ベル君が【アポロン・ファミリア】に入団するのは間違っているだろうか (七篠ロキ)
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プロローグ
プロローグ


『オラリオには何でもある』

 

 幼い僕におじいちゃんはそう言った。

 

『見る目麗しい可愛い女子達は勿論のこと、お前の好きなエルフ、スタイル抜群な女神やその他モノモ、あ、やべ、涎が……運命の出会いも存在する。行きたきゃ行くがいいさ』

 

 英雄譚を手に持ち、英雄に対して憧れが止まらなかった子供の頃。

 

『うまく立ち回れば、富や名声を手に入れるだろう。だが、そこに足を踏み入れた者は否応なく時代のうねりに飲まれていく所だ』

 

 小さな僕を見下ろして、ただ淡々と。

 

『覚悟があれば行くがいい。これは、お前の道だ』

 

 おじいちゃん。僕は――――――――

 

 

 

 

 

 

「おい、坊主。起きろ」

 

 

 車輪の音と衝撃で夢から目を覚まし、慌てて飛び起きた。

 

 

「……すごい……!」

 

「あのオラリオを目にしたやつは全員そう言うぜ」

 

「ありがとうございます、おじさん! 僕、ここでもう大丈夫です!」

 

「え、おい、まだ着くまでかかるぞ!」

 

「大丈夫です! 走っていきます!」

 

 

 そう言って荷物を持ち、そのまま馬車から飛び降りる。

 

 少し転びそうになったけど、大丈夫。

 

 心配してくれるおじさんに手を振り、そのままオラリオの所へ走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 僕の名前はベル・クラネル。

 

 歳は14になり、瞳の色は赤で、白の短髪を持っている。

 

 顔の特徴から見れば、何処か獣人である兎人に似ているとよく言われていた。

 

 僕とよく一緒にいたおじいちゃんの話だと、これらは僕の親からの遺伝らしい。

 

 …親と言われても、おじいちゃんの事以外、よく知らないんだけど…。

 

 今でも、昔おじいちゃんがモンスターと呼ばれる怪物から、僕を助けてくれた事は鮮明に覚えている。

 

 そのおじいちゃんも、いなくなってしまったけど…。

 

 そして、この世界は一般とされる人間の他、獣人やエルフ、小人やドワーフやアマゾネスといった亜種の人間と区別されている。

 

 それぞれの種族には特徴があり、例えばエルフは少し耳が長い事や、アマゾネスは全員女であり、褐色肌であったりなど。

 

 かなり昔だと種族間の争いはよくあったらしいけど、今ではかなり流行的ではある。特に世界の中心と呼ばれるオラリオでは。

 

 さらに人間以外にも、何と神様もいる。人間の姿で。

 

 『古代』と呼ばれる時代の終わりから今でも、天界と呼ばれる所から、様々な神様達がこの地上に降りて来ている。

 

 神様は寿命がなく、悠久の時を生きていられる。

 

 僕ら下界の者に無限の可能性をもたらす神々の『恩恵』によって、人類は急速に力を付けて、発展の道を辿るようになった。

 

 そのため、神様達は人々に尊敬され、畏怖されている。

 

 そして、この世界にはモンスターもいる。

 

 ダンジョンと呼ばれる穴から生み出されているらしく、人類の共通の敵として認識されていた。

 

 ダンジョンは地下迷宮とも呼ばれており、数多の階層に分かれている。

 

 ただし、日の光はなくても不可思議な光源で満たされており、見たこともない草花やそこしか採取不可能な鉱物が存在した。

 

 さらにモンスターには『魔石』があり、それも貴重な資源である。

 

 何より、ダンジョンには『未知』が沢山あった。

 

 今では探究者達は『冒険者』という名前に変えて、その『未知』を探求している。

 

 その穴の上にオラリオが建てられており、その都市が世界の中心と呼ばれる由縁でもあった。魔石の発掘による貿易などの商業的な意味もあると思うけど。

 

 そして僕は今、そのオラリオに入ろうとしている。

 

 目前で、取り調べをされている最中だけど。

 

 

「通行許可証はあるか?」

 

「え……な、何か必要なのですかっ?」

 

「見たところ旅の者ではないようだが……君も冒険者になりに来たのか?」

 

「は、はい! その通りですっ!」

 

「ハシャーナ。持ち物検査をしてみたが、その者から怪しい物は特になかった。『神の恩恵』もなかった」

 

「なるほどな……また可愛い面をしたやつが来たもんだな。どうしてオラリオに来た? 金か? 名誉か? それとも女か?」

 

「い、いえ、ダ、ダンジョンに出会いを求めにっ……」

 

「―――くっはははははははは!! 何だそりゃ、面白れぇガキだな、お前!!」

 

「ふっ……おい、ハシャーナ、勤務中だ。静かにしろ」

 

「いや、お前も少し笑ってたじゃねぇか……とりあえず、冒険者登録をするにはギルドの方に行ってくれ。冒険者の説明もそこで受けられる」

 

「あ、はい! ありがとうございます!」

 

 

 取り調べが終わり、ようやくオラリオに入れそうだ。

 

 荷物も無事であり、いざ都市の中に入ると。

 

 

「――――――――!!」

 

 

 まず、圧巻された。

 

 田舎育ちの僕は目を輝かし、周囲を見渡す。

 

 古風なような飲食店から、独創的な武器屋の商品まで、全ての物が新鮮のように思える。

 

 

「これが都会というものかぁ。とりあえず宿を探して、ギルドという所に行こう!」

 

 

 適当な方向に足を向けて、歩いていく。

 

 しばらくすると、宿を見つけた。

 

 『INN』という看板を掲げており、二階建ての木造品のお店だった。

 

 

 「一晩800ヴァリスで、三日で2000ヴァリスかぁ。少し高いような気がするけど、この都市だとこれぐらいが相場なのかな?」

 

 

 僕はとりあえず3日分の宿を取り、荷物を置いてギルドに向かおうとする。

 

 ただ僕はこの時、現実を楽観視し過ぎた事が、すぐに思い知らされてしまう。

 

 

 

 

 

 ギルドに辿り着き、眼鏡を掛けたエルフの女性が受付をしていた。

 

 その人の説明を受け、いざ冒険者登録をしようとしたら、早速問題が発生する。

 

 

「それで、どこの【ファミリア】に所属しておられるのでしょうか?」

 

「えっ……」

 

「【ファミリア】に所属してないと、冒険者登録ができないのですが……」

 

「……」

 

「……」

 

「……そ、その……。が、頑張ってすぐに入ります!」

 

 

 オラリオに到着して、1日目。

 

 僕を迎えてくれる【ファミリア】探しが始まるのであった。

 

 

 

 

 

 

「また断られた……」

 

 

 

 オラリオに入って既に二日目。

 

 通算二十五連敗を喫した僕はがっくりと頭を垂れていた。

 

 冒険者になるには、僕の見た目からして第一印象は底辺だろうけど……いや、ダメだ、弱気になっちゃだめだ。まだ日は高い。

 

 空腹を満たすため、節約を心がけるにはありがたい『ジャガ丸くん』を購入し、お腹に溜める。

 

 何だかこれからも長い付き合いになりそうな気がするけど、僕は賑わうオラリオの街を走りだした。

 

 

 

 

 

 

 そう決意して、さらにそこから4軒の【ファミリア】を訪れたが、門前払いされてしまった。

 

 

「こ、心が折れそう……ぐすん」

 

 

 オラリオに来て希望とか期待とか、色々な思いを抱いていたのに。

 

 これじゃあ田舎の街にいた方がマシかもしれない。

 

 

「回れ右をして帰れ」

 

「金を持って来たら考えてやってもいいぞ!」

 

「サポーターの用意をして来い」

 

「貴様のような奴はいらん」

 

 

 非常にきつい言葉を立て続けに言われてしまった。

 

 さすがにどうしようなく傷付いている。

 

 しかも、もうすぐ夜になろうとしていた。

 

 僕はあと一度【ファミリア】に訪れて、断られたら今日はもう宿屋に戻ろうと決意する。

 

 懐からギルドの受付の人がピックアップしてくれた【ファミリア】の表の紙を見て、次の目的地への場所を確認した。

 

 

「えーと、次は……【アポロン・ファミリア】かぁ……入団してくれるといいなぁ」

 

 

 僕は弱気になりながら、そうつぶやくのであった。

 

 

 

 

 

 そして、いざ辿り着くと。

 

 

「すいません! 【アポロン・ファミリア】に入団したいのですが……」

 

「もうすぐアポロン様がお帰りなのだ! 部外者は立ち去れ!」

 

「せ、せめて話だけでも……!」

 

「ここは探索系の【ファミリア】だ。商業系ではない! 傍から見ても、お前には冒険者の才能は見当たらない! 諦めろ!」

 

「そ、そんな…」

 

 

 話を聞かせてもらえずに、一瞬にして追い払われた。

 

 手は何も出してこないので対応としてはまだマシな方だけど、さすがに厳しい。

 

 僕はとうとう諦めて宿屋に戻ろうとした時、ある神が現れた。

 

 

「おいおい、何を騒いでいるのだ?」

 

「ア、アポロン様……」

 

 

 どうやらここの主神のようだ。僕の方にも気づいてくれた。

 

 

「ん、その子は……?」

 

「どうやら入団希望者のようですが……」

 

「おいおい、それをすぐに帰そうとしたのか? それじゃあ、さすがに【ア

ポロン・ファミリア】の名折れとなるぞ」

 

「も、申し訳ございません……」

 

 

 憲兵の人が頭を下げ、謝っている。僕の方にも頭を下げた。

 

 アポロン様は僕の方に顔を向け、質問してきた。

 

 

「……で、君の名は?」

 

「べ、ベル・クラネルです!」

 

「ふむ…………ベルきゅ、じゃない、ベル君。うちに入団しないか?」

 

「え、い、いいのですか!?」

 

 

 まさかのお誘いに、僕は身を乗り出してしまう。何か今イントネーションがおかしかった気がするけど、気のせいだろう。

 

 

「あ、アポロン様、さすがにそれは……」

 

「アポロン様の命令だ。聞けないのか?」

 

「ヒュアキントス様、いつの間に……」

 

「この変神、まさか……まあ、いざとなったら止めるか」

 

「ダフネ様まで……」

 

「……?」

 

 

 次々と人が現れていき、アポロン様の意見を承認している。

 

 

「あ、ベル・クラネル君だっけ。いいのいいの。気にしないで」

 

「さあ、ベルきゅん!! 早速、わが【ファミリア】の恩恵をその身に刻もうか!」

 

「本当に大丈夫だろうな、この変態神!!」

 

「…………?」

 

 

 こうして僕は【アポロン・ファミリア】に入団することになった。

 

 

 




このアポロン、理性が抑えきれてない。ダフネ頑張れ。


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自己紹介

アポロン「私の男の娘になるのが条けウボアッ!?」
ダフネ「いい加減にしろこの変態!!」
ヒュアキントス「ダフネ貴様!!」

…よく逃げ出さなかったな、このベル君。


ベル・クラネル

Lv.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

 

≪魔法≫

【】

 

≪スキル≫

【】

 

 

 

 

「はい、これで恩恵は授けた。これでもうわが【アポロン・ファミリア】の一員だ」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 

 僕は上半身裸になり、アポロン様が背中に恩恵を刻んでくれた。

 

 これにより、僕は晴れて【アポロン・ファミリア】の団員になった。

 

 よ、良かった……遂にファミリアに入団することが出来たぞ……正直、予算がもうほとんどなかったからどうしようかと思った……!

 

 

「とりあえず、ここにいるメンバーだけでも自己紹介をしようか。私の名はアポロンだ」

 

「私の名はヒュアキントス・クリオ。この【アポロン・ファミリア】の団長だ」

 

「ウチはダフネ・ラウロスよ。よろしく」

 

「は、はい! ベル・クラネルです! よろしくお願いいたします!」

 

「さて、貴様のような奴は本来門前払いになるところだったが……運がいいことにアポロン様に気に入られるとはな……アポロン様の期待を削ぐようなことはするなよ!」

 

「ひっ!」

 

 

 こ、この団長……すごく怖い……!

 

 

「ちょっと、ヒュアキントス! いきなりそれはいくらなんでも怖がるわよ! 前もそうやってウチらに入団希望した子を逃げさせたじゃない!」

 

「ふん、どうだか」

 

「まあまあ、ヒュアキントスは落ち着いて。ベルきゅ、じゃないベル君は冒険者になりに来たのだろう? ただ、もう外は暗くなりかけているし、冒険者登録は明日にしよう。今日の夕食時には、わが【アポロン・ファミリア】の他のメンバーにも自己紹介をしてもらおう」

 

「は、はい! わかりました!」

 

 

 他の人達か~。優しい人たちだといいなぁ……。ん? そういえば、この【アポロン・ファミリア】の館って外から見ても結構大きかったような……。

 

 

「あ、あの。ここの【アポロン・ファミリア】って、一体何十人ぐらいの人がいるのですか?」

 

「ん? 知らなかったのか? わが【アポロン・ファミリア】のギルドの等級はD。団員は君を入れて丁度百人だ。」

 

「ひゃ、百人……!」

 

「まあ、さすがに最初は団員全員の名前をすぐに覚えるのは無理だから、少しずつ覚えていこうね。あと部屋の振り分けも夕食の後に教えてもらえると思うよ」

 

「は、はい……」

 

 

 こ、これは予想以上に大変になるかもしれない……

 

 

「ん、そういえば貴様、宿はどこに泊まっていた?」

 

「『INN』の看板を掲げていた二階建ての木造品のお店です。」

 

「…いくらぐらいだったの?」

 

「一晩800ヴァリスで、三日で2000ヴァリスでした!」

 

「いや、それぼったくりじゃないか!?」

 

「えっ」

 

 

 そうなの!?

 

 

「よく軍資金が持ったわね」

 

「リヴィラの街の方よりはマシだな」

 

「ま、まあこの【アポロン・ファミリア】に入団したから、今日からこの館に泊まれるし、問題は解決したけどね」

 

「は、そうか! アポロン様はこれを見越してこいつを入団させたのか! さすがはアポロン様!」

 

「は、は、ははは! それほどでも!」

 

「こいつやっぱり、容姿だけで決めたな……」

 

「と、とりあえず、まずそこの宿屋に残してある荷物を持ってきて、それから夕食にしよう!」

 

「は、はい! わかりました!」

 

 

 僕は元気に挨拶して、すぐに宿屋に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

「…たくっ、まさかのカサンドラが言っていた夢の内容が当たるなんて…」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「いや、何でもないよ。ひとまず、リッソスたちも呼んで、あいつの教育係を決めないとね」

 

「ああ、その事なんだが…」

 

「?」

 

 

 

 

 

 そして、僕は宿屋に到着した。部屋に入り、荷物をまとめていく。

 

 …正直、ぼったくられていたとは思ってなかった。

 

 当の宿屋の受付のおじさんがそう思っていなかったら、ちゃんと話をしないと…。

 

 そして部屋を出ると、丁度受付のおじさんに会った。

 

 

「ん、坊主。荷物をまとめてどうしたんだ? 遂に【ファミリア】に入れたのか?」

 

「はい! 今までお世話になりました!」

 

「いや、お世話になったかどうか……むしろこっちの方が謝罪しなきゃならない方だが…」

 

「……」

 

 

 ほ、本当にぼったくりをしてたんだ…!

 

 僕の心の中で悲しみが強まって、涙が出そうになった。

 

 だけど、そんな僕に渡そうと、受付のおじさんが何かを取り出した。

 

 

「おい、坊主……どこだか知らんが、【ファミリア】に入団できておめでとうな。あと、お前はもう少し、人を疑う所を覚えろ」

 

 

これから先、生きて行けないぞ、と。

 

 餞別代わりに黒パンを差し出して、宿屋の受付のおじさんはそう言ってくる。

 

 

「…あ、あの! ありがとうございました!」

 

 

僕はそれを受け取ってから背を向け、宿の扉を閉める。

 

 そして、扉の前で深くお辞儀をした。

 

 少しだけ、瞼の裏が熱くなるのを感じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夕食の時間になった。

 

 ここの【アポロン・ファミリア】は団長や一部の幹部を除き、交代制で夕食を作っている。僕もどこかの日に作ることになると思うけど……ひとまず、自己紹介が先だ!

 

「ベル・クラネルです! よろしくお願いいたします!」

 

「さて、見ての通り、新しいわが眷属だ。皆仲良くするように!」

 

 

 アポロン様がそう言い、多くの人達が僕に押し寄せて来た。

 

 

「リッソスだ。宜しく」

 

「わ、私の名前はカサンドラ・イリオン。よ、よろしくね」

 

「オイラはルアン・エスペルだ! よろしくっ!」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「なあ、ベル。お前どこから来たんだ? オラリオに来て何日ぐらいになる?」

 

「戦闘スタイルは何だ?」

 

「部屋はどこ?」

 

「え、えーと。遠い田舎の方からオラリオに来て、荷物検査で2日経って、街中に入ってからさらに2日でして、まだオラリオの中は何があるのかまださっぱり……戦闘スタイルもまだ……部屋は夕食後に決めてもらうそうです」

 

 

 質問攻めを喰らい、あまり食事につくことが出来なかった。一口食べただけで、非常においしく感じられたのが幸いだった。

 

 そんな時、ある質問が出た。

 

 

「そういえば昨日街中でお前を見かけたような気がするけど、何軒ぐらい【ファミリア】を訪れたんだ?」

 

「そ、それは……」

 

 

 ま、まさか見られていたとは……。

 

 

「そういえば、大分日が落ちていた時に訪ねてきたな……貴様、結局何軒ぐらい行ったんだ?」

 

 

 僕は両手の指を下して数え、3週目でようやく止まった。

 

 

「ここの【アポロン・ファミリア】を含めて丁度30軒です。」

 

「そんなに行ったのか!?」

 

「人員募集中の派閥にも行ったのか?」

 

「もしかして、有名な【ファミリア】のところにも行ったの?」

 

「はい…。人員を募集していた派閥の方は、他の入団希望者と比較されて……落とされました。もういっそのこと、オラリオに着いた時、話題になっていた【ロキ・ファミリア】にも行ったのですが……丁度入れ違いに幹部以上の人達は遠征に行ってしまったらしくて……、ロキ様も用事でいなかったらしく……結局門前払いされました。」

 

「ああ、そういえば【ロキ・ファミリア】は2日前が遠征日だったな」

 

「それは運が悪かったね」

 

「な、何か、結構大変そうだったんだな」

 

「はい……」

 

 

 いや、もうほんとに。

 

 ひどいときは殴り飛ばされたし。

 

初日でボロボロになって宿屋に帰って来た時は、受付のおじさんからすごく心配されたし。ポーションまでおごってもらったし…。あれ、何だかまた瞼の裏が熱くなっている気が。

 

 少し重い空気になり、皆がどんな言葉を掛けるべきか悩んでいる。僕もどうしようと悩んでいると、すぐに小人族の男性――――ルアンさんが、吹き飛ばしてくれた。

 

 

「ま、とりあえず! 【アポロン・ファミリア】に入れたんだ! 今はうまい飯を食って楽しもうぜ!」

 

「こういう時だけ、ルアンは役に立つよな」

 

「だけ、ってなんだよっ!?」

 

 

 夕食の会場は笑い声に包まれ、賑やかな歓迎会へと戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 夕食後、僕は団長であるヒュアキントスさんに呼び出される。

 

 もしかして、部屋の振り分けが決まったのかな? 同居人は優しい人だといいなぁ。

 

 

「部屋の案内より先に、貴様の教育係の話をしよう」

 

「!」

 

 

 まずはそっちからか……誰になるんだろう?

 

 ヒュアキントスさんが会議室用の部屋を開けると、中には―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

ダフネさんとカサンドラさん、リッソスさんがいた。

 

 って、3人!?

 

 

「え、も、もしかして……!?」

 

「そういうことだ。貴様の教育係はこの3人だ。本来なら1人か2人だが、アポロン様直々の提案でな。あまり失望させるなよ」

 

「そういうわけだから、よろしくね」

 

「よ、よろしく」

 

「よろしくお願いする」

 

「……わ、わかりました」

 

 

 プ、プレッシャーが逆に大きい……!

 

 が、頑張らないと……!

 

 

「ひとまず、この後君の部屋はどこか教えてもらって、今日はもう休むがいい。明日から忙しくなるからそのつもりでいこう」

 

「リ、リッソスさん…」

 

「流石にベルも疲れているはずだ。精神的な意味でも休まないといろいろ厳しいからな」

 

「あ、風呂場も後で案内するね」

 

「わ、わかりました」

 

「そんなに緊張しなくていい。もう同じ【ファミリア】なのだから」

 

 

 リ、リッソスさん……っ!

 

 

「……とりあえず、カサンドラ。部屋の案内を」

 

「は、はい! わかりました!」

 

 

こうして僕は会議室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「で、明日からどうするつもりなの?」

 

「とりあえず、まずは冒険者登録。その後ベルの武器選び。多分ここでかなり時間がかかると思うから、その後一旦戻って屋敷全体の案内だな。そこで明日は終わるだろう。」

 

「ふん…」

 

「ん? 何か不満かヒュアキントス?」

 

「アポロン様はなぜあいつにここまで…」

 

「ま、それは時がたてばわかるだろう」

 

「エルフのあんたが言うと説得力あるわね…」

 

 

 

 

 

 

 カサンドラさんに僕の部屋の案内をしてもらっている。

 

 こうしてみると、やっぱりこの館、かなり広い。確かに人数が多くないと掃除とか非常に厳しそうだ。

 

「……やっぱりお告げの言う通りだった」

 

「ん?今何か言いましたか?」

 

「あ、うん。……実は夢で兎さんが太陽の中に入る夢を見て。最初、今日兎人の種族の人が入団するのかなと思ったけど…君が入団してきたから…容姿も兎みたいだったし…」

 

「あ、あはは…」

 

 

 夢? 太陽の中に入る?

 

 確かに、ここの【アポロン・ファミリア】のエンブレムは太陽だし、僕の容姿も兎に似てるといわれたら似てるけど…。

 

 

「あ、ごめん。信じなくても全然かまわないよ…」

 

「いえ、信じます」

 

「えっ?」

 

「も、妄想と言われたらそれまでなんですけど……。でも、実際僕が【アポロン・ファミリア】に入団できたのは事実ですし」

 

 

 そう言ったら、カサンドラさんが非常にうろたえていて、恐る恐る言ってきた。

 

 

「し、信じてくれるんですか……?」

 

 

僕は思わず苦笑いをしながら頷く。

 

 

「大丈夫です、信じます」

 

 

 そう言うと――――カサンドラさんは感極まったように瞳を潤ませて見つめている。

 

さすがに大げさではないかと汗を流したが、それと同時にカサンドラさんが少し残念そうな顔をしたので、どうやら僕の部屋の所に着いたようだった。

 

 

「ここがベル君の部屋だよっ」

 

「ありがとうございます」

 

 荷物を降ろすため、部屋のドアを開けると、僕の部屋の同居人は―――――

 

 

 

 

 

 

 ルアンさんだった。

 

 

「え、お前らっ、どうしてここにっ!?」

 

「え、ルアンさんも知らなかったんですか!?」

 

「え、あの、僕の部屋って、ここであってますよね!?」

 

 

 こうして、僕の【アポロン・ファミリア】の生活が始まるのであった。

 




 まさかのベル君の教育係が3人という暴挙。
 アポロン様大丈夫?何か策を感じているのは気のせいか?
 
 まあ、一旦自己紹介は済んだし、次からは武器選びとして…
 ん? リッソスって誰かって? オリキャラかって?
 やだなぁ。ちゃんとダンまち本編に出ていますよ。
 アニメだと活躍が合計20秒あったかどうかですが(汗)


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冒険者登録

アポロン「くっふっふっふっ」
ヒュアキントス「アポロン様は一体何をお考えなのだ…」
ダフネ(本当に何を考えているんだこの変態)
リッソス「まあ、時間が経てばわかるだろう」
カサンドラ「遂に私の夢を信じてくれる人が…!」

 …ベル君が加入したことで、早くも【ファミリア】内部に影響しているんだが。


 ルアンさんと同居人となった僕はその晩、風呂場に案内され、入った(アポロン様の姿はなかった)後、部屋に戻り、二人で談笑していた。

 

 

「へぇ~。ベルってそんな遠いところから来たんだ!」

 

「うん。おじいちゃんがいてそこで『オラリオには何でもある』って言ってて…」

 

「で、結局オラリオに何を求めに来たんだ?」

 

「あ、うん。ダ、ダンジョンに出会いを求めにっ……」

 

「はっはっはっはっ!! なんだそりゃ!! めっちゃおもしれぇ!!」

 

「あ、あはは…。持ち物検査された時も、係の人全員に笑われたよ」

 

「まあ、普通そうだろうなっ! 大抵ここのオラリオに来るやつは富か名声、もしくは女っていうぐらいだからなっ!」

 

「そう言うルアンは一体どんな目的でオラリオに来たの?」

 

「オイラか? そうだなぁ、最初は名声だったなぁ。小人族は容姿から既にバカにされてるようなもんだし、『勇者』に代わってオイラの名を轟かしてやると意気込んだもんだぜっ!! ついでに、お金も稼ぎに来たっていう理由もあるぜっ!!」

 

「そうだったんですか!? あれ、でも確か……」

 

 

 ルアンの職業の役割って確か…サポーターだったような…。前線で戦わないから、その分手に入れるお金も減ってしまうとか。

 

 

「言うな。流石に現実はそう簡単に甘くなかった。さすがにベルよりは苦労はしてないが、冒険者を諦めて、サポーターとして道を歩むことを決意したし、それでも【アポロン・ファミリア】に入団するまでだいぶ苦労したからな」

 

 

 そういえばさっき、ルアンも僕に同情していた気が。

 

 あれって、同じ経験を味わっていたから気を揉ませたのか。

 

 どうやら、どこかの【ファミリア】に入団するまで苦労した人は僕だけじゃなかったらしい。

 

 

「まあ、言っちゃなんだが、ここの【ファミリア】の団員でもアポロン様に執着されて入団する羽目になったやつもいるし」

 

「えっ!?」

 

 

 急にとんでもない話を聞かされ、僕は目を丸くした。

 

 それって、どういう…!?

 

 

「まあ、今日はここまでにしてもう寝ようぜ!! 夜ももう遅いし、明日から多分お前はみっちり冒険者として教育されると思うから、頑張れよっ!! 特に教育係が3人ってさすがに多いと思うし!!」

 

「え、あ、うん。そうだね。」

 

 

 さっきの話が気になるけど、確かに明日から大変だ。今の内に精神的にも休んで備えよう。

 

 今ので眠気が飛んでしまったと思っていたけど、僕は今日ようやく【ファミリア】に入団できてほっとしたのか、深い眠りに入った。

 

 

 

 

 

 

「あいつもう寝たのか……」

 

 

 ルアンは、まだ起きていた。

 

 ぐっすりと眠っているベルの様子を見て、少し安心している。

 

 

(部屋当てを知らされてなかったと考えると、多分アポロン様対策として、ヒュアキントスあたりが考えたな)

 

 

 実はこの【アポロン・ファミリア】は、たまにアポロンが勝手に団員たちの部屋に侵入することがあるのだ!! 恐ろしい!

 

 

(まあ、一応侵入された際の対策も各団員で施してあるし、問題はないか)

 

 

 この部屋も例外ではない。

 

そう思い、ルアンもまたベットに戻り、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝になった。

 

 当番制で朝食を作るのは数人であるが、そのうちの一人であるカサンドラは気分が浮かれている。

 

 何かベルの料理だけ豪華な気がするのは気のせいだろう。

 

 

「な、何か、カサンドラ、妙に浮かれてない?」

 

「気、気のせいじゃないか?」

 

「ベルの部屋に案内していた後から受かれている気がする…」

 

「何を話していたか本人に聞いてみようぜ」

 

「じゃあ、お前が聞きに行けよ」

 

「いや、あの状態のあいつを見るのが初めてで、何かちょっと聞きにくいし…」

 

 

 そんなことを話している時、朝食を食べる時間となり、食事が食卓に並べられる。

 

 そして、団員全員朝食を食べ始めたが……

 

 

「な、何か僕のだけ食事が豪華じゃないですか!?」

 

「あ、ほんとだ! ずりーぞ、ベル!」

 

「一体何をしたんだ、ベル?」

 

「いや、僕に言われても…」

 

「いや本当に、一体何があったんだ…?」

 

 

 ルアンやアポロン、ヒュアキントスまで疑問を持ち始めることになってしまった朝食会となった。

 

 

 

 

 

 

 そして、朝食を食べた後。

 

 僕は着替えて出かける準備をした。

 

 

「それじゃ、行って来るね」

 

「ん、あ、そうか。まだ冒険者登録がまだだったんだな」

 

「うん。ダフネさんとカサンドラさんとリッソスさんと一緒に行って、その後武器選びに行くらしいんだ」

 

「そっか。そんじゃ、行ってこい」

 

 

 そして、僕らは館を後にした。

 

 

 

 

 

 

「いや、でもやっぱり教育係が3人なのは、多いよなぁ。一体何を考えているんだ?」

 

 

 そうルアンはつぶやくのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして、僕らは冒険者登録を行うため、ギルド本部へ行った。

 

 中に入ると、受付の人は皆綺麗で、正直見惚れそうだった。

 

 列に並んで、そのうちの一人眼鏡をかけたエルフの女性の方が相手だった。

 

 そして、冒険者登録を行った際、この質問が来た。

 

 

「アドバイザーはどうなさるのですか?」

 

「ア、アドバイザー?」

 

「ああ、教えてなかったな。普段ダンジョンでも知識ゼロで行くのはさすがに危険だから、ギルド本部からアドバイザーをつけてもらって、階層に産まれてくるモンスターの特徴や攻撃手段、またその階層の地図なども教えてくれるんだ」

 

 

 そうなんだ…。付けてもらった方が何かと役に立ちそうだなぁ。

 

 

「じゃあ、つけてもらいます。」

 

「要望はどうなさいますか?」

 

「ん?」

 

 

 え、要望!? ってことは…、エルフの女性に教えてもらうことも……!

 

 

「あ、じゃあエル「ちょっと待って」カサンドラさん!?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「こちらから人物を指名することってできるの?」

 

「えっ」

 

 

 カサンドラさん!? 一体何を…!?

 

 

「どうしたのカサンドラ。普通に誰でも…」

 

「ダ、ダフネちゃん…。前に私にアドバイザーをつけてもらったことがあったよね…?」

 

「ええ、そうだけど。それがどうかしたの?」

 

「べ、ベルもその人に教えてもらおうかなと思って…」

 

 

 あ、なるほど。信頼できる人に教えてもらおうと思ったってことか。

 

 いや、でも確かに。その方がかえっていいかもしれない。その人の教えは正しかった、とその身を持って証明しているし。

 

 よくよく考えれば、同じ【ファミリア】の女性の前で自分の好みがばれそうになったと考えると、ここは乗るしかない…!

 

 

「そ、そのアドバイザーの方は…?」

 

「う、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミィシャさんです。」

 

 

 

 

 

 

「こちらの要望で承りました。それでは、冒険者生活を頑張って下さい。」

 

 まさか、通るとは。というか受付の人のすぐ隣だったから、本人からOKをもらった。

 

 何だか僕の周りの人を見てた気がしたけど、もしかして何だが、教育係が3人もいるから安心だと思われたから!?

 

 そんな考えをした時、さすがに不謹慎だからすぐ首を振り、別の場所に向かう。

 

「そういえば、武器を選ぶといっても、どこに行くのですか?」

 

「ああ、【ヘファイストス・ファミリア】の所だ」

 

 こうして僕らは冒険者登録を終え、武器選びの方へ向かった。

 




 前回の話で、武器選びの話をすると書いてしまったが、
 こちらの話が先です。大変申し訳ございません。

さて、アドバイザーの話になりますが、なんと、ベル君のアドバイザーがエイナさんではなくミィシャさんになりました。大丈夫なの? まあ、カサンドラの元担当だったし、ひとまず何とかなるだろう。

 というか、このアポロン様の考えが読めない。風呂場にもいないし、夜這いもしないし、こいつもしかしてニセモノなのか?

アポロン「寝不足はいけないことだ!!」キラッ
 おい、こっち見て言え。


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武器選び!

 実はアポロンが勝手に部屋に侵入するのは、本当に寝ぼけて、部屋を間違えて侵入しているのだった!! しかし、普段の行動から誰も信じられていない…。

アポロン「ふっふっふ。ダフネに邪魔されてベルきゅんの風呂をのぞきに行けなかったは痛いが、神威までこっそり使って頑張って、3話にこの文を載せることで、ベルきゅんだけじゃなく、他の人からの油断も誘って夜這いしやすく…」
ダフネ「聞いたわよ変態」
アポロン「("゚д゚)」

 いつものアポロンだった。

エイナ「ところで、私の出番は?」

すみません。この埋め合わせはどうにかします!



 僕たちは、【ヘファイストス・ファミリア】が出しているお店があるバベルへ向かっている。

 

 その間、僕たちは雑談をしていた。

 

 

「そういえば、ベルは【ヘファイストス・ファミリア】のことについて、どれくらい知っているの?」

 

「えっと、武器を扱う大人気の【ファミリア】で、すごく品の価値が高くて、冒険者ならだれでも欲しがるっていうことぐらいしか……」

 

 

 正直、昨日ルアンと話していたときに少しだけ聞いた話しか知らない。

 

 

「まあ、間違ってはないわね。ちなみに、ウチらが行くのは確かにそのテナントだね」

 

 

 ほ、本当に大金をはたいて買ってくれるのかな…?

 

 正直言って、買うんだったらまだ駆け出しの僕じゃなく、ダフネさんやリッソスさんみたいな他の人の方がまだ使い勝手がいい気がするんですけど…。

 

 

「あ、あの、ダフネちゃん…」

 

「しー、静かに。着いてからのお楽しみってことでね♪」

 

「……?」

 

 

 あ、あれ? やっぱり何か裏があるの?

 

 

「いいから行くよ! 男なんだからぐずぐず言わないの!」

 

 

 そう言い、離れそうになる僕の手を引っ張っていく。

 

 それを見たカサンドラさんはもう片方の手を掴み、同じように引っ張って行く。

 

 けれど、僕らの光景を見たダンジョンに向かおうとする男冒険者たちから、殺気と嫉妬という視線を一斉に浴びてしまった。

 

 僕は蒼くなって逆に落ち着けたけど…。

 

 

「あ、あの…「あ、そうだ。オラリオでも一流の鍛冶の【ファミリア】に行くのだから、鍛冶師について少し知らないとね」…は、はい」

 

 

 僕の言葉がさえぎられた。

 

 どうやら、僕の申し出を受け取る気はないらしい。

 

 リッソスさんに救済を求める視線を向けようとすると、本人は少し離れている所で、笑うことを我慢していた。

 

 僕は諦めて、必死に体を小さくしようとする。

 

 

「べ、ベルって『発展アビリティ』のことって知ってるの…?」

 

「いえ、知りません…」

 

「『発展アビリティ』っていうのはね、【ステイタス】のLv. が上がると任意で発現できるアビリティなの。」

 

「き、『基本アビリティ』よりさらに専門的な能力を特化するのが、と、特徴かな」

 

「まあ、より詳しい話を聞きたいなら、アドバイザーの人に聞くのが一番だけど…とりあえず、その『発展アビリティ』の中には『鍛冶』っていうのもあるの」

 

 

 そういうのもあるんだ…。あれ、ということは、団員の多くがLv.2以上ってこと!?

 

 派閥の戦力として、そこいらの【ファミリア】と遜色ない!?

 

ていうか、下手したら僕らのファミリアよりも格上じゃ…。

 

 

「『鍛冶』のアビリティを持つ鍛冶師の中には、『恩恵』によって属性を付与することが出来るの」

 

「そ、その代表的なのが『魔剣』って呼ばれるものなのぉ」

 

「まあ、それを作れるのは本当に一握りの鍛冶師だけだね」

 

 

 ごくり、と喉を鳴らす。つまり、その『魔剣』を手に入れれば手練れの相手を簡単に倒せることじゃ…。

 

 

「欠点といえば、使用回数があって、限界を超えると砕けるぐらいかな。まあ、それでも効果は抜群だし、価格も非常に高価だけど…ね……」

 

 

 と自慢げに話しているダフネさんが、思わずしまったという顔を見せる。

 

 何事かとダフネさんの視線の先を見ると、

 

 

 

 

 

 

 

リッソスさんが怖い顔をしていた。

 

 

「あ、あのリッソスさん…」

 

「……ああ、すまんな。『魔剣』の話題になっていたからつい…な」

 

 

 な、なにか『魔剣』で嫌なことがあったのではないか?

 

そう思うと、ダフネさんがリッソスさんに聞こえないぐらいの小声でしゃべってきた。

 

 

「…今言った『魔剣』の中で、『クロッゾの魔剣』というものがあって、普通の『魔剣』とは比べものにならないくらい強力なやつなんだけど、……それが戦争に使われて、海や森を焼き払ったのよ。その中にはエルフが住んでいた森もあって……」

 

 

 な、なるほど……。エルフにとって『クロッゾ』の名が無視できない存在なのか…。リッソスさんの場合、『魔剣』そのものにもわずかな恨みがあるのか…!

 

 

「…普通はお門違いだと言われ、我々の種族の中にも割り切っている者もいるが……私には、まだ、な」

 

「……」

「……」

 

「……」

 

 

 く、空気が重くなってしまった……。

 

 しかも、丁度バベルについてしまった…。

 

 こ、この空気の中、僕の武器選びをするのか…。な、何か楽しい話題を…って、武器の値段高っ!?

 

 

「さ、3000万ヴァリス!?」

 

 ベルはその値段を見てよろめく。それを見た皆が少し苦笑いをする。するとそこで、

 

 

「いらっしゃいませー! 今日のご用は何でしょうか、お客様!」

 

 

 店員さんが明るく声をかけてきた。

 

 その女の子は身長が低いけれど、可愛らしい黒髪のツインテールがぴょこぴょこ跳ねていて微笑ましい光景であった。また、その小さな体に不釣り合いな胸がデデンと、じゃなくて、とにかくこの重苦しい空気を完全に断ち切ってくれた!!

 

 

「それで、お客様? どのような品を「とりあえず、ありがとうございます!」…えぇ!?」

 

「あ、ありがとうございますぅ!」

 

「貴行のおかげで重苦しい空気が立ち去った!」

 

「ありがたいけれど、求める品はここじゃないの」

 

「「えぇぇ!?」」

 

 

 

 

 

 

「ふーん、なるほど。駆け出し用の武器ねぇ」

 

「そ、だからここじゃなく、もう少し上にあるの」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

 

 さ、流石にこんな高価な品は僕にはまだ早かった…!!

 

 

「ま、期待して悪かったな、ベルよ」

 

「い、いえ…」

 

 そうリッソスさんにフォローされると、店員さんが僕らに話しかけてくる。

 

 

「それはそうと君たち、僕の眷属にならないかい?」

 

「「「「え?」」」」

 

「僕は、実は神様で、眷属がまだ一人もいなくて、こうやってバイトをして生活費を稼いでいるんだ!」

 

「いや、神様がバイトって…」

 

「今なら団長にもなれるよ!」

 

「…………」

 

「おい、ダフネ。考えるな」

 

「ヘスティアちゃん!!! 何をやっているんだい!! まだバイトの時間だよ!!」

 

「わ、ご、ごめんよ!!」

 

 

そう言い、店員さん、もとい、バイトの神様はそう言って駆け足で持ち場に戻っていく。

 

 

「……」

 

「とりあえず、上に行きましょう」

 

「はい…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「1万2000ヴァリス!?」

 

 

こ、これなら……。でも、なんで?

 

 

「ふふ、驚いた?」

 

「は、はい。」

 

「【ヘファイストス・ファミリア】は、末端の鍛冶師にもどんどん作らせてお店に並べているのだ」

 

「え、でもそうしたら…」

 

「勿論、熟練の鍛冶師の作品と商売する環境は異なるが、こうして作られた武具を店の経営陣が確かな値段を張り、そして冒険者が直接手を取り、購入する。そういった評価が未熟な鍛冶師にとってプラスにもなる、というのがこの場所だ」

 

「そ、そう言った場所が、ま、まだ末端の冒険者の客層を捕まえることが、出来るのぉ」

 

「まあ、私たちもここでお世話になったからね」

 

 

 な、なるほど…。そういう所だったのか…。

 

 僕は様々な武器を取り、どれが自分に合うか探し始める。

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐ夕方になる頃。

 

未だにしっくりくる武器が見つからず、前途多難をしていた。

 

一応武器も振り回せる部屋もあり、実際に扱ってみることもできるが、それでも合わなかった。

 

リッソスさんも「そういうものだ」といってはいたが、さすがに時間をかけすぎる。早く決めないと、と決めた所で、ふと目が引っ張られる。

店の中でも目立たない片隅にボックスがあった。中をのぞいてみると…

 

 

「アーマー系統? あ、短刀もある」

 

「気に入ったの、見つかった?」

 

「は、はい! 後は試着して見るだけです!」

 

「ほう、どれどれ……。お、中々、丁度いい感じがするぞ」

 

「値段は……短刀合わせて合計4万5000ヴァリスね。丁度いいんじゃない?」

 

「まさか鎧の装備のサイズが全てピッタリとはねぇ」

 

「ま、そういうこともあるさ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

遂に装備が手に入った…!

 

 

「この鎧や短刀の製作者の名はぁ……っ!?」

 

「ん? カサンドラ? どうかしたのか?」

 

「あ、いえ、なんでもないですぅ」

 

「……?」

 

 

 そんな一悶着があったけど、とにかく僕の装備を購入した!

 

 

 

 

 

「そういえば、この鎧の名前は……。えっ」

 

「ん、どれどれ……兎鎧(ピョンキチ)!?」

 

「ふふふっ……っ」

 

 わ、笑わないで下さい……。

 




はい、というわけで、前書きにもあるように、アポロンはアポロンだった。

 本文の話をさせていただきます。ベル君がこの武器に到達するのが原作より早くなってしまいましたが、原作より早いのは【ファミリア】に入団するまでに要する日数とこの話に関することのみでしょう。(多分)
 
 そして、某王国の貴族出身の人の名前は、エルフであるリッソスさんがベル君の近くにいるため、まだ出せません。

 あ、鎧の名前に関しては、作者のネーミングセンスではなく、原作のままなので、ご了承ください。

 


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豊穣の女主人

アポロン「く、こうなったら今日決行するしかない!! ベルきゅん!! 早く、カモン!!」


この目論見は意外な形で崩れることになった。


 武器を買った帰り道の話だった。

 

「ここら辺、やっぱ毎日にぎやかね」

 

「そうだな」

 

「……?」

 

 蒼くなった宵闇に、数えきれない笑い声。

 

 仕事を終えた労働者や冒険者たちが酒盛りにふけっている。

 

 中には、いくつもの人影が道の真ん中に踊っていた。

 

 亜人達や小人族、ドワーフやアマゾネス達が肩を組んで歌を歌い、笑いあっている。

 

 メインストリートは、夜の顔に移っていた。

 

 

「ぎゃあああ!?」

 

「!?」

 

 

 そんな時、酒場のお店から三人組の男たちが放り出される。

 

 

「『豊穣の女主人』の所からか…」

 

「大方、店員にちょっかいでも出そうとしたんじゃない?」

 

「え、でも放り出された方は冒険者っぽいんですけど!?」

 

 

 僕は唖然としていた。もしかして、他の客からやられたのかなと考えたけど、すぐに否定される。

 

 

「『豊穣の女主人』はね。店員と店長、両方普通の冒険者より強いって聞いたことがあるわよ」

 

「ええっ!?」

 

 

 ソンナニ!? いや、でも確かに、一瞬だけ外に出たエルフの店員の目付きが確かにただ者じゃなかった気が…。

 

「シルに手を出そうとしたことを一生後悔しろ」と聞こえたし。真剣も持ってたし。

 

 

「まあ、あの店に行ったことは、実はウチ、一度もないんだよね」

 

「ダ、ダフネちゃんも!? じ、実は私もぉ。料理もおいしいって聞いたことがあるけどぉ。」

 

「そういえばそうだな。実は私も行ったことがないな」

 

 

 あ、あれ? これは…?

 

 

「そういえば、前にアポロン様がここを通ろうとした時、何故か「ここは通りたくなーい」って毛嫌いしてたわね」

 

「え、そうなのぉ?」

 

「ええ。最初は何か裏があるのか疑ったけど、もしかしてここの『豊穣の女主人』の店員にちょっかい出そうとして、返り討ちにあったんじゃない?」

 

「その可能性は高いな」

 

「それだったら確かにつじつまが合いますね…」

 

 

 何か容易に想像出来た気がするけど、気のせいだよね。

 

 

「で、どうする? せっかくだからここで夕飯を済ます?」

 

「え」

 

「まあ、確かに。もう館の夕食会には間に合わないし、我々だけでも食べ

ますか?」

 

「じゃあ、それに賛成ぇ~」

 

「じゃ、じゃあ僕も…」

 

「よし、じゃあ決まりね!」

 

 そんな感じで、僕らは『豊穣の女主人』の店に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー! 何名様でしょうか!」

 

「4名だ」

 

「かしこまりましたー! お客様4名入りまーす! こちらのテーブルにどうぞ!」

 

 鈍色髪のウェイトレスに案内させ、テーブルに座る。しかし、

 

 

「……!?」

 

「さて、注文を決めるか……ん、ベル、どうした?」

 

「い、いえ……何か、嫌な感じが」

 

 

 視られてる。しかも、普通ではなく、値踏みするような視線が。初めて入った客を見るような視線では決してない。

 

 

「そう? 別に変わったところは特にないような気がするけど…」

 

「べ、ベル…?」

 

 

 当たりを見まわしたが、特に変わったところが見つからない。

 

 僕の勘違い…?

 

 

「あ、あの。お客様? ご注文は…?」

 

「あ、はい。とりあえずおすすめを人数分で」

 

「ご注文承りました!」

 

 

 腑に落ちないけど、とりあえず注文を頼み、料理を食べることにした。

 

 

 

 

 

 

 料理が来るのを待つまで、談笑すると、他の客の話が聞こえてきた。

 

 

「【アポロン・ファミリア】か。珍しいな」

 

「そういや、この店で見るのは初めてだな」

 

「おいおい、もしかしてこの店の店員にちょっかいでも出そうに来たんじゃないのか?」

 

「ははは、まさか。来たメンバーに女性が含まれているぜ」

 

「【月桂の遁走者】に【悲観者】か。あれ、あのエルフの二つ名って何だっけ?」

 

「ああ…あれ、確かに何だっけ?」

 

「そういや、それといる白髪の小僧は見た顔じゃねえな。駆け出しか?」

 

「ん? あれ? 俺つい最近どっかで見たことがあるぞ!?」

 

「え、まじで!? じゃあ、あいつも二つ名があるのか?」

 

「いやそうじゃなくて…どこだったか…」

 

「ん? あいつは確か、俺らの【ファミリア】に入団申し込みに来たガキだ!」

 

「っ!」

 

 

 ついに、僕の事がばれてしまった!

 

 

「ベル。あまり気を留めないで。ここから先成長して、やつらに吠え面を描かせてやるのよ!」

 

「そうだ、まだお前の冒険はまだ始まっていないからな」

 

「べ、ベル。わ、私は応援するよ!」

 

 

 み、皆…! そ、そうだ! 僕はもう【ファミリア】に入団できたんだ!

入団出来た理由はどうであれ、今はもう頼もしい仲間もいるしこれから何とかなる!

 

 

「なあ、今の話って…」

 

「ああ、確かあのガキが来た時、なんか殴られたような跡があったが、

 

「入団させてください」って言っててな」

 

「で、そんな状態のやつをお前は断ったのか」

 

「ああ。まあ、サポーターだったら考えてやってもいいが、冒険者と来たもんだ。あんな田舎丸出しのやつを入団させた【ファミリア】があること自体信じられねえよ」

 

「そんなにひどかったのか?」

 

「ああ、あの時のあいつの恰好、ひどいもんだったぜ。なんかはぎ取られた跡があるわ、傷つけられた跡はあるわで、ひどかったんたぜ?」

 

「お、おう。そ、それは、たしかに、ひどかったな」

 

「だろ! 身分をわきまえろって、一発ぶん殴ったけど」

 

「おい、お前…」

 

 

 

 

 

 

「ね、ねえ、ベル。今の話、ほんとなの?」

 

「……ええ、本当です」

 

 正直、すぐに出るべきだった。しかし、料理の値段が少し高かったこともあって、頼んだ手前、店を飛び出す自信がなかった。仲間にも申し訳ないし…。

 

 そんなことを考えていると、僕の話題をしていた冒険者たちが「飯がまずくなるニャー!」「他の客の迷惑なんだよ!」って黒色の猫人や薄茶色の髪をした女人の店員達に殴られたり蹴られたりとしばかれていて……って、えええ!?

 

 

「よくやった! クロエさん! ルノアさん!」

 

「正直胸がスカッとした!」

 

「料理の追加の注文を!」

 

「え、えええ!?」

 

 

 な、何か周りの客から称賛されている……!?

 

「ショタの平和は守るニャ!!」って聞こえた気がするんですけど!?

 

 

「…ウチらがやる前に終わっちゃったね」

 

「ま、おかげさまで胸がスカッとしたが」

 

「あ、もう一発重いのが入った」

 

「よし、そこだ! 目を狙え!」

 

「……」

 

 

 い、いつの間にか戦闘態勢に入っていた…!?

 

 でも、店員達が先に片づけたから、武器をしまっていたけど…。というか、リッソスさん、やる気満々だったし。応援しているし。

 

 

「あ、ちょ、丁度料理が来たみたい!」

 

「よし、じゃあ早速食べますか!」

 

「ええ! あ、あと、酒も追加で!」

 

「あ、あはは……」

 

 

 ぼ、僕の決意は一体…。

 

 

 

 

 

 

 『豊穣の女主人』で夕食を済ませ、館に戻っていると、ダフネさんから話があった。

 

 

「ベル、明日の事なんだが、早速ダンジョンに入ろうと思うの。実戦を積んだ方が何かと経験値も早く貯まるし」

 

「はい、わかりました」

 

「あ、あと。何でも一人で抱え込まないこと。ウチらはもう同じ【ファミリア】なんだから。悩んでいる時は必ず相談すること!」

 

「……はい! ありがとうございます!」

 

 そうして、僕らは【アポロン・ファミリア】の館の中に帰って行く。

 

 

 

 

 

 

 

「遅いぞ、皆! 心配したじゃないか!」

 

「あ、アポロン様」

 

「全く、早く風呂でも済ましなさい。特にベルきゅ、じゃない、ベル君」

 

「え、あ、はい」

 

「安心しろ、ベルよ。ダフネやヒュアキントスがこの館にいる限り、お前の貞操は守られる……はずだ」

 

 

 いや、何の話!?

 

 

「今は私がアポロン様を見張るから早く風呂に入れ」

 

「え、あ、はい。リッソスさん、ありがとうございます…?」

 

 

 こうして僕は一人風呂を済ませ、同居人であるルアンと談笑した後、就寝することになった。

 

 

 

 

 

 

 そして夜中にアポロン様の悲鳴が聞こえた気がするけど、ぼくはそのままベットに横になった。

 

 

 

 

 

 

 そして僕はついに明日、ダンジョンに踏み入れることになった!

 




 …なんか最近、ヒュアキントスやルアンよりもリッソスさんが結構前に出ている気がする。

 ていうか、このベル君、他の冒険者達にいじめられすぎの気が…
 予想以上にひどい目に合わせているので、マジで申し訳ございませんでした(土下座)

 後々、こういうやつらに報復が来るので、お楽しみにして下さい。

アポロン「わ、私の扱いにも!」
ダフネ「貞操を奪おうとする変態に扱いの悪さなどあるか!」

 


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初めてのダンジョンへ!

アポロン「ベルきゅんが『豊穣の女主人』の所に行っただと!? 大丈夫だったか!? 手は出されなかったのか!?」
リュー、クロエ、アーニャ、ルノア「「「「鏡見ろ((ニャ))変態」」」」
ダフネ「ウチらの変態がどうもすみませんでした!!」







 朝起きて、朝食を済まし、僕は買った鎧や短刀を身に付け、ダンジョンに向かおうとした時、同居人のルアンが話を持ちかけてきた。

 

「なあ、ベル! オイラも一緒に行っていいかっ!?」

 

「ど、どうしたの、ルアン?」

 

「いや、実は、オイラはサポーターなんだが、チームの組んでいたやつがちょっと急用が入ったらしくて、今日の予定がなくなってしまったんだ。そこで、ベルについていこうと思って…」

 

 

 な、なるほど…。

 

 

「まあ、先に教育係のやつらに断られたらそれまでなんだがな」

 

「……と、とりあえず、カサンドラさんたちに聞いてみよう」

 

 

 

 

 

 

「ん、別にいいわよ」

 

「特に問題はない」

 

「わ、私もぉ~」

 

 

 あっさりとOKをもらった。

 

 

「よっしゃ! 早速ダンジョンに行こうぜ!」

 

「いや、その前に…」

 

「?」

 

「そうね、アドバイザーの所で勉強会が先ね」

 

「あっ…」

 

 

 そうだった…。ダフネさんやリッソスさんたちにいろいろと教えてもらっていたけど、ダンジョンそのものの知識はまだほとんど何もない…!

 

 

「い、今からギルド行って速攻で終わって戻ったとして、早くても午後過ぎになるかも…」

 

「マ、マジかよ…!」

 

「ご、ごめん、ルアン!!」

 

 

 そ、そんなに時間がかかるとは…すぐに行かないと今日ダンジョンに行けない!

 

 

「すぐにギルドに行ってきます!!」

 

 

そう言い、僕はギルドまで一直線に走って行った。

 

 

 

 

 

 

「あ、ベル、……お昼ご飯どうするんだろう…」

 

 

 

 

 

「―――――あ」

 

「本日から貴方のアドバイザーを務めることになりました、ミィシャ・フロットで~す! 今日からよろしくお願いしま~す!」

 

「あ、はい! ベル・クラネルです! よろしくお願いします!」

 

「さてさてぇ、ベル君はどこから知りたいかな~?」

 

「あ、えーと。ひとまず、ダンジョンの事について…」

 

「あ、そこからか。えーとね。ダンジョンはね、生きているんだ~。記録上だと、千年以上前に既に存在していて、そこから無限にモンスターを生み出すところなんだ~。約千年前に天界より神々が降臨して、神の眷族となった人間たちはファミリアを組織して下界に蔓延るモンスターに対抗するようになったんだ~。そしてさらに~! ダンジョンの上に建設されたバベルという巨塔によりモンスターがダンジョンに閉じ込められたため、地上には一定の秩序がもたらされているんだ~!」

 

「ダ、ダンジョンが生きている!?」

 

 

 さ、最初の話から驚きなんですけど!?

 

 

「ただ、ダンジョンの抜け穴はバベルのみだと考えられていたけど、他にももう一つあって、そこはもうゼウス、ヘラの両方の【ファミリア】が完全にふさいだんだ~」

 

 

 え!? ダンジョンのもう一つの抜け穴!?

 

 

「そ、それって一体どこに…!?」

 

「ん~とね、このオラリオから南西にあるメレンという町があって、そこにある汽水湖の底から水の中に生息するモンスターが出ていたんだ~」

 

 

 そ、そうだったのか…! 一応水の中に生息するモンスターもいるから、どうやって地上の海に出ていたんだと思っていたけど…!

 

 

「まあ、でも、さっきも言った通り、もう塞いであるから心配しなくても大丈夫だよ~」

 

「あ、はい、ありがとうございます…」

 

「今度は何が聞きたいぃ?」

 

「そうですね、モンスターの事やダンジョン1階層について…」

 

「はいは~い。それじゃ、それに関する資料とか持ってくるね~」

 

 

 

 

 

 

 こうして僕は、僕のアドバイザーであるミィシャさんから上層に産まれるモンスターの特性やダンジョン1階層の構造について学んだ…。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様~。今日の講義はここまで~」

 

 

 つ、疲れた…!

 

正直、想像以上に結構疲れたぞ…! ダンジョン1階層の道を覚えるのにこんな大変何て…! お昼ももうすぐ過ぎようとしてるし、これからダンジョンに行くのに僕の体力は大丈夫かな…?

 

 

「あれ、ベル君? もしかして、もうへとへとなのかな~?」

 

「ギクッ」

 

 

 み、見抜かれていた…!

 

 

「ふっふっふっ。そうだったら、私の同僚が担当官だったら初日で逃げ出していたんじゃないかなぁ~」

 

「えっ」

 

 

 私の同僚が担当官だったら…? も、もしかして昨日の眼鏡をかけた受付のエルフの女性かなぁ…? 相当スパルタなのか…!?

 

 

「まあ、でも食らいつく分には大丈夫だよ~。その分、知識が身につくから生き残れる確率も上がるからね~」

 

 

 そう。冒険者は命を張って戦っている、ハイリスクハイリターンの職業だ。しかも、冒険者の6割が、ランクアップをしていないLv.1の下等冒険者なのだ。

 

 

「君の場合、教育係が3人もいるみたいだけど、油断は禁物だからねぇ」

 

「はい…」

 

「これから先輩冒険者から実戦的なことを学ぶことも大切だから、頑張ってね~」

 

 

 そう言い、談合室を出て、僕は近くの出店でジャガ丸くんを購入(この時の店員が、以前ヘ【ファイストス・ファミリア】の出店の店員をしていたバイトの神様だった)し、昼食を食べ、【アポロン・ファミリア】の館まで戻り、ルアンらと一緒にダンジョンへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在、ダンジョン1階層。

 

 僕は遂にダンジョンに足を踏み入れたのだった!

 

「ここがダンジョンかぁ~」

 

「始めて来ると、中々緊張するだろ?」

 

「うん。ルアンもそうだったの?」

 

「ああ、そうだぜ。いつモンスターが襲ってくるか怯えて…って何言わすんだよっ!」

 

「あ、あはは…」

 

 

 お、おかげで緊張が飛んだけど…

 

 

「まあ、最初は手本を見せてあげるね……お、丁度来た」

 

 

 そう言うと、遭遇したゴブリンを細剣で、一撃で倒した。

 

 

「こんなもんかな?」

 

 

 そう言い、ゴブリンの中から魔石を取り出し、ゴブリンは灰となって消える。

 

 

「まあ、最初は上手くいかなくても、モンスターを的確に倒していけば何とかなるわ。あ、あと魔石やドロップアイテムの回収は周りに敵がいないことを確認してから獲ること。ダンジョンの壁に傷をつけているとよりベストね」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

 

 そう言い、ダフネさんやリッソスさんたちに見守られながら、僕はダンジョンに挑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ダ、ダフネちゃん。ベルの戦闘、どう思う?」

 

 

 ベルが都合3体目のコボルトと戦っている時、カサンドラはダフネに尋ねる。

 

 

「そうねぇ。まだ駆け出しだし、あんまり強くは言えないけど…筋がいいっていうわけじゃないわね」

 

 

 丁度ベルが現れた2体目のゴブリンに不意打ちの攻撃を「ぐえっ!?」と声を鳴らし喰らっている。

 

 

「とりあえず、今は見守ることだな…」

 

「そうだね。」

 

 

 ベルはお返しとゴブリンに短刀で一太刀浴びせた。

 

 

 

 

 

 

 

 ベルは今挟み撃ちになっている。

 

 道が丁度直線しているかのように二つ分かれており、どちらに進もうかと考えたとき、二つの道から2体ずつ来て、さらに来た道からベルとダフネ達のちょうど間に3体生まれ、少しばかり窮地に陥っていた。

 

 ダフネ達は非常に危険な時のみ介入するが、それ以外は見守ることに徹しているため、今回もまたベルの事を見守っていた。

 

 

(さて、どうする…?)

 

 

そう考えていると、モンスター達が一斉にベルに襲い掛かってきた。

 

 

「うわっ、ちょっ、このっ! ぐえっ!? えいやっ! がはっ!? ぶっ!? どりゃあっ!」

 

 

と、攻撃を喰らいながらも、ジャンプして回避し、跳び蹴りしてうまく反撃し、短刀で致命傷を与え、モンスターを倒していった。

 

 

 

 

 

 

「ベル、少なくとも、戦闘スタイルは蹴りを交えて、短刀を中心としていることだけど、蹴りの強さを上げることと、短刀を振るときのぶれを無くすことが課題ね」

 

「私も同意見だ」

 

「【ソールライト】!」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「ベル、もう少し魔石の回収の速度を早めようぜ。さっきみたいに遅くなるとモンスターから不意打ちを喰らってしまうし」

 

 

 結局、リッソスさんやダフネさんから戦闘スタイルの大幅な修正が求められ、カサンドラさんから魔法で回復させてもらい、ルアンから素早く魔石を回収出来るようにコツを教えてもらった。

 

 

 

 

 

 

(そういえば、結局、ドロップアイテムは最初に戦った時に落ちた『コボルトの爪』のみかぁ…)

 

 

 ダンジョンから帰還し、ギルドへ魔石の換金をしに行って、待っている間にベルはそんなのんきな事を考えていると、張り紙が多く貼られていることに気づく。

 

 

「あ、あの、カサンドラさん。あれは一体…?」

 

「え、ああ、あれはね。クエストというもので、依頼人が抱えている問題を冒険者に解決してもらおうとしているものなの。依頼人側は依頼の内容に見合った報酬を用意して、冒険者側はクエストをクリアした見返りとしてその報酬がもらえるの」

 

「へぇ、なるほど…。僕みたいな駆け出し冒険者向けのクエストもあるのかな?」

 

「そ、それはほとんどないと思う。並の【ファミリア】や冒険者なら、大抵は自分たちだけで辿り着くから…」

 

 

 そうか…。確かに、冒険者の6割が、ランクアップをしていないLv.1の下等冒険者だし、依頼の内容をよく見れば中層以下の対象が多い。

 

 

「でも、ギルドに貼り出されているのはちゃんと確約されて信用できるものなんだけど……そうじゃない場合、怪しいクエストが多く、ひどい場合だと報酬が踏み倒されちゃうこともあるから…」

 

 

 そ、それは嫌だな…。少し視線をダフネさんに向けると、話を聞いていたのか「ちゃんと相談するのよ」といわんばかりの顔を向けられた。

 

 

「で、でも、その場合、その【ファミリア】ごと信用が失うことになるから、滅多に起きないけどね」

 

「あ、あはは」

 

 

 僕は苦笑いするしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、魔石やドロップアイテムの換金を済ませ、館へと帰る。

 

 夕食も食べ、アポロン様が酒に酔っていた間に風呂に入り、ルアンと話をして、就寝した。

 

 

 

 

 

 こうして、僕の初めてのダンジョンは終わりを告げたのだった!

 




アポロン、お前、酒に弱かったのか…
 ソーマ様が造った酒ならまだわかるけど…

 というか、作者、戦闘シーンの描写……修行しないと(使命)
 あと、ミィシャの口調、これでいいのか正直不安なんだが…

 あ、次回から話が2週間飛びます。


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怪物祭
ヒロイン登場


アポロン「ふっふっふ。ベルきゅんの教育係を3人にすれば、いくら何でもダンジョン内は大丈夫のはず! そして、恐らくベルきゅんはプレッシャーに非常に弱いと思うし、館に帰還して戻って疲れ切ったところを襲えばそのまま…」
ダフネ「(深く考えた私が馬鹿だった)させると思う?」

ベル「もっと強くなって、技を磨かないと…!」

…アポロンの考えは浅はかだった…。


 拝啓 おじいちゃんへ

 

 

 

 こんにちは。ベル・クラネルです。天国で元気にしていますか?

 

 僕は無事に【ファミリア】に入ることが出来ました。

 

 そして、おじいちゃんが言っていた通り、オラリオには何でもありました。

 

 うまく立ち回れば、富や名声を手に入れるけど、そこに足を踏み入れた者は否応なく時代のうねりに飲まれていく所でした。

 

 でも、子供から成長して、英雄の冒険譚にあこがれる男が考えそうなこと。

 

 可愛い女の子と仲良くしたい。異種族の女性と交流したい。

 

 ダンジョンに出会いを、訂正、ハーレムを求めるのは間違っているだろうか?

 

 おじいちゃん、僕は――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が間違っていました!

 

『ヴヴォオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「「「「ほぁあああああああああああああっ!?」」」」

 

 

 現在地、ダンジョン5階層。

 

 僕たちは今、ミノタウロスに追われています!

 

 

 

 

 

 

 

 始まりはこうだった。

 

 まず、普段通り僕のアドバイザーであるミィシャさんの座学を学び、その後ダンジョンに行こうとする。だけど、僕の教育係の一人であるリッソスさんは用事があるらしくて、遅れて来ると事前に連絡をもらった。

 

 さらに、この時すでにダンジョンに足を踏み入ってから2週間が経っている。ミィシャさんからも「教育係2人以上いれば、5階層まで進出してもよし!」と承諾をもらっていた。

 

 また、ルアンも「5階層まで行こうぜ!!」といい、ダフネさんも容認していたけど、カサンドラさんは「夢のお告げで、地面から這い出た闘牛に襲われる夢を見たの~」と言い、非常に反対していた。

 

 しかし、「5階層にミノタウロスが出現するわけねぇだろ!」というルアンの一言が決定打となり、しぶしぶ承諾してくれる。

 

 いや、僕もミィシャさんとの座学の効果なのか、ちょっと流石に5階層にはいないんじゃ…と思っていた。

 

 こうして、僕たちは5階層に進出する事となった。

 

 ただ油断があったのは、ダフネさんの装備が最低限しかなかった事。

 

 そして、普段中層にいるはずの『ミノタウロス』とまさかの遭遇を果たし、今に至る!

 

 

 

 

 

「な、なんで中層にいるはずの『ミノタウロス』が5階層にいるの~~ぉっ!?」

 

「つべこべ言わずに走るのよカサンドラっ!!」

 

「うわぁああああああっ!?」

 

「ひぃいいいいいいいっ!?」

 

 

 少し前までいかにも青臭い考えをしていた僕は、いや僕らは今、死にかけている。

 

 駆け出し冒険者のLv.1の僕やサポーターのルアンの攻撃では一切ダメージが与えられない。

 

 また、Lv.2のカサンドラさんも回復など後方支援がメインであり、有効打は期待できず、さらに、ダフネさんも装備の関係上連携があったとしてもあまり攻撃が通らないらしい。

 

 詰んだ。追い付かれた瞬間、間違いなく終わる。

 

 日々数えきれない死者を出すダンジョンに出会いなんかを求めた時点で、僕はどうかしていたんだ。

 

 分かれ道が見え、スキル【鉛矢受難】が発動していたダフネさんを先頭に、左に行こうとする。

 

 しかし、その直前で背後から『ミノタウロス』が持っていた天然武器を投げつけられてしまった。

 

 

『ヴゥムゥン!!』

 

「きゃああ!?」

 

「うわあっ!?」

 

「カ、カサンドラさん!? ルアン!?」

 

 

 全員当たりはしなかったものの、土の地面を砕き、カサンドラさんの足場を巻き込み、また体格の小さいルアンがバランスを崩してしまう。二人ともこけて、僕らと離れてしまう。

 

 しかも、よりにもよって、行き止まりである右の方向に。

 

 

『フーッ、フーッ!』

 

「ひ、ひぃいいいいっ!?」

 

「た、助けて…!?」

 

「こ、この! こっちだ!」

 

 

 僕は二人を逃がすため、短刀を『ミノタウロス』に投げつけた。狙いとしては、こちらに誘き寄せて囮になるためである。

 

 しかし、

 

 

『ヴォン!』

 

 

 と、簡単に弾き飛ばされ、僕の事を完全にスルーされてしまう。

 

 

「こぉんの、どうよっ!」

 

 

 今度はダフネさんが『ミノタウロス』に細剣で切りつけようとする。Lv.2の身体能力を持ってスピードが増し、胴体に命中した。

 

 

「……っ!?」

 

『……?』

 

 

 所が、傷一つつけるどころか、細剣の方が折れてしまった。

 

 『ミノタウロス』は疑問符を浮かべているみたいだけど、一応足止めには成功している。

 

 ダフネさんはすぐに予備の短刀の方に持ち替えたけど、冷や汗を流している。僕も急いで投げつけた短刀を拾い、どうにかしてまだ道があるこちら側に誘き寄せるかと考えた。

 

 そして、『ミノタウロス』は分かれ道中央に投げつけた天然武器を再び手中に収めて―――――。

 

 

 

 

 

 

 『ミノタウロス』に近づいていた僕に、襲いかかってきた。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

僕は何とか回避しようとしたが、脇腹に天然武器がかすってしまった。

 

 

「べ、ベル!?」

 

「だ、大丈夫! まだ何とか動ける!」

 

 

 とは言っても、すごく痛い。

 

 痛みをこらえて声が挙げたけど、余計に痛くなった。

 

 脇腹を抑えながらどうにかこの状況を抜け出さないと考えていると、ルアンとカサンドラさんが僕らがここに来た道に逃げ込めている。

 

 どうやらミノタウロスが僕のいた方向に向かったから、逆にルアンとカサンドラさんが行き止まりの道から脱出できたみたいだった。

 

 それを確認した僕とダフネさんは逃げ出し、『ミノタウロス』も僕らの方に追って来る。

 

 ルアンとカサンドラさんはすぐに救援を呼びにそこから離れ、ダンジョンから脱出へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぐぐぐ…っ!!」

 

「ちょっ、ベル、本当に大丈夫なの!?」

 

 

 逃げている途中、ダフネさんが僕の状態を心配してきた。

 

 傷から流れ出る血が、『ミノタウロス』に僕らが逃げた方向を教えてしまう。そのため止血しようとしているけど、上手くできない。

 

 どうにかしようと考えたとき、再び『ミノタウロス』が持っていた天然武器を投げつけられ、足場に着弾した。

 

 

「うわぁっ!?」

 

「ッ!? まずい!」

 

 

 今度は僕がバランスを崩し、こけてしまった。

 

 ダフネさんがすぐに僕を抱えようとするも、『ミノタウロス』がすぐさま僕たちに追いつく。

 

 そして、僕のことで気を取られていたダフネさんに拳をふるった。

 

 防御も間に合わず、顔を蒼白させている。だけど、それが当たる寸前で僕が力いっぱい彼女の腕を引っ張り、ギリギリで躱させた。

 

 しかし、躱せたとしてもそこまで。

 

 今度は蹴りを見舞われ、僕たちはダンジョンの壁に叩き付けられた。

 

 

「がはぁ…っ!」

 

「が…っ!」

 

『ヴォオオオォ…ッ!』

 

 

今度は左腕が折られる。それでもどうにか意識を手放さず、僕らの状況を一瞬確認すると、ダフネさんの片足が折れていた。また、僕が身に着けていた鎧も全損している。

 

 絶体絶命だ。もう僕らでは、この状況をひっくり返せない。

 

 さらに、拾われ、それを僕らに向けて振りかざしている。

 

 近づけられ、それが振り下ろされる前に、僕はどうにかダフネさんごと身を投げた。

 

 後ろで爆音が聞こえ、その強烈な一撃を躱してみせる。

 

 それでも、ここが限界。

 

 すぐさま立ち上がってダフネさんを抱えて逃げようとする僕を、『ミノタウロス』は片手で捕まえた。

 

 

「う、あ、ああ…」

 

 

 振り解けず、簡単に持ち上げられる。暴れても、全く意味がない。

 

 ここが僕の死に場所? 墓場?

 

 走馬灯が過ぎろうと、頭が働いてくる。

 

 顔を近づけられ、『ミノタウロス』の目に恐怖と絶望をしている僕の顔が映った。

 

 天然武器を振りあげ、僕に打ち下ろそうとしている。

 

 

『ブォオオオ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ブォオ!?』

 

 

その時、『ミノタウロス』の体に重い一撃が入る。

 

至近距離でそれを見た僕は、その返り血を顔から浴びた。

 

 その攻撃により、『ミノタウロス』の手から解放されて尻餅をつく。何があったのか見ると、そこに立っていたのは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかの、ヒュアキントスさんだった。

 

 

「全く、Lv.2が二人もいるのに、何て様なんだ…」

 

『ブ、ブォオオオオオ!!』

 

「動きが重いぞ! 牛風情がっ!!」

 

 

そう言いながら、波状剣を斬り上げる。

 

 『ミノタウロス』の肉体を簡単に斬り、またそこから連続攻撃を浴びせた。

 

 『ミノタウロス』はたまらず距離を取り、突進の構えを取る。

 

 

「その構えはもう見飽きた。すぐに終わらせてやる!」

 

 

そして『ミノタウロス』は、ヒュアキントスさんに向けて突進した。それを横に避けてきれいに躱し、がら空きとなった背中に向け波状剣を突き刺した。

 

 魔石ごと貫かれた『ミノタウロス』は灰となって消滅した。

 

 

 

 

「あ、あんなあっさりと…!?」

 

「ベル! カサンドラ! 大丈夫!?」

 

「おい! お前たち! 大丈夫かっ!?」

 

 

唖然としている僕の側に、カサンドラさんやルアンが到着した。カサンドラさんが魔法で、ルアンがポーションで傷を癒し、体の痛みが引いた。

 

 

「な、何とか、おかげさまで助かった…」

 

「まあ、今回、ダンジョンに対して楽観視していたウチの完全なミスだ。あんたらは気にしなくていいよ」

 

 

 僕と同じく傷を癒したダフネさんは責任を背負い込む。「いや、流石にそれは」と、責任の取り合いになりそうな所で。

 

 

「全く、兎風情が。こんなに軟弱とはな。一体何を教わったんだ?」

 

 

 そこで、ヒュアキントスさんが来た。

 

 かなり棘がある言い方だけど、流石に慣れてきた。

 

 

「…そういえば、ヒュアキントスさんはどうしてここに…?」

 

「リッソスから聞いていないのか? やつが来るまでの代わりに俺が貴様の教育係をするよう頼まれたのだ」

 

「それにしちゃあ、助けに来るの遅すぎじゃない、団長さん?」

 

「まさかLv.2にもなったお前がここまで軟弱だったとは思わなかったからだ」

 

 

 ん? あれ…今の言葉…まさか…!

 

 

「あ、あの! 一体、いつからこの状況に気が付いていたのですか?」

 

「もちろん、ルアンとカサンドラが5階層で私を見つけた時にだ」

 

「あ、さすがに最初からじゃなかったのね…」

 

「遠くで見つけた時、お前が取り乱して兎を助けようとした時、逆に兎に救われるところからは見たな。しかも二度も」

 

「ねぇ、忘れて! そして見つけた瞬間すぐにウチらを助けて!」

 

「これでも遠くで見つけてから全速力で来たんだがな」

 

「あ、あはは…」

 

 

 なにがどうあれ、僕たちは『ミノタウロス』の強襲から生還することが出来た。

 

 ダンジョンに出会いを求めるのは必ずしも間違いというわけじゃなかった!

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、今回の件はまだ片付いていない。

 

 

「そういえば、どうして5階層に『ミノタウロス』がいたのだ? 貴様ら、何か知らないのか?」

 

「いや、全く…」

 

 

 見当が付かない…。ま、まさか…

 

 

「も、もしかして、ダンジョン自体にイ、イレギュラーがっ!?」

 

「いや、その可能性も考えたが…。結局私が見たのは、貴前らを見つけた時のあの1体のみだ」

 

 

 簡単に否定され、もう少し現実的な事を考えようとする。

 

 じゃあ、どうして…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、もう、終わっているの…?」

 

「おい、アイズ! そっちは見つかったのか?」

 

「?」

 

 

 話し声が聞こえ振り向くと、そこには雰囲気からして、第一級冒険者らしき人物が立っていた。

 

 

「え、おい、あれって…っ!」

 

「ロ、【ロキ・ファミリア】…!?」

 

「え、ええええ!?」

 

 

 まさかの超有名な【ファミリア】の幹部たちと出会うことになった!

 

…あと、返り血を拭きたいから、誰かタオルを…。

 




 早速本文の話をさせていただきます。

 ベル君が冒険者になって2週間。
 遂にヒロインが登場しました。
 え、どれがヒロインだって?
 まあ、どれをヒロインとして見立てるかは、人それぞれですので。



 あ、次回は修羅場になりますのであらかじめご了承ください。
 (ヒュアキントスとベートって絶対仲悪いし)
 


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【ロキ・ファミリア】

アポロン「あれ、なぜか胃が痛い…」





今回の話から、後書きは基本的に空欄とさせていただきます。予めご了承ください。

 後書きが書かれるようなことがあるのは、
 アンケート
 前書きの話のオチ
 新章予告

 ぐらいだと考えてください。


 『ミノタウロス』に襲われ、危機一髪だったところ、ヒュアキントスさんの参戦でどうにか切り抜けたけど、その後【ロキ・ファミリア】の幹部らしき人物が現れた。

 

 

「け、【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインに、【凶狼】、ベート・ローガ!?」

 

「二人ともLv.5の第一級冒険者じゃねえか!?」

 

「【ロキ・ファミリア】の幹部二人がなぜここに…!? 遠征中じゃなかったの!?」

 

 

 ま、まさか、世界の中心であるオラリオの中でも最前線を誇る一握りの内に入る二人が、ど、どうして5階層に…!?

 

 もしかして、『ミノタウロス』がダンジョンの5階層に現れたことと関係があるのかな…?

 

 

「あぁん? アイズ、どうしたぁ?」

 

「あ、うん。私たちが討伐しそこねた『ミノタウロス』は、あの人たちが倒したみたい…」

 

「倒しただぁ?」

 

 

 そう言うと、ガラの悪そうな狼人の冒険者は、僕たちを見まわす。

 

 

「…はっ! Lv.3が一人、Lv.2が二人、Lv.1が二人ってところか! それにしちゃ、Lv.2の短髪のやつと、返り血でトマトっぽくなっているLv.1のトマト野郎が妙にボロボロなのは気になるなぁ!」

 

「あ、あのっ!! ど、どうして『ミノタウロス』が5階層にいたのか、知っているのですか!?」

 

「あぁ? なんだ? トマト野郎?」

 

「…っ」

 

 

 質問してきた僕に、睨み付けてくる。

 

 こ、怖い…!?

 

 ほかのみんなもその眼力で委縮していると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ一人だけ、その狼人に反論してきた。

 

 

「ふん…がさつな。やはり【ロキ・ファミリア】は粗雑と見える。飼い犬の首に首輪をつけらえないとは」

 

「あぁ? 蹴り殺すぞ、変態野郎?」

 

 

 こんな中で、あのヒュアキントスさんだけは、鼻を鳴らす。

 

 億劫そうに狼人は顔を向け、ヒュアキントスさんと狼人の視線が交差する。

 

 張り詰める場の雰囲気。

 

 しばし彼らが見据え合っていて、狼人と同じ幹部の金髪の女人は少し戸惑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、デットヒートが始まってしまった。

 

 

「ふん、そもそもこの惨状は、『ミノタウロス』を討伐しそこねた貴様らの落ち度が原因だ。」

 

「はっ! 仲間が傷ついたから責任とれってか! くくくっ、それは滑稽だな! 冒険者が命張ってる職業っつーのは承知のはずだぜ?」

 

「…何が言いたい?」

 

「わからねぇのか? それはてめえらの失敗をてめえらで誤魔化すための、ただの自己満足だろ? そんな救えねえ奴を擁護して何になるってんだ?」

 

「その失敗の原因となった貴様らに責任の追及があるぞ?」

 

「はっ、よくゆうぜ! ダンジョンっつーのは『イレギュラー』が存在している! そういうのは、ランクアップを果たした奴ほど身に染みているはずだぜ?」

 

「ふっ…その『イレギュラー』にうまく対処できていなかったのが、貴様らの現状だと思えるぞ?」

 

「はっ、周りをよく見ろ! 俺達の体には『ミノタウロス』からの傷を一つついちゃいねぇ。対して、おめーのお仲間さんたちはお前を除いて、魔法やポーションで傷をふさいだとしても、精神的にボロボロ! どう考えても今回の『イレギュラー』に対処できていなかったのはてめーらの方じゃねえか」

 

「ふん。『イレギュラー』に対処することでも、二次被害をいかに出さないかでも非常に重要な事柄だと思えるぞ?」

 

「自分自身は何もできず、泣き喚くことしかできない冒険者にか? 胸糞悪いぜ。ゴミをゴミといって何が悪い」

 

「それは、まさか自分らの手からこのような被害を出して、現実逃避するために言っているようなものだぞ」

 

「そういうふうに言い訳して、目の前で震え上がるだけの、冒険者と名乗っている情け野郎達が、俺たちの品位を下がるっていうのか? 勘弁してほしいぜ」

 

「そういうふうに喚きだすしか能のない飼い犬風情に、社会の理を理解しろといっても意味のないことだったな」

 

「はっ、事実を言われても目を背けて自己正当化している変態野郎に言っても、意味はねぇか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デットヒートが始まってから10分が経過した。

 

 場の緊張感は既にピークに達しかけている。

 

 

(や、ヤバい…!!! もう二人とも限界に近い…!! お互い相手の顔面に殴ろうとしている…!!)

 

(い、いつ爆発してもおかしくない!! 下手したら、何かの音一つで戦いが始まってしまう…!?)

 

(しかも、第二級冒険者以上の戦いに巻き込まれては、僕たちはただでは済まない…!!)

 

(と、というか、下手したら、【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売ったとみなされ、後々【ファミリア】総出で襲い掛かってくるかも…!?)

 

 

 僕たちはそれぞれの思いを抱きながら、誰かどうにかしてくれとその場を見守っていた。

 

ここはダンジョンのはずだ。まだ僕たちにモンスターが襲ってこないのは、奇跡に近い。

 

僕たちは今この場にいる中で、一番場を治められそうな金髪の女人に視線を送ると、女性の人は全くこっちに気づいておらず、どうしようかとオロオロしている。

 

 も、もはや僕たちの命運はここまでか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、ダメだ。折角『ミノタウロス』から生き延びたのに、こんな形で散るなんて。

 

 天国でおじいちゃんに会ったら、「ベルよ、男の浪漫はどうした?」と、物凄く残念な目で僕を見るだろう。

 

 折角の再会にそんな形で水を差されるのはダメだ…!

 

 僕はルアンたちに視線を向けると、ルアン達もこの状況をどうするかと目配せをしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな僕らに、助け船が来た。それに一番気が付いたのは、ルアンだった。

 

 

「……っ、う、あ…っ!?」

 

「アイズ、ベート。戻ってくるのが遅いと思ったら、何をしている?」

 

 

 そこには、ルアンと同じ小人族で、ピエロのシンボルマークをつけた冒険者が立っていた。

 

 

「ぶ、ぶぶ、【勇者】っ、フィ、フィン・ディムナまで…!? Lv.6の、一族のあこがれが今、目の前に…っ! オ、オイラ、遂に目がおかしくなったのか…っ!?」

 

「……よう、フィン」

 

「フィン……」

 

「全く、他派閥間との揉めあいを出来るだけ避けるように対処しろと言ったのに…。聞けなかったのか? 特にベート」

 

「はっ、相手様がこっちに喧嘩を吹っかけてきたから、俺は優しく対処しようとしたんだぜ?」

 

 

 ぜ、絶対嘘だ。今でも殴り飛ばす気満々だったぞ、あの狼人!?

 

 小人族の冒険者はそれを聞くと、あきれたのか、今度はヒュアキントスさんに視線を移しす。

 

 

「……はぁ。ひとまず僕は【ロキ・ファミリア】のリーダー、フィン・ディムナだ。」

 

「フン…。【アポロン・ファミリア】のリーダー、ヒュアキントス・クリオだ。」

 

「見た所、とりあえず君たちが『ミノタウロス』を倒したと思うけど、違うかな?」

 

「ほお。貴様はあの飼い犬とは違い、まだ礼儀を持っているようだな」

 

 

 ヒュ、ヒュアキントスさん。お願いだから、【ロキ・ファミリア】をこれ以上怒らせるようなことは言わないで欲しい。

 

 それを聞いた【ロキ・ファミリア】のリーダーのフィンさんは、鮮やかにいわれた言葉をスルーした。

 

 

「どうやら、ベートが非常に失礼なことを言ったみたいだね。」

 

「俺のせいかよ!」

 

「ベートさん、今は黙ってて下さい」

 

「ア、アイズまで…」

 

「…ひとまず『ミノタウロス』の件なんだけど、遠征の帰りに、17階層で『ミノタウロス』の大群に遭遇しちゃってね。返り討ちにしたんだけど、そのうちの何体か逃げ出しちゃって、上の階層に登って行ってしまったんだ。」

 

「…それで、その最後の一体が、5階層まで逃げ出したということか」

 

「そういうこと。迷惑をかけて申し訳なかったね」

 

「…ふん。最初からそう説明すれば、無駄な時間を過ごせずに済んだ。あの飼い犬に鎖でも繋いで置け」

 

 

 そう言い、ヒュアキントスさんは身を翻し、僕たちに「行くぞ」と声をかけ、その場を立ち去った。

 

 僕たちは、はっとして、急いで荷物をまとめ、フィンさんたちに頭を下げ、その場を立ち去ろうとしする。

 

 ただ…、

 

 

「……?」

 

「「……」」

 

 

 フィンさんとアイズさんが僕らの状態を見て、何か少し考えことをしている。

 

 最初は何か用があったのかなと思った。

 

 けれど、僕の今の状態が『ミノタウロス』の返り血で頭から腹の所まで真っ赤であったことを確認して、皆もそれに気づき、タオルを出してもらい、急いで拭いて、その場を去った。

 

 僕たちは【ロキ・ファミリア】との遺恨が残ってしまったけれど、最強派閥との全面戦争を回避し、修羅場を切り抜けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ティオナさん! アイズさんが戻ってきました!」

 

「あ、ほんとだ。おーい、アイズ~! 『ミノタウロス』、どうなったの?」

 

「ティオナ…。結局、最後の一体は、他の冒険者が倒しちゃったみたい…」

 

「そうなんだ。ベートの鼻も、今一使えないね。」

 

「んだとゴラァ!!」

 

「…なんかあいつ、機嫌すごく悪くない?」

 

「どうやら、僕が様子を見に来るまで、【アポロン・ファミリア】と揉め事を起こしていたみたいでね。」

 

「団長の命令も守れないなんて…! あの狼…!」

 

「落ち着けティオネ。あの様子だと、フィンの命令の「手を出すな」というものは、守っていたようだぞ?」

 

「片方だけじゃ、意味ありません!」

 

「だから少し落ち着け。ベートもじゃ。どうやら、少し長く、言い合っていたようじゃな。」

 

「けっ! 折角の遠征の帰りだっつうのに、胸糞悪くなっちまった!」

 

「宴会の前までに機嫌を直さないと、ベートの分だけ、酒がなくなるぞ?」

 

「おい、ジジイ。脅すな」

 

「……」

 

(ベートと言い合っていたチーム……状況から考えて、Lv.2とLv.1の二人一組で囮役と救援要請役に分けたのか…。そして、救援要請されたLv.3が間一髪助けたってところか。ただ、囮役にされたLv.1の少年…。けがをした箇所や状態、さらに床に血を流していた所や落ちていた天然武器の状態から、Lv. の差をもろともせずに、かなり踏ん張っていたことがうかがえる。もしそうだとすると、それはまるで…)

 

「…? どうしたの、フィン?」

 

「ん、あ、いや、何でもないよ、アイズ」

 

「とにかく、早くダンジョンから出て、遠征で得た情報を、ロキに伝えないとな」

 

「ああ、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョンから出て、【ディアンケヒト・ファミリア】にけがの治療をしてもらい、すぐに全快になった。

 

 そして、その帰り道の事。

 

 僕たちは『ミノタウロス』に襲われるまでに手に入れた魔石やドロップアイテムを換金しにギルド本部に寄ることになった。

 

 僕もまた、シャワーを浴びたくて、ギルド本部から借りて、シャワーを浴びた。

 

 ただ、更衣室に事情を聞いたミィシャさんが慌てて飛び込んできて、お互い悲鳴を上げるという事態が発展してしまったけれど…。

 

 このことで、「私の同僚で、友達で、教えることも上手くて、説教のプロだ」とミィシャさんから聞いていたエイナさんという、眼鏡をかけたエルフの女性に二人とも説教されることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 説教から解放され、談話室でミィシャさんから話をすることになった僕は、より詳しい事情が求められた。

 

 恐らく、【ロキ・ファミリア】もまたあとから事情の説明をすると思うけれど、今僕たちが分かっていることを話した。

 

 それを聞いたミィシャさんは、「うう、ごめんよ~」と言いながら、報告書を書いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、【アポロン・ファミリア】のホームである館に帰ってきた僕たちは、ヒュアキントスさんを除いて、へとへとだった。

 

 『ミノタウロス』からの逃避行でも十分体力が削られたのに、そこからヒュアキントスさんとベートさんの言い合いによる修羅場も間近に見せられ、精神的にだいぶ応えていた。

 

 リッソスさんにも事情を話して、今日のダンジョン探索は打ち切りになったことを伝え、夕飯を食べる時まで寝ようと考えていたのは、僕だけじゃなく、他の三人も同じ考えだった。

 

 そう思って、それぞれ部屋に戻ろうとすると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、アポロン様がやってきた。

 

 

「やあやあ、君たち! 今日は随分と早いおかえりではないか! ヒュアキントス以外、大変疲れているように見えるけど、ダンジョンで何かあったのかな?」

 

「ア、アポロン様…」

 

「悪いけど、今あんたにツッコミを入れる余裕もないんだから」

 

「む、そうか…。じゃなくて、君達! 6日後、予定空いているかい!?」

 

「当然、空いています」

 

「え、はい。今の所は…」

 

「オイラも大丈夫だ」

 

「ウチも」

 

「わ、私も…」

 

 

 な、何だろう…?

 

 

「フハハハハハハハッ!! 実は、その日は『怪物祭』をやる日でな! 我が【ファミリア】総出で見に行こうと考えているのだ!」

 

 

も、『怪物祭』? き、聞いたことない…。

 

 

「ああ…。もうその時期かぁ」

 

「あれ、実際にやってみろって言われても、今の実力じゃあ無理だけどね」

 

「う、うん。そうだよねぇ…」

 

「おい、貴様ら。アポロン様が我々の【ファミリア】のために考案したのだ。欠席する奴は許さん」

 

 

 ヒュ、ヒュアキントスさん、すごい気合が入っている…。

 

 

「あ、あの…。『怪物祭』ってなんですか?」

 

「は? 貴様、何を言って…そうか、そういえば、オラリオに来たのは2週間前だったな」

 

「ベル。『怪物祭』っていうのは、年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催の祭りでね。闘技場を丸一日占領して、ダンジョンから持ってきたモンスターを調教するの」

 

「え、ちょ、調教!?」

 

 

え、それって、モンスターを飼いならすって意味なの? あの凶暴なモンスターを?

 

 

「調教という技術自体は確立されているからな。素質にもよるが、モンスターを従順させることができる」

 

「まあ、普通は地上のモンスターを手懐ける程度なんだけど、【ガネーシャ・ファミリア】の実力は半端じゃねーから、ダンジョン育ちのモンスター相手でも成功しちまうんだよな」

 

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の名前は僕でも聞いたことがある。構成員が多く、僕が最初オラリオに来た時に、荷物検査をしたハシャーナさんもその一人だ。

 

 

「えっと、つまり、モンスターが大人しくさせる所を見世物にしているってこと?」

 

「そういうこと」

 

「まあ、サーカスみたいなものだ! それに一年に一回しかやらないし、中々貴重だからね!」

 

「な、長い時を生きられるアポロン様がそれを言っちゃうと、有難みが薄くなっちぃますけど…」

 

「はは…」

 

「とにかく、6日後の朝、この館のロビーに集合! そしてそこから闘技場にみんなで行くぞ!」

 

「かしこまりました、アポロン様。まだ伝えてない方にも、私めが教え申し上げます」

 

「うむ、感謝する。あ、後、ルアン。3日後の夕飯なんだが、私の分は作らなくていい」

 

「えっ、またどうして…」

 

「その日は、ガネーシャ主催の神のみ参加できるパーティがあるらしくてね。私はそこに行って来るよ」

 

「はい、わかりました」

 

「うむ! では、皆の衆、忘れるでないぞ!」

 

 

 そう言い、アポロン様は館の中庭に出て、他の人にも教える。

 

 ヒュアキントスさんもアポロン様に付き添い、中庭に出て、6日後の事を伝えに行く。

 

 

「とりあえず、リッソスも6日後の事は知らないと思うから、今日のダンジョン探索は打ち切りになったことを伝えるついでに、このことも教えるか」

 

「そうですね。その後、僕は一休みします。」

 

「私も~」

 

「オイラは、3日後のことを同じ日の当番のやつらに伝えに行くよ」

 

 

 そんな感じで、僕たちはルアンと別れ、リッソスさんに事情を伝え、部屋に戻り、一休みすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は部屋に戻り、一応寝間着に着替えて、ベットに横になった。

 

 (とりあえず、明日はミィシャさんの座学を受けた後、装備品をまた買わないと)

 

 そう考え、僕は眠りについた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ギィ……、バタン……………

 

 

 

 

 

 



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侵入者

アポロン「ん、何か、私に疑いの目が向けられている!?」







 中庭にいたアポロンは、何かを感じ取っていた。

 

 

「むっ……!?」

 

「アポロン様、どうかなされましたでしょうか?」

 

「何か謂れのないことが……い、いや、そうじゃなくて、なにか、先を越された気がする…!?」

 

「は、はあ…」

 

「そう、何か、こう、ベルきゅんに対してこんな事やあんな事に対して関連するものの気がする!!」

 

(…アポロン様には申し訳ありませんが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネルの部屋の場所を教える訳にはいかない!)

 

「ヒュアキントス! いい加減教えてくれ! ベルきゅんの部屋の場所はどこにしたんだ!? てっきり少しだけ残っている空き部屋にいるかと思ったけど、どこも違っていたんだ!」

 

「…これでも同じ【ファミリア】ですので、さすがに肉体的な意味や精神的な意味の両方にダメージが入ることは、団長であるこのヒュアキントスは、反対します」

 

(以前加入したばかりの違う奴にこのことを許したら、毎朝毎晩、私の食事にまともなものが全く出て来なくなったからな。…恐らくこれは、ダフネあたりが考えたものだろうが)

 

「ヒュアキントス。おとなしく吐いた方が身のためだぞ? これでも私は神だし、子供たちのウソを見抜けることが出来るのだぞ?」

 

「ノーコメントの一点張りで対処します」

 

「ぐっ…! さ、さすがは我が【アポロン・ファミリア】の団長…。神の私に対してこのように防ぐとは…!! な、ならば、せめて、どういう原理か予測がつかないけれど、私限定に発動するセキュリティの解除法を!」

 

「アポロン様、リッソスが見えました。恐らくやつもまだ6日後の我が【アポロン・ファミリア】の行事について知らされていないはずです。行きましょう」

 

(まあ、そもそも。まずあいつの部屋の場所を知っている奴は、この【アポロン・ファミリア】でも数が限られているから、狙ってやるのはまず無理だろう)

 

 

 と、ヒュアキントスはそう思い、アポロンを引っ張って行った。

 

 

「あ、待て、ヒュアキントス、引っ張るな! べ、ベルきゅ~~~~~ん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今何か悪寒が…!?」

 

 

 僕は寒気がして、ベットから飛び跳ねるように起きた。

 

 外はまだ少し明るく、部屋に日差しが差している。

 

 時計を見ても、丁度4時であった。まだ20分ぐらいしか寝てない。

 

 同居人のルアンもまだ部屋に戻ってきていないため、向こうは難航しているのかと考えた。

 

 そしてすぐに、視界がぼんやりしてきた。まだ少し体の疲れが残っている証拠だ。休まないと。

 

 そう思い、再びベットに横になって寝た。

 

 なんか掌に柔らかいものがあった気がするけど、布団だと思い、再び眠気に襲われた。

 

なにか、包み込まれているような感じがして、妙に心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………zzz………zzz………」

 

「………zzz………んっ……zzz………ふふ、ベル………zzz………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………い、………ろって…………」

 

 

 う、う~ん。まだ、眠い…………。

 

 

「…………~い、…………きろ、……い、ベル、起きろっ!」

 

 

 う、う~ん。こ、この声………ルアン!?

 

 

「はっ!」

 

「お、やっと起きたかっ! もう夕飯の時間になるぞ。逆に昼間に寝すぎると、夜眠りにくくなるからな」

 

「あ、うん、ごめん、ありがとう」

 

 

 そう言われて、時計を見ると、午後6時半になろうとしている。

 

 急いで寝間着から着替えて夕食会にでないと…!

 

そう思い、ベットから立ち上がり、急いで着替えた。

 

 

「しっかし、オイラ今戻ってきたばっかりだけど、まさかベルがずっと寝てたとはなぁ」

 

「あはは、結構疲れていたかも」

 

「まあ、実際今日ダンジョンで色々とあったからなぁ。よく無事に帰ってこれたな、オイラ達。」

 

「僕はその後、ギルド本部で説教を喰らっちゃったけどね」

 

 

 そして、夕食を食べに行こうと部屋から出ようとすると、ルアンが声をかけてきた。

 

 

「……なあ、ところでさ、ベル」

 

「ん、どうかしたの?」

 

「あ、いや、もしかしたら、オイラの思い過ごしかもしれねえけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かこの部屋来た?」

 

「え、いや、そんなはずは」

 

 

 ない。一回ベットから飛び跳ねて起きたけど、その時は部屋の電気はついていなかくても、外は夕方になりつつも日は部屋に指しており、部屋の様子は十分わかっている。

 

 

「いや、なんか、小人族用に作られたオイラの方のベットが、妙に軋む音がするんだけど?」

 

「……もしかして、誰か僕の様子を見に来てくれたのかな…?」

 

 

 そうであって欲しい。むしろ、そうであってくれ。

 

 同じ【ファミリア】の派閥メンバーでも、最低限のプライバシーというものがある。

 

 団長であるヒュアキントスさんも、「他の団員に示しがつかない」と、よほどのことがない限り、それを侵すことはしない。はず。

 

 

「ま、まあ、そうだよな………………アポロン様じゃあるまいし(ボソッ)」

 

「ん? 何か言ったの?」

 

「いや、なんでもないぜっ。それより夕食を食べに行こうぜ! 皆もういると思うし、もしかしたら、そこでいわれるかもしれねえし!」

 

「そ、そうだね!」

 

 

 僕たちは部屋を出て、食堂で夕飯を食べに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カサンドラさんやダフネさんたちと夕飯を食べている時、ふと思ったことがあった。

 

 

「そういえば、夕飯を食べてる光景で思ったんですけど、僕、【ファミリア】全員この館にいた時って、僕が初めて加入した時しか見てないですね」

 

「ああ、ダンジョンで泊まり込みしているとか、外で宿を取って泊まっているとかしているから、なかなか揃うことないわね」

 

「む、むしろ、揃うことが珍しいです。」

 

「そういう意味じゃ、飛び込みで加入できたベルの自己紹介の時に、百人全員いたのが奇跡なもんだぜっ」

 

「あんたの場合、十数人しかいなかったもんね」

 

「う、うるさいっ! それはしゃべるなよっ!?」

 

「零細ファミリアだと勘違いしてたもんねぇ」

 

「カサンドラさんやダフネさんたちが加入した時は、どうだったのですか?」

 

「ウチ? ウチらの時は同時期に加入して…」

 

 

 その時、信じられないことを耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変だ! 侵入者が入り込んだぞ!」

 

「「「「「「「「!!??」」」」」」」」

 

 

 食事を動かす手を止める者、談笑していた言葉を失う者、口に含んでいたものを吹き出す者、皿などを落としてしまう者など、多くに人たちが数瞬、時を止める。

 

 それをすぐに立て直すかのように、ヒュアキントスは怒号で命令を出す。

 

 

「総員、食事をやめて、直ちにこの館の全ての出入り口を封鎖しろ!! その後、館に侵入した賊をひっとらえろ!」

 

「「「「「「了解!!」」」」」」

 

「賊の数は!?」

 

「2人です!」

 

「わかった。館の出入り口を封鎖した後、直ちに少数精鋭のメンバーを組み、ひっとらえてやる!!」

 

「急いでバリケードを作れ! アリ一匹逃がすな!」

 

「外出している者たちを直ちに呼び戻して!」

 

「正面の方は俺たちがやるから、裏口の方を塞げ!」

 

「ギルドに急いで報告を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (…み、皆すごい…! )

 

 

 【アポロン・ファミリア】の団員達による見事な連係プレーで、瞬く間に館の出入り口をふさいでいく。

 

 ベルは【ファミリア】の力のすごさを思いながら、機材などを急いで持ち運んでいた。

 

 

「そういえば、これは?」

 

「ああ、音響波状合成装置だ。密閉された空間で、ドップラー効果を利用して、聴覚を麻痺させるやつだ。簡単にいえば音による攻撃を出せるものだと思えばいい」

 

「そ、そんなものがあるんですね」

 

「ダイダロスという昔存在した人物が設計したものだと聞いているが、持ち運びには難があって。しかも味方にも被害を受ける可能性があったから、ダンジョン探索には利用されていないけど」

 

「そうなんですか……よし、こっちも塞ぎました!!」

 

「よくやったベルきゅん! 後で私が良いことゴフッ!?」

 

「今は非常事態だから黙っていろ変態!」

 

「ダ、ダフネちゃん…」

 

「フゥ…ん!? え、な、なぜ君たちがここにっ!? ヒュアキントスから編成されなかったのか!? それともまだ突入していないのか!?」

 

「生憎、私は今、療養中の身ですので。編成隊はもう突入しました。」

 

「私は今回の場合、あまり有効的ではないって」

 

「ついでにオイラも」

 

「いや、ルアンは元から僕と同じLv.1じゃ…」

 

「ていうか、アポロン様。神であるあんたなら、神威を少し強くして侵入者を畏怖させればいいんじゃないの?」

 

「いや、相手の目的が私自身である可能性があるからそれは非常に危険すぎる」

 

「…ちなみに心当たりはあるの?」

 

「………どれだろ?」

 

「そ、そんなにあるんですか!?」

 

「こいつはそういう神だからってもうわかっているでしょ、カサンドラ」

 

「え、あ、あの、みなさん、どうしてそんなにリラックスして…」

 

「ええ、もうバリゲートは作り終わっているし、館から逃さなければ、編成隊のメンバーがどうにかやって…っ!?」

 

 

 そんなことを僕らが話していると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 館の中で爆発が起きた。

 

 

「魔力の反応!? しかも大きい!?」

 

「ヒュ、ヒュアキントスさん!? リッソスさん!?」

 

 

爆発したところから、人が何人か、外に放り出される。

 

 カサンドラさんが急いで魔法で癒し、少なくとも全員息はあるものの、重傷者が多かった。

 

 

「まだ館に残っているのはっ!?」

 

「編成されたメンバーから考えて、リッソスとヒュアキントスのみです!」

 

「が、頑張れよ、二人とも…!!」

 

 

アポロンは合掌しながら祈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻撃を何とかかわしたヒュアキントスとリッソスは、黒いフードを着て、顔に仮面をつけた、侵入者2人組と対峙していた。

 

 

「ほう、良く落ちなかったものだな。さすがに、手加減しすぎたな」

 

「…き、貴様……!!」

 

「お、落ち着け、ヒュアキントス!」

 

「おいおい、遊ぶのはそこまでにしてくれよ。一応これでも穏便にいこうと思っていたんだから。頼むよ。まあ、どうせ少し後に騒ぎになるけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この植物の事でね」

 



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植物からの脅威

アポロン「はっ、ベルきゅんに身の危険を感じた!」
ヒュアキントス「あなたが一番あいつの傍にいた方が危ないです」

ベル「…zzz…何か寒気が…zzz…」

 その後、爆発が起きた。


 時は少しだけさかのぼる。

 

 館に侵入した黒フード二人組を発見したヒュアキントス率いる編成隊は、捕らえようとするも、すぐに相手は攻撃を仕掛けてきた。ヒュアキントスたちはそれに応戦しようとする。しかし、

 

 

「あ、ちょっと待っててね…。よっと。これ、便利だよね」

 

 

 それは音響波状合成装置であり、敵の手に渡ってしまったようだった。

 

 出された音による攻撃により、ヒュアキントスたちは動きを止めてしまった。

 

 その隙に、もう一人が魔法らしきものを使い、編成隊に襲い掛かってきた。

 

 そして、今に至る。

 

 

 

 

 

「…残ったのは私とヒュアキントスのみか」

 

「リッソス、油断するなよ!」

 

「誰に言っている? 最初からそのつもりだ!」

 

 

 そう虚勢しているが、内心焦りを見せていた。

 

 17階層にいる『ゴライアス』をも少数精鋭で倒したこともあって、【アポロン・ファミリア】のメンバーは練度が高く、決して弱いわけではなかった。

 

 しかし今回の侵入者は、それとはまた一線を超えていた。

 

 

(こいつのポテンシャル、下手をしたらLv.5クラスだ…! まともに戦っては、いくら何でもこちらに分が悪すぎる! 私の魔法でどうにかして…)

 

「タナトス。もう終わらしていいか?」

 

「ちょっ、名前を呼ぶな!? 一応、死因はこの植物ということにしようって言ったじゃないか…」

 

「…そうだったな。わざわざ、私に手加減させて、結局まだ死者は出ていなさそうだからな」

 

「そういうこと。本当は6日後に使うつもりだったらしいけど、予定が狂っちゃったらしくて、ここでこいつを使って、どのくらいの騒動になって、向こうの動きのことも試さないとね」

 

「結局、目的の人物や物、両方とも確認できなかったが、人物の方はもしかして外にいるのか? 」

 

「そうだと思うね。編成隊とやらにもいなかったし」

 

「物の方は、こいつらに聞くか…。おい、お前ら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この館に持ち込まれた『宝玉』はどこに隠した?」

 

「「…?」」

 

 

 二人は、何だそれはという顔をする。

 

 

「…? 妙に反応が鈍いな? おい、そっちはどうだ?」

 

「…こっちも特に反応しない。ということは、単独犯だな。そして、しゃべりすぎのようだぜ」

 

 

 そう言うと、外の方が騒がしくなる。援軍が到着し、侵入者達を捉えようとしており、その事もまた侵入者達も理解する。

 

 

「それじゃあ、撤収するから、こいつを解き放つか」

 

「待て、貴様ら、逃がすか!!」

 

「君たちの相手はこいつだよ」

 

 

 そして、どこから現れたか、巨大な植物が現れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルドからの要請で、【ガネーシャ・ファミリア】のメンバー達が館の外にやってきた。

 

「ギルドから呼ばれて来た【ガネーシャ・ファミリア】のシャクティ・ヴァルマです。早速状況を」

 

「私は神、アポロンです。何か結構危ういから、早く二人を助け……っ!?」

 

「…な、何だ、ありゃ!?」

 

「きょ、巨大な植物!? しかも4体!?」

 

「お、おい、ベル! そういやあ、そのうちの一体の場所って…」

 

「…!? 僕たちの部屋から生えているように見える!?」

 

「そ、そんなことより早く、これをどうにかしないと…!?」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】の皆さん! お願いだから早くどうにかしてくれーっ!!」

 

「あ、ああ、わかった。おい、おまえ達! 詠唱の準備をしろ! 2人を救出したら、直ちに魔法を放て!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あは。やっぱり、外にいた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ヒュアキントスとリッソスは、追いつめられていた。

 

 

「ガ、ハ…ッ!!」

 

「ク、ソ…ッ!」

 

 

巨大な植物の茎の鞭が二人に襲い掛かり、重傷を負っていた。

 

 また、魔法を放とうと詠唱しようとするも、そちらを優先し潰し始めていた。

 

 侵入者の二人は既に逃げられてしまっている。

 

 

「こ、こいつ…! 魔力に反応するのか…!」

 

「ク…どうすれば…!」

 

 

 猛スピードで茎の鞭が振るうため、物理防御も高く、二人は攻め手に欠けていた。

 

 

「…ヒュアキントス。魔法を詠唱しろ」

 

「おい、それだとさっきのように、俺に集中攻撃するぞ!」

 

「俺が何とかしてみせる! このままじゃ、二人ともお陀仏だ!」

 

「…わかった。死ぬなよ?」

 

「お前もな」

 

 

 二人はそう言い、前衛をリッソス、後衛をヒュアキントスとして配置し、早速取り掛かった。

 

 

「【我が名は愛、光の寵児】」

 

 

 巨大な鞭が、ヒュアキントスの方に向かう。

 

 それをリッソスが、威力を殺しきれなくても、必死でさばく。

 

 

(持てよ、私の腕…!)

 

 

 無数の鞭が振るう。ヒュアキントスが自己最速で詠唱を進めるごとに、スピードと数が多くなってくる。

 

 

「が、う…、こ、んのぉ…」

 

 

 必死に払ってみせるリッソス。腕の出血が激しくなってきた。

 

 意識を飛ばさないように噛み締め、抗っている。

 

 わずか十数秒であるが、永遠に思える十数秒である。

 

 しかし、現実は無常であった。

 

 

「しまっ…ガハァ!!」

 

 

武器が先に限界に達して、砕き散ってしまい、リッソスに直撃して、吹っ飛ばされる。

 

 しかし、稼いだ時間は、無駄ではなかった。

 

 

「【―――来たれ、西方の風】!」

 

 

 ヒュアキントスの詠唱が完了した。後は放つのみ。しかし、その直前。

 

 

「ぐ、あ………っ!!」

 

 

 前衛がいなくなってしまい、鞭がヒュアキントスに直撃し、吹っ飛ばされ、壁に激突する。

 

 

「~~~~~~~~っ! 【アロ・ゼフュロス】!」

 

 

 しかし、歯を食いしばり、必死に魔力を手放さなかった。

 

 右手から放たれた太陽の如く輝く大円盤が、高速回転しながら鞭を切り裂き、驀進する。

 

 しかし、放たれた方向は巨大な植物から少しそれている。だが、それを修正するかのようにカーブして、植物の頭に進む。

 

 この魔法は、自動追尾属性を持ち、標準した対象に命中するまで消滅しない。必中である。

 

 だがそれでも、巨大な植物はそれを察していないのか、避けようとする。

 

 そのようなことは許されず、真横を通過する間際、

 

 

「【赤華】!!」

 

 

 円盤は眩い輝きを放ち、爆発する。

 

 爆発を直撃した巨大な植物の頭は吹っ飛び、全身が灰となって消滅した。

 

 

「………や、やった、ぞ……、リッ、ソス……」

 

 

 この一撃で魔力を最大限使い果たしたヒュアキントスは、巨大な植物は灰になったことを見届けた後、そうつぶやき、気を失って倒れる。

 

 その後、救助隊が現れ、ヒュアキントスとリッソスは回収され、館を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒュアキントスとリッソスが巨大な植物と戦っている間、館の外は――――

 

 

「さて、君た「うおおおおおおおおおおっ!?」…えっ」

 

「こいつら、魔力に反応するのか!?」

 

「はっ、そうだ! 落ち着いてくれ、イルタさん! 良いこと思いついたんだ! こいつら、『怪物祭』の超大目玉にしようぜ! 客も絶対驚いて喜ぶし! そうに決まってる! 空気読めよおっ! そうだったら、俺の火炎魔法で業火の渦に閉じ込めてやるぜえええええええええええ!!」

 

「黙れ、イブリ! だったら、囮作戦だ! イブリが魔力をあいつらの間近で練って、引き付けている間に放つぞ!」

 

「いや、それ、俺の負担、滅茶苦茶大きすぎない!?」

 

「俺たち【ガネーシャ・ファミリア】団員の中で随一のトラブルメーカーの威力をあいつらにも発揮しろ!」

 

「敵をひっかきまわすのがお前の持ち味のひとつだろ!」

 

「うわああああああああああああっ! みんなひでえよおおおおおおおおおおおお!」

 

「お願いですから冷静になって下さい!? あとイブリうるせぇ!!」

 

「団長、早く来てくれぇー!!」

 

(か、介入しにくい…!)

 

 

―――――――『喋る火炎魔法』を自称する【ガネーシャ・ファミリア】のお祭り男こと『火炎爆炎火炎』、イブリ・アチャーによって、敵味方侵入者含め、全員ひっかきまわされていた。

 

 

(な、なんか【ガネーシャ・ファミリア】の人達…)

 

(チームワークがすごいバラバラ…)

 

(こ、こんな、人達、どうやってまとまっていたの…?)

 

(でも、なんか、巨大な植物相手に少し余裕があるように見える…)

 

(こ、これ、私の館、修理代が半端じゃないことになりそうな気が…)

 

 

 【アポロン・ファミリア】の団員たちは、その光景を見て、様々なことを思っていた。

 

 そしてここで、団長のシャクティ・ヴァルマさんからの救出完了の声が上がる。

 

 

「救出は完了した! 後はお前たち、一気に仕留めろ! こいつらの弱点は頭だ!」

 

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 

 そして、さっきとは別人かのように動き、一気に連携が取れる。

 

 その間に魔法の詠唱が始まり、巨大な植物がそっちに攻撃しようとするも、

 

 

「お、丁度いいのあるじゃん。これを分解して…、それっ!」

 

 

 と、ハシャーナがバリゲートに取り付けていた音響波状合成装置を瞬く間に分解して、その中見から電力源である魔石を取り出し、巨大な植物に放り投げる。

 

 すると、巨大な植物がそっちの方に気を取られ、逆に魔術師の軍団から離れていく。

 

 そして、詠唱が完成し、魔法が解き放たれる。

 

 

「―――――――――――」

 

 

 巨大な植物らの頭に魔法が着弾し、3体とも灰となって消滅した。

 

 

「す、すごい…!」

 

「結局、【ガネーシャ・ファミリア】の団員は全員無事だな」

 

「流石は都市の警護部隊と呼ばれる実力はあるわね」

 

「う、うん」

 

「ふー、良かった…。とりあえず、修理代は馬鹿にならなそうだけど、おかけで助かっ…!?」

 

「……」

 

「あ、もう終わったー?」

 

「「っ!!?」」

 

 この場にいる総員が振り向くと、そこには黒フードを着て、仮面をつけた二人組が立っていた。

 

僕らの今日一日の戦いは、まだ終わらなかった…。

 

 



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食人花からの脅威

ヒュアキントス「ふっ…。どうやら、例の外伝の奴もたいしたことない…な」ガクッ

【ガネーシャ・ファミリア】の皆さん
「「「「「オラァ! どんなもんじゃい!」」」」」




???「俺は『植物』としか言ってないよ?」



 巨大な植物が生えてきて、【ガネーシャ・ファミリア】の人達が倒してくれたと思ったら、仮面をつけた謎の黒フード二人組が僕たちの背後に現れた。

 

 

「おい、何だあの植物は? 私が思っていたのとだいぶ違うぞ? さっきの二人組のやつらにも一体倒されたみたいだが」

 

「ああ、あれ。なんか君の良く知っている食人花の劣化版らしくて、処理するのに扱いが困っていたんだよね。で、本命の本物の食人花や巨大花を放す前に、やることがあるけどね」

 

 

 な、何だこの二人は…。もしかして、さっき編成隊が対峙していた侵入者…! でも、今の会話、何だ? 劣化版? あの巨大な植物が?

 

 

「さてさて、ずいぶんとこっちの予定を狂わせちゃって、大分腹が立っているんだよね」

 

「予定が…狂った?」

 

 

 予定…? つまり、何か起こすつもりだったけど、思わぬアクシデントが起きた、っていうこと?

 

 

「おっと、危ない。口が滑っていたよ」

 

「…さっき私に注意したのに? 穏便に事を起こす予定が、あんたの足の遅さで見つかってしまったのに?」

 

「いやいや、それはさすがに悪かったよ。結局、裏口の方の包囲網から突破させてもらったし」

 

「…はぁ。まあ、いい。ともかく、例の『物』は見つからなかったから、それを盗んだ本人に直接聞こうと思ったけど、少し敵が多いな」

 

「まあでも、ほぼほぼ予想通りだけどね。蹴散らしちゃって」

 

 

 そう言うと、侵入者の一人が僕らに襲い掛かってくる。【ガネーシャ・ファミリア】の人達が前に出て、対処しようとすると、手袋をした右手が突き出され…、

 

 

「フッ…」

 

「「「「!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詠唱無しで、魔法が放たれ、着弾する。

 

 

「な、何ぃ!?」

 

「無詠唱!?」

 

「馬鹿な!?」

 

「はぁ!? 何だこの威力!?」

 

 

 まさかの出来事に目を疑い、侵入者以外全員に動揺が走る。

 

 そ、そんなことが…。魔法の前提が狂うなんて…。

 

 僕はそんなことを考えていると、シャクティさんから叱咤の声が上がった。

 

 

「落ち着けみんな!! そんなことが早々あるものか! 何かトリックがあるはずだ!」

 

「…! は、はい! そうですよね! 申し訳ございません、姉御!」

 

「こ、この、コケおとしをしやがって…ッ!?」

 

 

そんな口を開いていた間に、あっという間に距離をつめられ、【ガネーシャ・ファミリア】のイビルさんに強烈な一撃を見舞わされる。

 

 

「が…っ!?」

 

「イビル!? よくも!」

 

「俺が行く!」

 

「ま、待て! ハシャーナ!」

 

「…遅い」

 

 

 今度はやりを突き出したハシャーナの攻撃をきれいに躱して奪い取り、やりを腹に突き出す。

 

 

「ぐおっ…!」

 

 

 そしてそのまま、他の幹部の者にハシャーナごと突進した。

 

 

「う、この…!」

 

 

 その者はそれを横に避けるも、動きを予測されて、至近距離で先程の攻撃を浴びせられる。

 

 

「ちょ、それは…がはぁ!?」

 

 

 火炎の攻撃を喰らった人は吹っ飛び、そのまま立ち上がれなかった。

 

 最初の不意打ちの魔法攻撃を含め、来てくれた【ガネーシャ・ファミリア】の戦力が一気に残り5人となってしまった。

 

 

(まずい、このままでは…!)

 

「さて、増援部隊も5人ぐらいか。なあ、タナトス。もうあれを開放していいぞ」

 

「「「「「「「!!?」」」」」」」

 

「ちょっ、だから名前呼ぶなって。仮面をつけた意味がなくなってしまうから!」

 

「あ…。まあ、でも、もう大丈夫だな。【アポロン・ファミリア】とやらはあれが最高戦力なら、食人花に敵う相手ではない。【ガネーシャ・ファミリア】もあと一人か二人ぐらいに残して、実際、どのくらい冒険者が戦えるか確認したい」

 

「ふーん、そうか。でも、目的の人物はどうするの?」

 

「ま、まずい!! 急いで、他の【ファミリア】から更なる緊急応援を呼ぶんだ!」

 

 

 最悪の事態になると判断したアポロンは、急いで他の戦力を呼び、対抗しようとする。

 

 

「何…、さらっていくまでだ」

 

 

 そう言うと、侵入者の人は動こうとする。

 

 そこで。

 

 

「やらせるか!」

 

「ここで足止めする!」

 

「ここは俺たちが食い止めるから、応援を急いで呼べ!」

 

「…! は、はい! わかりました!」

 

 

僕たちは急いでその場から離れ、他の【ファミリア】に応援を呼びに行こうとした。

 

 

「いや、もう遅いよ」

 

 

しかし、その行先には先程の巨大な植物よりも一回り大きい食人花やさらに大きい巨大花が、何体も立ちふさがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その間に【ガネーシャ・ファミリア】の残りの残存戦力は、3人になっていた。

 

 

「ふっ!」

 

 

Lv.5でも上位のシャクティは、連続攻撃を仕掛けるも。

 

 

「フン」

 

 

 と、軽やかに躱される。

 

 

(こいつ、ポテンシャルはLv.5ぐらいだと考えていたけれど、実際はもっと上だ!)

 

「イルタ! もう少し粘れるか!」

 

「いや、少し厳しいです、姉御! おい、えーと…ナントカ! おまえは!?」

 

「自分も厳しいです! あと自分はモダーカです!」

 

 

 Lv.5のイルタとLv.4のモダーカは先程の巨大な植物との戦いから連戦していて、相当消耗しており、連携が徐々に取りずらくなってきている。

 

 

(く、増援部隊が来るまで持つか…?)

 

 

おそらく、自分がどうにかするしかない。シャクティはそう考える。

 

 しかしここで、さらなる誤算があった。

 

 

「さて、お前をしとめるには、もう少しギアを上げる必要があるな…フッ!」

 

「ッ!?」

 

「あ、姉御!?」

 

 

 侵入者がさらに攻撃のスピードをあげ、シャクティの防戦一方になる。

 

 それでも、Lv.5の意地を見せる。

 

 

「くっ! この!」

 

「む、やるな…だが、こいつらの方はどうだ?」

 

「な、イルタ! モダーカ! 下がれ!」

 

「遅い」

 

 

 そう言い、二人に向けて、無詠唱の魔法を打ち出そうとする。二人は反応しきれず、それを向けられ、顔を青ざめる。

 

 普通では間に合わないと判断したシャクティは突っ込み、反撃の攻撃を喰らうも、そのまま体当たりする。

 

 

「でりゃあ!」

 

「!?」

 

 

 右手を突き出す方向が僅かにずれ、イルタには被弾しなかったが、モダーカには直撃してしまった。

 

 

「ナントカ! …ぐはぁ!?」

 

 

 体当たりされた侵入者はそのまま流れを失わせず受け身を取り、すぐに立ち上がって、よそ見したイルタの顔面に、強烈な一撃を叩き込んだ。

 

 イルタが吹っ飛び、そのまま立ち上がれず、被弾したモダーカもまた、ひざから崩れ落ちる。

 

 遂に【ガネーシャ・ファミリア】の残存戦力は、シャクティ一人となってしまった。

 

 

「一人外したか…まあ、結果は変わらんか」

 

「お前は、一体…!?」

 

 

 強い。ただ、ここまでの強さを持っていたとしても、噂になっていないのがおかしい。さらに、体当たりした時、この侵入者の体に何か違和感があった。特に、無詠唱の魔法を打ち出す右腕部分。

 

 

「さて、お前はどうする? お前ほどの強さなら、こちら側に加入してやることも、考えてやらんこともないぞ?」

 

「ほざけ」

 

「即答で拒否か。仕方ない」

 

 

 そう言うと、シャクティに再び襲い掛かり、激突する。

 

 やりを切り上げ、突き出し、蹴り、切り払い、切り下げ、支点にしてジャンプ、そのまま飛び蹴り、……………。

 

 怒涛の連続攻撃をしているが、ほとんど当たらない。

 

 対する相手は、無詠唱の魔法をするか、剣を中心として、拳や蹴りでシャクティを猛威に駆ける。

 

 距離を取ろうとすると、それ以上の速さで接近され、攻撃を喰らってしまう。

 

 ここまで距離をつめられると、かえって槍の間合いではなく、自然と蹴りや拳の技が増えていく。

 

 精一杯防御などしているが、右手からいつ無詠唱の魔法が放たれるか警戒しており、その分注意が割かれてしまっていた。

 

 そして、ついに強烈な蹴り技がシャクティを捕らえた。

 

 

「ガハァ…!?」

 

 

こうなってしまうと、相手にとって優位に働き、重い一撃が少しずつ入られるようになっていく。

 

 

「フ…。」

 

 

 相手は一気に決着をつけるため、シャクティの服を掴み、顔に向けて拳の連撃を浴びせる。

 

 そして、たまらずシャクティが離れようと距離を取った瞬間を狙い、右肩から左脇腹まで剣で切り裂く。

 

 

「グ、ガ、ハ、ァ…!?」

 

 

もうあまり体が言うことを聞かず、ついにシャクティは倒れてしまう。

 

 シャクティは、振り絞って、拳や蹴りで傷付つけられた顔で侵入者を見る。

 

 

「ここまで弱らせてしまったら、実験の意味がなくなってしまったな。まあ、証拠隠滅として、食人花の贄になってもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、館の正面の入り口付近では、―――

 

 

「うわああああっ!?」

 

「いやあああああっ!?」

 

「来るなあああああっ!?」

 

 

 食人花に囲まれ、【アポロン・ファミリア】の団員たちは阿鼻叫喚としていた。

 

 主力が軒並み戦闘不能となっているため、動けるものは全員でどうにか粘っているけれど、それも時間の問題だった。

 

 

「はっはっはっはぁ! どうした、冒険者!? そんなものか!?」

 

「お、おのれぇ、タナトス…!」

 

 

アポロンは、タナトスと対峙している。

 

 

「アポロン。お前をすぐに天界に送ってやってもいいけど、そうなると雀の涙ぐらいしかない戦闘データも取れなくなってしまうからな。おとなしくそこで震えていろよ?」

 

「タナトス、貴様ぁ、一体、何が目的なんだ!」

 

「は? お前、俺がどういう神か知っているだろぉ? 俺は死を司る神だ。当然、地上に降りた俺は、それに該当していることを今でもコソコソとやっているんだぜ」

 

「…! 闇派閥か!?」

 

「ご名答。というか、答えられないとオラリオにいつから来たの? ということになるからな」

 

「じゃあ、あの花は…」

 

「そ、今でもあの花を生産するために簡易苗花を存続させてあるし、もうすぐオラリオは地獄に落ちるぜ?」

 

「そ、それはさせない、させないぞぉ!?」

 

「まあ、といっても、アポロンはここで退場になると思うけどね」

 

 

 そう言い、タナトスは食人花に襲われている【アポロン・ファミリア】の様子を見る。

 

 

「もう、アレもあるし、本当は今回の『宝玉』の事とかスルーしてもよかったけど。一応、こちらの予定も狂わされたし、念のため、ね」

 

 

 そしてタナトスはその中にいる、ある人物の方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕たちは今、窮地に立っていた。

 

「…ベル…私を置いて…逃げて…」

 

「い、嫌です…! い、生きて、ここを乗り越えるんだ…!」

 

「ベル…あんたは…まっ、たく…」

 

 攻撃を喰らってしまい、横になっているカサンドラさんから逃げるよう言われるも、僕は拒否した。ダフネさんもやられて寝込んでいたけれど、僕たちの話をどうにか聞いていたようだ。

 

 しかし、Lv.1の言葉でこの状況をひっくり返すのは、とてもじゃないが、至難の業だ。

 

 ベルがそう考えている中、カサンドラは別の事を考え込んでいる。

 

 

(どうして、こんな状況になる夢のお告げが来てないの…? 昼間にあった『ミノタウロス』の一件はあったのに…!)

 

 

 不幸を予言することは多くあるにも関わらず、今回に関しては何も予言されていない。

 

 そして、さっきの二人の話していた「予定が狂ってしまった」。

 

 

(つまり、向こう側にとって何か不必要なことが起きたと考えられるけど…。それは一体何!?)

 

 

考えても出て来ない結論。情報が少なすぎる。

 

 カサンドラは考え事をしていると、すぐ目の前に茎の鞭が降られ、現状を無理矢理理解させられる。

 

 ベルは今、『ミノタウロス』に唯一破壊されていない短刀を握りしめ、必死に食人花に抗っているが、全く歯が立たない。

 

 ベルは必死に攻略の糸口を探すが、駆け出しのステイタスでは開くことが出来ない。

 

 

(どうにかして弱点を探さないと…! せめて、魔石の位置だけでも!)

 

 

 魔石を貫き、破壊すれば、どんなモンスターでも灰となって消滅する。

 

 ミィシャさんとの座学を思い出し、何かこの状況下で、他にも役に立つことを必死に思い出そうとする。そして、あることを思い出した。

 

 

(そういえば、さっきあの二人の会話で、【ガネーシャ・ファミリア】が戦っていた巨大な植物が「君の良く知っている食人花の劣化版」みたいなことを言っていた…。そして、あの巨大な植物は確か、頭あたりに魔法が着弾した時、灰になっていたような…まさか!?)

 

 

 ベルは対峙している食人花の頭に位置する花の部分を見る。丁度こちらを見下ろすかのような姿勢を取っていた食人花の花の奥に、何か光ったものが見えた。

 

 

「もしかして、この食人花の弱点って、あれか!」

 

「べ、ベル…、な、何か…わかったの…?」

 

「食人花の花の奥に、何か光ったものが見えた気がする!」

 

「え…、光った…? それっ、て…、この…食人花の、魔石じゃ…」

 

 

 通常のモンスターの魔石も多少だけど光っている。それと同じならば、光ったものを破壊すれば、この食人花を倒せるかもしれない。もしかして、さらに一回り大きい巨大花も同じところに弱点が…!

 

ようやく、この状況を脱せられる一筋の光明が見えた。僕はどうにかこれを皆に伝えようとする。

 

 

「みん…!?」

 

 

しかし、それをこの食人花が簡単に許してくれない。どうにかダフネさんやカサンドラさんに茎の鞭が当たらないようにしたいけれど、なかなか上手くできない。

 

 また、仮に先程の話が本当だとしても、どうやってそこに攻撃を届かせるのか問題だ。

 

 投擲して当てようにも、相手は動いており、誘導もできない今、そこに中々狙えない。

 

 どうすれば…と考えていると、あることに気がついた。

 

 

(主力メンバーに食人花が近づいていない…? 一体なぜ…?)

 

 

 先程編成隊を組んで、救助されたヒュアキントスさんやリッソスさんを含む主力メンバーが、横になって無防備の状態であったが、周りに食人花がいない。というより、食人花達がバリゲードに近い位置にいる。

 

 これは一体 ? とおもったら、すぐにわかった。

 

 

(こ、この食人花も、魔力に反応しているのか!)

 

 

 先程の巨大な植物もそうだった。つまり、見た目がだいぶ違うけど、あれと生態が非常に似ているんだ。

 

 でも、向こうの人達は能力的な強さの差で、この食人花のみに力を注いたんだ。

 

 それだったら、カサンドラさんやダフネさんが倒れているのに、Lv.1の僕が今立っていられているこの状況に、説明がつく。

 

 

 

 今の僕は、魔法を習得していないため、魔力は0だ。

 

 

 

 また誘導ができなくて、食人花が倒れているカサンドラさんやダフネさんがいる方向に進むのもそのせいだ。

 

 じゃあ、先程の巨大な植物と同じ要領で倒せばいける!

 

 

「カサンドラさん、ダフネさん! …っと! すぐ近くに落ちている、ハシャーナさんが分解した音響波状合成装置の残った方の動力源の魔石をすぐに取り出して、僕に投げてください!」

 

「…えっ?」

 

「でき、るけど…なんで?」

 

「お願いします! 今僕は手が離せないんで!」

 

 

そう言うと、カサンドラさんやダフネさんは疑問符を出したけど、どうにか力を振り絞って、ハシャーナさんが分解した音響波状合成装置の、残った方の動力源の魔石を取り出して、僕に投げる。

 

 僕の所までには届かなかったけど、食人花が先に拾われる前に、滑り込みで拾う。

 

 そして、ハシャーナさんが先程の巨大な植物相手にやったように、食人花の光った所を狙えるように、魔石を上手く放り投げる。

 

 僕の読みが的中したかのように、食人花が無防備になり、僕はその隙に短刀を力いっぱい、光る部分に投げつけた。

 

 そしたら、何かが砕ける音がして、食人花が灰になり、崩れ落ちる。

 

 そして灰から出てきたのは、僕が投げつけた短刀のみが落ちていた。

 

 

「やっ、やったあ!」

 

「はは…、本当に…、あいつ、やっつけちゃった…!」

 

「べ、ベル…!」

 

 

僕たちは、数瞬だけ、喜びを沸かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Lv.1が起こした番狂わせに、波紋が広がった。

 

 

「………えっ?」

 

「あ、あれは……ベルきゅん! 倒したのか!? よくやった!」

 

 

 神々が衝撃の瞬間を見て、どよめきを隠せなかった。

 

 

「みんな!! この食人花と巨大花も、魔力に反応している! 音響波状合成装置の動力源である魔石を取り出してうまく誘導させて、花の奥にある光る部分を砕けば、こいつらを倒せる!」

 

 

僕はこのことを大声で伝えると、皆の生気が戻って行く。

 

 

「まじか!」

 

「さっきの巨大な植物と生態は一緒なのかよ!」

 

「見た目、違いすぎるでしょ!」

 

「でも、よくやった! ベル!」

 

「これでようやく、援軍要請ができる!」

 

 

 そう言い、皆すぐに対処を行っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ははっ、どうやら、お前たちは、あいつらの事を、甘く見ていたようだな…」

 

「……ふむ。どうやら向こうにも、今の内につぶしておかなくちゃいけない奴がいるみたいだな」

 



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激闘の行方

???「一暴れするか」
タナトス「計画どおり」ニヤリ
アポロン「うわああああ!?」


ベル「食人花を倒した!」



 館内に侵入を許され、また、援軍に来てくれた【ガネーシャ・ファミリア】が壊滅された。さらに、食人花に囲まれてしまい、絶体絶命に陥った僕たちは、どうにか切り抜けたと思われたが…?

 

 食人花の特性と魔石の位置を把握でき、【ファミリア】みんなで連携を取って、続々と倒していく。

 

 また、カサンドラさんに最後のポーションと、マジック・ポーションを飲ませ、皆を少しでも回復させている。

 

 さらに、新たな援軍を呼ぶために何人か敷地内を出て行くも、相当数の人数がここに残る。

 

 そして、残す敵は侵入者二人組のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敷地内に残り、【アポロン・ファミリア】で手が空いているものは、まず近くの侵入者の一人を取り囲んでいる。

 

 

「うわあ、これ、絶体絶命ってやつかな?」

 

「ふはははははははははははっ! 形勢逆転だな、タナトス!」

 

 

 二人組の侵入者の内の一人の名前を聞いて、囲んでいた【ファミリア】の人達は戸惑いを隠せない。

 

 

「タナトス…?」

 

「え、マジで…?」

 

「ギルドのブラックリストにのっている、闇派閥の悪神じゃねえか…!」

 

 

 そんな話声を僕は、ダフネさんの傷をいやしているカサンドラさんたちと一緒に聞いている。

 

 

「あ、あの…。闇派閥って一体…?」

 

「あ、うん。オラリオは昔、今ほど平和じゃなくて、混沌としていたの。その時、それを陥れようとしていた集団を闇派閥と呼ばれているの…」

 

「しかも今回、その闇派閥を仕切っていた内の、一柱の神が現れたのね…」

 

「そ、それって、結構大物じゃ…!?」

 

「そうだね…。一体今回は何が狙いなの…?」

 

 

 そんなことを話していた僕たちとは裏腹に、向こうでも話が進められていく。

 

 

「さて、タナトス! 今回は一体何が狙いなのだ!」

 

「だから言ったろ? 俺は死を司る神だ。当然、俺は、それに該当していることを」

 

「それはお前の言う計画の最終目標だ。今回の小さな目標について答えろ!」

 

「………へぇ」

 

 

 な、何かすごいことを聞こうとしている。今回、一体向こうに大きな何かがあるのか…?

 

 

「まあ、そうだね。単刀直入に聴くか。『宝玉』について何か知らない?」

 

「…? 『宝玉』? なんだ、それは?」

 

 

『宝玉』…? 一体、それは何?

 

 

「…やっぱり反応が鈍いな。嘘をついているように見えないし、やっぱりお前の子供の単独犯だな」

 

「おい、一体何の話をしている!?」

 

「じゃあ、もう、お前に聞くことないや。おーい頼むよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自称、エインちゃん」

 

「…っ!?」

 

 

 すると、【ガネーシャ・ファミリア】と戦っていたもう一人の侵入者が黒フードをなびかせながら、タナトスを囲んでいた所に突っ込んでいく。

 

 

「な、速っ…ヅッ!?」

 

「あ、おい…ブォ!?」

 

「え、ちょ、ガハッ!?」

 

「いや、やめ、きゃあ!?」

 

 

 瞬く間に包囲網が瓦解される。

 

 そしてそのまま次の人達を襲い、中心にいたタナトスと、対峙していたアポロンのみがその場に残った。

 

そしてタナトスは「形勢逆転だな。アポロン?」と、非常に悪い顔で言う。

 

「ぐぐぐぐぐぐぐっ!」

 

対してアポロンはそう悔しそうな声を上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 その光景を離れて見ていた僕たちは、ただ茫然と見るしかなかった。

 

 

「な、何、あの人…!? あんな強い人が闇派閥に属しているの!?」

 

「た、頼むからこっちに来ないでくれ…!」

 

 

 と、この場にいる僕やカサンドラさん、ダフネさんを含め、もうこの敷地内で神様二人と侵入者一人を除き、まだ意識がある最後の7人の僕らは、そう喚くしかなかった。

 

 しかし、そんな簡単に見逃してくれるわけがなく、そのうちの一人が、一瞬で意識を失ってしまう。

 

 

「お前たちで最後だ」

 

「な、はっや…!?」

 

「ひっ…!」

 

「っ…!」

 

 

目の前に現れ、停止する僕たち。緊張で体が止まってしまっている。

 

 

「…う、うわあああああ!?」

 

「ち、ちくしょおおおおおおお!?」

 

「あああああああ!?」

 

 

 恐怖で理性を忘れ、その内3人が襲い掛かる。しかし―――、

 

 

「…弱い…」

 

 

 そうつぶやき、あっという間に襲い掛かってきた3人を蹴散らし、吹っ飛ばす。

 

 立ち上がれる様子もなく、百人いる【アポロン・ファミリア】で、この敷地内でまだ意識があるのは、僕、カサンドラさん、ダフネさんの3人のみとなってしまった。

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 

 無言で見つめ合う僕ら4人。

 

 緊張した場となり、どうしようかと逡巡していると、相手の方から話しかけてきた。

 

 

「…食人花を最初にやったのは、お前か?」

 

「! ……そうだ…!」

 

「…信じられないな。お前、どう見ても駆け出しだろ。どんな魔法を使った?」

 

「…魔法は、習得していません……!」

 

「はぁ!? じゃあ、どうやって「フッ!!」ッ!?」

 

 

侵入者の人が僕に食人花との戦いについて話しかけている隙に、ダフネさんが剣を振るう。

 

 しかし、緊急回避をされ、残念ながら空振りに終わってしまう。

 

 

「…人の話を最後まで聞けないようだな。お前は」

 

「あら。ここはまだ戦場だと思うけど? あんたらがそうしたじゃない」

 

「すぐに終わらすか」

 

 

 緊急回避した距離を一瞬で詰めて殴りかかるが、ダフネは事前に脳内シミュレートをしていたのか、どうにか躱して、カウンターを仕掛ける。

 

 

「…こんなものか」

 

「っ!!?」

 

 

しかし、振るった剣が指で掴まれてしまい、ダフネは驚愕する。

 

 

「お前は寝てろ」

 

「ガッ…!」

 

 

 顎に飛び膝蹴りを見舞いし、ダフネはうめき声をあげ、そのまま倒れ、意識を失ってしまう。

 

 

「ダ…、ダフネ、ちゃん…」

 

 

 友人の完敗した姿を見たカサンドラは、声を震わし、ベルもまた唖然となる。

 

 

「…………ハァ。興がそがれてしまったな。」

 

「くっ……!」

 

 

 僕は怒りに震えて立ち上がり、短刀を構え、相手を見据える。

 

 

「ん、何だ? やるのか、お前? ずいぶん威勢のいい駆け出しだな。」

 

「…あなたを、倒します…!」

 

「べ、ベル。さすがに無茶は…」

 

「……はぁあああああ!」

 

 

 僕は助走をつけ、短刀で相手を切りかかる。

 

 

「全く。2人ともこちらに勧誘しようかと思ったけど、少なくとも1人は入らないようだな」

 

 

と、退屈そうに僕を殴りにかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、最後に残ったのはどうやら悲観そうなお前だったな」

 

「う、あ…」

 

 

 侵入者は、一撃でベルを気絶させ、最後に残ったカサンドラを見て言った。

 

 

「どうだ、おまえなら、こちらに来ても、それなりに歓迎してやるぞ?」

 

「あなた方の目的は、一体…!」

 

「さっき言っ……てないな。そういや」

 

「おーい。もう終わったー? あれ、まだ一人残っているじゃん? こっち側に来させるの?」

 

「タナトス。結局【アポロン・ファミリア】を壊滅状態にさせたのはいいが、目的の『宝玉』が回収できてないぞ」

 

「うーん、どうしよっか。知っているであろう単独犯の人物も、逃げられちゃったからね」

 

「はあ…。また計画を大幅に修正しないといけないのか…」

 

「そうなっちゃうね」

 

「…そういや、アポロンは?」

 

「向こうでオーバーに泣いてる」

 

「…まさか、持ってきた食人花が全て仕留められるし、収支で考えればマイナスだな」

 

「一応、応援が呼ばれないように事前に手下を周辺に潜り込ませたのに、ガネーシャのところが来たから焦ったね」

 

「そのための私だろ?」

 

「…死者が結局、敷地内のみしかわからないけど、0人みたいなんだけど?」

 

「むしろ、けが人を増やした方が、向こう側の人員が割かれるからな」

 

「…えげつねえ」

 

「まあ、そう悲観するな。とりあえず、こいつを手土産にして、撤収するのが賢明だな」

 

「……!?」

 

 

気絶したフリをして、このまま忘れて欲しかったカサンドラは、顔を青ざめる。

 

 

「あ、持ち帰るんだ。使えるの?」

 

「さあな。ただ、噂だが、夢のお告げとかが見られるらしい」

 

「へえ……。結構いいじゃん」

 

「まあ、なんか欠陥があるらしいが、条件が揃えば………っ!?」

 

 

 まさかの人が立ちあがる姿が視界の端に入り、視線を即座に動かした侵入者は、信じられないものを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程、一撃で気絶させたはずの駆け出しの冒険者がそこに立っていた。

 

 

「カ……、カサンドラさんを…、連れて、行かさない…!」

 

 

 短刀を握りしめ、ベルは必死に一歩ずつ、歩んでいく。

 

 

「こいつ…! 現実がまだ理解していないのか!ならば、お望み通り…!」

 

 

 侵入者は右手を突き出し、トドメを刺そうとする。

 

 

「喰らえ!」

 

 

 ベルに向かって赤い炎が放たれる。

 

 その直後、ベルは力を使い果たしたのか、うつ伏せに倒れ込んだ。

 

 その上を放たれた魔法がギリギリで通過して、地面に着弾する。

 

 まさかの回避に侵入者二人は警戒したが、少しの時間が経過しても、起き上がってこず、不審に思い近づいたが、今度こそ完全に気絶したことを確認した。

 

 

「まさかこれを避けられるとは…。なんて運のいいやつなんだ」

 

「まあでも、これで…あれっ?」

 

「ん、どうした…なっ、悲観していた奴がいない!?」

 

 

 振り向くと、そこにはカサンドラがいなかった。

 

 

「ありゃー、これ、今のあの冒険者の行動していた隙に、逃げられちゃったね」

 

「いや、まだ外の手下が…っ!?」

 

「あ、やべっ!? 急いで撤収!」

 

「ギルドからの要請で来た、【ロキ・ファミリア】だ! 不審者を逃がすな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、【アポロン・ファミリア】の館の内外の戦いは、終わりを告げた。

 

 僕たちは、病院に運ばれ、ベットの上で過ごすことになった。

 



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病室での決意

【ロキ・ファミリア】が現れた!

侵入者二人「「撤収!!」」

効果はバツグンだった!


【ロキ・ファミリア】が参戦した直後、侵入者二人は去った。

 

 気絶したベル達を含めた【アポロン・ファミリア】及び先に増援に来た【ガネーシャ・ファミリア】の手当てを施すため、【ディアンケヒト・ファミリア】が持つ病院に運び込まれていく。

 

 【ロキ・ファミリア】の団長、フィン・ディムナと副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴは「ヒュアぎントス~~~~~っ! べるぎゅ~~~~~~~~ん!」とオーバーに泣いていたアポロンを慰め、今回の騒動の概要の説明を受けて、そのあらましを振り返っていく。

 

 

「つまり、今回の騒動は、侵入者二人組を発見して、館に閉じ込めるため、出入り口をすぐに封鎖。その後、【アポロン・ファミリア】の少数精鋭で入り、立ち向かったけど」

 

「侵入者の一人が相当強く、戦力が削られたところに、巨大な植物が4体現れた。そこで駆けつけた【ガネーシャ・ファミリア】の協力があり、これを退けたが」

 

「外に出た侵入者達が現れて、先程の一人に【ガネーシャ・ファミリア】が戦闘不能になった。そこで、さらなる増援を呼ぼうとしたけど」

 

「向こう側にとって本命の食人花や巨大花を出して、それを阻止された。だがこれも、どうにか突破したが」

 

「最後は侵入者に全滅寸前にされた…。こうして振り返ると、その侵入者は最初、館に入って戦闘を行っていないことから、目的は何かの捜索だと思われるけど…。アポロン様、何か心当たりは?」

 

 

 フィンがそう考え、アプロンに尋ねる。

 

 

「ぐすっ…、そういえば、侵入者のもう一人のタナトスが私に『宝玉』という物について聞いてきたな。あと、私の子供の単独犯とか予定が狂ったとかなにかも言っていたな」

 

 

 タナトスが漏らしていた話を思い出し、結局あれは何の話だったのか考えていた。

 

 

「『宝玉』…? それは一体何だ?」

 

「いや、ぞれは私もわからない」

 

 

 リヴェリアはまだ少し泣き顔になっているアポロンにより詳しく説明を求めたが、そこまで話を聞けなかったので、仕方なくフィンと推測で考えた。

 

 

「しかし、わざわざ捜索したってことは向こうにとって大事なものの一つだろうね。優先度はそこまで高いというわけじゃなさそうだけど」

 

「そのようだな。それに、向こうの持ち手のモンスターの方の、食人花や巨大花とか厄介なものもあるが、聞いている限りだと、こっちはあくまで試験みたいな感じだな。向こうの動きが消極的すぎる」

 

「ああ。…そして、侵入者の強さ。無詠唱で魔法を使うか…。やっかいだね。今後において、一番の問題点はそこだろうね…。アポロン様。侵入者の一人は神タナトスだと聞いているが、もう一人に心当たりは?」

 

 

 【ガネーシャ・ファミリア】をたった一人で相手取り、返り討ちにさせた者。

 

 今後のオラリオの平和を脅かす者になると確信し、フィンたちは何としてもこちらの情報を少しでも聞きたかった。

 

 

「ない。……いや、まてよ。確か、タナトスが何か口走っていたような…そうだ! あの時確か、相方を自称エイン、とか読んでいたな。しかし、それ以外の事は…」

 

「そうですか…。ありがとうございます」

 

 

 そう言い、フィンとリヴェリアは話を終えてその場を離れ、被害の出た【アポロン・ファミリア】の敷地外を見渡し、何かを考えていると、そこにアイズとベートがやってきた。

 

 

「アイズ、ベート。どうだったか?」

 

「ごめん…。ダイダロス通りで見失った」

 

「あの野郎、一体どこに隠れたんだ…! 俺の鼻でも途中でにおいが消えてやがるし…!」

 

 

 アイズとベートは、逃げた二人組を追っていたが、途中で巻かれてしまった。これを聞いたフィンは、二人を励ました。

 

 

「そうか…。いや、二人とも良く頑張った。遠征帰りで疲れているだろうに、よく働いてくれている」

 

「そうだな。フィンの言う通りだ」

 

「…ケッ。まぁ、俺ぇは少し気分が晴れたぜ。何せ、昼間の帰りに、俺に啖呵を打ってきた変態野郎達が、すぐにこんな様になっているからな」

 

「ベートさん。喧嘩を売ったのは一人だけだった気が」

 

「こまけぇことはいいんだよ。大事なのが、雑魚は結局一生足手纏いってことだ」

 

「…ベートさん。私は、そういう所が、嫌いです」

 

「…そうかよ」

 

「無様だな」

 

「うっせぇ、ババア!」

 

「ベート、落ち着いて。一応、アポロン様から館内の探索の許可はもらっておいたから、保護が無事完了した後、総員で手分けして何かあるか探すぞ」

 

「「「了解」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? どうしたのアイズ?」

 

 

 ティオナが気絶して怪我をしていたベルを運んでいる様子を、アイズが見ていた。

 

 

「ティオナ…。…この子、今日の昼間に、見かけた…」

 

「ああ、昼間遠征帰りでベートが揉めたって言う話? この子がいたの?」

 

「うん…。昼間は何か血まみれだったけど」

 

「なるほどぉ。それで少し印象に残ったのか」

 

「…何か兎みたい…」

 

「あれ、そっち?」

 

 

 そんな微笑ましい一悶着もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【アポロン・ファミリア】壊滅状態となった、次の日。

 

 【ディアケヒント・ファミリア】の病院のとある一部屋。

 

 

「……ん……、ここ、は…?」

 

 

 僕はそこで意識を取り戻した。

 

 目が徐々に光を集め、白い天井を見て、少し呆けてしていたけど、すぐに意識を失う前の事を思い出す。

 

 

「はっ、そうだ! 皆!」

 

「ふぇ!?」

 

「え、カサンドラさん!? …痛っ!」

 

「あ、ちょ、ベル、今は横になって!」

 

 

僕はすぐにベットから起き上がり、立ち上がろうとすると、カサンドラさんがすぐ傍で僕の事を看ており、驚いた声を上げると、僕の体の傷が痛みはじめ、それを見たカサンドラさんは慌てている。

 

 そして横になった後、すぐに医者を呼んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 【ディアケヒント・ファミリア】の【戦場の聖女】アミッド・テアサナ―レさんから、僕の状態を教えてくれた。

 

 

「とりあえず、すぐに傷の方は何とか魔法で癒しましたが、まだ体の体力の方が完全に回復していません。ただでさえ、昨日の昼間の『ミノタウロス』の一件でもギリギリ経過観察には入らなかったですが、さらにそこから無茶に無茶を重ねましたから、今日を含めた3日間は入院。その次の日は退院が可能ですが、その後2週間は経過観察ですから、絶対に安静して下さい」

 

 

 どうやら相当無茶を働いていたため、当分ダンジョン探索は打ち切りとなってしまった。

 

 

「また、後で今回の騒動の説明をあなたにも求められると思いますが、その時は出来るだけ首を動かさないでください」

 

「はい、わかりました」

 

「では、何かあったらそのベルを鳴らしてお呼び下さい」

 

「え、呼びましたか?」

 

「あなたではありません。では私は他の患者も見ないといけないので」

 

「あ、ちょっと待ってください! …その、他の人達はどうなったのですか」

 

「……今回の騒動での死者の数は、奇跡的に0ですが、今後の生活にも支障がある人も何人かいます」

 

「……そう、ですか…」

 

「さらに、まだ意識を回復していない人は全体の約半数います」

 

「………」

 

「では、これにて失礼します」

 

 

 そう言い、アミッドさんは他の患者の様子を見に行った。そして、それと入れ替わるようにカサンドラさんが部屋に入ってきた。

 

 そして、心配そうに僕に尋ねてくる。

 

 

「…ベル……、どう、だって…?」

 

「…3日間は入院。その次の日は退院ですが、2週間は経過観察だそうです」

 

「…そう、なの…」

 

「あの、カサンドラさん。その…、ダフネさんとか、ヒュアキントスさんとかは、どうなったの?」

 

「ダフネちゃんは今日の朝に目が覚めて、2日間入院して、その後1週間は経過観察みたい。団長様は昨日の夜中に目が覚めて、もう退院しているよ。経過観察もないみたい」

 

「…リッソスさんやルアンは?」

 

「……リッソスさんは、まだ目が覚めていないの。打ち所がひどくて、気絶した後も殴られたような跡があるという話を聞いたの…。ルアンの方は無事みたい。昨日、食人花の群れから脱出して敷地外に出て、待ち受けていた闇派閥の手下からも逃げ切ったみたいなの」

 

「…他にも闇派閥の人達がいたんだ…」

 

「…うん。気絶したフリをしていた時に侵入者二人がそう話していて、逃げ切ったルアン本人からも聞いたよ…」

 

「そう、なんだ……同じ【ファミリア】の他の皆は?」

 

「今回の騒動に関わっていない人達を除いて、私たちの【ファミリア】の人達は、目が覚めた人は半数。入院日数と経過観測日数は人それぞれバラバラだけど、残りの半数は、今後の生活にも支障がある人も含めて皆、目が覚めていないの」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】の人達は?」

 

「…詳しくはわからないけど、まだ何人か目が覚めていないらしいの。…あと、その、今回のことがあって、5日後の『怪物祭』もどうするか検討中みたい」

 

「……」

 

 

 アポロン様が【ファミリア】内の親睦を深めようと考案し、見に行こうとした祭そのものが、中止の可能性が出てきてしまっている。

 

 実際どういうものか少し楽しみだったのに…。

 

 少し僕が気落ちしていると、その様子を見たカサンドラさんから、感謝の言葉をもらう。

 

 

「…あのね、ベル! 昨日、私を何度も助けてくれてありがとうっ! 『ミノタウロス』の一件もそうだし、食人花や巨大花の群れの時も、最後にさらわれそうになった時も!」

 

「…ありがとうございます」

 

 

 僕は素直にその気持ちを受け入れる。

 

 実は最後の方、結局殴られて、もう一度立ったような感覚があるけど、その事はほとんど覚えていない。倒れた後、何か背後にやたら熱いのが通過したような気がするけど。

 

 でも、あの死力はどうにか活きたらしく、相手が僕に気を捕らわれていた間に、カサンドラさんは館に張ったバリゲードの隙間に身を隠せたらしい。

 

 そして、僕はこれからの事について尋ねる。

 

 

「…あの、カサンドラさん。これから、どうするのですか?」

 

「うん。館がああなっちゃったから、直るまで宿を取って、ダンジョンで稼ぎをしないと。動けるのがほとんどいないから」

 

「そうなると、僕も退院したら装備もまた買え備えないと」

 

 

 そう話していると、突然アポロン様が部屋に入ってきた。

 

 

「おーい、ベルきゅ~~~ん! 目が覚めたって聞いて飛んできたよ!」

 

「アポロン様! だからここは病院ですから静かにして下さい!」

 

 

…アミッドさんに激怒されながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭に大きなたんこぶができているアポロン様は、部屋にある椅子に座り、僕に体の調子の方を聞いてきた。

 

 

「さてベルきゅ、じゃないベル君! 体の調子はどうだい!」

 

「先程カサンドラさんにも話しましたけど、3日間は入院。その次の日は退院ですが、2週間は経過観察だそうです」

 

 

 それを聞いたアポロン様は残念そうな顔をする。

 

 

「そ、そうか…。それは、とても残念だな」

 

「あ、あの…。結局、今回の騒動は一体何が…」

 

「ああ、それを話さないとね」

 

 

 僕は今回の騒動のあらましを注意深く聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけなんだ! どうだい、何かわかったかい?」

 

「あ、あの…神様の方もほとんどわかっていないんじゃ…」

 

「ああ! だからこうして、みんなに聞いているのさ!」

 

 

いや、それは、皆もあまりわからないんじゃ…。

 

 

「で、今後の事なんだが、館は騒動に関連する物の探索が終わった後、一先ず【ゴブニュ・ファミリア】に修理を頼んでおいている。それまで、各自で宿を取って直るまでそこで泊まるようにする事! まあ、修理代が馬鹿にならず、資金のほとんどがこれに吹っ飛んでしまうけどね!」

 

 

と、少し涙目になりながら僕に伝える。

 

 今回は、僕たちの実力不足が現れたことになったこの騒動。

 

 仲間が傷つき、自分も悔しい思いをした。

 

 そしてベルは、この事を思い出し、病室である決意をする。

 

 

「神様…。僕、強くなりたいです」

 



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神の宴

※ 夜中の出来事です。
アポロン「ゔわ~ん! ヒュアキントス~! べるきゅ~ん!」(´;ω;`)
アミッド「ここは病院ですので静かにして下さい」
ヒュアキントス「呼びましたか?」←今、目が覚めた。


 感想に書いている人もいますが、誤字報告などは作者にとって非常にありがたいので、遠慮なく行ってください。

 評価、感想、誤字報告など、お待ちしております。


 ベル・クラネルが病室で決意した2日後。

 

 【ロキ・ファミリア】及び遅れてきたギルド職員の館の探索は前日に打ち切られ、その日の朝は館の修理が始まっていた。

 

 ヒュアキントス、アポロン、退院したダフネは、【ゴブニュ・ファミリア】の団員と館の修理について話している。

 

 

「修理が完了するまで、どれくらいかかるの?」

 

「そうだなぁ。ざっと、7, 8日ぐらいって所か。ただ、これは壁に外装のみの話だ。内装まで手を付けるとさらに10日ぐらい日数がかかるぞ」

 

「フン…。なら、早急に取りかかって直せ。内装もだ」

 

「そう、特に私の銅像もだ! 侵入者達に全て執拗に破壊されていたのだ! 恐らく私の美貌の出来栄えに嫉妬してやったのだ! これから団員たちにもすごさを見せつけるように、数も増やして…」

 

「あ、そうそう。あの悪趣味なのは直さなくていいよ。その分、内装の修理も早く直るのでしょ?」

 

「それを含めなかったら、内装は3日で終わるな」

 

「じゃ、それで決定ということで」

 

「おい、ダフネ貴様! アポロン様像を勝手に…!」

 

「そうだぞ! 何故だ! 私の威厳を知らしめるのに…」

 

「うっさいわね! 今はそんなことより館の修理よ! ただでさえ資金が少なくなったに、そんなものを入れたらウチらの【ファミリア】は借金地獄になるわよ!」

 

 

 それを聞いたヒュアキントスは、少し首を傾ける。

 

 

「…そうなのか? 【ファミリア】全体の治療費や宿代も入れても、私の計算ではまだギリギリ直せる資金が余るはずだが…」

 

「…さてはアポロン様、アンタ…!」

 

「……撤収!」

 

「待ちなさい! …とりあえず、あの悪趣味な奴はむしろ撤去して! 何かの材料に使ってもいいから!」

 

「わ、わかった」

 

 

 そうして館の修理の方針は決まり、館の中にあった大量のアポロン像の残骸は撤去されることに決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 『怪物祭』に向けて、【ガネーシャ・ファミリア】主催の神のみによる宴が開催された。

 

 

「諸君! 本日はよく集まってくれた! 俺がガネーシャである! 今回の宴もこれほど出席して頂きガネーシャ感激! 愛しているぞお前たち! さて積もる話もあるが、今年も例年通り3日後に『怪物祭』を開催することに最終決定が下り、みなの【ファミリア】にもどうか協力を…」

 

 設けられたステージの上で巨大な象の仮面を被ったガネーシャがでかい声でスピーチを行っていたが、お約束とばかり神達は聞き流し、談笑している。

 

 

「結局、『怪物祭』やるんだ。なんか【ガネーシャ・ファミリア】の主力が軒並みダウンしたって聞いたけど」

 

「Lv.5全員行ったってわけじゃないからな。それに、目が覚めた奴もいるから、そいつらの退院が間に合うらしい」

 

「なーんだ。むしろ俺は、何か別の祭りが代わりに開催されると期待したんだけどな」

 

「おっ、あれはド貧乏【ファミリア】代表の一人、タケミカヅチじゃないか! ―――フヒヒ」

 

「あっ、あの年柄年中幸薄そうな顔はタケミカヅチさんじゃないかですか! ―――フヒヒ」

 

「このクソ神どもがぁ…!」

 

「よっす」

 

「おお、おひさー。何十年振りだっけ?」

 

「ん、2日振りだな」

 

「むっ! 給士君、踏み台を持ってきてくれ、早く!」

 

「は、はい!」

 

 

 あるところでは『怪物祭』について話し、ある所では貧乏神を笑い、ある所では出された料理をタッパーに入れ、明日以降のご飯として持ち帰ろうと企むロリ神など、神達が宴に楽しんでいる。

 

 そこにロキも到着する。何かの情報を聞いたのか、いつもの男物ではなく、ドレスを着て。

 

 

「盛況やなー、っと。ドチビの奴、おらんかー?」

 

「あちゃー、ロキ来ちゃった」

 

「ロキが、ドレスだと…!?」

 

「世も末だな」

 

「それにしても、見事な貧乳だ」

 

「いや、無乳だ」

 

「よし、顔は覚えた。帰ったら潰す」

 

 

 ロキは馬鹿にされた神達の顔を覚え、後でけしかけてやろうと考えていると、ロキと真逆の体型をしたデメテルが声をかけてくる。

 

 

「あら、ロキ。お久しぶり。元気にしてた?」

 

「ん? …デ、デメテル…、来ていたんか」

 

「うちの【ファミリア】は色々なところに御贔屓してもらっているわ。先日もまた野菜が実ったから、今度採れた時ロキにもおすわけしてあげる」

 

「おお、ありがとなー。お、このワインうめぇ」

 

「ところで、ロキは『怪物祭』に行くの?」

 

「ああ、そのつもりやけど…お、あれは! ごめんな、デメテル。また今度な! 」

 

「ふふっ、またね、ロキ」

 

「おーい! ファイたーん! フレイヤー! と、ドチビッ!!」

 

 

 ロキは、デメテルと別れ、見つけた標的含む友神に声をかけに行った。

 

 

「あ、ロキ」

 

「何しに来たんだよ君は…! フレイヤもだけど」

 

「ああ、すぐそこで会ったのよ。久しぶりーって話していたら、じゃあ一緒に会場に回りましょうかって」

 

「か、軽すぎるよ、ヘファイストス…」

 

「邪魔だったかしら?」

 

「そんなことはないけど…」

 

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか? はぁ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」

 

「……! ……!!」

 

「ヘスティア…今、鏡見たら自分でも驚くくらい凄い顔になってるわよ」

 

「ねえ、ロキ…。遠征どうだったの? 何かあなたの子供たち、少し険しい顔をしていたけど」

 

「…ああ、何か帰りにアポロンのとこと揉めたらしいんや。それで、特にウチのベートが荒れててな」

 

「…そう。私は、遠征の結果を聞きたかったけど…」

 

「…ああ、実はなぁ…」

 

「全くぅ…。遠征の話になって…どうせ、僕の所に来てくれる子は誰もいないさ! 皆目がないよ!」

 

「それはドチビに魅力がないからやろっ!」

 

「何だとぉ!」

 

「こらこら、ヘスティア」

 

「クスッ。天界の時と変わらないね」

 

「だいたい、ドレスも着れない貧乏神はぁ、こんな所に何しに来たんや。思いっきり爆笑もんやぁ!」

 

「ふん! それは滑稽だね! 僕を笑うために自分の無乳さを周りに見せつけて、君は笑いの神様だね!」

 

「ぐはぁ!?」

 

「あ、これはもう、手が付けられないみたいね」

 

「でも、決着は目に見えるわね」

 

 

 そんな雑談をしていると、ヘスティアとロキは取っ組み合いとなる。しかし、生活は向上できても、神の体は成長しないため、勝負の決め手はそこになった。

 

 

「ふ、ふん…。きょ、今日、今日はこんくらいに、しといてやるわ…」

 

「めっちゃ動揺してるし…」

 

「今度会った時は、そんな貧相なものを僕の視界に入れさせるんじゃないぞっ、この負け犬め!」

 

「こ、ごいつぅ…!」

 

 

 ロキは涙目になってこの場を離れようとすると、そこにアポロンがやってきた。

 

 

「おや? 皆の衆、久しぶりじゃないか! 特にヘスティア!」

 

「ゲェッ、アポロン!」

 

「あんたよくこの状況で割り込めるわね…」

 

「なぁに。ヘスティアとは、天界で愛し合った仲だからね!」

 

「嘘をつくな嘘をぉおおおおおっ!? 頭がお花畑の君が一方的に言い寄ってきただけで、速攻お断りしただろうがぁああああっ! この僕が、守備範囲が広すぎる変神の求婚なんて受け入れるもんかぁ!!」

 

「うわぁ。それを聞くと、流石のウチもドン引きやわぁ」

 

「それより、あなたの【ファミリア】って壊滅したって聞いたけど、大丈夫なの?」

 

「フレイヤ。特にそこは問題視していない。子供たちは私達の想像を超えていくこともあるからね!」

 

「あなたが言うと、何か作為的なものを感じるし、説得力も半減してしまうんだけど…」

 

「…丁度いいや。おい、アポロン。ウチに何かいうことあるやろ」

 

「ロキ…ふむ、そのドレス中々、君の無乳さを見せつけてゴブハッ!?」

 

「うっさいわ! しばき倒すわボケェ!」

 

「いや、もう倒しているんだけど」

 

「はっはっはっはぁ! どうやら君は、本当に笑いの神様だねぇ! そしてよくやったロキ!」

 

「ドチビも黙っとれや! それはウチを褒めてんのか、貶しとるのか、どっちなんや! つーか、そこを聞いているんじゃないわ! ダンジョンのこともそうだし、お前ぇんとこの騒動についての事や!」

 

「いてて…。あ、そっちか。ダンジョンのことに関しては私もよく聞かされていないから良くわからんが、揉めたっていうなら謝ろう。すまなかったね。で、騒動の方は、ロキの方から何かわかったのか? 君の子たちは。館内を捜索したみたいだけど」

 

「いいや、館内には怪しいものが見つからなかったらしい。ウチの団長の勘がそうささやいたらしく、昨日切り上げたからなぁ。あ、ダンジョンの事はベートが何か言ったみたいだけど、気にすんなって伝えといてくれや」

 

 

 そしてロキとアポロンは、互いの【ファミリア】の眷属同士の衝突の謝罪を行い、騒動の情報交換を行っていった。

 

 それを見たヘスティアは、少し羨ましがっている。

 

 

「…うう、僕にも眷属がいたらあんな話が出来たのかなぁ」

 

「ヘスティア。あんたもいずれ出来るから、そう心配しないで」

 

 

 そして、フレイヤがある話題を口にする。

 

 

「そうね。…時に皆、最近、何か新しい眷属とか増えた?」

 

「うう、フレイヤ。僕の前でそんな話題を…」

 

「ん? 何や、急に。まあ、ウチんとこは、最後は4, 5ヶ月前ってとこかなぁ」

 

「私は鍛冶系の【ファミリア】だけど、毎年定期的に募集した半年前になるかしら」

 

「ふっふっふ。私の所は半月ぐらい前だ。ベルきゅんという名前でな、なんと3日前の騒動でも大活躍してたんだ!」

 

 

 それを聞いたロキは、ベルという名前の子を憐れむ。

 

 

「その子は不憫やなぁ。よりにもよってアポロンの所か。まだドチビの所がまだ良かったんじゃないんか? 一応こいつ処女神だから、貞操とか大丈夫そうだし。第一、お前に夜中とか襲われているんちゃうか?」

 

「ま、まだ襲ってないし! というか、誰も館内のベルきゅんの部屋の場所を教えてくれないし! 今病院で入院しているし! 明日退院するけど」

 

「すぐにその子を僕の所に改宗させるんだ! 立派な子に育ててあげる!」

 

「フハハハハハ! それは無理だな、ヘスティア! 改宗するには、その【ファミリア】に入ってから最低1年間という条件があることを知らないのか!?」

 

「グギギギギッ!」

 

 

 フレイヤは半月前に加入した冒険者と聞き、耳を傾け、アポロンに向けてさらに質問した。

 

 

「ねえ、アポロン。その子の特徴とか、何かないの?」

 

 

 それを聞いたロキは、フレイヤの行動に何か違和感を感じ始める。

 

 

「…なあ、フレイヤ。何かお前、さっきから…つーか、フレイヤがこんなパーティーに出たのって本当に久しぶりじゃ…」

 

「そうだなぁ、白い髪をして赤い目をした少年でなぁ。全体的な印象だと兎人の種族ではないのに兎の印象が強く、非常に純粋で大分可愛らしくて、つい襲いたく痛ッ!?」

 

 

 アポロンは話が言い終わる前に、ロキから脛を思いっきり蹴られる。

 

 

「おい、やっぱこいつに『戦争遊戯』を挑んで、そのベルっつー冒険者の卵を奪った方が良いんちゃうか?」

 

「ま、待てロキ! いくら何でも戦力差が…!」

 

「だったら尚更自分の子に手ぇ出そうとするなボケェ! モチベーションとかいろいろ下がるだろうがぁ!」

 

「いや、ロキに言われたくない!」

 

 

 そうした中、フレイヤは少し微笑み、この会話に加わった。

 

 

「そうね…。挑もうかしら?」

 

「フ、フレイヤもだ!」

 

「……」

 

「……」

 

 

 こうして、『怪物祭』に向けての神の宴は終わりを告げた。

 

 別れる際、ヘファイストスとヘスティアのバイトの事で話をしていたところを聞いたロキは、減らず口をヘスティアに向けて叩き、ヘスティアは負けじとロキの無乳さを責めたことで、先程と同じような光景でロキとヘスティアは再び喧嘩して取っ組み合いになり、ロキが「覚えとけよこん畜生ぉおおおおおおおおお!!」と涙をまき散らして退散していった。

 

 勝負に勝って試合に負けたヘスティアは「無い胸を成長させてから挑めー!」と去りゆくロキに大声で怒鳴り返したのだった。

 

 アポロンもまたロキとフレイヤによってもみくちゃにされたスーツ姿を、他の神に何か言われる前に急いで退散する。

 

 こうして、一日の夜が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日、ベル・クラネルが退院する日となった。

 



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『怪物祭』前の出来事

突然問題です。
以下の選択肢で、ベル君と二人きりさせると、
一番ベル君の貞操が危なくなるのは誰でしょう?

A. アイシャ・ベルカ
B. アポロン
C. イシュタル
D. フリュネ・ジャミール
E. フレイヤ

さぁ、答えは!?


 襲撃から4日後。

 

 僕は体の傷が完全に癒え、体力も回復し、アミッドさんから退院の許可をもらった。

 

 とりあえず、経過観察が2週間あるけど、ぼくは退院することになった。

 

 

「お疲れ様です。2週間様子を見て、良好でしたらダンジョンの探索をしても問題ないです」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「…しかし、すごいですね。普通、Lv.1だともうこの世にいなかった可能性があったにもかかわらず、こうしてダンジョンに挑もうと思えるなんて…。正直、精神が病んでもおかしくはないと思っていました」

 

「そ、そんなに僕の傷ってひどかったんですか!?」

 

「はい。…それと、【ロキ・ファミリア】から聞いたのですが、侵入者達は撤収しようとした時、あなたを連れ去ろうとしていたようです」

 

「えっ!?」

 

 

こ、これは初耳だ…。一体、僕が倒れた後、何があったんだ…。

 

 

「あ、でも安心してください。それにすぐに気づいたらしく、敏捷が高い人達に追わせたので、早々諦めてくれたそうですけど」

 

「そ、そうだったんですか…」

 

 

 あの時、僕の死力でカサンドラさんを助けたと思っていたら、今度は僕の方がさらわれそうだった。

 

 恐ろしい事実を聞かされて、少し顔を青ざめた。

 

(…でも、どうして僕をさらおうとしたんだ? あの時、確か僕を連れていかなそうな話を言っていたのに…)

 

 そう思っていた時、アミッドさんから神妙な顔で僕に質問した。

 

 

「…その、時にベルさん。どうして、【アポロン・ファミリア】に入団されたのですか?」

 

 

え、突然どうしたんだろう。僕は何か他にもあったのかなと考えるも、正直に経緯を話した。

 

 

「じ、実は…。最初オラリオに来て、ギルドの受付の人から冒険者登録するには【ファミリア】に入ることが条件だといわれて…。当初すぐに入れると思っていたんですけど、立て続けに別の【ファミリア】に断られて…。入団テストもやったですけど、他の人と比べられて落とされちゃって…。2日目の夕方でようやく入団させてくれる【ファミリア】があって、そこが【アポロン・ファミリア】だったんです」

 

「…なるほど。その時、ここの【ファミリア】にも行ったのですか?」

 

 

 この質問で、僕はようやく意味が分かった。

 

 

「…はい。僕は田舎出身だったんですけど、僕のおじいちゃんが怪我をしたり、熱を出したことがあって、その時僕が介護をやっていたので…。【ファミリア】を探していた時は、僕は何が何でも冒険者登録することに躍起になっていたので、田舎にいたときの知識が使えるかもしれないとここに入団申し込みをしたんですけど…。あの、もしかして、僕の事で何か言っていたんですか?」

 

「……」

 

 

 アミッドは答えない。

 

 この事でベルは逆に何を言われたのか怖くなり、少しずつ顔を暗くしていく。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 静まり返り、空気が重くなってきた。本当に何を言われたんだ。

 

 そうしている内に、遂にアミッドさんが口を開いた。

 

 

「…その、ベルさん。あの時、ひどい言いがかりであなたを落とした我が【ファミリア】の愚か者に代わり、私が謝罪をします。大変申し訳ございませんでした」

 

 

 僕は【戦場の聖女】と呼ばれるアミッドさんから頭を下げられ、謝罪された。

 

 この衝撃的な出来事をされた僕は、非常に戸惑っている!

 

 

「あ、あの、頭を上げてください! その、あの時は僕の方が何か間違えたかも…」

 

「いえ、それはありません。私や我が【ファミリア】の主神であるディアンケヒト様の相談なしに独断で合否を判断するのは厳禁だと、我が【ファミリア】の掟ではそうなっています。それに、同じ医者を志そうと考えた者に、あのような下劣な言葉を投げるのはこちら側に非があります。そして、私はその団長であります。部下の責任を取るのは上司の務めでもありますから」

 

「ア、アミッドさん…」

 

「私に対して、いかなる罰でも、わ、私は…」

 

「い、いや、そこまで責任を取らなくても!」

 

 規則正しく、純粋な人だけど、止めないと暴走してしまう…!

 

「あ、あの、アミッドさん。僕は【アポロン・ファミリア】に入って、僕が断られまくった入団関係の事で、後悔していることはないんです。それに僕は、【アポロン・ファミリア】に入って良かったと思ってもいるんです。神様は変な神ですし、団長のヒュアキントスさんは物厳しい方ですけど、皆が支え合って、助けたり、助かれたりする。時にはミスも起きますけど、みんなそれを笑い飛ばして、そして励まし合ったりする。そんな【ファミリア】なんです。だから、アミッドさんはそんなに僕の事を重く考えないで、頭を上げてください! 僕は入団する前より、ほんの少しだけですけど、強くなっています! あなたに頭を下げられたら、僕は何も進んでなく、弱いままだということになってしまいます!」

 

「べ、ベルさん…!」

 

 

 アミッドさんは頭を上げ、僕の顔を見た。少し涙組んでいたけど、少しだけ笑顔になったようだった。

 

 そして、すぐに涙を拭き、いつもの無表情の営業顔に戻った。

 

 

「…そうですね。大変失礼しました。先程の事は忘れてください」

 

「え、いや、あの、それは…」

 

「忘れてください」

 

「は、はい…」

 

 

 無表情のまま言葉の圧力に押されてしまった。こ、怖い…!

 

そして、質問はこれで終わりじゃなかった。

 

 

「…ちなみに、ベルさんは退院された後、どうなさるのですか?」

 

「とりあえず、館の修理が直るまで、泊まる宿とか探して、後壊れた装備も買ったりしないと…」

 

「…資金は大丈夫なのですか?」

 

「…わからない…」

 

 

 実際、どうなるんだろう…。宿代とか前みたいにぼったくられないようにしないと…。あ、そうだ。カサンドラさんとかに聞けば、安くて済む宿とかあるかも。

 

 僕はそう考えていると、アミッドさんからある提案をされた。

 

 

 

 

 

 

 

「宿とかお探しなら、私の部屋に泊まりますか?」

 

「…………えっ」

 

 

 提案の内容が衝撃的すぎて、一瞬思考回路が飛んだ。

 

 

「あ、勘違いなさらないで下さい。今、被害を受けた人の約半数がまだ退院しておらず、このように一日中患者を見ないといけないので、それが終わるまでですが、私の部屋の掃除とかをお願いしたいのですが」

 

「えっ、あ、いや、でも、僕、男ですし。そこに、普段アミッドさんが泊まっている所に出入りするわけにも…」

 

「いえ、大丈夫です。安心してください」

 

「いや、あの、どう安心しろと…」

 

 

 そんなところに泊まったら、多分僕は館の修理が完成するまで一日も眠れなくなる。

 

 どうにかこの話を打ち切ろうとするも…

 

 

「ベルさん。むしろこれはあなたにとって、最大のチャンスです。何せ、あなたは経過観察ですので、ダンジョンに2週間潜れず、資金の補充はまず難しいはずです。そこに、宿代の資金が浮きます。その分、装備に資金を回せますし、食事代にも余裕ができます。館の修理が完了するまでですが、万が一その期間が長くなってしまったらあなたはどうなさるのですか?」

 

「そ、それは…」

 

「それにあなたが私の部屋に泊まってくれたら、この4日分の部屋の整理とかもあなたがしてくれて、私も助かります。そう、世の中「ギブ&テイク」なのです。あなたも部屋の宿代の資金の心配もなくなり、わたしも部屋の掃除や整理などの心配もなくなります。それにあなたは経過観察ですから、私も部屋で効率良くじっくり見ることもできます。お互いメリットしかないものです」

 

「で、でも、僕、男…」

 

「噂や性別が何ですか。宿だと思えば大丈夫です。私は全然気にしません」

 

「……」

 

 

 こうして、館の修理が完了するまでの僕の宿泊場所は、まさかのアミッドさんの部屋になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は退院して、どうにか誰にも見られずに、アミッドさんに部屋の案内をされ、荷物を置く。

 

 この荷物には持ちだしていた短刀も含まれているが、館が襲撃された時、部屋に置いていた僕の荷物はほとんど駄目になってしまったけれど、無事だった服などの日用品や昔おじいちゃんからもらったお守りなどが入っている。

 

 どうやら、【ロキ・ファミリア】やギルドの人達が病院の方に届けてくれたみたいだった。

 

 荷物を置いた後、その場を離れようとすると、アミッドさんがどこか物寂しそうな顔をしている。

 

 

「…ゆっくりしなさらないのですか?」

 

「え、えーと、装備の事や日用品も新たに買わないといけないですし、他の人達にも退院報告しないと…」

 

「…そうですね。では、お気を付けて」

 

 

 そう言うと、アミッドさんは病院の方に戻って行った。

 

 他の患者も大勢いるからだけど、僕の事に付き合ってて大丈夫だったのかな…? それとも、休憩時間だったのかな…?

 

 あ、でも、【ディアンケヒト・ファミリア】の団長でもあるから、きっと休憩時間だっただろう。

 

 そう結論した僕は、ともかくこの場にいることを見られないように去った。

 

 今は退院報告だ。カサンドラさんやルアン達に言おう。

 

 そう思い、僕はカサンドラさんが泊まっているという宿に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その行先の途中の道端で、ジャガ丸くんを買おうとしているカサンドラさんとそれに待っているダフネさんたちと会った。

 

 

「あ、カサンドラさん! ダフネさん!」

 

「あ、ベルだ」

 

「よっ、こんな所で奇遇だね。無事退院できたんだ」

 

「今日から2週間は経過観察だから、もうしばらくはダンジョンに潜れないですけど」

 

「まあ、無理もないわね…。私も昨日退院したけど、後6日ぐらい経過観察だから無理な運動ができないからね。カサンドラは大丈夫だったからダンジョンに潜れるけど」

 

「うう~~~…。ダフネちゃん~~~~」

 

「メソメソするな。あんたのせいとかじゃないから、責任感とか感じるな!」

 

「は、ははは…。…そういえば、ジャガ丸くんですね。僕も食べよう…、って!?」

 

「いらっしゃいませ…ぇえ!?」

 

 

【ファミリア】探しの時、散々お世話になったジャガ丸くんの注文をしようとすると、そこでいつぞやのツインテールをしたロリ神様と出会った。

 

 

「え…、あ、あの、ベルの装備を買おうとした時の【バイトの神様】!?」

 

「ちょっ、何だ、その二つ名はっ!?」

 

「えええぇ!? ここのバイトもしていたんですか!?」

 

「そうだよぉ。ここのジャガ丸くんはおいしいからねぇ…。て、そうじゃなくて、ご注文はっ!?」

 

「あ、えーと、抹茶クリーム味とバターチーズ味…ベルは何にするの?」

 

「じゃあ、小豆クリーム味を…」

 

「ご注文受けたまりましたぁ! 少々お待ちくださぁい!」

 

「…あの神様、いくつバイトの掛け持ちをしているんだろう…」

 

「多分、私たちの予想の数を超えるわね…」

 

「う、うん…」

 

 

 注文を待っている間、僕は不思議なことを考えていた。

 

 何となく、この神様とは、他人事ではないような気がする。もしかすると、僕が【アポロン・ファミリア】に入団できなかったら、この神様の眷属になっていたかも…。

 

 そんな事を考えていると、カサンドラさんからある質問される。

 

 

「ね、ねえ、ベル…。その、宿とか、どこにするか決めたの?」

 

「ギクッ!?」

 

「ギクッ?」

 

「い、いえ、そ、空耳じゃありませんか?」

 

「…そう、かな…?」

 

 

 この質問は僕にとって非常に危うい。

 

 ま、まずい。そのまま素直に「アミッドさんの部屋に泊まることになりました」って、答えたらどんな事になるかわからない。まず間違いなく白い目に見られることは確定だけど。それで済むとは全く思わないし。ど、どうやってごまかせば…。

 

 

「ん? どうしたの? 何か汗をかいているようだけど」

 

「べ、ベル? もしかして、まだ体調が悪いんじゃ…」

 

「い、いえ、ぜ、全然そんなこと全くこれっぽっちもありませんよ!」

 

「何かとてつもなく動揺しているように見えるわね…。…っ! さてはあんた…! …いや、流石にそこまでの資金はベルには持ってないか」

 

「ダ、ダフネちゃん? どうかしたの?」

 

「ベル。あんた、どこに泊まることになったの? 私達に言えない所? それとも、またぼったくられたの?」

 

「い、いえ、そういうわけじゃ…」

 

「じゃあどこ?」

 

 

ど、どうしよう…。これはもう正直に白状するしか…。

 

 もう絶望的な状況になってしまった。が、ここで助け船が来た。

 

 

「はい、お待たせ~! 左から抹茶クリーム味、バターチーズ味、小豆クリーム味です! お値段は90ギルになります!」

 

「あ、ぼ、僕は払います! あと、小豆クリーム味は僕のなので、これにて失礼します!」

 

「あ、ちょっと! 待ちなさい!」

 

「あ、べ、ベル、待って!」

 

「またのご来店をお待ちしておりま~す!」

 

 

 こうして僕の逃避行が始まろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

「ん、あれ? 確か昨日アポロンが話していた子って、赤目の白髪をした兎の印象があるベルという名前…って、あの子の事か!」

 

「ヘスティアちゃん! 今はお客の方を!」

 

「あ、ごめんよ! いらっしゃいませ! ご注文の品はいかがでしょうか?」

 

「抹茶クリーム味。小豆マシマシで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし僕は今、経過観察の身であるため全速力では走れず、あっけなく捕まった。

 

「さて、どう裁こうかしら……。あ、これおいしいわね」

 

「でしょ! 私、このジャガ丸くんおすすめなんだ~」

 

「お、お助けを…。まだ少ししか口にしていないジャガ丸くん小豆クリーム味と引き換えに…」

 

「却下。そしてそれは没収します」

 

「そ、そんな…」

 

「あの、ダフネちゃん…。そのジャガ丸くんを私に頂戴。まだもう少しお腹が空いてて…」

 

「それはこいつの罪状次第だね」

 

 

 と、買ったジャガ丸くんを口にしながら僕を裁いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてあっけなく、僕が泊まる場所について白状されてしまった。

 

 僕が泊まる場所を聞いた二人は愕然としている。そして、白い目で僕を見た。

 

 

「アンタ…。よく、そこに泊まろうとしたわね…」

 

「べ、ベル…」

 

「いや、これでもだいぶ粘りましたよ! 結局押し切られちゃいましたけど!」

 

「気持ちはどうあれ結果は変わらないわ! 判決! カサンドラ、このジャガ丸くんを食べてよし!」

 

「じゃあ遠慮なくいただきます」

 

「あ、ぼ、僕のジャガ丸くんが…!」

 

 

 言葉の抵抗はむなしく、口をつけたジャガ丸くん小豆クリーム味がカサンドラさんに食べられてしまった。

 

 ひ、一口しか食べられてなかったのに…。

 

 

「むしろ、これで許す方が大分軽いと思うけどね」

 

「うん、そうだよ…」

 

「え、ええ…」

 

 

 な、何か釈然としない…。

 

 

「へえ。女性の人の部屋にお泊り出来て、挙句の果てに女性2人にこうやって話をして、それを羨ましがっている奴も世の中にいるのよ。むしろ、そいつらから助けたと思いなさい」

 

「お、横暴すぎる…」

 

「まあ、他の人に口止めもするから、その代償として思えばいいよ」

 

 そ、それだったらまだ…。

 

「じゃあ、そういうことで。私達はもう行くところがあるから」

 

 そんな感じで話が終わり、ダフネさん達は立ち去ろうとする。

 

 僕はその行先を尋ねる。

 

「え、どこに行くのですか?」

 

「うん、ちょっとアポロン様の所に。ステイタス更新のことがあるから」

 

「あ、ぼ、僕も行きます!」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、アポロン様の所に訪れ、僕はアポロン様に経過観察中のダフネさんやカサンドラさんが監視の下、ダフネさん達が泊まる宿の中で、僕のステイタス更新を行ってもらうことになった。

 

 ダフネさん曰く、僕とアポロン様を二人きりにさせると、非常に不安になるらしい。

 

 前もそうだったけど、一体どういう意味なんだろうと疑問を持ったが、すぐにステイタス更新が始まった。

 

 

 

ベル・クラネル

Lv.1

力:I82 → H114

耐久:I38 → I76

器用:H101 → H133

敏捷:H156 → G201

魔力:I0

 

≪魔法≫

【】

 

≪スキル≫

【】

 

 

 

 

 

「はい、これで更新は完了した。さて、このままベルきゅんの体をブヘッ!?」

 

「やっぱりな! こっちはこれでも経過観察の身なんだから、気を使いなさいよ!」

 

 

 完了した後、何かを僕の体にしようとした時、アポロン様の顔面に蹴り技が叩き込まれた。

 

 いや、あの、ダフネさん。今は経過観察だから、あまり無理は…。

 

 そう思いながら、僕は顔が腫れたアポロン様からステイタス更新表を受け取った。

 

 『ミノタウロス』の一件、巨大な植物、食人花や巨大花、そして侵入者達との戦いで、どうやらステイタスが大きく更新されている。

 

 散々追い掛け回され、回避したり、攻撃を受けたりしたからかなぁ。ついに加算合計140オーバーを記録してしまった。新記録だ。

 

 こうして見ると、非常にきつい出来事が起こると、乗り越えたら大幅にステイタスが上がるみたいだ。特に『敏捷』のステイタスの大幅上昇を見ながら僕はそう思った。

 

 カサンドラさん達も僕のステイタス表を見て、驚きの声が上がる。

 

 

「すごい伸びたわねぇ。これ、ウチらでもここまで伸びたのないわよ」

 

「ベル、あんなに頑張ったから…」

 

「うん。それが反映してくれたのかな」

 

 

 僕たちがステイタス表を見て喜びあっていると、アポロン様が明後日の事で話しかけてきた。

 

 

「さて、ここにベルきゅ、じゃない、ベル君もいることだし、明後日の『怪物祭』のことで話そう。本来の意味から遠く離れてしまったが、療心観光という意味で動けるメンバー全員で行こうと考えているのだが、何故か集まりが悪くてね」

 

「そりゃ、そうでしょうね。意識を取り戻していない奴もいるから、ウチらだけ行くわけにもいかないし」

 

「うーん。折角開催されることになったのに…」

 

 

 ここで、僕が手を挙げる。

 

 

「あ、あの…。僕、見に行きたいです。」

 

「おお、流石ベルきゅん! こうなったら二人きりで『怪物祭』を見て回って、その後良いことをしブヘラッ!?」

 

「アンタは危ないから駄目だ! ベル、どうしても見に行きたいなら、私達と行きましょう。この変態と行くとろくな目に合わないから」

 

「あ、はい…」

 

 

 そうして、明後日の待ち合わせ場所を今日行ったジャガ丸くんの出店付近に午前9時に集合となった。

 

 とりあえず、そんな所かなと思っていた時。

 

 

「あ、私達のステイタスの更新もしないと」

 

 

 と言って、カサンドラさんが服を脱ぎ始めてしまった。

 

 僕はその光景を見て、頭の思考回路が停止して、体の動きが止まってしまった。

 

 そしてすぐに顔が真っ赤になって、体の制御を取り戻した。

 

 

「あっ、ちょっ、カサンドラさん!?」

 

「ストップ! カサンドラ、ストップ! ベル、変態! いいから二人とも部屋から出てって!」

 

「え、私も? ステイタス更新は?」

 

「あ、そうか…。て、ともかく! ベルはすぐに部屋から出てって!」

 

「え…、キャッ、キャアアアアアッ!?」

 

「気づくの遅いよカサンドラ!」

 

「す、すぐに部屋から出ます!」

 

 

 と、すぐに扉の方に駆けつけて出ようとして、開けた瞬間、すぐに閉めた。

 

 

「ど、どうしたの!? 早く部屋から…」

 

「い、いえ、あの、扉の前に男の人がいて、部屋の中の様子が見えてします!」

 

「え、ど、どうしよう!」

 

「アンタが死角に入ればそれでいいでしょ!」

 

「あ、そうか」

 

「は、早くお願いします!」

 

 

そして、この状況を達観していたアポロンは、少し考え、ある事を思いつく。

 

 

「はっ! ベルきゅん、後ろ!」

 

「えっ?」

 

 

 僕は緊迫した声をアポロン様が挙げたため、僕は思わず顔を振り向いてしまった。

 

 

「えっ、ちょ、ベル!?」

 

 

 まさかの事態にカサンドラさんが驚いてしまい、服を手にもって体を必死に隠していたけど、それを落としてしまった。

 

 あらわになった上半身の肢体を見た僕と肢体を見られたカサンドラさんは、さっきよりも顔を赤くなって悲鳴を上げた。

 

 

「キャ、キャアアアアアッ!?」

 

「キャ、キャアアアアアッ!?」

 

「おお、同じ悲鳴を挙げゴべパッ!?」

 

「何させてんだ変態!!」

 

 その後、しゃがみこんで涙目になってしまったカサンドラさんをダフネさんが必死になだめ、扉から死角になる場所に引っ張って、それを確認した僕は顔を真っ赤になりながら部屋から飛び出し、扉を閉め、その場からダッシュで離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おーい、ベル! 退院したのか! ん? 『ミノタウロス』に追われた時ぐらいに全力で走ってどうして、あ、ちょっ、おい!」

 

「……はっ! ルアン! あれ、ここはどこ!?」

 

「ここはもうギルド前だよ。オイラはダンジョンに潜れるから、資金稼ぎにサポーターやって、今換金し終わったところだけど…。ベル、明後日の『怪物祭』はどうするんだ? 行くんだったらオイラも連れてってくれ! 何やかんやオイラも見たいし!」

 

「あ、うん…。明日、カサンドラさん達に掛け合ってみるよ…。でも、ルアンが声を掛けなかったら何処まで走っていたか…。…ええい、思い出すな! 静まってくれ僕の中の欲望! ここまで走ってきたのに!」

 

「どんだけ夢中で走っていたんだよ…。なんか神々が言っていた中二病? とかになっているし…。てか、お前、経過観察はどうしたんだ? なかったのか?」

 

「………あっ」

 

こうして、思わぬ出来事なってしまい、経過観察の身でありながら全力で走ってしまったので、後でアミッドさんにばれて激怒された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてアミッドさんに激怒された後、僕は部屋に戻った。僕が泊まるアミッドさんの部屋に。どうにか周りから見られずに部屋に入れたけど。

 

「つ、疲れた…。ダンジョンに行っていないのに」

 

これから部屋に出入りする時、周りから見られずにやり過ごすのか…。出来るかな?

 

「ご飯は怒られる前に食べたし、今日はもうシャワーを浴びて寝よう…」

 

 そして僕は部屋にあるお風呂に入り、ベットに横になった。

 

 いつもアミッドさんが使っているからか、少しだけいい香りがするような気がする。

 

 その影響か、僕の中の欲望が囁き、昼間のカサンドラさんの事を思い出しそうになったが、すぐに首を振り、寝ることに専念した。

 

「装備はもう2日後の『怪物祭』の後に買おう…」

 

 こうして、僕は眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日はカサンドラさんの所に行き、極東に伝わるという土下座を披露して、何とか許してもらった。お互い顔を真っ赤にして、うつむいていたけど。

 

 そして、ダフネさんも途中で加わり、明日の『怪物祭』にルアンも同行する事を話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてさらに次の日、遂に『怪物祭』が開催された。

 



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『怪物祭』前編

 とりあえず、いきなり報告です。

 実は、この作品の紹介文を書き直しを行おうかどうか考えているのですが、どうでしょうか?
 このままの方が良いでしょうか?
 それとも書き直しをした方が良いでしょうか?

誰かの意見が欲しい…。


 あ、本編はすぐ下から始まります。ぶっちゃけ今回普段より長いです。


 『怪物祭』開催当日。

 

 僕は朝早く起き、時刻は午前6時を指していた。待ち合わせ時間の9時には十分間に合う。

 

 

「とりあえず朝御飯を食べて、昨日もしたけど部屋の片づけや、整理をするか…」

 

 

 そう言い、僕は昨日買っておいたジャガ丸くんを食べた。

 

 今僕が泊まっている所はアミッドさんの部屋である。

 

 部屋を泊まることを条件に、アミッドさんから部屋が留守の間に掃除や片づけをしてほしいと頼まれている。

 

 でも、僕が初日から泊まった時は、最初は片づけに取り掛かろうとしても、まず部屋の中は全く散らかっていなかった。

 

 タンスの引き出しの中もちゃんと整理されていたし、アミッドさんの私服らしき物もきちんとたたまれていてし、下着もちゃんとしまわれていて、色は比較的し…って、いかんいかん!

 

 と、ともかく、タンスの中は全て僕が最初に泊まっていた時点ですでに整理されていたのだ。

 

 また、クローゼットの中も予備の団員服とかもあり、そちらも全く埃は被っておらず、やることはなかった。

 

 強いてやったといえば壊れそうなハンガーがあり、そこに掛けていたドレスらしきものが地面に落ちそうというぐらいで、タンスの奥に見つけた予備のハンガーにその服を移したぐらいである。

 

 ただ、予備のハンガーがしまわれていた場所が、その…、ちょっと、僕には刺激が強い所の奥にあった。

 

 さらに本棚もあり、流石は医学系統の【ファミリア】の所属している団長であり、本の数が多く、特に医学系の本がそのほとんどである。

 

 夜に何かの試しに何冊か手に取ったけど、専門的なことが多く、小さい頃におじいちゃんに手当てした経験があってか、どうにか本の内容についていくことはできた。でも、本の内容の症状になることは稀というのが多かったけれど。

 

 また、本棚はジャンルごとに分けられていて、そこから名前の順に並べられており、中にはアミッドさん本人が著作したものもあった。その中には一冊だけ夜に読んだものもあり、初版が出た日付が古いので、恐らくアミッドさんが【ディアンケヒト・ファミリア】に加入して間もない頃に書いたものだと思われる。

 

 内容は『魅了』という症状に関しての内容で、美神やダンジョンに住むモンスターの人魚が放つ『魅了』は発展アビリティの『耐異常』を貫通するもので、これを防ぐにはモンスターからの『魅了』はどこかしらの五感を防ぐか、もしくはそれに屈しない精神的で耐えるしかないと。ただし、美神からの『魅了』はそれの比ではなく、もはや神から視られるだけでかかることもあるらしく、精神的に耐えられるレベルではないらしい。

 

 だが、モンスターからの『魅了』に精神力で耐えられるなら、冒険者が獲得できる【スキル】や【魔法】もまた冒険者の血筋、精神に深くかかわるため、獲得した【スキル】や【魔法】の効果によっては、美神からの『魅了』に耐えられる事が出来るものが存在する可能性が高く、発現する冒険者が登場する未来も近いとか書かれていた。

 

 しかし、どうしてかその本には『絶版』の判が押されているため、そこに書かれている日付から、この本が初版に出てそんなに日が立たないうちに絶版になってしまったらしい。

 

 また本棚の他にも、恐らく化粧をするための小道具もあったり、さらにアミッドさんが普段使っているであろう机の上には可愛らしい兎のぬいぐるみもあった。

 

 他の部屋には、洗面所、便所、バスルームがそれぞれあり、タオル類もまたそこにもあった。

 

 洗面所にはアミッドさんが使っていたであろうコップや歯磨きがあったけど、一応無事だった方の僕の荷物にもそれらがあったので、当然そっちを使っている。

 

 また、キッチンもあり、冷蔵庫の中は当然食材とか調味料とか飲みかけの飲料水とかもあり、賞味期限とかももうすぐなものもあった。流石に冷蔵庫の食材を使うのはとても忍びないけど…。

 

 また、その中には恐らく実験用のポーションやマジックアイテムもあり、これらの事は見なかったことにした。

 

 とりあえず、整理の方はほとんどやることなくすぐに終わって、掃除の方に取り掛かろうとした。

 

 でも、4日間ぐらい戻っていないだけであって、ベッドルームにあるベッドや床の上に少ししかほこりが被ってなかった。それで掃除もすぐに終わったのだ。

 

 一応、一昨日、昨日と掃除をしたけど…、特に何かまずいものがあったわけじゃなかった。

 

 そんな感じで、掃除もすぐに終わってしまう。

 

 暇な時は部屋の中にある本を読めばいいので、今の僕は寝床があるだけでも十分だった。でも女性の部屋に泊まっているからか、時々心臓の鼓動が早くなる時があるけど。

 

 そして、アミッドさんが戻ってきたらどうしよう…。ベッド、一つしかないんだけど。枕はまだ押し入れの中に他にもあったけど、布団は部屋には見当たらなかったし。もしそうなった場合、僕は出ていかれて宿を探さないといけなくなるのかな…?

 

 今はまだアミッドさんは忙しいらしく、僕が泊まってからまだ一度もこの部屋には来ていない。

 

 休暇を返上して看病しているんだろうなぁと考えていると、時計を見るとまだ7時前であり、まだ集合時間には早く、暇な時間ををつぶすため、本棚に向かって何を読むかと考えていると、ある本を見つけた。

 

 

「あれ、これ医学の本じゃない…。何だろう?」

 

 

タイトルは「英雄伝吟遊詩人」と書かれており、そこまでの厚さはなく、手に取って読むと、初めの方に昔僕が読んだ「英雄譚」の中にあった「アルゴノゥト」に登場した吟遊詩人、リュールゥの事について書かれてあった。

 

 この本は恐らく彼女が体験し、見た事を書かれたものだと思う。

 

 

「これってつまり、言うならば「アルゴノゥト外伝」、ということなのかな…。あの物語の続きの話もある…のかな」

 

 

 僕はこの本を手に取り、一応念のため集合時間に遅れないように目覚まし時計をセットして、読み始めた。

 

 

 

 

 エルフの森に生まれ、戦闘技術を覚え、楽器を持ち、唄が好きになって、森の外にあこがれ始めて、最初に手に取った楽器を持ちながら森を飛び出し、夜盗に襲われながらも「忘れるな、この顔を!」と言って返り討ちにし、他の種族が住む集落にたどり着き、体格や自分たちの言語の違いに驚きながらも他の言語を覚えて始めて、でも自分の育った環境のせいか周りの人に最初は拒絶してしまったけれど、少しずつわが溜まりが解消して、最後は唄のおかげで完全に解消して、でも最初に仲良くした異種族の人は自分と一緒にモンスターと戦い、最後は自分をかばって相打ちで命を落としてしまい、泣いてしまって、そのような人たちの事を忘れられないように、自分は英雄というものを後世に伝えることを決心して、――――――――

 

 

 

 

 僕は時間を忘れ、ページをめくり、様々な人物に出会って物語は進みはじめ、そして遂に僕が読んだ「アルゴノゥト」の所に来た。

 

 

 と、ここでセットしておいた目覚まし時計が鳴ってしまう。

 

 

「…はっ! え、もうこんな時間!? 一応目覚ましをセットしといてよかった…」

 

 

 そう僕はつぶやき、しおりを挟んで本を本棚に戻す。

 

 戻って来た時に続きを読もうと思い、僕は着替えて、護身用に短刀を持ち、部屋の鍵をかけて集合場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火が上がり、間もなく『怪物祭』が始まろうとしている。

 

 

「―――――――――、えー、それでは皆さん! 間もなく『怪物祭』が始まります! 闘技場の入場口は開きますので、列を乱さず、周りの人に迷惑をおかけしないようお願い申し上げます!」

 

 

 放送が聞こえ、間もなく『怪物祭』開催の9時になろうとしていた。

 

 ジュが丸くんを販売している出店の近くの集合場所では、皆既に僕の事を待っていた。

 

 

「お、来た来た。おーい、ベル! お前が最後だぞー!」

 

「ごめん、皆…! 何とか集合時間には間に合ったけど、こんなに混んでたとは…!」

 

「まあ、初めてだから仕方ないか。さあ、皆早速行きましょう!」

 

「うん、そうだね!」

 

 

 こうして僕はルアン、カサンドラさん、ダフネさんと行動して、出店に出ているものを楽しみながら闘技場へと向かった。

 

 

「ふっ、やはりここだったかベルきゅん達は! 私の勘も【勇者】と同じくやはり侮れないな! さあヒュアキントス! 我々も行くぞ!」

 

「アポロン様。折角二人きりですので、我々はもう少し別の方向に…」

 

「何を言っているヒュアキントス! あ、ベルきゅん達が見失ってしまうぞ! 早く追いかけないと!」

 

「ア、アポロン様!」

 

 

 また、そんなベル達を尾行する二人組もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕らはボール掬いの出店に行き、カサンドラさんはそれに挑戦していた。

 

 

「よし、これで………あ」

 

「はい残念!」

 

「惜しかったわね、カサンドラ」

 

「うーん。あの景品、欲しかったなぁ。ボール1個だけだったのに」

 

「スポーツ系の出店だと、一般客用と冒険者用に難易度がそれぞれ分かれているのか…」

 

「といっても、あれはいくらなんでも難しいと思うけどな」

 

「うん。あんな細すぎる棒で水中にある大きいボールを自分の手に持っている籠に入れろなんて…しかも水に弱くて破れやすいし…」

 

「はっはっは。こっちはこれでも商売だからな!」

 

「なんて嫌な奴…。他の所に行きましょ!」

 

「うん…」

 

 

 ダフネさんが諦めるようにと言い、カサンドラさんもうなずき、僕らはその場を離れるのだった。

 

 

 

 そのベル達が離れた直後。

 

 

「またのご利用をお待ちしているぞ! お、次の客か。へい、いらっしゃい! 1本 50ヴァリスな!」

 

「ア、アイズさん。これはいくらなんでも難しいと…」

 

「やる。この人はどうやって入手したのかわからないけど、あの世界に3個しかないといわれた幻の限定品『ジャガ丸くん冒険者装備バージョン』のぬいぐるみをゲットする!」

 

「なんかすごいわね、そのぬいぐるみ」

 

「アイズ頑張れ~」

 

「ほほう、この目玉景品に目をつけるとは…。流石は【剣姫】様と言ったところか。だが、ここは冒険者用の難易度でもさらに「レベル」ごとに分けられている…。レベル5のあんたはこれだ!」

 

「え、これもうすでに破れかけていますよ!?」

 

「どんだけケチなのよ、この人」

 

「ちなみにレベル7用は?」

 

「出入り禁止だ」

 

「もはや挑戦すらさせてもらえないんだね」

 

「そこまでの難易度は用意してないのか…」

 

「ともかくやるんだったらこれを持ち、あの景品が欲しかったら、最低15個の水中にあるボールをその棒で破れずに、アンタの手に持った籠の中に入れるようにするんだな」

 

「わかった」

 

「では、始め! …て、何ぃ!?」

 

「一瞬でもうボールを一つ掬って籠の中に入れてる!」

 

 シュババババババババババババババッ!「…終わった」

 

「バ、馬鹿な…」

 

「早かったわね」

 

「流石です、アイズさん!」

 

「ん…、じゃあ約束通り、それをもらうね」

 

「畜生ォオオオオオオッ!?」

 

 

…そんな叫び声が、ベル達の所まで聞こえたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度は、僕たちはくじ引きの出店に挑戦していた。

 

 引くのはルアンで、くじを一回引くのに200ヴァリス。

 

 100番まであるらしく、60以上の数字が出たら当たりで、数字が大きいほど景品も豪華になっている。

 

 これは運に左右されるので、一般客と冒険者の区別はされていない。だが、こういうのはまず当たらないらしいけど…。

 

 

「47…くそ、また外れた! おい、ほんとに当たりが入っているのか!?」

 

「当たりが入っているって聞いたぜ?」

 

「何で店の人が疑問符をつけているのよ…」

 

「畜生、もう一回だ!」

 

「あ、あの、ルアンさん。もう何度も引いているから、その辺で…」

 

「く、何でオイラだけこんな目に…。ベル、お前もこれに挑戦してみろ!」

 

「えっ、僕も!?」

 

「お、兄ちゃん挑戦するのか。一回200ヴァリスな」

 

「いやいやいやいや、流石にちょっと…」

 

「いいからやれって!」

 

「え、あ、じゃあ…」

 

「はいよ、一回な」

 

「引けるかな…えいっ!」

 

 

 引いたのは95。一発目で当たりを引いたのだ。

 

 

「や、やったぁ!」

 

「な、何ぃ!?」

 

「え、当たったの!?」

 

「え、マジで!? やるじゃねえか!」

 

「す、凄い…!」

 

 

僕は喜んで、95番の景品は何なのか見てみたら、金色に光っているカードだった。何のカードだろう…?

 

 

「ど、どうしてだ!? 61番以上の数字はくじに入れていないはずだ! さてはお前ら仕組みやがったな!」

 

「…今なんて…?」

 

「…あ」

 

 

 この後すぐに通報があったらしく、不正を行ったこの人は憲兵に連れて行かれたのだった。

 

 

 

 

 僕が当てた番号の景品のカードは、店の人が憲兵に連れて行かれる前にダフネさんが何やら交渉していて、もらって来たらしい。相手は涙目だったけど。

 

 

「それにしても、このカードって何だろう…?」

 

「あ、何かカードに書かれている。えーと、『賭博場の共通通行許可証、第一等級「ゴールドカード」』!?」

 

「えええ!?」

 

「なんでそんなカードがここに!?」

 

「景品にそんなものを置いておくなよ!」

 

「あ、でも普通、そのカードに名前が書かれていて、その人本人しか使えないんじゃ…」

 

 

 そ、そうだ。落ち着け。だったら、僕たちが持っても意味がない。良かった…。

 

 

「いや、このカード、名前がかかれていないわよ!?」

 

 

 僕の安心感はすぐに無くなった。

 

 

「まさかの完全未使用!?」

 

「どうやって入手したんだあいつ!?」

 

「もともとカジノで働いていた人なのかな…」

 

「いや、そういう問題じゃないよ!? ど、どうしようこのカード!?」

 

 

 とりあえずこのカードは皆で話し合って、ダフネさんが預けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かなり焦ったことがあったけど、僕たちはさらに次の出店に挑戦しに行く。

 

 テーブルゲームの出店であり、どうやらイベントを行っている最中で、参加料300ギルで飛び入り参加して、今度は皆で陣取りゲームなどのテーブルゲームの大会に挑戦していた。

 

 入賞すれば景品のテーブルゲームや本など、どれか一つを順位が高い順にもらえるらしく、みんな頑張っていた。ただしダフネさん曰く、参加者の中には店の刺客がいるらしく、入賞を狙うには倒さなければなら障害だととても意気込んでいる。

 

 

「さて、優勝を狙うわよ!」

 

「は、はい!」

 

「…な、何か、ダフネのテンションおかしくねえか? ていうかこれ、チーム戦なんだ…」

 

「きっと、何かを見つけたんだね、ダフネちゃん…」

 

 

 そして、『アポロンチーム』と勝手に命名され、大会が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回戦 ゲーム内容: 陣取りゲーム『ブロックス』 対戦相手:『ソーマチーム』

 

「ほう、『アポロンチーム』ですか…。その割にはこちらと違って団長がいないように見えますが、代表は誰ですかね…」

 

「ザニスの団長、すぐにこいつら倒しましょうぜ。なあ、チャンドラ」

 

「うるせえカヌゥ。なんで、俺やリリルカまで出る羽目になったんだ…。酒も飲めねぇし」

 

「………はぁ」

 

 

 眼鏡をかけた人が代表らしく、妙ににやけ顔である。

 

 それを慕っている人もいるけど、後二人の男の人と小人族の女の子はあまりやる気が見られない。

 

 

 

 

 

 ゲームの内容はタイルの色は赤、青、黄色、緑に分かれて、1つから5つまで連なった正方形のタイルがある。

 

 タイルが1個あるブロックは1つ、タイルが2個あるブロックは1つ、タイルが3個あるブロックは2つ、タイルが4個あるブロックは5つ、タイルが5個あるブロックは12つで、ブロックの合計は21つある。また、タイルが3個以上あるブロックの形はそれぞれ異なっている。

 

 スタートで置ける場所は決まっており、ブロックのタイルが自分にとって一番近いボードの隅の一番隅になるように置き、そこから自分の色と同じブロックが面同士接触しないように、同じ色のブロックの角に置く。

 

 これらのブロックを使って一人一回ずつ味方、敵、味方、敵の順番でボードに置き、最後1個だけのタイルを置くもしくは1個だけのタイルを残す事をしないようにして、全員置けるところがなくなるまで続く。2 vs 2の2組で戦い、チーム合計で使えずに余ったタイルの数が少ない方が勝ちという内容だった。

 

※ 実際にあるテーブルゲームであります。ルールは一緒ですが、唯一の相違点は4人全員で陣地取りを争うぐらいです。遊ぶと楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ゲームが始まった。

 

 

 ダフネ&カサンドラvs ザニス&カヌゥ

 

 

「こんなもんでしょ」パチッ

 

「クッ…!」パチッ

 

「すごい、ダフネちゃん!」パチッ

 

「そ、そんな…」パチッ

 

 

 ほぼ盤面がダフネに圧倒され、3人とも非常に厳しい状況になったが、ダフネのブロックはカサンドラのブロックから比較的近くに置かないようにしているため、ザニスとカヌゥのブロックは多い。

 

 

(クッ…! せめてタイルが5個あるブロックを使いきらないと…!)

 

「はい、そう思っていたよ」パチッ

 

「な…!」

 

 

 まだ何とかなると思っていておこうとした場所がふさがれた。

 

 

「ザニスって言ったっけ? まあ、置く順番が私の次だったからね。どこに置くは深く考えないとね」

 

「こ、この…! 言わせておけば…!」

 

「戯言は言ってないで、早く置きなさい。こういうのは、楽しむためにあるんだから。何を企んでいたのか知らないけど、そんな人たちの邪魔よ」

 

「クソッ!」パチッ

 

 

と、もはや勝負は決して、ダフネの圧勝だった。

 

 結果

 

『アポロンチーム』

 

ダフネ  置く順番:1 余ったタイル数:0

カサンドラ 置く順番:3 余ったタイル数:7

 

『ソーマチーム』

 

ザニス  置く順番:2 余ったタイル数:14

カヌゥ  置く順番:4 余ったタイル数:12

 

 

 

 

 一方、ベル&ルアン vs チャンドラ&リリルカ

 

 

「やべ、この二人強ぇ!」パチッ

 

「…」パチッ

 

(僕やルアンの余っているタイル数が多い…! 向こうの組はもう決着したのかな? 今はこの状況をどうにかしないと…!)パチッ

 

(このゲーム、結構楽しいですね…)パチッ

 

「あ、置こうとしてた所がふさがれた!」

 

「へへーん。どうなもんですか!」

 

「いや、まだまだぁ!」パチッ

 

「この女の子、強い…!」

 

「まあ、な…(楽しい)」パチッ

 

「うーん、どうしよ、どうにか瓦解しないと…。…! ここだ!」パチッ

 

「何! 突破されました!?」

 

「おお、流石ベル!」

 

「あなた、なかなかやりますね…」パチッ

 

「あー、また塞がれた!」

 

「君もね…」

 

「そういえばお二人とも、ダンジョンで何かサポーターとかいりませんか?」

 

(こいつ、ここでもやるのか)

 

「サポーター? はっはっは。生憎、オイラもサポーターだ!」パチッ

 

「お、何!?」

 

「そうですか…。人手とか足りていますか?」

 

「今はこいつ、経過観察だからな。二週間はダンジョンに潜れないんだ」

 

「ははは…」

 

「そうなのか? てっきり俺はもう【アポロン・ファミリア】はほとんど復帰してると思っていたんだが…」パチッ

 

「まだ、あの騒動で半分ぐらいの人が復帰してないそうです」パチッ

 

「そうなんですか…。所でベル様は復帰した後、どうなさるのですか?」パチッ

 

「え、僕? そうだね…、とりあえず装備も買ってからかな…」

 

「ふーん」

 

「おいおい、オイラを最初からベルと同じチームではないようなことを聞くなよ」パチッ

 

「あー、俺からもお願いなんだが、こいつも連れて行ってやらねえか?」パチッ

 

「「「えっ?」」」

 

「まあ、噂で聞いているのかも知らねえが、俺達の【ファミリア】は問題が多くてな」

 

「そうなの、ルアン?」パチッ

 

「まあ、噂程度ではな…」

 

「そうなんです。可愛い女の子を助けると思って!」パチッ

 

「そういいながら5個タイルのブロックでえげつない手を打つな」パチッ

 

「お前も打つようになっているぞ」パチッ

 

「一応、僕はまだ駆け出しの身だから…。教育係の二人に聞いてみるよ」パチッ

 

「ありがとうございます!」パチッ

 

「ヌアァー!? 置くところがなくなったー!」

 

「よし、これで少しだけ有利になったぞ」パチッ

 

「まさか、こちらの集中力をなくす作戦!?」パチッ

 

「いえ、サポーター云々の話は本心です」パチッ

 

「まあ、サポーターは何やかんや冷遇されることがあるからな。そういう意味じゃ、お前らは信頼できるという意味だ」パチッ

 

「あ、僕も今ので置けるところがなくなりました」

 

「では、サポーターの話はよろしくお願いします! あ、私が普段泊まっている宿の場所はここの紙に書いてありますので、私を呼ぶときはここに」

 

「こいつを頼むわ」

 

「む、何故かチャンドラ様がリリの親代わりをしているのかわかりませんが、一体何を企んでいるのですか?」

 

「俺はソーマ様が造った酒が飲みたい。後ザニスが気に食わない」

 

「その話が本当だとすると、凄い遠回りな作戦ですね」パチッ

 

「そうだな…。…俺が置ける場所がなくなったぞ」

 

「では、後はリリのみですね…終了!」パチッ

 

「うお、結局全部使い切りやがった!?」

 

「これはチーム戦ですから。ザニス様達のハンデもどうにか取り返しましたでしょうかね?」

 

「わからん。向こうはどうだったんだ?」

 

「とりあえず、僕たちの結果も数えよう」

 

 

 結果、リリルカとチャンドラの連係プレーによって僕たちはだいぶ苦しめられたこととなった。

 

 

 

『アポロンチーム』

 

ルアン  置く順番:1 余ったタイル数:13

ベル    置く順番:3 余ったタイル数:7

 

『ソーマチーム』

 

チャンドラ 置く順番:2 余ったタイル数:4

リリルカ  置く順番:4 余ったタイル数:0

 

 

 

総合結果

『アポロンチーム』

余ったタイル数:27

 

『ソーマチーム』

余ったタイル数:30

 

 

『アポロンチーム』の勝利。 準決勝進出。

 

 

「なんか総合結果だけ見ると、大分競ったわね」

 

「あの二人の連係プレーがすごかったから…」

 

「つーか、ベルがあれらを突破しなかったら、こっちが負けていたな」

 

「でも、楽しかったね」

 

 

 

 

 

「クソッ!」

 

「ザ、ザニスの団長…」

 

「じゃあ、俺たちはこれで」

 

「帰りますか」

 

 

 

 

 

 

 

準決勝 ゲーム内容:「インディアンポーカー」 対戦相手: 「女の園チーム」

 

「ゲゲゲゲゲ。ちっ、ガキっぽい男二人か…」

 

「食おうとするなよヒキガエル」

 

「フリュネ、アイシャ、サミラ。このまま優勝目指そうねー」

 

「おい、レナ。何で俺まで…、てか1回戦の奴ら、あのヒキガエル見て棄権しやがったし」

 

 

 代表はモ、モンスター!? ルアンやカサンドラさんも怖がっている…。僕もだけど。

 

 チームはアマゾネスの種族で統一されてて、一人を除いて何かに鬼気迫るような感じがする。

 

 そして、カサンドラさんが何か燃えていた。

 

 ゲーム内容が相手と離れてもできるテーブルゲームで良かった…!

 

 

 

 

 

 インディアンポーカーのルールは、まず全員が場代を払い、その後ベット数を上げたり(レイズ)、それか勝負(コール)もしくは維持(チェック)したり、それとも降りたり(フォールド)する。

 

 その後、ディーラーからコール(もしくはチェック)した各プレイヤーに2枚配られ、また場に3枚のカードが見せられる。

 

 その後、プレイヤーはベット数を上げたり(レイズ)、勝負(コール)もしくは維持(チェック)したり、勝負から降りたりする(フォールド)の選択ができる。

 

 その後、またディーラーから場に1枚のカードが見せられる。

 

 プレイヤーは、再びベット数を上げたり(レイズ)、勝負(コール)もしくは維持(チェック)したり、勝負から降りたりする(フォールド)の選択ができる。

 

 その後、またディーラーから場に1枚のカードが見せられる。

 

 プレイヤーは、再びベット数を上げたり(レイズ)、勝負(コール)もしくは維持(チェック)したり、勝負から降りたりする(フォールド)の選択ができる。

 

 ここで、残ったプレイヤーで手札を開け(オープン)させ、場のカード含めて役が一番強い者が勝ちで、場代を含めたチップを独り占めできる。

 

 また、自分以外が降りて、自分のみが残った場合でもそこまでのチップを独り占めできる。

 

 また、チーム内でチップの貸し借りは厳禁であり、手札の教え合いもまた厳禁である。

 

 各プレイヤーの持ちチップ数は10枚。場代は1枚。

 

 8人全員で行い、最後まで残ったチームの勝ちである。

 

 

 

 

 

1回目 全員場代1枚のままキープ。

 

 そして、全員手札をオープンし、僕が出来た4のワンペアが一番強かった。

 

『アポロンチーム』

 

ダフネ 9

カサンドラ 9

ベル 17

ルアン 9

 

『女の園チーム』

 

フリュネ 9

アイシャ 9

レナ 9

サミラ 9

 

 

2回目 全員場代1枚のままキープ。

 

かと思われていたが、5枚目でフリュネさんが「ゲゲゲゲ」と5枚レイズする。

全員降りるかと思ったら、カサンドラさんがさらに9枚レイズする。

    

フリュネさんもオールインしてコール。そして、二人で手札をオープン。

 

 フリュネさんはAのスリーカード。

 

 カサンドラさんは6~10のストレート。

 

 カサンドラさんは一気に獲得し、フリュネさんは早くも脱落した。

 

 いや、マジでカサンドラさんナイスです!

 

 ルアンもガッツポーズしている。

 

 ディーラーも隠れてガッツポーズしている。

 

 

「てめぇ!」

 

「ひぃいいいいい!」

 

「よしなヒキガエル!」

 

「あーあ、折角フリュネを引っ張り出して、このまま相手を全員棄権させて優勝しようと思ったのに」

 

「つーかあいつらよく俺らと勝負しようと思ったよ」

 

 

『アポロンチーム』

 

ダフネ 8

カサンドラ 24

ベル 16

ルアン 8

 

『女の園チーム』

 

アイシャ 8

レナ 8

サミラ 8

 

 

 

 

 

……こうして、戦いは過ぎていき、8回目終了時点

 

『アポロンチーム』

 

ダフネ 2

カサンドラ 18

ベル 44

 

『女の園チーム』

 

アイシャ 14

レナ 2

 

 

まさかのほとんど僕が勝っている。

 

 

「ぐっ、あいつ強いな…!」

 

「えー、このままじゃ負けちゃう」

 

「アンタは一度ぐらい勝負しな!」

 

 

 

「ウチも一度ぐらい勝たないと」

 

「ベル、強いね…」

 

「た、たまたまですよ」

 

 いや、ほんとに。

 

 5枚目で僕の手札が一気に強くなって、逆転というパターンが多い。

 

 ディーラーからも「あいつどんな運なんだ」という目で見られている。

 

 

9回目 全員場代1枚を払う。

 

 レナさんとダフネさんはオールインをした。全員それにコール。

 

  3枚目でアイシャさんが5枚レイズした。僕らはコールする。

 

 4枚目でカサンドラさんがオールインをした。僕とアイシャさんもコール。

 

 手札をオープンし、5枚目を開かれる。

 

 クローバーのJが出る。

 

 僕の手がフラッシュからロイヤルストレートフラッシュになった。

 

 

『アポロンチーム』

 

ベル 80

 

 

『アポロンチーム』の勝利。 決勝戦進出。

 

 

「僕が勝っちゃった…」

 

「やるじゃん。よし、次はもう決勝よ!」

 

「なんか参加人数が思ったより少なかったのは、あいつのせいだったんだな」

 

「どういう効果なの…」

 

 

 

 

 

 

 

「畜生! こうなったら誰か一人でも男を…!」

 

「やめろヒキガエル!」

 

「また使い物にならなくなるぞ!」

 

「と、止めないと!」

 

「む、ベルきゅん達の気配が! 近くにいる!」

 

「アポロン様、もうあいつらは闘技場の中にいると思いますから…」

 

「男ぉおおおおおおお!」

 

「よせ、やめろヒキガエル!」

 

「男二人とも逃げろ!」

 

「やっぱり歓楽街から連れてこなきゃよかった!」

 

「「ん? て、ひょああああああああああ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝 ゲーム内容: 陣取りゲーム『ブロックス』 対戦相手:『豊饒の女主人チーム』

 

 

「あれ、また『ブロックス』?」

 

「良いニャ! 面白いニャ! リューがタイルを余りまくるから危うく1回戦で消えそうになったけど良いニャ!」

 

「そうニャ! このゲームはなかなか面白いものなのニャ! ミャーは優勝したらあれをもらうニャ!」

 

「今、店は昨日じゃんけんで負けたルノアに任せていますから、シルたちも慌てずに決着をつけましょう。クロエ、後で覚えておきなさい。後アーニャ、当初の目的の事を忘れないでほしい」

 

 

 あれ? 前に入ったお店『豊饒の女主人』の店員さん達?

 

なぜここに…。私服ではあるけど、お店は大丈夫なのかな?

 

 

 

 ルール:1回戦と同じ。

 

 以上! 遊ぶと楽しい!

 

 

 

 

ダフネ&ルアンvs シル&アーニャ

 

「どうニャ!」バシッ

 

「まだまだわね」バシッ

 

「えい」バシッ

 

「うお、いきなり!?」

 

「うふふ。他の人は前に店に入ったのは見ましたけど、あなたは見てませんので」

 

「それでオイラだけ遠慮なしかよ!」バシッ

 

「そいニャ!」バシッ

 

「踏み込みが甘いわ!」バシッ

 

「はい」バシッ

 

「う、私の方に来た」

 

「でも、このゲーム楽しいですね」

 

「まあ、シンプルな陣取りゲームだからな」バシッ

 

「せいニャ!」バシッ

 

「…もしかして、思いつきで置いているでしょ」

 

「その通りニャ!」

 

「おい、陣取りゲームの面白さの一つをあっさり捨てるな!」

 

「動物の勘をなめるニャ!」

 

「ある意味厄介わね…」バシッ

 

「せい」バシッ

 

「ぐう、もう置けるところが少ない…!」バシッ

 

「はいニャ!」バシッ

 

「動物の勘も侮れないわね…」バシッ

 

「うふふ。アーニャが他人から褒められるところなんて、私は久しぶりに見ました」バシッ

 

「本当かニャ!」

 

「いや、あんたが聞くの!? そして全く褒めてない!」

 

「シル、騙したニャ!」

 

「いいえ、私が褒めているのです。こうやって、このまま考えずに打つから、相手は混乱するのです」

 

「いや、それ褒めてないよね!?」

 

「こいつ悪魔だ!」バシッ

 

「あ、ちびっこいの。もうおミャーの命運もここまでだニャ」バシッ

 

「え、どういうことだよ? そしてちびっこいのって言うな」

 

「…なんか、一人雰囲気が変わったわね…」バシッ

 

「……うふふ」バシィィッ

 

「うげ!? もう置くところがない!」

 

「え、嘘!?」

 

「だから言ったニャ。おミャーはもう死んでいるって。シルを怒らせたニャからこうなったのニャ」バシッ

 

「そ、そんな…」

 

「これでもうあなた一人ですね」

 

「こ、ここまでか…」バシッ

 

「まあ、あなたはよく粘りましたよ」バシッ

 

「そうニャ。というか、シル相手にここまでもったのはおミャーが初めてニャ」バシッ

 

「いや、初めてからまだ2回目でしょあなたたち。でも、最後まであがいて…」バシッ

 

「トドメです」バシッ

 

「うぐっ!?」

 

「決まったニャ」バシッ

 

「もう、置くところがないです…」

 

「まあ、ここまで差があれば」バシッ

 

「リューのポカがない限りは大丈夫ニャ!」バシッ

 

「そうですね」バシッ

 

「そしてミャーはもう置くところがないニャ!」

 

「じゃあ、私はこれで終わりですね」バシッ

 

「うわ、全部置きやがった! すげぇ!」

 

「…完敗だね」

 

 

 動物の勘を使ったアーニャと圧倒的な強さを見せたシルの連係プレーにより、ダフネ&ルアンのペアは完敗を喫した。

 

 

 

 

 

 

『豊饒の女主人チーム』

 

アーニャ 置く順番:1 余ったタイル数:4

シル   置く順番:3 余ったタイル数:0

 

 

『アポロンチーム』

 

ダフネ  置く順番:2 余ったタイル数:9

ルアン   置く順番:4 余ったタイル数:18

 

 

 

 

 

ベル&カサンドラvs クロエ&リュー

 

「ねぇ、少年はいくつなのニャ?」バシッ

 

「え、14です」バシッ

 

「クロエ。あまりセクハラ発言はやめてください」バシッ

 

「まだ歳を聞いただけニャ!」

 

「一体どうしてそこからセクハラに…」バシッ

 

「じゃあ、少年よ。後ろに向いて私にお尻をだすニャ!」バシッ

 

「えええええ!?」

 

「思いっきりセクハラ発言だった!」

 

「だから言ったのに…」

 

「いやいやいやいや、流石に嫌です!」バシッ

 

「ガーン、ニャ!」

 

「そういうことです、クロエ」バシッ

 

「むしろ行けると思っていたのね…」バシッ

 

「なら、こういうのどうニャ!」バシッ

 

「う、踏み込みが急に強くなった…! …これなら!」バシッ

 

「…今度は何を言い出すんですか、クロエ」バシッ

 

「え、今のって、こっちの『ブロックス』の話じゃないの?」バシッ

 

「少年、もしこの戦いで私達のチームに負けたら、おミャーのお尻はいただくニャ!」バシィィッ

 

「「えええええ!?」」

 

「クラネルさん。戯言ですので大丈夫です」

 

「そ、そうですよね! 本気ではないですよね」バシッ

 

「……」バシッ

 

「あ、あの、店員さん…どうしてこのタイミングで、黙ってしまうのですか…?」バシッ

 

「ふっふっふ。私は本気ニャ! 労働力も増えて一石二鳥ニャ!」バシッ

 

「いや、でも、さすがにそれは」バシッ

 

「……労働力ですか」バシッ

 

「「え」」

 

「お、リューも賛成したニャ! はい、決定ニャ!」

 

「あ、あの、リューさん!」

 

「て、店員さん! 考えなおして!」バシッ

 

「さて、シルたちは圧勝すると思うかニャ、もう取ったと考えてもいいニャ!」バシッ

 

「そ、そんな…」バシッ

 

「クラネルさん。もう少し人を疑う事を覚えるべきです」バシッ

 

「ダ、ダフネちゃん…」バシッ

 

「あ、そういえばこれじゃあ賭けとして成立してないから、そっちが勝ったらミア母ちゃんの酒でもあげるニャ!」バシッ

 

「…(唖然)」バシッ

 

「思考が止まってもブロックは置くのですね」バシッ

 

「べ、ベル! しっかりして!」バシッ

 

「フフフ。恐らく、ミャーにお尻を差し出して、喜んでいるに違いないニャ!」バシッ

 

「……はっ! 夢!?」バシッ

 

「いいえ、現実です」バシッ

 

「あ、もう私、置くところがない…」

 

「ニャッはっは。来たニャ! リューは大ポカもしていないし、これは私らの勝ちニャ!」バシィィッ

 

「そ、そんな…」バシッ

 

「…申し訳ございません、クラネルさん」バシッ

 

「さーて、この大会が終わったニャ、早速ミャーにそのお尻を…」バシッ

 

「ひぃいいいい!?」

 

「クラネルさん。覚悟を決めてください」

 

「いや、もう僕、置くところがない!?」

 

「…よく言えました」バシッ

 

「……あ」

 

「さて、もうミャーはもう置けないニャ!」

 

「私ももう置けません」

 

「さて、今から私とホテルに行くニャァァァァ!」

 

「うわああああああ!? カ、カサンドラさん、助けて!?」

 

「…うん、わかった」

 

「「「…え!?」」」

 

「ほ、ほんとに!?」

 

「あ、あの…差し出がましいかもしれませんが、こう見えてクロエは…」

 

「ほう…、約束を拒み、私の行方を阻むというのか…。ならば、あなたから始末してあげる!」

 

「いえ、約束は守っているよ。私達の勝ちで…」

 

「…は? 何を言っているの? どう見ても私達の勝ちで」

 

「いや、だって、あの店員さん、最後に残ったブロック、1枚のタイルしかないものです。」

 

「「「……あ」」」

 

「だから、そちらのチームの反則負けで、私達の勝ちです」

 

「い、いやったぁあああああ!?」

 

「リュ、リュー!? おミャー、なんで、よりにもよって、1枚のしかないやつを残すのニャ!?」

 

「……私はいつも間違えてしまう…」

 

「うまいこと言ったつもりかニャ!」

 

「……あれ、そういえば僕らのチームが勝った時は…」

 

「確か、ミア母ちゃん?の人のお酒をもらえるとか…」

 

「…………………調子のいいこと言うんじゃなかったニャ」

 

「……クロエ、相当顔が青ざめてますよ」

 

「誰のせいニャ!? てか、ミア母ちゃんのお酒を勝手に持ち出したのをばれたら、拳骨では済まないニャ!? 一体どうすればいいニャ!?」

 

 

 

『豊饒の女主人チーム』

 

クロエ  置く順番:1 余ったタイル数:4

リュー  置く順番:3 余ったタイル数:1 反則

 

 

『アポロンチーム』

 

ベル     置く順番:2 余ったタイル数:5

カサンドラ  置く順番:4 余ったタイル数:14

 

 

 

 

総合結果

 

『豊饒の女主人チーム』

 

余ったタイル数:9 反則

 

 

『アポロンチーム』

余ったタイル数:46

 

 

『豊饒の女主人チーム』のメンバーのリューがルール違反を起こし、反則負け

 

より、 優勝  『アポロンチーム』

 

 

 

 

 景品交換:得体のしれない液体が入った容器

 

 

「やったわ。優勝したわよ!」

 

「あの、結局それは一体…」

 

「乙女の秘密よ!」

 

「何だそりゃ!?」

 

「…あの、ダフネちゃん? もしかしてそれって、前に言ってた伝説のバストアッ「ストップよカサンドラ!」…はい」

 

 

 ダフネに制止され、カサンドラはすぐに黙る。

 

 ベル達は何なんだろうそれ?と思っているがダフネは無視してすぐに別の場所に移動しようとする。

 

 

「じゃあ、メインイベントを見に行くわよ!」

 

 

 

 

 準優勝 『豊饒の女主人チーム』

 

 景品交換:『ブロックス』

 

 

「まさか、負けるなんてね」

 

「しかもミア母ちゃんのお酒を渡すなんて、とんでもないことを賭けるニャ!」

 

「うう、少年のお尻が~。伝説のバストアップ液がぁ~」

 

「……帰りましょう…。そしてこれで遊びましょう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どこにいるのだ、ベルきゅん…」

 

「な、何とか逃げ切ったか…。ア、アポロン様、もしかしたらあのモンスターヒキガエルが近くにいるかもしれませんから、ここは一旦離れて」

 

「あ、あきらめるなヒュアキントス…。この、アポロン、何がなんでも見つけてみせる…!」

 

 

 そしてこの後、神すら予想しえなかったことが起きる…。

 



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『怪物祭』中編

フリュネ「男ぉおおおおおお!!」
アポロン、ヒュアキントス「「ほあああああああ!?」」


はい、中編です。
後編のつもりが、滅茶苦茶文字数が多くなったので、一旦キリが良いところに切りました。



 大会に逆転優勝して、ダフネさんが何か変な液体が入った容器を獲得した後、僕たちは闘技場へと向かった。

 

 その途中、大会で白熱したのか、僕のお腹が鳴ってしまう。

 

 

「…少しお腹がすいてしまったから、途中で何か食べましょうか」

 

「そうするか」

 

「あ、じゃあ、ち、近くにもジャガ丸くんの出店がありそうだから、そこで買って食べましょう!」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 

 は、恥ずかしい…。皆にフォローされてしまった。

 

とりあえず、闘技場のすぐ前にジャガ丸くんの出店があったので、皆でそこに行き、買おうとすると、再びあの神様と出会う。

 

 

「はい、いらっしゃいませー! って、また君達か!」

 

「あれっ? また!?」

 

「今日もバイトだったのね…」

 

「え、でも一昨日は私達が集合した所だったんじゃ…」

 

「ん? 誰? 皆の知り合い?」

 

「あれ、一人はまだ見かけた事はないな! 僕はヘスティア! 実は神様なのさ!」

 

「神様がバイトかよ!?」

 

「ちなみに今眷属を探しているんだ! どうだい? 僕の【ファミリア】に入らないかい?」

 

「いや、オイラは別にいいです」

 

「今なら団長になれるよ!」

 

「……」

 

「あんたも考えるな」

 

「ダフネちゃんは前に会った時、真剣に考えていたよね…」

 

 

前に僕の装備を買おうとした時、この神様が【ヘファイストス・ファミリア】が経営している店の店員として現れたんだっけ…。一昨日は今日僕たちが集合した所でジャガ丸くんの出店の仕事もしていたし、何か妙に出会うな…。

 

 

「とりあえず、注文を…」

 

「あ、そうだ! 君、確か3日前に『神の宴』でアポロンが言っていた期待の子だな!」

 

「えっ、何の話です?」

 

「どうだい? 僕の眷属にならないかい?」

 

「あ、あの、僕は「ヘスティアちゃん! 注文は何!?」「あ、ごめんよ!」…」

 

「注文は何になさるのですか?」

 

 

 切り替えしが早い。手馴れている。一体、いつからバイトをしているのかな…?

 

 

「僕は抹茶クリーム味」

 

「ウチは苺バター味」

 

「私は梨レモン味」

 

「オイラは食べたことないからおすすめで」

 

「はいよー! おばちゃん! 抹茶クリーム味、苺バター味、梨レモン味、そしてこの店おすすめの特別メニュー、『ウルトラハイパーデラックススーパージャガ丸くん』を一つずつ!」

 

「なんか最後凄いのが出た!」

 

「どんな味なのよ…」

 

「予想できない…」

 

「……オイラ、大丈夫かな…」

 

 

 

 

 

 

 そして待っていると、すぐに出てきた。

 

 僕たちが注文した出来立てジャガ丸くんが出たけど、1個だけ、とてつもないオーラを放っているように見える。

 

 

「ねえ、あの、これって…」

 

「おすすめの『ウルトラハイパーデラックススーパージャガ丸』くんだよ! お会計は合計590ヴァリスとなります!」

 

「このおすすめ1個で500ヴァリス!?」

 

「まじかよ!?」

 

「…ルアン。あんたが頼んだのよ。ちゃんと食べなさい」

 

「……なあ、誰か交換し「「「嫌です」」」…」

 

「大丈夫だよ! ジャガ丸くん好きなら、中毒になるくらいおいしいよ!」

 

「逆に不安だ!」

 

「ルアン、飲み物とか買ってあげるから」

 

「…その気持ちだけはもらっておくよ、ベル…」

 

 

 こうして、お金を払い、近くの広場で買ったジャガ丸くんを食べることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、いらっしゃいませ! って今度はロキ!?」

 

「ドチビ!? なんやぁ、自分、バイトでもやっているっつーのか?」

 

「な、何でここにロキが…」

 

「なんやぁ、『怪物祭』を楽しむために決まっとるやろ! こうして、眷・属・達と楽しめるからなぁ! あれ、ドチビはどうなっとるのかなぁ?」

 

「ロキ様はついさっき私達を見つけて来たんじゃ…。3日前の『神の宴』で何があったか分かりませんけど、酒に酔いしれていたし…というか、話していた急用はもう済んだのですか?」

 

「レフィーヤ、しー! しー!」

 

「グギギギギ!」

 

「さっきの大会で、まさかの1回戦で負けちゃったからね」

 

「あの店の店員さん達、一人を除いて強かったね。あーあ、あの大会の優勝者から譲ってくれないかなー。あの伝説の液体」

 

「ん? なんや、伝説の液体って?」

 

「あの、とりあえず、注文を…」

 

「ほらぁ、ウチラお客様やで! はよ定番の台詞を言わんかぁ!」

 

「ご……、ご注文は何になさるのですか?」

 

「あっはっはっは! こりゃあ、傑作やわ!」

 

「畜生オオ!」

 

「とりあえず、おすすめを1つ、抹茶クリーム味を1つ、ココナッツ味を1つ、チョコレート味を2つで」

 

「ロキ! お前はこの店のおすすめを食わせん!」

 

「食うのはアイズたんだが…、なら、ココナッツ味を変更で、この店のおすすめを頼むわ!」

 

「あ、しまった!」

 

「墓穴を掘ったなぁ、ドチビ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広場に座り、そして、買ったジャガ丸くんを実食しようとしている。

 

 ルアンはもう覚悟を決めた顔をしていた。

 

 

「ベル、もし俺が生き残ったらさ、『怪物祭』が終わった後、今度こそLv.2になることを目標にと、ダンジョンに潜りに行こうと思っているんだぁ」

 

「神様から聞いた死亡フラグ? が立っているよ、ルアン!?」

 

「ダンジョンに潜りに行くってのが妙に現実味があるわね…」

 

「では、いただきま~す」

 

 

 そして、皆食べ始める。

 

 ルアンもまた震える手で禍々しいジャガ丸くんを口に運んだ。

 

 

「……」

 

「ル、ルアン?」

 

 

 一口目でルアンの動きが止まった。

 

 

「……」

 

「ど、どうなの?」

 

 

 流石に心配になり始め、ルアンを揺らそうとする。

 

すると、僕たちの心配が杞憂かのように、一気に食べ始めた。

 

 

「な、なんだ~。脅かせないでよ~」

 

「…ん? あれ?」

 

 

 ダフネは急に顔が青ざめていき、ベルはそれが目に入った。

 

 

「どうしたんですか、ダフネさん?」

 

「すぐ傍に置いた大会の景品がない!」

 

「ええ!?」

 

 

この事態に気づくと、それを持っているフードを被っていた人が逃げていくのをすぐに見えた。

 

 

「待ちなさい!」

 

「あ~ん、食べ始めたばっかりなのに~!」

 

「ルアン、追いかけよう!」

 

「…」

 

「ルアン?」

 

「ベル……、ここはオイラを置いて、先に行、け…」

 

 

 ルアンは食べ終わった直後、その言葉を残し、前から倒れた。

 

 

「ル、ルアーーン!?」

 

「いいから放っておいていくわよ!」

 

「いや、でも…」

 

「こいつはダイニングメッセージを書こうとしている余裕がある! 水とか掛ければ目を覚ますわ!」

 

 

 あ、ほんとだ。ルアンの右手が地面に『ジャガ丸くん』って書こうとしている。確かに大分余裕がある。

 

 そのような行動に付き合ってられないため、ダフネさんはすぐにまだ口をつけていない飲み物をルアンに掻けた。

 

 

「……はっ! ここはどこ!? オイラは誰!?」

 

「ほら、もう目が覚めた」

 

「いや、何か悪化してません!?」

 

「とにかく、ベルはそいつを抱えてあの盗人を追いかけるわよ!」

 

「分かりました! …あれ、カサンドラさんは?」

 

「カサンドラは先に行ったわ! 私達も追うわよ!」

 

「あ、でも僕たち経過観察中じゃ…」

 

「あっ」

 

 

そんなやり取りがあって、ルアンを抱えた僕とダフネさんは全力で走れないが、それでも盗人を追い駆けに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア、アイズたん。こ、このおすすめの、『ウルトラ何とかジャガ丸くん』の、味はど、どうや?」

 

「ロキ。『ウルトラハイパーデラックススーパージャガ丸くん』です。とてもおいしいです」

 

「何か見た目がとても禍々しいわね…」

 

「こ、これ、食べ物何ですか!?」

 

「アイズがあんなうれしそうに食べてるから、きっと大丈夫なんだね」

 

「せ、せやな! ティオナの言う通りや! 最初ドチビにやられたかと思ったけど、あのアイズたんがメッチャ嬉しそうに食べてるから、きっとそうなんや!」

 

「ん…、何か少し力が漲る…」

 

「よし、それじゃ、ウチも……」

 

「……? ロキ?」

 

「あれ、急に何もしゃべらずに一気に食べてますね」

 

「それほどおいしいんだね」

「いや、これは…」

 

「……ア、アイズたん…。ウチは、この『怪物祭』が終わったら、アイズたんにバニーを頑張って着せるんや…ゲフッ」

 

「ロキが倒れた!」

 

「効果がアイズと違いすぎでしょ!」

 

「この『ウルトラハイパーデラックススーパージャガ丸くん』はきっと、真のジャガ丸くん好きではないと、口にしたら災いをもたらすもの…だと思う」

 

「何でアイズさんはわかるんですか!?」

 

「真のジャガ丸くん好きだから」

 

「説得力がありすぎるわね…」

 

「何か地面に『ジャガ丸くん』って書こうとしてるよ?」

 

「余裕あるわね…」

 

 

 

 

 

 

 

 盗人が闘技場に入るのを見て、追ってきた僕たちだったが、結局見失ってしまった。

 

 

「折角優勝したのにこんな形で失う何て…」

 

「ごめんダフネちゃん…。見失っちゃった」

 

「オイラが前後不覚になってるときに、そんなことがあったのか…」

 

「うん…」

 

 

 僕らが普通に話している時、ダフネさんの隙をついて盗むなんて…。恐らく、相当の手練れだということが結論された。

 

 

「一応怪しい人物を見かけたら教えるって、ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の人達からの協力は得られたけど」

 

「なんか見つかる気がしないね」

 

「うん」

 

 

 そう話している時、僕の担当官であるギルドのミィシャさんが来た。

 

 

「あれ、ベル君じゃん。カサンドラちゃんも。どうしたのこんな所で」

 

「ミィシャさん!?」

 

「流石にすぐには全員には行き渡ってはいないか」

 

「?」

 

「実は……」

 

 

 こうして、少しでも情報を手に入れようと、ミィシャさんに事情を話した。

 

 

「なるほどー。それじゃあ、そっちを探してみるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「まあ、こういうのは主にギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の仕事だからねー」

 

 

 そう言うと、「今は『怪物祭』の方を楽しみなよー」と言い残して、一緒に来ていた同僚のエイナさんと別れて行った。

 

 確かに、今闘技場に入ったけど、まだ肝心のメインイベントの方を楽しめていない!

 

 

「まあ、確かにそうだね。あれも、今になるとそこまで欲しいかって言われたら、絆とかそっちの方がいいわね」

 

「一番欲しがっていたのはダフネちゃんだけどね…」

 

「オイラは巻き込まれ損だよ! いや、大会は面白かったけどさ!」

 

「じゃあ、損はしてないわね!」

 

「ええー!?」

 

 

ミィシャさんに会って毒気を抜かれたのか、すっかり諦めたダフネさんはイベントの方を楽しむことになった。

 

 あの大会は何だったのかとルアンは反発したけど。

 

 

「そういえば、あの液体って結局誰が造った物なんですか?」

 

「そうね…。この噂を聞いたのは1ヶ月前だけど、どこかの貧乳の女神様がむ…じゃなくて、何かを大きくしたいと躍起になって造ったもので、効果は計り知れないと聞いたわ」

 

「何だか妙に胡散臭いですね」

 

「うん。ダフネちゃんに教えちゃったのは私だけど、どうやって入手したのか、あの大会にそれが出るみたいで、頑張ったっていう感じなの…」

 

「まあ、まさかチーム戦とは思わなかったけど、大会自体は盛り上がったから、ケースバイケースよ!」

 

 

 その言葉を聞いて、ある約束事を思い出した。

 

 

「あ、そうだ。実はサポーターとして僕が復帰した後に入れて欲しいという相談があって…」

 

「…どこの【ファミリア】の子?」

 

「【ソーマ・ファミリア】で、リリカル・アーデという小人族です」

 

「一応その場にオイラも聞いたけど、何か相当苦労しているみたいだぜ。同じサポーターとしてもよくわかるし」

 

「なるほどね…。でも【ソーマ・ファミリア】かぁ。うーん、どうしよ…」

 

「べ、ベル。『ブロックス』で多分その子と遊んだでしょ? その時はどうだったの?」

 

「第一印象で言えば……妹みたい?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 ダフネさんやカサンドラさんが考えている。もう少し何か付け加えるべきか?

 

 ベルはそう考えていると、ルアンからのフォローが入る。

 

 

「…深い意味はないと思うぜ。根から悪いやつではなさそうだったし」

 

「…まあ、いいでしょう」

 

「え、ほんと!?」

 

「まあ、問題を起こすというなら即刻この話はなかったことにするけどね」

 

「まあ、これであいつも喜ぶだろうぜ!」

 

 

 教育係から許可を下りたことで、僕が復帰した時、新たなサポーターがチームに加わる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いいの、ダフネちゃん? 同じ【ファミリア】で統一された少人数のパーティーで、なおかつ既にサポーターがいるのに、そこに違う【ファミリア】のサポーターを加えたら、仲良くしようとしたら気を遣うことになって、逆にダンジョン攻略が難しくなると思うけど…」

 

「今のベルは駆け出しだし、いずれ私達の教育も終わって離れるから、その時にベルのパーティーにその子残っていたら、精神的にも誰もいないよりは立ち直りが早くなるからね。ルアンも今の現状だと本当は別のパーティーのサポーターだし。何故かあいつはあの騒動までこっちにいたけど」

 

「…そうだね。今のベルはまだ駆け出しだから、私達のパーティーに組み込むのは、なし、なのね…」

 

「…カサンドラ。あんたがベルを気に入っているのはわかるけど、ダンジョンの攻略は命がけだから、余り不安要素は残したくないの。中層に行くなら特に。大人数で行くのならわかるけど…」

 

「……わかった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくし!」

 

「どうしたの、ロキ? まさか風邪を引いたとか言わないよね?」

 

「いや、さっき誰かウチの噂をしていた気がしてな」

 

「…?」

 

「…あれ、そういえば、ロキ様って前に何か変な液体かホームで造ってませんでしたっけ?」

 

「ギクッ!?」

 

「…そういえば、それは結局どうしたのよ?」

 

「…効果を試す前に、ゴミだと勘違いされて廃棄されたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、盗まれた物は最終的にギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の人達に丸投げすることになった。

 

 そして、僕たちは空いている4人席に座り、モンスターたちが調教されたショーを見た。

 

 

「…!? え、あれはついこの間座学の時にミィシャさんが言っていた、11階層に出現する『インファルト・ドラゴン』!?」

 

「へぇ、【ガネーシャ・ファミリア】はあんなのも調教したんだ。まあ、確かに希少種だけどね」

 

「こうして眺めると、やっぱりでけぇな」

 

「あ、『シルバーハック』や『ゴブリン』がよじ登っている」

 

「そしてそのまま…『インファルト・ドラゴン』の首を滑り台にして、少し離れている台に空中でムーンサルトしてそのまま着地した!?」

 

「奇想天外すぎるでしょ!」

 

 

 そして僕たちは、【ガネーシャ・ファミリア】のショーの数々を見て、非常にのめり込んでいる。特に僕とカサンドラさんが。

 

 

「あ、今度は『ヘルハウンド』と『アルミラージ』が出た」

 

「あれはまさか、ベル?」

 

「ほんとだ。ベルが出てるよ」

 

「違うよっ!?」

 

「ベルがサーカスに出るのね。一体どんなショーにするのかしら?」

 

「完全に違うからねっ!?」

 

「ん? あの輪に油を塗ってるね」

 

「あ、ほんとだ。…おい、『ヘルハウンド』が人に向かって火を噴いたぞ!」

 

「あ、避けた」

 

「そのまま火の輪にしたわね」

 

「そしてそれを…『ヘルハウンド』が輪っかの中をジャンプして潜り抜けた!?」

 

「それに『アルミラージ』も続いた!?」

 

「ベルはあまり無茶しないで!?」

 

「いや、『アルミラージ』の事ですよねっ!?」

 

「あ、今度は左右に炎の輪を複数移動させて、タイミングを見計らって一気に輪を潜り抜けさせるつもりね」

 

「結構難しくありませんかそれ?」

 

「まあ見てなって…ほら」

 

「え、あんな綺麗に…」

 

「そしてまた『アルミラージ』も続いた!?」

 

「だからベルは無茶しないで!?」

 

「ですから、『アルミラージ』を僕だと認識しないで下さい、カサンドラさん!?」

 

「あっはっはっはっは!」

 

 

 

 

 

 

 

「――――――さて、お客様、まだまだショーは続きますよ。続いては、水中にすむ大蛇のモンスター『アクア・サーペント』のペントちゃんが――――――」

 

「あ、私少し席を外すね」

 

「ウチも」

 

「え、二人ともどこに行くのですか?」

 

「少し飲み物を買いに。さっき飲もうとしていたのはルアンを起こすために使ってしまったし」

 

「あ、そうですね。結局あの時ジャガ丸くんを食べられませんでしたし」

 

「…そ、そうね」

 

「……?」

 

「さては盗人を追い駆けている間ももったいないからってジャガ丸くんを食べてたな」

 

「前後不覚になったルアンは後で覚えてなさい」

 

「私も手伝うわ、ダフネちゃん」

 

「あ、じゃあ、二人とも気をつけて」

 

「すぐ戻るわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対あのジャガ丸くんに何か入っていたって! じゃないといくら何でも前後不覚にはならねえよ!」

 

「あはは…」

 

 

 さっきのジャガ丸くんの話をしていた僕たちに、聞きなれた声が聞こえた。

 

 ベルは振り返ってみると、そこにはアポロンとヒュアキントスが走り込んでいた。

 

 

「あ、いたー! おーい、ベルきゅーん!」

 

「お待ちくださいアポロン様!」

 

「え、神様?」

 

「え、何でアポロン様がここに? ヒュアキントスまでいるし」

 

「ふっふっふ。これでも私は神だからな。眷属の位置の把握ぐらい造作もないのさ!」

 

「………」

 

 

 な、何かヒュアキントスさんがすごくやつれている。多分、何かがあって相当苦労したことがあったと顔に出ている。

 

 そんな顔をしていたヒュアキントスは、あることに気づく。

 

 

「ん? ダフネとカサンドラはどうした? 一緒じゃないのか?」

 

「え、何で知っているんですか!?」

 

「はっはっはー! 実は朝にベルきゅんたちが集合していたところを見てな! そこから私達も混ぜてくれようと探していたのさ!」

 

「その時に混ざればよかったじゃん…」

 

「……それは」

 

「それは私がアポロン様と行動しようとしていた時、ルアン達が既に動いてしまったからな。おかげで探すのに苦労した…。特にあのモンスターヒキガエルに襲われたとき、ダンジョンにいたときより恐ろしく感じたぞ…!」

 

「そ、それは大変だったんですね…」

 

 

 そんな話をしていると、ダフネが戻ってくる。

 

 

「お待たせ…て、何でここにアンタ達がいるの!?」

 

「あ、丁度入れ違いに会ったんです」

 

「フハハハハハ! 水臭いじゃないか! 私達も一緒に見ようではないか!」

 

「ダフネ、カサンドラはどうした?」

 

「ああ、飲み物を買おうとしたら、何か眠たくなったらしくて、仮眠室で寝てる」

 

「それはあのジャガ丸くんのせいだって! 絶対何か仕込んでいたんだって!」

 

 

 それを聞いて、ルアンはジャガ丸くんに何か仕込まれていることを主張する。

 

 いや、でもルアンのはそうだったとしても、他の人は自分のも含めて何ともないんじゃないかな…。

 

 

「ル、ルアン、一先ず落ち着いて」

 

「……? おい、一体何があったのだ」

 

「ジャガ丸くんで前後不覚になった」

 

「……どういうことだ?」

 

「カサンドラはいつものやつよ。ダンジョンでもあったことがあるから」

 

「ふむ、ホームでもよくあることだ」

 

「……」

 

 

 もしかして、前に言っていた夢のお告げの事かな…。確かあれは、夢のお告げの事を話しても、皆から信じてもらえないと言っていたけど、その原因って何なのかな…?

 

 確かに、夢の内容が余りにも現実味がなくて、唯一夢のお告げの事を信じることができるらしい僕でも、さすがにそれはと言える内容もあった。

 

 そのせいで、『ミノタウロス』の件に巻き込まれてしまった事があったけど。

 

ただ、ここまでくると、もしかして、何かの【スキル】の効果なんじゃ…。でもどうして僕だけ…?

 

 そう考えていると、凄い汗でカサンドラさんが戻ってきた。

 

 

「あ、カサンドラ、もういいの?」

 

「あ、あの、カサンドラさん。実は聞きたいことが「皆! 早くここから逃げて!」…えっ?」

 

 

 カサンドラさんの叫び声で、僕らの周りの人達が騒然としていた。

 

 

「はぁ、また夢のお告げとか言うの? いくら何でもここは無理でしょ」

 

「カサンドラ、ここにはアポロン様もおられるのだ。盛り上がりに欠けることはするな!」

 

 そう言うと、カサンドラさんはヒュアキントスさんに向かって必死に懇願していた。

 

「団長様! 団長様! お願いします! どうか、どうか、私の言葉を信じてください!」

 

「黙れといっている! 寝言も大概にしろ!」

 

 

 しかしヒュアキントスは拒み、腕を振り払って激昂する。

 

 ダフネは撥ねのけられたカサンドラさんをなんとか受け止めた。

 

 そこに、アポロンが諫める。

 

 

「まぁまてヒュアキントス。カサンドラ、一体何があった。お前が寝ている時に襲撃されたのか?」

 

「ああ、なるほど」

 

「あ、あの、カサンドラさん。一体、どんな夢を見たんですか? 何かのモンスターが解放されてしまったのですか?」

 

 

 僕は夢のお告げと呼ばれる内容を聞こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ、いいえ! 違います! もうすぐに来てしまう! 生まれてしまう!」

 

「「「「「―――――――は?」」」」」

 

 

何を言っているのか、神様であるアポロン様や、夢のお告げの呪いらしきものに耐性がある僕にも理解できなかった。

 

 生まれる? 一体どういう事?

 

そのままの意味なら、外のモンスターが卵を産んで、そこから生まれるっていう事?

 

でもそれだと、生まれてくるモンスターは親のモンスターよりも非常に弱くなるし…

 

 僕は頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 そこで、アナウンスが入る。

 

 

「――――――さて、お客様、お待たせしました! 今回の『怪物祭』の目玉、何と深層に出現し、非常に凶暴ですが、今回調教を成功させました! ご覧下さい! 『バーバリアン』、そして『オブシディアン・ソルジャー』、『スパルトイ』であります!」

 

 

 このアナウンスを聞いた時、カサンドラさんの顔色は、非常に悪くなった。

 

 

「あ、ああ、ああああああああ!?」

 

「お、落ち着いてください! このアナウンスとあなたの見た夢のお告げに、一体何と関係が…!」

 

「おい、カサンドラの夢が正しい事前提に話を進めるな! 何がどうなって…」

 

「……投げ込まれる……!」

 

 

そう言うと、檻から出た深層に出現するモンスター3体の前に、ある容器がどこからか、闘技場の中央へと投げ込まれた。

 

その容器の形は、見覚えがあった。

 

 僕たちが優勝し、獲得した得体のしれないものを入れていた容器の色も形もそっくりであった。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちがそれに気づき、急いで回収しようと動くが、先に投げられた容器が地面につき、割れる。

 

 しかしそこから現れた物は液体ではなく、固体だった。

 

 その固体は、何か中にモンスターの胎児らしきものの閉じ込めた、丸い結晶のように見える。

 

 そして、大きな鳴き声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――ァアアアアアアアアアアア―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、何だ!?」

 

「うるさっ、何あれ!?」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】の演出じゃないのか!?」

 

「というか、何か動いてないか!?」

 

「何か、まずい気がする…!」

 

「まさか逸れてしまったシルを探している時に…!?」

 

「エイナ、あれって何!?」

 

「あれは、まさか…ガネーシャか!?」

 

「今はツッコミをかませる余裕がないです、ガネーシャ様!」

 

「…やべぇわ、アレ」

 

「あれって、遠征で見たモンスターに、似ている…!」

 

「……あらあら。私が事を起こす前に、誰かが始めたようね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――本当の、『祭』が始まる。

 



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『怪物祭』後編

アポロン「さて、ベルきゅん達はどこにいるのか…」
ヒュアキントス「アポロン様、あのモンスター『ヒキガエル』が近くにいるかも…」
アポロン「慌てるな! その予感はしない!」
ヒュアキントス「で、ですが…」
アポロン「…は、そうだ!匂いで辿れば!」
ヒュアキントス「いや、流石にそれは…」
アポロン「あ、いたー! おーい、ベルきゅーん!」

本編の『怪物祭』中編に続く…


 一方その頃、闇派閥のアジトでは―――――

 

「……ふう、これが伝説のバストアップ液か…。配下の奴らに奪わせようとしても、どんな容器に入ってるかわからねえからな。予定が狂いまくっている今は下手な問題を起こしたくねぇし。まあ、何はともあれこれで…」

 

 そこには、景品とは別の容器に入れられていた怪しい液体が入っていた。

 

 ギルドや【ガネーシャ・ファミリア】の持ち物検査を潜り抜けるため、あらかじめ別の容器を持ってきた、そこに液体を移したのだった。

 

 この液体を早速飲もうとすると、そこにタナトスがやってくる。

 

 

「あれ、ヴァレッタちゃん、こんな所で何やっているの? それ何?」

 

「ああ、タナトス様。ふっふっふ。ついに手に入ったんだ! この伝説のバストアップ液が! これであの済まし顔をしたフィンが相手でも色仕掛けという作戦が可能になるかもよ!」

 

「あ、あれ、そうだっけ? 確かにヴァレッタちゃんって、胸はそんなに大きくはないけど…」

 

「うるせぇ! そこは言うな!」

 

「ていうかそれ、効果あるの?」

 

「すぐに効果が現れるって話だ! 効果は永続らしいから、早速使う!」

 

 

 そして、その液体をヴァレッタは飲み込んだ。効果は現れるのかと待ったが、全く変化がしなかった。

 

 

「ちっ! やっぱりガセか!」

 

「ていうかヴァレッタちゃん、凄い必死だったね。そんなに気にしてたの?」

 

「うるせぇな! これでも私は女だ!」

 

 

敵対する【ロキ・ファミリア】は、主神のこともあってか、女性の割合が多く、一部を除いてスタイルも抜群である。主神含んだ一部を除いて。

 

 それらに会うたびに若干心の中で、へこんでいるようだった。

 

 

「つーか、一体何の用だよタナトス様」

 

「ああ、そうだった。結局盗られた『宝玉』は見つからなかったけど、代わりになんか面白そうな子が見つけてね。さらおうとしたら【ロキ・ファミリア】に阻止されちゃって」

 

「それでその作戦を立てるために、わざわざ私の所まで来たってのか? いくら計画の修正をしようにしたって、『宝玉』の事が解析されたらどうあがいてもこっちの戦力が減るしな…。その穴を塞げれるのか?」

 

「うん。あの子の見立て上、なんとかなりそうかも。都市全体が協力とかなければ」

 

「……まあ、考えてやるよ」

 

「おお、流石ヴァレッタちゃん! 頼りになるねぇ!」

 

「そういや、あいつはどうした?」

 

「ああ、なんか使いすぎたから調整するって。最後の一発分計算が狂ったとかなんとか」

 

「あっそう」

 

「まあ、今はあっちの機会をうかがって「タ、タナトス様! 大変です!」…どうしたの?」

 

 

 そこで、配下の一人が慌ててタナトスの所まで報告に来た。その報告の内容を聞いたヴァレッタは、一瞬耳を疑った程だった。

 

 

「ほ、『宝玉』が、民衆の目に拾われました! そして、それがモンスターに寄生して…、今、大変なことになっています!」

 

「……はぁ!?」

 

「……ん? ヴァレッタちゃんの仕業じゃないの?」

 

「そんなわけあるか! 次の手も用意してないのに、そんなことしたら余計に都市全体が警戒して、こっちが動きにくくなるぞ! そしたら、実行するのがいつになるか見当もつかなくなる!」

 

「え、ど、どうしよう…」

 

「おい、場所は!?」

 

「は、はい! 闘技場です!」

 

「……クソッ、また計画が頓挫しちまった…」

 

 

 今から行っては、もう間に合わない。都市全体が既に厳重警戒に入ってしまっている。

 

 

「また、一から見直すことになっちまった…」

 

「……まさか、向こうがこんな手を打ってくるとは…」

 

 

 まさかの自滅覚悟の暴露を行われたことで、再び実行する日を大幅に延期することになってしまった。

 

 

「もしこれで、向こうの戦力の主力が複数死んだら今の話は変わって、逆にこっちはチャンスになるけどな」

 

「…で、一体何のモンスターに寄生したの?」

 

「はい!『オブシディアン・ソルジャー』であります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は闘技場に戻る。

 

「―――――総員、戦闘準備! 一般客の方はギルドの人達からの避難指示に従ってください!」

 

 緊急のサイレンが鳴り響く。

 

 僕たちは、闘技場の中心の出来事で、意識がそっちに向けて唖然としていた。

 

 中に結晶らしきものが飛び出たと思ってら、それが動いて、目玉の予定だったモンスターの一匹、『オブシディアン・ソルジャー』に飛び移り、寄生した。

 

 そして、驚くことに、歪な体型をしていた『オブシディアン・ソルジャー』の体が、徐々に変化して、なんと上半身が人間の女性の形へと変化していったのだ。

 

 

「な、なんだあれ…」

 

「いや、すぐに【ガネーシャ・ファミリア】が対処してくれる! 今はすぐにここから出て…」

 

 

 アポロンがそう言い、ベル達は顔が蒼くなっていたカサンドラを抱きかかえて、ここから脱出しようとする。

 

 しかし、出入り口付近に何かが飛んできた。

 

 それは、先程闘技場にいた【ガネーシャ・ファミリア】の人だった。

 

 そしてその人の体は、血を流し、さらに、所々に岩石が埋め込まれているように見えている。

 

 ベル達は慌てて闘技場の中心を見ると、完全に変貌した『オブシディアン・ソルジャー』が、対応していた【ガネーシャ・ファミリア】を蹂躙していた。

 

 『オブシディアン・ソルジャー』の本来の戦い方からほど遠く、体の黒曜石の岩石類を高速で相手に発射していた。しかも、その軌道が不規則で、盾を構えていた人達から外れた岩石が、後ろからUターンして【ガネーシャ・ファミリア】の人達に埋め込んでいる。

 

 また、魔法を放っても、『オブシディアン・ソルジャー』の体の性質はそのままなのか、魔法の威力が減らされて、ほとんどダメージがない。

 

 また、接近しても『オブシディアン・ソルジャー』の本来の膂力とは全く桁違いの力を放ち、【ガネーシャ・ファミリア】の人達を盾ごと殴り飛ばしていた。

 

 さらに、【ガネーシャ・ファミリア】の主力のほとんどは僕たちの件で傷つき、逆に足手纏いとなるため戦えず、市民の避難誘導に徹しており、蹂躙されていく仲間の姿を見て唇を噛み締めている。

 

 その姿を見たベルはある決心をする。

 

 

「すいません。カサンドラさんをお願いします!」

 

「ちょっ、どこに行くのベル!」

 

「ま、待って、ベル、行かないで!」

 

「ヒュアキントス! 急いでベルきゅんを!」

 

「承知しました!」

 

「ベル、お前経過観察だろ! しかもLv.1だし、まともに戦えないって!?」

 

 

僕はカサンドラさんをダフネさんに渡し、みんなの制止を振り切って、闘技場の中心に向かった。少しでも時間を稼ぐために。

 

 しかし、ヒュアキントスさんが背後から近づいて、全速力で走れなかった僕はすぐにそのまま捕まえられた。カサンドラさんも立ち直ったのか、僕たちの方に来ようとしている。

 

 

「よく現実を見ろ! 貴様はまだLv.1だ! 今は【ガネーシャ・ファミリア】の奴らに任せて、我々はここを脱出するぞ!」

 

「で、でも…!」

 

「思い上がるな兎風情が! 一体あの場で何ができるっていうんだ! 時間稼ぎにもならん!」

 

「……っ!」

 

「それに、もう少し【ガネーシャ・ファミリア】の奴らを信じろ! 今ああやって戦っているのに、そのあいつらの思いを貴様は踏みにじる気か!?」

 

「……」

 

「わかったらすぐにここから離れて…ッ!?」

 

 

ヒュアキントスの必死の説得でベルは折れ、逃げるように踵を返して、カサンドラもベルの所に到着して、引き返そうとする。

 

 そこに『オブシディアン・ソルジャー』がベルたちを飛び越えて、ルアン達も含めた市民の人達に襲い掛かってきた。

 

 

「う、うわあああああ!?」

 

「なっ…!?」

 

「く、来るなぁ!?」

 

「ほあああああああああああ!?」

 

「まずい! アポロン様、すぐにそこから離れて…」

 

「み、皆「どっせーい!」…え?」

 

 

 絶体絶命の中、そこには市民が当たらないように大剣が飛んできた。

 

 それを回避した寄生された『オブシディアン・ソルジャー』は、飛んできた方向を見て、迎撃態勢に入る。

 

 

「皆! ここは私達【ロキ・ファミリア】に任せて!」

 

「ここは任せろ!」

 

「アイズさん! ティオナさん! ティオネさん! 前衛はお願いします!」

 

「ん、わかった」

 

 

【ロキ・ファミリア】が駆けつけ、戦闘態勢に入る。

 

 また、その人達の登場によって人々は少しだけ活気が出て、ギルドの人達もすぐに避難指示を再開させる。

 

 

「皆さん、こちらです! 【ロキ・ファミリア】の人達の邪魔にならないように、回り込んで脱出してください!」

 

「皆ー! こっちだよー!」

 

 

 そしてエイナとミィシャが避難指示をして、人々を【ロキ・ファミリア】の人達が戦いやすくなるように誘導する。

 

 

「おー、ウチらの不安要素をすぐに解消させてくれたか」

 

「ロ、ロキ! なぜここに!?」

 

「それはこっちの台詞や」

 

「と、とにかく助かった…!」

 

 

 この光景を見て、僕たちも何とかなりそうだと思い、すぐに合流して謝りに行こうと思い、まずはカサンドラさんから謝ろうと顔を向いたら、カサンドラさんの顔色は全く良くなっていなかった。

 

 

「駄目…、足りない…! でもどうやってやればいいの…?」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

その声で、一瞬何故と思ったら、僕たちの後ろから足音が聞こえた。

 

 振り返ると、その正体は先程闘技場にいた、『バーバリアン』と『スパルトイ』だった。

 

それらのモンスターを調教した【ガネーシャ・ファミリア】の人達はダウンしており、目の敵かのように暴れて僕たちの方に襲い掛かってくる。

 

 

『『オオオオオオオオッ!』』

 

「うわあああ!?」

 

「……っ!」

 

「く、ここまでとは…!」

 

 

 そして、僕らは、それらと交戦することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オオオッ!』

 

「く、この骨風情が…!」

 

 

『スパルトイ』は大盾を持ち、攻撃武器は剣や槍など個体によってそれぞれ異なるが、体も武器も骨でできているにもかかわらず、白兵戦は強く、ヒュアキントスは波状剣を持っているが、攻防が続いていた。

 

 

『ヴォオオオオ!』

 

「うわあ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 

『バーバリアン』は『スパルトイ』と同じく戦士系の翼と角を2対持つモンスターであり、『スパルトイ』ほど敏捷さはないものの、力は強く、ベルとカサンドラは必死に避けていた。

 

 この2体のモンスターはギルド推定Lv.3から4である。

 

 ヒュアキントスはともかく、ベルとカサンドラが逃げに徹しているものの、今立っていられるのは奇跡である。

 

 

(ど、どうすれば…! このままじゃ…)

 

 

 どうにか瓦解策を考えようとする前に、相手が攻撃してきた。

 

 

『ヴォオ!!』

 

「な、舌…!?」

 

 

 『バーバリアン』がカサンドラに向けて舌撃をだし、カサンドラは避けようとするも、そのまま舌撃が背後にいた、ベルが持っていた短刀に当たり、取り落としてしまう。

 

 ベルはすぐに取ろうとするも、相手が許さない。

 

 

「ッ!?」

 

 

『バーバリアン』に蹴られそうになったベルはギリギリで避けたものの、短刀を拾えずに状況が悪くなる一方だった。

 

 

(このモンスターを後ろに行かせたら、市民の人達が危ない…!)

 

 

 僕は最悪の事態を防ぐため、どうにかして短刀を拾おうと考えていると、『スパルトイ』と戦っていたヒュアキントスさんがたまたま短刀に近づいて、それに気づいたのか、すぐに短刀を蹴って僕に返してきた。

 

 

「武器を落とすな! 貴様も冒険者だろう!」

 

「す、すいません!」

 

 

 どうにかすぐに手元に戻ったとはいえ、今のままではジリ貧である。

 

 早く援軍が欲しい。【ロキ・ファミリア】の人達はまだなのか。

 

 どうにかして一気にこの状況を瓦解する方法はないのか。

 

 ベルはそう考えていると、カサンドラが『バーバリアン』の様子を見ながら話しかけてくる。

 

 

「ベル…実は、私の夢のお告げの続きに、『骨と翼の協力がなければ悲惨なことになる』というお告げがあったの…。でもこれがどういうことなのかわからないの…」

 

 僕はこの話を聞き、首を傾げた。

 

 それは何なのかと考えて、そしてあることに気づき、思いついた。

 

 

「……そうだ! ヒュアキントスさん! このモンスターたちをどうにかして、【ロキ・ファミリア】の人達が戦っている『オブシディアン・ソルジャー』にぶつけることってできますか!?」

 

「べ、ベル!?」

 

「無理に決まっているのだろう!? 何を考えているんだ! こいつらは私達ではなく【ガネーシャ・ファミリア】の奴らに調教されたのだ! 私達の命令を聞くわけがなかろう!」

 

「でもそれは、僕たちにまだ調教されていないからですよね!?」

 

「今すぐに出来ると思っているのか!? こいつらは貴様らよりも強いぞ!」

 

「……それでも、やってみます!」

 

「…馬鹿が!」

 

 

 そうヒュアキントスさんは吐き捨てると、僕はまずは『バーバリアン』からどうにかしようと対峙する。

 

 

「……ベル、ほんとにやるの?」

 

「…はい。じゃないと、僕たちはここで終わる…」

 

「……わかった。私も、やってみせる」

 

 

 僕らの雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、僕達がほとんど相手にならなかった『バーバリアン』は目を細め、僕らの事を見据えた。

 

 言葉が伝わらなくても、相手に伝えることが出来ることを【ガネーシャ・ファミリア】の人達がさっきまで見たショーで証明して見せた。

 

 つまり、理論上なら、今からでもできる。

 

 それを行うには…まず。

 

 

「フッ!」

 

『ヴォッ!?』

 

 

短刀を見当違いの所に放り投げた。

 

 この僕の行動に驚いたのか、『バーバリアン』は放り投げた短刀の方を見て、唖然としている様子だった。

 

 そして、僕らの方に向き直した『バーバリアン』に、僕とカサンドラさんは恐る恐る、少しずつ近づいた。

 

 

「……」

 

「……」

 

『ヴォ、ヴォッ!?』

 

 

この一連の行動が理解できず、動けずに困惑する『バーバリアン』。

 

 そして、至近距離まで近づき、立ち止まった。

 

 腕を振るえば当たる距離。

 

 この事実を僕たちは必死に考えず、誠心誠意で行動を示す。

 

 そして、二人でそっと抱きしめた。

 

 

『ヴォ、ヴォッ、ヴォ!?』

 

 

 未だに困惑する『バーバリアン』。

 

 そのまま、抱きしめていると、次第に少しずつおとなしくなってくる。

 

 

『ヴォ、………ヴォオ……』

 

 

 そして、そっと離れると、完全におとなしくなった。

 

 

『…………ヴォオ……』

 

 

 どうやら、何とか気持ちは伝えらえたようだ。

 

 カサンドラさんはそっと『バーバリアン』の頭を撫で、「よしよし」としていた。

 

 それでも『バーバリアン』が暴れないため、どうやら成功したようだった。

 

 しかし、まだ喜んでいられない。

 

 

「次は、『スパルトイ』…!」

 

 

 今度は『スパルトイ』の方に向ける。

 

 しかし、今はヒュアキントスさんと戦っており、こちらの方を全く見ていない。

 

 現状だと、先程の『バーバリアン』の事は出来ないため、ヒュアキントスさんに頑張ってもらわないといけない。

 

 

「ヒュアキントスさん! こっちはなんとかしました! このままヒュアキントスさんは『スパルトイ』に勝ってください! 出来るだけ傷つけずに!」

 

「無茶を言うな! というか貴様らはそっちは成功したのか!?」

 

「はい! ですから、お願いします!」

 

「……馬鹿な……!?」

 

 

ベルたちが成功したことにヒュアキントスは戦慄を覚えていた。

 

 だが、『バーバリアン』が大人しくしていることで、嘘をついていないことを証明されている。

 

 これを一目見たヒュアキントスは、負けじと意地を見せた。

 

 

「だが、確かに負ける訳にはいかないな! フン!」

 

『オオオッ!?』

 

 

ヒュアキントスの攻撃のスピードが上がり、どうにかすぐに決着をつけようとする。

 

 『スパルトイ』はいきなり上がった攻撃のスピードを喰らい、よろけ始めた。

 

 すぐに体勢を取ろうとすると、それをヒュアキントスは許さず、攻撃のラッシュを繰り出す。

 

 『スパルトイ』は大盾を使ってこれを防ぎ、カウンターを浴びせようとすると、これを読んだヒュアキントスはカウンター返しを浴びせる。

 

 さらに体勢が悪くなり、尻餅をついた『スパルトイ』の顔の前に波状剣を突き出した。

 

 

「ハァーッ、ハァーッ、……貴様の負けだ!」

 

『オ、オオッ!?』

 

 

攻撃スピードを最大限繰り出して、息切れになりながらも、何とか『スパルトイ』を敗北させた状況を作り出した。

 

 この状況を利用して、すぐに『スパルトイ』から武器を奪った。

 

 そして、どうにか自分たちが仕組んだのではないということを分からせるため、寄生された『オブシディアン・ソルジャー』の方に指を差し、向こうが敵であることを伝えようとした。

 

 いうならば、神様が言っていた『呉越同舟作戦』である。

 

 共通の敵がいれば、相手は仲間だと認識してくれることである。

 

 そして、指を差した方を見た『スパルトイ』は、納得したのか、すぐにおとなしくなった。

 

 どうやら、『スパルトイ』の方も成功したようだった。

 

 

「よし、何とかなった!」

 

「や、やったぁ! もしかしたらこれで…!」

 

「まさか本当に成功してしまうのか…!」

 

 

 こうして僕達は、『バーバリアン』と『スパルトイ』を無力化させることを成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ベルたちが調教を行っている間、【ロキ・ファミリア】の方では―――――

 

市民の人達は皆、避難誘導がほとんど終わっているが、攻防が均衡しており、お互い攻め手を欠けていた。

 

 

「なんかいつもの『オブシディアン・ソルジャー』よりも硬い!」

 

「うーん、いつもの大双刃だったらもう倒しているのに~」

 

「【エンペスト】を使ってもほとんど意味がない…」

 

「私の魔法でも歯が立たないなんて…」

 

 

 接近戦に持ち込み、厄介な岩石の追尾弾を出さないようにしている。

 

 しかし、レフィーヤやアイズの魔法の攻撃力が減らされて、決定打が打てず、戦闘が長引いてしまっている。

 

 

「こんの~! いっくよー!」

 

 

見かねたティオナが大剣を大振りで寄生された『オブシディアン・ソルジャー』に多大なダメージを与えようとしたが、簡単に避けられてしまう。

 

 そして、ついに均衡が崩れてしまった。

 

 

「あっ、しまった!」

 

「馬鹿ティオナ!」

 

 

 そして、寄生された『オブシディアン・ソルジャー』はティオナの腕をつかみ、もう片方の手でティオナに向かって裏拳を繰り出す。

 

 

「ぐおっ!? …でもまだまだぁあ!?」

 

 

 そのままその流れに逆らわず、体を回転させ、周りをけん制しつつ、ティオナを持っていた大剣ごと闘技場外に放り投げた。

 

 

「うそーー!?」

 

「ティオナ!?」

 

「ティ、ティオナさん!?」

 

「あの馬鹿…!」

 

「嘘やろ!?」

 

 

 前衛が一人、強制離脱された。

 

 この光景を見ていた主神含めた【ロキ・ファミリア】は驚愕の声を上げる。

 

 そして、その余裕を与えずに、岩石の追尾弾を繰り出そうとする寄生された『オブシディアン・ソルジャー』に、ティオネとアイズはすぐに接近して、それを阻止する。

 

 

「させない…!」

 

「くそ、こいつ、遠征の時もそうだけど、一体何なのよ!」

 

 

 魔法が有効でないため、ほとんど戦力外通告された形となったレフィーヤは、自分でも何かポーションを渡して回復させる以外に手伝えないか、手段を探していた。

 

 

(ど、どうすればいいの!? ティオナさんがいなくなってしまったら、物理的に大ダメージを与えられる人がもう…!)

 

 

 しかし、悪夢は続く。

 

 接近戦をしていたが、前衛が一人いなくなってしまい、一人当たりの負担が大きくなってしまい、ついに本来の武器ではなかったアイズの剣が壊れてしまった。

 

 

「しまっ、グゥ!?」

 

「アイズ!?」

 

「アイズさん!?」

 

「え、ちょっ、嘘やろ!?」

 

 

 そのまま攻撃を喰らい、アイズの体勢が崩してしまう。しかも終わらず、ここからさらに蹴りがアイズの腹に直撃してしまった。

 

 

「ガッ!?」

 

「やば、レフィーヤ! アイズをフォローして!」

 

「は、はい!」

 

 

魔法が有効でなくとも、レフィーヤはLv.3であるため、いないよりはマシである。

 

 再びアイズに攻撃しようとする寄生された『オブシディアン・ソルジャー』にティオネは攻撃をしかけ、その間アイズにポーションを飲ませ、すぐに復帰させる。

 

 

「ん…。ごめん、しくじった」

 

「だ、大丈夫です。それよりも、武器が…」

 

 

 だがこれでアイズの攻撃手段が蹴りしかなくなり、実質ティオネ一人で抑えることになってしまった。

 

 余裕だろうと思っていたことが、まさかこの状態にまで押されてしまったことに、ロキは非常に慌てて、飛ばされたティオナを探しに闘技場の外に出てしまっている。

 

 

『アァアアアア!』

 

「な、この!」

 

 

 寄生された『オブシディアン・ソルジャー』が地面に力いっぱい叩き、ティオネが躱すと、そこから後ろに飛んで距離を取り、ついに厄介な岩石の追尾弾を繰り出そうとする。

 

 盾を持ってない【ロキ・ファミリア】にとって、絶体絶命である。

 

 

「こんの……アバズレがぁ!」

 

 

ティオネが遂に怒り、すぐに近づこうと接近する前に、岩石の追尾弾が大量に発射されてしまった。

 

 

「がぁああああ、……なめんなぁ!」

 

 

ほぼすべて一番近かったティオネに命中し、いくつかは岩石が体に埋め込まれた形となったが、スキル【噴化招乱】と【大反攻】が発動した。

 

 そして武器を捨て、そのまま相手に殴りかかった。

 

 

『アァアアアア!?』

 

 

重い一撃が入り、寄生された『オブシディアン・ソルジャー』はよろめき、ティオネはそのまま拳のラッシュを繰り出す。

 

 

「オラーーーーー!」

 

 

ついに寄生された『オブシディアン・ソルジャー』の体は亀裂が入り、しかも一撃が入るたびに亀裂が走り始めた。

 

 たまらず寄生された『オブシディアン・ソルジャー』は再びジャンプして、そこから逃れようとする。

 

 そして向かった先は、丁度調教を終えたベル達がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 向かってくるモンスターに驚き、状況がより緊迫していることがベル達は判断する。

 

 

「こいつもこっちに来たのか!?」

 

「【ロキ・ファミリア】の皆は!?」

 

「一人こっちに向かってくるよ!」

 

「どきなぁああああああ!」

 

「「「ほわあああああ!?」」」

 

 

 1人は先程のトラウマを思い出したのか、ベル達3人は一緒に向かってくるティオネを見て、悲鳴をあげる。

 

 そしてそのまま突っ込み、無防備の体勢になった相手にさらに重い一撃を浴びせる。

 

 寄生された『オブシディアン・ソルジャー』の体はさらに大きく亀裂が入り、もう少しで倒せる状態となる。

 

 しかし、もう一撃お見舞いしようとしたティオネの傷だらけの拳を受け止められてしまう。

 

 そしてそのまま、ティオネの拳を握りつぶした。

 

 

「~~~~~~~っ! こんのぉお!!」

 

 

 それでも負けじともう片方の拳を握りしめ、トドメを刺そうとしたが、相手の強烈な膝蹴りが早く、渾身の一撃が空振りとなってしまった。

 

 

「ご、は、あっ!?」

 

「ティオネさん!?」

 

「ティオネ!」

 

 

 急いで近づく【ロキ・ファミリア】の二人の悲鳴はむなしく、さらに、そこから至近距離で岩石の追尾弾を全弾ティオネにうちこみ、殺そうとしたが、意外な形で救った。

 

 

『ヴォオオオオ!』

 

『アァアアア!?』

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「な、なにが…?」

 

「モ、モンスターが人を助けた!?」

 

「………何、それ…」

 

 

 『バーバリアン』の舌撃で、寄生された『オブシディアン・ソルジャー』を少し吹き飛ばし、攻撃を阻止してティオネを救う。

 

 そしてそのまま『スパルトイ』が骨でできた大盾と剣を持って寄生された『オブシディアン・ソルジャー』に迎撃する。

 

 まさかの形で救われたティオネは戸惑い、この一連を見たアイズとレフィーヤは戦慄した。

 

 

「『調教』が上手くいきました!」

 

「正直、これはどうかと思うぞ…」

 

「団長様、今は冒険者云々の事はおいといてください」

 

「調教!? こんな短時間で!? あなたたちがあのモンスター達を!?」

 

「……信じ、られない……」

 

 

 戸惑いが隠せず、いまだ現実を飲みこめていないアイズとレフィーヤ。

 

 だが、『スパルトイ』と寄生された『オブシディアン・ソルジャー』が戦っているのを見て、これが現実であることがまざまざと見せられる。

 

 『バーバリアン』もそこに行って、『スパルトイ』を援護しようとしている。

 

 すごいことになった…。

 

 モンスターとモンスターが戦っている。

 

 ダンジョンではよく見られる事であるが、でもこんな形で…。

 

 最初に提案したのは僕であるにもかかわらず、戸惑いが隠せないのは僕も一緒だった。

 

 カサンドラさんやヒュアキントスさんも、【ロキ・ファミリア】の人達も唖然としてその光景を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『スパルトイ』の攻撃が、亀裂が走っている体にめがけて攻撃すると、寄生された『オブシディアン・ソルジャー』は苦しみが走り始めている。

 

 お返しとばかり寄生された『オブシディアン・ソルジャー』は岩石の追尾弾を浴びせようとすると、正面からの攻撃は『スパルトイ』の大盾によって防がれてしまう。

 

 また、Uターンして後ろからあてようにも、骨でできている『スパルトイ』は多少は苦しむが、『バーバリアン』がそれらを舌で迎撃してほとんど撃ち落としている。

 

 さらに、『バーバリアン』の体当たりで、寄生された『オブシディアン・ソルジャー』の体はもう限界寸前となった。

 

 もう体が持たないと考えたのか、寄生された『オブシディアン・ソルジャー』はみるみる体が元の歪な形を取りはじめ、元の姿に戻ると、ついに先程の固体の結晶を排出した。

 

 

「あれか!」

 

「すぐに回収して何かに保管を…!」

 

「あ、まずい!」

 

 

その結晶は、今度は『バーバリアン』にめがけて移動し、寄生しようとする。

 

 が、その前に『スパルトイ』がその結晶を骨の剣でたたき割り、結晶は灰となった。

 

『オブシディアン・ソルジャー』は動けず、そのまま体の亀裂が入り、魔石が出てきて、そちらも灰となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 

 まさかの決着で、『バーバリアン』と『スパルトイ』が「やったぜ!」とばかりにハイタッチをしているのをよそに、僕らはそのまま唖然としていた。

 

 我に帰ったのは、ロキ様と先程投げ飛ばされて復活してきたティオナさんがこの状況を見て、「「なんだこれー!?」」と叫んだ時だった。

 

 そして、アイズさんからの質問に、僕たちの無言の静寂は完全に晴れることとなった。

 

 

「……あの、そういえば、君達の名前を、聞いていなかった…」

 

「……そうですね。僕はベル・クラネルです。」

 

「…わ、私は、カサンドラ・イリオンです。」

 

「…【アポロン・ファミリア】団長、ヒュアキントス・クリオだ。今言ったこいつらも【アポロン・ファミリア】の団員だ」

 

「…私はアイズ・ヴァレンシュタイン…」

 

「私はレフィーヤ・ウィリディスです」

 

「ティオネ・ヒリュテよ。で、あそこにいるのが、片方が私の妹で…」

 

「あれ、なんか皆、自己紹介している? 私はティオナ・ヒリュテだよ!」

 

「で、ウチが【ロキ・ファミリア】の主神であるロキや! ここにいる一人を含めた美女4人が【ロキ・ファミリア】の団員や!」

 

 

 一通り自己紹介を済ませると、今度はレフィーヤが『バーバリアン』と『スパルトイ』に指を指しながら何か迫真に迫るかのようにベル達に質問する。

 

 

「で、あのモンスター達をどうやってあの短時間で調教させたんですか?」

 

「「………気合と愛情で」」

 

「フッ…」

 

「ふざけてますよね!?」

 

「レ、レレ、レフィーヤ、お、おお、落ち着いて」

 

「いや、アイズさんが一番落ち着いてください!」

 

 

 ベル達の納得できない回答でヒュアキントスは思わず鼻で笑い、レフィーヤは今度は怒気が交えるが、アイズの尋常ならざる動揺にすぐに消え失せる。

 

 それを見たティオネは今頃になって体中が痛みはじめ、誰かから回復してもらおうと促す。

 

 

「……とりあえず、誰かポーションくんない?」

 

「あー! ティオネ、滅茶苦茶ボロボロじゃん! 一体、私が来るまで何があったの!?」

 

「あんたが変なミスさえしなければよかったのよ!」

 

「だって、まさか投げ飛ばすなんて思ってなかったもん」

 

 

 ティオナのミスを責め立てるティオネに、ティオナは反論し、姉妹の口喧嘩が始まりそうになる。

 

 ベルは慌てて止め、そしてまずしなくてはならない優先事項について話そうとする。

 

 

「あ、あの、僕たち、あの調教したモンスターをどうするか話さないといけないんじゃ…」

 

「そういや、何あれ?」

 

「この人たちが短時間で調教したモンスターたち」

 

「「えっ」」

 

「そして、トドメを刺したのもあのモンスターたちです」

 

「「え、ええええええ!?」」

 

「まあ、普通そんな感じで驚くわね…」

 

「は、ははは…」

 

 

 が、すぐに話題がそれ、結局【ガネーシャ・ファミリア】がこちらに来るまでモンスター達は大人しかったので、ほったらかしのままになった。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、僕らの『怪物祭』は、緊急事態が起きたことで、強制的に終わりを告げられることとなった。

 



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『怪物祭』を経て…

『オブシディアン・ソルジャー』ですが、ちゃんと原作にも登場しています。
 アニメはまだ未登場ですけど。

 というか『怪物祭』前中後編で計3万字はやべぇ。疲れた。

 でも二次創作意力はある。不思議。

 そして、次回の後書きに新章予告します。


 僕たちはあの後、カサンドラさんの魔法やポーションなどによって、傷をいやした。その後、まだ無事だった【ガネーシャ・ファミリア】の団員が駆けつけて、檻から出た『バーバリアン』と『スパルトイ』を檻の中に戻した。ものすごく悲しい表情をされたけど。

 

 そして、あの容器を投げた犯人も見つからず、危険性が出たため、今年の『怪物祭』は中止を言い渡され、祭りは終わりを告げた。

 

 僕たちと主神含めた【ロキ・ファミリア】の皆さんと別れようとした時だった。

 

 

「そういえば、【アポロン・ファミリア】の皆さんは館が壊れてしまっていますけど、宿とかを取って泊まっているですか?」

 

「そうだ」

 

「ええ」

 

「ギクッ!! …そうです」

 

「……なんか今、ギクッ!! て言わなかった?」

 

 

 レフィーヤの質問によって、ベルの動揺を見破るアイズ。

 

 ベルは必死に誤魔化す。

 

 す、鋭い…! と思いながら。

 

 

「き、きききき気のせいですよ!」

 

「滅茶苦茶動揺しとるな……」

 

「……ベル?」

 

「ほ、ほら、もう中止と言われてしまったので、ここはもう立ち去りましょう! ロキ様もアイズさんもほら、早く!」

 

「あ、ああ…ま、そうやな」

 

「うん……」

 

「それに、まだ屋台は閉まってないかもしれませんし、ジャガ丸くんでも食べましょう!」

 

「わかった」

 

 

 アイズさんが目を輝かしながらジャガ丸くんの出店に向かおうとしている。

 

 危なかった…! どうにかして誤魔化せたけど、回答次第ではどつかれてもおかしくないぞ…。

 

 場所を知っているカサンドラさんも少し慌てていたし…。

 

 でも、一先ず危機を脱した。

 

 そう考えた僕に、レフィーヤさんが小声で僕に聞いてきた。

 

 

「……結局、どこの宿に泊まったのですか? まさか、娼館に泊まっているとか言いませんよね?」

 

「ち、違います!」

 

「じゃあどこに?」

 

 

 す、凄い詰め寄って来る…。僕は正直に話すべきなのか…? いや、でも…その後大丈夫なのか…?

 

 鬼気迫る形で詰め寄られた僕は、正直に話した。

 

 

「じ、実は…【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドさんの部屋に泊まっていて…」

 

「……は?」

 

 

レフィーヤさんの声がもの凄く低く聞こえた。

 

 そして、すぐに逃げようとすると……。

 

 

「……ごんのぉ、ハレンチヒュウマアアアアアアアアン!!」

 

「ごはぁ!!」

 

 

 その一撃は重く感じた。Lv.3の力は伊達ではない。

 

 

「不潔です! 最低です! あの短時間でモンスターを調教したと聞いたから、ただ者ではないと思っていましたけど、そんな所に泊まっているとは! アイズさん達から半径500mに近づかないで下さい!」

 

「いや、ちょっ、それは誤解ですって…」

 

 

 もの凄く理不尽なことを言われ、よろよろと立ち上がった僕。何とか反論しようとするも、先に皆に暴露されてしまった。

 

 

「皆さん! この男は変態不潔最低ドスケベ人間です!」

 

「ちょっ! 流石にそれは……!」

 

「ん? どうしたん、レフィーヤ?」

 

「この変態男は、アミッドさんの部屋に泊まっているそうです!」

 

「マジで!?」

 

「何だと!?」

 

「あ、ばれちゃった…」

 

「ん? 別にいいんじゃないの?」

 

「馬鹿ティオナ! まあ、こいつ、この見た目で結構やるのね……」

 

「………………ベル?」

 

「いや、誤解ですから! アミッドさんがいない間に泊まって、掃除や片づけなどを頼まれていますから!」

 

「その間何かやましいことでもしているんじゃないですか?」

 

「してません! してません! 一切してません!」

 

「……一応、確かにしてなさそうやな」

 

「そうですか…。まあ、神様であるロキ様が言うんだったら」

 

「でも、それ以外でなんかあった感じやな」

 

「やっぱりハレンチ人間じゃないですか!」

 

「え、えええええ!?」

 

 

え、そんな!? 心当たりが………あ。

 

 思い出した僕はカサンドラさんの方に視線を向けると、カサンドラさんは物凄く赤い顔をしている。

 

 そ、そうだ。つい最近ステイタス更新の時にカサンドラさんの…。

 

 

「いや、でもあれは不可抗力で…」

 

「問答無用!」

 

「ゴハァッ!?」

 

「あ、吹っ飛んだ」

 

「前科ありだったのね…」

 

「ベル……」

 

「ティオナが投げ飛ばされたほどではないやな」

 

「私も一発殴ろう。私がアポロン様関連で手を回している間、当の本人は現を抜かしていたとはな」

 

「はうぅ…」

 

 

 僕に対して、皆の評価が下がった気がした。

 

 こうして、僕たちはまだ開いていたバイトの神様がいるジャガ丸くんの屋台でジャガ丸くんを購入し、食べた後、【ロキ・ファミリア】の皆さんと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕たちは、先に避難していたアポロン様、ルアン、ダフネさんと合流した。

 

 

「おお、ヒュアキントス、カサンドラ、ベルきゅん! みんな無事だったんだね!」

 

「な、何とか…」

 

「ギリギリだったね…」

 

「私もだ。そして貴様、我々に何か言うことはないのか?」

 

「あ、はい…。勝手な行動をして、すみませんでした…」

 

「うむ、許そう! ただし、この後私と良いことをすヘブシッ!?」

 

「ふう…。とにかく、これで皆もう許したから、気にすることはないよ」

 

「オイラも許すぞ!」

 

「ありがとうございます」

 

「いてて…。とにかく、この後の事なんだが、館はあと7日で修理が完了するから、それまで各自宿を取って過ごすように! ところで、ベルきゅんが泊まっている宿はどこ?」

 

「もう一発蹴るわよ」

 

「何故に!?」

 

「……?」

 

「「「…………」」」

 

「まあ、とにかく…。はい、これ」

 

「あれ、このカードって、僕がくじ引きで当てたやつ…。結局ダフネさんに預けることにしたんじゃ…」

 

「え、ベルきゅんが当てたの!?」

 

「アンタは黙ってなさい。…『怪物祭』が終わるまでね。元はアンタが当てたカードだから、アンタのよ」

 

「いや、これ僕が持っても…」

 

「いいのよ。もしかしたらいずれ使うかもしれないし、そのカードに名前でも書きなさい」

 

「え、えーと…」

 

「まあ、いいじゃねぇか! そのカードを手に入れるまで、相当カジノでお金を落とさないと手に入らねぇって聞いたし!」

 

「で、でも、僕がカジノに行くって…」

 

「そ、それに、そのカードに書かれていたけど、同行は二人まで可能だから、一応わからなくても、その二人次第では何とかなる…と思う」

 

「……」

 

 

 こうして、このカードに僕の名前を書き、正式に僕の物となった。

 

 そして、僕たちはそれぞれ解散し、各々が泊まっている宿に帰って行った。

 

 ただし僕はその前に、経過観察であるにもかかわらず、戦闘を行って運動をしてしまったで、アミッドさんから再び激怒されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びアミッドさんから激怒されてしまい、気落ちした僕だったが、晩御飯も食べて、アミッドさんの部屋に戻ろうとして、夜道を歩いている。

 

今日の『怪物祭』の一件で、【ガネーシャ・ファミリア】の団員も被害を受けたため、僕たちも受けた騒動の被害者も未だに回復してない人もいるため、アミッドさんは恐らく今日も部屋に戻っていないと考えられる。

 

 

(シャワーも浴びて、あの本の続きを読むか…。『アルゴノゥト』の話になったし)

 

 

 そう考え、僕が泊まっているアミッドさんの部屋に入ると、やはり明かりがついていなかった。

 

 やはり今日もアミッドさんは部屋に戻っていない。

 

 いや、アミッドさんが戻ってきても、ベッドが一つしかないから、それはそれで問題があり、僕の寝る場所が床になってしまうけれど。

 

 部屋の明かりをつけ、とりあえずシャワーを浴びようと、洗面所の奥にあるバスルームでシャワーを浴びるため、洗面所で服を脱ぎ、タオルを持っていざバスルームに入ろうとすると、ドアを開ける前に何か雫が落ちる音が聞こえた。

 

 もしかして、昨日シャワーを浴びたとき、完全に栓を締め切ってなかったのかと考え、「アミッドさん、すみません。今日から気をつけます」と思い、バスルームのドアを開ける。

 

 この時、僕は完全に不注意だった。

 

 何故、脱いだ服を入れる場所に、入れた覚えのないアミッドさんの団員服があり、靴もまた僕のではなく、バスルーム前にあったのか。

 

 何故、明かりをつけた覚えがないのに、バスルームから光が漏れていたのか。

 

 答えは簡単だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アミッドさんが部屋に戻っており、丁度シャワーを浴びていたからだった。

 

 そして、ドアが開いた音で、何かあったのかとアミッドさんが振り向く。

 

 

「~~~~♪……? ベルさん!?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 お互いまさかの登場で、硬直する。

 

 そして、二人の顔が次第に赤くなっていき…。

 

 

「………す、すみませんでした!!」

 

 

 先に動けたのはベルだった。

 

 極東に伝わる土下座をタオル一枚で披露する。

 

 

「………」

 

 

 僕の行動を見て冷静になったのかアミッドさんも動いたけど、何も喋らずにただ淡々とシャワーを止め、タオルを巻いて、そして、僕の方に歩いてくる。

 

 恐らく罵声を浴びせるだろうと思い、これは完全に僕が悪いため、それを反論せずに受け止めようと思っていたところで、アミッドさんは土下座した僕の前に立ち止まった。

 

 

「……ベルさん、立ってください」

 

「え、あ、はい」

 

 

 そして僕は土下座から立ち上がり、アミッドさんと対面した。

 

 どちらもタオル一枚で。

 

 そして、その格好のままアミッドさんが僕の顔の横に片腕を伸ばし、そのまま壁に手をつき、神様たちが言う『壁ドン』をする。

 

 か、顔が近い…。鼻先が触れそうになるぐらい…。

 

 

「……あの」

 

「しゃべらないで下さい」

 

「……」

 

 

 め、滅茶苦茶怖い…。下手したら、僕が今日経過観察中なのに運動してしまった時よりも。

 

 そして、アミッドさんが口を開き、僕に尋問した。

 

 

「ベルさん。私は今怒っているのですが、どうしてかお分かりですよね」

 

「はい…」

 

「では、なぜ怒っている理由を述べてみてください」

 

「僕が、アミッドさんがいたことに気づかずにバスルームに入ったからです…」

 

「よくわかりますね。では、なぜあなたは私がバスルームにいないと思ったのですか?」

 

「…今日の事があって、アミッドさんの仕事が忙しくて部屋に戻れないと思い、また僕は帰って来た時には部屋の明かりがついていなかったからです…」

 

「なるほど。では、その先入観で私がここにいないと思ったからですね」

 

 

 アミッドさんがこのように僕の行動の原因を結論した。

 

 いや、確かにそう思い込んでいましたけど。

 

 

「確かに、今日は【ガネーシャ・ファミリア】の人達の手当てをしましたが、連日だとさすがの私でも疲れますので、こうしていきなり休暇を取ることもあります」

 

「そ、その…」

 

「そうですね。あなたに私の部屋を泊まっていいとおっしゃったのは私ですから、このような自体になりうる考慮をしていなかった私の責任もありますね」

 

「え、あ、そ、それは…」

 

「こうしてあなたの裸の姿を見ることにもなりましたからね。ええ、私の行動の責任もこのように形として証拠にありますね」

 

「あの、いくら何でもそれは暴論じゃ…」

 

「ですけど、ベルさんの方に責任が大きいですね」

 

「はい、仰る通りで…」

 

「ここは元はと言えば私の部屋であり、またいくら私でも患者の傷をいやすため、患者の裸を見ることはありますけど、わ、私の体の大事な部分まで見られたことはないのです」

 

「は、はい…」

 

「逆にいえば、い、今の私の肢体が他人に見られるのが、これが初めてです」

 

「は、はい……ん?」

 

 

 

「ですので、この際ですから一緒に湯船に入りましょう」

 

 

 僕の頭は、アミッドさんが言っていた意味がすぐに理解できなかった。

 

 

「え……えええええ!?」

 

「責任が大きいベルさんには拒否権はありません」

 

「あの、アミッドさん!?」

 

「では、私はシャワーを浴びた後に湯船に入るつもりでしたので、すでに湯船は沸かしてありますが、ベルさんは今バスルームに入ってきたばっかりですので、まずシャワーを浴びてください」

 

「いや、でも、流石にそれは」

 

 僕はバスルームから逃走しようとしたが、もう片方の腕でもう一回『壁ドン』され、身動きが取れなくなった。

 

「あ、逃げようとしないで下さい。私はこれでもLv.2ですので。今のベルさんは経過観察中ですから無理しないで下さい。むしろこれは経過観察中の方の生活の動きが服越しではなく直で見る機会でもありますので」

 

「アミッドさーん!? 僕が悪かったですから許して下さい!?」

 

「駄目です。これはあくまで治療のためですので、試験的な意味も含まれていますから」

 

「いや、僕は恥ずかしいですから!?」

 

「私もこう見えては恥ずかしがっていますが、我慢して下さい。これは将来的な治療の意味も含んでいますので。後、これ以上今の私に体を動かせないで下さい。体に撒いているタオルが解けます」

 

「……」

 

 

 タオルを人質にされてしまい、こうして僕は、僕の中の欲望と理性の衝突をしながら、アミッドさんと一緒にお風呂に入ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、僕が体を洗っているところを、間近でアミッドさんに見られている。

 

 

「どうして、こうなったんだ…」

 

「ベルさん。今は体を洗い流す方に集中してください」

 

「あの…、アミッドさん。本当に恥ずかしいんですけど…」

 

「大丈夫です。ベルさんも私の肢体を見ましたので、これでおあいこです」

 

 

 いや、どう考えてもおかしい。

 

 そう思っていると、僕は思いっきり失言をしてしまった。

 

 

「いや、でも僕が見たのって、湯気が出ていて、しかもここまで近くに見ては…」

 

「おや、私の肢体はそこまで見ていなかったと。そ、そうですか。なら、わ、私のタオルを取って、も、もっと近くに…」

 

「すみません! 今のは完全に失言しました! 忘れてください! 後アミッドさん、そこまで声が震えているなら無理しないで下さい! そしてムキになってタオルを取ろうとしないで下さい!」

 

「…ふむ、わかりました。ですが、さっきのことを言える余裕があるのでしたら、もう少し近くで見ますか」

 

 

 僕が必死にお願いし、僕とアミッドさんの距離が1 mぐらいの距離だったが、40 cmぐらいの距離になってしまった。

 

 ちなみに、僕が腰に巻いているタオルは死守している。

 

 

「ア、アミッドさん!? そこまで近いとシャワーがかかりますよ!?」

 

「ベルさんが頑張って下さい。大丈夫です。確かに、あの距離だと湯気が出ていてよく見えませんでしたので」

 

「いや、もうあの距離だと既に湯気はほぼ無効だと思うんですけど!?」

 

「念のためです。あ、もう体の洗う所はなくなりそうですね。それが終わったら次は湯船です。こちらからは私も入りますので心配なく」

 

「アミッドさん、ほ、本当にもう恥ずかしいですから…」

 

「ベルさん。これは治療のため、経過観察の日常的な体の動きを直に目にするのはまずできませんので、またとない機会なのです。男性の動きは特に」

 

「でも、もう僕の精神的な意味で…」

 

 

 どうにか納得してほしい。僕は精神的に訴えようとしたら、違う解釈をされてしまった。

 

 

「あ、確かに湯船にタオルを浸すのはマナー違反ですね。仕方ありません。お、お互い、タ、タオルを外して…」

 

「あの、マナー違反をしてしまって気がかりになるという意味ではなくてですね!?」

 

「あ、洗い終わりましたね。で、では、タ、タオ、タオルをは、外して、ゆ、湯船に入りましょう」

 

「アミッドさーーん!? しっかりしてー!?」

 

「お、お願いですから、や、やさ…」

 

「これ以上は言っては駄目です!?」

 

 

 余計悪化してしまった。

 

 まずい。このままでは、ただでさえ僕の中の肥大化する欲望に対して理性が踏ん張っているのに、これ以上強まっては大変なことになる。

 

 どうにかしないと…。

 

 

 

 

 そ、そうだ! 話題を変えて風呂から出るようにすれば…

 

 

「で、では、け、決心しましたので…」

 

「あ、あの、アミッドさん! タオルを取る前に聞きたいことがあるんですけど、アミッドさんの本が売られていた期間が短く、内容はそこまで問題ではなかったにもかかわらず、絶版になっていた本があったんですけど、あれはいったい何故なんですか?」

 

「あ、ああ、あの本ですか。一度はギルドの検閲などが通った本でしたけど、何故かその後再調査が出ていて、その時私の本が検閲になったのです」

 

「そ、それと、「アルゴノゥト」に登場した吟遊詩人、リュールゥの事について書かれていた『英雄伝吟遊詩人』というタイトルの本は、あれはいったいどこで手に入れたのですか?」

 

「あれですか。確か私が【ディアンケヒト・ファミリア】に入団する前の時に入手したもので、私の部屋にある本棚の中では2, 3番目に古い本でしたね。あの時の私は医療について『学区』で聞いたものばかりでしたので、まだ右も左もわからなくて、非常に戸惑っていたのですけど、あの本を入手して志を決めました。それに確か、あの本を読んだ後に先程話した本を執筆しました」

 

「…ッ!?」

 

 

 話題転換で話したつもりが、何かとんでもないことを聞いた気がする。

 

 僕が読んだ所までで医療に志を決めようとしたら、リュールゥがモンスターとの相打ちで、初めて友をなくしてしまった時の話ぐらいだった。後は言葉の関係もあって、裏切りもあったけど、後は唄のおかげで人生は清らかだったはずだ。

 

 あの本に、本当にアミッドさんが、医療の志を決意した程の何かが書かれているのか?

 

 

「あ、あと、『英雄伝吟遊詩人』の著者の名前や発売された日とか書かれていなかったのですけど、あれは一体…」

 

「それはわかりません。あの本は、元は『学区』の奥の方にあったものらしくて、私は優秀な成績を修めましたので、その時に好きな本を選べますが、私の旧友があの本を選び、私に渡しました」

 

「……」

 

 

 僕はその話を真剣に聞いていて、バスルームから飛び出すことを忘れてしまっていた。

 

 あの本は本当に一体何なのだろう。そして、絶版が入ったのは一体なぜ。

 

 疑問が尽きない中、アミッドさんは先程の状態に戻ってしまった。

 

 

「あ、あのベルさん。湯冷めしてしまいますので、湯船に…」

 

「あ、はい……て!?」

 

 

僕も考えている間に返事をしてしまって、現実に戻った。

 

 

「じゃ、じゃあ、わ、私は先にタ、タオルを取って湯船に入りますで…」

 

「アミッドさん!? 今さっきの流れで!? というか、これ以上先は超えてはいけない!? 僕らはそんな関係じゃ…」

 

「ベルさん。何事もショートカットというのも大切なことです」

 

「いや、そこはショートカットしすぎですから!?」

 

「べ、ベルさん。タ、タオルを取ろうとしている手が、な、何か震えているのです。恐らくこれは寒さから…」

 

「いやこれはどう見ても緊張からくるものですから!? 本当にしっかりして下さい!?」

 

 

 

 

結局、アミッドさんは非常に緊張していたことで、どうにか僕はそこをつけこんで、どうにかあきらめるよう何とか説得した。

 

 本当に疲れた…。もう寝よう…。

 

 そう考え、僕は先に出て服を着ていたら、あることに気づいた。

 

 

「あ、ベッド一つしかないのに、今夜どうすればいいんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫です。一緒に寝ましょう。そのくらいならベルさんも抵抗しなくてもいいはずです。お互い服を着ていますし、寝るくらいならどうとでも大丈夫です。枕ももう一つありますし」

 

「あ、じゃあそれで」

 

 

 こうして、僕とアミッドさんは一つのベッドで眠り、夜を過ごすこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「zzz…ンッ…zzz……zzz」

 

「zzz…何か…zzz…苦しい…zzz」

 

 

 ただし、ベルは抱き枕代わりにされていた。

 



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修理完了!

 誤字報告ありがとうございます。


 そして、『怪物祭』編はこの話で終わりです。

 後書きに新章予告があります。


 『怪物祭』から7日後。

 

 あの館の騒動から13日が経った。

 

 つまり、館の修理が完了し、アミッドさんの部屋からチェックアウトする日である。

 

 僕が少し早く目を覚ましたら、何か体が重く感じて、そちらの方を見ると、7日前からいつものようにアミッドさんが僕に抱き付いたまま寝ていた。

 

 僕はアミッドさんを起こさないようにゆっくり動かして、そのままベッドから脱出した。

 

 アミッドさんは何かぬくもりを探しているのか、腕が僅かに動きそうになったけど、昨日まで患者の手当てをしていて、今日も仕事があるらしいため、それまでアミッドさんをこのまま寝かせてあげようと机の上に置いてあった兎のぬいぐるみを持たせたら、そのまま熟睡した。

 

 

 

 この7日間、アミッドさんは仕事が終わるとこの部屋に戻っていた。

 

 朝起きて、一緒に朝御飯を食べたり、晩御飯も食べたりして談笑したり、夜もまた寝る前に、僕が読んだ所までの『英雄伝吟遊詩人』の続きを読み聞かせをしてもらった。僕が座っているところにアミッドさんがこちらに肩を寄り添ったり抱き付いたりくるときもあった。多分仕事が疲れているのだろうと思い、僕は自然に受け入れている。

 

さらにアミッドさんに頼まれたけど、アミッドさんが仕事で出かけるときに「いってらっしゃい」を言ったことや、僕が晩御飯を外で食べてアミッドさんの帰りの方が早かった時は「おかえりなさいあなた」と言われたこともあったけど。

 

 また、昼間アミッドさんが仕事でいない時に、アミッドさんの分も含めた朝御飯と晩御飯の食材の方も買っていて、洗濯も行っている。ちなみに、僕の装備と服は既に買い揃えている。

 

そして料理はお互い交代で作っている。僕は簡単なものしか作れないけど、アミッドさんの料理はおいしく、『豊饒の女主人』に出てくる料理の方が一枚上手であるが、それでも十分店に出しても良いレベルであった。

 

 アミッドさんは部屋にいるときは笑顔が多く、特に僕と御飯を食べている時が一番多い。

僕の料理、アミッドさんほどうまくはないと思うんだけどな…。

 

 さらに、同時に僕の経過観察を行っており、僕の体の調子や傷の具合などを見てもらっている。今のところは何も問題はない。

 

 

 

 あと、アミッドさんが1日中休暇だった時が1回あって、いつも通り朝御飯を食べた後、歯を磨いたけど、その時危うく僕がアミッドさんの歯ブラシを使いそうになり、歯に付ける直前で気が付いた。アミッドさんも逆に僕の歯ブラシを使いそうになって、こちらも直前に気が付いた。お互い横に並んでいたため、お互いが顔を赤く染め、合わせ辛かった。

 

 その後、どうにか雑談してそれを意識しなくなり、外に出かけようかと思ったけど、アミッドさん曰く僕の体が相当凝っているらしく、僕の体をマッサージすることになった。上半身の服を脱がないとやりにくいらしく、僕は上だけ服を脱いでうつ伏せになった。僕の背中や肩に指や掌が押し込まれ、相当揉まれていることから、どうやら僕の体はアミッドさんの想定通りだったらしい。

 

 その後、丸々3時間を使ってようやくほぐれ、立ち上がろうとすると、「今度は脚の方です」と言われ、タオルを渡された。「ここまでやらないと逆効果になります」と言われ、医療を通じているアミッドさんが言うならそうだろうと思い、下の下着だけ残し、そこにタオルを巻き、再びうつ伏せになった。そして、僕の背中や肩にやったことと同じように指や掌が僕の脚に押し込まれた。一回一回やることに痛みがあるから、こちらも相当凝っていたみたいだった。

 

 その後、こちらでも丸々2時間使ってようやくほぐれ、立ち上がると体がすごく軽かった。入念なトレーニングをしているけど、それでも体に疲労がたまるらしい。そして部屋で昼御飯を食べて、装備も服も買った後なのでこれからどうしようかなと考えていると、「私の方もマッサージしてください」と言われた。

 

 こればかりはいくら僕でも無理なので断ったら、「指示しますから」と言われ、そして目を離したすきに先程の僕と同じ状態となっていて準備が終わっていた。結局アミッドさんに押されてしまい、アミッドさんにマッサージをすることになった。アミッドさんの指示通りにやり、押す場所や力加減にも気をつけながら行い、結局脚の方も行うことになって、計6時間かかってしまった。

 

 上手く成功したのかわからないけど、何やら上機嫌だったので、恐らくうまくいったのだろう。

 

 そして晩御飯を食べて、風呂も交代で入り、あの本の読み聞かせをしてもらって、談笑し後、再び寝ることになった。抱き枕になっていたけど。

 

 

 

 と、とにかく、僕は完全にこの生活に慣れきってしまっていた。

 

 でも、いつまでも泊まる訳にはいかないので、この生活も今日で最後になるのかなと僕は思っている。

 

 

 

 そしてアミッドさんが寝ているところから、僕はそっとその場を離れ、今日はもう部屋を出る日なので、『英雄伝吟遊詩人』の本を手に取り、続きを読んだ。

 

 丁度昨日で僕が『冒険譚』で読んだ『アルゴノゥト』の所の話が終わったため、いよいよ完全にその次の話となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてページを開いたら、「最終章」と書かれており、「そして道化であり、英雄となったアルゴノゥトと別れ、次に向かった場所が、リュールゥが最後に訪れた街となった」という文が最初にあった。

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 僕は唖然とした。

 

人生を唄のおかげで楽しく過ごしており、またアルゴノゥトという本物の英雄と出会って、これから先もまた話が長くなると思っていたけど、そんなすぐに…。

 

 本の厚さも確認したら、もうほとんどなかったため、本当にここで話が終わるのだと認識した。

 

「な、何があったんだ…。とにかく読もう」

 

 

 

 

 

 

 

―――― 本物の英雄に出会ったリュールゥが次に向かったところは、「ラキス」という街であり、港もあった。

 

―――― リュールゥはいつも通りに詩を読み、唄を歌い、少年たちを含めた街の人々から注目を集めた。

 

―――― また、新しい唄として、アルゴノゥトの話も伝えた。

 

―――― 人々はその話を大変興味を持ち、面白がっていた。

 

―――― そしてリュールゥはこの街にアルゴノゥトのような英雄がいないかと街を歩いた。

 

―――― すると、川の近くで明らかに街から隔離されている家の団地があった。

 

―――― 街の人達から事情を聞くと、その家の団地全員は病気にかかっていると聞いた。

 

―――― ただ、何の病気かはわからず、ただ単に何かうめき声をあげるだけのものらしかった。

 

―――― リュールゥはその団地の人達にも活気つけるため、唄をうたった。

 

―――― しかし、その団地に住むものは全く反応せず、何かうめき声をあげるのみだった。

 

―――― リュールゥは、原因は何かと聞いてみるが、街の人は何も知らなかった。

 

―――― どうにか街の人全員が笑顔になることを望んだリュールゥは、治す方法はないのかと尋ねた。

 

―――― すると、この街言い伝えでは、万病に効く薬が港に現れるという話があった。

 

―――― リュールゥは早速港に行くと、少年らもいたが、人が待ちより少なくなっていることが目についた。

 

―――― 最初は漁をしている者がここにいないと思っていたが、どうやらそうではなかった。

 

―――― あの症状が発病した場所が、全員港に近い所に出たということだった。

 

―――― これを知り、もしや港にあの病気をかからせるようなものがあるとリュールゥは考えた。

 

―――― リュールゥは一度港の周りを見回ったが、それらしきものの様子や面影はなかった。

 

―――― 詩を読み、唄を歌っても、特に何も出てくる様子はなかった。

 

―――― リュールゥは一旦街の方に戻り、一晩宿に泊まった。

 

―――― その夜、外の方から悲鳴が聞こえた。

 

―――― 悲鳴を聞いたリュールゥが外の様子を見ると、先程の症状がかかっていた人が全員暴れていた。

 

―――― 街の人は殴られ、傷つき、嘆き、涙を流していた。

 

―――― 中には恋人同士だったものが争っている様子も見られた。

 

―――― 見かねたリュールゥはこの争いを止めるため、楽器を持ち、唄をうたった。

 

―――― しかし、あまり効果がなかった。

 

―――― 石を投げつけられながらも唄をうたったが、それでも変化はなく、患者たちは暴れていた。

 

―――― 一度唄をやめ、何がきっかけに暴れだしたのだと考え始めたが、急に患者たちの動きが止まった。

 

―――― すると、先程のうめき声をあげる状態に戻っていった。

 

―――― リュールゥは何がきっかけにこうなったのだと考えた。

 

―――― 朝が来て、一度港の方に様子を見に行ったら、同じ症状になっていた人がいた。

 

―――― リュールゥは過去にもこのような件はなかったのかと聞いたら、何回かあったという話を聞いた。

 

―――― リュールゥは港に何かがあって、あの暴動が起きたと考えた。

 

―――― その晩、リュールゥは港に行き、何かないかと探したら、唄が聞こえてきた。

 

―――― とても美しい音色で、何度でも聞きたくなるような音色だった。

 

―――― リュールゥはたまたま足を滑らせ、壁に頭をぶつけたとき、その音色は聞こえなくなっていた。

 

―――― その次の日、朝になると再びあの症状になっていた者がいた。

 

―――― また、街の方でも暴動が起きたという話も聞いた。

 

―――― 恋人同士で争っていた人達は両方亡くなっていた。

 

―――― リュールゥは昨日の晩に聞いた唄が関係あると考えた。

 

―――― その日の晩、リュールゥは昨日唄が聞こえた所に見張りをしていた。

 

―――― すると、再びあの歌が聞こえてきた。

 

―――― リュールゥは唄の方に行こうと決意していたが、余りにも美しい音色であったため、体の調子が悪くなり、向かおうとしている足がふらついていた。

 

―――― その向かった先は海だった。

 

―――― そして唄が止まり、体が正常に動き始め、何かないかと探していたが、何も出て来なかった。

 

―――― 朝になると、再び症状になっていた者がいた。

 

―――― 街の方でも再び暴動が起きて、さらに犠牲者が出てしまった。

 

―――― 街の人達から、リュールゥが来てから暴動が活発になったため、リュールゥが首謀者だという話が出てしまった。

 

―――― リュールゥは論理的に否定したが、それでも疑惑は晴らされなかった。

 

―――― その晩、リュールゥは海の方に見張りをしていた。

 

―――― 昨日海の方から唄が聞こえたと突き止めたため、唄が聞こえるまでじっとしていた。

 

―――― そして、唄が聞こえた。

 

―――― 体が動きにくくなったが、リュールゥは海を見ると、水面に何かがいた。

 

―――― 当たりは夜で暗かったが、良く目を凝らすと、それは人の形をしていた。

 

―――― しかし、その下半身が、明らかに人ではなかった。

 

―――― 下半身の形が、魚の尻尾の形をしていた。

 

―――― 唄の正体は『マーメイド』であった。

 

―――― 症状の正体は『魅了』であり、『マーメイド』の唄を聞いて暴動が起きたのだ。

 

―――― リュールゥはどうにか攻撃しようにも、海にいる相手にはどうあがいても届かない。

 

―――― せめて石でも投げて唄をやめさせようとするも、体がまともに動かなくなった。

 

―――― すると、唄は止まり、『マーメイド』は海の深くに帰って行った。

 

―――― 体が動くようになったリュールゥは直ちにこの事実を伝えようと街に行った。

 

―――― しかし、街は暴動が起きてもはや壊滅状態であった。

 

―――― リュールゥは事実を伝えようにも、体の傷が深く、まともに聴けず、それどころか無事だった人から首謀者扱いされた。

 

―――― リュールゥはそれでも伝えようとしたが、ついには聞く耳を誰も持たなかった。

 

―――― これはもう一人でどうにかするしかないと考えたリュールゥは、その晩、再び海を見張った。

 

―――― 『マーメイド』は現れ、唄をうたった。

 

―――― リュールゥはすぐに耳栓をして、エルフの森にいたときに習った弓矢でどうにかしようと考えたが、簡単に避けられ、一向に当たらない。

 

―――― 唄の美声が大きくなる。

 

―――― それは港どころか街全体にまで聞こえるほどだった。

 

―――― 港にいた少年たちも例外ではなく、街全体が暴徒化した。

 

―――― リュールゥも暴徒化した街の人に襲われる。

 

―――― リュールゥはこれをあしらうも、少年たちが傷つけられるところを目撃する。

 

―――― リュールゥは少年たちをすぐにかばうが、傷を付けられていく。

 

―――― それでも少年たちをかばおうとするが、今度は何人かが海の方に歩いていくのを見た。

 

―――― 『マーメイド』は、街の人数を見積もり、自分の限界まで食べられる量まで街の人を間引いていたのだ。

 

―――― 続々と海に入る人々。

 

―――― 中には頭まで完全に海に浸かっても、なお歩こうとしている。

 

―――― リュールゥがかばった少年たちも例外ではない。

 

―――― 今度は海に入ろうとする少年たちを引っ張ろうとしても、少年たちはそれを全力で抗っている。

 

―――― リュールゥはすぐに少年たちに耳栓をさせた。

 

―――― 正常に戻ったことを確認したリュールゥは、帽子と楽器を浜に置き、海に浸かり、『マーメイド』を直接叩こうとした。

 

―――― しかし、『マーメイド』は水中では早く動けるため、簡単に捕まらない。

 

―――― それどころか、大きな唄声で耳栓越しにリュールゥを『魅了』しようとしてくる。

 

―――― リュールゥは必死で抗うが、体の傷もあり、精神が持たなくなり始めた。

 

―――― ついにはもう動かなくなった。

 

―――― これを見た『マーメイド』はすぐにリュールゥを捕まえ、溺れさせようとする。

 

―――― しかし、隠し持っていた武器で、『マーメイド』を貫き、魔石を破壊した。

 

―――― 『マーメイド』は灰になり、これで終わりかと思い、急いで浜に戻ろうとしたが、人々は未だに争っている。

 

―――― 人々の『魅了』は解けていない。

 

―――― どういうことだと戸惑ったリュールゥの足に、何かが捕まった。

 

―――― それは『マーメイド』であり、なんと別にもう1体いたのだ。

 

―――― リュールゥは不意打ちで水中に引っ張られ、息がすぐに限界に近づく。

 

―――― そして、その影響で耳栓がはずれ、海底にまで引っ張られながら、唄が直接至近距離で聞かされる。

 

―――― 魅了されていくリュールゥ。

 

―――― 次第に頭が白くなっていき、最後に残ったのは―――――

 

 

 

 

 

 

 

―――― 「嘆きと絶望の時代は終わった! これより始まるは、英雄の時代! 神々よ、ご照覧あれ! 私が、アルゴノゥトだ!!」―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― 道化から英雄に昇華した者のあの言葉だった。

 

―――― 精神を持ちなおしたリュールゥは再び武器を『マーメイド』に振るう。

 

―――― 『マーメイド』はまさかの復活に驚き、傷を付けられたが、リュールゥ自身も体の傷が多くあり、水中でもあって、振るうスピードが遅かったため、そこまでだった。

 

―――― 息が出来ず、意識が薄れ始めるリュールゥ。

 

―――― その隙に『マーメイド』はお返しとばかりリュールゥの首を絞め、喉をつぶした。

 

―――― 悶え苦しむリュールゥ。

 

―――― それでもこいつを倒すと考えたリュールゥは必死で『マーメイド』の腕をつかんで引っ張り、そのまま武器を力いっぱい『マーメイド』の胸に突き刺した。

 

―――― 魔石にひびが入り、割れて灰になる『マーメイド』。

 

―――― どうにか倒したリュールゥであったが、水中で息が出来ず、体も傷だらけとなっていて、もう動けなかった。

 

―――― そのままリュールゥは、光が見えなくなり、静かに瞳を閉じて、海の中に沈んでいった…。

 

 

 

 

―――― 誰か、教えください…。私は、私自身も、「英雄」になれたでしょうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――― その5日後、ラキスの街の様子がおかしかったので、オルナとエルミナが様子を見に来ていた。

 

―――― そこには、殺し合いをしたかのような傷を受け、失血死した死体が多く転がっており、建物ももはや残骸しかなかった。

 

―――― そこに取り残されていたのは、飢餓寸前の子供たちとリュールゥが浜に残した帽子と楽器があった……。

 

―――― END ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 読み終わった僕は唖然としたまま本を閉じた。

 

 まさか、リュールゥがあの後、こんなことに陥っていた何て…。

 

「そんな……。この本は、一体だれが書いたんだ…」

 

「……あの、ベルさん」

 

「うわぁ!? アミッドさん!? いつの間に起きていたのですか!?」

 

「つい先程。それより、朝御飯にしましょう。今は体を少しでも良くなることを優先させなさい」

 

「……は、はい…」

 

 そう言い、アミッドさんはすぐに料理を作り始めた。

 

 そう言われても、僕の気が晴れなかった。

 

 でも、どうしてこんな…。

 

 アミッドさんも、この結末を読んで知って、医療の道を選んだのか…。

 

 アミッドさんが作った料理を出されても、口にはあまり通らなかった。

 

 僕の様子を見たアミッドさんは、僕を励ました。

 

「ベルさん。あの本を読んで、落ち込むのはわかります。私も初めて読んだときはベルさんの時と一緒でしたから」

 

「……」

 

「ですが、そこで立ち止まってはいけません。それでは何も報われません。今の時代は、多くの先駆者たちが残してくれたものの積み重ねをして、こうして生活しているのです。この前の『怪物祭』の事や、私が学んでいる医療方法、今あなたの前に出ている料理の調理法だってそうです」

 

「で、ですけど…」

 

「これは私の持論ですが、何かを成しえて、それを後世にも伝え、ちゃんと形として残してくれた者。それが英雄だと私は思います」

 

「ア、アミッドさん…」

 

 確かに、館の騒動の時だって、ハシャーナさんがやったことを模倣して食人花や巨大花の倒し方を思いついたし、『怪物祭』の時だって、実際に【ガネーシャ・ファミリア】が調教したモンスターを事前にショーとして見せてもらえなければ、あんな方法は思いつかなかった。

 

 それらがなければ、僕は今こうして生活できていなかった。

 

「ベルさんが読んだ本の結末は確かに悲劇的なものでした。ですが、ちゃんと形として残してくれました。この本の古さと内容から考えて、初めて世の中に『魅了』に対して、新たな解決法を提示してくれたものだと私は思います」

 

 その言葉で、心の中のモヤモヤ感が薄れて行った。

 

「そのきっかけとなったのが、アルゴノゥトと出会った事であり、リュールゥさんもまた成しえました。そして私達は、悲劇で終わることを繰り返さないように、前を向いて進むのです。」

 

 僕の心の中のモヤモヤ感が完全に消えた。どうやら、僕自身で決着がついたようだ。

 

「……ありがとうございます、アミッドさん」

 

「いえいえ、とんでもございません。ベルさんが今日で私の部屋から出てしまわれるのに、落ち込んだ顔で出られては、泊まらせた私もたまったものではありませんから」

 

「…すみません」

 

「ですが、こうして晴れた表情なら、大丈夫でしょう。今は朝ご飯を食べて、体を鍛えなさい」

 

「わかりました」

 

 そう言い、僕は勢いよく朝御飯を食べた。やはりアミッドさんが作る料理はおいしい。

 

 僕の様子を見たアミッドさんも上機嫌だった。

 

「さて、ベルさん。歯を磨いた後、荷物をまとめましょう。私も手伝いますから」

 

 そうして、僕は荷物をまとめ、部屋を出る準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、部屋を出る前、アミッドさんに「抱き付いたら優しく頭を撫でてください」と言われ、何故!?と思ったけど口にはしなかった。

 

 そうして、ドアの前にアミッドさんに抱き付かれ、頭を優しくなでて、僕は「大丈夫です。僕は修理した館に帰るぐらいなので! これからも(友好関係的な意味で)よろしくお願いします!」と言い、部屋を出た。

 

 何故かアミッドさんがとても嬉しそうな顔をしていたけど、縁がもうなくなるというわけじゃないし、軽い挨拶な感じでもこれからも会えるだろうと僕は思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、修復された館の前に来た。

 

 同じ【アポロン・ファミリア】の団員たちで、すでに到着している人がいる。

 

「うわあ、初めて来た時よりもやっぱり綺麗なってるなぁ。あ、アポロン様像は取り除かれたんだね」

 

「お、来た! おーい、ベル! こっちだぞー!」

 

「や、ベル!」

 

「あ、ルアン! ダフネさんも!」

 

「べ、ベル…」

 

「カサンドラさんも! もうみんな来てたんだ!」

 

「まあ、確かには来るのは早い方けどね」

 

「館がどうなったのか気になって早めに来たんだよ」

 

「荷物の事もあるしな!」

 

「フン。貴様らも着ていたのか」

 

「あ、ヒュアキントスさん!」

 

「アンタが一番乗りだけどね」

 

「なんだー。ヒュアキントスも気になっていたじゃねえか」

 

「当たり前だ! 私はここの団長だからな!」

 

「それ関係ある?」

 

 そうやって皆と談笑していると、アポロン様がやってきた。

 

「やあやあ、皆ずいぶん早いじゃないか!」

 

「アポロン様も!」

 

「アポロン様だ」

 

「アポロン様ね」

 

「アポロン様…」

 

「アポロン様、このヒュアキントス、今度は館の方も守護して見せます」

 

「何か一部を除いて反応が微妙だな!?」

 

 あまりいいリアクションを取ってなかったのか、アポロン様は不満したが、それはそれ。

 

「さて、まずは皆で部屋を決めないといけないしな!」

 

「え、前とは違うんですか?」

 

「今度から男女共同も可とした!」

 

「「「「……ええええ!?」」」」

 

「あの、アポロン様。このヒュアキントス、やはりそれは考え直すべきだと思っているのですが…」

 

「あ、もちろん更衣室と風呂は別だよ?」

 

「いや、そういう意味ではなく」

 

「勿論私と団長であるヒュアキントスは個室だ」

 

「いえ、私の事ではなくてですね」

 

 ヒュアキントスさんがこの案について苦言しようとすると、懐かしの人物で再開した。

 

「おお、皆もう着いていたのか。私が先について驚かそうと思ったのだが」

 

「「「「リッソス!?」」」」

 

「「リッソスさん!?」」

 

「え、リッソス、アンタいつ退院したの?」

 

「今日だ」

 

「今さっきなんだ…」

 

「リッソスさんの経過観察はいつぐらいなんですか?」

 

「1ヶ月だ」

 

「良く退院できたな…」

 

「なんか治療員がやけに上機嫌で頑張っていた結果らしい」

 

「えっ」

 

「「「……まさか」」」

 

「「……?」」

 

「ところで、何の話をしていたんだ?」

 

「「「「男女共同化の話」」」」

 

「……食堂とかの話か?」

 

「いや、普通の私室の話だ」

 

「……は?」

 

 この話を聞いて、リッソスさんはとても混乱した。

 

 もの凄く気持ちはわかるけど…。

 

「はっはっは! これで大幅に私は動けやすくなるぞ!」

 

「「「「いや、駄目だから撤回!」」」」

 

「断る!」

 

「……」

 

「我が【アポロン・ファミリア】全員で協力して反論するしかない!」

 

「皆ー! こっちに来てこの話を反論してくれー!」

 

「人手が足りない!」

 

「ウチはこっちの方を呼ぶからカサンドラはそっちをお願い!」

 

「わかったよ、ダフネちゃん!」

 

「はっはっは! 我が【ファミリア】の一体感は、私が『怪物祭』で期待しようとしていた時以上だな!あの時は結局騒動で話が無くなってしまったけど!」

 

「笑い事じゃないわ!」

 

「これを採用したら逆に気まずくなる!」

 

「……」

 

「ん? そういえば結局、ベルきゅんは館が崩壊していた間、どこに泊まって「蹴る!」ゲファ!?」

 

「……ほっ」

 

「兎風情は私が後で殴る。結局、あの時は何やかんやそのまま分かれてしまったからな」

 

「……確かにアンタは殴っていいわ。何やかんやあの変態相手に裏で手を回していたし」

 

「ダフネさん!?」

 

「ダフネちゃん!?」

 

「ん? ベルはどこに泊まったんだ?」

 

「…………いや、流石にありえないな。いくら何でも他派閥だし」

 

「……いや、あの、僕今は経過観察中ですから」

 

「ベルってあと何日だっけ?」

 

「4日じゃね?」

 

「じゃあそれが解ける次の日の5日後なら問題ないな」

 

「あ……」

 

「なあベル、一体どこに泊まったんだ?」

 

「それは聞かない方が良いわ」

 

「嫉妬で焼かれちゃうね」

 

「は?」

 

「いてて……。ふむ、結局私の案は決定らしいな!」

 

「駄目!」「却下!」「否定します!」「変態!」「ムッツリ!」

 

「…え、えーと…」

 

「お前まさかの賛成派なのか!?」

 

「い、いや、その…」

 

「やはり今殴る!」

 

「うわあああ!?」

 

「あ、援軍が来たよ!」

 

 僕がヒュアキントスさんに殴られそうになると、そこには他の団員たちが来た。

 

今の僕にとってはこっちの方が救いの神に見えた。

 

「おい、いくら何でも男女共同はなしだ!」

 

「気まずくなるよ!」

 

「アポロン様、考え直してください!」

 

「ぬおおおおお!? 何故だー!?」

 

「フム、却下されたか…」

 

 そうヒュアキントスさんが呟き、僕の処遇については保留となった。

 

 よかった…。とりあえず免れることになったぞ…。

 

「だがそれはそれとして殴る!」

 

「何故!?」

 

こうして、僕はヒュアキントスさんに追われることになった。

 

 【アポロン・ファミリア】の団員は、アポロン様を囲み、部屋の事で大論争を起こしている。

 

 時に笑い、時に怒り、時に悲しみ、時に楽しく。

 

 太陽は、今日も照らし続ける。

 




新章予告

 ベル・クラネルが冒険者登録してから2ヶ月。
 未だLv.1でダンジョンに潜り、探索をしていた。
 都市は『怪物祭』の事があってから未だ警戒令を解かず、【ロキ・ファミリア】もまた遠征中止をギルドから言い渡された。

 そんな中、ある【ファミリア】がメレンにいるという情報が入る。
 
 果たして、その【ファミリア】の目的は!?
 そして、ベル・クラネルに訪れる新たな危機とは!?

次章
 戦争遊戯編 お楽しみに!


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戦争遊戯
強制任務


新章開始!


ベル・クラネル

Lv.1

力 :H159

耐久:H115

器用:H179

敏捷:G259

魔力:I0

 

≪魔法≫

【】

 

≪スキル≫

【】

 

 

 

 

 僕が冒険者になってから約2ヶ月が経った。

 

 そして、経過観察が終わってから約1ヶ月が経った。

 

 現在の場所はダンジョン7階層。

 

 今の僕達のパーティーは、僕、ルアン、『怪物祭』の時の大会で知り合ったリリ。

 

 少し前に僕のアビリティが『魔力』を除いて全てH以上に到達したため、僕の教育係の役割を終えたリッソスさん、カサンドラさん、ダフネさんはいない。

 

 今日のミィシャさんの座学を終え、その後にアミッドさんからの直接の冒険者依頼で、今ここにいる。

 

 直接の依頼だったので、ダフネさんに相談してみて、特に問題はないと承諾してもらった。

 

 冒険者依頼の内容は「『ブルー・パピリオの翅』を25枚」。

 

 恐らく、新たなポーションの開発研究に使うつもりだろう。

 

 ただし、このアイテムを1つでも手に入れるのは、少々骨が折れる。

 

 なぜなら、『ブルー・パピリオの翅』をドロップアイテムとして落とす『ブルー・パピリオ』は蝶のモンスターで戦う力がほぼないが、翅からこぼれる鱗粉がモンスター達を治癒する能力があり、また『稀少類』に分類されており、数が少ない。

 

 そのため、滅多に手に入りにくく、傷がない1枚でもギルドは1800ヴァリス前後で買い取ってくれる。この冒険者依頼の報酬も「ポーション2ダース、ハイポーション5本」と大盤振る舞いである。

 

 ルアンとリリに相談したら簡単に承諾され、『ブルー・パピリオ』が比較的発見しやすいダンジョン7階層の食糧庫に向かって、そこで隠れて待ち伏せをして、獲物の群れを発見する。そして、食糧庫から出た後を追跡して、まとめて倒す。

 

 僕たちはダンジョン7階層まで進出が許可されており、ルアンやリリの協力があって、なんとか倒している。

 

 それを8度繰り返して、ようやく25枚目になった。

 

 僕達は達成できたクエストに喜びを分かち合っていた。

 

「ドロップアイテムが出た確率が結構高かったな!」

 

「まさかの1日で終わっちゃったね」

 

「そうですね。正直言って、リリはこの冒険者依頼を達成するにはあと4日はかかると思っていました」

 

 僕達は収穫した『ブルー・パピリオの翅』を集め、地上に出た。外はもう夕方だった。

 

 まずはダンジョンで獲った魔石や他のドロップアイテムをギルドで換金し、冒険者依頼であった25枚の『ブルー・パピリオの翅』をアミッドさんの所に持って行こうとした。

 

「しかし、まさかベル様が【ディアンケヒト・ファミリア】の団長であるアミッド様と、友好関係があるとは思っていませんでした」

 

「なんかベルってそいつと仲がかなり良いよな」

 

「まあ、知り合ったきっかけは館が崩壊した時の僕の入院だけどね」

 

「そう言いつつ、この前部屋に泊めてもらったんだろ! オイラはヒュアキントスから聞いたんだぞっ!」

 

「えっ!? ベル様って、アミッドさんとそこまでの仲だったんですか!?」

 

「いや、でもやましい事は…」

 

 ない。と言おうとした口が止まり、思い返したらかなりあった気がする。

 

 風呂の時を始め、他にもいろいろと。

 

 実は部屋を出た日からも週に3, 4回ぐらい顔を出している。会うたびに待合室に連れて行かれ、ドアを閉じて2人きりになった瞬間に抱き付かれているけど。

 

 僕はこれ以上質問攻めされたら恥ずかしいので、この話題を切り替えようとしたら、丁度【ディアンケヒト・ファミリア】が経営し、普段アミッドさんがいる施設に着いた。

 そこは勿論病院でもあるが、ポーションやハイポーションなども販売しており、また他にも専用の特効薬などもある。他にも待合室や商談室がある。

 そして、受付にアミッドさんがいた。

 

「いらっしゃいませ。おや、ベルさんじゃないですか。もしかして、もう私の冒険者依頼を終了したのですか?」

 

「はい。丁度今、終わらせてきました」

 

「これもそうだぞー」

 

「これもです」

 

「では、どうぞこちらに」

 

 商談室に案内され、僕達が抱えていた袋の包みを開いて、中身を見せる。

 

 珍しくアミッドさんが驚きの表情を浮かべた。そしてすぐに元の無表情に戻る。

 

「確かに。依頼遂行ありがとうございました。つきましては、こちらが報酬となります。お受け取り下さい」

 

 用意されたのは、ポーション2ダースとハイポーション5本であった。リリはまじまじと見て、それらは本物であることが分かった。

 

「流石は信頼されている治療系の【ファミリア】であって、報酬を踏み倒すようなことはしないですね」

 

「当たり前です。お客様からの信頼・信用が第一ですから」

 

 僕は始めて頂く報酬に嬉しさを感じ、『ブルー・パピリオの翅』が入った包みをアミッドさんに渡し、報酬を受け取った。

 

「よし、じゃあこれをみんなで分けて…」

 

「ああ、帰るとするか!」

 

「そうですね。先程の換金したお金の分け前のこともありますし」

 

「では、またのご利用をお待ちしております」

 

 

 施設を出る際、アミッドさんが僕達に深いお辞儀をして見送ってくれた。

 

 その後、別れる前に3等分に分け前して、リリと別れた。

 

 その帰り道、僕とルアンは報酬の事で話していた。

 

 

「しっかし、オイラが報酬でハイポーションをもらう日が来るとはなぁ」

 

「あれ、ルアンはこれが初めてじゃないはず…」

 

「ああ、色々と冒険者依頼は受けたことがあるけど、どれもサポーターとしてついて行っていたからな。当然、ベルみたいにあんな分け前をしない事が多かったし」

 

「そうなんだ…。あれ、そういえば、僕と組む前とかはどうなっていたの? 始めてダンジョンに行った時や僕の経過観察が終わった時から、僕のパーティーとして行っていたけど」

 

「ベルと組む前は均等に分け前をもらったことなんか、ダフネとかそこら辺しっかりしていた奴がいた時以外は1回もなかったし、他派閥の奴らと組んだ時は、ひどい時は何か一つでもミスした時は何ももらえなかったな」

 

「え…」

 

「まあ、そういう事をする奴らとはオイラはすぐ縁を切って、他のパーティーに入れてもらうよう頼んでいるからアレだけど、それでも他のパーティーに入れてもらえる道も長いからな。まさにベルが【ファミリア】探しをしていた時みたいに。何にせよ、ベルが想像していたことよりサポーター業界は厳しいんだぜ」

 

 

 本当に厳しそうだった。もはや冷遇されているというレベルじゃない。

 

 あの『怪物祭』でやった大会の時、リリと同じ【ソーマ・ファミリア】の団員であるチャンドラさんはこの事情を知っていたから、僕達に頼んでいたのかな…。

 

 そんな話をしていると、新しくなった館についてしまった。

 

 

「まあそんな辛気臭い顔をせず、すぐに着替えて外で酒でも飲もうぜ!」

 

「うん、そうだね!」

 

「題して『ベルの初の冒険者依頼達成会』とか? 俺達と組んだリリルカもオイラが既に呼んでいるし。…ん? なんか騒がしくないか?」

 

「あれ、何だろう…?」

 

 

 館に入ると、ヒュアキントスさんやダフネさん、リッソスさんなど僕と同じ団員たちが神妙な顔つきをしていた。アポロン様も珍しく微妙な顔をしていた。

 

 そして、話し声が聞こえた。

 

 

「ギルドからの『強制任務』か…」

 

「メレンでの調査ね…。しかも他派閥と共同で」

 

「私は行かん。貴様らの誰かが行け」

 

 

 何か聞きなれない単語が聞こえた。

 

 『強制任務』? 何だろう…?

 

 ルアンが驚きの表情をしている傍に考え込んでいると、カサンドラさんは僕達が帰ってきたことに気づいた。

 

 

「あ、ベル、ルアン。お帰り~」

 

「ただいまカサンドラさん。あの、『強制任務』って…」

 

「ああ、その説明をしていなかったね。簡単にいうと、ギルドからの『冒険者依頼』を強制的に行うと言う感じかな? 私達の【ファミリア】は探索系だから、普通遠征の話になるはずなんだけど…」

 

「その言い分だと、今回は違うのか?」

 

「うん…。何か、【ヘルメス・ファミリア】と手を組んで、オラリオの近くにあるメレンの港に滞在している【ファミリア】を調査しろという内容なの」

 

 

 メレンか…。確か、ミィシャさんとの初めての座学の時に都市から見て南西に位置した所にあるんだっけ…。

 

 あれ、でも…

 

「オラリオの外に調査なんですか?」

 

「うん。普通、ここにはこないし、しかもオラリオ外の【ファミリア】だとそんな強くないから、強制任務なんか来ないんだけど…」

 

「他の【ファミリア】にもこの通知が来たのか?」

 

「ここもそうなんだけど、人数制限があって、他の【ファミリア】には【ロキ・ファミリア】の名前だけがあったよ」

 

「そうなんですか…。ん? 人数制限?」

 

「今都市が『怪物祭』の事もあったから、警戒令をまだ解いてないからな。そのせいで、【ロキ・ファミリア】もギルドから警戒令が解かれるまで遠征中止と言い渡されたらしいし」

 

「強制任務の人数は【アポロン・ファミリア】は4人、【ヘルメス・ファミリア】は2人と主神、【ロキ・ファミリア】は6人らしいの」

 

「その人数なら、いっそのこと1つの【ファミリア】に統一しろよ。というか、何で【アポロン・ファミリア】も?」

 

「ギルド曰く、念のためらしいの…」

 

「軽いな!?」

 

 

 強制任務か…。なるほど、ここにいる人達は皆、誰か行くかで揉めていたのか…。

 

 未だ止まぬ喧噪。そして少しずつヒートアップしてきた。

 

 

「私はまだ経過観察中だから無理だ」

 

「俺もそうだ」

 

「私は無理。水中はやりにくし」

 

「俺は行きたいんだが」

 

「俺も。もしかしたら神々が言う水着を着てくるかもしれないし」

 

「アンタら…」

 

「これ明らかに面倒を押し付けられるぞ」

 

 

 どうにかして止めさないと決まらない。

 

 そう考えていると、ルアンが何かを閃いた。

 

 

「あ、そうだ!オイラに良い考えがある」

 

 

 ルアンが大声を出してそう言うと、皆に注目されながら紙とペンを出してきた。

 

 

「ここに誰かの名前を書き、その人に行ってもらおうぜ!」

 

「なるほど、名案だな!」

 

「こいつにしちゃ、良い案だな」

 

「どこか頭でも打った?」

 

「実は偽物?」

 

「皆ひどくないか!?」

 

 

 ルアンがすごい言われようをしたけど、確かにこれは名案かもしれない。

 

 僕も【ロキ・ファミリア】の人には知り合いがいるけど数人だけだし、【ヘルメス・ファミリア】に至っては誰も知らない。

 

 その場で対応と言われても、もしかしたらトラブルが起きる可能性が十分にあり得る。

 

 そう考えていると皆に紙とペンが行き渡った。

 

 

「よし、じゃあここは公平にこのアポロンが仕切り、不正の有無を確認しようではないか!」

 

「アポロン様、お願いします」

 

「では、皆書いたらここの箱に入れるように! また、1人か2人で過半数を超えたら、その人達は確定で、もう一回行うことで!」

 

「「「「「「わかりました!」」」」」」

 

「よし、始め!」

 

 

 外にいる者を除けば今ここにいる人数は72人。

 

 つまり、1人か2人で票が集中して、過半数を超えたら、その人達は確定でもう一回行い、残りの人数分を決める。

 

 さて、誰の名前を書けば…。僕はすぐには決まらなかった。

 

 悩んでいたら、他の人は続々と票を入れていた。

 

 早!? と思ったのも束の間、というか、あっという間に僕だけとなった。

 

 すぐに誰かの名前を書かないと…! と思った時。

 

 思わず自分の名前を書いてしまった。

 

 そしてそのまま提出してしまった。

 

 

「あ、しまった!?」

 

「はい、終了! やり直しはなしだぞ!」

 

 

 そして、アポロン様は箱を開け、紙に書かれた名前を読み上げ、集計していた。

 

 なんか僕の名前が多く読み上げられた気がする。他にはルアンの名前も多く、他はバラバラだった気がする。

 

 そして、アポロン様は集計が終わり、表が貼られた。

 

 

 

 

 1位 ルアン・エスペル 24票

 2位 ベル・クラネル  21票

 

 

 

 

 まさかの僕とルアンで過半数の票を取ってしまった。

 

 

「えええ!?」

 

「オイラが1位なのかよ!?」

 

「お前は言い出しっぺだからな」

 

「面倒だし」

 

「畜生オオオオオオ!」

 

 

 ルアンの1位はわかった。何か理不尽な部分もある気がするけど、今はそれで飲み込む事にしよう。

 

 でも僕が2位なのは一体何故!?

 

 

「な、なんで僕の票がこんなに…」

 

「おい、あいつ気付いてないぞ」

 

「ほほう、良い度胸じゃないか」

 

「団長があの時殴らなかったら、俺達が話を聞いた時に殴りに行っていた」

 

「お前の犯行はもうばれている!」

 

「ええええええ!?」

 

 

 

 僕に入れた人達は皆男性で、何やら怒りの表情を見せている。

 

 そして、犯行!? 僕が!? ま、全く身に覚えがない…。

 

 

「は、犯行って一体…!?」

 

「ふざけんなよ! 俺達に対する嫌味か!?」

 

「お前が俺たちを介護してくれた【戦場の聖女】の部屋で泊まったという話は聞いているんだぞ!」

 

「俺の初恋が!! 一瞬で!!! 無くなったんだぞ!!!!」

 

「これがお前に対する罰だ!! 『強制任務』を受けて、俺達に迷惑がかからない程度に散々な目にあって来い!!」

 

 

 もの凄い怒気で押されてしまった。しかも涙目で。

 

 僕の主張に全く聞き耳を持たず、それどころが物凄い圧力をかけてきた。

 

 下手な言葉をかけてしまったら何をされるかわからない。

 

 僕はそのまま押し黙ってしまった。

 

 カサンドラさん達女性陣は僕らの様子を見て白い目で見ていた。

 

 ダフネさんは何か考えことをしていたけど。

 

 ちなみにアポロン様は「そんな、ベルきゅんが!? 嘘だ!? まだ私が何もできていないのに!?」と滅茶苦茶嘆いていた。

 

 

 

 

 

 そして過半数を超えたため、1ヶ月前に館が修理され、再び同じ部屋の同居人となった僕とルアンは確定で、他の人を決めることになった。

 

 何か放心しながら紙を再び配るアポロン様をよそに、僕らを見て何かを考えていたダフネさんが挙手した。

 

 

「ウチが行くわ」

 

「「「「「え!?」」」」」

 

「ど、どうしてダフネちゃん!?」

 

「だって、行く人が全員Lv.1になったら、流石にここの【ファミリア】の面目が立たないし、そう考えたら一人でもLv.2の人がいた方が良い」

 

「ダフネちゃん…」

 

 

 皆がダフネさんに感嘆していると、カサンドラさんも挙手した。

 

 

「わ、私も行きます!」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

「カサンドラ!?」

 

「わ、私も回復魔法が使えますし、万が一の事があったら大変ですから!」

 

「戦闘があるかもという意味では確かにそうだけど…」

 

「なら、なおさら私も行きます!」

 

 

 

 

 そうして、アポロン様が何か魂が抜けた状態でありながら終わりを告げ、『強制任務』を受けてメレンに行くメンバーが決まった。

 

 この後、一応『ベルの初の冒険者依頼達成会』を開いて、リリとルアンを含めた三人で盛り上がった。

 

 そして、リリに事情を伝えてしばらくダンジョンに潜れないことを伝えた。

 

 

 

 

 

「そういえば、いつ出発何ですか?」

 

「明日の朝」

 

「早!?」

 

 

 

 

 

【アポロン・ファミリア】

ベル・クラネル

ルアン・エスペル

ダフネ・ラウロス

カサンドラ・イリオン

 

以上 4名  『強制任務』受託

 

 

 

 

 

 

 

 一方、【アポロン・ファミリア】が行くメンバーを決めている間。

 

 【ロキ・ファミリア】の屋敷では―――――。

 

 

「……」

 

「団長! 私に行かせてください!」

 

「私も! フィン、そうなんでしょ!」

 

「二人とも落ち着け」

 

 

 『強制任務』の通達をもらい、その内容が【アポロン・ファミリア】の物よりも詳しく書かれていた。

 

 その内容は、「【カーリー・ファミリア】がメレンにいる。おそらくオラリオのどこかの【ファミリア】とつながっている可能性があるため、調査を依頼する」と書かれている。

 

 これを知ったティオナとティオネは『強制任務』が受けられるメンバーに入りたがっていた。

 

 

(さて、どうする…)

 

 

 【アポロン・ファミリア】の館が崩壊されたとき、『宝玉』らしきものを探したが、やはり見当たらなかった。

 

 だが、アイズたちが『怪物祭』で見た物は恐らくその『宝玉』と呼ばれるものだとフィンは確信していた。

 

 そして、今回の『強制任務』の内容。

 

 まだギルド側は何かを隠している。

 

 親指の勘は働く。

 

 今回は彼女たちを連れて、自分も行けと。

 

 そして…。

 

 

「……わかった、君達もメンバーに入れる。ただし、僕も行く」

 

「団長も!?」

 

「後の人達は?」

 

「そうだね…。アイズ、ベート、レフィーヤ。君達も行ってもらう」

 

「わかった。武器も直ったし」

 

「おお、いいぜ。遠征がなくなって、丁度退屈していたところだ!」

 

「わかりました!」

 

「よし、これで決まりだ。他の者は留守を頼む」

 

「「了解!」」

 

 

【ロキ・ファミリア】

アイズ・ヴァレンシュタイン

フィン・ディムナ

ティオネ・ヒリュテ

ティオナ・ヒリュテ

ベート・ローガ

レフィーヤ・ウィリディス

 

以上 6名  『強制任務』受託

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、【ヘルメス・ファミリア】の隠れ家では――――

 

 

「おいおい、俺が帰ってきたばかりになのに、俺自身も受けろなんて、ウラノスは何を考えているんだ?」

 

「きっと、いつもの行いが災いとして現れたのではないですか?」

 

「団長、その可能性が否定できないよ」

 

「おいおい、アスフィもルルネもひどいぜ。まあ、勝手に君達を受けさせるようにしちゃったのは悪かったけどよ」

 

「それで、内容は何です?」

 

「ああ、それは【カーリー・ファミリア】とつながっているここの都市の【ファミリア】を嗅ぎ付けること。そして、【カーリー・ファミリア】が持ってきたものは何かを探す事だ。」

 

 

 

 

 

 

【ヘルメス・ファミリア】

神 ヘルメス

アスフィ・アル・アンドロメダ

ルルネ・ルーイ

 

以上 2名と1神  『強制任務』受託

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メレンの港に着港した船の中―――――。

 

 そこには、アマゾネスのみで支配されていた。

 

 

「やれやれ、港に着いたと思ったら、何か花があった変な植物が出てきたのぉ」

 

 

 そしてその中心には仮面をつけた幼い少女の姿をした神カーリーが寝そべっていた。

 

 

「あんなの、私達の相手にもならん」

 

 

 そこには、食人花を一撃で蹴り倒したLv.6の姉のアルガナ・カリフが退屈そうにしていた。

 

 

「………」

 

 

 そこには口を布で覆っており、無言でオラリオの方を見つめているLv.6の妹のバーチェ・カリフが佇んでいた。

 

 

「…………」

 

 

 そしてもう一つ、薄暗いところで、無言で徹しており、鎖で縛られて身動きができなくなっている男の姿があった。

 

 カーリーはオラリオの外壁を見て、それに話しかけ、感想を求める。

 

 

「6年ぶりに見るオラリオはどうだ? いや、正確には5年半か?」

 

「………」

 

「無視はさすがに傷つくなぁ。お主だって懐かしの顔があの都市の中にいるのだろう?」

 

「……!」

 

「おお、ようやく反応したか。しかし悪かったのう。お主と同行していた眷属達は皆、妾の眷属達に殺されてしまってのう」

 

「カーリー…!」

 

 

 眷属達の末路を目の前で見せつけられ、それ以来カーリーに対して怒りを面に出した。

 

 そんな様子を軽くあしらうカーリー。

 

 

「おお、怖い怖い。しかし、こちらまで名声が届いていた妾の懐かしの顔であるティオネやティオナの様子も一目見たかったがのぉ。あ奴らはどうしておるのかのぉ」

 

 

 そして、月の光がそこに差し込む。

 

 

「なあ、お主はどう思う? ヴィーザルよ」

 

 

 そこには、かつてベート・ローガが【ロキ・ファミリア】に入団する前に所属していた、【ヴィーザル・ファミリア】の主神ヴィーザルが囚われていた。

 



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メレンにて・・・

誤字報告ありがとうございます。

前話に出てきた神ですが、オリキャラではなく、『ソード・オラトリア』の方に出てきています。

アポロン「私の出番ある?」

しばらくないです。(多分)


 次の日。

 

 僕達は『強制任務』を受け、早朝にオラリオを出て、メレンへ向かおうとした。

 

 オラリオから出る途中、出るための手続きをした時、再びハシャーナさんと出会った。

 

 

「あ、ハシャーナさん、お久し振りです。あの館の騒動以来ですね」

 

「お、いつぞやの面白れぇガキじゃないか! あの時は話す機会はなかったが、しっかり冒険者になっているじゃないか! しかも、こんな早くも『強制任務』を受けることになるとはな!」

 

「まあ、これは投票で押し付けられた形ですけど…」

 

「まあ、何にしても『強制任務』だ。しっかりやれよ!」

 

 

 と、内心緊張していた僕を励ましてくれた。

 

 ハシャーナさんに見送られ、そしてそのまま僕達はオラリオを出た。

 

 そして僕がオラリオの外の光景を見るのは、実に2ヶ月ぶりだった。

 

 

 

 

 メレンへ向かい、もうすぐ着く時、僕はどんな港街なのか想像していた。

 

 実はメレンについて、僕の担当官であるミィシャさんから聞いた話しか知らない。

 

 

「メレンかぁ…どんな所だろう?」

 

「あれ? ベルはメレンの方向からオラリオに来てないんだ」

 

「うん。僕は陸地の方から馬車で来た」

 

「こればっかりは人ぞれぞれだからね」

 

「ふーん。そういうもんなんだねぇ」

 

「お、着いたぞ!」

 

 

 そして僕達はメレンに着いた。

 

 そこは汽水湖の形状に沿って弧を描いている港はオラリオに負けないほど賑わっていた。屈強な水夫達が港に泊まっている無数の船から積荷を降ろし、荷台を乗せた馬車がいずこかへ走って行く。客船と思う所から身なりのいい格好をした人から旅人らしきエルフまで、多くの亜人が看板から通じて降りていた。

 

 また、港の先に広がるロログ湖は壮観で、対岸が見えず、白い雲の下で霞む水平線はまさに海原そのもので、照り付ける太陽の光が反射して美しく輝いていており、そこに出港したであろう大型船が突き進んでいた。

 

 潮の香りや水鳥の声、水夫達の喧騒もあり、目を閉じていても水と陸の境界を感じさせ、心を穏やかにさせる光景に僕は言葉を忘れていた。

 

 

「さて、ベル。初めて見て言葉をなくすのはわかるけど、まずはこの『強制任務』を受けた他の【ファミリア】の人達との合流が先よ」

 

「あ、はい。わかりました」

 

 

 そして、事前に『強制任務』の内容に書いてあった集合場所を探すと、そこには先に到着した【ヘルメス・ファミリア】と思われし人達がいた。そして、こちらに気づいたのか、犬人の女性がこっちに手を振ってきた。

 

「あ、来た来た。こっちだよー」

 

「お待たせ。ウチらは【アポロン・ファミリア】の団員で、ダフネ・ラウロスよ」

 

「カサンドラ・イリオンです…」

 

「ルアン・エスペルだ!」

 

「ベル・クラネルです」

 

 僕ら【アポロン・ファミリア】がまずは挨拶として各自自己紹介すると、【ヘルメス・ファミリア】の主神らしき人から僕の名前に反応した。

 

「ベル・クラネル…?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「いや、何でもない。聞きなれない名前だったからつい読み上げちゃっただけだ。気にしないでくれよ、ベル君!」

 

「は、はあ…?」

 

 

 そう言うとこの話をすぐに切り替え、今度は【ヘルメス・ファミリア】の人達が自己紹介をした。

 

 

「俺は【ヘルメス・ファミリア】の主神、ヘルメスだ! よろしく!」

 

「その団長のアスフィ・アル・アンドロメダです」

 

「私はルルネ・ルーイ。よろしく」

 

「さて、早速だが、君達の強制任務の内容について教えてくれないか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 

 そうダフネさんが承諾し、僕達の『強制任務』の依頼内容を伝えた。

 

 すると、その内容を聞いたヘルメス様を筆頭に【ヘルメス・ファミリア】の人達は何か考えことをした。

 

 

「……?」

 

「ふむ…。『メレンの港に滞在している【ファミリア】を調査』か…。その【ファミリア】の名前までは知らされていないんだね」

 

「そうだけど…そっちはどうだったの?」

 

「俺達も一緒さ! しかし、メレンの港に滞在している【ファミリア】となると、普段そこにいるのは【ニョルズ・ファミリア】になるな。後は今船で来ているどこかの【ファミリア】ぐらいになるかな」

 

「じゃあ僕達は一先ず、その【ニョルズ・ファミリア】の事について調べればいいんですね」

 

「まあ、そうなるな! そっちの事は君達に任せるから、俺達は船の方を調べてみるさ! なあに、こっちはLv.2が二人いるんだ。何とかなるさ! 【ロキ・ファミリア】の人達も人数的に俺達と同じ、船の方になりそうだしね」

 

「分かったわ。早速ウチらは探ってみるから、【ロキ・ファミリア】の人達に会ったらそう伝えといて」

 

「わかった。では健闘を祈る!」

 

 

 そう言い、僕達はその場を離れ、一先ず宿を探し、【ニョルズ・ファミリア】の事について調べることにした。

 

 

 

 

 

 ベル達と別れた後、ヘルメスとその団員達は今回の事で話し合いをしていた。

 

 

「私達の『強制任務』の依頼内容は『【カーリー・ファミリア】とつながっているオラリオ内の【ファミリア】を探る。また、【カーリー・ファミリア】が持ち込んできたものを探る』というものの筈です。【アポロン・ファミリア】の内容とは似ているようで異なります」

 

「ヘルメス様。これは一体…?」

 

「ああ。恐らくだけど、ギルドの人達はそのまま【ニョルズ・ファミリア】がつながっているという可能性も考慮して、他の【ファミリア】の人たちも呼んだのだろう。もしくは、あの子達を囮にしろという意味かな?」

 

「【カーリー・ファミリア】は最低でもLv.5がいる派閥ですから、【ロキ・ファミリア】を呼んだのは抗争になる可能性も考慮しての事ですけど、【アポロン・ファミリア】では全く歯が立ちませんから、そうなのでしょう」

 

「うへー。もし後者だったらえげつねぇー」

 

「…そういえば話は変わりますけど、先程の自己紹介の時の反応は…?」

 

「ああ、あれは個人的なものだ。気にしないでくれ。さて、俺たちの今後の行動は【ロキ・ファミリア】の人達の内容次第だな。…おっと、噂をすれば来たみたいだ。しかも、【勇者】もいるな」

 

 

 そこには、フィン・ディムナ率いる『強制任務』を受託した【ロキ・ファミリア】のメンバー6人が姿を見せ、ヘルメス達がいる所に来ようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ベル達は宿を借りて荷物を置き、そこから出て、この後の方針を話しこんでいた。

 

 まず、どうやって調べていくかを話し合っていた。

 

 

「順当にやるとすれば、【ニョルズ・ファミリア】の人達に聞き込み調査かなぁ?」

 

「後は、ここにもあるギルド支部に聞いてみるか、メレンの長を含めた市民の人達に聞き込み調査だな」

 

「それか、ロログ湖の中を調べるとか?」

 

「それはちょっと厳しいわね…。水着は一応持ってきてはあるけど、戦闘向けというわけじゃないし、それ以前にロログ湖は結構水深があるから、それ専用の対策をしないと」

 

「Lv.2の私やダフネちゃんでも水中で戦闘はまずないからねぇ」

 

「じゃあ、聞き込みを中心に捜査するか!」

 

「そうだね」

 

 

 調べる方針が決まり、それから細かなことについても決定していった。

 

 

「一人だとまずいから、二人組にしましょう。そうね…、組み分けはどうする?」

 

「じゃあ、Lv.2の私達は別れた方が良いから、私とベルで、ダフネちゃんとルアンかな?」

 

「そんな感じかね。じゃあ、夕方にここで集合して報告会よ。それじゃあ、聞き込みを始めよっか」

 

「はい!」「わかった~」「了かーい」

 

 

 こうしてベル達は別れ、【ニョルズ・ファミリア】について聞き込み調査を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ヘルメスとフィンは『強制任務』の内容について教え合い、今後の方針を話しこんでいた。

 

 

「ふむ…。とりあえず、僕たちの方は【カーリー・ファミリア】を見張って、それとつながっている【ファミリア】が現れるまでおとなしく待機かな?」

 

「ああ、そうだな。俺達【ヘルメス・ファミリア】の方は【カーリー・ファミリア】が何を持ってきたのか上手く探ってみるよ。後、こっちも向こうの出方を見張るぐらいかな」

 

「【アポロン・ファミリア】の人達は?」

 

「内容が似ているようで異なっていたから、【ニョルズ・ファミリア】の事を探っているよ。最悪の場合、その子達を囮になってもらう事にもなりそうだ」

 

「…わかった。一先ず向こうにも会って、なるべく調査を続かせるようにと言いくるめてくるよ」

 

「ああ、お願いするぜ」

 

 

 そう締めくくり、二人は別れ、【ファミリア】のいる所に戻って行った。

 

 

「どうでした、団長?」

 

「やはりギルドは何かを隠していたけど、その正体までは知らなかったみたいだ」

 

「正体? 他にも何かあるの?」

 

「ああ。だがこれは僕達の任務ではなく、【ヘルメス・ファミリア】の方の任務だ。出来るだけ彼らの邪魔をしないように。後はだいたい一緒かな」

 

 

 フィンはそう伝え、後の人達も納得したが、レフィーヤが疑問に思っていたことを質問した。

 

 

「あの…。【アポロン・ファミリア】の人達はどうしたんですか?」

 

「どうやら僕達の任務とは異なるらしい。だけど事によっては彼らの方にも仕事をしてもらう事になりそうだけどね」

 

「ハッ! そんな雑魚共の奴らがいなくても、こっちでなんとかしてやるよ!」

 

「まあ相手が【カーリー・ファミリア】だから、今は事を起こさない方が良いけどね」

 

 

 ベートをなだめ、一先ず今は解散しようとしたところで、フィンはティオネが思いつめた表情をしていたことに気づいた。

 

 

「……あいつら、本当に何しに来たんだ…」

 

「…ティオネ、今は落ち着くんだ。君とティオナが強くここに来ることを主張したんだ。そして僕達の任務はあくまで『【カーリー・ファミリア】とつながっているオラリオ内の【ファミリア】を探る』ことだ。【カーリー・ファミリア】と争うことが目的じゃない」

 

「……わかりました」

 

 

 ティオネは渋々納得し、ティオナもそれを見て笑みを浮かべ、フィンは今度こそ解散を命じた。

 

 そしてその瞬間自由時間となり、ティオナはアイズとレフィーヤを引っ張った。

 

 

「いやっほー! 海だー! 遊ぶぞー!」

 

「ちょ、ティオナさん!? 私まだ着替えて…」

 

「あ……」

 

 

 そして荷物を持ったまま、浜の方に走って行った。

 

 ティオネはその光景を見て唖然としていた。

 

 

「…ちょっ、ティオナ!? あの馬鹿! なんでこんな時にでも…」

 

「こんな時だからこそじゃないの? 今は楽しんだらどうだ?」

 

「……団長」

 

「水着とか持ってきたんだろう? 折角ここまで来たのに、勿体無いんじゃないのか?」

 

「……そうですね! では早速団長も御一緒に!」

 

「え、いや僕は」

 

「そう遠慮なさらず! 団長に見せるように水着もちゃんと選びましたから!」

 

 

 そう言い、ティオネはフィンを強引に引っ張り、ティオナと同じく浜の方に走って行った。

 

 ちなみにベートはもう既に散歩に行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方【ヘルメス・ファミリア】の方は。

 

「とりあえず、日ごとで【ロキ・ファミリア】と交代に【カーリー・ファミリア】を見張ることになった」

 

「まあ、そうなるかー。今日は私達からか」

 

「【ロキ・ファミリア】の方はだいたい一緒だったのですね」

 

「ああ。ただ、『【カーリー・ファミリア】が持ち込んできたものを探る』という依頼はなかったから、ここは俺達で頑張るしかなさそうだな」

 

「うげっ!? むしろそっちの方が大変じゃん!?」

 

「はははっ、どうしよ?」

 

「………はぁ」

 

 

 任務内容の中で一番重いものが棚上げ状態だったため、ルルネは悲鳴をあげ、先が思いやられることを予感したアスフィは溜息を吐くしかなかった。

 

 そしてヘルメスはある思惑を考えていた。

 

 

(さて…。どうにかして、あの置土産の実力を確かめたいな)

 



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調査開始!

フィン「やるなよ!? 絶対にやるなよ!?」
ベート「わかってるよ」
ティオネ「わかりました団長!では早速、私の水着姿を見て下さい!」


 僕達は二手に分かれ、【ニョルズ・ファミリア】の調査を開始した。

 

 ダフネさんとルアンはメレンにあるギルド支部に向かって話を聞きに行って、僕とカサンドラさんは、まずはメレンの市民の人達から【ニョルズ・ファミリア】の様子などを聞いてみた。

 

 

「【ニョルズ・ファミリア】について、最近何か変わったこととかはありませんでしたか?」

 

「変わったことか…。特にないな」

 

「じゃあ、【ニョルズ・ファミリア】の事で、何か怪しいと感じたことはありましたか」

 

「それもないな。むしろ、【ニョルズ・ファミリア】の主神ニョルズ様はいい人だし、それに団員の人達も活気あふれている」

 

「そうですか…。ありがとうございます」

 

 

 しかし、何人かの人達に聞いても、何も成果は得られず、むしろ好印象に思えるくらいの回答しか返って来なかった。

 

 本当に何かあるのかな…? それとも、船の方にいる【ファミリア】の方なのかな…。むしろギルドの方が何か間違っているんじゃ…。

 

 市民の人達からの印象の話を聞いて、僕の中ではこれ以上ないくらい白である。

 

 

「ベル。今度は【ニョルズ・ファミリア】の人達の方に聞いてみよう。本人達からの話だと、何か口を滑らすかもしれないし」

 

「うん、そうしよう。…でも、本当に何かあるのかな? 仮に本当に何かあったとしても、ギルドが『強制任務』を出すほどの物じゃないと思うんだけど…」

 

「ギルドも『怪物祭』の事があったから、それだけ神経質になっていると思うよ。きっと」

 

「そういう話かな…」

 

「多分…」

 

 

 どうやらカサンドラさんの方も聞き込み調査をしていると、段々と【ニョルズ・ファミリア】の信用が大きくなっていたみたいだった。

 

 とりあえず【ニョルズ・ファミリア】の団員本人たちの話を聞いてみようと足を向けようとすると、カサンドラさんが何か深刻そうな顔で僕に話しかけてきた。

 

 

「と、ところでさ、ベル…。その、アミッドさんの部屋に泊まっていたことがあったよね…。その時でさ、な、何かアミッドさんとやましい事とかなかった?」

 

「ギクリッ!?」

 

「……その反応ってことは、『怪物祭』が中止という形に終わって、【ロキ・ファミリア】と別れた後に、本当に…」

 

 

 まずい! 一瞬でばれた!?

 

 風呂の件を話すのは本当にまずい! どうか聞かれませんように…!

 

 

「…じゃあ、ベル。アミッドさんの部屋に泊まっていたとき、どんな生活をしていたの?」

 

 

 ベルが内心祈る形でいると、カサンドラはアミッドの部屋でどんな生活をしていたのかを聞いてくる。

 

 良かった…。それなら特にやましいことはなかった筈だ。そういうことなら風呂の件を話さなければ答えられる!

 

 

「そうですね…。『怪物祭』が始まるまでは、アミッドさんも帰宅してこなかったですし、そもそも泊まる代わりに掃除とか片づけを任されていたのですけど、元々アミッドさんの部屋は綺麗だったし、すぐにやることがなくなってしまって…。暇な時は本があったのでそれを読んでいました。」

 

「…『怪物祭』が終わった後は?」

 

 

 カサンドラが何かに祈るような顔になって、ベルに再び尋ねる。

 

 しかし、ベルはそんな状態のカサンドラに気づかず、『怪物祭』後の生活内容を答えてしまった。

 

 

「終わった後は、アミッドさんはその日からずっと帰宅していて、部屋にはベッドが一つしかなかったので、その日からずっと同じベッドで寝ていました」

 

「……えっ!?」

 

 

 カサンドラが衝撃的な顔をしたが、ベルはそれに気づかないまま話が続く。

 

 

「それと、時々晩御飯は一緒じゃなかったですけど、朝御飯は一緒に食べていて、料理は交代で作っていて、寝る前に本の読み聞かせもしてもらいました。そして、仕事につかれていたのか、僕に抱き付いたりするときもありましたね。どうしてか、部屋にいるときはアミッドさんの笑顔が多かったです」

 

「え、え!?」

 

 

 カサンドラにさらなる衝撃が走るが、ベルはさらに話を続かせる。

 

 

「あ、買い物もアミッドさんが出かけている間にしていましたし、洗濯も行っていました」

 

「えっ、洗濯って…ちょっ、えっ!?」

 

「それに、同時に僕の経過観察を行っていたんですけど、僕とアミッドさんの体がお互い凝っていたことがわかったので、1日中休みだった事もあって、お互いの体にマッサージをやりました」

 

「マ、マッサージ!? お、お互いがお互いの体を!?」

 

「あとはそうですね…。アミッドさんに頼まれたことですけど、仕事で出かけるときに「いってらっしゃい」を言ったこととか、「お帰りなさいあなた」とか言われたことがあるぐらいですかね」

 

「……そ、そんな…」

 

 

 このぐらいかな? とりあえず、風呂の件を除けばだいたい話したかな? やましいことを話していないから大丈夫なはず。

 

 そう思いながら僕はカサンドラさんの顔を見ると、とても顔色が青く、涙目になっていた。

 

 あ、あれ…?

 

 

「あ、あの、カサンドラさん…?」

 

「……べ、ベル…。そ、そんな、そんな生活を送っていたんだね…」

 

「は、はい」

 

「………ど、どうすればいいの、私…?」

 

 

 カサンドラさんは最初と同じ状態の深刻そうな顔で何かを考え込んでいる。

 

 な、何かまずい話をしてしまったのかな…?

 

 ベルがそう考え込んでいるよそに、カサンドラの中であまりやりたくなかった事ではあるが、あることを思いついた。

 

 

「……いや、もう、こうでもしないと本当に…!」

 

「カ、カサンドラさん?」

 

「べ、ベル…!」

 

「は、はい」

 

 

 何かを決心したような顔で、ベルに話しかける。

 

 

「こ、今回の任務の間、宿を取っている私の部屋で一緒に泊まって欲しい…!」

 

 

 僕の中でアミッドさんの時と同じぐらいの衝撃が再び起きた。

 

 

「え、えええええ!?」

 

「せ、折角だから一緒にと…!」

 

「い、いやいやいや! 僕達一緒の宿ですよね!? 一人部屋しかなかったですよ!?」

 

「つ、詰めれば何とか!」

 

「そういう問題ですか!?」

 

「ベルはつい最近まで女性の部屋に泊まっていたから、こういうのはもう大丈夫だよねぇ!?」

 

「カサンドラさん!? やけくそになっていませんか!?」

 

「と、とにかく任務が終わるまでは私と一緒の部屋~!」

 

「いや、もう僕、宿の部屋は取ってありますから!? 荷物も置いていますから!?」

 

「今からキャンセルしてきて~~~!」

 

「えええええええ!?」

 

 

 どうにかなだめようとするも、カサンドラさんが余計に泣きそうになり、周りの人達もどうしたといわんばかりの状況になってしまう。

 

僕はカサンドラさんを連れて急いでその場を離れようとするも、動いてもらえず、むしろこのまま泣き叫びそうな勢いであったため、僕はカサンドラさんの言う通りし、今日から任務中の間、今度はカサンドラさん部屋に泊まることが決定的となった。

 

ただし、宿をキャンセルした時のロビーの人から何か妙な視線を感じていたが、僕はそれを必死に考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ダフネとルアンはメレンにあるギルド支部に向かっていた。

 

 

「今なんか、街の方からベル達の叫び声か何か聞こえなかったか?」

 

「気のせいじゃないの?」

 

「そうかなぁ」

 

 

 ルアンは「確かに聞こえた気がしたんだよなぁ」と頭をかくが、ダフネはある思惑を考えている。

 

 

(カサンドラ、ファイトよ! ウチらは出来るだけアンタ達から離れて行動するわ! アンタがベルと二人きりになりたいって言ってきたんだから、それで弱音を吐いたら承知しないわよ! 正直言って、余程の事をしない限り、進展できるとは思っていないけど!)

 

「とにかく今はギルド支部に行くわよ!」

 

「あ、ああ…。何かやけに張り切っているな…?」

 

 

 

 

 

 そしてダフネとルアンはギルド支部に着いた。

 

 そこのロビーは石造りであり、オラリオのギルド本部に比べれば狭く、職員も窓口の対応のみならず、入港手続きや貿易品の照合表作りなど事務活動の方に追われている者もいる。

 

 大元のギルド本部がオラリオの外に置く拠点の一つで、地域によって役割は異なるが、ここは港の監督、都市の輸入品の管轄が主の役割である。

 

 ダフネ達はそこの支部長で総責任者でもあるルバートという男を呼んで、話を伺った。

 

 

「【ニョルズ・ファミリア】について怪しい動きをしているか知らないかって? ふむぅ、存じませんな」

 

「ほんと? むしろアンタらの方が知っていると思うんだけど」

 

「何を疑っているのやら。ギルド本部からもそのようなことは伝わっておりません」

 

 

 ルバートはダフネの質問を嫌そうな口調で告げた。

 

 

(ギルド本部はここに『強制任務』の事を伝えていないって事…? でもどうして…?)

 

 

 ダフネが考え事をしている傍に、ルバートはすぐに話を別の方に切り替える。

 

 

「それよりも、あの異国のアマゾネス共を何とかして頂きたい」

 

「…異国のアマゾネス?」

 

「目立った騒ぎは起こしていませんが、恐ろしく近寄りがたいと住民から苦情が来ています。言葉が通じないものが多くて、品物を無断で奪われたという内容まで…」

 

「入港を許可したんじゃないのか?」

 

「ここの港町はややこしく、自治権がギルドと街側で二分しています。迎え入れたのは街側のいけ好かないマードック当主です」

 

 

 罰が悪い顔でルバートは悪態とともに締めくくる。

 

 そして、【ニョルズ・ファミリア】が懇意にしているのはあくまで港街側であった。そのようなこともあって、オラリオに所属しておらず、ギルド傘下に入る必要のない【ニョルズ・ファミリア】とギルド支部は犬猿の仲である。

 

 

「とにかく今のメレンは猛獣がうろついているようなものです」

 

「ふーん。何だか大変そうだな」

 

「むしろ、今回貴方達はそのためにいるのではないですか? 是非とも主である我々ギルドに協力してほしいものですな」

 

「……」

 

 

 上からものを言うルバートにダフネ達は黙りこくり、異国のアマゾネスについて考え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、カサンドラが落ち着いたところで再開し、ベル達は【ニョルズ・ファミリア】の人達から話を聞こうとしていた。

 

 そいて、たまたま最初に聞いた人がその【ファミリア】の団長であるロッドであった。

 

 

「俺達の【ファミリア】に何かおかしなことはなかったかって? いや、特にはないな」

 

「そうですか…。やっぱり、別の【ファミリア】の方なのかな…?」

 

「俺達【ニョルズ・ファミリア】は漁のためだけの派閥だ。ロログ湖は勿論、海まで出て漁をしている。海のいる時間の方が長いし、腕っぷしには自信はあるが、他派閥と抗争してまで勢力拡大とか狙っていないからな。俺達もニョルズ様も」

 

「あの、ロッドさん達はモンスター退治もしているんですか?」

 

「そうだな。街の連中に頼まれて、漁のついでに仕留めることもあるな。何十年もやっていて、これでも俺はLv.2だし。死んだ俺の親父が言うには、ずっと昔から【ポセイドン・ファミリア】がそう言うのを担っていたらしいけど、俺も漁に出て、そして今から15年前ぐらいに『海竜の封印』ができて、【ポセイドン・ファミリア】の主神と団員たちは皆ここから旅立っちまったけどな」

 

 

 僕達はその話を聞いて、あとはニョルズ様にも聞いて、何もなかったら白だと考え始める。

 

 そして、まさかの情報を聞いた。

 

 

「最後に、最近何か変わったこととかはありましたか?」

 

「変わったことか…。そういや、俺達の話じゃなくなるが、昨日ロログ湖で初めて見るモンスターを見たっていう団員がいたな。そいつが言うには、何か植物みたいで、頭に花があったとか…」

 

「「…ッ!?」」

 

 

 僕とカサンドラさんは衝撃を受けた。

 

 植物みたくて、頭に花…!? それって、もしかして僕達の館に襲撃した時に出た食人花じゃ…!?

 

 

「あ、あの、そのモンスターはどうなったんですか!?」

 

「あ、ああ。客船を襲ったらしいんだが、そこから跳び出した奴一人に蹴られて、その一撃で灰になったって言ってたな」

 

 

 僕達はさらに衝撃を受けた。

 

 僕達があんなに苦戦した食人花を、魔石の誘導なしであっさり倒した!?

 

 

「そ、その客船は!?」

 

「今向こうに泊まっている巨大なガオレン船がそうだ。でも気をつけなよ。そいつら全員アマゾネスだが、言葉が通じない上に気が荒いらしくて、今ここでは厄介者扱いになっているぜ」

 

「…ベル、それってもしかして、【ファミリア】で来たものなんじゃ…」

 

「…恐らくそうだと思う」

 

 

 僕達は調査することがさらに増えたとこの時確信した。

 

 でも、どうやって接触しよう…?

 

 ベル達の視線がガオレン船に向いていたため、ロッドさんはもう大丈夫だろうとその場を離れようとする。

 

 

「おーい。俺はそろそろいいか?」

 

「あ、ちょっ、ちょっと待って下さい。その、い、今さっき言っていたモンスターを、今まで見たことはなかったんですか?」

 

「ああ、ないな。俺たちに襲い掛かってきたことは今まで一度もないぜ。そう言うのは報告が入るから、団長の俺の耳には入るはずだし」

 

 

 その話を聞いて、ベル達は腑に落ちない表情を浮かべる。

 

 それはあり得るのかな…。いくら魔石や魔力関連の方を優先に襲う食人花でも難しいんじゃ…。

 

 そう考えていた僕は、ふとロッドさんの腰に何か袋があったことに気が付いた。

 

 

「あの、ロッドさん。その袋は一体何ですか?」

 

「ああ、これか? これは魔法の粉でな、これを水面にばらまけばモンスターは寄って来ないっていう代物よ!」

 

「「ええ!?」」

 

 

 自信満々に言い放つロッドに、僕達は仰天する。

 

 そんなアイテムがあるのか!? オラリオにもあったっけ?

 

 

「あの、その袋の中を見てもいいですか?」

 

「いいぞ。ただ気をつけろよ。開けた瞬間滅茶苦茶臭うから」

 

 

 ベル達は袋を受け取り、慎重に開けると、刺激臭が漂う。

 

 ベル達はその臭さに思わず仰け反った。

 

 そして涙目になりながらもベル達が袋の中身をのぞき込むと、その中には赤、黄色、黒など様々な色合いが混ざっており、またその粉はきらきらと細かな光も放っていた。

 

 

「ベル。これって、撒き餌みたいなものかな?」

 

「でも、それだと、逆にモンスターを発見しやすくなんじゃ…」

 

「なにを考え込んでいるのか知らないけど、この粉はオラリオ発明って聞いたぜ? 他の団員達も持っているし」

 

「「えっ!?」」

 

 

 ベル達はこの粉が何なのかを考えていた時、ロッドさんがこの粉がオラリオを差し置いてこのメレンに出回っていることを伝えられ、衝撃を隠せなかった。

 

 

「あ、あの、ロッドさん達はこの粉をどこで入手したんですか?」

 

「ボルクの親父…マードックの家からだ。都市から買い取っているらしくて、俺達に無料で配ってくれている。もう6年ぐらい前からで、メレンに良く出入りする船にも配っているぜ。まあ、これでも完璧じゃなくて、ばらまいても『レイダーフィッシュ』とかは襲ってくるけどな。だが、モンスターの被害はこの粉のおかげでかなり減ったんだぜ」

 

 

 そう言われ、ベル達はその粉をゆっくり見下ろし、凝視した。

 

 その粉はそれに応えるかのように、うっすらと光り輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ダフネとルアンはマードック家の屋敷に来ていた。

 

 

「帰れ。ギルドと繋がっているお前らと話すものはない」

 

 

 だが、ダフネ達は話を聞こうにも、応対する初老ボルクは全く相手にしてくれなかった。

 

 

「ちょっと。話ぐらい聞いても…」

 

「そうだよ。オイラ達はギルドの奴らの企図でここにいるわけじゃねえし。【ニョルズ・ファミリア】についての事と、異国のアマゾネスについてだな…」

 

「帰れ」

 

 

 背を向けて屋敷の奥に引っ込むボルグに、途方に暮れたダフネとルアンは引き返すことになった。

 

 

「なんだよあいつ! こっちの話ぐらい聞いてもいいじゃん!」

 

「メレンの街とギルド支部は不仲だって聞いているけど、あれ程とはね…」

 

 

 ルアンは不満を表し、ダフネは溜息をつきながら、二人は屋敷を後にする。

 

 

「……」

 

 

 屋敷から離れていく二人を、ボルグは屋敷の窓から険しく睨み付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、場面は戻り、ロッドから話を聞いたベル達は、【ニョルズ・ファミリア】の主神ニョルズに話を聞くことになった。

 

 

「ふーん、なるほどねぇ。だが言っちゃあなんだが、俺の所はこのあたりの漁を仕切っているぐらいだからな。ギルド支部とは仲が折り合いつかないとはいえ、そこまでの悪事は何一つやってないぞ。というかむしろ、俺たちの方が足元を見られている。それに、俺の所は別にポセイドンたちの後釜ってわけでもないし」

 

「そうですか…。じゃあ、その、昨日ニョルズ様の団員が見たという食人花、もといモンスターは…?」

 

「ああ、あの気味の悪いやつか…。俺も昨日見たが確かにアレには驚いたぞ。ここ数年、メレンは大した事故もなく平和だったんだよ。だが、その一件には久しぶりに港に冷たい空気が流れた。しかし、俺の所はきな臭い話には縁がなくてだな」

 

「……わかりました。ありがとうございます」

 

 

 神ニョルズと会い、話を聞いたベル達だが、【ニョルズ・ファミリア】については全くの空振りに終わった。むしろ【ニョルズ・ファミリア】が全くの白であるだろうと結論する。

 

 だが、食人花が昨日出現したことや、【ファミリア】らしき一団がメレンに来ていることが分かり、ベル達はそちらの方を考えることになった。

 

 

「お話をありがとうございます、ニョルズ様」

 

「いや、俺達の疑惑が晴れたんだったら別に構わないさ。それにしても、『強制任務』が来るほどとなると、むしろ【カーリー・ファミリア】関連の方じゃないか?」

 

「「【カーリー・ファミリア】?」」

 

「知らないのか? 今港に泊まっている巨大なガオレン船がそうだ。アマゾネスの人達のみで構成されていて、今メレンの猛獣みたいな扱いになっているけど」

 

「あ、あれがそうだったんですか!」

 

「むしろ納得したけどね。やっぱり、【カーリー・ファミリア】についての調査だったのね」

 

「オラリオの方も大変だな。ギルドの人達も、ちゃんと連絡しろって言いたいよ」

 

「大変さに比べたら、【ニョルズ・ファミリア】も大概ですけどね…」

 

「ありゃりゃ。一本取られたな」

 

 

 話は終わり、ニョルズ様とそう談笑していると、そんな中、息を切らした【ニョルズ・ファミリア】の獣人の漁師が僕らの方に駆けこんでくる。

 

 ニョルズ様がどうしたんだと問う前に、獣人の青年は矢次早に叫んだ。

 

 

「ニョルズ様、大変です! 大通りでアマゾネス達が騒ぎを起こして、今大暴れ中です!」

 

「何ぃ、またかよ!?」

 

「えええ!?」

 

「嘘っ!?」

 

 

 僕らはその内容に驚倒し、瞳を見張らされることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しさかのぼり、ベートはメレンの街を散歩していた。

 

 

「たくっ…。任務だっつーのに、あんな速攻で遊びに行くかっつーの。…いや、もしかしたら、俺も便乗するべきだったか? アイズももしかしたら水着を着ている可能性が高いんじゃ…」

 

 

 フィンたちと解散した直後、すぐに散歩に出かけたベートは、己の起こした行動を若干後悔していた。

 

 あまり意味のない散歩より、そちらの方が有意義であった。

 

 ベートがそう考えていると、少し離れた所で反対側の道からアマゾネスの集団が、ベートがいる方向に向かって歩いてくる。

 

 ベートはそれをすぐに確認し、事を起こすなという忠告もあったため、店の中に入ってやり過ごそうと考える。近くでドドバスや海老など、汽水湖や海原で釣れた魚を焼いている料理店があり、同時に早めに昼飯でも食べるかと思い、その店の中に入った。

 

 だが、ベートの後ろには先程マードック家の屋敷に訪れ、そして引き返してきたダフネとルアンが少し離れた所にいて、まだ二人ともその事に気づいていない。

 

 店の中に入ったベートもまた、自分の後ろに二人がいたことに気が付いていなかった。

 

 そして、ダフネとルアン、そしてアマゾネスの集団が、丁度ベートが入った店の前に対面する事になる。

 

 お互いその距離になると相手に気づき、店に入ったベートもまた、オラリオ出身の冒険者がいたことに気づいた。

 

 

(…ん? あの二人、少し前にどこかで見たことあるような…?)

 

 

 その二人に対して何か既視感を感じたベートだが、アマゾネスの集団もまた、オラリオ出身の冒険者だと気づいたのか、二人の行く手を阻むような形で道を塞ぐ。

 

 その行動に何となく察知したダフネは溜息をつき、ルアンは怯え始める。

 

 

「…ウチらに何の用?」

 

「オラリオの、冒険者、だな?」

 

 

 アマゾネスの集団のトップらしき人物から、拙い共通語でダフネ達に笑みを浮かべながら問い出す。

 

 その者は、先程ベル達が話していた食人花を一撃で倒した、【カーリー・ファミリア】のLv.6の頭領、アルガナ・カリフであった。

 

 その実力に気づいたのか、ダフネは少し気圧されていた。ルアンに至っては気絶寸前である。ベートは店の中で様子を見守り続けている。

 

 そして、アルガナは二人にある要求をした。

 

 

「お前ら、もし、ティオナと、ティオネ、連れて来たら、ここは、見逃す」

 

「…!」「…えっ!?」

 

 

 【ロキ・ファミリア】の幹部である二人の名前が呼ばれ、ダフネとルアンは困惑する。

 

 一方、それを聞いたベートは、それとなく予感していたことが的中してしまった。

 

 

(あいつら、やっぱりあのアマゾネスコンビが目的だったのか! いや、正確にはそれも入っていると言う感じか? そして、あのアマゾネスコンビもこいつらと話があるような感じだったし、ここはどうする…!?)

 

 

 ベートがどうするか葛藤している時、ティオナとティオネがここにいることを知らないルアンとダフネは、こう答えるしかなかった。

 

 

「…流石に無理よ。その二人がここに来ているのかわからないし、第一、ウチらはその二人とは違う【ファミリア】だからね」

 

「…オイラも同意見だ」

 

「そうか」

 

 

 それを聞いたアルガナはアマゾネス語で二人を阻んでいた他のアマゾネスたちにその事を伝える。

 

 そしてその瞬間、暴動が始まった。

 

 

「ガハッ!?」

 

 

 まず、小人族で男でもあったルアンが狙われ、腹を蹴られた。

 

 Lv.1でもあったルアンは、他のアマゾネスの攻撃でも反応できず、そのままのたうち回る。

 

 アマゾネスの集団はその光景を笑い、再びルアンに蹴りを何発か喰らわせる。そしてアルガナはそれを見て、一言吐いた。

 

 

「やっぱり、男は、弱い」

 

「いっでぇ!? グオォ!? ブッ!?」

 

「ルアン!? アンタら、よくも!」

 

 

 ルアンがリンチにあい、止めようとすると、今度はアルガナがダフネの前に立ち塞がった。

 

 

「お前の、相手は、私だ」

 

「なっ…!?」

 

 

 実力差が非常にあり、一矢報いるイメージすらわかなかったダフネは、思わず足を止めてしまう。

 

 そしてそのままアルガナはダフネに蹴りをお見舞いした。

 

 

「ヅッ!?」

 

「お前も、弱い」

 

 

 脇腹を蹴られ、吹っ飛ばされるダフネ。

 

 そしてそのまま壁に激突し、崩れ落ちる。

 

 ダフネは意識をかろうじて保っているが、脇腹に激痛が走り、簡単に立ち上がる事ができなかった。

 

 

「オラリオの、冒険者は、この程度、なのか」

 

 

 アルガナはダフネに興味をなくし、皆を連れてこの場を去ろうとすると、肩がぶつかった。

 

 

「…!」

 

「よう、てめぇら。散々いたぶってくれているじゃねえか。ちょっと全員ツラァ貸せ」

 

 

 そこには、静かな怒気を面に出したベートが立ち塞がっていた。

 



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前哨戦 【凶狼(ヴァルナガンド)】 vs 【女神の分身(カーリマー)】

※ アルガナを示す【女神の分身(カーリマー)】ですが、これは正確には二つ名ではなく、勝手にそう呼ばれている異名です。


 一方、ベートを除いた【ロキ・ファミリア】の人達はフィンが知っていた穴場の浜辺で海水浴を楽しんでいた。

 

 女性陣全員は水着に着替えており、フィンもまたちゃっかり水着に着替えている。

 

 女性陣の水着姿を見たら、その【ファミリア】の主神は「最高やー! ここは楽園か!?」と叫ぶのは間違いなしである。

 

 

「海って程じゃないけど、それー!」

 

「ちょっ、ティオナさん、危な…わぷっ!」

 

「あ……!!」

 

 

 ティオナは水面に走り込んで大きな水しぶきを上げ、レフィーヤはそれを見て驚き、浜辺にいたアイズにもそれがかかりそうで絶句していた。

 

 

「団長…! ちょっとこちら来て頂きませんか…?」

 

「いや、ティオネ。そんな恐ろしい顔で言われても、僕はそちらには行かないから」

 

 

 ティオネの方は水着姿を団長に見せようとするも、フィンの水着姿を見て「団長…、セクシーです!」と言いながら鼻血を出し、そのままフィンを岩場に連れ込もうとしている。

 

 フィンはそれから逃げ、必死に抵抗している。

 

 そしてそのまま、フィンは別のことを考えていた。

 

 

(今回の調査の相手は【カーリー・ファミリア】…。ティオネやティオナが育った男子禁制の『テレスキュラ』の国に君臨している【ファミリア】が相手か…。しかも、その頭領姉妹は近年Lv.6に至ったという噂が囁かれているから、一筋縄じゃいけないな。【ヘルメス・ファミリア】の人達と上手くやれる相手かな?)

 

 

 フィンはそちらの方を考えており、恐らくあの船で来ただろうと巨大なガオレン船に視線を移して、眼光が少し鋭くなる。

 

 それを見たティオネは言いそびれた言葉を送り、フィンに感謝した。

 

 

「団長…。私、もし団長が来てくれなかったら、下手したら一人であのガオレン船に殴り込んでいました…」

 

「それは流石に無いんじゃないかな?」

 

「でも、やっぱりそうです。今でも団長がこの場にいなかったら、【カーリー・ファミリア】のやつらとにらみ合いを間違いなくしていましたし…」

 

「でも、それは僕がいることでやれていない。だから今は落ち着いても大丈夫だ」

 

「…団長! やっぱりそこの岩場で!」

 

「いや、行かないから」

 

 

 ティオネは感激して隙あらば岩場に連れ込もうとするが、フィンは固くお断りしている。

 

 ティオネが獲物を狙うかの如く少しばかり目が危なくなってきたが、フィンは別の事で少し嫌な予感をしていた。

 

 

(ベートは恐らく散歩に行っていると思うけど、向こうの方は大丈夫かな?)

 

 

 そう。今『強制任務』できているメンバーの中でLv.6なのは、フィンとアイズのみである。

 

 しかもアイズがLv.6に昇格したのはつい3週間ほど前である。武器の修理代稼ぎのためにリヴェリアや僕達と一緒に37階層に行き、そこでリヴェリアと共に別れてから階層主『ウダイオス』を1 vs 1で倒したのである。その戦いで昇格に至ったのであった。

 

 遠征で他の人も昇格すると思っていたが、『怪物祭』の影響で行けなくなり、ベート、ティオナ、ティオネはLv.5のままで、レフィーヤはLv.3のままであった。

 

 そのためフィンは今回の『強制任務』で、その4人の昇格を促そうと考えていた。

 

 だが相手もまた僕達の名声を聞いていて警戒をしているだろうと、フィンは推測している。

 

 

(忠告したとはいえ、今は事を争わないでくれよ。ベート)

 

 

 そう思っていたのも束の間、少し浜辺の周りが騒がしくなってきた。

 

 何事かと耳を傾けると、嫌な予感が的中したようだ。

 

 

「おい、聞いたか!? 大通りでまた連中が暴れているって!」

 

「ああ! しかも、相手はオラリオから来た冒険者なんだろ!?」

 

「…ッ! 総員、直ちに着替えて騒動を起こしている場に行くぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 だが、フィンとティオナは直ぐに誰かいないことに気づいた。

 

 

「あれ、フィン。ティオネは?」

 

「……先に行ってしまったのか…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大通りでアマゾネスの集団がルアンとダフネをリンチしていたが、それを見かねたベートが参戦し、アルガナとベートは睨み合いをしていた。

 

 

「ワタシの国では、戦士にカタをぶつけるというのは…殺し合いの合図だ」

 

「はっ、知るかよ。だが、丁度良かったみてぇじゃねえか!」

 

 

 ベートがそう言うと、アルガナはベートの顔面を殴ろうとする。

 

 ベートはそれを躱し、今度はカウンターという形でアルガナに蹴りを入れようとした。

 

 だがそれをアルガナは躱し、お互い距離を取る。

 

 今の一連の動きで、お互いが強敵であることを確認した。

 

 

「…はっ! どうやら、口だけじゃねえみたいだな!」

 

「……どうやら、今程叩きのめしたヤツラとは、違うみたいだな」

 

 

 お互い減らず口をたたき、再び対峙した。

 

 叩きのめされたダフネやルアンはその一連の流れが見えず唖然とし、街の周りの人も、何事かと集まり始めた。アルガナ以外のアマゾネスの集団達も盛り上がっている。

 

 

「そういう事なら、遠慮なくぶちのめせるぜ!」

 

「オマエの血を、見せろ!」

 

 

 両者は再び激突した。

 

 

「「ッッ!!」」

 

 

 互いの蹴りが相手の体に叩き込まれる。

 

 ベートの上段蹴りが左腕で防がれ、同じくアルガナの上段蹴りを左腕で防いだ。

 

 そこから互いに拳を振るい、互いがそれを躱す。

 

 ベートは左足を蹴り上げてアルガナのバランスを崩そうとするも、アルガナは簡単には崩さず、むしろベートにそのまま回し蹴りを叩き込んだ。

 

 

「…何!?」

 

 

 だが簡単に喰らわずに右腕で防ぎ、左手でアルガナの脚をつかみ、ベートは蹴り上げる。

 

 

「ハッ、こんなもんか!」

 

「グッ…!」

 

 

 アルガナはそのまま喰らうがすぐに空中で体勢を取り戻して着地し、ベートのことを睨み付ける。

 

 

「……よくもやってくれたな」

 

「はぁ? 何を言ってやがるんだ。テメェらの方から吹っかけてきたじゃねえか!」

 

「あんなの、ただのアイサツ代わりだ」

 

「なにがどう違ぇのか、俺の目にはわからなかったがなぁ!」

 

 

 そう言いながらベートはアルガナに接近し、拳を繰り出す。

 

 アルガナはその攻撃を防御して、そして僅かな隙を見逃さずにアマゾネス独自の武術をカウンターという形でベートにたたき込む。

 

 

「グオッ!?」

 

「もっと、オマエの力を、見せて見ろ!」

 

「…ッ! オラリオの冒険者を舐めんなぁ!」

 

 

 ベートは負けじと蹴りを繰り出してアルガナを揺らがせるも、すぐにまたベートに反撃する。だがそれでもベートは倒れず、それどころか重い一撃をアルガナに見舞わせる。

 

 

「オラァ!」

 

「グウッ!?」

 

 

 アルガナは踏張り切れず、街の壁に激突した。

 

 だがアルガナはすぐに立ち上がり、ベートに襲い掛かる。

 

 

「まだまだぁ! もっとワタシを楽しませろ!」

 

「こいつ…!」

 

 

 壮絶な肉弾戦が始まり、常人なら容易く体が粉砕する拳や蹴りが互いに打ち合いし、防御の上から鳴る鈍重音は周囲の人々の鼓膜を慄かせた。

 

 人々は巻き添えを食らうまいと悲鳴をあげてそこから逃げ、ダフネやルアンもまたそこから必死で逃げるのだった。アルガナ以外のアマゾネスの集団達もまた、ひっそりとその場を後にする。

 

 ベートとアルガナは重い一撃を互いに喰らい、何度も壁に衝突するまで飛ばされる。だがまたすぐに立ち上がり、相手がいる所まで走り込んで拳を交わし、再び乱打の闘舞が繰り広げられる。

 

 白銀のメタルブーツが何度も防御を超えて直撃しているが、アルガナはすぐに立ち上がり、そして果敢にベートに攻めかかり、何度もベートに拳や蹴りを喰らわせて同じように吹き飛ばしている。

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 だがLv.の壁は大きく、少しずつベートが押され始めていく。

 

 長い四肢が蛇のようにうなり、ベートに連撃を浴びせる。

 

 ベートもまた連撃を繰り広げるもアルガナの読みが早まり始め、反撃に移す前から行動に移られ、Lv.6のアルガナの方に軍配が挙げられていく。

 

 瞳を爛々とするアルガナに対し、ベートは徐々に顔を歪み始める。

 

 

「こ、のぉ、糞野郎が!」

 

「グッ!? …まだまだ、いきがイイナ!」

 

 

 必死に蹴り上げ、アルガナを再び壁まで吹き飛ばすが再三立ち上がり、ベートの方に向かう。

 

 両者の傷跡を比べるとベートの方が深くなりつつあり、Lv.の残酷さが見せつけられている。

 

 だがベートは倒れず、真正面でアルガナに対抗する。

 

 互いに敵を血祭にあげようと苛烈に攻めかかる。

 

 

「ガッ、この、オラァアアアアアア!」

 

「ぐは、ハハハハハハハ! まだまだぁ!」

 

 

 もはやどちらかが限界に達して動けなくなるまで続くであろう、壮絶な戦い。

 

 そこに、乱入者が現れた。

 

 

「アルガナァアアアアア!」

 

「…! ティオネか!」

 

「邪魔すんじゃねえ! ここは俺の戦いだ!」

 

「てめえこそ邪魔すんな!! この糞狼!!」

 

「テメェからしばき倒してやろうか!?」

 

 

 ティオネの参戦でアルガナが驚き、ベートはこっちに来るなと言わんばかりの怒号でティオネを離そうとするが、ティオネはお構いなしに殴りつける勢いでベートに怒鳴りつけ、口喧嘩する。

 

 アルガナは一瞬呆気に取られるがすぐに気を取り直し、それどころか余裕すら見せつけてきた。

 

 

「この際、オマエら二人、まとめてかかって来い!」

 

「ほらぁ! まだまだ元気じゃねえか! アルガナは私の相手だ! 糞狼は引っ込んでいろ!」

 

「んだとこの馬鹿アマゾネスが!」

 

「お前から殺す!」

 

「そっちから来ないなら、ワタシから行くぞ!」

 

 

 ベートとティオネが口喧嘩している時、アルガナはお構いなしに襲撃してくる。

 

 ベートは蹴り上げ、ティオネが拳を振るい、アルガナは飛び蹴りをかます。

 

 三者はそれらが交わろうとして衝突し、三者同様後方に吹っ飛ばされた。

 

 

「ガアッ!?」「ぐっっ!?」「ガッ!?」

 

 

 壁に激突して、もはや周辺には崩壊した店や宿などの建物が崩壊していて無事なものはなく、その残骸から出てきた三者は互いを見据える。

 

 

「「「……」」」

 

 

 そして、何かが動けばこちらも動くという膠着状態となった。

 

 ベートは静かに集中し、ティオネは怒りを面に出し、アルガナは恣意行為のつもりか、血を啜ぐ。

 

 そして動くのは今かと牽制しやっていた時、それぞれの方向から、駆けつけた人達が来た。

 

 

「ニョルズ様、ベル、カサンドラ! 来ちゃまずいって! 巻き込まれちまうから!」

 

「いいからここは引いた方が身のためだから!」

 

「うわあああ!? 俺達の街が!?」

 

「あれって、【ロキ・ファミリア】の人達!?」

 

「まさか、もう動いていた何て…」

 

 

 一つの方向にはルアン、ダフネ、ニョルズ、ベル、カサンドラが。

 

 

「ベート、ティオネ。後で話がある」

 

「ベート、ティオネ…」

 

「ベートさん、ティオネさん…」

 

「ティオネ…」

 

 

 一つの方向にはフィン、アイズ、レフィーヤ、ティオナが。

 

 

「ほれほれ、お主らは辞めじゃ。特にアルガナ」

 

「…! あれは、ティオネ…。そして、ティオナ!」

 

 

 一つの方向にはカーリー、バーチェとその他大勢のアマゾネスの集団が。

 

 複数の方向から声を投げられ、三者は戦闘態勢を解いた。

 

 やれやれと、どこかわざとらしくぼやくカーリーは周囲を見渡す。

 

 

「さて、ここは痛み分けでよいか? そちらの代表と話をしたいんじゃが」

 

「代表は僕だ。【ロキ・ファミリア】団長のフィン・ディムナだ。さて、痛み分けというのはどういう事で?」

 

 

 代表は誰だと探していたカーリーに、フィンは即座に答えて逆に質問する。

 

 

「アルガナもそちらの狼人とティオネも相当痛み付けられておるからな。これ以上戦闘を繰り広げられたら、ここの街は持たんじゃろう」

 

「確かにもう無理だ! ここではもう暴れないでくれー!」

 

 

 カーリーの言い分にニョルズはどうにかこの場は別れさせてくれと言わんばかりに必死で賛同して、フィンもまた考え、それに賛同したが条件を加える。

 

 

「…分かった。ただし、教えてもらいたい事がある。君達【カーリー・ファミリア】は何故、遥々ここメレンの都市に? オラリオの中のどこかの【ファミリア】から、何か依頼されたのか?」

 

 

 それを聞いたカーリーは手に顎の下にやり、「ふむ」と少し考えて頷く。

 

 

「そうじゃな。だが、聞いてどうする? 少なくとも、そちらの【ロキ・ファミリア】には無縁の話じゃぞ?」

 

「いいや、無縁ではない。僕らはオラリオからの指令で、【カーリー・ファミリア】について知らなければならないんでね。それが聞ければ、少なくとも君らと僕らは争うことがなくなるよ」

 

「ふむぅ、なるほどのう。さて、どうするか…。そうじゃな、妾達は闘争を望むものだとしか今のところは言えないな」

 

「闘争? どこかの【ファミリア】と争うのか?」

 

「今の所はそこまでしか言えないな。ではこれにて失礼」

 

「じゃあな、ティオネ」

 

 

 そう言ってこの話を強引に締め、【カーリー・ファミリア】は主神の後に従い、来た道に戻って行く。

 

 僕を含めた全員が、遠くなって行くアマゾネスの後姿を消えるまで見つめ続けた。

 

 そんなベル達から離れている所に、三つの影。

 

 

「思った以上に深刻なことになったなぁ」

 

「ヘルメス様、もうこれやめましょうよ。私達が受けて良かった事案じゃないって」

 

「ルルネ。気持ちはわかりますが、『強制任務』なのでしっかりやりませんと。ペナルティが出ますから」

 

 

 【ヘルメス・ファミリア】主神と眷属2人がその光景を眺め、先が思いやられることを予想されてしまった。

 



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密会

ベート、ティオネ、アルガナ「「「まだまだぁ!」」」
ニョルズ「もうやめてくれ!? 俺達の街が!!」

そして今回の文字数は多い方。


 【カーリー・ファミリア】と離れ、僕達はその場で同様な状況でああなってしまったのか説明を受け、ダフネさんとルアンはベートさんに感謝の言葉を送ったが、ベートさんは「いるかそんなもん!」と突っぱねていた。

 

 僕達も『怪物祭』に会った人も含め、【ロキ・ファミリア】の人達と挨拶をしたけれど、レフィーヤさんから僕に「あー!! あの時の不遜な人間が何故ここに!? あなたもこの『強制任務』に参加したのですか!?」と大声で言われた。その後すぐに事情を話したら、こちらも何故か納得したような顔をされたけど。

 

 また、ベートさんから「思い出した! こいつら『ミノタウロス』の時にいた雑魚共じゃねえか!」と言われたけど、アイズさんがすぐにフォローしてくれた。

 

 そして、今回の件でフィンさんはベートさんとティオネさんに極東に伝わる土下座をさせ、説教をしていた。アイズさんやティオナさん、レフィーヤさんもその光景を見て、何かを連想したのか、非常に青ざめている。

 

 ニョルズ様はベートさんやティオネさん、そしてここに到着するまでに、事前にニョルズ様から聞いた【カーリー・ファミリア】の頭領であるアルガナさんという人物たちの戦闘の影響で、一部建物が崩壊したメレンの港街の有様を見て、嘆いている。

 

 そしてそのまま僕たち【アポロン・ファミリア】はその場を後にし、夜近くとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩食を食べながら、僕達は報告会をして、今日それぞれ情報を得てきた事を話し合っている。

 

 

「…ふーん、なるほどね。昨日、食人花が初めてここのメレンにも出たのね」

 

「うん…。でも、すぐに【カーリー・ファミリア】の人達に一撃で倒されちゃったけどね…」

 

「オイラ達の方はほとんど情報がなかったという感じだな。強いて言えば、この街は勢力関係が複雑な事と、今回の『強制任務』をギルド支部の連中が知らないという所だな。あと、マードックやらなんかの奴は冷たいやつだったな! オイラ達に話もしないで帰らせようとしていたんだぜ! その帰り道に【カーリー・ファミリア】の奴らと出くわしてしまったし!」

 

「その傷も、カサンドラさんの魔法で癒しましたけどね」

 

「えへへ…」

 

「それに関しちゃあ、マジで感謝しているよ」

 

「そういえば、他にも僕達の方で変な粉みたいなのがマードック家の人から、ここのメレンに出回っているみたいです。それ以外だと、近年漁が順調になっているとか…」

 

「…変な粉?」

 

 

 燻し気な顔を見せたダフネさんが、僕達の方に見せて疑問を持つ。

 

 

「どういう効果があるの、それ?」

 

「【ニョルズ・ファミリア】の団長さんが言うには、モンスターをある程度寄せ付けない効果があるみたいです」

 

「…なんでオラリオの方に出回ってないの?」

 

「分からないです…」

 

 

 ダフネさんが疑問に思い、僕とカサンドラさんも疑問に思っていたことが再発し、考えたが、ルアンがすぐに今後の事について話題を切り替える。

 

 

「なんにしても、【ニョルズ・ファミリア】の方は白っぽいし、今後は【カーリー・ファミリア】について調査しないとな!」

 

「ルアンの言う通りなんだけど…、う~ん?」

 

 

 カサンドラさんが悩んでいて、何か違和感があるような気がしたのだろう。

 

 その様子を見た僕は、このまま【ニョルズ・ファミリア】の方を切り上げて良いのか疑問に思い始める。

 

 僕達が今後の方針にどうするか考え始めると、【ロキ・ファミリア】の人達とヘルメス様、アスフィさんが来た。

 

 

「おや、【アポロン・ファミリア】の人達もここにいたのか」

 

「そうみたいだな。事が大きくなりそうだし、俺達の情報も共有するか」

 

「あれ、皆さんもお揃い…というわけではないですね。ルルネさんは?」

 

「ルルネは今【カーリー・ファミリア】の船の方を見張っているよ。それよりも、君達が得た情報と俺達の情報を交換しないか?」

 

「そうね。何かややこしいことが起こりそうだしね」

 

 

 ダフネさんがそう言い、僕達の情報と【ロキ・ファミリア】の人達、【ヘルメス・ファミリア】の人達が得た情報を交換した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え!? じゃあ、【カーリー・ファミリア】の人達と、ティオネさんやティオナさんは同じ出身だったのですか!?」

 

「しかも、頭領姉妹になっているアルガナとバーチェに師範してもらっていたわ」

 

「あの時はぶん殴られまくっていたよねー」

 

「俺が聞いた話では、こいつら馬鹿アマゾネスコンビも、あいつらは狙っていたな」

 

「オイラ達、それで出会い頭で襲われたんだ…」

 

 

 【カーリー・ファミリア】の人達と、ティオネさんやティオナさんが既に知り合っていたことが分かり、ルアン達が納得していると、フィンさんやヘルメス様、アスフィさん達が深刻そうな顔で別の事を相談している。

 

 

「ただ、今回の任務で【カーリー・ファミリア】の事を専念するかと思っていたが、事態は複雑になりそうだね」

 

「そうだな。アスフィ、ベル君達が言っていた粉の事について、何か知っているか?」

 

「いいえ、知りません。治療関連や鍛冶関連にはオラリオ随一とは言いませんが、それ以外の道具関連では私が一番詳しいはずです。ですが、その粉にはついては何も情報が得ていません」

 

 

 アスフィさんの言葉で、僕とカサンドラさんは驚愕する。

 

 

「えっ、そうなんですか!? オラリオ発明って聞いたから、てっきりアスフィさんが作製したものだと…」

 

「となると、闇ルートで手に入れた物か、もしくはその情報自体が嘘だな」

 

「嘘!? でも、一から作製したとしたら、一体どうやって…。窓越しで見た感じではあったけど、マードック家の人、ボルクだっけ? その人は恩恵を得ているわけじゃなさそうだったわ…」

 

 

 ダフネさんが更に疑問を持ち始め、皆が考え込んでいると、アイズさんが僕とカサンドラさんに質問してきた。

 

 

「ねえ、ベル、カサンドラ。その粉の見た目は、どうだったの…?」

 

「そうですね…。においはかなり臭くて、色は赤とか黄色とか黒とか、とにかく様々な色合いが混ざっていました」

 

「あ、あとは、何か少しキラキラと光っていたような…」

 

「……」

 

 

 僕は粉に関して見た目からでも奇妙だったなと思い、アイズさんもまた少し考え込み始める。

 

 アスフィさんもまた僕らの話を聞いて、「少し光っていた…?」と小さく呟く。

 

 皆それを聞いて、ベル達含めまた考え込みはじめると、フィンは少し嫌な予感がしたのか、ダフネ達にギルド支部に関して質問した。

 

 

「なあ、君達の方はギルド支部に行っていたんらしいのだけど、その時、向こうから、『強制任務』の事から【カーリー・ファミリア】の事に話題が切り替わったのかな?」

 

「…言われてみればそうね。支部長のルバートが出てきて、そうなったわね。でも、それがどうしたの?」

 

 

 フィンは益々顔を顰め始め、ヘルメスはその様子に疑問を持つ。

 

 

「…【勇者】? 何か気がかりなことがあるのか?」

 

「ああ。先程ベル達が話していた食人花は、実は魔石や魔力を持つ者の方を優先して襲う習性があるんだ」

 

「で、でも、逆にそれを使えば、Lv.1のベルでも頑張れば倒せるけどね…。というか、倒したけどね」

 

「はっ! 雑魚でも倒せるようじゃ、そのモンスターもたいした事はねぇな」

 

「ははは…」

 

「まあ、ともかくそのような習性があるんだ。そして、一昨日まで食人花が現れなくて、昨日食人花が先程話した粉を持っていない【カーリー・ファミリア】の船に襲ってきた」

 

 

 フィンさんが説明始めると、ヘルメス様とアスフィさんも、この現状がどういうものなのかすぐに理解したのか、顔を顰め始めた。

 

 

「おいおい。まさかだが、ベル君達が言っていた粉って…!」

 

「ああ。魔石だ。魔石を分解して漁師たちに持たせて、その粉を湖にばらまく事で、食人花がそちらの方を優先して、一昨日まで船が襲われなかったんだ」

 

「ええっ!? 話し合っていた粉って、魔石が分解したものだったんですか!? で、でも、どうして食人花の事をオラリオに知らせなかったんですか? いくら何でも危ないから、討伐の話が出てくると思いますけど…」

 

「レフィーヤちゃんの言い分はそうだろう。だが、それは食人花が誰にも知られずに、いつの間にか湖に住み着いてしまった場合の話だ」

 

「え、ヘルメス様、今回のとは違うの? どうして?」

 

「ここの漁は近年魚が獲れているだろう。メレンの街にとって、それはいい事だ。だがそれは、恐らくだけど湖にいた食人花が、魚を食ってしまう海のモンスター達を捕獲しまくっていたからだと思うぜ」

 

「魔石の方を優先するという事は、自分らとは異なるモンスターの方を先に襲うと同意義だからね」

 

「な、え、じゃあ、この街は…!」

 

 

 僕らはフィンさんとヘルメス様のこの街の現状の解説を聞いて、絶句する。

 

 そして、まだまだ解説が続く。

 

 

「今ベル君が想像した通りだ。君達【アポロン・ファミリア】を襲ってきた時、そこでも食人花は使われていたんだろう? 今でもそうなのかはわからないが、この街は『闇派閥』と繋がっているんだ」

 

「しかし、ヘルメス様。いくら何でもニョルズ様はこの事を知らないのではないですか? 良い神格者でもあると聞いていますし、彼らと話していたときもそれが現れていたはずです」

 

「いや、アスフィ。ニョルズもこの事は知っていた筈だぞ。むしろ当事者の一人でもあるはずだ。何せ、正体が分からない粉を自分の眷属達に持たせるんだ。これが当事者じゃなければ、不安で仕方がないと思うはずだ」

 

 

 確かに。今思えば、僕達はあの粉を初めて見た時不気味に思っていたが、ニョルズ様は落ち着いていた。長い年月を持たせていたから慣れたのだと考えていたが、粉を持たせた最初の頃は、反発していたようなことは聞いていない。

 

 

「じゃあ食人花の件は、【ニョルズ・ファミリア】と、魔石を砕いて漁師たちに持たせているボルクという人物が黒幕という事になるのですか?」

 

「いやティオネ、それは少し違う。正確に言うならば、神ニョルズ様とボルク、そしてギルド支部長ルバートの3人が黒幕で、共犯者だ」

 

「【ニョルズ・ファミリア】の団員たちは、違うのですか?」

 

「ああ。聞いたところによれば、ニョルズ様に対してかなりの信頼があるみたいだから、この件もそれのおかげで嘘の説明をすることができて、皆納得してくれただろう」

 

「でもフィン。逆にどうしてギルド支部長の方も黒幕なの?」

 

「だからお前は馬鹿なんだよ。どうやって魔石を大量に手に入れるんだっつーの。ギルド支部の協力がなけりゃ、どう考えたって数が足りねぇだろ」

 

「あ、そっか、なるほどねー。まさかベートに解説してもらう日が来るとは、明日は大変な目に合うのかな?」

 

「んだとこの馬鹿ゾネスが!」

 

 

 ベートさんが解説して、ティオナさんが明日の心配をしてしまい、ベートさんは食ってかかるが、フィンさんがそれを止める。

 

 

「二人とも喧嘩は止めろ。さて、とりあえずこんな形の推理になったが、まだまだ問題が残っている」

 

「…【カーリー・ファミリア】の事ですか…」

 

「いや、それもあるが、まだこの件が片付いていない」

 

「証拠とか見つけないとね」

 

「ん…」

 

 

 確かに、それらを見つけないとまだこの件に関しては解決していない。恐らくその事を話そうと思っていたけど、フィンさんの口から別のことが出た。

 

 

「もちろんそれもあるが、この件の延長、つまり予備の食人花がある」

 

「「「「「…!?」」」」」

 

「えっ、予備の食人花!?」

 

「ど、どういう事ですか団長!?」

 

「そのままの意味だ。このまま食人花がいなくなってしまっては、モンスターの数が余り減らず、漁もはかどらないだろう。つまり、また食人花を湖に放つはずだ。その保管庫がこのメレンのどこかにある。それを見つけないとね」

 

「なるほどね…。ウチらはそれを見つけることが先決だね」

 

「ああ。先程ティオナとティオネが湖の中に潜ったけど、食人花はいなかったから、まだ放たれていない。もしかしたら明日放つ可能性が高いから、ニョルズ様を見張って欲しい。僕らは【カーリー・ファミリア】の方を見張る」

 

「わかりました」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

「じゃあ俺ら【ヘルメス・ファミリア】はその両方をサポートするという形で」

 

「その方がこちらにとっても都合がいいですしね」

 

「では報告会は以上で、各自解散!」

 

 

 報告会はそう締めくくり、僕達は皆、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、【ロキ・ファミリア】の人達もこっちの道ですか?」

 

「うん…」

 

「という事は…」

 

「まさか…」

 

 

 そして宿に辿り着き、まさかの【ロキ・ファミリア】の人達は、僕達と同じ宿だった。

 

 レフィーヤさんが言うには、誰か一人が部屋をキャンセルしたことで、丁度6人分空いていたらしい。

 

 

「部屋を覗き見しないで下さいよね!」

 

「しませんよ!?」

 

 

 ただ、今僕がカサンドラさんの宿の部屋に泊まることになっているのは、言わないでおこう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中になって、あたりもすっかり暗くなっている。

 

 僕はカサンドラさんの部屋に泊まることになっているが、やはり二人だと狭く感じる。

 

 先にカサンドラさんが風呂に入っている。というか、部屋の中にシャワーの音が普通に聞こえているのだけど、僕は必死に考えないようにした。

 

 そして何を思い詰めていたのか、一回カサンドラさんがタオルを巻いたまま出たとき、僕は驚愕の声をあげそうになったけど、ここは宿であり、防音対策はそこまでしっかりしていなかったので、僕は何とか口を抑えて大声を出さずにいた。

 

 一応これでもなんとかだけど。

 

 

「あの、カサンドラさん!? そ、その格好は…!?」

 

「べ、ベル…。こ、こうでもしないと、もう、私は…!」

 

「あ、あの、目が怖いですよ!? どうしたんですか!?」

 

「い、いいから、こっちに…!!」

 

「いや、無理ですって!? せめて何か着てください!」

 

 

 僕の必死の抵抗の言葉で、カサンドラさんに抵抗すると今の僕の言葉でカサンドラさんが何かを閃く。

 

 

「…! それよっ!」

 

「…えっ?」

 

「み、水着を着て一緒にお風呂に入る! こ、これなら、大丈夫だよねぇ!?」

 

 

 おかしい。カサンドラさんが何を言っているのかわからない。

 

 

 

「さ、さあベル。解決策が出来たから一緒に入ろうよ~!」

 

「……………えっ、いや、あの、宿の風呂では二人だと狭いですし!」

 

「こっちも詰めれば何とかなるから~~~!」

 

「そういう問題ですか!?」

 

「と、とにかく、水着を着て入っているから、ベルも水着を着て入ってきて~! いいね!?」

 

「は、はい……あ!」

 

「今了承の返事をもらったからね~!」

 

「え、いや、ちょっ、カサンドラさん!?」

 

 

 僕の言葉はむなしく水着を持ってすぐに風呂の方に入って行った。

 

 取り残された僕は、水着が入っている荷物の方をゆっくり見る。

 

 

「…………え、本当に着替えて入るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、僕は水着に着替え、カサンドラさんが先に待っている風呂の部屋の方に入って行った。

 

 僕は白い水着であるが、カサンドラさんの水着は上が白で下が黒く、また水着の上からでもわかる谷間があり、さらに脇などはそのまま見えている。

 

 

「し、失礼します…」

 

「ど、どうぞ…」

 

 

 お互いは顔を赤く染めながら会話をし、一緒にシャワーを浴びた。

 

 ただし、シャワーがかかる範囲は非常に狭いので、僕らはかなり密着になってしまっている状態である。

 

 

「は、はうぅ~~」

 

「…ど、どうしよう…」

 

 

 アミッドさんの時はベッドの上で寝ている時は抱き付かれていたけど、今回は布で覆われていない部分の肌にそのままくるので、とても意識してしまう。

 

 しかし、まだまだ続く。

 

 

「あ、ベル。せ、背中を洗うね~」

 

「え、あの…」

 

 

 僕が何かを言う間にカサンドラさんが僕の背中を洗い始める。

 

 こうして僕の背中を洗われるのは非常に幼い時以来である。

 

 そして背中を洗ってもらうと、カサンドラさんが僕に頼み込んできた。

 

 

「ね、ねえ、ベル…。わ、私の背中の方も洗って…?」

 

「あの……カサンドラさん。流石にそれは…」

 

「い、今ベルの背中を私が洗ったから大丈夫だよ~」

 

「いや、それとこれとはまた…」

 

「いいから早く~!」

 

 

 そう言われるがまま、僕は手に泡をつけてカサンドラさんの背中を洗う。

 

 カサンドラさんの水着の構造上、上の水着の布は背中の方も一部覆われているが、その背中の水着下の方も洗う。

 

 時々カサンドラさんが「はう!」とか妙な声を上げるが、僕は何か見たのかと思い、そのまま聞かなかった事にした。

 

 

 

 

 カサンドラさんの背中も洗い、お互い自分で前の方を洗って、いよいよ一緒に湯船に入る事になった。

 

 カサンドラさんと一緒には行ってみたものの、やはり湯船が小さいため、二人では非常に狭い。

 

 流石に僕の方が出ようとしたが、カサンドラさんが「あ、そ、そうだ!」と言い、体の向きを変えて僕と同じ方向にして、僕の上に座る形で入った。

 

 僕の上に座られてしまった事で、僕の身動きが取れなくなってしまった。

 

 

「カ、カサンドラさん? あの、そうされると僕、動けないんですけど…」

 

「…え、えい!」

 

「え、ちょ、カサンドラさん!?」

 

「はう~~! な、なんかベルの肌って、背中を洗った時もそうだけど、妙に触り心地が良いよね~~!」

 

「あの、そう背中に寄られますと、僕の方が窮屈になってしまうんですけど!?」

 

「今はこうさせて~~!」

 

 

カサンドラさんが僕の方に背中から寄りかかり、僕の肌の触り心地が良いのかを楽しんでいる。

 

 そして、今度は僕の方に向き、抱き付いてきて、頬を擦りつけている。

 

 

「ちょっ、あの、カサンドラさん!?」

 

「~~~~♪」

 

 

 そしてそのまま湯船で楽しまされ、僕がのぼせそうになるまで行われ、カサンドラさんが十分堪能したのかようやく解放してくれた。

 

 そしてすっかりカサンドラさんが上機嫌となり、僕の方はのぼせる寸前だったので、意識が何とかある状態だった。

 

 今日はもう寝ようと先に着替えて水着を干し、歯を磨いてそのままベッドの上で横になる。

 

 カサンドラさんの方も同じく着替えて水着を干して、歯を磨いていた。

 

 僕はもうすぐ眠りに入ろうとしたところで、その寸前にある事に気づく。

 

 

(…あれ? そういえば、ベッドって一つしかないんじゃ…)

 

 

 カサンドラさんは寝間着に着替えており、胸元が空いているが、部屋の明かりを落として、そしてお互いベッドから落ちないように僕を上から覆いかぶさるように抱き付いて、そのまま寝てしまった。

 

 カサンドラさんは至近距離でもあって、明かりが薄暗くてもわかるくらいとても幸せそうな顔で寝ている。

 

 僕はその顔を見て、明日僕の方が早く起きても動けないと思いながらも、そのまま僕の方も眠気が誘われて、眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、【カーリー・ファミリア】の停泊宿の周辺。

 

 そこでルルネ、合流したアスフィとヘルメスは、物陰から【カーリー・ファミリア】の事を見張っていた。

 

 

「さて、まずは1日目だが、そんなすぐに相手は来ないか…」

 

「向こうにとっても2日目ですもんね」

 

「ちなみに、ヘルメス様はオラリオのどこの【ファミリア】が繋がっていると思っていますか?」

 

「俺の予想か? そうだなぁ…。【イシュタル・ファミリア】あたりかな?」

 

「ああ、やっぱり? 都市外の顔の広さを考えたら、そことか【フレイヤ・ファミリア】とか、そういう大手の【ファミリア】しか思いつかないからね」

 

「まあ、何にせよ…! 静かに。何かフードを被ってきた人が何人か、ガオレン船に近づいています」

 

 

 アスフィが宿に怪しい人影が近づいているのを発見して、恐らく【カーリー・ファミリア】の取引相手だと3人は確信する。

 

 そして、その中には褐色肌の女神の姿もあった。

 

 

「おお、本当だ。意外に早かったな。そしてその中心にいるのは…、やっぱりイシュタルか」

 

「他にもその【ファミリア】の団長のフリュネ・ジャミールの姿もありますね…」

 

 

 ヘルメスとアスフィが近づいている人物の名前をあげると、ルルネはあるものを目に留まる。

 

 

「…? ねえ、ヘルメス様? あのアマゾネスの何人かが担いでいる箱籠は何ですか?」

 

「…何だろうな? やけに厳重に守られているから、だれか入っているのかな? それとも、【カーリー・ファミリア】と取引したものなのかな?」

 

「……?」

 

 

 【イシュタル・ファミリア】の団員であるアマゾネスの複数人がやけにその箱籠の周囲を警戒していたため、3人は疑問に思い始める。

 

 だが、本来の任務を遂行するため、ヘルメスはアスフィにある魔道具を使う事を命令する。

 

 

「そうだな…。それらを調べるにも潜入する必要があるな。アスフィ。例の道具を使って、あのガオレン船内に潜入しろ!」

 

「…そうですね。どちらにせよ、そうしないと詳しい話が聞けることが出来ないですもんね…」

 

 

 アスフィが愚痴を出しながら、装備者の姿を透明状態にする魔道具『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【カーリー・ファミリア】の停泊宿内。

 

 魔石灯の光が抑えられた室内は、絨毯から壺、ソファーまで置かれており、窓は一つもない広間であった。

 

 その室内には大勢の【カーリー・ファミリア】のアマゾネスがいて、アルガナを始めくつろいでいた。カーリーもまたソファーに寝転がっており退屈そうにしている。

 

 そして、アルガナとバーチェは不意に一つしかない部屋の扉を見た。

 

 それに呼応するかのように、その扉が開かれる。

 

 まず現れたのは、褐色肌の女神だった。

 

 

「集まっているようだな」

 

 

 彼女はいかなるものよりも美しく、現れた瞬間、【カーリー・ファミリア】のアマゾネス達が見惚れてしまう。アルガナは興味津々で眺め、バーチェは耐えるように眉間にしわを寄せ、顔を背ける。

 

 ただし、カーリーのみは普段と変わらなかった。

 

 

「やっと来おったか。待ちくたびれたぞ。確認するが、お主がイシュタルで間違いないか?」

 

「いかにも」

 

 

 カーリーの問いに『美の神』イシュタルは肯定する。

 

 【イシュタル・ファミリア】はオラリオの中でも群を抜いた戦力を保有する大派閥であり、都市南東に存在する『歓楽街』を領域に持ち、勢力圏はオラリオ随一である。

 

 その戦闘員のアマゾネス達もまた娼婦であるが、その力は冒険者たちにも恐れられている。

 

 

「辺境の地にいる妾達に依頼を出すとは、お主も酔狂よのう」

 

「それは文を使って何度も説明しただろうが。私は忌々しいフレイヤを倒すためならば、何でも使う」

 

 

 イシュタルは、地位と名声のみならず、自分を差し置いて美しいと賛美される自分と同じ『美の神』フレイヤを誰よりも妬んでいた。

 

 だが、【フレイヤ・ファミリア】の戦力は都市最強であり、自派閥のみでは打倒出来ないと判断しており、【カーリー・ファミリア】の協力を得ようと取引していた。闘争に飢えた【カーリー・ファミリア】もまたとない機会であったため、すぐに利害が合致したのだ。

 

 

「先に開戦の手筈を伝えておく。好き放題暴れたら堪ったものではないからな」

 

 

 イシュタルがそういうと、【イシュタル・ファミリア】の眷属達がぞろぞろ入り、その中の一人であるサミラがオラリオの地図を広げる。

 

 

「私達の領域はここ、南東の歓楽街。対してフレイヤ達の本拠は南の繁華街の中心。そして今いるメレンは、オラリオから見て南西の位置にある」

 

「ふむふむ、なるほど。既に敵の陣地を挟んでいるのか。となると双撃か?」

 

「その通り。開戦早々決着をつける。敵が私達に気を取られている内に、お前たちは都市に侵入してその背後を討て」

 

「…あの馬鹿でかい市街はどうするのじゃ?」

 

「その点に関しては問題ない。こいつらの力を借りる」

 

 

 イシュタルがそう言うと、未だにフードを被っていた二人がカーリーの前に出てくる。

 

 そして、二人はフードを外し、自己紹介をする。

 

 

 

 

 

 

 

「私はアルベラ商会会長のアルベラと申します。今回の作戦において、検問の突破の手伝いをさせていただくものです」

 

「私は【ソーマ・ファミリア】団長のザニス・ルストラと申します。今回の作戦において、検問突破後の敵本陣への誘導をさせていただくものです」

 

 

 男の出現に【カーリー・ファミリア】は驚愕したものの、カーリーがすぐにその場を静めた。

 

 そして、イシュタルは二人を下がらせ、カーリーに向かって笑みを浮かべる。

 

 

「まあ、こいつらの仲間が今回の作戦をより確実にするための役割を担っている。不満なら、私自ら出向いて『魅了』を使って門を開けさせ、お前らを出迎えてやろうか?」

 

「いや、不満はない。が、やはり女神の嫉妬ほど醜いものはない。こうなってしまえば、やはり醜悪に成り下がるわ」

 

「何とでも言え。あの忌々しい女神を墜とすことが出来るなら、私は何だって犯してみせる。そして、計画に関してはこれで終わりだ。抗争の始まりが合図だ」

 

 

 フレイヤはそう締めくくり、カーリーも承諾する。そして、質問を投げかけた。

 

 

「…して、期日は?」

 

「その話をする前に、私達がもう一つ依頼したものを持ってきているのか?」

 

 

 イシュタルは逆にカーリーに質問する。

 

 カーリーはすぐに眷属達にそれを持ってこさせようとし、イシュタルに依頼されたものの正体を聞こうとする。

 

 

「ああ、あれか。しかし、あれは一体何なのじゃ? おかげで、それの取り合いで一つの【ファミリア】を潰してしまったぞ」

 

「ああ、こっちの切り札になる物だ。お前らに依頼した理由は、本来ある運び屋に依頼しようとしていたが、そいつは中々オラリオに帰って来なくてね。それで、お前らが時期的にも何とかメレンに着くのが間に合うだろうと考えて、依頼したのさ」

 

「ほーん、なるほどのう」

 

 

 カーリーは依頼された理由を聞いていると、まずは鎖につながれて囚われたヴィーザルがアマゾネス達に連れて来られ、姿を現した。

 

 

「…! イシュタル!?」

 

「…ああ、なるほど。潰された【ファミリア】ってのは、ヴィーザル。お前の所だったのか」

 

「そうじゃ。中々抵抗してきてな。思わず妾の眷属達が殺しつくしてしまったのじゃ」

 

「そいつは不運だったな」

 

「グウッ……!」

 

 

 神ヴィーザルはイシュタルがこの場にいたことに驚くものの、【カーリー・ファミリア】と手を組んでいることを察し、憎しみ気な視線を送る。

 

 イシュタルはそれを、キセルを拭いてスルーしている。

 

 カーリーは依頼されたものがここに持ち込まれるまで、別の件について話す。

 

 

「なあ、イシュタルよ。先に報酬の件について済まないか?」

 

「報酬の財宝ならいくらでも…」

 

「金はいらん。別の報酬が欲しくなった。そしてそれを先にもらいたい」

 

「…言ってみろ」

 

 

 イシュタルは顔を顰め、カーリーの顔をうかがう。

 

 

「今、【ロキ・ファミリア】の団員の一部がここに来ておる。もしかしたら、妾と関係あるかもしれんし、食人花とやらのモンスターの方を追っていたのかはわからないがな」

 

「食人花…? ああ、あれか」

 

 

 イシュタルは思い至ったように一瞬せせら笑いし、そしてすぐに両の眉を吊り上げた。

 

 

「…まさか、貴様」

 

「ご明察の通りじゃ。あの者たちと戦いたい」

 

「ふざけるなっ! あそこの連中も大概だ! 大事になるに決まっている!」

 

 

 取り返しのつかない被害になると反論するがカーリーはそれを両手で制す。

 

 

「元妾の子がおる。そやつらアマゾネス姉妹と、このアルガナとバーチェを戦わせたいのじゃ。闘争、血の両方が見たい。そして、それで妾から飛び出た子、妾の元に残った子のどちらかが強いのか、拝みたいのじゃ」

 

 

 カーリーが下界した目的は『闘争そのもの』。

 

 図り損ねていた戦神の本質に、美の神は舌打ちした。

 

 

「お主等には姉妹以外の足止めをしてほしい。他にも面倒そうな子がおったからな。妾が望むのは姉妹同士の決闘よ」

 

 

 そして、イシュタルはこれ拒否しようとするも、フリュネ、ザニスに止められ、皆の相談をした結果、協力することに決まった。

 

 

「ただし、分が悪いようなら私達は切り上げる。後の事はお前たちがやれ」

 

「勿論だとも。闘争と殺戮こそが、子の真理じゃ。闘争の行く末、それが見たいのじゃ」

 

 

 カーリーがそう締めくくった途端、ついに依頼されたものが届いた。

 

 イシュタルはそれを見て歓喜し、一部を除いた【イシュタル・ファミリア】のアマゾネス達は、早くも【フレイヤ・ファミリア】に対しての闘争心が出始める。

 

 ザニスもまた、それを見て喜ぶ。

 

 長脚を持つ一際美しいアマゾネスの娼婦は顔を顰める。

 

 ヴィーザルは苦々しい顔をする。

 

 カーリーは【イシュタル・ファミリア】の様子を見て、一体それは何なのか尋ねる。

 

 

「なあ、イシュタルよ。それは一体何なのだ? いい加減教えてもらおうか」

 

「ああ、いいぞ。よくやってくれた、カーリー! これは、『殺生石』と呼ばれるものだ!」

 

 

 そして、最も当事者である布を被る獣人の少女はそれを見て、より一層、すべてが諦めたような顔をした。

 



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不吉な前兆

誤字報告ありがとうございます。


今回の話に出てくる道具は、ちゃんと原作にあります。


 次の日。

 

 僕が朝目覚めると、カサンドラさんはまだ覆いかぶさるように僕の上に乗ったまま眠っており、やはり身動きが取れなかった。

 

 ただ、カサンドラさんが何か湿っぽく、また何かにうなされていた。

 

 

(あれ…? カサンドラさん、汗をかいている…?)

 

 

 確かにこの暑い中で、しかも二人で密着しているから、そうなったことだと思ったけれど、それにしても尋常じゃない汗をかいていた。

 

 僕はカサンドラさんが何か悪い夢でも見ているのではないかと思い、カサンドラさんが僕に抱き付いている手をそっと、優しく握ると、少しだけカサンドラさんの顔色が良くなった気がした。

 

 そして数分後、カサンドラさんの目がうっすらと開いた。

 

 カサンドラさんがまだ完全に目が覚めてないのか、少し体をあげ、横になっている僕の上で四つん這いとなり、僕の顔を見つめた。

 

 

「………」

 

「……あの、カサンドラさん…?」

 

「………」

 

 

 僕の問いかけにも答えてもらえず、そのまま僕の顔を見つめていた。

 

 そしてカサンドラさんがうっすらしか開いていなかった目が徐々に開き始め、完全に目を開いたと思うと、今度は僕の顔に抱き付いてきた。

 

 

「もご、もががごがが!? もぐもがへぐご!? もぐふごげもひんげふでご!?(あの、カサンドラさん!? もう朝ですよ!? 僕動けないんですけど!?)」

 

「今は堪能させて~~~!」

 

 

 そう言い、カサンドラさんは僕の顔に胸を押しあて、僕の頭をもふもふさせてきた。

 

 いや、あの、これはさすがに息が…! てか、カサンドラさんの服が乱れているし!? 胸元が大胆に開いていますから!!

 

 

「ひ、ひぎが…!? (い、息が…!?)」

 

「はうう~~~~~…、あ、ご、ごめん、ベル!」

 

 

 僕の顔が青くなり始めたことを気付いて、カサンドラさんが僕を開放して、謝罪してきた。

 

 どうやら、かなり不穏な夢を見て、怖くなったらしくて、それであのような行動をとってらしい。

 

 いや、でも、元気になるのかな…? 元気になるんだったら別にいいんだけど…。

 

 

 

 

 

 

 そして落ち着いた後、カサンドラさんは深刻そうな顔で僕に相談してきた。

 

 やはり夢のお告げが出たらしい。

 

 その内容は人の影であり、オラリオに帰還する時、外壁に到着した影の数が全部で12つ。

 

 僕やカサンドラさんを含め、今回の『強制任務』に参加した人数は【アポロン・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】で、全部で12人と1神。

 

 つまり、数が1つ合わない。

 

 もし、夢のお告げの通りだったら、カサンドラさんが言うには、誰か1人が帰らぬ身となるという暗示であるらしい。

 

 そしてその者は、僕やカサンドラさんである可能性もあるらしい。

 

 

「「……」」

 

 

 部屋の中は静寂になった。

 

 誰かに相談しようにも、僕以外では誰も信用されないため、打てる手が少ない。

 

 それでもこの夢のお告げ通りにはならないように、僕らは頑張るしかないとカサンドラさんを励ました。

 

 カサンドラさんもそれに頷き、出来るだけ慎重に行動することを決めた。

 

 この後、朝御飯を食べ、歯を磨き、着替えて、僕達は部屋を出た。勿論、同じ宿に停泊した他人に気づかれずに。

 

 こうして、僕は非常に刺激的な朝から一日が始めった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてダフネさんやルアンを含めて皆が集まっている時、見張りをしているルルネさんを除いて、ヘルメス様とアスフィさんの姿があったが、【ロキ・ファミリア】のベートさん、ティオナさん、ティオネさんの姿がなかった。

 

 レフィーヤさん達が部屋を確認したところ、もぬけの殻だったらしい。

 

 

「……どうやら僕らのホームに帰ったら、3人とも本家(リヴェリア)の説教を味わいたいみたいだね」

 

「「…ヒュ!?」」

 

 

 フィンさんが静かにそう呟くと、アイズさんが非常に怯えた顔になっていて、戻ってきたレフィーヤさんも恐怖が顔に出ていた。その人が怒ったら、どんだけ怖いんだろう…。

 

 しかし、ヘルメス様は逆に好都合だったとばかりに、昨日の夜の【カーリー・ファミリア】の様子を教えてきた。

 

 

「いや、むしろ3人がこの場にいないのは好都合だ」

 

「…? どういう事だ、神ヘルメス?」

 

「昨日の夜、早速【カーリー・ファミリア】と、それに繋がっている【ファミリア】が密会していた」

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

「その密会の内容は!?」

 

「それについては、実際に頑張って潜入して、それを聞いたアスフィから聞いてもらおうか」

 

 

 ヘルメス様がそう言い、アスフィさんに密会の内容の説明をバトンタッチした。

 

 

「はぁ…。とにかく、皆さんに教えておきましょう。早速ですが、【カーリー・ファミリア】と繋がっている【ファミリア】は【イシュタル・ファミリア】でした。取引をした目的は、イシュタル側は【フレイヤ・ファミリア】を倒すためであり、その戦力確保を狙っていました。そして、カーリー側はその【フレイヤ・ファミリア】と戦いたいためで、闘争そのものが目的でありました」

 

「闘争そのものが、目的…!?」

 

「はい。何でもカーリー様は、闘争と殺戮こそが真理であるという考えを持っており、闘争の行く末を見たいという未知を欲したのでしょう。そして取引を応じる報酬に、ティオネさんとティオナさんに向こうの頭領姉妹であるアルガナとバーチェを戦わせるようです」

 

「「「「「な…!?」」」」」

 

 

 なんだそれは!?

 

僕らが予想していたものは薄っぺら過ぎると言われたかのように、かなり破天荒な【ファミリア】であることが知らされた。

 

 ティオナさんとティオネさんはそんな【ファミリア】に嫌気がさして飛び出し、ここのオラリオまで流れ着いたのかな…?

 

 フィンさんは何かを考えていて、そしてアスフィさんに話の続きを聞かせるよう促した。

 

 

「【万能者】。まだこれで話が終わりというわけではないのだろう? その続きを聞かせてくれ。ティオナとティオネに、アルガナとバーチェを戦わせて? それでその戦いには邪魔ものでしかない僕らには何を?」

 

「はい。【イシュタル・ファミリア】が協力をするらしいですが、まだその内容までははっきりと決まっていませんでした」

 

 

 アスフィさんがそう話し、僕らは向こうの出方に対して対応するしかないと考えた。

 

 しかし、フィンさんはまだ何かあるとにらんでいたのか、さらに話の続きを聞かせるよう促したが、ヘルメス様が割って入った。

 

 

「そうか…。それで?」

 

「おいおい【勇者】、もうこれで話は終わりだよ。協力関係だったのは【イシュタル・ファミリア】だったんだ。そして向こうから接触される前にティオナちゃんとティオネちゃんを早く探さないと…」

 

「いや、まだ話には続きがある。この話の中には、ベートがいなくて好都合という理由がない。つまり、まだ何かあるのだろう? ベートに関する何かが」

 

 

 フィンさんにそう言われ、ヘルメス様は珍しい失言をしていたことに思わず自分の口を手で抑えようと動作したが、すぐに止めた。

 

 

「…やれやれ。俺もこんな簡単なミスをしてしまうとはね」

 

「つまり、それだけ衝撃的なことだったのだろ? 話してくれ」

 

 

 ヘルメス様はまいったという顔で、先程の密会の話の続きを皆に話した。そして、注意事項を述べながら。

 

 

「こればかりはベート君の耳に入れないでくれよ。実は、ベート君が【ロキ・ファミリア】に入団する前、かつて【ヴィーザル・ファミリア】に入団していた筈だ。その【ファミリア】がオラリオを出た後、神ヴィーザルを残して眷属達が【カーリー・ファミリア】によって全滅されていて、ヴィーザルは今でも【カーリー・ファミリア】に囚われているんだ」

 

「「「「「「「……ッ!?」」」」」」」

 

 

 僕らは衝撃的な話を聞き、フィンさんも含めて言葉を失ってしまった。【ヘルメス・ファミリア】の人達も少し気まずいとばかりに僕らから視線をそらした。

 

 フィンさんはすぐに気を持ちなおして、詳しい話を聞こうとヘルメス様とアスフィさんに尋ねた。

 

 

「【ヴィーザル・ファミリア】が【カーリー・ファミリア】と争った理由は…?」

 

「少なくとも【ヴィーザル・ファミリア】から手を出したわけではないらしいです。むしろ【カーリー・ファミリア】に対して最後まで抵抗していたらしい言葉を聞きました」

 

「……そこまでの決意をした理由は何だ…?」

 

「まず間違いなく、イシュタル様が切り札と称して、【カーリー・ファミリア】に持ってくるようにもう一つ依頼していた『殺生石』が絡んでいます」

 

 

 アスフィさんがそう説明している時に、聞きなれない単語があった。

 

 『殺生石』…? どういう物何だろう…?

 

 ヘルメス様やアスフィさんを除いて、フィンさんやダフネさんも含めて首を傾げた。

 

 僕はヘルメス様に質問した。

 

 

「あの、話を遮ってすみません。『殺生石』ってどういうもの何ですか?」

 

「…あまり聞くのはお勧めしないが、聞かれたからには答えよう。『殺生石』という物は、獣人の種族である狐人専用の道具だ。材料は『玉藻の石』と『鳥羽の石』を素材にして生成する禁忌の魔道具だ」

 

 

 さらに聞きなれない言葉を聞いた。僕は少し話について行けなくなりそうだった。

 

 フィンさんやダフネさんを除いて、他の皆も頭に疑問符を浮かべ始めた表情をしていた。

 

 フィンさんは僕らの状態を察したのか、話を巻くように頼んだ。

 

 

「神ヘルメス。材料の話は置いといて、どういう効果があるのかを話してくれ」

 

「ん? まあ、そうだな…。『殺生石』を作り上げたのが、同じ狐人だというのが驚きだが、その石の効果は、満月が出ている時が最大限発せられて、相応の設備も併用しなければできないが、生きたままの使用者の狐人の『魂』をその石に封じ込める。そして、その石は狐人特有の魔法、『妖術』の力を第三者に与えられることが出来るようになる。代償として、生贄にされた狐人の魂の抜け殻に変えてね」

 

「「「「「「「…!!?」」」」」」」

 

 

 ヘルメス様が薄く笑って話して、『殺生石』が人類の先人たちが生み出した負の魔道具であったと同時に、禁忌と称される由縁が判明した。

 

 僕らはそれを聞いて、背筋が凍るような感覚がした。

 

 カサンドラさんはその状態になりながらも、ヘルメス様に尋ねた。

 

 

「魂が奪われた狐人は、どうなるんですか?」

 

「『殺生石』を肉体に注入すれば、魂を奪われた狐人は肉体が無事なら、目を覚まして、生活も問題なくできるだろう」

 

 僕らはそれを聞いて安堵した。しかし、フィンさんやアスフィさん、ヘルメス様の顔は険しいままだった。

 

 話はこれで終わらなかったのだ。

 

 ヘルメス様はさらに顔が険しくなり、説明を続けた。

 

 

「むしろ、『殺生石』の本領を発揮するのはこの後だ。この石は砕けるんだ」

 

「…砕けたら、どうなる?」

 

「砕けた『殺生石』はそのかけら一つ一つが『妖術』を発動できるものとなる。効果は元とは威力や効果時間すら変わらず、詠唱の必要すらもなくなり、しかも何度でも使える」

 

 

 石の恩恵を受けたら、『妖術』と呼ばれる魔法を繰り出す軍団と化し、その効果の力は絶大である。

 

 僕らはそう認識され、開いた口が塞がらなかった。

 

 

「……もし、砕けた『殺生石』を魂の奪われた狐人に戻したら…?」

 

「少なくとも元通りとはいかず、赤子のような精神状態になるか、廃人になるかだな」

 

「そして、密会していた【イシュタル・ファミリア】の中に、狐人らしき人物の姿もありました」

 

 

 アスフィさんに補足説明がされて、僕ら全員が苦々しい表情を浮かべた。

 

 【イシュタル・ファミリア】は、その狐人の『妖術』を使って、【ファミリア】全員に使わせるつもりなのだ。

 

 狐人の魂を犠牲として。

 

 その狐人は覚悟の上で承認しているのか? だとしても…。

 

 僕がそう葛藤していると、フィンさんとヘルメス様は僕らに忠告した。

 

 

「いいか。君らはまずすべきなのはニョルズ、ギルド支部、マードック家を見張って予備の食人花のありかを探ることと、ベート君、ティオネちゃん、ティオナちゃんを見つけることだ」

 

「神ヘルメスの言う通りだ。間違っても、『殺生石』の事を構えないでくれ。ティオネやティオナに関しての妨害もあると思うしね」

 

 

 フィンさんとヘルメス様に釘を刺されてしまい、僕らはおとなしくそれに従うのだった。

 

 

「さて、僕ら【ロキ・ファミリア】はベート、ティオネ、ティオナを探しながら【カーリー・ファミリア】を見張っている。そっちも頑張ってくれよ」

 

「わかりました!」

 

 

 そして、僕らは行動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、【カーリー・ファミリア】の計画説明のため、連れて来られたアルベラ商会会長のアルベラと【ソーマ・ファミリア】団長のザニスは、印象を与えようと、ティオナ達の闘争の邪魔をしないように他の人の足止めの手伝いを考えていた。

 

 しかし、あまり期待されていなかったので、「敵を削ればよい」と言われてしまった。

 

 そのため、むきになったザニスはアルベラ商会の武器や道具を見て、選見していた。

 

 

「これは我々でもステイタスを見れるための『神血』です。これはかつて『黒猫』という暗殺者が使っていたとされる『眠りの香』です」

 

「ほう…。いいのもありますな…」

 

「なら、これはどうですか?」

 

 

 そうしてザニスはアルベラ商会の道具に興味を示していた。

 

 

(どれか上手く使えませんかね…)

 

 

 そして、ザニスはあるものとアルベラを交互に見て、作戦を思いついた。

 

 

「…私達は、敵を削ればいいのですよね?」

 

「そうなのですが…、どうなされました?」

 

 

 ザニスは、思いついた作戦をアルベラに伝えた。

 

 アルベラはそれを聞き、にやりと悪い顔をし、感想を述べた。

 

 

「あなたもワルですね」

 

「ははは。そう褒めるな」

 

 

 そして、作戦遂行のため、つい先ほど報告が入ったのを二人で確認した。

 

 

「執行日は今日の夜。つい先ほど目標のアマゾネス達を見つけたみたいです。我々を見張りしていた犬人を捕らえて利用したみたいですが、上手くいったようですから」

 

「はははっ! 楽しみだな!」

 

 

 二人はその場で悪い顔を出しながら笑い続けていた。



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メレンでの開戦前

ベル君の抱き心地の良さを聞いてみた。

女A「ええ、とても良いものです。眠り心地も非常に良く、それをしないと最近寝つきが悪くなっています」

女K「うん。凄くいいものだよ~! また抱き付きたい~~!はうぅ~~!」

男神A「なん…だと…!?」


明日の投稿はお休みします。
明後日からまた投稿を始めます。
※状況次第では、もしかしたら明日も出すかも。


 メレンに隠されている予備の食人花のあるかを探るため、それを怪しい人物を見張り、僕達【アポロン・ファミリア】はそれぞれ昨日と同じく僕、カサンドラさんと、ルアン、ダフネさんの二手に分かれ、それぞれマードック家及びニョルズ様を見張る事になった。

 

 ヘルメス様とアスフィさんは「ギルド支部の方を見張りに行く」と言って去って行った。

 

 【ロキ・ファミリア】の人達は【カーリー・ファミリア】を見張りながら、ベートさん、ティオナさん、ティオネさんを探している。

 

 それにしても3人は何処に行ってしまったんだろう…?

 

 僕はそんな疑問を覚えながら、朝にカサンドラさんが見た夢のお告げをどうにか回避しようと考えていたら、ある疑問が浮かべた。

 

 

「そういえばカサンドラさん。夢に見たお告げって、オラリオに帰還する時、外壁に到着した人の影が12つだったって聞いていたけど、それ以外に何かなかったのですか?」

 

「いや、特にはなかったの。だから、もしかしたら誰かここで亡くなってしまうかもしれないと思って…」

 

「…なるほど…」

 

 僕は妙な胸騒ぎをしながら、マードック家の方へ見張りに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、【ロキ・ファミリア】の人達は先に【カーリー・ファミリア】の見張りをしているルルネの居場所に向かったのだが、そこには誰もいなかった。

 

 フィンは緊急事態だと判断し、すぐにレフィーヤを使いに出し、神ヘルメスとアスフィの元に向かわせるのだった。

 

 

「レフィーヤはすぐにこの事を神ヘルメスとアスフィの元へ! アイズはここで見張りをしていてくれ! 僕は【アポロン・ファミリア】の人達のこのことを伝えてくる!」

 

「わ、わかりました!」「ん」

 

「また、ベートやティオナやティオナを見つけたら、この事も伝えろ! いいな! では、すぐに行動!」

 

 

 フィンがそう締めくくり、走って【アポロン・ファミリア】の人達がいる元へ駆けて行く。

 

 レフィーヤもまた、ギルド支部に向かい、ヘルメスとアスフィの元へ駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メレンのとある岩場。

 

 ベートはそこでふて寝していた。

 

 昨日の昼間の件もあったが、ベートは朝が明ける前に、先に宿に出たティオナとティオネの姿を見て、ベート自身もまた跳び出して二人の後を尾行したが、途中で湖に潜られてしまい、二人の元に辿り着けず、途方に暮れていた。

 

 引き返そうにも時間がかかりすぎてしまい、どうしようか考えている。

 

 

「さぁて、どうすっか…。うまい具合に【カーリー・ファミリア】のとこに潜り込んでみるか…? だがそれだと見つかるリスクが高いな。昨日とまた同じになっちまうし…。やっぱ意地を張らずにここは戻って…ん、なんだ?」

 

 

 ベートは近くで何か騒がしいと思い、静かにその様子を見ると、そこには【ニョルズ・ファミリア】の団長であるロッドと神ニョルズが何か話していた。

 

 

「ニョルズ様! やっぱりあいつらはやばいですって! オラリオの人達にどうにかしてもらいましょうよ!」

 

「落ち着けって。【カーリー・ファミリア】が野蛮であることは昨日の昼間でもよくわかっていただろ。それに、あの【ファミリア】を招き入れたのはボルクの方からだし…」

 

「それでもやばいんですって! 昨日の夜中、俺と一緒にニョルズ様も見たんでしょ!? あいつらがガオレン船から鎖で縛られていた奴を引きづっていたのを!」

 

「………」

 

(ん? あいつら、何の話をしているんだ?)

 

 

 ベートはその会話内容から何やら【カーリー・ファミリア】の事を話していることがわかるが、状況が何やらよく理解できなかった。そしてベートにとって、二度と聞くことはないだろうと思っていた、懐かしの名を聞いた。

 

 

「しかも鎖で縛られていた奴って神様なんでしょ!? ニョルズ様がそう言っていたじゃないですか! 「あれはヴィーザル!?」って物陰から!」

 

「…ッ!?」

 

 

 ベートは自分の元【ファミリア】だった主神が囚われているという事実に思わず耳を疑った。ベートが声を完全に出さなかったのが奇跡であるほどに。

 

 

(何だと!? あいつら、オラリオに出てから一体何があったんだ!? つーか、ヴィーザルが囚われているなら、その【ファミリア】の眷属達はどうなったんだ!?)

 

 

 ベートはさらに話を聞こうと耳を澄ませたが、それ以上の情報は出てなかった。

 

 

(…どうやら、敵の本拠地に潜り込んで確かめるしかねぇな!)

 

 

 ベートは岩場から離れ、昨日の報告会で上がった【カーリー・ファミリア】が泊まっている宿を目指し、駆けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ダフネとルアンは神ニョルズの元へ向かう途中、浜辺でベートが駆ける姿を見かけた。

 

 

「ん? あれって【凶狼】じゃない?」

 

「あ、ほんとだ! おーい! 皆お前の事を探して…て、オイラの話を聞かずに行っちまいやがった」

 

「何かを目指して走っているように見えるわね…。ルアン、あんたはニョルズ様を見張ってて。私は【凶狼】を追い駆けるから!」

 

「え、ちょ、オイラ一人で!? というか、【凶狼】って敏捷は速いから、いくら何でも追いつけっこないって!」

 

「浜辺に足跡を残しているからその跡を辿るわ! それじゃあ任せたわよ!」

 

「ちょ、ほんとにオイラ一人でやれって言うのか!?」

 

 

 ルアンの叫び声もむなしく、ダフネは浜辺に行き、足跡を辿ってベートを追い駆けに行く。

 

 ルアンはその様子を唖然としながら見送ることになってしまった。

 

 そして、丁度入れ違いになるように、フィンがそこに辿り着いた。

 

 

「すまない。緊急の要件が…、あれ? ダフネ・ラウロスはどうしたんだ?」

 

「今浜辺に行って【凶狼】を追い駆けに…って、【勇者】!?」

 

「ベートを見つけたのか!? それに浜辺か…。僕も追い駆けたいところだが、他にもベル・クラネルの所にも伝えないといけないから、ダフネ・ラウロスに託すとしよう。そして、緊急事態だ。【ヘルメス・ファミリア】のルルネ・ルーイの姿も見当たらない。恐らく、どこかで囚われてしまっている」

 

「え、ええええ!?」

 

 次から次へ状況が変わるありさまに、ルアンは頭を抱える。

 

 そしてフィンは伝えることを伝えたため、その場を離れ、ルアンは一人でニョルズを見張ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、レフィーヤはヘルメスとアスフィの元へ駆けている途中だった。

 

 走っている前に、小さな女の子が目の前に転んでしまっていて、泣いていた。

 

 レフィーヤはその様子を見て、思わず足を止めてしまう。

 

 

「あの、大丈夫ですか? これ、ポーションです。それで、親御さんとかは…?」

 

「ありがとうございます…。お母さんとかはぐれてしまって…」

 

「そうなんですか…。どうしましょうか。どこら辺に住んでいるのですか?」

 

(すぐにその場に連れて行って、早くヘルメス様の元に急がないと!)

 

 

 レフィーヤが内心焦っていたが、少女が返答せず、代わりに質問される。

 

 

「…お姉さん、オラリオの冒険者なの?」

 

「はい、そうですよ。どうかしたんですか?」

 

「あのね、ずっと前から遊び場で変な物がいて…」

 

「変な物…?」

 

「うん。湖に出た、あの長いモンスターに似ている。」

 

「!!?」

 

 

 少女の言葉にレフィーヤは驚愕する。それはつまり、ベル達が言っていた食人花の事に他ならない。恐らく、予備の食人花のありかである。

 

 

「大人の人に内緒って言われてたんだけど、私、怖くなっちゃって…」

 

「その変な物は、どこに?」

 

「この道の、ずっと奥……」

 

 

 少女が指すのは、路地口だった。

 

 

(…まさかこんな形で見つかるとは予想しませんでしたけど、先に本当かどうか、調べときましょう)

 

 

「案内、できますか?」

 

 

 レフィーヤが尋ね、少女は頷く。

 

 そして案内されると、路地裏は入り組んでおり、土地勘がなければすぐに迷ってしまうほどだった。少女は勝手知ったる様子で、人気のない小径の奥へ導いていく。

 

 

「……?」

 

 

 レフィーヤの細い耳がぴくり、と知覚して、何かに見られているような感覚に陥り、狼狽していた。

 

 そして、少女がレフィーヤの心の中を見透かしたように、背を向けたまま、その疑念に回答する。

 

 

「アマゾネスのお姉ちゃんが来たんじゃないかな?」

 

 

 レフィーヤが「え?」と返答する前に、恐ろしい手刀を振り下ろされ、的確に首筋に打ち込まれた。

 

 薄れゆくレフィーヤの意識が途絶える前に、少女の声が聞こえる。

 

 

「神々の中には、纏う『神威』を0にする者がおる。ゼウスやオーディンなどの大神や、一部の神々もそうじゃ。子に成りすまし、気づかれることなく市井に溶け込む。これもまた、下界の遊びじゃな」

 

 

 少女が鬘を脱ぎ、紅の髪を出し、懐から取り出して2本の牙をはやした悪鬼の仮面をつける。

 

 

「1つ利口になったのう、【ロキ・ファミリア】の眷属よ」

 

 

 その姿はカーリーの姿を現し、またその隣にはレフィーヤの後ろから現れたバーチェが並んでいた。

 

 レフィーヤはその光景を見ることが出来ず、そのまま気絶して、意識を完全に途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ティオネ、ティオナは人気のない場所に組み手の練習をしていた。

 

 どうやって二人を見つけたのか、アルガナからルルネの持ち物のペンを見せられ、人質を囚われていることを知らされた二人は、決戦の時間になるまで競い合っている。

 

 ちょうど、ティオネの拳がティオナの腕で防がれているところだった。

 

 

「痛ったぁー!? 本気でやりすぎでしょティオネ―!?」

 

「当たり前だろ、ティオナ! じゃなきゃ、意味がない!」

 

「ッ…!」

 

 

 拳を交わすうちに、お互いが白く燃えていた。

 

 次第にいろいろな感情が混ざり合い、とうとう先にティオネが口に出した。

 

 

「ねぇ、知ってる? 私、あんたのこと大っ嫌いだったわ」

 

「知ってるよ! 聞かなくてもわかっていた!」

 

「今も嫌い」

 

「そっか!」

 

 

 テルスキュラにいたときと変わらず、ティオナは唇を曲げている。

 

 凄まじい肉弾戦を繰り広げながら、顔に笑みを耐えている。

 

 その笑顔にティオネに苛立ちが増していった。

 

 

「いつもいつもヘラヘラ笑いやがって! ちっとも変わらないじゃない!」

 

「そういうティオネは変わったよねー! ロキたちと出会って、フィンの事を好きになって、ティオネ、変わったよ! あたし、それが嬉しかった!」

 

「っ…そういうところが! 腹立つって言ってるのよ!」

 

「え、何、聞こえなーい!」

 

「てめぇ!」

 

 

 お互い渾身の一撃を放ち、お互いどこ吹く風だった。

 

 無邪気に笑い、天真爛漫に闘い、喜んで技を交わす。

 

 気づけば、ティオネの方も笑みを出し始め、双子の姉妹は笑いあっていた。

 

 ティオネとティオナは殴り合いを楽しんでいる。

 

 そして、本来の目的を忘れた二人は。

 

 

「「おぐぅ!?」」

 

 

 と、お互いの拳がお互いの頬にめり込んでいた。

 

 そして、二人はぐらりと体勢を崩し、揃って仰向けとなって倒れ込んだ。

 

 そして、手足を投げ出し、大の字になっていた二人は勝敗について言い争っていたが、やがて笑みがこぼれる。

 

 二人揃って寝転がり、ティオナとティオネは見上げる視界が眩しく感じていた。

 

 しばらくした後、二人とも用意しておいたポーションを飲み、回復していく。

 

 そして、二人とも夜まで休む事にして、決戦に備えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ベルとカサンドラはマードック家の前で見張りをしていたが、フィンの緊急事態の内容が通達され、取り乱していたが、フィンによってすぐに冷静になった。

 

 

「じゃあ、これからどうするんですか?」

 

「もう僕達は【カーリー・ファミリア】に関しては後手に回っている。少なくとも、君達で今日中にメレンの食人花の問題を片づけて欲しい」

 

「今日中にですか!?」

 

「ああ、もはや悠長していられない。速攻で片づけて欲しい、以上だ。僕は持ち場に戻る」

 

「き、気をつけて下さい!」

 

 

 僕はそう言うと、フィンさんは「大丈夫だ」と応え、その場を去った。

 

 どうやら、メレンにおいて、非常に大きな騒動が起こる予感がした。

 

 

「カサンドラさん…。食人花の隠し場所って、どこら辺ですかね…?」

 

「私に聞かれてもわからない…」

 

 

 僕達は弱音を吐いてしまった…。だが、粉の生成方法から考えて、少なくとも粉を取り押さえる。その機会を僕達は待つことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ベートは【カーリー・ファミリア】が泊まっている宿に辿り着いた。

 

 そして、見張りをしていたアイズがベートに気づき、ベートもまた気が付いたため、【カーリー・ファミリア】に見つかる前に、一旦アイズの元に身を隠した。

 

 

「ベートさん、どこに、行っていたのですか?」

 

「ああ、まあ、ちょっと、な…。フィン達は?」

 

「…ルルネさんが囚われたことに関して、他の【ファミリア】の人達に、伝えに行っています」

 

「…!? こっちも大分やべえな…!」

 

「…? こっちも…?」

 

「いや、俺の話だ。気にすんな……、おい、あいつもここに来たぞ」

 

「ん…」

 

 

 そこで息が絶え絶えなダフネが辿り着き、アイズたちはそれに気が付く。

 

 

「もしかして、ベートさんについてきたのでは?」

 

「はぁ!? 何を言って…、そうか、俺の足跡でここに辿り着いたのか」

 

「とにかく、こっちに来てもらおう…!?」

 

 

 すると、ダフネの所にアルガナがやってきた。

 

 ダフネも「最悪…!」と悪態付きながらも、どうにかこの場を逃げようとしても、あっさり囲まれてしまった。

 

 監視していたアイズは助けようとするも、ベートに止められる。

 

 

「まずい!」

 

「待て、アイズ! 今は更に場が荒れちまうから、おとなしくしろ!」

 

「でも…!」

 

「ここはまだ監視をするべきだ! ここの見張り場所がなくなったら、後になって、この事が響いちまう!」

 

 

 そうしているうちにダフネはあっさり気絶され、囚われてしまった。

 

 そして、宿の中に運ばれていく。

 

 

「…!」

 

(やっぱり、人質としてか…。さて、あいつもこの宿の中にいるのか…?)

 

 

 ベートは目の前に起きたことをにらみながらスルーし、ダフネが宿の中に入られることを黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてしばらくした後、フィンが戻ってきた。

 

 

「遅れてすまない! 状況は!?」

 

「ダフネさんが囚われてしまいました…」

 

「…」

 

「…ッ!? まずいな…。いよいよ人手が足りないぞ…! レフィーヤはまだなのか?」

 

「はい。まだ戻ってきません…」

 

「……」(…もしかしたら、レフィーヤも、もう…!)

 

 

 フィンが必死に状況を挽回できるかどうか考えていると、ベートがある提案をしてきた。

 

 

「なあ、フィン。ここの見張りは俺に任せて良いか?」

 

「…別に構わないが、揉め事だけは起こすなよ」

 

「ああ。向こうから手を出してこない限り、やらねえよ」

 

「…わかった。じゃあ、ベート、君にここは任せる。僕達はヘルメスの元に急いで向かって、レフィーヤがそこに来たのかを尋ねる。そして、その返答次第で行動を考える」

 

「「了解」」

 

 

 そうして、フィンとアイズはその場を離れ、ヘルメス達がいるギルド支部に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてフィン達はギルド支部に辿り着き、ヘルメス達に緊急事態のことを伝える。またレフィーヤがここに来たのかを尋ねたが、来ていないという返答が来て、レフィーヤもまた囚われてしまった事が確定した。

 

 

「フィン…どうすればいい?」

 

「…昨日、実は文をオラリオに送っておいて、そろそろ僕達の【ファミリア】がここに到着してもおかしくないはずなんだが…、来る気配がない」

 

「それは、どこかで握りつぶされた可能性は高いぜ。【勇者】」

 

「……となると、ここの現状で対応するしかなくなる。……このまま夜まで待とう」

 

 

 そう結論し、夜になるまでできるだけ戦闘準備をし、ティオナとティオネを探しながら、体力の回復を務めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜となった。

 

 

「行くわよ、ティオナ」

 

「うん! 私は洞窟の方で、ティオネは船の方だよね」

 

「さてアスフィ、すぐに片付けるぞ」

 

「わかっています。こういうのは、ヘルメス様のせいで慣れていますから」

 

「カサンドラさん! 今がチャンスだと思います!」

 

「うん! 向こうが家の中で何か取り出したのが見えた!」

 

「あれ、ニョルズ様、夜に何処に行くんだろう?」

 

「あれ、【ニョルズ・ファミリア】の団長が怪しい動きをしているな。結局オイラ一人で見張る羽目になったし、大丈夫かな…?」

 

「…動いたか」

 

「…」

 

「さあ、来い! ティオネ!」

 

「やぁっと、宿にあまり人気が少なくなってきたな!」

 

「ゲゲゲゲゲ! 準備しなぁ、春姫!」

 

「さて、妾も楽しみじゃ…宴が始まるぞ」

 

 

 メレンの地にて、戦いの幕が上がる――――――。

 



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混沌とするメレンでの戦場

申し訳ありませんが、明日も投稿をお休みします。
明後日からまた再開します。

あと、今回の話も長いです。


 夜。

 

 メレンの港町内にある食人花のありかを探るため、僕とカサンドラさんはその共犯者の1人であるマードック家を見張っていた。

 

 そうして見張り続けていると、遂にマードック家のボルクさんが部屋の床から何か袋を取り出す光景を窓越しに見えた。

 

 僕らはすぐに家の中に強行でも入ろうとすると、ボルクさんの方から、家から出てきた。

 

 僕達は慌てて身を隠し、様子を見ると、ボルクさんは家の外にある倉庫に向かっている。

 

 それに尾行していると、ボルクさんは倉庫の鍵を開け、中から同じよう麻袋が出てきた。

 

 僕らはそれを見て飛び出し、ボルクさんの所に走り、問い詰める。

 

 

「それ、漁師たちに持たせている粉が入っていますよね…」

 

「…!? くっ…!」

 

 

 ボルクさんは慌てて隠そうとするも、既に遅いと悟ったのか、すぐに観念してくれた。

 

 

「まさか見張られていたとはな…」

 

「ほ、他にも教えてください! 予備の食人花は何処に…!」

 

 

 僕は食人花のありかを知るため、ボルクさんに何度も問い詰めたが、そこまでは知らなかったようだ。

 

 

「いや、それは知らん。俺はこの粉の方しかやっていないからな」

 

「…と、とりあえず、それは証拠品として押収します…」

 

 

 そうしてカサンドラさんがボルクさんから粉の入っている袋をいくつか取り上げ、証拠品として押収する。

 

 そして、ここははずれだったため、他の人の所に僕達は向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、フィンとアイズは【カーリー・ファミリア】が乗ってきた船が港から離れているのを見て、すぐにそれに乗り込もうと走っていた。

 

 しかし、その途中で何か騒ぎ声が聞こえ、そして行く手を阻まれる。

 

 

「…! 食人花!?」

 

「やはり妨害してきたか…。速攻で倒すぞ、アイズ!」

 

「了解、フィン」

 

 

 そう言い、すぐに切り倒していくが、食人花の数が非常に多く、またメレンの街の人達の避難もあり、対処に手間取ってしまっている。

 

 しかも、新たな妨害が入ってきた。

 

 

「お前の相手はアタイさぁ~、【剣姫】~!」

 

「…ッ!?」

 

 

 大戦斧の攻撃を緊急回避し、すぐに距離をとるアイズ。

 

 相手をよく見ると、全身金属鎧で覆われた者が対峙しており、何か光の粒が立ち上がっているように見えた。

 

 

(こんな時に…!)

 

「ゲゲゲゲゲッ、良く避けたねぇ。だが、今日でもう終わりだよぉ。ここでぶっ潰してやるからさぁ!」

 

「っっ!?」

 

 

 直後、鎧をまとった巨女は両手に持った大戦斧を振り上げ突進し、アイズの予想を裏切るほど速く、圧倒的だった。

 

 何とか間一髪で防いでみせたアイズの武器が、あまりの衝撃にピリピリと剣先を震わせている。

 

 

(重い!!)

 

 

 アイズの驚愕は止まらない。

 

 朝で事前に報告にも上がっていたことから、相手は恐らく【イシュタル・ファミリア】の【男殺し】フリュネ・ジャミールだと容易に予測できるが、彼女はLv.5である筈である。

 

 にも関わらず、Lv.6の【剣姫】と互角に及ぼうかという力と速度で渡り合っている。

 

 攻撃の威力、動作の速度、知覚範囲、すべてを考慮してもLv.5のものではなかった。

 

(【ランクアップ】したの? この人もLv.6に…!? でも、この違和感は…)

 

「ゲゲゲゲッ、間抜けぇ!」

 

「ぐっっ!?」

 

 

 途方もない威力によってアイズの体勢が揺らぎ、さらにそこから連撃で真正面から大戦斧を振り下ろされ、剣で受け止める格好となってしまい、アイズの膝が沈み、地面に亀裂が走る。

 

 そして、唇を裂いたフリュネは更に大声で叫んだ。

 

 

「今だよぉ! やりなぁ!」

 

 

 声を放った先は戦場の外であり、そこに潜んでいたアマゾネスが予定調和かのようにアイズに向け、何かを唱えた。

 

 

「~~~~~~!?」

 

 

 直後、高周波のような何かを浴びせられるアイズ。

 

 しまったと思い、堪らず受け止めている大戦斧を振り払い、その場から緊急離脱する。

 

 それらがすぐに止むと、体には傷もなく、異常も見られなかった。

 

 しかし、相手が追撃せず、何か面白そうにこちらに窺っている。

 

 まさかと思い、アイズは魔法を起動させようにも、上手くできない。

 

 

「…これは…」

 

「ゲゲゲゲゲッ!! 成功したようだねぇ! そうさ、『呪詛』だよぉ~! 【勇者】の方にも浴びせようかと思ったけど、距離が少し離れちまったからもったいなかったが、魔法が使えない今のお前ではアタイには勝てないさ~!」

 

 

『呪詛』は純粋な『魔法』とは異なり、発動者に代償を与える代わりに、『魔法』にはない呪術的な効果を発揮し、それは発展アビリティである『耐異常』の類も無意味であり、限られた方法でなければ防御も解呪もできない。

 

 術者を倒せば『呪詛』は解呪することが可能だが、既に行方をくらませてしまっている。

 

 魔法が使えなくなったアイズに、Lv.6の力を持つフリュネが襲い掛かる。

 

 フィンはそこに援護しに行こうにも、大量の食人花とアマゾネス達に阻まれている。

 

 ガオレン船が沖から離れていき、もはや泳がなければ追い付けない所に行ってしまっている。

 

 フィン達はそれを見て、歯を食いしばりながら戦いに身を投じる。

 

 その様子を、アイズと同じ金の長髪を持つ獣人が見て、様々な感情が去来していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ルアンは何かを探しているのか慎重に行動している【ニョルズ・ファミリア】団長のロッドの後をつけていた。

 

 神ニョルズを見張っていたが、ルアンは一瞬騒ぎ声がした方に目を向けてしまい、いつの間にかニョルズがいなくなってしまっていた。慌てたルアンだが、その前にロッドが何かを見つけたかのようにどこかに向かって行くのを見て、ルアンは挽回の機会だといわんばかりにつけている。

 

 

(それにしてもこんな海蝕洞の奥地まで来ているし、オイラ、無事に元の出口に戻れるかな…?)

 

 

 ロッドが海蝕洞の中に入り組んでいる道を迷うことなく進み、ルアンもそれについて行く。そして、ロッドが何かを見つけたかのように、息を殺した。

 

 

「…っ」

 

 

 ルアンもまた慎重にそれが何かを遠目で見ると、複数置いてある黒檻の中で、小型の食人花がいて、また地面には大量の檻が外に運び込まれてしまったであろう跡があった。

 

 ルアンはそれを見て、思わず声を上げてしまう。

 

 

「うげっ!? オイラの方が当たりかよ!」

 

「っ!? 誰だ!?」

 

 

 ロッドは慌てて振り返り、ルアンはかなり焦り、言い訳を行う。

 

 

「あ、ちょっ、待て。オイラは今ここに来たばっかりだ! 実は食人花という今檻の中に囚われているモンスターが隠されている場所を探っていて…」

 

「…ま、参ったなぁ。俺を追跡されていたのか…。気づきもしなかったぜ…」

 

「いや、お前が犯人じゃないのはわかっているから。オイラはニョルズ様の方を見張っていたし。そういう意味じゃ二重尾行だな、これは」

 

「………え?」

 

 

 ルアンがそう言い、ロッドがその言葉を聞いて唖然していると、その話を聞いていたのか、神ニョルズがロッドよりさらに前の方から沈痛な表情で現れた。

 

 ロッドはこの光景を見て、咄嗟に自分のせいにしようと主神を庇おうとしたのだ。

 

 彼に対する信頼と敬愛がそう行動させようとしたが、ルアンは事情を知っているため、すぐに見破られてしまった。

 

 ニョルズは眷属に自分の罪を押し付けかけた事で、後悔たる思いに染まっている。

 

 

「ニョルズ様、嘘でしょう!? こんな化け物を湖に放してたなんて…!」

 

「いや、何も間違ってねえよ、ロッド。俺はお前たちが思っているほど、立派な神様じゃねえってことさ」

 

 何も否定しない主神にロッドは泣き出してしまう。

 

 彼と目線を合わせないニョルズは、ルアンとその背後にいるもう1つの影の方に見やった。

 

 

「悪いな、ヘルメス。これは俺が…」

 

「もう隠し事はなしだぜ、ニョルズ。他の所にも行かせているし、事情も推測できている」

 

「えっ!? ヘルメス様、いつの間に!? ギルド支部の方は…!?」

 

「アスフィが速攻で終わらせて、こっちに来たのさ。ルアン君の後姿が見えたから、俺もそれに尾行したのさ」

 

「オ、オイラ達、三重尾行になってたんだ…」

 

 

 ヘルメスが背後についてきていたことに気づかなかったルアンは、驚嘆している。

 

 

「まあギルド支部の方は、ルバート1人だけだったからな。都市への信号機を持ち出していたり、他にも何か怪しい資料も回収していたからわかりやすかったからな。さて、ニョルズ。早速聞きたいことがあるが、どうやってこの食人花を知ったんだ?」

 

「…7年。いや、6年前か? オラリオの排水路からこいつが流れてきてな。ロログ湖に飛び出してきたことがあったんだが、その時は旅の【ファミリア】に殲滅してもらった。で、無断で都市の地下水路を探っていたら、変なヒューマンに会った」

 

「そいつの特徴は?」

 

「そうだなぁ、前髪で目を隠していて、白くて不健康そうな男だったな。それでそいつと話していたら、交渉が持ちかけられた。「食人花を湖に放つ代わりに、港町からの密輸の融通を図ってくれ」と」

 

「そしてそれを承諾して、ギルド支部と街の長であるボルクを巻き込んだという事か」

 

「あぁ、その通りだ」

 

 

 ルバート、ボルク、ニョルズ。

 

 この3人の共犯関係はなるべくしてなり、彼らの行いは数年間も続けてきたのである。

 

 漁と海、そしてそこに関わる下界の住人を愛した男神ニョルズの末路に、ヘルメスは溜息をこぼす。

 

 

「一応確認するけど、その怪しいヒューマンとは取引相手なだけなのか?」

 

「ああ、そうだが…」

 

「…ここに運んでおいて、港近くに食人花を放したのは誰だ?」

 

 

 ヘルメスの質問にニョルズは声を詰まらすが、正直に白状した。

 

 

「えー、あー、………【イシュタル・ファミリア】だ」

 

「やっぱりか…」

 

 

 出現した食人花に目を疑い、ニョルズ自身がここに来る原因となった【イシュタル・ファミリア】。それが今動いているという事は、決闘が行われている。

 

 完全に後手に回っており、ヘルメスは状況が悪化していることに頭を抱えた。

 

 また、別の疑問も尋ねる。

 

 

「そういえば、取引相手の密輸ってのは何を運んでいるんだ?」

 

「いや、俺も中身を見てないが、何か箱がガタガタ揺れていたから、生き物かもな。とにかく金が必要とか言っていたな」

 

「金、か…」

 

 

 『闇派閥』の活動資金が非常に困っている状態であると推測したヘルメスはすぐにこの話を切り、今の現状の事に考えた。

 

 

(【勇者】も【剣姫】も足止めされていたのを見えたから、残りの戦力はアスフィ、ベル君、カサンドラちゃん、今ここにいるルアン君となるな…。後はベート君の動き次第という形だな。そうなると…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ベートは少ない人数である宿の見張りをすぐに気絶させ、宿の中に入って行った。

 

 

(昨日の昼間に戦ったやつは宿から何処かに行っちまいやがったし、早いとこあいつを探して…!)

 

 

 ベートが宿の中を探索していると、あまり時間をかけずに、地下に通じる扉を発見する。

 

 ベートはその扉を開け、奥へと進んでいく。

 

 薄暗い道を進み、奥に辿り着くと、そこにも見張りはいたが、すぐに倒す。

 

 そして、そこには鎖で縛られている神ヴィーザルとダフネの姿があった。

 

 

「…! ベート!? ここに来ていたのか!?」

 

「【凶狼】!?」

 

「…耳にはしていたが、本当にお前が来ていたとはな、ヴィーザル」

 

「……」

 

 

 ベートの出現で、囚われていた者たちは驚愕の顔を出し、そしてヴィーザルはすぐに沈痛な顔をした。

 

 

「さて、折角だから聞かせてもらおうか。お前らがオラリオから出た後、何があった? 他の【ファミリア】の連中はどうした?」

 

「…全員、【カーリー・ファミリア】に足を掬われ、命を落とした」

 

「……ッ!?」

 

 

 ベートは【ヴィーザル・ファミリア】の人達の末路を聞き、顔に動揺が走る。

 

 ダフネはそれをベートに聞かされてしまい、この後どうなるのか想像したくなかった。

 

 

「お前ら……! 何故逃げ出さなかったんだ!! 戦力差ぐらい理解できるはずだぞ!! あいつらはそこまで…!!」

 

「……すまない、ベート…」

 

「あの時と同じく、お前が謝るんじゃねえ!! 一体何があったんだ!? 【カーリー・ファミリア】の連中がそこまで執拗に追ってきたのか!?」

 

「…それも、あるが……」

 

「はっきり言いやがれ! 俺がお前らをオラリオから出して、その後は何があったんだ!」

 

「……………わかった、そこまで気になるなら話そう。実は―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ルアンとヘルメスは、ニョルズとき止んだロッドを連れて海蝕洞から出ていた。

 

 そして、急いでルアン達が元にいた場所に戻り、そこで待っていたアスフィと合流すると、丁度そこにベルやカサンドラも到着する。

 

 

「あ、ルアン、ヘルメス様! そっちはどうでしたか!?」

 

「ああ、丁度終わったところだ。俺達は証拠品も押収したし、ルアン君が食人花のありかを突き止めて終わらせたし、そこから今戻ってきたところだ」

 

「…本当に、俺達全員を見張ってたんだな…」

 

「当たり前さ、ニョルズ。さて、これでもう食人花から手を切る様に。『闇派閥』」関連の物もだ」

 

「ニョルズ様。今度からは、ニョルズ様が思いつめて変なことに手を出さないように、俺達もしっかりします」

 

「ロッド…ありがとう」

 

「…いい子供を持ったな、ニョルズ」

 

「ああ、まったくだ。これからロッドとボルク達と一緒に、コツコツと頑張って、あのモンスターを使わないようにする」

 

「よし。それならメレン街の食人花に関しては、これにて一件落着だな!」

 

「あの、ギルド支部の方は…?」

 

「他にも汚職していたことが発覚しましたので、その証拠品の資料をギルド本部に提出させます」

 

 

 どうやらギルド支部長のルバートと言う人が他にも手を出しており、本当に黒であったことが発覚したため、厳重に処罰が下されるだろうと話していた。

 

 それを聞いたニョルズ様は悪い事をしたと思い、こう提案する。

 

 

「あいつには悪いことをしてしまったから、職を失ったら俺達【ニョルズ・ファミリア】の漁師として加えるよ」

 

「いや待てニョルズ、鬼かお前は。事務畑の奴を肉体の戦場に放り出すとか…」

 

「でもよ、巻き込んじまった俺はこれくらいしか罪滅ぼしが…」

 

「大丈夫ですよニョルズ様。俺達がちゃんと可愛がってやりますので」

 

「ならよし!」

 

「ヘルメス様も鬼ですね…」

 

 

 意図を超えて好き勝手やっていたルバートに、鬱憤を溜まっていたロッドたちに囲まれる姿が容易に想像できたアスフィは苦笑いを浮かべた。

 

 だが、何はともあれ、メレン街の今後の方針も纏まったため、今度こそメレン街に出現した食人花の事に関しては解決したと僕達は結論する。

 

 そして今度は【カーリー・ファミリア】の方だと言わんばかりに、先程から騒ぎ声が聞こえる方にニョルズ様とロッドさんを残して皆で向かい、今の現状に対処しようと考えていると、ヴィーザル様が囚われていることで、僕は疑念に思っていたことを口にした。

 

 

「そういえばヘルメス様。どうしてベートさんは【ヴィーザル・ファミリア】に入団したんですか?」

 

「ん…? こればかりは本人から聞かないと分からないが、そうだなぁ…。【ヴィーザル・ファミリア】は獣人が多く、探索系の【ファミリア】だったから、多分ベート君も居心地は良いんじゃないかと思ったのかな?」

 

「そうだったんですか!? てっきり【ヴィーザル・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】のような異種族混合な【ファミリア】かと…」

 

「大抵は同じ種族が多いところに入団するからね。それからめきめきと力をつけていって、ベート君がその【ファミリア】の中で一番強くなって、信頼も勝ち取ることもできてリーダーになったんだよ。他の団員たちも昇格し始めて、弱小だった【ヴィーザル・ファミリア】は、中堅派閥の仲間入りを果たしたんだ。この時は、ベート君はまだ【凶狼】ではなく、そう呼ばれる前の二つ名だった【灰狼(フェンリス)】と呼ばれていたんだ」

 

 【ヴィーザル・ファミリア】の事についてあまり知らなかった僕は驚嘆した。

 

 話を聞いている限り、ベートさんと他の団員たちとは余り仲が悪かったとは思えなかったのだ。

 

 ならなぜ、【ヴィーザル・ファミリア】はベートさんを残して、オラリオから出てしまったんだ…?

 

 

「だが、ここら辺はよく事情を知らないから言えたことじゃないが、ベート君が一時的にオラリオから出て行ったことがあるんだ」

 

「え…?」

 

「そして、その間に団員が1人、ダンジョンで亡くなってしまった事があって、帰ってきたベート君と喧嘩別れしてしまったと聞いているぜ」

 

「…!? もしかして、それが原因でオラリオから出てしまったんですか!?」

 

「まあ、そういう事になるな。俺の推測では、ベート君がダンジョンから遠ざけるように感じるけどね」

 

 

 ベートさんが派閥のリーダーとなり、派閥の人達に対して、何かしらのあり方を示したはずが一気にそれが瓦解して、【ヴィーザル・ファミリア】は表舞台から去ってしまった。

 

 もしベートさんが、ダンジョンから遠ざけて助けるつもりだった元仲間だった眷属達が全滅したことを知って、ヴィーザル様と出会ったら、どんな思いを抱いてしまうんだ…?

 

 『殺生石』も必死に守ったのに、結局奪われてしまって…。

 

 

「…あれ? そもそも、全滅する原因になってしまった『殺生石』は、どうして【ヴィーザル・ファミリア】が持っていたんですか?」

 

「…さてな。こればかりは、俺にも推測しようもない。何せ、最後にあった情報は5年半ぐらい前だから、団員もどうなっていたのかもわからないからね」

 

 

 ヘルメス様もそこは気にしていなかったのか、僕と同じように走りながら考え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、とある洞窟内。

 

【カーリー・ファミリア】に囚われてしまっているレフィーヤとルルネは、目の前でティオナとバーチェが戦闘を繰り広げている光景を、神カーリーと多くのアマゾネス達と一緒に目の当たりしている。

 

 最初、ティオナはバーチェとの戦闘を拒否していたが、カーリーは戦わないと人質を殺すと言い、バーチェもまた魔法を唱えた。

 

 

「【食い殺せ、ヴェルグス】」

 

 

 それは付与魔法であり、超短文詠唱である、バーチェ唯一無二の魔法を発動させる。

 

 属性は『猛毒』で、テルスキュアの『儀式』と呼ばれる戦闘の中で多くの同胞を葬ってきた、防御不可能の毒牙である。

 

 アルガナを『蛇』だとするならば、バーチェはこの魔法により、『毒蟲』に例えられる、まさに『蟲毒の王』と名乗るにふさわしい武器だ。

 

 魔法の発動によりバーチェの拳に禍々しい光が纏い、周囲のアマゾネス達が一斉に足を踏み鳴らし、闘技場の『儀式』を再現するかのように、洞窟内が熱狂に満ちた。

 

 ティオナは襲い掛かってくるバーチェと対峙して、拳を構え、戦闘に至ってしまう。

 

 その様子を見ているカーリーは、喜んでいた。

 

 

「かかか! やはりこっちの方を見に来てよかったのお!」

 

 

 バーチェの魔法を纏った拳が、ティオナが躱して地面につき刺さり、その地面から異臭と煙が立った。

 

 それを見た囚われのレフィーヤとルルネが戦慄する。

 

 

「な、なんですか、あの魔法…!?」

 

「あ、あの魔法の毒、下手したら『ポイズン・ウェルミス』の劇毒よりやばいんじゃ…!」

 

「かかか! あの魔法を食らった【ヴィーザル・ファミリア】の彼奴らも、お主たちと同じように戦慄していたのぉ!」

 

「「……!?」」

 

 

 ダンジョンに出現する『ポイズン・ウェルミス』ですら、『耐異常』がそれなりに高くなければ、苦しんで、特効薬なしでは下手したら死に至る。

 

【ヴィーザル・ファミリア】の人達は、あの魔法を喰らって…!?

 

 レフィーヤはカーリーに感情的になって質問した。

 

 

「ど、どうしてそんな事を…!?」

 

「ん? ああ、お主たちには伝えてなかったな。実は、とある依頼で、あるものを手に入れるためだったんじゃが、その時に【ヴィーザル・ファミリア】が抵抗されてしもうてな。それで仕方なくな」

 

「そ、そんなに【イシュタル・ファミリア】からの依頼が重要だったんですか!?」

 

「報酬が、わしらにとってはまたとない機会だったのじゃからな。何せ、【フレイヤ・ファミリア】と戦えるからな」

 

「そのために殺してまで『殺生石』を奪って…!」

 

「………ああ、なるほどなるほど。お主の言い分がわかった。そして、少し勘違いしているぞ」

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿にいるベートと囚われのダフネ、神ヴィーザルが対峙しており、ベートは【ヴィーザル・ファミリア】のオラリオ後の行動を聞いていた。

 

 

「そこまで気になるなら話そう。実はオラリオに出てから、私ら【ヴィーザル・ファミリア】の眷属達は皆ずっとそのまま残っていたのだ。そんなある日、獣人の種族である女の狐人が我らの派閥に加入を申し込んできたんだ。最初は断ったが、それでも食い下がってきて、理由を聞くと、どうにも住んでいた村が洪水によって沈んでしまって1人となってしまい、たまたま近くにいた私らに加入したいと事で、眷属達みんなと相談し、受け入れたんだ」

 

「……はっ、お前らはまだそんなことをしていたのか。まだ何か諦めていなかったのか。で、それで?」

 

「その狐人は2年間ぐらい我らと共に過ごしてな。そして、どこの派閥にも所属していない同じ種族である男の狐人と恋に落ちたんだ。丁度ベートが昔、そうしていた風にな」

 

「……ッ!? てめぇ、蹴り殺されたいのか! つーか、あの時のを見てやがったのか!?」

 

「そしてそのままその2人は結婚して、月日が流れて、子供が生まれたんだ」

 

「スルーすんな!! 俺の方の問いに答えろ!!」

 

「そして、その時は今から丁度2年前で、私ら【ヴィーザル・ファミリア】総員でそのことを祝福し、その2人と赤ん坊を含め、盛大に宴をしていたんだ」

 

「おいっ!! てめぇの耳はついに腐っちまったのか!!」

 

 

 ベートの言い分を完全にスルーして話を続ける神ヴィーザルに、すぐ傍にいるダフネはこの場の場違い感に少しどうにかしてほしいと思っていた時、ヴィーザルの声のトーンが落ち始める。

 

 

「その時だったんだ。【カーリー・ファミリア】の奴らが乗り込んできたのは」

 

「「…!?」」

 

「私らは最初、何事かと穏便に対処しようとしていたんだが、向こうは一方的に蹂躙してきた。私らはそれでも抵抗しようとしたが、眷属達は皆、奴らに殺されてしまったのだ」

 

「………」

 

 

 そして、神ヴィーザルはそのまま捕まり、今に至る。

 

 【ヴィーザル・ファミリア】のあっけない結末を聞かされ、ベートは佇んでいた。

 

 世界で最も危険なダンジョンから遠ざけても、弱肉強食の世界に飲まれ、皆最後にその牙に食い荒らされてしまったのだ。

 

 そして、その話を聞いていたダフネはあるものが話に出てきていないことに気づく。

 

 

「ねぇ、ちょっと待って。割り込んできて悪いんだけど、質問しても良い?」

 

「ああぁ?」「何だ?」

 

 

 ベートの不機嫌な返事をヴィーザルはスルーして、ダフネの質問を聞く。

 

 

「『殺生石』はどうしたの? ウチらの方の情報には、アンタの【ファミリア】がそれを持っていたから、【カーリー・ファミリア】が【イシュタル・ファミリア】の依頼で、殴り込んできたような話を聞いているんだけど」

 

「あ? 『殺生石』? なんだそりゃ?」

 

「狐人専用の負の魔道具の事よ。【イシュタル・ファミリア】はそれを欲しがっていたの。てっきり今の話から、【ヴィーザル・ファミリア】の誰か、もしくは狐人の2人のどちらかが持っているものだと思っていたけど、違うの?」

 

 

 ダフネとベートはヴィーザルの方に視線を向け、ヴィーザルが答えを言うのを待っていた。

 

 そして、口を開く。

 

 

「………いや、我らの派閥や狐人2人も両方『殺生石』は持っていない。そもそも、あの宴の場にそんなものはない。私が『殺生石』を見たのは、昨日が初めてだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レフィーヤの質問に、カーリーはそもそも勘違いをしていたことに気づき、そこを指摘した。

 

 その事で、レフィーヤと傍で聞いていたルルネは困惑する。

 

 

「少し勘違いしている…? どういう事ですか!?」

 

「お主らは、妾達が『殺生石』を奪おうと【ヴィーザル・ファミリア】を主神残して皆殺しにしたと思っておるじゃろ。だが、それだと微妙に依頼内容とは異なっておるのじゃ」

 

「…? じゃ、じゃあ、どんな依頼内容だったの? 私達の主神であるヘルメス様も『殺生石』を狙って起こしたものだと思っていたけど…」

 

「そこじゃ。そこが微妙に違うのじゃ」

 

「どこだよ!? どこが違うんだよ!?」

 

 

 ルルネはどこら辺が違うのかわからず、催促の声を上げるが、レフィーヤは改めて質問した。

 

 

「……じゃ、じゃあ、【イシュタル・ファミリア】からもらった依頼内容は、何だったのですか?」

 

 

 その問に、カーリーは待っていたとばかりに答える。

 

 

「依頼内容はこうじゃ。『そちらの準備が整っていたら、メレンに来てもらいたいのだが、今はこちらの方の問題が残っている。あるものを決戦で使いたいが、いまだ完成しておらず、その材料であるは『鳥羽の石』があるが、もう片方がない。そのため、アルベラ商会から教えられる場所で調達してきて欲しい。調達したら、指定の場所まで運んでもらいたい。それを使って加工して、完成するまで1年半はかかるが、その加工が終わったら取り来てもらい、【フレイヤ・ファミリア】との決戦前の準備のため、メレンに来てほしい。その時に加工してもらったやつも運んできてほしい』とな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、僕達はフィンさん達が戦っている所の前まで来た。

 

 【ヴィーザル・ファミリア】が『殺生石』を持っていた来歴が考えても出て来ず、僕とヘルメス様、そしてその話を聞いていたアスフィさんは悩んでいる。

 

 そして、不意にあることをアスフィさんに聞いた。

 

 

「そういえば、朝の報告会の時に、『殺生石』の材料について一瞬だけ触れたじゃないですか。その材料って一体何でしたっけ?」

 

「『殺生石』の材料は『玉藻の石』と『鳥羽の石』です。『鳥羽の石』の原料はルナティック・ライトと呼ばれるもので、月の光を浴びることで色を変え、光を放ち、魔力も帯びる特殊な鉱石です。地下に潜るダンジョンには縁がなく、オラリオには出回ってはいません」

 

「…『玉藻の石』は?」

 

 

 『玉藻の石』について聞いてみると、アスフィさんは少し苦い顔をしたけど、すぐに教えてくれた。

 

 

「…心して聞いてください。『玉藻の石』の原料は、狐人の子供の遺骨です」

 

「…えっ!?」

 

「『玉藻の石』は本来、狐人の魔法、『妖術』の効果を跳ね上げる物として使われています。そして、その2つを加工する事で『殺生石』ができます。今日から3日後に現れるような満月の時に悪魔の石に変わるのも、この2つの原料の性質によって起こるのです」

 

 

 『殺生石』の効果の恐ろしさは聞いてはいたのに、まずその原料から非人道的なことが行われていることに僕は衝撃を隠せなかった。

 

 そしてちゃっかり聞いていたルアンとカサンドラさんもまた、衝撃を隠せず、走りながらこちらの方を見ている。

 

 だけど、そんな衝撃を味わっている暇はないかのように、現実は襲ってくる。

 

 僕らはついにフィンさん達が戦っている所に辿り着いた。

 

 

「…!? 食人花がこんなに!? 急いで手助けないと!」

 

「う、うん! 少しでもこの状況をどうにかしないと!」

 

「うげ!? よくよく考えたら、オイラって無理じゃね!? アマゾネス達もいっぱいいるし!」

 

「それでも戦いなさい。少なくとも【勇者】と【剣姫】のどちらかを自由にすれば、まだこの状況を取り返せるかもしれませんから」

 

 

 そうして、僕らは食人花とアマゾネス達の群れに突っ込み、戦いに身をゆだねることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、宿にいるベート、ダフネ、ヴィーザルは話の続きをしていた。

 

 

「あ? じゃあ、何でお前らが襲われたんだ? 『殺生石』つーのは、なかったんだろ?」

 

「ああ、なかった。完成された『殺生石』はな」

 

「…? どういう事?」

 

「『殺生石』の元となる原料があの場にあったんだ。生まれた狐人の赤ん坊がな」

 

「「……はぁ!?」」

 

 

 狐人の赤ん坊が原料という事に衝撃を隠せず、ベートとダフネの声は重なった。

 

 

「あの時は理由が分からなかったが、奴らはやけにその赤ん坊を狙っていて、それに気づいた私らは必死に抵抗した。だが、ご覧の有様だ。皆殺されてしまって、私は囚われて、残った赤ん坊の亡骸を目の前で加工されてしまった。その時に『殺生石』の事を私は知った。」

 

「………その『殺生石』は、今何処に?」

 

「【イシュタル・ファミリア】の方に渡ってしまっている。まだこのメレンにあるかどうか…」

 

 

 ヴィーザルはそう言い、しばらく場が沈痛な空気が流れていると、ベートがヴィーザルとダフネの鎖を解き、解放する。

 

 そして、ベートは叫んだ。

 

 

「……たく、結局この世界はどこに行っても弱肉強食っていうのか! どいつもこいつも雑魚だったって言うのか!」

 

 

 絶望と失望が渦巻くのをベートは止められなかった。

 

 そして、『弱者』によって現実を見せられ、打ちのめされてきたベートは一つの解に辿り着いてしまっている。

 

 いくら強くても、いくら守っても、『弱者』はあっさりベートの指の隙間からこぼれていく。

 

 ならば、遠ざけるしかなかった。

 

 罵って、嗤って、傷つけて、戦場に立っていいのは『弱者の咆哮』をあげられる者だけ。

 

 それほどの気概がなければ、『雑魚』は屍を無為に積み上げる。

 

 だから、ベートは戦場に立とうとする『雑魚』を蔑み、嗤い続ける。

 

 昔の自分を見ているようで、視界に入れないように。

 

 『弱者』を見放せず、本人も気づこうとしないほどの、叱咤激励をしているかのように。

 

 吠えるベートに対して、ヴィーザルは尋ねる。

 

 

「ベート。昔、私はお前にこう言ったのを覚えているか?『ゆめゆめ、その牙ごと顎を引き裂かれないように』と。その意味は分かったか?」

 

「……ああ、わかってるぜ! もう、とっくの昔にな!」

 

 

 そう、【ヴィーザル・ファミリア】がオラリオに出た後すぐに。

 

 ベートの『牙』は、そのまま牙ではない。『傷』だ。

 

 その『傷』は『弱さ』の証。その『牙』は『強者』の粉飾。

 

 「傷だらけの狼」。それが、弱者を捨てたベートの正体だった。

 

 弱者に吠えかかり、強者を食らう。その大顎を上下に引き裂かれるまで。

 

 ベートは『弱者の咆哮』を待つことしかできなかった。

 

 そして、不器用すぎる狼の、不器用な『願い』でもあった。

 

 

「……おい、ヴィーザル」

 

「なんだ、ベート」

 

「今夜だけだ」

 

 

 ベートはある決意をした。

 

 これはベートのわがままである。

 

 それは自分自身の中に残っている僅かなけじめのためか。

 

 その場にいたダフネが証人となり、ヴィーザルに対して宣言する。

 

 

「今夜だけ、【凶狼(ヴァルナガンド)】じゃなく、【灰狼(フェンリス)】を名乗って戦ってやる。『殺生石』を探して、お前に届けてやる」

 

 

 それは、【ヴィーザル・ファミリア】の皆に対しての弔い合戦のため、在住時だった二つ名で挑むことを決意した表明だった。

 



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【灰狼(フェンリス)】

 それは、【ヴィーザル・ファミリア】に在住時であり、弱者だった頃のベートの二つ名。

 

 いつもは、誰かが『弱者の咆哮』をあげるのを待つばかりだった。

 

 だが今晩だけ、ベート自身も『弱者の咆哮』をあげる決心をする。

 

 

「今晩だけ、【凶狼(ヴァルナガント)】じゃなく、【灰狼(フェンリス)】を名乗って戦ってやる。『殺生石』を探して、お前に届けてやる」

 

「ベート、その二つ名は…!」

 

「言うな。これは、俺のけじめでもあるんだ」

 

「…そうか。お前が良いというのなら、それでいい。いつかお前の『牙』は、別の意味を持つことがあるかもな」

 

「……何にせよ、俺はもう行くぞ。『殺生石』がメレンから持ち出されたらキリがねえ。俺が先に【イシュタル・ファミリア】の所に行って倒しておくから、時間短縮という意味で、そこの女…、ダフネ、つったか。ヴィーザルをリアカーか何かに乗せて、俺の近くまで来い」

 

 

 ベートはそう言い、さっきから少し話に入りづらそうにしていたダフネに命令し、ダフネはまさか指名されるとは思わず、催促の声を上げる。

 

 

「ちょっ、私が連れて行くの!?」

 

「リアカーぐらいすぐその辺にあるだろ。荷物の持ち運びとかメレンでは日常茶飯事だからな」

 

「いや、こういうのは普通男がやるもんでしょう!?」

 

「知らん。とにかく、俺はもう行く。フィン達がやべぇかもしれねえしな」

 

 

 ベートはその場から抜けて宿を出て、外で騒ぎ声が聞こえる所に駆けて行った。

 

 ヴィーザルはその光景を平然と、ダフネは唖然とながら見送る。

 

 

「……どういう事? 【凶狼】って、あんな奴だっけ? 何か少し変わってない? いつも弱そうなやつを見下ろしていなかった?」

 

「…ベートはああ見えて、不器用だからな。昔もそうだったが、今も変わらないな」

 

 

 ベートの変容に戸惑いを隠せないままリアカーを探しているダフネに対して、ヴィーザルはベートが向かった方を見ながら、逆に懐かしさを感じている。

 

 

「そうだな。ベートが次に入団した【ロキ・ファミリア】に影響されたのか、それとも考え方が変わりつつあるのか。そうだとしたら、まだまだ青いな、ベートは」

 

 

 ヴィーザルはそう口に出しながら、ベートに対して心の中でエールを送る。

 

 

(…頑張れよ、ベート)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦や食人花と戦っているベル、カサンドラ、ルアン、アスフィ、フィンは苦戦していた。

 

 食人花の数が非常に多く、また戦闘娼婦達もオラリオの冒険者であって一人一人が強く、一向に形勢がベル達に傾かない。

 

 ガオレン船はもう遠くに行ってしまっている。ここから追い付くのは絶望的である。

 

 アイズもまた魔法が使えず、フリュネ相手に非常に押されている。

 

 

(まずいな…。このままでは、ティオナやティオネの所に向かうことが出来ない…!)

 

 

 この場から切り抜けだすことが出来ず、徐々に焦りが見えてくるフィンに戦闘娼婦達は手を緩めない。

 

 

「このまま食人花を中心にやっちまえ!」

 

「挙句の果てには【勇者】を弱らせて、そのまま捕まえて、私達が食っちまえ!」

 

「よっしゃあ! そういうことの一番は、私がもらうぜ!」

 

「いや、私よ!」

 

 

 【イシュタル・ファミリア】はこちらに分があるためか、余裕すら見せてくる。

 

 ついに情事の事についてまで話し始め、そちらの方に口論していた。

 

 そして、【イシュタル・ファミリア】の姉貴分である、長脚の美脚を持つアイシャ・ベルカがその話に乗ってくる。

 

 

「それなら、向こうで戦っているお年頃の白髪の坊やは私がもらおうか。ついでに春姫の土産として。あいつも初だしな」

 

「あ、アイシャずるい! 私がつまみ食いしようと思っていたのに!」

 

「それだったら、サポーターっぽい小人族の奴がいるだろ」

 

「あれは何か、やだ」

 

 

 そんな話をして、マードック家から押収した粉をばら撒いて、食人花の行動を制限して上手く戦っている僕らにもアマゾネス達が襲い掛かってきた。特に僕の方に。

 

 

「うわああああ!?」

 

「ベル、逃げろ!」

 

「私達も危ないっ!? …て、あれ?」

 

「…というより、全員ベル・クラネルの方に襲い掛かっていますね」

 

「うわー、ベル君ご愁傷さまー」

 

 

 アマゾネス達が僕の方に押し寄せ、ルアンは逃げるように促し、カサンドラさんは自分に攻撃を仕掛けて来ないことに疑問を持ち、僕らの中では一番食人花を倒しているアスフィさんは少し遠い目を見ながら戦場を見渡し、ヘルメス様は戦場から離れて僕らの光景を見ており、僕に対して同情をしていた。

 

 【イシュタル・ファミリア】のアマゾネス達が食人花を巻き添えに、僕の方に次々と飛び込んでくる。

 

 

「いただき!」

 

「最初は私!」

 

「睨めっこなしの早い者勝ちだ! フリュネが【剣姫】を相手取っているから、そいつに悟らせないように!」

 

「ひぃいいいいいい!?」

 

 

 僕はその光景を見て、恐怖が全身に襲い掛かり、背を見せ、なりふり構わずその場から逃げ出した。

 

 捕まってしまったら、僕の中で何かが終わる!

 

 だから走れ! 走るんだベル・クラネル!

 

 僕は恐らく『ミノタウロス』に追われた時とほぼ同等の走りが、この場で起きた。

 

 

「ほぉあああああああ!!」

 

「あっ、逃げた!」

 

「追え! あの兎っぽい奴を逃がすな!」

 

「包囲網を作れ! 駆け出しっぽいからそう遠くまで逃げられないはずだ!」

 

「いい子だからこっちにおいでぇ!」

 

 

 僕の後ろでアマゾネス達が大量に追いかけてくる。

 

 もしかしたら、この場にいたアマゾネスの半分が僕の方に追いかけてきているかもしれない。

 

 皆の負担が軽減できているかもしれないけど、僕が捕まってしまったら僕自身には意味がない。

 

 一瞬後ろを見たら、やはりアマゾネス達が追って来ている。

 

 そして、さらにその後ろ、カサンドラさんが懸命にアマゾネスの一人の足を引っ張って僕を少しでも助けている、もっと後ろ。

 

 ベートさんがこちらに向かっている姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベートは遠くから足止めされているフィン達の様子を見て、足が止め、躊躇なく詠唱を始める。

 

 

「【戒められし、悪狼の王――】」

 

 

 ベートは『平行詠唱』などできない。

 

 『魔力』などちっとも極めていない。

 

 それは、ベートは元より使うつもりのない物に労力を割いていないから。

 

 

「【―――癒せぬ傷よ、忘れるな。この怒りと憎悪、汝の脆弱と汝の劣化――――】」

 

 

 ベートはこの魔法が嫌いだった。

 

 『魔法』は詠唱分を含め、本人の資質、そして心に持っている想いを反映する。

 

この呪文はベートの『弱さ』を知らしめ、目を背け続けている『傷』に気づかせてしまうから。

 

 

「【――――傷を牙に、慟哭を猛哮に―――喪いし血肉を共に――――】」

 

 

 詠唱が、加速していく。

 

 戒められた獣が静かに封印を破るかのように。

 

 普段なら、『魔法』を使うことはない。

 

 【ロキ・ファミリア】の時でもわずかに一度だけ使用したことがあるぐらいしか使っていない。

 

 

「【―――その炎牙をもって―――平らげろ】」

 

 

 だが、今は【凶狼(ヴァルナガント)】ではなく、【灰狼(フェンリス)】である。

 

 【凶狼】が自らつけた枷なんか知ったことではない。

 

 そして、【凶狼】がつけた自我の鎖に戒められた『弱者の咆哮』を解き放つ。

 

 

「【ハティ】」

 

 

 その瞬間、凄まじい熱光が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光が放たれ、その中心を皆一斉に見る。

 

 未だに戦っているアイズとフリュネを除き、フィン、カサンドラや対峙しているアマゾネス達、追われているベル、戦場から離れているヘルメスまでが。

 

 そこには、右手、左手、右足、左足の部位に発現した紅蓮の炎を纏っているベートの姿があった。

 

 

「来るのが遅いぞ、ベート」

 

「あれって…!?」

 

「【凶狼】!?」

 

「しかも、ベート・ローガが魔法を纏っている!?」

 

「…あいつ、付与魔法が使えたのか…!」

 

「へえ、これは驚きだね」

 

「べ、ベートさぁあああん!」

 

 

 皆がその光景を、一部を除いて驚いている中、ベートは駆け足で戦場に突っ込み、食人花の一体を一瞬で消し炭にした。

 

 

「…はぁ!?」

 

 

 ルアンがそれを見て唖然としている間にも、さらに数体燃やし尽くしている。

 

 食人花が襲い掛かろうとするも、すぐに炎の破片となって砕け散った。

 

 食人花を次々と瞬殺していき、圧倒的な数があった食人花がみるみるうちに数を減らしていく。

 

 拳で食人花のツタを灰に変え、踵落としで縦断して焼き尽くす。

 

 舞散る激量の火の粉や炎の尾を引き連れて放たれる拳と蹴撃の軌跡が描かれる。

 

 圧倒的な蹂躙風景に、皆がそれを見ていた。

 

 ましてや、満月ではないが、今日も月が出ており、月の光が差し込んで、ベートが『獣化』していく。

 

 狼人は最も迷宮探索に向いていない種族であり、『獣化』によって獣性と力が解放される条件は、月の光を浴びることである。

 

 その力が解放され、食人花の群れを一瞬で八つ裂き、及び消し炭にしてゆき、とうとうフィンもまた自由に動けやすくなった。

 

 戦闘娼婦達が阻止しようにも、食人花がすぐに燃やし尽くされて跡形もなく消えてゆく様を見て、足がすくみ動けなかった。

 

 それでも何人か動いてベートに襲おうにも、ベートは熱波を出す。

 

 

「あっつぅ!?」

 

「あ、熱い! み、水を早く! あ、湖に飛び込めば!」

 

 

 襲い掛かってきた戦闘娼婦達が余りの熱波にすぐに後退し、ベートの所には辿り着けていない。むしろ、戦闘娼婦達の体の一部が火傷をしていた。

 

 ベートはそれらに歩み寄り、『殺生石』の在り処を聞く。

 

 

「おい、てめぇら…。『殺生石』、つーのはどこにある?」

 

「い、言うから!? 助けて!?」

 

「春姫の所にあるから!」

 

「むこうの建物の近くにあるから!」

 

 

 あっけなく自白してきたアマゾネス達はすぐさま逃げ、ベートは言われた建物の方に目を向ける。

 

 そしてそのまま視線を戦っているアイズとフリュネに向けながら、近づいてくるフィンに提案してきた。

 

 

「フィン、ここは俺に任せろ。すぐにこいつらを片づけさせてやる」

 

「そうだね。ここは君に任せるとするよ。僕らはティオナやティオネの方を探す」

 

「ああ、わかった」

 

 

 ベートはフィンにそっけなく返し、フィンはベートの精神的な変化に少し戸惑いを見せたが、すぐに状況を理解する。

 

 そして、アマゾネス達が唖然としてベートを見ている間に、ちゃっかりカサンドラ達に合流していたベルの所にフィンはそこに加わり、役割分担を決めた。

 

 

「僕とルアン・エスペルはアスフィ・アンドロメダに船の所まで運んでもらって、そこにいるティオナかティオネを助け出す。ベル・クラネル、カサンドラ・イリオンはアイズと一緒にもう片割れの方を探してくれ」

 

「「「「了解((しました))!」」」」

 

「よし、ならすぐに行動だ!」

 

 

 フィンさん、ルアン、アスフィさんはそのまま湖の方に走り去った。

 

 僕とカサンドラさんも今フリュネさんと戦っているアイズさんとすぐに合流しようと、走り去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぅおおおおおっ!」

 

「ッッ!」

 

 

 銀の剣と双頭の大戦斧が凄まじい戦舞を繰り広げていた。

 

 フリュネの剛撃をことこどくはじき返すアイズは、カウンターで斬閃の乱打を見舞わせる。その斬撃から鎧をつけた巨女はかろうじて防いでいる。

 

 フリュネの自慢の鎧は傷だらけとなっており、アイズはLv.が並ばれようと、魔法が封じられようと、少女は【剣姫】であり、技と駆け引きで仮初の力を押し返し始めている。

 

 

「このぉ、不細工がぁあああ! アタイの自慢の鎧をぉ…!」

 

「ハァーッ、ハァーッ!」

 

 

 激昂したフリュネの渾身の一撃が、息切れをしているアイズに襲い掛かる。

 

 アイズはそれを往なしてカウンターで深い回転切りを行おうとすると、フリュネの一撃が地面に向かった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 アイズはそれによって体勢が崩れ、フリュネは切り上げでアイズを仕留めようとしたが、咄嗟にアイズが剣で防御するが、踏ん張れずに吹き飛ばされる。

 

 フリュネはそのまま追撃しようとすると、そこでベートが入れ替わるように立ち塞がった。

 

 

「…あ? 何だ、そりゃ…?」

 

 

 ベートが炎の付与魔法をしていることに戸惑うフリュネ。

 

 また、ベートが別のように見えた。

 

 上顎と下顎という、敵を食い殺そうとする4つの『牙』。

 

 太陽も、月も、全てを喰らおうと大きな獣が口を開いているかのように。

 

 アイズもまた、ベートが魔法を使っている事に気づき驚いていた。

 

 

「ベートさん…!」

 

「おい、アイズ。お前はトマト野郎、もとい白髪野郎、じゃなく、つーと…べ、ベル…いや、ベラ? …まあ、何でもいい! 兎野郎の奴らと一緒にあのアマゾネスコンビを探しに行け! 俺が行くよりはお前の方がまだましだろ!」

 

「…わかりました」

 

 

 アイズは魔法が使えなかったため、ベートの方が良いと考え、戦いを任せることとなった。

 

 そして、その場を去って行く。

 

 

「待ちなぁ、【剣姫】ぃ!」

 

「待つのはてめーだ」

 

 

 離脱するアイズに怒り狂って追おうとするフリュネに、ベートは飛び蹴りを仕掛けてきた。

 

 『獣化』も相まって、その速度は速く、Lv.6になっているフリュネがギリギリ大戦斧で防御するのがやっとの程。

 

 

「っ!?」

 

「ちっ、防御されたか」

 

 

 後退させられ、フリュネはアイズの事を諦め、ベートと対峙する。

 

 しかし、炎が不気味で中々攻め込むことが出来ないフリュネ。

 

 

「てめぇ、さっきからその炎は何なんだよぉ!?」

 

「てめぇに教えても無駄だ」

 

 

 フリュネの言葉をスルーし、蹴りでフリュネの鎧を破壊する。さらに、蹴りに付与されている炎で熱する。

 

 

「ぎゃあああああああ!? あっちゃあああああ!?」

 

 

 破壊されたところから光の粒があふれ出し、火傷を負った。

 

 

「ふ、ふざけんじゃないよぉ…! こんなの、【剣姫】より…!?」

 

「戦いづらいってか? だが、まだまだ序の口だぜ!」

 

 

 ベートはそう言い、さらにフリュネに対して攻撃を続ける。

 

 金属の破壊音が鳴り響き、そして何かが焼ける音も聞こえる。

 

 

「がっ、ああああぁあ…!?」

 

 

 無数の金属片が飛び散り、鎧の多くが穴ぼこになっていく。

 

 蛙の顔が焦燥に滲ませ歯を鳴らす。

 

 

(時間切れまで少ししか時間がない! それまでに…!)

 

 

 そして、フリュネが賭けに出た。

 

 フリュネは突進し、渾身の一撃で斧を振り下ろす。

 

 光粒を宿しながら放たれた一撃を、目にもとまらぬ速さで蹴り上げた炎を纏う金属靴と衝突する。

 

 そして、大戦斧が砕かれ、鎧と同じ末路を迎えた。

 

 そして、同時に体に宿っていた光の粒子が消失する。

 

 

「なあっ、じ、時間切れぇ!? まだ、少し早いんじゃ…!?」

 

 

 そんな声を上げるフリュネに、ベートの一撃が迫る。

 

 そしてそのまま、巨大な胴体に炎の襲撃が叩き込まれた。

 

 

「ぐぎゃああああああ!?」

 

 

 腹に火傷を負いながら遥か後方まで吹き飛ばされ、ロログ湖に盛大な水飛沫をあげながら着水する。

 

 その光景を見た戦闘娼婦達は逃げに徹し始めた。

 

 

「ア、アイシャ…!?」

 

「早くずらかるよ! 春姫、こっちだ!」

 

 

 折角手に入れた『殺生石』を落とさないように、戦闘娼婦達はその場を離れ始める。

 

 だが、ベートはそれを逃すつもりはなかった。

 

 

「逃がすかよ!」

 

「ッ、来たっ!?」

 

 

 戦闘娼婦達はすぐに身構えるが、ベートは炎を拳や足に纏いながらそれらの集団に突っ込んだ。

 

 そして、戦闘娼婦達に火傷を負わせながらなぎ倒していく。

 

 

「ふぐぇ!?」

 

「レナ! ちぃっ!?」

 

 

 そして、その集団の奥の方に巫女のような恰好をした少女を発見し、さらにその近くに箱を持ち運んでいるアマゾネスも見つけた。

 

 

「そこか」

 

「やべ、こっちと目があった! アイシャ、何とかしてくれ!?」

 

 

 『殺生石』の箱を持っていたサミラがアイシャにそう言い、何とかすぐに離脱しようにも、ベートの敏捷の方が圧倒的に速かった。

 

 その間にいたアマゾネス達をなぎ飛ばし、瞬く間に追いつき、ベートは魔法を解いて、箱を奪った。

 

 

「あっ……!?」

 

「どうやら、当たりのようだな」

 

 

 そして、再び箱を取り戻そうとアマゾネス達が襲い掛かるも、ベートはすぐにその場を離脱した。

 

 

(…あの巫女の恰好をしていた奴、狐人だったな…。あいつが光の粒子の絡繰りの原因か…)

 

 

 アイズも同様、ベートもフリュネの強さの秘密に勘づいていた。恐らく、付与魔法の一種だろうと。

 

 ベートはそっちにも一発いれようかと思っていたが、長脚を持つアマゾネスがすぐに抱えて逃げ出し、ベートもまた箱の奪取の方を優先としていたため、それを見逃した。

 

 

(ヴィーザルとの約束があるからな…。『殺生石』が取れなかったら元も子もねぇしな)

 

 

 ベートにアマゾネス達が追ってくる様子はなく、むしろ撤退していく。

 

 メレンの港での戦場、その一つはここに終結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ベートが向かった先は宿の方向。

 

 その道の途中で、ヴィーザルをリアカーに乗せて引いているダフネの姿があった。

 

 

「むっ、あれはベートか?」

 

「え、嘘!? 早すぎない!?」

 

 

 ベートがこちらに向かっていることにヴィーザルは気付き、ダフネもまたその姿を見て、驚嘆する。

 

 そしてベートは脚を止め、ダフネ達に見せながら持ち抱えていた箱を開く。

 

 

「おい。これが『殺生石』か?」

 

「…そうだ、間違いない。昨日私が見たのは、確かにこれだ」

 

「こんな丸い形をしているのね…」

 

 

 中を開けると、『殺生石』が入っていた。

 

 ベートはそれを手に取り、ヴィーザルに渡す。

 

 

「ほらよ。約束はちゃんと守ったぞ」

 

「そうだな…」

 

 

 受け取ったヴィーザルは、少し悲しげな表情をしていた。

 

 当然だ。眷属の子の亡骸がこのような形になってしまったのだ。そして、それを悪用に使われようとしていた。良い思いをするわけがない。

 

 そして、ヴィーザルは深々と『殺生石』を眺め、ベートに返そうとする。

 

 

「…あ? 何のつもりだ?」

 

「ベート、これを破壊してくれ」

 

 

 ヴィーザルの力では『殺生石』を傷つけることが難しいためか、ベートにそれを頼んだ。

 

 

「はぁ? 何でまた、俺が?」

 

「そうよ。折角取り戻してくれたのに…」

 

「ベート、お前だからだ。【灰狼(フェンリス)】である今のお前なら、【ヴィーザル・ファミリア】の亡くなってしまった眷属達の元に、この赤ん坊の魂もそこに導いてくれると思ってな」

 

「…本当にいいのか?」

 

「ああ、いいぞ。最後に一目見れてよかったからな。それに、また悪用に利用しようと狙われたら堪ったものじゃないからな」

 

 

 ヴィーザルはベートに『殺生石』を返し、ベートは最初から予感していたかのように、それをすんなり受け取った。ダフネはその光景を少し悲しげな表情で見ているが。

 

 

「…一応、できるだけ高いところで破壊してやるよ。それでいいな」

 

「ああ、やってくれ」

 

 

 そして、ベートはそれを上に放り投げ、そしてベートも高々と飛び上がり、『殺生石』に金属靴を蹴り上げる。

 

 その光景は丁度月に重なるかのように映し出され、『殺生石』は破壊され、塵となって消えていった。

 

 

「…部品にされた赤ん坊は、無事に親の所に行けたの…?」

 

「ああ、恐らくな。風向きも丁度、眷属達の墓があるの方向に向かっているからな」

 

 

 ダフネが質問してヴィーザルが答え、場の雰囲気が少し落ち込み始めてうる。

 

 

「…おい、しんみりしているところあれだが、他にもやることがあるぜ。もうヴィーザルは放っておいても大丈夫だろうから、さっさとあのアマゾネスコンビを探しに行くぞ!」

 

「ちょっ、アンタ、デリカシーというものを覚えなさいよ。確かにそっちの方が重要だけど!」

 

「…そうだな。今を生きている子の方がもっと大事だからな」

 

「そういう事だ。さっさと行くぞ」

 

「…アンタら、本当は仲良いでしょ…」

 

 

 ダフネが呟いた一言に、ベートはスルーして、神ヴィーザルは少し笑った顔をした。

 



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船上の戦い

皆さん、4日振りです。
前話の前書きに書き忘れてしまいましたが、少し投稿ペースが遅れますのでご了承ください。

そして、あと2~4話で都市に戻れる…と思うよ。(多分)


 一方、港から出港したガオレン船上。

 

 そこで、【カーリー・ファミリア】のアマゾネス達に囲まれながら、闘争を繰り広げているティオネとアルガナ。

 

 だが、その状況はティオネの劣勢であった。

 

 

「てめぇっ!」

 

「ははは! 折角ワタシと同じ、『蛇』となったのに、この様子じゃ、やはりお前はテルスキュアに残るべきだったな!」

 

「うごぉ…!?」

 

 

 アルガナの挑発に尽く乗ってしまい、ダメージを蓄積しているティオネ。その状態はもはや瀕死寸前であり、スキル【噴化招乱】と【大反攻】は発動しているが、それでも押されている。

 

 アルガナは余裕の状態なのか、ティオネの返り血を啜っている。

 

 

「やはりお前の血は美味いなぁ、ティオネ?」

 

「このっ…!」

 

 

 それを見たティオネは、より怒りの表情を見せる。

 

 怒号の乱打がティオネとアルガナの両者の体に打ち込まれ、乱打戦となっていた。過去に繰り返された命がけの鍛錬がより痛烈な闘争に成り果て、現在に復活する。

 

 

「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」

 

 

 原始の戦いを彷彿させる程の鋭い技や駆け引きが織り交ぜていき、その状況を察知したのかモンスターがガオレン船に恐れをなして逃げていく程である。

 

 

「くっ!?」

 

 

 アルガナの爪がティオネの右肩を掠め、血を散らした。

 

 再びアルガナはその返り血を吸う。

 

 怒りと激痛にまみれた幼少の記憶が蘇り、スキル【噴化招乱】が己に『力』を付与し、幼き日の屈辱を拳に乗せた。

 

 だが、それをアルガナはあっさり躱す。

 

 

(こいつ…! いくらLv.が1つ違うからって、さっきから血を啜って余裕ぶりやがって! 威力も何か強くなりやがって……、いや待って。いくら何でもそれはおかしい! )

 

 

 スキル【噴化招乱】でティオネの『力』が上がるように、相手の動きもまた強く、そして速く――――。

 

 

(そういや、あの糞狼とアルガナがやり合っていた時も、アルガナは血を啜って…!)

 

 

 その考えに行きついた瞬間、ティオネはアルガナの強さの秘密に気づく。

 

 

「…! てめぇ、まさか!?」

 

「ようやく気がついたか。そうだ、ワタシは血を啜って強くなっている」

 

 

 テルスキュアでも幾度とみた光景。

 

 対戦相手の悲鳴もお構いなしに血を啜り、唇を血化粧する女戦士。

 

 その吸血行為は恣意行動もしくは自己暗示の類ではなく、別の意味があったのだ。

 

 

「ワタシのは『呪詛』であり、名は【カーリマー】。お前の推測通り、『恩恵』を得た者の血を吸った分だけアビリティは上昇する。これを知っているのは主神とバーチェだけ……お前の鍛錬の時は切っていたからなぁ、気づかないのも無理はない」

 

「血を啜れば際限なく強くなれるってのか…!? 反則のようなもんじゃねえか!」

 

「そうでもない。解除すればアビリティは元に戻るし、ちょっと吸ったところで強さはそこまで上がらない。それに、アビリティの中で『耐久』だけが激減する」

 

 

 条件を満たせば『耐久』を著しく失うも、ステイタスに天井知らずの増幅をかける事が出来る、『魔法』の使い手以上に稀な『呪詛』の中でも『希少呪詛』。

 

 血を生贄としてささげることで力を得る、アルガナだけの能力である。

 

 

「カーリーも望んでいる。ワタシ達が『最強の戦士』になることを。だからティオネ、お前の血肉も喰らってやる。そうすれば、お前が死んでもワタシの中の強さの糧となり、ワタシ達の血は溶け合い、ずっと一緒なのだから!!」

 

「クソッタレ……!」

 

 

 テルスキュアが産んだ怪物は歓喜を叫び、その双眼を爛々と輝かせ、ティオネは歯を食いしばる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、アルガナは更に挑発する。

 

 

「もしバーチェが負けていたら、ティオナもワタシが殺してやるぞ」

 

 

 その瞬間、ティオネの中でかつてないほど切れる音が鳴り、視界が真っ赤に燃え上がる。

 

 攻撃を浴びたときより、トラウマとともに屈辱で身を焼かれたときよりも怒気を凌ぐほどの怒りだった。

 

 

「ブッ殺す……!! あいつを殺しやがったら、てめぇを絶対にブッ殺す!! あの馬鹿に指一本触れてみろ!! てめぇを絶対に許さねぇ!!」

 

 

 あの笑顔を憎んだ時があった。あの笑顔に救われた時もあった。

 

 やることは決まっている。あれは自分の半身で、たった一人の妹なのだから、守るのだ。

 

 太陽のように照らしてくれたティオナを、静かに守ってきた。そして、これからも。

 

 そんな覚悟を決めたティオネに、アルガナは余興とばかりに告げる。

 

 

「…お前等は本当に変わり者だな」

 

「あぁ?」

 

「お前は何も知らないだろうから教えてやる。お前はティオナに守られていた」

 

「…!? ……ふざけやがって!」

 

 

 アルガナの言葉でティオネは悟った。

 

 恐らく妹の方も同じことをやっていたのだろう。

 

 その点についての考え方はどちらも一緒だ。自分の半身なのだから。

 

 ティオナとティオネは背中合わせで守っていた事を知らされたティオネは、赤く染まった息吹を吐き出す。

 

 

「アルガナ、てめぇを殺す!! その事には、変わりはねぇからな!!」

 

「…いい眼だ。『戦士』に戻っているみたいだぞ、ティオネ」

 

 

 そして、二人は再び激突し、殺し合いが激化した。

 

 お互いの拳がお互いの大量の吐血を吐き出してゆく。

 

 攻撃がお互いの命を削ろうとも、血まみれの手足を繰り出すのを止めない。

 

 ティオネはもはや意識が飛ぶ寸前であり、アルガナも昨日のベートとの戦いの傷も完全に癒えてない分もあり、激減する防御力によって死地に近づいていた。

 

 たった一撃がアルガナの首を断ち切る剣になりえることは承知の上で、アルガナは決して『呪詛』を解除しようとせず、『最強の戦士』になるため、撃ち合い続ける。

 

 歓喜と憤怒が交ざりあい、カーリーが望む終幕に近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして遂に、ティオネの膝が崩れることになる。

 

 

「が、はぁ…!!」

 

「どうやら、ワタシの勝ちのようだな、ティオネ」

 

 

 アルガナ自身も限界にかなり近かったが、ティオネの方が先に限界に辿り着いてしまった。

 

 Lv.の差を大きく感じるかのように、ティオネはアルガナに蹴り飛ばされ、後ろの甲板に叩き付けられる。

 

 

「お前がワタシと同じLv.6になっていたら、この結果は違っていたかもな」

 

 

 アルガナはティオネに賛美しつつ、トドメを刺そうと近づいていく。

 

 そして、もはや立てないと思われていたティオネが動き、立ち上がる。

 

 しかし、その顔はもはや血で赤く染まっており、意識もあるのか疑わしく思われるほどであった。

 

 まさか立てると思わなかったアルガナはその足を止めてしまったが、すぐにもう虫の息であると気付く。

 

 そしてティオネの前に立ち、かなり弱弱しい拳を振るってきたが、『儀式』を終わらせようとトドメとして強烈な一撃をティオネに打ち込もうとし、その拳がティオネに到達する直前、船が揺れた。

 

 

「…!? 何だ!?」

 

 

 思わずバランスを崩し、空振りになってしまったアルガナは状況を確認しようとあたりを見回すと、そこには二人の小人族が立っていた。

 

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

「な、何とか【勇者】のおかげで着地できた…。…おい! 昨日のオイラ達のような小人族に向けた侮辱の借りを返させてもらうぜ! ……【勇者】がな!」

 

「…お前等は、昨日の!? 馬鹿な、どうやってここに…!?」

 

 

 沖からもう遠く離れていたにもかかわらず出現した小人族2人に驚き、アルガナは船の周りを見渡すと、薄暗い夜の空に何かが飛んでいるのを見えた。

 

 それをよく観察すると、そこにはアスフィが装備者に飛行能力を与えることが出来る『飛翔靴(タラリア)』を装備して、空を飛んでいる。

 

 

「……!? 何だと!? 空を飛べるのか!?」

 

 

 まさかの登場方法を悟り、アルガナを含むアマゾネス達が驚いている間に、ルアンが船を止めるために舵のある場所を探し、フィンは一瞬でティオネを抱え、船の中央まで運び、持って来てあるアイテムの中から単価50万ヴァリスをする万能薬をかける。

 

 アルガナがその一連の行動に驚愕している間にもティオネの傷が回復し、意識を取り戻すことになった。

 

 

「…団長…?」

 

「無事かい、ティオネ?」

 

「はい……て、そうじゃなくてですね、邪、邪魔をしないで下さい、団長! アルガナは私が倒します! 私がやらなきゃ、そいつらはずっと【ファミリア】に付き纏ってくる!」

 

 

 大声をあげながらも、弱弱しい姿をさらすティオネに対し、フィンは責め立てる。

 

 

「…ティオネ。いつから僕達は君の守られなくてはならないほど脆弱になった? もし私怨で駆り立てたのならよくも振り回してくれたなと言っておこう」

 

「だ、団長……」

 

 

 ティオネの瞳は制御を失いそうになり、怒りとは無縁の何かがこみ上げていた。そんな様子を見たフィンは、今度は槍の柄を肩に乗せ、苦笑いする。

 

 

「そして、いつからそんな駆け引きを覚えたんだい?」

 

「えっ…?」

 

「あまり心配かけさせないでくれよ、ティオネ。何より、無事でよかった」

 

 

 フィンにそんな言葉をかけられたティオネは、すぐに言葉の意味を理解し、泣きそうな顔になる。そして、擦り切れた怒りの代わりの何かがティオネの心を埋めていった。

 

 

「ふざけるな! 何だそれは!? 立て、ティオネ! 『儀式』の続きを行え!」

 

 

 腑抜けた顔をさらすティオネに我慢ならず、それまで黙っていたアルガナが吠え、怒りの形相を浮かべる。

 

 闘争の決末を望むアルガナに、雌の顔をさらすティオネを許容できなかった。

 

 

「殺せ!」

 

 

 アルガナは命令を下して、四方八方からアマゾネス達がとびかかり、フィンに襲い掛かる。

 

 

「そう来るなら容赦しない」

 

 

 フィンは槍を軸にして蹴りをし、アマゾネス達を得物ごと弾き飛ばし、船の外へ落下させる。

 

 完全に忘れ去られたのか、ルアンの方には誰一人として襲い掛かって来なかった。

 

 そうしている内に、甲板に立っているのはフィンとティオネ、アルガナ、舵を見つけ、回しているルアンのみとなった。

 

 

「君は共通語を理解しているみたいだね。ティオネの代わりに『儀式』をやろう。僕が勝ったらティオネ達にはもう近づかないでくれ。約束を破ったら、君達の国を潰しに行く」

 

「男、小人族、ふざけるな…!! 死ね!」

 

 

 フィンに闘争を申し立てられ、屈辱に燃えるアルガナは身構え、速攻で決着をつけようとする。

 

 しかし、アルガナの体はティオネとの闘争で限界に近く、何より、知らなかった。

 

 冒険者の強さを。世界の広さを。小人族の英雄的存在を。

 

 

「戦いの中で情けは侮辱だと聞いている。だから、僕も本気で戦う」

 

 

 そして、目の前の男が『凶戦士』に変貌する事も。

 

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て―――――ヘル・フィネガス】」

 

「っっ!?」

 

 

 振り下ろされたアルガナの拳が、小さな左手に受け止められる。

 

 そして、フィンは魔法により激上させたステイタスで力任せに引っ張り、動けないアルガナの顔に、血に飢えた顔で咆哮し、右拳を叩き込ませた。

 

 

「おおおおおおおおおおおお!!」

 

「がっっ!?」

 

 

 アルガナの体は殴り飛ばされ、沖からかなり離れていたにもかかわらず、その方向に飛ばされて、その港街までいくつもの水飛沫を上げながら着弾する。

 

 決着がついたことで、ティオネはフィンの様子を見ると、フィンは魔法を解き、ティオネに笑いかける。

 

 

「帰るぞ、ティオネ」

 

「…! だ、団長~~~~~! ありがとうございましゅ! そしてごめんなさい!」

 

「…やれやれ」

 

 

 フィンの腰に縋りつき、ティオネは感極まっていた。

 

 フィンは一先ずティオネが落ち着くまで、夜空に浮かぶ星空を見上げる。

 

 そこにはアスフィの姿はなく、すでに沖の方に戻って行ったのだとフィンは考える。

 

 ルアンはアルガナが殴り飛ばされたのを見て、相当根に持っていたのか、「ざまあみろ!」と歓喜していた。

 

 そして、フィンが力いっぱい抱き付けられていることを見て、「やっぱり、アマゾネス達がオイラの方に来なくてよかった…! あのまま潰されている!」とつぶやきながら舵を取る。

 

 船外に縄をつけた浮き輪をいくつも放り出し、アマゾネス達が戦意をなくしながらしがみついているのを確認し、船を港の方に戻していくのであった。



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洞窟の戦い……

アポロン「zzz…ベルきゅん…zzz…早く任務を…zzz」
今、作中は夜中。
アポロンは何か変な表情で夢を見ているようだ。


そして報告。
今週更新できるか怪しい。どうしよ…。
来週は出来ると思うけど。


 フィン達が船に辿り着いた頃。

 

 洞窟、および海蝕洞内。

 

 闘争を行っているティオナとバーチェの戦いをカーリーと多くのアマゾネス、そして囚われているレフィーヤとルルネが見ていた。

 

 もはやその戦いはどちらが不利か一目瞭然だった。

 

 

「Lv.6に至って、私の『魔法』は威力も範囲も強まったぞ、ティオナ!」

 

 

 ティオナが一時期押したと思いきや、今度はバーチェが右拳どころか全身に魔法が包み込み、ティオナはその光景に攻めあぐね、心が折られそうになっていた。

 

 攻撃を喰らってしまったら毒をもらい、攻撃をしても毒をもらう。

 

 どうしようもない事実にティオナの心を絶望という毒が蝕んでいく。

 

 そこ隙にバーチェがティオナの全身に連続で叩き、さらにそこに付与された毒撃が加わったことで、徐々にティオナの体は朽ち果てていく。

 

 

「…、…!!」

 

「私は確信していた、お前は強くなると。そして、強くなったお前を殺し、私は更なる高みに上り詰めれると」

 

 

 ティオナがもがき苦しんでいる所に打ち明け、そしてバーチェの瞳が一瞬、恐怖の光を浴びる。

 

 

「私はアルガナを姉だと思っていない。あれは化物で、捕食者だ。私はあれに喰われたくない。死にたくない」

 

 

 バーチェが口を閉ざし、表情を消す様になったのは全身に蝕む恐怖を解き放たないようにするためである。

 

 テルスキュアから逃げ出したとしても、アルガナに追われる運命であるとバーチェ自身も理解しており、バーチェは縋るべき真理を悟ることになった。

 

 

「強さだ。何も奪われることのない力が、強さが必要だ。私はお前達を殺し、アルガナを殺し、『最強の戦士』になる」

 

 

 その真理によって、生存本能と闘争本能に支配された、もっとも純粋な戦士が誕生したのであった。

 

 バーチェが冷酷で残忍な、強さを貪り喰う戦士が、蟲毒の王になろうとしている光景を、カーリーはとても面白そうに、レフィーヤとルルネは青ざめた表情で見ている。

 

 それと対峙しているティオナは体を蝕まれ、もう一人の姉だと慕っていた人物から告げられた残酷な告白に心も亀裂が入り、意識が遠のいていく。

 

 暗い心の中で幼き日のティオナが泣いている。

 

 

(ティオネ、ティオネ…!)

 

 

 ティオナは『戦士』の道を踏み外した。

 

 その原因はテルスキュアで拾った紙切れから、『冒険譚』の物語に触れたからか。

 

 否。答えはティオネであった。

 

 半身でもあり、泣き崩れ、ボロボロになったティオネの心を守るために、

 

 あの泣き崩れたティオネの姿を見なければ、ティオナは笑顔で返り血を浴び、殺戮を行う無垢な狂戦士になっていたかもしれない。

 

 それくらい紙一重であり、繋ぎ止めたのは姉の存在であった。

 

 ティオナにとって、ティオネは月だった。

 

 どこへ行けばいいかわからずに立ちつくしていたティオナに、月明かりのように道を示してくれた。

 

 そして、不思議とティオナが好きな、あの物語の台詞を思い出した。

 

 『アルゴノゥト』。英雄になりたいと願うただの青年の物語。その青年の言葉。

 

 

『僕は笑うよ。どんなに馬鹿にされたって、どんなに笑われたって、口を曲げてやるんだ。じゃなきゃ精霊だって、運命の女神様だって、微笑んじゃくれないよ』

 

 

 ティオナはその言葉を思い出し、そして、笑いながら立ち上がった。

 

 

「あたし、負けないもんね! 笑って、辛いことなんて吹き飛ばしちゃうもんね! 誰かが嬉しそうに笑ってくれるまで、あたし、笑うよ!」

 

 

 その場にいた全員は唖然としている。この状況でなお余裕ぶっているティオナに。

 

 そして、バーチェは呟いた。

 

 

「…変わらないな、ティオナ。お前がテルスキュアの中で一番馬鹿で、一番猛獣だった」

 

「―――だっははははははははは!!! その通りじゃあ! 全く変わっておらぬ! ここにいるエルフの話では実の姉も恋する乙女に変貌して変わっているのに、こやつは馬鹿のまんまじゃあ! だが面白い! やはりここを見る方に選んで正解じゃったわ!!」

 

 

 カーリーは笑いながら共感し、自らの勘の良さに喜んでいる。

 

 

「わ、私の知っているいつものティオナさんですね…。やっぱり」

 

「なあ、あの【大切断】って、いつもああなの!? はやく私達を助けて!?」

 

 

 未だ囚われているレフィーヤとルルネは呆れているが、少し希望を見出したのか顔色が少し良くなっている。しかし、状況は刻一刻とティオナの体に毒が蝕んでおり、煙が立ち上っている。

 

 そして、ティオナは一気に勝負を決めに来た。

 

 バーチェの正面から突っ込み、蹴りや拳が繰り広げられる。

 

 ティオナの体がさらに毒に冒されて蝕んでいき、もはやレフィーヤとルルネには見るのも耐えられない程の惨状になっていく。

 

 それでもティオナは止めず、それどころか徐々にスピードや威力が上がってきている。

 

 ティオナのスキル【大熱闘】。その効果は瀕死時における全アビリティの高補正。

 

 ダメージを負う度、攻撃力が上昇する【狂化招乱】を経た先に発動するスキルで一気に威力が上がり、その攻撃を喰らわせて、先程まで優勢だったはずのバーチェは遂に焦りが見え始める。

 

 そのスキルの効果により、攻守ともに毒に浸される戦いのはずが、攻守ともに攻撃力が上がる戦いへと変貌することになった。

 

 怒涛の連撃がバーチェに叩き込まれ、随所から血を吐き出していた。

 

 ティオナの瞳は霞んでいる。毒の痛みにより、命の灯が尽きようとしている証拠だ。

 

 だが、攻撃を止めず、それどころか笑みも消えていない。

 

 代わりに、バーチェの元に死の気配が這い寄ってきている。

 

 

「う、あああああああああああああ!?」

 

 

 死の恐怖を吹き飛ばすため、バーチェは遂に大声をあげる。

 

 ティオナが絶命するのが先か、バーチェが倒れるのが先か。

 

 二人の拳の乱打と蹴りの応酬が互いの体を捉え、大熱闘を燃え盛る。

 

 

「はははははははははは!! これぞっ、これぞ命を賭した『儀式』!! まさに妾が待ち望んでいた闘争よ!!」

 

 

 カーリーは開いた眼を爛々とさせている傍ら、鎖に縛られているレフィーヤとルルネはその熱気に冷や汗を流し、闘争の行方を見守っている。

 

 

「ティオナァ!! 今も笑えるか!?」

 

「笑えるよ!! 痛い事もつらい事も全部、誰かの分まで笑い飛ばしてやるんだ!!」

 

 

 毒の鎧をまとうバーチェに回し蹴りを炸裂させ、蹴り飛ばし、両者の距離が空く。

 

 交わる視線。放たれるだろう最後の一撃。

 

 周囲の者達は皆その決着をかたずをのんで見守る。

 

 バーチェの拳に、毒の光全てを収束され、ティオナは拳を握る。

 

 

「ティオナアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「いっっくよおおおおおおおおおおおぉっ!!」

 

 

 そして、同時に両者が地面を蹴って、驀進する。

 

 両者の拳が相手の顔面に迫り、最初に届いたのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティオナだった。

 

 

「がぁっっ!?」

 

 

 凄まじい威力を秘めたティオナの右拳が炸裂し、バーチェの体は後方へと吹っ飛び、岩壁に激突する。

 

 自身を死の一歩手前まで追い込み、【大熱闘】の効果で威力を最大限まで引き上げた、ティオナ最大威力の一撃であった。

 

 カーリー含め、その一撃が炸裂したことで、誰もがティオナの勝利だと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、バーチェは岩壁から引き剥がれ、よろめいて倒れるかと思ったら、そのまま倒れず、息を乱し、血を口から吐き出しながらティオナを見据えている。

 

 バーチェの執念が、ティオナの攻撃に耐えたのだ。

 

 

「ゼェ、ハァ……!! 強く、なったな、ティオナ……!!」

 

 

 バーチェは心の底からティオナを称賛する。

 

 Lv.5が、Lv.6を追い詰めたのだから。

 

 ティオナはその言葉を聞き、笑顔のまま遂に膝が折れ、そのまま倒れ、立ち上がれなかった。

 

 勝者は、バーチェであった。

 

 

「見事、見事じゃ、バーチェ」

 

 

 カーリーは仮面の下で笑みを出し、勝利を得たバーチェを祝福する。

 

 

「お主が『儀式』の勝者じゃ。さぁ、ティオナを殺せ。それで、『儀式』は完遂される」

 

「…………」

 

 

 もはや動くのもやっとであるバーチェは神意に従い、一歩ずつ、ゆっくりとティオナに近づいていく。

 

 

「立ってください、ティオナさん!! そうでないと、あなたが…!!」

 

 

 レフィーヤはティオナの死を確定させないため、必死に声をあげるが、それでも瞳を閉じているティオナは動かなかった。

 

 ルルネもまた、隠し持っていた特注品のやすりで実は少しずつ鎖を削っていたが、それも間に合いそうにない。

 

 そして、レフィーヤは一か八かの賭けに出る。

 

 

「【解き放つ一条の光】!!」

 

 

 魔法を詠唱し始めた。

 

 巨大な『魔法円』が光を放ちながら展開し、カーリー含めた周囲の人々が思わずそちらに目を向け、瞳を焼く。

 

 周囲の人達が一瞬動きを止めた後、すぐにレフィーヤは詠唱を続行しようとしたが、すぐさまアマゾネス達が飛びかかる。

 

 レフィーヤはそれでも怯まずに消さず、この魔法円の光が空洞の外に漏れ、アイズ達が見つけてくれるよう祈った。

 

 

(アイズさんっ、アイズさんっ、アイズさん!!)

 

 

 レフィーヤが迫りくる刃物の中でも必死に心の中で憧憬の少女の名を呼んでいると、一歩手前ぐらいの天井の岩が崩れる。

 

 天井の岩が崩落してきて、アマゾネス達はそれを回避するため一斉にレフィーヤから下がり、そして天井の方を見る。

 

 レフィーヤとルルネ達もそれを見て、そこから人影らしきものが飛び込んでくる。

 

 

(アイズさん!!)

 

 

 レフィーヤが希望を抱き、そして地上から人影が岩盤を砕き、落ちてきて正体を現したため、視線を向ける。

 

 そこにいたのは、細身で金髪の可憐な女戦士―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ではなく、白髪で赤目をしている華奢な体格をした冒険者の少年。

 

 

「いいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 

 ベルである。レフィーヤとルルネの目の前に落ちてきた。

 

 しゅん、とレフィーヤの魔法円の光が消失した。

 

 

「……ど、どうしてあなたなんですかっ!? そこはアイズさんでしょ、普通!! というより、アイズさんは!?」

 

「いっつぅ…、ア、アイズさんは来ると思います、多分…」

 

「おい、一緒じゃないのか!?」

 

「はい…」

 

「きゃあああああああああ!?」

 

「ぐはぁ!?」

 

 

 そこにカサンドラも落ちてきて、ベルの上に着地する形となる。

 

 ここに、Lv.1とLv.2の二人が参戦した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけさかのぼる。

 

 僕、カサンドラさん、アイズさんでこの港に取り残されているヒュリテ姉妹のどちらかを探している所、ヘルメス様も合流し、そこに加わる事になった。

 

 

「それじゃ、二手に分かれよう! 俺とベル君とカサンドラちゃん、アイズちゃんで探そう! 俺達は向こうの岩盤の方を見に行ってみるから、アイズちゃんは別の所を探してくれ」

 

「ん、わかりました」

 

「見つけたらこの赤の狼煙をあげるという事で、じゃあ早速いこう、ベル君、カサンドラちゃん!」

 

「はい!」「わかりました…」

 

 

 こうして別れ、僕とヘルメス様は岩盤のところを見に行ってきた。

 

 しかし、人影は見つからず、途方に暮れていた。

 

 

「ヘルメス様、やっぱりここにはいないのでは…」

 

「いや、カサンドラちゃん。向こうの目的は決闘だ。そして、それを邪魔されたくないという事は、それなりに予想外の所、もしくは絶対に部外者が介入できないところで行うという事だ」

 

「それでここ何ですか? でも本当に何処にも……あれ!? 今何か、近くで岩盤に衝突したような音が聞こえませんでしたか!?」

 

「どうやら、当たりのようだな」

 

 

 僕達は周囲を必死に探してみたが、やはり何処にも見つからなかった。

 

 気のせいかな…と思い始めた時、岩盤の下からわずかに光が見えた。

 

 

「ヘルメス様! ここに光が漏れています!」

 

「という事は、ここの下だな」

 

「…え、でもどうやって行くのですか? 僕、魔法を習得していないですし……ここの岩盤をこじ開けるようなことは…」

 

「まあ、その辺は俺に任せろ。これでも俺は、道具開発系の【ファミリア】の主神だからな。さてと、ここに『火炎石』を設置してっと。ベル君、少し離れていてくれ。そう、その辺で」

 

 

 そう言われ、僕達は少し離れた所で様子を見守っていた。

 

 ヘルメス様が『火炎石』をいくつか取り出し、そしてそれらを離れた所で引火させ、爆破させた。威力は大きく、爆破音も大きかったため、岩盤も砕けただろう。

 

 

「よし、これで……おや?」

 

「…少しひびが入っているくらいですね…。ここの岩盤って、結構硬い…」

 

 

 しかし、岩盤がかなり硬かったのか、日々が少しは行ったくらいしか効果が発揮していなかった。

 

 ヘルメス様が手持ちの『火炎石』をすべて取り出し、もう一回やろうとしていた時、僕達の足場から「ピシッ」と、何か割れたような音がした。

 

 

「「へ?」」

 

 

 下を見ると、何か脆くなっていたのか、罅が入り、そしてそこの部分だけ一気に崩壊した。

 

 

「いいいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

「ベルーー!?」

 

「ベルくーーーーーーーーん!?」

 

 

 ヘルメス様の叫び声もむなしく、僕は重力に耐え切れず、岩盤から落下してしまった。

 

 その後すぐに、カサンドラさんも耐えきれず落下してしまう。

 

 そして、今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はあっけなくアマゾネス達に囲まれ、大ピンチとなっている。

 

 

「あなたって人は! 早くどうにかして下さい!!」

 

「せ、せめて私達の鎖を外して!?」

 

「わ、わかりました!!」

 

 

 ベルはすぐに鍵穴の部分に短刀を突き刺し、二人を鎖から解放する。

 

 それと同時に、アマゾネス達はベルらに襲い掛かる。

 

 万事休す、かと思われた時、レフィーヤさんとルルネさんが何とか踏ん張り、それらを押し返す。

 

 

「…ええ!?」

 

「一応私、これでもLv.3ですので」

 

「わ、私も…ギルドに報告していないから内緒だけど」

 

 

 カサンドラさんが魔法をかけ、自由になったレフィーヤさんとルルネさんを癒し、アマゾネス達と対峙させ、緊張の状態は続く。

 

 ベルはその隙にあと二歩ぐらいでバーチェが辿り着いてしまうため、倒れているティオナの方にダッシュで近づく。

 

 後方でベルを抑えようと飛びかかる気配を無視し、それでも前に進むと、バーチェがベルの方に視線を向ける。

 

 

「…邪魔をするな!」

 

 

 声を叫び、僕の方に向けて裏拳を放とうとしている。

 

 その裏拳は早く、Lv.1の僕では全く見えなかった。

 

 だが、奇跡が起きた。

 

 偶然飛びかかってきたアマゾネスの一人が僕の足に絡み、僕が前にこけて、屈むような形となった。

 

 その上に、裏拳が通り過ぎる。

 

 

「何!?」

 

「うわああああ!?」

 

「ッ!?」

 

 

 僕はやけくそになり、アマゾネスを振りほどき、そのままバーチェさんに突っ込む。

 

 バーチェさんは僕が躱してそのまま突っ込むとは予測していなかったのか、それとも体力の限界なのか、体を硬直させている。

 

 そして、カウンターという形で僕の右拳がバーチェさんの腹に打ち込まれる。

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

 丁度みぞおちに入り、ベルの攻撃でもバーチェは苦しむ。

 

 ましてや激闘の後でもあったため、体が余り言うことを聞いてくれなかったこともあった。

 

 さらにそこからベルはもう一発拳を打ち込む。バーチェもまた負けじと拳をふるうが、そのスピードは非常に遅かった。

 

 

「「あああ!!」」

 

 

 拳が交差して、お互いの顔に届く。

 

 届いた時、ベルは思いっきり後方に吹っ飛び、岩壁に激突する。

 

 バーチェはカウンターという形で決められ、もはや歩くだけで精一杯だったためか、少しよろめき、ベルが吹っ飛んだ方に視線を向けて、少し顔が笑った後、倒れる。

 

 そして、立ち上がる事はなかった。

 

 アマゾネス達は全員その光景に呆然としている。

 

 壁に激突しているベルを引き剥がし、魔法で癒し、ベルの意識が何とか保っていたため、レフィーヤ達全員ベルを抱えたまま倒れているティオナの元に行き、カサンドラの【魔法】やフィンから別れるときに密かに預かっていた万能薬をかけ、呼吸の乱れが収まるようになっていく。

 

 皆安堵して、ルルネとカサンドラに任せ、ベルとレフィーヤはカーリーの方を見る。

 

 

「……おい、バーチェ…?」

 

 

 一方、カーリーはまさかバーチェが倒れるという事態に信じることは出来なかった。

 

 珍しく取り乱している、そんなカーリーに言葉をかける者がいた。

 

 

「やあ、カーリー。天界で会う時以来かな? とりあえず、これで終わりだ。船の方も決着がついたみたいだからね」

 

 

 ヘルメスが天井の岩壁から上手く飛び降り、ベル達と一緒にカーリーの前に立ちはだかる。

 

 

「…! お主、ヘルメスじゃな! よくも『儀式』の邪魔を…!」

 

「それに関しては、こちらの方に危害を加えたという事でお相子さ。まあ、大体もうそっちの事情はほとんど知っているから、もう聞き出す情報はほとんどないけど、一応念のため。イシュタルに関して何か知っている情報はあるか? 主にフレイヤ打倒の他の計画とか、イシュタル達がここに来た経路とか」

 

「そんなもん、妾は知らん!」

 

「……そうか、まあそうだろうと思っていたけどさ…」

 

 

 ヘルメスは少しがっかりした表情を見せ、カーリーは余計イラついていく。

 

 下手をしたらこのまま戦闘は続行になるような神意を出しかねないので、レフィーヤはすぐにヘルメスに進言する。

 

 

「あの、ヘルメス様、どうにかこの場を修めてください。決着も着いたみたいなので…」

 

「ん? ああ、そうだな。じゃあ、ここは俺ヘルメスがここ宣言……ッ!?」

 

「ヘルメス様? …!?」

 

 

 ヘルメス様が後ろを向いた瞬間、驚愕の顔を見せる。

 

 つられて僕達も後ろを向け、カーリー様もまたヘルメス様に集中していたのか、そちらの方に顔を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、この場にいる僕らを除いて全員倒れていた。

 

 ましてや、ティオナさんが倒れているのに、カサンドラさんとルルネさんの姿がなかった。

 

 

「これは、一体なんじゃ…!?」

 

 

 カーリー様もまた予想をしていなかった出来事が目の前に起きて、仮面の下からでも驚愕の顔を見せているのがひしひしと伝わってくる。

 

 そして、ヘルメス様はすぐに異常の状況の正体に気づく。

 

 

「……!? 皆、これを吸うな! 恐らく、睡眠ガスの類だ!」

 

「ええ!?」

 

 

 睡眠ガス!? こんな所で!? でも、確かによく見てみると、アマゾネス達は皆眠っているように見える。

 

 でも、どうしてこのタイミングで…!?

 

 

「で、でも何で私達はまだ大丈夫なんですか!? ここは洞窟内の行き止まりですし、そこ以外は密閉空間の筈……あ」

 

 

 レフィーヤさんが、僕らがまだ睡眠ガスを吸っていない理由は何かとヘルメス様に聞いた瞬間、僕ら皆天井を見る。

 

 そこには僕とカサンドラさん、ヘルメス様が入ってきた穴が開いており、ちょうど僕らが立っているのもその真下であった。そのおかげで、風通しが良く、上手い具合に僕らの所だけまだ無事だったのだ。

 

 

「でも、僕らもすぐにやばいんじゃ…!?」

 

「ベル君達ならともかく俺やカーリーには厳しいし……出口まで息を止められるか…?」

 

「私やこの男はともかく、神様たちには厳しいです!」

 

「ええい、妾【カーリー・ファミリア】はこれで観念するから、お主等これを何とかせい!」

 

 

 とりあえず、すぐにレフィーヤさんがカーリー様が座っているところを土台としてジャンプし、その後すぐにロープを持ってくることに決定となった。

 

 

「では、いきます…!?」

 

 

 そうして、レフィーヤさんが飛ぼうとした時、天井の出口から風を吹かしながら誰かが飛びおりてきた。

 

 そこにいたのは、細身で金髪の可憐な女戦士の姿だった。

 

 

「…あれ? 皆、無事? 爆発みたいなのが見えたから来たけど、事は終わったの?」

 

 

 アイズさんが遅れて登場してきた。

 

 

「ア、アイズさん!?」

 

「皆、この状況は…?」

 

「あ、そうだ! アイズさん! アイズさんの風で睡眠ガスをここから吹き飛ばしてください!」

 

「よくわからないけど、わかった」

 

 

 レフィーヤさんの閃きによって、アイズさんはすぐに風を起こし、睡眠ガスを洞窟内から吹き飛ばしているように感じられる。

 

 そうして、すぐにティオナさんにアイズさんが持ってきていた万能薬をかけ、さらに様態が良くなって行くように見える。

 

 どうにかこれで一件落着…ではない。

 

 

「あの、アイズさん。カサンドラさんとルルネさんを見ませんでしたか?」

 

「…? 見てない。それに、洞窟内に誰か、いるような感じもしない」

 

「…え」

 

「……非常にまずいことになったかもしれない…!」

 

 

 アイズさんの風で窮地を脱出したが、ヘルメス様は顔を顰めることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある場所。

 

 そこに、ガスマスクらしきものを外しているザニスとアルベラがいた。

 

 

「ふぅ…。流石はアルベラ商会の商品だな。あんな効果があるとはな!」

 

「そういうザニス様も、手際が良いですね!」

 

「まあ、これでも私はLv.2だからな。人を2人運ぶくらいまでならどうとでもなる」

 

 

 二人の傍には、丁度人が入れそうなくらいの大きさの袋が二つ置かれている。

 

 

「私の商品である『眠りの香』を使って、決着がつき、疲弊している所に海蝕洞内の一部分に睡眠ガスで充満させ、そこにザニス様が無効化してくれるガスマスクをつけて入り、眠っている敵を誘拐して、戦力を削る…。確かにこれは、『相手を削る』という意味では成功していますからな。まさか決着前ではなく後にするとは、誰でも思いませんよ」

 

「ふっ…、私は冒険者なのでね。ここを使う機会も多くありますから」

 

 

 ザニスは自分の頭に指をさし、トントンと軽く叩く。

 

 

「さて、肝心の山分けだ。私はこいつの方をもらう。もしかしたら他に、秘密の宝庫があるかもしれないからな」

 

「では、私の方は黒髪の女性ですな。こやつは【悲観者】ですな。Lv.2ですから、高値で売れそうですよ」

 

 

 そうして二人はそれぞれ袋を持ち、アルベラは隠してあった荷台に乗せ、伝手を利用するつもりかオラリオの外壁の方に向かおうと、ザニスは肩に乗せ、別の所に行こうとしている。

 

 

「ザニス様はそれがありますから、今回の作戦が成功しましたので、これからも御贔屓のお願いしますよ」

 

「ああ、そうさせてもらおう。何たってこの、装備者と意識がないモノを透明にさせることが出来る『兜』さえあれば、最早私は無敵だからなぁ!!」

 

 

 そうして別れ、ザニスの手には、ルルネが【カーリー・ファミリア】に囚われていた時に奪った、魔道具『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』を握り、それを頭にかぶり、袋とともに姿を消した。



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オラリオへの帰還、そして捜索分担

報告。
やべえ、戦争遊戯編が予想以上に長くなってしまっている…!
更新時間がどんどん遅くなってしまっている…!
何とかしないと! おのれリアル!
そしてダンまち3期楽しみ!


 僕達は、カサンドラさんとルルネさんを探す捜索は、翌日の朝まで続けた。

 

 しかし、ベートさん達や船から戻ってきたフィンさん達も合流し、さらに【ニョルズ・ファミリア】の人達も手伝ってくれたけど、それでも見つからなかった。

 

 全く成果がでなかったため、ベル達が意気消沈している中、フィン、ヘルメス、ニョルズ、カーリーは話し合いをしていた。

 

 

「じゃあ、昨日の報告の話では出なかったけど、【ソーマ・ファミリア】の団長とアルベラ商会の会長がそこにいたんだね?」

 

「ああ。何か事を起こしても大丈夫だろうと甘く見積もっていたから、昨日の時点では話してなかったんだ。まさかこんな事になるとは思いもしなかったからなぁ」

 

「なあ、カーリー。奪った道具とかは誰が管理していたんだ? 全部の船の中とか調べたけど、そっちも全然出てこなかったし」

 

「…イシュタルらと一緒にいた、眼鏡をかけた男と下衆な商人が管理していたわ」

 

「…なるほどね、レフィーヤの杖も道理で見つからないはずだ。【万能者】が戻ってきた時に空から見たという1台だけ離れていく馬車、しかもオラリオに向かっていたから、恐らくそれだろう。ベートの鼻もオラリオの方面に向かっていると言っていたから、まず間違いない」

 

「恐らくそうじゃろう。アヤツらが言うには、オラリオに入る伝手があるとか言っておったわ」

 

 

 あまり考えたくなかった事例が起きたことに、ヘルメスは顔を顰め、頭を痛める。

 

 

(…最悪だな。まさかあのタイミングで人をさらってくるとは思いもよらなかったし、おまけに『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』も向こうの手にある。あの人の『置き土産』の実力を見極めようと最後の方に上手く誘導したつもりだったが、肝心の相手が予想以上に削られていたからなぁ。早くルルネ達を救出させないとまずいし、どうするか…)

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルメス達が今後の方針について考えている一方、ヴィーザルは旅の荷物などを揃え、船に乗ってメレンから出港しようとしており、静かに去ろうとした際、乗る船の直前にあらかじめ予想していたベートに見つかった。

 

 

「はぁ…。全く、去るときは一言ぐらい声をかけろって」

 

「そっちが色々と大変そうだったから…と言っても、実際もう話すことはほとんどないからな。ロキの所に入団したっていう話は聞いている。これから先、その顎が引き裂かれる心配は昨晩に少しだけ解消されたから、心残りはもうない。後は、俺の眷属達の墓参りをしに行くぐらいだ」

 

「…オラリオの中の様子とかは見ないのか?」

 

「オラリオは入るのは簡単だが、出るのは窮屈だからな。それに、お前の顔もこうして見れた」

 

「…そうかよ」

 

 

 ベートは大きなお世話だという顔を見せながら照れくさそうに返事をし、それを見たヴィーザルは少し苦笑いをする。

 

 

(子は離れていても成長するもんだな、全く)

 

 

 ヴィーザルはそう思うと少し表情が弛み、ベートに突っ込まれる。

 

 

「おい、何だそのにやけ面は!!」

 

「いや、別に。多少解消されている傾向は見られていたが、成長してもお前のツンデレは健全だなと思ってな」

 

「喧嘩売ってんのかテメェ!!」

 

「やれやれ、先に俺が噛まれそうだな…。…さて、俺はもう行く。ベート、お前もいつか、あいつらの墓参りでも行けよ。多分みんな喜ぶからな」

 

「誰が行くか!!」

 

 

 ベートは今にも咬もうかと吠えるが、ヴィーザルはそれをスルーする。

 

 そして今度こそベートに背を向け、ヴィーザルは歩みながら手を振った。

 

 

「じゃあ、達者でな。そして俺の勘だが、お前はもうランクアップすると思うぞ」

 

「そうかよ!! ……………なっ、はぁ!?」

 

 

 ベートはどういう事か聞こうとしたが、ヴィーザルは船に乗ってしまい、そして丁度出港の合図の笛が鳴り、船が港から出てしまった。

 

 ベートは唖然としながらその船を眺め、そして徐々にその表情が哀愁へと変わっていく。

 

 その船が見えなくなるまで、ベートは眺め続けるのであった。

 

 

「ああ、全く柄じゃねえが…。達者でな、ヴィーザル…。出来れば、俺の分の墓参りでもしてやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、今後の方針が決まったのか、フィン達が話を終わらせ、ベートを除いたベル達の所に行く。

 

 そこには、目を覚まして捜索に協力してくれた【カーリー・ファミリア】の団員たちの姿もあった。

 

 そして、その頭領姉妹のアルガナとバーチェの姿もあった。

 

 僕達も話し合って丁度話し合った所に、フィンさんが来てくれたのか、アルガナさんはものすごく嬉しそうに抱き付こうとフィンさんの所に向かっていった。

 

 

「フィ~~~~~~~~~ン! お前の言う通り、ワタシ達の中でも話し合ったが結局の所、もうここにはいないという事になった! ワタシの勘もそう言っている! 後、ワタシと子作りしよう!! 今ここでもOKだ!!」

 

「何どさくさに頼み込んでやがるアルガナ、テメェ!! つーか、私達の前には二度と現れないという事になっているだろーが!!」

 

「そんな約束、ワタシの恋の前では無効だ!!」

 

「ふざけんなぁああああああああああ!!!」

 

 

 アマゾネスの性なのか、自らを倒したフィンさんにすっかり惚れてしまい、元の凶暴さが薄れてしまっているアルガナさんが物凄い事を頼んでいるのを、ティオネさんがそれを阻止している。

 

 2人は取っ組み合いになり、暴れている。

 

 その後ろに昨晩、船の方にいた【カーリー・ファミリア】のアマゾネスの人達が続いて行き、フィンさんの争奪戦が繰り広げられた。

 

 少し前に目を覚ましたバーチェさんとティオナさんも含めて、残った皆がそれを見て、遠い目をしている。

 

 そして、バーチェがティオナさんに向けて呟き、その言葉がすぐ傍にいた僕にも聞こえた。

 

 

「いつも私はアルガナに対して怖がっていたが、あのアルガナなら、私は怖くない。少しだけでも、私達は共に歩めることができるかもしれない」

 

 

 その言葉を聞いて、ティオナさんは破顔して笑い、僕はどういう事がすぐに考え、何となく察しが付いた。

 

 ベルがそんな考えをしている中、「もうテルスキュアは終わりじゃあ…。アルガナ含め、妾の眷属の約半分がああなってしまっているし、バーチェももう闘う理由がなくなってしまった…」と悲観しているカーリーを除いて、フィン達は争奪戦を繰り広げられている光景をスルーしてベル達に向かい、今後の方針を伝えようとする。

 

 その事に察したのか、ティオネとアルガナを含めた争奪戦が急に止まり、すぐに戻って話を聞く状況になった。ルアンは少しドン引きしたが、フィンは話を始める。

 

 

「さて、諸君。オラリオから課せられた僕達の強制任務は達成したが、二人の行方不明者を出してしまった! そのため、僕達オラリオ組はこの二人の行方を探すため、現状いる可能性が高いオラリオに帰還する! そして【カーリー・ファミリア】の皆を含めて、メレンに残る人達は二人の行方探しにどうか協力してほしい! オラリオの外に連れ出されたら探し出すのにより困難を極めてしまうため、アルベラ商会を中心に物販を調べて欲しい! 見つけた暁には、さすがに道徳に反するものは駄目だけど、何か報酬を送ろう!」

 

 

 フィンさんがそう伝え、僕達皆もまたそれに了承した。

 

 

「じゃあ、見つけたらワタシと子作りを!!」

 

「今団長が道徳に反するものは駄目だって言っただろうーが!!」

 

 

 そんな一悶着もあったが、とにかく僕達オラリオ組は都市に戻るため、後にベートさんも合流して、宿に向かって置いてある荷物をまとめ、そこからオラリオに直行することになった。

 

 その際、僕はあることに気づく。

 

 

「…もしかして、カサンドラさんの分も僕が運ぶのか…!!」

 

 

 誰にも知らせずにカサンドラさんと同じ部屋に泊まっていたため、カサンドラさんの荷物も僕がまとめることになり、例のアミッドさんの時から全く耐性ができておらず、下着などにドキドキしながら何とか詰める。

 

 他にもカサンドラさんの水着があって、誰かに見せるため用みたいなのがあったが、僕はそれを見なかったことにして鞄を閉じ、そして荷物をまとめ終わる。

 

 

(後は、部屋から出る時に誰にも見られずに…!!)

 

 

 僕はそんな希望を持ったが、現実は無常であった。

 

 ドアを開けた時、そこには同じ宿に泊まっていたダフネさんとアイズさん、レフィーヤさんがいた。

 

 

「…う、ぁ…」

 

「…………ええ!?」

 

「…あ」

 

「ん? あなたはその部屋に泊まっていたのですか。全く、まさかあの時はあなたに助けられるとは………? どうしたのですか二人とも、その反応は?」

 

 

 僕は顔を青くして、ダフネさんは唖然としており、アイズさんとレフィーヤさんは事情を知らないため全く平常運転であったが、僕らの反応に疑問符を上げている。

 

 そして、ダフネさんはすぐに察したのか、僕を二人からから遠ざけようとしている。

 

 

「あ、ああ、ベル。すぐに出発するから、ロビーに待ってて。皆すぐに来ると思うから」

 

「は、はは、はい! わ、わかりました!!」

 

「…?」

 

「……何か明らかに動揺していますね…」

 

「き、ききききき、気のせいですよ!! そ、そそ、それじゃあ!!」

 

 

 僕は逃げるようにその場から離れ、ロビーに向かおうとした時、レフィーヤさんがダフネさんに質問をした。

 

 

「あの、ダフネさん。カサンドラさんの泊まっていた部屋は何処に…?」

 

「……あ、あははは…」

 

「……こぉんのぉ、変態ヒュウマアアアアアアアアアアアン!!!」

 

「ごぶはぁ!!」

 

 

 そしてすぐに察したレフィーヤさんがLv.3の敏捷を持って荷物を持っている僕に追いついて飛び蹴りをかまし、僕は思いっきり食らった。

 

 さらにそこからビンタを何発か喰らい、僕の意識が遠のき始めている。

 

 アイズさんは未だにどういう事なのか首を傾げていた。

 

 ダフネさんは、僕がカサンドラさんの部屋に泊まっていた事に驚愕が消えておらず、愕然としたまま部屋の中の方を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一悶着があった後。

 

 僕らはオラリオに向かってメレンから出る際、その出口にアルガナさんとバーチェさんが立っていた。

 

 

「フィ~~~~~~~ン! 次会う時はいつだ!? それまでにワタシは女として磨いておくから! そしてティオネよりも先に頂く!! まずお前の好みは何だ!?」

 

「アルガナァ!! やっぱ、ちゃんとぶちのめしとけばよかった!!」

 

「…こいつ、俺と闘った時とは別人じゃねえか…」

 

 

 フィンも前で相変わらず積極的に攻め、アルガナとティオネはもう何度目か取っ組み合いをしており、ベートはアルガナの変貌さに驚愕を隠せず、また呆れている。

 

 

「じゃあな、ティオナ。またすぐに会えるかもしれないが、そっちでも元気でな」

 

「うん! バーチェも元気でね!」

 

「こっちはすっかり仲直りになっていますのに…」

 

 

 バーチェとティオナが完全に打ちとけているため、レフィーヤはアルガナとティオネの関係と比較して、そっちに嘆いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、僕らもアルガナさんとバーチェさんに簡単な挨拶をすませ、方針の確認も行って離れる際、アルガナさんはルアンを呼び止めた。

 

 

「…おい、そこの小人族」

 

「…なんだよ?」

 

「…あの時は、すまなかったな。簡単に、馬鹿にしてな」

 

「…その反省があるなら、オイラからは特に責めないよ」

 

「所で、フィンの好みは何か知っているか? 同じ小人族なんだから、少し教えろ」

 

「おい、本当に反省しているか!?」

 

 

 アルガナさんはフィンさんと同じ小人族であるルアンからにもフィンさんの情報を聞き出そうとしている。

 

ルアンが疑念の声を上げている一方、バーチェさんは僕の方を呼び止めた。

 

 

「お前は、ベル・クラネルとか言っていたな」

 

「ええ、そうですけど…」

 

「…お前、Lv.はいくつだ?」

 

「…Lv.1です…」

 

「…そうか。そのお前が、私を倒したのか…」

 

 

 バーチェさんはLv.1の僕に倒されたことで、ショックを受けているように見えた。

 

 

「…あ、あの。言っては何ですけど、あの場合は僕が瀕死のバーチェさんにトドメを刺したみたいな形なので、おいしいところだけを持って行ってしまったというか、何と言うか…」

 

「いや、いい。その事に、気を病む必要はない」

 

 

 バーチェさんをフォローするつもりが、逆にバーチェさんにフォローされてしまった。

 

 僕が言葉を出していない間に、バーチェさんは話を続ける。

 

 

「それに、お前を見ていると、少し私の様子が変なんだ」

 

「変…?」

 

「ああ。何かこう、胸の奥から闘争の時とは別の、何か熱いものがこみ上げてくるような…、そんな感じがするんだ」

 

「…? 何でしょうか、それ…?」

 

 

 僕は別に魔法とかスキルとか覚えていないため、相手を異常状態に陥れることは出来ない筈。一体それは何なのだろうと僕とバーチェさんはお互い首を傾げる。

 

 すぐにどういう事なのか結論が出なかったため、僕達はその原因の追求を諦め、別れることになった。

 

 

「お前も元気でな。仲間の捜索、こちらの方でも調べるからそっちの方もよく調べろ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「…!? そ、それじゃあ!」

 

 

 僕が感謝の言葉を告げると、バーチェさんが急に胸を抑え始め、顔を少し赤く染めながらその場をすぐに去ってしまった。

 

 僕は疑問符を頭の上にあげるように走り去るバーチェさんを見送ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてメレンから出て、オラリオの外壁に到達する前。

 

 僕らはオラリオ内での捜索範囲の役割分担を決めようとしていた。

 

 その直前に、レフィーヤから催促の声が上がった。

 

 

「あの、ギルドに相談は出来ないのでしょうか? 誘拐となったら、ギルドも動いてくれるんじゃ…」

 

「いや、今回のギルドは信用できない。何せ、僕の手紙がギルド経由で握りつぶされている可能性が高い。それに、今回の『強制任務』そのものが怪しいからね」

 

「怪しい…?」

 

「ああ。まるで、最初から【カーリー・ファミリア】が何か持ち込んでいることがわかっていたような内容でもあったし、【アポロン・ファミリア】の内容に至ってはかなり大雑把だった。結果的に成果は出たけれど、【カーリー・ファミリア】ではなく【ニョルズ・ファミリア】の方を調べてしまっていたからね」

 

「あ…」

 

 

 その一言で、レフィーヤさんは納得する。

 

 そして、今度はルアンがヘルメス様に質問する。

 

 

「でもヘルメス様。オラリオ内を探すといっても、かなり広いのでは…。それに下手したら、そこからもう売られて、オラリオの外に連れて行かれているかも…」

 

 

 ルアンの心配そうな声が上がり、現実で起きていたらと思わずかなり苦渋の顔になりそうだったが、ヘルメス様がすぐにその考えを否定する。

 

 

「いや、後者はない。よくメレンの事を思い出してみるんだ。あそこにいた一般客は、どんな人がいた?」

 

「一般客ですか? えーと、確か…」

 

 

 ヘルメス様にそう言われ、僕達も良く思い返してみる。

 

 確か、屈強な水夫達がいて、荷台とかを降ろしたり乗せたりしていた。元々メレンの人達もいたし、他には客船と思う所から旅人らしきエルフから身なりのいい格好をした人…!

 

 

「…あ! そういえば、メレンにもお金をたくさん持っていそうな人達がいました!」

 

「そう。もし本当にオラリオの外で売る気なら、メレンにいたお金持ちに売ればよくて、わざわざオラリオまで持っていかなくていい」

 

「一応捕捉しますけど、オラリオ内の方が何かと物価が高いので、恐らくそっちも狙いかと思います」

 

「それでもニョルズ達に頼んだ理由は、少し時間が経って入れ違いにオラリオから出されたらもう厳しくなってしまうから、念のためと言う割合が大きい。あとはアルベラ商会達に対するけん制かな」

 

 

 アスフィさんやフィンさんの補足がついたヘルメス様の説明により、僕達は納得する。

 

 しかし、それで半分である。

 

 

「団長…。今はまだオラリオ内にいるという事は納得しましたけれど、肝心のオラリオの中が広すぎて、役割分担でも非常に厳しいんじゃ…」

 

 

 そう。世界の中心と言われているオラリオの大きさはとても広く、役割分担でカバーできる広さではない。

 

 例え、アルベラ商会と【ソーマ・ファミリア】のみを張ったとしても、既にその手元にいないのでは、意味がない。

 

 どうすればよいのかと考えていると、ヘルメス様とフィンさんはとても落ち着いていた。

 

 

「いや、大丈夫。大体目星はついている」

 

「え…?」

 

「さて、ベル君。さらにここでも問題だ。先程話に出たメレンにいたお金持ちの人達は、なぜメレンに来ているでしょうか?」

 

 

 いきなりヘルメス様から問題を出され、僕は考える。

 

「……あ、取引とか仕事ですか? 魔石関連の物とか、道具とかの!」

 

「そうそう。他には?」

 

「…観光とか買い物ですか? メレンとか、オラリオとか…?」

 

「ちょっとおしいね。他には?」

 

「えーと、後は…」

 

 

 わからない。確かにお金持ちの人達は見かけるけど、他には何が…?

 

 

「…はい、時間切れだね。まあ、こればかりは知らないと厳しいね。答えは言うとね…。娯楽施設さ!」

 

「娯楽施設…?」

 

「ギルドも運営には口出しできない、オラリオ唯一の治外法権と言っても良いところだ」

 

 

 僕はオラリオ内で治外法権があるとは思いもしなかった。

 

 もしかしたら、そこにカサンドラさんとルルネさんが…!?

 

 

「まず今回の関係者であるアルベラ商会と【ソーマ・ファミリア】、そしてその取引相手の可能性が高い【イシュタル・ファミリア】は除いて、今言った娯楽施設、その3つの領域範囲のどこかにいる可能性が非常に高い」

 

「闇派閥のアジトにいる可能性は…?」

 

「ない。カーリーが言うには、2人はむしろそれを利用しているにすぎないと考えているらしいから、これは信じてもいいだろう」

 

「それに【イシュタル・ファミリア】の事だが、恐らくそっちには売らないだろう。オラリオの派閥でもあるし、いくらギルドに対して強気にいられても、娼婦としてやらせたらいずれ問題になることも目に見えている」

 

「…ああ。『殺生石』とやらも俺が破壊したからなぁ。あいつらにとって重要そうな道具っぽいから、下手したら八つ当たりでそいつらに火の粉が余計に降りかかる可能性もあるな」

 

「…むしろその可能性の方が高そうだね」

 

 

 皆の推測によって一気に捜索範囲が3つに絞られることになった。

 

 これなら、役割分担して頑張れば、見つけられるかも…!

 

 そして、どこの【ファミリア】がどれを捜索するか意見を出し合う。

 

 

「…さて、捜索範囲の役割だが、僕達【ロキ・ファミリア】がアルベラ商会を張る。何せ【イシュタル・ファミリア】の子飼いだから、それなりに【ファミリア】そのものが強くないと厳しいからね」

 

「そういうことなら、俺達【ヘルメス・ファミリア】は【ソーマ・ファミリア】を見張ろう! 元から問題が多い【ファミリア】だから、下手したら別のアジトも探さないといけないからね」

 

「あ、そこにオイラも加えてくれ!【ソーマ・ファミリア】の所には知り合いがいるから!」

 

「ああ、構わないぞ!」

 

 

 ルアンが【ヘルメス・ファミリア】と一緒に【ソーマ・ファミリア】の調査に乗り出すことになった。

 

 …ん? という事は…!?

 

 

「じゃあ、ルアン君を除いた【アポロン・ファミリア】の人達で、娯楽施設の所を調べてくれ」

 

「えええええええ!?」

 

「ちょっ、一番大変じゃない、それ!? 問題を起こせば、最悪外交問題に発展する可能性があるでしょ!?」

 

「…一応捕捉させますが、娯楽施設はいくつもあって、有名なのは大劇場と大賭博場です。ですが、【ガネーシャ・ファミリア】の守衛があって、許可証もしくは紹介状がなければ侵入はほぼ不可能です」

 

「そ、そんな…。荷が重すぎます……ん?」

 

 

 僕はどうにか変えてもらおうとした時、聞き覚えがあるものがあった。

 

 大賭博場…? 許可証…?

 

 …そうだ! 確か『怪物祭』の時にくじ引きでもらった景品が…!

 

 

「…いや、やります!」

 

「…! 本当なのか!? 流石に僕は厳しいと思っているんだが…、何かあるのか?」

 

「はい! 実は、色々あって賭博場の共通通行許可証、しかも第一等級「ゴールドカード」を持っているんです!」

 

「…たてかえするのに大分時間がかかる物だから、ほぼ諦めていたんだが…、ベル君はすごいな…!」

 

「じゃあ、君達【アポロン・ファミリア】にそっちは任せよう」

 

「…わかったわ。もしかしたらカサンドラがそこにいる可能性もあるし、背に代えられないわね」

 

「よし、それじゃあオラリオに入ったら、各自即行動!」

 

 

 そうして、僕達のカサンドラさん、ルルネさんの捜索は始まるのであった。

 



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潜入メンバー

before
アルガナ「男なんか敵だ!」
バーチェ「ティオナ…! 殺す…!」

after
アルガナ「フィーン! 何処だー!? 私と結婚してくれー!」
バーチェ「この感情は一体…?」

そして報告。
 実はですね、当初はダンまち3期が始まるぐらいに異端児編に入りたいなーと思っていました。異端児編はかなり先の章です。
 はい、無理ですね。とりあえず、この章を終わらせるように頑張ります!


 オラリオに戻ったけれど、許可証のカードは僕の部屋においてある。そのため、取りに行くためにフィンさんやヘルメス様、ルアン達と別れてから、僕とダフネさんは一旦【アポロン・ファミリア】のホームに戻る事となった。

 

 そして館に戻って中に入った際、アポロン様やヒュアキントスさん、リッソスさんと出くわした。

 

 

「ベルきゅん! ダフネ! もう『強制任務』を終わらせて戻ってきたのか!! もしかしたら全身日焼けして帰ってくると思っていたよぉ!」

 

「想定よりも早かったな。それでこそ、この【アポロン・ファミリア】の団員だな」

 

「…ん? カサンドラとルアンはどうした?」

 

 

 アポロンはベル達がわずか3日で『強制任務』を終わらせたことに驚き、ヒュアキントスは当然かのように鼻を鳴らすが、リッソスはカサンドラとルアンの姿がないことに気づき、疑念を覚える。

 

 そして、その疑念に対してダフネが弱々しく答える。

 

 

「………カサンドラは、攫われてしまったわ…」

 

「「「………はぁ!?」」」

 

 

 まさかの事態が起こっていた事に3人は驚愕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええい、おのれ! よくも我が眷属を…! こうなったらこっちから殴り込んで…!」

 

「すぐに他の者たちにも伝えて襲撃の準備を致します!」

 

「ちょっ!? 余計に事態がややこしくなるから今はまだ我慢して! ルアンも【ヘルメス・ファミリア】の人達と協力して【ソーマ・ファミリア】の所を見張っているし、【ロキ・ファミリア】の人達もアルベラ商会の方を探しているから!」

 

 

 事情を知ったアポロンは激怒し、ヒュアキントスもまた早速とばかりに武器を取り出そうとして、他の団員にも武器を取らせようとする所を、ダフネが必死に止めている。

 

 

「…なるほどな、事情は分かった。それで、これから大賭博場に行くのか」

 

「はい…」

 

 

 リッソスは焦燥感を必死に抑えながらベルにこれからの行動を確認している。しかし、問題点があった。

 

 

「軍資金は何とか集めるとして、問題は賭博場区域に潜入するのは誰にするかだな。ベルは確定として、許可証の記述によると、ついて行ける2人は…」

 

「ウチが行くわ。正直言って、『強制任務』の時はやられっぱなしだし、丁度ストレス発散にもなるわ!」

 

「団長である私も行きたい所だが、流石に賭博の腕はな…。他の者にしろ」

 

「情けない話だが、私もヒュアキントスと同意見だ。そこまで腕が強いというわけではない」

 

 

 ダフネさんは潜入するメンバーに名乗りを上げるが、ヒュアキントスさんとリッソスさんは降りた。となると…?

 

 

「ふっふっふ。やはりこのアポロンが行くしかないようだな! さあベルきゅん、早速行こうじゃないか! 何、運は悪くても、子供との心理戦なら神はそう簡単に負けないさ!」

 

 

 アポロンは自信満々に名乗りを上げ、ベル達と一緒に賭博場に行こうとする。

 

 あ、そうか! 神様は僕達亜人を含めた人間の嘘を見分けることが出来るんだった! それならば、賭博場にとっては非常に心強い!

 

 ベルもまた、神が持つ特徴の一つが存分に発揮出来ることで、アポロンがいつもよりも神様らしく見えていた。

 

 これでメンバーは決まりかと思いきや、横やりが入る。

 

 

「待って、アポロン様。アンタは無理よ」

 

「な、何故だダフネ!? 賭博場となると、この私が適任だろう!?」

 

「それがダメなのよ。賭博場でもさらに大きい所だと、相手と対面して戦うゲームが多いわ。もし誘拐されたカサンドラさんとルルネさんが既に買収されたなら、さらにその先のVIPルームにいる可能性が高いけど、嘘かどうか見分けることが出来る神様は、そのVIPルームには出入り禁止になっている所が多いのよ」

 

「なっ……、何だとぉおお!?」

 

 

 大賭博場区域の掟によると、神様は一部の所では出入り禁止になっているらしい。確かに許可証のカードの方にもそんな記述がかかれている。

 

 肝心な所で不在という事になるため、アポロン様は自動的に落選することになった。

 

 

「…一先ず、こっちは賭博場以外の娯楽施設、主に大劇場を中心に潜入する。そこだったら、許可証なしでも客として入れる事は出来るからな」

 

「ええ。そっちは任せるわよ」

 

「…しかし、賭博場の方の残り1人は誰が行く? 行き帰りの馬車は用意するが、はっきり言って、【アポロン・ファミリア】の団員達の中で明確に賭博の腕が強いといえるのは、ダフネぐらいしか…」

 

 

 このままだと僕とダフネさんの2人で挑むことになるが、もう1人腕が強い人が欲しい。恐らく足を引っ張ってしまうであろう初心者当然である僕のために。

 

 雲行きが怪しくなっている所に、ダフネさんがある人物の事を思い出す。

 

 

「……協力してくれるかわからないけど、外部の人で賭博の腕に強そうな人に心当たりがあるわ」

 

「…? 誰だ? 【ロキ・ファミリア】はアルベラ商会の方に出向いているのだろう?」

 

 

 ヒュアキントスさんが誰の事を指しているのか疑問に思い、リッソスさんやアポロン様もまた誰の事を言っているのか首を傾げる。

 

 僕はその人物が誰なのか考え、そしてすぐに思い当たった。

 

 

「あ、もしかして!」

 

「ええ、『怪物祭』の時にその腕の強さを存分見たわ。結果的にはこっちが勝ったけど、味方になったらとても心強いわ!」

 

 

 僕とダフネさんは早速その人の元へ駆けだそうとした所で、ヒュアキントスさんに止められる。

 

 

「待て、話はまだ終わっていない。そこまで言うなら残り1人はその人でいいだろう。とりあえず、今出せる軍資金はこれだ。チップは恐らく30枚程度になるかもしれないが、これでもこの派閥の6割の資金がある」

 

「くっ、やはりあの襲撃の被害の余韻がこんな形でも出るとは…! おのれタナトス…!」

 

 

 簡単に大金を渡されたけど、ヒュアキントスさんはこれでも心もとないと言わんばかりの表情をしており、アポロン様はその元凶の一人である邪神の顔を思い出し、あの時の屈辱が蘇って拳を大げさに握った。

 

 とにかくこれで軍資金が出来たことから、僕とダフネさんは今度こそ、その人物に会いに行った。

 

 

「おい待て貴様ら! 馬車を待たす場所は何処だ!?」

 

「あ、はい! 『豊饒の女主人』のお店です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その道先の道中。

 

 そこで、恐らく休暇中であろうアミッドさんと遭遇する事になった。

 

 

「おや? ベルさんではないですか。奇遇ですね、こんな所で」

 

「あ、アミッドさん! ごめんなさい、今からすぐに寄る所があって…」

 

「……? 何か非常事態でも起きたのですか?」

 

 

 アミッドさんが怪訝な顔で僕達を見て、僕は説明しようとしたところで、目的地にたどり着いた。

 

 僕らが辿り着いたところは『豊饒の女主人』のお店である。

 

 一応、【アポロン・ファミリア】の館が修復された後からも2回ぐらい、ルアンとリリと一緒に食べに行っていた。

 

 そして、店の中に訪れる。

 

 

「ニャ? 白髪頭がいるニャ」

 

「申し訳ございませんが、今は閉店でして、夜の方にまた…」

 

「あ、突然ですみません。実は…」

 

 

 僕とダフネさんは付いてきたアミッドさんと店員の人達に事情を説明する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…誘拐ですか。それで、大賭博場を調べることに…」

 

「はい…。それでシルさんに協力をお願いしようと思って来たんですけど…。その、シルさんは?」

 

 

 『怪物祭』の大会でダフネさんを圧倒したシルさんなら、もしかしたら大賭博場でも存分に発揮してくれるかもという期待があった。

 

 しかし、リューさんやアーニャさん、クロエさんを含め店員の人達が大勢いるが、肝心のシルさんの姿がなかった。

 

 僕は買い出し中なのかなと思ったら、全く別の理由であった。

 

 

「残念だけど、シルは今休暇中で店にはいないわよ」

 

「ルノアの言う通りニャ! たまーにこうやって、ドカンとシルは休む事があるのニャ!」

 

「え、嘘!?」

 

 

 シルさんは休暇により、店には何日か現れないことを聞き、ダフネさんはいきなり出端をくじいた事で焦り始め、僕は顔を青ざめることになった。

 

 どうしよ…!? ダフネさんのフォローのみで賭け事に頑張らないといけないのか…!?

 

 ベルもまたその事で焦りが見え始めると、アミッドとクロエがベル達に名乗りを上げる。

 

 

「ベルさん、私が一緒に行きます。こう見えて、私は交渉などで相手を見極めていますので、カジノでもその経験を発揮する…と思います。それに、アルベラ商会の会長とは以前、薬品の交渉で面識したことがあります。その交渉は結びませんでしたけど」

 

「まあそう焦らなくていいニャ少年。『怪物祭』後で店に入ってくれた時に、ミア母ちゃんのお酒の事を帳消ししてくれたお礼もあるし、私が協力するニャ! これでも私もその許可証のカードを持っているニャ!」

 

 

 アミッドさんとクロエさんが主張している中、より有利になるためにクロエさんがそう言うと、僕と同じ『ゴールドカード』を見せてきた。

 

 

「え!? クロエさんもそのカードを持っているのですか!?」

 

「ちょーっと昔にこのカードを手に入れたのニャ! 大金を落とさないといけないから、これでも苦労したニャ!」

 

「こいつ、さては懲りずに今でもちょこちょこと行っているな…!」

 

 

 クロエが密かに賭博場に訪れている事を容易に想像できたルノアは悪弊を吐く。

 

 クロエはそれに突っかかろうとしたが、ベル達からの印象が悪くなるため止める。

 

 

「まあ何にせよ、少年は当然このカードを持っている私を選ぶニャ!」

 

「………」

 

「え、えーと…」

 

 

 確かにこのカードを持っているクロエさんの方が断然良い。アミッドさんもその事を理解しているのか、目を静かに閉じている。

 

 僕は躊躇しながらクロエさんを選ぼうとした時、リューさんがクロエさんに尋ねた。

 

 

「クロエ。そのカードを持っているなら、わざわざクラネルさんのカードの人数制限内で入らなくてもいいのでは…?」

 

「………あっ」

 

「というか、更に行ける人数が増えたニャ」

 

 

 クロエさんも僕と同じカードを持っているということは、そのカードでもお供2人を連れて入ることが可能という事だ。つまり、最大6人で行けるという事になる。

 

 

「では、私はベルさんの人数制限の方で入れますね」

 

「そうなるわね。まさか【戦場の聖女】が来るとは想像してなかったけどね」

 

「アミッドさん、よろしくお願いします」

 

 

 こうして、僕とダフネさん、アミッドさん、クロエさんが潜入することが確定する。残りは2人。

 

 

「…私が行きましょう。正義を掲げた者として、この事は見過ごせませんから」

 

「ミャーも行きたいニャ!」

 

「今度は私が行くよ! 『怪物祭』の時は店に残されたし!」

 

 

 今度はリューさんとアーニャさんとルノアさんが言い争うこととなる。

 

 そして最終的にくじで決める事となり、結局リューさんとルノアさんが行くことになった。

 

 

「というわけで、アーニャ。あなたはお留守番です」

 

「うニャー! 行きたかったニャー!」

 

「じゃあ、これで早速…!」

 

 

 アーニャさんが悔しがっている中、僕は早速行こうと足を向けようとすると、クロエさんに止められる。

 

 

「待つニャ少年。カジノが開かれるのは夕方からだし、大体その格好で賭博場でもさらに大きい大賭博場に行く気かニャ?」

 

「え、まずいんですか?」

 

「当たり前ニャ! そこは世界中の超大金持ちが集まる場所ニャ! そこにそんな格好で来たら、例え入れたとしてもVIPルーム何かには呼ばれないニャ!」

 

 

 クロエさんからの忠告によって、まず服装から整えることになった。

 

 

「でも、服装はどうすれば…」

 

「それならこっちに来るニャ! すぐ近くに貸し出してくれる服屋のお店があるから、すぐにコーディネートするニャ!」

 

「あ、ちょっ、引っ張らないで下さい!?」

 

「私もベルさんの格好についてコーディネートします」

 

「アミッドさん!?」

 

 

 アミッドさんがクロエさんの味方をしてしまい、僕はそのままクロエさんとアミッドさんに連れて行かれてしまった。

 

 そして服屋に到着して、そのまま奥の方に連れて行かれ、試着室に連れ込まれる。

 

 

「よし。それじゃあ、早速服を脱がすニャアアア!」

 

「かしこまりました」

 

「うわ、ちょっ、自分で脱ぎますから!? そしてクロエさん、何処を触っているのですか!? アミッドさんも便乗しようとしないで下さい!?」

 

「いえ、ベルさん。これは必要なことなのです。サイズが合わなかったら意味がないですので、これは見定めとしてやっているのです」

 

「そう通りニャ! だから少年はおとなしくするニャ!」

 

「いや、これ明らかに別の理由が目的ですよね!?」

 

 

 ベル達の様子が聞き取れたため後からついてきたダフネ達は苦笑いをする。

 

 

「…とりあえず、ウチらも服装を整えないとね」

 

「そうですね。私達の場合は変装という意味でもありますから」

 

 

 ダフネ達もベルの事が終わったら、すぐに取りかかろうとした所、ルノアはある事を提案する。

 

 

「じゃあ、リューは男装でいいね!」

 

「…何を言っているのですか、ルノア…!」

 

「だって、変装となると誰か一人くらい性別すら偽った方がより良いじゃん。シルもいたらノリノリで賛成してくれると思うし」

 

「シルを引き台に出さないで下さい!」

 

「…もう、それもくじで決めたら…?」

 

 

 ダフネの一言が決め手となった所で、ベル達が戻ってきた。

 

 ベルは白い部分が目立つ燕尾服を着た正装の格好をしているが、何故か涙組んでいた。

 

 そして、ベルを除いた5人で誰が男装するか、くじ引きを行うこととなる。

 

 そして行った結果、リューが男装することになった。

 

 

「な……、何故、私が…!?」

 

「公正なくじの結果ニャ」

 

「あっはっは! 恨むんだったら、自分のくじ運を恨むんだね!」

 

「ルノア…! 元をただせば、あなたが余計なことを言わなければ…!」

 

 

 リューは言い出しっぺであるルノアを睨みながら言う。

 

 そしてすぐに観念したのか渋々といくつか服を取り、試着室に入るのだった。

 

 ルノア達もまたいくつか服を取り、ベルを残して服装を着替えに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして数十分後。

 

 涙がとっくに止まっている僕は足音が聞こえたため、聞こえてきた方を見る。

 

 1人ずつ戻って行き、まずはダフネさんから姿を現すのだった。

 

 赤色を背景に花柄がいくつもあるフレアスカートのロングドレスをしたワンピースを着ていた。また、袖も肘が少し見える程度の長さがあって、所々に装飾品を施している。手にはいくつか高級そうな指輪をしており、それを着ているダフネさんはとても恥ずかしがっている。

 

 

「うう…結局これを着てしまうのか、ウチは…! ベル、余りじろじろと見ないで、恥ずかしいから…」

 

「す、すみません…!」

 

 

 似合っています! と言いかけたけど、何を言い返されるかわからないため、僕は心の中に止めるのだった。

 

 その時、次の人が出てきて、現れたのはアミッドさんだった。

 

 白を強調としたイブニングドレスを着ており、スリットは特に刻まれてはいないが、随所には赤や金の装飾が施され、肩と背中はむき出しとなっており、胸元も開いていた。白銀のネックレスもしており、白銀の長髪は結い上げて青色の高価な髪飾りを施しており、顔にもまた薄い化粧を施している。

 

 アミッドさんはそのまま僕に近づいて来る。

 

 

「どうですか、ベルさん? 似合っていますか?」

 

「は、はい! とても似合っています!」

 

「そ、そうですか。そんな率直に…。悩んだ甲斐がありましたといえますね」

 

 

 アミッドさんは少し顔を赤く染めながら返答して、肘まで伸びた白い手袋とその手に持っている扇で上手く顔を隠して、僕の視線からはずそうとしている。

 

 僕もまた目のやり場に困りそうになると、次の人が現れる。

 

 今度はクロエさんが来た。

 

 黒一色のオフショルマキシワンピースの格好をしており、肩は露出しているが、袖は肘ぐらいまでの長さがあり、胸元は全く見えない。サングラスもしており、黒くて短い手袋もはめていて、いかにも常連らしい雰囲気を出している。

 

 クロエさんは堂々とカジノに行けることで、非常に気合が入っていた。

 

 

「よっしゃあ! これで堂々とこの服を着て行けるニャ!」

 

「え、その服クロエさん自身の物なんですか?」

 

「そうニャ! いつも今日行く所みたいな大賭博場では、この服を着て入っているニャ!」

 

 

 確かに、アミッドさんやダフネさんに比べて非常に着こなしている感じがしている。

 

 腰に手を当て、サングラスをグイッと少し上を上げ、尻尾もまたかなり振っている。

 

気合が入りまくりのクロエさんをよそに、次の人が現れた。

 

 現れたのはルノアさんであった。

 

 薄茶色のアシンメトリー二段フリルがついているレースフィッシュテールドレスを着ており、服の所々に装飾品を施している。肩は覆われているが袖はなく、スカートの長さは膝の少し下ぐらいの長さがある。髪型も少し変え、高級品の髪飾りもつけており、アミッドと同じく化粧を施しており、いかにも貴婦人らしい格好をしている。

 

 ただし、僕から見たら、ルノアさんは立候補したことに非常に後悔しているように見えた。

 

 

「うう…、私がこんな格好するなんて…。でもこの服しかこの色の奴が置いてなかったし…」

 

「ニャニャ!? いつもの隠しきれない、脳筋らしい雰囲気が少しも見当たらないニャ!?」

 

「うっさいわ! そして脳筋とか言うなよ!」

 

 

 いつもとは大きく異なる変貌を遂げたルノアに対して、クロエからツッコミが入り、反論している。

 

 ダフネさんやアミッドさん、そして僕は思わず言葉をなくしてしまったが、丁度そこに最後の一人が到着したため、すぐに正気に戻った。

 

 リューさんである。

 

 外装は黒で覆っており、ベルと同じ燕尾服を身に包んでいる。また、薄緑色の髪を品良くまとめ、巨大な眼帯で左目ごと顔半分を覆い尽くしており、不思議な魅力が放っていた。

 

 リューさんは策略にはまってしまった事で溜息しながら、僕達の前に現れる。

 

 

「はぁ…。どうして私がこんな格好を…」

 

「に、似合っているニャ、リュー…! ニャハハハハハ!」

 

「あっはははははは! 想像以上に様になっているじゃん、リュー! シルにこの事を知らせたら見なかった事に後悔すると思うよ!」

 

「…覚えておきなさい、2人共…!」

 

 

 眉目秀麗な男性へと変貌したリューにクロエとルノアは大笑いして、リューは事が終わった後は2人をしばいておこうと考えている。

 

 ベル達はルノア以上の変貌をしたリューに、言葉をなくして唖然としていた。

 

 しばらくして正気に戻り、これで全員の服装は完了したため、【アポロン・ファミリア】からの馬車がこちらに来る次第、すぐにそれに乗って出発という形になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてしばらくした後。

 

 ベル達は談笑しながら待っていて、ついに【アポロン・ファミリア】からの馬車が到着する。

 

 僕、ダフネさん、アミッドさん、リューさん、クロエさん、ルノアさんはそれに乗って、大賭博場へと向かうのだった。

 



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JACKPOT!

いきなり報告。というより感想に近い。

前話の後編。

折角何人かのキャラにドレスを自然な感じで着せれたのに!(ただしリューは男装)
肝心の絵心が全くない!
畜生ォオオオオオオオ!! おのれ自分!! 誰か代わりに描いてくれ!!(無茶ブリ)


そして今回の話はメッチャ長いです。


 太陽が山脈の彼方に消え、東の空から夜がやってきた。

 

 メインストリートはすっかり夜の顔に移っており、冒険者達の笑い声が飛んでいる。

 

 そんなオラリオのとある一角、繁華街。

 

 そこには装飾を富み、目を見張るほどの上等な作りをしている多くの箱馬車から亜人達がおりてくる。皆、都市外から来た多くの異邦の財産家達であり、高級酒場や優等宿泊施設、そして娯楽施設の一つである大劇場などの方向へ散らばって行く。

 

 そんな多くの豪華な箱馬車の中から1台、扉が開かれる。

 

 まず下車したのは、燕尾服を身に包み、巨大な眼帯をつけている薄緑色の髪をしているエルフ(男装をしている女エルフ)だった。

 

 貴婦人達で賑わっている繁華街の中でも不可思議な魅力を放っており、当たりにいた貴婦人達をうっとりとさせている。

 

 その次に下車したのは薄茶色のドレスを着ている女人間であった。

 

 始めて来る街に慣れておらず緊張しているのか、足取りが不器用のまま下車しそうになるが、先に降りていたエルフが手を差し出して、その手を取りどうにか形を保てたまま下車する。近くにいた貴婦人達はリューの方に気を取られてそちらの方を余り目にかけていなかった。

 

 

「サンキュー、リュー。やっぱりここは慣れないわぁ」

 

「…それなりの演技をしていませんと周りにばれてしまいますよ、ルノア。私は男装までしていますのに」

 

「いや、その節はどうも…! やば、また笑いそうになってきた!」

 

「何故ですか…!」

 

 

 小声で喋っている2人に対して、次に下車したのは黒の服を纏っており、サングラスをかけている黒髪の女猫人であった。

 

 前の人とは別に、ここを慣れているのか貴婦人達の注目をよそに堂々とジャンプして降りたため、周囲の貴婦人達にどよめきが走る。

 

 

「ニャフフ、今日も来たニャ! そしていざ、カジノへ!」

 

「…あなたはもう少しまともに降りてください、クロエ…」

 

「私なんかリューにフォローされてまで降りたのに…!」

 

「そんなもん、私ではなく他の人に任せているニャ!」

 

 

 3人が言い争いをしようとする所で次に下車したのは、最初に降りたエルフが纏っていた服と同格の白の燕尾服を身に包み込んでいる白髪赤目の少年だった。

 

 ただし貴人のような形には全く慣れておらず、とても緊張した足取りの形で下車をしたため、周囲の貴婦人達が田舎者じゃないかと訝しそうな目でその少年を見つめる。

 

 

「ここが繁華街…! 僕、初めて来ました!」

 

「クラネルさん、あなたはもう少し周りの目に気をつけて下さい。でないと、早くも足元が掬われてしまいます」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 

 リューさん達は何か事情があって正体が『豊饒の女主人』の店員だとばれないようにしたいと頼まれていて、ダフネさんたちをボディーガードとして雇った資産家だと装っている。

 

 ただし、僕の場合はオラリオに来てから日は浅く、また二つ名を持っていないため、場合によっては冒険者ではないと判断される事もあるため、なるべく同じ資産家だと装わなければならないが、早速出鼻をくじいてしまった。

 

 貴婦人達が僕達に疑念の目を向けられてしまい、その事でリューさんから注意を受け、僕は気落ちしてしまった。

 

 そのベル達の光景も周囲の貴婦人たちは見ており、そしてベルは眼帯をしているエルフの紹介から来たのだろうと結論する。

 

 そんな様子の中で次に下車したのは、花柄があるドレスを身に纏った鈍赤色の短髪をしている女人であった。

 

 ベルが事前に馬車の中でリューに教えられた通りに手を差し伸べ、それを手に取って貴婦人かのように降りてそのまま合流したため、周囲の貴婦人達は、ベルは田舎者だと思っていたためか動作の基本ができていることに驚愕する。また、降りて来た者も見慣れない顔であったため、ベル達の集団は何者なのかと考え始める。

 

 そしてその一部の人は、今馬車から降りて来た者は【アポロン・ファミリア】の幹部の1人の【月桂の遁走者】に似ているのではないかと怪しげな目で見る。

 

 

「とりあえず、こんなもんかしら? ベルの行動に疑問を持っていた人達はウチの方を注目し始めているし」

 

「ありがとうございます、ダフネさん」

 

「最初は何で降りる順番をどうするかって話を馬車でしたのか疑問だったけど、こういうことだったんだ…」

 

 

 ベルのミスを上手くリカバリーしたダフネは成功したことで内心ほっとしている。また、ルノアは降りる順番すらここでは重要になりかねないという事に頭を痛める。

 

 そして、最後の1人が下車する。

 

 降りてきたのは白いドレスを着た白銀の髪の女人であった。

 

 再びベルが手を差し伸べ、それを妙に愛おしそうな雰囲気で手に取って美しく降りる。周りにいた貴婦人達は降りて来た者の手本になるような動作に感服し、そして一部の人は【ディアンケヒト・ファミリア】の団長の【戦場の聖女】ではないかと驚愕する。

 

 

「ありがとうございます、ベルさん」

 

「え、いや僕はリューさんの手本通りに行ったぐらいなんですけど…」

 

「クラネルさん。ここの社会では大分重要ですので、その動作を忘れない方がよろしいです。一般女性の方も喜びますので」

 

 

 アミッドに感謝の言葉を言われて困惑するベルだが、リューの助言により納得する。

 

 そんな僕達の集団に対して、服装も相まって一緒にいる僕と男装しているリューさんには嫉妬を、それ以外の皆には欲情的な目線を送る人達がいたが、リューさん達がすぐに鋭い目線を送って牽制してくれている。

 

 そんな中でベル達はカジノがある方へと足を進め、そして、その目的の建物がある敷地の入り口に辿り着く。

 

 そこには【ガネーシャ・ファミリア】の団員が配備されており、その中には団長のシャクティの姿があった。

 

 その事に真っ先にルノアが気づく。

 

 

「うげっ! ねえ、ちょっと悪いんだけどさ、あの女に見られないように私を隠してくれない?こっちに色々あって、顔を合わせたくないんだよね」

 

「え? あ、はい、わかりました」

 

 

 ルノアさんにそう言われ、僕とダフネさん、アミッドさんでシャクティさんの視線からルノアさんが見られないように配置する。

 

 リューはシャクティの事を一瞥するが、すぐに視線を切った。

 

 そして向こうは近づいて来るベル達に気づき、一人が近づいてきたが、ベル達に対応してきたのはシャクティではなく、以前【アポロン・ファミリア】の館が襲撃された時に駆けつけてくれた1人、モダーカであった。そして、至近距離まで近づいて、ようやくベルとダフネ、アミッドである事に気が付く。

 

 

「では、次の方。許可証か紹介状の書簡をお見せくださ……ん? 【アポロン・ファミリア】の人達じゃないですか! お久しぶりです。【戦場の聖女】もいますし、中々見ない組み合わせですね」

 

「あ、モダーカさん! あの時はありがとうございました!」

 

「こっちは色々あってね。ベルが持っている許可証の連れという形でいるから」

 

「私もそうです。付け加えて、一緒にいます3人も私達の顔見知りでして。また、その内1人がベルさんと同じ許可証を持っていますから、残り2人も同じくその人の連れ、という形です」

 

「持っているのは私ニャ。何回かここに来ているけど、とりあえずこれが証拠ニャ」

 

「えっと、ちょっと待ってくれ。………確かに2つとも本物の許可証のカード…だな。間違いない」

 

 

 モダーカの確認により、ベル達は入れる事になった。

 

 その事でモダーカはすぐに入らせようと持ち場の所に戻ろうとしたが、ダフネに止められる。

 

 

「あ、ちょっと待って。通らせるもらう事には変わりはないんだけどさ、私達がここの区域に足を踏み入れたっていう事をあまり言いふらさないでくれるかしら? ちょっと色々と面倒なことがあってね」

 

「…? まあ、はい、わかりました…?」

 

 

 モダーカは疑問に思ったが、とりあえず名前を伏せるという形でベル達を通らせる。

 

 そして、施設の役人や【ガネーシャ・ファミリア】の団員の横を通り過ぎ、僕達はそこへ足を踏み入れる。

 

 そこは複数の賭博施設が点在している大賭博場区域であり、わが物顔で闊歩している富豪の中に僕達は自然な感じで紛れるのであった。

 

 

「…こんなに沢山賭博場があるんだ…」

 

「その通りだニャ! 確かにこの中にアルベラ商会とやらと繋がっているオーナーは居そうではあるし、もう少年のお仲間は売られてしまってここにいるかもしれないけども、調べるのは骨が折れるニャ!」

 

「これは長期線を覚悟しなければいけませんね。ベルさん、最初に調べるのはどれにしますか?」

 

 

 ルノアの一言に反応して、クロエは一苦労をする事になると吐くが、内心その分カジノに行けると細く微笑んでいる。一方アミッドはまずどのカジノに入るかベルに尋ね、ベルは何処から行くか周りを見回している。

 

 

「そう、ですね…。まさかこんなに賭博場があるとは思っていませんでしたし……、あの一番大きい建物から入ってみます!」

 

 

 人が一番大きい所で集まって、その分情報とか入っていそうだから、と僕は何となくそう思いながら指を差した。

 

 指した方向には、区域の中でも一際目を引く建物であり、見る者を高揚とさせるような魅力がある、金塊を彷彿させる黄金色の外観をしていた。

 

 僕が指を差した方向を皆が見て、リューさんは目を細めていて、クロエさんは嬉しそうにしている。

 

 

「あれは…、『エルドラド・リゾート』ですか」

 

「ほほう、少年は中々目の付け所が良いニャ。まさかこの区域の中でも随一の大賭博場を選ぶとはニャ!」

 

 

 ダフネさん達もそこに行くのに異論はないと頷き、僕達はその最大賭博場に行き、扉を開ける。

 

 目の前に広がる光景は、大盛況の一言である。

 

 巨大なシャンデリア型の魔石灯、色と模様に富んだ大絨毯、トランプ、ダイス、ルーレットなど様々な形状のテーブルの上で行われるゲームの数々があり、大量のチップが卓上の上で山を築き、支払われ、配当されていき、テーブルの周囲にいる客の失意と喝采が飛び交じりあっていた。

 

 

「すごい…! 賭博場って、こんな雰囲気をしているんですか!」

 

「その通りニャ! ここの『エルドラド・リゾート』程の熱狂は他では滅多に見られないけど、興奮という物が出まくりの場所ニャ!」

 

「あまりクロエに同意したくないのですが…、そうですね。賭博場に紛れ込むことは何回かありましたが、ここまでのものは私も初めてです」

 

「ウチもそうね。そもそも、ここに入るには相当のお金がないと無理だけど」

 

 

 賭博を経験している人達からここの迫力はすさまじいものであると教えてもらい、アミッドさんやルノアさんもまたは僕と同様にここの熱狂にのめり込まれそうになるけど、僕たちの目的を思い出し、すぐに持ち直す。

 

 

「そういえばクロエさん、リューさん。VIPルームに行けるようにするにはどうしたらいいですか?」

 

「はっきり言えば目立つことニャ! 羽振りの言い客だと思われれば、向こうから呼び出されて上客扱いにしてくれるニャ!」

 

「要するにクラネルさん、チップを消費しまくるか、もしくはゲームに勝ちまくる事です。それが一番の近道です」

 

 

 クロエさんとリューさんの説明により、僕達が行うことは2つとなるが、チップの数が元から少ない僕達はやるべきことは実質1つ。

 

 ゲームに勝ちまくって、チップの山を大量に築き上げることだ。

 

 そうと決まれば、早速僕らは取り掛かろうとしたところで、クロエさんからある勝負が提案される。

 

 

「ねえ少年。ちょっとチームで私達と勝負しないかニャ?」

 

「え、勝負ですか?」

 

「ちょっと、いきなり喧嘩はやめてよね。ウチらは来た目的は…」

 

「まあ話を聞くニャ。勝負の内容はチップをどれだけ稼げるかという事で、負けた方は勝った方にチーム内のメンバーに限る内容で命令を一つ聞くという事ニャ。情報収集の事もあるし、こんな感じでリラックスしないと逆に運が流れてしまう事もあるから、これは大切な事ニャ! あと、向こうからどちらか一方のチームが呼ばれたら、もう一方のチームも勿論一緒に行くから安心するニャ」

 

 

 クロエさんからの理由を聞き、僕とダフネさんは少し離れた所で話し合う。

 

 

「もしかしたら、向こうは『怪物祭』の時にウチらに負けた事が悔しかったんだろうね」

 

「でも僕らが1つの所に集まったら、確かに情報収集とかがはかどれないかもしれませんし」

 

「そうなのよね…。この際アルベラ商会の事でもいいから、カサンドラ達の情報がここに出て来ればいいんだけど」

 

「じゃあ、クロエさんからの勝負は受けるという事ですね」

 

「ええ。その方がよさそうね」

 

 

 そしてクロエさん達の所に戻り、結論を出す。

 

 

「わかりました、受けます」

 

「じゃあ、チーム分けは許可証の内訳と同じニャ。こっちは『豊饒の女主人』のメンバーのチームニャ」

 

「となると、僕とダフネさんとアミッドさん、という事ですね」

 

「そういう事ニャ」

 

 

 他の皆もそれに承諾して、僕達は2つのチームに分かれてカジノのゲームに挑むこととなった。

 

 そして、リューさん、クロエさん、ルノアさんは離れていき、残った僕とダフネさんとアミッドさんは、どのゲームに挑むか話し合う。

 

 

「ダフネさん。稼ぎやすいゲームって何かありますか?」

 

「カジノで比較的稼ぎやすいと言ったらブラックジャックみたいなトランプゲームだけど…。最大2.5倍と他のゲームに比べて配当は低いとはいえ、見る限り席が全部埋まっているわね」

 

「なら、他のゲームにしましょう。出来れば初心者にも分かりやすいゲームならありがたいのですが」

 

「分かりやすいゲーム、ね…」

 

 

 アミッドさんにそう言われ、ダフネさんは少し悩んで辺りを見渡し、そして人が全くいないテーブルを見つける

 

 そのテーブルの上に乗っている道具を見て、そしてベル達の方に向き直り、テーブルの方に指を指す。

 

 

「そうね、あそこのテーブルのルーレットならいいんじゃないかしら。ボールがどの数字に落ちるかを予測するゲームだから、初心者向きでもあるわ」

 

「じゃあ、それにします!」

 

 

 僕らはどれにするか決定し、ルーレットのゲームをできるテーブルへと早速向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、クロエ達はカジノ側と戦うゲームを避け、客同士で争うポーカーに挑んでいた。

 

 そして、一番手にクロエが挑み、早くもチップは増えていく一方であって、チップを毟り取られている他の客は悲鳴が飛び交わっている。

 

 

「フォーカードニャ! また私の勝ちニャ!」

 

「「「「「畜生ォオオオオオ!?」」」」」

 

「調子は良さそうですね、クロエ」

 

「当たり前ニャ! こうやって店をさぼれ…じゃなくて、皆でカジノに行けて遊べているし、最初の1戦で波に乗れたし、お金もたまっていくし、いいことだらけニャ! これでテンションが高くないとかおかしいニャ!」

 

 

 店長のミアに事情を説明して、どうにか行けた事でテンションがただ上がりのクロエはリューの予想以上に勝ちを拾いまくり、チップの枚数が山隅へと変わっていく。

 

 そんな絶好調のクロエに、ルノアは疑問に思っていたことを聞く。

 

 

「そういや、何でこのメンバーのチームにしたの? 折角あいつらと一緒にいてもおかしくないようにしたのに、1人も現冒険者がこっちにいないじゃん。まあ、その方がここのオーナーが私達に声をかけやすいかもしれないけど」

 

「それもあるけど、正確にはこれは教育という物ニャ。冒険者といえども、カジノの初心者が2人もいる向こうのチームは引き際を誤ってしまうと思うから、残念ながら、というより下手したらチップが0になる可能性が高いニャ。ルノアが初めてポーカーをやって、脳筋を発揮した時と一緒になるニャ。そして、私達が勝負に勝った報酬で、あの少年のお尻をほぼ毎日…! ニャフフ…! あ、やべ、涎が出てきたニャ」

 

「とりあえず、私に喧嘩を売っているということはわかったよこの陰湿猫!」

 

「やめなさい2人共。クロエ、あまり調子に乗り過ぎませんように。もし向こうにチップがなくなってもこちらから分けますので。そしてルノアも簡単に挑発に乗らないで下さい」

 

 

 クロエとルノアが睨み合いをしようとする所でリューが諫め、場を落ちつかせる。

 

 

「まあ情報の方は全然出回って来ないからあれだけど、とにかく少年のお尻は今度こそもらったニャ!」

 

 

 

 

 

 

 一方、ベル達がいるルーレット場。

 

 そこでクロエの予想通りに、ベル達はチップを減らしていた。

 

 わずか30枚しかなかったため、3人で分けて10枚ずつとして挑んだが、合計枚数が残り17枚となっている。

 

 

「ごめん、ベル。中々当たらなくて…」

 

「私もです。ベルさん、折角分けて下さったのにもう残り2枚になってしまって…」

 

「あ、いえ大丈夫です。まだ僕の分のチップがありますから!」

 

 

 ベルはそう意気込んでいるが、状況は変わらない。

 

 チップ1枚最大5万ヴァリスという超高レートのカジノにおいて、【アポロン・ファミリア】の中では腕が強いダフネも流石に緊張しており、初めてやるアミッドもまた中々数字が当たらなかった。

 

 ただし、ベルは何とか数字を当てており、ベルのみはまだチップをプラスとして残っている。

 

 

(まずいわね…。他のカジノにも潜入しないといけないのに、ここで使い果たしたら流石にもう…!)

 

 

 ダフネがそんな気持ちを抱いている中、アミッドが何かを思いついてベルの元に近づき、そして後ろからベルを抱き付く。

 

 

「!? ア、アミッドさん!?」

 

 

 ベルは思わず悲鳴を出しそうになるが、アミッドはそのままベルの耳元で囁く。

 

 

『ベルさん、もしここからいっぱいチップを獲得できましたら、私から何かご褒美でもあげますよ』

 

「えっ……、えええ!?」

 

『ええ、ご褒美です。どれだけ獲得したのかによって内容は変わりますけど』

 

 

 近くに座っているダフネにも聞こえないように、ベルのやる気をより引き出すためにアミッドがそう言い、ベルは驚愕して一回後ろを振り向き、アミッドの顔をまじまじと見る。

 

 アミッドは本気であるという笑みを見せた後、そんなベルに思わず照れてしまい、手に持っていた扇子で顔を隠す。

 

 

「ベルさん、そんな至近距離で見られたらさすがの私でも照れてしまいます」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 

 そんなアミッドを見て、ベルは本気であると理解して、前の方に向き直す。

 

 

(ご褒美って何だ…!? そのままの意味だと何か貰えるという事になるけど、数日前に冒険者依頼の報酬でハイ・ポーションをもらったばかりだし、それ以外となると…!? あっ! もしかしてフィンさん達がメレンに持っていたエクリサーの事かな? 確かあれって数十万ヴァリスするって言っていましたから!)

 

 

 僕はそう結論したことで、僕の中のやる気がより一層出てくる感じがしてくる。

 

 ベルのやる気がより一層上がった事が、見ただけでもわかったため、ダフネは疑問を覚える。

 

 

「……? アミッドから何言われたの、ベル?」

 

「いえ何でもありませんでしたよダフネさん!」

 

「そ、そう……?」

 

「……ふふっ♪」

 

 

 ベルが力強い返答をしたことで、ダフネは首を傾げ、そうさせた張本人であるアミッドは嬉しさがこみ上げ、さらに照れ隠しをする。

 

 そして、迎えた次のゲーム。

 

 そこでは3人とも共通で賭けていた数字がたまたま当たり、チップを少し取り戻す。

 

 さらに次のゲーム。

 

 ベル達はどの数字に賭けようかとしている所で、ベルの隣に座り直していたアミッドは椅子ごとベルのすぐ傍まで近づき、そしてそのままベルの肩に寄り添う。

 

 

「? アミッドさん、どうかしたんですか?」

 

「いえ、何か気分が悪いわけではなく、ただ単にこうしたいだけですのでお気に召さらずに。出来ればベルさんが私の肩にまで手を回してより一層押し寄せるようにして下されば嬉しいのですけれど」

 

「? こうですか?」

 

 

 僕はアミッドさんに言われたとおりにアミッドさんの肩に手を回し、僕の方に押し寄せる。

 

 そうすると、アミッドさんの顔が何か赤くなった様な気がして、雰囲気も何か熱いような感じがした。

 

 

「はぅ…。じ、実際にやられますと、何かこう、来るものがありますね」

 

「あの…、何か変な気がするんですけど…!?」

 

「い、いえ、特に変なものはありません。私の部屋に泊まって下さった時の事に、ベルさんが、わ、私の肩に手を回してくださっていることが追加したぐらいです」

 

「ちょっ、何やってんの2人共!?」

 

 

 盤面に集中していたダフネがベル達の様子に気づき、思わず絶句しかけるが、踏みとどまる。カジノのディーラーは微笑ましい顔でベル達の様子を見ている。

 

 

「そんなにベルにひっつかなくても大丈夫でしょう普通!?」

 

「いえ、これは、そう、あれです。私はもうベルさんと同じ所に賭けようと思っていまして、残った私のチップをベルさんにあげて、賭けさせてもらおうと思っていまして。それで私の運が少しでもベルさんに分けてあげられないかと思ってこうしているのです」

 

「そんな迷信どこで聞いたのよ!? そしてそんなに顔を赤くした所で説得力はないわよ!?」

 

「あ、あの、ダフネさん。アミッドさんがこう言っていますから…」

 

「ベル、アンタも落ち着いているように見えて、少し顔が赤くなっているわよ!! カサンドラがこの光景を見たら涙目になるわよ!?」

 

 

 ダフネはただでさえベルが照れているあまり、ベルの精神が恥ずかしさで飛びそうになるなと思い始める。放心される前に、どうにかしてアミッドを引き剥がそうと席から立ち上がった所で、アミッドから提案が出た。

 

 

「じゃあこうしましょう。ベルさんがここから1回でも外れたら、私の運が助けにならなかったという事なので、私は離れましょう。それでいいでしょうか?」

 

「……………………………まあ、それならいいでしょう」

 

「ではベルさん、思う存分に楽しみましょう。それと、私の肩に手を回したままでお願いします」

 

「……何か今、ダフネさんからもの凄い葛藤を感じましたけど…」

 

 

 そう言いながらベルはそのまま賭けを再開させるのだった。

 

 ダフネもまたしぶしぶ席に座り、ベルはすぐに外れるだろうと思いながら赤に賭ける。

 

 そしてルーレットが回り、二人とも的中する。

 

 

「ベルさん。当てたので約束通り、ご褒美をあげます。受け取って下さい」

 

「え? …ぬへぇ!?」

 

「ブッ……!?」

 

 

ベルが見事的中して一気に30枚近く獲得したことで、アミッドは離れずにそのまま続行するどころか、的中したベルにハグをする。

 

 ベルはまさかのそっちのご褒美なの!? と驚愕しながら顔を赤く染め、ダフネはその光景を見て思わず吹き出しかける。

 

 

「ちょっと待って!? 流石にそれはいくら何でも見過ごせないわよ!?」

 

 

 ダフネがアミッドに物申して、アミッドはベルをハグしたまま、ベルの耳を手で抑え、そしてダフネに反論する。

 

 

「何故ですか? 確かに私は『1回でも外れたら離れる』と言いましたけど、外れるまでの私達の体勢については何も挙述していないのですが? 私をベルさんから引き剥がしてルールを破るのは、冒険者たるもの、そちらの方がまずいのではないでしょうか?」

 

「いや、でもそれは…」

 

「交渉というのはこういう物です。こちらは伊達に冒険者の人達のみならず、商会の会長などにも相手をしていますので。そういうわけですので有り難く…ではなく、申し訳ないですが、こうさせていただきます」

 

 

 そして十分に堪能した後、ベルを解放させた。先程と同じくベルの肩に寄り添い、再びベルがアミッドの肩に手を回すという態勢となる。

 

 

(お、お願いだから早くベルを外させて、ルーレット! じゃないと、もうカサンドラの情報を聞き出すどころか、ベルの精神が持たなくなってしまうから!)

 

 

 ダフネは内心でそう願い、そして、次のゲームが始まる。

 

 だが、ダフネの願いは聞き取られることはなかった。

 

 この後からベルは1回も外さずに的中し続け、その度にアミッドからのご褒美を受けまくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、50分後。

 

 ポーカーの勝負場。

 

 

「はい、私の勝ち~」

 

「「「「ぐおおおおおお!?」」」」

 

「…ルノアも調子が上がっていますね」

 

「そう言っても、まだ私がこの3人の中で一番稼ぎが下だけど」

 

「私の次に入ったリューも滅茶苦茶稼いでいたからニャ」

 

「これでも私は何度かカジノに来ていますし、嫌というほど元派閥の団員から技術を教えられましたから」

 

 

 クロエ達3人は時には大敗を喫したりしているが、それでもチップの数は手元から未だに尽きず、尽く稼いでいた。

 

 そのチップの数は箱に入れる許容量の1千枚があり、周りから注目されている。

 

 

「しっかし、情報の方は全く入っていないわね」

 

「私達が『エルドラド・リゾート』入る直前にギルド長のロイマンがVIPルームに入った事や、ラキア王国では戦争準備のための資金がなかなか集まっていない事とか、【ヘファイストス・ファミリア】の出店で盗難があったなど色々ありましたけど、肝心のカサンドラさん達の情報がありませんね」

 

「うーん、もしかしたらここはハズレかニャー?」

 

「その可能性が高いですね。とりあえずここら辺で辞めて、クラネルさん達を呼びますか?」

 

「そうだね。何か少し風向きが変わりそうだったから、ここら辺で切り上げだね」

 

 

 クロエ達は手に入れた情報をまとめて結論し、ポーカーをやめてベル達を探すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ルーレット場。

 

 

「ベルさん、また当たりましたね。それではご褒美です」

 

「アミッドさーん!? もう充分ですから!? 流石にもうこんな人前でやるのは恥ずかしいですから!?」

 

「駄目です。ともかく、これで1度に2万枚も稼ぎましたから、そうですね…。膝枕も4千枚獲得した時にしましたし、私の耳元に息を吹きかけるのも7千枚獲得した時にしましたし、1万枚獲得した時はベルさんの方から私にハグという事になりましたし…。では、ベルさんに免じて、カジノから出た後でお互いの都合の日に合わせて私とのデートということにしましょうか」

 

「もうベルへのご褒美じゃなくて、自分へのご褒美になっていない!?」

 

 

 湯水の如くチップが舞い降りてくるベルはあれから一度も外れず、大幅にプラスとしており、チップも大量の山が築き上げられている。

 

 始めてからたったの1時間である。

 

 最初はチップの枚数が30枚しかなかったのが、少し大きい箱がいっぱいになるぐらいとなり、さらにその箱も次第に増えていき、ついに移動するためには台車を使って運ばなければならない程にまで稼いでいた。そして、その台車の数も8台目に突入しようとしている。

 

 一応自力でプラスという形になっていたダフネは、ベルは一体どれほどまでに稼いでいるのか想像を絶している。

 

 そこで、遂にリュー達が合流する。

 

 

「ニャフフ、ルーレットの所にいたニャ。少年、そっちの方はどうニャ? まさか初日で踏ん張れるとは予想が外れたけども、こっちは箱がいっぱいになるほど勝ちまくったから、勝負は流石に私達の勝ち…ニャニャ!!?」

 

「そっちはどんな感じー? …て、嘘っ!? 何このチップの山!? 台車の数もおかしくない!?」

 

「妙に騒がしいと思っていましたけれども、これ程とは…!」

 

 

 リュー達がベル達のえげつないほどの稼ぎっぷりを見て絶句する。

 

 

「ニャ、ニャ!? ちょっ、ダフネちゃんニャ! これは一体何があったニャ!?」

 

「見ての通り、ベルが稼ぎまくった結果よ」

 

「マジですか…!?」

 

 

 最早ダフネは台車を持ってくる係と化しており、クロエとルノアは信じられない表情でアミッドに寄り添られているベルの後ろ姿を見る。リューもまた自分たちが稼いだチップの数を見比べている。

 

 そして、ダフネの戻りが遅い事で後ろを見たアミッドは、クロエ達が戻ってきたことをベルに伝え、そしてベルもまたルーレットをやめて、クロエ達と合流する。

 

 

「クロエさん! そっちの方はどうでしたか!?」

 

「えっ!? ま、まあ、情報の方はやっぱり駄目だったニャ。少年の方はどうニャ?」

 

「ダフネさんやアミッドさんが耳を澄ませて話し声とかを聞いていたんですけど、やっぱり有益な情報はなくて…」

 

 

 やはり情報が出回っていない。僕達は諦めて他の所に行くか、今日は踏ん張ってここにい続けるか皆で話し合う。

 

 そして決定的だったのはリューさんの一言だった。

 

 

「クラネルさん。もしかしたら、他のカジノの所では情報があるかもしれませんから他を当たりましょう。ここまで稼いでいれば、軍資金はもう怖いとこ無しですから」

 

「…わかりました、そうしましょう」

 

 

 僕らはここから切り上げようとした所で、ダフネさんが止める。

 

 

「ストップ。所で、ウチらは確か勝負してなかったかしら、クロエさん?」

 

「ギックゥッ!」

 

「…そういえばそうですね。クロエさん達はどれくらい稼いだのですか?」

 

「……この箱1つ分です」

 

 

 リューさんは観念して自白する。

 

 僕達は台車8台分あるから、つまり僕達の圧勝という事だ。

 

 ダフネさんは少し悪い顔で笑みを浮かべる。

 

 

「さて、どんな命令をしようかしらね~」

 

「ど、どうか御堪忍をニャ…!」

 

 

 クロエさんが子猫みたいに震えながら慈悲を乞いている。

 

 リューさんとルノアさんは観念しており、僕とアミッドさんは苦笑いをする。

 

 

 

 

 そんな時、僕達に仕立てのいい服を着た年配のヒューマンが僕達の所に現れた。

 

 

「お客様方。経営者のセルバンティスが、ぜひ皆さんにお会いしたいと」

 

 

 遂にかかった! 僕はそう心の中で唱える。

 

 僕達がカジノから出るギリギリで、遂に向こうから接触してきたのだった。

 

 一番の大当たりが出て、すぐに対応するのは男装をしているリューさんだった。

 

 これは、大賭博場区域に入る前から皆で決めていた事である。

 

 

「……私達のような吾輩者達に、オーナー自らそう言っていただけるのは光栄です。どちらに向かえば?」

 

「どうぞこちらに」

 

 

 そう案内されて向かった先にいたのは、高級な黒の衣装が太い手足や厚い胸板を押さえつけられず膨れていた、味方によっては用心棒にも見える大柄なドワーフだった。

 

 

「おお、皆様方、改めてようこそいらっしゃいました。私はテリー・セルバンティス、このカジノの経営者を務めている者です」

 

「私は…、マクシミリアン。アリュード・マクシミリアンです」

 

 

 リューは咄嗟に思いついた偽名を名乗り、この場を乗り切る。

 

 そして、カジノのオーナー、テリーは他の者たちの名前を求める。

 

 

「ほほう、マクシミリアン殿ですか。それで、他の者たちの名前は…?」

 

「私は…、ルノア・マクシミリアンです。アリュードとは直接の血筋はないのですが、養子の関係でこの家名を名乗らせてもらっています」

「私はクロエ・クロロルだニャ。マクシミリアン家であるこの2名をこのカジノに招待した者ニャ」

 

 

 ルノアとクロエもリューと同様に偽名を名乗り、特にルノアはリューと同じ家名を名乗る。

 

 リューは適当に考えた家名が採用されてしまったため、鉄の仮面で貴族を演じているが、内心細く笑っている。

 

 この後ベル達はそのまま本名を名乗り、冒険者依頼として3人を警護するために招待されたという事にする。

 

 

「なるほど…。所で皆さんは今日はかなりツイているご様子…。それでご提案なのですが、あちらのVIPルームに来られませんか?」

 

「VIPルーム、ですか…」

 

「あぁ、どうかそう構えずに。要はより高額なゲームを楽しもうというわけです。最高級の奉仕やあの部屋でしかできないゲームは勿論、あなた方のような金満家のような方々もいらっしゃいますし同じ境遇者でしかわからない話もあるでしょう。お気に召してもらえるかと」

 

 

 テリーはそう締めくくり、リューはベル達の方を一瞬見て、結論を出す。

 

 

「皆さんも行きたいみたいですのでよろしければ」

 

「がはははっ、決まりですな!」

 

 

 そうして、僕らは引率され、ホールの奥へ向かうのだった。

 

 その最中。

 

 テリーはリューに疑問に思っていたことを質問する。

 

 

「ところで、その物々しい眼帯…何があったか、お聞きしても?」

 

「構いません。実はモンスターに襲われた、今日一緒にいるルノアを助ける際に…傷は『魔法』で塞がっていますが奪っていった眼球は戻らなかった」

 

「なるほど、名誉の負傷という事ですな」

 

 

 リューが大体考えていた話に、テリーは称賛の言葉を口にする。

 

 しかし、何かを探るようにリューの横顔をうかがっていた。

 

 

「…まだ何か?」

 

「先程から、どこかでお会いしたような気がしているのですが……、いや、こちらの勘違いですな。申し訳ない、お気になさらずに」

 

 

 何か引っかかる表情をしているテリーだったが、すぐに笑い飛ばす。

 

 そして、ついにVIPルーム前に辿り着く。

 

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 

 カジノのオーナーの後にリューさんを先頭にして続き、僕達はカジノの奥の懐へ足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ベル達の一番の大当たりは今ではなく、既に起きていたのだった。

 

 ベル達が『エルドラド・リゾート』に入って、オーナーの使いから声をかけられる少し前の頃。

 

 『エルドラド・リゾート』の裏方。

 

 そこではカジノのオーナーであるテリーと、アルベラ商会の会長であるアルベラが密会をしていた。

 

 

「では、お買い上げありがとうございます。商品はこちらです」

 

「おお、これが…! 中々こういうのは手に入らないから、大金をはたいた甲斐がありましたな!」

 

「喜んでいただきなりよりです。それと、今日はこちらにギルド長の方がいらっしゃると聞きましたが…?」

 

「ああ、来ているぞ。それより、そっちはどうだ?」

 

 

 後にリュー達と会話した時とは別人のように、テリーは言葉使いを崩して、ぶっきらぼうに会話をしている

 

 

「いやいや大変なものでしたよ。折角『殺生石』が届いたのに、【凶狼】に破壊されたらしくて。それでイシュタル様は怒りが収まらなくて、何人かが腹いせに骨の髄まで魅了されていましたよ。私も巻き添えに食らいそうでしたので、隙を見てすぐに退散しましたけど」

 

「…なるほどな。それで裏ルートを使ってここで売りに来たというわけか」

 

「ええ。予想金額よりも高く買い取ってもらいまして、こちらは嬉しい限りですよ」

 

 

 アルベラとテリーは悪い笑みをお互い浮かべる。

 

 

「ここの経由でギルド長直々に会って、ちょっと情報を流して弱い冒険者に依頼させて、気絶したそいつらを誘拐…。全く、手の込んだ悪い作戦だな」

 

「ただ、その内容が思っていたのと少々異なっていましたから、ギルド長に説明をもらおうと思いまして。場合によっては報酬金額を下げることも考えておりますから」

 

「多分そうするだろうと思ってもう既にVIPルームに呼んである。行って来い」

 

「では、そうさせてもらいます」

 

 

 アルベラはそう言い、テリーに別れを告げた後、そのまますぐに裏方からVIPルームへと向かうのだった。

 

 残されたテリーは、買い取った商品を見て、高笑いをする。

 

 

「がははははっ! 最近俺のツキもついているぞ! 昨日はアンナという娘を手に入れたし、今日は冒険者の女まで手に入れた! 早速2人を同時に楽しむか…!?」

 

 

 テリーはそう言い、今にも興奮がして襲い掛かろうとするが、流石に場所がアレなのですぐに自制する。

 

 テリーは買い上げたモノをベッドに運ばせようとした所で、何か慌てている使いから声をかけられる。

 

 

「おい、どうしたこんな時に。俺は今から忙しくなるんだ、後にしろ」

 

「そ、それが…」

 

 

 使いの者はテリーの耳元に顔を寄せて小声で知らせ、テリーはその内容に驚愕する。

 

 

「……はあ!? ルーレットで12万枚のチップが放出されている!? 60億ヴァリスの支出だと!? ふざけてんのか!!」

 

「い、いえ、事実です。そして何かもう切り上げそうな雰囲気ですし、他の客の注目も浴びていますから出禁にはとてもしづらくて…。他にも仲間がいて、そちらは他の客から巻き上げた物ですが、こちらでも5千万ヴァリス相当かと…」

 

 

 支配人は流石に支出額が大きいと頭を抱える。

 

 そして、すぐに排除しようと決断した。

 

 

「…そいつらの人数は?」

 

「6人組です。冒険者2人、外からの貴婦人あろう者が3人、1人は不明です。男女比は2 : 4で、男が2です。女の方は全員別嬪だと判別できていますが…」

 

「…おい、そいつらをVIPルームに通せ。俺の楽しみを邪魔させた事を後悔させてやる…!」

 

 

 すぐに行動を開始しろと、部下に命令を下す。

 

 テリー自身は買い取った商品を自分の部屋のベットの上まで運び、そのまま放置した。

 

 

「お前はまだ後だ。ちょっと仕事をやり終えるまで、俺を楽しませてくれるように準備しておくんだな!」

 

「ンーーー! ンーー!」

 

 

 テリーは興奮した目でそれを見て、部屋の扉を閉める。

 

 部屋の中にはただ一人、女性がいた。

 

 ミスリル製の鎖で縛られており、口に猿轡をつけてられて涙を流している。

 

 その者の名は、カサンドラ・イリオン。

 

 ベル達は見事、彼女がいる場所を的中していた。



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VIPルーム

アミッドのご褒美。※ベル限定
一度に獲得した時の枚数によって内容は変わります。

1枚~:アミッドからのハグ
200枚~:アミッドからのナデナデ
500枚~:ベルの耳に息を吹きかける
800枚~:アミッドからの摺り寄せ
2000枚~:アミッドとの体勢を逆にする
4000枚~:膝枕
7000枚~:アミッドの耳に息を吹きかける
1万枚~:ベルからのハグ
2万枚~:アミッドとデート(1日)
3万枚~:???

注意! 公衆の面前です!くれぐれも悪用しないようにしてください!
   また、必ずしもその内容のご褒美が貰えるわけではありません!
例)1万枚獲得したが、アミッドからのハグだった。
   要するに気分次第です。

そして報告! 今回の話も長いです!


 僕達は『エルドラド・リゾート』のカジノに入り、計12万1千枚(60億5千万ヴァリス相当)のチップを手にしながら、遂にVIPルームへ辿り着くのであった。

 

 そこには外の富者よりも仕草や身だしなみが上の招待者がいて、テーブルの数は1桁ぐらいしかないが、ホールの騒音は分厚い扉によって聞こえる事はない。

 

 種族はバラバラで男性給士もいるが、綺麗な女性の方が非常に多く、アミッドさん達が着ている(借りている)よりも豪華なドレスを着ており、神々でも称賛の声が上がる程である。

 

 ただし、皆何故かチョーカーをつけており、人によってチョーカーの色は青だったり赤だったりと、様々であった。

 

 僕の目には、その人達は何か覇気がなく、全てを諦めている瞳をしているように見えるのは気のせいだろうか…?

 

 ベルがそんな疑問を持ちながら周りを見渡していると、リューがテリーに質問する。

 

 

「オーナー、先程から見かけるこの麗しい方々は…」

 

「彼女たちは、まぁ聞こえは悪いかもしれませんが、私の愛人です。自分で言うのもなんですが、多情な私めの求愛に、真摯に答えてくれました」

 

 

 自尊心を隠さずにテリーは答え、そしてリュー達をテーブルに案内する。

 

 

「さて皆様方、こちらのテーブルへ」

 

 

 案内されたテーブルには4人の人達が座っており、既にゲームを楽しんでいた。その中にはダフネ達が見られた姿をしている者も含まれている。

 

 

「…!? あれってギルド長のロイマンじゃない!?」

 

「……確かにそうですね」

 

 

 その人物は丸々と太ったエルフであり、誰かとゲームをしながら言い争いをしている。

 

 

「どういう事ですかな、【ロキ・ファミリア】がメレンにいたという事は? 私の要望とは全く異なっているじゃないですか?」

 

「ですから【カーリー・ファミリア】が相手となると、流石にオラリオの戦力も要望より増やしませんと………ん!? 【アポロン・ファミリア】の【月桂の遁走者】に、【ディアンケヒト・ファミリア】の団長の【戦場の聖女】ではないか!? なぜこんな所に…!?」

 

 

 そのテーブルにいた者は全員ベル達の方に視線を向け、その内の一人、ロイマンは驚愕する。そしてもう一人、ロイマンと言い争っていた者は別の意味で驚愕して、その人物の正体に気づいたアミッドは、ベル達に小声で教える。

 

 

『ベルさん、ダフネさん、間違いありません。ギルド長のすぐ傍に、アルベラ商会の会長がいます』

 

「「…!」」

 

 

 カサンドラさん達をさらった張本人の一人が今ここにいる。

 

 それってつまり、カサンドラさん達がここに売られたんじゃ…!?

 

 ベル達は怨敵を見つけ、怒りの前にカサンドラ達の居場所がここではないかと期待を持つ。

 

 ダフネとベルは周囲をくまなく見渡すが、カサンドラらしき人物は見当たらなかった。

 

 そんな中、テリーは空いている席にどっしりと座り、テーブルにいた者の一人がテリーに待ちきれないとばかりにせがめる。

 

 

「オーナー殿聞きましたぞ! つい最近新たに美女を手に入れたかと!」

 

「おや、耳が早いですな。新たに新しい愛人として迎えたのです。では、期待に応えて紹介しましょう! 名はアンナ・クレーズという者ですよ」

 

 

 最初から見せる気でいたのか、すぐに奥から呼び出されたのは、純白のドレスを着たヒューマンの少女である。

 

 

「初め、まして…アンナと申します」

 

 

 アンナは隠しきれない怯えを持っており、他の者と同様に首にチョーカーをつけられている。

 

 下手な女神とも張り合える程の美貌を持つアンナに見惚れている富豪たちは、感嘆の息をつきながら、少女のむき出しの肌に不躾な視線を送る。

 

 

(なんか…というよりもしかして、この人も攫われてしまったのかな…?)

 

 

 ベル達は好奇の目に晒される中で異なる視線を送り、それに気づいたアンナは顔を上げ、ベル達の集団の事を不思議そうに見る。

 

 ベル達の様子に気づいたテリーは内心で嗤い、ある提案をする。

 

 

「そんなにこのアンナが気になさるのなら、我々とゲームをしませんか? 緊張感をあふれさせるため、勝者は敗者に願いを聞き入れてもらう。勝者は求める者を手に入れることが出来るのです。我々が負けたらアンナを渡しましょう」

 

 

 テリーは指を鳴らして、男性給士にあるものを運ばせる。まるで狙っていたかのように、ベル達の前に出されたのは先程のホールでは見ていない、色が異なるチップ。

 

 

「さらに、ゲームに用いるのはVIPルーム専用の最高額チップ。貴殿達ではせいぜい60枚程度しかならないですので、我々の望むゲームは成り立たない。それをお貸ししましょう」

 

 

 1枚チップを手に取って、書かれている数字をよく見ると、最初の1の後ろに0が8つ並んでいる。

 

 1枚1億ヴァリス。そしてそれが300枚。

 

 つまり、僕達に300億ヴァリスを貸してきた。

 

 もはや強要とばかりに、僕らの周りを何人もの屈強な男たちが取り囲む。

 

 

「なっ!?」

 

「こいつら…!」

 

「2人共、今はこらえて」

 

「ふーん、なるほどニャー。私達を逃がす気はないという事だニャこれは」

 

 

 僕とダフネさんはすぐに戦闘態勢に入ろうとした所でルノアさんに止められ、クロエさんは呑気に眺めている。

 

 アミッドさんは無言で睨み付け、リューさんは上等と言うばかりに席に座る。

 

 クロエとルノアはホールで運を使い果たしたと感じていたため、そのままリューに勝負を譲る。ベル達もまた無言で譲り、リューの勝負を見る。

 

 

「どうやら『合意』という事ですかな」

 

「ええ、私が相手です」

 

「では、ポーカー勝負と行きましょうか。場代は20枚です」

 

 

 無言でチップを置き、勝負が始まる。

 

カードが配られてめくると、リューの手は6のスリーカード。

 

 カード交換しても変わらないが、レイズして相手達にプレッシャーを与える。

 

 4人降りたが、アルベラは更にレイズして、リューもそれにコールする。

 

 お互いのカードを開けると、アルベラは7~10のストレート。

 

 リューの負けとなり、いきなり50枚が持っていかれてしまう。

 

 

「……これはまずいかもニャ」

 

「いや、まだ最初に負けてしまっただけですから!」

 

「そういう意味でクロエは言ったんじゃないよ。私達の勝利条件を考えてみな」

 

「え?」

 

 

 ルノアさんに言われて、僕はそのままこの勝負内容の事を思い返す。

 

 確か、勝つ方法は自分たちのチップをなくさずに相手のチップをすべて失わせる事だから、相手も…………あ! まさか!?

 

 

「こ、これって…!」

 

「今思った通りの事ニャ。相手はグルだニャ」

 

「私達は1 vs 5で戦わなくちゃいけないという事。これだと流石にこっちが不利だね」

 

「がははははっ! 勝負を乗ったのはそっち側からだ! 今更やめようだって、今の負け分の借金が残るだけだ! こっちの楽しみを邪魔させた事を後悔させてやる!」

 

 

 テリーは本性を出し、ベル達を見下し笑いながら吐き捨てる。

 

 僕はその表情を見ると、その目には欲情的な目線を僕とリューさん以外に送っていた。

 

 その視線を受けたダフネさん達は何かこう、気持ち悪そうな顔をしており、僕を盾にして死角を作り、その視線から逃れようとしている。

 

 

『ねえ、あいつぶん殴っていい?』

 

『ウチの分もお願いするわ』

 

『私の分もお願いします』

 

『私の分もニャ! 私が隙を作るから、その間に…』

 

 

 というより、作戦会議をしている。

 

 小声でルノアさんに頼んで計4発分の拳をあのオーナーに浴びせようと仕立てていた。

 

 一番近くにいたベルにぎりぎりその会話内容が聞こえたため、苦笑いをしている。

 

 しかし、その間にもリューが負けてしまい(手は5~9のストレートだった)、更に70枚減らされてしまい、じわじわと負けが重なって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 20分後。

 

 リューは2回勝てたが負けの回数が多く、チップの数は残り30枚前後となっている。

 

 

(このままでは…!)

 

 

 流石のリューも少し顔色が悪くなり始めており、テリーの方はニヤついており、完全にペースを持っていかれている。

 

 テリーはむしろこいつらをどのように楽しむかと考えており、テーブルにいる者たちもロイマンを除いて同じことを考えていた。

 

 ルノア達は準備が出来次第暴れようとしており、リューもまた同じことを考えている。

 

 ただ、ここにロイマンがいるためやりにくいという事もあり、尚且つベル達3人は冒険者であるため顔が割れており、すぐに報復が【ファミリア】事襲い掛かる事が予想できるため、出来ればリューに頑張ってほしいとも考えている。

 

 テリーは調子に乗り、ベル達にある提案をする。

 

 

「そうそう、冒険者の方達も一緒にどうですか? アリュードさんとのペアとして、このゲームに御参加を」

 

「「「「「「え?」」」」」」

 

 

 恐らくベル達冒険者3人の方も逃がさないための口実作りなのか、ベル達の誰かの参加を促し、席もまた一つ用意する。

 

 ダフネ達はリューも含めて顔を見合わせ、そしてすぐにベルの方に視線を向ける。

 

 

「…そうだね、ウチらもやるか。というわけで、ベル! アンタがやりなさい! そしてこいつらに見せつけなさい!」

 

「ベルさん、お願いします」

 

「わ、わかりました!」

 

 

 ベルはそう意気込み、リューの隣の余っている席に座る。

 

 

「クラネルさん、申し訳ございません。私の力不足ばかりに…」

 

「いえ、僕カードの駆け引きとかあまりやった事ないので、引く方はやりますから、そっちの方をお願いします」

 

「わかりました」

 

「決まったようですな。では、勝負再開と行きましょうか」

 

 

 ベルがカードを引き、リューが駆け引きを行う。

 

 そんなベルとリューのタッグで、テリー達に勝負を挑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして50分後。

 

 

「あ、また僕達の勝ちですね」

 

「……は?」

 

 

 ベルとリューのペアは自分の手札をオープンする。

 

 その役は、オールインをしたテリーが出した9のフォーカードの、さらに上。

 

 ♣のA~10のロイヤルストレートフラッシュ。

 

 つまりベル達の逆転勝ちで、テリー達の持ちチップはすべて失うことになった。

 

 

「ふぅ…。クラネルさんが入ってから負けなしですね、流石です」

 

「いや、リュ…あ、アリュードさんの駆け引きがあったからです! 実際向こうも簡単に乗ってくれませんでしたし!」

 

「でも23連勝って…!? ベル、アンタやっぱり運が上がるみたいな『スキル』とか持ってない? いくら何でも役が全てストレート以上って流石におかしいわよ?」

 

「僕『スキル』とか1つもありませんから!?」

 

 

 リューのフォローもあったからこその勝利だとベルは思い、またポカを起こしかけるが踏みとどまり、ダフネはカードの引きの良さからベルが『スキル』とかないのかと疑い始めてしまう。

 

 

「少年! そんな強運があったら、もしかしたらカジノでは最強かニャ!? 今度他にも行くつもりだから、その時は一緒に行くニャ!」

 

「もう勘弁してください!? これ以上は無理ですから!?」

 

「お前もこっそりカジノに行こうとするな!」

 

「所で、このチップの山はどうしましょうか?」

 

 

 クロエはベル達の勝ちっぷりを見て、目を輝かしながら「タッグを組もうニャ!」とばかりベルを誘うがルノアがそれを止める。アミッドはベルとリューが獲ったチップの山はどうなるのかと疑問に思い始める。

 

 

「オ、オーナー…!?」

 

 

 一方、圧倒的な引きの良さによって圧倒され(むしろテリー達側は途中からイカサマをしていた)、テリーは茫然自失となり、男性給士から心配されてしまう。

 

 

「では約束通り、そのアンナという人をもらい受けます」

 

「クッソォ…!」

 

 

 ゲームの公約に従い、アンナのチョーカーを外し、アンナは戸惑いながらベル達側の所に向かうのだった。

 

 

「あ、あの、貴方達は…?」

 

「いえ、貴方は気にする必要はありません」

 

 

 リューの言葉に戸惑いながらアンナは付き従い、大人しくするのであった。

 

 一方、テリーはアンナを奪われたことで憎悪を滾らせ、後日報復を行おうと企てている。

 

 

(こいつら…! 買ったばかりで愉しんでさえいないのに! 俺に幾度となく喧嘩を売った事を後悔させてやる! そして、目の前で女を抱いて絶望と後悔させながら殺してやる!)

 

 

 事実上の手放しとなったことでテリーはそんな事を心の中で留めながら、リュー達に吐き捨てる。

 

 

「これでよろしいかですか、マクシミリアン殿?」

 

 

 今に見ていろとばかり睨み付けるがリューは華麗に受け流し、口を開く。

 

 

「いや、まだだ」

 

「…何ですかな、このアンナだけではご満足して頂けないと?」

 

 

 テリーは更なる怒りで目元が痙攣しており、対峙しているリューは勿論、何人かがそれに気づく。

 

 だが、リューはそれを無視して次の一言を告げる。

 

 

「全員だ」

 

 

 その発言に、数瞬VIPルームから音が消えた。

 

 ベル、ダフネ、アミッド、アンナの4人はもしかしてと思い始め、ルノアとクロエはそりゃそうかとばかり納得をしている。

 

 

「貴方が金に物を言わせて奪い取った、全ての女性を開放してもらう」

 

 

 室内にいた美姫達が弾かれた様に振り向いて、驚きの眼差しを向ける。

 

 テリーは最早怒りでどうにかなりそうとなり、テーブルにいた富豪たちは察してテーブルから離れる。

 

 

「ま、そういう事だから…」

 

「おとなしく従うニャ!」

 

「ふざけるなよお前ら! たかが一度勝ったぐらいで何様のつもりだ! 俺を敵に回して生きて行けると思ったか! ギルドが守ってくれるなら大間違いだ! 現にここにギルドの豚がいた所で、オラリオとはまた別の、娯楽都市から出向している俺は――――」

 

「違う」

 

 

 テリーの恫喝をリューは静かな一声で遮る。

 

 

「貴方は娯楽都市の人間ではない。そもそも、テリー・セルバンティスという名前ですらない」

 

 

 その言葉に、ドワーフのオーナーは固まる。

 

 

「貴方の名前はテッド。過去、このオラリオで違法の賭博を繰り返していた店の胴元…都市から追放された主神が天界に送還されたとしても、その背には封印された【ステイタス】が残っている」

 

 

 リューは懐から小瓶に入っている『神血』を突き出す。

 

 【ステイタス】を暴くためだけの道具が出た事で、オーナーの顔は激変する。

 

 VIPルームには異様な空気が支配しており、予想外の状況によって置き去りにされたベル達やロイマン含む富豪達、アンナを含む美姫達や店の給士達まで何が何だかわからない顔で対峙するエルフとドワーフの顔を交互に見やった。

 

 そして、アルベラは「ばれた!」とばかりの顔をしてその場から逃走し、ドワーフは動揺しながらリュー達を発言や勝負事までもみ消そうとするため、金で雇われた用心棒に命令を下し、リュー達を取り囲む。

 

 

「ふ、ふふ…。これは飛んだいいかがりをつけられたものですな。生きてここから出られると思うな! 男は殺して、女は烈辱を浴びせてやる!」

 

「オ、オーナー殿!? まさか貴方は本当に…!?」

 

 

 ロイマンのどよめきの声にも耳を傾けず、オーナー、―――――テッドは用心棒に始末するよう命令する。

 

 

「やれ! お前達! ギルドの豚ごとやってしまえ!!」

 

「ぼ、冒険者達! こいつらをどうにかしろぉ!?」

 

 

 一斉に僕達に襲い掛かり、美姫達や給士達の悲鳴声が交ざりながら交戦することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「オラァ!」」」

 

「フッ!」

 

「す、すごい…」

 

 

 僕達はカジノ側の用心棒達と戦っており、ダフネさんはすぐにその場を離脱してどこかに行ってしまった。

 

 僕とアミッドさんはVIPルームの入り口付近にいて外に逃がさないように、尚且つうまく連携を取りながらアンナさんやギルド長を守り、クロエさん達がフォローしてくれるまでの時間稼ぎをしている。

 

 クロエさんとルノアさんは暴れまくっており、むしろ用心棒側に悲鳴がこぼれていた。

 

 リューさんもまた、直ぐに襲い掛かってきた者達を返り討ちしていき、用心棒の数がみるみると減っていく。

 

 アンナさんは一連の戦闘の光景に恐れながらも感嘆している。

 

 その様子を見たテッドは逃げ出し、リューはすぐにそれを追い駆ける。ベルもまたここが一段落しそうであるためアミッドに任し、リューについて行こうと駆け出すが、リューとベルの2人の前に、2人の屈強な男たちが立ちはだかる。

 

 テッドは汗を拭いながらベル達側に顔を向けて獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「そっちが冒険者を雇ったように、俺にもより屈強なボディーガードがいる! 名前は冒険者たちが聞いたことがあるだろう! あの『黒猫』と『黒拳』だ!」

 

「「あ?」」

 

 

 カジノ側の用心棒の通り名を聞いた瞬間、クロエとルノアの雰囲気が物凄く殺気立つ。

 

 周囲にいた者たちはリューを除いて皆震えあがり、中には失神する者もいた。

 

 そして、手に持っている失神した用心棒を放り投げ、騙った者たちの元に近づく。

 

 

「その名を騙るなら…」

 

「覚悟はできているんだろうね…!」

 

「「……!?」」

 

 

 殺気を向けられている二人の男たちは思わず身をすくむ。

 

 テッドは「何なんだあいつら!?」とばかりすぐに背を向けて逃げ、リューとベルは直ぐに「「はっ!」」として追いかける。

 

 そしてベル達が見えなくなったすぐ後に、男2人分のとてつもない悲鳴が、本来聞こえない筈のホールにまで聞こえたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、いち早く逃げ出したアルベラは息を切らしながら『エルドラド・リゾート』の裏方の通路を走っていた。

 

 テッドがこの『エルドラド・リゾート』を乗っ取る前から手を組んでいたアルベラは、テッドの正体がばれた事で見限り、そしてどうしてこの状況になってしまったのか、その発端に罵倒を繰り出す。

 

 

「ぜぇ、ぜぇ…。ちぃ! あのギルドの豚め! 黙ってこっちの要望を聞けばよかったものを! 最初から誘拐するつもりだったのに! こっちはザニス様からの良い案があったからいいが、【ロキ・ファミリア】なんかメレンによこすからこんな目に…!」

 

「あら、それはどうかしらね?」

 

 

 自らの事を棚に上げるアルベラに、明らかに冷ややかな声がかけられる。

 

 アルベラは冷や汗を出しながらゆっくりと視線を向けると、そこにはダフネが待ち受けていた。

 

 

「なぁ…!? 【月桂の遁走者】!? 何故私の所に…!?」

 

「そんなもん決まっているでしょ。ウチはね……、アンタには随分と鬱憤がたまっているんだよ!」

 

 

 怒髪天のダフネの声に、アルベラは思わず身をすくめる。

 

 恐らくダフネと1番一緒にいるカサンドラも見たことがない程の、ダフネがガチギレをしていた。

 

 そして、ダフネの拳が上がる。アルベラに打ち込もうと。

 

 その事にアルベラは顔を青ざめ、命乞いをする。

 

 

「ま、待て!? か、金ならいくらでも…!?」

 

「そんなもんいるかぁああああああ!!!」

 

 

 ダフネの強烈な怒りの拳はアルベラのテンプルに叩き込まれる。

 

 

「ぶべえぇ!?」

 

 

 アルベラは醜い悲鳴を出しながらぶっ飛ばされ、歯が折れたりと顔面が崩壊した。

 

 それを確認したダフネは気が晴れ、ベル達の所に向かおうとする。

 

 そして、背を向けながら意識のないアルベラに吐き捨てた。

 

 

「ウチの親友を誘拐した罪は、金より重いわよ!」

 

 

 そしてダフネはホールに戻ろうとすると、目の前の通路の先でテッドが一瞬駆けている姿が見え、それを追い駆けるベルとリューの姿も見えた。

 

 

「今のは!? ウチも追い駆けなくちゃ!」

 

 

 そしてベル達に合流し、ダフネも一緒にテッドを追い駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テッドは入り組んだ道を利用してリュー達から逃れようとするが、中々距離が開いていないと実感しており、とうとう自分の部屋の前に辿り着くのであった。

 

 

(クソッ、こうなったら…!)

 

 

 テッドはドアを開け、部屋の中にいたカサンドラは思わず身をすくめるが、テッドはそのまま部屋の中にある隠しドアを開き、身動きの取れないカサンドラを抱えて逃げ出して行く。

 

 リュー達も部屋の中に入り、隠しドアが閉じられる瞬間を目撃したため、すぐにダフネがそこを蹴り破って中に入って行く。

 

 そのドアの先には隠し通路となっており、地下に進む。

 

 そして、アダマンタイトの扉、『エルドラド・リゾート』の金庫の前に辿り着く。

 

 そこには分厚い扉を開けて入り、閉めようとするテッドと、それに抱えられているカサンドラがいた。

 

 

「あ! カサンドラさん!?」

 

「カサンドラ! やっぱりここにいたのね!」

 

「ンー!? ンーーーーー!」

 

「が、ははははははっ! 一歩遅かったな! このまま籠城して、鬱憤晴らしとしてこいつで愉しんでやるぜ!」

 

 

 ガコンッ、と音を立て、カサンドラさんの悲鳴声もむなしく、僕らが滑り込む前に扉が閉められ、金城鉄壁の封印をされてしまった。

 

 ダフネさんは隠し持っていた剣を突き立てて破壊しようとするが、びくともせず、かすり傷しかつけられずに金庫の扉は拒む。

 

 

「カ、カサンドラ……」

 

「すぐに鍵を探してきます!」

 

 

 ダフネはカサンドラの身がもう絶望的という事になり、思わず座り込んでしまい、ベルは他にも鍵がないかとすぐにその場から離れて探そうとする。

 

 

「いえ、その必要はありません。二人共下がっていてください」

 

 

 だがリューはベルを止め、ダフネを立ち上がらせて金庫の扉から少しだけ離させる。

 

 ベルとダフネは一体何をするつもりなのかと困惑し、そして僅かな希望に縋る思いでリューを見る。

 

 

「【―――今は遠き森の空。無窮の夜点に鏤む無限の星々】」

 

 

 そしてリューは扉の前に立ち、詠唱を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンーーー!? ンーーー!」

 

「クソッ、抵抗すんじゃねえ! 大人しくしろ!」

 

 

 金庫の中。

 

そこは無数の金貨や財宝が点在しており、ヴァリス換算すれば兆を超えるのではないかとぐらいの量である。『エルドラド・リゾート』の全財貨がここに集められている。

 

 まさに黄金卿と呼ぶに相応しい光景の中で、カサンドラは必死にテッドから抵抗していた。カサンドラの服は所々破れており、最低の事態になるまで最早時間の問題であった。

 

 

「この金庫を開けられるのはこの俺だけだ! あいつらには一生開かない!」

 

 

 マスターキーを持つテッドしか開けることが出来ない金庫に籠城して、テッドは救援が来ることに望みをかけていた。

 

 

「ここに籠って、後はアルベラが上手く逃げ出してくれていれば、『闇派閥』の連中は必ず来る! 何せ、あいつらは何か資金に困っているから、外にいる奴らを始末して俺に恩を売ってくるはずだからなぁ!」

 

 

 他力本願の作戦が既に破綻している事を知らないテッドは、その時間つぶしという意味でも今まさにカサンドラの体に手をかけようとしている。

 

 

「奴らにお前の泣き叫ぶ声を聞かせてやれないのは残念だが、奴らにコケにされた分まで可愛がってやる!」

 

「ンーーーー!! ンーーーーーーー!!」

 

 

 鎖で縛られて、尚且つ轡をはめられているカサンドラは涙を流しながら、扉の外にいるベル達に必死に助けを求めるが、返事はこない。

 

 ただし、その声に応えてくれたのは、膨大な『魔力』の反応であった。

 

 

「あ? 『魔力』?」

 

 

 大惨事まで5秒前という所でテッドはその反応に思わず手を止め、扉の方を見る。

 

 テッドは嘲笑しようとしたが、その『魔力』の量はさらに大きくなっていき、顔が引きつり始める。

 

 最早服の部分がほとんどないカサンドラもその『魔力』の量に気づき、目を見開く。

 

 

「お、おい…、まさか……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉の外。

 

 ベルとダフネが見守る中、リューは詠唱を終了とともに右腕を前方に突き出し、己の最強の必殺を唱えた。

 

 

「【ルミノス・ウィンド】」

 

 

 風を纏う星光の砲撃が解き放たれ、扉に着弾する。

 

 

「「~~~~~~~~~っ!?」」

 

 

 ベルとダフネはその威力の大きさに顔を覆い、凄まじい轟音に必死に耐えている。

 

 そしてそれは内側にも響いており、テッドとカサンドラに浴びせかける。

 

 身を竦ませる彼らの視線の先で、アダマンタイトの大扉は内側に向かってひしゃげ、亀裂が生じた。

 

 凍り付くテッドをよそにカサンドラは咄嗟に衝撃から備え、そして金庫の扉は爆砕する。

 

 

「なぁああああああああああ!?」

 

 

 視界を白く埋める閃光が弾け、棒立ちになっていたテッドの体は吹き飛んだ。

 

 金庫の中にあった金貨や財宝もまた爆風によって舞い散り、甲高い音を立てて床へ散らばる。

 

 ベル、ダフネ、カサンドラは顔を上げると、視界に広がるのは扉を失い半壊した地下金庫の光景だった。

 

 ベル達が唖然としている中、リューは金庫内に足を踏み入れながら説明をする。

 

 

「アダマンタイトには、硬度に直結する純度が存在する。『深層』で採掘されたアダマンタイトなら破壊を困難に極めますが…この金庫の素材を見るに『上層』や『中層』で採掘されたもの。その証拠に、先程ラウロスさんが剣で扉にわずかながら傷を付けてくれました。強度がそれ程ないアダマンタイトであれば、私の『魔法』でも貫ける」

 

 

「粗悪品を掴まされたようですね」と、リューは声を失うテッドを一瞥する。

 

 目利きがないとわからない違いに、本物のテリーなら気付けたかもしれないが、偽物にはわからずに、恨みを持った商人達からささやかな『意趣返し』をされていたのであった。

 

 

「お、お前は一体…!?」

 

 

 テッドの問答に、リューはスルーして手袋を嵌め、拳を握る。

 

 

「言い忘れていましたが、お前に免罪の余地はない。そして―――容赦はしない」

 

「は? ―――ぐべえっ!?」

 

 

 視認を許さない疾風の一撃が、テッドの頬面に叩き込まれた。

 

 リューの拳に殴り飛ばされたドワーフは凄まじい勢いで後方に飛び、崩れた金貨の山の中に激突する。

 

 金貨が舞い散り、半身が金の中に埋もれた格好で悪漢はぴくぴくと痙攣を繰り返した。

 

 

「さて、そちらの方は――――、もう終わっていますね」

 

 

 リューがテッドに制裁を下している間に、ベルとダフネはカサンドラに付けられている鎖と轡を外し、解放していた。

 

 

「ぷはぁっ―――、うわぁあああああん! ベル~~~~! ダフネちゃん~~~~~!」

 

「はいはい、ギリギリだったけど、本当によかったわ…、カサンドラ…!」

 

「はい、本当にそうですね…!」

 

 

 カサンドラは喜びのあまりベルとダフネに抱き付き、2人共その衝撃に耐えきれずに後ろに倒れ込む。だがその事で怒ったりせず、むしろ笑いあって、ベルとダフネはよしよしと、子供のように泣くカサンドラの頭を撫でている。

 

 リューはその光景に水を差さないように見守り、カサンドラ達が落ち着くまで待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、カサンドラがようやく落ち着いて、ベル達は気絶したテッドを引きづりながらVIPルームにまで戻るのだった。

 

 ただ、カサンドラが落ち着いた理由は服がボロボロで、ほぼ素っ裸のままベルに抱き付いた事を認知したからである。リューは最初に気づいたが指摘せず、その後ベルが気づき、その反応によって2人も気づき、すぐに我に返ったからであった。

 

 ベルは羽織っていた白の燕尾服をカサンドラに着せてその場を凌ぎさせ、また向かう道の途中で服を手に入れたため、カサンドラの格好は今ドレス姿である。

 

 そして、僕らはVIPルームに辿り着くのであった。

 

 そこはもう、用心棒達は皆地面に附して気絶しており、店の給士達はその場にへたり込んでいて、富豪達もまた同じようにしている。さらに美姫達はアンナさんを中心に集まっていて、僕らが現れたことで、アンナさんが代表で僕らに話し込んできた。

 

 

「あ、あの…、私達は…?」

 

「大丈夫です。皆さん、もう自由です」

 

 

 リューはその証拠とばかり気絶したテッドを見せつけ、アンナを含めて皆歓喜する。

 

 そして、ホール側への出口を抑えて外に出られないようにしていたルノア達も合流する。

 

 

「おお、やったじゃん!」

 

「少年達もお手柄だったニャ!」

 

「まあ、本来これはウチらが主軸の問題だったけどね」

 

「はい…。本当に協力してくれて、ありがとうございます!」

 

 

 僕とダフネさんは自分たちのみではカサンドラさんの救出が出来なかった事で改めて感謝を述べて、ルノアさん達は気にしなくていいよとばかり苦笑いをしている。

 

 

「あの、ベル、ダフネちゃん? そう言えば思っていたんだけど、この人達は…?」

 

「ああ、ウチらに協力してくれた……マクシミリアン家の人達よ」

 

「あ、そういえばそうですね」

 

「……? あれ、でもどこかで会ったことがあるような…?」

 

 

 謎の貴婦人達がベル達に協力をしていたことで、余り状況をよく理解していなかったカサンドラは首を傾げる。

 

 そしてもう一人、協力してくれた人にカサンドラは目を見張る。

 

 

「ベルさん、お怪我はありませんでしたか?」

 

「はい、無事にこうして…」

 

「…あれ!? ね、ねえ、【戦場の聖女】、アミッド・テアサナーレさんがここにいるように見えるんだけど…!?」

 

「あ、はい。アミッドさんも僕らに協力してくれました」

 

「そういえば、カサンドラさんとは病院や回復薬系の販売以外でこうしてお会いするのは初めてですね。改めまして、私はアミッド・テアサナーレと言います。以後御贔屓を」

 

 

 カサンドラは内心勝手に(ベル関連の意味で)ライバル視をしていたアミッドに助けられていた事実に、どこか精神的なショックを受けた。

 

 

「…………そう、なんだ…」

 

「…? あの、私に何か?」

 

「い、いえ、何でもありません! 助けていただいてありがとうございます!」

 

 

 アミッドは首を傾げながらカサンドラの様子を見る。カサンドラは助けてくれた人に対してこれは失礼だと内心思い、必死に心の中で謝っている。

 

 ベルはそんな2人に首を傾げ、ダフネは無言を徹している。

 

 そんな中に、ロイマンが来た。

 

 

「おお、よくやってくれた! 流石はオラリオの冒険者だな! わっはっはっは!」

 

 

 ロイマンはすっかり上機嫌になっており、今すぐにでも外に出て【ガネーシャ・ファミリア】に知らせに行こうじゃないかと促すが、ダフネは拒否する。

 

 

「待って。ちょっとアンタに聞きたいことがあるんだけど」

 

「ん? 何かな?」

 

「ウチら【アポロン・ファミリア】や【ヘルメス・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】が受けた『強制任務』の件、詳しく話してくれないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、大体あのアルベラのせいって事ね?」

 

「そうなるな。こちらが認知する前から【カーリー・ファミリア】が来ることを知っていたから、それを利用していたんだろう。こちら側にしても対応を考えないといけないから、アルベラの案に【ロキ・ファミリア】を追加したが」

 

「…もう一発ぶん殴っとければよかった」

 

 

 ダフネは勿体無い事をしたなと思い、頭を少し搔く。

 

 

「あの、フィンさんからの、【ロキ・ファミリア】のホーム当ての手紙は…?」

 

「ああ、クビになったメレン支部の元支部長のせいだったな。その事がこっちには夕方前に報告が上がっていた」

 

「そうだったんですか…」

 

 

 恐らく食人花の件にあまり触れさせたくはないという事で、フィンさんの手紙をもみ消したという事が調査によってすぐに露見したらしい。

 

 それをやった当の本人は【ニョルズ・ファミリア】の人達に地獄の肉体労働を行われているが。

 

 

「う、ぐ…!」

 

 

 そこに、気絶したテッドが遂に目を覚ます。

 

 体は動けないが口だけは動くため、ベル達に向かって喚き散らす。

 

 

「お前等! こんなことをして、ただで済むとは思うなよ! いずれ『闇派閥』の連中が俺を助けに「うるさいんだよ!」ぶへえぇ!?」

 

 

 言い終わる前に、ルノアから一発強烈な右拳がテッドの顔面に沈む。

 

 テッドの意識が飛ぶ寸前にクロエは悪い顔で何か凶悪なことを小声で喋り恐怖させ、ルノアがさらにそこから3発すべての拳をテッドの顔面に浴びせ、ぶっ飛ばす。

 

 その後ロイマン曰く、テッドが次に目を覚ましたら全身が震えてろくに口がきいていなかったと語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュー達と話し合いの元、あまりこの事を詳しく知らせたら大賭博場区域全体に混乱を巻き起こしかねいと判断する。そのため、アルベラとテッドの分を除いた勝ち金をロイマン含む負けた富豪達に返す代わりに、ここの口止めや手に入れた奴隷の解放、さらにオラリオ外で『闇派閥』と繋がっている者の情報提供を約束させた。

 

 その後、ロイマンが証人の元、テッドはカジノ内に突入した【ガネーシャ・ファミリア】に連行されて行く。

 

 ベル達はその間に裏口から脱出し、『エルドラド・リゾート』を後にしようとするが、その直前に【ガネーシャ・ファミリア】に任せようとしていた大勢の美姫達に止められてしまう。

 

 

「待ってください!? せめてお名前を…!」

 

「今後の生活費用と言って、私達にお金もこんなに下さっていただいたのに…!」

 

「特に、眼帯のエルフのお方!」

 

「これから言う事に貴方を困らせてしまいますけど、でも…!」

 

「もし奥さんがいらっしゃらないでしたら、私を…!」

 

 

 ベル達はきょとんとする。

 

 皆何故か胸に両手を添えていて、リューに向かって意を決し、身を乗り出しているからだ。

 

 リューは瞬きを繰り返し、そして致命的な誤解をされている事に理解した。

 

 アンナを含む美姫達は『恋する乙女』のようにリューへ熱い眼差しを注いでいたのである。

 

 

「「「「「「「「私は、貴方に恋を――――」」」」」」」」

 

「待ってください」

 

「え?」

 

「どうしてですか?」

 

「貴方達は、勘違いをしている」

 

 

 とてつもなく感情を押し殺した声を出しながら、リューは眼帯を外す。それと同時に変装用の髪もまた、普段の髪型に戻す。

 

 唖然とする美姫達に、リューは宣う。

 

 

「私は、貴方達と同じ女性です」

 

 

 一瞬の硬直。そして、美姫達の大声が重なった。

 

 

「「「「「「「「え、えええええええぇぇ~~~~~!?」」」」」」」」

 

 

 身の危険を顧みずに自分たちを助けてくれた騎士が、実は男装した麗人、歴とした同性。

 

 胸をときめかしてしまった少女達の恋物語はこの瞬間をもって崩れ去った。

 

 茫然自失となって足取りが皆ふらつき、その場に座り込んでしまう。

 

 

「私の初恋………、女の人…」

 

「そんな………」

 

「う、うううう…!」

 

「フフ、フ、フフフ、フフフフフフ………」

 

「…い、いや、いっそのこと同性でも…!」

 

 

 美姫達の頭上には傷心の風が吹いており(何人か別の風が吹いているが)、リューは居た堪れなくてすぐにその場を離れた。

 

 クロエとルノアの爆笑の声を響かせながらベル達も慌ててついて行き、そして、『エルドラド・リゾート』から遂に脱出する。

 

 しかし、僕達はさらにそこから大賭博場区域を抜け出す途中、モダーカさんやシャクティさんに出くわしてしまった。しかし、ロイマンさんがすぐに僕らの身の保証をしてくれていたので、事を起こさずに済んだ。ルノアさんはすぐに身を隠していたけど。クロエさんも持ち運んでいる大きい袋を隠したけど。

 

 また、リューさんとシャクティさんが何か親しい感じやりとりがあったけど、すぐに話を打ち切って僕らを人気のない通路に案内してくれて、大賭博場区域を抜け出してくれた。

 

 

「ありがとうございます! シャクティさん! モダーカさん!」

 

「後始末の方は我々に任せてもらいたい!」

 

「そっちも気を付けて下さい!」

 

 

 そのままシャクティさん達と別れた後、僕達は【アポロン・ファミリア】の人達が用意しておいた馬車に乗り、繁華街から脱出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に、この日の出来事はカジノの夢物語として後世にまで語られたという。

 

 そしてベル達一向、特にリーダー格として振る舞い、数多の美女のときめきをかっさらってしまったリューの事は、『伝説のギャンブラー』と畏怖を込めて呼ばれるようになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、アルベラはダフネからの怒りの拳を喰らって気絶していたが、【ガネーシャ・ファミリア】に見つかる前に意識を取り戻し、隠し通路から脱出していた。ダフネに殴られた痕は残っており、服も少し乱れているが。

 

 そして、そのまま自分の持つアルベラ商会の隠れ家を目指している。

 

 

「あいつら、覚えていろよ…! まだまだ私には商会そのものが…!?」

 

「やあ、随分と遅い帰宅だね」

 

 

 到着したと思ったら、そこはフィンを中心とした【ロキ・ファミリア】が立ち並んでいた。

 

 アルベラは商会の力を最大限に使って復讐しようとして戻ってみたら、既に【ロキ・ファミリア】によって壊滅されていた事に衝撃を受ける。

 

 

「ど、どうしてここが!?」

 

「私から奪った杖の匂いを辿ってここに着きました」

 

 

 レフィーヤは取り戻した自分の杖をアルベラに見せつける。

 

 レフィーヤの杖の匂いをベートが辿り、アルベラ商会の隠れ場に辿り着き、総員で襲撃したのであった。

 

 ただし、その会長がいなかったのでこうして待ち伏せていたのである。

 

 

「聞いてるぜ。てめえが世間に疎い【カーリー・ファミリア】を騙して【ヴィーザル・ファミリア】を潰したってな! 随分と回りくどい事をやってくれたじゃねえか!」

 

「ひぃいいいいいいい!?」

 

「おかしいと思ったんだよねぇ。任務上の衝突とはいえ、闘争に忠実なカーリーがヴィーザル様に謝っていたって。そんな心があったらテルスキュラで殺し合い何かしないし」

 

「ベートの話からも、【月桂の遁走者】とルアン・エスペルがアルガナ達に襲撃された際、最初は謝ってはいなかったが、殺す所まではしていなかったからね。恐らく、向こうも殺る相手を選んでいたんだろう。後腐れもない相手、例えば身内とか犯罪者とか」

 

「という事は、こやつが【ヴィーザル・ファミリア】は犯罪系の【ファミリア】だと嘘を言って襲わせたのか。なんて最低な奴じゃのう」

 

「私とガレスはメレンに行っていないからそこまで詳しい事情は聴いていないが、それでもここに証拠となる書類は手に入れている」

 

 

 次々と証拠が並ばれていき、尚且つフィン達の推測も完全に正解だったため、アルベラは後ろに下がり始めるがベートの眼光によって体が反射的に止められてしまう。

 

 

「後は君に売った場所の情報を吐かせなくちゃいけないけど……その身だしなみを見るに、どうやら【アポロン・ファミリア】の人達が上手くいったみたいだね。というわけベート、後始末は君に任せるよ。手加減はしなくていいみたいだから」

 

「ああ、そうさせてもらうぜ!!」

 

「私の杖を奪った分もやっちゃってください!」

 

「な、が……ぎゃあああああああああああああああ!?」

 

 

 フィンからのOKをもらったため、ベートは遠慮なくアルベラをサンドバック代わりにする。その後ろに、レフィーヤは思いっきり拳を上げてベートを応援していたらしい。

 

 その後、【ロキ・ファミリア】に連行されて檻の中に入れられた時は、アルベラは外に怯えている様だったと言われている。

 



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カジノからの帰路にて…

※アミッドのご褒美はVIPルームには反映していません。
 ベル君一人で獲得しないと貰えないという裏ルールが。

そして報告。

 この作品の時間軸を考えたら、何か現実の時間が追いつきそうな気がする。
 2ヶ月がもう目の前に。肝心の『戦争遊戯』にはまだ至っていないのに。

 とにかく、この戦争遊戯編を終わらせるように頑張ります!

 


 僕達は『エルドラド・リゾート』でカサンドラを発見し、救出して馬車に乗って帰宅していた。

 

 そのベル達の帰りの馬車の中。

 

 

「ニャハハハハハハ! リュー、あんなに同性から告白されたニャ!」

 

「あははははははは! やっぱりリューは男装の才能があるんじゃないかな? シルに見せたら絶対かっこいいとか言われると思うし!」

 

「とりあえず、服を返した後は覚えておきなさい2人共…!!」

 

 

 クロエとルノアは今日の出来事で一番笑った事を思い出し、リューは2人にお仕置きを企てている。

 

 一方、ベル達側の席はアミッド、ベル、カサンドラ、ダフネの順に座っており、どうにか上手くいった事にほっとしている。

 

 

「とにかく、すぐにカサンドラさんを見つけられて良かったです。最後は非常に危なかったと聞きましたけど」

 

「そうね…。まあこうして取り戻せたし、そう思うと肩の荷が降りたっていうか…」

 

「流石にもう、僕、疲れました…」

 

「えへへ~♪ ベル~! ダフネちゃん~!」

 

 

 カサンドラはベルとダフネの腕を回して再会を再び喜んでおり、ダフネはやれやれという感じで気を緩めている。ベルもまた苦笑いしており、アミッドはそれを見て、ちょっとだけジェラシーを感じている。

 

 クロエはそんなベル達を見て、その後カジノから出る際に運び込んだ大きい袋を見て、頬擦りする。

 

 

「まあでも、こうやって救出もできたし、お金もたんまり稼いだし、良いことだらけニャ!」

 

「そういえば、結局いくらぐらいあるの?」

 

「そうですね…。総額大体300億ヴァリスらしいです」

 

 

 クロエさんが大きい袋を背負って、僕らの手元に残ったチップ分のヴァリス金貨や貨幣をいつの間にか換金してくれていた。

 

 僕達がVIPルームで勝ち取ったチップは富豪達にその場の口止め料及び手に入れた美姫達の解放、そして『闇派閥』と繋がっている者の今後の情報提供料としてその一部を返している。さらに残ったチップを換金し、その資金の一部を美姫達に今後の生活費として分けたけど、それでも400億ヴァリス分余ってしまい、このまま持ち帰ったのだ。何とか馬車の中に詰めていて、今僕らは非常に狭く感じているけど。

 

 

「これだけあれば、1億ヴァリスの借金もなくなるどころか、大金持ちニャ!」

 

「あ、そういえば忘れてた。私達、借金返済のために働いていたんだった」

 

「え、そうだったんですか!?」

 

 

 僕はクロエさんとルノアさんがそんなに多額な借金を背負っていた事に驚く。もしかしてリューさんも…?

 

 

「まあ過去に色々あってニャ。ミア母ちゃんの酒を……じゃなくて、ちょっと高いものを壊してニャ」

 

「あれ今思っても1億ヴァリスなんて詐欺だと思うんだけどなぁ。でも反論したら拳骨で沈められちゃったし」

 

「…何か、とてつもないものに殺生与奪の権利を握られていたんですね…」

 

 

 いや、カジノ側の用心棒達を返り討ちにしたクロエさんとルノアさんを沈める人っていったい何者なの!? まさかミア母さん本人じゃないよね!?

 

 僕はそう心の中で恐怖を覚えながらクロエさん達を見る。

 

 「でもこれで自由ニャー!」「今日から酒が飲み放題だー!」と、クロエさんとルノアさんがはしゃいでいるけど、どこか物寂しくなっているように見えるのは気のせいだろうか…?

 

 ベルはそんな事を思っていると、二人に横やりが入る。

 

 

「いえ二人共、それは無理です。諦めて下さい」

 

「どうしてニャ!?」

 

「こんなに沢山お金があるのに!?」

 

「ほとんどクラネルさんのおかげで手に入れた物です。そのため、私達の取り分はこの内の自力で取った5000万ヴァリスです。さらにそこから3等分して、私達3人の1人当たりは1666万ヴァリスとなりますので、借金返済には程遠いという事になります」

 

「「そんなー!?」」

 

 

 クロエとルノアは生真面目なリューに苦言を申し立てるが引かず、言い争いをしている。

 

 ベル達はリューの言い分に唖然とするが、ダフネとアミッドは面白がってリューの言い分に乗る。

 

 

「そうね…。確かにVIPルームに入れたのも、そこで逆転勝ちしたのも、ほとんどベルのおかげだったわね…。となると、取り分はほとんどウチらの物になるわね」

 

「ちょっ、それは確かにそうだけども!」

 

「そうなると、私の取り分はどうなりますか?」

 

「そうね…。ホールでは、ベルと同じところに賭けていたという事になっていたから、その時取った総額の半分、30億ヴァリスという所かしら?」

 

「充分です。それで承諾しましょう」

 

「ちょっと、話を進めるんじゃないニャ!?」

 

 

 クロエは文句を言うが、すぐにアミッドの取り分が決定したため、分け前の話が終わる事になった。

 

 そして、ベルは自分たちの取り分の事を考え、そして徐々に顔が引きつり始める。

 

 

「え、となるとこのお金の僕らの取り分って…!?」

 

 

 400億ヴァリスから、アミッドさんに渡す30億ヴァリスと、リューさん達に渡す5000万ヴァリスを引くと…!?

 

 さ、369億5000万ヴァリス!?

 

 

「ちょっ、流石に僕らの取り分が多すぎるんじゃ!?」

 

「いいのよこれくらい。それだけベルが大活躍したって事だから!」

 

「え、ベルってそんなに稼いだの!? そうなのベル!?」

 

「え、えーと、VIPルームの取り分が全て僕に来るんでしたら…」

 

 

 正直僕自身ここまで稼げるとは全く思っていなかった。

 

 ホールでは恐ろしいぐらい勝ちまくったのに、VIPルームでもリューさんとタッグを組んで勝ちまくって、明日は今日の幸運を返済されるぐらいの不幸が訪れてしまう気がする。

 

 ベルは少し鳥肌が立ち始め、身震いする。

 

 そして分け前の話について文句を言い続けるクロエとルノアに、ダフネはある事を思い出す。

 

 

「そういえば、ホールの時に負けたチームは勝ったチームのいう事を一つ聞くという、お互いの勝負もあったわね」

 

「あ……」

 

 

 少しカジノの洗礼を受けさせて教育してやろうとしたクロエからの勝負(魂胆)は、ベルの勝ちっぷりによってベルチームの圧勝となっていたが、その勝負の報酬がまだ支払われていない。

 

 完全にその事を忘れていたクロエ達は、唖然として口を開いている。

 

 

「いや、あれはその、言葉の綾というかニャ…」

 

「約束は約束! 従ってもらうわよ!」

 

「「「はい…」」」

 

 

 リュー達は言い争いを止め、大人しく従うのであった。

 

 そしてダフネ達はどんなお願いごとにするか相談する。

 

 

「で、どうしよっか?」

 

「まず私はそんな事をしていたなんて知らなかったけど…」

 

「とりあえず、ここはベルさんに任せましょう」

 

「え!? 僕ですか!?」

 

「それもそうね。ほぼベルが勝ち取ったものだし」

 

 

 アミッドの意見にダフネも合意し、よく知らないカサンドラも首を縦に振り、ベルに一任することになった。

 

 僕に任せても、どうしよう…。僕も忘れていたんだけど…。

 

 僕はどんなお願いごとにするか考え、今日を振り返ってみて、そして思いついた。

 

 

「あ、決めました!」

 

「どんなお願いごとにしたの?」

 

 

 まずダフネさん達に小声で話し、そして承諾してもらった。

 

 

「確かにいいわね。ウチもそれに参加するわ」

 

「わ、私も!」

 

「アミッドさんはどうしますか?」

 

「そうですね……私も参加という事にします。ただ毎回となるとさすがに厳しいですが」

 

「都合が良ければ大丈夫です! じゃあ、これで決定という事で!」

 

 

 皆同意という事で、リューさん達の方に顔を向ける。リューさん達は身構えていたけど。

 

 クロエさんが不安そうな顔をしながら僕らに質問する。

 

 

「け、結局どんなお願いにしたニャ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕達の鍛錬の相手をして下さい!」

 

「「「へ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、僕達は借りていた服を返し、元の格好に戻った。

 

 そして、5000万ヴァリス分が入っている袋を持つリューさん達とそこで別れる。

 

 

「リューさん! クロエさん! ルノアさん! ありがとうございました!」

 

「ええ、無事に事が終わって良かったです。そして、『豊饒の女主人』の方もご来店ください」

 

「少年ー! またカジノに誘うニャー!」

 

「こいつ、懲りないな…!」

 

「私達の鍛錬の方もよろしくお願いします!」

 

「分かってるニャ。とりあえず、明日の朝に『豊饒の女主人』の裏方に来るニャ。そこから内庭に入れるからそこでやるニャ」

 

「わかりました!」

 

 

 結局僕達はリューさん達の承諾もあって、朝早い時間でリューさん達を師匠につけ、僕、ダフネさん、カサンドラさんは鍛錬するという事になった。アミッドさんも時々参加して、僕達の様子を見てくれるという事もつけてくれた。

 

 聞いてみればリューさん達は皆Lv.4という、団長のヒュアキントスさんよりも上の実力も持ち主であったため、鍛えてくれれば僕らの戦力が上がるかもしれない。

 

 メレンでの戦果では、僕は食人花数匹を倒し、瀕死のバーチェさんに相打ちに近い形でトドメを刺しただけ。

 

 ダフネさん達もあまり活躍できなかったため、これはいい機会とばかりに乗ってくれた。

 

 僕はそう思いながらリューさんと別れた後、ヴァリス金貨の事もあって、僕達はそのまま馬車に乗ってアミッドさんを部屋まで送ろうとしている。

 

 メレンでの出来事を振り返り、僕は思わず声が出てしまう。

 

 

「でも結局僕達、メレンでは全然遊べていませんね…」

 

 

 折角水着を持ってきたのに調査ばっかりで海(湖)に入れず、そのままバトルとなったメレンで、ベルはそんな感想を述べた。そしてそれをアミッドが聞き、衝撃的な発言をする。

 

 

「じゃあ、ご褒美もかねてお互いの予定で丁度良い日がありましたら、2人でメレンに行きましょうか」

 

「えっ!?」

 

「ちょっと待って!? ねえ、ご褒美ってどういう事なの!?」

 

 

 アミッドはベルとのデートの行き先が決定して浮かれ始め、カサンドラは苦言を申し立てる。

 

 

「カジノに稼いだご褒美です。結局1日分だけですが、私とのデートがまだ残っていますので」

 

「いやそういう事じゃ……待って!? 今「まだ残っている」って言わなかった!?」

 

「ええ、言いました。カジノの中であげてないご褒美はそれだけですので」

 

「……ね、ねえ、ベル。アミッドさんからどんなご褒美をもらったの…?」

 

「そ、それは…」

 

 

 カサンドラさんは涙目で僕を見る。

 

 僕は冷や汗を流しダフネさんに助けを求めようと視線を送るが、ため息をついて完全にスルーしていた。

 

 僕は観念してご褒美内容を暴露する事になってしまった。

 

 

「えっと、抱きしめたり、頭を撫でてもらったり、頑張って膝枕をしたり、僕と逆の体勢になったり、耳を吹いたり…モガッ!?」

 

「ちょっ、バ、本当に言うの!? そういうつもりでスルーしたわけじゃないんだけど!?」

 

「べ、ベル、そんなに、ご褒美をもらっていたんだ…!」

 

 

 ダフネさんが僕の口を塞ぎ、カサンドラさんが気を失いそうな感じで倒れそうになる。アミッドさんは少し顔を赤く染めて照れているような気がした。

 

 しかし、カサンドラは前にも似たようなことがあって耐性が出来たのか、それとも何かが壊れたのか、ベルに向かって決心する。

 

 

「もうこうなったら……! べ、ベル!」

 

「は、はい!?」

 

 

 そして今度はカサンドラがとんでもない事を発言する。

 

 

「わ、私ともメレンでデートして~~~~!」

 

「なっ……!?」

 

「え、えええええええ!?」

 

「カサンドラも気をしっかりして!?」

 

 

 完全にやけくそではあるが、思いっきりリードされているアミッドに追いつこうとするカサンドラ。

 

 顔を赤く染めながら、馬車の中でベルにデートの約束をさせようと、全員を唖然とさせる。

 

 

「いや、待って下さい!? カサンドラさんまで…!?」

 

「結局私もメレンでは泳げなかったから…! だったら一緒にと思って! だからお願い~~~~!」

 

「いや、それは、その…」

 

「私も何かご褒美を挙げたいから~~~!」

 

「え、えーと、ですね。あれは、私がその、ベルさんの運気が上がるかなと思いまして…」

 

「照れて言っても説得力はないわよ!?」

 

 

 そうして論争が起こり、結局完全に顔が赤くなっているアミッドはすぐに反論しなくなり、ダフネは早々に連日の疲れから話に参加しなくなり、涙目になっているカサンドラにベルもまた押しきられる。

 

 そして少々強引にもカサンドラの救出祝いという形で、ベルとカサンドラのデートが決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後アミッドさんの部屋の近くまで着き、アミッドさんを送った。馬車に降りてから部屋まで送ったのはアミッドさんの強い希望で僕一人だったけど。

 

 30億ヴァリスが入っている袋を一緒に抱えて部屋に入れ、僕は出てアミッドさんが部屋ドアを閉めようとした際、僕に確認をする。

 

 

「ベルさんの都合がいい日を後日私に教えてください。その日と合わせて私も休暇を取って、残ったご褒美を与えるつもりですので。詳細はベルさんに日付の決定を教える際に話します」

 

「あの…、本当に僕と…?」

 

「当然です。まだメレンでどうするかまでは決まっていないので、じっくり考えさせてください」

 

 

 そう言い、別れる際僕を抱きしめ、「では、忘れないで下さい…。また後日お店でお待ちしております」と呟き、そして離れて扉を閉める。

 

 なんかアミッドさんの顔が赤くなっていたというか、照れていたような気がした。

 

 僕はそう思いながら、カサンドラさんとダフネさんが待つ馬車に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30億ヴァリスを持たせてアミッドさんを送った後、僕達は館の方に馬車で帰宅して、そして到着した。

 

 

「久しぶりに戻った気分~!」

 

「皆もう帰っているかしら?」

 

「このお金の量だと、流石に運ぶのに手伝いが欲しいんですけど…」

 

 

 カサンドラはここ数日間濃い生活を過ごして館が懐かしく思え、ダフネは館の中にいる人数がどれくらいいるのか思い始め、そしてベルは369億5000万ヴァリスが入っている袋を分けて持って行こうとするが、流石に数が多くなるので手伝いを欲している。

 

 すると、カサンドラさんの救出の成功が皆に伝わったのか、それともカジノ騒動の余波を受けて他の建物も急な閉店となったのか、リッソスさんも大劇場から帰ってきて、丁度皆そろって館に帰ってきた。

 

 

「あれ!? カサンドラがいる!?」

 

「おお! やったじゃんお前等!」

 

「まさか初日で見つかるとはな!」

 

「カサンドラは無事のようね!」

 

「ベル、ダフネ、よくやった。カサンドラも無事のようだな…ん? 何か服が高級なものに見える気が…?」

 

 

 皆僕らがカサンドラさんを救出できたことで喜んでいる。リッソスさんも喜んでいるけど、カサンドラさんの服装がドレスのままなので疑問に思い始め、それが皆にも気づき、本当に大丈夫だったのかと思い始めてしまう。

 

 すぐに僕らも察してフォローを入れ、そして話題を切り替える。

 

 

「はい! 結構危ないところもありましたけど、何とかなりました!」

 

「稼いだお金もたくさんあるわ。皆で館の金庫にまで持ち運んでおいて」

 

「そうか……………………は?」

 

 

 ダフネが馬車の方に指を差し、お金が詰まっている大きい袋を見せる。

 

 その袋の大きさにベルとダフネ、カサンドラを除くその場にいた【アポロン・ファミリア】全員が驚愕する。

 

 

「な、何だあの金の量は!?」

 

「お前達どんだけ稼いできたんだよ!?」

 

「すげぇな! 一体いくらあるんだ!? 最近俺達って金欠だったからマジで助かるぜ!」

 

「これから【ファミリア】分の節約とか考えなくて済みそうね!」

 

「よっしゃあ! この後皆で酒場に行こうぜ! 高い酒もこれで飲みまくれるぜ!」

 

 

 皆早速とばかりお金を館の中にある金庫にまで運び出し、暗証番号を知っているリッソスが開け、いくらかは入れないで残したまま金庫の中にしまい、扉を閉じる。

 

 そうして入れなかったお金を皆に分けて配り始める。大体一人当たり500万ヴァリスというかなりの額になっているが。

 

 

 

 

 

 

 そうして配り終え、何人か興奮した声で大金を手にして喜んでいて、早速みんなで酒場に行こうとすると、何人かが僕に肩をポンッと手に乗せてきた。

 

 

「…? あ、あの…?」

 

「まあ、ベル、元気出せよ」

 

「愚痴なら付き合ってやるから」

 

「噂は聞いているぜ。今日、【戦場の聖女】がカジノのホールで見知らぬ男とイチャついていたって」

 

「お前も今日は酒を飲め。過去の事は忘れるんだ」

 

 

 何人か僕の事を憐れんでいる。主に『強制任務』の時に僕に票を入れた人達が。

 

 どうやら、カジノにおける変な噂があったらしい。

 

 …ん? 「【戦場の聖女】が」…!?

 

 ホールではアミッドさんはほとんど、というかずっと僕と一緒にいた気が…!?

 

 

「あ、あの、一体何の事で…!?」

 

「ん? 知らないのか? てっきりカジノにいたお前が一番知っていると思っていたんだが」

 

「目の前で見せつけられて、ショックのあまり記憶が飛んだんだろう。気持ちはわかる」

 

「カサンドラの事の情報がないか繁華街の色んな店で聞いたんだよ。『シャルザード』が盛んになっているとか、魔法大国『アルテナ』が国の勢力総員を上げていた新しい魔道具開発に失敗したとか、ほとんど外の情報が多かったがな」

 

「その時聞いたんだよ。なんかカジノから出てきたみたいな神連中が、「【戦場の聖女】が男連れてまるで恋人と一緒にいるかのようにしていた!!」って言っていてな。その男は何か豪華な服を着て、メッチャカジノで儲かっていたらしいが。近くにダフネがいたらしいから、多分そいつらに便乗してもらってVIPルームに入れたんだろ?」

 

「そこの中の詳しい情報は出回っていないが、何かオーナーが偽物だったというのが入ってな。周りの店が皆ざわめき始めて、いくつかの店が突然閉まったんだよ。それで俺達は帰って来たんだが」

 

「もしその男がお前だったら、俺達は殺戮の嵐をやっていたが…。どうやら違ったみたいだな。そいつはそこまで稼いできたなら、1000億ヴァリスとか余裕で超えていそうだし。分け前をもらってこの額になったんだろ? それでも大分あるが」

 

「あ、あはは……。そ、そうですね」

 

 

 ベルは顔を引きつりながら後ろに下がり始める。

 

 VIPルームの情報はなく、僕も有名じゃないから、どうやらその男についての情報はそこまでだったらしい。

 

 危な!? どうにかばれないで下さい!? と僕は心の中で必死に思い、その場を離れた。

 

 ベルはそのままカサンドラとダフネの所に合流し、避難する。

 

 そしてベルはルアンも交えて一緒に酒場に行こうとしたが、そのルアンの姿が見当たらなかった。

 

 

「…あれ? ルアン、まだ帰ってきてないのかな?」

 

「向こうも大変なんじゃないの? ウチらも苦労したし」

 

 

 まだルルネの方の捜索が終わっていないため、【ソーマ・ファミリア】の方を見張っているルアンはまだ帰宅していなかった。

 

 そして、何人かがさらにある人物たちの姿がない事に気づく。

 

 

「…ん? アポロン様と団長さんがいないな…?」

 

「そういえば、そうだな…?」

 

「あ、誰か一人こっちに向かってくるよ?」

 

 

 その声に皆敷地外の方を見て、同じ団員が走り込んでいる姿を見る。

 

 その人はアポロンとヒュアキントスと共に留守番をしていた者であった。

 

 だが、その人は非常に慌てた様子でベル達に近づいて来る。

 

 

「あ、お前等帰って来たのか! …って、カサンドラがいるじゃねえか!?」

 

「あ、はい。潜入したカジノでカサンドラさんを発見して…」

 

「いやそれどころじゃねえ!? ついさっき、アポロン様と団長が【ソーマ・ファミリア】の所へ殴り込みに行ったんだ! 何でも、ルアンの奴が連れ込まれたみたいで!」

 

「「「「「「え…、ええええええええええ!?」」」」」」

 

 

 どうやら、僕達の方もこれで終わらなかったようだ。

 



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ソーマ

報告。

 皆さんお久しぶりです。そしてお待たせいたしました。
 まさか利き手をけがしてしまって、完治するのにここまで時間がかかるとは…。
 
 そして更新が約1ヶ月振り…。
 このペースはやばい。
 ダンまち3期が終わるまでに新章に入れる気がしない!


 時は少しだけ遡り、ベル達がカジノに入った頃。

 

 ルアンは三日月と盃のエンブレムを持つ【ソーマ・ファミリア】の団員、リリルカ・アーデと密会をしていた。

 

 内容は【ヘルメス・ファミリア】の団員であるルルネの安否であり、【ソーマ・ファミリア】に囚われていないかとルアンはリリに尋ねる。

 

 が、そんな事が起きていたこと自体知らなかったリリは首を横に振り、結局情報は得られなかった。

 

 そしてルアンはその場を離れようとすると、突然【ソーマ・ファミリア】の団員達がルアンとリリを取り囲んだ。

 

 

「おい、どういう事だよこれは!?」

 

「い、いえ、リリにもさっぱりです!?」

 

 

 リリの仕業かと思ったルアンは怒鳴りつけるが、リリも困惑した表情であったため、「じゃあどうして!?」と思った直後、ザニスが前に現れる。

 

 

「さてお前ら、よくもやってくれたな。ただで済むと思うなよ!」

 

「はぁ!? 何の話だ!?」

 

「とぼけても無駄だ。今さっき、脱出されたルルネ・ルーイの話をしていたのは何処のどいつだ?」

 

「…!」

 

 

(やべぇ! こいつらマジの目をしている! オイラ達の話を聞かれちまったし! つーかあの犬人、もう脱出していたのかよ!? そうだとするともう…)

 

 

 密会の話を密かに聴かれていたルアンは直観的にそんな思いをし、そして一瞬だけリリの方を見る。

 

 

(…?)

 

 

 リリはルアンがこちらの方に視線を向け、尚且つ覚悟を決めたような顔をしていたため、「何か案があるですか?」と小声で聞こうとする前にルアンがザニスの方に向き直して、声を発した。

 

 ただ、その内容が思いがけないものであったが。

 

 

「アーデごと「やいやい、何か悪事をやっている【ファミリア】がいるらしいな!」…!」

 

「「「「!!?」」」」

 

(な、何考えているんですか、この人!?)

 

 

 【ソーマ・ファミリア】の人達は眉間が動き、リリはルアンの自殺行為を行っている事に顔を青ざめる。

 

 

「団長とやらは他人を誘拐しているらしいし、まるで『闇派閥』の連中と手を組んでいるみたいだな!」

 

「お前…!」

 

 

 ザニスは声を荒げるが、ルアンの挑発は止まらない。

 

 

「その仲間も後ろめたい事をやっているみたいだし、随分と真っ黒な【ファミリア】みたいじゃねえか! その団長は一体何やってんだ? ああ、そういえば窃盗とかやっているかもな! Lv.2になったのもそんな冒険をしたからなったんだろうな!」

 

「…! どうやら死にたいみたいだな!」

 

 

 もうルアンの事しか眼中にないザニスは武器を振り上げ、今にも襲い掛かろうとしていた。それでもルアンは止まらない。

 

 

「他の奴らも一緒だ! 金銭どころか他の問題ばっかり起こしている事は嫌でも聞いているぜ! お前らの神はどうしてんだ!? 酒を造っている以外に全然話は聞かないけどよ!」

 

「おい、こいつぶち殺そうぜ!」

 

「簡単に死ねると思うなよ?」

 

 

 挑発を続けるルアンに【ソーマ・ファミリア】の怒りが集中し、その場にいたリリの事は完全に蚊帳の外に置いている。

 

 

「話は拷問した後に聞く! お前等、やれ! こいつの本職はサポーターだ! 遠慮なくぶちのめせ!」

 

 

 ザニスは号令をかけ、それを聞いた【ソーマ・ファミリア】の団員達はルアンに襲い掛かった。

 

 本職がサポーターであるルアンはなすすべもなく殴られ蹴られ、そして【ソーマ・ファミリア】の酒蔵へと運ばれていく。

 

 

「見つけたのはお前だ、カヌゥ。後はお前に任せるぞ。こいつは我々の事を嗅ぎまわっている可能性が高い。口が開いたら後は好きにやれ」

 

「へい、任せて下さい。ザニスの旦那」

 

 

 ザニス達はそのまま帰って行き、その光景をリリは茫然としながら見ていた。

 

 

(…ルアン様。まさかとは思いますけど、私を庇ったのですか?)

 

 

 ザニスは最初リリごとルアンを仕留める勢いであったため、ルアンもそれを察して自分のみになるよう、わざと挑発した。

 

 その事にリリは疑うが、「いえ、いくらなんでもそれはない…ですよね」とすぐに首を振り、内心自嘲しながら酒蔵に入って行く。その背中は小人族だからなのか、とても小さく見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてルアン達の様子を見ていたのは、【ヘルメス・ファミリア】主神ヘルメス、団長アスフィ、そして団員ルルネ。

 

 実は【ソーマ・ファミリア】のホームとは別、酒蔵の地下牢屋に囚われていたルルネだったが、『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』をかぶったアスフィが救出して脱出し、後はその事をルアンに連絡するのみだった。だがこの事態に気づいたザニス達に一歩遅れてしまい、ルアン達が攫われるのを黙って見守っていた。

 

 

「ヘルメス様、よろしかったのですか?」

 

「本当は駄目だけどね、ルアン君には申し訳ないけど。とりあえず【アポロン・ファミリア】にこの事をすぐに連絡してくれ」

 

「…了解!」

 

 

 そしてすぐにルルネが【アポロン・ファミリア】の館に訪れ、その場にいたヒュアキントスとアポロンにこのことを伝え、今に至る。

 

 

「さて、俺らもこの事を他の神の連中らに伝達しに行きますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カジノ等から帰って来た僕達は、ルアンが【ソーマ・ファミリア】に連れ込まれたと情報を聞き、一足先に飛び出したヒュアキントスさんとアポロン様を追うのだった。

 

 僕らはそれぞれ武器を持って【ソーマ・ファミリア】のホームに向かっていたら、その道先の途中でアポロン様を発見した。手を膝について休憩しているように見えたけど。

 

 

「ゼェー、ゼェー…、ヒュ、ヒュアキントスの…、ペースには…、流石に、ついて行けない! ……ん?」

 

「あ、いた! アポロン様ー!」

 

「あれ!? もう既に息が上がっているじゃねえか!?」

 

「体力無さすぎでしょ…」

 

「おお、皆! ルアンの事が心配で…! 帰ったら私が慰めをしようではないか!」

 

「「「「いや、それは止めてあげて」」」」

 

 

 アポロンに追いつき、早く面倒事を終わらせて酒を飲みに行きたい団員達だが、アポロンは感激する。アポロンからの褒美は流石に団員達は止めるが。

 

 そしてベルはアポロンと一緒にいたはずの人物がいないことに気づく。

 

 

「あれ、そういえばヒュアキントスさんは何処に?」

 

「あ、ベルきゅん! ヒュアキントスはもうソーマの所に行ったぞ! ヘルメスの所の子が案内してて、今頃着いたんじゃないかな?」

 

「じゃ、じゃあ私達も早く行かないと! 事が余計に大きくなってしまうかもしれないから!」

 

「ん? え!? カ、カサンドラ!? 捕まったのではないのか!?」

 

「ベルとダフネちゃんに助けられました」

 

 

 アポロンはカサンドラがこの場にいる事に目を疑うが、ベル達の活躍によって救出したことに納得する。

 

 

「おお! 流石ベルきゅんとダフネ! ならば私からの報酬として、これが終わった後まずはホテルにブヘッ!?」

 

「蹴るわよ流石に!」

 

「いや、もう蹴ってますから!?」

 

 

 余裕が出てきたアポロンに蹴りをかますダフネと、その暴走を止めるベル。

 

 そして、ヒュアキントスがもう【ソーマ・ファミリア】の所に行ったのではないかと思い始め、そのまま皆で【ソーマ・ファミリア】の元に向かうのだった。疲れ切ったアポロンは団員の一人に担がれているが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその頃、【ソーマ・ファミリア】の酒蔵。

 

 そこでは隠れアジトかのように【ソーマ・ファミリア】の団員達は利用していたが、既に事が始まっていた。

 

 

「まだ撫でただけだぞ?」

 

 

 ヒュアキントスはこの場所を突き止めていた【ヘルメス・ファミリア】の団員達の案内で単独突入を果たし、そして何人かを殴り飛ばした。

 

 いきなりの登場により、【ソーマ・ファミリア】の団員達は驚愕する。

 

 

「なっ、【太陽の光寵童】かよ…!? Lv.3が何故ここに!?」

 

「分かり切った事を…。貴様らが我々の団員をいじめたのではないか。その報復として来てもおかしくないだろ?」

 

「ちっ。お前等、やっちまえ! 相手はLv.3とはいえ、一人だけだ!」

 

 

 カヌゥからの号令で【ソーマ・ファミリア】の団員達は武器を持ち、一斉にヒュアキントスに襲い掛かる。

 

 が、ヒュアキントスはすぐに返り討ちにする。

 

 

「フン!」

 

「がはっ!?」「ぐっ!?」「アバッ!?」

 

 

 あっという間に叩きのめし、ヒュアキントスは襲い掛かる者達を殴り飛ばしながら奥へと進んでいく。

 

 

「ここの団長は何処だ? そして私らの団員もだ」

 

「あ、あのガキはここの地下牢屋に…。ザ、ザニスの旦那はついさっき何処かに行ってしまいました…ガベェ!?」

 

 

 ヒュアキントスはカヌゥから情報を聞きだした後、顔面に一発殴り、その後地下通路を探すのだった。

 

 そして地下通路を発見し、そのまま進んでいくと、地下の牢屋に囚われているボコボコにされたルアンを発見する。

 

 

「…ルアン!?」

 

「……ヒュ、ヒュアキントス…か……?」

 

 

 ヒュアキントスは看守を一瞬で倒し、鍵を奪取してルアンを解放する。

 

 ルアンの意識は朦朧としており、ヒュアキントスはポーションをかけ、すぐに引き上げる

 

ルアンに訳を聞こうとしたら、傷が完全に癒えておらず、既に意識を手放し気絶していた。

 

 ヒュアキントスは呆れていたが、そのままルアンを背負う。

 

そして酒蔵の外に出ようとした所で、丁度アポロン達が到着したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア】の酒蔵に辿り着いたアポロン達はすぐに突入し、ヒュアキントスとルアンがいないか探そうとするが、中にいた団員達は軒並み気絶しており、まともに話せる状態ではなかった。

 

 そのため、皆で中を探索しようとした所で、ヒュアキントスさんがルアンを担ぎながら出て来た。

 

 

「あ、ヒュアキントスさん! それにルアンも…!?」

 

「なっ、ルアンがボロボロじゃないか!? カサンドラ! 早く癒してくれ!?」

 

「はっ、はい!」

 

 

 アポロンの命令により、カサンドラは直ぐに魔法をかけてルアンの傷を癒す。

 

 そしてその効果が終わった後、ルアンはぐっすり寝ており、皆して安堵の息が出た。

 

 

「ここまで我が【ファミリア】をコケにしてくれるとは…おのれ、許さんぞソーマ!」

 

「しかしアポロン様、これ以上報復したら…」

 

「いや、まだだ」

 

 

 アポロンは憤怒の表情をしたが、リッソスは流石にやりすぎになりかねないという所で、ヒュアキントスは食い気味で否定する。

 

 肝心な人物に報復していないことで、ヒュアキントスはまだ溜飲が下がっていなかったのだ。

 

 

「確執の発端となった、こいつらの団長のザニス・ルストラをまだ見かけていない。最悪、このまま雲隠れされる可能性が高い」

 

「え、じゃあどうするのですか? またこういう事が起きかねないんじゃ…」

 

「大丈夫だベルきゅん! それだったら、簡単な話だ!」

 

 

 ヒュアキントスの報復から逃れたザニスを引っ張り出すため、ベルは何か方法はないのかと思案していたところに、アポロンは丁度いいとばかりにどこかに足を向ける。

 

 

「お待ちくださいアポロン様。一体何処に…?」

 

「何、ソーマの所に行くだけだ! 恐らくここの何処かに酒でも造っている…筈だ!」

 

 

 そしてアポロンはソーマがいるであろう部屋を探しに行く。ヒュアキントスを始め、【アポロン・ファミリア】の他の団員達も後に続くのだった。

 

 

「…う、ううん…? …うお!? 何だ何だ!? って、痛えぇ!」

 

 

 そのおまけに、気絶したルアンもまた意識を取り戻し、どういう状況なのか困惑し、そして拷問を受けた傷に痛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル達はその後、ソーマがいる部屋を割とあっさり見つけた。

 

 その部屋には窓が開いており、そこから月の光が差し込んでいて、ソーマは乳棒をぐりぐりとすり鉢の上で何かをすりつぶしていた。

 

 大きい木箱や棚もあったが、アポロンはその部屋にづかづかと入り、(その後にも眷属達が続くが)酒を造っているソーマの目の前に立ち、ソーマもまたアポロンに一瞬だけ目を向ける。

 

 

「……私に何の用だ? ザニスはどうした? 雑事はすべてあいつに任せて…」

 

「こちらもその団長に用があったけど…どうやらいなかったからな。それでここまで来た」

 

 

 ソーマが何か話をつけようとする前に、アポロンは最初からみなまで言わせず、発言を被せてきた。

 

 

「君の子に私の子は重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」

 

 

 ソーマにそう要求し、極めつけによろよろとアポロンの側に歩み寄るルアン。「あぁ、ルアン!」とアポロンは傷だらけのルアンに嘆き、ルアンもまた受けた傷に本気で痛がっていた。

 

 

「痛えぇ、痛えよぉ~」

 

「…いきなり入ってくるなりで、それか」

 

 

 ソーマは呆れたといわんばかりの声を出し、止まりかけた酒造りの手を進める。

 

 

「帰れ。そんな戯言に付き合ってやる義理はない」

 

「団員を傷つけられた以上、大人しく引き下がる訳にはいかない。【ファミリア】の面子にも関わる………ソーマ、主神である君はどうあっても罪を認めないつもりか?」

 

「そんなもの、認めん」

 

 

 言い分に対して興味ないかのようにはねのけるソーマに、アポロンの顔が――――醜悪に歪んだ。

 

 

「ならば仕方がない。ソーマ! 君に『戦争遊戯』を申し込む!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――『戦争遊戯』。

 

 対戦する【ファミリア】同士の間で規則を定めて行われる、派閥同士の決闘。眷属を駒に見立てたボードゲームかのごとく、対立する神と神が己の神意を通すためにぶつかり合う総力戦。

 

 言わば、神の『代理戦争』

 

 勝利をもぎ取った神は敗北した神から全てを奪う、命令を課す殺生与奪の権を得る。通常ならば、団員を含めた派閥の資材をすべて奪う事が通例だ。

 

 僕はミィシャさんに教えられた内容を思い出しながら歩いている。

 

 だが今回の目的は、僕ら【アポロン・ファミリア】に対する仕打ちの仕返し。

 

 ザニスさんを引きずり出し、お互いに禍根を残さないように、ここで決着をつけようとするものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「受けない」

 

 

 それをソーマはあっさり拒否した。

 

 アポロンはそうなるだろうと思い、考えていた挑発を繰り出す。

 

 

「いいのかぁ、ソーマ? もうお前の【ファミリア】はもうほとんど我が【ファミリア】によってやられてしまったぞぉ? 酒造りのための材料も簡単には手に入らなくなるぞぉ?」

 

「知ってる。だが断る」

 

「ッ…! だ、だったらここから先、お前の酒造りを徹底的に邪魔するぞ!」

 

「他にもアジトがあるから、隠れてやり過ごす」

 

「わ、我々が勝ったらお前等はソーマ含めて、今まで犯した犯罪行為の罪を話し、その重さに合わせて罰を受けてもらおう! 勿論君の子の団長も例外ではない! だが我々が負けたら、そちらの要求を何でも飲もう!」

 

「別にいい」

 

 

 ソーマはアポロンの挑発をのらりくらりとかわし、酒造りの手を止めない。

 

 『戦争遊戯』を本当の意味で成立させるには、集会、言わば神会の場所で双方の神がギルド職員含めて多くの神の目前で書類や勝負の取り決めなどを行い、ギルドに申請しなければならない。

 

 だが、ソーマは引きこもりであり、まず滅多に外に出ないことが有名であった。

 

 仮にこの場で口だけ言わせても、ソーマ自身が集会の日に来なければ意味がない。

 

 アポロンもその事を理解しており、歯がゆい思いをしていた。

 

 

「き、君や君の子のためにも言ってあるんだぞ!? こっちが手を出さなくても、君の【ファミリア】が崩壊…!」

 

「簡単に…酒に溺れる子供たちに、何の意味がある?」

 

「「「「「―――――――」」」」」

 

 

 アポロンを除き、起状の少ない声を聞いたベル達は言葉を失い、凍り付く。

 

 ぞっとするほどの神の視点で語るソーマの、その胸の内を悟ってしまった。

 

 ソーマは失望しているのだ。自身の派閥の団員に、下界の住人達に。

 

 僕はパーティーを組んでいるリリから聞いていた話では、【ソーマ・ファミリア】の壊れる原因となった『神酒』の報酬。派閥の起爆剤となればとソーマ様がもたらした褒美の酒に、眷属達は、ソーマ様の言う通りに溺れてしまったらしい。我先に得ようと躍起になり、挙句の果てに互いを蹴落とす醜い争いまで始めたと聞いている。

 

 ソーマ様本人からしてみれば、自身が支払ってやることのできる、自製の美味い酒を褒章としていただけかもしれない。でも、子供たちは逆に酒に飲まれ、愚かな行為を繰り返している。醜態を晒す人達にソーマ様は、幻滅に近い感情を抱いてしまったのだろう。

 

 ベル達が恐れているのが、―――ソーマには悪意がないこと。害意もない。そもそもベル達やリリ達に興味すらない、無関心。向けられる視線は失望の塊。

 

 哀れむほど愚かな行為を繰り返す下界の住人に見切りをつけたソーマは、『神酒』をひたすら求めてくる煩わしい者達に褒美を与え続け、利用するだけになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アポロン含め、その場に誰も動かなくなると、ソーマはゆっくり動いた。

 

 そして、ソーマは棚から白い酒瓶を取り出し、アポロンの前に盃を置き、その中に液体が注がれていく。

 

 

「アポロン。もしも、お前の眷属の誰か一人がこの酒を飲み干して、溺れなかったら考えてやる。そうならなかったら、こっちの被害額以上の賠償金を出して、帰れ」

 

「…う、あ……」

 

「酔う、酔わないの判別は簡単につく。酒に溺れる子供たちの声は…薄っぺらい」

 

 

 差し出されたのは酒、『神酒(ソーマ)』。

 

 最高品質の酒で、飲んだら酔うと言われている。

 

 だが、これを飲んで【ソーマ・ファミリア】の団員達の人生は狂い、暗い人生を歩ませた。

 

 僕らに散々迷惑をかけて、あまつさえ逃亡したザニスさんを面に引きずりだすためにも、誰かがこれを飲まなければならない。

 

 皆顔を引きつって目配せをしており、誰が行くかけん制し合っていた中、僕は目を瞑り、そして意を決して手を上げた。

 

 

「…僕が、飲みます!」

 

「「「「「「「!!?」」」」」」」

 

「べ、ベル。流石にそれは…」

 

「そうだって。こいつを飲んだら…」

 

「やります。止めないで下さい」

 

 

 カサンドラさんやルアンに止めるよう促されるが、僕は既に覚悟を決めている。

 

 リリは苛まれていて、ルルネさんやカサンドラさんは誘拐されて、ルアンもボロボロになった。

 

 そんな状況下に落ちいったその最初の原因の一つである『神酒(ソーマ)』を、どうしても許せなかった。

 

 その報いを受けさせる時が今、目の前にある。

 

 僕は周りを見渡しと、ヒュアキントスさんやリッソスさんも含めて、皆僕の事を見ていた。

 

 僕はその中で一人、アポロン様の前に置かれている盃を手に取る。

 

 飲み干して、僕が意識を保てれば、その事を聞いた【ソーマ・ファミリア】の人達は『神酒(ソーマ)』に対する恐怖が皆薄れ、何人かは自分の過ちに気づくことが出来る…かもしれない。

 

 本当に飲むのかと皆が注目している中、僕は『神酒(ソーマ)』を飲み込んだ。

 

 次の瞬間、世界がぐにゃりと曲がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――か、は」

 

 

 『神酒』を飲み干した後、ベルの手から盃が落ち、意識が混濁し始める。

 

 果てしない陶酔感。感動の絶頂。

 

 震える手脚。心身が溶けていく感覚。

 

 頬が上気し、視点が定まらない。

 

 目の前が白く濁り始め、そして走馬灯かのように今まで見た光景がフラッシュバックし、そして消え始める。

 

 嬉しかった事、怒った事、悲しかった事、楽しかった事。

 

 僕の中から全て忘れされていく。どんどん視界が白くなる。

 

 体の感覚も、意識も、心も。

 

 濁って、濁って、濁っていく。

 

 そして―――――――その光景は昔の僕に。

 

 おじいちゃんが僕の頭を撫でながら言った言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

『これは、お前が選んだ道だ』

 

 

 

 

 

 

 

「――――――」

 

 

 どうしてかはわからない。

 

 でも何故か、その言葉が胸に響き、視界が白く濁っていく現象は――――止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり駄目のようだな、アポロン」

 

「べ、ベルきゅぅうううううううん!!」

 

「あいつ、無茶しやがって…!」

 

「そんなに酒を飲んで、【戦場の聖女】の噂の件を忘れたかったのか?」

 

 

 ベルの動きが止まり、ソーマは見限って背を向け、アポロンは悲鳴を出す。

 

 【アポロン・ファミリア】の総員もまた動かないベルを見て顔を背け、あるいは意識を取り戻そうと駆け出す者もいた。

 

 その者達が動いた数瞬後。

 

 

「……て下さい」

 

「えっ?」

 

「…ッ!? まさか!?」

 

 

 アポロンが呆けた声を出し、ソーマは慌てて後ろを向く。

 

 ベルは再起して、そのまま言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

「『戦争遊戯』を、受けて下さい!」

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「耐えたーーー!?」

 

「「「「うおおおおおおお!?」」」」

 

 

 ソーマが唖然として口を開け、アポロンもまた自分の目と耳を疑い、他の団員達はベルが耐えた事で喜びを沸かす。

 

 ヒュアキントスも言葉を失いながらも口元がニヤリと笑い、リッソスやダフネ、カサンドラやルアンもベルの元に駆け寄り、笑いあっていた。

 

 そしてソーマはそのベル達の様子を見て少しの間黙りこくった後、手元から作業用の手袋を取り出す。

 

 その手袋を握り締め、ソーマは、アポロンの顔に目がけて渾身の力を投げつけた。

 

 

「…はっ! 今ならベルきゅんに抱き付けアブッ!?」

 

「「「!?」」」

 

 

 べちゃ! とアポロンの顔面に炸裂する手袋。

 

ベルとルアン、カサンドラはぎょっとし、アポロンは手袋をはがし、そしてソーマは声高らかに宣言した。

 

 

「良いだろう、受けてたつ。『戦争遊戯』を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 にぃっとアポロンは口端を引き裂く。

 

 

「…ここに神双方の合意はなった。諸君、『戦争遊戯』だ!」

 

 

 アポロンが両手を開いた瞬間、窓の外から一斉に歓声が聞こえた。

 

 

「「「「「いぇええええええええええええええええい!!」」」」」

 

 

 いつの間にか他の神様達が外にいっぱいいて、皆「祭りやー!」「待ってましたー!」「臨時の神会を開くぞ!」「ギルドに戦争遊戯を申請しろ!」とばかりはしゃいでいる。

 

 アポロン様やソーマ様も含んで皆驚いていて、夜中なのに外はお祭り騒ぎであった。

 

 ベル達が唖然とする中、アポロンとソーマは「「はっ!?」」として意識を目の前に戻す。

 

 

「…聞いての通りだ。試合の詳細は神会で決める。神会の日程はこの分だと明日となるだろう…楽しもうじゃないか、ソーマ?」

 

「…そうだな」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるアポロンと睨み付けるソーマ。

 

 アポロンは背を向けて部屋を出て、酒蔵の外へと去って行く。ベル達も慌てて外に出ていく。

 

 部屋に一人残されるソーマ。

 

 盃などを片づけ、そして木箱に向かって喋った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう事になった。リリルカ、他の団員達にもこの事を伝えろ。勝ったら全員漏れなく褒賞を与えることもな」

 

「…わかりました、ソーマ様」

 

 

 木箱からリリが出てきて、そしてヒュアキントスによって気絶した団員達を起こしに向かっていく。

 

 ただし、その雰囲気は先程までとは別の、何か執念じみていたとソーマは感じていた。

 

 

「認めてなるものですか。絶対に負けませんよ……ルアン様、ベル様!!」

 



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試合規則

前回のあらすじ

ベル「『神酒』に耐えられました!」
ソーマ「何…だと!?」

リリ「……ふざけないで下さい…」


 翌日。

 

『戦争遊戯』が開催されるという知らせが、神々によって瞬く間に広まった。

 

 朝から都市中がこの話題で持ちきりで、お祭り騒ぎとなっている。

 

 そして、昨日僕らは、オラリオ帰還からカジノに、そして【ソーマ・ファミリア】に行ったりと、かなり動いて、特に僕とダフネさんはヘトヘトだった。

 

 そのせいで目覚めるのが遅れて、今日から始まる、クロエさん達と約束していた朝の鍛錬に遅れかけてしまった。

 

 その場には既に、クロエさん、リューさん、ルノアさん、アミッドさん、カサンドラさんにダフネさんまでいる。

 

 

「遅いニャー! 初日からいきなり遅刻寸前ってどういう事ニャー!」

 

「すみませんでした!」

 

「まあこれで揃いましたから、早速始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 10分後。

 

 

「攻撃に怯えるな! セイッ!」

 

「ゴフッ!?」

 

 

 ルノアの攻撃をもろに食らったベルは壁にぶつかるほど吹き飛ばされ、崩れ去る。

 

 その隣にはリューによって目を回しているカサンドラが並んでいる。

 

 

「せいニャー!」

 

「この…!」

 

 

 ダフネはクロエの攻撃に何とか防御しており、【ファミリア】の幹部としての意地を見せる。

 

 が、それも束の間であっさり攻撃を喰らう。

 

 

「これでどうニャ!」

 

「グゥ!?」

 

 

 クロエから蹴りを喰らい、ベルの所に吹き飛ばされる。が、気絶まではせず、立ち上がるダフネ。

 

 

「ハァ、ハァ…もう一本お願い!」

 

「ぼ…、僕もお願いします!」

 

「あ、立ち上がった」

 

「根性入っているニャー」

 

 

 アミッドが治癒魔法をかけた直後にベルも立ち上がり、再びルノア達に立向かっていく。

 

 それをあっさり返り討ちにするルノア達だが、リューは加減を間違えて気絶までさせてしまったカサンドラにちょっとだけ早く目を覚ましてほしいと心の中でエールを送っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アドバイスをもらいつつ、カサンドラとダフネの取得している【スキル】や【魔法】も解禁され、どのような効果があるのか、またそれを使ってチーム戦での戦闘も行ったが、全く歯が立たなかった。

 

 ベルが気絶している時に、ベルに対してのカサンドラとアミッドの膝枕のやり合いがあったが。その隙にクロエがベルのお尻を狙っていたこともあったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時間が流れ、修行の終了時間になった。

 

 カサンドラ達はヘトヘトとなり、息が荒れている。

 

 

「ハァ、ハァ…。まだ一日が始まったばっかりなのに、もう疲れた気がする…!」

 

「ぼ、僕もです…!」

 

「最近、ウチラ動きまくっているからね…。この数日後には『戦争遊戯』もあるし…」

 

 

 形式次第ではあるけどね、とダフネさんは一言挟む。

 

 でも『戦争遊戯』の試合内容次第では、僕らも参加して【ソーマ・ファミリア】の人達と戦わなくてはならない。ザニスさんはともかく、チャンドラさんやリリにも…。

 

 僕は少し思いふけっていると、ダフネさんに肘で小突かれてしまう。

 

 

「ベル。『戦争遊戯』になったら、相手の事は考えずに戦いなさい。さもないと、それが命取りになるわよ」

 

「……はい、わかりました」

 

 

 ダフネさんの言う通りだ。一瞬の油断が命取りとなって、皆の足手まといになってしまう。最悪1 vs 1となってしまう可能性もあるから、いくら団員数や練度もこちらが総合的に上で、戦ったらまず間違いなく勝てると皆言ってるけど、油断できない。

 

そう思っていると、リューさん達がこっちに合流してきた。

 

 今回の模擬戦闘の総評が下される。

 

 

「まずこちらで話し合ってみたのですが…。ラウロスさんは技と駆け引きは十分ですが、少し『敏捷』に頼る場面が多いです。完全に避けるだけじゃなく、出来るだけ攻撃を逸らすという事も増やしてみてください」

 

「…わかったわ」

 

 

 ダフネは無意識にそのような傾向に陥っていた事を反省し、出来るだけ気を付けるようにと心の中で注意する。

 

 続けて、ベルに総評が言い渡される。

 

 

「続けてクラネルさんですが、やはり技と駆け引きがイマイチです。ルノアのように拳の踏み込み方も2回に1回は隙だらけです。ただ、短刀の捌き方は私やクロエを見て学んでいるのか、始まった時よりも上達しています。蹴りを入れているのもいいですが、そこを狙われてしまう事もありますので、注意してください」

 

「…はい」

 

 

 僕の中で何処か浮かれていたかもしれない。戦闘スタイルを多少修正をいれるよう言い渡され、落ち込む。

 

 ベルがしょんぼりしていた後も、カサンドラに総評が言われる。

 

 

「イリオンさんは…、その、回復がメインですので、もう少し自分の防衛に専念しておいた方がよろしいかと思います。万が一、強引ではありますが、味方が大ダメージをもらいそうで、自分が近い位置にいたときは、味方にタックルして、自分もその勢いに乗ってその攻撃から逃れるようなやり方をお勧めします」

 

「…わかりました」

 

 

 カサンドラもまたダメ出しを喰らい、落ち込んでしまう。

 

 ただし、これだけでは終わらなかった。

 

 カサンドラに、アミッドからのアドバイスが加わる。

 

 

「カサンドラさん。少し私からもアドバイスさせてください」

 

「は、はい?」

 

「誰かを魔法で回復させる時なんですけど、カサンドラさんは慌ててそれを行う傾向があります。魔法は精神面によって効果は異なる事がよくありますので、慌てずに、何か心の底から治したいと思えば効果は段違いになると思います」

 

「…そう、ですか…」

 

 

 オラリオ一の治療師の助言に、カサンドラは気を付けるよう心掛ける。

 

 

「それに、カサンドラさんの魔法…【キュア・エフィアルティス】の効果なのですが、『解毒』効果のみと思っているかもしれませんが、その魔法、『解呪』効果も含まれているように思えます」

 

「…え!?」

 

「あくまで私の感覚なのですけれど…」

 

 

 実際にカサンドラがアミッドに向けて【キュア・エフィアルティス】を唱えて、アミッドは効果が『解呪』効果もあるような感覚を覚えたことに、カサンドラは驚愕する。

 

 今まで使っていた自分の魔法に関して、まだ底をみせていなかったことに気づいていなかった。

 

 その事実が、カサンドラを唖然とさせている。

 

 

「ただ、こちらの効果も同様に限界があるみたいです。前に話していた、メレンでティオナさんがバーチェさんという者にやられた毒を完全には癒せなかったようなものです。あまり過信をしてはならないです」

 

「あ、はい」

 

 

 アミッドの忠告を聞き入れ、カサンドラは納得する。

 

 戦争遊戯の内容次第では明日から数日は来れない可能性も伝え、そのまま本日の修行は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オラリオの中央、バベル30階。

 

 

「あら、ヘスティアじゃない」

 

「あ、ヘファイストス! それにミアハやタケも!」

 

「うむ。迷子にはならなかったようだな」

 

「最近ヘスティアがいる所の売り上げが良いみたいだなぁ。クソー、やっぱり売り子がいると大分違うなー」

 

「へへん! どんなもんだい!」

 

「お陰様で私の所も売れ行きが最近好調……だったけど、昨日盗みが入ったのよね。しかもヘスティアがいる所に」

 

「あれは本当だって! 物が突然僕の目の前で消えたんだ! きっと透明人間の仕業に違いない!」

 

「いや流石にそれはないだろ……て、言いたいところだけど、ヘスティアが言うからな…」

 

「…しかし、やはり都市中のほとんどの神がここに来ているな」

 

 

 円卓が一つ配置されている大広間に、現在多くの神々が集められている。戦争遊戯のルールや形式の打ち合わせは、対戦派閥である主神の合意の元、他神達の意見が織り交ぜられ、最高の娯楽とするために、この神会で決められるのだ。

 

 

「まさか、引きこもりのソーマが、こうして大勢の前に現れるとはな~」

 

「マジであいつの顔を見たの、久しぶりの気がするぜ」

 

 

 また、ソーマが久しぶりに外の顔を出すという事で、それを見ようとする一部の神々もいた。

 

 そして、ソーマとアポロンの戦争遊戯は間もなく、承認される事となる。

 

 

「役者もそろったようだし、早速始めようじゃないか」

 

 

 打ち合わせが始めり、アポロンとソーマ、両者必要な書類のサインや手続きを周囲の監修のもと済ませていく。

 

 

「我々が勝ったら、そちらの犯した団員一人一人の罪を、洗いざらい言い、罪の大きさに従ってこちらの取り決めで償ってもらう。ソーマが勝者になった暁には何でも呑もう」

 

「異議なし」

 

 

 己が勝つことを微塵にも疑っていないアポロンの報酬に、ソーマは同意する。会議の記録を取る書記係となった神へ明文化させる。

 

 やがて、戦争遊戯の勝負形式に関して話が及んだ。

 

 

「…同じ人数勝負にする形式にしようじゃないか」

 

 

 ソーマが対面にいるアポロンを見据えながら発現する。

 

 

「同じ人数なら、公平さが増して、どちらがより優れたパーティーなのか、わかりやすいだろう? 勿論人数が足りなかったら、他の【ファミリア】から補充となるが」

 

「だってさ、アポロン。どうする~?」

 

「ソーマの奴、明らかにそこ目的だぜ~」

 

「……」

 

 

 円卓に座っている神々はニヤニヤと笑い、黙るアポロンの反応を楽しんでいた。

 

 

「【ファミリア】の管理をしてこなかったそちらの泣き言に、こちらが合わせる道理はないな」

 

「…まあ、そうなるか」

 

 

 派閥を率いる主神としての責任を説くアポロンに、ソーマはあっさりと言い分をひっこめる。

 

 

「ここは公平に、くじで決めようじゃないか」

 

 

 アポロンの提案は認められ、準備の良い神が箱を取り出し、円卓に置く。

 

 その場にいる神が一柱一枚『戦争遊戯』の方法を羊皮紙に書き、集められていく。

 

 アポロンは少し悩んだ末、こちらの勝率が一番高いと思われる『一騎打ち』を記し、対するソーマは『旗取り(フラッグ)戦』を記して箱の中に入れた。

 

 くじが完成すると誰が引くかとなるが、二神は円卓を見回し、とある神の顔に止まった。

 

 

「「ヘスティア」」

 

「え!? ちょっ、僕が引くのかい!?」

 

「頼んだぞ、ヘスティア」

 

「我が妻よ、君に全てを委ねよう!」

 

「そして相変わらず全力で偽るなこの変態!」

 

 

 アポロン達は同時にその女神の名を呼ぶ。

 

 抜擢されたヘスティアは「参ったなー」と観念して箱に歩み寄る。眼帯の女神や糸目の悪神、褐色の美神などが見守る中、「ええい、ままよ!」とツインテールが思いっきり揺れるほどくじを引く。

 

 そして引いた紙に書かれていたのは―――――――『攻城戦』。

 

 攻めるにしても守るにしても多大な兵力を必要とする大人数戦闘。ある意味、兵数の差はあるものの、両方条件が整っている公平なものであった。その兵の質の差は目を瞑るが。「流石ヘスティア」「ある意味持ってるわー」と他の神々が口々に言う。

 

 アポロンとソーマはくじの結果に少し険しい表情をしたが、続けて攻防する方を決めることになる。

 

 「また僕が引くのかよ!?」とばかりヘスティアが続けてくじを引き、その結果、ソーマが攻める側となった。

 

 

「…どうやら、私が防衛のようだな」

 

「……」

 

 

 防衛側となったアポロンはまあいいか、といわんばかりにそれで承諾しようとしたが、横やりが入った。

 

 

「アポロン、少しいいか?」

 

「…どうした、イシュタル?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()。出来勝負何て見ていて萎えるから、先程ソーマが述べた助っ人制度を設けるのはどうだ?」

 

「……はぁ!?」

 

 

 そこまでこっちが有利か!? といわんばかりにアポロンが身を乗り出そうとした所で、他の一部の男神達がイシュタルに味方し、一気に協力者制度に肯定的になる。神会が一瞬で揺らめいた。

 

 それでもアポロンは断固して拒否する。

 

 

「……戦争遊戯に参加する戦士は【ファミリア】入団者のみ、これは絶対だ。他の派閥の子の存在は、神の代理戦争の名に傷つける」

 

「ああ、そうかもしれないね」

 

「極端な話、第一級冒険者に近しいものがソーマ側に加担した場合、我々の身が危うくなるだろう。例えば、イシュタルの所とかな」

 

 

 『協力者制度を付ける』不平さを告げるアポロンは受け入れがたいと主張して円卓の者達を見回す。

 

 アポロンの主張に神達が押し黙り始めるが、イシュタルはつっかかる。

 

 

「そうなるとアポロン。怖いのか?」

 

「…何だと?」

 

「相手が格下じゃないと勝負しないという事か?」

 

「馬鹿にするな…」

 

「なら、自分の子を信用していないのか? お前の子供たちへの『愛』はその程度なのか?」

 

 

 戦や愛など多くの神性を司る美神の言葉に、恋多き神はいたく教示を刺激され、苦虫をかみつぶした顔になる。再び神会が揺らめき始め、協力者制度が肯定的になり始める。

 

 ややあってアポロンもムキになり始め、制度の一部を受け入れようとした。

 

 

「チョイ待チ。流石にそれは却下や」

 

 

 だが、意外な神物からまさかの助け舟が出た。

 

 トリックスターのロキが、イシュタルの事を睨みながら牽制する。

 

 

「眷属が1人や二人しかおらんだったら話は別やけど、ソーマは何人も眷属がおるんや。他の派閥からの人手がなくても、十分勝負できる。むしろいたら、それこそ萎える」

 

「…そういう事だ。これは神聖な戦争遊戯。可能性というのはゼロじゃないからな」

 

「……チッ」

 

 

 最強派閥の一角である主神から反対され、アポロンもそれに便乗し、他の男神達は黙り、イシュタルもまた口出ししなくなった。

 

 

「適当な城を見繕わんといかんし、戦争遊戯の開催日はギルドと相談を兼ねてやな。じゃあ、解散するか」

 

 

 ロキの言葉を最後に神会は解散となる。「この後バイトだー」「俺もそうだな」「ヘスティア、私の所でもバイトをしないか? 最近赤字であってな…」と多くの神々が喋りながら去っていく。

 

 アポロンもまた去って行くソーマの事を一目見て、自分もまた部屋を出ようとした所でロキに言い止められた。

 

 

「あ、ちょい待ちアポロン。言っておかないといけない事があったわ」

 

「ん? 何かね?」

 

 

 ロキにちょいちょいと指を振られ、アポロンはロキに近づくと、腕で首をガッと捕まれ、屈まされる。

 

 

「な、何を…!?」

 

『シッ。静にしとけ』

 

 

 ロキは暴れだそうとするアポロンにジェスチャーして、静止させる。そして、誰にも聞こえないように小声で忠告する。

 

 

『気ぃつけや。ソーマ本人は知らんかもしれないが、その団長のザニスっちゅーもんは「闇派閥」と繋がっていた事が確定したんや。加えて、イシュタルもそうだった。戦争遊戯で何かやらかす可能性があるから、自分らの子に忠告しとけや』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 修行を終えた後。

 

 僕はギルドに行き、ミィシャさんの所で座学を行っていた。

 

 そして、その今日の座学の時間も終わりとなった。

 

 

「はい、今日はここまで~。よく頑張ったね~」

 

「はい…。実感があまりないですけど、何か楽になってきたような…。問題の正答率も上がっていますし」

 

「何やかんや2ヶ月は経っているからね~。それとも、今度からエイナに頼んで厳しくしよっか?」

 

「それは勘弁してください!? スパルタ過ぎますから!?」

 

 

 ミィシャからのえげつない冗談に、ベルは悲鳴をあげる。

 

 一度お試しの気分で受けてみたけど、ミィシャさんの座学に甘えていたのか、ミノタウロスに追われた時ぐらいの気分になった。スパルタ教育を喰らい、あまりギャップに逃げ出しかけたけど、踏みとどまった。本当に何とか。

 

 もはやトラウマとなっている記憶を思い出し、僕は顔を青ざめていることに自覚している。

 

 

「冗談だって。…それと話は変わっちゃうけど、びっくりだね~。ベル君がもう大舞台に立たされる日がこんなに早い何て~」

 

「いや、まだ出るかどうかは内容次第ですので…」

 

 

 そう言いつつ個室から出ると、丁度戦争遊戯の詳細が公表された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【アポロン・ファミリア】 vs 【ソーマ・ファミリア】

 

 『攻城戦』。

 

 防衛:【アポロン・ファミリア】

 

 攻撃:【ソーマ・ファミリア】

 

 対象:【ファミリア】の眷属総員。

 

 決戦場はシュリーム城。オラリオから馬車で2日間かけて移動した所。

 

 期間は3日間。

 

 4日後から始まる。

 

 防衛側の勝利条件:相手の『代表』を倒す、もしくは3日間『代表』を守り続けるか。

 

 攻撃側の勝利条件:3日以内に相手の『代表』を倒す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貼り出さた紙を見て、僕は唖然とする。

 

 正直言って、実は一番団員歴が短い僕が出る事は到底ないものだと考えていた。

 

 本当に、僕も出るんだ…。

 

 

「あ、ベル君『戦争遊戯』に出るの確定したじゃん~」

 

「……そう、ですね…」

 

「…? どうかしたの?」

 

「あ、いえ、何でもないです! では、僕はこれで! 皆にも知らせないといけませんし! ミィシャさんもお仕事頑張って下さい!」

 

「あ、そうだった! ひ~、大変大変~!」

 

 

 僕はギルド本部から離れ、ミィシャさんもまたすぐに仕事へと取り掛かり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルド本部はこれまでにない騒々しさに包まれ始める。

 

 羊皮紙を片手に持つ職員たちが、書類を詰め込んだ箱を抱える受付嬢が、周囲をあわただしく走り回っている。

 

 戦争遊戯が4日後に控えられ、彼らの目が回る多忙さは限界に辿り着こうとしていた。

 

 

「無理ぃ~。もう死んじゃうって~」

 

「ミィシャ、手を動かしなって…」

 

 

 多忙の中、ミィシャとエイナは書類作りに手を焼いていた。その内容は勧告書作り。

 

 作業机に何枚も広げられ、立ち入り禁止を促す戦場の詳細には――オラリオ東南『シュリーム古城跡地』と記されている。

 

 

「…思ったんだけど、この場所って……確か、盗賊が住み着いているんじゃなかった?」

 

「うん。【ガネーシャ・ファミリア】に要請して、先に討伐してもらってる。近隣の町や村からの冒険者依頼も貼り出されていたから……いい機会だから捕まえちゃうって」

 

 

 まさに一石二鳥のギルドのやり方にミィシャは感心を覚える。そして、ミィシャもまた手を動かそうとするとき、ある話の事を思い出した。

 

 

「…エイナ、これついさっき、上司たちが話していたのを聞こえちゃったんだけどさ…。そこの盗賊って、都市の『闇派閥』と繋がっているんじゃないかっていう話があったんだって。何でも、商人経由で連絡を取っていたとか…」

 

「まさかー。いくら何でもそれはないでしょ」

 

「そうなんだよねー。しかも今日の朝にその連絡が着て、それを連絡させたのが、どっかの富豪の人からとか…」

 

「それを聞いたら、余計信憑性がない気がする」

 

 

 あくまで上司が話していたことを聞いていただけで、しかも全部は聞いていなかったので、上司たちが冗談を言い合っていた時にミィシャが聞いたのだとエイナは考える。

 

 「そうかなー?」とミィシャは止めていた作業を進めようとすると、今度はエイナから話があった。何やら少し心配そうな顔で。

 

 

「…ねえ、ミィシャは担当の子とか、心配にならないの?」

 

 

 担当の子が、【ファミリア】の抗争に巻き込まれているんだよ、と。

 

 エイナが心配した声でした質問に、ミィシャが作業しようとしていた手を止めず、そのまま素直に答えた。

 

 

「ん? 心配だよ?」

 

「あ、そうなんだ…。でも、私達ってギルド職員だから……、どっちにも肩入れしちゃいけないんだよね…」

 

 

 絶対中立を名乗るギルドの職員として、立場を重んじているエイナは、無力感とやるせなさに身を染みている。

 

 そんな友人を見たミィシャは、明るく声を与える。

 

 

「うーん、と……でもさ? 心の中で応援するというのはいい……よね?」

 

「応援?」

 

「うん。頑張れー、て。ベル君に、担当をやった事があるカサンドラちゃんもいるから、私は自然にそうなっちゃう」

 

 

 そんな友人の考えに、エイナは顔を上げる。その表情は、晴れやかであった。

 

 

「うん…そうだね! ミィシャの言う通りだよ!」

 

 

 気分が晴れたエイナは再び作業を進める。

 

 その少しした後。

 

 

「…エイナ、ありがとね」

 

「ん? 何が?」

 

 

 突然友人からの感謝の言葉に、エイナは疑問の声を上げた。

 

 

「いや、だって…。私の担当の子の話なのに、エイナは心配になってくれているから…。この事を聞いたら、ベル君やカサンドラちゃんもきっと、頑張っちゃうと思うよ?」

 



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暴露

報告。というか感想。

 1週間前に、ようやくダンまち16巻を入手しました。読みました。

 あんなにデートスポットがオラリオにあったのかよ!?
 そしてベル君の女たらし!
 ………第一声と第二声がそれでした。


 午後。

 

 『戦争遊戯』の詳細は瞬く間に広まり、【アポロン・ファミリア】もまた準備を始める事となった。

 

 資金もカジノの出来事によって、たんまりあるため、装備や食料の買い出し、馬車の手配など、総員が動き、準備していく。

 

 僕は回復薬などの補充のために、ルアンやカサンドラさん、ダフネさんと一緒に【ディアンケヒト・ファミリア】の店の近くまで来た。

 

 

「ん? 何だ、この人の数は…?」

 

「わからない…。何かあったのかな…?」

 

「…ねえ、多分これって…」

 

「うん。そうだと思う」

 

 

 店の中の様子は人盛りでいっぱいとなっていた。しかも、全員男性。

 

 ルアンが疑問に思い、ベルもまた首を傾げていたが、ダフネとカサンドラは察した。

 

 丁度カウンターには、噂の中心人物になっているアミッドが、少し疲れているような顔で対応している。

 

 客や同じ【ファミリア】の人からも質問されまくっていて、喧騒が外まで聞こえてきた。

 

 ベルは大勢の声を聞いてみると…。

 

 

「なあ!? 本当にあの噂は本当なのか!?」

 

「カジノでデートをしてたって嘘ですよね!?」

 

「相手は誰なんだ!?」

 

「俺の主神から、特徴は白髪をして冴えない顔をした、どこかの富豪という話を聞いたんだが!?」

 

「眼帯をしたエルフが相手という話も聞いた!」

 

「とりあえずその男達を見つけたら、絶対に首の骨をへし折ってやる…!」

 

「俺達の聖域、【戦場の聖女】に手を出して、タダで生きていけると思うなよ…!」

 

 

 それらを聞いた途端、僕は来た道に戻ろうと足を向けた。

 

 

「あ、おい!? どこ行くんだベル!?」

 

「ごめん皆! 後は任せ「はい、ベルは逃げない事」…」

 

 

 逃げようとしたら、既に先回りしていたダフネさんにあっさり捕まってしまった。

 

 全く振り解けず、力業では行けない。

 

 

「ダフネさん!? お願いですから放してください!?」

 

「向かう先に、何やら見た事があるエルフの少女が見えるのに?」

 

「――――ひっ…」

 

 

 視線の先には、長髪のエルフの女性と金髪の人間の女性―――レフィーヤさんとアイズさんがいた。しかも丁度、この噂について人から何か聞いているように見える。

 

 思わず口から怯えきった悲鳴がこぼれてしまう。

 

 僕はこちらに気づかれていないうちに、ダフネさんで死角を作り、そのままルアン達がいる所に戻る。

 

 そして丁度、ディアンケヒト様がこの喧騒に気づいて怒鳴り散らかし、客の中にいた人達はぞろぞろと外に出てきた。

 

 慌てて僕はカサンドラさんの後ろに隠れ込み、その場をやり切るのだった。何人かダフネさんに声をかけて噂の事を聞いてきたけど、僕の方には気づいてなかった。

 

 その後、ベル達は人気が少なくなった店の中に入り、買い物を始めようとした時、少し疲れているアミッドがようやく気づく。

 

 

「フゥ……あ、いらっしゃいませ、皆さんご一緒で。『戦争遊戯』の事は聞きました。頑張って下さい」

 

「ありがとうございます」

 

「アンタの方はお疲れみたいだね」

 

 

 『戦争遊戯』の事で応援され、感謝の言葉を告げるベル。

 

 ダフネもまたアミッドに「少し休んだら?」と言うが、昨日休暇を取ったアミッドはそういうわけにはいかなかった。

 

 とりあえず、予備の分まで含めて人数分を用意してもらい、その代金を支払った時。

 

 アミッドはベルに相談事を持ちかける。

 

 

「ところでベルさん。昨日話したデートの件ですけど、日時は10日後の朝6時にオラリオ西南城壁出入り口前にしましょう。そこからメレンに出発です」

 

「えええ!? もう決めたんですか!? とりあえず大丈夫ですけど…。というより、どうやって対処するんですか!? 何かオラリオ中にカジノの話が飛びまわっているんですけど!?」

 

「もう観念して制裁を受けるしかないじゃない?」

 

「受けたら多分僕死にます!?」

 

「つーかベル、オイラが捕まっていた時にそんなやり取りがあったのかよ!?」

 

 

 明らかに殺意があったあの集団に正体がばれたら、血祭りにされるまで追い駆けられるだろう。

 

 ルアンに「事情を詳しく聞かせろ!?」と言われ、カサンドラは「噂には絶対に肯定しないで~!?」とアミッドに懇願している傍ら、ベルはそんな恐怖に身を震わせた矢先。

 

 美少女二人―――――レフィーヤとアイズがこの店に入ってきた。

 

 

「アミッドさん、あの噂についてですけど…。あ、ダフネさんも丁度―――――何故この男がここに!?」

 

「あ、ベル達だ」

 

「ど、どどどどどど、どうも…。ボボ、僕達は『戦争遊戯』の時に使うだろう回復薬を買いに…」

 

「……何か隠していません?」

 

 

 ベルの動揺に勘付いたレフィーヤは、アイズが首を傾げている時に、「まさか!?」と何かに辿り着いた。

 

 

「そういえばですけど、この男とダフネさんってカジノに行きましたよね?」

 

「ええ、そうだけど」

 

「…その時、アミッドさんも一緒でしたか?」

 

「ええ、その通りです」

 

 

 ダフネとアミッドが肯定し、顔を青ざめるベル。

 

 その事を聞いた時、レフィーヤは顔を伏せたまま、まっすぐベルの所に向かう。

 

 冷や汗を掻きまくるベルの前に立つと、拳を握りしめて…。

 

 

「こぉんの、ケダモノヒュウマァアアアアアアアン!」

 

「ゴハァ!?」

 

 

 ドゴォッ! と、見事なボディブローが決まり、ベルはそのまま沈んだ。

 

 当の本人達を除き、その場にいた全員が唖然とする中、ダフネは「ま、そうなるよねー」と、カサンドラは「ああ、やっぱり…」と、両者は前から予想していた。

 

 

「最低です! 救出しなければいけない事態でしたのに、デートですか!? ふざけないで下さい!」

 

「ま、待って下さい…。僕はそんなつもりは…」

 

「そうです。デートは10日後にするつもりです」

 

 

 火に油を注いだアミッドのまさかの爆弾発言に、ベルとレフィーヤは唖然とした。

 

 

「えええええええええ!? この男は駄目ですって!? アミッドさん、この男はメレンでカサンドラさんと同じ部屋に泊まっていたんですよ!?」

 

「すみません、その話を詳しくお願いいたします」

 

「待って!? 暴露しないで~!? というか、何で知っているの~~~!?」

 

「あーー、まあ、ちょっと、ね…」

 

 

 レフィーヤもまた暴露して、アミッドは喰い付き、カサンドラは顔を赤く染め、ダフネはやれやれという様になっている。

 

 ルアンもまた「うおおおい!? どういう事だよベル!?」と、腹を抑えて悶絶しているベルを揺さぶり、余計苦しくなるベル。アイズはよしよしと、頭をポンポンと撫ででいる。

 

 そして、レフィーヤは顔が怒りでおかしくなり始め、詠唱を始めた。

 

 

「はっ!? アイズさんにも頭を撫でられて…!? 何て羨ましい事を! どいて下さい皆さん! この男の存在を抹消します! 【解き放つ一条の光―――】」

 

「待って!? それ以上はストップ!?」

 

「お店が壊れちゃうから~!?」

 

「それ以上は駄目、レフィーヤ」

 

 

 ダフネやカサンドラに止められ、さらにアイズの一言でレフィーヤの【魔法】は止められた。

 

 【魔法】の攻撃対象だった白い少年は代わりにアミッドから回復魔法を受け、光の粒子が包まれる。レフィーヤに「覚えておきなさーい!」と言われたが。

 

 気分が良くなったベルは立ち上がるが、その時アイズに別の質問をされる。

 

 

「ねぇ、…昨日カジノにいた、『伝説のギャンブラー』って、誰だったの?」

 

「で、『伝説のギャンブラー』?」

 

 

 ベルはアミッドやダフネ、カサンドラにも顔を向けるが、知らないというばかりに首を横に振った。

 

 

「あの、その人の特徴とかは…?」

 

「昨日『エルドラド・リゾート』に現れた、って聞いたんだけど…。眼帯をしたエルフの男としか…。養子とか、友人とかいたとか」

 

「なんだそりゃ? 観光で来ていたのか?」

 

「「「「…………」」」」

 

 

 そ、それって…。僕とアミッドさん、ダフネさんや救出したカサンドラさんと一緒にいた…、そして今日の朝修行してもらった…。

 

 アイズが首を傾げており、ルアンやレフィーヤを除いた、ベル達はその正体をすぐに判別できた。

 

 きっと、あの場にいた神様達や客たちが面白がって、『二つ名』もどきを付けたのだろう。

 

 そしてさらに聞いてみたら、アミッドさんの噂で陰に隠れていたが、カジノの方ではこちらが話題になっているらしい。

 

 その噂はもしかしたら、後世にまで伝わるかもしれない。

 

 そんな考えを抱いた後、僕らが獲得したお金に関しては金額をぼかして伝え、アイズさんは納得してもらった。

 

 

「あと…『戦争遊戯』、頑張ってね。向こうは何をしてくるか、予想できないから」

 

「はい、頑張ります!」

 

「【戦場の聖女】や【剣姫】に言われちゃあ、オイラ達は頑張るしかないな!」

 

「まあ、元から負ける気なんてないけどね」

 

「あと、アルベラ商会は一晩で潰しておきました」

 

「そんなあっさり!?」

 

 

 そんなやり取りがあったが、『戦争遊戯』の事で応援の言葉を告げられ、ベル達はより気合が入り、店を出るのだった。

 

 ベル達は買った回復薬を持ったが、数がさすがに多いため、借りた荷台に乗せて引きながら帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その帰り道。

 

 人気が少なくなった道を通り、僕らが談笑していた時。

 

 リリと、鉢合わせした。

 

 

「あっ…」

 

「リリルカ!?」

 

「……」

 

 

 何やらすごく睨み付けてくるリリ。

 

 いくら『戦争遊戯』の相手とは言えど、パーティーを組んでいる時とは比べものにならない程の濁った眼で見られている気がする。

 

 

「ね、ねぇリリ。『戦争遊戯』が終わっても、またパーティーを組んでダンジョンに行こう?」

 

「…そうだぜ。オイラ達は『戦争遊戯』では敵同士となっても、そんな事で気にしないぜ」

 

 

 ルアンもまた僕に便乗して、恐らくリリの中で葛藤があるんじゃないかと思っていた矢先。

 

 

「随分とお気楽ですね、ベル様達は」

 

 

 随分と低い声で返答が帰って来た。

 

 

「リ、リリ?」

 

「な、何か怖いよ~?」

 

「アンタ達、あの子とパーティー組んでいた時、何やっていたの? まさかひどい事をしていた……て、いうのはないか。ベルがいるし」

 

「そ、そうだぜ! となると…、て、ちょっと待て!? オイラは!?」

 

 

 リリの雰囲気の変貌に怖気つくベル達。ただ、その心当たりがない。

 

 

『――――』

 

「え?」

 

 

 リリが小声で呟いた言葉に、その言葉が聞こえたダフネは疑問の声が出る。

 

 そして、リリは後ろを向いて去って行った。

 

 

「あ、おい! 待てよ! どうしちまったんだ、リリルカ!?」

 

「別にどうとでもないですよ。ただ、何が何でも勝たないといけない理由が出来ただけです」

 

 

 そう言い残し、リリの姿が遠ざかって行く。

 

 取り残されたベル達は、呆然としながら見送る事となった。

 

 

「…ダフネちゃん。さっき、あの子は何て言ってたの?」

 

「ぼ、僕にも教えてください! 何て言ったのか聞き取れなくて…」

 

「オ、オイラも!」

 

 

 去る前に小声で言った内容が聞き取れたダフネに、教えてもらうよう懇願するベル達。

 

 ダフネもよく意味が分からなかったが、そのまま教えた。

 

 

「……『運が良いですね…、【アポロン・ファミリア】』、って言ってたわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後。

 

 出発準備が大体終わり、晩御飯を『豊饒の女主人』で食べ、その時に「明日の朝から出発しますから、数日間朝の修行はありません」という事を伝えた。『伝説のギャンブラー』という噂の件も伝えたら、リューさんは盆を落としてしまったけど。

 

 そして帰っていた後、『戦争遊戯』前でもあって、ステイタス更新するためにアポロン様に頼もうとしていたが、長蛇の列が並んでいた。

 

 僕もその列に並んで、後ろにダフネさんやカサンドラさんが続いている。

 

 少し話したら、一応監視役としてダフネさんとカサンドラさんが僕の時に一緒に入る事になった。

 

 そしてそのまま談笑している内に、ようやく僕の番になった。

 

 部屋に入ると、すごく疲れ切っているアポロン様が待ち受けている。

 

 

「ぐおおおお…。つ、次は……おお、ベルきゅ~ん! こうなったらベルきゅんで癒してもらってグオォ!?」

 

「させると思う?」

 

「うう~~~」

 

 

 ベルにダイブしたアポロンだったが、ダフネの蹴りに沈められ、カサンドラもまた威嚇する。

 

 そして、ベルは上着を脱ぎ、ダフネとカサンドラの監視の元、すぐさま復活したアポロンにステイタス更新がされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベル・クラネル

Lv.1

力 :H159 → H172

耐久:H115 → H140

器用:H179 → H190

敏捷:G259 → G287

魔力:I0

 

≪魔法≫

【】

 

≪スキル≫

【】

 

 

 

 

 

 

 僕は更新結果の紙をジー、と見る。

 

 ここ数日激闘をした筈だから、相当ステイタスが上がっていると思っていた。その結果がこれである。耐久は25、敏捷は28も上がっているけど。

 

 何で!? と思ったけど、よくよく考えたら戦闘という意味ではそこまでなかった気がする。

 

 メレンでは食人花と戦ったけど、途中でアマゾネスの大群に追いかけられたし。瀕死のバーチェさんには相打ちに近い形でトドメを刺したぐらい。カジノでも最後向こう側の用心棒達と戦って、途中でそこから抜け出しちゃったし。後は朝の訓練。

 

 カサンドラさん達にも僕の結果を見せて、あれ? という顔をしたけど、すぐに納得の顔に変わった。

 

 そんな僕らに、アポロン様がいつになく真剣そうな顔で話しかけた。

 

 

「さて、ベルきゅん達。話があるんだが…」

 

「? 何でしょうか?」

 

「実はロキから聞いた話でな…。アルベラ商会を潰したというのもある」

 

「あ、それは昼間に聞きました」

 

「いや、それだけじゃない。ソーマはともかく、【ソーマ・ファミリア】の団長が『闇派閥』と手を組んでいる事が確定した。【イシュタル・ファミリア】もそうらしい」

 

「あ、それも昼間に聞きました。アイズさん達が教えてくれました」

 

「まあ、大体こっちが予想していた通りだったってわけね」

 

「情報仕入れるの早いな!?」

 

 

 ほとんどが僕らが昼間聞いたような内容だった。もしかしたら、ステイタス更新の時に団員一人一人に言っているのかな…?

 

 僕はそんな考えを思っている時、アポロン様から改めて応援のエールが送られた。

 

 

「ま、まあ元より、『戦争遊戯』は頑張っておくれよ、ベルきゅん達! 向こうの『代表』を倒せなくとも、最悪ヒュアキントスを3日間守り抜けば勝ちだから!」

 

「ま、そうなるよね。こういうのって、大体最終日、つまり3日目が本番だから」

 

「少しでも消耗させようとすれば、そうなっちゃうよね~」

 

「でもわかりました! 絶対に勝ちます!」

 

「うむ! その心意気だぞ、ベルきゅん! ならば今夜私の元にブベッ!?」

 

 

 上半身裸のベルに抱き付こうとするアポロンに、蹴りを入れるダフネ。その間にベルは服を着て、部屋から出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ベルは(アポロンはまだ他の人のステイタス更新があった隙に)風呂にも入り、歯を磨いて、自分の部屋に入った。

 

 ルアンもまた寝る準備をしており、談笑した後、ベッドの上に横になった時、ベルは不意に疑問に思っていたことを口にする。

 

 

「……ねえ、あのさ。どうしてルアンは【ソーマ・ファミリア】の調査に名乗り出たの?」

 

「…どうしたんだ、突然?」

 

 

 ルアンは素気なく返答して、ベルはそのまま質問を続ける。

 

 

「いや、だって…。あの時リリやチャンドラさんに聞くもんだと思っていたけど、よくよく考えたらその二人だけじゃ、流石に心許ないと思って…」

 

「……」

 

「い、嫌、ごめん! 何となくそう思っちゃっただけで…。ルアンの善良にケチを付けるようなもんだし。理由がなくともそれが立派だから! 僕もそれが…」

 

「嫌、気にしなくていいぜ。言わなかったオイラも責任があるから」

 

 

 ルアンはそのままもう一つのベッドの上に横になって話を続ける。

 

 

「……なあ、ベル。オイラさ、実は一回だけ、ザニスとパーティーを組んでいたことがあるんだ」

 

「……え!?」

 

 

 ルアンの衝撃的な暴露で、思わず目を見開いてガバッ! と、起き上がるベル。

 

 ルアンの方を見て、開いた口が塞がっていない。

 

 

「言ったろ、サポーター業は大変だって。その頃は【ファミリア】も多忙だったし、どこかのパーティーに入れなければ、ダンジョンに行けないから。稼ぐためには外の【ファミリア】のグループに入らないと」

 

「それが【ソーマ・ファミリア】なんだ…」

 

 

 今のリリのように、他の派閥メンバーとダンジョンに潜っていたルアン。

 

 そして、それが一回で辞めたというのは…。

 

 

「ま、案の定稼いだ金の分配の時に揉めてな。金は貰えなかったから、オイラはすぐに抜けたってわけ」

 

「そうだったんだ…」

 

「だから今回、オイラは負けたくないんだ。小人族っていうだけで馬鹿にされるあの【ファミリア】には特に」

 

 

 パーティーを組んで、一番失敗した所という事も付け加えて。

 

 これって、もしかしたらその【ソーマ・ファミリア】に所属しているリリはもっとひどい事されているんじゃ…。

 

 僕は昼間に会ったリリの事を思い出す。

 

 でも、急にあそこまで変貌するかな…?

 

 

「ま、そういうわけだ。だから今回の『戦争遊戯』、絶対に勝とうぜ」

 

「うん、そうだね…」

 

「……どうしたんだベル?」

 

「いや、ルアンが話してくれたし、僕も話さないといけないと思って…」

 

「何の事だよ?」

 

 

 ルアンがベルの方に顔を向ける。

 

 

 

 

 

 

 ベルもまた、ルアンと同様に自分の話を暴露した。

 

 

「【アポロン・ファミリア】に入る前、色んな所に入団申し込みをしていたでしょ」

 

「ああ、いっぱい断られたって。それが一体…」

 

「実は僕…、その時に【ソーマ・ファミリア】の所にも行っていたんだ」

 

「…はぁ!? そうなのかよ!?」

 

 

 思わずベットから起き上がりそうになったルアン。

 

 先程のベル同様に、開いた口が塞がらない。

 

 

「な、なあ、聞いちゃあれだと思うんだけどさ……どうだったんだ、その時?」

 

「うん、断られた。しかも、丁度その時対応してきたチャンドラさんに」

 

「え、あいつにか!? ……いや、多分それは、あいつなりの優しさだとオイラは思うぜ」

 

「うん。【ソーマ・ファミリア】の話を聞いていたら、そう思ってきたんだ」

 

 

 主神としての仕事をしていないソーマ様。暴走する団長。そして団長の言いなりになる眷属達。簡単にソーマ様本人に会えず、ステイタス更新も出来ずにいる。ザニスさん以外でLv.が上がったのはチャンドラさんだけ。

 

 最初断られたとき、僕が冒険者向きではないからだと思っていたけど、【ファミリア】そのものに問題があったから断ったんだろう。

 

 ルアンは「そんな事があったんだ…!」と驚いているが、ベルの話はまだまだ終わらない。

 

 

「でもまだ話が続くんだ…。僕、そこから離れた後、後ろから【ソーマ・ファミリア】の人達に後をつけられていたんだ。僕自身気づかなかったけど」

 

「…は? 何でベルの後を?」

 

「多分腹いせだと思う。殴られて、お金まで奪われちゃって…」

 

「……ひでぇな」

 

 

 ベルの話を聞いたルアンは、同情する。

 

 

「その後、宿に戻ったら受付のおじさんに傷の手当てをしてもらって…。めげずに他の【ファミリア】の所にも行ったんだ。さらにそこから惨敗しまくったけど」

 

「…やっぱりお前も大変だったんだな」

 

 

 ベルの話を聞いたルアンは、そのまま起き上がり、励ました。

 

 

「こんな暗い話を聞いてちゃあ、満足して寝れないな!」

 

「ご、ごめん。そうだよね」

 

「リリルカの事もある! あいつにもちゃんと前を向いてもらおうぜ!」

 

 

 リリの話となり、どうやって説得させるのか考えたが、結局すぐに思いつかなかったけど。

 

 だが、段々と暗い気持ちが薄れていく。

 

 

「勝とうぜ、ベル! あいつらに見返してやるんだ!」

 

「うん!」

 

 

 僕とルアンは夜中、個室で意気込み合っていた。

 

 その後、隣の部屋から静かにしろと苦情が出たけど。

 

 怒られた後、僕らは就寝するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしながら、意気込みで簡単に勝てるなら、人は英雄なんか求めたりしない。

 

 運命は、時には恐ろしい牙を見せてくるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩。

 

 『シュリーム城』で色々と準備をしなければならないため、明日の朝早くから出発する。そのため、全員既に就寝していた頃。

 

 カサンドラは夢を見ていた。

 

 いつもの予知夢。そして、悪夢であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――― 『戦争遊戯』の、『敗北』の預言。そして、『死』の宣告。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――― 傷ついた太陽の城が、泥棒の三日月によって落ちる。

 

――― 小人と一人の男によって翻弄され、最後は寵童が凶刃によって亡き者となる。

 

――― 倒れる者達の努力は報われない。

 

――― 動けない悲劇の預言者は決着を見れず、泣き崩れる。

 

――― 太陽達は全てを奪われ、光を失くして彷徨い続ける。

 

――― この結末を回避したくば、白き少年を犠牲にしろ。

 



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『戦争遊戯』の戦場へ出発!

ベル「『戦争遊戯』が終わったら、アミッドさんとデートするんだ」


 『闇派閥』アジト内。

 

 少し薄暗い空間の中で、一人の女が誰かを探していた。

 

 

「たくっ…、あいつはどこに行きやがったんだ?」

 

「んん? 誰かお探しか?」

 

 

 周りを見渡している女―――ヴァレッタに、ゴーグルをかけた男が現れる。

 

 

「何だ、お前か。…なあ、()()()()のエインを見なかったか? ちょっとあいつに用があったんだが、何処にも見当たらねえんだ」

 

「ああ、あいつか…。あいつなら、数日前にここを出たばっかりだぜ。何処だったっけな…。確か、城跡にいる奴らと話をしに行くとか言っていたが。何でも、ラキアの連中が財政難で来れなくなったから、その使者と会いに行くとか」

 

 

 ヴァレッタの質問に、ゴーグルをかけた男―――ディックス・ペルディクスが答えた。

 

 ただし、その返答内容で騒ぎが大きくなるが。

 

 

「はぁ、マジかよ!? よりにもよって、そこが『戦争遊戯』をする場所になっちまったんだよ!」

 

「…おいおい、何でそうなったんだ? あそこは俺らが外のアジトの一つ―――取引場所として使っているんだぞ? どっかの奴が密告しやがったのか?」

 

 

 事実、ベル達がカジノで勝ちまくり、お金を返して貰った富豪の一人がこの情報を知っていたため、ギルドにその場所を密告していた。

 

 だが、この二人にその事を知る由もない。

 

 

「その場所が【ガネーシャ・ファミリア】に行かれてもう使えないから、あいつにも相談したかったが…」

 

「まぁ、あいつなら大丈夫だろ。前に【ガネーシャ・ファミリア】の連中を返り討ちにしたと聞いているぜ?」

 

「だけどあいつ、気に入ったやつが二人以上いたら、その場にいた奴ら誰も殺さないんだよー! 少し前に【アポロン・ファミリア】ごと【ガネーシャ・ファミリア】の主軸メンバーを殺していたら、もう少しまともに動けたのに!」

 

「ンなこと俺に言ってもしょうがねえだろ! ここでも仮面を付けて、しかも黒いフードや手袋までして肌を全く見せないあいつに直接言え!」

 

 

 『闇派閥』にとっての問題児の一人の事で声が荒くなり始め、何人かの部下がここを通るが、皆すぐさま逃げていった。

 

 喧嘩腰になりかける二人に、騒ぎを聞いた一人の神――――タナトスも現れる。

 

 

「何喧嘩してるのぉ? こっちまで騒ぎ声が聞こえてきたんだけどぉ?」

 

「ああ、タナトス様。ちょっとあの自称エインの事で…」

 

「そういえば、ヴァレッタちゃんの作戦ってどうなっているのぉ? 何か予定が延長しまくりだって聞いているんだけどぉ?」

 

 

 話題を転換させてこの場を治めようとするタナトス。ディックスもまたそれについて聞きたくて来たのだ。

 

 

「そうだなー。とりあえず、オラリオの警戒令が解かれるまでは大人しくする事だな。あ、そうそう。あの眼鏡に、今回の『戦争遊戯』に力を貸してほしい、って言われたが…」

 

「あ、そうなの? 俺の所にも来てね、とりあえず機嫌がメッチャ悪かったイシュタルの所に顔を見させたよ」

 

「…おいおい、そいつ大丈夫なのか? 俺の所で協力してもらおうかと考えていたんだが」

 

 

 タナトスによって、とんでもない所に行かされたザニスの事を流石に同情するディックス。

 

 壊されてなけりゃあいいが、と、そんな感じですぐに忘れるが。

 

 だが、タナトスはここから興奮気味で話してきた。

 

 

「普通なら見捨てる所なんだけどね…。でも、ちょっとやべーもんがあったから、賭けに【ソーマ・ファミリア】の方に金をぶち込むことにしちゃった」

 

「「はぁ!?」」

 

 

 タナトスのとんでもない独断に、珍しく息が合ってしまったディックスとヴァレッタ。

 

 

「いやいや、ヤベーんだって。そんなのがオラリオにあるの!? ってやつだから。マジで。見せたお礼にこっちはアレを渡しちゃった」

 

「…とりあえず、どんなのだったんだ?」

 

 

 タナトスにそれを説明される二人。

 

 熱弁するが、二人は信じなかった。

 

 

「ハァ…。どうせ嘘だろ? そんなもんがある訳ねぇだろ」

 

「いやいやほんとだって!」

 

「そんな神の冗談に付き纏われるこっちの身にもなってくれ」

 

 

 ディックスはタナトスの話に全く相手にせず、ヴァレッタも同じだった。

 

 遂にタナトスの事をスルーし始めて、二人で話を進めてしまう。

 

 

「ま、とにかくノープランという事はわかったから、俺は好きにしてもらうぜ?」

 

「あんな趣味に走るのはほどほどにしとけよ」

 

「別にいいだろ、趣味だから」

 

 

 軽く手を振ってその場を後にしようとするディックス。

 

 ヴァレッタもまた、しばらくは情報収集に動こうとする。

 

 二人に信じてもらえず、一人残されるタナトス。

 

 

「あーあ。あの自称エインちゃんと言い、女癖がヤバい奴と言い、あの子達の内、一人でも7年前の戦いにちゃんと参加していたらなぁ。絶対にこっちが勝っていたのになぁ」

 

 

 タナトスはそんな事を愚痴に出し、扉を閉める前にギリギリ話が聞こえたディックスやヴァレッタもまた、「そうだなぁ」と頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 

 僕ら【アポロン・ファミリア】は先発、後発と別れて出発することになった。

 

 少しでも『戦争遊戯』に向けて体力を残しておきたいという事で、移動は馬車である。

 

 ちなみに、ヒュアキントスさん、ダフネさんは先発組に。僕、カサンドラさん、ルアンにリッソスさんは後発組に入っている。

 

 

「それじゃあ、先に行ってるね」

 

「アポロン様、我々は出発致します。活躍を是非、ご覧になって下さい」

 

「うむ! 皆の衆頑張るのだぞ!」

 

 

 アポロン様や僕らに見送られながら、そのまま先発組の人達は先に『シュリーム城』へと向かって行く。

 

 一時間後に、僕らも出発する。

 

 

「オイラはどうせ、列の一番後ろだろー?」

 

「僕もそうだから…」

 

 

 ベルとルアンはそう言いながら最後尾の荷物をまとめ、次々と馬車の荷車に乗せていく。

 

 ふと、ルアンは疑問に思っていたことをベルに口にする。

 

 

「……そういや、メレンにいる【ニョルズ・ファミリア】達にカサンドラ達が見つかったって報告したのか?」

 

「うん。昨日ミィシャさんと座学をする前に手紙を書いて送るようにしたから、多分今頃ぐらいに届いていると思う」

 

 

 ルアンとそんなやり取りがあったけど、そのまま出発の準備を進めた。

 

 リッソスさんとカサンドラさんは後発組の最前列として出発する予定で、今も最前列にて馬車を引く御者の人達と話して出発準備を進めている。

 

 アポロン様は団員の一人一人に声をかけて、意気込みとかやる気とかを注いでいる。

 

 ルアンと喋りながら準備を進めているけど、ただ時々、荷物を取る僕の手が震えていて、内心『戦争遊戯』の事で考え事していた。

 

 

(まだ3日あるのにな…)

 

 

 僕自身、明らかに緊張している。

 

 緊張が解けるようにと自分に言い聞かせるも、むしろ逆効果で手が震える回数が増えていく。

 

 何とか僕らは運ぶ荷物をまとめ終わり、あとは出発するまで待機となった。

 

 そこに、御者の人達と話し終えたリッソスさんがやって来る。

 

 

「二人共、調子はどうだ?」

 

「あ、リッソスさん! もう体調の方は大丈夫ですか?」

 

「ああ。昨日で経過観察が終わったから、ようやく体を動かせる」

 

 

 腕を回して大丈夫である事をベル達に見せつけるリッソス。

 

 「今回の『戦争遊戯』で小隊長を務めることに問題はない」と自信満々に言い、ベル達もまたリッソスの事を頼もしいと思い始める。

 

 城の人員配置に関しては現地で言い渡されると伝えられ、その後はリラックスがてらに談笑していた。

 

 ルアンはいつも通り喋り、場を盛り上げてくれる。

 

メレンでの様子を聞かれたけど、とりあえず個人的な事情に関しては話していない。カジノの方も以下同文。ルアンが口を滑りそうになった時は慌てて誤魔化して口を塞がしたけど。

 

 リッソスさんはおすすめの店とか紹介してくれた。エルフの男性が好きそうな正装の服屋とか静かな料理店とかが主にメインだったけど。中にはかなり味がこっているという店もあるらしく、ルアンもおいしいという評判を聞いたことがあるらしい。ただし、食べるためには条件があるとか。

 

 

「そのためには作法というものを学んでくれ。特にルアン」

 

「何でだよ!?」

 

 

 …どうやらその店は作法がなってないと叩き出されるらしい。僕も危うい。

 

 その後、魔法道具の話となり、リッソスさんが聞いた噂にはオラリオでも簡単には手に入らない物を並べるという店があるらしい。魔法大国アルテナにもないような品物もあるとか。どんな店だ。

 

 

「その店は何代にもわたって経営している、という話も聞いた事があるな」

 

「そんな年月が経っている店なら、何でオラリオ中で話題になっていないんだよ!?」

 

「もしかして、簡単には行けない場所にあるのかな…?」

 

 

 【魔法】をメインに使う人達はその店を探しているらしく、大雑把な位置情報だけでも価値があるらしい。

 

 他にも遊び道具とかの話にもなり、昔おじいちゃんと遊んだなー、と懐かしい物の話題にもなった。古今東西のテーブルゲームとかを並べる店とかがあるとか。

 

 

「って、そこ『怪物祭』の時に大会開いていた店じゃん!?」

 

「あ、そういえばそうだね。何か聞いたことがある店だなと思ったら…」

 

「む。そういえばその大会でベル達は優勝したと聞いたな」

 

 

 「やるじゃないか」「いや、でもあれ勝った気がしなかったですけど…」と話は続き、笑いあって完全に緊張というものはなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ベルは出発時間が近くなるまでルアンやリッソスと談笑していた。

 

 

「リッソスさん、そろそろ…」

 

「そうだな、そろそろ出発だ。最後尾だからといって、遅れるなよ」

 

 

 ベル達は準備を既に終えており、いつでも出発できる。

 

 リッソスはベル達の元から離れ、最前列の所へ向かおうとした時。

 

 そこでカサンドラもこっちまで来ており、リッソスと同じく後発組の先頭として出発するため、リッソスを呼ぼうとしていたのだ。

 

 だが、カサンドラの顔色の悪さにベルは不審に思い始める。

 

 

「あれ…? カサンドラさん、どうかしたのですか? 何か顔色が悪いように見えるんですけど…?」

 

「あ……、う、ううん! 何でもない、大丈夫だよ! リッソスさん、そろそろ出発だから!」

 

「あ、ああ。わかっている」

 

 

 「ベルが言っていたが、本当に大丈夫なのか?」「本当に何でもないから!」と、そのまま離れるカサンドラとリッソス。

 

 そして二人と入れ替わるような形でアポロンがベル達の元へやってきた。

 

 

「やあ、ルアン! ベルきゅん! 君達の方はどうだい!?」

 

「とりあえず、もう出発できる状態です」

 

「はい、こっちも準備万端です!」

 

 

 ベル達の言葉に偽りなしとアポロンは判断し、力強く頷く。

 

 

「ならよし! 『戦争遊戯』の活躍は『鏡』越しで目に焼き付けるから、しっかり頑張ってくれ!」

 

「はい! ……ん? 鏡?」

 

「あれ? ベルきゅんは知らないのか?」

 

 

 今回の『戦争遊戯』が初参加どころか行われること自体初めて見るベルは、遠くを見れる『鏡』なる物を見たことがなかった。

 

 神が下界で行使が許されている『神の力』―――『神の鏡』。千里眼の能力を有して、離れた土地においても一部始終を見ることが出来る。企画される下界の催しを神々が楽しむために認められた、『神の力』が使える唯一の特例であった。

 

 ミィシャの説明不足でその話を聞いていないベルは、首を傾げている。

 

 

「その『鏡』は『戦争遊戯』の時のみ使えて、オラリオからかけ離れた場所を映し出せるんだ! 子供たちとも一緒に観戦できる反面、こちら側の方は見られなくて、声も聞こえないけどね!」

 

「そうなんですか…」

 

 

 すごい便利な鏡だ…。何処の場所でも見れるなんて…あれ? という事は…。

 

 

「あの…、今思ったんですけど、その力があったらカサンドラさん達をすぐに見つけられたんじゃ…。事情を言えば何とかなるのでは…」

 

「いやいやベルきゅん、私もまたこの下界というルールを楽しんでいるのさ!『戦争遊戯』の時はあくまで特例!『神の力』を使って楽しようとしたら、他の神が勘付いて天界送りにされてしまうし。「そんな事したいなら天界に戻ってやれば?」というスタンスだから。そういうのがなし、という本当の実力でどこまでやれるのかが神にとっての最高の娯楽だからね!」

 

「まあ神がいつもそんな事したら、オイラ達はたまったもんじゃないしな」

 

 

 アポロン様が説明して、ルアンも頭の後ろの手を組んで同意しており、僕は当たり前の事を聞いてしまったと自覚してしまう。

 

 

「……すみません、失言でした!」

 

「いや、これを機に学んだのなら大丈夫! その分『戦争遊戯』を頑張っておくれ!」

 

「はい、わかりました!」

 

「あ、もう出発だぞ」

 

 

 ルアンの一言で、僕達は馬車に乗り込む。

 

 そして出発し、アポロン様は「君達が凱旋するのを、ここで待っているぞー!」と言いながら僕らを見送ってくれるのだった。

 



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まさかの再会

何かがなかったら、もしくは一つでも判断ミスしたらBADENDってきついなー。



 後発組の僕達がオラリオから出発したしばらくした頃。

 

 オラリオの外壁は見えなくなっており、着実に『シュリーム城』へと進んでいる。

 

 昼もとっくに過ぎており、一旦馬を休ませるための休憩時間も終わり、再び移動している時であった。

 

 外の光景はもうすぐ見晴らしのいい草原から森林へ変わろうとしていた。

 

 ルアンはベルと会話しながら、退屈そうにしている。

 

 

「しっかし、移動が二日間かかるって結構つらいよなー。暇つぶしにできるもんがねえと、話する以外退屈だからなぁ。結構揺れるから2人用のテーブルゲームとかもやりにくいし」

 

「僕は外の光景見るだけでも十分だと思うけど…」

 

「ベルの場合はそこに行くこと自体初めてだからそうかもしれないけど、オイラはそこまでじゃないからなー。退屈だ~」

 

 

 欠伸が出ているルアンに苦笑いするベル。

 

 退屈だと言いながらも、ルアンも後にベルと交代して外の様子を見なければならないが。

 

 そして、ルアンが「オイラ達がもっと上位派閥だったらなー」と願望を口にした。

 

 

「『戦争遊戯』って【ファミリア】間の抗争をギルドからのペナルティなしで、明確にルール化してやるもんだけど、それが怖くない所だと、あっという間に潰しにかかるからな~」

 

「僕らの場合はそれが怖いからね。今回だと、ザニスさんを逃がさないというのもあるから」

 

「まあ『戦争遊戯』をやるにしても、その前に妨害行為して戦力を削ったり、急に人の数を増やしたりするのがしょっちゅうあるぞ」

 

「え…!?」

 

 

 ルアンの言葉に思わず僕は唖然としてしまったけど、すぐに「どこも妨害行為に関してはそれなりの対策をしてるぞ」とフォローを入れてくる。

 

 

「まあオイラ達はその対策の一つとして、こうやって二手に分けて列を短くして、それなりに対処できるようにしているけどな」

 

 

 ルアンがそう言い、ベルもまたリッソスに散々言われた発煙筒の注意事項などを思い出した。

 

 ルアン達が考えている対策は、先方組が待ち構えて妨害する戦力に当たって、最悪の場合、後方組のリッソス達が予備戦力として相手の士気を下げることも出来て、反撃もできる。

 

 逆に後方組の最後尾の後ろから不審なモノがついて来たら、ルアン達のすぐ側にある発煙筒で煙を上げて、前の人達に知らせるとかできる。

 

 一応そのほかにもあるが、圧倒的な個の力が襲ってこない限りは大丈夫、という事にはなっている。

 

 

「ま、そういうわけだ。何か話題切り替えて楽しい話にしようぜ。退屈で寝ようにも馬車が時々揺れて寝にくいし」

 

「僕も最初オラリオに来る途中、夜中で揺れて起きちゃったことがあるから」

 

「やっぱそうなるか。 あ、そーいや話変わるけどさ、リッソスが言ってた店に一回食いに行こうぜ! 作法が厳しいけど、何とかなるって! 味が美味いらしいし!」

 

「いやでも話聞く限り……」

 

 

 ベルが断ろうとするが、ルアンは頑なにベルも誘おうとする。

 

 その後も話題を変え、そのままベル達は夜まで話を続け、寝るまで談笑する――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――― 筈だった。

 

 ルアンに押しきられ、ベルもその料理店に行くことに合意しそうになった時。

 

 不意に、馬車が止まった。

 

 

「……あれ?」

 

「今馬車が止まったか? おい、どうかしたのか?」

 

 

 ルアンが馬車を引く御者の人に原因を尋ねると、その人もまた困った顔で返答する。

 

 

「いえ、単純に前が止まりまして。もしかしたら何か前の方で……下手すると列の先頭で詰まっているように思えますが…」

 

「列の先頭…?」

 

 

 ベル達は馬車の窓から顔を出し、横から列の前の方を見ると、何人かもまた、馬車から降りて前の方に確認しに行っていた。

 

 ただその現場に着いた途端、何故か皆が武器を取り出し始めてしまうが。

 

 その光景も相まって、気になる者達がぞくぞくと降り始め、着いたらやはり武器を取り出していく。もはや最後尾にいたベルとルアン以外の後方組が最前列に集結してしまう。

 

 ただし、一番前の馬車を引いていた御者は逆に後ろへ行き、他の御者の人達にも声をかけて避難していく。

 

 ベル達は何が起きているのか不思議に思っていると―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――ドオンッ!! と、前の方で爆発音が聞こえた。

 

 そしてすぐ後、人が吹っ飛ばされる光景が目に映る事になった。

 

 

「…!? 何か前の方で揉め事が起きている!?」

 

「マジかよ!? リッソス達はどうしたんだ!?」

 

 

 そして僕らは発煙筒も含め、武器を取り出して馬車から降りて、ルアンと共に騒ぎ声が聞こえる列の先頭の方へ駆けこむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡り、後方組最前列。

 

 ルアンが欠伸を出しそうになった頃。

 

 リッソスが馬車を引く御者の人と話している間、カサンドラは深刻そうな顔で思い悩んでいた。

 

 昨日見た夢のお告げ。その内容は『敗北』と『死』の予言。

 

 それを回避するための方法も信託されているが…。

 

 

 

 

 

 

――― 傷ついた太陽の城が、泥棒の三日月によって落ちる。

 

――― 小人と一人の男によって翻弄され、最後は寵童が凶刃によって亡き者となる。

 

――― 倒れる者達の努力は報われない。

 

――― 動けない悲劇の預言者は決着を見れず、泣き崩れる。

 

――― 太陽達は全てを奪われ、光を失くして彷徨い続ける。

 

――― この結末を回避したくば、白き少年を犠牲にしろ。

 

 

 

 

 

 

(この『白き少年』って、まず間違いなくベルの事だよね…)

 

 

 でもそうしちゃったら、ベルが犠牲となって…。

 

 

(『この結末を回避したくば』という事は、このまま何もせずにやると、ベルは無事…という事になる…けど…)

 

 

 でもそうしないと、『太陽』――――エンブレムに太陽がある私達【アポロン・ファミリア】が、『三日月』―――――エンブレムに盃と三日月がある【ソーマ・ファミリア】に負けて、しかも『寵童』―――恐らく【太陽の光寵童】の二つ名を持つ団長さんが亡くなってしまう。

 

 

(……どうすればいいの、これ…!?)

 

 

 ベルを取るか、抗争の勝利を取るか。

 

 その二択が、カサンドラの前に突き付けられている。

 

 思い悩むカサンドラ。

 

 

(流石にあの最後の一節がある以上、ベルには相談できない…)

 

 

 カサンドラはこの事をベルに相談してしまったら、ベルが自ら本当に危険な目に合いにいくだろうと考えている。

 

 しかし、カサンドラは出発する前にダフネや、思い切って今同じ馬車にいるリッソスにも相談したが、夢のお告げを信じてもらえず、相手にされなかった。

 

 

(自力で、このお告げを覆すしかないの…!?)

 

 

 「どうやって!?」と、結局振り出しに戻り、頭の中がぐるぐる回り続けるカサンドラ。

 

 「あー!」「う~!」と悩み続けており、同じ馬車にいるリッソスと馬車を引く御者の人は全力で見ないことにしていた。

 

 そうして悩み続け、ふとある考えが浮かび上がった。

 

 

(…いや、待って。もしかしたら夢のお告げの内容自体にヒントがあるかも!)

 

 

 夢のお告げが一節でも外れば、結末は変わる。

 

 そうすれば、ベルが犠牲にならずに『戦争遊戯』にも勝てる…かもしれない。

 

 確証はないが、それでも一筋の考えに縋るしかないカサンドラは、お告げの内容そのものを深く考え始めるのだった。

 

 とりあえずまずは一節目から。

 

 

――― 傷ついた太陽の城が、泥棒の三日月によって落ちる。

 

 

(普通に考えれば、『太陽』はエンブレムに太陽がある私達【アポロン・ファミリア】の事で、『城』は戦争遊戯の決戦場のシュリーム城の事になって…。『三日月』という事は、エンブレムに盃と三日月がある【ソーマ・ファミリア】の事になるけど…。ここは深く考えなかったけど、『泥棒』…?)

 

 

 深く考えなかった部分に引っかかるカサンドラ。

 

 だが少しでも最悪の二択から外れるためには、自信がない推測でも考えるしかなかった。

 

 

(何か盗んだ【ソーマ・ファミリア】が私達の城を攻め落とすっていう事…かな…? その盗んだものをどうにかすればいいのかな…?何だろう…? 情報が足りない~…!)

 

 

 だけどそう考えれば、『泥棒の三日月によって落ちる』という一節目の後半の分は完成する。完成したくないけど。

 

 そして、一節目の残りの前半の分。

 

 

(残った『傷ついた』っていう部分は、きっと『戦争遊戯』で傷を受けた『私達』の事と拠点にしている『シュリーム城』が壊されるという二つの意味を指して…あれ…?)

 

 

 いや、ちょっと待って。

 

 傷ついた太陽の城…?

 

 そしてカサンドラは、最悪の推測に辿り着く。

 

 

(いや、待って。『「傷ついた太陽」の城』とも読めたら…他の意味が…!?)

 

 

 しかもこれが一節目に来るという事は…!?

 

 

 

 

 

 

 

――― 『傷ついた太陽』の城が、泥棒の三日月によって落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

(これって、別に『戦争遊戯』の時じゃなくて、その前に私達は戦力を削られる事も意味できるんじゃ…!?)

 

 

 カサンドラにそんな考えがよぎった矢先。

 

 もうすぐ入ろうとする森林の中の道から草原の方に出た、黒いフードを被った者が一人、こちらに歩いて来るのが見えた。

 

 ただ、その黒フードの格好に既視感を覚えた。じっと見て、距離が近づくと、見たことある仮面がフードの中から覗かしている。

 

 そう、まるで館が壊された時の…。

 

 

「…あれって、まさか…!?」

 

 

 カサンドラが悲鳴に近い声を出し、顔が絶望に染まる。

 

 同じ先頭の馬車にいたリッソスもまた、その者を見て唖然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここまで堂々としていたら気づくか、【アポロン・ファミリア】」

 

 

 かつて、ベルが入団してから2週間ぐらいの頃。

 

 館が破壊された時の襲撃者の一人が、再びカサンドラ達の前に現れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リッソスが慌てて馬車を止めるように御者の人に指示を出し、馬車は停止した。

 

 そして武器を取り出して馬車から降り、対峙するのだった。

 

 

「全く……。帰り道にこうも鉢合わせになるとはな」

 

 

 ため息をつくかのような素振りを見せる黒フードの者。

 

 険しい顔で相手に睨み付けるリッソス。カサンドラもまた馬車から降りる。

 

 そして先頭の馬車が急に止まったため、「何だ何だ?」と続々と前方に様子を見に来る【アポロン・ファミリア】の者達。

 

 そして見た事があるソレに、多数の人が武器を前に出すのだった。

 

 緊張が場に走るが、リッソスはこの者の情報を少しでも取りだすため、一先ず名前から質問した。それでも叫び声として出てしまうが。

 

 

「……前から思っていたが、貴様、名は何だ!?」

 

「ん? ああ…。…エインだ。名乗ったのはこちらの方が先なんだが、偽名のせいか、あいつらに自称エインと言われているがな」

 

 

 やれやれと名前に関して愚痴をこぼす黒フードの者―――自称エイン。

 

 何だそのふざけた回答は? と何人かが口からこぼすが、リッソスはそのまま質問を続ける。

 

 

「貴様、何処からここまで来たんだ!?」

 

「……『シュリーム城』からだが?」

 

「…!? 何だと!?」

 

 

 まさかの目的地の名前が言われ、動揺する【アポロン・ファミリア】の者達。

 

 リッソスは必死に心を落ち着かせるように自分に言い聞かせた。

 

 そうこうしている内に、カサンドラはある事に気づく。

 

 

「ねえ、私達の前の方から来たっていう事は…!? ダフネちゃんは…、先発組の皆は…、どうしたんですか!?」

 

 

 カサンドラの疑念に、【ガネーシャ・ファミリア】の方の心配をしていた皆もハッ!? として相手を見る。

 

 だが、自称エインは興味がないかのような素振りを見せた。

 

 

「……自分で確かめに行ったらどうだ?」

 

 

 首をクイッ、と後ろの方に動かす。

 

 その挑発に、皆が乗っかってしまう。

 

 

「…! 上等だ! ここで雪辱を果たしてやる!」

 

 

 リッソスが飛び出したのを皮切りに、次々と襲い掛かる。

 

 だが相手は、余裕を見せつけてくる。

 

 

「…前の戦いで学ばなかったのか?」

 

 

 自称エインは右手を前に突き出す。

 

 そして――――炎の塊が高速で飛び出す。

 

 

(それは想定済み……何!?)

 

 

 リッソスはタイミングに合わせて、突き出された方向から横に避けようとしていた。

 

 だが、撃った方向はリッソスがいた少し手前の地面。

 

 そこに着弾し、土埃が舞う。

 

 

「視界が……ガァ!?」

 

 

 相手が見えなくなった瞬間に距離を向こうから詰められ、土埃の中から、リッソスの顔面に強烈な拳が炸裂した。

 

 後方に吹っ飛ばされるリッソスは後ろにいた者の一人にぶつかり、そのまま一緒に転がり込む。

 

 

「こいつ、前から思ってたが、いくら何でもその攻撃は反則だろ!?」

 

「だったら自力でどうにかするんだな」

 

 

 一瞬で移動して、愚痴を叩いた者に至近距離で炎雷を打ち込み、そのまま黒い手袋をした右手を握りしめ、後ろに襲い掛かってきた者にカウンターを叩き込ませる。

 

 横から襲い掛かってきた者に左手で隠し持っている剣を抜刀してそのまま斬り払う。時にはその剣を投げつけて突っ込み、投げた剣を避けるか防御したところを蹴りでねじ伏せた。

 

 剣を回収したら、右手から打ち出す炎雷で【アポロン・ファミリア】の連携に隙を作らせ、そこを修復させる前に一気に倒していく。

 

 一か八かの攻撃も圧倒的な体術の技量によって簡単にあしらわれ、むしろ痛烈なカウンターを送りこまれる。

 

 攻撃をもらうも意地となって立ち上がる者もいるが、すぐに対処されてそのまま倒される。

 

 何人かは停車している馬車の方に衝突され、車輪やロープ、中にあった食料は台無しに、木材などは壊されてしまう。

 

 頑張って詠唱を完済させようにも相手の炎雷の方が圧倒的に早いため、平行詠唱が出来る者がいない【アポロン・ファミリア】はなすすべなくそれをもらい、時には魔力暴発を引き起こされてしまう。

 

 それでもカサンドラに回復してもらって再び立ち上がったリッソスは、襲い掛かる人混みを死角として、斬り払いをした。

 

 

「…!」

 

「なっ!? 防がれた!?」

 

 

 だが、決まったと思っていた斬り払いを咄嗟に剣で止められ、かすり傷すらつけられていない。

 

 顔を顰めるリッソスに、武器を弾かせて、煩わしいかのように左アッパーを繰り出した。

 

 

「フンッ!」

 

「ガッ!?」

 

 

 きれいな形で顎に決められてそのまま吹き飛ばされ、意識を失ってしまう。

 

 残った者達も果敢に攻めるが、襲撃の時の再現かのように数を減らし、そして遂に、後ろで回復魔法をかけているカサンドラの所まで来た。

 

 最後の一人が後ろから襲い掛かるが、裏拳で吹き飛ばされてしまう。

 

 呻き声が多く聞こえるが、もはや立っている者はいない。

 

 

「さて……」

 

「だ、誰か…!?」

 

 

 フードの中から仮面を覗かせる者は、カサンドラに手を伸ばそうとする。

 

 顔を青く染めるカサンドラ。

 

 そしてカサンドラを掴もうとした所で――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえてきた少年の声に反応して、動きが止まった。

 

 

「カサンドラさん、大丈夫ですか!? …って、あいつは…!」

 

「騒ぎを聞きに来たら、どうなっているんだこれ!?」

 

「…どうやら、お前もここにいるという私の勘は当たったようだな」

 

 

 駆け込んできたベル達が現場に到着した後、自称エインはカサンドラの元から少し離れる。

 

 この状況に怯えているルアンを無視するかのように、ベルとカサンドラの方にそれぞれ仮面の面を向けた後、腕を少し広げた。

 

 その行為に思わず身構えるベル達だが、それを無視して話しかけてきた。

 

 

 

 

 

 

「二人揃ったようだな。それでは、改めて勧誘しよう。私は自称エインだ。そこのLv.1の白髪の少年。今の【ファミリア】を捨てて、そこの女と共に『闇派閥』側に来ないか?」

 

 

 

 

 

 

「…は?」

 

「何、前回の事は水に流そうじゃないか。それに『闇派閥』側もすぐに慣れるさ。出来るだけそうなるように仕事はさせてもらうが」

 

 

 唐突な『闇派閥』からの勧誘に、ルアンも含めた3人は唖然とした。「この状況で何を言ってるんだ?」という顔で。

 

 

「勿論、タダとは言わん。もし『闇派閥』側に来たら、戦争遊戯が始まる前に【ソーマ・ファミリア】の事は何とかしておこう」

 

「…え…?」

 

 

 その発言に、カサンドラさんは思わず声を出してしまうけど、すぐに首を横に振っている。

 

 その間に、僕は小声でルアンに指示を出した。

 

 

『ルアン。僕が時間を稼ぐから、カサンドラさんの所でけが人を運び込んで。出来たらすぐにこの場から逃げよう』

 

「え、いや、相手の方が明らかに速いんじゃ…」

 

『森林がすぐ目の前にある! そこに逃げ込んで、木の死角でどうにか凌ぐしかないよ!』

 

「…わかった!」

 

 

 ルアンはそのままベルの元から離れ、けが人の一人の元へ行く。

 

 そして自称エインはベル達に返答を求めた。

 

 

「それで、どうだ? 返答は?」

 

「「お断りします!」」

 

 

 僕とカサンドラは強く拒否した。

 

 動かない自称エインをよそに、カサンドラさんはすぐにその場から離れ、馬車の裏に行って【魔法】で治療しにかかった。

 

 ルアンはせっせとその場所にけが人を引きづりながら運び、そこでカサンドラに【魔法】で癒させている。

 

 その間に、僕がなんとか時間を稼いで見せる。

 

 ベルはそんな意気込みをしている時、相手の顔の向きが明らかにベルに向いていなかった。

 

 

「…?」

 

 

 その仮面を向ける先にあるのは、カサンドラさん達がいる方向。

 

 そちらの方を、眺めているかのように見えた。

 

 

(僕を無視してそっちを攻撃するつもりなのか!?)

 

 

 ならこっちから仕掛けるしかない! とベルは相手に駆けだす。

 

 そんなベルに、自称エインはようやくベルの方向を見た。

 

 

「遊んでやるが……あまりがっかりさせるなよ? これでもお前はお気に入りだからな」

 

 

 そして、本当に遊び気分で待ち構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああ!」

 

 

 短刀で斬りつけようとするベル。

 

 斬り払い、斬り上げ、回し蹴り、斬り下ろし、水月蹴り……。

 

 ラッシュを繰り出すが相手はひらりと躱し続け、黒フードにすら傷がついていない。

 

 しかし、そんな余裕がありながらベルに一切攻撃を仕掛けて来ない。

 

 

(完全に、遊ばれている…!)

 

 

 いっその事フードを掴もうとしても、簡単にあしらわれてしまう。

 

 触れることすら許されない。それ程実力差がある。

 

 そんな事実が、僕の中で沸々と大きくなり始める。―――逃げろ、と。

 

 だが、今回はあくまで時間稼ぎ。その事が、今こうして立向かっている理由であった。

 

 相手が攻める気がないのなら好都合とばかりに、体力切れにならないよう、攻撃し続ける。

 

 だが、そんなベルを自称エインは退屈そうにしている。

 

 

「何だか味気ないな。この程度か…」

 

「…!」

 

 

(いや待て、相手の挑発に乗るな。時間を少しでも稼ぐんだ!)

 

 

 攻撃のペースを上げてしまったら、体力がすぐに無くなり、時間稼ぎの意味がなくなってしまう。

 

 ベルはそう自制して、攻撃のペースを上げないようにする。

 

 だが相手はそんな悠長な事を簡単に待ってはくれなかった。

 

 そして怒気が混じった声で、ベルを本気で脅迫した。

 

 

「本気でやった方が良いぞ? さもないと……そこの女を除き、全員殺すぞ。お前も含めてな」

 

「…!?」

 

「一応これでも自分ルールというのがあってな。これのせいであいつらに問題児として見られているが…。お前がお気に入りから外れば、手加減なんか一切しないぞ?」

 

 

 僕とカサンドラさんをお気に入りとして見ている。

 

 それが今、お前達が助かっている理由だ、と言わんばかりの雰囲気に僕は思わず気弱になりかけてしまう。

 

 相手の雰囲気が先程とは一転して冷たくなり始め、まずいことになりかねないと判断して、僕は、攻撃のギアを上げた。

 

 

「フッ!!」

 

「おっ?」

 

 

 攻撃のスピードが上がるが、相手は躱し続けている。

 

 だが、その回避方法が少しずつその余裕がなくなっていく。

 

 先程とは一味が違う攻撃のラッシュに、刃がフードに届きそうにもなった。

 

 

「ほう…」

 

 

 相手から感心の声が上がるが、このままではすぐに体力切れとなってしまう。

 

 まだカサンドラによる【魔法】の治療は重傷者の傷が軽傷へと変えさせることに専念している。

 

 そのため、ベルは時間稼ぎではなく勝とうとして、勝負に出た。

 

 持っていた発煙筒に煙をつけ、それを前に投げつけた。

 

 

「…? 何を…!」

 

 

 煙で見えなくなった隙に、距離を一気に縮めた。

 

 至近距離に近づくベル。

 

 そこから、電光石火の一撃。

 

 相手の黒フードの裾の分によって見えない、側面の死角から切り払う。

 

 ベルはこの一撃は入ると思っていた。

 

 だが、それを――――――片手で受け止められてしまう。

 

 

「え!?」

 

 

 ベルは衝撃を受ける。

 

 腕や手首をつかんだ、もしくは短刀を摘まんで止めたわけじゃなく、掌の面で短刀を止めた事に。

 

 刃が全く通っておらず、黒い手袋すら切れていない。

 

 

「ど、どうして…!?」

 

 

 押しても全く動かない。

 

 むしろ短刀が折れなかっただけ幸運だったかもしれない。

 

 信じられないという表情をするベルに、自称エインは自慢げに話した。

 

 

「この手袋は特注品でな。よっぽどの切れ味を持たなければ刃物の攻撃に傷が一切つかず、尚且つ【魔法】にもある程度耐性がある品物だ」

 

 

 黒い手袋を見せつけながら解説する自称エイン。

 

 「造らせるのに苦労したけどな」と一言加えるが、ベルにとっては最悪な状況である。

 

 

「それにしても……前の時より格段と動きがいいな、お前。何かを経験したのか?」

 

「…!」

 

 

 ここ数日、非常に濃い生活を過ごしたベルは、どれが一番だったのかすぐに言葉が出なかった。

 

 短刀を手で止められた状態のまま硬直する二人だが、ベルが次の攻撃を仕掛けようとして、蹴りを出そうとした瞬間。

 

 

「やはりここで逃すのは惜しいな。お前だけでも無理矢理連れて行く」

 

 

 そう呟いた瞬間右手を向けて、ベルに至近距離で炎を打ち込んできた。

 

 

「グッ!?」

 

「何?」

 

 

 それを、僕は膝を曲げて背中から倒れ込む形でギリギリ躱した。

 

 昨日の朝の修行が活きている。

 

 必死に避けられたとしても、クロエさんの隠し持ってた武器でやられていたけど、その経験がなかったらいきなり終わっていた。

 

 あの理不尽すぎる攻撃はこれをどうにかするためだったんですね! と内心クロエに感謝するベル。それと同時に何故かクロエが目線を逸らす様子が幻視するが。

 

 避けた後、その体勢から僕は地面に手を付けて右脚で回し蹴りを仕掛けたが、相手はジャンプしてそれを余裕で避けられてしまう。

 

 だが、その回転をしたまま立ち上がり、そのまま上段への回転蹴りを仕掛ける。

 

 が、相手が着地した方が先で、蹴りが届く前に近づけられ、僕の腹に強烈な拳が入った。

 

 

「ガハァ!?」

 

 

 鈍い音が鳴り、ベルの体がくの字となったまま後方へと吹き飛ばされる。

 

 ガアンッ! と馬車にぶつかり、馬車が横に倒れ、そこからベルも地面に叩き付けられる形で倒れ込む。

 

 ベルの意識は朦朧としており、すぐに立ち上がる事ができなかった。

 

 ただ、自称エインはベルの事で少し驚いている。

 

 

「…ふむ。かなり手加減していたとはいえ、今回は偶然ではない形で攻撃をかわしたか。よくもまあLv.1で」

 

 

 そして剣を抜き、そのまま吹き飛んだベルの元に近づく自称エイン。

 

 

「ベルー!?」

 

「やべえ!? すぐに逃げろ、ベル!?」

 

 

 カサンドラやルアンはベルが馬車に衝突した音でそちらを見て、顔を青ざめる。

 

 ルアンやカサンドラが駆け込んでも間に合う距離ではなく、先に向こうの方がベルの元に辿り着いてしまった。

 

 意識を朦朧としながらも、腰にある小荷物から回復薬を取り出そうとしているベルに、剣を向ける。

 

 

「やはり意識を回復しようとしているな。目が覚めて暴れても困るから、ここで四肢でも斬っておくか。何、ちゃんと持って帰って回復させるさ」

 

 

 剣を振り上げ、まずはベルの右腕を切り裂こうとした瞬間。

 

 思わぬ方向から、蹴りが飛んできた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 間一髪で躱す自称エイン。

 

 ベルの元から離れ、今攻撃した者に警戒しようと視線を向けた時。

 

 

「……誰だ、お前は?」

 

 

 見かけない顔だったので、仮面を付けた黒フードの者は声をかけた。

 

 対峙するのは、褐色の肌を持つ女性。

 

 ベルもまた、腰からいくつかポーションを飲んで意識が元に戻った所で、その女性を見て驚愕する。

 

 

「え…!? どうしてここに…!?」

 

「お前がここを通ると聞いてな。お前からの手紙も読んで、様子を見に来たつもりだったが…。少し道に迷った所で、煙が立ったのが見えたからここまで来れたが、こうなっているとは思っていなかったぞ」

 

 

 そこにはメレンでベル達と戦った、【カーリー・ファミリア】のLv.6の頭領姉妹の一人、強敵のアマゾネス。

 

 バーチェ・カリフが、ベル達の助太刀として参上した。

 



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テルスキュラが産んだ強さ!

副題 「『蠱毒の王』vs『偽る者』」

報告
言い忘れていましたけど、『偽る者』の方はオリキャラのつもりです。
また、「ソーマ」の回で「三日月と盃のエンブレムを持つ」という文を加えました。
そして今回も長いです。


 後発組として出発した僕達は道の途中で、かつて館を襲ったあの襲撃者の一人、自称エインと名乗る者と遭遇してしまった。

 

 相手の挑発もあって襲い掛かるが返り討ちにされ、僕達はピンチに陥ってしまう。

 

 もはやこれまで……という所で、バーチェさんが助けに来てくれた。

 

 相手は警戒して距離を取り、その間に僕はポーションで傷の回復をしている。

 

 

「…どうやらギリギリだったようだな。お前が無事でよかった」

 

「バーチェさん…」

 

 

 バーチェさんは僕に話しかけ、安堵の声が出ている。

 

 口元がベールマスクで覆われているけど、大分息が荒げている事が簡単にわかる。きっと全力で走ってきたのだろう。

 

 もしかしたら、最初は『戦争遊戯』の事で応援の言葉を送ろうと思っていたかもしれない。

 

 

「お前は私を倒したんだ。例え美味しい所だけ持って行ったとしても、そんな簡単にやられては私の立つ瀬がない」

 

「申し訳ございません!」

 

「待て、叱りに来たんじゃないんだ。そんなすぐに謝るな」

 

 

 慌てて訂正を求めるバーチェにベルはあたふたしているが、それも束の間で状況を簡潔に説明した。

 

 

「それで、あいつは何者なんだ?」

 

「名前は、自称エインです。『闇派閥』に属する者…、言うならばオラリオの敵です。そして今、僕とカサンドラさんを攫おうとしています」

 

「…成程な」

 

「どうにかしてあいつを…ぅ」

 

 

 バーチェさんは納得したことをよそに僕は立ち上がろうとした所で、体がフラついた。

 

 倒れる前にバーチェさんに抱き止められ、それと同時に「あうっ!?」と何か変な声が聞こえた気がする。

 

 バーチェさんの体が熱く、また鼓動が感じられ、そして早く聞こえた。

 

 見上げれば何故か顔が赤くなっている。…て、それどころじゃなくて!

 

 

「す、すみません。すぐにどきます」

 

「あっ……」

 

 

 ベルは心配しながらそこから離れ、バーチェは一瞬だけ名残惜しそうな顔をした。

 

 だが、すぐに顔色を変えて自称エインの方を見た。

 

 憎き相手を見るかのように。

 

 

「あいつの相手は私がやろう」

 

「…え!? あ、有り難いんですけど、バーチェさんは…」

 

「お前等はもう満足に戦える者はいないだろう? 戦争遊戯も3日後に控えているんだ、今は休んでおけ。大丈夫さ、お前がやられた借りは必ずあいつに返す!」

 

 

 どうやら何か戦闘のスイッチが入ったようである。

 

 確かにここはバーチェさんに任せた方が良い。Lv.6でとても強く、あいつを撃退してくれるだろう。

 

 そのため僕は感謝の言葉を告げながら、有益になりそうな情報をバーチェさんに教えた。

 

 

「バーチェさん。相手の手袋は特殊みたいなもので、その部分は魔法の効果が期待できません。それに、右手から詠唱無しで炎を出すような魔法らしきものを使ってきます。気を付けて下さい」

 

「忠告感謝する」

 

 

 そう言ってバーチェさんは相手の方に進もうとした所で、咄嗟に声が出た。

 

 

「頑張って下さい、バーチェさん!」

 

「ああ、任せろ…。……どうしてだろうな。お前に応援されたら、何故か負けたくないという気持ちが高まった」

 

 

 そう言ってバーチェさんは歩み始めて、自称エインの方に向かっていく。

 

 そして距離が少し縮まった所で足を止め、相手の事を睨み付けて対峙した。

 

 

「さて、待たせたな」

 

「………」

 

 

 その場に緊迫した空気が流れる。

 

 その間に僕は邪魔にならないよう急いでカサンドラさん達の所まで行き、治療の手伝いをしながらその様子を見ようとした。

 

 ルアンやカサンドラさんもまた僕と同じようにして、バーチェさんの戦いを見ようとしている。ただし、手は止めずにポーションやらタオルやら包帯やら着々とこなしていく。

 

 そんな中、カサンドラさんが小声で僕に質問してきた。

 

 

「ね、ねえベル…? どうして【カーリー・ファミリア】のバーチェ・カリフさんと、そんなに仲良くなっていたの…? 私が捕まった後に、何かあったの?」

 

「あ、えーと、あの時戦闘が終わった後、カサンドラさん達を探すときに一緒に行動したりして…。後は、別れ際に少し話したぐらいかな…?」

 

「そう、なの…? でも、どう考えても…?」

 

 

 ベルに聞いてもわからず、カサンドラは全く納得しない感じで首を傾げながらけが人に治癒魔法をかける。そして最低限の治療を済んだ者を次々とまだ無事である馬車の中に運んで、中にあった荷物をどかしてできた空いたスペースに寝かせた。そうしてまた次の人に取り掛かって繰り返していく。

 

 ただしそんな作業をしている中、ベル達の目線は常にバーチェ達の方を見て応援しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けが人の治療を進める白い少年達をよそに、バーチェは戦闘態勢に入っていた。

 

 先程ベルといた時に胸の奥からこみ上げていた熱は、本来の闘争心と混ざり合って強くなっている。

 

 やる気満々で相手を見据え、軽口を叩いた。

 

 

「随分と黒い格好をしているな、お前。オラリオの冒険者とはこうまで違うものなのか?」

 

「…対してお前は間違いなくオラリオの冒険者じゃないな。どこの【ファミリア】だ?」

 

 

 対峙する自称エインは首をコキッと少し鳴らして、邪魔をしてきたバーチェに殺気を放している。

 

 ベル達が見守る中、相手は口元を隠す女をオラリオの外から来た旅の者だと判断していた。

 

 

(オラリオの外はダンジョンがない分、Lv.も上がりにくい…。という事は、Lv.は2か3が大体目安か。さっきの不意打ちの蹴りで過大評価しすぎたな)

 

 

 それなら取るに足らない相手だと結論し、ぶちのめそうと仮面の者も戦闘態勢に入る。

 

 

「しかし、ここで邪魔をするという事は…。覚悟はできているだろうな?」

 

「そう言うお前もな。―――よくもあいつをいじめてくれたじゃないか!」

 

 

 そしてバーチェは掌が上になるよう右手を横に突き出して、詠唱を唱えた。

 

 

「【食い殺せ、―――ヴェルグス】!」

 

 

 右手に禍々しいオーラが包み込んでいく。

 

 そんな褐色の女をよそに、相手は集中力を高めた。

 

 

「…付与魔法か。そんなもんで私と戦うつもりか? そのマスクで隠している気かもしれないが、顔の良さが台無しになるぞ?」

 

「それはどうかな? 仮面で隠しているお前の方が危ないんじゃないか?」

 

 

 相手もまた先程のベル達と戦ったとは別の、かなり練度がある雰囲気を醸し出す。

 

 そして――――――――、両者一気に駆け出した。

 

 

「「はああああ!」」

 

 

 バーチェは殴りにかかり、自称エインは剣を取り出す。

 

 相手はその分のリーチ差で先制攻撃を仕掛けようとし、横に切り払った。

 

 バーチェは走りながら身を引くくしてそれを避け、今度は相手に向かって付与魔法を付けた右手で殴りつける。

 

 自称エインは顔面にむけた高速のパンチを、剣を横に切り払った流れに逆らわずそのまま体を回して何とか避けた。

 

 そのまま交差して、位置が入れ替わるようになる直前に回転しながら腕を精一杯伸ばしてバーチェの背中に斬りかかるが、テルスキュラで鍛えられた歴戦の勘でそれを察し、前回転にジャンプして避ける。

 

 仮面の者は回転した体を止めて体勢を戻し、口元を隠す女は着地してすぐに相手までの距離を詰めた。

 

 自称エインは剣で牽制しようとするが恐れなしで突っ込まれ、剣を躱したバーチェは左ストレートを放つ。

 

 

「…!」

 

「ッ!? 重い…!?」

 

 

 自称エインはそれを腕でガードするが、想定よりも重い一撃に思わず体がもつれるような形で後ろに下がってしまう。バーチェはそれを見逃さずに魔法を帯びた右ストレートを放つが、相手はギリギリ体勢が戻ってそこに合わせて黒手袋を嵌めた拳を放った。

 

 

「「おおお!」」

 

 

 拳と拳が衝突し、ドオンッ! と音が鳴り響く。

 

 ベル達は思わず耳を塞ぎたくなるが、なりふり構わずに必死にバーチェを応援している。

 

 そのまま両者後ろに飛ばされるが、お互い地面に滑りながら勢いを殺す。そしてすぐに自称エインは炎をバーチェに向かって放った。

 

 女はそれを避けて接近し、相手もまた駆けこんでいる。女は蹴りを放つが、相手は体勢を限界まで低くしてそれを避け、そのまま足払いを仕掛けた。

 

 バーチェはジャンプしてそれを躱し、そのまま上から下へ右ストレートを放つ。だが自称エインは横に転がってそれを避け、そのまま右ストレートがドンッッ! と爆発したかのような音を立てながら地面に打ち込まれた。

 

 そのまま転がってすぐに立ち上がった自称エイン。想定以上の相手だと内心驚いている。

 

 そして、バーチェが殴りつけた地面から、変色した煙が立っていた事に気づいた。

 

 

「な…!? まさか、毒だと!?」

 

 

 バーチェの付与魔法の属性が『猛毒』である事に驚愕する。仮面で顔は見えずとも、ベル達から見ればどこか気を引き締めたかのような雰囲気を感じ取った。

 

 逆にバーチェは冷静に相手を見ている事がわかる。その心の余裕に、仮面の者は納得を得た。

 

 

「…成程な。その強さの自信というのはそういう事か。だが切り札であろうその魔法に、この手袋は耐えられるようだが?」

 

「それがどうした? その仮面、魔法を使わなくてもすぐに破壊できるぞ?」

 

「……私の自分ルールにも例外はあってな。その該当となったお前は、どうやら本当に殺されたいようだな!」

 

 

 そう言い放つと、先程とは別次元の速さで再びバーチェに向かって行く。

 

 小手調べは済んだ。今度は――――本気だ。

 

 あと一歩で剣先が届くかという所で、まず右手を突き出して高速の炎雷を出した。女は右に避けるが、自称エインはそれを見越して剣で斜めに切り下げる。だがその剣先がギリギリ届いておらず、それをわかっていたバーチェは念のため後ろに避けようとした。

 

 

(届かない…ウッ!?)

 

 

 後ろに避けてから突っ込もうとした所で、左肩に激痛を感じた。自称エインは故意に剣を手から抜けて前に投げたような形で、攻撃を無理矢理届かせたのだ。もし後ろに下がってなかったら顔面に直撃しており、絶命していた。

 

 剣先が肩を貫通しており、思わず痛みで集中力が途切れかけた所で自称エインは一気に畳みかけるよう拳を振るう。

 

 

「フッ!」

 

「ウグッ!?」

 

 

 クリーンヒットをもらい、そのまま拳の連撃を浴びせられる。さらに一発一発が重い拳が左肩を中心に狙われるも、バーチェも負けじと意地を見せる。

 

 

「ガァ!? グウゥ!? この…舐めるな!」

 

「グァ!? …お前、一体何なんだ!?」

 

 

 鈍い音が鳴る中、バーチェは拳や蹴りを入れた。相手は毒を纏う右手を必死に払うか手袋をした手で受ける。仮面に向かう攻撃は必死にガードをするが、他の部位には攻撃が入っていく。そんな状態でも両者共に近距離で戦い、もはやお互い鈍器で殴られているかのような感覚に陥るがお構いなしと攻撃を続ける。左肩から血が流れ続けるが、それでも左拳で相手を殴っていく。

 

 メレンでティオナと戦った時やテレスキュラでも経験していた殴り合いに身を投じ、これでもかというぐらい拳や蹴りを入れ続けた。相手もバーチェに拳を入れ、女は吐血を出しながらも相手を仕留めようと果敢に立ち向かっていく。次第にバーチェは防御をせずに攻撃のみにきり変わって、相手に襲い掛かった。

 

 その執念じみた攻撃は、相手の手数より多くなり始める。

 

 そして両者一歩も引かない中、致命的になりかねない攻撃を防御しようとする相手が少しずつ押され始めた。

 

 不利になりかけてきた流れを止めようと、自称エインは雄叫びを上げる。

 

 

「グゴォ!? ぐ、おおおおおおおお!? これならどうだ!」

 

「…!」

 

 

 殴りにいった右手から、炎雷が至近距離から飛び出す。

 

 褐色の女は左に避けるが、それを予測していた自称エインは左の裏拳を既に出しており、目の前まで迫っていた。

 

 

「ガハッ!?」

 

「…ガッ!?」

 

 

 バーチェはそのまま喰らうが、タダではやられない。

 

 その直前に毒の魔法を帯びた右拳を相手の左脇胸に叩き込んだ。

 

 お互い横に反対方向へ飛ばされるが、地面を滑らせながら勢いを殺して着地を果たす。

 

 

「……フッ…」

 

 

 あれだけのラッシュで一発も決められなかったが、ようやく毒を帯びた拳が相手に入った。

 

 裏拳によってバーチェのベールマスクが取れて口元が見えてしまうが不敵に笑っており、相手の方は悶絶していた。

 

 

「ガァアアアアア!? 何だこの毒…!? こんなに効くのか…!?」

 

 

 フードごと毒を打ち込まれた左脇胸を抑えてその場にのたうち回る自称エイン。黒フードに毒が染み込んで、その部分が変色している。

 

 相手が苦しんでいる間にバーチェは痛みをこらえながら左肩から刺さっている剣を抜き、取れたベールマスクを拾ってそれを傷口の部分に縛り、出血を抑える。

 

 そして仮面の者は毒の痛みをどうにかして和らげようと最小限にまで抑えた火力で熱消毒しようと試みる。

 

 いざ実行してみたが、全く痛みが引かない。結局あきらめ、必死に我慢する事にして立ち上がった。

 

 

「私の毒は骨まで染みる猛毒だ。そんな簡単には回復しないぞ?」

 

「フーッ、フーッ…!」

 

 

 息遣いが荒くなり、仮面の奥からバーチェを睨み付ける自称エイン。

 

 再び激突しようかという雰囲気の中、仮面の者は不意にベル達の方に面を向けた。

 

 

「…え、まさか…!?」

 

 

 観戦していたベル達が嫌な予感をする中、自称エインはバーチェの方に向き直す。そしてバーチェに向かって大きい炎を出した。

 

 

「…! まずい!?」

 

 

 バーチェもこの後の事態に察したか、炎を避けた後すぐにベル達の方に向かって走り出す。だが数瞬分、相手の方が先に駆け始めている。

 

 ベル達は慌てて逃げようとしても追いかける側の方が圧倒的に速く、手を伸ばせばギリギリ届くかという距離となった時。急に方向転換して、強敵の相手の方に突っ込んだ。

 

 

「えっ!?」

 

「…ッ!?」

 

 

 ベル達が驚愕とする中、バーチェは駆け足のまま反射的に右拳を相手に打ち込もうとするが避けられてしまう。

 

 そしてバーチェが伸ばした右腕を掴んで、お互いの勢いを利用して強烈な膝蹴りを放った。

 

 

「バーチェさん!?」

 

「ガ、フゥッ!?」

 

「油断したな……グゥッ!?」

 

 

 ベルの悲鳴が出る中、ゴォッ! と強烈な音が鳴り響く膝蹴りがバーチェの腹に入った所で、その膝から激痛が生じた。褐色の女は膝蹴りを喰らって吐血するも、お返しとばかりに至近距離から左フックを相手の腹に打ち込んだ。

 

 そこもまた、仮面の者に強打による痛みを含めた激痛が走った。

 

 

「グ、ゥウウウウ!? な、何だ!? 何が、起きたんだ…!?」

 

 

 打撃以外の痛みを感じる自称エインは思わず後ろに下がって距離を取ろうとする。

 

 だがそんな簡単に問屋は降ろさず、バーチェはどうせ離されるなら、と後ろに飛ばれる直前に強烈な蹴りを相手に叩き込んだ。

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

 横に吹っ飛ばされ、着地が出来ずに転がり込む。毒に浸された部位の痛みにより、精神的に余裕が全く見られない。

 

 蹴られた部分もまた打撲以外の激痛が走る中、自称エインは必死に立ち上がってバーチェの方を見た。

 

 そして、考えたくなかった光景を目にする。

 

 

「…そんなのありか…!?」

 

 

 バーチェの付与魔法が右拳のみのならず、全身に魔法が包みんでいた。それは毒の鎧として見え、先程よりも毒をもらいやすくなった事実。こんな手が向こうに残っていたことに、怒号が出てしまう。

 

 

「全身にも可能だと!? 毒の付与魔法が!? 反則だろう!?」

 

「お前が言うな」

 

 

 詠唱無しで炎雷を出す自称エインへ、バーチェの鏡見ろ発言に「うんうん」と頷いて賛同する白い少年達。

 

 バーチェに怒りの炎雷を放つも、あっさり回避されてしまう。

 

 その隙に剣の所まで駆け足で行って拾い上げるが、先程とは打って変わって慎重になっていた。

 

 明らかに距離を詰まさないような立ち回りをしており、バーチェが突っ込んでも必死に右か左かに移動して、剣で斬りつけようとする。

 

 そうしている内に、ようやく動きを予測でき始めた褐色の女は、相手の隙をついて攻撃の間合いに入った。

 

 だが、相手はそれを想定済みで狙っていた。

 

 中々攻撃範囲に入れなかったバーチェだったが、相手に強烈な蹴りを叩き込もうとする。

 

 それを、自称エインはどうにか左拳で受け止めた。

 

 

「…!? 読まれていたか!」

 

「ッ…!? だがこれで!」

 

 

 蹴りの衝撃に耐え、そしてそのままバーチェの足を掴んで懐に入った。

 

 バーチェが拳を握って返り討ちにしようとする直前。

 

 自称エインが先にバーチェの腹に右拳が叩き込まれ、さらにそのゼロ距離から巨大な炎雷が放たれた。

 

 

「グ、ハァッ!?」

 

「あ…!?」

 

「私の勝ちだ!」

 

 

 バーチェがモロに炎雷を喰らい、遠くで青ざめるベル達。

 

 自称エインは勝利を確信し、ベル達が何か解毒薬でも持ってきてないかと馬車の方に向かおうとする。

 

 

(…! まだだ!)

 

 

 バーチェは吐血しながら後ろに飛ばされ、腹を焦がしながら煙を立てて地面に叩き付けられるかと思いきや、空中で身を捻って着地した。

 

 ベル達はその光景を見て顔色を戻し、倒れる音がしなかった事に不審に思って視線を戻した自称エインは、バーチェが意識を失わずに立っている事に驚愕する。

 

 

「な、何故だ!? 直撃したぞ!? そのダメージで耐えられるはずが…ガァア!?」

 

「そんな手袋なんかしている癖に、大分慎重だったな。だがすぐに終わらせてやろう!」

 

 

 相手の動揺を見逃さず、渾身の右拳を相手の腹に喰らわせた。

 

 自称エインはそれによって黒フードに毒がさらに染み込んでいき、体もまた毒で蝕んでいく。

 

 

「グガァアアアアアアア!? こ、のぉ…、化け物がぁああ!」

 

 

 毒で激痛に襲われ悲鳴をあげながらも剣で斬りつけようとするが、バーチェが着ていた服に掠ったのみに止まってしまう。

 

 対するバーチェはそしてカウンターとして仮面に叩き込もうとするも、相手は意地となってそこだけは死守する。ただし他ががら空となっており、そのまま勢いに乗った回し蹴りを放った。

 

 

「ッ!!」

 

「ガハァッ!?」

 

 

 自称エインはそれをモロに喰らって剣を落としてしまう。必死に反撃して何発か黒手袋を嵌めた拳を喰らわせるも、お返しとばかり何発も浴びせられ、その分毒も貰われてしまう。

 

 黒フードの頭部から下がほとんど毒によって変色して、黒い部分がほとんどない。もはや一つ一つの動作が毒によって激痛が走っていた。

 

 

「どうした!? 私がこの状態でも、素手で殴りにかかった馬鹿を知っているぞ!」

 

「それは本当にただの馬鹿だろ!?」

 

 

 どんな冗談だ! とばかり吠える自称エインだが、精神力と体力の限界が近くなりつつある。

 

 腕も上げるだけで精一杯だが、そんな相手をバーチェは容赦なく殴る。

 

 恐怖の二文字が仮面の者の頭の中によぎらせ、必死に距離を取ろうとするも、すぐに差を詰めてくる。

 

 こうなったらいっその事…! と自称エインは殴られた反動を利用して、後ろに大きく飛んだ。

 

 瀕死になりながらもどうにか大きく距離を取り、仮面の奥からバーチェを見据える。

 

 そんな中、バーチェが一度動きを止め、戦闘の最中で気になっていたことを質問した。

 

 

「お前……、一体何なんだ?」

 

「……何の事だ…?」

 

 

 右手を構える自称エイン。もはや虫の息であるが、とぼけた様子で返答する。

 

 

「……お前のその戦闘スタイル。昔見た事がある」

 

「……何だと? お前、本当に何処の【ファミリア】に所属しているんだ! お前とはここで初対面の筈…」

 

「それに殴った感触…。どうも違和感を感じる」

 

「…ッ!」

 

 

 そう聞かれた瞬間、炎雷を放った。

 

 バーチェは避けるがその一回分の動作が遅れるため、相手にその一回分だけ先に動かされてしまう。

 

 だが、ここで連戦した影響が出始めた。

 

 

「チィ! ここでツケが回ってきたか! ストックがもう…!?」

 

 

 バーチェの口を封じようとするがすぐに状況を顧みて、剣を拾いながら褐色の女までの距離をさらに広げる。

 

 そして葛藤の末、苦渋の決断かのようにこの場をどうするべきか結論を出した。

 

 撤退の意思が、心の中で強くなっている。

 

 

「ハァー、ハァー、ッ…。……クソッ、仕方ない。ここは引くか」

 

「何?」

 

「「「え?」」」

 

 

 殴りにかかろうとしたバーチェの足が思わず止まり、ベル達もまたその言葉を聞いて声が出てしまう。

 

 

「たちまちあの白髪少年の強運には驚かされるな。あの時の回避もそうだが、まさかラキアが財政難に陥るとは…。企てていた襲撃も中止となって、保険も掛けていた【ソーマ・ファミリア】がこうして『戦争遊戯』の相手となってしまうのか…。今もこの毒女が邪魔をする。頭を抱えたくなるな」

 

 

 自称エインは愚痴を吐いた後、毒の痛みにこらえながら仮面をベル達の方向に向けて歓迎の意思を見せる。

 

 

「こっちはまだお前等二人の事を諦めていないぞ。『闇派閥』側に来たかったら、いつでも歓迎してやる」

 

 

 自称エインは僕達にそう言い放ち、そのまま背を向けて逃げるように走り去って行った。

 

 こうして、僕らと自称エインとの戦争遊戯前の遭遇戦は幕を下ろす事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーチェは走り去った相手を追わず、見えなくなるまで確認してからようやく魔法を解いた。

 

 

「フウ……」

 

 

 ため息をついて、ベル達の方へ向き直す。

 

 まだまだ余裕の態度を見せていたが実は見かけ倒しで、余裕など全く残ってなかった。

 

 カサンドラ達は【アポロン・ファミリア】の後発組のけが人全員分の最低限の治療を終え、尚且つ全員無事だった馬車に運んで寝かしている。今まで隠れていた御者の者達も出てきて、その人達の対応に当たったルアンを残してベルとカサンドラはバーチェの所に向かった。

 

 そしてカサンドラの治癒魔法でバーチェの傷が癒えていき、何回も魔法をかけてようやく動けるようになった。腕を回して自分の動きを確認する。

 

 カサンドラさんが魔力切れ寸前となってマジック・ポーションを飲もうとしている傍ら、僕はバーチェさんに感謝の言葉を告げた。

 

 

「バーチェさん、本当にありがとうございます! ここまで来てくれて、しかも僕達を助けてくれて…!」

 

「気にするな…!?」

 

 

 ベルに感謝されて、バーチェは突然胸の高まりを感じ始めた。

 

 口元をすぐに肩の傷口を包帯代わりで塞いでいたベールマスクで隠すが、緩みが止まらない。むしろとても喜んで感激しているような気がする。

 

 必死に冷静になろうとしているが、全く収まらない。

 

 

「くっ…!? お前は私の天敵なのか!?」

 

「ええ!? どうしたんですか突然!?」

 

 

 ベルがいた時に再び発生した体の異常状態の原因が、バーチェには分からない。

 

 それどころか顔が赤くなっていき、これは一体何なんだ!? と混乱する精神。

 

 情緒不安定になりかけるバーチェに、ベルは逆に心配になり始めてしまう。

 

 

「だ、大丈夫ですかバーチェさん!?」

 

「これは駄目かもしれん…」

 

「そ、そんな…!?」

 

 

 バーチェさんが手で胸を抑えている。

 

 それを見た僕は、もしかして何かが詰まってしまったのでは!? と思ってバーチェさんの肌がむき出しの背中をさすった。すると…。

 

 

「はうっ!?」

 

 

 バーチェさんの口から黄色い声が出た。どうやら何かしらの効果があったようだ。

 

 このままやり続ければよくなるのでは? と思ったけど、すぐにバーチェさんから止められてしまう。

 

 

「ま、待て!? 何故か逆に熱い何かが大きくなり始めたぞ!? 何をやったんだ!?」

 

「え!? いや僕は体内に何かつまっているのかと思って、バーチェさんの背中をさすっただけで…」

 

「背中をさすっただけで…!? …いや待て。ステイタスか!? 私のステイタスに何か妙な【スキル】でも付いたのか!? それがお前と何かしらの効果が働いているのか!? クッ、カーリー様に確認してもらわねば…」

 

「いや、でも更新しないと新しい【スキル】とかは発現しないんじゃ…?」

 

「そ、そういえばそうだな…。なら、この原因は何だ!?」

 

 

 バーチェは己の体が起きている異常症状の原因を追究しようにも、ベル関連以外の条件に心当たりがない。

 

 バーチェは顔を赤くしながら頭を抱え、ベルはとりあえずポーションを与えるのだった。

 

 そんな中、魔力切れ寸前だったためマジック・ポーションを飲んで回復したカサンドラは、ジト目でベルとバーチェのやり取りを見ていた。

 

 

(…やっぱりそれって、そういう事だよねぇ~~~……)

 

 

 カサンドラはバーチェの異常現象の正体を察している。そしてその正体はカサンドラも一緒のもので…。

 

 

(と、いう事は……! こ、こんな強くて顔も美しくてスタイルも良い人が、私の競争相手に加わるの!? アミッドさんもいるのに、勝ち目がないよ~~~~~~……)

 

 

 カサンドラが悲観している傍ら、ベルからくれたポーションを一気に飲むバーチェだが、全く効果がないどころか余計に体が熱くなってしまった。

 

 自分の身に何が起きているのか全くわからず、困惑を繰り返している。

 

 ベルもまた何が起きているのかわからず、カサンドラに助けを求めた。

 

 

「カ、カサンドラさん!? バーチェさんの様子が何か…!?」

 

「あ、大丈夫。状況はわかっているから。これは病かな、うん。私じゃ治せないよ。アミッドさんも無理だと思うよ~~~?」

 

「ええ!? そんなに深刻そうな病なんですか!?」

 

「いや、待て。それにしてはものすごく遠い目をしていないか?」

 

 

 さらっと重い(想い)病気判定をされて戸惑いを隠せないベルだったが、当の本人のバーチェはカサンドラの対応に疑問を覚える。

 

 

「とりあえずそれは置いといて、バーチェさんに聞きたいことがあるのですけど…」

 

「ん、何だ?」

 

「え、ちょっ、そんなに簡単に置いて良いんですか!?」

 

 

 謎の病の話が置かれてベルは焦るが、質問の内容でベルもまたそちらに切り替わった。

 

 

「あの、さっきの戦闘の終盤のやり取りで気になったんですけど、カリフさんってあの自称エインとどこかで会っているのですか?」

 

「…あ、そういえば!」

 

 

 カサンドラさんの質問で、僕もまたバーチェさんと自称エインのやり取りを聞いて疑問に思っていた。

 

 戦闘スタイルを見た事があるという事は、自称エインの正体に心当たりがあるって事…?

 

 僕らはそれに期待して、オラリオに戻ったらそれを中心としてギルドに調査してもらおうと思ったけど、そんな簡単ではなかった。

 

 

「いや、わからない。正体までは見当もつかない。ただ、何か既視感を覚えたというか…」

 

「そう、ですか…」

 

 

 カサンドラさんは少し気落ちしたような雰囲気を見せる。

 

 でも、よくよく思い出したら相手は初対面だと言っていた。

 

 戦闘方法を知っていたとしても、必ずしもそれをやる人が同一人物とは限らない。

 

 僕はそう思っていると、ルアンがこっちの方に来ているのが視界に入った。

 

 

「おーい、話はつけたぞ! どうにか無事だった馬車で、このまま『シュリーム城』まで行ってくれる事になったぞ!」

 

「ほ、ほんとに!?」

 

「良かった…! 先発組として出発した皆や、それより先に行った【ガネーシャ・ファミリア】の人達が心配ですから、早く行きましょう!」

 

「おう! そうだな!」

 

 

 僕達は馬車の方に行こうとした所で、僕はバーチェさんの方を見た。

 

 すると、少し名残惜しそうな顔で僕の方を見ている。

 

 

「どうやら、私が出来るのはここまでのようだな」

 

「バーチェさん……」

 

「いや、元々様子を見るだけだったんだ。会話までできたのは僥倖なのだろう」

 

「いえ、そんな事はないです! バーチェさんが来なかったら、僕達は危なかったです!」

 

 

 自称エインを撃退するという、僕達にとっては十分すぎるほどの仕事をしてくれたバーチェさんに、改めて感謝の言葉を送る。

 

 どうにか顔色を戻してくれたバーチェさんは、僕らに応援の言葉を送ってもらった。

 

 

「戦争遊戯、頑張れよ」

 

「はい! 必ず勝ちます!」

 

「その気概を、戦争遊戯の時にも見せてくれ」

 

「わかりました! しっかり見て下さい!」

 

「うっ…!? あ、ああ。楽しみにしている」

 

 

 バーチェさんは顔を赤くして胸を抑えるけど、僕達から顔を背かなかった。

 

 そのまま僕達は馬車に乗って、見送ってくれるバーチェさんに手を振りながら笑顔で応える。

 

 そうして僕らはバーチェさんと別れ、再び『シュリーム城』へ進んでいくのだった。

 



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到着

ほ、報告…。
2ヶ月間、音沙汰無しで申し訳ありません。
ちょっと精神的に、その、ノイローゼに陥ってしまって…。
抜け毛がやばかった。ストレスって怖い。
解決策が見つからなかったら、どうなっていたのやら…。

そして今回めっちゃ文字数多いよー。
新しいオリキャラも出るよー。


 ベル達がバーチェと別れた後。

 

 自称エインはバーチェから逃げるかのように闇派閥アジトに辿り着いた。

 

 だがバーチェの毒を貰っているため、今もなお苦しんでいる。

 

 体中が苦痛となっており、もはやいつ倒れてもおかしくない状態であった。

 

 そんな中、ようやく闇派閥のアジトに辿り着いたのは意地というべきか。

 

 一瞬だけ安堵の気持ちになるが、猛毒の痛みによってすぐに消え失せてしまう。

 

 

「グ…、ガァアアアアアアアアアアアアアアアア!? クソッ、ストックが充分あれば…! あの女、覚えていろ……!」

 

 

 現実問題の方に目を向けられ、声を出さずにいられない自称エイン。

 

 バーチェに恨みを吐きながら毒の痛みに耐え、アジト内を必死に歩く。回復薬や解毒薬などが多くある武器庫を目指すが、道の途中で何度も倒れそうになる。

 

 ギリギリで踏ん張るが、もはや一刻の猶予もない。

 

 そんな状態まで追い詰められた面妖の仮面の者であったが、治しきれなかった場合の可能性が頭によぎった。

 

 

(もし治しきれなかったら…。最悪の場合、新しくこっち側に加入した本好きの手を借りないといけないのか…。いやまずはそいつを見つけるより、場所が分かっている解毒薬を使うのが先だな)

 

 

 時間が惜しい。そいつがここにいない可能性がある。それなら解毒薬で癒す方がまだ間に合う。

 

 自称エインはそんな事を考え、壁伝いしながら進んでいく。

 

 意識が飛びそうになりながらも地道に進んでいく。

 

 このまま終わる訳にはいかん!と踏ん張り、ようやく目的の場所に辿り着いた。

 

 そのまま中に入るが、種類はかなりある。どれが一番効果があるか、判別がつかない。

 

 周りを見渡し、とりあえず片っ端から解毒剤を一つずつ己の体に浴びた。

 

 浴びた所から、紫色だったフードも元の黒色へと戻っていく。

 

 治せないという事はならなかった。大丈夫だ。大量にある。

 

 次々と手に取って体に掻けた。液が何度も地面にこぼれるが、お構いなし。

 

 解毒はされていく。痛みも引いてきた。かなり治療薬を消費する事になるが、このままいけば完治するだろう。

 

 自称エインがそう思えて次の解毒薬に手をかけようとした時、不意に光の粒子に包まれた。――――治癒魔法だ。

 

 

「何をしているんだ? そんなに解毒薬を浴びて?」

 

 

 声を掛けられ、バッッ! と後ろを振り返る。

 

 そこには本を持った男が立っていた。微妙に赤が混じっている茶色の髪の持ち主で、年は20代前半ぐらい。目はドス黒く、復讐に燃えているかのような表情をしている。

 

 自称エインは声を出した主を見て、舌打ちした。

 

 

「チッ。お前か、新入り」

 

「……前に自己紹介はしたぞエイン……………、いや、確か…………………、自称エイン。己の名はライバーク・アスピオスだと」

 

 

 本を手に持っている男―――――ライバーク・アスピオスは仮面の者の名前に詰まらせながら、自分の名前を教える。そしてその姿を眺め、ため息を出した。

 

 

「はぁ、何やってんだが。己の詠唱すら聞こえない程、追い込まれていたとはなぁ。声を掛ければ一発で治してやるのに」

 

「ほお? 流石は元【ディアンケヒト・ファミリア】の一員だな。これを魔法一回で癒せたなら、さぞ人々に感謝されたのだろう?」

 

 

 自称エインの言葉を聞いた時、ライバークから殺気が飛び出した。このまま視線だけで、相手を殺せそうなほどである。

 

 

「…それは嫌味か? 治療以外の事が原因で脱退された、不条理に合ったこの己の?」

 

「そう怒るな新入り。これでも評価は高いぞ?」

 

 

 解毒薬を浴びながら、微塵も思っていない事を口にする自称エイン。

 

 ライバークはその事に気づいているのか、余計に相手を睨み付ける。

 

 両者険悪な雰囲気になるが、先に自称エインの方が視線を切った。

 

 何十本目かの解毒薬を浴びて、ようやく痛みが消えた事で腕を動かして確認する。

 

 そして手でシッ、シッ、と本を持つ男に向けて、ここから離れるようにジェスチャーするのだった。

 

 

「さっさとここから去れ。見世物じゃないぞ」

 

「…確かにな。この本の続きを読みたいし」

 

 

 ライバークも手に持っている本に視線を移して、同意する。

 

 自称エインはついでに剣の新調をしようかと見渡そうとした時、ライバークが持っていた本が視界に入った。

 

 

「ん? おい待て。何だその本は?」

 

 

 本に指を差し、男は「興味があるのか?」と表紙を見せる。

 

 

「これの事か? タイトルは「英雄伝戦闘狼人」。あの「アルゴノゥト」に登場する狼人、ユーリの物語だ」

 

「……著作者は誰だ?」

 

「さあな。タイトルと内容しか書かれていないという、珍しい本だ。たが読んでいると、嘘ではないかのように書かれているんだよ。まるで本当にそいつの事を見てきたかのように」

 

「…それは明らかに誰かがデタラメに書いたものだろ。お気楽な奴だ」

 

 

 すぐに興味を失くした自称エインはため息をついて、ライバークが再び睨み付ける中で考えをすぐに切り替える。

 

 

(こいつは放っておくとして…、やはりしばらくは動きにくくなるな。ラキア王国の予備として【ソーマ・ファミリア】を暴れさせ、そこを対処させている隙に【ディアンケヒト・ファミリア】をあの馬鹿達と一緒に襲うつもりだったんだが。そこがすぐに終わったなら【アポロン・ファミリア】にも襲う手筈とかはしていたが、こうも計画が空回りするのか)

 

 

 回復薬とかの補充もあって、あわよくば【戦場の聖女】を殺せば、オラリオ側は回復の大黒柱を失う事になる。そうなれば、オラリオ側は簡単に戦場へ復帰しにくくなる手筈だった。

 

 だがオラリオを留守にしていた間に、状況が大分変わってしまっている。

 

 【ソーマ・ファミリア】が【アポロン・ファミリア】と『戦争遊戯』をする事となった。攻城戦で、団員数も質も【アポロン・ファミリア】側が上。順当にやればまず負ける。負けたら【ソーマ・ファミリア】は罪を償う、つまり罪を犯した奴は全員、下手したら幽閉される。

 

 一応【ソーマ・ファミリア】の重要度はそこまで高くないため、簡単に切り捨てられるが、少し勿体無い。

 

 

(それに、【アポロン・ファミリア】のあの二人をどうやってこっち側に来させるか考えないとな…)

 

 

 自称エインは、今度はお気に入りのベルとカサンドラを『闇派閥』に加入させるか考える。

 

 強引に連れ出すという一番現実的であった方法は、失敗した。

 

 二人の意思は固い。崩せる気がしない。

 

 

(もし『戦争遊戯』で【アポロン・ファミリア】が【ソーマ・ファミリア】に負ければ、【ソーマ・ファミリア】の悩みはなくなって、なおかつあの二人を引き抜けば大分楽になるんだがな…!?)

 

 

 と思った所で、不意に嫌な予感をした。

 

 未だに睨み付けているライバークの方を見て、質問をした。

 

 

「…そういえば、【ソーマ・ファミリア】の方の支援はどうなっているんだ? 誰が主導だ?」

 

「あ? …ああ。タナトス様が勝手にやった、と聞いているぞ」

 

「……………………タナトスか。………まだマシの方だが、あまり期待できないな………。ヴァレッタ辺りは何もしていないのか?」

 

「特にそういう話は聞いてないが。ただ、タナトス様はイシュタル様に紹介したり、武器を与えたりしていたと聞いている」

 

 

 神が話に絡むと少しだげ礼儀正しくなるライバークの発言に、仮面の者には引っかかった単語があった。

 

 

「待て。武器は何を渡したんだ? ………まさかだと思うが、『宝玉』とか何て言わないよな? ただでさえあの…」

 

「いや、どうだろうな。少なくとも己が見たのはナイフ2振りだ。それ以外は知らない」

 

 

 すぐに本を持つ男は仮面の者の言葉を被せ、それは流石に無いんじゃないかと訂正させる。

 

 対して仮面の者はナイフの事で少し考え、頭の中に思い当たるものが浮かんだ。

 

 

「ナイフ…。ふむ、成程な。いつも暗殺者たちに持たせているアレか」

 

 

 確かにそれなら可能性は生まれるな、と思った所で、今度はライバークの方が質問した。

 

 

「なあ、あのナイフって何なんだ? 不利な状況をひっくり返せる程の、特殊な効果があるようには思えないんだが?」

 

 

 その質問に自称エインは内心唖然としたが、すぐに納得する。

 

 あのナイフは実物どころか情報そのものが表に出回っていない。

 

 それなら、加入してから日の浅い新参者のライバークが知る由もなかった。

 

 

「……ああ、そうか。お前は知らないんだったな。あれはポーションがある今の世の中でも、深い傷をつけられたら本当に最期。血を流し続け、モンスターでも回復することが出来ない代物だ」

 

「…!? そんなナイフがあるのか!?」

 

「まあ、あくまで勝てる可能性が0ではなくなったというぐらいだがな」

 

 

 自称エインは鼻で笑うが、まさに殺害するために作り出したかのような武器の効果に、思わず新参者の男は戦慄を覚えてしまう。

 

 そして次に、震える男はナイフの事に恐る恐る別の質問をした。

 

 

「…せ、製作者は誰なんだ? いや、そもそもその武器に名前はあるのか?」

 

「製作者はバルカ・ペルディクスという、年取って白髪になった男。もう会っているかどうかは知らんが、前髪で目を隠していて、白くて不健康そうな奴がそれだ。後、そのナイフの名は――――――――――『呪道具(カースウェポン)』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 ベル達がオラリオから出発してから1日が過ぎた。

 

 オラリオは『戦争遊戯』が近くになり、鳴りを潜め始めている。

 

 ダンジョンに挑む冒険者の足取りも普段と少なく、外に出かけている者も若干少ない。

 

 神アポロンは、そんなオラリオに外出していた。

 

 眷属が皆『シュリーム城』へ出てしまっているため、暇つぶしとして散歩をしている。出かける直前に通り雨が降ったが、すぐに晴れてくれた。神にとって暇が天敵なのだ。

 

 

「むっ! あれは…!」

 

 

 その散歩道の途中で売店の売り子をしている、見覚えがあるツインテールにロリ巨乳の体型をする女神を見つけた。

 

 

「いらっしゃいませぇ! …、て!?」

 

「おお! やはり我が愛しのヘスティアじゃないか! なぜこんな所に売り子をやっているんだ?」

 

「げぇ!? アポロン!? 君もジャガ丸くんを食べるのかい!?」

 

 

 現在ジャガ丸くんの売店でバイト中のヘスティアに出くわしたアポロン。男神は喜んでいるが、女神は顔を青く染めて引いている。それでも頑張って笑顔を作り出すヘスティア。『バイトの神様』という異名は伊達ではない。

 

 

「いや、私は特にいらないさ! 何せ暇だったからな! 館に戻っても眷属が誰もいないという寂しさをなくすためにね!」

 

「そうなのかぁ。でも僕も眷属はまだいないから、気持ちはわからなくはないけど…」

 

「そうだ! ヘスティアも我々のホームに泊まらないか!? そうなれば数日間限定だが、誰もいない館に二人きりの屋根の下になるぞ!」

 

「ゼッッッッッッッタイに、お断りだぁああああ!」

 

 

 ヘスティアが怒声を鳴り響かせ、ゼェー、ゼェーと息を乱れる。対してアポロンは断られたことでショックを受けているが。

 

 ガッカリした様子でその場を去ろうとしたアポロンだが、ヘスティアが妙に疲れ切って突っ伏している様子を見て、思わず足を止めた。

 

 

「ん? 何か疲れている様じゃないか!? 一体何があったんだ!?」

 

「誰の、せいだぁあああ!! 昨日の件もあったのに、君が追い打ちをかけたからだぁあああ!」

 

 

 鬱憤がたまっているヘスティアはアポロンに、早くジャガ丸くんでも買って去れ!と思い始めるが、アポロンはヘスティアの発言に疑問を持ち始めてしまう。

 

 

「いや~、はっはっはっは! それはすまな……ん? 昨日の件?」

 

「昨日、ヘファイストスが珍しく荒れていてさ。僕がバイト中だったからすぐになだめさせたけど、大変だったんだよ!」

 

 

 他にもバイトを掛け持ちしているヘスティア。その内の一つが神友であるヘファイストスの所で売り子をやっているのだが、そこでトラブルが二日連続で発生していた。一昨日は武器商品の盗難だったが。

 

 

「あいつがか? 珍しいな、何があったんだ? 今更顔の事でとにかく言われるのは慣れていると思うが?」

 

 

 ヘスティアやヘファイストスと天界でも同郷であるアポロンは、ヘファイストスの眼帯の裏に隠されたアレに触れられたのだろうと思ったが、実際は違った。それも、斜め上の方向に。

 

 

「いや違うよ! 何でも丁度いなかった時に、ヘファイストスの部屋にまでコソ泥が入っていたらしくてさ。そこで作品が盗まれたって言っていたよ。時間的に考えれば一昨日ぐらいに」

 

「ヌオォ!? 大事ではないか!?」

 

 

 【ヘファイストス・ファミリア】が製作する武器は一級品が多い。特に神ヘファイストスの部屋にあるものは、眷属が神にささげる物であるから生半可な武器は絶対にない。金額で判断したら一品で10桁まで届くだろう。中には非売品も絶対にある。

 

 そこの物が盗まれたというなら、確かに大事だ。

 

 

「それで、その犯人は捕まったのか!?」

 

「それが分からないんだ。誰も怪しい者を見ていないらしくて。侵入そのものはできても、誰にも見られずヘファイストスの部屋まで行ける何て、到底無理だと思うんだけど…」

 

 

 首を傾げるヘスティアに、アポロンもまた「う~む」と考える素振りを見せる。「僕は透明人間の仕業だと思うよ!」と直観しているヘスティアは宣い、アポロンもすぐに方法が思いつかなかったため、ヘスティアが考える犯人像に同意しようとした時。

 

 そこでまた、予想外の神物に出会う事になった。

 

 引きこもりで有名な、前髪で相手から眼が見えない。しかも酒造りが好きな、今回『戦争遊戯』においてアポロンの対戦相手の男神。

 

 ソーマもまたアポロン同様に、散歩して外に出歩いていたのだ。

 

 

「なっ…!? あのソーマが、外を出歩いている…だと!?」

 

「……アポロンか」

 

 

 道中でばったり出くわしたアポロンとソーマ。バイト中のヘスティアも顔面で驚きを表していて、完全に疲れが吹っ飛んでいる。

 

 一瞬気まずいムードが流れたが、そこは神。そんなものはないとすぐに空気を読まずに世間話になった。

 

 

「い、いや~。ソーマが神酒を造っていないと思うと、何だか新鮮味を感じるな~」

 

「私も同意見だ!」

 

「どういう意味だ、お前等。俺は酒の材料を買いに来ただけだ」

 

「結局造酒につながるのかい!?」

 

 

 ヘスティアのツッコミが炸裂する中、アポロンはソーマに指を指して宣い始める。

 

 

「ふはははははは! だがなソーマ、ここであったが百年目! 今回の『戦争遊戯』は勝たしてもらうぞ!」

 

「それはどうかな? こっちの眷属達は妙にやる気を出しているから、勝つのはこっちになるかもしれないぞ?」

 

「いや、流石に戦力差があるからな。わが眷属達の団長であるヒュアキントスに勝てる見込みはあるのかね?」

 

「おーい、アポロン~。それはやってみなくちゃわからないという物だと思うよ~」

 

「ヘスティアの言う通り。そしてアポロン、それは敗北フラグだ」

 

「わが眷属達は、そんなフラグをへし折ってくれるさ!」

 

「お互いもの凄い勝つ自信を持っているね!?」

 

 

 アポロンとソーマの自信に満ちた声にヘスティアは意外だな~~と思っている。

 

 アポロンはともかく、ソーマには少々不利だと思っているこの『戦争遊戯』。バイト中で耳にした話だと、通常の【ソーマ・ファミリア】は統制ができているとは到底思えない。なのにこの自信というのは、もしかしたらソーマの眷属達は何かしらの切り札を手に入れたのだろう。

 

 まあ、それはそれとしてだが。

 

 

「いい加減営業の邪魔になるから、買うか場所を移動しておくれ~」

 

「ならば買おう!」

 

「ご注文は?」

 

 

 どうにか営業スマイルに戻ったヘスティア。アポロンも試しにおすすめか何かでも買うか! という所で、ソーマはアポロンに尋ねたいことがあった。

 

 

「おい、アポロン。話が変わって聞きたいことがあるんだが」

 

「ん? 何かな?」

 

「あの勝利報酬はどういう意味だ?」

 

「話そこまで変わってなくない!?」

 

 

 話を聞いていたヘスティアは営業スマイルがなくなりながらツッコミを入れ、アポロンはジャガ丸くんを買おうとする手を止めてしまう。2神はソーマの方を向き、ソーマは自力で考えていた事を続けて口にした。

 

 

「これは勘だが、お前の【ファミリア】、ザニスだけが目的じゃないだろ。むしろ、それを足掛かりにして何かを探そうとしている。それは何だ?」

 

 

 そう聞かれてアポロンは一瞬だけ真顔になるが、すぐに高笑いする。ソーマから「何だこいつ…」という目線を向けられるが、お構いなしであった。

 

 

「はっはっは! そこを聞かれては仕方がない。だが、くれぐれも内密にお願いしようか! 何せこれに関しては、ヒュアキントスとリッソスしか知らないからね!」

 

「ああ、いいぞ。それで何だ?」

 

 

 勿体ぶるアポロンにソーマは少しイラッとしたが、我慢する。ヘスティアは最早話について行けず、蚊帳の外に置かれていた。

 

 

「ソーマ。知らないかもしれないが、君の団長は『闇派閥』の連中と繋がっている!」

 

「……何だと?」

 

「だが、我々にとってそれは好都合だ! 私達は奴らに館を襲撃された借りがあるからな! 仕返しを考えていたが、奴らのアジトを探すのに難航していた。しかし、君の団長は奴らと繋がっているのなら、そこを知っている可能性が高いと踏んでいる!」

 

 

 ズイッ、とソーマの正面に立つアポロン。長らく引きこもり生活をしていたせいで色々と事情を知らなかったソーマから見て、アポロンの顔は覚悟を決めている様子である。

 

 

「あの勝利報酬にした理由。確定したなら遠慮はない。罪の償いとして、外から入ってきた侵入経路、及び内側からそこに繋がっている闇派閥のアジトの場所について吐いてもらうじゃないか!」

 

 アポロンが考えた、ザニスを戦場へ誘き寄せるための餌。

 

 このまま雲隠れされたら【アポロン・ファミリア】にとって、この『戦争遊戯』で戦う意味は無くなってしまう。

 

 アポロンにとって本当の勝利は、ザニスを倒し、終わったらその場で捕縛して、オラリオに連れかえって尋問、もとい『闇派閥』のアジトの場所を自白させる事である。

 

 

 神は子が嘘をついているかすぐに判別つくまでしかできない。たとえザニスを捉えても2者択一以上の回答を要求するので、まったく口を開かせないという可能性も生まれる。しかし、『戦争遊戯』なら事前に決めた勝利報酬に敗者は従わなければならない。

 

 つまりアポロンの主張に添えば、ザニスは『闇派閥』のアジトを知っていたら、詳しい場所を正直に話さなければならない。

 

 

「…成程な。そういう目的だったのか」

 

 

 決まった! という顔を見せるアポロンに、ソーマもまた言い分に納得する…筈だった。

 

 

「だが、それは『戦争遊戯』に勝ってからの話だ。こちらが勝った場合、何でも聞いてもらうぞ」

 

「酒造りを手伝え…とでも言いたいのか?」

 

 

 勢いで負けたら何でも聞くと言ってしまったアポロンだが、負ける気なんか全くない。ザニスを引っ張り出すにはそれ相応の報酬を餌にしたつもりだが、ソーマ自身は危うい命令はしないだろうと高を括っていたが、見込みが甘かった。

 

 

「いや、まずはあの子を所望しよう」

 

「あの子…?」

 

「俺の造った酒に酔わなかった、白髪の少年だ」

 

「…何ィ!?」

 

 

 まさかの要求に、思わずアポロンは驚いてしまう。ソーマがベルを要求する理由に心当たりは………アポロンには一つだけあった。

 

 

「まさか…!? 私と同じく守備範囲が広いのか!?」

 

「そういう意味ではない。お前と一緒にするな。その子が初めて俺の酒に酔わなかったという意味で、貴重だからだ」

 

「渡さん! 絶対に渡さんぞ!!」

 

「聞け。耳が遠いのか」

 

「そういうのはいいから、いい加減ジャガ丸くんを買うなら注文を早く決めてくれ~~~~~!」

 

 

 店の前で(片方が一方的に)睨み合う男神二人。そのすぐ傍にバイト中の女神の情けない声が飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに翌日。シュリーム城への道。

 

僕達はバーチェさんの活躍によって遭遇した自称エインを撃退し、どうにか『シュリーム城』へと進めることができた。

 

 そのまま2日が経って前へ進んでいるが、予定より進むスピードは遅くなっており、なおかつ未だに倒れていると予想している先発隊の人達は見えてこない。

 

 運んでいた物資は減ってしまい、自称エインにやられた皆もまた完全には回復しきれていなかった。

 

 一応ほとんど皆意識は回復しているけど、現状安静のため横になってもらっている。カサンドラさん曰く、恐らく戦争遊戯開始直前までに半数以上が回復しきって間に合うらしい。以前とは異なり、すぐに応急処置などをした事がこの回復スピードに繋がっていると推測している。

 

 ただし、カサンドラさんは一昨日から顔色が青い。僕から見て、何か思い悩んでいる様子にも見えるけど、何処か疲れているようにも見えた。そのため、カサンドラさんを無理矢理休ませて、僕とルアンでその人達を看病している。

 

 とりあえず、『戦争遊戯』を僕ら3人だけで挑む、という最悪の事態は避けられた。

 

 そして今、僕が看病の方を担当で、ルアンが周囲の見張りの方を担当していた。

 

 

「しっかし、先発隊の皆が見えねえな。これ以上進むスピードを上げたら横になっているリッソス達が安静になれねえけど、このままだと昼過ぎぐらいにシュリーム城に着いちまうぞ」

 

「…もしかしたら、僕達と同じように自力で進んだんじゃ…」

 

「あ、それもあるか。シュリーム城に着いて、【ガネーシャ・ファミリア】と一緒に回復しているかもな……って、ん?」

 

 

 ルアンが周囲を見渡していると、前方から人影の集団が見えた。

 

 その人達は旗を掲げており、まるで仕事を終わらせたかのような雰囲気をしている。

 

 その人達をよくよく見ていると、シャクティさんを先頭に、イルタさんやハシャーナさんなど、見知った顔の人達がたくさんいた。その後ろには、気絶している盗賊らしき者達を鎖などで縛って連行している様である。

 

 

「あれ? もしかして先に盗賊を捕まえに行った、【ガネーシャ・ファミリア】の皆さん?」

 

「何か、全員元気じゃねえか? あの仮面をつけた奴と戦ったら、流石に無傷じゃねぇと思ったんだが…?」

 

 

 ルアンと共に疑問を感じたけど、とりあえず向こうとすれ違う前に話だけでも聞いてみよう。

 

 僕はそう思っていたけど、【ガネーシャ・ファミリア】の人たちもまた僕らに気が付いたらしく、お互いの距離が近くなると向こうから話しかけてきた。

 

 

「お前達は【アポロン・ファミリア】の者達か。もう既に最初の集団は到着したぞ。私達は役目を終えたから、オラリオに戻るところだが…」

 

 

 シャクティさんが僕らに近づいて様子をうかがっていたけど、いくつかの馬車の中の様子を目にして、少し顔が険しくなった。

 

 

「何かあったのか? 見る限り戦闘を終えて傷を癒しているかのように見えるんだが………、もしかして盗賊の残党とでも闘ったのか?」

 

「…あれ? え、えーと、実は……」

 

 

 何か思っていたのと違う話を聞いた気がしたけど、とりあえず先に僕らの現状を伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何!? 二日前にあの仮面をした奴と戦っただと!? 何処でだ!?」

 

「オラリオからシュリーム城に行く途中に、草原から森に入る道があるだろ。その少し手前くらいだ」

 

「そうか…。流石にそいつの行方は掴みそうにないな」

 

「昨日通り雨が降ったせいで、獣人の鼻で追跡しようにも臭いが消されているからなぁ。向こうに運がツイてるな。姉者、どうする?」

 

「…一応、手掛かりらしきものは残ってないか調査しよう。期待は出来ないが…」

 

 

使者に対応してきたベルとルアンの説明を聞き、シャクティやイルタを含めた【ガネーシャ・ファミリア】の者達は自称エインに逃げられた事に少し悔しがる。特にシャクティはカジノに引き続き、連続で大物を捕まえられるチャンスだったが、今回は向こうに軍配が上がってしまった。

 

そんな残念な雰囲気がその場に流れるが、ベル達には腑に落ちない所があったため、シャクティに質問する。

 

 

「あ、あの…。シャクティさん達は自称エイン……あいつとは戦っていないのですか? シュリーム城から来た、と言っていたのですけど…」

 

「ああ。というより、そもそもそいつは見なかったぞ?」

 

「「…えっ!?」」

 

 

 思わぬ回答に僕とルアンの素っ頓狂な声が重なってしまう。

 

 そういえば、さっき「もう既に最初の集団は到着した」とか言っていた気が…。という事は、これって…。

 

 

「そいつが嘘をついている、というより、こちらと入れ違いになった可能性が高いな。道も一つだけ、というわけではない。もしかしたら、お前達にも当初やり過ごす気だったんじゃないのか? 聞けば草原と森の境目ぐらいで鉢合わせになったらしいから、向こうからすれば草原だと隠れにくいから出てくるしかないと思うが…」

 

「「…確かに!」」

 

 

 言われてみれば確かに思い当たる節がある。いくら強いとはいえ、疲弊している様子が全く見られなかったし…あれ? そうなるとあのいかにも倒してここまで来たかのようなあのジェスチャーは…………僕らを焦らせさせるため!?

 

 

「あいつ、わざとだったんだな…!」

 

「僕達、まんまと敵の策略に嵌められていたんだ…」

 

 

 今頃になって気づき、開いた口が塞がらない僕達。呆然として言葉を失っていたけど、ハシャーナさんが少し頭を掻きながら僕達に助言をしてくれた。

 

 

「ま、まあ、お前達は今、そっちを気にする場合じゃないな。『戦争遊戯』があるだろ。そっちに集中するべきだ。そういう油断が命取りになるぞ」

 

「そ…、そうですね……」

 

 

 確かに今は自称エインの事を忘れて、戦争遊戯の方に集中した方が良い。

 

 多少有利でも、勝負事に絶対というのはない。じゃないと、番狂わせという言葉は生まれない。

 

 僕達どうにか気を引き締め直し、現状の方に目を向けるのだった。

 

 

「お。いい眼つきになったじゃないか。その気持ちを当日にも忘れるなよ。それに、ちゃんと神々達の要望に応えて、城そのものには傷つけていないから」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「ハシャーナ。 私達の立場上、あまり肩入れするのは褒められたものじゃ「いいじゃないかイルタ。ここはオラリオではないから、そこまで周囲の目を気にする所ではないぞ」あ、姉者…」

 

 

 ハシャーナの肩入れに、イルタはオラリオの立場上憲兵として比較的公平な立場に位置する【ガネーシャ・ファミリア】として自覚を持てと責めるが、団長のシャクティに諫められる。

 

 僕らはそれを見て少し苦笑いするが、『戦争遊戯』への意気込みは消えていない。

 

 その後、詳しい情報を提供して【ガネーシャ・ファミリア】と別れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュリーム城。正式名称は、シュリーム古城跡地。

 

 それは、森も丘も存在しない平原の真ん中に堂々と建つ城砦。

 

 一説には、1000年以上前に当たる『古代』に築き上げられた防衛拠点の一つだとも言われている。

 

 ダンジョンの『蓋』に当たるバベルやオラリオの巨大市壁が完成する以前、ダンジョンの大穴から出現するモンスターの進撃を都市や街から遠ざけるため、あるいは食い止めるために、こういった砦がオラリオの比較的近隣に造られていた。今日ではほとんどが廃墟化しているが。

 

 このシュリーム古城跡地では、ラキア王国が一世紀以上前まで要衝として長く使用していたため、寂れてはいるものの城壁をはじめとした機能がまだ生きている。

 

 城壁には崩れた跡がいくつもあるが、その石作りの壁の高さが10 mを超えている。これに加えて幅も十二分にあるため、この外壁を突破するには、上級冒険者をもってしても一筋縄ではいかない。

 

 攻められやすい平原にあるこの城が今も原型を残しているのは、この城壁によるところが大きかった。

 

 

「物資を運べ。補修できる所は可能な限り進めろ」

 

 

 部隊長の指示の元、それぞれの団員が城壁の修繕作業や予備の武器、道具、食糧の保管や団員の配置決めなどに勤しんでいる。

 

 

「ふん、くだらん。意味のない事を」

 

 

 そんな中、城砦の中でも一際高い塔にある玉座の間にて、ヒュアキントスは鼻を鳴らしていた。団員達が散らばる城内を窓から眺め、様子をうかがっている。

 

 城を守る立場とあって籠城の準備を行っているが、徹底せずとも勝利は固い。それどころか、自分一人で戦う事になっても、負ける気は一切してこない。

 

 

「アポロン様は『戦争遊戯』を決める神々のくじでは、『一騎打ち』と書いていたらしいが…。当たらなかったのは残念だ」

 

 

 一番早く準備ができ、尚且つ決着も一番速そうであるが、当たらなかったのなら仕方がない。自分たちは信用されていると、ヒュアキントスは主神に感謝を抱く思いだった。

 

 間の奥にある玉座に腰を下ろし、その背後の壁には弓矢と太陽を刻んだ【アポロン・ファミリア】の旗。潔癖な彼が団員達に、部屋を掃除して相応に美しく飾れ、と命じたのだ。

 

 数人の精鋭たちもその場にいる中、少しだけ気分が上がるヒュアキントス。

 

 だがそれも束の間。ダフネが玉座の間に入り、ずかずかと歩み寄って来た。

 

 

「ヒュアキントス、報告よ。カサンドラ達がようやく来たみたい」

 

「ようやくか! 奴らめ、何処をほっつき歩いていたんだ!」

 

 

 気分を害した要因。人員が足りなくて予定よりも作業が進めなかった。

 

 ヒュアキントスはその原因の者達へ説教をしに、玉座の間から駆け下りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【ガネーシャ・ファミリア】と別れ、昼を過ぎた頃。

 

 後発組の僕達はようやくシュリーム城に辿り着いた。

 

 到着したら、そこにはやっぱり見慣れた人達がたくさんいる。

 

 そう、先発組の【アポロン・ファミリア】の人達だ。全員無傷である。

 

 

「やっぱ、全員無事だな!」

 

「とりあえず、けが人を安静する場所に…」

 

「貴様ら、予定よりずいぶんと遅いぞ! 何処で油を食っていたんだ!」

 

 

 僕らがほっとしている内に、ヒュアキントスさんが近づいていた。その第一声が怒号だった。

 

 その声で思わず僕らは体を硬直させてしまう。すでに到着していた人達は「ようやく来たか」「遅いぞお前等!」など軽口を叩けるほど元気である。どういうわけかヘルメットを被っており、また手にスコップを握って、少し泥まみれになっている人がちらほら見かけるけど。

 

 

「貴様ら直ちに……おい、他の者はどうした!? 何故出て来ない!」

 

「ああ、実はなヒュアキントス……」

 

 

 ヒュアキントスさんは僕ら以外の者も含めて指示を出そうとした時、僕らの状況に気付いて説明を求める。僕らは体の硬直が解け、ルアンが改めてヒュアキントスさん達に説明するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何!? あの仮面風情に襲われただと!? そいつはどうした!?」

 

「バーチェさん……助っ人が来てくれて、撃退してくれました」

 

「…誰だ、それは…?」

 

 

 心当たりのない名前に首を傾げるヒュアキントスだが、『強制任務』の時に知り合ったと聞くと納得した。

 

 しかし、けが人達の回復や自称エインの方はもう既に行方が分からなくなったと話を聞くと、「この話はもうしなくていい」とすぐに興味を失くしてしまう。

 

 そして、すぐに作業を再開させるよう周りの者達に指示を出し、ベル達にもまた指示を出した。

 

 

「お前達はけが人や荷物を運び終えた後、穴埋めや外壁の補修に協力しろ! 【ガネーシャ・ファミリア】が城を傷つけずに盗賊を討伐する際に掘った穴があるからな! そこから侵入されたら元も子もない! 何かあったら私の所まで連絡しろ! 台座の所にいる!」

 

 

 そう言い、すぐにベル達を残してヒュアキントスは去って行った。城の中にあった台座にふんぞり返っているために。一応そこで誰をどこの配置にするかなど作戦自体は考えているが。

 

 

(やっぱり、ヒュアキントスはそうだろうな…)

 

 

 団長が雑用の仕事に全く手を出さない事をわかっていたため、ルアンは団長の命令通り、直ちにけが人たちの肩を貸しながら歩かせようと動かしていく。

 

 

「あ、ベル、そっちの足を持ってくれ。オイラは肩を持つから。オイラ達も早くこっちを終わらせて、仕事の手伝いに行かないとな」

 

「あ、うん、わかった」

 

 

 ベルは【アポロン・ファミリア】に入団してから日が浅いため、流石にルアンよりも動くのは遅かったが、着実にこなしていく。

 

 けが人や荷物などを急いで運び、時間が過ぎていくのだった。

 



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心の底にあるもの

 誤字報告ありがとうございます。

 そしてこちらからも報告。

 『VIPルーム』回で、ある二文を書き加えました。
 まあその文を要約すると……。

 あの日の出来事が後世にまで伝わるよー!
 よかったねリューさん!(ニッコリ)
 
 となります。

 そして今回の話も長いよー。


 戦争遊戯開幕の前日に、ようやくシュリーム城に到着したベル達。

 

 荷物の整備など大忙しとなっていたが、リッソスを含めたけが人達も密かに体を動かして外壁の補修などを行っていたため、逆に予定よりも早く終えてしまった。

 

 皆、今は各々配置場所の確認などを行っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は今、西門近くの武器庫にいる。カサンドラさんやダフネさんも一緒だ。

 

 ようやく荷物などを全て運び終え、穴埋めの方を手伝いにしに行ったら、そっちの方は少し前に終わっていた。一応念のため、当日にもその穴付近に見張りを置いておくらしいけど。

 

 もう少し時間がかかってしまうかと思っていたけど、けが人の人達の半数以上が「足手纏いにはならん!」と手伝って来たため、結局日が暮れる前に一通りは終わる事になった。

 

 その後、翌日から始まる『戦争遊戯』における僕の配置場所について、ダフネさんやカサンドラさんから教えられるのだった。

 

 ただ、その配置場所は…。

 

 

「えっ、僕はリッソスさんのパーティーに配属なんですか!?」

 

「ええ。開始直後は城の中にある庭園に待機。まあ、まずないと思うけど、どこかの城門が突破されてそうになったら、そこをカバーしに行くパーティーの一つ…という所かしらね」

 

 

 入団してから一番日が浅い僕は、てっきり見張り役になってしまうかと思っていたけど、まさかの地上戦のパーティーに組み込まれた。

 

 最も、最初は僕がその内の一人だったらしいけど…。

 

 

「怪我で満足に動けない人が見張り役をやることになってね。ヒュアキントスは「あの仮面風情め…!」と言っていたわ」

 

「じゃあ、その補欠として僕が戦うという事ですか…」

 

「まあ理由はどうあれ、ウチやカサンドラは期待しているから。そんなに気落ちしなくていいわよ」

 

 

 僕の肩をポンポンと叩いてダフネさんがフォローしてくれている。

 

 その事で僕は少し照れそうになったけど、「そうよね、カサンドラ!」とダフネさんと共にカサンドラさんの顔色を見た時、一瞬で消え失せてしまった。

 

 カサンドラさんがダフネさんと合流してからも顔色は全く変わっていない。それどころか顔色は昼間よりも青く、誰から見ても思い悩んでいる様であった。

 

 ダフネさんは僕の方に顔を向け、「カサンドラに何かしたの?」と言わんばかりの表情を見せてくるが、特に心当たりはない。

 

 僕が首を横に振ったため、ダフネさん自身も何か心当たりがあるかなと考え始めた時。

 

 おもむろに、カサンドラさんが口を開いた。

 

 ただ、その口から出てきた声は震えている。

 

 

「…………ねぇ、ベル。ダフネちゃん………」

 

「…あの、カサンドラさん」

 

 

 「体調、大丈夫ですか?」と聞こうとした時、カサンドラさんは両手で自分の体を掻き抱きながら、僕の台詞を遮る形で続きを口にした。ただし、カサンドラさんが吐いた台詞は、僕らの想像の斜め上を超えてしまったけど。

 

 

「…駄目……ここから逃げよう」

 

「…え?」「はぁ?」

 

「城が……、城が滅ぼされる…」

 

 

 突拍子もない事を言うカサンドラに、ベルは唖然としており、ダフネはうんざりとした表情を見せた。

 

 

「また夢の事? しかも行く前とあんまり変わらないじゃない。それに今更そんなこと出来る筈ないでしょう」

 

「お願い、お願いだからっ、信じて……!」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。ウチらは負けないから」

 

 

 カサンドラは必死に取り繕うとするが、ダフネは聞く耳を持たず、逆にカサンドラの事を諭している。

 

 ベルは呆然としたままカサンドラとダフネのやり取りを見ているが、そんなすぐに会話からは外されることはなかった。

 

 

「ね、ねぇ、ベル! ベルの方からも何か言って!」

 

「カサンドラの話を間に受けなくてもいいよ、ベル」

 

 

 カサンドラは絶望したのだ。夢のお告げの突破口が見つからない事に。

 

 最早ここから逃げて、オラリオから離れるしか身を守れないと判断したのだ。

 

 カサンドラはベルにダフネの説得を試みようとし、ダフネもまたカサンドラが逃げないようにとベルに説得を促している。

 

 そしてベルはそんな二人の話を聞いて、―――――――ダフネ側の意見に傾いていた。

 

 

「えっと…。ごめんなさい、カサンドラさん。ここまで来て逃げるのは、僕にはできません」

 

「………えっ……………………」

 

 

 ベルに反対されたことで、カサンドラは内心大きなショックを抱えてしまった。

 

 思考が停止し、思わず涙が出そうになるほどである。

 

 

「そりゃ、そうでしょ。幹部二人を含めてウチらだけ逃げるのって、流石にそれは忍びないじゃない」

 

「カサンドラさん。ここで逃げてしまったら、僕達は自称エインを撃退しないと前に進めませんでしたのに、僕らをメレンから応援に来て、代わりに戦ってくれたバーチェさんに、顔向けできません……」

 

「…………」

 

「バーチェさんだけではありません。応援してくれたアミッドさんやアイズさん、レフィーヤさん、【ガネーシャ・ファミリア】の討伐隊の皆さんにも…」

 

「………………」

 

 

 ベル達を応援してくれた者達の名が挙げられ、カサンドラは何も言えなかった。

 

 だが、理由は他にもまだある。

 

 

「しかもここで逃げたら、ルアンやリッソスさん達【アポロン・ファミリア】の皆を見捨てることになってしまいます」

 

「…! …そ、それ、は…………」

 

 

 カサンドラは一応その事も考えていた。逃げ出した結果による被害を。

 

 だがカサンドラは心の中で大切なものは何なのか、天秤で測ってしまったのだ。

 

 その結果、自分の予言を信じてもらったベルや、友であるダフネの方を優先したのだ。

 

 カサンドラが出した結論だが、思わず自身の罪の意識に飲まれかけるが、振り払うよう力一杯口を開いた。

 

 

「ベル! 回避しても、あなた、が……!?」

 

「……えっ、僕?」

 

 

 ――――リッソスやダフネにも言っていない、第6節目の文の内容を言いそうになった。

 

 思わず手で口を抑えるカサンドラ。

 

 ベルはキョトン、と自分に指を指しており、ダフネは「それも夢?」と呆れている。

 

 

「あ、いや、何でもないの! その、夢の………あっ!?」

 

「…………」

 

 

 そしてカサンドラはすぐに誤魔化そうと言い訳をするが、墓穴を掘ってしまう。

 

 この夢のお告げは、ベルに相談してはいけないと決めていたのだ。

 

 そのため、ベルにはこの夢のお告げを見てから一言も教えていない。

 

 再び口を押えるカサンドラ。完全に動揺している。

 

 夢のお告げを信じていないダフネは平常運転だが、ベルはカサンドラの様子を見て、察してしまった。

 

 

「あの、僕…。カサンドラさんがどんな夢を見たのか、全然知らないんですけど……」

 

「そ、その…」

 

 

 言葉を詰まらせるカサンドラ。

 

 もう完全にベルにばれてしまっている。誤魔化しきれない。

 

 

(いや、むしろここで言うべきなのかな…?)

 

 

 どうあがいても、ベルの身に危険が訪れる、と。

 

 でもそんな事を言ったら、ベルは益々ここに残って戦うんじゃ…。

 

 初めて私の予言を信じてくれたベルには、どうか無事でいて欲しい…。

 

 

(ベルに聞いてみる…? 遠回しに…。それから夢のお告げを話すかどうか…)

 

 

「カサンドラさん、一体どんな「ね、ねぇ、ベル?」…え、はい、何でしょうか?」

 

「もしも……、もしもの事なんだけど……。何か大切なものが二つあって、両方危険な状況になっても、そのうちの一つしか守れない時、ベルはどうするの?」

 

「……あ、あの、質問の意図がよくわからないんですけど……」

 

「そ、それを聞いてから話すかどうか決めるから…」

 

「ええぇ!?」

 

 

 傍でダフネが見守る中、カサンドラの質問の意図を理解していないベル。

 

 だが、頭を悩ましたのはほんの数瞬だけだった。

 

 真剣に考えて、すぐに結論が出た。

 

 

「両方です」

 

「……えっ?」

 

 

 どのように判断するのか参考にしたかったカサンドラだったが、ベルが出した答えに唖然とするしかなかった。

 

 

「いや、あの、ベル? どちらか一方だけ「両方です」」

 

 

 断固して譲らないベル。カサンドラは困り、ダフネは意外そうな顔でベルを見る。

 

 

「まずはその状況から変えて、両方守ります!」

 

「あのね、ベル。その…」

 

「僕が憧れた英雄は、誰か見捨てることなんかしません! 大切な者であったら、特に!」

 

「…!」

 

 

 純粋な眼差しでカサンドラを見るベル。聞いているダフネも感心している。

 

 悲劇の予言者は先程心の中の天秤を使って測っていたが、白い少年はまずその天秤から壊しにいった。

 

 傍若無人と思える回答。

 

だが、カサンドラの心の中の憑き物が落ちたようだ。

 

 

「…ベルはこう見えて、結構ワガママなんだね~~~………」

 

「えっ!?」

 

「聞いているウチもそれに同意ね」

 

「ダフネさんまで!?」

 

 

 先程の雰囲気とは打って変わり、唐突にいじられるベル。

 

 あれ!? 何でこうなった!? と顔をしているベルだが、カサンドラは心の中でベルに感謝した。

 

 

(ありがとう、ベル。私は…、逃げずに、この夢のお告げに立ち向かうから! 諦めずに、運命を変えてみせるから!)

 

 

「とりあえず、答えてくれたから…」

 

「あ、そうですよ! 夢のお告げは一体…」

 

「特別に、ダフネチャンから聞いたカジノの時の、アミッドさん流のご褒美をあげる!」

 

「「えっ…!?」」

 

 

 まさかの台詞にベルとダフネの声が重なったが、二人はその数瞬、気を抜いてしまった。

 

 その場の勢いである。

 

 カサンドラが、ベルに抱き付き、押し倒した。

 

 

「やっぱりベルの頭はモフモフしてるぅ~~~~! 抱き心地もやっぱり良いぃ~~~~~!癒されるぅ~~~~~~~! はうぅ~~~~~~~~~!」

 

「えっ、ちょっ、カサンドラさん!?」

 

 

 ダフネがいる目の前でベルを堪能するカサンドラ。どうやら相当ストレスが溜まっていたようである。

 

 そのストレスから開放されたカサンドラの体が、癒しを求めまくっていた。

 

 その癒しが目の前にあって、人目を省かることなく行動に移してしまったのだ。

 

 

「…まさかカサンドラがここまで悩んでいたとは……」

 

「あの、カサンドラさん、夢のお告げの事は!?」

 

「様子を見る限り、言わないみたいね。あ、ウチには気にしなくていいから。一応誰か近くにいないか見張っているから……あ、ホントにベルの頭ってモフモフしているわね」

 

「はうぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

「見てないで助けてダフネさーん!?」

 

 

 ダフネにも悪乗りされたベル。この場に味方がいないようだ。

 

 相手はLv.2二人。満足されるまで抜け出せない。

 

 この場の近くを通った団員曰く、ベルの情けない声が何度も聞こえてきたらしい。

 

 ……後に、この事を思い出したカサンドラが顔を赤くして悶えまくっていたのは、語るまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ベルに抱き付いて堪能しまくったカサンドラは完全に気分が晴れていた。

 

 解放されて疲れ切ったベルは、そのまま割り当てられた部屋にふらつく足取りで戻って行く。

 

 ダフネもまた全体の下見などをするため離れ、一人残されたカサンドラは再び夢のお告げに向き合っていた。

 

 

(もう、あれこれ考えたんだけど…)

 

 

 

 

 

――― 傷ついた太陽の城が、泥棒の三日月によって落ちる。

 

――― 小人と一人の男によって翻弄され、最後は寵童が凶刃によって亡き者となる。

 

――― 倒れる者達の努力は報われない。

 

――― 動けない悲劇の預言者は決着を見れず、泣き崩れる。

 

――― 太陽達は全てを奪われ、光を失くして彷徨い続ける。

 

――― この結末を回避したくば、白き少年を犠牲にしろ。

 

 

 

 

 

 

(もしかしたら、もう最後の一文は関係ないかも…)

 

 

 自称エインさんとの戦いで、相手は明らかにベルの事を切り刻もうとしていた。

 

 間一髪でバーチェさんが来てくれたから何とかなったけど、非常に危うかった。

 

 だが、相手はこう言っていた。『もし軍門に下れば、【ソーマ・ファミリア】の方は何とかしよう』と。

 

 つまり、ベルがあの時本当に斬られて持ち帰されたなら、【ソーマ・ファミリア】は『戦争遊戯』に来なくなり、自動的に【アポロン・ファミリア】の勝利となっている。

 

 ただし、あくまでこれは相手の言葉が本当に信用するならの話で、尚且つ私達がそれを見過ごすという事になる。

 

 流石に、どうしてもそれは出来ない。

 

 

(これ…。事前にベルと相談しちゃったら、危なかったかも…)

 

 

 あの時は既に3人を除いた後発組は壊滅していた。先発組はその時やられていたと思い込んでいたため、『戦争遊戯』は圧倒的に不利な状況に強いられる事になると予想していた。

 

 しかも【アポロン・ファミリア】が負けたら何でも聞くという条件であったため、【ソーマ・ファミリア】の評判を考えると、余り想像したくない。

 

 もしベルに相談してしまったら、もしかしたらあの場面で自ら犠牲になりに行ってしまった可能性があった。

 

 ベルだけが、『闇派閥』に―――。

 

 

(『光を失くして彷徨い続ける』。まさに第5節のあの一文通りにベルが………ん? 待って)

 

 

 『光を失くして』という事は、それはつまり光を失う――――闇になるという事。

 

 そして、闇のキーワードが含む単語にすぐ思いついたのが……『闇派閥』。

 

 つまり、そっくりそのまま『闇派閥』の軍門を下っていたという事に―――。

 

 

(いや、それだとベルの事で矛盾する!)

 

 

 自称エインさんはまず間違いなく『闇派閥』に属する者だ。

 

 そして、ベルがあの時点で自称エインさんに連れて行かれたら、強制的に『闇派閥』に下っている。向こうに何かしらの自信があった事から、恐らくそうなっていただろう。

 

 そして、第一節の文脈から、戦争遊戯では敗北を予言していた。

 

 第五節は文脈から、結末を示す予言の文だ。問題は『太陽達』――――、アポロン様含む【アポロン・ファミリア】の人達全員の事を指している筈。そこにはもちろん、同じ【アポロン・ファミリア】であるベルも含まれるという事だ。

 

 ここで、第6節の文の初めに『この結末を回避したくば』ときている。

 

 となると、結末を示す第5節の文が変わるという事となり、【アポロン・ファミリア】総員、つまり【アポロン・ファミリア】であるベルも『闇派閥』の軍門に下らなくなるという事なので…。

 

 つまり、第6節の文にある『犠牲』の意味はなくなってしまって―――。

 

 

(もしかして…、あの場面で犠牲になったら、意味はなかった…!?)

 

 

 この結論だと、あのまま自称エインさんがベルを連れ去ったとしても、【ソーマ・ファミリア】の事は止める気がなかったという事になる。

 

 そうなるとそのまま戦争遊戯を迎える事になって、『白い少年』―――ベルが元々いないから、回避のしようがない。

 

 そのまま、負けという事になっていた。

 

 ――――バーチェさんが自称エインを撃退してくれなかったら、何もかも終わっていた。

 

 ありがとう、バーチェさん。

 

 

(自称エインさんが現れたせいで、回避できる場面はあれだったと思っていたけど……まだ何とか挽回出来るチャンスはある……かな?)

 

 

 となれば、戦争遊戯の結果に至るまでの過程を示す文を覆せばいい。

 

 第1節の文と第5節の文は、結果を示している。第3節の文は、もう既に自称エインにやられて意識が戻っていない団員が何人かいるため、どうしようもない。

 

 そうなると、残るは第2節の文と、第4節の文。

 

 特に第2節の文を覆さないと、戦争遊戯の試合形式的にこちらが負けてしまう。

 

 

(でも、『小人と一人の男』って誰の事なんだろう……?)

 

 

 『小人』もしくは『一人の男』の動きを封じれば、ヒュアキントスは無事という事になる。

 

 しかし、特徴が抽象的すぎて、誰を示しているのか判別がつかない。

 

 そしてこれ以上にわからないのは、第4節の文。

 

 

(『悲劇の予言者』って、まず私の事だよね…)

 

 

 とりあえず、すぐに解釈できる部分は出来るが、単語を並べると…こうなる。

 

 動けないカサンドラが決着を見れず、泣き崩れる。

 

 

(『決着を見れず』っていう事は、団長様がやられる瞬間は私が近くにいないっていう事…?それとも、意識が飛んで見られないという事…?)

 

 

 カサンドラが『戦争遊戯』で割れあてられた配置場所は、玉座の間。ヒュアキントスがいる所だ。

 

 そこまで近いなら、前者の考えは無くなる。

 

 となると、そこまで攻め込まれ、意識が飛んで動けなくなり、そのまま戦争遊戯が終了してしまった。そして決着を知らされて、負けた事に泣き崩れる……という事になる。

 

 

(回復魔法がメインの私はそこまで戦闘能力は高くないけど……う~ん?)

 

 

 どうも納得できないカサンドラ。

 

 その場所にはカサンドラやヒュアキントスの他にも、ダフネやリッソスを除いた精鋭達がいる。

 

 それでも倒されるのなら、油断は全く出来ない。

 

 

(そもそもの話、向こうにそれだけの兵力があるの…? ……というより…)

 

 

「向こうは、どんな作戦で挑むんだろう…?」

 

 

 頭を傾げるカサンドラ。

 

 口から漏れたその声は、誰にも聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 カサンドラがベルで癒しまくっていた一方、ルアンが他の団員達に配置場所などを伝達していた。

 

 あちこちに人を見つけて教えに行くので、もしかしたら今日一番動いているのはルアンであるかもしれない。

 

 ただし、その途中から不可解なやり取りが見舞われることがあった。

 

 

「ん? ルアン、お前ついさっき、俺に皆の配置場所とか教えて欲しいと頼まなかったか?」

 

「はぁ? 何を言っているんだ? オイラは逆にお前の配置場所を伝えに来たんだぞ? そんなもん頼んでいねぇぞ」

 

「そうか…。俺の記憶違いか…?」

 

 

 「確かにルアンから尋ねられた筈なんだがな…?」と頭を掻きながら去って行く男団員。

 

 そして他にも…。

 

 

「あれ? ルアン、向こうの方に行ったんじゃないのか? 何か隠し通路でも見つけたか?」

 

「そんなわけあるか! むしろ逆にオイラが教えて欲しいぞ!」

 

「はははっ。冗談だよ」

 

 

 笑ながら別の男団員が去って行くが、「確かにルアンを見たんだよなぁ?」と小さく呟いた。

 

 その声がギリギリ届いたルアンは「一体、何が起きてるんだよ…?」と首を傾げながら小さく呟き、そして次へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな行動をしている中、指定した時間が経ち、遂に東西南北全ての城門は閉じられる。

 

 ベル達は『戦争遊戯』が開始するまで、城砦の中にいる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 シュリーム城から少し離れて、『戦争遊戯』攻城側のスタート地点として使っている、大きめの倉庫。

 

 そこで約二名を除いた【ソーマ・ファミリア】の全員が集まっており、作戦会議を開こうとしていた。その場にいないのは、団長のザニスと一般団員のリリのみ。

 

 その二人は今、外にいる。丁度ザニスが眠っているリリを起こしている所だ。

 

 

「おい、アーデ。起きろ」

 

「…ふぇ? ふわぁああ~~………」

 

 

 ザニスに起こされて欠伸をするリリ。メレンの時に使った時に余った『眠りの香』を鼻に嗅がされて一瞬で眠らされ、場所を移動されて起こされる。

 

 この動作は本日2度目であった。

 

 

「……一々眠らせないと一緒に透明化できないって、その兜結構不便ですね」

 

「何を言う。装備者の俺にとっては何の問題もない」

 

「リリには問題あります!」

 

「そんなものは知らん。それに、この兜の事は誰にも言うなよ?」

 

 

 扱いについて抗議を唱えるリリ。だがその主張は当然通らず、スルーされてしまう。

 

 さらに「この兜の事を誰かに言ったら、どうなるか分かっているよな?」と、念押しに口止めしてくるザニス。リリもまたその兜が公になったら簡単に想像がついてしまうため、黙るしかなかった。

 

 

「…それでいい。そのまま向こうの人員の配置を教えろ」

 

「…まさかリリの変身魔法を使ってルアン様に化けさせて、向こうの情報を直接聞き取るとは…」

 

 

 リリの変身魔法、【シンダー・エラ】。

 

 効果はリリと同じ体格なら、どんな姿にも変身できる変身魔法。

 

 これを使って、ベル達とパーティーを組むまでは獣人やアマゾネスなどの種族として、サポーターを行っていたのである。

 

 ただし同じ体格にしか変身できないため、必然的に変身できるのは、リリと同じ小人族や体格の小さいモンスター、他種族の子供が主である。

 

 ルアンに化けたのは、【アポロン・ファミリア】の者の中でよく口調や性格などを知り、なおかつ魔法で変身できる体格であったからである。

 

 本物のルアンと鉢合わせしなかったのは、運が良かったからだ。

 

 

「別に問題あるまい。直接戦っているわけではないしな」

 

 

 『戦争遊戯』の準備期間中は、お互い戦う相手の【ファミリア】には不干渉という原則が基づかれている。これを破った場合、相応の罰が下されるが、これは直接的な被害が出て、尚且つ証拠が提示された場合に限る。

 

 今回ザニスが行ったのは、リリを眠らせた後、ハデスヘッドを被ってリリを『シュリーム城』の中まで担いだ。その後、人目がないところでリリを起こし、姿が見えたリリを変身魔法でルアンに変身させ、情報収集に走らせた。ザニスもまた透明化を駆使して場所の確認など下見を行い、あらかじめ決めていた時間と場所に呼び出したリリを再び眠らして、再び担いで城を脱出。その後ハデスヘッドを脱ぎ、リリを起こして今に至る。

 

 起きて早々手に入れた【アポロン・ファミリア】の配置予定の人数などを話すリリ。ザニスはその情報によって次々と設計図に書き込んでいくが、リリはそれを見て、不意に疑問に思っていたことを口にした。

 

 

「…というか、この設計図ってどこで手に入れたんですか? 確かにあの城の構造と一緒ですし、複雑でしたけど」

 

「フッ、些細な事だ。これでも私は顔が広い。私の伝手から譲ってもらったのさ」

 

 

 リリの疑問に対して眼鏡をクイッとあげるザニス。思いの外ザニスの顔が広い事を知ったリリだが、どうにも腑が落ちない。

 

 首を傾げるリリだが、そんなリリを放っておいて書き終えたザニスは立ち上がり、一人勝手に【ソーマ・ファミリア】の団員達が待つ倉庫へと向かって行く。

 

 リリは慌ててザニスに付いて行き、ザニスが倉庫の扉を開けた時、一斉に視線を向けられた。

 

 

「団長ぉ。ささっ、こちらへ…。おいアーデ、役立たずのお前は作戦会議に「いや。よせ、カヌゥ」……へへっ、すいません」

 

 

 ザニスに対しては腰を砕け、リリに対しては高圧的な態度をとるカヌゥだが、ザニスに自制されてしまう。

 

 そんなカヌゥを放ったまま、作戦会議へと移るのだった。

 

 先程書き込んだ城の設計図を広げ、突撃する場所を命令する。

 

 

「まあ大雑把にいえば、お前たちは指定した時間に、この城の北門に突っ込め。そこが一番、兵の質が薄い」

 

「…何故、そんなことが分かるんでしょうか?」

 

「そんなもん、下調べをしたからに決まっているのだろう。カヌゥ、ただ単に開幕するまで何もせずに待っていたお前とは違うぞ」

 

「そ…、それは、すいません」

 

 

 出しゃばろうとするな、というザニスの拒絶によって委縮してしまうカヌゥ。ザニスの子分の中で一番になろうと地位的向上を目指そうとするが、裏目に出てしまった。

 

 ただし、会議はまだまだ終わらない。

 

 

「ただしチャンドラ、お前は連れを数人連れて西門に行け。そこは開く予定になっている。突入したら、すぐ近くの城の砦に入れ。それと繋がっている橋を渡らないと、倒すべき目標には辿り着けないからな」

 

「……そうかよ」

 

「お前には特に頑張ってもらうぞ? 何せお前は向こうの団長の襲撃時は、私と同じく丁度いなかったらしいからな」

 

「…たまたまダンジョンから戻ってきた時間帯が遅かっただけだ。むしろ、帰ったらいきなり『戦争遊戯』の話になっていて驚いたぞ」

 

 

 憮然としている態度を取り、ありのままの事実を述べるチャンドラ。

 

 団長のザニス相手だと【ソーマ・ファミリア】の団員の中で一番口出しや反論する男である。最も、チャンドラはザニスが気に入らないという理由も兼ねているが。

 

 

「……まあいい。とにかく、お前等は出来る限り城の中で暴れろ。突破口は私が作ってやる」

 

 

 そう言い、「どうやって?」と聞かれる前に、団員達に武器や防具を見せつける。それらは素人から見ても一級品の装備であり、冒険者なら喉彼手が出るほど欲しいものばかりであった。高級品である魔剣も数多くあり、思わず唸り声があちこちに出てしまうほどである。

 

 皆、【ソーマ・ファミリア】にそこまでの財力はない事を承知しているはずだが、欲望が理性を邪魔してまともな判断が出来ずにいた。

 

 そんな中、持って来た張本人のザニスや透明化になる『兜』の事を知ったリリを除き、理性を保てたのは一人だけいた。

 

 やはり、チャンドラである。

 

 

「…おい、この武器やら防具やらは何処から入手した? 【ヘファイストス・ファミリア】の物どころか、【ゴブニュ・ファミリア】の物まであるぞ?」

 

「何、そこにあったから拾っただけだ。だれにも見られていないさ。さあ、好きな武器を取るがいい」

 

 

 訝しげな眼でザニスを見るチャンドラ。ザニスは何の悪も見せない態度で取っているが、どう見ても怪しい。

 

 ダンジョンで亡くなった死体から剥いだと言えば、その行為はグレーの所であるが、これはどう見ても新品だ。それどころか防具には傷一つなく、一度も使っていないであろう魔剣もかなりの数がある。

 

 ザニスがどうやって盗み取ったのか見当もつかないチャンドラであったが、そんなチャンドラやリリを除いた団員達は次々と鎧や盾、魔剣などを手にしていった。

 

 ただしその行為の内容は汚く、カヌゥなど多くの団員が興奮を爆発させ、他人を押したり引いたりして我先にと一級品装備を手にしようと醜い争いによってである。

 

 ある意味、ここでも【ソーマ・ファミリア】の日常茶飯事であった。

 

 チャンドラは忌々し気な顔で、リリは冷たい目でその光景を見るが、ザニスは歪んだ笑顔を見せる。

 

 そんな光景を目にしたくなかったのか、チャンドラはザニスの元へ近づき、肝心な部分の話をし始めた。

 

 

「…で、あっちの団長をどう倒すんだ? Lv.2 は俺とお前だけだろ…」

 

 

 一番の難関。いくら奇襲されたとはいえ、大多数の団員達を一人で蹂躙したヒュアキントスを打倒する。

 

 まずそこまで何人辿り着けるかどうかであるが、魔剣があっても正直心許ない。さらにヒュアキントスもその場に精鋭を数人連れて待ち構えている筈だ。数の利は期待できない。

 

 何より一番の気がかりは、やはり兵の質だ。

 

 ソーマとザニスが作り上げた【ソーマ・ファミリア】内の制度の弊害がここに出てくる。

 

 原案はソーマだが、ザニスがそれを改悪したルール。神酒の他にもステイタス更新などソーマの手を煩わせるのに献上金という金が必要という、団長であるザニス以外の眷属に課せられた制度。ザニスが設定した献上金の高く、Lv.1で達成するのが非常に厳しい。それ故、一回だけステイタス更新するにも一苦労であるため、なかなか強くなれず、ダンジョンの階層も浅くしか潜れなくなり、金も大きく稼げないという悪循環に陥っていた。

 

 挙句の果てにはそれを脱却しようと悪事に手を染めるため、余計始末が悪い。それ故に【ファミリア】の評判を落とし、他派閥のパーティーから疎遠されるため、余計厳しい状況に陥ってしまう。まさに八方塞がりだ。

 

 逆に言えば、その条件下でランクアップを果たしたチャンドラが凄いのである。

 

 ただ現状、そんなチャンドラも上手い解決策が思いつかない中、ザニスは意外にもニヤリとした顔を見せた。

 

 

「何、そいつの相手は私の任せておけ。切り札もあるからな。もしかしたら、戦わずして終わらせてしまうかもしれないがな?」

 

 

 ザニスの自信ありげな表情が不気味に思えてきたチャンドラ。

 

 だがザニス自体、やはり何かおかしい。

 

 

「…随分とこの『戦争遊戯』で仕事をするじゃないか、ザニス。何か弱みでも握られたのか?」

 

 

 この作戦を総括すると、ザニスは【ソーマ・ファミリア】の中で一番戦場を動かすという大役をする事になる。

 

 ザニスの普段の行動から考えて、チャンドラがそう思えても無理のない話である。

 

 

「…いいや、奴らの提示してくれた勝利報酬が旨すぎるからな。欲を突っ張りたくなるさ」

 

 

 だが、その事を否定するザニス。「当然だろう?」と言わんばかりの態度を見せつけたため、チャンドラはこれ以上言わなかった。

 

 その後、見ないようにした周囲の醜い光景を目の当たりにしたチャンドラは、「流石にうるさいな」と周囲の騒動を治め始める。

 

 

「…お前等いい加減沈まれ。負けたらヤバい奴が、この中にはたくさんいるだろう? ここで争ってどうする?」

 

「「「ウッ……!」」」

 

「い、痛い所突きますね、チャンドラの旦那…」

 

 

 【アポロン・ファミリア】の勝利報酬は、『罪を洗いざらい話し、償う』。

 

 つまり、金に飢えて悪事を染めている者が【ソーマ・ファミリア】には数多くおり、中にはザニスもびっくりするほど仕出かした者もいる。

 

 返す言葉がなく、意気消沈して一斉に静まるが、ザニスは士気を上げるためにある余興を見せた。

 

 

「まあ安心しろ。こちらに勝ちを拾ってやる。私の命令通りに聞ければな?」

 

 

 ザニスはとっておきとして、奥からある武器を見せる。

 

 こんな冒険者装備一級品の中でもさらに特別、と思われるほどの圧倒的な輝きを放つ、一振りの魔剣。

 

 全員がその武器に目を丸くした。

 

 

「なあ、団長ぉ、それって…!?」

 

「何、偶然見つけてな。まさか【ヘファイストス・ファミリア】が持っていた…いや、譲ってもらった物だ」

 

 

 口を完全に滑らしているが、最早開き直りつつある。

 

 その輝く剣を手に持つと、思わず顔がにやけてしまう。

 

 早く使ってみたい、と。

 

 

「…ここで使うのは少々もったいないが、止むを得まい。何せ勝ったら、何でもいう事を聞くといったからな! 思う存分に支払ってもらおうじゃないか!」

 

 

 欲望が増長するザニス。勝った後の妄想が頭に浮かび、思わず涎も出そうになるも、どうにか口の中で飲み込む。

 

 そして、高らかに声を上げた。

 

 

「ラキア王国全盛期に大量生産されていたという、対軍、対城戦最強の魔剣! 『クロッゾの魔剣』だ! これでもう、こちら側の勝利は確定したものだ!」

 

 

 ザニスの手に掲げられる、クロッゾの魔剣。

 

 それに応えるかのように、魔剣が薄暗い空間で赤い光を輝かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、【ソーマ・ファミリア】の作戦会議が終了し、各自各々眠りついた頃。

 

 倉庫の外でザニスとカヌゥ、二人だけいた。

 

 

「どうしたのですか団長ぉ。俺一人、こんな時間に外へ呼び出して…」

 

「何、個人的に少しな。カヌゥ。お前に特別、頼みたいことがあったからだ」

 

 

 「無駄話は無しだ」と、すぐにザニス個人が持ってきていた箱から、短剣を取り出した。

 

 一見、普通の短剣に見えるが…。

 

 

「この短剣は…?」

 

「『呪道具(カースウェポン)』という名だ。さっきクロッゾの魔剣を見せただろ? それをある神にも見せたら、譲ってもらった品だ」

 

 

 ある神に見せたら興奮と同時に驚きの声を出していた。「これ、見せたお詫びね」と『呪道具(カースウェポン)』をくれた事を鮮明に思い出すザニス。

 

 カヌゥは何度見ても普通の短剣にしか見えないと思い、そして先程の一級品装備を手にしたためか、全く興味を示さなかった。

 

 ―――次のザニスの台詞を聞くまでは。

 

 

「そして、聞いて驚け。これで傷つけられたら、モンスターでも回復できない品物だ。取り扱いには注意しろよ?」

 

「……こいつを、俺にどうさせようと?」

 

 

 短刀の効果を聞いた時、今度は思わずカヌゥは欲しいとばかり思ってしまう。

 

 その事を暗い外でもはっきりと顔に出ており、ザニスは呆れてしまうが、それはそれ。

 

 条件を、カヌゥに突き出した。

 

 

「これで、『神酒(ソーマ)』に耐えたという白髪の小僧を殺せ。これは戦争遊戯だ。このくらいな些細な事は問題あるまい」

 

 

 ザニスにとって、ベルの存在は目障りであった。

 

 何故なら、ザニスの横暴な制度が引ける理由の一つが、神酒だ。

 

 神酒を飲ませれば、飲んで酔っている相手は何もできない。また、神酒を餌にすれば、そいつは死に物狂いで命令を聞いてくれるのだから。

 

 実際、不機嫌だったイシュタルも神酒を飲ませたら、すぐに機嫌が良くなった。また、結果的には【ロキ・ファミリア】の主神に妨害されたが、更に神酒が欲しくて戦争遊戯が有利になるよう進言もしてくれた。

 

 だが、ベルはそんな神酒に酔わない。

 

 ザニスにとって、そんなのが【ファミリア】に来たら、制度を崩壊させる不穏分子になりかねないと考えている。

 

 

「良いんですかぁ。ソーマ様はソイツの事、欲しがっていましたよぉ」

 

 

 ソーマの命令を聞いていたのか、ザニスに確認するカヌゥ。渋ってはいるが、欲望丸出しのカヌゥの内心はザニスの方に傾いている。

 

 ザニスは「もう一押しだな」と判断し、渋るカヌゥがよりやる気が出せるよう、報酬の話も持ち出した。

 

 

「人間誰しも間違いはよくある事だ。主神様がどう言おうが後の祭りというもの。何なら、私が言い訳を考えてやってもいい。報酬は『神酒(ソーマ)』4杯だ。上手く殺れ。そうすれば、その短刀はお前の物だ」

 

「…へへっ、団長ぉ。その言葉、忘れないで下さいよぉ」

 

 

 カヌゥは合意とばかり勢いよく頷く。どうやら、やる気満々のようだ。

 

 ザニスから『呪道具(カースウェポン)』を受け取り、ニヤつくカヌゥ。

 

 両者それを確認し、下衆の笑いを見せた。

 

 ―――――明確な悪意が、ベル達の元へ迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 遂に、『戦争遊戯』が開幕する―――――。

 



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開戦! 『太陽』vs『三日月』

 皆さん、本ッッッッ当にお久しぶりです。約4ヶ月近くになるでしょうか?
 更新が遅れに遅れて大変申し訳ございません。
 その謝罪と反省込みで、今回から次回の投稿日を前書きに公表します。
 次回は5月27日です。
 …締め切りの気分になるな。守るの大事。

 それと、今回の話から書き方を変えました。具体的には、普通の行間を1行開けたところを失くしたり、会話と行間の間を2行から1行に減らしたり。たまに空けた方が良いなと思った所は開いたままだったり。

 要するに、行間を変えました。

 wordで話作ってたからわからなかったけど、このssで投稿してたら何か空白が目立ち過ぎた。
 スピート感が薄まると感じてしまったからこうなりました。
 
 そしてこのssの【ソーマ・ファミリア】強い。
 クロッゾの魔剣やら、リリやら、『呪道具』やら、『漆黒兜』やら…。
 下手したら全ssの【ソーマ・ファミリア】の中で一番強いんじゃ…。
 このssのベル君の運命過酷すぎ!?
 
 実質オリキャラのアイツの正体もきちんと決めたのに。
 筆が折れた。作者のメンタルが死んだ。そして今、復活を果たした。
 

 あ、今回かなり話長いよー。多分過去最高に。1話で2万字超えって大変…。


 戦争遊戯当日。

 

 オラリオには尋常ではない程の熱気と興奮が貯めこまれ、賑わいを見せていた。

 朝早くから全ての酒場が開いており、街の至る所で路上に出店が展開されている。神々が散々周囲に喧伝した結果だ。

 今日ばかりはほとんどの冒険者が休業しており、酒場に詰めよせて観戦準備をしている。外には何とか休暇を申し込んだ労働者達、一般市民らも大通りに出て今か今かとその時が来るのを待ちわびていた。

 

『あー! あー! えー、皆さん、おはようございますこんにちは。今回、戦争遊戯の実況を務めさせて頂きます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーでございます。二つ名は【火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)】。以後、お見知りおきを』

 

 ギルド本部の前庭では仰々しい舞台が勝手に設置され、目にゴーグルをしている実況を名乗る褐色の肌の青年が魔石製品の拡声器を片手に声を響かせていた。この前庭にも大勢の人々が詰めかけている。

 

『解説は我らが主神! ガネーシャ様です! ガネーシャ様、それでは一言を!』

『―――俺が、ガネーシャだ!!!』

『はい、ありがとうございましたー!』

 

 実況者イブリの横で巨大な像の仮面を被った男神、ガネーシャが吠える。このコントに対して観衆は一斉に喝采を送った。

 商人らと連携し都市を盛り上げる戦争遊戯は一種の興行だ。この催しを観戦するために他の地域の者達が足を運ぶことはさらにあり、そこで当然のように入場料が発生する。一方でギルドは世界へオラリオの実力を示す恣意行為にも利用し、また素質を秘めた有望な冒険者たちを都市に引き込むのだ。

 

 ただし、オラリオに足を運ぶ者達が共通するのは、身の周りに神がいない事である。

 当然、『戦争遊戯』の場所や日時の情報を持って、尚且つ神が近くにいる者は、入場料を払わなくてもその場で見える訳でお得である。

 そんな神が二神もいる港町、メレンでは―――――。

 

「ニョルズ様、俺達も早く何か買いましょうよ。こんなに出店が開いていますから」

「ま、折角の休暇だからな。ロッド、何が買いたい? 今回は俺が自腹で払ってやるぞ」

「いやいや、もう余力はないんですから。無理をしなくても大丈夫です」

 

 メレンでベル達と出会った神ニョルズと、その眷属の団長ロッド。

 今回は休暇を使って、ベル達を応援するつもりである。

 本来ならこんな簡単に休暇は摂れないのだが、つい最近入団した新参者がいるため、そいつの指導を行っている。今頃船の上で団員達にヒィヒィとしごかれて働いているだろう。

 鬱憤を果たしている団員達のよそに、美味しい物を食べ、芸などを見て回って楽しんでいるロッドとニョルズ。

 その二人の近くに、周囲の注目を集めるアマゾネスの集団。

 その者たちは見た目とは裏腹に、屈強な者ばかりである。

 その集団は仮面を付けたロリ娘の主神を先頭に頭領姉妹の片割れと続き、その後ろには地位的に低い者達が続いている。

 つい先日メレンに来て、かなりの好き放題に暴れていたが、ベルやフィン達にやられた以降、現在約一名を除いて周囲にあまり迷惑をかけていない。

 今はもう、ベル達の『戦争遊戯』を楽しみに待っている。

 

「かっかっか! まさかオラリオの方から闘争を見せてくれるとはのぉ。中々気が利く物じゃ。飽きさせることはないという噂は聞いておったが、まさにその通りじゃな!」

 

 自らの信条である『闘争』そのものが観戦できるため、上機嫌で笑うカーリー。地面にシートを敷いて座っており、すぐ傍にはおつまみとして酒や果物などが多く並んでいる。ちなみにそれらは強奪した品物ではなく、イシュタルから前払いとして財宝を何点か受け取っていたため、それらを換金して買い取った物である。

 カーリーの周囲にいる他のアマゾネス達もまだかまだかと既に興奮寸前であり、故郷である闘国を沸騰させるかのような熱気が漂っていた。

 もはや完全に、宴の状態だ。

 

「テルスキュラにいる時でも見たかったんじゃが、流石に開催する時期までは伝わってこなかったからのう。そこに関しては惜しかったわ」

「カーリー様、早く……」

「そう急がなくても大丈夫じゃ、バーチェよ」

 

 カーリーを急かそうとするバーチェ。他のアマゾネス達とは違って冷静に装うとしているが、ある少年が戦争遊戯の舞台に駆り出されているため、内心とても興奮している。つい先日、その本人の前で応援すると言ったため、見ないという選択肢はない。

 そんなバーチェを嗜めつつ、カーリーは他のアマゾネス達が興奮しすぎて周囲に被害を及ぼしていないか見渡すと、誰かがいない事に気づいた。

 よりにもよって、一番悩みの種である者が。

 

「……して、アルガナは何処に?」

「…オラリオに入ろうと外壁を登っています……」

「またか!? これで何度目じゃ!?」

 

 悲鳴に近い声で頭を抱えるカーリー。最早日常茶飯事になりつつある。

 つい最近フィンに負かされたアルガナは、己を打ち負かした強い男に惚れ込むというアマゾネスの性が発動してしまった。

 その種族の性ですっかりフィンに惚れ込んでしまったアルガナは、下手したら以前より問題を起こしまくっているのだ。

 ただし、問題を起こす場所はメレンにではなく、オラリオの都市の方に――――。

 

「侵入者だ!!」

「またあいつか!?」

「ちぃ! 見つかったか!」

 

 アルガナがいない事に気づいた頃。

 オラリオの外壁に張り付く褐色肌の女が一人いた。

 壁を登って突破しようとした女―――アルガナだが、オラリオの憲兵たちに見つかってしまった。すぐに捕まえようと襲ってくる。

 しかし、アルガナは止まらない。フィンをお持ち帰りするために。

 よじ登るスピードが加速する。騒ぎが大きくなり始めた。

 

「うぉおおおおおおおおお!! フィィイイイイイン!! 今行くぞぉおおおおおお!!!」

「皆の衆、早くあの色ボケを止めるのじゃ!?」

 

 アルガナの声がメレンの方にまで響き渡り、仮面によってカーリーの顔の一部が見えなくとも、非常に焦っている事が伝わってくる。

 冷や汗を掻きながらカーリーはすぐに命令を下し、バーチェを含めた眷属達は大慌てでアルガナを捕まえに行くのだった。

 ちなみに、当の【勇者】はこの時、どこからか寒気を感じたという……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面はオラリオに戻り、とある酒場。

 そこには、オラリオの冒険者達がベル達の戦争遊戯に対して賭けを行っており、どちらが勝つか好き放題言い合い、賑やかであった。

 そしてその賭けも、締め切られる頃。

 

「おーい、もういいか? 賭けを締め切るぞ!」

「待て!【アポロン・ファミリア】に10万ヴァリスだ!」

「おいおいモルド、そこは【ソーマ・ファミリア】に賭けろよ。手堅すぎだっつーの」

「10万ヴァリスも賭けるんだ! 別にいいだろ! あ、こっちにも酒をくれぇー!」

「これでオッズも下がっちまうなー」

 

 滑り込みで賭けてきた者がいて、受付の者は金を受け取り、その分オッズを変動させる。

 その場のノリでブーイングが飛び出るが、お構いなしと堂々と胸を張って酒を頼みながら席に座り込む。

 冒険者達は酒を飲みながら冗談を言い合い、楽しもうとした所で、丁度賭けが締め切られた。最終的なオッズが神で貼り出され、結果を見ようと人がより密集し始める。

 

 

 

 

 オッズ 【アポロン・ファミリア】1.06倍

     【ソーマ・ファミリア】 16.3倍

 

 

 

 

「思っていたより差がないな…。何処の誰だ?【ソーマ・ファミリア】に賭けた馬鹿は?」

「どうせ、神連中だろ」

 

 想定よりも賭けの対象に差がない事に不審に思う者もいたが、その原因となった者達を容易に特定できた。その者達―――神達は賭券を握り締めて祈るような形をしている。

 

「来い来ーい!」「当たれぇえええ!」「奇跡よ、起これ!」

 

 基本的大穴狙いである神達。そのため、そう簡単には当たらず、その眷属達に大きな迷惑をかけるのが常である。

 今もその神達を探しているかのように、外では必死に冒険者たちがあたりを見渡しているが、両者気づくには時間の問題であった。

 冒険者達は普段そういう事に関わりたくないため、スルーして別に話題にしようとした時、ある一人がつい最近耳にした噂があった事を思い出す。

 

「あ、そういや聞いたか? 何か今回、【ソーマ・ファミリア】に多額の金を賭けた奴がいるらしいぜ? 「あれなら勝てる!」ってウン千万ヴァリスを勢い付けてきたとか」

「おいおい、流石にそれはガセネタだろ。いくら神でも、眷属達が自ら除団しかねない程の金を持ち込むわけないだろ」

「…まあ、それもそうか。悪い、今の話は忘れてくれ」

 

 リーダー格と思しき者に簡単に論破されたため、笑いながら酒を飲み、すぐにこの事を忘れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、オラリオのバベルの塔30階。

 そこは『神会』などで会議室用に使われている広場であるが、今日はそれがないにも関わらず、神達が二十人ぐらい集まっていた。皆、主に神友と共に、及び一人で見ようとする者達である。

 神の大半は『戦争遊戯』を眷属達と一緒に見ることが多いが、隠れて見ようとする者や、神友と見ようとする者も当然いる。

 さらに眷属が一人もおらず、尚且つ寂しがり屋の者もいるため、そういう神は当然ここに来る。

 ツインテールをしたロリ神は入場すると辺りを見渡し、神友と呼べる者を探す。そして、走りながら眼帯をした神友の元へ駆けつけるのだった。

 

「…あ、ヘスティア…」

「おー、ヘファイストス! もう大丈夫なのかい?」

「……ええ、何とか。………流石に、大量の盗難被害には堪えたわ…。私がロゴを押して認めた物もたくさんあったのよ」

 

 そこにはヘスティア、そしてヘファイストスがおり、ヘスティアはヘファイストスの精神的なショックを心配していた。

 先日大量盗難にあった【ヘファイストス・ファミリア】の武器には種類があり、中でも高級品の売り物として認めた物には、ヘファイストスのロゴが押されている。それが大半を占めており、さらにその中でも値段が付けられないものもあった。

 一先ず二人ともここでアポロンとソーマの『戦争遊戯』の成り行きを見ようとしているが、見る限りヘファイストスは無理をしており、大分辛そうである。

 ヘスティアは堂々と隣に座っているが、ヘスティアが見かけるまで誰もヘファイストスに近づいておらず、誰も言葉をかけようとしない程の気落ちしていたオーラを発していたのだ。

 ヘファイストスにはヘスティアが来るまで周りの光景が非常に暗く見えており、虚ろの目をして呆然としていた。ここに来たのは、事前にヘスティアと見る事を約束していたからである。

 ただ、今の精神状態では『戦争遊戯』を楽しく観戦できず、下手したらヘスティアも巻き添えになってしまう。

 そうなっては元も子もなく、ヘファイストスはヘスティアに謝って帰ろうと動く。

 

「…ヘスティア、私は…」

「気にすることないさ! 僕は君と見るよ!」

 

 が、陽気なヘスティアによってあっさり退路が塞がられた。

 流石に申し訳ないような雰囲気が出ても、笑顔で元気つけてくれる。

 天界にいた時も、そうだった。

 今は眼帯によって隠れているが、顔にある火傷の痕で、皆から疎遠されていた。

 気にしないようにしてはいたが、どうしても寂しいと思う時がある。

 そんな時、ヘスティアが傍に来てくれていた。

 最初は険しい態度で対応してしまったけれど、挫けずに話してくれて、今では一番の大親友である。

 もしヘスティアがいなかったら、今頃どうなっていたかわからなかった。

 下手したら地上にも降りず、天界にずっといたのかもしれない。

 そんな生活から救ってくれたヘスティアには、返しきれない恩がある。

 

「折角の『戦争遊戯』さ! 君と見なかったら、僕は寂しいぜ!」

「ヘスティア……」

 

 暗くなっていた気持ちが、晴れやかになっていく。

 虚ろになっていた隻眼に、輝きが照らされている。

 暗く見えていた周りの光景にも、灯りが宿り始めた。

 

「大丈夫だって! 何だったら、僕がすぐに犯人を見つけてやるよ! それで、万事解決さ!」

 

 自信満々に胸を張ってヘファイストスを手助けしようとするヘスティア。

 その誠意に、ヘファイストスの周りに漂っていた虚しさが消えつつある。

 重いと感じていた空気が、ヘスティアが来てから数十秒で軽くなった。

 

「…ええ、そうね。それだったら、嬉しいわね。…ん?」

 

 ヘスティアに励まされ、少しだけ元気が戻ったヘファイストス。

 少しだけこそばゆくなって、一旦気を紛らわすために周囲を見渡すと、丁度今入場してきた糸目の神を見つけた。向こうもまたヘスティアたちを見つけ、手を振りながら近づいて来る。

 

「…あれ、ロキ?」

「おー、ファイたん! と……ありゃ、ドチビもここで見るんや?」

「げっ、ロキ!?」

 

 ヘスティアの因縁の相手、糸目の顔をした貧乳の神――ロキは手をひらひらとやり、ヘスティア達の近くに座り込む。

 主に両者の胸の関係でいがみ合うヘスティアとロキであるが、今回はヘスティアの驚きの方がそれを上回ってしまった。

 

「君は、何でここにいるんだよ!? 恋しい眷属達がいるんだろう!? その子達と一緒に見るんじゃないのか!?」

「ウチだってそうしたいんや! なのに、アポロンとソーマの二神が約束を反故しないか監視するという、貧乏くじを引かされたんや! クソォ、ウチじゃなくてもいいやろこの役! ドチビ、代わりにこの役引き受けろ!」

「お・こ・と・わ・り・だ! ソーマはまだしも、あの変態の監視を僕はやりたくないんでね!」

「なんやとー! あいつの自称妻やろ、自分!」

「だ・れ・が、あの変態の自称妻だぁああああ! 向こうの方が勝手に名乗ってくるだけじゃないか! 僕はアテナ、アルテミスに並ぶ三大処女神の一神だぞ、この胸無し!」

「だ・れ・が、胸無しじゃボケェエエエエ! こっちはオラリオ二大派閥の一つの主神じゃ、この貧乏人!」

「なんだとぉおおおおおおおおおおおお!」

「やんのかコラァ!」

「結局、こうなるのね…」

 

 ただし、ヘスティアの驚きが上回ったのは最初だけで、オラリオ名物と化した二人の喧嘩は健在だった。

 罵詈雑言の取っ組み合いが始まり、周りの神達も「また始まったぜ!」とウキウキしながら集い始める。

 最終的に帰結する二人の関係に、ヘファイストスは頭を抱えながら溜息をこぼした。

 だが、同時に笑みがこぼれかけてしまう。

 

(…いや、むしろ私がしっかりしないといけないわね。これを一番見てきたのは、もしかしたら私かもしれないし)

 

 喧嘩する程元気な二神を見続けてきた鍛冶神。今落ち込んでいたら、ヘスティア達に気を使わせてしまい、静かになって元の良さの一つが失われてしまう。

 天界にいた時と全く変わらないヘスティアとロキの仲を見ながら、残っていたモヤモヤ感が消え失せた。

 今回の盗難事件に対して、気持ちが切り替わったのだ。

 

(…ありがとね。ヘスティア、ロキ)

 

 内心二神に感謝する鍛冶神。ヘファイストスの気落ちしていた雰囲気が、完全に払拭されている。

 …両者取っ組み合うロキとヘスティアには、その事に気づいてはいないが。

 

 

 

 

 

 ―――そんなヘスティアとロキの喧嘩に注目されていた頃に、翅付き帽子を被った男神と眼鏡をした女性―――――ヘルメスとアスフィが、広場に入場していた。

 基本、神しかいないこの場に人間であるアスフィは目立たないように、罰が悪そうにしてヘルメスを背にしてひっそりと隠れている。

 

「あの、ヘルメス様。流石に私もここにいたら…」

「いやいや、別に構わないってアスフィ。固い事を言う奴はこの場にいないさ」

 

 そんなアスフィを無理やり連れてきたヘルメスは笑い飛ばし、強張っている彼女の脇にする。

 彼は服の懐に忍ばせた懐中時計の時間を確認し、そしてこの広場の中央にある二つの椅子を見た。

 その椅子は未だ空席となっており、焦る気持ちで辺りを見渡し始めると、ようやく座るべき神々の声が聞こえ始めた。

 

「はぁ~、はっはっは! 主役という者は、遅れて来るべきなのだよ!」

「……その案に乗った俺もアレだが、流石に焦らし過ぎじゃないか?」

「…おっと、ようやく主役達が着たようだ」

 

 聞いた事がある笑い声が聞こえ、思わず顔を上げ、聞こえてくる方角に目を向ける。

 ヘスティア達も喧嘩をやめ、辺りは一斉に静まり返り、聞こえてきた方向―――――――扉の方に注目する神々。

 そして豪快に、扉が開かれた。

 

 

「――――はっはっはぁ! さあ皆の衆、待たせたな! このアポロンがこの『戦争遊戯』を盛り上げ、勝利してやろうじゃないか!」

 

「――――それはこっちの台詞だ。勝つのは俺達だ」

 

 

 同時に入場してきた草樹木の冠をした神と、ボサボサした長髪の神――――アポロンとソーマは、主役は俺達だと言わんばかりの立ち振る舞いを見せた。

 ズカズカと中央を目指して歩いていき、主役らに用意されていた二つの椅子にそれぞれ座っていく。

 

「まさか、子供達はどこの【ファミリア】に入団しても、一年間は改宗する事はできないというルールの例外、『戦争遊戯』の特性を使おうと考えていたとはな! 負けると分かっていても盛り上げようとするとは、中々のエンターテイメンターだな、君は!」

「いや、こちらが勝つが…。まあ、あの白い少年との別れの挨拶ぐらいはさせてやってもいいぞ」

「ふははははは! 随分と楽しませてくれるじゃないか!」

 

 

 お互い軽口を叩きながら睨み合う二神。片や太陽を象徴している社交的な神、片や月を象徴としている内気的な神。相容れないだろう。

 火花を散らす二神に盛り上がりをみせる神々。『戦争遊戯』への期待が高まっていく。

 

 

「――――頃合いだ」

 

 

 再び懐中時計を見て、ヘルメスはギルドの方向に体を向ける。

 そして頭を少し下げて、許可をもらう。

 

「それじゃあ、ウラヌス。『力』の行使の許可を――――」

 

 空間を震わせたヘルメスの言葉に、数秒置いて応える声があった。

 

 

【――――許可する】

 

 

 ギルド本部の方角より、重く響き渡る神威の宣言が都市中に鳴り渡り、それを聞いた神々が一斉に『神の力』を出し、指を鳴らした。

 その瞬間、酒場や街角などの虚空に浮かぶ『鏡』が続々と出現する。

 

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぉおおお!!』

 

 

 無数に現れた円形の窓――――『神の鏡』に、人々から歓声が湧き出た。

 どの鏡の中も映っている光景は当然、太陽の旗を掲げた古城、平原、眷属達。ベル達が向かった『シュリーム城』及びその周辺であった。

 

『では、鏡が置かれましたので、改めて説明をしていただきます! 今回の戦争遊戯は【アポロン・ファミリア】対【ソーマ・ファミリア】、形式は攻城戦! 両陣営は既に戦場にて身を置いており、始まりの鐘の音が鳴るのを待ちわびております!』

 

 一気に盛り上がっていく都市全体に対し、実況が拡声器を通し戦争遊戯の概要を話し始めた。

 徐々に実況者の声が跳ね上がり、ギルド本部の前庭にざわめきが波状する。

 

「始まるね」

「うん…」

 

 前庭の前に浮かぶ『鏡』を仰ぐミイシャは、隣にいるエイナの声に頷く。

 神々が、冒険者達が、酒場の店員達が、港町の住民たちが、全ての者の視線がこの『鏡』に集まった。

 そして。

 

『それでは、――――【アポロン・ファミリア】対【ソーマ・ファミリア】の戦争遊戯! 開幕です!!』

 

 合図とも言える鐘の音が都市に、そしてシュリーム城周辺に鳴り響き、戦いの幕が開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鐘の音が聞こえた同時刻、シュリーム城。

 『戦争遊戯』が始まったが、盛り上がるオラリオとは裏腹に、素人丸出しのベルを除いたほとんどの士気は低めだった。

 こちらの集中力が低下している最終日まで本格的な城攻めは引っ張ってくる、というのが大方の予想であるからだ。散発的な攻撃はあるが、それも見張りの目と堅牢な城壁の力が合わせれば問題ない、と。

 そんな弛緩した空気が流れていた城内で、小人族のルアンは突如同僚に退屈しのぎで指図されてしまう。

 

「おい、ルアン。お前も見張りに行って来い」

「なっ……何でオイラが!?」

「お前、目だけはいいだろう。碌に戦えないんだ。昨日みたくちょろちょろ城を駆け巡って、今のうちに役に立っておけ」

 

 この城砦は広く、規模から考えれば百人でも少ない程。地上戦も考慮しているため、自然と見張りの数も不足がちになっている。最初は反攻していたルアンも、不承不承に引き受けてしまう。

 笑う彼らに送り出され、高い階段を通じて城壁へ上って行く。

 

「おっ、ルアン。何しに来た?」

「……見張りだよ」

 

 事情を察した北側の見張りの獣人の青年二人は、全てを悟ったのか笑いを浮かべる。

 雑用を押し付けられたルアンだが、一応形だけ忠告は送っておく。

 

「魔法の詠唱には注意しとけよ」

「何、心配ないさ。その時はこいつでお見舞いしてやるぜ」

 

 獣人の見張りが長弓と特注の巨矢を取り出し、ポンと叩く。

 『魔法』の威力及び射程は、通常詠唱分の長さに比例する。生半可な短文詠唱魔法では、何発撃ち込んでもこの分厚い城壁は崩せない。

 警戒すべきは発散される魔力が探知されやすい長文詠唱魔法だが、自分らはそれなりの腕を持っている。相手が平行詠唱を身に付けていなければ遠方狙撃で簡単に倒せる自信があった。

 また、北側と東側は荒野と僅かな緑が広がっており、所々岩の塊が存在するが、何人も隠せる大きさではない。

 余裕だぜ、と得意げに交わす見張りの二人会話に、ルアンはケッ、とグレる。

 その時だった。

 遠くから、大勢で荒野を駆けるかのような足音が聞こえてきた。

 3人が同じタイミングで見通しが良い外に注意を向けると、遠くに大勢に人影が見える。

 

「おい、もう来たぞ!?」

 

 開始、わずか4分。

 【ソーマ・ファミリア】の軍勢が、シュリーム城へと押し寄せてきた。

 どう見ても散発的な攻撃を行う人数ではないため、長期決着ではなく短期決着が向こうの作戦だと予想できる。

 

「急いで団長様に連絡しろ! 北側から【ソーマ・ファミリア】が本格的に攻めてきたとな!」

「あ、ああ!」

 

 すぐにルアンが伝令に走り、階段を駆け下りていく。見張りの二人はすぐに弓矢を構え、攻撃態勢を取りながら優先対処するべき魔法詠唱者を探す。

 だが、【ソーマ・ファミリア】の軍勢は皆、鎧や盾、剣や斧や槍などを持っており、冒険者集団の前衛の武装で来ている。逆に、後衛の武装である杖持ちの冒険者が見当たらない。

 それどころか、魔力の反応がない。

 

「……なるほどな、武人のやり方で突破してくる気か。だが弓矢はともかく、城壁はどうやって突破するつもりだ? それともどれかがカモフラージュで、まだ詠唱を開始していない魔法詠唱者か? 顔ごと隠している奴もいるし、分かんねぇな…」

 

 前者だとしても、梯子なども見当たらず、この城壁を突破する手段がない。後者だとしても、流石に詠唱を開始しないと近づきすぎて矢の雨に晒されてしまう。

 どうするべきか判断に迷う二人。もうすぐルアンが伝令から戻ってくるので、それを聞いてから攻撃してもいいが、このまま見ているだけでは流石にもどかしい。

 汗を垂らす獣人二人であるが、さらに軍勢を一人一人よく見ると、妙に既視感があった。主に武器に対して。

 

「………なぁ、何か妙に向こうの装備が豪華じゃないか? 遠目でもわかる。【ヘファイストス・ファミリア】の装備とかあるぞ」

「ああ、店に出ていた奴だな。…向こうにそれ程の財があったのか? 下手すれば、見たことない物もそうなのか? 羨ましいな」

 

 一人一人に高価な武器を渡せる程贅沢な使い方をした【ソーマ・ファミリア】に、向こうにも少し羨ましい点はあるんだなと、ちょっとだけ見直す獣人二人。だが、それはそれ。

 丁度、ルアンが伝令から戻ってきた。

 

「思ったより早かったな。それで、団長様は何と?」

「近づけて矢の雨を降らせって。ゼェ…、他の奴にも声を掛けて、北門を中心に他の奴も集めているけど、陽動の可能性も捨てきれないからほどほどに、だとよ…」

 

 伝言リレーとはいえ、猛ダッシュで走ってきたため少し息切れになっているルアンだが、しっかりヒュアキントスの指示通りに動いている。

 その証拠に続々と北門の中で待ち構えており、役目はきちんと果たしていた。

 それを確認するが、もう少し数は欲しいなと、見張り達は考えてしまう。そのため、一度向こうの行進スピードを遅らせて時間を稼ごうと、威嚇射撃のつもりで一人を狙撃した。

 すると矢は鎧に当たり、よろけはしたものの、そこまで。

 

「! マジか!?」

 

 鎧には傷はついておらず、矢は粉砕されてしまう。それを見たルアンから、冷や汗が出る。

 誰一人として足は緩まず、ただ雄たけびを上げてこちらに向かってくる。

 

「ちっ、流石に硬いな」

「そっちがその気なら、こっちは弓矢ではなく、魔法でお見舞いしてやるぜ!」

 

 見張りの一人が門の中で待機している者達に、詠唱準備の合図を送ろうとしたその時。

 北門と、【ソーマ・ファミリア】の軍勢との距離の、その中間あたりにて。

 

 誰もない所から、巨大な炎が出現した。

 

「は?」

 

 ルアンが目を丸くし、目の前の光景が信じられず唖然としてしまうが、それも束の間。

 その炎は凄まじい砲弾となって城砦へと猛スピードで向かい、着弾した―――――。

 

 

 

 

 

 

 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォン!

 

「う、うわぁあああああ!?」

「な、何だ!? 北側で、何が起きた!?」

 

 轟音がシュリーム城全体に伝わり、異常事態が知らされる。

 城壁の正面から押し寄せてきた衝撃に、城内は一瞬で混乱に見舞われた。

 北門内で待ち構えていた者達はその余波によって倒れ伏しており、何人かが何が起きたのか顔を上げると、その光景に言葉を失ってしまう。

 膨大な土煙を上げ、城壁が大きく破られていた。

 その横で、ルアンが階段から転げ落ちてくる。

 

「し、信じらんねぇ!? 魔力は全然感知してねぇのに、長文……いや、超長文詠唱級の魔法がでやがった!?」

 

 聞いていても、何が起きたのか理解できない。

 ルアンは少しだけ射線から逸れていたためどうにか無事であるが、一緒にいた獣人二人は見事に戦闘不能となった。

 慌てふためくが、そんな余裕はない。軍勢が侵入して来るまで、残り十数秒。

 遅れてきた者達に問い詰められ、すぐに起き上がる。

 

「敵の数は!?」

「36人! さっきの伝令と変わらねぇ! あと奴ら、防具メッチャ硬ぇ! 多分【ヘファイストス・ファミリア】製か、もしくは【ゴブニュ・ファミリア】製かも知んねぇ!」

 

 耳を疑う仲間達に対し、先程特注の巨矢でも傷一つ付けられなかったと補足すると、苦々しい顔を見せてくる。

 そこに、リッソス達がギリギリで辿り着いた。その中にはもちろん、ベルの姿も。

 

「おい、団長からの追加命令は!?」

「今使いを向かわせている!」

 

 リッソスが先着した団員に指示があったか聞くが、すぐにまだないと返答が来る。

 最早、現場判断で対処するしかない。

 このため、この中で一番地位が高いリッソスが即時の小隊長となった。

 それに慣れているのか、ベルを除いて皆すぐに対応に取り掛かる。

 

「皆、戦闘準備! 魔法の詠唱も開始しろ!」

「「「「「「はい!」」」」」」

「は、はい!」

 

 遅れて返事をするベル。だが、しっかりと戦える顔つきだ。

 そして丁度、【ソーマ・ファミリア】の軍勢が城内の敷地へと侵入してきた。

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

「皆、掛かれぇ!!」

「うぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 雄叫びを上げながら高価な武装の軍勢が襲ってくる。

 ベル達もまたリッソスの命令の元、軍勢へ斬りかかる。

 『戦争遊戯』開始早々、戦場は混戦へと突入するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、オラリオでは早くも驚愕と興奮が人々に伝播していた。

 

『おおっと、これはすごーい!? いきなり【ソーマ・ファミリア】が攻めてきたー! これはまさかの短期決着のつもりかー!?』

 

 宙に浮かぶ『鏡』の中では煙を上げる北側の城壁、そこから侵入してくる【ソーマ・ファミリア】とそれを排除してくる【アポロン・ファミリア】の交戦。

 武器と武器が衝突し合い、拮抗状態である。

 今は【ソーマ・ファミリア】の方が数は多いが、【アポロン・ファミリア】はすぐ後に続々と参戦してくることが予想できる。

 それまでに獅子奮迅の活躍を見せつける【アポロン・ファミリア】と、当初あまり期待していなかった【ソーマ・ファミリア】の健闘ぶりに対して、両陣営へ熱い声援が送られている。

 

 

『それにしてもガネーシャ様、突然現れたあの凄まじい炎の砲弾は一体何だったでしょう!?』

『あれは――――――――――ガネーシャか!?』

『解説する気がないなら帰ってくれませんかねぇガネーシャ様ァ!!』

 

 ギルド前の実況と解説の熱気も絶好調に達し、拡声された声が都市獣に響き渡る。

 都市に熱気が伝播して、より興奮が止まらない中。

 バベルの中では、多くの神々が意気揚々と称賛が飛び交い、感嘆していた。

 

「結構せめぎ合っているなぁ」

「level差があっても、武器の性能差がかなりあるみたいだ」

「つーかあの武器らって、【ヘファイストス・ファミリア】の所じゃね? 【ゴブニュ・ファミリア】の所もあるようだけど」

「【アポロン・ファミリア】の対応も早そうだなぁ」

 

 広間の一角で男神達が『鏡』の一つに固まる一方、何人かは【ソーマ・ファミリア】の武器に対して、少し察してしまった。

 広間の別の一角では、ヘスティアは標的を見つけたかのように、鏡に向けて指を指しながら眼帯の友人に教えている。

 

「ヘファイストス、見つけたよ! 犯人は、あの子達の内の誰かだ!」

「ええ、そうね。どうしてやろうかしらね………」

「うおお!? ファイたん怖ぇ!?」

 

 隣に並んで座っている女神3人。ヘスティアは興奮と驚愕の感情が入り混じり、ヘファイストスの肩を揺さぶっていた。

 それに対し、早くも容疑者を見つけたヘファイストスは怨念が籠った声で、【ソーマ・ファミリア】に対する制裁内容を考える。そのすぐ傍にいたロキは思わず身を震わしてしまう。

 

 そんな広場の一角が別の意味で騒がしくなっている時、中央にいたアポロンは事情を察してしまい、思わず対戦相手の顔をチラ見する。

 見えたのは、驚愕と困惑が隠せていないかのように汗でびっしょりのソーマの顔だった。

 更なる面倒事を抱えていた事が分かった酒神だが、少しでもそれを忘れるかのように『鏡』を凝視している。

 アポロンもまた早くも攻められているため少し冷や汗を流しており、『鏡』の方に目線を戻すと丁度お気に入りの白髪の少年の姿が大きく映った。

 

「ベルきゅん!」

「あ、よくジャガ丸君を買ってくれる常連さん、ベル君だ!」

 

 ヘスティアは見知った顔が『鏡』に映った事で、ヘファイストスにその事を教えながら戦いを見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面はシュリーム城に戻り、その北側。

 リッソスやベルを含めた【アポロン・ファミリア】の部隊と、【ソーマ・ファミリア】の大部隊が戦っている。

 武器と武器が高い金属音を鳴り争っているが、不利なのはこちら側。

 下手に攻撃したり、防御していたら、簡単に剣が折れそうである。

 そのため基本的顔がむき出しである者を狙って、戦闘不能にしようと試みていた。

 しかし…。

 

「オラァ!」

「!? 武器が……っ!?」

 

 そう簡単には倒させてもらえず、それ所か団員の一人の武器が折られてしまう。

 その人に更なる追い打ちが入りそうとなった時、僕が横から割り込んだ。

 

「フッ!!」

「グウォッ!?」

「サンキュー、ベル!」

 

 相手が攻撃する前に横蹴りが顔面へ綺麗に入り、一人を戦闘不能にさせた。

 当然他の人からにも狙われて一気に僕らに襲ってくるも、リッソスさん達が僕らの前に出てフォローをしてくれている。

 

「あんまり離れるな! 一斉に狙われるぞ!」

「は、はい!」

 

 リッソスさんが指示を出しながら戦いに身を投じている。まだまだ元気であるように見えるけど、余裕はほとんど感じられない。しかもよく見ると、リッソスさんの武器が所々欠けている。武器の消耗が予想以上に激しい。

 一応徐々に増援は来てはいるものの、向こうの戦力はあまり削れていない。一人一人倒してはいるが、こちらも何人か倒れていた。

 僕自身も既に傷は浅くても少し負傷しており、部隊が徐々に後退されているけど、頑張れば何とか耐えられる。

 冷や汗が流れているように感じるけど、まだ戦える。

 僕に襲い掛かってきた敵を、攻撃を避けた後に後ろ回し蹴りを横顔に叩き込んでねじ伏せた。

 次! と目線を正面に向けたら、小人族の友人の後ろ姿が見えた。

 急いでここから離れるかのように走っており、その姿はすぐに見えなくなる。

 

「あれ、ルアン? 一体何処に…?」

 

 というか、誰かを追い駆けている様に見えるような…。

 いや、今はこっちを何とかしないと。

 まだまだ敵はたくさんいる。下手をすればすぐに倒されてしまう。

 雄叫びが木霊する戦場で、僕もまた喝を入れて声を出して立向かおうとした時。

 相手の方から一斉に、色味を帯びた剣が取り出された。

 

「なっ、魔剣!? しかも、大量に!?」

 

 魔剣だとすぐに気づき、対応しおうとするエルフの小隊長だが、その量に圧倒されて動きが止まってしまう。白い少年もまた、同じだった。

 どうにか動けた時には、既にその魔剣らは振られてしまった。

 

「「「「うぉおおおおおおおおおおおお!?」」」」

「「「「がぁあああああああああああ!?」」」」

 

 何人かが叫び声を上げながら必死に真横に飛んだ。喰らったら一溜まりもないと分かっている。

 僕もリッソスさんも何とか攻撃から免れたけど、気づいたら中央にいた数人が被弾して倒れていた。その攻撃の軌道の痕が、くっきりと地面に残っている。

 だが、まだ終わらない。

 残った僕達に向けて、再び魔剣を振ろうとしている!

 

「「「「「「「「喰らいやがれぇ!!」」」」」」」」

「ぐぉおおおおおおお!?」

「うわぁあああああああ!?」

「マジか!? 奴ら、躊躇が無さすぎる!?」

 

 すぐに僕達は必死に走り出して、魔剣の攻撃の射線からの逃れようと躍起になる。

 僕らの背後に熱や電気、氷や風などが通り過ぎていき、城内の建造物や城壁にぶつかりまくっていた。

 時折逃げ遅れて被弾した断末魔も後ろから聞こえてくる。

 一か八かで突っ込むより、もういっその事このまま逃げだそう、と頭の中でよぎっていた。

 

「リ、リッソスさん! この後どうすれば!?」

「このまま走れ! すぐに終わる!」

「え!?」

 

 リッソスさんの返答の言葉が予想できなく、「本当に!?」と思った矢先。

 魔剣が砕け散るような音が聞こえた。それも大量に。

 相手は混乱しており、僕も困惑している。だけどすぐに魔剣の特性について事を考えたら、納得した。

 

「あっ、そうか! 使用回数か!」

「そうだ。あれだけ連発していれば、ああなる!」

 

 ベルに対して説明の手間が省け、リッソスはすぐに突撃する構えを取る。

 むやみやたらと使った結果、十数秒で使用回数に達してしまった魔剣。持ち主から去るかのように、塵となって消えていく。

 【ソーマ・ファミリア】の者達に、混乱が支配していた。

 丁度何人か増援も来ている。

 

「今が好機だ! 斬りかかれ!」

「「「「了解!!」」」」

 

 この好機を逃さず、小隊長はまだ無事である【アポロン・ファミリア】に突撃命令を出す。

 僕達はすぐに斬りかかり、何人かを戦闘不能に陥らせた。だけど、優勢だったのは最初の二十秒程度であり、現実はそう甘くはない。

 あっという間に向こうの混乱も収まってしまい、反撃にあってしまう。

 

「シャア!」

「ウッ!?」

 

 人混みの死角からの斬撃に避けきれず、僕の左肩に掠った。

 痛みをこらえてすぐに攻撃した者を確認して応戦しようとしたら、リッソスさんが横から顔面に膝蹴りをかましている。隣にいた顔も見えなかった人は、すぐにその場から離れていく。

 

「まだまだ油断するな! 後ろから来るぞ!」

「はい!」

 

 リッソスさんの指摘に従い、どうにか敵に対処していく。

 四方八方と敵が襲い掛かり、剣や槍にぶつかり合う音の数が増えていった。

 それを、リッソスさん達との協力プレーで倒していく。前後左右同時攻撃や、死角からの攻撃を阻止したりする。そうしている内に、肌が露出している敵に関しては、もうほとんどいない。

 多かった敵の数ももうすぐ十人を切ろうとしており、ようやく目途が付いて来た、と思いきや。

 ここで、再び拮抗状態に戻ってしまった。

 

「攻撃【魔法】を持つ者は詠唱を開始しろ!」

 

 リッソスは指示を出すが、従う者はいない。というより、序盤で魔法を使える者が軒並み戦闘不能になってしまったため、この場に従える者がいないと言った方が正しい。

 小隊長は歯がゆい思いを抱き、敵たちを見据える。

 意図的に後回しにしていたとはいえ、鎧どころかもう兜で顔すらも覆われた者しかおらず、有効打が打てない。

 果敢に攻めたててはいるが、最後は【アポロン・ファミリア】の武器が折れるのが先であった。

 増援は来てはいるものの、魔法を使える者が中心に狙われており、詠唱が唱えている間に阻止されてしまう。

 ここから敵の人数が減らず、【アポロン・ファミリア】の団員のみが僅かに減っていく。

 それどころか、何人かまだ余裕を見せつけるかのように、他の魔剣を取り出してきた。

 

「えっ!? まだ魔剣があるの!?」

 

 あれで終わりではない事に僕の心労が積もるような思いをしたけど、それ所じゃない。

 一斉に魔剣を振り下ろされた。その内の一人が何故か、端にいる僕に向けて。

 炎が、僕の元へ迫ってくる。

 

「またか!? 懲りない奴らだな!」

「ッ!? 危ない!?」

 

 魔法に対する防御手段がないため、どうにか真横に避けた。

 ただ、飛んだ方向が悪かった。僕一人だけ、皆から少し離れてしまう。

 そんな僕に、一直線で走り込む人がいた。

 

「お前の相手は俺だ、白髪野郎!」

「え?」

 

 耳に入った方を向くと、そこにはガチャガチャと鎧で音を鳴らしながら走ってくる。

 さっき狙って来た人が僕を目がけて、突っ込んできたのだ。

 僕は他に仕掛けて来ないか確認し、その後すぐに相手を見据える。

 

(全身鎧。そして、顔ごと覆う円錐型に近い兜、いや、あれはバシネットという名前があるんだっけ? しかも打撃があんまり効かないとか。だけど今の声って……、この人は『怪物祭』の時に見た、【ソーマ・ファミリア】のカヌゥさん……)

 

 ミイシャさんの座学で教わった基礎知識を思い出しながら、僕はすぐに応戦する構えを取った。もうすぐ僕の間合いに入りかける。

 すると相手も奇妙な短剣を取り出し、どの部位から攻撃してくるかと思いきや。

 いきなり、僕の喉仏を狙ってきた。

 

「うわぁ!?」

「チッ」

 

 何とか僕の短刀で弾いて防御したけど、相手からは舌打ちの声が聞こえた。

 というか、今狙ってきた部位。喰らったら、気絶じゃ済まない。…完全に、僕を殺す気だ。

 兜の奥から殺意が感じると同時に、なんか欲望の目で僕を見ているのは気のせいだろうか。

 再び構えを取ると、向こうから煩わしいかのように声を上げ始める。

 

「大人しく、ここで死んどけや!」

「……ッ!」

 

 周りの事は気にせず、執拗に僕を狙ってくる。僕もまた応戦した。

 彼の攻撃を掻い潜りながら短刀を突き刺したが、鎧によって弾かれてしまう。鎧には傷すらついていない。

 続いて兜の方にも狙ってみたけど、そこも簡単に弾かれてしまう。

 いくら何でも、性能の差が違いすぎる。

 

「やっぱり、硬い…!」

「テメェの攻撃なんか、効かねえんだよ!」

 

 どんなに攻撃しようとなりふり構わず僕を袈裟斬りにしようとするが、しゃがみ込んだり後退したりして躱してみせる。

 相手の動きは単調であり、冒険者歴が浅い僕でも何とか避けれる。

 とりあえず隙を見て攻めまくるしかないと思い、一度距離を取って攻め方を変えようかと考えた矢先。

 相手の手元からさらに別の短剣型の魔剣が出てきて、僕に向けて炎を出してきた。

 

「なっ!?」

 

 すぐに横に身を投げ出して、射線から外した。真横から熱を感じながらも、炎が通り過ぎる。

 思考回路が追い付けず、思わず炎が向かった方向を見たけど、誰にも当たらなかったのが不幸中の幸いだった。

 いや、一体いくつ、というか、そもそも魔剣ってかなり高価な物だった気が。

 【ソーマ・ファミリア】にここまでの財力があったとは、聞いていない!

 あったとしたら、リリはお金になんか困っていない筈だ!

 …これってまさか、譲ってもらったとか、最悪、盗んできた物なんじゃ……。

 邪推するかのようにカヌゥさんの武装を見ようとした時、既に目の前に来ていた。

 

「うわっ!?」

 

 すぐに現実を認識し、横から首元を狙った短剣を咄嗟に跪みながら躱して、後ろに跳ねる。

 相手は蹴ろうとしていたけど、ギリギリ僕の離脱の方が早く、当たらなかった。

 魔剣で追い打ちをかけてきたが、それも左に跳ねて避けてみせる。

 だけど、これが迂闊だった。

 飛んだ方向の先に、もう一個放った魔剣の攻撃が来ていたのだ。

 

「馬鹿め!!」

「あ、しまっ!?」

 

 気づいた時には、目の前に別の炎が迫っていた。まだ地面に着地していない。

 咄嗟に腕で防御しても意味がない。面積が足りない。そのまま喰らう。

 これで僕は戦闘不能になってしまう。

 

(いや、それはまずい!?)

 

 明らかに敵が僕を殺そうとしていた。身動きが取れなくなったら、確実にトドメを刺される。顔が見えなくても、ニヤリと笑っている気がした。

 背筋が凍りそうだ。でも、この状況からどうすれば!?

 地面に足がつく方は先。だが、そこからまた跳ねるには少し間に合わない。屈んでも大きく当たってしまう。

 もう足が地面に着きそう。どうする!? どうする!? どうすれば!?

 すると頭を悩ませて焦る僕に、何故か突拍子もない事が思いついた。

 

(……いや、だったらいっその事、わざと着地を失敗して、最短時間で倒れ伏す!)

 

 即座に足を動かし、地面に着かない。そして、地面に直接背中から落ちた。

 ドンッ!と、背中から感じる痛みにこらえながら、上手く仰向けの体勢となる。

 そしてすぐ目の前に、炎が通り過ぎた。

 

「アッツゥ!?」

 

 ギリギリ当たらなかったけど、熱の余波をモロに食らった。

 少し涙目になりかけたけど、命が危ういのですぐに立ち上がってみせる。

 結果はどうあれ、何とか躱しきった。

 

「ちぃ! ちょこまかと避けやがって! いい加減、俺のために死にやがれ!」

 

 中々攻撃が当たらず、ベルに苛立つカヌゥ。地団太を踏んでおり、『呪道具』を握る力も強く、非常にストレスが溜まっていた。

 対して白い少年は体がまだまだ動けるものの、余裕など全くない。

 

(せ、戦場で気を緩んだら危険すぎる! 今助かったのは、偶然だ!)

 

 幸運に助けられ、しっかりしろと僕自身に言い聞かせる。

 辺りを見たらさらに何人か倒れ伏しているけど、リッソスさんは奮闘している。援軍もさらに追加されている。向こうも必死だ。

 向こうの方はまだ大丈夫そうだ。後は僕自身の方。

 …考えるんだ。確か鎧って、全て完全に守られている訳じゃない。

 関節部とか、体をかなり動かす部分は薄いって話はミィシャさんの同僚、あのスパルタのエイナさんから聞いている!

 だったらそこを狙って、この拮抗状態から僕らの優位に近づくんだ!

 一度深呼吸した僕は覚悟を決め、一気に相手に近づいた。

 

「! 死ねぇ!」

「ここぉっ!」

 

 正面から刺そうとした不気味な短剣を、僕の短刀に滑らせて左にそらす。

 そして伸びきった彼の腕の関節部を、切り払った。

 

「…!」

 

 だが、そこもキィンと空しく弾かれてしまう。傷すら付いていない。

 僕の動揺が隠しきれないけれど、すぐにその場を離れて距離を取った。

 

「アブネェな、おい! この【ヘファイストス・ファミリア】製に傷つけてみろ! てめぇが一生かけても買えない品物だぜ! 俺と違ってな!」

 

 苛立ちを隠さずにベルを挑発するカヌゥ。唯一の不安要素だった関節部も丈夫に守られていた事に嬉しさがあり、最早何の憂いもない。

 白い少年も内心【ヘファイストス・ファミリア】製の凄さを実感していた。敵として登場すれば、嫌でもわかる。

 

(流石にこのままじゃ、こっちが押し負ける! どうすれば…)

 

 こういう場合、大抵は『魔法』で攻撃すると聞いているけど、僕は発現していない。

 関節技みたいな武術も、会得していない。

 たとえ持っていたとしても、今みたいな集団戦ではむしろ他の人に隙だらけとなってしまう。

 有効手段が思いつかず、ジリ貧になりつつあるベル。

 どうにか果敢に攻めているが、全て鎧によって弾かれてしまう。

 恐れを忘れたカヌゥの攻撃に激しさが増し、ベルも苦しくなる。体力も先程の戦闘で奪われており、カヌゥはこのタイミングを狙っていたのだ。

 だがベルも修行した効果は出ており、どうにか魔剣の攻撃にも喰らわずに凌いでいる。

 特にあの短剣を喰らったら何かまずい、と本能が危険信号を送っており、集中力は切れていない。

 何度も距離を取ったり攻めたり避けたりして、時間が少し過ぎていく。

 そしてようやく、魔剣が使用回数に達して砕け散った。

 

「なっ、クソッ!?」

「どうにか最低限はできた…、………ん?」

 

 位置が入れ替わる形で再び距離を取ろうとした時だった。

 振り返り際、カヌゥの兜の後頭部の、ある一点が目に入った。

 

(…! あれは…?)

 

 ベルが目に入ったのは、小さなピン。

 それは、兜のサイズ調整用に造られた部品である。

 これはベルやカヌゥにも予想していなかった事だが、実はカヌゥが着ている鎧と兜は、売り物として売れない、欠陥品だった。

 今ではオラリオ外の兵士が主に着ているが、それを参考にして一部を改造してつくられたものである。

 かなりの硬度を持つ鎧や兜に仕上がったが、気づいた時は兜のサイズの調整ができないという欠陥を抱えてしまった。そのため、結局ピンで嵌めたりして着れるように誤魔化されている。

 処分しようにもかなり金をつぎ込んでしまった手前、非売品として扱い倉庫にしまっていたが、盗難にあって持ち出されたのが真相である。その証拠に、兜の方にはヘファイストスのロゴがない。

 カヌゥは鎧と兜のセットと考えていたため、鎧の方にあったヘファイストスのロゴで、これも売り物だと判断してしまったのだ。

 要するに、それが壊されたり外れたりすれば、兜が簡単に緩む事になる。

 与り知らぬベルであるが、少しでもこの状況を打破できないかと狙うべき目標として見定め、構えを取った。

 

(あれを壊せれば、もしかしたら………だけど……)

 

 問題は、それがどれくらい硬いのか。

 向こうが着ている鎧は、関節部でも傷一つ点けさせない、通常第一級冒険者が着る鎧。

 対して僕が持っている短刀は【ヘファイストス・ファミリア】製ではあるものの、未だ無名の鍛冶師が打ったもの。

 材料費で見れば、文字通り桁違いである。

 ピン一つの硬度が、ベルの持つ短刀の耐久性を上回ったら、勝機は完全に消え失せる。

 その事に理解しながら、今度は周りの状況を見る。

 当初は【ソーマ・ファミリア】の速攻攻撃及び武器の質の差に翻弄されながらも、培って来たチームプレーを使って勢いを押し返している。

 今は拮抗状態と言える所ではあるが、何か一つきっかけがあれば、この拮抗は崩れるだろう。

 未だ僕の所に支援が来る気配はない。

 つまり、ここは僕一人で切り抜けるしかない。

 

(…これはもう、この鍛冶師の腕を信じるしかない!)

 

 食人花や自称エインと戦った時でも折れなかった短刀。

 僕の持っている短刀の……その耐久性に賭けてみせる。

 

 ここが勝負所として、全力で駆け抜けろ!

 

「はぁあああああああああああ!!」

 

 僕は意を決して、走り出した。

 

「な、何だ!? 急に雰囲気が変わりやがった!?」

 

 ベルの圧力にビビるカヌゥ。困惑し、動きが鈍くなる。

 一気にカヌゥに近づいたベルは、遅く突き出した『呪道具』を難なく躱す。

 そしてそのまま、何もせずにすれ違う。

 

「は? 何だよビビらせやがっ…」

 

 と、彼が後ろを向こうとした直前。

 僕は急ブレーキをかけ、回転した。

 

「ここだぁああああああああああああああ!」

「!!?」

 

 足に大きく負担がかかり、激痛が走るもお構いなし。

 狙うは、兜の後頭部のピンの一点のみ。

 短刀を横一閃させ、勢いが乗る。

 相手が気づいた時はもう遅く。

 見事に命中し、そして破壊した。

 甲高い音が鳴り、破片が飛び散った。

 

「なっ、てめぇ!?」

 

 折角手に入れた上級冒険者の鎧に破損が生じしてしまい、先程まであった殺意に憤怒の感情が混じり込む。

 完全に頭に血が上ったカヌゥは振り向いて、ベルを刺そうとした時。

 その振り向いた勢いにより、被っていた兜が、横に回った。

 

「うっ…!?」

 

 視界が暗闇となり、一瞬カヌゥの動きが遅くなる。だが勢いが失いつつも『呪道具』を目の前に刺した。

 口元をニヤリとし、何も持っていない方の手で兜を向き直そうとする。

 ただし、その間で不審に思う事が頭の中でよぎった。

 

(武器はちゃんとガキがいた方向に向けていた。暗闇になる直前の距離でも、余裕で届く。……なのに、手応えが全くなかった? どういう事だ?)

 

 すぐに確認したいとばかりに兜を向き直す。

 いざ視界に光が差し込むと、――――そこにはベルがいなかった。

 ただしその光景は少し暗く見え、何が起きたと言わんばかりに左右を見ようとした時。

 見えていた視界が急に明るくなり、それと同時に、兜が何かに掴まされた気がした。

 反射的に手で兜を抑えようとし、そしてその正体を見ようと顔を上げるが、時既に遅し。

 緩くなった兜がそのまま上後に引っ張られ、脱がされた。

 

「―――はっ?」

 

 呆けた声を出すカヌゥ。

 顔が露わとなり、信じられないという表情をしている。

 少し後ろに仰け反るその背後に、白い少年が兜を手に持ったまま、着地した。

 

(――――成功、した!)

 

 僕は内心ガッツポーズを取った。

 やった事は割と単純。ジャンプで避けて、その際カヌゥの兜を取った。結果的に体が前に一回転したけど、綺麗に着地できた。

 何はともあれ、これでようやく有効打を入れるが出来る。

 そして兜を持ったまま振り向く。

 

「コンノォ、クソガキィイイイイイ!!」

 

 ベルを『呪道具』で刺そうとするカヌゥ。憤怒の顔で憎悪の声を上げているが、動きは遅い。

 白い少年は簡単に右に跳ねて躱し、そして兜を宙に放り上げた。

 憎悪の男の視線はそちらの方へ誘導され、宙に浮いた兜を取り返そうと手を伸ばしかけている。

 

(よし、これで!!)

 

 その間に僕は右拳を握り、突進した。

 向こうの短所は明白だ。

 それは、武器を使い慣れていないことだった。単調な動きをしていたため、戦闘経験がそれ程ない。攻撃を予測しやすく、僕はここまで避けられたんだ。

 ハッ! と、僕に気づいて短剣で横払いしてきたけど、左手で持っている僕の短刀で弾く。短剣を手放させ、誰もいない所へ宙に舞った。

 そして足を踏み込んで、硬直したカヌゥさんの鎧に守られていない部分に。

 むき出しの顔面に全力で、ルノアさんやバーチェさんの見様見真似で、右ストレートを叩き込んだ。

 

「ハァッッ!」

「ボアァ!?」

 

 拳が頬に入り、悲鳴をあげるカヌゥ。

 そのままちょっとだけ宙に舞って白目をむき、気絶して倒れ込む。

 ベルの見事な一撃で、カヌゥを下すのだった。

 

「なっ、おい、カヌゥ!?」

 

 視界の端でベル達の戦いの結果を見てしまい、【ソーマ・ファミリア】の軍勢――もはや残党に近い者達に、悲鳴に近い叫び声が出ていた。

 『戦争遊戯』直前、ザニスを除けば一番豪華そうな装備をしていたカヌゥ。他の者達にその事を滅茶苦茶自慢していたため、この場の中では一番戦力が高いと印象付けられていたのだ。

 そのカヌゥがやられてしまったため、軍勢全体に動揺が走ってしまう。

 それでも諦め悪く何人か抗うつもりだったが、北門に更なる強力な援軍が到着した。

 

「ダフネさんの部隊から3人、魔法士の援軍が来ました!」

「ようやくか!」

 

 重要な橋の防衛を任されていた者達だ。ダフネも考えて、その戦力を割けてまで援軍を送ってきたのだろう。

 すでに詠唱を完成しており、合図があればすぐに放てる状態となっている。

 次々と相手の援軍が到着され、軍勢の士気が大いに下がりつつあった。

 それをわざわざ見逃すほど、【アポロン・ファミリア】は甘くはない。

 敵陣営を集団で取り囲み、なるべく一塊にさせる。そして。

 

「今だ! 放て!!」

 

 リッソスの掛け声の元、魔法が放たれた。

 そしてそのまま【ソーマ・ファミリア】の者達の方へ向かい、兜の中で顔面が蒼白する中、着弾した。

 

「「「「ぎにゃあああああああああああ!?」」」」

 

 鎧の防御も意味をなさず、そのまま電撃や炎を喰らって悲鳴声で叫び出す。

 そしてそのまま力尽き、直撃を喰らった者達は全員倒れ伏した。残りは最早、戦意喪失寸前の者達である。【アポロン・ファミリア】側には次の援軍が来た。

 流石にもう、余程の魔剣や【魔法】がない限りはこの状況を覆せない。全滅するのはもう目に見えている。【ソーマ・ファミリア】の者達は投降しようとする寸前だ。

 ―――シュリーム城・北門の戦いは、【アポロン・ファミリア】に軍配が上がったようだ。

 

 

 

 

 

 

「ぼ、僕、何とか生きているぞ…!」

 

 膝に手をつき、大きく息を吸ったり吐いたりと呼吸を整える。

 城の敷地に侵入されてからずっと戦っていたため、流石にヘトヘトだ。

 もしかしたら、ここに来てから一番戦闘時間が長かったのは、僕とリッソスさんぐらいだろう。

 敵は戦意喪失している。味方もよく見たら、鈍器などが主軸の武器の人達が援軍に来ている。その攻撃による衝撃によって、何人か既に敵を倒していた。

 

(今の内に、傷を回復しておこう。その後リッソスさんにここを離れる事を伝えて、ルアンを探さないと…)

 

 何かを追って何処かに行ってしまった小人族の友人を、探しに行こうとする少年。

 もしかしたら、敵が他にも潜入してしまったのかもしれない。

 取り合えず北門が一段落になるため、ポーションを取り出して回復を図った。

 

(……何だろう。胸騒ぎがする)

 

 特に致命的な傷はついていない。こうして立っていられる。なのに、妙に気持ち悪い。

 ポーションを浴びて、これまで受けた傷を癒そうと試みる。

 だが、ここでようやく胸騒ぎの正体に気づいた。

 傷を癒せた。だから、効力はないわけではなかった。

 それなのに、浅く掠った左肩の斬り傷だけが、塞がらない。

 

「…!? 傷が、治らない!? 何で!?」

 

 もう一個ポーションを取り出して左肩の傷に掻けてみたけど、全く変化がない。

 傷が塞がらず、血が少しずつ流れている。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、オラリオでは――――。

 

『おお! これはすごい! 【アポロン・ファミリア】、武器の優劣を技術や連携で押し返しています!』

 

 熱が入る実況。

 人々が最初の勢いのまま【ソーマ・ファミリア】が攻めまくるかと思いきや、【アポロン・ファミリア】の守りの堅実さに感嘆の声が飛び出る。

 【アポロン・ファミリア】を応援していた方は「よぉーし!」と盛り返し、【ソーマ・ファミリア】を応援していた方は「マジかぁー!?」と落胆していた。

 しかし、まだ熱は衰えない。

 まだ、これで決着という訳ではないのだ。

 

「よーしっ! よくやったリッソス、ベルきゅん! これでもう、流れはこっちのモノだ!」

 

 ベルを起点に拮抗状態が崩れ、一気に【アポロン・ファミリア】の優勢へ傾いた事を見ていたアポロン。立ち上がりガッツポーズを取って、その白い少年やエルフ達を褒め称えた。

 ソーマはがっくりとしており、頭を抱えている。

 他の神々は、称賛と興奮の嵐であった。

 

「アポロン側の方が、抑えきったぞ! 初日でいきなり山場を迎えたとはな!」

「特にあの白髪少年! かなり魅せる連続回避をしたなぁ!」

「ああ! 途中打つ手なしと思ったけど、倒して驚いたぞ!」

「…ん? あの子、どこかで見たな? しかもつい最近、カジノかどこかで……」

「奇遇だな。俺もだ」

 

 一方で、ベルに対して妙に既視感を覚える神々。

 例のカジノの噂のとある一団の一人に似ているようなと、首を傾げながら成り行きを見ていた。

 

 その一団の正体を知っている、豊饒の女主人では―――。

 

「いけー、少年ーッ! その調子でぶっ飛ばすニャー!!」

「こいつ、また懲りずに賭博を…!」

「白髪頭の方に賭けていただけ、まだマシニャ」

 

 手を上げて、『鏡』に向かって声援を送るクロエ。その理由に察したルノアとアーニャはため息をつく。だが、全員心の中ではベルに拍手を送っていた。

 リューも『鏡』を見ており、ベルの一連の行動に感心している。

 

「それにしても…。あの白髪頭、修行の成果出てるっぽいニャ! まだ1日しかクロエ達が教えていニャいのにニャ!」

「ルノアが無理矢理アレ一本にやらせたからニャ! あの時は「むしろ何でそれだけニャ?」と思っていたけど、こういう事だったんだニャ!?」

「まあ、ウチから見たらまだ物足りないなと思ったけど、倒せるもんだね」

「相手もLv.1ですから。耐久値も低そうですね」

 

思いっきり『鏡』の映像に夢中になっているクロエ達。ルノアが(勝手に)教えた踏み込みの右ストレートが早速出され、盛り上がりを見せている。

 そこに、同じく『鏡』を見ていたシルも加わる。

 

「フフッ。皆、私がいない間に弟子ができたんだね」

「ミャーはできてないニャ」

「シル。主にそうなったのはクロエが原因ですから」

「わ、私は悪くないニャ! 少年の強運が凄すぎるだけニャ!」

「最初に提案したの、アンタだろ!」

「違うのニャ~。あれはいくら何でも想定外過ぎるのニャ~。お尻はどうにかキープできそうだけどニャ~」

「やっぱりクロエが原因だね♪」

 

 ルノアに責められ、グテーッと猫背になるクロエ。さらっと問題発言しているが、聞かなかった事にしていた。

 一連のカジノの話を聞いていたシルは面白がっており、非常にニコニコと笑っている。

 しかも、その時の衣装の事まで知っていたため、それを見逃したことに残念がっていた。

 

「あーあ。私もリュー達の衣装、見たかったなー。特にリューの衣装! 女子のときめきを掻っ攫った男装姿って、どんなだったの?」

「シル。あれはもう二度とやらないですので…」

「何言ってるのニャ! またあの少年連れて行くのニャ! 目指せ、オラリオカジノ制覇ニャ!」

「クロエ、貴方はいい加減にしなさい」

「今度はミャーも連れて行くニャー!」

「アーニャ。話がややこしくなるから混ざらないで下さい」

 

 『戦争遊戯』とは別に騒がしくなる店員達。

 誰かにこの会話を聞かれたら卒倒物だが、生憎客は『戦争遊戯』に夢中だ。

 席もまた満員となっており、大繁盛である。

 

 

 

 

 

 

 一方、メレンでは。

 

「ほほう。やるじゃないか、あの白髪少年。まあ、妾の【ファミリア】の頭領姉妹の一人にトドメを刺したから、あれぐらいは倒してもらわんとな!」

 

 果物を齧りながら『戦争遊戯』を見ているカーリー。初日でいきなり面白い戦闘が見られたため、ニヤニヤと笑っている。

 仮面を付けたロリ神はあのままベルが体力切れになって負けると予想していたが、結果は違った。ベルが勝負所を間違えず、相手の弱点を突いたからだ。

 これだから闘いというのは面白い! と、非常に『戦争遊戯』を楽しんでいる。

 その神の周囲にいるアマゾネス達もまた、『戦争遊戯』を見て熱狂し、興奮をまき散らしている。

 その中でも特に顕著なのは、バーチェである。

 体を横に揺らしては手を振り上げようとしており、滅茶苦茶興奮していた。

 

「カ、カーリー様!!! あいつが……、あいつが、とても輝いて見える!!!」

「…そんな物凄い嬉しそうな声で言わなくとも……。…というか、バーチェ。お主の顔が赤いのは興奮しているからだが、胸を抑えているのは…?」

「あ、あいつを見てたら、自然と胸が苦しくなって…」

 

 バーチェがカーリーを巻き込んで騒ぎまくる。ベルが『鏡』に映し出される度に目を輝かし、「クゥッ!?」と胸を抑えて鼓動が治まるよう体に言いかけていた。

 カーリーはそんな頭領姉妹の妹を見て、「あの白髪少年に負けた事が相当ショックだったのか?」と、頭を少し悩ませている。

 そんな見当違いを考えている神だが、ある意味正解に近いのは、妹と血を分けた姉の方であった。

 

「わかるぞバーチェ!! ワタシもフィンの事を想像したら、胸が苦しくなる!!」

「お主は黙っておれ!」

 

 カーリーは、鎖で縛られて身動きが取れないアルガナの頭をペシッ! と叩く。

 アルガナの捕獲に時間がかかり、危うく『戦争遊戯』の開始の鐘が鳴りそうだった。

 「少しは大人しくせんか!」と文句を言うが、当のアルガナは全く反省しておらず、再びオラリオの潜入方法を考えている。

 バーチェもバーチェで、今みたいに急にどこか不自然になる素振りを見せていた。

 そんな訳あるか! とアルガナの同意を一蹴しようとした所で、何かピースが嵌まったような感じがした。姉妹とか、バーチェの反応とか、アマゾネスの性とかで。

 

「………いや、気のせいじゃ! うん。名前で呼んでいないし! アルガナはああなってしまい、バーチェまでもそうなっては、もう手の打ちようがないじゃからな! うん。気のせい気のせい!」

 

 再びベルが映像に映し出され、「…ぉ!」と喜びまくるバーチェ。

 そんなバーチェの現状にカーリーは現実逃避するため、再び『鏡』に映し出される映像を見るのだった。

 そんな思いで見ていたら、鏡の一つに北門へ突撃していない【ソーマ・ファミリア】が6人ほど映し出されていている。流石にアレで終わりではないか、と興味を示したところで、何か既視感を感じた。

 

「…ん? いや待て。これは、陽動だったのか? まるで妾が聞いた、イシュタルが対フレイヤ戦に考えていたような作戦じゃな」

 

 それはメレンでイシュタルと密会していた時に、教えられたモノ。

 【イシュタル・ファミリア】が【フレイヤ・ファミリア】を正面で戦っている最中に、背後から【フレイヤ・ファミリア】を襲うという、陽動作戦。

 「確か、【ソーマ・ファミリア】の団長やらもあの場にいたなぁ」と、【ソーマ・ファミリア】の思惑に気づいたカーリー。

 それのデモンストレーションかのような【ソーマ・ファミリア】の攻め方であるが、一つ疑念が浮かんだ。

 

「しかし、どうやって砦を開くつもりなのだ? 元々内側に密偵とかがいないと成り立たん筈じゃが…、別動隊も、ん?」

 

 そう思っていた矢先。

 小人族の男性が何やら急いでいるかのように、西門に辿り着いた。

 

(…? あ奴は【アポロン・ファミリア】の、確かルアンとか言っていたな。何故そこに…?)

 

 鏡に打ちしだされる光景をじっと見て、考える。神は顎に手をやり、見守っていた。

 

 

 

 人々を熱狂させる『戦争遊戯』は、まだまだ終わらない。



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翻弄する者

 次回は6/10~14を予定しております。

 前回のあらすじ。
 やっと戦争遊戯開始。
 怒涛に攻めまくる【ソーマ・ファミリア】。そして、ベルvsカヌゥ。
 イメージとして、技量と装備性能の戦いにしました。

 …ていうか、原作通りの作戦を敵が使ってくるって、恐ろしいな…。

 そして今回も、2万字超え。疲れるぜ。


 戦争遊戯が開始して、僅か3分。

 この戦争遊戯の山場といえる戦いが、いきなり起こった。

 シュリーム城の北側の外壁が崩壊し、そこから攻める【ソーマ・ファミリア】のほぼ総員。【アポロン・ファミリア】も対抗するため、戦力がそこに集中していく。

 両陣営がぶつかり合い、乱戦が巻き起こった。

 次々と人が倒れていき、数が減っていく。白い少年もまた、その場にいた。

 互いの体を削り合い、咆哮や悲鳴が飛び交った。

 だが、今はもう終わりが見えている。

 【アポロン・ファミリア】の有利だった団員の数の差で、ほぼ押し切っているのだ。

 次々と湧き出る過剰なプッシュによって、【ソーマ・ファミリア】を追い詰めている。

 エルフの小隊長の指導の元、北側に集まった戦力でトドメを刺そうとしていた。

 

 しかし、些か普通とも思えるこの方法だが、ある欠点を抱えている。

 戦場の舞台であるシュリーム古城跡地。

 そこは【アポロン・ファミリア】総員でも守りをカバーしきれないほど、広かった。

 そのため、戦力が北側に集中した今。

 北側以外の守りが、手薄となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 シュリーム城、西門。

 そこには見張りが2人おり、常に周囲を警戒していた。いつでも非常警報が鳴らせるように。

 だがそこに、一人慌てて駆け込んで来る者がいた。

 サポーターの小人族の男、ルアンである。

 何かに必死な形相で、2人に訴えかける。

 

「おい、北側がもうヤバいから、早く助けに行けって!」

「え、マジ!? いや、団長の伝言で、ここからあまり動くなって指示が…」

「そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ!? いいから早く行けって!? オイラが代わりに見張っておくから!」

「あ、ああ、わかった!」

 

 見張り達は武器を持って持ち場から離れ、慌てて北門へ走って行く。

 そして、その二人を見送り、見えなくなった頃。

 ルアンは周りをキョロキョロと見渡しており、どこか不審じみた行動をとっていた。

 周囲に誰もいない事を確認すると、扉の鍵であるレバーに一直線に走っていく。そのままそれに手を掛けようとした所で―――。

 

「待てぇ!? そいつはオイラの偽物だぁー!! 誰か止めろぉ!?」

 

 そこに、小さな人影が舞い込んできた。

 現れたのは、()()()()()()()姿()

 まるで双子か、同一人物であるか、鏡写しでも見ているかのように。

 それは、二人目のルアン。

 必死になって止めようと、駆け出している。

 一人目のルアンはすぐにボウガンを取り出すが、二人目とは少し距離があったため、なりふり構わずレバーを手に取った。

 

「見つかりましたか! でも、もう遅いです!」

 

 見つかった事に焦りはしたが、一人目のルアン――――偽物のルアンはそれを引き、扉を開かせた。

 そしてその扉の先から、チャンドラ達数人が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『裏切りだー!?』

 

 観戦していたオラリオの市民達が頭を抱え、総立ちとなる。

 街の大通りで、ギルドの前庭で、港町で、神々の広場で、悲鳴ともつかない叫び声が連鎖した。

 

「【アポロン・ファミリア】の団員が味方を裏切ったぞ!?」

「敵を城の中に入れている!?」

「いや待て!? 近くにもう一人いるぞ!? 双子か!?」

「ドッペルゲンガー現象!?」

 

 複数存在する円形の窓の内、瓜二つの小人族の男二人が睨み合い、その内の一人は慌てていた。侵入した【ソーマ・ファミリア】の者達はあらかじめ道を知っているのか、一直線に進んでいく。

 『鏡』の映像に指が指され、多くの視線が集まった。

 まさかの寝返り―――とも思える光景。北側の応戦に人が集まり、尚且つ偽ルアンが見張り達を北側へ誘導していたため、西側には本物のルアン以外人気がない。不意に彼らと鉢合わせた者は驚愕し声を上げようとしたが、先頭を走るチャンドラによって封じ込められる。

 衝撃的な光景に、オラリオ観衆にどよめきが走った。

 

「なっ、なっ、なっ!?」

 

 言葉を失ったのはアポロンである。

 折角ほぼ勝利という文字が見えてきたのに、まさかの眷属の裏切り行為と二人目のルアンの存在によって、驚愕と困惑が隠せずに顔を変色させた。

 椅子を飛ばして立ち上がり、口の開閉を繰り返し、わなわなと震えている。先程のソーマよりも悲壮感が増しており、テンションの浮き沈みが激しい。

 隣に座るその神は予想外の好機が到来した事で、顔色が少し戻った。

 『鏡』の中、敵の裏側を突いた眷属達を見つめている。

 

 

 

 

 

 

 場面はシュリーム城西側に戻り、本物のルアンが唖然とする中、侵入者達が次々と敷地内へ侵入していく。

 敵に睨まれ、そこでようやく我を振り返った。

 

「て……敵襲ー!? 西側から数人侵入してきた!」

 

 ルアンの叫び声を上げて周囲に知らせるが、聞き届ける者はほとんど存在してなかった。

 偽ルアンにボウガンを向けられ、慌てて物陰に隠れる。

 その隙に、チャンドラ達が建物の中へと侵入した。

 

「あっ!? ちょっ、待てぇ! …て、うぉ!?」

 

 すぐに追いかけようとしたが、一人残った偽ルアンに矢を放たれてしまい、思うように動けない。

 一方で、偽ルアンは一番の役目を終えたが、場を引っかき回して敵を混乱に陥れるというまだ役目があった。それの実行に移すため本物のルアンをけん制した後、違う方向へと走り去って行く。

 

「あ、お前も待て!? 畜生、オイラに化けやがって! 一体どんな魔法を使っているんだよ!?」

 

 一人残された本物は偽物へ愚痴を言いながら、それを追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、シュリーム城北側。

 そこでは白い少年と小隊長が何やら話し込んでいた。

 白い少年はカヌゥとの戦闘後、かなりの手持ちのポーションを消費したが、結局左肩の傷は治せずにいる。

 だがそれでも懸命に、ある事をリッソスに訴えている。

 少年がある事に気づいたのは、カヌゥとの戦闘の間だけ戦場から離れ、北側全体を見渡せたからだ。

 

「リッソスさん! 僕はルアンを探しに行きます!」

「駄目だ! あまりここから離れるな! かなり優勢だが、ここを決するまで待て!」

 

 僕を戦場からの離脱を許さず、北側に留めようとしてくる。

 確かに、残党と化した敵集団も、最早手で数えられる程度となっていた。次々と来る増援によって、数の力で押し切っているからだ。

 でも、向こうは戦意喪失している筈なのに、なかなか降伏せずに粘ってくる。

 まるで、何かを待っているかのように。

 これはもう、明らかに罠だと思った。

 

「でも、流石に人が密集しすぎています! もしかしたら、偽情報によって攪乱されている気がします!」

 

 今、この場にいる【アポロン・ファミリア】の人数は、およそ60人。倒れている者も含めてだ。

 そのおかげでこちらが優勢であるが、流石に増援の数が多すぎる。こんなに人が来たら、他の守りはどうなっているのか見当もつかない。

 僕の言い分に対して、リッソスさんは口を閉ざしている。

 そんなリッソスさんに追い打ちをかけるかのように、また増援が来た。

 

「…? どうなっている? もう増援はいらないじゃないか」

「さてはルアンの奴、焦ったな?」

 

 偽ルアンが先程追いやった、西側の見張りの者達だ。

 いざ到着したら、こちら側が圧倒的に優勢。正直、過剰戦力である。

 頭を掻きながら持ち場に戻ろうとし、その場を去ろうとする。だがその直前に、話が聞こえたベルに言い止められた。

 

「え!? ま、待って下さい! い、今、誰の話でここに来たのですか?」

「ん? ああ、ルアンだよ。慌てているから、ここがかなりやばいと思って来たんだが……。この様子じゃ、来る必要なかったな」

「「…………………まさか!?」」

 

 見張りの者達の話を聞き、ベルとリッソスが顔を見合わす。

 二人が考えた事は、一致した。

 ルアンが、シュリーム城全体に先程のここの状況を言い回しまくっている、という考えに。

 ……現実だと、非常に惜しい回答ではあるが。

 

「……わかった。ベル、お前はルアンを探しに行け。見張りのお前たちは持ち場に戻れ。その間、もう増援の必要はないと情報を回せ」

「「了解」」

「わかりました!」

 

 遂にリッソスさんが納得し、解決するようにと僕を行かせてくれた。見張りの人達も何となく状況が読んで、頭を縦に振っている。

 その後すぐに別れ、リッソスさんが北側に残っている敵兵の所に向かい、僕もまたその場を離れようとした。

 そしてすぐに、ルアンが今どこにいるか考えてみる。

 

(えっと、ルアンが西側の見張りの人達に会ったっていう事は…)

 

 つまり、西側の端まで移動して、情報を伝え回したという事だ。

 これはもう、西側は全部回ってしまったと考えてもいい。となると……。

 残りは南か、東だ。

 

「とりあえず、まずは南に行ってみよう。中央を通るけど、もしかしたらその近くにいるかもしれない」

 

 癒せない肩の傷を抑えながら、僕は行先を決める。

 シュリーム城の敷地内を駆けて、ルアンを探しに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スピード勝負だ! こっちだ!」

 

 順調に進んでいくチャンドラ達一向。

 もうすぐ、事前に教えられた難所に辿り着く。

 チャンドラは先頭を走っており、重い大剣を携えている。それでも侵入したメンバーの中では、Lv.2の能力によって一番速かった。

 

(アイツの計画性を疑っていたが……。まさか、本当に城門が開くとはな……)

 

 ザニスの掌の上で踊らされるのは癪だが、ここまで来た以上、勝手な変更は出来ない。

 所々不安要素が多いザニスの計画だったが、実際に彼の思惑通りに事が進んでいた。

 敵との遭遇率がかなり低く、無駄な体力をあまり消費せずに前へ走って行ける。

 その代わり、北側の者達は最初から捨て駒として扱われているが。

 

(それにあの小人族……確か、アーデとつるんでいた奴じゃないのか?)

 

 以前『怪物祭』の大会時に、パーティーへの参加のやり取りを目の前で見ていた。その時は義理が固い奴らだと思ってはいたが……。

 

(その内の一人が、裏切り行為か……。それとも、俺と会ったのは別の双子の奴なのか?)

 

 正直、同一人物があの場に二人いた事で驚いていた。足も止まりそうだったが、突入直後の出来事だった事が幸いしてどうにか止まらず、むしろ逃げるかのように加速できた。

 内心ホッとしているチャンドラ。リリの魔法の事を知らなかったため、彼には衝撃的な光景に見えただろう。

 だが、過ぎ去った事は置いといて。

 

(…つーか、ザニスの奴は今何処にいるんだ? 北側にいるとは思えねぇが……)

 

 この計画の発案者で、小心者かつ滑稽なザニスがあの場にいるとは思えなかった。恐らく城の中に潜んでいるだろう。事前に調べたと言っていたから、そう簡単には見つからないだろう。

 それに、遠目で見ていたがあの無人からの炎の砲弾の原理が全く分からない。

 恐らく『クロッゾの魔剣』を使っているだろうが、他に何を使ってああなったのか想像つかない。

 敵とあまり遭遇せず進んでいたためそんな事を考えていた彼だが、ようやく例の場所に辿り着いた。

 

「着いたか。お前等、ここから先はなりふり構わず走れ。……準備も怠るな」

 

 全員チャンドラの言葉に頷く。彼もそれを確認したら、前を向く。

 そして、号令を出した。

 

「……行くぞぉ!!」

 

 そして彼らは外に飛び出し、一気に走り出した。

 そこは、城と城を結ぶ空中廊下である石橋。

 シュリーム城の構造上、向こうの大将がいる場所に辿り着くには、これを通らなければならない。

 だがそこは重要な地点であるため、当然小隊が守っていた。

 

「ッ!? 敵が来たわよ! 総員、すぐに発射できるように!」

「「「「「はい!!」」」」」

 

 待ち受けるのは、ダフネ率いる小部隊。魔導士は数人北側の対処で出してしまったが、それでもまだ何人かいる。

 しかも、詠唱を事前に完了させていた。

 チャンドラは苦々しい表情を浮かべるが、ここは一本道。左右の幅は2、3人通れる程度。

 最初から、近づけば魔法が放たれるのはわかっていた。だから、足を止めずに進んで行く。

 相手との距離が近くなり、合図はまだか!? と緊張感が漂う。

 【ソーマ・ファミリア】側の喧騒と駆け足の音のみが、伝わってくる。

 そして、同時に号令が掛けられた。

 

「…ッ! お前等!」

「今よ! 発射!」

 

 片や魔法が解き放たれた。そしてもう一方は懐から、色を帯びた剣が。

 

「チィ!」

「えっ!? ちょっ!?」

 

 魔剣だ。しかも、チャンドラを除き全員二振りも。

 呆気に取られてしまうが、後の祭り。

 それらを全員同時に、振り下ろした。

 炎やら雷やら風やら氷やらが飛び出て、迫って来る。

 

「魔剣が来たわよ!? 防衛を!」

「お前等! 魔法に備えろ!」

 

 両者同時に指示を出すが、対応できたものは果たして何人か。

 両陣共に、着弾した。

 橋が揺れ、所々にひびが入る。

 煙が舞い、敵の姿が見えない。

 ダフネは咄嗟に附せてどうにか直撃を免れたが、周囲の確認が全く取れなかった。

 

「…まずい!? 無事な者は後ろを固めて! 一人も通れないように!」

 

 最低限の事は守り通そうと部下に指示を出し、出来る限り周囲を警戒する。

 しかし、誰も返事が返って来なかった。

 まさかと思い、すぐに立ち上がって感覚を出来るかぎり研ぎ澄ます。

 誰が横を通り過ぎても、すぐに手が出るように。

 今か今かと待っており、冷や汗もにじみ出る。剣を握る力も強くなる。

 彼女の嫌な予感は不幸にも当たっており、彼女を除いて全員今のでやられたのだ。

 それにより、現状この石橋の防衛は、ダフネただ一人となっていた。

 

(そういう事なら、声を出したのは失敗だったわ……)

 

 声を出したことで、最低一人は無事という情報が向こうに知れ渡ってしまった。

 煙が宙に舞い続け、未だ周囲が晴れない。

 最悪向こうは全員無事という可能性も考慮しており、剣を握る力が強まっていく。

 集中力を乱さずに、じっと待ち続ける。己の反射神経を信じて。

 このまま煙が晴れるまでその場に動かずにいようとする彼女に。

 出来る限り足跡を殺し、横を通りすぎようとした人影が――――。

 

「―――ッ!? 行かせない!」

 

 咄嗟に剣を横に突き刺し、その人影に命中させた。

 手応えはなかったが、その方向から声が聞こえた。

 

「…クッ!?」

 

 その風圧にその場の煙が少しだけ飛び、人影の正体が露わになる。

 チャンドラだ。

 この男もまた、どうにか魔法の攻撃から逃れたようだ。

 煙に紛れて駆け抜けようとしたのだが、そこはダフネに阻まれてしまった。

 すぐに後退し、再び煙に紛れようとしたが、彼女は見失わないように接近してくる。

 男はまさか近づいて来るとは思わず、その事で少し驚いた。

 

「…ほおぉ? いいのか、俺一人に構って? 他の奴らが抜けるぜ」

 

 不敵な笑みを浮かべ、それなら上等だと言わんばかりの顔を見せる。

 だが、対するダフネはそれでも問題ないとばかりに突っ込んで来た。

 確信しているからだ。もう他の者を倒しているという事に。理由もある。

 

「いいえ、そっちも残りはあなた一人よ。他の人達が足音を消しながら移動できれば、話は別だけど?」

「……できねぇな。まぁ、普通に考えたらわかるか」

 

 それはハッタリだと簡単に見抜かれ、しかも納得のいく理由で反論の余地もなかった。

 あっさりと白状しながら、ダフネから背を向けずに逃げる。煙で見えにくいものの、何となく方向はわかる。

 だから、この視界の悪い状況を利用していた。

 チャンドラは出来る限り横に避け続ける。剣が突き出されようが、構わない。掠り傷は付かれたが、回避に専念していたため、それ以上はない。そのまま相手が方角の事を忘れさせるようにして動き回り、誘導していく。

 そしてある所で一回、あえて己の動きを止めた。

 ダフネはすぐに加速して、相手に剣を突き立てようとする。しかし、男にそれをギリギリ避けられてしまう。

 そのすぐ後に煙が消え、視界が明るくなった。

 ―――それは彼女にとって状況を理解するのに、一瞬遅い出来事であった。

 顔のすぐ下に、石橋の塀がある。突っ込む時には、橋の真横の方向に向いていたのだ。

 塀は腰ぐらいまでの高さしかない。しかも、先程の魔法の攻撃で少しひびが入っていた。

 このままぶつかったら、塀が壊れてそれごと落ちる。

 

「こん、のぉ!」

 

 急ブレーキをかけ、橋から落ちないよう踏み止まろうとする。足を滑らし、勢いを殺そうと力を入れた。

 だが、その分隙が大きく出来てしまう。

 チャンドラは、それを狙っていた。

 

「そのまま、落ちろ!」

 

 その隙を見逃さず、大剣を横一閃させた。ダフネもそれに反応する。

 

「ウッ!?」

 

 どうにかその軌道に剣を入れて防いだが、受け止めた時の体勢が悪すぎた。

 大剣の勢いが加算され、塀にぶつかってしまう。ひびが広がり、そこが破壊される。

 そしてそのまま勢いが止まらず、体が宙に浮いた。

 

「―――――」

 

 口が塞がらず、唖然とする。上からの位置を見たら、完全に石橋の外だ。

 そしてそのまま、落下が始まろうとして―――――。

 

「~~~~~~~っ、させない!」

 

 そのギリギリで、男の腕を掴んだ。

 

「なっ、マジか!?」

 

 巻き添えを食らい、男は焦る。女に引っ張られ、同じく橋から落ちそうになった。

 だが、lv.2の力によってどうにか踏ん張る。

 ダフネは宙ぶらりんとなり、男はすぐにそれを払おうとしたが、細剣で阻まれてしまう。

 彼女の必死の攻防に苦闘しており、動揺も出てしまって中々攻撃が当たらない。力任せでやろうとしても、それを利用して石橋に戻られそうである。

 どうにか今の優位を生かして倒そうとしても、すぐには思いつかなかった。

 

「ク、クソッ…………ッ!?」

 

 さらに、状況が一変する。

 争っている中、駆けつけてくる集団が来ていた。

 方向は、ダフネが守っていた側からだ。

 数は片手で数えられるぐらいだが、【アポロン・ファミリア】の精鋭部隊にいた者達である。

 『王座の間』にいるヒュアキントスの護衛の立場であったが、その者からの命令の元、直ちにここへ到着したのだ。

 魔導士同様『魔法』を習得しており、あらかじめ詠唱も済ませていた。

 

「お、おいおい…、ここで援軍かっ!?」

 

 身動きが取れず、チャンドラが余計に焦る。

 一応形だけでもダフネを人質として使うべきか判断に迷っていると、その彼女から声が上がった。

 内容は、さらに追い込まれるようなものであるが。

 

「…アンタ達、ウチごと打ちなさい! こっちでどうにかするから!」

「…マジかよ……」

 

 ダフネが同士討ちされる覚悟で命令し、男がそれを聞いて冷や汗を流す。

 作戦は、失敗だ。

 彼女の言葉を聞いた精鋭達は頷き、魔法を放つ。

二人に、それが迫って来た。

 

「…やられたぜ。全く」

 

 かなり険しい表情を浮かべながら、すぐに橋の下を見る。

 高さはそれなりにあるが、大丈夫。Lv.2の耐久力なら、問題ない筈。

 チャンドラは意を決し、橋から飛び降りた。

 その直後、橋の一部に魔法が着弾した。

 

 

 

 

 

 

 その場に煙が再び舞い、念のためそれが治まるまで精鋭達は近づかず、入り口を固めた。誰も煙の中から出て来ないが、警戒は解かない。ダンジョンでは不意を突かれるのは危険だと身に染みているからだ。

 そしてようやくそれが治まった後、『魔法』が着弾した所を見ると、やはり誰もいなかった。

 それから下を確認し、ダフネ達の様子を見ようとした所で。

 石橋を駆ける音が、聞こえてきた。

 すぐにその方向を向き、全員武器を構える。

 だが、見えているのは倒れている者達だけで、走っている者は誰もいない。

 音は確かに聞こえた。今でも聞こえる。なのに、見当たらない。周りをよく見渡し、さらには敵の魔法による影響も考え始めた。

 その音はどんどん近くなる。何も見えないという恐怖から、その場に緊張感が走った。

 何が来るのかと警戒心を強め、空気がピりつく。そして、遂にはすぐ横でその音が聞こえた。

 すぐ横を見る。何か異変が起きていないか、冷や汗を掻いた。だが、やはり何もない。

 そのまま何事も起きないまま、音は精鋭たちを通りすぎた。

 

「…………?」

 

 特に変化はない。痛みも全くなく、結局頭を悩ませただけだった。

 そして誰かが走っているような音は、徐々に遠のいて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 魔法が着弾する直前に石橋から落下した後、僅か数秒間。

 二人は相手を少しでも弱らせようと、空中で攻撃し始める。

 両者互いに、剣を振り回した。

 

「「……ッ!!」」

 

 だが、武器と衝突し干高い音を立てるだけ。

 粘りたい二人だが、魔法の次には地面が迫っていた。

 着地に備え、互いに相手を引き離す。

 その後Lv.2の身体能力を持って、音を立てて土煙を上げながら着地を果たした。

 

「う、ぐ……」

 

 ゆっくりと立ち上がり、相手を見据えながら剣を構える。難敵だと、互いに認めて。

 

(…成程な。ザニスの奴め、わざと俺にこいつをぶつけたな)

(この男、『怪物祭』での大会の時の…。事前にヒュアキントスが不安要素として話していた事はありそうね。……て、ゆうか…?)

 

「あれ…?」

 

 そんな中、ダフネはようやく気づいた。

 先程の他の【ソーマ・ファミリア】の者とは違う、チャンドラの装備に対する違和感。

 その、格差に。

 

「何か、アンタだけ………妙に、装備が」

「貧弱だっていうのか? それは贅沢なものを見過ぎただけだ」

 

 ダフネの疑問に対して、即座に回答をする。

 通常のLv1の装備よりは整っているが、他の【ソーマ・ファミリア】の者達と比べれば、明らかにお粗末な装備。

 武器は大剣が主流のようであり、かなり使いこなされたかのような雰囲気を醸し出していた。

 逆にいえば……Lv.2相応の装備である。

 

「俺は、俺の身の丈を知っているだけだ。…そろそろ行くぞ?」

 

 速攻で終わらせるつもりだからな、と一言添える。

 先程の精鋭たちがここに来ると予想したため、短期決戦を望むチャンドラは大剣を振り被り、彼女に仕掛けて来た。

 ダフネもまた、それに応戦する構えを取る。

 そして、両者雄叫びを上げた。

 

「「ハァアアアアア!」」

 

 剣と大剣が火花を散らしてぶつかり合う。

 せめぎ合う二人。同時に、相手の力量を感じ取った。

 冒険者として経歴ならチャンドラが上であるが、冒険者としての才能ならダフネの方が上。

 ステイタス項目のスピードも器用もそうである。

 だが、僅かに―――――――――力と耐久は、チャンドラが上であった。

 

「オラァッ!」

「……ッ!」

 

 チャンドラに正面からぶつかり、力負けしたダフネ。

 後ろに飛ばされるものの、そのまま地面に火花を散らしながら勢いを殺していく。

 対する男は猛ダッシュで突っ込んで行った。

 まだダフネは迎撃できる体勢に整っておらず、勝機と思い大剣を振り上げる。

 しかし、その寸前で男は剣の間合いに入らずに、踏み止まる。

 その結果、カウンターを狙っていた女の剣が、空振りとなった。

 

(!? 読まれた!?)

 

 あえて隙を見せている所で返り討ちにするつもりであったが、見た目は豪快そうで中見は意外と慎重派であるチャンドラの勝負勘が冴えていた。

 彼は止めた一歩を再び踏み始め、振り上げていた大剣を下ろす。

 ダフネはフェイントに引っかかってしまったものの、瞬時に左後方に飛び跳ねた。

 大剣が地面に突き刺さり、ズンッ!と音を立てながら土埃が少し舞い上がる。

 男はすぐに大剣を引き抜いて再び攻めようとするが、一旦彼女に大剣を向けたまま動きを止めた。彼女もまた剣を相手に向けつつ、攻め込むタイミングを見計らっていた。

 

(……流石に、そんな簡単には行かないわね)

 

 深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。フェイント直後の攻撃に掠り、腕には血が流れていた。多少痛むが、動きには問題ない。後は、相手の隙を見つけるだけ。

 対するチャンドラは相手が動かないのは、先程同様罠だと考えていた。まだ向こうの増援が来ない事を確認し、心の中の焦りを少しでも失くそうと息を吐く。

 両者慎重となり、その場から簡単には動けなかった。

 膠着する二人。

 集中力を研ぎ澄ませ、一気に勝負を持って行くタイミングを探している。

 そして、きっかけはどちらかが一瞬動こうとした足さばきか。それとも、北側の喧騒の音に反応したか。

 片方が相手の方に斬りかかってきた。

 

「フッ!!」

 

 先に仕掛けて来たのは、ダフネ。

 相手に突っ込み、剣を一度振り払ったかと思いきや、すぐに離脱する。そして、またすぐに突っ込む。

 それを、幾度となく繰り返す。

 左右に揺らすなど時折動きを変化させ、チャンドラを翻弄した。

 

「…チッ、こう来たか…」

 

 一撃離脱《ヒットアンドアウェイ》。

 スピードに自信がある者の戦い方で、果敢に攻め続ける。リュー達に更に上手い戦法を見せつけられ、それを己の物にしようと修行したのだ。1日やるかやらないかで大きな違いだと、今まさに体感していた。

 チャンドラの防具や体に傷が徐々に増え続ける。空間を十全に使うダフネの動きに追いつけず、一方的な展開に。時にはフェイントをかけたり、時にはエグイ角度から剣を突き出したり、時には剣の軌道を急に変えたりなど、防ぎきれない。血を吐きながら耐えているが、体が動けなくなるまで時間の問題であった。

 だが、簡単には終わらせない。

 

(一か八か………ッ!!)

 

 肉を切らせて骨を断つ。

 彼はダメージ覚悟で間合いに入り込むタイミングを見計らい、大剣を振り下ろした。

 そしてそれは見事、ダフネに一撃を与えた。

 

「ウッ!?」

 

 タイミングが合わされてしまい、彼女は咄嗟に剣でガードしたが、大剣の軌道を変えるのに精一杯だった。

 右肩に深い切り傷がつき、仰け反ってしまう。

 彼はその隙を逃さず、ラッシュをかけた。

 

「まだまだァ!」

「………ッ!」

 

 攻防が一変し、ダフネが一気に劣勢となった。必死に防御しているが、体や防具に傷が増え始める。使いこなされた大剣を操られ、腕や足、脇腹や頬にも切り傷ができ、追い詰められていく。

 彼女も一方的にやられているわけではない。防御のみならず、攻撃もしっかりしており、隙を見て何度も斬撃を与えていた。

 それでも、チャンドラの勢いが止まらない。

 あらかじめ、防御は捨てていると思えるほどに。大きな刃を振り被り、攻撃的な姿勢を見せ続けていく。

 彼女は反撃の機会も失われていき、後退されていた。

 その道のりに、血が残されていく。

 まるで、赤い道を作るかのように。

 どちらかの血が尽きるまで、戦いは終わらない事を告げるかのように。

 これはもう、壮絶な戦いだ。

 それはダフネにとって望まない展開。

 有利である脚の速さが、活かせないから。

 しかし、連続突きを放とうが斬り刻もうが、相手を止められない。逆に、こちらが傷を貰ってしまう。

 体に傷が増えるたびに、力が入りにくくなる。意識も飛びそうだ。彼の猛攻に、耐えきれそうにない。

 

「ガフッ……ッ……コン、ノォッ!」

 

 彼女は必死になって剣を薙ぎ払い、無理矢理離脱して距離を取った。これ以上無理に動けず、意識が飛びそうな所で歯を食いしばっている。

 彼も無理に突っ込まない。それどころか膝が崩れそうになり、大剣を地面に突き刺して、体を支えた。

 両者息が荒く、口が、体が、地面が、血で汚している。

 顔も痛みで歪んでおり、すぐにポーションなどの類で回復しようと計る。この隙を狙われるかもしれないが、相手も同じことを考えていた。口に含んだ血の味がするポーションを飲み込んで、命を繋ぎ止める。

 相手もまたポーションを飲み込むが、まだ回復が十全でもないにもかかわらず、大剣を引き抜いた。

 それも当然、チャンドラにとってこれはチャンスである。ここで弱っている幹部格を倒せれば、戦局を有利へと変えられるから。

 しかもダフネは片手剣である細剣を、チャンドラは両手剣である大剣を武装していたため、一撃の重さがその武器の性質の元、彼の方が上であった。

 同じ回数分攻撃を受けると、耐久値の差も相まって、ダフネの方が不利である。

 現に、ダフネの傷の方が深く入っていた。

 男はそう易々と、この状況を手放さない。

 

「ガハッ、……ゼェ、ゼェ、……悪いが、俺はそんな簡単に負ける訳にはいかねぇんだ!」

 

 血を吐き、呼吸を必死に整えようとしているも、彼には関係ない。

 大剣を番え、ダフネに突っ込んでくる。

 その眼には闘志を消しておらず、むしろ上等とばかりに燃えていた。

 彼女の想像以上の覚悟を持って、その状態で挑んでくるのであった。

 辛そうな顔もするも、ダフネも逃げずに、それに幾度となく応戦する。

 その度に、剣戟が、音が、血が、その場に舞い続けられた。

 それを見る人々が、熱狂するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンドラは、酒が好きだった。

 田舎者ではあったが、冒険者になれる実力はあった。

 ならばオラリオで稼いで、酒を飲みたいと。

 そして時間が過ぎていざオラリオに着いたら、何と『神酒』を司る神がいると聞く。

 早速その【ファミリア】に入団して、酒を飲んだ。

 最初の頃はまだ良かった。ソーマ様の目も濁り切っていない。順中満帆の日々だった。

 だが、すぐにそこは地獄へと変わってしまった。

 神酒によって人生を狂わされた者ばかりとなる。団長もそれを悪用している。

 それどころか、折角神酒を造るファミリアに入団したのに、酒もほとんど飲めなくなった。

 ――――だったら、下剋上だ。

 彼はずっと機を窺っていたのだ。ザニスを倒すために。

 ダンジョンに明け暮れる日が多くなり、虎視眈々と力を蓄えていく。

 Lv.2になった時は、喜んだ。

 だが、まだ足りない。あともう少しの筈だ。

 その努力が報われる日が近いと信じて。

 そんな日々を過ごしていた結果、遂にその時が来た。

 馬鹿高い奉納金を支払ってステイタス更新した時、数値を見た彼は思わず小躍りした。

 ステイタス的にはもう、ザニスの目と鼻の先。勝算もある。

 後は計画を練て、ザニスを倒すのみ――――となる筈だった。

 しかし、予想外の出来事が起きる。

 決行しようとした日取りより前に、今回の『戦争遊戯』が発生したのだ。

 このままではザニスを倒すどころか、【ソーマ・ファミリア】そのものが消失してしまう恐れがある。

 それは流石に駄目だ。共倒れしてしまう。

 俺はまだ、満足に酒を飲んでいない! それに、ソーマ様に対する恩義もまだだ!

 この【ファミリア】に転機といえる何かがあれば、変われる筈なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 己の【ファミリア】の消滅は望まず、改革のみを望み、この戦いに没頭するチャンドラ。体力が尽きるまで果敢に攻め、武器に軋みが生じようと振り回す。

ダフネもまた応戦し、それを凌ぐ。

 お互いぶつかり合い、剣が悲鳴をあげるかのように間高い音が鳴り響く。

 チャンドラにとって技術面が下でも、粘り強く立向かう。

 ダフネにとって力負けしつつも、技量によって攻め敗けない。

 両者の体に傷が増え、血も地面に垂らしている。

 草の色が赤くなり、まるで血の草原の上に踊っているかのようだ。

 血を流し過ぎた。体力の限界も近い。息が荒く、体も重く感じている。

 だが、引かない。

 ここで引いてしまったら、相手が他の所に行き、そこの負担が大きくなってしまうからだ。

 そのため、ここで倒そうと両者躍起になっていた。

 

「フッ!」

「ハァ!」

 

 互いの体を切りつけようとした攻撃は、攻撃によって相殺された。

 一進一退の攻防。

 幾度となく剣を交じわせ、拮抗する。

 蹴りや拳など時折出しているものの、両者には有効打にならなかった。

 勝つには、己の剣を信じるのみ。それに尽きる戦いだった。

 

「ウォオオオ!!」

「ハァアアア!!」

 

 何度目かわからない、力がこもった一撃の衝突。

 手が痺れ、感覚が失われ、音も鳴り響き、睨み合う。

 そしてそのまま、体が衝撃に耐えきれずに吹っ飛んだ。

 

「ガァッ!?」

「グゥッ!?」

 

 両者着地が出来ず地面に転がり、傷に障られて全身が痛んだ。悶え苦しみ、顔が歪む。そして、ゆっくりと立ち上がった。

 体がフラつき、息も絶え絶え。体力も無い。

誰もが見てわかる。次の衝突で、最後だ。

 二人も、それはわかっていた。

 だから、1滴残さずに振り絞った。

 フラついて、お互い体が前に傾いた瞬間。

 全力で、一直線で突っ込んだ。

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!」

「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!」

 

 雄たけびを上げ、己を鼓舞した。

 気力を上げ、少しでも勝とうと勢いを増す。

 相手を倒そうと、力が強まる。

 体力を使い果たそうと、脚が動く。

 限界を超えようと、体が叫ぶ。

 そして、意地と意地がぶつかり合った。

 

「ッッ!!」

「ハァッッ!!」

 

 お互い剣を突き出し合い、その剣先から衝撃が伝わってくる。

 手が痺れて勢いに耐え切れず、剣が弾かれて僅かに後退した。

 だが、すぐに詰める。

 連続攻撃を繰り出し、互いの体に深い傷を付けた。

 苦痛で動きが弱まるも、削り合いに身を投じ続ける。

 かの闘国の戦いを剣で再現しようかと思えるほど、ギリギリのせめぎ合い。

 武器が相手の血で赤く染まっており、倒れるまで続いていく。

 ダフネはここで大きく空間を使って前後上下左右へと動きたいが、過剰なプッシュによって中々離脱が出来ない。

 一撃離脱が封じられ、真っ向勝負へと変えられる。

 彼のペースに飲まれ、目に血が入ろうと、それでも目を閉じずに耐え続けた。

 気合で剣を振り、声を上げ、相手の動きを予測して、切り払う。

 今まで積み上げてきた経験を、ここで出しきっている。

 体感ではどれぐらい時間が経ったのか分からないまま、斬り結び続けていた。

 腕が重く、武器より先に骨が折れてもおかしくない。火花が散り、手の感覚がもうない。

 これ以上の戦闘は、危険だ。本能がそう判断してくる。

 無意識にフラつく体を、脚を踏み抜いて必死に制御していく。

 もう、体力がない。

 

(も、もうここで……、決めるしかない!)

 

 そして遂に、ダフネが勝負に出た。

 チャンドラの剣を掻い潜ろうと、今度は彼女の方がダメージ覚悟で斬り込んできた。

 

「ギ、…フッッ!!」

 

 右腕に傷が付くも、止まらない。

 加速して、懐に潜り込むかのように剣の軌道を描く。

 彼女の剣が、トドメの一撃として大きく切り裂こうとした所で―――――。

 男が、大剣を振り上げた。

 

「ッッ!?」

 

 それに力負けし、彼女の剣が弾かれる。

 後ずさりになり、無防備な状態を晒された。

 男はこのチャンスを見逃さない。いや、見逃したくないと言った方が正しい。

 腕が悲鳴を上げ、防具も取れかけ、足もふらつくが、最後の意地を見せる。

 腰や手に力が入り、歯も食いしばって痛みにこらえ、そして、踏み込んだ。

 振り上げた大剣を、そのまま振り下ろした。

 

「オオオオオオオオォ!!」

 

 この後反動が凄まじい事になるが、もうどうでもいい。

 男は会心の出来だと、心の中では自画自賛していた。

 女はバランスを崩しており、避けられない。

 命中する。この一撃で、深い傷を負う。

 ここで戦闘不能にさせる程、見事なカウンターだった。

 ――――――だが、ダフネはそれを狙っていた。

 

「ここぉっ!!」

 

 瞬時に予備の長剣を腰から取り出し、もう片方の手で握り締める。

 そしてそのまま大剣の側面を弾いて、攻撃を逸らした。

 大剣は虚空を切り、静観した時間が支配する。

 その時間を破ったのは、唖然とした男の声。

 

「な、…にぃ!?」

 

 芯をずらされ、男は目を見張った。

 片手剣にはできて、両手剣にはできないもの。

 それは、もう一つ武器を使えるか否か。

 男が長年、両手剣を使っていた経験によって生まれてしまった故の、先入観。

 予備の武器があったとしても、それは主武器が壊された後に使うか、武器を取り換えて使うか。

 その先入観を、ダフネが突いたのだ。

 会心の一撃が外され、硬直するチャンドラ。

 その間に、流れに逆わらずに体を回転させて勢いを付けた。

 ダフネの剣が、さらに加速する。

 

「っ、しまっ――――」

 

 男がすぐに剣を戻して防御しようとするが、硬直してしまった時間分、間に合わない。

 そしてそのまますり抜け、チャンドラの胴体に深く斬りつけた。

 

「フッッ!!」

「グ、ガ、ァ!?」

 

 カウンター、からのカウンター。

 遠心力が加算された、強烈な一撃である。

 重い一撃が決まり、剣を振り抜いた格好でダフネは動きを制止した。

 息を乱し、血と汗が体に滲んでいる。腕もこれ以上満足に上げらえず、これが最後の一撃だった。

 チャンドラの方は体力の限界に達し、膝が崩れ落ちた。

 血で服が濡れ、意識が薄れゆく。ポーションの瓶が割れて偶然傷に掻かったが、それでも復帰できない。

 そしてそのまま、倒れ込んだ。

 眼が瞑目としており、体も動かない。事実上、ここで戦闘不能となった。

 その現実に、彼は血反吐と共に愚痴を吐いてしまう。

 

「ガ、ハァ………ハァ、ハァ、……クソッ、俺もまだまだだな。………畜生」

 

 読み合いを制したかと思いきや、さらに一歩上をいかれた。

 柄にも合わなくてもそれなりに奮闘したつもりだったが、届かなかった。

 喉も擦れており、あまり顔には出さないようにしているが、心の底から非常に悔しがっている。

 そんな倒れ伏している彼の姿を確認し、ダフネの方から称賛の声が出た。

 

「ハァ、ゼェ……いや…、アンタは結構粘った方よ…ハァ…」

 

 息切れになったダフネ。激闘の痕が防具や体にしっかりと刻まれており、血を流していた。色んな所が赤く染まり、今でも痛む。剣が摩耗しきっており、目が霞んで倒れそうになっても、踏みしめて耐えていた。

 それ程までに、追い込まれたのだ。

 それを聞いたチャンドラは少しだけ口元から笑みがこぼれ、ついに意識を手放し、気絶した。

 

 これにより、【ファミリア】幹部格同士の一騎打ちは、ダフネが制した――――。

 

 

 

 

 

 

 

『おおお!! 幹部格同士の戦いが決着したー!! 【月桂の遁走者】が、【ソーマ・ファミリア】の思惑を打ち砕いたー!! これは戦争遊戯そのものの勝利に貢献したのではー!?』

『これは―――――――――ガネーシャだ!!!』

『頼みますから真面目に解説してくださいガネーシャ様ァ!!!』

 

 声に更なる熱が入り、身を乗り出す実況者。ついには顔を赤くして席から立っており、余程戦闘に熱中していた事がよく分かる。

 民衆も拳を掲げて歓声を上げ、拍手を鳴らす者達もいた。

 そして、それはオラリオ最高戦力の一角、【ロキ・ファミリア】の中でも同じだった。

 

「すごいすごーい! 一時どうなるかと思ったけど、抑えきっちゃったよ!」

「うん。かなり接戦だったね」

 

 まさかの身内の裏切りにより、危険な所まで侵入された【アポロン・ファミリア】陣営だったが、ギリギリで耐えてみせた。

 ホームで観戦していたティオナは、その奮闘ぶりに目を輝かしている。

 今はそこまでではないが、当初ハラハラしており、「ヤバーい!?」とか、「危なーい!?」とか、声を上げて周りを巻き込み騒ぎまくっていた。

 その隣に座るアイズの金髪が少し乱れているが、彼女自身も『鏡』の中の映像に釘付けになっている。

 

「これは……、戦う場所が違ったら、【月桂の遁走者】は負けていたかもしれないね」

「え、そうですか団長? 私から見たら、そこで戦っても問題なかったと思いますけど」

 

 アイズ達が『鏡』の真ん中に陣取っている中、背後でフィン達がダフネ達の戦闘の感想を述べていた。

 丁度今、フィンの推測にティオネが首を傾げている。

 

「彼女と戦った彼は、彼女の戦闘の基本であった一撃離脱を封じるため、あれほど無茶な力業をして戦っていた。だけど、もし二人共落下せずに石橋の所で戦っていたら、どうなっている?」

 

 フィンはそれを逆に問題みたいな形でティオネに尋ね、その周りに聞き耳を立てていた者達も面白げに見ている。

 そしてすぐに、彼女は納得した顔をした。

 

「……そういう事ですか。そこで戦うと、石橋の左右の幅が狭い分、空間自体に制限が掛けられてしまいますね」

「そうなると、彼女が先程やった一撃離脱をする時の方向が限られて、動きがより読まれやすくなるな」

「そうじゃとすると、相手はあんな無茶をしなくてよく、もう少しまともな戦いをしていた、という事じゃな」

「ああ。僕の考えは皆の言った通りだ」

 

 ティオネ、リヴェリア、ガレスの順に考えを述べ、フィンもニッコリと笑う。

 (チャンドラ)の戦略自体は悪くない。石橋から落下した時点でダフネ一人を落とせれば、そのまま突き進むだけで良い。無駄な体力を浪費せず、次の敵と戦える。

 ただ誤算だったのは、【アポロン・ファミリア】の対応が早かった事と、【月桂の遁走者】の粘り強さだ。

 その結果、道連れとして落下してしまい、不利な場所で戦う破目になってしまった。彼自体の強さに驚きはしたが、彼女の方が辛くも競り勝った。

 もしそこに何かが追加されていたら、結果は異なっていただろう。ただ、その意見に反論はあるけども。

 横からベートが、フィンに食ってかかってきた。

 

「じゃあフィン、あれか? アイツが落ちる直前に、執念で相手の腕を掴んだあの時点で、勝負は決していたとでも言いたいのか?」

「いやまさか。落ちた後、途中から彼女の一撃離脱を封じるのみと考えていなければ、勝算は上がるよ。さらに言えば、そこで魔剣とかより良い武器とか防具とかあったら、6割方彼が勝つだろう」

「…はっ。フィン、テメェの目「言い忘れていたけど、これは士気に関しては無視している。あの戦いは、彼自身が何かしらの威信をかけて戦っていた事はわかっている。その士気が高かったからこそ、【月桂の遁走者】をあそこまで追い詰めた、と僕も思っている」………」

「それに、彼女の方も最後に技量と気力を振り絞っていたから、それが一番要因だろう」

「……分かっているんだったらいい」

「いや、僕も説明し損なって申し訳ない」

 

 だが、すぐに【勇者】の反論によって熱を抜かれてしまい、大人しくなった。

 その様子を見て、ティオネは苦笑いしており、ガレスとリヴェリアは意外そうな表情に変える。

 

「ほお。ベートが食ってかかってきたと思ったら、すぐに引っ込んだか」

「いつもはこうなると長引くんだが、今回は珍しいな」

「となると…」

 

 二人はすぐに先程の反応から、事情を知っているであろうティオネに小耳で話してきた。

 

「先程戦ったあの二人のどちらかの方で、何かあったのか?」

「…言われて思い出したのじゃが、つい最近の合同だった『強制任務』で、【月桂の遁走者】の名があったな。もしや、メレンで何か?」

「あー、えっと…、ヴィーザル様関連の話は聞いていますよね。その時ベートが昔の方の二つ名で戦ったんだけど、その決意表明の時にヴィーザル様の他に、あの子が居て……」

 

 ティオネにそこまで説明した所で、二人はベートの心情に察しがついた。

 

「成程。あの子に借りだ、と思う所があったか」

「やはり不器用じゃな、ベートは」

「…おい、ジジイにババア! 聞こえてるぞ!」

 

 バッチリ獣人の耳で会話が聞こえ、声を荒げて文句を言うが、二人にやれやれという形でスルーされてしまう。

 普段から威嚇しても効果はないからか、舌打ちした後すぐに引っ込み、『鏡』の方に集中する。

 追い駆けっこをする二人のルアンや、そのルアンを探すベルなど次々に映し出される。しかし、ベートはどの映像にも関係なく、何かを探すかのように目を凝視している。

 ティオネもまた、気になっていた疑問をフィン達に呈していた。

 

「…そういえば何ですけど。初っ端のあの炎の砲弾って何ですか? よく分からないんですけど」

「うーん。それが、僕も半分しか分からないんだよね」

「半分?」

「ああ。恐らく【ソーマ・ファミリア】の団長が透明になって、魔剣か何かを使って放ったと思っている。しかも、それは生半可じゃない、強力な魔剣でね」

 

 フィン達はメレンで【ヘルメス・ファミリア】の団長、アスフィ・アル・アンドロメダが製作した『漆黒兜(ハデス・ヘッド)』が、ザニスに奪われたことを知っている。一応その場にアルベラ商会会長であるアルベラもいたが、そちらはもう捕まえている。かなり調べたが、それが手元にない事が判明したため、自動的にザニスが持っている事と断定した。

 ベートも今まさに、それを探している。いろんな場面を映し出される度に、背景の隅々まで。

 だが、見つからない。

 音も聞こえず、気配も感じ取れないため、探すのに『鏡』の映像だとより困難を極めていた。

 それが、あの現象を説明できる半分。

 もう半分は、その威力を出せる物が分からない。

 

「もしかして、椿の魔剣か? 彼女も【ヘファイストス・ファミリア】所属だから、盗まれたというのは……」

「……いや、儂の見立てでは、それ以上じゃ」

「……………ふむ」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブランド。

 Lv.5のハーフドワーフの女性であり、オラリオ最高の鍛冶師。

主神と同じく眼帯をしているが、神に近づかんとその腕に磨きがかかっている。

 東洋の人間の血を受け継いでおり、身の丈は170 cm。ドワーフは大抵、短足短腕であるため、一部のドワーフ達からは妬まれているらしい。

 ただ、ガレスはドワーフではあるが、椿と直接契約を結んでいた。この中では椿は勿論の事、造る武器も一番良く知っている。なのに、それ以上の威力を持つと断言したのだ。

 フィンとリヴェリアが考え込み、ティオネが開いた口が塞がらず、言葉を失っている。

 

「それ以上の魔剣となると……もうラキア王国の伝説の魔剣、『クロッゾの魔剣』しかない」

「…というより、むしろそれだろう。あの一撃は、オリジナルの魔法を超えている」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? そ、そんな物、どうやって手に入れたんですか!?」

 

 『クロッゾの魔剣』の事だけでも驚きだが、ラキア王国にある物が何故手に入れたのか理解できない。ティオネは頭の中が混乱しており、正常な判断ができていなかった。

 まあ、フィンの一言ですぐに冷静にはなるが。

 

「見つけた事自体は偶然だけど、他と同じく盗んだんじゃないかな?」

「それが妥当な線じゃな」

「……オラリオもやっぱり、魔境ですね」

 

 どこかの【ファミリア】が、ラキア王国から奪った『クロッゾの魔剣』がある事を隠していたと考え、その事でオラリオがいかに桁外れの力を持っていたのか理解せしめられた。

 ティオネは気が抜けたまま再び『鏡』の方に目を向けようとすると、そこで焦るカサンドラの姿が映し出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「団長様、団長様!? お願いです、早くお逃げください!?」

「しつこいぞ、カサンドラ!」

 

 城の頂上に近い部屋、『王座の間』。

 そこで、王座に座るヒュアキントスに、ロングスカート型の戦闘服を纏う長髪の少女、カサンドラが呼びかけていた。

 戦闘が始まる前の早朝から何度もヒュアキントスにこの玉座から離れるよう進言しているのだ。必死に取りすがってくる少女の姿が、余りにも弱腰すぎるその姿勢が、彼の癇に障っていた。

 

「どうか、どうか私の言葉を信じてください……! 昨晩、新たに見た夢のお告げが…!」

「黙れと言っている! 寝言も大概にしろ!」

 

 腕を振り払い、彼は激昂する。

 

「貴様は聞いただろう! 先程北側をほぼ抑えているという事を! 空中廊下の石橋の所から先も侵入を許していない! いい加減、その弱気を何とかしろ!」

 

 主神に大将を任された自分が無様に逃げ出せるわけがなく、そもそも負ける筈がないと訴えを撥ねのけた。

 

「貴様は見ただろう! ここにいた精鋭達も何人か援軍に向かわせた! 今残っている者達だけでも、過剰戦力だ! 問題は何もあるまい! ここに来ても、返り討ちだ!」

 

 王座に残る、ヒュアキントスが直々に選定した者達。7人程だが、全員ランクアップを果たした者達であり、1 vs 1でもザニスに勝てるだろう。

 そんな彼らの前にカサンドラは泣きそうな顔を浮かべ、恐る恐る足元を見た。

 床を見下ろす彼女は、まるで耐えきれないかのように自分の体を両手で抱く。

 

「あ、ああぁ……あああぁ」

 

 顔を蒼白させ、いよいよ怯え始めるカサンドラ。

 苛立つヒュアキントスが彼女を退けようと命令を下そうとした所で。

 彼女は呟いた。

 

「炎が……」

「炎、だと?」

 

 カサンドラの呟きに、ヒュアキントスは鼻を鳴らした。

 顔を横に向け、部屋に張り巡らされた窓の外を見る。

 

「……確かに、北側の城壁の一部が燃えている。だが、それだけだ。こちらまで届く所か、北側の戦闘にまで支障はないぞ」

 

 ヒュアキントスはせせら笑い、あれがそこまで怖いか、と小馬鹿にしようとする。

 しかし、少女は頭を両手で掴み、蒼白になったまま唇から呟き落とした。

 

「違います………。炎が、昇る……」

「……何?」

 

 言っている意味が分からず、「もう少しまともな事を話せ」と言おうとした、その刹那。

 床が罅割れ、赤い光が漏れだした。

 

 

 

 

 

 

 動かなくなったチャンドラを見て、ダフネの口から安堵の息がこぼれる。

 紙一重の勝利。

 勝ちはしたものの、非常に苦戦を強いられていた。

 ポーションを取り出し、すぐに傷を回復する。

 

(とりあえず、要注意人物は倒したわ…)

 

 落ちてきた橋を頭上から見上げる。戦いの音が聞こえない。

 団員の一人が手を振っており、何とか凌ぎ切ったというジェスチャーを送っている。

 

(誰もあの橋を渡り切っていない。抑えきった…)

 

 まさか開始早々攻め込んでくるとは予想していなかった。

 完全に虚をつかれたが、どうにか踏ん張った。

 

(後は、向こうの団長とやらを見つけて倒さないと……ッ!?)

 

 もしかしたら潜んでいるかもしれないザニスへの警戒のみと、すぐに持ち場に戻ろうとした時。

 後方、いや上方からついさっき聞いた爆音が、再び聞こえた。

 

『ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォン!!』

 

「……えっ!?」

 

 悲鳴に近い声が漏れ、思わず振り返る。

 そんなまさかという思いで見た光景は――――破壊された跡であった。

 瓦礫の雨が降って来て、すぐにその場から離れて避難する。先程の音が幻聴でない事が知らされてしまう。

 あちこちで騒めきが聞こえ、指を指して瓦礫が降ってきた方向に視線が注目している。

 その視線の先は、跡形もなく無惨な光景が見える、城の頂上の部屋―――――『王座の間』。

 灼熱の砲撃が、ヒュアキントス達がいる部屋に炸裂したのだ。

 

 

 

 

『なっ……、何だ今のおおおおおおおおおおおーーーッ!?』

 

 実況が、民衆が、港町が、バベルが、絶叫に包まれた。

 

「すげぇ!? 今の何だ!?」

「さっきの炎の砲弾だぜ!?」

「もう一発撃てたんだ!」

 

 広間の中で湧きに涌くすべての神々。

 突然再び現れた巨大な炎の砲撃に、驚愕の声と歓喜に包まれる。

 

「な、何だ、と……!?」

「…………!!」

 

 主役である筈の主神二人もまさかの展開になり、目を見張る。

 開いた口が塞がらず、『鏡』にかじり付いた。

 

「へ、ヘファイストス。また何か、誰もいない所から……」

「あの威力は……。…やっぱり、『クロッゾの魔剣』ね」

「え、ファイたん今なんて?」

 

 ヘスティアも何が起きたのか理解していないが、隣に座るヘファイストスは砲撃の正体を理解する。さらにその隣に座るロキは、鍛冶神から何かとんでもないワードが聞こえ、冷や汗を掻いた。

 ここに来て、まさかの【ソーマ・ファミリア】の大逆転勝利―――――。

 民衆も、神々も、そう頭の中で過ぎった。

 すると、『鏡』の映像からそれを否定するかのように、瓦礫の中から出てくるヒュアキントスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁーっ、はぁー………っ!?」

 

 石材の破片を取り除いたヒュアキントスは、全身を発熱させる。

 『王座の間』は、消失。

 他の者達は無事なのかわからない。

 

「な、何だ今のは!?」

 

 直前に見えた光の方向から、直下より砲撃されたと考えていた。

 つまり、そこまで敵に侵入されていた、という事だ。

 しかし、理解したのはそこまで。

 火力がいくら何でも強すぎる。【魔法】だとしても、魔力を一切感知できなかったのはおかしい。

 それに、誰にも見つからずに辿り着けたという事も、納得いかない。

 

「カサンドラ!? 皆の衆!?」

 

 怒りと混乱に感情が支配されるまま団員達の名前を呼ぶが、返ってくる返事はない。

 マントの裾をボロボロにさせ、汚れた髪を振り乱しながら喚く。

 『玉座の間』に赤い光が漏れだしたとき、彼はカサンドラに体当たりされ、窓を割って宙に放り出された。

 間置かず大炎がヒュアキントスの視界を塗り、弾け飛んだ無数の破片と共に地に墜落したのだ。今は周囲が瓦礫の山と化し、視界を遮る膨大な砂煙が充満している。

 

「何処だ!?」

 

 周囲で残っているのは自分のみ。その事実で、ヒュアキントスの精神の均衡が崩れる。

 乱心したかのように勢い良く抜剣し、何度も体を回転させて周りを見渡す。

 波状剣を握る手に汗が掻く。心臓が荒れ狂い、思考が平静にならない。

 この煙に身を潜め、このヒュアキントスの首を狙っているのか。

 やがて、上空の太陽の光が砂塵を切り裂き、徐々に散らしていく―――――その時。

 揺れる空気の流れ。

 背後の煙の奥で、駆けてくる音が聞こえた。

 

「―――――そこか!!」

 

 全身がわなないて、振り返る。

 煙を突き破って、姿を現す――――――――かと思いきや。

 誰も、出て来ない。

 

(いない!? まだ来て――――――ゥッ!?)

 

 もう一度周りを見渡そうとして、目の前を無防備にしたヒュアキントスに。

 その腹に、刃物で刺されたかのような激痛が走った。

 



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倒れる者達

 次回更新日は6/28~7/2のどこか。

 8/9 追記:読者の皆様、大変申し訳ございません。今現在、ある資格試験の勉強に集中したいため、9月中盤まで更新ができません。この活動報告の遅れ含めて、改めて謝罪致します。申し訳ございません。

 前回のあらすじ

 ダフネvsチャンドラ。
 チャンドラの武器がわからんから、大剣にしました。

 そして前回の話を作ってみて、何故原作でダフネは某鍛冶貴族の子に負けたのか考えてみた。
 敗因として、橋という狭いフィールド。ベルに突破されたという焦り。背負う重みの差。
 この3点が主だと思います。
 そのため原作の敗因を出来る限り失くし、なおかつ当時の彼の強さに近い、このssのチャンドラに戦わせました。
 …内容がどう考えてもLv.2同士の戦いじゃねぇ。

 あ、今回色々あって、話は比較的短いです。



 『クロッゾの魔剣』がなくなった。最強の武器だと思ったが、所詮は魔剣か。2発で終わりとは拍子抜けだ。だが、こうして見ると些細な問題だな。まさかあれを避けられるとは思っていなかったが、ただの偶然だったな。

 しかし、結局ここに着いたのは俺一人だけ。魔剣やら防具やら与えたのに、一人も辿り着けないとは情けない。連れてきたアイツもまだ来ないとは、一体どういう事か。どいつもこいつも役に立たない。ならせめて、俺のために頑張って踊ってくれ。俺の楽園の、供養としてな。

 これからもよろしく頼むぞ、下僕ども。

 

 

 

 

 

「ヒュ、ヒュアキントス!? 一体どうした!?」

 

 突然血を流す眷属の姿に、アポロンは悲鳴を上げる。その顔にはもう余裕はない。

 対するソーマもまた、冷や汗を大量に流しながら成り行きを見ている。

 そして、ロキは糸目の眼を開け、その正体を推測した。

 

「やっぱ、透明化やなこれ。フレイヤなら簡単に気づくやろうけど」

「透明化?」

「せや。ファイたんの所も多分ソイツが盗んだんやろ」

「やはり、透明人間だったのか! 僕の勘に、間違いはなかった!」

「はぁー、ドチビの勘に一役買ってしまったとか、腹立つわー」

「何だとー!」

「……これからは透明化対策も考えなくちゃね」

 

 両隣で言い合いしているヘスティアとロキの間に挟まれているヘファイストス。新たな警備態勢を考えながら、『鏡』の映像を見ている。

 

「は、早く来てくれ皆!? ヒュアキントスが危ない!」

 

 必死になって他の眷属達に懇願するアポロン。

 ここに来て、まさかの緊急事態。

 観戦していたオラリオの市民達や神達が、ヒュアキントスの動向が映る『鏡』を集中して見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 シュリーム城敷地内、中心近く。

 爆発が起きる、その1分前。

 僕はルアンを探すため、そこを走っていた。

 先程の戦闘で体力をかなり消耗しており、息切れを起こしている。

 

「ゼェ、ゼェ……。ルアンが見つからない…。一体何処にいるんだろう…? このまま南に向かっていいのかなぁ?」

 

 腕で汗を拭き、必死になって周りを見渡す。思考回路もあまり働かない。正直休みたい。

 だけど、このままだと戦局が混乱したままになる。どうにか合流して情報を統制させないと。

 僕は僕自身に叱咤をかけ、汗を掻きながらそのまま走り続けていると、剣戟が聞こえてきた。

 すぐにそっちの様子を見ようと近づくと、丁度ダフネさんがチャンドラさんを倒した所だった。

 お互いかなりボロボロで、全身切り傷である。

 

(あ、ダフネさん。チャンドラさんと戦っていたんだ……ん? ちょっと待って。何でチャンドラさんがこんな所に!?)

 

 僕達が北側で戦っている間、他の所から侵入されていた。

 もしかしたら、ダフネさんがそれに気づいて、阻止したのかも。

 ダフネさんがポーションを飲んで回復しており、僕は声を掛けて、ダフネさんからルアンの目撃情報を得ようと近づこうとした時。

 視界の上端で、一瞬ヒュアキントスさんの姿が見えた気がした。

 

「……え?」

 

 正面からの角度的にギリギリだったため、僕は上を見上げようとした、その直後。

 爆発した光景を直視して、城全体に響き渡る爆音も聞こえてきた。

 

「………ッ!? 爆発!? 何が起きてるんだ!?」

 

 状況が全く理解できず、僕は冷や汗を掻きながら焦る。

 ダフネさんも落ちてくる瓦礫から避難し、そしてすぐに理解した。

 一つだけ、とても考えたくない事だけど、こういう事だ。

 ――――いつの間にか、こっちが王手をかけられていた。

 

「ルアンを探している場合じゃない!? もうこっちが危なすぎる!」

 

 周囲も収まったため、ルアン捜索を放棄して、急いでヒュアキントスさんの所へと目的を変える。

 そしてダフネさんも連れて行こうと、声を掛けた。

 

「ダフネさん! 早くヒュアキントスさんの所に加勢しないと!」

「そうしたいんだけど……ていうか、ベル、どうしてここに!? 北側の方は!?」

「もう鎮圧寸前です。それよりも、爆発する直前にヒュアキントスさんの姿が見えた気が…」

「という事は、団長さんはギリギリ大丈夫な気がするわね」

 

 慌ててる僕とは対照的に、ダフネんさんは落ち着いている。傷も多く残しており、フラついてもだ。これが、冒険者としての経験の差かなぁ…。

 ただ、普段より声に覇気がない。もしかしたらダフネさんは、立つ事させ辛いんじゃ…。

 

「…その、ダフネさん。とても言いにくいんですけど、休んだ方が…」

「そんな事出来る場合じゃないわ。ただ今の状態じゃ、足手まといにしかならない。ポーションも、無くなっちゃったからね」

「…僕のは、まだ」

「いらないわ。むしろ、団長やカサンドラを助けるために使いなさい」

 

 ダフネさんの顔から疲れが少々出しながら、僕を遠慮してくる。

 それでも僕は取り出そうと小鞄に手を突っ込もうとして、ダフネさんがそっぽを向いてしまう。そしてその方向に、足を向けようとしていた。

 

「……ウチは北側に行くわ」

「え!? いや、でも」

「こっちに人手を割いてもらうわ。それくらいなら、口で出来る。だから、心配しなくても大丈夫よ」

 

 そう言いながら反論を聞かずに、この場から一人離れてしまう。

 取り残された僕は唖然とするが、すぐに首を振って現実を直視した。

 一先ず、ヒュアキントスさんの所に行って加勢しないと。敵陣営の人がもう追い詰めている。

 

「……わかりましたダフネさん。僕、すぐに行きます!」

 

 確かに、今のダフネさんを連れてだと、進行スピードが遅くなる。

 そういう判断だったと理解して、そして僕は急いでヒュアキントスさんの所へ、一直線に走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…この程度しか、もう今のウチのやれる事はないわね」

 

 北側に向かったダフネ。チャンドラとの戦いで、限界まで体力を使い果たした。

 傷は治しても、失った体力はすぐには戻らない。

 大丈夫そうに見えるのは、ただの見せかけ。

 今でも、足がふらついている。

 

「せめて指揮だけでもとらないと、ね…」

 

 ベルの話を聞くかがりだと、北側のみで考えたら優勢だが、敵が粘って中々決着が着かない。だったらいっその事、兵を減らして戦力の集中を中央へと対処しようを考える。

 そして、出来るだけ駆け足で北側の門の近くまで近づく。

 その間に、ダフネの中で違和感があった。

 

(…喧騒が、聞こえてこない? どういう事?)

 

 ベルの話では、北側に人が集まっているという事だ。誰かの叫び声や、魔法や武器が音を鳴らしてもおかしくないのだが、そういう類が一切聞こえてこない。いくら何でも、それは変だ。

 そもそもベルと離れて以降、誰とも遭遇していない。誰かしら中央の様子を見に来ても良いのだが、味方どころか敵兵すら現れなかった。

 嫌な予感がする。そう思いながら走り、倒れそうになる自分自身に喝を入れながら、進んでいく。

 そしていざ、北側の門に辿り着くと。

 信じがたい光景が、映り込んでいた。

 

「ん? まだ増援が来るのか。懲りない奴らだな、お前ら」

 

 一人しか、立っていなかった。

 全身鎧で顔も兜で隠れている。見る限り、【ソーマ・ファミリア】側の者だ。

 それ以外は敵味方両方、倒れ伏している。

 ここで奮闘していたリッソス達も含めて、全員気絶していた。

 

「…アンタ、一体何者!?」

「あ? …ああ。俺はニルネ・ネラク。【ソーマ・ファミリア】の一人と偽って来て……ばれたら強制的に負けになっちまうから、そういうのは答えられないな」

「…はぁ!?」

 

 予想外の返答が返り、目を見張るダフネ。まさかの口が滑りまくりの乱入者の登場に、思考が追い付かない。

 対する相手は倒れているリッソスを椅子代わりとして座り込み、のんびりし始める。

 明らかな、挑発だ。

 だが彼女はそれに乗り、剣を抜いて突進した。

 

「部外者は、引っ込んでいなさい!」

 

 なけなしの体力を使い、乱入者を狩ろうと斬りかかる。そしてそのまま、剣が届きそうになった所で。

 

「……ッ!?」

 

 ダフネの動きが止まった。

 そしてそのまま、倒れ伏してしまう。

 ピクリとも動かず、気絶していた。

 

「ひでぇな。一応エンブレムに『月』があるという部分だけは合致しているんだけどな。ま、知る由もないか。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 軽口を話しながら、パンパンと手を叩く。

 いつの間にか席から立っており、ダフネを簡単に倒していた。立ち位置も、ダフネが立っていた位置のすぐ後ろ。彼にとって、そこは完全に間合いの中であった。

 

「しっかしザニスの奴、決着が遅すぎるだろ。その気になったらこんな奴ら、俺の超スピードで瞬殺だったのによ。見栄を張って失敗したら、正式に『闇派閥』に入れねぇのになぁ」

 

 ザニスの総評を定める目的で来ている彼は腕を組み、爆発した城の部分を遠くから眺めている。

 その光景は、これからの事を暗示するかのようであった。

 



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