ヒロアカ×Fate (トラッキング)
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01 プロローグ

 この辺は最近、変な外国人が多い。と、緑谷出久は追懐する。

 ただの外国人ではなく、個性が影響した外国人らしい日本人でもなく。なんというか、本当に変な外国人だとしか言い様がなかった。まあ、悪い人たちではなかった。善人かと問われると、それもまた首をかしげるのだが……。とにかく、変な人だった。

 恐らく最古の記憶は、小学校低学年ほどのものだ。

 そうだ、確か……と、出久は苦い物を感じながら、記憶を発掘する。

 齢四歳、つまり大抵の個性が発現する年齢で、大抵の人間は現実を知る。強い個性、弱い個性、便利な個性、役に立たない個性、ヒーロー向きの個性、ヴィラン向きの個性、そして……無個性……つまり何の力も持たない底辺、ただの人。

 それが自分、緑谷出久に割り振られた手札だった。

 無個性であると知ったとき、そしてそれを理由に虐げられたときの感情は、出久にとって挫折の一言で終わらせられる事ではなかった。思い出せば、今でもその痛みはじくじくと心を蝕む。ましてや当時ともなれば、藻掻き方すら分からず、諦めることもできない。そんな子供時代だった。

 その日も、いつも通りだったのだと思う。幼なじみである爆豪勝己とその取り巻きに虐められ、からかわれ、涙して。両親にそんな姿を見せるわけにも行かず、涙が溢れるのをこらえられるまで公園で時間を潰す。まあそんな日常だ。

 ただし、この日はそんないつもと、一点だけ違いがあった。

「ふはははははは! どうしたそこな童よ!」

 気づいたら、見知らぬ女性がケタケタと笑い声を上げて、出久は思わずぎょっとした。次いで、きょろきょろと周囲を見回した。

「何をよそ見しておる。ここには貴様しかおるまい。であれば、余が話しかけているのは当然貴様であるぞ」

 なぜかふんぞり返って、彼女。意味も理由も分からないが、とにかく誇らしげだった。

 出久が周囲を見回したのは、もしかしたら自分に話しかけているのではないかもしれない、というだけではない。何か――なんでもいいから、すがれるものを探した。

 彼女は頗る付きの美人のお姉さんだった(といっても、当時の出久から見ての話である。年齢で言えば十も離れておらず、どう高く見繕っても少女といった風体だ)。意志の強そうなグリーンの瞳に、金色の長い髪は編み上げ、赤いリボンで止めている。

 それだけならば良かったのだが。問題は、格好の方だった。一言で言って、彼女は露出度を売りにしたヒーローのようだった。あれを赤いドレスと言っていいものか。胸元は大きく開き、とりわけ乳房の上半分はほとんど見えている。スカートも何故か前面のみシースルーで、太ももどころか、角度によっては下着まで見えそうだった。

 目のやり場に困るというより、関わったらマズいのではないか。それが出久の正直な感想だった。

 出久はいくらか周囲に視線を飛ばし、やがて誰もいないことが分かると、諦めたように答えた。

「はい、あー、あのー……何でしょうか」

「それは余が聞いたのだ。して童よ、なぜこのような場所で項垂れている」

「ええと」

 うーんとうなりながら、彼は悩んだ。言い訳も含めていくつかの候補が浮かんだが、最終的に選んだのは(なぜだか、そうしなければならない気がした)正直にありのままを言うことだった。

「友達にいじめられて、でもお母さんに迷惑かけたくなくて……」

「涙が乾くまでここに潜んでいたと?」

「うん……」

「小さぁぁぁい!」

 女性はいきなり声を張り上げた。

 出久はびくりとして、彼女を見上げた。

 彼女は腕を組みながら、出久を見下ろしていた。眉をつり上げ、目も細めている。不思議と怒気は感じなかったが、代わりに妙な圧力を感じた。ちょうど言い訳を考えた時のそれと似ている。

「よいか? 余は嫌いな物がたくさんある。そりゃもうすっごいある。悲観もその一つだ。これは良くない物だぞ。他人であろうが自分であろうが、不景気な面は不運をより深める」

 腕を組んだまま、むむむと唸る。かと思えば、ばっと片手を出久に突き出しなどしながら、ポーズを取った。

「と、言うわけで貴様の自虐もこれまでだ! 今決めた余が決めた!」

「決めたって言われましても」

「だが、涙などもう出まい」

 腰に手を当てた女性が、にやりといたずらっぽく笑った。

 指摘され、はたと出久も気がついた。涙はとうに乾いており、次にあふれ出る気配もない。感情も、もう収まっている。

「ふはは、それでよし!」

 言うだけ言って、彼女は公園の出口へと向かっていった。もう出久など見えていないように。

 ちょうど道路にさしかかった当たりで、彼女は警察と遭遇していた。そして、公然なんちゃらと警察が叫ぶと、いきなり追いかけっこを始めた。女性は意外なほど足が速く、瞬間的に警察を振り切っていた。警察は、応援を呼ぶべく無線に手を当てているようだったが。

 名前も知らない女性は、控えめに言っても嵐のような人だった。

 これ以降、彼女は町中で見かけることはあっても、話すことはなかった。しかし出久は、彼女のことを忘れたことはなかった。

 

 

 

 ――他にも、こんな事があった。

 いつものように、幼なじみとその取り巻きに小突き回されているある日のことだ。

「うわぁっ!」

「うわあ、だってよぉ~」

「おいデクぅ! またつまんねえ悲鳴上げてんのかよ! はっ!」

 言いながら、出久は蹴飛ばされた。

 理由は分からない。そもそもいらないのだろう。どうせ目障りだとかむしゃくしゃしていたとか、そんな事だ。後からいくらでも付け足すことが出来るし、付け足す必要もない。それくらい日常的な事だった。

 が、その日一つだけ違った事があった。勝己とその一味が、急に倒れたのだ。

「え?」

 両手で頭だけは守る姿勢で、そんなことを呟く。

 実際その程度しか出来なかった。目の前で数人に昏倒されれば。

 恐る恐る皆に触れてみるものの、全く起きる気配はなかった。

「かっちゃん。かっちゃん!」

 出久も動転して、勝己を揺さぶった。それはしばらく続き、数分後にやっと彼は意識を取り戻した。

 一瞬、何が起きたか分からないといった風に目を瞬かせたが、次の瞬間には出久につかみかかって来た。

「てめえデク! 何しやがった!」

「し、してない! 僕は何もしてないよ! かっちゃん達がいきなり倒れたんだ!」

 出久はびくびくしながら叫んだ。

 勝己も言葉に納得したという訳ではないだろう。が、出久にそんな真似は不可能だという事も理解している。ついでに言えば、出久の混乱は本物であり、それが分からないわけでもなかった。

「チッ! クソがぁ!」

 彼は誰にともなく叫び、気炎を上げた。

 そして、周囲を素早く確認し、自分たち以外に誰もいないと分かるとすっ飛んでいった。恐らく背後から自分を叩きのめした誰かを捕まえに行ったのだろう、という程度の事は分かった。

 出久が勝己に追いつけるわけもなく、とりあえず残りの人たちを起こした。彼らはぼんやりと出久と、そして周囲を確認していた。彼らは恐れも怒りもしなかった。とにかく、何が何だか全く分からないという風で、その日はそのままなんとなく千々に解散していった。

 それで虐めが収まるわけもなく、何日かすればまた同じ日常が戻ってきた。が、しばらくするとまたしても背後からの不意打ちにより、一味共々気絶させられた。前回と同じように、出久の目の前でだ。

「どういう事だクソデクゥ!」

「ひぃっ! だから分からないってば! あ、でも……」

「ンだやっぱり知ってるんじゃねえかぁ!」

 胸ぐらをつかんで振り回し、少しばかり爆発の個性を暴発させる。脅しというのとは違うと、出久は分かっていた。彼は、感情の制御が効かなくなると、ままそういう事がある。

「違くて! かっちゃんが倒れた時、一瞬だけ仮面が見えた気がしたんだ」

「仮面だぁ?」

「うん。髑髏のやつが一瞬だけ」

 びくびくしながら言うと、勝己は大きく舌打ちをしながら、手を離した。

 後になってよく考えれば、彼が本気で疑っていたわけではなかったというのが分かる。なぜなら、似たような事はいろんな場所で起きていたのだから。小は虐めを“仲裁”するという程度のものから、大はヴィラン団体をほぼ無傷で壊滅・捕縛する“制裁”といったものまでだ――なぜ髑髏の仮面の犯行だと分かったかと言うと、“制裁”の場合は、現場に日本語と下手なペルシア語が混ざった、罪状を乗せたメモ書きが残っているためだった。これのおかげで、同一犯であることも、恐らく日本人ではないことも知られていた。実際、この時点である意味有名なヴィジランテ、もといヴィランではあったのだ。

 そういった情報に混ざり、たまに同一視され、まことしやかに囁かれているのが、髑髏の仮面であり、仮面をかぶった正体不明のヴィジランテでもある。

 次の日から、虐めがなくなったかと言うと、これまたそう都合良くもない。ただし、全く変わらなかったという訳でもなかった。

 勝己の虐めは、どこか上の空になっていた。というよりも、虐めがポーズになっていたと言うべきか。

 彼は出久を殴ろうとする瞬間、いつも周囲を見回すのだ。誰かいないかを確認するために。そして殴りつけ、すぐにまたきょろきょろとする。明らかに何者かを“釣る”つもりの動作だった。

 が、その努力も空しく、三度目に至って、ついに怒りの頂点に達した。

「あああああ! っざけんな! チマチマチマチマ! やってられっかこんなこと!」

「お、落ち着いてよかっちゃん」

 地団駄を踏みながら、あたりに爆破をまき散らす幼なじみを沈静しようとする。飛び散る可燃性の液体が、前髪を焼いた。

 直接出久に爆破を叩き付けて憂さ晴らししないのは、最後の自制心が働いたからか、それともまた背後を取られると思ったからか。出久はどちらか悩もうとして、やめた。結局どちらも同じ事だったし、出久が彼の取り巻きごと爆風に煽られている事実は変わらない。

 二度目の事件からしばらく空振りを繰り返し、勝己は方針を変えた。

「デク! お前がクソ髑髏探してみろや!」

「いきなり探してみろって言われても……。ええと、できることっていったらSNSで出現情報の統計取って場所と位置を絞り込むくらいしかできないよ。時間かかるし絶対見つかるとも限らないけどそれでもいい?」

「何でもいいからはよやれや!」

 鶴の一声で決まった。

 そこからはかなり大変だった。目撃情報を洗うこともさることながら、勘違いや嘘の情報を弾きつつ、恐らく髑髏仮面の仕業だという事件も見分けて分布を作らなければならなかったのだから。出久は自他共に認めるインドアなオタクで、行動自体は割と得意な方だ(オールマイト情報を洗って、もしかしたら会えるかもしれない場所に向かうのはいつも行っていた)。が、髑髏仮面に関してはどの情報もとにかく不正確であり、小学生の身である出久には手に余ったとしか言い様がない。一つ確実な事は、髑髏仮面は名誉や名声といったものに全く興味を示さず、淡々とヴィジランテ活動を行っている、という点だけだ。

 マップがある程度出来てからは、毎日のように出かけた。爆豪勝己命名、クソ髑髏野郎絶対ぶっ殺すチームだ。

 髑髏仮面の動きは神奈川、東京、山梨と静岡の東部に偏っていた。かなり広域で活動している事がわかり、当然その分僻地での目撃は難しくなる。静岡住まいの出久達にチャンスはそう多くない。それでも幾度かは、現場らしき場所に遭遇した。ただし、事件の後か、事件が起きる瞬間でも姿を捉える事ができないかだったが。

 そんな事を何ヶ月も繰り返している内に、いつしか虐めの頻度は少なくなっていた。

 全くなくなったわけではない。相変わらず無個性という事で嘲笑われているし、勝己は気分が悪ければ個性でなぶってくる事もある。それでも、以前よりは普通に話すことが出来ていた。出久にとっては何より嬉しいことだった。

 いくらかでも関係があったのは二者だ……と、出久は思っている。見かけたくらいであればもうちょっと知っている人もいるが。

 例えば、凄く格好良い長髪の白人男性なのだが、なぜか背中を丸出しにしたデザインの服しか着ないちょっと変なセンスの人だったりとか。街頭演説で思い切り反社会的活動を行ったりし、警察複数に追いかけられる巨漢の男だったりとか。たった数年で個人資産世界トップテンに入った金髪の大富豪だったりとか。ちなみに大富豪のお兄さんには、出久達もお菓子や漫画本を貰ったことがある。

 髑髏仮面事件から何年も経たない内だろうか、真相を――つまり、世界初の多人数共有型個性が確認されたのは。伝説・歴史上の偉人区別なく復活し、世間を賑わせた(それは今まで実在しないと思われていた人間の実在証明でもあった)。

 この頃には、出久には……そして勝己にも、髑髏仮面が復活した偉人の一人だと悟っていた。髑髏仮面探しはもうやめていたが、だからという理由でもない。この頃には、髑髏仮面の活動はかなり少なくなり、別のヴィジランテが台頭したのだ。髑髏仮面に限った話ではなく、ヴィジランテ活動をしていられる期間は長くない。

 ともあれ、多人数共有型個性はかなり長い間、ニュースを賑わせていた。良くも悪くも。

 さらに何年も経ち、出久もいよいよ進路を決めなければいけない時期になった。

 希望の進路は断然雄英高校だ。当然願書も出した。が、合格は誰一人として信じていなかった。教師も、学友も――出久本人でさえだ。

 仕方がない。それが無個性という事なのだ。いくら勉強を頑張っても、勉強だけできても意味がない。ただ能力が足りないと言うだけではない。ヒーローは原則『個性を使って活躍する者』であるのだから。個性がないなら、それこそ警察でも何でもすればいい。これが世間の認識だった。

 クラスで、ふとした拍子に希望進路が知れてしまった。たったそれだけの事でも、出久は萎縮してしまった。

 休み時間になると、自然と出久の話になるのも自然な事だった。

「しかし、緑谷が雄英とは驚いたよなぁ」

「まさかすぎてな! 成績だけなら圏内だろうけど、そこら辺どうっすか爆豪センセー」

「ハッ!」

 勝己は、取り巻きの言葉を鼻で笑った。そして、席で顔を伏している出久を見下した。嘲笑だった。

「受かる訳ねえだろ、“無個性”のデクがよ!」

 笑いながら、ぴっと親指で首をかっ切る仕草を見せた。

 これでも、勝己は出久に対して大分物柔らかになった方だ。昔のままなら、即座に飛びかかり、個性で脅しくらいかけてたかもしれない。……なんだか空しい信頼だったが、出久は顔を上げて言った。

「うん……自分でもそうだと思う。でも、挑戦もしないで諦めるのは……嫌なんだ……」

「届く目処のない行動を挑戦とは言わねえっつーのー!」

「ギャハハ! マジウケる! ヒーロー志願にしたって無個性が雄英はねーっしょ!」

「言ってやるなよお前ら~。「将来の為の」なんてノートせこせこ取ってる奴にさあ~」

 嘲笑と失笑が、あたりを包んだ。勝己もその一人で、出久のノートをこんこんと軽く叩く。

「いいんじゃねーの? 雑魚ナードくんにだって背伸びしたい事くらいあるだろうよ。ま、俺が事務所を立ち上げたら事務員として使ってやるさ。ありがたく思えよ!」

 勝己は笑いながら、出久の背中をばんばんと叩いた。

 出久は悔しげに唇を噛んで答えた。言いようのない敗北感がそこにはあった。

 それっきり出久に絡むことはなく、皆が千々に帰り支度を始める。

「爆豪も雇ってやるなんて優しいなァ」

「デクは分析家(アナリスト)としてだけは優秀だからな。使ってやってもいい」

「そういや緑谷ってパソコンとか得意だったっけ。それで髑髏仮面の時とか凄かった記憶あるな……」

 消えていく雑談にしばらく遅れて、出久は動き出した。

 とぼとぼと、うつむき加減に歩く。勉強も運動も頑張ってる……頑張ってはいる。勉強は学年二位だし(一位は言わずもがな)、運動は……正直な所全く芽がない。それなりに調べて鍛えてはいるものの、頑張ってやっと同年代の平均か、それより少し上程度だった。才能ある人間や、専用の施設で専門のトレーニングを受けている者に敵う訳がない。

 どうしようもない。言ったところで、本当に。ただ焦燥と敗北感だけがじりじりと積み上がっていく。詰みの気配。

 出久は全てを振りほどくように、教室を出た。

 

 

 

 転機はその日のうちに訪れた。

 オールマイトと出逢い、ヒーローになる事を否定され、後に『ヘドロ事件』と呼ばれる事件に遭遇し、その後、オールマイトにヒーローになる事を肯定され――

 出久は今、雄英の校門前にいた。

 何ヶ月か前、緊張に心臓を凍り付かせたのとは違う、期待に胸を高鳴らせて。本当に、なんとか、ギリギリ、雄英合格を決めた。

 今にも破裂しそうな胸を、服の上から強くつかんで鎮めようとする。その試みは全く上手くいかず、ついに表情にまで表れ、口元を歪めてしまった。

 やっと――踏み出すことを許されたはじめの一歩を伸ばす。

 オールマイトの言葉が耳に響いた

『来いよ緑谷少年! 雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ!』

 

 

 

 

 



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02

 此方を煉獄とも言えるし、楽園とも言える。永久に不変であるというのは、それだけで完結した情報ではあった。上でも下でもあるし、そのどちらでもない。どちらであっても意味がない。無意味であること自体が意味である、とも言える。まあつまり、影の国とはそういう場所だ。

 と、スカサハは思っている。

 不滅の神話。あるいは、幻想の行き着く先。そんな風に言えば、聞こえはいいかもしれない。が、端的に退屈なだけだ。そうスカサハは思っていた。実際、千年単位でこんな所を治めていれば(まあ、治めるべき何かがあるわけでもないが)、他に言い様もなくなる。ああ暇だ暇だ。今日も今日とてやることもない。

 影の国は腐り落ち損ねた神代の枝葉だった。本来ならば、神話の終焉と共に終わるべき場所。しかし、終わることも許されず、終焉を迎え損ねた僻地。

 ここが砕ける事は世界にとって許されざる事態だが、無くなったところで何の影響もない、という矛盾を抱えている。この矛盾は、整然とされない事に意味がある。無価値であるという意味が。影の国――この表現をそのまま信じるならば、そこは世界の映写そのものだ。世界の動きに合わせて形を変える。しかし彩も光沢もない。影とは闇であり、そこは世界の墜ちたる先。形状の変化には鈍感であり、常闇には鋭敏だった。

 昔はよかった、などと言うつもりはない……さすがにそこまで老いてはいない。そうスカサハは自覚している。老人扱いされたらそいつをぶっ殺すつもりでもいる。まあとにかく、こんな場所でも過去に賑わっていた事はあるのだ。

 過去の栄華。これもまた意味はない。結局の所、世界ある限りどれだけ腐敗しても、影の国も在り続ける事には変わりないのだから。過去も今も、そして未来も姿は変えられず。

「故に、儂がここを守る理由というのは実のところないわけだ」

 うんうん、と彼女はしきりに頷いた。たまに「うんうん」だとか実際に口にしてみたり「間違いない」だとか独り言に独り言を返しながら。

 今彼女の目の前には、糸があった。細く、長い糸。

 ただの糸である。上は天の頂から、下は地の底まで。まるで影の国を貫くかのように、一筋の糸が垂れていた。

 それが影の国に何か影響を与えているかと問われれば、それは全くの否だ。

 影の国は世界の転じた姿。影の国単体を揺るがす事は、実のところかなり困難な事だった。自分の影を、自分は動かすに変えようとするようなものである。影の国を変えようとするなら、世界を滅ぼす方がいくらか簡単なくらいだ(そんなことをすれば世界の防衛機構が働くため、どのみち困難なことには変わりないが)。

 逆に言えば、無影響かつ無意であれば、この場所にも干渉できる。故に、影の国を通っている時点で、それが無害だと言うことは分かっていた。

 しかし、スカサハは呟いた。

「気に入らん」

 言葉に反して、スカサハはにやにやと笑っていた。

 糸から目を離し、足早に居城へと向かう。目指すは宝物庫だ。そこに槍やら何やら、装備一式が半ば忘れ去られている。もとい、置いてある。

「これは儂に対する挑戦だ」

 宝物庫の戸を叩くように蹴り開ける。そこは広い部屋だった。ただ広いというだけではなく、寒々しくも感じる。たいした物は置いていないせいで、実際の大きさ以上に広くも感じる。部屋の右側には、使ったこともない剣やら盾やらが、申し訳程度に並べてある。それでも神話の忘れ形見にふさわしい、宝具と言うにふさわしい一品ばかりなのだが。右側には、斃した魔獣の素材やらが乱雑に積み上げられている。一番慎重に置かれているのが正面にある槍を中心とした装備であり、スカサハの秘中と言えるものはそこにあるだけである。

 とりあえず普段使う槍やらをひっつかみ(選ぶのが面倒くさかったのだ)、来た道を戻る。

「なんと言えばいいのだ? 領空侵犯? 国境など引いた覚えはないが……まあとにかく不法侵入だ。許されざる行為である、たぶん」

 ふん、と鼻を鳴らしながら、槍を振った。拍子に手に持った装備から、からからと音を立てて何が落ちたが、気にしない。どうせ本当に重要なのはゲイ・ボルグだけだ。他はなくとも、まあせいぜい少し面倒になるだろう、というくらいか。

 久々に手にした槍は、やはりよく手になじんだ。最近(ここ数百年)は訓練用の槍ばかりを使い、手入れをする程度だった。それを悔いる。こんなことがあるなら、もうちょっと真剣に愛槍を振っていたものを。

「舐められてはいかん。まずは犯人をしばき倒すのだ。こう、後頭部をいいかんじにがつんと……」

 ぶつぶつと呟きながら、だんだん立場を忘れてチンピラじみた物言いになっていく。それは分かっていたが、気にしなかった。わりかしいつもの事である。

 戻ってくると、糸は変わらぬ様子でそこに垂れていた。

 スカサハは改めてそれを観察する。糸は、どうやら力そのものであるらしかった。それ自体が何かするのではなく、どこかから世界に――あるいはその逆で(これはかなり難易度が高い事だが)世界からどこかに力を伝達し、引っ張る。恐らくそういった機能のものだ。釣り糸というのが一番近い表現かも知れない。

 触れるべきか触れるまいか、一瞬悩みそうになってすぐにやめた。つまらない思案など自分らしくないというのもあったが、それ以上に、これを逃すことが惜しかった。

 意を決して、スカサハはひったくるように糸を掴んだ。

 瞬間、彼女は氾濫した大河に流されるように、為す術なく引っ張られた。可能性の低い方、そして彼女が予想した通りに、世界の彼方へと。

 勢いは一瞬でスカサハを影の国の外へと追いやり、脱出させる。国境を超えるのとほぼ同時に、頭に鈍痛が走った。

 正体は情報の奔流だった。まるで、頭に山のような段ボールを詰め込まれているようだった。一度に入る情報にはきりがあり、それを超えて書き込もうとするものだから渋滞が起きる。渋滞がおきても無理に詰め込もうとして、玉突き事故が起きる。頭痛の正体はそれだった。詰まった情報ごと後ろから無理矢理押し込まれ、だから悲鳴を上げる。

 激流が頭と体、両方を責め立てる。耐えられない苦痛でもないが、鬱陶しい事には違いない。

 少しばかり強く奥歯を噛みながら、流れてくる情報から重要そうな部分を抜き出した。聖杯、サーヴァント、時代、言語、日本……頭痛の中、選び出すのは、ちょっとした苦労だった。

 情報の流れはすぐに落ち着き、それからいくらかして、体の流れも穏やかになり、終着を感じさせた。

 程なく世界に放り出される。

 すっと、スカサハは音もなく着地した。元よりそう過激に投げられたわけでもないので、苦もなかった。

 現れた場所は、情報通りの場所ではあった。自分が知る建築物とは違う。どこもかしこも角張っており、合理性と生産性の塊。その甲斐あってか、内装はそれなりに自由度が高いようではあった。情報によれば、ここは「借家」の「一軒家」なるものであるらしい。

 と。

 スカサハはぽかんとした。自分と同じように、恐らく呼び出されたであろう者達も呆けて、同じ方向を見ていた。

 時は二十一世紀。場所は日本。世界は個性とやらが台頭し、浸透し終え、一応の平穏を取り戻した頃。

 恐らく個性とやらでスカサハ達を呼び出した子供――というか幼児――は、いきなり現れた英霊達を見上げて、ちょうど彼女らと同じようにぽかんと口を開けていた。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 街中をパトロールがてら、ふらりと歩く。それ自体には特に意味はない。というよりも、今は特に意味のある行動というものが難しくはあった。

 どん、とおしゃべりしながら歩く学生とぶつかる。「ごめんなさい」という謝罪に、軽く手を振って答えた。ずきずきと痛む左脇腹はおくびにも出さずに。

(くぅ……! やはり厳しいな)

 スーツの下に右手を潜り込ませ、何かを探っているようなふりをして、脇腹を掴む。まだ癒着していない傷口にじくじくと響くが、内蔵の痛みはそれ以上なので止めようもない。

 呼吸器官半壊、胃袋全摘。怪我と故障はヒーローの常とはいえ、実際にそれと遭遇してしまえば、正直にきついと言うよりほかない。浅く深呼吸をして――素早く深呼吸ができないのだ。肺は片方完全に取り払われたし、気道にもダメージがある――なんとか体内を落ち着かせる。傷が治ってなければそれが響き、重要器官が無くなれば、それを補おうと他の内臓にまで負担がかかる。怪我を負った直後より大分良くなったとはいえ、まだ楽観してよくも、ましてやパトロールをしてもいい調子ではない。それは分かっているが、辞められなかった。人が今もヴィランの脅威に晒されてるのではと気をもむよりは、痛みに耐えてでもパトロールをしている方が、ベッドで寝ているよりよほど気が紛れる。自分でも病的だとは思うが、仕方がなかった。

 これはもう性なのだ、と八木俊典は思っている。オールマイトと名乗り、人々の平温のために立った者の。

 ふぅ……と深く吸った息を、ゆっくりと吐き出す。あくまで呼吸器官には負担を掛けないように。その甲斐あってか、いくらか痛みは引いていた。

 が、苦痛が平静まで戻るまもなく、叫び声が空を劈いた。

「ヴィランだ!」

 声は遠かった。それだけに、必死さが感じられた。

 どれほど間も置かず、前方から人の波がわっと押し寄せる。押し合い、圧し合い、半ばパニックを起こして逃げ惑う市民達。

「全く、容赦ないなあヴィラン!」

 俊典は叫びながら、近場の路地裏に潜り込んだ。

 幸運と言うべきかそうでないのか、人影はなかった。下手したら袋小路に陥る場所に、避難中、積極的に入ってくる者は少ない。無論、全くいないわけではないのだが。パニックを起こす人間が理性的に逃げ道を探すわけがないのだから。

 表通りから視線が切れたところで、俊典はぶかぶかのビジネススーツを脱いた。その下から、ヒーロースーツが顔を出す。

 ぐっと腹筋に力を入れると、全身がバンプアップしたのを感じる。さらに、意識をも切り替えた。八木俊典という、職業秘書、ただの一般人から、オールマイトというヒーローへ。

 脚に力を込め、軽く跳ねる。それだけで、ビルを軽々と乗り越えた。屋上に降り立つと、声が方向へと飛び跳ねる。

 現場へは、ほんの一跳ねで着くことが出来た。人影はほんの四つだけ。三つは倒れ伏しており、立っているのは一人だけだ。周囲に別のヒーローの姿もない。

 状況を鑑みるに、どうやらヴィラン同志の争いのようだった。周囲には破壊跡があり、その様子から、少なくとも三つ以上の個性が振るわれたことが分かる。最初の悲鳴はその三つの個性の持ち主であり、その後残りの一人に鎮圧された、という所だろうか。

(ううむ……これは)

 鎮圧した人間をヴィラン扱いというのは、少し可哀想ではあった。状況がこれなら、前科にもならず多少の説教だけで済むし、元より個性の無断使用が法律違反だ。可哀想だが、少々お小言を貰って貰うしかない。

 考えながら、オールマイトは着地した。その前に、男は振り返っていた。

(ぬ?)

 当たり前に、オールマイトの動きは速い。ヒーローですら彼の動きを目で追える者は僅かだ。それを、まさか背後から迫られて気がついた?

 あり得ない事ではない。が、極めて希なことであるのも確かだった。

 オールマイトは着地と同時に、男を観察した。真っ白な肌に、肌と同じく白い髪の色。顔の造形も日本人離れしており、目元には真っ赤なアイラインを引いている。観光客か何かにも見えるが、黒いボディースーツの開いた胸元を見れば、鎖骨の合流点あたりに宝石のようなものが埋まっている。異形型故の容姿という線も否定できない。マントのようにも見える、背中で赤くはためくものは、個性に関するものだろうか。なんにしろ、総合して見るとヒーロースーツのようにも見えた。

「ふむ、新手、という様子でもないが」

 男は呟くと、右手を振るった。次の瞬間には、妙な装飾のある槍を手に収めていた。

「おいおいおい……」

 オールマイトは思わずうめいた。取り出した槍は、個性という風でもない。であればサポートアイテムだが、これの扱いにはヒーロー免許か、それに準ずるものが必要になる。つまり未登録の、闇に流れたサポートアイテムという事であり、明確に法を犯している。これを少々の説教で済ますのは難しい。最低でも、出所は詰問する必要がある

 おとなしく言うことを聞いてくれればいいが、と思いながら、オールマイトは指をぴっと男に向ける。

「キミ、こんなところで暴れては――」

「成る程、正義に焼かれようともその身を捧げた者か。矮小でありながら、受け継いだ個性に呪われ、腹を貫かれながらもなお殉ずるか。辞めるがいい、人々の英雄たらんとする愚者よ。それは遠からずお前自身を滅ぼし、お前が守らんとする者達にとっても闇をもたらす。今や全てがお前の身に余る」

「……なんと?」

 オールマイトは、すっと目を細めた。

 言葉そのものは、挑発のような、忠告のような、いまいち判断が難しいものだったが。その中には、決して無視できない台詞が混ざっていた。

 受け継いだ個性、そして腹を貫かれる――これらの情報は、極めて限られた人間しか知らない。同時に、知っている者が軽々しく外に漏らすとも思っていなかった。漏らす可能性がある者と言えば、ただ一人しかいない。

 オール・フォー・ワン。オールマイトの大敵であり、つい先日倒したばかりの巨悪だ。

 もし彼から直接、そうでなくとも何か繋がりがあって知っているとしたら? 彼の残党と言える存在と何か縁があるとしたら?

「これは、ちょっとばかり注意するってだけじゃすまなくなってしまったな。キミには聞きたいことができた」

「ふむ……」

 男は小さく首をかしげた。が、それを振り払うように槍をひと凪ぎする。

「行き違いに至るまで、委細承知した。オレを倒し、何でも聞き出すがいい」

 男から強烈なプレッシャーが湧き上がる。それは不可視の圧というだけではなく、吹き出た炎から、実際に熱風となって押し寄せた。

 オールマイトが、潜り込むように跳躍した。狙うは男の背後、首筋だ。可能な限り加減し、叩いて意識を奪う。

 が、男の反応はオールマイトの予想以上だった。オールマイトが詰めた距離の分だけ、男も引いてきた。飛んだ勢いを利用して、槍を一閃。なぎ払いこそ射程の外であるものの、代わりに纏った紅蓮を飛ばしてきた。

「ムゥッ!」

 炎は濃く、力強い。躱せないと見るや、オールマイトは反射的に陽光を殴りつけた。火の膜は超新星となり、辺りに散る。吹き飛び威力を減じたはずのそれらは、アスファルトやコンクリートをたやすく焼き溶かした。

 打撃に一瞬遅れて、手に熱が伝わってきた。気がつけば、コスチュームの腕部分がなくなっていた。並大抵の事ではほつれもせず、当然耐火性能も付与されている最新鋭の鎧がだ。

「これは……っ! 洒落にならないな!」

 ぐぅっ、と歯を噛みしめる。

 と、はっとしてオールマイトは振り返った。まだ、地面に転がっていたヴィランがいたはずだ。

 倒れ伏した三人は無事だった。焼かれた様子もない。ひとまず安心する。

 息を深く吸い込む。呼吸器が悲鳴を上げたが、今はそれを気にしている余裕もない。

CAROLINA(カロライナ)

 腕を体の前で十字に組み、咆吼と共に解き放つ。

SMASH(スマッシュ)!!」

 男はこれも軽く避けたが、どのみち当てるのが目的ではなかった。戦場を変えられればいい。誰にも被害が及ばない場所に。

 男がビルを伝い、上に跳ぶ。オールマイトも後を追い、屋上で待っている男の前に着地した。

「ここならば憂いなく戦えるだろう」

「私としてはおとなしく捕まって欲しいんだが、ねッ!」

 どうやら、彼には倒れたヴィランを人質にするつもりはないようだった。そのことに安心し、安堵の息を吐く。オール・フォー・ワンの薫陶を受けたのならば、それくらいはするだろうと予測していた。関係者ではあっても仲間ではないかも知れない、と脳内のメモ帳に追記をする。もっとも、引くつもりはないらしく、油断も出来ないが。

 今度は男が仕掛けてくる番だった。

 槍が小さく揺らめいたと思った瞬間、神速の三連撃。全てをぎりぎりで躱すが、熱波まではどうにもならなかった。槍捌きがあまりにも鋭く、反応しきれなかったのである。超高熱に煽られたスーツが小さな音を立てて破れる。

 連続攻撃はそれだけで終わらなかった。男はさらに力を込め、今度は薙ぎ払い、振り下ろしまで交える。猛火はさらに荒々しく猛り、余波だけであっという間にビル一つを解体してしまう。

 炎熱がまき散らされ、周囲のビルまで燃え始める。最初のヴィラン騒ぎで無人なのが救いだった。これで人がいたら、逃げ遅れる者がいただろう。

 戦いはしばらく、男の槍と業火の波状攻撃、それを避け、もしくは迎撃するオールマイトの構図だった。槍の間合いが厄介だというのもあるが、それ以上に、ただ単に男が強すぎた。

 時間にして、まだ一分かそこらだが。周囲は地獄の様相だった。さして大きくないとはいえ、ビル群、そして大通りの一部が、もはや原型もない。

 たやすい相手ではない。少なくとも被害を気にせず勝てる相手では。

 オールマイトは覚悟を決めて、わざと隙を作った。たいした隙ではないが、しかし分かっていても突く事が良策となる程度の。

 男の大上段からなる大振りが、死に神の鎌のように襲ってくる。

 隙を突く。それはある種のギャンブルだ。突く側もまた、同じだけの隙を作る。

 オールマイトは踏み込むと同時に、手刀で槍を払った。左に逸れた槍は、悲鳴を上げる体の中心、左脇腹に少なくない負担を与える。それでも、動けないほどではない。仮に動けなくとも、オールマイトはそれを超える。そのためのヒーローであり、それがオールマイトという存在だ。

 アッパー気味の右が、男のみぞおちに突き刺さる。それは、間違いなく必殺の威力をもっていたのだが……手から伝わる感触のおかしさに、即座に後ろへ跳んだ。勘は正しく、攻撃などお構いなしのカウンターが、ほんの一瞬前までいた場所に突き刺さった。

「ダメージ軽減……複合個性持ち、それも発動型と異形型かい!」

 冗談じゃない――オールマイトは内心で悲鳴を上げた。

 炎の精密操作こそエンデヴァーに遠く及ばないが、威力だけなら同等かそれ以上の業火だ。それを、見た限りほぼ無制限に放てる。加えて増強系個性並の身体能力と、衝撃の軽減か無効か……とにかくそういった力を両立する異形型。それ以上に厄介なのが、それを持つ当人が個性の力に溺れていないという点だ。武術の達人とはこういう存在なのだろう。技量という一点において、間違いなく男はオールマイトの上を行っている。

 極まった発動型個性。鍛え上げた異形型の身体能力と防御力。達人と評することができる武術。

 どれか一点であれば、いないことはないだろう。だが、全てを併せ持つとなれば、過去に覚えがない。

 過去にまみえた相手の中でも最強クラスの敵だと言わざるを得なかった。唯一の救いと言えば、積極的に周囲の人間を巻き込む人格ではなかったという点だが……。それが此度の戦いで、何か有利にしてくれる物ではない。

 男の攻撃が激しくなる。オールマイトは、連撃に晒されながら、ただじっと機会を待った。狙いは――

 薙ぎ払いが来た瞬間、彼は体を線上に潜り込ませた。斬撃だけは、どうしたって耐えようがない。だが、打撃ならば、分かっていれば耐えられる。

 攻撃を受けた左肩が、みしりと悲鳴を上げる。それを無視して、右腕に貯めた力を解き放つ。

IOWA SMASH(アイオワ スマッシュ)!!」

 打ち下ろしの右ストレートが、男の顔面を捉えた。

 先ほどまでの、威力を小さく調整したものではない。殺さぬように破壊力を散るようにはしているが、ほぼ全力で男を地面にたたき落とした。

 一撃は、周囲の余熱を吹き飛ばした。衝撃波が荒れ狂い、硬質な地面にクレーターを作る。弾けた男が、クレーターの中心で、さらに深くにめり込み、沈んだ。

「なんとかなった……か?」

 無くなった足場から半ば落ちるようにして、オールマイトはクレーターの縁に降り立つ。よろめく体をなんとか支え、男を拘束すべく中心地に向かっていて。

 次の瞬間、紅炎が爆心地を薙ぎ払った。周囲がどろどろに溶けた溶岩に変じる様は、まるで太陽が降臨したかの様だった。

 太陽核と化した男は、そのうっすらとした表情に笑みを浮かべ、槍を杖のようにして体を支えている。そんな姿でも、どこか力強さを感じた。

「非礼を詫びよう」

 いっそ厳かとも言える声が、揺らめく大気にも負けず響く。

「怪我人だと思い、お前の身を案じていた。どこか侮る甘さがオレにあった。最も新しき強敵よ、現代の英雄よ。オレの弱さは是正しよう。どうか全力を受け取れ」

 男の目は静かに、しかし強く燃えていた。

(厄介な……)

 オールマイトは、口の端からこぼれる血を拭いながら呻いた。

 男の本質がやっと分かった。彼は戦闘狂の類いで、それに誇りを持っている。善悪ではない。力の誇示すら根幹ではない。ただただ戦う者。それがこの男だ。

 そして何より、せめて怪我が治っていればともかく、現状ではオールマイトより確実に強い。限界を超える力を発揮したと仮定してもなおだ。

 男が太陽の落ちた地点から、槍に支えられつつも這い上がってくる。

 オールマイトも備えるべく構えた。が、先ほど受けた攻撃がかなり尾を引いている。左腕が上手く上がらず、腰だめ程度だ。笑みも浮かべるが、こんなものは強がり以上の何者でもなかった。

(一撃だ)

 仕方なしに左腕から力を抜き、右半身を引いて力む。既に左半身は苦痛を超えて感覚がなかった。正直、力が入っているかどうかも分からない。

(次の一撃に全てを込めて決める。もうそれしかない)

 いっそ悲壮とも言える覚悟を胸に刻んで、握った拳の調子を確かめた。確かに握れている。右腕は、まだ動く。ならば戦える。終わりではない。まだ、終わらせるつもりはない。

 男が這い上がり、槍を構えようとして……

 ふと、それを解いて明後日の方を見た。つられてオールマイトもそちらを見る。

「オレはよく空気が読めないと言われるのだが」

 ぽつぽつと、どこか気落ちした調子で男が呟いた。

 何の話だか分からず、オールマイトは男の方を見る。男は既に、戦闘態勢にはないようだった。持っていた槍はいつの間にか消えており、空気すら歪ませる熱量は、既に余波を残すのみとなっていた。

「だが、これは避けたら駄目なやつだという事くらいは分かる」

 言葉に前後して、たたたたた……という小さな音が響いた。足音だ。

 思わずぞっとして、オールマイトは音の方向を見た。近づいてくるのは、一人の青年だった。止めようとして、思わず体がつんのめる。あまりのことに、左半身が動かない事を忘れていた。

「ダメだ! 来るんじゃない!」

 叫ぶが、青年は無視して全力疾走を続けた。まっすぐ男に向かっている。

 そして、青年は勢いのまま男に飛びかかり。

「何やってんだテメエエェェェ!」

「すまな゛っ!」

 その横っ面に、全体重をかけたドロップキックを決めた。男は抵抗するでもなく、おとなしくそれを食らってもんどりうっていた。

 オールマイトはその光景を、ただただぽかんと見ていた。

 

 

 

「本っ当にごめんなさい!」

 勢いよく頭が下がる。ついでに、隣に立っている白髪男の頭を掴み、思い切り下げさせて。

「ああ、分かったようん。構わない、とは言えないけど二度としないでくれれば」

 既に個性の発動を解いたオールマイト、もとい八木俊典が、二人にそう声を掛ける。既に彼はトゥルーフォームに戻っていた。どこまでかは知らないが、既に彼の詳細は白髪の男に漏れているのだ。隠し通せなかったという事情もあるが、どのみち、今更一つ明かしたところで大差ない。

 彼らが悔いているというのはよく分かっていた。この場所に来るまでも恐縮しっぱなしであったし、それからもとにかく申し訳なさそうな様子だったのだから。今まで暴れていた白髪の男も、今ではおとなしくなっており、されるがままになっている。

 オールマイトと白髪のヴィランとの戦い後、彼らは第三者の乱入で一応の和解となった。

 当たり前に警察が呼ばれ、事情徴収その他も行われ、一応事件(後に桑我町炎上事件などと呼ばれる)は解決したものとされた。事件そのものは初犯である事と、その他面倒な問題で情状酌量の余地ありとされ、また面倒くさい要素がいくつか重なって、真実は闇に葬られる事となった。その中には、多分にオールマイト級のヴィランを排出しないという事情もあったが。

 ともあれ、今は青年……もとい少年(彼は身長170センチを超えており、顔からもあどけなさは少なかったためそう誤認した。年齢はなんと9歳程度。同年代でも異形型ならそれくらいの身長は少なくないが、完全な人型で170センチ超は中々いない)の家で、八木俊典、少年、白髪の男、そしてオールマイト専属と化している塚内直正刑事がいた。

「とりあえず座ってくれ」

「はい……」

 塚内に促されて、少年と白髪の男がソファーに座った。重厚な、いかにも高いテーブルを境に、ちょうど向き合うような形だ。

(しかしまあ)

 俊典は部屋を見回す。はっきり言って、室内は貴族趣味だった。どこかしこも豪華で煌びやかに設えられている。それでいて嫌みを感じないのは、全体の調和が取れているからだろう。ここ一室だけでどれだけ金がかかっているか分からない。

「とりあえず自己紹介を。私は八木俊典です――オールマイトと言った方が通りはいいかな」

「塚内直正刑事です」

魂魄現輪(こんぱく げんり)です」

「カルナだ」

 やはり、白髪の男は日本人ではないらしい。

「で、聞きたいのだが、彼は間違いなく君の個性だという事で間違いないね?」

「はい。厳密には違いますが、自分が原因だと言われたら間違いなくそうです」

 少年はしょんぼりしながら答えた。

 ふむ、と塚内が小さく頷いた。そして、持っていた大きなビジネスバッグから紙を取り出した。

「魂魄現輪、年齢は9歳、両親はアメリカに出張中。個性届には魂魄具現化とあるが、両親の個性はそれぞれ重力倍加とマーキング。典型的突然変異だ。ここまでは間違いないね?」

「はい」

「それがなんで神野町を破壊したのか、いきさつを聞かせて貰いたい。これは当たり前の話だが、未成年で初犯だからと言って、事と次第によっては「はいそうですか」で終わらせられないよ。今は執行猶予だとでも思った方がいい」

「ですよね……」

 魂魄は体を小さくしながら、しょんぼりとうつむいた。

 そこに俊典が声を掛けようとして、塚内の肘鉄が脇に刺さった。

 思わず小さく呻き、ひっそり視線を飛ばすと、彼は厳しい表情で俊典を見ている。目には明確に強い光があり、こう言っていた。甘やかすような事を言おうとするんじゃない。

「これについては、おれの個性詳細から話さないといけないんですが……」

 魂魄が唸りながら、頭を抱える。言うべき事を隠そうとしている、というよりは、どう順序立てて言えばいい物か悩んでいるという風だ。

「おれの個性は、うちの連中に曰く魂魄具現化ではなく『聖杯戦場』とやららしいんです」

「個性を偽っている?」

 俊典が目を細めて聞いた。可哀想だとは思っているが、さすがに個性の隠蔽となればそうも言っていられない。

 そんな視線に少年は気づかず、変わらぬ調子のまま続けた。

「いえ、そういう事ではなく、聖杯戦場をわかりやすく変換したら魂魄具現化になるらしいんです。実際、端的で迂闊な訳ではありますが、要所を押さえててわかりやすくはあるんですよ」

 言いながら、魂魄は額に手を当てる。そのまましばらく悩んでいると、やがて手を戻した。どうやらそこで考えが纏まったらしい。

「『聖杯』関係については俺も分かってないんですが……」

 ちらり、と魂魄は隣を見た。

 カルナは表情の分からない顔で、きっぱりと言った。

「オレに求められても困る。人に話を理解させるという点において、オレほどの不適格はいない」

「なぜそんな事をはっきり言えるんだかいまいち分かんないが……」

 理解に苦しむと、魂魄は頭を抱えた。が、すぐに頭を振って取り直す。ついでに言葉も丁寧に直して。

「個性って枠で説明するなら、内容は簡単です。つまりおれの個性は、他者の魂と繋がり、それに実体を与える個性なんです」

「まあ、それは個性届けにあるままだね」

 塚内が相づちを打つ。少年も小さく頷いて、続けた。

「特徴的と言えるのは、個性がおれだけのもの()()()()という点なんです。魂を具現化・霊体化するには、相手の同意が必要なんだと思ってください。おれと相手、それぞれ五割ずつの権利があるんです。おれが引っ張り出そうとした場合、相手が拒絶しない限りは具現化できます。それは相手も同様で、おれが拒否しない限り、相手が出てこようと思ったら阻止できません。おれは個性を全て掌握できない。常に半分だけ、権能を持ち得るんです。例えば先ほど、オールマイトさんの場合だと……」

「さんはいらないよ。ヒーローネームとはそういうものだからね。ああ、出来れば今の姿の時は八木俊典の名で読んでくれると助かる」

 少年は小さく頷き了承を告げて、続けた。

「では八木さんで。先ほどの戦いの場合だと、おれがカルナを引っ込めようとしても、彼は強く居続ける意思が存在しました。この場合、即座に霊体化させられません。他者と交代させるのも、現在出ている者が拒絶している場合、難しい事ではあるんです。肯定も否定もない時ですら、そう即効性がある行動ではありませんし」

「他者?」

 言葉に引っかかりを覚えて、俊典が呟いた。それはどちらかと言えば独り言のようなものだったが、魂魄には聞こえていたのか、即座に拾った。

「ええ、まあ。これもどうやら『聖杯』とやらに関わることらしくて、非情に厄介な特性なんですが……」

「ならば、そこだけはオレが語ろう」

 変わって進み出たのは、今まで口をつぐんでいたカルナだった。

「聖杯戦争というものがある。これは七組十四名の戦いなのだが……この点については、現輪に権能は存在しない。無視してもいいだろう。注視すべきは、七組という点だ。七つのクラスという椅子があり、そこに座ることで我々は初めて出現できる。クラスにはそれぞれ特性があり、座れる席は限られている。オレはランサーという席に座って、こうして現世に現れている訳だ」

「ちょ……ちょっと待った!」

 塚内が、悲鳴を上げるように手を伸ばし、ストップをかけた。

 俊典も気持は同じだった。今、ぞっとするような情報があった。

「それは、つまり、なんだ……。まるでオールマイトに匹敵する君のような存在が、同時に七人現れることができる、と言っているように聞こえるぞ!」

「そう言ったつもりだ。しかし、よかった。ちゃんと伝わっているようだ」

「おれとしては考え方が逆だと思ってますけどね。オールマイトに匹敵する存在が居るんではなく、オールマイトが歴代の英雄と呼ばれる存在に届く力を持っている」

 カルナは一人満足感に浸っていたが、二人にとってはそれどころではなかった。

 オールマイト級というのは、つまり日本トップクラスという事だ。いや、と俊典は思案する。自惚れて自分がトップだと言うことが許されるなら、それはオールマイト以外誰も止めようがない存在が七人出現すると言っている。当然、七人同時になど止められず、せいぜい一人が限界だ。先ほどの戦闘を鑑みるに、それすら怪しいと言わざるを得ないが。好き勝手に暴れるとは言わずとも、今回のようにほんの少し掛け違えれば、壊滅的な被害となるだろう。

「ちなみに、カルナくん。君に匹敵する人間というのはどれだけ居る?」

 俊典が探るような気持で問いかけると、彼は(どうしてだか)きっぱりと頷いた。

「お前の危惧は正しく、また間違えている。残りのクラス全てに、俺に互する存在も、相対する存在もいる」

 あぁ……と俊典は額に手を当てながら天を仰いだ。横では、塚内が藻掻くように体を丸めている。

 唯一の救いは、魂魄現輪という少年が善良である点と、責任感が強いという点だろう。今もどう気遣ったらいいものかと逡巡している様子だ。

 性根が悪徳であれば、その力がどう振るわれていたか分からない。責任感がなければ、今回のような事件はもっと早くに起きていただろう。個性届が正しいならば、3歳の頃に発現して以降、6年もの間、問題を起こさないように抑え続けていた事になる。

 全てが全て正しいという訳ではないだろうが、しかし間違いもいう事もないだろう。

「八木さん、どうします?」

「どうしますって言われても……こんなのもう、いっそ上に話を通して大々的に公開するしかないと思うよ」

 ぶつぶつと、二人して相談する。

 特に声を潜めてはいないので、話は聞かれていただろう。が、全てが聞こえていた訳ではないのか、魂魄の表情は少々青かった。

 と、カルナが唐突に口を開いた。

「ところで、オールマイト。お前との戦のひととき、新鮮で楽しかった。また戦いたいのだが、どうだろうか?」

 俊典と塚内は、そろってぽかんと口を開いた。何かを言うより早く(というか何をするより早く)魂魄が実にいい音を立てて、カルナの頭をひっぱたいていた。ついでとばかりに流れるように、座ったまま腕関節を極める。

「いきなり何言ってんだこのコミュ障ぼっちが!」

「やめてくれ、その言葉はオレに効く」

「効くから言ってんだよ!」

「あと関節が痛い。すごく痛い」

「痛くしてんだ! 今日やらかしたばかりでそれか!? ちょっとは反省しろや!」

 ぎりぎりぎりぎり……と音を立てながら、関節が曲がってはいけない方向に曲がっていく。

 カルナの表情がやや歪む。出会ってまだほんの数時間程度でしかないが、これが希なことだというのは分かった。

 腕関節を極めたまま、魂魄がこちらを向いた。器用にそのまま頭を下げてくる。

「すみません、普段は可能な限り当たり障りのないサーヴァントに表に出て貰ってるんですが……。正直言って、カルナのことも一応信頼してました。ただ戦闘方面に貪欲というか、物欲に乏しいからそれを破壊したらどう思うかをいまいち理解してないというか……。ああ、今更言い訳ですね。重ね重ねごめんなさい」

「オレも悪かったと思っている。本当だ。どうか信じて欲しい」

「黙れ。折るぞお前ほんと」

 魂魄が関節に体重を乗せる。カルナの表情はさらにしかめられ、とうとうテーブルに突っ伏すような姿勢になった。というかもういっそ、間接の悲鳴が聞こえそうな勢いだった。

 その様子に、思わず俊典はくすりと笑った。なんだかんだ、遠慮がいらない仲の良さなのだ。

 少年は一瞬きょとんとして、関節を極める手を離した。カルナは身を起こして、まだ痛そうに肩を押さえている。

 おほん、と塚内が一息ついて、質問を飛ばす。

「ちなみにサーヴァントとは?」

「聖杯戦争だと、彼らみたいな存在は皆サーヴァントって言われるらしいです。召使い(サーヴァント)って言い方にはおれも違和感ありますけど……まあそういう固有名詞だとでも思ってください」

「言うこと聞いてないもんねえ彼」

「誠に面目ない」

 その後もいくらか話し合い、その内容のほとんどが驚愕の事実で埋められていた(カルナというのが、伝説のマハーバーラタの英雄そのものだというのもそうだ)。

 まあともあれ。

 かくして、魂魄具現化(もとい聖杯戦場)という個性が、世に知られることとなる。

 それに伴い、俊典もオールマイトとして警察と魂魄の間に入って対話と折衷を何度もした。彼の個性と、その余録である過去の偉人の復活が大々的に公開されたのは、その数ヶ月後になる。魂魄はこれで、個性を曖昧に濁す必要が無くなったと喜んでいた。

 この件と、その後の警察関連で、俊典は魂魄家(と言っていいかは分からないが)とそれなりに深い付き合いが出来るようになった。オールマイトの真実を隠さなくていい相手は貴重であり、それ故にというのもある。

 俊典は魂魄と関わるに当たって、幾度となく言い聞かせたことがある。それは、彼にヒーロー免許を取らせるという事だ。彼の個性が広域に自立してしまう以上、ヒーロー免許を取るのは必須だった。というよりも、現時点だと厳密に言えば彼は法律違反であり。あと一度の犯罪でヴィランとして指名手配されかねない、危うい状態だというのが真実なのだが。

 とにかく俊典は、彼にヒーローへの道を強く推していた。雄英高校への教師着任が決まってからは、進学先を雄英高校へと誘ってもいた――言い方は悪いが、近くで管理するのが一番安全なのだから。

 二人の間に致命的な意識差があると分かったのは、実に6年近く先の話である。

 

 

 

 



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03

 雄英高校――

 それは、日本最高の高校の一つの名前だ。ヒーロー科の偏差値は毎年75以上、高いときは80に届くこともある。例年、ヒーロー科に入れなかった生徒が普通科に入るため、釣られて普通科でも入学は生半な学力では入れない。授業が実学志向であるためか、卒業後そのまま就職ないしは起業する生徒が多い。当然そうでない生徒もいるが、そういった者も進学先は当たり前のように最高学府ばかりだった。進学校としても日本有数と言える高校である。

 だが、最も名高いのは、やはりヒーロー育成機関としてだった。雄英卒業生であれば必ずトップヒーローになれる、というわけではない。だが、トップヒーローに雄英卒業生の割合が多いのも、また純然たる事実であった。

 その雄英高校一般入学試験に、オールマイトは教師として招かれていた。今は実技の審査も終わり、合格者の選別を終え、一息つきがてら雑談している所だった。

「フゥー! やっと終わったぜ。今年は豊作だったな!」

「強力な個性のコも多いしね。その分私たちは大変だけど。オールマイトもこんな年に新人教師なんて、ついてるんだかないんだか」

「ああ、うん。そうだね」

 プレゼントマイクとミッドナイトの話を大半聞き流しながら、オールマイトは手元の書類に目を通していた。書類には受験生の情報が載っており、隅から隅まで真剣に目を通していく。

「何か気になることでもありましたか?」

 問いかけたのは、13号だった。宇宙服の上に声が反響している為、年齢や性別を極めて判断しにくい。話では女性らしいのだが、いつも現場でしか会わないオールマイトは、彼女の素顔を見たことがなかった。

「ちょっとね……いるはずの受験生が見当たらなくて」

 まだ書類に目を通していたため、半ば生返事になりながら返す。

 13号はそんな対応に腹を立てた様子もなく、オールマイトの後ろに周り、書類をのぞき見た。

「どんな学生なんですか」

「学力はほぼ問題なし。実技で言うなら、間違いなくトップクラスだから、いないはずはないと思うんだけど……」

「ちなみにどこの中学ですか?」

「笠木山中学で学年次席、だったと思う。いや、主席だったかな? どちらにしても上位である事は間違いない」

「名門校ですね。その二番ですか。確かに座学で落ちているというのはよっぽどの事がない限り考えられませんね」

 笠木山中学と言えば、何年かに一度はヒーロー科に入ってくるレベルの名門校だ。それこそ同中学については、雄英高校で教師をやっている13号の方が詳しいだろう。

「おいおいオールマイト、かわいい後輩を望むのは分かるが、ひいき目は良くないぜ!」

「と、言うか、入ってきてくれないと困るんだけどな……」

「うん?」

 茶化したプレゼントマイクだが、どうもオールマイトの様子が考えていた物とは違うと首をかしげた。

「なんて名前なんです?」

 今までプレゼントマイクと話していたミッドナイトまで気になったのか、席を寄せて聞いてきた。

「魂魄現輪という名前なんだが……」

「世界初の複数人数共有型個性の持ち主! 有名人じゃねーか!」

 回答に、プレゼントマイクが大仰に答えた。13号とミッドナイトも当然知っていたのだろう、呻くような声が聞こえる。

「彼ですか、確かに受かっていないというのは不自然ですね」

「相澤くんも面識が?」

「ええ。昔に彼の個性を『消去』できないかと依頼されまして。結果は芳しくなく、具現化と霊体化は阻止できるものの、根本的に無力化はできないというものでしたが」

 イレイザーヘッド、もとい相澤消太。彼はヒーロー活動のオンオフがはっきりしており、ヴィランに対応している時以外はヒーロー名で呼ばれることをあまりよく思わない。

 教師としての時間も、基本的には相澤消太として呼ばれる事の方が多い。ノリが軽いプレゼントマイクも、彼のことは相澤と呼ぶくらいだ。

 今まで黙って聞いていた根津が、ふとオールマイトに提案する。

「そんなに気になるなら、僕から調べて見るかい?」

「ええ、手間をおかけします」

「受験生を調べるなら一瞬さ!」

 はははと笑いながら、根津が請け負った。

 彼がパソコンを操作したのはほんの数十秒だった。すぐに顔を上げて、どこか言いにくそうに告げる。

「あー、そもそも受験してないねえ。魂魄現輪くんは」

「んんんん!?」

 オールマイトは、思わず変な声を上げた。

 

 

 

 笠木山中学は、神奈川県に位置する有名私立中学である。学問に重きを置き、無数の有名進学校へ無数の生徒を進学させており、当たり前にその成果を誇っている。実際に、神奈川の有名高校には必ずと言っていいほど笠木山中学の生徒がいる。そして――これもまた自慢だったが――数年に一度は、雄英高校にも生徒を送り出していた。そんな話を自慢げに聞かされたと、うんざりした顔で現輪がいっていたのを、俊典は覚えていた。

 季節は二月初頭、俊典は一区画の大半を占拠する超のつく豪邸、魂魄邸から、通学路を逆行するように歩いていた。

 最初は魂魄邸で腰を据えて話そうとしていたのだが、まだ帰宅していないという事でお暇した。そして通学路を逆走し、途中で捕まえてなんとか話そうと思った次第である。

 正直なところ、話すのが一時間や二時間遅れたところでそう変わることでもない。話すのは早いほうがいいと言ってもその程度の事だし、そもそも高校受験を考えたら、既にぶっちぎりで手遅れである。

 なのにあえてそうしたというのは、単純に俊典の方に時間がなかったからだ。魂魄邸にたどり着くまでにも、既に数件の事件を解決している。

 道に人影は少なかった。高級住宅街だからだろうか。そもそも人口密度が低い。

 閑散とした道には、見知らぬ学生達が小さく笑い合いながら歩き、俊典の横を通り過ぎていった。

 こんな時間に、ほっとする時がある。ヒーローが必要ない時間に。

 事実、それは得がたいものだ。個性という超常が生まれてからは特に、希少で貴重な時間となっている。誰もが暴力機構を持つこの時代、それを全く振るうなと言うのは難しいことだった。自制心と他人への思いやりがなくば、人は簡単にヴィランたりえる。

 オールマイトという平和の象徴になってから、一体何十年の時間が経っただろうか。もう正確には覚えていない。彼の人生は、常に悪と共にあった。ある悪を倒せば、また別の悪を挫く。きりがない螺旋の中、平穏に浸かる事は求められていなかった――何より自分がそれを選ばなかった。

 だが、たまに思う。

 ほんの少しばかりは、こうして穏やかな時間の端に触れていいのではないだろうか。たまに、こうして自分を慰める事位は許されるのではないだろうか。

 答えは分からない。誰も答えない。自分の意思すらも。

 問いかけに後ろ髪を引かれながら、俊典は歩き続けた。

 駅前近くになれば、さすがに人も多くなってくる。受験シーズンも始まりの頃という事で、早々に推薦合格を極めた高校生の姿が目立つ。あと一月ほどすれば、この数は数倍になるだろう。

 駅から、電車が発進したのが見える。それにいくらか遅れて、ロータリーにわらわらと人の波が生まれた。学生が多く、ほとんどは制服を着ている。種類はそれぞれだが、なんとなく私立の学生が多いように思えた。これはただの偏見かも知れないが。

 人波の半ばくらいに、周囲より頭人一つ大きい人影を見つける。

 俊典は流れをかき分けながら、そちらへ向かった。

「やっ、魂魄少年。ちょっといいかい?」

「オ――じゃなかった、八木さん。お久しぶりです」

 うっすらと、彼は再会を歓迎するように笑った。

 人々が二人を避け、そのうち幾人かは彼らに注目する。それも仕方ないか、と俊典は思った。

 俊典の身長は220センチ。これは平均的な身長の成人男性を子供扱いできるほどの長身である。魂魄の身長はそれに及ばないが、出会った当初は170センチそこそこだったのに、今では190センチ近くまで成長している。もう伸びてないという話だが、それでも十分な高身長だ。加えて今の彼は、あどけなさを完全に捨てた美形である。正直なところ、ファッションモデルでもやってると言われた方が説得力があるくらいだ。

 飛び抜けて高身長な二人が立ち止まったのだから、当然注目もされる。

「ここじゃなんだから、そうだな……そこの喫茶店にでも行こうか」

「はい」

 なるべく人の邪魔にならないよう間を抜けて、駅ビルの一階にある小さな喫茶店へと入っていく。時間が時間のため、中は学生でごった返していた。

 それでもなんとか二人席を確保できた。席に座って、コーヒーを二つ頼んだ。

 財布を取り出す少年だったが、それは俊典が手で制した。

「誘ったのはこちらだから、ここはおごられてくれないか」

「はい。ありがとうございます」

 ぴしっとした動作で頭を下げる。体育会系という風ではなく、どちらかと言えば出来るビジネスマンを思わせる慎重さだった。相変わらず真面目だな、と俊典は苦笑した。もっとも、彼のそういうところが好ましい点だとは思っている。

 魂魄は頭を上げて、真面目に作られた顔を微笑に崩した。

「正直助かります。あんま自由に出来るお金ってないんで」

「ああ、君、借金あるもんねえ……」

 桑我町炎上事件といわれる、近年で最大級の被害を起こした事件。その副因というか、とばっちりというか、一周回ってやはり根本的な要因というか。とにかくそんな事件の責任から、彼は逃れることをよしとしなかった。

 数千万の借金とは、被害規模に比べれば細やかな額だろう。が、当たり前にそれは、一人が背負う借金としてまで細やかだと言えるものでもない――借金を与えた側には、それで彼の立場を縛る役割も求めたのだろう。かなり例外的な措置だ。

 確かめてはいないが、魂魄もそれを承知で受けた、と俊典は見ている。

 難儀な性だな、と俊典は微笑んだ。この性質もまた好ましいものなのだろう。

「それもあるんですけどね」

 苦笑し、僅かに言いにくそうにしながら彼は続けた。

「うちの連中には、おれの財布をすっていく奴がいるんですよ。おかげで万年金欠です。使うことが少ないのが救いですね」

 肩をすくめ、冗談めかしているが、そこには落胆と怒りも見て取れた。まあ、業腹なことは業腹なのだろう。

「すみません、脇道にそらしてしまいましたね。それで、今日のお話は何なんですか? 何か用事があったんでしょう?」

「うん、実はだね。君の進学先をちょっと聞きたくて」

「進学先、ですか?」

 魂魄はきょとんとして言った。もう少し重要な話だと思ったのだろう。実際、俊典が魂魄の元を訪ねるときは、逼迫している事が多い。

 俊典にとっては、というかヒーローと日本にとってはかなり重要な話なのだが。とりあえず彼の話の腰を折るような真似はしなかった。

「加塩高校ですけど、それがどうかしました?」

「加塩……聞いたことがない高校だね。なんだ、ちょっと聞きにくいんだが、ヒーロー科だよね?」

「いえ、特進科ですが。というか加塩にヒーロー科なんてありませんし」

「なんで!?」

 ぐばっ、と俊典は血を吐きながら言った。

 魂魄はその様子に驚きもしない。慣れた調子でハンカチを取り出し、渡してくる。素直に受け取って口元を拭った。

 声が大きすぎたのか、周囲から注目される。俊典は周りに小さく頭を下げると、その音量を下げて言った。

「ヒーロー資格取らないと駄目だよって言ったじゃない!」

「聞きましたけど……」

 ぽりぽりと、少年は頭をかいた。事態を全く把握してない調子である。

「高校卒業した後、大学でゆっくり取ればいいかなって思ってて」

「そう捉えちゃったかー!」

 俊典は、言葉に頭を抱えた。

 彼としては、可能な限り速やかに免許を取らなければいけないと言ったつもりだった。

 ついでに言えば、一年の時から仮免許を取れる可能性があるのは、日本広しといえど雄英高校か士傑高校だけである。だからこそ彼は魂魄が雄英を受験すると思っていた。

 実のところ、ヒーロー資格を取ること自体は、さして難しい話ではないのだ。毎年数百人、多ければ千人以上の合格者が出てくると考えると、むしろ体も個性もできあがった後、大学で数年掛けてゆっくり取る方が既定路線と言えた。それこそ倍率で言えば司法試験や税理士試験の方が上である。ヒーロー試験合格はあくまでただの入り口であり、ヒーロー活動をすることが許されるという程度のものでしかない。

 いいかい? と俊典は教師が生徒に言い聞かせるように(実際今は教師なのだが)続けた。

「君の今の状態は、いわば執行猶予のようなものなんだ。未成年だからって言ってね。それは分かってると思うんだが……」

 言葉に悩みながら、かつかつと指でテーブルを叩く。説明するに難しい状況ではある。

「問題は、それが()()()()()って事なんだ。はっきり言って、余裕はさほどないよ。君の個性は放置するには危険すぎるんだ。注視している人間は保障を欲している。君がヒーローになり、ヒーローという枠組みに入り、ヒーローに殉じるという保障をだ。私ははっきり言ってやりすぎだと思うが……反面、彼らの気持ちも分かる。魂魄少年の個性はそれだけ強大で、無軌道だ」

「う……すみません」

 魂魄はしょんぼりして項垂れた。その様子は、容姿からは見えない少年らしさが垣間見えた。

 言い過ぎか、と俊典は一瞬ひるんだ。が、言わなければならない事でもある。以前のカルナとの一件は、ただ一度のミスである。が、同時に致命的な失敗でもあった。あの事件のせいで、彼の個性をただの一個性として見ることができなくなった。

「塚内さんあたりに相談した方がいいでしょうか……」

「それは最後の手段だね」

 俊典は苦々しく唇を噛みながら言った。塚内は掛け値なしに頼りになる男だ。だが、一部サーヴァント問題の処理に、オールマイトの事件解決事後承諾にと、通常業務の他に山ほど案件を抱えていた。

 これ以上負担を掛けたら、塚内は破裂する。というか、既にキャパシティー限界だと悲鳴を上げられていた。

「私はこれも、贔屓みたいであまり好きではないんだけど、緊急時だから仕方がない」

 持っていたバッグから、来る前、根津から渡された書類を取り出した。コーヒーを避けて、それを差し出す。

「雄英高校にはヒーロー推薦というものがある。魂魄少年にはこれを受けてもらうつもりだ」

 

 

 

 ヒーロー推薦。

 あるいはもっと端的に、特別推薦とも呼ばれる制度がある。

 これは特に優秀であるが、ヒーロー(ないしは特殊治安維持組織)になる意思を持たなかった者、もしくは何かしらの理由で受験そのものができなかった者に扱われる制度だ。

 利用された事は少ないが、条件を挙げていけばわかりやすくはある。一つ、個性が特別に強力であること。一つ、個性が特別広域であること。一つ、個性が特別特異性が高くあること……まあつまりはそういう類いのものだ。この上に、当人を説得の上かつ、学力基準を満たしている場合に使われる。当然試験もあり、その内容は一般入試より厳しい。入学者の枠を無理矢理一人増やすのだから、簡単にできては困るという事情もある。

 要約して言ってしまえば、これは英雄入学の特別措置というよりは、ただ単に危険人物を野放しにしておけないからという奇特な対ヴィラン封印措置だ……口さがない者は、そう短慮に言ってしまう事もある。

 これは間違いであるが、全くの嘘というわけでもない。封印措置の意図がないと言うのは、少々卑劣だろう。もっとも、敷居の高さはそのまま最後のチャンスでもあるが。

 つまり、それだけの人数が魂魄現輪に期待しているという事であり。同時に同じだけの人数が、魂魄現輪を危険視しているという事でもあった。

 この場にいる二人も例外ではない。

「休日にすまないね相澤くん」

「これも仕事の内ですよ、オールマイト」

 今は魂魄の試験中。トゥルーフォームの俊典と相澤は、別室のモニターで試験の様子をうかがっていた。

 現在は筆記試験の最中であり、ミッドナイトが現場での試験官をしている。

 二人が試験官を外されたのには理由があった。共に面識があり、推薦者の一人でもある。

 それで手心を加えるとは誰も思っていないが、しかし万が一を考えないわけにもいかなかった。本当なら試験を見ていなくてもよかったのだが、しかし二人は監視に加わっていた。なんだかんだ、合否は気になっている。

「それに、俺も推薦を出した手前無関係とは言えませんしね」

 普段、合理性を何より重んじる彼にしては珍しく、少しばかり茶目っ気を感じさせて肩をすくめた。案外オフの時はこういった様子なのかもしれない。

「しかし、推薦にヒーロー10名以上もの署名が必要だとは思わなかったよ」

「うち5名は学外からの署名ですからね。まあ、推薦の重要性を考えたら必要な措置だったのでしょうが」

 ヒーロー推薦を利用するに当たって、その壁はかなり高いものだった。学内のヒーロー5人の署名、外部ヒーロー5名の署名、うち何人はビルボード50位以内の同意が必要。教育委員会とヒーロー公安に書類提出する必要もある。その他大から小まであれやこれや云々かんぬん。

 はっきり言って、とてつもなく面倒くさい代物だった。とりわけ書類仕事が苦手な俊典にとっては、正に地獄だったと言える。

 まあ、簡単に利用される制度であってはいけないため、それくらいでなければいけないのかも知れない。ヒーロー10名の同意、これだけでもただの贔屓であれば制度を利用できない。

「しかし、エンデヴァーが同意してくれてよかったよ。HAHAHA!」

「あれ二度とやんないでくださいよ……」

 相澤がうんざりして、両肩をさすりながら言う。

「凄い怒ってたじゃないですか。あとちょっとつつけば爆発しそうでしたよ。何をしてあんなに怒らせたんです?」

「それが私にも分からないんだよなあ……。気づいたらすっごい嫌われてた」

 顎に手を当てて悩む。相澤に、胡乱な目つきで睨まれた。

 俊典には、本当に心当たりがなかった。自分としてはかなり人当たりよく対応しているつもりだったし、過去に怒らせるような事をした覚えもない。そもそもそんなに関わりがない。会いに行っただけで人を殺せそうな視線を向けられるの言うのは、かなりダメージがある事だった。その日寝るときにちょっと泣いたし。

「だいたいなんでエンデヴァーに頼もうと思ったんです? そんなに関係ないでしょうに」

「ビルボード上位で近隣に居て確実に会える人って言うとエンデヴァーしか思い浮かばなかったんだ。ほら、下手にまだ雄英に関係があって、裏口入学だ何だって思われるよりはいいかと思って……」

「それで怒らせてれば世話ないですよ」

 弁明というつもりでもなかったのだが。相澤の返答はすげなかった。

 俊典は引きつった笑いを浮かべながら、強引に話を変えた。

「しかし、彼が合格したら片方のクラスだけ一人増えてしまうね。こう言ってはなんだが、大丈夫なのだろうか」

「その点については大丈夫……大丈夫というのも少し違う気がしますが、とにかく気にしなくてもいいみたいです。特別な形での入学者はもう一人居ますから」

「そうなのかい?」

 俊典は、思わずと言った様子で相澤に視線を向けた。彼もちらりと、視線だけを俊典に向けてくる。

「ええ。ただ、入学には間に合いそうにありませんが……」

「間に合わない?」

 オウム返しにする。

 相澤は半眼になっていた。その視線は、俊典にというより、その入学者に向けているように思えた。

「ええ。俺は正直反対なんですが……まあ、放置できないというのも分かります。何というか彼は……その……馬鹿なんです」

「WHY?」

「馬鹿、なんです」

 わざと言葉を句切って、相澤。

 俊典は、なんとなしに窓の外を見た。空は青い。が、この青さは永遠のものでもない。距離、時間……あらゆるものが蒼空を阻む。そこに可も不可も、善し悪しもない。ただただ、平等だというだけだ。不平等な平等が。

 世の中は平等ではない。人もまた同じだ。頭の良さとか。違えることも、届かないこともある。

「馬鹿なのか……」

「馬鹿なんです」

 しばし二人は沈黙した。

 馬鹿。そればかりは本当に、どうしようもない。

「と、おしゃべりが過ぎたみたいですね」

 相澤の視線が、モニターに戻っている。

 釣られてみてみると、どうやら筆記試験は終わったようだった。画面に映るミッドナイトが、答案用紙を回収している。

 一応試験官の一人であり、名目上はカンニング防止の為の席ではある。が、まあそれは本当にただただ名目上だ。真正面から監督しているミッドナイトの目をくぐれる訳でもないし、監視カメラは他にもある。目をそらしたところで誰が責めるわけでもない(というかむしろ他の試験官が気づかなかったカンニングを、彼らだけが見つけた場合の方が問題である)。

 俊典は試験スケジュールをとりだした。この後は間を置かず実技試験という形になっている。いったん休憩を挟んだ一般、推薦入試よりハードなスケジュールとなっている。

 およそ10分ほどして、画面が切り替わった。その場所は、確か第六実験場と言ったか。

 実験場と言っても、何が置いてあるわけではない。というかむしろ、何も置いていない。

(ここは……危険性のある開発品を扱う場所だったかな? 確かサポート科がよく利用してるっていう)

 ならばこの光景も納得だと、俊典は頷いた。

 画面に映されている光景は、控えめに言って荒れ地だった。所々爆発やら暴走やらで抉られては、雑になめされている。グラウンドなどとは違い、ただただ荒らされ、そのまま放置されていく……それこそ草木も生えないように。寂寥感があたりを満たしている。

 そのど真ん中に少年(もっとも、外見で言えば既に一端の大人だ)が一人たたずんでいるというのは、中々絵になる光景ではあった。ハードボイルド小説を実写化したら、こんな光景もあるかもしれない、と思わせる。まあ、格好は学校が貸し出したジャージなので、その点については素直に様にならないと言うほかなかった。彼の顔立ち的にも、ロングコートでも羽織っていた方が見栄えがいい。

「相澤くん、試験内容知ってる?」

「いいえ。試験内容が漏れたかも知れない、という疑念も持たせまいと考えたら、俺たちには徹底的に情報を遮断しているのでしょう」

 道理ではある。

 画面に視線を戻すが、動きはない。少々暇なのは少年も同じのようで、今は屈んで座っていた。ハードボイルドから一気にヤンキー映画になった。

 と、急にガガッとひび割れるような音がした。

 監視カメラは、さほど高い集音性はない。先ほどの筆記試験がほぼ無音だったのもそのためだ。しかし、マイクのハウリングであったり、スピーカーの大声であったりすれば、その限りではない。

『ヘイセイヨー! 遅咲きの受験ボーイ! これからシヴィー試験の始まりだぜ! 準備はいいか!』

 実技の試験官は、プレゼントマイクのようだ。軽口でふざけているように聞こえるが、これは受験者の緊張を少しでもほぐそうという彼なりの気遣いである。普段から好き放題やっているように見えてわかりにくいが、彼はあれでかなり細やかな男だ。

 少年は立ち上がると、ふらふらと手を振った。

 ぱっと見は気の抜けた様子ではある。が、俊典は知っていた。彼が本当の意味で弛緩する事は()()という事を。

『オーケーオーケー気合い入れてけよ! ロボ・デストロイパーティーの始まりだぜ! スタート!』

 プレゼントマイクの絶叫と同時に、砲撃音が響いた。重低音に集音器がひび割れ、狭い室内を荒らして回る。

 音から一瞬送れて、画面内に鉄の塊がどんどんと落ちてくる。これの落下音もまた物々しいが、現場はそれどころではないだろう。何せ砲撃は一発や二発ではない。今でも複数が連続して、無数の鉄塊を送り込んでいる。

 塊の正体は、ロボットだった。俊典は、それが一般入試試験で使われたポイントロボだと気がついた。おそらくはただ捕縛されたものと、壊れたものを共食い整備して再利用したのだろう。

 画面には既にびっしりとロボがいるのに、まだ砲撃音は止んでいない。見えているだけでも、軽く30体はいる。それも四方囲まれ、逃げ込める遮蔽物もない。

 完全無欠に、多対一のガチンコ勝負だった。

「これは……良くないですね」

「うん、そうだね」

 二人して、神妙に頷く。相澤は少し腰を浮かしかけていた。

「いくら個性を見るためだって言っても、これはやり過ぎです。下手しなくても怪我じゃすまない」

「ん?」

 と、俊典は言葉に首をかしげた。俊典の反応を見て、相澤もまた、疑問符を浮かべる。

 彼の言うとおり、試験の内容は知らずとも、意図は最初から分かっている。つまり、これは少しでも魂魄現輪の個性――正確に言えば、個性で呼ばれた英雄を暴くための試験。それを引っ張り出すために、どうしても試験内容は厳しくなる。

 のだが、

「いや、こんなのプロだって人によってはクリアできない内容でしょう。さすがに止めないと」

「そうか、相澤くんは知らなかったのか」

「何を……」

 彼の言葉は、それ以上続かなかった。モニターから、強烈な炸裂音が響いたのだ。音に、相澤は画面へ視線を戻した。

 たった一人を囲んでいたロボは、インプットされた命令に従って進み、少年を圧殺しようとする。だが、それは成らなかった。ぱっと見で言えば、受験者が軽く踏み込み、正面のロボにそっと触れた、という程度だろう。しかし現実は真逆で、たったそれだけの動きで、ロボは無数のパーツにはじけ飛んでいた。

「なん……!」

「凄いだろう、魂魄少年は」

 驚愕に浮かせていた腰をさらに上げ、直後脱力してパイプ椅子を軋ませる相澤。そんな彼に、俊典は穏やかに言った。

「彼はね、個性がどうのじゃない。ただただ()()()()バカっ強いんだよ」

 画面では、もはやコマ落としにしか見えない速度で、人影が動いている。一般カメラとはいえ、身体能力を高くする個性があるわけでもないのに、姿を追い切れず何人かいるように見える。驚嘆すべき速度、そして体術の練度だ。

 あるヴィランロボは捻り切り、またあるときは陥没させ、時には粉微塵に破砕する。元々が荒れ地の上、壊されたヴィランロボで足場は相当悪いはずだ。だが、それも苦にせずスピードは落ちない。圧倒的な速度と破壊力で、鋼鉄の亡骸を山と積み上げていく。それも、全く危なげなく。

 単に強いだけではこうはいかない。あらゆる状況を想定し、戦い慣れている。そういった安定感を感じさせる動きだ。

(普段誰を相手してるかを考えれば……それこそおもちゃみたいなものだろうね)

 くぐもった炸裂音は続き、ヴィランロボはその役割を全うすることなく数を減らしていく。

 相澤はふっと息を吐いて、浅く座り直した。背もたれに体重を預け、視線は試験官のそれから、観戦者のものになる。

「結局、試験の甲斐はありませんでした……」

 言って、息をふっと吐いた。それには自嘲が少し含まれているように感じた。

「が、これはこれで成果です。正面から戦ったら、教師陣でも大半は勝てない。実質無個性状態でよくやるもんだ」

「私も無個性にヒーローは務まらないと思っていたんだがね。これだけの強さを見せられたら、訂正するしかないよ。人間は武を極めるだけで、ここまでやれるんだ」

 試験時間は、はっきりと短いものだった。

 もう動くものはない。ヴィランロボも、受験者も、何も動かない。モニターの中では、はじめと同じ位置に立っている魂魄が、足下の邪魔くさい破片を蹴って、スペースを空けている所だった。

 試験官をしていたプレゼントマイクは、何も言葉にできず、試験終了の宣言も忘れて沈黙している。

「巨大ヴィランロボでも出すべきだったんでしょうかね」

「どうだろう。あれは多数の人間に差し向けて、地形破壊による混乱と、集団パニックを起こさせることが主目的だから、ただ強い一個人に向けても望むとおりの効果はない思うよ。私は万全を期してヒーローの内誰かが相手するべきだったと思っている。後付けの結果論だが」

「それを試験前に言うべきだったのでは?」

「受験者が試験内容を知りようがないのに、こちらだけデータを集めて対抗するっていうのは、それはそれで卑怯だと思わないかい?」

 半眼の相澤に、俊典はにっと笑って答えた。彼はこれ見よがしにため息をついて、視線をそらす。

『終ゥ了ォ~! テストクリアー!』

 プレゼントマイクの絶叫は、些か先走った内容ではあったのだが。

 その内容については、誰も裏切ることが出来なかった。つまり、雄英高校ヒーロー推薦において、魂魄現輪は間違いなく合格している、という事を。

 

 

 

 



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04 入学編

 すっと、意識が覚醒する。濃霧が晴れるように目が覚めるのは、いつもの癖……というか、訓練の賜だった。起きがけに髪をなで、寝癖を確かめるのも習慣の一つである。

 体を起こして、胸元を確かめる。シーツも一緒に。とりあえず、そこに切り裂いた跡と血だまりがない事に安堵する。どうやら昨晩は何事もなかったらしい。予定された襲撃から、突発的なサーヴァントの暴走まで含めて。

 とりあえず、彼は安堵の息を吐いた。後者はともかく、前者に気づかなかった、というのはぞっとしない。訓練の一環で行われた襲撃に気づけないのは、控えめに言っても不首尾である。久しくそんな間抜けな真似は晒していなかったのに、今更みっともない姿は見せられない。後が怖いとかではない。単純にプライドの問題だ。

 平穏は尊い。そのことを、彼はよく知っている。日常的に混沌と狂乱に巻き込まれていればなおさらだ。

 と同時に、物足りなさも感じた。何かが起きないと、どうにも落ち着かない。

 これはもう病気のようなものなのだろうな、と少年――魂魄現輪は苦笑した。どんな非日常も、繰り返せばそれは日常だ。どれほど不格好な当たり前でも、違えれば動揺もする。人間とはそういうものだ。

 ベッドから出て、現輪は一つ伸びをした。すがすがしい朝……かどうかは知らないが。窓から外を覗けば、天気は晴天ではある。

 その部屋は、八畳程度の空間だった。子供の私室としてはやや大きめだろう。物が少ないからなおさら広く感じられる。

 人一人が使うには贅沢と言っていいのだろうが、現輪にはあまりその手の感情はなかった。私生活が忙しいため、訪ねたことある友人の部屋なんて数えるほどで、比較対象が少ないというのもある。が、一番の理由は、自分の家にあった。

 彼には家族が多い。別段血がつながっているというわけではない。むしろ現在、同居している者に、血のつながりがある者は一人も居ない。大体が過去の英雄――彼らが自称する言葉を使えば、サーヴァントと呼ばれる存在だ。あるいはもっと端的に、しつこく現世にしがみついた亡霊と言ってもいい。本当に言ったら怒られるだろうが。

 とにかくそんな人間が何十人といるものだから、家は物理的に拡大し続けた。ある者は生まれ持った金回りで、ある者は天才的な頭脳で金を稼ぎ、それで土地を買収。借家は正式に魂魄家のものとなり、程なく解体され、周囲の家に相場の数倍金を払って立ち退かせ、今や屋敷と言える規模まで拡大した。当然金を出した者たちは自分好みに部屋を作り、それらは現輪の部屋の数倍もある。そもそも客間だけで三部屋あり、その調度品一つだけでも、現輪の部屋にある品全てを合わせても桁が足りない。感覚も狂おうというものだ。

 軽く体をほぐし、クローゼットの戸を開ける。

 開いてすぐ目に入ってきたものを見て、現輪はしばしきょとんとした。いつもの黒い制服がない。その代わりに、真新しい白い制服一式が目に入った。

(ああ……そういや今日から高校生か)

 ぼんやりと考える。今日まで忙しく(もしくは騒がしく)、考える間がなかった事を。

 雄英高校。それこそ日本中に響き渡る名門校だ。大学の東大に高校の英雄とまで言われる事もある(雄英の教育方針から、東大進学者はさほど多くないのだが)。

 そんなところに通うというのは、なんとなくピンとこないものがあった。それも元々希望していた特進科より大分偏差値の高いヒーロー科になど。

 自分が馬鹿だとは思っていない。人類史に燦然と輝く天才に直接教育されているのだ。が、勉学方面に冷淡である自覚もあった。自分が天才集団に混ざるというのは、なんとなく想像がつかない事であった。どこかこそばゆくもある。

 着慣れない制服に、とりあえず袖を通す。

 ネクタイを締め、軽く制服を羽織った時点で、彼は鏡の前に移動した。中学ではネクタイなどなかったため、形に少々自信がなかったが、上手く台形ができていた。まあ、付け焼き刃にしては上出来と言った所だろう。

 と、ふと現輪は、鏡で全身を確認した。

 中学校の制服は、濃紺だった。それは大抵の中学がそうだし、高校もだ。雄英の、白に近い灰色の制服はかなり珍しい。目立つためにわざわざこんな姿にしているのではないか、と勘ぐらせるような色合いだ。もっとも、言いデザイナーに作られただけあって、全体のバランスは悪くない。

 180センチ後半の長身を治めるため、スタンドミラーは不格好に傾いている。

 黒目黒髪の、ごく一般的な日本人の容姿。ただその顔立ちは、普通とは違っていた。控えめに言っても、容姿は優れている。少しばかり癖の強い容貌だが、眉目秀麗である事をあえて否定する者もいない、そんな顔だ。難点と言えば、やや目つきが鋭い所だろう。師匠曰く、それは強くなっている証らしいのだが……なぜ強さと目つきが悪いのがつながるのか、その謎は未だ持って解けていない。

 いかにも新入生然とはしていたが、着付けは悪くなかった。

 鞄を持って、ドアノブをそっと回し……そして一気に蹴り開け、同時に彼も後ろに引いた。

 しん……と当たりが静まりかえる。時折小鳥の囀る音だけが、朝の静けさを告げていた。

 現輪は腰を落として、あたりを油断なく見回す。が、いつまで経っても槍の一つも襲ってこないと知ると、あくまで油断はせずに、構えを解いた。

 それから廊下に出て、角を曲がり、などと一カ所一カ所で似たような動作を繰り返す。最終的に何事もなくリビングについて、やっと彼は気を抜いた(リビングでだけは暴れないという協定が結ばれているのだ)。

 リビングでは一人の女性が、食後のコーヒーを飲んでいた。

 現輪も容姿端麗であるが、その女性は彼を鼻で笑うレベルの美形だった。顔立ちだけではない、体のパーツ一つ一つに至るまで、まるで黄金比で正確に量ったかのような形状。指先の一つに至るまで、この上ないと思わせる完璧さだった。

 彼女は現輪が入ってくるのに気づくと、あくまで優雅にカップをソーサーに置き、唇を開いた。

「やあ、現輪くん。今日は早いねえ」

「入学初日から遅刻はできないからな。それより今日はあんた一人だけか? ダ・ヴィンチちゃん」

 問うと、彼女――ダ・ヴィンチは、肩をすくめた。

「というより、きみが今日早いだけさ。もう来たのはシロウくんだけで、他は寝てるなり朝の鍛錬なりじゃないかな」

「そっか」

 小さく答える。

 テーブルには既に、現輪の分の朝食が用意されていた。シロウが登校時間の違いを考えて、あらかじめ用意してくれていたらしい。

 料理はできたてだ。ありがたいことに、作ったのは本当につい先ほどらしい。パンにスクランブルエッグをのせてかじりついた。

「さえない表情だがどうしたんだい?」

 ダ・ヴィンチが聞いてくる。現輪は表情を曇らせながら、答えた。

「今日は夜中の暗殺も朝の奇襲もなかったんだよ」

「いいことじゃないか」

 何が悪いのか、という風に、ダ・ヴィンチ。コーヒーに角砂糖を足して、再び一口飲んでいた。

「いや、なきゃないでどうもこう……違和感というか、調子が出ないというか……」

「毒されてるねぇ」

 ダ・ヴィンチの苦笑に、まあ、頷くしかなかった。

 12年間、ずっと毒されてきたのだ。それだけの年月巡れば、もう血と変わりない。滞れば調子を崩す、という点まで含めて。

「じゃ、行ってくる」

 手早く朝食を済ませ、鞄を手に取る。時間にはまだ多少余裕があり、食後のコーヒーを楽しむくらいはできただろうが。現輪は早めに出て、通学路を確かめる事を優先した。

「私もそのうち学校に行くから、その時はよろしくね」

「そう? まあ、ほどほどに」

 現輪は少しばかり考えたが、肩をすくめて軽く答えた。彼女は(突拍子もないが)サーヴァントの中では良識がある方だ。来たところで、まあ無茶はすまい。

 もっとも、歓迎するしないにかかわらず、誰が来たところで止めようもない事ではあったが。

「ああ、現輪くん!」

 玄関に向かったところで、ふいに声を掛けられた。

 肩越しに振り向くと、ダ・ヴィンチが静かに笑いながら手を振っている。

「良き青春を!」

「……ありがとう」

 現輪も薄く笑って手を振り返すと、今度こそ登校する。

 玄関を出ると、相変わらずの、やや小洒落た町並みが映る。もうほとんど記憶にないが、10年ほど前はそうでもなかったらしい。今ではすっかりこのあたりも高級住宅街だ。

 まあ、その原因は魂魄邸にあるのだが。現輪は振り返って、自宅を見た。家は、和風なもの、洋風なもの、エスニックなもの、様々な様式を一緒くたに混ぜればこういう風になるのかと思わせる、混沌とした姿だった。無駄に装飾されている塔のようなものは、外見からは分からないが倉庫になっている。車庫も驚くべき事に、4カ所数十台を収容できるようになっている。ほぼ区画一つが家であるというのは伊達ではない。いい意味でも悪い意味でも。文化も時代も違う数十人が好き勝手に改築したら、こうなるのは仕方がないのだろうか。

 世界中の建築物が暗黒融合したらこうなるかもしれない、みたいなのが自宅というのは、いつ見ても奇妙な気分にさせられる。

 現輪は小さく息を吐いて、通学路を確かめた。

 特に高校進学や雄英に思い入れがない。だが、それでも制服姿で学校へ向かうのは、なんとなく感慨深かった。自然と歩調が早まる……

 と、そこで彼は気がついた。なんだかんだ、自分も学校が楽しみだったのだ。

 

 

 

 雄英高校の稼働は早い、と言っていいのかどうかは分からない。

 なにせ雄英高校は、日本屈指の名門校であると同時に、日本でもっともヴィランから疎まれている学校である。当たり前のように攻撃の的になるし、これまた当たり前に、それに対する防備もある。夜になったら入り込まれました、では済まない。必然的に、夜間警備員の数もかなりのものになる。

 敷地外周に至っては、むしろ夜の方が活発なのではないか。とは、識者の弁である、らしい。なんにしろ、雄英は隙のない警備を敷いているという事だ。

「でけぇ」

 呟きながら、現輪は雄英高校を見上げた。

 敷地を区切る壁も高いのだが、校舎はそれが小さく見えるくらい高い。校舎の壁面がガラス張りなのも相まって、学校というよりは、都会のデザイナーズ高層ビルといった風体だ。

 その意匠は門にも共通しており、ストレートに言って、風変わりだった。もっとも、これは俗に『雄英バリヤー』などと言われている警備機構らしいのだが。なお、正式名称はないらしい。一部からはダサいからなんとか正式名称を、と文句もあるが、今のところ改善される見込みはないとか。

 現輪は、ほんの少しだけ胸元を意識した。正確には、そこに入っている生徒手帳を。パンフレットによれば、生徒手帳に仕込まれているIDに門のセンサーが反応する。これがないと、侵入者として閉じてしまうんだとか。

 まばらに通る生徒に混ざって歩いていると、ふと気配を感じて道から逸れた。歩いて行くと、木陰に隠れるようにして、男が生徒をのぞき見していた。

 男は、長身である現輪よりも背が高いが、そういう印象を全く与えなかった。男は恐ろしいまでの痩身で、誰が見ても明らかに病的な細さだ。それこそ、異形型という個性が蔓延した世の中でなければ、見ただけで救急車を呼ばれそうなほどに。現輪も、骸骨に直接皮を張ったらこんな感じになるのか、と思ったものだ。

「八木さん」

「やあ、魂魄少年。入学おめでとう」

「ありがとうございます」

 隠れる八木に配慮し、彼も木陰に潜り込む位置取りをして、挨拶をする。

(痩せた……いや、窶れたな)

 現輪は過去を想う。

 初めて会ったときは、怪我人ではあっても、病人然としてはいなかった。まだ肉付きはよく、トゥルーフォームでも、服の下に筋肉がついているのが分かった。オールマイトの正体と言われれば、まだ納得できる程度には。今ではもう、いつ死んでもおかしくない末期患者にすら思えた。

 痛々しさから目をそらし、話を続ける。

「こんなところで何をしてるんです?」

「いやねえ。生徒の初々しい姿を少し見ようと思ってたら、なんとなく自分の入学当初を思い出してしまってね。いやあ、私も年を取ったものだと思うよ」

 ははは、と彼は恥ずかしそうに笑った。

 しばらくその場で話し込んだ。内容は他愛ないもので、内容は主にサーヴァントの近況だ。これはオールマイトを通してヒーロー公安などに情報を渡し、少しでも脅威論を収めようという目的もあった。公安に直接話しが通るサーヴァントもいるが、これはさほど信用されていない。

 数分ほど話し合い、生徒の数が少しばかり増えたところで、ふと現輪が言った。

「ところで八木さん、ここだと八木さんをどう呼べばいいんです?」

「どうって、普通にオールマイトと呼んでくれよ」

「トゥルーフォームの時にそう呼ぶ訳にはいかないでしょう。先生とか、用務員とか、そういうのです」

「ああ。表向きこの状態の私は、非ヒーローの臨時講師になってる。だから学校内で会ったら、八木先生と呼んでくれ」

「了解です、八木先生」

「さ、もう行きなさい。私も職員室に戻るから」

「ええ。また今度」

 小さく頭を下げて、八木と別れる。

 校舎の中は、異様に広かった。巨大な異形型個性持ちも受け入れるためだろう。入り組んではいないが、部屋ごとの作りが均一なせいで、返って迷いやすい。現輪も案内がなければ迷っていたかも知れない。

 A組の教室について、彼は戸を開けた。教室には半分ほどの生徒がいるようだった。その中で一人、知り合いを見つけ、そちらに向かった。

「よっ、峰田。一緒のクラスだな」

「魂魄じゃんかよー! また一緒だな!」

 いえーい、といいながら、二人で手をたたき合った。身長差約80センチで、何かとアンバランスな二人だったが、不思議に仲は良かった。

「魂魄! こっちは上鳴電気。んで上鳴、こっちが魂魄現輪。オイラと同中の友達だ!」

「魂魄現輪だ、よろしく」

「おう、俺は上鳴電気だ。知ってるぜ、世界初の共有型個性!」

 早速峰田と友達になっていた上鳴と握手する。

「しかし、このクラス有名人多いよなあ」

「そうなのか?」

 首をかしげると、上鳴はしゃあねえと呟きながら、指を指した。軽い性格という印象だが、面倒見はいいらしい。

「あっちにいるのが『ヘドロ事件』の強個性持ち。爆破で並のヒーローを寄せ付けなかった強え奴だ」

 指の先には、金髪のツンツン頭がいた。机に脚をのせて、椅子を傾けている。眼光は鋭く、目つきの悪さがさらにそれを際立たせている。ナチュラルに目が鋭い現輪と違い、わざとしかめているといった風だった。とにかく全体の雰囲気が威圧的だ。

「んであっちが、音楽界期待の新鋭、耳郎響香。セミプロのシンガーソングライターで、数多くの音楽を動画サイトに投稿して評価を得てる」

 次に指したのは、女子の一団だった。三人で(うち一人は制服が浮いているようにしか見えないが)話している。指を信じるならば、黒髪ショートで、耳からイヤホンジャックを垂らしている女子がそうなのだろう。

「おっぱいもシリも薄い。オイラは興味ねえ」

 峰田が余計なことを言うと、とんでもなく鋭い眼光で、耳郎が睨んできた。視線に貫かれるより前に、彼は現輪の背後に隠れていたが。

 逃げるくらいなら言わなきゃいいのにと思うが、これで言わなかったら峰田ではない。そう思える程度には、まあ、峰田を知っているし、仲も良かった。

 耳郎の視線が元に戻ると、峰田も背後から恐る恐る出てきた。心なしか顔色が悪い。

「で、三人目がお前だ。古今東西問わず、世界中の有名人を侍らせる共有型個性の持ち主! いいねえ、俺も一度でいいから世界最高レベルの美女に囲まれてみてえよ! 男の夢だよなあ」

「あーダメダメ。こいつにゃその手の話通じねえよ」

 上鳴が唸っている所に、水を差す峰田。彼は否定の言葉に、指をさまよわせた。

「なんだよ、女に興味ねえぜ的なあれか? そういうのよくないぜ! やっぱ男なら女にガッツカねえと」

「じゃなくて、超がつく片思い中なんだ。他の女に見向きもしねえんだよ」

 峰田はどこか納得いかなそうに、そう吐き捨てる。というか実際にケッと

 まあそれも仕方ない、と現輪は思った。彼が超のつく片思い中であるのと同様に、峰田は超がつく女好きだ。それは中学内では有名な話であり、同時に女子全員が彼に怒っていた理由でもある。僅か108センチの低身長にベビーフェイスなのだから、おとなしくしていれば相応にもてていたろうに。思うが、それができないのも、峰田実という男の特徴だった。

 そうなの? と問いたそうな上鳴に、現輪は肩をすくめた。

「まあそうだよ」

「もったいねえなあ。あれだろ、有名動画投稿者の刑部姫ちゃんとかと一つ屋根の下なんだろ。俺なら何を置いても口説くのに」

「それもどうかと思うが……まあ、片思いってそんなもんだよ。相手にまいっちまって、他の相手が目に入らない。自分でもどうしようもないんだ」

「そんなもんかぁ」

 納得したのかしないのか、呟く上鳴。

 と、

 いつの間にか、人がよってきていた。見ると、先ほど話しに上がった耳郎響香だ。なぜか目が据わっており、その視線はまっすぐ現輪を刺している。

 現輪がばっと振り向く。峰田と上鳴は、ただならぬものを感じたのか、いつの間にか距離を取っていた。

(こいつら友達と考えて本当にいいのか?)

 全くもって頼りにならない二人に、ひっそり自問する。

 僅かに迷う。なにしろ怒らせる思えもないし、そもそも初対面の相手だ。できれば、このまま収まって欲しいが。耳郎の強い怒気の気配が勝手に引く様子もなく、仕方なく現輪は、彼女へと向き直った。

「それで、おれに何か用?」

「……ああうん、ごめん。あんたに怒っても仕方ないよね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 口調こそ問いかけていたが、その様子は、答えないことなど許さないとはっきり言っていた。

「あんたの仲間の、ええと……」

「サーヴァント?」

「そう、それ。サーヴァントの中に、桑我町を炎上させた奴いるでしょ? 肌も髪も真っ白で、黒いスーツを着て、赤いもさもさしたやつを背負ってる」

「またカルナか……」

 現輪はうんざりしてかぶりを振った。オールマイトと戦いだした時といい、そろそろ彼を良識あるサーヴァントに分類するのは辞めた方がいいかもしれない。

 少しばかり目を閉じて、意識を集中する。幸いと言っていいのか、彼は近くに居た。

 すっと目を開けて、魔術を発動する。強力な術を使うのでもなければ、詠唱するほどでもない。師からは極めても二流止まりと言われているが、これでも真面目に魔術を習っていたのだ。念話程度であれば、なんてことはない。

 ほんの少しばかり間を置いて、現輪の隣にすっと人影が現れた。彼より頭半分ほど背が低い、インドの大英雄。

「お前に用事だって」

「そうか」

 どこか冷めた現輪の言葉に、カルナは言葉少なだった。

「おれさぁー、お前のこと結構信用してたんだがなー。そうそう問題起こさないだろうってなー。それがなー、ご覧の有様だよ」

「……、すまない。本当にそう思っている」

 カルナはしゅんとして、少しだけ頭の位置が下がった。

 外側からは感情のわかりにくい男であるが、仕草はどことなく犬と似ている。慣れてしまうと、まあ、反省しているだろうという事くらいは分かった。なお、それが生かされた事は、今のところない。

 で、呼んだけど。そう言おうとしたが、現輪は思わず口を閉じた。

 目の前の耳郎は、ぎりぎりと歯ぎしりをしている。今にも噛みつきそうな形相で、カルナを思い切り睨んでいた。それこそ、先ほど現輪にしていたそれとは比較にならない。

「久しぶりだよねぇ……会いたかったわ」

 言葉と感情が、全く合っていない。いやまあ、会いたかったという言葉自体は嘘ではないのだろうが。

 あまりの様子に、現輪は一歩引いていた。

「カルナ、何やったらこうなるわけ?」

「こいつはさぁ――」

 答えたのは耳郎だった。カルナが口を開くより早く(カルナにしゃべらせないというのは極めて正しい行為ではある)口を挟んで、頬を引きつらせていた。

「昔ウチがヒーロー目指すかミュージシャン目指すか悩んでる時に、言ってくれた訳よ。今でも一言一句覚えてるわ。「英雄である事と音にて名声を得ること、双方を本気で望むとは欲深いこと甚だしい。不器用ゆえ武芸にしか走らずにいたオレには全く理解の及ばない強欲さだ。あまつさえ道に思い悩み、どちらへの道も疎かにするとは無為という言葉すら生ぬるい。二兎を追う者よ、お前はどこに行こうとしている?」って馬鹿にしてくれたっけ? ほんともう……あのときは死ぬほど悔しくて恥ずかしくて、しばらく泣いててさ、両親にもすっごい心配掛けたわ」

 一気にまくし立てた後、彼女は深く呼吸し、長く長く息を吐き出した。その嘆息からは、火でも吐き出しそうなほどの熱があった。

 キレてる――この上なく――。それは、今まで見ても居なかった周囲も感じたのだろう。教室に居たほぼ全員が、さっと距離を取った。それに失敗したのは、最初から気にしていない爆豪と、なし崩しに巻き込まれた現輪だけだ。

 カルナは言われても、涼しい顔だ――見た目だけは。頬に一筋汗を流しているのに、現輪だけが気がついた。そんなつもりではないと言いたいのだろうが、言葉にした瞬間何が飛んでくるか分からない。

 一応カルナも、現世で何年も生活し、成長はしている。空気を読める事もあるようになったのだ。ただし、大抵は手遅れになった後に。

「おかげでウチはヒーローもミュージシャンもどっちもやることに決めました。それでまあ、一応両方とも一定の成果は出たよ。ありがとう」

「皮肉だな」

「皮肉じゃない理由があるとでも思ったの? んん?」

 耳郎は下からすくい上げるようにガン垂れていた。もはや眼光はヤクザのそれだったが、指摘するほど無謀な人間はここにはいなかった。

 カルナも余計なことを言ったと気がついたのだが、後の祭りだった。まあ、これはいつものことだ。

 耳郎の視線に乗った怒りに晒されるたび、カルナの冷や汗が増える。

 しばらくそんな時間が続いたが、やがて彼女はふっと短く息を吐いた。怒らせていた肩を落とし、目を閉じて、開く。その時には、少なくとも外見上は怒りが消えていた。

「あんたの事ははっきり言ってめちゃくちゃムカつくし気に入らないけど、まあ、ありがと。本当に、ほんっとうに気に入らないけど、お礼だけは言っておく。あんたの言葉のおかげで、ウチはヒーローもロックも、どっちも極める覚悟がついた」

 言った彼女の様子は、どこか憑きものが落ちたようだった。

「でもやっぱ腹立つから一発殴らせろ」

 言うが早い、右腕を振りかぶって、カルナの顔に思い切りたたき込む。

「ッたぁ~!」

 そして、痛む右手を抱え込んだ。

 彼女は知らぬ話だが、サーヴァントという存在はただそれだけで強度が高い。生前、ただの一般人であっても、ライフルくらいではびくともしないのだ。加えてカルナは日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)という規格外の防御手段を持っている。下手に殴れば、ダメージを受けるのは攻撃した側だ。

 ひりひりと痛む手を振りながら、耳郎はきっとカルナを睨んだ。ただし、今までのような険はない。

「これで許してあげるわよ」

 カルナは殴られた顔を小さくなでると、ふっと笑みを浮かべた。

「そうか、オレは昔、一言多いのではなく一言足りないと言われた、そんな気がするが。こういう事もあるのか。なるほど……なるほど……これは、悪くない」

 彼は満足げに、満願の思いで言い、なでていた手を握った。

 ただし、それは様子を冷めた目で見ていた現輪に遮られたが。

「いやお前、思いっきり言葉がコミュニケーションツールとして成立してないんだからそこはしっかり直せよ」

「…………、善処する」

 長い沈黙の後、カルナは絞り出すように答えた。

 そして、未だ手をさすっていた耳郎に向き返る。顔を凜々しく、それこそ英雄と飛ばれるのにふさわしく直し、言った。

「お前のことはよく覚えている。図星を突かれたからとて、オレに対する怒りはもっともだ。どんな叱責でも受け取ろヅッ」

「ふンッッッ!」

 言葉は最後まで待たずして、耳郎の鋭い左アッパーで遮られた。勢いに、カルナは思わず舌を噛んだ。

 彼女は下ろした肩を再び怒らせて、ずんずんと自分の席へ戻っていった。静まりかえっていた教室は少しずつ喧噪を取り戻し、平常まで戻った。

 いつも通りに戻った空間から、カルナと現輪だけが取り残される。現輪が隣を見ると、彼は今までになくしょんぼりしていた。現輪は思わずといった調子で、へこんでいる子犬に告げる。

「一言多いんだか少ないんだか、それはおれの知った話じゃないが……言葉ってのは相手に正しく伝わるように言わなきゃ意味ないんだぞ?」

「痛感した……」

 現輪が半眼で告げると。

 カルナは(痛くもないだろうに)顎をそっとなでながら、様子に等しい語句の弱さで呟いた。

 施しの英雄カルナ。メンタルが強い中で弱い、よく分からない男だった。まあ、英雄だ何だと言ったところで、所詮は人間だと言うことなのだろう。

 担任が入ってきたのは、カルナが消えてしばらくの事だった。

 

 

 

 現輪は今、グラウンドに居た。

 雄英には無数のグラウンドがある。これはグラウンドに限った話ではなく、大抵の施設が複数あるのだが。今居るのは、後者から出てすぐの、第一グラウンドと呼ばれる場所だった。

 担任の相澤は、ホームルームをものの数分で終わらせると、ガイダンスもなしにA組生徒全員をこの場に出した。今は整列している最中である。

「諸君らにはこれから体力テストをして貰うわけだが……」

 首を捻ってどこか気怠げに告げる。生徒の質問、もとい苦情は、最初の二つ三つだけ答えると、後は無視していた。

「この個性が蔓延するご時世、文部科学省は未だに個性禁止のテストデータを記録してる。非合理的な事にな。これから行うのは、個性把握テストだ。個性を存分に使え。頭を使って個性を全力で生かせ。まずは自分の能力を知る。そこがスタートだ」

 言って、相澤は現輪に向かい、ちょいちょいと指でこっちに来るよう指示した。

 言われたとおりに近づくと、ソフトボール投げの円の中に入るよう指示される。

「魂魄、個性なしのソフトボール投げの記録は?」

「3キロです」

「……なに?」

「だから3キロ、3000メートルちょいです」

 相澤は思わず沈黙し、浮かせていた手を落とす。

 峰田が挙手をして、声を上げた。

「センセー、魂魄は全ての中学記録を大幅に更新してます。学校じゃ個性の影響って事でノーデータになってますけど」

「……そうか。まあ、いいか。魂魄、ボール投げてみろ」

 ソフトボールを投げ渡される。

 なんだかなーと思いながら、現輪は円の縁ぎりぎりに位置取り、体を思い切り沈めた。助走をつけられるほどスペースがないため、そのまま一気に跳躍。ボールを鷲掴みにすると、小指球を進行方向に揃えて、まっすぐ投げ飛ばす。

 相澤の手元のデバイスから、小さな電子音がする。それで距離を測定したのだろうが、彼はそれを見てもいなかった。

「お前、なんでそんな変な投げ方なんだ」

「ボール投げの訓練なんて受けてませんよ。俺は槍投げしかしらないし、ボールでもそっちのほうが距離でますから。そもそもただ長距離放るだけの投げ方だって知らないし」

「あー、いや、すまん。そこじゃない。なんで個性使って投げないんだ。もう一度、今度は個性使ってやれ」

「えぇー……まあ、やってはみますけど」

 再びボールを受け取ると、今度は円の脇に位置取った。

 個性である程度言うことを聞いてくれる相手は少ない。単純に、相手に意思があるからだ。逆に言えば、意思のない相手ならある程度思い通りにできる、という意味でもある。もっとも、サーヴァントの対になるマスターという存在ではないため、その制御も申し訳程度のものだが。

 頭の中で綱引きを始める。目に見えない、レイラインと呼ばれる糸を引っ張る行為。呼び出したのは、灰色の巨漢だった。

 身長にして250センチ超。異形系でもまず見ない巨漢だ。が、間近で見た者は、実際のそれより遙かに高く感じただろう。なにせ、押さえようとも抑えきれない暴力性が、周囲にまき散らされているのだから。実際、A組生徒の大半は、体を抱くなり腰が引けるなりして、その脅威を感じ怯えている。

 ヘラクレス――それがサーヴァントの、暴力装置の名前だった。

 大雑把に命令を伝える。つまり、ボールをぶん投げろ、だ。

 その結果は、まあ分かりきっていた。ヘラクレスはボールを握りつぶし、そのまま水平にぶん投げて破片を風に乗せた。ついでに円からも踏み出しており、どこをどう見てもノーデータである。

 役割を追えたヘラクレスは、今度は綱引きを拒絶することによって霊体化した。驚異がなくなったことに安堵する生徒達に、ただただ呆然としている相澤。

「とまあ、こんな感じになりましたが」

「お前……」

 いち早く立ち直った相澤が呆れながらぼやく。

「今のはバーサーカーっていうクラスだったか? もうちょっとなんとかならんのか。例えばバーサーカー以外を使うとか」

「先生は「超速集合っす。はい来たらボールなるべく遠くに投げてオナシャス。あ、投げたら帰っていいっすわ。サイナラー」とか言う奴がいたらどうします?」

 相澤と現輪は、昔に一度だけ会ったことがある。それはヒーロー公安立ち会いの下、彼の個性で現輪の個性を無力化できるかという実験だったが。その時に、クラスとサーヴァント達の人権については話したはずなのだが……どうもあまり上手く理解されなかったらしい。

 指摘され、彼は深く嘆息した。

「分かった。まあ、二投目はいらないだろう。爆豪、お前代わりに個性でやってみろ」

 爆豪はすたすたと(なぜが現輪を睨みながら)円の中に入る。そして「死ね」という絶叫を発しながら、ボールを投げた。

 記録は705メートル。客観的に見て、かなりの大記録である。のだが、彼は悔しそうにほぞを噛んだ後、再び現輪を睨みやった。今度は殺意すら感じられる眼光である。

「すげーよこれ! 個性思いっきり使えるのか! ヤベェ、マジ面白そう!」

「面白そう、か……」

 誰かが叫んだ言葉に、相澤はぽつりと呟いた。

 あ、と現輪は呟いた。過去数時間、それも事務的に顔を合わせただけだが、それでも分かる。この教師は今、不機嫌になった。

「未だに学生気分、お客様気分か。よし、なら成績最下位は除籍処分にしよう。ヒーロー科はお遊戯のためにあるんじゃない。これだけのプレッシャーがあれば、お前ら、必死にならざるを得ないだろう?」

「ちょ、ちょっとお待ちください! それはあまりにも横暴では!?」

「横暴だろうが何だろうか、俺がそうすると言ったらそうなる。いい加減自覚しろよ、ここは雄英高校ヒーロー科なんだよ」

 その男は。髪をかき上げ、凶暴に笑いながら言った。

「“Plus Ultra”さあ諸君、最初の試練だ。このなんてことない問題くらい乗り越えて見せろ。それでこそヒーローなんだよ。自覚しろ、お前達は既に進むしかないんだ」

 生徒の目が、一瞬にして変わった。A組とは仲間であり、同時にライバルなのだと強く印象づけられた。

 体力テストは、概ね問題なく進んでいった。誰もが上手い具合に個性を使い、中学時の記録を更新していく。それは現輪も同じだった。大体の種目は中学時と変わらない。個性を活かせる種目は少なかったが、生かせる科目は大幅に記録が伸びた。握力はヘラクレスが計器を握り潰したし、50メートル走と立ち幅跳びはヘラクレスに自分をぶん投げさせる事で大幅に記録更新した(なお着地は痛かった。全身に擦り傷ができた)。

 ここまでぱっとしない記録なのは、やはりこういった事に生かせない個性の持ち主達だった。こればかりは仕方ない。不平等は、世界中どこにでもある。個性把握テストがたまたまそうだったというだけだ。

 が、その中でも特に、くせっ毛の少年――たしか名前を緑谷出久と言ったか――は振るわなかった。元々フィジカル面で劣っているというのもあるだろうが、それ以上に焦りすぎている。単純作業ばかりだからまだ救われているが、それでも焦燥の差がじりじりと出てきている。

 今も、ハンドボール投の成績が振るわなかった。どうしてか知らないが、投げる腕に意識を集中しすぎて、フォームがめちゃくちゃだった。あれでは下半身の力を上手く使えない。

 そして二投目、急に指が爆発したかと思うと、ボールは700メートル超えという、クラス上位になる大記録を出していた。

 だが、現輪が注目していたのはそこではなかった。

(あれってオールマイトの個性じゃないか?)

 彼は、瞬時にそう判断した。

 オールマイトはまだそこまで知られてないと思い込んでおり、現輪もあえて指摘はしなかったが。彼の個性が『ウイルスのように他者に相続され、体内の個性因子そのものを作り替える』ものだとは、キャスターの一部が既に解析していた。

 どういった経緯で緑谷に伝わったのかは知らないが……とにかく、あれがオールマイトの個性である事は間違いない。

 と、いきなり爆豪が、怒声をあげて緑谷に突撃していた。明らかに自制心を失っており、手の中で連続して爆発を起こしている。

 まずい。現輪は瞬時に判断して、二人の間に潜り込んだ。爆豪は現輪が見えていない。いや、視界に入っていることは間違いないが、まるでいないもののように無視している。

 ならば返ってやりやすいと、現輪は踏み込んだ。そして爆豪の反応速度を超えて、右腕を一閃。拳は彼の顎をかすめて、そして彼は崩れ落ちた。

「てっ、んめぇ……!」

「さすがに個性つかってまで殴り込むのはやり過ぎでしょ」

 冷ややかに言い捨て、担任に視線を向ける。すると、彼は首に巻いている捕縛武器を投げるところだった。現輪が止めたと分かると、それを再びまき直す。

「早い対応だ。よくやった」

「放置してたら危なそうでしたから」

「クソが! 邪魔すんじゃねえ! おいデク! 無個性のはずのテメェがどういうことだ! どんな不正しやがったコラ!」

「……彼、いきり立ってますけど」

「暴れなきゃなんでもいい。ほっとけ」

 ならいいかと思い、爆豪の近くを離れた。

 その光景は他の生徒からも注目されていたが、相澤の一喝で全員体力テストに戻っていった。

 残りの種目は(爆豪の再度の暴走も含め)問題なく進んでいった。その間、現輪はなんとなく緑谷出久に注目していた。今のところ関わりのない相手だが、どうもオールマイトの個性を持っている点が気になった。

 最後の長距離走、緑谷の記録は散々なものだった。上手く走ろうとはしているのは分かるのだが。明らかに右腕を引きずっているし、走るたびに指の傷が痛むのだろう、そのたびに歩調が鈍っていた。

 全てのテストが終わり――

 最下位には案の定というか、緑谷出久の名前が載っていた。彼はそれを青ざめた、絶望の視線で呆然としている。

「ちなみに除籍はウソな」

 投射した順位表を消しながら、相澤。

「諸君らの最大値を引き出す合理的虚偽だ」

 にやりと笑いながら、彼はそう言ってのけた。あからさまな作り笑い。

 反応は様々だった。ただただ声を上げる者、怒りに絶叫する者、当然だと言う者。その中で、現輪だけは違う感想を持っていた。

(嘘つき)

 心の中でだけ、断言する。

 相澤消太という男を深く知っているわけではない。それでも、他の生徒達よりは詳しい自信があった。

 彼は合理的という言葉が口癖――というほどでもないが、多用はする。そして、無用な虚飾を嫌うたちでもあった。

 そう、無用な虚飾だ。彼は彼は合理的だと判断したから全員残したのだし、見込みなしだと判断すれば()()()()除籍にするつもりだっただろう。一切の躊躇なくだ。その除籍というのが、退学か転科かまでは計れないが。

 現輪の視線に気づいたのか、相澤と視線が交わる。すると、彼は顔色も変えず、そっと人差し指を口元にやった。

 相澤は手早く後処理を済ませると、最後に緑谷に保健室利用書を渡し、足早に去って行った。

 ぽつんと残される生徒達。しばらく唖然としていたが。

 やがてぽつぽつと、教室に戻っていく。口数は少ない。誰も彼もが、少なくない疲労を感じているようだった。それは、必ずしも肉体的なものだけではない。除籍のプレッシャーは、成績が振るわなかった者ほど大きい。

 とりあえず現輪が思ったのは、大変だという事だ。教師も、生徒も。この雄英高校でやっていくのは。

 少々の精神的な疲れを感じながら、とりあえず現輪は、生徒達の流れに身を任せることにした。

 

 

 



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05

「魂魄さんっ!」

 だん、と机が叩かれた。両手で強く、それこそ教室中の人間が注目するほどにだ。

 時間は四限目の終了、ちょうど昼休みに入った頃だった。初授業に誰もが緊張し、そして一日の半分を終えた事で気を抜いている。

 英雄高校は事実上の高等専門学校であるが(午前は一般授業、午後はヒーロー専攻というコマになっているのだ)、名目上は一般国立高校である。高校必修のコマ数はこなさなければいけないため、かなりタイトなスケジュールになっている。当然その分の負担が生徒にかからない訳がなく、地頭に自信がない者が悲鳴を上げながら授業を受けている。

 現輪は……といえば、これはどちらとも言えなかった。特別頭脳に秀でている訳ではないが、人類史最高レベルの天才に個別教育を受けているのだ。雄英の授業でも問題なくついて行ける程度には、頭を作られている。

 ともあれ昼休みだ。

 入って早々、八百万百が興奮した面持ちでやってきたのだ。怒っているわけではない、というのは見て分かるが。どちらかと言えば嘉悦を抑えきれないといった様子だ。どちらにしても怖いことには変わりないが。

「あ、うん……。なに?」

 現輪はあからさまに引きながら答えた。

 それに気づいていないのか、彼女は鼻を鳴らしながら、机の上に置いていた現輪の右手を取った。

「ありがとうございます!」

「ええと……はい、どうも……?」

 全く理解できなかったが。とりあえずそう答えるより他になく、頷いた。正直なところ、彼女には聞き出せる様子でもなかったのだ。

 その頃になると、。特にいざこざがあるわけではないと思ったのだろう、教室の生徒達は散り散りになっていた。大体は教室を出ており、食堂に向かっているのだろう。一部は弁当を持ってきているようで、教室で開けたり、どこか据わりのいい場所を探して弁当を持ち出したりしている。

 八百万はその場で興奮に任せてくるくる回り出したが、まあ、もう注目している者もいない。幾人か迷惑そうに眉をひそめている程度だ。

「憧れのエジソン様――まさか教えを請えるとは思いませんでしたわ! 現輪さん、貴方のおかげです! ありがとうございます」

「ああ」

 やっと思い至って納得した。

 彼女は、ままいるのだが、英雄の濃ゆいタイプのファンなのだろう。

 あけすけに言ってしまえば、彼女のようなタイプは珍しくなかった。さすがに直接会うことは少ないが。

 関東西部は、見られるかどうかも分からない英雄を一目見ようと、国内外問わず観光客が20倍以上に増えている。よくやるものだ、というのが現輪の感想だった。それら全てが身内である彼にとっては、よく分からない感情だった。

「ええ、本当に、素晴らしい授業でした。さすがは現代文明の祖と言える方ですわ」

「そうだな」

 この点について、現輪は一点の迷いなく肯定した。実際、エジソンの授業はとてもわかりやすい。天才は数いるが、他者に理解させるという能力一点においては、他者の追随を許さない。

「それで、他にも教鞭を執る方はいらっしゃるのですか?」

 八百万が、ちらちらと伺うように見てくる。

 特に隠すことではないので、現輪は素直に答えた。

「何の授業だかは忘れたけど、ニコラ・テスラとダ・ヴィンチちゃんも臨時講師だってさ。あとこれは普通科だけだけど、選択音楽をアマデウス――モーツァルトが受けるらしい」

「まあまあ!」

 声を上げ、小さく跳ねながら、彼女は喜びを表現した。まさに夢見心地といった風だ。

 ふぅ、と熱い吐息を吐きながら、彼女は漏らした。

「そんな方々にも教鞭を執っていただけるのですね。来年の受験者数は凄い事になりそうですわ」

「たった一年でも教えてもらえるならって、確かに希望者はとんでもない数になるらしいな」

 教師陣に、事前にされた説明を思い出す。

 彼らが教鞭を執る事は他言無用と、事前に釘を刺されていた。あくまで目算だが、来年の受験者は普通科でもヒーロー科並になると予測されているとか。むしろサーヴァントの教育者が多い分だけ、普通科の方が受験者が多くなる可能性まであるらしい。そんな状況でも、まだ海外の留学希望者までは試算していないというのだから驚きだ。

「他の方は教師をなされないのですか? ウィリアム・シェイクスピア様とかハンス・クリスチャン・アンデルセン様など、おられたと記憶していますが」

 八百万が小首をかしげて問う。やって欲しいというおねだりではなく、ただ純粋に疑問だったのだろう。逆に言えば、彼らにそれほど興味がないという事でもある。悲しい話だ。

 現輪はぽりぽりと頬をかきながら、少しばかり言いにくそうに答えた。

「彼らはねえ……なんというか、いつも締め切りに追われてるんだよね。誰に強要された訳でもないのに、自分で自分に課しちゃってるんだ。あれはもう一種の病気なんじゃないか」

 もっとも、最大の理由は彼らが偏屈者の変人だからなのだが。

 とりあえずそれは黙っておく。会う機会もないだろうし。

 八百万は納得したというように首肯した。ついでに付け加えてくる。

「今は完全日本語版の作品も活発に発表されてますわね。勤勉ですわ」

「まあ、俺の個性の関係でね。元々興味があったというのもあるだろうけど」

「個性の?」

 彼女は首をかしげた。

 あれ、と現輪は鏡写しのように首をかしげた。が、すぐに気がつく。知らないのが普通なのだ。今までは大部分を知っている人間か、さもなくば全く無知無興味の人間かしないなかった。そのため、個性を知っている人間はだいたい全部分かっていると思い込んでいたのだ。

「俺の個性どこまで知っている?」

「過去の英雄を呼び戻せる事と、七人までしか同時に呼べない、という程度ですわ」

「間違いじゃないけど……まあついでだから捕捉するか」

 現輪はなんとなしに指を振りながら、

「俺の個性は、割と『呼んだタイミング』が重要なんだよ。サーヴァントに押し込められる情報は、俺が分かることと全く同じなんだ。だから、今呼ばれれば日本語含む数カ国語の書き読みができるけど、逆に最初の方に呼ばれた奴は、正直日本語のヒヤリングにも難儀してたくらいだ。シェイクスピアとアンデルセンは中頃……確か英語と日本語くらいは分かるぐらいの年齢だったかな。だから、俺が分かる事は大体分かる」

 それはつまり、分かって欲しくない事も知られているという事だが。

 アンデルセンで100年以上昔、シェイクスピアに至っては、400年も昔の人間である。一世紀違えば、言語も相応の違いがある。元から覚えている、昔の言葉を使うくらいならば、むしろ日本語の方が堪能なくらいだった。実際、古代英語で執筆されたシェイクスピアの原稿は、英語が分かる現輪でもほとんど読めなかった。

 どのみち彼らは、取材するときくらいしか家から出てこない。取材自体も幽霊状態で行うため、街中で遭遇することはまずなかった。なので本当に、作品以外では知る必要のない相手ではある。

「便利ですわね」

 彼女は素直に感嘆の声を上げた。現輪は苦笑をして、肩をすくめる。

「じゃないと会話もできないから。個性様々だよ」

 後は、と付け加える。

「俺の個性にはクラスってものがあるんだけど、そのキャスタークラス……まあ席みたいなもんだ。おのおの座れる席が決まってる。キャスターはいつも予約いっぱい、順番待ち状態でね。他のクラスはそこまででもないんだけど」

「なぜキャスターだけですの?」

「キャスターは魔術師、学者、作家、音楽家……とにかく何かを作ったり研究したりする奴らは多いんだ。頭の中で色々考えても、それを実行できるのは表に出たときだけ。だから皆霊体化してる時に考えて、具現化した時に一気に実行する。そんなわけだから、時間見つけて教師するほど余裕がある奴なんて少ないんだけど」

「なるほど……やっぱり個性は外から見ているだけでは分からない苦労がありますのね」

 分かったような分からないような、微妙な表情で、彼女は頬に手を当てていた。

 それも仕方がない、と現輪は思う。このあたりは、かなり面倒な問題なのだ。実際に同じ立場になってみないと、完全な理解は難しいだろう。そう、誰も彼も自己主張が強く、自己中心的な数十人に板挟みになる感覚は。

「まあ、私としてはエジソン先生がいらっしゃるだけで満足ですが」

「ちょっと待ちたまえ」

「それは聞き捨てならないな」

 と、唐突に声が上がる。

 何もない空間に、すっと幽霊のように(実際幽霊みたいなものだが)人が現れる。二人とも妙に決め顔で、ぴしっと手を伸ばしている。

「えっと……どなたですか」

「こっちがニコラ・テスラ。で、こっちがダ・ヴィンチちゃん」

 紹介すると、二人が似たように胸を張った。

 八百万は、口元に手を当てて、まあ、と呟いていた。エジソンのそれと比べると、淡泊ですらある反応だった。

 現輪は半眼になって、急に現れた二人を見た。

「お前ら、出待ちしてたろ」

「まあねー!」

 胸を張って答えたのは、ダ・ヴィンチだったが。

 ふと何かに気がついて、八百万。

「え……? ダ・ヴィンチ……レオナルド・ダ・ヴィンチ、先生ですよね? 男性では、なかったのですか?」

「いいや、男だよ」

「では、女装……とか?」

「ううん、体は女だよ」

「……?」

 八百万は全く分からないといった風に、ついに頭を抱えてかぶりを振り出してしまった。

 ダ・ヴィンチが彼女の様子に、小さく自嘲めいた笑いを浮かべながら呟いた。

「天才の感覚はいつも理解されないのか。悲しいなあ」

「変態のだろ」

 とりあえずそこだけはきっぱりと言っておく。

「ともあれ、納得いかないなあ! まるで私たちがエジソンのおまけのような扱いじゃないか!」

「その通り! 奴が下! 私が上! これは天地開闢から決まっている絶対法則だ!」

 ぎゃんぎゃんと喚く二人。言葉ごとにいちいちポーズを変えている。

 教室で弁当を食べていた一団が、迷惑そうに再度こちらを見ていた。それでも注意してこないのは、関わりたくないからだろう。現輪も同じ立場だったらそうする。小さく頭を下げて謝罪すると、彼らは雑談と食事に戻った。

「そう言われましても……」

 いきなり因縁をつけられ、困り切って、八百万。

「なぜだい? 言っちゃなんだが、私は彼より上の天才だぞ」

「そうだそうだ。奴は所詮直流、私は現代主流の交流。どちらが上かは自明の理だ」

「自分の才能と発想をブラッシュアップする能力ですが」

「うわあああああ!」

「ぐああああああ!」

 八百万の飛ばした言葉の暴力に、ニコラ・テスラとダ・ヴィンチは悲鳴を上げた。

 そういえば、と現輪は思い出した。彼女の個性は『創造』だったか。なんでも作る事ができるが、作るには第一に理解が必要だったか(そもそも理解できない不特定多数の物体をファジーに作る個性というのがあり得ない事なのだが)。となれば、まあ確かに尊敬する相手は第一に理解を与えてくれる人にもなるだろう。

「どれだけ才能があろうと、それを理解されずに埋もれていった人は多いのではありませんか? あなた方は、誰かの理解と翻訳があってこそ周知されたのだと……そうではないと、はっきり言えますか?」

「ぐおおおお……痛いいぃぃぃ……」

「私は天才、天才なんだ、そうだ、エジソンなんて……」

 ついに転がってのたうち回り始める。ちょっと面白くなったのか、八百万はしゃがみ込んでつんつんとつつき始めた。

「――理解されない才能は、無能と変わりないと思いませんか?」

「やめろ、そんな目で見るなよう……私は天才なんだぞぅ……」

「違うのだ、私はあの凡骨に拾われたから立てたのではない、自分の才能で立ったのだ……」

 ついにうめき声すら小さくなり、ぶつぶつとつぶやき始める。

 現輪はふと気になって、弁当を食べている一団に目を向けた。いい加減怒られると思ったのだが。彼らはとっくに食事を終えて、今は見世物か何かを見る目で彼らを見ていた。まあそんなもんか、とは思う。実際これが見世物でないと言っても、説得力はない。

 二人は飛び跳ねるように起きながら距離を取ると、びっと指を八百万に突きつけた。

「くっそー! 今に見てろよ! 主に授業で! 私がどれほどの天才か見せてやるからな!」

「そうだぞ! ちなみに私は物理担当だ! 授業で会おう!」

 ははははは、と高笑いをしながら、体を薄くして消えていくニコラ・テスラとダ・ヴィンチ。

 八百万はしばらくぽかんとして、やがて現輪に向き返った。

「結局何だったんですの?」

「さあね。まあ、暇だったんじゃないか? 行き詰まったときの気分転換に臨時で教師やるなんて言うくらいだしな」

 小さく肩すくめながら。そう言うしかなかった。

「ニコラ・テスラ先生とエジソン先生は、やはり仲が悪いんですね……」

「そんなことないんじゃない?」

 え? と八百万はこちらを見た。顔には心底意外だと書いてある。

 まあ、そう思うのも仕方がないだろうと現輪は思った。伝承に曰く、彼らは余人が引くほどの嫌がらせを互いにしていたのだから。

「よく罵り合ったり、殴り合ったり、電極押しつけあったりしてるけど、なんだかんだ共同研究してるしな。今は確か……核融合炉を一緒に作ろうとしてるんだったか。まあとにかく、本当に嫌い合ってたらそんなことしないだろ?」

「……そうですわね。正直最後のはどうかと思いますけど」

 言って、彼女は小さく笑った。

 静かになったところで、現輪は時計を見る。昼休みは、もう二十分と少し立っていた。

「とりあえずさ、食堂行かない? 一緒に」

「ええ、構いませんわ。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 連れ添って、食堂への廊下を歩いて行く。廊下では、早めに食事を終えた生徒がぱらぱらと通っていた。

 雄英高校の本校舎は驚くほど広いものの、食堂まではさほど距離はない。これは生徒の便利性を重視したというのもあるだろうが、それ以上に、学校が機能的に作られているからだろう。実際、校舎は外見から考えられないほど快適であった。

 食堂につくと、ここにはさすがにそれなりの生徒がいた。が、その生徒達もほとんどが食べ終わり際で、去ろうとしている者の方が多数派である。

「俺が買ってくるよ。その代わりに席確保しといてくれない?」

「分かりましたわ。私は日替わり定食でお願いします」

「了解」

 別れようとして、現輪は慌てて一言付け加えた。

「できれば長テーブル一つ確保しといて」

「二人ですのに……? まあ、構いませんけど。頑張ってみます」

 少々怪訝そうだったが、請け負ってくれた。

 時間が時間なので、食券の前には誰も居なかった。彼は併せて七人前の食券を買って、カウンターに提出した。

 全ての料理が揃い(全部日替わりにしていたので、用意が早く、並ぶカウンターも一つで済んだ)八百万が待っている場所に向かう。彼女は長テーブル一つを一人で占拠しているという事で、居心地が悪そうだった。

「お待たせ」

「魂魄さん、早かった、……!?」

 振り向いて、彼女はぎょっとしてた。それはまあ、仕方ないだろう。なにせいつの間にか、制服も着ていない明らかな部外者が、五人も増えているんだから。

 彼女の動揺は短かった。すぐにはっと気がつく。

「魂魄さんの個性の方、ですか?」

「そ」

「初めまして、お嬢さん。私はガウェインと申します」

「ガウェイン卿!?」

 光り輝くような、それでいて新緑のように穏やかな笑みを浮かべて、ガウェインが自己紹介をする。

 続いて前に出たのは、見た目は中学生くらいの少女だった。

「私はアルトリア・ペンドラゴン……あなた方にはアーサー王と言った方がわかりやすいでしょうか。今は少々霊基を変え、ランサーとして顕界しています」

「アーサー王はおとぎ話の……ではありませんでしたわね。あなた方が現れた時点で実在証明はされていますから。初めまして、お会い出来て光栄ですわ、アーサー王にガウェイン卿。私は八百万百と申します」

 彼女は焦って頭を下げた。さすがに王クラスが出てくるというのは予想外だったのだろう。

「頭を上げてください、モモ。ゲンリとの今までの話は聞いていました」

 アルトリアが言うと、八百万は頭を上げた。

 現輪が正面に、その横に並ぶようにして、サーヴァント達、全部で五騎が座った。

 食べ始める前に、と現輪は口を開いた。

「一応紹介しておこうか。アルトリアとガウェイン以外には、あっちがベディヴィエール、そんであっちがガレス。一番奥がシロウだ」

 言うと、名前を挙げられた者達が深く頭を下げた。八百万も釣られるようにして、会釈し返した。

「皆がアーサー王伝説の登場人物……という訳ではないのですね」

「そうでもないらしいんだよなあ」

「らしい、とは?」

 八百万と現輪は、共に食事に手をつけながら話した。彼女は口の中を飲み込みながら小首をかしげるという、少しばかり器用な仕草をする。

「シロウはアーサー王……アルトリアと知古らしい。だからアーサー王伝説が出典で間違いないと思うんだが……でも他の円卓が知らないってなると、修業時代の知り合いだったんじゃねえかな。もしくは話に出ても名もない村人Aとか。そういう奴が、()()()()英雄に列せられる格を持ってたってのが予想だけど」

 これはアーサー王伝説に限らないのだが。ネット上では、サーヴァントの『名前当て』が頻繁に行われていた。

 警察との兼ね合いもあって、公開できる限りのサーヴァントは知らせているのだが、サーヴァントにも当たり前に個々の意思がある。顔を見せるのも厭う者、顔くらいは知らせてもいいが、名乗るのは嫌がる者、完全公開する者。いろいろだ。このうち、顔だけが知られている者が、ネット上で『名前当て』の標的にされていた。

 そういう意味では、シロウは特殊な例だった。顔も名前も隠していないが、誰だか分からない。本人が説明したがらない(というかはぐらかす)ため、正体については現輪も知らなかった。

「そんなことあり得ますの?」

「実際あるんだから、まあ、あるとしか言い様がない」

 思わず食事の手を止めた八百万に、現輪は口にライスを放り込みながら言った。

「で、アルトリア。実際の所どうなの?」

「秘密です」

「という訳だ」

 言って、現輪はおどけるように肩をすくめる。

 こんなことは珍しくない。本当に。サーヴァントの中には(予測がついていても)、名乗らない者は結構数いる。第二の人生を楽しむためには、名前は邪魔だと思っているのだろう。

 アルトリアなど、生前の勇名が邪魔になった最たる例だ。彼女は名乗りを憚らなかったばかりに、今ではイギリスの国を挙げて喜ばれており、発覚して数年経った今でも凱旋を熱望されている。それが叶っていないため、イギリス人観光客が以前の10倍以上になり、アルトリアは時折謁見を許している。このおかげで、望むと望むまいと、アルトリアは第二の人生を、私人として生きる術を失っていた。

「しかし、シロウさんでしたか? 本当に英雄として呼ばれるような事があるんですか? 言ってはなんですが、その……」

「はっきり無名って言っていいぞ。本人も最初は無銘なんて名乗ってたくらいだし。実際、アルトリアがいなかったら今でも本名は名乗ってなかったと思う」

 ちらりとシロウの方を見る。何か反応があると思ったが。

 彼は真剣に料理を見ていた。大量生産なのにどうとか、さすがはプロがなんとか、一点物なら私も負けてないがうんたら。

 シロウは強い。サーヴァントとして、戦闘タイプの分類に入るくらいには。が、本人がそれを振るう事はほとんどないし、そもそも料理番している時間の方が遙かに長く、それを望んでいる節もある。これもまた、第二の人生を楽しんでいる例なのだろう。

「マリー王妃とかは何を成した訳でもない、ただ時代の節目にいただけの人だってサーヴァントになってるんだ。今更どんな奴が来ても不思議に思わないよ」

「そういうものなのでしょうか……」

 漏らした言葉は、どちらかと言えば独り言のようだったが。納得いったのかどうかまでは分からない。

 話を切り替えるつもり、というのでもなさそうではあったが。彼女はけれど、と繋げた。

「アーサー王が女性だとは思いませんでしたわ。女性説というのも特に聞きませんでしたし」

「その感想は正しくもあり、間違いでもあります。私は生前、男として振る舞っていたので女性説がないのも当然かと」

「誤魔化しきれるものなのでしょうか?」

 八百万が、ふと天井を見上げた。自分がもしそうだったらと考えているのかも知れない。難しい……というか、ほぼ不可能なことではある。一時的にならばともかく、一生、四六時中となると、考えただけで気が狂いそうな嘘だ。

 が、そんなことも。死してなお理想の王たろうという彼女にとっては、当然のことなのだろう。

「私だけでは不可能だったでしょう。マーリンに性別の誤認は元より、外見なども魔術によって男性らしく変えていました。大幅に変えると矛盾が生じるため、それほど大規模ではありませんが。それにより、私はアーサー王として振る舞っていたのです。簡単とは言えませんが、少なくとも私が死ぬまではそれでなんとかなっていました」

 言葉が一段落すると、アルトリアは食事に集中した。凜々しかった顔を綻ばせ、一口一口味わって小さく頷いている。こういう姿を見ると、彼女は外見よりも幼く感じる。

 現輪は、たまに思うのだ。

 英雄を現世に呼んでしまうのは仕方がない。これは自動的に行われる、もう現輪の意思とは切り離された、一つのシステムなのだ。だが、もう少し隠しておくことはできたのではないかと思う。

 オールマイトとの邂逅と、その結果による警察の保護と監視。英雄の存在を公開することは、偏に言って魂魄現輪というたった一個人の潔白を証明するための、守るための行為でしかない。もしそこで拒絶していれば……あるいは、そこまで言わずとももう少し抵抗していれば。呼ばれて間もなかったアーサー王が、ただのアルトリア・ペンドラゴンとして、一人の少女として生きていく今があったかもしれない。作家や研究者は……まあ、彼らとて自分の名声にすがらなければいけない程度の才能ではない。その前から勝手に名乗り勝手に生きていた奴はどうでもいいが。

 誰も彼もが、現輪の為に引いたのだ。それは――忘れてはならない。

「ゲンリ」

「ん?」

 いつの間にか深く考え込んでいると、ふと、アルトリアに呼ばれた。顔を上げる。彼女の顔は(食事を終えたからでもあるだろうが)、王のそれに戻っていた。

「あなたの人生だ。これで良かったのです。それだけは、間違えないよう」

「……ああ、うん。すまん、ありがとう」

「え? え?」

 事情をつかめない八百万が、きょとんとしながら両者の間で視線をさまよわせていた。

 程なく彼女も食事を終えて、ハンカチで口元を拭く。サーヴァント達は、食事を終えてまで何人も居たら邪魔なので、片付けのためにガウェインだけが残っていた。現輪と二人して五人分の片付けは少々大変ではあった。

「ところで、今更なのですけど」

 彼女はガヴェインの方に視線を向けた。女性としてはかなりの長身であり、ガウェインとは目の高さがほぼ同じだ。

「なぜわざわざ学校でお食事を?」

「お腹がすいたので」

 八百万がなんとも言えない表情で、現輪を見た。サーヴァントのやることにいちいち問われても、分かるわけがないのだが。

「ちなみにサーヴァントは食事も睡眠もいらない。これは肉体的にという話であって、精神的な趣向品としては話が別だけど」

 彼女が疑わしげにガウェインを見た。彼はなんだかやたら言い笑顔で、にかっと笑っていた。どこか、騎士の威厳とかそういうものを置き忘れたようにすら思える。

「食事は質より量です。とはいえ、美味しくて悪いことなどありません。ランチラッシュ殿の食事、堪能させていただきました」

 返却口に食器を戻しながら、そんなことをきっぱりと言ってのける。

 そういう話ではない、と再度困ったように八百万が(助けを求めるように)視線を向けてきたが。現輪にできるのは、首を振るだけだった。

 言葉が通じるからと言って、家族だからと言って、なんでもかんでも分かるわけではない。

 ないのだ。

 

 

 

 現代、もとい個性社会において、サーヴァントというのは。

 正直なところ、半ば人扱いされていない。これは人権がないという話ではなく、あくまで魂魄現輪という人間とセットとして扱われるという事だ。

 なので、サーヴァントが挙げた功績は、現輪にも付随してくる。人ではあるが、個性の一部でもあるという扱いなので、学割が適応されている食堂も、学生価格で食べることが可能だ。サーヴァントが食堂にいたのは、こんなからくりがあった。そもそも食べる必要がないという点から目を背ければだが。

 賞罰は逆の意味でも適応される。つまり、サーヴァントがやらかした責は現輪にも降りかかる。このために、警察やヒーローとはかなりお世話になっていた。オールマイトとの縁が切っても切れないのはここが理由だったりする。

 結局、サーヴァントはどれだけ自己を主張しようと、個性の一部という軛からは逃れられない訳だ。が、当然個性の一部である加護というのもある。

 例えばだ。

 学校の授業に乱入しても、個性だから仕方ないという処理をされるだとか。とか、というか、実際に乱入されたのだが。

 現輪はため息をついて、こっそりと後ろを見た。そこには、21人のクラスにはあり得ない、22脚目以降が置いてある。

 教室は異形型の大型個性持ちが生徒であっても、十分に入れるサイズがある。だから、今更一列増えようとたいした違いはない(そもそも机が一つ後列にはみ出ているので、今更席がいくつか増えても列は増えない)。圧迫されてる気分になるとしたら、それは間違いなく精神的な問題だ。

 昼休憩を終えて、まだ一年生、初の午後授業――つまり、ヒーロー学科が始まる前の時間。クラスの皆が席に着きつつも浮き足立つ中、彼だけは微妙な気分だった。午前の授業でも半数はサーヴァントに乱入されていたのだ。午後の授業に入ってこないわけがない。

 先生達が、サーヴァントに立って好き放題されるよりは、座らせた方がなんぼかマシだと思ったのかは定かではない。ただ、現輪には注意をした。あいつらなんとかしろ、と。できるわけがない、とは言わなかった。互いに不可能だと知っていても、あえて口にしない。それが大人という事なのだろう、と現輪は半ば諦めながら考えた。

 ともあれ、今はまだ誰も出てきていない。最後列は空席ばかりだった。

 授業開始のチャイムが鳴る。と同時に、廊下から大きな声が響いた。

「わーたーしーがー!」

 低く野太い声と同時に、乱暴にならない程度にドアが開かれた。

「普通にドアから来た!」

 オールマイトの登場に、周囲からざわざわとした声が上がる。周囲のざわめきを信じるに、あの衣装は銀時代(シルバーエイジ)なるものらしい。ともあれ、現輪がこの数年間の付き合いで見たことがない格好だった。

「諸君! これから行われる授業はヒーロー基礎学! ヒーローとして()()()()()為にあらゆる技術を習得する課目だ! 当然、これができなければヒーローとしてやっていけないぞ! 君らには一番重要な授業だと思った方がいい!」

 ぐっと、なぜか力こぶを作って力説する。妙なアクションはともかく、内容には説得力があった。なにせ現役ナンバーワンの言葉だ。

「一発目の授業はずばり、戦闘訓練!」

 ばっとオールマイトが言いながらポーズを取ると、思わずと言った様子で、何人かの生徒が腰を浮かせた。

「いきなりだと思う生徒もいるだろう。だが! これは諸君らの基礎能力を把握するための授業でもある! 持てる力全てを使い、存分に戦いたまえ! ただし、ルールの中でだぞ! 私との約束だ!」

 言って、オールマイトはリモコンから、何かのスイッチを押した。

 ガコン、と壁が音を上げる。壁がスライドして、中からナンバリングされたケースが出てきた。

(妙に壁が厚いと思ったら……)

 雄英はなんでか、こういうギミックが好きらしい。さすが、ダ・ヴィンチらと気が合うだけある。

「これが皆のコスチュームだ! 出席番号と同じものを受け取るように」

 ぱん、とオールマイトが手を叩いた。なんてことはない動作だが、それだけで、浮き足立っていた生徒達の気が引き締まった。誰も彼もが、一瞬前までより目つきを鋭く、緊張させている。

「Hurry Up! 着替えたらグラウンド・βに集合だ!」

 わっと、皆がコスチュームに群がった。現輪は一歩遅れて、ナンバー10のケースを取り出し、更衣室にいって着替えた。

 少々出遅れたため、着替え終えるのも最後の方だった。同じく着替えに手間取っていた緑谷が、なんとなく目に入った。

「緑谷はフルフェイスタイプか。珍しいな」

「あ……魂魄くん。うん、僕はサポート会社に作って貰ったんじゃなくて、お母さんが用意してくれたんだ」

「へぇ。でも大丈夫か? ヒーローは顔を覚えられてなんぼだろ? 完全に顔を隠したら覚え悪いんじゃないか?」

 表情は見えないが、少々困ったように笑ったのは、気配で分かった。

「それはまあ、おいおいかな。それより魂魄くんのスーツは、なんていうか、凄いね」

 そうかな、と現輪は自分の体を見下ろした。彼のスーツは灰色の迷彩服だった。形状こそヒーローらしくタイツ型だが、都市内の路地裏あたりに潜むと途端に発見が困難なようにしている。肘と膝にだけプロテクターがついていた。

「本当ならもっとこう、どこに潜んでいても分からないようにしたかったんだけどな。申請したら「ヒーローらしくない」とか「誰を殺しに行くつもりだ」とか言われて却下された。これは第三案だな」

「まあ、それ以上やったら確かに手練れの暗殺者か何かにしか思えないけど……むしろ魂魄くんが目立つことを考えようよ」

 連れだってグラウンドに行くと、案の定最後の方だった。そこかしこで互いのコスチューム評価が始まっていた。が、それもクラス全員がそろうと静まりかえる。

「では始めようか有精卵共! 戦闘訓練のお時間だ!」

 オールマイトの一喝で、全員の雰囲気が変わった。ただ一言で空気を引き締められるのは、実績から来るカリスマがなせる技だろうか。

「まずは説明をしておこう! 今回の授業は、屋内で、生徒同士の対人戦闘訓練だ!」

 考えていたよりも思い切った内容だ、と思ったのか、一部からざわめきが起こる。実際に、先生に発言している生徒もいた。

「静粛に! たしかに諸君らが普段見るヒーロー活動は屋外でのものだろう。しかし、統計的には室内、物陰、夜……そういった場所の方が、凶悪ヴィランの出現率が高い! 君たちがプロになれば、閉所や暗がりでの戦闘は不可避だろう! これは現時点でどれだけできるかを量るのと同時に、屋内での戦闘がどれだけ厄介かを知ってもらう訓練でもある!」

 そして、今回の『ゲーム』のルールが発表された。

 チームはヴィランといヒーローで2対2に別れる。場所は数階建てのビル(ヴィラン側にはビル内に仕込みの時間が与えられる)。大きなダメージを与えかねない攻撃は厳禁である。必然的に相手を戦闘不能に追い込むレベルのダメージを与えるのは困難なので、代わりに捕縛テープで縛れば倒したのと同じ扱いとなる。で、ヴィランがなぜ立てこもっているかというと、なんと核兵器を持っているから、という設定になっていた。

「先生」

「何かね魂魄少年!」

 現輪が手を上げると、ぴっと指で指してきた。

「核兵器なんて持って立てこもったら、それはもうヒーローの仕事ではなく自衛隊の管轄になると思います」

「そこはそれ、設定と言うことで納得してくれたまえ!」

「あと、一人余ります!」

「できればそちらを本題にしてほしかったな。魂魄くんの個性は少しばかり特殊だ! 申し訳ないが君には最後にやってもらうことにするよ!」

 HAHAHA! とオールマイトが高らかに笑った。というわけで、まあ、そういうことになった。

 くじの結果、最初は緑谷・麗日組対爆豪・飯田組になった。抽選が決まった後、爆豪がやたら緑谷を睨んでいるのが気になった。が、部外者が気をもんでいても無意味なことではあるため、現輪はそこで意識を切り離した。

 他の生徒は、ビルの地下に入っていって、モニタールームで観戦をすることになった。画像だけで、声は聞こえてこない。

 試験が始まってすぐ、爆豪が単独で奇襲を掛けた。別のモニターを見て飯田を確認すると、これはスタンドプレーらしい。オールマイトは特に何も言わなかったが、手元の紙に何かを記入していた。好きにやらせるだけで、採点はしっかりやっているらしい。これで、爆豪は間違いなくマイナス点がついた。その採点がシビアなのかどうかは分からない。

 それからいくらかの時間、ほぼ爆豪と緑谷だけの格闘が続いた。その隙に、麗日は単独で核爆弾確保に向かうようだった。

 ここでもオールマイトはペンを動かしていたが、これがどう評価されたかまでは分からない。現輪の評価では、これはマイナスだ。相手がわざわざ戦力を分散させてくれたのだ。いくら時間制限があると言っても、この利点を手放してまですることじゃない。というか、麗日は、緑谷が最初に爆豪を投げたとき、さっさと捕縛テープを巻くべきだった。こういった即応性の低さは、まあ、やはりまだヒーロー志願者でしかないということなのだろう。自分も含めて。

 麗日が核兵器がある部屋に達したのとほぼ同じ頃、爆豪が個性でビルを半壊させるほどの爆発を見せた。

 上階でも状況は動いているのだが、皆の視線は緑谷と爆豪に向かっていた。これはまあ、仕方がない。麗日対飯田は、端から見ても緊張感がなかった。危険ではあるが、本気で戦っているのが分かる緑谷対爆豪に比べると、明らかに見応えがない。

 戦闘は分析力の緑谷、センスの爆豪という形で進んでいった。が、状況は徐々に爆豪に傾いていく。緑谷には、まだ、その場で情報を解析するほどの能力がないのだろう。センスで対処に対する対処を行う爆豪に、どんどんと手札が消されていく。みるみるうちに、緑谷のダメージは積み重なっていった。

 時間終了寸前、あわや個性同士のぶつかり合いかという寸前で、緑谷は敗北覚悟の床抜きを行った。破壊力に比例するような爆発が、出久の腕に起きる。

 衝撃を利用した麗日が核兵器を確保し、勝負はヒーローチームの勝利となった。

 試合が終わってすぐ講評が始まり、勝負には負けど、評価は飯田が一番高いという事で固まっていた。

 担架に乗せられて、保健室に連れられそうになる緑谷を見ながら、現輪は心の中で念じた。

(姉さん、お願い)

「やっと頼ってくれたねえ!」

 いきなり、甲高い声が響いた。

 唐突に現れた人影に、わさっと広げられる、異形型を思わせる大きな翼。桃色の髪を長く伸ばし、手には背丈よりも高い杖を持っている。少女のような外見に反して、服は薄布を羽織っただけのような格好だ。

「エッロ!」

 その言葉は誰が発したかは知らないが。直後に打撃音が響いた当たり、女子の誰かに殴り倒されたのだろう。

(小学生くらいの見た目の子に欲情するのもどうかと思うが。いや年上だけどさ)

 考えたが、自分たちもほんの十数日前までは中学生だったと思い出す。自分の身長が人並み外れて高いため、忘れていたが。それならばまあ、そういう事もあるのだろう、多分。ぼんやりとつまらない事を考える。

 彼女は言葉など気にせず、にこりと笑って声の方に手を振って見せた(当たり前だが声を出した奴はそれを見ることは叶わなかった)。そして、オールマイトの前に進む。

「こうして顔を合わせるのは初めてだねえ、オールマイト。私はキルケー、鷹の大魔女さ!」

「あ、これはどうもご丁寧に。オールマイトです」

 キルケーの勢いに圧され、オールマイトが丁寧に腰を折った。

「早速だけど、現輪くんの頼みなんだ。ほいっ」

 キルケーが、ロボが担ぐ担架に乗った緑谷に一声かけると、担架ごと浮いてキルケーの前まで浮遊した。

「いやいや、彼はこれから保健室に搬送されるのであまり……」

「まあまあ見てなって。さらいほい」

 先ほどよりもさらに軽いかけ声だ。が、それだけで緑谷の傷は全て治癒していた。ついでに、苦痛で朧気だった彼の意識までをも覚醒させる。

「え!?」

 これは緑谷の言葉だったが。

 彼はがばっと起きて、全身を確かめた。コスチュームこそボロボロのままだが、体は全快している。

「治ってる……っていうか、戻ってる? 痛みもない……」

「ふふん、大魔女の私が治したんだから当然だろう? ささ、早くそんなものから降りたまえ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「お礼なら現輪くんに言うんだね。私は頼まれてやっただけなんだから」

「はい。魂魄くんも、ありがとう」

 担架から降りながら、緑谷。

 彼が降りた時点で、メカ担架も地面に戻っていたが。そのまま保健室に向かったあたり、さすがにそこまで融通はきかないのだろう。

「指の一本二本ならともかく、腕まるごとってなるとな。おれじゃ治せないからキルケー姉さんに頼んだ。姉さん、ありがとう」

 現輪が言うと、キルケーはぱぁっと花が咲くような笑顔になった。

「そうだろうそうだろう! 大魔女の私に頼って正解だろう! 惚れたかい!?」

「惚れはしないけど」

「うわぁん!」

 彼女は泣きながら、胸に飛び込んでくると地団駄を踏みつつ胸を叩いてくるという器用な真似をした。

 駄々をこね出したキルケーを、現輪は上からそっと包み込む。

「ごめんよ、キルケー姉さん。でも姉さんに嘘はつきたくないんだ」

「現輪くん……」

「あれいい話風にしてるけど思い切りフってるよね」

 余計な事を言った奴に、とりあえず睨みをきかせて。

 現輪はそのまま、しばらくキルケーをなでていた。が、一向に離れようとはしない。

 未だぷりぷりと頬を膨らませて顔を埋めては居るが。経験で、彼女がとっくに気分を直しているのは分かっている。現輪がいい加減引き剥がそうとすると、彼女はわざわざ魔術で腕力を強化してまで張り付こうとした。

 しばらくその攻防は続いたが、最終的にキルケーが満足するまで抱きついて終わりとなった(大体いつも通りの結果だ)。

 満足げにほくほくした顔で、彼女は腕を組みながら言った。

「というわけで、現輪くんのお願いだから、君たちが怪我しても特別に治してあげよう! 存分に怪我していいぞ!」

「いや、さすがにあんな自爆まんまな出力で個性使うのなんて、出すのも振るうのも難しいが……」

 言ったのは、砂藤力道だったか。およそ皆が同じ気持ちのようで、言葉に頷いていた。

 が、キルケーは気に入らないようで、ぷりぷりしている。

「なんだいなんだい、根性なしめ。若さに任せて半殺しにしたりされたりされればいいのに。現輪くんなんて日常的に私のお世話になってるぞぅ! せっかく私が治してあげるっていってるんだから無茶しようよ。なんなら体を改造でもしてみるかい?」

「あまりそういう事は生徒に勧めないでもらえるかな!?」

 オールマイトが言う。キルケーはまだ納得いかないのか、ふくれっ面だった。

「とりあえず続きをしよう! 今度のメンバーは……」

「先生!」

 言葉を遮って、びっと手を上げたのは、近未来的なコスチュームを来た飯田だ。オールマイトがポーズを取りかけの姿勢で固まる。

「先ほどの戦闘訓練でビルが半壊しているため、続きができません!」

「……そうだね」

 オールマイト。ここ20年ほどヒーロービルボードチャート1位に存在し、平和の象徴として君臨している男だが。教師としては新米だった。

 結局全員が別のビルに移動し、続きを行うことになった。キルケーも消えずに、そのまま付いてくる。

 戦闘訓練が再開し、何試合かが終わった。キルケーは最初の間こそ面白そうな顔をしていたが、すぐに仏頂面になり、今では退屈そうに頬杖を突いている。

 画面の中では生徒が真剣に戦っているのだが、鷹の大魔女はもう、興味も失ったといった風に呟いた。

「所詮お遊戯かぁ……。見所あったのは最初の試合だけだねぇ」

「そんな言い方ねえんじゃねえっすか?」

 彼女の独り言にカチンと来たのか、噛みついたのは、たまたま近くに居た切島鋭児郎だった。

 彼は戦闘訓練を終えて、フェイスマスクを外している。フェイスマスクがない彼の格好は、ヒーローコスチュームというよりは一昔前のヤンキーのように見えた。

 一応年上だと分かっているためか、丁寧語、というより体育会系の下級生がするような口調だ。

 キルケーは口を挟まれても、気分を害した様子もなく、ついでに失望を隠そうともせずに呟いた。

「言われてもねえ……。これが勇者候補生なんて言われても、大げさな看板抱えてるんだなとしか思えないよ。現輪くんほどとは言わずとも、それなりにできることを期待してたんだけど」

 つまらなそうに言う彼女に再度噛みつく前に、現輪が捕捉した。

「キルケー姉さんにとって勇者って言ったら、オールマイトクラスを指してるんだよ」

「確かにオールマイトと比べられた……でも俺たちだって目標はナンバーワンなんだし……クソっ! 言い返せねえ!」

 ぐっと、噛みしめるようにして、切島。

(まあ、姉さんの気持ちも分かるんだがな)

 悔しそうに、それでいて不甲斐なさそうにしている切島の横で、現輪は独りごちる。

 無闇に怪我などするべきではない。そして、相手へのいたわりを忘れるべきではない。それは分かる。が、だからといって、目の前のなあなあで進むような授業風景が正しいとは、まったくもって思わなかった。

 英雄とまでは言わずとも、ヒーローならやるべき時にできなければいけないのだ。先ほどの()()()()()()。キルケーの治癒魔術の能力を知っているのならばなおさらだ。怪我をしてもいいときに挑戦できないなら、一体いつなら挑戦できるのだろうか。そういう意味で言えば、現輪を除き、このクラスの中で、キルケーが英雄になる見込みがあると認めたのは、恐らく緑谷だけだ。

 怪我をしない。危険を冒さない。必要なことだろう。しなくてすむならば。ただし、その程度の場に英雄ほどの存在は必要ない。もしかしたらヒーローですらも。警察だけで事済むだろう。

 まあ、その緑谷だって素地がなさすぎるのは否定できなかったが。英雄の片鱗が見えたと言っても、あくまで精神面ではというだけだろう。

 考えているうちに、最終試合が終わった。

「さて、これから魂魄少年の戦闘訓練なのだが……」

「私の出番だね! なあに、心配することはない! この大魔女に任せておきたまえ」

「俺にぶっ殺させろや!」

「いや、そういうんじゃなくてだね」

 いきなり声を上げたキルケーと爆豪に、オールマイトは言葉に詰まった。

 が、彼はまだ分かっていなかった。同じく声を上げた爆豪が、なんだかんだ話を聞くから余計に。

 キルケーはギリシャ神話の神に近しい存在であり、またギリシャ神話の女である。神に連なる存在を信じてはいけない。逆らってもいけない。頼るなどもってのほか。可能であるならば、できるならば、触れないのが一番いい……。あらゆる教訓が証明する大鉄則。

 はっきり言って、まともに相手をしてはいけない最たる存在だった。オールマイトに失敗があるとすれば、それはなだめようとしたことである。結果論であり、仕方なくはある。ただし、取り返しも付かない。そこまで含めて詮無いと言ってしまっていいのかは、誰にも分からない。

 キルケーが何か唱えると、ふっと視界が消えた。これが、消えたのは視界の方ではなく、自分だと分かったのは、現輪だけだろう。

 気がつけば、グラウンド・βの、今までいたビル群より少し離れた場所にいた。グラウンド・βの中のままではあるが、今まで居た場所からは少し離れている。集団の中には、最後に戦闘訓練をし、まだ外に居た者達もいた。

 同時に二カ所、二十人以上を空間転移させる。キャスターの中でも彼女以外には絶対に不可能な、超の付く大魔術だった。

 皆が呆然としている中、キルケーはビルの二階から(屋上からだと声が届かないからだろう)顔を出し、高らかに胸を張っている。

「実はねえ、この授業が始まった時から準備していたんだよ! さあ現輪くん! とその他大勢! 見事このビルを登り切り、私を捕まえてみるがいい!」

「あぁ!? 上等だクソ羽根が!」

 沸点の低い爆豪が、真っ先にビルへと突っ込んでいった。そして……入り口が大爆発。圧縮した空気が炸裂し、爆豪は向かいの道まで吹き飛ばされていった。

 ひゅーん、と音を立てて飛んでいく爆豪を皆で見送る。とういか呆然と眺める。はっと、真っ先に正気に戻ったのは緑谷だった。

「かっちゃん!?」

「どういう事だね魂魄少年!?」

 オールマイトの声に、しかし現輪は顔を伏せ、抱え込みながら答えた。

「まあ、こういう人なんです。キルケー姉さんに限らないけど……」

 ため息をつきながら答えると、オールマイトは冷や汗をたらしながらキルケーを見上げた。

 彼女は一欠片も揺るがず、いったん外に出ると、浮遊しながら屋上に飛んでいった。

 と、途中でいったん立ち止まり、声を掛けてくる。

「あ、ちなみに周囲には結界を張ったから、私を無視して外に出ようったってそうはいかないぞ! ちゃんとクリアするように!」

 言い捨てて、今度こそ上空へ飛び立っていった。

「マジで出れねえ! てか個性まで通らねえぞ!」

 腕からテープを出した男が――瀬呂だったか――驚嘆しながら呻く。出したテープは何かにぶつかったという訳ではなく、一定の位置から距離が極端に長くなっている、という風らしい。

「あー、魂魄少年。とりあえず攻略法とか、説明できるかい?」

「キルケー姉さんというか、キャスターは工房だか神殿だか、まあとにかく要塞みたいなもんを作る権能を大抵は持ってます。まさか本気ではないと思いますけど……本気だったらサーヴァントでもない限り攻略できませんし。今回は死なない程度のトラップを満載にする程度で済ませてると思います。じゃあやることは一つですね」

「それは何だい?」

 そこら中を走り回って、抜け道がないか探していた飯田が問うてくる。当たり前に隙間などなく、諦めて戻ってきた所だ。

 すぅ……と現輪は大きく息を吸い込んだ。そして、一気に吐き出す。

「全員突っ込め! 罠なんて全部踏み潰せ! ぶっ飛ばされても戻ってこい! それしかねえ!」

「脳筋んんんー!?」

 誰の絶叫かは知らないが。本気でそうするしかないのだから仕方ない。

 現輪が真っ先に突っ込むと、残りの生徒も仕方なしにと、トラップの山へと突っ込んでいった。

 ちなみに。

 十数分後、授業終了寸前に、現輪がなんとか屋上にたどり着くことで、この『お遊び』は終わりを告げた。

 現輪の講評がどうなったかは、まあ、どうでもいい事ではあった。

 

 

 

 



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06 intermission#1

 闇を帯びる。それ事態は希有なことではない。人間誰しも闇を帯びている。それは心の中にひっそりとであったり、もっと直接的に、身を闇に潜めるであったり。闇はどこにでもある。そして、決して捨てられる物ではなく、逃げられる物でもない。どこにもないように見えて、しかし死角には、かならずそれがあるのだ。

 殺意を帯びる。それもまた、希有と言えるほどではない。悪感情は誰にでもある。殺意とまでは言わずとも、害意、敵意、あるいはもう少し率爾に、虚栄心……。知りたくなければ、目は背ければいい。難しいことではない。自覚したところで。だが、それらを受け入れてしまえば、話は少し違ってくる。

 闇だけであればなんということはない。

 殺意だけであれば、これもまた、重要な事ではない。

 闇と殺意、両方を抱いてしまっても、まだ引き返す事はできるだろう。しかし、それを言葉にしてしまえば? 誰かが問うたのだ。自覚した闇と殺意、意思を示してしまえば? そこに()()()()ものは何なのか。知ることが出来るのは、実行した本人だけだ。

 闇はある。どこにでもある。心にも、物理的にも。そして、殺意はそれらに、極めて潜ませやすい。あるいは、そうした者をヴィランと呼ぶ事もある。

現在(いま)を壊そう」

 誰かが言った。闇の奥深くで、絞り出すように。

「平和を乱そう」

 誰かが言った。殺意を強く固めるように。

平和の象徴(オールマイト)を殺そう」

 誰かが言った。あるいは、誰もが言った……

 深まる闇の中で、殺意が目を覚ました。

 視線の先には、日本最大のヒーロー育成機関、雄英高校があった。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 雄英高校二日目。さすがに、まだ学校に慣れたという事はないが。二度目の通学ともなれば、道に惑う事はなくなった。

 オールマイト狙いのマスコミに、無難なコメントを残してかき分ける。ちょっとした苦労ではあったが、仕方のないこともである。オールマイトのネームバリューを考えれば、するなと言う方が難しいだろう。既にネット、マスコミ問わず、いろいろな推論が飛び交っている。中にはオールマイトが後継者を探しているという説まであった(そして恐らくこれは正しい)。

 ホームルームが始まってぴったりに、相澤が教壇についた。彼は絶対に遅れない。ただし、絶対に早くも来ない。本人はそれを合理性と言って憚らないが、少しばかり疑問が残る。

「諸君、おはよう。昨日の戦闘訓練で疲れてるだろうが、これが日常になる。早くなれろよ。で、爆豪」

 名指しされ、爆豪はふと顔を上げた。

「お前、個性把握テストの時といい、当たり前のように“個性”を人に向けるな。お前が成りたいのはヒーローか? それともヴィランか?」

「……ヒーローだよ」

「じゃあ二度とやるな。能力があればヒーローになれるわけじゃないんだ。ここでそれを学ぶ気がないならとっととやめろ。次、緑谷」

「ひゃい!」

 うわずった声で、緑谷がびくつく。

「お前はお前で個性をいつまで使えないつもりだ。早く制御できるようにならなきゃ、あっという間に出遅れて、仕舞いには落第、転科だ。それとも一発屋の相棒(サイドキック)にでもなるか?」

「いっ、いいえ! 僕はヒーローになりたいです!」

「じゃあ頑張れ。幸い、魂魄がいれば怪我はノーリスクで治してもらえるんだろ? 個性制御訓練ついでに体術も見てもらえ。それが合理的だ」

「はいっ!」

 緑谷の返事に、相澤は視線だけで了解した。

 次に視線が行ったのは現輪にだったが、相澤にしては珍しく言葉に詰まった。出席簿をぱたぱたと仰ぎ、少しばかり首を捻り、視線をさまよわせる。結局絞り出した声は、ありきたりな、よく聞く言葉だった。

「魂魄、お前の個性……こう、もうちょっとなんとかならんのか?」

「頑張ります」

「そういう定型文は公式の場でだけにしろ。はっきりと言ってみろ」

 なら、と現輪は続けた。

「正直なところ、難しいと言わざるを得ません。昨日のキルケー姉さんは、いいところを見せようとかなり乱暴に入ってきて、満足したため、しばらくはこんなことしないと思います。ただそれは、別のサーヴァントに変わるってだけの話でしかありません。正直言って、トップヒーロークラスの力の持ち主達に五分の権利がある時点で奇跡的なんです。可能性があるとすれば……多分数ヶ月もすれば暴れる奴ほど飽きてこなくなると思います」

「希望は時間だけ……か。せめて授業に入ってくるのはなんとかして欲しいんだがな」

「なら、サーヴァントに頼ること全般辞めた方がいいかと。下手に講師として招くから、「本当の歴史を教えてやる」なんて言う奴がどんどん出てくるんですよ」

 その本当の歴史とやらも大分偏ったものなので(なにしろ大体が自分をいいように脚色する)、当てにはならない。

「全てを合理性だけで済ませられる訳もなし、か」

 ふっと、相澤が息を吐いた。所に、唐突に信長が出てきて、いぇーいと挑発をした。キレた相澤が出席簿をぶん投げるも、その時には既に霊体化が終わっている。かつんと空しい音を立てて、出席簿は背面の壁に当たった。

 投げた出席簿を回収して、彼は深く深く、ため息をついた。

 本人は気づいていないかも知れないが。相澤消太は、一部サーヴァントにとっておもちゃであった。

「まあいい。それで、今日は学級委員長を決めて貰う」

 言った瞬間、教室中が湧いた。

 騒がしい教室内を落ち着かせ、牽引しようとして……まあそれには全く失敗していたが、とにかく飯田が舵を取って、学級委員長を決めようとした。

「なんでもいいが、授業に影響がないよう早めに決めろよ」

 言いながら、なぜだか彼はもそもそもと寝袋を被り始めた。合理性に抵触しなければ本当になんでもいいんだな、とは現輪だけの感想ではなかったが。

 皆が沸き立つ中、現輪は一人ぼんやりしていると、ふと隣の席の麗日に声を掛けられた。

「魂魄くんは立候補せんの?」

「俺はなあ。ヒーローやりたくて仕方ないってんで、ここに入学した訳じゃないからな」

「そんなもんかぁ」

 分かったような、分からないような。曖昧な様子で、麗日が返答する。

 学級委員長は、飯田の提案で投票制にするらしい。とりあえず現輪は声を掛けられたからと言う理由で、麗日に投票しておいた。後はまあ、なんでもいい。

 午前の授業が終わり、現輪は手早く食堂へと向かった。

 特に食事の必要ないサーヴァントだが、だからといって娯楽としてのそれが必要ないわけではない。ましてやプロ級の料理を堪能できるとあらば、希望するサーヴァントは多かった。

 幸いと言っていいのか、英雄が学校内で食事をするという噂は一日で広まっていた。席は自然と開けてくれているらしい。中にはその姿を遠巻きに見て、現れた英雄が一体誰かを予想する、などという事まで行っている。

 人の迷惑にならないよう手早く食事を終えて、食堂から出る。背後では、あの顔は動画で見ただどうだと盛り上がっていた。

 と、

 急に、サイレンが鳴った。全員が体をびくつかせる中、続いてアナウンスが入る。

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 わっと、人の波が生まれた。いくら雄英生といえど、所詮はまだ高校生。ましてや殆どの生徒は、荒事と無関係な学科だ。あっという間に場はパニックになった。現輪はなんとか流されないよう隅に避難した。パニックに流されるよりは、いくらか落ち着くまでこうしていた方がいい。

(……ん?)

 急に、感覚に刺さるものがあった。鋭くはない。ほつれた糸が肌をなでるような、ささやかなものだ。が、確かにそれを感じた。今、確かに、気配が増えた。

 人でごった返す中、感覚を鋭利にするのは困難なことだった。現輪には、無数の気配を見分けるほどの技能はない。そもそもこれだって、奇襲に耐える為の技術である。離れた場所にある気配を正確に察知するというのは、対暗殺技能者以外の何かだ。

 人波をかき分けて、感覚が命じる方へ向かった。すぐに人の姿がなくなる。

 気配を感じたのは、どうやら職員室のようだったが……

 たどり着く頃には既に、気配はなくなっていた。

「なんだったんだ……?」

 独りぼやきながら、その場を後にする。グラウンドでは、既に生徒の整列が始まっていた。

 放課後、結局ホームルームまで響いた学級委員長決めは、飯田と八百万に決まった。気配については結局知れず、どこかもやもやしているうちに決まっていたのだ。

 現輪は答えの出ない疑問は忘れて、鞄を持って立ち上がった。

「緑谷、ちょっといい?」

「え? うん、なに?」

「先生が朝、俺が見てられるうちに個性の訓練しろっていってただろ。だから一緒に自主訓練どうかと思って」

 鞄の中から、一枚の用紙を取り出し、見せる。用紙には第三修練所使用許可書と書いてあり、相澤の署名もある。

「ありがとう! 実は僕も……」

「だったら俺にテメェをブッ殺させろや! 昨日のこと忘れてねえぞコラ!」

 話していると、前の席に座っていた爆豪が、いきなり話に飛び込んできた。現輪は驚きながらも頷いた。

「まあ相手するくらい構わんけど」

 ふん、と鼻息荒く、爆豪は鞄を持って出ていった。先に向かっているという事なのだろう。

「自主訓練か、いいな! ボ……俺も参加していいだろうか!」

「おう、よろしく」

 真面目な彼らしく、杓子定規に握手を交わす。と、その時、服の袖を引っ張られた。峰田だった。

「なあなあ、自主練ってあれだろ? 誰か来るんだろ?」

「師匠が来るが」

「よっしゃオイラも参加するぜ!」

 ヒャッホウ、と小さく飛び上がりながら、峰田も爆豪の後を追って、走って行った。

 半ば置き去りにされた三人で、第三修練所へと向かう。

 歩いていた時は普通の動きだったのだが、話し始めると、急に手をかくかくとさせて、飯田。

「しかし、魂魄くんは真面目だな。二日目にしてもう自主訓練を始めるなんて」

「まあ普段家でやってることの延長だよ。中学に居た頃は、いったん家に帰ってから山までいってたんだけどな。おれの家、雄英から遠いから、いったん帰ってからまた出かけると、大分時間をロスするからさ」

「僕も遠いから分かるなあ。通学大変だよね。近くにアパート借りたいって人の気持ちが分かる」

 わいわいと雑談しながら歩く。

 第三修練所は、雄英敷地内のやや奥まった場所にあった。もっとも、雄英の校舎自体が敷地の端にあるので、だいたいどこに行くのも奥まってはいるのだが。修練所は人工林の手前あたりにあり、そこそこ距離があった。

 途中の更衣室に寄ると、先に行った二人は、既に着替え終えた後だったらしい。三人して、UAという文字がでかでかと刻印してある、ハイセンスなんだかよく分からないジャージに着替えた。制服に比べてこれはどうなんだ、とは在校生が一度は思うことらしい。

 ともあれ、修練所に行く。

 着くと同時に、爆豪が飛びかかってくるとも思っていたのだが。予想に反して、彼は大人しかった。

 というか、地面に突っ伏していた。上から脚で押さえ込まれて。

「クソがぁっ! 離せや!」

「はっはっはっ、威勢だけはいい小僧だ」

 爆豪も必死に逃れようとしているのだが。上から押さえ込んでいる脚は、その抵抗を予想し、先回りしている。いくら動き回っても、拘束はぴくりともしなかった。

「師匠、なにやってんの?」

「なに、お前が来るまで暇だったからな。ちょいとこやつをからかって遊んでいたのだが、存外に歯ごたえがない」

「ざっけんな!」

 じたばたと藻掻き続ける爆豪だが、それは全くの無意味だった。その光景が信じられないというように、緑谷は呆然としていた。

「いいぞ爆豪ぉ! もっと暴れろぉ! そのたびにおっぱいがぷるぷぎゅる!」

 横で歓声を上げていた峰田が、槍の石突きでぶん殴られる。変な声を上げながら転がっていった。

「お姉さん、初めまして! 俺は飯田天哉と申します! ところで人を踏みつけるのはよくない、離していただけないでしょうか!」

 びっと、飯田が平常運転で言う。むしろ異常事態などないと言わんばかりの動揺のなさだった。

 言われて、彼女はうむと頷いた。脚をどかすと、爆豪が跳ねるように距離を置く。さすがにそのまま飛びかかっていく事はなかった。実力差を痛感しないわけがないので、当たり前だが。

「うむ、礼儀正しい。私をお姉さんと言ったのもポイントが高い。10点プラスしてやろう」

「ありがとうございます」

「なんだかわかんないのに礼を言うなよ」

 ぴっと敬礼した飯田に、とりあえず指摘する。

「あの、それで、どなたなんでしょうか……」

 おっかなびっくり聞いたのは、緑谷だった。

 こういった場合、彼女は自分から答える事はまずない。相手の反応を探って戯れているのだ。それが分かっているため、現輪は代わりに答えた。

「スカサハだよ。って言っても、分からないか」

 言うと、二人は考え込んだ。爆豪だけは別で、スカサハの隙をうかがおうと、周りでじりじり構えている。

「ごめん、分かんないや」

「緑谷くんに同じく」

「なんと、この私の名を知らんと? お前達はそろって10点マイナスだ」

「なんか減点された……」

 意味が分からない採点に、ひっそりぼやく緑谷。

 無意味と言えば無意味な採点であったが、それを理由に横暴な振る舞いをしてくることがあるため、無視もできない。かといって加点に何かメリットがあるわけでもない。ついでに言えば、十分な加点があっても場合によっては、時には気分次第で理不尽が降りかかってくる。結局その時その時で立ち回るしかない。

「師匠、初対面の相手にそういうのやめてよ」

 言って聞く相手でもないのだが。

 向き換えって、現輪は二人に説明を下。

「ケルト神話をちゃんと読み込んでないと分からない名だよ。そもそも日本じゃケルト神話自体がマイナーだしな。細かい事はともかく、世界的に有名な槍術の指導者って思っておけば、まあ間違いはない。俺の槍術も、師匠のそれがベースになってるし、実際めちゃくちゃ強いよ」

「テメェよりもか」

 言ったのは、爆豪だ。

 彼はいつの間にか構えを解いていた。隙をうかがうといっても、スカサハは常に隙だらけで、逆に隙がないと気がついたのだろう。いつでも攻め込めるようで、いざ実行しようと思うと、挙動を先んじて制される。現輪もほど10年前に、同じ思いを味わった。

 爆豪の鋭い視線を逸らすように肩をすくめて、現輪は言った。

「どこをどう比べての話かは分からないが……まあ、俺より強いよ。とりわけ宝具――個性みたいなもんだが、それを使われたら絶対に勝ち目がないってくらい」

 宝具を使われた時は死ぬときだが、とは言わない。そもそも宝具を使わない時だって、魔術で治療されなければ何千回死んでいるか分からないのだし。

 ぎらりと、ただでさえ鋭い爆豪の視線が輝いた。

「おい、テメェ、俺を強くしろ」

「無理だ」

 スカサハは即答した。

「私は見ての通り手弱女でな。素手での戦いにはとんと疎いのだよ」

「ハッ! 何が手弱女だ妖怪ババァッ」

 言葉は最後まで言えなかった。スカサハの振った槍が、彼の側頭部を思い切り叩いて中断させた。勢いのまま転がって、完全に伸びている峰田の横まで転がる。槍をたたき込まれたそこには、でかいたんこぶができていた。

「こういう人だから口には気をつけるように」

 緑谷と飯田は、同時に勢いよく首肯した。

「んじゃあ、修行始めましょうか」

 現輪は槍、というか杭を取り出す。

 現輪とサーヴァントの関係は、少々特殊だ。というのも、関係は基本的に人対人ではなく、人対地、もしくは物となっている。サーヴァントから武具などを受け取ること自体はできるが、それの所持者になることは出来ない。サーヴァントの感覚からすると、道具を貸し出す行為は、地面に置いているのと同じ感覚らしい。もっとも、そうじゃないからと言って、宝具をくれてやるような奴がいるわけもない……事もないのだが、まあ、渡されても困るというのが現輪の感想だ。忌避感なく持ってこれるのは、山のようにあっていくらでも使い捨てられる杭くらいだった。

「それについてなのだがな……」

 呟きながら、スカサハは練習用の、木製の棍を取り出した。槍型でない理由は、彼女の技量で振るえば、刃を丸めた槍でさえ簡単に刺さるからだった。ちなみに普段は鋼の槍を扱っているし、当然刃引きなどされていない。普通に刺されるし斬られるし、なんなら撲殺もされる。

「お前もいい加減技量はクー・フーリンを超えたが、如何せん体が貧弱だ」

「あの……」

 恐る恐ると言った様子で、緑谷が手を上げた。視線の先には、未だ伸びたままの爆豪と峰田がいる。

「発言を許可する」

「魂魄くんって強力な増強系くらいの身体能力があるんですけど」

「その程度では話にならん」

「あれでですか!?」

 飯田が絶叫するように言った。それにスカサハが、大きく頷く。

「当然だ。技量においてクー・フーリンを超えるはずなのに、いざ対戦すれば現輪の勝率は著しく低い。魔術で己を強化していてもだ。これは偏に身体能力の低さが原因だ。まるで話にならん。せめて同等の身体能力を得るか、地力の低さを補う技量を手に入れなければ」

「神の血を受け継いでたり、神の寵愛を受けたりした奴と同等の身体能力を求められても困るんだけど……」

 と、そこまで言って、現輪はかぶりを振った。

「だからって勝てませんじゃ済まない。だろ?」

「うむ、それもまたその通りだ」

 飯田が大きく頷いた。親族にヒーローがいると、やはりそういう場面は思い浮かぶのだろう。

「ではお前達、全員一緒にかかってこい。確りと考えて戦えよ? 現輪は壁を越えて強くなれ」

「もう何度も超えたはずなんだけどな」

「何度超えたかなど知らん。何度でも超えろ。でなければ死ね」

 すげない言葉に、現輪はひっそりと嘆息し。全員で一斉に躍りかかった。

 戦う、と一口に言っても、そこには当然差が存在する。差は、挑んでいる者同士の能力差であったり、連携能力であったり、とにかく全てだ。初対面で戦法も技量もばらばらの三人、そんな者達が囲んだところで、たいした成果が得られるはずもない。それ以前に、現輪には連携能力が全くない。今まで誰かと共闘するという事を、考えさせられた事もなかったのだから当然だ。能力差だけでも致命的なのに、連携も知らない人間が三人。囲んだところで成果などないのは分かっていた。

 現代の警察や軍隊は、無闇な連携が無為であると分かっている。差というものが、連携とは致命的に相性が悪いとも。だから個性という差に普遍性を求めるのを辞め、道具と素地で画一した能力に揃え、連携することを選んだ。

 はっきり言ってスカサハは遊んでいた。普段であれば、つたない連携でふがいない戦いなどしていれば、心臓の一つも貫かれるのだが。今日は叩きのめされるだけで、それもすぐに回復される。本当にただの様子見なのだろう。

 十数分ほど経過し、全員が死ぬほどぶっ叩かれた頃だろうか。爆豪が起きて、これに参加した。が、これは致命的だった。

 ただでさえちぐはぐだった連携が、彼によってさらに乱される。それでもしばらくして、爆豪を中心にしてなんとか連携の形が取れてきたところで、峰田が起きた。スカサハが「もし槍をかいくぐって触れられたなら、胸でも何でも揉んでいい」などと言うものだから、また連携の組み直しに苦心させられた。

 五人同時に襲いかかるのは、互いが邪魔で無為だと悟るのに、そう時間はかからなかった。最大三人、スカサハの立ち回りも含めれば、それが限界の人数だった。

 今は現輪と一緒に、緑谷が休んでいた。槍でそれなりに防御できている現輪はともかく、緑谷は叩かれた場所がまだ痛むのか、しきりに体をさすっている。魔術で治癒自体はしているのだが、現輪の腕前はお世辞にも高いとは言えないし、そもそも完全に痛みまでなくせる訳ではない。

「ねえ、魂魄くん」

「あん?」

 水分補給しているところに話し掛けられて、変な声が出る。ボトルの中身を頭にかぶり、彼の方へ向いた。

「魂魄くんって強いよね。いろんな事ができるし」

 唐突に言われて、ふと考え込んだ。思い出すのは、日常のことだ。なんてことない日常――殴られて半殺しにされたり、剣で切られて半殺しにされたり、槍で突かれて半殺しにされたり、関節技でへし折られて半殺しにされたり、鈍器で潰されて半殺しにされたり、矢で射られて半殺しにされたり――そんな毎日。

 現輪は真顔になって、緑谷に答えた。

「俺の環境で強くならなかったら死ぬわ。強くなる環境ってだけで言うなら間違いなく世界一だぞ」

「そ、そう」

 あまりに真剣な言葉に、緑谷は言葉をつっかえていたが。

 なんにしろ、死ぬという言葉は比喩として捉えたようだ。全く冗談じゃないのに、と現輪はどこか釈然としないものを感じながら呻いた。

「その、図々しいお願いだっていうのは分かってるけど……僕に魔術を教えてくれないかな」

「教えるのは構わんけど」

 あっさり言われて、緑谷は面食らっていた。

 言いながら、空になったボトルを使用済みのかごに放り投げる。さすが天下の雄英と言うべきか、片付けは必要ない。施設利用の申請をした段階で、用務員の掃除まで予約されている。当然、あまり汚せば警告があるが。

「現代人は、突然変異型の個性持ちじゃないと使えないらしい。無個性でも普通の個性でも可能性が低いとか。絶対に無理って訳じゃないらしいが、正直ギャンブルにしてはかなり分が悪いそうだぞ。ああ、理由は俺に聞くなよ。アカデミックな内容はさっぱりなんだ。で、お前、突然変異型だったりする?」

「ううん……」

「じゃあその上で、ダメ元で魔術学んでみるか? 先に言っとくけど、お前が思ってるほど魔術は便利じゃないぞ。基本的に増強系の方が強化倍率は高いし、万能性だって体質だか素質だか……とにかく生まれ持ったもんに左右されすぎる」

 緑谷は、言葉を聞いてしばらく、じっと考え込んだ。何かをぶつぶと言っているが、聞き取れるほどの大きさではない。やがて決断したように顔を上げた。

「やめとくよ。僕はまだ、個性だってまともに扱えないんだ」

「俺もその方が無難だと思うよ。試すなら全てに行き詰まってからでも遅くない」

 座り込んだまま動けない緑谷に、ボトルを渡す。彼の息は整っていたが、水が上手く口に入らないのか、零していた。

(緑谷は……確か一般家庭の出だったか)

 ならば大変だろうな、と現輪はひっそり同情した。

 現代社会において、一般家庭の人間が雄英に入るのは極めて難しい。ヒーローの家系でも、資産家の元に生まれた訳でもないというのは、それだけ大きなデメリットだ。

 現輪は一度、強くなるために、自分で鍛え方を調べたことがある。結果は無残なものだった。

 理由はいくつかある。最大の理由は、スポーツ科学の発展が停滞した事だろう。

 およそ一世紀前、個性が発見されたばかりの頃だ。個性という存在により、人間の構造そのものが一部代わってしまった。そのせいで、生物学関係の学者全員が、個性という身体機能を中心に再出発したのだ。その煽りを最も強く受けた学問の一つが、スポーツ科学だった。言い方を変えれば、優先順位が低かったとも言える。なんにしろスポーツ科学は、本来順調に発展した場合に比べて、およそ半世紀分近くも遅れを取っている。

 もう一つに、単純に武術の規制があった。こちらの事情はスポーツ科学のそれよりもっと単純で、一般市民に無用な力をつけさせない為である。

 過去にこんな話があった。中東のあたりで、武術を収めた増強系が、ライフルで武装したテロリスト18名を一方的に抹殺した、と。これは極端な例であるが、個性の脅威を端的に示した事件でもあった。つまり、武術を収めた戦闘系個性持ちは、現代兵器で武装した戦闘部隊よりも強い。

 武術と個性を組み合わせた危険性は、各国に周知された。そのため、今では道場を開く場合、所定の資格と、警察によるかなり厳重な審査が必要になる。はっきり言ってそこまでして道場を開く物好きは少なく、当然通える者も限られている。世間一般で強者と言えば、それは強い個性を持つ者の事である。そうでない場合も、単純にセンスがある者の事を指し、格闘技能持ちがそう呼ばれることは、強い個性を持つより希だ。

 一般家庭出身で、取り立てて運動神経がいい訳でもない緑谷出久。そんな彼に、増強系の個性が割り振られた。いくら個性が強いと言っても、雄英に入るのは並ならぬ事であっただろう。ましてやもらい物の個性で、使いこなせていないのならなおさら。

 魔術に浮気したくなる気持ちも、現輪には十分に分かった。まあ、十年早いとは思ったが。

 現輪と緑谷、二人が息を整え終えたところで、ちょうど峰田が弾き飛ばされた所だった。息が上がっていた飯田も、足が止まりかけている。

「そろそろ行くか」

「うん」

 準備を整え終えた二人が、入れ替わるようにして突撃していった。爆豪の咆吼と挟み込むようにして、スカサハに躍りかかる。

 今日の訓練は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 鋭く、手が迫る。手のひらこそ開いて、攻撃的な形ではない。が、指先を固め、増強系の膂力が乗れば、それは槍とさして変わらない。

 生半に受ければ、現輪とてただでは済まない。叩いて体制ごとたたき落とし、目の前から迫る体ごとまたぐように、その向こう側に逃げる。素直に横や後ろに逃げなかったのは、背後からも気配が迫っていたからだ。首筋の後ろ側に、強烈な風圧が通り過ぎる。蹴りだ、と直感した。風の塊が当たるほどの風圧を生み出すのは、やはりこれも常人に成せるものではない。

 移動経路を絞られたことは自覚していた。逃げた先、タイミングを合わせて飛び込むように、影が迫る。

(甘い)

 間、角度、動き。全てが申し分ない。ただ、前者の二つに比べれば、明らかに動きが遅かった。それは致命的な差だった。

 身長差と、リーチの違いを生かして、その影の頭を押さえ込んだ。まっすぐ下に落とす。

 影はつんのめるが、なんとか姿勢を支えようとした。が、無意味だ。いくら連携が上手くいったとしても、基本的な体術が向上するわけではない。ただ体術のつたなさを数と死角の少なさで誤魔化しているだけだ。影は転びながらも手を伸ばしてくるが、当然そんなものに触れさせてやるわけがない。

 現輪はついでとばかりに影の襟を掴んで、側方に投げ飛ばした。一人目が追撃をかけようと追ってきた方向に。影と一人目は激突し、一緒になって地面に倒れ伏す。

 最後に、破れかぶれになった二人目が蹴りを放ってくるが、これは余裕を持って躱す。ついでとばかりに服の端を掴んで捻り上げ、山と積まれた二人の上に投げ飛ばしてやった。

「ごっ」

「うぐっ」

「ぐうぇっ」

 三人のうめきが連なる。現輪はしばらく体勢を維持したが、やがて次の手がないと知ると、体から緊張を抜いた。

「お前らなあ。もうちょっと気張れよ」

「痛てて……」

「そう言われてもなぁ」

「うむ。魂魄くんのキレは良すぎる。あまり比較したくないが、近距離では兄より鋭いぞ」

 下から順に、緑谷、砂藤、飯田が呻いた。

 現輪が屈むと、彼らはそれぞれ座り直した。もう何度も繰り返した事だ。この追いかけっこをしては、失敗するたびに休憩、もとい反省会を取るというのは。

 最初の放課後トレーニングから数日、今ではクラス全員が参加するようになっていた。それに伴い、教育者陣も本気を出し始めた。ひよっこ以下揃いとはいえ、なんだかんだ世代代表クラスの才能の持ち主達だ。面白い教育材料ではあるのだろう。とりわけスカサハ、ケイローン、李書文は毎回参加している。彼らはつまり、現輪の主立った師匠でもあるのだが。

 李書文が爆豪と切島を連れ去り、八極拳を教えている。

 スカサハは轟、八百万を奪い、彼らにまず絶対に折れない槍を作れと無茶ぶりをしていた。

 その他は、素手格闘の基礎能力向上として、ケイローンが一括して教えている。三人の中ではましな方ではあるが、彼も中々頭のおかしな教師だ。教えられている人間は、血反吐を吐いている。

 そして、残りが現輪を教師に据えた、緑谷、砂藤、飯田チームなのだが。ここの教育は、順調とも言えたし、難航しているとも言えた。

「しかし、こんなことをしていていいのだろうか……」

 ぽつりと、立てた膝に顔を埋めるようにして、飯田が言った。

 彼に、現輪は問いかけた。

「こんなって?」

「この魂魄くんに触れたら勝ちというゲームだ。他のクラスメイトは、端から見ても強くなっているのが分かる。それに比べ俺達は……」

 飯田が、口の中を渋くしながら呻いた。

 彼の感想は、他の二人も感じていたのだろう。似たような表情で焦っていた。

「指示したのは先生だったよな」

「先生?」

 聞き返してきた砂藤に、現輪は頷いた。

「ケイローン先生。スカサハ師匠、ケイローン先生、書文師父、なんて俺は呼んでる。まあこれはどうでもいいが」

 本当にどうでもいいので、脇に置く。手に払う動作をしながら。

「強さには三本の柱がある。これは何だと思う、緑谷。難しい話じゃないぞ。基本的な事だ」

「基本的……パワーとスピード、後は分からないや」

「防御力じゃないか? シールドヒーロー・クラストとかそっち特化だし。違うか?」

 緑谷に捕捉するようにして、砂藤が答えた。現輪はそれに首肯した。

「こっからは俺の持論が入るけど、普遍的な強さを手に入れるって考えた場合、その三本柱のうち、二つが必要だと思っている。耐久力と攻撃力があれば、無理矢理ごり押しが可能。パワーとスピードがあれば、わかりやすく先手必勝。早さと防御力なら、タンクみたいな役割だとか。例えばオールマイトなら、パワーとスピードを持っている。さらに、ここに一定の体術がいる。素手でも武器でもなんでもいい、自分が持つ柱を生かせる技術だ」

 指折り数えながら、現輪は続けた。

「で、だ。師父は攻撃センスと、それを生かす破壊力を持てる奴を取った。師匠はもっと簡単で、槍をその場で生み出せる奴だな。ここにいるのはシンプルに、自分の肉体で高い機動力を生み出せる奴が集められた」

 ケイローンに聞いたわけではないが、これくらいは分かる。十年も弟子をしていれば、分からない方が問題だろう。

 はっとして、緑谷は顔を上げた。

「僕と砂藤くんは増強系、飯田くんはエンジンの個性、みんな早くなれない訳がないんだ!」

「その通り、三本柱のうち一本、速さを絶対手に入れられる奴がここに集められた。俺も方向としては速さ特化だから、基礎能力を教えるのに俺が選ばれたんだろうな」

 一息おいて、現輪は続けた。

「まず飯田。スピードは十分だよ。ただ緩急付けられると途端に処理落ちするのがお前の欠点だな。お前が緩急をつける必要がある、とまでは言わない。だけど、速度に緩急をつけられる相手に追いつけなきゃ話にならん」

「うむ、俺の昔からの課題だ。全力で対処しよう」

「頑張ってくれ。次に砂藤だが……」

 彼は一人、まだしょんぼりしていた。様子からすると、どうも自分の能力に疑いを持っているようだった。もっと端的に、心が折れかかってると言ってもいい。なんにしろ、この訓練で一番伸び悩んでいるのは彼だった。

「体術とかより、まず個性の使い方だな。はっきり言って全くなっちゃいない。ちょっと聞きたいんだけど、お前の個性ってオンオフしかできないの?」

「いや、微調整はできるんだが……できるはずなんだが……」

「ええと……」

 言葉の選び方に、現輪は悩んだ。こういうのは、自分の柄ではないのだが。そもそも彼自身、まだまだ修行中の身だ。基本的に戦闘型のサーヴァントに劣るし、そうでなくとも、宝具を使われれば勝負は分からなくなる程度の力しかない。

「そうじゃなくて、全身にくまなく使うことしかできないのか? 筋肉の動きに合わせて個性を使えば、もっと爆発力があるはずなんだが」

「試したことがない……いや、あるのか? ずっと昔、難しくてやめたような気がする」

「お前、個性把握テストで何位だった?」

 不意に問われて、砂藤は考え込んだ。テストがあったのはほんの数日前の事だが、順位など、あまり記憶深いものでもない。最下位になったら除籍というプレッシャーがあればなおさら。

「確か12位、いや13位だった」

「増強系の接待みたいな試験でその程度っていうのがそもそもおかしいんだよ。今のお前の個性は、全身力みながら動いてるようなもんだ。筋肉が上手く動いてないし、力んだ筋肉が動きの邪魔までしてる、っていうイメージが近いか。とにかく、個性と筋肉を連動できるようにしろ。そうすれば、次に個性把握テストなんてあったらクラス上位に入れるはずだ」

「おう!」

 彼は力強く頷いた。無くなりかけたプライドがもどりかけたのだろうか。

「で、緑谷なんだが……一番難しいんだよなあ」

「だよね……」

 本人も自覚はあるのか、肩を落として答える。

 現輪はうーんと悩みながら、問題を列挙していった。

「技術面じゃ問題ないんだよな。センスがあるわけじゃないが、考える力が飛び抜けてる。一個一個丁寧に、順調に成長してる。ただ如何せん、背が低い、骨が細いっていう典型的フィジカル弱者だからな。手に入れた技術を生かせるスペックがない」

 何より、と現輪は、さらに深く悩んだ。

「個性をマジにオンオフでしか使えてねえ。一回スイッチ入れたら局所がぶっ壊れる力しか出せないって、どんだけピーキーなんだよ。いや、体をぶっ壊さなきゃいけないのに躊躇なく使えるってのは評価するけど。おかげでキルケー姉さんがいないと迂闊に個性も使わせられない」

「う……本当に申し訳ないと思ってます」

 緑谷は、肩をすくめて、苦笑いをしながら答えた。

 笑い事ではないのだが、本当にどうしうようもない場合、人間はそうするしかないのかもしれない。彼の表情も、引きつった結果苦笑に見える、というだけなのだろうか。

「ちょっと聞きたいんだけど、緑谷はいつ個性が発現したの?」

 一瞬、いつ引き継いだのか、と問いそうになって、それはなんとか制する。オールマイトの秘密は、漏らしていいものではない。そして、知っていることを知られてもいけない。そういう類いの秘密だった。

「そうだデクてめぇ! 俺を騙してやがったなあ!」

「ヒィ!」

「なんなのお前。地獄耳なの?」

 いきなり、少し離れたところで套路を踏んでいた爆豪が絶叫した。聞き耳をたてていてもおいそれとは聞こえない距離のはずだが。

 直後に、書文に「よそ見をするな!」と怒鳴られながら、腹を殴られていた。悶絶しながら転がり、何メートルか吹き飛ぶ。腹を押さえ苦痛に食いしばりながら、それでも緑谷を睨んでいる姿は、見事と言うかなんというか。

「個性は……最近です」

「もうちょっと詳しく」

「えっと、今年に入ってから……一月末です」

「今年!? 一月末!?」

 声を上げたのは、飯田だが。それに砂藤が続けるように言った。

「そりゃ使えねえよ……俺が個性暴発させて、物ぶっ壊しまくってた時期と同じじゃねえか。お前、受験直前に発現して、よく雄英に合格したな」

「待てや、ゴラァ……!」

「ひえっ」

 地獄の底から響いてくるような声。爆豪が、腹を強く押さえながらも、芋虫のように這ってこちらに向かってきていた。

 餓鬼もかくやという表情に、皆が一歩引いた。現輪も表には出さなかったが、ドン引きである。

「嘘じゃ、ねえだろうな! 俺に、黙って、たんじゃ、ねえ……だろうなぁ!」

「ち、違うよ本当に! 個性が出た時はもう中学も自習ばっかりで、話す機会がなかったんだ! 本当だよ! かっちゃんも年明けてから僕と話した記憶ないでしょ!?」

「……チッ!」

 苦しいだろうに、わざわざ舌打ちまでして、爆豪。

 その後さらに、彼は書文に「いつまで転がってるつもりだ」と蹴っ飛ばされ、無理矢理引きずられていったが。なおその様子を見ていた切島は、マジかよこいつという表情をしていた。

 爆豪が消えて、しばし沈黙があたりを支配した。他のチームの訓練音だけが響く。誰も、何も話さなかった。静寂……というよりも、爆豪の乱入からなる謎の気まずさに、耳の奥が痛くなるほどだった。

 おほん、と咳払いし、空気を変えたのは現輪だ。そうしなければいけない、謎の義務感があった。

「とにかく、緑谷と砂藤は一時個性の使用を禁止。ちょっとこっち来て」

 やってきた二人の肩にそれぞれ触れて、現輪は目を閉じた。

 魔術。それを扱う感覚は人それぞれ違うらしい。こればかりは自分で獲得するしかないと、キルケーに、そしてスカサハにも言われた。現輪は目を閉じて、心の中に浮かべる。古びた器だ。大きな、広い、縁が見えないほどの杯――。それに、水を注ぎ込むイメージ。それがスイッチだった。

我が命において、力を与えよ(ウル)

 魔力は魔術回路を通って変じ、魔術という指向性を持って両者に流れた。体の()()()()湧き出す力に、二人がびくりとする。

「シンプルな強化の魔術だ。お前らの体が耐えられるギリギリまで強めたし、体の動きに合わせて力が流れる。今日はそれで訓練して、明日以降、個性をその感覚に寄せていってくれ」

 言いながら、現輪は魔術回路を閉じた。

 普段であれば、怪我を覚悟で個性を使わせてもいいのだが。今日はキルケーがおらず、そうもいかない。

 彼女は今、警察と会談中だった。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 塚内直正は、ぎりぎりと痛む胃を押さえていた。

 警視庁の広い会議室に、たった二人。一人は直正、もう一人は、見た目幼い少女だった。長いストロベリーブロンドの髪に、どこか人間離れした美貌。顔立ちも体つきもまだ幼いが、その体に纏う衣装はいっそ扇情的とも言える。ただし――その顔に張り付いたものは、外見にそぐう類いのものではなかった。笑顔ではある。ただし、張り付いたような。口元と目元だけをうっすらと歪めた、人形に設えたような微笑。魂魄現輪に言わせれば、それは魔女の顔というのだろうが。

 こんな部屋に、官能をそそる少女と二人だけで居れば、関係を疑う者もいるだろう。何のことはない、単純に、他の者が彼女との同席を拒絶しただけだ。あるいはもっと直接的に、この幼さ残る女性に恐れをなした、と言ってもいい。

「さあ、今日の話を進めようか。私もこんなところで長々と油を売っているほど暇じゃないんだ」

 にこりと笑いながら告げる。少女の声で、悪魔のような宣告を。

「ええ、そうですね。キルケー氏」

 直正の言葉ははっきりとしたものだったが、その中には、確かに恐れが存在した。

 彼だって、本当はこの恐ろしい女と話したくなどなかった。たまたま関係者で、階級が一番下だった。それだけの事で、こんな下手を掴まされた。

 キルケーはテーブルに肘を突き、組んだ手の甲に顎を乗せて、直正をまっすぐ見た。間違っても親愛のそれではない。もっと言えば、人間をみるそれでもない。のたうち回って今にも死にそうな獣を嬲る目か、体の端から壊れていく人形を弄ぶ目か。

 考えて、直正はかぶりを振った。勝手な想像は辞めよう。なんであったとしても、ろくなものではない。少なくとも、勝手な想像である内は。

「今日は、なんだったかな。君たちとの話しは、本当にどうでもよくて、実りがなくて、忘れてしまったよ」

「魔術回路とやらの……事情についてです」

 彼女の圧力に気圧され、絞り出すように答える。

 ――かつて、魂魄現輪が言っていた事を思い出す。キルケーは魔女である、と。

 神に連なる存在を信じてはいけない。逆らってもいけない。頼るなどもってのほか。必ず自分が思っている以上の借りを作ることになるから。そして、魔女はその借りを、必ず取り立てる。

 逃れようと考えてはいけない。必ず最悪を超えた結果を生み出すことになる。一番いいのは、魔女が魔女の顔になるまで付き合わないことだ。

 当時の自分を殴ってやりたい。直正はひっそり頭を抱えた。

 彼のその言葉を、直正は一笑に付していたのだ。思春期の少年少女によくある、身内を褒めることを避ける感情だろう。もしくはもっと単純に、好きな姉を取られる事を避けたのだろう。そんな風に思っていた。彼の本気の、渾身の警告を。

 結果がこれだ。彼も、そして警察も、もはや抜け出せぬ沼に浸かってしまった。

 直正の様子は、キルケーも分かっているだろう。分かっていないはずがない。しかし、彼女がそれを鑑みる事はない。彼女はあくまで、魂魄現輪の愛する姉であり大魔女なのだから。

「魔術回路……そうだね、平行世界、分かるかい? まあ一般的な認識程度でいいんだ、分かるね」

 彼女は問いかけたが、答えは全く期待していなかった。返事も待たず、どころか直正の様子も無視して続ける。

「私たちの本体は、この世界から一歩踏み出した英霊の座、という場所に保存される。だから、我々の記録は、平行世界までをもまたいで共通なんだ。記憶というほど確かなものじゃないのが難点なんだけどね。ただし、遠近の感覚はある。この世界から遠いほど、共通された記録は朧気になる訳だ。うちだとカルナなんかがそうだね。異世界の聖杯戦争の記憶はある、あるけど、本当に()()()という程度の事しか思い出せない」

 キルケーが片手をほどいて、指を振った。次の瞬間、空気が冷える。単に空調を冷やしたのか、それとも空気そのものを変質させたのか、どちからは判断できなかった。恐ろしいのは、どちらであっても息を吸うように実行できるという点だ。

「この世界は、魔術がある世界と比べると、だいたい5世紀ほどに物別れしたんだろうねえ。他の世界では裏側で脈々と続いていた神秘の秘密、魔術の技法が、そのあたりで完全に途絶している。たまーに、パラケルススやアヴィケブロンといった天才が魔術を再発掘する例外を除けば、失われた技術扱いだった。名実ともにね」

 冷気で冷えた肌をさする。

 キルケーは小さく笑った。何が面白いのかは分からない。ただ、童女のように、老女のように嘲笑う。

「もう分かるんじゃないかな。個性因子とは魔術回路――かつて魔術を扱うためのシステムだったものだよ。それが神代返りし、変質し、魂の代わりに肉体と結びついたのが個性なのさ。だから普通の個性持ちに魔術は使えない。魔術回路が完全に変質しているから。だから無個性に魔術は使えない。魔術回路そのものがないから。唯一、突然変異型個性の持ち主だけが魔術を扱えるんだ。彼らがなんで親から引き継がない個性を扱えると思う? それはね、個性が肉体ではなく魂由来だからだよ。先祖返りしていくらか個性因子が魔術回路に戻ったもの、それが突然変異型の正体だ」

 何か、今までとは違う表情で、とても愛おしそうに彼女が笑った。

 その先に何があるか、それだけは直正に分かった。魂魄現輪だ。彼女はなぜだか、あの少年にとても執着している。いっそ呪いのようだ、と直正は思っていた。ただし、嫌われることをもっとも恐れているため、彼が嫌うことだけはしない。

 そうでなければ、彼女は警察になど協力していなかっただろう。例え金銭で契約を結んでいても。キルケーが手段を選ばなければ、魔術という未知の技術で呪いの一つでもかければ簡単に終わっていた。必要とあらばそれを躊躇う女でもない。それくらいは分かっていた。いや、分からされたか。

「そんなわけで、魔術師は基本的に露出を嫌うけれど、この世界には魔術組織そのものがないから関係ないね。広まったところで無意味だし」

 とはいえ、と彼女は手を組み直し、続けた。

「私からしたら、この世界は本当に頭おかしいよ。個性っていうのはいわば、固有結界みたいなものだ。全人類が体内展開型の固有結界の持ち主に変わった世界、もしくは未来。なんともまあ、狂った世界としか言い様がないよ。そういった意味じゃ、全人類魔術師なんだから、やはり魔術を隠す必要はないね。ああ、ここら辺は君たちには分からないか。まあいいや、本当に、どうでもいい」

 クスクスと、魔女が嗤う。その姿にぞっとした。

 キルケーの視線は、そばに魂魄現輪がいない限り、原則的に恐ろしい。中でも一番恐ろしいのがこれだ。無知な犬を見る視線。自分で生きる術を持たぬ獣を観察する貌……

「今日はこれくらいでいいかな。次の機会は……まあ、君たちに任せるよ。その方がいいだろう?」

 くつくつ……くつくつ……笑い声が響く。彼女はそんなに笑っていないはずだ。それなのに、部屋の中、無数の笑い声が反響し、いつまでも響く。

 キルケーが立ち上がっても、直正は何も言わなかった。ただ申し訳程度に、視線だけで彼女を追った。

「ああ、忘れていた」

 扉に触れる直前、彼女は振り返って言った。その様子に、直正は必要以上に肩をふるわせる。

「きみたち、魔術の情報は()()()()()()管理するんだよ」

 どこか含みを持たせた、言い聞かせるような物言い。

 彼女はそれだけを残して、扉に手も触れず、すっと消えていった。それが魔術によるものか、霊体化とやらなのか、直正には判断がつかなかった。

 

 

 

 



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07 USJ編

 水曜日、午前の授業を終えて、午後のヒーロー基礎学が始まる。

 普段、授業開始のために時間を食われるというわけではないが、その日は早めに着席する事を指示され、全員がチャイム前には席に座っていた。先生も珍しく予鈴が鳴る頃には既に教壇に立っており、何か準備を始めていた。

 本鈴と同時に、相澤が話し始める。

「今日の授業は、人命救助(レスキュー)訓練だ。俺とオールマイト、13号の三人体制で行う。戦闘訓練以来の実技訓練だ、気合い入れろよ」

 ざわり、と教室がどよめいた。

 これまでヒーロー基礎学は、ヒーロー法についての座学だったり、基礎能力を手に入れるための運動だったり。まあ普通の授業とさほど変わらない内容だった。生徒達は拍子抜けしていたと言えるし、欲求不満だったとも言える。

 つまり待ちに待った授業だった訳だ。思わずその心意気が漏れる者達がいるのも、仕方ない。

 ただし、相澤には関係のない話だが。

「話の途中だ、黙っておけ」

 ぴしゃりと言われて、教室は一瞬で静まる。

「今回、コスチュームの着用は各自の判断に任せる。必要だと思った者だけ着ていけばいい。ただし、コスチューム自体は持って行くこと。ヒーロー活動はコスチューム着用が大原則、着てたから救難活動に支障がありました、なんて言い訳は許されない。授業最後の方じゃ、さわり程度でもコスチューム着用状態での活動を体験させるからな」

 ぴ、と手元のリモコンを押すと、コスチュームが収納されているハンガーが小さい駆動音を立てて出てきた。

「着替え次第外のバスに集合、速やかに搭乗しろ。向かう先は少し離れてるから迅速に動け。以上」

 全員が一斉に動き出す。行動は効率的かつ迅速だった(早くしないと後が怖い)。

 バスの前に集合すると、飯田が声を上げた。

「全員、速やかに行動するため、二列に並ぶんだ! 搭乗したら奥から素早く着席するように!」

 が、内部は彼が予測していた横2列型ではなく、縦列と横2列複合タイプだったためあまり意味はなかった。飯田は席に座りながら落ち込んで声を上げていた。それでも段取りは守っている辺り、ヒーロー科の委員長らしいと言えばいいのか。

「なんであいつってこう、気合い入れるほど空回りするんだろうなー」

 ぼんやりと言ったのは砂藤だ。連日の放課後訓練で、それなりに仲が良くなっている。高度連携(と、それを断ち切る者)を要求される関係上、不仲でいられる訳もなくはある。

 現輪は横2列タイプの座席で、隣には耳郎響香が座っていた。彼女は眠たいのか、こっくりこっくりと船をこいでいる。一度かくんと頭を落とすと、その拍子に起きたようだ。一瞬、ここがどこだか分からないと言った様子で周囲を見回し、バスの中だと分かると、恥ずかしそうに涎を拭く。

「疲れてるみたいだな」

 現輪が言うと、彼女は顔を赤らめた。今の一連の動作を見られていたと思ったのだろう。実際見ていたので、否定は出来ない。

「まあ、ね。分かってるつもりではあったけど、ミュージシャンとヒーロー活動、両立するのって大変だわ。救いは、どっちかに行き詰まったらもう片方で気分転換できる所だけど。なんだかんだ、どっちかの活動はノってやれるからね。まあ、楽しくはあるよ」

「そいつは上々」

 耳郎と他愛のない話をしていると。

 いつの間にか縦列座席では、個性の話になっていたようだ。わいわいと、レスキュー向けの個性やら、ヒーローで扱いやすい個性やらと離している。

「なー魂魄!」

 と、いきなり切島が声を掛けてきた。

「今さ、緑谷の個性について離してたんだけど、実際の所あいつの個性ってどうなんだ!? やっぱ制御不能か?」

「んー……わかんねえなあ」

 いつの間にかまた寝入り、肩に頭を乗せて意識を飛ばす耳郎に、さりげなく位置を直して寝やすくしてやりながら。

 理屈の上では、できるはずではある。ただしこれは、幼い頃から個性を体になじませていればの話だ。ましてや人から移ってきた個性というのが、どれだけ融通が利かないのかは、現輪が量れる所ではない。

「そもそも緑谷って個性のオンオフだけ、0か100だけしか今まで意識してなかったんだよなあ。微調整や制御がそもそも頭の中になかったって言うか。つい先日、微調整の“感覚”だけを魔術で教えたから、これからに期待としか言い様がないが」

「あー、まあそうだよねー」

「皮肉とかじゃなくて、個性の扱いが幼児と同じだからな」

「10年の遅れは痛いわよね、けろ」

 芦戸、切島、蛙吹が続けて言う。

「あくまで私見だけど、緑谷の個性は発動倍率が決まってる類いのもんじゃないと思う。後はまあ、時間と努力の問題でなったらいいなと思ってる」

 オールマイトと同じように……と内心だけで付け加える。全くの手探りでは難しいが、要は彼の感覚をオールマイトのそれに近づければいいのだ。サンプルがあるなら、いくらか成長も早まるという希望は持てる。

「俺の“硬化”は最初あんま強度ない類いのもんだったから、その点緑谷は恵まれてるぜ! 遅れを取り戻すのは大変だろうけどがんばれよ!」

「うん! 早く皆に追いつかないと……!」

 緑谷はぐっと、小さくポーズを決めて気合いを入れていた。

「制御が難しいっていう意味じゃ、魂魄ちゃんも同じよね」

「俺の場合は、そもそも制御できないタイプだからな。というか、制御できる範疇だと、自分で言うのもなんだが完璧に制御はしているんだ」

「そうなのかね?」

「ああ」

 カクカクと腕を動かしながら問う飯田に、なんと言えばいいかとしばし考えて。

「例えばこのクラスでも飯田みたいな奴から爆豪みたいな奴まで、いろんな()()を持つ人間がいる。そんなに奴らに「とにかく俺の言うことを聞け!」と言った場合どうだ? 飯田なら不承不承でも聞いてくれるかも知れない。だが爆豪なら絶対に聞かない? そうだろ?」

「ったりめえだボケ!」

 最後の問いかけは爆豪に向けたものだが。彼は期待通りというか、強く反発した様子で答えた。

 爆豪の大声に、びくんと肩に乗っている耳郎が震えた。が、起きる様子はなく、頭の座りがいいようにもぞもぞと動いていた。

「とまあこうだ。これは別に、爆豪が悪いわけじゃないぞ。当たり前の事なんだ、一個の人格がある人間なんだから。ましてやサーヴァントから見れば、俺なんて目下、格下の人間だ。そもそも言うことを聞いてくれる方が例外なんだよ」

 いつの間にか、バス内の視線はほとんど現輪に集まっていた。相澤ですら、注意して言葉を聞いていたくらいだ。

「俺に出来たのは、たった二つだけだ。呼ばれてきた奴を無視しない。そして差別しない。本当に、たったこれだけなんだ。それで、なんとか奇跡的なバランスでやってきてる。個性の制御は頑張ってるが、サーヴァントの制御なんて考えたことがないよ。せいぜい、問題を起こさない奴に裁量を多目に振ったくらいだ。もし俺がサーヴァントを支配していいように扱おうなんて考えたときは、多分、それが俺の破滅の時だ」

「なんというか、聞くだけでもぞっとしないはなしね、けろ」

「そうだな。俺も今の個性で良かったと思わされるよ。魂魄にゃ悪いが、魂の具現化個性なんて冗談じゃねえや」

「ま、悪いことばかりでもないんだ。俺が強くなれたのは、間違いなくサーヴァントに指導されたからだし」

 一応、フォローだけは入れといた。

 言っていて、ふと現輪は気がついたように呟いた。それは誰に向けたものでもなかったのかもしれないが。

「どのみち、人間なんて体一つだって理想通りに動いてくれるわけじゃないんだ。今更個性がちょっとばかりままならなくたって、嘆くような事でもない気がするよ」

「そんなものなのかなー?」

 どこか疑わしげな芦戸の言葉には、苦笑するしかなかったが。

「多分そんなものだよ。そうやって15年やってこれたんだから、文句を言うほどのことでもないんだ。本当にね」

 

 

 

 着いた場所は、救難訓練場というよりは、どこかアトラクションじみていた。誰かが「USJかよ!」と声を上げる。現輪は首をかしげた。

「USJ?」

「魂魄ちゃん知らないの? 有名なテーマパークなんだけど」

「あいにくとそういうのとは縁のない人生だったからなあ」

 あるいは、人生がまるまるアトラクションのようなものだが。

 呟くと、周囲の視線が集まった。半分は信じられないというもので、もう半分は哀れんだものだった。なぜそんな目で見られるのか、とちょっと釈然としなかった。

 先生、13号が生徒の前に立ち、声を上げる。

「地震、台風、ヴィランの暴走……それらに伴う無数の事故・災害。そういったものでも特に発生件数が多いものをここに詰め込みました。その名もウソ(U)災害(J)事故(K)ルームです」

 ふむ、と現輪は頷いた。

「やっぱりこれがテーマパークなんだな」

「違うわ」

 きっぱりと蛙吹に否定されたが。

 13号と相澤が、ぼそぼそと密談していた。普通に考えれば打ち合わせなのだろうが、にしては声を潜める理由というのも分からない。

「先生!」

 飯田が声を上げる。腕はそこまでしなくてもというほど、垂直に起立していた。もげてそのままどこかへ飛んでいきそうな勢いだ。その動作の大きさが学級委員長として頼りがいがある理由であり、同時にどこか空回りしていると言われる所以でもある。

 なんにしろ、今は空回っていない方だった。

「先生方が3人体勢と聞いていたのですが、オールマイト先生はどうしたのでしょうか!」

「あー、それを今13号と話していたんだが……どうも急用でな。授業後半には合流出来る見込みだ」

「なるほど、了解いたしました!」

「他に質問は? なければ進めるが」

 相澤は誰の手も上がらないのを確認して、13号に目配せした。

「では僕から、言いたいことはいくつかあるのですが、重要な事だけ」

 13号はどこか雰囲気を変えて――これはおそらく怒気だ――続けた。

「我々の許可なく個性を人に向けた場合、その者は僕の権限において即除籍です。これに救済措置はありません」

 ぴりぴりした雰囲気に気圧されて、全員が押し黙った。誰かが飲んだ固唾の音が聞こえる、そうとすら思えるほどの重圧。

「この中に心当たりがある者もいますね? あえて誰とは言いません。ですが、温情はその一回限りと思ってください。僕は相澤先生ほど厳しくはありませんが、甘くもありません。不用意に、感情的に個性を人に()()()()()()()()者はヒーローになどできません」

 びくり、と爆豪が震えた。クラスの半数ほどの人間も、彼の方を見ている。

「13号……」

「相澤先生は黙ってください。僕はこの一点に限り、あなたには賛同できません。最低でもその場で何かしらのペナルティを与えるべきだったんです。いいですか、心当たりのない者も他人事だとは思わないように。僕は常に目を光らせているし、目撃した以上絶対に許しません。分かりましたね?」

「はい!」

 全員が、戦きながらも返事する。爆豪は悔しげだったが、それでも返事をしないほど幼くはなかった。

 13号は手を打った。その途端に、脅すような雰囲気が霧散する。

「よろしい。ヒーローとは、個性を人のために使える者、これは大前提です。さらにその上で、どれだけの事が出来るかが問われます。これは一生の事だと思ってください。以上! それではこれから、レスキュー訓練のガイダンスに入りましょう」

 言葉を終えた瞬間――

 中央噴水広場近くで、無数の気配が湧き出た。その中には隠しもせず、敵意、害意……そしてなにより、殺意があった。

「先生!」

 現輪は思わず叫び、気配の方向を指さした。

 相澤も13号も、なんだか分からないと言った様子だったが。指した先を見て、瞬時に二人は構えた。

「13号!」

「はい! 全員その場から動かず、指示を待ちなさい! 相澤先生、守りはまかせて」

「何だこりゃ! いきなり意味わかんねえっすよ先生!」

「ぼさっとしてんな!」

 呑気な事を言っている切島の頭を思わず叩きながら、現輪。

「これは襲撃だよ!」

 黒く広がった塊が、一点に収束していく。それはやがて人型を取って、頭部らしき場所に白い線が入った。どうやら黒い男が、ヴィランを運んだ個性を持っているらしい。現輪はひっそりと、その男の危険性を最上位に置いた。あの男さえ何もさせなければ、どうにでもなる。逆に言えば、あの男に好きにさせると、手の施しようがない。

「13号……イレイザーヘッド……おや、おかしいですね。先だって手に入れた情報では、イレイザーヘッドではなくオールマイトがいるはずですが」

「チッ! 先日防衛機構を壊したのはお前らか。あの混乱に乗じやがったな」

 相澤が悪態をつく。が、彼がそうした理由がもう一つあるのを、現輪は分かった。

 抹消ヒーロー・イレイザーヘッド。その名は、実のところほとんど知られてないと言っていい。本人が露出を望んでいない事もあり、雑誌などで全く扱われないのだ。それこそ知名度で言えば、木っ端ヒーローに毛が生えた程度だ。彼の名を知っていると言うことは、情報収集を怠っていないという事になる。

 まさか雄英を舐めている訳もないが、それにしたって、名声で言うならぶっちぎり最下位の相澤まで調べて来ている。これだけでも脅威はそこらのヴィランより上だ。

 リーダー格らしい体中に手を貼り付けた男が、どこかひび割れた声で言った。

「なんだよ……オールマイトがいないなんて……いきなりゲーム不成立じゃないか」

 ぶつぶつと、小さく独り言を言う。声などさほど大きくないはずなのに、その声は妙に通った。

「何人か殺せば出てくるのか? なあイレイザーヘッド、どれくらい殺せばオールマイトは出てくると思う?」

 掌の男を無視して、相澤は叫んだ。

「13号、連絡は!?」

「駄目です、通じません。有事の有線回路も切られているようですね」

「やることはただの突撃でも、過程は周到か。ここに居ないブレーンがいるな」

 彼は視線を隠すための網目が入ったゴーグルを装着し、首の布を緩めた。特殊な繊維でできたそれは、拘束具であると同時に、武器でもある。

「上鳴、お前の個性で連絡!」

「試しました! でもダメッス! ジャミングか何かされて通じません!」

「チッ! 本当に準備がいい」

 吐き捨てて、彼は包帯を構えた。

「13号は全員連れて避難だ。俺は殿を務める」

「無茶ですよ先生!」

 絶叫したのは、緑谷だった。

「先生の個性は多対一に極端に弱いじゃないですか! それをこんな人数……ただじゃすみませんよ! 本当に死んじゃうかも!」

「覚えておけ、緑谷」

 相澤が、階段から飛び降りるように跳ねた。

 作られた災害を万が一にも外に出さないためか、USJは盆地のような形になっている。入り口からかなり長い階段があるのだが、彼はそれを一足で飛び降りた。当然、普通の人間が同じ事をしてただで済む高さではない。それをたやすく行う当たり、高い身体能力と体術が窺えた。

 飛び降りた相澤は、すぐに乱戦へと持ち込んだ。いくら抹消の個性があろうと、四方から狙われて消去し続けられるわけではない。それを封じるためなのだが。

(おかしいな……)

 現輪は戦いを見ながら、独りごちた。

 相手の反応から察するに、“消去”の個性を知らなかったらしい。少なくとも有象無象は。彼らの幹部格らしき掌の男と霧の男は知っている様子だったのに。

 ついでにいえば、戦い方もなっちゃいかなかった。いくら相手の手口が分からなかったと言っても、多対一でさえたやり方など決まっている。統制を保ち、相手の足を止めて、数を頼りに袋叩きにする。これで手練れだろうが何だろうが、大抵は勝てる。が、彼らはあっさりと混戦に持ち込まれ、相澤に終始ペースを握られていた。

 さらに、一人一人が弱かった。たしかに喧嘩慣れしている様子はある。体も大きな者が多い。が、それは単純に素質があるといった程度の話しである

(ただのチンピラの集まりだ……これで……この程度で、オールマイトを狙う?)

 その疑問こそが、現輪の抱いた最大のものだった。

 相澤が時間を稼いでいる間に、集団は扉へとついていた。ほぼ同時に、13号の悲鳴が上がる。

「開かない……システムが奪われてる!? 仕方がない、無理矢理壊して……」

「申し訳ありませんが、逃がすつもりはありません」

 いつの間にか現れた霧の男。現輪でも、気配が急に切り替わったようにしか感じなかった。おそらくは転移系の個性だ。

「こんにちは、ヒーローの卵達。我々は(ヴィラン)連合。我々の目的はオールマイトを殺すこと……あなた方には、オールマイトをつり出す餌になって貰います。まずは、ヒーローに無力と絶望を食らっていただきましょう」

 瞬間、ぶわりと広域に、闇の膜が舞った。

 現輪は脚に力を入れて、しかし失敗に舌打ちする。襲撃をかけるには、位置取りが悪すぎた。人が周りにいすぎて、進むも退くも上手くいかない。

 彼に変わって素早く動いたのは、爆豪と切島だった。素早く殴りかかる。それは成功したように見えたが、しかし攻撃は、霧に散らされていた。

「反応が早い。さすがは雄英生徒ですね。しかし……迂闊」

 さらに大きく広がった闇が、まず真っ先に二人を包んだ。

「って、すぐ避けられもしないのに突っ込んだのかよ!」

 闇は卵形に、かなり大きく広がっていった。

 現輪はそれに包まれる前に、脚に貯めた力を解放した。垂直にまっすぐ数メートル跳ねて、個性の影響外に跳ねて出る。

「おや? 一人逃げられてしまいましたか。まったく、本当に。ヒーロー候補生は恐ろしい」

 現輪が落下するより早く、霧の男は消えていた。彼が落ちれば、真っ先に攻撃されると分かっていたのだろう。ちっと舌打ちして、現輪は地面に降り立つ。次にしたのは、地面を確認することだった。

(血は……ないな)

 霧の男の個性が、転移系である事は割れている。ではそいつにやられて最も恐ろしい行動は? 転移の途中に個性を切って、擬似的な、なんでも切れる剣にされる事だ。

 周囲に血痕がないという事は、あの一瞬で殺されたという事はないだろう。とりあえず、現輪はほっと息を吐いた。まだ考えら得る可能性はある――地面の中に直接転移されて窒息死だとか――が、生存率が高まったことは嘘ではない。

 次にすべきこと。これは簡単だ。すぐさま脱出して、先生を呼んでくる。現輪が全力で走れば、どれほどもかかるまい。

 全力で跳ねて、壁の向こうへ飛んでいこうとして。レーザーか何かだろうが、正体は分からないが、とにかくそんな物に打ち落とされて、内側へと戻された。

(侵入者防衛機構……内側からも機能するのかよ! 鉄壁過ぎるだろ雄英! これじゃ助けを呼べない!)

 さすがに毒づいて、現輪は着地した。

 雄英の防備は、かなり強力だ。が、それが逆に裏目に出た。さすがにこの規模で、電子制御に寄らない非常脱出口がないという事もないだろうが、現輪が探すほどの余裕はなかった。というか、非常脱出口のためにUSJ内を走り回るなら、ヴィランを全滅させた方がまだ早い。

 個性で防衛機構までをも掌握、ないしは暴走させているヴィランだが。さすがに長時間奪っていられる個性の持ち主がいるとは思えない。まさか、電子機器制御などという個性の持ち主が複数いる訳でもないだろう。そうは思うが、希望的観測は最大の敵だ。それこそヴィランよりよほど恐ろしい。ほんの一度裏切られただけで、人はあっさり死ぬ。時間経過による脱出の可能性も折り込み、正攻法の脱出は困難だと思った方がいい。

 次善の行動は、考えて、彼はすぐ行動に移った。さきほど相澤がしたのと同じように、階段を飛び降りる。

 相澤の背後、異形型個性のヴィランが襲いかかっている。それに相澤が対処するより早く、現輪は殴りかかった。膝を横合いから蹴り抜いて、折ってやる。異形型ヴィランは悲鳴を上げたが、そんなものは無視して相澤と背中合わせになった。

「お前……!」

「報告!」

 相澤が全ていう前に、現輪は声を上げた。

「現在入り口からの脱出は不可能! おれ以外は転移個性持ちに散らされて行方不明! 現在すべきなのは、ここにいるヴィランを可及的速やかに排除して、再度脱出を試みるか、他の生徒達を探して安否を確認すべきだと思います!」

 ぐっと、相澤の押し黙る気配。

「恐らく緊急防備が暴走している。これを止めるには、センターに行って教師IDで承認する必要があるが、今はそんな余裕ないな。13号なら上手く非常経路から脱出してくれるだろうが」

「その機能をヴィラン側が全部奪った可能性は?」

「ない。センターシステム自体は雄英本校に設置されている。こっちにあるのは制御装置だけだ」

 とりあえず、最悪のパターン、ヴィランに施設ごと乗っ取られている訳ではないと知って、安堵する。

「俺はわりかし対人特化なところがあるんですよ。どんだけあるか分からない防備を抜くよりは、ここで先生と戦って、とっとと抜けた方がなんぼかいいかと。それとも、戦いはおれに任せてとっとと逃げてくれますか?」

「駄目だな。そんな危険なギャンブルはできない」

「おいおい、一人逃がしてるじゃないか。黒霧の奴、使えないなあ」

 ぼりぼりと、いらだたしげに顔を掻いて、掌の男。

 なんとなく、ではあったが。木っ端揃いのヴィランの中で、彼だけは『鍛えた』形跡を感じた。彼がヴィランを盾にしながら襲いかかってくれば、それこそ脅威だっただろうが。今のところその気配はない。それだけが吉報といえた。

 発動系個性だろうか、氷や火などが現輪に飛んでくる。それらが発動できているという事は、背後を任せてくれたのだろう。現輪はそう判断した。

 地面に転がる、砕かれたコンクリートの破片を蹴飛ばす。それで火を迎撃し、氷は手で弾いてやった。

 タイミングを合わせて――合わせたつもりだろうが、動き出しが遅い――ヴィランが左右から突撃してくる。姿勢から打撃勘を持ってるのは感じるが、そもそも正規の訓練を受けていない。手で拳を受け止めて、軽くねじってやる。そうすれば、自分の力で腕が折れる。

 骨が破砕する鈍い音。一瞬送れて、ヴィランの耳障りな悲鳴が、二つ響いた。

「おい! あまりやり過ぎるなよ!」

「基本的に相手の力でぶっ壊れてるんですよ。そういうのは敵にいってください」

 相澤に注意されるが、そう言うしかなかった。

 基本的に、現輪が教えられている技は必殺だ。そもそも相手の安否ど考えない。とりわけ八極拳などになれば、殺さない方が難しかった。

「おいおい、いいのかよヒーローの卵。ヴィランとはいえ、そんな風に痛めつけてさ」

 掌の男が、嘲るように言った。

「おれは危険人物はがんがん殴りつけるタイプのヒーローだよ。相手を痛めつけてるのに、痛みも知らず更生させるなんて都合のいい話しは信じない」

「ハハハ、俺たちよりよっぽど危ない奴じゃないか」

 何がおかしいのか、男はけたけたと笑っていた。

 しゃべっているうちにも、ヴィランは襲いかかってくる。そのたびに半殺しにしていると、そのうち及び腰になる者が出てきた。現輪を見て怯えながら、なんとか遠距離攻撃で対処しようとしている。

 そのうち近づいてこなくなったので、相澤の背後を空けない程度に接近してなぎ倒していく。

 相澤も少し余裕が出来てきたのか、合間に上手く呼吸を入れながら、現輪に言った。

「おい、お前の“個性”は使えないのか?」

 ぼかしているのか、彼の言葉は少々曖昧だった。

「一人ここにいる気配はあります。誰かまでは、おれには分かりません。それでも手を出してこないという事は、奇貨とでも思ったんじゃないですかね。実践を積ませる好機だとでも。なんにしろ、頼りにはならないと思ってください」

「まったく、いい個性だよ!」

 相澤は叫びながら、ヴィランの一人を縛ってこちらへ投げてくる。落ちてくるヴィランの顎を打ち抜き、割ってやる。口から血をまき散らしながら、気絶したヴィランが転がっていった。

「それより問題は霧の男――黒霧とやらですよ。あいつがフリーハンドでいる限り、いくらでもなんとでもなります」

「個性で分かったことはあるか?」

 現輪はちらりと掌の男を見た。

 彼は話しを中断させてくる様子がない。それどころか、面白そうに様子を静観している。よそ見をしたと判断したヴィランが襲ってくるが、それは視線も戻さないまま蹴倒した。

 彼の隣には、体中に傷を持った、奇妙な男がいる。あるいはこれが自信と余裕の源なのか。見た限りでは、呼吸すらしているか分からないほど、微動だにしないが。

「複数人数を同時に転移させる強力なワープゲートの個性。個性の範囲は広く、発動も早い。おれ以外誰も逃げられなかったくらいですから。個性そのものに殺傷能力を持たせられるかは分かりませんが、少なくとも条件はある。じゃないとあの場で皆殺しにしなかった理由がありませんし」

 掌の男は、やはり何も言わない。それどころか笑いは深まり、続けろと言っている風ですらあった。

「推測その一、一定以上の質量がある場合は個性を切れない。推測その二、個性を切って擬似的な切断機にはできるが、即応性がない。推測その三、切断を行う場合は、なんらかのリスクがある。個人的には一番であってほしいですがね」

「はははは! 本当に優秀だな雄英生! 正解だよ。二番と三番の複合だ。やるじゃないか」

「ついでに、他の答えも教えて欲しいもんだね」

「ご褒美だ、死ぬ前に教えてやるよ」

 けらけらと、掌の男。

 これで全て把握したという訳でもないが、とりあえず分かったことはある。この掌の男にとって、今回の襲撃はゲームと何ら変わらない。子供が友達と遊ぶのと同じように、そして、それで本気になって怒らないように。その程度の感覚なのだ。

「あんたの自信の元はその隣の男か? 生きてるんだか死んでるんだかも分からなそうな」

「その通り! 見る目があるじゃないか。こいつが本命、オールマイトをぶっ殺してくれるのさ」

 にたにたと笑う。高らかに笑う。これもまた子供らしく、自慢のおもちゃを見せつけたくて仕方ないといった風だ。

「そして、お前達もこれからこいつに殺されるんだ。やれ、脳無」

 瞬間、暴風が荒れ狂った。

 脳無と呼ばれた黒いヴィランは、もうほとんど壊滅していた、残り少ない仲間を跳ね飛ばして近づいてきた。颶風に跳ね飛ばされたヴィランは、死んではいないようだった。が、放っておけば死ぬだろう。そんな風に思えるほど、勢いよく飛んでいた。

(俺より早い!)

 思考を加速させ、迫る敵を迎撃する体勢を取って。限られた時間の中で、現輪はそれを認めた。自分より早い。速度で競えば勝てない。

「脳無、先にイレイザーヘッドを行動不能にしろ。生徒の方はその後で言い。奴に見せつけながら、ゆっくりと殺してやるんだ」

 言葉の内にある残虐性を隠そうともせず、掌の男。

 相澤は即座に反応できるよう体をたわませて構えていたが、しかし全く足りていなかった。速度を目で追うことも出来ず、あっという間に組み伏せられる。

 脳無が相澤を組み伏せる姿勢は、めちゃくちゃだった。それこそ下から暴れれば、簡単に抜け出せただろう。突っ伏した相手の腕を持っているだけなのだから。しかし、腕力差が大きければ、話しは変わってくる。のしかかるわけでもなく、腕を握っているだけで動きを封じる。並の腕力差では起こらない。

「ぐ……魂魄、逃げろ!」

「ははは、終わりだ、イレイザーヘッド」

 相澤の悲鳴のような声と、嘲笑が聞こえる。相澤では勝てない、現輪は瞬時に判断した。

 手の中に、杭を取り出す。脳無の豪腕が、相澤の肘を握りつぶす一瞬前、肘の内側を突き刺した。

 やけに弾力が強く、思ったほど深くは刺さらなかった。勢いだけで言えば、それこそ腕を半ば切断するほどだったのだが。しかし、役割は果たした。肘の内側の腱を寸断した。どれだけ腕力があろうとも、構造が人間ならば関係ない。人の体は筋肉の連動なしに動けるようにはできていない。

 相澤の判断は素早く、腕を内側に巻き込んで、拘束を破った。脳無とやらはさらに追撃しようとしたが、それも現輪が、もう片方の腕も突いて妨害する。

 転がるようによってきて、受け身を取り、なんとか体勢を整える相澤。その隣で、現輪は油断なく構えていた。

「個性の使用が云々って怒らないでくださいよ」

「言わん」

 彼は短く答えながら、しかし姿勢は低いままだった。今の一瞬で、体のどこかを痛めたのだろう。動けないほど致命的ではないが、普通に戦えるほどでもなさそうだ。

 対して脳無は何事もなく動いている。肘の裏側の刺し傷も、もう残っていない。個性の系統までは分からないが、高い防御力と瞬間回復は確定だった。そして、少なくとも身体能力の方は、“消去”で無力化できない。

「おいおい、情けねえなプロヒーロー。生徒に助けられるなんて」

「その通り。だから、そのでかぶつの相手はおれにさせてほしいもんだね」

 一瞬、掌の男はきょとんとしたが。続いて、大きく笑い始めた。

「はははは! そうか、そんなに死にたいか! ならいいさ。脳無、予定変更だ。そっちの学生から殺せ」

 黒い悪魔が、身を落として構える。

 現輪は目を鋭くしながら、それを迎え撃った。

 

 

 

 



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08

 暗闇は一瞬だった。それは距離が短いからか、それともそういう個性なのかまでは分からないが。とにかく一瞬だった。漆黒の空間では、方向も、重力もない。ただ体が浮かされる感覚に、軽く吐き気を覚えた。

 闇が消えて、重力が再び体を捉える感触に、出久は再び吐き気を覚えた。宙に投げ出され、眼下が水場だと知った瞬間、彼は思いきり息を吸った。

(ああああああ!)

 絶叫は、心の中でだけだった。口に出してしまえば、空気を消費する。ここで吐いてしまえば、ただ着水しただけで溺れかねない。

 両手で頭を庇って、衝撃を受け止める。腕に衝撃が走った衝撃は、さほどではなかった。思ったほど高い位置から落とされた訳ではないらしい。それだけは安堵する。

 が、それで難が去った訳ではなかった。

「獲物、一匹目ぇ!」

(待ち伏せ!)

 水中の中でも響く声。異形型のヴィランが、大口を開けて突っ込んできた。

 反射的に殴ろうとして、躊躇する。相手は見るからに水中行動に適した個性を持っている。個性を使って殴ったところで、水圧でダメージを与えられるか?

 判断は明らかに遅かった。ヴィランを殴るのでも、水圧で自分を空へ打ち上げるのでも。どちらでも早くしなければならなかった。もう間に合わない――

 詰めが甘いのは確実だった。が、今回に限って言えば、それが功を奏した。

 ヴィランの横っ面が、唐突に蹴りつけられる。その影は高速で水中を泳ぎ回り、何かを体から伸ばして、出久の体に巻き付けた。勢いのまま、水面へと引っ張られる。

「緑谷ちゃん、大丈夫?」

「あっ、蛙吹さん!? あり、ありがとう!」

「梅雨ちゃんって呼んで」

 体に巻き付けられている物は、舌だった。どれだけの力が入るのか、人一人を軽々と持ち上げる。そのまま、水難ゾーンの中央に浮かんでいるクルーザーに投げられた。

 水難ゾーンにはもう一人転移させられたようで、次に峰田が打ち上げられていた。彼女はなぜだか怒っているようで、峰田を叩き付けていたが。

 二人を救出し、蛙吹はぺたぺたと壁を這って上ってきた。ヴィランが追ってくるかと出久は構えたが、彼らは水中で観察しているだけだった。水に引きずり込めばいいのだから、わざわざ有利なフィールドから出ないという事か。なんであれ、余裕が感じられる行動ではあった。

「二人とも、体におかしなところはない?」

「うん、大丈夫、蛙吹さ……つ、ゆちゃんが助けてくれたから」

「ゆっくりでいいわよ」

 出久は下を観察した。水面から顔を出すヴィランが、ぱっと見でも十人はいる。全員が全員強力な個性を持つということはないだろうが、この状況で、驚異がないとは間違っても言えない。

「くそっ、くそーっ、なんだよあいつら!」

 だんだんとデッキを叩きながら叫んでいるのは、峰田だ。ヴィランの余裕は、この声が聞こえているというのもあるだろう。

「あいつら、オールマイトを殺すって言ってたよな。か、勝てる気で来てるんだよなぁ! オイラ達、大丈夫なのかよぉ!」

「意味のない仮定だよ」

 出久は、可能な限り落ち着き払って答えた。

 訓練しているとは言っても、所詮は学生。入学したてで、まだろくな訓練も受けていない。それでこの初陣だ。怯えがないはずがない。それでも出久は、可能な限り、声から抑揚を取り払った。

「雄英はオールマイトだけじゃない。最高峰の教育をするために、ヒーロー学科を受け持つ教師は全員現役ヒーローなんだ。これは日本の高校だと雄英と士傑だけなんだけど……つまり、学校には最低でも十数人のヒーローが所属してる。例えオールマイトに勝てる個性を持ったヴィランがいても、この人数を対処するのは現実的じゃない」

「そうね、緑谷ちゃんの言うとおりだわ。先生達はそんなに弱くない」

 声の震えは、なんとか隠せたのだろう。もしくは、分かっていて無視してくれたか。

 出久は、言葉の中の疑問を反芻した。

 そう、意味がない。オールマイトにだけ対処するのでは。その証拠、というには少しばかり弱いが、無数のヴィランは教師一人に、いいようにあしらわれていた。あの程度のヴィランが相手なら、オールマイトを殺すなど夢のまた夢だ。

 何か切り札があるのは違いない。が、その切り札がどの程度力を持つのだろうか。まさか雄英教師全員を相手して対処出来るわけでもあるまい。そんなヴィランが居たら、そもそも奇襲などする必要がない。雄英に正面から強襲すればいいのだ。それをしないという事は、やはり何かしら弱点なり欠点なりがあると考えた方が妥当だろう。

 ならば、生徒を転移させたのも納得がいく。生徒全員の個性を把握している訳ではないのは、蛙吹がこの場にいる事から分かる。もしかしたら、生徒の個性は全く分かっていないのかも知れない。その中に、切り札に対抗できる個性がいるのを嫌ったのではないか。

「じゃ、じゃあどうする?」

「とりあえず私たちがすることは、ここから脱出して……」

 出久が考え込んでいる間に、二人は話しを進めていた。と、

 強烈な炸裂音と、振動が響く。ヴィランの一人が、クルーザーを真っ二つに割ったのだ。船はゆっくりと、しかし確実に沈んでいく。

 がりがりやらごぼごぼやら、けたたましい音が鳴る中、蛙吹はぽつりと言った。

「今、脱出するしかなくなったわね」

「うわあああああああ、こええええええええよおおおおおお!」

 出久もいっそ叫びたい気持ちではあったが。先にパニックを起こされると、そんなこともする気になれないらしい。なんにしろ、すっと冷静になって、出久は考えた。

「峰田くんって、拘束系の個性だったよね?」

 毎日のように行っている自主訓練のおかげで、クラスメイトの個性は大抵把握していた。

 聞く。と、その頃には、彼は平静に度持っていた。

「ああ。オイラの“もぎもぎ”はオイラ以外に触れると張り付いて離れないぞ」

「……聞いといてなんだけど、冷静になるの早いね」

「おっぱいの為に神話の槍使いに突っ込んだりしてるからな。こういうのは慣れてるんだ。一度わっと騒ぐと冷静になりやすいってもの経験だぜ」

「まあいいけど」

 なんだか釈然としないものを感じたが、出久は切りだした。

「蛙吹さん、急な水圧があっても泳げる?」

「自在にとはいかないけど、進行方向を保つことくらいはできると思うわ。さすがに体が潰れるようなのだったら自信ないけど」

「なら作戦は簡単だ。材料は今ヴィランが作ってくれた」

 出久は軽く、体から力を抜いた。

 思い出すのは、先日全身にギリギリまでパワーが満たされか感覚。そして、それが必要時にのみ発揮される感覚。体を何度も暴発させながら、なんとか形にはなった。魔術による強化に比べれば、全身緊張しているようなもので、拙かったが。

「フルカウル、5%!」

 ぎしりと、全身に紫電が走る。重苦しい悲鳴だ。

「超パワー! 制御できるようになったのか!?」

「完璧じゃないけど、少しならなんとかね」

 息苦しい。峰田の賞賛に、言葉少なに答えた。

「蛙吹さん、水の中に飛び込むから準備しといて」

「分かったわ」

 出久はクルーザーの破片を引っぺがして、それを峰田に掲げた。

「峰田くんはこれにもぎもぎ貼り付けて」

「おう!」

 大きな破片の一部にもぎもぎが張り付く。出久はそれを、ヴィランに向かって投げつけた。

 半端とは言え、増強系が投げた破片だ。速度も威力も並ではない。それはヴィランに命中し、そしてもぎもぎによって張り付く。

 同じ事を何度も繰り返し、邪魔になりそうなヴィランの動きを片っ端から封じた。やがて警戒したヴィランが、包囲を広げた。

「今! 行くよ!」

 叫ぶと、二人が出久に抱きついた。それを確認して、出久は大きく拳を振りかぶった。

「全身連動、ネイキッド8%!」

 小さく跳ねる。体が宙に浮く。進行方向を合わせて、拳を打ち抜いた。

 フルカウルの発展形、あるいは完成形。あちらが全身なら、こちらは身体連動型。難易度は遙かに高い。未だに実用レベルには達していなく、決められた動きを行うくらいしかできない。

 が、逆に言えば、決められた動きしかする必要がないなら、未完成でも扱える、という事だ。

New Hampshire SMASH(ニュー ハンプシャー スマッシュ)!」

 拳圧で、三人そろって包囲の外に飛んだ。それだけで陸地までは届かず、水の中に落ちる。蛙吹が抱える二人の体を構えて、方向を揃えたのを感じた。それを確認してから、追ってくるヴィランに向かって、もう片方の拳を解き放った。

SMASH(スマッシュ)!)

 ごっ、と、ジェット噴射のように加速する。水中タイプのヴィラン達を、その推力と、生み出した乱流で置き去りにした。乱れる水流は制御が難しいはずだが、それでも蛙吹は上手く水をかき分けて進んだ。

 やっとの思いで陸地に着く。追ってくるヴィランの姿はもうなかった。彼らが水中の外に出てまで襲ってこないのは、分かっている。

「それで、これからどうするべきかしら」

 水を振り払いながら、蛙吹。それに真っ先に答えたのは、峰田だ。

「すぐこっから出て助けを呼ぶべきだぜ!」

「でも、それには入り口前広間を通らなきゃいけない。ヴィランが最初に現れた場所だ。多分ここが一番防備が強いよ」

 水難ゾーンから、広間はすぐだった。水から上がって、目と鼻の先に戦っているのが見える。

 戦いは、二つに分かれていた。ヴィランたちと相澤。そして、その横に控えていた巨漢と魂魄だ。戦えるヴィランは半数くらいまで減じており、残りは戦闘不能だったり、戦意喪失していたりしている。

 と、視界の端にヴィランが映った。何かに轢かれたのか、手足をめちゃくちゃな方向に投げ出して、血だまりに沈んでいる。

(う゛っ!)

 直視してしまい、吐きそうになりながらも、出久はなんとか声を抑えた。もし他の二人が確認し、うめきでもしてしまえば。ここに潜んでいる意味がなくなる。

「魂魄ちゃん、凄いわ」

「うん、強いのは分かってたけど、これほどまでとは」

 巨漢と魂魄の戦いは、実のところ、ほとんど見えなかった。単純に、両者の動きが速すぎる。目で追う事も難しい。

「あの手のやつもつええぞ」

 峰田が物陰に隠れながら言った。

 彼の言うとおりだった。個性を発動していない所を見るに、個性は封じられている様だが。それでも体術で、相澤と張り合っている。

「緑谷ちゃん、どうする? 見つからないように移動して、助けを呼びに行く?」

「……辞めた方がいい、と思う。見えないように入り口に移動するのは多分無理だよ。これ見よがしに移動したら、せっかく戦意喪失してるヴィランが復活して、かえって相澤先生の邪魔になると思うんだ」

「じゃあここで、機会をうかがうのね」

「それがいい! そうしよう! 危ないことはやめようぜ!」

 ひたすらに消極的な峰田には、さすがに賛同できなかったが。

 三人はその場で、息を潜めた。

 

 

 

 弱い。

 それが脳無とやらと戦う、現輪の素直な感想だった。

 脳無が腕を振りかぶる。その動きは、早いが、遅い。どれだけ膂力に優れようとも、動きが予測できてしまうのでは意味がない。

 見たところ、真っ当な存在ではないだろう。振りかぶった腕が顔の数センチ横を通過していくのを、あっさり見送って、現輪は考えた。

 個性。現代の人類は、個性が生まれて五世だか六世代だかだったか。一世代が20年から30年で次世代を生むとしても、長くて150年ほど。それが長いと感じるかどうかは人によるだろうが。少なくとも、個性という人体を研究するには、そこそこ十分な時間であったと言える。

 個性終末論、もしくは個性特異点だったか。そんな理論があったと現輪は思い出した。個性は世代を経るごとに混ざり合い、深化していき、やがて全ての要素を内包する個性が生まれる、という理論。サーヴァントの誰だったか、これを指して、神返りと呼んでいた。

 逆に言えば、個性は最終的に神になるポテンシャルを持っている、という事だ。

 それに比べれば、脳無の個性というのは細やかなものではあるのだろう。個性が混ざり合えば、これくらいは出来てもおかしくないと言える。だが、現輪には、どうにもちぐはぐに感じた。一つ一つが、合って()()()

 再生、ダメージ軽減、怪力。考えるに、全てが別の個性だ。これは、個性特異点理論の()()()()()という点と真っ向から対峙している。少なくとも現行の理論上、あり得ない個性の持ち方だった。

(それが理由なのか?)

 思考が明後日の方を向いてしまうのをなんとか制しながら、現輪は槍を振るった。狙ったのは膝の裏。これも相変わらず、刺さるというほど深くはないが、腱を断つには十分だ。

 痛みを感じている様子はない。動きは機械的であり獣的だ。どちらかなのではない。どちらも混ざって、かえって鈍くなっているような動き。

 苦痛というのは、重要な情報だ。時には無視しなければならない事もある。だが、多くの場合は、痛みを感じている箇所が使用不能だと知らせているのだ。動かない箇所を折り込みもせず、万全のように動けばどうなるか。答えは簡単だ、すっころぶ。

(まるで出来損ないのバーサーカーだな)

 ふっと息を吐いた。思考が鈍る、とうか、もう飽きてきている。

 先ほどからずっとこの繰り返しなのだ。四肢の一つを壊す。相手はでたらめな動きになる。そうすれば、攻撃など勝手に通り過ぎていく。後は壊れた腱が治る前に、四肢のどこかを壊しておけばいい。その繰り返しだ。

「こういうのは、ヘラクレスくらいの防御力か膂力がなきゃ意味ないよなあ……」

 ぼんやりと、いい加減脳無のことを忘れてしまいそうな頭で考える。これをバーサーカー・ヘラクレスと比べれば……控えめに言っても、全ての能力で三段は劣っていた。普段あれに追いかけ回され、時には内臓破裂レベルの打撃を食らってる身からすれば、これに危機感を覚える方が難しい。

「ずいぶん余裕じゃないか」

 いらいらした様子で言ったのは、掌の男だった。先ほど見た時は、相澤と格闘戦などしていたのだが。今はいったん退け、仲間のヴィランに任せている。

「ああ、この程度ならな」

 あくびでも出そうな様子で、現輪。

 もう脳無の再生能力は把握している。今も、すれ違いざまにアキレス腱を切ってやった。脳無は膨大な運動エネルギーを斜めに違え、地面を削りながら滑っていく。

「チッ! 対オールマイト用に改造したって言うから期待したのに、たかだか生徒一人にいいようにやられてるじゃないか。使えない奴だな」

「ああ、やっぱり真っ当な存在じゃないんだ」

 ふむ、と現輪は考える。

 言ってやる義理もないのだが、如何せん彼も飽きてきた。

 脳無を足止めすることは訳ない。だが、行動不能にするには、再生能力と防御力が邪魔だった。それでも止めようとするなら殺すしかないが、恐らく許可はされないだろう。

「思うに、こいつはオールマイトに特化させすぎだね。だからオールマイトより弱いおれに、簡単にやり込められる」

「はぁ?」

 訳が分からない、という風に、掌の男が声を上げる。

「こいつの運用は、真正面からの殴り合いを想定したものなんだろう? 速さで撹乱して手足を削げるようなタイプとは相性そのものがよかないんだよ。というかこいつは、正面から殴り合う以外の事をさせると途端に不器用になる。お付き合いさえしなきゃ怖い相手じゃない」

「くそっ、オールマイト用にしすぎたから、生徒風情に負けるのかよ」

「まあ、オールマイトとやらせようと思ったら、特化させてメタ張る必要があるだろうから、どのみちって気はするがな」

 言いながらも。

 脳無が拳を振りかぶる。その動作でがら空きになった肩の根元に槍を突き刺せば、腕がだらんと落ちた。そんな状態のまま体を捻る物だから、勢いに振り回されてまた転がった。完全に頭の悪くて弱いバーサーカーだ。

 悪態をつく掌の男の近くに、黒い霧が生み出される。中心に目らしき輝きが薄ぼんやりと現れた。

「死柄木」

「なんだ、黒霧。13号は始末したか?」

「それなのですが、生徒を一人逃してしまいました。申し訳ありません」

「ハァ?」

 掌の男、もとい死柄木は、いらだちを隠そうともせず、顔をガリガリとひっかいた。

「なんだよこれは。お前は生徒を逃がすし、脳無はガキ一人にやり込められる役立たずだし」

「お前達の負けだ。大人しく降参しろ」

 いつの間にか木っ端ヴィランを壊滅させていた相澤が、包帯を構えながら言った。視線は油断なく死柄木と黒霧を捉えている。そのまま、声だけで現輪に問うてきた。

「魂魄、そのデカ物はいつまで抑えられる?」

「今の調子なら一日でも」

 正直なところ、怖いのは脳無に負けるという事より、単純作業に飽きて集中力が途切れる事だったが。

 脳無の傷が修復される。再度体のどこか、どこでも同じだが、とにかく狙いやすい場所を壊そうとした。しかし、横合いから巨大な氷の塊が現れ、脳無の半身を飲み込んだ。

「おい、大丈夫か!? 襲われてたみたいだが」

「わりかし余裕だったよ。でもありがとう」

 緊張した面持ちで脳無を観察しながら現れたのは、轟だった。遠方から戦いは見ていたのだろう。脳無の身体能力に、脅威を感じている風だ。確かに轟の身体能力と反応速度では、近づかれるのは致命的だと言える。

「でも、これで封じた」

「そうでもないのが厄介なんだよなぁ……」

「どういう意味だ?」

 轟の疑わしげな声。氷が割れる音が響いたのは直後だった。

 脳無は、体の芯まで凍った自分の体までをも割りながら、氷の中から這い出てきた。さすがに半身を再生させるのは、切創ほど簡単にはいかないのだろう。それでも十数秒で全身再構成するあたり、驚異的な再生能力と言うほかない。

「おいマジかよ……なんだありゃ」

 戦慄する轟に、現輪は軽い口調で問いかけた。

「なあ轟。地面に半径5メートルくらい、触れたら10センチほど凍り付くようなフィールドって作れるか? 作れたとして、どれくらい維持できる」

「そんなもんなら半日でも作り続けられるが……」

「じゃあそれを脳無――あのデカブツの名前らしいんだが、そいつの下に作ってくれ」

 疑わしげな様子だったが、轟は言われた通りに作ってくれた。

 脳無の足下に、霜が降る。巨漢が再生途中のままそこに着陸し、体が少しだけ凍り付く。それでもいつも通りに動こうと体を持ち上げれば、当然凍った場所が割れる。そのせいで倒れ込んで、また起き上がり、倒れ込んで……これで詰みだ。

 その様子を、轟は口を開けて呆然と見ていた。

「なんだありゃ……」

「お前はカタログスペックに惑わされすぎだな。要点抑えれば、あの程度、お前の敵じゃない」

「そうみたいだな……本当に」

 轟はがっくり項垂れる。自分の不甲斐なさに気落ちしているようだ。

 脳無。どんな故があって、そんなヴィランネームにしたかは知らないが。そいつは言葉そのまま“脳無”だった。押し通せる力はあっても考える能力がないのでは、せっかくのスペックも宝の持ち腐れだ。あれほどの力、一般人が持つだけでも上手く立ち回れば一個軍を崩壊できるほどだろうに。

「次々集まってきやがって、頼りないなあヴィラン。仕方ない、今回はゲームオーバーだ。次はオールマイトだけ誘い出せるような状況にするぞ。黒霧、脳無を回収しろ」

「させると思っているのか?」

「させていただこうとなんて思ってない。()()んだよ。黒霧、イレイザーヘッドの視線を遮れ」

 霧が舞う。“消去”は発動しており、それ自体に転移能力はないはずだ。が、代わりにそれが十分に広がれば、内側の存在は個性を使える。

 霧のカーテンの中から、無数のひび割れが地面を伝った。その範囲は、軽く見積もっても、大能力のそれだ。出力は轟と同等かそれ以上にすら見える。

 伝達したひび割れは、間を置かずに塵になっていく。コンクリートの地面が、砂漠になってゆく。

 現輪はそれを、念のため轟を抱えて跳ねて避けた。能力が物体をまたがって伝達しないと思うのは希望的観測だろう。脳無のことは考える必要はない。どうせ粉になった地面に足を取られて、何をせずとも勝手に転ぶ。

 少しばかり距離を置いた状態でいると、霧がこちらに迫ってきた。

 相澤に視線を飛ばす。発動限界に達したのか、それとも何かの制約か、消去は発動していない。

 止めるか、と目だけで確認する。答えは、危険な事はするな、だった。

 と。

 USJ中に、激震が走った。

 入り口の大きな門がはじけ飛ぶ。防備まで纏めて薙ぎ払ったのか、黒煙が待っていた。その煙を割るようにして出てくるのは、巨大な体躯。

「もう大丈夫!」

 声が響く。力強い声。日本一の声。

「私が来た!」

「コンティニューだ」

 死柄木が、現れたオールマイトと正反対の笑みを浮かべた。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ヴィランに囲まれている。こちらはたったの三人。相手は無数――少なくとも、目に見える範囲に5人はいる。これに左右背後まで含めることを考慮すれば、ざっと計算しても20人はいるか。既に打ち倒した敵を含めれば、さらに多い。まさしく多勢に無勢だった。

 しかし、耳郎響香は全く脅威を感じていなかった。

 今、正に殴りかかってくるヴィランと。その背後で、遠距離攻撃だかなんだかを準備しているヴィラン。

(馬鹿みたい)

 ふっと、鼻で笑った。表情を隠すこともしない。

 マスター・ケイローン。太古の武神。人類史最高の武術指導者。あるいは、世界最高のパンクラチオン・マスターの一人。

 その薫陶を受けて、まだ一月程度だろうか。一日数時間程度の教育だと考えれば、さらに短い。誰だって、武術を収めるには細やかな時間だと言うだろう。実際に指導を受けた者以外は。

 耳郎は恐れもなく、ほんの半歩だけ踏み込んだ。これだけでいい。先を制して、たったこれだけ行うだけで、攻撃は修正を余儀なくされる。援護射撃を狙っているヴィランは……そもそも考慮する必要がない。これだけの密度で囲んでいれば、どこを狙っても必ず仲間が射線に入る。無視して撃ったところで、どうせこちら側の人間には当たらない。そういう教育を受けた。

 相手の懐に踏み込んで、肩に当て身をした。もう片手で肘を掴み、下に落とす。たったこれだけで、ヴィランはねじ回されながら、地面に墜落した。ついでに肩関節も外されて。

 地に伏せたヴィランから、汚い悲鳴が上がる。それを無視して、響香はヴィランを蹴飛ばした。こいつらと戦って唯一恐れる点は、敵が足場の邪魔になる事だけだ。

 響香はふっと一息ついて、刹那の間だけ仲間を確認する。

 上鳴は響香と同じくパンクラチオンで敵を叩きのめしている。八百万は棍を持って、響香と上鳴の隙を補うよう立ち回っていた。

「おいおいおい! 俺らつええな! 負ける気ぜんっぜんしねえ!」

「上鳴さん! 油断はされないように!」

 八百万の言うことはもっともだったが、しかし響香の気持ちは、上鳴と同じだった。負ける気がしない。

 通常、強いと言ったら、それは個性の種類と、出力によって量られる。尾白猿夫みたいに、入学前から武術に精通している方が希だ。これは、現実を端的にあらわあしているとも言える。つまり、ただの人間が格闘技など習うより、個性を伸ばした方が遙かに簡単に、手っ取り早く強くなれるのだ。

 それは概ね正しかった。

 教える人間がケイローンやスカサハ、のような、人類史に燦然と輝く指導者でなければの話しだが。

 響香も上鳴も、まだ個性は使っていない。八百万だって、最初に棍を出したきりだ。それでヴィランの群れを不利な状況で圧倒している。興奮するなと言うのが無理な話だ。

「クソッ! どうなってんだよ、雄英のガキなんて所詮個性任せのはずだろ!?」

「なんで俺らが接近戦で勝てねえんだ! おい、囲め! 一斉に叩きのめすんだよ!」

「それができないから、こうなってるんで、しょっ!」

 左右から襲おうとしてくるヴィラン。右側の敵に身を寄せて、足首を踏み抜く。悲鳴が上がるより先に服を掴んで、もう一人に投げた。その後ろから波状攻撃をしようとしていたヴィランの面食らった顔が見える。表情が変わるより早く、顔に拳をたたき込んだ。ひるんだ隙に、膝の横を蹴飛ばしながら、襟を引っ張る。変則的な、そして基本的な当て身投げ技。

「耳郎さん!」

「りょーかい!」

 呼び止められて、即座に背後へ飛びやる。八百万が分厚いシートを背中から放出していた。その中に潜り込む。上鳴を置き去りにして。

 山岳ゾーンに置き去りにして、真っ先に決めた戦略だった。上鳴の“帯電”で無差別攻撃を行う。全員個性は温存し、白兵戦でしのぐ。これも放課後の自主練で互いを知る機会があったからこその連携だった。

「上鳴、やって!」

「おっしゃ! 無差別放電、フルパワー!」

 かっと、周囲に雷光が走る。その光量は、分厚い絶縁シートの上からでも感じられたものだった。

 個性の発動は一瞬だった。まあ、雷鳴と発光から察するパワーを長時間当ててしまえば、死人が出ただろうが。

 絶縁シートの下から這い出て、響香は上鳴に声を掛けた。

「上鳴、あんたチャラいしナヨいと思ってたけど、やるじゃん」

「うェ~イ」

「……なに、どうしたの?」

 上鳴がただでさえアホな顔を、さらに締まりのないマヌケ面していた。

許容上限(キャパシティーオーバー)でしょうか……?」

「まあこういう、頭がヤられるタイプって多いって聞くけど。実際に見せられるとなんかやるせないものを感じるよねえ」

 とりあえずどうするか、と響香は考える。

 今の状況なら、他のクラスメイトも攻撃を受けているだろう。助けに行くべきではあるのだろうが、さすがにこの状態の上鳴を連れてはいけない。これの手を引いて移動するのもなんとなく嫌だという理由は、まあ、秘密だ。

「とりあえずヴィランは拘束して、次にこちらの無事を信号弾で知らせましょう。後は上鳴さんが治るまで休むしかありませんわね」

「まあ、それもそうか。ヴィランを縛ったからと言って、放置していい訳でもないし」

 相談が終わるか否かというタイミングで。

 急に、上鳴の近くにある地面が盛り上がった。

 瞬間的に響香と八百万が構えたが、しかし致命的に遅い。隠れていたヴィランは、既に背後から上鳴の首を掴んでいる。爪から電気のナイフを出す個性だろうか、宙で形を崩さす維持された電気が、上鳴の首元に当てられていた。

「全く、予想外に強くて驚いたよ。まさか保険の俺が出てくる羽目になるなんてな」

 ふっと、男は息を吐いて。

「手を上げろ。そして、何もするな。疑わしいまねをすれば、こいつは殺す」

「ヴェ、えぇ~~ィ……」

 状況が分かってるんだかないんだか、上鳴が情けない声を上げた。

 やってしまった……。二人は歯がみしながら、手を上げた。ケイローンに真っ先に言われた言葉、常に周囲に気を配れ。絶対に油断と楽観はするな。注意されていたはずなのに!

 響香はこっそり、従順なふりをして、体に隠れるようにしてイヤホンジャックを動かした。足にはサポートアイテムのアンプがある。気が進まないが、これで上鳴ごと吹き飛ばす。誰かが殺されるよりはマシな選択のはずだ。

「おい」

 男は声を低く、脅すようにして言った。そして、上鳴の左腕を切り裂く。見た限り傷は深くなさそうだが、範囲が広い。大量の血が流れて、指先からだらだらと血がこぼれた。

「お前達の強さはよく知ってるよ。もう油断しない。今からそっちへ行く。抵抗するなよ。お前達が死ねば、こいつは生きる。お前達が抵抗すれば、こいつが死ぬ。どっちかよく選ぶんだな」

「あんたがそいつ生かす保障なんてないんじゃない?」

 手は上げたまま、響香は毒づいた。

 それを聞いたヴィランは……心底楽しそうに、そして馬鹿馬鹿しそうに、せせら笑った。

「じゃあ試してみるか? こいつが死ぬ姿を見たければ試せばいい」

 精一杯の虚勢は、あっさりと見抜かれた。ぐっと息を詰まらせる。

 こんなところで死ぬのか? あるいは、クラスメイトが殺されるのをただ見てるのか? 悔しい。泣きたくすらなる。しかし、何も出来ない。これが敗北するという事だと、痛切に感じずにはいられなかった。

 もう駄目だ。心が折れかけた瞬間、

「あああああ!」

 ヴィランが悲鳴を上げた。それを確認するより前に、響香と八百万は動いてきた。

 響香が上鳴を確保し、八百万の棍の一撃が、ヴィランの側頭部をしたたかに打ち据える。ヴィランは悲鳴を上げることもできず、昏倒した。

「なんだったの……?」

 手の中で、未だうぇいうぇい言っている上鳴を抱えながら。訳が分からないと言った様子で、響香は呟いた。

「矢ですわ。誰かが、私たちを援護してくださったようです」

 言われて確認すると、ヴィランの足には細い棒が刺さっていた。響香の位置からでは、それが矢かどうかまでは判別が着かない。

(くっ)

 呻いて、拳を強く握った。

 結果だけ見れば、ヴィランの殲滅成功。被害軽微。完勝と言って良かった。しかし、そんな気分になれないのは、その場に居る誰もが同じだった。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 ふっと息を吐いて、アタランテは弦から手を離した。

 このアトラクションだか何だかよく分からない会場の、最も高い場所、ウォータースライダーの頂点で、会場全体を油断なく見回していた。

 今し方、危機に陥っていた子供を助けたところだ。ケイローンの手ほどきを受けているだけあって、きっかけの一つもあれば、自分たちでなんとかできる。

 そもそも力に溺れず戦うべきだ、とはなってしまうのだが。現代では大人と定義される年齢が高い。肉体、頭脳の習熟に重きを置いて、精神的な成長を後回しにしている節がある。平均年齢が高くなった故の必然だ。おかげで、15にもなるのに、アタランテは目が離せないでいた。

「危なっかしい子供だ。英雄候補生、所詮は候補生でしかないという事か」

 ぽつりと、そのつぶやきを聞く者はいない。

 次の矢を取り出し、右手で弄ぶ。番えはしなかった。今のところ、他に危険を感じさせるような戦場はない。ヴィランが弱すぎるというのもあるが、英雄の指導を受けた者たちは、まあまあ上手くやっているように見えた。

 注視するような相手は数えるほどしかいない。それがアタランテの素直な感想だった。黒い霧の男、掌を全身に貼り付けた男、そして脳漿を丸出しにしているような男。うち最後の男だけは、現輪が完封しているが。

「問題は、あの黒い霧の男か……」

 彼が強いというのも、理由の一つではあるだろう。

 だがそれ以上に、子供が及び腰になっている。本来の力を発揮すれば、勝てない相手ではないだろうに。頼りにする、宇宙服のようなものを来た教師が負けて、気が引けたのだろう。これもまた、所詮は候補生らしいと言えばらしい。

「しかし、雄英教師、存外不甲斐ないな……」

 アタランテは、多少のいらだちと共に呟いた。迂闊に個性を使い、カウンターをもろに貰う。戦闘経験が他のヒーローより劣るのは見れば分かるが、それにしたって、情けない。

 相澤という男にしたってそうだ。相性が悪い? ただ身体能力が高いだけの木偶風情に時間稼ぎも出来ない。つまらない事だ。

「良くも悪くも個性の時代、という事か。基本的な技巧を軽視しすぎている」

 彼女の脳裏に、にっこりと深い笑みを作るケイローンとスカサハの姿が思い浮かんだ。けしていい笑いではない。恐らくこれからの修行は、よりきつい物になるだろう。

 周囲を観察する視線の端に、ちらちらと現輪の戦いが映る。気にする必要がない、とは分かっている。彼は強い。だが、それが心配にならないのとは別の話だった。やはり気になる事は気になるのだ。

「見たところ、決定打がない様子だが……」

 それは仕方がない、とアタランテは思った。現輪の教育は、基本的に相手の抹殺に特化している。それを手加減して、無理矢理ヒーロー向けに調整しているに過ぎない。

 恐らくアタランテが同じ立場でも、似たような状況になっていただろう。動きを封じるのは他愛ない。ただし、倒すとなれば話しは変わってくる。生きたまま行動不能にするには、あの再生能力は厄介だった。殺すのであれば、現輪でもアタランテでも訳ないのだが。

「助けるか、いやしかしなあ、ううむ……」

 ウォータースライダーの頂点で、彼女は一人しゃがみ込み、頭を抱えた。

 過保護だというのは分かっている。今までも、散々指摘されてきた事であった。李書文などは、笑ってすらいた。

「いやしかし、過保護にもなるだろう!? 私はあの子がまだ歩くのもたどたどしい頃から知っているのだぞ!? その、まあ、し、慕ってくれてもいる。よく分かる。いくら実践の好機とはいえ、これを放置するのは良心が咎めるのだ」

 うぐぐぐぐ……とさらに体を小さくしながら、アタランテ。

 誰に言い訳しているのかも分からなかったが、幾重にも自己辯護の言葉を積み重ねた。

 その時間は長く続かなかった。アタランテが決断するより早く、状況が変わったのだ。

 生徒の一人が逃走に成功したのは見ていた。その彼が、この場に猛スピードでやってくるオールマイトに接触したのも。オールマイトは生徒といくらか立ち止まって話すと、やがてまた走り出し、入り口を吹き飛ばして内部に侵入した。

 それを見て、アタランテは警戒の段階を一段下げた。

 オールマイト。現代にあって、歴代の英雄と並び称すのに、唯一相応しい男。彼が来たならば、まあ問題はないと思うことはできる。どのみち、噴水場以外での戦いは終わりかけてもいた。

 ふと気配に気づく。サーヴァントの気配だ。一つや二つではなく、無数の。

「遅かったな」

 アタランテは虚空に向かって告げた。具現化こそしていないが、そこに誰かがいるのは分かった。誰かまでは分からないが。

 まさか現輪の戦いを見に来た、という訳ではあるまい。彼の力ならば、常日頃から(知る気もない者まで)見ているのだから。目的は雄英教師、もっと言えばオールマイトだろう。

 そういった意味では、ぎりぎり間に合ったとも言える。

 今、無数のサーヴァントが見守る中、オールマイトの戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 



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09

 オールマイトの登場は、空気を一変させた。

 その男は、良くも悪くも希望だった。ヒーローには勝利の希望を、そしてヴィランには殺意の希望を。彼がやってきたことで、ヴィラン達は蘇った、と言っていいのかも知れない。

 元々、害意を持ってやってきた者達だ。死柄木たちに、その見込みまで与えられて。彼らの話を知らない現輪には、その見通しがどの程度だったかというのまでは分からない。ただ、彼らは信じた。オールマイトを殺害し、自分が好き勝手出来る世の中が来ることを。

 オールマイトが地を蹴る。その姿は、ほとんどの者が視認できていないようだったが、現輪には分かった。瞬間移動のような速さで移動し、ヴィランに当て身ををする。活動可能な残り少ないヴィラン達は、それだけで意識を飛ばされた。

 最後に、死柄木と黒霧を昏倒させようとして、

「俺を守れ!」

 ギリギリで死柄木が発した言葉により、脳無が両者の間に割って入った。

 軽い打撃音が響く。それはオールマイトが手加減していることを考慮しても、弱々しい音だった。

 現輪は内心で舌打ちをした。

 死柄木の個性と、轟を抱えていた事。この二つのせいで、脳無の動きを封じられなかった。せめて自分に向かってきてくれれば、いくらでも止めようはあったのだが。

「ム?」

「ははは、脳無には効かないよ。そいつには“ショック吸収”の個性も持ってるんだ」

 ショック吸収と効いて、現輪は成る程と頷いた。防御力を高める個性なり特性なりがあるとは思っていた。が、その割には半端だとも思っていた。打撃には強いが、切創にはさほど強くない。切り傷にショック吸収を発動できないという事はないみたいだが、効果を完全にも出来ないという事だったのだろう。

 オールマイトに特化しすぎているというのは半ば当てずっぽうだったのだが。本当に特化させすぎて他に弱い類いだった。

「悪い、足手まといになった!」

「仕方ない。気にするな」

 十分に距離を置いて、轟を下ろす。

「俺たちであいつを封じるか?」

 轟が、声を潜めて問いかけてきた。目は脳無の方を向いているが、動きは捉えきれないらしく、焦点は合っていない。

「脳無がこっちに向かってきてくれれば、それも悪くない案なんだがな。好きに動かれたり、オールマイトと戦ってる間は、ちょっと手出しが難しい」

 現輪は虚飾をせずそう言った。

「お前、あいつをいいようにあしらってなかったか?」

「向かってきてくれれば、そりゃどうにでもできる自信はあるけどな。相対的に見たらやっぱりあいつの方が早いんだよ」

「じゃあやることは一つだな。俺たちは主犯の方を捕らえる」

「おう。相澤先生もそれを狙ってる。合わせるぞ」

 二人して、回り込むようにして、死柄木へと向かう。彼らの動きは、相澤も、そして死柄木も気づいていた。しかし、分かっているからと言って、挟撃をどうにか出来る物でもない。

「打撃が! 効かないなら! これでどうだ!」

 オールマイトが脳無の隙を突いて背後を取り、爆弾でも落としたかのようなバックドロップを決めていた。煙の柱が立ち、脳無が深く埋まる。いや、埋まるはずだった。

 脳無の体は、胴部から消えたように別の場所から生えていた。影を伝い、体が入れ替わるようになっている。地面から生えている上半身は、ちょうどのけぞったオールマイトの背後に現れて、その胴体に指を深くめり込ませ、動きを封じていた。

 オールマイトは思わず脳無の胴に回した手を離して、抵抗しようとしたが。その際に、片手をワープゲートの中に入れてしまった。どうやら取り出すのも難しいようで、片腕だけでなんとか抵抗しようとしている。

「ははは、どうだ社会のクズめ! これで詰みだよ」

「このまま体を真っ二つにしてさしあげましょう。ああ、イレイザーヘッド、個性を発動しても構いませんよ。あなたが今私のワープゲートを“消去”すれば、オールマイトの腕が千切れます。脳無が真っ二つになったところで、超再生がある……。さあ、オールマイトの命か腕か、好きな方を選びなさい」

「まずいぞ!」

 轟が走った。

 この状況のせいで、相澤も手出しが出来なくなっている。現輪も走るが、黒霧が相澤を、そして死柄木がこちらを監視している。

 やり口は分かっていた。こちらが間に合うかというギリギリで、ワープゲートを閉じるつもりだろう。無力感を与えるために。

 切り抜けるには一手必要だ。敵が想定しない、外側からの一手が。最悪、オールマイトには片手を捨てて貰うことになる……

 現輪は覚悟を決めて、槍を担いだ。槍投げの一撃、恐らくは想定していない。脳無の、むき出しの脳に照準を合わせる。

 その時、物陰から、無数の影が飛び出した。

「オールマイトを、離せぇっ!」

 いつからか潜んでいた緑谷と峰田が飛び出す。緑谷が脳無の腕に強烈な打撃を与え、腕を緩ませる。その隙に峰田がもぎもぎで体の各所を拘束して、時間を稼いだ。

 邪魔立てに苛立ったのか、脳無が二人に目をつけた。豪腕が振るわれ、彼らはそれに飲み込まれ四散するかと思ったが。それより早く横合いから何かが伸びて、二人をさらっていった。蛙吹の舌だ。どうやらここまでが作戦だったらしい。

「爆散しろクソがぁ!」

 それとほぼ同時に、黒霧の方でも声が上がった。派手な爆発音と共に、黒霧が殴りつけられる。そのまま押さえ込もうとしていたが、さすがにそこまで上手くはいかなかった。

 死柄木が手を払い、爆豪に触れようとする。爆豪が死柄木の個性を知るはずもなかったが、しかし警戒はしたのだろう。無理に抑え続けようとはせず、背後に飛んで、手から逃げた。

「おいおい、ヒーローが奇襲かよ。卑怯だなあ。正義のためなら何をしても許されるか?」

 にやにやと、しかし苛立ちも込めて、男が言う。その演説とも取れる何かは、次第にトーンを高くしていった。

「正しい側なら暴力も許される! ヴィランの暴力は常に悪! 公的な暴力! 正義の抑圧! 俺はなあ、そんな世の中を解き放ちたいんだよ!」

「ふざけろ」

 吐き捨てたのは、相澤だった。

「人は人のためを想って生きていくんだよ。それができないから排斥されるんだ。個性の特性? 個人の思想? そんなもんの為に、ただ自分が気持ちよく生きていく為に、他人を蔑ろにしていいと本当に思ってるのか? 世の中誰もが抑圧されてるんだよ。その中で折り合いをつけて生きていくんだ。それができてないからヴィランなんだろ。自己中心的なクズめ」

「はは、ヒーローに暴言はかれちまったぜ。正論で相手の言葉を封じる、卑劣なやり方だ。でもその通り。俺たちは好きに生きる」

 ところで、と言いながら、死柄木はにたりと笑った。目は相澤を、なめ回すように見ている。

「そろそろ個性の許容限界か? 今、俺の個性を止めなかったろ」

 それが正解かどうかは分からない。指摘されたところで、相澤の表情は欠片も変わらなかった。が、それが逆に、ヴィランに確信させたのだろう。

「いいねえ。一番邪魔な個性はこれで止まった。脳無! オールマイトを全力で殺せ!」

 にたにたした、人を小馬鹿にした笑いを止めて。死柄木が叫んだ。それと同時に、脳無がオールマイトに襲いかかる。

「一人くらいは殺しておきたいが、そっちには一人で脳無を止める化け物がまだいるもんなあ。どうしようか」

「相澤先生!」

 ヴィランから回り込んだ、中途半端な位置で待機していた現輪が声を上げた。合図さえあれば、死柄木と黒霧を無力化しに動ける。

「やめろ! お前達が危険は犯すな!」

 言われて、飛び出しそうになるのを、轟ともどもぐっと堪えた。

 力を信用されていない、という訳ではないと思う。ただ、どれだけ力を持っていようとも、彼らは学生でしかなかった。能動的にヴィランと戦うことは、許されていない。特に、今のような、バランスがヒーロー側に傾いている時は。

 戦いは、オールマイト対脳無を皆で眺めるという、奇妙なものになった。同時に誰もが気づいた。この戦いで全てが決まる。どちらかが負けた時点で負けはせずとも、勝ちがなくなる。

 脳無の無軌道な、暴風のような気配。それを、オールマイトが一本の巨大な柱のような気配で迎え撃つ。

 戦いは、予想通り打撃戦だった。乱打が暴風を生み出し、両者の間で気流が生まれる。どちらもが極限の身体能力に支えられた、最大級の暴風。

 誰もが絶句していた。その中で一人、現輪だけは唖然と戦いを見ていた。

(……弱い)

 脳無とオールマイトの打撃戦は、今のところ全くの互角だ。ということはつまり、オールマイトが下という事だ。

 超人的な身体能力を持つものの、それを生かす技術も頭もない脳無。超パワーを持ち、それを生かすため、もしくは生かし切らないための技術を持つオールマイト。殴り合って互角ならば、どちらの素地が上かは問うまでもない。

 本来ならば、オールマイトが地力で負けている事などないはずなのだ。あのカルナと互角に戦えるのだから。オールマイトは()()()()()()()。それも、ここ数ヶ月で急激にだ。少し前までは、これほど弱くなかった。

 相澤の言葉を無視しても、手を出すべきかと、現輪は悩んだ。最悪の場合、殺してもいいならば、脳無を倒せる可能性がある。脳まで再生しないならば、だが。

 焦れていると、オールマイトが声を上げた。それは、自分を鼓舞しているようにも感じた。

「どうしたヴィラン!? 鈍っているぞ! ショック吸収、限度があるんじゃないかい!? ならばすべきことは簡単だ!」

 オールマイトの回転が上がる。防御を捨てて最低限の回避のみにし、端から見ても無理をしているのが分かった。

 それでもオールマイトは弱音などはかない。いつもの笑みで、高らかに言った。

「限界が()()ならば、それを超えればいいだけだ! Plus Ultra! 私はこの個性を今超える!」

 浴びせられる連打に、脳無がひるんだ。その隙を見逃さず、オールマイトが懐に潜り込み。そして、渾身のアッパーを腹にたたき込んだ。

「SMASH!!」

 踏み込んだ地面が割れる。腕を振り上げただけで竜巻が生まれる。打撃が当たった瞬間に、衝撃が周囲を薙ぎ払う。天変地異を起こすほどの攻撃。

 そして、殴られたヴィランは、USJの天蓋を破って、遙か彼方に飛んでいった。

 天蓋の骨を折られた衝撃が、会場全域に伝播する。割れた強化ガラスが、はらはらと舞い散った。

「すげぇ……これがトッププロの実力」

 轟が、ヴィランを観察するのも忘れて驚嘆している。

 現輪は一応死柄木を監視していたが。彼はこの機会に逃げるでも攻撃するでもなく、イライラと地面を蹴っている。

「くそっ、何が弱体化してるだよ、チートめ……! 脳無も負けてるじゃないか、何がオールマイトに勝てる個性を植え付けただ……!」

「いいや、昔に比べれば弱っているさ。全盛期ならそれこそ五発で終わらせていたよ」

 体にダメージを負って悠然と、オールマイトが言った。しかし、現輪は気づいていた。オールマイトの個性許容限界に達している。全く動けないという事もないだろうが、これ以上戦えないのは間違いなかった。

「今回は、本当にゲームオーバーだ。帰るぞ黒霧」

「帰すと思ってるのか?」

「勝手に帰るのさ」

 言って、黒霧と死柄木、それぞれ別の方へと走った。両者を同時に視界に収められないように。黒霧は相澤に向かい、死柄木は緑谷の方へと走っていた。

「待て、ヴィラン!」

 オールマイトの焦りに、死柄木は細やかな愉悦をにじませた。

「選べ。生徒の命か、俺たちの逃走か」

 緑谷、蛙吹、峰田の三人が、ほとんど硬直するような形で構える。その調子では、上手く備えられないのはわかりきっていた。

 相澤の舌打ちが聞こえる。

 現輪はもしもの時に備えて、先回りし、死柄木を迎撃できる位置取りをしたが。それは結果的に無意味だった。相澤は、死柄木の個性を止める事を選んだのだ。

 消去の個性が発動したのは、ほんの数秒だけだった。使いすぎたつけがここに来たのだろう。黒霧は素早く相澤の視界に入らない位置に移動し、個性を発動したのが見えた。霧が広がり、それは死柄木の体を一瞬で包んだ。それこそ消去が再発動できないほど瞬間的に。

「次は殺す」

 不穏な一言だけが残される。

 後に(ヴィラン)連合襲撃事件と呼ばれる事件は、これで終結した。

 それからどれほどもせず、飯田が教師を連れて戻ってきた。教師陣はヴィランの主犯が退散したと知ると、USJ内の各所へと散っていった。ついでに、戦って疲弊したオールマイトと相澤は回収される。ダメージが大きかった13号は、そのまま病院へ搬送された。

 さらに数分すると、各所に散らされていた生徒もぱらぱらと集まってきた。自分たちで撃退したのか、先生に助けられたのかまでは知らないが。ヴィランの掃討にはもう少し時間がかかるようで、生徒は一カ所に集めて先生の庇護下にあった。

 と、一人の影が跳ねてくる。

 生徒の中には、それに構えた者もいた。ヴィランの残党が破れかぶれになったとでも思ったのだろう。しかし現輪は、個性の感覚から、それがサーヴァントンの誰かだと分かっていた。

 現れたのは、アタランテだった。

「うおおっ、美人だ!」

 そんなことを漏らした上鳴は、白い目で見られていたが。

 現輪は表情をぱっと変えて、彼女に駆け寄った。

「姉さん!」

 駆け寄られ、アタランテのクールな面持ちが一瞬ぎょっとした。次いで、頬を赤らめて、視線が虚空を漂う。

「う、うむ。現輪、頑張ったようだな」

「あれくらいなんともないよ。そんなことより、姉さんが見守っていてくれたんだね。嬉しいよ」

「あ、ああ、そうか……。喜んでもらえて、その、なんだ、私もよかった、ぞ?」

 アタランテがたじたじし、つっかえながら答える。顔はさらに赤くなり、獣の耳も、ぴくぴくと動いている。

「おい、あれ誰だよ」

 誰かが、現輪を指して言った。他の者も感想は似たようなものらしく、ざわついている。中にはあからさまに顎を落としている者もいた。現輪にはどうでもよかったが。

 その中で一人、冷静なのは峰田だった。

「あれ、魂魄の姉ちゃんで惚れてる相手だよ。なんかもう嫌になるくらいベタ惚れで、相手もどう見たって憎からず想ってるのに、付き合ってはないらしいぞ」

「あんたよくそんなこと知ってるわね。てかあんだけ美人が近くにいるのに冷静なのもおかしい気がするし」

「おっぱいが小さい相手には興味がない」

「死ね」

 背後でどうでもいい会話が続いているが。

「それで、姉さんはどうしたの? おれに会いに来てくれた」

「ち、違うぞ! そうではない!」

 あわあわとしながら、アタランテ。

 現輪があからさまに気落ちすると、そこでもまた慌てていたが。おほん、と咳払いを一つして、話しを戻した。

「用があったのはオールマイトだ。少し話しがあってな……」

「オールマイトに? こう言っちゃなんだけど、姉さんが興味持つタイプじゃないと思ってた」

「うむ、それは間違いではない。英雄に非業の死はつきものであるし、奴のそれは自己責任だしな。用があったのは私ではなくスカサハだ。まあ、重要な用があれば、直接顔を見せに行くだろう。私にはこれ以上どうでもいい」

 今、いきなりオールマイトの死が予言された気がしたが。それはさておき。

「じゃあやっぱりおれに会いに来てくれたんだね!」

「いやっ、違っ! いや、違わないが、違くて……ううぅ……わあああぁぁっ!」

 絶叫しながら、アタランテは逃げてしまった。ご丁寧に霊体化までして、追跡できないようにしながら。

 元より追いかける気はない。姉の嫌がることは絶対にしない、それが彼だった。

 にこにこと笑いながら戻ると、皆が知らない人を見るような目で見てきた。笑みが消えるようにきょとんとする。

「何さ」

「いや、見たことない顔してると思ってさ」

 代表して、かどうかは知らないが、耳郎が言ってくる。なぜだか峰田の頬を強く捻っていた。

「失礼だな、おれだって笑うことくらいあるよ」

「そりゃそうだけど……」

 なんだか釈然としない様子で、彼女は呻いた。

 それから十数分ほどして、生徒達が全員無事に集合した。警察が到着するまで、さらに十数分ほどの時間を要した。

 これから事情徴収などが山ほどある。事件は終わっても、一日の終わりはまだ遠い。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

 USJ襲撃事件から数日、出久はぼんやりと外を見ていた。

 いつもの教室の、いつもの自分の席。空にはうっすらと雲がかかっており、ちょうど太陽を隠し、暖かい陽光を遮っている。天気がいいとは言えないが、憤るほど悪くもない。

 昼休憩を半分も過ぎた教室は、中々賑わっていた。普段であるならば、午後のヒーロー基礎学に備えて、あれやこれと準備している者もいるのだが。その日に限って言えば、誰もやっていなかった。

 USJ襲撃事件の衝撃は大きく、日が経った今でも、世間を賑わせている。その中心地とも言える雄英に影響がない訳がなく、その日の午後の一コマ目は自習だった。襲撃事件の煽りを受けて、事情聴取やら何やらで授業が延びた。その分の埋め合わせか、あるいは単に他の用事を外せなかったからか。

 教室では、壁からせり出たテレビが映っていた。事件の記者会見らしい。担任の相澤は、テレビを出して「見ておけ」とだけ言った。生徒には箝口令が敷かれており、世間に発表した事以上の話をしてはならないと言われている。つまり、これを見て情報のすりあわせをしておけと言うことなのだろう。

 まあ、真面目に見ている者などほとんどいないが。出久を含めて。彼だって、テレビから流れてくる音を半ば聞き流している。

 合理的な行動さえ取れれば、うるさく言われない。これは担任のいいところなのだろうか、それとも悪癖なのだろうか。

「なあ緑谷!」

 急に声を掛けられて、肩をふるわせる。あまりに呆けすぎて、声を掛けられること自体が意外だった。あせって振り向く。

 話しかけた上鳴は、出久が驚きすぎて逆にぎょっとしていた。

「お、おう、寝てたのか? わりぃな、いきなり声かけて」

「ううん、大丈夫だよ。ちょっとぼうっとしてただけ。それで、なに?」

 視線の先には、三人居た。上鳴電気、峰田実、魂魄現輪。初日から何かと三人でいるところを見る。

「緑谷はこいつが戦ってる所を直接見たんだろ? すごかったらしいじゃん!」

 ばんばんと、魂魄を叩きながら。上鳴が大仰とも言える仕草で言う。

「すごかったのは間違いないと思うんだけど……正直、何をやってるかほとんど分からなかったんだ。レベルが違いすぎたよ」

「やっぱなぁー! 強ぇし、顔もいいし、いいよなぁ!」

 机を叩きながら、悔しそうにしている。そういった姿が嫌みに見えないのは、上鳴の人徳だろうか。

 魂魄は、言われて感じるところがあるんだかないんだか、よく分からない。彼は感情を外に出さない、という事はないのだが。どうにも感情を隠し、欺瞞するのが癖になっているらしい。言葉と表情が一致しないことが多かった。

「そうだな。まあ強いし、顔もいい方なんだろう」

「く……はっきりそう言われると、負けた気分になるな。峰田、中学の時から友達なんだろ? そういう所気にした事ねえの?」

「オイラ、魂魄については疑問を持たないことにしてるんだ」

 まるで意味が分からず、出久は上鳴と一緒に首をかしげる。魂魄は相変わらず、なんという感情かが分からない。

「ねえ魂魄くん、魔術ってやっぱり習得が大変だったの?」

 ふと思いついたまま、出久は問いかけた。魂魄はいくらか考えた後、ふと漏れたように言った。

「お前が習得するのは得策じゃないとは言った記憶があるけど」

「うん、僕ももう魔術を覚えようとは思ってないよ。ただ、どうやって覚えたのか気になったから」

「そうか……」

 呟き、顎に手を当てて、親指で何度か肌を撫でる。言葉を選んでいるようだ。

「魔術にはトリガーみたいなもんがあって、こいつを入れることで魔力っていう力を返還するんだ。これを魔術回路って言うんだが、つまりこいつがないと魔術が使えない。前に緑谷には魔術には使えないだろうって言ったが、多分魔術回路がないから無理だろうって意味だったんだ。魔術回路は大前提で、筋肉みたいなもんだよ。こいつを動かすには、人それぞれ専用の感覚があって、まずそれを覚える」

 どこかつっかえながら、ぽつぽつと語る。まるで昔習ったことを、改めて整理し、説明させられているようだ、と出久は感じた。実際、彼の技術習得年月を予測すると、その通りかも知れない。

「おれの魔術はギリシャ式とケルト式――ルーン魔術のハイブリッドだな。相性面で言えば、魔術一つ一つが単純で、パズルみたいに組み合わせれば発動できるルーン魔術の方が良かった。だからそっちを基礎にしてる訳だが」

 そこで、彼はなぜだか左腕を持ち上げた。

 峰田が、あっと何かに気づいたかのような表情をする。その時には既に遅く、彼は右手で、左手にぴっと線を引くように、指を動かした。

「魔術使用は戦闘が前提だから、長々と呪文を唱えてられない。だから、体を骨まで裂いて、骨に直接ルーンを刻むんだ。んで、その上から液化した金属を流して、固めちまうんだ。ちゃんと成長を阻害しないように。ちなみに、これは原始的な魔術刻印とかいうもんらしいが、後世に引き継げないから関係ない、とも言ってた」

 ひぃ、と出久は思わず体をすくめた。いきなり話がスプラッタに飛んだ。

 上鳴は頬を引きつらせて、半ばすがるように言った。

「そ、それってあれだよな、麻酔とかかけてやったんだよな? 場所も皮膚を裂いたら骨に達する程度の場所で……」

「……? 皮膚裂いたら見えるような場所に刻んで、戦闘中怪我でルーンが消えたらどうするんだ? しっかり肉を裂いて、深い位置に刻むに決まってるだろ。痛みは魔術で消してたが、全身麻酔でもなし、体の中をほじくられる気持ち悪さがなくなるでもなかったなあ。あの肋骨の内側を無理矢理開かれて、がりがり削られる――」

「はいやめやめ! この話やめ!」

 上鳴がばたばたと手を振って、無理矢理中断した。

 魂魄は、聞かれたから答えたのに、と不満そうだったが。峰田がうんざりした目で彼を見てるのが、かなり印象的だった。

「顔! 顔の話しよう、な!? かなりのイケメンでうらやましいよ。うちのクラスじゃ、轟と並んでトップツーなんじゃないか?」

「まあ、さっきも言ったが、客観的に見てイケメンなんだろうなとは思ってるよ」

「できる男の余裕か? 俺もそんなこと言えるようになってみてえぜ」

「ていうかな」

「あっ」

 このときになって、出久は予兆を感じ取った。その情動が、思わず漏れる。峰田はもう顔を青くしていた。

「玉藻の前……うちのキャスターの一人なんだがな。こいつが例え好みの相手じゃなくとも、顔が悪いのは嫌だって言うもんで。勝手に数年掛けて自分の好みの顔に成長するよう改造されたんだよ。だから、正確に言えば誰から見てもイケメンなわけじゃなくて、玉藻から見たら最高のイケメンっていうのが正しい。イケメンの定義が余人にも共通するだけで」

「あああぁぁぁ……」

 上鳴が、深い絶望と、悲しみを混ぜたような声を絞り出す。体から力が抜けて、出久の机に突っ伏した。

「なんでそんなに話すこと全部地雷だらけなのぉ!?」

 出久は思わず絶叫した。それに被せるようにして、峰田も叫んだ。

「だからオイラ言ったじゃないかよぉ! こいつの事はいちいち考えないようにしてるって!」

「聞かれたから答えただけなのに酷くないか?」

 魂魄が、釈然としない、といった様子で呟く。こんな時ばかり感情がはっきりと分かった。

「魂魄くんはさ、ぼかすとか、先に警告するとか何かあるでしょ!?」

「知られても困りゃしないから答えてるのに……」

 ぶつぶつと抵抗する魂魄に、出久は思わず叫んでいた。

「普通じゃない事くらい判断できるでしょ!?」

「顔弄るくらい、普通の人だって化粧なり整形なりするだろ。あれと似たようなもんじゃん」

「普通は勝手に容姿の根底から変えられたりしないんだよ! おバカ!」

「おバカって言われた……」

 言葉にショックは受けたようで、ぶつぶつと同じ単語を繰り返している。

 なんとか復帰した上鳴が、身を起こして峰田に問いかけていた。

「なあ、あいつっていつもああなの?」

「そうだよ、家庭に関係すること聞くと絶対に地雷踏み抜く羽目になるんだぜ。だからうちの中学では、あいつの家庭関係の話は振らない事って暗黙の了解があった。雄英でも作られそうだけどな」

 耳を塞ぎながら、峰田が答える。もっとも、その状態で普通に聞き答えしているあたり、効果はないようだが。

 微妙な空気になってしまった。誰も話すことが出来ない。いや、魂魄だけは普通の様子だが、彼も上手く話を振れないでいた。

 よどんだ空気は、足音によって破られた。

 たたたた、と小気味のいい、一定間隔の歩調。視線を向けると、芦戸三奈がにっこにこの笑みで近づいてきていた。

「ねーねー、こ・ん・ぱ・くぅ」

 今にも小躍りしそうな調子で、芦戸。彼女の元いた方向には女子の一団がいて、そちらも似たような様子だった。

「聞いたよ聞いたよ! 恋、してるんでしょ~」

 やけに甘ったるい口調で言いながら、魂魄の頬をつんつんとつついている。身長差があるため、下から突き上げてると言った方が正しいが。

「そうだな。してるな、恋」

 言うと、黄色い声(と言っていいのかは分からないが)が一斉に上がった。

 もはや張り裂けるのではないかと思えるほどの笑みを浮かべた芦戸が、魂魄をぐいぐい引っ張っている。これまた体重差があるため、彼はぴくりとも動かないのだが。

「しよーよコイバナ! してよコイバナ! ちょっとあっちで、ちょっとだけでいいから! ね!?」

 なんとなくいかがわしく聞こえるが。

 言葉に、出久は思わず視線を飛ばした。思った事は同じようで、上鳴と峰田も同じようにしている。

 真っ先に口を開いたのは、上鳴だった。

「どうでしょうか、峰田先生」

「んー……」

 何かの真似か、眉間にしわを寄せて、低く唸る。腕を組み、わざと難しい顔を作った。何秒かそのままの様子で、芦戸は疑問符を浮かべていた。

「セーフ! 恋愛関係はセーフ!」

「先生の許可が出たぞ! よかったな魂魄!」

「というわけで話聞いても大丈夫だよ、芦戸さん」

「おれの意思が一欠片も反映されてない……まあいいんだけどさぁ……」

「なんなんこれ?」

 最初から最後まで、一欠片も意味が分からないという調子で、芦戸が呟いた。不思議そうにきょろきょろと当たりを見回すが、答える者はいない。

 まあいいや、と芦戸は気を取り直して、魂魄の腕を改めてひっつかんだ。そして、無理矢理引っ張っていく。彼も抵抗する気はないようで、そのまま連れられていた。袖を引っ張られるのは、服が伸びるのを気にしているようで、多少嫌がっている様子ではあるが。

 一人いなくなろうと、話題には困らなかった。どのみち、実のある話をしているわけでもない。どうでもいい話が続くだけだ。

 出久は、気もそぞろになって、二人と話をしていた。

 集中できていないと、自然と耳に入ってくるのは、テレビの音だった。記者会見は何の盛り上がりもなく、つまりは何の問題もなく終わろうとしている。雄英側がヴィランに完全勝利したことも、無関係ではないだろう。とにかく、記者に突っ込んだ話をされても慌てることなく、つつがなく進もうとしている。

 数分して、芦戸と魂魄が一緒になって戻ってきた。意気込んで恋話すると言っていた割には、ずいぶん早い。

 彼女の肌は元々ピンク色でわかりにくいが、その上からでも分かるほど紅潮していた。というか、後ろに並んでいる女子達も同じような顔色だ。平気な面をしているのは、魂魄だけである。

 かくかくと、まるで機械のようにつっかえた動きでやってくる。

「タダイマ」

「え? ああうん、おかえり」

 抑揚のおかしな声で、よくわからない事を口走る芦戸。出久は思わず返事をしたが、特に彼女を待っていた訳でもない。

「チガウヨ。コレ、恋チガウヨ、愛ダヨ」

 かくかくと、真っ赤な顔のまま言って。いきなり人間に戻ったかと思えば、きゃーと悲鳴を上げて女子の方へ戻っていった。

 なんなんだ、と出久は思ったが。平気な面の魂魄に聞いても、まともな答えは返ってこなさそうではある。

 雑談は、そのまま実もなく進んだ。出久は相変わらず、意識を半分彼方へと旅立たせている。クラスの皆はもう全員戻ってきているな、そろそろ自習の準備しなきゃな、などとも考えながら。脳の半ばを支配する余話――テレビの、もはやどうでもいい会談は、終盤へとさしかかっているようだった。語るべき話題も少なくなり、つらつらと話が過ぎていく。

 と、

(あれ? もう終わり?)

 不意に疑問に思った。

 番組は、昼の終わりまで続いているはずだ。今は予鈴も鳴っていない。思わず時計を確認すると、まだ10分ほど時間を残している。

「えー、続きまして、オールマイトからの言葉があります」

 テレビの中で、相澤がマイクをオールマイトへと譲った。

 予定にはない事だったのか、記者が小さなざわめきを上げている。気持ちは出久も似たようなものだった。言ってはなんだが、わざわざ新人教師の言葉が必要だとは思えない。

「この場を借りまして、私事ではございますが、一つ発表させていただきます。私、オールマイトは、このたびヒーローを引退させていただきたいと思います」

「…………はあ!?」

 その言葉は、記者のものであり、クラス全員のものであり、そして出久自身のものでもあった。

 動揺という言葉すらも生ぬるい。あらゆる人が顎を落とし、復帰できないまま、オールマイトの次の言葉を待った。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「お前は遠からず死ぬ。限りなく安静にしたところで、持って2、3年という所だろう」

 その言葉は、何気ないものだったが、いっそ厳かにすら感じた。

 神に最も近い人間。もしくは、女神そのものか。どちらかは俊典にはうかがい知れなかったが、どのみち代わりはしないだろう。そこに嘘と虚ろがない事だけは分かった。スカサハという女――おそらくは、魂魄現輪が掲げるサーヴァントの中でも、最秘奥の一人。超常をその身のうちに込めた存在。

 そこは病院の一室だった。ベッドは二つ。院長は警察の息がかかった人物であり、オールマイトの真実を、僅かならも知っている。そのため、この部屋が手配された。今この部屋にいるのは、たった二人だけ。本当は同室に、精密検査を受けていた相澤もいたのだが、彼はスカサハに蹴り出されていた。文句は言っていたが、重要な話という事もあり、大人しく出て行った。抵抗しても無駄だという事もあっただろうが。

「お前の心肺は、お前が思っている以上に弱っている。はっきり言ってやろうか。ワン・フォー・オールだったか? それがかろうじて、お前の身体を支えているのだ。個性の”残弾”が尽きれば、心肺はお前という存在を支えきれなくなる。そうなれば、お前は動くこともままならなくなるだろう。半年もすれば寝たきりか? 最期は……そうだな、呼吸する力もなくなるか、それとも内臓がイカれて機能停止するか。ああ、その前にヴィランと戦って負けて死ぬ、という事もあるか」

 つらつらと並べる彼女の口からは、嘘は感じられなかった。

 スカサハという存在は、まず不敵な笑みを絶やさない。それが俊典の感想だった。

 顔を合わせた事はさほど多くない。彼が初めて出会ったのは、既に体に致命的な損傷を受けてからだ。力をろくに維持できなくなったオールマイトに、彼女は戦士としての魅力を感じていなかっただろうというのは、対面してすぐ分かったことだ。

 その彼女が、顔を真面目に作って忠告している。

 俊典の見るところ、彼女は生きることに執着していなかった。もしくは死を軽視していた。どちらの表現が正しいかはさておき、基本的に()()()()らしいサーヴァントの中にあっても、ひときわそれが顕著だった。

「英雄に非業の死はつきものだ。少なくとも現輪の奴に呼び出されたサーヴァントは、まともに死ねた奴の方が少ない。戦士でなくともな」

「私に、死に方を覚悟しろ、という訳かな?」

 呟くように、言う。

 分かっているつもりではあった。しかし、実際に死が迫っていると分かる状況で言われると、どこか感じ入るものがあった。あるいはそれが、死の恐怖というものなのかもしれない。理解し、飲み込んだつもりでいたが。足下から何かが這い寄ってくる感情までは、嘘に出来そうにない。

「いや、違うが」

 スカサハは、真面目くさった顔をきょとさせて言った。

「お前がいつ死ぬかとか死に方だとか、そんなもんは限りなくどうでもよいわ。好きなように生きて勝手に死ね。できれば英雄らしく」

「そこまではっきり言われるとへこむんだけど……」

 俊典はぐはっと息を吐き、ついでに吐血などもしながら。

 思えば、この吐血も死の前兆ではあったのだろう。気道だか食道だか、もしくは肺か。どこかまでは分からないが、損傷が治らない、という事だ。ヒーロー活動が忙しいため、医者には何度も勧告されたが、無理をして活動を続けた。入院する時間も惜しかった。それが、寿命の代わりにヒーローとしていられる時間を作ったのならば、後悔はない。

「だが、お前にはまだ引き返す術がある」

「残念ながら、それを選ばなかったのが今の私だよ。君の言葉は、そうだな……致命的なダメージを受けたときに、いろんな人から幾度となく貰った。私は非道な人間だったんだろうな……結局誰の言葉も受け入れる事が出来なかった」

 ふと、スカサハは首をかしげた。まるで意味が分からないといった風に。

 釣られて俊典も、同じように頭が傾く。視線が少しだけ斜めになった。

「ふむ、どうやら話が通じていないな。私はお前の死に方についてはどうでもいいと、今し方言ったばかりだが。もしかして馬鹿か?」

「それは聞いたけど……じゃあどういう事だい?」

 再度心を直接殴りつけられるように感じて、俊典。なんだか今日は無闇矢鱈に傷つけられている気がする。肉体的にも精神的にも。

「私は引き返せると言ったのだ」

「だから、それは選ばなかったと……」

「そうではない。()()()()()引き返せる、そう言っているのだ」

 俊典は、難しげに眉をしかめた。

「それは、どういう事だい?」

「お前の“個性”は、もはや衰退を止めようがない。これは避けられぬ事だ。だが、個性を呼び水にして、それを宝具化なり何なりしてしまえば話は違ってくる」

「すまない、言っていることがよく分からない」

 分からない、のだが。

 なんとなく、俊典は感じた。これは決して絶望の話ではない。粗雑に捨てられた未来の話でもない。

 もしかしたら、立ち向かえる運命の話かも知れない。

「私はな、前から惜しいと思っていたのだよ。お前が全盛期のままの力であったならば、どれだけ心躍る戦いができたであろうかと。それが失われた。ただ失われゆくだけならば惜しいと思っても忘れていただろう。だが、お前は……貴様は急速に衰えている」

 スカサハは、壁にもたれかかっていた体を起こした。そして、俊典に近づいていく。手には、陽炎が実体を持つかのように、長大な槍を持っていた。身長170センチ足らずの者が持つにはあまりにも長い、十キロはありそうな一体型の槍。その穂先が、俊典の鼻先に突きつけられる。

「我々の中には、臓器を再生するほどの魔術の使い手がいる。そして、消えつつある個性を再構築するスキルを持つ者もいる。可能性は、恐らくさほど高くないがな」

 神々しい闇が周囲を包む。その闇に包まれると、思わずにはいられなかった。ああ、彼女は本当に現代の存在ではないのだ。神代から蘇った、奇跡と不条理が跋扈する、超古代の存在が現代の地を踏んだ存在なのだと。

「選ぶのだ。お前はこのまま朽ちるに任せるか。それとも、たかだが数パーセントの、復帰する可能性に賭けるか。言っておくがこれは多めに見ての話だ。時間が経てば、どんどん勝率は低くなっていく」

 その奇跡と不条理の中に、俊典は――いや、オールマイトは飛び込もうとしている。

 彼はにっと笑って、穂先をつまんで退けた。

「決まっているさ」

 ぐっと腹に力を入れて、オールマイトという虚栄を纏った。これが本当にただの虚栄になる日は近い。もしくは、真なるものになる日が。

「私はオールマイト、平和の象徴だ。いつだって困難に立ち向かい、いつだってそれを乗り越えてきた。だから今回も立ち向かうのさ! たとえ億が一の可能性であっても!」

 スカサハは、厳かな雰囲気を崩して、にっと笑った。ほとんど同時に、神聖な空気も霧散する。

「よろしい。それでこそこの私が見込んだ男だ」

 

 

 

 事件の記者会見の合間を借りて行った、引退会見は荒れに荒れた。が、それでもなんとか上手く行ったほうだろう。売れる情報こそが命の記者であっても、反対の声しか上がらなかったのだから。

 やはり左腹部の怪我を公開した事と、治療の目処が立ったという情報が決め手だっただろう。いったんはヒーロー免許を停止するが、必ず帰って来るという言葉が決定打になった。

 雄英の同僚には迷惑をかけたと思っていた。なにしろ引退を決めてから僅か数日での発表だ。オールマイト事務所にも、雄英にも問い合わせがひっきりなしだ。校長の根津には、余計な事を考えず手術に専念しろと言われた。ありがたいことだ。唯一の救いは、高等学校教員免許状まで返上するわけではないので、教員としては問題なく働ける事だった。リハビリもあるので、すぐに教師として復帰は難しいだろうが。それを申し訳なく思う。

 記者会見から間を置いて数日――もっとも、会見自体は録画だったため、今日の昼にでも放送されるのだろうが――俊典は、病院の手術室で、仰向けで横になっていた。

 彼を囲む者で顔見知りはスカサハだけで、後は見たことのない顔だ。

 そのうち、長髪の男がやたらにこにことした顔で、挨拶をしてくる。

「初めまして、オールマイト。私はキャスターのサーヴァント、パラケルススと言います」

「ああ、どうも初めまして。ご高名はかねがね」

 もしその名が思ったとおりならば、正に驚嘆すべき歴史的邂逅なのだが。学園には既に、エジソンやらダ・ヴィンチやら、彼すらも霞むようなビッグネームが通っている。今更いちいち驚愕するのも疲れた、とも慣れてしまった、とも言える。

 そういえば、と俊典は気がついた。キャスターのクラスとは、ほとんど関わりがない。魂魄現輪曰く、キャスターのほとんどは、地下室の工房やら仕事部屋にこもって、滅多に出てこないのだとか。

「しかし、ありがたい事ですね。まさか個性を改造する機会に恵まれるとは。それもただの個性ではなく、相続型という極めて希な」

「んんん?」

 今、何か不穏な事を言われた気がした。

 俊典の様子も無視して、パラケルススは、明らかに手術用とは思えない道具を取り出している。

「先に説明をしておくと、私の担当は心臓です。“ワン・フォー・オール”の残り火を変換、循環、増幅する賢者の石(エリクシール)を設置します。いやあ、楽しみですよ。個性と私の技術が合わさったら、一体どんな力になるのか」

「それ明らかに治療の話ではないよね!? 私の人体改造の話だよね!?」

 血を吹きながら絶叫する。

 慌てて起きようとして、それが出来ないことに気がついた。いつの間にか、手足に紋様が浮かんでいる。拘束された。

「スカサハくん! スカサハくーん!」

 慌てて、唯一の知り合いを呼ぶ。返事はない。なんとか体をよじり、彼女の方を向くが。

死溢るる魔境への門(ゲート・オブ・スカイ)~」

 彼女は鼻歌など歌いながら、明らかに尋常ではない、石門が現れた。門が開かれると、内側の光景は手術室のものではない。というか、現実のものかすら疑わしかった。

 開かれた門にスカサハは入り込み、近くにあった城のような何か(この世の造形とは言えないので断言できない)にすっ飛んでいくと、すぐに大量の何かを抱えてきた。形状は巨獣の骨のように見えるが、その光沢は明らかに金属の類いだ。そんな生物がいたとして、明らかに現世のそれではない。

「私は外装担当だ。なに、任せろ。最強の鎧をその身に埋め込んでやろう」

「不穏ー!」

 ぎゃー、と再び、俊典は叫んだ。味方がいない。というか頭のおかしな敵しかいない。

 パラケルススは、彼の様子を見て優雅に笑った。

「そんなにはしゃいで、ずいぶん嬉しいご様子。任せてください。現代にはあり得ない超人に改造してあげます」

「私がしてほしいのは改造ではなく治療なんだが!?」

「まさか……不満、だと?」

「どこかに疑う要素があったかい!?」

 あっ、とパラケルススは気づいたように手を叩いた。

「体がそのままというのが不安なのですね。安心してください。私の術式が終わってすぐ、アヴィケブロンと交代します。彼のゴーレム作成能力はサーヴァント一ですよ。その技術を使って、貴方の体を限りなく原初の人(アダム)に近づけると言っていました。内臓から肉体から、全てが宝具で構成された、いわば宝具人間になるのです! やりましたね!」

「何があああああ!?」

 気づけば、俊典は力の限り叫んでいた。体の内側のどこかが裂けたのだろう、血がどばっと吐き出される。が、そんなのも無視して悲鳴を上げ続けた。

「ちょっと、スカサハくん! スカサハさん! これどういう事!?」

「なんだ、藪から棒に」

「藪から棒なのは明らかに君たちだよね!」

 素材をより分けていたらしいスカサハが、明らかに面倒くさそうに言ってくる。

 一瞬、間違ってるのは自分の方なのか、と惑いかけたが。俊典は気を取り直し、改めて言った。

「私の治療をするって言ったじゃないか!」

「当然するに決まっているだろう。だが、そのままでは復帰は難しいから、体を改造するだけで。いや、貴様が決断してくれて良かった。おかげで人造英雄を好き勝手作れる……おっと」

「全部言ったよね! 今全部言ったよね!」

 パラケルススは本当に分かっていない様子だったが、彼女は明らかに分かっている。分かってやっている。そのことに、俊典は戦慄した。

 彼は、かつて言われた言葉を思い出していた。塚内と一緒に、警告のように受けた言葉。神に連なる存在を信じてはいけない。頼るなどもってのほか。今正にそれが本当だったと、強く実感した。スカサハと言う存在は、自覚して凶悪だ。

「ねえねえ、そんなことよりさあ。早く始めてくれないかい? 私はとっとと終わらせて愛豚(ピグレット)の所へ戻りたいんだけどさあ」

 パラケルススと入れ替わったのか、キルケー。これは知った顔だった。

 彼女はワゴンに肘を突いて(さほど背の高いワゴンではなかったが、身長的にちょうど良かったらしい)、めんどくさそうに言う。

「先に内臓再生させちゃ駄目なのかい? 待ってるのも面倒なんだけど」

「そうすると内臓が邪魔で心臓を弄りにくいらしいぞ。少しくらい我慢しろ」

「私としてはその再生だけで十分なんだけども!」

 何度も何度も。本当に何度も言いつのるが。

 いい加減鬱陶しくなってきたのか、スカサハの眉が曲がる。鬱陶しそうに、という点を通り過ぎて、いきなり危険な角度につり上がった。

「うるさいな」

「私が悪いのかい!?」

 言って、なんとか逃げようとしたが。体を拘束しているのは、どうやら医療器具ではなく、魔術によるものらしい。いくら体を捻っても、手術台は軋み一つあげない。

「いいからちょっと寝ていろ。起きたときには全て終わっている」

 言って、スカサハがルーンを刻むのが見えた。その軌跡が完成するのと前後して、俊典の意識が遠のいていく。

「まっ……て……」

 言葉は、殆ど意味を成さなかった。もしかしたら、声にすらなっていなかったかも知れない。

 感覚が痺れていく。視界が闇に飲まれていく。正気が現世と切り離されていく。

 やがてまぶたすらも保っていられなくなり、彼はゆっくりと目を閉じた。

 次に目を覚ました時、彼は既に、サーヴァントに思いの様改造された後だった。

 

 

 

   ▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「ふむ」

 深い深い闇。その中でももっとも深い位置で、男は呟いた。

「歴史上の大人物を呼び出す個性、引っ張り出せるかと思ったが、少々本人の方を侮っていたな」

 言葉は、闇に溶けた。薄暗く、深い闇。誰も知らない闇。誰も――覗き見る事ができない深淵。

「今のところ、興味を引かれる人材ではないのだがね。強いが、ただ強いだけだ。まあ、一騎だけでもその力の片鱗を確認できたのだから良しとすべきかな」

 ふっと息を吐く。予定通りにはいかない。何もかも。それでいい。予定通りにいかないという事は、それだけ予定を乗り越える楽しみがあるという事だ。闇の中へと引きずり込む昏い愉しみにが。

 ぎしりと音を立てて、男は椅子にもたれかかった。

 椅子が軋む。かつて軋み、限界を訴えていた体。椅子のそれと同じように。しかし今は、全くもって順調だった。

 魔術。過去に失われた絶技。それを盗み取る事は簡単だった。本当に簡単すぎて笑ってしまう。警察の間抜けどもは、本当にどうしようもないな、と再度嗤ってしまった。金で秘法中の秘法を明け渡してくれるのだから。

 それのおかげで、彼は体のあらゆる不虞を癒やした。あるいは、作り替えた。今では顔も、壮年の時のものに戻している。もっとも、顔が知られることはよろしくないので、仮面は相変わらずつけているが。

「しかし、オールマイトの引退……これだけは本当に予想外だ。いや、困ったなあ」

 このときだけは、本当に困った顔で、男は顔をしかめた。あの正義に殉ずる男にこそ、真の絶望と悪意を見せてあげたかったのに。もっと早く動くべきだったか。

 こればかりは仕方がない、とも言える。自分の元後継者であり、現自分とは異なる悪の王。もう一つの深淵の王朝。それの基本的な戦闘技術が完成するまで、無理はできなかったのだから。

「上手くいかないのは仕方がない。別のプランも考えなきゃね。さしあたっては……」

 男は、電話をコールした。どれほど時間も経たず、返事がある。

『なんじゃい?』

「ああ、ドクター。急にすまないね。一つ聞きたいんだが……対英雄用脳無、開発は順調かい?」

 

 

 

 




この作品でのオールマイトのサーヴァント風ステータス

全盛期オールマイト
筋力A+ 耐久C 敏捷A+ 魔力E 幸運A 宝具-

弱体化オールマイト
筋力B+ 耐久D 敏捷B 魔力E 幸運C 宝具-


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10 intermission#2

 それは、いつも通りの朝、のはずだった。

 命に関わる襲撃を退け、登校の準備をし、朝食を食べ、ついでにリビングから出たところで再度の襲撃を貰い、服が乱れたので再度着付け直し。いざ出かけようとしたところだ。

 首の後ろから、まるで操り糸が伸びたような気がした。糸はひたすらに長く、強く、この世の果てまで――いや、この世の向こう側まで伸びている。見えないそれは、誰も触れることができない。少なくとも、この世の存在は。それはただの機能であり、誰かがどうにかできるものでもない。

 この感覚に、現輪は覚えがあった。何度も何度も、繰り返し感じてきた。

 いよいよ糸が緊張し、“何か”に接触したと感じた時。糸はとてつもない勢いで、“何か”をたぐり寄せた。糸につられて体まで緊張し、空に引っ張られる気すらしてくる。

 これが召喚だという事は、とても、とてもよく分かっていた。現輪は諦めの心境で、ただただそれがやってくるのを待つ。

 時間にしてほんの十数秒。個性が拡張する感覚が、嫌でも体を軋ませる。個性とはすなわち身体機能であり、それが強くなるとうい事は、当然体にも影響を与える。現輪の場合は、筋肉痛が一気に押し寄せるような感覚だった。

 魔方陣、などというものはないが。それに近い光が、地面に描かれる。円らな光の集積が、万華鏡のように折り重なった。

 やがて、糸の緊張がほどける。同時に筋肉痛のような痛みも。これが、現輪の個性から半ば独立したという証だ。孤立したそれは地面に照準を定めた。光円の中心あたりだろうか。空から、不可視の、しかし超膨大な情報が振ってくる。

 それが墜落して……

 現世に降臨した過去の英傑が、跪くようにして、そこに生誕していた。

 既に具現化しているのは、珍しい事ではない。どうも召喚された当初というのは、具現化の優先順位は召喚されたばかりの者が最上位になるらしい。

 現れたのは、小柄な少女らしかった。全身黄色だ。長い髪も着崩した着物らしき衣装も、全てが黄色い。

 少女は、すっと目と同時に意識までも開く。それが気配で分かった。ゆっくりと、突いた膝を持ち上げ、立ち上がる。背は低かった。サーヴァントの中でも最小クラスであるキルケーと同程度ではないだろうか。

 直立した少女は、ぴっと、なぜだかポーズを取った。なんだかよく分からないし意味もないが、とにかく格好いいポーズを取ってみた。そんな風ではある。

「クハハ! 吾、参上! 喜ぶが良いぞ人間! この茨木童子が来たからには、なんだ、その、とにかく安心だ!」

 うまい口上が思いつかなかったようで、最期は雑になっていたが。

 けたけたと笑いながら、なぜだか自信満々に、少女――もとい、茨木童子。

 また面倒な事になったな、などと思いながら、とりあえず現輪は茨木童子の頭を撫でた。

 怒られた。

 

 

 

 いつも通り、放課後は学校の修練所へ向かう。

 雄英高校の生徒は、当たり前に学習意欲が高い。とりわけヒーロー科は、上の学年に成る程、自習の重要性を確認していた。そのため、実は放課後の場所取りというのは競争率が高かった。といっても、大抵はトレーニングルームや体育館γといった、設備が充実し、大抵は先生の監督がある場所に人が集中する。なので、基本的に野っ原でしかない修練所は予約に苦労しなかった。

 修練所の光景は、だいたいどこも同じだ。どこまでが境目か分からない土地があり、少し離れた場所に林か、さもなくが丘がある。

 自主練は当然自主的な行動なので、必ず集まらなければいけないものではない。それでも、参加しない者は少なかった。来ない者は、学校の事情だったり家の都合だったり、大抵はそんなものである。むしろ来ない場合は、先に連絡を入れてすらいた。

 ともあれ、訓練だ。

 人の集まりは、まだ半ばほどだった。非参加の連絡はないので、それぞれ掃除当番や週番などで遅れているのだろう。

 現輪が到着すると、隣を歩いていた茨木童子が笑った。

「寺小屋は終わりか? 終わりだな! つまり吾の出番だ!」

 何か、お菓子だろうか。片手いっぱいに持って、それを口に詰め込んでいる。高笑いなどもしているせいで、手の中のお菓子がこぼれそうになり、それを慌てて抱え直していた。

「ええと、初めて見るよね。どなた?」

 緑谷が、体の保護用手袋をつけながら聞いてくる。飯田と砂藤はまだいなかった。

「こちら茨木童子。今朝召喚された」

「茨木童子……御伽草子ですわね。伝説上の人物、ではなく太古の個性持ちでしょうか」

 まだ教育者陣は来ない。彼らはオールマイトのリハビリを行っていることはあらかじめ知らされており、そちらの進行に手間を食ってるのだろう。

 時間を持て余していた八百万が話に参加してきた。

「違うわ!」

 かっと、茨木童子が目を見開いて叫んだ。その拍子に、お菓子がぼろぼろとこぼれ落ちる。彼女はそれをせっせと拾い集め、手で抱え直してから、続けた。

「吾は誇り高き鬼の血統だぞ! それを間違えるでない人間!」

 きしゃー、と牙をむきながら叫ぶ。

 背丈も外見もキルケーと同程度だが、キルケーが稚気がある大人であるのに対し、こちらは完全に子供のそれだった。怒っている様子も、恐ろしいというよりは、ただ駄々をこねているだけにしか見えなかった。

「そ、そうですか。それは申し訳ありませんでしたわ」

 素直に謝る八百万を見て、茨木童子は満足したようだが。

 それからも茨木童子がぎゃいぎゃいと言い、それに八百万が答えている。彼女も茨木童子は、子供を子供らしく扱わないという典型的な方法が有効だとすぐに気がついたのだろう。それから少女は機嫌良く八百万と話している。

 そんな二人の合間を縫うようにして、緑谷が話しかけてきた。

「ねえ、魂魄くん。茨木童子、さん? 彼女って今までいなかった、よね? いたら初日にでも混ざってきそうだし」

「そうだな、今朝召喚された」

「そんな事ってあるの?」

 緑谷は驚き、現輪と茨木童子を視線で交互にしている。

 気持ちは分からなくもない、と現輪は思った。個性は鍛えていけば、増強、拡張を起こす。これは珍しいことではない。増強は元より、拡張も、いわば個性そのものの応用みたいなものだ。しかし、新設というのはまずあり得ない。個性が増えているようなものだからだ。

 この辺も、魂魄具現化という個性に理解がないと、まま勘違いする事ではあった。

「割とあるんだよ。どうもこれって、おれの個性的には増強に当たるらしい。たまーに召喚されるし、呼び出されるたびに行動半径も広がる」

 言いながら、現輪は過去を思い出した。

 現輪が個性に目覚めて当初は、確か、サーヴァントはたったの四騎だったと記憶している。さすがに四騎同時に出てきたのは、後にも先にもそれっきりだったが。もっとも、当時は3歳の頃だったから、当てにならない記憶と言ってしまえばそれだけである。

 最初期は、サーヴァントが離れられる範囲も、せいぜいが十キロ前後だったと記憶している。それから、あれやこれやと連続してサーヴァントが呼ばれ、気づけば半径百キロ以上まで広がった。そのせいで、家の拡張も続いているわけだが。

 なんにしろ、分かったことは、サーヴァントの召喚と維持は、常に現輪の個性に負荷を掛けている状態という訳だ。個性が一定以上強くなると、次のサーヴァントの召喚準備に入り、上限いっぱいになる。そしてまた、個性が余裕ができれば召喚が行われる、というサイクルを繰り返していた。

「ちなみに、サーヴァントが召喚される時は、大抵連続して何騎か呼ばれる。同時に呼ばれる事はあんまりないが、何年も呼ばれないと思ったら、数日から数ヶ月の間にぽんぽん出てくるんだよ」

「大変だねえ」

「そーなんだよな。具現化の同時人数が7騎って決まってるのが救いだ」

 眼前では、八百万が完全に茨木童子を手懐けている様子だった。どうも、手持ちにお菓子か何かがあったらしい。少女は完全に餌付けされて、嬉しそうに八百万のまわりではしゃいでいる。

「ちなみに茨木童子のクラスはバーサーカーらしい。同クラスで自発的に出てくるのは他に一人しかいないから、これから割と様子を見せると思う」

「バーサーカー……」

 緑谷は何かを思い出すように呟いた。

「それって個性把握テストの時に見た、あの巨人の人とか、黒い霧を纏った全身甲冑の人とかと同じ? なんかずいぶん様子が違うけど」

「基本的にバーサーカーって言ったら、緑谷の印象の方が正しいよ。クラス条件が狂ってることらしいし。まあ、話ができても概ね話は通じないしな」

「本当に大変だねぇ」

 しみじみと、緑谷。

 と、彼はふと何かに気がついたように言った。

「っていうか、今、クラスが何か分かってないような言い方した気がするんだけど……」

「分からないんだよなあ」

 困ったように、現輪は答えた。

「俺が分かるのって、今何のクラスが具現化しているのかと、あと本人のステータス――大雑把な能力程度なんだよな。本当に不親切な能力だよ」

 保有技能である、スキルも見て分からないのは、実際困る事ではあった。ステータスがなんてことないと思えば、スキルが凶悪だった、という事はわりかしある。宝具やその性能まで分かるわけではないので、危険である事には変わりない。

 まあ、そもそもクラスですら当てになるかと問われたらそうでもないのだが。サーヴァントは適正クラス内であるから、好きにクラスを変えて出現できるのだし。その適正クラスにしたって、スカサハなり、霊基をいじれる者がいれば、どうとでもなってしまう。クラスがまともに機能してるのは、正気がない故にクラスの変更を地力でできないバーサーカーくらいか。

 ちなみに、と付け加えて、現輪。

「バーサーカーは大抵が基礎能力がめちゃくちゃ高い。茨木童子は耐久力がクソ高いな。多分俺じゃろくにダメージを与えられないと思うよ」

「魂魄くんでも!?」

 緑谷が驚いて、叫んだ。それに軽く頷く。

「多分今まで見た中じゃ一番高いんじゃないか? 全員のステータスを覚えてる訳じゃないから確実じゃないけど、単純な耐久性ならサーヴァント随一だと思う」

「へえ、小さいのに凄いねえ」

「今吾を小さいと言ったか!?」

 楽しげに離している姿から一転、ぐりんと首を動かして、食ってかかる茨木童子。

 緑谷はびくりを肩をすくめていた。見た目があれなのと、どうにも鬼としての威厳もないので、恐ろしいものでもないのだが。

「ご、ごめん!」

「……許す。次はないと思え」

 ぷりぷりと、頬を膨らませながら(お菓子が詰まってるのかもしれない)、八百万に向き返る。彼女は苦笑していたが。

 話していると、スカサハ、ケイローン、書文が集まって来た。今日は彼らに加えて、茨木童子だけらしい。

 生徒はまだ集まっていないが、教育者陣が集まった時点で始めるのが、いつもの習わしだ。思い思いに雑談なり、柔軟体操なりをしていた生徒達が集まるのだが。

 その中で、耳郎、八百万、上鳴だけが前に進み出ていた。どこか肩を落として、各々教師の前に進み出る。皆が空気を読んで何も言わなかった。茨木童子も、何も言わずに背中を見ていた。

 教師を代表して、かどうかは分からないが、ケイローンが彼らに応えた。

「あなた方が何故進み出たのか、それは分かっています。事情はアタランテから聞いていますからね」

「はい……すみませんっした」

「あれだけ言われたのに、油断してヴィランに人質取られました。本当に、すみません……」

「スカサハ先生に顔向けできないのは、重々承知しております……」

「受け取りましょう」

 三人の下げた頭に、ケイローンがゆっくりと頷いた。

 当時、まだ召喚されていなかった茨木童子だけが事情を理解できていない。何の話かと、周囲を見回していた。

「同時に、我々も是正しなければいけない事があります」

 言って、彼の目が細まった。その変化が好ましくないとは、誰もが気づいていた。ひえっと、だれかが小さく悲鳴を上げる。

「我々は()()()()。どうやら私もあなた方も片手間にならざるを得ないと思い、気の抜けた授業をしすぎたようです。これからは……分かりますね?」

 言葉は問いかけているようなものではあったが、語調は有無を言わさないものだった。生徒達が顔を青くする。

 現輪としては、まあ、なるべくしてなったとしか言い様がない。彼らがつける普段の鍛錬に比べれば、文字通りお遊戯のようなものだったのだから。今回、自分の生徒が無様を晒したことで、プライドが傷ついたのだろう。指導がお遊戯から教育レベルまで上がるのは、想像に難くない。

 緑谷はその様子を見て、明らかにほっとしていた。が、すぐにかぶりを振って、自分の感情を否定する。

「いやいや、ここで安心してちゃいけないんだ。まだ向こうに混ざれないことを恥じないと」

 そこでちょうど、更衣室から爆豪らがやってきた。

 彼らは周囲を見回し、なぜだか項垂れていることに首をかしげ、次に新顔を見た。結局話に入っていけず、輪の外に出ながらもりもりとお菓子を食べている茨木童子に。

「あンだ、このガキ」

 というか、爆豪は口にも出していた。

 茨木童子はかちんと来たようで、声を張り上げた。

「初めの人間よ!」

「……おれか?」

「汝以外に誰がいる! 早くくるのだ!」

 だんだんと地団駄を踏んでいる。現輪が近寄っていくと、大量のお菓子を押しつけられた。

「持っているのだ! けして落とすなよ!」

「おい、このチビお前の知り合いか?」

「二度も言ったな汝ぇぇぇ!」

 ぎゃんぎゃんと甲高い声で叫びながら、茨木童子は服の裾を上げた。

「殺すなよ」

「それくらい分かっておるわ!」

 叫ぶが早い、彼女は爆豪の方へとすっ飛んでいった。

 彼女の敏捷はさほど高くないとはいえ、そこはやはりサーヴァント。常人であれば、目が追いつかないほどの速さで疾駆する。出だしの一歩で地を割っているあたり、技術というよりは完全に脚力の賜だろう。

 爆豪からは、殆どコマ落としにしか見えないはずだが。そこはやはり、彼も才能を見込まれた人間である。持ち前のセンスで、殆ど反射的に構えていた。そして、吹き飛ぶ。

 爆豪が動くより早く、茨木童子は拳を振り抜いていた。だが、殴った後に、自分の拳を見下ろして、疑問符を浮かべている。

 派手に吹き飛び、次いで転がりながら、しかし爆豪は意識を保っていた。あの威力を無防備に受ければ、意識を保っていられる訳がない。というか、そもそも人体を吹き飛ばすほどの威力は込められていない。寸前で自分から飛んだのだろう。

 途中受け身を取って、身を起こす。しかし、立ち上がれない。息は荒く、そして不規則だ。右手で殴られた左脇腹を抱えながら、そうさせた張本人を強く睨んでいる。

「テメッ……」

 そこまで言って、息をつっかえさせた。上手く口が動かないのか、それから呼吸を何度かして、やっと口を動かす。

「サーヴァント、とかいうやつか……」

「ほう、吾の一撃を食らってしゃべる元気があるのか! 驚いたぞ」

 にんまりと、茨木童子が笑った。それは、いいおもちゃを見つけたとでも言いたげな笑みだった。

「初めの人間よ、こやつの名は?」

「初めの人間じゃなくて現輪な。魂魄現輪。それと今お前が殴ったのは爆豪勝己」

「そうか勝己か。では勝己よ、汝を現世での子分一号に任命してやろう」

 どやっと胸を張る少女。その姿に、爆豪はやっと立ち上がり、そして怒声をあげた。

「ザけんなボケッ! 誰がお前の子分になんかなるかよ!」

 殆どキレながら、空高く飛ぶ。個性を使って、爆風で宙を舞い、凶悪な形相を浮かべる。

「個性の一部ならよぉ、個性を使って攻撃しても問題ないよなぁ!?」

 言いながら、両手を地面へと向けると、強烈な爆発が発生した。

 指向性を持った高熱と衝撃波が、ただ棒立ちになっている茨木童子へとまっすぐに突き刺さる。強烈な爆破の一撃は、たやすく人影を飲み込み、そのまま地面をえぐり取った。熱気を吸い取った熱い空気が、砂利を乗せて、周囲の人間へと吹きすさぶ。

 この時点で、爆豪は勝利を確信していたようだ。苛立ちの表情が、いびつな笑みへと変わっている。が、それはすぐに、驚愕へと変わった。

 爆発に飲まれた空気の、砂埃が落ち着いた中、茨木童子は何事もなかったかのように立っていた。攻撃を何らかの防御手段で受けたわけではないのは、彼女の足下までえぐれている事から分かる。

 少女は、落ちてくる爆豪にタイミングを合わせて足を上げた。蹴ったわけではない。蹴ってしまえば、彼の体は真っ二つになっていただろう。だから、本当に合間を図って足を持ち上げただけだった。そこに、落ちてきた爆豪の腹が刺さる。

 勢いに、爆豪は息と唾液とを吐き出した。二度三度と体が痙攣すると、やがて脱力する。眼球が動いているので気絶はしていないようだが、もう動けなくはあるらしい。

 茨木童子が足を下ろすと、同時に爆豪の体もごろんと転がる。体に全く力は入っていないが、闘志だけは萎えないのか、険しい視線はずっと少女を捉えていた。

「おお、頑丈頑丈。よいぞ、吾を幼子扱いした非礼は許してやろう。吾は子分に寛大なのだ!」

「誰が……子分になんぞ……なるか……!」

「クハハ! 吾が決めたのだから汝は子分なのだ。つまらぬ抵抗するな」

 言うと、彼女は仰向けの爆豪を蹴って転がした。うつ伏せになると、体の上をまたいで乗り、顎を掴んで引っ張り上げ始めた。

「でっ、でででででぇ!」

「ほれほれー、子分にさせてくださいと言うのだ」

 けたけた笑う茨木童子と、それに切れまくっている爆豪。

「あわわ、かっちゃんが……」

「仲いいなあ」

「いいの!?」

 現輪の呟きに、緑谷は信じられないと言った様子だが。

「ようはあれ、ガキ大将同士の縄張り争いみたいなもんだろ。それで済んでるうちは、仲がいいって言っておかしかなかろ」

「そういうもんかなあ……」

 緑谷は釈然としない様子だった。

 茨木童子に好きにさせていると修行が始まらないので、書文が追い払っていた(彼女はとてつもなく不服そうだった)。爆豪の治療は現輪がした。

 現輪達も開始はしたが、まだ砂藤も飯田も来ていないのだ。いくら緑谷が個性の使い方を覚えてきたと言っても、まだまだぎこちない。素人が車の運転方法をいちいち確認しながら動かしているようなものなので、仕方ないが。一対一では、危なげある(ように見える)状況にすらならず、少々退屈していた。

「現輪!」

 ちょうど緑谷をひっくり返した辺りで、書文に呼ばれた。最初は飽きてきたのを見抜かれたのかとも思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。

 書文は腕を組んだまま佇んでいる。その横に、どこか不安げな切島。正面にはすっかりダメージが回復し、気力もまあ十分なんだろう爆豪。歯ぎしりをして、口の端から煙でも吹くような勢いで吐息している。なぜだか現輪に向けて、構えを取っていた。八極拳のそれに近いが、所々アレンジが入っている様子ではある。

 半ば呼び出された予想はついていたが、ちらりと書文の方を見た。

 李書文。中国で最も有名な拳法家の一人……かどうかまでは知らないが、まあ強さは折り紙付きだった。素手ではケイローンに匹敵し、槍を持たばスカサハと互する。基本的に年代が古い方が強いサーヴァントの中にあって、近代出身、それこそ個性が既にある時代で勇名を轟かせていた。見た目は二十代か三十代ほどで、大抵の雄英教師より若く見える。本人は老成した技に全盛期の肉体だと言っているが、正にその通りだろう。精神まで若いのか、その眼光はいつも溌剌としている。

 今もまた、目には若狭所以の輝きがある。それで現輪をまっすぐ射貫きながら、口を開いた。

「此奴はどうも、自分の程度というものを分かっていない。身の程というものを教えてやれ」

「また藪から棒に……」

 やれと言われればやるのだが。

 爆豪は獣のような形相でこちらを睨んでくる。今すぐ飛びかかってこないのは、気を抑えているからではないのは分かった。顔を見れば、自制心を失っているのは分かる。恐らく、相手が同じ条件でなければとか、相手が全力でなければならないとか考えているのだろう。

 愚かしい考えだ。そう現輪は切って捨てた。彼の李書文に師事させて貰え、既に一月は過ぎている。それでなお、まだ常在戦場を理解していない。彼はやってみろと言われた時点で、追いかけっこの最中だろうが背後からだろうが、とにかく襲いかかってくればよかった。

(負け癖でもついたのかな?)

 様子見しながら、思ったのはそんなことだった。

 彼の格下以外との戦績は、恐ろしく悪い。相手が教師だったりサーヴァントだったりするので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。が、逆に相手が上すぎて、敗北の屈辱と意味を理解できなくなってしまったのか。

 顔は爆豪に向けたまま、視線だけを書文に向けた。その表情には、可能な限り手を抜けと書いてあった。

 予想が合っているかどうかまでは分からないが、とにかく、同格(な訳がないのだが、まあ本人からすればそう感じられるだろう)の相手からの敗北を経験させたいらしい。その上で、自分がどれだけ不出来かを教え込む、あたりだろうか。

 仕方なしに、現輪は薄く息を吐きながら、右足を半歩だけ退いた。手はだらんと落としたまま。視線だけで、準備が出来たことを告げる。

「ナメてんのかテメェ! さっさと構えろやクソが!」

「お前相手に八極拳を使う? それはぞっとしないな」

 本当に、ぞっとしない。

 その気になっていたら、彼は自分が死んだことにも気づかずに死んでいる。それが李書文に教育された八極拳士の技を修めた先だ。

 と、ふと思い出した。

(緑谷はどうしてる?)

 これは視線を向けずに、気配だけを探った。目を向けなかったのは、まあ、今更確認するのも間抜けだからだ。

 彼は倒れ伏した場所から動いていなかった。さすがにまだ寝転んではいないようだったが、どうも気配の位置が低い。座り込んで、観戦をしているようだ。

 こっちもこっちで、話している間にかかってくればいいのに。考えて、ふと気がついた。武道家たる者、いついかなる時も備えてなければならい。それが寝込みだろうが何だろうが。それをまだ教えていなかった。道理で、お行儀がいいはずだ、と現輪は自分を減点した。やはり、教育には向いていない。基礎にすら手落ちがあるのだから。

「お前にはこれで十分だよ」

「――死ねェ!」

 憤慨に、構えすら維持できなくなり。爆豪は飛ぶように踏み込んだ。

 現輪も同時に踏み込む。ただし、こちらは散歩をするような気軽さで。あまりに不用意だったため、爆豪は反応に失敗したようだが。

 技が形を成すより前に、震脚を払ってやる。浮いた足は空を切り、勢いのまま転がる。八極拳は数ある武術の中でも特殊な、攻撃力に特化したものである。当然、その勢いもトップクラスだと言える。つまりは、無造作に転がされれば、他の武術より痛い。

 どしん、と、震脚の勢いをそのまま全身で作り、地面に叩き付けられる。爆豪はカエルが潰れたような声を吐き出した。

「まだ大丈夫だろ」

 現輪は棒立ちのまま、すぐさま起き上がった爆豪に声を掛けた。

 彼が無事なのは分かっている。本当に駄目な時は、声すら漏らすことができない。これも体験談だが。そうではなくとも、爆豪の体が頑丈なのは分かっていた。

 爆豪勝己。生まれの勝者と敗者を分けるならば、彼は明らかに勝者だった。これは、個性が強いというだけの話ではない。強力な爆発を支える太い骨、衝撃を受け流す、柔軟で量も十分ある筋肉。空中で跳ね回りながらも、上下と方向を認識できる強固な三半規管。個性を扱うのに十分な身体能力を得た、文句なしの“勝者”だ。

 個性社会、この手の人間はままいた。近くで言えば、相澤などもそうだ。ドライアイこそ減点だが、それを除けば、広い視野と動体視力を持ち、対応させる人並み外れた反射神経もある。

 個性に誂えて体も進化した状態で生まれる。これも個性特異点に記された内容だ。個性の膨張と共に、身体機能までもが限界を超えて進歩する。

「使えよ、個性。全力を相手してやるって言ってんだ」

「こ……ンの……! とことんナメやがってェ……!」

 再び飛び跳ねてくる。今度は先ほどより幾分冷静なのか、技は型にははまっていた。川掌の様には見えるが、一つ、左手は背後に伸ばしている。爆発で推力を稼ぎ、掌を当てた瞬間に爆発させて、二重に威力を生み出すつもりなのだろう。それを即興できる能力も、天稟としか言い様がない。

 まあ、それだけでは駄目なのだが。

 現輪は今度、真正面から迎え撃った。走ってくる右肩に手を、踏み込む足に膝を当てる。両方を進行方向とは別々に押してしまえば、簡単に体勢は崩れた。その状態で爆破するものだから、彼の体は空に舞い、ぐるぐると回転した。

 個性の強者。才能の勝者。確かに素晴らしいものだ。得がたいものでもある。しかし、所詮伸びしろの話でしかない。長年の研鑽には敵わない……

 空から墜落して、爆豪は唸った。めちゃくちゃに投げ出されたせいで、受け身も取れない。今度こそ、即座に飛びかかるほどの余裕はないようだった。

「分かってるか?」

 そんな状態でも、彼の眼光は鋭いままだった。いついかなる時でも闘志が萎えないのは、利点ではあるのだろうが。能力が追いついていないのでは意味がない。

「おれは今、お前より動きが遅かったんだ」

「ナメ、プ、宣言……か……? あァ……!」

 飲み込みが悪い、あるいは察しが悪い事にひっそり嘆息する。才能豊かが故の弊害だろうか。

「じゃなくて、今の差は、全部技術の差だって言ってんの。身体能力だとか才能だとかそういうもん以前の」

 一瞬、何を言われたか分からないと言った様子だったが。

 息も絶え絶えになんとか手を突いて上体だけは持ち上げ、書文の方を見ている。書文は、腕を組んだまま、うっすら笑みを貼り付けたままだ。

「お主はどうも小手先だけの技術で手っ取り早く強くなれると思い違いしているようなのでな。わかりやすく現輪に、根本の違いを見せつけさせた、という訳だ。これで分かったであろう? 儂が強いのはサーヴァントだからではない。八極拳を極めてたからだ」

「師父は八極拳抜くとたいしたことないもんなあ」

「ははは、ぶっ飛ばすぞお主」

 言いながらも、怒っている様子はなかったが。

「まずは外側のみでも修めろ。次に内を満たし、やがて気を操り、最期には天地合一の境地へ向かえ。勝己、お主はまだ入り口に立ったにすぎんのだよ」

「気はなあ……圏境とか最初聞いたとき意味不明だったもんなあ……」

呵々(かか)、あの小僧も今では一瞬とはいえ、圏境を実用的な力量で扱えるようになった。時間の流れとは早いものよ」

 十年もの月日を一瞬と言っていいものか、とは思ったが。いざ経ってから思い返せば、そう言うより他ないのかもしれない。

 爆豪は座り込んで、もう怒りはない様子だった。ただ、神妙という訳でもない。相変わらず目つきは険しい。

 どのような感情をも飲み込んで、半ば独り言のように呟いた。

「おい……俺もこいつくらい使えるようになるのかよ」

 いっそ不遜とも言える態度だったが、書文は気にしなかった。

「儂の見たところ、お主と現輪に才の差はさほどない。それはつまり、費やした時の差がそのまま決定的とも言える。十年分もの修行を詰め込む自信はあるか?」

「ナメんな! この野郎ぶっ殺すためならなんだってやってやるわ!」

「くはははははは! よろしい! 貴様に我が技を余すところなくたたき込んでくれよう!」

 爆豪は飛びかからんばかりの勢いで跳ね起きた。そして書文に突っかかっていく。彼はそれを楽しそうにいなしていた。

 殆ど置物と化していた現輪は、どうするかと書文を見るが。彼はちょいちょいと手で払う仕草をしてみせた。もう用事はないらしい。

 訓練に戻ろうとしたのだが。

「げーんりぃー」

 すぐに呼び止められる。声を掛けてきたのは、スカサハだった。

 振り返ると、彼女はにこにこと笑っていた。まあ、彼女は何くれにつけて楽しそうなのだが。どうやら影の国とやらはよほど退屈な場所のようで、現世で何が起きても楽しいらしい。

 タイミングが良かったのか、書文の用事が終わるのを待っていたのか。そこまでは分からない。分別がない訳ではないのだが、彼女がその気になったときは、こちらが何をしていようとも呼び出すくらいの図太さはあった。

 呼び出しに応じて行くと、彼女は新しい弟子の一人、轟の肩をぽんと叩いて言った。

「次はこやつと戦え。槍を持ってな」

 指名された轟は、仏頂面だった。爆豪ほどあからさまではないが、敵意は感じる。敵意にあけすけというのも変だが、そうだった爆豪に比較して、彼のそれは昏く深いものを感じた。もっとも、彼から感じるそれは、昨日今日のものでもないが。

 反対する理由もない。現輪は槍、もとい杭を取り出して、軽く両手で構えた。

「あー、いいか?」

「……おう」

 轟は答えながら、氷の槍を作った。一見すると氷柱のようにも見えるが、一応槍の造形はしている。穂先にはちゃんと、刃があった。

「まずは本気でやれ。初め」

 声と同時に、轟は滑った。足下に氷の膜を作り、後ろの足で蹴るようにして、出足は上げずに。

 なるほど、と現輪は思った。滑る足下、それを自在に操れるならば、この動き方は悪いものではない。踏ん張ることもできないならば欠陥移動法だが、瞬間的に踏み込めるならば、これは立派な利点だ。足を上げない、つまり上げた足を狙われない。

 だが。

(本気でやっていいんだよな)

 少しだけ悩んで、しかし現輪は昔から言われている通りのことを実行した。

 轟が槍を走らせるのと同時に、現輪も同じ事をした。違いは、轟が体を狙ってきたのに対し、現輪は槍を狙ったことだった。穂先を、氷の槍の柄に当てる。力を入れる必要も、振りかぶる必要もない。構造的に欠点があるのならば、それだけを狙えばいい。

 氷の槍は、現輪の思い通りに、中央辺りで真っ二つになった。

 短い竹槍のような形になった槍に、轟は驚愕する。当然立て直す余裕など与えてやるはずもなく、切っ先をそのまま首筋に当てた。これで終わりだ。

 何秒かたって、轟がやっと状況を理解したところで、現輪は槍を退いた。

 現輪にとっては当たり前すぎる結果になったが。さすがに困惑してスカサハを見る。とりあえず、彼女は結果に満足している様だった。

「だから言ったであろう? 壊れぬ槍を作れ。出来ぬのならば、槍が壊れるのを即座に認識し、作り直す速さを手に入れろと」

「そんなの思考加速系個性でもなけりゃまずできないと思うんだけど」

「黙れ。貴様はできるだろう。というかできるようにしただろう」

「まあそうだけど……」

「ならできるのだ。私がやれと言ったらやれ。できなくともやれ」

 相変わらず無茶なことを平気で言う人だった。現輪だって、年単位の積み重ねで少しずつ反応速度を上げた結果なのだが。

 轟はひたすら悔しそうにしていた。なぜだろうか、その情動の中には怨念すら感じる。後ろ向き、というのとも違うが、彼はどうも、爆豪とは別の意味で余裕がない。

「次だ。今度は手加減してやれ。そして焦凍よ、貴様は本気でやれ。同じ舞台で勝てると驕り高ぶるな」

「……うっす」

 底冷えのするような感情のまま、轟は短く答えた。

 彼は、今度は初めの声がするより早く動いた。この辺りは、爆豪よりは徹底してできているらしい。

 先ほどのように滑って動くことはしない。後ろに飛ぶ。

 距離を空けるのは正解だった。轟の個性は、中・遠距離で最大の力を発揮する。対して現輪には、近距離以外の戦闘方はない。個性だけを見ればだが。

 踏み込んでも槍が届かない場所まで移動した轟が、作り直した槍で地面を薙いだ。冷気が一筋の刃となって、現輪に直進してくる。許容量の多い個性で、大量の氷を作って相手を拘束する。轟の十八番だった。

 食らってしまえば、現輪でも戦闘中に抵抗する手立てはない。まともに食らえば。

 現輪は槍を一閃し、地面を切る。というか、裂いてめくり上げた。伝達する冷気が、捲られた地面にそって走り、途切れたところで暴発した。

「脳無との戦いの時に言ったはずだぞ」

 視界の左半分を埋める氷塊を、避けるながら前に進む。まだ距離はあるからか、轟は再度退きはしなかった。

「尖った強さなんて、ネタが割れればどうとでもできるって」

 轟は再度、個性を放った。今度は所定の位置で爆発させるタイプではなく、眼前から、巨大な氷で埋め尽くすように。

 現輪は今度、まっすぐ縦に槍を振り放った。地面から、空気も、そして個性までもが縦に割れる。

 自分自身が縛られらなかったといっても、氷柱の牢獄に閉じ込められた形だが。所詮たいした強度のない氷でしかない。現輪はあっさりと氷を切り落とし、中から抜け出た。

「直接当てられないなら、脆い大質量なんてさしたるもんじゃない、とは師匠に言われてると思うが」

 必殺の技をあっさり切り抜けた現輪を見て、彼は戦慄している様子だった。未だ槍は構えているし、個性発動の準備もしている様子ではある。しかし、手詰まりなのも感じさせた。現輪が近づくのに、ただじりじりと距離を空けることしか出来ていない。

「それまで」

 状況が決まって、即座にスカサハが宣言した。これ以上見ても意味がない、そう判断したのだろう。

「これがお前の弱点だ。あらゆる状況に対応できるが、全ての状況で中途半端。ましてや一人の手練れには、無力に等しい。まずはお前自身が強くなれ」

「……っ、分かりました」

 悔しそうにほぞを噛みながら、轟。言葉は、絞り出すような苦しみに満ちたものだった。

「お前が“左”を使わんのは、正直どうでもいい。私には関係なし、興味もないしな。そっちは領分ではないし」

 左という言葉に、現輪は疑問符を浮かべたが。スカサハは関係ないとばかりに話を続けた。

「私が右だけで強くしてやると言っているのだ。いい加減子供らしい駄々はやめろ。現輪ほどは、今更追いつくのは難しいが、その次くらいに強くはしてやる」

「お願いします……」

 轟はぐっと飲み込んで――何を飲み込んだかまでは分からないが――頭を下げた。そういえば、彼のそんな様子というのは、珍しい気がする。

 それ以降も、何やら小言はあったようだが。現輪は既に話は聞かず、戻っていた。

 一戦一戦は短くとも、さすがに三戦もすればそれなりに長い。緑谷も暇していたろうな、と思っていたが。彼は困ったような笑みを浮かべていただけだった。

 隣には茨木童子がおり、ぐったりと転がっている。周囲にはお菓子の食べこぼしが散乱していた。ゴミがないあたり、捨てはしたのだろう。もしかしたら緑谷が代わりに捨ててやったのかも知れない。

 地面の上で溶けた茨木童子は、現輪を視線で確認した。しかし、動き少ない。恐ろしく緩慢な動きで、首から上だけを動かした。

「初めの人間……」

「現輪だって。どうした?」

「暇なのだ……。お菓子ももうない……そもそもお腹いっぱいだし」

 知らねえよ、としか言い様がなかった。

 緑谷の方を見ると、彼は苦笑していた。どこまでも人がいい。それは、悪い意味でも。

「あはは。さっきこっち来たと思ったら、ずっとこの調子で」

「ほっとけばいいって」

「なぜだー……。吾の相手をしろー……」

 言葉も、どこかぼんやりしている。

 現輪はため息交じりに告げた。

「あのな、暇くらいは自分で潰すんだよ。無理矢理現世に引っ張ってきたのは悪いと思うが、そんだって何でもかんでも相手してやる訳にはいかないんだから」

「やぁーだぁー。吾の相手をするのだぁー」

 うつらうつらと、駄々っ子のようにうつ伏せになった。どうも眠たくもあったのか、その姿勢のまま、規則正しい吐息になる。

 そういえば、召喚初日で飽きたと口走ったのは、彼女が最初のような気がする。どうでもいい事だが。

「んじゃあ再開しよか」

「あの子、茨木童子さんだっけ? ほっといていいの?」

「危険があるわけでもなし、そもそもあれを害せるレベルの何があるわけでもないからな。寝かせとけ」

「うーん……」

 言われたとおり、放っておくのは後ろ髪引かれるのか、緑谷はちらちらと茨木童子を確認していた。

 また追いかけっこをしようとしたところで、遅れてきた最後の集団がやってきた。その中に、砂藤と飯田の姿もある。

「ワリィ、遅れた」

「待たせてしまったか?」

「いや、ちょうどいいと言えばちょうどよかったよ」

 すぐ準備を始めようとした二人を、現輪は手で制した。

「ちょっと待った。今日からはレベルを一つ上げる」

「ム? 俺としてはありがたいが、しかしいいのか? 我々はまだ君に触れられていないのだが」

「今日のホームルームに相澤先生が体育祭があるって言ってたろ。そこに間に合わせられるよう鍛えようと思った。今ならもう殆ど触れたようなもんだし、いいかと思ってさ。もちろん、そっちが悪くなければだけど」

「おう……! 俺は望むところだぜ!」

「僕も頑張らないと!」

 とりあえず、闘争心はあるようだった。二人の力みに影響されるような形で、飯田もカクカクと手を動かす――なんで影響されたそんな変な動きになるのかは分からないが。

「無論、俺もだ! して、どんな訓練になるのだ?」

「今日からはあっちに行く」

 言って、指さしたのは人工林の方だった。

 後付けで作られただけあって、林は地面に障害物が少なかった。背の低い雑草が並んでおり、足下の邪魔になりそうなのは、木の根くらいか。ぱっと見では、石も落ちているようには見えない。木の間隔もほどよく、散歩する分には問題ない程度となっている。

 だが、走るとなれば話は変わってくる。芝は短くとも、敵の手出しを気にすれば、足を取られる事もある。足場に目隠しがあるせいで、その下に何があるかも分からない。木の位置は、記憶しているだけでは足りなくなる。予測し、上手く回避しなければならなくなる。ましてや人を追いかけるとなれば、気配のある物体、ない物体、両者を選り分けて脳に認識させなければならない。控えめに言っても、別次元の技能が必要になる。

「見れば分かるとおり、今までみたいに無作為に動いてたら木に激突するぞ。これからはおれの動きを把握しつつ、障害物にまで気を遣わなきゃいけなくなる。物の配置を覚えて、機転を聞かせて、やることが格段に増えるぞ。ここまでクリアできれば、戦闘機動にまず問題ないレベルだ」

 ただし、難易度は格段に上がる。

 それは分かったのだろう。三人の顔は、見るからに引き締まった。

「まあ、案ずるよりまずは慣れろだ。とっとと始めよう。失敗しても、打撲くらいなら直してやるから、遠慮せず挑戦したらいい」

 言って、現輪は先導して進んでいった。

 体育祭まで、もうどれほども猶予はない。

 

 

 

 



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11 intermission#3

 魂魄現輪の朝は、一定していない。

 それには理由があった。別段、睡眠が不安定だとか、そんな訳ではない。単純に、起床は他人によって決められる、というだけだった。

 彼ははっと意識を覚醒させ、体が命ずるままに左手を薙いだ。手に小さい、しかし鋭い痛みが走る。

 痛みは無視して、跳ね起きた。即座に、人影を捉える。奇襲に失敗して、部屋の中を跳ね回る。最低限、最高率の跳躍で済ますそれは、部屋の中を荒らしもせず、すり抜けるように跳ね回っていた。

 影を完璧に捉えることはできないが。しかし、この狭い空間内であれば、追いつく事はできる。最適化された動きであればなおさら。

 現輪は動きを先回りして、手を伸ばそうとした。が、すぐに引っ込める。影の手に、ナイフが握られているのを見たのだ。

 現輪に動きがないとみるや、影は攻勢に出た。左手に握ったナイフで突いてくる。牽制のつもりなのだろう、その勢いは強くなかった。避けざまに腕を絡める。

 影は、現輪の動きは予想の範疇だったのだろう。絡まる腕に抵抗せず、むしろ勢いをつけて捻った。速さに負けて、絡めた手が解ける。

 互いに、攻防に失敗して、背後に跳ねた。ちょうど部屋の対角線に逃げる形で。

 しばらく、そのままにらみ合いが続いたが。やがて影がふっと力を抜いた。

「おはようございます、現輪殿」

「おはよう、呪腕」

 現輪も同じように緊張を解いて、挨拶を返した。

 いつも通りの朝。十年近くこんなことを続けている。ほんの数年前までは失敗して、心臓に刃物を突き立てられることもあった。が、今ではアサシンの襲撃だろうと(手加減してくれてるだろうが)失敗して、半殺しになる事はない。

 呪腕のハサンが最初に投げた、挨拶代わりのナイフを回収がてら言った。

「今日はスカサハ殿、ケイローン殿、書文殿が朝の鍛錬を待っていると言ってましたぞ」

「三人同時かぁ……」

 現輪はぼやいたが。

 その声を聞く者はいなかった。呪腕のハサンは伝言を伝えると同時に、既にいなくなっていた。

 ハサン・サッバーハ。これは一人の名ではない。というか、むしろ役職名に近いものだ。全く同じ名のサーヴァントが他にもいる。なので、能力的特徴から呪腕という名で呼ばざるを得ないのだが。

 生え抜きの、と言えばいいのか。それとも伝統の、と言えばいいのか。とにかく生粋の暗殺者であるハサンだが、その中身は極めて常識的だった。他の英雄と言われる存在がろくでなしばかりだと言われれば、否定も出来ないが。とにかく社会的善を信仰しており、ヴィジランテ活動などもしているが、そちらも現代の常識に則った方法で活動している。

 軽く傷を作った手を確認する。さしたるほどではない裂傷だ。体に埋め込んだルーンの効果か、もう傷口は塞がっていた。ただし、飛び散った血に濡れたシーツはしみ抜きに出さなければならない。

 現輪は左手に違和感がないか確認しながら、視線を窓の外に送った。季節は晩春、まだ日の出は遅い。

 空では、登りかけの太陽が、世界を淡く照らしていた。

 

 

 

 朝に、二度襲撃をかけられることはない。全くないとは言えないが、まあ、数が少ないのも確かだった。

 リビングに入ると、そこはちょっとした修羅場だった。バーサーカー・ランスロットがなぜか具現化していて、アルトリアのなんとも言えない微妙な視線にもだえ苦しんでいる。何秒かそのままだったと思えば、ランスロットは霊体化した。その様を、アルトリアはずっと、悲しそうに見ていた。

「おはよう」

「ゲンリですか、おはようございます」

 そのまま放っておくこともできないので、とりあえず挨拶をする。アルトリアは声に気を取り直して、表情を凜々しく変えた。

 またやってたの? とは聞かなかった。口にしてしまえば、アルトリアが悲しむのは分かっていたから。

 だが、その気遣いもあまり効果はない様だった。彼女は感づき、そしてひっそりと嘆息した。短いため息の後、言い訳のように口を開く。

「ランスロット卿には、もう思うところはないのですよ。ええ、本当です。本当なのです……」

 重ねる呟きは、どんどん力なく、薄くなっていく。

 言葉に対して、現輪は何も答えなかった。それで分かってくれると信じたわけではない。ただ、何を言ってもアルトリアを苛む結果になるのは分かっていた。

 それは、まだランスロットがセイバーのクラスだった頃だった。彼は召喚された当初は、それはもう真面目な騎士だった。王に再会できたことを喜び、同時に懺悔もしていた。裏切りを悔い、和解もした。そこまでは順風満帆だった。そこから先も、まあ順調だったと言えば順調だった。

 現代に呼ばれたサーヴァントは、基本的にやることがない。聖杯戦争――万能の器を求めた戦争だが、現輪の権能において、重大な欠点があった。戦ったところで、勝ったところで、報酬を期待できないという欠点が。

 なので、現代にいる英雄達は、基本的に何もしないか現代を満喫するかの二択に分けられる。大抵は後者であり、ランスロットも例に漏れなかった。

 そして、現代で女遊びをするサーヴァントも多かった。事情は色々あるのだろうが、もっとも多い意見としては、容姿の平均値が高くなっているという点らしい。化粧などを代表とする美容技術が発展し、容貌の最高値は過去の方が高くとも、平均値は現代の方が高くなっているのだとか。つまり、街中でぽっとナンパをしても、外れが少ないという事だ。

 それだけならば、まあいい。その時点でもアルトリアは微妙な表情をしていたが、これは彼に限らないのだ。だから、まあいいとしか言い様がない。

 問題は、彼が人妻に手を出した点だった。

 それはもう荒れに荒れた。相手の旦那は当然激怒したし、こちらを訴える姿勢も取っていた。しかし、当時はオールマイトに合う前だった。つまりは、サーヴァントが一般的に認知されていない。扱いとしては、不法入国者と同等だった。

 示談には、それはもう大変な労力が必要だった。人妻の方がランスロットに心底惚れ込んでいるのも、問題をややこしくする要員だった。人妻は、今の旦那と別れてランスロットと添い遂げると臆面もなく言ったのだ。そんな状態で示談が成立するわけがなく、旦那のランスロットに対する敵愾心は、当時の事情を理解しきれない現輪にとっても恐ろしいものだった。

 家計を握るダ・ヴィンチの苦労もあって、なんとか事は穏便に済んだ。ただし、それは魂魄家に限った話であり、相手方は当然のように破局した。結局ランスロットの女遊びは、一つの家庭を崩壊させて終焉を迎えた。

 そんな女であれば、どのみち破局してたのでは、と言う者もいた。だが、それは通用しない。所詮は破局させた側の理屈だ。

 それでも、そんなんでも、ここまでならばまだマシだった。本当に。

 円卓の騎士は、それはもう荒れに荒れた。

 ただでさえ、ランスロットには裏切りの実績があり、それに対してよく思わない者が多数いたのだ。それが許されたかと思えば、この事件である。総スカンという言葉も控えめだったかも知れない。何より堪えたのが、アルトリアの責めるでもない、ただただ悲しそうな視線だった。

 結果、どうしたかというと、ランスロットはバーサーカーのクラスに逃げた。いっそ鮮やかとも言える転身だった。

 バーサーカーというクラスには基本的に理性がない。なので、対話の必要がないとでも思ったのだろうか。やむを得ない理由があったのかも知れない。事情は本人のみぞ知る。

 こういった経緯があったので、ランスロットはいくら暴走しようとも、アルトリアが出てくれば勝手に霊体化した。バーサーカーとしてはトップレベルに使いやすくはある。アルトリアのメンタルを犠牲にしてだが。

「苦労してんなあ」

 思わず、言葉が漏れてしまった。はっとして口をつぐむが、時既に遅し。

 はっとして現輪が振り返ると、アルトリアがテーブルの上で項垂れていた。

「あー……その、ごめん」

「いえ……構いません。構いませんから、そっとしといてください……」

 現輪は諦めたようにかぶりを振った。

 恐らくシロウが用意してくれていた朝食の袋を手に取り、中庭へと出て行った。

 

 

 

 魂魄邸の中庭は、面積だけで言えばそれなりに広かった。ただし、それは運動に適した形状かと言えば、全くそんなことはない。

 その庭は、およそ万民が外見から想像するものだった。時代、文化の区別なく、乱雑に詰め込めるだけを詰め込んだような、ふざけた家。その中にあるものだから、庭だって一定の領域を確保できるものではない。その上、いろんな様式の文化が敷き詰められている。そのため開いている場所は少なく、細長い。およそ運動をするのに適してはいなかった。

 これが、現輪が修行をするのに、いちいち山まで向かっていた理由である。多少の運動をするならばいいが、本格的に戦闘訓練をするとなれば、圧倒的にスペースが足りなかった。

 まだ師匠らは来ていない。それをぼんやりと認識しながら、庭の一角、日本様式特有の小岩の上で、弁当を広げた。

 サーヴァントに曜日感覚がどの程度あるかは知らないが。休日は、家にいる者が多いように感じた。自然と朝食を取る者も多くなり、そのため現輪は、こうして外で食べる事にしていた。

 食事がちょうど終わる頃に、師匠ら三人同時に現れる。体のどこかがほつれたり、血を流したりと、既に一戦やらかした後の様子だ。

 三人が三人とも、肩を怒らせて詰め寄ってくる。

「現輪よ! お前は私の槍を継いだのだ! そうだろ!?」

「いいえ、一番の師は私です。でしょう?」

「何を言うか! 儂の技こそが一番色濃く出ている!」

「槍のベースは師匠、体術のベースは先生、そこに師父の業を混ぜ込む感じでって結果でてませんでした?」

 だいたいここまで、週に一度は言い争う事ではあった。

 そのままぎゃいぎゃいと争いに発展する姿を見ると、いい加減悟るものはあった。ああ、今日の朝練はもう駄目だな。自分でなんとかするか。

 槍乱れ、神業の弓が降り注ぎ、人の域を外れた魔技飛び交う。無駄に高度な程度の低い争いを傍目に、現輪は杭を取り出した。この杭も、いい加減まともなものに変更したいのだが。ひっそり考える。いつも違う物のため、いつまで経っても手になじまない。雑な道具に、変な手癖がつきそうだった。

 どっかんばっこん音を立てながら、大人げない大人達が争う。当然、その余波で庭園のいくらかが破壊された。このせいでまた争うんだろうな、と、現輪は達観と共に眺めた。時折飛んでくる流れ矢を軽く弾く。

 どうせこうなるのだから、庭で本格的な修行ができないでもない、とは言える。ただ、後からうるさく言われるだけで。

 そんな風に、半ばのんびりしているところに、茨木童子が来た。手に朝食が入った入れ物を持っている。

 彼女は自分を悪逆非道の鬼だと称しているが、なぜだか行儀がとてもいい。歩きながら食べ物を食べたりはあまりしなかった。寝転がりながらお菓子は食べるのだが。

「うおっ、なんだこれは? この世の終わりか?」

「まあ、ギリシャ神話とケルト神話と近代英雄が争ってるところは、たしかに終末感あるが」

 ぱっと見、どうしたらそうなるのか不思議な絵面だ。

 茨木童子は、争う三人を迂回しながら、現輪の近くまで来た。さっきまで現輪が座っていた岩に腰を掛けると、弁当を広げる。

 いくらか、そのまま鍛錬に力を入れる。たまに飛んでくる矢だけを気にしながら。

 と、ふと思いついて、現輪は茨木童子に声を掛けた。

「なあ、お前って別のクラスになれる?」

「……? んく、なんだ、藪から棒に」

 口の中に入っていたものを飲み込みながら、彼女は言った。

「言ったとおり、クラスをまたげないのかなって。剣持ってるから、セイバーあたり? になれるかもと思ったんだが」

 実のところ、一人が複数のクラスを持つことは、さほど珍しいことではなかった。

 が、言わんとすることを理解できないのか、茨木童子はやはり不思議そうなままだ。

「例えばクー・フーリンなんかは、最初ランサーとして呼ばれたんだが。これを俺は勝手に基礎クラスって呼んでる。んで、他にもクラス適正があるんだよ。ライダーだったりキャスターだったり。そうやって適正あるクラスには()()()()()事ができるらしい。これも俺は勝手に適正クラスって呼んでるんだが。お前にゃ適正クラスってバーサーカーだけ?」

 適正クラスが複数あるサーヴァントは、珍しくなかった。とりわけ芸達者なサーヴァントは、大抵複数の適正クラスを持つ。今近くで戦っているスカサハも、大概の武具は扱えるため、セイバーやアーチャーのクラス適正もあるのだとか。それで強いかは別の話だが。

 アーサー王などはわかりやすい例だろう。伝説にある武具を数え見るだけで、大抵のクラスに当てはまる事が分かる。

 どうでもいいが、アルトリアはランサーになった時、自分の体が成長していない事に不満を漏らしていた。なぜだか成長していなければおかしな気がしたのだとか。クラスをまたいでも身体的に変化があった者などいないのだから、変化がある方がおかしいのだが。

「他にも、霊基を改竄できる者がいると、適正クラス以外にも移れるらしいんだが。これは例外だけど」

 代表的なのが、ダ・ヴィンチだろう。彼女、もとい彼は、自分の霊基を弄って、体を理想の女(モナリザ)に変えているくらいだ。たまにはは別の姿になりたいなどと言って、少女の姿になったりもする。最高にイカれた奴である。

「そういう風に、適正クラスが複数あったりする? もしくは霊基改造できたりとか。いや、して欲しいって訳じゃないんだ。ただ確認したいだけで」

「んんん? 全くよく分からんが、とりあえず吾は鬼だぞ?」

「それは知ってるけど。その様子だと、多分無理そうだな」

 ふむ、と考え込んで、現輪はいったん手を休めた。

「これってバーサーカーである事が原因なのかなあ?」

「なんだ? 吾がバーサーカーだと問題があるのか?」

「問題って程じゃないけど。バーサーカーで適正クラスがある奴っていないんだよな。お前の他にも、一応会話が通じる奴はいるんだが、別クラスに移れた例しがない。ランスロットは自分から逃げたから例外にしても、ヘラクレスなんて絶対アーチャーとしての適正の方が高いしなあ。理性がないから移れないって思ってたんだが、もしかしてバーサーカーって元々そういう特徴のクラスなのかね……」

 ぶつぶつと、後半は独り言になりながら。

 言っているうちに茨木童子は食事を終えたようだ。綺麗に包みを畳むと、憮然とした表情で指さした。

「どうでもいいが、あっちは放っておいてよいのか?」

 当然その咲きにいたのは、争っている三人だ。師匠がどうのとかはもうどうでもよくなったのか、ただ単純に争いを楽しんでいる様子だった。対価は修理不能なほどの、庭の致命的な破壊だ。

「お前はまだ来て日が浅いから知らないようだけど」

 現輪はきっぱりと断言した。

「言葉を尽くして聞き入れてくれる奴なんて、サーヴァントの中には一人もいない」

「……汝も大変なのだな」

 彼女に同情の目で見られて、果てしなく悲しくなったが。

 もしかしたら。

 話して分かってくれる相手というのの一人目が、人食いの化け物になるかもしれない。それは人として果てしなくどうなのだろうと思ったのだが。疑念に答える者は、誰もいなかった。

 

 

 

 あまり身にならない体術練習からしばらく。現輪は地下室にいた。

 魂魄邸地下。ここは、キャスターの牙城だと言えた。

 サーヴァントの中でも、キャスターの割合はそれなりに多い。そして、キャスターは例外なく地下に私室を持っていた。それは工房なるキャスターの要塞であったり、単純に工作室がうるさくて地上に持ち出せなかったり、静かでいい環境だからと作家が自分専用のPCを持ち込んでいたりなど。用途は多岐にわたる。とにかく、地下室の殆どはキャスターが自分のために設えた工房であった。

 そのうちの、キルケーの工房の隣にある一室。そこで現輪は、キルケー監督の下、魔術の修練をしていた。

力よ(フェオ)回れ(ラド)維持せよ(ニイド)

 三つの魔術を並列処理する。水は杯から干され、丸く宙に浮いて、さらにその惑星の周囲に、三つの円環が走っている。複数魔術の長時間制御、それが今日の課題だった。

「うん、いいね。中々上手くいってるよ。後はそれをどれだけ維持できるかかな」

 うんうん、と何故か眼鏡をかけて教鞭を持っているキルケーが頷く。どうも形から入るタイプのようだった。

 一見するとたいしたことのない魔術処理に思えるが、重要な事でもある。現輪が魔術を扱うのは、大抵戦闘の時だ。そういった場合に、複数魔術を、息を吸うように当たり前に扱えなければいけない。

「んふふ~」

「魔術使ってるときに頬突かないでよ、姉さん」

「駄目だよ~。これも集中力維持の一環だからね」

 にこにこと、何が楽しいのか、彼女は笑って指を頬に埋めてくる。その程度で魔術を乱さないことは、魔術の師たる彼女が一番よく知っているはずだが。

 魔術の師、という意味ならば、現輪にとってはスカサハ(ときどきクー・フーリン)とキルケーだ。だが、スカサハは必要最低限、つまり体にルーンを刻み終えた時点で、そうそうに辞めてしまった。

 ちょくちょくちょっかいをかけてくるキルケーを意識の外に出し、円環を増やしていく。四つ、五つ、六つ……増えるごとに魔術回路に負担がかかり、それ以上に意識にかかる負担が大きくなる。円環もただ増やすだけではなく、回る速度をより加速させた。

「地味で時間がかかる訓練だし、ちょっと話しよっか」

「ん」

 現輪は小さく頷いた。この状態で話し込むのは難しかったが、聞きがてら相づちを打つ程度ならば問題ない。

「個性因子と魔術回路は表裏一体。これは前に話したと思うんだけど、これはつまり、同じリソースを食い合ってるって事なんだ」

 言いながら、彼女はおもむろに、テーブルの上に座った。足を組み、わざわざ下着が見えるか見えないかと言うような角度に調整しながら。

「密室に女教師と二人! 個人授業! 手を出してもいいんだぞ!」

「そういう不誠実な事はしない」

「そっかー……」

 キルケーはしょんぼりとして、テーブルから降りた。ただそれだけをするために乗ったらしい。

 それどころではない、という理由もある。円環が十を超えた辺りから、手癖で行えないほどの負担になっていったのだ。

「それで、個性因子だけど……現輪くんのそれが仮に純正の魔術回路だった場合、はっきり言って私でも足下に及ばない魔術師になれてた可能性がある。サーヴァント数十人を支えられる魔力を供給できるって時点で、既に頭がおかしな性能だしね」

 キルケーが教鞭を振る。と、虚空に光が生まれた。光はやがて形を取っていき、それはやがて地図になった。

 関東一円を空に生み出し、その上からさらに光で覆う。光はいびつな円形で、関東全域を覆うほどではないが、それでもかなり広大であるのは分かった。

「現輪くんの魔術特性は地だ。自分の個性が及ぶ限り、龍脈まで覆って魔力を回収している。魔術師数百人から、下手すれば千人ほどの性能を持つかな。これは驚くべき事だよ。工房を無視して、龍脈にまで干渉して、魔力を回収するなんて。神でもないのにこんな人間が生まれるなんて、どんな奇跡かと最初は思ったさ」

 キルケーが指を振る。と、地図も霧散した。

「魔術回路の数は生まれに依存するはずなんだけど、下手に個性因子になってるせいで、私にも限界が分からない。少しだけ、惜しいなと思うこともあるよ。もし君が純正の魔術師だったら、それこそ神をも超える魔術師になってただろうからね」

「んー……もしも話だねぇ」

「まあ、所詮余談だからね」

 キルケーは苦笑した。と思ったら、急にぱっと笑顔になる。

「どころでそろそろ私にむらむらしたりとか――」

「しない」

「そっかぁー……」

 彼女は酷くしょんぼりした様子で言った。いつものことだった。

 

 

 

 午前。日は昇ったが、まだ昼には早い頃。現輪は雄英高校に向かっていた。

 高校入学前は山に向かっていたのだが、入学してからはもっぱら学校を修行の場にしている。距離的には山の方が近いのだが、雄英の方が交通の便がいいのだ。時間的には早く済む。

 休日なのだが、自習に来る生徒は意外と多い。先生が言うところ、休日に自習で来る生徒は学年が上がるごとに多くなるらしい。

 休みの日であっても、サーヴァントの『英雄教室』は開いていた。本格的に始まるのが午後からなので、まだぱらぱらとしか人はいない。これが午後になると、大体10人前後になるのが常だった。さすがに休日まで全員出席とはいかない。

 わざわざ具現化して一緒についてきた茨木童子は、一直線に爆豪へと向かった。突撃、いきなり張り倒している。

 爆豪の悲鳴と怒声が響く。皆、最初の方はいちいち驚いていたが、今ではもう気にする人間の方が少ない。

 茨木童子は相変わらず爆豪を子分扱いしている。当然爆豪はそれを受け入れるはずもなかったが、悲しいかな、力の差は歴然だった。

 午前の間はストレッチと基礎体力の向上に費やす。これは現輪に限った話ではなく、午前中から集まる者に共通する事だ。中には爆豪のように、早々にハードトレーニングを始める者もいるが。

 いきなり(かなり一方的な)バトルを始めた爆豪を尻目に、現輪はアンクルウェイトをつけて、ランニングを始めた。肉体強度に対して、その重さは申し訳程度だったが、ないよりはいいと思っている。

 と、その日は珍しいことに、相澤がいた。

 どうも現輪を待っていたらしく、軽く手招きしている。ランニングはいったん中断し、そちらへと向かった。

 相澤は、何というか、いつももっさりした雰囲気の男だったが。その日はさらに鬱々としている様子だった。

「ちょっと聞きたいんだが。サーヴァントの中に、アイドルがどうたらと言って、街中で騒いでる連中がいるな」

「はい」

 心当たりはあった。ので、即答する。

 相澤は、どこかうんざりとしなが言った。

「そいつらの騒音について聞きたいんだが、あれは個性――じゃなかったな。宝具とやらの効果か?」

「いいえ、違います。単純にクソうるさいだけです」

 これも悩むことではなかったので、はっきり答える。

 回答に、相澤は嘆息した。実際、疲れているのかも知れない。

「そうか。ヒーロー(こっち)で処理はできないか。じゃあ警察に任せるしかないが、どう考えても手に余るな……」

 サーヴァントを処理するに辺り、大変だったものの一つに、個性の境界があった。宝具、スキル、魔術、それ以前の地力。どれも個性と比較して差し支えない性能のものばかりであるが、当然個性とは別物だ。

 ヒーローとしては全て個性扱いしたいところだったろうが、それで納得するわけがない。サーヴァントからして見れば、何をしたところで個性扱いで追い立てられる事になるのだから。最悪、オールマイト級集団の反乱を起こされる。それは、サーヴァントにとっても、治安維持組織にとっても、望むことではなかった。

 それで生まれた妥協点が、宝具を個性として扱う事だった。その他については、ただの技術や体質扱いである。妥当とも取れるし、臭い物に蓋をしたとも取れる。

「俺からは頑張って取り締まってくださいとしか。現代倫理に反しない以上、サーヴァントの自由を縛るような真似はする気がありませんし」

「十分公序良俗に反しているんだがなあ……」

「程度の問題ですよ。誰しもが間違う程度の事なら、ささやかなもんです。でしょう?」

 その言葉は、相澤も、まあ納得できる事だったのか。それ以上は言いつのらなかった。

 と、彼はふいに、周囲を見る。現輪も釣られて、周りを見た。

 特に何か面白い光景があるわけではない。爆豪は相変わらず、茨木童子と戦ってはなぎ倒されている。他の者は、ウォーミングアップを済ませたのか、簡単な組み手をしていた。

 相澤がまた、ため息をついた。今度のそれの意味は分からなかった。

「俺が教えるより強くなってるんじゃないか……?」

 ぼやきには、現輪は肩をすくめることしかできなかった。人類最高クラスの教師と比較すれば、誰だって見劣りするというものだ。

 体をほぐし終えて、現輪は食堂へ向かった。

 休日でも、自主訓練をする生徒のために、食堂は開いていた。さすがに平日ほどのバリエーションはない。そのため、弁当を持ってきている者が大半だったが。そのためかどうかは分からないが、食べに来るサーヴァントもまずいない。

 その日、食堂を利用したのは、現輪と切島だけだった。二人して、一種類しかないメニューを頼んで、閑散としか人がいない食堂で食べる。

「なあ、サーヴァントの中で一番強いのって誰なんだ?」

 食べ終わって休憩している頃、出し抜けに切島が言った。

「いきなりどうしたんだ?」

「魂魄の周りって強い奴がたくさんいるんだろ? そんなかで誰が強いのかって、やっぱ気になるじゃん!」

 なぜだかぐっと拳を握る動作を決めて、切島。

 まあいいけど、と現輪は答えた。

「単純に戦って誰が勝つかで言ったら、アーサー王とジークフリートがツートップかな」

 へえ、と切島は目をぱちくりさせて言った。

 現輪はそんな様子に、肩をすくめる。

「納得いかない様子だな」

「納得いかないってか、ジークフリートはともかくアーサー王って普通に戦って強い印象ないから、以外だなと思って」

「まあそうだな」

 呟き、現輪もデザートのプリンを食べ終える。食器だけが乗ったトレーを横にやって、肘を突いた。

「誤解がないように言っておくと、サーヴァントは強ければ勝てるってわけじゃない」

 切島は不思議そうに首をかしげた。

 知らなければそんな反応だろうな、と思いながら、現輪は続けた。

「サーヴァントって、ざっくり言うと燃料が共通なんだよ。通常行動、スキルやらに依存する分には個性で賄えるんだがな。宝具を使う時は、俺の魔力――まあこれが燃料だと思ってくれ。そっちを消費する。つまり魔力を消費し尽くすと、全員がエンスト起こすわけなんだよ。これの影響はステータスダウン、風邪で体が動かなくなるみたいなもんだけど、この上に、宝具の機能不全も起こす。発動型はまず発動しないし、常時型も殆ど機能しない。というかむしろ常時発動型を持ってると、さらにステータスが下がる」

「体が鈍くなる上に個性が発動しなくなるみたいなもん?」

「そんな感じ。そうすると、どんな奴が強いと思う? 自分で魔力を調達できる奴なんだよ。それが、竜の心臓とやらを持ってるアーサー王とジークフリートなんだ。サーヴァント同士が本気で戦った場合、まずはおれがエンスト起こすまで宝具ぶっ放す所からまず始まるんだよな」

「なんてーか、ぞっとしない話だな。そんなことされて、お前大丈夫なのか」

「大丈夫じゃないよ。魔力がなくなった時点で体力まで搾り取られるからな。エンストした時点でおれは指一本動かせない」

「えっぐ……」

 切島がうへぇと呟いた。

「で、その二人の次に強いのが、高位の工房で魔力を回収できる上位キャスターで、次に来る。さらに武芸に秀でたサーヴァントが来て、その次に常時発動型宝具を持つ武芸に秀でたサーヴァント。さらに下に魔術技能持ちや下位キャスターが来て、その下に一芸持ち、その他って順番になるな」

「なんか聞いてると、真剣勝負ってよりはスポーツ競技に近い感じだなあ」

 間違ってはない、と現輪は思った。

 制限がある以上、戦いは競技的にならざるを得ない。大宝具を持った者同士であれば、なおさらだ。大宝具なら簡単に魔力枯渇を起こせるし、その後に自信があるならば、しない理由もない。もっとも、そこまですることはまずないが。

 現状でなりふり構わず戦った場合、アルトリアとジークフリートが優位なのは皆が認めるところではある。優位、というだけであって、勝つと言わない辺りが、プライドを感じさせた。

「ちなみに、魂魄が戦ったらどうなるんだ?」

 これも、細やかな好奇心だろうが。残酷な好奇心でもあった。

「相手にならないね。ほぼ何もできずまける」

「お前でも?」

 意外そうに、切島。

「基礎スペックが違いすぎるんだよ。俺がどれだけ体を強化しても、サーヴァントには追いつかない。せいぜいスピードだけなんとかって所だ。速さだけなんとかなっても、今度は攻撃力がたりない。相手にろくすっぽダメージを与えられない訳だ」

「へえ……サーヴァントはオールマイト級だって聞いたとき、んなわきゃねーだろっておもったけど。案外そうでもないのか?」

「方向が違うからなんとも」

 当たり障りなく答えたが、実際戦ったらまずサーヴァントが勝つだろうとも思っていた。

 今のオールマイトには、弱体化という致命的な欠陥がある。最近それは解決した、とスカサハが言っていた気がするが。

 なんにしろ、引退を余儀なくされるレベルではあったわけだ。現在はリハビリ中のはずであり、どのみち完調でないのは変わりない。

 食後の休憩も終えて、二人は戻っていった。

 多少遅れたためか、人はそろっていた。人数は十人前後、休日の出席率としては多い方だろう。

 現輪は、飯田、緑谷、砂藤の三人がそろわなかったため、自分の修行をすることになった。

 自分も強くなった、とは掛け値なしに思う。少なくとも技術面だけは、師の弟子達に近いものがあるのではと思っていた。

 たまにペンテシレイアから、アキレウスと間違えられて襲われる事もある。全く嬉しくないが、技術面でアキレウスに近くなってきた証左だろう。本当に嬉しくないが。毎回いちいち死に物狂いで抵抗する羽目になるし、師匠らは助けてくれないし。

 結局その日は、暇していたスカサハに死ぬほど追いかけられた。

 ペンテシレイアであろうがなかろうが、死にかける事には変わりないのだ。

 

 

 

 その日、全ての修行行程を終えて、家路につく。

 多少重くなった体を引きずりながら門をくぐろうとすると、ばたばたと音がした。何事かとは思うが、こんなものは日常でもある。歩調は緩めることなく、門をくぐった。

 中に入ると、そこではメドゥーサが荒れ狂っていた。

 ドアは半開きになり、大きなシューズラックが倒れている。その上に乗っていた、何の花を生けていたんだか分からない花瓶は、床に落とされ無残に割れていた。何をどうしたらそうなるのか、壁や天井までひっかき傷のような何かがある。

 本人も無事ではない。私服はほつれているし、誰だかに作らせた魔眼殺しも、やや目から外れかかっている。眼鏡の奥の瞳は、やや充血していたし、涙ぐんでもいた。

「どしたの?」

 これを直すのには時間かかるだろうな。またダ・ヴィンチが苦労するんだろうな、などと思いながら。倒れたシューズラックを避けて、とりあえず家に上がった。

「現輪ですか……」

 声は、可能な限り落ち着けようという努力は見えた。まあ、努力だけは。

 メドゥーサは、口の端からしゅーしゅー息を漏らしながら言った。つついたら今すぐでも噛みついてきそうだ。

「申し訳ありませんが、ネロ、アキレウス、イスカンダルを見ませんでしたか?」

 ぎりぎりぎり……器用に歯ぎしりをしながら、声を漏らす。さすがにくぐもっていた。

「帰り道には見なかった。今帰ったばかりだから、家の中にいるかはわかんないけど」

「そうですか」

 大して期待してはいなかったのだろう、メドゥーサはあっさりと答えた。そしてまた、油断なく家の中を見回すが、移動する気配はない。

「……どうしたの?」

 知りたかった、というよりは、聞かなければ後が怖いと言う風だった。聞くと、メドゥーサはぐりんと首を振って、現輪に向き返った。

「聞いてください! 酷いんですよ!」

 その場にぺたんと座り込み、ついでに床をぺしぺしと叩きもしながら。そこで外れかかった眼鏡にも気づいたのだろう、かけ直しながら、続ける。

「知っているでしょう、私のバイク!」

「ああ、何年もお金貯めて買ったやつ?」

 言いながら、現輪は記憶を探った。先日、メドゥーサが注文したバイクが届いたんだったか、と思い出す。

 バイクには詳しくないので、あれを何というのか、現輪は知らない。舞い上がっていたメドゥーサは、1000ccがどうとかスーパースポーツがどうとか言っていた。その単語が何を意味するのか、よく分からなかった。せいぜいバイクの種別なのだろうという予想くらいしか立たない。

 メドゥーサはサーヴァントの中では珍しく、本当に珍しく、勤勉なタイプだった。限られた割り振り時間で、こつこつとバイトもしていた。他のサーヴァントが遊びほうけている時間も、である。

 言うだけならば簡単な事だが、これは本当に希な性質なのだ。

 どのサーヴァントも、第二の人生として、同時に所詮はサーヴァントだと割り切っている。そのためか、享楽主義者が多かった。要は地に足をつけようという発想がないのだ。

 気の遠くなる時間、散財の誘惑に耐え、時には金をかすめようというサーヴァントを制し(これが割といるのだ。現輪の財布も、しょっちゅう奪われている)。そこまでして何かを買おうとした者は、現輪の知る限りメドゥーサしかいない。

「もしかして、バイクを勝手に使われたとか?」

「それだけならばまだいいのです……」

 ぐらぐらと煮立つ怒りに、メドゥーサの髪のが浮いた気がした。

 今はただの、長身の女性にしか見えないメドゥーサだが、これでも正体は女神、もしくは神話の怪物だ。枷が外れた場合、その霊格はそこらのサーヴァントの比較ではない。

 さすがにそこら中を石にするのは辞めて欲しいな、と思った。

「ええ、まだ許しましょう。スーパースポーツで、それも新品で、バイクスタンドなど真似たのも、まだ許します……」

 ぎしり、とこれは握ったメドゥーサの手が鳴らした音だ。人類が出していい音ではない。人ではないが。

「ですが! バイクをこかしたのだけは絶対に許せません! 無茶な運転をして、あげくに「転んじゃった♪」と? こ、殺す……!」

 眉はいよいよ危険な角度になり、目は充血を通り越して、白目が赤くそまりもしている。

 というか、ステータスまで変化していないだろうか、と現輪は我が目を疑った。クラスも変えずに、気合いだけでステータスが変わるものなのだろうか。あるいはそれができるのが、神なのかもしれない。

「一度では許しません……三度ずつ殺します……!」

「宣言されても……」

 まあ、それでも温情ある方だろう。

 サーヴァントは死なない。これが意味する所を、現輪は知らなかった。ただ、霊基を破壊されても三日前後で戻るという事実だけを知っている。

 ただでさえ人類最高クラスの力を持つ存在が、殺しても数日で復活する。さらに言えば、どいつもこいつも暇を持て余している。組み合わせとしては最悪に近い。

 しゃべっていていくらか気が晴れたのか、メドゥーサの顔からは、いくらか険が取れていた。

 ふう、と彼女は呼吸を一つして整え、そして真顔になって言った。

「それでは私はこれで。まだ一人しか殺してないので」

「もう一人は始末したんだ」

「ええ。ですが一人目で学習したのか、逃げ足が早い。中々捕まりません」

 メドゥーサはどこまでも真顔で、真剣だった。それが本気を思わせる。

 気の済むまで好きにさせておこう。思って、その場を離れる。やり過ぎるようなら、後から落ち着かせればいい。

 と、メドゥーサを離れたところで、アキレウスが手招きしていた。やたら目に痛い鎧を着ているという事は、ランサーのクラスだったか。

 とりあえずは、素直に招かれた。

「どしたの?」

「事情はメドゥーサの姐さんから聞いたろ?」

 ひそひそと、メドゥーサには聞こえないように。しかし視線は絶対に彼女から話さぬまま、アキレウスは続けた。

「なあ、頼むよ。間取り持ってくれ」

「言って聞いてくれそうな雰囲気でもないけど……というか、メドゥーサの言ってる事って正しいの?」

「まあ、概ねその通りだよ。ただ言っとくけどな! バイクを倒すなんて間抜けな真似したのはネロだからな! 俺は普通に乗ってただけなんだ!」

 会話はもちろん、物音もしなかったはずだが。メドゥーサは気配を感じてか、こちらに視線を飛ばしてきた。アキレウスは見られる前に引っ込み、やがて視線が外れると、また頭半分だけを乗り出してくる。

「な? 頼むよ! 俺は悪くねえ! というわけで俺だけは助けてくれ!」

「これがトロイア戦争随一の英雄かぁ……」

 なんだかやるせないものを感じてかぶりを振り。

 そして現輪は振り返り、大声を上げた。

「メドゥーサ、こっちにアキレウスがいるよ!」

「お前いきなりぃ!?」

 メドゥーサの声はなかった。ただ、獣のような姿勢になって、跳ねてきた。ついでに格好も、私服から、サーヴァントとしてのそれに替わっている。

「裏切ったなああぁぁ!」

「最初にメドゥーサの信頼を裏切ったお前らが悪い」

 絶叫するアキレウスに、すげなく答える。ついでに彼がしばらく霊体化できないよう、個性の綱も引いておく。

 彼の悲鳴が途切れるまで、さほど時間はかからなかった。

 

 

 

 風呂と食事を終えて。まずやることは、いつも決まっている。

 現輪は日本様式エリアまで散歩した。散歩というのは比喩でもなんでもなく、本当に家の中でも、これだけ広いとちょっとした距離がある。

 向かったのは、刑部姫の部屋だ。

 ノックをする。返事はない。これはいつものことだ。

 部屋の鍵は、かけられていなかった。中に入るも人影はない。それでも、中に居る事だけは、気配で分かった。

 部屋の中は、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。汚れている訳ではないのだが、狭い部屋の中に、これでもかと物を敷き詰めている。部屋の中にある物は、大抵オタク文化の産物らしいが、それらに詳しくない現輪には、見分けがつかなかった。

 壁に掛かっているラッパを取り、思い切り吹いた。おもちゃのたいした作りではないものだが、それでも甲高い音が響き渡る。

 吹き終える前に、ベッドの上に刑部姫が具現化した。ぽふんと小さな音を立てて跳ねる。その拍子に、ベッド近くのフィギュアだか何だかが落ちた。

 ラッパを吹けば必ず起きるが、具現化まで絶対にするわけではない。こうして現れるのは、アサシンの枠が埋まってない場合に限った。

「うぅ……おはよぉ」

 まだぼんやりしているのか、どこか舌足らずに、刑部姫。

 もそもそとそのままベッドの中に入ろうとして、ふと動きをとめた。ベッドの上に座り直し、指を絡め、上目遣いなどしつつ。

「ねえ、げんちゃーん。ちょぉっとお願いがあるんだけどぉー」

 やたら甘ったるい、甘えた声。

 現輪は大きくため息をついた。言葉にというよりは、仕草に対して。リアクションに、うっと刑部姫が息を詰まらせる。

「今回は何?」

 何の気もなしに聞く。

 彼女のこの手の話というのは、さして珍しくない。

 サーヴァントにはいろんな人間がいる。同じ数だけ、いろんな人格がある。今更何を注視するまでもなく、当たり前の事だ。自分のことを全部自分で済ませられる人間がいれば、そうでない者もいる。その程度の話。

「ちょっとお金貸してください! ちょこっとよ! 本当にちょこぉーっとだけ足りなくて、ね?」

 何が、ね? なのかは分からないが。

 現輪は尻のポケットに入れてあった財布を投げた。刑部姫はわぁい! と小通りしながら、それを受け取る。

 金はどうでもいいのだ。どのみち使う宛があるわけでもない。必要なものは、倉庫でも探せば見つかる。一度使ってうち捨てられたものも多いため、もったいないからそちらを優先する、という事情もある。

「ありがとぉー。姫、うれしー」

「そのぶりっこ、聞いてて痛くなるんだけど」

「いやぁ、お願いするときくらいしおらしくしといた方がいいかなーって思って」

 えへへ、と笑いながら財布を大事そうに抱えられると、どうでもいいかと言う気にはなってくる。

 人の物を無言で(それも分かっていて)持って行く奴もいる。そういった者に比べれば、大分マシではある。

「っていうか、最近友達に聞いたんだけど、刑部姫って有名配信者らしいじゃん。パートナープログラムだっけ? そういうの申請すれば金の心配なんていらないんじゃないの?」

「それは駄目!」

 がっと、勢いよく刑部姫が言った。座ったままだが、体を乗り出しもする。

「姫はね、ちやほやされるために配信者をしてるの! そのためには余計なバイアスがあっちゃいけないのよ! だから、動画配信で報酬を得るような事はしない! 報酬のために配信してるなんて思われちゃうじゃない!」

「それで借金してたら世話ないと思うが……」

「それはそれ! 大体ね、動画配信なんて中身のないもので報酬を得ようと思うのが間違いなの! 報酬を得るのは同人活動みたいな、真っ当な事をしたときだけ! ちやほやされる為だけの行為でお金を稼ぐなんてプライドが許せないわ!」

「外弁慶っぷりはどうにかならんもんか」

 クソみたいな誇りだった。

 それでも、まあいいかと思い直す。今に始まった事でもない。

 

 

 

 刑部姫が起きるなり生配信なるものを始めたので、そこで現輪はお暇した。

 喉が渇いたので、リビングに向かう。

 リビングには、珍しく光がともっていた。

 食事時を終えると、そこは閑散とする。60インチのどでかいテレビが置いてあるが、大抵の私室には似たようなものが置いてある。そもそもプロジェクターが置いてある広間だって、一室や二室じゃないのだ。わざわざリビングを使うのは、物好きだと言えた。

 ソファーの上に寝転がり、テレビを見ているのはアルテラだった。

 ぼんやりしていてこちらの気配に気づかなかったのか、冷蔵を空ける音でびくりとしていた。こちらを振り返り、口元にお菓子のかすをつけた顔で、あたふたとする。

「いや、これは違うのだ。その、ええと、転がりながらつまみ食いをするのは言い文明だな!」

「別に言い訳しなくてもいいんじゃない?」

 ネロなどは、転がりながら物を食べるのがマナーの文化出身だったりするのだし。多少だらしないくらい、それが風習だったのだと言われれば判断も付かない。慌てたことこそが一番の失点だ。

 アルテラ――本名は分からない。彼女もかたくなに語ろうとはしなかった。

 少なくとも、正史にも伝承にも、そのままの名は伝わっていない。公には知られたくないという事で、名を警察にも伏すサーヴァントはそれなりに居たが。現輪も名前を知らされない者は少なかった。彼女の他に言うと、自分の名前を知っていないのがおかしいと言い張った、後に正体が判明したギルガメッシュくらいだろうか。

 キルケーの話では、本来だと、サーヴァントの中でもトップクラスに霊格が高いらしい。ただし、自ら格を下げているため、今ではたいした力もないのだとか。

 彼女が過去に何を想ったのかは分からない。おそらくは永遠に。ただ、過去と決別したのだけは、その様子から分かった。

 そう言ったわけで、彼女はサーヴァントとしてではなく、ほぼただの人間として現代を満喫していた。

 最初の頃こそ感情の起伏に乏しかった。しかし何年かするうちに、今のような表情豊かなアルテラになっていた。友達を作り、買い食いをし、どうでもいいニュースに一喜一憂する。まるで、ただの少女としての自分をやり直すように。

「そ、そうか」

 おほん、と気を取り直すように、一息置き。

 アルテラは転がり、ソファーに肘を突いた姿勢から、ちゃんと座り直す。

「このことは秘密で頼むぞ?」

「知られたくなきゃ自室でやればいいのに」

「何を言う。こういうところでひっそり、誰にも知られないようにやるのが楽しいのだろう」

「それは否定しないけど」

 確かに、隠れて何かをするのが楽しくて仕方ないという時期はある。

 テレビには、夜のニュースが映っていた。この時間であれば、ドラマなり何なりやっているだろうに、特に目的もなく見ていた事が分かる。

 と、ニュースで、アルトリアがでかでかと写された。アーサー王が現世に降臨して数年たち、既にセンセーショナルな話題とは言えない。それでも、たまにこうしてニュースになる事がある。

「アーサー王……、いや、アルトリアか……」

 どこか、難しげにアルテラが呻いた。

 彼女とアルトリアの関係は、微妙なものだった。というより、アルテラが一方的に、アルトリアに思うところがあるらしい。少なくとも生前の知り合いでない事は、アルトリアに確認を取っていた。だからこそ、より居心地が悪そうだったが。

「含みがあるんだかは知らないけど、思った事は直接言った方がいいと思うぞ」

「いや、そういう訳ではないのだ……」

 かぶりを振り、どこか口の中に苦い物を含んだような表情で。

 いくらか沈黙していたが、ニュースがアーサー王の話題から逸れたところで、ぽつぽつと話し出した。

「ただ、哀れだと思ってな」

「哀れ?」

 言っている意味が、よく分からず。現輪は首をかしげた。

「そうだ。多分、彼の王に対する感情を形にするならば、『哀れむ』というのが一番合っているのだと思う」

 語る彼女の表情は、昏かった。まるで召喚当初の頃のようだ、と現輪は思った。

「あれはそうである事を望まれ、最初から王以外の道などなく生きてきたのだろう。私には分かる――とてもよく、分かる。だから哀れみ、そして惜しいと思った」

 体を背もたれに預け、彼女は天を仰いだ。何を見ているのかは分からないが、それが少なくとも天井でないのは分かる。

 サーヴァントが遠くを見るとき、そこにあるのは現代ではない。かつて生きた過去を見る。余人には触れられない、そして触れてもいけないもの。

「傲慢になるべきだったのだ。自分が望む自分になるべきだった。現代でならば、それができた……」

「それはおれのせいで……」

「違う」

 アルテラは断言した。言葉を遮るほどの勢いで、強く。

「ダ・ヴィンチ、ニコラ・テスラ、エジソン、アンデルセン、シェイクスピア……キャスターだけでも、その存在感を表すには十分だ。ここにカルナを足しても」

 そのような選択肢があったのだろうか。現輪は考える。

 全くない訳ではなかったのだろう。嘘をつき、ごまかし、ついでに現輪の身の危険も顧みなければ。そうしなかったことには、本当に感謝しかない。

「求められれば否定できない。例えそれが一生ものの棘となろうとも。私が彼女に抱くものはそれだ。過去を見捨てきれなかった自分がいる。それがどうも、歯痒いのか、悔しいのか、私自身分からない……」

 彼女に。

 現輪は、複雑なのだなと思った。それ以上の感情を持てば、失礼なのだろうとも思った。

 番組は変わり、画面いっぱいに花が舞う。それをかき分けるようにして出てきた文字が、百合のマリー。

「む、マリー・アントワネットの番組か」

 アルテラが気分を入れ替えるようにして、そう言った。

 番組はなんてことはない、映画の予告だ。マリー・アントワネットの幼少期からギロチンにかけられるまで。煽りは、今、真実が明かされる。

「彼女のよくやるよねえ」

「そうだな。あれの場合は楽しんでいるのだろうが」

 サーヴァントを公開して程なくだろうか。マリーは自分の生涯を、アマデウス執筆のノンフィクション小説として出版した。

 文豪がいた中であっても、アマデウスが執筆した理由は簡単で、彼らだと絶対に余計な話を足すからだ。まあマリーの話をシェイクスピアが執筆するというのは、誰にとっても微妙に納得いかないものを残すだろうから、妥当な所だろう。

 そんなわけで、邦題・百合のマリーは瞬く間に大ヒット。本家フランスで映画化するに至った。

「これは面白そうだと思わないか? 私は絶対に見に行くぞ」

「マリー本人も楽しみにしてるから、一緒に見に行くことになるんじゃないかな。時間が空けばだけど」

 ふん、と鼻を鳴らして興奮しているアルテラに、ごゆっくりと残し。

 現輪は部屋へと戻っていった。

 

 

 

 喉を潤し、ベッドに寝転んだが。どうしても先ほどの話が渦巻いて、寝付ける気がしなかった。時計を見れば、既に深夜と言っていい時間だった。

 しかたないと現輪は起き、窓の外に出た。ベランダから跳ねて、一足で屋根まで飛ぶ。

 家の広さに比例して、当然屋根も広い。高さがまばらなせいで、実際よりも広く見える。

 その屋根の、高くも低くもない一角。そこには、三人のサーヴァントがいた。佐々木小次郎、ディルムッド・オディナ、アルジュナ。全員事情は違えど、人前に出ることを快く思っていない者達。

 今日はちょうど満月だ。ならば、恐らく月見酒でもしてるだろうと思ったが、正解だった。

「おや、現輪ではないか? どうしたのだ、明日も早いのであろう?」

 気づいた小次郎が、杯を掲げながら言う。

「少しだけ、ご相伴にあずかろうと思って」

「呑み仲間が増える分には構わんさ。なあ?」

 小次郎の問いかけに、残る二人も静かに頷いた。

 現輪は予備の杯を受け取って、酒を少しだけあおった。

 酒に強いわけでもないし、そもそも飲み慣れていない。喉を焼く感覚にはなれなかったが、脳を酩酊させる分にはちょうど良い。

 満月を見上げて、思う。これは奇跡だ。今現輪の目の前にある世界は、無数の奇跡によってなりたっている。あらゆる時代の、あらゆる英雄。それこそ神話としか思われていなかった存在まで。

 この三人が飲み交わすのだって、奇跡だ。

 いくらでもある。溢れるほど。しかし、換えだけはきかない。取り返しもつかない。そんなもの。それが奇跡。

 奇跡に奇跡は重ならない。そんなことを思い知らされた――もしくは、思い出させられた気がする。

「現輪」

 声を掛けられ、はっとする。いつの間にか月に魅入られていた。

 振り向くと、視線を向けているのはアルジュナだった。

「あなたの欠点は悩みすぎる事です。己が不可侵の領域まで思い煩わぬよう」

 見透かされ、現輪は酒気の濃い吐息をふっと吐いた。そうなのか、そういうものなのか、と思う。

 続けるように、ディルムッドが言った。

「後は、たまには我々に()()()()()()頼れ。まあ、俺の場合は人前に出る時以外になるが」

 自虐ジョークを言われて、現輪はぷっと吹き出した。こんなもので、いいのかもしれない。

「ありがと」

 杯を干して、器を返した。手を振って、その場を離れる。彼らに言われたとおり、明日も早いのだから。

 酔いが回ったまま、布団の中に入る。先ほどまでとは違って、よく眠れそうだった。

 これが概ね、平均的な現輪の一日だ。

 

 

 

 



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12 体育祭編

 林の中を、素早くかき分けて走る。高速で、とまでは言えないが。

 まっすぐ走ることは出来ない。整理が行き届いているのか、木々はどれもまっすぐだ。地面の平らであり、散策には向いている地形と言える。

 もっとも、その中を素早く、それも人に追われながら走るというのであれば、簡単なことではない。ましてや、範囲まで限られた中、三人に囲まれているとなれば。

 その簡単ではない行為を、現輪はいともたやすく行っていた。元々こういった地形は特異なのだ。がれきの山であったり、もっと自然に形成された、うっそうとした森の中であったり。そういう実践的な地形での運動こそをたたき込まれていた。

 ふっと定期的な息を吐いて、気配を確認する。背後に一つ、左右に一つずつ。上手く追い込んでいると言える。

 この訓練を始めてから、二週間ほど。緑谷らは、既に速度に負けて木々に激突するという事もなくなっていた。成長が早いのか否かは知らない(自分がこの訓練をした時は、こんなにぬるくなかった。トラップが山ほどあったし、矢とか槍とか平気で降り注いできた)が、とにかく成果は出ている。

 そろそろ範囲外に出そうだと持ったところで、現輪は左斜め後ろにバックステップを踏んだ。

 上手くタイミングを計って、気配の二つが木々に阻まれるように。それを察知してか、右側の気配、砂藤が追い込みをかけた。この動きで、二人が一手遅れた分を挽回した。

 砂藤の動きに、現輪は体を反転させた。飯田と緑谷は、木を迂回して囲みにかかった。

 訓練を続けて初めて、現輪に逃げ道を塞がれた形である。

 ここで逃げることはなんてことない。今までしなかった三次元行動、つまり上に飛んで木を利用する。一人を投げ飛ばすなりして抜ける。あるいはもっと単純に、今までセーブしていた速度を一段上げる。

 が、これは訓練だ。

 一人でも不甲斐ない動きをしていたならば、そいつを投げで通り抜けていたが。全員無闇に手は伸ばさず、体を低くして、足も払われぬよう上げず、連携も崩さない。完璧とは言えないが、上手く纏まった連携。

(最期だな)

 それを自覚して、現輪は人の圧も木の隙間も緩い方へ、今までの速度のまま駆けた。最期の悪あがき。これに反応するならば終わる。

 彼らは期待に違えず、飯田が上半身、緑谷が下半身、そして砂藤がリカバーに入った。

 体に向かってきた二人は、両手で押さえる。が、そのリカバーまでは手が回らない。砂藤は、現輪の上半身に触れていた。

「終了」

 言って、現輪が立ち止まると。三人はぽかんとした。言っていることがよく分からない、現実を上手く認識できない、そんな顔。

 現輪は苦笑して、もう一度言った。

「だから、訓練終了だよ。クリア。お前達は、初級訓練、速度の習得に成功したの」

「お……」

 その声は、誰が絞り出したのかは分からないが。

 地に伏せられた飯田と緑谷は立ち上がり、逆に立ったままだった砂藤が座り込む。今までとは逆の形だ。そして、三人一斉に声を上げた。

「おっしゃあああああ!」

「やった! やったよ僕たち!」

「やった……! 我々はやったぞ!」

 涙し、抱き合い、大いに騒ぐ。それだけ訓練は困難だったのだろう。

 師匠も、自分を育てるときこんな感じだったのかな。そんな風に思いながら、現輪はぼんやりと三人を見ていた。

「よかったよ、これで俺も自分の修行に集中できる」

「おう、魂魄もありがとうな! 俺もめちゃくちゃレベルアップしたのが実感できるぜ!」

「後はこれを本番で試さなきゃね」

「うむ。能力を得た確信はあるが、それを実践証明するのはこれからだ。油断は厳禁だな」

 気を引き締めようとはしているが、しかし表情は緩んでいる。

 まあ、このときくらいは気を抜いてもいいか、と現輪は思い、特に注意もしなかった。

 明日から、彼らは武術訓練に混ざることになるだろう。それぞれにどの師匠が割り振られるかまでは分からないが。

(しかし、間に合って良かった)

 多少はペースアップをした甲斐があったというものだ。

 明後日にはもう体育祭なのだから。

 

 

 

 二日というのはあっという間に過ぎた。

 体育祭の発表からB組やら普通かやらが宣戦布告に来たり、そもそも体育祭に戦く者がいたりと色々あった。

 今は控え室で、皆がリラックスしようとしては失敗している最中だった。各々平静を装っているが、どうも落ち着きがない。

「しかし、たかだか体育祭で控え室って凄いよな。中学の時なんて、グラウンドの隅で待機だったじゃん?」

 隣に座っている峰田に言う。と、彼は愕然とした様子だった。

 そのような感じだったのは、峰田に限った話ではない。盗み聞きとも違うだろうが、話を聞いていた周囲の人間も似たような反応だった。

「お前……雄英体育祭知らないの?」

「んー、ちゃんと見たことはないな」

「マジかよ……」

 一周回って感心したように、峰田は呟いた。

 言われてもな、と現輪はぽりぽり頬を掻きながらぼやく。

「今もそう変わらんけど、俺の生活なんて修行修行また修行だぞ。のんびりテレビを見てる暇なんてなかったろ。放課後だってお前らと遊んだ事なんてなかったろ?」

「お前、付き合い悪かったもんなー。だからクラスで影薄かったんだぞ」

「ほっとけ。今は相対的に付き合いいいからいいんだよ」

 しかし、と思う。こうなるならば、一度くらい雄英体育祭をちゃんと見ておけば良かった。わりかしテレビ人間なところがあるアルテラや刑部姫に聞けば、何か分かったのだろうか。

 ほんの数ヶ月前まで雄英への進学など考えもしなかったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 と、

「おい、緑谷」

 控え室はお世辞にも静かだと言えなかったが。それらを押さえつけるような重圧のある声が響いた。

 見ると、どこか切羽詰まったような顔の轟が、緑谷に何か言っていた。

「お前が実力を上げてきた。それはよく分かる。今じゃめちゃくちゃなスピードで飛び回ってるしな」

「え? ええと、うん、ありがとう?」

 別個の訓練をしているとはいえ、所詮各々鍛錬に数十メートル程度しか離れていないのだ。やっていることの様子は、嫌でも見える。

「それに、オールマイトに目をかけられてる。それが悪いってわけじゃない。ただ、お前には負けない。それを言いたかっただけだ」

 轟に気圧されて、緑谷は一瞬言いよどみ、うつむいたが。深呼吸をひとつして、はっきりと轟に視線を向けた。

「僕も、その……入学してから今まで遊んでたわけじゃない。曲がりなりにも個性は制御できるようになったし、一応成果も出た、と思う。だから、うん……はっきり言う。僕が、トップを取るよ! 轟くんにだってもちろん勝つ!」

 ぐっと、轟のそれに負けないよう、緑谷が視線を鋭くする。二人の間で、火花が舞ったようにも見えた。

「くそぅ! 熱ぃなあ! 俺も混ざりてえ!」

「さすがにああいう所に混ざるのはノーマナーでしょ」

 今にも飛び出しそうな切島は、芦戸が止めた。

「お前もだぞ、魂魄」

 と、轟が振り向いていった。

「はっきり言って、お前はクラス最強だ。それは……認めなきゃなんねえ。でも、最期に笑うのは俺だ」

「……そうか!」

 現輪の言葉に、何人かがずっこけた。

 素早く立ち直ったのは切島で、手などをばたばたさせながら言った。

「そこはお前、緑谷みたいに気合い入った啖呵吐く所だろ!」

「言っても、俺そもそもヒーロー志望でもないしなあ。そりゃわざと負ける気こそないけど、モチベーションがねえよ」

「そ、そんなもんなのか?」

 切島はあんぐり口を開けて。轟も、思い切り肩すかしを食らったような様子だったが。

 ヒーロー資格さえ取れればいい人間なんて、こんなもんである。

 時間が来て、生徒全員が入場口に並ぶ。

『選手入場!』

 プレゼントマイクのものだろう、よく響く声が届く。

 A組が進み出ると同時、観客席から大きな声が上がった。

『遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 入学したてでヴィランの襲撃を見事撃退した超新星! ヒーロー科1年A組だあ!』

 ざわめきは、次第に大きくなっていく。

 ヒーローとは人気商売。悪評も話題は話題と言うが、これは正真正銘の名声だ。注目度も高くなるのは仕方のない事だった。

 A組は全員、胸を張っていた。それは、緊張から開き直ったとかいう類いのものではない。誰も彼もが自信満々なのだ。僅か二ヶ月あまり、言ってしまえば付け焼き刃程度だろう。しかし、苦しい自主練を乗り越えてきたというプライドが、そのまま度胸として宿っている。

 B組も気負ってはいるが、その他のクラスは、なんというかお気楽な者が多かった。まあ、これは仕方がない事ではある。サポート科はまだしも、普通科、経営科にとっては、本当にただのお祭りだ。どう言いつくろっても、体育祭の主役はヒーロー科である。

『開会式の前に、スタッフの紹介があるぜ! 実況はこの俺、プレゼントマイクだイェー! そしてなんと、驚け皆の衆! 解説は先日引退会見をしたオールマイトだ!』

『HAHAHAH! みんな、よろしく頼むよ!』

 わっと、会場中が湧いた。ざわめきは歓声だけに止まらず、周囲と何かを言い合っている者もある。

『気になる所だけ教えてやるぜ! マスコミども、しっかり聞いとけよ! オールマイトの手術は成功だ! 今はリハビリ中だから、こうして招いたって訳さ!』

『さすがに審判などはできそうにないからね。ここで解説する事を許して欲しい』

 今度は、会場が爆発せんばかりの声が上がった。もう怒号だか雄叫びだかも分からない。ただ、オールマイトについて、人たちが待ちに待っていた情報がある。それが全てだった。

『そしてさらにー! サプライズゲスト! 神秘のベールに隠されたその先にあるのは!? 超美人! 正に世界屈指の美女! 1年ステージ臨時救護班長! 世界初の共有型個性が一角、玉藻の前だぁー!』

 巨大スクリーンが移り変わる。と、そこにはケモミミに尻尾が生えた絶世の美女、玉藻の前がいた。

 いつもの着物の上から、白衣を羽織っている。にっこり愛想笑いをして、手では狐の形を作り、ふりふりと振っていた。

 おおー、と会場中から声が上がった。

 彼女は魅了の呪術やら何やらはつかってない。そもそも画面越しでは発動しないのだし。それでも男女区別なく感嘆の声が上がるくらいには、彼女の容貌は優れていた。

『玉藻の前氏は手足が千切れても、瞬時に繋げられる程の術の持ち主だからね。大怪我しないに超したことはないが、しても問題ないくらいの人ではある。諸君、恐れず挑んでいこう!』

 玉藻の前が臨時救護班に入ることは、現輪は先に知っていた。

 というのもあらかじめ話は聞いていて、ただでさえ枠争いが激しいキャスター内で取り決めを行っていたからだ。

 ちなみに彼女は金で雇われているため、借りは発生していない。玉藻の前曰く、ぼろい商売だったらしい。しばらく遊んで暮らせると、小躍りしていた。この仕事の後は、日帰り温泉旅行をする、などととも言っていた記憶がある。

「選手宣言!」

 と言ったのは、朝礼台(この場合そういう表現で正しいのかは分からないが)に乗ったミッドナイトと、その後ろで待機しているイレイザーヘッドだった。どうやらミッドナイトが主審で、イレイザーヘッドが副審らしい。

「選手代表、1年A組、爆豪勝己!」

 指名されて、爆豪は前に進み出た。ポケットに手を突っ込んだまま。この時点で、まあ大抵の人間は嫌な予感を感じてただろう。

「せんせー。俺が一位になる」

 当たり前に、ブーイングが起こった。観客席からもざわめきがあったくらいである。

 そんな状況も無視して、爆豪は続けた。

「せいぜい俺の引き立て役になれや」

 びっと、首をかっ切るジェスチャーまでして。もはや本当にヒーロー志望なのかすら怪しいレベルだった。ヴィランが乱入してきたと言われた方が、まだ違和感がない。

 これで顔色一つ変えないミッドナイトは、ある意味凄いのかもしれなかった。あるいは何年かに一度、この手の困ったちゃんは出てくるものなのか。

「それじゃー第一種目、もとい予選の説明をするわよ! 今年の競技内容はこれ!」

 言って、巨大スクリーンに映し出されたのは、障害物競走という文字だった。

 雄英らしいと言えばらしいのだが、巨大な、無意味に入り組んだスタートラインが、がちゃがちゃと動いてくる。

 それは生徒の前で門を組み、丈夫についた信号が点灯した。これが全て消えたら、スタートの合図だという事なのだろう。

「コースはスタジアム外周約4km! 当然危険な障害物ましましよ! コースさえ守れば何をしたって構わない、雄英体育祭に相応しいゴチャマンファイト! ただし個性による危険な攻撃だけはNG、即失格だから気をつけなさい! あんたたち! 準備はいいわね!」

 人数に対し、入り口が狭い。これも“障害物”のしかけの一つなのだろう。ライバル自体が障害物。

 押し合いへし合い、中には誰かに叩かれもした。中にはべったり触れられた気もするが、なんとか運良く前方に陣取れた。

 さすがに予選で負けるのは情けないため、ここくらいはクリアしておきたい。

 ふと、近くに居る轟が目に付いた。彼の目は、気合いが入っていると言うよりは、据わっている。あ、これぶっ放す気だな、と瞬時に気がついた。

「スタート!」

 言葉と同時に、ランプが消える。その瞬間、現輪は前に飛んだ。

「うわぁー!」

 案の定、背後から悲鳴が上がる。振り向くまでもなく分かる。轟の氷結によって、足を封じられたのだろう。

 スタートダッシュには成功して、運良く暫定一位になった。もっとも、すぐ背後に轟のものであろう気配があるので、油断も出来ないが。危険な攻撃は禁じられているとはいえ、逆に言えば、危険がない攻撃であれば許可されているという事でもある。

「待てや半分野郎! クソ槍!」

 さらにその後ろから迫ってきているのは、まあ声で分かる。爆豪の絶叫と共に、破裂音までもが聞こえた。

 轟の妨害で、これで大半は上位争い脱落だろう。まさか、すぐに追いつける程度の氷結でもあるまい。さすがに足が壊死しかねないようなものではないだろうが。

 スタジアムは球形に近い三角形で、つまりストレートに近い道が三つある。先頭グループは早速最初の直線に入ると、プレゼントマイクの声が上がった。

『いくぜお前ら! 第一関門、ロボ、イン……』

 現輪は最期まで聞かずに、ランスロットを具現化した。

 体を小さく丸めると、体操服の背中をがっつり掴ませる。そして、簡単な指示を出した。まっすぐぶん投げろ。

 バーサーカーは絶叫を上げると、現輪をボーリングの玉の様にぶん投げた。ボーリングと違うのは、玉が地につかず、地面と水平にすっ飛んだ所だ。

 現輪はあっさりと直線を踏破し、ついでに地面に足を伸ばす。その程度でバーサーカーの投擲威力を殺せるはずもなく、地面に受け身を取りながら転がった。土埃を上げながら、勢いをあまり殺せずごろごろと転がり、最期はコースライン兼緩衝マットに激突して、やっと止まった。マットが明後日の方向に吹き飛ぶ。

『ってオイィ! 障害物が展開し終わる前に通過するのはアリなのぉ!?』

『HAHAHA! それも実力のうちさ! ちなみに今のはアーサー王伝説のランスロット卿だ。バーサーカーなるクラスで、会話が出来ないのが惜しいね』

 実況を聞きながら、現輪はいてて、と呻いて体を払った。

 分かってはいた事だが、手加減が限りなく苦手なバーサーカーにぶん投げられて無事なはずがない。

 会場の湾曲も考慮すれば、ストレート一つにつき1キロ前後といったところか。さすがにそれだけの距離飛べば、ミンチにならない程度には受け身を取れるが。それが無事である事とイコールではない。既にUAジャージはぼろぼろだ。こうなる可能性は考慮済みで、着替えを三着持っているのが救いだ。

『ワントップを追いかけるように人が群がる! おぉーっとA組轟! 進路上のメカヴィランを一瞬で凍結させたぁ! だから障害物を無力にするのやめろって!』

『それも実力のうちさ! しかし轟少年はすごいな。単純に個性の出力で言うなら、既にプロと比べても申し分ない。使い方からも、受けた教育の高さが垣間見える』

 さすがにこれだけ離れていると、気配も感じられない。そもそも選手より近くに大量の気配があるのだからやむなしだ。

 実況だけで状況を把握するしかない。

『巨大ロボ、雪崩落ちるー! こいつに潰されたらリタイア確実、保健室直行……ってナニィー!? A組、個性も使わず避ける避ける避ける! こいつらどうなってんだ!』

『A組はクラス総出で放課後の自主訓練に励んでいたからね。体術の高さは飛び抜けているさ』

『後を追うのはB組集団! お前らも頑張れよ! 今のところ思い切り遅れを取ってるぞ!』

 プレゼントマイクの実況を聞いて、なんとなく現輪は、これって競馬っぽいなと思った。

『轟、二位独走……いや違うぞ! A組緑谷、飯田、砂藤が恐ろしい速度で追い抜いていった! ヤベェ、なんだこいつら! 個性にしたっておかしな速度だぞ!』

『彼らは速度特化訓練をしていた面々だね。障害物がない状況となると、他の者は少し苦しいかもしれないな』

 やっと体の痛みも退いてきて、普通に走れるようになる。意味もなく一人で独走は思ったより寂しいし、なんだか歩きたい気持ちにもなったが。さすがに怒られると思い、ランニングくらいには走っておく。

 緩いコーナーを回ると、その先は飛び地になっていた。太いザイルだけが張り巡らされ、その上を通れという意図なのだろう。

 普通の地面じゃない訳がないはずなのだが、どれだけ深く掘ったのか、光も届かない。まさか落として殺すつもりでもないだろうから、下には緩衝材なり何なりが敷き詰められているはずだが。何にしろ落ちただけでトラウマになりそうな高さだ。

『言っている間に、先頭は第二関門に到着してるぞ! 恐怖の高所!? どう通ろうとも自由! ただし落ちたら即アウト! その名も……』

 ややうるさいプレゼントマイクの実況は無視して、もう一度バーサーカーを呼ぶ。

 灰色の巨漢は、ランスロットと同様、服の背中部分をひっつかむと、落とし穴のその先までぶん投げた。

 筋力の差が原因なのか、投擲の威力は先ほどよりも強かった。風圧で体が潰れそうになる。同じように受け身を取ろうとするが、ついに靴に限界が来た。靴底がすり切れ、ついでに縫合まで抜けて、ただの布と化す。

 裸足で地面をこすったところで、皮が破けるほど柔な鍛え方はしていない。それでも痛いのだが。

 またもや緩衝マットに激突する。先ほど以上の威力であったのと、靴が壊れてタイミングがずれたため、背中から叩き付けられる羽目になった。それでも必死に手を伸ばして鉄骨を掴み、コースアウトだけは免れる。

『激しくぶっ飛んだー! てかコース説明も終わらないまま攻略するのほんとヤメロォ!』

『ははは……。今出てきたのはヘラクレス氏だね。フィジカルでは彼が呼べる相手の中でも随一だと聞いているよ』

『てかあの個性マジでズルくねえ? このルールだとほぼ無敵じゃん』

『言わんとする事は分かるんだけどね……。正直な話、体育祭そのものよりも、彼の個性で呼び出せる英雄こそを期待している層が一定いるんだ。彼が誰も出さないと、それはそれで角が立ってしまうんだ』

 オールマイトの解説の通り、サーヴァントを見たい者は世界中にいる。そう、日本に限った話ではないのだ。祖国の大英雄が活躍する様を、世界が望んでいた。そういった意味では、雄英居体育祭1年会場は、日本だけの催しではない。

『痛し痒しだなオイ。と、おや? どうもA組魂魄、様子がおかしいな』

 プレゼントマイクの言ったとおり、現輪は腰を押さえていた。結構な勢いで受け身も取れなかったのだ。痛めてしまったらしい。

「痛てて……」

 腰を押さえ、前傾姿勢になりながら走る。無視できない事もないが、そこまでして走るような事でもない。元々やる気に薄いのだし。

 というか、腰のダメージを抜いても、全身擦り傷に打撲だらけだ。ジャージは既にぼろ雑巾である。

 さすがに魔術を使えば治療はすぐだが、それはしなかった。個性を使うのは、求められているからまだいいとしても。さすがに、個性由来でもない治癒を行って走るのはどうだかと思った。治すなら、第一競技が終わってからだろう。

 できることをするのが卑劣だとは思わないが、かといってこういった催しでいかさまじみた真似をするのも楽しくない。治療はゴールしてからでもいい。

『喜べ後続ども! 先頭は負傷してあまり早く走れなくなってるぞー! 追いつくチャンスだ! あと魂魄大丈夫か?』

 問われて、とりあえず近くにあったカメラロボに手を振る。それだけで了解はしてくれたようだ。

 まあ、これで最低限の義理は果たしただろう。そこだけは安心する。後は普通にやっても、恐らく文句は言われないだろう。

 とりあえず、と現輪は立ち上がって、靴のもう一足を脱いだ。ぼろ切れになった靴だった物も一緒に、コースの外に投げ捨てる。靴が一足ではかえって走りにくいためだ。

 傷む、というなら全身だが。とりたててダメージの大きい腰に手を当てながら走った。

 速度は早くない。ぎりぎり走っているという程度だ。それでも、リードが大きいため、上位入賞自体はできるだろう。

『二位以下の上位陣、団子になってザ・フォール突入だ! 滑る! 飛ぶ! 跳ねる! 障害物をあっという間に通過だ! 一位との差をどんどんつめてるぞ!』

『上位陣は個性の使い方が上手いだけではなく、単純に身体能力も高いね! ヒーローは体が資本! 基本をしっかり持ってるのは強いぞ!』

(思ったより早いなあ)

 実況から状況を推測し、現輪はぽつりと考えた。考えないと、競走なのに一人ぽつんと走っている状況にむなしさを感じる。

 飯田、緑谷、砂藤が早いのは分かっていた。つい先日まで面倒を見ていたのだし。あの程度の間隔の落とし穴なら、綱を利用するまでもなく跳ねられる事は知っている。

 滑るに飛ぶということは、轟と爆豪だろうか。基礎能力向上ではなく、技術面の修練で三人に追いついている。素地の高さが窺えた。

『言ってる間に一位魂魄、最終関門、地雷原に到達だ! よく見りゃ分かる地雷が山ほど埋まってるぞ! ……またぶん投げられて通過とかしないよな?』

『比較的言うことを聞いてくれるサーヴァントはあの二騎だけのはずだから、使い回すつもりがないかぎりは普通に走るだろうね』

『そいつぁ上々! 今度こそ悲鳴を上げて貰うぜベイビー!』

 地雷原の広い道に到達して。まあ確かに、よく見れば分かるようになっている。地面は平らでこそあるものの、地雷の部分は土を掘り返した後がある。

 わかりにくくするつもりならば、その後土をならすものなのだろうが。それだと本当に見て分からなくなるため、やらなかったのだろう。

 まあ、所詮は人為的な拙い量産トラップだ。その上あると分かっていれば、かかるはずもない。

『オイィ! あいつ全くペース変えずに走ってるのに、地雷を一個も踏まねえぞ!』

『まあ、彼の育ちを考えるとこういった状況には慣れてるだろうからねえ。障害にはならないんじゃないかな』

『その地雷埋めるの俺も手伝ったんだぞ! 踏めよぉ! 爆発しろよぉ!』

「子供か」

 駄々っ子のようなプレゼントマイクの言葉は無視して。

 走ると言うよりは、踊りでステップを踏むような心地だ。地雷の密度は結構高い。一人で進むならばともかく、皆でひしめいて走った場合は、意図せず踏んでしまうかも知れない。

 たらたらと走っていると、背後に気配が迫った。一つではない。無数に、高速で追い立ててくる。

『二位以下集団、ついに先頭に追いついたー! 追いつけ追い越せ! ドラマを作れ! ついでに苦労して埋めた地雷も踏みまくれ!』

『あまり私情は混ぜないようにね……』

 ひゅっと。冷気と熱気が左右から迫る。

 轟は地面を凍らせて道を作り、爆豪は空を飛んで抜けていく。

「先、行くぜ」

「真面目にやれやクソが!」

 いいながら、二人が追い抜いていった。

 それから一瞬遅れて、現輪の真後ろに居た飯田、緑谷、砂藤の三人組が脇を抜けていく。作った足跡を通ってきたのだろう。

『A組、早い早い! トップを独占だぁー! マジツエェな今年のA組は!』

『Umm……。これほどとは私も予想外だったよ』

 言うとおり、背後からわらわらとA組が迫ってきた。

 現輪を通り抜けるとき、一言二言残していく者もいれば、ぼろぼろの姿を見てぎょっとする者もいる。共通するのは、全員がほぼ地雷を踏んでいないと言うことだった。サーヴァント教室の賜だろう。

 先頭集団は最期のコーナーを曲がって、ゴールへと向かっていった。最期に見た時点で先制してたのは轟だが、おそらくは捲られるだろう。工夫の余地がないストレートで、増強系らに勝てるわけがない。

『ゴオオォォール! 圧倒的リードを誇っていた魂魄を抜きさり、一位入賞を果たしたのはA組緑谷だぁー!』

 現輪の予想通り、逆転されたようだ。個性の相性から、一位は飯田あたりかと思ったが。そこだけは予想外だった。

『続いて二位飯田、三位轟、四位爆豪、五位砂藤! 続々ゴールしているぞ!』

 ほぼA組で編成されたトップランカーが超えた後は、さすがに地雷の爆発音が目立ってくる。

 現輪がゴールしたのは二十二位だった。ゆっくり走っていた割には高いのだろうか。

 全員がゴール、もしくはリタイアするにはまだ時間がかかりそうだ。

 現輪はフィールドの隅、ちょうど入場口の脇で、魔術を発動する。体の傷は、まるで逆再生するかのように治っていった。直近の軽傷であれば、治癒よりも時間逆行をした方が簡単だ。これも不思議な話ではあるのだが。さすがにジャージの着替えを持ってくる時間はなさそうだったので、こちらも直しておく。

 そして、ちょうど全ての傷が癒えた頃。現輪は暗がりから伸びた腕に、引きずり込まれた。

 

 

 

 予選通過は上位42名と発表された。ヒーロー科は当たり前のように全員通過し、残りは普通科の生徒が一人通過していた。

 朝礼台の上に立ったミッドナイトが、無意味に鞭を振りながら叫ぶ。

「あんたたち、予選通過したからって安心しちゃ駄目よ、こっからが本番なんだから! 特にヒーロー科! 世間のヒーローが活躍に注目するのはだいたいここからなんだからね!」

 予選時のように、空中投射型のスクリーンが現れる。彼女はそれを指さした。

「次の競技は、ずばり騎馬戦! 各自2名から4名のチームを組んで、仁義なきポイント強奪バトルよ! ポイントは順位と比例するわよ。42位が5ポイント、そこから5ポイントごと加算されるわ。そして、チームのポイント総計はちまきが各自に与えられる」

 他にも細かくルールはあれこれあったが、結局やることは簡単だ。とにかく多くはちまきを集めればいい。

「ちなみに一位に与えられるポイントはなんと1000万! 当然持ってるだけで勝利確定だし、他のチームもこれを求めて襲ってくるわ!」

 周囲がざわめいた。視線の殆どは、緑谷に向かっている。視線に晒されて、彼は冷や汗を大量に掻いていた。

「制限時間は十五分! 挽回なしの一発勝負!」

 説明が続いていることにはっとして、皆はいったんミッドナイトに注目し直す。

「他にも崩れた場合、悪質な攻撃などは一発アウトよ! 加減を理解して競技しなさい!」

「なんかやることが全体的にバラエティっぽいんだよな。芸人か何かになった気分だ……」

 誰がぼやいたかは知らないが、その意見には概ね同意だった。思わず頷いてしまう。それは現輪だけに限った話ではなく、他の者も、何人か首肯していた。

「それじゃあこれより15分チーム決め開始! ほら、さっさと動く! 時間は待ってくれないわよ!」

「砂藤!」

 現輪は真っ先に動いた。少し離れた位置に居る砂藤に声を掛ける。

 彼はいきなり声を掛けられてびくりとしたが、それでもなんとか答えた。

「お、おう」

「頼む、組んでくれ!」

「そりゃ構わねえけどよ。俺も上に行きてえからあんまり気力がないのはちょっと……」

 少々言いづらそうに、砂藤。

 現輪はかぶりを振って言った。

「予定が変わった。マジで勝ちに行く。だから頼む」

「それならまあ、本当に心強いが……。他に誰と組むんだ? 真っ先に声を掛けてきたって事は、予定はあるんだろ?」

「高身長でパワーがある奴。障子を考えてたが、あいつはもう交渉中だな」

「重量級の馬で揃えんのか。確かにタッパがあればそれだけ取られ辛いもんな」

 そういうのともちょっと違うのだが。15分という限られた時間で、七面倒くさい事情を話している時間はない。

 まあ、どのみち障子は次善の策だ。現輪、砂藤、障子で組んだ場合、遠距離型個性からは、ほぼ無防備になってしまう。多少扱いづらくとも、中・遠距離に対応できる個性の持ち主が必要だった。

 現輪が走り出すと、砂藤もついてくる。彼が向かったのは、B組でも最長の背丈を持つ相手だった。

「凡戸固次郎だな? すまんが組んでくれ」

「え? えええとー、君はA組の……」

「おい、そっちB組だぞ。いいのか?」

「いいんだよ」

 砂藤のやや不安げな言葉に、しかしきっぱりと答える。

「どのみち、B組のメンバーは必要なんだ。個性の詳細やら練度やら、そこまでは分からないだろ? だからB組の個性に対処するために、一人は入れる必要があった。最初からな」

 B組の個性はいくらか知っているが、それでも全てではない。知っている相手にしたって、想定しない使い方をする奴もいるだろう。その点については、B組にしたって同じはずだ。

 特別、大きな声で言ったつもりはなかったが。

 言葉は、周囲にも聞こえていたようだ。周りでチームを作っていたメンツは、早速チームの再編成に挑んでいる。

「というわけで頼む。チームに入ってくれ」

 古紙を折り曲げて、懇切丁寧に頼む。凡戸はいくらか逡巡し、あたりを見回し……やがて頷いた。

「うんー。こちらこそよろしくー」

「よし! 馬三騎確保!」

 現輪はぐっと拳を握った。これで、問題の大半はクリアできた。

「それで、最期の一人は誰にするんだ?」

「ああ、軽量の奴をって考えてる」

「じゃあ、女子ー?」

「いいや。それはなんというか、忍びない」

「?」

 現輪の言葉に、二人は全く意味が分からないといった様子だったが。

 既に割とチームのひな形はできあがっている。完全に組んでいるチームこそ少ないが、2、3人集まっている所は少なくなかった。今更声を掛けたところで応じないだろうし、引き抜きもその後の展開を考えると、あまりよろしい手段でもなかった。

 最有力として考えていたの峰田だったが、彼は既に障子と組んでいる。というか、障子を諦めた理由こそが、峰田と交渉中だったからだが。

 だから、あからさまに避けられてる相手に現輪は突撃した。

「緑谷組もうぜ!」

「うえっ!? う、うん」

 彼は半ば勢いに圧される形で了承した。ちょっと考えられて隙を与えてもよろしくないので、その勢いのまま引っ張っていく。

 しかし、緑谷がいて助かったと現輪は思った。彼は動くよりまず考える癖がある。そして、考える間は足が止まるとも。これは完全に悪癖だが、今回ばかりはそれに救われた。彼がいなければ、騎手が揃わない所だった。

「というわけで、事後承諾だけど緑谷呼んだ。いいか?」

「俺は構わねえぜ。どうせこれは1000万ポイント持ってれば勝ち確の争奪戦だからな。最初から持ってるならかえってやりやすい」

「おなじくー」

「そうだな。最初から頂点の方がモチベーションも高くしてくれてるだろうし」

「?」

「こっちの話……でも、もうないのか」

 言って、現輪は疲れたようにかぶりを振った。

 実際、苦労ではあった。これからの事を説明するのは。だまし討ちのような真似をしといてどう言おうかと考えていると。

 急に、高笑いが響いた。太く、重く、どこまで響くような。聞く者が聞けば、ただそれだけで萎縮してしまうような。同時に、それだけで何かが軽くなるような。どこかにそんな威がある笑い声。

「これが現輪の揃えた勇者候補生達であるか! うむ、よいぞ、実によい! 面構えからして、貪欲により高見を目指さんというのが見えてくるわ!」

 急に現れた男に、メンバーの三人のみならず、周囲の人間までもがぎょっとした。ただ一人、現輪だけは頭を抱えていたが。

 その男は巨漢だった。平均身長が190センチ近い馬の周りにあってなお、頭一つ大きい。体の太さで言えば、それこそ比べるのも馬鹿馬鹿しいくらいだ。体重も、この中では一番あるだろう砂藤の1.5倍はありそうだ。

「できれば余こそが真に騎手として参加したかったのだが。ルールに反するならば仕方ない。余はまだサーヴァントであるが故な。というわけで、安心して余に突いてくるがよいぞ!」

 言って、再びふはははは、と高笑いを始める。

 皆は呆然としたまま、彼を見上げていた。

 サーヴァント・イスカンダル。雄英体育祭で抜け駆けし、競技に乱入を確定した瞬間だった。

 

 

 

 



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