巨悪の『右腕』 (猫タクシー)
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プロローグ

なんか納得いかない小説を書いては消して、書いては消してを繰り返しているんですが……。

また懲りずに書き始めました。
どうぞ。





―――そこはとあるBARのような一室。

 

 

 

 木造の落ち着いた雰囲気で、カウンターの正面にある棚からうっすらとした光のみが漏れ、室内はぼんやりとした灯りに包まれている。

 

 そこに腰掛ける老人が一人。

 白髪一色に染まった髪に、糸目でやんわりとした表情を浮かべ、片手には氷と半分まで酒が入ったショットグラスが握られている。けれどもその様子は全く不快ではなく、むしろ彼がいるおかげで室内は上品な空間となっていた。

 

『弔は上手くやっていると思うかい?老師』

「そうですね…」

 

 違和感なくそこに設置されているモニターから、男の声が聞こえてきた。それに答えるように、老人も口を開く。

 

「全て思いどおりにはいかないでしょう…。ですが今回の襲撃は彼にとって良い刺激になるかと」

『ああ、僕もそう願っているよ。情報も、道具も、舞台も必要なものは全て揃えた。全てはオールマイトを殺すために』

 

 待ち望んでいた夢を語るかのように、モニターからのその声には確かに嬉しさが交っていた。老人は呆れたような、困ったような様子でかすかな光に照らすかのように、ショットグラスを掲げる。グラスの中を通った光は、中の氷とグラスの周りについた水滴によって、ぼんやりとした幻想的な雰囲気を醸し出している。

 

「しかし…恩師はいささか過保護ではありませんかな?」

『よしてくれ、先生でいいよ』

 

 先生と言われたその男は、食い気味にそう答えた。

 

『僕は弔が大好きだからね、可愛くて仕方がないのさ。今のうちに彼にはたくさん失敗して、たくさん学んで欲しい』

「なるほど。これは失礼」

 

 そう言って彼はグラスに注がれたお酒を一口。口の中いっぱいに広がる濃厚で、深い味わいと風味。鼻腔をくすぐる香りを楽しむように一通り転がし、それを飲み干す。

 

『だから僕が手を離せない時は、彼を頼んだよ?』

「承りました。あぁ、そう言えば」

 

 グラスを机に置き、彼は思い出したかのようにその名前を口にする。

 

「弔殿が連れていった脳無とか言いましたか…。アレは一体なんです?」

『それについてはワシが説明しよう』

 

 モニターの音声が切り替わり、別の男が喋り始めた。彼の名前は『ドクター』。先生と呼ばれる男の部下の一人である。

 

『ワシは今日まである研究を進めておった。あれはその研究によって生まれた、ワシと先生の共作の1つじゃよ』

 

 曰く、先生の『個性を奪い、与える』個性とドクターのDNAや薬物などを使った改造によって生まれた、と。

 

 曰く、ひとりの人間に無理矢理複数の個性持たせることに成功した、と。

 

 曰く、『ショック吸収』と『超速再生』というオールマイト専用の脳無である、と。

 

「なんと……」

 

 それらの情報は、彼を驚かせるには十分だった。

 

『ちゃんと道具(脳無)は持たせておいた。大丈夫、後は彼次第だ』

 

 先生がそうは言ったものの、彼は安心していた。弔殿とお目付け役の黒霧殿、そして先の脳無までいるとなれば余程のことがない限り私の出る幕はない。

 

(今日は久しぶりにゆっくりお酒を楽しめそうです)

 

 そう思った矢先

 

 

 ────背後に黒いゲートが出現した。

 

 

「どうやら、お呼びのようですな」

 

 そういうとグラスの中のお酒を一気に煽った。飲み干したグラスをコトリ、カウンターに置き、立て掛けてある杖を手に取り立ち上がる。

 

『キミには世話をかけるね、老師』

「ほっほっほ。なに、困っている若者を導いてやるのは年長者の嗜みでしょう?」

『ハハハ。違いない』

 

 純白のスーツの上から首元を覆われた、腰まである黒いのマントをたなびかせ、ゲートへと足を運ぶ。

 

「では、行って参ります」

 

 アノニマスの仮面をつけ、遂に老人は黒いモヤの中へと吸い込まれていった。先程まで彼がいた部屋の中は静まり返り、妙にしんみりとした空気が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

 

「ごめんよ、みんな!すぐ動ける者をかき集めてきた」

 

(あぁ……ムカつくなぁ…!)

 

「1年クラス委員飯田天哉、ただいま戻りました!」

 

(…クソが…クソがァ!)

 

 場所は嘘の災害や事故ルーム、通称───『USJ』

 

 飯田の知らせを聞きつけ、雄英に残っていたほとんどの援軍が到着していた。彼らはすぐさま参戦し、残りの雑魚を蹴散らして、疲弊した生徒の救助にあたっている。教師二人を戦闘不能にしたものの、脳無は吹き飛ばされ、雄英の生徒は全員ほぼ無傷。

 

 気づけば立っている(ヴィラン)は二人のみ。

 

「黒霧、全事を呼べ」

「いけません弔!ここは一旦引くべきです!」

「黙って俺に従え!」

 

 オールマイトを追い詰め、あと少しというこの時に邪魔が入った。その事実が死柄木の判断力を鈍らせ、冷静さを失わさせていた。彼の頭の中にあるのは、オールマイトを殺すということただ一つ。黒霧は暴走している死柄木をどうにかして連れて帰ろうするも、全く聞く耳を持たない。

 それを、プロヒーローが逃すはずもなく。

 

「スキだらけだ」

 

「……ッ!」

 

 スナイプによって打ち出された弾丸は、周りの遮蔽物をまるで生き物のごとく避け、見事に死柄木の肩を撃ち抜いた。苦悶の表情を浮かべる死柄木。

 

「弔ッ!」

 

 焦った黒霧はすぐさまゲートを開き、そのまま脱出を試みる。しかし、死柄木は痛みに怯んでおり、動けない。

 

「逃ガサン」

 

 エクトプラズムが生み出した分身は、すぐさま敵の元へと辿り着き、そのままの勢いで回転蹴りを放つ。義足によって放たれた鋭い蹴り。

 怪我に気を取られている死柄木は避けきれず、彼の胴体を────

 

 

 

 

 

 

「失礼」

 

「……ッッッ!?」

 

 

 

 

 

 捉えることなく何者かによって阻まれた。見れば自分の蹴りが杖によって止められている。驚愕の表情を浮かべるエクトプラズムは、バックステップですぐにその場を飛び退く。

 

「助かりました、老師」

「えぇ、実に良いタイミングでした」

 

 黒霧は確かに脱出しようとしていたが、それだけではない。あちらとの空間を繋げるということは、あちらからもこちらの空間に来れるということ。黒霧は危険になったら、全事を呼ぶということを予め決めていたのだった。

 

 現れたのは、一人の男。

 白いスーツに首元まで覆った黒いマント。仮面をつけており、素顔は分からない。しかしそこから放たれているプレッシャーが、只者ではないことを告げていた。

 

「……新手カ」

 

 だが、そこはプロヒーロー。すぐに動揺を振り払い、再度攻撃を仕掛けようとする───がそこに生じるかすかな違和感。首を傾けて見ると、脚の太ももから先が()()()()()()()()()。同時に、彼の頭部も転がり落ちる。

 

「…ナニ!?」

「申し訳ない。もうすでに────切っておきました」

 

 見れば男の手には傘のような持ち手のついた、日本刀くらいの長い得物が、もう片方の手には杖の鞘が握られている。

 

(杖……ダガイツノ間ニ剣ヲ抜イタ?)

 

 分身どころか本体でさえ、今なにをされたのか全くわからなかった。それは救助を終え、その場に駆けつけていたヒーロー達もまた同じ。

 唯一この場にいる人間で見えたのは、オールマイトただ一人。

 

「……貴様はまさか!?」

 

 紳士のようなその出で立ち。

 類まれなる剣の腕前。

 脳裏に()()()がチラつく。

 

「『老師』…生きていたのか」

「久しぶりですなぁ、オールマイト」

 

 オールマイトはその男に見覚えがあった。

 

「ケガの具合はどうですかな?聞けば貴方はすでに活動限───」

「オールマイトから離れなさい!」

「引いてください!オールマイト!」

 

 男の会話を遮るようにミッドナイトが眠り香を放ち、もう片方からセメントスがコンクリートを操り、攻撃する。喰らえば確実に行動不能になるだろう一撃。だが二人はプロヒーロー、ましてや相手は"個性"も分からない敵。迅速に対応するべきという考えはこの両者の間で一致していた。

 

 しかし、それは生半可な敵が相手だった場合の話である。

 

「『お断りします』」

 

 攻撃が当たる数メートル手前。男に向けて放たれたピンク色の霧は突如、霧散。コンクリートはなにかに歪曲されたかのように弾け飛んだ。

 

「なっ……」

「バカな……!?」

 

 二人は目にした光景をすぐには信じられなかった。自分たちの攻撃が、まるで何かの法則に従うかのように、それが自然であるかのようにねじ曲げられたのである。

 

「戻りましょうか。弔殿、黒霧殿」

「もう少しなんだ…もう少しで───」

「焦る必要はありませんよ弔殿。もう一度万全を期して望みましょう」

「…わかった」

 

 死柄木はそういうとしぶしぶといった様子で黒いゲートをくぐった。

 

「待て!」

「それでは、またお会いしましょう」

 

 それに続いて全事もゲートをくぐり、終に敵の姿は跡形もなく消え去った。しかし、過激な戦闘の爪痕と残骸だけはしっかりとその場に残っているのだった。

 

 

 

 

 

 

『ご苦労だったね、老師』

「いえいえ」

 

 彼は自分達のアジトに戻ってきていた。全事は死柄木と黒霧を無事、とは言えないながらも連れ帰ってきた。その働きに感謝する先生ことAFO。

 

「全然弱ってなんてなかった…!俺にウソを言ったのかよ先生」

 

 死柄木はAFOを責めるかのように言う。万全を期すとはいかないまでも、入念に準備して望んだ今回の襲撃。彼自信も死柄木に期待していたし、死柄木もそれに応えようとした。その上での失敗。その顔にはいくばかりかの悔しさが見て取れた。

 

『弱ってはいたさ。ただ彼が───オールマイトが僕の想像よりちょっと強かった。これは僕の失敗だよ』

 

 彼は死柄木をたしなめるかのように優しくそう言う。

 

「最初から完璧な人間などおりますまい」

「……。」

 

 全事からもそう言われたおかげからか、死柄木の表情にも少し余裕が戻ってくる。ようやく彼も本来の冷静さを取り戻したようだ。

 

「安心してください弔殿。また機会はありますとも」

「あぁ───」

 

 死柄木の表情にはもう迷いはない。もう次の挑戦への計画はできている。

 

「今度はオールマイトは確実に殺せるような精鋭を集める」

「なるほど…。量より質とはよく言ったものですね」

 

彼は全事から言わせればまだまだ未熟である。だが、未熟であるということは伸びしろがあるということ。人間は失敗から『学び』、そして『成長』する。

 

『そうだ!そしてキミという恐怖を世に知らしめろ!死柄木弔!』

 

 失敗から学び、また一歩成長しましたか…。なによりです。

 

「黒霧殿もこれから忙しくなりますな」

「そうですね…でも少し楽しみではあります」

「ほっほっほ。それでは今日はこれくらいで」

 

 そう言って黒霧に今後の頑張りを労い、全事はその場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 なんの変哲もないただの二階建ての一軒家。家に帰り、玄関でただいまの挨拶をいって靴を脱いだ。玄関を照らす光のみが、ぼんやりと部屋の中を包んでいる。トットットッ、と階段を降りる音がしたかと思うと、何かがバッ!と凄い勢いで抱きついてきた。

 

「おっと」

 

 急に抱きしめられたことで、それを支えるような形になりながらそっと抱きしめ返す。見れば、それは自分の娘だった。

 

「…遅い」

「ほっほっほっ、申し訳ない」

 

 顔を胸に埋めながらグリグリ、と頭を擦り付けて来る。その度に、鮮やかな黒紫色の髪の毛がハラッと左右に振れる。

 

「…すぐ帰るって言った」

「……ふむ。」

 

 その言葉に何も言い返すことができない全事。手で頭をかきながら困ったような表情を浮かべている。

 

「今度、埋め合わせを───」

「ホント?」

 

 彼女は顔をパッ!とあげ全事の言葉に食いついた。無表情でわかりづらいものの瞳は爛々と輝き、頭に生えたアホ毛がブンブン!と忙しなく振られている。

 

「…えぇ」

「…わかった。今回は許す。でも───」

 

 満足してくれたのかようやく拘束をといてくれた。

 

 

「お酒───飲んだでしょ?」

 

 

 ギクッ

 

 

「禁酒1週間延長ね」

 

 

 彼はこの世の終わりかのように地面に手をつけ、項垂れた。

 

 情けない話ではあるが、幾多の戦場をくぐり抜けてきた彼でも娘には勝てないようである。

 

 

 





主人公はそうですね…わかりやすく言うとワートリのヴィザ翁をイメージしていただければと。


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第一話

なんか知らぬ間にお気に入りが100を超えてて驚きました。

最近はモチベが下がり気味ですが、何とか続けようとは思います。


めっちゃ更新遅くなってすいません!





 

 

誰にでも等しく朝はやってくる。

それはたとえヒーローでも。敵でも。

 

 

 

青く晴れた空に浮かぶ雲の合間から、眩しい光が覗いている。開けた窓から心地よい春風が部屋の中に吹き込み、朝の訪れを告げる。

 

「よし」

 

 トーストの焼ける匂いと、珈琲から立ちのぼるほろにがい香り。キッチンからほのかに香るそれは、ぼんやりとした脳を起こしてくれる。華を起こしに行きますか、と全事はエプロンを外し二階にある華の部屋へ続く階段を上がる。

 

「華、朝食が出来ましたよ」

 

 コンコン、とノックをし声をかけるが返事はない。いつもだったら起きている時間のはず。ガチャッ、と扉を開けて彼は部屋の中に入った。

 

 空いた窓から風が吹き込んでカーテンを揺らし、机の上の教材をパラパラとめくっている。娘は机に突っ伏して肩を上下させ、やすらかな寝息を立てていた。そっと起こさないように窓を閉める。

 顔をこっそり覗き込めば、何かいい夢でも見ているのだろうか、普段の無表情からは考えられない気持ちよさそうな顔をして寝ている。頭を愛でるように撫でれば、「んむぅ」という声とともに少し身震いをした。

 

 

 

 

『おとーさん、みてみてこれ!』

 

 

 

 

―――ふと脳裏に走馬灯のようなシーンが浮かぶ。

そこには、見渡す限り広がる野原と花畑。

 

 

 

『お花の冠だよ!おとーさんにあげる!』

『あらあら、上手にできたわね。フフフッ』

 

 

 

 

―――それはかつての幸せの記憶。

目に映るのは、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『わたしとおそろいだね!おとーさん!』

 

 

 

 

―――だが、その幸せはもう手に入らない。

 

 

 

 

「にゅう…」

 

 娘が起きたと思い、慌てて手を離した。

 

「お父さん…」

 

(寝言…のようですね)

 

 起こすのはしのびないと思い、風邪をひかないようにと華に薄手の毛布をかける。音を立てないようにドアをゆっくりと開け、もう一度だけ娘に振り返る。

 

「おやすみ、華」

 

 大切な思い出にフタをするかのように、彼はそっとドアノブから手を離した。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇

 

 

「『ヒーロー殺し』、ですか」

 

 以前、先生からその名を聞く機会があった。

 

 通称『ステイン』とも呼ばれる彼は、聞く限りでは正しく敵の中の敵と言えるだろう。普通の敵と違う点はなんと言ってもその活動目的。独自に持っている倫理観・価値観にそって「贋物のヒーローに粛清を与える」ことを目的とし、その餌食になったヒーローは少なくない。

 

『未来の社会のため、人のために必要な犠牲だとさ。面白いとは思わないかい?』

「えぇ、是非ともあってみたいですな」

 

 

 

 

(まさか、こんなに早く会える日が来るとは思っていませんでしたが。)

 

 今日黒霧殿がその彼に接触し、このBARに連れてくるそうだ。どうやら弔殿は以前言っていた『精鋭』とやらに彼を加えたい様子。数人のヒーローを相手に尽く犯罪を繰り返してきた彼が、歴戦の猛者であることはまず間違いない。

 私自信も、彼への好奇心と興味が少しばかり湧いていることに気づいていました。

 

「どう思われますかな、弔殿」

 

 グラスを一つ一つ丁寧に拭きながら、先程からカウンターの椅子に座っている彼に尋ねる。

 

「歳、力量共に備わってるとくれば文句はない。まぁ、こっちの指示には従ってもらうがな」

「ふむ、仲間に引き入れることは決定、ということですかな?」

「あって見りゃわかるだろ」

 

 あくまでこちらの方が立場が上だという姿勢はくずさないつもりの死柄木。直接会って、自分の目で確かめるという意見については全事も納得していた。

 

 そして、その時は訪れる。

 

 突如開かれた黒いワープゲートから出てきた男。

 包帯状のマスクから覗くギラついた眼。赤のマフラーとバンダナを身に付け、日本刀とサバイバルナイフを装備している。その人物こそ、噂に聞くステインその人であった。死柄木は「きたか」と呟くと、椅子から立ち上がった。

 

「ようこそ悪党の大先輩。そこの黒霧から話は聞いているか?」

「いや…詳しい話は聞いていない。ただ、同類と言われたからな」

 

 ハァ、と息を吐くと共に口からベロッ、とブツブツとした細長い舌がこぼれる。どこか人に嫌悪感を感じさせるその様子は、ヒーローの敵そのもの。

 

(ふむ。立ち姿はごく自然体、かつ重心もほとんどブレていない。老いぼれの私にも欠かさず警戒心を向けてきますか…。)

 

 全事は淡々と仕事をしつつも、しっかりと彼を観察していた。そこから導き出された結論は、洗練された"対人戦闘技術"とそれまでの"たゆまぬ努力"。『個性』の話を抜きにしても、ここまでたどりつくまでに一体どれほどの修羅場をくぐり抜けてきたのやら、と全事は素直に感心していた。

 

「なら説明しよう。先輩、あの雄英が襲撃されたのは知ってるか?」

「なるほど…お前たちが雄英襲撃犯ということか」

「先輩は話がわかるヤツだな」

 

 死柄木はひとまず安心したのか、椅子にもう一度座るとカウンターに肘をつき、腕を組んだ。

 

「それで、先輩には俺たちの一団に入って欲しいんだ」

「…目的はなんだ」

 

 死柄木はニタァっと笑うと目を見開き、愉快そうに告げる。

 

「そうだなぁ……ムカつくガキを殺したい。平和の象徴(オールマイト)を殺したい」

 

 弔殿も正直ですなぁ。

 

「…興味を持った俺が浅はかだった。お前は俺が最も嫌悪する人種だ」

「はぁ?」

「子供の癇癪に付き合えと?」

 

 ただ本能のおもむくままに、今の社会をめちゃくちゃに壊してやりたい死柄木。

 

 方や、独自の信念と思想を追求し、それに従ってヒーローを粛清するステイン。

 

 この両者が分かり合える可能性は限りなく低いだろうと、全事ははなから気づいていた。

 

「信念なき悪に用はない」

 

 両腰に収められていたナイフを抜き去ったステイン。それはもはやこれ以上話し合うことなどないという決別の表れであった。

 

「老師!止めなくて良いのですか?」

 

 現在この場にAFOはいない。この状況を、死柄木を止められるとしたら全事ただ一人。しかし───

 

「構いません」

 

 全事は動こうとはしなかった。

 

 

『答えを教えるだけじゃあ意味が無い。至らぬ点を自信に考えさせる。成長を促す。教育とはそういうものだよ、老師』

 

 

(えぇ、私も全くその通りだと思います。)

 

 戦闘態勢をとったステインは攻撃を開始した。

 真っ先に狙われたのは───カウンターに立っていた黒霧。

 

「ッ…!?」

「油断したな」

 

 脅威の瞬発力で一瞬でカウンターの上に飛び乗り、黒霧の腕を切り裂いた。服の上からでもわかるくらいに傷口から鮮血が飛び散る。思わぬ奇襲に黒霧もワープを使う暇すらなかった。

 

「ざけんなッ…!」

 

 死柄木の個性は『崩壊』。触れさえすれば勝ちという強力な代物である。唯一の弱点である距離を詰めるためにワンテンポ遅れてようやく動き出す。

 

「遅い」

 

 がしかし、ステインの投げた二本のナイフが死柄木の肩に突き刺さった。死柄木の動きが一瞬、止まる。ステインはすかさず彼に飛びつき、そのままのしかかって二本のナイフごと地面に縫いつけた。何か発動しようとしていた左手も足で無理やり押さえつける。

 

 

ここまでの一連の流れ───わずか"5秒"。

 

 

「無き者、弱き者は淘汰される……当然のことだ」

 

 抉れた肩肉から血が滲み、床を紅く染めていく。

 

「だから死ぬ」

「ハハハ…ハハハハハハッ!痛ってえぇぇ!速いし強すぎだろオイ」

(ほう…これはなかなか。)

 

 やはり私の目に狂いはなかった、と独りごちる全事。不意打ちとはいえ死柄木と黒霧とて決して弱くはない。それを目の前で沈めて見せたその手腕は本物であった。

 

「黒霧!コイツ飛ばせはやくしろ!」

「申し訳…ありません……死柄木弔…体が」

 

 このままではまずいと思い、この場から脱出するためステインを強制送還させようと考えた死柄木。しかし、黒霧の体はピクリとも動かない。

 それもそのはず、ステインの個性は『凝血』。血を舐めた相手の体の自由を奪うというもの。ステインはここに来るまでに、黒霧が使った個性がワープや転移の類であるということを見抜いていた。黒霧を真っ先に狙ったのは戦闘に邪魔になると彼が判断したからだった。

 

(正に絶体絶命のピンチ、ですな。確かに御師からは最悪の場合以外手を出すなとは言われています。しかしこれは───)

 

 全事の目線の先にあったのは今まさに組み伏されている死柄木───ではなく自分の足下。そこにはステインが勢い余ってカウンターに乗っかったことにより、砕け散ったグラスの破片が散乱していた。

 

 

 

(呆気ない…所詮はろくに力もない口だけの集団だったというわけか。)

 

 ステインの怒りはここに来て、ほぼ終息していた。怒りに任せて攻撃したもののどうだ、蓋を開けてみれば結局のところコイツらもそこら辺の悪とはなんら変わりはない。

 

 ただ一人、気になる人物を除いては。

 

 その人物はこの空間に入ってきてからずっと───そう『異質』であった。見た目はただのBARのマスター。ただ、長年の勘がコイツは只者ではないということをひっきりなしに告げていた。

 

(まぁ、最後まで動くことは無かったわけだが。)

 

そう思い、ステインは目線だけをカウンターの方によこした。

 

()()姿()()()()

 

「ッ……!?どこに───」

 

 直後、彼が感じ取ったのは

 

 

 

 

「少し()()()が過ぎましたな」

 

 

 

 

───濃密なまでの『死』。

 

 その瞬間、身体中の全細胞、全神経が危険信号を発した。ナイフから手を離し、全力でその場から飛び退く。男はいつの間にか後ろに立っていた。

 

(馬鹿な……。確かに警戒はといていなかったハズ。)

 

 ステインの額から冷たい汗が流れた。そっと胸に手を当て、ケガはないか確認する。後ろに立っていた男の手にはなんの獲物も握られていない。だが、彼は確かに()()()()()()()()()()()()()()を感じていたのだった。

 

「ハァ……『殺気』か」

「ご名答」

 

 殺気。読んで字のごとく殺す気のこと。

それは目には見えなくとも、相手に威圧感や恐怖感を与えることの出来る代物。自分自身もよく使うことのあるステインは、その正体にすんなり行き着いた。

 だからこそ───それがどれほど『異常』なことであるかよくわかった。

 

()()()()()()()()()()()とは…。これ程のご老人がなぜこんなヤツらと一瞬にいる?)

 

「戦うのはもちろん構いません。…しかし物を壊すのはやめていただきたい」

「邪魔すんなよ、全事」

 

 仰向けに倒れ伏している死柄木が口を開いた。苦虫を噛み潰したような表情で全事を睨みつける。

 

「信念…信念だァ?んな仰々しいもん強いて言えばそうだな───オールマイトだ」

 

 そういうと死柄木は肩に突き刺さっていたナイフを両手でつかみ、ボロボロに崩した。ステインはその光景に目を見張った。。肩からはまだ出血しているにもかかわらず、そのまま立ち上がると肩を回し始める。

 

「俺はあんなオールマイトが祀りあげらているこの社会を───」

 

 

 

───滅茶苦茶にぶっ潰してやりたいなァとは思ってるよ。

 

 

 

 ゾワリ、とステインの背筋が凍りついた。先程までとは打って変わって、掌ごしから覗く目はまるで子供のように爛々と輝いており、口が裂ける程ニタァっと笑っている。その言葉には確かな重みと尋常ではない殺意が乗っていた。

 『狂気』や『恐怖』。その感情がまだ確かに自分の中に残っていることを、ステインは確認できた。

 

「それがお前か…」

「は?」

「お前と俺の目的は対極にあるようだ…だが、"今を壊す"。この一点において俺たちは互いに共通している。仮としてだが、(ヴィラン)連合…お前たちに協力してやる」

 

 突然のステインの変わりように、死柄木は困惑する。あれほど自分たちのことを毛嫌う様子だったのにもかかわらず、態度を一変させた彼に死柄木は反論する。

 

「は?ざけんな、帰れ。死ね。くたばれ。俺はお前が最も嫌悪する人種なんだろ?」

「真意を試した。人は死を前にして本質を表す。歪な信念がお前の中に芽吹いていることは確認できた。お前がどう芽吹いていくのか、お前らを始末するのはそれからでも遅くはないかもなァ…」

「では、交渉成立ということですね?」

「あぁ…」

 

 全事は何も言うことなく、成り行きをただ見ていた。やはり先生の言う通り、死柄木には()()()()()()()とでもいえばいいのだろうか、先生と同じようなソレが彼には見て取れた。

 

「ハァ…要件は済んだ。俺を保須へ戻せ。あそこにはまだやるべきことが残っている」

「…黒霧」

「はい」

 

 死柄木がそういうと、ようやく動けるようになった黒霧がワープゲートを展開した。そのまま飛び込んで行くかと思いきや、一度振り返った。

 

「一つお聞きしたい…ご老人」

「なんでしょう」

 

「どうしてそれほどまでに強い?」

 

 全事は押し黙り、すぐには返答しなかった。

 否───出来なかった。

 

 

 

 『何故だ!?何故剣を置いた、全事!』

 

 

 『おい急げ、火事だ!中にまだ人がいるぞ!』

 

 

 『僕もキミに手を貸そう。だからキミも僕に手を貸してくれないかい?』

 

 

 

「私もまだまだ探している途中なのですよ」

「……成程。強者の台詞(セリフ)だ」

 

それだけ呟くと踵を返して、彼はゲートをくぐった。

 

「……黒霧殿」

「えぇ」

「片付け。手伝って貰えますかな」

「もちろんです」

 

 

 

 





一体どんな過去があったんでしょうか。


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