もしもヤモトがニンジャスレイヤーの仲間になったら (雨宮季弥99)
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もしもヤモトがニンジャスレイヤーの仲間になったら

 夜の屋台街を今、二人のニンジャが対峙している。一人は赤黒のニンジャ装束。メンポには禍々しき書体で記された忍殺の二文字。ソウカイヤの中で知らぬものはいない殺戮者、ニンジャスレイヤー。

 

 もう一人は満身創痍の少女。ハイスクールの制服を着こんではいるが、それも無残なまでにボロボロになっており、左腕からの出血を右手で抑えている。彼女の名前はヤモト・コキ。アーチ級ニンジャのニンジャソウルを宿す少女である。

 

 だが、今の彼女にはニンジャ憑依者の力は感じられない。彼女をソウカイヤにスカウトするために来たソニック・ブームによって完膚なきまでに叩きのめされ、先ほどのサイキック・ジツによって全ての力を使い果たした彼女はもはやクローンヤクザにすら抵抗はできないだろう。

 

 当然、目の前にいるニンジャスレイヤーに対抗などできるはずもない。それは彼女自身もわかっているのだろう、彼女の表情はその表情は処刑台に向かう殉教者めいて悲壮であった。おお、ブッダよ寝ているのですか! 全てのニンジャを殺す者、ニンジャスレイヤーはこの無力な少女をも殺してしまうのか!

 

 否! ニンジャスレイヤー、いや、フジキド・ケンジはいま、ニューロンに届くナラクの声に必死に耐えていた。彼にとって彼女を殺すことは妻子の仇を討つこととなんの関係もない。だが、ナラクにとってはそんな事情など関係ない。特に彼にとってヤモト・コキに宿るシ・ニンジャは因縁深い相手であり、この場で逃すなどありえないのだ。

 

(失望させるなフジキド! 全てのニンジャを殺さぬか! 殺せ!)

 

 フジキドのニューロンをナラクの声が響き渡る。ゲンドーソーの封印、さらにその後のイクサにおける精神的制圧を経てなお、いまだに残るこれほどの暴威!

 

 それに耐えるフジキド。そのニューロンに一瞬、一つの光が現れた。それはゲンドーソーの教えの影響か、あるいは長く暗澹としたサラリマン時代の経験から生まれたのか。ともかく、彼はそれに縋ることにした。

 

(ナラクよ、しばし待て。試したい事がある)

 

(試したいことだと?)

 

(そうだ。だからしばし待て!)

 

 突然のフジキドの提案にナラクの困惑した声がニューロンに届く。それを聞いたフジキドは再度ヤモト・コキに向き直った。

 

「ヤモト=さん。今からお主に三つの選択肢を与える。好きなものを選ぶがいい」

 

「え……?」

 

 突然の言葉にヤモトは戸惑いの表情を浮かべる。だがそれを気にせずニンジャスレイヤーは言葉を続けた。

 

「一つ、この場で私にカイシャクされる事。ニンジャソウルの宿ったお主はその影響を受ける。恐らくは既に人を殺すことになんの抵抗もないであろう。その影響が深まれば、最悪お主の親しい者でも躊躇いなく殺せるようになる。それを恐れるのなら、私がこの場でカイシャクする」

 

 その言葉にヤモトの体は強張る。それは彼女自身身に覚えがあるからだ。初めてシ・ニンジャの力を使いヨタモノを殺した時の愉悦。あれはもうシ・ニンジャのニンジャソウルと共に彼女の中に溶け込んでいるのだ。

 

「二つ目はおとなしくこの場を去るという事。既にお主はこのネオサイタマを牛耳るソウカイヤに目を付けられている。この街を去り、オキナワやキョートへ逃げなければいずれ追手がかかるのは明白」

 

「……アタイを見逃してくれるの……?」

 

 その提案にヤモトさんは再び困惑の表情を浮かべる。ソニック・ブームを倒すために彼女が作った巨大な不死鳥。その爆発を回避するために垂直に跳躍したニンジャスレイヤーの姿を見た彼女はまさしく、彼こそが本物の死神であると感じていたのだ。そんな彼からそのような提案がされるとは思ってもいなかったのだ。

 

(何を言うフジキド! やはりこやつを逃がすつもりか!)

 

(黙れと言っているだろうナラク!)

 

 ナムアミダブツ! 再びフジキドのニューロンにナラクの叫びが響き、彼の心を支配しようとする。だが、彼はそれを強靭な精神力で抑えこみ最後の提案をした。

 

「三つ目の提案は……私と共に来るということだ」

 

「え……?」

 

(何だと!?)

 

 その提案を聞いたヤモト、ナラクの両名は驚き目を見開く。それを見ながらフジキドは言葉を続けた。

 

「ニンジャはネオサイタマだけに居るわけではない。キョートにもオキナワにも居るだろう。ニンジャソウルを宿すお主は遠からずニンジャのイクサに巻き込まれる事になるのは明白。お主自身にそのつもりはなくともだ」

 

「それに、ソウカイヤがキョートやオキナワに手を伸ばさないとも限らない。ならば、私と共にきてソウカイヤのニンジャを全て殺すということもまた一つの道だ」

 

 ナムアミダブツ! おお、なんという提案か。フジキドはヤモトを修羅の道に誘おうとしているのか!

 

(ニンジャスレイヤー=さんと一緒に?)

 

 提案の意味をヤモトは考える。彼はニンジャを殺す者ではないのか? その提案の真意とは何なのか? だが、彼女にとってそれは魅力のある提案であった。

 

(この提案なら……アサリ=さんと離れ離れにならずに済むかも……)

 

 アサリ。ネオサイタマにおいて彼女の大切な友達の一人。彼女を危険に晒したくはない。だが、彼女と離れ離れにもなりたくはない。それを叶えるためにはヤモトを狙うソウカイヤを倒すこと。それは彼女にとって魅力的な提案であったのだ。

 

「戦い……ます……」

 

 小さな呟き、だが、それは確かにニンジャスレイヤーの耳に届いていた。

 

「私と共に……来るのだな?」

 

 ニンジャスレイヤーの問いにヤモトは大きく頷く。

 

「戦います、ニンジャスレイヤー=さん! 私は……ソウカイヤを倒します!」

 

 ゴウランガ! おお、ゴウランガ! 彼女はニンジャソウルを宿していながらも、つい先日までは力の使い方もわかっていない、肉体的にも精神的にもニュービーであったはず。だが見よ! ソニック・ブームとの死闘を経た彼女は今、ニンジャスレイヤーにも負けない強い気迫を持って彼の提案に答えたのだ!

 

(グググ……なるほどフジキド考えたな)

 

 再び、ナラクの声がフジキドのニューロンに届く。

 

(だが、これは愉悦よ。シ・ニンジャは強力なニンジャであった。あやつを使い潰し、最後に殺す。これほど愉悦な事はそうはない。いいだろうフジキド、今はそのこわっぱの事を見逃してやろう)

 

 そう言うと、ナラクは再びニューロンの奥へと姿を消していった。それを感じたフジキドは内心で安堵の息を漏らす。

 

(うまくいったか……実際危なかった。もしヤモト=さんが二番目を受け入れてたとして、私はナラクを拒めたのか?)

 

 ゴウランガ! なんたる発想力か! フジキドはナラクの増悪に飲み込まれヤモトを殺してしまう前に彼女を生かすために先ほどの提案をしていたのだ。フジキド自身にはヤモトを殺すつもりはない。だが、ナラクの暴威に晒され続けれて耐えうる自信もなかったのだ。

 

 その為、彼はヤモトに三つの提案をした。だが、もし彼女が一番の提案を受け入れていたらどうしていたのか? だが、フジキドは最初からその事を考えてはいなかった。ソニック・ブームに止めを刺したあのサイキック・ジツ。あれだけの精神力のある彼女がむざむざ殺される選択肢を選ぶはずがないと考えていたのだ!

 

 フジキドがそう考える中、不意にヤモトの足から力が抜け、彼女の体は糸の切れたジョルリめいて地面に崩れる。

 

「ヤモト=さん!」

 

 フジキドが駆け寄りヤモトを抱き上げると、彼女は力ない笑みを浮かべた。

 

「ゴメンナサイ。力が抜けちゃって……」

 

 力が抜け、フジキドに寄りかかるヤモト。仕方のないことである。彼女はソニック・ブーム率いるソウカイヤの襲撃を受け大きなダメージを負ったのだ。いくらニュービーにはない精神力を持っていようとも、肉体のほうは限界なのである。

 

「……」

 

 フジキドはニンジャ装束を解くとトレンチコートを彼女に着せる。彼女のボロボロの制服を着せたままでいることは彼の心が咎めたのだ。

 

「私の隠れ家で治療を行う。しばしの間寝ておれ」

 

 そういうとフジキドはヤモトを抱き上げ、高くジャンプして建物の上を走り抜ける。おお、その光景はまるで囚われの姫を助け追っ手を振り切るために疾走したというあるニンジャのようだ。

 

(暖かい……)

 

 フジキドに抱き上げられたヤモトはその温もりに戸惑いを覚える。彼女は確かに彼に対して死神を連想した。だが、今彼女を抱く彼の両腕の安心感はなんだというのだ。とても同じ人物だとは思えなかった。

 

 だが、そんな彼女も徐々に重くなる瞼に逆らうことはできず、そのまま眠りについた。

 

(寝たか……相当体力を消費したはず。傷の治療と共にスシの調達もせねば)

 

 眠りに落ちたヤモトを抱き抱えニンジャスレイヤーは跳躍する。その姿は誰の目に留まることもなく、ネオサイタマの街中に消えていった。

 

 妻子を失った男と親を失った少女。正史ならざるこの物語の果てに彼らに訪れる運命。それはまだ誰にもわからない。



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