

 

いや、あれを言葉を交わしたと言っていいのだろうか。出会い頭に罵倒してきた爆豪に、朝っぱらから耳元で大声を出されてイラついた僕が皮肉や嫌味を返したため、段々と会話はヒートアップしていき最終的には爆豪が掌を爆破させながら怒鳴って僕が冷笑しながら皮肉を返すという罵りあいに発展し、僕は自分とこの男の相性が最悪だということを知った。

 

そんな記念すべき初会話は校門の前まで続きそこでお開きになったわけなのだが、それからというものの僕は自分が爆豪を見誤っていたことを身をもって知ることになる。

 

 

 

 

 

 



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15話

正直ナメていた。認めよう。爆豪勝己は想像以上に厄介な男であり、僕は自分が緑谷出久に生まれなかったことを心の底から感謝した。

爆豪に目をつけられたところでどうにでもなるだろうと簡単に考えていた僕が馬鹿だったよ。軽くあしらえるなんてとんでもなかった。

 

「うんざりだ」

 

初邂逅から1ヶ月を経て、僕は頭を掻きむしってそう吐き捨てた。甘く見ていた。まさか爆豪勝己の存在自体が僕にとって劇薬だったとは。もうこれ以上は1秒たりとも耐えられない。胃に穴があく。

生理的に受け付けない人間とはこのことだろう。僕は彼のことを見誤っていた。百聞は一見にしかずとはよく言ったもんだよ、やっぱり先人は正しかった。直接接してみないと分からないことは沢山ある。

 

というのも、直接話す前までは僕は別に爆豪のことは嫌いではなかったのだ。好きでもなかったけど。彼が緑谷を嫌いになる気持ちは理解できなくもないかなとぼんやり思っていた程度であり、要するに大して興味がなかった。まあ爆豪からしてみれば緑谷はどんなにいじめても完全には折れずに思い通りにならないからムカつくんだろうなー、あと折れないその意志の強さが不気味なんだろなー。くらいの感想しか持っていなかった。

 

彼と全く接点がなかった僕にとって爆豪の悪い噂はわんさか聞こえてきてはいたものの、特に自分に害がなかったので極めてどうでもよかったというのが本音である。積極的に関わろうとも思わなかった。

 

彼は別に緑谷のように複雑な構造はしていない。どちらかといえば酷く単純な人間だといえるだろう。緑谷のようにわざわざ接触して分析するまでもなく、爆豪勝己という人間に僕は緑谷出久に抱いたような関心は持てなかった。

 

それでも一応緑谷を分析するにあたって彼の存在は不可欠であったため、彼について考えてみたことはある。結果、なかなかいないタイプの人間であることだけは分かった。大して面白くもないが、一応その分析をここで軽く述べておくとしよう。

 

まず、一言でいえば、彼は幼稚な人間だ。

聞こえてくる噂や緑谷の話などを総合して鑑みるに、行動が小さい子供のようであるということがわかる。まあ良い言い方をすれば、裏表がなく自分の感情を素直に相手にぶつける性格、と言えなくもないが。

 

周りの目を気にしない。周囲の意見なんて気にしない。空気を読むことをしない。他人に気を遣わない。自分さえよければそれでいい。つまり、驚くほど協調性がない。

 

気に入らなければ気に入らないと切って捨てる。すぐに手が出る。嫌いな相手には嫌いと言うし、物事が思い通りにならなければ癇癪をおこす。つまりはイヤイヤ期…。

 

自分が1番だと思っている。何だって出来るし何にでもなれると思い込んでいる。感情のコントロールができない。TPOをわきまえず、すぐ怒る、喚く。プライドが異常に高く基本的に人を見下している。つまり自分以外はほぼ全員ゴミ…モブだと思っており、全く他人を信用していない。

そしてその結果、周囲の人間からは煙たがられ良好な人間関係を築くことが難しく、関係が長続きしない。どんなに苦しくても高いプライドが邪魔して心から人を頼ることができない。

 

緑谷が前に爆豪の怒りポイントについて話していた時に、心配するとなぜかめちゃくちゃブチギレると言っていたことがあるが、これはつまりそういうことだ。ついでに、自分が最も見下している人間である緑谷が心配すると通常の何倍も怒ると思われる。

 

 

以上。僕が簡単に分析してみた結果だ。ああ、ちょっと悪く言いすぎたかな。でも別に貶すつもりは無かったんだよ。なぜからこの悪い所が回り回って爆豪の良いところに繋がっている点もあるし、こんなことになった全てが爆豪の責任というわけではないのだから。

 

幼稚な精神構造をしてはいるが、幸か不幸か爆豪勝己は無駄に才能に溢れている上に頭の悪い人間ではなかった。

そのため彼は才能に胡座をかいているだけでは1番を維持することは出来ないということを無意識のうちに理解しており、プライドを維持するために努力を重ねることをしている。理由はともかく努力家なところは長所だ。

 

また、絶望的なまでに世渡り下手ではあるのだが越えてはいけない最後のラインというものを本能で察知しており、そこを踏み越えることはしない。彼がみみっちいと言われる所以だ。つまりギリギリのところで踏みとどまることが出来る。

 

更に……さらに……、良い所……は大して親しくもない僕にはこれ以上思いつかないので割愛するが、まあ彼の短所に関していえば同情すべき点も見受けられる。それは周囲の環境だ。

 

本来爆豪と似たような人間は数少ないとはいえそれなりにいるはずだ。だが、実際には爆豪みたいな人間は珍しい。それはなぜか。大部分の人間は幼い頃に大人がきちんとそういった短所を矯正してくれる、または、様々な面で挫折を経験することで自分で気づいて成長していくからだ。

だが爆豪はなまじ才能があるだけに自覚することも無くここまで来た、かつ、それを矯正するべき大人に恵まれなかった。

 

この2つの要素が重なったことによって今の爆豪が爆誕したのではないかと僕は推測したことがある。

 

まあそれはともかくだ。客観的に爆豪を分析するのはここまでとして、本題に戻ろう。

 

僕と爆豪は致命的なまでに相性が悪かった。もう、とにかくもう、存在が無理だ。受け付けられない。本当に嫌だ。

 

何が嫌ってまずうるさい。声がうるさい。ついでに顔もうるさい。無駄に怒鳴る。そして口が悪い。それも普通じゃないくらい悪い。口を開けば、死ね、カス、クソ、殺す、のオンパレード。

 

僕は今までの人生でここまで口が悪い人間を見た事がなかった。というのも、いや、そりゃ爆豪の口が悪いことは関わる前から知ってたよ?でもね、僕が見かけたことがある爆豪ってのはだいたい誰かに向かってキレてる時だったから、キレてる時の口の悪さが半端じゃないだけなのかと思っていたのだ。それもそれで嫌だけれども。

 

噂では、あれは通常モードだなんて聞こえてきてはいたけど、てっきり誇張されたものだと考えていた。だが違った。噂は正しかった。さすがの僕もまさか起きてる間常にキレてる人間が存在するとは思ってなかったよ。副交感神経死んでんのか。

 

ついでに爆豪と関わるようになって、汚い言葉というのは一定数を超えて聞かされ続けるとこんなにも不愉快な気持ちになるものなのかと、実際に体験したことでしみじみ実感した。出来れば一生知りたくなかった。

 

真面目にイライラが止まらない。不快感が半端じゃないんだよホント。罵詈雑言なんて普通に聞くだけでも嫌なのになんとなんと爆豪は怒鳴るのだ。わかる?怒鳴るの。怒鳴り声ってさ、普通の怒鳴り声でも聞いてていい気はしないだろ?つまり相乗効果なわけ。緑谷は今までどうやって生きてきたんだろうか。よく耐えたねお前。

 

僕なんて1ヶ月でもう限界だ。適当にあしらってればいずれ爆豪も飽きて去るだろうとも思っていたのだが今のところそんな気配は皆無であり、僕は自分の甘さを再認識した。まあ考えてみれば緑谷を10年もいじめてきた奴だしな……。

というか爆豪の親の顔が見てみたい。一体どういう教育をしたらこんな子供に育つんだ。

 

僕は爆豪とクラスも全然違ったしこれまで全く接点がなかった。たまに怒鳴っている姿を遠目から見かけるのがせいぜいで、実際に自分が関わるまで実物がこんなにも酷いとは知らなかったのだ。むしろ知りたくなかった。

 

そして1ヶ月が過ぎ去る頃には僕は忍耐が我慢の限界を超えたことを悟り、自分の生活から爆豪勝己を排除することをその場で決意したのである。何としてでも早期に駆逐するのが世のため人のため僕のために違いない。

というか僕のことを抜きにしたって爆豪が常日頃から宣言するように、将来ヤツがオールマイトをも超えるトップヒーローなんてものになってしまったら日本はもう終わりだ。世も末だ。そうなる前に誰かが何とかしないと。そう、これは私闘ではない。慈善事業だ。

 

 

……と、まあさすがにそこは半分冗談だが、それくらい僕は彼の存在に我慢ができなかった。一刻も早く僕に絡むのをやめさせないと。

ところが、そう決意をしたのはいいものの問題はそこからだった。この時になって初めて僕は爆豪勝己の駆除法を真剣に考えたのだが、そこで自分が今まで使ってきた得意分野が彼に全く通じないことに気が付いたのである。これは誤算だった。

 

中島いじめの解決法を見てもわかる通り僕の得意分野は掌握した学校内の人間関係を上手く利用する搦め手である。正直同じ学生相手にはこの手を使うのが1番効果的で、かつ手っ取り早くリスクも少ないため今まで重宝してきたのだが、こと爆豪勝己においてはそれが通用しない。

 

例えばだ。一般的な例を示そう。僕が排除しようとしているのが爆豪ではなく普通の人間であると仮定する。その場合僕はどうするかって、まあまずは警告する。

面と向かって、悪いんだけどもう僕に近付かないでくれる?と、簡潔に伝えるのだ。すると大体の人間は僕の威圧感と背後に見える権力に恐れをなして引き下がるが、それでも引き下がらない奴もいるので、その場合は次の段階に移る。

 

まあ次の段階と言ってもやりようは色々あるが、簡単なのでいうと、付きまとわれて困っている、というような事を周囲に“相談”する、とかかな。するとそいつにはストーカーというレッテルがはられ、あいつ速坂に付きまとってるんだってー、え、きもい。迷惑なの分かんないのかな?最低じゃん。などという噂が全体に周り、僕に近づこうにも周囲の人間に阻止されたり無視されたり悪口を言われたりして心が折れて諦めるのだ。

 

まあ例外もいるけど一般的にはこんなもん。要するに社会的制裁を下し圧力をかけるわけなのだが、爆豪勝己にはそれが一切通用しない。

 

悪い噂を流して精神的に追い詰めようにも既に爆豪の悪口なんざ溢れている上に本人はそんなことでダメージを受けるようなヤワな精神をしていない。周りの人間を盾にしようにも、そんなものは存在しないかのように跳ね飛ばして近付いてくるだろう。

 

というかそもそも爆豪自身がカースト外の存在なのだ。嫌われてはいるもののなまじ能力が高い上に個性も強く、周りの目なんざ一切気にかけない。極めつけにその性格は傍若無人で凶暴ときているため、生徒からは怖い存在として認識され、疎まれながらも恐れられている。そのため、そんじょそこらの人間では爆豪に対する駒として使えないのだ。よって、そんな爆豪相手に今まで使ってきた手で対抗することは不可能なのである。

 

 

じゃあどうするのか。いつもの手が使えないなら諦めるのかって?そんな訳が無いだろう。頭を使うのだ。普通の人間にいつもの僕の搦め手が通じるのはなぜかって、それはその人間にとって世間体やら風聞やら他人の目やらが大事だからである。大事だからこそそれが脅かされるとダメージを受けるのだ。

 

では爆豪は何を脅かされればダメージを受けるのか。それは既に彼自身のみみっちさが証明している。

 

僕は段取りを頭の中で確認すると、次の日に備えて早めに就寝した。さよならだ爆豪。

 

 

 

 

段取りとか偉そうに言っておいてなんだが、計画自体は実に単純である。タイミングさえ掴めれば、必要なのは度胸だけだ。

 

思うに、今までこんなにも粗暴な爆豪が何事もなくやってこれた理由は運と実力だ。

 

運は運だ。それ以外の何物でもない。だが実力とは何かというと、簡単に言えば運動神経か。個性で人を脅しても致命的な怪我を負わせる事がなかったのは爆豪がそうしないように神経を使ってきたからだ。

爆発が人に直接当たることがないように計算して精密に個性と体をコントロールしてきたからこそ、今まで大した問題にはならなかった。

 

ではなぜ爆豪がそんなみみっちさを発揮して気をつけてきたかというとそれは問題を起こしたくないからであり、なぜ問題にしたくないかというと、問題になると自分の素晴らしい経歴に傷が付くと思っているからだ。

 

じゃあそれに気付いた僕が今から何をするかって、もうここまで言えば皆分かるんじゃない?そう。奴が問題にしたくないのならば、無理やりにでも問題にしてしまえばいい。

 

つまり、こういうことだ。

 

 

「調子乗んのも大概にしろよ潰すぞクソが!」

 

 

BOOM!!

 

よかった。どこで今日爆豪と遭遇するかは未知数だったけど、僕は運がいい。場所は中庭。次のクラスに向かう最中の僕と、授業を終えて体育館から戻ってきた爆豪がちょうどそこで鉢合わせた。

 

始まった口論は僕がほくそ笑みながらいつも以上に煽ったこともあってかなりヒートアップし、ついにはぶちギレた爆豪が右手を振りかぶって爆音とともに振り下ろす。ここまではいつも通り。いつもと違うのはここからだ。

それにしても爆豪って芸がないよね。いつも右の大振りじゃんお前。ま、見慣れてるから軌道が読みやすくて便利だしいいんだけど。

 

さあ、目撃者も沢山いるし、因縁をつけてきたのも爆豪から、更には個性を使って攻撃してきたのも爆豪が先。うん。最高だ。全ての条件が整っている。あとは……

 

「…っぐっ!!」

 

爆豪の腕の速度を操りその勢いで軌道を変更させると同時に横に僅かにずれて位置を調整する。そして顔面目掛けて迫った手の平から顔を腕で庇って吹き飛ばされた僕は、歯を食いしばって呻き声を噛み殺しながら地面に転がった。そのまま起き上がることも出来ずに爆発が直撃した腕を庇って苦痛に喘ぐ。

っあー、くそ!痛い!!冗談抜きで痛い。覚悟はしていたものの想像以上の痛みだった。痛がる演技とかするまでもなかった。本気で痛い。死ぬほど痛い。マジで痛い。頭がおかしくなりそうだよくそったれ。

 

ああでも。

僕は痛みに呻きながらも笑いが込み上げてくるのを感じた。よかった。これで成功だ。

 

 

『…………………………』

 

 

束の間、恐ろしい沈黙が場を支配した。僕以外の誰もが、加害者である爆豪でさえ、たった今起こった出来事に愕然として動きを止めていた。そして数秒後、周りの人間が状況を理解すると共にそこかしこから悲鳴が上がり、一気にその場が慌ただしくなって半ばパニックに陥る。

 

「速坂!!おい、返事しろ!大丈夫か!?」

「速坂くん!!きゃああ!!腕が!!皮が!!いやぁあ!」

「大変よ!誰か先生呼んできて!早く!!」

「保健室の先生もだ!火傷が酷い……!!」

 

騒然とした中庭で何人もの人間に声をかけられながらも、僕は痛みを堪えて爆豪がいた方向に目をやった。いた。見つけた。

 

ドタバタと様々な人が走り回るなかで、爆豪は青ざめた顔で自分の手を呆然と見つめていた。何が起きたのかさっぱり分からないといった様子で放心している。そりゃあそうだろう。直撃しない完璧なコースだったはずなのに気付けばこの惨状なんだから。あっははは。ざまぁみろ。

 

その時中庭に教師が何人も駆け込んできた。僕の周りに集まる教師と、生徒から報告を受けたのか立ち竦んでいる爆豪の元へと一直線に向かう教師。

 

僕は自分の周りに集まった教師へなんとか受け答えをしながらも、爆豪の方をさりげなく確認する。教師に怒鳴られてようやく我に返った様子の彼は暫く動揺に瞳を揺らしていたが、不意にその顔が僕の方へと動いて正面から目が合った。

 

込み上げてくる笑いを堪えて僕は最後の仕上げを終わらせる。

 

 

「……っ!!?テメェまさか!!」

 

 

ばぁーか。小さく口を動かした僕を見た爆豪の目がゆるゆると大きく見開かれて、次の瞬間事態を悟ったらしい彼が愕然とした顔で声を上げる。

 

 

「速坂くん、立てる?」

 

「っ、はい。大丈夫です」

 

肘をとって支えられながら僕は何とか身を起こすと校門前に到着した救急車に乗り込むために移動を開始した。向こうから救急隊員が駆けてくるのが見える。

 

中庭を出る直前に僅かに振り返ると、青ざめた顔の爆豪が信じられないものを見る目で僕の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 



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16話

 

「結局あそこまでしたってのに目的は半分しか果たせずじまい。災難だったのは僕の方だと思うんだ」

 

「ほんと堂々と言うよなお前。陥れられた挙句に裏取り引きのダシにされた爆豪もいい勝負なんじゃねぇの」

 

「いやいやいや。あいつは自業自得だろ。今まで好き放題やってたツケが回ってきたんだよ」

 

「そりゃあそうなんだけどよ。なんか哀れでさ」

 

 

復原が肩をすくめ、僕はそんな復原に胡乱な眼差しを向ける。この男、何も言っていないのにどこまで悟っているのか。

 

 

「ていうか相変わらず聡いよね、お前。どこまで分かってんの?」

 

「大したことは知らねぇよ。ただお前があの状況で矛を収めたってのは不自然だからな。わざわざ爆豪フォローしてああいう形で終わらせることにした見返りに何かは得たんだろうなとは思ってる」

 

「それだけ?」

 

「校長って今何歳だったっけ?」

 

 

目を細めて意味深にこちらを見やる復原に僕は両手を上げた。さっすがぁ。そこまで思い至ってたか。半分正解。

手を下ろしながらふふっと笑う僕が何かを言う前に、いいかそれ以上何も言うなよ、俺は余計なことは知りたくないからな。と、復原が嫌そうな顔で制してきた。

ハイハイ分かってますよ。警戒心が強くてなにより。僕はその意を受け入れて会話を流すことにする。取引の話題はもう出さないから安心してよ。

 

 

「まあそれにしても、思ったよりも軽傷だったのと僕らの年齢がねぇ。来年まで待ってからもうちょっと派手にやってもよかったかもしれないな」

 

「無理無理。自分の胸に手ぇ当てて聞いてみな。来年までお前が爆豪に耐えきれたと思うか?」

 

「思わない」

 

「そうだろうよ、1ヶ月も持たなかったんだから」

 

 

いやそうなんだけどさ。そうなんだけれども。

 

その時横に置いてあった僕のスマホが鳴って着信を告げた。手に取って画面を見ると先ほど話題に上がった人物の名が。あれ、わざわざ何の用だろう。……あー、もしかしてあれかな。今日のことかな?それはそれは。仕事が早いことで。

 

僕は復原に断ってスマホを持って部屋の外へ出た。

 

 

***

 

僕の腕の火傷は全治2週間で軽傷と診断された。水膨れが酷いものの、痕は残らないそうだ。火傷はその深さによってⅠ度からⅢ度に分類されるが僕の場合はⅡ度らしい。いやめちゃくちゃ痛かったんだけど、そんなもんだったの?もっとこう、あれかと思ってたのに。少し残念だ。

 

医師には運が良かったねと言われたが僕はそれには同意しかねた。だって肌を直接爆破されてこの程度で済むなんて明らかにおかしい。運なんてもんで片付けてたまるか。絶対に何か理由があるはずだ。

 

理由はあるはずなのだが、あの時渦中にいた僕に場の状況を細かく把握するだけの余裕なんてものはなく、残念ながら心当たりがない。

仕方が無いので付き添いの教師による事情聴取がおわったあと、僕はスマホを手に取って復原に連絡を入れた。

 

学校が終わってすぐに病院を訪れてくれた復原に開口一番、思ったよりも軽傷だったのだが心当たりはあるかと聞いたところ、彼はやっぱりわざとだったか、とでも言いたげな顔をして溜息をつきながらも心当たりを話してくれた。

 

現場を横から見ていた復原によると、爆豪の掌は僕の腕に当たった時ではなく当たる直前に爆発したとのことだった。おそらく爆豪は突然軌道が変わった自分の腕が僕の顔面を直撃しそうな事に寸前で気づき、だがしかし個性を解除するには遅すぎるタイミングであったため咄嗟に爆破の発動を無理やり早めたのではないか、とのこと。

 

その結果、顔を庇った僕の腕にぶつかる前に爆豪の掌は爆発し、その時発生した熱風やら火やらが超至近距離にあった僕の腕を焼いたのではないか。そして僕が爆風に吹き飛ばされたのが結果的に、爆発時に生じた火から素早く距離をとる形になり、その程度の火傷で済んだのではないか。

 

その推測を聞いた僕は数秒沈黙したあと忌々しげに舌打ちをした。なるほど。無駄に運の良い奴め。そう言われてみればたしかに腕に直接爆豪の手が触れた記憶はなかった。なるほど、触れる前に爆風に吹き飛ばされたというわけか。謎が解けた。

 

……まあいいだろう。軽傷で済もうがなんだろうが奴が僕を傷付けたことには変わりは無い。変わりは無い以上、むしろ軽傷ですんだ自分の運の良さに感謝するべきか。

 

そう結論づけた僕は復原に礼を言って別れると、ちょうどその時面倒くさそうな顔で僕を病院まで迎えに来た姉の元へと歩いていった。

ああ、なぜ姉が来たかというと保護者の代わりである。今僕の両親は学会でスイスにいるからね。帰国は2日後の予定だ。

 

とりあえずその日は帰宅して、学校からの電話に対応した姉曰く諸々の事項は僕の両親が帰国してから……つまり週末を挟んだ月曜日にということで今日はとにかくゆっくり家で休んでくれとのこと。あと、爆豪の親が今すぐにでも謝罪に訪れたいそうだがどうするかと聞かれたので、親もいないし今日のところは遠慮してもらった。

 

ちなみに勿論姉が僕を心配なんてするわけがなく、それどころか、あんた今度はどんな悪巧みなの?と胡散臭そうな顔で聞かれた。えー悪巧みだなんてそんなまさかまさか。僕がそんな姉さんみたいなことするわけないじゃないか。

姉は僕の答えを聞き、はんっと鼻で笑ったあと、今日迎えに来させた代わりに腕が治ったらパシリ3日ね。と言い捨てて自室に引っ込んでいった。まあいいだろう。貸しにされるよりはマシだ。パシリでもなんでも好きにするといい。今僕は全てが上手くいったことで機嫌がいいんだ。

 

 

「こんばんは。夜分遅くにすまない」

 

 

だがそんな僕の上機嫌は次の日の夜、何故か僕の家にやってきた意外な訪問者によって木っ端微塵に砕けることになる。

 

 

 

 

「それで、校長先生がわざわざこんな時間にうちに何の用ですか?ご存知かどうかは知りませんが生憎今両親は不在です」

 

「突然すまないね。いや、今日はご両親じゃなく君に用があってきたんだ」

 

 

僕に?何の?

 

リビングのソファーに座って出されたお茶を優雅に口に運びながらそうのたまう白髪混じりの男の名前は色彩 量介。今年新しく赴任してきた折寺中学の校長だ。校長が来るなんて、心当たりは昨日の事件のことしかないのだが、それにしたっておかしい。話は後日じゃなかったのか?

 

校長はまず今回の事件について被害者である僕に労りと気遣いの言葉を述べたあと学校の監督不行届を詫びた。はいはいそれはどうも。そんな社交辞令はいいから早く本題に入ってくんない?

僕のそんな気持ちが伝わったのか校長は苦笑して話を進めた。

 

 

「すまない。本題に入ろう。私が今日君に何を伝えに来たかというとだね、まあ単刀直入にいえばこのままだと君も停学になりそうだということなのだが」

 

 

「はぁ!?」

 

 

豪速球で飛んできた予想の斜め上の変化球に、驚きで思わず声が裏返った。

 

は!?僕が停学!?何言ってんだこいつ?頭ボケてんじゃないのかこの野郎。言うに事欠いて何を抜かしてるんだ馬鹿じゃないのか。

 

殺意に満ちた目で校長に冷たい視線を浴びせる僕に彼は、説明するから落ち着いてくれ、それにまだ決まったわけじゃない。と慌てて付け加える。

 

ソファーから身を乗り出しかけていた僕はその言葉に冷静さを取り戻して息を吐くと座り直して無言で先を促す。落ち着け自分。とりあえず話を聞こう。わざわざ処分が決まる前に僕にそれを伝えに来たってことは何か意図があるんだろ?

 

校長は穏やかな顔に似合わず意外と鋭い双眸をゆっくりと細めた。

 

「そうだな、どこから話そうか……。少し長くなるけど構わないか」

 

「ええ」

 

「ありがとう。それでは遠慮なく。そうだね、君は疑問に思ったことはないか?何故あの爆豪くんが昨日まで何事もなく大した問題をおこしてこなかったのか、と」

 

「ありますよ。そして僕としては、彼が本格的に問題になる最後のラインは越えないようにギリギリ踏みとどまってきた、かつ運が良かった。この2つのお陰ではないかと考えていましたが」

 

 

何だ?何を言おうとしている。僕は即座にそう返しながらも訝しげに目を眇めた。校長はその答えに満足気に頷くと言葉を続ける。

 

「そうだね。その通りだと思う。だが君もそれだけでは完全に説明がつかないことくらい分かっているだろう」

 

「まあそうですね。では他に理由が?」

 

「ああ。彼の伯母だよ。彼女は教育委員会のお偉いさんでね。子供がいないせいか彼のことを実の息子のように可愛がっていると専らの噂なんだ」

 

校長はあっけらかんと裏事情を披露した。僕は心の中で眉をひそめる。

 

 

「これは教師の中では有名な話なんだが、この折寺では爆豪くんはいわゆるアンタッチャブルな存在なんだ。彼が中学に上がる時に折寺小学校の方から特に要注意人物として名をあげられるほどに」

 

そう言って校長は話を続けた。初めて聞くその話はなかなか興味深い話で、僕は深く納得する。

 

そもそもとして、今まで爆豪の周りの大人が誰一人として彼を矯正しようとしなかったというのは、よく考えてみれば不自然な話だ。なぜかというと、それは彼がただの問題児ではないからである。

 

ただ口が悪くて態度が粗暴で友達をいじめるレベルの問題児だったらそんなに珍しくはないし、それこそ周りの人間によっては見て見ぬふりで見逃されてそのままの場合もあるだろう。

 

だが彼は違う。何が違うかって、彼は他と違い強力な個性をもっていて、1歩間違えば大惨事になる力を平然と常用していじめを行っていたからだ。

 

前に『変な所で小心者の爆豪は爆破の個性を直接人に当てることはせず、個性を使う時は手のひらで爆発を起こして人を威嚇する目的が主であり、酷い場合でも相手の体の近くで爆発を起こすことで、生じた爆風を上手く使い相手を軽く吹っ飛ばすレベルで留まっている』と言ったと思う。そのため、いままで何事もなくやってこれたのだと。

 

だが正直それだけでは説明しきれないところもあると思ってはいたのだが、これまでの僕はそれ以上の理由は思い付けなかった。まあ思い付けないはずだよ。そんな裏事情があったなんてね。でも言われてみれば納得だ。

 

校長が言うには、入学当初は折寺小学校でも爆豪勝己のことは問題だと認識していたらしい。他の保護者からの苦情もそれなりにあったそうだ。そりゃあそうだよ。誰だって爆発で脅されたら怖いし爆風で吹き飛ばされたら怖いし、しかもただ怖いだけでなく実際一歩間違えたら大惨事なのだから。

 

無論、これを問題視する大人は存在した。爆豪を矯正しようとする教師も何人かいたという。だがなにしろ相手は“あの”爆豪であり、あれだけ鼻っ柱の強い奴がそう簡単に大人の言うことを聞くはずもなく、当然彼らは酷く苦戦することになる。

そして、そうこうしているうちに家でその事について文句を言う爆豪から母に母からその姉…つまり爆豪の伯母に話が伝わり、結果、伯母から圧力をかけられた当時の校長によってそういった教師たちは遠回しな警告を受け、それでも聞かない場合は人事異動の際に辺鄙な所へ軒並み飛ばされたという。

 

そんなことが何回かあって、かつ爆豪自身たいそう優秀な子供であるのに加えて、危険はあるがなんだかんだいってこれまで大事に至ったことが無いということもあり、自然と保身に思考が傾いた周りの大人たちは見て見ぬふりをすることになったそうだ。

 

ふーん、なるほど。そんな漫画みたいなことって本当にあるんだな。まあ現実は小説より奇なりともいうし、そんなもんなのか?よく分からないけどまあいい。

 

うん。で?

いやそれは分かったけど、それが僕となんの関係が?おおかた昨日のことが爆豪のモンペの耳に入ったのだろうが、今回はその伯母とやらがことを揉み消そうと裏工作しようにもちょっとばかり事が大きすぎやしない?それにそれがどうして僕の停学に繋がるのか。……ん?いや、……まさか。

 

そう言うと校長は頷いた。そして次の話題に入る。

 

「ふむ。では続けようか。そう、君ももう分かっていると思うが、この件を耳にした彼の伯母が早速動いてね」

 

曰く、当初学校側としては僕と爆豪2人の供述を聞いて、爆豪に全面的に非があると判断した。僕の目論見通りに。

 

爆豪側としては、突然手の軌道が狂った、速坂が個性を使ったんだ、あいつは俺を見て笑った、俺は陥れられたんだ。と主張していたらしいが、当然の事ながらそれを信じる者はいなかった。

それどころか反省の色が見られないことで罪が重くなった。心の底から反省している様子があれば、情状酌量の余地ありとして厳重注意と相手側への真摯な謝罪だけですんだかもしれないが、ここでも爆豪の態度の悪さが彼自身の足を引っ張ったのだ。さらに常日頃からの問題行動もそれに拍車をかけた。

 

怪我をするのを分かっているのにわざわざ個性を使ってまで自分から当たりにいく馬鹿はいないだろう。それに百歩譲ってもし速坂くんがわざと当たりに行ったとしてもだ。そもそも先に攻撃を仕掛けたのは君の方だよ。というか君は普段から個性を常用し危険行動を繰り返している。

今回こうなったのも何ら意外性もない。

 

君を見て笑ったと言うが、生憎それを見たのは君だけでねぇ、著しく信憑性に欠けるな。被害妄想なのでは。

というかそれ以前にどんな事情があろうとも加害者は君だよ。

 

と、このような感じで日頃の行いがものを言いまくったそうだ。常日頃から素行は最悪かつ個性を使用して緑谷をいじめたりしている爆豪が何を言おうと、苦し紛れの言い訳にしか聞こえない。

 

まして相手は優等生かつ素行もよく教師からの覚えもめでたいこの僕なのである。爆豪の言うことなんて誰も信じなかった。

 

普通は子供同士の喧嘩で相手に怪我をさせてしまった場合、それが初めてであれば別に停学まではいかない。私立なら話は別だがここは公立だ。

事件発覚後、すぐに相手方に謝罪をし、治療費や慰謝料などを支払うことで大体の場合手打ちになる。

 

今回の場合、簡単に言えば、僕と爆豪が口論をした末に爆豪が僕に手を上げて怪我をさせてしまった、ということである。しかもその怪我は軽傷だった。普通その程度ではたいした問題にはならない。謝って慰謝料払えばそれで終わりの場合がほとんどだ。

 

だがそこは爆豪である。自分の非を認めるどころか僕に陥れられたんだ!と主張し反省の色が欠片も見られないばかりか、そもそも普段からの素行も酷く悪い上に教師からも煙たがられている。それに個性を使ってケガをさせたという点も問題だった。

 

当然彼の主張は一笑にふされた上に、学校側は爆豪に全面的な非があると判断し、かつ反省の色もなく態度も悪いことから罪を重くし、出席停止処分を下す方針でいたらしいのだが、そこで待ったをかけたのが彼の叔母だという。

 

 

「先程電話がかかってきてね」

 

校長は不愉快そうな表情でそう言った。

 

「いや……その人そこまで干渉できるんですか?」

 

「あー、そうだな。うん。まあうちが私立なら問題はなかったんだが、生憎公立でね。そして公立では基本的に“停学”というのはないんだよ。あるのは“出席停止”かな」

 

「何が違うんですか」

 

「少し難しい言い方をすればだ。出席停止の規定について今回の場合に当てはまるところだけを述べるとだね、市町村の教育委員会は、他の児童に傷害、心身の苦痛を与える行為、個性を用いての危険行為、施設や設備を損壊する行為を繰り返し行うなど素行不良であって

他の児童の教育に妨げがあると認める児童がいた時には、その保護者に対して児童の出席停止を命ずることが出来る、とあるんだよ」

 

そうなんだ。それは知らなかったけど、爆豪……役満じゃないか。これで将来の夢がヒーローだなんてとてもじゃないが信じられない。

 

 

「まあ当然それに則って私たちは爆豪くんの出席停止を求めることをしようと思ってね、教育委員会に報告をあげたのだが」

 

ちなみに折寺の教員の中には常日頃から苦々しく思っていた爆豪に対して罰を与えるチャンスだと歓喜する者も少なからずいたらしい。不謹慎ではあるけど教師だって人間だしね、しょうがないね。みんな僕の味方なようだ。日頃の行いって大事だよ、ほんと。

 

だが。校長が苦々しい顔で言った。

 

「なんと奴らは、ちゃんと調べたのか、もう一度調査をやり直せと言ってきてね」

 

 

爆豪伯母の息がかかった担当者曰く、報告書を読ませてもらいこちらでも独自に調べたが、先に口論を吹っかけたのはたしかに爆豪くんではあるがそれに乗っかって彼を煽った速坂くんも速坂くんだ。

そもそも速坂くんと爆豪くんは日頃から対立していたようで、速坂くんがわざと爆豪くんを陥れようとした可能性は高い。彼の個性を使用すれば十分可能である。そしてその場合、速坂くんは極めて悪質であるといえる。

 

そもそも爆豪くん側の意見を一切聞き入れないのはおかしい。彼は成績優秀で能力が非常に高く頭がいい。彼の言葉は信じるに値する。

つまりことの真相はそうなのだろう。爆豪くんは加害者でもあり被害者でもあるのだ。

 

それに1か月前に速坂くんは爆豪くんと個性を使用してやりあったことがある。つまり彼らは個性を用いての喧嘩を常日頃からしていた疑いがあり、今回においてもそうである可能性は高い。

これは彼らが個性を用いての危険行為を繰り返していたということであり、それに今回の件をあわせれば速坂くんも十分出席停止の条件を満たしている。それなのに彼には一切お咎めなしなのはどういうわけなのか。

 

速坂くんが本当に爆豪くんを陥れようとしていないと言いきれない以上、爆豪くんだけが全面的に悪いとは言えない。故に仮に彼を出席停止にするならば当然速坂くんもするべきだ。と。

 

 

いや…………。無理矢理じゃない?色んな箇所に目を瞑れば一応筋が通っていると言えなくもないけどさ、ちょっと無理があるんじゃない?

 

 

「いや何の言いがかりですか。僕が陥れようとした証拠なんてひとつもない上に怪我させられたのはこっちですよ」

 

「正論だね。だが世の中常に正論がまかり通ると思うのは間違いだよ。君はそれを理解していると思うが」

 

「というか爆豪は緑谷に対しても危険行為繰り返してるじゃないですか。そんな奴の言葉に何の信憑性が……」

 

「問題はそこじゃなくてね。彼らは爆豪くんの出席停止には反対していない。まあ庇いきれないしね。問題は彼らが君をも道連れにしようとしている点だ。もちろんその場合でも君より爆豪くんの方が罪は重いよ。君には証拠がないし目に見える形で被害にあったのは君だから、出席停止期間は彼の方が長くなるだろう」

 

そんなことが許されるのか。いや…愚問だな。許されるのだ。そんな無理矢理な言い分がまかりとおるか!理不尽にも程がある!なーんていうのが通っちゃうのが現実。権力とは恐ろしいね。力さえあれば大抵の事は通ったりするらしい。

たしかに普段のニュースを見ていても、いい大人がやることなのか?と言いたくなる冗談のような不祥事を目にすることは普通にある。あれはきっと世の中に溢れる馬鹿げた理不尽のほんの一部なのだろう。実際表に出てこないだけで、そういうのは世の中にありふれているはずだ。

 

だけど。

 

「確かに教育委員会と学校の中だけでこの問題を処理するなら裏でそういう動きがあっても表に出なければ問題は無いでしょう。でも」

 

でも。そういうのは相手を見てからやるべきだと思うんだ。まあ大概の奴は憤慨しながらも渋々従うのだろうが、まさかこの僕が泣き寝入りするとでも?

 

「別にこっちは出るとこ出たっていいんですよ。警察に被害届出してあげましょうか。ことを第三者に託せば爆豪くんは不利ですよ。余計な忖度なしに今までの言動やら何から全て調べられますからね。彼の言うことにはなんの信憑性もなくなる。彼に不利な証人も沢山いる」

 

「そこだよ、問題はそこなんだ」

 

校長は重々しい口調で僅かに身を乗り出す。うん。校長はわざわざ僕にこんな裏話を伝えに来た理由をそろそろ話すべきだと思う。まさか善意でそんなことをするはずがないだろうし。

 

「君がそれで泣き寝入りするはずがないんだ。必ずや裏での動きに勘づいた上で報復行為をすることだろう。なに、爆豪くんと叔母の話は折寺の教員内では有名だ。ちょっと聞き込んでみればすぐにそんな情報は手に入る。そこから裏でのやりとりを推測するのは君にとっては容易い事なはずだ」

 

「はぁ」

 

 

いや、なんかさっきからやけにこの人僕のことを高評価してるけど、話したの今日が初めてだよね?何でそんなことが分かるんだ?確かに言ってることは合ってるけどさ。

不信感をおぼえる僕をよそに校長はずばり思惑を話し始めた。

 

「ところで私はあと2年で定年でね」

 

「……ああ、なるべく問題は起こしたくないと」

 

「その通り。停学程度であればそこまで問題は無いが、さすがに警察沙汰になるとマズイんだ。定年になったあと、いいポジションにつけなくなると困ってしまう。せっかくの今までの私の根回しが台無しな上に、校長にまで上り詰めて円満退職で天下り…まあ正確に言えば天下りでは無いのだが、ともかくそんな私の素晴らしい人生計画が狂ってしまう。たった1人の凶暴なガキのために人生を棒に振るのはごめんだよ」

 

穏やかな顔の校長の鋭い双眸がこの瞬間、ギラりと強く輝いた。本性を表したな狸め。なるほどなるほど。まあ嫌いじゃない。この人は多分、僕と同類だ。

 

 

「では教育委員会のいうことを無視すればいいのでは。彼らがどう首を突っ込んでこようが、最終的に誰を停学にするかなどの処分を決めるのは貴方でしょう」

 

「とぼけないでくれたまえ。爆豪くんの伯母がそれを分かっていないとでも?逆らえば定年後どうなるか分かっているのかと遠回しに圧力をかけられたんだよ。忌々しいが彼女はそれだけの権力を持っていてね。今の私ではどうしようもないんだ」

 

「ふーん、つまり板挟みって訳ですか」

 

その通り。

 

校長は穏やかな仮面を脱ぎ捨てて不敵に笑った。だから速坂くん。私は君と取引をしたい。後悔はさせないと約束しよう。

 

 

 

 



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17話

「その前に1つ聞いていいですか。あなたは何故僕にそんなことを?貴方と話すのはこれが初めてのはずだ。いきなりこんな子供にそんなことを言い出すのはおかしい。不自然です」

 

「まあそうだろう。たしかに私は君と直接話すのは今日が初めてだが、私は君のことを入学当初から知っているし君の動向は常に気にかけていた」

 

「それは何故」

 

「私の個性に関係がある。私には人のオーラが見えるんだよ。まあオーラといってもただの色ではない。その人物の…なんというか、危険度というのかな。そういうのが色でわかるんだ。

そして君は……まあ、なんというか、凄いね。敵に回さない方がいいとひと目でわかる。ちなみに雄英体育祭で見た君のお姉さんも同じくらい酷い色……失礼、すごい色をしていたよ。ところで君のお姉さんは自分を不合格にした雄英に世間の非難を向けることで報復をしたね。つまりただの子供と侮っていては痛い目を見るという訳だ。同じ色をした君を私が警戒するのも当然だろう」

 

どこか感慨深げに校長はそう言うと、ふぅと小さく息をつく。それから今まで君のことは折に触れて観察してきたんだ。だから多少は君のことをよく分かっているつもりだ。どうだろう、私の君に対する印象は間違っているかい?

 

「間違ってないですね。なるほど、個性ですか。納得が出来ました」

 

「よかった」

 

「では続きをどうぞ。貴方は僕と、一体どんな取引をするつもりですか」

 

 

僕と校長は互いに油断ならない目付きで視線を交わした。

 

 

 

***

 

 

 

「君の本性を知る私は、今回のことは君が爆豪くんを陥れたものだと思っている」

 

「そんなまさかまさか。言いがかりはよしてください。僕は被害者です」

 

「ふっ、さすがに警戒心が強いね。だがまあ安心してくれたまえ。それをどうこういうつもりはないよ。ただ、取引をする以上、君に利益を提示しなければならないからね。君の目的を推測するのは許してくれ」

 

「………………」

 

 

僕は肯定も否定もせずに無言で先を促した。

 

「仮に君の目的が爆豪くんを潰すことだとしよう。ここは公立だから退学はないね。最も重い罰は停学だ。停学になれば内申書にかなり響き、彼に重いダメージを与えることは想像にかたくない。故に君は爆豪くんを潰すにあたって停学を狙ったわけだ。だが公立ではそう簡単に停学にはならない。仮に彼が個性を用いて傷害事件を起こしたところで初犯であり、また彼が普段の素行が酷いにも関わらず特にお咎めなしということで謎のひいきをされていることから考えると、情状酌量の余地ありとして厳重注意程度で終わってしまう可能性も十分にある。

そこで君は一計を案じた。

君は彼にわざと君を傷つけさせ、かつ、それを彼に示唆することで、陥れられたことに気づいた爆豪くんが騒ぎ立てるように仕向けたんだ。

そうすることで、ただでさえ悪い爆豪くんの印象は更に悪くなり、彼のことを普段から煙たがっている人間がここぞとばかりに彼に追い打ちをかけて罪を重くすることなど、全て計算した上で彼を停学に追い込もうとした」

 

「……………………」

 

 

「末恐ろしい子だね。だが私は今回の真相は今言った通りだと信じている。まあ今言ったことはなんの証拠もないことだし、私の推測が正しいか間違っているかは置いておこう。しかし仮に推測が正しいとして、本当に彼がこれで停学になるかどうかまでは君には確信が持てなかったはずだ。ということは君は次点で、厳重注意を狙っていたことになる」

 

「……どうやら僕は貴方を見誤っていたようですね。随分と頭がキレるようで」

 

 

言外に彼の推測が正しいと認めた僕に校長は満足気な笑みを浮かべた。それで?そこまで分かっていて僕に何を提示するつもりだ?

 

 

「ですが1つ訂正を。僕は彼が停学になることにほぼ確信を持っていました。単純な彼の行動を読むのは難しくない」

 

「なるほど。さすがだね。まあそれはともかくだ。そこで私は考えた。教育委員会の言うことに従えば君を敵に回すことになり私の未来は危うい。だが従わなくても危うい。つまり1番いいのは爆豪くんに対する出席停止要請を取り消して彼の伯母の癇癪を抑え、彼に対する罰は君の次点の目的である厳重注意に留める。そうして全てを穏便に済ませることだと」

 

「良い判断だと思いますが。なぜそれが思い浮かんでいながら僕の所へ来たんですか」

 

「それはだね、もう既に学校側の意見は爆豪くんに出席停止を命じる方向に固まっているからなのだよ。それを突然私の一存で取り下げるのはさすがに状況からして無理があるんだ。普段から爆豪くんを嫌っている教師達はまず納得しないだろうし、彼らには反論材料が山ほどある。事件後の爆豪くんの態度やら普段の素行の問題やらなにやら、それを使って反論されるとこちらとしては何も言い返すことはできない」

 

「…………つまり貴方は僕に、出席停止要請を取り下げる判断ができる程度に彼らを抑え込むことが出来る言葉を言って欲しいと」

 

「そう。不必要に彼を煽りすぎた自分にも責任がある。実は自分は彼とは仲が悪く以前に喧嘩をしたことも何度もあるし、今回口論が始まったのも自分がつい出会い頭に彼を睨みつけて挑発してしまったのがきっかけだ。

つまり全ての責任が彼にある訳ではなく、半分は自分が悪いので彼が重い罰を受けることになったら罪悪感を感じてむしろ精神に負担がかかる。厳重注意程度で十分だ。あまり事を大きくしたくない。彼の両親には既に誠意ある謝罪をしてもらったので自分としてはこれで手打ちにしたい、と。

いささか無理もあるが、教師からの信頼が厚く公明正大な人物として好かれている君の言葉だ。なにより被害者の言葉だしね、そう無下にはできない」

 

「……まあ可能ではありますが、僕としてはかなり抵抗のある行為です。貴方もわかっていると思いますけど」

 

 

言いたいことは分かる。が、僕のプライドがそれを許すかといえばどうだろう。なんでわざわざ僕が頭を下げて爆豪を救わにゃならんのだ。それは酷く腹立たしい行為であり、絶対にそんなことはしたくない。

 

…………だが。

 

校長の提案は正直魅力的ではあるんだよね。このままだと僕まで停学になりかねない。そうなったらそうなったで報復として被害届を出して大事にしてやってもいいんだけど、さすがにそこまで大事になると僕にしても非常にめんどくさいことになる。

 

というかそれ以前に子供同士の喧嘩で軽傷だったのにわざわざ被害届を出すなんて普通はしない。僕の親もそうだろう。いや、もし姉が被害にあったのならもしかしたらありうるかもしれないが、あの両親がわざわざ僕のためにそんな面倒なことをするとは到底思えない。

 

まあ姉に頼んで両親を動かすという手もないではないが、その場合あとで姉にどんな要求をされるのか分かったものではないしそれ以外にも色々とリスクがある。

 

そしてそこまで考えると、わざわざ爆豪1人を追い込むためにそこまでやる価値はあるのかと疑問に思わざるを得ない。

 

まあもちろん校長が今夜うちに来ないで僕が裏事情を知らないまま爆豪と共に停学なんてことになっていたら、どんなに面倒くさくても報復していただろうが、現実問題、校長はいまうちに来て第三の選択肢を僕に提示しているのだ。

 

「そう言うだろうと思ってね。だからこその取引だ。君に利益を提示しようと思う。まず第一に内申書だ。この取引に応じてくれたら君の内申書に色をつけ、爆豪くんの内申書にはその反対のことをしよう」

 

「有難くはありますがわざわざ手を加えてもらえなくても僕の内申書は完璧です」

 

「だが爆豪くんの内申書にダメージを与えることは魅力的じゃないか?」

 

「警察沙汰にしてもダメージを与えることは出来ます」

 

「そうかな?君が知っているかは知らないが、君たちはまだ13歳なんだ。刑法第41条にはこうある。『14歳に満たない者の行為は罰しない』と。つまり13歳である彼は傷害罪として刑罰を受けることはないんだよ」

 

「補導歴はつくのでは。ヒーロー科への入学は不利になるでしょう」

 

「しかし警察沙汰にすると君も色々と大変だと思うのだがね。可愛い息子の頼みといえどさすがにご両親も難色を示すのではないのかね?」

 

可愛い息子……。いや、彼は僕の家庭事情なんて知らないのだから仕方がない。だがものすごく違和感がある響きだ。

 

「というかその前に暴力による警察沙汰1件、しかも補導歴が付く程度の事件で貴方の定年後が危うくなるっておかしくないですか」

 

「ただの暴力事件では無い。個性を用いているね。調べれば彼が個性を用いたいじめなどの常習犯であることも分かるはずだよ。そうなると事はそれなりに大きくなる。つまりその場合どうなるかは分からないが、確実に私にはリスクが生じるね。その上大事な甥の一大事だ。それを防げなかった私に彼の叔母が八つ当たり気味に制裁を下さないとは限らない。というか彼女なら絶対にやるね。断言できるよ」

 

「なるほど。いいでしょう。補導歴の代わりにそれと同程度のダメージを貴方が爆豪の内申に与えてくれると」

 

「そうだ。そして2つ目。こう見えても私は人脈が豊富でね。かなり幅広いんだ。取引に応じてくれた場合、君は私の平穏な老後を救ってくれた救世主だね。そして私は救世主の頼みなら大概のことはきこうと思う優しい心の持ち主だ」

 

「つまり僕はこれから先必要な時にあなたに頼めばその豊富な人脈を使うことが出来ると」

 

「そういうことになるね」

 

 

それは魅力的だ。素直に魅力的だ。ふーむ。だがひとつ疑問がある。

 

「そんなに人脈が広いなら爆豪の叔母ひとりくらい誰かに頼んで何とかできるんじゃないですか」

 

「彼女をナメない方がいい。ああ見えて凄いところのお嬢さんなんだ。実家の権力はかなりのものだよ。事を構えるのは得策とは言えないね」

 

「そうなんですか」

 

「あとはまあ、君が卒業するまで様々なことで便宜を図ってあげよう。以上の3つだ。どうかな?あまり時間が無いのでね、この場で返答してくれると助かる」

 

 

校長は全てを言いきって満足した顔でソファーに身を沈めた。

 

僕は今の話を十分吟味したあと、取引に応じることにした。腹立たしいが仕方がない。一応の目的、爆豪に制裁する。制裁を下すことで僕に近付いて来ないようにする。というのは達成したし、校長との取引には旨味が十分にある。停学にしてやれなかったのは残念だが仕方ない。問題は校長に取引を守る気があるかということだが、僕はこの会話を全て録音している。応じない場合はそれで脅してやればいいだけの話だ。

 

 

 

 

それから僕は約束通り爆豪嫌いの教師たちを抑え込み、校長は無事出席停止要請を取り下げることに成功した。教育委員会の方々から言われた通りよく調べた結果、様々なことを考慮すると少々処分が重すぎましたので云々かんぬん。校長はうまいことやったらしい。

 

爆豪は厳重注意を受けるだけに留まり、帰国して事情を聞いた僕の両親もそれに異存はなかった。爆豪の親が菓子折り持って謝罪し慰謝料を払ったので、それでこの件は手打ちになったのである。

 

爆豪側には、本来なら出席停止ものだが相手方のご厚意でこの程度で納まった。感謝するように、と校長は伝えたらしい。

だが爆豪伯母は爆豪親子に、僕が策を練って爆豪を停学にしようとしたが策がバレかけて一緒に停学になりそうになったため、慌てて学校側に爆豪の処分を軽くしてくれと申し入れたのだ!と偏見に満ちた裏事情を伝えたらしい。これは校長から聞いた。

 

ついでに爆豪が幼い時から続く彼の叔母の裏工作については爆豪親子は多分何も知らない。なぜなら、彼らがうちに謝罪に来た帰り、窓を開けて帰宅する彼らの姿をなんとなく見送っていた僕の耳に爆豪母のとんでもない発言が耳に飛び込んできたからだ。

 

 

「全くカツキ!あんたって奴はほんとに乱暴者なんだから!すーぐ個性に訴えるからこんなことになんのよ。はぁー、何でこうなっちゃったんだか。…………まあ、私ら両親以外の大人は、なまじ才に恵まれたアンタを盲目的にもてはやすばかりでさ、悪い所を見ようともしてくれなかったし、それでここまで来ちゃったんだろうね」

 

 

何とも頭に花が咲いた意見を堂々と述べる彼の母に、僕は爆豪がこうなった原因の一端を垣間見た気がした。なるほど。

 

 

こうして僕の対爆豪戦は終わりを告げた。

 

 

***

 

「はいはい、校長先生。どうしました?……ええ、はい。ああ、今日爆豪が僕に絡んで来ましたね。……ああ、彼に学校側から警告を出したんですか。ありがとうございます。これで当分は僕に近寄ってこないでしょうね。助かりました。……はい、こちらこそ。これからもよろしくお願いしますよ」

 

 

通話を終えた僕は復原の部屋に戻った。

 

 

「やっぱ今日爆豪が僕に絡んできた理由はいいや。近づかせない工作は終わったからもう興味無い」

 

「そうかよ。……つーかお前さっき目的は半分しか果たせなかったって言ってたけど、爆豪はあれでお前の生活から消えたんだ。目的は充分果たせたんじゃないか?」

 

「まさか。爆豪はね、馬鹿だからね、僕がアイツを救ったのは僕が策に溺れたせいだって思ってるんだよ。つまり失敗した僕をアイツはバカにしてんの、わかる?許せないよね。なにはどうあれ個性を使いまくってる自分が悪いとは思ってないんだよ。前回のはただの事故で卑劣な僕が自滅しただけだって思ってる。自分は被害者だってね。ざまあみろって思ってんだよ、ありえないでしょ?つまりさ、僕はバカにされてなめられてんだよね。マジでムカつく」

 

「でも効いてるにはきいてんじゃねぇ?だってあれからアイツ人を爆風で飛ばすことはしなくなったぞ。誘導されたとはいえ実際に人を傷つけたのは初めてなんじゃねぇか?だからたぶん怖いんだ。つまりお前は一応アイツの精神に傷を与えることには成功したわけだな。まー威嚇の爆破と器物損壊は相変わらずだけど。つーかどうせお前他にもなんかしたんだろ?爆豪が気づいてないだけで」

 

「まあね。アイツには大打撃かも」

 

 

「じゃあそれでいいじゃねえか。なんにも知らずに馬鹿なヤツって腹の中で笑ってりゃいいだろ」

 

「そうなんだけどね、そうじゃないんだよ。何も知らずに1人道化を演じてるのを見るのもまあそれはそれでいいけど、欲を言えば全てを知った上でダメージを受けてほしいかな。つまり何が言いたいかっていうと僕は何も知らないとはいえ爆豪に馬鹿にされてるって事実が我慢できないんだよ。いや我慢するけどさ、それでもやっぱ気に入らない」

 

 

そう言って舌打ちする僕に復原が意外そうな顔になった。なんだよ。

 

 

「お前ってそういうとこは子供っぽいよな」

 

「他が大人びてるから釣り合いが取れてちょうどいいだろ?あーあ、やっぱりムカつくなぁ!来年まで待ってもっと大怪我すればよかったかなあ!!」

 

「14歳以上は刑罰を受けるって?つーかお前さ、よく躊躇いなく自分を傷つけさせることが出来るよな。怖くねぇの?」

 

「怖くないとはいわないけど、必要経費なら仕方ないよね。なんの犠牲もなしに物事は変わらないのさ。それに腕1本火傷したとこで死にはしないだろ。痕残っても別に気にしないし」

 

「そんなんだから爆豪にサイコ野郎って言われんだよ」

 

 

やかましい。僕は手に持ったクッションを復原に投げつけた。

 

 

「まあ爆豪のことはもういいよ。今は計画に集中しよう」

 

「いや爆豪のこと言い出したのはお前だろ。まあいいけど。あと少しだな」

 

「そうだね、大分慣れてきたし、準備ももう終わるね」

 

 

僕は大きく息を吐いて頭を切りかえると、パソコンを開き直してキーボードに手をかけた。さて、爆豪のことは一応片付いたし、今はこっちに集中するとしよう。

 

 

 

 




伯母云々はオリ設定。爆豪にはUA行ってもらわにゃ話の都合上困るんや…


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18話

しばらく書いてなかったから、何かおかしかったりしたらごめんなさい


14歳になった。将来の夢はまだ決まっていないが、やはり金とそれなりの地位がある方がいいだろうとは思う。まあ僕はそれらを手に入れられるだけの力はあると自負しているので、そこらへんはあまり心配していない。

 

とはいえ何になるかなんてまだ決める必要は無いんだけどね。僕中学生だし。でも夢は決まっていないけど、決めていることもある。

それは独り立ちだ。とにかく独り立ちは早くしたい。とっととこの家から出ていきたいと思っている。なるべく早く出ていきたい。そのためには何が必要かって、そう。金だ。金がいる。金がないと何も出来ない。金こそが全て!!……とまでは言いきらないが、お金が重要なことにかわりはない。

 

つまり中学生という暇な身分の僕は今の時間を無駄にすべきではないということで、僕は中一の夏あたりから復原に誘いをかけてチャレンジしてみることにした。何事も経験だ。

 

詳細は省くが復原の、無機物から汚れ(その定義は広め)を一瞬で落とし新品同様の状態に戻すことが出来る個性を有効に使い、準備期間を終えた中一の終わり頃から始めた転売は、中二がもうすぐ終わる今、様々な失敗もあったが努力の結果、状態がめちゃめちゃ良いのに安い!という強みを使ってそれなりに軌道に乗っている。

僕の役割とか、復原との金の分け方の詳細とかはまた今度言おう。今はとりあえず置いておく。

 

まあそんなこんなで金儲けに終始した僕の中学二年生はあっという間に過ぎ去り、僕はついに最終学年になった。

 

 

 

***

 

15歳になって僕の生活に1つ、大きな変化があった。姉だ。去年ついに雄英高校ヒーロー科を優秀な成績で卒業した姉は、プロヒーローとしてデビューして寝る間もないほど忙しい日々を送っている。そのため事務所に寝泊まりすることもしばしばで、なかなか家に帰って来れなくなったのだ。つまり僕と姉が顔を合わす時間も減ったのである。ヒーロー万歳。

 

まあそもそも僕自身、金儲けで忙しくなってから復原の家に寝泊まりすることも増えたので去年から既に姉とは顔を合わせる頻度が減っていたのでそこまで変わる訳では無いのだが、なにはどうあれ頻度が更に減るのは嬉しい。

 

姉は早くもチームを組む相手を見つけてペアを組んで活動を開始しており、世間の注目度は新人にしては中々のものである。ヒーロー名は心理距離(メジャーハート)

 

ちなみにそのペアの相手とは姉が高1の時から敵視していた、例の体育祭の決勝戦で姉を抑えて優勝した男である。それから3年間姉は彼に一度も勝てたことはないらしい。僕も何度か会ったことはあるが、僕の見る限り彼は性格にはかなり難があるものの極めて優秀な男だ。

 

それにしても僕の知らない間に彼らの関係にどんな変化があったのだろうか。と、最初にそれを聞いた時は不思議に思ったが、よく考えてみれば敵視していたのは姉だけで彼の方はそんな姉を気に入っていたような。なので変化したのは姉の心境の方なのか。あー、もしかしてデキてんのかな。え、あいつと?正気か姉。

 

というのも彼がなぜ姉に勝てたかって、個性も身体能力もずば抜けて高い上に頭もキレるという要素以前に心が歪んでるからなんだよね。まあ僕に言われたくないかもしれないけど。

 

姉曰く、戦う時に姉が彼の自分に対する心のカテゴリを恋人同士という極めて近いラインにまで放り込んだのにも関わらず、彼は一切姉に対する攻撃を躊躇わなかったそうだ。躊躇うどころかむしろ嬉々として攻撃してきたらしい。

 

僕もその理由は気になっていたので前に会った時にそれについて本人に聞いてみたことがある。すると彼はこう答えた。

 

たとえ自分の恋人を愛してても…いや愛してるからこそ俺は躊躇わないよ。だって敵意を持って攻撃してくる彼女とかすっげぇ可愛くない?俺はさあ、ほら、誠実な男だからさ、当然彼女のどんな気持ちにも全力で応えるんだ。

そんでね、同じだけの大きさの気持ちでもって死なない程度に叩き潰してから、落ち込んだ彼女を慰めてやんの。殺したいほど俺が好きだったんだね、でも大丈夫、君のその気持ちは伝わったから。俺も君と同じ気持ちだってこれで分かっただろ?ってね。彼女の気持ちを優しく包み込むんだよ!これぞまさに理想の関係だと思わないか弟くん。

 

自称『包容力のある男』は恍惚とした目でそう語り、その歪んだ表情はせっかくのイケメンを凄まじい勢いで台無しにしていた。そしてそれを聞いて僕は密かに彼と心の距離を置いた。

 

うーん、まあ奴らがデキてようがなかろうがどうでもいいけど、とりあえず彼らがチームを組んだのは間違いない。そして意外と姉と彼はお似合いかもしれない。性格が歪んだ者同士仲良くやるといいさ。あーでもアレが義兄になるのはちょっと……。

 

というかこんな奴らがヒーローだなんて日本は大丈夫なのだろうか。まあたしかにヒーローなんて実力があって表面上問題なければ誰でもいいんだろうけどさ。

 

と、そこまで考えた時、先の教室から爆豪と緑谷の声が聞こえてきて僕は反射的にスマホを取り出して撮影の準備をした。爆豪の弱みは常に握る。これ鉄則。

 

気付かれないように気配を消してそっと近づくと、その教室の中には緑谷と爆豪とその取り巻き2人がにやにやして立っていた。よし、撮影開始。あ、でももう充電無いや。そういえば昨日の夜充電満タンにするの忘れてたんだった。とりあえず撮影が終わるまで充電持ってくれよ…!

 

僕が気づかれないようにベストポジションを確保して撮影を開始した直後、教室内で新たな動きがあった。爆豪が緑谷のノートを爆破して窓からそれを投げ捨てたのだ。おお、ベストタイミング。まるで僕の撮影に気をつかってくれたかようなちょうどいいタイミングで事を始めてくれてありがとう。ツイてないねお前。

 

……ていうか緑谷、雄英ヒーロー科受験するんだ。へぇ、記念受験?…あーいや。ちょっと違うかな。おそらくこれで自分の思いに決着をつけるつもりなのだろう。目に見える形で自分の夢にきっぱりNOを突きつけられることで、完全に諦めて心機一転、違う道を目指そうと思っているのかもしれない。まあ頑張れよ。

 

ちなみに僕はサポート科なんて緑谷に向いてるんじゃないかと思うけどね。人を助けるヒーローを助けるという形で人助けにもヒーローにも関われるし、なにより今燃やされたヒーロー分析ノート。こんな敵にはこれが効く、このヒーローの個性はここが弱点でここが強み、とか分析して書いてあるんだろ?それってサポートアイテム考えるのに役立つんじゃない?今までの努力がいきるのでは。

 

と、そこまで考えたところでスマホの充電が5パーセント以下になり、強制的にカメラモードが終了された。あーあ、ちくしょう。ツイてないのは僕の方だったか。……まあいい。とりあえず完全に電源が切れる前に撮れた動画をパソコンに転送しておこう。

 

「そんなにヒーローになりてぇんなら効率良い方法あるぜ。来世は個性が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!!」

 

そして電源が切れる寸前のスマホを弄っていた僕の耳に次の瞬間とんでもない発言が飛び込んできた。え。今のって自殺教唆!?

 

ちくしょう!なんで昨日充電しとかなかったんだ僕!!今のを撮れないだなんて一生の不覚だ。せっかく爆豪が自分から特大の弱みを僕にくれたというのに!!

 

歯ぎしりする僕をよそに、さすがの緑谷もそれを聞いて怒りが込み上げたらしく凄い形相で爆豪を振り返る。…と思ったら爆豪の威嚇の爆破に気圧されてグッと言葉を飲み込んだ。爆豪一味はそれを嘲笑いながら教室を出ようと動きだし、僕は特大の魚を逃した失態にイラつきながらも静かに隣の教室に身を隠した。

 

それにしても今の発言は凄かった。本当に、データに残せなかったのが心の底から悔やまれる。ちくしょう、やはり無駄に悪運の強い奴だ。

 

ていうか自殺教唆って。今までみみっちく一線は越えなかったというのにどういう風の吹き回しなのか。……ああ、もしかしてあれか?ひょっとしたら爆豪は僕との一件の影響で人を爆風で吹き飛ばすという手が使えなくなった代わりに、口での攻撃を強化したのかもしれない。ということは、あれ?今の発言って回り回って僕のせいだったり……いやいやそんな。まさかまさか。さすがにそこまで責任は取れないって。

 

そのまま保存した動画をパソコンに送信していると、重い足取りで誰かが去っていく音が聞こえてきた。ああ緑谷か。ノートを拾いに行くのかな。まあアイツも意思は強い事だし、さすがに今の言葉を真に受けて自殺することもないだろうし大丈夫だと思う。強く生きろよ。

 

 

「………………」

 

 

……いや、大丈夫だよね?まさかとは思うけど来世に夢みたりしてないよね?学校の屋上からワンチャンなんてされた日には校長は吐き気頭痛めまいその他症状に悩まされてぶっ倒れ、かつ失脚しかねない。そうなったらその人脈が使えなくなるわけで僕としてもまあ面白くはない。あと若干僕の夢見も悪くなりそうだ。

 

僕は先程まで緑谷たちがいた教室に入ると開いた窓から下を覗き込んだ。すると緑谷が力なくノートを拾っている姿が目に入る。声をかけようかとも思ったがそこで僕は動きを止めた。うーむ、果たして僕はなんと言えばいいのか。

自殺教唆された人間にかける言葉なんてそうそう思いつかない。下手になにか言って逆効果になっても困るし…。教室で僕が悩んでいるうちに緑谷は校門に向かって歩いていき、それを見て、とりあえず学校内での自殺というのはないかなと一旦胸を撫で下ろした僕は、そこで自分の当初の目的を思い出した。

 

しまった。校長に呼ばれてたんだった。やばい時間過ぎてる。早く行かないと。あと校長にさっきのことは報告しておこう。何か手は打ってくれるだろうからここは大人に任せるんだ。

 

 

**

 

 

「すみません、遅れました。速坂です」

 

「ああ、速坂くん。よくきたね。さあ、そこに座ってくれたまえ」

 

校長室に入ると、校長は穏やかな顔で書類に走らせていたペンを止めて僕に机の前のソファーを指し示した。

 

遠慮なく腰を下ろした僕に頷いて、校長は腕を組むと椅子の背もたれに体重を預ける。

 

「それで、何の御用ですか」

 

「うん。それなんだがね、手短に済ました方が君にもいいだろうから単刀直入にいおう」

 

「はい」

 

「雄英高校ヒーロー科を受験してくれないか?」

 

「は?なんで僕が」

 

 

早速本題に入った校長が言ったのはまさかの僕の進路に関してだった。は?やだよ。僕ヒーローとかなりたくないから。この世の中はやけにヒーローに憧れる熱狂的ファンで溢れているが、生憎僕は生まれてこのかた、ヒーローに憧れたことなど1度もない。

 

断固拒否だという顔をした僕に、校長は少し焦ったように付け加える。

 

「いや、何もそこに進学してくれとはいわない。ただ受けて受かって欲しいだけだ。うちの学校から雄英高校ヒーロー科に一般入試で受かりそうなのは……、うん、そうだね、成績だけでいえば、君と爆豪と緑谷だけなんだ。まあ知っての通り、緑谷は無個性だからいくら成績が良くても十中八九受からないだろうが、爆豪は言わずもがな、君も強固性の持ち主だ。一般入試を突破できる可能性は十二分にあるだろう?」

 

 

あー、うんうん。要するにこういうこと?

 

 

「合格実績が欲しいと?」

 

「まあ、そう言い替えることもできるね」

 

 

ほぉん。うん、言いたいことは分かったけどさ、果たして僕が彼にそこまでしてやる義理はあるのだろうか。

 

だいたい、あの時はそれ以外どうしようもなかったのもあるし1番面倒が少ない方法だったから校長の条件を呑んだけど、正直校長があの時僕と交した約束を守る保証なんてどこにもなかった。

内申なんて僕に知られずにどうにでも出来るしさ。例え僕があの時の会話を録音していたとはいえ、やはり手札としては弱い。

 

そんなわけで、僕がここでこの男の言いなりになる必要はどこにも無いだろう。

 

そう結論づけてサクッとお断りしようとした僕に、サッと差し出された数枚の紙。それは爆豪と僕の内申書であった。

 

 

「あの時の約束は守ったつもりだよ」

 

「………………」

 

 

……本当だ。無言で2つの書類に目を通し終わった僕は、約束通りの結果となっている2つの内申書から目を上げて校長に向き直った。

 

「どうやらそのようですね」

 

「うん。私は約束は守るよ。それにこの2年間だって君に便宜を図ってきたじゃないか。まあその代わりにとはいわないが、雄英のヒーロー科を受けてくれないか。私からのお願いだよ」

 

そういえばこの前、校長の知り合いのセレブのマダムたちのいらなくなったブランドバッグをそれなりの量、譲ってもらったっけ。……あれはかなりの値段で売り飛ばせたはずだ。

 

あーーー、うーん…………、まあ、持ちつ持たれつというやつで、受けるだけで進学しなくてもいいのなら雄英のヒーロー科を受けてもいいかもしれないな……。いやでも、この内申書が僕を騙すためだけに用意された代物ではないとは言いきれないし。さて、どうしたものか……ん?まてよ。あ、そっか。そう考えると校長云々なしに雄英ヒーロー科を受けるのはいいかもしれない。

 

まあ、今思いついたことは多分に運に頼った思いつきであり確実性なんてどこにも無いんだけど。あ、でも少しでも可能性を高めるためにこれだけはやっておこうかな。

 

 

「……そうですね、貴方には色々とお世話にもなった事だし、1つ条件がありますが、雄英を受験してもいいですよ」

 

「本当かね!感謝するよ速坂くん!ところで条件とはなにかね?」

 

「停学事件だとか、粗暴な行動が目立つだとか色々書いてありますけど、これに普段からのイジメについても少し記載しておいて下さい」

 

「……あー、いや、それをやると落とされてしまう可能性があるのだが、」

 

「そこまでガッツリと書かなくてもいいですよ。いい感じにオブラートにつつんで、でもきちんと記載しておいて下さい、今ここで」

 

「……ふぅむ、まぁ、いいだろう」

 

 

僕はそれから校長が修正し終わるまでを確認し、校長室を後にした。ほとんど運任せではあるけど、上手く行けば面白いことになりそうだ。まあ校長が直前にこっそり内申書を修正し直す可能性もある訳だが、その時はその時である。成功の確率が下がるだけだし、というかそもそもこの思いつきの成功に僕はそこまで期待はしていない。賭けのようなものだ。上手くいったら儲けもの。

 

 

***

 

 

それにしてもだいぶ時間が過ぎてしまったな。校長室で校長が内申書を修正するのを待っている間に充電させてもらったスマホの電源を入れながら、僕は校門からでて駅に向かって歩き出した。あ、ついでに校長室を出ながら先程の自殺教唆を報告したら校長は青ざめて慌てていたが、まあ頑張ってくれ。僕は知らない。報告義務は果たした。

 

 

「ん?姉さんからか」

 

 

と、そこで姉からの連絡が入っていることに気がつく。足を止めてスマホを確認すると、

 

あんたどうせ暇でしょ。帰りにキャベツと餃子作りの材料買ってきなさいよ。

 

とあった。いやいや……また発散料理すんの?いい加減卒業したらどうだろう。

 

それにしてもキャベツに加えて餃子の材料もか。どうやら仕事のフラストレーションが相当溜まっているようだ。

というか、なんで僕が。めんどくさ。何故か知らないが昔から姉の発散料理の材料調達係は僕である。いい加減僕も調達係から卒業したいし無視しようか…と思ったがなんの偶然か、ふと横を見ると僕はちょうど学校から駅に行く途中にある田等院商店街に差し掛かったところであった。

 

うーん。

 

無視してそのまま帰った場合の姉が耳元で喚き続ける文句のうるささに耐える精神的苦痛と、買い物をする労力。その2つを天秤にかけ、僕は調達係を継続する方を選んだ。ふん、なるべくみすぼらしいキャベツを買っていってやる。

 

と、その時、そんなささやかすぎる復讐を決意しながら商店街の方へと足を向けた僕の耳に爆音と悲鳴と何かが破壊される音が聞こえてきて、次いで爆風が吹き、更に何かが燃えるような匂いや先の方で煙がもうもうと立ちのぼるのが見えた。

 

おや、一体何が起こったのか。チラッと確認してから帰ろうと思いつつ、逃げてくる人の方向に逆らうように足を進めて商店街の入口にたどり着くと、そこでは爆豪が気味の悪いヘドロのようなものと触手プレイをしていた。

 

うわー、きもい。何してんのお前?

 

 

 

 

 

 

 

 



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19話

騒ぎの中心では爆豪がヘドロと戯れていた。

 

現場には既に何人かの警察官がおり、爆豪がヘドロを振り切ろうと暴れるのを僕は警官の後ろから見物する。わぁ。すごいなあのヘドロ。爆豪の爆発にも耐えるのか。

 

そんななか、出動要請をうけた3人のヒーローが駆けつけてきた。君、危ないから早く逃げなさい!と言われて大人しく従うふりで数歩後ろに下がると、僕に構っているどころではない彼らは僕が去っていったと思ったのか、逃げずにやや後方で見物している僕に気づかずそのままヘドロに向き直り、戦闘態勢をとる。

 

暴れるヴィランを睨み据えた3人のうち1人が、ヘドロに全身を捕まえられて口を塞がれた状態の爆豪を発見して息を呑んだ。

 

「子供を人質に……!!」

 

そう言って彼は憤りを表すかのように両の拳を打ち合わせて怒りに震える。そしてその彼らをよそに僕はにやにやしながらスマホで爆豪の晴れ姿を撮った。

あっはっは、ウケる。普段あんなに威張りくさってるくせにいざヴィランに襲われたら1人で逃げることも出来ないじゃないか。ざまあないな爆豪。

 

まあ、ヒーローを目指しているとしても所詮はまだ一般人の中学生が凶悪ヴィランに敵うわけも無いのだが(個性の相性にもよるが)、普段からあれだけ他の人を見下して自分の凄さを前面に出した態度をしている人間がこのザマだと笑えてくる。

 

僕は爆発とともにこちらに飛んできた瓦礫を個性を使って落としながら撮影を続けた。さて、人質を取られてる状態なわけだけど、これからヒーローたちはどうするのか……

 

「卑劣なァァアアっ!!」

 

ドォン!

 

 

僕がそう思った次の瞬間、怒りに震えて怒鳴ったヒーローが一気に空高く跳躍し、勢いをつけてヘドロに殴りかかった。

 

 

「え!」

 

…え?いやいや……。は?おいおい、お前、人質は?人質の姿が見えないのか?

 

 

 

相手に交渉の余地を与えないまま一気にカタをつけようとしたのかもしれないけど、その拳の威力でヘドロのみならず爆豪まで吹き飛ばされたらどうするつもりなんだコイツは。困ってる人を助ける勇姿で世間からの憧れを得ているヒーローのやることだとはとても思えない。ヒーローって単純にヴィランぶっ飛ばすだけが仕事じゃないのでは。

 

というかまだ相手の個性の概要すらもわかっていない上に状況すらろくに把握できてないだろう。ヴィラン単体に対してだったらまあ別にいいかもしれないけど、人質……。

 

そして情けないことにその脳筋ヒーローはヘドロに毛一筋程のダメージも与えられず一瞬で返り討ちにあったが、これはこれである意味よかったと思う。なぜなら彼の拳の軌道からしてヘドロがもっと弱くて一瞬で吹き飛ばされていたら、爆豪にもかなりのダメージがいっていたこと間違いなしだからだ。ヒーロー教育は一体どうなってるんだろうか。

 

まあ僕なんか素人だから人質対策とかはよくわかんないけどさ、それにしたって……。

 

だってまだ相手の個性がなにかも分からない、目的だって分からない。というか本当にあのヘドロは何がしたいのか。爆豪を捕まえて執拗に口と鼻を塞ごうとしてるように見えるけど。……うーん、窒息死させようとしているのは可能性が低いから(殺したければ首にヘドロを巻き付けてキュッと締めるだけですむ)、なんだろ、中に入り込むとか?なんかそんなん?

 

個性なんて千差万別であり、どんな個性だったとしてもおかしくはない。無闇矢鱈に攻撃することによって驚いたヴィランが個性の操作を誤って人質を殺してしまったりする可能性も十分にあるだろう。

 

ヴィランが人質に対して何を仕掛けているのかが分からない以上、安易に攻撃するのは如何なものか。今回みたいな場合でも、状況に応じてきちんとした対応策を取れるからこそプロヒーローとして認められて国家資格も貰えるんじゃないのか?ただ馬鹿の一つ覚えみたいに攻撃するだけならやろうと思えば僕にだってできる。

 

案の定、気が立ってるヴィランを安易に刺激したヒーロー達は次々と攻撃されて人質解放云々の話どころではなくなった。運が良かったな、これで刺激されたヴィランがぷちっと爆豪をひねり潰していたら大変だっただろう。

 

プロヒーローのまさかの行動に呆気に取られて、プロとは一体何なのかについて考え始めるにまで至った僕の他にも、いつのまにかわらわらと野次馬が集まってきて、警官が危険地帯に野次馬が入らないように必死で僕たちを押え始める。

 

「こんなドブ男に俺が飲まれるかァァァ!!」

 

ぐっ……!

 

そのときヴィランがヒーローに気を取られた隙をついて再び爆豪が抵抗して暴れ、次々と起こる爆発によって割れたガラスの破片や石礫などが熱風に乗って飛んできた。

 

目の前の警官の後ろに隠れてそれをやりすごしながら、僕の耳はヴィランが言い放った言葉を正確に捉える。

 

いい力!こりゃ大当たりだぜ!この個性と力があれば奴に報復できる!

 

そう言うと同時に更に活性化したヘドロを見ながら僕は目を細めた。うん?じゃあやっぱり乗っ取りとかそういう系なのかな?じゃあ早く爆豪を救出しなければ大変なことになるのでは。

 

というかそれ以前に僕の見る限りだとあのヘドロの方が爆豪よりも強い。わざわざ馬鹿みたいに苦労して乗っ取らなくてもそのまま身一つで、その‘ 奴 ’とやらに復讐に行ったらどうなのか。まあ、爆豪の体でいって油断させてグサリという方法を目指しているのかもしれないけどさ。

 

「わぁ!きた!ビューティーヒーローのマウントレディ!!」

 

僕の隣にいる女の人が後ろの方を向いてそう歓声を上げた。マウントレディ?

後ろを振り返るとズシンズシンと地響きと共にこちらに向かってくる巨大なヒーローの姿が目に入る。

 

だが勝気な表情で到着したはいいものの、残念ながらマウントレディとやらはその巨大さゆえに現場に入ることすら出来なかった。かわいそうに。だがその代わりに彼女は飛んでくる瓦礫などから巨大な手などを使って野次馬を守ることを始め、僕は彼女に対する評価を少し上げた。あと、現場に取り残されてる人を救助してるシンリンカムイとやらへの評価と、燃え上がる炎を消火してるヒーローへの評価も。

 

彼らは確実に自分の仕事をこなしている。あそこで棒立ちになって何もしてないヒーローたちより全然マシだ。

 

ほら、耳を澄ませて聞いてごらん。

 

「状況どうなってんの!」

 

「ベトベトで掴めねぇし、いい個性の子供が抵抗してもがいてる!」

 

「おかげで地雷原だ!三重で、手ぇ出しづらい状況!」

 

 

仲間に状況を聞かれた脳筋ヒーロー達の、全く状況が伝わってこない説明を。ほら見てみろよ。消火してるヒーローが首を傾げてるぞ。

 

いくら緊迫した状況とはいえ、いや、そういう状況だからこそ情報は正確にきちんと伝えて共有するべきではないだろうか。

 

例えば、

 

あのヘドロみてぇなの、掴めないし物理攻撃もほぼ通らねぇ!人質の子供が爆発を起こす個性で抵抗してるがその爆発すらも無効化してやがる!人質は暴れてるし三重で手ぇ出しづらい状況!

 

 

みたいな。

 

という訳でヒーロー免許を見せて欲しい。偽ヒーローだろお前ら。

 

 

「ダメだ!これ解決出来んのは今この場にいねぇぞ!」

 

「誰か有利な個性のやつが来るのを待つしかねぇ!」

 

「それまでに被害を抑えよう!」

 

「なに、誰か来るさ!あの子には悪いが、もう少し耐えてもらおう」

 

「くっそぉ!やつを吹き飛ばせるくらいのパワーがあれば!!」

 

 

聞こえてきたヒーローたちの会話を聞いて、僕は全員に対しての評価を下げた。

 

手が出せない状況なら(つーか最初思いっきり出してた)、口を出せバカども。要するに時間稼ぎしなきゃダメなんだろ。というか人質がヴィランに何をされているのかも把握していないんだろ。耐えてもらおうじゃねえよ。少しは状況を把握するための努力をしろ。

 

 

なぜヴィランに呼びかけない、目的を聞かない。なぜ交渉をしようとする努力すらもしないのか。なんで棒立ち。話しかけての時間稼ぎさえもできないのか?

 

というか誰か有利な個性のやつとか言ってる場合なの?まさかただ突っ立って、来るかどうかも分からないそいつを待つつもり?

 

このヴィランの個性をできるだけ分析して、対抗できるだけの個性を持つヒーローを探して連絡を入れるとか、なんか色々あるでしょ。

 

……いや、うん。さすがにそれはやってるよね。やってる様子は微塵もみられないけど、多分僕が見てないところで連絡はいっているに違いない。きっとそうだ。そうにちがいない。というかそうでもなければヒーローはおしまいだ。

 

僕はそこまで考えて肩を竦めた。……もう帰ろうかな。ヒーロー共のお粗末な対応を見る限り、なんだかこのままだと爆豪は悲惨な目にあうような気がするが僕の知ったことではないし。もう帰るか。うん、そうしよう。

 

商店街に背を向け、人をかき分けて帰ろうとした僕はそこで知った顔を発見した。え?緑谷?

 

「あれ、緑谷じゃん」

 

「……ぼくの……せい……」

 

 

近づいて声をかけたが、何故か酷くショックを受けたような顔をした緑谷はブツブツと謎のセリフを呟いていて、僕に全くと言っていいほど反応しなかった。うん?どうしたんだこいつ。

 

「おーい、緑谷?どうかしたの?」

 

「……っ!」

 

僕が彼に近づいて目の前で手を振った途端、彼の目が前方で何かを捉えたかのように大きく見開かれ、ひゅっと息を呑む音がする。え?

 

「え、おい!緑谷!」

 

 

次の瞬間緑谷はありえない行動に出た。なんと奴は人混みを一瞬ですり抜けて飛び出すと、棒立ちでもはや野次馬と化しているヒーローの横を駆け抜けて爆豪とヘドロに向かって突撃して行ったのだ!

 

何してんのお前!!

 

呆気に取られた僕の目の前で、迫り来るヘドロの手に対して緑谷はリュックを投げつけることで対抗する。バカか!?イカれてるよあいつ完全に!!僕は咄嗟にリュックから飛び出たノートの1冊に個性をかけて、失速して落ちかけていたそれを操り猛スピードでヘドロの目にぶっ刺した。

 

その結果緑谷は死の手から逃れて爆豪の元にたどり着いた訳だが、あいつマジで頭おかしい。狂ってるよ。何してんのほんと。僕がいなかったら死んでたよ。

 

目を見開いたまま固まって、緑谷たちのいる方角を見ていた僕は、緑谷の狂気の片鱗のようなものを感じとって僅かに身震いした。必死にヘドロに取り付いてもがく緑谷の、君が助けを求める顔してた!という叫びが聞こえてくる。だからなんだよ。お前さ、力もないくせに飛び出してくとか自殺志願?逆に迷惑でしょそれ、死体がひとつ増えるだけじゃないか。現に僕が咄嗟に個性を使ってなかったらそうなっていたわけだし。

 

「情けない……!!」

 

 

…うん?血反吐でも吐きそうなほど落ち込んだ声がしたので声の方角を振り返ると、金髪のガリガリの男が片手で自分の胸の当たりを掴んで震えているのが目に入る。そしてその男の全身からは謎の湯気が出ていた。なんだこいつ。

面白そうだからついでだしこれも撮っとこ。僕は先程から録画を止めるのを忘れていたスマホをコソッとその男に向けーーーー

 

 

「っ!!!?!?!?」

 

 

次の瞬間息を呑んだ。

 

 

 

えっっ!!!嘘だろ!!

 

 

 

ーーーーーーー驚愕した。本気で。

 

 

 

僕は今、録画中のスマホの画面の中で、ガリガリ男がオールマイトに変身する瞬間を確かにこの目で確認した。

 

 

 

 



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20話

オールマイトの動くスピードが凄まじかったので一瞬目の錯覚かとも思ったが、現場に目をやるとやはりそこにはオールマイトが忽然とおり、目の前にいたはずのガリガリ男は影も形もなかった。

 

何度かオールマイトと、ガリガリ男がいたはずの場所を交互に見た僕はとりあえずスマホの録画を止めると、超速スロー再生してそれを見返す。

 

 

「……やっぱり」

 

 

画面のなかでガリガリ男はやはりオールマイトに変身した。

 

 

僕が衝撃的な事実に唖然としている間にヘドロはオールマイトによって片付けられ、いつの間にか場は騒がしくなってきていた。

 

メディアが集まり取材を始め、その騒ぎに気づいた人達がさらに集まってくる。

 

僕はスマホとオールマイトを交互に見て少し迷ったあと、その場を後にすることにした。

 

 

 

***

 

帰宅した僕は姉に、ストレス発散用食材の調達不履行を責められたが、商店街で発生したオールマイトが出張る事件の目撃者として詳しく話をすることで事なきを得た。

 

ただし、オールマイト変身事件については話していない。まあ当たり前だが。

 

色々と考えなければいけないことがある。

 

 

 

 

 

一通り調べたところ、オールマイトが変身するという情報はやはりどこにも載っていなかった。僕が知らないだけでそういう個性だったのかもしれない、という僅かな可能性はこれで消えた。まあほぼないとは思ってたけどさ。さすがの僕もオールマイトについてはそれなりに知っている。なにせNo.1ヒーロー様だからね。

 

まあそれはいいとして、ということはアレは一体なんだったんだろうか。

 

とりあえず調べを再開する前に質問サイトに投稿しておこう。なにか情報が来るかもしれない。

 

 

「あー……まじか」

 

 

オールマイトがガリガリ男からムキムキマッチョに変身したのを目撃したんだけど情報求む。

 

と、いうような内容の質問を投稿したあと、しばらく別のタブでオールマイトについて調べていた僕が五分ほどたってから質問サイトを確認すると、その質問は跡形もなく運営に消されていた。あー。そういう感じか。慣れてるな。

 

「まあ、確かにそうだよねぇ。人がたくさんいたどころか報道陣までいる前で変身するくらいだし。そりゃ目撃するのも僕が初めてなわけないだろうさ…」

 

試しにSNSでアカウントを作って、先程の動画を載せてみた。すると5秒後にアカウントがBANされた。おお…。早いな。

 

うん。恐らく何者かによってオールマイト変身の情報は統制されているな。まあ、何者かというか、普通に考えて国とかだろうけれども。

 

試しにまた別のSNSサイトでアカウントを作って、オールマイトが変身したの見たんだけど!と投稿してみた。するとすぐにそのアカウントもBANされた。徹底してるな。

 

「ん?」

 

呆れ半分の笑みを浮かべて大きく息を吐き出した僕は、と、そこで、通知が来ていることに気づく。おや。質問サイトの通知だ。

 

別のユーザーからメッセージが僕に直接届いていた。クリックして開くと、そこには簡潔な文が。

 

 

ネットの表面なんかにそんな情報ねぇよ。興味あんならもっと深く潜れば?

 

 

ああ、うん。まあそうだよね。たしかに。あーー、でもな。危ないからあんまり深いとこには行きたくないんだよな。……でもなぁ。気になるしなー。

 

 

…………仕方ない。潜るか。しばらく悩んだ末、そう決めた僕は準備を始めた。

 

 

 

 

ダークウェブをご存知だろうか。その名の通り、インターネット上のアンダーグラウンドな闇の部分である。

 

詳しく説明すると、僕たちが普段インターネットで利用するG⚫⚫gleやYah⚫⚫!などの検索エンジンでアクセスできるウェブをサーフェイスウェブ、

 

逆に、検索エンジンでアクセスできないウェブを「ディープウェブ」と呼び、そのなかでも専用のウェブブラウザなどを利用しないとアクセスできないウェブが「ダークウェブ」だ。

 

僕たちが普段利用しているインターネットは、サーフェイスウェブ~ディープウェブの一部だ。そしてダークウェブはディープウェブのなかでも、特に秘匿されたウェブといえる。まあ要するに、つまり、サイバー犯罪の温床である。

 

まあここまで聞いてダークウェブがやばいということは伝わったと思うが、もう少し掘り下げて、ダークウェブで売られているものやそこにあるサイトなどを少しあげてみよう。

 

各種サイトのログインIDとパスワードのセット、メールアドレス、ドラッグや偽造クレジットカード、偽札の販売や児童ポルノサイトなど。

 

軽くあげただけでもこんなところだ。まあ、僕の説明がわかりにくかった人やもっと知りたい人は自分で調べてね。

まあそれはいいとして、とにかく重要なのはダークウェブではどんなものでも取引されているという点で、普通に暮らしていたら手に入らないであろう情報なども入手することが出来るという点だ。

 

つまり一般には厳しく情報統制されているらしいオールマイト変身の謎の答えも普通に転がっているというわけで。

 

 

「おーる、ふぉー、わん」

 

 

 

AFO。オールフォーワン。へーえ。そうだったんだ。なるほどね。

 

一通りダークウェブ上を回ってみたところわんさか突飛な情報が手に入った。いわく。

 

 

オールマイトの個性は『ワン・フォー・オール』。

それは、何人もの努力によって「力を蓄積する個性」と「個性を譲渡する個性」の2つが融合して誕生した個性であるらしく、オールマイト曰く、聖火の如く受け継がれてきた「力の結晶」だと。

ちなみにそれを受け継ぐ前はオールマイトは無個性だったらしい。へー。緑谷と同じじゃん。

 

ちなみにワンフォーオールは【自らの肉体を強化する】というとてもシンプルな個性であり、オールマイトは約6年前のAFOとの戦いで実質相打ちとなり、呼吸器官半壊、胃の全摘出を必要とする重傷を負い、その後、度重なる手術と後遺症の影響で、極端に痩せた姿「トゥルーフォーム」となったらしい。ああ、僕がさっき目撃したガリガリの姿ね。あれが真の姿だと。へー。

 

ちなみに普段のムキムキマッチョな身体は、本人曰く「プールで腹筋を力み続けてる人」みたいなものらしく、つまりは全身を強張らせて大きく見せているだけのニセ筋であるらしい。なるほどわからん。

 

少し考えただけでも物理的に色々とおかしいが、…まあいい。めんどくさいし流そう。

 

それよりなにより、ここまで見て思ったのはただ1つ。オールマイト。大丈夫かお前。

 

オールマイトは、もう知らない人がいないほど有名人なのにも関わらず、そのプライベートや素性は一切の謎に包まれており、本名や年齢、"個性"を含めたプロフィールの多くは非公開としていることでも有名だ。

 

それなのに。

 

ダークウェブで堂々とオールマイトの個人情報セットが売られているのを見て、僕はなんとなく哀愁を感じて切なくなった。それと同時に思わず買ってしまいそうになったのが怖かった。衝動って怖い。

 

つーか高いな!いやでもこれ、まあ貯金がほぼ吹っ飛ぶが、買おうと思えば僕が買える程度の値段なんだけど……。

 

 

「………………」

 

 

なんでだ?

 

おかしい。おかしすぎる。存在そのものがヴィラン犯罪の抑止力とされ、"ナチュラルボーンヒーロー"、"平和の象徴"と称される生ける伝説、数々の肩書きを持つNo.1ヒーロー、オールマイト。そんな人物の個人情報が、いくらダークウェブとはいえなぜこんなに簡単に手に入るんだ?

 

……どうもおかしい。この商品が偽物?いや、だが他にもオールマイト情報は数多く売られていて、かつ出品者は異なるがどれも値段は似たりよったりだ。まあ、名前を変えているだけで実は同一人物が売っているという可能性も十分ある訳だけれども。

 

だが商品やその値段を抜きにしても、オールマイトの情報はダークウェブ上に溢れている。溢れすぎている。あまりにも……。

 

これはどういうことなんだろうか。調べよう。

 

 

 

 

 

 



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21話

見切り発車でふらふらとここまでやってきましたが、ここにきてようやく、完結までの道のりが見えました。

完結までまだまだ続きますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。

今回はオリ設定満載。


ちなみにいい機会なので。→筆者はヴィジランテやそこらへんは全く読んでないので、そこら辺の設定(があるのかは知らんがそういうの)は丸無視。まあ、今回の話にヴィジランテ等で出てくる設定が関係があるかどうかはわからんが、一応。

オリ設定、ついてけない人がいたらすまん。ついてこれるよ、って人はありがとう。これからもよろしく。




平和の象徴オールマイトはネットの奥深くで掘り下げられていた。

 

まあ、といっても、

個性についてと現在のヒョロヒョロ姿についてとオールフォーワン何某との確執についての3つのことしか載っていなかったが、この3つだけでも衝撃はすごい。

 

あ、ちなみに先程からオールマイトに関連してよく出てくるオールフォーワンとは、裏社会を支配する究極"悪"らしく、超常黎明期に大活躍したそうだ。ん?でもここには6年前にオールマイトと戦ったってあるけどなんでまだ生きてんの?謎。まあどっかにガゼネタが混じっていると考えるのが妥当…かな?どうだろう。

 

 

しかしオールマイトのセットか…。わざわざ売るということは先に述べた3点以外の情報も盛り沢山なのだろうが(商品説明にもそのようなことが書いてある)、なんだかとても胡散臭い。なんなんだ?政府関係者による罠か?実に不可解だ。

 

 

「あーー……どうしよう」

 

 

更なる情報を求めて動かそうとした指が止まる。うーん。どうしようかな。それ以上のことを調べたいんだけど、これ以上の情報となるともっと奥の方に潜らなければならず、そこまでの危険地帯に足を踏み入れるとなると、今の僕は危ない。力不足だ。

 

セキュリティを突破されて特定されたりハッキングされたりする可能性がバンと跳ね上がる。正直とてつもなく続きを調べたい気持ちはあるが、自分の身を危険に晒してまでやる意味があるかというと、ない。

 

好奇心は猫を殺す。深淵をのぞく時深淵もまたこちらを覗いているのだ。

 

うん。ありがたい格言だ。引き際を見誤ってはいけないし、今は一旦ここまでにしておこう。今はね。

 

僕はそう結論づけてダークウェブへのアクセスを中止したあと、パソコンを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、引き際を見極めることが出来たと思っていたが、実は出来ていなかったのだと僕が悟るのは、それから少しあとの話。

 

 

***

 

 

オールマイト変身事件から3ヶ月が経った。

 

この3ヶ月で特別なことはそんなになかったが、まあ気になることはいくつかある。

 

 

例えば緑谷。

 

 

ノートを燃やされた上に自殺教唆までされてさぞ意気消沈しているかと思いきやそんなことはなく、それどころか逆に謎のやる気に満ち溢れて勉強に打ち込んでいる。何があった?

 

謎の行動はそれだけじゃない。この前緑谷のクラスとの合同授業があったのだが、そこで彼は何を血迷ったのか勉強をしながら反対の手でハンドグリップをにぎにぎしていて、握る度にギッギッと鈍い音が教室に響いてかなり迷惑だった。

 

マジでなにしてんのお前?まさか雄英の実技対策?

 

 

 

 

例えば爆豪。

 

ヘドロ事件以来やけに大人しい。今までみたいに緑谷にところ構わず突っかかるということがなくなった。

 

おおかた緑谷に助けられた?ことが原因だろうがそれにしても大人しくなりすぎだ。例の合同授業のときも、響き渡る緑谷のハンドグリップの音に舌打ちをして不快感を示してはいたもののそれだけだった。

 

てっきり爆豪が怒鳴りつけるものと思って、爆豪に任そうと考えていたがそんな気配は全くなかったので、仕方なく僕が緑谷に注意をし更に授業後にハンドグリップに油を差すよう助言した。

 

 

 

この3ヶ月での変化はそんなとこかな。それ以外は目につく変化は特にない。普通だ。

 

というか僕自身、雄英を受けるということで流石に勉強しなければならず、ひたすら受験勉強に打ち込んでいるため、周囲の観察をしたり余計なことを考えたりする暇がないしね。

 

自分が何もしなければ何も起こらない。当たり前だけれども。

 

 

と思っていたのだが、時にはその《何か》が向こうからやってくることもあるし、それには過去の自分の行いが影響していることもあり、僕はその事実をその日身をもって知った。

 

 

「速坂くん。校長先生が呼んでいるので至急校長室へ行ってください」

 

 

授業中やってきた先生から突然そう呼び出された僕は校長室に赴き、予期せぬ出会いをすることになる。

 

 

 

 

 

 

「き、君は一体何をしたんだ……!!」

 

 

校長室に入ると、なぜか酷く青ざめた顔をした校長に詰め寄られた。は?何が?何もしてないんだけど。

 

嘘偽りなくここ最近は参考書と睨めっこ+合気道の教室での特訓くらいしかしていない僕には、そんなことを言われる心当たりは全くなかった。何言ってんだ?

 

あ、ちなみにこの時代の合気道教室というのは昔のようにただ合気道を教えるだけではなく、その子その子の個性の使い方やその個性と体術の組み合わせ方なども合わせて総合的に指導してくれる。

 

なので雄英の実技対策にはもってこいなのだ。

 

 

まあそれはいいとして……、

 

 

「いや何もしてないんですけど。……え?何なんですか?」

 

「本当に心当たりは無いのかね?」

 

「ありませんよ。最近勉強しかしてないし……本当になんなんですか?ご用件は?」

 

 

執拗に念を押してくる校長に少し不安になった。なんなんだ?本当になんの心当たりもない。僕は何もしてないしずっと大人しくしていたと思うんだけど……、何その顔。なんとなく震えてるし、本当になんなんだ?

 

何かを言いかけて口を閉じた校長にだんだんイライラしてきた僕は再び何の用なのかを、やや強い口調で聞いた。

 

すると校長は長いため息をついたあと、自分を落ち着けるように深呼吸して、

 

「とにかく何を言われても私は一切関係ないということを伝えてくれ」

 

「……いや誰に?」

 

 

自己保身しか頭にない発言をかましたあと、顔をしかめた僕に対して彼は校長室の奥の応接室へと続く扉を指し示した。

 

え?

 

 

「君にお客さんだ。くれぐれも失礼のないように」

 

 

 

 

**

 

 

「初めまして、速坂統也くん。急に呼び出してしまい申し訳ありません」

 

 

落ち着きなく身動ぎする校長に見送られて、ガチャリと応接室の扉を開け中に入った僕に、穏やかな声がかけられた。

 

目を上げると、中の大きなソファーにスーツを着た男が1人座っていて、彼の後ろにはスーツの男が1人女が2人立っていた。

 

僕に声をかけてきた、おそらく立場が1番上であろうその男はにこにこと静かに微笑みながら僕のことを見つめているが、穏やかな笑顔に反してその瞳は異様に鋭く、立ち居振る舞いにも全く隙がなかった。

 

それは後ろの男女も同じである。というかソファーの後ろに立っている彼らは完全なる無表情でじっとこちらを見つめてきていて、なかなか威圧感が凄かった。

 

そして4人ともやけにがっちりとした、引き締まった体をしていて、リーダーの男もなかなかのものだが、それ以上に後ろに立っている男が筋骨隆々ですごい。

 

なんとも迫力満点な4人組だが、もちろん僕にはこんな裏社会にでもいそうな怖さを持つ方々との繋がりは皆無だし、この人たちに会ったことも1度もない。え、誰?

 

というかわざわざ学校に来て僕を呼び出して何の用だ?校長が通したということは正式な身分を持った人間だろうけど、あの校長の怯えよう……

 

僕は閉じたドアの前から動かずに警戒を強め、慎重に言葉を返す。

 

 

 

「失礼ですが、どちら様でしょうか」

 

 

リーダーの男は、警戒する僕を射るような目付きで観察しながら、ゆっくりとソファーから立ち上がった。想像よりも背が高い。

 

鈍く光るその灰色の瞳に威圧感とともに見つめられると、まるで自分の全てを暴かれたような心許ない気持ちになる。何者だ、この男。フローリングの上を革靴で歩いているのにも拘わらず全く音がしない。

身のこなしがどことなく合気道の師範に似ていた。

 

滑るように一瞬で僕の目の前まで来た彼は数歩分の距離を残して立ち止まると、やけに丁寧に一礼した。

 

「申し訳ありません。その質問にお答えする前に失礼ですが、少し工夫をさせていただきます」

 

「工夫?」

 

「ええ。異空(いそら)、始めろ」

 

「はっ」

 

 

リーダーの男が合図すると、ソファーの後ろに立っていた女のうちの1人が短く返事をして前に進み出る。

 

そして、

 

 

「範囲はこの応接室を指定します」

 

 

と、彼女が言った瞬間ぞわっと産毛が逆立つような危機感を感じた僕は、咄嗟に個性でスピードを強化して身を翻した。ヤバい。なんだか知らないがヤバい気がする。三十六計逃げるに如かず。

 

話なんてどうでもいい。コイツらが何をする気なのか分からないが、僕の知ったことではない。本能が危険を訴えている今、さっさと逃げるが勝ちであ……

 

 

「まだお話は終わっていませんよ」

 

「っ!!?」

 

 

逃げようと振り返ったら目の前にリーダーの男が笑顔で立っていた。

 

 

は?

 

 

ドアの前、ドアと僕の僅かな距離の間に忽然と現れたリーダーの男は全くの自然体で、それが逆に恐ろしい。

 

 

「少し大人しくしていてください」

 

 

笑いを含んだ声がしたかと思うと、とん、と体に軽い衝撃を感じると同時に一気に全身から力が抜け、僕は目を見開いたまま床に崩れ落ちる。

 

 

 

「それでは、空間展開」

 

 

女の無機質な声が響き、彼女の手からパァァッ!と真っ白な光が放たれたる。僕はなすすべもなく、床に倒れたまま光に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

目がくらむほど眩しい光が収まると僕は白く無機質な知らない部屋の中にスーツ4人組と共にいた。

 

と、いつのまにか体が動かせるようになっていることに気がつく。それにしてもなんだこの部屋は。どこだ。まあ、先程の状況から考えて答えはただ1つ。

 

 

 

「…………個性ですか?」

 

「はい。用件を済ませることが出来ましたらきちんと解きますので御安心を。さて、契条(けいじょう)

 

「はい」

 

 

起き上がりながら発した僕の問いに頷いたリーダーの男が、部下の名前を呼んで振り返る。

 

 

 

「契約を発動します。対象者は空間内の全ての人間。ここで話した内容を決して外部に漏らさないこと。対象者以外の人間に対しこの空間内で話した内容を伝えることは口頭、筆記、その他、いかなる手段を用いたとしても、これを違反とする。以上を条件とします。それでは、この契約に合意した対象者は(いん)に触れて意志を示して下さい」

 

 

空間展開なるものをした女とは別の女がそう言いながら手の中に出現したサッカーボール大の大きさの青白く渦巻いて光る球体を差し出した。

 

スーツの仲間たちが次々と触れ、触れる度に赤く光るその球を、女は静かに僕の前まで歩いてくると無言で差し出す。そしてもちろん僕は触れなかった。黙ってリーダーの男に目をやると、彼は頷いて説明を始める。

 

 

「契約の個性です。どんな手段を以ってしても、交わした契約内容を破ることは出来ない。内容を変えたい場合は応相談、と…。まあ今回の契約の条件は今言った通り、ここでの話を外部に漏らさないというだけですので、安心してその印に触れて契約を完了させてもらえると助かります」

 

「信用出来るわけないでしょう」

 

 

「そうですね。しかし君に選択肢は無いと思いますが」

 

 

「……契約しないといつまで経ってもここから出さない、とか?」

 

 

「はい。異空に許可を貰える我々は出ることができますが、許可を貰えない君は出ることができません。ああ、無理やり許可させよう、などは考えない方が宜しいかと。残念ですが、強個性を持っているとはいえ所詮は一般人、ただの中学生である君に我々をどうにかすることは不可能です」

 

 

それはそうだろう。先程の一連の流れを見てもそれは明らかだ。手も足も出ない。

 

 

「つまり貴方たちは一般人ではない…と。では何者なんですか?」

 

 

「まずは契約をしてください。話はそれからです。申し訳ありませんが、なにとぞご協力をお願い致します」

 

 

慇懃に微笑む男と数秒視線を交わして、僕は小さくため息をついた。仕方ない。契約を交わすか。

 

そっと手を伸ばして球…印とやらに触れる。が、何も起こらなかった。ん?

 

 

「心で同意の気持ちを伝えてください」

 

 

「はぁ」

 

 

契約内容に同意する、と思いながら印に触れると、他の3人と同じく印が赤く光った。

 

 

「全ての対象者が合意し、契約が完了しました」

 

女がそう言うと印が5つの小さな球に分裂し、1つずつ各人の体に球が吸い込まれていく。

 

 

最後に全員の体がぽわんと光ってから契約は完了した。

 

女は一礼すると、静かにリーダーの男の後ろへと下がっていく。

 

 

「ご協力ありがとうございます。では、話を始めましょうか」

 

 

リーダーの男は、その無機質な空間に唯一存在する1台のテーブルと人数分の椅子に近づき、そのうちの一つを掴んで僕の方に押しやった。

 

そして4人とも僕に向き合う形で椅子に座り、不審な目で自分の分の椅子を見る僕に構うことなく話を進める。

 

 

「申し遅れました。私、国防軍特殊部隊、個性犯罪対策班の琉電(りゅうでん)颯斗(はやと)と申します」

 

 

リーダーの男改め琉電颯斗はそう言うと、呆気に取られた僕を見てにやっと唇を歪めた。

 

 

 

**

 

 

……国防軍?

 

は?嘘だろ、国防軍だと!?!?

 

 

まさかの正体に混乱した僕はとりあえず椅子に座って考えを整理することにした。国防軍。まずは国防軍からだ。

僕は昔興味を持って調べたことがあるので知っているが、一般的には学校の授業でもサラッと流されるレベルなので、国防軍については正直存在を知らない人も多い。

 

 

国防軍とはつまり前の時代でいう自衛隊のことである。

 

人々に個性が発現して以来、警察同様急速に力を失った自衛隊は混乱のなか規模を縮小し、形を変えていつのまにか国防軍と称されるようになった。

 

黎明期の混乱に乗じて作り変わり、しかも名前すら変えてしまった組織であるためか、ヒーローや警察に比べてあまり世間に認知されていない。

 

今の時代において国防軍とはよく考えてみれば謎に包まれた機関であり、普段どんな活動をしているのかを正確に知る者は少ないのである。

 

もちろん国の機関である以上存在は公にされているしホームページなどもあり、国防軍についてや活動内容など、知ろうと思えば知ることが出来る。だが、ふわっとした知識しか知ることは出来ない。

 

僕が国防軍について知る限りでいうと、

 

彼らは組織としては個性を基本的に制限していないらしいが、国防軍における個性使用はあくまで訓練及び職務中に使用用途が明確な場合に限り許可されるものであり、ヒーローのようにオフの日でもヴィランと出会えば個性を使って捕縛したりだとかはできない。

 

しかし警察のようにヴィラン受け取り係と揶揄されるような職務をするでもなく、ヒーローのように表立って個性を使用してヴィランを捕まえるでもない。

 

では国防軍は一体何をしているのかというと、“ 国防に関する重要な役割 ” を担っているらしい。

 

 

ホームページには、主たる任務は、日本の平和と独立を守ること。

平素から警戒監視態勢を維持するとともに、教育訓練によって国防軍の能力を高めて、各種事態の発生を未然に防止しています。 また、万一、日本が武力攻撃された場合に備えた態勢を維持しています。

 

とあるが、実際のところ国防軍の活動は表に出てこないばかりか、施設内などその他諸々の公開されている情報も当たり障りのない内容ばかり。

 

僕が調べた限りだと、国防軍に関してはあくまでホームページ上にある情報しか一般公開されてないっぽい。というかどこを探してもそれ以上のことが出てこない。

 

まあ当然のことながらそれを疑問に思い掘り下げようとする人間も存在するわけで、そういう人たちが国防軍や政府に、

 

国防軍は、“ 国防に関する重要な役割 ”をしているとのことだが、具体的にどんな活動をしているのか。

 

などと問い合わせると、国外に存在する敵が行う本国への侵略への対抗手段として、主に軍事的手段を行使し、脅威を排除するための防衛活動をしている。

 

と返ってくるそうだ。勿論問い合わせる人達はそんな答えでは納得しないが、何をどう言おうと暖簾に腕押し、糠に釘。この答えしか返ってこないらしい。

 

 

そして国防軍の正体を暴こうとしたりその存在に対して疑問の声を上げたり廃止にするべきだ!と声高に主張する人達はいるにはいるが、そういう人たちはなぜかメディアには一切取り上げられないそうだ。たしかに僕も自分が調べてみるまでそんな人たちの存在すら知らなかった。

 

そういうわけで、ポスターなどを貼ってもいつの間にか消えている、SNS上でもそういう活動をしているとなんでもないことで垢BANされるらしいという噂や、挙句の果てには、国防軍に関して悪くいうと国に消されるぞ!実際アイツは消息不明だぜ!という都市伝説がネットのとある界隈で密かに囁かれているとかいないとか。

 

まあ最後ら辺は僕が昔ネットで適当に集めた情報なため真偽が入り交じっていると思うので、そんな国防軍に関する後暗い話はここまでにして、ここからは世間一般的な話をしようか。

 

先に述べた通りよく考えてみれば謎に包まれた国防軍だが、実はそんな彼らにも一つだけ国民の前で公な活動をする時があり、それがどんな時かと言うと、災害時だ。

 

地震、津波、台風などで被災した地域ではヒーローよりもテキパキとした実によく訓練し統率された動きで、救助活動や被災した人たちへの炊き出しなどの援助や復興の手伝いをする彼らの姿を見ることが出来る。

 

逆に言うとテレビで彼らの姿が流れるのはそういう時だけで、そういう時はメディアもそれなりに触れてそれなりに賞賛するためそれなりに話題になるが、なぜかそれが話題になって少し時が経つと、必ず、ヒーロー特集!やら、どこかのヒーローが凄い活躍をした!などのヒーローに関するセンセーショナルな報道がこぞって行われ、ヒーローに熱狂的な世の人々の記憶からは国防軍は薄れていくのだ。

 

そういうメディアの対応はきっとわざとで、国民に対し良い印象を与えるべく取り上げはするがあまり話題になっても困るので過度には取り上げない、そして頃合を見計らって別のエサを投げるという対応を恐らくは国からの圧力かなにかでしているのだろうと僕は推測する。

 

そしてその結果、多くの国民は国防軍のことを、災害救助をしてくれる頼もしい集団、みたいなふわっとしたかんじで認識しているため、特にその存在に対する問題提起などが起こらない。

 

というかその名前と主に知られている活動内容から、国を守る集団=災害とかそういうのから守ってくれる集団、みたいな謎の誤解が生まれていたりもする。多くの人はそんなもんなんだ〜、と認識して深く調べようとせず、深く調べた人も過激な人はゆるやかな弾圧にあい、過激じゃない人は放っておかれているが、過激ではないので大した話題も呼ばない。

 

まあ、この時代の国防に関する意識はかなり低いというか、ヒーローというもの、ひいてはオールマイトという存在に対する信頼というかもはや信仰のようなものが強すぎて、戦争が起こってもヒーローが何とかしてくれるでしょ!みたいな認識が広がっているため、国防や国防軍に対する世間の興味がそもそも薄いというのもある。

 

更には税金がどうのこうの〜、という批判などもあることにはあるが、そういうのはヒーロー飽和時代とも呼ばれる世の中、主にヒーローに対して行われるため、国防軍はヒーローの陰に隠れてやり過ごしているかんじである。

 

 

まあつまり、国防軍に関しては国によって緩やかな情報統制が行われているのだろうな、というのが僕の結論だったのだが………………。

 

 

「あの。国防軍の方が僕に何の用なんでしょうか」

 

 

 

さすがに混乱して思考がまとまらなくなってきたので、僕は思考を放棄して疑問を相手に直接ぶつけることにした。

 

 

マジで謎の機関が僕になんの用?

 

 

 

 

 

 

 




軍設定、抜けがあるかもしれないがまだ続く……。


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22話



後で修正するかも。




「勧誘しに来ました」

 

琉電の返事は簡潔だった。

 

「勧誘?拉致じゃなくて?」

 

はんっと鼻で笑ってやる。突然学校に押しかけ問答無用で謎空間に拉致した挙句、訳の分からない契約の強要。ヤクザかな?

 

 

「勧誘です。少々強引な手段になってしまったのは申し訳ありませんが、いかんせん誰がどこで聞いているのか分からないもので」

 

「いや別に誰も聞いてないでしょ」

 

 

聞くとしたら校長くらいなものである。

 

 

「いえ。千差万別な個性があるこの世の中、警戒するに越したことはありません。実際この学校の全教員、全生徒のうち、聴力強化やテレパシーその他により離れた場所の会話を認識することが出来るタイプの個性の持ち主は19名ほどおります」

 

「……そうですか」

 

 

 

まあ。うん、まあいいよ。話が進まないからとりあえず君たちの横暴には目を瞑ろうじゃないか。僕は単細胞の爆豪とは違うので、例え心の中でこの合法ヴィランがと思っていても口には出さない。で、勧誘ってなんの勧誘?

 

 

「国防軍の予備要員として情報提供者になって頂きたい」

 

 

「予備要員?……普段は普通に学校に通ってるけど、召集がかかった時だけ国防軍の1人として活動する、みたいな?」

 

 

「ええ、まあ。概ねその理解で問題ないです。君の場合は情報提供者なので、情報の報告が主ですが」

 

 

…………。

 

困った。疑問が多すぎる。どこから始めたものか……。

 

 

「色々聞きたいことはありますがその前に1ついいですか」

 

「はい」

 

「なんで僕?なんの情報?」

 

「…………それをお話するにあたって、前置きを述べさせていただいても?」

 

「ああ、はい。どうぞ」

 

「なぜ君か、なんの情報を提供するのか、予備要員とは何をするのか、そもそも国防軍とは何をしているのか、など、これから全て説明致しますが、これらの情報は機密扱いのものです。よって、君に我々の提案を受け入れて貰えなかった場合、この一連の記憶を削除させていただきます」

 

 

ふーん。今の一連の行動を見る限り、記憶を消すだのなんだの言われても驚けない。あっそ、という感じである。

 

 

「へぇ。今度は記憶を消す個性ですか」

 

「正確には催眠術の個性です。記憶を消すというより、個性によって強力な催眠状態へと導き、暗示をかけて記憶を封印させていただきます」

 

「……はい。分かりました。いいですよ、それでは説明を始めて頂けますか」

 

「ええ」

 

 

うん、もう分かったからさっさと本題へどうぞ。

 

ここまでの会話で何だかやけに疲れた僕が投げやりに先を促すと、琉電は頷いてやっと、やっと!本題に入ったのであった。

 

 

「まず、君が我々に目をつけられた理由ですが、大きく分けて2つあります。1つ目は君がオールマイトの秘密に気がついたこと、2つ目は君の立ち位置」

 

「立ち位置?」

 

「はい。まず1つ目。オールマイトについて。彼の力の衰えについては限られた人しか知らない機密事項です。彼が傷を負った当初、その情報は外部に漏れないよう周囲の者の尽力により完全に秘匿されていました。しかし当の本人が考え無しにそこら中で変身するせいで次々と目撃者が発生しています」

 

 

「…………」

 

 

そこまで言うと琉電はわざとらしいため息をついた。

その様子を見るに、国防軍もオールマイトの情報統制に一役かったのだろうか。

 

まあ僕がその変身シーンを目撃した状況を考えても、あの人目の多い中で堂々と変身していたしな。目撃者がわさっと出てきてもおかしくはない。特にこの現代、監視カメラなんかにも映っていることだろう。それに人前で変身しなけりゃいいってもんでもないしね。

 

最近で言うと、ゴミの不法投棄で有名な海岸にオールマイトがよくいるらしい、との、オールマイト出没情報がファンによって写真付きでSNSに投稿された。

 

そこで、当然その投稿を見たファンがその海岸へ向かう。

 

そして、オールマイトどころかガリガリのオッサンしかいなかったんだけど!でもなんか声似てたwwww と、これまた写真付きで投稿された。

 

そしてその数分後にその投稿は運営により消されることになる。

 

いくらガリガリなオールマイトといえど、基本的にムキムキとは同一人物なため、万が一、ネットの住民に気づかれることを避けるためだろうなー、と、息抜きに開いたネットでそれを見つけて思った記憶があった。

 

 

つまり本当に細心の注意を払わないと、こういうちょっとした事でバレかねないということであり、その尻拭いを今まで国防軍がやってきていたということか。

 

 

 

「単に目撃されただけならまあ…それほど問題はないのですが、君のように証拠を手に入れられると厄介でして。

報道関係には手を回してありますので、そこら辺の方々はまあ問題は無いです。問題は一般人で、彼らは当然のことながらインターネットにアップしたり友人に送ったりと、拡散しようとします。

そういった方々に対しては国防軍の方で担当班が削除やアカウント凍結や警告などの対応を行っており、大抵の方はそれで静かになりますが、それでも騒ぎ立てるような方はこちらから記憶を曖昧にする処置を施させていただいております。

証拠の動画や画像は可能な限り消させていただいておりますし、他にも監視カメラに撮られたりなど様々な問題がありますが国防軍の担当班が処理しております。

勿論全てを網羅できている訳では無いですが」

 

「……すごく大変そうですけど、オールマイトに注意したりしないんですか?」

 

「感情で物事を判断する人間には話が通じません。以前何度も抗議致しましたが、毎回、助けられるのは私しか居なかったから仕方なかった、というような返事しか返ってこなかったので諦めました」

 

「そうですか……」

 

オールマイトらしいっちゃらしいがな…。

 

「そんな彼だからこそ平和の象徴として人々に信頼され、その存在が犯罪の抑止力となるまでに至ったとも言えますが……」

 

 

そこまで言って琉電は言葉を切った。静かに目を閉じ、そして開くと、話を続ける。

 

 

「目撃者が発生しているとはいえ、そこまで数は多くないのが不幸中の幸いですね。ですがやはり、人の口に戸は立てられません。これから先、目撃だけした方やこちらの記憶操作対象にならなかった方などの口から口へと噂がどんどん広まっていくことでしょう。我々も全ての証拠を隠滅できる訳では無いので」

 

「……大変じゃないですか」

 

「そうですね。まあでもオールマイトももうそう長くはないでしょうし、噂に火がついて爆発する前には既に引退していると思うのでギリギリ大丈夫だとは思いますよ」

 

「オールマイトが引退?」

 

「ええ。平和の象徴の引退です。社会に大きな影響を及ぼすでしょう。……このことから見てもわかるでしょうが今の社会は歪です。そして歪みを抱えた社会はそう長くは続かない」

 

「というと?」

 

「ヒーローという幻想に支えられた社会が終わる可能性があるということです」

 

 

「……。いまいちよく分からないんですが」

 

 

「そうでしょうね。では少々脱線して、歴史の話をしましょうか。学校で習うお綺麗なものではなく、真実のお話を。その方がこれからの話にもついてきやすいでしょう」

 

 

「はあ」

 

 

は?真実?お綺麗じゃない歴史?ヒーローが幻想?

 

 

僕は様々な疑問を抱きつつもその話に耳を傾けた。

 

***

 

 

超常黎明期にまで時を遡りましょう。

 

誰もが知っている通り、ことの始まりは中国・軽慶市から発信された「発光する赤児」が生まれたというニュースです。全ての始まりとも言えるでしょう。

 

ええ。超常黎明期とは、人類社会で超常を発現させる者たちが突如増えだした混乱期を指す言葉ですね。

 

この時代は徐々に特異体質を持つ者は増えていたものの、まだ超常能力を持たない人類の方が多かった時代です。

 

人間という種の規格がそれまでの常識から大きく崩れ、世界中が壊滅的な混乱に陥りました。

 

一説によると、この時代の混乱がなければ人類はとっくに外宇宙に生息領域を広げるまでに科学を発展させていたとらしいですが……。

 

ええ、はい。そうですね。ですが基本中の基本から話させていただきますので、しばしご辛抱を。

 

では。

 

覚醒した異能によって社会の秩序を乱す者たちによる犯罪件数が増加した事で

異能に覚醒した人々全体が社会から迫害を受ける一方、自警団のような活動する異能の使い手が現れるようになります。

 

この時の自警団的な活動を国が世論に押される形で追認し、現代のヒーロー公認制度によるプロヒーローとなりました。

 

 

さて、この辺りの時期についてです。異能覚醒から世の中は大混乱に陥りましたね。そしてその世で、異能者達をまとめ数多の犯罪行為を唆し、裏で糸を引き活躍した伝説の犯罪者といわれているのが、君もよくご存知のAFOです。ええ、君は知っているはずですよ。調べたでしょう。

 

こういう時こそ役に立つべき国が戸惑うばかりで解決策を打ち出せなかった一方、今のヒーローの前身のような自警団がポツポツと現れてきます。そして先程話した通り、見事にその混乱を抑えて秩序を取り戻したのがヒーローなのだ!!

 

……と、一般的には言われているわけですが。

 

 

さすがに国がそこまで役立たずなはずはないと思いませんか。

 

 

 

 

 

 

当時、政府の権力者のなかでも意見が大きく2つに割れました。

 

片や、今の警察組織を作った、統率と規律を重要視し個性を武に用いず、従来の在り方を貫こうとした一派。

 

 

片や、今の国防軍を創った、個性を武に用い従来の方法と組み合わせ、新たな時代における秩序を守ろうとした一派。

 

 

保守的な人が多かったので前者の方が賛同者が多く、後者の勢力は苦戦しましたが、なんとか国防軍を創立しました。

 

では、国防軍とは一体何をする組織であるのかといいますと、個性を使用した凶悪犯罪と戦う組織であります。

 

ええ、申し訳ありません、抽象的で分かりにくいですね。

 

つまり我々は通常の犯罪者を相手にするのではなく、

個性発現後の混乱期に乗じてこの国に大量に入り込んできたチャイニーズマフィアなどの外国の凶悪犯罪組織と、その勢力と繋がった日本のヤクザなどの裏社会の大物によって引き起こされる、

個性を使用し従来より更に活発に悪質に、そして狡猾になった、麻薬密売、武器密売、賭博、売春、密航、人身売買、高利貸し、みかじめ料徴収、詐欺、恐喝、強盗、誘拐、嘱託殺人、資金洗浄、ハッキング等の犯罪に対抗しているのですね。

 

ええ、これらの組織に比べると、AFOなんて可愛いものですよ。個性を得た一般人をまとめあげて犯罪をそそのかしたと言っても所詮は素人の集まり、加えてその当時の個性など大したことの無いものが多かったので、AFOなどが引き起こす犯罪行為は当時我々の管轄にはなりませんでした。

 

個性は世代を経るごとに混ざり合い強くなっていきます。中国は日本に比べると個性先進国でして。まあ、個性が発現し始めたのが日本より早かったですからね。当然、日本が経験した混乱期を先に経験している訳です。

 

その外国の裏社会とのルートを通じて日本の暴力団などは情報や、個性を活かした犯罪行為のノウハウなどを学び、日本に入り込んできた組織と融合する形で裏社会の奥へと潜っていきました。

 

外国の勢力はですね、日本より個性の世代が進んでいましたから、日本でその当時発現していたものよりも強い個性を持った人が多く、日本の勢力と結びついたのと世の中の混乱も相まって、その活動が活発化していったんです。

 

 

国防軍を組織したあと、しばらくして政界で国防軍の最大の支援者だった方が亡くなりまして、それから我々は警察を組織した勢力に押され気味になります。国防軍はかつての自衛隊よりも規模を縮小することを余儀なくされ、人手不足のなか活動をしていくこととなりました。

 

 

しかし国防軍の存在の重要性は反国防軍派の方々も認めざるを得なかったようで、けれども人員を増やして勢力が大きくなると困るので規模はそのまま、ということで、凶悪犯罪の相手は我々が、一般市民が起こすような犯罪は警察が、というように役割分担をすることを上は決定しました。

 

 

そして時は流れヒーローが台頭して今の社会になり、また日本に限らず世界全体が落ち着いてくると、国防軍には、潜り込んでくる他国の勢力やテロ組織の排除など国防に関する新たな役割も加わることになりますが……、ここは今は関係ないので省略させていただきます。

 

 

***

 

そこで琉電が軽く咳払いをし、話に聞き入っていた僕はその音で我に返って、それまでの話を自分なりにまとめてみることにした。

 

 

「あー……。つまり昔から日本にあった犯罪組織が、より強力な個性と情報とノウハウを持った外国の犯罪組織と結びついて、巨大化し凶悪化したと。そして国防軍はそいつらを抑え込むのに手一杯で、普通のヴィランの相手をしている余裕がなかったと」

 

「ええ。そこら辺は警察が担当しましたが、やはり無理だったようで。まあ当たり前ですがね。銃を持った相手に素手で対抗するようなものですから。銃社会のアメリカの警察は皆銃を持っていて、銃には銃を用いて対抗しています。個性もそれと同じなのでは」

 

「それで警察は役に立たず、代わりに自警団というヒーローの前身が活躍して小物のヴィランに対処していくことになった?」

 

 

「ええまあ。そもそもヴィランなどと曖昧で抽象的な名前で呼んでいますが、要するにヴィランとは個性という武器を使用して犯罪を犯した犯罪者であり、やはりそれには個性を用いて対応するべきであったということでしょう」

 

 

「概ね理解したとは思いますけど……、国防軍の存在が世に知られていない理由は?」

 

 

「ただでさえ秩序が崩壊している世の中です。裏社会が凶悪化、巨大化し、酷い犯罪が活発に行われている、なんていうことが明るみに出たら更なる混乱を引き起こすので国が情報に規制をかけまして、国防軍は人知れず密かに活動をしていたからです。

 

当然の事ながら最初は酷く苦戦しましたが、我々も徐々にコツをつかみ、凶悪犯罪を未然に防いだり大物を逮捕したり大規模な犯罪組織をいくつか壊滅状態に追い込んだりと、徐々に治安を回復させていったそうでして。

 

その時期にどんどん台頭してきたのが自警団ですね。つまりヒーロー。

ヒーローは、人目に付く軽度の犯罪を大勢の前で断罪することにより話題になっていったといいますか…。

 

ヒーローのおかげで秩序が蘇った!というような風潮になっていき、ヒーローに対する信頼を根底として社会が落ち着いてきたため、そういうものとしてやっていく方向に政府は舵を取りました。

 

ここでいきなり国防軍を出しても混乱するだけですので、とりあえずは秩序の回復を優先させたということです。

 

そして法整備を進めていくなかオールマイトが現れ、以前に比べれば少なくなったとはいえ、個性を悪用する犯罪が当たり前のように横行している世の中で、

誰よりも多くの人々を救い出し、犯罪者を次々と打ち倒すことで、一般の犯罪への抑止力となり、混迷の最中にあった社会の在り方を一変させ、ヒーローに対する信頼を揺るぎないものとしたのです。そして今に至る、と。彼の功績は非常に大きいですね」

 

琉電はそこまで言うと一息ついて、一旦休憩にしましょうか?続きを話す前に自分の中で情報の整理をした方がいいなら遠慮なく言ってください。

 

と言ったので、僕は有り難く休憩をとることにした。

 

 

うん?つまり、僕たちが今まで思っていた、個性を用いて悪事を働くヴィランは全てヒーローが倒している。今の世の中の秩序は黎明期に現れた自警団が奮闘し、オールマイトが現れたことによって培われたものである。みたいな常識はまやかしで、

 

実は、一般的にはヒーローが倒すヴィランと呼ばれているのは小物、この世に起こる犯罪の上澄みの方の、取るに足らない犯罪者にすぎず、もっと恐ろしい犯罪も当然多発しているがそれは人知れず国防軍が闇に葬ることで治安を維持してきたということだろうか。

 

しかし歴史の流れからして、人々はヒーローというものの上に絶大な信頼を置き、ヒーローという存在を根底として秩序だった社会を取り戻したわけなので、

 

これ以上の混乱を避けるために “ そういうこと ” にしたということか。

 

 

まあそうだとしたら、プロを名乗る割にヒーローが案外弱かったりすることに納得が行く気もするが、

じゃあ何でAFOは伝説の犯罪者とか裏社会の究極悪とか言われてるんだ?あとヤクザってほぼ全部摘発されたんじゃなかったっけ?

 

 

 

 

 

 

 




昔インターン編を読んで思ったこと。プロヒーロー弱くね。


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