綺麗なお姉様が真っ赤な顔してプルプルするの最高だよね (きつね雨)
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プロローグ
お姉様、おもちゃを手に入れる


綺麗なお姉様は好きですか?


 

「ね?落ち着こう? そんな縄なんてどうするのさ……」

 

「私は落ち着いています。ちょっと悪戯が過ぎたお姉様に御仕置きするだけですから」

 

「謝るから! ねっ?ごめんって……」

 

「大丈夫ですよ? ちょっとだけ痛くしますから」

 

「ひっ……仕方ない、撤退!!……あ、あれ?」

 

「お姉様の魔力は無効化済みです。世界最強の冒険者も今は只の女の子ですね」

 

「あわわわ……いつの間に才能(タレント)をそこまでっ!?」

 

「さあ、お姉様? ゆっくりとお話しをしましょう……」

 

「い、いやーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「魔素溜まり、ですか?」

 

 冒険者ギルドの二階には会議室や資料室、そして今俺達がいるギルド長室がある。

 

 長い白髪に長い白髭、ビア樽を思わせる体型で俺を眺めつつ話すのはギルド長だ。名前はウラスロ=ハーベイ。昔はツェツエ王国の戦士長だったらしいが、所謂天下りで第二の都市アートリスのギルド長となった。

 

 ちなみに現代日本人の知識を有する俺からは、ドワーフにしか見えない。一応人種らしいけど。

 

「ああ、魔素観測班が今朝発見した。まだ大きくなる可能性が高い……お前が開発した魔素感知波のお陰だな」

 

「皆の力ですよ? でもあの森ならトパーズやコランダムの冒険者でも対処出来ると思いますが……」

 

 御多分に漏れず冒険者ギルドには等級がある。

 

 全部で5等級あり、特例の超級を入れると6等級か?

 

 ちなみに下から、

 

 [オーソクレーズ] 新人くん、ヒヨッコ達

 

 [クオーツ] 新人から卒業、まあ一応は冒険者かな

 

 [トパーズ] 中堅どころ 一人前の冒険者 

 

 [コランダム] 一般的な冒険者の中では最も力がある  

 

 [ダイヤモンド] 上級冒険者 ほぼ超人扱い、人数は当然少ない

 

 [超級] 5等級に属さない、人のカテゴリに入らない真の超人たち。現在は全世界で5人しかいない。

 

 ちなみに俺は[超級]の5人の内の一人で、自他共に認める最強の冒険者だ。一対一なら残り4人の誰にも負けない。二十歳の若さで超級に達した史上初の存在でもある。内心はドヤ顔だが表には絶対に出さない、キャラ作りには余念が無いのだ。

 

 

「その通りだが油断は出来ない。魔素溜まりがどう変化するのか、何が起きているのか不明な以上万全を期したい」

 

「うーん……私が見る限りはそんな危険な感じはしませんよ? 今代の魔王は人種に友好的な上、変な事を企てる様な人では無いですし……」

 

「ジル……それはお前だから言える事だ。ダイヤモンドもコランダムもいない今お前しか頼めない。超級冒険者[魔剣]ジル、これはギルドからの正式な要請だ」

 

「わかりました。今からでも行って来ましょうか?」

 

「はぁ……いや、お前に常識を求めるだけ無駄か……」

 

 ウラスロが言いたいのは、冒険者の基本である念入りな準備の事だろう。だが森に入り調査して来るなど、俺には正に朝飯前だ。早く済まして遅めの朝食でも洒落込もう。

 

「魔物なら退治しますよ? 勿論報酬は別です」

 

「わかってる。報告だけは直接来てくれ」

 

「はーい、それじゃリタさんも後でね?」

 

 リタさん、可愛いなぁ……お友達になりたい。

 

 さて……行きますか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 超級冒険者[魔剣]ジルを見送ったウラスロは、暫く閉じたドアを眺めていた。

 

「ふう、奴が居て良かった……あれで恐ろしく強いのだから不思議なものだ」

 

 それを聞いた後ろに控えていた新人受付嬢のリタも、前から気になっていた質問をぶつけた。ソバカスを残す幼い容貌が疑問に揺れている。

 

「最年少で超級に達したジルさんですから、それは強いのでしょうが、一人で大丈夫なんですか?」

 

「リタはまだ知らなくて当然か……ジルは一人で全てを完結させてしまう特異な冒険者だからな。魔力銀製の剣に纏わせた魔力で斬れない物は無いと言われていて、実際に古龍の鱗すら一刀で両断出来る。おまけに治癒から属性魔法まで操るし、魔素感知波を創り出したのも彼女だ」

 

「……信じられないですね」

 

「ちなみにさっき言っていた魔王云々も事実だからな? ジルは魔王と面識がある……はっきり言うと求婚された。断ったらしいがな」

 

「えっ!? 魔王から求婚ですか!? 今代の魔王は友好的だと聞いてますが、ジルさんを妃に迎える程なんて……」

 

「魔王とまともに戦える数少ない人間だし、あの美貌だ。おかしくないだろう?」

 

「はぁ……確かに綺麗ですよねジルさんて。性格も優しいですし、素敵な女性でもあるなんて嫉妬心も浮かんでこないです」

 

「……優しいねぇ……アレはそんな女じゃないよ……」

 

「? ギルド長、何か言われましたか?」

 

「いや、気にするな。ほら仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 

「ふんふ〜ん♬ 今日はラッキーだな、こんなチョロい仕事で金が手に入るなら、暫くはニートするか」

 

 魔力で強化した身体を駆使して、森まで来た俺は上機嫌だ。先程念の為行った感知でも"魔素溜まり"に危険は感じない。勿論何かあるのは間違いないが、散らしてしまえば何も問題ないだろう。

 

 そして誰も見ていない以上、演技は必要ない。

 

 周りからは超級冒険者で超絶美人のジル、更に優しくて上品な女性に見えているはずだ。

 

 今世の俺ははっきり言って最高の女だ。

 

 白金ロングストレートの輝く髪、俺が生まれた一族特有の澄んだ水色の瞳、この世界では長身の部類に入るだろう身長と細い手足。更に鍛え上げた腹筋のお陰で引き締まったウエストと、それに反して適度なサイズのオッパイとお尻は我ながらヤバイ。

 

 前世なら一生お近づきになれないレベルの、超絶な美人なのだ。

 

 しかも赤子の頃から鍛えた魔力は人の限界を超え、その潤沢な魔力のお陰で肌や身体の調子はいつも最高。魔法剣士なら格好良くね?と合わせて習った剣技も中々のもので、今や斬れない物は無い……多分。

 

 元々オタク趣味を齧っていた俺は、転生時に混乱する事も無く状況を理解した。同時に女に生まれた事を知り、意識がはっきりしていた赤子の頃から試行錯誤を繰り返したのだ。強さだけで無く美貌にも気を使い、今を生きている。

 

 皆はあの快感が分かるだろうか?

 

 男達が鼻の下を伸ばして言い寄ってくる

 チラ見せすれば、簡単に目が泳ぐ

 思わせ振りな態度で簡単に落ちる

 ラブレターなる物を受け取る

 若い子も老齢な男も皆が優しくしてくれる

 

 そして、それをあしらう、袖にする快感を。

 

 勿論恨まれる事など無いように上手く立ち回るし、力尽くなど俺には通用しない。

 

 最高の女を演じる事の快感に勝るものなど存在しない……俺は本気でそう思っている。ちなみに恋愛として男に興味など無いし、いつか可愛い彼女を作るのだ。さっきのリタちゃんとか最高。

 

 もう目と鼻の先に魔素溜まりを感知しているが、そんな事は後回しで髪を整える。最高傑作のジルはいつも綺麗でなければならないのだ。

 

「ん?」

 

 見つけた枝毛をナイフで切っていた俺は新たな魔力の発露を感知した。

 

 他の人間には分からないだろうが、魔素の純度が急激に上がっていく。つまり新しい魔力を生み出そうとしている。

 

「ほえー……なんだろ?」

 

 興味を惹かれた俺は大木の影からその中心を観察する。無色だが見える。今度はゆっくりと渦を巻き、空間に干渉を始めたようだ。とりあえずナイフは収めておこう。

 

「これは……召喚か?」

 

 赤子に転生した俺には初体験だけに、ワクワクするのを抑えられないな!

 

 魔物か人か……どちらにしても楽しくなりそう!

 

 幹の縁から覗き見ながらも、目線は外さない。

 

 魔力の爆発は今にも起きるだろう。その先の景色が歪むと肉眼で見える程の光を放ち始める。

 

 さあ来い!

 

 パーンと弾ける光の波に一瞬だけ目が眩んだが、直ぐに視力は回復する。そうして回復した眼に映ったのは……

 

「お、女の子?」

 

 勿論バレない様に小声だが、俺の目にははっきりと小さな女の子が見えた。

 

 だが少し様子がおかしい。まず着ている服だが、あれは学ランではないだろうか? サイズは全く合ってないのだろう、手足は隠れて女の子座りをしたまま呆然としている。俺が女の子と思ったのはその顔だ。

 

 アッシュブラウンのショートヘアで、目は濃紺だろうか? 見る角度によっては黒に変化する。肌の色や学ランから日本人に思える。だが、何よりその顔!

 

「可愛いじゃねーか……少し幼いが将来は美人さん間違いなし」

 

 内心グヘヘと涎が出そうだが、今の俺は超絶美人のジル。何とか冷静さを保ち更に様子を伺う。

 

「な、なに? 確か神様とか言うおっさんが……」

 

 ほうほう、声まで可愛いな。しかも神様に転移させられたっぽい。

 

 キョロキョロと周りを見渡し、人っ子一人いない森に驚いているようだ。実際は気配を消した俺がいるが。

 

「この手……()()()()()()()()()()()()()()

 

 おや? まさか……これは……

 

 何かに気付いた様子の女の子は、服を摘んで胸元を確認している。そしてベルトを緩めてズボンの中に手を入れてビシッと固まった。

 

 本当に……間違いないのか……なら、ならあの台詞を言うんだ!

 

「な、ない……でも、こっちはある……」

 

 股間から胸へと手を這わした女の子は予想通りの台詞を言った。

 

 キ、キターー!!! TSだー!!

 

 感動に打ち震える俺は、周辺から感じる魔物の気配を知りつつも動く事が出来なくなっていた。だって物語で見たTS女の子が目の前にいるのだ! 俺自身は例外!

 

 直ぐに女の子に駆け寄らないと……動かない身体に指令を出そうとした頭に、光が迸った! いやアイデアが浮かんだ!

 

 もしかして……ひょっとしたら、TS定番のアレやコレを間近で見れるのでは? しかも特等席で。俺は異世界人で女、しかも冒険者だ。着替えだって、お風呂だってどうにでもなるのだ。元日本人などと明かす必要は無い。何も知らない優しいお姉様になれば、イベントは山の様にあるだろう。

 

 う、うおおぉぉぉーー!!

 

 最高じゃないか! 俺はやるぞ!

 

 そうと決まれば、やる事は簡単だ。

 

 気配を消している俺には目もくれず、魔物の群れはTS女の子にジリジリと包囲の網を縮めている。恐らく小鬼達だろう、まあ簡単に言えばゴブリンだ。一瞬で全滅させるなど余裕だが、それでは面白くない。

 

 気配を消したまま、包囲の一番外にいるヤツから順に倒していく。無論証拠も気配も残しはしない、掌から出す魔力刃でサクッと心臓をひとつきするだけだ。十匹はいたのに知らない内に三匹になる。突き出た腹や汚い腰布、緑色したカサカサの肌、目は白い部分はなく赤い。そんなゴブリンさん達は可哀想に御臨終だ。

 

 グギャギャとかの泣き声?や、ガサガサと草を揺らす音にTS女の子は漸く気付いたようだ。自身の変化にまだ理解が及んでないのだろう、青白い顔に更に驚愕の色が加わる。

 

「う、うわ……まさか、ゴブリン?」

 

 定番の台詞を順調に消化していくTS女の子に内心拍手を送りながら、助けに入るタイミングを計る。

 

「何か武器……そ、そうだ魔法は!? ファイヤーボール!!」

 

 ……台詞の消化が凄まじいな。勿論火の玉など飛んでは行かない。魔力の収束も感じないし、魔素の変化も起きてない。お姉さんが今度、手取り足取り色々教えて上げるからね!

 

 内心遊んでいる内にゴブリン達は包囲を完成させる。だが沢山居た仲間の姿がない事に漸く気付いたのか、ギャーギャーと騒ぎ始める。

 

 チャンスと見たのかTS女の子は、森の奥に走り始めた。

 

 あちゃー……走ったらダメだよ。ほら、混乱してたのに正気を取り戻して追いかけて行く。

 

 しょうがないなぁー……ゆっくりと魔力銀製の長剣を鞘から抜くと距離を保ちながらゴブリンの後を追った。

 

 

 

 

 

「うわっ…痛っ!」

 

 恐怖に駆られて背後を振り返ったのだろう、目線を外した先の窪みに足を取られて女の子は転んでしまう。

 

 サイズの合ってない学ランも邪魔なのか、立ち上がるのにも時間が掛かっていた。

 

 もう一度顔を上げた先にゴブリンが振り被る木製の棒が目に入り、目を瞑るTS女の子!

 

 ここだ!!

 

 魔力を操り棒を持つゴブリンを両断すると同時に、残り二匹に魔力弾を放つ。あっさりと頭が吹き飛んだ奴等は後ろ向きに音を立てて倒れた。ついでにあっちに吹き飛ばしておく。汚いもんね。

 

 そして俺は振り返ると用意していた台詞を放った。勿論超絶美人の笑顔と、チラリと見える胸元にも気を配る。前屈みになるとチラリズムが良い感じなのだ。我が家の鏡で偶に鍛えている姿勢を今こそ!

 

「ねえキミ、大丈夫? 怪我はない?」

 

 恐る恐る目を開ける女の子は、俺の顔を見て固まった。そして直ぐに胸元に目がいき、慌てて目線を戻した。ククク……だよね! 見ちゃうよね!

 

「ねえ? 大丈夫かな?」

 

 気付かないフリの追い打ちをかけた言葉に、我に返った女の子は慌てて立ち上げる。

 

「は、はい! あ、あの……助けて頂いてありがとうございます!」

 

「気にしないで。()()()()()()()()を助けるのは当たり前でしょ? 怪我は大丈夫そう、良かった」

 

 ふふふ……さあどう返す?

 

「お、女の子ですか!? えっと、その……あ、ありがとうございます」

 

 ほうほう! 隠す方向で行く訳ね! いいよ、そっちの方が楽しいぞ……イベント消化が捗るな!!

 

「どうして森に一人でいたのか気になるけど、先ずは街に戻りましょう。そうだ、キミ名前は? 私はジル、アートリスで冒険者をしているの」

 

「冒険者……ジルさん……えっと、名前、名前は……アレ?」

 

 冒険者に食い付くのは予想通りだが、名前が判らないのか?

 

「どうしたの?」

 

「名前が思い出せないみたいです……すいません、ジルさん」

 

「そう、謝る必要なんてないよ。大丈夫、私が助けて上げる。こう見えてお姉さん強いんだから!」

 

 実際は世界最強ですけどね!

 

 名前が思い出せないのは可哀想だけど、ワクワクが止まらない。悲しそうな横顔も、華奢な手足も、小さな身体も全部が可愛らしい。はっきり言えば超好み! ロリと笑われても気にしない、今はお姉さんだから大丈夫!

 

 異世界転生から22年、俺は最高のおもちゃを手に入れたのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 



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第一章 お姉様と女の子
お姉様、ギルドに帰還する


 

 

「名前が分からないのは不便ね……ねえ?仮の名前を私が付けても良いかな? 勿論本当の名前を思い出すまでだけどね」

 

 俺に手を繋がれて赤い顔をする姿に、鼻血が出そうだ。今はゆっくりと歩いているので、まだ森の中。魔力を使い抱き抱えれば簡単に抜け出せるが、そんな勿体ない事はしない。お姫様抱っこは又の機会に取って置くのだ。

 

「……そうですね、ジルさんお願い出来ますか?」

 

「ふふ、大丈夫よ。変な名前なんか付けないから」

 

 それを心配などしてないだろう、恐らく女の子扱いに戸惑っているのだ。勿論解ってしてますがね!

 

 恐らく中学生くらいだろうか。

 

 思春期真っ盛りの男の子に、美人のお姉さんは堪らないだろう? さっきからチラチラと繋いだ手や俺の顔を見てるの気付いてるからね。おっ、今胸も見たか!?

 

 ククク……可愛いなぁ……

 

 ラッキースケベは今度な!!

 

「キミは凄く可愛らしいから、似合う名前がいいわね……ターニャはどう? 響きも優しいし、可愛いでしょ!」

 

「可愛いって……あの……」

 

 分かる! 可愛いって言われ慣れないし、素直に認められないよな! でもそこがいいのさ!

 

「ん? 駄目だった?」

 

 態と悲しそうな顔をすれば、男の子なら返答は決まってるでしょう。

 

「い、いえ……ターニャ、可愛い名前ですね! 気に入りました」

 

「そう? 良かった。それじゃ、ターニャちゃん宜しくね!」

 

 ちゃん付けで呼ばれる恥ずかしさ、あるよね。複雑な心境を表すターニャちゃんは苦笑いしか返せない。しかし女の子同士の近さに戸惑っているのか、俺がギュッと抱き締めると石の様に固まるのがわかった。

 

 まだまだこれからだ。ターニャちゃん頑張れ!

 

 偶に現れるゴブリンやデカい蜘蛛に魔力弾を当てながら歩いていると、痺れを切らしたのかターニャちゃんは質問をぶつけて来た。

 

「あの……」

 

「ん? どうしたの? 大丈夫よ、さっきも言ったでしょ? お姉さん強いんだから」

 

「あの……さっきからジルさんが使ってる力って、魔法ですか?」

 

「そうよ? まさか、見るのは初めて?」

 

 そりゃ初めてだよなぁ、日本で魔法なんてゲームか小説、映画の話だもんね。

 

「初めてと言うか、そうですね似た様なものです」

 

 ちっ……ここで田舎育ちなんでとか言えば、更に突っ込んで遊べたのに! 名前も覚えてない子が田舎を知ってるとか、村の名前はとか、幾らでも突っ込みポイントあったのになぁ。

 

「ふーん……魔法を見た事無いとか珍しいね。まあ、気にしなくて良いよ。良かったら教えてあげようか?」

 

「!! ボク……いや私でも使えるんですか!?」

 

 はい、ボク頂きましたーー! ターニャちゃん順調にTSイベントをこなしてるよ。それに魔法に憧れるよね! 俺もそうだったから分かるよ、うん。

 

「きっと大丈夫だよ。ターニャちゃんは可愛い女の子だから、多分魔力の親和性が良いと思う」

 

「男は使えないんですか?」

 

 アッシュブラウンのショート髪はそこまで揺れないが、傾けた首につられて少しだけサラサラと流れた。やるじゃんターニャちゃん! その仕草可愛いぞ。近くで見ると濃い紺色をした瞳が困惑の色を纏う。

 

「ふふ、そんな事はないわ。あくまで個人差の()()()だし、魔法使い最強と言われる人は男性だから。超級冒険者の魔狂いって聞いたことない?」

 

 一瞬だけターニャちゃんの表情に違和感が浮かんだみたい。何かあったかな?

 

「すいません、聞いた事無いです」

 

 ターニャちゃんの回答に俺の感じた違和感も消えた。

 

「そっか。とにかく魔法は使えると思うよ」

 

 ゆっくりと森の散歩を楽しんだ俺たちの目には、開けた草原の先の防壁を構えた巨大な街の威容が飛び込んでくる。

 

「ターニャちゃん、あれが私が住む街アートリスだよ」

 

「凄く、凄く大きい街ですね……」

 

「この国、ツェツエ王国の第二の都市だからね。貿易の拠点だし、人口も多いわ」

 

 ツェツエの王都はサイズだけならアートリスに敵わない。ただ君主が住う王都には貴族達も多く、また違った趣きがあるものだ。このアートリスは貿易の街だけあって、商人や旅人も沢山訪れるし店や宿も多い。良い意味なら賑やかで、悪く言えば雑多な街だろう。

 

「王国……あの街にも貴族はいますか?」

 

「いるけど、王都程じゃないわ。余り難しく考えなくて大丈夫。お姉さんに任せてね?」

 

 王政なんて現代日本人には慣れないだろう。王や貴族の胸三寸で庶民の命すら危ういと心配するのは当然だ。だが……この俺、ジルがいれば大丈夫! 世界に片手の指しかいない超級冒険者に歯向かうには一貴族では足りないよ。それに、ツェツエ王国の王子は色々あって知り合いだったりするし。

 

 言わないけど。

 

「なんで、どうして優しくするんですか? 名前も言わない子供一人、信用なんて出来ないでしょう?」

 

 おぅ……中々の厳しい言葉だね。そりゃ勿論ターニャちゃんで遊ぶ為さ!とは言えないので、当たり障りのない台詞を吐いてみる。

 

「名前ならターニャちゃんでしょ? 子供はそんな事気にしないでいいの。それとも私が悪い人に見える?」

 

「いえ……そんな事は……優しい人だと思います」

 

 可愛い事言ってくれるなぁ。大丈夫、悪い様にはしないから、ね?

 

「ありがとう、なら良いじゃない。それとターニャちゃんは家族はアートリスに居なさそうね……知り合いとかはどう?」

 

「アートリスには初めて来ました。知り合いも居ないと思います」

 

「うーん……とりあえずギルドに行こっか。報告もしないとね」

 

 学ランからのお着替えイベントは後回しだ。面倒な事を先に済まそう。

 

 このあたりでターニャちゃんのお腹がクーと鳴る可能性を待っていたが、残念ながら聞こえたりしなかった。まあ、チャンスは幾らでもあるか。

 

 俺達の目には門番や守衛、防壁の上に何人も立つ弓兵が見え始める。森から偶にだが魔物達が襲ってくるのだ。まああっさりとやられて終わるから、雷やスコールと同じ扱いなのだが。

 

「ジルさん! お早いお帰りですね!」

 

 守衛の一人が、近づく俺に声を掛けて来た。キラキラとした眼が眩しい若者だ。

 

「はい、いつもご苦労様です。頑張って下さいね」

 

 俺の声が聞けて嬉しいのか真っ赤な顔でデヘヘと笑顔になる。だが直ぐに周辺の守衛仲間にどつかれてイタタと泣き顔に変わった。

 

「この野郎!抜け駆けしやがって」

「なにだらしない顔してるんだ!」

「ジルさんに気安く声掛けるとは覚悟はいいな?」

 

 俺は態とらしくキョトンとした顔をしながら門を潜ってターニャちゃんを導いて歩く。俺に声を掛けるのに頑張ったんだろうなあ。でもゴメン、名前も分からないや。

 

「……ジルさん、人気者なんですね」

 

「そうかなぁ、女性の冒険者なんて珍しいから皆んな気にしてくれるんじゃない?」

 

 俺はすっとぼけながらターニャちゃんの顔を見た。

 

 おや?何処か機嫌が悪そうだぞ。まさかの焼き餅ですかー? まだ会って少しなのに、俺って罪深いなぁ。

 

「ギルドの用事を先に済ませて、ご飯食べようか。それとも先に行く?お腹空いた?」

 

「大丈夫です。ジルさんのお仕事を済まして下さい」

 

 多分中学生なのにしっかりしてる。思わずターニャちゃんの頭を撫で撫でしてしまう。恥ずかしいのを我慢してるの分かるよー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者ギルドは二階建ての建物だ。横に広く面積は相当なものだろう。中庭に訓練所も完備されているし、定番の食堂やバーは合計五つもあり大きめのホテルの様だ。その日の気分で食事や酒を楽しむ事が出来る。宿泊施設もあり、ホテルその物か。だが勿論ホテルとは違う施設がある。

 

 当然だがギルドがそれだ。

 

 正面玄関は三段の階段を上がった先にあり、両開きのオーク材の扉はダークブラウンの色合いも合わさって重厚感を感じさせる。

 

 そして扉の先には四つに分かれたフロアがあり、それぞれが役割を持つ。

 

 受付、査定、クラン募集、訓練所等の施設管理の係りがあり、それぞれのエリアに固まっている。壁などはないのでかなり奥行きを感じる場所だ。空いたスペースではテーブルや椅子が散らばっており、冒険者達が集まって話したりと騒がしい。

 

「おい、見ろよ」

「なんすかあの美人は? 声掛けます?」

「馬鹿か……彼女は超級の魔剣ジルだぞ? 死にたいなら行けよ」

「……嘘でしょ!? 魔剣って美人とは聞いてましたけどあんなに若いんですか!?」

 

 ザワザワと騒がしくなったフロアをターニャちゃんを連れて歩く俺。ふふん、いつもながら気持ちいいぜ。まあ、しょうがないよ美人だもんオレ。

 

「あっちに食堂があるから、後で行こうね?」

 

 ターニャちゃんは流石に様子がおかしいと気付いたのか、俺の方をジッと見ている。

 

「人気者だけじゃなくて、有名人でもあるんですね」

 

 困惑してますよって可愛い眉を真ん中に寄せて、上目遣いで俺を見るターニャちゃん。マジ可愛いんですけど。

 

「言ったでしょ? お姉さん強いし、女の冒険者は珍しいから」

 

「割合は少ないですけど、沢山女の人いるようですが?」

 

 鋭いツッコミを入れてくるターニャちゃん。あれれ、思ってたよりプライド高め?

 

「それに、超級やら魔剣やら物騒な言葉もチラホラと耳に入りますね」

 

「えっと……ターニャちゃん、何か怒ってる?」

 

「いえ、そんな事は……すいません、言葉が過ぎました」

 

 ふむ、元はしっかりとした男の子だったのだろう。頭も良さそうだし、ツッコミ得意かもしれない。そんな男の子がTSとか、ますますやる気が出るな。

 

「そう? 後でゆっくりと説明するわ。ターニャちゃんの今後も決めないといけないし」

 

 勿論俺の家にご招待するけど、着替えやお風呂イベントは外せないからな。有り余る資金でお気に入りの家を構えているのだ。部屋だって沢山あるし、デカい風呂完備だぜ。

 

「わかりました」

 

 再び足を進めた俺に受付の女性が目線を送ってくる。

 

「リタさん、ただいま帰りました」

 

 今朝会ったリタさんが受付席に座っていた。リタさんも可愛いなぁ。

 

「ジルさん、森の調査もう終わったんですか? それにその子……」

 

「はい、調査完了です。この子はターニャちゃん、今回の調査にも関係あるので連れて来ました。ギルド長はいますか?」

 

「そうですか、少しお待ち下さい」

 

 リタさんは少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞く事なく階段を上がって行った。

 

 

 

 

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

 

「召喚……?」

 

「はい、もしくは転移かもしれないですが……」

 

 ウラスロ……ギルド長は意味が分からないと腕を組み天井を見上げている。

 

「純度が上がった魔素は澄んだ魔力へと変換され、空間に穴を開けました。直接見ましたし、同時に魔素感知もしましたから間違いありません」

 

「いや、ジルが言うなら間違いないだろうが……それで現れたのがその娘か?」

 

「はい。名前が思い出せないそうで、私が仮にですけどターニャちゃんと名付けました。名前もですけど、凄く可愛いでしょう?」

 

「……可愛いってお前……どう上に報告すればいいんだ……」

 

「そのままでいいのでは? それにターニャちゃんは私が責任を持って保護しますから安心して下さい」

 

 つまり、余計な手出しをするな……そう言う意味を込めてウラスロへ圧力を掛ける。超級冒険者の俺が保護すると言った以上、おいそれと反論など出来ないだろう。

 

 事故的に日本から飛ばされたらしいターニャちゃんに悪い意思は感じないし、何より俺の楽しみを奪われては堪らない。ここはしっかりと釘を刺しておかなければ。

 

「……はぁ……分かったよ。だがその前に確認だ。ターニャだったか? 君はジルの保護を受ける事に異論はないのか? 嫌ならはっきりと言ってくれていい」

 

 ターニャちゃんはチラリと俺を見ると、この部屋に入って初めて声を出した。

 

「はい。ジルさんに助けて貰いましたし、優しい人ですから凄く助かります」

 

「……そうか、分かった。上にはそのまま報告する。ジル、また詳しく話そう。お前に任せるが初めてのケースである以上、多少の不便は我慢してくれよ」

 

 まあ、それくらいはしょうがないだろう。

 

 ターニャちゃんに必殺のジルスマイルを当てて、照れる様子を眺める至福。

 

「よし!ターニャちゃん、ご飯食べよっか!」

 

 面倒事を済ました後は、イベント前の腹ごしらえだろう。その後はTSイベントのトップ3に入るだろうお着替えで赤面が待っているのだ!

 

 金なら腐る程あるのだ、涎が止まらないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、お食事を楽しむ

 

 

 

 

 冒険者ギルドには食事を取れる場所が5つある。

 

 ほぼ酒しか提供しないバーが一軒あるが、其処も食事は無理ではない。因みに酒は嗜む程度で、好んで呑んだりはしない。大盛りが当たり前の定食屋らしき店もあるが、まだ朝だし軽くで良いだろう。候補の店は二つあるが、女の子二人ならあっちかな。いやいや、ターニャちゃんの好みも聞かないと。

 

「ターニャちゃん、軽くで良い?」

 

「はい。あの……ボ、私お金が無いんです……」

 

「ふふ……気にしなくていいの。さっきも言ったけど、責任を持って保護する以上当たり前だからね?」

 

「……ありがとうございます」

 

 少し不安そうなターニャちゃんを見て、調子に乗りすぎたかもと考える。現代日本人からしたら極端な無償の保護に不信感を持つかもしれないな。それに、このままだと余りにお人好し過ぎるだろう。設定を盛るか。

 

「実はね……妹がいるんだけど、ターニャちゃんと同じ位の年齢だし……代わりでは無いけど、ついつい構ってしまうみたい。今はなかなか会えなくて寂しかったし、駄目かな?」

 

 実際に妹はいる、我が父親には俺を含めて合計14人の子供がいるのだ。腹違いの妹は間違いなくいるし、嘘ではない。まあ、殆ど会った事はないが。

 

 遠い場所に居る俺の一族の事など、どうでもいい。

 

 ターニャちゃんの前に立ち、再び必殺のスマイルをぶつけてみた。ついでに前屈みでチラリもオマケだ。

 

「い、いえ……助かります。よろしくお願いします」

 

「はい、任されました」

 

 間違いなく胸元を見たターニャちゃんに、俺は気づかない振りをしてニッコリ笑顔を送る。内心はムフフとほくそ笑んでいるが、当然表には出したりしない。男心を弄ぶの楽しいなぁ、掌で転がしてるのが堪らないんだよなー。

 

「ターニャちゃんは好き嫌いはある?」

 

 アレルギーあったら大変だもんね。

 

「特には無いと思います。強いて言うなら()()()でしょうか」

 

「ふーん……ならあの店かな」

 

 ターニャちゃんが此方を伺う様にジッと見ていたのが気になったが、取り敢えずは店まで案内しよう。

 

 再び手を握って歩き出した俺を上目遣いで眺めるターニャちゃんはやっぱり可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アートリスの街には沢山の飲食店がある。

 

 現代日本には遠く及ばないが、他国の郷土料理すら口に出来たりもする。過去に遺恨があったり、敵対的な国は流石に難しいが、かなりバリエーションに富んでいると言えるだろう。

 

 そして冒険者ギルド内の店も例外でなく、俺から見てもレベルは高い。

 

 ターニャちゃんと一緒に席に着いたこの店は、お茶と軽食が豊富で賑わうところだ。クラシックな装いが有り難がれた日本と違い、こちらは天然で落ち着いた雰囲気だ。勿論ジャズが流れたりはしないが、アルコールランプの灯りは趣きがある。

 

「ターニャちゃんは何にする? 此処はお茶が美味しいから、それに合うものがいいかも」

 

 メニュー……と言っても冊子状の物など無く、木の板に乱暴に書かれた幾つかの文字を追うしかない。水は有料で匂い消しにレモンらしき柑橘類が絞られている事が多い。

 

「文字まで読める……言葉も日本語じゃないのに……」

 

 周りの食器や声が奏でる音で聞こえないと思っているのか、ボソボソと呟くターニャちゃん。でも残念、お姉さんは耳まで良いのだ。異世界転移の御約束をクリアしていくターニャちゃんに、俺は慄くばかりだよ。

 

「ターニャちゃん?」

 

「……すいません。では、彩り野菜のパン包みと今日のスープにします」

 

 ターニャちゃんが選んだのは一番安い料理だ。君は何処ぞやのサラリーマンか!? 子供が遠慮するんじゃないよ……可愛いけどさー。ちなみにパン包みとは所謂サンドイッチ擬きだ。

 

「他には? あの黒肉のスパイス焼きとか、腸詰とか美味しいよ? スープだって沢山種類あるし」

 

「いえ、野菜が好きなので。お茶は分からないのでお願いしていいですか?」

 

 おぅ……遠慮しながらも此方をたてるとは、この娘やるな。

 

「うーん……分かった。ターニャちゃん、先に言えば良かったけど遠慮とかしなくていいからね」

 

「はい、有難うございます」

 

 僅かに微笑みを浮かべて此方を見たターニャちゃん。可愛いけど、可愛いくない……

 

 手を上げて店員を呼びながら、まだ他人行儀なターニャちゃんを何とかしようと決意する。先ずはコミュニケーションからだ!

 

「ジルさん、決まりました?」

 

 さっきから此方をジロジロと見ていた店員は、嬉しそうに近寄って来た。お前視線隠せてないからな……バレバレ過ぎて男心的に悲しくなるよ……

 

「はい、お願いします。卵と揚げ魚のパン包み、彩り野菜のパン包みがひとつずつ……今日のスープは二つで、雪鳴茶をミルクで二人分……あと茹でた腸詰も」

 

「……腸詰、と。ジルさん、朝からギルドで食事って珍しいですね?」

 

「……えっと、ギルド長から頼まれ事があってその帰りなんです」

 

 慣れ慣れしい上に余計なお世話だよ……って言うか誰だよお前は!? 有名なのは自覚してるが、最近は皆距離を置いてるのに……。

 

「帰りなんですか? 俺も仕事は朝で終わりなんです。偶然だなぁ、帰り一緒にどうですか?」

 

「ごめんなさい、寄らないといけない場所や用事があるので……」

 

「なら、その後でも……」

 

「こら!! いつまで注文聞いてるつもりだ! 他の客もいるんだぞ!」

 

 厨房の方から怒鳴り声が聞こえたと思うと、店員はびくりと肩を揺らして姿を消す。見ると料理長の親父さんが此方にウインクして、厨房に消えていった。溜息をつく俺に何故か嬉しそうな顔のターニャちゃん。あの……ターニャちゃん?

 

 まったく……あの店員はターニャちゃんが目に入ってないのだろうか? 同席者がいる女性に声を掛けるとか、馬鹿としか思えない。男にチヤホヤされるのは良いが、常識が無い奴は気に入らないな。

 

「もう、なんで嬉しそうなの?」

 

「そんな事ないですよ。そういえば、雪鳴茶ってどんなお茶なんですか?」

 

 いや、絶対嬉しそうにしてたよね! あからさまに話題逸らしてるじゃん!

 

「……雪が沢山降る地域特産の茶葉を使ったお茶だね。踏み締める雪の音が鳴き止まない場所でも枯れない茶葉って意味だった筈。優しい味だし、ミルクに合うのよ。何より疲れに良く効くから」

 

「なるほど、楽しみです」

 

 にっこり笑顔のターニャちゃんに、疑問はどうでも良くなってしまった。ま、いっか。

 

「それで、これからの予定なんだけど」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 客足が途絶えた店内は、静けさが増してきた。

 

 殆どの客は仕事に出て行ったのだろう。オーソクレーズやクオーツなど低いランクの連中は、朝から出て夕方には帰って来る依頼が多い。逆にトパーズ以上の高位冒険者は護衛や長期の依頼も多く、時間も不規則だ。絶対数の違いから当然の状況だろう。

 

「先ずは服を揃えましょう。その不思議な服はサイズが合ってないみたいだし、代えもいるからね」

 

 学ランは袖も裾も折り曲げているが、合ってないのは一目瞭然だ。何より俺的TSイベントTOP3のひとつ、お着替えは外せないですから!

 

 彩り野菜のパン包みを齧りながら、ターニャちゃんは真剣に聞いている。ふふふ……まだ気付いてないのか、フェミニン全開の服を厳選しますからね。その時恥ずかしがっても遅いのだ!

 

 ちなみに彩り野菜がマジで彩りだったのはビビった。青やピンク、蛍光色の黄色とか厳選して、どうなってんだこの店は。しかも何も反応せずに食べるターニャちゃんヤベェだろ、これじゃ思わず驚いた俺が馬鹿みたいじゃないか。誤魔化す為にも元々あげる予定だった腸詰をプレゼントしよう。美味しいよ?

 

「その後は生活雑貨を揃えましょうか。私のを貸しても良いけど、気疲れするでしょう?」

 

「あの、貸すって一緒に住むんですか?」

 

「そうよ? ああ、心配しないで。私一人だし、部屋も余ってるから」

 

「そこまでして貰う訳には……住込みで働く場所とかないでしょうか?」

 

「うーん……あるけど、怒らないで聞いてね? まずターニャちゃんは小さいから、中々良い働き口が無い事、可愛い女の子だから危ない目に合うかもしれない事、それと……」

 

「それと?」

 

「さっきオジサンと話したでしょう? ターニャちゃんは少し特殊な状況だから、私が近くで見てるって建前がいるの」

 

 何か信用してないみたいでごめんね……そう言う俺に納得がいったらしい。

 

「いえ、よく分かりました。お世話になります」

 

「はい、任されました。あれ? さっきも言ったかなコレ」

 

 思わず吹き出すターニャちゃんに、俺も下心の無い笑顔が溢れたのが分かった。まあ、理由は嘘では無いからね、半分は!

 

「ふふふ……それにね」

 

 お茶に手を伸ばしたターニャちゃんは、再び俺に濃紺の瞳を向けた。

 

「色々聞いたでしょう? 超級やら魔剣やら、アレって私の事なんだけど……凄く簡単に言うと、冒険者の中で等級が上位の人がそう呼ばれるわ。私は一人だし、お金が余って使い途が無いし、困ってたところだから丁度いいの」

 

「お気遣いありがとうございます。そうだ、ギルドや等級について教えて貰っていいですか?」

 

「えっと……お気遣いなんかじゃないんだけど……」

 

「ええ、分かります。甘えさせていただきます」

 

 あれぇ?

 

「そう? じゃあ質問に答えましょうか」

 

 ふふふ……お姉さんが教えて上げよう!

 

「冒険者ギルドは通称で、正式には冒険者総合管理組合……一般にはギルドで通じるわ。主に魔物対策や護衛依頼、偶に特殊な素材採取が依頼に出るの。殆どは常時依頼が掛かっているから、魔物退治とかは勝手にやっても良いかな。証明部位の持込が必要だけどね?」

 

「それでは、例えばジルさんが倒した魔物を後から拾い集めてもいい事になりませんか?」

 

「その通りよ。実際スカベンジャーと言われる連中もいて、まあゴミ漁りね」

 

「それはルール違反じゃないんですか?」

 

「勿論ルール違反よ? でもそんな事を繰り返しても実力が付かないし、頭打ちになるだけ。トパーズに……ゴメン、等級の真ん中ね? それに上がるには特殊な試験があるんだけど、突破は絶対無理。それにバレたら仲間からは軽蔑されてギルドに居られなくなるし」

 

 まあ普通は選ばない職種ですな、うん。

 

「等級が上がると指定、或いは指名の依頼が出始めるの。受付や査定の係から声が掛かり始めたら一人前になった証かな。あと等級に関わらず、受付に行けば自分に合った仕事も紹介してくれます」

 

「紙が貼り出されるのかと思ってました」

 

 分かる!! 私も最初はそう思ってましたよ!

 

「貼り出しとかしたら取り合って喧嘩になるよ。干された依頼が偶に出る位かな」

 

 残念ながら、この世界ではギルドの新人イビリイベントは起きないのだよ。おう姉ちゃん、俺が一緒に依頼行ってやるぜ、とか。お前にはその依頼は早過ぎないか?とか。あったら笑えるのにね。

 

 スープも飲み干し、後はお茶を楽しむだけだ。食後はミルクを注ぎ足して味変するのが定番なのだ。因みにお茶はカップで無く、ガラス製のティーサーバーで纏めてくる。大体二杯分あるからね。

 

「等級は下からオーソクレーズ、クオーツ、トパーズ、コランダム、ダイヤモンドの5等級。超級は例外扱い。超級になると二つ名が正式に貰えるのよ、凄いでしょ?」

 

 ちょっとだけ恥ずかしいが、一応ドヤ顔しておく。

 

「わあ、凄いですね! それが魔剣ですか?」

 

 あれぇ? 何故か生暖かい目で見られてる気がするんですが……最近の中学生ってこう言うの好きじゃないのか? まさかチュウニビョウは死語なのか!?

 

 滅茶苦茶恥ずかしくなった俺は、思わず赤面したのが分かってしまう。

 

「そ、そうかな……」

 

「その魔剣の由来聞きたいです!」

 

 いやいや、俺が恥ずかしがってるの分かって聞いてるよね!?

 

「いや、それはまた今度……」

 

 ところがターニャちゃんはカップを脇に寄せ、さも聞く態勢になりました!って目をキラキラさせて此方を見てくるのだ。可愛い……じゃなくって!

 

「魔剣って、やっぱり魔法と剣の両方が使えるからですか?」

 

 やめてくれー! 二つ名を自分で説明するなんて恥ずかし過ぎるって!

 

「そ、そうです。剣に魔力を纏わせて戦うから……かな? あと魔法もそこそこ使えるから……」

 

()()()()()()()()()()()()態々二つ名が付くと言う事は、余程鍛えられた技術なんですね!」

 

 キミさっきまで感嘆詞なんて使わない感じだったじゃん! キャラ変わってない!? 生暖かい視線から逃げる為にも、思わずお茶に手を伸ばすしかない。何か探る様な感じもしたけど気のせいかな。

 

「うん、小さな頃から少しずつね」

 

「小さな頃? 失礼ですがジルさんは御幾つなんですか?」

 

「22歳だけど、どうかした?」

 

「ご出身は?」

 

「ん? この国じゃないよ。バンバルボアって言う国で随分遠いかな?」

 

「そうですか」

 

 ターニャちゃんは何かを考える様に目を伏せたが、何だろう?

 

「気になる事でもあった?」

 

「いえ、ジルさん綺麗だから気になって」

 

 ふむ? ま、いっか。綺麗なの事実だし!

 

「あら、ありがとう。じゃあそろそろ行こっか?」

 

「はい」

 

 代金とチップをティーサーバーの下に挟んだ俺は、お着替えに意識を向ける。行くならあの店からだな。俺自身にされるのは辟易するが、あの人ならターニャちゃんの可愛いさに黙っている筈はない。今のところTSに戸惑いが少ないこの子も困り果てるだろう、ククク。

 

 帰り際、厨房の片隅で先程の店員が怒られてるのが見えた。まあ、頑張りたまえよ。

 

 俺はターニャちゃんの柔らかい手を握りしめ、街に繰り出すのに忙しいからね!

 

 

 

 

  



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お姉様、街を散策する

 

 

 

 

 

 

 

「ジル、美味しい肉が入ったぜ!」

「魔力銀製ナイフが入荷したよ!」

「ジルさん!注文してた茶葉が入りました。あとで取りに来ませんか?」

「ジル、此間の薬ありがとな。お陰で爺様も痛みが取れたって大喜びだ」

「相変わらずいい尻だ……」

 

 ……最後の奴、またお前かよ! 顔は覚えてるからな!

 

 笑顔を振り撒きつつ俺達は街の中心部を練り歩く。承認欲求を十二分に味合わせてくれる街歩きは、非常に大好きだ。お土産も沢山手に入るし、それだけで1日の御飯が手に入る程。当然偶に恩返しもするので、俺の人気は留まることを知らない。

 

 アートリスに来た頃はナンパも激しく遇らうのに苦労したが、超級冒険者の俺に声を掛ける馬鹿は随分減った。まあ、ゼロではないが。

 

「ジル、その可愛い子は誰だい? 変わった服といい何処か別の国から来たんだろ?」

 

 そんな俺が手を繋いで歩く少女がいれば気になって当然だろう。よく寄らせて貰う雑貨屋のおばさんが自然に聞いてくる。

 

「今度一緒に住む事になったターニャちゃんです。おば様? 後で揃えたい物があるので、また来ますね」

 

 一緒に住む……そのキーワードに一瞬周りが騒つく。

 

 今まで孤高の女冒険者だった俺の、突然の同棲宣言に皆が驚いたのだろう。いや、同性だけどね。見た目も中身も! 言葉にすると俺キモいな……考えるのはやめよう。

 

「へえ、そうなのかい。ターニャちゃん、宜しくね。私はこの店の看板オババ、マリシュカさ。ジルの妹分なら何時でも安くして上げるからね!」

 

 看板娘という寒い台詞を言わないだけ良かったが、看板オババとは新しいな。

 

「マリシュカさん、ありがとうございます。ターニャと言います。まだこの街に来たばかりなので、御迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします」 

 

 日本では良く出来た子だねぇと感心される位だろうが、この世界では異常と言っていい返しだった。頭までちょこんと下げられては、変わった挨拶の仕方だなとは済まない。周りも固まったし、案の定マリシュカは俺の腕を引っ張ってターニャちゃんから引き離した。

 

「ジル、貴族様ならちゃんと教えておくれよ! 失礼があったら大変じゃないか!」

 

「いや……貴族と言うか……事情がありまして。兎に角心配する様な事にはならないですから、安心して下さい」

 

 実際貴族だったらこの対応すら良くないですよ、マリシュカさん。

 

 しかし設定を考えて無かったし、説明も面倒くさい。余り続く様なら考えよう。今重要なのは、ターニャちゃんが俺の保護下にある事を知らしめる事だ。いつも張り付いている訳にもいかないし、危険性は少しでも減らしておきたい。

 

 マリシュカは俺の中でアートリスの看板オババならぬ、拡声器オババだ。彼女が知れば一晩でアートリス全域に伝わるのだ! ツェツエ王国の魔素伝達網を超えるとの噂もある……流石に冗談だと思いたい。

 

「妹分と言うか、実質妹と言っていい子なので私からもお願いします。あっ、血は繋がってないですから」

 

 よし、これで大丈夫だろう。後で上手く話すつもりだったが一手間省けたぞ。

 

「そりゃ見たら分かるよ。あの子も綺麗だけど流石にアンタ程じゃないし、髪も眼も違いすぎじゃないか。それにジルから見た目以外貴族様らしいとこなんて感じないからね! ハハハ!」

 

 色々と失礼なオババだな! 今度思い切り値切ってやる! それにターニャちゃんは原石なんだ、服とか整えて驚かせてやるぜ!

 

「おば様、失礼ですよ!」

 

「だって本当の事じゃないか! ハッハッハッ!」

 

「全く……」

 

 周りで聞き耳を立てていた連中も、明るい雰囲気に何かを察したのだろう。一様にホッとした様子だった。

 

 何処か憎めないマリシュカにジト目を送ったあと、二人で店先に戻ろうと振り返った。

 

「……ん?」

 

 視線の先にはターニャちゃんに絡む3人の男達がいるし。

 

 ええ……? 今はそういうの要らないんですが……出来ればターニャちゃんに魔法を教えた後が良かったなあ。絡まれながら男心もわかっちゃうターニャちゃん……遠慮しがちに断っても引き下がらないアホ達、そして仕方なく魔法でお仕置きするまでが決まりじゃん。

 

 ていうか、今の周りの雰囲気分かってないのかよ。恐らく他国から流れてきた冒険者だろうなあ。汚いし髭もじゃだし、装備も整えてない。高くてもクオーツか下手したらスカベンジャーかもなぁ。

 

 此方からはターニャちゃんの背中しか見えないが、きっと怖がっているだろう。ここは格好良いお姉さんの登場で済ましておくか。

 

「ちょっとアナタたち……」

 

 バキッ! ブオン! ドグッ! ガキン!

 

 ……いや、だってホントにそんな音がしたからね?

 

 背中越しだけど見えたし。

 

 真ん中の男が腰から鞘ごと外し自慢気に見せた小剣を、躊躇せずにターニャちゃんは上に引き抜いた。その勢いのまま男の顎をボンメル、つまり柄頭で撃ち抜いたのがバキ!で。ブオン!ドグ!は更に剣を持った自身の腕を巻き込む様に振り回して勢い良く剣の腹を隣の男に当てた音。ガキン! 狙いが逸れたのか、最後の男の脛当てに当たった音です。はい。

 

「えぇ……」

 

 歩き出した俺は思わず立ち止まり、持ち上げた手すら固まったままだよ。

 

「痛えっ……この餓鬼が、よくも兄貴達を!」

 

 よくも兄貴達をって……そんな嘘みたいな台詞を真面目に聞く事になるとは、笑いが我慢出来るかな?

 

 て言うかターニャちゃん、なんか手慣れてないですか!?

 

 ターニャちゃんは終わらせるつもりだったのか、身体が泳いだままで防御も躱す事も難しいだろう。痺れたのか小剣も地面に落ちてしまっている。

 

「はいはい、そこまでです」

 

 出鼻を挫かれた気がするが当初の目的をクリアしよう。

 

 3人目の男が振り上げた腕を右手で留め、残り二人の様子を伺う。二人とも意識はあるが、顎と脇腹を押さえて呻き声を上げている。余程上手くしないとこんなダメージ入らないけどなぁ……油断してたとはいえ魔力強化なしなら尚更だよ。

 

「なんだテメェ!邪魔すんな!」

 

 俺の顔と全身を見た雑魚キャラCは、直ぐにダラしなく表情を崩して此方に向き直った。因みに呻いてる二人がA,Bね。

 

「なんだ? お前が代わりに責任を取ってくれるのか? ああん!?」

 

「責任も何も絡んだアナタ達が悪いんでしょう? この子が可愛いからって無理矢理は駄目ですよ」

 

 無理矢理じゃなければいいよ? 俺の目の前が条件だけど。口説かれて困り顔のターニャちゃんも見たいからね。

 

「ああ!? なに難癖つけてんだ!」

 

 魔力強化した俺の力に腕を振り解く事も出来ずに、少しだけ焦った様子の雑魚キャラC。まあ、確かに全部を見ていた訳ではないな。

 

「ターニャちゃん、これって難癖?」

 

「いえ、間違いなく無理矢理連れて行かれそうでした」

 

「だそうです」

 

 このまま立ち去れば……とか言う無駄はしない。二度と悪さしない様釘も刺さないといけないからね。

 

「このツェツエ王国では子女誘拐は死罪ですよ? 未遂とは言え許される事ではありません」

 

「誘拐って何だよ! 少しだけ遊ぼうとしただけだろうが!」

 

「あら? 簡単に自供してくれてありがとうございます。まあ、此処で私を倒して逃げれば何とかなるかもしれませんね」

 

 この辺りから周りは距離を取り始めて鑑賞スタイルに移行している。分かっているけど他人事過ぎない?

 雑魚キャラCは少しだけ考える素振りをしたが、腹を決めたのだろう。少ないチャンスに賭けるみたいだ。残念ながら僅かな可能性も無いけどね。

 

 此処で倒れていたABも何とか立ち上がり、参戦するみたいだな。3人になり強気になったのかCも余裕の表情に戻る。

 

 ふふふ……久しぶりに人相手の無双だぜ。ターニャちゃんだけでなく、みんなも注目だよ!

 

「やったな、久しぶりに超級冒険者の戦いが見れるぜ」

「魔剣少しだけでも見せてくれるかな?」

「いや街中だし剣は抜かないだろ、魔力強化で一瞬で終わりだな」

「何秒持つか賭けるか?」

「馬鹿、賭けにならねぇよ。一瞬をどうやって計るんだよ」

 

 あっ……やばい。

 

 雑魚キャラさん達が不安そうに顔を見合わせてるぞ……ほらこっちだよー、超絶美人のジルさんだよー。

 

「超級ってまさか……」

「ああ……馬鹿みたいに美人な若い女で、ドラゴンすら斬れる魔剣使い……」

「白金の髪は珍しくないが、水色の瞳を見たら逆らうなって……」

 

 揃って俺の眼を見て、顔色が真っ青を通り越して白くなったし……

 

「超級冒険者、魔剣のジル?」

 

 あちゃー……。

 

「「う、うわーー!」」

 

「こらー! 今度この子にちょっかい掛けたら許さな……」

 

 地面に再び剣を放り投げると、直ぐに通りの角から姿を消し走り去って行った。

 

 またも持ち上げた腕はそのままになり、観衆からは何故か憐憫の眼差しが送られて来る。いや、皆んなのせいだからね!? しかもターニャちゃん、何か面白いものを見た的な顔してるし……。

 

「……お騒がせしました」

 

 漸く下ろせた腕はダランと力無く垂れるのみ。腹立たしい事に風まで吹いてピューと音を立ててくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな助けてくれても良かったじゃないですか……お二人なんて昔コランダムまで達した冒険者だったんでしょう?」

 

 刃物屋と肉屋の親父達は確か冒険者上がりの筈だ。あの位の雑魚なら引退したとは言え片手で捻る事も出来ただろう。

 

「スマンスマン。この娘、ターニャちゃんだっけ? あしらい方も上手い、更に余裕もありそうだったからな。それにジルの知り合いならさぞ強いと思ってたし、お前も近くにいたから……勿論いざって時は助けるつもりだったぞ? なあ?」

 

「ああ、その通りだよ。実際凄い腕前だし……流石に魔剣ジルの妹分だね」

 

 くそー……そう言われたら反論出来ないな。

 

 まあ、結果的にターニャちゃんに怪我も無かった訳だから良しとしよう。

 

「ジル! 急ぎの用事じゃなかったら先に寄っていきな。ついでにお茶でも飲んで落ち着いたらどうだい? お昼も一緒にね!」

 

 マリシュカから大声を張り上げての有難いお誘いの言葉を頂いた。選んだ商品は取り置いて上げるし、後で取りに来ればいいと言われれば断わる理由も無い。それに今から服を選んでいたら中途半端な時間になるだろう。

 

「ターニャちゃん、それでもいい?」

 

「はい、御馳走になりましょう」

 

 素直な返事に思わず笑顔になるが、さっきの大立ち回りの説明して貰うからね? 大の男達相手に怪我までさせて動揺なしとか普通じゃないから! それとも俺が転生して22年の間に日本は戦国時代に逆戻りでもしたのだろうか? そんな下らない事を考えながら、雑貨屋の扉を潜る。

 

 先を歩くターニャちゃんの背中は小さな少女にしか見えなかった。

 

 

 

 

 



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お姉様、お着替えを愉しむ

コメント、お気に入り登録ありがとうございます。
お着替え会です。


 

 

 

 

 

 うむ、美味い。

 

 マリシュカの店は住居兼店舗になっていて、奥にある扉から生活空間へ移動出来る。勿論玄関は別にある様だが、今は殆ど使ってないらしい。

 

 扉を開けて直ぐの場所は日本で言う土間になっていて、テーブルと椅子、採光用の丸窓、簡易的な水回りが目に入る。これは所謂井戸端会議ならぬ土間会議用に準備されているのだろう。日頃からお喋りに興じているのが丸分かりな使用感だ。

 

「ジル、そのお茶美味いだろう?」

 

「はい、香りも良いですし、不思議と何処か懐かしい感じもして美味しいです」

 

「そうかい! 凄く珍しい茶葉でね……別の大陸から来たモノだから、なかなか飲めるものじゃないよ!」

 

 ターニャちゃんはフーッっと息を吹き掛けて熱を逃がしている様だ……可愛い。

 

「……別の大陸ですか?」

 

 マリシュカは全身からドヤ感を醸し出しながら、ニヤリと腕を組んだ。俺もそれを見ながらお茶を舌で転がす。

 

「知り合い繋がりで土産を貰ったのさ! バンバルボア帝国産の特級茶葉らしいよ」

 

 ブーーッ!

 

 俺の生まれ故郷であり出奔して来た国の名前が思わぬ所から出て来て、口に含んだお茶を吹き出してしまった。あんな遠いところからどうやって!?

 

「何だい汚いね! 幾ら綺麗な顔してても、そういう所が貴族らしくないって判るんだよ!」

 

「けほっけほっ……す、すいません。少し気管に入ったみたいで……」

 

 学ランに入っていたのだろう青色のハンカチをさり気なく渡してくるターニャちゃん。キミ、モテたでしょう? うぅ……その上目遣いタマラン……。

 

「ありがとう、ターニャちゃん」

 

「いえ……バンバルボアと言えばジルさんの生まれ故郷ですね?」

 

 うっ……絶対内緒でもないけど、余り広めたくも無い情報だ。

 

「そ、そうだったかな? まあ、その話はいいとして……」

 

「ジルの生まれ故郷だって!? そりゃ新しい情報だね! 皆が詳しく聞きたがるよ!」

 

 ヒィ……アートリスの拡声機ババアに知られたら明日にも街全域に伝わってしまうぞ!? 街中はまだ良いが、本国の奴等に伝わる可能性は消さなくては! 今の俺の立場上時間の問題なのは分かっているが、態々早めたりしたくない!

 

「おば様……バンバルボアの件は聞かなかった事にして貰えませんか? その……色々とあって余り知られたくないんです」

 

「……そうなのかい? ふーん、まあ其れならしょうがないね。誰にも秘密はあるし、美人なら尚更さ」

 

 頼むぞ……ホントに。

 

 ふと横を視線を送るとターニャちゃんが此方をジッと見ていた。直ぐに目を逸らしたが、何処か観察してるようで怖くね!?

 

「そういえば……」

 

 バンバルボア帝国産のお茶とやらで再び喉を潤すと、ターニャちゃんに聞かないといけない事を思い出した。

 

「ターニャちゃん、さっきの事だけど」

 

「はい、何でしょう?」

 

 ターニャちゃんは手に持ったカップをテーブルに置き、此方に耳を傾けてくれた。

 

「ほら、三人組に上手に反撃してたじゃない? なんて言うか、手慣れてるなぁって」

 

 正に流れる様な動きで三人中二人を戦闘不能にしたのだ。三人目すら僅かに狙いが逸れただけで、結果は変わっていたのかもしれない。

 

「……そうですね、彼等が何度か私の身体に触れようとして凄く不愉快になったんです。どうも勝手に触られるのが嫌みたいです、私。何故あんな事が出来たのかは分かりません」

 

 ……森からアートリスに帰るまで、ずっと手を握ってたんですが……勝手に。あわわわ……もしかして嫌だったのか? 謝った方が良いのか!?

 

「ターニャちゃん、ゴメンね? 知らずに森からずっと手を繋いで……」

 

 ターニャちゃんはキョトンと俺を見た後、両手で口を押さえて吹き出した。

 

「ブフッ!! ふふふ……ジルさん、面白い人ですねぇ。ジルさんに触られるのか嫌な訳ないじゃないですか! 嫌ならとっくに逃げてますから! ふふふ……ハハハ!」

 

「そ、そう? 良かった」

 

「そうですよ、()()()

 

「お姉様!?」

 

 完全に遊んでるよね!? 目が笑ってるから!

 

 調子狂うなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おば様、また後で来ますね。選んだ商品お願いします」

 

「あいよ、纏めておくから帰りに取りに来な。おまけも付けとくから楽しみにね!」

 

「おまけですか? ありがとうございます」

 

 礼をする俺を見たマリシュカは、ニヤリとした後ターニャちゃんに話し掛けた。

 

「ターニャちゃん、ジルを頼むよ? この娘、自分ではしっかり者と思ってるけど、はっきり言っておバカだからね。戦う力は最高らしいけど、女として抜けてるところが沢山あるんだから……」

 

「ちょっと……おば様?」

 

 失礼なオババだな! 俺の何処がおバカだって!?

 

「はい、任されました。お姉様は私がしっかりと見ておきますので……弄り甲斐ありますし……」

 

「ターニャちゃん? 何か不穏な言葉が聞こえたんだけど!? て言うか、二人とも失礼ですよ!」

 

「冗談ですよ、お姉様。私は右も左も分からない余所者ですから、お姉様が頼りなんです。どうかよろしくお願いします」

 

 神妙な表情で頭を下げて、チラッと上目遣い。

 

「そう? まあ、このジルに任せておけば大丈夫だからね! さあ、行きましょうか!」

 

「ちょろい」

 

 何か聞こえた気がするが、可愛いターニャちゃんに頼られたからには頑張るしかないでしょう!

 

 まだ大事な用事が残ってるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界転移、或いは転生。

 

 現代日本とは違うその世界は、剣と魔法の力が席巻している。送り出された世界に順応し、特有の知識を以って無双する彼等は正にヒーローだ。

 

 魔物相手に魔法をぶっ放し、剣を振り回す。そのなんと気持ち良いことか。人々から称賛と羨望の眼差しを受ければ、脳内に快楽物質が溢れ満ちて絶頂を迎える。

 

 TS転生……男性の自意識を持ちながらも女性へと転じた俺は、自らの隠された願望が爆発した。

 

 蛹が美しい蝶に変わる様に、自身の理想を自身に課したのだ。魔力は万能では無いが、理想の追求には随分と役に立った。ジルは大空へ羽ばたき、俺以外は誰一人手の届かない高みへと達した。

 

 そして今……更なる夢へ向かい、俺は"挑戦"を始めたのだ。

 

 

 

 

「ターニャちゃん、下着と服を揃えないとね? 私のお勧めのお店に行きましょう」

 

 遂に……遂にこの時が来た……俺的TSイベントTOP3の一つ、[お着替え]だ!

 

 ターニャちゃんは俺の知る中学生とは少しだけ違う様だが、所詮は子供。思春期真盛りであろう元男の子現女の子には刺激が強過ぎるかもしれない。だがそれこそが俺の"挑戦"には重要なのだ。

 

 ターニャちゃんが生まれて初めての下着を装着し、やはり初めてであろう女の子の服に袖を通す。

 

 恥ずかしいだろう、他人に見られたく無いだろう。

 

 ターニャちゃんがプニプニの頬を紅く染め、プルプルと震えて恥じらいを覚えるのを見たい! ククク……予定と違い俺が弄られていた気がするが、それも此処までよ……あの店は直ぐ其処だ。

 

 

「さあ、このお店だよ。パルメさん、居ますかー? お客さんですよー?」

 

 ーー此処は「パルメの店」

 

 たった一人、僅か20歳で衣料店を開いたのはパルメさんだ。開店から10年近く経ち、今やツェツエ王国では名の知れた場所となった。ほぼ全てが女性用の衣服で、パルメさん自らがデザインと縫製を行なった商品も数多い。

 

「あら? 滅多に来てくれないからギルドに依頼を出そうとしてたのに……手間が省けたわ」

 

 色鮮やかな生地や布地が整頓された棚の向こう側から、銀髪の頭をひょっこりと覗かせた人こそパルメさんだ。何時もの白いエプロン姿で、何かを裁縫していたのだろう。手には針と毛糸らしき物が握られている。

 

「依頼って何ですか……?」

 

「新作のモデルに決まってるじゃない! 貴女程の逸材は探しても居ないから、アイデアばかり溢れて大変なのよ?」

 

「冒険者ギルドにそんな依頼出さないで下さい! 冒険者らしい依頼しか受けませんからね!?」

 

「はあ!? 私にとっては冒険と一緒よ! ジルと呼ばれる秘境への旅路を馬鹿にしないでくれる!?」

 

「そんな秘境は無いですから!」

 

 折角の綺麗系お姉さんのパルメさんなのだが、少し残念な人なのだ。ターニャちゃん……お前も仲間だろうって視線やめてくれない?

 

 ハアハアと息を荒げる私達にターニャちゃんからそんな冷ややかな視線を感じる。拙い……またペースが乱れてるぞ……

 

「……パルメさん、今日はそんな用事で来た訳じゃ無いんです。この娘、ターニャちゃんの服を揃えたくて」

 

「そんなの最初から分かってるわよ」

 

 このぉ……絶対値引きさせてやる!

 

「お姉様、終わりました? パルメさん、ターニャです。よろしくお願いします」

 

「あの……ターニャちゃん、何か私に冷たくない?」

 

 学校の出し物じゃないからね!?

 

「ターニャちゃんね? ようこそパルメの店へ。とりあえず、ジルで遊ぶのは此処までにしておくわ」

 

「パルメさんまで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれぇ……?」

 

 目の前でパルメさんは真剣な眼差しを送っている。

 

 ターニャちゃんはブルーとグレーの下着を両手に持ち、角度を変えたりしながら吟味している様だ。俺的お勧めのピンクや白には目もくれず、かと言って可愛らしさも忘れていない。

 

「パルメさん。私は成長もまだですし、どうなるかも分かりませんよ?」

 

「これからサイズも変わっていくわ。窮屈な物より柔らかく包む物を選びなさい。その生地は伸縮するし、肌触りも良いでしょう? 今は無理に形を整えたり、支えたりするのは要らない。合わなくなったらジルにどんどん買わせればいいから」

 

「成る程……試着はして大丈夫でしょうか?」

 

「ターニャちゃん、普通はお金を貰わないと駄目だけど特別に許可するわ。条件付だけどね」

 

 パルメさんはターニャちゃんの耳に口を寄せて何かを呟いている様だ。うんうんと頷くターニャちゃんはニッコリと笑い、勿論大歓迎ですと返事をした。

 

 ……なんの相談だろう?

 

 因みに現代日本と違い、試着は普通行わない。各家庭で購入した物を調整するのが当たり前だからだ。そもそもサイズに種類が無い。全く同じ種類の服に複数のサイズなど有りはしないのだ。

 

 勿論貴族は別だ。屋敷や城に人を呼びつけオーダーメイドするし、一度着たら二度と袖を通さない事も良くある。

 

「よし、此処だとアレだからあのカーテンの向こう側で試着してみて。確認するから着たら呼んでね?」

 

「分かりました。お姉様、何枚くらい買えば良いでしょうか?」

 

「……う、うん? そ、そうね……気に入ったのが有れば何枚でもいいけど」

 

「お姉様、そういう訳にはいきません。最低限で充分ですから」

 

「ターニャちゃん、ジルに経済観念を期待しちゃ駄目よ。ジルと一緒に住むのよね? ならアレがあるからとりあえず5,6枚で大丈夫でしょ」

 

「アレですか?」

 

「ジルの反則技よ。魔力を利用した洗浄装置で乾燥までしてくれる理不尽で巫山戯た代物よ」

 

 ターニャちゃんは洗濯機と小さく呟き、カーテンの向こう側へ消えていった。

 

「ほら、アンタも選んであげなさいよ? その手に持ってる生地は却下で」

 

 サテンのピンクが駄目だと!?

 

「サテンは吸水性も強度も弱いのよ? 肌触りは良いだろうけど取り扱いも難しいし、あの子にはまだ早いわ。最初に選ぶのがソレって、アンタ相変わらず男みたいで残念な子……まあ、ドレス位なら良いけどね」

 

 ……確かに俺目線で選んでいた事は否定出来ない。だって大人と少女のギャップが見たかったんだ……変態と呼ばれても構わない。

 

「ジル……貴女はとんでもない美人よ。スタイルも完璧と言っていいし、どんな衣装も着こなすでしょう。でも、凄く残念なの。貴女は残念美人だと自覚しなさい」

 

「パルメさん、さっきから酷くないですか!? ほら、今も頑張って選んだの着てますから!」

 

「ソレは冒険者の装備でしょう。貴女、装備のセンスは良いから。頑張ったわ、偉い偉い」

 

「パルメさん、着ました。確認して貰って良いですか?」

 

「了解。ジルも確認しなさい、お姉様なんでしょう?」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 可愛い、凄く可愛い。身体の凹凸は少なく、如何にも子供らしい体型は非常に可愛らしい。選んだ下着も丁度いいみたいだ。当たり前だが色気などは全く感じない。俺は前世でも子供を育てた経験は持たないが、親心とはこんな感じなのだろうか?

 

 パルメさんも少し確認しただけで、問題ないわねとすぐにターニャちゃんから離れた。

 

「お姉様、これにします。パルメさん、さっきのグレーとブルー系で揃えたいと思います」

 

「それだけじゃ駄目よ。お姉様はピンクが好きみたいだから少しだけ付き合って上げなさい」

 

「ピンクですか? 如何にもですねぇ……」

 

 ターニャちゃんの発した言葉の後半は聞こえなかったが、ピンク色も手に取ってくれた。

 

 次は服ですねと、ブルーの下着姿で仁王立ちのターニャちゃん。

 

 

 

 可愛いよ? 益々好きになりましたよ?

 

 でも、俺の挑戦はどうなったん?

 

 紅く染まった頬とプルプルと震える恥じらいは何処に?

 

 

 

 

 

「あれぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、お姉様の願いが叶う!


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お姉様、お着替えを愉し……む?

今回が本当のお着替え会?


 

 

 

 

 この世界には大陸が3つあり、他にも大小様々な島々が点在する。

 

 最も巨大な大陸は北部に浮かび、天を突き刺す如き山脈が南北に横断している。剣に例えられるその山脈も関係しているのか、非常に寒冷な気候は人々を寄せ付けない。この大陸を支配しているのは所謂[魔族]で、人種には到底及ばない化け物が徘徊しているのだ。現在は人に融和的な魔王の治世の為、人魔大戦も過去の話となっている。

 

 そして残る二つの大陸は人種が支配しており、それぞれに覇権を誇る大国が存在する。

 

 俺が住む[ツェツエ王国]が正にその一つで、温暖な気候と肥沃な大地、豊富な水源と多種多様な生物、ある意味で楽園と言って良い国だろう。更には周辺の諸国とも良好な関係を築き、争いや戦争などは気配すら感じない。

 

 勿論どの大陸にも強さに差はあれど魔物がいる。だが冒険者を筆頭に対策は講じられており、台風や地震と同じ災害の一種として日常に溶け込んでいる。

 

 因みに、もう一つの大陸で覇権を握る国があるが、そっちは関係ない。えっ?名前? 別にどうでも……あっ、はい……名前は[バンバルボア帝国]です……

 

 とにかく、今は俺が住むツェツエ王国の話なのだ。

 

 大事な事がある。

 

 それは温暖な気候であるが故に、男女問わずに肌の露出に寛容である事だ。その為街を歩く女性達は眩しい素肌を隠す事もせずに、目の保養に貢献してくれる。

 

 当然パルメさんがデザインする数々の作品も、大変好ましいものばかりだ。名前こそ違うが「ミニスカート」や「ショートパンツ」なども存在する。下着への拘りも強く、大変素晴らしいモノが沢山ある。本当にありがとうございます。

 

 俺の場合、自らを利用して目の保養を用意出来るが、やっぱり他の女性達である事が重要なのだ。

 

 因みに男達も同様ではあるが、そっちはどうでもいい。

 

 さて、パルメさんが用意してくれた服達を見てみよう。

 

 ターニャちゃんはまだ成長過程にいて、女性よりは少女と言っていいだろう。俺と違い女性らしい柔らかな曲線も無く、上からストンと絶壁が続く寸胴体型だ。だが、その辺にいる悪餓鬼とは違い可愛いから大丈夫……寧ろそれがいい。

 

 目の前に並べられたパルメさん謹製の作品達……そのどれもが大変素晴らしく、ターニャちゃんの細い太ももや眩しい鎖骨辺りもバッチリです。

 

 俺が夢見た「TSイベントTOP3」とは少し違ったが、すっごく可愛いから良しとしよう。

 

 恥じらいプルプルは次の機会を利用すれば良い。TOP3の一つ、お風呂イベントがまだ残っているのだから!

 

 

 

 

 シャッ!

 

 最後の一着を着たターニャちゃんがカーテンを開けて登場した。ふむ……アリ、だな。

 

 散々肌の露出を脳内で語っておいて何だが、コレも良い……いや、最高では?

 

 元の世界でサロペットと呼ばれる衣類がある。確か英語のオーバーオールと同義となる単語だ。語源としては「汚い」「汚れた」などで所謂作業着が元とされる。服飾界ではオーバーオールとは分けられており、背中側にはクロスした肩紐しか存在しないタイプを指すらしい。胸当てとサスペンダーが付いたズボンの事で[オールインワン]とも称される。違ってたらゴメン。

 

「お姉様、どうですか?」

 

 先程決めた下着の上に真っ白なシャツを着ている様だ。肘まで折り畳まれた袖から細い腕が伸びている。その上からサロペットを着ており、背中は露出していない。

 

「……最高。さっきのミニも可愛いけど、こっちも好きかも」

 

 ボーイッシュな装いに変わり、髪がショートのターニャちゃんに良く似合っている。くっ……こんな少女にチラ見せのエロを求めていた俺は馬鹿だった! 無茶苦茶可愛いじゃねーか!!

 

「ジル、この帽子も合わせましょう。きっと似合うと思うわ」

 

 パルメさんがターニャちゃんに被せた帽子はキャスケットだ。頭部は風船の様に膨らみ、短めのひさしが付いている。

 

「パルメさん……これも買います。今まで着た分も全部下さい……」

 

 パルメさんの店に連れて来て良かった。基本一点物ばかりの為、かなりの出費になるだろう。だが其れがどうした!こんな幸せな気持ちになれるなら安い物だぜ!

 

「……お姉様、全部買うんですか?」

 

「そうよ? だってみんな可愛いし、似合ってるから!」

 

「でも……」

 

「ターニャちゃん、さっきも言ったけどジルにまともな経済観念は期待しちゃ駄目よ? 気にせずに受け取ってしまいなさい。超級冒険者の収入は普通じゃないし、ジルも楽しんでるのよ、ね?」

 

 うっ!? まさか俺の欲望に気付いた!?

 

「え、ええ……ターニャちゃん、気にしないでね?」

 

「そうですか……」

 

 食事の時といい、ターニャちゃんはしっかりしてるなぁ……

 

「あの、お姉様? 我儘ついでにお願いしていいですか?」

 

 お? ターニャちゃんからお願い事? 勿論!

 

「遠慮なんてしないでいいの。ターニャちゃんは私の妹になったんだから、お姉さんに任せて? なんならこの店を買い取ろっか?」

 

「ジル……あとで覚えときなさいよ……」

 

 パルメさんが何か言ってるが、気にならない。

 

「私、お姉様とお揃いの服を着たいです。この服と同じモノでお揃いにしませんか?」

 

「お揃い? そんな事でいいの? お店買っちゃうよ?」

 

「売らねーよ……」

 

「はい、お揃いがいいんです。早速試着しましょう!」

 

「……えっ!? 試着はいいんじゃないかな? ほら、今は冒険者の装備してるし、着替えるの時間掛かるから」

 

「大丈夫です! パルメさん良いですか?」

 

 ターニャちゃんは何故かウインクしてパルメさんにお願いした。

 

「……ん? あ、ああ! 勿論良いよ。ジル、ゆっくり着替えなさい。その間に用事を済ませて来るから、お店をお願いね?」

 

 俺に合うサイズのサロペットとシャツを押し付けて、パルメさんはお店を出て行った。

 

「……ええ? お店をお願いって……」

 

「さあ、お姉様。お店は私が見ておきますから、着替えて下さい」

 

 背中をグイグイと押されて、カーテンの向こう側に押し込まれてしまった。

 

「ターニャちゃん。服に見えるかもしれないけど、これは鎧みたいな物で脱ぐのに時間が要るのよ? 無理に今日じゃなくても……」

 

 魔力銀の金属糸を特殊な技法で編んだこの服は、魔力を通す事で柔軟性を失わないままに金属鎧を超える強度を誇るのだ。その繊細な魔力操作は俺にしか出来ない為、実質俺専用と言っていい。

 

 首から胸を覆い、下半身まで一体で編まれており、脱ぐのにも幾つかの工程を踏む必要がある。下半身はショートパンツと同じ形状をしており、眩しい絶対領域は確保済みである。

 

 全体的に黒で統一されているが、銀色に染めた糸を使い、肩から両腿まで縦に線が入っている。肩から先の両腕も露出しているが、俺の魔法防御を突破出来る者など殆どいないから関係ない。首には十字をしたペンダントも掛かっていて、可愛格好いいを目指したお気に入りだ。

 

「駄目ですか……?」

 

 好みの少女に涙目で上目遣いされて、断れる男がいるだろうか? て言うか、キミ元男の子だよね!?

 

「……全然大丈夫! 急ぐから待っててね!」

 

 シャッ!

 

 カーテンを閉めて簡易倉庫らしき部屋に来た以上、着替えるしかあるまい。コレ脱ぐのホントに面倒なんだけど……

 

「ハア……」

 

 当初の目的と完全に変わってしまったなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャツのサイズが合わずにターニャちゃんに探して貰ったりして、更に時間が掛かってしまった。胸がキツくてボタンが閉まらないのだから仕方がない。我ながら素晴らしいオッパイですいません。

 

 俺の肢体は上から見ても最高だが、目の前の鏡に写すと堪らない。見飽きてはいるが元男の意識は無くなっておらず、長い脚や細い腰も完璧な比率を保っているのが分かる。

 

「肌もスベスベプニプニで、シミ一つない……やっぱり最高傑作だな。俺自身じゃなければ、惚れてるよマジで」

 

 ブツブツと我ながら気色悪い台詞を吐きながら、漸くターニャちゃんと同じサロペットを整えた。

 

「……うーん……まあ、可愛いといえば可愛いが」

 

 腰まで伸びる白金の髪と、女性にしては高い身長。やはり先程のターニャちゃんの様にしっくり来ない。今の俺にはもう少し大人の装いが似合うと思う。

 

「ターニャちゃん、着てみたけど余り合わないみた……い……」

 

 

「ジルちゃん可愛いーーーー!!」

「女らしいジルもいいが、コレもアリだね!」

「パルメの新作は何時も驚かされるねぇ」

「着てみたいけど、モデルが良過ぎない?」

「サイズ調整すれば何とか……」

「髪は纏めた方が良いかもねー」

「しかし何回見ても綺麗だねぇ、嫉妬も出来ないよ」

「あのシャツは幾ら位かな?」

「良い尻だ……」

 

 

「……は?」

 

 俺の目の前には大勢の女性達が椅子に座り、ジロジロと此方を見ながら騒いでいる。

 

「……え?」

 

 奥の方ではパルメさんとターニャちゃんがガッチリと握手しているのが見えた。

 

 握手を終えたパルメさんが俺の前に陣取ると、女性陣に向かい宣った。

 

「今からパルメの店主催による、新作発表会を始めまーす!! モデルは勿論、ご存知のこの方! 超級冒険者にして、この美貌!このスタイル!何処かお馬鹿で可愛い[魔剣]ジル、その人でーす!!」

 

「「「わーーー!! ジルちゃーん!!」」」

 

 割れんばかりの拍手が俺を襲い、意識が遠のきそうになる。

 

「……パ、パルメさん?」

 

「ジル、次はコレね? あと10、いや11着あるから急いで! 残りはカーテンの向こうに順番に掛けてあるからね。あっ、その前にクルッて回って見せてよね」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

「ほら、急いで! 皆んな待ってるわよ!」

 

 クルッと一回転させられた俺は、ターニャちゃんと同じ様にグイグイとカーテンの向こうに追いやられるとシャッ!とそのカーテンを閉められた。閉められる前の一瞬、鍛えられた俺の眼に一緒に拍手するターニャちゃんが見えたりした。

 

「ジル、妹公認なんだから諦めなさい。既に契約済よ」

 

 カーテンの向こうからパルメさんの小声が聞こえ、脳裏に記憶が蘇る。ターニャちゃんが下着の試着を頼んだ時だ……パルメさんが内緒話をしてターニャちゃんがニッコリと笑って……

 

 渡された服を広げると、殆ど水着か下着同様のカラフルな何かが目に入った。

 

「……えぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新作発表会は盛況の元で終了した。

 

 あの後は呆然としながらも衣装を着た気がするが、イマイチ記憶に残っていない。途中から変なポーズや台詞を言わされたりして、情け無くも赤面してプルプルと震えてしまった。古龍と戦った時も震えたりしなかったのに!!

 

 お尻を突き出したり、胸を両腕で挟んでみたり、女の子座りしてみたり。

 

「好き……」「虐めてください……」「お帰りなさいませ御主人様」とか言った気がするが、きっと夢だろう。

 

 パルメさんの店は開店以来最高の売上となり、製作が間に合わない分は数ヶ月待ちらしい。

 

 ターニャちゃんとの契約内容は、本日の売り上げの10%と買い物分の無料提供。10%分は開催した始めの握手の際に追加で勝ち取ったらしい。その額はコランダム級冒険者の1ヶ月分の働きに相当し、最下級のオーソクレーズ級なら下手したら1年分になるかも知れない。

 

 ターニャちゃんから全てのお金を俺に渡すと言われたが、断るしかないだろう。

 

 余りに散財する俺を見て、何とかお金を返す方法を捻り出したと言われれば、仕方が無いかなと思ってしまう。でも、何処か釈然としない気がする……?

 

「ターニャちゃん、お願いだから最後にしてね?」

 

「お姉様、ごめんなさい。あんな大事になると思ってなくて……今度からちゃんと相談します」

 

 状況に応じてですけど……

 

「ターニャちゃん、何か言った?」

 

「いえ? でもさっきのお姉様、可愛いかったです! 虐めて下さい、とか最高でした!」

 

 また、言わせよう……

 

「ターニャちゃん? やっぱり何か言ってる?」

 

「何も言ってませんよ? 思い出してました、御主人様……とか」

 

「うぅ……止めて……あれは夢だったのよ……」

 

 とぼとぼ歩く俺は、当初の"挑戦"が達成された事を自覚した。TSイベントをクリアしたのが俺という違いはあるが……

 

 

 

 ……俺が、俺がクリアしても面白くない!!

 

 

 

 記憶を消してくれーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 




ジルの挑戦はうまくいった!
良ければコメントなど頂けると有り難いです。
次回はツェツエ王国の勇者が登場!


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お姉様、勇者と再会する

沢山のお気に入り、評価ありがとうございます。吃驚してます。


 

 

 

 

 

 両手に服の詰まった袋を抱えて歩くのは大変だ。マリシュカの店まであと少しだし、大丈夫だけどね。

 

 邪魔になった魔力銀製の剣は、鞘毎ターニャちゃんが両手で胸に抱えてくれている。この剣は魔力を通さなければ軟らかい金属の塊でしか無く、非常に軽い。名前などないが、やはり俺にしか扱えないだろう。魔力調整を間違えれば、赤熱して溶けるか斬れ味が極端に悪化するしかない。と言うか、皮膚すら切れなくなる。まあ、鈍器として多少は使えるか。

 

 しかし、繊細で適切な魔力を安定的に供給すれば斬れないものなど無い魔剣と化すのだ。動き回る戦闘中にそれを成すのは、魔法馬鹿の[魔狂い]すら不可能だろう。

 

 実際に鎧など紙同然だし、古龍のウロコも斬り裂いたりした……あの時はゴメンね古龍ちゃん。

 

 まあ、敢えて名を送るなら「ジルの剣」だろう!!

 

「お姉様、何か楽しい事でもありました?」

 

「……えっ! どうして?」

 

「この剣を見ながら笑ってたので」

 

「そ、そうかな? ターニャちゃん、それ重くない?」

 

「全然重くないです。寧ろ重さを感じないので、こうやって抱き締めてないと不安になります」

 

 重さを感じない? 幾ら魔力銀とはいえ、金属の一種である事に変わりはない。そんな筈は無いのだが……男の子だし強がってるのかな?

 

「無理しなくていいからね? 辛かったらちゃんと言うのよ?」

 

「? いえ、本当に軽いですから」

 

 やっぱり男の子だなぁ。弱い所見せたく無いよね!

 

「そう? じゃあ、おば様……マリシュカさんの店に着いたら荷物を纏めて家に帰りましょう。随分遅くなったし、お腹も空いたでしょう?」

 

 疲れてない?と聞く俺に、疲れたのはお姉様では?と返されたりしながらマリシュカの店に到着した。

 

「ジル!お疲れ様!」

 

 マリシュカは開口一番に労いの言葉を発して、ニヤリと笑う。

 

「おば様? お疲れ様って、どうしたんですか?」

 

「何言ってるんだい! さっきの新作発表会は最高だったよ! 最後の下着なんて女のアタシでもドキッとしたよ?」

 

「……おば様、パルメさんの店に来たんですか?」

 

 う、嘘だろう……?

 

「着いた頃には満杯で、人垣から覗き見るしか無かったけどね。アンタの恥ずかしい格好なんて中々見れないから、よい記念になったよ。アタシももう少し若かったらねぇ……」

 

「ど、どのあたりから……?」

 

「あん? アンタが人差し指を唇に当てて、虐めて下さいって言った辺りからだよ? 歓声が煩くて良く聞こえなかったけどね」

 

 終わった……アートリスが誇る拡声機ババアに知られた以上、明日にも俺の痴態は周知されるだろう……いや、もう既に……?

 

「なに青白い顔してるんだい……安心しなよ。男なんて一人も居なかったし、居たら半殺しだよ」

 

 心配してるのはソコじゃない! いや、それも大事だけれども!

 

「一人だけ変なのが居た気がしますけど……気のせいですかね?」

 

「ターニャちゃん!? お願いだから変な事言わないで!?」

 

 うぅ、暫くはニートしよう。人の噂もなんとやらだ!

 

 

 

 

 

 

 

 アートリスの空は赤く染まっている。

 

 俺達が進む両脇にも明かりが灯り、何処か懐かしい景色を見ている様だ。京都の祇園とは違う筈なのに、ふと舞妓さん達が歩いている気すらしてくる。

 

 仕事が終えた人々は家路を急ぐか、酒を片手に美味しいものを食べにでも行くのだろう。既に微酔いのオッサンの姿もあり、その喧騒はまるで日本に帰ったと錯覚する。

 

 マリシュカが纏めてくれた荷物は服と合わせて抱えられる量では無く、荷馬車に載せ引いて貰っている。此処は大国ツェツエを代表する第二の都市アートリスだ。交通網も思いの外発達しており、荷馬車もその一つとして商人から冒険者まで幅広く利用されているのだ。

 

 ゆっくりと進む荷馬車の後ろを歩きながら、ターニャちゃんは眠そうに目を擦った。

 

「疲れたでしょう? 背負って上げるから、少し寝たらいいわ」

 

 ターニャちゃんの前で腰を下ろした俺は、さっき受け取った剣を剣帯ごと前に回した。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「朝から見知らぬ土地に来て、沢山の人に会ったのだから疲れて当然でしょう? ほら、馬車が先に行っちゃうわ」

 

 まあ、先に行っても止まる場所は分かってるし問題は無い。

 

 少しだけ悩んだみたいだが、結局眠気には勝てないのだろう。背中と手にはターニャちゃんの温かい体温と思った以上に柔らかい太ももが感じられた。

 

 そうして肩に可愛らしい顔をコテンと乗せて、直ぐに規則正しい寝息が聞こえて来る。

 

「ふふっ、やっぱり可愛いな」

 

 魔力強化すら必要のない小さな軽い身体を背中に感じながら、少しだけ先に進んだ荷馬車に追いつく。帰ったらお風呂かな?御飯が先かな? 暫くはソファで眠らせて上げるのもいいだろう。ついでにジルお姉様の膝枕など如何でしょうか? 俺は味わった事が無いけど、きっと天国にいる様に気持ち良いよ?

 

 

 

 

「……あっ、すいません……寝てました?」

 

「まだ、少ししか寝てないよ? お家はまだ先だからもう少し休んでて?」

 

「いえ、もうスッキリしました。ありがとうございます。降ろして貰っていいですか?」

 

「ええー? もう少しこのままでいいじゃない。私も楽しいから付き合って?」

 

「本当に大丈夫ですから……恥ずかしいですし……」

 

 ふと周りを見渡せば、大人達が微笑ましいものを見たなぁと優しい笑顔を浮かべていた。

 

「気にしなくていいのに……さっきの私の恥ずかしさと比べたら大した事ないと思うけど」

 

「ふふっ! そうですね……でも、歩きたいんです。初めての街ですから」

 

 成る程……確かにそんなものかもしれないな。

 

「……残念。今度はお姫様抱っこさせてね?」

 

「お姫様ならジルさん……お姉様の方がお似合いですけど……何処かの国のお姫様だと言われても驚きません」

 

 ターニャちゃんをゆっくりと降ろしながら、どう返答しようかと考えている時だった。

 

「うひゃっ! あっ……ちょっ……あひっ」

 

「お姉様? 急にどうしたんですか?」

 

「タ、ターニャちゃん。大丈夫、何でもな、アッ…ンッ……」

 

 胸を触られ、脇腹をツンツンされ、最後はお尻をペロンと撫でられる……ような感触を覚えた。

 

 こうなった理由も原因も直ぐに分かった俺は、魔力操作により()()を弾く。それと同時に魔素探知を行った。ふん……あれでも隠しているつもりだろうが、この俺には通用しない。まだまだ修行が足りない様だな。

 

「ターニャちゃん、ちょっとだけ待っててね? 直ぐに戻るから、荷馬車が次で止まったところに居てくれるかな? 側に椅子があるから座っててね」

 

「それは構いませんが……あの、本当に大丈夫ですか? なんだか顔も赤いみたいですし」

 

「大丈夫、ちょっと悪戯坊主を捕まえて来るだけだから」

 

「悪戯坊主? お姉様?」

 

 魔力強化を瞬時に行った俺は、ターニャちゃんの言葉を置き去りにしてその場から消えた。

 

 

 

 

 五階建ての屋根の上から見下ろすと、ターニャちゃんがキョロキョロと周りを見渡し俺を探している。僅かに土煙すら立ち昇ったままで、俺がどれだけの速度を出したか判るだろう。

 

「クロエリウス、いえクロ? 悪戯はもう終わりよ? やっぱり貴方にはお仕置きが足りなかったかしら」

 

 振り返るとそこには少年が立っていた。しかし相変わらずの美貌だ。勿論明らかな男の顔立ちではある。小さな身体ながら良く鍛えられた四肢は如何にも男らしい。しかし膝までしかないズボンや、短いネクタイとワイシャツは良いトコの小学生に見える。傾国の美姫ならぬ、美少年だ。

 

「お師匠様、悪戯とは心外です。隙を見つけたら何時でも仕掛けて良いとあの時仰いました」

 

 風に揺れるブロンドは宝石の様で、此方から目を離さない双眼は真っ赤に染まっている。

 

「……何年前の話をしてるのよ! それに私はもう貴方の師匠では無いわ。何度も言ったでしょう?」

 

「いえ、僕の師匠はジルヴァーナさん、貴女以外いません。それに約束を忘れたのですか?」

 

「私の本名は呼ばないでって言ったでしょ……? 約束って何よ?」

 

「僕が魔王を倒したら、結婚すると約束しました! 僕はツェツエ王国の勇者です。まだ修行中の身ではありますが、必ず魔王を討伐してみせます。もっと修行をつけて下さい」

 

 それはお前が小さい頃に冗談で話した事だろう!? クリクリしたお目々の小さな男の子から結婚して下さいと言われたお姉さんは、ふふふ……貴方が大人になったらね?と返すのが定番だろうが! 確かに言ったけれども!

 

「……誤解させたなら謝るわ。私は誰とも結婚する事は無いし、そもそも魔王陛下は悪では無いでしょう?」

 

 あの頃は今以上にはっちゃけてた。自らの美貌に任せてあちこちに色を振り撒き、目の前の様な犠牲者を大量に生み出してしまった。頼むから黒歴史を思い出させないで? お願いだから!

 

「そんな事は関係ありません。貴女は僕のモノで、その為に邪魔は取り除くだけですから」

 

 ヒィ……お前それってストーカーが言うヤツじゃん!

 我ながらヤベェ奴を誕生させてしまった……どないしよ……

 

「とにかく、私は誰とも結婚はしないわ。勿論貴方もよ? 真面目な修行なら受けるけど、さっきの痴漢みたいな真似は辞めてくれる?」

 

「痴漢? 僕は師匠に僅かにも触れたりしていません。修行の一環として魔力操作をしただけです」

 

「魔力操作はともかくとして、何で胸とかお尻周りの魔素を動かすのよ!? 感触だって僅かに伝わっているでしょう!?」

 

 変な技術ばかり上達して! どうしてピンポイントで魔素を動かせる様になってるんだ……

 

 クロは顎に指をあて、フムと頷いた。

 

「な、なによ?」

 

「お師匠様の美しい唇から、胸やお尻などと言う単語が聞けるのは意外と良いモノだな、と」

 

 ……これ、アカンやつじゃん……俺はとんでもない変態を生み出してしまった様だ……前はそこまでおかしくなかったのに。

 

「クロ、やっぱりお仕置きが必要ね。修行をつけて上げるから王都に帰りなさい」

 

「望むところです。先程見せて貰った動きも参考にさせて貰います」

 

「……ん? 魔力強化なんて何度も見てるでしょう?」

 

 下から移動した速度こそ我ながら異常だが、技術そのものは何度も教えたものだ。

 

「あらゆる衣装に身を包み、あれ程の卑猥な言葉を羅列し、胸やお尻を強調した仕草は僕の記憶に焼き付いています。結婚したら、お帰りなさいませ御主人様と言って貰いましょう。虐めて下さいでも良いですが」

 

「……う、う、うわーーー!! 何でお前が知ってるんだよ!! あそこには女しか居なかった筈だろう!? 一体何処に居たんだ!」

 

「漸く昔の言葉遣いに戻りましたね。質問に答えましょう。最前列です、女装は得意技ですから」

 

 こ、殺す……記憶毎消し去るしか方法はない……

 

「おっと……調子に乗り過ぎましたかね。流石の僕も本気のお師匠様相手では瞬殺されてしまいます。此処はプラン変更ですね」

 

 クロはまあまあの速度で魔力強化を行うと、俺の目から視線を逸らした。なんだ? 以前よりはマシだがその程度の強化では相手にはならないぞ。

 

「では、行きます」

 

 そう呟いたクロはやっぱり底々の速度で俺に近づくと、数歩手前で方向転換した。

 

「ん?」

 

 完全に見切っているクロの姿を追うと、ヒョイと屋根から飛び降りた。

 

「はあ? まさか逃げるのか?」

 

 この俺から逃げる事が出来るのは、それこそ魔王陛下くらいだ。まあ、あの人は逃げたりしないだろうが。

 

「あっ! ク、クロ!待って!!」

 

 クロが向かう先が分かった俺は、思った以上に動揺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。お師匠様の一番弟子、クロエリウスです。クロ、と呼んで下さい」

 

「……ターニャです。あの……人違いでは?」

 

「とんでもない! 僕は貴女もよくご存知のジルヴァーナさんに手解きを受けたツェツエ王国の勇……」

 

「……ジルヴァーナ?」

 

「……わーー!! クロ! 余計な事言わないで!」

 

 ちょこんと椅子に座るターニャちゃんの前で魔力強化を切ったクロは、本当に余計な事をベラベラと喋った。

 

「お師匠様、余計な事ではありません。お師匠様の妹なら、僕にとっては兄妹も同じ。しかも魔剣の妹ともなれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()是非、手合わせを願いたいですね」

 

「やめて! ターニャちゃんはごく普通の女の子よ。例え貴方でも許さないわよ!」

 

「まさか! お師匠様の側にいるなら、生半可な覚悟では務まりません。御自身が良くご存知でしょう?」

 

「クロ……私を本気で怒らせたいのね……いいわ、こっちに……」

 

「クロさん? 改めて挨拶させて下さい。ジルさんの妹、ターニャです。今日から()()()一緒に住む事になりました。ね?お姉様?」

 

「え、ええ……そうね。……うひっ」

 

 見ると腰周りをターニャちゃんが抱き寄せていた。

 

 何か……ターニャちゃん怖いんですけど!?

 

「ですから、クロさんも()()()()()()()()()()()()()()()()ただ女の子しかいないですから、そこはお気遣いをお願いします」

 

 ニコリと笑うターニャちゃんだが、目は笑ってない……

 

「ほう……流石はお師匠様が選んだ妹ですね。失礼は詫びましょう。ですが、僕の未来の妻であるジルヴァー……グハッ……」

 

 パタリと倒れピクピクと白目を向いて気絶したクロ……きっと何か発作でも起きたのだろう、多分。

 

「……さあ、ターニャちゃん帰ろっか。お腹空いたし」

 

「……はい。荷馬車を動かして貰いますね?」

 

 ターニャちゃんは態とらしくクロの股間辺りを踏み付けると、近くにある小屋に声を掛けに行った。

 

 クロは何か痙攣も始まったみたいだが、気のせいだ。

 

 ターニャちゃんを怒らせない方が良いと分かったのは収穫だったな……うん。

 

 ……帰ろっと。

 

 

 

 

 



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お姉様、お家に帰る

ほんわか回。


 

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 夕焼け色も遠くに見える尾根、連なる山々の山稜へ淡く消えていく。柔らかなグラデーションは赤から藍、そして闇色へと塗り替えられていった。そして、其れに合わせるように夜空は美しく彩られるのだ。

 

 ターニャちゃんは空を見上げて誰に聞かれるでも無く呟いた。

 

 雲が僅かに浮かぶ夜空は、比喩ではなく星々の宝石箱。

 

 俺も初めてこの世界の空を見上げた時、言葉を紡ぐ事が出来なかったのを思い出す。あの日本から転移して来た者ならば、皆が同じ感動を覚えるのではないだろうか。

 

 隣を歩く少女に倣い、俺も久しぶりにゆっくりと星々の饗宴を眺める事にした。

 

 本当に信じられない量の光だ。赤や青、白や黄金色、指折り数えたのなら永遠に終わらないと確信出来る。だから……この世界に星座など無い。溢れた光が多過ぎて、そこにパターンを見出せないのだ。日本では街の人工的な光と淀んだ大気が邪魔をして、星など殆ど見えなかったのに。

 

 勿論、宇宙の概念はまだ存在していない。それでも、この惑星に寄り添う衛星がいる。青と白のマーブル模様の姉星と、紫紺の妹星だ。妹星は決して姉星から離れたりせず、何時もひっそりと輝く。

 

「そうだね……ターニャちゃんのお陰かな、こんなに綺麗な星空があるの忘れてた……」

 

 生まれ出て22年も経つと、当たり前が増えてしまった。

 

「私のお陰ですか?」

 

「そう、色々と忘れてたの。でも今日一日で沢山の事を思い出せたから」

 

 俺は自然とターニャちゃんの小さな右手を左手で握り、ぼんやりと前を向いた。ターニャちゃんは重ねた手を見て、俺の横顔へ視線を移したのが分かる。

 

 

 ……あれ? 何か恋人同士みたいじゃない?

 

 何か幸せってヤツを凄く感じるんですけど……繋いだ手が少し恥ずかしく思ったり。

 

 パルメさんのお店であった痴態や、それを拡声器ババアに知られた事、変態勇者(クロ)に痴漢されたのも夢だったのでは?

 

 そんな事は煌めく星空の前では些細な事だよね。

 

 決して現実逃避なんかじゃない、うん。

 

 そう、我が家はもう直ぐそこだ。

 

 

 

 

 荷馬車が停留した道端から我が家まで、購入した数々の品を運ぼうとした時だ。

 

 自分の荷物は自分で運びます……そう言ったターニャちゃん。

 

 ところがマリシュカの店で買った荷物は荷馬車から降ろす事が出来ずに断念。仕方なくパルメさんの店で揃えた服に挑戦して、袋にペチャと潰されて救出。それでも諦めず下着類が入った軽い方を、真っ赤な顔をしながら運ぶ。

 

 ふんふんと可愛いらしい鼻息で、うんしょうんしょと運ぶ少女を見てホンワカしない奴はいないだろう?

 

 思わず俺まで鼻息が荒くなって、ターニャちゃんの揺れるお尻を眺めてしまった。ターニャちゃんは何かを感じたのか、ピタリと立ち止まり背後をギロリと睨む。危ねぇ……俺は口笛をヒューヒューと吹き、バッチリ誤魔化した。

 

 残りの荷物は俺が軽々と運び、漸く我が家へ到着です。

 

 ああ、可愛い、可愛いよターニャちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

「ここは今日からターニャちゃんの家でもあるの。だから、次からはただいまって言ってね?」

 

 我が家の魔力銀製の鍵は、決められた特定のパターンの魔力を送る事で開錠する。貴族が住う邸宅や屋敷にも存在しない俺特有の技術により、防犯機能としてバッチリなのだ。勿論、窓や勝手口にも同様の鍵を整備済み。

 

「はい、ありがとうございます。あの……コレって私でも開けられますか?」

 

 重厚で巨大な一枚板を半分に割り、両開きにあつらえた玄関扉はかなりの重量だろう。魔力を扱う技術が無ければ、鍵を開ける事は不可能と言っていい。

 

「今は無理かな。魔法を教える過程で基本となる技術を利用してるから、ターニャちゃんも直ぐに開けられるようにもなるわ。私も暫くはお休みを取るから安心してね」

 

 ふっ……貯蓄は充分あるし、一生とは言わないが遊んで暮らせる。だが何より……あの痴態をマリシュカに知られた以上、俺はニートになると決めたのだ! あんなの恥ずかしくて人に会いたくない……変態勇者も徘徊してる可能性もあるし。

 

「荷物は明日片付ける事にして、まずはお家の中を案内しようか。その後はゆっくりしましょう」

 

 この家にはとある王族の親戚一家が住んでいた。だがその一族も王都に移り住み、残った者も他国へと渡った。殆どが婚姻などの幸せな理由で、ホラーな展開は無い……筈。

 

 一族が住んでいただけあって、部屋数は20以上あったし何に使うのか分からない部屋や物も多かった。買い上げた俺がまず始めたのは減築だ。

 

 部屋数を6割削り、替わりに巨大な風呂を整備。更に平地にしたスペースには戦闘訓練も可能な広場と、美しい庭園を造った。それでも8部屋残った個室の壁は一部取り除き、ドーンと広くしたりした。

 

 因みに外壁は高く取っているため、外から覗きは不可能だぜ。勿論幾つも手はあるだろうが、俺の魔素探知から逃れるのは至難の業だ。無人の時すら沢山の防犯装置を備え、魔王陛下やドラゴン、他の超級冒険者達くらいしか突破する気は起きないだろう。って言うか、そんな奴が現れたら絶対に許しません。

 

 個室やお風呂以外にも、台所……厨房と言って良い……もあるし、暖炉付きのリビング、装備類や収集物を飾る趣味部屋も有る。

 

「お姉様……この部屋が私一人の?」

 

「うん。足りない物はどんどん言ってね? まだ最低限しかないから、遠慮は無しで」

 

「……パルメさんが頭を抱えていたのは、コレですね。お姉様に普通を期待したのが間違いでした」

 

 溜息を大袈裟につくターニャちゃん。いや、豪邸なのは自覚してるけど溜息が出る程かな!?

 

「洗面室やシャワー室もあるけど……普段はさっき見たお風呂を使ってね? 私が一番拘ったのアソコなんだよ!」

 

「ああ、お風呂と言うか大浴場ですね……ライオンならぬドラゴンの口から絶えずお湯が出てました。一部露店風呂とサウナらしき部屋もありましたし、私も楽しみです」

 

 グフフ……お姉さんと一緒に入ろうね? 自分の身体に無頓着みたいだけど、このジルの裸体に耐えられるかな!? 磨き上げたこの身体を洗って貰おうかなー? 今度こそ赤面プルプルを拝見します!

 

「ターニャちゃんには悪いんだけど、この家の殆どが魔力操作で動くから……だから最初は少し不便かもしれないけど、私が助けるからね?」

 

「……例えば、どういった物でしょうか?」

 

「例えばお風呂だけど、お湯を出すには魔力銀を加熱させる方式。料理する釜戸もそうだし、今付いてる灯りも全部魔力操作を応用してるの。あと、パルメさんが言ってた自動洗浄装置もそうだね」

 

 言いながら魔力操作を行い、部屋の灯りの明度を緩やかに落としていく。ちなみに呪文や詠唱など必要無い。

 

 薄暗くなったターニャちゃんの部屋は、姉妹星の明かりだけが頼りになった。

 

「……お姉様に頼り切りは駄目です。早く魔法を教えて下さい」

 

「ふふ、分かったわ。難しい操作や沢山の魔力は要らないの。ただ決められたパターンを覚えてくれれば大丈夫だから安心してね?」

 

「はい、お願いします」

 

「そうだ、この鍵を見てくれる?」

 

 再び明度を上げた部屋から扉の方へ移動する。

 

 ターニャちゃんの部屋に限らず、機械式の鍵は付いていない。少し変わった方式を取り入れており、ある意味で自動ドアみたいなものだ。

 

「簡単に言うとこの扉は絶えず開こうとしてるわ。それを魔力の鍵で固定してあるの。だから魔力を鍵から抜くと……」

 

 キイィ……カチ。

 

 手も触れずに扉はゆっくりと開き、指定の場所で固定された。

 

「逆に決まったパターンの魔力を注ぐと……ね?勝手に閉まってくれるわ。凄いでしょ?」

 

「魔力を抜く……? 想像も出来ません……本当に私でも出来るんでしょうか?」

 

「ふふふ、ターニャちゃん? キミの目の前にいる人は誰でしょうか?」

 

「そうですね……今日から私の姉になり、お人好しで少しだけおバカさんの凄く綺麗な人です」

 

「もう! そうじゃない……いや、合ってるけど、おバカ以外!」

 

「綺麗は否定しないんですか? ふふっ、分かってます。冒険者で、魔法と剣技を極めた世界に五人しかいない超級、魔剣のジルさんです」

 

「そうそう! 魔法の基礎なんて直ぐに出来る様になるから安心してね」

 

「さっきのヘンタイ……いやクロさんもお姉様に鍛えられたらしいですし、期待しています。ところでクロさんと結婚するんですか?」

 

 うっ……折角現実を忘れてたのに……ターニャちゃんニヤついてますよ!?

 

「いや、しないからね……あの子が小さな頃に縁があっただけ!」

 

「ジルヴァーナ……それがお姉様の本当の名前?」

 

「……うん。そうだけど、今は只のジル。その名前は忘れてくれる?」

 

 故郷に置いてきた幾つかの事情や関係は、どうしても捨てきれない。でも……そんなの関係ないし、最悪は力尽くで逃げてやる! ふっふっふ……今の俺を止められる者はいないのだ!

 

「わかりました。私だって今日ターニャになったばかりですから」

 

 俺達は目を合わせてニコリとして、その内吹き出して声を出して笑った。

 

「よし、御飯にしようか! 直ぐに作るからね」

 

「手伝います」

 

「ほほう、ではお手並を拝見しましょう!」

 

「「ふふふっ」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 料理には自信がある。一人暮らしも長いし、前世でも料理は好きだった。下手の横好き? いや、好きこそ物の上手なれ、だ。

 

 料理には自信がある……あるよ?

 

 トントントントン……シャッ、ポトポトポト。

 

 シュッ、サクサクッ、ザーー

 

 俺は今、お皿を持って立っている。

 

「あっ、そっちの熱量を下げて貰っていいですか? ……はい、そのくらいで」

 

 再び皿を持ち、ターニャちゃんの指示を待つ。

 

 自信あったんだけどなぁ……

 

 ターニャちゃんの手際は……いや、もうプロじゃん!!

 

「……ターニャちゃん、上手だね……」

 

「そうですか? お姉様の手伝いが出来て良かったです」

 

 手伝ってるの俺なんですが……初めての台所と調理道具、見た事の無い食材もあるだろうにコレかぁ……

 

「覚えてるの? 此処に来る前の事」

 

「……全部ではないと思います。でも、どんな所でどんな風に生きていたかは覚えてますよ?」

 

「そっか……帰りたい?」

 

 話しながらも調理の手は止まらない。みるみると完成に近づくのが手にとる様に分かる。

 

 現代日本とこの世界は大きく違う。家族だっていただろう。友達や、もしかしたら恋人だって……現実は物語の様に簡単じゃないし、割り切れない思いは誰もが持っている。ましてや中学生なら、尚更だろうし。そんな子供に何を聞いてるんだ俺は……

 

「正直……良く分からないんです。でも、今は幸せを感じています。自分でも不思議なんですけど」

 

 流石の俺もターニャちゃんを元の世界に帰す術は持たない。

 

「幸せを? どうして?」

 

「……それを言わせるんですか?」

 

 丁度ひと段落したのか、手を止めて俺を見た。

 

「……えっ?」

 

「お姉様……貴女が居るからです。だから……幸せです」

 

 今まで沢山の男達を掌で転がし、数多の恋心を振り払って来た俺は……あれだけ大勢の奴等を弄んできた筈なのに。

 

 今日初めて会ったばかりの小さな子なのに。

 

 

 ボンッ!!

 

 

 あー!! 今絶対赤くなってる! オカシイ!オカシイぞ……なんだコレ!?

 

 胸が痛いし、頭がクラクラする……

 

 

「お姉様……もしかして……そんなに綺麗な人が……」

 

 いやいや! そんな筈は……俺は超絶美人で超級冒険者のジルですよ? 恋愛の一つや二つ……吐いて捨てるほど……アレ? 前世では恋愛のレの字も無かったが……今世は、今世なら……アレレ?

 

 ……ねーじゃん! まだ誰とも付き合ってないじゃん! う、嘘だろう!?

 

「ま、まさか、そんな訳ないじゃない……恋愛なんて両手で抱えられない程だし、経験あり過ぎて困っちゃうから」

 

「恋愛なんて一言も言ってませんが? それに私達は()()ですよね?」

 

「……そ、そうですね」

 

 アカン、設定までグチャグチャだ!

 

「可愛過ぎだろう……こんな都合の良い人間が居るなんて、コレが異世界転生の特典か? チョロインかよ」

 

「タ、ターニャちゃん? 何か言った?」

 

 普段なら必ず聞こえていた筈の距離だが、混乱してたから聞き逃したぞ。

 

「何も言ってませんよ? お姉様、御飯が出来ました。冷めない内に食べませんか?」

 

「……そうね、食べましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっ……美味しい……

 

 可愛いし、料理上手だし、頭も良いなんて、最高のヒロインだね!

 

 だから、ちょっと混乱したのかな……うん、きっとそうだ。

 

「ターニャちゃん、凄く美味しいよ。毎日手作り料理食べたくなるなぁ……」

 

 ……まるでプロポーズみたいだな……いやいや、意識し過ぎだぞ!? ど、どうしたんだ俺は……。

 

「お姉様? 顔が真っ赤です。また変な事考えてませんか?」

 

「そそそそんな事ないよ?」

 

「料理なら毎日作ります。それ位させて下さい」

 

「え? いいの!? 会ってまだ1日だし、ちゃんとお互いの事知ってから……」

 

「お互いの事? まあ、好き嫌いは確かに知りませんけど……きっと大丈夫です」

 

「だ、大丈夫なんだ……最近の若い子って凄いんだね……」

 

「お姉様も十分若いと思いますが……凄いって何がですか?」

 

「えっ? ほら、人生を左右する決断なのに、凄いなぁって」

 

「……? 良く分かりませんが、頑張ります」

 

「そ、そう? ふ、不束者ですがよろしくお願いします」

 

「お姉様にお世話になるんですから、それ位当たり前ですよ? もっと堂々として下さい、出来るだけ要望にも応えますから」

 

「堂々と……よ、要望にも応える!? じゃあ、あんな事やこんな事も……」

 

 最近の子は大胆だな……どうしよう、俺ってターニャちゃんをリード出来るのか!? あっ……鼻血が出そう……

 

「お姉様の好みを教えて下されば、何でも作りますよ?」

 

「……作る? えっ?」

 

「……? 料理の話ですよね?」

 

「……そ」

 

「そ?」

 

「そ、そうだね……楽しみだなぁ」

 

「お姉様、やっぱり顔が真っ赤ですよ?」

 

 大丈夫ですか……って、全然大丈夫じゃないです!

 

 熱い、顔が熱い!

 

 あぁーーーーー。記憶を消してくれー!

 

「お姉様?」

 

 お願いだからーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 




ほんわか回? 
次回「お姉様、一人で遊ぶ」 ジルさん、何して遊ぶんでしょうねぇ


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お姉様、一人で遊ぶ

読んで貰えて嬉しいです。お気に入りも200件に‼︎ 感謝です!


 

 

 

「うわ〜〜〜!!」

 

 大きなベッドはゴロゴロと転がり回っても俺を受け止めてくれた……ううぅ……

 

 

 

 

 

 自室に帰り、パタンと閉じた扉を魔力でしっかりとロックする。念の為ドアノブを回して確認。そして、フラフラと妙に広いベッドに身体を放り投げ、フカフカのお布団に顔を埋めた。

 

 きっと俺の顔は今も真っ赤だろう。二つある枕のうち一つを頭に被せると、ウーウーと無意識のうちに声が上がってしまう。

 

 余りの恥ずかしさで消えてしまいたい……

 

 おかしい……俺は超絶美人で超級冒険者、アートリスで知らぬ人などいない魔剣のジルだぞ? 街を歩けば皆が陶然と目を向け、男共はグヘヘと目尻を下げるのだ。凡ゆる男を手玉に取り、コロコロと転がしてきたのに……

 

「う、うわー! 恥ずかしい! すっごい恥ずかしい!!」

 

 耐えられなくなった俺はゴロゴロと左右に転がり、何とか誤魔化そうと頑張る。

 

 俺はターニャちゃんで遊ぶんだ……遊ばれるのは違うよぉ……

 

 そうだ。食卓で起きた勘違いはきっと夢なんだ。俺は今ベッドにいるじゃないか……うぅ、そんな訳ないじゃん……ターニャちゃん変に思ったかなぁ。

 

 そもそも俺は勘違いしていたんだ。この世界に転生して鍛えた美貌と実力は本物だ。多くの男達から告白や求婚を受け、それを袖にしてきたが……前世を含め女性に告白した事もされた事も、あたりまえだが付き合った事も無い。勿論男は論外だ。

 

「アカン……俺って恋愛初心者だし、今更ジルの演技もやめられないし……格好良いお姉さんで居られるのか!?」

 

 お風呂イベントは又にしよう……今日の俺では無理!

 

「はぁ……ん?」

 

 アレはパルメさんの店で手に入れた服達か……

 

 代償は余りに大きかったが、結果的に無料で手に入れる事が出来た。ターニャちゃんの交渉の力だろう。

 

 うーむ……記憶は定かでは無いが下着染みたモノや露出度の高い服があったな……

 

 ジルのキャラ作りから普段は余り着ないタイプだ。ジルは清楚で有りながらもチラ見せを疎かにしない、男の夢を体現した最高の女だからな。

 

 卑猥な姿など男達に見せる事は絶対にないが、この世界で唯一それを許す者がいる。

 

 それは……俺だ!!

 

「久しぶりに遊ぶか……」

 

 ターニャちゃんに連発した胸元のチラ見せや、如何にさりげなくエロを演出するか苦心した時代があった。同時に美しさや可愛らしさをどう魅せるかも大事なのだ。

 

 元男の感性から男性目線の理想を凝縮させたのがジルなのだから!

 

 そしてそれを求めるが余り、この部屋には巨大な鏡がある。

 

 部屋の入り口である扉の横にデーンと置かれたのがソレだ。特注で作らせた鏡は極限まで磨かれ、納期は通常の三倍を要したのだ。

 

 先程言わされた台詞達も自分に言うならアリかもしれない。傍目にはナルシストの塊りだろうが、此処なら誰にも見られない。魔力を駆使した防犯システムは伊達では無いのだ。

 

 そう決めた俺は、パルメさんから受け取ったお宝達を手に持ち鏡の前に立つ。

 

「ふむ……やはり可愛い」

 

 冒険者の装備は既に着けていない。食事前に室内着に着替え済みだ。

 

 ロングのワンピースは膝下まで垂れ、細めのラインは僅かに身体の曲線を魅せている。俺の美しさを際立たせる為、敢えて地味な藍色とシンプルなデザインだ。後ろ姿を鏡に映すと自慢のウエストからヒップ迄完璧な比率だろう。

 

 自慢の白金の髪は全く癖がなく、腰の辺りまで伸びてサラサラと揺れている。頭を振ればフワリと広がってシャンプーのCMの如きだ……いや22年前の記憶だが。

 

 ちなみに、履き物はギャップ狙いでモフモフのスリッパを合わせている。

 

「さて……」

 

 今の俺はジルではない。最高の観客席からジルを眺める一人の男なのだ。

 

 なだらかな肩から片方ずつワンピースをずらせば、ストンと床に落ちる。シルク以上の肌触りを誇るこの服は抵抗など感じない。

 

 鏡には下着だけで一部しか隠さない俺が立っている。流石に恥ずかしさなど無いから赤面などしてない。下着は現代日本と変わらない形状で、色は大人の濃いワインレッドだ。

 

「サイズは……分からないなぁ……女性の胸なんて直に見た事無かったし、サイズの設定なんて知らない……多分DとかEなのかな?」

 

 綺麗なお椀型で、手を添えればフンワリとした感触と柔らかな抵抗を覚える。谷間もバッチリあるし小さくは無いだろう。グラビア雑誌で見た巨乳などではないが、俺にとっては理想そのものだ。

 

「でもやっぱりお尻と太ももだよな……俺はお尻好きだと認めるしかないのだ……」

 

 再び後ろ姿を見せると、キュッと上がったお尻と健康的な脚が堪らない。

 

 自分の身体である以上は裸体だって何度も見ているし色々と研究済みだ。しかし、この鑑賞はまた違った嬉しさがあるのだよ、うん。

 

「先ずは……」

 

 袋から手に取ったのは所謂ミニスカートだ。

 

 パルメさんが作成した以上、馬鹿みたいにエロいわけではない。しかし女性らしい美しさを損なわない範囲で露出度もある。

 

「ほう」

 

 太ももマニアでもある俺は思わず感嘆の溜息をつく。

 

 続けてボーダーのシャツを羽織れば完成だ。

 

 ボールを蹴るような仕草をすれば可愛らしさとエロの両立になった。鏡越しに下着が見えそうで見えない最高の瞬間を何度も再現する。

 

「外では着ないが、家の中ならありだな」

 

 パルメさんには悪いが、下着は万が一にも男達に見せる気は無い。男の記憶がある俺は、女性の下着姿をどう見ているか知り過ぎているのだ。しかし、ターニャちゃんならチラ見くらい許可しようではないか!

 

「なんだか調子が戻って来たぞ、つぎだ!」

 

 お次は確かチューブトップと呼ばれるモノだろう。胸の上部でキツく締めて、ずれ落ちないようにしているようだ。合わせるパンツはデニムっぽい生地で、七部丈になっている。これは、細い足首が目立ち違った女性らしさを見せてくれた。

 

「夏っぽいかな……これなら外でも着れるかも」

 

 上下とも身体のラインを強調する作りの為、趣きの違うエロさを感じる。こちらも自慢のヒップラインがバッチリだ。

 

 俺……ジルのファッションショーは始まったばかり……ふっふっふ。なんだか自信が戻って来たし、やっぱり俺は可愛い!綺麗!超絶美人!

 

「どんどん行くぜ!」

 

 俺は次の衣装を手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パルメさんの店で吐いた台詞は何だっただろうか?

 

 着替え終えてカーテンを開ける度に観客からは悲鳴の様な歓声が上がったのは覚えている。

 

 呆然としたままの俺は、パルメさんの指示を忠実に守って色々なポーズを取った筈。

 

 腰に手を添えて片膝を僅かに曲げる。

 

 スカートの時は勢いよくクルッと回転。

 

 モデルばりにウォーキングも披露した。

 

 その内に指示は細かくなって、指先まで意識させられた。更には魔法を放つ仕草や魔剣の技まで再現した気がする。帚を片手に振り回す姿の何が良かったのか……何故かその日一番の歓声が上がった。

 

 

 だが後半は今思えば何かおかしい……

 

 

 お尻をペタリと床に付けての女の子座り。

 

 人差し指を唇に当てて首を傾げるポーズ。

 

 両腕で胸を挟んで谷間を強調。

 

 上目遣いは何度もやり直し。

 

 終いには四つん這いもした様な……

 

 所謂女豹のポーズではなかろうか……?

 

 

「俺は何をやってたんだ……それに今思えばターニャちゃんも指示してたよな?」

 

 後半はどう見てもファッションショーじゃないだろう……ターニャちゃんの指示は四つん這いと上目遣いだ。特に女豹のポーズには並々ならぬ拘りを感じた。

 

「駄目だ……折角戻って来た調子がまた変な方向に……」

 

 こうなったら[毒を食らわば皿まで]だ。それに[災い転じて福と成す]と言うし、[ケセラセラ]だ。

 

「丁度いい。やってやろうじゃないか……」

 

 今着てるのは、絶対に他人には見せられない代物だ。

 

 多分ベビードールと呼ばれるモノだろう。視覚的インパクトを狙ったスケスケの形状とレースを多用した裾はエロさ全開だ。おまけに両腕を上げれば、おへそが見えそうになる。前傾姿勢を取れば胸の谷間どころか、ブラも丸見えになった。

 

 下半身はショートパンツで下着は見えないが、お尻のお肉が少しだけ見えてコレもエロい。

 

「パルメさんは何を思ってこれを作ったんだ? どう考えても日常で着れないだろ」

 

 流石のツェツエでも此れはない。

 

 今度会ったら問い質さなければ。

 

 しかし……今なら許そう! ジルの新たな境地へ繋がるかもしれない!

 

 先ずは鏡の前に移動して、じっくりと全身を映した。

 

 身体を左右に振り、揺れる髪と胸を楽しむ。

 

 少しだけ上半身を傾けて、唇に指を添える。

 

「私は貴方の恋人よ? キスくらいいいじゃない」

 

 続いて後ろ向きから顔だけで振り返り、少しだけ照れくさそうにする。

 

「……馬鹿」

 

 更には両手を組み胸を隠して、

 

「見ないで!」

 

 次々と他人に見られたら悶死する自信がある台詞とポーズを連発した。

 

 だが良いのだ、此処は俺しかいない楽園。

 

 俺の最高傑作、ジルの部屋なのだから。

 

「いよいよか……」

 

 正直コレは趣味では無い。基本的にラブラブでイチャイチャの甘々が好きな俺なのだ、ターニャちゃんとしたい。さっきから童貞の妄想が爆発しているのは自覚している。

 

 だが、俺は今日また一歩成長するのだ。

 

 食わず嫌いは良くないし、ジルなら何をしても似合うはず。

 

 ゆっくりとお尻を冷たい床に下ろした。太ももから足先まで床に密着して座るソレは先程も思い返していた女の子座りだ。骨格の違いから男には難しいと聞いた事がある。確かに可愛い座り方だ、実際に見た事など前世では無いが。

 

 更に両手を前につき、僅かな前傾姿勢を取る。

 

 更にターニャちゃんに細かく指示された上目遣いも全力行使した。

 

 

 よ、よし……言うぞ……

 

 

「い、虐めて下さい。御主じ」

 ガチャ

「んさ、ま……」

「お姉様、お風呂はどうしま……す…か?」

 

 

 解説しよう。

 

 鏡は出掛ける前の身嗜み用も兼ねている為、扉のすぐ横に設置している。ターニャちゃんは扉を開けて直ぐ、床にペタリと座る俺が見えた筈だ。言いながらも恥ずかしかった俺は少しだけ涙目で頬は赤く染まっていた。

 

 タイミングは最高で最悪に完璧だった。

 

 

「………ち」

 

「ち?」

 

「ちが……」

 

「気にせずに続けて下さい、お姉様?」

 

 あばば……あひゃひゃ、こ、これは、違くて……!

 

「ち、違うの! これは違うから!」

 

「ええ、分かってますよ? だから続けて大丈夫です。私の事は気にしないで下さい」

 

「こ、これは、そ、その……気の迷いと言うか、アレなの!!」

 

 浮気現場を旦那に見つかった人妻みたいな言い訳をする俺。寂しかったとか、貴方も悪いなどと言えば完璧らしい……

 

 って言うか、魔力銀製の鍵をどうやって!?

 

 魔力の抜き方とか、まだ教えてないよね!?

 

「タ、ターニャちゃん、餅、落ち着いて」

 

「私は落ち着いていますが? それと、虐めて下さいの所はもう少し辛そうに言うと良いですよ? あとは最高でした」

 

 ひーー! 最初から聞いてるーーー!?

 

 完璧な防犯システム仕事しろよ! お願いだから!

 

「タ、ターニャちゃん。どうやってドアを開けたの?」

 

「え? 最初から開いてたのでは? ノックもしましたし、ドアノブを捻ったら開きましたよ?」

 

 んな訳ないじゃん! 絶対鍵掛けたもん!

 

 てか、ノックしたのかよ!?

 

「こ、これは違うのよ? 偶然服が目に入っただけ。少し確認してただけだから、ね?」

 

「ええ、お姉様は確認していただけ、偶然に」

 

 目が笑ってるし、吹き出しそうなの我慢してるよね!?

 

「ご」

 

「ご?」

 

「ごめんなさい! 誰にも言わないで!」

 

 こうなればプライドなんてゴミと一緒にポイだ!

 

「ふふふ……誰に何を言うんですか? 私の知り合いなんてパルメ(事の発端)さんかクロ(変態ストーカー)さん、マリシュカ(アートリスの拡声機)さん位しかいませんし」

 

 最悪の三人だよね、ソレ!?

 

「うぅ……お願い、何でもするから」

 

「何でも?」

 

 あ、あかん……ターニャちゃんが肉食獣の眼をしてる!

 

 絶望して立ち上がる事も出来ない俺の前にターニャちゃんも座った。

 

「お姉様、私は味方です。お姉様が悲しむ事をする気なんてありません。信用出来ませんか?」

 

「ほんと?」

 

「ええ。さっきも言ったじゃないですか、私は幸せだと。幸せにしてくれるお姉様に嫌われたくないですし、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うぅ……ありがとう、ターニャちゃん」

 

 助かった! それに良く考えたら、ターニャちゃんの言う通りじゃないか。ターニャちゃんを疑うなんて俺は最低だ。

 

「ちょろい」

 

 ターニャちゃんは何か呟いたが、安堵と残る羞恥心に混乱していた俺には聞こえなかった。

 

 今度から鍵はしっかり確認しよう……一人暮らしが長かったから油断してたんだ、きっと。

 

 これ以上、格好良いお姉さんキャラを崩す訳にはいかない!

 

 頑張ろう!!

 

 

 

 

 

 

 

 




女の子は、お姉様の弱味を手に入れた! やったね!
次回は、ジルが先生に変身します。


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お姉様、先生になる

お気に入りや評価ポイントも……ありがとうございます。


 

 

 

「コレはココ、あとソレはあっちの棚を使ったらいいよ」

 

 タオルや、その他衛生用品は洗面脱衣所、シャワールームから近い方が良いだろう。まあ、生活しながらゆっくりとターニャちゃん色に変えて行けばいい。

 

「服……沢山有りますけど、どうしたら」

 

 パルメさんの店で手に入れた服達は、山の様にベッドに積み上げられている。可愛い下着類も有り、目に眩しい。先程袋から取り出したが、置き場所に困ってベッドの上に避難した結果だ。

 

「ターニャちゃん、昨日部屋の中探検しなかったの?」

 

 前世の餓鬼の頃は、新しい家やホテルに行ったらあちこちドアを開いたものだがなぁ……意味も無く。

 

「昨日は直ぐに寝ちゃいました。このベッド、寝心地が凄く良いですね」

 

「そう? それなら良かったわ。服はコッチね」

 

 洗面室の隣にあるドアを開ければ、其処は衣装部屋になっている。ウォークインクローゼットとは違い、鏡や簡単な化粧台も備えた部屋と思った方が良いだろう。

 

 左右に衣装掛けやハンガー、小物や衣服を入れる棚が並ぶ。広さとしては多分12から15畳位だろうか、この世界に畳など無いけれど。

 

「……コレ、一人用ですか?」

 

「うん。ターニャちゃん用だけど、足りなかったら言ってね?」

 

「お姉様……足りない、じゃなく広過ぎでは?」

 

「私の部屋も同じくらいだけど少し足りないよ? 装備類は別の部屋にあるし、段々と増えていくから……」

 

 女の子の荷物の多さを馬鹿にしてはいけません! はっきり言って男の比じゃないから。それに、これからもどんどん買いますから、俺が! 着せ替え人形になって貰うぜ‼︎ 着せ替え人形はお前だって? ははは、まさか。

 

 溜息をついたターニャちゃんは、一着ずつ丁寧に掛けて行く。俺もグヘへと内心、外面はキリリと締まった顔をしながら下着を棚に入れていく。

 

「……早く私も働きたいです。このままじゃ堕落しそうで怖いから」

 

「えー? ターニャちゃんはお家で待ってくれてたら良いと思うけど? ほら、ご飯作ったり忙しいよ?」

 

「ご飯やお家の事は頑張ります。でも色々経験するのも大事ですから」

 

 この子ホントに中学生なんだろうか……? もしかして見た目は子供、中身はナントカってやつなのでは?

 

「変な言い方してゴメンね? 御飯とかは作りたい時に作ればいいし、お家の事は偶に外注……えっとお願いしてる人がいるから気にしないでね」

 

 またも溜息をつくターニャちゃん……どしたの?

 

 俺はターニャちゃんに家政婦をさせる為に連れて来たのでは無いのだ。まだイベントは残ってるし、沢山ターニャちゃんと遊びたい!

 

「それに、先ずはお勉強しないとダメ!」

 

「お勉強……ですか?」

 

 少しだけ嫌そうな顔をするターニャちゃん。流石のターニャちゃんも勉強は苦手とみえる。何となく嬉しくなってしまった俺は調子に乗るしかない。

 

「そうよ? ターニャちゃんには悪いけど凄く怖い先生を呼ぼうかな?」

 

 益々嫌な顔をするのを見て、ついニヤニヤしてしまった。

 

「……何を学べば?」

 

 ふっふっふ……そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ? 先生は優しくて綺麗で頭も良くて、しかも有名人なんだから!

 

「それはね……ま・ほ・う、そう魔法です! 先生は勿論この私、ジル先生でーす!」

 

 ターニャちゃんはポカンと口を開け、その意味を理解したのか嬉しそうな顔に変わった。可愛い!

 

 そして恥ずかったのか、直ぐに表情を戻しコホンと態とらしい咳をする。それも可愛い!

 

「アレー? 何か勘違いしてたのかなぁ? 顔が紅いよ?」

 

 くくく……これだよコレ! 昨日迄の俺はもう居ない! 今日からはターニャちゃんで遊ぶぞ!

 

「……そんな事はありません。お姉様、よろしくお願いします」

 

 うむうむ、お姉さんに任せなさい!

 

「じゃあ、早く片付けを終わらせてご飯を食べましょう。少し休憩したら魔法教室を始めるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が家の庭、いや庭園にも随分拘った。

 

 イメージはアンダルシア地方にあるフリヒリアナ。スペインで最も美しい村に選ばれた事もある場所だ。

 

 真っ白な壁、青い扉、モザイク模様の石畳、階段と坂道が入り組む町並み、色鮮やかな花々。

 

 あくまでイメージなので勿論そのままではない。と言うか行った事も無い。相手は村なので庭と相容れないところもあった。それでも前世で写真を見て、いつか行ってみたいと思っていたのだ。

 

 職人さんに頑張って伝えて、かなりの立体感を持たせた自慢の庭園。夜は魔力を応用した明かりが各所に灯り、御伽噺の世界が目の前に広がる。また、色が映える様に花々は別の専門家に任せていたりもする。

 

 まあ、金持ちになった俺の道楽だな。

 

「凄いですね……昨日は直ぐに寝たので気付きませんでした。あっ、あの小さな小屋可愛いですね」

 

 あれは庭作業の道具を収めた小屋だが、外見は正しくフリヒリアナの家達を真似している。他にも休憩や食事を取る為の場所もあり、似た作りにしてある。

 

「気に入った? あっちに見える高くなったところ……そうそう、あそこで朝食を取るのが好きなの。周りは壁だけど、花とか草木が綺麗で素敵なんだよ?」

 

「ああ、朝食を外で食べるの憧れます」

 

 声こそ平坦な返しだが、ターニャちゃんの目はキラキラしていて感動を隠せてない。

 

「今日は慌てて済ませたけど、今度は外で食べましょう。夜も幻想的だから散歩するといいよ?」

 

「はい、是非」

 

 気に入って貰えたかな? またゆっくりと案内しよう。今は目的があるからね。

 

 庭いじりしていいですか?と可愛い質問を受けながら、少し歩いて訓練場へ向かう。勿論良いけど、庭師の人に聞いてからね?と返す。庭師の人はなかなか煩い人なのだ。因みに大変珍しい女性の庭師だ。

 

「はい、到着!」

 

 白壁に隔てられた先、青い扉を開けると訓練場が見えてくる。殺風景な場所なので、庭から視覚的に見えない様にしているのだ。

 

 全体は石畳と踏み固められた土、一部は芝が植えられている。模擬剣が何本か並べてあるが使った事は無い。何となくあったら格好良いかな、と。

 

 あとは定番のカカシくん達が立っている。一見只の木材に見えるが、材料はかなり希少なモノをつかっている。少々の衝撃や魔法では折れはしないし、それでいて多少の柔軟性を持つ。まあ、異世界トンデモ物質だね。

 

 因みに俺の戦闘レベルには耐えられず、使ったのは最初の一回だけ。え?じゃあ何で作ったのかって? 勿論ロマンですよ! 剣!魔法!訓練場! ロマンじゃないですか! 違う?

 

「先ずは座学からね。あそこに座って待っててくれる? 準備して来るから見学してても良いよ。但し、剣や道具には触っては駄目。危ないからね」

 

「はい、少しだけ見てみます」

 

 コクリと頷くターニャちゃんはやはり興奮を隠せない様だ。そりゃそうだよなー……中学生の男の子が剣や魔法に触れるのだから我慢なんて出来ないよね! 分かるよ、うん。

 

「直ぐに戻るからね」

 

 話しながらも魔力強化を行なっていた俺は、残像すら残さずにその場から消える。準備は大切だからね!

 

 ムフフ、漸くアレの出番だな! ついさっき思い付いたのだ。

 

 待っててターニャちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様……いえ、ジル先生。その格好は?」

 

 何かを察してくれたのか、ターニャちゃんは俺の呼び方を変えてくれた。

 

 ふっ……数ある衣装の中でもレア中のレア! 自分以外には初お披露目です。

 

 特注で作らせた黒のレディーススーツに身を包んだ俺にターニャちゃんは困惑の色を隠せない。

 

 スカートは膝上まで切り上げ、僅かにスリットが入っている。座った時にちょいエロなのだ。シャツは勿論真っ白で、ボタンは胸元まで閉じて無い。ヒールは高めでやはり黒だ、因みにハイヒールは怖くて履けないよ。

 

 髪はお団子にして低めで纏めた。清楚で知的な雰囲気を出すのはコレかなと思ったのだ。髪留めは勿論飾りも無い地味なモノだ。白金の髪では逆に目立つが、コレも外せない。

 

 そして! 最重要は眼鏡! 薄いフレームは鈍い金属光を放ち、キラリと輝いている。細い指先でクィッと上げれば完璧でしょう!

 

「とある国の先生の制服よ。生徒に教える時は必ず着ないと駄目なの」

 

 勿論嘘だ。美人女教師……わかるだろ?

 

「そうなんですか? 眼鏡も制服の一部なんでしょうか?」

 

「……此れは、趣味よ」

 

 ……眼鏡の言い訳は考えて無かった。もうこうなったら勢いだ。

 

「……この人、もう隠す気なく無い?」

 

 ターニャちゃんはボソボソと呟くが、眼鏡に対するツッコミに動揺していた俺は聞き逃してしまった。

 

「では始めます! ほらっ授業が始まるよ!みんな座って!」

 

「もう、座ってますが。生徒も私一人です」

 

「静かに! 先生の言う事はちゃんと聞きなさい」

 

「……はい」

 

 なんかヤベェのが始まった……そんな顔をするターニャちゃん。

 

 いいじゃん! 学校の先生したかったんだから!

 

「では、ターニャさん。今日の授業は何をするか分かりますか?」

 

「魔法です」

 

「予習はして来ましたか?」

 

「……いえ」

 

 アンタとは昨日会ったばかりだし、何言ってんの?って顔してる!? もう、ノリが悪いなぁ。

 

「では、基本からいきますよ。魔法とは何か? そこから始めましょう」

 

 ここで眼鏡をクイッ。

 

「あの、お姉様? これ続けるんですか?」

 

「こら! ターニャさん、学校では先生と呼ぶように言いましたよね? あとで職員し……先生の部屋に来なさい」

 

 マジかよ……って絶望感を覚える顔のターニャちゃん。やってる方も辛くなってきた……

 

「……ターニャちゃん、普通にしよっか……」

 

「そうして下さい、お姉様。授業中は先生と呼びますから」

 

「うぅ、ありがとうターニャちゃん」

 

 撫で撫でされるの気持ち良いなぁー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔法は略称なの。正式には、[()力或いは魔素に依る元素、空間等への作用及び結果とその()則]が正しい名称よ」

 

「長いですね。覚えた方が良いでしょうか?」

 

「堅苦しいと思うけど、魔法発動の方法を端的に表しているから知ってると良いかな」

 

「分かりました。あの、ノートってありますか?」

 

「はい、どうぞ。此れはペンね」

 

 いそいそと書き始めたターニャちゃんは困惑した表情を隠せない。見れば日本語では無くツェツエの公用語になっているようだ。最初は混乱するよね。まあ、異世界転生のお約束と割り切るしかないよ?

 

「ターニャちゃん、大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 たった一回聞いただけで一言一句間違えて無い。やっぱり頭良いんだなぁ。

 

「魔法には大別して、属性魔法と汎用魔法があるわ。どちらも魔力を利用する点では変わらないけど、作用させる対象物が違うのが特徴ね。勿論例外はあるけど……ターニャちゃんは魔法にどんな印象を持ってるかしら?」

 

「そうですね。子供染みてるかもしれませんが……火や水を打ち出したり、怪我を癒したり、でしょうか?」

 

「ターニャちゃん……正解です!」

 

 ビクッて肩を揺らすターニャちゃん。可愛い。

 

「正解、ですか?」

 

 ふっふっふ……この世界の魔法は、正に()()なのだよ! 日本で広く知られていたファンタジー其の物がココにある!

 

「元素や空間に作用させる属性魔法なら、炎や氷、風や岩を打ち出して魔物を攻撃出来ます。汎用魔法には治癒や生活魔法も含む生物に作用するモノが多いのよ」

 

「成る程、対象物の違いですか」

 

 ノートに書き写しながらターニャちゃんはふむふむと納得顔。うん、可愛い。

 

「普通は属性魔法を頑張って発動させる修行が基本なんだけど……」

 

「? なんだけど?」

 

「私、ジルはそんな事しません! 属性魔法?そんなモノは後回しよ! この魔力偏重主義の世界に革命を齎らしたのが、この[魔剣]ジルなのだ!」

 

 ドヤッ!

 

 パチパチパチパチ……お付き合いで拍手をしてくれるターニャちゃん。ちっちゃな手が可愛い!!

 

「ターニャちゃん、昨日の夜に話したと思うけど、この家は魔力銀を利用した装置が多いって」

 

「はい、確かに」

 

「使うのは魔力なんだけど、重要なのは其処じゃないの。何か分かるかな?」

 

 少しだけ考えたターニャちゃんは見事な答えを返してくれる。

 

「魔素、魔素の操作でしょうか?」

 

 やっぱり頭良い!!

 

「その通りよ! 凄いわターニャちゃん! あの魔力馬鹿に聞かせてやりたい!」

 

 聞いたか[魔狂い]の馬鹿野郎! ターニャちゃんの方が凄いもんね! ふん!

 

「魔力馬鹿って……以前話に出ていた超級の魔狂いさんですか?」

 

「そう! あのジジィったら何度言っても聞かないんだから……大体あのバ……アイツの事はいいわ、話を続けます」

 

 コホンと先生らしい態度に戻る俺と、呆れた顔をするターニャちゃん。

 

「と、とにかく。ターニャちゃんには最初、魔素の感知と操作を学んで貰います。魔素を知れば属性魔法も汎用魔法も幾らでも応用が効くからね」

 

「はい、先生」

 

 ターニャちゃん、良い子や……

 

 

 

 

 

 

 

 




感想など頂けると益々頑張れます。


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お姉様、びっくりする

沢山のお気に入り登録、作者もびっくりしてます。


 

 

 

 

 

 

「はい、これを持ってね」

 

 胸の谷間から取り出した銀色のコインを手渡す。実際には手の中にあったのをそう見せただけ、ですけどね。何となくやりたかったのだ。

 

「……どうしてそんなトコロから取り出すんですか?」

 

「ん? そんなトコロって?」

 

 ニヤニヤが止まらないぜ!

 

「いえ、何でもありません……」

 

 少し赤い顔、可愛いよ。

 

「そう? それじゃ始めよっか。そのコイン……に見えるのは魔力銀が混ざった物よ。純度は低いし特に何かが起きる訳じゃないけど、魔素や魔力を集め易いから便利なの」

 

 先ずは魔素を感じなければ意味が無い。かと言っていきなり感じろ!では余りにブラックだろう。撒き餌になる物質を使えば良いのだ。

 

「魔力銀、ですか。ありふれた物質なんですか?」

 

「物質としてはそうね。問題は純度や冶金で、其処に技術の差が出るかな。例えば私の剣は、ある意味で技術の結晶みたいなモノだから」

 

 この世界では一般的な金属の一種で、生活物資にも利用されている。見た目は銀の名の通り、艶やかな銀色だ。

 

「成る程……おね……先生、どうしたら?」

 

 小さな手でコインをこねくり回し、上目遣いで俺を見るターニャちゃん。それ、狙ってやってる?

 

「先ずは好きな方の指先で摘んでくれるかな? こんな感じで」

 

 もう一枚谷間から取り出したコインを、親指と人差し指で摘んで見せる。

 

 ターニャちゃんはチラリと見ると右手で同じ様にする。

 

「こうでしょうか?」

 

「うんうん。そのまま手を前に出して、ジッとしててね」

 

 俺はターニャちゃんの背中に回り込むと、背後から抱き締める様にピッタリとくっつく。そしてターニャちゃんの右手に俺も手を添え、左手は細い腰に巻き付けた。身長差からスッポリと俺の懐におさまり丁度良い。

 

「あ、あの、お姉様……」

 

 ムフフ……先生と呼ぶのを忘れる程に動揺してるね?

 

 それはそうだろう。ピッタリとくっついた事で、俺のオッパイが後頭部にグニグニと当たっているからな。まあ、当ててますけどね!

 

 どうよ? 至福の柔らかさでしょう!

 

 朝からお風呂に入ったし、良い匂いもする筈だ。

 

「どうしたの? 顔が真っ赤」

 

 くっくっく……此処で何も気付かないお姉さんの振りをすれば、ターニャちゃんも返せないだろう?

 

「い、いえ。この体勢は?」

 

「今からわたしが魔素を動かすから、ソレを感じて欲しいの。密着すれば、より感じ易いから」

 

 勿論嘘だ。俺なら正面から触れる事も無く、ターニャちゃんに魔素の違和感を覚えさせる事が出来る。セクハラ? この世界にそんな言葉は無いのだ! それに同性ですから!

 

「……分かりました。よろしくお願いします」

 

 上から覗き見ても真面目な顔になったターニャちゃん。頑張るぞ!って表情に少しばかりの罪悪感を覚えたが、同時にその顔の可愛いらしさに動悸が激しくなる。うーむ、ドキドキ聞こえてないよね?

 

「では、始めます」

 

 俺に魔力銀のコインなど必要ないが今回はちゃんと利用する。魔力銀を中心に魔素を集めて、分かり易い様に渦を巻かせた。

 

 グルグルと速度を上げれば、魔力に幾らかの才能を持つ人は何かを感じるだろう。自然界では通常起き得ない動きだからだ。

 

「ターニャちゃん、何か気付く事ある?」

 

「はい、小さな粒々がクルクルと回ってます。粒々と言うか、キューブ状の」

 

 ん? キューブ状?

 

「……見えるの? 視覚的に?」

 

「え? はい、見えます。サイズは皆一緒で、色は何だろう、分かりません」

 

 嘘だろう? 魔素感知すら飛び越えて、魔素を見る?

 

「ちょっと待ってね。これならどう?」

 

 魔力を生成し、空間に固定する。

 

「綺麗……大きな立方体がゆっくりと回ってます。キラキラと光って、少し半透明でしょうか?」

 

 魔力で無く魔素として見てるのか? 属性も見えてない様だ。初めて見るタイプだな。

 

「ターニャちゃん、普段から見えてるの? その……キューブ状のキラキラ」

 

「? 普段は見えないですよ? こんなの見えたら日常生活に支障が出ます。お姉様が見せてくれてるのでは?」

 

 どういう事だ? 俺は特に何もしてないぞ?

 

「その魔力……キラキラを触ってくれるかな?」

 

「危なくないですか? 爆発とか」

 

「ふふっ、大丈夫よ。何の指向性も持たせて無いから」

 

 コインを持っていない左手でターニャちゃんが言うキューブ?に触る。俺にも魔力の存在は分かるが、其処まで鮮明に視覚化出来ないのだ。

 

「うひっ! は、はあ?」

 

 う、嘘だーー!! 片手間とは言え、俺が生成した魔力だぞ!? 何らかの感触があるのか知りたかっただけなのに……

 

「お姉様? 消えちゃいました。小さな粒々に戻って見えなくなって、空間に溶けたみたいに」

 

 な、なんだ? なんの才能(タレント)なんだ!?

 

「……ターニャちゃん、もう一度いいかな?」

 

 そうして色々と試したが……全く同じ魔力も、内緒で属性を持たせた魔力すらも、爆散する様にコントロールを失った。

 

「あの……お姉様?」

 

 信じられない……前世で言うなら硬い金属を触るとサラサラの砂になり、消えちゃいました!って感じだぞ? 崩すのはともかく、魔素まで分解されて消えるって……

 

 コレって、無茶苦茶にヤバイ才能(タレント)なのでは? 対象が何処まで広いのかによるが、下手したら国家転覆すら可能に……

 

 この世界は魔力に依り成り立っているのだ。ターニャちゃんの力が発揮されたらインフラも停止する。電力などのエネルギーを全て失った日本を考えれば分かりやすい。文明は麻痺し、原始時代に逆戻りだ。

 

「お姉様! 怖いから返事して下さい!」

 

「あっ、ゴメンね? ちょっと吃驚して……」

 

 どうしよう? 頭が痛くなってきた。やっぱり異世界転生の副作用か? 俺もその恩恵に授かっているのだろうから。

 

「あの……何かイケナイ事をしましたか?」

 

 今にも泣きそうなターニャちゃんを見て俺は情け無くなった。先生が呆然としてたら、生徒は怖くなるのが当たり前だ。俺は超級冒険者、この世界最強の一角だぞ!

 

「ううん、違う。ターニャちゃんは何も悪くないわ。予想外だったから驚いちゃった……ゴメンね?」

 

 後ろを振り向く様に俺を見上げるターニャちゃんは、まだ不安そうだ。くっついたまま動かない俺に、そりゃ不安になるだろう。

 

「大丈夫よ? 少し休憩しましょうか? お茶を入れて……説明する、だから安心して」

 

 同時にターニャちゃんにとって残念な報せになるかもしれない。魔力を魔素の塊にしか捉えられない上、触るだけで分解してしまうなら……所謂魔法は使えないだろう。そして逆に、魔法を使う者にとっては天敵以外何者でもない。勿論技術を磨き、能力を十全に発揮出来ればだが。対策を用意せず、初見なら先ず勝負にすらならないと思う。まあ、遠距離からぶちかませば何とかなるか?

 

 ターニャちゃん、ガッカリするだろうなぁ……使えないと決まった訳じゃないけど、ハードルは高そうだよな……

 

 とりあえずお茶を用意して、お話しをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、どうそ。ケーキはどれがいい?」

 

 ティーワゴンに並べたケーキは3種類。フルーツをたっぷり使った品達だ。

 

「その、タルト?をお願いします」

 

 お勧めのフルーツタルトを皿に盛り、静かにテーブルに置いた。お昼までまだ時間はあるが、日も高くポカポカと暖かい。ここは木漏れ日がかかり、風が吹くとサワサワと葉擦れの音が心地良く感じる。

 

 ガラストップの丸いテーブルはステンドグラスの様に鮮やかな色合いで、4脚ある椅子は籐の様な植物で編まれた白い物だ。

 

「頂きます」

 

 ちょこんと座るターニャちゃんは、カップを両手で持って喉を潤した。木漏れ日はテーブルの色を際立たせてキラキラと光って眩しいくらいだ。

 

「さっきはゴメンね。不安になったでしょう?」

 

 俺もターニャちゃんと一緒のタルトにフォークを刺し、小さな欠片を口にした。

 

「少しだけ。何があったか教えて下さい」

 

 お茶でタルトを流し込み、ターニャちゃんの濃紺の瞳を見る。

 

「うん、その前に説明したい事があるの。ターニャちゃんは聞いた事が無いと思うけど、才能(タレント)と呼ばれる概念があって……知らない?だよね」

 

 頭を横にフリフリするターニャちゃんは、真剣な眼差しを俺に向ける。

 

「簡単に言うと、その人が持つ特有の能力のこと。戦う力だけじゃなく、物を作ったり、頭が良かったり、色々な種類があると言われているわ」

 

「言われている? 曖昧なんですね」

 

「そうね。目に見えないし気付かない人も多いから」

 

 頭を傾げるターニャちゃんは不満顔だ。わかるよ? 多分アレを考えてるよね?

 

「その……間違えてたらすいません。誰かに調べて貰ったり、何か表示されるとか……カ、カード、とかに」

 

 うんうん、所謂ステータスオープン!ってヤツだよね! 分かる!俺も赤ちゃんのときに毎日やってたよ!

 

「えっと……自分の力を客観的に見れたら最高だけど、それは無理かな。まして他人なんて、ね?」

 

「そ、そうですよね!? 何言ってるんだろ、ははは……」

 

 うぅ……普段ならイベント消化!って喜ぶところだけど、今はやめておこう。

 

「ふふ……でも明らかにそうでないと説明出来ない人が何人もいるの。超級冒険者はその筆頭だし、他にも沢山いるわ」

 

「超級……お姉様もですか?」

 

「うーん……私自身はそう考えて無いけど、他の人からはそう見られてるかな。私の才能(タレント)は[万能(ばんのう)]と呼ばれてるよ。魔法に関する全てを万遍なく行使出来るからそう思われてるみたい。私は練習を沢山したし、小さな頃から頑張ったつもりだから不満なんだけどね」

 

 これは事実だ。赤子の頃から飽きる事も無く訓練してきた俺を、才能の一言で終わらせるのは納得出来ない部分はある。

 

「成る程……魔法にも得手不得手はあるんですね?」

 

「一般的に、例えば……炎と水は相反してどちらかが苦手になるの。作用の対象でも差が出るのが当たり前とされて、治癒と攻撃魔法だって相反するし」

 

 魔法使いと僧侶、みたいなもの? あの……ターニャちゃんの呟きは聞こえたがツッコミはしないから。

 

「つまりお姉様は攻撃魔法が全て使えるし、治癒などの魔法も使えて、更に剣士でもあるわけですか」

 

 反則じゃん、チートだし……いやターニャちゃん、それも聞こえてるからね? 

 

「でも魔法だけなら"魔狂い"の方がより強いし、剣なら"剣聖"には負けるわ。だから、私は総合力で勝負ね」

 

 まあ、負けないけど。アイツら能力が尖り過ぎなんだよ、全く……

 

「分かりました。お姉様が言いたいのは私にもあると、その才能(タレント)が」

 

「断言は出来ないわ。ただ凄く珍しい力なのは、間違いないと思う」

 

「教えて下さい。仮定で構いません」

 

「多分……名前を付けるなら、魔力無効、或いは魔素操作、還元分解、と言う感じかな」

 

「私には魔法が効かないと言う事でしょうか?」

 

「それは違うわ。行使した魔法によって起こる現象には作用しないと思う。岩を打ち出す事は上手く無効化出来ても、間違って先に射出された岩はあくまで岩だから」

 

「ああ、発生した物理現象には意味が無いと。それなら治癒魔法まで無効化するのでは?」

 

「才能は意志が大事なの。ターニャちゃんが迎え入れてくれたら大丈夫。さっきも魔素が見えたり見えなかったりしたでしょ?」

 

 才能に気付かない人が多いのもそれが理由だ。不規則に発揮されるなら、世界は大混乱だからな。

 

「では……私は魔法を使えますか?」

 

 ターニャちゃんは確信しているのだろう、期待感は感じない。ターニャちゃんは頭が良い、誤魔化しは失礼と思う。

 

「……残念だけど、難しいと思う。ターニャちゃんは全く新しいカタチの魔法使いなのよ、きっと」

 

「お姉様、ちゃんと教えて下さってありがとうございます。大丈夫ですよ? 幾つか使い道を思いつきましたし、楽しそうです」

 

 嘘で無く、本当に嬉しそうだぞ? ファイヤーボール!とか森で叫んでた子と思えない……

 

「ターニャちゃん、あの……」

 

「お姉様、もう一つ教えて下さい。魔力はダメでも魔素ならどうでしょう? 操作は無理ですか?」

 

 ふむ、それなら可能性は十分ありますな。

 

「寧ろ得意になるかもしれないわ。魔素をはっきりと見れるターニャちゃんは簡単に感知出来るから」

 

 ターニャちゃんはニッコリと心からの笑顔を見せてくれた。本当にショックを受けてないみたいだ。

 

「ターニャちゃん、本当に大丈夫? 無理しなくていいよ? なんならお姉さんの胸で泣いても……」

 

「ふふ、大丈夫です。凄くワクワクして来ました! この力をもっと磨きたいので、教えて下さい先生!」

 

 あれぇ?

 

 おかしいな……ターニャちゃんの笑顔見てると嫌な予感がするぞ? 何処かで見た様な、何処だっけ?

 

 確か……パルメさんの店で、パルメさんと内緒話をしてた時では? あの後悲惨な目に遭ったのは?

 

 ま、まさか……そんな訳無いよな?

 

 もう一度ターニャちゃんの眼を見ると、真っ直ぐに俺を捉えてる。

 

 あ、あれぇ……?

 

 

 




感想いつもありがとうございます。

次回。ジルがある事に気付きます。ついでにプルプルします。


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お姉様、ヤバイと気付く

 フルーツタルトを急いで口に頬張ったターニャちゃんは頬をリスの如く膨らませている。とにかく早く練習を再開したいのだろう。もぐもぐと噛み砕くとお茶で体内に流し込んだ。

 

「ターニャちゃん、お行儀が悪いわ。それに喉に詰まるわよ?」

 

 ここはお姉さんらしく注意するとこだろう。

 

「んっ……すいません。早く練習したくて」

 

 可愛いな、おい。22年間鍛えてきた俺を2日で上回るとは! ほっぺを膨らませる技術は磨いて無かったぜ。

 

「もう……仕方ないわね。今回だけよ?」

 

 今のお姉さんっぽいかな?

 

「……そう言えば、今気付いたんですが……」

 

「なあに?」

 

「お家の明かりとか、シャワーとか、私操作出来るんでしょうか?」

 

 ああ、確かに魔力操作で動かすからな。心配するのも無理はないか。

 

「安心して。確かに魔力操作だけど、パターンが大事って言ったでしょ? そのパターンこそ魔素の操作だから、ターニャちゃんに教える必要もなくなっちゃった。だって魔素を視覚的に把握出来るなら答えを見てる様なものだもの」

 

 実際パターンを覚える必要すらないだろう。スイッチにON/OFFが書かれてるのと一緒だからな。ターニャちゃんは我が家自慢の生活便利システムを自由に使えるって事だね。

 

「そうなんですか?」

 

「うん、後で教えるね?」

 

「はい、良かったです」

 

 うんうん……ん? 今何か危険な兆候に気付かなかったか? えっと……ターニャちゃんの前では、我が家自慢の……あ、あーー!! 鍵だ!あの時鍵が開いたのは才能(タレント)のせいか! 

 

 つまりターニャちゃんは我が家の鍵全てを簡単に開ける事が出来るという訳だな。

 

 ……それってやばくない? 俺のプライベートが危機だ! あの衣装部屋とか見られたら黒歴史どころじゃないぞ……このレディーススーツなんて可愛いものだし……

 

 あわわわ……ど、どうする? 

 

 いや、落ち着け……ターニャちゃんだって勝手に人の部屋に入ったりしないだろう。そんな非常識な子じゃ無いさ、うん。

 

「それならお家の掃除とか、いつでも出来ますね。お姉様が留守の時に頑張ります」

 

 ひぃーーーー‼︎ ターニャちゃん、分かってて言ってない⁉︎ 前世が走馬灯の様に頭を駆け巡る……ピーなサイトの閲覧履歴を母親にバレたあの日の悪夢が! もしターニャママに見付かったら……

 

「お、お掃除なんかしなくていいよ? ほ、ほらターニャちゃんだって忙しいし」

 

「これだけお世話になってる以上、出来る事はやります。それに家事は好きなんで気にしないで下さい。こんなに広いお屋敷ならやり甲斐がありますね」

 

 うおーー! 滅茶苦茶良い子じゃん……うぅ、こうなれば焼却するしか……

 

「そ、そう?」

 

「入っては駄目な部屋は言って下さいね? 誰でも見られたく無いモノってあるでしょうから」

 

 ……やっぱり、分かって言ってない? ターニャちゃんの笑顔が黒く見えるのは、俺が薄汚れているからなのか……?

 

「ははは、見られたくないモノなんて無いよ! お姉さんは真っ白だから!」

 

「そうですか、なら遠慮なく捜査……掃除させて貰いますね」

 

 今、捜査って言った! 絶対言ったよね!?

 

「む、無理しなくていいからね?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 早く練習再開しましょう……そう言って手を引くターニャちゃんの背中は可愛いのに、何故か恐ろしいモノに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、今日はこれくらいにしましょう。初日から頑張り過ぎてもいけないわ」

 

 綺麗な顔に汗の珠を浮かべたターニャちゃんは、今も視覚に捉えているだろう魔素を見るのをやめた。

 

「はい、ありがとうございました。おね、先生」

 

 忘れてたのか、最後に先生と呼ぶターニャちゃんの顔をタオルで拭いてあげる。髪も少しだけ湿り、頑張った証を見せていた。

 

「ふふ、先生はもういいわ。でも流石ターニャちゃんね。1日でこんなに上達するなんて本当に凄いわ」

 

 お世辞ではない、恐るべきは才能(タレント)か。

 

 このペースなら、変態勇者(クロ)の様に魔素を操作出来るのも時間の問題だろう。いや、あんな操作しなくていいけど。

 

「かなり集中しないと魔素が見えないのが難点ですね。もっと上達したいです」

 

「いや、見えるだけでも凄いからね? 操作範囲を広げれば打ち出そうとした魔法も消せるのよ? これがどれだけとんでもない事か」

 

 ターニャちゃんは顎に手を当て、何かを考察し始めた。

 

「お姉様、お願いがあります」

 

「なにかしら?」

 

「街で急に姿を消したワザ?があると思いますが」

 

「ん? 魔力強化だね。正確には姿を消したんじゃなく、速く動いたのよ」

 

「その魔力強化は覚えられますか?」

 

 成る程……確かに憧れるよなぁ、漫画でも良く描写される要素だからね。

 

「残念だけど、ターニャちゃんには教えられないわ。出来る出来ないじゃなく危険過ぎるから」

 

「危険、ですか?」

 

 魔力強化はこの世界に転生した時に勿論思いついていた。身体を魔力で覆い、力と速度を強化するのに憧れたからね。だが、事は単純では無かったのだ。

 

「恥ずかしい話だけど、教えてあげる。誰にも言わないでよ?」

 

「はい、勿論です」

 

「魔力強化はもの凄く繊細で、同時に大胆な魔力行使が必要なの。ほんの少しでも間違えると……」

 

「間違えると?」

 

「服がバラバラになるわ、下着ごと」

 

「はい?」

 

「服に魔力は通らない。私の装備は魔力銀で編んでいるから大丈夫だけどね」

 

「それなら魔力銀の服を着ればよいのでは?」

 

 うむ、当然の疑問だ。

 

「自慢になってしまうけど、完全に制御できるのは私だけなの。ターニャちゃんが魔素に特化してるように、私は魔力行使に特化してるのよ」

 

 魔力操作は殆どの人が出来るが、そのレベルに大きな違いがあるのだ。

 

「魔力強化に耐えられる服を制御するだけで、大半の意識がそちらに取られる。魔力銀の糸一本一本を意識しないと駄目で、更に肉体を操作する必要がある訳だけど、皮膚、筋肉、骨、血、それらを同時に行わないと大変な事になってしまう」

 

 正確に言うなら、神経系、細胞レベルまで制御出来れば俺のレベルに到達するだろう。

 

「もし制御に失敗したとしたら……」

 

「加減を間違えれば、身体がバラバラになって血の煙になるかな」

 

 まあ、大半は素っ裸になるだけだ。

 

「そうですか……クロさんもいきなり姿を見せたので、一般的な技術だと思ってました」

 

「あの子は変態だけど、この国……ツェツエの勇者だから……あの子も特別な才能(タレント)を持ってるわ。それを見究める事が出来たから教えたけど、それでも私の様に行使は出来ないの」

 

 ゴメンね……そう言う俺にも辛い顔すら見せず、健気に笑った。

 

「お姉様? 恥ずかしいとは、まさか人前で裸に?」

 

 健気じゃ無かった!!

 

「うっ! ま、まあね。昔の事よ、うん」

 

 それは恥ずかしいですね、とニヤつくターニャちゃん。

 

「よく分かりました、魔力強化は諦めます。でも理屈だけでも知りたいです。もし悪者がいたら大変ですし」

 

「うーん……可能性は低いけど、全く居ないわけじゃないし……」

 

「お姉様とクロさん以外にですか?」

 

「うん。と言うか、私と同等かそれ以上だね。魔王陛下その人だよ。魔族は息をするのと同じ様に魔力を使うからね」

 

「それは大変な事では? クロさんは勝てるのでしょうか?」

 

「クロが? まさか!絶対に無理だよ。クロが100人くらい集まれば可能性はあるけど、あり得ないし」

 

 まあ、魔王が出鱈目に強かったら不安になるよね。

 

「……では、どうやって国を守るのでしょうか?」

 

「ターニャちゃん、怖がらせて悪かったわ。でも大丈夫。魔王陛下は優しい人で、各国との友好政策を進めてる。魔族に言うのも変だけど人格者だし、立派な人だから」

 

「それを信用するんですか? 魔族の戦略かもしれません」

 

 頭の良いターニャちゃんらしい考察だ。まあ日本の物語のイメージだとそうなるよねー。

 

「ふふふ、そうね……でも、私は信用してる。もし魔王陛下が悪者だったら……私が倒すわ。だから安心して、ね?」

 

「……お姉様、もしかして会った事があるんですか?」

 

「ええ、何度か。戦った事もあるし、お茶した事だってある。部下の人達も癖は強いけど、みんないい人ばかりなんだから」

 

 思わず思い出し笑いを零した俺に、ターニャちゃんは溜息と笑顔で返してくれた。

 

「そうだったんですか……すいません酷い事を言って」

 

 知り合いの事に対する言葉を詫びたのだろう。本当にしっかりした子だなぁ。

 

「気にしないで? 疑うのが当たり前だもん」

 

「仮の話ですけど、お姉様と魔王さんが本気で戦ったら勝負はどうなるんでしょう?」

 

 ほほう、なかなか面白い考察だな。

 

「うーん……内緒!」

 

 恐らく俺は勝てないだろう、あの人はそれだけ強い。だが同時に彼は本気を出せない。だって、ねぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話が逸れちゃったね。魔力強化の理屈だっけ?」

 

「はい、是非知りたいです」

 

 見ると汗も乾いたみたいだし、そろそろ夕ご飯の準備かな。

 

「ターニャちゃんなら理屈より見た方が早いわ。しっかり集中して私を見て」

 

 自慢のスタイルもじっくりどうぞ! ターニャちゃんならOKだよ! くびれや自慢のヒップラインもご覧下さいな。

 

「はい、お願いします」

 

「じゃあ行くよー」

 

 今では一瞬で終える事が出来る魔力強化を身体に行使する。今着てるレディースーツは速度に耐えられないので、動く事はしない。朝着てたのは大丈夫だったが。

 

 音も無く、光りもしない。所謂詠唱も唱え無いから傍目には何も変化が無いはずだ。

 

 だが、ターニャちゃんには……

 

「凄い……魔素が踊ってます! 綺麗……まるで……星空の様。それに、なんて規則正しい……」

 

 あまり感情を表に出さないターニャちゃんも、感動に打ち震えている様だ。行使している俺にすら見えない世界だからなぁ。

 

 ターニャちゃん曰く、身体の各所を魔素が踊り、複雑な動きをしながらも一定のパターンで動いているらしい。うん、わかんない。

 

「今着てる服は魔力銀を使ってないから、制御から外れてるわ。装備を揃えると、服だけで無く剣にも通すから……また違って見えるかも」

 

「……これ以上複雑に……確かにコレは無理ですね。とても理解出来ません」

 

 髪の一本まで魔素が通ってるらしく、ターニャちゃんからは光輝いて見えるってさ。うん、やっぱりわかんない。

 

「今動いたら服はバラバラだからね、絶対動かないから! あっ、違う、フリじゃないからね!?」

 

 しまった! 余計な事を言ってしまったじゃないか!

 

「……お姉様……やっぱり……いえ、なんでもありません」

 

 なんですか!? その残念な人、みたいな目をやめて下さい!

 

「どう? 大体分かったかな?」

 

「はい。お姉様、試したい事があるので動かないでくれますか? 痛くしないので」

 

 最後の台詞って要らないよね!?

 

「な、なにかな」

 

 ターニャちゃんは無言で俺の身体をサワサワと撫でる。

 

「アッ、ちょっとターニャ……ちゃん。う、うひゃ! 其処は駄目だ、よ? アンッ、イヤ……」

 

 魔力強化の所為で、ある意味敏感になった身体を撫でられるのはキツイ。てか魔力強化したらこんな、にっ、なるのかよ!? ウヒッ、知りませんでした!

 

「……あ、いっ、や……やめ……」

 

「はい、もういいです。お姉様?」

 

 ……あ。

 

 ま、またもや赤面プルプルを披露してしまった……魔力強化にこんな副作用があるとは……当たり前だが戦闘中に愛撫などされた事は無い。

 

「ハァ……な、何なのターニャちゃん」

 

 うぅ……夕御飯の前にお風呂入り直さないと……

 

「はい、実験は成功しました」

 

 今のが実験!? 一体何ですか!?

 

「成功?」

 

「解除です」

 

「ん……何を?」

 

「魔力強化」

 

「は?」

 

「お姉様は今、只の女の子ですね」

 

 落ち着いて自分の身体を観察する。うん、綺麗、完璧……じゃなくって!

 

 魔力強化が跡形もないのですが……腕を振っても、脚を上げても、普通です。ありがとうございました。

 

「お姉様、下着が丸見えです」

 

 余りの衝撃に脚をブンブンと振り回していたら、ターニャちゃんからツッコミが入る。

 

「え、えーーーー!!」

 

 ま、魔力強化を解除って……嘘でしょ⁉︎

 

「一体どうやって……?」

 

「規則正しい動きを邪魔したんです。お姉様の魔素は簡単に消せなかったので、直接触りました。ただ、時間が掛かりすぎるので要練習ですね」

 

 ……いやいやいや……マジで!?

 

「れ、練習するの?」

 

「はい、クロさんと争う可能性もゼロでは無いですし。お姉様に悪さをしたら叱らなければいけません。それに他にも変な人か居るかもしれませんから」

 

「……その練習って、今のを繰り返したり?」

 

「はい、お願いします。痛くしませんから」

 

「……はい」

 

 どうしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付いたんだけど、魔力強化を無効化されたら俺もヤバイのでは無いだろうか?

 

 予め分かっていれば対策も打てるし、真剣勝負なら負ける要素は無い。だけど俺がターニャちゃんを傷つける訳ないし、絶対に暴力なんて振いたく無い。

 

 考えてみよう。

 

 未だ残るTSイベント消化の為に幾つかの悪戯を用意していた。何かあっても魔力強化で脱出すれば良いと思っていたが、これからは危険を伴うだろう。

 

 ターニャちゃんは頭が非常によろしい様だ。先手を打たれたら逆襲されるかもしれないぞ。

 

 ……俺も頑張って鍛え直そう。

 

 ふと見ると、此方をニコニコと眺めている。

 

「ターニャちゃん、どうしたの?」

 

「お姉様が真剣に考え事をする姿も綺麗だなって見てました。その望み、解決すると良いですね?」

 

 ……頑張ろう、本気で。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q,頑張ると決めたジルはどうするのか……
A,屋敷の警備員になります
次回、「お姉様、決意する」


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お姉様、決意する

途中から視点変更があります。


 

 

 

 

 

 可愛い嫁(予定)と同棲を始めて、既に十日以上経過している。

 

 天気の良い朝は早起きして自慢のお庭で朝食。

 

 まったりとお茶を楽しみ、同時にターニャちゃんとの時間を愉しむ。

 

 その後は魔法教室や訓練をして、お昼前にお風呂に入る。訓練の様子は聞いちゃダメだ。

 

 午睡をしたらノソノソと起き出し、ご飯を一緒に作ったり買い物したりする。

 

 夜にはおつまみを用意してくれるので、ベランダやお庭で軽く晩酌したりもした。流石にターニャちゃんはジュースだが、酔いの回った俺の相手も笑顔でしてくれるのだ。ああ、可愛い。

 

 深酒した日はターニャちゃんに抱き付き、フワフワほっぺにチューしまくった記憶があるが……きっと夢だろう。

 

 おまけに翌朝ターニャちゃんから睨まれたが、多分気のせいだ。

 

 ああ、コレが幸せか……俺が夢見た楽園はココにあったのだ。可愛い嫁(予定)と仲良く二人暮らし。コレ程の幸福が他にあるなら教えてくれ。

 

 決めた! もう一生このままでいいや。派手に過ごさなければ金は十分あるし、偶にバイトでもすれば良いだろう。

 

 今朝もターニャちゃんは偶に一人で外出していて、お土産などを買って来てくれるのだ。その内おはようのチューをしてくれるかもしれない。

 

 チュー……つまりキ、キス……人生、前世も含めて初めての経験だ。今も外出中のターニャちゃんを想い、思わず顔を覆ってしまう。

 

 アカン……完全に童貞のソレじゃないか……まあ、確かに童貞ですけども! い、いや……今なら処女か?

 

 まあ、何でもいい! だって幸せなんだもの!!

 

「ふぁ……眠たくなってきた……寝よっと」

 

 お休みなさい……ぐぅ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 アートリス、冒険者ギルド

 

 ギルド長室

 

 

 

「ジルめ、何をやっとるんだ……」

 

 ウラスロ=ハーベイ、アートリスのギルド長は呆れ声を上げていた。

 

 大きな机に迫り出した腹が当たるが、それを気にした風もない。長い髭を巻き込み、腕を組んで唸り声が溢れる。ジル曰くドワーフとの描写はぴったりだろう。

 

 今日で合計13日間、超級冒険者[魔剣]ジルはギルドに姿を現していない。実力は勿論だが、あの美貌と愛嬌は男性だけで無く女性にすら笑顔を届ける存在なのだ。此処まで長期間顔を見せないのは非常に珍しく、特殊な依頼が無ければ有り得ない事だった。

 

 護衛などの依頼で留守にしていたダイヤモンドやコランダムの冒険者達も、ジルはいないのかと煩い。

 

 しかも最近は王国の勇者まで聞きに来る始末だ。

 

「超級にそんな義務など無いが……」

 

 超級には指定された依頼すら選択出来るし、ギルドへの訪問義務もない。他国への往来も事前に報告すれば拒否も出来ない程だ。

 

 それでもジルは……8年前にフラリとアートリスに現れると、気に入ったのかこの街に住み着き、殆ど毎日ギルドに来ていたのだ。

 

 

 報酬が多少少なくとも、小さな町の危機に脚を運ぶ。

 

 池に落ちた物を探す為、女の子と一緒に泥だらけになる。

 

 希少な薬の生成の為、危険なエリアに一人突撃する。

 

 街に出れば貴賎すら問わず、愛想を振り撒く。

 

 それでいて、ツェツエ最強の冒険者であり、長く生きたウラスロすら見た事の無い美貌を誇る女性。

 

 

 ウラスロはジルが打算で動いていると知っているし、実は深く物事を考えていない事も分かっている。だかそれでも根っこの部分はお人好しだと理解していた。

 

「まだ、厄介な依頼は無いが……情け無い事に士気に関わる……ジルは何をしとるんだ!」

 

 お茶を持って来たリタはウラスロの大声にも動じず、飄々と答えた。

 

「偶に買い物してるみたいですし、ターニャさんでしたか? あの娘と散歩してたり、パルメの店で時間を潰してると聞いてますが」

 

「……つまり、遊んでいると?」

 

「まあ、有り体に言えばそうですね」

 

 益々苛つきを抑えられなくなったウラスロは、お茶を一気飲みした。

 

「熱!! ひ、ひたがやけど……」

 

「……お大事に」

 

 ドアを開け、ギルド長室から出ようとしたリタは脚を止めた。

 

「ど、どうひた?」

 

 スタスタと机まで舞い戻り、一通の封筒を渡した。

 

「誰からだ?」

 

 やけどは落ち着いたらしい。ひっくり返して、ウラスロは「うひっ」と悲鳴を上げた。

 

「リ、リタ、此れはいつ? いつ届いたんだ?」

 

「つい先程です、大変身なりの良い方でした。ギルド長に渡してほしいと」

 

「そいつ……いや、その方はまだおられるのか!?」

 

「いえ、直ぐに帰られました。あの、何か」

 

 ギルド長の豹変にリタは細い眉を曲げ、不安そうな顔をする。

 

「リタ、これは王家からの玉簡だ。つまり手紙だよ。無論、階位は低いものだが……」

 

「……冗談ですよね? だって封蝋を確認しましたけど、王家の物では……」

 

「これは友人、或いは近しい者に送るかなり個人的な物だからな。おまけに陛下のモノでもない。第一王子のツェイス殿下の封蝋だ」

 

「ツェイス殿下の……では先程来られたのは……」

 

「見てないから分からんが、まあ側近だろう。この手の書簡は信用する者にしか預けないからな」

 

「この手の書簡と言いますと……?」

 

「ん? 幾つかあるが、分かり易いので言えば恋文だ」

 

「……ま、まさか私に!?」

 

「それは無い」

 

 封蝋に目を落としつつも、しっかりと否定するウラスロ。

 

「……では何故ギルドに……あっ……」

 

 リタは気付いた。こんな非常識なのは、きっとあの人だろう。

 

「見たくはないが、見るしかない。宛名は一応ギルド長だからな……」

 

 丁寧に封蝋を剥がし、恭しく中身を取り出す。

 

 ウラスロは短い文章を読むと、大きな、非常に大きな溜息をついた。

 

「見るか?」

 

 ギョッとしたリタは、恐る恐る手紙を受け取ってウラスロを見た。

 

「よろしいのですか? その、私が見ても」

 

「構わない、内容自体はおかしなモノではないからな」

 

「で、では」

 

 リタは生まれて初めて王家所縁の物に触れた。ましてやウラスロの言葉が事実なら、王子直筆のかなり個人的な手紙の筈だ。只の紙すら神々しい気がする。

 

 少しだけ震える手と足を止める事も出来ず、必死に文字を追う。

 

「あの、コレは?」

 

 手紙が求める相手は予想通りの人だった。最近遊び呆けているあの人だ。

 

「見ての通りの依頼だ。ジルを臨時教官として招聘したいだとさ。王子直轄の竜鱗騎士団、精鋭中の精鋭だな」

 

「私でも竜鱗騎士団は知ってますが、何故王子自らがジルさんに手紙を? しかもギルド経由なんて」

 

「まあ、照れ隠しだな」

 

「はい? なんですか?」

 

「照れ隠しだよ。直接ジルに逢いたいと、立場上も個人的にも恥ずかしいのさ。ジルも態々王都には行かないからな」

 

「つまり、王子殿下はジルさんに惚れていると?」

 

「ああ、その筋では有名だ。別に知ったからと言って大変な事にはならないから安心しろ」

 

 クワッと血走った目を見開いて、ウラスロを睨み付けたリタは言葉を重ねた。

 

「超玉の輿じゃないですか!? ツェイス殿下と言えば、人格に優れ、剣魔の腕だけでなく頭脳明晰と言われる……しかも大変美しい天姿(てんし)で……あー!もう! 何なんですか一体! そっそう言えば、以前魔王からも求婚って……」

 

 最早思考を放棄したリタは、ワナワナと震え手紙を握りつぶしたくなった。

 

「俺が遊び呆けてるジルに怒りを覚えるの分かるだろ? アイツをその辺の人間と一緒に考えたら駄目だ。ついでに言っとくが、ツェツエの勇者クロエリウスはジルの元弟子でゾッコンだ」

 

 はあ!? 王子、勇者、魔王……なんなの!?

 

 同年代の王子、歳下の勇者、年上の魔王、全部揃ってるじゃない!

 

 そう呟くリタにウラスロは憐憫の視線を送る。

 

 分かるぞ、うんうんと頷くウラスロはリタに指示を出した。

 

「とにかくヤツを捕まえるぞ。丁度良いからターニャを連れて来てくれるか? 受付から離れていい」

 

 ジルは妙に勘が働くから、直接捕まえるのは難しい……そう補足するウラスロにリタは自信無さげに返事をする。

 

「見つかればよいですが……とりあえず行って来ます」

 

 ガックリと肩を落としたまま、ギルド長室をリタは後にした。

 

「あの馬鹿……まったく……」

 

 ウラスロは超級冒険者兼問題児ジルの笑い顔を幻視して、再び溜息をつくしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、なんでしょうか?」

 

 リタにあっさり見つかったターニャは、ギルド長室に連行されていた。大量の食材を仕入れ、重そうに紙袋を抱えていれば目立つ事この上ない。リタが声を掛けたのはギルドを出てから僅かな時間だった。

 

 ターニャは不安そうにウラスロを見ている。紙袋は部屋の隅にあるテーブルに預けられた。

 

「ああ、そんなに不安そうにしなくていい。悪い話をしようって訳じゃない。どうだ? アートリスは慣れたか?」

 

「はい、お陰様で。おね……ジルさんに良くして貰ってます」

 

 不審な呼び名には触れず、取り敢えず世間話を続けるウラスロは紙袋を見る。

 

「凄い荷物だ。アレはジルから頼まれたのか?」

 

 小さな女の子に持たせるには余りに重く大きい。

 

「ジルさんから頼み事をされる事は殆ど有りません。市場を歩いていたら良い食材を見つけたので、つい……料理が好きなんです」

 

「そうか……可愛らしい女の子に酷いことをしてないなら良いが、君は今もジルの家に住んでいるか?」

 

「? 私の特殊な状況から離れる訳にいかないと聞いていますが。違いましたか?」

 

 ターニャは分からない程度に目を細めたが、ウラスロは何とか感じ取った。

 

「……いや、そうだったな。確かにジルに任せていたよ。俺も歳をとったものだ」

 

 ターニャは全く信じていない様だが、ウラスロもそこまで責任を取る気はない。どうせジルが適当に理由を作ったのだろう。

 

「それで、御用件はなんでしょうか?」

 

「ジルに手紙を渡して……いや、至急ギルドに顔を出す様に言って貰いたい。大事な用件を伝えなければならないと、冒険者の依頼だと知らせて欲しい」

 

「依頼、ですか。どうでしょう、ジルさんは来ないかもしれませんよ?」

 

「……何故だ?」

 

 ジルは問題もあるが、基本的に仕事には真面目に取り組んで来た。依頼があれば余程の事が無い限り請け負う冒険者なのだ。

 

「最近よく言ってますから。もう冒険者は辞めた、二人でゆったり過ごすと。何処かの田舎に引っ越すとも言ってます」

 

「「ぶーっ!!」」

 

 ウラスロとリタは我慢出来ず吹き出した。

 

「な、何を……ジルが冒険者を辞める、と? 本当にそんなことを言ってるのか!?」

 

 超級冒険者でまだ22歳の若さだぞ! 何を隠居するババアみたいな事を言ってるんだ!! そのババアと言う言葉にリタは白い目を向けたが、ウラスロは幸運にも気付かない。

 

「本気かどうかは……私も出会ってから日が浅いですし、ジルさんの思いが全て分かる訳ではありません。ただ……」

 

「ただ……なんだ?」

 

「あれでは只のニートです。ジルさんには似合わないと思っています」

 

「ニー? ニート? なんだそれは?」

 

「……家から出ない、無職の人です。所謂駄目人間ですね」

 

 ターニャ見た目の可愛らしさに反して、かなり辛辣だった。

 

「なら、何とか連れて来てくれないか? 俺も説得しよう。たのむ!」

 

 ギルド長として、ツェツエを愛する国民として、ジルを引退なんてさせる訳にはいかないのだろう。ついでに言うと、王家からの難癖が恐い。マジで。

 

「直接家に来られたら良いのでは? 男性一人というのは良く無いでしょうから、リタさんもご一緒にどうでしょう? あの人はリタさんを気に入ってますし」

 

「わ、私をですか? な、なんでまた」

 

「お酒を飲んで酔うと、リタさん可愛いいなぁって嬉しそうにしてますから。でへへって気持ち悪い声で笑ってます。あとお友達になりたいそうです」

 

 あっさりとジルの恥ずかしいところをバラすターニャ。呆然とするリタ。

 

「可愛いって、アンタがその可愛いの権化でしょうに……いや、嬉しいですけど! 超級冒険者とお友達に? お茶とかしちゃったり……あ、凄くいい」

 

「帰って来い、リタ。だが勝手に家に訪ねる訳にもいかんよ。俺は付き合いが長い方だが、それでも家に行った事など無い。そもそもジルの私生活は謎に包まれていて、街の噂話に上るくらいだからな」

 

「それなら大丈夫です。私に友達が出来たら何時でも御招待する様に言われてます。何でもお友達チェックをしないと駄目だと」

 

「「過保護か!」」

 

 思わず揃ってツッコミを入れるウラスロ達。同時に謎に包まれていたジルが、実は姉馬鹿と判明した。

 

「今から行きますか? 私も帰るところでしたから」

 

 ウラスロとリタはお互いの顔を見て、頷いた。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

「うーん、うーん……駄目だって……そんなトコ触ったら……」

 

 躱そうにも何故か体が動かない……

 

「うぅー……ターニャちゃん、訓練はもうやめようよ……」

 

 ちっちゃな両方のお手々で縄をピンと張ってジリジリと近寄って来るターニャちゃん。怖い……でも可愛い! 

 

 ハッと思わず目を開けば、何時もの枕が頭を受け止めてくれていた。

 

「……夢か……はあ、トイレ行こっと」

 

 て言うか、あの縄ってなんだよ……変な夢だなぁ。

 

 

 

 ふー、まだ昼前かな? もう一眠りしよう。ターニャちゃんは買い物だし……

 

 はあ、自由だなぁ。そう、俺は自由だ!

 

 もう働かないぞ! 俺はこの屋敷を守る"屋敷警備員"になったのだから‼︎ むふふ、世界最強の警備員誕生だぜ。

 

 ターニャちゃんが帰って来たら、何して遊ぼうかな?

 

 そうだ、久しぶりに着せ替え人形になって貰おう。前に買った服まだ着てないのあるからね。しかし、この世界にカメラが無いのが悔やまれるな。仕方ないから記憶の中に記録するしかない。つまり何度も何度も確認しないとダメな訳だよ、うん。

 

 よし、体力を温存する為にも……

 

「おやすみなさい……ぐぅ……」

 

 

 

 

 

 




次回。ターニャ視点でお送りします。


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☆女の子、友達を御招待

ターニャ視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 お姉様の住む家まで僕は二人を案内していた。

 

 買い物袋をリタさんが持ちたがったが、こんなの……軽いから大丈夫だし。そもそも女の人に荷物を持たせるのはカッコ悪い、と思う。

 

 お姉様はまだ寝てるかもしれないが、それはそれで面白いなと考えている。()()()が出来たので約束通り、お家に御招待してるだけだしね。ちょっと年齢が離れた友達だが、歳の差に制限は無かった筈。偶然案内したらタイミング悪く、本当に不運にもお姉様の恥ずかしい姿に遭遇するかもしれないが……それは事故だから仕方ない。

 

 綺麗な人がプルプル震えるのを見るのが大好きだ。あんな美人が自分の掌で踊るのを見ると、堪らなく感動を覚えるのだ。お姉様は少しお馬鹿で残念だけど人が良いのは間違いない。

 

「ターニャ、普段はどんな事をしてるんだ?」

 

 ウラスロさんから見たら子供だからか、遠慮の無い質問が飛んでくる。

 

「普段は料理したり、掃除したり、ですかね? ジルさんのお家は広いので、やり甲斐があります。それと魔法教室を開いて貰ってます。毎日少しずつですけど上達が感じられて楽しいですよ」

 

「魔剣ジルの魔法教室か……金をいくら積んでもいいから参加したいって連中がわんさかいるだろうな……アイツは、ジルは何をしてるんだ?」

 

 ウラスロさんもリタさんも悪い人では無い、それは間違いないだろう。なら、お姉様で遊ぶのに利用するかな。

 

「そうですね……ギルドでも話しましたが、食べて飲んで、買い物して、寝てますね。でも魔法は丁寧に教えてくれますし、本当に優しくて感謝しています」

 

「……こっちの気も知らないで良い気なもんだな。まあいい、それは後で問い質そう。一応ジル預かりだがギルドの管轄でもある。何か困った事はないか?」

 

 此処だな。一応子供らしくしようかな。

 

「困った事ですか? うーん、本当によくして貰ってるので……そういえば……あっいえ、何でもありません」

 

 予想通りウラスロさんは眉を歪め、質問を返して来た。

 

「なんだ? 言い掛けたなら最後まで言ってくれ。気になって眠れなくなっちまう」

 

「本当に大した事じゃないですよ?」

 

 構わない……直ぐに言葉を重ねたウラスロさんだけでなく、背後を歩くリタさんも興味津々だ。

 

 困り顔で、少し照れ臭そうに……と。

 

「私がお風呂に入ってると必ず後から入ろうとするんです。恥ずかしいので断るんですが、殆ど毎日……入り口を守るのが大変です。それと、着せ替え人形みたく毎日遊ばれるのも困ってます。あと酔うとキスして来るのも恥ずかしいですね……それと」

 

 まあ、実際は反撃してプルプルさせてるけど嘘じゃないから。魔力強化解除の訓練は態とゆっくりやってるし。真っ赤な顔でプルプル震えて我慢してるの可愛いからね。

 

「待て待て待て……それは本当にジルの話なのか? あの水色の瞳の?」

 

「え? はい、そうですけど……もしかして意味が違いましたか?」

 

 予想はしていたが、お姉様は外でのキャラづくりに余念がない様だ。多分カッコ良い大人の女性で、何処か近寄り難い高嶺の花を狙ってる。本性は多少バレているだろうが、やはり遠い人であるのは間違いない。

 

 日本ならハリウッドの大スターか、有名スポーツ選手みたいなものかな? うーん、ちょっと違う?

 

「アイツ、普段はかなり誤魔化してやがるな。只の姉馬鹿じゃないか……今まであれだけの男達を夢中にさせていながら妹分に弱いとは」

 

「ジルさんて、もしかして……」

 

 リタさんも何かに気付いた様だね。後は家に着いたら楽しい事になるだろう。お姉様はその辺は外さないから……イベントに強いよね。

 

「リタさんとお友達になりたいけど、話し掛ける勇気が無いみたいです。どんな話をしたら良いか分からなくて、何時も見詰めるしかないと。出来ればリタさんから優しくして貰えると私も嬉しいです」

 

 リタさんは遠い目をしている。

 

「超級冒険者が話し掛けるのが恥ずかしい? 普段仕事の話普通にしてるんですが……偶にあの顔で笑い掛けられて緊張してた私を返して欲しい……」

 

 ヘタレかよ……リタさんは呟くが、何処か良いおもちゃを見つけた顔をしてる。やっぱりアナタは同じ趣味ですね? いいお友達になれそうです、僕と。パルメさんが会長で"お姉様を弄る会"を結成しますから参加して下さい。マリシュカさんは相談役ですね。

 

「まあ、ジルが悪い事をしてないならいい。いやお風呂侵入は問題だが……」

 

 お姉様、もう直ぐお友達を御連れしますね?

 

 待ってて下さい、お布団で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの先を右に曲がったら直ぐです」

 

 明らかに高級住宅街らしきエリアで、その中心に位置してるお姉様の家。少し入り組んでいるし高い壁で覆われているから分かりづらい。

 

 知らない人からは、何かあるんだろうな程度の情報しか入らない。理解が進んで来た魔素により、複数の魔力的システムが稼働しているのが見えたりしてる。

 

 お姉様曰く、普通の人には見えないし、ある程度鍛えた人なら警戒感を強く持つらしい。

 

「あそこから入ります……お二人とも、どうしました?」

 

 ウラスロさんは青白い顔になってるし、リタさんは明らかに冷や汗を掻いている。どうしたのかな?

 

「ここで間違いないのか……? これは……異常だぞ」

 

「ターニャさん、何も感じないの? 信じられないわ、こんな魔力を乱雑に……」

 

 乱雑……? 僕から見たらお姉様の魔力強化程では無いけど、凄く美しく見える。

 

 おそらく二人が見てるのは、お姉様が施した防犯システムの事だ。屋敷と同じ魔力銀を応用した数々の魔力行使の痕跡だろう。

 

 お姉様の話では開発した魔素感知波を無償で提供したらしい。ギルド職員は皆学んでおり、リタさんも魔力をある程度把握出来るのだろう。ウラスロさんは元戦士らしいし、当然の事なのかもしれない。

 

 因みに、大半の人は魔力と魔素に区別はついていないとの事だ。ほぼ同義語になっており、二人が感知しているのも行使された魔力であり、揺れ動く魔素でもある筈だ。

 

 もう一度壁や扉を見てみる。

 

 やっぱり綺麗だけどな……僕には魔素しか分からないけど、渋滞の無い高速道路に流れるテールランプの様に見える。其々に意味がある筈だけど流石に僕は分からない。

 

「お二人には、そんな風に感じられるんですか?」

 

「……正直来た事を後悔しているよ。やはり超級……しかも最強の魔剣ジル。常識で考えては駄目だったんだ、此処まで常軌を逸した魔法防壁は初めて見るよ。ツェツエの王城でも、こんな非常識な行使などしないぞ……」

 

「私はギルド長程に感知出来ませんが、兎に角近づいたら危険なのは分かります。此れはジルさんの心の現れなんでしょうか……恐ろしい拒否感を感じますから」

 

 ……いや、考え過ぎじゃない? 絶対そこまで考えてないから。多分調子に乗って、色々試してただけだと思うし。それにちゃんと計算されてるから、死んじゃう様な防壁なんてないよ。殆どが悪戯か驚かせるだけ、みたいな。例えるならお化け屋敷かな、きっと。

 

「……兎に角お二人はお客様ですから大丈夫です。私が案内しますから安心して下さい」

 

 おじいさんとお姉さんは、それでも中々脚が動かないみたいだ。なんか遠い目をしてブツブツ呟いてる。

 

 見た目や雰囲気に騙されてたんだ……中が魔王城だとしても驚かないぞ、とか。

 

 ジルさん、いえジル様、私が悪かったです。調子に乗ってました、とか。

 

 ……いや、ビビリ過ぎだから。何度も言うけど中身はあの人だよ?

 

 常識の外にいる様な美人だけど、お姉様だからね? 

 

 うん……まあ、人外な人なのは否定出来ないかな。魔素を鍛えたから分かる……お姉様の非常識さ。絶対チートだよね、あれは。いくら魔力無効化をしても根本を抑えたり出来ない……と言うか不可能と分かった。そもそも実戦なら触る事すら出来ないし、気付く事も無く瞬殺間違いなしです。

 

 このまま待ってても仕方が無い。先ずは中に案内しよう。

 

 両開きの巨大な扉を開けようと、魔力銀製の取手に手を触れる。

 

「あ、危ないわ!」

「ターニャ!! そのまま不用意に触れるな! 大怪我を………す、る、?」

 

 僕からしたら当たり前に、あっさりと扉は開く。勿論魔素、つまり魔力を分解して魔力を抜いたのだ。とんでもない重量の扉だと思うけど、勝手にギギギと動いてくれるからね。自動ドアだよ、これ。

 

「な、何を……何をしたんだ……防壁が一瞬で霧散したぞ。有り得ない……」

 

 魔素を決まったルールで動かすだけなんだけど、見えないと大変なのかな? 説明書付きで鍵までぶら下がってる感じだから、イマイチわからないや。因みに霧散したのでは無く、お休みしてるってお姉様は言ってた。

 

「ジルさんが何か仕掛けをしてくれたみたいです。私は何時も此処から出入りしてますから安心して下さい」

 

 嘘だが、僕の才能(タレント)は余り知られない方が良いらしいし、適当に誤魔化しておく。

 

「……落ち着いて考えれば当たり前か。ターニャは何時も外出してる訳だからな」

 

 ウラスロさんもリタさんも、少しだけホッとしたみたいだ。

 

「では、どうぞ? お友達を初めて御招待しますから、少し緊張しますね」

 

「お友達って……まあいい。ジルは居るんだな?」

 

「間違いありません。今は寝てますね」

 

「もう昼だぞ……どれだけ自堕落な生活を送ってるんだアイツは……」

 

 しっかりとお説教して下さい。僕は横から援護射撃しますから。

 

 その前にお姉様で遊ぼっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お茶をどうぞ。あと、このクッキーはジルさんの手作りです」

 

 お姉様のお手製クッキーは本当に美味しい。甘さ控えめなんて良く言うけれど正直控えてない。だから口に入れるとフワリと溶けて、優しく甘さが広がる。どうも魔法的な作業があるらしく、今度見せて貰う予定だ。

 

「ありがとう、頂くよ。しかしこのお茶は珍しい香りだな。リタ、知ってるか?」

 

「いえ、初めての香りですね。不思議な……なんでしょうか?」

 

 この世界では珍しいのか、深煎りの焙煎茶の一種と思うけど。

 

「なんでも別の大陸のお茶で、バンバルボア帝国産の特級茶葉だそうです。美味しいですよね、これ」

 

 やっぱりお姉様がバンバルボアの出身だって言わない方がいいんだろうな。

 

「バンバルボアの? そりゃ珍しいな。敵対しては無いが深い友好国でも無い。交易も僅かな筈だ」

 

 リタさんは、良く知らないのか反応は無かった。

 

「あ、このクッキー美味しい……」

 

「良かったです。ジルさんも喜ぶと思うので、感想を伝えて上げて下さいね? リタさんに言われたら飛び上がって喜ぶか、真っ赤になって固まると思います」

 

「……ジルさんが真っ赤、ですか? ふふっそんな子供みたいな反応をジルさんがしたら困っちゃいますね」

 

 リタさんは僕の冗談だと思った様だ。面白い事に、そんな人なんだけどね。最初は態と演ってるのかと疑ってたけど、アレは間違いなく天然だし。

 

「しかし、この応接室は見事だな。ジルの趣味なのか?」

 

「はい、全部ジルさんの拘りですね。お庭も素敵ですし、後で散歩してみて下さい。あっ、魔法防壁は切りますから」

 

「……頼むよ。生きた心地がしないからな」

 

 元の屋敷の応接室を利用してるらしいけど、内装は殆ど総替えしたみたい。全体的に白と青を基調にして、家具類も落ち着いたグレーで統一してある。

 

 派手な装飾は無いけど手触りや質感は明らかに高級品と思う。僕たちが座る椅子の座り心地は、ちょっと驚くレベルだ。それに何故かフンワリと花の香りがするんだけど、コレって多分お姉様の匂いだよね。

 

「なんだか良い香りがしますね。花……かな、優しい感じだし香水では無いみたい。寝室で香ったら熟睡出来そう」

 

 お姉様の寝室なら、しっかりと嗅げますよ? バラしたらお姉様、恥ずかしいかな? でも女性の匂いなんて失礼かもしれないから、やめておく?

 

「この香りは香水じゃなく、ジルさんの匂いですね。寝室はもっとはっきりと香りますから間違いないです。使ってる石鹸とは違うし、不思議ですね」

 

 まあ、言うけどね。

 

「リタさんに良い香りって褒められたら、真っ赤になって固まりますよ」

 

「……もしかして、ターニャさん……」

 

 うん、リタさんも気付いたかな? お姉様を弄る会への入会お待ちしてます。

 

「はあ……余り虐めてやるなよ? ところで、ジルはまだ起きて来ないのか?」

 

「いつもは昼食の香りに惹かれて起きて来ますから、まだ寝てると思います。お二人もご一緒にどうですか?」

 

「昼食に惹かれてって、子供か……奴の私生活は表に出さない方がいいな。いや、誰も信じないか?」

 

「ギルド長」

 

「ん?ああ、済まない。折角のお誘いだが、またの機会にさせてくれ。ジルへの用件を伝えたら直ぐに返事を出さないといけないからな。でも、ジルの胃袋を掴んだターニャの料理には酷く興味を惹かれるよ。また誘って貰えると嬉しい」

 

「はい、勿論です。お二人は私のお友達ですから」

 

 予感がする。この二人が居ればお姉様はもっと面白い反応をしてくれる筈。

 

「お友達か……つまり、俺達はジルに認められる必要があるな。ターニャの友達として相応しいかを」

 

 僕たちは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。

 

「間違い無く認めてくれますよ。それは保証します」

 

 多分暫く後には、お姉様は真っ赤になってプルプルしてるだろうから。寧ろ泣いて頼むかもしれない、今日の事は内緒にして下さいって。

 

 なんだか楽しくなってきたな。

 

「では、少し待っていて下さい。ジルさんを起こして来ます。それと……面白いものが見れるかもしれないので、ちょっと様子見をして下さいね?」

 

「様子見? まあ、分かったよ」

 

「……了解です、ターニャさん」

 

 リタさんは既に獲物を狙う肉食獣の眼になってる。

 

 流石、分かってますね?

 

 

 

 



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☆女の子、ちょこっと本性を現す

ターニャ視点です


 応接室からお姉様の寝室まで、かなりの距離がある。

 

 ウラスロさん達にはお茶を入れ直して暫く待つ様にお願い済み。朝日も高い位置に移り、より明るく廊下を照らしてくれている。窓からは時折あの綺麗な庭園が見えて、自分が遠い場所に来た事を思い出させてくれた。

 

 そんな廊下をゆっくりと歩いてると、沢山の事が頭に浮かんでくるんだ。

 

 この世界に来て未だ一か月も経っていないけど色々あったな。異世界だし、女の子なったのにも驚いたけど……やっぱり一番はお姉様だよね。

 

 今から起こしに行く相手、ジル……本名はジルヴァーナらしいけど……お姉様の存在は他の事など忘れさせた。

 

 ゴブリンらしき緑色の怪生物に襲われた時、目の前に現れた人。

 

 あの時の衝撃は今も覚えているし、毎日お姉様の姿を見てソレを思い出したりする。

 

 陳腐な言い方しか出来ないけど、あんな綺麗な人は前世を含めても見た事は無い。テレビやネットの世界を含めても、だ。

 

 最高の才を持って生まれた子を更に最高の環境で純粋培養し、無駄を削ぎ落とした美の結晶。どんな美人でも一つ位は欠点があるし、ソレが愛嬌にも繋がるけど……冗談でも無く、そんなモノは全く存在しない。

 

 それ程の美貌を持てば、性格や立ち振る舞いにも影響を及ぼす筈なのに。実際前世では女性とは男性に理解出来ない存在でもあった。

 

 だけど、お姉様は違う。必死になって綺麗であろうと、素敵な女性であろうとしてる。そこに居るだけで世界を変えてしまう程の美の結晶なのに。

 

 どう言えばいいだろう?

 

 例えるなら、お姉様は一分の狂いも無い真円。世界にたった一つ、誰が見ても綺麗な丸を疑う事すらしない。なのにお姉様は三角や四角である事を恐れて真円に成る努力をしてる。もう完成されてるのに。

 

 それが可笑しくて、可愛いらしい。

 

 ただ座って待てば良いのに、周りが放っては置かないのに……一生懸命走り回って転んだりしてる。不器用なのにね。

 

 でも不思議だったけど、直ぐにわかった。

 

 今は可能性じゃなく確信してる。

 

 お姉様は僕と同じ転生者。赤ちゃんに転生した日本人。理由は沢山あるし最初から疑わしかったけどね。

 

 まず僕を助けてくれたタイミングが出来過ぎ。魔素を感知して空間の異変を見たってウラスロさんに言ってたけど……それなら僕の転移を最初から見てた事になる。

 

 言葉の使い方が不自然。異世界言語の筈で、自動翻訳などされない単語に違和感を覚えてない。トマトとかキューブ、この世界では、とかお姉様は気付かなかった。

 

 とにかく存在がチート過ぎ。設定盛り盛りで、人外の美貌と最強の力。

 

 そして何より、物語でありそうなイベントを頑張って起こす為に行動してる。まあ、バレバレで反撃は簡単。お人好し過ぎて上手くいくわけないのにね。

 

 だからお姉様?

 

 これからも一緒に楽しみましょう。

 

 さあ、お客様がいらしてますよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お姉様の居室の扉をノックすると軽くて柔らかな音がする。この音色好きだな。

 

「お姉様、そろそろお昼です。起きて下さい」

 

 最近、残念さに磨きがかかってるよね。

 

「お姉様、入りますよ?」

 

 魔素を操作っと……

 

 うーん……ただ寝てるだけなのに綺麗なんだよなぁ。白金の髪が広がって、まるで絵画みたい。暫く眺めてたいけど、面白い事が待ってるから我慢。

 

「お姉様、もうお昼です。今日は寝て過ごすんですか?」

 

 イベントが向こうから来てくれましたよー。

 

「ん、あぁー……夢か……最近ターニャちゃんの登場率高いなぁ」

 

 夢の中でも遊んでるらしい。

 

「……お姉様、夢の中まで変な事しないで下さい。登場率ってなんですか?」

 

 うわ、ムニャムニャって……本当に言う人いるんだ……

 

「大事な話があるので起きて下さい。その後昼食を取りましょう」

 

 誰がとは言いません、嘘じゃ無いでしょ?

 

「んあ? アレ? ターニャちゃんがまた現れた? さっきは逃げられたけど、今度こそ……」

 

「……何が今度こそですか。はぁ……仕方がないですね、お姉様が悪いんですよ?」

 

 義務は果たしたので遊ばせて貰います。

 

 集中すると魔素のキューブが見える。寝ぼけてるのに、魔素は相変わらず綺麗にお姉様と踊ってる。

 

 魔素を動かすコツは目標の魔素以外にも気を配ること。前に動かしたい魔素に集中するだけじゃなく、その周辺を後ろに動かせば良い。そうすれば魔素は思う様に反応してくれる。

 

 耳や細い首、敏感な脇腹、綺麗な太ももと膝裏、そして足の裏もオマケしましょう。足りない分は周りから集めてっと。

 

 最初はゆっくり。

 

「ん……う、ん。あ……い、いや……」

 

 ちょっとだけ動きを複雑に。

 

「う、うぅっ……あうっ……ダ、ダメ」

 

 では、起きて下さいね?

 

「……う、うきゃっ!! ひ、ひゃーっっっ!! なに!? なんなの!?」

 

 見事に飛び上がり、転げ落ちたベッドの淵から頭を出したお姉様。キョロキョロと寝惚け眼で周囲を見渡せば、当たり前に僕が立っている。

 

「お早うございます、お姉様。もうお昼前ですけど」

 

 まだ夢か現か区別がついてないのかな? 僕に対しては珍しい上目遣いで、ジッと目を合わす。

 

「ターニャちゃん? お風呂は?」

 

「……お風呂なんて入ってません。夢まで文句は言いませんが、節度を持って下さいね?」

 

 まだお風呂イベント諦めてないのか……流石に恥ずかしいから、やめてほしいのになぁ。

 

「ターニャちゃん、買い物は終わったの?」

 

 漸く目が覚めたのか、姿勢を正してキリリと顔を整えたお姉様。髪には寝癖すらなく、スラリと伸びる脚が眩しい。涎の跡はあるけど。

 

 涎跡を残してキリリとされても滑稽なだけ……なんだけど、やっぱりそれすら綺麗なんだから笑うしかない。

 

「はい、さっき帰りました。お姉様? お茶を入れますから、着替えたら応接室に来て下さい。少しだけ話したい事があるんです」

 

「ターニャちゃんが話したい事!? なら急ぎましょう! 着替えなんて後でいいから!」

 

 滅多に僕から相談したりしないから何故か嬉しそう。普段からもっと我儘にしてって言われるからなぁ。

 

「流石に着替えた方がいいと思います。そんな格好は良くないのでは?」

 

 今のお姉様は裾の長いTシャツ状の服を被っただけ。薄手の白だから水色の下着も透けてるし、太ももや腕の素肌が眩しい。涎の跡は気付いてないみたい。

 

「いいからいいから! ターニャちゃんからの話なんて中々無いんだから、気が変わったら大変!」

 

「ちゃんと注意しましたからね?」

 

 うん、警告はしたからね? まあ、リタさんは問題ないしウラスロさんはお爺ちゃんだし。流石にクロさんとか居たら無理矢理でも着替えさせるけどね。

 

 流石お姉様、イベントに強い。

 

「さあさあ、行こ!」

 

 グイグイと僕の肩を押し、廊下を歩き出したお姉様。応接室までの短い旅が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数メートル先に見えた扉が開く。

 

 まだ扉に到着する前に開けたのはお姉様だ。立ち止まる事もなく応接室に入る僕たち。因みに二人が座る応接セットは背後側にあり、振り返らないと分からない。お願いした通り静かに待ってくれてるみたいだ。

 

 普段のお姉様なら気付くだろうけど、寝起きだし家の中だから油断してる。未だに僕の両肩に手を置き……と言うか殆ど抱きついている。

 

「ジルさん、歩き難いので離れて下さい。それに、お茶を入れますから危ないです」

 

 注意したのにお姉様は柔らかい胸を更に押し付けて、顎を僕の頭に乗せる。気持ち良いけど恥ずかしいんだよね……一応僕も男だから。

 

「ええーー。もし火傷しても治癒魔法で治るし、ターニャちゃんの入れたお茶なら火傷しないかも」

 

「そんな訳ないでしょう……? それになんでジルさんは何時も抱きついてくるんですか?」

 

 更にギュッと力を込めるお姉様。おまけに子供みたいにイヤイヤと首を振った。

 

「……ターニャちゃん……何か怒ってる? も、もしかして、寝坊したから? あ、明日からはちゃんと起きます! ね?約束するから……」

 

「なんで怒ってると思うんですか?」

 

「だって……さっきからジルさんって他人行儀に……何時もみたいに呼んでくれないから」

 

 はい、引っかかった。

 

「何時も……? 良く分かりません。なんて呼んで欲しいんですか?」

 

「うぅ、やっぱり怒ってるじゃん……意地悪しないで、ね?ターニャちゃん」

 

「意地悪なんて……ジルさんが望むなら、どんな呼び方だってしますよ? だから教えて下さい」

 

 少しだけ見上げて下からお姉様の顔を見ると、もう微妙に頬が赤く染まってる。ふふ、可愛いなぁ。

 

「えっと……お、お姉様って、何時もみたいに……」

 

 耳まで赤くなってる。あんまりすると可哀想だし、これくらいにしようかな。

 

「分かりました、お姉様。では……大事な話があるので、座ってくれますか?」

 

 次の動きは予想済みなので、お姉様の魔素を出来るだけ逃して邪魔もしておく。油断してるお姉様なのに、殆どの妨害は弾かれたけど目的には十分。特に足回りは重点的にっと。

 

「はー……い、ぃ………あ……あぅ……」

 

 漸く僕から離れたお姉様は、振り返って良い反応をしてくれた。うーん、最高。

 

 背中から見ても、プルプルして耳は限界まで真っ赤っか。後退りしようにも、背後には障害物……つまり僕。優しく背中を押して上げよう。

 

「お姉様? 紹介しますね。私のお友達で、ウラスロさんとリタさんです」

 

 腰に回した手は離さないで、お姉様の前に回り込む。顔が見たいし。

 

 わぁ……赤……肌が白いから目立つんだな。細い腰からはプルプルが伝わってきて楽しい。

 

「ご存知だとは思うんですが、お姉様にちゃんと紹介したくて……お姉様?」

 

 そろそろかな? 日頃の練習が試されるぞ。

 

 瞬時に魔力強化を全身に施した……筈のお姉様は……

 

 ベチャッ……

 

 見事なまでに床の柔らかいカーペットに倒れた。服の裾が捲れ上がり、可愛らしい水色の下着が丸見えになる。お尻のカタチは崩れてないのが凄い。潰れたカエルの様な姿はあまりに憐憫を誘い、裾をそっと直してあげた。

 

 残念……魔力強化で逃げ出そうとするのは予測済みでした。足回りの強化は阻害してます。普段の練習は無駄じゃなかったね。魔力銀の服や下着じゃないからバラバラになりそうだけど、その前に止めたから大丈夫。僕の優しさです。と言うか混乱してたんだな、きっと。可愛いなぁ。

 

「お姉様、お友達に挨拶もしないで逃げ出すのは良くないです。ほら、お二人も茫然としてるじゃないですか」

 

 最早諦めたのか、ゆるゆると起き上がったお姉様は一生懸命に服の裾を下に引っ張っている。恥ずかしいのは分かるけど、その仕草の方がクルものがあるのにな。

 

「……ようこそ。少しだけ失礼します、着替えて来ますので」

 

 全く二人を見ずに、真っ赤なまま扉に向かうお姉様。余りの動揺に扉の魔力を抜くのが上手くいかないのか、暫くガチャガチャとして部屋から出て行った。

 

 扉が閉まるのを見て、二人の方に振り返る。

 

 ウラスロさんは指を顳顬にグニグニと抑えていて。リタさんは最高の出し物を見た!とキラキラと目を輝かす。

 

「ターニャ……色々と言いたい事があるが、流石に可哀想じゃないか? 最後、涙目だったぞ……」

 

「うーん……でも普段から私達はあんな感じですよ? お姉様は照れ屋さんなんです」

 

「照れ屋ってお前……」

 

 おや? リタさんがブルブルと震え出したぞ?

 

「さ」

 

「さ?」

 

「サイコーじゃないですか!? ジルさんがあんなに可愛かったなんて! あの美貌で超級……誰もが遠い人だと思ってるのに、赤い顔でプルプルなんて! サイコーじゃないですか!!」

 

 ってか下着も可愛いーし!と、拳を握り締めるリタさん。

 

 この人サイコーを二回言ったぞ。

 

「リタさん……わかりますか? そうなんです、サイコーなんです。お姉様の可愛らしさは留まることを知りません」

 

 僕たちはガッチリと握手を交わす。

 

 やはりお姉様を弄る会に入って貰いましょう。

 

「お前ら……」

 

 呆れ顔のウラスロさん。いいですね……冷静なウラスロさんが居れば、益々お姉様が際立ちます。西瓜に塩的な。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カチャ……

 

 談笑していた僕たちに背後の扉が開く音がした。

 

 しかし幾ら待ってもお姉様は入って来ない。ノブを持つ綺麗な手は見えるから、其処にいるのは間違いないね。

 

 トコトコと扉まで歩き、その手を取って引っ張り出してあげる。

 

 お姉様は深くソファーに腰掛けるのを考慮してか、パルメさんの店で買った七部丈のパンツスタイルだ。デニム生地にそっくりな其れは、見事なスタイルを存分に表している。ローヒールのサンダルと白のシャツ、髪はそのまま流していた。

 

 僕は少しだけ抵抗を覚えるお姉様を、二人のいるソファーまで連れて行く。終始無言でチラチラと二人の様子を伺っている様だ。

 

「はい、お姉様? 此方にどうぞ。お茶を用意しますから待ってて下さい」

 

 なかなか離さない手を引き剥がして、僕は席を離れた。

 

 もう……本当に可愛いな。変な気持ちになっちゃうよ、全く。

 

 さて、美味しいお茶を用意しよう。お姉様の故郷バンバルボアの茶葉、いれ方も分かってきたし。

 

 まだ、イベントは続いてるからね!

 

 

 



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お姉様、色々と決める

再びジル視点です。


 

 

 

 

 ど、どうする……?

 

 夢なら有り難いが、チラッと見れば間違いなく二人が居る。ギルド長のウラスロの爺さんと、お気に入りの受付嬢リタさんだ。なんで朝っぱらから家にいるんだよ……って今は昼前か。

 

「ジル……」

 

 まだ、言い訳も用意出来てないのに声を掛けられた俺は顔を上げる事も出来ない。て言うか、なんで急いで来ちゃったんだ……落ち着いてから来れば良かったじゃん!?

 

「お姉様? 顔を上げて下さい。私のお友達を連れて来たんですから」

 

 コトリとカップを置くターニャちゃんは、俺の隣に再び腰掛けた。ソファが沈み、俺の身体も少しだけ揺れる。

 

 ターニャちゃんの方を見ると、俺を上目遣いで見ていた。うん、可愛い……じゃなくって!!

 

「……えっと……ジルです。ターニャちゃんの保護者です」

 

 顔は上げられないが、無視する訳にもいかないし……取り敢えず当たり障りのない挨拶を……

 

「ジル……知ってるに決まってるだろうが。初めて会ったみたいな挨拶をしてどうする」

 

 はっ! そうだった……チラリとウラスロに目を向けると、呆れた様に溜息をついていた。

 

「うぅ……だって……」

 

「ジルさん、気にしなくても大丈夫ですよ? 別に誰かに言いふらしたりしないですし、可愛いところがあって素敵じゃないですか! 私、ジルさんが益々好きになりましたから! 私のお友達(おもちゃ)になって下さい」

 

「えっ!! リタさん、私とお友達になってくれんですか!?」

 

「勿論です! ジルさんは最高のお友達(おもちゃ)ですよ!」

 

 何か目に不穏な光が宿っている気がするが、リタさんとお友達なんてサイコーじゃないか!

 

「お姉様、良かったですね。ずっと前からリタさんとお友達になりたいって……」

 

 俺は思わず魔力強化を施し、ターニャちゃんの可愛い口を塞いだ。

 

「な、何を言うのかなぁ……ターニャちゃん、変な事を言っちゃ駄目よー?」

 

 もがもがと呻くターニャちゃんも可愛いが、恥ずかしい事をバラさないでくれ! お願いだから!

 

「ジルさん? どうしたんですか?」

 

「な、何でもないですから! ほら、ターニャちゃん、ね?」

 

 コクコクと頷くターニャちゃんを見て、ホッとする。油断も隙もないな……悪気は無くても危険だ……気をつけよう。

 

「で? 俺達はターニャのお友達として合格で良いのか?」

 

 ……な、何を仰ってるのかな、このドワーフは。

 

「ななな、何を言ってるんですかドワーフさん。そ、そんなの私が決める事では……」

 

「おい、誰がドワーフだ!? ターニャから聞いてるんだぞ! 無理矢理にお姉様なんて呼ばせて、何を考えてるんだ!」

 

 ま、間違えた!

 

「無理矢理だなんて……ち、違うんです!」

 

「何が違うもんか! ついさっきターニャに言ってただろうが!」

 

 あわわわわ……違うけど違わない……な、何か言い訳を……

 

「お姉様? 私は嫌じゃないですから……ウラスロさんも許して上げて下さい」

 

 庇ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと辛い顔するのやめてくれるかな!? 悪気のない善意が痛い!

 

「ジルさん……」

 

 ひぃ……リタさんまで!

 

「リタさん、違うんです。無理矢理なんかじゃくてですね。確か……」

 

 んん? あれは確かターニャちゃんから言い出したよね?

 

 慌ててターニャちゃんを見ると、一瞬観察する様な目をしていたが直ぐに前を向いた。

 

 あれぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、今日はどんな御用件でしょう?」

 

 何とか動悸も治り、何時ものジルに戻る。俺は超級冒険者、魔剣ジルだもんね! 背筋を伸ばし、膝を揃えて少しだけ傾ける。気分は格好良いキャリアウーマンだな、うん。

 

「なにを今更格好つけてるんだ、お前は」

 

 聞こえない、聞こえないぞ……

 

「お姉様? お二人から大事なお話があるそうです」

 

「えー? 大事な話ってターニャちゃんからじゃないの? なーんだ……」

 

 折角ターニャちゃんからお願いがあると思ってたのに……交換条件でお風呂に入りたかったなぁ。

 

「お願いを聞く代わりに、お風呂に入りたいなぁ、とか?」

 

 ぶーーーっ!!

 

 ターニャちゃんが淹れてくれたお茶を口に含んだ瞬間だったため、俺は思わず吹き出した。

 

「ななな、何を言ってるんですか、リタさん! そそそんな事……」

 

 全力で否定に入った時、隣から可愛い声が聞こえてくる。

 

「違うんですか? それなら、後でお願いがありますから」

 

「えっ? じゃあ一緒に……あっ……」

 

 目の前の二人はジト目を全力にして俺を見ている……

 

「……だって……だって一緒にお風呂したいんだから、しょうがないですよね!? ターニャちゃんとお風呂!!」

 

「開き直った……」

 

 リタさんが何か言ってるが、もういいや! これからは屋敷警備員として家に居るしチャンスは無駄にしないぞ!

 

「ジル、お前ターニャと一緒に暮らして行くんだよな? 田舎にでも引っ越すって?」

 

「……そうですね。ターニャちゃんと出会って色々考えたんです。もっと長い時間を一緒に過ごしたいって」

 

「さっきまで寝てたのに?」

 

 リタさん、余計な事言わないでね? 聞こえませんから!

 

「ターニャは転移と言う特殊な状況でアートリスに来た。通常はギルドか王国扱いでもおかしくないが、お前が……超級が保護するからと特例を認めたんだ。ギルドから離れるなら、その条件が崩れるな」

 

「そ、そんな……酷いですよ!ギルド長!」

 

「何が酷いものか! 働きもしない大人に子供を預ける馬鹿が何処にいる!」

 

「うぅ……」

 

 確かにそうかもしれない……ニートしかいない家では子供は立派に育たないだろう。でも、でも……もう、働きたくないんじゃーーー!!

 

「私は貴女に命を救って貰いました。お姉様の印象は……なんて綺麗で格好良い人なんだろうって……お姉様が決めた事に反対なんて烏滸がましいですし冒険者は危険なお仕事です。でも、ウラスロさんから聞きました。沢山の人が助けられたって」

 

「ターニャちゃん……」

 

「ですから……もし許されるなら頑張って欲しいです。それに、お姉様と一緒に暮らしていきたいとも思っています。お風呂くらい入ってもいいですから」

 

 マジで!?

 

「お姉さん、お仕事頑張るわ! じゃあ、お風呂行こっか!」

 

 バシッ!!

 

「痛っ!」

 

「なにがお風呂行こっか、だ!! まだ話は終わっとらんぞ! そもそも来客中に風呂に行く馬鹿がいるか!」

 

「ジルさん、面白い……なんなの、この可愛い人……」

 

 リタさんが何か言ってるが、叩かれた頭の所為で耳がキーンとなって分からなかった。俺の防御を突破するとは、このドワーフやるな?

 

「うぅ……もう、なんなんですか話しって。早く済ませて下さい、忙しいんですから」

 

「お前、もう本性を隠す気ないだろう……何時もの仮面はどうしたんだ」

 

「もうお二人はいいんです。今更ですからねぇ〜」

 

「全く……外でそれをやるなよ? お前に幻想を抱いてる奴は大勢いるんだからな。下手したら暴動が起きるぞ」

 

「はーい」

 

 まあ、そんな事はしないけどね!

 

「はぁ……リタ、アレを」

 

 これ見よがしの溜息も俺には通用しない! この後に楽しいお風呂タイムが待ってるからね!

 

「あっ、はい」

 

 リタさんは横に置いていた肩掛けカバンから、何やら綺麗な封筒を出した。

 

「リタさん、そのカバン可愛いですね。色も素敵だし、お店はどこですか? ターニャちゃんに似合いそう」

 

「これですか? これ、パルメさんのお店で見つけたんですよ? 何でもお知り合いの人から仕入れてるって。色違いもありましたし、ターニャさんに似合う色もあったと思います」

 

「パルメさんの店ですか? 気付かなかったなぁ……パルメさんも教えてくれたらいいのに」

 

「ジルさんには少し子供っぽいと思いますよ? パルメさんは着こなしに煩い人ですから……必ず似合う物をお勧めしてくれます。私なんて、あなた子供じゃないって言われたんですからね!」

 

 パルメさん……確かにリタさんは幼い容姿だが立派な社会人なのに。

 

「リタさん、素敵ですよ? 私、何時も見てましたから……あっ……あの、変な意味じゃなくてですね……」

 

 あらあらまあまあと、リタさんはニヤつき始める。うぅ、失言が多いなあ今日は……

 

「お姉様、お手紙を確認した方が」

 

 ウラスロも何かを言いたげだったが、リタさんとのコミュニケーションが大事だったから見えないフリをしていたのになぁ。ターニャちゃんに言われたら仕方がないね。

 

 リタさんから渡された封筒をひっくり返し、封蝋を確認する。剥がれてはいるが残った形で直ぐに分かった。うーむ、見たくない。

 

 駄目元で中を見ずにウラスロに渡す。リタさんから渡されたパスを、そのままワンツーでウラスロへ!! さあ、ゴミ箱へシュートだウラスロ!

 

「何をしてる。誰からか分かってるだろうが……早く見ろ」

 

「えっと、私はただの冒険者ですから……ちゃんと依頼でないと受けられないですし」

 

「さっきまで引退騒ぎをしてたお前が言うな。それにその中身は歴とした依頼だ。下らない言い訳はいいから早く読め」

 

 えぇ……良く考えたらギルドの二人が来てるから当たり前か……はあ……

 

「お姉様、誰からなんですか?」

 

「えっ⁉︎ えっと、ほら……昔の知り合いかな? お仕事でちょっとだけ一緒になったの」

 

「冒険者の方ですか? それなら私もお会いしたいです。もっとお姉様の事を知りたいから(弱点を)」

 

 ターニャちゃん、良い子や……

 

「ジルさん、騙されてるから」

 

「リタさん、何か言いました?」

 

「ん? そんな事ないですよ?」

 

 ウラスロが貧乏揺すりを始めたぞ。お爺ちゃん、落ち着いて!

 

「じゃあ、一緒に読もうか?」

 

「いいんですか? 私が見ても……お姉様に宛てた手紙なんですよね?」

 

「だって依頼みたいだし、もう開封されてるわ。良いですよね? ギルド長」

 

 ウラスロは頷き、先を促す様に顎をしゃくった。

 

 まあ想像はつくし断るのも難しいだろうなぁ……短い屋敷警備員生活だったな……まあ、ターニャちゃんを旅行に連れて行くつもりでいよう。きっと俺以外は楽しいし、喜んでくれたらいいな。

 

「ツェイス、ツェツエ? ツェツエって、この国の名前ですよね?」

 

「うん、そうだね。まあ、よくある名前だよ?」

 

「ある訳ないだろう! 変な事を教えるな、ジル!」

 

「えぇ……ちょっとした冗談ですって、ギルド長」

 

「王族の方々で冗談を言う奴があるか! ターニャ……ジルの話は聞かなくていい。このお手紙の差し出し人はツェイス殿下だ。ツェツエ王国の第一王子で、昔ジルと共闘した事があるんだ」

 

「第一王子、ですか? その……その様なお方がお姉様に?」

 

「こんなだが、ジルは冒険者。しかも[魔剣]、超級の冒険者ジルだ。過去に起きた事件で戦った、まあ戦友みたいなものだな」

 

「こんなって、失礼ですよ! ギルド長、謝ってくだ……いえ、何でもありません」

 

 そんなに睨まなくてもいーじゃん……ドワーフみたいなのに怖いんだよ、この爺さん。そう思うよね、ターニャちゃん。

 

「お姉様、静かに」

 

「あ、はい」

 

 あれぇ?

 

「依頼の内容は……竜鱗騎士団、臨時教官? お姉様が凄い冒険者なのは聞きましたが、国の正規軍に訓練ですか? この騎士団は新人が集まるものとか?」

 

 ターニャちゃん、本当に頭が良いなあ。冒険者は軍人ではないし、規律を重んじる軍隊とは相容れないからね。疑問に思って当然だし普通は合ってるよ?

 

「竜鱗騎士団はツェツエ最強の騎士団だよ。精鋭中の精鋭で、各騎士から選抜される。ツェイス殿下直轄、他の軍務に左右されない独立した騎士団だな」

 

「あの……そんなプロの……いえ、専門家の方が集まるところへ行ってお姉様が教官ですか? いくら何でも……」

 

「なんだ、知らないのか? 超級は一軍にも匹敵し軍事を左右する程の奴等だ。だから各国は躍起になって超級を囲うのさ。ツェツエ王国が大陸最強なのは、超級が二人所属しているのも大きな理由だ。だから、実力的におかしい事じゃない」

 

「……冗談ですよね?」

 

 まあ、日本にいたらそう思うよねーー? まあ、一種の抑止力でもあるんだよ? 流石のターニャちゃんも冷静さを失ったのか、えぇ……って顔で俺を見た。そんな顔も可愛い、うん。

 

「冗談なものか。隣に居るジルは、対個人や小隊規模なら間違いなく最強の人間だ。コイツを見てると嘘みたいだが事実だよ」

 

「最強は言い過ぎだけど……騎士さんなら何とかなるかな? あの人達は集団戦に特化してるから、個人戦ならね」

 

 未だに呆然としたターニャちゃんは何かを呟いている。

 

「だからクロさんはあの時……お姉様の側にいるには生半可な者ではって……」

 

 あの変態勇者(クロ)、余計な事言って……全く。

 

「ターニャちゃん、気にしないで。ギルド長はいつも大袈裟なんだから。それにこのツェツエで超級に強制される義務はないのよ? 私は戦争に参加するつもりは無いし、起こさせもしないわ。もう一人の超級……[魔狂い]も同じ考えだから安心して? ギルド長、ターニャちゃんを怖がらせないで下さいね」

 

「ああ、済まない……ターニャ、横を見ろ。このジルがそんな怖い人間に見えるか? さっきだって床に這いつくばって、情け無くも下着と尻まで曝け出したおバカだ。安心していい」

 

「ちょ、ちょっと! それは関係ないですよね!? リタさんも笑ってないでそのドワーフを叩いて下さい!」

 

「だから、誰がドワーフだ!」

 

「ふんっ! 今日からギルド長はウラスロ=ドワーフですから! 私が決めました!」

 

「ふざけるな! 俺はハーベイだ! 勝手に改名するんじゃ無い!」

 

「……ふふっ、ははは……!」

 

 漸く笑ったターニャちゃんは……やっぱり可愛い!! リタさんは何故か拳を握り嬉しそうにしている。

 

 両手で口を抑え、肩を震わせるターニャちゃん。

 

「ははっ……はあ〜〜お腹が痛い、ふふっ、あはは!」

 

「ターニャちゃん、ちょっと笑い過ぎだよ? 流石にお爺ちゃんも可哀想」

 

 ほら、ウラスロ=ドワーフさんを見てご覧? 微妙な表情だからね?

 

「だって……さっきの転んだお姉様を思い出したら可笑しくって、ふふっ」

 

「そっち⁉︎」

 

ドワーフじゃなくて⁉︎

 

 

 

 

 




次話で第一章終わりです。
では次回、「お姉様、石になる」


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お姉様、石になる

 

 

 

 

 

 

「ジル、依頼は伝えたぞ。あとでギルドに顔を出せ」

 

「ギルドですかぁ? 此処で依頼受理しますから適当に……あ、すいません、行きます」

 

 ウラスロの額に血管が浮き出るのが見えたので、仕方無く訂正する。いーじゃん、別に。

 

「はぁ、そもそも何で家に引き籠ってるんだ? 買い物までターニャに任せて……それでも保護者のつもりか?」

 

 うっ……そんなの言えるわけが……

 

「パルメさんのお店で新作発表会がありま……モガッ」

 

 な、何て危険な事を暴露しようとするんだ!?

 再び魔力強化を行なった俺は、素早くターニャちゃんの口を塞ぐ。

 

「ターニャちゃん? 変な事を言っちゃダメでしょ?」

 

 またもやコクコクと頷いたターニャちゃんに、俺は溜息が止められない。この子、油断出来ないぞ!?

 

「パルメさんのお店で新作発表会ですか?」

 

 ほらーー……リタさんが食い付いたよ……

 

「……はい。お姉様が着ているこれもそうですね。私も何着か買って貰いました」

 

 いや実際はタダだよね!? 俺の黒歴史が増えた瞬間だったから!!

 

「へえ……ジルさんにピッタリですね。でもジルさんみたいに脚が長くないと着こなしは難しいかな? て言うか、反則だよねジルさんて」

 

 そう? まあ、ジルですから!

 

「リタさん、今度一緒に行きませんか? パルメさんとお話したい事もありますし、あとマリシュカさんは知ってますか?」

 

 ん? ターニャちゃん?

 

「マリシュカ……確か雑貨屋さんだよね? 凄く元気な人で、あの辺りの女ボス的な……私は余り利用してないけど興味はあるかなー?」

 

「凄く優しい人ですよ? こないだの買い物でもオマケしてくれましたし、このお茶も下さったんです」

 

「そうなんだ! オマケって?」

 

「よく分からないんですが……縄?みたいな物でした」

 

「ターニャちゃん、そんなのあった?」

 

 俺は見てないなぁ……縄がオマケって、それ嬉しい? 持って来ますね、と部屋から姿を消したターニャちゃんは直ぐに戻ってきた。両手で抱えた紙袋の中にあるらしい。

 

「これです」

 

 ガサガサと袋を開けたターニャちゃん。ふーん……確かに縄と言うかロープみたいな……ん? なんか見覚えあるぞ……いやいやそんなまさか。きっと似た様なものだろう。

 

「なんでもお茶と同じバンバルボアで手に入れた物らしいです。マリシュカさんもよく分かってないみたいで……お姉様?どうしました? 顔色が良くないですよ」

 

「そそそ、そんな事ないよ? な、なんだろうねー? 良く分からないし、お姉さんが返しておくね?」

 

 手を伸ばした俺はロープを掴もうとした。したけど……ターニャちゃんは冷たい笑みを浮かべて手を引いた。あ、あの……ターニャちゃん?

 

「その反応、やっぱり知ってますね? 実は使い方が分からないだけで効果は教えて貰いましたから」

 

 うそぉ⁉︎

 

「い、何時の間に……あ、な、何言ってるのかなぁーー? そんな事知らないよ?」

 

「お前……それでも隠してるつもりなのか? それで良く超級まで上がれたな……王族や貴族と付き合う事もあるだろうに。硬軟織り交ぜた会話や面従腹背する相手とどうやって渡り合うんだ……」

 

 このドワーフ……余計な事言うんじゃないよ!?

 

「さ、さあ……ターニャちゃん、皆さん、ギルドに行きませんか? ほら、殿下もお待ちでしょうし」

 

「ジルさん、私も知りたいなぁ?」

 

「リタさん、後で教えますから……今は」

 

「知ってるじゃないか……お前、どこまで残念なんだ」

 

 あっ

 

「お姉様?」

 

「……もう! 分かりました!! 言えばいーんでしょ!言えば!」

 

 もういいよ! 俺には対抗策もあるし、内緒で処分してやる!

 

「で?何なんだこれは? お前の反応からみて、只の縄じゃ無いんだろ?」

 

 茶色と水色の、特殊な材質で編まれたロープ。一部には魔力銀を織り込んでいる。製法を秘匿……と言う程では無いが、珍しいのは間違いない。ツェツエでは見た事ないし、下手したら初輸入品かもしれない。マリシュカさんの知り合いって誰だよ、もう……

 

「……名前は……内緒で……用途は、一時的な魔力行使の無効化です。魔力を上手く収束出来なくするので、魔法士がこれで縛られると逃げられないですね」

 

「……本当か? 予想よりずっと物騒だが……」

 

 そりゃそうだ。ある人物にお仕置きする為に開発されたが、その危険性から管理強化されたからね。まあ、実際には子供騙しで対策も講じ易い。文字通り子供向けだし、特定の。名前は[ジルヴァーナに罰を]です。まあ、悪戯好きなお転婆娘のお仕置き用に母親が作成したんだよ。うぅ……思い出しちゃった……

 

「ギルド長、大丈夫です。ある程度研鑽を積んだ魔法士には効きませんよ。使用者が強力な魔力を操れる人で、相手が子供位しか効果ないですし。まあ余程"魔素操作"が得意だったら話は違いますけど、そんな人は中々いませんか……ら……」

 

 思わず横を見れば、ターニャちゃんがキラキラした目をしてるんですが!

 

「魔素の操作が巧ければ、効果は上がるんですね?」

 

 魔素に特化した少女がニヤついてるし……これ、あかんヤツじゃ……

 

「う、うん」

 

「お姉様? 物騒な世の中ですから使い方を教えて欲しいです。何時も我儘にって言ってくれてますし、私の御願い聞いてくれますか?」

 

 うっ……断りにくい……!

 

「……あとでね」

 

 やった!と嬉しそうにするターニャちゃんは可愛い。可愛いけど、嫌な予感が!

 

 イソイソと[ジルヴァーナに罰を]と呼ばれるロープを袋に戻す嬉しそうなターニャちゃん。うう、今更取り返しづらい……

 

「リタさん、それじゃあまた今度遊びましょうね?」

 

「うん! マリシュカさんにも会ってみたくなったよ。楽しみだね!」

 

 マリシュカさん、パルメさん、リタさん、そしてターニャちゃんが仲良し……オカシイな……凄く寒気が……

 

 

 

 

「良く分からんが、俺達はそろそろ帰るよ。お前が留守の間ターニャをどうするか決めないとな」

 

 何を言ってやがるんだ、このドワーフは? 短い足に力を入れて、ポヨンとした腹ごと持ち上げ立ち上がったドワーフ爺い。髭といい、絶対リスペクトしてるだろ、爺さん。

 

「ターニャちゃんは連れて行きますよ?」

 

 ソファから腰を上げたウラスロは、驚いた顔で再び座る。

 

「お前何言ってる!? 転移してきて数日の、しかも子供だぞ? 旅がどれだけ危険かお前なら分かるだろうが!」

 

「あら? ギルド長こそ、私を誰だと思ってるんですか? 護衛依頼なら幾らでも経験しましたし、一人で受けた事も何回かあります。それに王都までなら整備された道がありますから、魔物や山賊だって少ないでしょう?」

 

「で、本心は?」

 

「ターニャちゃんと離れるなんて嫌です! 無理ならこの依頼はお断り! 今決めました……あと王都には温泉があります!」

 

 最近疎かになっていたTSイベントだって、王都なら何か起きそうだし!

 

「この姉馬鹿が! 何が温泉があります!だ。遊びじゃないんだぞ!」

 

「ジルさん、まだお風呂入りたいんだ……」

 

 俺は気付いたのだ! 温泉なら俺だけじゃなく、大勢の女性たちが居る。流石のターニャちゃんも恥ずかしいだろうし、俺が隣りに居ないと困るから逃げられないはず! うん、完璧だ!

 

 思わず立ち上がり拳を握る俺に三人とも呆れ顔。だが、俺は気にしないぞ!

 

「ウラスロさん、私も王都に行ってみたいです。お姉様とツェツエに暮らす以上勉強したいですから……色々と(お姉様の弱点とか)」

 

「いや、しかしだな……何かあったら……」

 

 このドワーフ、やっぱりお人好しだなぁ。

 

「なら、もう一人護衛を雇います。幸い心当たりがありますし、絶対に断られない確証がありますから。実力も間違いありません」

 

 ん? そんな知り合いいるの? 暫くニートしてる間に交友関係が広がったのかな? いやいや、変な奴なら許さないぞ!

 

「ターニャちゃん、お姉さんに紹介してって言ったでしょ? 私が厳密に調査しないと」

 

「お前……どれだけ姉馬鹿なんだ……度が過ぎて嫌われても知らないからな」

 

 はあ!? このドワーフ爺いめ、この至高のTS女の子が見えないのか? 思わずターニャちゃんの両肩を持ち、前に押し出す。説明してやんよ!

 

「だって……だって見て下さいよ、ほら! このクリクリしたつぶらな瞳、サラサラで触り心地抜群の髪、抱き締めたくなる小さな体、それでいてプニプニの肌! あと、良い匂いも! 変態に襲われたらどうするんですか!?」

 

「「変態はお前(ジルさん)だよ!」」

 

 ターニャちゃんも溜息……いや、俺は変態では……一応想像してみる。

 

 22歳のオタク趣味でニートな女装野郎が、鼻息荒く女の子の匂いを嗅ぐ姿を。グヘヘと涎を垂らす姿を幻視した俺は吐き気がした。

 

「うっ……確かにキモい……私って変態だったんだ。あぁ、こんな気色悪い野郎に言い寄られてゴメンねターニャちゃん……いや、ターニャさん……」

 

「ジルさん、どんな想像したんですか……? 気色悪くないし、野郎でもないでしょう? 自分の容姿くらい自覚して下さい。て言うか、言い寄ってるんですか? それの方が駄目でしょうに」

 

 ハッ! そうだ! 今の俺は超絶美人のジルその人だった! 最後の方は聞こえませんから!

 

「お姉様は変態じゃないですよ? ちょっとだけ残念……いえ、可愛いだけですから……凄く」

 

「ターニャちゃん、誤魔化せてないからね? 最後の"凄く"はどの言葉に掛かってるのかな?」

 

 思わずムニムニのほっぺをグニューっと優しく摘んで伸ばす。おお、柔らかい!

 

「はあ……もういい、好きにしろ。ジル、子供を連れて行くなら準備をしっかりしろよ?」

 

「勿論です。まあ、本当に大変な時はターニャちゃんを抱っこして逃げますから」

 

 実際は全力で脱出など出来ないけどね……危ないもん。まあ、その前に相手を戦闘不能にしますよ!

 

「じゃあ、今度こそ帰るよ。ターニャ、護衛の件はあとで聞かせてくれ。正式な依頼ならギルドを通す必要があるからな」

 

「はい。ウラスロさん、色々とありがとうございます」

 

「じゃあね、ジルさん、ターニャちゃん」

 

「リタさん!」

 

「ん? ジルさん、何ですか?」

 

 緊張するけど、言うぞ……言うんだ……!

 

「あ、あの……な、なま……ジ、ジル……リタ、さ、ん……えっと、あのですね……」

 

「? ジルさん?」

 

「リタさん、名前……呼び方を変えて欲しいみたいです。折角お友達になりましたし、ジルさんじゃなくてジルと呼んであげて下さい。ですよね?」

 

 合ってるけども! 何で分かるのかな!?

 

「う、うん」

 

 リタさんは今日最高の笑顔を浮かべ、返事をしてくれた。

 

「勿論よ! ジル、私の事もリタって呼んでね!」

 

 わあ! 抱き着かれた! 柔らかい!

 

「え、ええ。……リタ、後で」

 

 呼んだぞ! 同年代の女性を呼び捨てだ!

 

「ふふふ……ジル、後でね!」

 

 ウラスロも皮肉じゃない笑みが浮かんでるし、これで良かったのかな?

 

 ターニャちゃんは玄関までお見送りだそうで、三人で部屋から出ていった。俺? 今は動けないかな……リタさんの感触が……感触がーーー!!

 

 絶対に真っ赤になってるぞ、コレ!

 

 また、赤面プルプルしちゃったし! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツ、どれだけ初心なんだ……普通あんなになるか? 完全に石になってたぞ」

 

「まあ、あれがお姉様ですから」

 

「普段は思いっ切り仮面被ってたんですねぇ。女の子達の中でも、ちょっと近寄り難い孤高のお姉様って感じで人気なんですけどねー」

 

「そんなにですか?」

 

「そりゃそうよ! 魔剣のジルと言えば、古竜すら恐れない最強の冒険者だからね。笑顔は絶やさないけど、何処か壁があったと言うか……私だって何時も緊張してたんだから!」

 

「それは多分……」

 

「そうね。はっきり言うと……」

 

「「ヘタレ」」

 

「どう話しかけたらいいか分からずに、笑顔で誤魔化してただけだろうねぇ……」

 

「そこがまた……」

 

「「可愛い」」

 

「お前ら、余り苛めてやるなよ?」

 

「まさか! 苛めたりしませんよ! ね?ターニャちゃん!」

 

「勿論です」

 

お姉様(おもちゃ)ですから」

お友達(おもちゃ)ですから」

 

 

 

 

 

 




第一章、終わりです。
沢山のコメントや評価をありがとうございます。引き続き頂けると嬉しいです。

第二章 王都アーレ=ツェイベルン
ジルに惚れているツェツエ王国の王子、ツェイス=ツェツエが登場予定。他にも新キャラが出ます。9月の出来るだけ早いうちに投稿したいと思ってます。


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第二章 王都アーレ=ツェイベルン
お姉様、旅に出る


第二章では短い旅と王都での日々を楽しみます。


 

 

 

 

 

「ターニャちゃん、護衛の人ってコイツ?」

 

「はい。実力は十分過ぎるでしょうし、それでいながら依頼料は格安で受けて貰いました。そろそろ王都に帰らないと駄目だそうで、馬車等も準備されていました。私達からの持ち出しは殆ど有りませんから、本当にありがたいですね」

 

 俺には旅の準備がほぼ無いので、ターニャちゃんの買い物が殆どだった。それすらもマリシュカさんとその伝手で揃い、手間も掛かってない。馬車の準備も早くから問題なしと聞いていて、理由を聞いてもはぐらかされていたのだ。

 

「ギルド長からも安心して良いって聞いてたから、気にして無かったけど……そう言う事だったのね。まあ、嫌って訳じゃないけどさ」

 

 護衛の選定にも関わらせて貰えず、当日のお楽しみと言われていたが……成る程ね。護衛なぞ俺一人でも余裕だからと、深く考えて無かったんだよな……当然女性だと思ってたのになぁ。

 

「私の知り合いなんて少ないですから、察しがついてると思ってました」

 

「うーん……ちょっと予想外かな。そもそも二人って、そんなに仲良しだった?」

 

 横を見るとターニャちゃんは何時もと違い、如何にも旅人の格好だぜ!って服装をしている。身体の殆どは濃い茶色のマントに包まれていて、僅かに見える足元もゴツい革靴。勿論スカートなど以ての外で、濃い緑のパンツだ。

 

 全体的に迷彩色でないだけで、レンジャーの様な服装と言っていい。腰にも二つ可愛いポーチが装備されている筈だ。因みに王都に着いたら着る服は用意してるよ、勿論。

 

「何度か街で見掛けてました。人探しをしていたそうで、私から声を掛けたら快諾頂いたんです。誰を探していたか、言わなくても分かると思いますが」

 

「……分かるけど……」

 

「勿論、お姉様に変な事をしない様にと言ってあります。条件の一つに入れてますから……お姉様に対する魔素の操作は厳禁ですね、彼は」

 

 まあ、不意を打たれなければ大丈夫だけどね。

 

 最近知ったんだけど、ターニャちゃんて家計に煩いのだ。煩いと言っても、俺には何も言わないよ? ただ、自分に対しては凄く律してるみたいだ。本当に偉いよなぁ。

 

「まあ、知らない人よりは良いかな。昔は良く一緒に行動してたし、頼りになるのは間違いないからね」

 

 実はどんな女の人が来るか、ワクワクしてたのは内緒だ。昔憧れてた噂の合コンとやらを経験するつもりだったのだが。今まで誰かと組んだ事無いのかだって? 時に普通の言葉が人を傷つける事もあるって知らないかい?

 

「お師匠様、今日も素敵な装備ですね。マントは僕が預かりましょうか?」

 

 ブロンドの髪は相変わらず輝いていて、まん丸お目めも紅くて綺麗だ。その筋の人が見たら涎を垂らしそうな美少年は、名前をクロエリウスと言う。まあ、愛称はクロだけど。

 

「何で?」

 

「マントに隠れたら、お師匠様をじっくりと観察出来ませんから。日々訓練だと教わりましたし、実益も兼ねてます。身体の動きも参考にしないといけません、ええ」

 

「……ターニャちゃん、魔素云々より目が怖いんだけど?」

 

「直接的な害はありませんし、目を瞑れとも言えないです。まあ、此処まで欲望に忠実だとは知りませんでしたけど」

 

 今もジーッと目線を隠す事もしないクロ。男の欲望は理解してるが、変態はダメだ。マントの前を閉じ、自慢の肢体を隠す。

 

 がっくりしたクロは、荷物を荷台に積み始めた。

 

 俺の装備は基本的に魔力銀で編まれた服……に見える。その特性上身体に合わせて作られており、ボディラインがクッキリと出るのだ。ターニャちゃんに見てもらいたくて、可愛いの選んで来たのが仇になっちゃったよ……

 

「でも確かに素敵な服?装備ですよね。パッと見はパルメさんの服みたいに見えます。7部丈のパンツなんて、殆どそのままですよ? 上半身も薄手のセーターみたいですし」

 

 それも魔力銀なんですか?と投げ掛けるターニャちゃんは、俺の閉じたマントをもう一度開く。何故か、ちょっと恥ずかしい。

 

「う、うん。魔力を通さなければ普通の服みたいに快適なんだよ? 通気性も良いから、ツェツエみたいな気候には合うかな」

 

「へえー……あの、触ってみても良いですか?」

 

「えっ? あ、うん、良いけど」

 

 人の手でマントを開かれるって意外と恥ずかしいな。オマケに手まで突っ込まれると変な気分だよ……

 

「本当に金属とは思えないですね。私でも破いたり出来そうな気がします。このセーターなんて少しモフモフですよ?」

 

「うひゃっ……ターニャちゃん、脇腹はやめて! くすぐったいから……」

 

「あっ、すいません。何時もの癖で」

 

 何時もの、とは魔力強化解除訓練の事かな? アレはイケナイ……イケナイぞ、うん。

 

 ふと見ると、クロがチラ見してるのが分かりゲンナリした。まあ、気持ちは理解するけどさ!

 

「変な事を聞くんですが、下着も魔力銀なんですか?」

 

 ターニャちゃんは小声になり、上目遣いで聞いてきた。可愛い。

 

「そうよ。ただ作りは違うから同じとは言えないかな。下着と言えない様なものだし、人には見せられないよ……かなり、面積が小さいからね」

 

 少しだけ赤くなったターニャちゃん、可愛いよ?

 

「そ、そうなんですか……すいません、変な事を聞いて」

 

「ふふっ……ターニャちゃんなら何でも聞いていいからね? なんなら今度見せてあげようか?」

 

 実際は恥ずかしくて無理だけど!!

 

「い、いえ。大丈夫です」

 

 むふふ、今日は調子いいぞ。最近ターニャちゃんは強敵になったから、反撃を注意しないと駄目なのだ!

 

「お師匠様、準備が出来ました。出発しますか?」

 

「ありがとう、クロ。その前にっと……ターニャちゃん、私の魔法を受け入れてくれる?」

 

「はい、勿論です」

 

 無意識では俺の魔法を弾けないだろうが、念の為だ。魔力無効は凄く珍しい才能(タレント)だから一応ね。ターニャちゃんの小さな手を握って魔力を行使する。勿論属性魔法じゃなく汎用魔法だ。

 

「暖かい……お姉様、これは?」

 

 魔素も見ない様にしていたんだろう、ターニャちゃんはゆっくりと目を開いた。

 

「簡単に言うと痛み止めと回復かな? 実際はもっと複雑だけどね」

 

「あの、私、怪我はしてませんが……」

 

「そうね。でもターニャちゃんは馬車に乗るの初めてでしょ? 知らないと思うけど、馬車ってすっごく乗り心地悪いから……お尻とか体中が痛くなるの。それの防止にね」

 

「ターニャさん、因みにその魔法はお師匠様が開発した魔法で、今や全世界で利用されています。魔族すら例外ではないらしいですよ」

 

 まあ、実際には[魔狂い]に教えたら勝手に広がっただけだが。あのジジイはご丁寧に俺が開発したと吹聴したのだ。似た様な魔法はあったが、それを統合簡略化し行使し易くした。

 

「クロ、余計な事言わないの。こんなの大したことじゃないわ」

 

「ターニャさん、お師匠様の言う事を信じちゃ駄目ですよ? まあ、こんなので驚いてたらそれこそ大変ですが」

 

「クロ、もうやめなさい。行くわよ」

 

「あの……僕には?」

 

「貴方は我慢しなさい、修行よ」

 

 クロは2種類の属性魔法しか使えない。と言うか、それが普通だよね。生活魔法くらい使えるだろうけど、制限は多い筈。まあ、余り大変そうだったら治癒魔法かけてあげるかな?

 

「ええ……? そこをなんとか、お師匠様」

 

「こないだ変な事した罰よ。あんなの痴漢と一緒だし」

 

「お姉様、私からもお願いします。子供だし、可哀想ですよ」

 

 子供と言われてクロがムッとしたのが分かる。まあ見た目小学生だもんなぁ。

 

「……仕方ないわね。クロ、ターニャちゃんに感謝しなさいよ」

 

 言いながらも、クロの手を握って魔法を行使する。まあ、大した魔法じゃないし、負担でもない。こうして見ると可愛い子なんだけどなぁ、はぁ……

 

「久しぶりにお師匠様に触れました。やっぱり良い匂いです。この温かさ、愛ですね」

 

 お前、マジでキモいな!?

 

「……ターニャちゃん、クロの……バレない様に無効化してくれる? お願いだから」

 

「我慢して下さい。格安の護衛ですよ、格安」

 

 声を掛けたターニャちゃんも、流石に気持ち悪いのか可愛い眉がグニャリと歪んでいた。

 

 先が思いやられるなぁ……はぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アートリスはツェツエ第二の都市だけあって、かなり離れても未だ景色の一部のまま。まあ、第二と言っても貿易の中心で、他国からの玄関口でもあり、そのサイズはツェツエ最大だ。昔の名残りか城壁はあるけど、今は平和で使い途はない。遠くから見ると、都市の中心に向かって少しずつ盛り上がっていて壮観だ。

 

 街並みの色は雑多で建てられた時代も様々なのか、統一感は乏しいかな。まあ、気に入ってるけど。

 

 御者台にはクロが座り、馬を二頭操ってくれている。小学生らしき少年が馬車を操る姿はシュールだけど、クロは手慣れた物で安心感抜群。まあ、クロはツェツエ唯一人の勇者だからね。恵まれた身体能力を更に魔力強化した戦闘スタイルは中々の完成度を誇る。昔は俺が師匠として色々と教えたからねー。

 

 昔は可愛かったなぁ……なんでこんな変態に育ったんだろ?

 

 思わず御者台の方を見ると、丁度振り返って俺を見ていた。いや、前向けよ!?

 

「クロ、危ないよ。ちゃんと前を向いて」

 

「退屈なんですよ。お師匠様、久しぶりですし隣に来て話しませんか?」

 

 ふむ? まあ、いいけど。

 

「お姉様、行ってあげて下さい。私は景色を見るだけで楽しいですし、クロさん寂しそうですよ?」

 

「わかった。ターニャちゃん、何かあったら直ぐに言ってね。乗り物酔いも心配だし」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 ターニャちゃんって気遣いが出来る子だよなぁ。俺が中学生の時、こんなに立派だったわけ……ない!

 

 俺は荷台から御者台へのアーチをくぐり、クロの隣りに座った。クロも少しだけ横にずれてくれたけど、そもそも狭いし殆どくっついた状態になる。

 

「狭いですか?」

 

「ううん、大丈夫よ。ふぅ、風が気持ちいいわね」

 

 座った時に風が通り、髪やマントを揺らした。纏めて無かった髪はフワリフワリと舞って首や耳を撫でる。普段から魔力を通しているからか、特別な事をしなくてもバッチリな自慢の髪。

 

 少しの時間だけ目を閉じて、爽やかな風を全身で感じる。魔力銀の服も、今は普通と変わりなく空気を通してくれるのだ。魔力を通すと駄目だけどね。

 

「良い天気。旅日和だねー」

 

 目を開き、横を見る。クロは俺を見ていて、少しだけ赤くなってた。まあ真っ直ぐな街道だし、広い道だから大丈夫だけどね。俺と目が合っても、全く視線を逸らさないからコッチが恥ずかしいからね? 日本ではジッと目を合わせるって余りしないから、未だに慣れないんだ。

 

「クロ……余り見ないで、前を向きなさい」

 

「お師匠様、本当に綺麗ですね。何度も見てるはずなのに目が離せなくなるんです」

 

 コレだよ……こっちの世界の人って、恥ずかしい事を平気で言葉にするんだよな!

 

「……ありがとう。分かったから、前向いて」

 

「顔が赤いですよ? 相変わらずですね、安心しました」

 

 くっ……だから、前見ろって!

 

「相変わらずって、なによ?」

 

「女性は恋をすると変わるって言いますから……アートリスでお師匠様が変わってしまわないか心配だったんです。その様子なら大丈夫そうです」

 

「は、はあ!? 貴方、私を誰だと思ってるの? アートリスで私を知らない男なんていないんだから! 毎日、男達を千切っては投げ、千切っては投げ……なに笑ってるのよ?」

 

 なんだよ、その余裕ある顔は!? 俺の事?図星!? んな訳ないしーー!

 

「いえ? モテモテなんですね」

 

「そ、そうよ? だから、お子ちゃまは黙ってなさい」

 

「……プッ!」

 

 後ろから声が聞こえたぞ!

 

「……ターニャちゃん、何かな?」

 

「お姉様、余り無理をしない方が……恥ずかしい事じゃ無いと思いますよ?」

 

「無理なんてしてないもんね! 事実だし!」

 

「そうなんですか? 私はてっきり……いえ、なんでも」

 

「何か誤解してるみたいだけど……私は男の事は何でも知ってるからね? 魔物なんかより詳しいんだから!」

 

 ある意味間違いないぞ! 前世で17年間も男だったんだからな。まあ、童貞だけど……女性とお付き合した事も無いけど! 妄想の中ではバッチリですから!

 

「ええ、そうですね。良く分かります。お姉様は間違いなくアレですから」

 

 アレってなにかな!?

 

「ターニャちゃん、一度しっかりと話をした方が良いみたいね……次の宿場町で……」

 

「お姉様、本当にいいんですね? 分かりました、()()()()()お話しましょうか」

 

 ……ま、またの機会にしようかな……

 

「……クロ、なにその顔は?」

 

「お師匠様、今またの機会にしようって思いましたね?」

 

「……さ、さあ! 宿場町はまだ先よ! 急ぎましょうか!」

 

 ふっ……まあ、今日は此処までにしてやんよ!

 

「お姉様……」

 

 ああ、風が気持ちいいなー!!

 

 

 

 




第二章は暫く隔日投稿(変更の可能性あり)


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お姉様、鬼になる

 

「クロは最近どうしてるの?」

 

「いつも同じです。城で修行してるか、討伐隊と共にするか……最近は討伐隊と同行が多いですかね」

 

「ふーん、討伐が多いって冒険者は?」

 

「勿論頑張っているみたいですけど、アートリスと比べると一段劣りますから。軍が強いのも善し悪しです。西部の山岳地帯とか、東部の海岸沿は手が回ってないのが実情ですね。その分軍の練度は上がって、最近は中々ですよ?」

 

「ふふふ……頑張ってるのね。偉い偉い」

 

 クロの金髪はツヤツヤで癖っ毛もない。撫で撫でしてると、昔飼ってたゴールデンレトリバーのゴン太を思い出すんだよなー。

 

 クロくらいの年齢なら撫でられるのを嫌がりそうなものだけど、そんな様子は無くて目を細めてる。ますますゴン太っぽい。

 

「勇者としてはまだまだです。魔王には敵いそうもないですし……お師匠様と結婚するのはまだ先ですね」

 

 ゴン太を幻視してホンワカしてたのに、思わず手を引いてしまう。

 

「クロ……それは断ったでしょう? 私は誰とも結婚しませんから」

 

「今はそれでいいですよ? 女性の我儘を受け入れるのも男の器ですから。未来は決まっています」

 

 駄目だ……話が通じない……

 

「はあ…… 貴方なら王国や貴族から話が来てるでしょう? もう少し周りを見てみなさい」

 

「確かに幾つか縁談の話は来ていますね。ある伯爵の娘なんて、僕の後を付けたり、探し回ったり、この前なんていきなり抱き付かれましたから……非常識な娘です、本当に」

 

 お、ま、え、が言うな!! 鏡を見ろよ! なんでストーカーは自らを省みないんだよ!?

 

「アートリスに来る前にキッパリと断りましたから、もう大丈夫でしょう。僕にはお師匠様がいますからね」

 

「……どう断ったの?」

 

「勿論、心に決めた人がいるとハッキリ言いましたよ?」

 

 凄く嫌な予感がするんだが!

 

「まさか……名前とか言ってないよね……?」

 

「心配しないで下さい。名前だけでは伝わりませんから、お師匠様の大好きなところも全部言いましたよ! 当然です!」

 

「アホかーーー!!」

 

 スパーーーーーン!!

 

「痛い! お師匠様、なんで叩くんですか!?」

 

「当たり前でしょう!? 私は今から王都に行くのよ!? その人に会ったらどんな顔すれば良いのよ! ……って言うか、私は関係ないし!」

 

 絶対アレだよね! おーほっほっ!とかの笑い声で、扇子とか口元に当てながら近くに執事とか居る人だよね!?  お嬢様とか言われてさぁ! 

 

「大丈夫です。その辺りは計算済みですから」

 

「どんな?」

 

「簡単です。お師匠様の美貌と力を見れば、直ぐに諦めるでしょう」

 

「この、おバカーーー!」

 

 スパパーーーーーン!!

 

「イタタッ!! お師匠様、普通の人なら頭が吹き飛んでますからね!?」

 

 あ、あかん……絶対フラグ立ってるよ……うぅ、只でさえ面倒なのに!

 

 このイケメンショタめ……そんなに嫌なら代わってくれよ! 俺だって可愛い女の子からモテてみたかった‼︎

 

「……お姉様、どうしました?」

 

「あっ……ごめんね、起こしちゃった?」

 

 穏やかな陽気と、ゆったりと進む馬車のお陰で、暫く前から寝ていたのだ。可愛い手で目を擦りながら、ターニャちゃんは小さな顔を上げた。うん、その仕草も可愛いよ!

 

 俺はクロの隣から後ろに戻り、ターニャちゃんの前に座る。お尻あたりにクロの視線を感じたが、頑張って無視する。四つん這いで移動したから、わかるけどさ……男の視線って、本当に分かり易いよなー。

 

「お姉様、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ、起こしてごめんなさい。まだ寝てていいよ?」

 

 俺のモモをポンポンして膝枕へ誘導する。さあさあ、天国へどうぞ! ん? クロ、何羨ましいって顔してるんだ! 前を向け!

 

「……いえ、目が覚めたので……お姉様、宿場町って遠いんですか?」

 

 うぅ……いつか膝枕して、ターニャちゃんの頭を撫で撫でするんだ! クロが犬なら、ターニャちゃんは猫だね。早く懐いてくれないかなぁ。

 

「夕方には着くよ? アートリスと王都を結ぶ街道は整備されてるから安心してね」

 

「あの……夜営とかは……」

 

 分かる! 憧れるよね! 森の中でテントを張って、焚火なんかしちゃったりして……スープに干し肉、肩なんて寄せ合ったりしたら最高!

 

「今回はないかな……夜営は見張りがあるし、慣れないと疲れが取れないから。お風呂も入れないし、お手洗いだって大変」

 

 そういえば、ターニャちゃんも此方に来てそろそろ約一か月。多少不順だとしても、そろそろあの日が来てもおかしくない……そう! TSイベントで外せない女の子の日! 目を配っておこう、うん。まあ、当事者からすると、笑い事じゃないから遊んだりはしないけどね。宿場町に着いたら話をしないと。

 

「ああ、そういえばそうですね……でも、お姉様は普段は一人なんですよね? ギルドのお仕事はどうしてるんですか?」

 

「私一人なら幾つもやり方があるからね。大した距離じゃなければ魔力強化して帰っちゃうし……魔法を使えば色々と便利なの」

 

「ターニャさん、それ普通じゃないですから……一人で全てを完結させるのは、お師匠様くらいですからね? 戦闘以外に魔力を使う事は基本的にしません。いざって時に疲れてますじゃ意味がないですよね? そんなデタラメを許すのはお師匠様だけです」

 

「クロ、いちいち茶化さないでよ。前を向きなさい」

 

「ウラスロさんも言ってましたけど、お姉様ってチー……いえ、凄いんですね」

 

 いま、チートって言うつもりだったよね?

 

「一応頑張って練習したからね」

 

「練習してどうにかなる段階を軽く超えてますけどね」

 

 クロ、うるさいよ!

 

 ん……おや?

 

 珍しい気配だな……何かの群れか?

 

 

 俺は息をする様に魔素感知を行なっているから直ぐに分かった。街を出たら何時も行っている。因みに一人で冒険に出る事が出来るのは、このお陰でもあるのだ。クロを見ると、まだ気付いてないな。修行が足りないぞ、クロ!

 

「お姉様?」

 

 王都への街道は普段から見廻りがされているし、定期的に討伐隊も巡回している。と言うか軍の新人達の訓練に利用してるし、ギルドからも良く依頼が掛かる。なので、これ程の群れが感知されるのは非常に珍しい。

 

 顔を上げた俺の雰囲気にターニャちゃんも異常を感じたかな。ちょっと待っててね。

 

 ゴブリン共じゃないな……魔素の純度も違い過ぎるし、体格も合わない。まだハッキリとは分からないが、四足歩行か。速い……この辺に現れては駄目なレベルだ。新人達では歯が立たないのは間違いない。14……いや15頭か?

 

「お師匠様、どうしました?」

 

「戦闘準備を。恐らくウルフ系、15頭」

 

「!! どの方角ですか?」

 

 馬車の速度を落とし、周囲を警戒する。

 

「王都側に出る、森からよ。逃げるのは無理ね。馬車を止めなさい」

 

 クロは俺の指示に素直に従い、馬車を止めて御者台から飛び降りた。右手には鞘に入れた剣を持ち、魔力強化の準備を始めた様だ。ふむ、中々の練度だね。本当に頑張ってるんだなぁ。

 

「何故こんな場所に!? アートリスからもそう離れてない……アレか!」

 

 黒くてデッカい狼達が森から姿を現して、キョロキョロと周囲を警戒してる。

 

「アレは……アークウルフね。ターニャちゃん、馬車から降りないでね? 大丈夫だから」

 

 流石にアレを見たら顔色が変わった。まあ、軽自動車サイズの狼を見たら、誰でもそうなるよね。しかも15台、違った15頭もいるし。

 

 アークウルフ達は、直ぐに俺たちを見つけて速度を落とした様だ。集団で狩りをする狼らしく、円状に広がり緩やかに近付いて来る。もし背中を見せたら突っ込んで来るだろう。

 

 まあ、人の気配が多いこの辺りに現れては駄目な奴等だ。ぶっちゃけ絶望的な状況だろう、俺がいなければね! いきなり魔法をぶっ放してもいいが、元弟子の実力を見てみる良い機会だな、うん。

 

「アークウルフ! 対処するのにコランダム級以上が推奨される……お、お師匠様……」

 

 うん? 何チェンジしようとしてるのかな?

 

「クロ、丁度いいわ。行きなさい」

 

「いやいやいや! あの群れは一人で無理ですって! 軍隊が要るでしょ、アレは!」

 

「貴方は勇者でしょう? コレも修行よ。大丈夫、死ななければ何とかして上げるから」

 

 流石に蘇生魔法などは存在しないが、回復なら大丈夫。やはり一瞬で大怪我を治癒など不可能だけど、後遺症は無いようにしてあげるからね!

 

 あんなのが現れた原因も重要だけど、今は討伐しないとさ。修行と合わせてお金も稼げるなんて、一石二鳥だぜ!

 

「やっぱりお師匠様は変わってない! 戦闘になるとコレだよ!」

 

 泣きそうな顔をしたクロはそれでも魔力強化を行い、剣を鞘から抜き放った。同時に炎の魔法を放つつもりだろう、魔力を練り始める。ふむ、焦ってると駄目だよ?

 

「彼奴らは魔力も通しにくいから、しっかり練って魔法を放つのよ? 生半可な魔法は弾かれるから、頑張ってね」

 

「この(オーガ)! お師匠様は(オーガ)だよ!」

 

「はいはい、危なくなったら助ける……かもしれない、多分」

 

「うわーーーー!!」

 

 クロの頭上には炎の玉が幾つも浮かび、アークウルフへと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アークウルフ……頭頂に斧状の頭骨が迫り出し、その巨体で体当りを行う。その威力は大木をも叩き折ると言われ、人など柔らかい若木と一緒だ。ウルフの名に反して、攻撃中に噛み付く事は少ない。しかしながら狼らしい群れを形成し、数にも依るが非常に危険な魔物だ。

 

 奴等は都市部周辺や人里の付近には、まず姿は見せない。主に山岳地帯や火山帯などに生息しており、エリアによるが生態系の頂点に近く天敵は少ないらしい。未だ謎多き魔物だが、主に死骸を骨ごと破壊してバラバラに持ち帰る習性がある。前世で言えば、でっかいハイエナ?かな。

 

 群れを発見したら最低でもコランダム、出来ればダイヤモンド級の冒険者が必要になる。勿論一人では対処不可能で、単体、或いは複数のパーティで立ち向かう事が条件だ。

 

「……て言う魔物かな。この辺りで見掛ける魔物じゃないんだけどね。あんなの早々いないから安心して?」

 

「お姉様、ゆっくり解説してる場合じゃ……クロさんが……」

 

 綺麗な指でフルフルと指す方向には、クロが奮闘?している姿がある。

 

 アークウルフは基本突進して来るから真正面にいては駄目だ。絶えず動き回り、側面に移動する必要がある。まあ、躱しざまに斬り付けるって方法もあるけど、失敗したら骨がバラバラだ。

 

「お師匠様! それは相手がっ、うわっあぶね! 一頭なら出来ますけど、周りを囲まれたら意味無いですよっねっ! 全方位真正面ですけど! げっ……剣が通らない!」

 

 うん? まだ余裕があるね。腕が上がったなぁ……もう少し様子を見ようかな。

 

「魔力強化が疎かになってるよー。流石のアークウルフもクロの本気の速度にはついてこれないから、ほらっ頑張って!」

 

「ハァハァ……近接戦闘中に魔力を上手く練れる訳ないでしょう! 僕はお師匠様とは、違うんです! ふっ!」

 

 バシュッ!

 

 おっ! 今のは良い! 低く躱したクロは天を払う様に振り切ったのだ。うん、アレは致命傷だね。1頭討伐完了。血を噴き出し、もんどり打って倒れたアークウルフはもう動かない。頭骨は硬いから、首か腹を狙うのは良い判断です。ほら、あと14頭!

 

 いいねぇ、少年が剣を片手に戦う姿。これこそファンタジーだし、映画みたいだよね。

 

「ハァハァ……コイツら遊んでたな。駄目だ、勝てない……」

 

 クロ! 諦めたらそこで試合終りょ……あ、すいません。確かにアークウルフ達も本気を出すみたいだなぁ。陣形も変えたみたいだし、姿勢も低くなった。歯を剥き出しにして唸ったりなんかしてる。うーむ……ちょこっとだけ援護しようかなぁー?

 

「お姉様!」

 

「なあに?」

 

 うっ……すっごく怒ってる……良く考えたら、ターニャちゃんにしてみたら怖いだろうし……ゴブリン以来初めての戦闘だからなぁ。

 

「ターニャちゃん……これは修行で……あ、はい、すいません」

 

「修行も大事ですけど、これじゃクロさんが可哀想です。死んだらどうするんですか!」

 

 うぅ……怒った顔も可愛いけど、嫌われたくないし……仕方がないかな……

 

「はーい……クロ! もういいわ、下がりなさい! ターニャちゃんを守って!」

 

「えっ!? いいんですか? お師匠様が優しくなってる? 何時もなら……」

 

「ク、ロ、! 黙って下がって!」

 

 ほら! ターニャちゃんが白い目で見てるじゃん!

 

 クロは地面を魔法で隆起させ、アークウルフ達を少しだけ後退させる。本来なら串刺しにしてもいいんだけど、そこまでは練れなかったみたい。そのまま此方に向かって来るクロを、アークウルフ達は当然追いかけて来た。

 

 うーん、どうしようかな……?

 

 14頭も相手にするの面倒だし、先ずは数を減らしますか。

 

 俺は魔力を収束させて、属性を付与する。

 

 ターニャちゃん、見ててね!

 

 

 

 

 



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お姉様、アートリスを救う

 

 

 

 

 

 アークウルフは獣系の御多分に漏れず炎が苦手だ。まあ、生物なら大半苦手だろうけど。

 

 観察しながらも魔力強化を行い、魔力銀の服に通す。肌には質感が変化した感触が走り、気持ちが引き締まるのが分かる。この瞬間が結構好きだったりするのだ。

 

 背中に固定してある剣は鞘から抜かず、収束した魔力に指示を出した。

 

 クロが最初に炎系の魔法を選択したのは賢いし、基本に忠実で素晴らしい。

 

 だから俺が創り出したのは"炎の矢"……定番だけど、一味違うんだよ? 暗い青色をした矢は通常見え難い。空や夜に溶けるし、温度も非常に高いのだ。矢と言っても薄い板状に成形していて、見る角度に寄っては視認するのも困難だ。

 

 そして創出した場所は頭上。俺と馬車を囲む様に浮かべてある。音もせず、かなりの高さに固定してあるせいか、アークウルフ達は警戒すらせずに円陣を狭めてきた。角度も調整済みで見えてないだろう。まあ、隠蔽してあるから当たり前だけど。

 

「お姉様!」

 

「ん? 大丈夫よ、クロの指示に従ってね」

 

 背後から見るとピンチに見えたかな? 心配そうな声を上げるターニャちゃんなら、集中すれば俺の魔法が見えただろうけど……流石にそんな余裕はないみたい。

 

「「グルル……」」

 

 涎を垂らすのはお約束なのかな? 少し獣臭がして気分が悪くなる。ゴン太と同じ筈なのに、なんでだろうね?

 

 足音すらさせずに近付いて来たアークウルフは、前足を折り、頭頂の斧……所謂頭骨を前に迫り出した。一斉に飛び掛かって来る気だろう。

 

 見れば後脚に力が入ったのが分かり、その瞬間を隠しもしない。

 

「「ガウッ!」」

 

 ズドドドッ!!

 

 飛び掛かって来た14頭中10頭は首や胴体が切断され、声を上げる事なく絶命する。残り4頭の内2頭も僅かに狙いが逸れたから息はあるが、立ち上がる事は出来ないだろう。炎の矢は任務を果たしてくれた様だ。そして同時に……

 

 仲間が全滅していくのも気づかず、前方……つまり俺の方へ頭を投げ出した2頭は、勝ったと思ったのか俺の後方へ抜けた。

 

「ごめんね?」

 

 頭骨ごと両断された2頭は、自らの死すら自覚しなかっただろう。俺の剣は血糊すら付着せず鞘に収まった。魔力に覆われた剣身には脂も血も付かないのだ。

 

 念の為魔力感知を行い、周囲を確認する。意外と見落としがちな戦闘終了後の感知だが非常に重要だ。普段一人で活動している俺には尚更だしね。

 

 何の危険も無いと分かれば魔力強化を切るだけだ。

 

 ふっふっふっ……今のは格好良いだろう? 見惚れてても驚かないよ、うん。

 

「……終わり?」

 

 ターニャちゃんは呆然として、青白い顔で周囲を見渡していた。

 

 うん?

 

 俺の予想では、凄いですお姉様!とか、格好良い!とか、そんな反応を期待してたんですが。なんなら抱き着いて来ても良いよ?

 

 両手を広げて待っていると、ターニャちゃんは慌てて馬車を降り……側の草むらに頭を突っ込んだ。

 

「おえぇーーっ……」

 

 アレは吐いてるね……胃の辺りを抑え苦しそうに何度か。クロは背中を撫でて、優しい顔をしてた。

 

 落ち着いて周りを見回してみると……内臓や筋肉の断面が見える死体が多数、最後の2頭に至っては脳漿が溢れてます。おまけに肉が焼ける匂いも相当なものだ。まあ、俺やクロは慣れてるけど……うん、グロい。

 

 あわわわ……コレ駄目なやつじゃん!

 

 慌てて近付くと、最早胃液しか出ないのだろう……口元がヌラヌラと光り顔色が非常に悪い。

 

「ゴ、ゴメンね……私、気が回らなくて……」

 

 俺はクロに代わって貰い、背中を摩る。ターニャちゃんは頭を振って手で口を押さえていた。

 

 うぅ……俺のバカ!

 

 ターニャちゃんは平和な日本から来たばかりの子供だぞ! あんなグロいの駄目に決まってるじゃん!

 

「待っててね。水を持ってくるわ」

 

 馬車に水袋を取りに行き、木製のカップを合わせて手に取る。ついでに口元を拭くタオル(まあ、ただの布だけど)を箱から出した。

 

 ふと見ればクロは証明部位、つまり頭骨を集めてくれている。はぁ……失敗したなあ……

 

 俺は蹲るターニャちゃんの元へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ターニャちゃん、本当にごめんなさい……気持ち悪かったでしょう?」

 

 口を濯ぎ、布で拭くと少しだけ落ち着いたみたい。馬車までお姫様抱っこをして横たわらせる。図らずも膝枕出来たけど、全然嬉しくない。ターニャちゃんはそれでも青白い顔だし……

 

「いえ……お姉様は悪くありません。()()()()()だと自覚が足りませんでした。私の方こそ謝ります、ご心配を掛けてしまって」

 

「ううん、私が悪いのよ……格好良いところを見せたくて、調子に乗って……倒し方なんて幾らでもあるのに」

 

 少しだけ笑ってターニャちゃんは俺を見た。

 

「ふふ……格好良いところなんて……お姉様は何時も素敵です。さっきだって、あんなに強いんですね。さすが超級冒険者です」

 

「ターニャちゃん……吐き気止めの魔法なんて無いけど……ちょっと待ってね……」

 

 精神に作用する魔法を使おう。触り心地の良い小さな頭に左手を添えて行使する。

 

「お姉様、コレは?」

 

「気持ちを落ち着かせる魔法よ。恐慌に陥った人とかを助ける為のモノね。気休めだけど……」

 

「温かい……お姉様の魔法は何時も温かいです」

 

「そう? 初めて言われたな、そんな事」

 

「もう少し撫でて貰っていいですか……凄く気持ちいいので」

 

「勿論よ」

 

 濃紺の髪に沿って頭を撫でる。ショートも少しだけ伸びたかな。

 

 気持ち良さそうにして目を瞑ったターニャちゃん。暫くすると眠ったようだ。小さな唇から吐息が溢れて、胸が規則正しい上下を繰り返している。

 

 お姫様抱っこに膝枕、頭ナデナデも達成出来たけど……全然嬉しくない! 次からは気を付けないと。

 

「ゴメンね」

 

 俺は頭を撫でるのをやめず、呟く位しか無い。

 

 証明部位を集め終えたのか、クロも此方に歩いて来るのが見えた。

 

 

 

 急ぐ旅でも無いし、ちょっと休憩だな。えっ? ツェツエの王子はって? 王子なんかよりターニャちゃんが大事に決まってますから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 アートリス、冒険者ギルド

 

 

「アークウルフだと!? 間違いないのか?」

 

 一階に降りて来たウラスロは、偵察から帰ったパーティへ詰め寄った。

 

「ええ……ギルド長、間違いないです。危ないので遠距離からの確認ですが、10頭以上いました……アートリスから遠くありません」

 

「10頭以上だと……リタ、ダイヤモンド級を含むパーティは今どれだけいる? 直ぐに動ける連中だ。少なくとも二組以上欲しい」

 

 リタは棚から取り出した紙束を急いで確認する。

 

「街道も封鎖だ。依頼も一時中断しろ! 王都へ魔素通信を開く準備を!」

 

 ウラスロは周りにいた職員に指示を出し始めた。本来この辺りに現れる筈のない非常に危険な魔物だ。街が壊滅するとは言わないが、かなりの被害が想定されるだろう。

 

「ギルド長……現在は一組しか活動していません。マウリツさんのパーティです。残りは別の地域へ……コランダム級がもう一組だけいますが」

 

「なんでそんなに少な……ソードアント討伐か!」

 

 アークウルフの出没した場所とは全くの反対側で、距離は馬を走らせても丸一日掛かるだろう。ソードアントはそれ程強い魔物ではないが、繁殖を始めると莫大な数に増加する厄介な蟻だ。前脚が剣の様に鋭いのが名前の由来で、今回は既に繁殖しつつあるコロニーが見つかった。

 

「ジルは!?」

 

「今朝出発しました……もう随分離れたと思います……」

 

「くっ……仕方がない、全員で掛かるぞ。マウリツを呼んでおけ! 駐留軍と連携しよう。俺は話を通してくる!」

 

 服を整える時間も惜しいと、髭を振り乱してギルドを出ようとした。そのウラスロの視線の先に新たなパーティが入って来るのが見えた。彼らの顔は歓喜に包まれ、同時に興奮している。

 

「いやぁ、凄いのを見たな! みんな聞いてくれよ! あれはとんでもないよ! 一瞬で何頭も……あれってアークウルフだよな! 何時か俺たちも……うわっ!? ギ、ギルド長! な、何ですか!?」

 

「今、アークウルフと言ったな? 見たのか?」

 

 ウラスロはアークウルフの如く突進し、クオーツの若者達へ早口で質問をぶつけた。

 

「は、はい! 全部で15頭です! 体も大きくて、黒くて……以前見た資料と一緒で頭に斧が」

 

「アークウルフの特徴くらい知っとるわ! それで、どうなったって? 説明しろ!」

 

 三人組の彼等は顔を見合わせ、急いで口を動かす。

 

「アークウルフは全滅しました! 王都へ向かう街道沿いです。部位証明を剥ぎ取りしてましたから、間違いありません」

 

「全滅だと!? 何人いたんだ? 王都からの軍隊か……いや、他国の冒険者か?」

 

「い、いえ……多分三人です。倒したのは一人ですけど」

 

「そんな馬鹿な事があるか! 相手は小さな町くらい破壊する程の魔物の群れだぞ! たった一人で……一人……もしかして……その倒したと言う奴の特徴は?」

 

「遠かったのでそこまでは……はっきりしてるのは女性で長い白金の髪と……後の二人は子供だと思います、多分ですけど」

 

 ウラスロは確信していたが、事が事なだけに念を押す。

 

「倒し方を見たか?」

 

「それが……一瞬で。ウルフ達は何かに切断されたのかバラバラになって、2頭残った様に見えた奴等もその後すぐ……多分剣で斬られたと」

 

「最初のあれは多分魔法です。炎の矢か何か……手の届かない範囲まで影響してましたし、全くの同時でしたから。見えないのが不思議ですが」

 

 もう一人は魔法士の卵だろう。その見解は正しい。

 

「よく分かった。場所は覚えてるな? 案内出来るか?」

 

「ええ、勿論です。直ぐ近くですから」

 

 直ぐ近くにアークウルフが現れたのは大問題だが、ウラスロの予想通りなら討ち漏らしもないだろう。

 

「予想も何も、アイツくらいしかいないか……アークウルフも運が無かったな」

 

「ギルド長?」

 

「ああ……リタ、一応街道封鎖は続けてくれ。依頼も同様だ。俺は今から確認に行ってくる。マウリツは……」

 

「ギルド長、俺たちが付き合うよ。きっと彼女だろう? 運が良ければ会えるだろうし、何も無ければ金も必要ない」

 

「マウリツ、来てくれたか……助かるよ。早い方がいい、出れるか?」

 

「ああ、皆んな行こう。久しぶりに顔が見れるかもしれんぞ!」

 

「あの……一体どういう?」

 

「ん? ああ、すまん。討伐者に心当たりがあってな、多分……いや間違いなくジルだろう」

 

 クオーツの三人は意味が分からないらしい。

 

「ジル?」

 

「なんだなんだ、知らないのか?」

 

 周りのベテラン連中が冷やかす様に笑う。

 

「魔剣だよ。超級冒険者、魔剣のジル。噂くらいは聞いた事があるだろう? アートリスの女神さ」

 

「魔剣! あの人が!? うわー、もっと近くに行けば良かった! 滅茶苦茶美人なんですよね?」

 

「ああ、美人という一言じゃ表現出来ないがな! おまけに凛とした娘で、流石に近寄りがたい雰囲気だが……話せば答えてくれる」

 

「凛とした? ヘタレのジルが……?」

 

 ジルの正体を知るリタの呟きは誰にも届かず、その真の姿は未だ霧の中だった。それはきっと幸せなことだろう、男達にとって。

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

「お師匠様、何人か近づいて来ます。多分冒険者で……馬車を避けましょうか?」

 

「ううん、多分確認に来たんだと思うわ。さっき三人程此方を伺ってたから、アークウルフの件が伝わったのね」

 

「三人? 魔素感知には掛からなかったですけど……」

 

「いたわ。多分オーソクレーズ、いえクオーツかな。魔力も少なかったから判り難いかもね。クロ、魔素感知だけに頼ったらだめよ? 何度も言ったでしょう?」

 

「はぁ……やっぱりまだまだですね。未来の妻は手強いなあ」

 

 突っ込まないぞ!

 

 ゆっくりとターニャちゃんを寝かせて馬車を降りる。煩くされると起きちゃうし、手早く済ませよう。

 

「あれは……ギルド長もいますね」

 

 本当だ。あの爺様って元気だよなぁ……やっぱりドワーフなんだよ、きっと。長くて白い髭は遠くてもよく分かる。

 

 パタパタと服やマントの埃を払い、大して乱れても無い髪を整える。前髪は特に大事。

 

 さっきのクロじゃ無いけど、ジロジロ見られたく無い気分だからマントは閉じた。

 

 しかし……この旅って、中々進まないよね!

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、囲まれる

 

 

 

 

「皆さん、静かにお願い出来ますか?」

 

 全部で9人の集団は、馬の速度を落として止まった。ウラスロの爺様が大きく口を開いたのを見て、俺は一瞬で側に寄り声を掛けたのだ。

 

 見た事もない三人は俺の魔力強化に驚いたのか、目を白黒させている。その後は顔を赤らめ、鼻息荒く俺に釘付けになった。まあ、俺の美貌は限界を超えてるからね! ふっふっふ……

 

「……どうした? まだ何かいるのか?」

 

 ウラスロは声を落としながらも馬から降りて来た。その短い手足でよく馬を操れるなあ……

 

「いえ、旅の仲間が体調を崩しまして……今眠っていますから、どうかお願いします」

 

 俺のキャラ作りにウラスロは思い切り顔を歪めたが、特に何も言わなかった。良かったね? 余計なことを言う様なら気絶して貰いますから、ええ。

 

槍蒼の雨(そうそうのあめ)の皆様もお久しぶりです。そちらの方々は初めてですね……私は冒険者のジル、この子はツェツエの勇者でクロエリウス。クロエリウス、ご挨拶を」

 

 俺は優雅に見えるよう、ゆっくりと頭を下げた。

 

「アーレのクロエリウスです。クロと呼んでください。お師匠様……すいません、ジルさんもそう呼びますから。お気軽にお願いします」

 

 クロも流石に王都に住む者として洗練された様子を見せる。うん、格好良いよ、クロ。

 

「後一人いますが、今はお許し下さい」

 

 ウラスロは呆れ顔を隠しもしないが、俺は無視を決め込む。いいじゃん! ジルは格好良いのがいいんだから!

 

「ジル、久しぶりだ。暫くギルドに顔を出さないから気になってたよ。うちの娘がまた会いたいって煩くてな……気が向いたら話してやってくれ」

 

 執事(バトラー)……いや違った、マウリツは口髭を蓄えたダンディなオジ様で、姿勢も素晴らしい。俺は内心、執事と呼んでいるのだ。数少ないダイヤモンド級冒険者の一人。槍を使わせたらアートリスでも一二を争う腕前で、家族思いの良い父親だね。娘さんは6歳になる可愛い子で、何やら気に入られたらしく以前は抱き着いて離れなかった程だ。無茶苦茶可愛いので、嫌じゃないけどね!

 

「マウリツさん、私も会いたいです。本当に可愛いらしい娘さんですもの……暫く留守にしてたのは、色々ありまして……ご心配をおかけしました」

 

 まあ、ニートしてたなんて言えないからね! ん? こら!ウラスロ、溜息をつくんじゃない!

 

 他にも双子のブランコ、ブルーム兄弟。ジアコルネリとピピを合わせた5人がマウリツのパーティだ。双子は魔法士と治癒士、ジアコルネリは剣士、ピピはナイフ使い……俺はピピを内緒で忍者と呼んでるけどね。まん丸おデブのピピが素早く動くのを見た時は思わず、なんでやねん!って内心叫んだもん。

 

 新人らしい三人は少し遠くから俺を眺めていて、動きそうにない。まあ、初めて俺を見た男は似たような反応をするので驚いたりはしないけど。今はナンパされるより楽でいいや。

 

「ははは、娘も喜ぶよ。ありがとう」

 

「ジル、挨拶はもういいな。俺達が此処に来た理由は分かるだろう? まあ、あっちに纏まってる死体の山を見れば殆ど終わりだがな」

 

 アークウルフ達は街道の脇に寄せてある。クロが片付けてくれたのだ。邪魔だし、ターニャちゃんの視界から消えて欲しかったからね。

 

 ギルド長として確認に来たんだろうけど、ウラスロは偉いなあ。普通組織のトップが態々来る事無いと思う……まあ、その辺が俺も気に入ってるけどね。

 

「アークウルフが15頭現れたので、クロと二人で討伐しました。魔素感知も行いましたが、周辺には脅威はありません。何らかの突発的なものかと」

 

「実際はジルさんが一人ですけどね」

 

「クロ、態々言わなくて良いのよ」

 

 ()()()()の討伐で、我が物顔をするつもりはないし、ジルのキャラ的に格好良い方を選ばないとね。案の定マウリツ達は感心した様だ。

 

「ふん……目撃した奴等の話では、お前一人で討伐したと聞いたがな。まあいい、アークウルフが討伐されたなら、それが一番だ」

 

「ジルさんらしいね。良ければどうやって倒したか教えて貰えませんか?」

 

 ジアコルネリが横から口を出したが、その目は憧れ半分欲望半分というところかな。ジルとして生きて来たから男達の目線に敏感になったんだよね。まあ気持ちは分かるから、ニコリと笑ってあげるけど。もちろん手は口元に軽く添えて上品に、ね。

 

「ふふふ……ジアコルネリさん、冒険者が種明かしなんてしませんよ? でも、行ったのは特別な方法ではありませんから」

 

 ジアコルネリだけで無く、双子やピピ、マウリツさえも俺の仕草に目を奪われるのが分かった。うんうん、コレが堪らないんだよなー。

 

「アークウルフに限らずウルフ系は動きが読み易いですから……特に獲物の数が少ない時は殆ど一緒です」

 

「周囲を囲って様子を伺い、一斉に襲い掛かってくるな……大半が同時で」

 

 ベテラン冒険者なら当然知っている事だが、若いジアコルネリに教える為だろう。マウリツは敢えて言葉にした。

 

「はい、マウリツさんの言われた通りです。その瞬間を狙って頭上から炎の矢を放ちました。アークウルフに気付かれない様に工夫した上で、ですが。残りは剣で対応して……そんな感じです」

 

「頭上から……」

 

 街道にはアークウルフの血痕が円状に残ったままだから、分かりやすいだろう。

 

「ジアコルネリ……簡単に言ってるが、俺には無理だからな? アークウルフ一体ならともかく、複数を同時に殺るなんて不可能だ。そもそも奴等の防御を抜くのが難しいんだよ。普通はコツコツと戦って、弱らせてからとどめを刺すんだ」

 

 魔法士のブランコがやれやれと溜息をつきながら答えてくれた。まあ、そうなんだけど。パーティとしての会話みたいだし、俺は口を挟まない。ジルは基本、あまり喋らないキャラだからね。

 

「俺やお前なら近接で戦う事になる。アイツらを一撃で倒すには、相当な腕が要る。それに、複数が相手なら此方も数を揃えないと話にならんよ」

 

 マウリツも同調し、俺の話を基準にするなと警告していた。うんうん。まあ、俺に限らず他の超級なら一人で倒しちゃうだろうけどね。

 

「なるほど……ジルさん、同じ剣士として聞きたい事が沢山あります。今度時間を貰えませんか?」

 

 ジアコルネリは熟女好きと聞いていたが……まあ、此処は上手く断って……

 

「ジアコルネリ! 何を抜け駆けしてるんだ!? 俺達の決め事を忘れたのか? 連中に袋叩きに合うぞ!」

 

 ん? なんだなんだ? 何か物騒なんだけど……

 

「あ、あの……?」

 

「「もういい! ジル!!」」

 

「は、はい!」

 

 ブランコ、ブルームの双子が勢いよく同時に向き直ったので、俺はビックリしてしまう。

 

「「俺と食事でも一緒に……」」

 

 やはり同時に喋る双子は、互いを睨み付けて手を差し出してきた。その横に並ぶジアコルネリも同じ様に右手を差し出し頭を下げる。

 

「……えっと」

 

 これって誰かを選べって事だよね? って言うかクロさん……? お前まで並んでどうする!? いそいそと並びご丁寧に手を服で拭ったクロ……

 

 四人の男が綺麗に整列し、右手を出して待っている。いやいやいや……あんたら何やってるの!? 特にクロ! お前は後でお仕置きだからな!

 

「はぁ……マウリツ、帰るぞ。街道の封鎖を解かないと駄目だからな」

 

 ウラスロは俺の苦境を見もしないで、マウリツを誘導する。マウリツも特に反論しないのか、止めてある馬へ向かって行った。

 

 ん? あの新人三人も此方に向かって来てるんだが!!

 

 最近声を掛けられないと思ってたのに、まさか組織的だったなんて……つまりファンクラブ的な……うぅ、マジかよ!

 

「あ、あのギルド長? マウリツさん……?」

 

 爺様と執事は談笑しながら馬に飛び乗り、あっさりと立ち去って行く。マウリツだけはこちらに手を振ったのが唯一の救いか。

 

 再び視線を戻すと……半円状に並んだ7人が揃って右手を出している。新人三人なんて自己紹介すらしてないよね!?

 

「……あの」

 

「「「お願いします!!」」」

 

「うひっ!」

 

 何で綺麗に揃うんだよ!

 

 久しぶりに口説かれたけど、こんなの経験ないぞ……ど、どうしたらいいんだ……?

 

「うぅ……ごめんなさい!!」

 

 撤退! 撤退だ!

 

 魔力強化を行使して、音も無く馬車へと戻る。ターニャちゃんはさっきと変わらず眠っていて、俺はホッとした。全く、アイツら何なんだ……そっと幌を避けて様子を伺う。

 

「まだ、あのままだよ……こえぇ……もうクロは置いて行こうか……?」

 

 見ると奴等は変わらない姿勢のまま、動かない。

 

 うん、キモい。

 

 あれ? そういえばピピは? あのおデブが居ない? 気になって周りを見渡すと漸く姿を発見した。此方をジッと眺め……と言うか、俺のはだけたマントの中を見てる……

 

「一体いつから……気配をあそこまで絶つなんて、本当に忍者……?」

 

 俺に気付かれない様に視姦されていたと思うと違った寒気が走る。あんなにヤバイ奴だとは……バレたんだから目を逸らしてくれよ!

 

 俺の周りには変態か、軟派野郎しかいないのか?

 

 うぅ、なんて可哀想なジル。あとでターニャちゃんに癒して貰おうな。

 

 一瞬[類は友を呼ぶ]と言う言葉が頭に浮かんだか、直ぐに否定する。

 

 俺は変態じゃない! 今は! 多分!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだかよく分からない内に解散した俺達は、再び馬車に揺られていた。ターニャちゃんには悪いがこのままだと宿場町到着が深夜になってしまうからね。クロに頼んでゆっくりと進んで貰ってる。

 

「クロ。さっきのどういうつもり?」

 

 ターニャちゃんを出来るだけ起こしたくないし、御者台に二人並んでるけど、狭い! 色々と触れ合ったりなんかして、クロが喜んでるのが丸分かり……少しは隠そうよ?

 

「なんですか?」

 

「みんなが並んでたアレよ! クロまで参加して」

 

「ああ、アレですか。そうですね、未来の夫として参加しないのは不自然かと思いまして。お師匠様が他の男を選んだら何をするか自分でも分かりませんし、嫉妬とは恐ろしいものですね」

 

 恐ろしいのはお前だからな?

 

「何を言ってるの……せめて助けなさいよ、全く。私が困ってるの分かったでしょう?」

 

「そうですか? てっきり演技だと思ってました。普段見ないお師匠様は新鮮でしたよ? まるで何処かの国の王女様か貴族かと思いました」

 

「……王女とか貴族とか、どうでもいいわ。とにかく恥ずかしいでしょ、あんなの」

 

「毎日男達を千切っては投げ、千切っては投げ、そうお師匠様が言ってました。慣れているのでは?」

 

 はっ……!

 

「そ、そうね。慣れてはいるけど」

 

「なら大丈夫ですね」

 

「あ、うん」

 

 言いくるめられた気がする……クロの癖に!

 

 チラリとクロを見ると、ニヤニヤと笑いながら手綱を握り俺を見ていた。くっ……こいつ!

 

「クロ、前を向きなさいよ!」

 

「大きな声を出すとターニャさんが起きてしまいますよ?」

 

「あっ……」

 

 慌てて後ろを見たが、ターニャちゃんは俺のマントに包まれたまま動いていなかった。あぶねぇ……さっき掛けておいたんだ、マント。

 

「でもお師匠様、何であんな風に演技をしてるんですか? 僕はどのお師匠様も好きですから良いですけど」

 

「実際はそこまで演技なんてしてないわ。昔お母様に煩くされたから、それなりに身に付いてるだけ。それに格好良いかなって」

 

「格好良いって、面白いですね。女性なら綺麗とか可愛いとか、望む事が違う気がします」

 

 そりゃ元男ですから! ジルは俺の理想をギュッと詰め込んだ最高の女だもんね!! 格好良くて、綺麗で、年上のお姉様が好みだからな。あっ、勿論ターニャちゃんは別ね。

 

「綺麗ではいたいけど、冒険者は甘く見られる訳にはいかないし……クロなら分かるでしょう?」

 

 クロも見た目通りの子供だから、舐められる事もあるだろう。

 

「ああ、なるほど。お師匠様、先程お母様に躾けられたと言いましたよね? その割に昔は男言葉でしたけど」

 

「クロ、黙って。ターニャちゃんに言ったら承知しないわよ?」

 

「はあ……中々大変ですね、お師匠様も。そのお母様はご存知なんですか?」

 

「何をよ?」

 

「お師匠様が危険な冒険者を生業にして、男言葉を使う事をです」

 

「知ってる訳ないでしょう。もし見つかったら大変な事になるわ。急いで逃げないと……」

 

 考えただけでも震えが止まらないぜ……男の自意識を持つ俺に、淑女たれと強制されたのは拷問に近い。別大陸まで逃げて来たし、簡単には見つからないだろうが……今は超級として名が売れてしまったから、時間の問題かもしれない。だが、今の俺は昔とは違う! 魔力強化したジルに追いつける者など存在しない! 

 

 つまり、逃げ切る事が出来る!

 

 ふっふっふ……超級の名は伊達じゃないぜ!

 

「お師匠様……逃げ足を自慢されても……」

 

 うっさいよ!

 

「クロはお母様の怖さを知らないから言えるのよ……ある意味魔王陛下より恐ろしいんだから」

 

「一体どんな人なんですか……将来挨拶に行くのが怖くなって来ましたよ」

 

「それは無いから」

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、涙目になる

 

 

 

「あれが宿場町ですか?」

 

 クロと下らない話をした直ぐあとにターニャちゃんは目を覚ましたのだ。顔色も良好で、プニプニほっぺが薄らと赤い。紫色してた唇もピンク色に戻って可愛い。ほっぺでも良いからチューしたい。

 

「うん、そうね。アートリスと王都を繋ぐ街道には三ヶ所あるんだけど、その一つ目。名前はツェルセンよ。旅人の宿場町としてだけじゃなく、商人達も良く利用してるの。賑やかな何処だし、体調が良くなるまでゆっくりしようね?」

 

「お姉様、もう大丈夫ですから……王子、殿下?をお待たせする訳にもいきません。出発は明日の朝でしょうか?」

 

「通常はそうですね。毎日馬車で移動すれば、明日の夕方に次の宿場町に到着しますから。どうしますか、お師匠様」

 

「ターニャちゃんの体調次第でもう一泊しましょう。気遣いはありがたいけど、急ぐ必要なんてないわ。待たせておけばよいのよ、うん」

 

「僕が言うのも変ですが、ツェイス殿下も不憫な方ですね。まあ、お師匠様の未来は決まってますから、どの道同じ事ですが」

 

 もう放っておく事に決めた! いちいち反応してたらキリが無いよ……はぁ。

 

「お姉様……」

 

「本当に大丈夫だから。元々期限のある依頼じゃないし、殿下は心の広い方よ」

 

 まあ実際ツェイス殿下は良く出来た人だ。世間では、人格に優れ、頭脳明晰で剣魔の腕も上々、しかも秀麗と弱点が見当たらないお方だと言われてる。事実イケメンで頭も良いし実力もあった。性格も優しいし普通なら惚れるんじゃないかな?

 

 まあ、俺はあり得ないけど。

 

 一時期アピールが酷くて距離を置いたんだよなぁ。あの頃は調子に乗って、思わせ振りな態度をしてたし……黒歴史だな。一回真面目に婚約を申し込まれたけど、身分差を理由に断ったんだよね。悲恋を気取ってみたりして。他の貴族達のやっかみも面倒だったし、そもそも男と一緒になる気はないのにね。

 

 ふむ、そう考えると俺って最低の酷い奴だな……うん、忘れよう。

 

 今回の依頼がどういう意図なのかによるけど、まだ諦めてないのかなぁ?

 

「宿はどうしますか?」

 

「王家持ちよ。名前を出せば何時でも泊まれる筈ね。通達もいってるだろうし、先ずは宿へ入りましょう」

 

 王家や貴族が利用する格の高い宿は、宿泊の如何を問わず部屋を空けているのだ。セレブじゃない日本人の感覚では無駄な空間に思われるが、それが常識となっている。まあ、王家御用達って看板が付くから宿にもメリットが有るのだろう。

 

「ツェルセンなら双竜の憩(そうりゅうのいこい)ですね。馬車も預ける事が出来たはずですし、手間が省けます」

 

 宿場町を利用する大半の人は、宿とは別に馬や馬車を馬宿に預ける必要がある。割引きはあるみたいだが、基本的に別料金だ。双竜の憩なら直接乗り入れるので楽チンなのだ。

 

 ツェツエの勇者だけあって、クロは色々と知っているみたい。あちこちに遠征してるだろうし、泊まった事があるのかな?

 

「クロは"双竜の憩"に泊まった事があるの?」

 

「まさか! あんな高級な宿に泊まった事なんて一度もありませんよ。皆と同じ宿舎か、夜営が殆どですね」

 

「へえ、勇者と言っても特別扱いは無し?」

 

「いえ……軍とは別に宿を取ると言われますが、断ってます。仲間と共に過ごすのは大事な事ですから。お師匠様の教えを守ってますよ」

 

 お、おう……素晴らしいじゃないか、元弟子よ。うーむ……そんなこと言ったか? 多分格好良いこと言いたくて、適当に口にしたんだろうなぁ。

 

「そう……クロは偉いね」

 

 ターニャちゃんといい、最近の子はみんな偉いな。俺の小さい頃なんて……まあ、過去の事は忘れよう!

 

「あの……僕も泊まれるんですか?」

 

「どうして? 当たり前じゃない」

 

「僕はギルドに雇われた道中の護衛として同行しています。お師匠様やターニャさんとは立場が違いますから」

 

「そんな事気にしてたの? ツェイス殿下には三人で向かう事は伝わってる筈だし、駄目でも私が払うわ。別々なんて面倒じゃない」

 

「殿下に伝えたんですか? 僕が一緒だと」

 

「そうだけど……なんで?」

 

 手紙だからまだ届いてないかも。いや、王家宛てだから普通とは違うかな。まあ、どっちでもいいや。

 

「殿下に嫉妬されると面倒なんだよなぁ。ただでさえ弟子として色々知ってるのが悔しいみたいだし……はぁ……」

 

 クロがぶつぶつ言ってるけど、俺はターニャちゃんに振り返ってたから聞こえなかった。丁度馬車もガタガタと煩かったし。

 

「ターニャちゃん、そろそろ町に着くよ。体調は大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です。お姉様、アレはなんですか?」

 

 ツェルセンは視界に入っているし、ターニャちゃんの指差す方向はちょっと違う。因みに宿場町と呼んではいるが、ちょっとした城塞都市だ。特にアートリスと王都を結ぶ街道は人や物資の往来も激しく、発展度合いも他とは違う。城塞なのは魔物の襲来を警戒しているからで、軍も一定数駐留しているのだ。

 

 その質問に答えるべく、視線をずらす。

 

「アレは畜舎だね。匂いが強いから町と離してあるの。あの背の高い建物に干し草や飼料を備蓄してるのよ。お肉や乳を作ってるところね」

 

 牧場とはイメージが違うので分かりにくいのだろう。城塞と同じ理由で周囲を警戒してるから、かなり物々しいのだ。赤い屋根と見張り台が目立ち、小さなお城にも見える……とはちょっと大袈裟かな。

 

「あれが畜舎……ではアレは」

 

「軍の訓練場ですね。アートリスと王都の混成軍が合同訓練を行う際に使います。普段は交代制で隊が駐留している筈です」

 

 クロが答えた施設は各地に点在し、ツェツエ防衛を担っている。今は戦争もないし、魔物相手が殆どだけどね。俺は初めて見たとき刑務所かと思ったんだけどね……なんか閉鎖的に見えて四方に見張り台があるし、鎧姿の男達が巡回してたから。

 

「山側の斜面に広がってるのは葡萄畑だよ。綺麗でしょ?」

 

「葡萄……ワインですか?」

 

「ここの葡萄は甘いのが有名で、ワインには向かないらしいよ? 品評会で優秀だった葡萄は王家に献上されるって聞いた事があるし」

 

「宿で出されるでしょう。ツェルセンの葡萄は有名ですからね。僕も楽しみです」

 

 クロにしては珍しく子供みたいにワクワクしてるみたいだ。何時もそうなら可愛いのに!

 

 ツェルセンは帯状に伸びた山……と言っても高めの丘の裾野にあり、街道が山の反対側に通っている。その街道も山が途切れた辺りで曲がり、先は見えない。

 

「ツェルセンはアートリスより歴史があるから、散歩するだけでも楽しいよ? 小さな町だから直ぐに回れるし。体調が良かったら案内するね」

 

「はい、楽しみです」

 

 今やアートリスはツェツエを代表する街となったが、昔はツェルセンが貿易の要衝だったらしい。俺は大陸すら違うバンバルボア出身だから、そこまで詳しい訳じゃないけどね。

 

 ランプの明かりが広がる夜も凄く綺麗だったな……日本人がイメージするヨーロッパ の古い街並み、それにかなりイメージは近いと思う。魔物の存在は町作りに影響を与えているから、全部が一緒って事では無いよ? 夜や路地の治安は気になるけど、俺がいれば大丈夫だからね。

 

 ターニャちゃんとデート! 手を繋いだりなんかして……当然クロはお留守番だ!

 

 三人で楽しく会話してると時間は直ぐに流れ、目の前にはツェルセンへの門が迫って来た。両脇に歩哨は立っているが、特に入門手続きなどは無い。直ぐに町に入れるのは嬉しいけど、防犯上はどうなんだろ。

 

 歩哨の片方は俺を知ってるのか、驚いた顔をしたと思ったら歩哨小屋へ声を掛けた……案の定中に何人か居たのかゾロゾロと出て来て、スゲェ!とか本物か!とかワイワイと騒ぎ始めた。

 

「お姉様、手を振ってあげたらどうですか?」

 

「えぇ……やめようよ……私とは限らないし」

 

「どう考えてもお師匠様ですよ。魔剣とか聞こえるでしょう?」

 

 聞こえてるけどさぁ……俺のキャラじゃなくない? 俺は孤高の女冒険者で……

 

「あっ」

 

 ターニャちゃんが俺の右手を掴み、フリフリと手を振らせた。げっ……油断してた!

 

「「おーっ!! ジルさーん!」」

 

 わあ! 声がデカいよ!? ほらぁ……みんなが見てるじゃん!

 

「誰だ? 何処かの貴族様か?」

「すげえ美人だな」

「お姫様?」

「知らないのか? 魔剣だよ」

「マケン?」

「冒険者だよ、超級の」

「……あれが……噂なんて当てにならないと思ってたが」

「魔剣のジルか」

「やべぇ……」

「惚れた……」

「いいオッパイだ」

 

「ターニャちゃん……?」

 

 何やってるのかな? 思わずジト目をターニャちゃんに向ける。

 

「お姉様、ごめんなさい。大事になっちゃいましたね……」

 

 流石にビビったのか、馬車の中へ消えて行く……に、逃げた!?

 

「お師匠様、この国の勇者より有名なんて笑えますね」

 

「それ褒めてるの?」

 

「勿論です。夫として誇らしいです」

 

 そのネタ続ける気か?

 

「アンタねぇ……」

 

「「うおーーー!!」」

 

「うひゃっ」

 

 何だよもう……!?

 

 どうやらクロの頭に手を乗せて、流し目をしたのが駄目だったらしい。その内クシャミだけでも歓声が上がるんじゃないか?

 

「クロ、貴方も手を振るなりして……ほら!」

 

「誰も僕なんて知りませんよ。お師匠様のお供くらいにしか見えてないでしょうから」

 

「貴方、ツェツエの勇者でしょう?」

 

 流石に恥ずかしいから! 顔が赤くなるのが自分でも分かって少しだけ涙目に……うぅ。

 

「おかしいですね? 確かお師匠様は毎日の様に男達に言い寄られ、こんな事は慣れていると聞きました。その真っ赤な顔も演技なのでしょう? お見事です、お師匠様」

 

「くっ……そうだけど」

 

「男達を千切っては投げ千切っては投げ……」

 

「うぅ……分かった! 謝るから! 少しだけ大袈裟に言いました! もう、いいでしょ!?」

 

「仕方ないですね。借り一つですよ?」

 

 混雑する門を巧みに抜けて、漸くツェルセンへと到着した……ゆっくりと。

 

 クロ……もっと早くお願い出来ないかな!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロに見えない様にハンカチで目を拭うと、ツェルセンの町並みがハッキリと見えてくる。

 

 歴史がある町だからか全体的に古ぼけている。だけど、それが調和する姿はやはり心を打つものがあるのだ。前世で憧れながらも行くことが出来なかった欧州の町並み、まるで御伽噺やグリム童話を思い出させてくれる。

 

 チェコ共和国のチェスキー・クルムロフを知っているだろうか? オレンジ色で尖った屋根、白壁の建物たち。石畳を歩けば、メルヘンの世界へと誘われる。半日も歩けば回れる程の小さな町だが、あの有名なプラハに次ぐ二番目に観光客が多い町。写真を偶然見てからは、いつか町中を歩いてみたいと思っていたのだ。

 

 ツェルセンはあくまでイメージだけど、それを感じさせてくれる町だ。まあ、ツェツエ全体に言える事だけどね。

 

「素敵な町ですね……お姉様の言う通り、お散歩したくなります」

 

「ホントにね。宿で休んだら、町を歩こうか……い、一緒に」

 

「はい」

 

 デートOK⁉︎ やったぜ!

 

「そんな特別な町とは思えませんが……小さな町ですし、古臭くないですか?」

 

 生粋の異世界人には当たり前の風景なんだろうけど……クロ、空気読もうな?

 

「なら、クロはお留守番ね。ゆっくりと寝てたらいいじゃない。ね?ターニャちゃん」

 

 頷くターニャちゃんは、クロを気にすることもなく流れる風景に釘付けだ。

 

「僕は護衛ですから、お供しますよ。多少の買い出しもしたいですし」

 

「チッ……」

 

「へぇ、そういう態度に出るんですね……お師匠様、涙の跡が残ってますよ? いつから泣いてました?」

 

「な、泣いてなんかないし。目に埃が入っただけ!」

 

「そんなありきたりな言い訳を本当にする人がいるなんて。可愛いですよ、お師匠様」

 

「クロ、貴方いつからそんな生意気になったのよ!? 好きだった昔の、可愛いクロに戻って!」

 

「やっぱり僕の事が好きなんですね?」

 

「違うわよ!?」

 

「ふふふ……そうですか?」

 

 むぅ……おかしいぞ。クロにまで馬鹿にされるなんて、俺のプライドが許さない。ターニャちゃんに癒して貰おう! ね、ターニャちゃん!

 

「くくく……目に埃が……泣いちゃいましたか、ふふふ……さすがお姉様、最高です」

 

 さっきまで景色見てましたよね!?

 

 あれぇ……?

 

 

 

 

 

 



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お姉様、お宿に到着する

 

 

 

 

 

「はあ、疲れた……」

 

 なんで町に入るだけで疲れてるのか……アートリスの皆は気を遣ってくれてるのかな? まあ、俺って宿場町は余り利用しないし、珍しかっただろうけどさ。

 

「お姉様、ごめんなさい。アートリスではあんな事なかったので……」

 

 おっと、ターニャちゃんが暗い顔になってる。折角の旅だし、楽しくしないとね!

 

「気にしないでね? ちょっと吃驚しただけだから!」

 

「お師匠様。ほら、双竜の憩ですよ」

 

「ターニャちゃん、あれが今日のお宿だよ! 見て、凄いでしょ!」

 

 旅の醍醐味はやっぱり宿だよね! 現代日本みたいな宿は流石に無いけど、あのレベルなら見劣りしない筈。まあ、双竜の憩は一回しか泊まったこと無いけど!

 

「あそこに泊まるんですか? 宿……ですよね……?」

 

 双竜の憩は名前の通り、二つの建物がくっついてる宿だ。この世界では珍しい三階建で、簡単に言えば「く」の字をしている。赤茶けた煉瓦造りと、苔むした屋根は趣きがある。何故か和風を少しだけ感じるのが不思議だ。敷地も中々に広く、中央には整備された池と木々の生い茂る庭園、そして幾つか篝火が焚かれていた筈だ。

 

 如何にも高級宿だし、迎賓館と言われたら信じるだろう。

 

「ツェルセンで一番だし、王家御用達の宿だから。楽しみだね!」

 

「緊張します。何か失礼な事とか、気を付けた方が良い事はありますか?」

 

「大丈夫、下手な宿より自由だから。なんて言えばいいかな……必要以上に干渉されないし、さり気無く世話をしてくれる感じだね。心配なら私と一緒に行動すれば良いよ、寧ろ大歓迎!」

 

「ふふふ、少し安心しました。お姉様はこの宿に来た事があるんですか?」

 

「一度だけね。招待されたって感じだけど、楽しかったよ?」

 

「招待? 気になりますね、誰ですか? 浮気なら許せません」

 

 無視したい……したいけど、無理だ!

 

「誰でも良いし、浮気とか大きなお世話よ。前を向きなさい!」

 

「しかしですね……」

 

 馬車数台分という距離まで来たとき、やはり趣きのある木製の門がゆっくりと開き始める。何処かから確認してるんだろう。

 

「ターニャちゃん、見て!」

 

「わあ……うわぁ……」

 

 最初の「わあ」は感嘆の声、次の「うわぁ」は引いてる声ね。

 

 開き始めた門の先に見事な庭園が見えたら、誰もが感嘆の溜息をつくだろう。やっぱり何処か和風庭園を思い出させる美しい庭なんだよね。池には二つの橋がかかっているけど、これも双竜を示しているのかな。薄い水色の池は篝火を反射してキラキラと揺らめいて、凄く綺麗だ。

 

 因みに「うわぁ」だけど……開いた門の先、宿までの道沿いに十人くらいが並んでたからだ。

 

 お出迎えしてくれたのはホテリエ、所謂ホテルマンの男女共用の名称だ。殆どが女性だが、二人程男性もいる。因みに女性陣はメイド服を着ているが、如何にも仕事着で地味です……残念。男性二人は正面玄関で待っていて、背筋がピンと伸びた見事な立ち姿だ。

 

 馬車から降りる時はいつの間にか足台が置かれ、ターニャちゃんはもう一人の男性に片手を添えられてお姫様の様に降りてきた。少しあたふたしてるのが可愛い。

 

「ジル様、お久しぶりです。ようこそ双竜の憩へ。クロエリウス様とターニャ様もお疲れでしょう。あちらで冷たいお飲み物をどうぞ」

 

 白い口髭を震わせ、撫でつけたグレーの髪もバッチリ決まっている。何となく覚えているぞ、うん。

 

 流石の所作で頭を下げると、耳触りの良いバリトンで歓迎の挨拶を告げる。流れる様にロビーへと案内される頃には、馬車からポーターが荷物を下ろし終えていた。その馬車すら何処かへと移動されていく。すげえ……

 

「支配人、私を覚えて頂いてたなんて光栄です。しがない冒険者の一人なのに、驚きました。それとこの様な格好で……恥ずかしい」

 

 おや?とダンディな笑みを浮かべた支配人は、すかさずに返事を返してくれた。

 

「ハハハ、ジル様は冗談がお好きの様だ。貴女程の方を知らない者など、双竜の憩には一人もおりませんよ。そしてツェツエでもそうでしょう。それと、実は私の娘に以前妬まれまして……ジル様が逗留された事を知ったらしく大騒ぎでした。どうも魔剣の熱狂的な支持者だった様で、今回冒険者の装備を纏ったジル様を見たと言えば……ふむ、気絶するかもしれませんな。はっはっは!」

 

 意外とよく喋る支配人だが、バリトンの声は嫌味を感じさせない。

 

「まあ! ますます光栄な事ですね。そうだ……少し待って下さい」

 

 腰に掛けてあった小袋から一本の櫛を取り出す。俺のファンなら大事にしないとな。何よりも女の子だから! この支配人の娘さん……きっと上品で綺麗な人に決まってるのだ。

 

「ジル様、これは?」

 

「私の使い古しで申し訳ないですが、凄くお気に入りの櫛なんです。アズリンドラゴンの鱗から削り出した物で、摩擦が全く無くて……熱や雷精(静電気ね)も起きない、髪を整えるのに最適なんです」

 

 加えて言うと魔力強化にも耐えてくれる。

 

「ア、アズリンドラゴンですか? あの宝石の様に美しい、空色をしたドラゴン……たしか魔族が住む北の大陸の」

 

「そのアズリンドラゴンです。ある方に沢山頂いて……家にはまだ予備がありますし。それとココを見て下さい。あっ、その裏側です」

 

 綺麗な空色の櫛には「水色のジルへ」と精緻に彫られている。水色は櫛と俺の瞳に意味を重ねてくれたらしい。

 

「少し自慢してるみたいで恥ずかしいですが。この櫛は私だけしか持ってないので……お嬢様に喜んで頂けるかな、と」

 

「ジル様、その様な貴重な物は頂けません。娘の話を出したのは……」

 

 支配人は顔を硬直させて、その様なつもりでは……そう真剣に断ってくる。気持ちは分かるけど、実際何本かあるし、鱗も何枚かあったり。俺にとっては貴重品じゃないんだよなぁ。と言うか貴重な鱗を櫛にした時点で……ね?

 

「そうだ、裸で渡す物でもないですね」

 

 もう一人の男性に包み紙と羽ペンをお願いする。おそらくコンシェルジュだろう彼は直ぐに対応し、俺の手に渡された。

 

 日本のバイトで習ったプレゼント包装を思い出しながら包み、最後に一言を書き添える。

 

「どうぞ」

 

 この世界では身に付けていた物を贈る風習があるから、特に失礼には当たらないはず。

 

「ジル様……」

 

「嬉しかったんです。ですから渡して頂けますか?」

 

 左の手を掴み、強引に握らせた。しかし支配人は渋い顔を崩さず、困った様子に変わりはない。仕方がないなぁ。

 

「ではこうしましょう。私達がお世話になる間、特別な便宜をお願いします。あの子達がツェルセンの葡萄を沢山食べたいと我儘を言って……私は凄く困ってまして。()()()とは思いますが、特別な計らいをして貰いたいですね」

 

 当然だが、言わなくても葡萄は供されるだろう。まあ、建て前だよね。支配人なら俺が気を遣ったのが分かるでしょ?

 

 見ると、ターニャちゃんとクロはジュースらしき飲み物と果物に舌鼓を打ってる様だ。ん? あれって葡萄ジュースと葡萄では? もう食べて飲んでるじゃん!? 折角格好良い事言ったつもりだったのに!

 

「……あ、あの……」

 

 支配人も二人の様子に気付いた様で、肩を震わせ始めた。これは……は、恥ずかしい!

 

「ふふ……ははは……ジル様には敵いませんな! この素晴らしい贈り物、間違いなく娘に渡します。そして、ジル様のご一行には特別な計らいを約束致します。これは内緒ですよ?」

 

 ウインクまで決められて、俺は顔が赤くなるのが分かった。はぁ、締まらないなぁ。

 

「よ、よろしくお願いします。内緒ですね?」

 

「ええ、ええ、勿論ですとも。それではジル様、あちらで御記帳をお願い出来ますか?」

 

 お子ちゃま二人は甲斐甲斐しくお世話されているので、放っておいても大丈夫だろう。しかし、記帳か……以前泊まった時は書かなかったと思う。俺の疑問を浮かべた顔が分かったのか、重ねて説明をしてくれた。

 

「以前はツェイス殿下の客人として、賓客としての御逗留でした。殿下より、その様にご指示がありましたので。そうですね……簡単に言えば殿下御一行様、その様に対応したのです。勿論この度もジル様は賓客ですが、代表として御記帳頂く事になります」

 

 まあ、残る二人は小学生と中学生だからなぁ……見た目は。

 

 前回は殿下ご自身で御記帳下さいました……そう言われれば、断る理由などないけど。

 

 支配人に促され、見事な飴色をした椅子に腰を下ろした。勿論目の前には同じ飴色のテーブルがある。毎日拭き上げ、少しずつ色が変化したのだろう。この宿はいちいち格好良いな。

 

 インク壺に立てられているペンは指紋一つ付いてない銀製で、持つと冷んやりと気持ちいい。支配人が優しく置いた紙には名前を書く欄が空いている。上三分のニには注意書などがあり、最後にサインする感じだな。日本などと違い、住所や電話番号などを書くスペースは無い。いや、電話番号は当たり前だけど。

 

 ふむ、名前と言ってもジルとしか書けないが……何か身分の証明とか求められる事はないのかな?

 

「ジル様。一応お伝えしておきますが、"偽名"は使えなくなっています。これは魔法による誓約(ギアス)が掛かった特別な用紙ですから。防犯の意味も勿論ありますが、他に来客された方への配慮も必要な為です」

 

 まあ、身分差がハッキリした世界だからな。宿の方も大変なんだろう。

 

「この誓約はお客様の御意思があれば、我等にも求める事が出来ます。つまり口外をしない様に、と言う事です。勿論そんなモノは無くても吹聴などさせませんが」

 

 うーん……妙に詳しい説明をしてくるなぁ。なんでだろ? 別に俺は……俺は……ん? ま、まずくないか?

 

 俺にはある意味三つの名前があるぞ……前世の名前、今世の名前、そして今名乗っているジルだ。

 

「支配人……家名も必要でしょうか?」

 

「はい。先程説明致しました通り、家名までお願いしております」

 

 ど、どうする? まさか、最高級の宿にはこんな事があるなんて……他の宿もそうなんだろうか?

 

 口外はしないと言っているが、王家はその限りでは無いだろう。民主主義の発達した日本とは訳が違うのだ。個人情報保護やプライベートなどと言う概念は王政には関係ない。

 

 クロに書いて貰おうかな……この際大人としてのプライドなど捨てて……

 

「ジル様、いえ、()()()()()()()。御安心下さい」

 

「な! なぜ私の名前を……」

 

「貴女のお名前や御身分を他に漏らす事などありません。この記帳を見るのは私と彼、その二人だけです。誓約も勿論受けましょう」

 

 それを信じるとしても、俺の名を知る機会など無かった筈だ……ツェツエではジルヴァーナの名前を知るのはクロ、唯一人。そして今はターニャちゃんが加わった。その二人も無邪気に葡萄を頬張っていて悪意などある筈もない。それにクロもある偶然から知っただけで、俺が意図的に教えた訳ではないのだ。

 

「ど、どうして……」

 

 場合によっては今すぐ逃げる事も……

 

「そこまで警戒されるとは……私の失言でした。本当に申し訳ありません。私は、ただ余りに懐かしかったのです。貴女様に()()()お会いする事になろうとは」

 

「三度?」

 

 どういう事だ? 俺は今回が二度目だ、間違いない。

 

「やはり覚えてはおられませんか……ジルヴァーナ様はお母様方と一度逗留されているのですよ? まだ小さな女の子だった貴女は覚えていないのでしょう」

 

 なんだって? 俺は小さな頃から自我に目覚めていたし、大抵の場合は覚えている筈だが……いや、小さな頃はよく眠っていたから記憶も曖昧か?

 

「では前回も……?」

 

「勿論気付いておりましたが、こちらから詮索するのも……お名前も変えられた様ですし、事情があると思っておりました。この度は私とジルヴァーナ様しかおりませんし、つい悪戯心を。深い事情がお有りなのでしょう、本当に申し訳ありませんでした」

 

「小さな頃……何故それが私だと?」

 

「今の貴女様はシャルカ様と瓜二つですし、何より水色の瞳は……お分かりでしょう?」

 

 シャルカとは俺の今世、つまりジルの母親の名だ。娘の俺が言うのも何だが、バンバルボアでは「美の女神」として有名だったらしい。まあ、確かに似てるけども……最初に見た時はその美貌に暫くフリーズしたけれども!

 

 因みに、その美しさに騙されてはいけません。触れるな危険!! うぅ、思い出しただけで、あの頃のトラウマが……

 

 誓って御身分を口外する事はありません、例えツェツエ王家であろうとも。そう言われて、俺は胸を撫で下ろした。以前も正体が分かっていたのなら、もうツェツエや周囲に伝わっていてもおかしく無い。だが、ツェイス殿下は知らないままだ。つまり、そうなんだろう。

 

「分かりました。でも小さな時にお会いしてるなんて、驚きました」

 

 銀色のペンを持ち、サラサラと本名のフルネームを書いた。久しぶりに家名を書いたなぁ……

 

 支配人に俺のサインを確認し、ニコリと笑った。勿論誓約にも影響されず、しっかりと記載されている。

 

「はい、間違いなく。同行されているお二人にも秘密にされているのですか?」

 

「はい。秘密と言うか……私はツェツエの冒険者、ジルですから」

 

「成る程。では()()()、あらためて……ようこそ、双竜の憩へ」

 

 支配人はちびっ子二人の方へと手を差し伸べて、俺を促した。

 

 まあ、色々あったけど楽しみますか!

 

 

 

 



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お姉様、恋愛話に花が咲く

 

 

 

 

 ここから美しい庭園が見渡せた。

 

 この宿自慢の庭は、中央にライトブルーの水を湛えた池を配している。アーチ状の橋が二本掛かっていて、散策出来るようにしているのだ。周囲には篝火が絶える事なく光を放ち、水面と木々を照らして綺麗だ。日本人だった俺から見ると日本庭園の趣きを感じてしまう様な、この世界では変わった庭だろう。

 

 極限にまで拭かれたのだろうガラス窓にはキリリとした俺の顔が反射している。まあ当然だ……美人である事は当たり前として、今は色々と思索を重ねているのだから。これから起こる大きな出来事に対し、凡ゆる手段を講じなければならない。

 

 え? 何を考えているのかって?

 

 それは……勿論アレだよ、うん。

 

 駄目だ、思考が逸れた……もう一度やり直しだ。

 

「何処まで考えてたかな? 確か桃源郷、だよな?」

 

 

 お風呂……それは身体を清める場所であり、心を癒す泉でもある。現世も前世も変わりなく人々を捕らえて離さない。

 

 ツェツエでは入浴の文化はそこまで浸透していない。魔族の住む北大陸は寒冷で長風呂も当たり前らしいが、この国は温暖で水浴びが多い。何より温水を用意したり、その温度を保つのもひと苦労だ。金持ちや貴族、王族などは良く利用しているが、庶民とっては偶の贅沢だろう。

 

 そして、俺にとっては更に別の意味が加わる。混浴は全く無いので当然女湯に入る訳だが……分かるだろ?

 

 前世から、女湯とは桃源郷と同義だ。行ってみたいし見てみたい、けれどそれは犯罪だし格好悪い。男と生まれた者の大半は夢見る世界だろう……えっ?違う? 覗きは駄目だぞ?

 

 ましてや、大好きな女の子と入るなんて有り得ない現実だったのに。

 

 今の俺はジル、超絶美人で正真正銘の女性なのだ! 見えないから心の中は別!

 

「遂に、遂にこの時が来たのだ。長らく待たされたが……この為に旅をしていると言っても過言では無い。ふっふっふ」

 

 我ながらキモいのは分かっているが、最早我慢ならない。

 

 双竜の憩はツェルセン最高の宿だけあってお風呂も充実していた、筈だ。付き人が入る別風呂すら用意されていて、流石王家御用達だけはある。以前も入ったが、人も多くて気が休まらなかった。あと何故か若い女性がいなくてガッカリした覚えがあるし。それにジロジロ見られて色々と質問攻めにあったのだ。

 

「だが今回は違う! 宿泊者も少なく、殆ど貸し切りらしいし……タ、ターニャちゃんと二人きり……」

 

 ヤバい……俺、平静を保てるのか? 最近ターニャちゃんはますます可愛いし、意識してるのは自覚している。だ、大丈夫だ……慌てるな。俺だって22年も女をやってるってんだ、今更なにを焦る必要がある。寧ろリードするくらいで……

 

「お姉様? 行かないんですか?」

 

 大部屋の中は幾つかの部屋に分かれていて、ターニャちゃんはその一つから出てきた。ど真ん中に広いリビングがあり、やはり巨大なテーブルが鎮座している。窓から庭園を眺めながら色々と考えていたら、随分時間が経っていたようだ。

 

「えっ? ええ、行くわよ? 考え事してて、ちょっと待っててね?」

 

 しまった、まだ準備してないぞ……急がないと。

 

 見るとターニャちゃんは宿に用意されていた小袋に色々と詰め込み、準備万端な感じだ。

 

「はい、部屋の中を探検してます」

 

 ターニャちゃんは荷物を椅子に置き、ニコリと笑った。くっ……やっぱり可愛い!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うぅ……ドキドキする……一体俺はどうしてしまったんだ!?

 

 チラリと隣りを見ればターニャちゃんが楽しそうに歩いている。サラサラの髪もユラユラと揺れ、まん丸な瞳はあちこちを観察してるようだ。ターニャちゃんは緊張しないのだろうか? 俺みたいなお姉様と一緒にお風呂だよ? 普通、緊張したり恥ずかしかったりしない?

 

「ターニャちゃん、嬉しそうだね?」

 

「はい! こんな立派な宿に泊まった事ないですし、きっとお風呂も凄いのかなって」

 

「そっかぁ……」

 

 ああ、可愛い。どちらかと言えば余り感情を表に出さない方だが、流石に今は子供っぽい反応をしてくれた。

 

「お姉様は一度来た事があるんですよね?」

 

「うん、一泊だけね。前はたくさん人がいて、そこまでゆっくりは入らなかったから……私も楽しみ!」

 

「王家御用達の宿に御招待ですよね? お相手はやっぱり?」

 

「この国の王子で、ツェイス殿下だね。これから会いに行く人だよ。まあ御招待と言っても」

 

「ツェイス殿下ですって? お師匠様、それは聞き捨てなりませんね」

 

「うひゃっ!」

 

 お前、何処から現れた!? 魔素感知こそしてないが、俺に気配を察知させないなんて! 直ぐ背後に忽然と立つクロは、ホラー染みた声をボソボソと呟いたのだ。

 

「クロさん、これでいいですか?」

 

「ええ、見事ですターニャさん。契約成立ですね」

 

「んん? 君達……何を言ってるのかな?」

 

 ちびっ子二人組は、スッと握手などしてやがる。

 

「やはり未来の妻が浮気など許せませんから。かと言ってお師匠様は口を割らないでしょうし、ターニャさんと取引をしたんです」

 

「お姉様、ごめんなさい。クロさんが可哀想で……怒りました?」

 

 ターニャちゃんは上目遣いして、そのお手々の指を俺の右手に添えた。あっ……温かい、スベスベしっとり……可愛い!

 

「か、可哀想なら仕方ないね! ターニャちゃん、優しいから!」

 

「チョロ」

 

 握り拳を天に突き上げターニャちゃんの可愛いらしさを神に感謝していた俺には、その呟きは聞き取れなかった。

 

「ん? 何か言った?」

 

「いえ?」

 

 あれぇ? 何か聞こえた気がするんだけどなぁ。

 

「お師匠様。まさかとは思いますが殿下の毒牙に……? 心の広い僕でも、それは許せませんよ?」

 

「は、はあ!? クロ、何てこと言うのよ! そ、そんな訳ないでしょう!? 私はまだ処……あ、貴方、その年齢でマセた事を言わないでくれる?」

 

 て言うか浮気ってなんだよ! 俺はお前の妻じゃないからな!

 

「お師匠様、何を言ってるんですか? その程度の事は誰でも知ってますから。それより慌て過ぎです。まあ、答えは分かったので良しとしましょう」

 

 クロは余裕の態度を崩さないで前を向いた。

 

 最近の餓鬼はみんなこうなの? 辞書の中からエロを感じる言葉を見つけて恥ずかしがってた俺は何なんだ!? だが、大人として舐められるわけには……

 

「くっ……私だって……」

 

「お姉様? それ以上は傷が深まるばかりです。別に処女でもいいじゃないですか。私だってキスくらいしか経験ないですし、恥ずかしい事じゃないですよ?」

 

 な、何を言ってるのかな!?

 

「べべべ別に処女とか言ってないし! 私は百戦錬磨の冒険者ジルだよ!? キスなんて余裕で……ん? 今、ターニャちゃん何て言った?」

 

「お姉様は処女」

 

「そ、そこじゃ無くて!」

 

「なんですか?」

 

 今、とんでもない言葉が聞こえたぞ!

 

「ターニャちゃん、キスした事あるの……?」

 

 キョトンと首を傾げて、あっさりと答えた。

 

「ええ、昔お付き合いしていた人と。何となくですけど記憶にあるので間違いないです。どうしました?」

 

「う、嘘だよね? ファーストキスは経験済みなんて……」

 

「ファーストキスって……お姉様、その言葉久しぶりに聞きました」

 

 呆れた顔も可愛いけど、それどころじゃないから!

 

「お付き合いって……まさか、彼氏彼女的な」

 

「ええ、まあ」

 

 ガハッ……膝から崩れ落ちるとはこの事か……脚に力が入らない……まるで背中にドラゴンが乗った様にズシリと重くなる。床についた両手もプルプル震えてるのが分かった。

 

「お師匠様、ここは廊下ですよ? 誰もいないから良かったものの、奇行は控えて下さいね?」

 

「ターニャちゃんが毒牙に……誰だ、抹殺しないと……私のターニャちゃんを汚す者は許せない……」

 

「お姉様……毒牙にかけたのは私の方と言うか……そこまで気落ちしなくても……て言うか私のターニャって何ですか?」

 

 うぅ……嘘だぁ、嘘と言ってくれぇー。

 

「ターニャさん、こうなったお師匠様は中々復活しません。一度トドメを刺した方が逆に早いですよ?」

 

「トドメ、ですか?」

 

「ええ」

 

 二人はコショコショと話をしているようだが、俺はショックを受けているんだ……たった一回とは言え、ターニャちゃんがキスだと? 前世だろうが許せん! 俺だってした事ないのに!

 

「お師匠様、ターニャさんに聞いたんですが」

 

「うぅ、何よ……?」

 

「キスの経験は三回、お付き合いした方は二人だそうです」

 

「ぐはっ……!」

 

 俺は意識が遠のくのを感じた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様、元気を出して下さい。お風呂が見えて来ましたよ?」

 

「ターニャちゃんがキス……私だってほっぺにチューしかした事ないのに……私のターニャちゃんが大人の階段を登ってたなんて……」

 

「酔っ払った時に何回もキスして来ましたよね? ほっぺどころじゃないですし。それと、さっきから私のターニャって変な事言わないで下さい。あと、大人の階段とかファーストキスとか死語じゃないですか?」

 

 ターニャちゃんが何かを言っているが、今の俺は魂の抜けた人形なのだ。音として聞こえるが、意味は伝わらない。

 

「こうなったら……無理矢理でも……」

 

「何を無理矢理するんですか……仕方ないですね、お姉様が悪いんですよ?」

 

「うっひゃぁ!?」

 

 今、脇腹を撫でられた! あと、ふとももの後ろ側も! ク、クロか!? 奴はさっき男風呂に向かった筈なのに……!

 

「クロ! 貴方ねぇ……あ、あれ?」

 

 俺の背後には姿は無く、気配も感じない。どう言う事だ?

 

「うひっ……」

 

 今、耳をフーって! 耳にフーってされた!

 

「ななな、何!? ま、まさか、お化け?」

 

「そんな訳ないでしょう……残念さが際立ってきましたね」

 

「あ、あれ? ターニャちゃん!? いつの間に!」

 

 離れた距離から魔素を動かすなんて、いつの間にそんな技術を……俺の魔素を動かすなら近づくか触らないと駄目だった筈なのに。数歩離れたターニャちゃんは呆れて溜息をついていた。

 

「いつの間にって……あぁ、魔素の操作ですか? 先程お姉様が前後不覚に陥っていた時にクロさんからコツを教わったんです。取引条件ですね」

 

 さっきのアレか!

 

「コツを教えて貰ったからって……そんな簡単に……」

 

「まあいいじゃないですか。お姉様、お風呂に入りましょう?」

 

「あ、はい。お風呂……」

 

 ふとターニャちゃんの成長にヤバイものを感じたが、お風呂というパワーワードの前では意味が無かった。

 

 そうか……色々とショックが強かったが、お風呂か! ふっ……昔ターニャちゃんにキスをした奴等め。流石にお風呂へ一緒に入るなどした事ないだろう。俺の勝ちだ!

 

「わあ、広いですね」

 

 俺達の前には脱衣所があった。広いと言っても日本の旅館と違い、大勢が着替える様にはなってない。精々10人ってとこだろう。ロッカー替わりの衣装棚が並び、それぞれに鏡すら完備されている。床は石材だろうけど、薄いグレーと白のコントラストは美しい。広間くらいの面積は此処が脱衣所だと思わせない。

 

 しかも個室すらある様だが、今は俺達二人だけだ。

 

 二人だけ……

 

「お姉様、ニヤついてないで準備しましょう?」

 

 ニ、ニヤついてなんてないし!?

 

「そ、そうね」

 

 沢山ある衣装棚から俺はターニャちゃんの横に並んだ。

 

「お姉様、何も真横じゃなくても良いのでは?」

 

「ほら、ターニャちゃん初めてだし。分からない事があるかもしれないでしょ?」

 

「ただ服を脱ぐだけですよね? お姉様って……」

 

 うっ、うぎゃーー! 何か不審者を見る目になってる? そんな馬鹿な! 俺の欲望がバレる事などあるはずがない!

 

「大丈夫。変な事はしないから」

 

「そんな事言ってませんが?」

 

 ターニャちゃんの目は益々キツくなり、袋を持つと俺から離れて行った。3人分離れたターニャちゃんは、ギロリと俺を睨むと上着を脱ぎ始める。

 

「タ、ターニャちゃん……どうしたの?」

 

「今日のお姉様は変です。それに私は物じゃありません。独占欲もほどほどにしないと嫌いになるかもしれませんね」

 

「あっ……」

 

 嫌われる? ヤ、ヤバい!

 

「ご、ごめんなさい! 私が悪かったわ! 絶対変な事しないから!」

 

「そこじゃないですから……はぁ……」

 

 ターニャちゃんは溜息を何度もついて、ズボンに手を掛けた。

 

 見、見ちゃダメだ……我慢しろ! 衣擦れの音が聞こえてきて俺は思わず耳を塞ぐ。煩悩退散、煩悩退散……鎮まるんだ!

 

 

 

「まあ何時か、お姉様は私のモノ(おもちゃ)にしますが。いや、ペットかな?」

 

 ターニャちゃん、何か言った?

 

 

 

 

 




次話 念願のお風呂


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お姉様、遂にお風呂に入る

ジル念願のお風呂回


 

 

 

 

 頑張って欲望を抑えていた俺は、ターニャちゃんに肩を叩かれて目を開いた。直ぐに振り返って見てみたいが、嫌われたら困るから我慢しないと……

 

「お姉様、私も強く言い過ぎました。ごめんなさい……早く服を脱いで、お風呂に入りましょう」

 

 恐る恐る振り返ると、ターニャちゃんはバスタオルに身を包んで立っていた。なだらかな首筋から鎖骨にかけては当然露出しており、つい目を奪われてしまう。

 

 綺麗だなぁ、可愛いなぁ……撫で撫でしたい。

 

「お姉様?」

 

 はっ……いかんいかん! これでは只の変態じゃないか! うん?間違いなく変態だって? 違うし!

 

「ターニャちゃん、直ぐに準備するわ。先に入っていていいよ? 装備を脱ぐの、少しだけ時間が掛かるから」

 

「ああ、魔力銀の服でしたっけ? 大変なんですか?」

 

「脱ぎ方があって……順番通りに魔力を抜かないと難しいの」

 

「魔力を抜くんですか?」

 

「まあ厳密には違うけど、そんな感じかな」

 

「分かりました。じゃあお先に」

 

 ん、待てよ? もしかしてコレはチャンスなのでは? TSイベントは最近消化出来てないが、俺が見たいのは恥ずかしそうに赤らむ顔だ。ついでにプルプル震えてくれたら最高。当初ターニャちゃん自らの身体に照れるのを期待してたが、それは叶わなかったのだ。

 

 だが、他人の……俺の肢体ならどうだ? 自分でも偶に嘘じゃないかと思うくらいの美人。スタイルだって抜群だし、出るとこ出てるから目のやり場に困る筈だ!

 

「ターニャちゃん」

 

「はい?」

 

 風呂に向かい掛けたターニャちゃんは、もう一度こちらに振り返ってくれた。

 

「脱ぐの手伝って貰えないかな? ターニャちゃんなら簡単だと思うし」

 

「えっ……私がお姉様の服を……?」

 

 ふふふ……俺は見逃さないぞ! 少しだけ頬が赤くなったでしょ!

 

「うんうん。駄目かな?」

 

「い、いえ。駄目じゃないですけど……」

 

「じゃあお願い。背中からね」

 

 ファスナーがある訳では無いけど、魔力銀が解れて行くと真ん中から割れて着ぐるみを脱ぐように解除出来るのだ。俺の背中からお尻までのラインは自慢の一つだし、くびれもバッチリ見えるから……ムフフ。

 

 その後はズボンだが、コレも中々の作りをしている。ベルトの横辺りから真下にスリットが入り、腰から太ももに裂け目が出来る。同時にウエストが緩めば、ストンと床に落ちるだろう。

 

 下着は流石に恥ずかしいし、自分で脱ぐけどね!

 

 さあ、ターニャちゃん! どうぞ、赤面プルプルお願いします! 衣装棚の鏡で見てるからね!

 

「は、はい。あの……魔素を見れば良いですか? お家みたいに」

 

「きっと大丈夫だと思うんだ。私はターニャちゃんみたいに見えないけど、原理は同じ筈だから」

 

「分かりました。で、では……」

 

 勿論無音だが、ターニャちゃんは集中して魔素を見始めた様だ。さあ、修行の成果を見せておくれ!

 

 鏡を見れば、ターニャちゃんは緊張の面持ち。間違いなく恥ずかしいのだろう、顔が赤くなっている。うん、可愛い!

 

「あっ、コレかな……」

 

 ターニャちゃんは呟くと指をうなじに添えた。少し擽ったいけど我慢だ!

 

「背中から左右に分かれて行く筈だから、少しだけ服を持っててね? 下着は気にしないでいいから」

 

「は、はい」

 

 下着、そのキーワードに反応したよね!? あれ、何か楽しくなって来たぞ! 顔が真っ赤になったし、目線も怪しいし、此処はチャンスだ。容赦無く追撃をかけるぞ。

 

「あっ、ごめんね。髪が邪魔だよね?」

 

 そう言うと、背中に流していた髪を肩から前に回す。うなじから肩や背中に掛けて、白い肌が眩しいでしょ?

 

 ほら、ターニャちゃんの視線は釘付けだ!

 

「お姉様、魔素を動かしますね……」

 

 僅かだがターニャちゃんの指は震えている……くくく、我ながら完璧な作戦じゃないか! 可愛いよターニャちゃん!

 

「うん、お願いします」

 

 僅かに魔素が動くのを感じる。やはり擽ったいが、充分我慢出来る。それよりも俺はターニャちゃんを観察するのが忙しいのだ。ムフフ、ホント可愛いなぁ。

 

「あっ」

 

 あっ?

 

 背中に冷んやりとした冷気を感じるのは、見事に装備を解除してくれたのだろう。あとは前側にズルリと脱げば良いだけ……

 

 バサ……パサパサ……

 

 ん? 何の音だ? それに何か全身が冷んやりする様な?

 

「お、お姉様……態とじゃ……」

 

 鏡を改めて見ると、ターニャちゃんは茹蛸の様に真っ赤っかで、視線は下に下がっているね? んー、何だ何だ?

 

 俺もターニャちゃんから視線を外して、下を見た。

 

「き、き、きゃーーーー!!!」

 

 余りの恥ずかしさに、思わず両手で身体を隠すしかない! 尻餅をついて床に座り込んだのも仕方がないよね!?

 

「ななな何で!?」

 

 シャツどころじゃない! ズボンは床に落ちてるし……それに、それにさぁ!

 

 床には魔力銀を加工したブラとパンツが落ちている……戦闘用だけに色気のない形と色だが、間違いなく俺の下着だ……下着だよ!?

 

「ご、ごめんなさい! 態とじゃないんです! これはウソじゃなく……」

 

 両手で顔を隠してるけど、隙間から見てるよね!? そんなお約束いらないからね!?

 

 つまり俺は背中どころかお尻もおっぱいも晒した訳で……いや、鏡の角度によっては大事な……

 

「タ、ターニャちゃん! バ、バスタオルを取って!」

 

 おかしい! 何でこんなに恥ずかしいんだ!? 同性に見られた事なら何回もあるし、昔はお世話係りにだって……どうしてかターニャちゃんに見られるとドキドキしてしまう!

 

「は、はい! どうぞ!」

 

 慌てて渡されたバスタオルを巻いたけど、動悸が治りません……俺の方が肌は真っ赤だし、微妙にプルプルしてる。うぅ……またかよ!?

 

「ターニャちゃん……見た?」

 

「み、見てません見てません!」

 

「本当に? 私、生えてないから恥ずかしい……」

 

「えっ、綺麗に揃えてましたよね?」

 

「やっぱり見たんじゃない! ターニャちゃん、騙されないよ!」

 

「あっ、しまった」

 

 しまった、じゃないよ!?

 

「何で下着まで……」

 

 ジト目をターニャちゃんに向けてもバチは当たらないだろう?

 

「それが……加減を間違えたみたいで……普通はこんな簡単に魔素が動かないのに……」

 

 もう一度バスタオルをしっかりと固定して、その言葉を反芻する。まあ、俺のおっぱいは見事な形状をしているので、ずり落ちたりしないけど。しかし簡単に……ね。修行中に比べて今回は俺が魔素の移動を歓迎していたからな。ターニャちゃんの干渉を心から許せば、俺の装備などアッサリと解除出来るのだろう。

 

 ははは、益々能力は完成に近づいたね……って、まずいでしょ⁉︎ ターニャちゃん、俺に恨みでもあるのか!? どんどんジル特化してないですか⁉︎

 

「そ、そう。態とじゃないし、仕方がないね。ほら、もう忘れてお風呂に入ろっか? 簡単に脱げて良かったわ。今度から装備解除はターニャちゃんにお願いしようかな」

 

 あー! つい余計な事を言ってしまったぞ……頼む、断ってくれ!

 

「流石にそれは……私も恥ずかしいです」

 

 ふぅ……危ねぇ。

 

「そっか、残念」

 

「部屋の外……遠くから解除出来るよう頑張ってみます」

 

 うんうん……ん?

 

 

 

 えっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃー……気持ち良いねぇー。眠くなりそう」

 

「はい、本当に気持ち良いですね。お湯加減も丁度いいですし」

 

 双竜の憩はお風呂にも拘りがあるのだ。湯は少しだけ白濁していて触り心地は滑らか。間違いなく天然温泉で美肌効果が凄そう。温泉独特の匂いはそこまで無いし、泉質はどうなってるのかな?

 

 湯船に限らず、床や天井も木の肌が美しい。カビが生えそうなものだけど、それらしい汚れは一切見当たらない。多分お掃除だけでなく魔法的効果もあるんだろう。

 

 湯船は浴室の中央にデンと置かれていて、正確な正方形をしている。檜風呂に近いイメージだね。サイズはかなり大きいけど。

 

「貸し切りだね。私とターニャちゃんしか居ないみたいだし」

 

「ですね……贅沢です」

 

 俺達は壁にあった物干し竿らしき棒に、バスタオルを掛けて湯船に浸かった。ターニャちゃんの素肌も勿論見えたが、流石にジロジロ見たら怒られてしまう。

 

 ターニャちゃんは気持ち良さそうに目蓋を閉じて、お湯を堪能している様だ。今ならバレないか? チラチラと横目で見てみたが、肩まで浸かってるのでよく見えない……むぅ。小さな頭が水面から出てるのは可愛いけど、何で透明なお湯じゃないんだ!

 

 くっ、せめてすぐ近くで……

 

 ちょっとずつ近寄れば、肌が触れ合ったり出来るかも!

 

 スリスリとお尻を移動していると、ターニャちゃんが目を開いて俺を見た。

 

「何か近づいてませんか?」

 

 ギクッ……ここは口笛でも吹いて誤魔化すしかない……ヒューヒュー

 

「お姉様……そんな古典的な誤魔化し、逆に怪しいですから」

 

 はぁ、と溜息をつくターニャちゃん。

 

「だって……」

 

 イチャイチャしたいもん!

 

「妹さんですか?」

 

「えっ?」

 

「お姉様と会った時、妹さんを懐かしんでいました。中々会えないと聞いたので私に重ねているのかと。家への帰り道も……私を抱っこしたいって」

 

 おぅ……そう言えば、適当に話した気がする。確かに腹違いの妹は居るけど、よく知らない。父親は間違いなく一人だけどね。あのパパさん、よく考えたらハーレム野郎じゃないか! 許せねぇ!

 

 しかし、これはチャンスだ。

 

「うん……ターニャちゃんが代わりって訳じゃないのよ? ただ、触れ合いが足りないって言うか……ふと、人肌が恋しくなる時があって……タタタ、ターニャちゃん!?」

 

 れ、冷静になれ……! これは夢か? 妄想が強過ぎて現実から逃避したのか?

 

 俺の目の前にはターニャちゃんの後頭部があり、太ももとお腹や胸にはフニフニした柔らかい肌の感触がある。体重は軽いし、湯の力も借りて今すぐにも消えてしまいそうだ。

 

「重かったですか? やっぱり止めておき」

 

「ううん! 全然重くなんてないし! このままで!」

 

 つまり……俺の身体の上に座り、背中を俺の上半身に預けているのだ! 身体全体にターニャちゃんを感じて幸福です! それに……太ももに感じるのはターニャちゃんのお尻……ああ、スベスベプニプニで柔らかい……

 

 これが桃源郷か……

 

「う……お姉様、擽ったいです」

 

「あっ、ごめんね」

 

 無意識に両手でターニャちゃんのお腹を後ろから抱き締めてしまった……うぅ、放したくない。

 

「余り動かないで下さいね」

 

 このままでいいの⁉︎

 

「うん、動かないから!」

 

 よく見るとターニャちゃんも顔が赤くて、恥ずかしいのが良く分かる。それでも俺の為に頑張って寄り添ってくれたのか……ああーー可愛いんじゃーーー!

 

「不思議な安らぎを感じます。偶には……こんな時間も良いかもですね」

 

 ターニャちゃん……どれだけ俺を喜ばせてくれるの!? 偶にじゃなくて毎日はどうでしょうか?

 

「毎日は駄目ですよ?」

 

「ターニャちゃん、心が読めるの!? まさか新しい才能(タレント)⁉︎」

 

「何となく、適当に言っただけですけど」

 

 呆れた顔をするターニャちゃん。ここは口笛でも……

 

「口笛を吹いて誤魔化すのは無しで」

 

 やっぱり読心術持ってるよね⁉︎

 

「だって……嬉しくて」

 

「そんなに妹さんが恋しいんですか?」

 

 妹じゃなくて、キミがいいんです! しかも恋愛的な! 言えないけどさ……

 

「そんな事はないけど……」

 

「?」

 

 ターニャちゃんは不思議そうにしてるけど、態々振り返ったりはしなかった。

 

「ターニャちゃんは家族が恋しいとか、ないの?」

 

「記憶が曖昧で……以前いた場所の事もはっきりしませんし、家族が誰だったかも分かりませんから。寂しいとか恋しいとか、今は余り感じませんね」

 

「ご、ごめんね。余計なこと聞いちゃって……」

 

 俺は馬鹿か! またターニャちゃんに気を遣わせて!

 

「ふふ、何で謝るんですか? 私の本心ですから心配しないで下さい」

 

「だって、家族を思い出せないなんて寂しいでしょう?」

 

 ターニャちゃんは少しだけ上半身を起こして、俺の方へ顔を振り向く。柔らかなお尻がフニャリとしたのを感じた。

 

「お姉様……前も言いましたけど、もう一度言いますね。私は幸せです。こうしてお姉様が側に居ますから」

 

 身体全体が震えて、お腹の底から熱が噴き出して、ターニャちゃんの瞳から視線を外せなくなる。

 

「私も、私も幸せだよ! ターニャちゃんのことが大好きだから!」

 

 告白しちゃった!?

 

「お姉様……」

 

「なぁに?」

 

 チューか、チューなのか? 経験ないから分からないよ!? 息を止めるの?吐くの? それとも吸ったり?

 

「お姉様、鼻血が出てます」

 

「うん?」

 

 視線を下げると、ポタリとお湯に赤い血が落ちた。

 

 あ、あれぇ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、解説する

 

 

 

 

 

「クロ」

 

 今朝早い時間に王都へと続く最後の宿場町を出た。結局双竜の憩に勝る宿は無く、後は王都に入るだけだ。まあ、ターニャちゃんとの仲も深まった気がするし、他の宿も良かったけどね。

 

 初日のアークウルフ以外は順調な旅だったんだけど、お昼に差し掛かったところでバンディドエイプの群れに出会った。バンディドエイプ……多分訛っただけでバンディット、つまり山賊みたいな猿と名付けられた魔物の集団だ。

 

 身体はゴリラくらいで、見た目はマントヒヒみたい。全体が真っ黒で、如何にも泥棒って感じ。名前の通りに人から色々なものを盗んでいく猿だ。最悪なのは人の女性を拐うことで、理由は……わかるだろ?

 

「うわー……バンディドエイプだ……今回は遭わないと思ってたのに」

 

 危機感は感じない。まあ、この程度の数じゃクロには勝てないからね。十匹じゃなく5倍は居ないと、うん。旅ではゴブリンに次ぐ登場率で、力も大したことない。

 

「クロ、魔法無しで戦ってみてくれる?」

 

 "また始まった"って顔をする。クロくん、文句でも?

 

「お師匠様、面倒です。魔法で一掃しましょうよ?」

 

「修行とは違うわ。そもそもエイプ程度じゃ意味ないし」

 

 て言うか、師匠じゃないからな!?

 

 エイプ達は俺と言う獲物を見つけて嬉しいのか、キーキー騒いでる。興奮するなよ、お猿さん。

 

「では何故?」

 

「ちょっと確認したい事があってね」

 

 ターニャちゃんは馬車の中に隠れて貰った。猿共の汚い目に映すなんて許せないからね! もしそんな事したら、殲滅魔法で塵にしちゃうよ?

 

「はあ……魔力強化も無しですか?」

 

「魔力強化は大丈夫よ。属性魔法は禁止ね?」

 

「それなら、まあ」

 

 渋々って感じで剣を抜くと魔力強化を開始したクロ。おやおや、反抗期か? 思春期も近いし、まあ許してあげよう。

 

「ほら、来るわよ」

 

 クロはエイプ達を睨み付け、膝を曲げ腰を落とした。ちょっとしたクラウチングスタートみたい。戦闘前にバレバレの構えなんて厳禁だけど、エイプ相手なら問題ないだろうし。

 

「お師匠様は相変わらずだなぁ……戦闘の事になると容赦無いし、加減も知らないし……将来はやっぱり尻に敷かれる運命か。でも、お師匠様の尻に敷かれる……ふむ、其れも有りか」

 

 聞こえてるからな! お前が言うと変な意味に聞こえるよ……

 

「早く行きなさい!」

 

「行って来まーす」

 

 アークウルフと違い、エイプはバラバラで向かって来ている。組織立ってないし、中には戦闘する気もないのか涎を垂らしながら俺を見てる奴もいる。しかも三匹。

 

 クロは速度を一気に上げ、先頭を走るエイプのど真ん中に突っ込んで行った。エイプは魔力強化の速度について行けないし、気付いてない。

 

「フッ!」

 

 横なぎに払った刃は最初のエイプの脇腹を裂き、勢いを殺さないまま反対側に回転切りを見舞う。首が切断された二匹目はヨタヨタと歩き地面に倒れた。最初の奴は既に絶命している。

 

 何時もなら即座に魔法を放ち周囲を蹂躙するだろう。だが、属性魔法を使用しないと決めた場合はどうかな? 昔のクロだったら魔力強化で撹乱しつつ削る筈……しかしそれを裏切った。

 

「へえ……」

 

 半分予想はしてだけど、実際見ると興味深いな。

 

 クロはその場にドシリと構え、動かない。ふむ?

 

「ギャギャ!」

「ウキ!」

 

 漸くエイプ達は仲間がやられた事に気付いて、クロを囲み始めた。袋叩きにする気だろうけど、そう上手くいくかな?

 

「ウキー!」

 

 右手の猿が噛み付こうと飛び上がる!

 

 それを見たクロは半歩だけ脚を出し、僅かだけ躱しざまに片手で剣を振るった。力は入ってない様に見えたが、猿はあっさりと両断される。反対側に倒れた猿を盾にしながら、隙間からもう一匹に一突き! 上手いね!

 

 背中を引っ掻こうとした背後の猿は、しゃがんだクロを見失ってお返しに背中をバッサリ。そして、此処からが面白かった。何とクロはピョンと宙を舞い、エイプの頭を蹴り抜くと包囲を抜けたのだ。

 

 そこからは……まあ、あっさり?

 

「フギャ……」

「ギャ!」

「ブ?」

「ウキーーーー」

 

 お猿さん達がお眠りになりましたとさ。お休みなさーい。

 

「ふぅ」

 

 血を払った剣は、歪む事なく鞘へ帰った。おー、格好良いじゃん!

 

「お疲れ様。凄いじゃない。立ち回りが上手になってるわ」

 

 クロは照れ臭そうに頬を染め、ニヤニヤしている。間違いなく成長してるなぁ、うん。

 

「お姉様、終わりました?」

 

 馬車の幌から顔を出したターニャちゃんだが、周りは猟奇殺人の現場みたいだから……ちょっと待って貰おう。

 

「ちょっと待っててね? 少し移動するから、中に居てくれるかな」

 

「はい、分かりました」

 

 ターニャちゃんは素直に幌の中に姿を消した。聞き分けの良い子で、お姉さん嬉しいよ!

 

「クロ! 馬車に乗って! 移動するから」

 

 事情を察したクロは討伐証明も取らず、すぐに戻って来てくれた。この子も偉いなぁ。

 

 俺はエイプの死骸を気にもせずに馬車を操った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ターニャちゃん、もういいよ」

 

 後ろを振り返って声を掛けるとターニャちゃんは幌を開いた。何時もの可愛い顔がちょこんと覗いてキョロキョロと周囲を見渡す。

 

「魔物はクロがやっつけたから安心してね」

 

「ちょっと苦労しましたけどね……」

 

 んー? やっぱり反抗期かい?

 

「大変だったんですか?」

 

「お師匠様が条件を付けてきたので」

 

「条件?」

 

「属性魔法を使うな!って」

 

「なるほど……お姉様、やっぱりクロさんのお師匠様なんですね」

 

 ターニャちゃん、その微笑ましいものを見た的な笑顔止めてね? それにクロさんや、そんな強く言ってないから。

 

「違います。確認したい事があっただけですから」

 

「へー……」

 

 誤魔化さなくていいのにって顔も必要ないからね?

 

「そろそろ教えて下さい。何なんですか?」

 

「大したことじゃないのよ? アークウルフの時も思ったんだけど忘れてただけ」

 

 他に大変な事が多かったから! ターニャちゃんとかお風呂とか!

 

「最近シクスさんから剣を習った?」

 

「……えっ? な、何故ですか?」

 

「何故って……クロの戦い方が変わってたから」

 

「ぼ、僕は決してお師匠様の教えを蔑ろにするつもりは……」

 

 クロは珍しく焦った様子で、紅い眼はフラフラと泳いだ。別に責めてる訳じゃないのに。

 

「悪いと言ってないの。何度も言うけど私は貴方の師匠を辞めたのよ? 例え今もそうだとしても、やっぱり責めたりはしない」

 

「僕は……」

 

 クロはどんよりと顔を伏せ泣きそうな顔になった。ターニャちゃんが何とかしなさいと睨み付けてくる、気がする。

 

「クロ……さっきの戦い方は凄く良かったわ。格好良かったし、もっと鍛えればまだまだ強くなれそうよ?」

 

「格好良い……? じゃあ、僕と結婚してくれますか!?」

 

 ガバリと顔を上げたクロは此方に身体を寄せて来た! 近い、近いから! 俺は手綱を握ってるから逃げられないんだよ!

 

「クロ、近いから。それと、結婚はしません」

 

「くそっ……まだ足りないか」

 

 何言ってんのコイツ?

 

「お姉様に認めて貰うか、強くなるかでお付き合い出来ると考えたのでは? その為にジル流以外からも技術を学んだんですよ。健気でいいじゃないですか」

 

「ターニャさん、合ってますけど言わなくていいですよね!?」

 

「はぁ……そんなの関係ないのに……」

 

 俺は男と付き合う気なんてないの! 何回も断っただろう?

 

「でも……ツェイス殿下も言ってましたし……」

 

 殿下ーー!? 余計な事言わないで下さい!

 

「あのねぇ……」

 

「お姉様、シクスさんて誰ですか?」

 

 この際はっきり言おうと思った時、ある意味当然の質問が出た。確かにターニャちゃんを置き去りにした会話だったな……反省。

 

「シクスさんは……クロから聞いた方が良いわ。ツェツエ王国の人だから」

 

「そうですね。ターニャさんもこれから王都に入りますし、簡単に説明しましょうか」

 

「お願いします」

 

 俺やクロと行動するなら会う事もあるだろうしね。

 

「折角だから王都や騎士団の説明もして貰える? 貴方やシクスさんも所属してるから丁度いいでしょう?」

 

「分かりました。では、王都から……」

 

 

 

 

 

 

 

 アーレ=ツェイベルン

 

 これがツェツエ王国の王都、その正式な名称だ。長いので国民のみんなは愛情を込めて王都やらアーレと呼ぶ事が多い。サイズはアートリスより小さいが、王城を中央に据え歴史を重ねた美しい都だ。

 

 三日月状の湾に接する様に造成された街は、数百年の時を経て存在感を増している。全体的に石積みの建物が多く剛健な印象だ。緩やかな斜面を利用し立体的な街並みを持つ。

 

 王城はドイツのヴァルドブルク城にそっくりで、横に長細いかな。勿論防衛も考えてあり、小高い斜面の上に建っている。なかなか格好良い。

 

 因みに時を重ねた建材は抗魔力が向上し、魔法で破壊するのが困難になる。まあ、何百年の話だけどね。俺達が住むアートリスは歴史が浅いから、まだまだ無理だろう。

 

「アーレには夕方に着きますから楽しみにして下さい。アートリスとは違った魅力がありますから」

 

「はい、楽しみです」

 

「ツェツエには幾つも組織がありますが、お師匠様の依頼は騎士団からです。ですので騎士団を説明しますね?」

 

 ターニャちゃんはコクリと頷き、しっかり覚えようと構える。ターニャちゃん頭良いから全部覚えてしまいそう。

 

「ツェツエには6つの騎士団が存在します。竜鱗(りゅうりん)騎士団、蒼流(そうりゅう)騎士団、紅炎(こうえん)騎士団、それと蒼流の下に第一から第三までの騎士団です。騎士団と名前が付いてますが、魔法士や補給部隊、下働きも含まれていますね」

 

「竜鱗騎士団……お姉様に依頼した騎士団ですね?」

 

「その通りです。竜鱗は精鋭の集まりで団員は百人と決まっています。各騎士団から推挙され選抜試験に合格しないと入団出来ませんから、本当に狭き門ですよ。ツェツエ国民にも憧れの存在です」

 

 仮に合格しても欠員が出ないと入れないが、実際には欠員が出て募集がかかるので心配要らないらしい。任務は王族や他国からの賓客の護衛、各騎士団のフォローと戦時の指揮、そしてツェツエ最強の剣として魔物の退治だ。

 

「団長はツェツエ第一王子のツェイス殿下です。これは慣例で代々名誉職扱いでしたが、今代は実力でも団長として認められた珍しい方ですね。指揮能力も個人としての実力も王国屈指ですよ」

 

 まあ本当の戦争となれば前線には出させてもらえないだろうが、今は平和だからねー。ん? いやいや、あの時普通に戦ってたよな? どうなってるんだこの国は……

 

「そして先程お師匠様が言ったシクスとは竜鱗騎士団の副長の事です。本名はコーシクス=バステド。ツェツエの剣神と呼ばれる剣の申し子です。噂では剣に於いては世界最強の超級冒険者"剣聖"と互角に戦ったとか。もし冒険者なら超級に届く事が確実な凄まじい剣士ですよ」

 

 シクスさんは本当に強かったなぁ……昔だけど少しだけ教わった事がある。放出型の魔法無しなら俺も勝てる保証は無い。

 

「うんうん。クロの戦い方が変わったのはシクスさんの教えだよね? あの人は後の先が得意だし、相手を見て戦法を簡単に変えるから」

 

「ええ。氷魔法も扱いますし、本当に強いですね」

 

「ウラスロさんの話だと、お姉様に勝てる人はいないと聞きましたが……特に対個人で」

 

「うーん……そこは難しいところだね。戦場の状況に依るし……」

 

「ターニャさん、何でもありの戦いならお師匠様は誰にも負けません。それはシクスさん自身が認めてますよ」

 

「何でもあり?」

 

「クロ、余計な事を言わないで」

 

「いいじゃないですか。ターニャさんだって自身の姉を知りたいと思うのは当たり前です。隠してる訳じゃないでしょうし、シクスさんがあちこちで言いふらしてますよ?」

 

「え!? シクスさんが?」

 

「ええ、騎士団では有名です。6年前のツェツエの危機でお師匠様は有名になりましたから……ツェイス殿下もよく話してます」

 

「はあ……」

 

 普通ならドヤ顔なんだが……騎士団の連中、面倒なんだよなぁ。

 

「お師匠様なら戦闘が始まったら直ぐに距離を取るでしょう。魔力強化したお師匠様の速度に追いつく人間は存在しませんから。そして凡ゆる魔法を連発して殲滅、出来なくても疲弊しますし……そんな状況で魔剣に接近されたら対処など不可能です。通常なら魔法士の魔力疲れを待つのが定石ですが、お師匠様の魔力は無尽蔵ですので実質手がありません」

 

 しかも高速で移動しながら魔法を連発しますから……やれやれと肩を竦めたクロは話を打ち切った。まあ事実だけどさ。

 

「無茶苦茶ですね……チー、反則過ぎます」

 

 そんなの誰も勝てないのでは? そう言うターニャちゃんだが、世の中は甘くないのだ。

 

「魔剣に限らず、超級冒険者を封じる手は考案されています。一言では難しいですが簡単に言えば物量作戦ですね。大軍で囲い込んで範囲殲滅魔法を連発すれば速度は関係ありませんから。その代わり被害も甚大なので誰も実行なんてしませんけど」

 

 あくまで仮定だが、その大軍の中にターニャちゃんが居れば俺は簡単に負ける。片っ端から魔力を無効にされたら防御もままならない。俺の能力は対少数に最も効果を発揮するのだ。

 

「なんだか怖い話ですね……」

 

「ははは、ツェツエがお師匠様に敵対する事はないですから安心して下さい。僕も居ますし」

 

 その笑みはターニャちゃんを緊張から解きほぐした様だ。やるじゃんクロ!

 

「それで、他にも騎士団があるって……紅炎と蒼流でしたか?」

 

「はい。では続きを話しましょうか」

 

 

 

 



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お姉様、到着する

 

 

 

 

 

 カッポカッポとお馬さんの地面を蹴る音が、天気の良い空へ飛んでいく。石畳で整備された街道をゆっくりと進むのは中々に気持ちの良いものだ。

 

 街道を馬が歩く音や車輪が回るの、好きなんだよね。

 

 カッポカッポ、シャラララ……

 

 うん、旅してるなぁ。

 

 

 

 

 

 

「次は紅炎騎士団にしましょうか。紅炎は女性騎士だけで構成された団です。これは王妃様や王女様、他国からの女性の賓客のお世話や護衛を任務としているからですね。実働は少なく、大半は貴族の娘達の箔付けに使われてます。一部の口悪く言う者は御飾りなどと冷やかしますが……実際は実力者も多いですし、侮れ無い人達の集まりですよ」

 

 クロは台本でも頭に入ってるのか、さらさらと説明を続ける。ちっこいのに凄いなぁ。

 

「団長はクロエ=ナーディ。赤髪が特徴的な人ですね。性格も見た目も炎を体現してますし、実際に炎魔法が得意です。貴族では無く実力で若くしてのし上がった事から、同性の信奉者が非常に多い事でも知られています」

 

 ふむふむと頷くターニャちゃんだが、こんなにたくさん覚えておけるのかな? あっ、風が気持ちいい……

 

「最後は蒼流騎士団です。団の規模はツェツエ最大で主力、実質ツェツエの騎士と言えば、この団を指す事が多いですね。僕が所属しているのはこの蒼流です。まあ遊軍扱いですし指揮系統からも独立してるので、こんな自由もあるんですけど」

 

 肩を竦めるクロは小学生みたいな子供なのに様になってる。身体はともかく、成長したね。

 

「さして特徴のない騎士団ですが、凡ゆる任務に関わっていますから出会うこともあるでしょう。ターニャさん、一つだけ……いや二つ注意点があります」

 

「注意点ですか?」

 

「はい。基本的に礼儀正しい者が多いですが、中には変わり者がいます。困ったら僕の名前を出して下さい。お師匠様が側にいれば心配ないですが、依頼がありますからね」

 

「やっぱり依頼やめない? このまま観光でも……はい、すいません……」

 

 そんなに睨まなくてもいいじゃん……

 

「はあ……僕も気を配りますから。最後の点ですが、蒼流騎士団長にはご注意を。人は悪くないですが、ツェツエに対する忠誠が度を過ぎてまして……冗談も通じません。間違ってもツェツエを貶める様な事を言わないよう気をつけて下さい。まあ、会う事は無いと思いますけどね」

 

 あぁ……ディザバルさんね。何時も笑ってるけど、目は笑ってない的な。

 

「ちょっと怖く言いましたけど、心配は要らないです。陛下をはじめ皆さん良い人ばかりですし、何よりアーレは美しい都ですから。きっと楽しいですよ」

 

「でもディザバルさんって何処にでも出没する感じが……あっ、蒼流騎士団長のことね。あの人って確か伯爵家の長男でしょう? その割には街で普通に歩いてたり、買い物したり……」

 

「ディザバル=ジーミュタスですね。まあツェツエに関わらなければ基本は良い人です」

 

「伯爵家……」

 

「ターニャちゃん、大丈夫だから。横暴な貴族なんて実際には中々いないわ。陛下を始めツェイス殿下も民には理解がある方だし、それに倣って貴族も襟を正しているの。ジーミュタス家も人気のある貴族の一つだから」

 

「代々名騎士を輩出している名門ですね。紅炎のクロエ団長も普段は可愛らしい女性ですし、ツェツエは本当に良い国だと思います」

 

 確かになぁ……身分を笠に着てって人が少ないもん。物語だと悪代官みたいな人が多いけど、ツェツエは殆ど居ないもんね。まあ、怒らせたら面倒ではあるけど。

 

「うんうん、折角だし旅を楽しもうね!」

 

「お師匠様は仕事ですが?」

 

 いいんだよ! 依頼なんてパパッと終わらせてターニャちゃんとデートするんだから! 何かを思い出したのか、クロがポンと掌を叩いた。

 

「一つ言い忘れていました」

 

「んー? 騎士団で他に何かあったかな?」

 

「いえ、お師匠様にです」

 

「私に? 暫く王都には来てないけど、大体知ってるよ?」

 

「そうでは無くて、私が伯爵家の娘から婚約を迫られている件です」

 

「……前に言ってたね。確か断って、おまけに私の名前まで出した……また腹が立ってきた」

 

「ええ。貴女は素敵な女性ですが、僕のお師匠様には勝てませんとハッキリ伝えましたから」

 

 何でドヤ顔なんだよ!? この!ほっぺを抓ってやる!

 

「おひひょいはま……ひたひでふ」

 

「如何にもな感じですね。この流れから言うと……」

 

「うん?」

 

 ターニャちゃん、何かな?

 

「イタタ……まあ、コレも有りか……ターニャさんのお察しの通り、その娘の名はアリス。アリス=ジーミュタスです。ジーミュタス家の長女で、ディザバルさんの妹ですね。因みに溺愛してるらしいです、ジーミュタス伯が」

 

「……ターニャちゃん、どうしよう?」

 

「断ったなら大丈夫では?」

 

「クロ?」

 

「大丈夫です。会えば分かると言ってありますから!」

 

 大丈夫じゃねぇーーー!! こんにゃろう!

 

「おひひょいはま、ひたひでふ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都は目の前の丘を登れば見えて来る。樹も伐採されており、景色は最高だったはず。三日月の湾も見渡せるし、夕景も綺麗なんだよね。大昔、この丘は防衛上立入禁止か警備が大勢いたらしいけど、今は一種の観光ポイントになってるんだ。確かに王都の全景や王城も観察出来るから、警戒してたのは当たり前かな。

 

「ターニャちゃん、あれが王都アーレ=ツェイベルンだよ!」

 

「わあ……綺麗ですね! 凄い!」

 

 ターニャちゃんは偶に年相応のらしさを見せてくれるので可愛い。今も全身で感動を表していて、目もキラキラしてる。うん、やっぱり可愛い!

 

 丁度夕方に差し掛かって、海や空がオレンジ色に染まっている。この景色は何度か見たけど、やっぱり綺麗だよね! 街にも少しだけ灯りが灯って、それも良い感じ。

 

「今日はお宿でゆっくりして明日は観光だね!」

 

「お師匠様……一応ギルド経由で依頼を受けた冒険者なんですから、先ずはギルドでしょう?」

 

「ギルドに行ったら直ぐに仕事が始まるじゃない! 私はターニャちゃんと遊ぶんだから!」

 

「お師匠様、良く考えて下さい。街を彷徨えば噂は直ぐに広がりますし、何より僕が蒼流に戻れば報告をするんですよ? どの道隠しようが無いです」

 

「むぅ……でも着いたばかりでターニャちゃんを一人になんて出来ないわ。可哀想だし、初めての街なのよ?」

 

「僕が暫く一緒にいますよ。報告を終えたら戻りますから安心して下さい」

 

「お姉様、先ずはお仕事を頑張って下さい。私の事を心配してくれるのは嬉しいですが、会いたいと思ってる方も多いのでは? 私なら大丈夫です、クロさんも居てくれるみたいですから」

 

「ふぅ……分かったわ。クロ、ターニャちゃんを頼むわよ? 絶対に危険な目に合わせないで。それと、もし変なやつが居たら直ぐに報せなさい。私が罰を与えますから」

 

「分かってます。それとお師匠様の罰は洒落にならないので、絶対にやめて下さい」

 

 何でだよー。ちょこっと懲らしめるだけだって。

 

「本当にやめて下さい。お願いですから」

 

「何よ? そんな無茶はしないし」

 

 ジト目はやめろよ!

 

「四年前……アーレ郊外で……」

 

「さ、さあ! ターニャちゃん、行こっか!」

 

 呆れて溜息をつくクロは放っておこう。

 

 俺は鞭を軽く振り、止めてあった馬車を再び前へと進ませる。下りなので蛇行した街道では速度は出せない。アートリス方面へ向かう馬車とすれ違ったりしながら、ゆっくりと王都へ近づいて行った。

 

 カッポカッポ、シャララ……頑張れお馬さん達!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 アーレ=ツェイベルン城内

 

 

 

 美しい金の髪は少しだけ波打ち、腰までフンワリと広がっている。腰掛けて鏡に向かう少女は紫紺の瞳を鏡越しに後ろへと向けた。

 

「クロエ、そろそろジル様が到着する筈よね?」

 

 年齢は15歳。まだ幼さを残すが、将来を約束された美貌は隠せない。身長も低く、少し垂れ目気味な瞳は見る人に優しい気持ちを抱かせるだろう。そして、問い掛けた相手は真っ赤に燃える長い髪が眩しい、美しくも強気を隠さない、やはり赤い瞳が印象的な女性だ。

 

「そうですね。予定では今日の筈です。余程の事が無ければですが、ジルに限ってそれはないでしょう」

 

「あら? どうして話し方が他所向きなのかしら? クロエらしくないわ」

 

「シッ……タチアナがそろそろ来る筈なんだからやめて! 怒られちゃう!」

 

「護衛の者がリュドミラ様にその様な口を聞くとは……クロエ様とはしっかりと()()()をしないといけませんね」

 

「ひぃ!! タ、タチアナ、いつの間に!」

 

 赤髪を振り乱すクロエは鍛えられた身体能力を遺憾無く発揮し……ズザザザッと後退る。その視線の先にはミルクティー色の髪をオカッパ頭にした女性が立っていた。藍色のメイド服を着ているのは、メイド兼王女の教育係でもあるタチアナ=エーヴだった。

 

「リュドミラ王女殿下。おそれながら……殿下も王族としての意識が足りません。下々に示しも付かないですから、しっかりして下さらないと」

 

「はーい」

 

「殿下、返事は伸ばしてはいけません」

 

「はい」

 

 リュドミラはピンと背筋を伸ばし、返事を返す。

 

 矛先がリュドミラに行って息をついていたクロエにタチアナは視線を送った。年上でありながらもクロエはタチアナに頭が上がらないのだ。リュドミラと同じ様に背筋を伸ばす。

 

「クロエ様、貴女は紅炎騎士団の長。対外的には偉大なるツェツエの顔ともなりましょう。礼儀や姿勢、その話し方、まだまだ足りないと見受けられます。後でお話ししましょう」

 

 眼鏡をクイと上げたタチアナに、クロエは青白い顔をしてガックリと頭を下げた。26歳にもなって19歳のタチアナに叱られるクロエだが、怖いものは怖い。タチアナに比べればその辺の魔物と戦った方がマシだと本気で思っていた。

 

 演算の才能(タレント)を持つとされるタチアナは有名な才女で、直感で生きるクロエにとっては本当に苦手なのだろう。因みにジルも苦手なのは間違いない。

 

「殿下、湯浴みのお時間です。今日はツェイス様と御食事をされるお約束です。御身を整えませんと」

 

「あら、そうだったわね。ジル様もアーレに来られるのだから作戦を練って頑張りましょう」

 

 この三人は立場も年齢も全てが違うが、仲は良かった。

 

 王女であるリュドミラ、騎士のクロエ、メイドのタチアナ、恋愛話に花を咲かせるのが最近の流行だ。特にツェイスから婚約を申し込まれながらも身分差から身を引いたジルの意地らしさが、彼女達三人の情熱に火を灯したのだ。

 

 実際は男と結婚などあり得ないジルが適当な理由を付けて逃げただけなのだが、誰もその事実を知らなかった。

 

 湯浴みを勧めに来たタチアナさえも、この話の魅力には勝てない様だ。彼女にとってツェイスが告白した以上、ジルが未来の王妃である事は決定事項だったが、その過程を楽しむのは自由と考えている。

 

「身分を考えて身を引いたジル様、きっと辛かった筈。一部の貴族に反対意見があるのは承知していますが、あの者達はジル様にお会いした事がないのでしょうね」

 

 リュドミラにとってジルは将来の姉だ。

 

 王族として何人もの美男美女を見てきたが、比べるのも烏滸がましい。しかも身を引く健気さも持ち合わせ、最強に近い戦闘力すら駆使するのだ。

 

 数年前のツェツエの危機……大量の魔物が遺跡から溢れた時に二人は初めて出会ったらしい。そして王国を救ったのだ。他にも魔族侵攻や古竜襲来でも活躍したと聞く。

 

「身分など……ジル様の前では霞んでしまいますね。お兄様も一途に想っておられる様ですし、何とか今回の来訪を生かさなくてはなりません」

 

「リュドミラ様、何か作戦でも?」

 

「ジル様は何時も一歩引いていますから……おそらく他人行儀に接するでしょう。お兄様が食事など手を尽くしても辞退されるかもしれません。ですから、私やクロエが代わって御招待します。そこに偶然お兄様が現れる……無理に抑えた気持ちも二人きりにすれば燃え上がる筈。この際、既成事実も考えなくては」

 

 ジルにとって最悪の気遣いだったが、リュドミラはワクワクする気持ちを抑えられない。彼女の中では二人の悲恋をもう一度なんとかしたい一心だった。

 

 ジルは今頃寒気に襲われているかもしれない。

 

「リュドミラ様だけで無く私もですか?」

 

 クロエもジルの恋を応援している一人だが、どちらかと言えば観客気分だ。

 

「私だけ毎日招待するのは不自然でしょう? 出来ればお母様にも協力して貰いたいくらいですもの」

 

「成る程……ならば私は個人訓練に誘って、その後酒でも飲ませますか。ジルはそこまで酒には強くないですから、様子を見てツェイス殿下に交代すれば……」

 

 リュドミラとクロエは段々興奮してきた。もしかしたらツェツエの歴史に残る王夫妻になるかもしれないのだ。

 

「御二方……前から言っていますが、ジル様は其処まで乙女ではありません。どちらかと言えば少年の様な……小細工よりも直接の方が」

 

 タチアナはジルの本性に何となく気付いていたが、乙女な二人は全く信じてくれない。

 

「タチアナ……貴女だって何度もジル様にお会いしてるのでしょう? まるで絵本から飛び出してきた様な美貌、見事な女らしい曲線、慎ましやかな仕草、どれを取っても素晴らしい女性じゃないの。ねえ? クロエもそう思うでしょ?」

 

「そうですね……戦闘すら美しさを感じます。同じ戦士として、女性として、羨望を覚えるしかない程ですから」

 

 流石のタチアナも、まさか男が転生して自らの理想をジルとして結晶させたとは想像出来なかった。少年みたいでは無く、男そのものなのだが。しかも元童貞、今は処女を拗らせている。最近は年下の少女に想いを募らせ、鼻血まで出す始末だ。

 

 それでも、湯浴みの時間が迫るまで三人の話は尽きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、ひと時を楽しむ

 

 

 

 

 

 

「お師匠様、青門(あおもん)に回りましょうか?」

 

 王都は既に手の届きそうな距離まで近付いていた。冗談みたいに巨大な門がドーンと目に入る。勿論閉じては無く、ザワザワと大勢が行き来しているみたいだ。入門の手続きはしっかりと行われているので、待ち人は中々の数だね。

 

「んー……青門はやめておこうよ。この中に貴族はいないし、アレって凄く注目浴びるし。ツェルセンで懲りました!」

 

「お姉様、青門というのは貴族専用の門ですか? よく青き血って言いますし」

 

「ターニャちゃん、よく知ってるね! その通りだよ。貴族とか特別な理由がある人が使う門で、待ち時間がないから」

 

「お師匠様。貴族で無いとは言いますが、ある意味ツェイス殿下の招待客ですよ? 逆に迷惑を掛ける可能性も……」

 

「それって門番がってこと?」

 

「そうです。なぜしっかりと対応しないんだー!ってなるかもしれません」

 

 クロは優しいなぁ……良い子良い子。

 

 しかーし!

 

「それは私が入門手続きした場合でしょ? 悪いけどクロがギルドの仕事として手続きしてくれない?」

 

「まあそれなら……大丈夫でしょうけど」

 

 それに待ち時間が退屈というわけでは無いのだ。商魂逞しい商人達は出店を沢山出している。ある意味アーレの名物だし、ターニャちゃんに見せてあげたい。王都内の店も素晴らしいけど、出店は雑多な感じで趣きがあるしね。そして何より安い! 日本人なら縁日を思い出すかも。

 

「ほら、お店をターニャちゃんに見せて上げたいの」

 

「ああ、なるほど。確かにそうですね……僕には当たり前過ぎて、考えに至りませんでした」

 

 クロは納得してくれたのか、ニッコリ笑って馬車を回してくれる。

 

「お店ですか?」

 

「うんうん。待ち時間を利用して食事をしたり買い物したりね。安いし意外と美味しい軽食があるし、歩くだけでも楽しいよ? 王都の旅の楽しみの一つだね。ほら……あそこ」

 

 俺は出店が並ぶ辺りを指差してターニャちゃんに教えて上げた。ランタンやカラフルな看板が並び、見てるだけでもワクワクする感じだ。

 

「わあ……まるでお祭りみたいですね。今日が特別な日じゃなくですか?」

 

「そうよ、毎日あんな感じかな。雨の日なら雨除けの天幕も立って、それはそれで綺麗だったりするし」

 

「今日はまだ人が少ないですね。そこまで待たなくても良いかもしれません」

 

「あんなに人が沢山いるのに……やっぱりアートリスとは違いますね」

 

「そうだねー。アートリスは王都みたいに綺麗じゃないし、ここより魔物の襲来も多いから。あそこは冒険者も沢山いて入門も簡単で、貴族もそこまでいないからね」

 

 まあそこがアートリスの良いところだね。雑多な下町って感じで堅苦しくない。王都は偶に遊びに来るなら楽しいけど。

 

「お師匠様、少し遠いですがあの辺りに止めますね?」

 

 手続き待ちの馬車や人々が集まるところは幾つかあるけど、門から近い場所は当然一杯だ。まあ結果的に出店に近いからいいよね。歩いていくクロには申し訳ないけど。

 

「うん、ありがとう。手続きお願いね?」

 

「了解です。ターニャさんをゆっくり案内して上げて下さい」

 

 紅顔の美少年そのもの、それにニコリと微笑なんて加えたら本当に絵になるなあ。俺にはそんな趣味無いけど、普通のお姉さんなら惚れてるかもね。ブロンドに紅眼、ツヤツヤ肌のほっぺ……もっと他の人に見せたらいいのに。

 

 クロは馬車を適当な場所に留めると、ヒョイと御者台を飛び降りて歩き出した。

 

 クロ、お願いねー。

 

「じゃあターニャちゃん、行こっか?」

 

 幌から顔を出していたターニャちゃんを促し、手を添えて馬車から降ろしてあげる。フワリとアッシュブラウンの髪が揺れて、可愛い。

 

「お姉様、馬車を無人にして大丈夫なんですか?」

 

「ふふふ、任せなさい。その辺はちゃんと考えられてるのよ?」

 

 近くを歩いていた少年に……と言っても13,4歳位だと思うけど……声を掛ける。簡素な革鎧と小剣を腰に差した男の子は冒険者の卵だ。胸には"馬車の見張りします"と言う意味の飾りがある。

 

 これも歴とした仕事で、ギルドに認められた者しか出来ないのだ。見張っているだけで小遣いが手に入るこの仕事は大人気で、信用を失いたく無い彼等は真面目に取り組むのだ。時には商人達と知り合ったりして、他のメリットもある。

 

 また各冒険者が相互に助け合っており、万が一の際は周囲から応援が来る。つまり余程の事がない限り盗難など起きないのだ。ましてや此処はツェツエの王都、国王のお膝元だ。それに、近くに衛兵もいるからね。

 

「キミ、お願い出来るかしら?」

 

「はい! 任せて……く……だ、さい」

 

 あっ……しまった……いつもの癖でジル(パワー)全開だよ。水色の瞳を笑顔と共に届けたら大抵の男は堕ちる。因みにクロもその被害者だな。最近は控えてたのに、旅に出ると大胆になってしまうのか!

 

 振り返った少年は、俺を見て固まり真っ赤になった。視線は俺の笑顔に釘付けだし、偶にオッパイ辺りを見ているのが判る。仕方ない、此処は強引に……

 

「馬車の見張りを頼みます。これ半金よ」

 

 見張りは半金を前払いで、解散時に残りを渡すシステムだ。サラサラと紙にサインをすれば完了する。

 

 少年の反応を無視して無理矢理に会話を進めたのに、彼は身動き一つしない。目だけは上下に動いているが。

 

 埒が明かないので、少年の手を取り硬貨を5枚握らせた。ビクリと握られた自分の手を見て、漸く時計は動き出したみたい。

 

「う、承りました! ぼ、ぼくは……えっと……」

 

「ふふ、宜しくお願いします。私はジル、貴方のお名前は?」

 

「ヤンです! 馬屋の息子で馬の扱いなら任せて下さい! 年齢は14! 最近ギルドに入って……オーソクレーズですが、必ずトパーズに上がります! 住まいは……」

 

「お、落ち着いて……そこまで言わなくていいですから」

 

 見合いか! 凄い早口だし、住所なんて聞いてない!

 

「あっ……す、すいません」

 

 自分の失態に気付いたのか、青い顔をして俯いてしまう。ターニャちゃんは何とかしろと、此方にジト目を送って来た。むぅ……

 

「ヤンさん、馬の扱いが得意なら安心して任せられますね。腰にあるのは毛繕いの刷毛かしら?」

 

「は、はい! 餓鬼の……いや、子供の頃から手伝いをしてましたから自信があります!」

 

 男の子は、自分の得意な事を褒められたら直ぐに復活するのだ! 経験談! 但し調子に乗って自分語りなんてしちゃ駄目だぞ? 因みにそれも経験済みだ!

 

「それは凄いですね。それでは宜しくお願いします」

 

 素早く切り上げて、ターニャちゃんの手を取った。流石にターニャちゃんも何も言わない。

 

 足早にその場を立ち去ると、思わず溜息が漏れてしまう。

 

「はぁ……疲れた……」

 

 チラリと後方を見れば、ヤンくんがまだ此方を見ていた。馬車の見張りは大丈夫か!?

 

「お姉様、本当に罪な人ですね」

 

「うぅ……言わないでターニャちゃん……」

 

 仕方ないじゃん、ジルだもの。

 

「マントの前は閉じた方が……さっきから見られてますよ?」

 

 言われて気づいた俺は、いそいそとマントを閉じた。普段なら直ぐに分かるけど、油断してたな。顔は仕方ないが完璧なジルスタイルを封印するだけでも違うだろう。何人かあからさまにガクリと落胆してる。

 

 いやいや、お前ら少しは隠せよ……

 

「ありがとう、ターニャちゃん。お腹は空いてるかな? それとも何か飲む?」

 

「お腹はそこまで……でも何か飲みたいですね」

 

「了解。じゃあ色々廻りながら、気になる物があったら好きなだけ見ていいよ? 私も久しぶりだし、楽しみだな」

 

 酒も売ってるが、ターニャちゃんならフルーツジュースかな? 確か何処かで絞りたてを売っているはずだ。ミキサーなんて無いから手搾りなんだよ?

 

「はい! ワクワクしますね!」

 

 ぐはっ……他意のない笑顔が眩しいぜ! うーーー……ターニャちゃん、可愛い!

 

 俺達は手を繋いだまま、出店を冷やかしに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

「次の方、どうぞ!」

 

 ドラゴンすら通り抜ける事が出来そうな門の前、そこでは入門手続きが行われていた。名前や目的、宿泊予定場所、保証金、犯罪履歴の照会、ギルド絡みならば依頼書などを確認する。嘘をついても入れるだろうが、相手も専門家だ。見破られて衛兵に捕まるのも珍しく無い。

 

 犯罪履歴の照会などは魔法の道具を併用してるので、実際はかなり効率的に捌かれている。

 

「はい、次!」

 

 入門証を貰った商人らしき男は、疲れた顔で馬車へ急ぐ。きっとまだ不慣れなんだろう。

 

 クロの番が漸く来て、懐から依頼書を出しながら向かう。クロはアーレの住人だが見知った顔は無かった。

 

「ようこそ、アーレ=ツェイベルンへ。用向きは観光ですか?」

 

 小さなクロを見て受付の男は怪訝な顔をしたが、直ぐに切り替えて定型文を口にした。普通なら商売ですか?や何方かの護衛ですか?と聞くが、その可能性はないと踏んだのだろう。

 

「アートリスから護衛です。此方が依頼書。私は蒼流のクロエリウス」

 

 そんな反応には慣れていたクロは端的に情報を伝える。実際に子供だし、クロは仕方がないと割り切っていた。あのジルに見出されなければ、こんな勇者などやっている訳もない。クロはしみじみと遠い目をした。

 

「ソウリュウ?」

 

 男はその単語が騎士団の一つ、蒼流だと繋がらない様だった。

 

「蒼流騎士団のクロエリウスです。騎士の方はいませんか? 照会して貰えれば分かります」

 

 ポカンと間抜け顔をした受付は暫く動かなかったが、何かを思い出した様に手元の依頼書を見る。

 

「確認させてくれ。君はツェツエの勇者のクロエリウス、護衛対象者はアートリスのターニャ。あと一人同行者がいるな? 女性で、冒険者」

 

 依頼書にはターニャの事は書かれているが、同行者はターニャの縁者としか記入されていない。それで良いのかと思うだろうが、これは正式なギルドの依頼書である。ある程度の信頼性があるのだ。

 

「ええ、まあ」

 

 クロは既に嫌な予感がしていたが、受付の男は別の者に耳打ちしていて、最早確信に変わっていた。

 

「少し確認したい事があってな……暫く待っていて欲しい。心配しなくていい、悪い事じゃないんだ」

 

 クロにとってはそうだろうが、別の誰かは困るかも知れない。かといって逃げる訳にもいかないし、そもそも大した事でもない。クロは頭の中で愛する師匠に残念でしたと笑った。

 

「しかし勇者殿がこの様な少年とは……驚きました。若いとは聞いていましたが……いや、失礼。思わず……」

 

「気にしないで下さい。事実ですし、よく言われますから。それと僕には敬語は必要ありませんよ? あくまで蒼流の騎士の一人です」

 

 おそらく時間稼ぎとクロはわかったが、逃げる気はない。

 

「そうかい? 勇者殿は心が広いな。俺はサイロンだ。お会い出来て光栄だよ」

 

「クロエリウスです。もしかして何か通達でも来てましたか?」

 

「分かるかい? 今日当たり君達が訪れる筈とね。因みに絶対に逃すなと念を押されているぞ」

 

 言わなくていい事まで言ったサイロンは破顔した。なかなか愛敬のある表情で、悪い印象は与えないだろう。

 

「別に逃げたりしませんよ。まあ同行者はその限りではありませんが。バレなければ大丈夫です」

 

「おお、その同行者だが……本当なのか、その……」

 

「御想像通りです。勇者である僕より遥かに有名なのは笑いますが、実績が違い過ぎますからね。サイロンさんは見た事がないですか?」

 

「恥ずかしながら噂だけだよ。何でも飛び抜けて美人で、しかも超級。何処まで本当なのか興味はあるからな。で、実際どうなんだ?」

 

 サイロンはクロの師匠がその同行者だと知らないのだろう。多少不躾な質問をぶつけてくる。

 

「そうですね……噂なんて当てにならない、そう言っておきましょうか。目にすれば分かりますから」

 

「やっぱりそうか。べらぼうに強い超級冒険者なのに、美人なんて有り得ないよな。まあ、この目で拝んでみるさ」

 

 サイロンはクロの解説を逆の意味で取った。クロも半ば確信犯で誘導したし、眼を見開いて驚けばいい。腹が立っている訳ではないが、ジルを悪く言われるのは気分が悪いのだ。

 

「誰か来ましたね。あれは……」

 

 クロの視線の先、何人かの騎士達が歩いて来ている。その中の一人にクロは酷く見覚えがあって思わず引きつった笑いが出た。周囲もその人物に気付いたのだろう、かなりの騒めきが起こる。

 

 その一団はクロの前で立ち止まると、先頭の男がニヤリと笑った。

 

「お疲れさん、クロエリウス。アートリスは楽しかったか?」

 

「ええ、それなりに。しかし、何故貴方が此処に? 城からとしても早過ぎるでしょう?」

 

 クロを見下ろしているのは、白髪混じりの髪を短く刈り揃えた40代の男だ。長い手足が特徴的で、実際それを駆使して戦う。精悍な顔立ちはおじ様好きには堪らないだろう。視線は鋭いが、悪戯が成功した子供の様に笑っている。

 

「おお、聞けよ! 美味い酒を一本賭けたんだ。ディザバルは青門、俺は此処だ。奴はジルを分かってないのさ。あいつが青門なんて使うかっての。今日と言う日程は被ったんだが、ディザバルは今頃青門で立ち竦んでるな! がはは!」

 

 下品な物言いだが何故が憎めない。それがこの男の特徴だろう。

 

 ある意味で超級の冒険者より有名で、この王都なら尚更だ。今や周囲は人混みの輪が出来ている。口々に野次馬が名前を呼んでいるが、本人は気にしてもいない。

 

 残り三人の騎士もそれを助長する。装備はバラバラで統一感は無い。しかし、胸の位置には同じ模様があり、彼らが同じ組織に属している事を示している。盾が二枚重なった様なソレは実は盾では無く、実際には竜の鱗を模したものだ。ツェツエには100人しか存在しない彼らの名前は竜鱗騎士団といった。

 

 そして馬鹿笑いで大口を開けている男、クロの前にいる彼は騎士団の副長だ。

 

「副長……お師匠様は目立ちたく無いと此方に来たんです。貴方が来たら台無しですよ」

 

「知ってるさ! ジルがそう考えるのも予想済みだぜ」

 

「では何故?」

 

「そりゃ、その方が楽しいだろう?」

 

 シクスは悪戯小僧そのもので、ジルの困り顔を見に来たと公言した。

 

 シクス……竜鱗騎士団の副長にしてツェツエの剣神、コーシクス=バステドはそんな男だった。

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、自らの不幸を笑う

 

 

 

 

「で、何処にいるんだジルは?」

 

「今は出店を回ってますよ? 同行者の人を案内してる筈です」

 

「おお! 聞いてるぞ! 誰にも靡かないジルが子供を保護したらしいな。もしかして人嫌いなのかと気を揉んでいたが、違ったらしい。どんな奴なんだ?」

 

「ターニャさんという女の子です。可愛らしい人ですよ」

 

 ジルは人嫌いでは無く只のヘタレだが、幸い此処にはクロ以外に真実を知る者はいない。

 

「なんだ女の子か……男なら面白かったのに。何時も澄ました顔だからな、冷やかしてやりたかったぜ。で、ジルはいつ男をつくるんだ? あれ程の器量なんだから選り取り見取りだろうに」

 

「お師匠様はそんな(ひと)ではありません。それに将来は決まってますから」

 

 クロはムスッとして、シクスを睨んだ。

 

「なんだ、まだ諦めて無かったのか? 殿下ですら袖にする奴だぞ? きっと趣味が変わってるのさ! それこそ女好きとかな! がはは!」

 

 もしジルが此処にいたら「正解です!」と内心叫んだだろう。シクスは何気に核心に迫ったが、本人は冗談のつもりの様だった。

 

「副長、大声を出さないで下さい……周りに人が大勢いるんですから」

 

 クロは溜息を我慢出来ずにシクスを嗜めた。そして勿論それを素直に聞く男でもない。

 

 

「ジルって誰だ?」

「さあ?」

「竜鱗が来るくらいだぞ……何処かの貴族か?」

「貴族なら青門だろうが……大商人の縁者とか、まあ只者じゃないのは間違いないな」

「商人にシクス様が態々? それも不思議な話しだろう?」

「殿下を袖にって……冗談だよな?」

「女好きって事は野郎か?」

「なら殿下ってリュドミラ様か……許せんな、それは」

「ジル……なんか聞いた事ないか?」

「そうか?」

 

 

 シクスは何度目かの皮肉染みた笑みを浮かべ、ザワつく周囲を気にもせずに声を上げた。

 

「さあ行くか!! ジルもそろそろ戻っただろうし、まだでも待たして貰うからな!」

 

 態とらしく宣言し、シクスはクロの肩を押す。当然周囲はゾロゾロと後を追い、それを見た人々が更に連なっていく。それは青門では起き得ない現象で、クロは天を仰いぐしかない。

 

「お師匠様、僕は悪くないですから」

 

 残念ながら、呟きは当の本人には届かないだろう。

 

 クロを先頭にシクス、騎士が3名、その後ろには群衆の列。

 

 彼らの邂逅はもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆〜

 

 

 

 

 

「ターニャちゃん、美味しい?」

 

「凄く美味しいです。きっと新鮮なんですね……それに凄く冷えていて驚きました」

 

「魔法で冷却してるの。最後に少し待たされたでしょう? あれは属性魔法じゃなくて、汎用なのよ? 面白いよね」

 

「ああ、成る程……魔素を見れば良かったですかね? 何か勉強になったかも」

 

 ターニャちゃんは偉いなぁ……頭が良いのも当然だよね! 昔の俺なら「美味い!」と叫びながら夢中で一気飲みだよな。

 

 ターニャちゃんが飲んでいるのは果物のミックスジュースだ。グルグルと歯車を回すと果物は砕かれて絞り汁が出る仕組みで、シンプルだけど美味いのだ。サトウキビを砕く奴に似てるかな。

 

「冷却の魔法なら王都の中でも見れるから、今度教えてあげるね。そうだ! ターニャちゃん、あっちに行ってみようね! きっと驚くよ!」

 

「なんですか?」

 

 ターニャちゃんはカップを返却して俺の横に並ぶ。ムフフ……デート感が堪らないぜ! 見たか前世の俺よ! こんな可愛い彼女なんて夢にも見た事がないだろう? まあ、彼女じゃないけどさ……将来は分からないよ?

 

「見てのお楽しみ! すぐ近くだからね」

 

 夕方になり周囲はランタンの灯りが目立ち始めた。ユラユラと淡い光を放つ風景は、本当に綺麗だと思う。雰囲気も最高だし、ターニャちゃんも楽しそうで良かった!

 

 もう手を繋ぐのも慣れたもので、ターニャちゃんも拒まない。これはやっぱり両思いなのでは? 幸せを噛みしめながら、俺たちは目的の場所に着いた。まだ始まる前みたいだな、良かった。

 

 少しだけ開けた場所に一人の男が立っている。目に眩しいカラフルな衣装を着込んだ姿を見れば、彼が何者なのか一目瞭然だろう。

 

「大道芸……ですかね?」

 

「うんうん、初めて見たらびっくりするよ? あっ、そろそろ始まるみたいだね」

 

 背の低いターニャちゃんでは見え難いかもと心配してたが、丁度良く最前列を確保出来た。これなら目の前で楽しめるだろう。

 

 大道芸人は木製の玉を幾つも取り出して空中に放り投げる。ジャグリングだが、ここは魔法が一般的なファンタジーの世界。勿論これで終わりでは無い。

 

「……わっ、わぁ!」

 

 目の前で起きた事にターニャちゃんは歓声を上げる。

 

 夕闇に合わせてそれぞれの玉が光り出した。

 

 青、赤、黄、紫、緑、白、クルクルと入れ替わりながら空を舞う玉は更に複雑な動きを始める。交差したり、態とぶつかったり。ぶつかった時は花火の様に光が舞い散りキンと音までするのだ。その光は目の前まで飛んできて、ターニャちゃんは思わず手に取ろうとする。蛍の様に輝いた後はゆっくりと消えていった。

 

「綺麗だ……」

 

 ターニャちゃんは思わず男っぽい言葉を溢したが、それも不思議と似合っていた。

 

 フッと全ての色が消えたと思うと、今度は紙で出来た人形が周囲を踊り出した。ドラゴンや狼、鳥やネズミ、それと人の楽隊だ。やはりそれぞれが光を放ち、残像を残しながらクルクルと回る。

 

 それに目を奪われていたら、笛の音色が響いて来て思わず大道芸人を見てしまう。しかも一人で吹いているのに、音色は二重三重に聞こえてくる。音の奏でる場所も四方から感じて、まるで小さなコンサートの様だ。

 

 ターニャちゃんは無言になり、ただ素晴らしい芸に目が輝いている。

 

 

 その後も……次々と技が飛び出して、俺も夢中になってしまった。凄いなぁ……どうやって魔法を行使してるんだろ? 戦闘や冒険向きの魔法ばかり覚えて来たけど、ターニャちゃんがあんな風に喜ぶなら覚えてみたいな。

 

 万雷の拍手が巻き起こり、あちこちから歓声が上がった。俺もターニャちゃんも拍手して、見事な礼をする彼に尊敬の眼差しを送るしか無い。

 

「ターニャちゃん、コレ」

 

 ターニャちゃんの手にチップのコインを数枚渡して、地面に置かれた帽子に入れてあげるよう教える。ターニャちゃんは頷き、テクテクと芸人に近づいた。

 

「凄かったです。あの……感動しました」

 

 チャラリとコインを帽子に落とすと、ターニャちゃんは言葉を掛ける。

 

「こんなに沢山……ありがとう、お嬢ちゃん。お兄さん嬉しいよ。そうだ、この後夕ご飯食べるけど、一緒にどうかな? さっきの色々教えてあげるよ?」

 

 チラチラと俺を見ながらも、ターニャちゃんをナンパする男。ほほう……きみ、趣味いいね……ターニャちゃんは最高に可愛いからな。男に言い寄られるTS女の子……さあ、どうする? まあ、実際には許しませんが!

 

「えっと……姉に怒られますので……すいません」

 

 チラチラと俺に助けを求めるターニャちゃん……やばい、可愛い! もうちょっとだけ見させて!

 

「お姉さん怒ってないみたいだよ? 凄く綺麗なお姉さんだね……でも僕はキミと一緒に過ごしてみたいな」

 

 さりげなくターニャちゃんの手を取る男。ああん!? 何をターニャちゃんに触ってやがる! そこまでは許してないぞ、こら! くっ、我慢だ我慢……もうちょっとだけ……

 

「この後用事があるので……すいません!」

 

 ターニャちゃんは慌てて俺の後ろに隠れ、チョコンと顔を半分だけ出す。ウッソだろ……そんな可愛い仕草、お姉さん教えてないよ!?

 

「ふられちゃったか……残念。また今度ね」

 

 男は潔く引き、片付けを終えて立ち去った。いいね、サッパリしてて良いよ!

 

 チラリと俺の横から顔を出していたターニャちゃん。安堵の溜息をつくと、ギロリと上を睨みつけた。その相手は勿論、俺だ!

 

「どうして助けてくれないんですか? 私が困ってるの分かってましたよね……?」

 

 俺から離れると、正面に回り込み更に睨む。それも可愛いぞ! ふっ……言い訳は考えてある。

 

「ごめんね? でも必ず私が側にいるとは限らないし、ターニャちゃんがどうするのか確認したくて。勿論、ちゃんと最後は助けるつもりだったよ?」

 

「その割には楽しんでましたよね?」

 

「そ、そんな訳ないじゃない! 楽しんでなんかないよ?」

 

 鋭いな……ヤバイぞこれは……

 

「へぇ……言い訳するんですね……分かりました。そう言う事にしておきましょう」

 

 こ、怖い!! なにその、後で覚えておけよ的なやつ!

 

「ほ、本当よ? 私はターニャちゃんが心配で……」

 

「ええ、分かってます。お姉様は心配で、様子を見てた、確認して、観察してたんですね。ニヤニヤしながら。大丈夫、信じてます」

 

 ひぃ……怖すぎる! ど、どうする?

 

「帰りましょう、お姉様。クロさんも戻っているかもしれません」

 

 あわわわ……どうする、謝るか!? いや、謝ったら更に追い込まれるかも!

 

「お姉様、帰りますよ」

 

「は、はい!」

 

 うぅ……後でご機嫌を取るしかない!

 

 フリフリと可愛いお尻を振りながら、ターニャちゃんは先を歩く。勿論、手なんて繋げる雰囲気じゃない……でも、お尻可愛いな……

 

「なんですか?」

 

 うひっ! ターニャちゃんが振り返った! 鋭過ぎだろう!?

 

「お、お尻……い、いえ! なんでもありません!」

 

 危ねえ!!

 

 暫く睨まれたが、再び前を歩くターニャちゃん。

 

 でも……それも可愛いんじゃーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにあれ……」

 

 ヤンくんが見張ってくれてる馬車辺りに人集りが出来てる。何やら円を描く様に中央に注目してるみたい。

 

「何かあったんですか?」

 

 ターニャちゃんの小柄な身体では見通す事は出来ないだろうけど、俺にも無理だ。これじゃあ人を掻き分けて進まないと駄目かもしれない。

 

「分からないけど……回り込むのも無理みたいだし、頑張って行ってみようか。逸れないよう手を繋ごうね?」

 

「はい」

 

 流石にターニャちゃんも素直に従ってくれた。柔らかくて暖かい小さな手を握り、俺達は人波に飛び込んだ。

 

「すいません……」

「馬車があちらで」

「通して貰っていいですか?」

 

 俺はターニャちゃんを守りつつ、前に進む。中には俺にびっくりした男も居たが無視するしかない。偶に後ろを確認すると、渋い顔のターニャちゃんが見える。

 

「ターニャちゃん、大丈夫?」

 

「大丈夫ですけど……凄い人ですね。よくあるんですか?」

 

「うーん……私も王都にはそこまで詳しく無いけど、こんなの知らないよ。事故でもあったのかも」

 

 前世でも交通事故があれば野次馬が集まったものだ。不謹慎と知りつつも興味には勝てないよね。馬車同士の事故とか、馬の暴走とか?

 

「事故ならお姉様の治癒魔法が役に立つのでは?」

 

「そうだね。まあ王都も直ぐそこだし、事故なら誰かが来てると思うけどね。もう少し進んでみようか?」

 

 本当に治癒魔法が必要なら躊躇はない。困った時はお互い様だし。ターニャちゃん優しいな。

 

 そんなターニャちゃんを優しく引っ張り、何とか様子を伺えるポジションを見つける。さて、何があったのやら……

 

「……うん?」

 

「事故では無さそうですね、良かった」

 

 ターニャちゃんが俺の横から顔を出して、人柄を感じさせる言葉を発したが、俺はそれどころでは無かった。

 

 クロ……お前、何やってんの? 目立ちたくないからこっちに来たのに! しかも彼奴らって竜鱗じゃないか!

 

「お姉様?」

 

「げっ……」

 

 振り返ったおじさんには思い切り見覚えがある……間違いなくアレってシクスさんだよね!? ツェツエでも国民に人気のシクスさんが居たら、そりゃ人集り出来るだろうね……有名な映画俳優が街中に!って感じだもん。

 

 最悪な事に彼らがいるのは俺達の馬車、その側だ。クロとにこやかに談笑している。可哀想にヤンくんは青白い顔をして意味も無く馬を撫でていた。

 

 あの馬鹿クロ……どうするんだよ!

 

「お姉様、行かないんですか?」

 

「ターニャちゃん、あんなの行きたくないよ……」

 

「クロさんと居るのは悪い人ではないですよね?」

 

「それは大丈夫だけど……寧ろ良い人だし、でもヤダ」

 

「お知り合いですか?」

 

「さっき話してたシクスさん、あのおじ様ね」

 

「なるほど……」

 

 とにかくクロに合図を送って逃げよう。場合によっては俺達だけでも先に街に入れば……

 

 ドンッ……

 

「あっ……」

 

 背中に衝撃を受けた俺は人の輪から数歩前に出てしまう。ついでにその勢いで頭を隠していたフードも背中に消えた。自慢の髪がフワリと流れるのを感じる。閉じては無かったからマントも身体を隠す事は出来てない。

 

「はっ……?」

 

 振り向くとターニャちゃんが可愛い手をフリフリして笑っていた。

 

「な、なんで……?」

 

「私はお姉様が心配で、こんな時どうするのか確認したいと思います。大丈夫、何かあれば助けますよ……多分、きっと。では、頑張って下さいね?」

 

 ま、まさか……さっきの仕返しかぁー!?

 

 これ以上ない笑顔で俺を送り出したターニャちゃん……かわ、可愛くない!

 

「おっ!! ジル!! 漸くお出ましか!」

 

 ひーーー!

 

 そーっと振り返ると、シクスさんは戦場ですら良く通る大声で俺を呼んだ……ご丁寧に手まで振って。

 

 空気が固まるのを感じる……鎮まりかえる人々。ひくつく唇。思わず笑い声が漏れた。

 

「う、うへへ……」

 

 その声は俺自身しか聞こえないだろうけど。

 

 

「「「う、うおーーー!!!」」」

 

 ぎゃーーー!!!

 

「なんだあの美女は!?」

「やべえ、なんだよあのオッパイ!」

「あの水色の眼を見ろ!」

「無茶苦茶だ! 人間か!?」

「女神だ!」

「何処かの王女様か!?」

「脚なげえ!」

「白金の髪、水色の瞳……」

「シクス様が態々出迎え……」

「聞いた事があるぞ! 超級冒険者の……」

 

「「「まさか!?」」」

 

 もうどうにでもなれ!! うわーん!

 

 俺は騒がしい人々に手を振った。

 

「「「う、うおー!!!」」」

 

 シクスさんは楽しそうに笑っている。俺も笑うしかないだろう……

 

「……はは……は」

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、開き直る

 

 

 ザワザワ……ザワザワ……

 

 あれが、超級……魔剣……名前は確かジル……

 

 うぅ、完全に見世物だよ……もしカメラがこの世界にあったならフラッシュが眩しかっただろう。

 

 もう一度振り向くとターニャちゃんは嬉しそうに、握り拳を握ってる。頑張れって感じだね。こうなったら開き直っていくしかないが、どうせならターニャちゃんも巻き込んじゃおう。どの道一人にはさせたくないし。

 

 俺が覚悟を決めてニコリと笑い掛けると、ターニャちゃんはウゲッって顔をしたがもう遅い。魔力強化を一瞬で終えると、人混みを避けてターニャちゃんを捕まえる。お姫様抱っこをしながら再び戻れば、もう逃げられないだろう。

 

「ちょっ……お姉様、下ろして下さい!」

 

「え〜、ターニャちゃんを一人には出来ないし……私が連れて行ってあげるよ?」

 

 俺の腕の中でイヤイヤするが、当然逃しはしない! ターニャちゃんの香りと柔らかい感触に、俺は思わず感動してしまった。照れて真っ赤になったターニャちゃん、凄く可愛い!

 

「いい加減にしないと……怒りますよ?」

 

 怒ったターニャちゃんも可愛いなぁ。

 

「大丈夫だよ? きっと可愛い妹だなぁって……」

 

「この場でお姉様の装備を解除して、裸にしましょうか? これだけ触れてるなら、何とかなるかもしれません」

 

 ヒィ……!

 

「そ、そろそろ下りようね?」

 

 優しく地面に下ろして、俺はターニャちゃんの顔色を伺う。ギロリと睨まれて一瞬魔素が動く気配がしたが、思い止まってくれたみたい……あ、危ねぇ。

 

「後でお話ししますから」

 

 最近、ターニャちゃん怖くない!?

 

 

「誰だあの娘は?」

「なかなか可愛いな」

「ちっこい」

「持ち帰りたい」

 

 

 あん? お前ら顔は覚えたからな? ターニャちゃんに変な事したら、ドラゴンに遭遇するより酷い目に合わせるから。

 

 さっきよりザワザワしてるが、もう諦めた。あっちではシクスさんが面白い物を見たぜ!って顔で笑ってるし。

 

 仕方ないから、超級冒険者"魔剣"ジルとして……気持ちを切り替えた俺は、ターニャちゃんを促して歩みを進める。今はターニャちゃんの手は取らない。

 

 大した距離じゃないし、俺達は直ぐに到着した。

 

「コーシクス様、お久しぶりです。御健勝で何より……騎士の皆様も」

 

 少しだけ腰を曲げ、頭を下げた。口元を微笑で飾り、視線はしっかりと合わせる。その後は背筋を伸ばして所作と美しさに気を配るのだ。すると周囲の群衆も静かになり、固唾を飲んで見守るしかない。

 

「ジル、久しぶりだ。相変わらず美しい……いや、更に磨きが掛かったな。それと前も言ったが、シクスと呼んでくれ。俺とお前の仲だろう?」

 

 人を弄るのが大好きなシクスさんはニヤニヤと笑っている。こういうおっさんには意趣返しが一番だ。

 

「まあ……! 何時もシクス様はお上手です。それと誤解を招く様な言葉遊びは変わりませんね……奥様やお嬢様方に嫌われても知りませんよ?」

 

 こんな軽口を叩くシクスさんだが、愛妻家として有名だ。三人の娘さんが居て、全員が紅炎騎士団を目指している。父親に憧れる娘達、ある意味で幸せの理想形ではないだろうか。

 

「おっと……参ったな、ジルには負けるよ。まあ……()()()()()()()()、少しは手加減してくれよ」

 

 ザワッ……

 

 おい、噂は本当だったのか……

 コーシクス様が負けるって……

 信じられん……

 

 ほ、ほら、へんな雰囲気になったじゃないか……

 

「シ、シクス様、冗談はやめて下さい……騎士の皆様に怒られてしまいます」

 

 こんな大勢がいる場所で何を言ってるだよ。おっさんはツェツエの軍の要だろう? 冒険者相手に……近くには竜鱗の騎士達だって……

 

 シクスさんは間違いなくツェツエ最強の騎士だ。軍の重要人物であり、支えでもある。いくら超級とは言え公式に言って良い事と悪い事があるだろう。戦争でじっくり一対一なんてあり得ないのだから、個人の戦闘力が全てでは無い訳だし。

 

「くくく……お前が焦ってどうする? 事実だよ、これは。俺は間違いなくお前には勝てない。殿下もご存知だし、竜鱗なら周知の事さ。ジル、もしかして知らないのか?」

 

「……何をですか?」

 

「はぁ、クロエリウスよぉ……師匠に自覚が足りないと言ってやれ」

 

「それがお師匠様ですから」

 

「全く……ジル、お前はツェツエの守護神として騎士団では知られているよ。魔法と剣の化身、戦いと美の女神、ジルとして。話に女神と出れば、大抵はお前のことだ」

 

「……冗談ですよね?」

 

 いくら何でもそれは……

 

「因みにアートリスでも、アートリスの女神として有名ですね」

 

「やめて」

 

「私も聞いた事あります。アートリスの女神」

 

 ターニャちゃんまで!?  それは聞いた事あるけども!

 

「ぐははは! みんな、この娘がかの有名な魔剣! ツェツエの女神、ジルだ!! しっかり拝んでおけよ!」

 

 ば、ばか!!

 

「「「おおーーーっ!」」」

 

 ひぅ……!

 

 

「やっぱり魔剣、本物か!」

「俺でも聞いた事あるぞ!」

「女神だ!」

「噂通り、いや以上だな!」

「いいオッパイだ」

 

 最後! 誰だよさっきから!?

 

「シ、シクス様。早く街に入りましょう……このままでは皆様にご迷惑が」

 

 早く逃げるぞ!

 

「ああん? 俺は楽しいぜ?」

 

 おっさんはどうでもいいんだよ!

 

「ク、クロ……」

 

「お師匠様、ターニャさんを紹介しないと」

 

 あっ……わ、忘れてた!?

 

「ご、ごめんなさい。シクス様、皆様、この子はターニャ。色々あって今は私と一緒にいます。ターニャちゃん、自己紹介出来る?」

 

「はい、ターニャと言います。アートリスの森で遭難していたところをジルさんに助けて貰いました。今はご厚意で保護して頂いてます。よろしくお願いします」

 

 ぺこりと軽く頭を下げるターニャちゃん。挨拶って意外と難しいものだけど、しっかりしてるよね。でも早く逃げよう? それに周りの人達、近づいて来てない?

 

「ほお……これはしっかりしたお嬢さんだ。俺はコーシクス、気軽にシクスと呼んでくれ。コイツらは竜鱗騎士団の団員だが、詳しくは後にするか。女神様が慌てていらっしゃるからな」

 

 ニヤニヤと俺を見るおっさん。この野郎……

 

「慌ててなんていません。それと女神はやめて下さい」

 

「なら、もう少し遊んでいくか? 女神様、俺は構わんぞ?」

 

 いや、構うから……それと、女神はやめろって!

 

「シクス様、殿下をお待たせする訳には参りません。早く行きましょう」

 

「えっ? さっきと違う……モガッ……」

 

 クロめ!余計な事を言うんじゃないよ!

 

「くくく……相変わらず面白いな、お前等は。仕方ない、行くか」

 

 近くで石像になっていたヤンくんに残りの半金を渡し、俺達は王都へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シクス様、何故ここに?」

 

 おっさんはツェツエの要人だし、仕事も多い。竜鱗の副長としてだけで無く、他にも沢山の役割がある筈だ。まあ、この辺りに仕事があったとか、誰かの送り出しに同行してたとかだろうけどさ。

 

「あん? そんなもん、ジルの迎えに決まってるだろ?」

 

「シクス様、冗談は……」

 

 未だに周囲には人々がゾロゾロとついて来ていて、おまけに聞き耳を立てているのだ。冗談が噂話になる場合だってあるんだぞ? もしここにアートリスのマリシュカが居たら、一瞬で全員が知る所となるのだ!

 

「お師匠様、本当ですよ? どうもディザバルさんと賭けたらしく、シクスさんの勝ちですね」

 

「おおよ、ディザバルの家にある秘蔵のワインは俺のものだ! 奴が笑いながら口を震えさせるのが目に浮かぶぜ」

 

「賭け、ですか?」

 

「まあな。お前らがそろそろ着くのは分かってたし、青かこっちか賭けたんだ。俺はジルの事だがら目立たない様にアーレに来ると踏んだ訳だな。で、予想通りだった」

 

「そこまで分かって頂いているなら、そっとしていて下さい……」

 

「馬鹿だな、それじゃ面白くないだろう! 周りを見ろ! 最高じゃないか!」

 

 この野郎!! 相変わらず人をおちょくるのが好きなおっさんだな!

 

「おっ、なんだ怒ったのか? 綺麗な顔が歪んでるぞ? くくく……そんな貴重なモノも拝めて最高だな」

 

「はあ……もう結構です。私達はギルドに行きますので、そろそろこの辺りで……」

 

「ギルドなら済ましたぞ」

 

「は、はい?」

 

 な、何を仰ってるのかな、このおっさん様は。

 

「もう、報告済みだ。殿下が首を長くして待ってるんだ、諦めろ」

 

 な、なんだと……! まだターニャちゃんと一緒に居たいのに、時間稼ぎのチャンスが……

 

「シ、シクス様……ターニャちゃん、えっと……連れの滞在の準備もありますし、先ずは色々と」

 

「ああ、タチアナが言ってたな。ジルならそう言って時間を稼ぐから先手を打ちましょうってな。安心しろ、お嬢ちゃんの滞在も王城に準備済みだ。タチアナが全てを整えたってよ」

 

 タ、タチアナさーん!? 何やってくれてんの? やっぱり演算の才能(タレント)持ちは苦手だ!

 

「そ、そうですか……」

 

「と言ってもお前が寝泊りする賓客用の居室じゃなくて、外郭の来客用らしいがな。まあ、大した距離でもなし、気にする程じゃないだろ。あと、何故かお前も含め伯爵家が世話を申し出たらしいぞ?」

 

「タチアナ様のエーヴ家では無く? いえ、勿論望外の対応ですが……」

 

 タチアナさんはメイド兼リュドミラ様の教育係だが、演算の才能を無駄にしたくないのか、王家から色々と仕事を頼まれているらしい。何時もメイド服を着こなしているが、実はエーヴ侯爵家の三女だし、本来なら有り得ない事だ。だが、本人がメイドに固く拘っていて、意地でも離職しない。

 

「エーヴ家も声を上げたらしいが、他との影響もあって辞退だ。そこへ登場したのがジーミュタス伯爵家だな。ジーミュタス家は騎士の名門で政治中枢からは離れているし、丁度良いと即決だ。しかし、何故ジーミュタス家が手を上げたのか……お前何か知ってるか?」

 

 うぅ……つい最近ジーミュタス家の名が出たよね……確か、クロにぞっこんのアリスってジーミュタス家の長女で、しかもジーミュタス伯はアリスにメロメロらしいし……まさか……

 

「いえ……特には……」

 

「だよなぁ……ディザバルは違うだろうし、変な話だが……まあ、普通に考えれば超級の力に興味があるんだろう。騎士の名門にとっては力は重要だからな。へんな奴らでもないし、良かったじゃないか」

 

 多分、違うと思います……

 

「そ、そうですね」

 

「とにかく、お前が竜鱗で遊んでいる間お嬢ちゃんを一人に出来ないし、タチアナが配慮してくれたのさ。それに、リュドミラ様もお前の登城を楽しみにしてるんだ。今朝から大騒ぎらしいぞ?」

 

「リュドミラ様が……それは身に余る光栄ですが……」

 

 おお、リュドミラ様、超可愛いんだよな……アリスの事は後で考えよう、考え過ぎかもしれないし。それよりリュドミラ様だ! 守ってあげたい女の子筆頭だよ、うん。あの紫紺の垂れ目気味な瞳が堪らないんだよなぁ……性格もお淑やかだし何より、可愛い! 兄であるツェイス殿下に求婚されたけど、リュドミラ様ならOKしてたかも。まあ、今はターニャちゃん一筋ですけどね!

 

 あれやこれやと話している内に門の下をくぐった。随分と人は減ったが、それでもゾロゾロとついて来ている。門番らしき人が俺を見ながらポカンと口を開けているのが可笑しい。まあ、ジルだし?

 

 

 さあ、いよいよアーレ=ツェイベルン……つまり王都に到着だ。ちょっと久しぶりだけど、何か変わったかな……早いところ仕事を終わらせて、ターニャちゃんと遊ぶぞ! 更に仲良くなって、あわよくば……グヘへ……

 

「さて、お嬢様方? ようこそ、王都アーレ=ツェイベルンへ!まあ、楽しんでいってくれ!」

 

 コーシクス=バステドの声は、俺達の耳を超えて街へと響き渡った。ターニャちゃんも興味津々で周囲を見渡し、クロは先程の門番と何かを話している。周囲の群衆も何故かパチパチと手を叩き、街中に居た人々も何事かと此方を伺う。

 

 て言うか……おっさん、声がデカいよ!?

 

 

 

 



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お姉様、早速出会う

 

 

 

 

 

「爺」

 

「はい、お嬢様」

 

「間違いなく此処を通るのね?」

 

「そうです、お嬢様。クロエリウス様は同行者を伴ってアーレに入ったのは確認済み。コーシクス様がお迎えに上がったと」

 

「態々剣神が? そのジルとやら、少し調子に乗っているようですわ。クロエリウス様の御慈悲を勘違いして……許せませんわね」

 

 ピンと背筋が伸びた老年の男を従えた女性、いや女の子がクイと目尻を上げて先を睨む。

 

 見事なブロンドの髪は両耳の横でクルクルと巻いて薄い胸まで垂れている。力無くではなく、まるで飴細工の様に形は崩れない。未だ姿の見えない年増のジルとやらを睨む瞳はやはり美しい青。青い瞳は少しキツイが、幼さも残して微笑ましい。事実、隣に控える執事服の爺は優しい眼差しを隠していない。

 

 煌びやかな馬車を背後そのままに、道の真ん中にドンと立っている。肩幅まで軽く開いた両足は地面に縫い付けられたかの様だ。瞳に合わした蒼いドレスは白い肌を映えさせて、少女の花咲く寸前の美を際立たせていた。

 

 伯爵家が抱える騎士数名は、敬愛する伯爵の愛娘に害を及ぼす者は許さないと周囲を警戒している。

 

「爺、クロエリウス様を惑わす魔女、ジルとやらを詳しく教えて貰えるかしら? これからあの方を解放しなくてはなりませんの」

 

 はい……そう緩やかに礼を済ますと、いつの間にやら手にした紙に目を落としながら答えていった。

 

「アリスお嬢様、お答え致します。名前はジル、此れはご存知ですな。偉大なるツェツエ王国が誇る巨大都市、アートリスを拠点とした冒険者、年齢は22歳と。冒険者として最高峰の超級で、二つ名は"魔剣"。その強さ、並ぶ者はいないとされています。白金の髪は宝石と見紛うばかり、そして大変珍しい水色の瞳はアズリンドラゴンの美に勝ると有名ですな」

 

 つらつらと話す爺の声を聞きながら、アリスの眉と唇はピクピクと震えている。爺はそれを知りながらも話す事を止めない。

 

「アートリスでは女神と称えられ、この王都アーレでも"魔法と剣の化身、戦いと美の女神"として、かの竜鱗騎士団でも知られています。私も一度だけ拝見致しましたが、その美貌は正に女神ですな」

 

 ピクピク、ピクピク……アリスの痙攣は全身に広がるが、爺はやはり止めない。

 

「魔族侵攻、ツェツエの危機、古竜襲来、その全てで破格の戦果を上げ、魔剣の名は世界に轟きました。才能(タレント)は"万能"ですから、当然なのかもしれませんな。今や世界中で使用されている魔素感知波の開発者は、驚くべき事に彼女です。他にも多くの魔術理論を発表しており、その名声は今や世界規模ですな。演算で有名な才女、タチアナ様もその理論には頭を下げるしかないとの言を残しておられます」

 

 ブルブルと体を揺らし、小さくて可愛らしい拳を握り締める。

 

「此処まで来れば膨れ上がった自尊心が傲慢を生み、人情の機微も理解せず性根も腐り落ちると誰もが思うもの」

 

「そ、そうですわ……きっと」

 

「ええ、然り……魔物に襲われた貧しい村を無償で救い、子供の落とし物を探す為に池を漁ったり、他にも超級に見合わない依頼も嫌な顔一つせず受領するなど、数々の逸話があるようです。まあ、此れが女神の由来でもありますな」

 

 ワナワナと震えるアリスは、整った顔を怒りの形相に変えて叫ぶ。

 

「な、なんですの!! そんな安芝居にいそうな女は! だいたい爺は誰の味方をして……」

 

「お嬢様、爺は爪先から頭の天辺までジーミュタス家に捧げておりますぞ? アリスお嬢様がヨチヨチ歩きをしていた頃からお世話させて頂いております。一度だけですがオムツも変え……」

 

「わ、分かったわ! と、とにかく何か手はないですの!?」

 

「まだ私の忠誠の深さを説明するには足りませんが……お嬢様のご質問にお応えしましょう。その手は」

 

「手は?」

 

「ごさいませんな。真正面からぶつかりなさい、そして爆散するのです。なに、爺がそばにおりますから、灰になったお嬢様を拾い集めます。おや?御一行が見えましたな」

 

 飄々と答えた爺にアリスは再びワナワナと震え、ムキー!と地団駄を踏んだ。

 

 護衛の騎士達は聞こえていても変わらず、周囲を警戒している。

 

 涙目で彼方を見たアリスの青い瞳に、ゾロゾロと近づいてくる群衆が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 王都は名の通り、ツェツエ王が住う都だ。

 

 アートリスと違い、整然と並んだ建物や道は見事と言う他ないだろう。三日月の湾に接しているからか、僅かに潮の香りがするが、それも全く不快じゃ無い。人口はアートリスに劣るらしいが、歩く分には感じない。偏見かもしれないが、人々も洗練されている気がする。

 

 中央の通りは数年前に名称を変え「パミール通り」となった。真っ直ぐ伸びた通りの真ん中には噴水が整備され、人々の憩いの場所となっている。何よりの特徴は、溢れんばかりの飲食店達だろう。多種多様なお店はそれぞれが自慢の料理を提供し、何時も人が一杯だ。パミールの名前は現王妃のパミールからで、食べるの大好きな王妃の肝入りで開発が始まったらしい。愛妻家の王が全面的にバックアップしたのだ。

 

 第十三代のツェレリオ王は賢王として名高く、ツェツエは繁栄を謳歌しているのだ。俺にとってありがたいのは、超級冒険者を囲う制限が緩い事だろう。他国と違い縛りも少ないし、義務も特に無い。魔狂いもそうだが、それを気に入ってるから此処にいる。

 

 

 頭の中で格好良く通りの解説をしてみたりして、現実から逃避してみたが現実は変わらない……

 

「お姉様?」

 

「なぁに? ターニャちゃん」

 

「元気ないな、と」

 

 うぅ……ターニャちゃん、可愛い、優しい……もう今からでもアートリスに帰らない?駄目?

 

 何かを察したのかクロが此方をジッと見てる。赤い眼はお馬鹿な考えは捨てて下さいと言っている気がするぞ。

 

「馬鹿な考えは捨てて下さい、お師匠様」

 

 いや、言ってました。

 

「クロ、黙って」

 

 当然、超級冒険者で魔剣ジルとしての演技は忘れてないが、今は他に聞こえないだろうからよいのだ。

 

「ターニャちゃん、平気なの?」

 

「何がですか?」

 

「だって……だってさぁ……」

 

 顔を上げたら見えるでしょ……?

 

 仕方なく、もう一度周囲を見渡した。聞かない様にしていた喧騒も耳に届く。

 

 

 

 

「お!顔を上げたぞ!」

「見ろ、あの背中にあるのが魔力銀製の剣だろ?」

「本当か嘘か知らないが、あの服も魔力銀らしい」

「信じられねぇ……ただの服にしか見えないぞ」

「やべえオッパイだな」

「馬鹿が、大事なのは尻と腰だ。何度言っても分かん奴だな」

「なんだ、やるか!」

「おお!決着をつけるか!?」

 

 

 

 

 

 なんだよアイツラは……何処までついてくる気なんだ?

 

 王都に入った時からゾロゾロと集まった連中は減る事もせず、いや、増えてる?

 

「ガハハ! 楽しいなジルよ!」

 

 シクスさん、いやもうおっさんでいいや。おっさんが最高だぜと笑い声を上げる。この野郎……あとで覚えておけよ……

 

「シクス様。街の皆様にも迷惑になりますし、一度解散して……」

 

「おお? 何が迷惑なんだ? 通りの連中だって繁盛して大満足だ。今日の為に仕入れを倍にしてるんだぜ?」

 

 お、おっさんが元凶かーー!!

 

「お礼もたんまりもらう事になってるんだ。ほれ、ジル愛想よく頼むぜ、な?」

 

 ……これ、怒っていいやつだよね?

 

「シ、シクス……」

 

「あっ……」

 

「……どうしたの?ターニャちゃん」

 

「お姉様、アレを」

 

 可愛らしい手から伸びた指は、進行方向を指している様だ。なんだろ?

 

「んん?」

 

 

 

 

 パミール通りを越えた先、かなりの広さを誇る広場が見えた。そこから城まで続く道が伸びているが、その手前に何かドレス姿の女の子が仁王立ちしている。

 

 その背後には煌びやかな馬車が停めてあり、数人の鎧姿の男達。老人が一人いるようだが、如何にも執事!って感じの服は何者なのか隠していない。きっとドレス姿の女の子から爺とか言われているに違いない、うん。

 

「うわぁ、縦ロールのお嬢様って本当にいるんだ……異世界って凄いな」

 

 ターニャちゃんの独り言は耳に入ったが、俺も同じ感想だったから何も言うことはない。

 

 絶対「おーほっほっほ!」て笑うか「ですわ!」とか言ってるタイプだよね?

 

 ん? なんかついさっき、同じ事を考えたような……

 

「きっと名前はアリスとか、如何にもお嬢様な名前かな……」

 

 続くターニャちゃんの独り言は、俺にある事を思い出させた。

 

 もう一度目を凝らす。

 

「あの紋章は……うわぁ……」

 

「あん? アレはジーミュタス家の紋章だな。何してるんだ?」

 

 シクスのおっさんの言葉が全てを肯定してくれた。嬉しくないけど……

 

「ねえ、クロ。あれって」

 

「間違いなく、アリス=ジーミュタスですね。まあ、行動力だけは褒めたいところ……いたたっ! お師匠様、痛い!」

 

「何を偉そうに言ってるの? この口か、この可愛らしいお口なのかな?」

 

 ターニャちゃん程じゃないけど、プニプニした頬を抓る。思いっきりね!

 

「お姉様、クロさんから離れた方が……凄い形相してますよ?」

 

 何処か楽しそうにターニャちゃんが教えてくれた。何故楽しそうなのか、聞きたいけど……

 

「んん……ヒィ!! 何アレ……」

 

「ジル、何処までも面白い奴だなぁ。ジーミュタスってお前達の世話役を買って出た伯爵家だぞ? 一体何をやらかしたら、あんなになるんだ……?」

 

 お、俺の所為じゃないですから!

 

 いや、間接的に関わって……いやいやいや!違う!

 

「クロ、あなた何とかして」

 

「痛い……でも良い香り……ありだな」

 

「……ちょっと?」

 

「もう一度……つい足を滑らせて飛び込むのはどうだ? お師匠様の胸なら柔らかいから……」

 

「ク!ロ!」

 

 もうやだこの変態……可愛らしいショタの癖して完全なエロ餓鬼だよ!

 

「は、はい!? 別に疚しいことは」

 

 いや、十分に疚しいからな?

 

「馬鹿な事考えてないで、アレ何とかしなさいよ!」

 

「前も言いましたが、大丈夫です」

 

 大丈夫じゃねーよ! あの顔を見ろ、このおバカ!

 

 近くにシクスさんや竜鱗の三人、アーレの人も多いから演技もやめられないんだよ! ターニャちゃん、ターニャちゃんなら分かるよね!

 

 ん? なにそのニヤニヤ顔は?

 

「お姉様」

 

「うん、何か良い方法が……」

 

「当たって砕けて、です」

 

 砕け、て? 普通"砕けろ"だよね……それ願望じゃね!? 

 

「うわぁ……あんなに可愛いのに……」

 

 めっちゃ睨まれてますぅ。帰りたい……

 

 進まない脚なのに、背中を誰かが……押すなって!

 

「シクス様……何をしてるんですか……?」

 

「お? そりゃ、殿下も待ってるし急がないとな」

 

「なら、彼方から行きましょう」

 

 広場の右側を指差してみる。

 

「いやいや、間違いなく真っ直ぐが早いからな?正面に城が見えるのに、曲がる奴があるかよ」

 

 おっさんは真正面を指差して全否定。うぅ……味方がいない……

 

「クロエリウス様!! お久しぶりですわ!」

 

 ビョーンと飛び上がりながら、クロに抱き付くアリスちゃん。グリグリとクロに顔を押し付け、幸せって笑顔を隠さない。可愛いなぁ。

 

「アリス様、お久しぶりです」

 

 ってか、「ですわ」って言った!!

 

 ターニャちゃんすら、マジかよ……って顔してるし。

 

 なのにクロは無表情のまま、アリスちゃんの両肩を持ち引き離した。クロ……こんなに可愛い娘が大好きな気持ちを隠さずに抱き着いてるんだぞ!もっと喜べよ!なんなら代わってくれ!縦ロールくらいなんだ!

 

 羨ましい視線を送っていたら、引き離されたアリスちゃんから笑顔が消えた。グリンと此方に顔を回すと、ギロリと睨む。縦ロールがドリルになって飛んで来たりしないかな……少し身構える俺。

 

 上から下までジロジロと観察し、最後に俺の顔をジットリと眺めるアリスちゃん。

 

 うぅ……さっきまで近くにいたおっさんもターニャちゃんも距離を取っている。最早観客気分なのだろう、騎士達に食べ物とジュースを受け取っている。いや、おっさんは酒だ、絶対。ほんと後で覚えておけよ、おっさん……

 

 睨んでいた眼は悔しそうに沈み、ムキーって頭を掻き毟った。でも縦ロールは崩れない。凄え……

 

「くっ……貴女が、ジルね……」

 

 縦ロールってどうやってつくるんだ? エクステみたいにくっつけるのか?

 

「わたくしは……アリス、アリス=ジーミュタス。誇り高きジーミュタス家の長女よ。このツェツエにジーミュタス有りと聞いた事もあるでしょう」

 

 しかし、間違いなく天然の髪みたいだし、何か方法があるんだろう。やはり魔法を利用してるんだろうか?

 

「この際、はっきりしましょう。勇者クロエリウス様に相応しいのは誰か、を」

 

 戦闘に関する魔法は研究してきたけど、アレは知らないなぁ。髪はストレートの長い髪が好きだった俺には、分からない分野だもんな。後で教えて貰おう。まぁ、今はターニャちゃんのショートも好きだけど。

 

「……ちょっと」

 

 本当に崩れないな。触ってみたい……

 

「貴女!! 聞いてますの!?」

 

「うひ!!は、はい!聞いてます! その髪素敵ですね……」

 

「誰も髪の話なんてしてませんわ!!」

 

「うぇ!? ご、ごめんなさい!」

 

 大爆笑しているおっさんが見えて、腹が立つ。ターニャちゃんまで腹を抱えてるし!

 

 はぁ……お城が遠いなぁ……

 

 夜だし、お風呂に入って眠りたい……

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、想われる

いきなり過去に飛ぶ。ツェイス王子達が登場、


 

 

 

 

 

「暴走精霊だ! 離れろ!!」

 

 崩れていく遺跡の隙間から巨大な人形(ひとがた)が現れた。薄く透ける女性の姿だが、美しさを感じる者はいないだろう。その表情からは憎悪と憤怒しか感じない上に、骨と皮しかない骸の様に見えて誰もが怖気を覚えてしまう。大きさを無視すれば、狂った亡霊にしか見えない彼女は恐怖の象徴だ。

 

「コーシクス! 撤退させろ! 剣は通じないぞ!」

 

「殿下もお下がりなさい!」

 

「馬鹿を言うな! 魔狂いもいない今、一人でも魔法士が必要だ。騎士の戦線を後退……」

 

 ヒィィィァァァアァァィィーーーーー!!

 

 暴走精霊が聞くに耐えない叫び声を上げ始めた。

 

「くそ、間に合わない……魔素爆発が起きるぞ!! 全員伏せろ!」

 

「うわぁぁー!!」

「頭を隠せ!」

「吹き飛ぶぞ! 踏ん張れ!!」

 

 一斉に全員が頭を抱えて地面に伏せる。運悪く近くにいた魔物に踏みつけられたり、喰いつかれた者も散見されたが、どうしようもない。更に多くの騎士や冒険者が犠牲になると思われた瞬間ーーー

 

 ゴバッ!!!

 

 霧状の波が円心に広がっていき、凄まじい暴風が襲う。近くにいた魔物や逃げ遅れた人間は一瞬で塵と化し、遠くに立ったままの魔物達は爆発に巻き込まれて空を舞った。グルグルと巻き上がったあと地面に落ちてくるだろうが、どの道即死だろう。

 

「くっ……全員耐え抜けよ!!」

 

 ツェイスは暴風と衝撃に耐えながら、聞こえないと知りつつも声を荒げた。

 

 地面に剣を突き刺し、ズルズルと下がりそうになる身体を縫い付ける。両手に限界まで力を込めて、歯を食いしばって時が流れていくのを待った。

 

 あと少しだったのに……!

 

 西の古い遺跡から魔物が溢れて来るという報せ。最初は偶にある魔物の暴走かと思っていたが、ツェツエの軍で抑えられずに冒険者の助けも借りる事になった。対魔物の専門家である冒険者の参戦は勝利への道を拓いたと感じたのだ。

 

 事実押し込まれていた戦線は再び持ち直し、少しずつ原因である遺跡へと近づいていた。ダイヤモンド級などは人外の戦果を齎し、士気すら跳ね上がった。

 

 いける……誰もがそう思った時、アレが現れたのだ。

 

 暴走精霊……元々は元素を司る存在だが、何らかの理由で闇へ落ちて暴走を始める。自身には頓着せずに、最後は爆散して消滅するのだ。その破壊力は凄まじく、街一つが消えた事もあったという。

 

 ズル……

 

「く、くそ……」

 

 地面に深々と刺したはずの愛剣が抜けて行く。

 

 一度抜け始めた剣は止まらない。もう駄目か……ツェイスは覚悟を決めて、すぐ隣に蹲るコーシクスを見る。彼も何かを感じたのか、僅かにツェイスの様子を伺った。その瞳は大きく見開かれ、ついで声を荒げた。

 

「殿下!!」

 

「コーシクス!!後を頼む、皆を……」

 

 言葉を言い切る事すら出来ず、ツェイスはあっさりと空に舞った。地面が遠去かり、遙か上空へと身体が浮き上がっていく。コーシクス達が何かを叫んでいるが、何も聞こえない。

 

「死ぬ時は、簡単だな……」

 

 せめて愛するツェツエの大地を目に死のうと、ツェイスは無理やりに首を振る。暴風は弱まり、時間も少ないだろう。

 

「リュドミラ……父さんと母さんを頼む……」

 

 一瞬だけ宙に浮き、世界が止まる。そして直ぐに落下が始まった。もしかしたらギリギリ命が助かるかもしれない高さだが、身体は無事では済まないだろう。仮に助かっても魔物の餌食になるだけ……死の恐怖が襲ってくるが、悲鳴だけは上げたくないと唇を閉じた。

 

 さらばだ……

 

 その瞬間に身体が弾けた。

 

 いや、落ちる筈だった地面が爆ぜて、身体が再び宙に押し戻されたのだ。それが二度三度繰り返されると、べチャリと大地に辿り着いた。少しの打撲はあるが、当たり前の様に地面に転がっている。

 

「な、何が……」

 

 上半身を起こし周囲を見渡せば、同じ様に助かった者達が呆然と座り込んでいた。

 

 奇跡か……善良な精霊か神の情けか……そう呟いたツェイスにある人物の姿が映った。

 

 まだ少女だろう、肩口にかかる白金の髪を踊らせながら魔法を行使している。落ち行く人々の真下に魔力弾らしき物を放っているのだ。信じられないのは、その数と精度だ。魔力弾自体は大した魔法ではないが、魔力の消費も激しく威力の調整など至難なのに。

 

「それを……」

 

 更に驚く現実が襲う。いや、齎された。

 

「治癒、魔法……だと……」

 

 攻性の魔法士だと思っていた彼女が今度は治癒魔法を飛ばしてくる。それもやはり信じられない数と精度で。

 

 完全に暴走精霊の猛威が消え去った時、少女は「ふう」と肩で息をした。あの数の魔法を行使したならば、即座に倒れてもおかしくない。その命すら怪しいのではないか……それ程の数を放ちながら一仕事終わったなと息を吐いて済ましたのだ。

 

 とにかくお礼を言わなければとツェイスは立ち上がり脚を動かした。後ろ姿だが、スラリと細い肢体は見事な美を見せている。白金の髪は珍しくないが、髪質が違うのか輝きの差が凄まじい。一本一本が生命力に溢れた魔法糸のようだ。

 

「キミ! 何と言えばいいか、お礼を……」

 

 ツェイスは紡ぐ言葉が口の中で固まったのを自覚する。視線は動かず、脚すら止まった。

 

 その水色の瞳が、信じられない程の美貌が振り返って自分を見たからだ。

 

 まだ大人になり切れていない、でも子供でもない。そんな少女だった。歳は15辺りだろうか、起伏はしっかりとあって輝く色気を感じる。今まで各国の美姫に会っていたが、彼女は生きる世界すら違うと思ってしまう。美の女神が地に降りたと言われたら信じてしまうだろう。

 

 服装は冒険者らしい自由な装いだが、鎧は着けていない。背中に一本だけ剣をかけている。魔法士だと思っていたが、違うのか……次の言葉は一向に出て来ない。

 

「貴方……騎士?」

 

「……あ、ああ」

 

 想像通り、いや以上に声も美しい。いつか城を訪れた著名な歌姫すら霞む。

 

「なら、手伝いなさい。魔法の準備を」

 

「何故だ? 暴走精霊なら」

 

「アレは前座、これからが本番。珍しい雷魔法を使うでしょ? その腕も、さっき見たから」

 

 何処かぶっきらぼうな物言いで、不思議と男らしく感じる。その美貌との差が激しく混乱してしまう。

 

「前座?」

 

「アレには効くはず。雷魔法なら」

 

 彼女は細い顎をしゃくり、崩れて消え去ったはずの遺跡を示した。促されるままにあちらを見たが特に変化はない。アレ程いた魔物すら見えないのだ。

 

「一体……」

 

「ついてきて。援護してくれたらいいから」

 

 置き去りにしたコーシクス達は遺跡の反対側だろう。思った以上に飛ばされて来た様だった。彼女は生き残りに離れる様に指示しながら歩いていった。だが、当たり前に誰もが怪訝な表情を隠さない。助けて貰った事は事実だが、少女然とした者の指図を受けたくないのだろう。

 

「ジル!」

 

 そんな時、一人の男性が駆け寄り声を掛けた。長めの槍、渋い声、歴戦を思わせる鎧。間違いなく高位の冒険者だ。そして漸く彼女の名が知れた。

 

「マウリツさん! 無事だったんですね!」

 

「マウリツ……先読みのマウリツか」

 

 アートリスの数少ないダイヤモンド級。槍を使わせたら並ぶ者は少ないと有名だ。先読みの才能(タレント)を持つとされ、魔法は苦手ながらも高位に辿り着いた珍しい冒険者。銀色の髪を撫で付けた上品な男に見える。

 

「ジルこそ……いきなり姿を消したから驚いたぞ。頼むから無茶しないでくれ」

 

「すいません。間に合わないと思って……」

 

「まあ、結果を見れば文句はないが……君を慕う者も多い、私もだぞ?」

 

「ありがとうございます。あの……お願いが」

 

「なんだ? 出来る事なら言ってくれ」

 

「もう少しでラスボス……いえ、強敵が現れます。皆を避難させて下さい。急いで」

 

「何故分かる?」

 

「以前伝えた……あの……」

 

「魔素感知か? まだ未完成と」

 

「誰でも行使出来る様には出来ていません。私一人なら何とでも」

 

「分かった。ジルは? どうする?」

 

 そのマウリツの質問には答えず、ニコリと笑顔で済ました。ツェイスにとって、ジルと呼ばれる彼女の笑顔はこの時初めて見たのだ。

 

「さっき言った事を忘れるなよ?」

 

「はい。この人が手伝ってくれます。なんと大変珍しい雷魔法の使い手ですよ? きっと相性バッチリです」

 

 漸く話が此方に振られてマウリツはツェイスを見た。そして顎が外れたと勘違いするほどに口を開き固まったのだ。"この人"が誰か分かったからで、同時にジルがツェイスを知らない事に驚いてしまう。このツェツエ王国の第一王子にして、つい最近就任した竜鱗騎士団の騎士団長ツェイスを。

 

 態と人差し指を口に当て、内緒だとマウリツに伝える。不思議とジルに自然のままでいて欲しかった。

 

「い、いや……ジル、あのだな……」

 

 それを聞かず、ツェイスはジルの肩を抱き促した。

 

「行こう。その強敵を教えてくれ」

 

「え、ええ。あの……押さないでくれない?」

 

「済まないな。でも急いだ方が良いのだろう?」

 

「まあ、そうだけどさ」

 

 ツェイスは何故が楽しくなって、これからの決戦も怖くなくなった。ジルがいれば大丈夫だと、確信する。

 

 そして、それは事実だと証明されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「お兄様」

 

「ミラ」

 

 夕餉へ向かっていた兄妹は、その道すがらに出会った。リュドミラは湯浴みを済ませて準備万端だ。タチアナやクロエとの話もひと段落して、作戦会議も終了したらしい。

 

「どうしたのです。一人笑って」

 

「少し……昔を思い出してな」

 

 もう6年も前の事だ。

 

「そうですか? そういえば、いよいよですね?」

 

「何がだ?」

 

「まあ! お兄様、未だにその様な態度では悲願は遠いですよ? 相手は気配りが過ぎて身を引いたのです。このままでは何一つ変わりません、優しさは時に敵へと転ずると言いますから」

 

「ミラ……お前が何を言いたいか理解した。だが、これは相手あっての事だ。ましてや我等は王族……そう意識して無くとも、言葉や態度が剣となり襲うのだ。厳に慎まなくてはならない」

 

 二人は足音すら立てず、廊下を歩いて行く。リュドミラの歩く速度に合わせた気遣いは、誰が見ても明らかだった。王女と同じ紫紺の瞳は言葉とは裏腹に優しい。妹が心から自分を案じてくれているのが分かるからだろう。長めに揃えた黄金の髪は僅かに肩に触れている。その髪を煩わしそうに片手で整えながら、ツェイスは隣りを見詰めて答えた。

 

「そんな事では何時になっても望みは叶いません! あの方の優しさを、哀しみを……見ないフリする事こそ罪です。お兄様に惹かれながらも周囲の貴族や立場を案じて身を引くなど……なんていじらしい。ジル様が可哀想です」

 

「何度も言っているが、ジルはそんな女じゃない。相手は世界に僅かしかいない超級冒険者で、世界に並び立つ者もいない特殊な人間なんだ。当たり前の尺度が通じる相手と思うな」

 

 ツェイスは昔、ジル達冒険者と共に戦い勝利した。「ツェツエの危機」と呼ばれる6年前の戦いだ。アーレから遠く西、古い遺跡から魔物が溢れ存亡の危機が迫った。竜鱗と蒼流の両騎士団、そして冒険者の混成軍が組織され、決死の戦いに臨んだのだ。

 

 その戦いで名を上げた者は多いが、その象徴こそジルだ。当時はまだダイヤモンド級にも至って無かったし、多くの冒険者に埋もれた存在だった。勿論並み外れた美貌に反する実力は多少知られていたが、まさかアレ程の隔絶した戦闘力を有するとは……ツェイスは当時を思い出していた。

 

 最後の魔物"カリュプディス・シン"を圧倒的に叩いたのはジルだ。援護なんて必要だったのか今でも納得していない。しかし、彼女がいなければツェツエは壊滅的な被害を被っただろう。あれほどの魔物など100年に一度あるかないかだ。

 

「タチアナみたいな事を言って……ジル様が他の男性の元へと行ってしまったら、耐えられるのですか?」

 

「ジルが他の男の元へ、か。言葉にするのは難しいが、見てみたい気がするな。アレは言うなれば……少年だ。まだ右も左も判らない、街で遊びまわっている子供。ミラも直ぐに分かる」

 

 そしてそれを含んで、ツェイスはジルを愛している。それを否定する気はないが、リュドミラの乙女な想像とは掛け離れているだけなのだ。

 

 ジルの本性知る者は少ないが、いない訳ではない。その戦闘力に反する人柄を。

 

 あの決戦の後、ジルと二人で魔物の残党狩りをした。ジル曰く、貴方使える、だそうだ。ツェイス自身も面白がって身分を言わなかったから、最後の方は男友達みたいに声を掛け合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「貴方、凄いじゃん! 雷魔法をそんな風に使うなんて!」

 

「そうか? ジルの魔力強化の方が出鱈目だと思うがな。どうやったら姿が消える速度で動けるんだ? おまけに魔法をぶっ放すし」

 

「ふふん。もっと褒めて良いよ?」

 

「……そこは謙遜しろよ」

 

「えー? まあいいじゃん! ほら、アレが最後だよ!」

 

「ああ、どっちがやる?」

 

「貴方が……名前なんだっけ?」

 

「今更か……態と聞かないのかと思ったぞ」

 

「思ったより戦い易くて吃驚しちゃったから」

 

「それ、関係あるのか?」

 

「……ないかな?ないかも」

 

 クスリと咲いた笑顔が綺麗だ。

 

「ジル……まあいい、俺の名はツェイスだ。覚えてくれよ?」

 

「ツェ、ツェイス……発音が難しいね。ツェイス、ツェイスね」

 

 下手しなくても不敬罪だが、ツェイスは笑う。予想通り、この国の王子の名すら知らない様だ。

 

「ジルは他国の出身か?」

 

「んー、まあ、ね」

 

 言いながらジルは魔法を放った。寸分違わぬ狙いは魔物を貫き、瞬時に絶命させる。何回見ても信じられない精度だ。しかも話しながら片手間の行使だ。見る人が見れば、冒険者など馬鹿らしいと引退するだろう。

 

「それ程の力を持っていながら余り知らないな。不思議だ」

 

「アートリスに来たの去年だからじゃない?」

 

「等級は?」

 

「ムフフ、それ聞いちゃう? なんと……トパーズなのだ!」

 

「トパーズ?」

 

「そう、凄いでしょ?」

 

 ジルが言っているのは僅か一年少々で中級に駆け上がった速度だろうが、ツェイスには違和感しかない。少なくともコランダム、ダイヤモンドでも驚かない。

 

「凄いな……本当に」

 

「もっと褒めていいよ?」

 

 腰に手を当て同じ事を言うジルにツェイスは笑うしかない。隔絶した戦闘力を持ちながらも、その性格は無垢な子供のようだ。常軌を逸した美貌に反して少年を思わせる。

 

「分かった分かった。ジルは凄い、私が保証する。もう"超級"でも驚かないからな」

 

「超級? マジで!?」

 

 大陸最大最強のツェツエ王国の王子がお墨付きを与えたのも知らず無邪気に喜ぶジル。やったー!と飛び上がり、ありがとうと叫びながら抱き付かれた時は慌ててしまうツェイスだった。

 

 

 

 因みに、その後合流したコーシクスたち竜鱗に跪かれたツェイスを見て顔が真っ青になるジルがいた。先程抱きついてタメ口まで聞いた相手が王子だと知ると、足音を殺してソロソロと逃げようとしたのだ。コソリコソリと背後に回る少女、ツェツエを救った英雄とは思えない姿にツェイスは再び笑うしかなかった。

 

 今もあの時のジルを鮮明に覚えている。

 

 飾らないジルが大好きで、世界で唯一人愛する女性だとツェイスは思う。あの日の様にお互いの立場を捨てて、話せたらいい。

 

 

 隣でムスリと頬を膨らませるリュドミラを見て、頭をポンポンと優しく叩き笑みを浮かべた。

 

「ミラ。ジルは変わった奴だが……凄く楽しみだ。久しぶりだから」

 

「そうですね! 私も早くお会いしたいです」

 

「ああ、俺もだ」

 

 

 超級"魔剣"ジルが到着する。

 

 それは、もうすぐだろう。

 

 

 

 



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お姉様、呆れられる

 

 

 

 

「おい、おかわり頼むわ」

 

「はっ」

 

「嬢ちゃんは何かいるか?」

 

「お気遣いありがとうございます。それでは、同じものを」

 

「あいよ。じゃあ、これもな」

 

「了解しました」

 

 いつの間にか用意された椅子に二人は腰掛けて、和やかに談笑しているようだ。二人の間に置いてある映画館で売っていそうなポップコーン的紙製の箱の中身は、多分白身魚のフライ。あれ美味いんだよな、独特のスパイスが合うんだよ……海の近い王都では魚介類が最高なのだ。

 

 高位貴族の娘であるアリスちゃんの前にいる以上、俺は跪いたまま横目で観察している。そもそも急いでたんじゃないのか? シクスのおっさんに怨みがましい視線を送るが、あっさりと無視された。それどころか皮肉めいた笑みをプレゼントされたものだから、悔しい。

 

 周囲には変わらず群衆がいて、ヒソヒソと話をしている。もう夜なんだから帰れよ、お前らも……

 

「名乗りなさい」

 

「はい。アートリスから来ました、ジルと申します。私達の世話役を買って出て頂いたとの事、心から感謝しております」

 

「……いいですわ、顔を上げて。街中だし、普通にしてくださる?」

 

「ありがとうございます」

 

 漸く立ち上がり、もう一度アリスちゃんを見る。勿論失礼のない様にね。

 

 うん、可愛い。

 

 縦ロールはかなりアレだが、間違いない美少女だ。ターニャちゃんとは違うキツめのタイプだけど、出来るなら一緒にお風呂に入りたい。睨み付ける眼も綺麗だなぁ。

 

 でも……うーん、執事さんも気付いてないのかな?

 

「噂は聞いていますわ。超級の魔剣、お強いのですって?」

 

「確かに卑しい冒険者の一人ですが、強さには様々な指標がありますから……アリスお嬢様に知って頂いているとは大変光栄です」

 

 取り敢えずは無難に返しておこう。分かってて我慢してるかもしれないし……

 

「あら? 謙遜も過ぎると嫌味になりますわよ? クロエリウス様のお師匠様なら堂々として下さらないと」

 

 許しませんわよ!と益々睨んでくるアリスちゃん。うん、可愛い。

 

 と言うか、クロ!なんでお前まで観客席にいるんだよ!? しかも……それは俺の大好きなキャッツバードのタレ焼じゃないか! 馬鹿クロ、俺のも買っておいてね? 視線で伝えた筈だが嬉しそうに笑い、オマケに頑張って下さいと拳を見せてガッツポーズしやがった。馬鹿クロ……後で思い切り抓るからな……

 

 因みにキャッツバードだけど、別に猫みたいな可愛い鳥じゃない。上空からデカい鉤爪で獲物を掻っ攫っていく、かなり面倒くさい魔物だ。羽も硬く討伐するのに最低でもトパーズ、出来ればコランダム級を求められる。名前は多分キャッチから訛ったんじゃないかな。肉は美味いから、見付けたら必ずヤッてます。乱獲注意。

 

「失礼しました……」

 

「さすが超級、礼儀は弁えているようですわね。しかし偉大なるツェツエの勇者、クロエリウス様を惑わせるなど言語道断。魔女の誹りは免れませんわよ? 何か言い訳があるなら言ってごらんなさい」

 

 改めて可愛いアリスちゃんを見る。うーん、でもなぁ……まあ怒られてもいっか。

 

「……失礼致します」

 

 スススとアリスちゃんに近づき、両手で可愛らしいお手々を握る。そして真っ直ぐに綺麗な瞳を見て確認すると間違いないと分かった。て言うか顔も真っ赤になったし我慢してるんだろうなぁ。取り敢えず回復力を促進させる魔法を行使。馬車に乗る時にターニャちゃんにかけたアレの簡易版だね。痛みも緩和するけど、瞬時に効く分効果は其処まで強くない。

 

「な、なな、なんで……」

 

「いきなり申し訳ありません。しかし、体調が優れない時は無理なされない方が……今の魔法はあくまでも対処療法ですから、後でちゃんと診てもらって下さい」

 

 一人で冒険する場合は自身の体調管理が重要だ。今でこそ数々の手段を持っているが、最初はこの体調チェック魔法を使ってた。最近は機会がなかったけど。他人に行使する場合は皮膚接触が条件の一つという使い辛さもあるからね。

 

 うーむ……やっぱり体温も高い気がする。

 

 大丈夫かなぁ?

 

「今のは、ジル様考案の……ではアリスお嬢様が?」

 

「はい。微熱と頭痛、だと思います。今は抑えてますが、しっかりとお休みになって下さい」

 

「なんと……」

 

 執事さんは青い顔になってアリスちゃんを見る。うんうん、きっと良い執事さんなんだろう。これなら安心だ。

 

「貴女……」

 

「あっ、すいません」

 

 やべっ、まだ手を触ってたよ……触り心地が良いからナデナデしちゃった。無礼者!とかないよね!?

 

 なんか顔真っ赤なままだし、怒ったかな……話を逸らしちゃおう。

 

 

 

 

「周囲に人も多いですから……あの、不躾ですがアリスお嬢様はクロ、クロエリウスが好きなのですよね? ならば、このジルは応援致します」

 

「……それを信じろと? 先程も随分仲が良さそうでしたわ。クロエリウス様の頬を抓って……」

 

 ギロリと俺を睨むアリスちゃん、可愛い。凄く真っ赤だけど。まだ魔法が効いてないのかな?

 

「あれは馴染みの者との挨拶みたいなものです。私にとってクロエリウスは弟みたいな、そんな感じですよ?」

 

「む……しかしクロエリウス様は貴女に会えば分かると。素直に受け止られないですわ」

 

 まあ、そりゃそうだよね……仕方ない、恥ずかしいけど告白しちゃおう。

 

「正直にお話し致しますね。えっと……私には好きな人がいます。色々と事情があって……殆ど上手くいかないですけど。過去のことや、お互いの()()がありますので」

 

 ターニャちゃんとの仲は難しいのだ。二人してTSだから、性別の壁を二重にクリアしないといけない。まだターニャちゃん若いしね。でもいつかはイチャイチャするのだ。そう、ツェルセンでのお風呂タイムのように!

 

「好きな人……やはりあの噂、ツェイス様と」

 

「はい?」

 

 何やらアリスちゃんが呟くが、聞こえなかったぞ。

 

「……なんでもありませんわ。分かりました、取り敢えず信じましょう。それに、街中で話す内容でもないですわね。では、貴女方は我がジーミュタス家が責任をもって扶翼(ふよく)致します。ついていらして」

 

 爺!行きますわよ!

 

 そう元気な掛け声を出すアリスちゃんを眺めてホッとした。結局は体調不良を我慢して迎えに来てくれたんだよな。やっぱり良い子だね。可愛いなぁ。それに引き替え……

 

 

「なんだ? もう終わりか?」

 

「みたいですね」

 

「こう……僕を取り合ってお師匠様が勝つ予定だったのに」

 

「あん? お前が理由なのか、つまらんな」

 

「つまらんとは何ですか!」

 

「周りを見ろよ! 皆不満顔だろうが! 折角の余興が……お、おう……ジル、そんな怖い顔するな……お前みたいな美人が本気で怒ると洒落にならん、な?」

 

「うわぁ……お師匠様、コレあげますから……キャッツバードお好きですよね? 僕の食べ掛けの、此処なんて間接キ……いだだだ!いだい!おじじょうざま!」

 

 コイツら……後でお仕置き決定だな、うん。

 

「ターニャちゃん、行こっか。アリスお嬢様が連れて行ってくれるって……ターニャちゃん?」

 

「お姉様、やけにあっさり終わりましたね?」

 

「そうかな? 説明したら分かってくれたのよ、きっと」

 

「説明、ですか?」

 

「うん」

 

「なんて?」

 

「え? それは……」

 

 実はターニャちゃんとイチャイチャしたいなんて、此処では言えないし……

 

「……アリスお嬢様?が嬉しそうで良かったですね?」

 

「ええ……? 嬉しそうはないんじゃない?」

 

 するとターニャちゃんがハァと溜息をついた。

 

「な、なに?」

 

「なんでもありません」

 

 スタスタと歩き始めるターニャちゃんは、行きましょうと言葉を残し準備をしているジーミュタス家の集団に向かっていった。なんだろ?

 

「ジル、お前……ハァ……」

 

「……なんですか、その溜息は? シクス様」

 

 これ見よがしに再び溜息を吐くと、残念な生き物を見るように俺を見る。

 

「ジル……お前、タチアナが言ってた通りだな」

 

「タチアナ様ですか?」

 

 意味わからん。リュドミラ様のメイドさんだけど、そんなにコミュニケーション取ってたかな? あの人、演算の才能持ちで頭がすっごく良いんだよ。こう、見透かされる感じがヤバいのだ。美人さんだけど!

 

「変な奴だよなぁ……あれだけチヤホヤされるのに、スレてないし鈍感だし……まあ、面白いから良しとするか!」

 

「え? あの……」

 

「ガハハ! お前ら、行くぞ!」

 

「はっ」

 

 ちょっと! 気になるじゃん!

 

 ねえ! ちょっと!!

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

「アリスお嬢様……申し訳ありません。まさか体調を崩されているとは」

 

「謝る必要はないわ。私自身も其処まで感じて無かったから……先程のは何ですの?」

 

「ジル様が考案された魔術理論体系の一つですな。皮膚接触した箇所から魔素の循環を利用して体内の状態を確認する魔法です。かなり特殊で難解な技術の為、一般には浸透しておりませんが……一部の者に絶大な支持を受けたと聞いております」

 

「それで手を……驚いて損しましたわ」

 

「何か申されましたか?」

 

「気にしないで、独り言」

 

「……お嬢様、お加減は?」

 

「大丈夫、随分楽になったから」

 

「そうですか。しかし、屋敷に戻りましたら典医を呼びますぞ?」

 

「ええ」

 

 爺の声も遠くに感じる。冷たい返しになってるけど、今は許して貰おう。

 

 だって……身体が熱いし、胸だって動悸が激しい。

 

 何なの、あの女……

 

 まさか……まさかあんな人間が存在するなんて信じられない。美の女神なんて馬鹿な話と思ってたけど、本当にそのままじゃない!

 

 あんなの反則ですわ……本当は魔族とか、魔物が化けているとか……このドキドキは何かの魔法かも。

 

 魔女の隣りにはクロエリウス様、反対側に女の子。どちらもジルを慕っているのが丸分かり。露天で手に入れたのだろう何かを貰って、美味しそうに頬ばっている。

 

 ……凄く楽しそう。

 

 視線に気付いたのか女の子が此方を見た。何故かジルに寄り添い、マントの裾を掴む。まるで甘える様な仕草に私はある感情を自覚した。

 

 羨ましい……

 

「な、なにを……」

 

 お、おかしいですわ。まるであの魔女とお友達になりたいみたいに……

 

 でも……でも本当に綺麗。

 

 添えられた手、艶やかな肌、水色が透き通る瞳、白金の長髪は降り注ぐ陽の光。全てがキラキラと輝いている。其れ等がつい先程まで目の前に在った。

 

 爺の言う通り、言葉にならない絶佳(ぜっか)

 

 何より、その温かい心。理不尽な怒りをぶつけたわたくしに優しい魔法をかけた。

 

 ツェイス殿下との噂など信じていませんでしたが……

 

「過去、好きな人、そして立場」

 

 きっとそういう意味なのでしょう。互いに愛し合いながらも、身分を理由に身を引いた。あれ程の美貌でありながら、浮いた噂など聞かないらしい。

 

「今も一途に……?」

 

 なんて健気な人……

 

 クロエリウス様との仲を応援すると言ってくれた。ならばわたくしも助力を惜しんではならないでしょう。伯爵家の娘一人に何が出来るか分かりませんが、ディザバル兄様に話してみよう。それに、リュドミラ王女殿下に御目通りが叶えば……

 

「爺」

 

「はい、お嬢様」

 

「確か噂がありましたわね、ツェイス殿下の想い人について」

 

「ジル様ですな。ツェツエの危機で共闘し、意気投合したと聞いております。その際は殿下も身を明かさず、友の様に振る舞ったと。その後も何度かの逢瀬を重ねたそうですが、彼女から身を引きました。貴族間でも相当な反対があるのを知ったジル様は、ツェツエの混乱を嫌ったのでしょう」

 

「そう……」

 

「この度の招聘も随分と時間が掛かりました。当初ジル様が固辞されたらしいとディザバル様が」

 

 なんて意地らしいの……

 

 見れば笑顔の中に何処か物悲しい表情をしてますわ。コーシクスや隣りの娘も溜息を隠していない。剣神はツェツエの危機以降に何度も()()()と会っているでしょうから理解している筈ですし……

 

「わたくし、決めましたわ」

 

「はっ」

 

「その反対した貴族は誰なのかしら?」

 

「急先鋒はマーディアス、ルクレー両侯爵家と聞いております。それと、あくまで噂ですが……」

 

「なんですの?」

 

「チルダ公もジル様に隔意があるらしいと。両侯爵家を裏で操っていたと当時噂されておりました。あくまでも噂ですぞ?」

 

「チルダ公……ですか」

 

 歴史ある大公爵家ですわね。長らく我が国の司法を担い、罪と罰の在り方すら変えたと言われた。そしてツェツエを陰から支え、時には乱してきた正に大貴族。偉大な公爵家の前では我がジーミュタス家すら塵芥と同じ。やはりリュドミラ王女殿下と……いえ、王女殿下といえどチルダ公相手では……

 

「アリスお嬢様」

 

「何かしら?」

 

「これは爺の戯言ですが、エーヴ家と話し合うのが良いと愚考します。かの侯爵家は王家の覚えめでたく、何より」

 

「タチアナ=エーヴ様かしら?」

 

「ほほ……流石はお嬢様です。かの"演算"は全ての未来すら解き明かすと言われ、何よりリュドミラ王女殿下に近い。その能力を生かしたいと内務にも関わる才女ですからな。そして、ジル様とも面識があります」

 

 エーヴ家は普段表に出ないけど、諜報力で王家を影から支えて来た特別な一族。タチアナ様がお生まれになってから少し変化したみたいですけど……

 

「更に言うならクロエ様も、ですわ」

 

「おお……紅炎の騎士団長ですな? 女性騎士から熱狂的な支持を集めるクロエ様が味方となれば、見えない力が働くでしょう」

 

「お父様に相談しないと……クロエリウス様とわたくしの婚約の為にも協力して貰いましょう。そうすれば……」

 

 クロエリウス様とは弟みたいな間柄と言っていた。ならばその妻であるわたくしは……

 

「アリスお嬢様、お待たせ致しました」

 

 やっぱり綺麗……目が離せなくなりますわ……

 

「アリス様?」

 

「はい、姉々様(ねねさま)。すぐ参ります」

 

 

 

 

「ん?」

「お?」

「やっぱり」

「あーあ……」

 

 

 

 

 



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お姉様、心配される

 

 

 

 

 

「ふぃ〜……」

 

 すっごく疲れた……

 

 色々と挨拶したり、手続きを踏んで漸く部屋に辿り着いたよ。とは言っても、アリスちゃん達が手伝ってくれて早く済んだ方だと思うけど。体調も心配だし、無理しない方がと伝えたら「扶翼するのはジーミュタス家です。わたくしがその代表として此処に……」まあ長くなるから割愛するけど、アリスちゃんは偉い! そういう感じだ。

 

 最初はアレだったけど、素直で真っ直ぐな女の子なんだろう。ターニャちゃんが隣に居なかったら、涎が出ていたかもしれない。

 

「アリスちゃんか……」

 

 アリスちゃんは何故か優しくなり、色々とお話が出来た。最近のツェツエの様子や、クロが如何に格好良いかの惚気まで披露されたのだ。正直クロに関しては乙女フィルターが何重も掛かっている気がしたが、まあ恋する女の子は可愛いものだ。

 

 因みに、クロが変態ストーカーでエロ餓鬼だとは明かしていない。感謝しろよ馬鹿クロ!

 

 あと不思議なことにツェイス殿下の事を話して来たけど、あれは何だったのかな?まるで「最近のツェイス殿下ニュース」を聞いている気分だった。まあ誇りあるジーミュタス家としても、世話役の責任からも下手な事をするなと言う警告だったのかも。アリスちゃん、真面目そうだしね。

 

「しかし……なんだろ、姉々様(ねねさま)って」

 

 途中から急にそう呼び始めたのだ。最初のキツイ感じも消えて、可愛い縦ロール美少女に変身した。思わず二度見してしまった程だ。そうすると縦ロールが素敵に見えるのだから不思議だね。

 

「でも……アリだな、グヘへ」

 

 ターニャちゃんのお姉様も良いけど、アリスちゃんも可愛いのだ。もしかして、前世今世を合わせた人生初の女の子からのモテ期が来たのだろうか?

 

 そのターニャちゃんは別室……と言うか、別棟と言って良いだろう。今いる此処は王城内だが、通されたのは俺だけだ。まあ、招待を受けているのは魔剣ジルだけだし仕方がない。明日の朝でも会いに行こう。疲れただろうし、すぐに寝ちゃうかもしれないし。

 

「さてと、風呂でも入るか」

 

 流石王城だけあって、室内にもお風呂が完備されている。魔力銀の応用ではないが、お湯は波々と満たされていた。どうやって管理してるのかな?

 

「まっいっか」

 

 いそいそと装備を外していき、下着も籠に入れた。装備解除はターニャちゃんがいれば一瞬で終わるだろうけど、アレは二度としないぞ、うん。

 

「ふんふーん♪」

 

 珠玉のジルの肌は何時も美しくなくては。おや……おっ! アレは最近流行りの石鹸では!? やったぜ!

 

 夕御飯は部屋まで運んでくれるらしいし、ゆっくりとお風呂を楽しむのだ!

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

「ターニャさん、他に分からない事はありますか?」

 

「いえ、大丈夫です。クロさん、ありがとうございます」

 

 二人は城外に設けられた居室へと案内されていた。地方から城を訪れた役人や、行事に参加する一般客が泊まる複合施設だ。とは言え天下のツェツエ王国。一つ一つの部屋は十分過ぎる程に豪華だった。ベッドなど、一人寝るにはあまりに広い。

 

「其処のベルを鳴らせば使用人に伝わります。必要な物は大抵用意されますから、安心して下さい。ジーミュタス家がかなり力を入れていますから、不便はないと思いますよ」

 

「ジーミュタス家……アリスお嬢様は随分と態度が変わりましたね」

 

「ああ……確かにそうですね」

 

 クロエリウスは苦笑して、しかし驚いてはいなかった。

 

「クロさん?」

 

「はは、すいません。何と言うか……よくある事ですから」

 

「よくある事ですか?」

 

「最近は自身で抑えているようですから少なくなりましたが、お師匠様の魅力にやられてしまう人は沢山います。僕もその一人ですし、性別に関係はないですから。事実ターニャさんもいつの間にか捕らえられた……そう思いませんか?」

 

「……言われてみれば、こんな短期間なのにお姉様をお姉様と信じていますね」

 

 ターニャも笑顔を浮かべ、認めるしかない。

 

「アリス様もいきなり近くで手を握られて、優しくされたら耐えられなかったのでしょうね。良く知る僕ですらふと目が離せなくなる美しさですから。真っ赤になってました」

 

「真っ赤……優しくって?」

 

「ターニャさんなら魔素を感知出来たと思ってましたが」

 

「それは……意識しないと難しいですから」

 

 視覚的に見ることすら可能だが、ジルに伏せるよう注意されているターニャは明かさなかった。

 

「そうですか。体調の優れなかったアリス様に治癒魔法を使ってましたよ?手を握ったのは身体の異常を感知する魔法を行使するためです」

 

「なるほど、人誑し極まれり、ですね」

 

「ははは!確かに!面白い表現です」

 

 ひとしきり笑うと、クロエリウスは真面目な表情に変わる。それを見たターニャは首を傾げた。

 

「どうしました?」

 

「正直、心配です」

 

「心配?」

 

「お師匠様はたった一人で王城に入りました。誰も守れない、周りに味方もいません。僕もターニャさんも引き離されてしまいましたから」

 

「……どういう意味ですか?」

 

 クロエリウス自身が言っていたのだ。ジルは何でもありの戦いなら誰にも負けない。しかもツェツエには立派な貴族も多く安心だと。なのに、あの理不尽の塊みたいなジルが心配だと言うのだ。その表情を見たらターニャも不安になる。

 

「誤解しないで下さい。お師匠様の身体に危害が加わるとかではありません。剣神も含め全員で一斉にかかればお師匠様といえどタダでは済みませんが、それをやる馬鹿など少ない。心配なのは……お師匠様が落ちないか、と」

 

「はい?」

 

「ターニャさんがさっき言いました、人誑しだって。このツェツエ王国の王子ツェイス殿下はお師匠様を想っています。六年前のツェツエの危機で共に戦った仲間として、一人の女性として」

 

「えっ!?」

 

「やはり知らなかったんですね?」

 

「は、はい」

 

「今回の依頼は竜鱗の訓練が主目的ではありません。長らく王都に来ないお師匠様を誘い込む、それが理由です。殿下は姑息な手段などしないでしょう。それだけ高潔で立派な王子殿下です。しかし、周囲はどうでしょうか? 超級の力を王国に縛り付ける……そう考えている者は少なくありません。陛下は寛大な方ですが、貴族達は一枚岩ではないですし。その意味で言えば、お師匠様のいる城に味方はいません。仕掛けるなら最高の場所ですから」

 

「で、でも、お姉様の意思を無視するんですか?」

 

「ん?面白い考えですが、王家が望めば基本的には逆らえないものです。希望はお師匠様が超級で替えの効かない冒険者であること、ツェツエの危機で殿下の御命を救った英雄である事です。だから今までも無茶は出来ませんでしたが、今回はどうなるか……」

 

「もし……お姉様がツェイス殿下を受け入れたら」

 

「当然私達ではおいそれと会えなくなります。それどころかまともに話す事さえ難しいでしょう。次期王妃陛下となられる方ですから当然です。特に御子を授かるまではそれこそ、ですね」

 

 余りの現実にターニャは黙り込むしかなかった。ジルを掌で遊ぶのは大好きだが、相手がいないのでは弄る事も出来ないのだ。この世界で唯一、全てを許し包んでくれる存在が離れていくかもしれない……それは酷く恐ろしい事だった。

 

 そして同時に疑問が浮かぶ。何故力も無い少女の自分に伝えるのか。内容は王家に関わる事で、下手したら政争になる危険性すらある内容だ。クロエリウスはツェツエの勇者として幾らかは関係するし、何よりジルを好きなのだ。だが自分は……ターニャが悩み始めた時、答えは齎された。

 

「仮に何らかの力尽くな方法を取ったとしても、お師匠様なら本気で逃げに徹すれば問題はありません。個人として最強の人間ですから。魔王でも現れない限りはまず大丈夫です。しかし、誰にも弱点があります。其処を抑えられたらお師匠様は抵抗も出来ないでしょう」

 

「弱点?」

 

「……自覚なし、ですか」

 

 クロエリウスはターニャから目を離さない。答えは其処にあると。

 

「まさか……」

 

「そう、貴女です。ターニャさんを引き換えにすればお師匠様の力はゼロに出来るでしょう。はっきり言えば"人質"です。アートリスに残さなかったのは守れないからですし、魔剣の側が最も安全ですからね」

 

「でも……私一人の為に其処までする筈は」

 

「はあ……やはりお師匠様の妹ですね。自分の価値を低く見積もり過ぎです。それに……どれ程に貴女を愛しているか分からないとは言わせませんよ」

 

「……そう、でしょうか」

 

「お二人に何があるのか僕にも分かりません。しかしあんなお師匠様を見るのは貴女といる時だけです。悔しいですが、僕や誰であっても超級冒険者の魔剣として向き合っています。貴女以外には」

 

「どうすれば……」

 

 此処で張り詰めた空気は弛緩した。クロエリウスの口調が砕けてきたからだ。

 

「ターニャさん、驚かせてすいません。最悪の可能性を言っただけですから、あまり深く考えないで下さい。注意点は一人で出歩かない事、知らない相手にはついていかない事、出来る限り僕を伴う事です。お師匠様にも頼まれていますからね」

 

「お姉様が目を離さないでと言ったのは、その意味もあったんですか?」

 

「勿論です! ターニャさんの前ではアレですが、世界に五人しかいない超級。多くの貴人とも接見してますし、世の中を深く知っている方ですよ?最近のお師匠様しか知らないターニャさんでは想像出来ないでしょうが、怒らせたらあんな恐ろしい人はいません。常識では計れない大きな人なんです」

 

「知りませんでした……」

 

「きっと今頃はターニャさんを心配しながらも、対策を練っています。王家の皆様は信用出来ますが、他は分かりませんからね。ですから、万が一の時にお師匠様が自由に動けるよう僕達も気を付けましょう」

 

 お馬鹿で可愛いお姉様としか理解してなかったな……クロエリウスの説明を聞けば、なるほどと思うターニャだった。

 

 二人は窓から見える王城を仰ぎ見て、世界最強の冒険者でありながらも優しくて綺麗なジルを想った。

 

 初日の夜はそうして過ぎていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

 

 

「うま! これ美味い!」

 

 ついさっき届けられた食事を堪能させて貰ってます。

 

 お世話係に来てくれた二人の女性がいたが、丁重に断って一人で食べてるのだ。可愛いメイドさんならともかく、お年を召した方に見守られながら食事する趣味はない。すいません!

 

 多分ジーミュタス家で選んだ凄い人達なんだろうけど、マナーなんて無視して食べたいからね。

 

「おお! これも最高じゃん、何このお肉! ヤバ!」

 

 一見は固そうな肉なのに、噛めばジワリと肉汁が溢れてホロホロと崩れていく。その時も旨味がドカンと来るから堪らない。

 

 さっき摘んだ野菜も、スープも堪らなく美味しいのだ。

 

「ターニャちゃんと一緒に食べたかったなぁ」

 

 一人飯には慣れているが、最近は二人での食事が多かった。プロ並みの腕を誇る手料理を振る舞うターニャちゃんは最高の嫁だ。もうターニャちゃん抜きの生活なんて考えられない。きっと禁断症状が出てプルプルと震えてしまうだろう。

 

「お風呂だって」

 

 ツェルセンのお風呂は最高だったな。ターニャちゃんが可愛いお尻を膝に乗せてくれて、細い腰にも腕を回したのだ。プニプニスベスベの肌は何時間でも触り続ける自信があるぜ。

 

 ふと化粧台に立てられた鏡に自分の顔が写ったのが見えた。他人に見せられない表情をしていたのでキリリと引き締める。危ねえ、完全に変態不審者の目だった。いや、会った事ないから憶測だけど……

 

 決めた! 今日見る夢で、必ずターニャちゃんを捕まえる。現実と同じで夢の中でも強敵だ。魔素操作も上達して、魔力強化も無効化されたり。しかし……今日こそは!

 

 夢の中なら何しても大丈夫!

 

 そして……

 

「グヘヘ……」

 

 鏡を見る。

 

「おっと」

 

 引き締める。

 

 そうと決まれば早く寝よう! 明日は忙しいだろうけど、朝一でターニャちゃんに会いに行かなくては。毎日プニプにお肌に触らないと禁断症状が出る病気なんだから仕方がない。仕方がないったら仕方がないのだ!

 

 俺は超級冒険者の魔剣。

 

 誰にも止められないジルなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいませーん」

 

 食器は片付けないとね!

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、誘われる

 

 

 

 

 アーレ=ツェイベルン、ツェツエ王国の王都は目覚めも早い。

 

 夜を通して警備にあたる者は別だが、最初に動き出すのは市場だろう。勿論そこに商品を持ち込む業者も忙しそうに働いているし、競りや商談は毎日の様に行われて活気を呼ぶ。

 

 大陸最大の国家であるツェツエには凡ゆる物が流通し、中には別の大陸から流れてくる珍しい品もあった。アートリスとは違い、中々お目にかかれない高級品も多く、反物や陶器、特殊な薬品や鉱物、武器や防具、魔道具などが手に入るのだ。

 

 他に動き出すのは冒険者達だろう。

 

 トパーズに満たない若い冒険者は我先にと王都内外に散っていく。馬車の見張り、城壁の補修や交代要員、果ては草抜きやごみ拾いまであって、オーソクレーズ、つまり初級の冒険者は冒険など殆どしない。等級の一つ上であるクオーツから漸く魔物退治が始まるが、これも騎士団の応援や訓練相手が中心だ。

 

 その間に実力をつけて冒険者にとって難関となるトパーズへと挑むのだ。一般的にトパーズに至る迄、五年から長い場合は十年はかかると言われる。トパーズからは身入りも上がり、一人前の冒険者となる。勿論全てに於いて例外はあるが。

 

 コランダム以上の等級を持つ者達は、護衛や特定の魔物退治、時には貴族の子息へ教鞭を振るう教師にもなる。数は僅かだが士官したり貴族お抱えになるのだ。

 

 ダイヤモンド級はある意味で変人ばかりだ。戦闘狂や特殊な分野に特化した者、各国を渡り歩き未知の土地へ踏み込んでいくなど。殆どが才能(タレント)持ちで、常人では考えられない能力を持っている。

 

 そして……超級などは言わずもがなだろう。現在世界広しといえど五人しかいないのだから当たり前だ。

 

 魔狂い 魔法馬鹿 殲滅魔法命

 剣聖  剣技馬鹿 くそ真面目

 反魂  体力馬鹿 不死身?

 吼拳  体技馬鹿 戦闘狂

 魔剣  何でもありの規格外 紅一点

 

 この五人は各国に散らばり、軍事的均衡に影響を与えている。ツェツエ王国には魔狂いと魔剣がいて、大陸最強の要因となっているのが一つの例だろう。王家や貴族達は血と紡いできた歴史で戦うが、超級にはそんな常識すら通用しないと自由を謳歌しているのだ。

 

 その最強の一角、各国への抑止力でもある魔剣ジルが王城の一室で目覚めようとしていた。

 

 その水色の瞳に、何を映すのか……

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

「ターニャちゃん……こっち……」

 

 何で逃げるの?

 

「変な、事、しない……」

 

 おかしいな、魔力強化が使えないぞ……でも頑張れば……

 

「グヘへ……捕まえ、たよ」

 

 さあ、お風呂に行こう? 服を脱いで……お姉さんが脱がしてあげよっか?

 

「ちょっとだけ、ね?ちょっとだけ……」

 

 ……うひゃあ! 何それ!?

 

「なん、で、それが……」

 

 間違いなく"ジルヴァーナに罰を"だ! なんでそんな危険物を!? その茶色と水色の縄は間違いない!

 

「ひぅ!」

 

 や、やめて……謝るから! 謝りますぅー!!

 

「ご、ごめんなさい! ぶひゃ!」

 

 

 

 あ、あれぇ……

 

 

 

「夢か……もう少しだったのになぁ」

 

 ベッドから落ちるの最近多いな……

 

 しかし、ターニャちゃん手強すぎないか? いつになったらデレてくれるんだよ!

 

 忘れてたけど"ジルヴァーナに罰を"はまだターニャちゃんの手の中だ。マリシュカさんも余計なお土産をくれたものだよ……バレない様に取り返さなければ。

 

「ふぁ……早いけど起きるか。目が覚めちゃった」

 

 朝風呂に入ろう、汗かいたし。

 

 下着の替えはっと……今日は初日だし座談だから……可愛いのにしよう、うん。

 

「ふふーん♫」

 

 空も白んできてるし、天気も良さそうだ!

 

「おっふっろ〜♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パ、パミール様……」

 

 

 ツェツエ王国第十三代の王はツェレリオと言う。ツェイス、リュドミラ両殿下と同じ紫紺の瞳を持ち、明晰な頭脳と先見の明で、ツェツエを更に発展させた賢王だ。戦闘はそこまでではないが、人を信じ見抜く力に長けていると評判の人だね。

 

 超級に対する縛りを殆ど取り払い、自由にさせてくれる。俺や魔狂いは其処が気に入ってツェツエに住み着いていると言って過言じゃない。アートリスに辿り着いて八年になるが、一度たりとも王権をふりかざす事は無かった。

 

 両殿下も素晴らしい人柄で、血だけじゃなく心も受け継いだのだろう。ツェツエ王国の平穏はこれからも保たれるのは間違いない。

 

 そして、ツェレリオ王のもう一つの特徴を挙げるなら……超が付くほどの愛妻家である事だ。

 

 遠くアシェ王国から嫁いで来たらしいが、政略結婚をものともせずに甘々ラブラブ。最近では食べるのが大好きな王妃の為に、飲食店が連なるメインストリートを整備したりした。何処に王権を使ってるんだか。

 

 王妃の名は、パミール=ツェツエ。

 

 ふくよかな身体は食べるのが好きな王妃らしい。肝っ玉母ちゃんの言葉がピタリだが、上品さは流石。看板オババのマリシュカが街の母ちゃんなら、パミール様は王家の母ちゃんだ。

 

 グルリと頭部に巻き付く様に編まれた美しい金の髪は二人の子供達と同じ。瞳だけは明るいブラウンだからアシェの系譜なのかもしれない。

 

 優しくも偉大なるツェツエの母、そんな人が朝から訪ねてくるなんて……いやいや、なんでだよ!?

 

 

「ジル、久しぶりですね」

 

「は、はい。パミール様、お久しぶりです。態々お出で頂かなくてもお呼び下されば参りましたのに」

 

 慌てて跪こうとした俺をやんわりと止めて、優しく両手で包む。手にはパミール様の温かい体温が伝わってきた。

 

「ふふふ……我慢出来なくて。ミラなんて昨晩からソワソワしてましたから、早い者勝ちです」

 

「は、はあ」

 

 おっとりした言葉は何処までも優しい。

 

「髪も随分伸びましたね。それと大人の女性になりました。本当に綺麗……お願いだからツェレリオを誘惑しないでね?」

 

「パミール様! 冗談はおやめ下さい!」

 

 マジでやめて!

 

「あらあら、ごめんなさい。若い娘にはツェレリオは駄目ね。仕方ないからツェイスにしておく?」

 

「パミール様……」

 

「いいじゃない。此処には邪魔な人はいないわ」

 

「紅炎の皆様がいますから! クロエ様だって」

 

 当たり前だがパミール様一人で来た訳じゃない。警護として紅炎騎士団から4名が付いている。その中には騎士団長のクロエさんもいて……フリフリと此方に手を振ってるから警護もくそもないが。

 

「クロエ、駄目かしら?」

 

「いえ、全く」

 

「ほら、クロエも許してくれたわ」

 

「……パミール様、もう許してください……お願いですから」

 

 これだからアーレは苦手なんだよな……みんなしてツェイス殿下との仲を冷やかすし、そりゃ最高の戦友兼友達だけどさ。反対に血が穢れるとかで、煩い貴族までいるから面倒くさいのだ。

 

「私は賛成よ? 分かったわ、そんな顔しないで。もう少ししたらツェイスとミラが来るし、私が怒られてしまうから」

 

 だからなんで王族が態々来るんだよ……呼び出せばいいじゃん。殿下なんて訓練で会うんだしさ。まあ、リュドミラ王女様とは会いたいけど! 無茶苦茶可愛いんだよ、リュドミラちゃん! ターニャちゃんがもし居なければ嫁にしたいNo. 1はミラ!

 

「すいません……でもパミール様とお会い出来て凄く嬉しいのは本当です。もしかして何か御用件が?」

 

「あらあら、忘れていたわ。ジルはアーレにいつ迄いるのかしら?」

 

「ツェイス殿下から依頼頂いた訓練は三日間です。なので今日を含めて三日、余裕を見て五日間を予定しています」

 

「たったの? 少ないわ」

 

「は、はい。すいません」

 

「約束を忘れたのかしら?」

 

「約束、ですか?」

 

 何かあったか……? 思い出せないぞ、ヤバ……

 

「以前に食べさせてくれたスープのレシピを教えてくれる約束だったでしょ? 作り方も習いたいの。名前はなんて……」

 

 ああ……ってアレ約束だったの!? 世間話の一つだと思ってたよ!

 

「ミソスープですか?」

 

「そう、それね! ミッソスープ!」

 

 ミソがミッソになってたな……完全に思い出したよ。

 

「しかし材料が……レシピを書き出しましょう」

 

「六日よ」

 

「はい?」

 

「頼めば六日で手に入れてみせる。アレから色々と手を尽くしているから、仕入先も増やしたの。珍しい食材も任せてね?」

 

「つまり」

 

「滞在期間を延ばしてくれる? ギルドには延長を伝えるから……何か用事でもあったなら諦めるけど」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 まあ元ニートなので、アートリスの仕事も受けてないですから! まあ、断れないよね。

 

「良かったわ。ジル、ありがとう」

 

「アーレに滞在出来るなんて良い経験になりますし、帰ったら友達に自慢しますね。きっと羨ましいってなりますから楽しみです」

 

 此処でジルスマイルを出せば完璧だろう。案の定パミール様も嬉しそうだ。

 

「ふふふ……ところでそのジルのお友達って? まさか男性じゃないわよね?」

 

 違います! 最近友達になったリタさんとか、パルメさんとか! 間違ってもギルド長のウラスロは友達じゃないからね、うん。

 

「女性です……」

 

「そう? それならツェイスも安心安心」

 

 ……うぅ、これがあるからアーレに来にくいんだよなぁ。

 

「では材料を書き出しておきますね」

 

「ツェレリオにも食べさせてあげたいから、多目に書いておいてね?」

 

「分かりました」

 

 ニコニコ顔のパミール様は紅炎の三人を伴って去っていった。まあ、ツェツエの皆んなは好きだから構わないけど、滞在が延びるのか。逆に考えればターニャちゃんとデートが出来る日が増えたと思えばいいのでは?

 

 ……うん、アリだな。

 

「ジル、久しぶりだね! 元気だった?」

 

「はい。クロエ様もお元気そうで良かったです」

 

 クロエさんも綺麗なんだよな……小柄で勝気、髪も瞳も赤くて炎魔法まで使う火属性盛り盛りの女性だ。何時もポニーテールにしてる。片刃のソードと小剣を操るから、二刀流じゃん!って最初見たとき興奮したよ。無意識に魔力強化も少しだけ行っていて、恵まれた身体能力を駆使した敏捷性が武器。速度と手数で勝負するタイプだね。まあ炎魔法は別だけど。

 

「もう!他人行儀はやめてよ! 私は貴族でもないし、堅苦しいの嫌いなの知ってるでしょ?」

 

「そうはいきません。ツェツエが誇る紅炎騎士団の団長クロエ様を軽々しく扱うなど、一塊の冒険者に許される事ではありませんから」

 

「相変わらず真面目なんだから……せめて二人きりの時は普通にしようよ、ね?」

 

 二人きり……なんて素晴らしい響き……い、いかんいかん! 俺はジル! 孤高の女冒険者、綺麗で格好良くて、謎めいた、そんな最高の女だぞ!

 

 思わず二人きりでお風呂に入る幻まで見てしまった。

 

「すいません……」

 

「はぁ、悲しいなぁ……」

 

 そんな泣きそうな顔しないでくれぇ……

 

「じゃあ、せめてお願い聞いてくれる?」

 

 それぐらい勿論です! 綺麗な赤毛のお姉さんのお願いか……お風呂か?お風呂なのか!?

 

「出来る事なら……」

 

「簡単だからね。今回は竜鱗だけだし、個人訓練に付き合あわない? そのあとで一緒にご飯でも食べてさ。女二人で酒でも飲みながらお話しましょ? そういえば、ジルはお酒に弱いまま?」

 

「あまり得意ではありませんね……でも、二人で食事なんて素敵です」

 

 女子会か!?いやいやデートじゃね!? やっぱりモテ期が来たのかもしれない……グフフ。

 

「決まりね! 今日明日はアレだから、明後日かな?どう?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 ターニャちゃんとご飯が難しいけど、アーレ滞在中だけだし……毎朝と合間に会いに行くからね、待ってて!

 

「そろそろツェイス様とリュドミラ様が来るわ。それとタチアナも」

 

「タチアナ様とお会いするのも久しぶりですね。どうしました?」

 

 苦虫を噛んだような表情でクロエさんは俯いた。

 

「……聞いてよ! タチアナったら酷いのよ! リュドミラ様と一緒におやつ食べてたらすっごく怒るの! だいたい……」

 

「クロエ様、何か?」

 

「ひぅ!!」

 

 直ぐ背後にタチアナ様がいて、ボソッと呟く。

 

「ななな……なんで何時も気配ないのよ!」

 

 確かに……戦闘系の才能(タレント)じゃないのになぁ……俺も一瞬見失ったよ。演算にそんな力ないはずだし。

 

「気配? 私にそんな能力はありません。ただ、最適な道を計算し歩けば普通は分からないものです」

 

 いや……それ結果的に気配消えてるよね?

 

「あわわわ……」

 

「ジル様、お久しぶりです」

 

 クロエさんを無視するタチアナ様は、優雅な仕草と礼を見せてくれた。俺も背筋が伸びるんだよね。

 

「タチアナ様、此方こそご無沙汰しておりました。あの……冒険者に敬称など必要ありませんから、ジルとお呼びください」

 

 タチアナ様はエーヴ侯爵家の三女だ。しかもリュドミラ殿下の教育係でもある方なのだ。ミルクティー色の髪をオカッパにして目つきが鋭いけど、眼鏡がキラリと光るスラリとした美人さんだ。

 

「そうは参りません。理由はお分かりのはず」

 

「それは……でも、困ります」

 

「間も無くツェイス殿下とリュドミラ殿下が来られます。準備はよろしいですか?」

 

「あ、はい」

 

 無視されたよ……タチアナ様の中じゃツェイス殿下と俺がって決まってる、そう言ってたよな……はぁ。

 

「では、暫くお待ち下さい」

 

「はい」

 

「少し失礼致します。クロエ様?」

 

「は、はい!」

 

 油断していたのかクロエさんは余所見していたようだ。

 

「リュドミラ殿下と同じ席につくのは万歩譲りましょう。許されないのは半分以上を貴女様が食したからです」

 

「だって……リュドミラ様が食べていいって……」

 

「何か?」

 

「い、いえ! 何でもありません! 以後気を付けます!」

 

 ビシリと固まったクロエさん、悲哀を感じる。

 

 確かクロエさんは25歳位で、タチアナ様は19歳。年下女の子に弄られるなんて、プププ……笑えるな。

 

 

 

 あん? 鏡を見ろ?

 

 なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、誘われる(二度目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 うーむ……ターニャちゃんに会いに行くはずだったのになぁ……

 

「ジル様?」

 

「はい、リュドミラ様」

 

「……ミラと呼んで下さい」

 

 パミール様と同じく膝をつくのを止められた俺は超可愛いリュドミラ様の上目遣いから少しだけ目を逸らしている。だって正面から見たら鼻血が出るし。

 

 なにこの可愛い生き物……二年前はまだ子供っぽい子だったのに、凄まじい威力だよ……もしターニャちゃんに出会ってなければ魔力強化を使ってお風呂まで直行するところだ。お姫様抱っこならぬ王女様抱っこで。

 

 確か15歳位の筈だから、日本なら中学、いや高校生?

 

 紫紺の瞳、綺麗だなぁ……やべっ見ちゃった。

 

「それは出来ません、皆様に叱られてしまいます。でも、お会い出来て本当に嬉しいです」

 

 本当に!

 

 胸も薄いし体の線も細いけど、守ってあげたいNO,1女の子だけあるな、うん。影では"乳なし聖女"と呼ばれているらしい。聞き上手でおっとり優しい王女様だし、薄い胸も最高だよ?

 

「何故ですか? 本人が良いと言っているのです。それに今は身内ばかりではありませんか」

 

 身内と言ってもクロエさんやタチアナ様もいるけど……あ、二人とも嬉しそう。ツェイス殿下は黙って聞いているみたいだけどね。昔は知らずにツェイス!って呼んでたなぁ……

 

「私は……招かれた冒険者です。この場にいるのも場違いですから」

 

 ムッとしたリュドミラ様、可愛い。

 

「怒りますよ? 私はジル様を本当の姉と思っています。場違いなどと言う言葉を聞きたくありません。其処まで距離を取って、私が嫌いなのでしょうか?」

 

「と、とんでもないです! 先程も言いましたが、お会い出来て嬉しいですから」

 

「では何故目を逸らすのですか?」

 

「えっ……! それは……」

 

「私の目を見て話をして下さい」

 

「は、はい」

 

 上目遣いが、眩しい! 耐えろ、耐えるんだ!

 

「さあ、ミラ、と」

 

 この紫紺の瞳に見詰められたら、耐えられる奴はいるのか!? くっ……もう魔力強化してお風呂に行っちゃう?

 

「リュドミラ様、無理を言ってはいけません。ジル様にも御立場があります。困ってらっしゃるのが分かりませんか? 御顔が真っ赤ではないですか」

 

 タチアナ様! ありがとう! でも顔真っ赤……頬に手を当ててみても分かんないよ。少しだけ熱いかなぁ……

 

「……可愛い……分かりました。でもジル様?」

 

「……赤……は、はい!」

 

「せめて、一つお願いを聞いて頂けますか?」

 

「私に出来る事であれば」

 

 んん……? この(くだり)ってクロエさんとしなかったか? ついさっきもお願いを聞いて、デートの約束をしたよな?

 

 確か……他人行儀はダメ→名前を呼んで→駄目ならせめてお願いを一つ→? まさか……

 

「今日は歓迎の宴も用意されていますから……明日の夜にお菓子でも食べながらお話しを。ワインも飲める様になったので、二人で楽しみませんか? ジル様の冒険譚をお聞きしたいのです」

 

 クロエさんとの約束は明後日だから大丈夫ではあるが、今日明日は難しいって言ってたし……おかしいな、こんな最高の美少女と二人きりなんて堪らない筈なのに違和感が……偶然だよな?

 

 ……まいっか! 考えてみたら俺にモテ期が来たのかもしれないぞ! アリスちゃん、クロエさん、そしてリュドミラ様、別邸には嫁(予定)のターニャちゃん!

 

 ロリから赤毛のお姉さんまで勢揃いだ……おぉ、前世から合わせても初めての事だぞ……

 

 これは、やはり間違いない……女の子からのモテ期が来たのだ! この流れに乗らないのか?

 

 乗るに決まってるでしょ!!

 

「是非ご一緒させて下さい! 凄く楽しみです!」

 

「良かった! ジル()()、約束しましたからね?」

 

「……ん? あ、はい!」

 

 嬉しそうに離れていくと、何故かクロエさんとハイタッチしている。やったねミラ!って思わず話したクロエさんはタチアナ様に睨まれて真っ青になっているが……あ、泣いてる。あの人も懲り無いなぁ……ん?鏡を見ろ? なんで?

 

「ツェイスお兄様、お待たせしました」

 

「ああ。話はもういいのか?」

 

「はい。後は()()()()()()()です」

 

「何を話したのか気になるが……女性の話に触れるのも野暮か」

 

 ツェイス殿下は此方を見ると爽やかに笑う。悔しいが相変わらずイケメンだ……前世もあれくらいイケメンだったら人生楽しかっただろうなぁ。む、なんか腹が立って来たぞ。

 

 もう一度よく観察してみよう……

 

 リュドミラ様と同じ少しだけ波打ったブロンドの髪が眩しい。少し長めで肩に触れている。ツェツエ王家に出現する紫紺の瞳は、まさに大国の王子たる風格。背の高い方の俺より頭ひとつ上で、鍛えた身体は男らしい黄金律を保っている。白シャツ一枚なのに無駄に似合っていらっしゃってます。

 

 才能(タレント)は風雷で、非常に珍しい雷魔法を操る竜鱗騎士団の団長でもある。て言うか、脚なげーな……六年前より背も伸びてるし、あの頃は此処まで差はなかったけどな。

 

 大陸最大最強のツェツエ王国の王子にして、超イケメン。更にとんでもない美少女に成長した妹までいるのだ。

 

 容姿、身分、金、そして美少女な妹(重要)。

 

 考えられる全てを持つ男、ツェイス殿下。

 

 何で今まで気付かなかったんだ……コイツ、男の敵だ!

 

「ジル、二年ぶりか? 久しぶりだな」

 

 声までイケボじゃねーか!?

 

 もういーや、内心だけ"ツェイス"って呼んでやる! 貴様は世の中の男達を敵に回したんだ!

 

「ツェイス、ひさしぶ……あっ! す、すいません!」

 

 口に出してるじゃん!? アホか俺……血の気が引くのが分かる……タチアナ様に怒られる……クロエさんの二の舞だよ!

 

 ん?聞こえてなかったのかな? 怒ってないみたい……とにかく、膝をついて誤魔化そう! 顔を俯かせればバレないしー!

 

「失礼しました。ツェイス殿下、お久しぶりです」

 

「ジル、顔を上げてくれ。畏る必要もない」

 

 手を取りやんわりと、しかし逆らえないギリギリの力で立たされてしまう。いやいや、今は勘弁して!

 

「顔を見せてくれ。くくく……なんだその顔は。随分と大人になったと思ったが根は変わらないのか? しかし、美しい女性になったな……二年前はまだ子供っぽさを残していたが」

 

「殿下……」

 

 余計なお世話ですぅ……! しかし、ツェイスって俺と話す時も余裕なんだよな。他の男達は吃るし、胸とかチラチラ見るのに……

 

 て言うか、手を離してくれない?

 

 ん? なんだなんだ?

 

 ツェイスってば徐に俺の左手を引き上げ、口元に……

 

 って、ギャーーー!!

 

 チューした! 手にチューしたぞ!!

 

 何を王子様みたいな事を……あっ、王子様か……

 

「ツェ、ツェイス殿下……な、何を」

 

「何を慌ててる? 只の挨拶だろう」

 

「そ、そうですか」

 

 挨拶……いやいや、今迄そんな事しなかったよね!?

 

「今日は訓練後に歓迎の宴を用意している。父さんも会いたがっているし、時間を貰いたい。いいな?」

 

「はい、身に余る光栄です」

 

「詳しくはタチアナから聞いてくれ。今日は座学で良かったか?」

 

「その予定ですが、何かあれば変更致します」

 

「いや、ジルの好きな様にやってくれ。竜鱗にも何人か新しく入ったからな、楽しみにしてるぞ」

 

「分かりました」

 

 ツェイスって陛下の事、父さんって言うんだな。珍しいなぁ……

 

「では、後で」

 

「はい」

 

 パミール様から始まって、リュドミラ様、ツェイスか……初日からハード過ぎないか?

 

 全員を見送って、力が抜けた。

 

 最後にクロエさんが手を振って、タチアナ様に耳を引っ張られて怒られてたけど。

 

「はぁ……」

 

 でもこれじゃあターニャちゃんと遊ぶ時間が無いなぁ。朝から訓練で三日間の夜も予定が入っちゃったし……後で説明に行かないと……クロにも頼んでおこう。

 

「準備しよ」

 

 まあ、先ずは座学の準備だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「タチアナ、少しだけいいか?」

 

「はい」

 

「今日の夜の件だが……」

 

 ジルとの話も終え、ツェイスはタチアナを伴って去っていく。リュドミラとクロエは二人を見送り、じっと何かを我慢する様に立っている。そうしてその姿が曲がり角から消えると、王女と女騎士は視線を合わせて笑みを浮かべた。

 

「クロエ」

 

「ミラ」

 

「「……フフフ……完璧」」

 

 大きな声を出さないよう頑張って、リュドミラの居室に入った。

 

 そして、再び視線を合わせてリュドミラは上品に、クロエは不敵に笑う。もう声を我慢する必要もない。

 

「やったわ!」

 

「作戦通り!」

 

 作戦自体は単純だった。

 

 真面目で控えめな性格を予想し、普通に誘っても上手く断られる可能性があった。

 

 ジルは初日の宴に参席すればある意味で義務は果たしたと言える。寧ろ何度も王家として呼ぶのは恥ずべき事なのだ。それでも無理矢理に呼ぶ事も出来ただろうが、それはしたくない。

 

 幾つかの大事な点を外さずに、自然にジルを誘い出す必要があったのだ。

 

 夜である事、僅かな疲れ、邪魔者がいない場所、出来るなら少しのお酒、素敵な雰囲気。

 

 予定しているのは夜の花々が咲き躍る園庭、城の上階にある夜景の綺麗なベランダの二箇所。特にベランダから()()()()()()()まで距離はない。酒に弱いジルを酔い潰すのは悪手だから、ほんの少し気持ちが大きくなればいい。

 

 其処にジルと……

 

 最後の詰めを話していた時、溜息を隠さないタチアナが作戦を授けてくれたのだ。それはどうやれば自然に誘えるかの答えだった。

 

 

 

 

 

 

 

仕方ありません……タチアナは囁いた。

 

「ジル様に搦手は向かないと思いますが……ツェイス殿下との時間を作るのは賛成です。結果はどうあれ幸せな時になれば素敵ですね。ではお二人が別々に、時間をずらしてジル様に話して下さい」

 

「いいけど……どうして?」

 

「やる事は一緒です。お二人ともがジル様に名前を呼ぶように言って下さい。リュドミラ様はミラ、クロエ様は呼び捨てを願うのです。しかし当然にジル様は断ります」

 

「タチアナ……そんな事してどうするの?」

 

 リュドミラも疑問に思ったが、クロエが質問してくれたのでタチアナの返答を待った。

 

「心理的誘導を……大きな願いを伝え断らせて、小さな別のものを用意するのです。殆どの人は小さな願いを断る事が出来ません。ジル様なら尚更でしょう」

 

 成る程と二人は頷いた。

 

「はい。友人や家族の様に名を呼んで欲しいと言って下さい。断ったジル様にせめて共に過ごす時間をと願えば結果は簡単です」

 

「ならば先ず私から」

 

「いえ、クロエ様からでお願いします」

 

「え? どうして?」

 

「ジル様が何かに気付いたとしましょう。しかしそれでもクロエ様の誘いを受けたのに、リュドミラ様の同じ招待を断わる事は出来ないでしょう。心苦しいですが、ジル様の良識に訴えます。あくまで念の為、ですが」

 

「おぉ……流石タチアナね! よっ、この腹黒……」

 

「クロエ様、何か言われましたか?」

 

「ひっ……な、何でもありません!!」

 

 クイと上げた眼鏡が光り、クロエは何時ものように真っ青になった。

 

 後でお話しがあります……そう言われたクロエに涙が滲んだが、リュドミラも助けたりしない。やはり何時もの事だからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロエ、聞いたでしょう?」

 

「勿論、ジルったら思わず殿下の名前を言ってたわね」

 

「そうね……ずっと視線を離さない。私には立場を考えて目を合わせないのに。お兄様を前にしたらジル様も耐える事が出来なかったのね。なんていじらしい……」

 

「あの辛そうな表情。殿下は冷やかしていたけどね」

 

「でもお兄様も手に……甲への口づけは敬愛を意味するけど、受け取り方は様々に出来るわ。恋慕を匂わせるには丁度良かったかも。今はまだ直接的な行動は難しいでしょうから」

 

「うんうん。ジルも心を整理出来なかったのかな、プルプルして固まってたし。その後なんて事務的に訓練の話でしょ?逆に意識してますってバレバレだもんね!」

 

「ふふふ……二人とも年上だけれど微笑ましいわ。まるで物語を読んでいるみたい」

 

「後は適当なところ二人きりにしてしまえば……特に明後日は満月だし、夜景が最高の夜。殿下ならうまくすれば部屋にジルを」

 

「「ふ、ふふふふ」」

 

 全く王女らしくない笑みを今度は浮かべたが、叱るべきタチアナもいない。二人の頭の中は恋と愛の色に染まり、頬まで紅くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、先生になる(二度目)

 

 

 

 

 

「ふんふーん♫」

 

 着替えも済んだし、準備もバッチリ!

 

 今日の装いはレディースのスーツと言えばいいだろう。無論現代日本の物とはかなり違うが、明るいグレーを基調にしたパンツスタイルだ。少しキツめに誂えたのでピッチリと身体に張り付いている。

 

 自慢のヒップラインとスラリと伸びた脚、髪はシニヨンにしている。所謂まとめ髪だね。少しカジュアルにしたのがポイントで、うなじもチラチラと見える。

 

 座学とは言え多少体を動かす予定なのだ。

 

 後ろ姿を見た男は誰もが視線を奪われるだろう。俺もOLさんのお尻から目を離せなくなった経験がある。あのカタチ、最高なんだよなぁ。下着のラインも少し出るかもだけど、それは仕方がない。

 

 更に、魔力により比類なき美を誇る長い髪も纏めた事で可愛らしさも忘れてないし、もしかしたら良い香りだって届くかも。

 

 くくく……今日も男共の視線は釘付けだ!

 

 でも残念でしたー!! ジルの心には決まった人がいるんですぅ! 君達には手に入らない至高の女、それがジルなのだ。俺は今、恋をしている……まだ蕾だが、いずれ綺麗な花を咲かせるのは間違いない。

 

 そう! 至高のTS美少女、ターニャちゃん!

 

 頭も良くて、料理などの家事はプロ級、クールな精神と優しい性格、そして……可愛い!!

 

 まだ禁断症状は出ていないが、その内プルプル痙攣するかもしれない。手早く終わらせて時間を作らねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

「知っての通り、超級冒険者"魔剣"ジルが我が竜鱗の特別教官として来城している。四年以上前に一度だけ一部で教鞭を取ってもらった事があるが、この中には初めての者もいるだろう。因みに、初めての者は挙手しろ」

 

 中にはお互いの顔を見合わせた者もいたが、大半が規律良く挙手を行った。

 

 意外に思われる事も多いが、竜鱗騎士団はかなり自由な風が吹く組織だ。それぞれが蒼流などで鍛えてきた騎士で、若い者でも何らかの才能(タレント)を持っている事が多い。100人と決まっている竜鱗は組織力と同じく個人の力にも重点を置いているのだ。まず求められるのは他の追随を許さない戦闘力、そしてツェツエに対する忠誠だ。

 

 それぞれが自身の力に誇りを持っており、ツェイスやコーシクスに憧れはあってもそれ以上ではない。100人もいるからには考えもバラつきがあり、冒険者を下に見ている騎士もいるだろう。

 

「ふむ、七割程度か……意外と多いな。本日は座学だ。明日以降の二日間は実戦を踏まえる。よいな?」

 

「「「は!!」」」

 

「では、副長。宜しくお願いします」

 

「おう」

 

 コーシクスにジルを迎えに行った時の不良中年の雰囲気はなかった。そこにはツェツエ最強の竜鱗騎士団副長であり、この人ありと言われた剣神が立っている。

 

「傾聴!」

 

「楽にしてくれていい。さて……聞いた事があるだろう、六年前のツェツエの危機を。あの戦いで多くの冒険者が名を売ったが、"魔剣"に勝る者はいなかった。勿論この俺も。最後の魔物"カリュプディス・シン"を倒したのも彼女だ。対魔物なら我等より先を行っていると考えてもいいだろう。他にも魔素感知、複合型恒常式治癒、身体魔素検査、魔力生成対流、面白いのでは自動洗浄装置などの技術理論も魔剣が開発し世に知らしめたものだな。その名の通り剣技も相当だが、今回は魔法に関しての講義が中心になる。心して励む様に……まあグダグダと話しても仕方が無い。何か質問はあるか?」

 

「では……魔法と言えば普通は"魔狂い(まぐるい)"が適しているのではありませんか? 事実、この中には魔狂いに教えを乞うた者もいるでしょう。敢えて魔剣を招聘した理由を教えて頂きたい」

 

「ああ、良い質問だ。だが、それこそが本日の座学の本質を捉えている。今教えてもいいが、下手な先入観を与えたくない。ジル……魔剣の声に耳を傾けろ。それが答えだ」

 

「……はっ」

 

「他には」

 

「はい!」

 

「おう、元気だな。いいぞ」

 

「明日は実際に試合出来るのでしょうか?」

 

「それは魔剣次第だな。内容は全て任せてある。ただ敢えて言うなら……お前達に戦う価値があれば相手をしてくれるだろう」

 

 それは明らかな挑発で、暗に価値が無いかもと言っているのだ。

 

 個人や少数に特化している冒険者と比べることは、ある意味で極論になってしまう。集団戦や戦略、国の威容を支えているのはあくまでも軍だからだ。しかし竜鱗の皆は蒼流などで修羅場を潜って来た猛者達でもある。噂ではコーシクスすら勝てないというが、やってみないと分からないのが戦いだ。まだ魔剣を詳しく知らない騎士達は、自身の力を見せつけてやると意気込む。それこそが副長の狙いだろうが、要は勝てばいい。皆に強い意志が宿ったのが分かった。

 

 それを確認して静かに締め括れば、コーシクスの役割は終わりだ。

 

「よし、いいな。もう暫くすれば来るだろう。休んでおけ……ああ、一つだけ言い忘れていた」

 

 全員が力を抜いた瞬間だったが、真面目な雰囲気に再度姿勢を正す。

 

「いいか? 初めて会う、いや見る奴は気をしっかり持てよ? 余り長い間見続けるな、抜け出せなくなる。以上だ」

 

 一瞬静まったが、直ぐに騒めきが支配する。

 

 大半が何の事が分かってないが、経験者も多い。知っている者達はコーシクスが何を言っているのか理解しているようだった。

 

 

 

 

 

 

 講義開始の時間ーーー

 

 先程まであった騒がしさは一瞬で消え去った。

 

 一瞬で静まり返ったのだ。

 

 勿論竜鱗の団長であり忠誠を誓うツェイスが入室したからだが、その後に続いた一人の女性から視線を外せなくなったのが最大の理由だろう。

 

 会った事がある者、噂を耳にした皆、殆ど知識がなかった新人、例外なく目を離せない。

 

 "戦いと美の女神"

 

 そう呼ばれているのは知っていた。竜鱗ではコーシクスがよく話していたからだ。

 

 だが、予想を簡単に裏切って魔剣は歩む。

 

 まったくぶれない姿勢、何頭身なんだと言いたくなる均整の取れた体形、肌の露出など皆無でありながら、女性らしさを隠しもしない衣装。

 

 かなりの長さと思える艶やかな白金の髪は、複雑に編み込まれて後ろで纏めてある。珍しい水色の瞳も、大勢に見詰められている事実など存在しないと揺れたりはしない。

 

 美しい……

 

 それが全員が単純に思った事だった。美を讃える言葉は数多いが、結局はそれ以外に見つからないのだ。

 

 その沈黙はツェイスが高座に上り、皆を睥睨しても変化しない。コーシクスがいい加減にしろと咳をして、漸く時は動き出した。

 

「詳細は既に聞いているな? 貴重な時間を奪いたくない。紹介しよう。ジル、此方へ」

 

「はい」

 

「初めての者も多いと思う。この彼女がアートリスのギルド所属、超級"魔剣"のジルだ。軽くでいい、自己紹介を」

 

 スッと軽く頭を下げ、全員に礼をした。それだけなのに視線を奪われてしまう。

 

「冒険者総合管理組合アートリス支部所属の冒険者、ジルと申します。今日から三日間、僭越ながら魔法を中心とした講義を担当致します。よろしくお願いします」

 

「ありがとう。皆も知っての通り、彼女の才能(タレント)は"万能"だ。しかしはっきりと言っておく。彼女の魔法行使の理論は才能とは関係ない。全てが努力の結晶である事を此処に断言しておこう。事実、我がツェツエの勇者クロエリウスに万能はない。彼女に師事して培った力なんだ。だから、この機会を大切にして欲しい」

 

 今まで無表情に近かったジルだが、ツェイスの「努力の結晶」という言葉に少しだけ微笑を浮かべた。才能に頼り切った力ではないと肯定されたのが嬉しかったのだろう。皆がやはり目を奪われたが、ツェイスの言には意味があった。

 

 全員に学ぶ姿勢と意志が固まったのだ。

 

「ジル」

 

「はい、ツェイス殿下」

 

 高座から降りたツェイスはコーシクスの隣りに腰を下ろした。自身も更なる研鑽のために学ぶのだろう。

 

「改めて……竜鱗騎士団の皆様、宜しくお願い致します。さて、皆様にとっては当たり前の基本だとおもいますが……再度確認したいと思います。魔法とは? どなたかお願い出来ますか? はい、そちらの方」

 

「魔力或いは魔素に依る元素、空間等への作用及び結果とその法則……だ」

 

「お見事です。私がこの三日間伝えさせて頂くのは、魔法……この法則の再確認、ただその一点のみ。ですので、頭を柔らかくして気軽に聴いて下さいね」

 

 言葉の最後に咲いたジルの笑顔に息を飲んだが、同時に初心者でも知る知識の再確認と言われては、誇りある竜鱗には耐えられなかったのだろう。当たり前に反論が生まれる。

 

「ジルさん……いや、教官殿。我等も幼き頃より魔法を学んできているし、最低限は押さえているつもりだ。基礎を疎かにするのは愚か者の所業だが、今更に初歩の初歩から始めるのか?」

 

「はい、御心配はごもっともです。ですので、皆様が学んできた一般的な魔力行使を今から説明します。皆様は戦いを生業とした騎士様。分かり易く属性魔法から確認しましょう」

 

 ジルは皆に視線を送り、再度口を開いた。

 

「皆様が、例えば"炎の矢"を放つ時。先ず魔力を集めて属性を付与、出来るなら威力と速度を規定します。多少の曖昧さは許されますが、魔力の収集固定に最も神経を注ぐのではないでしょうか?」

 

 誰もが当然だと頷く。

 

「初めて魔法を行使する際に付与する属性は殆どが"炎"です。これは日常に火を見る機会が多い事と、熱や光といった物理的効果が想像しやすいからと言われています。逆に魔力を集めるのに苦労するのは、明確に目視出来ず、感覚でも捉えにくいからですね。例外的な一部の才能(タレント)は其れを成すでしょうが、当然一般的ではありません」

 

 すると徐に持って来ていた木箱から何やら取り出すジル。それは幾つもの木製の立方体だ。それぞれに着色しているが、似た物を探すなら子供が好きな積み木だろうか。

 

 だから、全員に困惑が浮かぶ。

 

「最初の質問を思い出して下さい。魔力或いは魔素による……この部分です。先程の炎の矢を放つ際、皆様は魔素を意識していますか?」

 

「魔素は魔力の元だ。魔力を集めるとはそれ即ち魔素を集める事。それを態々意識する者はいないだろう。桶に溜まった水を汲むのに水滴を意識するのはおかしな話だからな。しかしながら、共に水である事に変わりは無い」

 

「そうですね……それはある意味で正しいです。魔力をより多く集める事が出来れば、威力も向上し飛距離や速度も単純に伸びますから。ですが、それが全てなら矛盾が生まれます。魔力()()()魔素。或いは……不自然ですよね? 何故分けて理論立てしているのでしょうか」

 

「それは……」

「言われてみたらそうだな」

「でも、そんな事誰も……」

 

「それを考えながら、これを見て下さい」

 

 両手を机についたまま、ジルは瞬時に魔法を行使。魔力を集める集中力も、時間も、気配すら感じなかった。目を離せない美貌を眺めてなければ、理解すら出来なかっただろう。

 

 それは一本の"炎の矢"だった。

 

 ジルの頭上、真っ直ぐな剣に見える。

 

 珍しくもない、だが室内で放つには危険過ぎる代物だ。攻性の魔法は反撃されても文句も言えないだろう。そんな危険な魔法を構築しながらも、ジルは気にせずに話を続けていく。

 

「続いてこれを」

 

 一つだった炎の中は、二つ、四つ、八つと分離してジルの周囲に現れた。その指向性がジル本人に向かっていなければ、何人かは魔法防壁を用意したかもしれない。

 

「質問です。私はどうやって矢を増やしたでしょうか?」

 

 無音のまま、炎の矢が空間に固定されている。普通ならフヨフヨと揺れるし、そもそも固定が難しいのに。

 

「……そ、それは当然に魔力を集めて連続に生成したのだろう。それ以外に……まさか……」

 

「ご推察の通り、私は元々あった矢を分離させただけです。追加の魔力は集めていません。魔力を感じ取れる方は確認して頂いて結構です」

 

 ザワザワと竜鱗の騎士達が騒ぎ始めた。一度属性付与した魔法は一本の矢と同じだ。以前に魔剣の教えを受けた者以外には、余りに衝撃的な事だった。常識だった知識が崩れていく。

 

「馬鹿な……まやかしでは?」

 

「いや、間違いない……魔力は最初から増加してないぞ……矢の一本そのものは薄まってる」

 

「信じられない……」

 

 全員が確認したのを見たジルは、八つあった炎の矢をあっさりと消した。因みにそれも簡単ではない。出したり消したり出来るなら、戦闘中の牽制に多用される筈だ。しかし寡聞にして聞かないのは、息をする様に出来ないのが常識だからだ。

 

「私が伝えたいのは魔法を行使するには魔素を知る事。それだけなのです。この魔力偏重主義……すいません、私が勝手に名付けたのですが……それは、魔力を繰る(くる)才能がある人が中心となった理論体系。確かに、理論的には間違ってはいません。しかし大半の人は、その表面くらいしか学ぶ事が出来ないのです。でも……魔素を知れば、必ず魔法行使の技術が向上します。其処に際限はありません」

 

「際限が、ない……」

 

「はい。限界はないのです。魔力量は一つの目安、そう考えてください」

 

 一人残らず、全員の心に火が灯った。湧き上がる熱量を制御するのが困難な、それ程の感情の爆発だった。

 

 貴方達はまだまだ強くなれる……そう魔剣は言ったのだ。

 

 すると……超級"魔剣"ジルの笑顔が咲いた。ニッコリと笑ったのだ。

 

 美の女神……

 

 その絶佳を視界に入れたなら息をするのも忘れる。死を意識すらしないのではないか……そんな馬鹿な事を考えてしまう。コーシクスは言った。気をしっかり持て、長い間見るな、と。

 

「魔剣……か」

 

 誰かが呟いた。

 

 

 

「では……ねえねえ、魔素ってなぁに? 始めますね!」

 

 

 

 魔剣は……両手に木箱から取り出した積み木を持ち、子供っぽい笑顔に変えて朗かに宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、初日を終える

 

 

 

 

 ふっふっふ。

 

 どうよ! この超格好良くて、最高に美しい俺は!

 

 くくく、入った時から全員の目は釘付けだ。

 

 魔剣は孤高の女冒険者。清楚でありながらも隠す事の出来ない美貌と色気。しかし上品さは忘れず、高嶺の花である事は変わらない。

 

 今日の服はターニャちゃんに教えた時と違い、露出も抑えた真面目系の女教師。チラリもないから期待すんなよ?

 

 まあ、このジルから目を離せなくなるのは仕方がない。俺も鏡の前で散々確認したからな。なので、見詰めるのは許可しようではないか!

 

 魔素の知識は間違いなく役に立つから、しっかりと聞く様に。魔狂いなんて相手にしちゃ駄目だよ? あのジジイなんて……いや考えるのはよそう、うん。

 

「では、皆様にとっては当たり前の基本だとおもいますが……再度確認したいと思います。魔法とは? どなたかお願い出来ますか? はい、そちらの方」

 

 おっ、今の先生っぽくない?

 

 適当にやったけど才能あるかも。もしかして俺の才能(タレント)は教師では?

 

 なんか楽しくなってきたぞ!!

 

 よし、お前ら! 先生について来い!

 

 ……なんてね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、今日の講義はこれで終わります。明日は講義を踏まえて、従来の魔法を改変させる方法を実践しますので、良ければ皆様で考えて来て下さい。もう一度言いますが、可能性に限界はありません」

 

 お疲れ様でした……そう言って高座から降りる。

 

 いや、まじでお疲れ様だよ……俺が!

 

 質問は途切れないし、誰一人席を立たないしさぁ。もう自由にしていいって言ったよね? 予定時間を大幅に過ぎました。うぅ、これじゃあターニャちゃんに会いに行けないよー。

 

 そもそも冒険者が自分の戦い方を全部明かすわけないじゃん! 質問をお気軽にどうぞってのは社交辞令ですからね? 遠慮って知らないの? はぁ……

 

「ジル、ありがとう。俺も参考になった」

 

「私も皆様の意見を聞けて勉強になりました。殿下……予定時間を超えてしまって……申し訳ありません」

 

「ジル……詫びるのは此方だ。質問時間は明日以降制限するよう考えておく」

 

「はい」

 

「晩餐は少しだけ遅らせるから安心してくれ。着替えもあるだろうし……鐘が三回鳴ったら迎えを寄越すから、それまではゆっくりしたらいい」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

「……では、また後で」

 

 おお……時間が少し出来たぞ! 流石に身綺麗にしないとアレだから風呂は入る。しかし、魔力強化を行えば、ターニャちゃんの顔くらい見に行けるだろう。禁断症状が出る前にせめてナデナデさせてね?

 

「ん?」

 

 魔素感知に引っかかってるな? 後ろか?

 

「あの……何かありましたか?」

 

 見れば此方から視線を外さずに見ている男がいた。竜鱗の一人なのは間違いない。何となく見覚えがあるし。かなり神経質そうで、背もヒョロリと高くて痩せてる。ぱっと見は学者にも見えたり。魔素は……眼か。何かの視覚系の才能(タレント)かもね。

 

「一言礼を言いたくてね。先程の講義は大変参考になった。限界を感じていた力が解き放たれた気がするんだ」

 

「視覚、ですか?」

 

「やはり分かるのか。素晴らしいな」

 

「あっ……すいません、不躾に」

 

 初対面の人の才能を明け透けに話したりするもんじゃないよな。気にしてたり、内緒だったりするかもだから。

 

「いや、構わない。私はミケルと言う。竜鱗には二年前に入団したから貴女とは初めてだな」

 

「ミケル様。ジルと申します」

 

「ツェイス殿下の寵を受けた貴女だし、隠す事でもない。私の父はペラン=ツェン=チルダ。私はその息子だ。ツェイス殿下とは遠い親戚になる」

 

 だから瞳が紫がかってるのか……ツェツエの系譜なんだな。しかし、かなりの大物じゃん!

 

「チルダ公爵様の……失礼しました」

 

 あまり詳しくないけど司法を司る名家だよな? 黒い噂もある大公爵家だ。て言うか寵を受けたりしてませんよ!? 部下じゃないし、アッチの意味でしょ……やめてくれぇ。

 

「畏まらないでくれ。君は恩人だ。先程も言ったが私は生まれ変わったよ。色々な意味で」

 

「は、はい。あの……」

 

「ん?」

 

「寵を受けたとは、誤解を生みますので……私は一人の冒険者に過ぎません」

 

「そうなのか? 殿下の想い人だと」

 

「ち、違います!」

 

 昔も否定したし! チルダ公爵なら知ってるはずだよ?

 

「ふむ……ならば、私が君に愛を囁いても許されるんだな? 正直なところ心を奪われてしまった。二人で話をしてみないか? 明日にでもどうだ?」

 

 むぅ……また一人ジルの魅力にやられてしまったか。ごめんね、超絶美人で。

 

「光栄ですが、明日はリュドミラ様に御招待頂いておりまして……申し訳ありません」

 

 しかし残念でした。明日は王女様とデートだし。ありがとう、リュドミラちゃん! よっ!乳なし聖女様!

 

 ところで"王女様とデート"って凄いパワーワードだよね。やはり間違いなくモテ期が来たのだ、ムフ。

 

 俺の断りに何かを察してくれたのか、ミケル様はあっさりと退いてくれた。

 

「残念だ。またの機会を楽しみにしてる。それと明日も宜しく頼む」

 

「はい!」

 

 助かった……ミケル様って見た目はアレだけど優しいんだな。神経質そうって考えてごめんなさい!

 

 時間が押してるし、急ごう。

 

 待っててね、ターニャちゃん。

 

 

 

「……本当に残念だよ……ジル」

 

 

 

 ん? なんか聞こえたような……気のせいかな? うわぁ……ミケル様ってばまだ見てるよ。まぁ、ジルの後姿は最高だから仕方がないよな。でも才能を使ってまでして見るなよ……魔素感知で何となく分かるんだからな?

 

 視覚系か……まさか透視とかじゃないよな?

 

 ……怖っ!!

 

 ターニャちゃんに慰めて貰おう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます」

 

 あっちか……迷っちゃったよ。偶然ジーミュタス家の人がいてくれて良かった。時間がないけど、顔だけでも見ないとね。

 

「うーん、此処かな?」

 

 いきなり入って驚くターニャちゃんも見たいけど、万が一間違ってたら恥ずかしいし。ノックしよう。

 

「……はい。どちら様ですか?」

 

 ターニャちゃんの声だ! でも元気ない……いや警戒してるのかな? やっぱり初めての土地だしストレスなのかも。うぅ、ごめんね……なんなら俺の胸に飛び込んで来ていいよ? まあ、ターニャちゃんってデレてくれないから無理だろうけど。

 

「ターニャちゃん? 私、ジルだよ」

 

 すると凄く慌てた様子でバタバタと音がして、ガチャガチャと鍵を開けてくれた。一体いくつ鍵があるんだろ? ジーミュタス家が目を光らせてるし、そんなに危険は無いと思うけどなぁ。

 

「……お姉様」

 

 凄くホッとしたターニャちゃん。おやおやぁ? もしかしてお姉様に会えなくて寂しかったのかなぁ? なんてね!

 

 部屋は……へぇ、中々広いな。ちょっとした旅館並みだよ。寝室は別れてるし、寛げるようにソファらしき物もある。よく見えないけどベランダと大きな窓。流石に俺が泊まってる部屋には敵わないけど、一人なら十分だろう。

 

「いきなり一人にさせてごめんね? 不便はない?」

 

「よくして頂いてます。アリスお嬢様も先程……少しだけお話もしました。色々と教えて貰ったので、勉強になりましたから」

 

「そうなの?」

 

 アリスちゃんてば真面目だなぁ。縦ロールに惑わされてたけど滅茶苦茶に良い子だよ。クロの奴、いったい何が不満なんだか。

 

「お姉様、お仕事は?」

 

「さっき終わったよ? 今日は座学だから話してばかりで長くなっちゃった」

 

「そうですか……お疲れ様です。何か飲みますか?」

 

「ふふ、ありがとう。でも、この後すぐに行かないとだから……」

 

「この後、すぐ?」

 

「え? あ、うん」

 

 あれぇ? ターニャちゃんが不満顔……ま、まさか俺と一緒にいたいとか!?  まあ、そんな訳ないけどさぁ。どうしたんだろう?

 

「ご飯を一緒にするんだと思ってました」

 

 残念そうだぞ……な、何が起きているんだ……

 

 本当にモテ期が来たのか!?

 

 ターニャちゃん、デレたの!? うぅ……しかし王家の招待を無視なんて出来ないし、此れが板挟みか。モテるってツラいなぁ。

 

「ごめんね。この国の王様から招待されてるから……」

 

「王様……では()()()()殿()()()()()なんですか?」

 

「そうだけど……ターニャちゃん?」

 

「明日は、明日なら」

 

「明日の夜もリュドミラ王女殿下と約束があって」

 

「リュドミラ王女殿下……ツェイス殿下の?」

 

「妹で……」

 

「じゃあ明後日は?」

 

「えっと……その日はクロエ様……覚えてるかな、紅炎騎士団の団長さんで」

 

「……覚えています。夜は一緒に過ごせないと?」

 

 おかしいぞ……ターニャちゃんは最高の美少女だけど、どちらかと言えばツンなのだ。デレは殆ど見た事ないし、甘え上手な子じゃない。

 

「もしかして何かあったの? 何か心配事あるならお姉さんに言ってみて?」

 

「それは……お姉様が」

 

 ターニャちゃん言いづらそう。なんだ? 本当に何かあったのか!?

 

「もしかして……誰か悪い奴がいたの!? クロに任せてたのに……大丈夫よ、私がやっつけてあげるから! クロもお仕置きよ!」

 

 可愛いターニャちゃんを不安顔にさせるとは、絶対に許さん!!

 

「ち、違うんです! クロさんは悪くなくて……悪い人がいたりでもありませんから」

 

「本当に? 私に心配させたりしたくないとか、無しだからね?」

 

「そうではなくて、心配なのはお姉様というか……」

 

「私?」

 

 ん? なんだなんだ?

 

「あの……私に何か話さないといけない、そんな事はありませんか?」

 

 ターニャちゃんの上目遣い可愛い。いやいや、何か探る様な視線は一体……

 

「な、なにかな?」

 

「お姉様の本心、心の中です」

 

 ま、まさか……

 

 リュドミラ様やクロエさんに誘われて喜んでる俺に気付いた!? そ、それとも夢の中でセクハラしたりした事がバレたとか!? ターニャちゃんは俺の嫁(予定)ってニヤニヤしてたのが……お、落ち着け……いくらなんでも超能力者じゃないんだから……欲望は上手に隠してるし、バレる訳ない!

 

「本当は大好きなのに、我慢してる……自分の強い願望や気持ちを隠してしまう、違いますか?」

 

 ひ、ひぃーーー!?

 

 バ、バレテルーーー!?

 

 どどどどうする!?

 

「そ、そんな事は……」

 

「もし気を使っているのなら……遠慮しないで下さい。私なら大丈夫ですから」

 

「えっ……? 大丈夫って」

 

「お姉様の幸せを諦めないで欲しいんです」

 

 何かを決意したようにターニャちゃんは俺を見上げた。其処には強い意志がある。

 

「幸せ……」

 

 じゃ、じゃあ……ハーレムOKなのか!?

 

 アリスちゃん、クロエさん、リュドミラ様、そして本妻をターニャちゃん、其れを許してくれるの!?

 

 な、なんて心の広い……ターニャちゃんは天使だったのか……

 

「私はお姉様の意思に従います。だから……ツェイ」

 

「ターニャちゃん! もう言わなくていいよ……分かったから、私は幸せ者だね」

 

 ん? しかしツェイってなんだろ?

 

 まっいっか!! 本妻からハーレムの許可が出るなんて……夢じゃないよな?

 

「お姉様……お幸せに」

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

「あっ……鐘の音。ごめん、ターニャちゃん、何か言った?」

 

「……いえ」

 

「そう? じゃ、また話そうね? 私、行かないと」

 

「はい。お姉様、()()()()()()()()

 

「ターニャちゃん、ありがとう!」

 

 やったーーー!! やっぱりモテ期が来たんだ!

 

 ふと見れば何処か悲しげなターニャちゃん。そうか……例えハーレムOKでも複雑な心境なのかも。大丈夫だよ? ターニャちゃんが一番だからね!

 

 よし、急いで準備して行かないと。

 

 ご飯だ!

 

 

 

 

 

 

 



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☆女の子、勘違いする

久しぶりのターニャ視点です


 

 

 

 薄っすらとある前世の記憶だと、今座っているベッドは現代日本と遜色ない。手入れもしっかりしてるのか、真っ白のシーツも清潔だし。

 

 クロエリウスが街へ誘ってくれたけど、結局行かなかった。そんな気にならないのもあるし、長旅の疲れもあるのかもしれない。旅自体は凄く楽しかったのに不思議……な訳ないか。理由なんて分かりきってる。

 

 クロエリウスの話を聞いて、何時も側にいたお姉様がいないからだ。

 

 コロコロと表情が変わって毎日が楽しかった。弄り甲斐があったし、思った通りになる。あんなに綺麗な人が僕を気にかけて、些細な事に一喜一憂して……だから、こんな訳の分からない世界に来ても、身体が女の子になっても幸せだったんだ。

 

 馬鹿みたいだ……僕がコントロールしてるつもりだった。お馬鹿なお姉様で遊んで、笑ってたんだ。あの人は僕よりずっと大人で、包んでくれてたのに。

 

 クロエリウスの言う通りになったらどうしよう。

 

 僕一人で生きて行けるのか?

 

「子供、なんだな……僕は」

 

 ……ノック? 誰だ?

 

 身体を動かすのも億劫だ……でも出ないと。

 

「はい」

 

「ご機嫌よう。お時間よろしくて?」

 

「アリス様、勿論です。どうぞ」

 

 縦ロールお嬢様が何の用だろう? クロエリウスもいないのに。

 

「時間は取らせないですわ。扶翼するジーミュタス家として挨拶が疎かだったと反省しましたの。クロエリウス様、姉々様とはお話したのだけど、貴女……ターニャさんとは殆ど会話してなかったですから」

 

 どうぞと渡されたのは可愛らしいリボンで飾られた小包だった。多分お菓子かな……

 

「お気遣い、ありがとうございます。私はついて来ただけなので、此処までして頂くのは恐れ多いですね……あの、なにか?」

 

 アリスお嬢様が観察する様に僕を見ている。

 

「悲しそうな顔をしてますわ。何かありまして?」

 

 ドキリと胸が鳴った気がしたけど、きっと気のせいだ。

 

「そんな事は……」

 

「ターニャさん。貴女、歳の割にしっかりされてますわ。それは素晴らしい事ですけれど、我慢は良くありませんわよ?」

 

 女の子に心配されちゃったよ。そんなに分かり易いのかな。

 

「御心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから。こちらへどうぞ」

 

 立ちっぱなしも良くないし、とりあえず座って貰おう。あの執事さんは外かな?

 

「ありがとう。ターニャさん、当ててみましょうか? 姉々様……ジル様の事でしょう?」

 

「……どうしてですか?」

 

「最初は姉々様に嫉妬してましたから、あの方の為人ばかり気にしてましたわ。今は少し広く教えて貰いましたから、貴女の事も多少は知ってますのよ?」

 

「私の事をですか?」

 

 お姉様やクロエリウスと比べれば、僕なんて付き人程度にしか見えないと思うけど。実際に何をする訳でもないから微妙だ。

 

「誰一人として人を近づけなかった魔剣、孤高の女冒険者が唯一迎え入れた女の子。最愛の妹だと公言まですれば噂にならない方がおかしいですわね。アートリスでは有名で、知らない者はいないと聞きました。態々公言したのは貴女を守る為でしょうけど、それでも大変珍しい事に間違いないですから」

 

 クロエリウスが言っていた事だろうか?

 

「あの……守る為とは、どういう意味でしょう?」

 

 お姉様が嬉しそうにあちこち紹介するのは知ってるけど……

 

「あら? 聞いてませんの?」

 

「はい」

 

「簡単です。貴女は魔剣の大切な妹、たったそれだけで大半の不埒者は手を出せないですわ。報復が恐ろし過ぎて割に合わないでしょうし……魔剣の怒りに触れた者の末路は良く知られている上、僅かに残る愚か者には姉々様が目を光らせれば危険は遠ざかる。爺から聞いた時、流石と唸りましたわ」

 

 ……やっぱり、なのか。アートリスの人達は皆が優しいとばかり思ってた。そうか、だからお姉様は最初にマリシュカさんに紹介したんだな。

 

「幸せ者ですわね……姉々様が貴女を見る時は何時も優しい眼差しですから。愛されているのですわ」

 

「クロさんにも同じ事を言われました」

 

「ふふ……ですから、私が羨ましく思うのは理解出来るのではなくて?」

 

「だから姉々様、ですか?」

 

「私はクロエリウス様を愛していますわ。姉々様はクロエリウス様を弟の様なものだと仰いました。ならばジル様は姉、それが正しいと分かったのです。ですから妹として姉々様の幸せを願っていますのよ?」

 

「幸せを……」

 

「ターニャさん、貴女は違うようですわね?」

 

 お姉様の幸せ。

 

 アリスお嬢様が言いたいのはクロエリウスが言った事だろう。確かに、僕は戸惑っている。この国の王子様と結婚してしまうかもと。お姉様はどう思っているのだろう……よく考えたらあの人は自分の事を余り喋らない。過去なんて殆どが他人から聞いた事ばかりだし、故郷も隠してるくらいだから。何時もお馬鹿な態度ばっかりで、気付かなかった。

 

「あの……宜しければ、アリスお嬢様がご存知のお姉、ジルさんの事を教えて下さいませんか? ツェイス殿下と色々あったと」

 

「又聞きになるけれど、よろしい?」

 

「はい。お願いします」

 

 アリスお嬢様はきっとこの話がしたかったのだろう。そんな気がする。

 

「お二人の出会いは六年前、後に"ツェツエの危機"と呼ばれる魔物達との戦いですわ」

 

 僕はアリスお嬢様が嬉しそうに、まるで見て来たかの様に話すのを黙って見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、姉々様は身分の差……何よりツェツエの混乱を憂いて身を引いたのです。それを初めて聞いた時は余りの意地らしさに涙が出ましたわ。特に貴族の中には気が狂った様に反対した勢力もあったとか。それを知った姉々様は何も言わずにアートリスに帰ったのです」

 

 悲恋ですわ……そう呟くアリスお嬢様は本当に悲しそうだ。縦ロールに惑わされてたけど、きっと優しくて真っ直ぐな女の子なんだろう。

 

「そんな事があったんですね」

 

「大好きな男性を前にして、国を想い身を引く……どれだけ辛かったか。私は未来の妹として、姉々様の応援をする事に決めたのですわ」

 

「でも、反対している貴族も……あっ、すいません。貴族の皆様もいらっしゃると」

 

「ふふ……そうですわね。でも、応援している家もありますわ。私達ジーミュタス家以外にも、エーヴ侯爵家、紅炎のクロエ様、そして何より……偉大なるツェツエの光、リュドミラ王女殿下も」

 

「王女殿下も、ですか?」

 

「ええ。姉々様に愛称である"ミラ"と呼ぶように願っているそうです。今日の日を随分楽しみにされていたと聞きましたわ」

 

 なんだ……みんな賛成なんだ……王子とお姉様の仲を。

 

「ターニャさん」

 

「はい」

 

「貴女は姉々様、ジルさんが好きかしら?」

 

 好き……か。

 

 多分、いや間違いなく好きなんだろう。だって、去って行くかもしれない現実に打ちのめされてるのだから。最初は一人になる恐怖だと思ってた。でも考えてみたら、お姉様が僕を何の援助もなく放り出す訳がない。きっと手を尽くして、心配なんて無いように準備してくれるはずだ。もしかしたら就職先だって斡旋してくれるかもしれない。

 

 マリシュカさん、パルメさん、市場の皆んな、それに冒険者ギルド。アートリスの人達と繋がりだって出来てる。いや、きっとお姉様は最初からそのつもりだったんだ。万が一に僕が路頭に迷わないように……

 

「はい。大好きです」

 

「愛する人が離れて行くのは悲しくて、耐えるのも大変ですわ。でも、本当に愛しているなら、その方の幸せを願うのが正しい。そう思わなくって?」

 

「そう、ですね」

 

「貴女は強い人ですわ。私、尊敬します」

 

「そんな……」

 

「私達は姉妹みたいなもの……ふふ、素敵。我がジーミュタス家が貴女を扶翼します。安心なさって」

 

「ありがとうございます」

 

 クロエリウス、残念だけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お姉様」

 

 いつも通りのお姉様が居て、ホッとする。部屋に招き入れると、あちこちに目を配りウンウンと頷いている。言葉にしないけど、この部屋なら合格だと思ってるんだろう。過保護な姉そのものだ。

 

「いきなり一人にさせてごめんね? 不便はない?」

 

「よくして頂いてます。アリスお嬢様も先程……少しだけお話もしました。色々と教えて貰ったので、勉強になりましたから」

 

「そうなの?」

 

「お姉様、お仕事は?」

 

「さっき終わったよ? 今日は座学だから話してばかりで長くなっちゃった」

 

 確かに疲れてるみたいだな。まあそれでも綺麗だから笑うしか無いけど。

 

「そうですか……お疲れ様です。何か飲みますか?」

 

「ふふ、ありがとう。でも、この後すぐに行かないとだから……」

 

「この後、すぐ?」

 

「え? あ、うん」

 

「ご飯を一緒にするんだと思ってました」

 

「ごめんね。この国の王様から招待されてるから」

 

 王様……それなら仕方ないけど……

 

 でも、クロエリウスやアリスお嬢様の話を聞いた後だと改めて分かるな。だってこんな大きな国の王様からご飯の招待なんて普通じゃないし。僕もいつの間にか常識が変わってた。お姉様と一緒だと全部が違ってしまう。

 

「王様……では、ツェイス殿下も一緒なんですか?」

 

「そうだけど……ターニャちゃん?」

 

 やっぱり……もし近い将来別れる運命だとしても、今は僕のお姉様だよな?

 

「明日は、明日なら」

 

「明日の夜もリュドミラ王女殿下と約束があって」

 

「リュドミラ王女殿下……ツェイス殿下の?」

 

「妹で……」

 

 王様に王子様、そして王女様。まるで御伽話の主人公みたい。あぁ……お姉様って日本からの転生者で、チートな超級冒険者"魔剣"だもんな。文字通りの主人公、いやヒロインか。

 

「じゃあ明後日は?」

 

「えっと、その日はクロエ様……覚えてるかな、紅炎騎士団の団長さんで」

 

「覚えています。夜は一緒に過ごせないと?」

 

「もしかして何かあったの? 何か心配事あるならお姉さんに言ってみて?」

 

 しまった……でも……

 

「それは……お姉様が……」

 

「もしかして……誰か悪い奴がいたの!? クロに任せてたのに……大丈夫よ、私がやっつけてあげるから! クロもお仕置きよ!」

 

 違うから! この辺はやっぱりお姉様だな!

 

「ち、違うんです! クロさんは悪くなくて……悪い人がいたりでもありませんから」

 

「本当に? 私に心配させたりしたくないとか、無しだからね?」

 

「そうではなくて、心配なのはお姉様というか……」

 

「私?」

 

「あの……私に何か話さないといけない、そんな事はありませんか?」

 

「な、なにかな?」

 

「お姉様の本心、心の中です」

 

 もう全部が分かったんです。だから正直に……お姉様、言いづらそう。やっぱりアリスお嬢様の話の通り、我慢してるのかな。それともクロエリウスの考えてた、僕が足枷になってるなら……

 

「本当は大好きなのに、我慢してる……自分の強い願望や気持ちを隠してしまう、違いますか?」

 

「そ、そんな事は……」

 

 動揺してる。でも大丈夫だよ?

 

「私に気を使っているのなら……遠慮しないで下さい。私なら大丈夫ですから」

 

「えっ……? 大丈夫って……」

 

「お姉様の幸せを諦めないで欲しいんです」

 

「幸せ……」

 

 ツェイス殿下を知ってる訳じゃないけど、みんなの話を聞けば悪い人じゃないのは分かる。はっきり言わないと決断してくれないかな……

 

「私はお姉様の意思に従います。だから……ツェイ」

 

「ターニャちゃん! もう言わなくていいよ。分かったから、私は幸せ者だね」

 

 僕も幸せでした。この世界に来て、貴女と最初に出会えたから。

 

「お姉様……お幸せに……」

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

「あっ……鐘の音……ごめん、ターニャちゃん、何か言った?」

 

「……いえ」

 

「そう? じゃ、また話そうね? 私、行かないと」

 

 ふふ……まるでウェディングベルだな。お姉様はシンデレラ、本心を明かして王子様のもとへ。

 

「はい。お姉様、行ってらっしゃい」

 

「ターニャちゃん、ありがとう!」

 

 着ていたのは魔力銀の服だったのだろう、まるで幻だったかのようにお姉様の姿は消えた。あの美しい魔素の流れをちゃんと見ておけば良かったな……もしかしたら二度と見れないかもしれないのに。

 

 お姉様、嬉しそうだった。

 

 少し疲れた……眠ろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、ドレスを纏う

 

 

 

 幾つか用意されたドレスを眺め、そして決める。

 

 少しだけ迷ったけどAラインかな。因みにこのドレスはくれるらしい。流石ツェツエ王国、太っ腹だなぁ。

 

 肩紐だけだから鎖骨から肩まで露出して女性らしい線を見せる。正直大きなオッパイだと似合わない気がしてるので、きつめの補正下着らしきもので抑えた。それでも谷間が出来ているが、チラリしか見えないし大丈夫。緩やかに広がるスカートは膝下まで。バストの直ぐ下で締め付ける様になっているが、調整は可能だ。

 

 色は黒が中心だけど、刺繍やらがあって単純じゃない。まあ、黒色は女性を美しく見せると昔見たアニメで言ってたからね。後は細めのネックレスを二本垂らし、髪はメイドさんに結って貰った、と言うか結われた。髪型は昔見た「氷の国の女王様」の氷を操る人にそっくりだ。お姉さんの方ね。

 

「うむ。死ぬ程に美しいな」

 

 メイドさん達も居ないので独り言を呟く。化粧も施されたが、薄めのナチュラルメイクだ。メイドさん曰く、俺には必要ないそうだ。最後に溜息が聞こえたが気のせいだろう。

 

 俺は筋力より魔力強化を主としている関係上ゴツゴツした筋肉はない。引き締まった身体は見事な黄金律を保ち、ドレスも助けるスタイルは完璧と言っていい。

 

「ターニャちゃんに見せたいな……アートリスに帰ったらファッションショーを開催しよう。まあ、九割はターニャちゃんがモデルですけどね!」

 

 ふっ……流石のターニャちゃんも頬を赤らめるだろう。それ程にジルは美しいのだ!

 

「ん?」

 

 デカイ鏡の前でニヤついていると、軽やかなノックの音がした。そろそろかな?

 

「ジル様、お時間です。宜しいですか?」

 

「はい。どうぞ」

 

 カチャリと開いた扉から、先程髪を結ってくれたメイドさんが一礼して入ってくる。うーむ、見事な姿勢ですな。教育が行き届いているのが分かるよ。

 

「失礼致します」

 

 挨拶したメイドさんの後ろからもう一人入って来た。身長も高く、脚も長い。ただでさえイケメンなのに、歩く姿まで綺麗で腹立たしい。色々と複雑な縫製で飾られた白いシャツ、袖にはカフスボタンがキラキラと輝いている。ズボンは濃い目の青で、薄っすらと模様が入っているようだ。

 

 しかし……まあフォーマルと言えるが、気軽な感じにも見える。これじゃあ如何にもパーティドレスな俺は浮いて見えるんじゃないか? 張り切り過ぎて勘違い女みたいで恥ずかしいぞ。まあツェツエで用意したものだから失礼にはならない筈だけどさぁ。

 

「ジル。もう準備は良さそう……しかし本当に美しいな……君のドレス姿なんて滅多に見れないから、凄く新鮮だ。父さん達も驚くだろう」

 

「ツェイス殿下。ありがとうございます。あの……」

 

「なんだ?」

 

「このドレス……凄く素敵ですけど、えっと……」

 

「堅苦しいか?」

 

「すいません。もしかして合わないのかと」

 

「確かに今日は家族だけで楽しむ夕餉だ。パーティドレスだと目立つ、間違いない」

 

 なんですと?

 

「……では何故?」

 

「母さんからの要望だ。ジルの着飾った姿が見たいと煩くてな。準備したのも母さんだし諦めろ。ああ、そう言えばミラも手伝っていた」

 

 ……いやいや。家族団欒にドレス姿で乱入なんて恥ずかしいだろ⁉︎

 

「え、あの……」

 

「因みに俺も大賛成だ。ジルの綺麗で困った顔を見れて最高だな」

 

 俺も前世でそんな台詞を吐いてみたかった……このイケメンめ!

 

「ツェイス、いい加減に……あっ」

 

 しまった! つい昔みたいに……

 

「ほぉ……怒らせると面白いな。漸く昔の様に呼んでくれた。俺は構わないぞ?」

 

 気を利かせたつもりなのか、扉の側に立っていたメイドさんが退出していった……あのぉ、そんな事しなくていいからね? まあ人の目も無くなったし、もういいや! 

 

「はぁ……貴方はツェツエの王子でしょう? そんな事でいいの?」

 

 口調を戻すとツェイスは嬉しそう。笑顔まで決まっててイラッとくるな……

 

「確かに俺は王子だが、ジルは共に死線をくぐった戦友でもある。二人の時くらい本性を隠すなよ。それに、ミラなんて今でもジルを勘違いしたままだ。優しくて控えめ、意地らしさも併せ持つ女性だとな。何度訂正しても信じない」

 

「勘違いなんかじゃないし! 流石リュドミラ様だね、うん!」

 

「いーや、間違いなく騙されてる。見た目がこれだけに仕方がないが……慎ましやかで清楚な女性が冒険者で超級? 論理が破綻してるだろ」

 

「ツェイス、貴方喧嘩売ってるの?」

 

 イケメンは世界の大半、大多数の男達の敵だからな?

 

「喧嘩は売ってないが、ジルとは戦いたいな。滞在中に時間を作ろう。超級の力を見せてくれ」

 

「ふーん……明日、竜鱗の皆の前でもいいけど?」

 

「それも面白いが、団の学ぶ時間を奪いたくはない。別に用意するさ」

 

「あら? よろしくてよ? 楽しみですわ」

 

「なんだそれは……似合わない、いや似合いはするが止めてくれ。背中がゾワゾワする」

 

 くっ……大半の男達は俺と話す時に余裕などないが、ツェイスは違う。これがイケメンの力か……視線も泳がないし、オッパイや肌もチラチラと見たりしない。悔しいがカッコいいんだよなぁ、話し易いし。

 

「何だか懐かしいね。あの駆け出し騎士様が立派な王子様なんて」

 

「それを言うならジルもだ。あのときコソコソと逃げ出そうとしてた少女とは思えない。俺の目の前に居るのは間違いなく美しい大人の女性だ。中身はともかくな」

 

「ツェイス……試合で泣いても知らないわよ?」

 

「ほぉ……楽しみだ。やってみろ」

 

 ジィーっと紫紺の瞳をジト目で見たが、ツェイスは動じない。ムゥ……

 

「ふふっ」

 

「ふっ」

 

 思わず笑ってしまったが、仕方がない。男友達と遊んでいるみたいだもんな。まあ二年振りに再会した悪友ってやつだね。何だか懐かしいなぁ……ツェイスって友達として最高なんだよ、イケメンだけど!

 

「ツェイス殿下、お時間です」

 

 ……う、うん?

 

 何か聞こえたんですが?

 

「ああ、分かった」

 

「……タ、タチアナさ、ま……」

 

 え……いたの? いつから⁉︎ だってさっきまで……う、嘘だろう? それにツェイスは何で平気なんだよ!?

 

「はい、ジル様」

 

 ミルクティー色の髪を揺らしながら、表情を変えずに佇んでいる。絶対いなかったよね⁉︎

 

「い、いつから……」

 

 ニコリと笑って眼鏡がキラリ。でも答えない。

 

「ツェイス……ツェイス殿下。ご存知だったのですか?」

 

「ああ、勿論だ」

 

 あわわわわわ……タチアナ様、ヤバすぎるだろう‼︎ 魔素感知にも掛からないし、気配も感じさせないなんて……怖すぎるよ!

 

「うぅ……教えて下さいよ」

 

「それじゃ演技をやめたりしないだろ。会ってから今まで他人行儀を許していたんだ。意趣返しくらいするさ」

 

「そんなぁ……」

 

「ジル様」

 

「は、はい! す、すいませんでした!」

 

 クイッて、眼鏡をクイッてしたぞ!! 似合ってるのが怖い……怒られる! これじゃあクロエさんの二の舞だ!

 

「謝罪など……私には必要ありません。可愛らしくて素敵でした」

 

「あ、あれは違くてですね……本当の私は」

 

「ふふふ、本当の私、ですか。一体どちらなんでしょうね」

 

 知ってますからね的なタチアナ様が笑っていらっしゃる。綺麗だなぁ……怒ってないみたいだ。

 

「ジル、タチアナは最初から分かってるさ。良い加減諦めたらどうだ?」

 

「むむ……」

 

「ほら、行くぞ」

 

 ツェイスは俺の横に立って肘を軽く上げた。腕で輪っかを作り、エスコートをするつもりだろう。まあ断るのもアレだし、いいけどさ。作られた輪っかに手を掛けて腕を組む。でも、恋人的なヤツじゃないから!

 

 タチアナ様……眩しい物を見たって視線やめてね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母様! ジル様が来たわ!」

 

「ミラ、来たとは何ですか……はしたないですよ」

 

 パミール様が優しく嗜めた。リュドミラ様もハーイってペロリと舌を出す。

 

 おお……何だよそれ! 可愛過ぎないか⁉︎ もう一回見せてくれ‼︎ ターニャちゃんにもして貰いたい!

 

 内心の叫びをばっちり抑えながら入ったところは、意外と小ぢんまりした場所だった。外と繋がったカフェテリアって感じのオシャレな空間だ。借景に王都アーレの夜、飾られた花々と色とりどりのランプ達。魔法を流用した柔らかな光が美しい。ツェルセンの双竜の憩といい、ツェツエはいちいちカッコいいんだよなぁ。

 

 見れば、透き通った水色の長細いテーブルの上に艶やかな食器類が配してある。食事や飲み物は順番に出てくるのかな、きっと。

 

「ジル、久しぶりだな」

 

 そしてベランダに居たのだろう渋い男性が声を掛けて来る。ツェイスが歳を取ったらこうなると誰もが思う超イケメンのオヤジだ。身長もツェイスと同じくらい、紫紺の瞳は子供達よりずっと濃い。王様にありがちな髭は生えてないので、実年齢より若く見えた。

 

「陛下。こんな素敵な夜に御招き頂き心から感謝を。そして御顔を合わせる光栄に何にも代え難い喜びを感じます」

 

 ツェイスからゆっくりと腕を離し、スカートを両手で軽く摘む。そして膝を軽く折り曲げ、やはりゆっくりと頭を下げた。所謂カーテシーだけど、足の位置が少しだけ違うのだ。

 

「ジルよ、変わらず固いな。この場所では皆が家族として振る舞う規則があるのだ。知らなかったか?」

 

 知らないよ! て言うか嘘だよね? 皆んな笑ってるもん。

 

 ツェツエ王国第十三代の国王であるツェレリオ=ツェツエは賢王として名高く、同時に中々はっちゃけた王様だ。王妃であるパミール様のために自分で厨房に立つらしい……どんな王様だよ!

 

「ふふふ、陛下は何時も御冗談がお好きですね。でも、緊張を解きほぐす御心遣いはとても嬉しく思います」

 

「此れは困ったな……しかし、これ程の美姫を目の前にしては誰もが舞い上がるものだ。黒のドレスも良く似合っているし、ツェイスはよく平気だな?」

 

「平気ではないけどね? 何時も我慢してるんだ」

 

「えっ⁉︎」

 

 思わず振り向いてツェイスをマジマジと見てしまった。いつも平気そうだよね⁉︎

 

「私だって吸い込まれそうなるもの。お兄様はよく耐えてると思うけど……ね? お母様」

 

「そうね……ツェレリオが鼻の下を伸ばすくらいだけど、仕方無いと思う私がいるもの」

 

「な、何を言う! 俺にはパミールしか……」

 

「2人とも、そう言うのは外でやってくれ。ジルが固まってるからな?」

 

 いや固まると言うか、ツェイスだけは俺に対して普通でいると思ってたんだけど⁉︎ 思わずツェイスを目で追ってしまい、パミール様とリュドミラ様が笑うのが見えた。

 

 うぅ……何か恥ずかしい!

 

「さて……美しいゲストも我が家族の元を訪れた事だし、ゆっくりと楽しもう」

 

 ツェレリオ陛下の優しい号令で、其々が席に着く。両陛下は隣同士に座り、反対側に俺。両側にツェイスとリュドミラ様。リュドミラちゃん可愛いなぁ……

 

 まるで全てを見ていた様に奥側の扉が無音で開き、背筋の真っ直ぐに伸びた男性が入室して来る。そのままに泡の音が弾けるお酒を注いで回った。シャンパンかな? 酒に弱い俺に気を使ってくれたのか、余り強いアルコール臭はしない。甘くて上品な香りが漂う。

 

「今日は……そうだな、ミラに頼もう」

 

「はーい」

 

 はーいも可愛い! 出来るなら録音して目覚まし音にしたい! 録音機器なんて、この世界にないけど……

 

「私達の家族の時間に、こんなに綺麗で素敵な人が共に過ごして下さる事に感謝します。()()()()()に乾杯!」

 

「乾杯」

「あらあら」

「娘が1人増えたか」

「……ジル、よく固まる日だな」

 

 ターニャちゃんに続き、リュドミラちゃんにも"お姉様"呼びかぁ……それは嬉しいですけど……

 

「か、乾杯……リュドミラ様、困ります」

 

「先程お父様が言ったでしょう? 規則があるのです、ジルお姉様?」

 

 上目遣いから、更にコテンと顔を傾けるだと⁉︎ さっきの"はーい"と合わせて、最高のコンボだ! くっ……ターニャちゃんに並ぶ美少女の双璧……TSクールとホンワカ王女様か……

 

 世界最高レベルの美少女に()()をされて断われる男がいるだろうか? いや! 無理でしょ‼︎

 

「は、はい」

 

「良かった! ではこの時だけは"ミラ"と呼んで下さいね?」

 

「ミラ、良い事を言ったぞ。よし、今から全員の名前を言って貰おう。まあ私とパミールは我慢するから、ツェイスだけでも、な」

 

「……」

 

 や、やられたー‼︎

 

 

 

 

 

 



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お姉様、逃げたくなる

 

 

 昨日の夜、結局は楽しかったな……

 

 久しぶりの家族の団欒ってヤツを味わった気がするもん。ちなみに、ターニャちゃんとは同棲だから! まあ思う事は色々あるけど……皆んな良い人ばかりだし。ツェイスの()()が無ければ、だけど。

 

 

 兎に角、今は講義中だし集中しよう。 

 

 

 ふと思ったけど、此処にターニャちゃんが居たらもっと効率的だっただろうなぁ。

 

 魔素を視覚的に捉える才能(タレント)があれば、魔力操作の訓練に最適だもん。実際は魔力を分解してしまうから、他人には見せられないけどね。ツェツエの王族は素晴らしい人達だけど、それでも警戒してしまうだろうし、悪用を考える者達が現れてもおかしくない。まあ、万が一にもターニャちゃんに悪意を抱いた奴がいたらお仕置きするけど!

 

「あ、今のは良かったと思います」

 

「教官殿、ありがとう」

 

「いえ、私だって勉強になりますから。例えば……直接の力には繋がりませんが、色を変えるのも良い訓練になりますよ? 意外と難しいんです」

 

「色……?」

 

「はい。やって見せますね」

 

 この台詞を聞いた周りの竜鱗の騎士達が集まって来る。皆がバラバラの格好をしていて、一見するならツェツエが誇る騎士団に見えない。俺から見ても全員が一流の人達だけどね。才能も色々ありそうだし。

 

 ほら、ジル先生の実演が始まりますよー!

 

 ある程度集まり落ち着いた様なので昨日と同じ"炎の矢"を現出させる。違うのは剣状に成形してなく、分かり易くメラメラと燃えているところかな。此れが一般的な火の属性を付与した魔法矢になるのだ。

 

「例えば……」

 

 赤々と燃えていた炎をゆっくりと青色に変える。続いて白っぽく、輝く感じ。科学的変化では無いから温度には変化は起きてないはずだ。ターニャちゃんだったらどう表現するかなぁ?

 

「かなりはっきりと変わるな……」

「初めて見た」

「他の色にもなるのか?」

「綺麗だな……」

「お前……」

「な、なんだよ?」

 

 むふふ。やっぱり先生に向いてるかも! 帰ったらもっと魔法教室を開いて、またターニャちゃんに先生って呼んで貰おっと。新しい衣装も用意しなくては!

 

「威力や速度には変化はありません。でも魔素を動かさないと色などの改変は難しいので、危険性の少ない訓練になります。ただ、何度も言いますが必ずしも正解ではなく、一つの方法論でしかありません。くれぐれも固まった考えを持たない様お願いします」

 

 色彩変化は夜と昼、森や海上、天候の変化に適応させれば、魔法を隠匿出来る訳だけど……それは明かさない。アークウルフ相手に放った矢が典型だ。まあ、自分で気付こうね? とにかく魔素変化に先入観は御法度だ。

 

「それではこのまま各自で色々と試して見て下さい。何かあれば質問をどうぞ」

 

 生成した矢は消してっと。

 

 ふむ、みんな真面目に取り組んでる。午前中はこれで進めよう。やっぱり先生が凄いんだろうな、うん。

 

 

 

 2日目は実践を含む魔法改変の訓練だ。魔素感知は全員が出来るから、後は頑張って数をこなすのが一番だし。まあ竜鱗騎士団の皆は大なり小なり魔法を扱えるから、魔素操作の入口までは簡単に来れる。その先は感覚をどう養うかだ。威力の上昇などの戦闘に直結する改変まで先は長いから、大半の人達は飽きるだろう。でも絶対に効果があるから……皆んな頑張れー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

「模擬戦、ですか?」

 

「ああ、頼めないだろうか?」

 

 簡易的な昼食と休憩を終えたとき、昨日終わり際に挨拶したミケル様が声を掛けて来たのだ。確か、ツェツエ王国を代表するチルダ公爵家の息子だよね。

 

 因みに、チルダ家は古来より司法を司る大公爵家で、如何に王家を支え連綿と繋ぐかを頑張ってきた。大半は素晴らしい功績ばかりだけど、貴族だし当たり前に闇の話も聞いた事がある。特に女性関係……許せん!

 

 現代日本の知識を有する俺からしたら、司法を司りながらも、警察機構にもあたる騎士を輩出してるのには違和感しか無い。捜査権、逮捕権、そして裁判権まで持たれたら、誰が逆らえると思うだろう?

 

 真面目に考えたら怖いな……

 

 まあ、実際は更に上にツェツエ王家があるから無茶苦茶は出来ないんだけど。

 

「無論教官には予定もあると思うが、皆から強い要望があってね。私が代表して来た訳だ」

 

 成る程……この辺りは身分を問わない竜鱗と言えど序列があるのかな? チラリと見ればツェイスやシクスさんも反対してないのが分かる。まあ、午後は実戦に近い魔素操作をする予定だったし、良いでしょう!

 

「分かりました。私こそ竜鱗の皆様との模擬戦なんて大変貴重で光栄な事ですから」

 

「決まりだな。当然全員は無理だから皆で選抜するつもりだが、構わないか?」

 

「はい。ミケル様も参加されるのですか?」

 

「いや、残念だが私は不参加だ。損な役回りだよ」

 

 学者然とした神経質そうな顔をニヤリと歪め肩をすくめた。やっぱり見た目に反して良い人なのかな? 才能(タレント)は珍しい視力に関わるモノだから、少し興味あったんだけど。

 

「では誰が参加するか決めたら教えて下さい。殿下と話して来ます」

 

「分かった。ありがとう」

 

 そう言うとミケル様は指で丸を作りながら、竜鱗のみんなの所へ歩いていく。歓声が上がったから、本当に嬉しかったんだね。でも……この超絶美人の魔剣、ジルさんが簡単に終わらせたりしないよ? ふっふっふ。

 

「ジル、良かったのか?」

 

「勿論です。私も勉強させて頂きます」

 

 ツェイス殿下は変わらずの整った顔を少しだけ傾けて聞いて、紫紺の瞳で此方を見た。まあ、格好良いのは認めよう……

 

「装備は……魔力銀か。では大丈夫だな」

 

 俺の着ている服……実際は魔力銀製の鎧みたいなものを一目見て理解したみたい。ぱっと見は分からないヤツだけどなぁ。特に今日のは普通に見える筈だし。

 

 ほんの少しだけゆったり目のパンツはセルリアンブルーに染め、薄い灰色したオーバーニットを合わせている。長めに誂えたから魔力を通すと腰回りまで守ってくれるのだ。今回は体のラインは其処まで強調していない。戦闘時は多少変化しちゃうけど。

 

 殿下とは何回か共闘したし、色々知ってるからな。

 

 懐からやはり魔力銀糸で編んだ髪紐を取り出し、口に軽く咥える。そのまま何度か指を通して纏めると、後ろ頭に一括り。簡単にポニーテールにして髪紐で整えた。

 

「殿下?」

 

 ボーッと俺を眺める()()()()()()に態とらしく声を掛ける。うなじも出したし、綺麗な女の人が髪を上げる仕草って、いいよね? 態と狙った訳じゃ無いけど、もう癖みたいなものだ。男心が分かるジルだから許して上げよう、ムフフ。

 

「あ、ああ。すまない」

 

「ふふふ、何で謝るんですか?」

 

「いや……やはり綺麗になったと改めて思ってな。時の流れはキミを少年の様な女の子から、美しい女性に変えてしまった様だ」

 

「……あ、あの……ありがとう、ございます……」

 

 なんでそんな気障ったらしい台詞を真顔で言えるんだ……此れがイケメンの力か⁉︎

 

「くく、何で赤くなってるんだ? ジルなら言われ慣れてるだろう?」

 

 くっ……コッチが遊ぶ側だったのに!

 

 おい、コーシクスのおっさん、なに変な気を使って離れて見てるんだよ⁉︎ 笑ってるの隠せてないからな? 周りは誰も居ないし、文句言ってやる!

 

「ツェイス、冗談はやめて」

 

「冗談なものか。冷やかして遊んでいるとでも思ってるならジルの勘違いだ。俺は思った事を言っただけだからな」

 

「貴方はただでさえ人目を惹く容姿をしてるのよ? オマケに竜鱗の騎士団長でツェツエの王子様なの。少しは自覚して慎しみを」

 

 ツェイスが瞬間ブハッて吹き出した。な、なんだよ⁉︎

 

「くはは! 本当にジルは……まあ、このアーレやアートリスでも女神となった女性の助言だ。貴重なご意見として受け取ろう。だが一言だけ言うと……」

 

「な、なによ? それと女神はやめて」

 

「鏡を見ような? ()()()

 

 うっさいよ!

 

 

 

 

 

 ん……?

 

 何かミケル様が凄い睨む様に見てるんですが。

 

 あの感じだと才能(タレント)を使ってるよね……一体何を見てるんだよ……こうなるとあの神経質そうな表情も、オマケにキツイ視線も怖くなるから不思議だ。

 

 こう言う時は何て言えばいいんだっけ? えっと、確か……か、勘違いしないでよね!

 

 ……あれ? 違う?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 へぇ……面白いなぁ。

 

 最初の一人目はかなりの若さに見える人だった。竜鱗は完全実力主義だから、あの若さで入団するのは相当の腕だろう。コネは通用しないらしいし、蒼流もあるからね。でも恐らく20代半ばだし、艶々のブラウンヘアもそれを証明してる。ちょっとだけ可愛い。

 

 今日はあくまで魔素操作の講義だし、魔力強化は使ってもしょうがない。出来るだけ魔使いとして対応するつもりだった。だけど最初から使う羽目になっちゃったよ……

 

「魔力を繰る(くる)速度が普通じゃないですね。吃驚しました、ラウノ様」

 

「あっさり躱された僕の方が吃驚してますけどね、教官殿」

 

 恐らく魔力を練る速度に影響する才能(タレント)かな。偶に見掛ける才能だけど、ここ迄の速度は初めてだから驚いた。単純だけど無茶苦茶に使える能力だからね。

 

「いえ、ギリギリでしたよ? これは模擬戦ですから貴方様も多少の手加減はあったと思います。本番なら危なかったかもしれません」

 

「はは、実は自分でも驚いてます。魔素を意識するだけで魔力を掴むのを簡単に感じる事に」

 

「成る程……ならば、少しだけ教官らしい魔法をお見せします」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ブラウンの艶々髪を揺らすラウノが此方に走り出した。まあ基本に忠実で流石だ。躊躇もないし、この辺りは竜鱗騎士団なら当然かな。

 

 だけど、予想通りだよ?

 

 後側に位置し踏み出す瞬間の右脚の地面を僅かに陥没させる。大きく魔法を使うと簡単にバレるから極少の変化を一瞬で行使! 気付いた時はもう遅いのだ!

 

 速度、精度、位置指定、地味な地魔法。妨害されるか逃げられる可能性が非常に高く、誰もが思い付くけどまず実行しない魔法だぜ! ポイントは当然に速さだ。

 

「なっ……!」

 

 転ばないのは見事です。まあ初見殺しだし、魔力偏重主義が蔓延した世界では効果的だからね。

 

 前のめりになった上半身を何とか立て直したようだが、残念ながら遅い。敬意を表して魔力銀製の愛剣をラウノの肩に添える。派手な魔法が全てじゃないのだ!

 

「……くっ、参った」

 

「ありがとうございました」

 

 ダラダラと模擬戦は続かない。本番ではアッサリと死ぬし、戦争では対人より集団戦がメインだ。

 

「信じられない……気配なんて」

 

「隠蔽はしていません。速さとより精密な行使が可能となればラウノ様も使えると思います。寧ろ貴方様の才能ならば新たな技術の開発も可能かもしれません」

 

「教官らしい魔法、か」

 

「はい」

 

 大抵の男は歳下の女に負けると悔しそうにするけど、ラウノ様は全くそんな様子はない。やっぱり竜鱗は凄いよなぁ。

 

「重ねて助言させて頂くと、視覚に囚われない魔法行使が出来るよう訓練されたら良いかと。先程の危機では円周に魔法を放つ手もあります。魔物には有効ですから」

 

「参ったな……流石"魔剣"だ。頑張ってみるよ」

 

 此処でニコリとジルスマイルを贈る。ラウノくんは目を奪われて大変だ。ふふふ……

 

 

 

 

 二人、三人と順調に終わり、四人目も終了。

 

 全員が個性的で面白い。ラウノが速度なら、手数重視、防御特化、更には風魔法を使った空間移動など。最後なんて完全に漫画の世界じゃん! マジでカッコ良いんだけど! 竜鱗って雑技団なのかな?

 

 今度練習してみよう。魔力強化と組み合わせたら、分身とか出来るかもしれないし。ターニャちゃんに見せて驚かせて上げないと、うん。

 

 

 

 さて最後の一人は、と。

 

 ん? んん?

 

「……あ、あの」

 

「どうした?」

 

「まさか、冗談ですよね?」

 

「冗談? それはお前の冗談みたいな美貌だけにしとけよ?」

 

「いや、だって、他にも騎士の皆様は沢山……」

 

「誰でもいいんだろ? ミケルに言ってたらしいじゃないか。だから気にすんな」

 

 いやいや……

 

 マジで⁉︎

 

「貴方自らが模擬戦なんてしなくていいじゃないですか……」

 

「おっ! お前みたいな美人が泣きそうになるのもオツだな。帰ったらエピカに話してやろう」

 

「エ、エピカさんには話さないで下さい!」

 

 やめてくれ! あの人ヤバいから!

 

 またストーカーされたら洒落にならないよ!

 

「何でだよ。ウチの娘は全員が紅炎を目指してるんだ。次女のエピカなんてお前の熱狂的な信者だぞ?」

 

 信者じゃくて狂信者だからな⁉︎ なんで髪の毛とか服とか、オマケに下着とか盗むんだよ⁉︎ あ、あの日のトラウマが……

 

「……エピカさんてアーレにいるんですか?」

 

「ああ、いるぞ」

 

 ……クロに続いてエピカさんか……早く逃げよう。

 

「もういいです」

 

「やる気になったか?」

 

「相手は替えられるんですか?」

 

「ん? そりゃ……」

 

 無理だな!

 

 ガハハと思い切り笑うと、ゆっくりと細身の長剣を抜く。今までとは人とは比べ物にならない剣気を放ちながら。

 

 長い手足をダラリと下げて、ニヤリと笑う。

 

「はぁ……」

 

 目の前の男、竜鱗の副長コーシクス=バステドはゆっくりと近づいて来た。

 

 

 

 逃げたい……

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、ちょっと本気になる

 

 

 

 うぅ……何でこんな事に……

 

 

 

 シクスさんと戦うなら、模擬戦と云えど気が抜けないぞ。まともに剣で戦うなんて多分無理だし、かと言って定番の距離を取るのも今回は難しい。だって周りにギャラリーが居るし……種は分からないけど、魔力銀製の剣も普通に受け流すからなぁ。

 

 そもそも戦ったのって何年も前だし、寧ろ剣技を指南された方だからね。

 

 一応魔素操作の講義の一環だから、魔法で戦ってくれないかな? ほら、シクスさんだって分かってるよね?

 

「ん? 勿論分かってるさ。講義の内容は気にしないでいいぞ? なあ、お前ら!」

 

「勿論です!」

「剣神と魔剣か! 堪らないな!」

「全力でお願いします!」

「魔法と剣技の両方か……」

才能(タレント)は万能だろう?」

「確か蒼流のクロエリウスが使う魔力強化は、魔剣が本家だよな?」

「あれか……楽しみが増えたな」

「綺麗だな……」

「お前……」

 

 分かってねぇ! て言うか態とだろ!

 

 笑いを誤魔化してるのバレバレだからな⁉︎ こうなったら最後の良心のツェイスに……まともなのは殿下だけだ!

 

「全員距離を取れ。ジルが本気を出したら魔法の連発が当たり前だからな。オマケに魔力強化ならこの程度一瞬で詰められるぞ?」

 

 ツェ、ツェイスさんや? 何してるのかな?

 

「ジル! 巻き添えは気にするな! 竜鱗にそんなヤワな奴はいないからな。大丈夫だ」

 

 大丈夫じゃねぇよ!

 

 味方がいない! うぅ、ターニャちゃんに慰めて欲しい。お風呂に入りたいよー。ターニャ成分が不足してプルプルしてしまうよ……

 

「ジル様、頑張って下さい!」

 

 ん? おぉ? アレはリュドミラ様じゃん!

 

 訓練場から離れては居るが、城の二階から応援してくれてるぞ! あの紫紺の瞳に見られている以上は頑張るしかないでしょう! だって可愛いもん!

 

 手まで振ってくれてる! ミラちゃん可愛い!

 

 仕方無い、やるか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うそぉ⁉︎」

 

 ジルとしての演技も忘れて、思わず声を上げた。

 

 態と時間差で作り出した大小の魔力弾を放ったが、シクスさんは簡単に避ける。まあそれは想定内だけど、隠蔽していた奴まで見切った上に、あの長剣で斬り裂いてくれました……お疲れ様です。

 

「そんな……剣で斬るなんて」

 

 そのままにたった二歩で距離を消すと、シンプルな上段斬りを繰り出してくる。剣神は手数を増やす事も、先手も後手も満遍なく操る剣の申し子だけど、単純な一撃こそが恐ろしい。今回は模擬戦らしく見えてるから良かったけど、普通なら躱せないからね⁉︎

 

 躱すために後側に流した身体を魔力強化で一気に前に押し出す。守りに入ったら押し切られるのは明らかだ。つまり、短時間でケリをつけるのが正しい! 皆の勉強とか、色々参考にして貰うとか、無理なんです!

 

「おっと」

 

 ところが余裕の半身で俺の剣を流し、その回転を利用して回し蹴りが腹を襲う。無理矢理に剣を下げて、グリップとボンメルの間で何とか受けた。軽い蹴りに見えたのに、フワリと全身が浮く。剣神なのに足癖が悪いのも変わってないな!

 

 強化は出来ない筈なのに、なんて威力だよ……

 

 やっぱり帰りたい!

 

「女性のお腹を狙うなんて、シクス様酷すぎませんか?」

 

「ふざけんな。今魔素が動くのを感じたぞ? 絶対何かする気だっただろう」

 

 周りには聞こえないだろうが、一応演技は続ける。ミケル様の目といい、どんな才能があるか分かったもんじゃ無いからね。

 

 しかし、分かっていたけど強い。魔力弾を斬るなんて反則だろう……

 

「どうやったら魔力弾を斬れるんですか……属性も付与してないのに」

 

「内緒だ。お前が殿下の元へ来たら教えてやってもいい」

 

 当たり前に返事はせず、瞬時に魔力強化。同時に距離を取って、視野を奪う為に炎壁を半円状に行使する。背後に構成しないのは俺の速度を超えられないからだ。

 

 もう手段を選んでる場合じゃない。やっぱり接近戦をシクスさんとするのは疲れるし。

 

 魔素感知を行い、相手の位置を特定。頭上に風魔法で繰った剣状の矢を用意する。合わせて気をそらせる為シクスさんの背後を地魔法で隆起させた。そのまま倒せば、岩の波が襲うのだ。

 

「なっ……」

 

 するとさっきまで動かなかったのに、全力で炎壁に走り出した。薄い壁に見えるだろうが、アレは超高温の……

 

「おらぁ!」

 

 掛声に似合わない美しい魔法が行使された。シクスさんが得意とする氷魔法だ。何本ものキラキラ光る氷柱を創り出すと、橋を架ける様に炎壁の上に落としていく。只の炎じゃないから即座に蒸発するが、それすらも上回る速度で柱は重なっていった。

 

「もうやだ……」

 

 本気で帰りたい……

 

「そう言わずに付き合えよ!」

 

 またまた距離を詰めて来たシクスさんは全く嬉しくない台詞を吐いた。どうせなら可愛い女の子に付き合ってって言って欲しかった……ダンディなおっさんに言われてもなぁ。

 

 一段目の突きを見切り、右肩の上に抜く。そのまま剣を振ろうと思ったが、嫌な予感がしてグルリと上半身を捻った。案の定二段目の払いが通り抜け、僅かに魔力銀の服にキズが入る。相変わらず信じられない斬れ味だ。普通簡単に刃は通らないからね?

 

「今のを躱すか……初めて見せたのに」

 

 まるで手品だけど、相手は剣神。別に吃驚はしない。2回目は自信ないけど! 多分一段目は魔法を使った(デコイ)だろう。魔素感知に掛からないよう隠蔽までされたヤツだ。勿論囮だからって無視したら終わりだけど。この辺が剣技馬鹿の"剣聖"と違うよな。まあ、アイツなら技だけで真似しそう。

 

 次々と繰り出される長剣、時に混ざるフェイント。一応見えるけど、反撃の隙はないなぁ……って、あぶね⁉︎ 今のはヤバかった!

 

 うひぃ……受け流すだけで折る事だって出来る魔力銀の剣なのに、シクスさんの細めの長剣に全く変化がないって……もうやだ!

 

 兎に角、剣技にお付き合いしたくない。もういいよね?

 

「くっ!」

 

 頭上に配置した風剣を落としながら、同時に短い突きを放つ。イチ、ニ、サン……お返しに風も隠してあげた。気配と読みだけで躱すのはとんでもないけど、もう此処は俺のフィールドだよ? 一度配置すれば幾らでも創り出せる。威力と速度だって変化させれば気が逸れる。相手が敏感であれば尚更だ。

 

 それでも俺の剣は届かない。その分風剣が当たり始めたけど……

 

 げっ……風剣も払った⁉︎

 

 ほんとに帰りたいんだけど! うわぁ……段々当たらなくなってます……どうやったら見てない範囲までパリィ出来るんだよ……

 

「また強くなりやがって! 出鱈目な奴め!」

 

「そっくりそのセリフをお返しします!」

 

 こっちは多分だけど転生のチート持ちなんだぞ? 天然でそれってどれだけだよ⁉︎

 

「仕方ねー……こうなったら」

 

 まだ何かあんの? もうやめない?

 

「それまでだ!」

 

 いきなり紫色の紫電が俺達の間を駆け抜け、僅かに身体が痺れる。戦闘中なだけに全方位に魔素感知していた筈だけど……行使を気付けなかった。

 

「殿下……」

「ツェイス……」

 

 随分と近くにツェイスが居て、右手が上がっている。間違いなく雷魔法だけど、あんなの出来たっけ? 全く分からなかったぞ……タダでさえ速いのが雷魔法なのに、多分ターニャちゃんくらいしか見切れないんじゃ……

 

「二人とも、充分だ。それに模擬戦の域を超えてる上に皆の参考にならない。はっきり言えば、速すぎて全く見えないからな?」

 

 いやいや、ツェイスは見えてたよね⁉︎

 

「少し遊び過ぎたか。ジル、またやろうな?」

 

「……出来れば遠慮したいです」

 

「流石ジルだ。此処で冗談が言えるなんてな」

 

 本気ですけど? 

 

「しかし勝てないか……分かってはいたが」

 

「シクス様……」

 

「くくく……何でお前が辛そうなんだ? 事実だろ?」

 

 まあそうだけど……まだ奥の手がありそう。幾ら互いに本気じゃないと言っても、洒落にならない威力だし。やっぱりまともに剣で戦うのは無理だなぁ……さっきだって殆ど剣技を使ってないもん。結局魔法を主にしてくれたの分かってるからね?

 

「さあ、皆に解説してくれ。一応魔剣の講義だからな」

 

 ツェイスはそう言うけどさ。なら最初からシクスさんと戦わせないでくれないかな⁉︎

 

「えっと、それでは……」

 

「ん……ジル、少し待て」

 

「殿下?」

 

 羽織っていた厚い皮の上着をツェイスは俺に掛けた。あの? 暑いんですが?

 

「さっきので服が破れてるぞ? 下着と肌を皆に見せたいなら仕方無いが、正直目の毒だ」

 

「えっ……!」

 

 視線を下げると、肩から胸に向かいペロリと捲れている。その下に付けていたブラの紐と、少しだけ下着も見えていた。魔力銀製だし、戦闘用だから実用的な形と色で色気は大した事ないけど。

 

 マジでこの服を斬ったのか……まあまあのお気に入りなのに! よく見たらブラ紐がもう少しで千切れそうじゃねーか!

 

「し、失礼しました」

 

 見上げると竜鱗の全員が顔を逸らしていた。

 

 ……間違いなく見ただろうなぁ。元男として分かるからな⁉︎

 

 散々だよ……うぅ……

 

 もうシクスさんとは戦いませんから!

 

「ふむ、少し休憩にするか。ジルも着替えて来い。もう模擬戦は無いから安心してくれ。皆、半刻だ!」

 

 苦笑を隠さないツェイスが言葉にした事で、全員がぞろぞろと歩き出した。中には先程の戦いを議論したりして、熱気はそのまま。まあ、良かったのかな。

 

 

 ん?

 

 

「うわぁ……またミケル様が見てるし……」

 

 何か笑ってるし、失礼だけどキモい……魔素感知で分かるんだからな? 才能を変なことに使っちゃダメだぞ?

 

 もしかして破れた服の下を見てたのかな……理解はするけど、バレたら視線くらい逸らそうね?

 

 視覚系の才能って分かってるのになぁ。

 

 仕方無くミケル様に視線を合わせて、何ですか?と疑問を乗せた。

 

 するとニヤリと笑って立ち去って行く。

 

 ……だからキモいって!

 

「ジル? どうした?」

 

「いえ……ミケル様が此方を見ていらしたので」

 

「ミケルが?」

 

 鋭い視線を背後に向けた。かなり胡乱な感じだ。もう去っていく背中しか見えないのに暫くツェイスは動かない。

 

「視力に関わる才能(タレント)、ですよね?」

 

「ああ。よく分かるな」

 

 此方に向き直ると、さっきの上着の前をしっかりと合わせてくれる。まるで大切な物を守る様に。この辺りを自然に出来るのはイケメンか王子様だからか! 昔の俺なら触る事も考えないよ……

 

「昨日少しだけお話しを……チルダ公爵様の御子息だと」

 

「その通りだ。当初は動体視力の向上あたりと考えられたが、どうも空間把握に近いと最近分かった。戦闘時なら先読みのマウリツに似てるな」

 

「マウリツさん……空間把握……あの、簡単に明かしていいんですか?」

 

「構わない。本人もある程度喧伝しているし、竜鱗でも隠してない」

 

 歩き出しながら、しかしツェイスの空気は張り詰めたままだ。周囲に人影も無くなったし、遠慮なく観察する。どうしたん?

 

「ツェイス? どうしたの?」

 

「……口説かれたか?」

 

 ん?

 

「私が、だよね?」

 

「ああ」

 

 まさか、ヤキモチですか⁉︎ さっきの雰囲気、少し緊張したのに! まあジルですから? 仕方無いなぁ。

 

「ちょっとだけかな?」

 

「当然断ったな?」

 

「うん」

 

「ならいい。ミケルには余り近づくな」

 

「近づく理由は無いけど、ツェイスに言われる事じゃないよね?」

 

「本気で言ってるのか?」

 

 だって、友達だからって人付き合いまで決めるのはおかしいよ? ヤキモチなのは分かるけどさ。

 

「ツェイス、あのね」

 

「ミケルは……いや、何でもない。早く着替えて戻って来てくれ」

 

 そう言うと、ツェイスは足早に角を曲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か恋愛系の物語みたいな流れになってない?

 

 いやいや……そんな筈は……

 

 焦れ焦れとか、ドロドロとかやめて欲しいんですが!

 

 そもそも俺の嫁はターニャちゃんであって、最近ハーレムまで許された至高のTS女の子なんだぞ? リュドミラ様にクロエさん、縦ロールアリスちゃんにアートリスのソバカスが似合うリタさんも加えてだな。お姉様枠にパルメさんも控えているのだ!

 

 因みにシクスさんの娘のエピカさんも可愛いが、あの人は色々とヤバいので遠慮しておこう。誘ったらホイホイ寄って来るのは目に見えるけど……ヤンデレ枠は苦手です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、気付かない

 

 

 

 

 

 次期チルダ公にして、竜鱗の一員。ミケルは1人呟いていた。

 

 

 

「見える、全て見えたぞ……魔剣の、ジルの動きすら……これなら……」

 

 2人は恋仲ではないと聞いたが、側から見る分にはそうとしか思えない。模擬戦前の会話なぞ、惚気にしか感じなかった。まさか会話を読まれているとは思わなかったのだろうが、淑女然としていた丁寧な口調すら変化した。

 

「だが、公言したのだ。以前も、昨日も……そんな仲ではないと。ならばやりようはある」

 

 魔剣の実力は脅威以外の何者でもなかったが、今日全ては覆った。皮肉にも彼女自身が教義した魔素への深慮が答えを導いたのだ。象徴である魔力強化を対策出来れば、残るはか弱い女ただ一人……万能に対しては幾らか手もある。

 

「あの美が、あの髪が、あの肌が、全ては私の物になる……」

 

 今まで何人もの女を抱いて来たが、満足する事は無かった。だが今となっては当然だったと理解出来る。アレ程の美姫、いや女神がすぐ近くにいたのだから。運命は現実に存在したのだ。

 

 何より……あのツェイスを出し抜ける……心から愛する女が他人の、いや僅かとは言え血の繋がった者の色に染められたなら……紫紺が酷く歪む瞬間を見る事が出来るだろう。

 

「くく……くくく……」

 

「ミケル様」

 

 腹心の1人だが丁度良い。

 

「予定を早めるぞ。マーディアスとルクレーに繋ぎを取れ」

 

「ペラン閣下には?」

 

「父上には事後でよい。最終的には望まれた結果になるのだ。ツェツエ王家に不要な血だと仰っていただろう?」

 

「畏まりました。今夜にでも」

 

「ああ……それと、魔剣に連れがいたな?」

 

「報告ではアートリス近郊で保護した子供だと。孤児を引き取るとは殊勝な事ですな」

 

 全くそう思ってない言葉だが、そんな事はどうでもいい。孤児か……

 

「気にするまでもないか」

 

「そうとも言い切れません」

 

「……何故だ?」

 

「何やら最愛の妹だと公言していると。事実、今は共に暮らしているようです」

 

「ほう……其れは役に立つかもしれんな。孤児を引き取り小間使いとしてでは風聞がある。魔剣と言えど世間体は気にするらしい。まさか妹などと本気ではないだろうが……一応おさえておけ」

 

「ジーミュタス家が世話役です。構わないので?」

 

「ジーミュタスか。鼻薬(はなぐすり)はきかないな」

 

「ディザバル蒼流騎士団長、そして勇者クロエリウスも、です」

 

「ディザバル……かの堅物ではまともな話しも出来ない。クロエリウスはどうとでもなるが……そう言えば、勇者も蒼流だったな?」

 

「はい」

 

「ならば其方は何とかしよう」

 

「はっ」

 

「ところで魔剣の保護した孤児は何と言う名前だったか……」

 

 たかが子供1人、聞いても覚えておれないな。

 

「はい。ターニャ、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

「クロ?」

 

「お師匠様、何ですか?」

 

 2日目の訓練も終わり、リュドミラ様とのデートまで余裕がある。女の子は準備に時間が掛かるから仕方が無いのだ! きっと超可愛いに決まってる、グフフ。

 

 ただ、今は他に気になる事があるのだ。

 

「ターニャちゃん、体調とか崩してないよね?」

 

「ああ、特に問題はないです。明日はアーレを案内する予定ですから。アリス様とも仲良くなって楽しそうでしたよ?」

 

「それなら良いけど……」

 

「どうしました?」

 

「さっき会いに行ったら、凄く眠くてまたにして欲しいって」

 

 そう……最愛の嫁に会いに行ったらドア越しに断られてしまった。凄く謝ってたから無理しなくていいよって帰って来たのだが……丁度良くクロが歩いてたから声を掛けたのだ。尻尾を全力で振るワンちゃんに見えたのは黙っておこう。

 

「成る程。多分昨日の晩が遅かったからだと思いますよ。アリスお嬢様と夜更かししてたらしいですし……本当は内緒ですけど、お酒も少し飲んだって聞きました」

 

「お酒を⁉︎」

 

 そう言う……まあ日本と違って法律には年齢制限ないけどさ。つまり、初めてのお酒で調子が悪いと。ターニャちゃんしっかりしてるから、恥ずかしい姿を見せたくなかったに決まってる。

 

 ならば仕方無い。お嫁さんに優しくするのもハーレムの主人の義務なのだ。二日酔いを治す魔法を開発しなければ!

 

「内緒ですよ?」

 

 うんうん! 背伸びしたい時あるよね。大人は生温かい目で見守るのが正しい筈だ。でも飲み過ぎたら身体に悪いから一言だけ注意して……って言うか家に帰ったら弄って遊びますけど、ふふふ。

 

 因みに、現代日本では未成年飲酒は駄目だけどね。

 

「クロは何してたの?」

 

「明日の準備ですね。ターニャさんを案内するにしても勝手に連れ出す訳にいかないので手続きしてました。ジーミュタス家にもちゃんと伝えないと良くないですから」

 

 当然にジーミュタス側は知っている事だけど、手続きと様式美があるんだろう。この辺はクロやアリスちゃんに任した方が間違いないよね。

 

「そっか。ありがとね、クロ」

 

「僕も楽しんでますから。ターニャさんにもアーレを好きになって欲しいです」

 

 クロったら良い子や……

 

「将来は僕の妹にもなる人ですからね」

 

 前言撤回!

 

「アンタねぇ……」

 

「お師匠様はこの後どうするんですか?」

 

 おっ! それを聞いちゃう? 仕方無いから教えて上げよう!

 

「リュドミラ様から誘われてるの。食事をどうですかって。光栄な事だしすっごく楽しみ!」

 

「王女殿下と……つかぬことを聞きますが、リュドミラ様と2人きりですか?」

 

「ん? 多分そうだけど。もしかしたらタチアナ様が……何でそんなこと聞くのさ?」

 

「それなら大丈夫ですね。楽しんで来てください」

 

 何が大丈夫なのかな?

 

「クロ、一体何を……あっ」

 

「鐘が鳴りましたね。時間ですか?」

 

「だね。行かないと」

 

「お酒は程々に。いいですね?」

 

 お前は俺の母ちゃんかよ! 分かってるけどさ!

 

「弱いのは自覚してるから大丈夫」

 

「僕と2人の時は構いませんけど」

 

 はいはい、もう相手にするのもダメな気がしてるよ……

 

「じゃあ、ターニャちゃんをお願いね?」

 

「分かりました」

 

 ターニャ成分の摂取は明日までお預けだな……まあ美少女成分ならこの後に摂取出来る! うむ、なんかキモいな……これじゃあクロやミケル様と変わらない気がするぞ……気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっごいドキドキするんですが!

 

 リュドミラ様と会うのはコレで何回目か覚えてないけど、こんな事初めてだ。

 

 案内された場所はツェツエ城の敷地内に幾つか存在する庭園の側だ。数ある自慢の其れ等の中では広い方では無いらしいけど、あるテーマに沿って造られた場所らしい。よくイメージする池や丁寧に剪定された木々は配置されていない。では何が目を惹くのかと言えば……

 

「ジル様、如何ですか?」

 

「言葉がありません……凄く、綺麗」

 

 視界一杯に広がるのは花壇と計算されているだろう花畑だった。過剰な飾りも、石像や庭石もない。逆に言えばそれだけだ。

 

「全て夜光が特徴の花々を集めて、季節に応じて色鮮やかに輝くよう工夫されているそうです。私も何度となく来ていますが、日々変化する色に飽きる事はありません」

 

 花弁が、葉脈が、光って揺れている。

 

 赤、青、緑、淡い白。ボンヤリと滲むもの、蛍の様に点滅を繰り返す色、風にサワサワと揺れて優しい波が打ち寄せる。

 

 ランタンや提灯が数限りなく灯っている様子に似て、現実を忘れさせた。夏祭り……いや、もっと幻想的な何かだ。

 

「昼間に近くを歩いた筈ですが……全然気付きませんでした。まるで、星空の上を歩いているみたい」

 

「ふふ、庭師の皆も喜びます。あの魔剣ジルが心を奪われたと知ったら、きっと」

 

 此方へ……そう言いながら、リュドミラ様は俺の手を取った。

 

 手・を・取・る……う、うおー!!

 

 そう! 超絶美少女の双璧、至高の王女リュドミラちゃんの手をニギニギしてるのだ!

 

 アカン……最早風景なんて関係なく、仄かな柔らかさと体温に集中する。トコトコとついて行くが、リュドミラちゃんの髪と後頭部を眺める事しか出来ない……可愛いよー、可愛過ぎでしょう!

 

「彼方にテーブルを用意……ジル様?」

 

 振り返った瞳を真っ直ぐに見てしまう。これは夢かな?

 

「大丈夫ですか?」

 

「……あ、えっと、すいません。感動して」

 

「ふふふ、気付きました? 私がお願いして何日も前から準備したんですよ? 何株かはクロエと植えたんです」

 

 指差す先にテーブルと、色合いが特徴的な花壇。多分その事を言ってるのかな? 感動したのはまだ手を繋いでいるリュドミラちゃんに対してですけど?

 

「紫……いえ、紫紺。そして淡い青色」

 

「もう、意地悪を言わないで下さい。ジル様、分かってるでしょう? 青色じゃなく、水色です」

 

 二色が入り混じる花壇に囲まれて、小さな丸いテーブルと二脚の椅子かぁ。その意味、紫紺と水色、嬉しいけどちょっとヤバいかな……たった一人の冒険者に肩入れし過ぎだろうし、別の意味も込められてるっぽい。うーむ……困ったな。ツェイスの事は好きだけど、あくまでも男友達としてなんだよなぁ。

 

「さあ、座ってください」

 

「ありがとうございます、リュドミラ様」

 

「やはりミラと呼んでくれないのですね?」

 

 内心では呼びまくってるけどね!

 

 まあ、いっか。今は超絶美少女とのデートを楽しもう!

 

「ですが、心はリュドミラ様との時間を喜んでいます。こんな素敵な夜なんて、本当に驚きで一杯ですから」

 

 ゆっくり席に着くと、タチアナ様が不意に現れて……って、やっぱり気付けなかったんですが⁉︎ マジでヤバいよ、この人……演算の才能(タレント)ってそんなのじゃない筈なのに……

 

 何も無かったテーブルの上に軽食が並べられて行く。量は多くないけど、種類と色合いが沢山で美味しそう。おっ! アレは食べ損ねたキャッツバードのスモークだな……半分以上を占める魚介類は焼いたり、揚げたり、マリネがちょっと。海の近いアーレだけど、流石に生魚はありません。醤油で刺身、またいつか食べたいなぁ。

 

「ジル様、何かご希望はありますか?」

 

 木製のサービングカートには何種類か瓶が並んでいる。魚介は白ワインって何かで聞いた事ある。でも刺身とかは生臭く感じる人も多いって。と言うか、お酒はよくわかんない。

 

「タチアナ様、白でお勧めってありますか?」

 

 こんな時は聞くに限るぜ。知ったかぶりして恥をかくのはやめだ。マリアージュとか品種とか、産地とか……そもそも赤が苦手だし!

 

「そうですね……此方と、こちらも。爽やかな口当たりが特徴で、酸味が少ないですから。お二人にも飲みやすいかと」

 

「ありがとうございます。リュドミラ様、よろしいですか?」

 

「はい、勿論です。ジル様となら何だって美味しいに決まってますから」

 

 咲いた笑顔と言ったら……もう、一緒にお風呂行かない? 超絶美少女でしかも王女様にこんな事言われたら滅茶苦茶ドキドキします! タ、ターニャちゃん、浮気じゃないからね?

 

 サイズの微妙に違うワイングラスに注がれたけど、微妙に色味が違うんだな。白と言っても色々あるらしい。タチアナ様が説明してくれたけど、さっきのドキドキを抑えるのが大変で耳に入らない。すいません……

 

「では、ジル様?」

 

「はい」

 

 揺れるワイン、透けて見える夜光の花々。視界一杯に水色と紫色が咲き乱れて本当に綺麗。そして、向かい側には其れすらも上回る超絶美少女リュドミラちゃん。

 

 桃源郷は此処にもあったんだなぁ。

 

 今度はフンワリと笑みを浮かべ、カチリとグラスを合わせる。

 

「タチアナ、美味しいわ」

 

「それは良かったです。では、失礼致します」

 

 リュドミラちゃんにそう返すと、タチアナ様は足音を一切立てずに離れて行った。やっぱり凄過ぎない?

 

「竜鱗では大変お疲れ様でした。試合を見ましたが、ジル様が速すぎて良く見えなかったです」

 

 ふふふと上品に笑い、リュドミラちゃんは二口目を飲む。ちっちゃな唇、触ってみたい……

 

「リュドミラ様の応援の声が届いたので……何時もより張り切りました」

 

「まあ! 何だか嬉しいです!」

 

 瞳を輝かせ、全身を使って喜びを表現してくれる。

 

 可愛いなぁ。

 

 おっ、このワイン美味しい! 流石タチアナ様だ。

 

 何かフワフワして来て気持ちいいぞー!

 

 やっぱり桃源郷は此処にもあったんだ!

 

 

 

 

 

 



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お姉様、お持ち帰り

 

 

 

 

 何だろー、やっぱり気持ちいいぞー。

 

 二つのグラスを空けたら、かなり酔いが回ったよ……

 

 おかしいな、ここまで弱かったっけ?

 

 大人の女性として、お姉様として情け無い姿は見せられないのに。先に何か食べないと駄目だったかなぁ。

 

「ジル様。それでどうなったんですか?」

 

「あっ、えっとですね……その後にお母さんドラゴンが飛んで来まして、暫く雨宿りさせてくれました」

 

「えっ! ドラゴンさんに、ですか?」

 

「はい。少しだけ翼を広げて……私が子供を守ったと理解してたのか、勿論会話なんて無くて不思議な体験でしたよ?」

 

 うぅ、フワフワする。

 

 折角の超絶美少女リュドミラちゃんとのデートなのに、カッコ悪いとこ見せたく無い……

 

 

 でも夜光の花ってこんなに綺麗なんだなぁ。

 

 

 

 

 

「そんな事があるんですね……まるで物語に描かれた一場面みたい」

 

「冒険者生活の中でもたった一度だけですから。何かの巡り合わせだったのかも」

 

「巡り合わせ……そう言えば以前から気になっていたのですが」

 

 水でも飲んで落ち着こう、うん。リュドミラちゃんは既に飲み切り、次のグラスを手に持ってるし。て言うか酒強くない? 俺の何倍も飲んでますよね? 顔色も変わらないみたい……うぅ、ヤバい。

 

「……なんでしょう?」

 

「ジル様は8年前にツェツエ、いえアートリスに来られたと聞きましたが、以前はどちらにいらっしゃったのですか?」

 

 ゔっ……それは……

 

「えっと、遠い国なので……幾つかの偶然がツェツエ王国へ導いてくれました。こうしてリュドミラ王女殿下と一緒の時間を過ごせるなんて、想像もしてなくて驚くばかりです」

 

 綺麗な紫紺が此方を射抜くが、余り話したくないのを察してくれたのか少しだけ話題を変えてくれた。

 

「聞いて良いのか分かりませんが、御家族は?」

 

「両親共に健在ですし、兄妹も何人かいます」

 

 ホッと息を吐いたリュドミラちゃん、優しいなぁ。

 

「さぞ自慢の娘だとお喜びでしょうね。世界に僅か、超級の魔剣なのですから」

 

 魔剣どころか、ツェツエに居る事も内緒だけどね!

 

「偶に手紙は出しますが、放任主義みたいですから」

 

 放任主義は嘘だけど。

 

 でも生存してる事は報せてる。マジで探されたら大変だし、年に一度だけ手紙を出しているのだ。勿論出処が分からない様に小細工してるよ? 幾つかある伝手を利用してるから、まさか別大陸に逃げてるなんて想像もしてない筈、多分!

 

 

 

 生まれ故郷のバンバルボアも、一緒に過ごした皆んなも好きだけど、淑女としての強制が合わなかったんだよな。それに、あのままだと御約束の許嫁とか出来そうだったし。

 

 それよりも今は、最高の美少女との時間が大切なのだ! でも、おかしいな。何かグラグラフワフワするんですけど?

 

 

 

 

「ジル様? 大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよー、酔ってなんかいませんから!」

 

 リュドミラちゃん綺麗だね!

 

「失敗しました……こんなに弱いとは、可愛いですけど」

 

「リュドミラ様? 何か言いました?」

 

「いえ……」

 

 

 

 

 タチアナ様が選んだだけあって美味しいな、このワイン。後で名前を教えて貰おう。帰ったらターニャちゃんにも一口だけあげて冷やかすんだ。

 

 おかわりを頼もう。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「少し……酔ってしまいました」

 

 ウェーブのかかったブロンドの髪は綺麗で、紫紺の瞳は夜光の花々の光を反射して星空を纏う。彼女は俺の肩にコテンと頭を乗せ、暫くそのままだった。鼻を擽ぐる仄かな女の子らしい匂い、其の中に混ざるお酒の香りは大人を感じさせて少しだけ混乱した。

 

 こんな感覚、初めてだ。

 

 胸は変わらず高鳴るのに、身体は動かない。ボーッとする頭が司令を発しようとも、鋭敏なセンサーからは隣の美しい人の存在以外を捉える事は無かった。

 

 でも、俺達の気持ちは互いに分かってる。

 

 少しだけ歳は離れているけど、なんの障害にもならないだろう。

 

 

 

()()()()()

 

「ジル様……ずっとお慕い申しておりました。本当によいのですか?」

 

「何を言うんだ。()だってキミだけを見ていた。こんな時間が来るのを長い間待っていたのに」

 

「嬉しい……咲いた夜光の花々の色、それは私達二人の瞳を示していたのですね」

 

「そうだね、もう俺にはリュドミラの瞳しか映らないけど、きっと花達も祝福してくれているさ」

 

「ああ……ジル様……」

 

「リュドミラ……」

 

 祝福のキスを……紫紺の瞳は閉じて、薄紅色した唇だけが意識に残る。再び瞳が開いたとき、俺達は新しい世界に旅立つのだろう。

 

 

 

「……お姉様? 何をしてるんですか?」

 

 う、うん?

 

()()の私を差し置いて、楽しそうですね?」

 

 ま、まさか……

 

 リュドミラちゃんは俺を待ったまま動かない。まるで時間が止まってしまった様だ。

 

「ハーレムを許可した途端に羽目を外すなんて、お仕置きするしかありません。大丈夫です、少しだけ痛くしますから」

 

 タ、ターニャちゃん?

 

 振り向くと、可愛いターニャちゃんが両手にロープを持って立っていた。

 

「この"ジルヴァーナに罰を"であれば、お姉様は二度と悪さ出来なくなるでしょう? 大丈夫、使い方ならバッチリですから。シャルカ()()()から教えて貰いました」

 

 あわわわ……何でその危険物の名前を……しかもお母様まで!

 

「さあ、覚悟して下さい。この後、クロエさんやタチアナ様、パルメさん、リタさん、他にも皆から話がありますよ」

 

 ひ、ひぃ……タ、ターニャちゃん落ち着いて!

 

「私は落ち着いてますが?」

 

 ぎゃー! キスを待つ王女様には悪いけど、此処は撤退だ! ごめんよ、リュドミラちゃん!

 

 あ、あれ? 身体が……動かない!

 

「お姉様の魔力強化ですか? 既に無効化済みです」

 

 い、いつの間に其処まで⁉︎

 

「往生際が悪いですね? さあ、行きますよ……」

 

 こ、怖い! ジリジリ寄ってくるのが怖すぎるよ!

 

「今更プルプル震えても遅いです。寧ろ……」

 

 あ、あ……

 

 い、いやーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「ごめんなさい、お兄様」

 

「気にするな。ジルも講義で疲れてたんだろう。今日は模擬戦もあったし、しかも相手はコーシクスだ。流石の魔剣も少しだけ本気を出していたからな」

 

「少しだけ、ですか?」

 

 リュドミラは遠目ながら見学していて、まさに超級の人を超えた力を目撃したのだ。見たどころか速すぎて目で追えない程だったが。ましてやツェツエ、いや大陸最強と言って良い竜鱗騎士団を相手取っての戦いだ。そして5人目は剣神として名高いコーシクス=バステド。

 

 ツェイスが謙遜する理由もなく、自然な疑問だった。

 

「ああ、ジルの本気はあんなモノじゃない。魔力強化も僅かしか使ってないし、属性魔法も限定的な使用に抑えていた。模擬戦で、しかも教官として心掛けていたんだろうが……兎に角、まあ三割といったところだ」

 

 二人の兄妹は視線を下げて、その本人を眺めた。

 

 ワインが効いたのか、目尻に皺を寄せて僅かに身動ぎしている。ツェイスに横抱きにされて、普段では見れない幼さを感じる姿だ。膝裏と背中をツェイスに支えられたジルは頬を赤く染めて眠っていた。

 

「酔い潰れた姿まで美しいなんて、本当に女神様みたい」

 

「全く……弱いのに無理するからだ」

 

 苦笑いの中に、隠せない恋慕がある。愛おしい人は変わらず、飽きさせない少年の様な女性だった。反する美貌と無邪気な心。人を狂わせる何かを持つ彼女は、悪夢でも見ているのか薄く唇を開く。

 

「あぅ……だ、ダメ……」

 

 傾けた表情は確かに何かに追われているかの様に歪んだ。だが同時に、男性には見せられない人外の色気を発するのだ。

 

「……もうお酒は飲ませては駄目ですね。こんなジル様をお兄様以外に見せては」

 

 流石のツェイスも目を奪われて両腕に力が入る。冒険者とは思えない柔らかな身体と、起伏のハッキリした線。同性であるリュドミラすらも赤らむのを感じた。

 

 乱れた長い白金の髪は、それでも艶を失わない。美の代名詞アズリンドラゴンに例えられる瞳は瞼に隠れたが、長い睫毛と整った鼻筋を見慣れる事はないだろう。

 

「もう遅い、ミラは休め。ジルは俺が部屋まで運ぶ」

 

「あら? 此れが市井で有名な"お持ち帰り"?」

 

 ツェイスは整った顔を歪めて妹に睨んだ。

 

「何でそんな言葉を知ってるんだ……母さんに叱られる、いやタチアナに聞かれたら大変だぞ?」

 

「……タチアナには内緒でお願いします。それと、もし怒られるならクロエも一緒ですよ? 教えてくれたのはクロエですから」

 

「クロエか。仕方がない奴だ」

 

 紅炎騎士団長は貴族出身ではない珍しい叩き上げの女性だ。キツめながらも可愛らしい容貌、天真爛漫な性格、そして男性騎士にも負けない実力から同性の圧倒的な人気を博している。

 

 リュドミラとタチアナ、クロエの三人は普段から行動を共にしていて年の離れた友人でもあった。

 

「ではお兄様、お先に休ませて頂きます。ジル様をよろしくお願いしますね?」

 

「ああ、任せておけ」

 

 数歩先で何処からともなく現れたタチアナに驚き、リュドミラは何やら青白い顔に変わった。少し涙目になったのも見えたツェイスだったが助けたりはしない。同時にクロエの無事を祈るくらいだ。

 

 再び歩き出すと、再びジルを眺める。

 

「眠り落ちた女神か。一体どんな夢を見てる?」

 

 その呟きは届いてないだろうが、薄っすらとジルの瞼が開いた。

 

「あ、あれぇ? 何でツェイスがいるの?」

 

「夢だからだろ?」

 

 何となくツェイスは返す。

 

「夢、夢だったんだ……良かったぁ」

 

「怖い夢でも見たのか?」

 

「うん、大好きな人が怒ってさ」

 

「大好きな人? 誰だろうな」

 

 良くない事だと知りながら、ツェイスの口は止まらなかった。

 

「んふふ、内緒だよー。ツェイスには言えないもん」

 

「それは残念だ」

 

 何故だかホッとしたツェイスの視界に送り届ける部屋の扉が見えた。

 

 ジルを抱えたままに鍵を開けると押し開く。

 

 またも眠りに落ちた女神様は緩やかな吐息を漏らしていた。溜息すら凍ってしまう美貌を眺めながら、寝室へと向かった。ベッドが目に入ればどうしても意識してしまうが、努めて無視する。

 

 優しく横たわらせると、真っ白なシーツを肩まで掛ける。その後暫く眺めていたが、ツェイスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「お持ち帰りではないが、送り狼と言う言葉もある。少しくらい役得があってもいいだろう?」

 

 当たり前に返事をしない戦友兼愛しい人の額に軽く唇を付け、笑顔のままにツェイスは去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅ……ターニャちゃん、ゴメンって」

 

「ね? もう解いてよ……」

 

「な、何するの?」

 

「ひ、ひゃー! ぶへっ!」

 

 痛い……な、何だ? どうなった⁉︎

 

「あ、あれ? 此処は……?」

 

 ターニャちゃんもいないし、"ジルヴァーナに罰を"に縛られてもないぞ?

 

「ゆ、夢かぁ。怖かった……やっぱりあの縄は取り返ないと、うん」

 

 しかし、リュドミラちゃんとのデートはどうなったんだ⁉︎ 至高の美少女とのデートだぞ⁉︎ 貴重な体験だったのに!

 

「何か途中からツェイスも出て来た気がする……何処からが夢なんだろ」

 

 うぅ……やっぱりお酒は苦手だーー!

 

 

 

 

 



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☆女の子、勘違いを加速する

ターニャ視点です


 

 

 

 

「クロさんが?」

 

 クロエリウスが迎えに来る筈だったけど、朝から全く崩れない縦ロールお嬢様がドアの外に立っていた。ここ数日で随分話すことが増えたけど本当に良い子だ。口調こそアレだけど、優しく気配りが出来て可愛らしい。執事の人が溺愛するのも分かる気がする。

 

 お姉様も言っていたけど、クロエリウスは一体何が不満なんだろう。まあ、あの人と比べたら誰でも普通に見えちゃうのかも知れない。

 

「はい。今朝方、我が兄に連れられて出立しましたわ。かなり急ですが重要な任務で、勇者として同行するそうです。ターニャさんならご存知だと思いますが」

 

 僕が知ってる事? あるとは思えないけど……

 

「兄、確かディザバル様でしたか? 蒼流騎士団長と伺っています」

 

「まあ、ターニャさんにも知られているなんて光栄です。任務ですが、姉々様達との旅路で"アークウルフ"と遭遇した筈ですわ。原因や状況を調査……あの魔物は本来あのような場所に現れてはいけない獣ですから。冒険者ランクも相当な高位を求められますし、軍ならば尚更」

 

「アリスお嬢様、詳しいですね」

 

 一見典型的な箱入り娘なのに、本当にしっかりしてる。

 

「お嬢様はやめて下さらないかしら。先日の夜会で朋友となったでしょう?」

 

 朋友なんて難しい言葉使うよね、しかも女の子なのに。

 

「すいません。アリス様」

 

「アリス様もです」

 

「流石にそれは……お姉様に叱られます」

 

 こう言えば大丈夫。

 

「む、仕方ないですわね……話を戻しますが、我がジーミュタス家は武を尊ぶ騎士の家系。ましてやディザバルお兄様は騎士の長、妹が足を引っ張る訳にはいきませんの。剣を取る事を許されないならば、せめて知識を持つのは当然ですわ。でも、だからこそ姉々様に憧れもします」

 

「なるほど……素晴らしいですね。それとクロさんが必要になった理由もよく分かりました。確かにあの狼を目撃したのはお姉様とクロさん、そして私ですから」

 

 ギルド長のウラスロさんとかは討伐後だから、この場合はクロエリウスが適任だろう。

 

「姉々様が同行すればもっと安心ですけれど、ディザバルお兄様がいますから危険の欠片もないですわ」

 

 態々朝早くから伝えに来てくれるなんて、この娘って本当に優しい。縦ロールとか見た目に騙されちゃ駄目なヤツだ。

 

「教えて頂いてありがとうございます」

 

「では行きましょうか」

 

「え? 何処に?」

 

「あら、ふふふ。何を驚いてますの? 今日はアーレを散策するのでしょう?」

 

 手を口元に当てて上品に笑うお嬢様。

 

 うん、絵になるね。

 

 

 

 

 王都アーレ=ツェイベルンは巨大で同時に美しい都だ。

 

 北欧の街並みに似てる気がするし、色合いも華やかで綺麗。白い石材が多くて石畳?の街路には統一感を感じる。所々に樹々も配置されて、木漏れ日だって街を飾る装飾だ。多分だけど、宿場町のツェルセンはアーレを参考にしたんだろうな。違うのは海が近い事くらい。潮風を偶にだけど感じて、益々ヨーロッパ辺りが頭に浮かぶ。

 

「アーレは一度たりとも他国に攻められた事がありませんの。偉大なるツェツエ王家の翼に包まれ、精強な騎士団と才能(タレント)持ちが何度も敵を蹴散らしたのです。そして今も、何より姉々様ともう一人の超級が王国を守る剣であり盾でもありますから」

 

 アリス様の街案内は観光と言うより歴史や軍事に関する事が多い。でも何だかサマになってるし、退屈しない様にお姉様の話題を挟んでくれる。

 

魔狂い(まぐるい)でしたか。お姉様から何度か名前だけは聞きました」

 

「ええ、あの(おきな)は"殲滅"と呼ばれる戦術魔法を多用し研究する第一人者ですわ。広範囲を効率的に破壊する強力な魔法です」

 

 何故か整った眉を少しだけ歪め、遠くを見たお嬢様。

 

「どうしました?」

 

「ツェツエを様々なカタチで助けて下さる偉大な方ですが……女性に対する、態度が……」

 

「態度、ですか?」

 

 頬をほんのり赤く染めると小声で耳元に囁いてくれた。

 

「女性の、その……お尻とかを触ったり、時には胸だって」

 

「ああ、セクハラ……」

 

「何ですの?」

 

「いえ、つまりエッチなんですね」

 

「そ、そうですわ」

 

「それで分かりました。お姉様が何度も魔狂いさんに怒ってましたから」

 

「あの絶佳ならば被害も酷いのでしょうね……」

 

 絶佳……確か風景に対する美しさを讃える言葉だけど、人に向けるなんて珍しいな。アリス様なら知らない筈ないし、眺望絶佳に勝るお姉様は人を超えたって意味かな。

 

「アリス様も気を付けないと」

 

「他人事みたいに言っては駄目ですわよ?」

 

「何故ですか?」

 

「何故って……ターニャさんは可愛らしい早乙女(さおとめ)でしょう」

 

「な、成る程」

 

 そう言えばそうだった。所謂"か弱い女の子"ってヤツだもんな。暴漢に襲われたら太刀打ち出来ないかも。

 

「ふふふ、そろそろ昼餐の時間ですわ。パミール通りに行きましょうか」

 

 

 パミール通り、確か最初にアリスお嬢様と会った通りだよね。飲食店が軒を連ねたって感じの。伯爵家のお嬢様が行くようなイメージ無いけど、慣れてるっぽいからよく行くのかな。

 

 

 

 

 

 人通りがほんの少し減ったみたい。

 

「随分と遅くなりましたわね。ターニャさんとの時間が楽しくて時を忘れてしまいました」

 

 街灯りに照らされた通りはまだまだ明るいけど、空を見上げたら夜になってるのが分かる。僕も楽しかったから全然問題ないけど。

 

「アリス様、私も楽しかったです。アーレの事をもっと好きになりました」

 

 心からそう思う。それにお姉様が住う都になる訳だから嫌いになる事なんて無い。

 

「ターニャさん?」

 

 まるで覗き込む様に、碧眼が瞬いた。

 

「はい」

 

「少しは元気になったかしら。可愛らしい笑顔が似合ってましてよ」

 

「……えっと」

 

「クロエリウス様も心配されてましたわ。今は寂しくても貴女は変わらず姉々様の妹。きっと大丈夫です」

 

「アリス様……ありがとうございます」

 

 全部お見通しだったのか。

 

 顔には出ない方だと思ってたのに……昨日の朝もお姉様が来てくれたけど、何だか顔を見せたく無くて断った。あの人の事だから辛い顔を少しでも見せたら大騒ぎしそうだし。クロエリウスにも被害が及ぶかもしれない。

 

「もし将来アーレに住まう時が来たら、必ず私を訪ねて下さってね。素敵な王都の生活を扶翼しますわ。ジーミュタスの娘としてだけでなく、貴女の朋友として」

 

 全部がお姉様のお陰かな。こんな素敵な女の子にだって出会えたんだ。アートリスにも沢山の優しい人達がいる。やっぱり幸せ者だよね、僕って。

 

「その時が来たら甘えさせて貰います」

 

「ええ、遠慮なくどうぞ」

 

 そう言うとアリスお嬢様は笑う。元気も貰えたよ。

 

「今日の最後に案内したいところがありますの。きっと気に入りますわ。もう少しだけ宜しくて?」

 

「はい、勿論」

 

 周りの護衛、ジーミュタス家の人達だって何も言わないし、意外とお嬢様に甘いみたいだ。

 

 まるで妹の手を引き歩く姉の様に、アリスお嬢様が連れて行ってくれた先は……

 

「特別に入れて貰える、と言う程ではありませんが、今の季節ならば一度は訪れますの。普段であればお兄様が一緒ですが、ターニャさんは特別。どうですか?」

 

 道すがらは人が随分と減り、路地裏と言っていい細い道を抜けて来た。確かに誰か一緒じゃないと女の子には怖いかもね。背の高い城壁に登り、開けた視界には美しい光景が飛び込んで来る。アーレの外は闇に沈んでなんか無かった。

 

「綺麗……あの光って何ですか?」

 

「あら? ご存知ないですの? 夜光花ですわ」

 

「夜光花?」

 

「群生地を借景に出来るの場所は多くはありません。まるで夜空を歩いているようでしょう?」

 

「夜空……確かに星の海を眺めているみたい……」

 

「星の海。素晴らしい表現ですわ……詩的で、優しい」

 

 元の世界では其処まで珍しい言葉じゃないけど、アリスお嬢様には響いたみたい。嬉しそうだし良かったかな。

 

「アリス様が訪れたくなる気持ち、分かります。こんな光景が見れるなんて」

 

 高層ビルが立ち並ぶ都会の夜景にも勝る圧倒的な光。お姉様と見た星空にだって負けない、そう思う。

 

「王城内に夜光花が咲き乱れる庭園があると聞きますが、私はまだ見た事がないですわ。いつか足を運んでみたいと思っています」

 

「それなら……お姉様も見ているかもしれませんね、夜光花を」

 

「ふふ、きっとターニャさんと同じ様に幸せを感じて、女神に微笑みが浮かぶのでしょう」

 

「美の女神でしたか」

 

「ええ。女神と讃えられた人は多いでしょうけれど、あれ程に似合う人は姉々様くらいですわ」

 

「確かに」

 

 アリスお嬢様の目を見ると思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 夜光花を眺めてから大した時間も経ってない。

 

「キミに不法入国と滞在の嫌疑が掛かっている。同行願いたい」

 

「私に、ですか?」

 

 まるで取り囲む様に男達が立っている。

 

「お待ちなさい! 何かの間違いですわ! ジーミュタスが世話役として承認が……」

 

「アリス嬢、勿論全て理解している。だが、此れは正式に蒼流へ要請が降ったものだ」

 

「そんな……お兄様は、ディザバル団長は知っているのですか⁉︎」

 

「ご存知の通り、団長はアートリス近郊の調査に向かっている。権限は副団長以下しっかりと残されたが、当然の事だ。それとも、ジーミュタス家の令嬢として反論されるのか?」

 

「……くっ」

 

 血の繋がりで無理を通すのはきっと愚かな事だろう。それは僕にも分かった。アリスお嬢様の気持ちは嬉しいけど迷惑をかける事になる。

 

「アリス様、大丈夫です。この方は嫌疑、つまり疑いがあると言われているだけです。ちゃんと説明すれば」

 

「ターニャ、その通りだ。やましい事がないなら堂々と」

 

「お黙りなさい! その言葉、失礼ですわ!」

 

「ふむ、撤回しよう。だが、お二人とも理解しているのか? このツェツエに名高い"魔剣"への疑いが拡がる可能性を。かの英雄を蔑める事などしたくはないが」

 

 何か怪しい光が瞳に見えた気がするけど……此れから幸せになるお姉様に迷惑は掛けられないよね。そもそも全てを無償で、何一つ得のない僕を引き取ったのが原因なんだし。

 

 アリスお嬢様は悔しそうに俯いている。お姉様と同じ、優しい女性(ひと)だ。

 

 怖いけど、きっと大丈夫。だって何一つ悪いことなんてしてない。アートリスの皆んなだって味方してくれる筈。

 

 それに、お姉様だって知ったら怒り出すかも。

 

「ふふっ」

 

「ターニャさん?」

 

「いえ、すいません。お姉様を思い出してしまって」

 

「……必ず姉々様に報せます。お父様に相談しますから安心なさって」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 

「では、同行願おう」

 

「分かりました」

 

 

 

 段々遠くなるアリスお嬢様を見てると、不安が大きくなるな……

 

 でも、不法入国に滞在か。

 

 困った……僕の身元なんてこの世界にあるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、罠に嵌る

 

 

「皆さま、三日間ありがとうございました。私も様々な経験を積む事が出来たので感謝を」

 

 やっと終わったー!

 

 最終日は殆ど復習と自学だったから楽ではあったけど、昨夜の失態が頭を過ぎって大変でした! ツェイスは普段通りだし、やっぱり夢だったのかな? リュドミラ様には何やら意味深な笑みを贈られたけど……

 

「ジル、竜鱗も更に課題が見つかった。明日からが楽しみだ。まさに魔剣のおかげだな」

 

「殿下……」

 

「ジルよぉ、偶には素直に受け取っておけよ? そうじゃないと次が頼み難いからな」

 

 ……シクスのおっさんは相変わらずだな! まあ気遣いなのは分かるけど。

 

「はい」

 

「よし! 講義は此れで終わりだ。其々がより腕を磨いてくれ!」

 

「「「おう!」」」

 

 うーむ、体育会系だなぁ。筋肉が見えるぜ。

 

 もう夕方だし時間もあるから、久しぶりにターニャちゃんに会いに行かないと! そろそろ禁断症状が出るからね、うん。

 

「ジル、俺はこの後予定がある。そっちは確かクロエと会うのだったか……滞在時間を伸ばしたのは母さんから聞いているから、また話そう。それに、まだやる事があるだろ?」

 

「勿論覚えています。殿下と二人、ですね?」

 

「ああ、ジルの本当の姿を見せてくれ」

 

「殿下もです」

 

「ふっ……楽しみだ。じゃあな」

 

「はい」

 

 試合かぁ……シクスのおっさんとの模擬戦で見せた雷魔法、見えなかったんだよなぁ。これは油断出来ないかもね。

 

「やる事、二人、本当の姿、楽しみ……くくく」

 

「……何ですか? コーシクス様」

 

「別にー? 楽しそうだと思っただけだぞ?」

 

 何だよ……ただの試合で……

 

 んん? 言われてみれば、ほかの意味にも……

 

「ち、違いますよ⁉︎ 変な誤解をしないで下さい!」

 

「まぁまぁ、分かってるって」

 

 ニヤついてるじゃん! 違うから!

 

「コーシクス様!」

 

「大丈夫だって。じゃあな!」

 

 絶対分かって無いだろ! あっ! 速ぇ!

 

 はぁ……

 

 もういいや。それよりもターニャちゃんに会いに行って、そして赤毛のお姉ちゃんのクロエさんと遊ぶんだ! 先ずはお風呂に……いやでも、個人訓練とか言ってたな。それなら後がいいかも。汗臭いとか思われたくないし。

 

 いつでも素敵なお姉様でいないとね! いや、もはやターニャちゃんは俺のお嫁さんと同じ、いやそれ以上! グフフ……

 

「ジル、少しいいか?」

 

 ん?

 

「ミケル様。どうされました?」

 

 相変わらず神経質そうな表情だ。最近凄く見られてるから、緊張してしまうよ。痩せこけた頬、鋭い視線、やっぱり学者かお医者さんみたいだな。

 

 それより、この人からジルって呼び捨てにされてたかなぁ? 気の所為?

 

「少し内密な話だ。ジルと同行者の子供について」

 

「子供……ターニャちゃ、ターニャですか?」

 

「そうだ」

 

 何だろう? て言うか何でターニャちゃんを知ってるんだ?

 

「分かりました」

 

「よし、こっちへ」

 

 ミケル様はそう言うと、城から見えない建物の影へ連れて行く。校舎裏へ呼び出し、なんてね。

 

 周りの気配を探って振り返ったミケル様は真剣だ。うーむ……

 

「知っていると思うが、我がチルダ家はツェツエの法と治安を担って来た。無論ツェツエ王家、ひいては陛下の御威光が在るからこそだ」

 

「はい」

 

 んー?

 

「それ故に、王国内の情報……特に法に触れるモノは多く集まる訳だが」

 

「そうですね」

 

 何ですかー?

 

「まだ私が押さえているが、ジルにある嫌疑が掛かっている」

 

「私にですか?」

 

 またまたぁ……そんな冗談面白くないよ?

 

「年端のいかない少女を側に置き、無理矢理働かせていると言う噂だ」

 

 はぁ?

 

「えっと……何かの間違いでは?」

 

「私もそう願うよ。だが幾つかの証言がある」

 

 証言⁉︎

 

 ミケル様は両腕を組み、俺を下から上まで眺める。何かキモい。

 

「兎に角、そんな噂は嘘に決まってます。ターニャちゃんは私の妹も同然で……」

 

「証言1。子供を引き取った魔剣はギルドにも顔を出さず、突然依頼も受けなくなった」

 

 まあ、そうですけど? だから何さ?

 

「証言2。その少女は毎日の様に重い荷物を買い出しに行き、日々の家事も一人でこなしている。小さな身体では大変そうだったと。しかしジル本人が手伝う様子は無く……キミの屋敷は一人で管理するには余りに広いらしいな?」

 

 うっ⁉︎

 

「証言3。そんな大変な日々の中、魔法の訓練も課されている。しかし、本来学ぶべき初歩の属性魔法すら教わってない。驚く事に汎用も」

 

 うぅ⁉︎

 

「証言4。独立して一人で住む事も許されず、理由をつけて魔剣の家に居ることを強いられているとも」

 

 うひぃ⁉︎

 

「証言5。まあ此れは眉唾だが……入浴や着替えにも何やら変な事を求められている、らしい。おまけに"お姉様"と呼ばせて喜んでるとな」

 

 あわわわ……証言者達の顔が目に浮かぶぞ! アイツら、絶対面白がってるに決まってるよ! 特に最後! 絶対にドワーフ爺だろうが! ミケル様、真面目に受け取ってるぅ!

 

「知っているだろうが……ツェツエでは子女からの掠取は重罪だ。其処で確認だが、()()は当然に払っているのだな? まあ流石に無給は無いと思うが」

 

「あ、あの……」

 

 違うんですぅ、違いますからぁ! ほんの少しニートしてただけで……

 

「どうした? 顔が青いぞ? 無給ならば過去に制定された法、奴隷禁止法にも関わるかもしれん。それなら罪はより重い。ましてや立場が弱く、逃げ場もない孤児ならば道義的責任も問われる」

 

 あばばばば……

 

「ご、誤解です……」

 

「ならばいい。で? 証言は事実なのか?」

 

 違うけど、違わない……いや、合ってる、のか?

 

「それは……」

 

「困ったな。ならば、被害者であるターニャとやらに……」

 

 ぎゃー!!

 

「あ、合ってはいますが、微妙に違うと言うか……あの……」

 

 ターニャちゃんは異世界人な上にTS女の子で、イベントを起こす為に遊んでるとか、実は俺の嫁!だとか、才能(タレント)がヤバいとか言えない……

 

 どないしよ……

 

 悩んでるとミケル様は顎に手を当て呟いた。

 

「ふむ……私はジルの講義で生まれ変わったと言ったな。それは本心でキミには心から感謝している。だから、先ずは良く話を聞かせて貰おう。流石に表向きには難しいが何か手があるか考えようじゃないか。()()()

 

「は、はい」

 

「では行くか」

 

「あの……何処へ?」

 

「そうだな……我が屋敷では色々と拙い。伝手のある場所に行こう。あそこなら誰にも見付からないし、内密な話も出来る」

 

「紅炎のクロエ様と約束が……」

 

「分かっている。クロエには私から話を通しておく」

 

「……はい」

 

 うぅ……何て言い訳しよう……全部話せないし。特に才能(タレント)は絶対に駄目だ。う、うわー! 頭がーー⁉︎

 

 大体さ、ターニャちゃんの事はウラスロの爺様に任せてたから良く分からないんだよ……こんな事ならしっかりと聞いておくんだった。何かの手続きミスだろうけどさぁ。元の世界と違ってメールや携帯で直ぐに連絡とか出来ないし、確認するにも時間が掛かるだろうな……

 

「くくっ、此処まで簡単とは。他に用意していた手が無駄になったな」

 

 ん? ミケル様、何か言った? 気を取られて良く分からなかったぞ?

 

「あの馬車だ」

 

 気のせいかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

「此処だ」

 

 窓も無い馬車だったから、横の扉が開いて漸く外の空気が吸えた。特に会話は無かったけど、ミケル様の視線が気になる。何かキモさが倍増してません? まぁ、超絶美人の俺が向かい側に座ってたら見ちゃうのは理解するけど。

 

 開けた先に木製の階段が用意されていて、二人ほど執事らしき人が迎えに出てる。エスコートは無く、ミケル様は先に降りて何やら話している様だ。まぁ、要らないし……ターニャちゃんやリュドミラ様なら良いけど! いや、俺がエスコートする側だよ?

 

 アーレでは中規模の屋敷ってとこかな。公爵の本邸では間違いなく無いし、知らない所だ。

 

「ミケル様……」

 

「ああ、済まない。悪いが剣や武器類は預けてくれ。まあ言わなくとも理解しているか」

 

「あっ、はい」

 

 剣帯を外し、其れごと魔力銀の剣を預ける。他の装備はナイフくらいだけど仕方無い。因みにナイフも魔力銀を使用した特製だ。素材自体に大した価値は無いけど、技術は特別だからお高いのだ!

 

 でも当然に執事さんが預かり証を発行してくれた。品目も間違い無く、かなりの高級紙だと分かる。一番下にはサインがしてあって、この屋敷が誰のものかも知れた。

 

「ルクレー……此方は侯爵様の?」

 

「ああ、ルクレーの別邸だ。普段は余り使われてないからな。他にも色々と協力してもらう為に今夜は集まって貰った」

 

 ルクレー侯爵かぁ。血統主義の強い如何にも貴族のおっさんだよな。以前ツェイスとの話を耳にしたのか、公然と大反対したのを覚えてる。でも、俺はそんな気が無かったから寧ろ助かりました! ありがとうルクレー!

 

「ジル、少し待て。おい、紅炎に伝言を」

 

「は!」

 

 もう一人の執事さんに手紙らしき紙を渡し、耳打ちまでしてる。見た目もあって時代劇の悪代官っぽいぜ。でも人を外見で判断しちゃ駄目だよな。

 

 足早に去って行く執事さんを見送り、ミケル様は振り返った。

 

「今回の事情は説明していないから安心してくれ。例え疑いの段階でも魔剣の醜聞を広めたくは無い。まさか幼気な少女を不法に扱っているなどと」

 

 うぅ、違うんですぅ……

 

 だけど下心満載なのは否定出来ないのがツラい。だって、ターニャちゃんとお風呂にもっと入りたいし、チューだって沢山したい! で、出来るならあんな事や変な事を!

 

「は、はい」

 

「では中へ。ジルの声を()()()()と聞かせて貰おう。その()()を教えてくれ」

 

 兎に角、ターニャちゃんは大切な妹だと伝えるぞ。マリシュカやパルメさん、他にも事実を教えてくれる人は沢山いる訳だし。何も悪いことなんてしてないからね? た、多分だけど……

 

「あ、あの……クロ、勇者クロエリウスに伝言は出来ますか?」

 

「クロエリウスか。確か以前はジルに師事していたな」

 

「はい」

 

「普通は容疑のかかった者に外と連絡などさせないぞ? 悪い事を考える奴等は幾らでもいる。だが、ジルの言う事だ」

 

「ありがとうございます」

 

 ターニャちゃんも最近寂しそうだったから、言伝を頼もう。

 

「だが、残念ながら……」

 

「え?」

 

「勇者は今朝アートリスに向けて発った。とある調査に彼が必要だった為だ」

 

 えぇ?

 

「アークウルフ……あの地域で現れてはならない魔物。道中の危険度も跳ね上がり、行き来も途絶えては大変だ。アーレとアートリスを結ぶ線を切る訳にはいかないからな」

 

「それは……」

 

「ジルが討伐したから当然に知っているだろう? 目撃した人間が必要なんだ」

 

「……はい」

 

 聞いてない! じゃあターニャちゃん一人って事⁉︎ 大事な任務なのは理解するけど、でもアリスちゃんが居るから……むぅ……

 

「この先だ」

 

 地下かな? まあ内緒話には最適だけど……不安そうな俺を見たのか笑みを浮かべてミケル様が言った。

 

「二人きりじゃないぞ? 他にも人はいる」

 

 一応頷くが魔素感知は念の為にしておく。癖みたいなものだし。

 

 でも、とにかく何か言い訳を考えないと。才能の秘密は絶対に守らないといけないし、何よりターニャちゃんを怖がらせたくない。クロエさんとのデートが無くなったのは残念だけど……

 

 うぅ……困ったなぁ……微妙に真実だから尚更だよ。客観的に見たら間違いなくターニャちゃんに頼り切りだった。

 

 ふと前を見ればミケル様はスタスタと歩く。こちらを気にする素振りはないみたい。ってか早足だ。

 

 正直高位貴族の子息としてはどうかと思う。俺自身はどうでもいいけど、普通は女性に気遣いするものだからね。ツェイスとかだったら俺の歩くスピードとか、階段とか、そんな時自然に気配りするし。

 

「ルクレー様の別邸と聞きましたが良くご存知ですね?」

 

 案内役もいないのだ。

 

「良く利用させて貰ってるからな。話し合いや打ち合わせ、捜査にも」

 

「そうですか」

 

 階段の先は何か薄暗い。

 

 

 

 あの……怖いんですけど⁉︎

 

 

 

 

 

 



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お姉様、掌で踊る

 

 

 王城内に用意された一室、そこで年配の男性とメイド服の女性が使い古した椅子に腰掛けている。

 

 燭台の灯りはあっても小さな換気口以外に窓は無く、数人が入れば息苦しく感じる広さだ。城内でも奥まった所で、周囲には物置き程度の部屋ばかり。扉すら普段は鍵が掛かっていて、ほぼ全ての者が記憶にも残していない、そんな場所だった。

 

 燻んだ銅色の髪を真ん中で分け、同じ色の髭が口周りを覆っているが、綺麗に整えてある事で下品な感じはしない。その年配の男は向かい側に座る女性を怪訝な顔色で見た。

 

 

「ツェイス殿下に伝えておらんだと?」

 

「はい、お父様」

 

 

 事実、此処には普通の廊下を使っても辿り着けない。だが二人は慣れた空気の中で真剣に言葉を紡いでいる。

 

 

「何故だ?」

 

「私のお役目は承知しています。しかし、個人的感情が今回は邪魔をするでしょう。数年待った機会を逃しかねません。数々の調査も泡と消えてしまっては、携わった者達が報われない」

 

「しかし、両者に対して失礼だ。特に()()は撒き餌にされたと知れば怒りを溜めるだろう」

 

「だからこそです。殿下が知れば判断が狂うか中止を命令されます。しかし私が報告を怠ったならば仕方がありません。お父様にはご迷惑をお掛けするかもしれませんが……」

 

 例え子飼いや部下、或いは愛娘の個人的な判断であろうと、監督者は責任を問われる。知らなかったでは済まされない。

 

「我等は影の存在、その様な事は些事だ。だが、殿下にとっての宝……いずれ我等が忠誠を誓うだろう彼女にも危険が及ぶ」

 

「それは有り得ません。あの方は誰よりも強く、そして美しい。あの男程度が考える事など見通した上で如何様にも対処されます。それに、一応の"保険"は掛けました」

 

「確かにヤツの最近の行動は目に余った。何より、忠誠を誓うべきツェイス殿下に怨みを膨らませるなど不遜に過ぎる。だが相手が相手、生半可な手は効かぬな」

 

「はい。しかしあの方、魔剣ジル様には通用しないでしょう。ある意味で触れてはいけない、魔王より恐ろしい人。6年前、そして4年前の事件を知らなければ嫋やかな女の人にしか見えませんから。もう一人の超級"魔狂い"が残した言葉をご存知のはず」

 

 その女性はまるで目の前に佇む女神を眺める様に天を仰ぐ。事実、その瞳には敬愛と羨望、そして僅かな畏れもあった。

 

 ミルクティー色した髪こそ柔らかな光を反射するが、眼鏡の下の目付きは鋭い。しかしその決意に濁りは無かった。

 

「絶対に、誰であろうと魔剣を怒らせるな、か。だが……」

 

「私は()()()が良からぬ想いを募らせるのを知りながら、ジル様に何一つ伝えておりません。しかし、あの男を断罪出来るのはこの時だけ。大公爵たるぺラン公とて人の親、未だ手を打っていない。つまり、外圧しかないのです」

 

「……王家に手を出さぬ様に願ったのも我等、これも罪の内か」

 

「ツェツエの血が僅かとはいえ流れるチルダ家、当然です」

 

「分かった。全ての責は私が負う。だが、聞かせてくれ。お前の才能(タレント)である"演算"は悲劇を見てはいないな?」

 

 永らく影から王家を支えてきたエーヴ家、諜報と闇の生業を胸に秘めて忠誠を誓う。当代の侯爵、ディミトリ=エーヴは娘にも負けない鋭い視線を這わせた。

 

「お父様。私の才能などジル様の前では児戯に等しいでしょう。ですが、暗い未来は全く見えません。寧ろミケルがドラゴンより恐ろしい逆鱗に触れなければ良いですが……」

 

 タチアナ=エーヴが返す。そして、その言葉に茶化す空気は混ざらない。ディミトリも何かを思い出す様に空中を眺めた。

 

「確かにな……アーレ郊外に発生した魔物の群れ、そして引き起こしたゴミ漁り(スカベンジャー)が馬鹿をしたのだったな」

 

「魔狂いの言の通り、魔剣が我を忘れ本気で殲滅魔法を放てば顎が外れたと逸話が残っています。そもそも古竜すら退けた力の前では何を言わんや、でしょう」

 

「アレは隠蔽が大変だった……」

 

「はい……」

 

 遠い目をするディミトリ、同情を隠さないタチアナがぴったりに溜息を吐いた。

 

「タチアナ、お前には辛い役目を任せてしまって申し訳なく思う」

 

「王家との連絡役ですか? 私は誇りに感じておりますし、何よりリュドミラ様との時間は宝物なので……何度も言いますが、お気にならさず」

 

「……そうだったな。リュドミラ王女殿下は健やかにお過ごしか?」

 

「はい、それはもう。ジル様と会えて最近は日々が輝いております」

 

「ならば良い。ツェイス殿下は間違いなく希代の傑物。凡ゆる清濁を呑み込む器を持つ方だ。だが同時に、リュドミラ様はこのツェツエを照らす光、頼むぞ?」

 

「はい。ツェツエの栄光こそがエーヴの望み。私もディミトリ侯爵の血を受け継ぐ者ですから」

 

 親娘は目を合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「どうかお願いします! どうか!」

 

 護衛の騎士達を差し置き、ジーミュタスの愛娘は髪を振り乱して叫んでいた。普段は慎み深く、麗しい淑女である伯爵家の娘が声を荒げる姿に何人かが振り返る。それに気付いて顔を赤らめるが、しかし自らの振る舞いを恥じるはずのアリスは怯まなかった。

 

 自身が庇護する筈のターニャが連れ去られ、アリスは父に相談すべく即座に馬車に飛び乗ったのだ。ところが肝心の姿は見えず、連絡も取れない。昼間に慌ただしく屋敷を出たらしい。

 

 頼りになる父も兄も居ない今、頭に浮かぶのはあの人しか無かった。つい最近知り合い、その広い心と宝石以上に輝く美を。

 

姉々(ねね)さま、いえジル様にお取り次ぎを!」

 

 門番……と言っても、それぞれが鍛え上げた騎士達だ。例え貴族のジーミュタスが娘であろうと、はいそうですかと門を潜らせない。寧ろ血に負け、権威に膝を突くことを良しとしない程だ。ツェツエの門を守る誇りはそのまま王家への忠誠を表す。つまり、どちらも頑なだった。

 

「アリス嬢。貴女ならご存知でしょう。無理は通りませんぞ。しっかりと手続きを」

 

 辛そうな顔色を見れば騎士の人柄は察せられた。

 

「理解しています! でも……せめて言伝を!」

 

 涙を溜め、騎士達に視線を合わせる。それでも自身が無茶を言っているのが分かるアリスは信じられない行動に出た。

 

 美しいドレスが汚れるのにも構わず、敷き詰めれた石材の地面に膝をつく。そして両手を合わせて胸に当てた。恭順を示す姿勢だが、誇り高く毅然とした令嬢として知られた伯爵家のアリスが行うには余りに衝撃的だった。流石の騎士達も慌てて、同時に切迫した事態なのだと理解する。

 

「ア、アリス嬢! おやめ下さい!」

 

「どうか!」

 

 止めに入る者達から視線を外す事なく、アリスは叫ぶ。

 

 だからだろう、其処に救い手は現れた。

 

「どうしたの?」

 

 全員が振り返ると視界に赤が入る。赤い髪、赤い瞳、焔を体現した紅炎騎士団団長、クロエ=ナーディだった。リュドミラ王女とも近く、朗らかな人柄と男性騎士顔負けの実力を誰もが知る女性だ。

 

「クロエ団長!」

 

 門の内側から緩やかに歩き来ると、跪く姿が見えたのか眉間に皺が寄った。そしてギロリと騎士達を睨み、アリスを優しく立ち上がらせる。

 

「アンタら……」

 

「ち、違います! これは……」

 

「クロエ様! どうかお聞き下さい!」

 

 それにも構わずアリスはクロエの両手を掴む。碧眼と紅眼が交差した。

 

「アリス様、私に敬称は必要ありませんよ? 何でしょう?」

 

 あっさりと聞く体勢になった様子に脱力するが、アリスはやはり構わずに言葉を紡いだ。

 

「どうかジル様にお取り次ぎをお願いします! 急ぎ伝えたい事が……」

 

「ジルに?」

 

「はい! どうか!」

 

「確かジーミュタス家が世話役でしたね」

 

 ふむ、と騎士とは思えない綺麗な指を顎に当ててクロエは暫し考えた。

 

「では一緒に行きましょう。多分同じ要件ですし、タチアナを二人で叱らないといけません、ええ」

 

 何か納得した様子で、うむうむと顔を2回振った。アリスからしたら何故タチアナの名が出たのか不明だったが、進展があったと口を噤む。ある意味でクロエより有名なエーヴ家の令嬢を叱るなど考えられないが、同時に非常に頼りになる存在だ。才能(タレント)の"演算"は伊達ではない。

 

「クロエ団長、しかし手続きが……」

 

「そうね……後で紅炎から正式に出す。団長の権限で責任を持つから安心して。いい?」

 

 柔らかな物言いだが、有無を言わさない空気だ。

 

「はっ!」

 

「アリス様、ついて来てください」

 

「はい」

 

 何としてもターニャを助けたいアリスは、全てを捨ててもと悲壮な覚悟を秘めて歩き出した。

 

「タチアナめ……頭が良すぎるのも考えモノね。ジルとの試合も楽しみにしてたのに。日頃の恨み、お返ししてやる、ムフフ」

 

 逆恨みとは分かっているが、数少ない機会を生かす気マンマンのクロエだった。まあ、大抵は反撃を喰らって泣きを見るのだが。

 

 その独り言は幸いアリスに届かなった。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 遠くにタチアナの背中が見えた。向かう方向からリュドミラの元へ行くのだろう。王城中央部からはまだ離れており、アリスを伴っても特に問題はない。

 

 静々と歩む姿は誰が見ても洗練されていて、足音すら響いていなかった。アリスは見事な姿勢に溜息が出るが、気配なく現れるタチアナの秘密を見たとクロエは違う吐息を吐いた。本当に侯爵家の三女でメイドかと疑ってしまう。やはり天敵は手強いと馬鹿らしい納得をする紅炎騎士団長。

 

「タチアナ!」

 

 ミルクティー色した髪を揺らして振り返る。キラリと光る眼鏡の中を見ても其処に驚きは無かった。

 

「クロエ様、アリス様も」

 

 ある意味憧れの人であるタチアナの前に立ち、アリスは少しだけ緊張する。同時に何処までも理知的な相貌を見て相談相手に相応しいと考えた。直ぐにでも縋りつきジルに取り次いで欲しかったが、流石に我慢する。

 

「タチアナ、話があるわ。少し時間を貰うからね。断っても逃がさないから」

 

「クロエ様」

 

「何よ?」

 

「城内で大声を出すのは感心しません。控えて下さい」

 

「あ……すいません」

 

 つい何時もの癖で謝罪するクロエ。もう条件反射に等しい。25歳を数えるクロエだが、19歳のタチアナは凄く恐ろしいのだ。知らない者が見れば何方が歳上か分からなくなるだろう。

 

「話の内容は察しが付きますが……アリス様はどうされました?」

 

「タチアナ様、突然な訪問お許し下さい。どうしても急ぎ伝えたい事があって……ジル様の」

 

「成る程。クロエ様と御一緒なのも其れが理由ですね。分かりました、此方へ」

 

 まるで全てが予定調和だと言わんばかりのタチアナ。其処に演算の力を見た二人は顔を合わせるしか無い。

 

 いやいや負けないぞとクロエは頑張って背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、王都を揺らす

 

 

 

 

「アンタ、全部知ってるでしょ?」

 

 瞳は炎を纏うように紅く輝き揺れている。しかしツェツエ屈指の戦闘力を誇る紅炎騎士団長に睨まれても、皺一つないメイド服姿の女性に動揺はなかった。

 

「何でしょうか?」

 

「とぼけないで! 分かってるんだからね!」

 

 奥まった場所にある一室、メイド達の休憩所に三人の姿はあった。伯爵家の令嬢を通すには不似合いだが、そもそものタチアナも侯爵家の娘だ。アリスにも不満はない。其れどころか、此処が選ばれた理由も理解出来る。

 

「此処だから良いですが、声を荒げるのはやめて下さい。防音も完全とは言えません」

 

 メイド達の休憩室は彼女達の社交場を兼ねている。はっきり言えば噂話の飛び交う戦場。ツェツエ城内の情報ならば此処に必ず届くのだ。アートリスの拡声器、マリシュカも流石に勝てないだろう。つまり、かなりの密室性を誇る。防音の改造更新は歴代のメイド長が暗黙の内に行うのが通例だ。

 

「誤魔化されないから! ジルとの今日の予定が中止になった事よ。さっき紅炎に連絡が来たわ」

 

 今日の夜は訓練して、二人で色々と会話を楽しむ予定だったのだ。その後にツェイスへとジルを預け、こっそりと観察する予定だったのに! 殿下とジルの逢瀬も堪らなく興味があるが、何より美しくも優しい魔剣との時間を待ち望んでいた。其れが中止になった訳だが、事の根幹にタチアナが居ると分かったからこその怒りだった。

 

「……流石クロエ様ですね。其処までお解りならば、何が起きているかも理解されているでしょう」

 

「本気なの? ジルが可哀想じゃない!」

 

「全ては私の判断です。ジル様に、いえ……殿下にも許されるとは思っておりません。どの様な罰も受け入れます」

 

「何て馬鹿な事を……」

 

 二人の会話の意味するところが分からず、アリスは少し混乱する。ターニャの事を早く伝えたいが、張り詰めた空気に気圧されて唇は動かなかった。

 

「アリス様も此方に来られた以上、隠し立ては失礼になるでしょう。エーヴ家としてお詫び致します」

 

 メイド服に隠された柔らかな双丘の真ん中に手を当て、タチアナは詫びる。

 

 ジーミュタス家からすれば、顔に泥を塗られるに等しい。ジル達が健やかに時を過ごす事が世話役に課せられた使命だ。其れを邪魔されては怒りを溜めても仕方がない。

 

「タ、タチアナ様。おやめ下さい!」

 

 だが、当のアリスにはさっぱり分からない。だから困惑ばかりが募る。

 

「チルダ公爵家は長らくツェツエを支えて来ました。その功績は燦々と輝く宝。しかし、最近の横暴には許し難いものが多い。そして、ミケルは越えてはならない線を踏みにじったのです。忠誠を捧げるべき王家に恨みを抱くなど不遜の極み……でも其処に劇薬が現れました。誰よりも美しく、何よりも強大で、全てを包み込むツェツエの女神が」

 

「ジル様……」

 

「その通りです。アリス様」

 

 タチアナの真っ直ぐな視線に貫かれ、大公爵たるチルダ家の後継ぎを敬称抜きにした事を指摘出来ない。女癖が悪いのは有名だが、貴族にはありがちでもある。

 

「あの変態(ミケル)はどうなってもいいけど、ジルに何かあったらどうするの? アンタ一人の責任じゃ、釣り合わないでしょ」

 

「仰る通りです。ですから先程言いました、エーヴ家としてと。無論それすらも霞むのがジル様ですが……逆にお聞きします。ミケル如きが女神をどうにか出来るとお考えですか?」

 

「それは……そうだけど。ディミトリ侯も知ってるの?」

 

「はい」

 

「……タチアナ、恐ろしいことを考えるわね……」

 

 悪戯が過ぎたミケルは触れてはならない魔剣に近づく。当然ジルに敵わない阿呆な奴は痛い目に遭うだろう。悪趣味が過ぎると責めるつもりだっだが、クロエの想像の上をいっていた。痛い目どころか、ミケルを再起不能にするつもりだ。ようは魔王や古竜に単身挑む様なもの。

 

 タチアナの王家への忠誠は理解していたつもりだったが、足りなかったようだ。この眼鏡姿の才女は自らを悪役に落としてでもミケルを許しはしないのだろう。クロエはミケルにご愁傷様と内心呟いた。まあ、同情など全く無いけれど。

 

「クロエ様、寧ろ恐ろしいのはジル様の逆鱗です。あの方ならば心を制御して頂けると思いますが……ミケルどころか周囲に被害が拡がる事を心配しなければ」

 

「何処に連れてかれたの?」

 

「ルクレー家の別邸です」

 

「はぁ⁉︎ 思いっ切り街中じゃない! 昔を忘れたの⁉︎」

 

 下手をしたら王都に被害が及ぶ。クロエが驚くのも当然だった。魔剣がマジギレしたあの日、美しい草原は焼け野原になってオマケに地形まで変わったのだ。

 

「既に避難は進めています。一応の保険も別邸には派遣済ですし、何より以前のジル様ではありません。クロエ様も感じられたのでは?」

 

「……確かに随分と柔らかくなってた。本人に自覚はないだろうけど、超級としての圧力も薄れて……いえ、抑える術を身に付けたのかな。アートリスで何か変化があったのかも」

 

「はい。あの方は名実共に女神、美しい大人の女性となりました。次期王妃として私から伝える事などない程に」

 

 以前のジルを知らないが為に、アリスは二人の万感の思いを察する事が出来ない。しかし何やら裏で色々と動いているのは分かったが、肝心のターニャの話題が出ないのだ。失礼と知りながらも口を開こうとした時、タチアナが続いて言う。

 

「ですから、余程の事が無い限り、ジル様は冷静に判断して頂けると信じています」

 

「むぅ……後でちゃんと謝りなさいよ? "演算"だって全てを見通せる訳じゃないし、私も付き合うから」

 

 結局折れて、オマケに謝罪にも付き合うと話すクロエに、タチアナは感動すら覚えてしまう。身分すら超えて紅炎騎士団長は人生を掛けた友人となるだろう。

 

「はい。ありがとうございます」

 

「あ、あの。よろしいでしょうか?」

 

 漸く思い切ったアリスの声が部屋に響いた。

 

「申し訳ありません、二人で長々と。ジーミュタス家に責任など皆無、全てはエーヴ家が仕掛けた事。アリス様には御心労をお掛けして……」

 

 世話役のジーミュタス、ひいてはアリスに迷惑を掛けたと再び謝罪するタチアナだが、当のアリスには理解不能だ。

 

「いえ、そうではなく……ジル様にお伝えしたい事があって」

 

「……お聞き頂いた通り、ジル様は今此方にいません」

 

 魔剣が連れ去られた事を抗議に来たと考えていたタチアナは一瞬だけ混乱した。

 

「そんな! で、では、御二方でも構いませんわ! どうかターニャさんを助けて下さいませ!」

 

 まるで代わりだと言わんばかりで失礼な言葉になったが、アリスは止まらなかった。どうお叱りを受けようとも、あの可愛らしいターニャを救いたい一心だ。何よりジルの妹であり、自身も友達なのだから。

 

「ターニャ、さん?」

 

 二人は怪訝な顔色になった。特にクロエはよく分かっておらず、首を傾げる仕草を隠さない。しかし、タチアナは違った。先程まで飄々と返していたエーヴ家の三女だっだが、顔色が悪くなったようだ。

 

「詳しくお話し頂けますか?」

 

 何とか冷静さを保ち、唇に言葉を乗せた。

 

「実は先程……」

 

 そうして事の次第を聞いたタチアナの顔色は益々悪化する。

 

「なに? 何なのよ?」

 

 最近少女を引き取ったのは知っていたクロエだが、余り詳しくない。今日の夜に色々聞くつもりだった。

 

 そして……自らの才能(タレント)、演算が答えを間違えたとタチアナは知った。過去に何度か経験はあったが、此処まで狂うとは予想外に過ぎる。

 

「非常に拙いかもしれません。私もその娘に会った訳ではないですが、エーヴで集めた情報通りだと……アリス様はターニャさんを知っていますよね? ジル様は本当の妹の様に溺愛していると聞きましたが」

 

「はい、それはもう。片時も離れたくないとジル様は想っていますわ。私も嫉妬するほどです。ですから急ぎお伝えしたくて……きっと何かの手違いで……ま、まさか」

 

 心配事を相談出来たことで、アリスの頭も回転を始めた。そして全ては仕組まれた事だと理解する。先程は意味が分からなかったミケルの話も全てが繋がったのだ。

 

「大変……避難を急がせないと」

 

「つまり……」

 

「クロエ様……ミケルは触れてはいけない逆鱗に、魔剣の怒りに……」

 

 先程クロエは言った、アートリスで何か変化があったのかもと。その変化こそが保護された少女である事は確実だ。誰にも、ツェツエの王子にすら靡かない魔剣が唯一その手に掴んだ女の子……ジルに自覚はないだろうが、王家に少なくない激震が走った程の。

 

 そうタチアナが思考したとき、部屋が揺れた。

 

 いや、違う。

 

 街が、王都が、大地と空気が震えたのだ。

 

「ヤバ……タチアナ、あっちの方角で魔力が暴れてるんだけど! 大きくは無いけど、この距離で感知出来るなんて……純度が違い過ぎる!」

 

 騎士として直ぐに魔素感知を行ったクロエも真っ青になる。

 

「間違いなく、ルクレーの別邸がある方角です」

 

 続いて何回かの破砕音が届き、何かが起きた事を報せて来た。恐らく、いや間違いなく攻性の魔法だろう。魔使い最強の"魔狂い"すら慄いた、純粋で膨大な魔力が世界を揺らしたのだ。

 

「あの馬鹿! アーレが消えちゃう! 先に行くわよ!」

 

 クロエは鍛えられた俊敏な肉体を駆使して、走り去って行く。タチアナもアリスを伴い動き出した。こうなっては普通の騎士達では止められない。超級を止める事が出来るのは同じ超級か、ツェツエが誇る剣神しかいないだろう。

 

「いえ、殿下にお伝えしましょう。保険は効かなかったか間に合わなかったのかもしれない」

 

 ()()()()()()()()()()()の騎士となったツェイスならば……

 

 演算はこの様な現実を示唆しなかった。才能を驕り、全ては自身が招いた結果だ。押し潰されそうな不安を抑え付け、二人は足早に立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「殿下、本当に申し訳ありません」

 

 クロエ同様に動き出していたツェイスにタチアナは頭を下げた。全てを明かすべく、説明を尽くすつもりだった彼女にツェイスは怒りを溜めてはいない。

 

「……タチアナが何を考えたか想像はつく。詳しくは後で聞こう」

 

 紫紺の瞳に動揺は見えなかった。

 

「はい」

 

「ミケル、馬鹿な事を。相手が何者かも分からないか」

 

 全てを察したツェイスだが、決して感情は表に出さない。しかし、愛する女性を連れ去られて心は穏やかな訳がないだろう。王子の怒りの矛先はミケルだが、同時に自身に罪があるとタチアナは唇を噛む。

 

「重ねてお詫びを。全ては私が勝手に決めた事です」

 

「今はよせ。ジルが何処にいるか分かるな?」

 

「はい。ご案内致します」

 

「アリス、世話役ご苦労。ジルも随分喜んでいた。其れと、此度の件にジーミュタスの責は無い。お前達の忠誠、何時も感じているぞ」

 

「も、勿体無い御言葉……父に、伯に必ずお伝え致します」

 

 アリスは現在の大変な状況も忘れて涙が溢れた。

 

「キミは帰るんだ。あの場所に近づくのは危険だからな」

 

「殿下……お気遣いに感謝します。ですが、今はわたくしがジーミュタスの名代。お供させて下さい」

 

 ツェイスはアリスの幼くも美しい瞳を暫し眺めて返す。

 

「分かった。俺の側から離れるなよ」

 

「は、はい!」

 

「タチアナ、アリスと一緒に来い。詫びる暇があるなら講じた手を教えてくれ。()()はかけているのだろう?」

 

「はい」

 

 竜鱗騎士団の面々にツェイスは指示を出して、自らも馬を操るべく騎乗した。そして王城から走り去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、マジギレする

 

 

 

 

「ギャーーー‼︎ やっぱり無理ーー!」

 

「ホゲェ‼︎」

 

「あっ」

 

 簡単に吹き飛んで、柔らかな絨毯に転がる。無意識の魔力強化は如何なく力を発揮して、身体の大きな成人男性だって宙を舞うのだ。

 

 キモい目で眺めていた残り二人も呆然としてる。ハッと意識を取り戻すと、真っ赤な顔して俺を非難し始めた。

 

「ジ、ジル! 貴様、何をしたか分かっているのか⁉︎」

 

「魔剣めぇ、やはりとんでもない女子(おなご)じゃ!」

 

「うぅ……」

 

 だって、だってさぁ!

 

 無理なモノは無理だもん! キモいんだよ……あっ、鼻が折れてる。

 

「キ、キハマァ……!」

 

 貴様かな? ほら、治癒してあげるから。

 

 情け無い顔してミケル様が睨んでくる。

 

 ね、ごめんて、だめ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 地下に降りてきて入った部屋は想像と違い、随分と清潔で明るいところだった。

 

 左側には沢山の本が並ぶ棚がズラリと壁を覆っているし、反対には美しい絵画や実戦には使えそうも無い剣や鎧たち。中央には全部で10人は座れそうなソファが向かい合う様に設置してある。

 

「一応紹介しておくか。此方がルクレー侯爵、向こうに居るのはマーディアス侯爵。会った事はあるだろう?」

 

「はい、お久しぶりです。ルクレー様、マーディアス様」

 

 背が低くて禿げ上がったジジィがルクレーで、ワイングラス片手に気障ったらしく笑うのがマーディアスだな。マーディアスは細身で長身のダンディなオジサマだ。まあ、視線はキモいけど。しかしルクレー……何とは言わないけど、随分と後退してしまったなぁ。元男として同情するよ、うん。

 

「魔剣ジル、随分と久しぶりだのぅ。お前がアートリスに帰った以来か。だよの、マーディアス」

 

「その通りです、ルクレー侯。有りもしない殿下との仲、随分と騒がれて閉口したものです。あれ以来ですな」

 

 ニチャリと笑ってるけど、別に皮肉になってないよ? 寧ろ助かったし。周りが騒いでくれたお陰で、アートリスに帰る理由作れたもん。確か、ツェツエの血が穢れるとか、偉大なる王家に傷が付くとか、分かり易い血統主義の台詞吐いてたっけ。

 

 大体ツェイスは良い奴だけど、俺にはターニャちゃんという最高の嫁も出来たのだ!

 

「余り虐めるな、二人とも。彼女はツェツエを救った冒険者で、世界に五人しかいない超級。この美貌が辛そうに歪むのを見たくはないだろう?」

 

「ほほっ……美人は何時も笑顔でいなくては、だの」

 

「然り。まあ泣き顔も希少で、興味はありますが」

 

 うーん……まだ虐め足りないって丸分かり。ツェイスと結婚なんてしないのに。て言うか、さっきからエロい視線隠して無いし……理解はするよ? でもやっぱりキモいのだ。

 

「二人には色々と知恵を貸して貰いたくてな。何とかジルを助けたいんだ」

 

「ほう……突然の呼び出しに驚きましたが、高々冒険者一人を助けたいとは。さすがミケル様は御心が広いですな」

 

 マーディアスってば、あからさまなお世辞だなぁ。ちょっと間違ったら嫌味だし、そんなの嬉しい? ミケル様も怒ったりして。

 

 ん? 滅茶苦茶に喜んでるな……

 

「ふふ、大袈裟だぞ。早速だが本題に入ろう。マーディアス侯、悪いが扉の鍵を閉めてくれるか? 誰が聞き耳を立てるかも分からないからな」

 

「はい、お任せあれ」

 

 何故か嬉しそうにイソイソと歩むマーディアス侯爵。いいのかそれで。

 

「ジル、座りなさい」

 

「あっ、はい」

 

 促されたのはソファの真ん中。向かい側に座るルクレーの広い額が輝いている。ミケル様は俺の隣に来るみたい。

 

「あ、あの……」

 

「なんだ?」

 

 すっごく近くない? 他にも空いてるじゃん。

 

 チラリとミケル様を見たが、特に気にしてないみたい。うーん……何か目の色も違って来てるし、嫌な感じだなぁ。

 

「いえ、何でもありません」

 

「さて、ジル。もう一度確認しよう。アートリスで引き取った少女の名はターニャ、間違い無いな?」

 

「はい」

 

 あっ……言い訳を考えるの忘れてた。

 

「噂の数々は真実らしいな、キミのその反応を見ると」

 

「でも違うんです。決して搾取している訳では……私はあの子を妹の様に想っていて」

 

 実際にはそれ以上ですけど!

 

「しかし、資料には森から連れ帰って直ぐに引き取り、その上で働かせているとあるが? 殆ど毎日市場に顔を出す上、しかも相当な目利きで値交渉も厳しいと。魔剣となれば報酬は莫大だろうに、随分と辛い役目だな。金ならば充分にあるはずだ」

 

 ターニャちゃんってしっかり者だからなぁ。好きにしてくれていいのに、家計とか自分の財布の紐ガチガチだもん。困ったな……

 

「それは……」

 

「給金を払っていないとあるがのぉ? ミケル様、これでは偉大なるチルダ家の策定した奴隷法に抵触しますなぁ。特に15歳以下の子供には厳しかったと記憶しておる」

 

「ああ、それが大きな問題だ。しかもそれだけではないんだ」

 

「ほう、まだあるのですか?」

 

 戻ってきたマーディアスは興味津々な感じ。

 

「何でも無理矢理"お姉様"と呼ばせて悦に浸っているらしい。しかも、嫌がる事を理解しながら、入浴を共にしようとする。他にも……」

 

「ち、違います!」

 

 合ってるけど、違うんですってば! 確かにお風呂には入りたいけど……って言うか恥ずかしいからやめてくれぇ……

 

「魔剣よ、ミケル様の言葉を遮ってはならん」

 

 うぅ……

 

「特別に教室を開いていると公言しながら、属性魔法は一切教えてないらしい。ターニャとやらは未だに基本的な汎用すら使えないと聞いている。10を数えれば大半の子供は汎用を使い始めるが、しかし酷い……ツェツエ最高峰の魔法を操る力を持ちながら、まともに教えもしないとは。これでは搾取どころか、虐待に近いぞ。そう思わないか、ルクレー、マーディアス」

 

「然り! しかし、我等も誇り高きツェツエの者。魔剣よ、何か申し開きがあるなら聞こうぞ。何故そんな酷い真似を?」

 

「そ、それは……あの……」

 

 あの才能(タレント)だけは誰にも言えないよ……マジでアレはやばいから。魔力も魔素すらも分解してしまうターニャちゃんは、悪意など無くても王国の脅威と考えられてしまう。魔力全盛のこの時代には特に。

 

「ふむ。まあ、こんな具合だ。ルクレー、どうしたら良いだろうか?」

 

「理由は言えませんけど、決してターニャちゃんに悪意は無いんです! もう一度アートリスの皆に聞いて貰えませんか? きっと何か間違いが……」

 

「チルダ家の調べが信用ならんと申すか! しかも理由が言えんだと……此処まで気遣って下さるミケル様に失礼じゃ!」

 

「ジル」

 

「は、はい」

 

 うひっ……擽ったい! うわぁ……ミケル様が俺の膝に手を添えてますぅ!

 

「本来は庇う事など出来ない、私はチルダの者だ。だが、キミの為なら危ない橋も渡ろう」

 

 撫で撫でしてるぅ……あぅぅ

 

「だが、何の見返りもないのは不自然だ。協力してくれている両侯爵に対しても、だ」

 

 まさかとは、まさかとは思ってましたよ⁉︎ でも名高い公爵の息子がって否定してたのに……最初会った時は優しい感じだったし! 神経質そうな顔だってお医者さんとか、そんな風に考えてました!

 

「幸いキミは魔剣でもありながら、同時に女神としても有名だ。その比類なき美貌、素晴らしい身体、輝く髪。我等に捧げるならば、考えても良いぞ?」

 

 や、や、や、やっぱりーーー!!

 

 前世で隠れて見たり読んだりしてた"ピー"なヤツじゃん! 俺は無理矢理とか嫌いなんだよ⁉︎ 甘々ラブラブが大好きで、相手は至高の美少女ターニャちゃん……

 

「う……」

 

 ひぃ! 内股触ったぁ! 指でサワサワしてるよぉ!

キモい、キモい、キモい!

 

 助けて欲しくて両侯爵を見たけど、二人ともグヘヘって聞こえそうなキモい顔しかしてない……元男として分かるけどさぁ!

 

「ん、震えている……それに随分と頬が赤いな。まさかその美で初めてでもあるまい? なに、時間は必ず流れていくものだ。最初は嫌でも、我等に任せておけば楽しい時に変わるだろう」

 

 童貞、いや処女ですから! 妄想は沢山してきたけど、こんなの想定外!

 

「さて、美しい肌を見せて貰うぞ……ん? 何だコレは? どうやって脱がすのだ?」

 

 魔力銀製の服だから簡単には無理……

 

「ミケル様、魔剣の装備は全てが魔力銀。一種の鎧ですぞ? ですが、彼女自らに脱ぎたいと言わせるのも一興かと」

 

 お前ら、完全に変態だよ!

 

「ほう……」

 

 逆に嬉しそうだし。

 

「や、やめてください……誤解なんです」

 

 脇腹から上にツツツって指を這わせて……あ、あ、あ、其処はダメ……

 

「震えが酷くなってるぞ、くくく……」

 

 このオッパイを最初に触っていいのはターニャちゃん……う、う……

 

 

「ギャーーー‼︎ やっぱり無理ーー!」

 

「ホゲェ‼︎」

 

「あっ」

 

 

 つい魔力強化して殴っちゃったよ⁉︎ じゃないとアレ程に吹き飛ばないし……む、無意識ですから! 悪気は、いやあるけど。ゴロゴロと転がったミケル様は鼻血をダラダラ流してます。フラフラ立ち上がった顔は真っ赤で、鼻が曲がってる。折れちゃったかな……

 

「ジ、ジル! 貴様、何をしたか分かっているのか⁉︎」

 

「魔剣めぇ、やはりとんでもない女子(おなご)じゃ!」

 

 オジサマ達も騒いでる。でもさ、無理矢理は良くないよ!

 

 うーん、どないしよ。此れって拙いやつだよなぁ……

 

「キ、キハマァ……」

 

 う、ゴメンって、だめ?

 

「次期チルダ公爵であるミケル様の温情を仇で返すとは! これは問題ですな! ルクレー様!」

 

「そうよな! 魔剣め、覚悟はよいだろうな! 市井の卑しい冒険者如きが大公爵の御子息に……最早身体だけでは済まんからのぉ!」

 

 うぅ、やっちゃった……だってキモいもん。鳥肌だって治ってないし、さっきの感触だってあるんだよ?

 

「思わず……申し訳ありません。治癒魔法を掛けますので」

 

 一応治すけど、さ。

 

「……ジル、優しくするつもりだったが考えが変わった。その装備を全て脱いで膝をつけ。頭を下げろ」

 

「……出来ません」

 

「ほう、逆らうのか? ならば魔剣の罪、ツェツエの前に曝け出してくれる。私自らが法を説き、最も重い刑を課そう。その名声も堕ちるのだ」

 

 ミケル様のご立派な話に両侯爵も合いの手を入れてる。

 

「最初から言っています、何かの間違いだと。私はターニャちゃんを虐げたりしていません」

 

「そんな事は関係ない。私が決めたからには凡ゆる行為を罪とするのだ」

 

 えぇ……?

 

 もう逃げちゃおうかな……結局エロエロな事したいだけなんでしょ? 言ってるの無茶苦茶だもん。

 

「逃げる気か? 魔剣ご自慢の魔力強化でもして」

 

「ミケル様の裁きを前に逃走するとは……何処までも卑しいヤツだのぉ」

 

「愛剣も無く、此処から出られるとでも思っているなら愚の骨頂ですな。この地下室は特別製、しかもミケル様の御力を軽んじるとは。竜鱗騎士団でも有数の才能(タレント)の前では全てが無駄なのに」

 

 ……何か面倒くさくなってきたな。台詞も回りくどいし、目線もキモいままだよ。お前らの好きにさせる訳ないじゃん。才能ってアレだよね? 何か視覚的な。珍しくはあるけど其処までか?

 

 確かツェイスは"先読み"に似てるって言ってたけど、どう見てもアートリスのマウリツさんに優ってるとは思えない。

 

「もうやめませんか?」

 

 ジルの超絶な美貌にヤラレタんでしょ? まあ、正気を失ってもおかしくない美しさだから! でも、俺はターニャちゃんを本妻に掲げるハーレムの主人なのだ! 触れて良いのは、ターニャちゃんとかリュドミラ様とか、クロエさんとリタにパルメさん。いや、触るのは俺の方だけどね?

 

「ふん、仕方がありませんなぁ。ミケル様、例の件ですが"あの部屋"に()()済みですぞ? 魔剣の罪を餓鬼に償わせるのも一興かと」

 

「おお、そうだったな。ふむ、ジルよ」

 

「何ですか?」

 

「引き取った娘、名はターニャか。言い訳通りならば大切な妹なんだな?」

 

「勿論です。世界で一番の」

 

「ならば証明して貰うか」

 

「はい?」

 

 何言ってんの? 

 

「私の言う事が聞けないならば、その愛しい妹がどうなっても知らないぞ?」

 

「……どういう意味でしょう?」

 

 冗談でも許さないけど。

 

「察しが悪いのぉ。あの卑しい餓鬼、ターニャならば我が手の中よ! 合図一つで……」

 

 ……あ?

 

()()()()。もう一度言ってくれる? 聞き間違いだと思うけど」

 

「……き、聞き間違いではないぞ! お前の愛しい妹とやら、既に捕らえ……ヒッ……!」

 

 

 

 ターニャちゃんを、捕らえた?

 

 卑しい餓鬼?

 

 合図一つで? どうするって?

 

 

 

 俺に対してならば少しだけで許してやろうと思ってたけど……無理、だな。

 

 

「そう……()()()()()()()()()を、ね」

 

 

 今度は"無意識"じゃない。

 

 

 

 

 



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お姉様、暴れる

 

 

「ルクレー、いや貴方達。今すぐあの子を解放しなさい。頭を床に擦り付けて謝るの。勿論私にじゃなくターニャちゃんにね」

 

 会話しながら魔力強化を終えて、魔素感知で周辺の状況を再確認。勿論今度は丁寧に。

 

 成る程ね、地下室を囲う岩壁や床は抗魔力の非常に強い石材で出来てるな。歴史を積み重ねた建材でないと()()はならないから、随分と金を掛けたはず。鍵の閉まってる扉も普通じゃないし、逃げられないと思うのも無理は無いか。残念ながら魔素感知も巧く伝わらないからターニャちゃんが見えない。上階、つまり地上側の建物内外は分かるけど、使用人が2、3人だけだな。人払いでもしてたんだろう。

 

「ふ、ふざけるな! 我等が誰か分かっているのか⁉︎ 不敬罪も重ねるとは……許さんぞ!」

 

「マーディアス、許さないのは此方。それが答えで良いのね?」

 

 何処かの公爵か侯爵……ややこしいな。まあどうでもいい。身分がどうとか言うなら誇りある行いをすれば良いだろ?

 

「驕りかのぉ……ツェツエ王国の」

 

「ハゲ……あ、間違えた。ルクレーも黙りなさい」

 

 禿げ散らかしたジジイがプルプル震えてるけど、ターニャちゃんと違って汚いだけだ。

 

「ふん、所詮それが本性か。ツェイスと話していた時から分かっていたがな。卑しい冒険者が」

 

 ミケル、お前もな。

 

「あらあら、お偉い貴族様が盗み聞き? キモい視線もバレバレだから。それに、ツェイスを呼び捨てなんてアンタこそ不敬罪ね」

 

「お、お前だってそうだろうが!」

 

「はぁ……謝る気は無いようね」

 

 よし、話してる間に上階の人達が何処にいるか把握出来た。ターニャちゃんに余計な事されたら堪らないし、先ずは警告だな。

 

 さて、と……

 

「ジ、ジル! な、何をする気だ⁉︎ そんなモノを此処で放ったら……!」

 

 おや? へぇ、中々やるなミケル。属性付与していない俺の魔力を直ぐに感知するなんて、才能(タレント)が助けてるのかも。

 

「こうする」

 

 使用人さん達は悪く無いだろうから逃げてね?

 

 超高純度の魔力弾は爆発すらせずに真っ直ぐ上昇する。凡ゆる物資を分解し、同時に喰らいながら。床、天井、床、天井……最後は屋根も突き抜けてお空に消えて行った。被害のない高さで爆散、と。人の被害も無かったしオマケしよう。あと三つ同じ魔力弾を生成……ポイっと。

 

 彼方此方からギシギシミシミシと合唱が始まった。その内崩壊するかもだけど知ったこっちゃ無い。地下は皮肉な事に頑丈だから大丈夫だし。

 

 続いて魔力を通し難い筈の床を地魔法で隆起させ階段を作成、そして空いた穴に繋ぐ。確かに抵抗はあったけど力技でクリアだ。少しだけ歪だけど構わないでしょ?

 

「もう夜か。星空が綺麗だし、ターニャちゃんに夜光花を見せてあげないと」

 

 直径が約2mくらいの真円が合計四つ綺麗に抜けてる。もう人は住めませんな、ザマァ。

 

「マーディアス、これなら何時でも逃げられるけど? それとルクレー? もしターニャちゃんに何かしてごらんなさい。この屋敷だけじゃなく、アンタらの本邸も消える事になるわ。勿論チルダ公爵家もね」

 

「な、な……」

「嘘だ……」

「信じられん。ただの魔力弾如きで……」

 

 呆然と穴を見てるけど、隙だらけだ。

 

「お馬鹿ね」

 

 本気の速度を出すまでもないし、寝てて貰おうかな。ルクレーは俺が背後に回ったことすら気付いてないみたい。

 

 僅かに残ってる頭頂部の髪を風魔法で適当に吹き飛ばし、更にすっごく痛い横腹を蹴る。息も暫く出来ないから苦しいと思うけど、まあ死にはしないさ。

 

「ぎゃっ! ゲホッゲホッ! い、いた……」

 

 ルクレーは床を転げ回って、そのうちに静かになった。えぇ……簡単に気を失ったなぁ。泡吹いてます。余計禿げ散らかしたジジイの声に、マーディアスは振り返った。まあ、遅いけど。

 

「な、なにを⁉︎」

 

「マーディアス、寝てなさい。必要なら後で詳しく尋問するから」

 

 軽く振った右拳は顎を打ち抜き、一瞬で意識を刈り取る。まるで魂が抜けたように身体から力が失われて、マーディアスはバタリと床に倒れた。ん? コイツ、もしかしてカツラか? 何か微妙にずれてるぞ……まぁ、どうでもいっか。

 

「ふーん」

 

 さっきから一歩も動いていないミケルは、俺をジッと見ている。あの時と同じ、観察するように。

 

 魔素感知で分かるけど、才能を頑張って使ってるんだろう。視覚系、先読みに似てる、か。

 

「見えたの?」

 

「ふん、無論だ。私の力は既にお前を逃がしはしない。我が才能の前では……」

 

 竜鱗との模擬戦でやった程度の魔力強化だけどね。まあ鼻っ柱を折ってやろう。

 

「それなら捕まえてみたら? 私は剣もナイフも持ってないわ。御自慢の才能で」

 

「言われるまでもない!」

 

 ドタドタと走りながら、奴は傍に置いていた長剣を掴んだ。ミケルを見ながら全身に魔力を張り、二歩だけ左にずれる。

 

「おっ」

 

 確かに視線が追ってるな。

 

 へぇ……まあ三割だし。

 

「見える、見えるぞ!」

 

 脚でも斬るつもりだったのか横薙ぎの長剣が迫る。ギリギリまで引き付け、剣先が触れないよう少しだけ後退。遅れてブォンと地下室の空気が鳴った。

 

「確かに見えてるみたいね」

 

「皮肉だな! ジルの教えが我が才能を昇華させたのだから!」

 

「そんな事より、ターニャちゃんに謝る気はあるの?」

 

「今更何を言う! 謝るのはお前だ、ジル!」

 

「あ、そう」

 

 再び振り上げた剣に隠蔽済みの風魔法を当てる。シクスさんは完全に見切ってたけど、お前はどうかな? 感知すら不可能な速度、サイズ、勿論無色透明だ。ターニャちゃんなら見えただろうけどね。

 

「身動き出来なくしてやる!」

 

 上段から振り下ろした剣は、もう()()()()()()()。今度の軽い音はヒュンと耳に届く。俺は立ったままだ。

 

「な、なん、何だ⁉︎」

 

「ミケル様? 後ろ後ろ」

 

 俺から距離を取ると、マジマジと自分の手の中を見る。奴の剣身は半分以下になってるね、うん。

 

 そしてミケルは振り返り、床に突き立った剣身を呆然と眺めるしか無い。おやおや、見えてないのかなぁ。

 

「残念、やっぱり私から視線を外したらダメでしょう?」

 

 慌てて顔を戻したミケルの視界の先、さっきまで俺のいた場所に人影はない。転がってる両侯爵だけ。()()()()()()()()一緒に眺めると、トントンと肩を叩いてやった。

 

「ひ、ひぃ!」

 

「確かに珍しい才能だし、鍛えれば相当なモノになる。私の魔力強化とも勝負出来るかも。でも、ミケル。貴方は勘違いしてるわ」

 

「な、何を」

 

「どんなに優れた才能も、鍛えられた実力の上にこそ成り立つの。特別な力が無くてもミケルより強い人は沢山いる。視界が左右するらしいけど、視線から逃げる術なら幾らでも用意出来るし、何よりも貴方は経験が足りない。だから、勇者クロエリウスにも勝つ事は不可能と断言しましょう」

 

「ふ、ふざけるな! 冠たるチルダ家があんな餓鬼に……」

 

「偉大なのは先人でしょう?」

 

 もうコイツの声も聞くのも嫌になってきた。

 

「さあ、ターニャちゃんの所まで案内して」

 

「私に逆らうのか? あの娘がどうなっても」

 

「どうなっても、なに? 言ってみなさい!」

 

 イラッと来て思わず膝蹴りしちゃった。見事に金的に入ったから気持ち悪い感触が脚に伝わる。うげぇ……

 

「ほら、その力で分かるでしょう?」

 

 再び超高密度に練った魔力を上向きにした手のひらで遊ばせる。俺はターニャちゃんの様に見えないけど、物理的な影響すらも空間に与え始めた。具体的に言うと、周辺の空気を吸い込んでいる。低気圧、いや小さな台風の方が理解しやすいかな。ところで下半身を押さえるミケル、キモい。見ない様にしよう。

 

 って、あ、あぶね! マジで落とすとこだった! 

 

「ひ、ひぃ⁉︎ よ、よせ! 暴発したら屋敷どころか周りも消し飛ぶぞ! そんな非常識な魔力を王都内で……騎士団も、ギルドの連中だって直ぐに気付く! 王国に反逆するのか⁉︎」

 

「大丈夫よ? 対象は貴方だけに絞るから。私に出来ないと思うなら勘違い。魔素を教えたから少しは分かるでしょ。綺麗さっぱり消えて無くなるから、誰も気付かないし」

 

「くっ、魔剣め! お前は頭がおかしい!」

 

「何とでも言えば? 貴方が消え去ったあとゆっくり地下を探すかな、それとも転がってる侯爵様にでも……」

 

「ヒッ……わ、分かった! 案内する! あの餓鬼……」

 

「餓鬼、ですって?」

 

「タ、ターニャの」

 

「馴れ馴れしく呼ぶな」

 

 手のひらを近付けると尻餅をついて後退り。鼻水を垂らして泣きそうになってる。何か阿呆らしくなってきたなぁ……早く帰ってターニャちゃんとお風呂に入ろう。

 

「早くして」

 

「こ、こっちだ」

 

 幾つかある扉の一つに向かう。

 

「時間稼ぎや嘘ならコレを放り投げるから」

 

「分かってる! よ、よせ!」

 

 グイって顔に寄せるとマジ泣きになった。

 

 二つほど部屋を抜け、暗い廊下に出た。蝋燭の灯りも少ないし、こんなジメジメした場所にターニャちゃんを……また腹が立ってきたぞ。

 

 一番奥に見えた黒い鉄扉を開けると、かなりの空間が広がってる。しかしミケル、何かを探してるな。まだ策を用意してるかも。まあ、全部ぶっつぶすけど。

 

 見渡すと、だだっ広い何も無い部屋みたいだ。一番奥、角辺りに唯一目立つのは鳥籠?か。サイズは全然違って滅茶苦茶デカいけど。一人暮らし用の部屋位ありそう。

 

 その鳥籠の前に背中を向けた男が立っている。

 

 がっしりした身体に上下とも真っ黒な服、腰に一本だけ細長い物があるけど、間違いなく剣と鞘だろう。このツェツエでは珍しい細剣だ。

 

 刈り上げた坊主に見える頭にあるのも多分黒髪。背中だけだから断言出来ないけど、真っ直ぐな背骨から歳は若いか。

 

「ターニャ、ちゃん……」

 

 意識は無いのだろう、床に放り出される様に横になっている。鳥籠はまるで牢屋に見えて、自分の視界が狭くなるのが分かった。頭に血が集まって行って、他の事なんて気にならなくなってしまう。

 

「そ、そんなところにいたのか! 依頼を果たすのだ! この無礼者を捕らえろ! いや、痛めつけるんだ!」

 

 男が目に入ってミケルが騒ぎ始める。オマケに向こうへ行こうとしたので、足を引っ掛けて転ばせた。

 

「勝手に動かないでくれる? あとターニャちゃんに近づくな」

 

「くっ……ジル、アレを見ろ! 餓鬼がどうなってもいい……」

 

 男は徐に左足を少しだけ下げて腰を落としたみたい。右手を細剣のグリップに添える。つまり抜剣、いや居合いに近い姿勢だ。身体が僅かに横向きになった事で、鳥籠の中が良く見えた。

 

 まさか、ターニャちゃんを斬るつもりか?

 

「黙れ」

 

「フギャ!」

 

 もう声も聞きたく無いし、頭をぶん殴って意識を飛ばす。暫くは目を覚まさないだろう。侯爵達も含め後からお仕置きだ。今は何よりもターニャちゃんを……

 

 全身に魔力を張って鳥籠へ、勿論僅かな時間も許せない。男は更に腰を捻り、今にも剣を抜くだろう事がありありと分かった。ところが、背中を蹴り飛ばそうとしたら、こちらを見る事なく綺麗に躱された。見切りも体の使い方も素晴らしく、生半可な実力じゃないのが分かる。

 

 ……コレは本物か。

 

 依頼を果たす……間違いなくギルドの冒険者だろう。大方、ミケルの雇われ護衛か。まあ鳥籠を背中に出来たからいい。これ以上ターニャちゃんに酷い事なんてさせないからな。

 

「いきなり背中からとは卑怯なり! 先ずは名を名乗るのが……ん? おお、これはジル殿。お久しぶりですな」

 

 うん?

 

「……何故貴方が此処に? 確か諸国放浪記を上梓するから旅に出たって聞いてました」

 

 時代錯誤な台詞回し、変わってないな。

 

 確か40歳を越えているはず。日焼けした肌、割れ顎、太い眉、台形の顔は鍛え上げた肩や首の筋肉に支えられている。めっちゃ強そうで厳ついお侍、そんな感じ。黒髪黒眼でパッと見が日本人ぽいのだ。

 

 確かに久しぶりだけど、頭が丸坊主な以外変わってない。身長は俺と殆ど一緒だから視線の高さも同じかな。

 

 すると、ジャリジャリと頭を撫で回しながら、笑顔を浮かべて答えた。

 

「いやぁ、情け無い事に路銀が尽きましてな。丁度そこに素晴らしい依頼を見つけた次第です。光栄な事に態々の御指名を賜り、ただいま依頼を果たそうと」

 

 なんだと?

 

 ターニャちゃんに危害を加える事を言ってるのか?

 

「大変美しい女性に頼まれては拙者も張り切りまして。眼鏡の下にある瞳は厳しくとも、まるでミルクを溶かした茶の様な優しい御髪(おぐし)、確か名はトチ、いやタチア……ん、どうなされた? ジル殿」

 

「貴方も落ちたわね。こんな馬鹿な依頼に手を出すなんて……私の大切な人に酷い事するなら、誰だろうと許さないから」

 

「酷い事? 果て、何のことやら」

 

「もういい。邪魔をするなら容赦しない」

 

「うーむ……何やら誤解が」

 

「誤解? ついさっき斬ろうとしたのは私の大切な妹よ! しかもこんな奴の依頼なんて受けて!」

 

「いや、そうではなくて」

 

 ゴチャゴチャ煩いな! この目で見たんだから!

 

 チラリと後ろを見れば、硬い床の上にターニャちゃんがいる。怪我は無さそうだけど、両手が細い何かで縛られていた。綺麗な肌に食い込み凄く痛そうだ。

 

「よくも……こんな鳥籠なんて」

 

「ジル殿、やめなされ。その檻は魔力に反応するみたいで、簡単には破壊出来ないですぞ?」

 

 消し飛ばそうとしたら、確かに魔素が動いた。慌てて止めるとまた元に戻る。多分、魔法に反応して妨害するんだろう。此方に来る分には構わないが、ターニャちゃんに何かあったら大変だ。こんな事ならミケルをもっと脅しておけば良かったな。

 

「それなら貴方を倒して鍵を手に入れるわ。卑怯とは対極にいる人と思ってたけど、思い違いだったみたいね。こんな少女を人質に取るなんて」

 

「……もしかしてジル殿、滅茶苦茶怒ってる?」

 

「当たり前よ‼︎」

 

 お前のこと結構好きだったけど、今日でお終いだ!

 

「せ、説明させてくださらんか⁉︎ ジル殿と戦う(やる)つもりは……いやいや、洒落にならんでしょう⁉︎」

 

「もう話す事なんてない!」

 

 まさか俺と魔法勝負なんてする気は無いだろう。2回目か……けど真剣勝負は初めてだ。

 

「サンデル、剣を抜きなさい……いえ、超級冒険者の一人、()()!」

 

 

 

 

 

 



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お姉様、斬られる

 

 

 

 

 世界に5人、それが超級冒険者の数だ。

 

 魔法馬鹿の"魔狂い(まぐるい)"、因みにエロジジイ。

 

 頭まで筋肉命のド変態"吼拳(こうけん)"、骨みたいな身体なのに体力お化けの"反魂(はんごん)"。

 

 そして超級唯一の()()()、超絶美人の俺。

 

 最後の5人目が剣を追求する余り、名声を得るに至った剣聖(けんせい)だ。

 

 因みに技だけじゃなく、剣そのものも病的に愛し、それぞれに変な名前を付けてるヤバい奴だったりする。何故か俺の剣だけは違うらしく見向きもしない。奴曰く、魔法杖と同じだそうだ。

 

 サンデル=アルトロメーヴス。其れが目の前に立つ男の名前。

 

 刈り上げた坊主頭、台形の顔。割れ顎のお陰で少しだけ愛嬌のある表情だ。太い眉と浅黒い肌で厳ついお侍って印象。妙に古風な言い回しをする変な奴。益々野武士っぽい。

 

「何をしてるの? 剣を抜いたら?」

 

 サンデルは何かを考えている様で、暫く首を傾けていた。すると何やら思い付いたみたいに手をポンと叩く。

 

「よく考えれば本気のジル殿と戦える滅多に無い機会では? これを生かさずしては我が愛剣達に泣かれてしまう。だろう、ポロちゃん」

 

 腰に刺した細剣、いや殆ど日本刀に見える剣に向かって何やら呟く。鞘を撫で撫で、頬は赤く染まった。

 

 ……キモい。何だよポロちゃんって。妙に"ポロ"に力が入ってる気がしたが……超級に俺以外まともな奴はいないのか⁉︎ 

 

「よし! ではやりましょう。しかしジル殿、貴女は無手ですな?」

 

「だから? そっちこそ剣一本じゃない。予備も無しで私と戦う(やる)つもりなんだから丁度良いわ」

 

「ジル殿の後ろにある籠は魔力に反応するのですぞ? しかもこの狭い空間では攻性魔法も制限される。魔剣の魔法、その威力は知っておりますが、万が一その娘に危険が及んでは意味がありますまい?」

 

「剣聖ともあろう人が脅迫するの? 暫く会わない内に本当の屑になったみたいね」

 

 クソ真面目なイメージだったけど訂正が必要だな。

 

「うーむ……ちょこっとだけ待って下され」

 

 そう言うサンデルはあっさりと背中を向けて歩き出した。俺が今高速で魔法を放てば避けられない距離なのに。何となく攻撃出来ない……もう、何なんだよ一体……

 

 何も無い壁に向かったあと、トンッと軽いステップで前に飛んだ。着地と同時に右手がブレて消えたと思うと、カチリと鞘が鳴る。抜剣ではなく納刀、つまり抜いた後何かを斬り、そして再び剣を戻したのだ。

 

 相変わらず速い。魔力強化ではないので単純な身体能力だ。実際の速度は出ていないらしいが、理解の範疇を超えてる。全ては鍛え上げた技巧の成せる結果か。

 

 予想より遥かに厚い壁の向こう側が見える。楕円形に開いた穴の先に腕を突っ込みゴソゴソと何かを探している様だ。どうやらあっちに箱があって、其れごと斬ったみたい。

 

「相変わらず軽いですなぁ。一見は"なまくら"、いやそれ以下でござるが……これで古竜の鱗すら斬るとは信じられませんぞ」

 

「……何で此処に」

 

「それは勿論依頼で……い、いやいや! な、何故でござろうなぁ!」

 

 意味の分からない台詞を吐きながら、サンデルは俺の目の前まで近付いて来た。さっきもだけど油断しすぎだろう。この屋敷で預けた筈の剣とナイフ……魔力銀を用いた技術の結晶、つまり俺の武器。其れを簡単に返す。

 

 受け取って眺めてみたが、偽物でも細工もされていない。間違いなく魔力銀製の愛剣だ。

 

「どういうつもり?」

 

「うむ? 先程も言いましたが、幼子を危険に晒す訳にいきますまい。外なら魔法を連発されて近付く事もままならないでござるが……今、そして此処ならば吾輩の相手をして貰える。おお、我ながら良い発想ですな」

 

 何が狙いだ? 人質を利用する気がないのか? いや、要は攻性魔法を使うなって警告だろう。

 

 つまり、ターニャちゃんをダシにして戦う理由を作った訳だ。

 

 ふん、久しぶりに全力だな。

 

 全身に万遍なく魔力を通わせ、同時に服と剣に纏わせる。魔力銀の服はぴったりと肌に張り付いた。剣の形状に変化はないが、もし魔力を直接見る事が出来たなら、薄く覆われているのが分かるだろう。

 

「素晴らしい……ジル殿の美しさが際立ちますなぁ。吾輩に魔法の素養などござらんが、それでもとんでもない魔力だと分かりますぞ。あれから4年……益々魔剣は磨かれ、研ぎ澄まされた」

 

「余計なお世話」

 

「ふむ、では……いざ尋常に、勝負!」

 

 サンデルの手にはいつの間にか剣が在る。鞘から抜かれた事で全容が分かった。やはり見た目まで日本刀にそっくりで、斬れ味に重点を置かれているのは確かだろう。人外の速さと剣技で振るったとき、固い岩すら切断する。先程の壁の様に。

 

「此れは試合なんかじゃないから。お仕置きしてあげる」

 

 よくもターニャちゃんに酷い事を……誰であろうと許さない。貴族だろうが、超級だろうが、関係ないからな!

 

 魔力強化で一気に前へ。

 

 サンデルがニヤリと笑ったのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「"保険"が剣聖サンデル=アルトロメーヴスか。成る程な」

 

「はい。超級の中でジル様と同じ素晴らしいお人柄……僅かな可能性ですが、危害が加わらないよう陰から護衛をお願いしております。表面上はミケルに雇われた形になっていますが」

 

「まあジルに限って万が一も有り得ないが、身の危険は無いだろう」

 

 ツェイスはタチアナの説明を聞いて納得出来た。返した言葉通り、まず大丈夫だろうと思ってはいる。しかし同時に少しだけ不安だった。ジルは間違いなく個人の戦闘力は最高だが……何処か純粋で、そして抜けている。無邪気な少年かと錯覚してしまうくらいだ。

 

 そして実際に王都アーレ=ツェイベルンは揺れ、異常な魔力爆発すら先程感知したのだ。アレ程の純粋で圧倒的な魔力を練る事が出来るのは、現在アーレに居ない"魔狂い"や"魔王"を除けば殆ど皆無と言っていい。つまり、間違いなくジルが放った魔法だ。

 

「だが、何か想定外が起きた。ジルが我を忘れる程の」

 

 まだ遠いが大量の土埃が舞い上がっているのが見える。風に吹かれた時に分かったのは屋敷が原型を留めていない事だ。火の手は無いのがせめてもの救いだろう。

 

 街は騒然としていて、住民が爆心地から避難している。ジルに限って人に被害が出る様な魔法は放っていない筈だが、本気でキレている場合はその限りではない。恐ろしい事だが事実だ。

 

「殿下……その想定外ですが」

 

「心当たりがあるのか?」

 

「はい、恐らく間違いないかと。ジル様が保護した少女を覚えておられますか?」

 

「当たり前だ。あのジルが懐に入れた人間など初めてだからな。名は確か」

 

「ターニャです、ツェイス様」

 

「ああ、アリスが世話をしているのだったな」

 

 ジーミュタス伯爵家の娘が会話から疎外されない様ツェイスが視線を配った。其れを理解してアリスが答えたのだ。

 

「はい。何度か会いましたが、可愛らしくて礼儀正しい素敵な女の子です。でも、蒼流騎士団の皆様が連れて行ってしまって……わたくしは助けを求めてジル様に」

 

「……大体想像はついた。ミケルが手を回したんだな? 大方人質のつもりだろうが……ジル相手に愚かな……」

 

 合わせて騎士団を個人的に利用した事になる。此れはかなり重い罪な上、その動機が女絡みとなれば情状酌量の余地はない。ましてや相手はツェツエ王国の守護を担う一角、超級の"魔剣"だ。結果としてミケルから力を奪う、タチアナが狙ったのもその辺りだろう。

 

「御推察の通りです。エーヴで集めた情報では、ジル様は随分と御執心だそうで……僅か数ヶ月前の出会いの筈ですが、最愛の妹だと公言しています。アリス様?」

 

「はい、タチアナ様の仰る通りです。ジル様の向ける瞳は何処までも優しく、何時も気に掛けておりました。勇者クロエリウス様に護衛をお願いする程でしたから」

 

「珍しいなそれは」

 

 無邪気で、子供っぽさを隠せないジル。だが彼女が人に助けを求めたり、我が儘に振る舞う事はほぼ無い。それがツェイスや王家の認識であり、タチアナ達の集めた情報が裏付けてもいる。普段の姿に騙されがちだが、かなりの秘密主義な上、8年前以前を知る者は皆無。昔ジルの過去を調査した事があったが、4年前にツェイスに呟いてきたのだ。「女性の過去を粗探しする男性ってどう思う?」と。即座に中止を命じたのがつい最近に感じる。

 

 其れ程の者が……誰一人招かなかった自身の胸に迎え入れた。その少女の名こそターニャ。

 

 ジルを良く知る者ならば、それがどれだけ驚愕に値するか分かるだろう。ミケルは正に怒れる竜の尻尾を踏んだのだ。

 

「殿下……もしミケルがその子を酷く害していたら……」

 

「ああ、拙い……自分に対しては妙に鈍感だが、他人の……大切な人への悪意には分かりやすい反応をする。4年前が良い例だ。そして、ツェツエとしても知らぬ存ぜぬは許されない。ミケルの独断であろうとも奴は公爵家直系だからな」

 

 つまり、魔剣がツェツエ王国に背を向ける可能性がある。ツェイスはそう言っているのだ。それどころか最悪の場合、凡ゆる物を両断する魔剣の刃が此方に……

 

 顔から血の気が引き、同時に俯いたタチアナは唇を噛んだ。才能に溺れた浅慮が、忠誠を誓う王国と王子に痛みを齎すかもと。

 

「まだ致命的な破壊は行われていない。ジルならば屋敷どころか周囲ごと粉微塵にも出来るからな。まだ冷静でいてくれる筈。タチアナ、顔を上げろ」

 

 随分と近づいてきたルクレーの屋敷は確かに何とか形を保ってはいる。大穴が幾つか空いているが……

 

 アリスもタチアナの背中をさすりながら声を掛けた。

 

「タチアナ様、きっと大丈夫ですわ。ジル、いえ姉々様は誰よりも温かな心を……」

 

 だが、そんなアリスの言葉も次に届いた爆音で掻き消されてしまう。何か重い物がぶつかる様な、そんな音が体の奥に響いた。向かう先、ルクレー邸からで間違いない。

 

「……急ごう。止めなければ」

 

 ジルが我を忘れてミケルを殺した場合、無罪放免とする事が困難になる。相手はツェツエの高位貴族、チルダ家の嫡男だ。例え理不尽であろうとも、其れが貴族というものだ。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 手加減抜き、最初の一太刀をあっさりと受け流した。凄まじいのは俺より遥かに細い剣で柔らかにずらした事だ。感触はまるでクッションやソファを触ったみたいで、身体が泳ぐのを防がないと次がヤバイ。

 

 一瞬だけ観察すると全て円軌道を描いているのが分かる。脚捌き、腕、肘、手首、勿論剣も。コンパスで引いた線の様に、美しい真円だと理解してしまった。

 

 俺の剣の腹を這う様に、サンデルの刃が泳いで迫り来る。防御から攻撃への移行はいきなり直線的になって、最短距離を辿った。

 

 グリップから左手を離し、切先が脇を通り過ぎるのを見送る。奴の横顔をチラリと視界に収め、半身になって自由な左掌から魔力刃を素早く伸ばした。そのままサンデルの腿を撫で斬るつもりで振り払う。勿論魔力強化は全開だ。

 

「ふっ!」

 

 だがある意味で予想通り、そこから更に半回転したサンデルは俺の真横に移動。同時にギリギリ躱した脚を振り上げ、魔力刃ごと蹴り上げた。

 

 ここまで全てが擦れ合う程の距離で行われていたが、これが互いの身体が接触した初めての瞬間だ。

 

 しかも厄介な事に蹴った勢いを利用し空中に浮き上がった。グルリと捻った腰の向こう、下からキラリと光を放つのは魔力銀の服すら紙同然にしてしまう奴の剣……内股辺りを斬られたら出血で直ぐに動けなくなるだろう。治癒魔法の行使をサンデルが許すはずが無い。

 

 やはり強い!

 

 このまま防戦しても時間ばかり過ぎてしまう。そう判断して思い切り床を蹴り、バク転の態勢で後方へと飛ぶ。但し、俺が居たところに小さな火炎を爆発させながら。ついで眩い炎の中から超小型の矢を発射。同じ火属性の矢は極小の魔力で生成したから目視と感知は困難だ。勿論ターニャちゃんが囚われている鳥籠に影響させる訳にもいかない。

 

 当たったかどうかの確認はせずに、着地後にそのまま炎の中へ剣を突き入れる。炎の矢に気を取られている奴からは此方が見え難いだろう。無論致命傷を与える気はないが、腹部を狙った。当たりどころが悪くても直ぐに死にはしない。

 

「見事!」

 

 叫ぶサンデルには腹立たしい事に届かなかった。いや、僅かに横腹は斬ったが、精々血が滲む程度だ。俺達超級にとっては殆ど関係ない傷だろう。

 

 剣を振り、行使した魔法を消し去る。サンデルは既に距離を取って笑っていた。

 

「何で手を抜くの? 今は隙になった筈よ」

 

「ははっ、ご冗談を。踏み込めばジル殿の足元に設置した土魔法が爆裂してポーンとお空に飛んでしまいますからな。いや此処では天井にビタンと埋まってしまうかも」

 

「……貴方、魔素感知は苦手だったでしょう」

 

 簡単に見破りやがるな……まあいいけど。

 

「修行でござる。魔剣に勝つには好き嫌いは駄目だと思い知らされました。吾輩、以前で懲りたのです」

 

「ふーん」

 

「ん?」

 

「まだ修行が足りないみたいね」

 

 サンデルの背後、はっきり言うと背中に細い針が浮いている。少しずつ集めた水分を凍らせて、一本の氷の針にした。パッと見は直ぐにも折れそうだが、剣に纏わせた密度に匹敵する魔力で強化済み。其れでも軽いから射出は一瞬だ。流石の剣聖も避けられないだろ?

 

「おひょっ、冷やっこいですな! 背筋も凍るとはこの事でござる!」

 

「虚勢でも張ってるの? 私が貴方を殺さないと思ってるなら馬鹿な勘違いと教えておいてあげる」

 

「ジル殿?」

 

「何?」

 

「此れは事故で」

 

「はあ?」

 

 今更詫びても遅いけど? ターニャちゃんを虐めた奴は全員許さないし。

 

「決してそんなに斬るつもりは無かったござる。いやしかし、眼福眼福」

 

 サンデルの視線、その先は俺の目じゃなく身体の方。隙を与えない様に気をつけて下を見た。

 

「……」

 

 魔力銀糸で織り込まれた自慢の服が綺麗に裂かれている。右の太もも内側から鼠径部、そして脇腹。ギリギリ胸までは届いてないけど、オッパイの下側がちょびっとだけ見えるかも。装備の特性上パンツも見えているが、紐パンなので肌を隠す役目は果たしていない。

 

 僅かに残っていた細い紐もハラリと切れた様で、なんと言うか……エロい。見えそうで見えない、大事なところが。

 

「勿論弁償致しま……おほっ!」

 

 其れを見たサンデルが気色悪い鼻息を吐く。仕方無く視線を上げ、剣聖を思い切り睨み付けた。シクスのおっさんといい、此奴ら俺の服と下着に恨みでもあるのか?

 

 しかし、鼻の下って本当に伸びるんだな……俺も気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、危機一髪

 

 

 

「でも間違いなく見切った筈、何で……」

 

 更に距離を取り、もう一度だけ下を見る。魔力銀の服と下着は見事に斬られたが、肌にキズはない様だ。まるで衣服だけを狙ったと錯覚しちゃうけど、流石の剣聖もあのタイミングでは不可能だろうし。

 

「タネも仕掛けも……ありますが」

 

 有るのかよ! しかし本気でヤバイな……確実に見切ったのに、躱せてないなんて。其れが僅か数センチや数ミリであろうとも、勝敗を決するのに十分だ。相手は剣を持たせたらコーシクス=バステドにも勝つであろう剣聖、しかも此方の力は半減中と言っていい。

 

 普通ならば凡ゆる魔法を乱発して距離を取るか、殲滅魔法を近距離でぶちかます方法だってある。全力の魔力強化を用いて脱出すれば、自身への被害も最小限に抑えられるからな。

 

 だけど此処は大して広くない室内で、オマケに地下。そして何よりもターニャちゃんがいる。あの鳥籠が魔力に反応したら碌な結果にならないのは明白だろう。

 

 つまり攻性の強力な魔法は限定される。

 

 だけど、それでも負ける訳には……どうする?

 

 何とかぶっ飛ばして此処から離れる……いや、例え可能だとしてもターニャちゃんを置いてなんて出来ない。

 

 こうなれば剣への魔力供給を最大限に上げるか? だけど、加減が出来なくなるし、凡ゆる物を斬ってしまうから下手をしたら致命傷に……流石に命まで奪いたく無い。

 

「この"ポロちゃん"はとある遺跡から出土した魔法剣でして」

 

 ……サンデルのやつ、何か語り出したぞ。

 

「大変珍しい()()から何としても手に入れたくなり、全ての伝手を総動員して入手した次第。同じく手に入れた"説明書"に名前まで記されておりました」

 

 今度は鞘に納め、ペロペロ舐める様に眺め始めた。うん、キモい。

 

 まあ、何か手を考える時間が要るから丁度いいか。しかし相変わらず剣マニアだな、コイツ。

 

「斬れ味は正直微妙ですな。数多在る吾輩の愛剣達に比べた場合、中の下と言うところかと。しかし其れは問題ではなく、ポロちゃんにだけ許された特殊な力があるのです。ジル殿、この"物打ち"から"(きっさき)"をご覧頂きたい」

 

 再び鞘から抜き、両手で抱える様にグイと前に出した。そして剣の先端辺りに注目させる。サンデル……さっきまでの真剣勝負は何処に行った? しかも、何で解説してるんだよ。

 

「何よ? 何かの作戦?」

 

「いえいえ、ジル殿の魔素感知でしっかりと確認を。驚きますぞ」

 

 言われた通りに感知すると理解出来た。非常に小さな変化だから戦闘中はまず気付けないだろう。そして、サンデルの言葉の意味を理解する。

 

 コイツは厄介だな……

 

 肉眼では全く見えないが、何かが先端から伸びている。長さは自由に変化出来るようで、数センチの範囲で伸縮をみせてくれた。つまり、見切りや判断を狂わせる剣という訳だ。一見大した力では無いと錯覚するが、事は簡単じゃない。特にサンデルの様な達人に持たせたら最悪だろう。

 

 躱したと思った瞬間に斬られる、其れが僅かな傷だとしても次からは絶えず意識しないと駄目だ。くそっ、どうしたら……態々知らせたのは牽制の意味もあるんだろうか。早くターニャちゃんを助けたいのに。

 

「ポロちゃんは吾輩が付けた愛称でして、正式な名前は"dressmaker's shears(裁ち鋏)"と申します。ほら、ポロちゃん御挨拶を」

 

 サンデルはペコリと剣を傾ける。って言うかポロちゃんって全く掛かってなくない?

 

「……だから何?」

 

 やるしかないか。全力で……

 

「ジル殿、ポロちゃんの力ですが……」

 

 此奴なら死にはしないだろう。

 

「衣服だけを切る事が出来るのです! しかも女性限定‼︎」

 

「覚悟しなさ……はぁ?」

 

「伸びた先、人を傷付ける事なく! 何と素晴らしい!」

 

 拳を振り上げ、目をカッと開くサンデル。全身で褒めて褒めてと叫んでいるようだ。

 

「……ポロちゃんって?」

 

「勿論()()()特化だからですぞ! 魔力銀の鎧に等しいジル殿の装備すら簡単に切断するとは、服でさえあれば下着ごとバッサリ! そしてポロリ! 正に眼福‼︎」

 

「……」

 

「ジル殿! 御安心召されい! 怪我も心配要りませんし、本気で続きをやりましょう! さあご一緒に、眼福眼福‼︎」

 

「ア……」

 

「ア? ジル殿? 何かプルプルして……」

 

 剣を鞘に戻し、本日最も強力な魔力強化を全身に施す。半分以上は無意識だが、誰一人文句はないだろう。更に脚から爆発的な魔力を吐き出し、一気にサンデルへと跳ぶ。呆けたままの間抜け面がハッキリ見えてイラッとした。

 

 一瞬で右肩、右腕、拳へと力を伝え……

 

 お・も・い・き・り! ブン殴る!

 

「アホかぁーーー!!!」

 

「ブギャ⁉︎」

 

 剣聖サンデル=アルトロメーヴスはクルクルと天井に向かって行き、ビターンと張り付いた。予想以上の凄い轟音が響き渡り、耳を震わせる。多分だけど外まで聞こえたかも。暫くすると、ペリペリと剥がれて床にポトリと落ちた。白目を剥き、涎も酷い。当然意識は無いだろう。まあ全力の魔力強化は半端ないからな……手首が痛いぜ。

 

 サンデルめ……さっきまでの真剣な空気を返せ、このおバカ! くそ真面目な奴と思ってたのに、とんだ変態野郎じゃねーか!

 

「うぅ……これ結構恥ずかしいな。動いたから尚更だよ」

 

 改めて斬られた箇所を見ると、太ももから脇腹、オッパイの下まで結構な面積の肌が見える。地下は薄暗いのに、真っ白な肌が艶かしい。オマケにパンツもだから凄く心許ない。魔力はまだ通るから全体の形が崩れないのが救いかなぁ。普通の服ならダラーンってなって最悪だと思う。

 

「何てふざけた剣なんだ……いや、そもそも剣なのか?」

 

 まあ今はどうでもいい。早くターニャちゃんを助けないと。思わず溜息が溢れたけど仕方無いよね。

 

 

 

「ジル! これを見ろ!」

 

 

 

 この声は……まさか……

 

「グハハハ! 油断だな、魔剣よ!」

 

「ミケル……」

 

 振り返ると鼻血で口周りが真っ赤なままのミケルが立っている。最悪なのはターニャちゃんが捕らえられている鳥籠の傍にいる事だ。奴の右手は鳥籠を構成してる柱の一本に添えられてしまった。

 

「ん? どうした? ジル。先程までの威勢は何処に行ったんだ? ククク……お前に面白い物を見せてやる!」

 

 ミケルの魔力が鳥籠に伝わるのが分かる。大した量じゃないし、純度も低い。しかし、そんな事はすぐ気にならなくなった。

 

「や、やめて!」

 

 鳥籠の内側、横たわるターニャちゃんに向かって槍状の鋭い穂先がズズズと迫る。籠が変形し、まるで押しつぶす様に四方八方、何本もの太い針が……

 

「何故やめるんだ? ん?」

 

 だ、だめだ……やめてくれ……

 

「誰とも知らぬ孤児を引き取り、雑用で働かせていると思っていたが、その反応……最愛の妹とやら、事実だったか! 此れは傑作だぞ!」

 

 ミケルは気色悪い高笑いを繰り返す。

 

 隙を見つけて何とか近付かないと。魔力強化なら……

 

「おっと、魔力強化は厳禁だ。今すぐ解除しろ」

 

「くっ」

 

「どうした? ああ、そうだ。面白い事を教えてやろう。この特別製の牢だが、魔力を注がなくとも作動させる方法がある。つい先程設定は終えたが、私を攻撃したりすれば大変な事になるかもしれんぞ?」

 

 間違いなくはったりだ。そんな都合の良いものがあるなら最初からやっていれば良い筈。

 

「ジル、嘘だと思うならやってみろ。私は抵抗しない、さあ!」

 

 だけど、万が一本当だったら……

 

「ふん。分かったならば魔力強化を解け! その剣も此方に放り投げるんだ!」

 

 また蠢き始めた鳥籠を見れば逆らう気力も消えていった。剣帯を外し、其れごとミケルの足元に放る。奴は滑って来た剣を足で踏み付けた。分かり易い嫌がらせだ。

 

「まだ強化が解除されてないな。講義で見たが、その服はかなり形を変えるのだろう? 早くしろ!」

 

 言われた通り、魔力強化を止める。すると肌にピタリくっ付いていた感触が消えて、ごく普通の衣服の様にゆったりと身体に掛かった。サンデルに斬られた箇所もダラリと下がってしまい、益々素肌が空気に晒される。思わず両手で隠すしかない。

 

「誰が隠していいと言った? 手を下げろ」

 

 くそっ! こんな野郎に見せる為に磨いて来た訳じゃないのに!

 

 ゆるゆると腕を下ろすと、もう衣服としての役割は果たせない。胸からお腹、鼠蹊部までが外気に晒されてしまった。大事な箇所は隠れているのが分かるけど、正直滅茶苦茶恥ずかしい……他人に、しかも男に肌を見せる事なんてないからな……

 

「おお……想像を遥かに超えて美しい! 此れからじっくりと躾けてやろう! ハッハッハ!」

 

 そう言いながら俺に近づき、そしてグルリと回りながらジロジロと眺める。調子に乗って露出した肌に指まで這わせた。ターニャちゃんに触られたときはくすぐったくて、ほんの少しだけ気持ち良かった。でも今はただ気持ち悪いだけだ。粟立つ肌から寒気を感じて思わず逃げ出したくなる。

 

「動くなよ? 少しでも逆らったらなら哀しい結果になる」

 

「う……」

 

 うぅ、吐きそう……嫌な男に触られるってこんなに気色悪いんだ。

 

「ふん、此処では楽しめんな。今すぐにでも連れ帰り遊びたいが……興味が湧いたぞ」

 

 ミケルはそう呟くと、視線をターニャちゃんに向けた。こんな奴に……

 

「駄目……!」

 

「何を勘違いしている? あんな餓鬼に。だが、お前程の者が其処まで拘る理由が判らない。会ったのも最近で、何処の生まれとも知れぬ孤児だろうに。まさか本当に妹なのか?」

 

「アンタには関係ないで……うっ……」

 

 飽きずに蠢く指に、出したくもない声が出る。

 

「答えろ」

 

 くそっ……

 

「……血の繋がりはないわ。でも、私にとって誰よりも大切な人」

 

「ほう……それはツェイスよりもか?」

 

「比べる様なモノじゃ、ひぅ……分かった!答えるから触らないで!」

 

「そうだな、まずツェイスとの結婚はしないと誓え。言葉にしろ」

 

「しない!」

 

 当たり前! 何度も言わせるなよ。

 

「……躊躇がないな。愛する男よりも大切か」

 

 愛してるのはターニャちゃんだからな。

 

「言う事を聞くから、ターニャちゃんには絶対に手を出さないで。ツェイスに二度と会わないと誓う。それが望みなんでしょ!」

 

 くだらない貴族の話なんてどうでもいい。

 

「両膝を突き、頭を下げるんだ。さっき言っていたな、頭を地面に擦り付けるんだろ? このミケルの女になると心から願うならば、その餓鬼に手は出さない」

 

 どうしたら……何か手がある筈だ……

 

「どうした? 跪け!」

 

「くっ」

 

 今は言う事を聞くしか……

 

 命令を聞かない体を無理矢理動かして、腰をゆっくりと下げて行く。悔しくて瞼をギュッと閉じた。でもその時、不思議な事が起きたんだ。

 

 もう少しで膝が汚い床につきそうな其の瞬間……綺麗な声が耳に届く。

 

 

 

「離せ」

 

 

 

「何だと?」

 

「聞こえなかった? ()()()に触れるな!」

 

「……ターニャちゃん」

 

 両手を縛られたままのターニャちゃんが上半身を起こしてミケルを睨んでいた。可愛いらしい瞳は怒りに燃えて、濃紺がギラギラと光を反射してる。

 

「庶民の分際で……生意気な餓鬼が!」

 

 ミケルが何かしたのか、鳥籠の魔素が動くのを感じる。ターニャちゃんが傷つくと思うと、堪らず叫ぶしかない。

 

「ターニャちゃん! 私なら大丈夫だから、大人しくして……」

 

「お姉様? 私と言う(かせ)はもう無くなりました。だから、そんな奴やっつけて下さい」

 

 まるで怖くないと、ターニャちゃんは首を傾ける。鳥籠が変形し、小さな体を押し潰そうとしてるのに……

 

「ターニャちゃん?」

 

「ゴチャゴチャと! 泣き叫んでも許さんぞ!」

 

 ミケルの声に反応したのか、一本の鋭い針が綺麗で、細くて白い喉に迫る。するとターニャちゃんは……腰を落としたまま針の先端に指をツンと当てた。

 

 たったそれだけ。

 

「……は?」

 

 ミケルの間抜けな声が聞こえたけど、俺も内心は一緒だった。

 

 だって……ターニャちゃんが触れた先から鳥籠がバラバラと崩れていったから。

 

 まるで、元素同士の結合が解れていく様に。

 

 全てが粉々に崩壊する。それは鳥籠全体に及び、音もなく真っ白な粉体に変わって床に山を作った。

 

「な、なにが……」

 

 小さな白い山に囲まれたターニャちゃんは、ゆっくりと立ち上がり俺に微笑むのだ。縛られていた細い紐すらもう存在していない。可愛いらしい笑顔を俺に向けてくれた。

 

 そして、高らかに宣言する。

 

 

 

 

「さあお姉様? 貴女はもう自由です」

 

 

 

 




次回はターニャ視点を予定しています。


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☆女の子、マジギレする

ターニャ視点です


 

 

 

 

 

 アリスお嬢様と別れた後、すぐ近くにあった馬車に押し込まれた。薄っすら憶えてるテレビで見た事があるけど、両脇から挟まれる様に座らされた。警察に捕まった犯罪者扱い……何だか空気も悪いし、かなり怖い。

 

「あの……」

 

「勝手に喋るな。黙っていろ」

 

 此方を見る事もなく低い声で注意された。移送用なのか窓が無くて外が見えない。殆ど真っ暗だ。

 

 体感で30分くらい、馬車が止まった。居心地が悪かったからホッとする。

 

 騎士の人達に連れて来られたところは、小型のお城みたいな建物だ。ただ、お姉様がいる筈のでっかいツェツエ城?に比べると、何だか汚い気がする。まあ、役所なんてそんなものかもしれない。

 

 頑丈そうな門扉は既に開かれていて、入り口の近くで降ろされる。見れば玄関じゃなく裏口だと分かる。人の姿もなく、まるで隠れて行動してるみたいだ。

 

 ……おかしいな。此処が警察ならもっと人が居てもよさそうなのに。警備らしき人影もないし、そもそもの灯りだって足りない。夜だからか、まるでお化け屋敷みたいだ。

 

 僕の周りには4人の騎士。

 

「早く歩け」

 

「は、はい」

 

 かなり強めに背中を押されて、転びそうになる。やっぱり人権とか弁護士を呼ぶとか無理なんだろうな。

 

 建物に反するような小さな扉をくぐると、其処は屋敷内だ。やっぱり人はいなくて、奥に細い廊下が続いている。違和感が強まるけど、今更逃げたり出来ないし……アリスお嬢様の受け答えからも、この人達は間違いなく騎士団の騎士だろうと思う。

 

 小さな部屋に入ると、椅子に座るよう促された。ギシギシと鳴る古臭い木製だ。

 

「ターニャ」

 

「はい」

 

 取調べってこんな感じか。お腹もムズムズして落ち着かない。

 

「これを飲め」

 

「え?」

 

 差し出された木の小さなコップに、半分程の透明な液体が入っていた。匂いはないけど、何で?

 

「全てを飲み干すんだ」

 

「あ、あの……此れは何ですか?」

 

「答える必要はない。お前は言った通りにすれば

 いいんだ!」

 

 酷く怒鳴られて、身体がビクリと震えてしまった。この世界に来て、初めて怒られたかも。お姉様はいつも優しかったから。

 

「落ち着けよ、バル」

 

 もう一人部屋に入って来た騎士だ。残り二人は廊下で待ってるのかな。

 

「エイル、ルクレー侯がお待ちだ。遊んでいる暇はないぞ!」

 

 ルクレー侯? 何処かで聞いた気がする。

 

「時間は取らないさ。ターニャちゃんだっけ?」

 

「は、はい」

 

 精悍で男前な若い騎士が腰を屈めて僕を見た。さっきまで怒鳴っていたもう一人は黙ったみたい。

 

「その飲み物に害はないよ。味も悪く無いし、効果だって直ぐに出る」

 

「効果、ですか?」

 

「このツェツエに住む者ならば、知ってる人も多いけど? キミは分からないみたいだね?」

 

 しまった……珍しいモノじゃ無いのか。不法入国だって自白したみたいになってしまうかも。

 

「其れを飲めば、汎用魔法の効きが向上するんだ。治癒などの効用を高める事に使ったりね。今日みたいに事情を聞く時、心を落ち着かせる意味もある」

 

 なるほど……

 

 何となく意味も分かった。其れに素直にしてないと、お姉様に迷惑をかけたら目も当てられない。

 

「さあ、飲んで」

 

 量も少しだから、一口で済んだ。コクリと喉を鳴らしたのが分かったのか、エイルと呼ばれた男は笑う。

 

「言い忘れたけど、痺れ薬も入ってるかな。ゴメンね、ターニャちゃん」

 

「な、なに、を……」

 

 舌がビリビリしてる……手足から力も抜けて……

 

「直ぐに眠りを促す魔法を掛けてあげるからさ。少しだけ我慢して欲しい。ほら、質問に答えてあげないと」

 

 さっきまで優しい笑顔だったエイルは、急に真顔になった。酷く気持ち悪くてゾッとする。

 

「この屋敷はルクレー侯爵家の別邸だよ。暫くすればキミの保護者を標榜する人も来る。超級冒険者、魔剣のジルさ。何でもターニャちゃんのお姉様だって? 笑えるなぁ」

 

 馬鹿にしたのがありありと分かる。凄く腹が立つけど、身体はもう動かない……

 

「キミは万が一の保険らしいよ。魔剣が逆らわない様にする為の、ね。こう言うのを何て言ったかな? バル」

 

「エイル、くだらない遊びなど興味はない」

 

「相変わらず固いね、バルは。ターニャちゃんなら分かるだろう? キミは……人質さ」

 

 何かの魔法を準備してるのが見えた。魔素が動いて、エイルの手に集まっていく。それはお姉様とは比べるのも馬鹿らしい程に、汚くて少ない。散らすのだって簡単に……

 

 アレ? 魔素が……動か、ない……

 

「ふふふ……キミも運が悪かったね。魔剣なんかに拾われなければこんな事にならなかった筈」

 

 瞼が落ちて行く……

 

 ダメだ、このままじゃ……

 

「さあ、お休み」

 

 クロエリウスも警告してくれたのに。

 

 

 

 ゴメンな、さい、お姉様……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 声が聞こえる。

 

 この世界に来て何度も何度も聞いた。

 

 澄んだ水の様に、天上の楽器が奏でる音楽の様に、何処までも美しくて優しい。

 

 なのに、耳に届く響きは辛そうだ。

 

 こんなの聞きたくない。

 

 見えないのに、お姉様の泣き顔が浮かぶ。

 

 やめて、駄目……それは叫び声。

 

 動かない瞼や身体を無視して、耳を澄ます。

 

 すると、初めてなのに鳥肌が立つ様な気持ち悪い男の声が届いた。

 

 

 

「グハハハ! 油断だな、魔剣よ!」

 

「ん? どうした? ジル。先程までの威勢は何処に行ったんだ? ククク……お前に面白い物を見せてやる!」

 

 直ぐ側に男はいるみたいだ。意味は分からなくても、お姉様に酷いことを言ってるのは間違いない。

 

「や、やめて!」

 

 狼狽したお姉様の叫び声……

 

「誰とも知らぬ孤児を引き取り、雑用で働かせていると思っていたが、その反応……最愛の妹とやら、事実だったか! 此れは傑作だぞ!」

 

「おっと、魔力強化は厳禁だ。今すぐ解除しろ」

 

「くっ」

 

「どうした? ああ、そうだ。面白い事を教えてやろう。この特別製の牢だが、魔力を注がなくとも作動させる方法がある。つい先程設定は終えたが、私を攻撃したりすれば大変な事になるかもしれんぞ?」

 

 ああ……あの騎士が言っていた、人質だと。

 

 何も見えないのに、理解してしまう。僕が邪魔でお姉様は身動きが出来ないんだ。痺れた身体は相変わらず言う事を聞かない。僕の事なんて気にしないでと、大丈夫だよって叫びたいのに、唇はほんの少し震えるだけ。

 

 

「ふん。分かったならば魔力強化を解け! その剣も此方に放り投げるんだ!」

 

「まだ強化が解除されてないな。講義で見たが、その服はかなり形を変えるのだろう? 早くしろ!」

 

 

 訓練したから分かる。魔力強化を解いたお姉様は一人のか弱い女性でしかない。魔法や剣が有れば別だけど、僕の所為で振う事だって不可能なんだ。

 

「おお……想像を遥かに超えて美しい! 此れからじっくりと躾けてやろう! ハッハッハ!」

 

「動くなよ? 少しでも逆らったらなら哀しい結果になる」

 

「う……」

 

 お姉様が嫌そうに身体を捩ったのが()()()()

 

 ……此れは、魔素感知か。身体は動かないけど、魔素は何となく見える。視覚に頼らなくても大丈夫……

 

 それなら、出来る事がある。

 

 僕の身体を魔素で調べればいい。アーレに到着した日、アリスお嬢様の体調不良を調べたってクロエリウスが言っていた。きっと真似事くらい出来る筈だ。才能(タレント)は魔素に特化してるって教えて貰った。僕は()()()()の生徒なんだから。

 

 痺れ薬……何か化学的な力なら何も出来ないけれど、此処は異世界。しかも魔法が……魔力と魔素が支配してる。魔素を学べば凡ゆる応用に役立つと学んだだろう?

 

 もう眠気はない。魔素を体中に回す。

 

 阻害される、魔素を動かすのを。でも此れは朗報だ。やっぱり魔法的な効果だと証明された訳だから。だったら絶対に負けない。

 

 一箇所一箇所の邪魔を弾く。

 

 偶に失敗するけどそんなの関係ない。お姉様の魔素と比べて、何て汚いんだろう。あの魔素達は幸せそうに歌って、舞い踊るのに。この子達は、こんなの嫌だって叫んでると感じる。

 

 少しずつ、少しずつだけど、身体の感覚が戻る。閉じたままだった瞼は重いけど、光を受け止め始めた。

 

 

 

 

 

 

「ふん、此処では楽しめんな。今すぐにでも連れ帰り遊びたいが……興味が湧いたぞ」

 

「駄目……!」

 

「あんな餓鬼に何を勘違いしている? だが、お前程の者が其処まで拘る理由が判らない。会ったのも最近で、何処の生まれとも知れぬ孤児だろうに。まさか本当に妹なのか?」

 

「アンタには関係ないで……うっ……」

 

 背が高い、痩せぎすな男が近くに立っている。頬は痩せこけて、目は蘭々と光り充血して真っ赤だ。鼻血を拭きもせず、イヤらしくお姉様を見てるのが何故かはっきり見えた。

 

 魔力銀だろう服が破れてる。

 

 身体を覆うのは黒い上下のパンツスタイル。その上に臙脂色したライダースジャケットを羽織ってる。きっとこの世界ではかなり珍しいデザインだと思う。けれどそれすら自然に着こなすのがこの人だろう。けれど……格好良いはずなのに、今は見たくないと思ってしまう。

 

 内股から斜めに切れ目が走り、腿の付け根から脇腹の上の方まで裂けてる。ジャケットもヒラヒラと揺れて、お姉様を守る事が出来ない。まだ視力は完全じゃないだろうに、真っ白でシミひとつない肌が眩しく見えた。健康的な色だけど、艶かしくて妖しい。

 

 その肌に、汚らしい指を這わす最低な男……

 

 焦らす様に、嫌悪感を煽る様に、脇腹やお腹を触る。

 

「答えろ」

 

「……血の繋がりはないわ。でも、私にとって誰よりも大切な人」

 

 お姉様……

 

「ほう……それはツェイスよりもか?」

 

「比べる様なモノじゃ、ひぅ……分かった!答えるから触らないで!」

 

 舐める様に、胸の下辺りを撫でた。絶対に許せない……お姉様が必死で我慢してるのが分かる。プルプル震えるのを見たいけど、其れはこんなのじゃないから。

 

「そうだな、まずツェイスとの結婚はしないと誓え。言葉にしろ」

 

「しない!」

 

 ああ……何て事を……幸せを諦めないでって伝えたのに!

 

「……躊躇がないな。愛する男よりも大切か」

 

 全部、僕の所為だ。

 

「言う事を聞くから、ターニャちゃんには絶対に手を出さないで。ツェイスには二度と会わないと誓う。それが望みなんでしょ!」

 

 駄目だ! そんな事!

 

「両膝を突き、頭を下げるんだ。さっき言っていたな、頭を地面に擦り付けるんだろ? このミケルの女になると心から願うならば、その餓鬼に手は出さない」

 

「どうした? 跪け!」

 

「くっ」

 

 くそっ! 動け!

 

 無理矢理に魔素を走らせる。さっきまで無かった痛みが邪魔をするけど、そんなの無視だ。

 

 この牢屋、此れがあるからお姉様は動けない。

 

 気持ち悪く変形して、針状の金属らしきものが僕に向いている。コイツらが無ければ……

 

 何て醜い。

 

 強引に、歪に、グチャグチャに繋いでる。魔力銀も混ざってるみたいだけど、お姉様の剣や髪なんて輝いて見えるのに。

 

 でもこんなの、直ぐに壊してやる。あの魔力強化を解く練習に比べたら、子供騙しにもならないよ。

 

 ゆっくりと上半身を起こす。縛られた両手に気付いたけど後回しだ。

 

「汚い手で触るな」

 

 余り大きくない声だったけど、二人はこっちを見た。

 

「何だと?」

 

「聞こえなかった? ()()()に触れるな!」

 

「……ターニャちゃん」

 

「愚民の分際で……生意気な餓鬼が!」

 

 牢を構成する魔素達が悲鳴を上げた。そしてゆっくり針が迫る。それを見たお姉様は予想通りに反応する。

 

「ターニャちゃん! 私なら大丈夫だから、大人しくして……」

 

 分かってる。

 

「お姉様? 私と言う(かせ)はもう無くなりました。だから、そんな奴やっつけて下さい」

 

「ターニャちゃん、ダメ!」

 

「ゴチャゴチャと! 泣き叫んでも許さんぞ!」

 

 先端に指を当てるだけ、それだけで十分。悲鳴を上げていた魔素達は歌う様に、空中へと去って行った。まるでありがとうってお礼を言ってるみたいで面白い。

 

 牢屋はサラサラと崩れていって、漸く身体の感覚も戻って来たみたいだ。縛られていた紐も簡単に解ける。

 

「……は?」

 

 間抜けな顔して呟いてるけど、逃げなくて大丈夫かい? だってお前の隣に立っているのは、誰よりも美しい女神、そして世界最強の超級冒険者。

 

 もう誰も止められないよ?

 

「さあお姉様、貴女はもう自由です」

 

 魔剣ジル、そして僕のお姉様なんだから。

 

 

 

 



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お姉様、正座する

 

 

 

 

 真っ直ぐに俺を見る濃紺の瞳が綺麗だ。少しだけ伸びたアッシュブラウンのショート髪がフワリと踊って目を惹く。

 

 小ちゃな身体の筈なのに、何故か大きく見えるんだ。

 

 ターニャちゃんはコクリと首を振り、笑顔を贈ってくれた。

 

 うぅ〜可愛い! 格好良い!

 

 マジで惚れ直したぜ!

 

 魔力強化を終え、俺も笑みを返す。

 

 そして腰を捻り、脚を振り上げて横を思い切り蹴った。

 

「オゲェ……!」

 

 回し蹴りを脇腹に喰らったミケルが真横に飛んでいく。少し後、石床に着くとゴロゴロと面白い様に転がった。オマケに壁に激突して後頭部を強打したようだ。ユラユラと半身を起こしたとき、お腹を押さえてゲロった。

 

 汚ねえな!

 

 ふと見るとターニャちゃんが俺の剣を胸に抱いている。そして、捧げる様に両手で持ち上げた。奴が踏みつけた箇所は綺麗に拭かれ、鞘に艶が戻ってるんだぜ?

 

 こっちは世界で一番綺麗だね、うん。

 

「ありがとう」

 

 漸くターニャちゃんが起きてくれてホッとする。剣帯を固定して、クルリと剣を背中に回して完成だ。

 

「お姉様、ごめんなさい。私の所為で……」

 

「ううん、謝るのは私の方。怖かったでしょう?」

 

「そんな……」

 

「身体の方は大丈夫? 痛いところはない?」

 

「大丈夫です。薬も抜けました」

 

「薬?」

 

「……も、もう治ったので、安心して下さい」

 

 俺の怒りが伝わったのか、可愛い表情が少しだけ引き攣った。ゴメンね、怖くないよー。

 

 しかし薬か……もう許す理由もないな。

 

「ターニャちゃん」

 

「はい」

 

「少しの間だけアッチを向いててくれる? 直ぐに()()()()()()

 

 流石に汚いミケルを見せたくない。ましてや人が死ぬ姿なんてね。だけど奴は許せないし、逃したらまた悪さをするのは間違いない。答えは決まってる。

 

「……分かりました」

 

 ターニャちゃんも察したんだろう。でも止めたりはしない。この世界が日本とは違う事を理解してるんだね。やっぱり頭が良いなぁ。

 

 反対側に身体を向けたのを確認し、虫の様に四つん這いで逃げるミケルを視界に入れる。逃がす訳ないだろうに。

 

 肌けた魔力銀の服は再び身を包む。勿論素肌は隠れてないけど、さっきと比べれば十分だろう。

 

「ミケル! 直ぐに行くから待っててねー」

 

「ヒ、ヒィーー‼︎」

 

 情け無い悲鳴、本当に汚い。吐瀉物と合わせて、ある意味お似合いか? 

 

「ターニャちゃん、耳も塞いでおこうか」

 

「はい」

 

 素直に両耳を可愛らしく塞ぐターニャちゃん。

 

 さてと、早く終わらせてアートリスに帰ろう。

 

 まだ白目のままのサンデルを視界に捉えつつ、真っ直ぐにミケルへと飛んだ。グングンと痩せこけた顔に近づくと、馬鹿みたいに泣き叫び始めた。

 

 じゃあな!

 

「ジル、駄目よ!」

 

 その時、俺とミケルの間に炎の壁が立ち上がった。

 

 それが誰によって起こされた現象か直ぐに理解する。統括する騎士団の名の通り、美しい紅色の焔だ。それを確認したが、今更止める気はない。悪いけど決めた事だからね。炎壁を突き抜け、間抜け面のミケルを捉える。

 

 だけどクロエさんが奴を背に二刀を構えて立ち塞がった。速いな……益々速度に磨きがかかってる。

 

 仕方無く手前に着地して、ついでに剣も下げた。ただし、逃げられたら堪らないから、ナイフを奴の脚へと投じておく。勿論両方に。

 

「い、いぎゃっ!」

 

「あっ、コラ!」

 

 クロエさんが叫ぶけど、気にしない。

 

「クロエ様、退いてください」

 

 真っ赤なポニーテールが綺麗だな。瞳までルビーみたいにキラキラして思わず眺めてしまう。

 

「出来る訳ないでしょ! ジルってば殺す気だし!」

 

「当然です。コイツは絶対に許せない事をしたんですから」

 

 ミケルはギャーギャー言いながら、ゴロゴロと転げ回って全身で痛みを表してる。煩いな……うーん、もう一本投げるか?

 

「でもコイツはチルダ家の嫡男なのよ⁉︎ ジルならどうなるか分かるでしょう!」

 

「関係ないですね」

 

「そっ……ツェイス殿下だって何も無しに出来なくなる。もしかしたらツェツエとして……」

 

 赤い瞳に涙が溢れそう。

 

「クロエ様、私には関係ありません」

 

「うわぁ、マジギレしてる……ミケルの馬鹿め……」

 

 何か呟いてるけど、俺が剣を持ち上げたのを見て表情を引き締めたみたい。

 

「ジル、予定通り訓練するしかないね。どうしてもだったら私が相手になってあげる」

 

 やっぱりそう来るか……でも、クロエさんのお願いだろうと聞けないな。それにターニャちゃんは目と耳を塞いだまま、蹲って待ってくれてる。余り時間を掛けたくない。

 

 剣への魔力供給は薄く、間違っても怪我させたくないからね。

 

「万が一の時は治癒魔法を掛けますから」

 

「えっ? 少しは手加減しようよ……」

 

 ウゲッて顔するクロエさん、可愛いな。

 

「ごめんなさい」

 

 下から振り上げた剣をクロエさんは二刀を交差して防御する。だけど魔力強化に対し、受け止めるのは悪手だ。剣神も、剣聖すらも真正面からなんて絶対にしない。まあ、防ぐだけでも相当なんだけどね。

 

「うきゃっ」

 

 やっぱり可愛らしい悲鳴を上げると空中に吹き飛んだ。すると、猫の様に身体を捻って天井を蹴って此方に戻って来る。まるで曲芸師みたいだな。しかもミケルの周りにも炎壁を構成しながら、スタリと見事な着地。うん、流石です。

 

「ちょっと! 危ないじゃ……あ、アレ?」

 

 でも残念だけど、遊んでる時間はない。見下ろした真っ赤な瞳の先は自身の足元。両脚が氷に包まれているのに気付いたみたいだ。氷河で見るようなライトブルーの氷は、魔力により非常に硬い。はっきり言えば俺が消さないと動けないだろう。

 

「少しだけ待っていて下さい」

 

「ジル!」

 

 何とか足を引き抜こうとクロエさんが頑張ってるけど、ゴメンね?

 

「ひ、卑怯者ぉ〜!」

 

 何か叫んでるけど無視無視。

 

 シクスさんと同じ氷魔法を炎壁にぶつけると、向こう側にミケルが見えた。

 

「や、やめてくれ! 謝る、謝るから!」

 

 今更の謝罪なんて聞きたく無い。と言うかその場凌ぎだろうし。さて、終わらせよう。

 

 頭頂から両断する瞬間、ミケルとの間に白い線が通った。ついで鐘を打ち鳴らす様な音が交差した場所から響く。更には何故か身体がビリビリと痺れた。この感触、覚えがあるな。まるで、()()したみたいだね。

 

「邪魔」

 

「ジル、落ち着いてくれないか」

 

「ツェイス、邪魔よ」

 

「止めるために来たからな。当たり前だ」

 

 俺の剣をやはり白い剣で受け止めたツェイスがそのままミケルの前に立ち塞がる。しかし真正面から受けるなんて、どうやって……ああ、そう言う事か。

 

 感知出来ない様に、紫電を放ったんだな。痺れた俺は全力を出し切れず、ツェイスの剣すらキズも入れられない。直ぐに治癒を自身にかけて痺れを取り除く。分かってしまえば防ぎようはあるし、もう魔法だって撃てる。

 

「ツェイスであろうと邪魔は許さない。ミケルを始末したら話を聞いてあげる」

 

「……其れを眺めて待つ訳にいかないな。コイツは俺に任せろ」

 

 俺の服と肌を見て、分かり易い怒りを見せる。焼き餅なのか何なのか知らんけど。それに怒ってるのはツェイスだけじゃない。

 

「最初からそうすればいい。今更偉そうに言わないでくれる? 貴方の事だから、どうせ前から分かっていたんでしょ? 私だけなら好きにしたらいいけど、コイツはターニャちゃんに手を出したの。いいから退きなさい!」

 

 こんな阿呆を自由にしてたんだ。何か理由でもあるんだろ。でも、だからこそ許せない。

 

 俺の怒りに驚いたのか、或いは図星だったか、ツェイスの動きは止まった。横を通り過ぎ、屑野郎へと向かう。

 

「ジル様……」

 

「タチアナ様、アリス様も」

 

 床に両膝をつき、タチアナ様は胸に手を当てていた。そのまま頭を下げて、後悔を含んだ謝罪を唇に乗せる。

 

「全ては私の独断で行った事です。ミケルの悪意を知りながら、殿下にも貴女様にも伝えませんでした。魔剣の逆鱗に触れる様に、ジル様に罰せられるだろうと」

 

 アリス様もタチアナ様の横に佇み、願う様に俺を見ている。縦ロールも心なしか力が無い。

 

「どうか、罰ならば私に。掛けた保険も役に立たなかったのですから」

 

 保険?

 

「えっと……もしかしてサンデルの事ですか?」

 

 タチアナ様の視線は床に転がってる剣聖を捉えている様だ。そして思い出す。サンデルの奴の行動を。

 

 会ったときターニャちゃんを斬るつもりと思ったんだけど、もしかして鳥籠を破壊するつもりだったのかも。それに何故か俺の剣を隠し持ってたよな……何やら依頼を受けたって言ってたけど、依頼者の名をタチア、とか言って。

 

 そう言えば、ミルクを溶かした雪鳴茶の様なお髪(おぐし)って……目の前に跪くタチアナ様の髪はミルクティーの様に綺麗だ。

 

「……」

 

 もしかして、やっちゃった?

 

 サンデルが起きてたら、ミケルの横暴も許さなかっただろうなぁ……

 

「お姉様、もう」

 

「ターニャちゃん」

 

 いつの間にか隣に来ていたターニャちゃんが俺の手を取った。懇願する様な瞳を見れば、怒りはあっさりと消えていく。

 

「ハァ……」

 

 仕方無いか……

 

「ツェイス」

 

「ああ」

 

「ターニャちゃんに何かあったら二度と許さないから」

 

「分かってる。今更だが、俺を信じてくれ」

 

「で、殿下! ま、まさかこのまま言う通りに……下賤な冒険者ごとき……」

 

 アホだなぁ、コイツ。

 

 案の定ツェイスがユラリとミケルに振り向くと、右手を向けた。バンッと鈍い音が部屋を包み、紫色した光が弾ける。紫電はタイムラグすら無いままにミケルに届いた様だ。

 

「ブヒッ……」

 

 気絶したミケル、豚みたいに鳴いたな……

 

 パタリと床に這いつくばったミケルを視界から外し、跪いたままのタチアナ様を立ち上がらせる。いつ迄も汚い床に膝をつくのはアレだからね。それにせっかくの保険を壊したの俺だし……でもアレはサンデルも悪いよな? 白目を剥いている間に変態仕様の剣は没収しておこう、うん。

 

「ジル様……」

「姉々様……」

 

「もう終わりました。だから涙を拭いて下さい」

 

「……はい」

 

 さりげなくハンカチを差し出すアリスちゃん、さすがだ。更には肩に掛けていたストールらしき物を取り、俺の身体に押し付けてくれた。晒された肌を隠してって事だね。優しいなぁアリスちゃんって。

 

「なんか仲間外れ……」

 

 クロエさんは哀愁漂う独り言を呟いてるけど。

 

 さて、と……

 

「ターニャちゃん!」

 

「は、はい! お姉様!」

 

 驚いた顔も超可愛いけど、今は何より大切な事があるのだ!

 

 全開の魔力強化を再び施し、小ちゃな身体を抱き締める。少し離れた場所に移動し、更には魔素を使い全身をチェック! 薬は抜けたって言ってたけど、他にも何かあったら大変だ。一応治癒魔法もかけておこう!

 

「殿下」

 

「どうした、クロエ」

 

「あんなに魔力を使う治癒魔法、見た事あります?」

 

「いや、無いな。致命傷も治るだろう、多分だが」

 

「それって伝説の……」

 

 ツェイスとクロエさんが何か言ってるけど、聞こえません!

 

「ちょ、ちょっとお姉様!」

 

「大丈夫だから! お姉さんに任せて!」

 

 傷一つ見逃さないぞ! 治癒魔法? んなの関係ないしー!

 

「わ、わぁ⁉︎ 何で脱がすんですか⁉︎」

 

「いいからいいから!」

 

「うひゃっ!」

 

「力を抜いて? 目を瞑るの」

 

 おお! 柔らかい! すべすべ! 可愛い!

 

「ど、何処触って……うわっ!」

 

 よし! いよいよ大事なところを確認だ!

 

「い、いい加減にしてください‼︎」

 

「痛い! 何で叩くの⁉︎」

 

 あ、あれ? なにかプルプル震えてますね? 乱れた服を整えて、更には真っ赤な顔してギロリと睨むんです、ええ。

 

「タ、ターニャちゃん?」

 

「どうやら、お仕置きが必要なようですね……」

 

 あれれ? もしかして……

 

「正座!」

 

「は、はい!」

 

 わぁ、日本語だ! 正座なんてこの世界にないもん!

 

 めっちゃ怒ってますぅ……何か魔素が動くのも感じられるんですが⁉︎

 

 あわわわ……!

 

「ひゃ、ひゃーー⁉︎ ご、ゴメンなさーい!」

 

 ターニャちゃん、怖いよ! 可愛いけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「結局、自分が傷つけられた事を責めなかったな。ただ、あの少女だけを……」

 

「……そうですね」

 

「タチアナ」

 

「はい」

 

 二人の視線の先。俯くジル、そして其れを叱る少女……

 

「ターニャか」

 

「そうです」

 

「エーヴで裏から全員に流せ。魔剣と共に、あの少女に触れてはならないと。下手をしたら止められないぞ」

 

「……畏まりました」

 

 二人だけではない、クロエもアリスも呆然と見詰めている。世界最高峰の戦闘力を誇る魔剣が、床に膝をついて泣きそうになっているのを。何やら意味不明な姿勢だが、叱られてシュンとしているのが伝わる。

 

 そして同時に思う。

 

 あの少女ターニャを掴めば、ジルは決して離れたりしない。

 

 魔剣を御するのは、力でも、金でも、ましてや王権でもない。あの小さな女の子、たった一人なのだと。

 

 

 

 

「ゆ、許して⁉︎ ほ、ほらお風呂に……」

 

 ジルがターニャのお腹に抱き着いて、顔をグリグリしている。そして泣きそうに訳の分からない台詞を吐いた。いや、なんだよお風呂って。

 

「だから何で変なところを触るんですか! や、やめ……擽ったい!」

 

 女神と讃えられる美しいジルの顔を引き剥がそうと力を込める少女。真っ赤な顔、可愛らしい怒りを溜める姿を見れば信じられないけれど……

 

 

 

 

 

 



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お姉様、嫉妬する

 

 

 

 

 

 

「うーむ、朝焼け綺麗だなぁ」

 

 カーテンを開けた先、其処には正に絵画みたいな景色が広がっている。王都アーレ=ツェイベルンもきっと喜んでるね。

 

 此処からは海も見えるけど、波は穏やかでキラキラ光るのだ。風だってサラリと髪や睫毛を揺らしてくれた。

 

 うん、気持ちいい!

 

 ミケルの馬鹿とやり合ってから二日が経過した。

 

 昨日は疲れたしゆっくりまったり過ごさせて貰ったんだ。あと、パミール様に味噌汁、つまりミッソスープを伝授。レシピも用意したし、喜んでくれたから良かった。陛下も美味しいと言ってくれたからね。

 

 赤味噌と白味噌の両方があったのはマジで吃驚したよ。俺とターニャちゃんがいるって事は他の転生者もいたりするのかなぁ。醤油の存在も間違いないな、うん。

 

 お刺身をいつか食べるのだ!

 

 握り拳を太陽に向けた時、背後から衣擦れらしき音がする。ゆっくりと振り返ると其処には天使が居た。まだ眠っているのか、顔を半分だけ白いシーツから覗かせている。

 

「可愛い」

 

 そう! 至高のTS美少女ターニャちゃんが俺と同じ部屋で‼︎ 流石にベッドは別だけどね……ちくしょう!

 

 最初は城の外にある対外向けの部屋だったけど、昨日の朝からこっちに引っ越して来たんだよ、うん。まあ、ホテルみたいなものだけどさ。

 

 何故かタチアナ様やアリス様が手伝ってくれて、ツェイスとかも全力で応援してくれたのだ。全く意味が分からないが、結果だけは最高だよね。

 

 しかし、此れはチャンスだ。アートリスの我が家でも同じ部屋で寝たりはしないのだから。

 

 冒険者生活で鍛え上げた技術を使い、気配を完全に絶つ。更には足音も殺してスススと近づけば完璧だ。

 

「……可愛過ぎでしょ」

 

 俺の目の前にターニャちゃんの寝顔がある。スースーと静かな寝息まで耳をくすぐって幸せ。

 

「……朝の挨拶しようかな。ほ、ほら、チューくらい普通だし?」

 

 緊張で少しだけプルプルしてる。しかし、誰も見ていないからいいのだ! そぉーっと、そぉーっと、ね。

 

「……何してるんですか?」

 

 パチリと開いた瞳、何故か頬が赤い。

 

「えっ⁉︎ えっと……そ、そろそろ朝ご飯かなって」

 

 ななな何故だ⁉︎ 何故バレたんだ! 俺の鍛えた技、何してるんだよ⁉︎

 

 ムクリと起きたターニャちゃん、朝のため息一つ。

 

「おはようございます、お姉様」

 

「お、おはよう」

 

 ベッドから降りると、俺の前に立った。ま、まさか怒ってるのか⁉︎ くっ、もっと技を磨かなくては!

 

 スッと両手を俺の首にかけたターニャちゃん。まさか、首投げ? それとも頭を抱えてからの膝蹴り⁉︎

 

 思わずギュッと目を閉じると、柔らかな感触が俺の頬から伝わって来た。

 

「あ……」

 

 目を開けると、益々真っ赤なターニャちゃんがいる。まままま、まさか……今の感じ、柔らかくて温かくて、幸せな……

 

「ターニャちゃん」

 

「は、はい」

 

「もう一回お願いします。今度はちゃんと見てるから」

 

 ほっぺにチュー‼︎ 頼む!

 

「朝の挨拶は一回だけです」

 

「えー……」

 

 ん? ま、待てよ……朝の挨拶、一回だけ? つまり、つまりだよ? 此れから毎日朝のチューを……お、おお……‼︎

 

「じゃあ明日の朝も、だね」

 

 やったぜ!

 

「あ……」

 

 寝惚けてたんだろう、今更気付いたみたい。普段なら隙を見せてくれない猫みたいな子だけど、油断したね!

 

 何だか最近かなりデレてくれるのだ。一体何があったのか分からないけど、どうでもいいし。だって可愛いもん。

 

 あっ……ターニャちゃんてばハーレムを許してくれた本妻として、色々頑張ってくれてるのかもしれない? ならば此処は慎重に、言葉を選んで……

 

「ね、ねえ、ターニャちゃん」

 

「はい」

 

「ハーレムってどう思う?」

 

 キリリと表情を引き締めて質問をぶつけた。結局言葉は選べてないですが。

 

「はあ?」

 

「だからハーレム……」

 

「ハーレムってあれですか? 沢山の女性を侍らせる」

 

「うん」

 

「何が聞きたいのか分かりませんけど、どう思うって質問なら簡単です」

 

 うんうん、だよね!

 

「凄く嫌いですね」

 

 う、うん?

 

「嫌い、なの?」

 

「当たり前です。好きな人は一人だけで十分ですし、浮気なんて最低。やっぱり幸せな夫婦って最高だって確信しました。このツェツエ王国の両陛下、あの仲睦まじい姿を見たら益々そう思います。勿論お姉様もそうですよね?」

 

「……と、当然だよ!」

 

 あ、あれぇ? 冗談言ってる雰囲気じゃないぞ……じゃあハーレムは? リュドミラ様、クロエさん、パルメさんやリタに、ターニャちゃんが本妻で……

 

「そもそも一夫多妻制なんですか? この国って」

 

「そう言えば……どうだろう?」

 

「まあ、どうでもいいですね。ハーレムなんてお姉様がやっつけてくれます、きっと」

 

「そ、そうだね」

 

 お、おかしいな……じゃあ、俺の夢は⁉︎ 夢のような桃源郷は何処に⁉︎

 

 あれぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 ミケルは廃嫡(はいちゃく)となった。更にはロプコヴィルと呼ばれる孤島へと島流し。魔力銀などの鉱物を産出する有名なところだけど、かなり厳しい環境らしい。

 

 更にはチルダ家の力も削がれる事になる。立法、司法、騎士の輩出、おまけに捜査や裁判まで行う場合もあった為、増長を招いたとの陛下の判断だ。権限は他家へ移譲、或いは分割された。現チルダ家当主であるペラン公は力無く項垂れ、そして逆らう事なく首肯したとの事だ。

 

 罪状は騎士団の私的流用と子女の誘拐。公爵家嫡男としての立場を悪用した過去の所業全てだ。エーヴ家で集めていた証拠もかなり影響したってさ。

 

 ルクレーやマーディアスは降爵。他にも色々言ってたけど覚えてないや。

 

 あと、ターニャちゃんを誘拐した騎士達も一網打尽にしたらしい。俺がお仕置きに行くねと言ったら全力で阻止されたのは解せないけど。何故かアリスちゃんとターニャちゃんまで止めてきたんだよ? おかしいなぁ。

 

 まあミケル達の処分なんて今更気にならないし、ターニャちゃんに被害が及ばないなら何でもいい。その辺はツェイスだって信じろって言ってたからね。

 

 そんな事より、今は他の事が気になって仕方がないのだ。

 

「ジル? どうしたの?」

 

「いえ……」

 

 何やらゴチャゴチャした手続きを終えて、ターニャちゃんを探していた。直ぐに見つかったけど、思わず足を止めてしまう。俺の視線を追い、クロエさんも何を見ているか察したみたい。

 

「殿下とターニャちゃんだね」

 

 そうなのだ。

 

 ツェイスとターニャちゃんが和やかな空気を醸し出している。普段あまり見掛けない笑顔が浮かんでいるのが分かって、無意識のうちに立ち止まってしまった。会話は聞こえない。でも凄く楽しそう……

 

「……ははーん」

 

 クロエさんが何か言ってるけど、言葉は右から左。

 

 悔しいがツェイスはとんでもないイケメンだ。紫紺の瞳は戦闘時こそ鋭いが、普段は人柄を思わせる優しい光を放つ。波打った髪も、長い足も、鍛え上げた均整の取れた身体も。頭もいいし、性格だって素晴らしいと思う。男としての理想形と言っていいかも。

 

「ムフフ……嫉妬も可愛いなぁ」

 

 未だ耳に届くクロエさんの声は凄く遠くて頭に入らない。

 

 ターニャちゃんは至高のTS女の子だ。TSであるからには恋愛対象は女性だと当たり前に思っていた。だから超絶美人のジルに必ず靡くと自信があったのだ。だけど……俺は直接聞いただろうか? 元男の子かと、好きなタイプは、ジルは恋愛対象になりますかと。

 

 今朝だってハーレムは嫌いだって言ってた。世の男達の大半が憧れる筈のハーレムを。いや、多分だけどさ。

 

 もし頭の中も女の子に変化していたら……今ターニャちゃんの隣に立つのは世界トップクラスと言っていいツェイス。

 

 あんな笑顔、俺に見せてくれた事ある?

 

「どうしよう……」

 

 ターニャちゃんがツェイスに惚れたら?

 

 うぅ……そんなの、そんなの嫌だ!

 

「でも、これだけの美人で何が不安なんだろ? 本当に変わった女だよねぇ。殿下が他の娘に気を取られる訳ないのになぁ」

 

 早く間に入って邪魔したいのに、脚が動かないよ。ツェイスだってあんなに可愛い笑顔を見たら、惹かれちゃうかも……

 

「ほら、行くよ」

 

 クロエさんが背中を押してくれたけど、何だか今は会いたくない。ターニャちゃん楽しそうだもん。

 

「忘れ物が……すいませんクロエ様」

 

 断って踵を返す。

 

「あっ、ちょっと!」

 

 ターニャちゃんはいつでも名前じゃなくてお姉様って呼ぶ。もしかして本当にお姉ちゃんって思われてるのかな……

 

 

 

 

 あれから何度かターニャちゃんを見掛けたけど、アリスちゃんやタチアナ様、更にはリュドミラ様とまで話してた。随分と仲良さそうで嬉しいけど、何だかモヤモヤする。

 

 殆ど初めて会ったばかりなのに、まるで友達みたい。凄いコミュニケーション能力だなぁ。俺なんてリュドミラ様を真正面から見るのだって勇気がいるんだよ? 至高の美少女二人が並ぶのは眼福だったけど、遠目から眺めるだけで終わっちゃった。

 

 これって、やっぱり、

 

 焼き餅だよな。

 

 はぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「まあ! 何だか不思議ですね!」

 

「私の方も初めて聞いた話ばかりで不思議です」

 

「ターニャさんに心を許し、そして愛してるのね。私達の前ではそんな様子も見せてくれませんから。何だか嫉妬してしまいます」

 

「そうでしょうか? リュドミラ王女殿下との時間を随分楽しみにしていたと、クロエリウス様が言っていましたけど」

 

 リュドミラは魔剣の妹との時間を楽しんでいた。タチアナから聞いた話で随分と興味が湧いて、ターニャに来て貰ったのだ。風の通る園庭のテーブルに集まり、軽い食事と飲み物まで用意されている。

 

 これはかなり異例な事で、一国民、いや情報通りならばツェツエの民ですらないかもしれない。そんな女の子一人に時間を割き、そして会話するなど通常ならば考えられないだろう。

 

 しかし、実際にはツェイスやタチアナが動いたのだ。

 

 不可侵の存在となったターニャが如何に特別かと知らしめる必要があった。幾つかの手段の中で丁度よくリュドミラの要望が伝わった訳だ。貴族間でも噂となり、広がるのは時間の問題となる。会話を楽しむ二人だけは理解していないかもしれない。

 

「それは嬉しいですが、何度お願いしてもミラと呼んでくださらないのです。私は姉の様に思っていると話しても頑なに……」

 

 暗くなった雰囲気を感じ、ターニャは会話を少しだけ変えた。

 

「アリス様も姉々様(ねねさま)と言ってましたね。何だか沢山の妹がいるみたいです。誰からも愛されているのはお姉様、あの人なのかもしれません」

 

「ふふっ……きっと生まれながらの人誑し(ひとたらし)なんですね」

 

 それを察したリュドミラに笑顔が戻る。

 

「でも、ジルってば妙に鈍感だよねぇ」

 

「クロエ、お行儀が悪いわ。タチアナに見付かったら大変よ?」

 

 もう一人座っていた赤髪の女性は片手にお菓子を持ち、頬まで膨らんでいた。もぐもぐと咀嚼し、お茶で流し込む。

 

「タチアナには内緒でお願いします!」

 

「全く……それでどういう意味かしら?」

 

「んー……今日ジルと歩いてたんだけど、丁度ツェイス殿下とターニャちゃんが話してて。いきなり立ち止まったから驚いちゃった」

 

「ツェイス王子殿下と……確か今回の事の謝罪と、後は昔のお姉様の事を沢山教えて貰って楽しかったです。あの時でしょうか? でも会いませんでしたよ?」

 

「だって凄く辛そうだったもん。アレは間違い無く嫉妬だね。視線も外さないし、冷やかしても反応なし! 最後なんてバレバレの嘘ついて居なくなったんだよ? おかしな話だよねぇ。あれだけの美貌を持ち、更には超級の魔剣で、何度もツェツエの危機を救って……高飛車になったり、生意気でも不思議じゃないでしょ? なのに性格はいつも優しいし、今日みたいに自信も無かったり。殿下の気持ちなんて、ねえ」

 

「嫉妬……今回の事件でジル様は益々頑なになったのかもしれないわ。以前も貴族間の混乱を嫌って身を引いたのだから」

 

「あー……成る程、そういう考えもあるねー」

 

「あの……つまりツェイス殿下と私にですよね?」

 

「そうそう」

 

 ターニャは嘘でしょうと表情を歪める。だって二人の会話を繋いだのは他ならないジルなのだから。ましてやツェイスからは溢れんばかりの愛情が感じられた。誰もが認める間柄なのに、当の本人は自信がないらしい。

 

「確かに不思議だわ。いつも一歩引いてるもの、ジル様は」

 

「以前に長らく会えない本当の妹が居ると話していました。恋しくて、つい私に構ってしまうって……もしかしたら、家族や過去に何か……あっ、いえ、何でもありません」

 

 生まれ故郷の件は秘密だと言っていた。それを思い出し、ターニャは口を噤む。リュドミラとクロエも視線で会話をしたが、深くは追求しなかった。何やら事情があるのは以前から分かっていた事で、同時に探られたくないのだろうと知ってもいる。

 

「明日にはアートリスに帰るんだよね?」

 

「あ、はい」

 

「ターニャちゃん、ジルをお願いね?」

 

「私からもお願いします。何かあったら何でも良いので報せて下さい」

 

「何時も守って貰うのは私ですが、出来る事だけは」

 

 

 でも、何処かホッとする心を自覚したターニャだった。そして同時に、これこそが嫉妬だと理解してもいた。離れていかないジルに安堵し、同時に自分だけに心を開いてくれていると。

 

 つい最近アリスに答えたのだ。自分はジルが大好きだって。アレは間違いなく本心だった。

 

 この気持ちが何なのか、もう一度考えよう……ターニャはそんな風に内心で呟く。

 

 

 

 

 そうして、王都アーレ=ツェイベルンの夜は更けていったのだ。

 

 

 

 

 

 




アーレ編、間もなく終わります。
今話のジルとターニャは今後への布石になるよう、少し真面目な雰囲気です。


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お姉様、発見される

アーレ編 最終話


 

 

 

 

 

 

「準備いい?」

 

「はい。忘れ物も……あっ、お土産は」

 

「パルメさん達の? それならもう馬車に運んで貰ったよ?」

 

「良かったです。後は大丈夫かな」

 

「じゃあ、帰ろっか」

 

 アーレに来た時と同じ旅装に身を包んだターニャちゃんがコクリと頷いた。さっき梳かした髪も艶やかで、タチアナ様に施された御化粧も綺麗。薄化粧だけど、少しだけ大人びて最高に可愛い!

 

 くっ……カメラは⁉︎ スマホはどこなんだ!

 

 記録出来たならなぁ。でもそんなの無いから我が頭脳に刻み込むぅ!

 

 アートリスまで数日だけど、帰りはクロがいない。まあ何処かで会うかもだけど、つまり二人きりの旅。しかも最近のターニャちゃんはツンがデレに少しだけ傾いている。ちょっとだけ懐いてくれた仔猫の様に、超絶可愛いのだ。

 

 今朝だってお早うのホッペにチューをお願いしたらOKだったんだよ? もう昨日までのウニャウニャも消えて、朝から元気一杯!

 

 ああ、無事に家に帰れたら新婚生活を楽しむんだ……もうハーレムとかいいや。誰だよ、そんなおバカな事を夢見てたのは……

 

「ジル様、もう帰られるのですね」

 

「リュドミラ様」

 

 ……ミラちゃん凄く可愛いんですが。やっぱり夢は持ち続けるものだよね、うん。

 

「もっと沢山のお話をしたかったです。あの冒険の続きをまた教えてくださいますか?」

 

「勿論です。リュドミラ様との時間、本当に楽しくて幸せでした。心からお礼を……」

 

「ミラと呼んで貰えないのですね」

 

 哀しそうな上目遣い、堪らん! しかし此れはチャンスだ! が、頑張れオレ! 勇気を振り絞るのだ!

 

「言葉も大切ですが、気持ちを伝えるのはそれだけではないですから。リュドミラ様、お許しを」

 

 我ながら格好良い台詞を吐くと、ゆっくりと小さな身体を抱き締める。緊張するけど、別れる日くらいはいいよね! おお……柔らかい、温かい、良い匂い! こ、これは堪らない。

 

「ジルお姉様」

 

 リュドミラちゃんはそう言いながらも背中に両手を回してくれた。フニョリとアレが感じられて幸せの大波が襲う。うむ、此れも記憶に刻むぅ! このまま連れ帰りたいけど……全騎士団に追われるのは流石に怖いし。何やら緊張感の増した紅炎の皆様が周辺にいる……タチアナ様やクロエさんは微笑ましい感じだから失礼になってないよね?

 

「またお会いしましょう」

 

「はい」

 

 あとは城を出て、街との境目にある城壁までゆっくりと歩く。ツェイス達は門のところで待っているらしい。馬車や旅に使う荷物も用意してくれてるってさ。

 

 姿が見えなくなる最後、リュドミラ様は上品に手を振ってくれていた。やっぱりお持ち帰りしたいなぁ……因みにクロエさんはピョンピョン飛び跳ねながらバイバイしてくれてる。タチアナ様は静かに佇んで何だか格好良い。

 

「駄目ですよ、お姉様」

 

 う、うん?

 

「な、何かな、ターニャちゃん」

 

「縫いぐるみじゃないんですから。連れ帰ったりしたら完全なアレです」

 

「ななな、何を言ってるのかなぁ? いや、アレってなに⁉︎」

 

「アレです。分かるでしょう?」

 

 そんなに不審者みたいな視線だったのか? 気をつけよう……て言うか、ターニャちゃんやっぱり心を読んでない?

 

「むぅ」

 

「今聞くのも変ですけど……王都に残ろうと考えないんですか? リュドミラ様やクロエ様だってそれを望んでいるのに。それに、ツェイス殿下だって……」

 

「うーん……余り考えてないかなぁ」

 

「何故ですか?」

 

「色々あるからね。其れにアートリスに愛着があるし……」

 

「……そうですか」

 

 結局答えてないからターニャちゃんも微妙な感じ。でも本当に色々あるんだよな。

 

 今回もそうだけど、やっぱり貴族達はややこしい。まあミケルみたいな奴は早々居ないだろけど逆もある。つまりツェイスとの仲を取り持つつもりの人達だ。タチアナ様もそうだし、他にも結構。でもこの事件で改めて思ったんだ。隣を歩くターニャちゃんが大好きだって。

 

 それに不在の"魔狂い"も。あのエロジジイの本拠地はアーレだから被るのも面倒臭い。ツェツエの防衛面でも意味が薄れてしまう。アートリスは貿易の玄関口で大切な要所だからね。それを理解してるから陛下だって強くは要望しない訳だし。まあ今後は分からないのが不安だけどさ。

 

 あとパルメさんや友達!になったリタ、他にも沢山好きな人が居る。あの雑多な街並み、合うんだよなぁ。アーレは凄く綺麗だけど、やっぱり都会な雰囲気で洗練されてる。遊ぶにはいいよ、うん。

 

「また来たい?」

 

「はい。アリスお嬢様と仲良くなりましたし、今度は泊めて貰えるって。お姉様も是非だそうです」

 

「そっかぁ。アリス様って最初はアレだったけど、凄く素敵な子だよね。クロったら何が不満なんだろ……また腹が立ってきた」

 

 あんなに可愛いし頭も良くて、おまけに気遣いまでバッチリなんだよ? 前世の俺だったら無条件で飛び込むだろう、きっと。縦ロールだって見慣れたら最高。

 

「夜光花を見せて貰いました。他にも沢山助けてくれて」

 

「うんうん。アリス様にも恩返ししないとだね」

 

「はい」

 

 そんな事を話していると、かなり小さめの門が見えて来た。通常使うものじゃ無く、内緒だったり騒がれない様に利用するらしい。とは言え人は居るし、賑やかでもある。可愛らしい白色に塗装された門だ。

 

 だから何人かの竜鱗騎士、シクスのおっさん、そしてツェイスがいても人集りまでは出来てない。

 

「ツェイス殿下。コーシクス様も……態々ありがとうございます」

 

「もっと滞在して貰いたいが、仕方が無い。ジルにも待つ人がいるだろうからな」

 

 そう言いながらもツェイスは見事な笑顔を見せる。くっ、最後までイケメンだな! ターニャちゃん、見ちゃ駄目! 視線を遮る様に間に入っておこう。

 

「おやおや、ジルも一人の女なんだなぁ」

 

「コーシクス様? 何ですか?」

 

「いや? 気にすんな」

 

「ジル、アートリスに帰ったら手紙を寄越してくれないか? 暫く会えないし、リュドミラも寂しがる。それと……結局手合わせが出来なかった。また時間が欲しい」

 

「あ、はい。光栄です」

 

 そう言えばそうだったな。まあ、ほんの少し剣を合わせたから相当強くなってるのは分かったよ? 多分、手加減とか無理だろうなぁ。

 

「……今は誰もいない。他人行儀はやめてくれないか」

 

「殿下……」

 

「いや、余計な事だったな。気にしないでくれ」

 

 ツェイスも今回の事で色々考えたんだろうな。やっぱりミケルの馬鹿をもっと蹴飛ばしとくんだった。ツェイスもシクスのおっさんも大好きだよ? でも……難しいね。

 

 その後も話したけど、余り記憶に残ってない。

 

 まあツェイスのイケメンオーラからターニャちゃんを守るのに必死だったし? くっ……手強い恋敵がこんなところにいたなんて!

 

「それでは、そろそろ失礼します。殿下、お健やかに」

 

「ああ」

 

「コーシクス様、またお会いしましょう」

 

「おう。エピカ達にもな」

 

「あ、は、はい」

 

 エピカさんかぁ……あんなに可愛いのに、寒気が……

 

「ターニャちゃん、行こう」

 

「はい。それでは失礼致します」

 

 綺麗な姿勢でキチンと挨拶するターニャちゃん、流石です。

 

 でも、何かを忘れてる気がするんだよなぁ。何だっけ?

 

 先に馬車に乗るターニャちゃんの丸いお尻を眺めながら頭を捻る。うーむ……あっ! 思い出した‼︎

 

 サンデルの何とかって変態武器を回収してないぞ⁉︎

 

 くっ、せめてポキッとおっておけば……残念。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「キルデベルト殿、どうされました?」

 

 ツェツエ王国の三大公爵家の一つ、テレドア公から任命された外務卿直轄の高官が問う。現在全霊をかけてお世話している特使が突然立ち止まり、暫く身動きすらしなかったからだ。

 

 特使の目的は貿易と魔物対策の協議。更に古竜などの超越した生物に対する対応の合意だ。勿論決定権はなく、議題を国に持ち帰るのが任務。今後何度か来国する事になるだろう相手に、高官は気を張っていた。

 

 名をキルデベルト=コトと言う。祖国で比較的名家の一つに数えられるコト家の次男で、この大役を仰せつかったらしい。

 

 年齢は驚くべき事に36歳と若く、いかに有能かを物語っていた。ベージュブラウンの髪をピタリと頭に撫で付け、額を顕にしている。身長、背格好共に平凡だが、何度かの交渉で明晰な頭脳は明らかだ。

 

 現在は王都アーレを案内し、次の目的地へと向かうところだった。

 

 どうやら街を出る為に並んでいる馬車の群れを眺めているようだ。しかし特に珍しい景色では無いし、そもそも特使には用など無いはずの場所だろう。

 

「キルデベルト殿?」

 

 二度目の呼びかけにすら反応が鈍い。何やら不備でもあったのかと高官は緊張した。すると、ゆるゆると頭を振り、チラリと振り返って元に戻る。やはり何か気を取られているのだ。

 

「いや、申し訳ない。情け無い事に目を奪われてしまって」

 

「目を奪われる?」

 

 緩やかな言葉に安堵しながら、高官は目を凝らす。そしてその意味も直ぐに分かった。

 

「ああ、成る程……確かに、それも仕方がありませんな。最近ではツェツエの女神やら、美の化身などと噂され、それを否定する気も起きません。初めて見る方は皆驚きますゆえ」

 

 キルデベルトの視線の先、其処には馬車の乗ったまま列に並ぶ白金の髪を揺らす美しい女性と、寄り添う少女がいた。

 

「ツェツエの女神、ですか? ()()()が?」

 

「ええ、有名ですよ。その名と名声ならば貴方様の御国にも届いているのでは? 冒険者にして、最強の呼び声高い魔剣。五人しかいない超級の中で女性は唯一人ですから」

 

「……ほう。魔剣、ですか」

 

「はい。名をジルと」

 

「ジル……」

 

 まるで噛み締める様にキルデベルトは名を呟いた。

 

 隣の少女に柔らかな笑顔を贈り、何やら話している。それは、見ているだけで此方まで幸せになる表情だ。

 

「我がツェツエが危機に陥った西部の遺跡からの"魔物溢れ"は約6年前。そこで他の追随を許さない活躍を見せ、何よりツェイス王子殿下の御命を救ってくださった、我が王国の恩人でもあります。他にも逸話は数多いですな。今はアートリスに居を構えていると」

 

「アートリス、確かツェツエ王国第二の都市ですね。6年前……つかぬ事を聞きますが、あの女性はツェツエ出身ですか?」

 

「ははは、流石特使殿だ。ご明察の通り、約8年前に流れてきたらしいと聞いております。ただ、現在は我が王家の覚えも目出たく、ここ数日も騎士団の特別講師として来城致しました。それと、此れは暗黙の事実ですが……ツェイス殿下と深い仲で」

 

 他国に渡すつもりなどないし、高官は余計な手を出すなと警告の意味を含めた。王子殿下の名を出せば、おいそれと接触すら出来ない。下手をしたら戦争の火種になる。それ程の者が超級であり、王家との関係だ。

 

 だが、これは全くの逆効果で、寧ろキルデベルトの瞳に力が篭った。それに負の側面は無かったが、張り詰めた空気が漂う。

 

「王子殿下と深い仲、8年前……」

 

「とは言え余り公言はなさいませぬ様お願いします。お若い二人の事で御座いますから、ハッハッハ!」

 

 冷やかしの笑いを無視し、もう一度ジルを眺める。そして誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

 

「本当に、本当に大きく美しくなられた……何よりあの(かんばせ)。お母様に、シャルカ様に益々似て……そして水色の瞳はそのままに、()()()()()()()

 

 今すぐ走り寄り、そして声を掛け、逃げ出さないよう捕まえたい。しかし、少女の頃より知るキルデベルトは無理矢理に自制した。産まれてからすぐ非凡な魔法の才を見せ、何より逃げ足がとんでもない。毎日の様に行方を眩ませる過去が昨日の様に感じる。体制を整えなければ……

 

 だから、溢れる万感の思い、それが言葉に乗ったのだ。僅かな涙すら浮かんでいる程に。

 

 それを見た高官は怪訝な顔をしたが、指摘出来る様子はカケラも無かった。次いで聞こえて来た声に気を取られたのもある。

 

「申し訳ないが、街は後日にしたいと思います。それと、魔素通信を拝借したい。至急に」

 

「魔素通信ですか? それは、専用の物を用意しておりますから大丈夫ですが……」

 

「お願いします」

 

 有無を言わせない迫力が伝わり、思わず高官は頷く。

 

「しかし、貴方様の大陸まで経由地が7つ。届くのは随分先かと思いますぞ?」

 

「構いません」

 

「は、はあ」

 

 釈然としないが、かの国の特使の願いを聞き入れるしかなかった。王陛下より最大限の便宜を図る様にと通達も出ているのだ。

 

「我が国の魔素通信は現在開かれていますので、数日の短縮が可能でしょう。確認が必要ですか?」

 

「いやいや! 偉大なる()()()()()()()()の通信網を疑う気など御座いません! 直ぐに準備致します!」

 

 そう言うと、駆け足でキルデベルトの元から立ち去る。それを見送ると、離れて追随していた者達へ合図を送った。

 

 冷静に命令を下すため、それでも先程と同じ想いが篭る。

 

「皆、分かっているな? 至急伝えなければならない。アレから8年、数少ないお手紙から生きておられるのは分かっていたが……」

 

 その声に全員が深く頷いた。

 

 そして、キルデベルトの唇は震える。

 

 

 

 

 永らく輝きが失われていたが……"シャルカ様の帝国宝珠"が、"貴き水色の宝石"が見つかった。その光はツェツエ王国第二の都市アートリスに在る、と。

 

 

 

 

 

 

 




アーレ編終わります。
次章の投稿まで暫くかかりますが、頑張って書いていくつもりです。間話的な話を今週中に一話出せればと。

それと、モチベになるので感想やコメント、出来れば評価など頂けると嬉しいです。



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間話
☆女の子、お友達と遊ぶ


間話的な奴です


 

 

 

 

 

 石壁と石床、無機質なその部屋は少しだけ空気が淀んでいる。蝋燭は壁に数本、テーブルには燭台もあるが、明かりは足らない。薄暗い此処は地下室で、地上に出る階段と小さな扉が一つしか無いようだ。

 

 壁側には何が入っているかも判らない樽や、置かれた棚に瓶や小さな木箱が並んでいた。更に奥にも多くの木箱が重ねてあるが、やはり中身は不明だ。

 

 そんな地下室に四人の人影があった。

 

 全員が女性で、年齢もバラバラ。

 

 ふくよかな女性は一番年上で、老女とは言えないが中年に差し掛かっている。もう一人は三十代前半か二十代後半で、スラリとした姿は座っていても分かった。

 

 残り二人は更に若い。

 

 一人は十代後半、高く見積っても二十代前半だろう。少し大人しめだが、中々に可愛らしくソバカスがワンポイントか。そして最後の一人は間違いなく少女。アッシュブラウンのショートはボーイッシュだが、この四人の中では最も整った顔で、将来の美貌は約束されているだろう。

 

 四人は部屋の中央に配置されたテーブルを囲う様に座っている。全員が配られたであろう書類に目を通していて、眉間に皺を寄せていた。何か重大な発見でもあったのか、最も年配の女は「なるほどね」と思わず呟いていた。

 

 それが合図ではないだろうが、少女は顔を上げる。そして、その唇から音が漏れるまで時間は必要無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「では会長、開会の挨拶をお願い出来ますか?」

 

 僕は右隣に座る女性を見た。そのパルメさんも書類から目を離し、コクリと頷く。

 

「ええ。ターニャちゃん、始めましょうか」

 

 両手を組み、その上に顎を乗せたパルメさんはニコリと笑って皆を見渡した。僕も両手を膝につけて言葉を待った。これから始まる秘密会合に期待しつつ、僕もニコリと笑顔を返す。

 

「マリシュカさん、お久しぶりですね。あとリタは初めてでしょ? 簡単に挨拶でもする?」

 

「あっはい。えっと……私は冒険者ギルドの受付をしてます、名前はリタです。ターニャちゃんに誘われて来ました。分からない事だらけですが、皆さん宜しくお願いします」

 

「ふふふ、リタってば固すぎるわ。私達は皆、同じ目的を持った同志よ。仲良くやっていきましょう。ね、マリシュカさん?」

 

「そうだねぇ。私は何やら相談役という大それた者らしいけど、ただの雑貨屋の店主さね。ましてギルドの受付と言えば、女の仕事じゃあ花形じゃないか。もっと堂々としな! ははは!」

 

 バシバシとリタさんの肩を叩いて大声で笑う。因みにここはマリシュカさんのお店の地下だ。商品の在庫を置く倉庫らしいけど、帳簿の整理もするらしい。だから机や椅子があるんだね。

 

 リタさんは最初笑っていたが、肩が痛いのだろう最後は涙目になっていた。

 

「さて……以前からこの会を開く予定はあって、内々で話は進めていたけれど。商売人が二人、ギルド職員が一人、そして対象者の身近な子が一人と、駒は揃ったからね。いよいよ本格的に始動させるわ」

 

「会の名前とかあるんですか?」

 

 リタさんは可愛らしく手を上げて、最初の質問をした。

 

 パルメさんは先程の柔らかい笑顔とは違い、ほくそ笑む様にニヤリと笑い答えた。

 

「捻りもない簡単な名前よ。産声を上げるこの会の名は……」

 

 そう、高らかに!

 

「ジルを弄って遊んで愛でる会よ!!」

 

 会長は開会を宣言した!

 

 ……なんてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず重要な事を確認しましょう。私はジルと知り合って8年だけど、あの娘の事は大好きよ。悲しい泣き顔を見たくないし、幸せになって欲しい。この会に参加する人はジルを心から好きな人じゃないとダメ。皆はどうかしら?」

 

 パルメさんは淡々と話すが、当然確信を持っている感じ。まあ、儀式みたいなモノかな?

 

「まあ、ジルの事が心配だからねぇ。あんなに綺麗な娘なのにスキが多いし、危機感を持ってない。馬鹿みたいに強いらしいから貞操は心配ないけど、男共を甘く見てるね。それに、この間の新作発表会なんてパルメにしてやられてたじゃないか。この会はジルを再教育する良い機会だと思ってるよ」

 

 マリシュカさんは母親の様に優しい笑顔を浮かべ……いや、そうでもないか。

 

「私は以前から憧れの人でしたし、と言ってもギルドで憧れてない人を探す方が難しいですけど。とにかく、最近ジルさ……ジルとお友達になったんです。まだ短い時間ですけど色々と分かった事があって……ジルは可愛らしくて、ちょっとお馬鹿で、凄く綺麗で……とにかくサイコーなんです!」

 

 リタさん、サイコーって言葉が好きなのかな?

 

「うんうん、分かるわー。ターニャちゃんはどうかな?」

 

 お姉様への気持ち。

 

「私は、お姉様に命を救って貰いました。今も本当の妹の様に、いえそれ以上に大事にしてくれます。直接言うのは恥ずかしくて無理ですけど……凄く大好きです。それと、お姉様が真っ赤になりながらプルプルするのがもっと好きです」

 

 アーレで改めて分かった事だから。

 

「そ、そう。流石ターニャちゃんね」

 

 リタさんは尊敬の眼差しで僕を見ている。

 

「先ずは基本的な情報を共有しましょう。ジルの対外的な評価ね。みんな知ってるでしょうけど、リタやターニャちゃんはまだ知り合って短いだろうし、知らない事もあるかもしれないわ。詳しい中身はあとで整理するとして……もう一度手元の紙を見て貰えるかしら? リタはギルド職員として訂正があれば言って頂戴」

 

「はい!」

 

 僕もさっき簡単に目を通した紙に、もう一度注目した。パルメさん直筆らしいけど、興味深い事がたくさん書いてあるんだよね。しかも凄く長文だし、パルメさん楽しんでるよね、これ。

 

 

 

[名前] ジル(おそらく偽名)

 

[性別] 女性

 

[年齢] 22歳

 

[性格] 人柄は非常に良くて、基本的にお人好し。本人は頭が良いつもりらしい。多分格好良い大人の女性を目指してるだろうけど、無理だと思う。街の男どもは騙されてるみたいで可笑しい。因みに選ぶ服のセンスはアレ。装備類は結構良いのに何で?

 

[容姿] 嫉妬すら起きない程の美貌の持ち主。腰まで届く指通り最高な白金の髪、澄み切った水色の瞳、抜群の肢体、その身体は理想を忠実に守り、肌はシミひとつ見つからない。私の職業柄ジルのサイズは詳細に分かるけど、あんなふざけた数値あり得ない。本当に人間なのか? 妖精とか精霊とか言われても信じちゃう。王都やアートリスでも女神の名が当たり前になってるけど、不自然でもないし。兎に角お肌の手入れのコツが知りたい。何もしてないとか巫山戯たこと言ってるけど。

 

[職業] アートリス冒険者ギルド所属の冒険者。世界に現在五人しかいない超級の一人。才能(タレント)は「万能」で、あらゆる魔法を行使する。全ての属性魔法、全ての汎用魔法を簡単に使い、剣技にも優れている事から「魔剣」の二つ名を持つ。また、幾つかの新魔法や理論を世に送り出していて、その業界ではかなり有名。魔素感知波はその代表格で、今や世界中で利用されている。本人は余り気にしてないし誇ってもないけど、実際にはかなりヤバい。その価値を金銭に換算したら小国の国家予算を超えるらしい。これ書いてて思ったんだけど、もしかしたら気付いてない?

 

[来歴①] 出身地は不明。8年前にアートリスに現れる。14歳ながらも既に完成されていた美貌で、何人もの男達を虜に。大変な騒動に発展するかと思われたが、やはり年齢に見合わない戦闘力を見せ、力技でねじ伏せた。暫くするとちょっかいを出す男も減り、ギルド長ウラスロ=ハーベイによりギルドにスカウト。順調にクラスを上げ、史上最年少の20歳で超級に到達した。世界最強の呼び声も高い。可愛くてお馬鹿だけど。

 

 

 

(おそらく偽名)って……お姉様、バレてますよ!あと、最後! 面白いけど。

 

「此処までで、何か訂正はある?」

 

 パルメさんは、リタさんに質問をぶつけた。

 

「いえ、特には。でも不思議ですね、ギルド職員でもないパルメさんが詳しいなんて」

 

「そう? これくらい街の皆が知ってるわよ? ジルは有名で、噂話も絶えないから。何より、此処にはアートリス最高の情報網を持つマリシュカさんがいるからね」

 

「私がかい?」

 

 本人は当惑した顔だけど、その噂は僕も聞いた事がある。ツェツエ王国が誇る魔素伝達網を上回る早さで噂話を伝えるらしい。マリシュカさんに知られた秘密は瞬時にアートリスに広がるって。おばちゃんのお喋りは恐ろしい、僕も気をつけよう。

 

「自覚なし? まあいいわ。じゃあ続きを読みましょうか。リタとターニャちゃんは知らない事もあるかもしれないわ」

 

「あの……おそらく偽名って」

 

 ちょっと興味あるんだよね。

 

「ん? ああ、それはあくまで私の勘だけど……間違いないわ。だって初めて会ったら名前を言うじゃない? 吃るし、あたふたするし、一生懸命考えるし、暫く待ったからね。アートリスで最初に来たのが私の店らしいわ。服が足りなかったみたい。あの時は随分髪も短くて、可愛らしかったなぁ。口調とかもちょっと男の子みたいで面白かったのよ?」

 

「はあ」

 

 えっと……お姉様、暫く考えた結果がジルなんですか? ジルヴァーナとジル、殆ど変わり無いですけど。でも、さすが異世界だなぁ。プライバシー保護という概念がまだ浸透してないみたい。

 

「まあ本名なんてどうでもいいわ。いずれジルから話してくれるでしょう。じゃあ続きね」

 

 バンバルボアの件は伏せておこうかな。マリシュカさんも言う気なさそうだし。ちゃんと約束を守ってるんだなぁ。

 

 

 

[来歴②] 冒険者として一躍名を馳せた事件は多い。有名なものを幾つか並べておく。

 

 ⑴魔族侵攻。新魔王"スーヴェイン=ラース=アンテシェン"の即位に合わせてか、この大陸へ自ら来訪。当初から話し合いを求めていたが、大昔にあった人魔大戦の記憶も消えてないため戦争状態に。紆余曲折の末、最終的にジルとスーヴェインの一騎討ちとなった。その詳細は両者とも語らないが、最後は引き分けで終わったと言う説が濃厚。ジルが間に立ち、魔族と王国を仲介。新魔王の望みは人種との友好で、実際に戦争は終結した。魔王と互角に戦った上に、友誼を結んだ事で一躍有名になる。これは噂だけど、スーヴェインから婚約を申し込まれたって。当時16歳になったばかりのジルは「ロ、ロリコンだぁー⁉︎」と意味不明なセリフを吐き去っていったらしい。ロリコンってなんだろ?

 

 ⑵ツェツエの危機。超級に上がった二つの理由の一つ。6年前、ツェツエ西部の古い神殿から魔物が溢れた事件。王国の戦力だけでは抑え切れず、冒険者も参戦した。多くの冒険者や騎士が活躍したが、あの娘の戦果には遠く及ばない。小型竜種や多くの魔物、更にはカリュプディス=シンを撃退し、第一王子のツェイス殿下を救った事でも知られる。ジルの活躍により王都にも各街にも被害は無かった事で、その危機の脅威を甘く見る者がいるらしい。しかし、ジルがいなければツェツエは滅んでいたと、参戦した者は口を揃える。ところで、後から判明した事がある。暴走精霊の威力と被害の少なさに疑問を抱いた者が調査を行い、そして分かったのは暴走寸前にジルが何らかの強力な魔法を放った事。本人は語らないが、間違いなく"魔素爆発"の威力を減少させたとの調査報告が王家に届いている。

 

 ⑶古竜襲来。これもやはり6年前。ジルと魔王の戦いに触発されたのではと当時言われた。アートリスの南、山岳地帯から来たらしいが詳しくは不明。伝説にも謳われる古竜の一人。一人と数えるのは大昔からの風習で、人化した竜から言われたのが始まり。アートリスに向かう竜にジルが挑み、破壊不可能とされた鱗を斬った事は余りに有名。魔剣の由来の一つに数えられている。ところで、マリシュカさんの情報によると……古竜はアートリスに遊びに行こうとしていただけで、人に変身する為に地上に降りていた。そんな事情を知らないジルが襲撃したのだが、後で随分叱られたって。何やら膝を折り曲げ地面にペタリとさせる変な座り方で、涙目になったジルの目撃証言もある。因みに人化した竜の姿は意外にも真っ白な少女だったらしい。

 

 他にも、ツェツエの勇者の師としてクロエリウスを育てたり。地方の村を殆ど無報酬で魔物から救ったり。魔王からアズリンドラゴンの鱗を贈り物をされたり。面白い噂では、男達がジル愛好会を作って牽制し合ってるだの、何処かの国のお姫様が逃げて来たのがジルだの……色々とある。

 

「こうして並べてみると、非常識さが際立ちますね……一つでも凄いのに、沢山あるなんて」

 

 お姉様って正座が好きなのかな? それに、リタさんの言う通りだよ……異世界転生モノの殆どを網羅してると思う。一つ一つで物語が書けそうだし、どう考えてもチートだよね。

 

「パルメさん、本当に詳しいですね。知らない事も多いし、もっと聞きたくなります。お姉様が強いのは聞いてましたけど、想像以上です」

 

「ターニャちゃん、情報の補完はマリシュカさんにお願いしたのよ? 私も知らない事が多くて吃驚したんだから! 古竜に叱られるジルなんて、簡単に想像出来るのが可笑しいわね」

 

「確かに! ジルの事だから、うぅ……ごめんなさい……とか言いながら涙目だったんだろうなぁ。おっちょこちょいだから」

 

「目撃証言によると、リタの言う通りだね。少女に人化した所為で攻撃出来なくて、最後は泣いてたらしいよ? まあ、結局は仲良しになって二人で街を散歩してたけどね。あっ、内緒だよ」

 

「えっ!? もしかして、私の店にも来たのかしら?」

 

「パルメの店なら行った筈だよ。ジルが嬉しそうにしてたから。着せ替えを楽しんだってさ」

 

 何やら予想通りだなぁ……お姉様の趣味って分かりやすい。もしかしたら、お風呂に入るとか騒いだかもしれないな。

 

「えー……そんな事あったかなぁ? 人化した古竜なんて稀少なのに……」

 

「認識を阻害してたって話だし、覚えてないのさきっと」

 

 ……いやいや、マリシュカさんは覚えてますよね? お姉様の魔法を突破するのは殆ど不可能な筈だけど……思わずジロジロと見たのかバレたのか、マリシュカさんは此方を見てウインクした。やっぱり怖い……

 

「うーん、ジルにはまだまだ謎が多いね。その為にも此処からが本番よ? 今見て来たのは、外から見たジルだから、私達しか知らない事をこれから深掘りしていきます。ふっふっふ……」

 

 ですよね! お姉様の過去も気になるけど、先ずは楽しまないと!

 

「そこからお姉様を弄って遊んで愛でるんですね?」

 

「その通りよ、ターニャちゃん。同棲してる貴女の証言には期待してるわ。あと、王都の話も聞かせてね?」

 

 僕達は目を合わせ、ムフフと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 




因みに、この間話に続きはありません。


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古竜ちゃん、目覚める

前話の後書きで続きはないと書きましたが、やっぱり書いちゃいました。過去話です。


 

 

 

 

 ツェツエは大陸最強の王国にして、最も広大な国土を誇る。現国王ツェレリオは善政を敷いており、国内も安定しているのだ。

 

 現在僅か四人しかいない超級冒険者の一人を抱えており、竜鱗、蒼流、紅炎の騎士団が精強な事から戦力も潤沢だ。つい最近では竜鱗の新騎士団長に若き王子が就任した事で、大きな話題にもなった。

 

 ツェツエ所属の超級冒険者"魔狂い"は最強と謳われ、好んで行使する殲滅魔法は広範囲を一瞬で破壊する。此れらは強力な抑止力として働き、同時に国内治安にも一役買っていた。

 

 だが、其れ程のツェツエ王国であろうとも、抗えない圧倒的な脅威が存在する。其れは、膨大な魔物の群れであり、暴走する精霊であったりだ。

 

 そして何よりも……天災に等しい、凡ゆる全てを超越した生物ーーー

 

 古竜。

 

 遥か古代には四人いたが、現在は一人減り三人。因みに、匹、頭、などと数えず何人と呼ぶのは、消えた四人目からの口伝による。

 

 

 アートリスよりはるか南に、ゴツゴツとした灰色の岩が重なり合う場所がある。それはもはや山と言える程の大きさで、何故か草木は生息していない。其れどころか動物も虫も、そして魔物すら近づかないのだ。

 

 冒険者協会でも接近を強く禁止されており、遠方からの調査観察の依頼が定期的に掛かる程度。

 

 その名もなき岩山と周辺が揺れている。その振動は少しずつ大きくなり、重ねた様な巨大な岩々さえも崩れ落ちていった。

 

 そして、古竜唯一の雌である一人が永き眠りから目覚めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

『ふあぁぁぁぁ〜〜〜』

 

 ルオパシャは寝床にしていた岩の板を押し上げながら欠伸を繰り返した。真っ白な竜鱗は朝日を反射して艶々と輝く。不思議なことに土埃などは一切付着していない。余りに膨大な魔力がベールの様に竜体を覆っているからだろう。折り畳んでいた翼をゆっくりと広げて、バサリと鳴らした。貴族の屋敷にも匹敵する大きさなのに、軽やかな羽ばたきだ。ツェツエの門ならばギリギリ通り抜ける事が出来るかもしれない。

 

 古竜唯一の雌、つまり女性だからか優雅な空気を纏う。

 

 鋭い牙や爪も、やはり宝石の様で美しい。

 

『んぅ……なんじゃ、騒がしいのぉ』

 

 発声は喉からでは無い。全ての活動は魔力により行われているため、ある意味で魔法に近い。古竜は生物の域を超え、魔力そのものが結晶した精霊種に近い存在だ。

 

『おぉ? いつの間にやら人の街が出来ておる。ふむぅ、アレが原因じゃな。眠りにつく前は無かった筈じゃが』

 

 まるですぐ側に有るかの様に呟くが、実際には馬で幾日も掛かるだろう距離だ。まあルオパシャならば軽く飛んで行くだけだが。

 

 まるで夕焼けの様な明るい橙色の眼。その瞳孔が縦に開き、遥か彼方に見えるツェツエ第二の都市アートリスを捕らえた。

 

『人の街……良いのぉ。あの小さき者達が産み出す力は素晴らしいものじゃ。美味い飯、住処や身体を覆う布にまで拘る。ふむふむ、戯れに興ずるか』

 

 目尻は下がり、鋭い牙が並ぶ(あぎと)すら揺れる。もし其れを眺める者がいれば、巨大な竜の笑みに驚いただろう。

 

 再びバサリバサリと翼を広げると、真っ白な古竜は天高く舞い上がって行った。

 

 これが、後の世に"古竜襲来"と呼称される事となる、ツェツエを揺るがす事件の始まりだ。まさかルオパシャが街の散歩がしたいと向かっているなど、この時は誰一人知る由もないのだから。

 

 いや、たった一人、ほぼ完成に近づいた"魔素感知波"で遊んでいた彼女を除き……

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「んぅ⁉︎ ケホッケホッ」

 

 随分と慣れてきたアートリスのギルド内で、少女は気管に詰まったお茶を吐き出した。一人まったりとしていたのだが、周囲のほぼ全員が注目する。

 

 幼さも残るが、常識から隔絶した美貌に元々視線が集まっていたのだ。最近肩にかかり始めた白金の髪、お茶が美味しかったのかフニャリと緩む水色の瞳、やはり目を惹く女性らしい線。

 

 近々トパーズから更に上、コランダムかダイヤモンドへと飛び越えるだろう事が確実な若き冒険者だ。最近では魔族の王と友誼を結んだからか、アートリスどころかツェツエ国内でも有名となった。

 

 いそいそと腰の皮製ポーチから白い布を取り出し、少しだけ濡れた唇と胸元を拭き拭き。見事な起伏を見せる双丘が柔らかく沈むのが分かって、近くにいた男達は唾を飲みこんだりしている。

 

「ケホッ」

 

 可愛らしい咳をもう一度だけして、少女は立ち上がる。何やら南側を暫く眺めると、受付に向かって早足で歩き出した。珍しく焦っていて、周囲が少しだけ騒がしくなったようだ。先程睨んでいた南側も、ただの壁しかない。いや、近くに座っていた青年の冒険者が顔を赤らめているか。

 

「あ、あの、すいません!」

 

 その声も綺麗だ。

 

 全身を黒く染めた衣装で包んでいるが、太ももから膝まで露出しているし、短い袖からは白くて細い腕が伸びている。少しだけ少年の様にも見えて、幼さを強めているだろう。背中に回した剣帯が少しだけ揺れた。

 

 因みに、「ぜったいりょういき」を確保済みと以前言っていたが、誰一人意味が分からなかったらしい。

 

「あら、ジルちゃん。どうしたのかな?」

 

 書類仕事をしていた受付、古参に入る女性が優しく返した。まるで娘か妹に対する様だが、誰も指摘しない。寧ろもっとやれと思っている。何より当の本人が嬉しそうだから良いのだろう。

 

「え、えっと……ギルド長に話があって」

 

 何故か頬が紅い。人見知りなのか、ジルはよく紅くなる。不思議と綺麗系の女性に対して多いのが謎だった。あまり口数が多くない彼女は、皆から控えめで大人しい女の子だと思われているのだ。

 

「ギルド長? うーん、あの人忙しいから直ぐには難しいと思うけど」

 

 其れどころか冒険者の一人がいきなり会わせろと言って会うような立場の者でもない。ある意味街の顔役の一人で、元はツェツエ王国の戦士長だった老人だ。

 

「分かってます。でも急いで伝えないと……」

 

 先程からチラチラと南側を見て、少しだけ顔色も優れない。普段我が儘を全く言わないジルだから、酷く珍しく感じる。

 

「……ちょっと待ってて? 聞いてくるわ」

 

 ジルはトパーズの冒険者、その中の一人ではない。その美貌に似合わない、いやある意味似合う戦闘力。魔法の才は飛び抜けていて、つい最近付けられた才能(タレント)の名は"万能"だ。驚くべき事に相反する筈の治癒魔法まで操る。最近流れるアートリスの噂話にジルの存在は欠かせない程だ。

 

 

 程なくして、二階へと上がっていくジルの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

 窓の外を眺め、晴れ上がった空を見上げているのは、ギルド長のウラスロだ。真っ白で長い髭、ビア樽を思わせる腹、少女であるジルより低い身長。ギルド長室に入って来た彼女が内心「やっぱりドワーフだぁ……」などと遊んでいるとは思ってもいない。

 

 振り返ってジルに問う。

 

「ドワ……いえ、急いで相談したい事があって」

 

「ふん、言ってみろ」

 

「南から何かゆっくりと近づいて来ます。未だに信じられないですけど……とんでもない魔力で、多分魔王陛下より……」

 

「……何でそんな事が分かる?」

 

 若い娘のタチの悪い冗談……ウラスロはそう取らなかった。ジルは掴み所がないが、それでも根が真面目だと知っているからだ。

 

「少し前に話した魔素の……」

 

「魔素感知か? しかし距離がありすぎるだろう」

 

 直ぐに察して返す。

 

「そうなんです。でも、まるで世界が動いているみたいに大きくて、隠してもいないから」

 

「世界、魔王陛下、か……そんなモノが早々居るとは思えんが……いや、待てよ」

 

「ギルド長?」

 

 いきなり真剣になった顔色にジルは首を傾けた。中々可愛らしい仕草だが、ウラスロは見てもいない。

 

「南側だな? あっちか?」

 

「あ、はい」

 

「速さは?」

 

「え、えっと……多分明日には」

 

「明日か……かなり遅い。言い伝え通りのルオパシャならば一瞬の筈だ」

 

「ルオパシャ、ですか?」

 

「ああ、ジルは知らないか。まあ活動期は随分と昔だからな……ましてやツェツエの者でなければ仕方ない」

 

「……すいません」

 

「馬鹿、責めてる訳じゃない。お前はアートリスに来てまだ二年くらいだろう。古竜だよ、三人の内の一人だ」

 

 水色の瞳が伏せられたのを見て、思わずウラスロが慰める。

 

「コリュウ?」

 

(いにしえ)より在る竜だ。アートリスの遥か南に眠っている。いや、いたか」

 

「……つまり、エンシェントドラゴン的なやつ? やばい、カッコいい……いや、悪竜とか邪竜でも……」

 

 いきなりブツブツと呟くジルに胡乱な視線を送るウラスロ。目の前の少女は偶に意味不明な言葉を吐くのだ。そして隠した本性も。

 

「……真っ白で、大変美しいと伝わっている。それとかなり温厚な……」

 

「わあ! 白竜ですね! そして今、このアートリスに危機が迫っていると。まあどうしましょう! たいへんだぁー」

 

「お、おい、人の話を聞け」

 

「邪龍といえばやっぱり生贄かな。いやいや、他にも……」

 

 不穏な台詞を吐きながら、ジルは興奮している。それを見たウラスロは益々不安になるしかない。普段かぶっている大人しい美少女の皮はどうしたんだ?と。そして、こんなジルは大抵碌なことをしないと決まっているのだ。

 

「いいから落ち着け、な?」

 

「あるよなぁ、見た目綺麗なのに悪い奴って。そのギャップ堪らなく好きです、ええ。もしかして変身したり、お前は黒竜だったのかみたいな……おお、最高じゃね?」

 

 もう口調まで変わった。変身したのはお前だろうと頭を叩きたくなる。

 

 とにかく説明をと口を開きかけたウラスロに更なる衝撃が襲う。

 

「じゃあ、この私、ジルが行ってきます! 大丈夫、場所ならバッチリですから‼︎ 最近新調した魔力銀の剣の斬れ味、見せてやるぅ」

 

 途中から魔力強化していたのだろう、一瞬で姿が消える。最後の"見せてやるぅ"の"るぅ"のところなどは、まるで魔法の様に遠くへと流れていった。

 

「コ、コラ‼︎ 話を……」

 

 言い切る事も出来ず、ウラスロの静止は虚しく部屋に溶けた。

 

「本当にルオパシャに斬りかかったら……ツェツエが滅びるかもしれん……」

 

 その想像に真っ青になるしかない。

 

 一般には全く知られていないが、ルオパシャは大変温厚で人への理解も深い古竜だ。余程の事がない限り、怒りを溜める事はないだろう。一人の冒険者が放つ魔法や剣技など、ルオパシャにとっては微風に等しい。しかし向かったのは、最近売り出し中で魔王にすら互角の戦いをしたジル。近い将来、ダイヤモンドどころか五人目の超級に至ると確信出来る実力を持つのだ。

 

「……至急王都への魔素通信を開け! 高位の冒険者に招集を! 全ての依頼を即時中断しろ‼︎」

 

 ドタドタと階段を降りた冒険者協会アートリス支部のギルド長、ウラスロ=ハーベイの声が響き渡る。

 

 急げ!

 

 それは悲鳴に近かったと、聞いた者が後から言ったらしい。

 

 

 

 




過去話って需要あるのかな。一応このまま終われる様に締めましたけど……作者的には楽しいのですが。


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ジルちゃん、やっぱり正座する

 

 

 

 

「うっひょひょーい!」

 

 全力の魔力強化はちょっと久しぶりだぜ! 

 

 グングンと後方に流れて行く樹々や街に興奮する。子供の頃から鍛えた強化は今や神速の領域に入っただろう、むふ。しかも最近話した魔王陛下スーヴェインさんにコツを教えて貰ったのだ。あの人?マジで強過ぎだから、うん。

 

 短期決戦ならば可能性はあるけど、まあ勝率は低いかな。魔素の動きは鈍く感じたし、何より魔力のコントロールが上手くいかなかった。多分時間が経過したら、空間の魔力が奪われて練れなくなると思うんだよ。やっぱり魔族ってヤバイよね。

 

 薄い水色がかった肌も何だか格好良いし、マジでイケオジだったな。現代日本なら、仕事バリバリで休日にはサーフィンとかしちゃいそう。オタク気味だった俺には眩し過ぎて近寄らないタイプだね。

 

 まあ残念な事にロリコンだけど。

 

 超絶可愛い世界最高の美少女、其れが俺。だから理解はするけどロリは犯罪だろう。この世界ではまだ16だし、高校生になったばかりな感じだよ? いや、貴族や王族なら普通なのかな……

 

 そういえば「ならば大人になったら迎えに来る」とか言ってたけど、冗談だよねきっと。

 

「もう少しだぞ、待ってろ邪龍!」

 

 ヤバイ、俺ってば超カッコ良いぜ。帰ったら"ドラゴンスレイヤー"とか言われちゃう! 

 

 そうだ、台詞も考えよう。

 

「私はジル! お前を倒す者だ!」

 

 いや、微妙かな。もう少し長くて良いかも。

 

「この魔力銀の剣に斬れないものは無い……それが例えエンシェントドラゴンの鱗であろうとも」

 

 ん? 古竜だっけか?

 

 しかし魔力銀の剣って言い難いんだよな……何か別の名前とかどうだろう。魔法を操り、剣だって一流。流石に超級の剣聖?やエロジジイには勝てないだろうけどさ。

 

 あっ。あのエロジジイに仕返ししてないな。お尻を何度もナデナデしやがって……今度会ったら吊るしてやるんだ。

 

 うーむ、魔法剣士ジル? いや何か英語の方がいいかも。何だっけ、マジック、いやスペルキャスター? でも俺って詠唱しないし……

 

「おっ、アレかな」

 

 まだ随分遠いけど、空に浮かぶ雲より真っ白な飛行物体が見える。遠過ぎて距離間もサイズも分からない。

 

「へぇ……本当に白いなぁ。それに凄く綺麗だ」

 

 まあ昔から居る訳だし、人に例えるなら皺々のお爺ちゃんだ。きっと悪代官とか悪者政治家みたいにイヤらしいに決まってる。悪い事してる奴に限ってイメージ大切をするからなぁ、多分。

 

「んー、降りる? まあ助かるな」

 

 流石の俺も空は飛べないのだ。ブオンブオンと翼を広げて、ゆっくりと下降していく。いや音は聞こえないけど。平原というか高地と言うか、随分とだだっ広い場所みたい。

 

「よし、まずは近くから」

 

 とりあえず、ジルちゃんチェックだ。

 

 魔力強化を少しずつ弱めれば、反動なく止まれる。一気にズザザっと急停止するのも格好良いけどね。それに制御に失敗したら大変な事になる、服も下着も……いやいやそれは関係ないし!

 

「ほぇー、でっかいなぁ。純白の竜ってあんなに綺麗なんだ。翼を広げたら何メートルあるんだろ? 100mくらい……そこまでないか」

 

 丁度俺の身体を隠すのに十分な岩が転がっていたので、其処から眺めてみる。うーむ、ちょっと怖くなってきたんですが。

 

 ほら、もしかしたら邪龍じゃなくて優しい竜さんなのかも。真っ白な鱗だって綺麗だし? 夕焼けみたいな瞳だってつぶらで可愛い……くはないけれど。

 

 しかし、とんでもない魔力の塊だ。当たり前の攻性魔法は効かないだろうなぁ。昔見たアニメとかも魔法なんて意味無かったもんね、竜には。

 

『うむ、腹が減って来たぞい。この際()()()()()じゃな、かかか」

 

 た、食べ尽くし⁉︎ 頭に響くような声……少し女の子っぽいのに……アートリスはツェツエ第二の都市で、人も沢山いるんだぞ!

 

『ヒトは本当に素晴らしい味を生み出すからのぉ』

 

 ひぃ……素晴らしい味だって⁉︎

 

『あんな街は初めて見るし、新たな発見があるかもしれん、楽しみじゃの』

 

 竜なのに、ニヤリと笑ったのが分かる。や、や、やっぱり邪龍じゃん‼︎ それも生贄とか求めるタイプじゃなくて丸齧り系だよ! 牙とか滅茶苦茶鋭いし、見た目に騙されちゃダメなヤツだ! もしかしたら鯨みたいにズオォ〜って吸い込むのかも……

 

 うぅ、やっぱりやるしか無い!

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

 あっ、用意してた台詞忘れてた……もう勢いだ!

 

『ん? なんじゃなんじゃ?』

 

 橙色した眼が下を見て、オマケに首まで傾げる。妙に可愛らしい仕草だなぁ……い、いやいや騙されちゃダメだ!

 

「これ以上アートリスには近づかせない! このジリュ……ジルが相手だ!」

 

 舌噛んだ、痛い。

 

『おお、此れは可愛いらしい女子(おなご)じゃな。(わらわ)の審美眼でも最高だと分かるぞい。魔力の澄み具合も素晴らしいし、街まで案内を頼もうかのぅ。どうじゃ? ご褒美を上げるぞ?』

 

 ご褒美⁉︎ もしかして世界の半分をやろうとか、それとも可愛い女の子を紹介してくれたり⁉︎

 

「わ、私はアートリスの冒険者だ! 丸齧りなんて絶対に許さないからな!」

 

『かかか、丸齧りなんて下品な事はせぬて。妾はちょっとずつ摘むのが好きなんじゃ』

 

 もっと悪趣味じゃん。人は竜と違ってちょびっと摘まれても死ぬからな? でもデカ過ぎるし、どうしよう……せめて足止めするか、帰って貰うのが一番だけど。

 

『さて、ヒトを愉しもうかのぅ』

 

 ん? 何やら魔力が古竜に集まり始めたぞ。な、何をするつもり……ヒトを愉しむって、怖すぎる!

 

「うぅ……魔法剣士ジルちゃん、行くしかない!」

 

 手加減とか有り得ないし、最初から全力。魔力強化が身体と服、更には剣にも変化を与える。原理上は斬れないものは無い筈だから、頑張れば撃退出来るかも!

 

『おぉ? 何やら面白い魔法じゃ。娘や、その若さで其処まで魔力を操るとはの。ヒトの域を軽く超えておるぞ』

 

 何だか余裕そうだけど、泣いても知らないからな!

 

 鞘から抜いた魔力銀の剣は、ほんのり白く輝いている。そして一気に前へと駆け出す。でも頭や首なんて届かないし、脚を攻撃だ! 腿の付け根辺りなら少しは柔らかいかも。

 

『玩具の御披露目かの? 刃もたっておらんし、キラキラ光って良い感じじゃ。しかしそんな量の魔力を求めるとなると、ゴッコ遊びには難しいのぉ。なに、妾は玩具にも……』

 

「馬鹿にして! とおりゃー」

 

 スタタと近寄り、太ももの付け根辺りに剣を振った。真っ白な鱗が綺麗で、俺が反射して映っているのが見える。それごと両断すれば流石の邪龍も驚いたみたいだ。

 

『な、何をするんじゃぁ! あぁ、妾の鱗が真っ二つに……』

 

 いける! この鱗、意外と柔らかいぞ!

 

『こりゃ! 悪戯が過ぎるぞ!』

 

 二刀目を振り抜こうとした時、竜の体全体から感知する必要すらない馬鹿みたいな魔力の波が噴き出した。何とか耐えようと頑張ったけど……

 

「うわぁ〜〜!」

 

 無理でした……ゴロゴロと転がりながら何とか衝撃を緩和するしかない。

 

『綺麗な顔して、とんでもないお転婆じゃ! そもそもどうやって玩具の剣で鱗を……いや、もしかして』

 

 少しだけフラフラする頭を振って立ち上がり、そしてデカイ古竜の姿をもう一度見ようとしたんだけど……

 

「あ、あれ? 消えた?」

 

 あの一瞬で、でっかい真っ白な竜の姿が消えたのだ!

 

『ぬぉぉ! やっぱりじゃ!』

 

 うん?

 

 何やらちんまい女の子が立ってるんですが?

 

 真っ白なワンピース、やはり真っ白な髪は綺麗なオカッパで、瞳だけは夕焼けみたいな橙色。

 

 しかもそのワンピースの裾を可愛い両手で持って、思い切り持ち上げてる。当然に脚もお腹も晒されて、白磁のような肌が見えた。そして何よりも……

 

「縞々パンツ、だと……」

 

 横向きに彩る縞々模様も橙色で、白色とのコントラストが眩しい。

 

 しかし、一部が非常に危険な状態ですね、ええ。横の生地が千切れかけてて、今にもストンと落ちそうです。て言うか、何で脱げないんだ? 物理法則無視し過ぎだよ。

 

『変化の箇所がよりによって……鱗が生え変わるまでどれだけ時間が要ると思っとるんじゃ!』

 

 ん? 鱗って言った?

 

 その可愛らしいちんまい女の子は顔を上げ、ギロリと俺を睨む。真っ白なワンピース、真っ白な髪、橙色した瞳とパンツ。我が明晰なる頭脳は彼女の正体が何なのかを明らかにした。あの小さな口じゃ丸齧りは無理だよね、うん。

 

「え、えっと……」

 

『このお転婆娘!』

 

「は、はい!」

 

 ちょこちょこと可愛らしく歩いてくると、俺を見上げる。怒ってらっしゃいます……

 

 

『其処に直れ!』

 

 

 あわわわ……魔王陛下も上回る魔力がジンワリと滲み出して……

 

 

 気付いたら正座してました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 色々と事情を話したんだけど……

 

『このたわけが! 何で妾がヒトを丸齧りするんじゃ!』

 

「ご、ごめんなさ〜い」

 

 ルオパシャちゃんは手を腰に当て、肩幅に開いた両足で大地を踏み締めている。勿論俺は正座のままだ。地面に直接座っているから、脚が痛い。ちょっと涙目になってるし……

 

『……娘や、名を何と言う』

 

「えっと、ジルって言います。アートリスで冒険者をしてまして」

 

『なんじゃ、妾の討伐依頼でもあったのか?』

 

 勿論邪龍復活で……あ、あれ? そう言えばギルド長は止めてた様な……それに余り焦って無かったし。普通邪龍が明日にも街に来るなら真っ青になってもおかしくないよね、うん。

 

「い、いえ。全く」

 

『つまり、ジルが妾をヒトを丸齧りする竜だと勘違いした訳じゃな? そして鱗を斬ったと』

 

 あばばばば……

 

 こうなれば全力土下座だ!

 

『なんじゃその体勢は……もう良い、頭を上げよ』

 

「うぅ、はい」

 

『まあヒトの命は短い。妾にはつい最近でも、お主らにとっては長い年月となろうて。このルオパシャがヒトなど喰らわんと知らぬ者もおるじゃろうな』

 

 クスリと笑うルオパシャちゃん、超可愛いんですが。しかも滅茶苦茶良い子だし!

 

「すいません……」

 

『かかか! 素直な女子じゃの。悪い事をちゃんと謝る事が出来るのは素晴らしいぞ?』

 

「えっと、古竜様」

 

『ルオパシャでよい』

 

「ルオパシャちゃん!」

 

『お前、急に馴れ馴れしくないかの?』

 

「鱗、生え変わりますか?」

 

『うん? まあ暫くは掛かるが』

 

 そう言いながらルオパシャちゃんがもう一度裾を持ち上げた。正座する俺の目の前で。

 

 当然に綺麗な肌が視界に広がり、至高の縞々パンツから目が離せなくなる。脱げそうで脱げない感じ、背徳感が堪りません。

 

 例え俺より幼い容姿だろうと、齢数百年、いや数千年かもしれない古竜。つまり、ロリではない!

 

『何で近寄って来るんじゃ……その姿勢でどうやって』

 

 正座のままスリスリと近付いたのがバレただと⁉︎

 

「き、斬れた箇所を確認しようかと」

 

 完璧な言い訳だ。

 

『ならば何故に真っ赤になっておる。それに鼻息が荒くないか? と言うか鼻血を拭け』

 

 無言でポーチからハンカチを取り出し、拭き拭き。

 

 ちなみに、この手の鼻血には治癒魔法が効かないのだ。何故だろう?

 

『ジル』

 

「は、はい! もう見てません!」

 

『そんな事は聞いておらん。そもそも見たいなら好きなだけ見れば良い』

 

 す、好きなだけ⁉︎ そんな事言われたら逆に無理だから! 童貞を舐めんなよ⁉︎ 恥ずかしいじゃん!

 

『お主、面白いヤツじゃのぅ。先程の魔法、見事じゃった。あれ程大量に、しかも破綻無く。ヒトの域を超えておったぞ? その美貌といい、もしかしてヒト種ではないのか?』

 

「人間ですよ?」

 

『ほう、尚更素晴らしいの。素材として貧弱な魔力銀をあの様に使うとは。その黒い服もそうじゃろう? 妾の鱗をああも簡単に斬る力、その若さで驚きじゃ』

 

 そう? まあジルちゃんですから!

 

『その顔、微妙にイラッと来るが……妾はジルに興味が湧いたぞ? どうじゃ? アートリスとやら案内してくれぬか?』

 

「それってデー……も、勿論です!」

 

 やったぜ! 女の子とデートなんて最高じゃん! 実際の年齢なんて関係ない、だって超可愛いもん。

 

『かかか! 良い返事じゃ! そうじゃな、あの鱗を褒美として持って行くがよい。ヒトの間では高値で取引されるのじゃろ? 妾は詳しいのじゃ』

 

 半分になった鱗を指差し、ルオパシャちゃんが笑う。

 

 欠けたパンツの位置からしてあの鱗は……ヤベェ、貴重品じゃん!

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 絶対売らないぞ! って言うか買取出来るところないだろ。多分嘘みたいに高いに決まってます。

 

『うむうむ、では行くかの。何やら周囲にもヒトが増えて来たようじゃ。余り騒がしくさせても悪いからの』

 

 言われてみたら魔素感知に引っかかる人が何人かいるな……まあ遠目にはちっこい女の子と俺しかいない。正座だってこの世界では知られてないから、何をしてるか分からないだろうし。

 

「ルオパシャちゃんの魔力凄いし、気付く人は気付くかも」

 

『うーむ、その辺は仕方ないじゃろ』

 

「あの……最近作った隠蔽魔法使います?」

 

『ほほう! その様なモノがあるのか! よし、試してみよ!』

 

「では、力を抜いて下さいね?」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべるルオパシャちゃん、可愛いな。俺ってロリじゃない筈だったけど、目覚めちゃいそう。

 

 

 え? 隠蔽魔法を作った理由ですか?

 

 それは聞いちゃ駄目なんです、はい。

 

 

 

 

 

 

 




間話終わりです。第三章投稿まで時間が開くと思います。暫く待って貰えると嬉しいです。


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第三章〜アートリス大騒動〜
お姉様、麗しき朝を迎える


第三章、スタートします。


 

 

 

 ツェツエ王国の王都、アーレ=ツェイベルンでの出来事も何だか随分前に感じる。実際に何日も経ったけど、それ以上な気がするんだ。

 

 それは多分、大好きな人がほんの少しだけ近づいたからだろう。

 

 ……何て格好良いこと言ってみたり。

 

 まあいいや、朝ご飯を楽しもう!

 

 

「ターニャちゃん、そこのお皿二枚お願い」

 

「はい。コレでいいですか?」

 

「うん、ばっちり」

 

 真っ白なお皿は少し大きめ。でもちょっとだけお洒落に、少し豪華に見えるし良い感じなのだ。

 

 朝早く起きて作った料理を並べてっと。

 

 英国料理と聞いて何を思い浮かべるだろう。煮ただけみたいな手の込んでない物が多く、ポークパイやフィッシュ&チップスなどが有名かな。殆どが卓上の調味料で味変するらしい。イタリアやフランスなどと比較されて、悲しい評価を貰う場合もある。

 

 だが!

 

 前世の記憶が叫ぶ、朝食は最高だと!

 

 イングリッシュ・ブレックファストーーー

 

 名前からして格好良い。

 

 ワンプレートに並ぶ色鮮やかな品々は食欲を誘い、バランスだって素晴らしいのだ。昔読んだ本に載ってたもんね。多分有名な作家であるウィリアム何とかさんが書いてた「英国で美味しい料理を食べたければ、朝食を三度摂ればいい」と。

 

 ん? なんか褒めてないような……ま、いっか。

 

 こんがり焼いたトーストとバター

 これも焼いた、まん丸可愛らしいキノコ

 熱々ソーセージとベーコン

 ふんわりスクランブルエッグと赤野菜

 ベイクドビーンズ

 ハッシュポテト

 ついでにフルーツも少々

 

 其々微妙に違うけど、異世界バージョンで頑張って真似ました。因みにオートミールは苦手なのでありません。

 

 これにお茶をプラスして完成だ。

 

「じゃ、お庭に行こうか」

 

「はい! 楽しみです!」

 

 うん、可愛い。

 

 以前からお外で朝ご飯を食べようと話してたけど、ようやく叶いそうだもんね。まあ色々あったから……ニートとかアーレに行ったりとか。いやいや、ニートは関係ないはずだ。

 

 ほんの少しだけ伸びた髪がターニャちゃんをより可愛いらしく魅せる。

 

 もう一週間以上経った王都での出来事は良い事ばかりじゃなかったけど、俺にとって最も幸せなのはターニャちゃんの変化なのだ。

 

 基本的にクールで、ツンツンしてる猫みたいな娘だったけど……ちょびっとだけ甘えてくれる様になった。なった!

 

 今朝だって"おはよー"のチューしてくれたし? まあ、お願いしないと駄目だけど……

 

 もう早起きだって余裕。寧ろ早く朝が来いって感じだよ、うん。

 

 サービングカートをゆっくりと押しながら、前を歩くターニャちゃんの背中とお尻を眺める至福。台車を押しますって言われたけど、絶対に渡さないもんね!

 

 グフフ……もはや俺達は恋人同士。いや、夫婦と言っても良いだろう! お風呂と同じベットで寝るのは未だだけど。

 

「今日は天気も良いし、朝からお姉様の手料理なんて最高ですね」

 

 振り返って嬉しい事を話してくれるターニャちゃん。当然だけど、お尻をネッチョリ眺めていた事はバレないようにします。自慢の魔力強化は目にも止まらない速さなのだ。

 

「ありがとう。でも料理ならターニャちゃんの方が上手だから……」

 

「そうですか? 私はお姉様の料理やお菓子、大好きです」

 

 キミは天使ですか⁉︎

 

 笑顔のターニャちゃん、可愛い!

 

 あぁ……幸せ……

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 我が家のお庭はかなり広い。

 

 スペインのフリヒリアナと言う小さな村をイメージして造成した。沢山の花々とあちこちに散りばめられた小屋と壁。基本的な配色は青と白で、彩り豊かなお花達が風に舞い踊っている。夜ならば魔法を使用したランプが幻想的に輝くが、朝は朝で最高だ。

 

 小高い丘に見立てたところにベンチとテーブルがある。丸い屋根と五本の白い柱。四方を見渡すことが出来て、風も緩やかに通り過ぎる最高のシチュエーションだろう。

 

 気が向いた時に一人で食べたりしてたけど、今日は二人で……

 

 カチャカチャとプレートとカップを並べるターニャちゃん。フォークとナイフもバッチリ。

 

「良い匂い。早く食べたいです」

 

「ふふ、お茶を入れたらね」

 

 魔力を送ると、ポットの中の澄んだ水がプクプクとお湯になっていく。沸騰したら先ずはティーポットに注いで温める。勿体無いけど其れは捨てて、煮立ったままのお湯を再度入れ直した。リーフが踊るのを暫く眺めればOK。まあプロの人だったら違うとか言われそうだけど。

 

「いつ見ても綺麗……お姉様の魔力って」

 

「そう? 何だか恥ずかしいな」

 

 才能(タレント)を使ってたのか、手元をジッと見てる。やっぱり何だか恥ずかしい。

 

「あの貴族の屋敷で見た魔力なんて、本当に乱雑で……」

 

 ミケルの事だろうけど、俺には多い少ないとか澄み具合ぐらいしか分からないからなぁ。

 

「余り言われ慣れないから不思議……私の魔法って戦闘向きばかりだもん。さあ、食べよっか」

 

「はい」

 

 景色が見え易い様に向かい合わせでは座らない。少し離れてるけど、隣り合う感じ。ターニャちゃんの横顔も最高だ。

 

「濃い香り……この茶葉、初めてですね」

 

 おっ! 流石ターニャちゃんだ。香りだけで分かったみたい。

 

「うん、昨日買ったの。折角だからね」

 

 ギルドからの帰り道に手に入れた茶葉だ。歩いているだけで色々と声を掛けられるけど、その中で珍しい茶葉って聞こえたからね。近付いて行くと店の人が嬉しそうにするのが面白いのだ。

 

「知らなかったな……」

 

 市場やお店の立ち並ぶ辺りで有名なのがターニャちゃんだ。

 

 ほぼ毎日の様に歩き回り、今や俺を超える目利きとなった。店の人も油断出来ないと緊張するらしい。凄い品を手に入れたと意気込んでいたら、ターニャちゃんに指摘を受けて意気消沈した人は数知れず。勿論恨まれるどころか、相手から鑑定をお願いされる程だ。

 

 秘密を聞いたら、魔素感知の応用との回答があった。良い品程に魔素が踊るらしい。うん、分かんない。他にも香りやら色やら、勉強も欠かさないのだから凄い。

 

 マジ最高の嫁(予定)だぜ!

 

「わっ……このお茶、美味しいですね」

 

「気に入った? 沢山買ったから好きな時に楽しんでね」

 

 嬉しそうに頷くと、続いてフォークを手に取った。少しだけ悩むと、ベイクドビーンズを最初の標的にしたようだ。ベイクドと言う名前から焼いてそうだけど、実際は甘辛いソースで煮込んだ料理。まあソースはオリジナルで優しく仕上げてます。

 

「これも美味しい……優しい味」

 

 ふんわり笑顔を見ればお世辞じゃないのが分かる。作り甲斐があるなぁ。

 

 ソーセージ、スクランブルエッグ、たっぷりバターのトーストと俺も口に運ぶ。

 

 うむ、美味い。

 

 一時期研究したのが良かった様だ。ソーセージはボイルした後、軽く焼き目を入れるのが拘りかな。

 

 いいなぁ。

 

 気温も丁度良くて陽の光も柔らかで……花も綺麗だし、鳥の囀りだって朝を彩る音楽だ。風が俺の髪を靡かせてサワサワと耳や首を撫でる。

 

 凄く気持ちいい。思わず目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。

 

 暫く身を任せていると、ふとターニャちゃんが静かだなと思った。瞼を上げ横を確認すると、こっちを見たまま頬が赤くなってる。俺が濃紺の瞳に視線を合わせても、やっぱり動かない。

 

「ターニャちゃん?」

 

 どしたん?

 

「……えっ? あ、はい」

 

 ちょっと吃驚顔で、益々赤くなる。ま、まさか……

 

「もしかして体調が悪いの⁉︎ 大変! 早く休んで……」

 

「ち、違います! 体調はばっちりですから!」

 

 でも真っ赤だし……熱があるのかな。

 

「ほ、本当に大丈夫です!」

 

 額を合わせようとしたら全力で逃げられた。うぅ……残念。まあ体調不良じゃないなら良いけどさ。

 

「そう? 無理は駄目だよ?」

 

「その時はちゃんと言いますから……」

 

 むぅ……やっぱり猫みたいだ。可愛いけど。

 

「そっか。あっ、水を足してくるね。お茶のおかわりしよ?」

 

「私が行きます」

 

 腰を上げようとしたターニャちゃん。偉いなぁ、気配り出来るよね、ほんと。

 

「ふふ。初めて此処で朝食するんだし、景色を楽しんでて」

 

 やんわりと肩を抑えたら大丈夫。

 

 よし、ついでにミルクも持って来よう。意外と合いそうだもんね。

 

「クロさんの言う通り、どれだけ見慣れても目が離せなくなる……か。これって、ヤバいよなぁ」

 

 ん? 何か言った?

 

 振り返って確認したけど、ターニャちゃんは前を向いて景色を堪能してる。

 

 あれぇ? 気の所為かなぁ。

 

 んー。ま、いっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もお仕事ですか?」

 

「うん。其処まで難しい依頼じゃないし」

 

「それじゃ、夕ご飯作っておきます」

 

「あ、ありがとう! 夕方には帰るから‼︎」

 

 思わず大きな声になったけど、仕方が無い。無いったら無いのだ。だって至高の美少女ターニャちゃんが心のこもった手料理を作って待ってるんだよ? 最愛のひとが待つ家、何て素晴らしい……

 

「吃驚した……温め直せば良いご飯にしますから、無理しないでください」

 

「うぅ……もっと近場にしておけばよかった。戦闘自体はないんだけどね」

 

「そうなんですか?」

 

 不思議に思ったのか、コテンと首を傾げるターニャちゃん。くっ……もしかして狙ってやってる? まあ超級に求められる依頼なんて、普通は強い魔物とかだもん。

 

「意外かもしれないけど、色々と種類があるから……ほら、アーレで大変だったし、暫くは落ち着いた仕事にしようかなって」

 

「ああ、なるほど。超級ともなれば依頼の受諾も自由だって聞きました。やっぱり一般的な冒険者と違うんですね」

 

「まあ実際はそこまで自由って訳じゃ無いけどね。ウラスロのお爺さんが調整してくれたり、最近はリタが上手く捌いてくれるんだ。色々お願いしてるの」

 

「ふふ、自然に"リタ"って呼べるようになりましたね。何だか嬉しいです」

 

 頑張ったねって感じの生温かい視線……事実だけど、確かに最近ようやく呼び捨てになりましたけど! 

 

 ターニャちゃんってリタと仲良しだし、あとパルメさんやマリシュカさんとも。うぅ、何だか色々と筒抜けで恥ずかしい。偶にだけど皆んなでよく会ってるらしいし……

 

「そんな風に照れたりするから弄りたくなるのにね」

 

「ん?」

 

「いえ。そういえば依頼の種類って、魔物退治以外に何があるんですか? 戦う様なモノではなくて」

 

「えっと、一般的に多いのは調査依頼かな。植生の変化とか、季節の変わり目を事前に調べたり。勿論魔物の動向もね。季節の方は高い山とかに登って、雪解けや動植物を観察するんだよ? 結構専門の人も居て、戦闘力はある程度備わってればいいの。凄い人になるとその仕事だけでトパーズまで上がるから……つまり中級に達してるってこと。勿論他にも色々あるけどね」

 

「へぇ……その調査って私にも出来そうですか?」

 

「えっ?」

 

「そんなに驚かなくても」

 

 クスリと笑ってるけど、正直な話を言えば可能だろう。寧ろターニャちゃんならば超一流になるかもしれない。それだけの精神力も、そして才能だってある。でも驚いたのは其処じゃない。俺の元から羽ばたき、いつか遠くへ去ってしまうかもと思ったからだ。

 

「……多分大丈夫だと思う。でも、やっぱり危険が伴うし……ほら、他にも仕事なら」

 

 うぅ、情け無い独占欲だ。いつ迄も傍に居てほしい、そんな気持ちが抑えられないよ……

 

「お姉様って」

 

「え、何かな?」

 

「クロさんも、アリスお嬢様も言ってました。お姉様は()()()だって」

 

 ん? どう言う意味?

 

「ターニャちゃん?」

 

「ふふふ……もし仕事をするとしても、遠出なんて出来ません。だって、私にはジルヴァーナさんのお世話がありますから」

 

「……」

 

 えっと、つまり……

 

「お姉様?」

 

「は、はい!」

 

「真っ赤っかです、顔とか首が」

 

 ぎゃ、ぎゃーーー⁉︎

 

「プルプル震えてます、さらに」

 

 いやーーー⁉︎

 

「おおお、お、お世話なんて……私は世界に五人しかいない超級冒険者だよ⁉︎ どんな敵が来たって大丈夫だからね!」

 

「ええ、分かってます。それに敵とか言ってないですよ?」

 

 ニヤついてるぅ!

 

 うぅ、やっぱりこうなったぁ!

 

 

 



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お姉様、日常を楽しむ

暫く日常生活が続きます。


 

 

 

「パルメさーん」

 

 漸く時間が取れたよ。アーレのお土産はターニャちゃんが渡したから構わないんだけど、やっぱり顔は見たいしね。

 

 アートリスに帰ると先ずはギルドに報告して、予定が延びた理由を説明したり、そのあと急ぎの依頼を済ませたり……意外と疲れました。

 

 なので綺麗系お姉さん枠のパルメさんに癒されようと訪れたのだ。

 

「はいはーい」

 

 いつもと同じ様に、お店の奥から人影が現れる。相変わらず出るとこ出てるな、素晴らしいです。

 

「あれ? わあ、髪を切ったんですか?」

 

 レイヤーボブだ。長めだった銀髪が随分と短くなってる。つまり長さに長短を持たせて段差(レイヤー)による動きが軽やかな髪型だね。前髪は長めに残してて大人っぽい空気もちゃんとある。色気はバッチリなのだ。

 

「ジル! リタから帰ったのは聞いてたけど、漸く顔を見せてくれた。髪は気分転換よ。似合うかな?」

 

 もう少しだけ近づいて、じっくりと眺める。香水とも違う優しい香りが鼻をくすぐってドキリとしちゃった。

 

「素敵です、少しウェッティなのも。何だか何時もより明るい感じかな。凄く可愛い」

 

「ふふ、ジルに褒められると何だか嬉しいわ。貴女の髪は相変わらずね。宝石を集めて糸に紡いだみたいだもの」

 

「煽ても何も出ませんよ? 今日はアーレで破れた服を直して貰いたくて」

 

「バカね、お世辞なんかじゃないわ。ホント、何度見ても信じられない艶……やっぱり魔力のおかげ?」

 

 魔力銀の服が入った袋を受け取りながら嬉しい事を言ってくれる。でも、パルメさんだって綺麗だよ? 初めて会ってから随分経つけど、最初から好きだもんね。

 

「特別な事は……心当たりは魔力強化くらいですね。前も言いましたけど」

 

「はぁ……魔力強化かぁ。魔剣の専売特許だから真似も出来ないじゃない。ジルって生き物として反則!」

 

 ガサガサと袋を開けるパルメさんから視線を外し、店内を改めて観察する。彩りどりの衣服、壁に掛けられているのは新作かな。態と向きを変えてる棚にも綺麗に並んでて、すっごくお洒落な感じ。こう言うのってやっぱりセンスだよなぁ。もしかして何か才能(タレント)とかあったりして。

 

 全体的に白がメインの店づくりだけど、ワンポイントでパステルカラーを配してる。小物が所々に飾ってあって、少しカフェっぽい。

 

「……何これ。一体どうしたら……ううん、それより怪我は⁉︎」

 

 魔力銀糸で編まれた俺の装備は簡単に破れたりしない。デザインの変化を確認するためにパルメさんの前で何度も魔力強化を行ったから、その常識を超えた強度を知ってるのだ。だからこそ、斜めに斬られた服を見て驚いたんだろう。でも怪我を心配してくれるのは嬉しいな。

 

 脇腹やお腹に優しく手を這わせて確認してきた。

 

「ひゃっ! パ、パルメさん、くすぐったいです!」

 

「……大丈夫なの?」

 

 本気で心配してる。

 

「怪我は無いですから。ちょっと変わった相手だったので油断しました。そもそも敵とか悪い人ではないです」

 

 今回の再会で、クソ真面目からクソ真面目な変態へと降格したサンデルの馬鹿の仕業だ。あの巫山戯た剣を没収し忘れたのが悔やまれるよね! 今度会ったら問答無用で奪ってやるぜ。

 

「……吃驚させないでよ。でも考えてみたらターニャちゃんだって何も言ってなかったか」

 

「はい。心配してくれてありがとうございます」

 

 肩から力が抜けたのが分かった。やっぱり好きです、パルメさん。

 

「此れは時間掛かるよ? そもそも私じゃ魔力銀を修繕出来ないし。いつものところに頼むけどいい?」

 

「勿論です。私が身に付けるモノはパルメさんにお任せするって決めてますから。あとターニャちゃんの分も!」

 

「嬉しいこと言ってくれるなぁ。お土産も貰ったし何か御礼をしないとね!」

 

 御礼か……出来るならハーレムに、いやせめてお風呂に。まあ言えないけど。

 

「それじゃターニャちゃんの下着を何枚かお願い出来ますか? お安くしてください」

 

 お高いのを買うと少しだけ怒られるのだ。しっかり者のターニャちゃん、最高です。

 

「任せなさい。昨日店に来た時に計り直したからね。胸が随分大きくなってるから、近々買いに来る様に言ってたのよ?」

 

 や、やっぱりか! 何となく気付いてたんだけど、恥ずかしくて言えなかったんだよ! ムフフ、少しずつ大人になっていくターニャちゃん。正式な恋人同士になるのも遠く無いな、うん。

 

「凄く可愛いのを頼みます」

 

 だが、サイズが変わったのを相談されてない。もっと距離を縮める必要があるな……アーレは大変だったし、二人でピクニックや小旅行とかどうだろう? アートリスの近場にも素敵な場所が沢山あるし。

 

「はいはい。相変わらずの姉馬鹿ね」

 

「だって、ターニャちゃん可愛いから」

 

「ふふふ! ほんと仲の良い姉妹! 昨日ターニャちゃんは貴女を綺麗だって褒めてたからね。目が離せなくなる時があるってさ」

 

「え⁉︎ ホ、ホントですか⁉︎」

 

 ターニャちゃんなら好きなだけ見てくれていいのに!

 

「なに驚いてるのよ……しかも嬉しそうだし。ジルって変わってる……って聞いてないか」

 

 おお……やっぱりターニャちゃんデレたのか⁉︎ 今夜こそお風呂に入れるかも! ヤバい、嬉しい!

 

「その顔、男に見せちゃダメよ? はぁ……ダメだ、やっぱり聞いてない。仕方ない、下着を用意しよ」

 

 やったぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リタ、おはよ」

 

「おはよ……ジル、顔が赤いよ?」

 

「そ、そう? 今日あったかいから」

 

 この間冷やかされて、リタの事を意識してしまうのだ。くっ、ターニャちゃんに必ず反撃しなければ!

 

「ふーん。あっ、そう言えば王都のお土産ありがと。お礼ちゃんとしてなくて」

 

 小声だ。特に問題はないけれど、ギルド職員と冒険者の個人的な繋がりが心配なのかな。賄賂じゃないけど、特別な便宜ってなると色々と問題だろう。

 

 まあ実際はリタを口説きたい男どもが貢いでいるのを知ってるが。しかも上手く遇らいながら、ブラックホールの様にプレゼントが吸い込まれて行くらしい。

 

 可愛いもんね、リタって。ソバカスが幼げに魅せて守ってあげたくなるのだ。

 

 ところでお土産だが、ウラスロの爺様にもターニャちゃんから納品済みだ。随分と喜んだって聞いたし、リタの心配なんて考え過ぎなんだけど。

 

「気にしないで。いつも助けて貰ってるから」

 

「嬉しいこと言ってくれるなぁ。偶にジルって男前だよね。はぁ、貴女が男なら良かったのに……ううん、そうなるとライバルが多すぎるか」

 

 何やら意味深なこと言ってるけど、俺は構いませんよ? 此処は押してみるか?

 

「リタ。あ、あのね」

 

「あ、ごめんごめん。要件は何だった?」

 

 うぅ、やっぱり無理だぁ……

 

 またの機会にしよう。

 

「今日から暫く仕事を休もうと思って。ほら、前の事があるからギルド長から報告しろって言われたでしょ?」

 

 ニートの件ね。ある意味黒歴史になってしまったし、ミケルにつけ込まれた理由にもなったから。もうあんな事はゴメンだよ、うん。まあ直接の原因はパルメさんに嵌められた事だけど! 服のモデルは二度としないのだ。

 

「どしたの? 体調でも悪いとか?」

 

 パルメさんと同じ、心配そうな瞳の色。リタも好きだよ!

 

「体調は大丈夫だよ。時間を作ってターニャちゃんと近場を回ろうかなって。アートリスとアーレ以外、余り案内出来てないし。ほら、好奇心強いから、実は」

 

「おおー、いいね。確かにターニャちゃん好奇心旺盛だよね。研究熱心で頭だって良いし。まあ一番の研究対象はジルだけど」

 

「えっ? リタ、最後聞こえなかった」

 

 研究対象って?

 

「料理って言ったの。()()()()()()()()()()()()()だからね。プルプルするのが特に」

 

 成る程です。うん、ターニャちゃんの料理は最高だから! プルプルってプリンとかかな。

 

「じゃあ、ギルド長には私から言っておくねー」

 

「お願い。それと、ま、また遊ぼうね」

 

 よし、自然に言えた筈だ! ちょっとだけ吃ったけど。

 

「うん!」

 

 手をフリフリしながらギルドから出る。最後に振り返るとリタが何やら呟いてるのが見えた。遠くて聞こえないけど、楽しそうだし大丈夫かな。

 

 

 

 

「ふふふ……ジルってやっぱり可愛いなぁ。もうサイコー」

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「もう……強引過ぎますよ、マリシュカさん」

 

「なんだい、いいじゃないかお茶くらい」

 

 これからの予定を考えながら歩いていたら、いきなり腕を掴まれて連れ込まれたのだ。

 

 生活雑貨を扱うマリシュカの店にはよくお世話になってるよ? 偶にだけど、珍しい他国の品とかも並ぶから飽きないのだ。一体どんな伝手があるんだろう。この前なんてバンバルボアの品まで手に入れてたし……

 

 店の奥に鎮座してるテーブルと椅子。日々凡ゆる人が訪れて、膨大な情報交換が行われるアートリスのインテリジェンス中枢だ。まあ別名おばちゃんの井戸端会議とも呼ぶけど。

 

「いつもターニャちゃんがお世話になってるみたいで、ありがとうございます」

 

「よしておくれ。世話になってるのは私の方さ。あの子の目利きは本物だからね。一体何処で学んだんだろうねぇ。ジルといい、謎多き姉妹ってヤツだよ」

 

「謎多き姉妹って……何だか不思議な響きです」

 

「ははは! 事実じゃないか! 似ても似つかない二人なのに、まるで本物の姉妹さね」

 

 膨よかな身体を揺らしながら、店中に届く笑い声を轟かせる。声もデカイ。

 

「本物の……そう見えますか?」

 

 何だか嬉しい。

 

「私はお世辞なんて言わないよ。最近ターニャはアンタに益々心を開いたね。何かあったのかい?」

 

「うーん……確かに最近距離を縮めてくれたみたいなんです。理由はよく分からないんですけど」

 

 お早うのチューが最たる例だ、うむ。

 

「やっぱり旅は人を成長させるのさ。アーレへ行ったのが良かったのかもねぇ」

 

 おお、旅か。確かにそうかもしれない。ならば旅にもっと連れて行ってあげたら更なる進展があるかも? ほ、ほら、ほっぺだけじゃなく、唇に……

 

「アンタなんて顔してるんだい……街の男どもに見せちゃダメなヤツだからね? 全く、ターニャは成長してるのにジルは相変わらずだよ」

 

 うぐっ……否定出来ないのが辛い……此処は話題転換だ!

 

「しょ、小旅行でもしようかと。アートリスの周辺を案内してあげたくて……マリシュカさん、お勧めとかありますか?」

 

「そうだねぇ、旅の安全はジルが居るから大丈夫となると……ノールブレフツとかどうだい? 丁度マルースが花をつけ始める時期だから、景色も花の香りだって楽しいだろうさ。それに、あの子が最近嘆いていたからね。良い品が手に入らないって」

 

「ノールブレフツですか。確かに頑張れば日帰りも可能ですね!」

 

 全力の魔力強化で走れば半日も掛からない。まあターニャちゃんを抱えてなら全速は不可能だけど、方法は幾つかあるし。何より、もう一つ重要なメリットがある筈だ。それは……

 

 お姫様抱っこ! 

 

 そう、可愛さ限界突破美少女ターニャちゃんを懐に抱きながら旅をする。何たる至高、何たる至福。しかも下心をバッチリ隠しながら誘えるのだ。

 

「また変な顔して……アンタの頭の中が心配だよ。大体日帰りって、馬車で二日はかかるよ?」

 

「べべべ別に変な事考えてなんかないですよ⁉︎ 魔力強化を使えば時間が少なく済むかなって……」

 

 揺れが大変と思うかもしれないけど、飛ぶ様に駆ける事も出来るし、そもそも殆ど揺らさない様に移動するのも戦闘には重要な技術だからね。沢山練習したのだ。ましてや全力だとターニャちゃんが耐えられないから、ゆっくり行く訳で。

 

「気になったところに寄り道しながら目指すのも楽しいかも。マリシュカさん、ありがとうございます。ターニャちゃん誘ってみますね」

 

 ノールブレフツは元の世界で言えばスイスみたい感じかな。長閑で標高も高目だから涼しいし。何処かクリスマスっぽくて、サンタクロースとか住んでそうなメルヘンな雰囲気もあった。まあ雪は降らないけど。ツェツエは温暖な土地だもん。

 

「ああ、そうしな。きっと喜ぶさ。毎日アンタの世話で疲れてるし、労ってあげなよ?」

 

「はーい」

 

 うぅ、やっぱり反論出来ません!

 

 

 




物語が動き出すのは少し先……
今日の夜にもう一話投稿予定です。


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お姉様、願いが叶う

 

 

 

 

 長袖のシャツワンピは細身のターニャちゃんに凄く似合ってる。藍色を中心に、襟と袖は白。膝下まであるロングだから、涼しい地域でも大丈夫だろう。おまけに以前買ったキャスケット帽が小さな頭に乗ってて可愛さ倍増だ。

 

 素足のままでお願いしたが、結局レギンスを履かれてしまった。どうやらパルメさんか着こなしを教えて貰ったらしく、俺の意見が通り難いのだ。まさか隠してる願望がバレているのか……?

 

 因みに俺の装いだけど、カーキ色のパンツに白のトップス、陽気に合わせた黄色のロングカーディガンを重ねてる。勿論魔力銀だから、そのままって訳じゃないけどね。何となく春をイメージしてるのだ。知らない人には冒険者の装備に見えないだろう。街歩き用って言われても違和感ない筈。

 

 見た目って大事だけど、依頼者の人達が驚くのが面白い。最初は半信半疑でも、結果を見せたらまん丸お目々に変わって楽しいのだよ、うん。まあ最近は超級としてそれなりに知られて来たから、余り効果はないんですけど。

 

 

「ノー……ノーブル、えっと」

 

「ノールブレフツ。長閑で涼しいところだよ」

 

「ノールブレフツ……少しだけ言い辛いですね」

 

「ふふ、確かにそうかも。でも、きっとターニャちゃんも気に入るわ。だって……」

 

 ノールブレフツは人口百人程度の小さな村だ。

 

 そして有名な生産品は蜂蜜。かなり希少な特産品で、それを利用したお菓子や加工品も種類がある。あとミード、つまり蜂蜜酒も美味しい。まあ俺はアルコールに弱いから飲まないけど。

 

「わぁ、蜂蜜ですか? ずっと探してたんです!」

 

 マリシュカさんから聞いたのだ。質の良い蜂蜜がなかなか手に入らないなとターニャちゃんが溢してたって。確かにノールブレフツの蜂蜜は高級品で、王都や他国への販売が殆どだからね。だからアートリスで手に入れるのは簡単じゃないんだよ? 安物には混ぜ物も多いし、偶にゴミが入ってたりするもん。

 

「うんうん。季節によって蜂が集める花の蜜に種類があってね。もちろん野花が一番多いけど、中には特定の果樹からだけ集めたモノがあるの。今の季節だとマルースの白い花が咲き始めるから、その蜜だけって珍しい蜂蜜が店頭に並ぶんだ。仄かに香りがして不思議なんだよ?」

 

 因みにマルースとは所謂[林檎]だ。真っ赤な品種の甘いヤツ。

 

「マルースの蜂蜜……そんなのがあるんですね」

 

 市場でマルースは見た事あるだろうけど、林檎の花だけから採れた蜜なんて中々口に入らないもんね。

 

「出来たて、いや絞り立て? よく分からないけど、味見もしてみようね」

 

「はい! すっごく楽しみ!」

 

 ああ可愛い。俺のすぐそばでターニャちゃんの笑顔が咲いたのだから当たり前か。何より両手や全身から感じるターニャちゃんの体温……こんな幸せがあるなんて、きっと日頃のご褒美なのだ、うん!

 

 そう。遂に、遂に叶ったのだ。

 

 お姫様抱っこが!

 

 アーレへの旅の途中に少しだけ抱えたけど、あの時はターニャちゃんの体調が悪かったし、余り嬉しい事じゃなかった。しかし今は違う。体調はバッチリで、何より楽しそう。

 

 つまり至高。

 

 右腕には背中の温かさ。左腕には柔らかな太ももの感触。レギンスが無ければもっと良かったけど。更に言えば、落ちないように此方に抱き着くようにしてるのだ。俺の立派なオッパイが潰れる程に……まあ本人は景色とかに夢中で気付いてない。

 

 つまり至福。

 

 何だコレ⁉︎ 凄くサイコーなんですが⁉︎

 

 ちょっとだけゆっくりにしよう。早くノールブレフツに着いちゃったら、この幸せを手離さなくてはならないのだから。

 

 まさかアッサリOKしてくれると思わなかったから、誘った時はターニャちゃんを瞳を二度見しましたよ、ええ。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 買い物から我が家に帰ると直ぐに声を掛けた。

 

「旅行?」

 

「うん。まあ旅行と言っても一泊か二泊くらいの小旅行だけどね。ターニャちゃん毎日頑張ってくれてるし、マリシュカさんに労りが足りないって怒られたの。それにアートリス以外だと、まだ余り知らないかなって」

 

「そんな……大切にされてるのは私の方ですから。でも興味があります」

 

「良かった! 実は行き先も考えてるの。勿論ターニャちゃんの行きたいところがあったらソッチもあり! 何か希望とかあるかな?」

 

「希望ですか? うーん、無理にとは言わないですけど、美味しい物が食べたいです。珍しい食材とか調味料とか。もっと料理の幅を広げたいなって……お姉様は何でも喜んでくれるので、作るのも楽しくて」

 

「……ターニャちゃん」

 

 貴女は天使ですか⁉︎ 今でもプロ級の腕前で、しかも食材とかの目利きに至ってはアートリストップクラスらしいのに! そんなターニャちゃんが俺の為に……ねえ? 今からお風呂行かない? またツェルセンみたいに二人で入ろ? ずっと抱っこしてたいよ。

 

「でも、お姉様にお任せします。行き先が分からないのもワクワクするし」

 

 うーむ。最近ホントにどうしたんだろう? 何だか凄く優しいし、気の所為か距離まで近いよ? お早うのチューだって毎朝の日課だもん。勿論凄く嬉しいけどさ。

 

 もしかしたら勘違いしてるのかな。アーレで迷惑を掛けたとか、お荷物にならない様にとか……そんな風に思ってる? 頭が良いし気遣いも出来るから、俺が喜ぶ様に対応してるとか有り得るかも。お荷物どころか、もうターニャちゃん抜きの生活なんて考えられないのにな。

 

「ねえターニャちゃん」

 

「はい、何でしょう?」

 

「前から言ってるけど、もっと我儘にしていいんだよ? 私はターニャちゃんが笑顔で居てくれたら満足だし、こうやって二人で過ごせる事が何よりも大事なの。料理だって自分の食べたい物とか、献立を考えるのだって大変でしょう? 違ってたらゴメンなさいだけど、キミを小間使いにしたくて保護したんじゃないの。もし負担に感じてるなら……ど、どうしたの?」

 

 最初真剣に聞いていた様子だったが、話が後半に進むにつれて口がポカンと開き始めた。最後辺りで呆れた様に此方を眺めると、ハァと深い溜息を一つ。

 

「クロエさんの言う通りですね」

 

「えっと……」

 

 クロエさん? 何の話だろう。

 

「お姉様」

 

「は、はい」

 

 あれ? 少し怒ってる?

 

「私の方こそ前から言ってます。お姉様と出会えて幸せだって。もしかしてお世辞と思ってますか? 妙なところで自信がないとクロエさんが言ってましたけど、その通りみたいですね。だから、しっかり私の話を聞いて下さい」

 

「え、うん」

 

「いきなり見知らぬ場所に飛ばされた少女がいます。右も左も分からず、ただ呆然と座り込むだけ。そんな時、緑色した魔物が現れて、戦う術を持たない少女は絶望しました」

 

 うん、最初の出会いだね。

 

「もう駄目だと諦めたとき、目の前にとても美しい女性が現れたんです。その人は今まで見た事も無いほど綺麗で、夢かもと現実感すら曖昧になりました。あっさりと魔物を倒すと、更に街まで連れて来てくれて、美味しいご飯と寝心地抜群のベッドまで……それどころかまるで妹の様に、いえそれ以上に愛情を注いでくれる。だから、その少女にとって見知らぬ街は大好きな街に変わりました」

 

「ターニャちゃん……」

 

()()そんな誰よりも優しい()()()にたくさん甘えて、自分の好きな事をずっとやり続けています」

 

「好きな事?」

 

「幸せを運んでくれるお姉様が、恥ずかしそうに顔を赤らめたり、プルプル震えるのを見るのが堪らなく好きなんです、私。ごめんなさい」

 

「ええ……⁉︎」

 

 偶におかしいなと思ってましたけど!

 

「悪戯しても、どんなに我儘しても、お姉様は笑って包み込んでくれる。もしこれが不幸せなら、世界に幸福なんて存在しないでしょう。だから、コレからも宜しくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げたターニャちゃん。何だか唇がニヤリと歪んでませんか⁉︎ やっぱり冗談? どこまでが本当なんだろう。

 

「もう! ターニャちゃん、酷くない⁉︎」

 

「ふふっ、私は最初からずっと我儘ですよ。寧ろお姉様こそもっと我儘に振る舞って欲しいくらいです」

 

「いいの⁉︎ じゃ、じゃあ」

 

「お風呂は恥ずかしいから無理ですよ?」

 

「……」

 

「あと一緒に寝るのもちょっと……落ち着きません」

 

「……やっぱり酷くない?」

 

「他に無いですか?」

 

 他に、他にか……そうだ、コレはチャンスでは⁉︎

 

「それならさ」

 

「はい」

 

「今回の旅行だけど、近いし馬車は使わないつもりなの」

 

「では歩きですか? それくらい全然大丈夫です」

 

「ううん、歩きだと流石に遠すぎるよ。だから、ね。えっと、つまり……ま、魔力強化なら早く着くかなって」

 

「? 私は魔力強化が……」

 

「分かってる。ほら、私が、ターニャちゃんを……だ、抱っこして行けばいいかなって……勿論変な意味はないよ! く、擽ったく無いように気を付けるし!」

 

 下心よ、バレるな! 太もも触りたいとか、ギュッとしたいとか!

 

「ああ、成る程。幾つか質問いいですか?」

 

「ど、どうぞ」

 

 だ、大丈夫な筈だ。ちょっとナデナデしたいだけだよ? 

 

「まず単純に大丈夫なんでしょうか? 速度に耐えらなくて迷惑を掛けたり」

 

「全力は出さないよ? 危ないから」

 

 整った顎のラインに白い人差し指を添えた。少し傾けた顔、可愛すぎるでしょう。やっぱり狙ってやってるのか⁉︎

 

「そもそもお姉様に負担が掛かりませんか? 私を抱えて遠い場所まで運ぶなんて大変だと思います」

 

「負担? 全然大丈夫! 寧ろ超大歓迎……えっと、魔力強化は力を増す方に割り振る事も出来るから、ターニャちゃんを何人も持ち上げて走れるよ? 普段の装備だってかなり重いからね」

 

「そうですか。最後に一つだけ」

 

 あ、あれれ? もしかしてOKな感じ?

 

「余り人に見られるの恥ずかしいなって。子供みたいに抱っこされてだと」

 

「普段から街道は使わないの。ぶつかったりしたら大変だし、馬車の行き来が多いから速度が出せないのもあるかな」

 

 それと子供みたいな抱っこじゃくて、お姫様抱っこですから!

 

「それなら……負担が無いのならお願いします。それに少しでも魔力強化を体験してみたいですね。普段お姉様が見てる世界を目に出来たら嬉しいかも」

 

 ジェットコースターに乗る感じかな? そんなか細い声が聞こえたけど、つっこんでる場合じゃない。だって、だってさ、念願のお姫様抱っこ出来るんだよね⁉︎

 

「ホントにいいの⁉︎ や、やったー‼︎ もう取り消しは出来ないからね? 決まりなんだから!」

 

「いや、何でお姉様が喜ぶんですか?」

 

 不思議そうにしてる瞳を二度確認したが、冷やかしではないようだ。おお……ワクワクしてきた!

 

「出発は明日ね? ターニャちゃんの気が変わらない内に抱っこしないと」

 

「目的が変わってますが」

 

「ま、間違い! 旅行に、ね!」

 

「はあ」

 

 兎に角、願いが叶ったね!

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「信じられない……! こんな速度なのに、揺れないし風も少しだけなんて!」

 

 俺の胸の中、ターニャちゃんは感嘆の声を上げる。

 

 最高速なんて危ないから無理だけど、車くらいの速度は出てるかな。街道から離れてるから、人通りも馬車も見えない。当然に樹々や岩などの障害物が存在するが、其れこそ問題になる訳がないのだ。

 

 戦闘中は敵と言う障害物を見極めながら、同時に剣や魔法を使う。つまり、ただ前に向かって走るなんて俺には大した事じゃ無いからね。

 

 まあ子供の頃は未熟だったから何度も失敗しました……思い出してみたら、よく死ななかったよな。頭から血を流して帰った時、お母様から滅茶苦茶怒られたっけ。治癒魔法で治したから大丈夫と説明したけど火に油だった。

 

「お姉様! もうもっと速く出来ますか?」

 

「出来るけど、怖くない?」

 

「最高です! こんなの!」

 

「じゃあもう少しだけね」

 

 約一割ほど魔力を多めに注いだ。それだけでもグンッと前に押し出される感覚を覚える。因みにこの感覚、俺も好きだったりするのだ。

 

「凄い! 気持ちいいです!」

 

 そう? 俺はターニャちゃんを全身を感じて気持ちいいです。その楽しそうな笑顔なんて最高なんだから。

 

 

 

 



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お姉様、至福を味わう

 

 

 

 長閑(のどか)だなぁ……

 

 牧歌的、この言葉がここまで似合う村ってあるだろうか。

 

 なだらかな斜面に点在する家々達。全てが木造で、煙突から白い煙が立ち昇っている。踏み締めて出来ただろう道は、まるで轍みたいにクネクネと家同士を繋いでいた。其れ等以外の殆どが草原の様に緑で覆われていて、何だかスイスとかの高地を思い浮かべるな。

 

 その向こう、視界を占める大半は高き山々たち。

 

 其れらは日本アルプスの縮小版みたいな感じで、緩やかに山風がそよいで気持ち良い。

 

 これって緑と赤で飾り付けたら、まんまクリスマスの絵みたいだ。絵葉書とかで描かれていそうだね。雪が降ってたらだけど。

 

「……何だか長閑で、御伽噺の中みたいです」

 

 この世界の御伽噺には余り無い描写の景色だ。元の世界の事を思い出してるのかなぁ。でも、当然指摘なんてしませんよ?

 

「心が落ち着くと言うか、安らぎを覚えるよね。不思議」

 

「ホントに」

 

 ノールブレフツが見えて、内心悔しく思いながらターニャちゃんを降ろした。そして二人横並びで、暫く景色を眺めているのだ。

 

 ここは人口百人位の小さな村で、主要産業は養蜂による蜂蜜の生産だ。それに連なる菓子や酒も有名で、生産量が少ない事から手に入れ難い。でも丁寧な手仕事で、質や風味は折り紙付き。

 

「思ったより早く着いたから、ちょっと休憩しながら景色を楽しもうか」

 

「はい」

 

 丁度近くに切り株がある。と言うか人工的に用意したのかも。だってベストポジションだもん。カメラとかあったら間違いなく撮影スポットになるだろう。

 

「水を出すから彼処に座ってね」

 

 促すとターニャちゃんは素直に腰掛ける。抱っこされていたとは言え、疲れない訳がないからね。

 

 魔法で水を出す事も出来なくはないけど、緊急時のみと決めてる。あくまで気分で、戦闘に多用する水を飲みたくないのだ。

 

「はいどうぞ」

 

 木を削り出したカップに透明な水を注いだ。生活魔法の応用で少しだけ冷やしてたり。ターニャちゃんの細い喉がコクリコクリと動くのを眺めて、俺も一口だけ口にする。

 

「ふぅ、ありがとうございます。お姉様は疲れてないですか?」

 

「ん? 全然大丈夫だよ。これくらいは依頼とかで普通にやってるし、ターニャちゃん軽いから」

 

 実際にはターニャ成分を絶えず補給された事が要因だろう。むしろ禁断症状が怖いぜ。ホッとするターニャを見たら、益々症状が悪化した。間違いありません。

 

「良かった。蜂蜜が有名な村だそうですけど、何処で作ってるんでしょう。見る限り見当たらないですよね?」

 

 まだノールブレフツは景色の一部だけど、道を歩く人の姿くらい見える。あの辺に蜂がいたら大変だよね。

 

「村を囲むように樹々が立ってるでしょう? あれは全部人工林で、その向こう側に花が沢山咲いてるところがあるの。もっと上の方には果樹が植えてあって……ほら、あの斜面とか白色が見えるよね? アレがマルースだよ」

 

「あんな遠いところまで……全てが人の手なら希少な蜂蜜だと納得出来ます」

 

 感嘆のため息を溢すターニャちゃん。やっぱり大人みたいだ。見た目は少女なのにね。魔法が補助するだろうけど、基本的には手作業だから間違ってない。言われたら確かにと思う。ノールブレフツが抱える敷地は家々に比べて広大なのだ。

 

「後で案内して上げるね。流石に近くは怖くて無理だけど」

 

「見た事ないので楽しみです。蜂って木とかに作る巣しか知らないですから。どうやって蜂を集めてるんだろう」

 

「村の中で直ぐに分かるよ。沢山の蜂箱が置いてあって目立つし」

 

「蜂箱……何だかお姉様って詳しいですね?」

 

「うーん。人聞きばかりだけど、此処には何回か来た事あるからかな。知り合いの人に教えて貰ったの。まあ旅行じゃなくて依頼ばかりだから、こんな風に訪れるの凄く新鮮で楽しみだね!」

 

「私ばかり楽しかったら旅行の意味が半分です。良かった……あ、お姉様も座って下さい」

 

「え?」

 

 切り株は小さくて、二人座れば一杯一杯だよ? 嬉しいけど……

 

「これ小さいかな。私が代わりに立ち……」

 

「狭いけど十分だね! ほら、丁度じゃない?」

 

 本日初めての最大魔力強化はこの時だった。無論後悔などない。

 

 お互いのお尻と肩や腕が触れ合う最高の距離だ。抱っこは終わっちゃったけど、こんなのもアリだな。やっぱり旅行っていいね!

 

 暫くゆっくりしたら村に向かおう。

 

 

 

 

 

 

「あの真っ黒の箱って」

 

「うんうん、蜂箱だよ」

 

 先程ノールブレフツの村へ到着した。先ずは宿の確保へと真ん中の通りに向かう。その時、目に付いたのが黒色した木製の箱達だ。ぱっと見は小さなお賽銭箱みたい。

 

「これ、表面を焼いてる」

 

 一番近くの箱を眺めながら、呟いた。

 

「私も詳しくは知らないけど、蜂の病気を防ぐためだって。病気の元を火で清める感じで……あと、蜜蝋で入口を塞ぐから其れも取り除いたりする、だったかな」

 

 熱殺菌?

 

 そんな呟きが次いで聞こえたけど、反応はしない。多分合ってるけど。

 

「面白いです。この箱をさっき見た場所に運んで採集するんだ……でも、蜂は何で素直に此処に戻る……あ、もしかして」

 

「多分想像通りだよ。女王蜂を最初に入れるからね」

 

「やっぱり」

 

 もう博物館を見学する学生の趣きだ。教える俺も楽しかったりする。学芸員になった気分だよ。最近先生の役割多かったし。

 

「宿に入る前にお店を覗いてみよっか。きっと楽しいよ?」

 

「はい!」

 

 ターニャちゃんを連れて入ったのは、お土産物を扱う小さなお店だ。人の少ないノールブレフツだけど、やっぱり蜂蜜が有名だから旅人も来るんだろうね。

 

 早速目に付くのが小瓶に入った蜂蜜だ。琥珀色の液体が満たされた透明な瓶。沢山綺麗に並んでる。よく見たら其々の蜜の色合いが微妙に違うね。

 

「種類が沢山あるんですね」

 

 ターニャちゃんも興味深く眺めている。その真剣な眼差しにドキドキしてしまうのだ。

 

「いらっしゃい。女性二人きりとは珍しいな」

 

 店の奥から店主らしきオジサンが現れた。小太りだけど、中々鋭い目付き。髭もじゃで年齢が分かりにくいな。

 

 振り返った俺を見て上下に視線が泳ぐ。そしてロングカーディガンから覗く胸をチラ見した。ふ、まあ仕方ないでしょう。カーディガンの前を閉じたら慌てて視線を逸らすのが可笑しい。

 

「旅をしてて。あの、この娘に説明をして貰っていいですか? あとマルースの蜂蜜も」

 

「おお、勿論だ。其処に有るのは全部俺が集めた蜜だからな。何でも教えてあげよう」

 

 何だか得意気になったオジサン。うん、分かるよ? 俺みたいな超絶美人や至高の美少女相手だと頑張っちゃうよね。

 

「良かったねターニャちゃん。折角だから色々聞いてみましょう」

 

「はい、是非」

 

 そして俺の予想を遥かに超えたターニャちゃんの質問攻めに、店主のオジサンが慌てふためくまで時間は要らなかったのだ……なんてね!

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「これ蜂蜜のソースだ……こんなに料理と合うなんて」

 

 宿はツェルセンの双竜の憩と違って、所謂民宿だ。部屋数も少ない上に、今日は俺たちだけらしい。食堂に案内された時教えて貰ったのだ。なので、かなりゆったりとした気持ちで夕食を楽しんでいる。

 

 テーブルには蝋燭が灯り、ターニャちゃんの瞳にユラユラと反射して綺麗。

 

 今日の旅路、蜂蜜、マルースの花、沢山の会話が咲いた。料理に生かすつもりなのか、出てくる品々を味わって研究してるみたい。もう趣味の域を軽く超えてるけど、そんなターニャちゃんを眺めるのも幸せだなぁ。

 

 何だか頭もホワホワするし、夢の中に居るみたい。

 

「……此れって……」

「マルースの……」

「……私でも出来るかも」

「……様?」

 

 本当にターニャちゃん可愛い。

 

 アッシュブラウンの髪が随分伸びて、少しだけ大人びて来たみたい。濃紺の瞳も心なしか柔らくなったし、料理を美味しそうに味わう唇がプニプニで……

 

「お姉様? 聞いてますか?」

 

「……え? あ、うん。髪伸びたよね」

 

「……もしかして」

 

 何だか喉が渇く。この甘い飲み物美味しいから良いけど。

 

 あれれ? ターニャちゃんがジト目になってるね? さっきまで楽しそうにしてたのに。そうか、分かったぞ!

 

「これ飲みたい? あげよっか?」

 

「お姉様」

 

「はい」

 

「それ、貸して下さい」

 

「どうぞ」

 

 渡したグラスに鼻を近づけてクンクンと香りを確認するターニャちゃん。

 

「甘い香りだよねー、きっと蜂蜜が入ってて……」

 

「入ってて、じゃなくて。これ蜂蜜酒(ミード)です、お姉様」

 

「またまたぁ。ミードってワインみたいなお酒だよぉ? ハニーワインって言って酒精も強いし、此れは果実を絞った飲み物でー」

 

「あのお土産屋さんが言ってました。ミードには二種類あるって。お姉様が言うハニーワインは軽やかな口当たりですけど、古くから在る製法でゆっくり醸造する方は違うらしいです。此れってハーブと炭酸も効いてますし、間違いありま……聞いてますか?」

 

「何でも知ってる凄い人、其れがターニャちゃん。料理だって、買い物だって、サイコーなんだから! あとお風呂も!」

 

「会話になってません。其れとお風呂って何ですか?」

 

「ツェルセンでね……二人きりで入ったの。知らない?」

 

「私が本人です。ちょっ……! もう飲むのはやめましょう」

 

「ええぇー、あと少しだけ……」

 

「駄目です! さあ、お部屋に帰りますよ」

 

「お風呂、ある?」

 

「帰って探しますから。きっと見つかると思います」

 

「我が魔素感知から逃れる者はいないのだぁ」

 

「はいはい、行きましょう」

 

 フワフワ、ユラユラ、気持ちいいなぁ。

 

「余りくっつかれると歩きづらいです」

 

 プニプニ、ホンワカ、離したくないよ。

 

「だからくっつき過ぎ……ハァ……」

 

 

 

 

 

 

 ピヨピヨと小鳥の囀りが聞こえて来た。

 

「お、おう?」

 

 一体何が? まだ夢の中なのか?

 

 起きてすぐ気付く。

 

 左腕に心地良い重さ、そして甘い香り。視界にはアッシュブラウンの髪と見た事の無い天井がある。恐る恐る左側を眺めれば、予想通りの、でも凄く吃驚する女の子が抱き着いているのだ。

 

 至高の美少女ターニャちゃんがピッタリと俺に張り付き、緩やかな寝息を繰り返している。

 

 頭が左上腕に乗り、更に顔は自慢のオッパイのすぐそば。

 

 まるで巻き付く様に、俺の腰に腕を回してる。

 

 毛布に隠れていても、両脚だってギュッと固定されているのが分かった。

 

 うん。もしかして、もしかしてだよ?

 

 これって多分だけど、遠く噂に聞いた[腕枕]ではなかろうか。しかも愛し合う恋人同士みたいな……

 

 訳が分からないぞ……何で二人で寝てるんだ?

 

 確かノールブレフツを見て回って、お店を冷やかしたあとにご飯を食べて……あれ? 其処から記憶が消えてますね、うん。

 

「んん……」

 

 もぞもぞと動くターニャちゃん。起こしたかなと慌てたけど、どうやらポジションを変える様だ。顔を少しだけ上げると、俺の首辺りに落ちついた。吐息が擽ったいけど、絶対にこの体勢を保つ必要があるだろう。

 

 だって……全身余す所なく俺に身体を預けてるんだよ? この幸せを手放すなんて、世界最高のおバカと確信出来る。

 

 すっごいドキドキしてるし、何だか体温も上昇中。

 

 最近サイズアップしたらしいターニャちゃんの小ぶりな胸、其れが服越しとは言え俺のオッパイと重なり合う。唇だって肌に触れてるから、キスマークとか付いちゃうかも。もちろん大歓迎。

 

 ……もう、一体何ですか⁉︎ ツェルセンに続く桃源郷が此処でも? やっぱりデレたのか⁉︎ もう全部OKで良いよね!

 

 自由になった左手をターニャちゃんの肩に添える至福。少しだけ抱き寄せて、更に身体へ押し付けた。

 

 ああ。

 

 幸せ。

 

 今日こそはチューを俺からしてみせる。ほっぺに一回、そして……むふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、感じる

 

 

 

 

 

 

「そんな訳で最高の旅でした。教えて貰ったお陰です」

 

「そうかいそうかい、良かったじゃないか。お土産まで貰って私も嬉しいよ」

 

 ノールブレフツから帰り、今はマリシュカの店でお話しをしてるのだ。お土産の蜂蜜を渡すのもあったけど、幸せを誰かに伝えたくて来てしまった。

 

 流石に二人ベッドで寝た事は言えないけど。あ、思い出しちゃった。

 

「……急にだらしない顔だね。何を想像してるんだい、全く」

 

「べべべ別に、何でもないですから!」

 

 目を覚ましたターニャちゃんは慌てて飛び起きると、此れは違うんですと言い訳を始めたのだ。どうやら酔っ払った俺を部屋まで運び、横たわらせたものの全く離れなかったらしい。記憶にないけど、その時の俺を褒めてやろう。

 

 脱出も叶わず、疲れていたターニャちゃんもその内に眠った訳だ。良くやったぞ、俺。

 

「どうせ姉馬鹿全開で、ターニャを困らせたんだろうさ。これじゃどっちが姉か分からないねぇ」

 

「……」

 

 おかしいな、反論出来ないぞ?

 

「それで、愛しの妹は何処にいるんだい?」

 

「えっと、今頃はパルメさんのお店かな」

 

「パルメの所に別行動なんて珍しいじゃないか」

 

「聞いてくださいよ! 下着を買いに行くって話で、私も一緒の筈だったんです。でも、何故かターニャちゃんから別行動をするよう言われて……可愛いのを沢山買う予定だったのに。試着も予め頼んでたんですよ?」

 

「……ターニャに同情するよ」

 

 呆れた様にため息を溢すマリシュカさん、なんでさ?

 

「アンタ、余りベタベタすると嫌われるよ?」

 

「ベタベタなんて……」

 

「何で赤らむんだい……重症だよホントに。そもそも褒めてないからね?」

 

 他から見てもラブラブに見えるって事ですね? いやぁ、困ったなぁ、グフフ。

 

「帰ったら下着を確認しないと。ええ、姉として外せない大事な責任です」

 

「アンタ……ジルってそんな女だったかい? まあ面白いからいいけどさ」

 

 すると、お店の扉が開いた。定番の小さなベルが鳴ったのだ。

 

 小さな人影はキョロキョロと店内を確認している。勿論至高の美少女ターニャちゃんだ!

 

「こっちだよ! アンタのお馬鹿な姉もね!」

 

「おばさま? 失礼ですよね?」

 

 俺のツッコミはアッサリと無視された。何だか最近扱いが雑じゃない?

 

「マリシュカさん、こんにちは」

 

 ペコリと頭を下げるターニャちゃん、やっぱり礼儀正しい。

 

「はいよ、こんにちは。此処に座りな。お茶を入れて来るからね」

 

「いつもありがとうございます」

 

 随分慣れた様子のターニャちゃんは俺の隣に座った。良く会ってるみたいで、パルメさんやリタもそうだ。何だか仲間外れになったみたいでちょっと寂しい。

 

「ねえターニャちゃん。皆とよく遊んでるみたいだけど……」

 

「そうですね。良くして貰ってます」

 

「た、偶にで良いから私も参加したいなぁ」

 

「うーん……会長の意見を聞いてからですね」

 

「会長? えっと、誰かなソレ。お姉さんに詳しく……」

 

 何処のオヤジだよ⁉︎ 俺のターニャちゃんに変なことしたら許さん!

 

「お茶入ったよ。熱いから気を付けて」

 

「あ、此れって雪鳴(ゆきなき)の特級ですね」

 

「すぐ分かるなんて凄い娘だよ。当たりさね」

 

「市場のみんなや、お姉様にも色々と教えて貰ってますから」

 

 確かに初めて会った日に飲んだけど、そこまで詳しく伝えてないですが?

 

「全く良く出来た娘だねぇ。そうだ、ターニャ。旅の話をしておくれよ。土産話ってやつさ。アンタの姉の話は偶に要領を得なくてね」

 

 いちいち失礼です!

 

「はい! 沢山話したい事ありますけど、印象深いのは……ノールブレフツまでの間お姉様の魔力強化で……」

 

 まあこれだけ楽しそうに語ってくれるなら、旅は正解だったな。

 

 その笑顔だけで満足だよ? 

 

 心からそう思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様?」

 

 帰り道、突然立ち止まった俺にターニャちゃんも不思議そうにしてる。だけど今はちょっとだけ待って欲しいかな。

 

 アートリスをはじめ、普段街中では魔素感知を多用しない。人が多過ぎるし、精度を求めるならある程度の集中を必要とするからね。そもそも外と違って危険性に雲泥の差があるし。

 

 それでも職業柄か、変わった動きや気配に敏感なのだ。

 

 その時は魔素感知を行い、しっかりと確認する。しかし感知には特別な異常を感じなかった。

 

 何だ? 何か引っかかる。

 

 此れは……人の視線だろうか? 街中を歩けば視線に晒されるのは当たり前。老いも若きも関係なく、男達は超絶美人の俺を熱に浮かされた様に見詰める。だから、意識的に無視だって出来るし、逆に利用も可能だ……すいません、少し大袈裟に言いました。

 

 でも、いつもと違う?

 

 位置が掴めない……これはかなり厄介な相手かも。冒険者連中にも色々居て、中には暗殺者染みた奴等もいるからね。気配を消したり、市中や森に溶け込む技術を磨いた変態だって存在するのだ。まあ害意を持てば即座に見付けるけど。

 

 俺に来るなら良いが、もしターニャちゃんに何かしてみろ。絶対に見つけ出してお仕置きするからな。

 

 隣にいるターニャちゃんに分からないよう、それでも相手に伝わるよう意識を向けた。するとあっさりと視線が消える。ふむ、益々厄介な奴だな。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 おっと、ターニャちゃんが不安そう。此処は必殺のジルスマイルをプレゼントだ!

 

「ん? ごめんごめん。何だか良い匂いがするなぁって。きっとターニャちゃんくらいの凄腕料理人が」

 

「なんで嘘を? いま、魔素感知をしましたよね?」

 

「えっと……」

 

 魔素特化型のターニャちゃんだけど、まさか日常の中で気付くなんて……正直吃驚だ。それに、ちょっと怒ってる。

 

「その雰囲気、まるで王都の地下で戦った時のお姉様みたいでした。何の役にも立たない私ですけど……そんな誤魔化し嫌いです」

 

「ターニャちゃん……」

 

 何だか格好良い。でも、巻き込みたくない。

 

 暫く見詰め合って、街の喧騒も遠く感じる。

 

「……もういいです。帰りましょう」

 

 プイと前を向くとスタスタと歩き出す。うぅ、どうしよう。怒ったよね、やっぱり。でも今回はあの超お馬鹿なミケルなんて相手にならないレベルだろうし……いや、知らない方が危険かな?

 

「ね、ねえ」

 

 するとターニャちゃんは立ち止まり、振り返って俺を見上げる。

 

「すいません、嫌な態度を取って。お姉様は世界に五人しかいない超一流の冒険者なのに。私みたいな子供が偉そうにしても……」

 

 すぐに伏せられた濃紺の瞳は揺れていた。やっぱりターニャちゃん、変わったよね。

 

「ううん、私こそごめんなさい。怒ったのは心配してくれたからでしょ? それに……滅多な事はないと思うけど、お家に帰ったらちゃんと説明するね」

 

「……はい」

 

 不謹慎だけど哀しそうな感じ、可愛いんですが!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 先ずは買って来ただろう下着類を片付けるぞ。

 

 全部試着して貰いジルちゃんチェックを行う手筈だったが、流石にそんな雰囲気はない。因みに、片付けのお手伝いも断られたんですが……ねえ、どんなの買って来たの? サイズアップした至高のお胸は? お姉さんに教えてよ、お願いだから。

 

「直ぐに行きますから、待っていて下さい」

 

 パタリと閉じた扉の向こうにターニャちゃんは消えて行った。

 

 ちっ……あの不審者め、絶対に許せないな。

 

 トボトボとリビングに向かう。仕方ない、先ずは甘いお菓子でも用意しよう。

 

 お菓子とジュース……まあ果実水だけど、其れ等を並べ終えた頃ターニャちゃんがリビングに入って来た。

 

「お待たせしま……そういうの私がしますから」

 

「もう、やめてよ。召使いじゃないんだから、気付いた方がすればいいでしょ? さあ座って」

 

 とか言いながら、ご飯は殆どターニャちゃんが作ってますけどね。

 

「はい」

 

 ちょこんと席に着いたのを確認し、俺も向かい側に座る。本当は横に座るか、膝の上に抱っこしたい。

 

「じゃあ、説明するね。お菓子でも食べながら聞いてくれたら良いから」

 

「分かりました」

 

 ジュースを一口だけ飲み、コトリと置いたグラスから視線を離して俺に向ける。真剣な眼差し、綺麗。

 

「ターニャちゃんの言う通り、さっき魔素感知をしたわ。人が多い場所だと集中する必要があるから、あんな感じになっちゃった。魔物相手なら簡単なんだけどさ」

 

「はい。それで誰だったんですか?」

 

「分からない」

 

「分からない? お姉様でも?」

 

「うん。今のターニャちゃんなら理解してると思うけど……相手が魔素を使い熟す知識を持ってたら、感知だって万能じゃないの。妨害したり、ボヤかす事だって出来る。ほら、訓練でも私の魔素を動かすでしょ?」

 

「それは……かなり限定した条件下です。余程近くで、しかもお姉様がじっとしてるから。あ、プルプル震えてますけど」

 

「う、うん。それは置いておいて。とにかく、そういう技術に長けている人もいるわ。かなり数は少ないけどね」

 

「魔力と魔素を区別してる人の方が希少だと教わりました。寧ろ、魔力偏重だそうですね」

 

 さすがターニャちゃんだ。ジル先生の言葉を覚えてるね。あれは最初の授業だったかな。また美人女教師になって遊ぼう。まあ魔素感知が広まった事で、魔力偏重主義も多少変化したのかもしれない。

 

「その通りよ。でも全員じゃない。クロもそうだし、無意識に扱う天才だってきっと居るでしょう。そして魔素の知識を有し、扱う人はほぼ例外無く腕が良い……厄介な事にね」

 

「つまり、お姉様の魔素感知をすり抜ける厄介な人間なんですね。先程の相手は」

 

「悪意を持たれたり、攻撃する意思を表に出したら絶対に分かるわ。そもそも魔素感知だけが全てじゃないからね。だから心配しないで大丈夫だよ。私が誰か知ってるでしょ?」

 

 張り詰めた空気なんて要らないぜ。ジルスマイルで安心させてあげよう。俺は基本的に一人で活動する冒険者だから、感知系は特に鍛えてある。おまけに、男達が涎を垂らしそうな超絶美人だし!

 

「勿論です。それでも、お姉様が警戒したのは私が居たから。自意識過剰かもしれないですけど、クロさんにも注意されました。世界最強の冒険者、魔剣ジルの弱点は私だって。ですよね?」

 

 お、おう。やっぱり頭が良いな……思い切り正解です。弱点じゃなんかじゃないけど! ターニャちゃんが居るから頑張る事が出来るのだ!

 

「大丈夫。もうアーレの時みたいに怖い思いなんてさせないからね? それに街のみんなが居るし」

 

「魔剣の妹である限り、常人では務まらない。クロさんはそう言いました」

 

 まさか此処から離れていくつもり⁉︎ そんなのダメ!

 

「嫌なこと言わないで! 私は……」

 

「ですから、お姉様の邪魔をする人が居たら、お仕置きしないといけません。徹底的に、逆らう気力が消え去るまで叩きましょう。ただ普通に過ごしているだけなのに、許せないですね」

 

 う? 何だか予想と違うんですが? 滅茶苦茶怒ってらっしゃる……静かな感じが余計に怖い!

 

「えっと……」

 

「このアートリスでお姉様の敵になる事がどれほど愚かな事か、その相手は理解していない様です。少し学んで貰いましょうか」

 

「タ、ターニャちゃん?」

 

「はい」

 

「お、落ち着いて」

 

「私は落ち着いています」

 

 いやいや、目が据わってますよ⁉︎ そもそも敵と決まった訳じゃ……

 

「お願いだから変なこと考えないで。戦ったりなんて駄目だからね?」

 

「戦う? ふふ、まさかそんな事しないですよ。私は冒険者や騎士じゃないんですから」

 

 やっぱり目は笑ってない。至高の美少女だけに、綺麗な女の子が怒ったらこんなに怖いのか⁉︎ 初めて知りました!

 

「さあお姉様、お風呂に入って来て下さい。私はご飯を作ります。着替えはいつものところに纏めてますから。今着ている服は籠に入れてくださいね?」

 

「あ、はい」

 

 立ち上がったターニャちゃんは厨房へと向かう。いつもの様に揺れる小さなお尻を眺めながら、俺は暫く動けなかった。

 

 何だか考えてた反応と違う気がする。

 

 あ、あれぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 、

 



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☆女の子、探偵になる

 

 

 

 以前誰かが言っていた。

 

 宝石を集めて糸にした様な白金。色艶が霞む事なんて有り得ない、一髪一髪(ひとくしひとくし)が命を宿し精霊の如く舞い踊る。

 

 神々が競う様に描き、造形し、世界に顕した美貌は、どれほど目にしようと視線を奪い去ってしまう。水色の両眼は光を捕らえて逃がさず、鮮やかなる色彩はその人の為に生み出されたと錯覚するだろう。

 

 歴史に名を刻む稀代の彫刻家が生涯を掛けようとも、秘めたる激情を天上の筆致にぶつける天才画家であろうとも、あの肢体に嫉妬し自らを恥じて(こうべ)を垂れるしかない。

 

 アートリスの、いやツェツエの女神と謳われる女性が隣で笑顔を浮かべている。背の低い僕の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、街の風景を一緒に楽しむのだ。

 

 この世界に落ちた時、深い森の中で出会った。

 

 後からウラスロさんに聞いたんだ。上級のダイヤモンド、そしてそれに次ぐコランダム級の冒険者が偶然いなかった。だから、同じく偶然手が空いていた超級に依頼したのだと。超級は依頼の受諾すら自由に決定出来る。調査依頼なんて残る四人の超級ならば間違いなく受けない。いや、最初から依頼しない。

 

 全ては偶然の産物で、何かの歯車が狂っていたら僕は……

 

 例え生きて街に辿り着いたとしても、他の人達と同じ様に指を咥えて女神を眺めていただろう。

 

 此れが幸福でなければ、世界に幸せなんて存在しない。

 

 ほら今も、走る馬車の反対側にさり気無く誘導した。自惚れでも自意識過剰でもない。全てを賭けて僕を見守ってる。偶に胸を掻きむしって叫びたくなるんだ……夢なら醒めないでって。

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様?」

 

 ついさっきまで淡い微笑を浮かべていたお姉様が立ち止まる。顔や視線も動かさない。ほんの少しだけ水色の瞳が鋭くなった。

 

 最近見た気がする。

 

 真っ黒で車みたいに大きな狼、確かアークウルフ。アイツらを見つけたときだ。馬車の中から魔素感知を行い、サイズや数、種類まで特定していた。あの時は本当に恐ろしかったのを憶えてる。あっさりと倒しちゃったけど。

 

 此処はアートリスの街角だし、見渡せば平和そのものなのに……でも、きっと何かあったんだ。集中した瞬間、お姉様と遊んでいる魔素達が見える。他の誰よりも美しい。既に魔素感知は終えたみたいだ。この人は息をするのと同じくらい自然に魔力を操るから、今の僕じゃ行使に気付けない。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 僕の問い掛けに、鋭かった視線は柔らかくなって笑顔まで戻った。

 

「ん? ごめんごめん。何だか良い匂いがするなぁって。きっとターニャちゃんくらいの凄腕料理人が」

 

 分かってる。危険から遠去けようと、不安なんて抱かせないように振る舞ってるんだ。でも……

 

「なんで嘘を? いま、魔素感知をしましたよね?」

 

「えっと……」

 

 お姉様は悪くない。なのに、口は動き続ける。

 

「その雰囲気、まるで王都の地下で戦った時のお姉様みたいでした。何の役にも立たない私ですけど……そんな誤魔化し、嫌いです」

 

「ターニャちゃん……」

 

 水色が哀しさを帯びた。

 

「……もういいです。帰りましょう」

 

 瞳を見ていられない。本当に僕は馬鹿だ……何で腹が立ってるんだろう。

 

「すいません、嫌な態度を取って。お姉様は世界に五人しかいない超一流の冒険者なのに。私みたいな子供が偉そうにしても……」

 

「ううん、私こそごめんなさい。怒ったのは心配してくれたからでしょ? それに……滅多な事はないと思うけど、お家に帰ったらちゃんと説明するね」

 

「……はい」

 

 不謹慎だけど、悲しそうなお姉様は凄く綺麗だと思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食品の保管庫から持って来た野菜を取り出して水洗い。魔素を使えば目の前の四角い穴から綺麗な水が出てきた。蛇口では無いけど、実際には水道と一緒。

 

 牛蒡みたいな長細い野菜だけは、固い繊維を寄り集めたブラシでゴシゴシしないと駄目で、皮は薄いから直ぐに真っ白な中身が見えて来る。

 

「お肉も焼こうかな……」

 

 元の世界と違って品種改良された柔らかいお肉なんてない。ただ焼いただけじゃ靴底みたいに固い何かにしかならないから、色々と下拵えが要るんだ。でも、だからこそ工夫の幅があって楽しい。あと、お姉様も僕も脂身が苦手だから丁度良かったり。

 

 設置してある調理器を触れば一気に熱量が上がった。此れも元の世界の電磁調理器にそっくりだ。凄いのは魔素を上手に扱う事で1キロカロリーレベルで強さを調整出来る点かな。此れはお姉様でも無理だから、僕だけの微妙な火加減だし。

 

 こっちは落とし蓋をして暫く待てばいい。

 

「お姉様の魔素感知でも分からない厄介な相手、か」

 

 ご飯を作りながら、それでも色々と考えてしまう。

 

 さっき色々教えて貰ったけど、超級となれば大変な事も多いんだろう。戦力としてもそうだし、味方なら良いけど敵なら最悪な人だもんね。

 

 目にも止まらない速さで動いて強力な魔法を連発。ならばと無理矢理近づいたところで、古竜の鱗すら斬ってしまう魔力銀の剣が襲う。そして、奇跡的にダメージを与えても治癒魔法で元通り。

 

 ……うん、やっぱり無茶苦茶だ。バランスブレイカーそのものだよ。

 

 限界まで研がれた包丁で野菜を切って鍋に投入。

 

「しかも嘘みたいな美人だから、変な事を考える人もいるだろうし」

 

 あのミケルとか言う貴族もお姉様に執着してた。他にも沢山いそう。

 

「僕一人じゃ何も出来ない。悔しいけど事実。でも、この街アートリスにはお姉様を大好きな人が沢山いるんだ。パルメさんやマリシュカさんに相談してみよう。きっと助けてくれる」

 

 何と言っても[ジルを弄って遊んで愛でる会]の会長と相談役なんだから。リタさんは心配したら顔に出てお姉様に伝わる。少しだけ後にしよう。

 

「ターニャちゃん、何か手伝うよー」

 

 お風呂上がりのお姉様が戻って来た。後ろで括った髪も湿っていて、薄着だから凄く色っぽい。しかも何故か無自覚で隙だらけ……まあ家の中でしか見せない隙だけど。最近視線の配りどころに困る自分を自覚してる。だって……

 

「……もう終わりますから座って待ってて下さい」

 

「じゃあ飲み物を準備しようかな。お酒を」

 

「駄目です」

 

「じょ、冗談だって」

 

 こんなお姉様にまた抱き着かれたら、色々と大変だ。

 

 嬉しそうな笑顔を浮かべてグラスを取り出すお姉様。食べるのが好きみたいで、ご飯の時間はいつもニコニコしてる。しかも凄く美味しそうに食べてくれるし、言葉でも一品毎に褒めてくれるんだ。ここまで作り甲斐のある人、他に居るのかな。

 

 あんなに食べるのに全く太らないよね。今は後ろ姿だけど、細いウエストを見たら誰でも信じられない筈だ。お尻とか胸はしっかりとあるから益々目立つ……って、何を考えてるんだ僕は。

 

「他には……どうしたの?」

 

 振り返ったお姉様は不思議そうに聞いて来た。首を少し傾けて水色がキラキラする。

 

「いえ。何も」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 明日、会いに行こう。

 

 僕は一人じゃないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「ジルがそんな事を?」

 

「はい」

 

「そりゃ一大事(いちだいじ)かもねぇ、物騒な世の中だよホント」

 

 パルメさんに会いに来たら、丁度マリシュカさんの店に行く予定だったみたいで合流した。お姉様は朝からギルドに行ってリタさんと仕事の話をするって。

 

「私に心配させたくないのか、それ以上詳しく教えてくれません。相談出来るのはお二人だけなので……」

 

「姉馬鹿の具合がどんどん悪化してる。面白いけど」

 

 パルメさんの苦笑には心配の色があってホッとする。凄く頼りになる、随分前からお姉様を知ってる人だしね。

 

「しかし普通に考えてジルをどうこう出来る奴なんて居るのかい? 超級と聞くだけで逃げ出す悪者ばかりだろうさ。それに冒険者としての経験もあって、あの娘は何も言わないけど沢山の修羅場も潜り抜けて来た筈だよ」

 

「マリシュカさんの言う通りだけど、馬鹿正直に向かって来る奴等ばかりじゃないだろうし……何となく搦手に弱そう、ジルって」

 

 確かに……マリシュカさんと僕は同時に頷いた。

 

「分かっているのに何もしないなんて我慢出来ないんです。お姉様を困らせるなんて許せません」

 

「ターニャちゃん、貴女……」

 

 ポカンとしたパルメさん。自分が何を言ったか理解して凄く恥ずかしくなった。この人達の前だとつい本音が出ちゃう。これじゃ僕が妹馬鹿だ。

 

「よく分かったよターニャ。少しだけ調べてみるから時間をおくれ。ジルの周りを探る不審な連中が居ないかをね」

 

「よろしくお願いします」

 

 アートリス最高の情報機関、マリシュカさんが動き出した。

 

「それで? ターニャちゃんの事だから他にもあるんでしょ?」

 

「あ、はい。パルメさんにお願いがあって」

 

「何かしら?」

 

「古着でいいので、変装用の服を安く売って貰えませんか? 普段私が着ないような感じの」

 

「それは構わないけど……ジルでも分からない相手にターニャちゃんが出来る事なんて」

 

 そう思うのも当然だ。だから少しだけお披露目する。

 

 そっと手の甲に触れたら集中して魔素を確認、パルメさんを見た。

 

「左肩が凝ってますね。それと少しだけ目が疲れてます。多分夜遅くまで仕事をしてた。夜更かしは肌に悪いですよ?」

 

「……え? あ、合ってるけど、何で」

 

「私はお姉様の妹ですから。ほんの少しだけ力が有るんです。戦いには不向きでも、()()()調()()()()するのが得意で……お姉様のお墨付きです」

 

「そ、そうなの?」

 

「駄目だよターニャ。危ない奴だったらどうするんだい? それこそジルが泣いちまうさ」

 

「絶対に近づきません。禁止されてるので詳細は言えませんが、特定の条件下ならばお姉様の魔素感知も上回る事が出来るんです。なので安心して下さい」

 

 うーむと両腕を組むマリシュカさん。やっぱり難しいかな……

 

「じゃあ必ず二人で行動しましょう。それならどう?」

 

「……仕方無いねぇ。絶対に危ないところには近づいちゃ駄目だよ? 看板オババとの約束だ」

 

「絶対に。私もお姉様に叱られたくないですから」

 

 困った姉妹だよ全く。そんな風に笑うマリシュカさん、やっぱり優しい人だ。

 

「じゃあマリシュカさんは調べ物をお願いね。先ずは店で服を選びましょう。それと、ついでに私も変装するわ。そうね、ターニャちゃんは可愛い系で纏めて私は男装する。髪も切ったばかりで丁度いいし、男女二人なら街に溶け込み易いからね。マリシュカさんの結果待ちで活動を始めましょう。うーん、何だか楽しくなっちゃう!」

 

 ムフフと指を唇に当てるパルメさん。この人も本当に良い人。リタさんもそうだけど、僕って友達に恵まれてるなぁ……まあ知り合ったのもお姉様のお陰だけど。

 

「お二人とも本当にありがとうございます」

 

「何を言ってるんだい、他人行儀はやめておくれ。子供が変な遠慮をするもんじゃないよ!」

 

 バシバシと背中を叩かれた。痛い。

 

「ふふ、じゃあ行こっか」

 

 正体を掴んだらお姉様に報告すればいいかな。何と言っても超級冒険者、魔剣のジル。本気になったら誰も勝てないんだから。

 

「はい、行きましょう」

 

 

 

 

 

 



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☆女の子、出逢う

ターニャ視点です


 

 

 

 朝御飯を食べた後だった。昨日の夜から様子がおかしいとは思ってたけど。

 

 

「ねえターニャちゃん」

 

「何ですか?」

 

「お姉さんに正直に話して欲しいの。夜にちゃんと言ってくれると思ってた。でも、黙ったままみたいだし」

 

 少し怒ってる。滅多にない事だから凄く吃驚した。

 

 もしかしてバレた?

 

[ジルを弄って遊んで愛でる会]の活動。それに今はマリシュカさん達と協力して調査中だから日々の行動がちょっとだけ変わってる。

 

 お姉様は普段仕事だから街中にあまり居ない。

 

 初級であるオーソクレーズやクォーツは雑務の依頼が多くてアートリスから離れないけど、中級のトパーズからは種類が増えるってリタさんから聞いた。

 

 超級ともなれば指名の依頼が当たり前で、報酬もとんでもない額になる。ところが最近のお姉様は上位クラスが求められる仕事は殆ど断っていて遠出は無し。超級じゃないと駄目な魔物とかなら別だろうけど、そんなの毎日現れる訳ないし。偶にオーソクレーズの人達に混ざって少し危険な場所の草毟りとかしてるらしい。

 

 ……普通に考えたらおかしくない? それって。

 

 そんな人が真面目な顔して、僕から目を離さないのだ。流石に茶化す事なんて出来ないけど、今の活動は辞めたくない。でも、危険が少しでも有ればお姉様は絶対に許さないだろう。例えパルメさんと一緒でもだ。

 

 何とかして誤魔化そう。場合によっては二人に協力を仰いで説得しないと……つまり騙くらかす必要がある。

 

「ターニャちゃんは頭も良いし、凄く頑張り屋さんだから私だって煩いことは言いたくないの。でもまだ大人に成り切れてない女の子なんだよ? 保護者である私に内緒で、危ない事をするなんて絶対に駄目。分かる?」

 

 あぁ、やっぱりバレバレだったみたいだ。

 

「それは……でも、私だって何も考えずにやってる訳じゃ」

 

「そうね。でも、相手だって何を考えてるか分からないわ。凄く悪いことをターニャちゃんにするかもしれない、そんな事を私が黙って見てると思うのかしら」

 

「……いえ」

 

 どうしよう。やっぱり随分怒ってるみたいだ。

 

 確かにお姉様の周辺を探ってる奴等が居るのは間違いない。マリシュカさんの情報からも明らかになって、しかも複数人だ。直接的な行動には出ていないみたいだけど、今後は誰にも分からないだろう。パルメさんも気合い入れて男装してるし、僕の格好なんて少女趣味全開の普段絶対着ないタイプの服だから、不審者連中にバレたりしてない。それは確実だけど、そんな言い訳は聞いて貰えない、きっと。

 

 もう少しなんだ。

 

 どうやらツェツエ王国の国民じゃない事は判明した。スパイとは言わないけど、ツェツエの防衛を担う超級を探ってるんだと思う。直接戦うなんて無謀だから、接触して勧誘とかも考えられるよね。

 

 もう伝えようか……でも超級が本気で動き出したら、奴等は隠れてしまうだろう。より警戒して見つけ辛くなったら目も当てられない。やっぱり何とか誤魔化そう。マリシュカさんもお姉様にバレないようにって言ってたし。

 

「あ、あの……」

 

「正直に言ってくれるかな? でないと私だって……」

 

「ち、違うんです。でも、少しでも」

 

 大変だ、外出禁止令も有り得るかも……

 

 

 

「一体誰とデートしてるの? 随分と歳上の男の人らしいけど?」

 

 

 

 ……んん?

 

「やっぱり言えないのかな? じゃあ、今度付いて行って問いただしましょう。私のターニャちゃんに手を出すなんて、とんでもない奴……絶対に許せない」

 

「あの、お姉様?」

 

「なあに? あ、ヤ、ヤキモチなんかじゃないよ⁉︎ ほ、ほら、姉として心配で! 未成年の不純な交際は許しません! それに、どうせ不純なら私と……」

 

「あの、違いますから」

 

 はぁ、真面目に考えてたのが馬鹿みたいだ。

 

「でも聞いたんだよ? ターニャちゃんが凄く可愛い格好して男性と街を歩いてたって! 膝上のスカートなんて私知らないし! 今度見せて……じゃなくて、とにかく駄目なの!」

 

 何か変な事まで言い出したよ……そもそもデートの相手ってパルメさんだよ? 男装は確かに決まってるけどさ。

 

「お姉様」

 

「謝るなら許してあげる。デートならお姉さんとしよ?」

 

 そもそもデートって単語は元の世界のヤツだよね。自分も転生者だって隠してるのバレていいの? 心配してくれてるのは分かるけど、何だか力が抜けちゃった。

 

「不純な異性交友なんかじゃありません。色々と手伝って貰っていて、凄く良い人ですから」

 

「そ、そんなの分からないじゃない! 騙してるのかも」

 

「私の大切なお友達です。悪く言うのは駄目ですよ?」

 

「せ、せめてお姉さんに紹介して? ね?」

 

「前向きに善処します。ほら、もう時間です。リタさんが待ってますよ? 今日は冒険者を目指す男の子達に色々と教えるんですよね? 待たせたら可哀想です」

 

「ちょ、ちょっとターニャちゃん! まだ話が……」

 

「私を信用して下さい。大丈夫ですから」

 

「まさか反抗期⁉︎ そんなぁ……」

 

 思わず笑いそうになったけど我慢する。でも、反抗期って。

 

 何度も振り返りながら、結局お姉様は仕事に行った。全部終わったら謝ろう。ミニスカートを見せるのは恥ずかしいし、嫌な予感がするから却下で。

 

 でも、お姉様が気付いたなら時間の問題だ。そろそろ尻尾を掴もう。

 

「今日は大事だな。頑張ろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「なにそれ……ただの嫉妬じゃん」

 

「やっぱりそうなんですかね?」

 

「姉馬鹿が極まって来たわね。昔から変わった娘だったけど、まさか妹に邪な想いを向ける女だとは知らなかったわ」

 

「ぷっ、邪な想いって」

 

 さっき我慢した笑いが込み上げて、思わず吹き出しちゃった。

 

「まあ今のターニャちゃん、いつもより可愛いから分かるけどね」

 

 ニヤリとパルメさんも笑う。

 

 黒色のミニ、薄い紫色のシャツに重ねたダボダボのパーカーは大きなフードが付いてる。こっちはベージュ。袖が長いから指先しか覗いてない。靴は足首まで隠れるブーツで、ちょいヒールが高いかな。まあかなり女の子した服装で、普段なら絶対に着ないタイプだよね。寧ろお姉様が押し付けて来る可愛いらしい感じだ。

 

「脚が出てて少し恥ずかしいです」

 

 太ももだってかなり……

 

「健康的でいいじゃない。脚を上げたり座る時には気を付ければ下着なんて見えないから安心しなさい。まあ、ジルに見せたら大変な事になるけど」

 

「ははは……」

 

 否定出来ないよ。

 

「ターニャちゃん。調査を始めよっか。マリシュカさんからの情報では、この先の方で暗躍してるみたい。つまり、連中の中心人物が居る可能性が高いよね。ほらしっかりくっついて、自然な感じで」

 

 男装だから小声で話し掛けるパルメさん。真面目な顔してるけど、楽しんでいるのを僕は知っている。探偵ごっこみたいで面白いのはよく分かります。因みにお店の方は知り合いの人が手伝ってるから大丈夫だって。考えてみたら、一人だとお休みも取れないから当たり前だ。

 

「はい、今日もよろしくです」

 

 左腕に抱き付き、ピタリと寄り添い歩く。いかにもデートな感じ。ちょっと歳の差があるけど大丈夫だろう。

 

 アートリスの中心部から少しだけ離れた場所、宿が沢山あって、観光や商売にもってこいの立地だ。路地も複雑で、小さな店が多いから隠れ家にも合ってるのかな。お姉様の家がある高級住宅街からは遠いけど、敢えて選んでるんだろう。マリシュカさんが集めた情報の精度は正確だから間違いない。

 

「誘導は何時も通りだね。ターニャちゃんは得意技で頑張りなさい」

 

 もう魔素を見てるから街の景色が一変してる。全く分からない訳じゃないけど、見え辛いのは当然だ。キューブ状の魔素は空中や人の周りを飛び回ってて、濃さや動きもマチマチだし。お姉様みたいに規則正しい美しさなんて全く存在しない。

 

 パルメさんは僕が迷わない様に肩を抱き寄せて道案内をしてくれてる。流石に緊張してるのか凄く力が入ってるみたい。まるでパルメさんと一つになったみたいだ。

 

「……居ました」

 

 覚えていたパターンと濃さだ。最近一番嗅ぎ回ってる奴、多分三十歳くらいで男性。魔素感知も偶にしてるから分かり易い。

 

「確かに見た顔ね。離れて行ってる。もしかして拠点に戻るのかも」

 

「かもしれません」

 

「どうする?」

 

「尾行しましょう。()()()()()()、もう距離を取っても大丈夫です。それに寝泊まりしてる宿が分かれば、お姉様にだって報告出来る。魔剣なら一網打尽ですから」

 

「凄いね……でも万が一の時は逃げる、いい?」

 

「はい」

 

 買い物したり、お店を冷やかしながら歩いてる。物資を補給してボスに届けるのかも。上手くすれば顔とか名前だって。

 

 いい感じ。

 

 向こうは全く気付いてない。お姉様が近くに居ないから警戒心も薄れているんだろう。僕やパルメさんから見たら優しくて綺麗な女性だけど、敵対してる者からしたら怖くて仕方無い筈だ。もしバレたら一瞬で距離が縮まり、瞬きした後は目の前に魔剣が立っている。あの美しさは逆に恐怖心を煽るに決まってるんだ。

 

「あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「ちょ、ちょっとだけ待って下さい」

 

 もう一度、しっかりと確認だ。

 

「お姉様?」

 

 艶々で真っ白なローブが全身を覆っている。男性か女性か分からないけど、踊る魔素がそっくりだ。凄く綺麗で、規則正しい。量は少ない気がするけど、自在に魔力を操るお姉様ならば不自然でもない。

 

 身長も近いし、何となく細身なのが見えた。

 

「大丈夫?」

 

 パルメさんが心配そうに聞いてくる。けど混乱した頭が動いてくれない。

 

 間違いなく今日は依頼で此処に居ない筈。リタさんからも聞いているし、お姉様が以前楽しそうに話していたのも覚えてる。男の子達に色々教える、つまり大好きらしい先生役だ。ジル先生と呼ぶと花のように笑顔が咲くからね。

 

 まさか、色々バレて僕達を探してる?

 

 でも……何か違う気がする。違和感があって、お姉様なのにお姉様じゃないと思ってしまう。魔素が見えない人だと何も理解出来ないだろう。でも、あんなに目立つローブ、パルメさんも周りの人達も見えないのかな?

 

 スイと角を曲がって姿が消えてしまった。我慢出来ずに僕は走り出し、パルメさんが慌てたのが分かったけど……御免なさい!

 

「すぐ戻ります!」

 

「ちょっとターニャちゃん!」

 

 追っていた男が振り返り、パルメさんを見た。だから僕を一瞬追って来れない。そして人混みに紛れて見えなくなった。大丈夫、角の先を見て来るだけだから!

 

 細い路地だ。

 

「お姉様も気付いて探ってる? ローブも正体を伏せる為? でもあんな真っ白なの見た事ない」

 

 洗濯もするけど、洗った記憶なんて無いし。

 

 曲がり角に身を隠し、そっと白ローブが消えた路地を覗き込む。初めて来た場所だ。

 

「いない……消えた?」

 

 どういう事だろう。一本道だし、あの先って行き止まりみたい。何だか嫌な予感がする。コレって定番の誘い出すタイプのヤツじゃ……パルメさんと合流した方が良いかな。

 

「あれは」

 

 気付いた。路地の真ん中あたり、水溜りがある。でもただの水溜りじゃない、魔素がいて、動きもさっきにそっくりだ。随分散ったみたいだけど間違いない。

 

 何かの仕掛け? 隠し扉とか。

 

「人は居ない……少しだけ」

 

 ゆっくり、警戒しながら、ソロリソロリと足音も殺す。勿論魔素も見ながら、僅かな変化も見逃さない様に。

 

「やっぱり水溜りだ。でも雨なんて降ってないし」

 

 建物同士の隙間から見えるのは青空で、窓から捨てた様子もない。やっぱり怪しいぞ。きっと仕掛けか暗号で……

 

 腰を屈めて、水溜りに指を触れようとした時だった。

 

 

 

 

「あらあら、随分と可愛らしい追跡者さんね」

 

 

 

 

 すぐ背後、触れ合うほどの近さから声がした。間違いなく女の人。僕にも分かるほどに艶やかで怪しい色気を振り撒いてる。耳に滑り込む様に入る声音は、ある種の快感を運んで来て鳥肌が立った。

 

 絶対に人なんて居なかったのに……すぐ耳元で囁かれて……

 

「ふふふ、困ったわ。どうしましょう」

 

 振り返りたい、でも振り返りたく無い。もし見たら、きっと目が離せなくなる。不思議だけど分かるんだ。

 

 清淑と妖艶、溢れ来る色気が耳をまた擽った。

 

「食べたりしないから、こっちを向いて? さあ」

 

 見ちゃ駄目だ。振り返っちゃダメなんだ。

 

 隙を見て逃げないと……

 

「駄目よ、私の水魔法を追跡出来たのは貴女だけ。逃げ出したりしたら泣いちゃうわ」

 

 そっと肩に置かれた手。細くて真っ白な指、磨かれた爪と煌びやかな指輪が二つ。一つは綺麗な水色の宝石が飾られていた。

 

 そんなつもりなんて無いのに……

 

 身体が勝手に動く……

 

 そして、振り返ってしまったその先には……

 

 

 

 

 

 

 



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☆女の子、謝る

ターニャ視点です


 

 

 

 

 その人を見た最初の印象は、夜空に浮かぶ月だろうか。

 

 ありきたりかもしれないけれど、真っ赤な薔薇でもいい。それとも篝火に照らされた夜桜?

 

 混乱する。予想通り目が離せなくて、形容する言葉を探した。でも……夜だったり、月だったり、可憐な花を咲かせる野花かと思えば、品種改良を重ねた大輪の薔薇にも思える。

 

 そんな女性(ひと)

 

 圧倒的で妖しいまでの存在感、年齢を重ねた色香が路地を別世界に変貌させた。淡い香水の香りが鼻を擽って、呼吸は止まって無かったと気付く。

 

「怖がらせたかしら? 大丈夫、さっきも言ったけど食べたりしないわ」

 

 声まで妖艶で、ユラユラ揺れる炎みたい。

 

 追っていた筈の白いローブ、頭だけは露出してるから分かった。

 

 輝く髪は白金。きっと長いだろうけど、複雑に編み込まれてる。彩るのは髪飾りか髪留めか、ティアラだと言われたら信じてしまうだろう。マリンブルーの瞳は透き通っていて吸い込まれそう。

 

「阻害してたのに、私に気付いた。幻影の水魔法は十八番だから吃驚したのよ? 凄く興味を唆られるのも仕方が無いでしょう?」

 

 年齢は多分だけど三十代後半、いや半ば? 印象がコロコロ変わるから分からない。

 

「貴女のお名前を教えて欲しいけれど、でも当てちゃおうかしら。可愛らしい追跡者さんだし、きっと名前だって素敵ね。うーん……ターニャ、ターニャなんて似合ってるし、どう?」

 

「わ、私、は……」

 

 唇が震えてる。おかしな話だけど恐怖は無い。

 

 だって、だって。

 

 目の前に立つ女性の顔……似てるなんてものじゃない。つい今朝だって見たし、毎日あの笑顔に癒されてる。誰よりも優しくて、誰よりも強い。今聞かれてる名前だって……そして何度も助けてくれたんだ。

 

 年齢だって違うし、声も瞳の色も違う。

 

 でも……

 

 ()()()()()()()()だ。

 

「御免なさいね。人の名前を聞いておいて、此方が名乗ってなかったわ。何だか嬉しくって」

 

 笑顔は何故か幼い。まるで悪戯に成功した子供。なのに逆らえない、勝てない、絶対に。そんな風に思ってしまった。

 

 

 

「シャルカ、私の名前はシャルカよ」

 

 

 

 そう名乗ったシャルカさんは、僕の頬をスルリと撫でた。

 

 ああ……何だかよく分からないけど。

 

 先に言っておきます。

 

「御免なさい、お姉様」

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫⁉︎」

 

 演技も忘れたパルメさんが駆け寄って来た。隣に立つ白ローブ、つまりシャルカさんを睨み付けて僕を背中に隠した。もう顔を隠してるから、お姉様そっくりだと気付かないみたい。いや、魔素が動いてるし水魔法って言うやつを使ってるのかも。それでも口元だけはチラリと見えて笑ったのが分かる。紅に彩られた唇が目に入るとゾクリとするのが怖い。

 

「何もしてないから安心しなさい。この後お話しするから貴女もどうかしら?」

 

「……ターニャちゃん?」

 

「えっと、何て言うか、多分大丈夫です。人目の少ない場所へ行きましょう。それと、お姉様の周りを調べていた理由も何となく分かりましたから」

 

「水魔法で全部誤魔化しても良いけど、ターニャさんみたいに見破る人が居るなんてね。だから、何処でもいいからついて行くわ。どうやら二人とも()()()()()()()()だし」

 

 意味が分からないパルメさんは交互に僕達を見る。だから僕も頷いた。

 

「パルメさん、何処か知りませんか? ゆっくり話が出来るところ」

 

「それは、幾つか思い付くけど……だ、大丈夫なの? ジルに報せた方が」

 

「ジル、ふふふ……素敵ね」

 

 まるで謎掛けだ。パルメさんには意味不明だろうけど。それに単純にお姉様に会わせる訳にはいかない。バンバルボア帝国や生まれ故郷の話は避けてたし、多分だけどシャルカさんが関係してる。だって……

 

「ターニャさん、何か気になる事でもあった?」

 

「い、いえ。何でもありません」

 

 やっぱり怖い。先回りされてるみたいで、全部筒抜けだって思ってしまうから。

 

「仕方ないか。じゃあこっちに」

 

 パルメさんの誘導で歩き出したけど……

 

「あ、あの」

 

「何かしら?」

 

「他の人は……?」

 

「あらあら、其処まで分かるのね。益々興味が湧いて来ちゃう。()()いると思う?」

 

「えっと、多分十五、いや十六人でしょうか。一人だけ凄く分かりにくいので、間違いだったらすいません」

 

「……凄い。本当に驚いた。あの娘まで見つけるなんて、私の国にもそうそう居ないわよ? でも御免なさいね。()()しても離れてくれないの。任務だとか、色々あるみたい」

 

 多分、いや間違い無く護衛の人達だ。シャルカさんは高貴な空気を隠してないから、別に驚いたりしないけど。でも、そうなるとお姉様は……うーん、やっぱり驚きは少ないな。寧ろ当たり前な気がするし。あの人からごく普通の一般人ですって言われても、誰も信じないよきっと。

 

 パルメさんもシャルカさんが普通の人じゃないと気付いて、緊張感を高めたみたい。聞こえて来た声からも分かる。

 

「じゃあ此方へ……その、他の人、は?」

 

「気にしないで大丈夫。でもそうね……キーラ、貴女はついて来なさい」

 

「はい、シャルカ様」

 

「わぁ⁉︎」

「うひゃ……」

 

 いきなり真横に人が立ったら誰でも驚くだろう。しかも、前触れなく、絶対に居なかった。慌てて確認すると僕と身長の変わらない小柄な女の人だった。所謂オカッパ頭かな。ブロンドが目に付く。撫で肩、垂れ目で何だか気弱そうな印象……町娘って雰囲気の濃い青色ワンピース。でも何となくメイド服っぽくもある。

 

「キーラ=スヴェトラと申します」

 

 エメラルドグリーンの瞳が伏せられて、控えめな空気が増す。

 

「ターニャ、です」

「パルメよ」

 

 何となく自己紹介。

 

「ターニャさんが言った十六人目よ。気になってしょうがないだろうから傍につかせましょう。それと、此れから話す事にこの娘も役に立つわ」

 

「は、はあ」

 

 キーラさんは異常なまでに気配が希薄だ。気配なんてお姉様じゃあるまいし判るわけないんだけど、此処まで薄くて目の前に立ってると逆に理解してしまう。其れに……魔素まで薄い? 初めて見るタイプの人だ。伏せた瞳が僕を見た後、ボソボソと話した。

 

「ターニャお嬢様、人を見るときは反対に見られる覚悟を持つべきです」

 

 気になるポイントが多いな……魔素が見えるのを知ってる筈ないけど。

 

「あの……お嬢様って。私には似合いませんし、普通にターニャと」

 

 するとキーラさんはコテリと首を傾げて答えた。

 

「そうは参りません」

 

 何だか融通の効かない感じ。テクテクと歩きながらの会話だし余り広がらないな。あとシャルカさんが観察してる気がして落ち着かない。ローブに隠れて目線なんて分からないけど、そんな気がする。

 

 誘導してるパルメさんだっていつもみたいに明るい雰囲気が消えちゃってる。多分シャルカさんの持つ空気感に当てられたんだ。

 

 結局、喫茶店らしいお店に入るまで会話は弾まなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 ()()のティーカップからユラユラと湯気が上がり、花を思わせる香りが辺りに漂ってる。

 

「えっと、キーラさんは飲まないのかしら? それに立ったままだし」

 

 僕も気になるけど、何となく理由が分かる。

 

「シャルカ様と同じ席に着くなど有り得ません」

 

「そ、そう」

 

 もう隠す気もないのか、言外にシャルカさんが普通の人じゃないと言ってる。僕も緊張してるけど、パルメさんだって体に力が入った。 

 

「キーラ、周りはどうかしら?」

 

「暫くお待ち下さい」

 

 シャルカさんの問い掛けにキーラさんが瞼を閉じた。何となく予感がして集中する。するとやっぱり魔素感知を行い、合わせて意味不明な動きをしてる魔素たちも。何だろ……妨害かなきっと。

 

「此方を伺う者はおりません。会話も同じく大丈夫です。異常を感知した場合は直ぐにお知らせ致します」

 

 所謂喫茶店だけど、席が半個室になっている。窓も灯りも少ないから薄暗い。その分雰囲気があって格好良いかも。隠れ家っぽいし。

 

「ありがとう」

 

 そしてシャルカさんはローブから顔を出した。さっきも見たけど、それでも目を奪われる。勿論お姉様に似てるのもあるけど、魂を掴まれた様に思うから。太陽の様に笑うお姉様と違って、シャルカさんは夜に輝く月だ。何よりもその美貌に合った色気が凄いし、何だかお腹がムズムズする。

 

「あ、え? ジル⁉︎」

 

 その動揺凄く分かります、パルメさん。

 

「私の名前はシャルカよ、パルメの店の店長さん? その男装、似合ってるわね。アートリスでも人気だから当然かしら」

 

 さっき当てた僕の名前も、パルメさんの事も、全部知ってる。シャルカさんはそう言ってるのかな。ちょっと怖い。

 

「つまり貴女は……いえ、シャルカ様はジルの……」

 

「敬称は必要ないわ。勿論ターニャさんもね。此処はバンバルボアでは無いし、本国から正式に訪れた訳でもない。だから今はただのシャルカよ? このキーラだけは例外だけど……何度言っても分かってくれないのだから」

 

「当然です」

 

 キーラさんをジト目で見たシャルカさん。その横顔を目にしたとき、ストンと心に納得感が落ちた。無邪気な空気、悪戯好きな遊び心、他人を思い遣る優しさ。唯一の違いは自分の美をしっかりと自覚して使い分けてるところかな。それ以外はそのままお姉様が受け継いだんだ、きっと。

 

「パルメさん、ターニャさん、まずは御礼を言わせて下さいね。大切に想ってくれて、母親としてこんなに嬉しい事はないわ。()()()馬鹿娘のお世話、ありがとう」

 

 本当に、のところに力が入ってます。否定が難しいのはお姉様だから仕方無い。お世話とか言ってるし。でもやっぱりお母様か……

 

「ジルのお母様……は、初めまして。それにお世話なんて、私も幸せを沢山貰ってますから。ね? ターニャちゃん」

 

「はい。何度も何度も助けて貰いました。お姉様は本当に……あっ、す、すいません」

 

 人の娘に赤の他人が姉呼ばわりなんて拙いよね。ましてや、やんごとなき人なら尚更だよ。

 

「あらあら、気にしなくて良いのよターニャさん。キーラもそう思うでしょう?」

 

「はい。お姫さま(おひーさま)が愛するお二人は正に姉妹。パルメ様が姉、ターニャお嬢様が妹。素敵です」

 

「「オヒーサマ?」」

 

 変わった呼び名だな。其れにジルヴァーナと何一つ被ってない。その僕達の疑問にキーラさんはシャルカさんを見る。

 

「二人には全部話しましょう。此れからの事にも協力して貰いたいから」

 

「それでは(わたくし)から」

 

 バンバルボア帝国の貴族の娘ってとこだよね、きっと。

 

「此方に座すは、バンバルボア帝国第四皇妃のシャルカ=バンバルボア様で御座います」

 

 違ったし……

 

「コウキ……」

 

「はい。このツェツエで言えば王妃が近いと思います。そして、シャルカ皇妃陛下の大切な一人娘で在らせられる、お姫さま(おひーさま)……失礼しました、ジルヴァーナ皇女殿下を捕獲、いえ探して此方に」

 

「陛下、皇女殿下……」

 

 ……まだ冷静になれない。つまりお姉様は貴族どころか本当のお姫様? あ、オヒーサマってお姫様のことか。でも何だろう……余り驚いてない自分がいる。パルメさんだって一緒だと思うし。

 

 お姫様、いや皇女殿下か。それに皇后って言わないんだな……バンバルボアの特別な呼び方か意味があるのかも。

 

「この話は此処だけね。さっきも言ったでしょ? だから敬称も、態度も変えないでくれる? ツェツエに迷惑を掛けたくないし、本国にも今は見つかりたく無いの。此れはジルヴァーナの為でもあるのよ?」

 

「えぇ……?」

 

 やっぱり親娘だ、この人たち!

 

 そんな立場の人がバンバルボアにもツェツエにも内緒で来てるって無茶苦茶だよ! 

 

 楽しそうに笑うシャルカさん、ずっと真面目な顔のキーラさん。いやいや、二人しておかしいから!

 

 でも、お姫様の立場を捨てて冒険者になるなんて……やっぱりお姉様はお姉様なんだなぁ。

 

 僕とパルメさんは目を合わせ、そして小さな溜息を吐くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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☆女の子、覚悟を決める

ターニャ視点です


 

 

 落ち着こう。

 

 僕の目的は、お姉様を困らせる存在を見極める事だった筈だ。目の前のシャルカさんは間違いなくあの人の母親。そっくりだし、偶に見せる無邪気な笑顔なんて嘘みたいに似てる。怖気を覚える程の妖しい色気だけは違うけど。

 

 でも……

 

 お姉様は故郷、つまりバンバルボア帝国の事を伏せていた。元々自分の事を話す人じゃないけど、特に過去は内緒にしてる。つまり、知られなくない事情があるか、逃げたい理由があるんだ。

 

 ましてや皇女なんていう高貴な立場を捨てて。

 

 シャルカさんの常識外れな美貌を映し、魔剣と呼ばれる超級冒険者でもある。普通に考えて、誰であろうとも利用したくて仕方無い筈だ。戦力としても、政略の重要な駒としても。

 

 しかも、バンバルボアは()()だ。

 

 僕の乏しい知識と記憶だけど、基本的に軍事力による版図拡大を是とする国だった。権力の集中した皇帝が居て、領土拡大を目論む、正直イメージは悪い。お姉様の人に対する優しさは度を超えているから、そんなバンバルボアを嫌って逃げたとしたら……

 

 誰も寄せ付けない圧倒的な力は、身を守る為に必要だった……そう考えれば辻褄が合うんだ。シャルカさんは悪い人じゃないかもしれない。でも皇帝の命令に逆らう事なんて出来ない、皇帝の妃なんだから。

 

 それなら、僕はお姉様の為に戦う。帝国も、皇女も、関係ない。

 

「ターニャさん。貴女、凄いわね。ちょっと考えを改めないと駄目かも」

 

 頭の中で沢山の事を考えていたら、シャルカさんの声がスルリと耳に入る。マリンブルーの瞳を見たとき、全ての思考を読まれてる気がして鳥肌が立った。言葉の意味だって……

 

「……えっと、どういう意味でしょう?」

 

 何も知らない女の子を演ずるんだ。出来るだけ情報を集めて、早くお姉様に伝える。本気の魔力強化だったら誰も追い付けない筈だ。それしかない。

 

「私達の、バンバルボアの話を信じて、そして余り驚いていない。寧ろ何かを察してる。可愛らしい女の子なのに冷静さを失ってない事もそうだし、此方を探ってるのね。さっきも言ったけれど、凄く興味を惹かれる。貴女、何者?」

 

 駄目だ、見透かされてる。でも負けられない。

 

「……怖い、です」

 

「何がかしら?」

 

「初めて会ったのに、心も視線だってシャルカさんに惹かれていく。声も瞳の色にも、全てを捧げたい気持ちが湧き上がるんです。きっとその方が楽で、幸せかもしれません。だから、怖い。すいません」

 

 失礼な物言い。でも、其れがシャルカさんだ。お姉様とは違う。目の前にある常識を超えた美貌に微笑が浮かんだ。

 

「キーラ、どう思う?」

 

「はい。失礼ながら……油断ならない方ですね。そして、素晴らしいと思います」

 

「ふふ、そうね。こういう子は敵に回したら厄介よ? どうしましょうか」

 

 敵と言う言葉が出て、パルメさんが少し腰を上げた。僕の手を握り、いつでも連れて逃げるつもりだろう。その温かな手を感じて、ホッとした。

 

「勿論協力して頂きましょう。お姫さま(おひーさま)を捕らえる為に」

 

 更に強くギュッと握られた手。パルメさんの横顔は強張ってる。

 

「キーラさん。捕らえるって、まるで悪い事をしたみたいに言わないで下さい。あの娘は、ジルは誰よりも優しくて沢山の人々を助けて来たんです。このアートリスだけではありません。ツェツエの、皆が愛する……」

 

 きっと怖いんだろう。震えながら、それでもパルメさんは声を上げる。

 

「シャルカ様。如何ですか?」

 

「んー、どうやら私の負けね。キーラの報告通りと認めましょう! パルメさん、ターニャさん、貴女達最高ね!」

 

 あ、あれ?

 

 何だか空気が軽くなった。キーラさんも分かり辛いけど嬉しそうに笑ってるし、シャルカさんなんてお姉様みたいに優しい感じで……

 

「……どういう事でしょう?」

 

 パルメさんの疑問も当然だよ。

 

「どうもこうも、母親として娘に素敵なお友達が居たら嬉しいに決まってるじゃない! あんな変わり者のジルヴァーナがこんな素敵な人達に愛されてるなんて……涙が出ちゃう」

 

 つまり、探っていたのはお互い様って事?

 

 出ていない涙を拭くキーラさん……遊んでるな、この人たち。

 

「あの……」

 

「ジルヴァーナがどれだけ親不孝な娘か聞いてくれる? 全部話しちゃう」

 

「は、はあ」

 

「十四歳の誕生日を祝った翌日、行方不明になったの。まあ何時もの事かと全員笑ってたんだけど」

 

「何時もの……?」

 

「そうよ? ほぼ毎日のように城から抜け出して、怪我して帰って来るし、泥だらけなんて当たり前。小さな頃から魔法の才能があったから見つけ出すのも一苦労だった。被害者の会が前身だったジルヴァーナ捜索隊が本格的に組織されたんだけど、予算が全然足りなくなって。ほら、逃亡中に色々壊すじゃない?」

 

 お姉様……何やってるの?

 

「犠牲者は沢山いるけど……例えばキーラなんて普通の娘だったのよ? でも日々ジルヴァーナを捜索し、或いは捕獲する為に嫌でも技術が磨かれてね。気付いたら気配察知と遮断で一流になっちゃった。お世話係で城に来たのに」

 

「私はお姫さま(おひーさま)のお側に仕えた、いえ仕える幸福に感謝しておりますが……」

 

「……オマケにこんなになっちゃうし」

 

「あの日、私が目を離した隙に……今でも悔しく思ってます」

 

「私も一緒よ? それから八年も姿を消して、偶に手紙を送ってくるんだけど……見てくれる?」

 

 綺麗なリボンで纏められた便箋を渡された。年月が経っているのか何枚か色が付いてしまってる。でも皺一つ、折れ目だって無いから大切に保管してたんだろう。まるで宝物だ。何となくお姉様は愛されているって分かってしまった。

 

 でも、いいのかな? パルメさんも同じ事を考えたのか目が合った。

 

「私達が見ても良いのですか? 皇女殿下からの御手紙だと」

 

「見たら分かるわ。ジルヴァーナって娘が」

 

 全部で七枚。

 

「……拝見します」

 

「一番上が八年前ね。あの子が居なくなった時の置き手紙」

 

 封筒から取り出した手紙は予想と違って一枚だけ。三つ折りを丁寧に開き、パルメさんと二人で覗き込んだ。

 

「……旅人になります。探さないで下さい。それと、キーラの下着一式を貰って行きます、記念に。変態な泥棒に盗られた訳じゃないので安心して下さい……ジルヴァーナ」

 

 ……終わり? これだけ? 裏も真っ白だな。

 

「旅人って何? いやそれよりも、下着を貰って行くって意味が分からないんだけど……記念って……下着泥棒そのものだよね、これ」

 

「えっと……ですね。とりあえず続きを読みましょう」

 

 何だろう……少し腹が立って来たんだけど。

 

 二枚目ーーー何だか胸が大きくなりました。お母様に感謝してます。探さないで下さい。

 

 三枚目ーーー魔王って本当に居るんですね。それと、探さないで下さい。

 

 多分魔王陛下のスーヴェイン?さんと会った後かな。でもそうなると、バンバルボアを離れて約二年の間に出した報せは二枚の手紙だけってこと? 

 

 四枚目ーーー凄い素敵な宿に泊まったよ。でもお風呂に沢山のおばさまが居て疲れました。キーラと二人で入るお風呂が懐かしいです。

 

 これ、ツェルセンの双竜の憩だ。昔からお風呂お風呂って言ってたんだな。大体文章が日記にしか思えないけど、もしかして……

 

「キーラさん、着せ替えさせられました?」

 

「はい、毎日の日課です」

 

「やっぱり」

 

 五枚目ーーー出世しました。探さないで下さい。

 

 超級になった頃かな、きっと。

 

 六枚目ーーー最近お母様に似過ぎでちょっとヤバいです。背徳感。

 

「背徳感って何⁉︎」

 

 パルメさんが小さく叫ぶ。分かる、何してるんだあの人は……

 

「パルメさん、分かってくれる? ジルヴァーナってちょっと変わってて……其れと、手紙の出所が分からない様に小細工してたから、まさか別大陸に来てるなんて思わないでしょう?」

 

「ですね」

 

 警戒心が消えて同情心の篭った返事。僕も同意します。

 

「次が最後で最近届いたの。実際に手紙を出したのは随分前だろうけど」

 

 七枚目ーーー運命の人に出会いました。可愛い。探さないで下さい。

 

「……」

 

 普通ならツェイス殿下と思うけど、時期的に合わない。そもそも可愛いとか有り得ないし。ちょこちょこ探さないで下さいって入るのイラッとするけど。でもまさか……

 

「コレってターニャちゃんだよね? 時期的にもそうだし、可愛いって口癖みたいに言ってるから」

 

「で、ですかね?」

 

「あらあら、運命の人ってターニャさんなの? 確かに可愛らしいものね」

 

「多分間違いないです。凄くベッタリだし、ちょっと度を超えてるって言えばいいか……お風呂とかお着替えとか。最近も下着を買い揃えるのにターニャちゃんの……」

 

「パルメさん、其れは話さなくて良いです」

 

 色々と思い出すのでやめて下さい。それとキーラさんが親の仇を見る様に睨んでくるのが怖い。さっきまで無表情だったよね、間違いなく。

 

「ターニャお嬢様、後で詳しく話を聞かせて貰えますか?」

 

「は、はい」

 

 僕、何も悪く無いのに……

 

「相変わらずね、あの子」

 

「相変わらず? 驚いてませんね」

 

 普通運命の人とか現れたら母親として気になるだろうけど。シャルカさんは思い出してるのか、宙空を眺めてる。

 

「小さな頃から変わってないわ。ジルヴァーナ捜索隊を選抜するとき、男性は候補から外したの。好みの娘だとフラフラ寄って来る可能性もあるし、何より怪我とか絶対にさせないから。撒き餌もその内に効かなくなったけれど暫くは効果があったのよ? キーラなんてその一人だもの」

 

 イカ釣り漁船の光に寄って来る烏賊かな?

 

「じゃあジルって、あ、皇女殿下は昔から……」

 

「ジルで良いのよ、パルメさん。そうね、それこそ小さな赤子の頃から女性に目が無かった。抱っこさせてくれるのも私以外だと侍女や世話係くらいだったから。男性が触ると火がついた様に泣いたわ」

 

 しみじみと思うのか、遠い目ってコレだなきっと。

 

「お姉様が逃げ出した理由に思い当たる事はあるんでしょうか?」

 

 酷く力が抜ける手紙だったけど、大事なのはお姉様の気持ちだ。これだけは譲れない。

 

「あるわ」

 

 妙にはっきりとシャルカさんが返した。

 

「何故家出を?」

 

 瞬間張り詰めた。

 

 緩やかな空気を纏っていたシャルカさんだったけど、変わった。いや、戻ったんだ。バンバルボア帝国第四皇妃のシャルカ=バンバルボアに。

 

「其れはバンバルボアの根幹に関わること。我が帝国の勃興に深く連なる皇族の存在意義です。其れを聞く覚悟がありますか? あの子、ジルヴァーナに別の道は有りません。非常に稀少で、特別な水色の瞳を持って生まれたならば……帝国の開祖、初代皇帝陛下より受け継ぐ責務を全うする。皇女ジルヴァーナ=バンバルボアに課せられた運命なのです」

 

 その存在感に圧倒された。大陸を代表する国の皇妃の一人、シャルカさんに。真剣な眼差しを真っ直ぐ見ることが怖くて思わず俯く。でもその時、今朝も見たお姉様の顔が浮かんだ。パルメさんを男と間違えて心配そうに仕事に向かったお姉様を。

 

 笑顔も、赤ら顔も、プルプル震える姿だって。

 

 僕の名はターニャ。

 

 前の世界なんて関係ない。

 

 超級冒険者、魔剣のジル。その人の妹なんだから。

 

 ゆっくりと顔を上げて、シャルカさんのマリンブルーの瞳を見る。今度は逃げたりしない。

 

 そして、シャルカさんは笑った。

 

「いいでしょう。パルメさんも良いのね?」

 

「はい、シャルカ皇妃陛下」

 

 良い人に恵まれましたね、ジルヴァーナ。そう小さく呟いて、母としての声を紡いだ。

 

「もうすぐ、あの子が帰ってくるわ。このまま待ちましょう。大切な二人が居ないと知れば、放っておいても此処に辿り着く。今のジルヴァーナは皇女の一人ではなく、超級冒険者の魔剣なんですから。キーラ、隠れていなさい」

 

「はい、シャルカ様」

 

 キーラさんの気配が薄くなると、瞬きした瞬間に消えた。姿ごと。

 

「さてと……お二人の事をもっと知りたいわ。ジルヴァーナのことは合流してからね」

 

 白ローブで顔を隠すと、もう唇や顎のラインしか見えなくなる。

 

 魔素も再び踊り出して、ボヤけて行った。

 

 

 

 

 




次回からジル視点に戻ります


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お姉様、飛び降りる

 

 

 

 

 冒険者ギルドに指定された小屋の中、結構楽しい時間を過ごす事が出来た。子供達に色々教える寺子屋みたいな感じかな。内容は冒険者と言っても魔法とかより一般常識が多い。計算や読み書きも学ぶからね。

 

 今日の依頼は、その先生役だ。

 

 そう! ジル先生再び、なのだ!

 

 

「分かりましたか〜?」

 

「「「はーい!」」」

 

 元の世界で言う小学一年生から四年生くらいの男の子達が元気よく返事をしてくれた。この頃の子供達は男女に関係なく可愛い。笑顔が眩しくてこっちまで幸せな気持ちにさせてくれるのだ。なんであんなに瞳が綺麗なんだろう。

 

 高学年から中学生くらいだと生意気な野郎が現れ始めるし反抗期とか面倒そう。経験あり。

 

 何よりエロに目覚めるから、俺みたいな超絶美人だと将来に禍根を残すだろう。変な趣味に目覚めたりしたら大変だ。そう、例えばクロみたいに。その辺はリタも分かってるのか、年齢層に気を配ってくれてる。

 

「ジルせんせーい」

 

「何かな〜?」

 

「次の授業はあるの?」

 

「んー、あるにはあるけど、私が先生とは限らないかな。ほら、さっき教えたギルドが決めるからね」

 

「「「ええー⁉︎ ジル先生がいい‼︎」」

 

 うむ、可愛い! それに、やっぱり先生って楽しいな!

 

「そっかぁ。私も皆んなにまた会いたいから、お願いはしておくね。でも、他の先生達も楽しい人ばかりだよ? 格好良い先生も、凄く頭の良い先生だっているんだから」

 

「そうかなー?」

 

「そうそう。うーん、そうだ! 授業は終わったけど、まだ少し時間あるし……何かお話する?」

 

 冒険者は危険な仕事だから強くお勧めはしていない。他にも沢山あるし、才能(タレント)の有無で左右されやすい理不尽さもあるからね。でも、男の子なら気になるだろう。剣とか魔法とか! 勿論経験あり。

 

「お話?」

 

「何か質問とか、なんでもいいよ」

 

「何でも? いいの?」

 

「大丈夫、約束する」

 

 魔法見せてとか、冒険談とか、やっぱ見たり聞いたりしたいじゃん? わーいと嬉しそうにすると、皆が集まりコショコショと内緒話を始めたようだ。意見を集めてるのかな? そんな仕草も可愛いな。

 

 どうやら一番の年長者であるミトくんが質問する様だ。結構頭が良くて、クラスに一人はいた秀才タイプだね。綺麗な顔してるし将来イケメンになりそう。

 

「最初の質問です」

 

 キリリと引き締めた顔、なかなか決まってます。

 

「はい、どうぞ」

 

 負けない様に、格好良く答えるぞ!

 

「彼氏はいますか?」

 

 ん? いやいや、餓鬼んちょがそんな訳……

 

「ごめん、もう一回お願い出来るかな?」

 

「彼氏はいますか?」

 

「……えっと」

 

「さっき何でも質問して良いって言いました」

 

 言ったけども! 魔法とか剣とか、どこにいったん?

 

「い、いないかな」

 

 すると、再び集まりコソコソと話し合いが始まる。おかしい……さっきまでの可愛い感じが消えてないか?

 

「では次の質問です」

 

「うん」

 

「オッパイは沢山揉んだり、触ったりすると大きくなるってパパが言ってました。先生の胸が大きいのはやっぱり沢山モミモミされたからですか?」

 

 パパさーん! 何を教えてるのかな⁉︎

 

「こ、此れは、先生のお母さんと似たからだと思います」

 

 無難な返しだが嘘じゃないぞ! お母様はバンバルボアの女神として有名だし。中身は別だけど!

 

 ホントにー?って疑う様な視線やめてくれるかな?

 

「じゃあ、王子様の女って聞いてますが事実ですか?」

 

「……」

 

 その女って言い方、おかしくない⁉︎ コイツら思い切りマセたエロガキばっかりじゃねーか! さっきまでのほのぼの感を返してくれ! 大体小さな子もいるのに……いや、全員キラキラした目で見てますね。しかもグヘヘと聞こえて来そうな。

 

「な、内緒で」

 

 とにかくイエスともノーとも答えては駄目なやつだ。何とか逃げないと……

 

「街で噂が流れています。超級冒険者魔剣のジル、実はキスすらした事がない初心な女性だと。まさか、処女……」

 

「わー‼︎ もうこんな時間だー! 先生次の用事があるから行かないと!」

 

「あっ、逃げたぞ! 追うんだ!」

「待てー!」

「せめてオッパイ触らせて!」

「僕はお尻がいい!」

「よく分からないけど、待ってぇ!」

 

 背後からとんでもない台詞が聞こえて背筋が凍った。最後の子だけがオアシスだよ、うん。その純粋な心を忘れないで……

 

 おかしいぞ、俺が小学生の時ってあんなじゃなかったよな? テレビのヒーローとかアニメに興奮して、将来はサッカー選手になる!みたいな……いや、運動神経が壊滅的だったから無理だったけど。それともアートリスの餓鬼共が特別なんだろうか。そう願いたい、切実に。

 

「うぅ、先生って大変なんだな……」

 

 俺を見失ったエロガキ達を見送りながら、先生の苦労が分かった気がした日でした、まる。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「ターニャちゃん?」

 

 仕事が早めに終わったからリタに報告して急いで帰って来た。この時間なら大体御飯の良い匂いがしたり、お庭でハーブを摘んだりしてる筈なんだけど……

 

 因みにエロガキのことを相談したら、真面目に相手するからだよと呆れられた。解せない。

 

「ターニャちゃん、帰ったよー?」

 

 こっちにも居ない。あ、ももももしかしてお風呂かな⁉︎ た、大変だ、急いで確認しないと!

 

「……いないか」

 

 残念じゃないよ? ホントだよ?

 

 でも、おかしいな……

 

「まさか……」

 

 可愛い服を着て街を歩くターニャちゃんの姿が思い浮かぶ。まだ確証は無かったけど、年上で銀髪の男と一緒だったらしい。それに最近何か言ってたよな、確か会長の許可が無いと駄目とか……悪い人じゃないって聞いたけど、そんなの分からないし。あんな可愛い娘を前にしたら大抵の男は堕ちるはずだ。当然此れも経験済み。しかも頭だって良くて、料理も家事もプロ級。性格は一見冷たい感じだけど、本当は優しくて可愛い一面もある。つまり、最高なのだ。元の世界の俺ならば緊張して喋れないし、そもそも近づく事だって不可能です。遠くから指を咥えて眺めるのが精々だよね。

 

「大変だ……ど、どうしよう」

 

 もし、もし誰かと付き合ったりしてたら……至高の美少女がモテない訳がないのに、考えて無かった。

 

「いやいや落ち着け。ターニャちゃんはそんな子じゃない。内緒でなんておかしいだろう? 今朝だって信じてって言ってた、きっと大丈夫」

 

 そうだ、パルメさんの店に行ってて話し込んでるとか? まだ少し時間が早いから俺が帰ったこと知らないよね。あとマリシュカさんの井戸端会議から脱出不可能になってるのかも! 

 

「迎えに行こっと」

 

 まだ魔力銀の服のままだけど構わないか。先生役だったから余り派手な感じじゃないし。

 

 一応鏡で確認してと。

 

 コンセプトは山ガールかな。ツルツルした質感のジャケットはツートンのウインドブレーカー。厚手のレギンスの上に濃い緑のショートパンツを合わせた。これで大きめのリュックでも背負えば近いかも。まあ全部がそう見えるだけの擬き(もどき)だけどね。

 

「先ずはマリシュカさんのとこに行ってみよ」

 

 何となく魔力強化したのは偶然です。

 

 

 

 

 

 

「ターニャかい? 来てないねぇ」

 

「そうですか……」

 

 じゃあやっぱりパルメさんかな。

 

「何だい、ターニャが姉馬鹿に嫌気がさして家出でもしたのかい?」

 

「そ、そそんな訳ないですよ」

 

 変な冗談はやめてくれぇ……冗談だよね?

 

「まだ夕方じゃないか。あの子だってやりたい事や会いたい人もいるだろうさ。あんまり縛り付けるもんじゃないよ」

 

 ヤリたい事⁉︎ 会いたい人だって⁉︎

 

「マリシュカさん!」

 

「デカい声出すんじゃないよ!」

 

「そんな事より最近聞いたんですけど! ターニャちゃんが可愛い服を着て」

 

「アンタが無理矢理着せてる服の事かい?」

 

「そうじゃなくて……ん、無理矢理? え、ターニャちゃん嫌なの? うぅ、今はそれよりも……年上の男性と歩いてたって本当なんですか⁉︎」

 

 アートリス最高の情報機関、マリシュカならば知っている筈だ。

 

「……ああ、変装したパル……じゃなくって。確かに聞いた事あるけど、悪い奴じゃないさ。そこは安心おしって、ジル! 何処に行くんだい⁉︎」

 

 大変だ!

 

 とにかくパルメさんの店に……!

 

 ぶつかったら危ないから建物の屋根に上がる。そのまま魔力強化を全開にしたら数分も掛からず到着だ。屋根を使わせて貰って御免なさい!

 

「パルメさん!」

 

「あ、ジルさん、いらっしゃい」

 

 何回か見たアルバイトの人が店内に居た。名前は覚えてないけど……

 

「あの、パルメさん居ますか? それとターニャちゃんは……」

 

「それがもう時間が過ぎてるのに店長が帰って来ないんですよー。まあ偶にある事だから心配は……あれ? ジルさん?」

 

 パルメさんも居ない? 何かおかしいぞ。

 

 思い出せ。ターニャちゃんと朝に話をした筈だ。

 

 

 私だって何も考えずにやってる訳じゃ

 色々と手伝って貰って

 凄く良い人

 私を信用して下さい、大丈夫ですから

 

 

 そんな風に言ってた。考えてみればデートの話と思えない。何かをしようとしてる? もしかして……そもそもの不安はあの不穏な視線だろう? 魔素感知から逃れる腕を持つ誰かがターニャちゃんに近づいたなら……それにパルメさんだって巻き込まれたかも。

 

「誰かがターニャちゃん達を……」

 

 アーレに続いて悪い奴が現れたのか?

 

 そんな奴がいたら、絶対に許せない。

 

 気付くと、いつの間にか再び高い建物の上に立っていた。しかも全力で、精細な魔素感知も終えている。魔力に敏感な人が居たら何かを感じただろうけど、今は許して欲しい。

 

「……あっち」

 

 此処からは随分離れているけど、おかしな反応がある。

 

「此れは……妨害か? ボヤけてるし、周りにも変な奴が居る。多分組織的な連中……アートリスの正規軍じゃ絶対に無い。囲んでる、多分だけど」

 

 あの感じ、かなり上等な妨害の魔法だ。俺も使うから分かる。昔ルオパシャちゃんに使った時より更に強力だな。認識阻害、いや看破阻止? 何にしても、街中で普通の人が使う技術じゃない。つまり犯罪者の可能性がある。焦ったな……さっきの魔素感知、気付かれたかも。急がないと……

 

「確証は無いけど……近くに行けば分かる。パターンはしっかり覚えてるから」

 

 虱潰しにして見つけ出すんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「いた」

 

 三人。

 

 間違いない。一人はターニャちゃんだ。他は誰だろう? 隣はパルメさんかな……最後の一人が魔法を使ってる。此れは相当な奴だな。魔力の澄み具合が桁違いだし、何よりも操作が尋常じゃない。随分近くに来たのに分からないなんて。あんな奴がアートリスに居るって聞いた事ないぞ。魔狂いでもあるまいし。

 

 俺も新型の隠蔽魔法を使ってるから、周りに居る不審者達には気付かれた様子はないな。

 

 遥か下、視界にはアートリスの街中がある。丁度近くに高い物見の塔があった。小さな屋根の上、その天辺に立って観察すれば大体の陣容が分かる。一人ずつ倒して行くのが常套手段だけど、あの凄腕なら気付かれる可能性が高い。二人を人質に取られたら目も当てられないな。

 

「……13、14、15人か。全員がかなりの腕。気配を断つのも上手い。範囲が広いし相手にするのも面倒」

 

 それなら答えは一つ。

 

「あの凄腕を一気にやっつけて二人を守ればいい。あの喫茶店は死角も多かった筈だし、まさか大騒ぎなんて出来ないだろう。直ぐにツェツエの、アートリスの人達が駆け付けるからな」

 

 魔力強化で一気に近づく。きっと直ぐには気付かない。

 

「ルートは……」

 

 念の為にルートも慎重に選んでおこう。万が一の可能性も許せないから。

 

「よし、行くか」

 

 塔からフワリと身体を踊らせると、風を切る音と共に地面が迫る。着地する頃には魔力強化も終えた。

 

 

 

 

 

 

 




次回、いよいよご対面


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お姉様、捕獲される

 

 

 

 

 

 

 グングンと迫る地面は硬い石畳。アートリスは雑多な街だけど、交通に関する整備は思いのほか進んでいて、平坦な道はその代表格だ。人口も多いから当然なのかも。このまま着地も可能だけど、音も凄いだろし、折角の石畳を壊したくない。だから魔法を使う。

 

 着地点を中心に風魔法を行使。直ぐに発動した力は俺の身体を包み押し上げる。それに身を任せると、緩やかに足を降ろした。当然に物音などしない。

 

 観客は居ないけど、もし近くで見ていたら目を奪われた筈。だって、長い髪を揺らしながら、超絶美人がフワリと舞い降りたのだから。我ながら決まった、ムフ。

 

 しかし随分と薄暗くなって来たな。でも人通りが全くないわけじゃない。路地裏に降りた俺に気付いた人はいないようだけどね。スタスタと通り側に向かうと、再び探りを入れる。探偵みたく角に身を寄せてチラリとチェック。

 

「誰にも見つからないのは無理か」

 

 目的地までに見張りらしき男が二人。他のルートよりはマシだけど。位置を再確認すると堂々と通りに出てゆっくりと歩く。当たり前に一人目が気付き、目を剥いたのが分かった。その瞬間に全力の魔力強化で移動! 目を凝らしたタイミングに合わせて高速移動した事で、案の定こちらを見失った。

 

 ()()()()、キョロキョロと通りを見る男を観察する。多分確かにいた筈だとか、気の所為かとか、思ってるに違いない。気の所為じゃないよ、通りにもう居ないだけで。

 

 ごく普通だ、服装は。

 

 でも魔力も十分感じるし、何より鍛えた身体は隠せない。剣を握り慣れた手、大きな広背筋、いつでも体重移動が出来るよう軽く開いた両脚。間違いなく戦う者だ。

 

「こっちよ」

 

 後ろから聞こえた俺の声に驚き、慌てて振り向いた。でも何で嬉しそうな顔なんだ……?

 

「ジ、ジル……」

 

「おやすみなさい」

 

 絶妙な魔力強化をそのままに顎を拳で撃ち抜く。強過ぎると顎が外れて大変なのだ。意識を飛ばした男を抱き止めて、傍の椅子に腰掛けさせれば終わりだ。尋問しても良いけど、其れは後でいい。ターニャちゃん達を助けるのが先決だからね。

 

「名前を知ってた。此れは悪者で決定だ」

 

 しかし、やっぱり幸せそうな表情なんですが……変なの。

 

「さて、あと1人」

 

 ベランダで目的地側を警戒しているから、こっちを見ていない。まあ分かって倒す順番決めてるから当然だ。彼処なら人の目もないし、誤魔化しも要らないな。

 

 トントンと足元をチェック。ふむふむ、強度は十分。鈍い音を置き去りにして、一気に宙を舞う。アートリスの街を下に見ながら、同時に悪者二号の真上に飛んだのだ。一度空中に止まると、自由落下に入った。夜風が気持ち良い。

 

 ストンと後ろ側に着地すると、グルリと首に腕を回す。やっぱり絶妙な魔力強化で力を込めると頚動脈が締まり、一気に顔が赤くなった。

 

「だから何で嬉しそうなんだ……」

 

 かなり苦しい筈なんだが、悪者二号も幸せそうに気を失った。まあ超絶美人のオッパイを背中に感じてたからかも。体勢から仕方ないけど、身体を押し付けてたし。

 

「ん? コイツ何か見た事あるような……」

 

 涎を垂らしながら倒れてる悪者二号、記憶に引っかかるなぁ。誰だっけ? 随分昔に見た気がする。

 

「……ダメ、思い出せない。何処かで会った冒険者とか? うーむ……」

 

 ふむ、全部あとあと!

 

 悪者ボスを倒して、お姫様二人を抱き締めるのだ!

 

 至高の美少女、その双璧の一人ターニャちゃん。もちろん双璧のもう一人はリュドミラちゃんだよ? そして最近髪を切って格好可愛い綺麗なお姉さんのパルメさん。何だか甘えたくなるよね、うん。

 

 歳下も歳上も、ギュッとしたら最高だろう。いや、危ないところを助け出した俺に抱き着いてきてくれるかも?

 

「よし、行くぜ!」

 

 障害は排除した。二人が囚われているだろうお店はもうすぐだ。他の見張りに気が付かれる前にボスを倒しちゃおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 ゆっくり木の扉を開くと、香ばしい茶葉の香りが鼻を擽る。この店はパルメさんと何回か来た事があるけど随分と前だからな。でもこの香りで思い出したよ。

 

 窓が凄く少ないから店内は薄暗い。

 

 勿論薄気味悪いとかじゃなくて、ランプが沢山配置してあるから雰囲気は抜群だ。日本人の感覚だったらレトロで欧風な空気に素敵と思うんじゃないかな。

 

 一番奥の半個室、其処に目的の三人がいる様だ。だが油断は出来ないぞ。凄腕なのは確実で、視界に入るほど近いのに隠蔽を突破出来ないなんて……本当に気を引き締めていかないと。真正面ならば負けない。でも、あの手の奴は厄介な手段を持ってるものだし。オマケにターニャちゃん達もいるんだから。

 

 今度は魔素感知を使わずに周囲を探る。ふむ……他に客はいない。何故かコップを磨いていたいつもの店主さんも姿が見えないけど、まあ好都合と考えよう。

 

 背中だけど、少しだけ真っ白なローブが見える。あれが魔法を使って正体を隠した奴で間違いない。出来るだけ死角から、壁際に沿って近づいて……勿論足音なんてゼロだ。

 

 此処まで来るとターニャちゃんが気付き、瞳が少しだけ見開いた様だ。人差し指を唇に当てシーッと合図を送るとそれ以上は動かない。流石です、はい。

 

 隣はパルメ、さん? 多分だけど。何でそんな格好してるの? だ、男装かな? でも短く纏めた銀髪と似合ってて超格好良い。男装の麗人みたいで新しい趣味に目覚めそう。何となく目が離せなくなったけど頑張って集中する。何だか甘えたくなる雰囲気、今度ゆっくり見せて貰うのは決定だ。

 

 しかし二人とも余り怖がってないな。それに複雑そうに俺を見てるけど……特にターニャちゃん、その微妙な視線なんですか?

 

 うーむ、まあ詳しくはあとあと。

 

 もう怖い思いはさせないからね。このジルが来た以上、全て任せて?

 

 右掌で魔力刃を形成準備。念の為そのまま首筋に当てて、残った左手を白ローブの左肩に置く。む、随分と細い肩だなぁ。女性か痩せ型の男かな。どちらにしても、これでいつでも攻撃出来るし、何より相手の動きを察知出来るのだ。そしてそれは身体だけじゃなく、魔素により魔法の行使すら同じ事。つまり無力化に成功だ。俺の新型隠蔽魔法も中々だろう、犯罪者さん?

 

「その魔法を直ぐに解除しなさい。逆らったらどうなるか分かるでしょう」

 

 白ローブに驚いた様子は無く、振り返りもしなかった。それだけでも凄いけど、こうなったら勝ち目は無いよ? それとも俺と真正面から戦うのかな?

 

「聞こえてるでしょう? 私の大切な二人を怖がらせたんだから覚悟して。高度な隠蔽は凄いけど、自分は悪者だって宣言してるだけよ。さあ、ローブから頭を出して顔を見せるの、ゆっくりね」

 

 へぇ、此れは水魔法か? 珍しいな……隠蔽に流用するなんて余り聞かない。

 

 しかし反応が薄い。

 

「ちょっと聞いて……」

 

 ガチャリ。

 

「ん? あ、あれ?」

 

 白ローブ野郎の動き、全く察知出来なかったんですが! 鈍い金属光が反射してるのは、あからさまな手錠。その枷が俺の左手首に嵌められた様だ。でも、こんなモノなんて魔力強化で破壊してやる。

 

 

お姫さま(おひーさま)……」

 

 

 真後ろ、其れどころか息も掛かりそうな距離から聞こえた。えっと、気配が無いんですが⁉︎

 

 きっと幻聴かな?

 

「この声……嘘だよね……」

 

「お久しぶりです、本当に」

 

 背中に誰かが抱き着く感触。幻聴の線は消えたね、ははは。続いてウエスト周りに肘から先、白くて細い腕が巻き付くのが見えた。背も低いのか、顔をグリグリと押し付けるのも同じ背中だ。

 

「その呼び方に声……まさかキーラ、なの?」

 

「はい、お姫さま(おひーさま)

 

 キーラはそう言いながら、クルクルと水色と茶色で構成された縄を俺の腰に……って、其れは[ジルヴァーナに罰を]じゃねーか⁉︎ 魔力を練る事を阻害する、お母様謹製のふざけた代物!

 

「ちょっと何を、やめ……」

 

 振り返ろうとした瞬間、白ローブからも声が響いた。

 

 

 

「顔を見せなさい? 其れは私の台詞ね、()()()()()()

 

 

 

「ひっ……」

 

 そそそそそその声は⁉︎ 

 

 足元から撫でられる様に、尾骶骨から背骨にスススと指を這わされたと錯覚する妖しい声は⁉︎

 

「う、う、うそ、嘘、嘘! 居るわけない! 絶対に!」

 

 だけど、心の奥底からの願望は白ローブから現れた顔が否定した。馬鹿みたいな美貌には変わらない人外の色気が滲む。マリンブルーの蒼は、やっぱり綺麗で……綺麗だけれども!

 

「ひ、ひぃ、い、い……」

 

「八年ぶりに顔を合わした母親よ? 抱き締めてくれないの?」

 

 スッと立ち上がり、ニヤリと笑った。

 

「い、いや〜〜〜〜〜‼︎」

 

 魔力強化! あ、あれ? 魔力強化を……逃げないと!

 

お姫さま(おひーさま)。この最新型[ジルヴァーナに罰を]から初見で抜け出すのは不可能です。例え魔剣と言えど。諦めて下さい」

 

 諦める? 無理無理無理無理無理!

 

「ジルヴァーナ、観念なさい」

 

「あばばばばばばば」

 

「はしたない。まだ教育が必要ね。そう思うでしょ、キーラ」

 

「可愛らしいです」

 

 助けてターニャちゃん、パルメさん!

 

 何故か二人とも動いてない。ターニャちゃんなんてあからさまな溜息……ほら、お姉さんの大ピンチだよ⁉︎ な、何で⁉︎ ヤバい、とにかく逃げないと!

 

 超絶美人のジルちゃんが危険だよー‼︎

 

「お、おお、お母様。私、ちょっと用事が」

 

「八年ぶりの母親より大切な用事なら聞くわ。貴女に会えて、泣いて喜んでるキーラを弾き飛ばして行きなさい。さあ」

 

「いや、泣いてないよね⁉︎」

 

お姫さま(おひーさま)、酷いです……」

 

 泣いてない目尻にハンカチを当てるキーラ。

 

「変わってない!」

 

 だ、誰かーー! 助けてぇーーー‼︎

 

「ジルヴァーナ……」

 

 少しだけ涙を浮かべたお母様に全身を包まれた。懐かしい香りがして身体が固まる。

 

「ホントにこの娘は……どれだけ心配したと思ってるの?」

 

「お母様……」

 

「随分大きくなって……私とそう変わらないわね。御転婆だった貴女がこんな女性になるなんて、母として幸せなのかしら」

 

 抱き締められたまま、何とか脱出する方法を模索する。

 

「お母様」

 

「何かしら?」

 

「放して……」

 

 身体を起こしたお母様は、俺をジッと見詰めて答える。

 

「何故? 手錠の事? はい、外したわ。念の為よ念の為。新型の"ジルヴァーナに罰を"だけど、貴女だったら直ぐに対処法を創り出しそうだったから」

 

「だから、放して下さい!」

 

「んもう、相変わらず素直じゃないわねぇ。小さな頃は私に抱かれるのが好きだったじゃない」

 

「そんな事より、此れ何ですか……」

 

「え? 首輪だけれど?」

 

 抱き締められた瞬間、しっかりと嵌められたのだ。腰回りに巻かれた"ジルヴァーナに罰を"の先はキーラが握り締め、首輪から伸びた鎖はお母様が持っている。首周りから感じる感触から革製だろうけど、やっぱり魔力が通りません……これも新製品ですか⁉︎

 

「実の娘に首輪を嵌める母親が居ますか!」

 

「慣れてるでしょう? ほら、母の暖かな愛情よ」

 

 しかし何故か向こうからはピシピシと魔力が伝わり、首輪がヒンヤリと冷たくなって行く。お母様お得意の水魔法、その応用の氷が温度を急激に下げて……

 

「うひっ……全然暖かくないです! 寧ろ冷たい!」

 

 プルプル震えちゃう!

 

「あらあら、困った娘ねぇ……寒いの?」

 

お姫さま(おひーさま)、温かいお茶をどうぞ?」

 

「キーラ! この状況を見ようね⁉︎」

 

「何だか懐かしいです」

 

 平然とお茶を用意するキーラは変わらない無表情、いや嬉しそうだ。長い付き合いだったから分かる、絶対間違いない。

 

「漸く……漸く捕まえたわ。ジルヴァーナ、もう諦めなさいな」

 

 無理ですからーーー‼︎

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、目を逸らす

キーラ、書いてると楽しいな


 

 

 

「キーラ?」

 

「はい、お姫さま(おひーさま)

 

 変わらないブロンドのオカッパ頭、エメラルドグリーンの瞳は垂れ目も相まって可愛らしい。撫で肩で背も伸びて無いから庇護欲を刺激されるのだ。その上目遣い、好きだよ?

 

「此れ、外して欲しいなぁなんて」

 

 腰に巻き付いた"ジルヴァーナに罰を"と名付けられた縄を指先した。水色と茶色が混ざったロープは魔力を操る力を阻害していて、正確に言うと練るのを邪魔して魔法を行使出来ない。さっき新型って言ってたけど真面目にヤバいんだけど? 頑張って色々試してるのに、今のところ攻略出来てないもん。何てものを開発してるんだよ……まあ原因は俺ですけれど。

 

「逃げませんか?」

 

「に、逃げたりしないよ?」

 

「それでは……」

 

 クルクルとウエストに手を回して、キーラは薄く笑みを浮かべた。擽ったいけど問題は其れじゃない。

 

「ねえ、キーラ」

 

「はい?」

 

「何で更に何重にもしたのかな?」

 

「幼い頃からの御自分を思い出して下さい。先程から抜け出そうと努力されているみたいですけど、シャルカ様が三年の歳月を掛けた傑作ですから不可能ですよ?」

 

「あ、はい」

 

 こんなものに三年て……

 

「さ、行きましょうか」

 

「お、お母様、何処へですか?」

 

 首輪から繋がった鎖を持ったまま、お母様が嬉しそうに言う。ま、まさかバンバルボアに連行⁉︎

 

「勿論ジルヴァーナのお家。パルメさん達も色々聞きたいみたいだから、落ち着いて話がしたいじゃない? それに貴女の生活ぶりを確認したいの。暫く御厄介になろうかしら」

 

 あばばばば……回避、回避だ!

 

「ざ、残念ですねー。私は根無草の冒険者ですから、お家なんて」

 

「はいはい。益々確認の必要が増したわね」

 

「タ、ターニャちゃん! パルメさんも! ね? ほら、私は……何で目を逸らすの⁉︎ ねぇ二人とも!」

 

 二人揃って横を向いた。呼び掛けにも反応が無い。なんでさ‼︎

 

「はぁ、貴女ホント大事なところでおバカねぇ。キーラも、他の皆だっているのよ? 既に調査済みに決まってるじゃない。私はつい最近だけど、ジルヴァーナ捜索隊は随分前にアートリスに来たの。相変わらず勘は鋭いみたいだけど油断したわね」

 

 ジルヴァーナ捜索隊って未だあったのかよ! あっ、さっき倒したヤツ見たことあるなって思ったけどそう言う事か……それに不審者も。

 

「ターニャさんやパルメさんと昔話で盛り上がって楽しかったわ。貴女は小さな頃から、素直で、可愛らしくて、最高の、娘だったし? 如何に親孝行な子だったか説明してあげたの、ふふふ」

 

 いやいや! 絶対思ってないよね⁉︎ 区切りに力が入ってるし、首輪が締まってる気がするんですけど!

 

「貴女からの愛が籠ったお手紙も見て貰ったのよ?」

 

 ヒラヒラと紙の束を見せつけると、上品そうに笑う。綺麗で思わず見惚れてしまった俺は悪くないはず。その優しい声が耳を撫でたけど、同時にグイグイと首輪の鎖を引っ張られてるから全く笑えない。

 

「ちょ、ちょっと、お母様……こんな格好で外なんて歩けな……」

 

 首輪に縄ってどんなプレイだよ! 俺にそんな趣味はないからな?

 

「あら? 確かにそうね、御免なさい」

 

 流石にその程度の常識は持ってくれてたようだ。危ねぇ……って、何で外に行くの⁉︎

 

「キーラ、背中押さないでくれるかな? それに抱き着いたままだし、あと匂い嗅がないで欲しいなぁって」

 

「大丈夫です」

 

「全然大丈夫じゃないからね?」

 

「ジルヴァーナ。首輪とか認識出来ないようにしたから誰も気付かないわ。まあ貴女が暴れたりしたらその限りじゃないけど。それに無理矢理取ろうとしたら魔法も解けるかもね」

 

「そもそも外してくれたら良いと思います」

 

「我儘ねぇ」

 

 ついさっき素直な娘って言ったよね? 踏ん張って抵抗していると、グイと首輪ごと引き寄せられて目が合う。あ、ヤバい。お母様はターニャちゃん達に聞こえないように耳元で妖しく呟いた。

 

「ジルヴァーナ、いい加減にしないと怒るわよ? それとも昔みたいにして欲しいの?」

 

 ひぃ⁉︎ 

 

「さ、さあ。帰ろうかなぁ」

 

「良い子ね」

 

 やっぱり怖いよぉ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「ハァハァ……すっごい疲れた」

 

「ジルヴァーナったら大袈裟ね。ただ歩いて来ただけじゃない」

 

 お母様はそうだろうけど、俺は()()だからな⁉︎ 認識を阻害されてるらしいけど、俺自身は首輪を付けたまま街中を歩いてるのと一緒なのだ。何だか変な目で見られてる気がして凄く疲れたよ……知り合いに出会ったりしたから手を振って挨拶も……でも振った手はプルプルしてたし、唇だって震えてた。おかしく思われてないかなぁ。

 

 お母様もキーラも魔法の影響下だから、結局注目されてたの俺だけだし……

 

「こ、此処です」

 

「まあ、なんて素敵なお屋敷。キーラはどう思う?」

 

 俺の腰から繋がった縄を楽しそうに弄ってたキーラが、お母様の声に慌てて顔を上げた。何で楽しそうなのかは聞きたくない。

 

「えっと……お姫さま(おひーさま)の住うお屋敷としては少し小さい気もしますが、でも雰囲気が落ち着いてて格好良いです。あの、専属の使用人は何人くらい居るのですか? バンバルボアでは少な目とは言え五十人程度でしたが、出迎えも有りませんし……責任者の方に私もご挨拶させて頂きたいです」

 

 此れでもかなり大きな家なんだけどなぁ……ターニャちゃんなんて、ほら遠い目してるよ? パルメさんも引き攣った笑いを隠せてないし。どうやら、キーラは教育がなってないと静かに憤慨してるみたいです、はい。

 

「キーラさん、私とお姉様の二人暮らしです。えっと、何だか……御免なさい」

 

 ビシリと固まったキーラは、ギシギシと振り返ってターニャちゃんを見た。ちょっと怖い。

 

「お、お二人、だけですか? ではお世話係も?」

 

「は、はい」

 

「バンバルボアの、シャルカ様の帝国宝珠と謳われた皇女殿下に、たったの一人もお世話する者がいない……な、何てこと」

 

 プルプルと震え出したキーラ。何だかニヤニヤしてるお母様。

 

「で、では衣装の整理やお食事、宝珠と謳われた肌のお手入れは? それに、一体誰が起こすのですか? 朝は私が伺わない限り必ず寝坊していたお姫さま(おひーさま)を……確か貴き頬に口付けしないと起床不可の病気に罹って」

 

 ヤバいこと暴露し始めた⁉︎

 

「さ、さあ! 早く入ろっか!」

 

「そうねぇ……小さな頃は乳母も遠去けて、私の胸しか吸わなかったし、何だか懐かしいわ。変に拘りがあるのか好みの偏りがあったもの。特に若い娘に」

 

「おおおお母様、やめてよ!」

 

 ほら、パルメさん達がドン引きしてるじゃん!

 

「とにかく中に入りましょう。ね、お姉様」

 

「そ、そうだね、うん」

 

 その蔑む様な視線、痛いですターニャちゃん。首輪に縄、そして痛い視線……おかしいな、寒気が凄い。

 

 

 

 

 

 

 首輪と縄から漸く解放された。まあ家まで来られたら逃げても意味ないし……その割にバッチリ手の届く範囲に置いたままなのが気になります。

 

「お茶は先程頂きましたし、果実水を用意しますね」

 

「ターニャお嬢様、私もお手伝い致します」

 

 ちっこい二人組が部屋を出て行くのを見送ると、あちこちを物色してるお母様が視界に入る。あのぉ、やめてくれませんかね。

 

「お母様、座って下さい」

 

「この調度品はジルヴァーナの趣味なの?」

 

 俺の問い掛けをスッキリ無視して、ジットリと見渡すお母様。グレーとブルー、全体的に落ち着いた雰囲気。派手な装飾は好みじゃ無いからね。

 

「まあ、そうです。でもパルメさんにも助けて貰ったりしてるかな」

 

「あら。パルメさん、いつも娘がお世話になって」

 

「いえいえ。此方こそ」

 

 保護者同士の挨拶みたいで可笑しい。あ、そういえば。

 

「パルメさん」

 

「なあに?」

 

「その服装って何ですか? 凄く格好良いですけど、男装なんて初めて見ました」

 

 パンツスタイルにカジュアルなジャケット。銀髪も纏めて撫で付けてるから、超格好良い麗人になってるのだ。元々美人のお姉さんだから、かなり似合ってて最高。

 

「ああこれ? 今だと笑い話だけど、ジルの周りを探る不審者が居るって話で変装して街を調べてたの。情報はマリシュカさんから貰ってね。ターニャちゃんがジルを困らせる人は許せないって大変で、結局はシャルカ皇妃陛下……いえ、シャルカさん達だった訳」

 

「そうだったんですか……」

 

 ターニャちゃんがそんな事を? やっぱりデレたんだ! 凄く嬉しいです! それとデートの相手はパルメさんだったんだ……良かった。うん? でも"会長"とやらの正体はまだ分からないな。今度しっかりと確認しないと。

 

「あらあら、本当にターニャさんから愛されてるのね。ジルヴァーナも成長したって事かしら」

 

「私もお姉さんですから、うん」

 

 背中を反って思い切り胸を張る。今やお母様にも負けないオッパイが突き出されて大変だ。

 

「お姉さん。それが二人きりでも大丈夫な訳? まあ貴女は何でも器用に熟すし家事だって問題無いでしょうけど、あっちだとズボラだったから母として嬉しいわ。朝も起きられてるみたいだし、お掃除とか……ちょっとジルヴァーナ、顔を逸らしたのは何故かしら? こっちを向きなさい」

 

 自然な感じで視線を外したのがバレただと⁉︎

 

「ジル、バレバレよ?」

 

 パルメさんまで⁉︎

 

「え、えっと、ターニャちゃんが色々してくれてて……」

 

「何ですって?」

 

 ひぃ⁉︎ また怒ってる!

 

「料理とかは私も作るけど、えっと、その」

 

 だって、ターニャちゃんってプロ級なんだよ! 全部してくれるから甘えてるのは自覚してるけど……御飯だって毎日工夫して美味しいし、お家の中も綺麗に保ってくれる。しかも俺の邪魔になったりペースを乱さない様に気も使ってたり。お洗濯だって完璧なのだ。下着だけはやっぱり恥ずかしくて自分でしてるけど……逆にターニャちゃんの下着なら何時でもOKなのに、最近着替えすら見せてくれないのは何故なんだ。

 

 あと広いお風呂とかお庭は業者さんにお任せだったのに、それも回数減ってるからね。自分のお財布だけじゃなく、家計の管理まで手伝ってくれるから持ち出しのお金も減ってる。うーむ、改めて考えてみるとヤバすぎないか? ホントにTS女の子なのかなぁ。

 

「貴女、まさかあんな可愛らしい女の子に全部させてるの? 聞いた話だと親御さんも居ないらしいじゃない。しかも無理矢理……やっぱり教育のやり直しね」

 

 あばばばばば……

 

「シャルカさん、誤解です。お姉様はいつも優しいですし、無理矢理なんて一度もありませんから。あ、お風呂以外ですけど。知り合いも居ない私を保護してくれて、大切にしてくれます。それから家の事は好きでやらせて貰ってるので」

 

 ベージュ色の木製トレーに人数分のグラス。果実水を持って来てくれたターニャちゃんが、答えてくれた。キーラは何も持ってないけど、間違いなく手伝いを断られたな。無表情だけど分かるのだ。あと、お風呂のくだりは今要らないんじゃないかな?

 

 コトリコトリとテーブルにグラスを並べながら、俺を見てニコリとしてくれた。んんー、可愛い!

 

「ありがとう。ターニャさんが居てくれて本当に良かったわ。何だか一安心出来たもの。それと、お風呂の件は後で詳しく聞きますよ、ジルヴァーナ」

 

「……」

 

「服のお仕着せだけじゃないの? ジルったら……」

 

 パ、パルメさん、其れも今必要ないですから!

 

「バンバルボアでキーラなら兎も角、ターニャさんまで? まさか、朝の挨拶に口付けまでお願いしてないでしょうね……ちょっと、こっちを向きなさい」

 

 両頬を掴まれ、ムニーッと引っ張られた。

 

「ひ、ひたいでふ」

 

「はぁ、見た目だけは立派になったけれど、中身は全然変わって無いわね。本当に超級の一人である魔剣なの? 本国でも噂くらい聞いた事はあるけど、少しも貴女と合致しない。報告の通りならば、ね」

 

 報告? なになに? 超級絡みから知ったわけじゃないみたいだし。

 

「そう言えば、アートリスに居るのを分かったのは……」

 

「それはキルデベルトからの報せね。今はツェツエの王都に特使として派遣されてるのよ。偶然に助けられて、ジルヴァーナを見たらしいわ」

 

「キルデが……気付かなかったな。声を掛けてくれて良かったのに」

 

「キルデベルト一人で逃亡の常習犯を捕まえるなんて出来ないでしょ。まさかそのまま大人しく待ってくれたわけ? こら、だから余所見しないで」

 

 再びムニーッと摘まれた。さっきより痛いんですが?

 

 頬を撫で撫でしてるとキーラが冷たいおしぼりを頬に当ててくれた……何故か楽しそうだけど。懐かしいなぁって視線もオマケされてるし……

 

「美味しそうな飲み物も準備して貰ったし、お話をしましょうか。ジルヴァーナ、座りなさい」

 

「お話ですか?」

 

「そうよ? パルメさん達も興味を持ってるわ」

 

「えっと、何を?」

 

 まさかバンバルボア移住計画か⁉︎ 何としても阻止しなければ!

 

「水色の瞳を宿す者、その運命。我が帝国の存在意義。そして、バンバルボアの皇女でありながらも、ツェツエ王国の超級冒険者となった貴女の扱い。八年も祖国を離れたジルヴァーナにしっかりと伝えないといけません。母として、皇妃として」

 

 何時ものマリンブルーの瞳は、皇族としての厳しさを纏って俺を見た。ターニャちゃんもパルメさんも真剣な眼差しで席に着き、空気が張り詰めて行く。そしてキーラがお母様の後ろに立ち佇んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この雰囲気……

 

 えっとね。

 

 またにしない? 駄目?

 

 

 

 

 

 

 

 




次話は少しだけシリアス風味の予定です


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お姉様、昔話を聞く

ちょっとだけシリアス風味かも


 

 

 

 

 シャルカお母様が笑顔で……いや、目は笑ってないけどお話を始めた。やっぱり遺伝なのか、白金の髪と顔立ちがそっくりで今更に驚いてしまう。まあ色気とか妖しさとか凄く濃いからぱっと見だけなんだけどね。

 

 パルメさんもターニャちゃんも真剣な眼差しはそのままで、キーラなんて瞼を閉じて聞く体勢に入っちゃったし。

 

 おかしい、何だか居心地が悪いぞ。

 

「バンバルボア帝国の興りを話す前に、先ずは古竜を識る事から始めましょう。凡ゆる全てを超越した竜は()()。ジルヴァーナ、多くを学んで来たはずだけど、覚えているかしら?」

 

 ん?

 

「も、勿論知ってますよー、ははは」

 

「最初からすぐ分かる嘘を付いて……歴史に関わる授業から逃げ回って居たのは誰かしら? じゃあ、四人の名前を言ってみなさいな」

 

 うっ……何だか前世の学校を思い出してしまったぞ。宿題を忘れたあの日、不思議と覚えてる。しかし、ターニャちゃんすら疑いの目を向けられては頑張るしかないでしょう! 何とか誤魔化すのだ!

 

「ルオパシャちゃ……じゃなくて、白い古竜ルオパシャですよね! 勿論知ってますよ、ええ」

 

「あら、合ってるわね。他は?」

 

「知ってる、知ってますから……ほら、アレです。随分長ったらしい名前の」

 

「ふーん。ルオパシャは白だけど、他は?」

 

「赤、真っ赤な?」

 

「正解。はい、次」

 

「あ、青色!」

 

「それでいいのね? 間違ったら貴女の思い切り恥ずかしい過去を一つ話すけど?」

 

 違うのか⁉︎ お母様の瞳……い、いやブラフだきっと。多分赤と来たら青でしょう! ヒントが欲しくてキーラを見たけど、完璧な無表情に断念しました。

 

「ええ、全部知ってますから?」

 

「ジルヴァーナが初めてお酒を飲んだ日、もう呆れる程に酔っ払ってね。パルメさん、どうしたと思う? 行方を眩ます一年前の事なんだけど」

 

 あ、あれ? 淡々と話し始めたから意味不明なんですが! と言うか不正解なのかよ! 大体そんな日なんて記憶に無いから滅茶苦茶不安……

 

「そうですね……ジルの事だし、お世話係を集めてお着替え会とか、ですかね」

 

「ふふ、其れはこの娘にとっての日常だったから違うわ」

 

「「日常って……」」

 

 視線が刺さるぅ!

 

「夜になって私のベッドに潜り込んで来たの。それで、胸に顔を埋めてママーッて」

 

「う、嘘!」

 

「思わずジルヴァーナを見るじゃない? そうしたら急にキスしてきて、思い切り。私、固まってしまって暫く動けな……」

 

「そそそ、そろそろ古竜の話の続きをしましょう! ね、ね、ターニャちゃん」

 

「其れはまあ……アレ? でもお姉様って古竜もルオパシャも知らなかったですよね? 六年前にウラスロさんの制止を振り切って突撃したって聞きましたけど?」

 

 ぎゃー⁉︎

 

 お母様から、其れも後で話をしましょうかと言われました、はい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始原の竜。

 

 或いは、そのまま「始原(しげん)」と云フ。

 

 遥か昔、人が未だ世界を知らない時代。最初の竜は在った。実際には別の世界から落ちて来たと言われるが、事実は定かでは無い。

 

 水色の鱗を湛える大変美しい竜であったと言われている。()は人の栄えていない世界に哀しみ、その権能を分け与えていく事を決めた。

 

 寂しかった、話し相手が欲しかった、前世から愛する人を探していた、などなど数々の理由も判然としていない。だが、彼の存在が多くの変化を与えたのだ。

 

 例えば、魔大陸に生息する美の代名詞、アズリンドラゴンは剥がれ落ちた水色の鱗から生まれた。しかし彼等は話し相手にも、寂しさを紛らわす存在にならず嘆き悲しんだ。

 

 そうして始原の瞳から涙が溢れ、悠久の時を超えたとき、滴は大河となって生命を育んだ。花々、昆虫、魚、羽ばたく鳥達、大地を走り回る小動物。其れ等は安らぎをひととき齎らしたが、やがて世界に散り散りとなって始原の竜を忘れ去ってしまう。

 

 耐え切れない始原が嘆きをぶつけたとき、大陸は割れ、山は隆起し、そして魔物が産まれた。その嘆きは世界に遍く届く。だから次の変化へと繋がった。

 

 話し相手を欲した()に同じ竜の仲間が……そう、後の古竜三人だ。彼等古竜は言葉を解し、彼を楽しませて溢れる涙は止まった。

 

 古竜達……

 

 黒きインジヒ、

 

 紅いシェルビディナン、

 

 そして唯一の女性である真白(ましろ)のルオパシャだ。

 

 世界は鮮やかに彩られ、瞬く間に美しく華やかに変化していく。

 

 知的で物静かなインジヒ、激情家ながらも始原を兄と慕ったシェルビディナンは真なる友となった。美しいルオパシャは妹の様に穏やかな心で癒す。

 

 始原の竜に幸福が訪れ、遂に人々が現れた時代。しかし世界は少しずつ、少しずつ、狂い始めた。

 

 まるで世界の王であるかの様に振る舞う人間は、大地を染め、森を開拓し、海と河を穢していく。始原の竜が齎した権能を、人は履き違えてしまったのだ。そして、竜へとその手を伸ばしたときーーー

 

 最初に怒り狂ったのは激情家の紅いシェルビディナンだ。鱗の色に負けない輝く紅き焔を吐き、大地を焼き清める。その焔に包まれたとき、人は抗う術を持たず……多くの死を纏った大地には、再び花々が咲き乱れた。

 

 絶望の死から逃れるべく、人々は戦う意思を固める。それは生物としての本能で、責めるべきものでは無いだろう。しかし、黒きインジヒは思った。元々世界には竜と魔物しか居なかった。ならば最初の姿を取り戻すべきだ、と。

 

 真っ黒な翼を広げ、インジヒは飛び立つ。シェルビディナンの傍に降り立ち、黒い霧を撒き散らした。その霧に巻かれた人は魂すら喰われて塵へ、そして風に吹かれて空に舞う。そうして再び樹々が聳え、世界と小さな生き物達は息を吹き返した。

 

 其れを見た真白(ましろ)のルオパシャは泣いた。彼女だけは始原の望みを知っていたからだ。人化の魔法を学んだルオパシャは人々と触れ合い、始原の望みを深く理解していた。人間は愚かさを内包するが、同時に竜には無い創造の力を持っている。

 

 其れを知る始原の望みは些細なものだった。

 

 ただ語り合いたい。

 

 それだけが希望だったのに。

 

 だが、インジヒとシェルビディナンの力はルオパシャを大きく上回り、どうしても止めることが出来ない。だから、人は我等と違い、負と正を併せ持つ儚き生き物だと必死に説いた。それでも二人の兄達は決して止まったりしない。それどころか理解しない妹に黒と紅が怒りを表したとき……始原の竜が三人の前に降り立ち言った。

 

 世界も竜も、人も魔物も、樹々達や其処に生きる動物だって全ては同じだ、と。

 

 裏切られたと断じた黒と紅の古竜は、お前が唆した(そそのかした)のだろうとルオパシャに怒りを向ける。そして真っ白で艶やかな鱗が傷付いた瞬間、始原は叫んだ。

 

 その怒りに世界は揺れて哭く。

 

 頭を冷やせ、人の一面しか見ない瞳を閉じろと強く叫んだのだ。そうして二人の竜は眠りにつき、人々は滅亡の運命から逃れる事が出来た。

 

 だが……

 

 始原の竜は人々に無条件の幸福を齎したのでは無かった。そう、インジヒとシェルビディナンの怒り全てが間違っていた訳ではない。

 

 だから、

 

 深き眠りから目覚め、二人の古竜が解放されたとき……人々に抗えない禍いが降りてしまうその前に強き力を授けた。自らの力……始原の源を分け与え、受け継ぐ様に伝えたのだ。人の運命は、お前達自身にかかっている。戦い、説き伏せ、勝ち取れと。

 

 古竜を何人と呼ぶ様に言ったのは、人も魔族も、そして竜も、争うだけが運命では無いと伝承するため。二人の竜を封印し力を使い果たした始原の竜は世界から離れて行った。

 

 始原の竜が去った世界、ルオパシャは伝える。始原は凡ゆる竜を統べる竜の帝だと。

 

 其の名は「竜帝(りゅうてい)

 

 彼の種子は撒かれ、魔族や人へと受け継がれる。

 

 その証として、例えばアズリンドラゴンの鱗、魔族は肌、人ならば瞳の色へ。

 

 来たる日、黒と紅。古竜と相見えるときまで……種子を、血を、力を拡げて繋げてゆくのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バンバルボアへと連なっていく、最初の人間の一人。その名はベイモヴァ。ベイモヴァ様は竜帝の権能と声を直接受け取られた。類稀なる才能(タレント)とルオパシャに負けない慈愛が竜帝に選ばれた理由とされているの。そして時は流れ、バンバルボアは興った」

 

 ほえー、そんな格好良い歴史があったんだぁ……やべ、感心してたのバレたかな。

 

「……初代皇帝陛下であるサンルカールー様は、ベイモヴァ様から伝わる伝承を記録に残した。一言一句違わぬ様に何度も確認したそうよ。その偉大なる言葉は今も宝物殿の最奥に安置されていて、夢物語なんかじゃないと私達皇族に伝え続けているわ」

 

 お母様は俺に、そして何故かターニャちゃんに目を合わせる。

 

「バンバルボアを王国にしなかったのは、全て始原の竜への恭順を示している。帝国の"帝"は竜帝の国と言う意味よ。我が帝国は始原から連なる国、だからバンバルボア帝国と名付けた。因みにだけど、バンバルボアは当時竜帝が去った場所とされ、サンルカールー様がお考えになられたの。尊大な名など不要、そう仰られたと口伝されてる」

 

 其処まで聞いたターニャちゃんから申し訳なさそうな言葉が聞こえた。

 

「最初、本当にすいませんでした。帝国と聞いて酷く警戒してしまって……」

 

 成る程、帝国主義って考えちゃうよね。バンバルボアに領土拡大の野心は殆どないけど……普通は分からないもん。

 

「あらあら、気にしなくて良いのよ。この歴史と伝承はバンバルボアに深く関わる者だけに伝わるから知らなくて当然。とは言え其処まで秘密でもないけれど。其れに……貴女の自称姉であるジルヴァーナも習った筈で、何よりも当事者なんですから」

 

 チラリとお母様が此方を見た。うん、怖い。

 

「ももも勿論知ってましたよ、ええ」

 

 よく覚えてないですけど。

 

「はぁ。貴女、少しも覚えてないの? 自分の生まれた国でしょうに。バンバルボア帝国は始原の教えを守り続ける国。持つ力は全てその為に有る。来たる日、抗う術を持たなかったらインジヒとシェルビディナンの二人に人間は蹂躙されるでしょう。優しいルオパシャは人の味方とされているけど、頼るわけにはいかない。なれば始原の言葉の通り、血を出来る限り純化させながらも同時に拡げる必要がある。我等皇族の義務は突き詰めれば其処に至るの」

 

 成る程なぁ。まあ歴史ある国なら色々な言い伝えがあるだろうし、神様みたいな存在が関わる話ってありきたりだよね。

 

「まだ続くけれど、ここまでで何か質問はあるかしら?」

 

「あの、素朴な疑問なんですけど……」

 

「パルメさん、何でも良いのよ」

 

 男装のパルメさん、超イケメンだ。実際は美人のお姉さんだから益々最高。新たな扉が開かれた気がします。

 

「今の話だとジルがとても大切な皇女と言う意味になりますよね? 始原の竜が伝えたそのままの瞳……しかも魔剣となった実力や"万能"と呼ばれる才能(タレント)も。それなのに、八年もの間ジルは自由で、シャルカさんだって其処まで慌てた風もない。それこそ大軍でツェツエに来ても不自然とは思えません」

 

 ふっ……やっぱり俺って特別だったんだな。超絶美人だし? ん? ターニャちゃん、その呆れたって視線何ですか?

 

「うん、良い質問。ついでに言えば、この娘はバンバルボアではなく、ツェツエ王国所属の冒険者となった。しかも超級だから防衛にも関わる存在でもあるわね。現在帝国とツェツエは争ってはないけれど、高度な政治問題にもなるでしょう。私達が一言だけ言えば即座に開戦する……我が帝国の宝珠、ジルヴァーナ皇女を返せと」

 

「ちょ、お母様、私はツェツエに捕まってる訳じゃ」

 

「関係ないわね。戦争の理由なんて後からどうにでもなる」

 

「でも、私は自分の身分や名を王国に明かしたりしてません。ツェイス、いえツェツエ王国の王子ツェイス殿下もご存知無いですから」

 

 やめようよぉ、誰も嬉しくないじゃん……

 

「ジルヴァーナは帝国の皇女。何を考えて国を出たのか母として思う所はある。でも、我等皇族の血肉は臣民が支え培われたもので、決して個人では無いの。お馬鹿なところもあるけれど、貴女は決して愚かな者じゃない。私の話す意味が分からないとは言わせないわ」

 

「それは……」

 

「貴女がバンバルボア出身と知ってる人は一人も居ない、間違いないの?」

 

「いえ……ツェツエの勇者クロエリウスと、このターニャちゃん。あと雑貨屋のマリシュカさんも。皆んな偶然に知っただけで……でも皇女の立場は伏せてます。あ、それと」

 

「それと?」

 

「ツェルセンの宿"双竜の憩"の支配人は私だと……お母様も知っていました」

 

「ああ、あの宿。彼なら大丈夫よ、安心なさい」

 

 何やら納得顔だけど、何かあるのかな……教えてくれる雰囲気じゃないみたい。

 

「とにかくツェツエと戦うなんて……王家の皆さんも優しい素敵な方ばかりなんです。どうか」

 

 お母様は俺から目を逸らさず、何かを観察してる。怖いけど、此処は逃げちゃダメなやつだろう。俺の所為で開戦なんて馬鹿みたいだし。

 

「それなら幾つか確認させて。嘘はダメ」

 

 思わず首をコクリと縦に振った。

 

「ツェツエ王国の王家、お会いした事があるのね? その言い方なら」

 

「は、はい」

 

「古竜ルオパシャの件は置いておいて、魔王との面識やツェツエの危機に関する魔剣としての働きは? 此れは事実?」

 

「えっと、冒険者として参加したので……その、合ってます」

 

「そう」

 

 お母様の視線は益々厳しくなったのが分かり、つい顔を横に向けた。するとターニャちゃんの顔が見えて、表情まではっきり。声にはしてないけれど、こう言ってると感じたんだ。

 

 お姉様は何も分かってない。この流れは凄く拙いですよ、と。

 

 その意味を……このあと紡がれるお母様の言葉で納得してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 




あとちょっとシャルカのお話が続きます


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お姉様、迫られる

沢山のブックマーク、ありがとうございます。


 

 

 

 じっとりと汗が背中を伝う。

 

 お母様は暫く動かず、今もマリンブルーの瞳を俺に合わせたままなのだ。昔から何でも御見通しって感じで、いつも先回りされてたから警戒してしまう。八年前の脱走は必死に準備した奇跡の結果でしかない。

 

「お母様……?」

 

「ジルヴァーナ、貴女が何を仕出かしたか、まだ理解していないようね」

 

 得意の水魔法と応用の氷魔法、その氷の様に凍てつく声。何度も経験したからか身体が震えてしまう。こうなったお母様はマジで恐ろしいのだ。

 

「あ、謝ります。抜け出したのも、ツェツエの冒険者になった事も……や、辞めますから! 冒険者を」

 

 ギョッとしたパルメさんが見える。でも戦争なんて絶対にダメだ。ターニャちゃんだって悲しむだろう。このアートリスには沢山の知り合いや友人がいるのだから。すると耐え切れなかったパルメさんが叫んだ。

 

「ちょっとジル! 簡単にそんなこと言って大丈夫なの⁉︎」

 

「でも、でも……」

 

 混乱してる俺を見たからか、更に言葉を続けた。パルメさんだって怖いだろうに……

 

「失礼を承知で言わせて頂きます。シャルカ皇妃陛下」

 

「何かしら?」

 

「貴女様は四番目の……第四皇妃と先程聞きました。尊き御方と承知ですが、開戦の決断など不可能でしょう。それとも進言を? ジルの意思を置いて」

 

 だがお母様の表情は変わらない。その余裕の真意を俺は知っている。そして予想通り、閉じていた瞼を開きキーラが感情の籠らない声で返して来た。

 

「パルメ様。其れは大きな誤解です」

 

「……何が?」

 

「シャルカ様は皇妃の中で唯一人、皇帝陛下御自身に望まれた御方。何度も正妃へと説得されましたが固辞されたのです。残る第一から第三の皇妃陛下の皆様も、皇宮に関わる全員も深く深く知っております。望みはただ一つ……生まれ来る御子を自らが健やかにお育てなさること。そのため皇位継承権も放棄されました。そして、皇帝陛下より勅言が御座います。シャルカの声は我が声と何ら変わらない、と」

 

「そ、そんな……」

 

 名門ソド家の長女で麒麟児、女神と謳われたのはその美貌だけでは無い。魔法の才、特に水魔法に関しては世界の色を変えたと言われる程だ。実際に水魔法だけは未だ超えた気がしない。だから俺は普段余り使わない、いや使いたくない。水を通してお母様に見られてる気がするからだ。

 

「其れは少し大袈裟よ。とにかく……ジルヴァーナを産まれて初めて抱き上げ、僅かに開いた瞼の奥を見たとき……全ては変わってしまったの」

 

 何かを思い出す様に、お母様は薄く笑う。

 

「話を戻しましょう。もう一度確認するわ。バンバルボアの皇女としての立場を隠し、貴女はこのツェツエ王国の冒険者となった。小さな頃から非凡な魔法の才を見せていたけれど、その力を以って最年少の超級へと到達。貴女自身の努力は認める、でも溢れる力の源が始原の竜の加護と理解していなかった。その上で他国の危機を防ぎ、現王家と私達の預かり知らないところで知己となったの。更には魔王スーヴェインと友誼を結んだ。分かるかしら、ジルヴァーナ」

 

「うぅ、はい」

 

 確かに並べてみるとヤバイ……ど、どうしよう。

 

 あ、あれ? ターニャちゃんだけは呆れた様に溜息を溢してるけど、何で? オマケにその様子を見たお母様は何処か嬉しそうに聞いて来た。

 

「そうだ! もう一つ質問があったのを忘れていたわ」

 

「な、なに?」

 

「この国の王子様だけど、才能(タレント)は他に類を見ない"風雷"で、珍しい雷魔法を誰よりも巧く行使するって。オマケに剣の腕さえも王国随一らしいわね。これってホント?」

 

 小さなバツマークを指で見せて来るターニャちゃん。えっと、何ですか?

 

「ホントです。最近会ったときも、私の剣を止めたり、魔法の行使に気付けなかったくらい速いし……六年前から凄く強いなって」

 

「あらあら、うふふ。雷魔法はバンバルボアでさえ珍しいのよ? 素晴らしいわねえ」

 

 張り詰めていた空気、柔らかくなってないか?

 

「噂を聞いたの。このツェツエの王子であるツェイス殿下とジルヴァーナは何度も共闘し、随分と仲を深めたって。そして命まで救って、女神なんて讃えられてる。更に……あくまで噂、噂よ? まさかとは思うけど、婚約を申し込まれたの?」

 

 あばばばば……ん、んん? テーブルに隠れた下で、柔らかなものが押し付けられる。そっと確認するとターニャちゃんが太ももを何度も当てているようだ。思わずナデナデしたくなったけど、今は其れどころじゃないよー……

 

「ちゃ、ちゃんと断りましたから! えっと、その……」

 

 あ、あれ? ターニャちゃんが両手で顔を覆った⁉︎ な、何故……あ、もしかして……お母様の顔色を伺うと満面の笑み……もももしかして!

 

「流石です、お姫さま(おひーさま)

 

 キーラまで幸せそうに笑ってる! や、やばい‼︎

 

 お母様はガタンと椅子から立ち上がり、思い切りギューって抱き締められた。懐かしいオッパイの感触と、香水の香り。

 

「ああ、我が娘ジルヴァーナ‼︎ やっぱりバンバルボアの血を、竜帝の加護を授かる皇女ね! 母は誇らしくて涙が出ちゃう!」

 

 そしてバンバンと両肩を叩き、キャッキャと笑うお母様……う、嘘だよね?

 

「えっと、意味が分からないなぁって……」

 

「ふふふ、照れなくて良いの。()ったら随分優しくて更には頭も良くて眉目秀麗。更には中々お目にかかれない雷魔法の使い手の上、剣技まで秀逸……しかも、しかもよ? 貴女にベタ惚れって! 何だかドキドキするし、皇帝陛下もお喜びになるわ! ね、キーラ」

 

「はい‼︎ やっぱりお姫さま(おひーさま)は最高のお姫さま(おひーさま)ですね!」

 

 ターニャちゃんの意味深な行動って、やっぱり……

 

「お、お母様? あのぉ……」

 

「もう、恥ずかしがり屋さんね。さっき話した通り、バンバルボアの皇族の役目はある意味簡単よ。血を純化させながらも、強大な二人の古竜へ抗う力を求めているの。貴女のお相手は凄腕の戦士で、しかも最近友好を深める予定だったツェツエの王子。これ以上の条件なんてあるかしら」

 

 すっごい幸せそうなお母様とキーラ。パルメさんまでお祝いしないとなんて幸せそう。ねえ、最初の空気は、怖ーい雰囲気はどこいったん?

 

「ま、まさか……」

 

「そうねぇ、もし水色の瞳を持って生まれたならば帝国にとって大事だから、幾つかの取決めは必要ね。でもそれさえ些細な事かも。だってバンバルボアの悲願と言って良い願いだから……」

 

「うぅ……」

 

「なぁに? 相変わらず()()()の方は初心ねぇ。仕方無い、はっきり言いましょう」

 

 や、やめてくれぇ……

 

「婚約よ! そして毎日毎夜抱いて貰って出来るだけ早く子を産むの。其れも子沢山で! つまり思い切り()()()()()‼︎」

 

 ぎゃー! やっぱりぃ‼︎

 

 回避しなければ! 俺の嫁はターニャちゃんなんだから! えっと、えっと、理由を……

 

「お、お母様! ツェイス殿下に政略結婚なんて申し訳ないですし……えっとえっと、そうだ! 古竜なら私が倒しますから‼︎ 知り合いですしルオパシャちゃんと話し合って、それで……」

 

「ルオパシャちゃん? まあいいけど、黒きインジヒと紅いシェルビディナンの活動期は全く不明なの。倒すどころか生涯会う事もないかも。それにしても、あぁ……超級に至った実力、そして風雷の才能。貴女達の血脈は新たな風を吹かせるのでしょうね。とにかく……孕むのよ!」

 

 婚約より、孕む事が目的になってますよね⁉︎

 

「で、でも」

 

「もしかして、ジルヴァーナはツェイス殿下が嫌いなの? 良い男って噂だけ、みたいな」

 

「それは違いますけど……優しいし、話し易いし」

 

「それなら何も問題ないじゃない。まさか……もう一つの噂、実は男の手すら握った事のない娘って……」

 

 ひぃーー⁉︎ そんな噂まで拾ってるの⁉︎

 

「ちち違いますから!」

 

「貴女は皇族としての義務感から旅に出て、世界に名だたるツェツエの王子を射止めた。竜帝の意思を受け継ぎ、定めに殉ずる皇女……こう説明して本国は黙らせるわ。それとも戦争したいの?」

 

 うぅ、卑怯だよそんなの。

 

「何より」

 

 何ですか?

 

「早く孫の顔が見たいの‼︎ お友達にも居て、羨ましくて仕方が無いんだから!」

 

「其れがお母様の本心でしょう!」

 

 やっぱりお母様はお母様だった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 パルメさんとキーラが楽しそうに会話してる。幸せな婚約ですねとか、やっぱり愛し合ってるって最高とか、俺の苦悩も全部消えちゃったとか。ターニャちゃんだけは静かなものだけど……

 

「もう! ジルったら変なとこで謙虚ね。ツェイス殿下との仲なんてアートリスの子供だって知ってるわよ? 内緒にしてた皇女の立場が難しくしてたのでしょうけど、お母様の許可があるなら堂々とすれば良いの。貴女が王妃なんて少しだけ寂しいけど、私は心から祝福する」

 

 良かったねってパルメさん。あのぉ、出来るならパルメさんとイチャイチャしたいんですが……何だか失恋した気分。

 

「その……色々と事情が」

 

 実は元男で、TS超絶美人なんて今更言えない。オマケに今は隣に居る至高の美少女が大好きなんて。其れにターニャちゃんから何だか不機嫌な空気を感じる。さっきから色々警告してくれてたみたいだし……うぅ、御免なさい。

 

「ジルヴァーナ、もしかしてターニャさんの事かしら?」

 

「ええ⁉︎ な、何で分かるの⁉︎」

 

 やっぱり全部分かってるって顔のお母様。

 

「当然バンバルボアが責任を持って保護するわ。貴女を姉と慕い、これほどまでに尽くしてくれた子……何なら専任侍女として側にいて貰いましょう。さっきもターニャさんだけが私の考えを察していたし、寧ろ手放す方が馬鹿みたいでしょ」

 

 そうじゃなくて……まあ実は恋愛対象として大好きなんて分かる訳ないか。ターニャちゃんは俯き、そんな姿をお母様は観察する様に興味深く眺めている。

 

「少し落ち着いて考えさせて下さい。全部が急過ぎて私だって混乱してます。ツェツエだって、はいそうですかとならないでしょうし……」

 

「ふーん。八年も好きにして、それでも私達バンバルボアを納得させる答えがあるなら聞きましょう。言っておくけど、子を成す義務からは逃げられないわ。水色の瞳を持たなくとも皇女の務めに変わりは無い。心から愛してくれる男性と思い切り恋して妃となるなど、そもそもが稀有なの。貴女が如何に恵まれているか噛み締めてね」

 

 それは……そうだろうけど。そもそもその義務から逃げたくて脱走したんだよ? 最後の一年なんて俺を見る男達の視線がヤバかったもん。今思えば何か伝わってたのかなぁ。ほら、婿探し中とかって。

 

「……はい」

 

 どうしたら良いのかな……全力で逃げれば間違いなく大丈夫だけど、その逃走にターニャちゃんを巻き込みたくない。だいたい全力の魔力強化なんて俺以外に耐えられない訳だし。つまり、お別れだ……

 

 そんな事を考えてたら、愛しいターニャちゃんが立ち上がってお母様達を見た。其処には眩しい笑顔が浮かんでいて、でも何処か哀しそうにも思える。

 

「気が利かなくて……遅い時間ですけど御飯用意しますね。少しだけ待ってて下さい。それと客間はいつでも使えるようにしてますけど、気になる事があるなら言って下さい。その……失礼します」

 

 そう言うと、小さな身体は扉の向こうへ消えて行った。結局俺に目を合わせてくれなかったな……

 

「キーラ」

 

「はい、お任せ下さい」

 

 お母様の一言を受けキーラも立ち去る。何かを察した様な表情だけど、其れを聞く暇も無かった。

 

 なんだろう、おかしいな。力が入らないよ。

 

「ねえ、ジルヴァーナ」

 

「あ、はい」

 

「自由を求める気持ちは私にも理解出来るけれど、きっと幸せがジルヴァーナを包むわ。今は分からないかもしれない。でも大丈夫」

 

「でも、私の知らないところで勝手に進んでいるみたいで……」

 

「国を出た貴女が其れを言うの? どれ程に嘆いたか分からない? 八年よ? 八年もこうして触れたり出来なかった。本当に大きく綺麗になって……私からのジルヴァーナへの愛だけは疑われたくない。心から愛しているのよ」

 

 優しく何度も頬を撫で、そして俺を抱き締めた。

 

 お母様の涙、久しぶりに見たよ。

 

 やっぱり、それしかないのかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あれ? シリアス風味が止まらない。


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お姉様、外堀が埋まる

 

 

 

 

 キルデベルト=コトは魔素通信を終え、軽く伸びをして首をグリグリと回した。最近年齢を感じる事が増えたなと溜息も吐く。

 

 バンバルボア帝国からの特使として、このツェツエ王国を訪れていた。窓からは王都アーレ=ツェイベルンの夜景が見える。大陸が違うとは言え、巨大な国としっかりとした統治に尊敬の念を抱くのは仕方無いのだろう。

 

 議題の大半は順調と言っていい。

 

 貿易、魔物、何よりも超越した生物である古竜への対処。真白のルオパシャ、彼女の存在が認知されていたのは僥倖だった。残る二人の黒きインジヒと紅いシェルビディナンに対しては弱いが、其れは当然で不自然でもない。

 

「此れなら、来る日の共闘も充分に可能だろう」

 

 手元にある紙に書き記しながら、つい独り言ちる。

 

 三十六歳という若さで特使に抜擢されたコト家の次男キルデベルトは優秀である。其れは自他共に認めていたが最初は酷く戸惑った。他にも大勢の適任者は居たし、バンバルボアと渡り合える大国ツェツエが相手だ。

 

 バンバルボア帝国、ツェツエ王国、そして魔国。この三国がそれぞれの大陸最大の国家で、他の追随を許さない力を持つ。保有する軍事力は当然だが、特徴的な部分も多い。

 

 

 

 バンバルボア帝国ーーー

 

 "始原の竜"から連なる国。個人戦闘力に長けた戦士が多く誕生し、今も日々鍛えあげられている。二人の古竜に対する義務と言っていい伝承は、皇族自らを誇り高く厳しく律していた。だからだろう、つい最近でも女神と謳われたシャルカ皇妃や、その娘であるジルヴァーナ皇女が突出した才能を知らしめた。

 

 ツェツエ王国ーーー

 

 歴代の王は名君や賢王として統治。現王ツェレリオは其れが特に顕著で、騎士や要職に女性や貴族でない者をより多く登用した。それにより国力が大きく底上げされたのは内外に知られている。組織的に訓練された騎士団が有名ではあるが、超級冒険者が絶えることなく所属した事で、個の力も侮れない。

 

 魔国ーーー

 

 寒冷な北大陸を纏める魔族の国。他では考えられない強力な魔物が跋扈する危険な大陸だ。人口は非常に少ない。しかし、彼等のほぼ全員が圧倒的な魔法を行使する。強力な魔物に対するため、個々の戦闘力と兵士の質は世界最強と言っていい。そして象徴たる魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンは常軌を逸した力を持つと言う。

 

 

 

 

「だが、新たな時代が訪れる。やはりシャルカ様の仰られる通りだった」

 

 特使の重圧に押し潰されそうなとき、シャルカがキルデベルトに言ったのだ。「陛下に推薦したのは私。大丈夫、万事上手く全うするわ。きっと楽しい事が一杯よ」と。

 

「まさかジルヴァーナ様がツェツエに……フフ、此れも運命か」

 

 まさか全部をお見通しとは流石に思わないが、楽しい……いや、幸せで驚くべき運命が待っていた。幼き頃より常識を覆す魔法を次々に発明し、誰も気付かなかった理論すら諳んじた。当たり前のように古き伝承の真実を確信した程だ。この御方こそが帝国の求めた存在なのだと。始原の竜が齎した加護が、間違いなく皇女殿下に受け継がれた。

 

 先程の魔素通信でキーラ=スヴェトラが嬉しそうに伝えて来たのだ。

 

 帝国の宝珠、水色の瞳、ジルヴァーナ皇女殿下を……遂に捕獲しましたよ、と。

 

「捕獲って……まあ気持ちは分かるが」

 

 最後にそう呟くと、充てがわれた客室から離れて行った。

 

 キルデベルトが向かう先はただ一つ。出来るだけ内密に、しかし確実に伝えなければならない。まだ大きな話にはさせないし、何より噂の真実を確認する必要がある。敬愛する皇族の、そして帝国宝珠の幸福を心から望んでいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「ツェイス王子殿下」

 

 片膝を地面につき、キルデベルトは最敬礼を行った。ツェツエ王国を訪れて二度ほど会話はしたが、大半は儀礼に則った表面上のものに過ぎない。ある意味、今回が本当の顔合わせかもしれない。

 

「特使殿」

 

 ゆっくりと歩いて来たツェイスは、戸惑うこと無く近づいてキルデベルトに接する。場面から考え難い事で、胆力と自信を感じさせる行動だった。なぜなら……

 

 今は夜分で、此処は人気の少ない城内の片隅だ。

 

 内密で話がしたいと言うかなり礼に失する願いを、ツェイスは眉を少し曲げるだけで済ました。そして約束の時間、此処に現れたのだ。ツェツエの城であっても、騙し討ちや籠絡なども有り得る状況なのに、王子に緊張は無い。

 

 素晴らしい……

 

 キルデベルトは許しを受け顔を上げていた。だから目の前に立つツェイスをしっかりと確認出来たのだ。

 

 見事な紫紺の瞳、波打った黄金の髪はまるで金色(こんじき)の草原を思わせる。男性にしては美しい容貌も侮る理由にはならない。珍しい"風雷"の才能(タレント)、卓越した剣技、其れでいながら明晰な頭脳を持つのは明らか。思わず眩しく感じてキルデベルトは目を細めた。

 

「殿下。無理な願いを聞き届けて頂き、心から感謝致します」

 

「いや、夜風も気持ち良い季節だ。偶にはこんな時間と会話も面白い。()は特使殿やバンバルボア帝国にも興味があったし、時に難しい事もあるだろう」

 

 俺と言う代名詞を態と選び、此処は非公式だと伝える。更には、時に難しい……つまり、本音を話す機会を与える含みまで入った。面白い話なのだろうなと見えない圧力すら感じる。

 

「はっ。是非、キルデベルトとお呼び頂ければ」

 

 だからキルデベルトも返した。理解しております、と。

 

「そうか。キルデベルト、ツェツエ王国はどうだ?」

 

「入国前に伺っていた光景を良い意味で裏切られました。温暖な気候、澄んだ水、それに支えられた豊かな大地。きっと朗らかで優しい人々が暮らす国と。しかし、反する様に強靭な騎士団と規律ある御国柄。敬愛する皇帝陛下に叱られますが、羨望の気持ちを持ちました」

 

「出来過ぎな回答だな。此処には俺以外いないぞ? この会話も遺恨を残さないと約束しよう。勿論王族として、だ」

 

「……はっ。では失礼して。我がバンバルボア帝国と()()()()()国なのか、最初は穿って見ておりました。貴方様も両陛下も御優しい。ですが、それが必ずしも国を纏める力とはなりません。しかし、竜鱗騎士団……アレを見せられた時、浅慮を恥じました。個々の戦力ならば帝国が勝る、そう考えておりましたが……」

 

「油断ならないか?」

 

「いえ。頼もしい、と」

 

「面白い表現だ。まるで自国の戦力の如しだな」

 

 笑みを浮かべたツェイスはキルデベルトが何を伝えるつもりなのか理解していない。しかし同時に、この先へ答えがあるのだろうと考えもする。だから紫紺の瞳を鋭く合わせ核心に迫った。

 

「さて、夜風も冷たくなって来たな。話を聞こう」

 

「そうですね……何から話すべきか」

 

 あっさり言葉にすると思っていたツェイスは、ほんの少しだけ意外に感じた。

 

「決して冷やかしや、つまらない好奇心からではありません。それだけは最初にお伝え致します。このツェツエ王国所属の冒険者、魔剣のジル。彼女の事でございますが……」

 

 戦闘に疎いキルデベルトであっても、佇む王子が魔力を無意識に収束させたと分かる。有り体に言えば殺気だろうか。

 

「確かに魔剣はツェツエ王国のアートリスで登録した冒険者だ。知っているだろうが、超級はある意味で不可侵。例え貴国であろうとも、引くべき線は理解していると思いたいが」

 

 隠し切れない警戒と怒り。本来ならば迂闊な感情の発露だろう。何故なら自身の弱点だと喧伝しているに等しい。しかし、キルデベルトにとっては何処までも好ましい心の動きだった。満ちる魔力すら心地良い。

 

「まさか。その様な事は考えてもおりません。殿下と魔剣の恋物語は我が耳にも届いております。ツェツエの危機、古竜襲来、魔族侵攻、全ては魔剣と貴方様の愛ゆえでしょう」

 

「それが冷やかしでなくて何なのだ。言っておくが魔剣の戦闘力は想像を大きく上回るぞ。つまり、彼女の前では控えた方がいい。ああ見えて気が短い時もある」

 

 益々好ましい。その気持ちに偽りは無いと確信出来る。だから、キルデベルトに迷いは無くなった。

 

「ええ、よく存じています。女神の如き美しさを湛えながら、心は純粋無垢な童子と変わりません。ですが、大切なものは決して譲らない強き意思をお持ちの方だ。昔から、それこそ少女の頃から何一つ……」

 

 流石のツェイスも我慢出来ず、キルデベルトから視線が外せなくなった。

 

「……知っているのか? ジルの過去を」

 

「はい。御両親も、身近な者達も」

 

「聞かせ……いや、ジルが口にしない真実を他人から聞きたくない。あとは自分で聞く」

 

「それには及びません。不肖キルデベルトが今お伝えします」

 

「何故俺に……いや、ジルはバンバルボアの者なのか」

 

 怪訝な表情はもはや隠せず、ツェイスは戸惑いながらも問うしかない。

 

「それどころか帝国が紡いできた歴史、その結晶とも言える()()でございます」

 

「なに?」

 

 ニコリと笑い、キルデベルトは語りかける様に話し始めた。

 

「シャルカ皇妃陛下が世界で最も愛するのは一人娘で在らせられる皇女殿下です。しかし世界は不思議に溢れております。皇女殿下は類稀なる才能(タレント)を持って産まれながらも、それはそれはもう自由な方でして。幼き頃から怪我が絶えず、城からも抜け出す毎日……魔法を操る力は飛び抜けておりましたので、御自身の汎用や治癒、属性魔法の全てを操り磨かれていきました。そして十四を数える日、その行方を眩ませてしまったのです」

 

「……それで?」

 

 既に答えは明らかだったがツェイスは次を促した。

 

「どうやって別大陸まで辿り着かれたか、それは分かりません。どんな運命か、このツェツエ王国第二の大都市アートリスの冒険者として身を立て、気付けば最高等級である超級へと最年少で到達。今や魔剣は世界に名だたる最高の冒険者となりました。名と過去をバンバルボアに置き去りのまま……ですが、遂に真名を取り戻された」

 

「つまりジルは……バンバルボア帝国の?」

 

「はい。尊き真名はジルヴァーナ=バンバルボア。ジルヴァーナ皇女殿下で御座います」

 

「ジルヴァーナ……そうか、皇女……」

 

 万感の、幸福の呟きだった。二人を遠ざけていたのはジルの身分。ところが実際にはバンバルボア帝国の皇女だったのだ。つまり、ツェイスと何ら変わらない。そうとなれば王国の貴族連中も反対など出来ない。いや、する筈がない。それこそ不遜だろう。

 

 あの美貌、それでいて飾らない無垢な精神。例え魔剣で無くとも、彼女の全てを愛するツェイスに障害は消え去った。

 

「殿下。一つお詫びが」

 

「何だ?」

 

「ジルヴァーナ様に負けず劣らず、母であるシャルカ皇妃陛下も常識が通用しない方でして……」

 

 言い淀むキルデベルト。少し顔色が悪い。まさか本人がいきなりツェツエに来るとは流石に想像していなかったのだから仕方がない。キーラが居る時点で嫌な予感はしたのだ。

 

「その……既にあの街へ、アートリスに来ております。ジルヴァーナ様と合流済みと、先程……」

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

 左手で顔を覆ったツェイスを誰が責められよう。話したキルデベルトもついさっき頭を抱えたのだから。

 

「バンバルボア帝国の皇妃、つまりツェツエで言うパミール王妃に当たる方が、既に入国していると?」

 

「……はい。何と申しますか、すいません」

 

「皇帝陛下はご存知なのか?」

 

「それが……何も言わずに来たらしく……」

 

 嘘だろう? そうツェイスは表情で語った。下手をしたら戦争ものだ。皇妃と皇女二人がツェツエにいるのだから……

 

 とりあえず思考を放棄して話を続ける。

 

「それで? まだ他にもあるのだろう?」

 

「はっ。シャルカ皇妃陛下からの御言葉をお伝え致します」

 

「聞こう」

 

 再び膝をついたキルデベルトは、恭しく語る。

 

「ジルヴァーナを欲するならば力を証明しなさい。我が娘は安くない。同時にバンバルボアの義務を知り、理解する者だけが相応しい。候補は……」

 

「候補は?」

 

「貴方様()()()()()()()。以上です」

 

 恭しく話しているが内容は無茶苦茶だ。相手によってはいきなり斬られても不思議ではない、其れ程の巫山戯た話だった。ましてや無断で他国に入った者が言う台詞だろうか。

 

 キルデベルトも緊張し、頭を上げる事なくそのまま。たが、耳に届いた声に怒りは無かった。

 

「ク、ククク……ハッハッハ! 流石ジルの母上だな! お会いするのが本当に楽しみになったよ、キルデベルト」

 

「……はっ」

 

「行こう。ジルは俺が貰う。誰であろうと全て打ち負かせば良いのだろう? それに相手も想像がつくし、さしずめ囚われの王女様か。しかし魔剣を捕えたのが実の母とは、アイツは何処までも面白い奴だ」

 

 キルデベルトですら見惚れる、満面の笑みがツェイスに浮かんでいた。

 

 

 

 




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お姉様、すれ違う

 

 

 あの晩の夜光花、綺麗だったな……

 

 まあ勧められた白ワインで酔ってしまって、途中からは記憶が飛んじゃったけど。リュドミラちゃんが笑顔と一緒に連れて案内してくれた花壇、色とりどりの夜光花が咲き乱れていた。

 

 鮮やかな光、点滅、ジンワリと淡い色。

 

 夜空に飾られた星々の様に。

 

 今、俺の視界にあるのは自慢の我が家、その庭だ。光の質も量も、あの夜には敵わないだろう。でも魔力を応用したランタンやランプが日中とは違う幻想的な景色を作り出していた。

 

「ターニャちゃん」

 

 朝食を二人で楽しんだテーブルと椅子。その内の一つに腰掛けたターニャちゃんが振り返る。屋敷内を探したけど見つからなくて、さっきキーラから教えてもらったのだ。早く話をしたかったけど、お母様の相手をしてて時間が随分遅くなっちゃったよ。

 

「あ、お姉様」

 

「夕御飯、本当に美味しかったって。キーラも凄く褒めてたよ」

 

 隣に腰掛けて、もう一度お庭を眺めてみる。ターニャちゃんも俺から視線を外して同じ景色に向かったみたい。

 

「有り合わせでしたけど。シャルカさんの様な高貴な方の口に合う料理なんて思い付かないですから、結局何時もの感じになっちゃいました」

 

「ターニャちゃんの料理はいつも最高だからね? それと、騙されちゃ駄目。お母様は確かにソド家って言う古い名家の生まれだけど、昔はすっごい御転婆だったんだよ?」

 

「そうなんですか? 立ち姿や仕草も素敵で、空気感も凄いなって思ってました」

 

「お母様は水魔法が得意なんだけど、もう一つ使える属性があってね。それはそれは悪戯好きで好戦的な女の子だったらしいわ。昔内緒で周りの人から教えて貰ったから間違いないよ」

 

「もう一つ?」

 

「土魔法よ。気に入らない娘や下心満載の男の子に泥団子をぶつけて泣かせるのが得意技だってさ。街中にも抜け出して、お付きを困らせる毎日だったって。おまけに買食いが大好きだったの」

 

 綺麗なドレスや生意気な男の子を泥だらけにするのが得意技だったのだ。しかも魔法を使った逃亡も巧く、かなりヤバイ娘だったらしい。ジャンクフードもばっちり嗜好品に入ってるし。因みに、若かりし頃の経験は自身の愛娘を捕まえる技術に生かされているらしい。困ったものです、はい。

 

「ふふふ、やっぱり母娘なんですね。お姉様の幼い頃の話を聞きましたけど、まるで生写しみたい。毎日の様に城を抜け出して、泥だらけで帰って来たって。それに、ジルヴァーナ捜索隊の前身は被害者の会で……」

 

「う……そんな事まで聞いたの?」

 

 お母様、余計な話をしすぎ!

 

「はい」

 

 こう言う時のターニャちゃんて楽しそうなんだよなぁ。

 

「理由があるんだよ? 一番は魔法の訓練で、魔力強化だけは城内で無理だったから」

 

「ああ、成る程。だから怪我が絶えなかったんですね」

 

「最初の頃は制御が出来ないから、筋断裂とか骨折とか……壁に激突してオデコから血がピューッて。その分治癒魔法の腕が磨かれたんだけどさ。そんなだからキーラとか皆が私を監禁までしたんだよ? 酷いよね、うん」

 

「それは仕方無いのでは? 皇女殿下が毎日怪我してたら当たり前だと思います……って言うか骨折って」

 

 ジト目だ! それも可愛いぞ。

 

「ま、まあ、兎に角お母様の事は気にしないで」

 

「魔力銀の服じゃないと丸裸になるって以前聞きましたけど、まさか抜け出した街中で……?」

 

 ヒィ……⁉︎

 

「わ、わぁ! 夜のお庭も綺麗だよね、ね?」

 

 あの日は悲惨だった……下着ごと粉々に千切れたからなぁ。全力で上空に飛び上がり、屋根伝いに逃げたのだ。暫くの間、妖精が街に現れたって噂が立ったからね、素っ裸の。ターニャちゃん、呆れたような溜息やめない?

 

「お姉様?」

 

「え⁉︎ ご、誤魔化したりしてないよ⁉︎」

 

「良かったですね」

 

「うぇ? なにが?」

 

 素っ裸が良い訳ないよね⁉︎ 

 

「ツェイス王子殿下との事です。六年前に知り合って、本当ならお付き合いしてた筈だとも。貴族から身分を理由に反対されたらしいですけど、バンバルボア帝国の皇女なら全部解決ですね。色々とアリスお嬢様から聞いたので分かってます」

 

「ツェイスの事……」

 

 ターニャちゃんは前を向いたまま滔々と話している。濃紺の瞳からは感情が見えなくて、何を想っているのか分からない。膝から下の両脚はプラプラと揺れて幼く見えた。

 

「シャルカさんの、お母様のお許しがあるなら、悩みは全部消えてなくなる。私もツェイス王子殿下と話しましたけど、お姉様を拒むなんて絶対に有り得ないですよ。本当に……素敵な夫婦になるでしょうね」

 

 唇は幸せそうに笑う。でも何故か瞳は哀しそうに伏せられた……そんな気がする。ランプの灯りも何だか大人しくなって、ユラリと歪むんだ。

 

「決まった訳じゃないよ……私は……」

 

 するとターニャちゃんは此方を見て、疑問符を浮かべた視線を俺に合わせた。

 

「嬉しくないんですか?」

 

 どうなんだろう?

 

 自意識は変わってないからツェイスと付き合うなんて想像もした事ない。そもそも大好きなのはターニャちゃんなのに。でも、お母様の気持ちや皇族としての義務だって理解出来る。ルオパシャちゃんより遥かに強い竜が二人、当たり前に勝てる気はしない。

 

 例えば今、目の前にインジヒとシェルビディナンの二人が現れて、ターニャちゃんを害そうとしたら……バンバルボアの義務を果たさなかった所為で、抗う戦士が足りなかったら? 俺は酷く後悔するんじゃないか? 大切な、初めて心から好きになった人が苦しんで……ううん、パルメさんやリタ、マリシュカ。リュドミラちゃんやタチアナ様、クロエさんも。キーラやバンバルボアの皆だって……この世界には沢山知り合いが居る。

 

 勿論直ぐに戦う訳じゃないけど、未来に必ず起きちゃう事だ。其れを知ってるのに、ただ好きな様に過ごしていい? 未来の、大切な人達の好きな人や子供達が苦しむ世界。

 

「分からないよ……何が正しいかなんて」

 

 質問の答えになってないからか、ターニャちゃんが怪訝な顔をしたのが分かる。

 

「……聞かせて欲しい事があります」

 

「なぁに?」

 

「お姉様は、ツェイス殿下を大切に想っていますか?」

 

 大切に、か。ツェイスは……何て言えばいいだろう。話し易い、性格だって優しい、其れに本音を出しても笑って相手してくれる。友達だけど、その中でも親友って思える、そんな奴かな。

 

 戦うときだって、安心して背中を預けることが出来る人なんて僅かだし。六年前に会ってから今まで、楽しい時間が沢山あった。

 

「……えっと」

 

 大切と言えば、大切、だよな?

 

「ふふ、もういいです。よく分かりましたから」

 

「え? そう?」

 

 何だか大人びた微笑が浮かんだけど、すぐに立ち上がって表情が見えなくなっちゃった。何が分かったんだろ?

 

「……キーラさんと話す事あったの忘れてました。お姉様、また明日、お休みなさい」

 

「あ、うん、お休み」

 

 そのまま駆け足で走り去るターニャちゃん。最後までこっちを見てくれなかった。ちゃんと答えなかったから怒ったのかな……

 

「はぁ……いつかこんな日が来るかもって考えてたけど、いきなりだよなぁ」

 

 別にバンバルボア帝国が嫌いな訳じゃ無い。むしろ皆が大事にしてくれたし、お姫様気分も沢山味わって楽しかったから。まあ、皇女としての勉強からは逃げ回ってましたけど! 

 

「だって継承権も無かったし? まさかそんな理由で大事にされてたなんて、うぅ」

 

 確かに瞳の色を随分褒められた気がする、今更だけど。はぁ、もっとしっかり話を聞いておけばよかったかなぁ。いやいや、聞いてたら脱走は早まったはず! 「子作り頑張れよ」なんて肩を叩かれたら、全力の魔力強化を使っただろう、服がビリビリに破れても。

 

「でもこのまま有耶無耶にするのか? ターニャちゃんを好きな気持ちに蓋をして……」

 

 吃驚するだろうなぁ。お姉様だと思ってる俺から告白されたりしたら、不審者を見るように睨まれそう。キモいとか言われたら死ねる。

 

「そもそもTS女の子なのか、はっきり聞いてない。中身が男の子なら可能性は高まるけど」

 

 でもなぁ……ターニャちゃんって他の男共と違ってチラチラエロい目で見て来ないし、お風呂とかでも普通にしてた。スキンシップにも動じないから確信が得られないよ。ス、スキンシップか……うへへ。

 

お姫さま(おひーさま)、少し宜しいでしょうか?」

 

「うひぃ⁉︎ キ、キーラ? いつの間に……」

 

 マジで気配が薄いな! 八年前と違い過ぎだよ! "演算"のタチアナ様と近いものを感じる……つまりヤバい、うん。

 

「はい」

 

「吃驚した……はい、此処に座って」

 

「いえ、皇女殿下と同じ席など不敬ですから」

 

「やめようよ……昔みたいに普通にして?」

 

「あの頃は子供でしたから……幸せな日々の思い出としてずっと憶えています。先程シャルカ様の仰られた通り、お姫さま(おひーさま)はバンバルボアの希望。何だか誇らしいです」

 

 いやいや、会った時抱き着いて来たし、"ジルヴァーナに罰を"で嬉しそうに縛ったよね⁉︎ 

 

「じゃあ皇女としてお願い。座って? あ、それより私の膝の上に乗るのもアリ!」

 

 キーラは背が伸びてないし、可愛らしさをバッチリ残している。おかっぱ頭も変わってない。うん、可愛い。

 

「それは……唆られますが、遠慮しておきます。叱られてしまいますので」

 

「お母様に? まさか大丈夫だよ」

 

 慣れてるから!

 

「シャルカ様でなく、ター……いえ、何でもありません。では隣に失礼します」

 

 腰を下ろしたキーラは益々ちっこい。可愛い。て言うかターって何? ま、いっか。

 

「どうしたの?」

 

「シャルカ様から暫く滞在すると伺いました。ですので屋敷の設備を使わせて頂く許可を……それと鍵や火を使えなくて……」

 

「なんだ、そんなこと? 好きに使っていいよ。鍵とかは魔素の操作が必要だけど、後で教えてあげるね。キーラなら大丈夫でしょ?」

 

 ターニャちゃん基準で慣れてるから忘れてた。魔素のパターンを知らないと鍵一つ開けられないもんね。お風呂や水道だって使えなくて大変だろう。当たり前だけど、魔素を目視して、自由に動かして、オマケに消しちゃうなんて無茶苦茶だからなぁ。

 

「魔素の操作ならば嫌でも覚えさせられましたから、多分大丈夫です」

 

 何だかジト目が痛い……ま、まあ昔は色々あったね、うん。

 

「それならお母様にも教えないと」

 

「あ、シャルカ様なら大丈夫です。さっき楽しそうに遊んでました。お姫さま(おひーさま)の部屋、解錠出来たって」

 

「えぇ⁉︎」

 

 あかん! プライベートの危機だ‼︎

 

 しかも……あの趣味全開衣装部屋を見られたら大惨事だぞ⁉︎ 女教師のスーツなんて可愛いものだし……い、いやあの部屋はターニャちゃんすら簡単に開けられない厳重な仕様だから大丈夫な筈。お姉様としての威厳を失う訳にいかなかったから魔改造したのだ。アレは生半可な技術では不可能なレベルだからな。

 

 でも、一応物理的な鍵も用意しよう。何だか嫌な予感がするから!

 

「ん? どしたの?」

 

 キーラが幸せそうに笑ってる。

 

「何だか懐かしくて……お姫さまは凄く大人びた方になりましたけど、変わってないなと」

 

「まあ、背も伸びたし」

 

「その胸、詰め物してないですよね?」

 

「ふっ、天然モノよ?」

 

 思い切りふんぞりかえり、最高のオッパイを突き出す。まあ超絶美人ですから?

 

「やっぱりソド家の血筋でしょうか。シャルカ様も大変立派なモノをお持ちですし……」

 

「まあお母様の血が濃いのは間違いないわね。恥ずかしいけど顔も似てるから」

 

 あの妖しい色気だけは違いますけど。

 

「ふふ、そうですね」

 

「キーラ」

 

「何でしょう?」

 

「八年前、ゴメンね。内緒で居なくなって」

 

「其れは……最初随分腹が立ちました。あと情け無さと。私の存在はその程度だったのかと沢山泣いちゃいましたよ? でも今は、何となく、幸せです」

 

「何で?」

 

「内緒です」

 

「ええ……? 気になって寝られ無いよ」

 

「罰です。八年も私を放って置いたんですから」

 

 ついさっき皇女殿下って敬ってる感じ出してたよね?

 

「綺麗……お姫さま、本当に」

 

 真正面で視線を逸らさずに言われると恥ずかしい。でも、キーラだって可愛いよ?

 

「ん? そう言えば」

 

「はい?」

 

「ターニャちゃんと話す事なかった? この後」

 

「いえ、特には。何故ですか?」

 

 あれぇ? 確かキーラと話すからって駆け足で……急ぎの用事かと思ったのになぁ。

 

「ううん、何でもないの」

 

 何だろ? まあ告白の事も考えないとだし、明日もっと話をしよう、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 




書き溜め出来てないけど投稿しちゃいます。いつも不定期で、読んで貰ってる方には申し訳ないです。


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お姉様、仕事に行く

 

 

 昨日は中途半端だったし、ターニャちゃんと落ち着いて話をしたかったんだけどなぁ。

 

 何だか避けられてる気がする。気の所為?

 

 だって最近日課だったほっぺにチューも断られたし、目も合わせて貰えない。まあお客様が居ますからって言われたらそうだけどさ。でも泊まったのはお母様とキーラだけだし、余り気にしなくてもいいのに。そう言えば他の連中はどうしてるのか聞いたら、アートリスの各所に宿を借りてるらしい。俺の調査には細心の注意を払ってたって。むぅ……

 

 ターニャちゃんお手製の朝ご飯。

 

 お母様は楽しそうに舌鼓を打ってる。バンバルボアで出てくる料理も凄く美味しかったのは憶えてるけど手が込みすぎてるからなぁ。目の前に並んでるのは色合いは鮮やかだけど、決して珍しい感じじゃない。

 

 パン、卵料理には特製のケチャップ、お野菜は軽く火を通してあって甘い。スープはツェツエ伝統の塩辛い濃い目のヤツ。でも味噌汁を少しだけ感じるのが不思議だ。あとアーレでは定番だった魚のフライも添えてある。

 

「本当に美味しいわ。素朴な味の中にしっかりとした風味。普段から下拵えに慣れてないと、こんな深い味わいにはならないから……このスープは独特なのに他が淡い味付けだから合ってる。ジルヴァーナが骨抜きにされるの分かるわね」

 

 だよね! 出汁とかも拘ってるの丸分かりだもん。ケチャップもお手製だから他では味わえません。マジでヤバいのだ。

 

 ほら、料理自慢の旅館に泊まったら翌朝に食べるヤツあるじゃん。白米、味噌汁、焼き魚、海苔と漬物。別に珍しく無いのに滅茶苦茶美味いよね。あんな感じなんだよ、ターニャちゃんの作る料理って。

 

「ありがとうございます。お口に合うかドキドキしてたので安心しました」

 

「その感じ、お世辞だと思ってるでしょう? この娘なら分かると思うけど、私はこんなお世辞は言わないの。ね、ジルヴァーナ」

 

「うんうん、お母様は食べ物に煩いんだよ? 例えば昔なんて」

 

「ジルヴァーナ?」

 

「あ、えと……何でもないです」

 

 怖い……

 

「お茶を淹れ直しますね。先日お姉様が良い茶葉を手に入れてくれたので」

 

「あら、ありがとう」

 

「手伝うよー」

 

 色々お話し出来るし。

 

「いえ、座っていて下さい。大丈夫ですから」

 

 でも、あっさり断られました。可愛いお尻やショート髪を眺めてみるが、結局振り返ったりしなかった。鋭い勘でいつもバレるんだけどなぁ。どうしよう、凄く不安になってきたぞ。

 

「全く……ターニャさんも不安なのよ。そもそも皇女の立場も明かして無かったんでしょ? ()()普通に過ごしなさい。そう言えば冒険者の仕事は?」

 

「え? 今日は別に……ギルドに行くと何かあるだろうけど。えっと、仕事に行ってもいいの?」

 

 逃げ出したりしない様に監禁されると思ってた。だって我ながら心当たりが有り過ぎだからね、うん。

 

「当たり前じゃない。ジルヴァーナはツェツエの冒険者で超級。未だに信じられないけれど、バンバルボアにも噂が届いていた"魔剣"でしょう? 心配ないと言えば嘘になる。でも貴女の才能(タレント)を私はよく知ってるし、最近は遠出や厄介な依頼を避けてるみたいだし」

 

 うへぇ、色々バレてるなぁ。

 

「うーん、分かった」

 

「それに」

 

「ん?」

 

「ターニャさんを置いて逃げ出すの? 無理でしょう?」

 

「う……」

 

 この何でもお見通しな感じ、やっぱり変わってない。街の男共を掌で転がしてきた此の俺を、簡単にコロコロするとは……さすがお母様。嬉しくないけど。

 

「失礼します」

 

 おや?

 

「キーラ、どうしたの?」

 

「お客様です。かなりお急ぎの様ですが、如何しましょうか?」

 

 屋敷の外回りを掃除に行くと出て行ったキーラだったから、だれかと会ったのかな? 来客の予定なんて無かったはずだけど。

 

「誰だろう?」

 

「冒険者ギルドのリタ様です」

 

「リタ? て言うか知ってるの、キーラ」

 

「はい、事前に色々と調べさせて頂きましたので。昨日のパルメ様同様に大切なご友人と理解しております」

 

「……そう。着替えたら直ぐに行くわ」

 

「はい、そうお伝えします。客間でよろしいですか?」

 

「うん」

 

 交友関係から行動まで調査済みかぁ。まあ皇女としてだから理解はするんだけど。束縛は昔の方が酷かったしね。

 

「急ぎみたいだから行って来ます、お母様」

 

「ええ、ターニャさんには言っておくわ」

 

「お願い」

 

 急ぎか。何だろ? そうそう強い魔物なんて現れないし、他にも冒険者は居るからね。でも、どんどんターニャちゃんと話すタイミングが遠のく気がする。急いで帰らないとだな。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

「リタ、おはよー」

 

「ジル! 早く来て! ギルド長が呼んでるの!」

 

 客間の扉を開けた途端、駆け寄られてリタに両手を掴まれた。ソバカスも残る幼い容姿が可愛いけど、真剣な眼差しを見れば下心も消えて行った。

 

「リタ、落ち着いて」

 

「あ、ごめん……」

 

「装備は整えたから大丈夫。向かいながら教えてくれる?」

 

「うん」

 

「キーラ、ターニャちゃんを頼むわね」

 

「はい、お任せを」

 

 如何にも教育の行き届いた使用人、そんな空気を醸し出すキーラを見てリタも戸惑ってるみたい。メイド服も似合ってるもんね。そう言えば、バンバルボアの事を未だ言ってないな。うーん、何て言えば……「俺ってば皇女だったんだよ、ははは」何て冗談以下だろうし。そもそも信じて貰える? あと拡声器オババのマリシュカはどうすれば良いのか分かんない。

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 キーラは屋敷を出る時もピシリとした姿勢のまま送り出してくれた。お母様は気を利かして顔を出さないみたい。懸命な判断です、うん。

 

 チラチラとそのキーラを眺める仕草やその顔も可愛い。家から少しだけ距離を取ると、漸くリタが声を出した。

 

「ジル、貴女まさか」

 

 え? もうバレた⁉︎ 超絶美人のジルだから、高貴なる空気でも溢れてしまったか⁉︎

 

「えっと、あの子はキーラって言って」

 

「ターニャちゃんに飽き足らず、また可愛い娘を拾って来たの? ちょっとドン引きなんだけど。おまけにメイド服、あんな演技までさせて……まさかお風呂に無理矢理連れ込んだりしてないわよね? あと着せ替えさせたり」

 

「うぇ⁉︎」

 

 違う‼︎ そんなことある訳……いや、あるけど。昔はお風呂とかお着替えとか、あとオハヨーのチューも……

 

「マジカヨ……引くわー、ホントまじで」

 

「ちちち違うから! 拾ってません!」

 

「じゃあ、何よアレ。そもそも昨日今日で身につく仕草じゃないし、どっかの金持ちから掻っ攫ったってきた? しかもジル好みのちっちゃな可愛い系」

 

「ひ、人聞きの悪い事言わないで!」

 

 ほら、街中だし周りから白い目で見られてる気がする! と言うか、俺に対してそんなイメージなの⁉︎

 

「……だって絶対に高貴なところで仕えてた感じじゃん。あのキーラって子」

 

 確かにそうですけど! 今は話題をチェンジだ!

 

「ほ、ほら。そんな事よりギルドの用事は?」

 

 今頃思い出したみたいで、ジト目が真面目な色に変わった。

 

「えっとね、ギルド長から詳しい話はあると思うけど」

 

「うん」

 

「西の森で……」

 

 耳を傾けた頃には、遠くにギルドの建物が見えて来た。

 

 

 

 

 到着するや否や、ドワーフが……違った、ギルド長のウラスロ=ハーベイが真剣に伝えて来た。リタは真面目な表情で後ろに立ってる。いつの間にやら俺専属の受付嬢になってるけど、大歓迎なので指摘はしない。

 

「間違いなく"カースドウルス"ですか?」

 

 さっきリタから聞いたけど、中々有り得ない事だから再確認。

 

「ああ、さっきピピが知らせて来た。マウリツ達が時間稼ぎをしてくれているが、相性が悪過ぎる。アレに物理攻撃は殆ど効かないからな。ブランコやブルームが魔法士として唯一対抗出来るだろうが……」

 

「"槍蒼の雨"の皆さんが……確かにマウリツさんの槍やジアコルネリさんの剣では難しい、ですね。ピピさんもナイフ使いでしたし」

 

 槍蒼の雨はリーダーのマウリツさんがダイヤモンド級だから相当上位のパーティだ。双子のブランコ、ブルーム兄弟も魔法士と治癒士として結構有名で、凄腕と言っていい。でも、どちらかと言えば槍と剣をメインアタッカーに据えたパーティだから、相手によっては苦戦する。まあそれでもダイヤモンド級は大抵の魔物を倒しちゃうけど。

 

「ああ。"呪われた大熊(カースドウルス)"相手では倒し切れないだろう。時間も掛けられない」

 

 呪われた大熊(カースドウルス)

 

 元は森の守り神みたいな獣で、巨大な(ウルス)だ。一応だけど魔物の一種ではある。温厚で知性も高く、基本的に草食なエリアの調整役(バランサー)。余所者が調子に乗ると罰を与えにくるらしい。まあ普段は優しい感じかな。ただ大変な子煩悩で、繁殖期には絶対に近づいたら駄目。もし子供を傷付けたら怒り狂って襲って来る。その場合、並大抵の力ではないためダイヤモンド級以上が頑張って追い返すしかない。

 

 そして、子供を万が一でも殺した場合は最悪。自然死以外を親が知ると一気に凶暴性が増し、"カースドウルス"へと変幻する。カースドは半分精霊種となり、付近の死霊を集め始めて一種の軍団を形成。しかも物理的な攻撃の効果が減少し、強力な魔法が必要になる。何より、子供の仇を取るまで諦めたりしない。仇と言っても見境無しだ。

 

 本当に可哀想だけど討伐以外に手が無くなる。ウラスロの爺様が言った様に、時間を掛ければ掛けるほど厄介なのも理由の一つだ。

 

「でも、誰が子供を? ギルドは勿論、ツェツエでも禁止されているのに」

 

 ツェツエの法により、ウルスの住う森での行動には様々なルールがあるのだ。

 

「分からん。出来ればその辺りも探ってくれ。それと……お前にとって、ウルスを殺さないといけない辛い仕事だが……」

 

「ギルド長、直ぐに出ますね」

 

「……ああ。超級"魔剣"ジル。此れは正式なギルドからの依頼だ。呪われた大熊(カースドウルス)を討伐しろ」

 

「はい、お請けします」

 

「リタ、魔剣が受領した。記録して、同時に本部へ報告だ」

 

「はい!」

 

「それでは」

 

「頼む」

 

 リタが心配そうにしてるし、ちょっと気合入れよう。

 

 元は野生の熊みたいなモノだから本能が非常に強い相手だ。下手に知能のあるその辺の魔物なんて全く相手にならない。確かアートリスに来たばかりの頃に一回だけ現れたのは覚えてる。まだ冒険者登録を済まして無かったから、あくまで噂程度だ。

 

 確か"魔狂い"が討伐したはず。まあ魔力馬鹿のエロジジイなら適任だし、驚くことじゃない。

 

 二年前、超級に上がる時に資料は見せて貰ったと思う。あと変態エロジジイからも話を聞いたし。真面目に聞いてたら、いきなり胸を触りやがったから思い切りぶん殴ったのを覚えてる。

 

「何度か森で見かけたけど、確かにでっかい熊だったな……ヒグマの2倍とかあった気がする、多分だけど」

 

 ヒグマの雌でも2m程度だから合ってる筈だ。カースドウルスになると、もう怪獣に近いよな。

 

「いくら魔力銀の服と言えど、衝撃の全ては受け切れないよなぁ。質量は1トンを軽く超えるはずだから、まともに喰らったらヤバい。オマケに死霊達もワンサカ出るだろうし」

 

 その魔力銀の服は細身のパンツに白黒ボーダー柄。袖を肘あたりでクシャクシャってしてあるデザインで女の子らしさを忘れてない。パンツはジーンズにそっくりだけど、足元に向かって細く絞られてる。まあ、今から戦いに行く格好には見えない。薄手のマントと剣帯が無ければ、だけど。

 

 街道から逸れれば、視界には馬車や歩いてる人もいなくなった。

 

 アートリスを出る時は騒がしかったけど、今は静かなものだ。討伐が完了しなかったら街だってタダじゃ済まないかもしれないから、門番の人達も緊張した感じだったし。

 

 行って来ますって視線を合わせたらホッとしてたけどね。

 

 全身に魔力を送ると着ている服が肌に張り付くのを感じる。この瞬間が意外と好きで、気も引き締まるのだ。

 

 魔素感知を行い、距離と方角を確認。

 

「よし」

 

 軽く右脚を踏み出すと、全ての景色が後方へとぶっ飛んで行く。体感では空を飛ぶような感じかな。

 

 マウリツさん達なら大丈夫だと思うけど、少し心配だ。可愛い娘さんも居るし、怪我だってして欲しくない。

 

「今行きますから」

 

 待ってて。

 

 あと、早く帰ってターニャちゃんと話さないと!

 

 

 

 




次は来週末頃に投稿予定


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お姉様、頼りにされる

 

 

 

 

 アートリスの冒険者ギルドへと、呪われた大熊(カースドウルス)の情報が齎される少し前ーーーー

 

 

 

「マウリツさん、特に異常は無いみたいですけど」

 

「……ああ」

 

 若いながらも中々の剣才に恵まれたジアコルネリがぼやいた。しかしマウリツは油断なく周囲を見渡している。

 

 定期的に行われている魔素感知により、おかしな反応を見つけたギルドの依頼。その依頼を受け、森深く調査に来ているパーティは"槍蒼の雨"だ。

 

 当初は偶にある魔物達の騒ぎかと思われた。しかし魔素感知に優れた職員が早朝にも拘らずギルド長に報告を上げたのだ。少しの異常でも報せるよう厳命されていたから、夢の中にいたウラスロは直ぐに起き出して来ていた。因みに、ギルド内にある仮眠室は実質的に彼の部屋になっている。

 

 そして、そのウラスロの勘が囁く。何かがおかしい、と。だから、調査程度には大袈裟と言っていいダイヤモンド級を擁する槍蒼の雨へと依頼をしたのだ。

 

「どう思う? ブランコ、ブルーム」

 

 少し後方から追随していたそっくりな双子にマウリツは問うた。まだ陽も昇ってない為に森の中は夜と同じ暗闇に落ちている。夜目は全員が効くが、日中に比べたら見辛いのは間違いない。

 

「魔素感知に反応が無い。今は大人しいものだが、逆に気に喰わないな」

 

「ああ、ギルド長の勘は馬鹿に出来ない。それに」

 

「それに?」

 

 ジアコルネリは疑問符を浮かべている。

 

「静か過ぎる。魔物の姿がないのも不自然だ」

 

 最初が魔法士のブランコで、相槌を打つように繋げたのが治癒士のブルームだ。双子なのも手伝って暗闇では区別がつかない。若いジアコルネリの為に単純には否定しなかったマウリツ。其れを理解している双子も教えを説く様に返した様だ。

 

 才気あふれるジアコルネリは、ベテラン揃いの皆から絶えず教えを受けている。彼を見出したマウリツは自身への責務だと思っていた。

 

「ピピ、こっちへ」

 

 先頭でパーティを誘導していたのは、斥候を得意とするナイフ使いのピピだ。超級"魔剣"ジルは内心で忍者などと呼んでいるが、本人は当然に知らない。太めの身体に真っ黒な衣服と装備。革鎧すら黒色に染めていた。

 

 前方から視界を逸らさず、ゆっくりと後退して来る。無口だが真面目な冒険者、其れが皆の印象だろう。街中でジルを見掛けた時は気配を消し、ネットリ眺めるのが趣味などとは誰も知らない。

 

「何か気付いた事は?」

 

「嫌な気配。まだ距離ある」

 

「なに? どっちの方向だ?」

 

「あっち」

 

 指差した方角は森の最深部だった。

 

「分かった。全員距離を離さずに行く。ピピは後方で指示を」

 

死霊(レイス)かも。ブルームを前目に」

 

 コクリと頷きながら小さく呟いた。

 

「ブルーム、頼む」

 

「ああ」

 

 霊体には物理的な攻撃が効きづらい。当然幾つかの対処法はあるが、最も効果的なのは"魔法"だ。治癒士であるブルームは死霊(レイス)に特化した魔法を習得している。ブランコの攻性魔法でも効くが、森へのダメージを考慮する必要があった。

 

 マウリツ、ジアコルネリが前に出て、直ぐ後ろにブルーム、続いてブランコ。ピピだけは一番最後で周囲を警戒している。

 

 そして、暫く進むとギルド長の勘が当たった事を全員が知る事になった。ピピの判断の正しさも。

 

「……なんて事だ」

 

 マウリツが呆然と呟く。

 

 括り罠に掛かったのだろう、小さな身体が横たわっているのが見えた。

 

 括り罠自体は珍しく無いが、この森で仕掛ける馬鹿は普通いない。ましてや深部ならば尚更だ。かなり暴れ回ったのか周囲の草木は薙ぎ倒されていて、子供とは言え膂力は凄まじいのだろう。数本は樹木すら折れていた。縄は首に喰い込み、擦り切れた様な血の跡もある。

 

 もう既に息絶えており、マウリツ達の絶望感を誘う。

 

(ウルス)の子供だ。此れは、ヤバいな……」

 

 茶色の毛に覆われているのは間違いなく子熊だった。子供とは言え成人男性程の体躯はある。親熊はどれほどの大きさか考えるのも嫌になるだろう。

 

「何処の馬鹿が括り罠を……いや、親熊は? 魔素感知には……」

 

「違う。いま、()()()()()なんだ……クソが」

 

 ブランコの唾棄を全員が耳にした時、魔素感知を得意としていないマウリツやジアコルネリにも分かった。身体中に鳥肌が立ち、気温すら下がったと錯覚する。それは恐ろしいまでの気配、圧倒的な憎悪。

 

 まだ距離はあるが、ゆっくりと此方に近づいて来る。

 

呪われた大熊(カースドウルス)……」

 

「ど、どうしますか? 子熊の近くに居たら俺達も標的になりますよ!」

 

 普段は自信過剰気味のジアコルネリだが、流石に焦りを隠せていない。パーティ最強のマウリツすら勝てる保証などない強力な魔物だから当たり前だ。しかも堕ちたウルスは霊体や精霊種に近いために、普通の剣など全く意味を成さない。

 

「カースドウルスは標的なんて選ばない。もう動くモノが目に入れば襲って来る。それに時間が経てば死霊(レイス)が増える一方だ」

 

「じゃあ尚更逃げないと! それともブルームさんなら何とかなるんですか⁉︎」

 

 焦りなく首を横に振り、淡々と答える。歴戦の冒険者、その威容はジアコルネリに未だ無い。

 

「一番近い街はアートリスだ。奴ならば気配を辿り直ぐに向かうだろう。あの街には俺達の家族が居るし、お前が最近告白してフラれた娘だっているんだぞ?」

 

「え⁉︎ 何で知って……い、いや確かに……」

 

「ブルームの言う通りだ。今対処出来るのは俺達だけ。腹を括れ、ジアコルネリ」

 

「マウリツさん……でも、どうやって倒すんですか?」

 

 先読みのマウリツ、パーティのリーダーたる彼を尊敬はしているが、不可能は存在するのだ。それとも何か手があるのかとジアコルネリは思う。

 

「今の俺達では無理だな。以前現れたカースドウルスを倒したのは"魔狂い"だ。ブランコも優れた魔法士だが、流石に難しいだろう」

 

「ああ。奴が大人しく待っててくれて、三日三晩魔法を喰らってくれたら何とかなるけどな」

 

 万全の準備を整え、対策を講じたならば僅かながら可能性はあるが……現在の"槍蒼の雨"では困難を極める。

 

「そんな……!」

 

「落ち着け。あの街に誰が居るのか忘れたのか? アイツがアートリスの蹂躙を許す訳がないだろう?」

 

「誰がって……あっ! もう一人の超級"魔剣"のジル‼︎」

 

「そうだ。ジルの才能(タレント)は万能。凡ゆる魔法を理解し、全てを簡単に行使する。古竜や魔王すらも認めた世界に唯一人の冒険者……寧ろ、アートリスに近い森で良かったくらいだ」

 

「「はぁ、仕方無いな」」

 

 双子は綺麗に揃って溜息を吐いた。自分達の役目を理解したからだろう。それを見たマウリツも不敵に笑う。そして決意を秘めた視線を仲間に配った。

 

「いいな? 俺達の役目は時間稼ぎだ。アートリスの女神が降臨するその時まで、な。それとピピ」

 

「分かってる。出来るだけ急ぐ」

 

「ああ、恐らく昼までが限界だぞ」

 

 無言で頷き、ピピはアートリスに向かい走り出した。体に見合わない速度で、すぐに姿は見えなくなる。このパーティで斥候と遊撃を担うピピならば、たった一人でも役割を果たす筈だ。

 

「カースドウルスに通常の剣は効かん。ジアコルネリはレイス共をやれ。以前に教えたのを覚えているな?」

 

「は、はい。常に強気で行けと。魔法でなくても、精神力は剣光にのる」

 

「そうだ。基本的に滅する事は不可能だが、怯ませたりは出来る。逆に心が乱れたり弱ければ奴等には全く効かない。それと距離は一定以上離すなよ? ブルームの指示に必ず従え」

 

「分かりました」

 

 若いとは言え、ジアコルネリも冒険者だ。やるべき事が明確になれば強い意思を宿した瞳に揺らぎはない。

 

「いくぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 最初に現れたのは、青白くフワフワと浮かぶ歪な球体だった。死霊の成り損ない。それは形を保つ事が出来ず、ただ生者に襲い掛かる存在だ。

 

 単体ならば脅威にはならない。

 

 纏わり付かれたら生気を抜かれて力が抜ける。しかし虫を払うように手を振ればあっさりと離れるだろう。無論そのままにしておけば体力を奪われて動けなくなるが。

 

 剣速と踏み込みに自信のあるジアコルネリ、彼の剣閃は死霊を真っ二つにした。半球状になった後、フラフラと別の方向へ飛んで行った。

 

「フッ!」

 

 前掛かりになった体勢をそのまま生かし、次の死霊へと横薙ぎで払う。またもや二つに分離すると、空間へと溶けた。

 

「いいぞ! だが、前に出過ぎるな!」

 

 やはり剣の才に恵まれた男だ。ブルームはそう思いながら檄を飛ばしている。通常ただの剣で消滅などしない。

 

「は、はい!」

 

「ブルーム! 東側だ!」

 

「分かった‼︎」

 

 そしてマウリツは短槍を操りつつも、戦場の全体を把握している。見れば東側から死霊の群れが近付きつつあった。森の中では長い槍が邪魔になるため、この調査を請けた時に用意していた装備だ。長さが劣る分、長所である間合いは狭まる。しかし、速さと小回りは秀でるのだろう。的確に死霊を捌きつつも、少しずつ前へと進んでいた。

 

「ジアコルネリ! 人型した死霊の視線から逃げろ! 精神へ攻撃を受けるぞ!」

 

「了解!」

 

 距離を取ったまま、樹々の端から覗き見る死霊。球体とは違い、何とか手足と顔が判別出来る。全く動かず、ジッと此方を見ているだけ。だが、それが恐ろしい。所謂"幽霊"ならば、此方の方がしっくりくるだろう。

 

 ジアコルネリはマウリツからの助言に従い、草木を遮蔽物としながら位置をずらして行く。

 

「ウルスは……ブランコ! 姿を見たか!」

 

「いや! 少し先で止まったようだ!」

 

「何故……いや、子熊か」

 

「多分間違いない! より怨みを強くして来るぞ!」

 

 ブランコは魔素感知を行い、ウルスの場所を特定していた。きっと息絶えた子供を憐れみ、そして怒りを溜めている。直ぐに生きとし生けるものに襲い掛かってくるのは間違いない。

 

「魔素感知を続けて動いたらすぐに知らせてくれ! その時は少しずつ後退して時間を稼ぐ!」

 

「ああ!」

 

 思ったより呪われた大熊(カースドウルス)の動きが鈍い。これなら十分な時間を稼げるかもしれない……短槍を振るいながらもマウリツは思考する。楽観は厳禁だが、魔剣の非常識な力を知るからこその思いだった。

 

 その時、焦燥の色濃く混じった声が横から聞こえた。声を荒げたのはブランコだ。

 

「くそったれ! 群体(レギオン)が生まれるぞ‼︎」

 

「何だと⁉︎」

 

 群体(レギオン)

 

 霊体が寄り集まって新たな個体へと変容する。個々の個性は失われ、嫌悪感が湧き上がる身体を受肉するのだ。

 

 見た目は赤黒い肉と血走った目と手足の集合体と言えばいいだろうか。肉団子の様に丸く、空中に浮かびながら歪に脈動している。目は数十もあり、死角は無い。其々がギョロギョロと四方を睨み付けて獲物を探し始めた。

 

 何より……此方からの剣や槍、弓矢は効かない癖して、魔法だけで無く物理的に攻撃すら行うのだ。肉片を飛ばしたり、丸い巨体でぶつかって来たりもする。カースドウルスには及ばなくとも、かなり強力な魔物に分類されている死霊の一種だ。

 

「ウルスの怨みが呼んだか……くっ」

 

 悪態を吐きたくなったマウリツだが、今も必死で剣を振るジアコルネリを見て思い止まった。しかし状況は最悪と言っていい。レギオンを相手取りながらカースドウルスを牽制するなど不可能だ。

 

 ヌチャヌチャと血が滴り、断末魔の様な悲鳴がレギオンから伝わって来る。心の弱い者ならば、それだけで精神をやられるだろう。

 

「何とかウルスが来る前に……」

 

「マウリツ! ウルスが動き出したぞ‼︎ まだ時間はあるがこっちに向かってる!」

 

 そして、その僅かな希望すら砕け散る。時間稼ぎどころか全滅も頭に浮かんだ。予定の昼まで到底保たない。

 

 絶望が迫る。

 

 だからだろう、希望はあっさりと舞い降りた。

 

 水色の槍、いや……美しく精緻な氷柱で構成された魔法が幾本も突き刺さる。奴が持つ魔力の障壁すら簡単に貫いて。ほんの一瞬でレギオンは霧散した。

 

 そしてその水色は次々と射出され、残る死霊達も消えて行く……

 

「間に合ってくれたか……」

 

 靡く長い髪、そして隔絶した美貌すら視界に入った。

 

 もう間違いようが無い。

 

 絶望の戦場に降臨した、アートリスの女神だった。

 

 

 

 

 

 




次回も来週末頃の予定です


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お姉様、参上する

 

 群体(レギオン)を貫いた氷の槍は、地面や樹々に突き刺さる前に消えて行く。対象物以外には全く影響を及ぼしていない。

 

 それが如何にとんでもない事か、ブルーム達はもちろん魔法士でないジアコルネリすらも呆然としていた。

 

 例えばブランコは森へ過剰な傷を負わせないよう気を使っていた。撃ち出した魔法の行方など配慮出来ない。強力なモノを放てば木は折れ、地面は抉れて悲惨な結果を生むだろう。火属性などを使えば、パーティも火炎に巻かれる危険があるのだ。

 

 だが、アートリスの女神が繰り出す魔法は全ての常識を覆してしまう。

 

「此れが、魔剣……」

 

 ブランコの呟きを拾ったマウリツは、呪われた大熊(カースドウルス)がゆっくりとは言え迫り来るのも忘れて思い出していた。

 

 数年前の、超級冒険者"魔狂い"フェルミオ=ストレムグレとの会話を。

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 皺くちゃの顔を更に歪める老人は、禿げ上がった頭へ水に濡らした布を当てている。たんこぶは赤くなっていたから、かなりの衝撃を受けたのだろう。

 

「ぬぉぉ……まだ痛い……」

 

「くだらない真似をするからだ」

 

「あれ程の尻が目の前で揺れたのじゃ。この手が無意識にだな……」

 

「歳を考えろ、歳を。孫娘みたいな年齢差だろうに」

 

「儂はまだ現役じゃ!」

 

「だからと言って、いきなり尻を撫でる理由になるかよ。ジルがあんなに怒ったの初めて見たぞ」

 

「あの反応……前からもしやと思っておったが、やはりあれは生娘じゃな、間違いないぞい。クフフ」

 

 濡らした布を頭に乗せたままに気色悪い笑いを溢す爺様。マウリツも頭を叩きたくなったが誰も責めたりしないだろう。

 

「……変態爺いめ。あの美貌で男を知らん訳がないだろう。普通ならば誰一人放っておく訳がないからな」

 

 常識外れの戦闘力が無ければ、アートリスの街は阿鼻叫喚の戦場になったかもしれない。ジルを取り合って。

 

「いーや、儂の豊富な経験が囁くのじゃ。ジルはウブじゃとな。最初に尻を撫でたとき、暫く固まっておったじゃろ? アレは慣れておらぬ娘の反応での」

 

「ああ、そのあとぶん殴れたんだったな。その阿呆な頭を」

 

 数秒固まっていたジルは珍しい叫び声を上げて、腕を振り回していた。変態爺いは器用にその攻撃を躱し更なる追撃を加える。背後に回り込みナデナデ、或いはツンツン。思い返してみても、とんでもない爺様だ。

 

 混乱から立ち直ったジルが魔力強化を行い、流石の爺いも逃げきれなくなった。

 

 彼女は五人目の超級。

 

 ギルドに任ぜられたジルが一階に降りて来たとき、偶然に出くわしたのだ。マウリツは依頼の内容を確認して仲間達に向かい、其処に知り合いの爺様が合流していた訳だ。

 

 柔らかな笑顔を浮かべたままジルが挨拶する。史上最年少、女性、何より冒険者になって年数も経っていない。街の話題を攫い、誰もが注目していた。若さは傲慢を生んでも不自然ではないのに、ジルは変わらず謙虚なままだった。

 

 此方に向かって「マウリツさん、改めて宜しくお願いします」と頭すら下げるのだから笑うしか無いだろう。

 

 丁度その時、いつの間にやら背後に立っていた爺いが尻を撫でたのだが。まあ女性としては背の高いジルだから、小柄な爺様の目の前で尻が揺れたのは分かる。だからと言って、いきなり撫でる変態は居ない筈。ましてや相手は世界最強の一角、超級だ。

 

「えっ?」と呟いたあと固まっていた時は、若き女性にしか見えなかったけれど。

 

 見事にフェルミオをぶん殴り、真っ赤な顔でギルドから出て行ったのがつい先程だ。因みに、普段の凛とした姿が印象強いから、頬を赤く染め恥ずかしがるジルを見て悶えていた。マウリツも可愛らしいなと思ってしまったから否定はしない。

 

「しかし万能(ばんのう)か。言い当て妙だな」

 

 以前より皆が話していた事ではあるが、正式に彼女の才能(タレント)の名がギルドから発せられたのだ。それを耳にしたマウリツは目の前に座る爺様に投げ掛けた。

 

 随分前になるが、二人はパーティを組んでいた事もある。そのため年齢を越えた友と言える相手だ。だが、いつもニヤニヤと笑っている表情は顰めっ面に変わった。

 

「フェル爺、気に喰わないのか? まあ最強の座を"魔狂い"から奪ってしまうかもしれない女性だから仕方無い」

 

「阿呆め、そんな訳があるか」

 

 フェル爺……"魔狂い"のフェルミオは益々苛立ちを露わにする。

 

 マウリツは長身だが、それを含まなくても随分と小柄な翁だった。歳でもあるため背中も丸まり、禿げ上がった頭はツルツルだ。顎髭だけは綺麗に整えてあって、真っ白な逆三角形。

 

 濁った灰色の瞳は垂れ下がっていて、初めて見た者は隠居でもした穏やかな好好爺に思うだろう。まあ本性を良く知るマウリツは騙されない。

 

「その内"魔剣"の餌食になっても知らないぞ」

 

 五人目の超級の二つ名は、魔剣。永らく最強の座に君臨していた"魔狂い"を超えると噂される、去って行った美人の笑顔が浮かんだ。

 

「あの尻は何度撫でても飽きん。適度な柔らかさ、ツンと持ち上がった肉、何よりあのウブな反応。堪らんわい。一晩で良いから相手をしてくれんかのぉ。その辺の青二才よりずっと巧いぞ儂は。我が経験の全てで抱くんじゃが」

 

「……相変わらずの好色な爺様め。吊るされてしまえ」

 

「それだけの価値があるんじゃ、至高の尻と胸じゃからな」

 

 尻や胸に"至高"などと形容するのを初めて聞いたマウリツは深い溜息を吐く。まあ確かに常軌を逸する美貌だとは思うが、同時にジルへ同情の念も抱いた。こんな変態爺いに目を付けられた不幸に。

 

「で? 何だ?」

 

「簡単じゃ。彼奴(きゃつ)の才能を示すには些か足りない、いや微妙だと思ってな」

 

「微妙? だがジルは汎用も属性も、治癒すらも簡単に操る万能性が知られているし、寧ろそのままだろう?」

 

 今度は魔狂いが溜息を漏らす。

 

「お主も分からんか。それでダイヤモンド級とは、糞ガキの頃から成長しとらんの」

 

「もうおっさんの俺を捕まえて糞ガキはやめてくれ」

 

「ふん、糞ガキは糞ガキじゃ。ジルの、魔剣の力はそんな矮小な話では説明出来んぞ」

 

 変態で色狂いなフェルミオだが、魔法に関してだけは妥協を許さない。そんな彼が羨望を隠さないのだ。マウリツは酷く興味を唆られた。

 

「じゃあ、フェル爺ならどう名付けるんだ?」

 

「儂に名付けの素質など無いが……そうじゃな、魔力"奏者"、固く言うなら"魔力を識る者"かの」

 

「識る者……魔力奏者か。しかし魔力の事ならばフェル爺こそが代名詞だと思うが……ジルも魔法は勝てないと言っていたぞ?」

 

 超級"魔狂い"は規格外の魔力を操り、"殲滅"と呼ばれる広域破壊魔法を好んで行使する。その力は広く知られており、ツェツエ王国の戦力の一角を担う程だ。

 

「あ奴らしい台詞回しじゃの。良いか、魔素感知も属性を無視した行使も、そしてあの出鱈目な魔力強化でさえ、全ては()()()に過ぎん。確かに"万能"な魔法を操るが、それは齎された結果でしかないのじゃ。根幹は現出する魔法ではなく、その"在りよう"と言えばよいか」

 

「ややこしいな。結果、副産物ねぇ……もう少し分かり易く説明してくれ。俺は魔法に詳しくない」

 

「はぁ、仕方無いの。そうじゃな、お主に分かり易く噛み砕くと……ふむ、魔法士を絵描きと仮定するんじゃ。確か絵画に拘りがあったじゃろ? 

 

「まあ、嫌いじゃないな」

 

「我等が火魔法を放つとき画布に赤い色を塗る。画家が絵筆を片手にする様に、な。注意が必要なのが出来るだけ均一に、可能な限り同じ濃さで行う事じゃ。そして、魔法は描く速度や精度で威力に差が付くと思え」

 

「ああ」

 

「普通は真っ赤に染まった画布を眺め、此れはメラメラと燃える炎だぞ、凄く熱いんだ、触れたら危険だからなと頑張って説明する訳じゃ。儂ですら、画布の大きさや色の濃淡が違う程度……じゃが至高の尻、ジルの場合その様な事はせん」

 

「……どうするんだ?」

 

「豊かな大地と生命力に溢れた森。薪を焚べ、夜と風を感じる。焚き火には揺れ踊る赤い炎、その周りには酒を片手に談笑する者達を描き、其れを眺める自身も火の温かさを感じるじゃろう。つまり、此れが炎なんだと説明など要らん。世界は()()としか受け取らんからな……指先に咲く灯火も、街を焼き尽くす業火も、彼奴ならば思うがままじゃ。何故ならば、その様に描けば良いのじゃから」

 

 マウリツは寒くも無いのに何故か鳥肌が立った。全ては理解出来ない。それでも話す言葉の持つ意味に震えたのだ。まさに世界が違う、フェル爺はそう言っている。魔法や魔力ならば"魔狂い"に聞け、其れ程に讃えられる超級冒険者が。

 

 何より一言一言に羨望が混じっていた。そしてこの話題に剣技は含まれていない。魔剣の持つ力の半分しか語っていないのだ。最強の座は誰にと街やツェツエ国内ですら噂に上るが、当の本人は既に答えを出していたのだろう。

 

「儂にも……いや、誰にも見えない世界じゃよ。()()()()()宿()()()は生まれながらにして其処に在る。だから、色彩の違いや画布の大小、速度も何もかもが些細な事。分かるか? 様々な魔法を操る事は奴にとっては絵具をちょこっと変えるだけに過ぎん。真髄を誰一人理解出来ず、副産物でしかない"万能"では全てを説明出来ない訳じゃ。ほほ、笑うしかないじゃろう?」

 

 丸まった背中を揺らし、小さな身体で笑う。この時だけは好色変態の爺様では無い。英雄に憧れる童子の様に笑みを浮かべ、真っ白な顎髭すらも楽しそうに揺れていた。

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 ジルの話自体は僅かな時間だったが、今も鮮明に浮かぶ。フェル爺の言っていた事はコレなのだと、次から次へと行使される魔法が証明して行った。

 

 そう、攻性の魔法なのに何処か美しさを纏う。

 

「奏でる者……奏者、か」

 

 ならば今眺めているのは天上の音か、或いは絵画なのか。いや、気高き叙事詩が謳う英雄譚かもしれない。アートリスの女神は瞳の色にも負けない氷の魔法を放つ。

 

 そして、マウリツの隣に音もなく降り立った。

 

 白金の長髪がフワリフワリと舞い、甘い花の香りが漂う。汗一つ零れていない横顔には途轍も無い美と輝く水色。女性らしい身体の線に嫌でも視線が奪われ、魔力銀で編まれた衣服は彼女が冒険者だと示してくれない。

 

 さっきまで暗くて恐怖を嘲笑う森だったのに、樹々は世界を彩る背景に変わってしまった。

 

「マウリツさん、お待たせしました」

 

 そして、声すらも綺麗だ。

 

「いや、丁度だよ、ジル」

 

「良かった。大熊(ウルス)の動きは未だ鈍いみたいですけど、此方は捕捉されてますね。ゆっくり向かって来ています」

 

「ああ。情け無い話だが、頼むよ」

 

「はい。あの……子熊は?」

 

「見つけたよ。括り罠に嵌っていた」

 

「括り罠……そうですか」

 

 普段から余り喋らない魔剣だが、表情は豊かで心内は分かり易い。最近仲良くなったリタ嬢と話している時は幸せな笑顔が浮かぶ。いや、公称妹であるターニャと二人の時は非常にだらしない顔すらしていた。

 

 今浮かぶのは、怒り、悲哀、そして覚悟だろう。

 

 そう、討伐などしたくない相手なのだから。それでも、堕ちてしまったウルスにそれ以外の手段など存在しない。

 

「……皆さんは討ち漏らした死霊(レイス)をお願い出来ますか? 暫くはウルスに集中しますので」

 

 いつの間にか、右手には魔力銀の剣が在る。

 

 槍使いのマウリツだが、そんな彼が見ても斬れ味は悪そうだ。刃も立っていないし、剣独特の鋭利な空気も感じない。だが、一度(ひとたび)彼女の魔力を帯びれば……そう、古竜の鱗すら両断する()()と化すのだ。

 

「任せてくれ」

 

「はい 」

 

 その剣技は超級冒険者"剣聖"や、ツェツエの剣神とも互角に斬り結ぶと言われる。

 

 その時、地響きが届いた。

 

 森の奥から巨大な影がゆっくりと近づいて来る。太い両腕でベキベキと樹々をへし折り、脚は柔らかな地面にズブリと埋まる。眼は真っ赤で森の薄闇に妖しく光っていた。

 

 大人二人分、其れ程の高さに顔がある。

 

「……ごめんね」

 

 マウリツに届いた呟きは無意識だったのだろう。決して涙は溢れていない。それでも……頬を伝う雫が見えた気がした。

 

 

 

 

 




偶にジルを格好良く書きたくなる。不思議です。


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お姉様、帰れない

 

 

 

「うわぁ、あれって群体(レギオン)じゃん……アイツってキモいんだよなぁ」

 

 まだ遠いけど、樹々の合間に見えちゃったのだ。

 

 マウリツさん達は無事みたいだから其れは良かったんだけど。

 

「しぶとくてグロいし、近づいたら臭いもん」

 

 赤黒い肉玉? 何て表現すれば良いか分からないけどそんな感じ。大小沢山の眼がギョロギョロしてて、手や足があちこちからニョキニョキ生えてるから肉玉と言われると違う気がするかな。

 

 何より、死霊(レイス)の一種なのに受肉してるから触れるのが気持ち悪い。グチャグチャネチョネチョしてるから尚更……うーむ、脳内だけど擬音ばかり喋っちゃったよ。

 

「それに何故かエロいし」

 

 ずっと昔、レギオンに遭遇した時は最悪だった。

 

 バンバルボアにいた頃、城を抜け出した夜。暑い日だったから肝試しでもしようと考えたのが駄目だった。詳細は思い出したく無いけど、油断して捕まって……ヌチャヌチャヌルヌル、間一髪! そんな感じ。俺に触手プレイの趣味は無いと言っておこう。

 

「剣でも触れたくない。と言うか近づきたく無い」

 

 そんな訳で魔法を準備。何でも良いけど氷かな。森の中だし、本当なら水魔法が適してるかもだけど何となくイヤ。ほら、誰かさんのお母様を思い出すから。

 

「よいしょっと」

 

 鋭い氷柱を三本射出。キラキラ綺麗だけど無茶苦茶頑丈なんだよ? おっと、森を傷つけたくないから突き抜けたヤツは消してっと。うーん、消しゴムで擦る感じ? いや違うかな。

 

「うげぇ……まだ生きてる」

 

 マジでキモいな。元の世界に棲息していた最強生物Gに匹敵するよ。追加を差し上げますから、早く消えてください。

 

「マウリツさん、お待たせしました」

 

 そして格好良く参上! 超絶美人のジル! 髪はフワリとさせて、キリリとした横顔に気を配るのだ。敢えてマウリツさんを見ないのが大事だと思う。イメージは召喚された精霊みたいな? 最高のジル、その演出は重要ですよ?

 

「いや、丁度だよ、ジル」

 

 おお……マウリツさんってば相変わらず渋いぜ。台詞も格好良いもん。ハードボイルド系主人公が似合うよきっと。ほら、煙草と酒、銃? ハリウッド映画とかにいそう。

 

「良かった。大熊(ウルス)の動きは未だ鈍いみたいですけど、此方は捕捉されてますね。ゆっくり向かって来ています」

 

「ああ。情け無い話だが、頼むよ」

 

「はい。あの……子熊は?」

 

 呪われた大熊(カースドウルス)が出現した以上、原因が有るよね。

 

「此処から少し離れているが見つけたよ。括り罠に嵌っていた」

 

「括り罠……そうですか」

 

 括り罠? どこの馬鹿だ、そんな事するなんて。ウルスの居る森だから禁止されてるんだぞ? 捕まえて罰を与えないと……

 

 兎に角、今は討伐するしかないか。

 

「……皆さんは討ち漏らした死霊(レイス)をお願い出来ますか? 暫くはウルスに集中しますので」

 

 魔力を剣に注ぐ。刃に変化は無いけど万遍なく纏わせたらOKだ。いきなり全力にはしないよ? 本気で魔力を通すと斬る時の感触や抵抗が感じられないから色々とヤバいのだ。それに相手の出方も分からないままだと拙い時もある。

 

「任せてくれ」

 

「はい 」

 

 せめて早く終わらせよう。

 

 普段は温厚な熊だから可哀想だよな……子熊と一緒に埋葬してあげないと。

 

「……ごめんね」

 

 あっ……つい溢しちゃった。何時もの演技じゃ無いから何だか恥ずかしいぞ。うぅ、もしかしてマウリツさんに聞こえたかな? そっと横を見たけど気付いて無いみたいだ。ふぅ、良かった良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マウリツさん達が散開したから言葉遣いは大丈夫なんだけど……

 

「デカくない?」

 

 想像以上です。

 

 森の奥から現れた母熊だろうウルスの体高、二階から見下ろされる感じ……熊らしい四足歩行は忘れてしまったんだろうな。

 

 身体は茶色い毛に覆われてて、ずっと開いたままの口には鋭い牙がズラズラと並んでる。上半身が特に大きいから足が短く見えるな、その分太いけど。あと爪が剣みたいに長い。それと半分精霊種に近付くって話だけど、パッと見は普通だ。

 

 ただ、本来なら円らな瞳も真っ赤に光って凄く怖い。

 

「うわぁ、目が合った」

 

 ぶっとい樹も簡単にへし折ってるし、捕まったら終わりだろうなぁ……ジルちゃんの細い腰なんてポキリだよ、うん。

 

 あ、最初のターゲットが決まったみたいです。俺に。

 

「ヴヴヴゥ、ギギギ……」

 

「もう熊の声じゃない……可哀想に」

 

 多分正気も失っているんだろう。

 

「物理的な攻撃には勿論だけど、魔力に対しても抵抗力が高いらしいし、苦しめたくない。一思いに首を落としたいけど届かないな……」

 

 そんな風に観察している時だった。

 

 剣が生えてると錯覚してしまう手で、隣に立つ樹を力任せに殴った。そして膂力が尋常じゃないんだろう、大した抵抗も見せずに擦り抜けたと感じる。当然に太い幹が折れてこっちに吹き飛んで来た。

 

「わっ⁉︎」

 

 想像を超えるスピードだったから慌ててしまう。魔力強化を済ませていたから問題は無かったけど……

 

「森の守り神みたいな熊なのに」

 

 素早く横に躱して距離を取る。しかし、本当なら森を蔑ろにする様なヤツを許さない獣なんだけどな。何だか哀しい。

 

「魔力強化してるのに補足されたままだな。多分眼で見てない。魔素感知の一種か、変容した魔力の所為かも」

 

 これ以上はウルスだって望まない筈だ。心を失って森を傷つけるなんて。そう思って魔法を放つ。生成したのはさっきと同じ氷の槍を二本、そしてタイムラグ無しで射出。放った俺には見えているけど、実際には目にも留まらぬ速さってヤツだ。丁度こっちを確認してたマウリツさんは勿論、ウルスも反応出来ていない。だけど……

 

「……消失した?」

 

 両脚を狙ったけど、当たる寸前に消えてしまった。一瞬だけ拮抗した様に見えたけど、その後は一方的な感じかな。うーん……

 

「多分魔力が足りない? 変則的な障壁かな」

 

 正直余り経験のないタイプの防御だ。

 

 これが物理的にも魔法にも耐性が有るって言われる理由みたい。強力な魔法を求められるのは、防御を抜けるだけの魔力が必要だから。でもそうなると制御に問題が出る。どうしても森にダメージが出るし、マウリツさん達を邪魔してしまうかも。

 

 魔狂いのエロジジイが言ってたなぁ……呪われた大熊(カースドウルス)を相手にしたら余計な容赦や情けは捨てろって。それが一番の償いなんじゃって。あの瞬間だけは真面目な顔してた。

 

「仕方無い……か」

 

 一気に駆け出す。遠かったウルスの身体がグングンと近付き、視界には下半身しか見えなくなった。それだけデカイのだ。強化した剣を横で構えて、足元を抜ける瞬間振り抜く。速度も合わさって我ながら凄い斬れ味。僅かな抵抗、生き物を斬った感触はしない。近いのは鎧とか岩だろうか。

 

 可哀想だし残酷だけど脚を切断した。当然に立っていられなくなりウルスはバランスを崩す。やはりもう普通じゃないのか、悲鳴すら上げない。ただ、恨みがましい視線を俺に向けるだけだ。

 

 質量が凄いからか、倒れた瞬間少し地面が揺れる。そして、自らの脚すら無視して腕を振り回して来た。でも予測済みだから、その場所にもう俺はいない。

 

 背後に周り跳躍。

 

 流石のカースドウルス、もう俺に気付いて腰を捻るのが見えた。凄いな……この速度でも反応出来るなんて。間違いなくバックブローの如く、裏拳の要領で攻撃する気だろう。

 

「……危ない‼︎」

 

 空中に居る俺では避けられないと思ったのか、マウリツさんの心配そうな声が耳に届く。嬉しいけど大丈夫ですから。

 

 魔力弾を目の前に生成し、回転してくる腕……正確に言うと肘辺りに当てる。ただの魔力だけど、純度も密度も殲滅魔法に近いレベルだ。最初の魔法と今の剣で大体の防御力は理解したからね。そしてこれも予想通りに障壁を抜けて、破裂音が森に響き渡った。

 

 これにはウルスも耐えられず、逆方向に反力が働いて腕がへし折れた。まあ一種のカウンターだったし……くそ、ここまで残酷な攻撃なんてするつもり無かったのに……

 

「ゴメンな……本当の仇は見つけ出して、必ず償わせるよ」

 

 延髄に向けて剣を薙いだ。この瞬間だけ全開に強化しているから、さっきの様な抵抗を感じない。文字通り空気を斬った感触だけ。

 

 勢いのまま着地、瞬時に魔素感知。残る死霊の位置を把握して魔法を放った。まだジアコルネリとか双子が戦っているのは分かってる。でも、何だか早く済ませたくなったのだ。あれ……何だか気持ち悪いし、ちょっとイライラしてるなぁ。

 

 死霊達の末路も確認する気が起きず、少しだけ目を瞑る。んー、無意識だったけど胸元に手を添えてるな、俺。

 

「ジル……大丈夫か?」

 

 無言で佇んでる風だったからマウリツさんが声を掛けてきた。でもちょっとだけ待って欲しい、いつものジルに戻るから。思い切り深呼吸して握ったままの剣を鞘に戻す。あれ? 右手に力が入ってたのか、ちょっとだけ痛い。

 

「……すいません、いきなり魔法を」

 

 場面に寄っては危険だもん。接近戦をしていたマウリツさんやジアコルネリには迷惑を掛けないようにしたけど、警告もしなかったのはモラルに欠ける。

 

「気にするな」

 

 よし、落ち着いた。ゆっくりと振り返って笑顔を浮かべる。ジルはいつも綺麗じゃないとね!

 

「討伐完了ですね。槍蒼の雨の皆さんに怪我は無いですか? 治癒魔法なら使えますから任せて下さ……あっ、ブルームさんが治癒士でしたね。私ったら忘れてまし……」

 

「もういい、もういいんだ」

 

 マウリツさんはそう言うと、俺の両肩を優しく摩った。周りにはいつの間にかだけど全員が揃っている。ジアコルネリ、ブランコブルームの双子、珍しくピピも。

 

「少し休んでいろ。母熊は子供と一緒に埋めて来る。その方が良いだろう?」

 

「……手伝いますね」

 

「おいおい、助けて貰った上に討伐までさせて、おまけに休憩も無しなんて俺達の立場を考えてくれ。頼むよ」

 

 自然にエスコートされ太い樹の根元に腰を下ろされた。何となく抵抗出来なくて、そのまま座ってしまう。

 

「でも……」

 

「じゃあ役割分担だ。周囲の警戒はジルに任せていいか?」

 

「あ、はい」

 

 言われなくても街を離れたら度々魔素感知をしてるけど。

 

「何かあったら呼んでくれ。ジアコルネリ、皆、行くぞ」

 

 何かを言いたそうなジアコルネリを連れてマウリツさん達は去って行った。此処からは母熊の遺体が見えない。樹の反対側に座ってるみたいだ。

 

 さっきまで沢山いた死霊も消え去り、いつもの森が視界に入る。

 

「綺麗だな……」

 

 陽の光が所々に降りて来て、少しだけ明るくなった。

 

「何だっけ? 天使の梯子、薄明光線……忘れた」

 

 日本で習った筈だけど覚えてない。頭の良いターニャちゃんだったら分かるかも。いやいや、異世界転生の秘密はバレてないんだから、聞いたらおかしいだろう。俺は綺麗で格好良いお姉様じゃないと駄目なのだ。

 

「そう言えば最近TSイベントで遊べてないなぁ。お風呂も着替えも予想と違ったし。うーむ、残るイベントって何だろ?」

 

 ラッキースケベを発生させる? でもターニャちゃんって冷静に対処しそう。もし反対の立場だったら超絶美人相手に普通で居られるかなぁ? 俺だったら絶対無理って断言出来ます。そう考えるとターニャちゃんヤバいよな。本当にTSした元男の子なのか自信が無くなっちゃうよ、うん。

 

「ん? あれは」

 

 ターニャちゃんの超可愛いお尻を幻視していたら、視線の先に光る物を見つけた。少し距離はあるけどその正体も分かる。下ろしていた自慢のお尻を上げ、テクテクと歩けば到着だ。

 

「括り罠か。一部に魔力銀を応用したヤツだな。強制的に締まり続けて獲物を……」

 

 一度罠に掛かると魔法による解除しか脱出は不可能だろう。勿論知識のある人間ならば他にも方法はあるが、例えば()()だったら無理だ。

 

「魔力銀なら追えるかも……それに新しい。つまり仕掛けた奴は近くにいるか回収に来る筈」

 

 魔力を送るとゆっくりと金属の混ざった天糸(てぐす)が締まる。まあ天糸と言っても魔物から取れた糸だけど。

 

 この感じなら幾つも仕掛けてあるだろう。ウルスが他にも居たら最悪だ。

 

「全部取り除かないと。それに」

 

 ギルド長からも頼まれてた。出来れば原因をって。

 

「仕方無い、よ。でも、早く帰ってターニャちゃんと……うまくいかないな」

 

 ツェイスの事もあるし、余りお母様を自由にしたくないんだけど……あの人、何するか分からないんだよ、マジで。

 

 でも、母熊の仇を逃したく無い。

 

「マウリツさん達に話そう」

 

 丁度埋葬が終わったのか、皆が此方に歩いて来るのが見えた。

 

 

 




また来週に投稿予定です


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お姉様、食べられる

早く書けたので投稿します


 

 

 

 

「ジルの言う通りだな。このままには出来ない」

 

 変わらぬ渋い声でマウリツさんは返してくれた。執事(バトラー)って内心呼んでるけど、やっぱり似合うと思う。

 

 ウルスの親子は埋葬されて、ほんの少し落ち着いたかな。母熊は大き過ぎて運べないから子熊を連れて来たみたい。お花を捧げるくらいしか出来ないのは少し残念。

 

 そう言えば討伐証明を採ってくれたみたいで感謝だね。すっかり忘れてたよ。

 

「しかし、どうやって探すんだ? 此れから夜になるし、見つけ出すだけでも難しいだろう?」

 

 双子の一人が括り罠を観察しながら聞いて来た。まあ普通はそう思うよね。

 

「魔素感知を応用します。この罠は魔力銀を使用してるので」

 

「……スマン。魔力銀が使われているからって理由になるのか? 応用って言っても不可能はあるだろう」

 

 今度は双子のもう片方が会話に入る。双子なだけに声もそっくりだなぁ。まあ魔力銀自体は珍しい物質じゃないし、元の世界ならプラスチック的な? やっぱり二人にも魔素感知の応用は難しいみたい。隠してる訳じゃないし教えてあげましょう。

 

「魔力銀は名前の通り魔力を集め易いですよね? 勿論通常の感知では見つからないので、薄く引き伸ばして広げる感じでしょうか。使われている魔力銀の量や加工精度によって調整する必要がありますが、幸い実物が此処にあるので。その状態で感知すると、対象物は穴が空いた様に見えますから、えっと……いつもの逆、みたいな、その」

 

 説明の途中からだけど、全員の頭の上に疑問符が浮かんだのが分かってしまいました。うぅ、説明が難しい! イメージは漁師さんが使う魚群探知機なんだけど、言っても伝わらないし……

 

「その……魔力から指向性を消して……あ、グルグルって感じで」

 

 ぬぉぉ、脳内イメージを言葉にするって大変だよ。

 

「まあその話は後にしよう。ジル、キミなら感知で追えるって事だな?」

 

 マウリツさん、ありがとう! この辺の気配りは大人の男って感じだよな、うん。

 

「はい。ただ時間が掛かるかも」

 

「分かった。皆も疲れているだろうが、放置して帰る訳にもいかないな。何よりこんな罠を仕掛けた奴を捕まえる必要がある」

 

 んん? あ、あれ? これって一緒に来る感じ? いやいや、一人で行くつもりなんですが!

 

「マ、マウリツさん。私一人で大丈夫ですから……もう暗くなりますし、皆様は早朝から大変で」

 

 何とか誤魔化そうと頑張ったんだけど、やっぱりマウリツさんに止められた。

 

「おいおい、俺達にも手伝いくらいさせてくれ。討伐も調査も、更には犯人まで任せるなんて恥ずかしくて帰れないからな。なあ、みんな」

 

「「勿論だ」」

「是非一緒に!」

「ん」

 

 双子、ジアコルネリ、ピピの順番で見事に返してくれた。くれたけど、正直余り嬉しくないよぉ。だって俺は基本的にソロだし、別のパーティに一人参加なんて気遅れするって……それに超絶美人の演技だって続ける必要があるじゃん! そ、そうだ! 女性として上手く逃げてしまえば良いのでは?

 

「あの、えっと」

 

「ん? 当たり前だが寝床は分けるし、俺やブルーム達は既婚者だ。ジアコルネリ達にも馬鹿な真似はさせない、と言うか不可能だ。魔剣の怒りに触れたい阿呆はいない……いや、フェル爺以外だが。それに、出来るなら色々と教えて欲しいんだ。さっきの魔素感知の件もあるだろう?」

 

 おぅ……見事に先手を打たれました。やっぱり大人の気配りは要りません! まあ男女混在したパーティなんて珍しく無いし、当然なんだけど……

 

「わ、分かりました」

 

 しかし、ターニャちゃんとの時間がどんどん遠のいて行くなぁ。

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 森から集めて来た薪に火を灯した。着火は魔法でね。

 

 何だか皆が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。薪の拾い集め、整地、寝床や食事の準備。手伝いますって言ったんだけど、無理矢理休まされたのだ。

 

 どうやら"呪われた大熊(カースドウルス)"を討伐した事で、精神的ショックを受けたと思われてるっぽい。うーん、自分では分からないけど。

 

 今は倒れた樹にお尻を下ろして目の前の焚き火の世話をしているところだ。長居をするつもりが無かったから御飯も着替えも用意してない。と言うか魔力強化して帰る予定だった。まあ俺も冒険者だから慣れてはいるんだけどね。

 

 うん、木々の隙間から星空が見えるし天候は大丈夫そう。雨なんか降ったら最悪だし良かった。

 

「せめて水浴びしたいなぁ。でも定番の覗きとかされたりして……もしくは服を脱いでる時に偶然出くわしてキャーッとか。いやいや、そんなイベントはターニャちゃんでお願いします」

 

「ジル、何か言ったか?」

 

 追加の薪を集めに行ったマウリツさんだ。もう十分過ぎる量を両手で抱えてる。槍も置いたままだし大丈夫なのかなと思ったけど、俺の魔素感知なら万が一も無いだろうってさ。まあ、その通りなんですけれど。

 

 しかし危なかったぜ。つい独り言が溢れたもん。

 

「いえ、何も。皆さんは?」

 

 話を逸らそう、うん。

 

「食材集めだな。ピピが付いてるから直ぐに帰るだろう。アイツは森に詳しい」

 

「お湯を沸かしておきましょうか?」

 

「ん? ああ、頼むよ」

 

 複数のパーティだけあって、長期間滞在用の準備もバッチリだ。目の前には思った以上にデカい金属製の鍋がある。水魔法で満たして蓋をすれば後は待つだけだな。

 

 お母様なら最初から熱々のお湯を出すかも。昔、悪戯するのに開発したらしいって……うぅ、つい思い出しちゃった。だから水魔法は苦手なんだよ、全くもう。

 

「分かってはいるが簡単に魔法を使うよな、ジルは」

 

 丁寧に薪を積み重ねながら、マウリツさんが少し呆れた様に話す。

 

「ただ水を出しただけですから。他の魔法士の方でも同じ事が……」

 

「おいおい、依頼中で森の中とくれば行使量を減らすもんだぞ? いつ魔物に出くわすか分からんし、普通は川から汲んで来る。水場の確認や確保は冒険者の嗜みだろう?」

 

 ん? そうだっけ? 最近集団行動してないからなぁ。そもそも余り得意じゃないし? まあ言われてみれば確かになって思うけどね。

 

「すいません。何時もの癖で」

 

「責めてる訳じゃないさ。キミなら問題ない事くらい分かってる。何年か前にフェル爺……いや"魔狂い"が言ってたよ、ジルの才能(タレント)は奏でる者、"魔力奏者"だって。万能では全てを表せないとな」

 

 ほほう。変態エロジジイの癖に中々格好良い名前じゃん。寧ろ"万能"より好き。因みに、エロジジイの名前は"フェルミオ=ストレムグレ"なんだけど、響きが洒落てて腹が立つ。隙さえあればお尻とか胸を触って来る爺様なのに!

 

「くく……流石のジルもフェル爺は苦手か。まあ()()も大変だろうし当然だ。それと、そろそろアーレに戻って来る筈だから気を付けろよ?」

 

 つい苦い顔をしてしまったのがバレたみたい。でも否定はしませんから。しかし帰って来るのか……やっぱり王都には近寄らないようにしよう! ツェイスの件もあるし。

 

 何人か近付いて来たので何となくマントを閉じる。ジアコルネリとかチラチラ胸とか見てるの分かるし、何よりピピがヤバい。あの忍者、視線や気配を消すの上手いんだよ。まあ自慢のオッパイだから仕方無いけどね。

 

「良いキノコあった」

 

 ピピが持つ籠に沢山キノコが入ってるみたい。真っ赤、ピンク、エグい黄色、それに紫色……あのぉ、それって毒キノコじゃないっすか?

 

「お、赤笠茸じゃないか。良く見つけたな。それに芋茸にラッパも。今夜は豪勢だぞ」

 

 ……どうやら大丈夫らしい。こっちの世界の食材って美味いんだけど色合がヤバいんだよな。一人だと怖くて手が出ないヤツばっかりだもん。

 

「秘蔵の肉も出そう。キャッツバードの塩漬けだ」

 

 キャッツバードだと⁉︎ 大好物です! ありがとうブルーム! い、いやブランコか? そっくりで分からない……

 

 こうなると俺も何か出したいな。とっておきがポーチに……

 

「良ければスープを作りましょうか?」

 

 ターニャちゃん特製のコンソメ! いやブイヨン? 製法も名前も良く知らないけど滅茶苦茶美味い。何と味噌もベースに加えたヤツで、お湯に溶かすと洋風味噌汁みたいになる。食材を選ばずに何でも最高のスープにしてくれるのだ! 味見させて貰った時は驚いたなぁ。

 

「ジルさんお手製のスープ……アートリスに帰ったら奴等に殺されるな、ハハ」

 

 ジアコルネリが何やら言ってるが、まいっか。

 

「楽しみだ。しかし、余り見ない色だな。何処で売ってるヤツだ?」

 

 ブランコ? ブルーム? 今更聞けないし困ったな。

 

「売り物じゃないんです。ターニャちゃ、えっとウチの子が作ってくれて」

 

 お湯の沸いた鍋にポチャリと入れる。軽く混ぜたら続いて食材達。キノコ達は水魔法で洗って荒く裂けば良いだろう。それと野草類も彩りにっと。栄養もバッチリだな。あと氷も生成して入れる。煮立たせてしまうと塩辛くなってしまうからだ。塩漬け肉もあるから微調整しよう。

 

「おお、確かターニャだよな? 食材の目利きも料理の腕も最高だって市場の連中が言ってたぞ。最近じゃあ有名だからな」

 

 何ですと⁉︎ 凄いし流石だけど、料理の腕前を何で知ってるんだ? ターニャちゃんお手製の御飯は俺専用なのに……

 

「ああ、新しい調理方法とか考え出したって聞いた事あるな。確か何品かは皆と共同開発したって話だ。まあジルに美味しい物を出して上げたいってのが理由だから可愛らしいもんだ」

 

「……え? 私に、ですか?」

 

「うん? 知らなかったのか? あの界隈じゃ知られた話だが……しまったな、本人が隠してるなら悪い事をした。きっと恥ずかしくて仕方無いんだろう。ジル、聞かなかった事にしてくれないか」

 

「それは大丈夫ですけど……」

 

 どうしよう、凄く嬉しいんですが‼︎ うぅ、ターニャちゃんに早く会いたいよー。ギュッてして、チューして、一緒にお風呂入ろう?

 

「はは、魔剣も妹分には弱いんだな。そんな笑顔初めて見たよ。ほれ、ジアコルネリなんて真っ赤になってるじゃないか」

 

「マママウリツさん⁉︎ やめて下さいよ!」

 

 ドッと笑いが起きて俺も楽しくなってしまう。うん、この辺はパーティの良いところだよね。

 

「ジルの心からの笑みなんて貴重だ。良く拝んでおけよ。それに失恋の痛みも消えてなくなるらしい。効能は保障付きだ」

 

 冗談でも少し恥ずかしい。それと、ちょっと失恋話を聞いてみたい……まあ可哀想だから許してやろう。

 

「香りが立って来ましたね。もう少しだと思います」

 

「確かに美味そうな匂いだな……こりゃ堪らん」

 

 だよね! ターニャちゃんお手製スープの素だけど今夜は特別だぞ? その辺から手折った枝で作ったヘラを使い、ゆっくり掻き混ぜると益々良い匂い。

 

「お水を出しますからカップを……冷たくしましょうか?」

 

「冷たい水? 確か汎用魔法で……何でもありだなぁ。パーティにジルが居たら(らく)し過ぎて駄目になりそうだ」

 

 そう? まあ最近は戦闘用以外も鍛えてるからね。ほら、ターニャちゃんが喜ぶし。

 

「ジアコルネリさんもどうぞ」

 

「……あ、ありがとう」

 

 あらら……超絶美人、ジルちゃんスマイルにヤラレたな? むっふっふ。

 

「少しは落ち着いたみたいだな。良かったよ」

 

「マウリツさん……ありがとうございます」

 

 むぅ、色々気を遣わせたみたいだなぁ。大丈夫、もう元気ですよー。

 

「よし、頂こうか。待ち切れないからな」

 

「「よっしゃー‼︎」」

 

「ん」

 

 ピピさんや、アンタのお椀だけ異常に大きくない? それとさっきから「ん」しか喋ってないよな? 何処か憎めないのが面白いけど、見た目通りの大食いなんだな。

 

「ピピ、それ、いつもよりデカイだろ。普段は少食の癖に」

 

 違うのかよ!

 

「ど、どうぞ。皆さんのお陰で沢山ありますから」

 

「生涯に一片の悔いもなし」

 

 喋った! しかもすっごい大袈裟だし。まあ良いけどさ。

 

 最後に自分のを準備してっと。お椀は予備を貸してくれたのだ。スプーンは木を削って作ったよ? 魔力銀製のナイフなら簡単だからさ。

 

「「美味い!」」

 

 うんうん、当然です。双子はそっくりな笑顔と声、そして全身で喜びを表してくれた。ジアコルネリはフーフーと息を吹きかけてるけど猫舌なんだろう。ピピは無言、マウリツさんの目元も緩んだまま黙々と食べてる。

 

 おお……マジで美味い。スープは勿論だけど極彩色のキノコ達もイケる。あとキャッツバードの塩漬けはアクセントになってて飽きない。夜空の下、焚き火を囲んで食事なんて正に冒険者!って感じだなぁ。

 

「おかわり?」

 

 ピピ、もう食べたん⁉︎ 一番量があるのに……何で疑問系なのかは聞かないぞ。

 

「はい、どうぞ」

 

 これは負けてられないぞ。俺だってもっと食べたいんだからな!

 

 

 

 

 



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お姉様、お花を摘む

 

 

 

 

「んぅ……朝……」

 

 まだ早朝だし薄暗い。周りを見渡せば全員熟睡中だ。結構遅くまで魔素感知の講義擬きを開催してたからなぁ。結局は伝え切れなかったけれど。

 

 見張りはどうしたって話に関しては、魔素感知の応用型を開発してて大丈夫なのだ。簡単に言うと時限式のアラームみたいな感じかな。基本的にソロだから色々考えてるんだよ?

 

 焚き火はまだ完全に消えてない。身体を覆ったマントからもう一度顔を出すと、赤い火が見える。

 

「おしっこ……今のうちに行っておこう」

 

 行こうと思えばいつでも行けたけど、何となく恥ずかしくて我慢してたのだ。今なら皆んな寝てるし大丈夫。

 

 音を立てない様に起き上がり、周りを見渡す。うーん、あっちが良いだろう。枝や葉っぱが沢山落ちてるから無音って訳にはいかないけど、問題なく距離を取る事が出来た。昨晩に魔素感知の色々を教えたから安心してるのかな、きっと。

 

 ゆっくり歩いてると、朝の澄んだ空気が肺を満たしてくれた。森の中だし湿気も適度にあって少し靄が掛かってる。起きたばっかりだからか現実感も乏しくて何だか幻想的だね。うん、好きかも、この雰囲気。

 

 樹々プラス小さな段差のお陰で俺の姿は見えない場所だ。一応周囲を確認してっと。

 

「脱ぐのを直ぐ出来ないのが弱点だよなぁ、魔力銀の服って。まあ下半身は比較的楽だけどさ」

 

 ベルトの部分が緩んだのを確認してパンツごと膝まで下ろす。そのまま膝を曲げたらお尻に冷たい空気が……うぅ、ちょっと寒い。

 

「んふぅ……我慢してたから……」

 

 暫くそのままの姿勢。誰も居ないのは分かってるけど、やっぱり外は落ち着かないなぁ。ふいぃ……幾つかあるポーチから使い捨ての柔らかい布を取り出してフキフキ。まあ二十二年も女をやってるから慣れたものです。後は土と水魔法を使って証拠隠滅すればOK。これ大事!

 

 よくあるイベントは起きないよ? だって魔素感知全力だし、こんな時が一番無防備だからね。当然マウリツさん達の位置は把握してます。

 

「まだみんな寝てるし、ついでに……」

 

 洗顔して化粧水からの美容液、そして乳液。場合には日焼け止めも。まあ普通はこんな感じらしいけど、流石にそんなものは無い。でも、世界は違えど肌のお手入れは女性にとって大切なのだ。だから色々と方法はあるんだよ? しかーし! 魔力強化により肌の状態はいつも最高なのが超絶美人のジル! 軽い洗顔と美容液擬きで大丈夫です。ふっふっふ、乳液で潤いを閉じ込める必要などないのだ! 何だかすいません、パルメさん。

 

「軽く化粧はするけど、ね」

 

 やっぱりジルはいつも綺麗でいて欲しいから?

 

 氷魔法の応用で鏡も作れるけれど、今日は手鏡で良いかな。櫛と一緒に魔王陛下から頂きました。どちらもアズリンドラゴンの鱗から出来てるから綺麗な水色……ん? そう言えば、アズリンドラゴンって"始原の竜"の系譜だってお母様が言ってたな……つまり仲間的な? その鱗を剥いで加工した櫛と鏡か……か、考えない様にしよう!

 

「よし」

 

 最終チェックを終えて顔を上げる。

 

「あ、お墓」

 

 昨日大熊(ウルス)の親子の埋葬された場所が目に入った。うん、もう一度お参りしておこうかな。また来る可能性も低いし出来る事はしよう。森の中って意外と花が少ないから探すの大変だけどね。

 

 

 

 

 

 

「ジル」

 

 膝を抱える様に座っていると、背後から檄渋の声が聞こえた。むぅ、バリトンがヤバイなぁ。勿論近づいてるのは分かってたけど、丁度子熊に語り掛けた時だったから仕方無い。

 

「マウリツさん、皆様、おはようございます」

 

 立ち上がってもマウリツさんの視線はまだ上だ。俺も女性としては背が高い方だけど流石に勝てないな。

 

「おはよう。ん、その花は……」

 

「あ、はい。偶然見掛けたので」

 

「ふむ、そんな偶然もあるんだな」

 

「え、ええ」

 

 その全部分かってるからって微笑ましい感じやめよう?

 

「朝食を摂ったら行こうか。早い方が良いだろう?」

 

「はい。括り罠の大まかな場所は掴んだので」

 

「そうなのか?」

 

「近づけばよりハッキリと分かりますから、皆様にも手伝って頂けたら大丈夫です」

 

 二重の意味でお花を摘んで、そのあと何となく魔素感知で探したのだ。実際には場所だけでなく一定の法則らしきものも分かった。つまり、罠を仕掛けた奴の行動を予測出来る。上手くすれば見つかるだろう。

 

 もう少し情報を整理したら教えるつもり。

 

「……それは勿論だが」

 

 マウリツさんのパーティ、つまり"蒼槍の雨(そうそうのあめ)"のみんなが困惑してるみたい。うーむ、昨日の説明が下手だったかなぁ。

 

「ジルさん、この森はアートリスにも匹敵する面積ですが……まさか全部? 確かギルド職員が行う魔素感知は、十数人が分割して行うと聞いた事がありますし、おまけに森を囲うよう何箇所にも分かれて、ですよね?」

 

「はい、そうです」

 

 ギルドに魔素感知の技術を提供したのは何を隠そうジルちゃんだからね! つまり俺がオリジナルなのだよ、ははは。いつもみたいに胸を突き出してドヤ顔するのは自重しよう。

 

「ジアコルネリ。余り深く考えるなよ、な?」

 

 まん丸忍者ことピピは腕を組みウンウンと頷いている。いや、何か喋ろうよ。あと寝癖が酷いからな?

 

「ブルームの言う通りだな」

 

 お! こっちがブルームか! つまり後ろに立ってるのがブランコだな。よし、覚えたぞ!

 

「少し冷えますし、暖かいお茶を淹れますね。丁度特級の茶葉がありますし、お好きな方はミルクもどうぞ」

 

「……深く考えない様にな、皆も」

 

 あ、マウリツさんが呆れた様に溜息を零した。しかも今度は全員がウンウンと頷いてるぞ……むぅ、いいじゃん別に。

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

「これで三つ目だな」

 

 ブランコがポツリと溢しつつ罠を解除するのを見ながら考える。

 

 全部が全部、同じ構造の同じ罠だ。幾つかは使い込まれてるから多分手慣れてるな。昨日今日に始めた感じじゃない。それと括りの部分のサイズから大熊(ウルス)が狙いでは無いだろう。多分、小型の動物、目的は食糧としてかな。まあどちらにしても許せないけど。

 

「次はあっちです」

 

「よし行くぞ」

 

 朝食の時とは違い、全員が静かに集中している。当たり前だけど仕事中だし、何よりダイヤモンド級を擁するパーティだからね。それにマウリツさんのリーダーシップが凄くて尊敬してしまうよ。上司にするならこんな人だ、うん。

 

 暫く歩けば次の罠もあっさり見つかった。

 

 同時にある程度の予測も立つ。恐らく間違いないな。

 

「ピピさん、この森に詳しいと聞きました。質問していいですか?」

 

「ん」

 

 おいコラ、目を見て話せ。オッパイ辺りに俺の瞳はないぞ?

 

「この近くに川がありますか?」

 

「ある。あっちから向こうに流れてる」

 

 指先が指し示す方向を確認し、予測は確信に変わった。

 

「間違いないですね。動物達の水場、其処への道程を狙って仕掛けています。残った罠は三箇所ですが、どれも直線上にありますから」

 

「成る程な。ジアコルネリ、何か分かるか?」

 

「は、はい。やっぱりこの森に詳しい人間でしょうか? 獣の動きを予想出来る人間であれば、狩人崩れとか」

 

「違うな」

 

 マウリツさんのあっさりした否定にジアコルネリがガクリと顔を倒す。きっとよくある事なんだろう。俺は口を出さないよ?

 

「ジル、頼む」

 

 ん? いいの? パーティの事だし黙ってるつもりだったけど。あ、はい、分かりました。

 

「此処はウルスの住う森ですから……通常ならばジアコルネリさんの予想も間違えてないと思います。でも、この場合は逆ですね。恐らく余所者で、冒険者……いえ、スカベンジャーかと」

 

「その通りだ。水場中心に罠を多数仕掛けたらウルスの怒りを簡単に買う事になる。ウルスも使う路に仕掛けるなんてタダのアホだ。そしてこんな森の深部でコソコソと活動する奴ならば、ロクな奴じゃない。つまり、冒険者のお零れを狙うゴミ漁りだな」

 

「それと……恐らく複数です」

 

「ほう、どうしてそう思うんだ、ジルは」

 

 いやいや、分かってるよね? はーい、言いますよー。マウリツさんって何だかジアコルネリのお父さんみたいだな、ふふ。

 

「罠の仕掛け方に違うクセがあります。最低でも二人、いえ、きっと三人でしょうか。見張りが要りますから」

 

 夜営を行う場合、交代を考えれば二人はキツい。森に隠れてるなら尚更だ。

 

「流石だな。ピピ?」

 

「ん、間違いない」

 

 でもジアコルネリも凄い。反発も無く素直に聞いてるからね。剣技も相当らしいし、マウリツさんが育ててる冒険者だもんな。

 

「臭い消しのために隠れ家は()()()に無いでしょう。つまり……」

 

「川の反対側……ですか?」

 

「はい」

 

 川を渡れば臭いを消せる。厄介な肉食獣や魔物からも姿を隠せるだろう。

 

「ありがとう、ジル。で? 場所は?」

 

「……大体は」

 

 確かにもう場所は掴みましたけど! 今はパーティの講義中じゃないの? 思わせぶりな感じ、台無しじゃん……

 

「出来れば生きて捕まえよう。何処の馬鹿か確認したいからな」

 

 うんうん、ギルド長なら上手く対応するだろうね。あのドワーフ、色々と伝手があるみたいだし。

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

「あの洞穴だと思います」

 

「ああ、燃え尽きた薪も捨ててある。間違いないな」

 

 こんな場所もあるんだなぁ……落ち窪んだ崖の中腹辺りに横穴が空いてるみたい。崖と言っても断崖絶壁な訳じゃないし、歩いて辿り着ける。足場もあちこちにあるし。ただ、普通に森を歩いていたら滅多に見つからないだろう。

 

 んー、ここは様子見かな。スカベンジャー如きが何人居ようと蒼槍の雨が負ける訳ないし、ジアコルネリも張り切ってるもん。

 

「ジル、俺達に任せてくれるか?」

 

「はい」

 

「よし、行く……むっ」

 

 動き出そうとした時、洞穴から人が姿を見せたのだ。しかも三人、全員が男、髭もじゃ、装備もバラバラで手入れも酷いのが分かる。なんでナイフが錆びてるんだよ、全く。

 

 冒険者は乱暴者?が多いけど、同時に街や村を守る矜持の持ち主だ。何処か厳しい雰囲気はあるし、マウリツさんみたいに立派な大人も多い。しかしあの三人にそんな空気は感じないな。つまり……

 

「ありゃあスカベンジャーで間違いないな。だろ?」

 

 ブランコが皆に確認してるけど、確信してるね。当然だけど外見だって大切なのだ。依頼主にも会う事がある訳だし。あんな汚い風体の奴等に仕事を任せる人は限られるだろう……と言うか盗賊にしか見えない。

 

「暫く観察する。括り罠との関連も確定したい」

 

 うん、それが賢明だね。奴等は俺達に全く気付いてないし、警戒感も薄すぎ。小物臭が凄え。

 

 三人組は外にあった石組み、多分簡易的な竈門かな。それに火を付けてるみたい。一応魔法をちゃんと使えるみたいだな。よしよし、何か話しか始めたぞ。

 

 

 

「おい、今日こそ獲物はかかってるんだろうな!」

 

「へ、へい。あの辺には足跡もありましたし、大丈夫でさぁ」

 

「テメェはこの前もそう言ってたろうが!」

 

「落ち着いて下さい、アニキ。今回は俺も確認してますから」

 

「ふん、良いだろう。陽が上に来たら出るぞ」

 

 

 

 ……うわぁ、本当の小物だよアレ。思わずマウリツさんを見たら、ハァって溜息をついてるし。もう証言したようなものだよなぁ。早く捕まえて帰りませんか? ん、もう少し様子を見る? あ、はい。

 

 

 

「しかし折角別大陸まで来たのに、何て運が無いんだ、チクショウが」

 

 うん? 別大陸? 干し肉を齧りながら変なこと言い出したぞ。

 

「"死神キーラ"がアートリスに居るなんて……何で奴がツェツエに……バンバルボアから逃げて来た意味が無いですね……」

 

 んん? な、何か聞いた事ある名詞がチラホラと……

 

「もしアイツに見つかったら何処までも追いかけて来るからな……恐ろしい女だ、クソが」

 

「気付いたら横とか背後に居て……う、思い出しちまった」

 

「"宝珠皇女"と寝てやったって冗談言っただけで、まさかあそこまで怒り狂うとは……アイツはマジでヤベェ。絶対に見つかる訳にいかないぞ……暫くは森で過ごすしかないな」

 

 あばばばば……こ、こいつらバンバルボア帝国民かよ⁉︎ 因みに"宝珠皇女"って俺の通称の一つです……嬉しく無いけど他にも沢山あるのだ。つまり、死神キーラって……

 

「キーラ=スヴェトラめ……」

 

 やっぱりーーー‼︎ 何やってんの、キーラ……

 

「まあいい。何故か知らんが、この森は人の入りが少ないからな。どうとでもなるだろう」

 

 この森には大熊(ウルス)が居るから当たり前だ、おバカ。

 

 拙いぞ……もしかしたら俺の顔も知ってるかも。自分が言うのも何だが、本国ではそれなりに有名だし。我がお母様が色々な意味でアレなのも原因ですけど!

 

 しょ、証拠隠滅を図らないと……

 

「気になる事を話してるな……よし、やはり生きて捕まえるぞ。バンバルボアってあの有名な帝国の事か……? おまけに"死神キーラ"、響きから考えて殺し屋かもしれん。しかも相当な腕だろう。そんな奴がアートリスに入り込んでるなら調べる必要がある」

 

 ち、違いますからぁ‼︎ キーラは可愛い女の子で、世話焼きのメイドちゃんなんですぅ‼︎

 

「ジアコルネリ、ピピと一緒に合図で突っ込め。俺達は回り込む。但し殺すなよ」

 

「はい、任せて下さい」

 

 ぎゃーーー‼︎

 

 どどどどうしよう⁉︎

 

 

 

 

 

 




次回まで少し時間を頂きます。


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お姉様、現実逃避する

 

 

 

 

 今はスカベンジャーの三人を捕まえてアートリスに向かってるところです。

 

 槍蒼の雨との戦い?

 

 だって特に話す事ないもんなぁ。ジアコルネリが突っ込んで一瞬の内に二人を倒したし、最後の一人はピピが背後からナイフを当てて武装解除。まあジアコルネリが相当な腕前だって吃驚したくらいかな。

 

 あと証拠隠滅とか言ってたけど、普通に考えて無理でした。

 

 槍蒼の雨の皆が居るのに物騒な事なんて出来ないし、そもそもそんなのヤダ。それに、よく考えたら俺のことを知ってても、魔剣とジルヴァーナを合致させるのは難しいだろう。

 

 ま、何とかなる、きっと、多分。

 

 

 

 

 

「おら、とっとと歩け」

 

 ブルームが最後尾の野郎に言いながらお尻を蹴飛ばした。痛そう……

 

 双子の片割れブルームは治癒魔法を使うヒーラーだけど、言葉使いどころか手も出る乱暴者だった。もう一人のブランコは静かなものだし、イメージと実際が逆だよな。

 

 左側ではジアコルネリが剣をチラつかせ、偶に睨み付けたり。マウリツさんは距離を少しだけ取って全体的に把握してる感じ。て言うかピピは何処行ったんだ? 姿が無いんだけど……

 

 周りの景色に変化は無いかな。深い緑、背の高い樹々とフカフカの腐葉土や根っ子。青臭い香りは強くて獣や鳥の声が偶に聞こえる。まあこの森は凄く広いし、抜けるまで時間が要るのだ。夜通し歩いてもアートリスに着くのは明日ってところ。結局三日も掛かるなんて、はぁ。

 

 うーむ、早く帰りたいなぁ。ターニャちゃんは何してるだろう。

 

「痛え! 何しやがるんだ‼︎」

 

「デカい声だすな、阿呆」

 

「や、やめろって!」

 

「ちっ。おいジアコルネリ、もう一度だ」

 

「ひっ……分かった! 歩くよ‼︎」

 

 素振りを始めるジアコルネリ。所謂寸止めをするんだけど、目標は阿呆達の顔だからね。さっきもやったのに懲りない奴等だなぁ。

 

「歩くだけなら脚があれば良いんだ。縛ってる縄も勿体無いし腕を斬り落とすか? 止血なら任せろ」

 

「歩いてるだろ⁉︎」

 

 ……ブ、ブルームさん? あのぉ、マジで怖いんですが! 台詞もそうだし視線がヤバい。ごく普通のオジサンに見えてたけど考えを改めよう、うん。それと、ジアコルネリも張り切るんじゃない。お前の剣速って相当だからな?

 

「まあ落ち着け。さて、そろそろ休憩を入れるか。その間に話を聞かせて貰う。正直に話すなら引き渡しの時に口添えしてやるぞ?」

 

 此処でマウリツさんが登場。うむ、渋い。それに、これって尋問で定番の怖い人プラス優しい人の役割分担だよね?

 

「けっ、引き渡し? 口添えだぁ? 俺達がスカベンジャーだからって舐めるなよ? 大体何の罪になるってんだ、ああ⁉︎」

 

 この髭モジャ、ホント小物臭が凄いなぁ……爪や指も汚いし、歯も真っ黄色。武器の手入れもダメダメで、水浴びもしてないっぽい。臭そうだから距離をもっと取ろう。

 

 あ、因みにだけど、残り二人は猿轡されて喋れないよ?

 

「やっぱり知らなかったか。いいか? ここは大熊(ウルス)の住う森だ。だからツェツエの法により厳しく制限されている。例えば括り罠などは最悪の一つだな。はっきり言うが……」

 

 下手したら死刑だぞ? 淡々と話すマウリツさんを見て、髭もじゃ達は青くなった。

 

「ハ、ハッタリだ。ビビらせようとしても……」

 

「変幻した"呪われた大熊(カースドウルス)"の討伐証明もある。ああ、バンバルボア帝国では名前が違ったか?」

 

 故郷を簡単に言い当てられ、静かになっちゃった。マウリツさん、格好良いっす。

 

「あの帝国とツェツエは敵対関係に無い。しかし友好を深めた仲でもない以上、貴様等の処遇はアートリスで決まるだろう。キリキリ吐いた方が得策だと思うが」

 

 やっぱり淡々と無感情に話すからリアリティがヤバい。スカベンジャー程度じゃダイヤモンド級の凄味に対抗なんて無理だし、脂汗が流れてるのが分かる。

 

「わ、分かった。話すよ! 誓ってウルスを害するつもりは無かったんだ! ただ、食糧が欲しくて……」

 

「食糧? ふん、そんな阿呆らしい理由を信じろと言うのか?」

 

「本当なんだ‼︎ 此処がそんな森なんて知らなくて……な? 信じてくれ!」

 

「つまり、食べ物が必要で括り罠を仕掛け、偶然にウルスの子供がって事か?」

 

「そうなんだよ‼︎」

 

 必死の形相だけど、最初から分かってる。マウリツさんの狙いは其処じゃないもんなぁ。うぅ、どうしよう……

 

「死神キーラ」

 

 思い切り身体を震わせる髭モジャ。あーあ、正直に表に出しちゃ駄目じゃん。

 

「……」

 

「ダンマリか? じゃあ終わりだな」

 

「……話すよ。だから俺達をヤツに引き渡すのだけはやめてくれ!」

 

「内容次第だ。さぁ、話せ」

 

 本格的な尋問が始まっちゃった。

 

 チラリと俺の居る方に視線を送り、分からないように頷くマウリツさん。格好良いけど……

 

 え? 俺?

 

 当然コイツらに会う前から隠蔽魔法を使っていますけど? もしかしたらもあるし、此処で姿を現したら更なる混乱を生む……それとコイツらに見られたくない。

 

 マウリツさんも良い方に勘違いしてくれてるから、そのまま放置してるのだ。

 

 うーむ、何とか有耶無耶にならないかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジアコルネリが鞘から剣を出したまま立っていて、他は腰を下ろして会話が続く。スカベンジャー連中は縛られたままだから、座るのも一苦労。まあ誰も同情してないけど。

 

「キーラは、ヤツは……宝珠皇女の世話係だ」

 

「ほーじゅこーじょ? なんだそりゃ」

 

「皇女だよ! つまり、帝国のお姫様で」

 

「何てお馬鹿な嘘を吐くんだよ……死にたいのか?」

 

「嘘じゃねぇよ! 信じてくれ!」

 

 ブルームは心底呆れたって感じで髭モジャを睨む。

 

「説明するのも馬鹿らしいが……何でそんな御方の世話係がツェツエに居るんだ? まさかその宝珠皇女とやらが来国してるって言うのか? はぁ、阿呆らしい。大体そんな方が来られたなら噂が立つし、ツェツエ王家だって反応してるだろう」

 

「んなことぁ分かってる。だから俺達だって驚いて街を離れたんだ」

 

「ふん。そのキーラとやらは筋肉隆々の大男、いや名前から言って大女か? ああ、ナイフや弓矢の扱いに長けた冒険者上がりや裏家業出身者だろうなきっと。そんなヤツが皇女殿下の世話係とは、バンバルボアって余程変わった国だ」

 

「な、何を言ってるんだ?」

 

 話すのも馬鹿らしいと、ブルームは横を見た。マウリツさんも察して話を受け継ぐ。

 

「お前達を捕まえる前、会話を全部聞いたよ。何処までも追いかけて来る、気配なくそばに接近される。そして通り名が"死神"。つまり、そんな物騒な奴が皇女の世話係なんて有り得ない。そうだろ?」

 

 髭モジャが「言われてみれば」って顔になり……ってコラ! もう少し頑張れよ‼︎

 

「ま、待ってくれ。そっちは他国の人間だから知らないだろうが、宝珠皇女は凄まじい御転婆で、オマケにとんでもない戦闘力を持つ変わり者として有名なんだ。だから」

 

 ああん⁉︎ 誰が変わり者だって? しかしおかしいな……表向きは清楚な皇女として振る舞ってたはずなのに。それに帝国だって表立って発表してないよな?

 

「バンバルボアでは意外と知られてる。宝珠皇女の世話係と言えば常識外れの化け物ばかりだって。そうでもないと抑えられないから"被害者の会"、いや"ジルヴァーナ捜索隊"は凄腕の連中が集まる組織になったらしい」

 

 ふーん、有名なんだね……あ、あれぇ?

 

「ジルヴァーナ? それが皇女殿下のお名前か?」

 

「ああ」

 

「死神キーラとやらの二つ名持ちが世話係……間違いなく表向きの身分で誤魔化してる。つまり凄まじい戦闘力を誇る皇女を戴く秘密組織ってとこか? なあマウリツ、コレって事実なら相当にヤバい情報じゃないか? しかも、そんなヤツがツェツエの要衝であるアートリスに来てるなら……おまけにアーレまで馬なら三日で着く」

 

「事実ならばだが……内部工作、いやもっとタチの悪い手も……ツェツエに混乱を招く気か。何としても捕らる必要があるな」

 

 あばばばば……ち、違いますぅ‼︎ キーラはそんな危ない娘じゃないし、この間なんて箒片手にお掃除を頑張ってくれたんだよ⁉︎ それに、どちらかと言えば危険物なのはお母様ですから!

 

 アカン……ど、どうしよう?

 

 おい!髭モジャ‼︎ 俺は超絶美人で危なくないって説明しろよ! ん、ん? い、いや、詳しく説明されたら困る……うぅ、何でこんなピンチになってるんだ……

 

「お、おい、そんな物騒な皇女じゃ……いや、有り得るのか? 態と御転婆を演じ力を蓄えて……噂に聞く魔法の腕が本当ならおかしくない?」

 

 ギャー! お前まで勘違いを加速するじゃない!

 

「下手をしたら戦争ものだぞ。今なら止められる、いや止めなければ……両国それぞれが大陸を代表する大国だ。お前たちだってコトのヤバさが分かるだろ? その死神キーラの特徴や外見を話せ」

 

 髭モジャ達は顔色が変わり、凄く冷たくて張り詰めた空気になった。まあツェツエ王国転覆を企てる秘密組織がアートリスに居るわけだし。そりゃ大変だよね、うん……いやいやいや、マジでやめてくれ‼︎

 

「……キーラは、ブロンド髪で垂れ目と撫で肩。瞳は明るい緑で、ぱっと見は少女染みてる。知らなければ可愛らしい娘って感じだ。丁寧な口調と無表情、よく青目なメイド服を着てた。とにかく気配が希薄で、すぐ近くに居ても分からない……それと、追跡術もとんでもねぇ」

 

 おい、ぱっと見じゃなくて本当に可愛いからな? 抱っこしたいもん、いつも。

 

「ホンモノに限って見た目や空気は普通な事が多い。間違いなく凄腕だな」

 

 凄腕って……

 

「やはり殺し屋か? 能力的に見ても何か才能(タレント)が有りそうだ」

 

 うぅ、違うんだって! この流れやめない? でも残念なことに全員が真剣な顔して話し合ってる、ジルちゃん以外。

 

 仕方無い。アートリスに帰ったら急いで報せて、暫く屋敷から出ないように言おう。ギルド総出で探されたらヤバい。冒険者にはそれ向きの才能持ちも居るし、正規軍まで伝わったら最悪だもん。

 

 隠蔽魔法を使ってて正解だったな。落ち着いて考えること出来るし。よし、マウリツさんを内緒で呼び出して先に帰りますって伝えなきゃ。

 

「最悪を想定しよう。そのジルヴァーナ皇女殿下だが……さっき言ってたな、とんでもない戦闘力だと。どんな人なんだ?」

 

 ひぃ⁉︎ マウリツさんやめて‼︎

 

「まさか……皇女自らが来てる、と?」

 

「その可能性を捨てきれるか? ブランコ」

 

「……いや」

 

 ……もう逃げちゃおうかな。

 

「宝珠皇女は……全部がヤベェよ、ホントに。一目でも見た事があるヤツは、例外無く魂を抜かれたようになるってよ。ブツブツと気色悪い言葉を唱えて……女神だとか、魔物が化けただとか、中には暴走精霊が具現化した姿だって噂もある。何より……」

 

 ゴクリと誰かが唾を飲む音がした。て言うか暴走精霊って酷くね? それって骨と皮だけの亡霊みたいなアイツでしょ? 昔に遺跡に出てきたヤツ。

 

「聞いたことは無いか? "水魔の魔女"を」

 

「水魔か。バンバルボア帝国に燦然と輝く水魔法の麒麟児。もしギルドに所属すればダイヤモンド、いや見方に依っては超級でもおかしくない魔法士の才女だな。数々の逸話が聞こえているが……確か高位の貴族にして皇帝に輿入れした……ま、まさか」

 

「やっぱり知ってるか。そう、シャルカ皇妃ただ一人の娘であり、水魔の魔女をして絶対に勝てないと、若くして全てを越えた、そう云わしめたのが……」

 

「……ジルヴァーナ皇女、だと?」

 

「そうだ」

 

 静まり返る森の中。

 

 お母様? あのさぁ、何やってくれてんの⁉︎ 滅茶苦茶なのは知ってたけど、他国まで伝わる程なんて……

 

「それ程の……一応聞いておこう、どんな外見だ?」

 

 あ、ちょ……

 

「白金の髪、人外の美貌、水色の瞳」

 

「人外の美貌、白金……水色?」

 

 皆がうん?って顔をしました。

 

「凡ゆる魔法を操り、例外は無い。汎用も属性も、相反する全てをだ」

 

「凡ゆる魔法を操るだって? 随分と()()だな」

 

「ああ。おまけに、幼少の頃から鍛えた剣も……バンバルボア帝国屈指の実力に到達したらしい。信じられないが、魔法と剣を全く同時に駆使するってよ」

 

 全員が俺の居る方を見た。おかしいな、隠蔽魔法使ってるのにね、ははは……はは……はぁ。

 

「……もしかして、目にも止まらぬ速さで動き回ったりするか?」

 

「いや、それは知らないが……いきなり姿を消したとかの話は聞いたな。皇女一人で居る筈もない皇都の街角で目撃例もあったくらいだし、魔物や暴走精霊の噂の元になったってよ」

 

 あー……お家に帰ってターニャちゃんを抱っこしたいなぁ……

 

 

 

 

 




最近プルプルさせてないなぁ。シリアス&ダークを描きたくなるこの頃。


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お姉様、ひと安心する

 

 

 

 

 

 沈黙。

 

 それが今、アートリスに向かう俺達を包んでいた。

 

 休憩前まで煩かったブルームは無言、剣を握る手に力が入ってるジアコルネリ、マウリツさんは何かを考えるように顎をさすっている。ブランコだけは後方、つまり隠蔽魔法で隠れた俺の居るあたりをチラチラ見て来る。ピピは……うん、知らない。

 

 多分色々と考えてるんだろうなぁ。

 

 うーむ、パルメさんにはバレた訳だし今更かも。でもアートリスの皆も構えちゃうだろうから、今迄通りにはならない? あー、それってなんだか寂しいな。

 

 だけど確信には至らないだろうし、知らんぷりするのもありで……知らぬ存ぜぬを貫き通せばと考えたりもする。

 

 スカベンジャーの連中も何かを察しているのか静かなものだ。

 

「ブランコ、少し任せていいか?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 そんな事を考えていたらマウリツさんが歩く速度を落とした。まあ後ろに居る俺に合わせるためだよね。でもやっぱり、今更嘘は付きたくないなぁ……特にマウリツさんにはお世話になってるし。それにチラチラ見える表情からも確信してるっぽい。

 

 ブランコに確認すると足を止める。視界には入るけど声の届かない微妙な距離になった。うん、仕方無いね。隠蔽を薄くして、と。

 

「すいません……何だか混乱させて」

 

「……いや、誰も悪くない。その……あー、奴等が言っていたが」

 

「はい」

 

「その感じ、事実なんだな? いや、この話し方も失礼になる……」

 

 う、やめてくれぇ。

 

「マウリツさん、お願いです。お願いですから今迄通りに。今の私はアートリスのギルドに所属する冒険者で、貴方のよく知るジルですから……嘘をつく様な事になって御免なさい」

 

 少しだけ俯き、何かを考えている。そう見えた。

 

「そうか……バンバルボア帝国の……キミの過去は誰も知らなかったが、そう言う事だったんだな」

 

「確かに私の本当の名前はジルヴァーナ、です。でも、今の私だって……」

 

「不思議なものだが余り驚かないな。寧ろ納得感が強いよ。キミが俺達とは違う生まれだと知れても……誰もがそうじゃないか?」

 

 無理矢理な感じだけど笑顔を浮かべるマウリツさん。気を遣ってくれてるのが分かる。

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ。気付いてなかったかもしれんが、食事やお茶を嗜む仕草が随分違ったからな。一時期はかなり話題に上った事もあるんだ。アートリスに来た頃は特に。だからよく話していたよ、他国の貴族の娘じゃないかって。まあ、まさか皇女殿下とは思わなかったが」

 

 え? そなの? 誰も聞いて来なかったよね?

 

「フフ、何て顔してるんだ。やっぱりジルはジルなんだな……安心した」

 

「うぅ、そんなに分かり易いですか?」

 

「ん? 表情のことか? 悪いがバレバレだ」

 

 ポーカーフェイスには自信があったんですが? ほら、ミステリアスな謎多き美人さんで高嶺の花的な……

 

「今、自信があったのにって考えただろう? もう一度言うが、バレバレだよ」

 

 えぇ⁉︎ 

 

「頬が紅いぞ。くくく……」

 

 何だか恥ずかしい! 話を逸らそう!

 

「え、えっと、とにかく今迄通りでお願い出来ますか?」

 

「つまり、身分を伏せて変わらずに過ごす。それでいいんだな? キミが望むなら皆にも言い聞かせる。それにスカベンジャー連中から姿を隠しておけば、後はどうとでもなるだろう。任せておけ」

 

「あ……ありがとうございます」

 

 やっぱりマウリツさん格好良いなぁ。渋いオジサマって感じがヤバいもん。もし執事服を着てたら最高に似合う。

 

「礼を言われる事じゃないさ。でも、ウチの娘はキミを夢の国の王女様だって信じてるから合わせてくれよ? 何だかややこしいが」

 

 クシャリと笑い、ポンと肩を叩かれる。娘さん、以前は抱き着いて放してくれなかったけど……凄く可愛いから大歓迎なんだけどね。

 

「はーい」

 

「最後に確認だが」

 

 分かってますよー。

 

「死神キーラ、ですよね?」

 

「そうだ」

 

「キーラは私が幼い頃から側に居てくれた子なんです。色々と世話をしてくれて、話し相手も」

 

 他にもあるけど……お風呂にオハヨーのチューに、あと可愛い服とか? 絶対に言いませんよ?

 

「文字通りのお世話係ってことか?」

 

「はい。ターニャちゃんみたいに小さな娘で、戦うどころか剣だって握った事も無いと思います。ですから殺し屋なんかじゃありません」

 

 ホッと力が抜けたマウリツさん。何だか御免ね?

 

「じゃあアイツらは何で彼処まで警戒してるんだ? 気配無くとか逃げられないとか」

 

 距離を置いて歩いているアイツら、つまりスカベンジャー連中はこちらに気付いてもいない。

 

「さ、さあ? 不思議ですね」

 

 ジルヴァーナ捜索隊として腕を磨いたなんて言えません! 被害者の会では帝国予算に少しダメージを入れたなんて秘密なのだ!

 

「……ジル?」

 

「わ、私は悪くないです、はい」

 

「……そうか」

 

 察した。渋目の表情はそう言っている。おかしい、何故バレるんだ?

 

「と、とにかく、街に混乱なんて起きません。キーラは私の家に居ますけど、大丈夫です」

 

 シャルカお母様の事なんて知らない、うん。

 

「良かったよ。他国から来た凄腕の殺し屋だったりすれば街は厳戒態勢になるだろうし、何よりギルドも国軍もピリピリするからな。知らなくても雰囲気は伝わるものだ。物騒なアートリスなんて誰も望まない」

 

「はい。帰った後も変わらず賑やかなアートリスのままですから」

 

 うんうん。ん? 何だか一瞬イヤな予感が……なんだろう、気の所為だよなきっと。

 

「よし、ジルはそのまま隠れて……いや、別行動にするか?」

 

「此処まで来たので一緒に帰ります。明日には着くでしょうし、何より彼らを最後まで見届けないと」

 

 大熊(ウルス)の子供は死んでしまったのだ。親は望みもしないのに変幻してしまった。事情は分かったけれど、だからと言って許せる訳じゃない。ギルド長にも報告しないとね。

 

「そうだな……その通りだ。よし、そのまま距離を取っておいてくれ。ブルーム達には俺から伝える。口外しないと約束しよう」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ふぅ……何とかなったな。とにかくお母様やキーラには大人しくして貰おう。いつまでもツェツエにいる訳にいかないし、きっと大丈夫。多分、お願い、ね? さっきの予感も勘違いさ、うん。

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

「何だか人が多いな」

 

「ですね。アートリスの門は普段自由に出入り出来ますから、あんな人集りなんて珍しいですよ」

 

 ツェツエ王国の王都アーレ=ツェイベルン、まるでその大門の前の様に多くの人集りがある。まだ随分距離があるのによく見えた。ブランコの独り言にジアコルネリが返したけど、否定なんて無理だ。

 

 うわぁ……帰りたい。いや、家はアートリスだけど。

 

「何かあったか? 呪われた大熊(カースドウルス)討伐が完了したのも伝わってる筈だよな?」

 

「ピピさんが先行してますから多分……」

 

「だよなぁ。催し物も季節じゃないし……うーむ」

 

「ブランコ、魔素感知をしてみろ。門の前、ヤバいぞ」

 

「あん? ヤバいって……うお⁉︎ ブルーム、何だよアレは……凄い魔力だぞ!」

 

「そんなにですか?」

 

「ああ、魔力の密度が凄まじい。魔力量もズバ抜けてるのが分かる程だ。まあ魔物じゃないから安心だが」

 

 でしょうねぇ。しかし良く知ってる魔力だなぁ、ははは。

 

 よし。

 

 隠蔽魔法全開‼︎ お母様の水魔法にも負けない行使だぜ! 逃げ足なら誰にも負けないから! うぅ、我ながら虚しいです。だけど人に触れたら見つかるから気を付けないと。それに魔力強化との併用は難しいからそっとね。

 

 やっぱり何かを察したマウリツさんが近寄ってくる。

 

「ジル、居るんだろう? 誰なんだ?」

 

「……えっと、多分すぐに分かります」

 

「ふむ?」

 

「私は隠れて街に入るので、ギルドで合流させて下さい」

 

「む? まあ……頑張れ」

 

「……はい」

 

 とは言え様子だけは確認しよう。本当に何かあったなら大変だもん。ほら、気の所為かもしれないし?

 

「みんな、行くぞ」

 

 マウリツさんの号令で前へと歩き出した。縛られたままのスカベンジャー達は見せ物みたいだけど同情はしない。寧ろ顔を晒した方が良いくらいだ。因果応報ってやつだね。

 

 ズンズン近づくと予想通りの姿が目に入る。

 

 常識的に考えて護衛やお付きに囲まれてるのが当たり前だけど……そんな常識なんて知らんとばかりに立ち話をしてる、平気そうに。まあ王国最高クラスの戦闘力を誇る二人だからなぁ。護衛より強いなんて笑い話にしかならない。

 

 それでも何人か騎士の姿が見える。一人残らず有名な飾りを鎧につけてるから注目の的だね。盾を二枚重ねたような意匠は竜の鱗を示してるってさ。

 

「「おいおい、マジかよ……」」

 

 双子が綺麗にハモった。

 

「誰ですか? 一人はとんでもない美形ですけど」

 

 ジアコルネリは初めて見るらしい。まあ現代日本じゃあるまいし、テレビやネットなんて無いからね。幾ら凄い人でも顔まで知らないのが普通。だからこそ顔を覚えて貰えたら一種の名誉にもなる。だから、まあそれが普通だよ? あと超イケメンなのは認める。男のくせして美形って表現が合ってるし。

 

「バカ……あの方がこの国の王子殿下だよ。ツェイス殿下だ」

 

「えっ⁉︎ あ、あの人が⁉︎」

 

 波打つ金の髪は軽く流していて、紫紺の瞳が特に目立つ。あの色は王家独特だし、血統の現れだから。腹立たしいまでの整った体型、品のある立ち姿は遠くからでも分かった。て言うか足が長過ぎでしょうよ。イケメンか? 生まれながらのイケメンなのか⁉︎

 

「ああ。それでいて"風雷"の才能(タレント)を持ち、剣技や指揮能力も抜群だ。ツェツエの繁栄は約束されているって訳だな」

 

「うへぇ……見た目から凄いですけど、とんでもないですね。じゃあ隣の人は?」

 

「ジアコルネリにとってはある意味で目指すべき御仁だよ。まあ追い付けたらヤバいが……竜鱗騎士団の副長にして剣神、名をコーシクス=バステド。超級の剣聖サンデル=アルトロメーヴスと対等に斬り結ぶ事が出来る剣の申し子だな」

 

「マジっすか⁉︎ 凄ぇ……握手してくれますかね?」

 

「随分と気さくな人らしいし頼めば大丈夫じゃないか? 貴族出身でもないからな」

 

「ん、あれ? よく見たらもう一人いますね。随分ちっこいし、子供かな」

 

 げっ、アイツまで居るのか……ツェイスとかと違って気配を消すのが上手いから分からなかったよ。その技術を磨いた動機が最悪だけど。セクハラをする為でしかも相手は限定だし。エロガキめ!

 

「あれは勇者だな。確か名は、クロエリウス」

 

 はい、合ってます。

 

 マウリツさんは流石に知ってるみたい。まあ実力はまだまだだけど将来性は抜群だからね。鍛えたら相当な戦士になるのは間違いない。冒険者なら中級のトパーズを超えてコランダムにもギリギリ届くと思う。近い将来ダイヤモンド級だって可能かも。まあクロは蒼流騎士団所属だからあくまで比喩だけどさ。

 

「あの子供が? うーん、言われてみれば上品そうかも。それにツェイス殿下とは違う感じの美形ですよね。紅い瞳なんて珍しいな」

 

 上品? いま上品って言った?

 

 いやいやいや、アイツは超絶ど変態ですから! 騙されちゃダメだよ⁉︎

 

「まあアレだけの面子なら人集りも当たり前だろう。御挨拶をしたいところだが失礼になっても拙い。謎も解けたし、少し距離を取ってアートリスに入るか」

 

 全員が頷きゆっくりと進む。こっちを見て首肯したのはマウリツさんの気遣いかな。うん、流石です。

 

 俺は槍蒼の雨と離れて近くで観察しよう。何しに来たか確認しないと……くっ、近づくと益々気に喰わない。イケメンショタに超イケメンにイケメンオヤジ、やっぱりコイツらは男の敵だ!

 

「殿下、アレを」

 

「ああ、マウリツだな。つまり"槍蒼の雨"の皆か」

 

 ひぅ⁉︎

 

 シクスさん、鋭過ぎじゃない⁉︎ 明後日の方向を見てたじゃん! あんなに離れてるんだよ⁉︎

 

「クロエリウス、どうだ?」

 

「お師匠様が本気で隠蔽したら誰にも分かりませんよ。でも、何となく、()()()()

 

 ヒィ⁉︎ 

 

 おいクロ……鼻をクンクンするな。犬かお前は。

 

「お前がそう言うなら、居るか。どうするかな」

 

 ニヤリと笑う。や、やめよう? ね?

 

「今はやめておいた方が……全力で逃げられたら追い付けませんよ?」

 

「そうだな。無事を確認出来たし、良しとしよう。まあ幾らカースドウルスと云えどアイツが負ける訳ない。会えたら良かったが……急ぎの仕事もある。行くぞ」

 

 おっ、仕事か何かでアートリスに来たっぽい。良かった……お母様が手を回した訳じゃ無かったんだ。

 

「ですね」

 

 考えたら当たり前だ。

 

 ふぅ、一安心です!

 

 よし、ギルドの報告を済ましたら早くお家に帰ろう。ターニャちゃんと話がしたいし、顔が見たい。ギュッてしてお風呂に入るぞぉ!

 

 

 

 



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お姉様、ドアを閉める

 

 

 

 

 

「あの……ありがとうございました」

 

 執事(バトラー)……違った、マウリツさんがこっちを見た。

 

「おいおい、そもそも助けられたのは俺達やこのアートリスだ。約束通りキミの事は伏せるし、スカベンジャー連中だって任せてくれたらいい。それともう一度確認するが、今迄と変わらず、だな?」

 

「はい、お願いします。今の私はジルですから」

 

「そうか……もし良ければ、また話を聞かせてくれ。勿論出来る範囲でいい」

 

 本当は色々聞きたいだろうけど、そのあたりは流石マウリツさんだ。まるで何も無かったかのように普通でいてくれる。

 

「そう、ですね」

 

「よし、ジルは待ってろ。奴等を知り合いの蒼流に引き渡してくる。そのあとギルドに一緒に行こう」

 

 頷くと、マウリツさんはポンと俺の肩を叩き去って行った。見送ってすぐ、後ろにある椅子にお尻を落とせば漸く力が抜ける。

 

「疲れた……ツェイス達に見つからなかったし、良かったけど」

 

 クロが何度も魔素感知をしやがるから、躱すのに神経を使ったのだ。アイツったら妙な技術ばっかり磨いて……魔素感知、気配隠蔽、痴漢、それと犬みたいに鼻が効く。おまけに教えた魔力強化の所為で逃走や追跡も巧い。うーむ、どう考えても勇者の能力じゃないだろ。はぁ、誰がクロを鍛えたんだよ全く……

 

「でも、どうしよう……」

 

 呪われた大熊(カースドウルス)の討伐諸々に費やした日数は三日。ちなみに、馬で飛ばせば同じ期間でアートリスに着く、王都から。まさか全部お母様の掌の上ってこと? よく考えたら仕事に行けって妙に急かされた気がする……いやいや、流石に気の所為だよな?

 

 でも、ツェイスの顔を見たら思い出してしまった、お母様との会話を。

 

「ツェイスと結婚?」

 

 駄目だ、想像も出来ない。友達としては大好きだけど、そんな……

 

「毎日毎夜、子作り……」

 

 いやいやいや! 無理無理無理だってば!

 

 前世で童貞、今世もしょ……うぅ、おかしいよね⁉︎ まだ何も経験してないのに、いきなり子作りとかさ! インジヒやシェルビディナンの二人の事は理解したけど、その対策が子供を沢山産みなさいって……

 

 月明かりだけの薄暗い部屋、多目に飲んだワインの香りと柔らかなベッドは現実感が薄い。恐る恐る上げた瞼の先には上半身裸のツェイス。どうしたら良いか分からなくて動かないでいると、羽織っていた服をスルスルと脱がされて……気付いたら下着や自慢のオッパイに逞しい腕と手が、手が……

 

「わぁー‼︎ 何を考えて……」

 

「ジル?」

 

「ひゃい⁉︎」

 

 頭を抱えていたら上の方から渋い声が降って来た。

 

「どうしたんだ? 珍しく大きな声だな」

 

「い、いえ! 何でもなくて……」

 

「ふむ? 頬が真っ赤だが」

 

 気の所為ですぅ!

 

「マ、マウリツさん、奴等は?」

 

「ん? ああ、もう終わったよ。余計な話はさせないから安心してくれ。それにブルーム達は後で説明する事にした。先ずはギルドへの報告が必要だろう?」

 

「あ、はい」

 

「よし行こう。ギルド長も首を長くして待ってる筈だ」

 

 頭を振って変な想像を追い出す。

 

「しかし、殿下は何の用でアートリスに来たんだろうな。視察って感じじゃないし、剣神まで連れてとなると……ウルスって単語が聞こえた気がしたからそっち関連か?」

 

「そ、そうですね、きっと」

 

 長い脚を動かしてマウリツさんは歩く。でも、その速度は自然に調整されてて、俺の歩幅に合わせくれてるのが分かった。女性としては高身長なジルだけど、流石にマウリツさんやツェイスには勝てないし。

 

 あの時の会話はやっぱり聞こえて無かったみたい。距離もあったし、何より王族の話に聞き耳を立てるなんて不敬になる。マウリツさん達は基本的に真面目で、この世界だったら当たり前だ。

 

「ジルが討伐済みだから安心だな。スカベンジャーの罪状が決まるのも早まるだろう」

 

「はい」

 

 まあツェイスが一言で終わらせるかな、たしかに。

 

「ウルスの親子には悪いがアートリスに被害が無くて良かったよ。この街にはジルの大切な妹も居るからな」

 

「え? そ、そうですね」

 

 大切って単語に反応してしまった。

 

「ははは、キミはあの娘の事になると超級冒険者から可愛らしい女性に早変わりだ。魔剣を唯一骨抜きにしたのがターニャお嬢様とは、不思議なものだよ」

 

 うぅ、恥ずかしい! だってターニャちゃんの超可愛い顔や慎ましい胸を思い出したんだもん。あと至高のお尻も!

 

 気を逸らすために顔を上げれば何人も手を振って来たり挨拶してくる。街中を歩く時、笑顔で返すと皆が嬉しそうにするのが楽しい。ちょうど今も三人組の女の子達がぴょんぴょん跳ねながらバイバイしてくれた。うん、可愛い。

 

「……信じられないな、こう見ると」

 

 ん? マウリツさん、苦笑い。何でしょう? すると、周りに聞こえないよう小声で伝えて来る。

 

「いや、キミはバンバルボア帝国の皇女殿下で、此処はツェツエ王国第二の都市アートリス。街中を護衛も連れず歩くなんて有り得ないだろう? なのに皆が幸せそうに手を振ったり声を掛けたり……何だか冗談みたいだよ」

 

「うーん、でも私は気にしてないですから。これからも……」

 

 これから。うん、きっと大丈夫。ターニャちゃんと買い物したり、デートしたり。街のみんなと会話してパルメさんやマリシュカと……

 

「おっと、済まない。余計な話だったな……」

 

「あ、いえ」

 

 悲しそうな表情に見えたのかな……知らなかったけど顔色に出やすいらしいから。

 

「あ、もうすぐ着きますね!」

 

 話題をチェンジ! 超絶美人のジルに暗い雰囲気は似合わないのだ‼︎

 

 見えて来たのは冒険者ギルドだ。たった三日なのに何だか懐かしい。重厚感のある大扉が視界に入ると、二階建ての建物も全体が見渡せた。あの中にはターニャちゃんとお茶した喫茶店もある。

 

「お、そうだな。ジルはリタ嬢と先に話すか?」

 

「いいですか?」

 

「構わんよ。先に行ってる」

 

「ありがとうございます」

 

 よし、リタの可愛い成分を吸収して元気を貰うのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 ソバカスと幼い笑顔、ちょっとお転婆な感じもあって可愛いのだ、リタは。マウリツさんはとっくに姿が無いし、余り待たせるのも良くないかもだけど。

 

「リタ、ただいま」

 

「……」

 

「リタ?」

 

 何やらボーってしてるな。どしたの? 視線を合わせると何やら呟いた。

 

「……可愛い」

 

「そ、そうかな?」

 

 どちらかと言えば美人じゃない? 昔は超絶美少女ジルちゃんだったけど。ムフフ、何となく照れ臭いなぁ。

 

「お持ち帰りしたい」

 

「……え?」

 

 オモチカエリ? 

 

 え、えぇ⁉︎ かかかか、構わないけど、いいの⁉︎ 経験無いし、リタをうまくリード出来るか分からないよ⁉︎ そ、そうだ! 念の為ターニャちゃんにバレないようにしないと……落ち着いて深呼吸!

 

「その……えっと、不束者ですがお手柔らかにお願いします。あ、でもお風呂に入ってからね。汚いかもしれないし」

 

 超絶美人ジルの身体を最高の状態にしますから!

 

「ハァ……あんな美少年、ギルド長からは聞いてたけど」

 

 ん?

 

「美少年?」

 

「勇者クロエリウス様……」

 

 あのぉ、変態エロ餓鬼痴漢ヤロウの名前が聞こえましたけど?

 

「ちょっと、リタ、リタってば」

 

「ん、んん? あ、あれジル? いたの?」

 

「……さっきから居ますけど?」

 

「あはは……ゴメンゴメン」

 

「どうしたの?」

 

 聞きたくねぇ……

 

「ジル、聞いてよ! ついさっき勇者クロエリウス様がギルドを訪れてね。紅い瞳なんて宝石みたいで……」

 

「ふーん。それで?」

 

「え? ギルド長に用事があったみたいだけど」

 

 変に期待しちゃったじゃないか! まあ勝手に盛り上がっただけですけど!

 

「リタ、カースドウルスの討伐が終わったよ。これからギルド長に報告に行こうと思って。来客中ならまたにする……」

 

「あ、うん、大丈夫だよ? 帰ったらすぐに上がれって言ってたから。それに怪我もないみたいだし……良かった。さすがジルだね!」

 

「……そっか」

 

 ま、待てよ……まさか……

 

「ね、ねえ。他に誰か来たかな? ほら、腹立つくらいにイケメンの人とか、渋い感じのオジサマとか」

 

「んんー? ふふ、誰よそれ。クロエリウス様だけだってば」

 

 良かった……それと、笑顔が可愛いです! しかし変態エロ餓鬼痴漢ヤロウだと教えてあげるべきだろうか。クロが。

 

 丁度いい。今のうちにクロを捕まよう。余計なことしないように釘を刺さねば!

 

「じゃあ上がるね?」

 

「はーい。ね?後でまた話そう? ほら、キーラだっけ? あの可愛いメイドちゃんの事もあるし」

 

「う、うん」

 

 忘れてた! どうしよう……

 

 トボトボと階段を上がってたら、フリフリ手を振るリタが見えて笑ってしまった。

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 アートリスのギルド長、ウラスロ=ハーベイは気持ちの良い爺様だ。ありがちなブラック上司じゃないし、働き者。口はちょっと悪いけど根は優しい。そして、何よりも俺がお気に入りなのは見た目! 真っ白で長い髭、小柄で突き出た腹、ツェツエ王国の戦士長時代に使ってた武器はお約束の斧! 本人は認めないけど絶対にドワーフだよ、間違いないのだ。

 

「絶対手先が器用で鍛冶とか得意に決まってる。ムフフ」

 

 金槌を握る姿を想像しながら階段を上がり、暫く進むとギルド長の部屋がある。

 

 マウリツさんが説明してくれてるだろうし、時間は取らない筈だ。ドワーフに軽く状況説明して帰ろう。

 

 お家に着いたらキーラにスカベンジャーの事も聞いて、念の為余り街中に出ないように注意しなくちゃ。あとお母様の動きに目を光らせる必要もある。あ、三日も経ったし御土産でも買おうかな……

 

 色々考えてたらもう扉の前だ。重要な話もあるし、話し声が漏れないよう頑丈で分厚いドア。ノックも強めにしないとダメなのが玉に瑕だよね。

 

 ちょっとだけ待つと用意された伝声管?からウラスロの声が漏れ出てきた。超絶美人の御到着ですよー?

 

『ああ、入っていいぞ』

 

 入室の許可を貰ったのでノブを回して扉を押し開けた。何気に重いのだ、このドアって。

 

 

 

「ガハハ! しかし相変わらずだな爺さんは」

「うるせぇぞ、コーシクス!」

「おいおい、お偉いギルド長様となれば少しは上品になれよ」

「けっ、竜鱗の副長様にそっくり返してやるよ」

「古い馴染みとは言え俺が居るのを忘れてないか? 二人とも」

「おっと、これは失礼しました、殿下」

「……はっ、す、すいませんツェイス王子殿下」

「くくく、冗談だよギルド長。幼い頃によく二人の掛け合いを見てたからな。懐かしい気持ちで一杯だ」

「いやはや、お恥ずかしい」

「なに格好つけてんだ爺さんよぉ」

「だからお前は黙ってろ」

 

 

 

 ……あれぇ?

 

 何か幻が見えるなぁ。それに幻聴が聞こえるし。

 

 ストレスかな、きっと。思い切り目を瞑って、ついでにゴシゴシ擦れば消えて無くなるはず。ゆっくりと瞼をあげたら、ほら大丈夫!

 

 うん。

 

 紫紺の瞳で俺を楽しそうに見てるツェイスがいて、

 

 ガハハって馬鹿笑いしてるシクスさん、

 

 何だか同情の色を浮かべるウラスロ=ドワーフ。

 

 三人が三人とも立ち竦む俺を見てる。

 

 

 

「間違えました」

 

 しっかりとドアを閉めて踵を返す。マウリツさんも居ないし、きっと間違えたんだ、うん。よし、帰ろ。

 

「駄目ですよ、お師匠様」

 

「うひゃ⁉︎」

 

 真後ろにちっこい男の子が立っていた。まあクロなんだけど、気配消すの益々上手になってないか? キーラと同じくらい……この世界のちびっ子って全員ヤバいだろ。

 

「さあ、入って下さい」

 

「ちょ、ちょっと押さないで!」

 

「抵抗するんですか? まあそれも良いですけど。じゃあ……」

 

「キャ、ど、どこ触ってるのよ!」

 

「お尻ですが?」

 

 堂々と宣言するな、おバカ!

 

「ほら、用事があるの、ね?」

 

「はいはい、くだらない言い訳するなら胸も触りますよ?」

 

「もう触ってるし!」

 

 ワチャワチャしてたら閉めたはずの扉が開いた。見れば呆れた顔のウラスロがいて、嫌味ったらしい溜息を吐くのだ。あのさぁ、溜息を溢したいのは俺だよね?

 

「何やってるんだ、全く。ツェイス王子殿下がお待ちだぞ」

 

「お師匠様、お先にどうぞ」

 

「え、ちょ、ま……」

 

 シクスさんがこっちを指差しながら馬鹿笑いしてるからすっごいイラッとする。ツェイスなんて肩肘付いてニヤニヤしてるし!

 

 仕事は? ねぇ、仕事は⁉︎ さっき言ってたじゃん! て言うか先回り早過ぎだよね⁉︎

 

「まあ座ってくれ。話をしよう」

 

 くっ、このイケメンめ……ニヤけた面まで格好良いじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、景品になる

 

 

 

 

「どうした?」

 

 嬉しそうに笑うツェイス。近くで見ると紫紺の瞳の色合いが良く分かった。やっぱり弱点が何もないのだろうか、生まれながらのイケメンには……

 

「お師匠様、力が入ってますね」

 

「クロ……貴方も原因なんだけど?」

 

 反対側に顔を向ければイケメンショタが居る。こっちは紅い瞳。リタも言ってたけど宝石みたいなのは認める。

 

 向かい側にはギルド長のウラスロと竜鱗騎士団副長のシクスさんが座ってる。それはともかくとして、ツェイスとクロに文句を言いたいのだ。

 

 俺たちが腰を預けているのは高級そうなソファ。三人掛けなら小さくて、二人ならちょっと大きい、そんな感じなんだけど……

 

「近くないですか、二人とも」

 

 右隣にはツェイスが居て、太腿とか擦れるほどに身体を寄せている。あと背凭れに腕を這わしてるから、ちょっと動かしたら当たりそうなんです、俺の背中。左側のクロなんて顔をこっちに向けて視線をガッチリ固定。勿論その先には俺の横顔。ん? もし魔素を動かしたらお仕置きするから。おい、匂いを嗅ぐな。

 

「気にするな。大体クロエリウスがあっちの椅子に座らないのが悪い」

 

「殿下こそ。高貴な御方なんですから、あちらにどうぞ」

 

 ウラスロが用意したのか頑丈そうな椅子がポツンと置かれている。お誕生日席の位置にあるし、上座?的なやつかなぁ。

 

「……じゃあ私が」

 

「駄目だ」

「ダメです」

 

 何でさ!

 

 俺を真ん中に挟み、二人が曰う。目が笑ってないのが怖い。

 

 クロは意外でもないけど……ツェイスはどうしたんだろう? ずっと前に求婚されたときはグイグイ来てた。でもツェツエの貴族連中が文句を付けてからは大人の対応に変わったのに。こんな風に気持ちを態度に出すなんて最近だと珍しい。

 

()()()()()()。大人しくしてくれないか。ああそれと、畏まったキミなんて要らないぞ?」

 

「う……」

 

 耳元でツェイスが囁く。擽ったいからやめて! やっぱり、予想通りだけどバレてるし……

 

「ツェイス……」

 

「それでいい」

 

 うぅ、思い出して来た……ツェイスって元々は俺様キャラだったんだ! 逃げようにも反対側には機嫌の悪そうなエロ餓鬼が居て無理だし……

 

 

「なあコーシクス、俺達は席を外すか?」

「爺さん、こんな面白いのに見物しないなんて有り得ないだろ」

 

 シクスさん、後で覚えてろよ……あとウラスロドワーフ様! お願いだから居なくならないで!

 

「ギ、ギルド長、依頼の報告があるので二人で話しましょう」

 

 とにかく脱出しなければ!

 

「ん? もうマウリツが済ましたぞ? 事前にピピから概要は聞いていたし、正規な手続きで終わらせたから安心していい。ご苦労だったな、ジル」

 

 ははは、仕事が早いなぁ、二人とも。全然嬉しくないですが。

 

「……何で三人が此処に?」

 

「んなもん決まってるだろう。ジルで遊ぶ為だ、ガハハ」

 

「……仕事は? 大丈夫なんですか?」

 

「ん? 何故だ?」

 

「え? だって大門の所で……あっ」

 

 今のナシ! ナシで!

 

「やっぱり隠れてたか。ああ言えば油断して此処に来ると踏んだが、予想通り過ぎて可愛いぞ、ジル。因みにだが、仕事は特に無いし、受付に見つからないよう此処に来た。確か仲の良い者がいるんだろ?」

 

 リタが知らなかったのはその所為か! もしかしたらクロだけ顔を出したのも作戦かも。むむむ、完全にやられました! あとツェイスが可愛いとか言うとムズムズするからやめて欲しいです。しかし、ヤバいぞコレは……よし、一旦退却を……

 

「さて、ジルが逃げ出さない内に話をしよう。クロエリウスにも聞いて欲しいし、ギルド長にも確認しておきたい事があるからな」

 

 クロは緊張の面持ち。え? 逃げたりしないよ? ほんとだよ?

 

「全く……変わらないな、ジルは」

 

「えっと……」

 

 優しそうな笑顔だったけど、直ぐに切り替えて真面目な空気に変わる。それを感じたのかギルド長は勿論、シクスさんも表情が引き締まった。

 

「お前達には話すが、俺が許可しない限り外に漏らす事は許さん。分かったな?」

 

「無論です、殿下」

「は、はい」

「このウラスロ、全てに賭けて」

 

「では……このツェツエ王国より遥か彼方、バンバルボア帝国の宝珠、ジルヴァーナ皇女を改めて紹介しよう」

 

 はぁ、仕方無いか。

 

 背筋を伸ばしてっと。ソファは狭いままですが。

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

「……以上だ」

 

「なるほど……」

 

 シクスさんはポリポリと頬を掻いて呟いた。数秒だけ沈黙すると、徐に片膝を着き頭を下げる。ウラスロの爺様も同時に。

 

「数々の無礼、ご容赦ください。ジルヴァーナ皇女殿下」

「同じく。このウラスロ=ハーベイ、如何様にも御意志のままに」

 

「……二人とも頭を上げてください。そして、謝るべきは此方でしょう。まだ子供だった私はこのツェツエ王国に辿り着き、アートリスの皆様には暖かく迎えて頂きました。生まれも、名前さえも欺いた私を、です。それに」

 

 シクスさんもウラスロも顔を見せてくれた。口を挟まず、俺の言葉を待っている。

 

「今の私は、冒険者協会アートリス支部所属の冒険者、ジル。確かにバンバルボアは祖国ですが、同時にアートリスを深く愛しています。それでは駄目、でしょうか?」

 

「皇女殿下……」

「勿体無い御言葉」

 

 ツェイスは黙ったまま見守っている。クロはソファに固まってしまって動いていない。珍しいな、あんなクロは。

 

「ツェイス……」

 

「ああ」

 

 ねぇ? そろそろいいよね?

 

 目で訴えたらクスリと笑うツェイス。悔しいけど似合ってて格好良い。悔しいけれど!

 

「よし、一応の礼は尽くした。二人とも、いいぞ」

 

「……しかし……こりゃ一本取られたな! 試合以外にも負けるとはさすが魔剣、いや皇女殿下だ。ガハハ!」

「だな。まあ只の町娘な訳が無いと思っていたが、帝国の皇女様とはなぁ……何回驚かせてくれんだよ、全く」

 

 ちょっと⁉︎ あ、あれぇ?

 

「あ、あの……」

 

 さっきまでのシリアス何処いったん? 頑張って皇女っぽくした俺の頑張りは? ねぇ!

 

「ん? どうした?」

 

「そう睨むなよ、な?」

 

「だって……さっきの何なんですか⁉︎ 凄い緊張したんですけど!」

 

 膝まで床に下ろしてさぁ!

 

「此処にいる皆は一人残らず長い付き合いになる。悪気なんて無いのは知ってるし、今更皇女として扱って欲しいとも思っていない筈だ。アートリスに来てもう八年、何度も俺達を助けてくれた。まあ生い立ちやツェツエに居る理由が気にならないと言えば嘘になるが……でも、キミは"ジル"なんだろう?」

 

「それはそうだけど……それならあんな雰囲気やめようよ。凄く怖かったんだよ?」

 

「ああ、済まない。でも、大切な事だ。見ろ、クロエリウスは未だ受け入れる事が出来ていない。それが普通だ」

 

「う、まあ……分かった、けど」

 

「さて、続きを話そう。クロエリウス、お前にも大切な事だぞ? そのまま呆けておく気か?」

 

「……い、いえ、話を聞かせて下さい」

 

「全員コレに目を通してくれ。勿論ジルもだ」

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 何度見返しても腹が立つんですが!

 

 手に持った紙を握り潰したくなる。いや、魔法で燃やし尽くしたい! 

 

 元の世界だとA4サイズくらいの高級紙にはカラフルな文字とポップ、あと可愛らしいイラストが踊っている。イラストはデフォルメされた女の子で……いや、間違いなく俺、つまりジルだけど。妙に上手いのが腹立たしい。

 

 まず一行目の題からしておかしいのだ。

 

「集え強者たちよ。勝者には帝国宝珠を捧げよう」

 

 因みに、実際にはビックリマークも多用され、頭が痛くなる感じです。色も沢山で目がチカチカする……

 

「大会概要。開催地はアートリス近郊(未定、変更の可能性あり)。詳しくは大会主催者までお問い合わせ下さい。開催日は面接合格者のみにお伝え致します? 雨天決行って何……遠足、遠足なの?」

 

 これ、絶対に怒っていいやつだよね?

 

「参加資格①。一定の戦闘経験或いは準ずる才能(タレント)をお持ちの方。尚、戦闘力に関しては将来性も考慮しますので、現在の力だけで判断は致しません。追記、犯罪者や卑怯者、クズは主催者が独断にて強制排除致しますので、予めご了承下さい。責任は負わないのであしからず……」

 

 最後が怖い。

 

「参加資格②。景品(後述します)を幸せに出来る方。またそれを誓い実行出来ること。バンバルボア帝国の講義を終了され理解し、その上で景品に愛を注ぐ事を条件とします」

 

 絶対遊んでるよね、コレ! 愛のところなんてデフォルメされた俺が誰かにチューしてるし! 嫌な予感がして顔を上げれば、クロが決意の表情で拳を握ってる。く、年齢制限は……制限は……無いです。

 

「け、景品について……」

 

 分かってはいる、いるよ? でも万が一の可能性が……

 

「景品名、ジルヴァーナ=バンバルボア……バンバルボア帝国の皇女であり、超級冒険者。二つ名は"魔剣"。彼女を妻に迎える事が出来ま、す……?」

 

 プルプルと両手が震えて止まらない。

 

「主催……バンバルボア帝国ジルヴァーナ捜索隊。代表者及び連絡先、シャルカ=バンバルボア(母)……ってお母様‼︎ 何やってるの⁉︎」

 

 思わず大きな声を出したのも悪く無い筈だ。無茶苦茶だし、用意が早すぎてムカつく! お母様らしいなって思うのが尚更ね!

 

「と言う訳だ」

 

「ツェイス、あのね……此れは、えっと」

 

「流石ジルの母上だ。まだお会いしてないが、為人(ひととなり)を察する事が出来る。早く話をしてみたいな」

 

「僕参加しますから! お師匠様は誰にも渡さない‼︎」

 

「ええ……?」

 

 クロが勢いよく立ち上がり宣言した。身分差を気にして絶望してたのが、参加資格に無いから蘇ったみたい。

 

「安心していい。大抵の奴は参加すら出来ないさ。良く見てみろ。問い合わせ先は書かれていないし、どう連絡したらよいかも不明だろ? つまり、もう大会は始まっていて、辿り着くのも簡単じゃない。ジルと顔馴染みじゃないとどうしようも無い訳で、遊んでるようで考えられている」

 

 そうだけど、そこじゃなくて……

 

「更に言えば合格基準も明確に示されてない。シャルカ皇妃陛下は全てを見ているのだろう。恐ろしい方だ」

 

 恐ろしいのは合ってるけど!

 

「さて、コーシクス」

 

「はっ」

 

「アートリスに混乱が起きないよう取り計らえ。この案内は無差別に配布されていないから、問題は起きないと想定出来る。シャルカ皇妃陛下は聡い方だろう。だが、万が一もある。残る参加者に関しては思い当たるが……それは後で話す」

 

「委細承知致しました」

 

「ギルド長」

 

「殿下」

 

「もう理解してるだろうが、近郊で邪魔の入らない場所を幾つか見繕ってくれ。過分な破壊を行う気は無いが戦闘が行われる。それと悪いが……」

 

「お任せ下さい。余計な茶々が入らないようにしておきます」

 

「済まないな」

 

 表向きギルドは王国から独立してるけど、目の前で行われているのは真逆だ。まあウラスロの爺様は元戦士長だから建前でしかないけど。

 

 このメンバーを集めた理由も分かった。クロを除け者にしないのはツェイスらしい潔さかなぁ。

 

「ジル、遠い目をしないで現実に帰って来い」

 

「あ、はい」

 

「それでは行くか」

 

「……何処に?」

 

 一応聞いておく。ほら、僅かな希望を持って、ね。

 

「キミの屋敷だ。決まっているだろう?」

 

「ですよね」

 

 僅かな希望も打ち砕かれました!

 

 うぅ、話の流れが急過ぎて頭が混乱するよぉ……お母様が関わると何時もこんな感じ。でもさっきのチラシは絶対に許せないけどね! 帰ったら文句を言おう。

 

「ジル」

 

「……なに?」

 

 クロ達は先に部屋を出たから俺達だけだ。

 

「キミが……クロエリウスや俺を男として見ていないのは知っている。差し詰め友人や弟だろう? あの日、ツェツエの貴族連中が反対しなくても、ジルは逃げ出した筈だ」

 

「……それは」

 

 知ってたのか……考えてみたら当たり前かぁ。ツェイスって頭も良いし。

 

「でも、俺はキミを心から愛している。初めて会った時から」

 

「う……」

 

 少し上の方から真っ直ぐに見詰められて、身体が固まる。多分上目遣いになってる筈……ヤバい、恥ずかしい!

 

「ジルに認められる男に、そしてキミの母上に許して頂けるよう頑張るつもりだ。だから、見ていてくれないか、俺達を」

 

 真剣な言葉。

 

「友達として大好きだよ、二人とも……でも、もし、それでも好きにならなかったら?」

 

 意地悪な聞き方だけど、仕方が無い。だって俺の好きな人はターニャちゃんなんだから。皇族としての義務? 紅と黒の竜、アイツらの話を聞いて無かったら全速力で逃げ出してるはず……でも、やっぱり、魔力強化をしない自分が居る。

 

「もっと頑張るさ」

 

 ポンと頭に手をのせられた。自然に。

 

 おい……

 

 そんな格好良いこと、前世でしてみたかったなぁ……

 

 

 

 



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☆女の子、思い悩む

ターニャ視点です


 

 

 

 

 

「シャルカさん、お姉様は指名の依頼を受けたみたいです。ギルドのリタさんから聞いて来ました」

 

「帰って来ないから心配で……ありがとう、ターニャさん」

 

「そんな……私も同じですから。呪われた大熊(カースドウルス)?の討伐だそうです。何だか強そうですね」

 

「……ウルス。しかもカースド」

 

「シャルカさん?」

 

「聞いた事ない?」

 

「あ、はい。ギルドや魔物関係は余り……お姉様も殆ど教えてくれません。多分関わらせたく無いと考えてる、そう思います」

 

「そう……まあジルヴァーナなら大丈夫よ。帰ったら話を聞きましょう。不安にさせてごめんなさいね」

 

 名前も何となくそうだし、きっと凄く強い魔物なんだろう。リタさんも隠し事してた感じだったから間違いない。僕が不安にならないようにしてくれてるのが分かる。

 

 でも、それが嬉しい訳じゃ無いんだ。

 

 自分は守られていると理解してる。過保護の筆頭はお姉様だけど、街のみんなや友達だってそうだ。何も出来ない子供だから当然なのかもしれないけれど……

 

 お姉様は、世界に五人しかいない超級冒険者"魔剣"。

 

 世界に冠たる大国、バンバルボア帝国の皇女。

 

 悲しいくらい優しくて、誰よりも強い。

 

 目の前に居るシャルカさんと同じくらい綺麗なのに、凄く可愛らしい。

 

 でも、いやだからこそ、対等ではいられない。だって……友人でも、冒険者仲間でも、そして愛し合う恋人でもない。今の僕は妹なんだから。そう、クロエリウスやツェイス王子殿下のように振る舞うことも出来やしない。

 

 おかしいよね、凄く幸せな女の子の筈なのに何で悲しい?

 

「あ……」

 

 僕をジッと見てる、シャルカさんが。最近何だか多い気がする。何となく視線を感じる時もあるし、魔素が不規則に蠢いてるのを知った日も。

 

「あの……何でしょうか?」

 

 何時もならニコリと何処か妖しい笑顔を浮かべるシャルカさんは、真剣な表情を崩さないまま言葉を紡ぐ。

 

「ターニャさん。ジルヴァーナもいないし貴女と話がしたいの。そうね……天気も良い朝だし、お庭にでもどうかしら? ()()()()()()()()()()()()()()、大切な事があるでしょう?」

 

 言葉を返す事も出来ずに、頷くしかなかった。

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 この屋敷も庭も本当に素晴らしい。

 

 お姉様と朝食を共にした場所を背に、屋敷を何となしに見てしまう。

 

 屋敷そのものは二階建てで、壁は真っ白。屋根は赤茶けた刻の流れを感じる洋瓦だ。庭を囲う様にL字型をしてるから全体が見渡せる。ううん、屋敷の窓からも庭園を楽しめる様に改築し直したんだろう。買い取って減築し、庭を整備したって聞いたし。

 

 お風呂も嘘みたいに綺麗だし、慣れて来た部屋も部屋と呼べない程に広い。クローゼットなんてそれひとつ有れば寝泊まり出来そう。各所に魔法を使った設備が整っていて、現代日本と変わらない便利さだ。お姉様は間違いなく日本からの転生者だから当たり前なのかも。

 

 でも……さっきも感じた想いが胸を圧迫してくる。

 

 どれだけ素晴らしい屋敷も、こんなに美しい庭園も、不便など感じない設備も。誰もが優しい街のみんなが居て、大切にしてくれる。

 

 なのに、今はただ怖いだけ。

 

 お姉様がツェツエの王妃になれば、この屋敷から、アートリスから離れてしまう。一人暮らしに見合う場所に引越して、自由に過ごせたとしても……もうお姉様は隣に居ない。

 

「幸せを祝うのが当然なのに……」

 

 怖い、凄く怖いんだ。

 

 こんな事ならもっと沢山一緒に居れば良かった。お姉様の希望通りにお風呂やベッドに。一杯抱き締めて、一杯キスをして。

 

「僕は、好き。あの人が」

 

 姉妹としてじゃない。ずっと傍にいたい。

 

 なんて馬鹿なんだ。もう全てが遅いのに。

 

 いや、そもそもお姉様は可愛い妹として愛してくれてるんだ。恋人なんかじゃ絶対にない。だからこんな気持ち早く消してしまおう。笑顔で送り出さないと心配させてしまう。

 

 ごちゃごちゃと考えていたら目の前には椅子があり、シャルカさんは向かい側に腰を下ろしていた。そう言えば、歩いている間に話し掛けられなかったな。不思議に思い観察してみたら、逆に僕が観察されているのが分かった。

 

 今度はニコリと笑う。その笑顔はお姉様と違うけれど凄く綺麗だ。親娘ってこんな感じなんだろうか。

 

「キーラ」

 

「はい」

 

「お茶をお願い」

 

「少々お待ち下さい」

 

 さっきまで居なかった筈のキーラさんは、無表情のままに手を動かし始めた。手伝いたいけど、そんな雰囲気じゃない。

 

「ターニャさん、どうしたの? 座って?」

 

「は、はい」

 

「あら、緊張してる? 御免なさいね、()()()()かしら」

 

「……いえ、大丈夫です」

 

 "怖い"の意味は違うのにドキリとする。僕を見詰めるマリンブルーの瞳、綺麗なのに呑み込まれそう。

 

「そう? それじゃ、ちょっと話を聞いて欲しいの」

 

「勿論です」

 

 話す内容なんて分かりきってるけど……避けようの無い現実だ。

 

「ジルヴァーナとのこれから、貴女とあの娘の事を考えないとね」

 

 キーラさんが淹れたお茶がコトリと置かれた。それとお姉様特製のクッキー。甘くてホロホロと溶けて行くから最初は吃驚したっけ。

 

「シャルカ様。この菓子はお姫さま(おひーさま)が焼かれたそうです。私も少しだけ頂きましたが、本当に美味しくて驚きます」

 

「あらあら、そうなの? あの娘も少しは成長したのかしらね。身体ばっかり立派になって心はそのままだったから」

 

 片手を添えて上品に口へ運ぶ。

 

「まあ……! キーラの言う通り、本当に美味しいわ」

 

「はい。それでは失礼致します」

 

 キーラさんは同席せず立ち去った。

 

「さて、最初に状況を整理しましょうか。私がジルヴァーナに求めているのはバンバルボア帝国の皇族、その皇女としての義務ね。話した通り、水色の瞳は始原の竜に連なる者。()()()()()()と子を成し、広く受け継ぐ。其れさえ果たすならば今迄通りに自由で居て欲しい、私はそう考えてるの。皇帝陛下には私から話すし、ある程度の御許可も頂いてる」

 

「……そうですか」

 

 少し困惑した。今更だし、そもそも僕に改めて話す内容とは思えない。いや、身の振り方や今後の距離間をどうするかって話かも。つまり、余計な事をするなって……

 

「でも、人の気持ちは別ね。皇妃として失格なのかもしれないけれど、ジルヴァーナが心から愛する人と人生を歩んで欲しい。そう思う私も居る」

 

「シャルカさんはお母様ですから当然だと思います」

 

「そう? そんな事を言ってくれる人なんて初めてよ? やっぱりターニャさんって凄いわ」

 

「は、はあ」

 

 母なんだから当たり前……いや、皇族としては珍しい考えなのかも。世界が違えば常識だって変わるだろう。

 

「それで、教えて欲しいのだけど、ジルヴァーナに好きな人って居るのかしら? 八年も離れて過ごすと分からない事だらけで」

 

「えっと、正直なところ分かりません。多分ツェイス殿下を想われてると……」

 

「ターニャさんでも? 分からない?」

 

「はい。お姉様って以前から自分の事を話してくれなかったので……過去も、気持ちも……すいません」

 

 バンバルボアも、皇女としての立場も、昔の話だって。僕は子供だし、考えなくても分かる。あの人は思うよりずっと大人だった。

 

()()()()

 

「……え?」

 

「本当に何も話さなかった? それとも気付かなかったのかしら。ううん、見ないようにしてるのかも」

 

「シャルカさん、何を仰ってるのか……」

 

 謎掛けみたい。誰の気持ち? 誰の話?

 

「質問は変えてないわよ? ジルヴァーナは誰が好きなのか、そう聞いてるの」

 

 ジワジワと行き止まりに追い込まれる感じがする。お姉様が言ってたな、シャルカさんは怖い人だよって。でも、やっぱり分からない。

 

「ご、御免なさい。分かりません」

 

「そう」

 

 シャルカさんは何かの興味が薄れたのか、お茶を手に視線を逸らす。そして、もう一度僕を見た。

 

「ターニャさんはどうする? 将来のこと」

 

「まだ考えていません。仕事を見つけて、住まいを用意して……王都には知り合いの貴族様がいますので、甘える事になるかもと」

 

「ジルヴァーナに付いていかないのかしら?」

 

 被せるように質問が来た。本当に何が聞きたいのか分からない。

 

「私には身分を保証する事も、高貴な方と共に歩く知識や経験もありません。お姉様は優しいですから私に合わせてくれていたと思います。つい最近も、其の所為で迷惑を掛けてしまいました」

 

 公爵の息子、ミケルに嵌められてお姉様がピンチになってしまった。王都で起きたあの事件は僕が居なければ起きなかっただろう。そう、身分不詳の女の子を保護したばっかりに。そもそも異世界から飛んできた僕に身元なんてある訳ない。

 

「まず、経験や知識は身に付けていくものよ。ターニャさんは未だ若いし、何もおかしい事はないと思うわね。それと、身分に関してはバンバルボア帝国が後見しても良いと言ったら?」

 

 もしそうなら……凄く嬉しい。なのに何故か胸が詰まる。

 

「不思議です」

 

「あら、何が?」

 

「何故そこまで? 全部ご存知の筈です。私には過去の記憶もありません。ターニャという名前すらお姉様に付けて貰いました。誰とも知らぬ人間を皇女殿下の傍に置くなど、本来なら許されないと思います」

 

「貴女、凄く頭が良いわねぇ。ジルヴァーナに見習って欲しいくらい」

 

「お世辞は」

 

「お世辞じゃない。前も言ったはずよ。私はこんな事で言葉を紡ぎたく無いの」

 

 掌が汗で濡れてる。それに少しだけ震えも……何でだろう。

 

「私こそ不思議ね」

 

「何がですか?」

 

「どうしてジルヴァーナから距離を取ろうとしてるのか、不思議」

 

「べ、別にそう訳じゃ」

 

「皇妃であり、母である私が良いと言ってるのよ? ジルヴァーナを見ていればターニャさんがどれほどに尽くしてくれたか分かる。集めた情報でも明らかだし、話している今も変わらずそう思うわ」

 

「尽くしたなんて。私こそどれだけ助けて貰ったか……お姉様はいつも気に掛けてくれて」

 

 あれ? 何でお姉様と一緒に居るのが辛いと思ってるんだろう。シャルカさんの言う通り、遠ざけようとしてる?

 

「ターニャさん」

 

「あ、はい」

 

 シャルカさんは立ち上がり、僕の横に座り直した。握られた手は凄く暖かくて、緊張が少し解れた気がする。

 

「はっきり言うわ。貴女が離れたら、ジルヴァーナは泣いてしまうでしょう。それどころか皇女としての義務も捨てて八年前のように逃げ出すに決まってる。ツェイス殿下のことを心から愛しているなら別かもしれないけど、そう確信が持てないみたいだし」

 

 そんなこと……

 

「有り得ないと思う? 色々と考えてしまっても、大切な事を切り捨てないで欲しいの。でも、ジルヴァーナの気持ちを否定するなら、これ以上言わない」

 

「……いえ。少し前に大好きだって言ってくれました」

 

「ね? お願い、ずっと傍で支えて?」

 

「いいんでしょうか、私で」

 

「貴女じゃないと駄目」

 

 耐えられるのか? 想像してみたら良い、お姉様が別の男にって。それを毎日見続けて……

 

 ああ、やっと分かった。身分だとか、過去だとか、沢山理由をつけて来たけど、結局はただのヤキモチなんだ。大好きなお姉様が別の男に笑顔を送り、別の誰かにプルプルさせられる。小さな、子供の、僕の、気持ち。

 

 何で女の子なんかに?

 

 あの森で出会ったとき、元の通りの身体だったなら……分かってる、もしそうだったら、僕は此処に居ないって。

 

 答えなんて最初から一つしかなかったんだ。

 

「分かりました。是非お姉様の傍で仕えさせて下さい。キーラさんの様に頑張ります」

 

「ありがとう。でも……」

 

「でも?」

 

「貴女はキーラじゃない。さっき言ったでしょ? 大切なことは何なのか、切り捨てちゃ駄目。私はいつも思うの。心に在る想いは言葉にして初めて伝わるものだって」

 

「え?」

 

「ふふふ」

 

 分かるわけない、ないよね?

 

 僕がお姉様の事を好きだなんて。姉妹としてじゃなく、恋心を抱いてるなんて。

 

 盗み見たシャルカさんの瞳は……海の様に深く、そして青かった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、歌う

 

 

 

 

 冒険者総合管理組合アートリス支部、つまりアートリスの冒険者ギルドから出て周りを見渡した。

 

 街中には見慣れた景色と石畳。偶に通り過ぎる貨物馬車は凄くゆっくりで和む。お馬さんのパカパカって蹄の音、好きなんだよなぁ。特に石畳だと音が軽やかな気がするんだ。

 

 ツェツエ王国の王子ツェイス、竜鱗騎士団の副長であるコーシクスさん、あと見た目だけは可愛らしい勇者クロエリウス、この三人が一緒だ。護衛だった筈の竜鱗の騎士達は同行していない。

 

 俺はそんな野郎達に囲まれるようになっていて、何だか居心地が悪いかもしれない。行き先は我が家なのに、その目的が気に喰わないのだ! 逃げようかなって思うけど、色々な事情で難しい。もう考えるのも面倒で、さっきから気になってるコトを頑張って思い出し中。今の俺を的確に表した歌があったんだけどなぁ。現実逃避なのは分かってるけど。

 

 むぅー

 

 引っ掛かってるのに、さっきから思い出せないのだ。

 

 ドリドリドリ……いや、違うな。

 

 何だっけ?

 

 プニュプニュ……いやいや、それはターニャちゃんのホッペ。んー、確か、ドから始まる言葉で……

 

「ジルの隠蔽魔法は凄まじいな……街中をこれだけ無関心な状態で歩けるなど」

 

「ですな。正直広めたくない技術と……悪意ある者が知れば何をするか分かりません」

 

「殿下、コーシクスさん、その点は安心して下さい。この水準で扱うにはそれこそ魔力強化をお師匠様並みに行使出来なければ不可能ですよ。僕も全容は掴めませんが、ある種強化と対極の位置にある技術で……同時行使はお師匠様ですら無理だそうです」

 

「ほう。魔剣、つまり"万能"の才能(タレント)を持つジルも同時には扱えない魔法か。なるほど、それなら安心だ。そうだろう、コーシクス」

 

「ひと安心です。しかしそうなると……」

 

「なんだ?」

 

「今のジルには悪戯し放題ってコトです、殿下。おまけに隠蔽を解くわけにもいきませんから、反抗もまともに出来ませんよ。な? クロエリウス」

 

 ド、ド、ドサ、ドム……違うんだよなぁ。ん? え? シクスさん何か言った? 聞いてなかったぞ。

 

「……確かに。さすが竜鱗の副長と言っておきましょうか」

 

 何やらクロがキモい動きをしてるんですが? 具体的に言うと両手指をモニョモニョと動か、いや蠢いてる。おい、一体何の話なんだ⁉︎

 

「やめておけ、後で痛い目を見るぞ? それとコーシクス。バンバルボア帝国の皇女だと忘れてないか?」

 

「む……確かにそうでしたな! ガハハ!」

 

 むぅ、さっぱり分かんない。まあ碌な話じゃないな、うん。ツェイスも苦笑してるし、シクスさんがガハハ笑いする時は特に。

 

「しかしアートリスのギルド長とお知り合いとは、全然知りませんでしたよ」

 

 あー、確かに。随分と仲良しだったなぁ。モニョモニョをやめたクロの質問だけど、俺も少し気になる。

 

「ウラスロの爺様は戦士団に居たからな。戦士団は今でこそ蒼流騎士団に吸収されたが、侮れない曲者ばかりだったぜ? 爺様とは何度か仕事したし、若い頃は色々と教わるコトもあったくらいだ。殿下も一緒に馬鹿な遊びもしたもんだし」

 

「へー。馬鹿な遊びって?」

 

「ん、そりゃ……」

 

「コーシクス、黙れ」

 

「おっと。クロエリウス、ヤバいからやめておこう」

 

「は、はい」

 

 ツェイスが静かに怒ってるの怖いよ⁉︎ でも、馬鹿な遊び、気になる……

 

「で、まだなのか?」

 

「随分歩きましたなぁ」

 

 ギルドからは離れてるからね。そもそも早く着きたい訳じゃないし、気持ち遠回りしてるのだ!

 

「僕もお師匠様の家を知らないんですよね。楽しみです」

 

 お前が一番危険なんだよ! イケメンショタのくせして痴漢なストーカーだからな! マジで気が進まないんですが……しかもお母様がいるもん。

 

「ジル、静かだな。そんなに難しいのか、隠蔽は」

 

 まーね。レベルによるけど複数人を纏めてだと尚更だよ。喋ったり刺激を受けたなら一瞬で解除されるし。それと、例えばターニャちゃんなら簡単に看破するだろう。それどころか強制的に行使を消されちゃう。

 

「アートリスの人達、僕等が歩いてるのは理解してるのに不思議ですね。どういう仕組みなんだろ? 出来れば覚えたいな。お師匠様の着替えとか覗けるし」

 

 最後! 最後のところ小声でも聞こえたからな‼︎ くっ、ブン殴りたいけど無理……クロのやつ、分かってやってるな? なんでこんな変態に育ったんだよ、ホント。

 

「だな。アーレと違って雑然としてるが、問題なく歩ける。護衛も付けてないが、気にもならん」

 

 まあシクスさんが横にいるだけで、護衛が沢山と変わらないけどね。ツェツエの剣神は伊達じゃない。クロは勇者だし、そもそもツェイスだって滅茶苦茶強いからなぁ。

 

「コーシクス、魔剣が居るだろう?」

 

「確かに! ガハハ‼︎」

 

 こ、こら、あまりデカい声で笑うなよ! 隠蔽だって完璧じゃないんだからな⁉︎

 

「あ。あのドーナツ美味しそう」

 

 クロも自由だな、おい。

 

 しかしドーナツか……確かに美味そう。あんなの売ってたのか。今度ターニャちゃんと買いに来よう。種類も色々あるみたいだし、ドーナツ。

 

 ん? ドーナツ、ドーナ、ドナ……あ‼︎

 

「ドナドナドナドーナァ♪」

 

 これだ‼︎ 牛買いに連れてかれる仔牛……今の俺にそっくりだよ、うん。

 

「……ジル、いきなり歌うなよ」

 

「あ、ごめん」

 

「お師匠様、ヤバいのでは?」

 

「え? 何が……あ、あー‼︎ みんな! 走って‼︎」

 

 ヤバい、隠蔽が解けちゃったよ⁉︎

 

「マジかよ‼︎」

「コーシクスさん、いいから早く!」

「全く、やっぱり面白い奴だジルは」

「ツェイス、黙って走りなさい!」

 

 ご、ごめんなさーい‼︎

 

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 

 ふぅ、無事到着っと。

 

「無事じゃないからな?」

 

「ツェイス、心を読むのやめてくれる?」

 

「読んでない、顔に書いてあるんだ」

 

 うっさいよ!

 

「まあ多分バレてないですよ。お師匠様、良かったですね」

 

「そもそも最初から良くないからね?」

 

 はぁ、とにかく入ろう。お母様にも紹介して……いやいや、あの巫山戯たチラシの事を問い詰めないと! 何であんなイベントみたいになってるんだよ。大体さ、人が景品なんておかしくない? 幾ら俺が超絶美人のジルだとしても人権侵害だ! うぅ、この世界に人権侵害なんて言葉はないけれど。

 

「じゃあ、付いて来て……ん?」

 

 目の前にある門が勝手に開いたぞ? 魔素も操作してないのに……両開きになったことで、敷地内や庭園が目に入る。そして真正面には小柄で可愛い女の子。無表情で青っぽいメイド服。おかっぱ頭の金髪が綺麗だね、うん。

 

「ジルヴァーナ皇女殿下、おかえりなさいませ」

 

 スッと軽くお辞儀をしてあと気持ちだけ横にずれる。そのままの真っ直ぐな姿勢で話を続けるから口出しも出来ません。て言うか準備万端過ぎませんかぁ?

 

「ツェイス王子殿下。お待ちしておりました。コーシクス様、クロエリウス様、皆様を此処にお迎え出来る事、大変光栄で御座います」

 

「此方こそ、突然の訪問失礼する。その様子だと予め理解頂いていたのかな? キミは……」

 

「ジルヴァーナ皇女殿下の御世話を仰せ付かっております、キーラ=スヴェトラと申します。御来訪に関してはバンバルボア帝国第四皇妃シャルカ様よりお聞き下さいませ」

 

「分かった。ありがとう」

 

「とんでも御座いません。では、此方へ」

 

「あのぉ、キーラ?」

 

お姫さま(おひーさま)は湯浴みとお召し替えを。全て用意しております。シャルカ様より御指示がありますので」

 

「あ、はい」

 

 三人の野郎共はキーラに続く、素直に。俺はポツンって感じ。うん、このまま逃げちゃう? いやいや! 一回ガツンと言わなくては。こ、怖いけど……

 

「お姉様」

 

「あ! 大丈夫? お母様に怖い事言われたりしなかった?」

 

 おー‼︎ 至高のTS美少女ターニャちゃんだ! 少しだけ伸びたショート髪や濃紺の瞳が何だか懐かしい。たった三日なのに不思議。

 

 か、可愛い……何だか可愛さに磨きが掛かっていませんか⁉︎ 憂いを含んだ視線、色気みたいなものを感じる。感じるのだ!

 

「あれ? その格好……」

 

 クラシックな白のブラウスと、ギンガムチェックのキャミワンピはベージュ。袖やワンピの裾はギャザーで可愛いらしくまとまってる。サンダルも淡い白だから全体が柔らかな印象だね。うん、よく見ればパルメさんの店で見た気がする。んー、ターニャちゃんって女の子色の強い服はあまり着ないのに。基本的にガーリーよりボーイッシュかユニセックスだもん。ましてや家の中だし。

 

 こんな装いを何度かお願いしたけど、着て貰うタイミング中々無かったのだ。

 

「お姉様、お帰りなさい。先ずシャルカさんは優しいです。それと、この格好の方が都合が良いので、あまり気にしないで下さい。では此方へ」

 

「ターニャちゃん?」

 

 何だか変だぞ。目も合わせてくれないし。

 

「湯浴みですね、先ずは。行きましょ……」

 

「待って」

 

「何でしょう?」

 

「もしかしてお母様に無理矢理させられてるの? ターニャちゃんは私やバンバルボアが雇った使用人でも無いし、キーラとは違うんだよ? その服だって」

 

「この服は自分で選んだんです。無理矢理なんて無いですから。シャルカさんだって……いえ、それより似合いませんか?」

 

「そんな事ない、可愛いけど」

 

「良かった」

 

 笑顔はやっぱり最高。なのに何で不安になるんだろう。

 

「ね、ターニャちゃんと話がしたい。色々と伝えたいことがあるの」

 

「分かってます。将来のことですよね?」

 

「う、うん」

 

 あれぇ? ターニャちゃんが好きとか、告白とか、全部分かるの? やっぱり二人で逃げよっか?

 

「私も話したい事があります。後でお部屋に行きますね」

 

「は、はい!」

 

 お、お部屋⁉︎ 身体だけじゃなくそっちも綺麗にしないと! いやいや、何を考えてるんだ⁉︎ 落ち着け、俺。

 

「でも今はお客様です。さあ、湯浴みに行きましょう」

 

「はーい」

 

 まあギルドの仕事でお風呂に入ってないし、元々入るつもりでした!

 

 随分昔に何かで読んだ気がする。お風呂? 御飯? それともワタシ?的な! 勿論ターニャちゃんでお願いします! 脳内で遊びながら至高のTS美少女の、至高のお尻を眺める。うん、可愛い。

 

 やっぱり間違いない。ツェイスやクロは友達として好きだけど、ターニャちゃんみたいにドキドキしないのだ。今もお尻から目が離せないし、ユラユラ揺れる後髪だって。因みにツェイス達の尻なんて見学する気もありませんから!

 

 はぁ、バンバルボアの事どうしようかなぁ。

 

 ターニャちゃんと出会う前は全力で逃げれは良いなんて気軽に考えてたけど。真面目な話、ターニャちゃんには無関係で巻き込むのもおかしいよね。この世界で強い力を持つ帝国相手に逃避行なんて……うーん、答えが出ないよぉ。やっぱり告白なんて無謀かなぁ。

 

「着替えは中に用意してます。今着てる物は洗濯籠に入れておいて下さい。流石に装備品は無理ですけど」

 

「うん、ありがとう」

 

 剣は魔力で覆うから血糊なんて付かない。まあ気分的に良くないから整備するけど。とにかく危ないし、ターニャちゃんに任せたりしないのだ。ナイフとか武器類は絶対ダメ!

 

「あの」

 

「ん? なあに?」

 

 剣帯を外しながらターニャちゃんを見る。お、ようやく目が合ったぞ。

 

「カースドウルスって凄く強い魔物なんですよね? 怪我とか、大丈夫でしたか?」

 

「……えと、うん、大丈夫だよ」

 

「回復魔法があるのは知ってますけど、お姉様って何かあっても内緒にしてそうですから」

 

 チラチラと魔力銀の服を眺めてるのは本当に気にしてくれてるのかな。ふ、最近言わないから忘れてしまったかい? 仕方無いなぁ。では教えてあげましょう! この俺、超絶美人なジルは……

 

「分かってます。超級の魔剣、そしてバンバルボア帝国にその人ありと謳われた()()()()()()()()殿()()だって。でも、気になって」

 

 やっぱり心を読んでませんか?

 

「心配させてごめんね? でも本当に大丈夫だから!」

 

 そうですか。

 

 笑いながらそう言うと、ターニャちゃんは折角だし背中を流しましょうかなんて話すのだ。思わず吃っていると冗談ですよって去って行った。

 

 何だかやっぱりいつもと違う気がする……気の所為だよね?

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、抗議する

 

 

 

「ふぃー」

 

 はぁ、気持ち良かった。

 

 森に三日も居たし、水浴びだけじゃ物足りないからね。温かなお湯に香り高い石鹸、独自開発に関わったシャンプーは最高のお仕事をしてくれる。

 

 化粧水擬き、エセ美容液、乳液らしきもの。一応は揃ってるけど、と言うか貰い物ばかりだけど、殆ど使った事がない。魔力を纏う超絶美人な俺には必要ないのだ!

 

「メイクは……要らないか」

 

 自分の家だし、今いる連中のために化粧なんて何となくイヤ。ささやかな反抗心くらいアリだよね。

 

「服は用意してくれてるって……んー、これかな?」

 

 流石に下着姿でウロウロ出来ないもん。最高なオッパイもお尻や素肌だって野郎達には見せないぞ!

 

「ふむ」

 

 先ずはスカートだな。フィッシュテールな感じ。前側は膝下くらいだけど、後側は脹脛まで届いてる。つまり裾の長さが前後で微妙に違うのだ。フワフワした軽めの生地だから歩いたりすれば揺れ動いて可愛さもあるだろう。細いベルトで固定すれば淡い臙脂色したスカートは清楚な雰囲気を醸し出す。上はブラックのリブニット。多少体の線が目立つけど下品な感じはしない。超絶美人なジルは益々綺麗系お姉様に磨きがかかった。

 

「おお、大人っぽく清楚。いいね」

 

 誰が選んだんだ? ターニャちゃんじゃ無いだろうし、キーラかな。普通ならネックレスとかして更に着飾るんだろうけど、やっぱり同じ理由で却下だ。後からターニャちゃんになら良い、うん。

 

 もう一度だけ鏡で確認。ついでにクルッて回ってみればフンワリとスカートが広がって最高。チラリと見えた太ももが良い、うむ。

 

「さて、と。お母様にガツンと言うぞ。最初が肝心だ!」

 

 フンと鼻息荒く、超絶美人、いや超級冒険者の魔剣ジルが行くのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジルヴァーナ。何ですか、化粧もせず。それに足元も疎かになっています。用意していたパンプスは? だいたいモフモフスリッパなんてふざけてるの? 淑女として、皇女として、またお話をしないとなりませんね」

 

 ひぃ⁉︎

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「その服は私が若い頃に着ていたものだから、貴女には似合ってると思う。でも、同時に心を磨くことの重要さをあれだけ教えてきたつもりだけど、まだ子供のままなのかしら? 本当に、身体ばっかり立派になって」

 

 ゆっくりと此方に歩いて来て……って、この服を選んだのお母様なんですか⁉︎

 

「ん? 貴女……湯浴みした後のお手入れは? 肌は乾燥しやすいから必ずするように教えたはずだけど、怒るわよ?」

 

 あばばばば……

 

「あらあら、寒いの? プルプル震えて」

 

 その笑顔、綺麗……じゃない! 怖いです! アカン、昔のトラウマが甦るぅ!

 

「ほ、ほら! みんな仲良しだから、友達同士気軽な感じで」

 

 間違ってない筈だ! ツェイスもクロも友達と弟的な奴だし、シクスさんはおっさんで……

 

「今日のお客様はツェイス王子殿下、このツェツエ王国の。そして騎士団からも二人来られてるのよ? 幾ら知り合いだからと言って礼儀を欠くのは感心しないわね。まったく、やっぱり私が中心となって進めるしかないか。孫を沢山……いや婚約を」

 

 本音が出てますが! あと礼儀って言うなら、無断で他国に来てるお母様の方が……

 

「なに? 何か言いたいことでも?」

 

「い、いえ、ございませんです、はい」

 

 やっぱり言えませんでした。

 

「これ以上お待たせする訳にもいきません。来なさいな」

 

 俺の髪に手櫛を通して整えると、優しい瞳の色に変わった。むぅ、怖いけど変わらないな、お母様は。あの顔を見ちゃうとフッて力が抜けちゃうんだよぉ。

 

「ターニャさんとは話をした?」

 

「え? うん、少しだけ」

 

「何て?」

 

「えっと、特別な事は何も」

 

「そう」

 

「どうしたの?」

 

「何でもないわ。でもジルヴァーナ」

 

 なに? 何ですか、ジロジロ見て。

 

「貴女、胸が大きいわね。なのに形も崩れてないようだし。その服は線が出やすい分着る人を選ぶけれど……良い感じ」

 

 ふっふっふ。まあジルですから?

 

「すぐ調子に乗って。何よ、その姿勢は」

 

 腰に手を当てて踏ん反り返る体勢ですよ? 歩きながらだから器用でしょ?

 

「魔力の体内循環が身体にどう影響を与えるかバンバルボアでも研究してるけど、ジルヴァーナは一つの完成形なのかも。ね、少し調べていい?」

 

「ヤダ!」

 

 絶対ロクな研究じゃないだろ! 目だって笑ってるの見えてるし!

 

「フフ。変わらず可愛いわね、ジルヴァーナは」

 

 お母様のその笑顔、反則です。マジで美人さんだから困るんだよ、ホント。

 

 でも、あのチラシの事や、結婚だって抗議しないと。何でイベント化してて、オマケに俺が景品なんだ! いや、理由は分かるけども! やっぱりターニャちゃんが好きって言う? いや皇族にとって個人の感情は三番目だって昔言われたし……ん? 二番目って何だろう?

 

「ところで、あの勇者くんも参加者なのかしら?」

 

「みたいですね……ハハ」

 

「モテモテね。あんな純粋な男の子まで堕とすなんて罪深いわ」

 

「クロは純粋なんかじゃないからね?」

 

 珍しい疑問符を顔に浮かべ、お母様はこっちを見た。仕方無い、説明を……いや、したく無いな。ストーカーで痴漢で、匂いフェチな上に、覗きまで画策するような奴なんて。教えた魔力強化は変態能力に活かされてるよ、ハァ。

 

「よく分からないけれど、貴女がツェイス王子殿下と結ばれて子を成すならば、こんな面倒な事はしないわ。帝国としても歓迎すべき間柄だし、皇帝陛下もお喜びになるでしょう」

 

「ね、ホントに結婚しないとダメ? 古竜の事やバンバルボアの義務だって随分昔の話なんでしょ? 実際のところは分からないと思うんだけど……」

 

「敬語もやめて昔みたいに、それと漸く本心を言ったわね。でも、ジルヴァーナの言う事は分かるわよ?」

 

 アレレ? 意外といけるのか⁉︎ もっと早く言えば良かったじゃん!

 

「じゃあ、こんなのやめて……」

 

「無理よ」

 

「なんでさ」

 

「残念ながら、インジヒとシェルビディナンの二人の存在と怒りや力は事実だから。いつ目覚めるかは誰も知らないけれど、今のままでは勝てない事も」

 

「んー、何で言い切れるの?」

 

 お母様は立ち止まり、俺の方に向き直った。真剣な眼差しに体が固まる。

 

「貴女が生まれ、その瞳の色を見たとき……私の中にも同じ疑問が浮かんだ。だから真実が知りたくて、唯一会える筈の古竜を探したの、この大陸で。正直に言えば、皇族の義務を捨ててもジルヴァーナには幸せな人生を歩んで欲しいわ。母として気持ちは今も変わらない。でも、機会に恵まれ白竜ルオパシャ様とお話して、それから沢山の事を学び……始原に連なる立派な帝国の皇女に育てると誓ったの。まだ貴女が赤ちゃんの頃よ?」

 

「赤ちゃんの頃……」

 

 あー! ツェルセンで泊まった宿"双竜の憩"だ。支配人が俺やお母様を知ってたのは其れが理由なんだな。

 

「其れが負担になってジルヴァーナは逃げ出したのでしょう? 確かに厳しく貴女を育てたのは認める。でも大きくなるにつれ、とんでもない魔法の才を見せるものだから嬉しくて。反応も可愛いから楽しいじゃない? ほら、逃亡先で捕まえた時の絶望感、プルプル震えて子猫みたいだし」

 

「最後のが本心だよね⁉︎」

 

「さあ、話は終わりよ」

 

「うぅ、はい」

 

 沢山抗議する予定だったのに、仕方無い……ん? あれれ? 何だか言いくるめられて無いか? だってそもそもあんな巫山戯たチラシやイベントなんて要らないし、何だかおかしいような。

 

 でも扉の前に佇むキーラが見えて会話も終わってしまう。どうしよう、考えが纏まらない。このまま誰かと結婚して子作り……嫌なんですが!

 

 カチャリと開けられた扉の向こうにツェイス達が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

「シャルカ皇妃陛下」

 

「ツェイス様」

 

 椅子から立ち上がったイケメンは、お母様に怯む事なく真正面から視線を合わせている。シクスさんは膝を突き頭を下げたまま。クロも同じく床を見ているようだ。室内に案内したキーラは壁際に立ったまま動かない。ターニャちゃんが居ないのは寂しい。

 

「来国を改めて歓迎します。公式では無いのが残念ですが」

 

「歓迎と言う言葉を頂けただけで満足ですわ。公の有無はこの際気にしない様にしましょう。それと、我が娘ジルヴァーナとも懇意にして貰っていると聞いています。そしてこの場所にいる以上、全てご存知の筈。母として本当の貴方様を知りたいと思いますが、如何ですか?」

 

「成る程……ならば先に聞いておきたいですね」

 

 んん? 何だか不穏な空気が……

 

「あらあら、何をかしら?」

 

「ジルを景品のように扱うお気持ちを。幾ら偉大なるバンバルボアの皇族とは言え、彼女はひとりの女性。そして同時に、天真爛漫で子供の様に無垢な女の子でもある。そう、貴女の大切な娘だ」

 

「ちょ、ツェイスってば」

 

 お母様も視線が鋭くなった。平気で見返すツェイスだけど、お母様の恐怖を知らないから出来る事だ、マジで。て言うか無垢な女の子って何だよ? クロなんて下を向いたまま頷くなんて器用な真似してるし。

 

「ジルヴァーナ、下がってなさい。それと……ツェイス殿下? 気に入らないなと私が一言、貴方様を排除するとは考えないのかしら?」

 

「その時はジルを攫うだけ。何故ならば、貴女の娘はツェツエ王国アートリス支部の冒険者だ。そして超級は如何なる国も不可侵。それは不文律でもある。つまり、決めるのはジルだ」

 

「私の娘を攫う? やってごらんなさいな」

 

 いきなり何なんだよぉ。ね、喧嘩はやめよう? そもそも二人とも立場分かってるのか⁉︎ 両国を代表して仲違いなんてヤバいでしょうよ!

 

「二人とも落ち着いて! どうしたの? ツェイスらしくないよ」

 

「本当の俺を見たいと言ったのは皇妃陛下だ。そして言葉と気持ちに嘘はない」

 

 いや、景品とか俺が言う台詞なんだけど!

 

「会った早々に面白いわね、ホント」

 

「では不合格ですか? やはりジルを」

 

「いえ、合格だけれど。その言葉と気持ち、素敵ね」

 

 キョトンとするツェイス、珍しい。あと、シクスさんとクロも思わず顔を上げたみたい。まあ気持ちは分かるけど。満面の笑みを浮かべ、お母様はウンウンと頷いてる。

 

「あのぉ、お母様?」

 

「なあに? ちゃんと本心が聞けて良かったわ。思っていたより早かったけど、堅苦しいのも消えたし。そちらの御二方も席にどうぞ。キーラ、お願い」

 

「はい」

 

 静々とお茶を並べ始めたキーラ。平気そうなのが怖い。

 

 ツェイスも普通に戻ってるし……いやいや、切り替え早すぎて気持ち悪いんだが? 其れにクロなんて決意の表情。シクスさんは興味津々な顔を隠してない。て言うか絶対楽しんでるな、あれは。

 

「では改めて。我が娘、そしてバンバルボア帝国の皇女であるジルヴァーナを幸せにする()()はありますか?」

 

「勿論です」

「ぼ、僕も!」

 

「クロエリウス様も参加、と。よろしい。ただ、残る参加予定者が到着してません。それと、審査を行なって頂く方も。もう暫く待って下さいませ」

 

 まだ居るのかよ⁉︎ そもそも誰だ⁉︎ クロは顎に指を当てて悩んでるようだけど、ツェイスは特に驚いてないぞ?

 

「それでは、良ければ聞かせて欲しいですね」

 

「残る参加者かしら?」

 

「いえ、心当たりがありますので大丈夫です」

 

 ウソ⁉︎

 

「フフ、流石ですね、ツェイス殿下。では何かしら?」

 

「それは勿論……」

 

「勿論?」

 

「幼き頃のジルを、どんな娘だったか、を」

 

「あ! それは僕も聞きたいです! お師匠様が少女のとき……グヘヘ」

 

 阿保かぁ‼︎ そんなのダメに決まって……

 

 あらあらまあまあと、お母様は本日最高の笑み。

 

 キーラまで嬉しそうなのは嘘だと思いたい。

 

「任せて! 時間は十分あるし、話したい事が一杯!」

 

「や、やめてよ!」

 

「先ずは、生まれたその日に不思議な事が……」

 

「お母様! やめてってば‼︎」

 

 こんな羞恥、耐えられないですぅ!

 

 抗議、抗議する‼︎

 



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お姉様、失恋する

 

 

 

 

 

「もう無理……私の生命力が消えて行く……」

 

 嬉々として喋っていた隣の御方が怪訝な顔をする。

 

「まだこれからなのに。ジルヴァーナ大脱走からの捜索隊を組織した辺りなんて話したい事がたくさん……」

 

「お母様、お願いだからもう静かにして」

 

 恥ずかしい黒歴史を母親から語られるなんて最悪の時間だよ、うぅ。

 

「じゃあ専任侍女選抜の時、貴女が胸や下着を」

 

「わぁー‼︎ もう夕方だし、休憩しよっか! ね?」

 

「そうだな……どう思う、クロエリウス」

 

「少しお師匠様が可哀想になってきました。流石の皇妃陛下、恐ろしい方ですね。ではまた別の場所で……じょ、冗談ですよお師匠様。マジギレはやめましょう」

 

 睨み付けたのに気付いたのか、クロの顔色が変わる。飄々としたままのツェイスには効いてないのが悔しい。シクスさんだけは気を利かせて席を外しているのがせめてもの救いだよ、うん。ガハハ笑いの煩いおっさんだけど、三人娘を育てる父親だけあって常識はあったらしい。

 

「まだ語り足りないけれど、仕方ありませんね。御二方の参加に関しては問題ありませんし、お暇しましょうか。最後にお茶を楽しんで下さい」

 

「此処、私の家……」

 

「何か言いましたか? ジルヴァーナ」

 

「い、いえ!」

 

 家主って俺だよな? 何だか肩身が狭いんですが。

 

「シャルカ様」

 

「うひぃ⁉︎」

 

 いきなら背後に現れないでくれぇ……やっぱりキーラってキャラ変わってない? あんなに可愛くて純粋な子だったのに。気配遮断なんてホントヤバい……いや、まあ俺の所為かもだけど。

 

「何かしら?」

 

「先程、魔素通信が。明日到着との事です」

 

「あらあら。もっと遅い筈だったけど、流石ね」

 

「はい。如何しますか?」

 

 なに? 明日って。

 

「まあ周囲に発覚する様な愚を犯す人では無いし、そのままお迎えしましょう。時は有限、直ぐに始めるのも有りね。それと例のお方にもお伝えしてくれる? 下話はしてるから大丈夫」

 

「分かりました」

 

 また気配が薄くなり、キーラは部屋から出ていった。

 

「あのぉ、お母様、一体……」

 

「明日を楽しみにしてなさい。それとツェイス殿下、クロエリウスさん」

 

「いつでも」

「僕も!」

 

「ふふ、心強い返答ですね。では明日、今日はお開きです。お泊まり頂きたく思いますが……」

 

「いえ、婚約前の女性宅にお邪魔する訳にもいきません。おい、クロエリウス、帰るぞ」

 

「は、はい!」

 

「ジルヴァーナ、お見送りを」

 

「別にそんなの……あ、はい、行ってきます」

 

 笑顔なのに目が笑ってないの、怖すぎる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

「ぐへぇ……疲れたぁ」

 

 ポイッと身体を投げ出し、ベッドに転がる。長い髪の所為で首筋とか擽ったいけど、今は無視。

 

「何が何だか分からない内に進んでる……それに残る参加予定者って誰なんだろ」

 

 ツェイスやクロ以外なんて、他の超級とか? いやでもアイツらって変わり者だからそんな俗世的な事に興味ないよな? やっぱりバンバルボアから誰か来るんだろうか? 八年も離れてるからよく分からない。

 

「いやいやいや! 何を認めちゃってるんだ俺は! 大体結婚する気なんて無いのに……」

 

 完全にお母様のペースに嵌まってるぞ。何とか流れを変えないとヤバい。うぅ、癒しが、癒しが欲しいのです。

 

「ターニャちゃん……」

 

 可愛い小柄な姿。プニプニのほっぺ。サラサラなショート髪。クールなのに実は優しくて、笑顔なんて何回でも見たい。

 

「ああ……! ターニャちゃん!ターニャちゃん‼︎」

 

 ゴロゴロと広いベッドを左右に転がり、枕に顔を押し付ける。だってツェルセンのお風呂に二人だけで入ったのを思い出したのだ。恥ずかしいけど、忘れたくない。

 

「……ん?」

 

 何か聞こえたような?

 

「……お姉様、いますか?」

 

 再び響くノックの音、か細く聞こえた声。ビョンと飛び起き、一瞬で部屋の扉へ到達! 同時に動かした魔素によって鍵は簡単に解除された。

 

「い、いるよー! どうぞ!」

 

 開いた先には予想通り、至高のTS美少女ターニャちゃん! まさか俺の願いが届いたのだろうか。

 

「今、良いですか?」

 

 上目遣い、たまりません。

 

「もっちろん! さ、入って入って」

 

 うん、思い出したぞ。後で話そうって約束したんだ。

 

 おお……やっぱりこれって告白のチャンスでは? 最近なかなか時間が合わなかったし、お母様とかが居て難しかったのだ。しかも今回はターニャちゃんからも話があるって言ってたし。逆告白だったりして! 「お姉様大好きです! 付き合って下さい!」なんて……いや、分かってますけど現実は。夢くらい見ても良いよね、うん。

 

「入る前、私の名前が聞こえた様な……」

 

「そそそそれは気の所為だよ、う、うん」

 

 ヤベェ、妄想全開で連呼してたの聞こえたみたい……

 

「と、とにかく座って。はいここ」

 

 ベランダの近くに配置した簡単な応接セットにご案内。薄暗くなった庭園と、魔力を応用したランプ達が見えて綺麗でしょ? 雰囲気最高だし、ほら、高級レストラン的な。

 

「ありがとうございます。お姉様、先程シャルカさんから聞きましたけど、明日大会?が始まるんですか? ジルヴァーナ争奪戦ですよね、確か」

 

「何だか知らない内に進んでて……私も困惑してるとこ」

 

「シャルカさん、急いでる感じでした。やっぱり八年の月日は大きいんでしょうか」

 

「んー、どうだろ。其れとは違う気がするけど……」

 

「そうなんですか?」

 

「うん」

 

 でも確かに急だよなぁ……お母様って無茶苦茶な人だけど、大事な事は丁寧に対応してたイメージだし。でも理由が分かんない。逃げ出したりするのが心配なのかもしれないけど、それだけじゃないと感じる。うーむ……

 

「あの……時間も無いし、早くお姉様に話したい事があって」

 

「え⁉︎ あ、はい、大丈夫です」

 

 な、何かな、その思わせぶりな態度……チラチラと俺を伺い、泳ぐ視線。何だかほんのり赤い頬。可愛いけど、凄く緊張してる?

 

 ま、まさか、本当に告白とか……そそそそんなわけ……

 

「決めたんです。もしお姉様が許してくれるなら、これから先もずっと」

 

 これから先? ずっと?

 

 うそ? ホントに⁉︎ 前世も含め初めての、女の子からの告白⁉︎

 

「ずっと、一緒にいたいって」

 

「い、一緒に」

 

「はい」

 

 ま、間違いないよな? これって告白、いやプロポーズ……

 

 ヤバい、嬉しい、幸せ、クラクラする。

 

 じゃ、じゃあ、これからは一緒のベッドで、一緒のお風呂で、ラブラブOKって事だよね⁉︎

 

「今迄と同じ、いえ、以上にお姉様を支えていけたら、きっと幸せだから」

 

「えっと、つ、つまり私が旦那、じゃなくてご主人的な?」

 

「そんな感じで」

 

 ターニャちゃんって自分がリードしたいタイプだと思ってたけど、違ったんだ。やっぱり超絶美人でお姉様なジルに守って貰いたいもんね! ふっふっふ、任せなさい! 

 

「じゃ、じゃあ今迄と違って姉妹じゃなくなっちゃうね。ターニャちゃんは私の大切な妹じゃなく、別の関係に変わる」

 

「そう……ですね、確かに」

 

 おお! 可愛い妹から可愛いお嫁さんに変身だ!

 

 あれ? ターニャちゃん何だか悲しそうな表情……いやいや人生の中で大切な瞬間だし、一生添い遂げる覚悟を決めた感じかも。

 

「お願いがあります」

 

「うんうん、何でもどーぞ!」

 

 新婚さんだし、何か買い揃える? それとも逃避行の準備かな? 大丈夫だよ? 俺が本気で、ちょっとだけターニャちゃんが協力してくれたら絶対に逃げ切ってみせるからね。

 

「あの、立って貰っていいですか?」

 

「はーい」

 

 もしかして、チューですか⁉︎ ここは、俺がリードすべきか。よし、が、頑張りま……って、いきなり抱きつかれたんですが‼︎ 積極的なターニャちゃんも可愛い!

 

「ターニャちゃん」

「……お姉様」

 

 勿論ギュッとお返しして、ついでにターニャちゃんの髪に鼻と口をつける。おお……怒られないぞ。うん、良い香り。ポカポカ温かいし、プニプニ柔らかな感触! ああ、幸せです。

 

「今はまだ、妹ですよね」

 

「そうかな? そうかも」

 

「だったら……()()()()()()()()、妹でいていいですか? お姉様はお姉様のまま」

 

「ターニャちゃんが望むなら何でも叶えちゃうよ! 沢山甘えてね?」

 

 ありがとうございます。そう言うと、ターニャちゃんは視線を外して俺の胸に顔を埋めた。背中に回された両腕にも力が入った気がする。

 

 ふむ、まあ夫婦と姉妹じゃ色々変わっちゃうし、姉妹として思い出作りも大切だろう。その時ってやっぱり、初、初夜的なやつのことだよな? これは急いで勉強しないとダメだ。前世で学んだ知識は子供が見ちゃいけない動画とかだけだし、まさかあんなお馬鹿なコトなんて現実には使えないはずだ。誰に聞けば良いのか……パルメさん? いや、意外にリタとか?

 

「ふふ、お姉様って少し震えてますね。私の方が緊張するはずなのに、可笑しい」

 

「ええ⁉︎ 気の所為だと思うけど……」

 

「間違いないです。こうやってプルプルして貰えるのも、最後かな」

 

「ん?」

 

 最後? もしかして、プルプルさせるのは俺の方って意味かな? プレッシャーが凄いです……

 

 くっついていた体を離すと、ターニャちゃんは笑顔を見せてくれる。うん、可愛い。やっぱり悲しい顔なんて見たくないからね。

 

「迷いも無くなりました。お姉様、これからも宜しくお願いします」

 

「こ、こちらこそ!」

 

 不束者ですが! よろしくです!

 

「明日からキーラさんに色々教えて貰いますね。沢山勉強しないと」

 

「キーラに?」

 

 まさかジルヴァーナ捜索隊の技術ですか⁉︎ 気配遮断と察知……えっと、浮気なんてしないよ? ホントだよ? ハーレムなんてお姉さん嫌いだから、うん。

 

「はい。使()()()としての知識なんてありませんから。でも、シャルカさんも覚えていけば良いって言ってくれました」

 

「え?」

 

「身分もバンバルボア帝国が後見してくれるそうです。身分不詳の人間を皇女殿下のそばに置くわけにはいきませんし、凄く助かりますね。それに、やっぱり侍女って大変なお仕事でしょうから、一日でも早く認めて頂けるように頑張るつもりです」

 

 バンバルボア帝国が後見? 皇女殿下? 侍女?

 

 何を言ってるの?

 

「その顔、信じてませんね? でもホントです。お姉様が留守の間にシャルカさんと話したんですから」

 

「ご、ごめん、ちょっと混乱してて」

 

「大丈夫です。旦那様がツェイス殿下でも、クロさんでも、他の誰であってもずっと支えていきますから。私を信じて下さい」

 

「タ、ターニャちゃん……あの」

 

 う、嘘だよね?

 

「あ、随分遅くなっちゃいました。明日もありますし、早く寝てください。でも、いつもの様に起こしにきますから安心して良いですよ? それじゃ、お休みなさい……お姉様」

 

 脚も腕も、動かない。魔力も感じないし、全てから取り残されたみたいだ。こんな感じ、初めて。どんな強い魔物も、誰が来ても負ける気なんてしないのに。

 

 ターニャちゃんの瞳に涙が見えた気がしたけど、それも遠い世界に思える。パタリと閉じた扉は勝手に鍵が締まり、魔素を操作しないと開く事もないだろう。

 

「……そっか」

 

 前世も、今世も合わせて、初めての経験だから当たり前か……

 

「これが……」

 

 まあ自分から告白なんてした事ないし、最初は吃驚するのかも。うん、これも初体験ってやつだ。

 

「失恋、か」

 

 あれ? やっぱり反応が鈍いな、この身体。

 

 魔力強化すれば大丈夫かな? 俺は超絶美人、超級冒険者の魔剣ジルなんだから。

 

「いや、もう、ジルヴァーナ=バンバルボア、だね」

 

 バンバルボア帝国の皇女として、水色の瞳を持つものとして、始原の竜から連なる血を繋げる義務を果たすために。

 

「ターニャちゃんがTS女の子じゃなく、普通の男の子だったら運命は変わってたのかも。もしそうなら、結婚して子供だって……」

 

 寝よう。

 

 ほら、身体だってもう動くじゃん。

 

 

 

 

 

 



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お姉様、再び出会う

 

 

 

「ふぁぁ……あ、おはようございまーす」

 

「はい、おはよう。少し目が腫れてるようだけど」

 

「んー、昨日色々考えて眠れなかったから。大丈夫だよ」

 

「そう。とりあえず下着を付けてきなさい。透けてるわよ?」

 

「うぇ⁉︎ ご、ごめんなさい!」

 

 寝苦しくて外したブラ、忘れてました。でも、昔なら凄く怒られたはずだけど、お母様って今日機嫌良いのかな?

 

 ベッドの下にポイしたはずのブラは見つからなかったので、新しいヤツを取り出し装備する。多分朝にターニャちゃんが片付けてくれたのかも。起きるまで時間が掛かったし。

 

 んー、頭が重いし、歩くとお腹もちょっと痛い気がするなぁ。あの日はまだの筈だけど。まあ我慢出来ないほどじゃない。

 

「改めておはよー」

 

お姫さま(おひーさま)、おはようございます」

 

 おお、キーラっていつもビシッてしてるなぁ。

 

「キーラ、相変わらず可愛いね」

 

「え……? あ、はい、どうも」

 

 不思議そうにしてる顔も可愛いよ?

 

 とにかく、今はお母様に聞かなくちゃ。

 

「そろそろ教えてください。昨日言ってた残る参加者って誰なんですか? 私にとっても大事な事なんです」

 

「貴女……」

 

 ポカンとした顔、珍しいし面白いな。その表情はすぐに消えたけど、ジロジロと俺を観察し始めたみたい。何ですかー? 寝不足だけど、超絶美人は変わってないでしょ? お母様みたいに妖艶な感じは足りないけど、若さって武器がありますから!

 

「ふーん。もしかして昨晩ターニャさんと話した?」

 

「話しました。お母様も知ってるって」

 

「敬語は要らないわ。昨日みたいにして」

 

「そう? 分かった」

 

 うん、やっぱり珍しいぞ。淑女としてって昔は煩かったのに。

 

「質問は参加者だったかしら? その点だけど、とある推薦枠で別に一人増えるわ。だから参加はあと二人ね。どちらも実力者だし、条件にはバッチリだもの」

 

「んー? 有名人なんだ」

 

「当たり前。有象無象なんて参加させないわ」

 

「名前は?」

 

 バンバルボア帝国の誰かか? でもツェイスやクロも居るし国同士で複雑になりそう。

 

「名は"フェルミオ=ストレムグレ"ね」

 

「うん、却下で」

 

「あら? ジルヴァーナと同じ超級の"魔狂い"よ? 魔法に関してはバンバルボアすら並ぶ者なしと言うし、貴女となら素晴らしい才を受け継ぐかも」

 

 うんうんそうかもねって、アホかぁ!

 

「年齢差! 年齢差を考えてよ! 大体あのエロジジイってまだ現役なの⁉︎」

 

「自己申告では元気一杯だそうよ。なんなら確かめてみる?」

 

「やだよ! ね、冗談だよね?」

 

「目的には合致するし、他の方々にも良い影響を与えるでしょう。何より、生い先短いのなら貴女も励むでしょ? 大丈夫、母親が言うのもアレだけど、ジルヴァーナの美貌と身体なら死人も雄々しく立ち上がるわ、二重の意味で」

 

 ひでぇ。それと下ネタがお母様の口から……って、そうじゃなくて!

 

「うぅ……勘弁して。アイツって広域殲滅魔法ばかり使う変人だよ? 試合なんて無理だよぉ」

 

「最初に伝えてあったはず。単純な実力だけを見ないって。もし違うなら勇者くんが不利でしょう? だいたい威力だけ大きな魔法が古竜に通じるとは思わないし、ただ無差別に放ったとしても合格理由にはならないわ」

 

 昔もあった有無を言わさない感じ……でも、流石にお爺ちゃんは嫌なんだけど。

 

 うーむ。変態痴漢ストーカーのガキンチョと、変態痴漢エロエロのジジイ……やっぱりお母様はツェイス推しなんだろうか? そもそも比較対象が酷すぎだろう。三人のうち一人だけ同年代のイケメンで頭まで良くて、俺様キャラだけど基本常識的で優しい。おまけに大国ツェツエの王子様。普通に考えて勝負にならないよね?

 

「勘違いしては困るけど……例えツェイス王子でも特別に優遇するつもりは無いわ。彼もそれをよく理解しているし、それこそ失礼に当たるでしょう。老いも若きも惚れさせるなんて流石ジルヴァーナね」

 

 褒められてても嬉しくないし! でもどう言うこと?

 

「あら、不思議そうね? 最後の参加者を知れば納得する筈……本当に心当たりないの? 貴女も良く知ってる人なのに」

 

「えー? 残りの超級? 剣聖って確か妻子持ちだし、反魂(はんごん)吼拳(こうけん)も違うと思うけど」

 

 あの剣マニアでも妻子持ちとは納得出来ないが。残る二人も別の意味で変態だから、俺を求めるとは思えないんだよなぁ。

 

「肝心なところでお馬鹿なんだから」

 

 これ見よがしに溜息吐くの、やめてくれない?

 

「仕方無いわね。残りの方は……」

 

 ふんふん、誰ですかー?

 

「シャルカ様。お着きになりました」

 

 ん? キーラ?

 

「そう。約束通り、誰も連れずにかしら?」

 

「はい。お姫さまが屋敷に仕掛けた魔素感知網にも掛からないため、間違いないかと」

 

「予想通りと言えばそうだけど、()()()()()凄い自信ね。騙し討ちとか暗殺とか考えないのかしら。で、今はどちらに?」

 

 何だか物騒なんですが! 

 

「今は客室でお待ち頂いております」

 

「じゃあ此方にお通しして。お馬鹿な娘が未だ分からないみたいだし、顔合わせをしましょう。彼方もそのつもりよきっと」

 

「畏まりました」

 

 キーラにも未だ分からないんだって溜息つかれました。

 

 とにかく魔素感知してみよう。少々の隠蔽なんて俺には効かないからね。客間、客間っと。うんうん、んー? あの、全く感知にかからないんだけど……

 

「ジルヴァーナ? 大袈裟にしたくないとお願いしてるし、今は彼なりの隠蔽をしてる筈。多分()()()()の感知では無理だと思うわ」

 

 私達程度? いやいや、魔力操作や魔法関係なら俺やお母様、魔狂い以外に居る訳……魔力や魔法関係? え? ま、まさかそんな訳……だって住んでる場所が遠過ぎるし、普通有り得ないよ。

 

 だけど、そんな否定もあっさりと消えちゃいました。

 

 再び戻って来たキーラに促され、一人の男性が室内に入って来たから。

 

「……えぇ」

 

 マジかぁ……

 

 相変わらず背が高いなぁ。容姿も全然変わってないし、老けたりもしてない。イケメンショタ、イケメン、ジジイ……そして目の前のイケオジ。まあ年齢的には被ってないね、うん。て言うか、この世界の貴人って普通に他国に入ってくるなぁ……まあ、その一人がお母様なのは笑えないけど。

 

「久しいな、ジルよ」

 

 ゆっくりと流れて来る低音の声。

 

「お久しぶり、です」

 

「六年前の約束を果たしに来た。人種ならばもう成人であろう? つまり、我が妃として迎え入れるのに障害など存在しない。何、臣下も皆待っているから安心するのだ」

 

 わぁ⁉︎ 近いって!

 

「あらあら、まだ気が早いですわ。母として、私が認めるまでは」

 

 もう少しで抱き締められそうな距離に近付いたとき、お母様からストップがかかる。あぶねぇ、吃驚しすぎて動けなかったよ。

 

「そうだったな、シャルカよ」

 

「今の私はバンバルボア帝国の第四皇妃です。呼び捨てはおやめ下さいませ」

 

「ああ、すまぬ。お主とも直接会うのは久しくてな。つい昔の様に呼んでしまった」

 

「困った方ですね。相変わらず」

 

「臣下からもよく言われるな、確かに」

 

 そう言って笑うと、歳を重ねた中年男性なのに不思議と色気を感じる。確かにその辺も相変わらずで、やっぱり渋いなぁ。

 

「さて、礼儀として紹介致しますわ。皇女としての名は初めてでしょうから」

 

「うむ」

 

「私の娘、バンバルボア帝国皇女ジルヴァーナです」

 

「ああ。改めてよろしく頼む。我の名は"スーヴェイン=ラース=アンテシェン"。このツェツエ王国より遥か北、魔国から来た。確か其方たちは我をこう呼んでいるな……」

 

 魔王、と。

 

 そう言葉を結んだ魔王陛下を改めて眺めてみる。多分上目遣いになってるだろうけど、仕方無い。

 

「哀しそうな瞳だ……泣いていたのか?」

 

 自然にされたら避けたり出来ないじゃん。女性の髪をいきなり撫でたら駄目だと思う。くすぐったいし。

 

「気の所為です」

 

 それに、今は泣いてなんかないよ? 少し目は腫れぼったいかもだけど。

 

「その涙も悲哀も、全てを笑顔に変えて見せよう」

 

「……」

 

 この世界のイケメンって平気で凄い台詞を言うよね、ツェイスもだし。

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 六年前は戦ったりお茶したりしたけど、確かに大人と子供って感じだったのかなぁ。今もある意味で子供扱いされてる気がするけれど……

 

 暫くの間ナデナデされて動けなかった。

 

 今度はお母様も止めなかったけど何でだろ?

 

 まあ少し落ち着いたし、気にしたら負けだ。

 

 

 

「最早我達は見知った仲。今からはスーヴェインとそのまま呼んでくれ」

 

「えっと、その、そういう訳には」

 

 

 スーヴェイン=ラース=アンテシェン。

 

 北大陸にある魔族の国、その国王が彼だ。

 

 見た目は三十代後半の超ハンサムなオジサマって感じかな。実際の年齢は人種と比べる訳にいかないけど、六年前に会った時と何も変わってない。ワイルドパーマ風の髪や、吊り目気味な瞳の色はチャコールグレーだっけ? 明るい感じだから老けて見える訳じゃない。

 

 特徴は薄い水色した肌。不思議と違和感を感じたりしない、昔から。"始原の竜"の系譜ってやつだな。俺の眼が水色なのもそうらしいし。

 

 勝手なイメージなんだけど、仕事バリバリして休日にはサーフィンとか楽しんだりしてそう。ちょいワル親父って言葉がピッタリだね、うん。

 

 

「六年前、ジルは十六歳だったか。大人になったら迎えに行くと言ったはずだ。我の想い、知らぬとは言わせんぞ?」

 

 ああ、あの話って真剣だったのかぁ。おじさんが女子高生みたいな女の子相手にって逃げたんだよな、確か。ロリコンだ!って全力ダッシュした覚えがある。

 

「……スーヴェイン、さん」

 

「スーヴェインだ」

 

「無理です」

 

「ふむ、まあ今日はそれで良いだろう」

 

「あの、本当にお一人で来られたんですか? このツェツエに」

 

 無茶苦茶だよ、この人たち。もう一人は勿論お母様。

 

「ああ。シャルカの……シャルカ皇妃の言があったのでな。ジルの母は一度言ったら聞かないのだよ」

 

 お母様って過去に一体何をしてたんだ……? そもそもなんで魔族に知り合いが居るのか分からないし。チラリと横を眺めてみるとニッコリ笑顔が確認出来る。

 

「余計な詮索は後悔の元よ?」

 

「あ、はい」

 

 怖い。思わず視線を逸らしてしまったじゃないか。

 

「魔王陛……えっと、スーヴェインさん。自分で言うのも恥ずかしいですけど、私ってお母様にそっくりですよね? 以前会ったとき、気付かなかったんでしょうか?」

 

「ふむ。そう言うがジルが思うほど似てないぞ? 今、並んでみれば成る程と思うが……印象が違い過ぎるな。さっきから余計な事を言うなとシャルカ皇妃が訴えてくるから詳細は省くが、ジルはずっと子供だったと言っておこう。何より魔素の性質が大きく異なるのも有る。我から見れば、だがな」

 

「魔素の性質……」

 

 ターニャちゃんが魔素を見てる時、全然違うって良く言ってたけど、そんな感じだろうか。あれぇ? 何だかもうずっと昔な気がする……不思議だなぁ。

 

「やはり哀しい色だ、ジル」

 

 手を伸ばして頬に触れようとするものだから、思わず逃げちゃった。隙あらば平気でスキンシップしようとするのはイケメンの本能なのか?

 

「魔王陛下? おいたが過ぎますわ。ジルヴァーナはもう女の子でなく立派な淑女なのですから」

 

 そして被せる様にお母様が会話に入って来る。んー、俺も返す言葉に困るから丁度良いけど。

 

「ああ、確かにそうだ。失礼した」

 

 そう言えば、朝からターニャちゃん見てないなぁ。起こしてくれたと思うんだけど、寝惚けてよく覚えてないし。

 

「ジルヴァーナ? 庭にお散歩でも行ってらっしゃい。目も覚めるでしょう」

 

 顔を横に振れば、自慢の髪もフワリフワリ。どう? 綺麗でしょ?

 

「いいから。私も魔王陛下と色々お話しがあるの」

 

 ああ、成る程です。

 

「んー、分かりました」

 

 まあ何となく居心地悪いし、丁度良いかも。よし、行ってこよう!

 

 

 

 

 

 



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お姉様、愛される

 

 

 

 

 愛する娘が立ち去った後も、シャルカは暫く動かなかった。

 

 たった一人の、腹を痛めて産んだ子供。成長するにつれ自身に似通って行った。水色の瞳の意味を知っている今すらも、その母としての気持ちに変わりなど……いや、もしかしたら八年もの時が更に強くしたのかもしれなかった。

 

 再会したジルヴァーナは少女であった十四歳の頃そのままだ。身体の成長を除けば、だが。女性として理想と言って良い姿形を形容する言葉も少ないだろう。

 

 でも……変化は外側だけで、その精神性は良い意味で成長していない。

 

 幼く、嘘をつけない。表情豊かで、周りに笑顔の花を咲かせる。圧倒的な魔法の才を真の意味でひけらかすことも無く、魔素感知を万人に使用出来るよう発表したのに報酬を求める事もしなかった。祖国であるバンバルボアでも多くの恩恵を与えたのだ。そう、精霊に例えられたのは、その才能と美貌だけが理由ではないのだから。

 

「ジルヴァーナ……母を許してね」

 

 扉の向こうへと消えたジルの後姿も綺麗だった。

 

 女ならば羨望を覚えるだろう細っそりした腰と丸いお尻まで届く白金の髪。背筋が真っ直ぐだから、その歩く姿に視線は集まるのも頷ける。

 

 シャルカは自分の美しさを昔から自覚していた。当然楽しいことばかりでは無い。男達の視線は鬱陶しいし、貞操の危険だってある。外見でなく内面を見て欲しいと何度も思った。

 

 そんな美をジルヴァーナは受け継いだ。何処か斜に構えていたシャルカと比べれば、ずっと魅力的かもしれない。事実、魔王や王子を筆頭に、多くの男性を虜にしてしまっている。

 

「哀しい想いをさせてしまったけれど、私も貴女もバンバルボア帝国の皇族なの。紡いだ歴史と血を裏切る訳にいかない……()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな誰にも聞こえない呟きは、悲哀と決意を滲ませていた。

 

 シャルカはすぐ横に佇む男へと視線を合わせる。

 

「魔王陛下」

 

「なんだ?」

 

 魔国の王、魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンもシャルカの方へ顔を向けた。彼も悲し気なジルを目で追い、シャルカの沈黙を責めもせずに暫く待っていたのだ。

 

「ご存知の通り、まもなく残る候補者が来られます。ですが……」

 

「皆まで言わなくても良い。我は全てを乗り越えるつもりだからな」

 

「……分かりました。ただ、それでも皆様には先に伝えなくてはならない事があります。母として、同じ皇族の女として。何より、娘を愛してくださった方々へ」

 

「ああ」

 

「では此方へ。ジルヴァーナに聞かせたくないのです」

 

「案内してくれ」

 

 態とジルを遠去けたのはスーヴェインも理解している。だから戸惑うことも無かった。

 

 そうして、二人は屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 ジルやターニャが住うツェツエ王国第二の都市は、中央に向かって盛り上がるような地形をしている。王都アーレ=ツェイベルンは三日月状の湾を抱えていることから、ある意味で対象的かもしれない。

 

 時代の様々な建造物、計画性乏しく拡大していった街並みのアートリス。一方の王都アーレは整然と伸びた街路と、色合いも統一された建物が特徴だからだ。

 

 そんなアートリスは乱雑で、喧騒に溢れ、人口も王都を上回る。

 

 だからだろうか、ジルの屋敷がある閑静な地域からほんの少しだけ歩けば、人熱(ひといきれ)激しい街中へと変貌するのだ。多少大きな声で話しても、街の風景の一部でしかない。

 

 ただ、それでも、その場所で緊張の糸は張り詰めていた。

 

 もしスーヴェインが魔剣ジルすらも上回る隠蔽魔法を施していなければ、多くの注目を集めていただろう。万能の才能(タレント)を持つ彼女すらも届かぬ頂きに魔王は立っている。

 

「御紹介は必要かしら?」

 

「いえ、私達も初めてではありませんし、魔王陛下だろうと考えてもいました」

 

 バンバルボア帝国第四皇妃シャルカの問いに、ツェツエ王国王子であるツェイス=ツェツエが答えた。

 

「あら、そうでしたか」

 

「ええ、六年前にジルが引き合わせてくれました。とても懐かしい」

 

 ツェイスもスーヴェインも頷き、何かを思い出しているのだろう。ツェツエ側では"魔王襲来"として記録された六年前、ジルが冒険者として参加していた。あの日の詳細をスーヴェインもジルも語らないが、再び人魔大戦が起こることはなかったのだ。

 

 二人の戦いは引き分けだとも、スーヴェインがジルを気に入ったとも、噂が流れていた。ジルを求めてこの場所にいる以上、後者の噂が正しかったのだろう。

 

 シャルカ、スーヴェイン、ツェイス、そして少年にしか見えない勇者クロエリウスが集っている。アートリスの中心部に程近く、ジルの屋敷からも遠くない。

 

 シャルカが案内した形となっているが、実際にはアートリスの冒険者ギルドが用意した集会所だ。ツェイスの伝手、正確に言えばギルド長ウラスロ=ハーベイによって準備されている。複数の冒険者に依頼を出し、総合的な作戦を組む時に使われることもため、防音性にも優れた室内でもあった。

 

 幾つか配置された円テーブルの一つに、四人は集まっている。

 

「クロエリウス様はよろしいですか?」

 

「はい。僕はツェツエ王国により勇者として指名された者ですから。魔王陛下とは初めて会いましたが、お師匠様からも聞いています。それに……」

 

「それに?」

 

「丁度良いです。僕が魔王陛下に勝てたら結婚してくれると、昔に約束しました。お師匠様……いえ、ジルさんは僕がもらいますから!」

 

「ほう」

 

 スーヴェインは目を細め、若き勇者を眺めた。ツェイスは無言で様子を見ているようだ。

 

「あらあら、ジルヴァーナがそんな事を?」

 

 シャルカも楽しそうに微笑む。

 

「はい!」

 

 そうですか。

 

 笑顔のままシャルカは返した。そしてすぐに笑みが消え、張り詰めた空気が漂う。そんな彼等に母として、この場を作った者として伝えなければならない事があった。

 

「最初に、皆様へ話さなければならない。バンバルボア帝国の皇妃として恥ずべき事実です。ですが、母として大切な気持ちであると信じてもいます」

 

 本来であれば、皇女の一人でしかないジルヴァーナに自由など無い。皇帝陛下が望むお相手に嫁ぎ、帝国の礎となるべきなのだ。

 

 だけれど……

 

 娘を想う気持ちをターニャへと話したとき、あの可愛らしい少女は答えてくれた……母として当然だと、曇りなき眼で。皇族としての当たり前を、彼女は優しく解き放ったのだ。だから、心に柔らかな安堵が生まれたのをシャルカは自覚出来た。

 

 そう。間違っていなかったんだ、と。

 

「どれほどに身勝手で、どんなお叱りも受け入れるつもりですが……それでも、そんな娘を幸せにして貰いたいと願っています」

 

 俯き、絞り出すように、シャルカは言葉を続ける。

 

 

「……我が娘、ジルヴァーナには他に愛する人がいるのです」

 

 

 

 シンと、沈黙が部屋を包んだ。

 

 その告白を聞いた三人の男達も、其々の反応をする。

 

 

 

 チャコールグレーの瞳は少しも動揺せず、スーヴェインは天井を眺めた。国を支える柱である国王にとって、重要なのは血と歴史だ。心の小波など彼にとっては乗り越えるだけの存在なのかもしれない。それでも、一人の女性を想い、大陸を越えてこの場に居る。

 

 すぐ隣、波打った金の髪もやはり揺れてはいない。ツェツエ王国直系を示す瞳の色はより深い紫紺に染まっている。そんなツェイスはほんの少しだけ拳を握り、それでも感情が表に出ないよう抑え込んでいた。

 

 最後の一人、赤い瞳のクロエリウスだけは違う。そしてそんな瞳だけでなく、全身驚きで震えてその気持ちを言葉と感情に乗せた。誰よりも小さい身体だから涙を我慢する子供のようだ。

 

「だ、誰なんですか⁉︎ この三人以外にですよね⁉︎」

 

「その通りです」

 

「どんな男に……! そんな話なんて聞いたことも」

 

「名を明かすことは出来ません。はっきりと言えるのは、()()()と娘が結ばれる事はない。それだけ。もうジルヴァーナだって理解しているでしょう」

 

「ジルが言葉にしたのですか?」

 

 黙っていたツェイスが淡々と疑問をぶつけてくる。シャルカはその聡明さと強き心に尊敬の念を抱いた。何処かで理解していたと、紫紺の瞳が語っているのだ。

 

「いえ、決して。実際にはその気持ちを伝えてもないですし、お相手も知らないでしょう。ですが、母として確信があります。どうですか、魔王陛下?」

 

「我は言った。笑顔でいて欲しいとな。何一つ変わりはしない」

 

 スーヴェインにも動揺はなかった。ジルの腫れた目や作り笑いを見れば察する事も出来たのかもしれない。誇り高き魔国の王にとって、全ては戦い勝ち取るものなのだろう。

 

「実は、男として自分を見ていないことを分かっていました。そうですね……多分友人の一人というところです。因みにですが、そう話した時にジルは困った顔をしてましたよ」

 

 苦笑を浮かべるツェイスにはその"お相手"すらも想像がつく。言葉には絶対にしないが、隠し事が苦手な事は周知の事実……ジル本人以外には。

 

「……そうでしたか」

 

「うぅ、お師匠様に好きな人が……? うわぁ! 考えなくない‼︎」

 

 頭を抱えたクロエリウスの反応こそが普通だろう。残る二人が凄いのか、異常なのかは誰にも分からない。

 

「私の身勝手な願いとは……そんなジルヴァーナを、それでも幸せにして欲しい。いつの日か迷いが消え、互いを想い合う二人に……あの娘の心は未だ若く、これからも成長していくでしょう。移り変わる季節や空のように、その心も変化するものと私は知っています。ですから、貴方様方ならば叶う筈だと信じたい」

 

 言葉を結ぶと、シャルカは小さく頭を下げた。頭を抱えていたクロエリウスすらも顔を上げ、ジルに似た美貌へ視線を合わせる。惹き込まれたと言っていい。そしてツェイスは優しく言葉を紡いだ。

 

「皇女としてでなく、たった一人の女性として愛せよと、そう仰っているのでしょう? ジル奪還の戦いの参加資格に"景品を幸せに出来る事"とあります。その"幸せ"には貴女の願いも込められている……そう思わないか? クロエリウス」

 

「も、勿論ですよ‼︎」

 

「……ありがとうございます。本当に、娘はどこまでも幸せな女ですね」

 

 マリンブルーに染まるシャルカの目に、ほんの僅かだけ涙が滲んだ。まさに、澄んだ水を湛える青き海だろう。上品に雫を拭うと、再びバンバルボア帝国の皇妃としての顔へと戻る。

 

「ジルヴァーナはアートリス支部所属の超級冒険者の一人。恐らく、その力は王国どころか世界屈指でしょう。実際幼き頃より魔法の才は眩しいばかりで、帝国式と亜流の剣技すら修めております。では何故夫にまで()を求めるのか、それをお話しさせてください。魔王陛下とも深く関係しておりますし、ご存知の事も多いと思いますが……最後まで聞いて下さいませ」

 

 黒と紅の古竜、インジヒとシェルビディナン。今やたった一人となった人種の味方、真白のルオパシャ。そして、はるか太古より受け継がれてきた始原の力。水色の竜帝、その願い。

 

 ジルの瞳、魔族の肌、広く受け継ぐ血と強き意志。

 

 滔々と語るシャルカの声は、歴史の重みすら感じられた。

 

「……そのようにバンバルボア帝国勃興の日から伝承してきました。人々と世界を守るため、抗う力の意味を知って欲しいのです。そして、ジルヴァーナに課された皇女としての義務も」

 

 何としてもジルヴァーナの血を次世代に受け継ぐ必要がある。

 

「ですから、貴方様方の力を以って証明して頂きたい。僭越なから、私はその意志と心を拝見させて頂いております」

 

「意志と心? では、肝心の力は誰が見るのですか? まさかジル本人ではないでしょうし、当然ながら"魔狂い"も違う筈……」

 

 長い間黙って聞いていたツェイスも思わず聞いてしまう。

 

 想像よりずっと壮大な物語であり、ツェツエ王国には殆ど残っていない事実でもある。そもそもバンバルボア帝国と比べて歴史も浅いのだ。スーヴェインに変化がない事から、魔族にも一定の情報もあったのかもしれない。

 

「"魔狂い"には別の役割を()()()()()()()。ですので、その点は正しい。しかし、例えば私が魔王陛下の力を測るなど愚の骨頂でしょう。人種の及ばぬ魔法の深淵をご存知の方ですから。なので、それに相応しい方を招聘しておりますわ」

 

 その寂しさを含む微笑に三人はジルの面影を見た。

 

「さあ、では参りましょうか。その相応しい方も既に到着されている筈。アートリスにも、ツェツエにもご迷惑にならぬよう、全てを整えて下さっていますからね」

 

 向かうはアートリスより西。

 

 六年前、幼きジルとツェイスが初めて邂逅した場所だ。

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、懐かしむ

お気に入り登録ありがとうございます。


 

 

「え⁉︎ な、なに⁉︎ ちょ、お母様ってば!」

 

 朝のお散歩とか言ってたくせに、屋敷に横付けされた馬車に押し込まれました! しかもいきなり過ぎて訳分かんない!

 

 思わずターニャちゃんの姿を探してしまうけど、本当に居たら困っちゃうかも。まあ勝手に恋して勘違いして、告白する前に玉砕しただけだから、側から見たら何も変化なんてないよね。うぅ、思い出したら泣きそう……こればっかりは魔力を操作してもコントロール出来ないなぁ。失恋ってホントきつい。

 

「会場へ移動します。色々用意してるから、向かいながら整えるわよ。お化粧もしてないし、ジルヴァーナの美しさをもっと引き出しましょう」

 

「えぇ……?」

 

 無言で乗り込んで来たキーラは嬉しそうに幾つかの木箱を開いている。鏡とか色々入ってて装飾品の輝きも見えた。中身の一部に何となく覚えがあるし、お母様の持ち物もありそう。ところで"ジルヴァーナに罰を"が有るのは何故なのか問いたい。整えるのに拘束用の縄なんて要らない筈だ。

 

「より魅力的な方が、皆も"ヤル気"が出るでしょう? 二重の意味でも」

 

 またお母様の口から下ネタ……ん? 多分下ネタだよな? 突っ込んだら藪蛇になりそうだし無視しよう。絶対に揶揄われるやつだもん。

 

「……ターニャちゃんは? お留守番?」

 

「いえ? まさかそんな訳ないじゃない。ツェイス殿下や勇者くんとも顔見知りらしいし、魔王陛下にもご挨拶する必要があるから、()()()に同乗して貰ってる。今後の事もあるし、色々と話をして欲しいのもあるわね。こっちに呼んだ方がよいかしら?」

 

 イケメン詰め合わせセットの中にターニャちゃんか。まさか誰かに惚れたりして……いや、もしかしなくても好きな人くらい居るだろう。あれだけ可愛い訳だから、告白だってされてるかも。

 

「ううん、大丈夫。ちょっと気になっただけだから」

 

「そう?」

 

「うん」

 

 今後、か。ターニャちゃん、侍女になるって本気なのかなぁ? 身分とかイメージと違って随分大変な仕事らしいし、無理する必要なんて……勿論気持ちは嬉しいけどさ。

 

 家事能力も凄い。お金の管理も上手。おまけに頭も良くて実は凄く優しい。あと超可愛い、これ大事。隠してる"才能(タレント)"なんて無くてもスペック高いよなぁ。でも魔素感知一つだけでも直ぐ上手になるだろうし、何気にスーパー侍女になりそう。もしかしたら"演算"のタチアナ様と肩を並べたり?

 

お姫さま(おひーさま)、動かないで下さい」

 

「はーい」

 

 さっきから何やらしてると思ったらメイクだ。まあ楽で良いし、お任せしよう。何だか昔を思い出すね。しかし、馬車もそこそこ揺れるのに器用なもんだ。二十年以上女をやってるから自分でも出来るけど、真面目な話だとすっごく面倒臭い。ただ、ズンズン綺麗になっていくのを見るのは楽しい。そんな感じ。

 

「ハァ……このお肌、信じられません。ちょっと悔しいと思ってしまいます」

 

 手の動きは止まらないけど、感情表現が少ないキーラにしては珍しく分かりやすい。まあ超絶美人で魔力によって状態を最高に保つジルですから? ごめんね?

 

「ドレスは流石にアレだから、ケープを持って来たわ。真っ白で綺麗でしょう? 刺繍も素敵だし、こんな時は清楚さが大切なの。ジルヴァーナは男性経験が無い割に身体ばっかり立派だから少し線を隠します。ほら、昼と夜の顔を二つ持つと女性の魅力が増すわ」

 

 くっ……色々ツッコミたいけど我慢しよう。絶対誘ってるし、罠に決まってる。もう俺は学んだのだ!

 

「いい? 美貌だけだと駄目よ? 落差や驚き、可愛らしさ。時に離れて焦らしたり、甘える事も忘れないで。逃げられないようしっかりと捕まえなさい。悩殺よ、悩殺」

 

 我慢我慢……

 

「キーラの言う通り、肌が本当に綺麗。でも、だからこそ簡単に御披露目しちゃいけないの。安い色気と妖艶を間違わないよう、夜はほんの少しの灯りだけで……」

 

 くっ、我慢……って無理だよ!

 

「お願いだから黙って! それにお母様の口からそんなの聞きたく無いし!」

 

「あらあら。お母さんっ子なのは変わってないのかしら? 相変わらず可愛いわねえ」

 

 違うよ! 夜の話とか考えたら色々想像しちゃうし……うわぁ⁉︎ わー! 今の無しだから! 消えるのだ我が記憶よ‼︎

 

「何を考えてるのジルヴァーナ? 目元も頬も真っ赤だけど」

 

「気の所為ですぅ!」

 

「お姫さま、お静かに」

 

「あ、はい」

 

 いやいや、悪いのは間違いなくお母様だよね? 理不尽すぎる……

 

 ガサゴソと箱の中を漁るお母様を視界に収めつつ、外をなんとなく見てみる。んー、アートリスを出たみたいだな。まあ魔王陛下に王子殿下、勇者くんに人種の魔法使い最強。魔素感知で分かるけど、剣神も後から追って来てるから当たり前か。キャストが目立ち過ぎで、街中や近くなんて論外なんだろう。

 

 はぁ、何だか他人事みたいに感じるけど、俺が景品なんだよなぁ。

 

「出来ました。シャルカ様、如何でしょう?」

 

「いいわ。普段と違う印象ね」

 

「キーラ、手鏡貸してよ。家に忘れて来た」

 

 魔力銀の装備も剣も忘れてます。街の外にこんな格好で出るなんて滅多に無いし、少し落ち着かない。まあどんな魔物が現れても、このメンバーなら瞬殺だけど。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがと」

 

 ふむ? うーん、いやいや、派手じゃね?

 

「お母様、何だか濃くない? 口紅なんて随分紅いし……」

 

 舞台女優だと言い過ぎだけど、普段なら絶対にしないタイプのやつだ。ファンデ擬きとか、瞳の周りも。

 

「それでいいの。このケープを頭から掛けて、ちょっとだけ隠す。想像してみなさいな。戦いの最中、危機に陥ったとき、遠目に何としても守りたい愛する女性が視界に入る。その時、戦士は再び戦気を取り戻し立ち上がるわけ。昔読んだ物語にそんな場面があって忘れられないのよ。だから目立つくらいが良いじゃない? はぁ、何だか私まで興奮してきちゃう」

 

 乙女か? 乙女なのか⁉︎ そんなアホらしい理由なんて力が抜けるよ。

 

「私も読みました。大賛成です。きっと隠された目元とお姫さまの美しい顎の線や紅い唇が目に入って……」

 

「流石キーラ! 分かってるわね!」

 

「はい!」

 

 キーラも⁉︎ 

 

 まあ前世で読んだ漫画とかでよくあるシーンだけど、感情移入するのはヒーロー側です。ピンチからの大逆転! 良いよね‼︎ ん? 二人と余り変わらないような?

 

「はぁ、もういいです。ねえお母様、何処に向かってるの?」

 

 キャッキャしてるお母様とキーラが眩しい。美人さんに美少女だから絵になるのだ。

 

「西ね。王国で"ツェツエの危機"と呼ばれる戦いのあった古い神殿跡の近くよ。貴女とツェイス王子殿下で討伐した"暴走精霊"や"カリュプディス=シン"が現れたところで、今は殆ど荒野になってるんでしょ? 邪魔は要らないし、丁度良いと紹介されたの」

 

「ああ、あそこ。でも、結構遠いけど」

 

 魔力強化して全速ならもっと早く着くけど、今の服じゃ素っ裸になるだけだ。

 

 まあ確かに崩れた遺跡の瓦礫くらいしかないだろう。人も余り近づかないし、戦うには適した場所かも。

 

「あらそうなの? それなら開催は明日にしましょうか。お化粧が無駄になってしまうけど、練習と思えば良いし。野営なんて久しぶりで楽しみね」

 

「あの辺って魔物が多いからゆっくり休めないよ?」

 

「大丈夫よ。絶対に近づいて来ないから、魔物なんて」

 

 なんでさ? 頭の良い魔物ならそうだろうけど、そんなやつばかりじゃないし。討伐自体は問題なくても休めないなら意味ないじゃん。

 

「不思議そうね? 私を信じなさいな」

 

「うーん、まあ私が戦う訳じゃないから良いけどさ。でも、ターニャちゃんに危険があるなら直ぐにでも中止するから」

 

 その時は素っ裸になろうが関係ない。絶対に助けるぞ。

 

「はいはい。貴女ってターニャさんのことになると人が変わったみたい」

 

「そ、そんな事はないけど……ターニャちゃんは戦ったり出来ないし、怖い思いなんてして欲しくないだけ」

 

「ふふふ」

 

 上品な笑いだけど、お母様の目の奥にこっちを観察してる気配。昔からよくあるけど、ちょっと怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 暫く馬車に揺られて、おまけにウトウトしてたら肩を叩かれた。熟睡してた訳じゃないし、すぐに起きる。

 

「……なに? 着いた?」

 

「もうそろそろね」

 

「あ、そう言えば着替えとか、準備何もしてない」

 

「お姫さま、持って来てますのでご安心を。それと、夜は身体を清めますので声を掛けてくださいませ」

 

「はーい」

 

 背中とか拭いて貰うの気持ち良いけど、何だか恥ずかしい。昔は平気だったのになぁ。

 

「ジルヴァーナ。貴女なら分かるでしょう。()()()が」

 

「え? 何が?」

 

「寝惚けてるの? 魔素感知してごらんなさい」

 

 魔素感知? まあいいけど……

 

「……うわぁ」

 

 寝る前に魔物なんて近づかないって言ってたけど納得だ。と言うか魔物どころか誰一人絶対に寄って来ないだろう。魔素感知が苦手でも、()()()()()()ら腰が抜けてもおかしくないし。

 

「変わらぬ美しさと威容……貴女のケープの白も霞んでしまうわね」

 

「真っ白だもんね、ホント」

 

「ええ」

 

 段々見えて来たその威容。巨大な翼は広げたら何メートルになるんだろう。全身は余す事なく純白で、汚れや土埃すら付着して無いのが遠目でも分かる。縦に割れた瞳孔と口元から見える牙すら恐怖を煽る筈なのに、何処までも綺麗。

 

 唯一のオレンジ、いや夕焼けの色の瞳。

 

「懐かしいなぁ……昔には遊んだりしたけど」

 

 開発したばかりの隠蔽を使ってアートリスでデートしたのだ。パルメさんの店に寄って着せ替えしたのは最高の思い出かな。あと凄く食べるのが好きらしくて食べ歩きもしたっけ。

 

「ああ、もしかして」

 

「気付いた?」

 

「うん。あの人なら周囲に気付かれないよう結界も張れるだろうし、どんな魔法が来ても平気だもん。審判?みたいなものかな」

 

「正解。何よりも古竜を良く知る方だし、安心でしょう?」

 

「良く知るって言うか、そのものだし……」

 

 真白のルオパシャ。

 

 紅、黒、そして三人目の古竜。

 

 でっかい竜の姿だと凄いけど、人化してくれたら最高。

 

 真白の古竜から、合法ロリのルオパシャちゃんに変身だ! あのとき見た下着、今も忘れてないよ? 縞々パンツ、可愛かった……

 

「何だかだらしない顔ね?」

 

 おっと。ヨダレは垂れてないよ?

 

「でもルオパシャちゃ……ルオパシャ様が良く付き合ってくれたね。大体寝てる時間が長いのに」

 

「……どうやらあの方にもお考えがあるみたい。詳しくは分からないけれど、貴女の伴侶を探すと伝えてあるわ。それを聞いて直ぐに動いて下さったし、きっと私達の義務にも理解をお持ちなのでしょう。それよりルオパシャ()()()? 何かしら、それは?」

 

「さ、さあ?」

 

 ジロジロ見られたので、顔を逸らしてしまおう。うむ、完璧だ。キーラが妙に大きな鏡を持ってこっちに向けてなければ、だけど。見事に反射して、俺の顔色がバッチリ。

 

「凄く焦ってるのが丸見えよ、ジルヴァーナ。さあキリキリ吐きなさい」

 

「ヒ、ヒタイでふ!」

 

 ムニーッと頬を引っ張られて……痛いって本当に!

 

「遥か古代より人種に寄り添って頂いた竜なのよ? まさか失礼をはたらいて無いわよね?」

 

 失礼どころか、鱗を斬って、パンツも拝見しましたが? 絶対に言わないよ?

 

「超級に推薦された理由の一つとして、不滅と謳われた古竜の鱗を切断した力が認められたとありましたが……それに、ルオパシャ様に叱られるお姫さまの目撃も」

 

 キーラ、黙ろうね⁉︎

 

「イダダダダッ……!」

 

 千切れる、千切れるから!

 

「あとで詳しく聞きます。とにかくルオパシャ様にご挨拶が先よ」

 

「ふぁーい……」

 

 パンツの事だけは伏せておこう。あと着せ替えも。

 

 でも、人化だけは頼む。

 

 ターニャちゃんにも負けない美少女だし、うん。

 

 

 

 

 



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お姉様、誘導される

 

 

 

 

 懐かしい。

 

 何年か前に来た時は色々知らない事も多かったし、超級どころかトパーズだったから尚更だ。あの時は夢中で今よりずっと演技してたのもある。まあツェイスの前でつい普通にしたのは、まさか王子様なんて知らなかったから仕方無いのだ。

 

 ふむ。カリュプディス=シンが出て来て遺跡は粉々になったけど、片付けもしてないみたい。まあ周りも荒野と言っていいし、需要だってないのかも。雰囲気はグランドキャニオンとかの場所に近いと思う。まあ行ったことないけどさ。

 

「ジルヴァーナ、ご挨拶は?」

 

「え? あ、うん」

 

 うーむ……

 

 今更敬語なんてアレだけど、まさかお母様にバレる訳にもいかないだろう。何年も経ったし、ルオパシャちゃんも分かってくれるはず。頼む、空気を読んでくれ!

 

「ル、ルオパシャさま? お久しぶりっ、デス。覚えてくれてますか……私のこと」

 

「……」

 

 あれぇ? でっかい竜形態のルオパシャちゃん、動きませんが。足元まで来て、大きな声で挨拶したのに……でも橙色した眼はこっちを見てるよね? 気付いてない訳ないし、おかしいなぁ。

 

「……わぁ⁉︎」

 

 様子を伺っていたら、相変わらずとんでもない量の魔力の波が俺達を襲った。勿論攻撃的な物じゃないけど、普通の人なら気絶してもおかしくない。古竜は魔力そのものが長い年月をかけて結晶化したような超越的存在だ。吐息一つで嵐みたいになるのかも。

 

 思わず目を閉じて、暫くじっとする。今は魔力強化して躱すことも、逃げる事も出来ないのだ。万が一にも服が破れて素っ裸とか勘弁して欲しい。そろそろ到着するだろうツェイス達も居るし。

 

 砂埃が通り過ぎ、空間の魔力も落ち着いた頃、ゆっくりと瞼を上げる。

 

 ちょこん。

 

 そんな擬音がピッタリな女の子が目の前に立っていた。つまり、人化してくれたのだ!

 

 はい、可愛い。

 

 真っ白な髪、円な橙色した瞳。スカートから伸びる脚だって雪みたいに綺麗。あの下に隠れた下着を間近に見たんだなぁ、俺って。おっと、煩悩退散煩悩退散!

 

 身長は随分と小さく感じる。まあ俺の身長が伸びたんだろうけど。

 

 うん、超可愛い。

 

 でも、何だか怒ってるような……そう言えば、以前みたいに服は真っ白じゃないんだな。勿論白が基調なんだけど、襟やスカートは淡い青。と言うか殆どセーラー服だよね、それって。俺の趣味にピッタリで凄く似合ってるなぁ。

 

「へぇ、服の色やカタチも変えられるんですねぇ。どんな仕組みなんだろ……って、ル、ルオパシャ様?」

 

 ズンズンと歩いてくるとすぐそばで立ち止まり、俺を睨み付けるように……と言うか、思い切り睨まれてます。見上げたまま俺をジロジロと眺め、両手を腰に当てて仁王立ち。

 

「えっと……ルオパシャ様? 御機嫌斜めで御座いますか?」

 

 視線もギロリって変わったし。もし竜の姿のままだったら怖いだろうな。

 

『ジル』

 

 魔力そのものが声になってるからお腹に響く。可愛いのに威厳もあるから不思議だ。

 

「は、はい」

 

『なんじゃその"ルオパシャ様"とやらは。それに言葉遣いも気色悪い。妾のことは以前と同じよう可愛らしく呼ぶが良いぞ。ルオパシャちゃん、とな』

 

 あのさ、空気読もうね?

 

 ヒィ⁉︎ 真横から殺気が! 具体的に言うとお母様が佇むあたりから! こ、これは違うんですぅ! いや、違わないけど!

 

『それに随分とつれないではないか。ん?』

 

「は、はい?」

 

『この服じゃ。お主にとっては久しぶりであろうし、以前楽しんだ"でえと"とやらで妾に選んでくれた衣服じゃぞ? 下着を斬ったお詫びとやらでな。確か、人間同士ならば"着せ替え"を楽しむのであろう?』

 

 あばばばば……!

 

 見たくない……真横を見たくないですぅ!

 

「そ、そうでしたね! ル、ルオパシャ様が楽しんでくれたみたいで良かったなぁ! ね? ね?」

 

 頼む! 俺達母娘の雰囲気分かるだろ⁉︎

 

『ルオパシャちゃん、じゃ。確かベタベタ触ったり、撫で撫でするのは奢る方の特権だと言っておったが。抱っこも特別に……』

 

「ベタベタ? 撫で撫で? おまけに抱っこですって?」

 

「お、お母様! 違う、ちょっとした出来心で……」

 

「なお悪いでしょうに!」

 

「いだだだだ‼︎」

 

『相変わらず面白いのぉ、お主は』

 

 こ、このチビ竜め……分かってやってやがる! そのクスクス笑う笑顔は最高ですけど!

 

「全くもう……ルオパシャ様、誠に申し訳ございません。娘には後でしっかりと言って聞かせますので」

 

『良い良い。妾はジルを気に入っておる。どうじゃ? この衣服、似合っておるじゃろ?』

 

 ポーズをとるルオパシャちゃん、可愛い。

 

「はい、それはもう。その点だけはジルヴァーナを誉めなければなりませんね」

 

 お母様も楽しそうに笑い、空気が緩んだようだ。ふぅ、危ないな、全く。

 

 え? なにかな、お母様。

 

「ジルヴァーナ、後で話があるから。覚悟なさいな」

 

「……」

 

「では改めて……ルオパシャ様。このおバカな娘のため招聘に応じて頂き、心から感謝致します」

 

 バンバルボア帝国の皇妃としての顔に変わり、お母様が真剣な言葉を伝える。対するルオパシャちゃんも慣れたものなのか、緊張もせずに返して来た。

 

『ふむ。確かにシャルカの呼び掛けに応じたが、妾にも()()()()話じゃからな。気にする必要などないぞ? 確か、ジルを誰が娶るか母として決めるのじゃろ?』

 

「は、はい。その上で候補者の力を見極めて頂きたく思います」

 

 丁度良いって何だろう? お母様もちょっと不思議そうだし。

 

『うむうむ。妾を打ち負かす程の力ならば認めるしかあるまい。ジルを好きに出来る権利となれば、誰もが躍起になるのも仕方あるまいて』

 

「打ち負かすって……」

 

 いやいや、無理だよね? 多分超級が全員集まっても勝てないだろうし……魔王陛下やツェイスが居たら少しだけ可能性が上がるのかな? それと"好きに出来る権利"って何だか嫌な響きなんですが! お母様、これってちゃんと伝わってるの? 思わず横を見ると、お母様も微妙な表情。

 

「あの……」

 

『誰か来た様じゃな。ほぉ、確かに中々の実力者と見える。あれが候補者達かの?』

 

 ん? ああ、ツェイス達だな。イケメン詰め合わせセットが入った馬車が砂埃を上げながら近付いて来てる。魔王陛下にツェイスとクロ、きっとターニャちゃんも中に。滅茶苦茶でっかい馬車だから狭くはないだろう。ターニャちゃんって何気にコミュ力も凄いから、あの濃いメンバーでも上手にやってそうだ。アートリスの市場とかなんて俺より人気者だもん。そもそも魔王陛下以外は顔見知りだしね。

 

 少し薄暗くなって来たし、今日は挨拶くらいで終わりかな。夜営する事になるけど……ルオパシャちゃんが居る以上、魔物は絶対に近寄って来ない。魔力に敏感な奴等ならとっくに逃げ出しているだろう。これならターニャちゃんに万が一の危険も無い。まあ念の為に気を付けておくけど。

 

「それでは、後程紹介致しますわ」

 

『そうじゃの。妾は人の世情に疎い。頼む』

 

「はい」

 

 俺達から少し離れたところで、馬車が止まった。

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 瞬く間に夜営のテントが出来た。

 

 追随していたもう一つの馬車に色々と積んであったのか、竜鱗の副騎士団長コーシクスさんも手伝ってるから尚更だ。あの人って遠征や野営とか、しょっちゅうやってる筈だし。

 

「うへぇ、豪華だなぁ」

 

 テントと言うか部屋みたい。屋根?も高いし、骨組みもしっかりしてる。円形になってて簡易ベッドも余裕で置けるサイズだ。昔テレビで見た遊牧民の人達が建てるヤツに似てるかも。

 

 優遇されているのか最初に俺のを用意してくれたのだ。まあ、大事な景品だし? ハァ……

 

 濃い化粧も落としてあとは寝るだけなんだけど……外から騒がしい声が聞こえて来る。具体的に言うと男達の談笑だ。偶にルオパシャちゃんの可愛らしい声も混じるから、一緒に話してるのかも。

 

「楽しそう」

 

 チラリと幌を上げると、焚き火を中心に皆が円になっているようだ。キーラが給仕してて、お酒も入ってるな、あれは。キャンプとかみたいで羨ましい。

 

 魔王と勇者が普通に会話して、隣にはツェツエ王国の王子。更には古竜が一人か……いやいや、絶対おかしいよね?

 

「ジルヴァーナ、駄目ですよ」

 

「分かってる」

 

「貴女は大切な花嫁なの。ほら、こっちにいらっしゃい」

 

「はーい」

 

 用意された椅子に座ると、真正面にお母様。うーむ、改めて見ても凄い美人だなぁ。妖艶って言葉はお母様の為にあるみたいだ。

 

「なに? ジロジロ見て」

 

「別に……懐かしいなって」

 

「貴女が逃げ出したからでしょ」

 

「まあそうだけど」

 

 銀色した瓶を手に、お母様は中に入ったクリームを指で取った。そのまま俺の顔にツンツンと何箇所か付けると優しく塗り塗り。薄く引き伸ばすと後は軽いフェイスマッサージだ。潤いを保つ何かだけど、我が家では大抵サボってるヤツだね。

 

 続いて背後に回ると背中に垂れた髪に櫛を通す、何度も。そしてクルリと纏めたら髪留めでパチリパチリ。うん、楽チンだ。

 

「これで良しと。後でキーラに身体を拭いて貰いなさい。それともターニャさんに頼む?」

 

「え? いや、大丈夫だけど……ターニャちゃんに頼む事じゃないし。お母様、あの娘は私の使用人とかじゃないよ?」

 

 そもそも恥ずかしいです。

 

「じゃあどんな存在なのかしら?」

 

「……何でそんな事を聞くの?」

 

「貴女こそ、何で難しく考えてるの?」

 

 え? そんな風に言われたら気になる。

 

「別にそう言う訳じゃ……今は、妹、かな」

 

「確か、アートリス近郊の森で会ったって聞いたけど」

 

「うん。ギルドの依頼で魔素溜まりの調査依頼を受けて……偶然ターニャちゃんを見つけたの。魔物に襲われそうだったし、身寄りも居ないって聞いたから保護したって感じかな。あとは知っての通りで、色々と」

 

「料理の腕といい、あの屋敷を一人で世話出来るなんて本当に凄いと思うわね。あれ程有能な者はバンバルボアでも中々居ない」

 

「そうなんだよ!」

 

 だよね! ターニャちゃん、マジで凄いんだから!

 

「料理なんて毎日美味しくて、栄養もしっかり考えてくれてるし! あと家計もバッチリで、市場とか目利きで有名なんだよ? それに、それに最初は冷たい感じに思うけど、ホントは凄く優しくて可愛い! 偶に意地悪だけど、結局思い遣りがあるからつい許しちゃう訳!」

 

「ジルヴァーナってターニャさんのことになると途端に人が変わるわね」

 

 思わず握り拳を作り、お尻まで椅子から少し上げてしまった。それを見たお母様の言葉だけど、俺は気にしないぞ!

 

「あの瞳って近くで見ると色が少し変化して……黒だと思ったら実は濃紺だったり、髪だってサラサラなんだよ。上目遣いなんてされたら何でも買っちゃうね!」

 

「どこのエロ親父よ、それ」

 

 聞こえない、聞こえませんから!

 

「お母様だってそう思うでしょ?」

 

「何でも買っちゃうの部分は分からないけれど、概ね間違って無いかしら」

 

「でしょう!」

 

「大好きなのね、本当に」

 

「勿論! 世界で一番‼︎」

 

「だそうよ? ターニャさん」

 

 ん? んん? どこ見てるの、お母様は。

 

 油が抜けた機械仕掛けの様に、ギギギと振り向く。驚きが過ぎるとこんな風になるのだ、ホント。

 

「タ、ターニャちゃん……」

 

 あれぇ? い、いつから居たのかな?

 

 テントの入り口から入って直ぐ、そこには至高のTS美少女ターニャちゃんが立っていた。少しだけ赤い頬を見れば殆ど聞かれていたのが分かってしまう。おかしい……冒険者生活で鍛えた技術は裏切らない筈だ。魔素感知は勿論だけど、気配察知だってトップクラスなのに……何故か気付けなかった。

 

「す、すいません。キーラさんに教わった気配を絶つ方法を練習してて……シャルカさんに丁度良いからって」

 

 ええ……⁉︎

 

 教わって直ぐそのレベルってヤバすぎだよ‼︎

 

「さ、最初から居たの?」

 

「……はい」

 

 此れは凄く恥ずかしいですね、はい。

 

「お母様……酷くない?」

 

「御免なさいね。まさかあんなに喋るなんて思わかったから」

 

 その顔、分かってる癖に!

 

「うぅ……」

 

「そんなに真っ赤でプルプル震えて。それとも嘘だったの?」

 

「そうじゃないけど……」

 

「じゃあ良いじゃない。さあターニャさん、あっちの馬車で何を話したか教えて貰えるかしら」

 

「あ、はい、シャルカさん」

 

 もう何時もの表情に戻ったターニャちゃん。

 

 切り替え速いね、キミ。

 

 

 

 

 

 



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お姉様、包装される

 

 

 

「うっそだぁ」

 

 昨日早く寝たからか、まだ陽が昇り切る前に目が覚めたんだけど……

 

「あんなのいつの間に……」

 

 テントから出て朝の空気を吸おうと外に出た。他の皆は寝てるだろうし、誰もいないだろうなって。アイツら結構遅くまで喋っていたみたい。よく考えたらライバル同士なのに、なんであんなに楽しそうに話したり出来るんだろ? やっぱりイケメンに生まれたからには色々と違うんだろうか。

 

『おお、早いなジル』

 

 テントの上から声が聞こえて見上げると、セーラー服姿の可愛い女の子が立っていた。真っ白な髪、真っ白な太もも……くっ、微妙に見えない。角度を変えれば何とかなるか? い、いかんいかん、またお母様に怒られる。

 

「おはようございます……ねえ、ルオパシャちゃん、あれって」

 

『良く出来ておるじゃろ? 随分前じゃが人の街で見たことがあっての。材料もあったし作ってみた』

 

 夜営地より遺跡側に近いところ、とんでもない建造物が完成している。簡単に言えば古代ローマの闘技場コロッセオかな。流石にあそこまで芸術性に振ってないけど、サイズだけなら野球場みたいにデカい。ああ、材料って遺跡の残骸か。見た目も似てるし。

 

「全然気付かなかったです」

 

『人種は夜分に眠り英気を養うのじゃろう? 妾は知っておるから静かにしておったのよ。とは言え強度は中々だから安心してよいぞ。あの石塊どもは良い材質での』

 

「はあ」

 

 まあ古代遺跡で現存してるのは大抵凄い技術で作られてるからね。普通にピカピカだったり、物理的にピカピカ光ったりしてるのもあるから。それにしても……

 

 一晩で、全く音もさせず、巨大な建造物を建てる。もう無茶苦茶だよ。土魔法の応用だろうけど、人ならあっさり魔力が切れて昏倒するかな。時間を掛ければ俺でも出来る可能性はあるけど、現実的じゃない。

 

『妾本来の姿でも入れる広さじゃ。観客席とやらも用意したからジルはゆっくりと眺めておればよい』

 

「観客席って……」

 

 ルオパシャちゃん、人のこと知り過ぎです。まあ前のデートで知ってましたけど。

 

 とにかく考えても無駄だ。しかし、こんな無茶苦茶なルオパシャちゃんだけど、インジヒとかシェルビディナンって更に強いんでしょ? 普通に考えたら勝てない気がするけどなぁ。うーむ……

 

「あの、インジヒとかシェルビディナンって……」

 

『ん? おお、良く知っておるな』

 

「ルオパシャちゃんよりもっと強いって聞きましたけど」

 

『ふむ、それは間違いない』

 

 やっぱりそうなんだ。

 

『じゃが、それは見方による』

 

「え?」

 

『戦闘、争い、殺し合い、其れらの尺度ならば正しい。お主達が"始原"と呼ぶ()()ならば凡ゆる全てを覆すが……我等も人種も()()()一人じゃからの』

 

「……どう言う意味ですか?」

 

 よく分からないな。それと"か弱い"とか始原の竜を"アレ"呼ばわりって、何だか聞いてたイメージと違う気がする。

 

『今は知らなくて良い。ジルは伴侶を決めるのじゃろ』

 

 うぅ、まあそうだけどさ!

 

『子作りの事も色々調べて来たから良く知っておるぞ? 確か二人でしっぽり』

 

「それは言わなくていいかなぁ!」

 

 何で竜が人の子作りとか調べてるんだよ! それに"しっぽり"とか言葉選びが古い……いや古代から生きる古竜だから正しいのか?

 

『相変わらずウブじゃの。歳を重ねても変わっておらん』

 

 余計なお世話ですぅ! と言うかウブとか知ってるのかよ!

 

「ルオパシャちゃん、ちょっと聞いて良いですか?」

 

『なんじゃ?』

 

「お母様からなんて聞いてるのかなって。今日のこと」

 

『昨日言った通りじゃ。ジルの伴侶を決める大会であろう? 人は(つがい)となり、子を成す。ことさら竜とは違うが、長い年月をそうして生きて来た。お主が娘の頃から知っておるが、人の生は星の瞬きの様に光り、そして消え去ってしまう。だからこそ次代に子を繋ぎ行くのじゃな。妾だけは元々始原から教わっていたが、そこに美しさと羨望を覚えておるよ』

 

 ルオパシャちゃんは何かを思い出したのか、明るくなって来た空を眺めてる。その横顔を見たら、何だか質問を続ける気が失せてしまった。長く生きるって事は、それだけ別れも多い筈だ。もしかしたら誰よりも寂しいのかも。

 

「ルオパシャちゃん……」

 

『さて、夜も明けたの。楽しい一日の始まりじゃ』

 

 ニコリと俺に笑いかけ、ピョンと地面に降りて来た。スカートがフワリと踊り、思わず視線は釘付けです。いや、不可抗力ですから! 縞々は健在だったと言っておこう!

 

「じゃ、準備して来ます」

 

『うむうむ。綺麗にして来い』

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 中に入ると本気で似てるなぁ、コロッセオに。

 

 教科書の写真しか見たことないけど、きっとこんな感じだったはず。

 

 そして今俺がいる場所は所謂観覧席。その中でもVIPな感じだ。高台みたいになっていて、景色が凄く良い。円形のスタジアム擬きだから、此処から全体を見渡せる。

 

 真ん中の地面は平坦で、草木も生えてない。ルオパシャちゃんが綺麗にしたんだろうか。ゴツゴツした荒涼な土地だったけどなぁ。

 

 まだ大会参加者は現れてないけど、その他の人達は揃っているみたい。

 

 朝日も随分と高い位置まで来てるし、ポカポカ陽気で気持ち良いかも。まあ、気分の方は曇り空の如くドンヨリしてますが。

 

「お母様、一つよろしいでしょうか?」

 

「あらあら、何かしら」

 

「これ、何かな?」

 

 身体中に巻き付いてる物体に指差して聞いてみる。

 

「見れば分かるでしょう? リボンよ、プレゼント用の」

 

「聞いてるのはそうじゃなくて、何で私がグルグル巻かれてるかってことなんですが?」

 

 紅や緑、おまけに水色のリボンが上半身を飾っている。水色が無ければクリスマスカラーだからツリーにでもなった気分。まあゆったりだから苦しくは無いよ?

 

「大事な景品って思い出したのよ。ほら、案内の紙に書いてあったでしょう? アレって力作だし、頑張ったんだから。あの可愛いジルヴァーナなんて何年も掛けて練習したの」

 

 あのデフォルメされた俺ってお母様が書いたのかよ! 確かに可愛いかったけども! て言うか何で練習してるんだ、あんな絵を。

 

「じゃあ、これは?」

 

 今度は腰回りにあるヤツをグイと引っ張り主張する。自慢のウエストはお尻やオッパイに反して細い。我ながらとんでもないスタイルなのだ。だからこそ、そのウエストにあるコイツが凄く目立つけど……

 

「知ってるでしょうに。"ジルヴァーナに罰を"ですよ」

 

 水色と茶色で編まれた細めの縄。内部には魔力銀が仕込まれ、魔法行使を阻害するとんでもない代物だ。確かに良く知っている。名前の通り、悪戯の過ぎる愛娘を捕らえる為に開発されたモノだからね。開発者は目の前にいる妖艶な美人さん。これは四世代目の最新型だそうです。うん、全く嬉しくない。

 

 弱めに縛ってるから痛いとかはないけど……自慢のウエストが仇となり、取ることは不可能だ。下ろそうにもピンと張ったお尻があるし、上に行けばドーンと主張が激しいオッパイがある。魔力強化も出来ないから力で引き千切る事も出来やしない。

 

「何でさ!」

 

「うーん、何となく?」

 

「何となくで娘を縛り付ける母親が居ますか! 早く取ってよ!」

 

「逃げ出さない?」

 

「逃げるならとっくに逃げ出してますけれど!」

 

「どう思う?」

 

 お母様の視線が外れ、すぐ背後に向けられた。"ジルヴァーナに罰を"は三重に巻かれたあと、その先が背後に居る人に握られているのだ。まるでお散歩するワンコみたいで俺は悲しいです。

 

「……え? あ、はい! 最高です」

 

「ねえ、ターニャちゃん。何が最高なのかな?」

 

 振り返ると嬉しそうに縄をニギニギするTS美少女がいる。魔素が動くのも感じるし、色々と試しているのだろう。実際にさっきから脱出しようと頑張っているけど、全部の魔力があっさり消えてしまう。ターニャちゃんの"才能(タレント)"とこの縄って相性が良過ぎ……

 

「えっと……お姉様、綺麗ですね」

 

 Sっ気があるのは気付いていたけど、縛られた俺を見て綺麗って……

 

「綺麗なら良いでしょう。まるで囚われの皇女を救い出す物語みたいで素敵ね」

 

「まるでじゃないし!」

 

 そのまま! 文字通り! 囚われた皇女ですけど!

 

お姫さま(おひーさま)……」

 

「あ、キーラ! 助けて!」

 

「このリボンも似合うかと」

 

「味方がいない!」

 

 青いリボンを両手に持つキーラも何処か嬉しそうだ。うぅ、可哀想なジルちゃん。

 

「贈り物に綺麗な包装をするのが皇都で流行ってるんですよ? 特にこのリボンとか大人気で普通手に入れるのが大変なんです。シャルカ様のお力で大丈夫でしたが」

 

「さあ緊張を解きほぐす時間も終わり。そろそろ始まるわ。ほら、ケープを被りなさい」

 

 成る程、そうだったんだ! あのさ、その気の使い方、間違ってると思う。

 

 真っ白なケープが頭から垂れて少しだけ視界が曇った。まあ見えない訳じゃない。自慢の髪も朝に結われたから所謂"王女編み"になってる。三つ編みとサイド編みを組み合わせたゴージャスなヤツだ。カチューシャの様に頭をクルリと守る感じかな。一人だと面倒で絶対にしない。キーラが昔よくしてくれたけどね。

 

「ホントに苦しかったら直ぐ解きますから」

 

 耳元でターニャちゃんが囁いてくれた。吐息が掛かって擽ったい。多分お母様から頼まれたんだろうけど、やっぱり優しい……ん? いや、優しいのか? さっきの幸せそうな表情も演技だと思いたい、切実に。

 

 ターニャちゃん、あの晩から特に変化がない。まあ告白だって勝手に勘違いして、勝手にフラれただけで当たり前だけどさ。可愛い顔を見てたらまた泣きそうになるし、余り視線を合わせないようにしよう。侍女を目指すって話だから、一緒に居られるのは嬉しいけれど……少し辛い部分もあるよなぁ。

 

『お? なんじゃその装いは。人の間ではそれが普通なのか?』

 

 後ろ側に作られてた階段の方から声がした。ルオパシャちゃんがテクテク歩いて上がって来たみたい。しかしこれはチャンスだ。誤解を解きつつ、ついでに縄も解いて貰おう。

 

「ちが……」

「ルオパシャ様。此方に席を用意しておりますわ。どうぞ」

 

『おお、確かによく見えるの。これなら観察しやすい』

 

「これから始まりますので、皆様の戦いぶりを」

 

『うむうむ、楽しみじゃ』

 

「飲み物は如何なされますか?」

 

『至れり尽くせりじゃな。頼めるか?』

 

「キーラ」

 

「はい、お任せを」

 

 いそいそとキーラがお茶を用意するのを眺めつつ、そーっとルオパシャちゃんに近付く。

 

「ね、ルオパシャちゃん」

 

『ジルか。どうした?』

 

「この縄だけどさ」

 

『ふむ、中々素晴らしいのぉ。魔力銀の応用に関しては以前から見事と思っておったが……その様な技術もあるとは。魔素を一定方向に排出する造りになっておるの。しかもその強さによって流す速度すら変更出来る。まるで魔力錬成を阻害するかの如くじゃな』

 

「まるでじゃなくて、そのままなんですけど……」

 

『ん? ジルならば特に問題などなかろう? その程度、お主なら如何様にも対処出来るじゃろ。ならば特有の装飾品だと思うのが自然じゃ。人種は本当に面白い』

 

「そ、それはそう、ですけど」

 

 その"ジルヴァーナに罰を"を操るのがターニャちゃんなのがヤバいんです……子供騙しの筈が、本格的な拘束具に大変身してるので。魔素特化の才能が遺憾無く発揮されてます、はい。でも才能の事は内緒だしなぁ。

 

『あの童、いや女子か? それこそ力尽くで奪い取れば良い。つまり何かの儀式的なやつじゃろ? 分かっておる分かっておる』

 

 可愛らしい頭を縦に二回振り、全部理解してるよ?って感じをルオパシャちゃんが醸し出している。残念ながら、思い切り違いますが!

 

「ルオパシャ様、此方に置きますね」

 

『うむ、ありがとう。そろそろじゃな』

 

 サイドテーブルにカップが置かれたとき、ツェイス達の姿が見えた。始まるみたいだ。

 

「ジルヴァーナも座りなさいな」

 

「……はーい」

 

 ポンポンと叩かれた椅子はお母様の隣。渋々腰を下ろして下を眺めるしかない。

 

 はぁ、結局始まっちゃったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、事実を知る

一年以上投稿出来ませんでした。ジル達は元気かな。


 

 

 

 

 

 

 

 

 んー? トーナメント方式じゃない?

 

 勝手に勝ち抜き戦だと思ってたけど、此処から見える感じだと違うみたいだな。だって殆ど全員揃ってるし、皆が装備も整えてる。うーん、どうするんだろ?

 

 魔王陛下は一人、暗い色のマントを着込み堂々と佇んで……いや、しかしいかにもな格好だ。世界は違えど魔王って一緒なのかな。水色の肌とバランスも良いし、やっぱり強そう。あれで凄く良い人なんだから異世界は不思議で溢れてる、うん。

 

 ツェイスとクロは同じ種類の鎧。重装備じゃなくて軽鎧ってところかな。まあ果たし合いじゃあるまいし、クロは魔力強化を運用した速さが売りだから当たり前か。ツェイスもどちらかと言えば敏捷性に振ってる筈だもん。ツェツエ王国の二人だし似てるのも不思議じゃないね。

 

 そう言えば、ツェイスの真剣な試合って随分久しぶりに見るなぁ。六年前なら絶対に負けないけど、四年前は滅茶苦茶成長してた。最近だと竜鱗騎士団の講義中に見た雷魔法か……あれって初動が早い上に、魔法そのものも威力がヤバいからな。ちょっと楽しみかも。

 

 あれ? そう言えば"魔狂い"は? あの変態エロジジイの姿が無い。マウリツさんからフェル爺とか呼ばれてたけど、あんなのエロジジイで十分だ。まあ遅刻で脱落決定、それで良い!

 

 うんうんと内心頷いてたら、お母様が丁度質問してた。

 

「キーラ、魔狂いは?」

 

「先程到着されました。ただ……」

 

「ただ? どうしたの?」

 

 モジモジするキーラも最高だけど、同時に察してしまう。アイツめ、俺の可愛いキーラに何しやがった!

 

「あの……思わず、こ、股間を蹴ってしまいまして……」

 

「コカン?」

 

「いきなりお尻を撫でられたので、手加減抜きで蹴りました。暫く動けないかと」

 

 あの野郎! やっぱりやりやがったな!

 

 お仕置きに……くっ、"ジルヴァーナに罰を"の所為で動けないじゃん!

 

「あのお爺さん、相変わらずね。まあ分かり易くて良いけれど……でも、私の手の者に悪い事したなら、少しだけ()()()しないと駄目かしら」

 

 エロジジイ、御愁傷様。あとで死ぬ程後悔すればいいのだ! 我が母上は文字通り恐ろしいから……あれ? お母様って会ったことあるん?

 

「相変わらずって?」

 

「超級の中ではかなりの古株だから、一応面識があるの。随分前、いきなり胸を触ろうとしたから"沈めた"わ。それ以来、私には手を出さなかったから反省したと思っていたけれど」

 

「へ、へぇ。そうなんだ」

 

 えっと、沈めたって何だ? 聞くのが怖い。見ればターニャちゃんまで微妙そうな表情だし……

 

「あの、シャルカさん」

 

「あら、何かしらターニャさん」

 

「差し出がましいですけど……お姉様の旦那様候補なのに、他の女性に手を出すなんて、普通もっと怒るものでは……」

 

 む、確かに。あのジジイだからつい慣れてしまっていたな。そんな風に思い、お母様の顔を伺ってみる。すると、まるで「今気付きました」って顔をしてポンと手を叩いたのだ。はっきり言って滅茶苦茶怪しい。

 

「た、確かにターニャさんの言う通りね」

 

 吃るなんて益々怪しいじゃないか!

 

「ちょっとお母様?」

 

 おまけに余所見まで始めたので、もう確信しかないぞ。その誤魔化し方って誰かさんに似てる。経験あり。

 

「……ちょっと悪戯を、ジルヴァーナに、ね」

 

「悪戯って?」

 

「本当は此方から依頼を掛けたの。役割は別にあるけれど……貴女が慌てたら楽しいかもって。正直な話、忘れてた。悪戯を」

 

「意味がわかんないんだけど」

 

「御免なさいね。今度必ず話すから」

 

 そんな風に悲しげな顔色だと責める気も無くなっちゃうじゃん。

 

「……それなら良いけどさ」

 

「ホント、お人好しは変わらないわね」

 

「え? 聞こえないよ」

 

「独り言。気にしないで」

 

 おかしいな? 確かに何か言ってた気がするんだけど。ね、ターニャちゃんもそう思わない? そんな風に思って振り返った時だった。

 

「ターニャちゃん! 逃げて‼︎」

 

「え? 何ですか……わ、うひゃぁ⁉︎」

 

 ツルツル頭の小柄な野郎がターニャちゃんの背後に立ち、そして至高のお尻をイヤらしく撫でやがった。しかもツンツンした後に。絶対に許さん……ってまだ動けないし! この縄ってホントヤバすぎだよ!

 

「ほほぅ。ジルの娘の頃には及ばんが良い尻じゃ。将来の美貌も約束されておるし、儂も楽しみ……」

 

「この変態ジジイ! よくもターニャちゃんに!」

 

 俺だってまだナデナデしてないんだぞ! う、羨ましくなんてないから!

 

「久しいの、ジルや。しかし……中々珍妙な格好じゃのう。景品と聞いて来たが、最近の流行は面白い」

 

 うっさいよ! 好きでしてる訳じゃないし!

 

「私のター……いや、えっと、変なことして!」

 

「案ずるな。ジルの成長も確認しないと、な」

 

 ギャー! 寄るな変態! 今は魔力強化が出来ないんだぞ!

 

「魔狂い? いえ、フェルミオ? まだ"沈み足りなかった"かしら?」

 

 ドロドロしたマグマの様な声が隣から聞こえて来た。俺に向いてないのに、何故か震えが走る。それでも艶やかなのが尚更怖い。

 

「……お、おう。お嬢、いや今はシャルカ皇妃じゃったか。ただの挨拶だからな? 頼むから沈めるのだけはやめてくれんかの?」

 

 ジリジリと後退するエロジジイ。唯一整えてる白髭がプルプルしてるのが笑える。慄け、ジジイ! それと"お嬢"って何? え、聞くな? あ、はい、分かりましたお母様。睨まないで、怖い。

 

「それならジルヴァーナから離れなさい。指一本触れたならタダじゃ済ませません。それとターニャさんは今や我がバンバルボアにとっても大切な女の子よ? 巫山戯た真似をするなら"沈めて"その後"埋める"から。前より強めに」

 

「ひぃ‼︎ わ、分かった! 済まなんだ、ターニャ、いやターニャ様!」

 

「は、はあ。まあ別に」

 

 ププ、ザマァ。しかし、トラウマなんだな、きっと。それと"沈める"って気になるんですが、やっぱり。え? 聞くな? あ、はい、お母様。

 

「フェルミオ。早く下に行きなさいな。貴方への依頼を果たしなさい」

 

「ふむぅ……見事に成長した胸に加え、至高の尻が目の前にあるのに……儂、悔しい」

 

 変な目で見るな。確かに自慢の胸やスタイルだけど、エロジジイにはあげないし! まあ何度も触られたけど、もう過去のことだ!

 

「……フェルミオ?」

 

「さ、さぁ!行こうかの!」

 

 ターニャちゃんと同じ位の背丈、曲がった背中、ツルツルの禿頭、皺くちゃのマント、そこだけ綺麗な白髭。エロジジイは爺いとは思えない速さで階段を駆け降りて行った。

 

『何故か、妾には興味を示さなかったな』

 

 可愛い真っ白なルオパシャちゃんが曰う。いや、当たり前だよ。魔法に少しでも詳しかったからヤバいの分かるから。古竜に痴漢したなんて、歴史上も居ないでしょ?

 

『ん? お主には何度もナデナデされたが?』

 

 ちょ、心を読むのやめてくれ!

 

「き、記憶にないなぁ」

 

 知らないフリしよっと。

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「勝ち抜き戦じゃない?」

 

 水色、茶色、二色で編まれた縄"ジルヴァーナに罰を"を変わらず握り締めながら、ターニャちゃんは呟いた。誰かに質問したと言うより、独り言みたいかな。まあ、俺も同じ疑問を持ったからね。

 

 皆バラバラだけど魔王陛下だけは少し離れてる。そこにエロジジイが合流し、ツェイスの横に立ったようだ。

 

「本当にこれで宜しいでしょうか?」

 

 隣にいるお母様だってルオパシャちゃんへ聞いてるみたい。

 

『うむ。まだ()()()()()()()()()()()仕方あるまいよ。良い戦いとなる筈じゃ。まあ連携など取る時間はないとしても、個々の力を測るには丁度良い』

 

 んー。ルオパシャちゃんの指示かぁ。

 

 成る程ね、勝ち抜き戦だと一人だけ頭抜けてるからか。魔王陛下はちょっと普通じゃないし、ある意味でバランスを見たって感じだ。つまり……

 

『魔族の王、アレに只人が抗うのは酷じゃ。ましてや()()の力を色濃く宿しておるしの』

 

「ヤツ、ですか?」

 

『ん? 知っておろう? お主達が"始原"と呼ぶアレじゃ』

 

 お母様も微妙な表情。勿論"ヤツ"が誰か分からなかった訳じゃなく、ルオパシャちゃんが乱暴な呼び方をしたからだろう。始原を。

 

「ルオパシャ様。あの、質問を宜しいでしょうか?」

 

『構わんぞ。ジルの母たるお主には妾も翼を畳まねばな』

 

 翼を畳む? 多分を姿勢を正すとか、そんな意味?

 

「……始原の竜、つまり竜帝陛下はどういった御方だったのですか?」

 

 バンバルボアの歴史にも関わる話だからか、お母様も緊張気味だ。珍しいからつい妖艶な横顔を眺めてしまった。それに俺も興味あるし。

 

『かかか! 竜帝、竜帝か! くく……確かにヤツは全ての力を凌駕し、同時に包んでおった。妾は当然として兄達二人も羨望を隠しておらなんだよ。じゃが、尊敬など欠片たりともしていない、いや出来ないな』

 

「そ、そうなのですか?」

 

 お母様の唇、ピクピクしてます。まあ、ある意味歴史は覆された!って感じだもん。俺はそこまで吃驚してないけど。

 

『最初に会話したとき、ヤツは叫んだのじゃ。可愛い女の子は⁉︎ 妖艶なお姉様は⁉︎ ドキドキハーレムは何処に⁉︎ 漸く出逢えて会話した生き物が竜だなんて、とな。あの時代に人など存在しない事を知り絶望したらしい。本当に失礼なヤツじゃ。まあ別の世界から堕ちて来たらしく、常識を求めても仕方ないと諦めたが』

 

 うん? んん? な、なにやら変な単語や妄想が聞こえて来たぞ。何だか身に覚えのある話だけど、まさか……

 

「ね、ルオパシャちゃん。その竜帝様の名前って聞いた?」

 

 お母様は魂を抜かれたように動かないし、気になったので聞いてみる。

 

『ん? たしか、ヒロシ、と言っておったの。変わった響きじゃし、覚えておる』

 

「ヒ、ヒロシ君かぁ」

 

 間違いなく転生者じゃん。しかも日本人で厨二病で、エロくて妄想全開の。きっと神様みたいな人に騙されて来たんだな。ひゃっほーい、チートだ!ハーレムじゃぁ!って……うん、よく分かります。背後をチラッと見ればターニャちゃんが無表情に変わっている。死んだ魚のように瞳からハイライトが消えているのが怖い。確かハーレムなんて大嫌いとか言ってたし、汚物を見るような感じなんだろう。

 

 お、俺は違うよ? ホントだよ?

 

「じゃあ人化の魔法を学んだのは」

 

『うむ、半ば強制的に教わったのじゃ。妾は人で言うところの女性に当たるらしく、一縷の望みを賭けてなどと妄言を吐き……今思い出しても腹立たしい』

 

 魔力がゾワゾワと動いて怖い。ルオパシャちゃん、落ち着いて!

 

「大丈夫だった? その、ルオパシャちゃん可愛いし」

 

 その質問に魔力の蠢きが加速しました! ヤバい、質問間違えた⁉︎

 

『ヤツは、ロリっ娘じゃねーか! 守備範囲ちげーし! と叫んだのじゃ。まあロリの意味を知った後に何度もぶん殴ったが……全く効かず、悔しかったのを覚えておるよ』

 

「……」「……」「……」

 

 うぅ、居た堪れない。何故か俺が責められてる気がするよ……なんと言うか、すいません。まるで我が身の如く申し訳なく感じます。同じ転生者として、エロい妄想をした仲間として、ヒロシくんにシンパシーを感じるけども。

 

「あ、もしかして」

 

「なぁに? ターニャちゃん」

 

 今世二大最強美少女ターニャちゃんが首を傾げている。決してロリっ娘ではない。これ重要です。

 

「色々な大陸の、しかも異種族に始原の血が受け継がれてるのって」

 

『察しが良いの。彼奴があちこちに手を出したからじゃ』

 

 歴史的事実発見だぁ! う、横からどんよりした空気を感じるけど見ないようにしよう。具体的にはお母様が座ってる辺りから。

 

 ん? あれ? でもそうなると……

 

「あのぉ、人と魔族はともかく、アズリンドラゴンは?」

 

『聞かない方が良い事もあるのじゃ』

 

 横からのどんよりな空気がずっしり重い。寒気がするのは気のせいだろうか……

 

 あんな脱力したお母様の顔、初めて見たかも。

 




第三章のラストまではだいたい書き終えたので、誤字脱字チェックしつつ、出来るだけ早く投稿していきます。


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お姉様、解説者になる

 

 

 

 

「ほら、皆揃ったみたいだよ」

 

 まあ、まだ試合開始って訳じゃ無いけどね。腕組みしたツェイスとエロジジイは話し込んでるし。クロは聞き役かな。

 

「え、ええ。そうね……」

 

 衝撃的事実を突きつけられ、お母様は意気消沈。マリンブルーの瞳は綺麗なままだけど、少しだけ輝きが少ないかも。まあバンバルボア帝国の起源と言っていい"始原の竜"が厨二病患者でエロだったなんてショックだろう。俺は前世の記憶を持ってるからそこまでじゃない。始原ことヒロシくんに親近感だってあるくらいだ。

 

『ふむ。お主達が受け継いで来た伝承もまた正しいのじゃ、シャルカよ。兄達二人は人を憎み、今も深い眠りについておる。あの時、始原と妾が怒りを鎮めるよう語り掛けたが……もはや正気を失い、封ずるしか方法が無かった。つまり、戦いは避けられん』

 

 ハッと顔を上げたお母様の瞳に強い意志が戻る。そしてそんな言葉達に耳を傾け始めたのも分かった。何故かルオパシャちゃんは俺をチラッと見て、語り続ける。

 

『本当に……ジルを見ていると彼奴(きゃつ)を思い出す。始原は巫山戯た奴だったが、同時に酷く優しい竜じゃったよ。争いを嫌い、人を想い、生き物や樹々を心から愛しておった。話すのも好きでな。いつも馬鹿な事をして、妾は笑う事を覚えた。そうじゃな……幸せな日々であったと今なら分かる』

 

 思い出してるのかな。橙色の眼が遠くを見てフニャリと曲がってる。凄く可愛いけど、やっぱり寂しそう。始原はもう居ないらしいし、残る二人も正気を失っているなら、ルオパシャちゃん一人だけになったって事だよな。何となく眺めてしまっていたら、お母様とターニャちゃんが呟いて我に帰る。

 

「ルオパシャ様……」

「お姉様の旦那様を決めるのも、やっぱり大切な事なんですね……」

 

 お母様の言葉に被せる様に、ターニャちゃんは瞳を伏せたみたい。表情が見えなくて少し不安になる。つい手を伸ばしたけど、やっぱりやめよう。フラれたのに馴れ馴れしいかもしれないし……

 

「分かりました。ジルヴァーナを伴侶とし、血を広く受け継ぐ。それに、早く孫を見たいですから」

 

 うーむ。お母様が元気になったのは良かったけど、理由が全然嬉しくないんですが。嫌なのに、やっぱり逃げる気が起きないよぉ。でも、アイツらの誰かに……

 

 観客席から下を見れば、魔王陛下とツェツエ一行。ツェイスは相変わらずイケメンだし、クロはイケショタ。一人だけ禿げたジジイが居るけど、無視無視。

 

 ここは敢えて歳上の方が良いのか? 顔馴染みのツェイスとかクロなんて真面目な顔して見れないし。魔王陛下なら逆に……わ、わー! 何を考えてるんだ! ん? エロジジイがこっちを見てニヤリとしやがった。お前は最初から論外だからな?

 

 でもなぁ。

 

「ジルヴァーナ。試合前にルオパシャ様へお伝えしてくれる? 魔王陛下をはじめ、皆様と戦った事があるのは貴女だけだから」

 

 ん? まあ確かにそうかも。

 

 よし。見下ろす様な感じだけど、何となく観察。

 

「んー。じゃあ先ずは魔王陛下から」

 

 魔王陛下とは六年前だけど、一度勝負した。まあまだ超絶美人じゃなく超絶美少女だったから、陛下……いやスーヴェインさんが本気じゃなかったのを気付かなかったけど。結局もっと成長した後に分かったからね。多分魔力を奪ったり、コントロールを失わさせる才能(タレント)だと思うけど、あの日は様子見してた感じだもん。今の俺なら違う戦いが出来るとしても、昔は未だ未だだったし。

 

 まあ、別の日に大まかな内容は教えて貰ったのがホントのところです。あと魔力強化のコツとかね。やっぱり魔力に関しては人種と違うみたい。

 

「そんな感じかなぁ。とにかく、段々と近くにある魔力を感じられなくなったから、長期戦はダメだと思う」

 

「……さすが魔王陛下ですね。如何ですか、ルオパシャ様」

 

「うむ、面白いの。始原のヤツも似た事をして遊んでおったのを思い出した」

 

 へー。

 

 真っ黒なマント、水色の肌、似合ってる。武装らしいものは無いけど、スーヴェインさんは要らない。剣や鎧も魔力で代替えしちゃうし。あの魔力の剣なんて滅茶苦茶デカかったもんね。ある意味、俺の剣と一緒だよな。あと当たり前だけど、エロジジイと同レベルかそれ以上の攻性魔法も操る。相手に魔法を制限させ、自分は使い放題。うん、ヤバイ。

 

「次はクロ? ちゃんとした名前はクロエリウスって言うんだけど、ツェツエが認めた"勇者"だね。才能(タレント)が変わってて、魔力放出、使用、全部が必ず()()なの」

 

「定量? 決まった量ってことよね?」

 

「うん、お母様の言うとおり。類似する才能が無いから、凄く珍しいでしょ?」

 

「あ、お姉様が魔力強化を教える事が出来たのは……」

 

 さすがターニャちゃん! やっぱり頭が良いなぁ。

 

「御明察! 過剰な供給も、そして不足も無いから事故が起きないって感じだね。未知の魔物と戦う時も、色々な戦闘でも必ず安定的な魔法を使える。実は此れって凄い事なの。おまけに魔素を操れば、威力だけは変えたりするのも可能だし……もっと鍛えたら、私と似た魔法と剣の両用も有り得るかなって。だから師匠を引き受けたんだ」

 

 感心顔のターニャちゃんも可愛い。

 

 おや、クロも珍しく真面目な顔だ。変態なエロガキだけど、TPOは弁えてるんだな。紅い瞳は綺麗でパッと身はイケショタなのになぁ。

 

「魔狂いは……まあ、エッチな変態?」

 

 以上!

 

 魔力馬鹿のエロジジイには十分でしょう。でも魔狂いにとってスーヴェインさんてある意味天敵だよね? こんなとこで広域を破壊する魔法なんて早々放たないだろうけど、ターニャちゃんに被害がいかないよう気を付けなければ。ん? だからこっちを、いやオッパイを見るなジジイ。

 

 お母様からも、ルオパシャちゃんからもツッコミは無い。残念だったなエロジジイ。お前の解説は"エロ、変態"で終わりだ!

 

「最後は……」

 

「ツェツエの王子、ツェイス殿下ね」

 

「うん」

 

 残る一人は大半の男の敵、つまりイケメン野郎だ。

 

 紫紺の瞳も波打つ髪も確かに格好良い。前世の俺なら親の仇とばかりに睨み付け、視線が合ったら怖くて逃げ出しているだろう。うん、何となくムカつきます。あんなイケメンに生まれたら人生が楽しいに決まってる。何より妹が超可愛いし……久しぶりにリュドミラちゃんと話したい。

 

「確か、ツェイスとは六年前は一緒に戦って、あと四年前に少しだけ試合しただけかな。風雷を何処まで使い熟してるか分からないけど、本当に優秀な才能だと思う。ツェイス自身も鍛えるのを怠ってないみたいだし……所謂"攻防一体"をそのまま現した様な戦い方かな。風雷は攻撃だけじゃなく、身体とか剣とかに纏わせたり出来るから……普通に近づくとこっちが痺れる。何より始動が速いから、見た後だと対処が間に合わないかも」

 

 雷ってきっと光速だよな? 漫画とかアニメでも良く出てたし。何となく悔しく思います、ええ。

 

「でも、やっぱり瞳と同じ色の、雷撃が一番かな。効果範囲も広くて、何より防ぐのが難しいよ。相対する属性も無いみたいだし……土魔法とかで上手く地面に逃がすくらいかな、多分。でも、土じゃ速度的に間に合わないから……うーん」

 

俺の魔力強化でも、逃げ切れるか分からないな。よく考えたらホントに厄介な才能だ。

 

「魔力強化とは違う原理で、身体の強化も出来たはず。今の実力は私も知らない。でもスーヴェインさんもきっと苦手に感じると思う」

 

「あらあら? ツェイス殿下の説明だけ、やけに詳しいわねぇ?」

 

「違うからね?」

 

 微笑ましいもの見たって顔、やめて下さい。まあ他の人達と比べると友達だから、多少知ってる事も多いのだ。

 

『ジルや』

 

「はい?」

 

『お前はあの様な男が好みか?』

 

「……好み?」

 

 正直、ルオパシャちゃんが聞いてくる質問と思えなくて、一瞬意味が分からなかった。それに橙色の瞳が俺を観察してるみたいで不思議。

 

『余計な質問じゃったか? まあ良い、先ずはシャルカの依頼が先か。ふむ、何か動きがあったかの。魔王に相対するための作成会議というところか』

 

 お、ホントだ。二人に何か指示してるっぽい。悔しいけど、ツェイスって指揮能力も高いからなぁ。竜鱗の騎士団長だから当たり前だけど。紫紺の瞳はスーヴェインさんから離さず、何やらエロジジイとクロに話し掛けてる。

 

 みんなの戦い、少し楽しみになってきたかも。でも、我ながら他人事に感じるのは何故だろう。イケメン三人衆の誰かと結婚するなんて現実感が無い。

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 

「二人とも最後の確認だ」

 

自然な立ち姿の魔王から視線を外さないままに、ツェイスは呟いた。

 

「ほほ、何ですかな」

「はい、殿下」

 

 超級冒険者"魔狂い"のフェルミオは、真っ白な顎髭を揺らしつつツェイスの横顔を見る。そこには余裕があり、歴戦たる超級の凄みが感じられた。

 

 一方のクロエリウスは緊張を隠せていないが、それは仕方が無いだろう。

 

 相手は魔王であり、当たり前には勝てない存在。しかし味方である二人は其々がツェツエ最強の一角だ。師であるジルヴァーナの教えを守り、魔力強化で攻撃離脱を繰り返して撹乱すればいい……そんな風にクロエリウスは自身を奮い立たせている。

 

「魔王陛下に対して時間を掛ければ魔力を奪われるだろう。六年前、一人で相手取ったジルは、長期戦ならば絶対に勝てないと言っていた。魔力を操る事に関しては人族最高位の" 万能"を以ってしてもそうだから、我々では尚更だ」

 

 驚きもせずコクリと二人は頷いた。ルオパシャより魔王に対して全員で戦うことを聞かされたあと、ツェイスは伝えていたからだ。

 

「つまり、短期決戦に持ち込むのが最良だ。予定通りフェルミオは殲滅魔法を撃つつもりで、出来るだけ早く魔力を消費してくれ。奪われるくらいなら最初から手加減抜きだ。その混乱に乗じ、何としても近接戦闘へ移す。それと、クロエリウス」

 

「は、はい」

 

「強化に空間からの魔力供給は殆ど必要ないと聞いたが、間違いないな?」

 

「それは間違いなく。お師匠様なんて自分の持つ魔力だけで、半永久的に強化出来る程ですから。まあアレは例外ですけど。重要なのは魔素の体内循環と、その把握です」

 

「よし。ならばやる事は単純だ。クロエリウスは隙を見て斬りかかれ。ただし深追いはなしで、離脱と防御を優先だ。実際にはお前が唯一の武器になる……俺とフェルミオは派手に暴れ回ってクロエリウスへ意識がいかない様にするんだ。兎に角"一撃"、其れが最初の目標になる」

 

「儂は構いませんが、殿下は宜しいのですかな?」

 

「何がだ?」

 

「だだの囮や引き立て役など大して目立ちませんぞ? 貴方様をお嬢……いや、シャルカ皇妃へ売り込み出来ぬでしょう」

 

 すると、分かり切ったことを聞くなとツェイスは笑った。

 

「この戦いで、その程度を理解出来ない方では無い。古竜との決戦に備えて団結する必要があるのに、我々が独りよがりをしていたらそれだけで失格さ。純粋な戦闘の才だけを見ていないとシャルカ皇妃陛下は仰っていた。凡ゆる角度から我等をご覧になっている。それに、どうせなら勝ちたいだろ? ジルが居ればなんて言われたら情けないし、そもそも俺は」

 

 言葉を一度切り、此処でフェルミオとクロエリウスを見る。そして此方を眺めているジルに視線を合わせ、呟いた。

 

「負けるのが死ぬほど嫌いだ」

 

 

 



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お姉様、観戦する

 

 

 

 

 

「なるほど」

 

 魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンは一人呟いた。魔族である自分は此処に立っているが、残る人族の三人は離れた場所に居る。白竜ルオパシャより説明は受けているから、多対一に不満がある訳ではない。

 

 試合の勝敗に関しては言えば、先ず負けは無いだろう。スーヴェインはそう判断している。同時に手を抜けるほどの大きな差がない事も。

 

 先程から続けている観察で、大体の実力は図れた。

 

 魔王は大量の魔力と操作により強者と判断される事が多い。しかし実際には、相手を知りそして戦略を練ることが重要だと知っているからだ。情報収集に関しては相当な時間と予算を投じており、ツェツエ王国はその筆頭と言っていい。まあジルの追跡が理由の一つである事を否定は出来ないが。

 

 ツェツエの王子であるツェイスは間違いなく一流の戦士だ。事前調査や噂に聞く才能(タレント)の風雷は珍しく、魔力も潤沢。紫紺の瞳を見れば、才能に溺れた間抜けとも思えない。対する三人の中で最も強力な相手は彼だ。

 

 "魔狂い"は以前から知っているが、手は幾らもある。ただ、攻撃より援護や撹乱に回られた場合、厄介な存在となる。人族最高位の魔法を使う技術は、一目を置いてもおかしくないだろう。

 

 若き、いや若過ぎる最後の一人。クロエリウス少年は誰と比べても一段二段劣る。魔力も、片手剣を構える姿勢からも、未だ修行途中なのは明らか。だが、()()()()が教えを説いた以上、油断する訳にはいかない。

 

「ふ、この中にジルが居れば我は勝てないか……」

 

 隙を見せない様に視線をずらせば、縄とリボンに縛られた皇女が居る。白金の髪は以前と比べ随分と伸びたものだ。少女らしさは消えて美しい女性となっている。しかし、他人事の如く戦いに興味津々な表情が子供染みていて、思わず笑ってしまう。

 

 彼女が()()()()()を出せば、たった一人でも自分と互角に戦える。()()()()()()()()()()()()()()など、古竜以外見たことも会った事もないからだ。スーヴェインはそう内心で呟きながら、周囲の魔力に意識を向けた。

 

「驚いたな、あのときは」

 

 空間に存在する一定の魔力を自身の支配下に置ける。其れがスーヴェインを魔王足らしめている才能の一つだが、ジルだけは違ったのだ。そのものに意志などない筈なのに、彼女の傍に居たいと、愛していると魔力が叫んでいた……そう感じた六年前。酷く興味を惹かれ、類い稀なる美貌も手伝って、気付けば心を奪われてしまった。

 

 そして今、此処に立っている。

 

 シャルカに言われるまでも無く、ジルの心は別の人間が占めているのだろう。そもそも一人の男として意識されていないのは明らかで、数年も会っていないのだから。だが、今回の招聘は意味がある。臣下からも「必ず連れ帰るように!」などの言があった程だ。

 

 この試合には負けない。しかし同時に、勝負に勝算は少ないと理解もしていた。

 

 有り体に言えば当て馬なのだ。シャルカはあの容姿に反して戦略家であり、何より汚い手も厭わない。我が臣下に居ればと考えた事もあった。そう、本命は間違いなくツェツエの王子だ。だが、そもそも今回の参戦はシャルカにとっても想定外だったはず。他国の王に対し、当て馬にと依頼など出来ないから、言葉を選んでいたのだ。

 

 恐らく"魔狂い"を利用し、ジルの気持ちを揺らして王子へと傾けさせる予定だったのだろう。ツェツエの勇者は予備、そんなところだ。

 

 だが、此処で肝心なのは白竜ルオパシャの存在。

 

 アレは我等が辿り着けない領域に在る。同時に人心など預かり知らぬと判断する筈だ。母の想い、本人の女心、国同士の関係性? そんな当たり前は古竜に通じない。そこだけはシャルカの落ち度だろう。言葉を解し、姿形が真っ白な少女であろうとも……幾星霜を生きる存在を理解するなど、誰であっても不可能なのだから。

 

 つまり、絶対的な力を見せつけ、反論など許さない結果を示せば良いーーー

 

「ふん。久しぶりだな、この感覚は」

 

 闘いに、勝負に、心地よい緊張感。

 

 そうしてジルから視線を戻すと、魔王は集中を高めていった。そして上方から凛とした声が響いて来る。

 

「皆様方、近接では致命的な攻撃を控えるようお願いします。事前に説明した通り、ルオパシャ様のご協力の元、攻性魔法は一定の制限が掛かるのでご安心を。また、万が一の負傷も我が娘が治癒します。では……初めて下さい!」

 

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 

 

 

 絶対的な強者とは?

 

 その様な存在と戦うとき、誰もが想像するだろう。

 

 ドシリとした構え、力など入っているのか不明な余裕、ニヤリと皮肉気な笑みと、あるようで全く見つからない隙。相手の出方を見極め、或いは楽しみながら立ちはだかる筈だ。そんな思いは相対する三人もそうだったし、シャルカやジル、そしてルオパシャさえも。

 

 だが、魔王スーヴェイン=ラース=アンテシェンは全てを裏切った。

 

 シャルカの声とほぼ同時に走り出し、一気に距離を縮めたのだ。ジルほどではないが、明らかに強化を行なった速度は一瞬を思わせる。

 

「……な⁉︎ クロエリウス、避けろ!」

「う、うわぁ⁉︎」

 

 流石の反応を見せたツェイスはスーヴェインの側面に数歩移動した。たった数歩だが、見る者が見れば目を見張る。そんな反応だ。

 

 弱い雷精を身体に流し、一時的な速度を得る。多少のダメージも入る為に多用は避けたい手段だが、魔剣を打ち負かす為に開発した技術だった。早々に使う羽目になったのは完全に想定外だが。

 

 一方のクロエリウスはジル直伝の魔力強化により退避行動に移った。しかしツェイスに比べ明らかに遅い。初動が違い過ぎるのだ。魔王スーヴェインは慌てた風もなく直進する。

 

 そう、ツェツエの王子が標的では無いからだ。

 

「くそっ!」

 

 勿論瞬時に理解したツェイスだったが、だからと言って対処方法は見つからない。全ては一瞬の出来事だった。

 

「おひょ、これは参ったの」

 

 一方、魔狂いフェルミオは好好爺然とした柔らかな表情を崩さず、そして笑う。言葉とは裏腹に驚きは少なかった。視界から外れて行く若き勇者を確認しつつ、魔力を収束させる。

 

 そして放ったのは得意とする殲滅魔法では無かった。それは魔狂いが操る二属性の一つ、風魔法。魔王の進行方向に爆風を起こし、合わせて大量の土煙が発生した。だが魔素感知に長けるスーヴェインには僅かな戸惑いもなく、速度の低下を無視して突き進む。

 

「……成る程、見事なものだ」

 

 生成した魔力の剣を振り抜こうとしていたスーヴェインは一人呟き、そして立ち止まる。第一目標だった人族が想定より早く離脱していたからだ。チラリと側面に視線を移せば、紅眼の少年自身が驚いた表情を隠せていない。

 

「魔王陛下は油断なりませぬなぁ。真っ先に勇者を狙うとは」

 

「此方も侮った事を詫びよう。風魔法を勇者の離脱に使うとは、さすが"魔狂い"」

 

「いえいえ。儂も"魔剣"にやられたクチでしてな。あの娘の行使技術には何度も驚かされました」

 

 フェルミオは撹乱と見せ掛けた風で、クロエリウスを吹き飛ばした。しかも、ルオパシャに攻性魔法が制限される事実の確認、魔王による収束の妨害。その二点も同時に掴む。

 

「ふむ」

 

 一言を溢したスーヴェインは後方、つまり背中に大型の剣を生成した。身長を超える魔力製の剣は、不思議と金属を思わせる音を空間に鳴らす。

 

「くっ」

 

 回り込んでいたツェイスが薙ごうとした長剣は見事に弾かれ、同時に流した雷魔法も届かない。生成した場所は魔王本人から数歩離れているからだ。全く見ることなく防御に成功したスーヴェインだが、その表情に慢心は見えない。そして、鈍い銀色に輝く魔力の剣は防御から攻撃に転じる。致命傷を避けるため、その一振りは胴体でなく脚に。一方のツェイスも負けじと愛剣で迎撃する。やはり鈍い金属音が重なり、身体が泳いだ。

 

 効果範囲が広過ぎる……!

 

 ツェイスは焦りを表に出さず、内心で呟きながら着地する。ツェツエには存在しない技術だ。放出系の魔法ならばいざ知らず、物理的に弾かれる魔力の大剣なのだ。しかも明らかに本気ではない。複数の剣を創出されたら対処の方法にも限界があるだろう。ジルとは違う体系の"魔剣"だ。

 

「フェルミオ!」

 

「ほほっ」

 

 ツェイスの離脱に合わせ、火炎と風を織り交ぜた魔法がスーヴェインを襲った。全員の視界は真っ赤に染まったが、何故か魔王の敗北を感じることは出来ない。そして、それは事実だった。そこから一歩も動いていないスーヴェインは、全くの無傷。衣服やマントに焦げ跡すら存在しないのだから。

 

「分かっていたつもりだったが……」

 

「やはり、魔力の収束を阻害されますなぁ……位置も威力も効果時間も操作から外れましたぞ。これは、正直、困りましたの」

 

 放出系の魔法が行使者の操作から外れる。これは"魔狂い"にとってかなり致命的だ。いや、大半の行使者にとってもだろう。こうなると魔力を伴わない接近戦が思い浮かぶが、逆にスーヴェインは魔法を自在に放つ事が出来る。

 

 つまり、フェルミオの役割の半分は無効化されたに等しい。やはり妨害と撹乱程度しか役に立たないと諦観が浮かんだ。

 

「本当の実戦ならばまた違った結果になるがな……そう悲観するものでもないぞ、魔狂い」

 

 何故か魔王から慰められ、フェルミオは思わず笑ってしまう。

 

 試合開始前から空間の魔力を掴んでいたスーヴェインからしたら謙遜ではない。例えば奇襲ならば、また違った結果になる場合もある。まあそれでも負けはしないが……ボソリと溢した声は誰にも届かなかった。

 

 ふと見るとスーヴェインの手に大剣が握られていた。そして足元に突き刺す様に傾ける。ただでさえ小さな身体を折り曲げ、地面を滑るように接近する姿を捉えたからだ。

 

「……はやっ」

 

 視界から僅かに逸れていたつもりだった。自身が行える最高の魔力強化を行い、一気に近づいのに! まるで師匠であるジルヴァーナの様にあっさりと反応されて、クロエリウスは思わず嘆くしかない。とにかく此処で制動をかけても逆効果だと、当たるに構わず剣を振った。

 

 案の定簡単に受け止められたが、振り切った勢いを殺さず走り抜ける。向こう側にツェイスの姿が見えて、最悪の場合も援護か入るのが分かった。想定通り、魔王から追撃も無かったから正解だったのだろう。

 

 恐ろしいのは、常識を遥かに超える速度なのにしっかりと視線が追って来ている事だ。一瞬目が合って、クロエリウスの胸はドキリと鳴ってしまった。

 

 実際のところ、我ながら最高の一撃!と心で喝采を上げていた。ツェツエの勇者なのに、もう勇気が折れそうだ。「魔王陛下? うーん……普通にやってたら誰も勝てないかなぁ」そう話したジルヴァーナの苦笑が目に浮かぶ。

 

「普通、か」

 

 タタタとツェイスの横に並び、魔狂いにも視線を合わせながら零す。そして覚悟を決めて言葉を続けた。

 

「殿下。どうせ制御から外れるなら魔法を乱発しましょう。当たらなくても良いので。僕が続いて仕掛けます。少し卑怯ですが、彼方は致命傷を与える大規模な魔法を放てません。魔王の、強過ぎる力が仇になっているのでしょう」

 

 或いは、絶対的な差を見せつけるため。

 

「だが、お前にも危険があるぞ?」

 

 魔法に巻き込まれる可能性が非常に高い。行使者本人もコントロール出来ないのだから。そして同時に、勝負は簡単に決するだろう。まさに短期決戦で、魔王へ対抗するにはそれしか無いとも言える。

 

「何とか躱しますよ。寧ろ、計算外が起きないとたった一撃も当たる気がしませんし……此方は居ないものと見て放って下さい」

 

「……分かった。いいな、フェルミオ」

 

「ふむ、良いでしょう」

 

 愛する師匠へ悪戯する為に、クロエリウスは魔素感知や操作を鍛えてきたのだ。あの異常極まる"魔剣"をも欺く技術には自信がある……まあジルが聞いたら怒るだろうが。

 

 魔王も余裕の現れか、特に動いていない。チラリと目線を上げれば、ワクワクを隠せないジルの表情が映って面白い。自身の旦那を決める戦いだと忘れているのか、間違いなく試合を眺める観客気分なのだろう。

 

 濃い口紅と真っ白なケープが眩しくて、クロエリウスのやる気が高まっていく。少々の危険など無視すればいい。

 

「万が一怪我したら、治癒して貰えるらしいし」

 

 辛そうにしていれば、お人好しが過ぎる彼女は必死で助けてくれるだろう。あわよくば、いや必ず抱きつき……あの大きくて、柔らかで、とにかく最高な胸に顔を埋めるのだ! きっと良い匂いだってするはず!

 

 そうして、勇者から恐怖は消え去った。

 

 

 

 

 




お気に入り、評価、何より読んで貰えることが嬉しいです。
いつもありがとうございます。
次話はターニャ視点の予定です。


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☆女の子、否定する

ターニャ視点です


 

 

 

 

 

 

 

 何度、何度同じコトを思っただろう。

 

 バンバルボア帝国の皇女。ツェツエ王国の超級冒険者"魔剣"。魔力に愛され、沢山の人が羨望の視線を送る人。

 

 女神に例えられる美貌は色褪せたりしない。お母さんのシャルカさんも勿論凄く綺麗な人だけど、お姉様は可愛らしさまで追加されてるから反則だ。

 

 それなのに、ありがちな傲慢さも驕りも感じさせない。誰よりも優しいひと。

 

 軽く視線を下げれば信じられない程に細い腰。其処にクルクルと巻かれた縄の先は僕の手の中まで伸びている。教えて貰ったけど、この水色と茶色のロープは"ジルヴァーナに罰を"って名前らしい。幼かったお姉様は毎日の様にお城を抜け出すから、捕まえたり罰を与える為に必要だったって。見た事もない過去なのに、すぐ想像出来てしまうのが可笑しい。

 

 そんなロープだけじゃなく、綺麗なリボンに飾られた女性は背筋を真っ直ぐに座っている。そっと横顔を眺めれば、水色の瞳がキラキラしてた。比喩じゃなく、ホントに光ってるみたいで信じられない。パルメさんがお姉様の髪や瞳を宝石に例えてたけど、もしかして事実なんだろうか。

 

 何となく手を伸ばせば、編まれた白金の髪やスラリと流れる首筋や肩にだって届くと分かってる。でも……

 

 いま、背後から思い切り抱き締めたい。

 最高の触り心地と確信出来る肌に指を這わせたい。

 いつまでも、僕だけに笑顔を向けて欲しい。

 真っ赤に染まる頬、少し涙目になる瞳。

 フルフルと震えて恥じらう姿。

 

 こんなに近くて、凄く遠い。

 

 ダメだ、こんな事を考えちゃ……

 

 お姉様の結婚を、将来の子供を祝福出来ない妹なんて許されない。いや、僕は侍女を目指すのだから妹ですら無くなる。でも、早く気持ちを整理したいけど、もう少しだけ……

 

 お姉様のうなじをジッと見詰めていたら、真っ白な女の子の声が耳に入って来た。

 

『ふむ。お主達が受け継いで来た伝承もまた正しいのじゃ、シャルカよ。兄達二人は人を憎み、今も深い眠りについておる。あの時、始原と妾が怒りを鎮めるよう語り掛けたが……もはや正気を失い、封ずるしか方法が無かった。つまり、戦いは避けられん』

 

 ピリッて空気が変わった気がする。同時にこの戦いの、そしてお姉様の役割を嫌でも突きつけられた。

 

『本当に……ジルを見ていると彼奴を思い出す。始原は巫山戯た奴だったが、同時に酷く優しい竜じゃったよ。争いを嫌い、人を想い、生き物や樹々を心から愛しておった。話すのも好きでな。いつも馬鹿な事をして、妾は笑う事を覚えた。そうじゃな……幸せな日々であったと今なら分かる』

 

 その橙色の瞳はお姉様を捉える。不思議だけど、強い愛情?を感じた。

 

 未だ信じられないけど、白いこの人は竜らしい。シャルカさんの話にも出てきた古竜の一人で、名はルオパシャさん。何故だろう、その分かり易い感情を悔しく思ってしまった。

 

 だからなのか、つい口を動してしまう。言い聞かせるように。

 

「お姉様の旦那様を決めるのも、やっぱり大切な事なんですね……」

 

 ほら、頑張って自分の気持ちを否定してる。思わず視線を避けたのは、お姉様が不安そうにこっちを見たのが分かったからだ。声色に感情が乗ったのが伝わったのかな……鈍感そうで鋭い時がある。気を付けよう。

 

 シャルカさんのお願いで、お姉様は試合に臨む皆んなの解説を始めたみたい。僕が仕える皇女(ひと)の旦那様になる人なんだから良く聞いておこう。

 

 魔王スーヴェインさん。この中だと一番知らない人だ。馬車の中で少し話したけど、基本的に余り喋る人じゃない。水色した肌は、間違いなく始原の血を受け継ぐ証だろう。渋めの声そのままの格好良いおじさん。

 

 まあ"魔狂い"のお爺さんも余り知らない人だけど、噂話は良く聞いてたし。いきなりお尻を撫でられた時はホントに驚いてしまった。お姉様がよく言ってたままの"エロジジイ"だ。

 

 えっと、魔力そのものやコントロールを奪う? 何だか僕の"才能(タレント)"に似てる気がする。興味が唆られるし、後でよく見てみよう。それに、魔力に特化したお姉様との違いも気になる。あの美しくも繊細な操作に影響を及ぼすのなら凄い事だ。

 

「次はクロ? ちゃんとした名前はクロエリウスって言うんだけど、ツェツエが認めた"勇者"だね。才能が変わってて、魔力放出、使用、全部が必ず()()なの」

 

 定量? 必ず決まった量を扱えるって、プラスにもマイナスにもなりそうだけど。僕にはイマイチよく分からないけど、戦闘には重要なのかもしれない。焦ったり、追い詰められても安定的に戦えるって意味かな。

 

「あ、お姉様が魔力強化を教える事が出来たのは……」

 

 大正解って笑顔と態度で褒めてくれた。何だか恥ずかしいけど嬉しくもある。やっぱり先生役が好きなんだな、きっと。

 

「最後は……」

 

「ツェツエの王子、ツェイス殿下ね」

 

「うん」

 

 ツェイス殿下。

 

 何度か話したから人柄も知ってるつもりだ。きっとお姉様に一番お似合いな男性(ひと)だろう。シャルカさんもそう思ってる筈だし、僕だって否定なんて出来ない。

 

「魔力強化とは違う原理で、身体の強化も出来たはず。今の実力は私も知らない。でもスーヴェインさんもきっと苦手に感じると思う」

 

「ツェイス殿下の説明だけ、やけに詳しいわねぇ?」

 

「違うからね?」

 

 真顔で返すお姉様。冷やかされてる訳だし、照れてしまいそうなのに不思議だな。

 

『ジルや』

 

「はい?」

 

『お前はあの様な男が好みか?』

 

「……好み?」

 

 まさか……ルオパシャさんの眼、表情、僅かに染まる頬、何かを否定する気持ち。僕は何故か分かった気がした。そもそもお姉様は何で気付かないんだろう? これだけ沢山の人に想われてるのに。鋭いシャルカさんも、こっちを向いたルオパシャさんの表情が見えてない。

 

 "モテ期"なんて言葉があったけど、お姉様は年中無休みたいだ。それどころか性別や年齢も、そして種の違いも関係ないらしい。ホントにヒロインなんだなぁ。

 

 でも、残念ながら僕やルオパシャさんは資格が無いけれど。彼女が雌じゃなく竜でもなかったら、一体どうなっていたんだろうか。

 

 そろそろ試合が始まるみたいだ。

 

 鍛えて貰った"才能"で色々勉強しよう。魔法は使えなくても、魔素を見て操る力は凄いって教わったし。

 

 いつの日か、お姉様を守ったり、助けたり出来るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

 魔素が薄い?

 

 いや、存在が抑えられてる?

 

 多分だけど、ルオパシャさんが何かしてるんだろう。攻性の魔法に制限をかけるって言ってたし、特別な方法があるのかもしれない。幾ら眺めても原理が不明だし、今は考えても仕方がないか。

 

 始まった途端走り始めた魔王陛下には驚いたけど、魔力強化がお姉様に似てるのが凄いと思う。でも魔素の動きや細部の美しさは魔剣ジルが上。うーん……イメージで言うとお姉様と魔素は友達や恋人同士で、魔王陛下の場合は上司部下って感じかな。僕ともかなり違うし、真似は難しそう。

 

 でも意外で何より驚いたのは"魔狂い"のお爺さんだ。

 

 魔素の運用速度がお姉様より速い。あれだけ荒い扱いなのに。魔法に関しては魔剣が一番と思っていたけど、もしかして違うのかも。だってルオパシャさんの制限がなければ、まだ凄くなる訳だから。しかも……多分ツェイス殿下やクロエリウスもサポートしてる。空間に手を伸ばし制御から外れそうな魔素まで掴んでる風だ。あのお爺さんが居なければ、魔力強化が衰えたり魔法も極端に弱くなるだろう。

 

 "殲滅"と呼ばれる広域破壊魔法?は使わないみたい。いや、もし行使の気配を感じたら、魔王陛下が許さないのが分かってるのか。

 

 でも、凄い。あの技術を学んでみたい……セクハラが無ければ、だけど。流石にお尻を何度も撫でられたりしたくないし。

 

 それでも、魔王陛下が一番かな。

 

 独自の"才能"だからかイマイチ原理が分からない。パッと見は単純に魔素を動かしてるだけなのに。

 

「ね、ターニャちゃん」

 

「はい、お姉様」

 

 何だろう? 小声だし内緒話かな。でも、次の声が続いて来ない。様子を伺うとお姉様は黙ったまま僕をジッと見てる。

 

「どうしました?」

 

「あ、うん、えっと」

 

 水色の瞳が揺れて綺麗だ。何だか慌ててるけど。

 

「えっとね、魔王陛下が何してるか見た?」

 

「あ、はい。何か勉強になるかと思って……もしかして拙かったですか?」

 

 しまった。勝手に見ると失礼に当たるのかも。相手は一国の王なのに、お姉様の側だと勘違いしてしまう。

 

「ううん、そうじゃなくて、ターニャちゃんからはどう見えるかなって」

 

「ああ、なるほど……ついさっきも驚いたんですけど、殆ど魔素に動きが無い様に見えますね」

 

「そうなの?」

 

「はい。でも実際は違いました。魔素が収束を始めたり、活動が活発になると、ほんの少し……本当に少しだけ()()()んです。多分ですけどもっと大規模な変化も出来るのに、態と局所的な方法を選んでる感じでしょうか。普通の魔素操作とも違うと思いますし。不思議です」

 

「ずらす……」

 

 ボソリと溢したあと、僕を見詰めたままのお姉様。こんな近くで真正面から顔を見たの久しぶりかも。陳腐な言い回ししかし出来ないけど、やっぱり綺麗な女性(ひと)だなあ。でも、近過ぎな気がする。あ、良い匂い。

 

「あの……あまりジッと見られたら恥ずかしいです」

 

「あ、ごめん」

 

 視線を僕から外すとシャルカさんに振り返る。水色が見えなくなったとき、ほんの少しだけ寂しく感じてしまった。

 

「お母様、何ですか?」

 

 疑問を投げた、お姉様の視線の先……あの目だ。シャルカさんの、全てを見透かすような、奥底まで観察されてるような……

 

「……気にしないで。二人とも仲が良いって思っただけ」

 

 そう言って、フイとツェイス殿下達の方を向く。

 

『む、そろそろじゃな』

 

 ルオパシャさんも同じ様に視線を逸らした。見られていた意味を考えない様にして、僕も戦いの行方を見守るしかない。

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 



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お姉様、参戦が決まる

 

 

 

 

 

 いやぁ、すっごいなぁ。

 

 さっきの攻防。実際には一瞬の出来事だけど、見応え抜群だったよ。まあスーヴェインさんがいきなり攻撃に出たのは意外かな。でもその後は余裕で防御に徹してたし、三人相手でも全く動じてない。そもそもその辺の雑魚相手じゃないのに。

 

 相変わらずの大剣は、銀色に光って恰好良い。自由自在って言葉がぴったりで、おまけに強度や斬れ味まで出鱈目だもんね。前から不思議だったけど、魔法で生成してるのにツェイスやクロの剣を弾くなんて、どんな仕組みなんだろ? 

 

『ふむ、奪うと言うより操作の延長じゃな。ジルの力に似通う部分もあるが、効果範囲や強度に制限がない。()()()も違うな。何より、あの剣はなかなか興味深い』

 

 ルオパシャちゃんが解説してくれた。確かにやられた側は魔力を奪われたって思うだろうけど、実際には違う訳か。よく考えたら魔力を消すなんて理論的に不可能なはず……超絶TS美少女以外だけど。

 

 あ、ターニャちゃんから見たらどうなんだろ? スーヴェインさんが何をしてるのか分かるのかな?

 

「ね、ターニャちゃん」

 

「はい、お姉様」

 

 周りに聞こえないよう小声で聞いてみる。ターニャちゃんも察してくれて耳を俺の口元に寄せてくれた。その時フンワリ甘い香りが髪から漂って来て、ちょっと固まってしまう。

 

「どうしました?」

 

「あ、うん、えっと」

 

 可愛い。やっぱり可愛い。恥ずかしいし、紺色の瞳が見れないし、お母様をチラ見して落ち着こう。

 

「えっとね、魔王陛下が何してるか見た?」

 

「あ、はい。勉強になるかと思って……もしかして拙かったですか?」

 

 才能(タレント)って言葉にしなくても理解してくれる。しかもモラルとかルール違反かもって心配するなんて、やっぱり偉いなぁ。て言うか距離が近くてドキドキが加速するんですが。

 

「ううん、そうじゃなくて、ターニャちゃんからはどう見えるかなって」

 

「ああ、なるほど……ついさっきも驚いたんですけど、殆ど魔素に動きが無い様に見えますね」

 

「そうなの?」

 

「はい。でも実際は違いました。魔素が収束を始めたり、活動が活発になると、ほんの少し……本当に少しだけ()()()んです。多分ですけどもっと大規模な変化も出来るのに、態と局所的な方法を選んでる感じでしょうか。魔素感知の応用とも違うと思いますし……不思議です」

 

「ずらす……」

 

 以前戦った時の違和感はそれかも。精密な魔力操作をする人にとっても天敵だし、下手な魔力収束なら集める事も出来なくなる。クロの魔力強化は阻害してないから、あくまで空間への作用だな。まあその辺は予想通り……いや、厄介に変わりないですけれど!

 

 同時にターニャちゃんのヤバさも改めて感じる。あの僅かな時間で作用の原理を掴んじゃうんだからね。おまけにもっと鍛えたら魔力を魔素ごと消し去る事だって可能な訳で。こんな可愛い顔して、マジで凄いな。

 

「あの……あまりジッと見られたら恥ずかしいです」

 

「あ、ごめん」

 

 ついターニャちゃんの超絶美少女ぶりを凝視してたら、何だか別方向から視線を感じる。

 

「お母様、何ですか?」

 

 俺と同じくらい凝視してるし。ルオパシャちゃんも片肘ついてこっちを見てる。んー?

 

「……気にしないで。二人とも仲が良いって思っただけ」

 

 そう? 嬉しいけど、ターニャちゃんにフラれた俺としてはちょい複雑だなぁ。

 

『む、そろそろじゃな』

 

 顔の向きを変えたルオパシャちゃんの声と殆ど同時。紫色した明るい光……そっか、ツェイスってばいよいよ本気出すみたい。

 

 でも、やっぱり綺麗だ。風雷の魔法って。

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 

 紫色した沢山の線はスーヴェインさんだけじゃなく、その周辺にまで放たれたみたい。制御が難しいのならって乱発してるな、きっと。

 

 放出とほぼ同じ時間で到達してて、あくまで予想でしかないけど。魔王陛下が僅かに眉を顰めたことと、地面の数カ所から白っぽい煙が上がったこと、そんなのが見えたからね。

 

 お、よく観察すればスーヴェインさんのマントにも焼け焦げがあった。つまり、命中したのだ! すっごいぞ、ツェイスったら。

 

「フェルミオ! 遠慮するな!」

 

 何だか珍しく声を荒げたツェイスに応え、エロジジイも得意の魔法を放つ。今度は真っ赤な炎の玉が頭上に生まれ、時間差で発射された。やっぱり回避されることも考えたのか、命中箇所にもズレがある。殆ど爆発に等しい火炎が次々と立ち上がり、視界を真っ赤に染めて視界を遮った。

 

 爆風と熱、紫色の稲光、舞い上がる砂埃。うん、やばい。

 

 ちょ、ちょっと遠慮なさすぎじゃない? 大丈夫かな、魔王陛下。

 

 ルオパシャちゃんが魔法の威力を制限してるって話だけど……何だか信じられない。やっぱり、超級の魔狂いや風雷の才能は伊達じゃないんだなぁ。

 

 乱発、いや暴発に等しい攻性魔法の連続。

 

 ツェイスが上空を見上げたと思えば、落雷が次々と発生する。濃い紫色した稲妻はジグザグに走り、瞬きする間もなく地面に届いた。

 

 悔しいけど恰好良いじゃん。もし詠唱があるなら「落雷(サンダーボルト)」って感じかな。

 

「だ、大丈夫、なんでしょうか……こんな、魔法、わっ⁉︎」

 

 流石にこれ程の魔法を見たことが無かったターニャちゃん。魔素感知もやめて、目を細めたりしてる。雷は自身に当たらないと知っていても恐ろしいもんね。元の世界で家の中に居てもビクビクしてたの思い出すよ。心配なのはスーヴェインさんのダメージだろうけどさ。

 

 でもまあ、ほんとにヤバいのは……

 

「うん、凄いけど、魔王陛下には殆ど届いてないね……ううん、寧ろ」

 

「お姉様?」

 

『素晴らしい。妾の制御下でありながら中々の威力じゃ。しかし、やはり魔王。魔法に関しては何枚か上手じゃな。このままでは人族に勝ち目はないが……さて、手段は限られ、魔王も当然其れを知っておる。勝敗が決するまで僅か、楽しみじゃの』

 

 ルオパシャちゃんの言う通りだ。多分だけど、スーヴェインさんは放出系の魔法を一切使わず勝つつもりらしい。攻撃は最初だけで、あとは動いてないし。あの三人相手に余裕なんてないはずだけど、何か考えがあるのかな。魔力強化で躱すことだって出来るのに。

 

「ターニャちゃん、頑張って()()みて。魔王陛下は勿論だけど……それよりクロ、だね」

 

 他の人に聞こえない様、小声で伝えてみる。寄せられた耳をつい甘噛みしたくなったけど、グッと我慢した。

 

「クロさん?」

 

 目を凝らしたターニャちゃんと一緒に戦いへ集中する。

 

 うん、やる気だな。

 

 今のアイツが出来る最高レベルの魔力強化を施し、あるかも分からない隙を探してる。此処よりずっと音や爆風も凄いだろうに視線は揺れてない。成長したね、クロ。

 

 鞘を投げ捨て、剣を両手で持つ。その剣先を地面に触れる寸前で止めて、僅かに腰を落としたみたい。多分隠しても無駄だと割り切ってるんだろう。

 

 定量とは言え、練り込みの純度は素晴らしい。

 

 すぐ近くでクロを眺めていたら姿が掻き消えた様に見えた筈だ。それだけの初速で踏み出し、土煙りすら置き去り。まだ俺の速度には及ばない。でもスーヴェインさんとの距離なら正に一瞬だろう……って、そのタイミングじゃ……!

 

「クロ……!」

 

 恐ろしいことに、クロはツェイスが上空から放つ紫電に身を投じた様に見えた。まるで自爆だけど、でも()()()()()()に賭けたのか! うん、クロも凄い!

 

 予想通り、雷を浴びつつ剣を振る。いや、微妙に直撃は避けたみたいだ。

 

 少し驚いた魔王陛下の表情。間違いなく予想外の動き。

 

 クロの身体の何箇所からか血が噴き出し、他にも火傷だってしてる。痛そうな顔色だって演技じゃない。あー、もう! 無茶して!

 

 そして……

 

 無理矢理捻った魔王陛下の肩口を僅かに斬り、クロは首根っこを掴まれ組み伏せられた。スーヴェインさんの緊張感溢れる表情からも、ギリギリの攻防だったのは間違いない。別にアイツだけを応援してる訳じゃないけど、ホントに惜しかった。

 

「ぐえっ」

 

 クロの短い呻き声、持っていた剣はいつの間にか折れている。それを認めたときには真っ黒なマントも水色の肌もそこに無く、エロジジイの背後まで移動。何をしたか分からないけど気絶させられたみたい。だってパタリとエネルギーが切れたみたいに倒れたし。最後のツェイスだけは諦めず迎え撃った。あの魔力の大剣を受け流したのは流石だけど、風雷の魔法を制御する余裕が無いのは明らか。

 

 次々に繰り出される大剣の重みに劣勢となり、一本、また一本と増えていく魔力の剣に焦りが見え始める。ゆっくりと歩み来るスーヴェインさんを止めることも叶わず、その手には一本の剣。やはり魔力で作ったのか、キラキラと白く輝いていた。

 

「……参った」

 

 遂には首元に大剣を当てられ、ツェイスの悔しそうな声が聞こえて来た。

 

 おお……やっぱり魔王陛下ってば、すっごい! アイツら相手にたった一人、攻性魔法もなし。なのにほぼ圧勝だからね。

 

 そして、そんなスーヴェインさんは姿勢を崩さず、上を見た。まあお母様を見た訳だけど。

 

「……そこまで! 皆様、お見事でした!」

 

 お母様の声で、生成した魔法の大剣がパッと消える。いや、それも凄いけどね。

 

 すると、パチバチパチと小ちゃな手が奏でる音。真っ白な髪も揺れ、やっぱり真っ白な肌の手で拍手するのはルオパシャちゃん。

 

『うむうむ、その通りじゃ。特に最後の攻防は目を見張る内容であった。久しぶりに、この竜の血も沸き立ったわ』

 

 ターニャちゃんも我に帰ったのか、集中を切ったみたい。魔素も見えなくなったかな。

 

「……いよいよお姉様のお相手が決まるんですね。私には全員が凄かったとしか思えないですけど、ルオパシャ様はどう判断されるんでしょうか」

 

 はっ……そうだった! 忘れて試合見てたよ……

 

 や、やっぱり圧勝だったスーヴェインさん? それとも指揮をしつつ風雷の凄さを見せたツェイス? でも最後の一撃を当てたクロも……って、クロ、怪我してた!

 

「ターニャちゃん、縄を解いて!」

 

「あ、はい」

 

 "ジルヴァーナに罰を"がハラリと落ちて自由になった。よし、待ってて! でも魔力銀の服を着てないから強化出来ないし、走って行くしかないな。

 

 タタタと漸く辿り着き、小さな身体を抱き寄せる。一気に治癒魔法を全身に流してチェック! うん、大怪我じゃないし、出血量も大したこと無かったみたいだ。全く、無茶をして。

 

「お、お師匠様……」

 

「クロ、痛いところは?」

 

「うっ……せ、背中が……」

 

 背中⁉︎ 見えなかったけど、何かあったのか⁉︎ クロをこっちに抱き寄せる様にして、背中に手を当てる。

 

「どの辺り⁉︎ 魔素の循環だと見つからないよ!」

 

 魔法でチェックをしたのに、分からないなんて。もしかしたら、ルオパシャちゃんの阻害が効いてるのかも!

 

「もう少し、下……」

 

 届かないし、抱っこする感じなら……

 

「お姉様」

 

「ターニャちゃん、ちょっと待って、今は」

 

「いや、そうじゃなくて、クロさんの顔を見て下さい」

 

 顔?

 

 俺の胸に埋まってた横顔を眺めてみると、ターニャちゃんの言ってる意味が分かった。だからクロをポイっと放り投げ、立ち上がる。

 

「痛い! お師匠様、痛いですよ!」

 

「このバカクロ! もう怪我しても治さないから‼︎」

 

 鼻の下を伸ばし、顔を赤くさせ、目尻はグニャリと曲がっていた。多分、いや間違いなく我が自慢のオッパイに顔を埋める為の演技だろう。このエロガキめ!

 

「儂も痛いところが……股間辺りなんじゃが」

 

「エロジジイは黙ってて」

 

 いつの間にか目を覚ましていた魔狂いもアホなことを曰う。うぅ、変態ばかりだ俺の周りって。可哀想なジルちゃん。

 

『かかか‼︎ 相変わらず面白いのぉ、ジルは』

 

 俺じゃなくて、周りがおかしいの!

 

「ツェイスは? 大丈夫?」

 

「……ああ。問題ない」

 

「そっか」

 

『さて、()じゃの』

 

「え?」

 

 次って何だろ? 結果発表って感じじゃないし……観客席から降りて来たお母様も微妙な表情だから、予定とも違うと思う。そんな俺の疑問はターニャちゃん達だって同じみたい。

 

『ジルや、魔王にも治癒魔法を』

 

「あ、うん」

 

 大した傷じゃないけど、怪我は怪我だもんね。

 

『ふむ、体力も問題なさそうじゃな。まあ()()程度で低下する戦力など評価しても仕方無い。惜しむらくはジルが魔力銀の衣服も剣も持って来てない事じゃが……妾が調()()してやろうかの』

 

「えっと……ルオパシャちゃん? 何を言ってるの?」

 

『ん? 何を驚いておる? ジルの伴侶を決める戦いじゃろう? いよいよ決勝戦。妾も心が踊っておるよ』

 

 え?

 

 あの、お母様、どういうことかな?

 

「ル、ルオパシャ様……まさか……」

 

『シャルカよ。お主に打診を請けたとき、妾も参加すると答えた筈じゃがの』

 

 なんだろ、決勝戦って。

 

()()()()()()()のじゃ。無論お主も加わってな。何、花嫁には攻撃せぬから安心して良いぞ? ジルが加われば良い勝負となるからのぉ。間近で、お主を求める者共の戦いを目に焼き付けるのじゃ。ああ、治癒も攻性魔法も好きにせい』

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるルオパシャちゃん、可愛いな。

 

 えっと、ふむふむ?

 

「って、私も⁉︎」

 

 

 

 

 

 



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お姉様、混乱する

 

 

 

 

 

「って、私も⁉︎」

 

 俺の声以外、暫くの無言。

 

 吃驚した俺は勿論だけど、ポカンとした顔のクロエリウスも動かない。ツェイスは顎に手を当てて何かを考えてるみたい。魔王陛下だけはちょっとイライラしてるかも。まあさっきは圧勝だったし、そうなるよう戦ってたもんね。多分後から文句が出ないよう戦略を練ってたんだろう。

 

 ん? ターニャちゃんは何故か厳しい顔色。ルオパシャちゃんをジッと見てる。

 

「ルオパシャ様……どういう事で御座いましょうか?」

 

『シャルカよ、先程言った通り、ジルを求める者達の戦いじゃ。そもそも妾を脅かすくらいでないと、兄達に立ち向かうなど到底出来まいて』

 

「成る程。しかし、ルオパシャ様自らが、ですか?」

 

『何を言う。ジルの母たるお主に認めて貰わなければならないのじゃろ? 妾も()()()()()()というものよ』

 

「え、あの、意味が……」

 

 こんなアタフタするお母様、珍しい。でも、俺だって意味が分かんない。何言ってるんだろ?

 

『ふむぅ? 特別な話では無いぞ? お主との最初の話通りじゃが……兄達に挑む力を必要としておるのじゃろ? ジルの子に始原の血を受け継ぎ広げる。その伴侶に相応の力を求めるのは理に適っておるし、だから妾も賛同した。そして此処に居る』

 

 参加した、妾も気合いが入る、お母様に認めて貰う……

 

 んー? あれ? も、もしかして?

 

「えっと、ルオパシャちゃんも私とってこと? ま、まさか違うよね、自意識過剰だぞって笑われちゃう、ハハハ」

 

『お主との子ならば、兄達も慄くであろうて。始原は妾に手を出さなんだから、妾達古竜に血が受け継がれなかったからの。悠久の時を超え、新たな種が生まれくるのじゃ』

 

 当たってるぅ!

 

 見た目は真っ白な超美少女。白く輝く髪は長く、橙色した瞳が凄く綺麗。前にプレゼントしたセーラー服擬きからはやっぱり白い腕と脚が伸びている。細っそりした全身は儚く見えるけど、実際にはでっかい竜で。

 

 でもでも、可愛い。

 

 超可愛い。

 

 ……グヘヘ。ありかな、いやありです。

 

「痛いっ。な、なに?」

 

 プイと明後日の方向を見てるターニャちゃんが俺の手を抓ったみたい、多分だけど。思わず問い掛けようとしたら、お母様の声で気が逸れてしまう。

 

「ルオパシャ様。大変申し訳ありませんが……人種は雌雄の別が必要なのです。我が娘は生まれながらの女。つまり、お相手には男性が」

 

 あ、だよね、はぁ。

 

 きっと知らなかったとか忘れてたのかな。こんな見た目だけど、人じゃないし。結構人種の生活に詳しいと思ってたけど、まさか性教育を受けてる訳ないからね。ほら、男と女が互いに好きになって、色々とゴニョゴニョして、うん。

 

『当然知っておる』

 

 ほら、やっぱり……って、知ってるの⁉︎ そういえば、始まる前に男女がしっぽりとか言ってたような……

 

「え? で、ではルオパシャ様は男性なのですか?」

 

 絶対違うって。声も女の子で、竜の姿だって力強さより美しさが勝る感じだよ? 大体、六年前にお着替えしたし、スカートの下も見ましたから! 縞々パンツは記憶に格納済み!

 

『いや? 少し前に始原との話をしたであろう? 妾は"ロリっ娘"とな。く、また腹が立って来た』

 

 やっぱりそうだよね? つまり雌の竜って事だ。メスノリュウ……何だか背徳感を感じる。竜娘かぁ、アリだな、うむ。いやいや、何も解決してないぞ?

 

「では、何故ジルヴァーナを求めるのですか?」

 

 すると、何だか恥ずかしそうに頬を染めるルオパシャちゃん。可愛いけど、そんな反応するなんて驚きだ。あれぇ、まさか本気なのか⁉︎

 

『う、うむ。母であるお主には伝えねばなるまい。実はな、数年前に出会ったとき、いきなり斬りかかって来た訳じゃが』

 

 そ、その話はもう要らないんじゃないかな⁉︎

 

『魔力の緻密な操作、量、そして心。そんなジルが気になっての。そのあとアートリスを散策して、始原との日々を思い出した。気付けばジルを目で追い、また会いたいと、な。そして、この度の話を聞き、その気持ちに確信が生まれたのじゃ』

 

「えっと、つまり、ルオパシャちゃんは私が好き、なのかな……?」

 

『そ、そうじゃな。人の心など全ては分からぬが、ジルと過ごす時間を楽しいと思える妾がいる。もしかしたら……始原が言葉にしていたことを、少しだけ理解したのかもしれん。だから、その答えを探しているのじゃ」

 

 さ、流石超絶美人のジルちゃん。人を超えて竜娘も籠絡してるなんて。す、凄いねぇ……マジですかぁ。

 

 見れば茫然自失のお母様。まさかルオパシャちゃんもこの戦いの参加者だったなんて、誰も思う訳ないもんね。

 

「ルオパシャ様。肝心の事が解決していません」

 

『ん、ターニャだったか? 何の事じゃ?』

 

「どうやってお姉様と子を成すのですか? 女性同士では()()()出来ないんですよ? ましてやアナタは竜。()()()()()()

 

 こ、子作り……ターニャちゃんの可愛い唇からそんな言葉を聞くと、こっちが恥ずかしくなるよ。それに大き過ぎるって? あ、身体だよね、うん。あと何だかやっぱり怖い顔。いや、何かを必死で探してる感じ? 

 

『ああ、そう言う意味か。それなら案ずるな。始原が種を超え血を広げた方法を妾も扱う事が出来るのじゃ。まあ、完成したのは最近ではあるが、我が精をジルへ注ぎ込むのに障害はないぞ』

 

 こっちが精を注ぎ込まれる……あのぉ、出来れば注ぐ側が良いのですが。

 

「……つまり、()()()()()()()()

 

 タ、ターニャちゃん?

 

『種も性も、理論的にはな。ただ人種に限らず、たとえ魔族の王であろうとも不可能な芸当じゃ。()()()()()()()を深く深く知らねばどうあっても無理……うん?』

 

「魔素……魔素を扱う技術があれば可能なんですね?」

 

『お、おう。よく知っておるな。であるなら分かるであろう? 例え魔力操作に長けたジルであっても、人の手に余るのが魔素の精細な感知と扱いで……なあジルや。この娘、何だか怖いんじゃが? それに魔素が……』

 

 ターニャちゃんの才能(タレント)が働き、魔素が震え初めてる。消し飛ばしてないから、バレたりはしてないけれど。

 

「シャルカさん」

 

「何かしら?」

 

 何故かお母様だけは冷静に返してる。さっきまでアタフタしてたのが嘘みたい。ジッとターニャちゃんを見返し……いや、何だか楽しそう。だって薄ら唇が曲がってるし。

 

 でも他の皆は雰囲気に押されて黙ったまま。勿論俺も。だってそれ程に異質な感覚を覚えるのがターニャちゃんの才能だから。真っ白な世界に墨汁を溢すような、音の無い世界で楽器を掻き鳴らすような、全部の意識を捉えられる、そんな感覚を覚えてしまう。この世界に生きる者にとって、完璧なカウンターになる特別な力。

 

「私も参加したいです。途中参加だから卑怯ですけど、古竜ルオパシャ様を退()()()()()()()()()()()()()。特別に許して下さいませんか?」

 

「あらあら。困ったわねぇ」

 

 え、えぇーーー⁉︎

 

『ほぉ……この妾を退けると言ったか。面白い! シャルカよ、この者も参加させよ! お主が勝った暁にはジルを孕ませる方法を伝授してやる。まあ学ぶ事など不可能じゃがなぁ!』

 

 あばばばばば……

 

「タタタ、ターニャちゃん、どうしたの⁉︎ 幾らあの才能があっても危な過ぎるよ!」

 

 放たれた魔法は消せない。そもそもでっかい竜だから踏み付けられたらプチって……

 

「はい、分かってます。お姉様の力が必要ですけど……私を支えてくれますか? 以前誓ってくれました。大切な妹だと、大好きだって、必ず守るって」

 

 その上目遣い、反則でしょー⁉︎ 可愛いし、可愛い過ぎるし!

 

「で、でも、私は……お姉ちゃんで、同性で……」

 

「種も性も超えられます。ルオパシャ様が言いました」

 

「え⁉︎ え、だって、私、ターニャちゃんにフラレて……」

 

「フラレた? 私は最初から今もお姉様が大好きですけど?」

 

「ま、まさか、れ、れ、恋愛的に? ラブ、な感じ、ですか?」

 

「ふふふ……片言でプルプルしすぎて可愛いですよ?」

 

 フワリと笑ったターニャちゃん。

 

 何だか大人びて、凄く綺麗だ。

 

 それより答えて貰ってないですけれど。

 

 

 

 

 

 ○

 

 ○

 

 ○

 

 

 

 ターニャちゃんはツェイス達に近づき、淡々と話を始めた。

 

「最初にお詫びさせて下さい。全力で戦った皆様なのに、途中から参加なんて卑怯だと思います。でも、()()()()()()()()()()()()()()知らなかったんです」

 

 一度目を瞑ったツェイスは暫く無言。クロは頭をガシガシしてて、スーヴェインさんは空を眺めて皮肉げな笑みを浮かべてる。俺なんて未だ衝撃から立ち直れないから、頭の中がグルグルだ。

 

 整理して考えてみなければ。

 

 ルオパシャちゃんが言うには、種族や性別も関係無く子作り出来るらしい。必要な方法は、常識を超えた"魔素"の絶対的操作。自慢になっちゃうけど、この世界で"魔力"を扱わせたら俺の右に出る奴はほぼいない。魔王であるスーヴェインさん位しか思い浮かばないからね。魔力のコントロールを可能にしてるのは魔素への理解だけど、それでも目で見たり消したりなんて絶対に無理だ。

 

 とあるTS女の子を除いて。

 

 ターニャちゃんがルオパシャちゃんから方法を学び、別の女性に子を成す事が可能になったとしよう。TSしたとはいえ、外見は完全な美少女。恋愛対象が女性だとしても、多分誤魔化していたはず。自分は元男の子ですって告白した訳じゃないし、俺以外は知らないことだ。

 

 でも障害が消え去って、心のままに恋する事が出来たなら? 実は好きだった女性(ひと)に遠慮なく告白するのだろうか。

 

 つまり? 

 

 お、落ち着け。俺的にそんな都合の良い話なんて……

 

「……最初から分かっていたよ」

 

「ツェイス殿下?」

 

 ツェイスとターニャちゃんの掛け合いに意識が逸れる。ツェイスってば何が分かってたん?

 

「愛する人は誰なのかを」

 

 うぇ⁉︎ またまたぁ、そんな訳……

 

「それどころか、シャルカ皇妃陛下も同じだろう。さっきのキミの要望にも全く驚いていなかった。当たり前だが、そんな話なんて一顧だにしないのが普通だ。大体、嬉しそうに笑っていたしな」

 

 ツェイスは嘆息。クロは呆然。スーヴェインさんは興味津々。そんな感じ。

 

「だが、二人は姉妹として歩んでいくのだろうと、そう考えて不安を見ないようにしていた。例え相思相愛だとしても、キミたちは同性だからと」

 

 こっちを見て、哀しそうに笑う。

 

「えっと……」

 

 確かに前から言ってた。俺はみんなを恋愛対象に見てないだろって。友達か兄弟のように考えてるのを知ってるって。

 

「まさか隠してるつもりだったか? やっぱりジルはジルだな。あれでバレてないと思ってるなんて」

 

 うっさいよ!

 

「つまり……好きなんですか? シャルカ皇妃陛下が言っていた人って」

 

 そうだけど! 此処で言うなんて恥ずかしいじゃん!

 

「クロエリウス。ジルの顔を見たら簡単だろう」

 

「私? か、顔?」

 

 なにさ?

 

「……まあこれだけ真っ赤で、足なんて仔ウサギみたいにプルプルしてますからね。疑うのもバカらしいですけど」

 

 真っ赤? プルプル? し、知らないしー!

 

「お姉様の魅力にやられたのは男性だけじゃ無いんです。すいません」

 

 ……うん?

 

「タタタターニャちゃん? それってつまり、えっと、アレだよね、意味として」

 

 超絶美人なジルのことが好きって事だよね⁉︎

 

「ふふふ」

 

「……誤魔化した!」

 

「面白い、さすがジルだ。だが、我はまだ諦めてはいないぞ。人の心は移ろい、そして流れていくもの。ましてやどうやってルオパシャに認めさせるつもりだ? いや、我らもだ」

 

 ずっと黙っていたスーヴェインさんの声、相変わらず渋い。

 

「……そうですね。でも、私だってお姉様を奪われるのイヤですから。必ず認めさせますし、自信だってありますよ?」

 

「ふん。我にとって元々不利な戦いだが、興味を惹くのが上手い……良かろう。あの白竜を黙らせる方法があるなら聞こうじゃないか。ジルが全力を出せるなら状況も少しは変わるが、そもそも当たり前にやったらあっさり負けるぞ?」

 

 するとターニャちゃんは堂々と返す。

 

「はい、私が何とかします」

 

 でも、小さな手が震えているのが分かる。きっとホントは怖いんだ。

 

 それなら俺のやる事は一つだけ。

 

 魔力銀の剣も服も無いけれど、お姉様で最強の超級冒険者なんだから!

 

 

 

 

 

 

 



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☆女の子、プルプルする

ターニャ視点です


 

 

 

 

 

 こんなの初めてだ。

 

 自分は捻くれ者で、欲らしい欲も薄い人間だと思っていた。だって、あれ程に綺麗なお姉様が寄り添っても冷静でいられたのだから。華やかな美貌、お日様の様な笑顔。何よりポカポカ優しい心だって。そんな女性(ひと)が親愛を寄せて来ても慌てる事なんて無かった。

 

 寧ろ、プルプルする姿を……宝石と見紛うばかりの姿形を眺め、それでも冷静でいるつもりだったのに。なのに今、身体が震えているのは僕だ。いや、それ以上に心だって叫んでる。

 

 そう、間違いない。

 

 これが"欲望"だ。ルオパシャさんを吃驚顔で見詰めるお姉様を、その全てを自分の手に掴むんだと。これはもしかして、三大欲求の一つ"性欲"なのかも。睡眠欲も食欲もお姉様のおかげで満たされていたから気付かなかった。ううん、知らないふりして諦めてたんだ。

 

 真白のルオパシャさんの言葉。

 

『ああ、そう言う意味か。それなら案ずるな。始原が種を超え血を広げた方法を妾も扱う事が出来るのじゃ。まあ、完成したのは最近ではあるが、ジルに我が精を注ぎ込むのに障害はないぞ』

 

 種も性も理論的には超えられるって。

 

 魔素を古竜並みに扱えなければならない? 僕の才能(タレント)は? お姉様が先生役で何度も教えてくれた筈だ。そう、()()()()だと。人種最高の魔法を操る人が、あの魔剣が認めてくれた力。

 

 この震えを止める必要があるだろうか?

 

 ううん、そんなの意味なんて無いだろう。ただ気持ちに従うだけでいい。

 

「シャルカさん」

 

「何かしら?」

 

 僕の雰囲気も、声音から漏れる緊張も分かってるだろうに、お姉様のお母さんは軽く返して来た。全然驚いてないし、予想通りって表情が物語ってる。多分シャルカさんは分かってたんだ。思い返してみれば、意味深な質問を何度か受けていたし。

 

 だったら小細工は要らない。真っ直ぐに伝える。千切れそうな細い糸でも手繰り寄せるんだ。

 

「私も()()()()()です。途中からだから卑怯ですけど、古竜ルオパシャ様を退ける力をお見せしますので。特別に許して下さいませんか?」

 

 同時に、ルオパシャさんの興味を惹く言葉を選んで。

 

『ほぉ……この妾を退けると言ったか。面白い! シャルカよ、この者も参加させよ! お主が勝った暁にはジルを孕ませる方法を伝授してやる。まあ学ぶ事など不可能じゃがなぁ!』

 

 よし、引っ掛かった。

 

 満面の笑みには嘲りも含んでいる。お前に出来るのか、いや出来ないだろうって。でも、誘いに乗ってくれたならそれでいい。

 

「タタタ、ターニャちゃん、どうしたの⁉︎ 幾らあの才能があっても危な過ぎるよ!」

 

 あ、お姉様の反応を忘れてた。

 

 不安そうな表情を見れば心の中の声が聞こえてきそう。少しの危険だって許さないから!って叫んでるのが分かる。まあ普通に考えて危ないもんね。僕の才能は戦いに向いてる訳じゃないし、そもそも方法だって学んでない。

 

「はい、分かってます。お姉様の力が必要ですけど……私を支えてくれますか? 以前誓ってくれました。大切な妹だと、大好きだって、必ず守るって」

 

 それが家族としての親愛だとしても。

 

「で、でも、私は……お姉ちゃんで、同性で……」

 

「種も性も超えられます。ルオパシャ様が言いました」

 

 姉妹愛じゃない別の何かにしてみせる。

 

「え⁉︎ え、だって、私、ターニャちゃんにフラレて……」

 

 変なこと言ってる。まあお姉様だし、何か勘違いしてるんだろう。でも()()()()

 

「フラレ? 私は最初から今もお姉様が大好きですけど?」

 

「ま、まさか、れ、れ、恋愛的に? ラブ、な感じ、ですか?」

 

「ふふふ……お姉様、片言でプルプルしすぎて可愛いですよ?」

 

 気持ちを無視した結婚なんて最初から許せなかった。なのに今はそれを利用してる。だから僕はきっと、最低な奴だろう。

 

 でも、誰にも渡したくない。

 

 ジルヴァーナ(あなた)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

◯ ◯ ◯

 

 

「最初にお詫びさせて下さい。全力で戦った皆様なのに、途中から参加なんて卑怯だと思います。でも、私にも参加資格があったなんて知らなかったんです」

 

 ツェイス殿下、魔王陛下、そしてクロエリウス。此処に居る誰もがお姉様に惹かれてしまった者達だ。僕よりずっと長く想い、時を待っていた。だから自分の悪足掻きを感じるけれど、絶対に退けない。ホントに参加資格があるなんて知らなかったんだから。

 

 きっと怒られるだろう。卑怯者だと罵られても反論なんて出来ない。これだけはお姉様に助けてもらう訳にいかないし。

 

「……最初から分かっていたよ」

 

「ツェイス殿下?」

 

 震える身体を自覚したとき、ツェイス殿下がボソリと言った。何故か怒りを感じない不思議な笑み。

 

「愛する人は誰なのかを」

 

 そっか。ツェイス殿下にもバレバレだったんだ。僕がお姉様を恋愛的に好きなんて、分かり難いと思ってたけど。

 

「それどころか、シャルカ皇妃陛下も同じだろう。さっきのキミの要望にも全く驚いていなかった。当たり前だが、そんな話なんて一顧だにしないのが普通だ。大体、嬉しそうに笑っていたしな」

 

 やっぱり凄い人だな、ツェイス殿下。

 

「だが、二人は姉妹として歩んでいくのだろうと、そう考えて不安を見ないようにしていた。例え相思相愛だとしても、キミたちは同性だからと」

 

 相思相愛……?

 

「えっと……」

 

 ほら、お姉様も戸惑ってる。

 

「まさか隠してるつもりだったか? やっぱりジルはジルだな。あれでバレてないと思ってるなんて」

 

「つまり……好きなんですか? シャルカ皇妃陛下が言っていた人って」

 

 シャルカさん? 何の話?

 

「クロエリウス。ジルの顔を見たら簡単だろう」

 

「私? か、顔?」

 

 あ、真っ赤っか。今まで見た中で一番かも。白い肌も耳も、ちょっと涙目だし。

 

「……まあこれだけ真っ赤で、足なんて仔ウサギみたいにプルプルしてますからね。疑うのもバカらしいですけど」

 

 何だかよく分からないけど……お姉様も僕を大切に想ってくれてる事は間違いない。

 

「お姉様の魅力にやられたのは男性だけじゃ無いんです。すいません」

 

 だから僕も正直に言葉にするだけだ。困った顔のお姉様も可愛いからね。

 

「タタタターニャちゃん? それってつまり、えっと、アレだよね、意味として」

 

 ほら、水色の瞳が僕を見詰めてくれてる。

 

「ふふふ」

 

「……誤魔化した!」

 

「面白い、さすがジルだ。だが、我はまだ諦めてはいないぞ。人の心は移ろい、そして流れていくもの。ましてやどうやってルオパシャに認めさせるつもりだ? いや、我らもだ」

 

 魔王陛下も認めてくれたのかな。よし、漸く同じ立場で戦える。

 

「……そうですね。でも、私だってお姉様を奪われるのイヤですから。必ず認めさせますし、自信だってありますよ?」

 

「ふん、やはり面白い。我にとって元々不利な戦いだが、興味を惹くのが上手い……良かろう。あの白竜を黙らせる方法があるなら聞こうじゃないか。ジルが本気を出せるなら状況も変わるが、そもそも当たり前にやったらあっさり負けるぞ?」

 

 だから、堂々と宣誓する。

 

「はい、私が何とかします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の才能(タレント)でルオパシャさんを抑えますから」

 

 隠し事は無しだ。お姉様に禁止されてるけれど、この人たちには話さないといけないだろう。

 

「抑える?」

 

 魔王陛下の眉が歪んだ。ツェイス殿下やクロエリウスも怪訝な表情を隠してない。何よりお姉様がアタフタしてるし。

 

「タ、ターニャちゃん。まさか全部話すつもり?」

 

「はい。すいません」

 

「でも……ううん、一緒に戦うなら理解して貰わないと、だね」

 

 予想通り、魔剣として、超級の冒険者として判断してくれた。強大な古竜に立ち向かうには隠し事なんてする余裕はない。みんなで戦わないと勝ちは拾えないんだ。

 

 それに……もしルオパシャさんにお姉様を奪われしまったら、誰一人会う事も出来ない場所に連れて行かれるかもしれない。みんなだって望まないだろう。誰もがライバルだけど、同時に竜からジルヴァーナ皇女を守る騎士団だ。まあその皇女自身が戦うのは可笑しいけれど。

 

「剣も握れず、魔法を操ることも出来ません。でも誰にも負けないたった一つの力が有ります。こんな私よりお姉様……いえ、超級冒険者の魔剣その人から説明して貰った方が良いでしょうか?」

 

「ふん。ジルよ、我等が納得するだけの説明をして貰おうか。つまらない話なら、今からでも参加に反対するぞ」

 

 言葉こそ厳しいけど魔王陛下は優しい人だ。

 

「魔王陛……あ、スーヴェインさん。ツェイス達もよく聞いて。でも最初に言っておくけど、知った後ターニャちゃんに危害を加えるような事をしたら、私が絶対に許さないからね?」

 

 薄くニコリと笑ったお姉様だけど、水色の瞳は全然笑ってない。魔素が蠢き、空間が悲鳴を上げてると錯覚しそう。いや、お姉様に合わせた意思を魔力が持ったのかも。こんな怖い雰囲気を僕には見せないから驚いてしまった。本気になった魔剣には誰も勝てないって、やっぱり本当なんだろうか。

 

「ターニャちゃんは()()()()の誰も持ち得ない特別な力を宿してる……魔素を、消し去ることが出来るの」

 

「魔素を? 魔力じゃなく、か?」

 

「ツェイスの言う通り。魔力なら幾つか方法があるし、私だって似た事も可能でしょう。それにスーヴェインさんなら別の遣り方もあるかも。でも、ターニャちゃんは違うの。魔力を分解し、魔素も消えてしまう」

 

 僕は……自分の才能を本当の意味で分かってなかったのかもしれない。お姉様の言葉を聞いた皆が、張り詰めた緊張を顔に浮かべている。

 

「魔素を消せるならば、魔法の全ては無意味だな。それどころか凡ゆる国々を混乱に落とす事も可能だ。我が魔国も、ツェツエもバンバルボアも崩壊するだろう。だが、魔素が消えるなど理論的に有り得ない。魔力は世界を循環し、漂い続けている。だが、消失したらどうなる? いつの日か魔力が世界から失われるのだ。ジル、消えた魔素の行方は分かっているのか?」

 

 魔剣ならば当然に説明出来るだろう。そう魔王陛下は言っている。まあ僕も魔素の行方なんて知らないけれど……

 

「……スーヴェインさん。残念だけど、間違いなく()()します。循環も、そして別の何かに変化だってしません。何度も確認しました、私が」

 

 戸惑いもなく、はっきりと言った。其処にいつもの優しさも笑顔だってない。あれ? 何だか怖くなって来た。

 

「それは……つまり……」

 

「はい。恐らく、スーヴェインさんの想像通りです」

 

「……何者なのだ、この娘は」

 

 魔王陛下がジッとこっちを見て、ツェイス殿下もクロエリウスも慄いているのが分かる。ズキリと胸が痛み、同時にお姉様が才能を伏せるよう言った意味も理解した。この世界にとって間違いない異物なんだ、僕は。「誰にも悪さなんてしない」そう叫びたくなったとき、すぐ隣から涼やかな音色が響く。

 

「ターニャちゃんですよ? 私の、大切な妹」

 

 頭を撫でられて、沈みそうな身体と心がフワリと浮上した。もうそれだけで全部が許された気がする。はあ、ホント、この女性(ひと)って。

 

「いつまでも妹でいる気なんて無いですからね?」

 

 貴女を妻に迎えるんですから。気持ちの良い感触を頑張って無視して、お姉様の手から逃げてみる。

 

「えぇ⁉︎ やっぱり勝手にナデナデしたのが駄目だった……?」

 

 いや、違うから。

 

 さっきまであった緊張感は消えて、皆にクスリと笑顔が咲く。

 

「もし私が悪い事をしたら、お姉様が止めてください」

 

「え、うん。お姉さん、怒ったら怖いよ?」

 

「はい、知ってます。では皆様、作戦会議をしましょうか」

 



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お姉様、頑張る

 

 

 

 

 今の俺は魔力銀の装備をしていない。

 

 つまり、全力の強化が出来ないし、剣もないから接近戦も不可能だろう。まあ実際には何も怖く無いんだけど。だってルオパシャちゃんが攻撃しないって言ってたし。おまけに魔法も好きなだけ放っていいらしい。うーむ、さすが豪華景品のジルだ。まあ殺し合いじゃあるまいし、余裕もあるんだろう。

 

 でもやっぱりさ。

 

「……ちょっと卑怯な気がする」

 

「そうですか?」

 

 胸元から可愛らしい声がした。当然にターニャちゃんな訳だけど。

 

「だってルオパシャちゃんは私を攻撃出来ない訳で」

 

「ですね。私も少し安心です。さっきの試合みたいに強い魔法が飛び交うなら、正直怖くて動けませんよ。その点お姉様の近くならバッチリです」

 

「まあ放たれた魔法が生み出した結果まで消せないからね。ターニャちゃんをどうやって守ろうか考えてたけど、こんな単純な方法かぁ」

 

 お姫様抱っこ、再び。

 

 そう、超絶最高TS美少女ターニャちゃんを俺が抱っこしてるのだ。はい、可愛い。もう、可愛い。

 

 しかしマジで卑怯だなぁ。ルオパシャちゃんは殆ど知らないから仕方ないけれど、一番厄介な力を持つのはターニャちゃんなのに……俺とくっついてたら攻撃も出来やしないだろう。まあ多少の被害はあるかもだけど、それは俺が何とかすればいいからね。

 

 それでも簡単にいかないのは分かってるけどさ。古竜の出鱈目さなら少しは知ってる。

 

「私だけじゃ近付く事も出来ません。古竜の魔力に影響を与えるなら触れ合うくらい接近しないと。正直お姉様より難しいですよ、きっと」

 

「あ、やっぱり? 見た目は可愛い女の子だけど、実際は古竜だもんねぇ」

 

「ああ、それも勿論ありますけど、お姉様みたいにプルプルさせるなんて出来ないでしょう? あんな風に集中を乱す方法が浮かばないんです」

 

 んん? プルプルさせる? 集中を乱す?

 

「えっと、練習の為に直接触らないと駄目って言ってたよね?」

 

 あちこちに指を這わされたり、サワサワ触られたのは魔素を感じるのに必要って言われて我慢してたんですが?

 

「……あっ」

 

 そのしまったって顔……

 

「……ちょっとターニャちゃん?」

 

 練習のとき、内心ドキドキだったんだけど。ほら、微妙に気持ち良かったり……いやいや、変なこと考えちゃダメだ。

 

「お姉様、皆さんも準備出来たみたいですよ」

 

 ん?

 

 視線を上げてみれば、確かにそろそろOKって感じだ。

 

 かなり離れた場所に真っ白なルオパシャちゃんが立っている。竜の姿には戻らないのかな。そっか、多分だけど途中で変身する気だきっと。こう頑張って追い込んだ時に、「我が真の姿を見せてやろう! 慄くが良い、ぐわははは!」とか言って。いや、ルオパシャちゃんはぐわはははとかって笑わないだろうけど。

 

 しかし下から立ってみると、改めて会場のスケールに驚くなぁ。一晩で建てたとは思えないコロッセオ擬きは、見上げるほとに立派なのだ。だからこそルオパシャちゃんのちんまり具合が際立つよね、うん。

 

 我がチーム連中も散開してる。スーヴェインさんとツェイスは並ぶ様に構えてるけど、クロは少し後方にいる感じだな。あとエロジジイは俺たちの近くに居る。まあ純粋な魔法使いってヤツだから仕方ないだろう。

 

 うーむ、こう見ると昔に遊んだロールプレイングゲームを思い出すなあ。俺の立ち位置は回復役兼サポートって感じで、古竜特効の切り札はターニャちゃんだ。

 

『よしよし、準備は良いか?』

 

 ルオパシャちゃんの声は空気の振動によるものじゃないから、距離があっても綺麗に聞こえる。魔力そのものが作用してるらしいけど、正直よく分からない。

 

「古竜ルオパシャよ。本当に手を抜く必要は無いのだな? ジルも加わった以上、先程とは違うぞ?」

 

『うむ、構わん。妾を殺す気で来るのじゃ』

 

 スーヴェインさんの言葉にルオパシャちゃんが返した。

 

「ジルを娶る者が誰になるのか、公正に判断出来るのか?」

 

『当然じゃ。妾を脅かす力を体現したならば、必ず報いると始原の真名に賭けて誓う。じゃが……先に言っておこう。どうやら未だ勘違いが過ぎるようじゃからの。良いか? 期待外れのつまらぬ戦いならば、ジルをお主達の到達出来ぬ場所へ連れ去るぞ? それを本当に理解しておるか? つまり、今日が訣別の日になる訳じゃ』

 

 わぁ、分かりやすい挑発だ。

 

 ニヤリと笑うルオパシャちゃん。まあ、そんな意地悪する様な(ひと)じゃないけど……みんな、分かってるでしょ?

 

「連れ去る、だと?」

「お師匠様と会えなくなる?」

「ふん」

 

 ツェイス、クロ、スーヴェインさん。何だか真面目に受け止めてますね。エロジジイだけは表情に変化ないみたいだけど。

 

「あんな挑発に乗るなんて、困ったものだよねターニャちゃ……ターニャちゃん?」

 

 濃紺の瞳がギラギラと光り、ルオパシャちゃんを睨み付けてます。それにゾワゾワと肌に感じるのは魔素の動きだろうか?

 

『それで良い。もう一度言うが、妾の気紛れや遊びと思うな。これはジルを奪い合う戦争じゃ』

 

 バッと細くて真っ白な両腕を広げ、さあかかって来いと構えるルオパシャちゃん。それに合わせる様に、お母様の声が届いた。

 

「では、我が娘を賭けた最後の戦いです。始めてください!」

 

 超級が二人、実力は超級並みのツェツエの王子、子供だけど歴とした勇者、そして魔王陛下。俺の懐には魔素特化のTS美少女ターニャちゃん。

 

 間違いなく最高のパーティ。

 

 俺を誰がってのは置いといて、正直ワクワクする試合だ。

 

 うー、頑張りますか!

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

「漸く本気の魔法を放てるのぉ! 行くぞい!」

 

 ずっと我慢してた魔狂いが、得意の殲滅魔法を放った。事前に打ち合わせしてたから、ツェイス達も驚いたりしていない。

 

「あのエロジジイ、ターニャちゃんもいるんだよ?」

 

 紅蓮の大炎がルオパシャちゃん辺りで立ち上がる。遅れて轟音と熱が周囲を襲った。局地的にコントロールされていても、超高温の炎なのだ。あのレベルだと魔物の強固な外皮や鱗も融解する。弱い奴等なら一瞬で蒸発するだろう。まさに、殲滅の為の魔法なのだ。

 

 怖くて震えたターニャちゃんを感じつつ、前方半円状に透明な氷の壁を張った。板状のモノだと防ぎ切れない可能性があったからね。

 

 同時にツェイスとクロに治癒魔法を飛ばす。スーヴェインさんは兎も角、あの二人だとちょっと心配だ。特にクロは甘く見たのか距離が近過ぎ。あれだけ気を付けてって言ったのに、まったくもう。

 

「まだまだじゃあ‼︎」

 

 トリガーハッピー状態のエロジジイは放っておいて、震えが止まったターニャちゃんを見る。

 

「大丈夫?」

 

「……あ、は、はい。さっきと、全然違うので吃驚してしまって」

 

「んー、あれもかなり範囲を限定してるんだけどね。アイツならこの会場ごと焼き尽くすくらいするし」

 

 これは事実だ。超広範囲の破壊こそがあのジジイの専売特許だからね。

 

「そ、そうなんですか……」

 

 おっと。

 

「怖がらせてゴメンね? 私が側に居る限り絶対に大丈夫だから安心して。魔力の収束とか分かり易いのが大きな魔法の弱点なの。つまり、危なくてもタイミングを逃したりしない。ね?」

 

 コクリと頷くと、次々に燃え上がる炎に視線を合わせたみたい。俺は勿論だけど、ターニャちゃんも分かっているのだ。あれ程の魔法であろうとも、古竜には届かないって。

 

「よくは()()()()()が、ルオパシャさんは全く動いてないです。吹き飛ばされることも、魔素が乱れることも……信じられない」

 

「そっか」

 

 そうして炎が薄れ、焼け焦げ波打つ様に変形した地面も露わになった。赤が消えて、白が映る。

 

『素晴らしい行使じゃが……竜種に炎は余り効かぬぞ?』

 

 腕を組み、ポツンと立ったままのルオパシャちゃん。真っ白な髪も肌にも変化はない。俺が以前着せ替えさせたらしいセーラー服擬きも、煤一つ付着していない様だ。

 

 いや、あの魔法で小型竜種くらい討伐してたの知ってますけど? 流石に古竜ともなると話が違うらしい。

 

「うぬぅ……儂、ちょっと疲れたわい。ジルや癒してくれんかの? 具体的には膝枕などを……」

 

「おバカな話はいいから集中して。まだまだこれからだよ?」

 

「まともに受けて全く効かんとはのぉ。試しとは言え困ったものじゃ。ジルや、何か分かったか?」

 

「まあちょっとだけ。とにかく単純な正攻法ダメだね。先ずは隙を探しましょう、予定通り」

 

「じゃな」

 

 数歩前に出て、イケメン詰め合わせセットの援護に入る。左右に分かれたイケオジとイケメンが一気にルオパシャちゃんに迫った。

 

 ツェイスは紫色した雷を身体と剣に纏わせている。さっき聞いたけど、自分にもかなりダメージが入る諸刃の剣的な戦法らしい。正直ちょっと引く。まあ俺の治癒魔法があるから大丈夫だってさ。

 

 次いで、女の子から鳴るとは思えない、ゴインって音。ツェイスの剣を素肌露わな腕で受けたらしい。当然に切断などされず、そのまま紫電がルオパシャちゃんに流れて行く。うひぃ、見てるだけで痛そう。

 

『むっ、コレは中々……』

 

 さっきと同じ様に防げる筈だった雷魔法は、見事に効果を発揮したみたい。嫌そうに体を捩り、ルオパシャちゃんは距離を取ろうとした。更なる追撃をかけるツェイスの横薙ぎをしゃがんで躱す。すると、姿勢の崩れた少女に、背後から純粋な魔力で生成された剣が襲った。しかも四本がタイミングと角度をずらしながら。

 

『ふむ! 分かってはいたが、素晴らしいぞ!』

 

 可愛らしいお手々の先からニョインと爪が伸び、小さな身体をグルグルって回す。直ぐに、やはり信じられない様な金属音がガガガと響いた。爪だけ竜化して薙ぎ払いを行ったらしい。らしいって言うのは変化が速過ぎて、結果だけを見たからだ。

 

「別に驚きはしない」

 

 何かをボソリと呟いてスーヴェインさんは一本の巨大な大剣を創り出す。瞬時に真上から振り下ろすと、自身は後方へ一気にジャンプした。直接握る必要のない魔力の剣だから出来る芸当だ。

 

『力比べじゃな‼︎』

 

 交差した真っ白な爪で受け止めるルオパシャちゃん。両脚が溶け固まった地面へ僅かに沈んだから、相当な衝撃だったのだろう。それでも、それ以上に変化は無く、魔力も霧散して剣は形を保てなくなり消えた。

 

「滅茶苦茶だぁ……ツェイスのもスーヴェインさんのも、かなりキツイ攻撃なんだけどなぁ」

 

 俺なら真正面から受けたり絶対にしない。強化して離脱一択だ。簡単に防ぐから勘違いしそうだけど、そもそも大半の人や魔物が耐えられない攻撃なのだ。スーヴェインさんの大剣なんて衝撃が何tとかありそう。

 

『妾の番かの』

 

 あ、ヤバい。

 

 まだ近くに居たツェイスに、ルオパシャちゃんが何かしようとしてる。ツェイスは追撃からカウンター狙いに変えたみたいだけど、悪手だよそれは。あんな細っこい女の子だけど、正体は超でっかい竜なんだから。

 

 ごちゃごちゃ考えながら、思い切り魔力を込めた魔力弾を放つ。丁度ルオパシャちゃんが動き出す少し前方あたり、命中精度は求めない。いや、三発だけは狙うけど。そう、遠慮なく十発をプレゼントだ! 半透明に見える丸い弾の一発は、細くて白い腕に当たる軌道を取った。

 

『……どわっ! い、痛い!』

 

 お、効いたみたいだ。やっぱり思考の外から来る攻撃は完全に防ぎ切れないみたいだな。それに気付いた魔狂いのジジイも笑っている。

 

 伸ばした腕に当たったヤツ以外は全部弾き飛ばされた。分厚い城壁とかにも穴が開く威力なのになぁ。まあスリスリと痛そうに腕を摩る姿を見ると、少しだけ罪の意識が浮かんで来るけども。

 

 最初の分、効かないのは想定済み。だから、更に視覚外から狙い撃ちだ。コレは結構自信あるぞ。

 

 こっちを睨むルオパシャちゃんの背後に回り込むよう、無色透明な魔法の矢を放ってある。グルリと曲がり、隠蔽も加えて。

 

 さあ時間差の攻撃だけど、どうするかな?

 

 そんな風に興味津々で見てたら、ヒョイと半身で躱された。しかも全く背後を見ずに。

 

「ええぇ……あれを簡単に躱すんだ……」

 

 こっちに意識を向けた瞬間なのに。ターニャちゃんとも違う、特殊な感知でもしてるのかな? うーむ、油断が無くなると不意打ちはまず駄目っぽい。困ったなぁ。

 

『よいよい。やはりジルが居れば面白い戦いになるのじゃ。こう話している間もツェツエの王子を治癒し、同時に次の魔法の準備。お主はまるで始原の様に操る……ふむ、やはり妾と子を作らんか?』

 

 え、ちょっと興味ある。ルオパシャちゃんと二人で……グフフ。

 

「お姉様?」

 

「あ、はい」

 

 ターニャちゃん、いつもより怖いんですけど!

 

 

 

 

 

 




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お姉様、もっと頑張る

 

 

 

 

 チラリと、ターニャちゃんが俺を見た。

 

「改めて思うんですけど」

 

「なあに?」

 

「私を抱えつつ、何か準備するでもなく、簡単に魔法を使いますよね……魔素を見てなければ、お姉様が行使してるって分からないくらい自然に」

 

 あー、なるほど。この世界で所謂"詠唱"って唱える事が無いからね。まあ実際には魔力を集め、属性を付与して、更には指向性やその他諸々を規定しないと放てないからなぁ。寧ろ詠唱とかあった方が簡単……いや、多分だけど詠唱って魔法の簡略化が目的の一つか。

 

 少しずつ戦闘の中心からの距離を測りつつ移動する。ターニャちゃんの柔らかな感触や綺麗な声を堪能しながらですけど。ルオパシャちゃんはまだ様子見してるっぽいから助かるな。

 

「んー、練習を一杯したからね」

 

「練習……ですか」

 

「そうそう」

 

 何かを考えてるのか、ターニャちゃんは少し目を伏せた。色々聞いてみたいけど、今はそんな余裕がない。さてと……

 

「ターニャちゃん」

 

「あ、はい」

 

「ルオパシャちゃんの魔素はどう? 攻略の糸口でも見つかったなら教えて欲しいな」

 

 コクリと小さく頷くのを見れば、何か分かったみたい。

 

「やっぱり全てが魔素、つまり魔力により構成されてるみたいです。でも意外なのは、規模こそ桁違いですけど、お姉様より乱雑に見えることですかね。()()()が所々に……見た目通りであれば、が条件になりますが」

 

 おー、その辺は伝承の通りなんだなぁ。古竜は魔力そのものが結晶化したような常識を超越した生物だってさ。一体どんな仕組みなのか全く分からないけどね。

 

「私より乱雑……んー、大き過ぎるのが関係してるのかも。末端まで気が回らないとか? ううん、在るが儘なのかも」

 

「そうかもしれません。ただ、とにかく規模感が違いすぎるので、参考程度ですよ?」

 

「どちらにしても乱すことは可能ね、ターニャちゃんなら。どう?」

 

「直接触れる事が出来れば、どうにか」

 

 気付かれたら対策される可能性が高いな。つまりチャンスは一度切りと思っておかないと。ターニャちゃんの才能は初見殺しの意味合いが強いのだ。そして、当たり前だけど一瞬でルオパシャちゃんの魔素をコントロールなんて無理だろう。妨害だって無視出来ない上に一定の時間が必要になるし、その間は俺も何一つ役に立たない。つまり、やっぱり皆で隙を作るしかない様だ。

 

「了解。じゃ、魔狂いのお爺様? 予定通りに」

 

「うむ。任せておけ」

 

 俺達より少しだけ後ろに居るエロジジイは、距離を取りつつ攻撃と撹乱を担う。単純な魔法が効かないのは分かったし、反面意識外からは完全に防げない様だ。竜の姿にならない限り、通常より弱体化してると考えて良いだろう。

 

「こっちはターニャちゃんが一緒だから、指向性に注意してよ?」

 

「分かっておるよ。お主の尻からは視線を外さないから安心せい」

 

 別の意味で安心出来ないよ!

 

「……始めましょう。ターニャちゃんは舌を噛まない様に注意して。強化も()()出来ないし、揺れるよ」

 

「はい」

 

 少しの間お喋りもお預けだ。

 

 魔力強化で速度を上げたりはしないけど、筋力を補って出来るだけ速く動く。あとはターニャちゃんをルオパシャちゃんのそばに連れて行くだけだな。

 

「スーヴェインさん! ツェイス!」

 

「よし」

「ああ!」

 

「あのぉ、僕は……?」

 

「クロは遊撃! 分かってるくせに! 私から距離を取りすぎないで!」

 

 遠いと治癒魔法の制御が甘くなる。まあ何度も一緒に戦ったから心配してないけどね。

 

「はーい」

 

 力の抜けるクロの声と同時、ツェイスは全身に雷を纏う。さっきと明らかに違う強さに、周囲は紫色した空間に変わった。見れば身体は勿論、皮鎧や服もダメージが入ってるのが分かる。諸刃の剣ってやつだけど、痛々しいな。俺の治癒魔法を信じて全力を出す気だ。

 

 バリバリと耳障りな音を置き去りに、ツェイスは肉薄。走り抜けた跡も紫に染まっている。雷魔法はそもそも珍しいし、このレベルの行使は初めて見る。正直言って格好良い。

 

 だからかルオパシャちゃんの表情も引き締まったのが分かる。まあ触れるだけでなく、近付いても痛そうだしね。姿勢を低くした真白の少女は後退しつつ、全身に魔力を流した様だ。多分本気な防壁だな、滅茶苦茶強いやつ。

 

『……面倒な』

 

「遠慮するな古竜よ!」

 

 ツェイスは更に加速。ちょい目で追うのが厳しい速度だ。

 

 突き出した剣先からも紫電が飛ぶ。ルオパシャちゃんは避ける事も叶わず、まともに喰らった。防壁のお陰か雷は身体の周りを回る様に通り抜けて行く。直撃は出来なかったけど、逆に言えば其れだけ嫌なんだろう。続いて到達した剣も思い切り避けたから間違いない。

 

 しかし、俺対策で色々鍛えたって前に言ってたけど……怖すぎる。超絶美人なジルに喰らわせる気だったん?

 

 流石のルオパシャちゃんもツェイスに集中してる。そしてその隙を見逃す様なスーヴェインさんじゃない。魔狂いの風魔法に合わせて土魔法を行使。結果としてルオパシャちゃんの居る場所は砂嵐直撃みたいになった。ツェイスが巻き込まれてるのは笑えないけど。

 

 そして魔力製大剣を生成しつつ、その砂嵐擬きに突っ込んだ。多分横だめから振り抜くんだろう。一瞬俺の視界も遮られ、剣戟の重い音が耳に届いた。吃驚はしないけど視界ゼロから防ぐなんて、隙を見つけるのも大変そうだなぁ。

 

「……今だ! やれ!」

 

 スーヴェインさんが何やら防御の構え、そして同時に魔力を纏った。

 

 ん? 嫌な予感が……

 

「ターニャちゃん! 目を伏せて!」

 

 何となく水魔法で防御! すると砂嵐の中で紫色した閃光が弾ける。直視したら目も眩むレベルの、言うまでもなくツェイスの雷魔法だ。

 

 そして大爆発。ゴロゴロと中心から転がり出るイケメンは至近距離から喰らったはずだ。体のあちこちから煙っぽいのが上がってる。

 

「……えぇ」

 

 マジで爆発なんですが。紫色の閃光、発火の赤い火花、そして爆風と爆音が衝撃波らしき揺れを運んで来た。内心ですっごく引きながら、とりあえず治癒を飛ばす。これは……目眩し目的の砂嵐じゃなく、可燃性の粉塵を生成したのかな?

 

「粉塵爆発……?」

 

 危なすぎ。イケオジとイケメンの二人、何考えてるんだよ全く。

 

「……どうだ?」

 

 元気になったツェイスが言っちゃダメな台詞を曰う。

 

『ぬぅ……かなり痛かったの、今のは』

 

 ほらぁ、やっぱり。

 

 モクモクな土煙が晴れてくると、地面に片膝をつくルオパシャちゃんが見えた。着ていたセーラー服擬きも所々破け、そして汚れてしまったようだ。チラチラ覗く真っ白な素肌は、変わらぬ美しさを保っている。ムフ。

 

 思わずそんな白色に見惚れていたら、その背後からクロが強化したまま突撃した。流石に首じゃないけど、腕と胴辺りに狙いを定めている。

 

『ぬぉ⁉︎』

 

 あ、吃驚してる。まあギリギリ躱されたけど。さっきのツェイスみたいに地面に転がり、ルオパシャちゃんも急いで立ち上がった。

 

「もう少しだったのに……」

 

 悔しそうなクロだけど、今まで奇襲しかしてない。遊撃とは言ったけど、勇者の行いとは思えないからな?

 

『あぁ、妾の衣装が』

 

 ルオパシャちゃん、悲しそう。

 

「また一緒に買いに行くからね、ルオパシャちゃん」

 

『お、そうかそうか。うむ、でえと、じゃな』

 

 思わず声を掛けたけど、笑顔だし良かったかな。橙色の瞳が俺を見てキラリと光る。

 

「浮気性ですね、お姉様」

 

「え⁉︎」

 

 驚いてターニャちゃんを見れば、ツンな感じで可愛らしく睨まれていた。うん、可愛い。

 

『しかし、防戦ばかりでは不利じゃの』

 

 あ。

 

 魔力の収束、純度の向上、そして変化。

 

「ツェイス! 離れて!」

 

「分かってる!」

 

 そんなやりとりの最中、俺の目の前の地面が隆起した。確認したら目の前どころか四方を囲まれている。つまり、籠の鳥ってやつ。視界も遮られ、戦況を見ることも出来ない。

 

「ルオパシャちゃん! 私には何もしないって言ったよね⁉︎」

 

『攻撃は、の! 正直、お主の魔法は思ったより邪魔じゃ!』

 

 こんなの破壊して……

 

『それは固いぞ? 流石のジルも暫く時間が掛かるじゃろう。大人しく待っておれ』

 

 拙いぞ。竜種が操る攻性魔法は防御が難しいのだ。初動もなく、おまけに連発も簡単。当然に属性に左右されず、威力も莫大。()()()()妨害も難しい。

 

 とにかく土の壁を破壊しなければと、魔力を集めたときだった。

 

「大丈夫です、お姉様」

 

「……え?」

 

「私には()()()()。このパターンなら、水魔法ですね」

 

 そう言いながら、ターニャちゃんは淡々と言葉を続ける。

 

「余裕の表れか、随分ゆっくりとした収束です。狙いの最初はツェイス殿下ですね。防ぐなら、あの辺りが良いですね。あと五秒、四、三、二……」

 

 触れ合ってるからか、何となく位置も特定出来る。

 

()()()()

 

「あ、うん」

 

 ターニャちゃんを信じて、対属性の防御を展開。

 

『ぬ、なんじゃ⁉︎』

 

 土壁の向こうからルオパシャちゃんの声が聞こえて来た。うまくいったみたい。

 

『これからどうじゃぁ‼︎』

 

 軽くキレたのか魔法を次々と行使。

 

「お姉様の才能(タレント)みたいに、属性を無視してますね。これを防ぐには正に"万能"の力が必要でしょう。やっぱり凄いですね、古竜やお姉様って」

 

 いやいやいや! やばいのターニャちゃんだって!

 

 放つより前に属性と位置を特定して、おまけに俺へ伝えるなんて無茶苦茶だから‼︎

 

「あ、この壁ってあの辺が弱いですよ?」

 

 おまけにルオパシャちゃん特製の牢獄も。

 

「はい」

 

 試してみればあっさりと壊す事が出来た。

 

 ……マジでヤバイんですが、ターニャちゃんの才能。魔素ごと消し去るのも大概だけど、むしろ視覚化可能な方がとんでもないです。そもそも俺にどうやって伝えてるの、位置とか。

 

『出るの早過ぎじゃろう⁉︎』

 

「ふふん」

 

 とりあえず胸を張っておく。

 

「私を抱っこしてるんですから余り意味ないですよ?」

 

 ターニャちゃんのツッコミは敢えて聞こえないフリだ。

 

 見渡してみると、あちこちに水溜りとか抉れた地面とか、行使した魔法の跡がある。会場全体に届いているから、全方向に飛ばしたんだろう。我ながらよく防げたものだ。他の皆も一様にホッとした表情だし、間に合って良かった。

 

『珍妙な……そこな少女の力か? ジルではないじゃろ』

 

「さあどうかなぁ」

 

 怪訝そうなルオパシャちゃんも可愛い。あ、ブラしてないんだ。セーラー服擬きの破れた肩あたりにブラ紐見えないもん。縞々パンツは装備してたのに……うん、それもあり、です。今度お姉さんが見繕ってあげるからね!

 

「お姉様……!」

 

 ひぃ⁉︎

 

「な、なにかな? べべべ別に変なこと考えたりしてないよ⁉︎」

 

「何を言ってるか分かりませんが……どんどん魔素が集められてます、ルオパシャさんに」

 

「うぇ? 魔素を?」

 

「はい。今まで見たこともない量です」

 

「まさか」

 

「多分ですけど、()()()姿()に戻るつもりでは」

 

 それはダメだ。古竜の鱗は破壊不可能とされるトンデモ物質で、全力の俺が何とかギリギリ斬れるやつだ。ましてや魔力銀の剣はお家に置いて来てる。いや、散歩してたら拉致されたから当たり前だけど。

 

「……分かった」

 

 いよいよだな。短い時間だけどルオパシャちゃんと戦ってみて色々理解出来た。やっぱり普通のやり方じゃ勝てない。となると相手が考えてない方法が必要だ。

 

「ターニャちゃん。少し()()()かもしれないけど頑張って」

 

「はい、勿論です」

 

 何かを悟ったのかターニャちゃんの声色も真剣さを増した。よし、俺も覚悟を決めるか。

 

「みんな!」

 

 イケメン三人衆、いやエロジジイも足した四人が頷く。魔素が見えなくても皆んなだって不穏な空気を感じているんだろう。

 

 よし、お姉さんも頑張るからね!

 

 ちょっと()()()()()かもだけど!

 

 

 

 



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お姉様、泣きそう

 

 

 

 

 

 

 奇襲の多かったクロも接近戦を挑み。

 

 ツェイスは剣と魔法を交互に放つ。

 

 スーヴェインさんは大剣だけじゃなく、魔狂いと同じように攻性魔法を連発。

 

 ルオパシャちゃんはたった一人なのに、四人を相手取り一歩も退かない。しかも俺の動きを牽制するよう視線を届けながら。分かっていても古竜の力を垣間見て恐ろしさを覚える。

 

 そもそも冒険者協会が認める超級や超級クラスを相手にしながらだ。

 

「だめです。魔素の収束が全く衰えません」

 

「そっか」

 

 ぱっと見は防戦一方に見える。なのに収束は乱れない。つまり、アレで全力じゃないのだ。

 

 だから俺は、皆への治癒魔法すら最小限にして、あるかもしれない隙を探す。この試合唯一のチャンスを逃さないために。

 

 皆の汗が流れ、時に血が吹き出る。

 

 ハァハァと荒い息遣いはツェイスやクロだろうか。魔王陛下であるスーヴェインさんでさえも余裕は全く無い。魔狂いもキツそうだ。俺の単発の治癒だと間に合ってない。だけど、今は我慢だ。

 

『どうした! つまらぬ戦いに終始するなら直ぐにも終わらせるぞ!』

 

 そしてルオパシャちゃんは更に煽り、竜化を止める気もないようだ。だけど黙って戦い続けるツェイス達は、ただ隙を作る為に頑張っている。対古竜の戦い方はこれしかないのだ。

 

 駆け付けたい気持ちを抑え、俺はターニャちゃんの体温と柔らかさを感じているだけだ。

 

「……行くよ」

 

「はい」

 

 凄まじい破壊力が飛び交う戦場に少しずつ近づいていく。

 

 一撃でも喰らえば痛みで動けなくなるだろう風雷、時に姿が掻き消える魔力強化、そして複数の大剣と局所魔法が乱雑に飛び交い、そんな皆が離脱した瞬間爆裂する破壊的な殲滅。

 

 軽やかに受ける白い少女の所為で錯覚しそうだけど、どれもターニャちゃんにとって強力で致命的な攻撃なのだ。

 

 そんなターニャちゃんを抱えてだから心配だけど、みんなも必死に戦っている。思わずギュッと抱き締め直したとき、優しくて綺麗な声が聞こえて来た。

 

「私を気にしないで下さい。大丈夫です、お姉様。だから」

 

「……ありがとう」

 

 僅かにあった緊張も解れる。魔素だけじゃなく、人の不安も消せるのかな、ターニャちゃんって。

 

 ホントに久しぶりの、ある意味懐かしい魔法を準備する。

 

『ぬ⁉︎』

 

 魔力の収束を始めただけでルオパシャちゃんは警戒したようだ。まあ、隠蔽も特にしてないし驚く事じゃない。

 

 この魔法は、前世でよく見たアニメを参考にしている。と言うか、格好良いから真似したかったのだ。この世界の魔法は詠唱もなく、前段階の色々も存在しない。はっきり言えば地味で殺伐としている。戦いに必須な以上、目立つのは悪手なんだろうきっと。だから、これから行使するモノはある意味ナンセンスだ。

 

 ルオパシャちゃん達の上空に巨大な魔法陣が現れる。一段、二段、三段と生成され、それぞれが赤や青などに光り輝き、速度も微妙に違って回転している。まあ滅茶苦茶に目立つ訳だ。ちなみに、全てデザインが変えてあり、描かれた模様や文字も違う。何気に平仮名も混ざっているのは内緒だよ? 我ながら格好良い作品です、うん。

 

『なんじゃこれは? ジルの魔法か?』

 

 意味分からんとルオパシャちゃんは怪訝な様子。ツェイス達も足を止め、思わず上を見上げていた。この世界では存在しない魔法陣で、派手派手だもんね。ただ一つ、文句を言いたい。君達まで攻撃を止めちゃ駄目でしょ! 目立つけど無視してって伝えてたよね?

 

『派手じゃな。馬鹿らしいが、行使者がジルであるからには油断出来ない、か』

 

 お、ルオパシャちゃんの注意を引けたみたいだ。

 

 まあこのド派手な魔法陣に深い意味は……全く無いですけれど! 超絶美少女ジルちゃんの時代に、面白がって練習しただけだもんね。

 

 ゆっくりと前に足を出し、少しずつルオパシャちゃんに近づく。魔法陣の各所から小型の攻性魔法が落下し、地面や空気に爆ぜ始めた。その魔法陣は更に輝き出し、回転速度も僅かに上昇。非常に危なそうな雰囲気を醸し出している。まあこれも、そう見えるように俺が操作してるだけですけど。

 

「流石のルオパシャちゃんも、この魔法には耐えられないかもね。私特製のすっごいヤツなんだから、無理しちゃ駄目だよ?」

 

 ついでに煽ってみたり。

 

『ほほう! 良かろう、受けて立ってやるわ!』

 

 ルオパシャちゃん、分かり易い反応をありがとう。

 

 そこから動かないでね、お願いだから! 

 

 一気に竜化して真正面から受け止める気だろう。古竜本来の姿であれば魔法など効かないと自信があるし、単純に興味が唆られてるんだな多分。

 

 膨れ上がるルオパシャちゃんの魔力は膨大。俺が作った魔法陣にも迫り、陣の構成の邪魔をする。そして、その結果を見るためか、視線が俺から完全に外れた。同時に竜へと至る過程だろう身体が光り始めたのだ。

 

 よし!

 

 今、俺は魔力銀の装備を全くしていない。それでも、全身に満遍なく、薄く魔力を流した。不思議と久しぶりに感じる魔力強化は、白金の髪一本一本まで包まれる。何より、微弱な上に属性付与も無いから、ルオパシャちゃんは気付いてない。作戦通りだ。

 

 一歩、たった一歩、俺は駆け出した。

 

 直ぐ右を、光速な筈の紫電が並んで走っていく。

 

 立ち上がる炎の光と熱も置き去りにして、僅か数ミリの見切りで大剣の群れを躱した。今の俺たちとほぼ同様の超速で動くクロだけがゆっくりに見える。

 

 俺の首によりギュッと強く巻き付けたのは、ターニャちゃんの両腕だろう。そんな感覚も背後の空間へ流れ去った。

 

 距離のあった筈の真っ白な少女……ルオパシャちゃんはもう目の前。魔素が見えない俺でも感じる異常な魔力の量は、物理的な干渉を空間に与え始める恐ろしさだ。つまり、タイミングは()()しかない!

 

『……ん? なんじゃぁ? ジ、ジル! 巻き込まれるぞ! あ、あぶ』

 

 魔力強化の速度に気付いたのか、ちょい可愛らしい声をルオパシャちゃんが溢した。

 

 走り抜けざま、俺は可愛いルオパシャちゃんを力一杯に抱き上げる。そして勢いのまま戦場の中心から離れ、コロシアム擬きの壁際ギリギリで一気にブレーキ。ズザザと分かり易い音がして、俺たち三人は止まった。超絶美人のジルが、ターニャちゃんとルオパシャちゃんの美少女の二人を抱き上げている図……きっと良い感じでしょ?

 

『こ、こりゃ! 危ないじゃろう!』

 

「んー? 何のことかなぁ?」

 

『惚けるでない! 変化に巻き込まれるであろ……あ、あれ?』

 

「竜に変わるの? ホントに?」

 

『な、な、な、なん……妾の魔力が、き、消えた?』

 

 ターニャちゃんがしっかりとルオパシャちゃんの手を握っている。俺には見えないが、次から次へと魔力を消し去っている筈だ。ただ、ターニャちゃんにも余裕がないのは明らかで、フルフルと震える小さな身体やシットリと濡れた汗が証明している。今は互いに()()()()()()()()()()()()から、強く感じるのだ。

 

「今のルオパシャちゃんは可愛い可愛い真白の女の子、だよ? ツェイスの風雷もスーヴェインさんの大剣も、魔力で強化した私達も、あっちの魔狂いだって防げない。分かるよね?」

 

 ゆっくりと皆が近づいて来る。ツェイス、スーヴェインさん、クロ。エロジジイだけは遠くから眺めてるけど。視線がキモい、マジで。全力でない魔力強化の速度だろうとも、普通の衣服は衝撃に耐えられない。あちこち破れて解れてる。ちょっと恥ずかしいけど、今は他にやることがあるのだ。

 

 でもでも、やっぱり抱っこも良いなぁ。ターニャちゃんの肌も素敵だけど、ルオパシャちゃんの冷た目な皮膚は、思った以上にサラサラだ。竜鱗みたいな固さもない。

 

 うん。二人の美少女を抱き上げる俺は今、一番の幸せ者かも!

 

『信じられん。この娘の才能(タレント)か』

 

「ね、勝負は?」

 

 とは言え、ターニャちゃんにも限界がある。早く終わらせないと。

 

『……妾の負けじゃ』

 

「はーい。みんな、お疲れ様! ターニャちゃん、もう良いよ」

 

「は、はい。正直もう限界でした」

 

 クタリと俺に体重を預け、全身から力が抜けたのが分かる。僅かな時間だけど、古竜を鎮めたのはホントに凄い。

 

「うん、ご苦労様」

 

 ルオパちゃんや皆にも全力の治癒魔法を放ち、試合終了を告げる。

 

 本当にご苦労様でした、ターニャちゃん。

 

 因みにこれは、パサリと破れかけのスカートが落ちて、俺が悲鳴を上げる数秒前のこと。パンツは無事だったことを、喜んで良いのやら……はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 

 

 

 

 数日後ーーーー

 

 

 

 

 

「ターニャちゃん、そっちのお皿を三枚お願い」

 

「これで良いですか?」

 

「うんうん」

 

 最近アートリスで見つけたソレは、綺麗なスクエア型で浅めな感じ。少し遅めの朝ご飯だけど、普段とは違う感じにしたかったのだ。何だかカフェっぽいかなって。

 

 カチャリと横に置かれた真っ白な皿、手を離すターニャちゃん、窓から差し込む陽の光、全部が眩しくて瞼を閉じそうになる。それとも涙が溢れてしまうかもしれない怖さが無意識に反応したのかな。

 

「……お姉様?」

 

 ターニャちゃんが怪訝そうに見上げてた。折角の晴れた朝だし、変な雰囲気はやめよう、うん。

 

「ん? 何でもないよ。新しいお皿、買って正解だったかなって」

 

 視線を逸らしつつ、焦げかけのベーコンエッグのお世話を再開。黄身はトロトロにしたいから、さっき軽く蒸し焼きした。多分良い感じのはずだ。

 

「はい、完成!」

 

「良い匂い……サラダとお茶も用意出来ました。お客様はそろそろですか?」

 

「うんうん。お庭に直接来るはずだから」

 

「直接、お庭に? あの……アートリスのみんな、驚きませんか、それって?」

 

「大丈夫だよ。隠蔽も出来るようになったらしいし、パパッて変身するんじゃないかな」

 

「変身したら、見た目は小さな女の子ですもんね。まああの方なら大丈夫でしょうか」

 

「だね」

 

 本来、天敵なんていない古竜に隠蔽なんて必要ないだろう。実際最初に会ったときに教えたら驚いていたしね。魔力がとんでもなく大きいから難しいと思ってたけど、サイズは問題なくて安心したもん。

 

 そんなことを話してたら、お庭の方に気配を感知。隠蔽も解いたみたいで、魔素感知にばっちり引っ掛かる。うーん、相変わらずとんでもない魔力だなぁ。

 

「あ、来られたみたいですね」

 

 ターニャちゃんも気付いたみたい。普段の練習には気合入ってるし、魔素のコントロールなんてヤバいなんてもんじゃない。当然に魔素感知も磨かれて、なかなかのレベルに到達している。気合いの入る理由は分かってるけど、ちょっと複雑な気分だ。

 

「お皿とか並べたりは私がするから、お迎えに行ってあげて?」

 

「あ、はい。行って来ます」

 

 タタタと軽やかな駆け足でターニャちゃんはキッチンから出て行った。はぁ、ついにこの日が来てしまったか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久しいの、ジル』

 

「んー、そんなに日は経ってないよ? おはよ、ルオパシャちゃん」

 

『まあ、人種に合わせた挨拶じゃ。気にするな』

 

 ニコリと笑ったルオパシャちゃん、可愛い。服装は前の戦いの後に買ったヤツだね。チェック柄のワンピースだけど、橙色と水色が薄く入った全体は白を基調にしてる。裾は長めで膝下あたり。まあそれでも真っ白な手脚が出てて綺麗。ヒールが少しだけ高めのサンダルも似合ってるね。

 

「ルオパシャ様、こちらへ。朝食を用意してます」

 

 タイミングよくターニャちゃんが流石のエスコート。

 

『ほうほう! それは楽しみじゃ!』

 

 ルオパシャちゃんって御飯食べるの大好きだもんね。街に変身して来る目的の半分は摘み食いらしい。

 

「簡単な料理だけど、心は込めてるからねー」

 

『ジルが作ったのか?』

 

「うん、大切な()()()()()だから、それくらいしないとって」

 

『お主の作るモノは旨いから楽しみじゃの』

 

「ふふ、ありがと。でも私なんかよりターニャちゃんの方が凄いからね? 市場とかで有名人だし」

 

『ほほう。楽しみが増えるのは良いことじゃ』

 

「……そだね」

 

 淹れ立てのお茶を並べたターニャちゃんは、恥ずかしそうに席に着いた。その照れた顔を見れて幸せだよ。

 

「じゃ、食べよっか」

 

『うむうむ』

 

 フォークを持つルオパシャちゃんは、あの巨大な竜とは思えない。何だか面白くて笑ってしまった。

 

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 

『ん? 何じゃそれは』

 

「食べる前の挨拶です。食べ物になった食材達や、料理してくれた人に感謝の気持ちを込めて……確かそんな感じだったと」

 

『ふむ、言われてみれば、じゃな。では妾も、いただきます』

 

「どうぞー」

 

 二人の超絶美少女が料理に舌鼓を打つ姿。モグモグ動く口や顎、幸せそうに浮かぶ笑顔、次から次へと消えていく料理達。うん、可愛い。思わずベーコンを一枚プレゼントしちゃったよ。

 

 そして同時に、覚悟はしていたつもりの時間が迫っている。

 

 御飯を食べて、ターニャちゃんが淹れたお茶を愉しんだら、もうその時だ。

 

 そう。

 

 今日、ターニャちゃんは旅立つ。

 

 二人を眺めながら、あの戦いの後のことを思い出して……

 

 あー、やっぱり泣きそう。

 

 

 

 



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お姉様、止められる

 

 

 

 

 

 

 

 ターニャちゃんの凛々しい表情、朗らかに笑うルオパシャちゃん。

 

 泣きそうなのを我慢してたら、あの日の事を思い出す。

 

 あれは、全部の試合が終わったあとだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルオパシャ様。では、結論を」

 

 マリンブルーの瞳をキリリと光らせ、お母様はルオパシャちゃんに尋ねた。俺も緊張を隠せないし、他の皆も聞き入っているようだ。まあその為に来たんだし当たり前か。

 

 コロッセオ擬きの真ん中あたり。戦闘の跡は無くなってる。土魔法で覆ったからか、高温で溶けたり水浸しになった地面も大人しい。

 

 因みに、ビリビリに破けて地面に落ちたスカートは回収済みで、お母様が用意してくれたマントをくるりと巻いている。魔力銀の装備の場合、下着は特性上面積が非常に小さい訳だけど……今回は通常の格好だったのがせめてもの救いか。まあそれでも下着を全員に見られたとき悲鳴を上げて座り込んだけど。はー、恥ずかしかった。同じく衣服があちこち破れてたターニャちゃんまで笑ってたのは解せない。何で俺だけ恥ずかしがってるんだろう?

 

『うむ。正直に言うが、皆が素晴らしい力を魅せ、そして妾を愉しませてくれたと思っている。じゃが……誰もが兄達を脅かす才能に至っているとは言えん。確かに勝負に負けたが、彼奴等に情けなど無いし、そもそも接近が難しい。人化などと言うお遊びも知らぬのが兄達じゃ』

 

 うーむ。まあルオパシャちゃんも本気じゃなかったし、驚くことじゃないか。

 

「では、やはりジルヴァーナは貴女様に?」

 

 あ、そっか。ルオパシャちゃんも候補者だったよ。何よりツェイス達に緊張が走ったのが分かる。魔力が蠢き、また戦いが始まりそう。だけど、当のルオパシャちゃんはフルフルと可愛い顔を振った。

 

『いや、妾は脱落じゃな。如何なる理由をつけようと負けは負けじゃ。残念とは思うが、仕方あるまいて』

 

「合格者無しですか?」

 

『シャルカ、落ち着けい。そうとは言っておらん。目的はジルの血を受け継ぎ、またより強くしていく為であろう? その点を考えれば自ずと答えは決まっておるよ』

 

 うぅ、誰だろう。多分ターニャちゃんだと思うけど、正直分からない。だって皆凄かったし、クロとかツェイスだって面白い才能(タレント)持ってるし。魔王陛下なんて一段上って感じだもんなぁ。すっごい緊張します!

 

『ターニャ、じゃな』

 

 暫くの沈黙。俺もルオパシャちゃんの言葉を反芻してるところだ。

 

 ターニャちゃん、ターニャちゃん、うん、間違いない。

 

『妾も長く生きておるし、始原の出鱈目も知っておる。じゃが、魔素そのものを消し去るなぞ聞いたことも見たこともない。無論ジルの才能と反発するかもしれんが……当たり前の事象に頼るのも間違いじゃ。未知の、新たな才能が生まれ落ちる可能性に賭けるのが良いじゃろう』

 

 えっと、つまり、俺とターニャちゃんが一緒に子供を……

 

 昔隠れて見たエッチな本みたいに、二人きりで……

 

 チューなんて当たり前で、お風呂なんて普通になって、それどころかあんな事こんな事を……

 

「そうですか……仰せのままに、ルオパシャ様。ですが、こうなった以上我が娘に話があります」

 

 ぐへへ、ぐふふ。

 

「ジルヴァーナ」

 

「……ぐふ」

 

「ジルヴァーナ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 な、なに⁉︎ 吃驚した!

 

「こっちに来なさい」

 

「う、うん」

 

 真面目な顔されるとホント逆らえないんだよなぁ。とんでもない美人さんだし、昔のトラウマがぁ!

 

 ツェイス達から少しだけ離れたら、お母様が視線を合わせて来た。な、なにかな?

 

「貴女にとっては最高の結論でしょうね」

 

「うぇ? そ、そんなこと……ターニャちゃんは大切な妹で」

 

「今更隠しても仕方ないでしょう。ジルヴァーナがターニャさんに恋してるなんて、とうの昔にお見通しよ?」

 

 えー? またぁまたぁ。いくらお母様でもそんな訳……

 

「はぁ。ツェイス殿下は以前から、そして恐らくルオパシャ様や魔王陛下もご存知でしょう。貴女に隠し事なんて無理よ」

 

「……マジで?」

 

「変な言葉使いは許しませんよ?」

 

 ひぃ⁉︎

 

「ごめんなさい……」

 

「皆様に話があると思うのだけど。このままだらしない顔して帰るつもりかしら? 彼らの気持ちを置き去りにして。今の貴女なら分かるでしょう?」

 

「う、うん」

 

 確かに……ターニャちゃんのことで頭が一杯で、忘れてしまってたかも。俺が逆の立場だったらきっと辛い。だから、そんなの最低なヤツだし、お母様の言う通りだ。でも、何て言ったら……

 

「ジルヴァーナ。私の大切な可愛い娘……ただ貴女の想いを伝えなさい。中途半端はダメよ。こんな時はきっぱりと言葉にするのが大切。何より、集まった皆様は全員立派な男性達なの」

 

 そっと肩に置かれたお母様の手。

 

「……分かった」

 

 いや、何を言えばいいかなんて分からないけど、気持ちをちゃんと言おう。それにターニャちゃんにだって。少しだけ震えてる足を一歩ずつ出して、みんなの前に立った。

 

「ジル」

「お師匠様……」

「……」

 

 ターニャちゃんと他の三人が待ってくれている。魔狂いはの姿は何故か消えてるけど、まあいいだろう。ツェイスは何かを悟った感じ。クロが泣きそうになってて少し可哀想。スーヴェインさんだけは無表情のままだ。とにかく今は話をしよう。

 

「……今までずっと黙ってた。そう、私の心の中を隠して。ツェイスやクロ、スーヴェインさんの気持ちは分かってたのに、ちゃんと応えることだってしなかった。本当にごめんなさい。だから、今、ちゃんと言います」

 

 言葉を切ってターニャちゃんを視界に収める。可愛いくて、ちょっとクールで、Sっ気もある。でも凄く優しい。

 

「私はずっと前、森で出会ってからすぐ……今もターニャちゃんが大好きです。私が女で、お相手が少女でも、それが正直な気持ちなの。妹としてだけじゃなく恋して、ううん、愛してます。だから……こんなことになる前に、もっと早く伝えるべきでした」

 

 つ、ついに言ってしまった。足はプルプルしてるし、何だかフラフラする。でも頭の中だけは妙に冴えてて、ターニャちゃんの幸せそうな笑顔でホッと出来た。

 

 一度俯いたツェイスは、ゆっくり顔を上げながら言葉を返してくる。

 

「……知っていた。キミ達がアーレに来たときから。だから、驚いたりしない」

 

「ツェイス……」

 

「それにキミは応えなかったと言うが、そんな事はない。何度も断られたし、クロエリウスもそうだろう。違うか?」

 

「うぅ……何回もフラレました……」

 

「魔王陛下は……」

 

「聞くな」

 

「みんな……」

 

 凄い。格好良いなぁ、ツェイスってば。元男として、単純に尊敬するしかない。態々こんな遠くまで来て、結局望み通りにならなかった。なのに、怒られても仕方ないのに……しかも、こっちはバンバルボアの皇女で、ツェイスはツェツエの王子。スーヴェインさんに至っては魔国の王様だ。忘れがちだけど外交問題になってもおかしくない。でも、そんな雰囲気なんて少しも存在しないのだ。やっぱり凄いなホント。

 

 俺に目を合わせ、続く言葉が溢れそうになったみたい。でも、グッと飲み込んだのが分かった。その紫紺の瞳が揺れたのが見えて、何だかこっちも悲しく感じる。何か言わないと……そんな風に思ったとき、ツェイスは笑った。

 

「……どうか幸せに。落ち着いたらリュドミラにも会いに来てくれ」

 

「分かった。ありがとう、ツェイス」

 

 外で待つコーシクスさん達と合流するつもりだろう、この会場から立ち去って行った。クロに目配せをして。

 

「お師匠様……」

 

「うん」

 

 クロにも何か言いたくなったけど、言葉は出てこない。だって綺麗な赤い瞳から涙が溢れてたから。お母様も首を振り、今は違うって言ってる気がした。

 

「僕は、ホントにお師匠様が好きだったんです」

 

「うん、分かってる」

 

「……また、稽古をつけてくれますか?」

 

「勿論。でも、変なことはダメだよ?」

 

 魔素を動かして痴漢するとか、怪我したフリして抱き付くとか。特に魔素関連はやめて欲しい。だって、ターニャちゃんが変な技術を覚えていくから!

 

「それじゃ……」

 

 泣き顔を見ると、可哀想な気持ちが湧き上がる。でも大丈夫、クロにはアリスちゃんって女の子がいるからね。縦ロールは置いておくとして、人柄や容姿だって最高。

 

「さて、我も帰る。ジルよ、気が向いたら我が国にも遊びに来い。臣下どもにも説明して貰いたいな」

 

 最後になった魔王陛下が突然宣った。

 

「えぇ⁉︎ そ、それは……何て言えば」

 

 うぅ、困ったぞ。魔王様は俺がフリました!なんて言えないし。

 

「くくく……冗談だ、ジル。では、また会おう」

 

「え、あ、はい」

 

 それだけで済ませ、スーヴェインさんも帰って行った。何だか意外とあっさりしていて、ちょっと吃驚かも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 スーヴェインさんの姿も消えて、さっきまで騒がしかった周りも静かになった。色々思うこともあるけれど、今はただターニャちゃんと一緒にいたい。たくさん話して、たくさん一緒に過ごして、もっとたくさんイチャイチャしたいんだ。

 

 そして……

 

 目の前には至高のTS美少女ターニャちゃん。

 

 そういえば、ついさっき思いっ切り告白してしまった。まあお互い様だ。何だか急に恥ずかしくなったけど、もう今までのジルじゃないのだから、自信を持とう!

 

 今までプルプルさせられる事もあったが、それもここまでだ! 何故ならば、二人は公認の夫婦になるのだから……ムフフ。

 

「お姉様」

 

「ターニャちゃん」

 

 さあ、かかって来なさい! 抱き着いてくれても良いよ!

 

「私のこと、そんなに好きだったんですか?」

 

 む、何ですかそのニヤニヤは!

 

「そ、そうだけど! それはターニャちゃんもだよね」

 

 そう、お互い様!

 

「はい、確かにそうです。でも私はお風呂に入ろうとか、朝のキスとか、お姫様抱っこしたいとか求めた事ありませんよ? 出逢って最初の頃は流石に自覚してませんでしたし。つまり、お姉様は年端の行かない女の子に……」

 

「そそそそれは……」

 

「ずっとイヤらしい事を考えてたんですね?」

 

「あわわわわわ」

 

 お着替え、下着の新調、お胸のサイズアップのチェック、匂いをクンクン嗅いだこともある。あとあと、酔っ払ってキスしたらしい。記憶にないけれど。

 

 うん……ダメダメじゃん! 言われてみればエロエロオヤジと一緒だ! これじゃ魔狂いのエロジジイに文句も言えないし!

 

「罰として……そうですね、少ししゃがんで下さい」

 

「は、はい!」

 

「高さを私に合わせて、瞳は閉じて」

 

「う、うん?」

 

 あれ? こ、これはもしかして! ま、間違いないよな⁉︎

 

 伝説の……誓いのチュー!

 

「プルプルし過ぎ……こっちが緊張してしまいます」

 

 仕方ない、仕方ないったらないのだ! さあさあ早く、お願いします!

 

 いよいよ、いよいよこのときが!

 

 

 

「お待ちなさいな」

 

 

 

 そんな風に緊張と幸せが最高潮に達していたとき、お母様の制止が入った。目を開ければすぐ近くに超可愛いターニャちゃん。頬がほんのり赤いのも最高。でも残念ながらプニプニの唇が見えない。だって、お母様が二人の間に手を差し入れて止めてるからだ。

 

 もう! 何でさ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、やっぱり泣いちゃう

 

 

 

 

 

 

「ルオパシャ様は認め下さったけれど、ジルヴァーナの母として未だ良いとは言ってないわ」

 

 誓いのチューを止めた手を引きながら、お母様は厳しそうな声を出した。そこには悪戯や意地悪をする空気もない。慣れてるけど、それでもちょっと恐いのだ。

 

「ええ……?」

 

 まさかお母様ってば反対なん? 拙いぞ、最も最強の恐ろしい壁が残っていたなんて……

 

「二人とも少し待ってなさい」

 

 そう言うと、ルオパシャちゃんを連れてコショコショと話し合いを始めたようだ。そして、短い時間で終わったのか、こっちに歩いて来た。

 

「ジルヴァーナ、土魔法で椅子を出しなさいな」

 

「う、うん」

 

 土魔法を行使して、丸い椅子を生成する。俺とターニャちゃん、お母様と残っていたルオパシャちゃんの四人分だ。ついでにやっぱり丸いテーブルも。コロッセオ擬きの真ん中辺りで場所は変わってないし、風は吹いてないから過ごしやすいかも。

 

「キーラ、飲み物を頼めるかしら」

 

「はい、シャルカ様」

 

 いきなり現れたキーラ。いつもの無表情でお茶を並べる。あのぉ、何処にいたん? 湯気を出してるお茶はどうやって用意したんでしょうか?

 

「ありがとう。下がっていなさい」

 

 スッと頭を下げたキーラは再び姿を消した。ホントにどんな技術なんだ、アレって。疑問が消えないし、キーラが消えた辺りの空間を眺めてみる。見ればターニャちゃんも何やらチェックしてるし。も、もしかして、あの技を盗もうとしてるんだろうか? 何やら寒気が走ったのは勘違いだと思いたい。

 

 直ぐにお母様の声が聞こえてきて、気も逸れたけど。

 

「そうね……まず、愛し合う二人の心を否定する気はないわ」

 

「じゃあなんで」

 

「全く、貴女達は大切な事を忘れてない? ジルヴァーナの恋人探しをしていた訳じゃないのよ?」

 

 はっ、そうだった!

 

「シャルカさん。魔素に関してはお姉様も認めてくれてます。絶対に……」

 

「絶対に? 本当にそう言い切れるのかしら、ターニャさん」

 

「そ、それは……」

 

 怒ってはないけど、何時もの威圧感が滲み出して流石のターニャちゃんも萎縮しちゃったみたいだ。こんなときのお母様はホントに怖いよな。

 

「ターニャさんは……皇位継承権はなくとも我がバンバルボア皇女の一人を娶ることになる。そして、例えジルヴァーナが市井に下りるとしても、竜帝様から引き継ぐ御意志は変わらない。これだけは絶対に。なのに貴女はまだ若く、しかも女の子。この娘の父であり、そして皇帝陛下でもあるあの人を、どう説得出来ると思う? 私はターニャさんを知っているけれど、あの人は甘く無いわよ?」

 

 あー、あの余り感情を出さないお父様ねぇ。まあ偶に甘えてあげると微妙に嬉しそうだったし、何となく大丈夫そうな気がするけどなぁ。あと、お母様にベタ惚れだったのを憶えてる。

 

「……はい。分かっているつもりです」

 

「まだ子を成せるか不明な貴女に、我が娘をキズモノにされたら堪らないわ」

 

 む。

 

「お母様! そんな言い方酷いです!」

 

 大体キズモノって何だよ! そもそもこっちがターニャちゃんをプルプル……いや、俺が子供を産む訳で……プルプルされるのは、えっと……あ、あれぇ?

 

「黙りなさい。私はターニャさんと話してるの。ねえターニャさん。貴女は大切な娘さんを下さいと言いに来た人と一緒でしょ? 母として譲れない点がある以上、どうする気かしら?」

 

 俯いてしまったターニャちゃんは必死に言葉を探しているようだ。でも、頭の良いターニャちゃんだから、確実なんて言えないって分かるんだろう。うぅ、どうしよう。折角お付き合いが始まるのに……

 

「シャルカさん、私は……」

 

「言ってみなさいな」

 

 グッと前を向き、お母様の目を真っ直ぐに見た。あれ、何だか格好良いぞ、ターニャちゃん。

 

「……一年、一年だけ時間を下さい。それまでに魔素を操る力を認めさせます」

 

「一年、ね。流石ターニャさんと言いたいけれど、そんな簡単に言葉にして大丈夫かしら?」

 

「はい。あの、ルオパシャ様」

 

『ん、なんじゃ?』

 

 ずっと黙っていたルオパシャちゃんも橙色した瞳をターニャちゃんに合わせた。真っ白な肌、真っ白な髪が綺麗。

 

「私が勝ったら、子を成す技術を教えてくれると言いました。ですから、お願い出来ますか?」

 

『ふむ、約束は必ず守ろう。じゃが、一年とはかなり厳しいと思うぞ? 妾も最近使えるようになった技術であるし、片手間で覚える事など不可能じゃ。それだけの短期間でと言うなら覚悟がいる。それこそ命を賭けてな。魔素は全ての始まりであり、そして終わりでもある。ましてや妾は竜。お主とは違うからの。甘い考えは捨てた方が良い』

 

「……やります。必ず」

 

「ちょ、ちょっとターニャちゃん! 危ないことなんてダメだよ!」

 

 命を賭けてなんて大袈裟に言ってるだけだろうけど、簡単じゃないのは間違いない。怪我とかしたらどうするんだ!

 

「黙りなさいと言ったでしょ、ジルヴァーナ。ターニャさん、本気なのね?」

 

 で、でもさ!

 

「はい、絶対にお姉様を幸せにしてみせます」

 

 ニコリと笑ったお母様は姿勢を正し、ルオパシャちゃんに向き直る。そしてそのまま言葉を続けた。

 

「ルオパシャ様。私からもお願いしますわ」

 

『うむ』

 

「では一年後、また会いましょう。そのときターニャさんが技術を受け継いでいたら、正式に二人の仲を認めます。もし間に合わなかったり、無理だったなら、ジルヴァーナは私の選んだ者へ嫁いで貰いますよ? 二人とも分かりましたか?」

 

 一年後かぁ……まあ両想いだし? 最悪二人で逃げ出して……いやいや明日からでもイチャイチャすれば……

 

「ジルヴァーナ……言っておきますが、それまで妄りに(みだりに)肌を合わせるなんて許しませんよ?」

 

「な、なんで!」

 

「はぁ、やっぱり変なことを考えてたわね……そもそもお相手はまだ子供でしょう。ましてや女の子で、沢山の経験を積み、そして世界をもっと知る必要があります。つまり、先程の打ち合わせ通りでお願い出来ますか、ルオパシャ様」

 

『うむうむ、それしかあるまいて。しかし、ジルの予想通りな反応には笑ってしまうの。それともシャルカの才能か?』

 

 え? なに? 何の話?

 

「ふふふ、私はジルヴァーナの母ですから。お腹を痛め産んだたった一人の娘である以上当然ですわ」

 

『そういうものか? まあ良かろう。ターニャよ、一年間妾と共に旅へ出るぞ。みっちりと教えてやるわ』

 

「当然ジルヴァーナは居残りよ?」

 

「……分かりました。頑張ります」

 

 え? 

 

 俺抜きで旅? や、やだぁーーー‼︎

 

 とにかく、何とかして止めないと!

 

「ほ、ほら、旅なんて危険だし魔物が現れたら」

 

『妾がおる』

 

「で、でも、ルオパシャちゃんって竜だから人種の常識とか……」

 

『それこそターニャがおるじゃろ。ジルと比べてもよく出来た娘と聞いておるぞ』

 

「うっ……えっと、タ、ターニャちゃんはまだ幼くて!」

 

『ふむ。今はその幼き少女と二人きりにする方が危険と、そこのシャルカが言っておったが?』

 

「そそそんなコト……」

 

 な、何か反論を! 何かないのか我が頭脳よ、超級魔剣の経験よ!

 

「お姉様」

 

 ん?

 

「……ターニャちゃん」

 

「心配してくれて嬉しいです。でも、この機会を逃したら私達はずっと姉妹以上になれません。お姉様は今まで、たくさん戦って来ました。魔物相手に、多くの人を助けるために。貴女の隣に堂々と立つには、今の私ではダメなんです。だから……信じて待っていてくれませんか?」

 

 俺よりずっと小さいのに、上目遣いが最高なのに、超絶美少女なのに、何故か凄く格好良かった。ドキリとオッパイの奥が鳴り、濃紺の瞳から視線を外せなくなる。

 

「でも、一年も会えないなんて……」

 

 もうターニャちゃん抜きの生活なんて考えられないのだ。禁断症状が現れて、身体がプルプル震えてしまうだろう。

 

「……お姉様、耳を貸してください」

 

「あ、うん」

 

 そっと寄せた耳に、ターニャちゃんの吐息が届いた。寒気とは違う何かが背中を走って吃驚する。

 

「たくさん、一年後にたくさんイチャイチャしましょう。お風呂を一緒に入って、抱っこもして、キスも息が出来ないくらいに……下着や服も好きなもの選んでください。約束です」

 

「……ホント?」

 

 あんな事やへんな事も⁉︎

 

「酷く変な事じゃなければ」

 

「やっぱり心を読んでるよね⁉︎」

 

 ふふふと笑うターニャちゃん、可愛い。

 

「それと、浮気は許しませんよ?」

 

 でも、真面目な瞳、ちょっと恐いです。しかも何処かお母様っぽいのが尚更。

 

「そ、そんな事しないし! 私はすっごく一途なんだから!」

 

「ハーレム、実は好きですよね? リュドミラ様、アリス様、クロエさん、パルメさん、リタさん、他にもたくさん……」

 

 指折り数えるターニャちゃん。

 

 バ、バレてるぅ!

 

「私は独占欲が強いので覚悟して下さい」

 

「わ、私だって!」

 

 ターニャちゃんこそ超絶美少女なんだから、エッチな変態野郎達に言い寄られたら大変だ。うぅ、やっぱり心配だぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 

 あの日覚えた不安も、幸せも、目の前にあるような気がする。過去のことって、思い出すのも一瞬だ。ついさっきのことみたいに浮かんで来たもん。

 

 

 美味しかったお茶の朝の時間も終わり、もうお別れのときだ。

 

 

 一年と言う限定された期間だとしても、寂しいのは寂しのだから仕方ない。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

「……うん」

 

 ターニャちゃんは所謂旅装に身を包んでいる。アーレに旅したときのアレだ。濃いグリーンのズボン、焦茶色のマントは大判に誂えてある。細い腰回りには太めの皮ベルト。包帯や薬、非常食などなどが入っている筈だ。ホントはもっと色々持っていって欲しいけど、マリシュカに怒られて諦めた。

 

 比較的小さめの背嚢には衣服と下着、あと生理用品とか。簡易的な野営が出来るセットも。御飯はルオパシャちゃんが何とかするらしい。

 

 あと心配なのは魔物との遭遇だけど、そもそもルオパシャちゃんが居る以上あっちが逃げ出すだろう。お馬鹿が近付いて来ても、ターニャちゃんの魔素感知を躱すなんて不可能だ。

 

 きっと大丈夫。大丈夫だ。

 

「ふー、間に合った!」

「リタが朝寝坊したからでしょ」

「パルメだって危なかったの知ってるからね?」

「マリシュカさん、余計なこと言わないでくれる?」

 

 姦しいという漢字の通り、ワチャワチャした三人の女性陣の登場だ。

 

 そばかす可愛いリタ、格好良い美人さんのパルメさん、そしてアートリスの情報を掌握するマリシュカおばちゃん。全員ターニャちゃんと仲良しで、年齢を超えた友達なのだ。

 

「皆さん、ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げるターニャちゃん、やっぱり礼儀正しいな。

 

「気にしないの。うん、よく似合ってる。ジルの魔力銀の服には流石に敵わないけど……頑丈な生地を選んだつもりだから少々乱暴に扱っても大丈夫よ」

 

 職業柄かパルメさんがターニャちゃんの服をチェック。アーレに行く前に買った分だけど、金にモノを言わせて選んだのだ。ターニャちゃんには内緒だけど。パルメさんは襟裳を整えたりして、その後シュッと髪に指を入れたみたい。

 

「うん可愛い。正直心配だけど……頑張ってね」

 

「はい、パルメさん」

 

「うー、やっぱり寂しいよー。ターニャちゃん、辛かったらいつでも帰って来ていいんだからね? ジルの家が無理なら私のトコでも大丈夫だよ」

 

 リタとターニャちゃんが二人並ぶ様は、なかなかの絶景です。年上だけどリタは幼い容姿だし、キリリとしたターニャちゃんとの対比が良い。やっぱりお礼を返すターニャちゃんはギュッと抱き竦められて驚いていた。うむ、尊い。

 

 うむうむと内心の寂しさを抑えて頷いていたら、最後の一人に挨拶するようだ。少し小太りなオバ様だけど、侮ったら終わるやばい人です。

 

「マリシュカさん、()()()お願いしますね」

 

「ああ、任せておきな。大体隠し事が苦手なんだから余り心配要らないと思うけどねぇ」

 

 例の件? なにそれ?

 

「一見自覚してて、実は無自覚の人誑しですから。天然なんで油断出来ません」

 

「そうかい? アンタが言うならそうなんだろうさ」

 

 クシャリと笑ったマリシュカは、折角俺やパルメさんが整えた髪をクシャクシャに撫でている。苦笑するパルメさんも諦め気味だ。しかし、例の件って何だろう? あとで確認しなくては。

 

 ルオパシャちゃんに向き直り、ターニャちゃんは数歩離れて立ち止まる。そのまま背中を見せて、暫く動かなくて、どうしたんだろうと思ったときーーーー

 

 またこっちに向き直ると、タタタと駆け寄って来る。

 

 どしたん? ルオパシャちゃん待ってるよ?

 

「お姉様」

 

「どうしたの?」

 

「……泣かないでください。私まで泣きたくなります」

 

「……え?」

 

 またまたぁ、泣いてなんか……

 

 思わず手を両目に当てると、何やら冷たい感触があった。

 

 わぁ、ホントに泣いてたぁ。全然気付かなかった。

 

「ち、違うの、これは」

 

 ギュッとされた。思い切り。顔は自慢のオッパイに沈んでるから表情が分からない。でも、多分、泣いてる。だってプルプルしてるもん。

 

 いや、もしかして、俺も。

 

「……行って、来ます」

 

「うん」

 

 

 そうして、ターニャちゃんはアートリスから離れて行ったんだ。

 

 

 




第三章終わりです。続きを書き貯め中なので、改めて投稿再開したいと思ってます。出来れば六月の早いうちに……あと、それまでに間話を投げるかもしれません。
宜しければ、感想やコメント、評価などを是非。


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間話
リタさん、ランチする


間話です


 

 

 

 

 

 

「ジルー! こらー! まだ寝てるのかぁ!」

 

 んー、何やら聞き覚えのある声だなぁ。夢の中とは言え、ターニャちゃん以外の登場人物なんて久しぶり。えっと、誰だろう?

 

「もうお昼前なんだけど! 約束を忘れたの!」

 

 お昼……約束……

 

 約束? あっ! ヤバイ!

 

 普通の夜着、所謂パジャマを着てるのも忘れて魔力強化を全力で施す。ビュンと飛び起き、一気に玄関に走った。あー! ヤバイヤバイ! 完全に寝坊しちゃったよ!

 

 こんなとき、広い屋敷は仇になるのだ。表の正門も超絶美人ジル特製の防犯装置により、普通開けたり出来ない。よほど魔素に詳しかったり、才能(タレント)があったら別だけどね、ターニャちゃんみたいに。とにかく全力疾走で待ち人へとダッシュ! まあ魔力強化したら一瞬だ。

 

 今日の来客者には開ける方法を教えてたから、正門は抜けて玄関先まで来たんだろう。だから、声が何とか届いたのだ。

 

「ご、ごめん! 寝坊しちゃって……」

 

「全く、借り一つだね……って、なんて格好してるのよ!」

 

 重厚な造りの玄関扉で、見た目通り非常に重い。しかし一定の魔力、正確に言えば魔素を動かすことで殆ど自動扉みたいなものだ。ゆっくりと開いた先には、ソバカスが可愛いリタが立っている。両手を腰に当て、いかにも怒ってますって姿が可愛い。しかし直ぐに血相を変え、何だか怒ってるみたいだ。

 

 んー? 何ですかぁ? 

 

 両頬は真っ赤に染まり、視線は下に上に大忙し。そんなリタに合わせて俯けば、理由が分かった。

 

 薄紫色したパジャマワンピはビリビリに破け、肩紐は右側しか残ってない。寝るときブラはしないから、大変立派なお胸様がこんにちは寸前。何とか下半身は無事で、それだけは褒めてやろう。よくやった我がパンツよ。我ながら艶々でシミひとつ無い肌がアチコチ露出しており、自分の身体じゃなければ滅茶苦茶興奮するレベル……

 

「わ、わぁ⁉︎ ご、ごめんなさい!」

 

 魔力銀の装備で無い以上、当たり前の衣服は強化した速度に耐えられない。うん、慌ててたから、つい。

 

「えっと、いつもの感じで強化しちゃったから……ご、ごめんね?」

 

 益々怒ってらっしゃるリタさん。周りをぐるぐると見回し、他人の視線がないか確認しているようだ。

 

「えっと、大丈夫だよ? 私の家の防犯はガッチガチで」

 

「裸同然のジルが言えたことじゃない!」

 

 俺の左手を握り、ヅカヅカと玄関に入って来た。更に扉を閉めようと頑張るが、可愛いリタの細腕ではかなり重く感じるだろう。

 

「その扉も普通じゃなくて……あ、すいません、閉めます」

 

 ぐぬぬと力を込めていたリタにギロリと睨まれ、反射的に謝った。

 

「はぁ……ジルってば」

 

 まだ真っ赤なリタだけど、多分怒りだけじゃ無いだろう。だって、まだこっちをチラチラ見てるもん。流石に恥ずかしいので、オッパイは両手で隠してる。まあサイズもあれなので、零れ落ちそうなのは許して欲しい。

 

「とにかく早く着替えて来てよ……同性なのに目のやり場に困るなんて、やっぱり反則!」

 

 信じられない、あんな美貌で、肌も綺麗で、胸も大きいし、腰なんて何であんなに細い……あ、変な趣味に目覚めそう。

 

 何やらブツブツと独り言を呟くリタだけど、ツッコミはやめた方が良さそうだ。ごめんね、超絶美人で。

 

「えっと、好きに寛いでて? 急いで着替えて来ます」

 

「はいはい、待ってますぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 

 

 

 左に曲がり、少し細めの路地に入った。左右には露店が並び、見た目以上に狭く感じる。彩豊かな布地が吊るされ、あちこちから良い匂いもするのだ。石畳が軽やかな足音を返してくれて、喧騒の中なのに耳に届くのが何故か嬉しい。

 

 

「お! ジルじゃないか! 久しぶりだな!」

「ありゃま、ジルったら二人なんて珍しいね!」

「帰りでも良いから寄って行きなよ。娘達が会いたがってたんだ」

「ほれ、試食して来な。感想は欲しいけどな、がははは!」

 

 

 路地深く入ると、顔見知りの人達が声を掛けてくる。それも嬉しいけど、試食は勘弁して欲しいかな。これから御飯食べに行くし。

 

 何とか人波を避け、ホッと息をついた。隣のリタが溜息を隠してないが、見ないフリだ。テクテクと目的地に向かいながら暫く世間話をしていたら、さっきのお出掛けの時間の話題になった。

 

 もう忘れてくれていいんだよ?

 

「ねえ、最近かなり適当になってない?」

 

「そ、そうかなぁ?」

 

 アートリスはかなり広いから目的地はある程度決めておいた方がいい。こっちの地区、西街区と呼ばれるこの辺りは美味しい御飯屋さんが多くてよく利用させて貰ってる。しかも安くて量もあるから老若男女大人気なのだ。

 

 リタと並んでゆっくりと歩く。何だかデートみたいで楽しい。別に手を繋いだりしてないけれど。

 

「だってあんな風に裸同然で出てくるなんて、らしく無い気がする。友達になって随分経ったから、知り合う前のジルと違うのは分かるけど……それでも綺麗でしっかり者のお姉さんって憧れは消えてないよ? 私だけじゃなく、他のみんなもそうだろうし」

 

「う……で、でも、家の中だとあんな感じだよ? よく、ターニャちゃんに叱られてたから」

 

 用事のある朝は必ず起こしに来てくれた。朝ご飯も丁度良いときに出て来て驚く日々。とにかく美味いのだ、ターニャちゃんの手料理。

 

「……ターニャちゃん、か。まだ数日だけど、何だか凄い昔に感じるね」

 

「うん」

 

 ルオパシャちゃんとアートリスを旅立ち、数日が経過している。昨日も夢に出て来て、相変わらず手強かった。未だにお風呂さえ入ってくれないのは何故なんだ。

 

「今はどの辺りだろ?」

 

「場所は分からないんだ。教えて貰ってないの」

 

 ん?って顔したリタだけど、直ぐに納得の表情に変わったみたい。

 

「あー、ジルなら魔力強化して遠い街でも突撃しそうだもんね。こっそり後から尾行して観察する……間違いない」

 

「そ、そんなことする訳……」

 

 あるけども! 正にそれが理由で教えてくれなかったのだ!

 

「まあ愛しの、イチャイチャしたいターニャちゃんだもんねぇ」

 

 人通りの激しい、しかも狭い路地でリタは意味深な単語を選んでくれた。

 

「しー! 街中で変なこと言わないでよ!」

 

「んー、何のこと?」

 

 ニヤニヤと笑うリタは、今の俺たち……つまりターニャちゃんとの仲を知っている。正確に言うとターニャちゃんから旅のことを知らせるとき、合わせて伝えたらしい。まあ確かに理由がないと少女が旅に行くなんて不自然だし、ましてやルオパシャちゃんも見た目だけは子供だ。

 

 お互い告白し合った仲で、今は遠距離恋愛中。

 

 他にも色々バレてるらしいけど、何故か教えて貰えない。よく考えたらおかしくない、それって。こっちは当事者なのに。そういえば、結局バンバルボア帝国のこともあまり聞いてこない。それだけは助かったかな。リタから他人行儀にされるなんて嫌だし。

 

「ねえリタ、質問していい?」

 

「ん?」

 

「その……今更だけどさ……私達のこと、おかしいとか思わない?」

 

 だって世間的には同性で、歳の差もあるし、何より姉妹として過ごしていたのだ。温暖な気候に合わせてか、ツェツエ王国はかなり開放的な考えの人達が多いと思う。それでも、かなり珍しい関係なはずだ。

 

「そうだねぇ、不思議だけど驚いたりはしなかったかな。ターニャちゃんも、ジルも、互いを大切に想ってたし。あー、恋愛感情だったんだって知ったら、納得感があったもの」

 

 うんうんと二回頭を振ったリタが本心で話してるのが分かる。何となく嬉しくて、同時にホッとした。

 

「ありがと。うん、私がもっと頑張って引っ張って行かないとダメだね」

 

 すると、リタはハァ?って顔に変わる。あのぉ、本心が思い切り外に出てますが?

 

「あのさ。前から思ってたけど、間違いなく向こうが引っ張って行く方だからね。ジルは可愛い可愛いお嫁さんになる訳だし、無理しない方が良いって。寧ろ甘え上手になれるよう勉強したら?」

 

 えぇ……?

 

「私の方がずっと歳上……お姉様って呼ばれてるし」

 

 それに超級の冒険者で、すっごい強いんですが! まあターニャちゃんが才能(タレント)を完全に使いこなしたら、色々とヤバイ気もするけども……

 

「表だとそれで良いけど、実際は逆でしょ? 張り切ると逆手に取られて反撃を貰うだけだと思うなぁ」

 

 ーーーそれも面白いから良し。

 

「最後の面白いってとこ、小声でも聞こえたからね?」

 

 しかし、完全に反論出来ないのが悔しい。最近は色々と頼りきりだったもんなぁ。そう言えば、ターニャちゃん言ってたな……プルプルさせたり、赤くなったりするのが堪らなく好きだって。頭も良くてSっ気も隠さないから、カウンター攻撃が辛辣だったりするのだ。うーむ……

 

「とうちゃく〜」

 

 リタの一言で我に帰る。見れば目的地のご飯屋さんは目の前だ。そう、今日はリタと二人でランチだ。前から話はしてたけど、互いの都合が合わなくて延び延びになってたんだよな。今はターニャちゃんもお留守だし、リタも公休日。

 

 アートリス周辺に点在する村々から新鮮なお野菜を仕入れ、シェフの人が工夫して食べさせてくれるらしい。元の世界でも一緒だけど、女性達に人気のお店だ。外観もオシャレで、たくさんの花々が飾られている。昔の俺なら絶対に入らないだろう雰囲気だけど、今は超絶美人なジルその人。つまり、何の問題もない、うん。

 

「いらっしゃいませ」

 

「予約していた二人です。これ、予約票」

 

「はい、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 

 この世界には電話もメールも無い。いや、正確には魔素通信網が存在するけど、一般での使用は論外だ。だから予約するには足を運び、幾つか記入して半券を預かる方法が普通になっている。

 

「リタ、予約ありがとね。遠いから大変だったでしょ」

 

「ふふ、気にしないで。好きでやってるんだから」

 

 ニッコリ笑うリタも可愛いな。年齢は近いけど、俺に比べるとかなり幼い容姿だから尚更だ。我が母上に似て、いや似過ぎて、ジルってば美人さんに育ちましたので。でもさ、慎ましやかなお胸もサイコーだよ、リタ。

 

 内心で遊びつつ、案内された席についた。ふむ、角の奥まったところだし、VIPまではいかないけど特別な席っぽいな。店内からの視線も遮られてるし、そのくせ店先に飾られた花々はよく見える。木製のテーブルも二人でだと十分過ぎるくらい広い。うーむ、特別席で別料金とか取られないのかな。まあ、それなら俺が払うけど。

 

「あ、あの……私、普通の席で予約したんですけど」

 

 同じ不安を持ったリタの質問に、店員さんは「いえいえ」と首を振った。何だか空気感が"演算"のタチアナ様に似てる気がする。頭良さそうで、先回りされて、冷静で凄そうな女性だ。うん、ちょっと警戒してしまう。

 

「申し訳ありません。こちらの勝手な判断です。失礼ですが……同伴の方は魔剣のジル様ですよね? 既に気付かれたお客様も多いですし、気を遣わせるのも悪いですから。店長としての私の判断です。もちろん追加料金などは頂きません、が」

 

「「が?」」

 

「あ」

 

「「あ?」」

 

「あ、握手して下さい! それと! 出来れば店先に来店の署名など頂ければ!」

 

 署名、つまりサインってこと? と言うか、雰囲気変わり過ぎじゃない? 思い切り乗り出すように体を傾けてるし……何より血走った目と鼻息の荒さが凄い。

 

「ジル。ほら」

 

 完全に呆れた風のリタ。あのぉ、別に俺が悪い訳じゃないよね? そっと差し出した右手を、店長さんは両手でガチリと掴む。ハァハァと益々鼻息がもっと荒くなったのが、正直怖いんですが。女性じゃなければ間違いなく事案だ。

 

「あ、あの、そろそろ手を……」

 

 握り締められた手を舐めるように撫で撫でされて、流石に声を掛けるしかない。ハッとした店長さんが慌てて手を離し、「失礼しましたー」って小走りで姿を消した。

 

 な、何だったんだろう。

 

「浮気未遂、一件目。ターニャちゃんへ報告だね」

 

 は、はぁ⁉︎

 

「ななな何を不穏なこと言ってるのかな?」

 

「ターニャちゃんに頼まれてるの。ジルが浮気したり、他の人に色目を使われないよう注意をお願いしますって。特に綺麗系のお姉様や、可愛い系の女の子に警戒ってさ」

 

「んなぁ! そんな事ある訳ないじゃん!」

 

「ど真ん中はリュドミラ王女殿下」

 

 ミラちゃん、確かに可愛いけども! TS超絶美少女ターニャちゃんと双璧を成す、至高の美少女だけど! そもそも何で知ってるんだ!

 

「ふ、ふん! それを言ったらリタだって可愛いもんね! 私と大して変わらない年齢なのに、ソバカスとかも幼い感じで素敵……」

 

「あん?」

 

 ひぃ⁉︎ 明らかに目が座ったリタさん……す、すいません! 言葉を間違えましたぁ! "幼い"とか禁句なの忘れてた!

 

 そのあと暫く……リタのご機嫌が治るまで、頑張らないといけなくなった。

 

 うぅ、可哀想なジルちゃん!

 

 

 

 

 

 

 



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第四章〜誘惑の一年間〜
お姉様、お仕事する


お気に入り登録やコメント、嬉しいです。新章スタートしますが、投稿は相変わらず不定期になりそう……


 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 ほんのちょっとだけ、俺達二人は無言だった。

 

 いや、別に嫌いな奴だとか、そんなんじゃないよ? 寧ろ懐かしい気持ちになる。

 

 うんうん、基本的に余り変わってないなぁ。

 

 ベージュブラウンの髪を薬液で撫で付け、額を露わにしていて……八年ぶりとは言え、思ってたより若いままだ。背格好も本人曰く平凡で、こっちとしても特段否定はしないかな。女性としては身長高めな俺より、少しだけ上背があるくらいだし。

 

 だだし、昔から非常に頭が良く、お母様あたりは特に評価していた。バンバルボアでは俺を捕まえるため、捜索隊の指揮を取ったりもしていたくらいだ。うん、中々の強敵だったよ?

 

 とは言えその忠誠心はホントだったし、何処か信仰に近い想いを感じたこともあった。そんな彼が今、目の前に立っている。真っ青な顔色をして。

 

「……冒険者協会から依頼を請けて来ました、ジルと申します」

 

 俺の自己紹介に益々青くなり、額に光るのは間違いなく冷や汗だろう。まあ、気持ちは分かるけど。

 

 王都アーレ=ツェイベルンから幾つかの主要都市を周り、最後の目的地であるアートリスへと向かう道中。その行程の間、護衛依頼を請けたのが俺だった訳だ。当初はダイヤモンド級をあてがう予定だったが、バンバルボア帝国からの特使である以上、出来るなら超級をと考えたらしい。ツェツエの外務卿であるテレドア公の気遣いって話だけど、御本人様には可哀想な状況かもしれない。

 

 だって、かつても今も、忠誠を誓う相手に護衛されるなんて、全くの逆だもん。随分と昔、幼い子供だった俺に言ってたからね。「このキルデベルト。ジルヴァーナ様の足元にも及ばぬ非才なれど、身命を賭してお守り致します」って。

 

 そんな相手に護衛されるって……うん、辛いねぇ。

 

 しかし残念ながら、周囲にも他の人が居るから()()()は態度を変えられない。ツェツエからも護衛の騎士が来てるし、他にも事情を知らない人が大勢。まあ俺からも、余計な事を言うなよ?って圧力を感じてるので、益々顔色が悪くなってるのだ。

 

「……ジ、ジルヴァ……あ、いや、ジルど、の。よろしく頼み、頼む」

 

 バンバルボア帝国の中でも名門に数えられる"コト家"の次男坊。キルデベルト=コト。俺がツェツエに居るとお母様にバレたのは、キルデが王都で見掛けたのがキッカケらしい。確か、王都から出るために馬車で並んでる時だ。ターニャちゃんと二人、アートリスに帰る日だね。

 

「騎士団の皆様がいらっしゃいますから、御身に危険のカケラも無いと思いますが……私も貴方様をお守り致します。御安心下さい」

 

 一応他国から来た偉いさんだから、俺もそれなりに返した方が良いだろう。そんな風に軽く考えて話したつもりだけど、目の前のキルデはフラリと気を失いそうになった。おい、護衛の始まる前に倒れるなよ?

 

 何とか踏ん張ったキルデ、偉い偉い。

 

「す、すまないが……新たな冒険者が加わる以上、少し詳細を詰めたい。しばし時間を貰えないだろうか? 無論超級であることは承知している。貴国に余計な不義を働くつもりも無い」

 

 隣に控えていたのはツェツエの人らしい。多分外務卿直轄の高官だろう。外交関連の専門家だ。そのおじさんは僅かに眉を顰めたみたいだけど、特に反論もしないようだ。超級は国の抑止力や防衛にも関わる戦力として、暗黙の了解ってヤツがある。つまり、誘い込みや裏取引、はたまた暗殺なども含めて厳禁なわけ。いや、暗殺なんて当たり前か。

 

「……はっ。それでは半刻ほど」

 

「ありがとう」

 

 礼を返したあと、お願いですからって視線を俺に送ってくる。まあ仕方ないか。

 

「では、彼方で如何ですか?」

 

 声はまず届かないけど、人影は隠れない、そんな場所を案内しておこう。アートリスへ出発前で、逗留していたこの街からまだ出てはいない。そして案内したのは、店先にもテーブルと椅子を並べている一種のカフェだ。記憶ではかなり高級な部類に入るお店だから、失礼でもないだろう。

 

「ああ、構わない」

 

 キルデってば冷静さを装ってるけど、冷や汗は引いてないよー? ゆっくりと二人で歩き、店員さんに断って席につく。朝陽も届くし、歩いてる人も少ないし、風も気持ちいい。モーニングティーらしきお茶を頼むと、店員さんは優雅に礼をして姿を消した。なかなか格好良い。

 

 キョロキョロと周りを見回すと、キルデは堰を切ったように喋り出した。

 

「ジルヴァーナ皇女殿下……! こうして再び御尊顔を拝謁(はいえつ)する日をどれだけ待ち望んだか……私は、私は、もう思い残すことなぞ御座いません!」

 

「いやいや、何を最期みたいなこと言ってるの? もう、変わらないねキルデは……ちょっ! 頭を下げないで! 変に思われるでしょ!」

 

 両手をテーブルについて、頭を傾けたものだから慌ててしまった。何とか姿勢を戻したキルデはしかし、クワッて眼を見開くのだ。あの、ちょっと怖いです。

 

「八年、八年ですよ? シャルカ様は必ずまた逢えると仰っておりましたが、まさかここまで永きに渡って姿を眩ますなど……誰が思いましょうか」

 

 うっ……それを言われると……

 

「うー、ごめんって。キーラにも怒られたし」

 

「当たり前でございましょう! 貴女様は我がバンバルボアの至宝にして、シャルカ様の宝珠。始原の種を受け継ぐ……うぅ」

 

 泣くな! マジで変に思われるだろ⁉︎

 

「謝るから、ね? えっと、キルデに会えて私も嬉しいよ。元気にしてた?」

 

 まあ目の前に居るし、元気なのは当たり前ではあるが。

 

「は、はい。こうやってツェツエ王国に足を運んだのも、シャルカ様より御指名を頂いたからこそ。そして、ジルヴァーナ様に邂逅出来たのは運命でありましょう」

 

 邂逅って大袈裟だなぁ。

 

「そっか。うん、キルデは余り変わってないね。他の皆は……あ、そうだ、結婚は? もう子供とかいたりして」

 

 ターニャちゃんとの遠距離恋愛もあり、最近は色恋事情に興味津々なんだよね。とは言え聞ける人も限られるし、キルデならちょうど良い。もう三十半ばだった筈で、最後に会ったときは独身だった。

 

「いえいえ、私などは……しかし貴女様は何処までもお美しい女性(ひと)になられましたね。シャルカ様の美を受け継いだ、まさに女神。それと、結婚はニコレと。ニコレ=ハースと夫婦になりました。子供は未だですが」

 

「……ニコレ? 私のよく知ってる、あのニコレ?」

 

 失礼になるのは分かってるけど、思わず聞き直してしまった。

 

「はい」

 

「えー⁉︎ だ、だって、ニコレとキルデっていつも喧嘩ばかりだったし、そもそも両家自体が天敵(ライバル)同士だよね?」

 

 俺が仲裁に入った事もあるくらい、犬猿の仲って感じだったけどなぁ。ニコレってばまだ若いけど、細剣を使う凄腕の一人だし。凄え、歳の差婚ってやつじゃん。

 

「ジルヴァーナ皇女殿下の所為……いえ、お陰ですね」

 

 んん?

 

「……私が?」

 

「ご存知の通り、ニコレはジルヴァーナ捜索隊主力の一人。そして、私も陣容に加わっておりました。八年前、貴女様の行方が一向に判明しない日々の中で、我等が啀み合ってはいけないと話し合いがもたれたのです。そもそも皇女殿下へ隙を与えたのは間違いなく私達でしょう。あの日、ニコレと意思疎通も出来てなかったですから」

 

「そ、そうなんだぁ。お、お幸せ、に?」

 

「現在、捜索隊は更なる進化と変貌を遂げ、皇帝陛下の覚も目出度い組織となっております」

 

 いや、怖いから。一体どんな組織になってるんだ……

 

「えっと、えっと、そうだ! プロポー……じゃなくて婚約の申し込みは? やっぱりキルデから? 憎さ余って可愛さ百倍!みたいな。惚気を思い切り話してくれて良いよー?」

 

 うん、何やら嫌な流れになって来たし、話題をチェンジしよう。あと、あれだけ仲の悪かった二人の馴れ初めが聞きたい!

 

「いえ? バンバルボアの至宝たる貴女様に逃げられ、悲嘆に暮れたニコレが自暴自棄になり……散々酔っ払ったあげく、私の寝所に押し掛け喧嘩を売りに来たのですよ。そして、気付いたら何故か二人、裸で朝を迎えておりまして。両家とも、あの頃は大混乱しましたね」

 

「……う、うん。それは大変、だった、ね」

 

「ニコレなどはお父上から随分と叱られたようですよ? あの方がどれだけ恐ろしいか、貴女様もよくご存知でしょう」

 

「そ、そうだっかなぁ……」

 

 ぜんっぜん話題転換出来てないじゃん! ホンワカ恋愛話を聞きたかっただけなのにさぁ! 俺の所為なのは分かるけども!

 

「ははは……冗談ですよ、半分は。今では二人とも心から愛し合っておりますので。我等夫婦の、そして両家を結びつけたのは、やはり貴女様ですな」

 

 目が笑ってないです! しかも、半分って言ってるし!

 

「あ、そろそろ出発じゃない? ね? 行こう、さあ行きましょう!」

 

 立ち上がった俺の無理矢理な誤魔化しに、今度は吹き出すように笑うキルデ。

 

「ジルヴァーナ皇女殿下。お茶が未だですよ」

 

 あ、そう言えば確かに……うぅ、早く逃げ出したいのに!

 

「おや、話をすれば、ですな。ほお、これはこれは……ふむ、良い香りだ。ジルヴァーナ様、どうやら時間が出来たようです。それでは……貴女様が居なくなったあとの、捜索隊が辿った紆余曲折を聞いて頂きましょうか。ああ、何よりニコレからの伝言もありますので。しっかりとお伝えしなければ帰ったあと殺されます。さあ、お座り下さいませ」

 

「は、はい……」

 

 うぅ、思い出しちゃったよ、昔からのキルデとのやり取り。

 

「先ずは……」

 

 何だか懐かしい、そんな気がした出発前でした。

 

 

 

 

 

 

 

 




近々新キャラが登場。とは言え何回か名前は出てたり。


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お姉様、思い出す

前フリ前フリ。ターニャの居ない日常。


 

 

 

 

 

 

 

 ツェツエ王国は、温暖な気候に恵まれた領地を抱えている。だから、街から街へと移動する際、気温などの激変に殆ど注意が払われたりしない。アートリスへの道すがらも旅行気分になりそうなくらい気持ち良いのだ。

 

 当たり前だけど、護衛依頼を請けた冒険者である以上、周囲の警戒は怠らない。でも、見るからに王家由来の集団で、おまけに騎士団の姿がある連中に攻撃を仕掛ける馬鹿はいない。まあ魔物は違うけど、そっちは俺が魔素感知で分かるから大丈夫。

 

 つまり小さな鼻歌が溢れてしまいそうな、そんな旅路だ。

 

「魔剣殿。確認だが、アートリスまでの行程に注意点はあるか?」

 

 ん? ああ、蒼流騎士団の人かな? 

 

 キルデは俺がマンツーマンで護るけど、バンバルボアから訪れているのは一人じゃない。他の事務方なども何人か追随してる。流石に知らない人達だけど、何度もチラチラ俺を見てるから間違い無いだろう。そんな数人の、帝国からの客人たちを蒼流が護衛してる。

 

 俺はキルデが乗る馬車の御者台に相乗りさせて貰ってます。見晴らしも良いし、超級と言えどそもそも一冒険者だからね。まあ御者台に飛び乗る俺を見て、キルデが今日一番の青白い顔色に変わったけど。アイツから見たらコッチは皇女で、あっちは臣下だもんねぇ。「逆でしょう⁉︎」って目が訴えてた。うん、我慢したまえキルデくん。

 

 そんな馬車に並走する騎馬、その馬上に居るオジサンが声を掛けてきたのだ。筋肉こそ至高!って見た目の縦横にデッカイ人だ。鎧も相まって益々大きく見える。お馬さんが凄く大変そうだけど。可哀想だし、内緒の疲労軽減魔法をプレゼントしてあげよう。こっちを見てブルルって鼻を鳴らしたのは、ありがとうって意味かな。ちょっと可愛い。

 

「そうですね。油断は禁物ですが……道中は視界も良く、奇襲は殆ど不可能と思います。敢えて言うならこれから見えて来る丘でしょうか。越える向こう側は確認出来ませんので」

 

 とは言え、当然ながら先行して安全を確認する部隊も居る。魔素感知にも引っ掛かってる人達は、そう言う任務にあたってるはずだ。

 

「ふむ、なるほど。では、厄介な魔物はどうだろうか?」

 

「アートリスまでの街道は冒険者の活動が非常に活発です。それこそ貴方様の本拠がある王都アーレ=ツェイベルン周辺よりも。理由はお分かりでしょう。ですから、余程の異変が重ならない限り大丈夫と思います」

 

 蹄と石畳が奏でる音を聞きながら、ちょっと格好良い返しをしてみたり。だって、俺は超級魔剣の、超絶美人なジルですからねー。スイとオジサンに視線を合わせれば、凄く慌てた風で面白い。ずっと俺の横顔をチラチラ眺めてたの知ってるよ?

 

「そ、そうか。確かにアーレ周辺は騎士団の影響が色濃い。そして、その分冒険者の依頼は少ないと聞く。同じツェツエと言えど違いはあるのだろう」

 

 クロやターニャちゃんと旅したとき、アークウルフの集団が現れたけど、アレこそ例外中の例外。確率的に再発は考えられないし、実際魔素感知にも異変は感じない。

 

「はい、仰る通りです……えっと、どうしました?」

 

 魔剣ジルとして会話してたんだけど、オジサンが「うむぅ」と少し辛そうに唸ったのだ。んん? 何ですかー?

 

「す、すまない……実のところ行程の確認は、貴女と会話する為の言い訳なのだ。どうしても早く御礼を伝えたくて、な」

 

「御礼ですか?」

 

 残念ながらオジサンに見覚えは無いけど……

 

「ああ。六年前、私は西の遺跡での戦いに参加していた。"ツェツエの危機"と呼ばれる魔物共との、あの戦いだよ」

 

 ああ、ツェイスと初めて会ったあの時かぁ。暴走精霊とかカリュプディス=シンとか現れたっけ? 遺跡の場所にはつい最近訪れたから分かり易い。ほら、ジルヴァーナ争奪戦に使われましたので。

 

 で、それがどうしたんだろ?って思ったら、オジサンが苦笑して教えてくれた。

 

「暴走精霊の魔素爆発が起き、旋風に巻き上げられた。そして地面に落ちて死ぬ筈だった我等は、謎の力に助けられたんだ。訳も分からないまま王都に帰還して随分経ったあと、あの奇跡は貴女が起こしたと聞いたよ。だから……今まで御礼も出来なかったが、蒼流の皆を代表し伝えさせて欲しい。本当にありがとう」

 

 鎧の胸辺りに手を当て、小さく頭を下げるオジサン。確か馬上で出来る最高の礼節だった筈。流石に似合ってて格好良い。しかし、あの戦いって思ってた以上に影響あったんだなぁ。

 

 んー、六年くらい前だからまだ記憶に残ってはいるけれど……

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 

 確かあのとき、ほぼ完成したと思い込んでた魔素感知波を使ったんだ。コントロールも、調整も、未だ未だ改良の余地があったのにね。

 

 全方位に、そして全力で放つのは初めてだったから、沢山届く情報に混乱した。戦況、怪我人、次から次に溢れて来る魔物達。自分独りなら逃げれば良いけど、当然状況がそれを許さない。あとお世話になってる"蒼槍の雨"のマウリツさん達も居たし。

 

 そして予想通りに現れたのは骨と皮だけな女の亡霊……そんな姿をした暴走精霊の成れの果て。姿もアレだけど、何よりデカいから最初はメチャクチャ怖く感じた。

 

 そして魔力が……つまり魔素が収束を始める。

 

 あー、ヤバいなぁ。絶対に爆発するよアレ。そんな風に思ったら、無意識のうちに魔法を放っていた。四方に属性魔法を撃ち、魔物もついでにやっつける。集まる筈だった魔素は魔力へと変換され、規則性を与えた。無邪気に暴れる魔力なんて捕まえるの簡単だったし。

 

 つまり、収束しようとするなら、それを邪魔したら良いよねってヤツ。

 

 そんな安直な考えは……意外にハマった。爆発までの時間は遅くなって、その威力も減少した、はず、多分。まあ遅くなったのは確実だから、逃げる時間も少しは稼げただろう。

 

 それでも、暴走精霊の魔素爆発は止まらず……台風なんて真っ青の馬鹿げた暴風が発生した。

 

 ホント驚いたんだよ。

 

 だって大勢がビュンビュンお空に飛んでったから。経験や言い伝えがあったのか、全員じゃなく殆どは剣を地面に刺したりして耐えてたよ? それでもポーンと飛ばされた人がパラパラと落ちて来るのを見たら、冷静になんて無理だった。

 

 必死に頭を捻り、導き出したのは魔力弾。属性魔法はそもそも属性付与のタイムラグが邪魔。だから風魔法を選ぶ道は諦め、似た作用を働かせる。威力も比較的調整し易いし。

 

 うーん、結果的には良かったのかな?

 

 でも落下速度や高さもバラバラだったから、何人かは怪我しちゃったみたい。我ながら情けなくて、思い切り治癒魔法も飛ばしたっけ?

 

 騎士団にはツェイスも居て、初めて話したりしたんだよな。そしてオジサンも、ポンポン飛ばされた人の中に居たってことか。

 

 でもなぁ、今思うと違うやり方があった気がするんだよなぁ。

 

 付与を強制的に省略した風魔法で打ち消すとか、そもそも暴走精霊を暴走させないとか。今の俺なら他にも方法が浮かぶんだよ。寧ろ下手っぴな対処な気がして少し恥ずかしかったり。まだ超級になって無かったとか関係ないもん。

 

 あと実際には、そのあと現れるカリュプディス=シンのために力を温存してた気がする……全力で守ったのかと聞かれたら自信がない。

 

 ああ、だからか。

 

 あの半魚人擬きな魔物を本気で倒したんだ。モヤモヤが何処かにあったんだろう、きっと。ツェイスの雷魔法も助けになったけど、そんなの無視するくらい滅茶苦茶したもんなぁ。ツェイスなんて終わったあと、引いてた、絶対。

 

 それと、剣でカリュプディス=シンの腕を両断したとき。

 

 相手を斃すつもりの全力なんて初めてだった。魔力銀の剣がホントの意味でヤバいと気付いた日でもあったんだよ、うん。

 

 魔力と魔力銀の純度やバランスにもよるけど、斬れないものが原理上存在しないかもって。つまり、間違うと斬りたくないものも斬っちゃう。斬った感触すら無くなるのは、凄く怖い事なんだって気付いた。だからあのあと、修行に力が入ったんだよな。

 

 

 んん? 思い出してみると、余り誇らしくないような?

 

 

 助かったのは事実だろうけど、御礼と言われると困っちゃうな。派遣された冒険者としての仕事のうちだし……治癒魔法を使えることはギルド長も知ってたから、それも依頼に入ってたんだよ。

 

 んー、御礼、要らないかも。

 

 でも、そう返すのも失礼だよなぁ。誇りを大切に思う騎士なら尚更だ。そもそも詳細を話すのも大変だし。

 

 ふむ、どうしようか。

 

 ここはやはり、魔剣ジルとして格好良い返しをしますか。嘘をつくのも違うから、ちゃんと本心で。

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 

「……たくさんの」

 

「ああ」 

 

「私に、今まで沢山の幸せを、この王国は与えてくれました。ですから……御礼はお互い様です」

 

「それは、騎士に対する世辞か?」

 

「まさか。私の、心からの本心ですよ?」

 

 超絶美人ジルの、最高の笑顔をプレゼント。オジサンは思い切り照れて、それでも視線を外せないのが可笑しい。

 

 でも、ホントに本心だよ? だってアートリスで楽しく過ごさせて貰ってるし、何よりターニャちゃんと出逢えたんだから!

 

 今や相思相愛で、遠距離恋愛だけど付き合ったりしてる。

 

 さらにさらに!

 

 一年後には晴れて夫婦?にだってなるんだ。

 

 ああ、早くターニャちゃんの顔を見たい。ギュッて抱き締めたーい!

 

 

 

 

 

 




新キャラ登場はもう少し先の予定。


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お姉様、質問される

 

 

 

 

 

 

 アートリスに向けて出発した朝から現在の夕方まで、特に危ない事も起きなかった。山賊的な奴等も、魔物の襲撃も無かったのだ。ある意味退屈だったかもだけど、安全第一って言うし。

 

 夕方に差し掛かり、野営の準備に入る御一行様たち。まあ俺もその一人だけどさ。しかし宿場町を利用しないんだな。遠回りになるのもあるけど……キルデって貴族らしからぬ浪費が嫌いだったから、きっと要望でもあったのかも。バンバルボアだと仕事柄インドアだし、野営とかに憧れがあるとか?

 

「では次に……この馬車のそばに天幕を張ります。ええ、その辺りですね。万が一の際はキルデベルト様の安全確保を最優先に。当然、我々蒼流騎士団のことは無視して頂いて構いません」

 

「分かりました」

 

 新人だろうか、かなり若い騎士の一人が説明に来てくれている。うん、ハキハキした話し方で凄く分かりやすい。まあ偶に胸や腰をチラチラ見てるけど許してあげます。仕方ないよ、ジルだもの。

 

 かなり大きめの天幕は、馬車の天井を利用して斜めに掛ける。それぞれの端っこは金属製の杭を地面に打ち込み固定。ぱっと見は三角形のテントになるだろう。光は殆ど洩れない厚手の材質だから、外気からも守られてる感じかな。相当良い材質で間違いないから、特注品なのかも。一冒険者に対して過剰な配慮もあるけれど、まだ若い女性である点、超級と言う特殊な立場、その他諸々を考慮してくれたらしい。

 

 こういうとき、女性であるメリットを感じる。皆が優しくしてくれたりするからね。まあその分、しつこく口説かれたり、面倒なことも多いけど。

 

 んー、護衛対象のキルデは……俺から見て馬車の反対側に寝床を用意したみたい。柱を数本立てて、かなりしっかりとした寝所と思う。まあ外国からのお客様だもんね。

 

「それと見張りはこちらで用意しますので、基本的に休んで頂いて構いません」

 

 んん?

 

「そこまでは……何だか申し訳ないです」

 

 うーむ、天幕と言いちょっと行き過ぎな待遇だ。護衛依頼なんて何度も請けてるし、これくらい慣れてるんだけど。治癒魔法の変則技に疲労軽減もあるから、数日くらいの寝不足なんて気にもならないよ?

 

「いえ……隊長からも話があったと思いますが、あの遺跡での危機からツェツエや我々を救ってくれた貴女様に、少しずつでも恩返しをしたいと言う皆の総意ですので……代わりと言ってはなんですが、夕食時はジル殿も共に如何でしょうか。男ばかりのむさ苦しい集まりですが」

 

 やっぱり、思ってた以上にあの戦いって知られているんだなぁ。目の前の新人くんは若いから、六年前は居なかっただろうに。もしかして語り継がれたりしてるのかな。あと、あのオジサンって隊長だったんだね。

 

「あ、是非。こちらこそ」

 

 つい癖で、ペコリと頭を下げる。両手は前に合わせて、サラサラと溢れ落ちる髪が耳に少し擽ったい。

 

「や、やめて下さい! あとで皆に殺されますから!」

 

 ん? いきなり顔色を変えた新人くん……どしたん?

 

「あの……?」

 

「あ、いや、その……くじ引きで、特別に俺が……この役割を」

 

「どういうことですか?」

 

 更に慌てた風な説明を聞くと、このジルに話し掛けるチャンスを伺っていた騎士団は、くじ引きを開催することにしたらしい。当選者である彼は野営の時間を利用して、出来れば夕御飯に誘おうとした訳だ。でも、俺が申し訳なさそうに頭を下げたものだから、誤解を招いて袋叩きに遭う不安が頭をよぎった、と。

 

「ふふふ、面白い方が多いのですね、蒼流の皆様って」

 

 ホントに面白いし、超絶美人ジルの笑顔を差し上げよう。上品に手を口に当て、ほんの少しだけ顔を傾けたら完璧だ。案の定新人くんの視線は俺に釘付け。ポカンと気が抜けたような表情のあとアタフタするのを見るの、やっぱり楽しい。

 

「は、はは、ははは……で、では! 準備が整ったらお呼びしますので!」

 

 新人くんは何やら力強い握り拳を天に掲げて走り去っていった。そして、遠くで見守っていた騎士団連中が「おー!」と喜んでる。

 

 あのさ、他国からの賓客を護衛中なんだけど……それでいいのか?

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 ほえー、思った以上に美味しそうなご飯だなぁ。

 

 騎士団の野営時の夕御飯なんて、かなり簡素なイメージだったけど。

 

 でっかい串焼きみたいなヤツが焚き火の周りに並び、やっぱりでっかいお鍋が離れた場所でグツグツ鳴っている。何やら魚介系の香りもするし、ブイヤベース的な感じだろうか。さすがにお酒は供されてないけど、汎用魔法で冷やされた清水が配られているみたい。あと、果物の盛り合わせもあるよな?

 

「……ご、豪華ですね。いつもこんな美味しそうなものを?」

 

 殆どお誕生日席みたいな場所に座らされて、円を描く様に蒼流の人達が囲んでいる。一人残らず俺に注目してるので、かなり緊張する。

 

「いやいや、これはバンバルボア帝国の特使であるキルデベルト様からの計らいなのですよ。今朝、急遽でしたがご指示がありましてね。早朝の市場から仕入れた次第です。何とも太っ腹な御方ですよ、キルデベルト様は」

 

 チラリと離れた場所に座っているキルデを見ると、慌てて視線を逸らしやがった。護衛依頼を請け現れた俺に驚いて、無理矢理用意したな? つまり職権、いや特権濫用したってことだ。いきなりの指示なんて大変だっただろうに、全くもう。

 

「成る程。あとで()()を言っておきますね」

 

 うん、必ず。此処はバンバルボアじゃないし、今の俺もジルヴァーナじゃないのだ。気持ちは嬉しいけれど、変な事はしなくていい。あとでしっかりと話をしないとな。もう一度視線を贈ると、キルデも諦めたように溜息を溢した。

 

「きっとお喜びになるでしょう。さて、皆も待ちきれない様子ですし、始めますか」

 

「はい」

 

 何だかホント宴会みたいだけど、参加者は騎士団から約三分の一。当然に護衛がメインだから当たり前だ。もしかして、これもくじ引きだったりするんだろうか。

 

「わぁ、ホントに美味しそう」

 

 配られた木製の深皿に、多分トマトメインだろう魚介の煮込みが入ってる。大蒜の匂いも僅かにするし、間違いなくブイヤベースだな。と言うかそのものだよ。王都が海に面してる関係でツェツエは水産物も豊富だし、色々と美味しいモノが沢山あるからね。でも、意外と手間暇かかる料理の筈だけど騎士の連中にそんな手の込んだコト出来るのかな? んー、キルデ達がいる訳だから、料理人とかも同行してるのかもしれない。

 

 あとは硬めのパン。こっちにはバターが薄ら塗ってあり、ついでに火で炙ってある。それと、別皿には切り分けてくれたお肉。こっちも香草の良い匂いが堪らない。火の通り具合も良さそうだし、料理人の人はきっと凄腕に違いありません、うん。

 

「ささ、どうぞ」

 

「はい、頂きますね」

 

 やっぱりジーッと全員が注目している。俺が食べるまで待つつもりだろうか。仕方ないので上品に、かつ少なめにスープを掬い、音も当然立てずに口内へと運ぶ。フワリと鼻に抜けた匂いも最高。

 

「ん……」

 

 思ったより熱いな。でも、しっかりと出汁が出てて滅茶苦茶美味いぞ! やはり元日本人として魚介の旨みには煩いほうだけど、これは文句なしです。それに沢山のお野菜の風味が加わってるのも良い。何の野菜かと探ってみたら、かなり煮込んだんだろう、見る限り形が残ってない。でも興味あるから材料と作り方を教えて貰おうかな。ターニャちゃんが帰って来たら食べさせてあげるのだ。

 

「とても深い味わいで、魚介の味もしっかりします。凄く美味しい」

 

 おお……!と皆が喜んだ風で、何だか恥ずかしい。まあそれぞれが食べ始めたし、ようやく落ち着けるな……と思ってたのも束の間。皆からの質問タイムが始まった。

 

「四年前ですか、コーシクス副長と試合をしたと聞きましたが」

 

「あ、はい。少しご縁がありまして」

 

 シクスさん。あの悪戯好きなおじ様は、竜鱗騎士団の副長にしてツェツエ最強と謳われる剣士だ。変態なくせにすっごい強い超級"剣聖"と互角って聞いた事あるけど、その通りだと思う。昔に剣技のアドバイスを貰えたり、なかなか渋くて格好良い人だよね。まあ悪戯好きだけど!

 

「我等蒼流も竜鱗にある種の憧れはありますが、正に別格です。あの方の剣は正に変幻自在。真似をしようにも参考になりませんから」

 

「ええ、その通りと思います。おまけに足癖まで悪いので、剣ばかり集中すると大変です。そして氷魔法も」

 

 あと、俺の魔力弾を剣で弾くんだよな。魔法を使わずだから、一体どうやってるのか分からない。ツェイスに嫁いだら教えるとか言ってたけど……残念ながら無理だなぁ。

 

「足癖……興味深い。因みに、何処で試合を?」

 

 うーん、公式な試合とかじゃないし、気になるのかな。まあ実際はそんな大した感じと違う。

 

「コーシクス様の邸宅ですね。食事に御招待頂いたんです。私と年代の近い娘さん達が居て、冒険者としての話を聞かせて欲しい、と」

 

「ああなるほど」

 

 食事前の腹ごなしとか言い出して、木剣を握らせたときは少し吃驚したけどねー。でもツェツエの剣神の実力には興味あったし、凄く楽しかった。魔法抜きの剣技だけだったら絶対に勝てない相手だから。

 

 あと、試合後に三姉妹がキラキラした目で俺を見て、何だか誇らしかったのも覚えてる。

 

 この流れだと試合内容とか戦法、魔法に関する質問も出るかも。ふっふっふ、仕方ないなぁ……ご飯もご馳走になってるし、ばっちり答えて上げましょう! 超絶美人にして、魔剣のジルちゃんが!

 

 そんな風に考えたちょっと前の俺をブン殴りたい。いや、蒼流の連中も!

 

「どういった男性が好みですか?」

「えーっと……」

 

「普段、休みの日は何をしてますか?」

「そ、そうですね……」

 

「デートするならやっぱりアートリス? それともアーレ?」

「特に場所には……」

 

 うん、魔剣としての経験を聞いてくるヤツが一人もいないし。

 

 質問は適当に流しつつ、ふとキルデが視界に入った。んー、何やら落ち着かない様子だけど、相変わらずだなぁ。間違いなく男たちに囲まれてる俺が許せないんだろう。アイツから見たら忠誠を誓う皇女で、囲むのは他国の騎士団連中だからね。バンバルボアに居た時も、躾とか煩かったもん。

 

 

 

 



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お姉様、帰還する

 

 

 

 

 

 

 

 

 お天気は今朝もばっちりだ。

 

 風が少し強いかもだけど、澄んだ空気も合わさって気持ち良いくらい。天幕の中で身支度を終えて外に出たら、思い切り深呼吸。うん、やっぱり気持ち良い。

 

 それから朝ご飯を食べて、色々と片付けして、最後の旅程を消化すべく進み出した。もうアートリスまで大した時間も要らないからね。

 

「いや、本当に済まない」

 

「大丈夫です。気にしてませんから」

 

 出発と同時に先日の隊長さんが謝って来た。晩御飯のときの騒ぎを謝罪してる訳だが、実際そこまで怒ってないし。まあ超絶美人のジルが一緒にご飯食べてたら、色々聞きたくなるのでしょう。来賓を護衛中なのは指摘しちゃダメだきっと。

 

「普段は任務にも厳格で、あんな事のない連中なんだが……アートリスの女神が相手では平常心が保てなかったのかもしれん」

 

「あの、出来ればその呼び名は……」

 

 勘弁してよって顔をして、オジサンを見てみる。しまったって表情に変わったみたいで、きっと分かってくれたかな?

 

「ツェツエの女神の間違いだったな」

 

 違うよ!

 

 うんうんと頷くオジサン。もう否定するのも疲れて来たよ。

 

「魔剣殿、少し話しておきたい事があるんだが」

 

 真面目な視線で、さっきの様な巫山戯た空気もない。それが分かって、俺も気を引き締めた。きっと仕事に関わる話だな。何か心配事でもあるんだろう。

 

「何でしょう」

 

「今から向かうアートリスだが、我がツェツエの騎士団の編成に少しだけ改変が行われる事になったのだ」

 

「改変、ですか?」

 

 主要な各都市には軍の駐屯地が併設されており、定期的に部隊編成も変わっている。主たる目的の魔物対策では冒険者と連携する場合もあり、その情報を一定量聞かせるのも不自然とはならない。しかし、訓練の意味合いも兼ねる駐屯地の人員配置はよく変わるし、細かな内容なんて態々伝えるほどじゃないだろう。

 

「基本的に蒼流騎士団の一から三までで対応して来たが、新たに違う騎士団から派兵される事になる。詳しくはギルドからの情報も確認してもらいたいが」

 

「違う騎士団……まさか竜鱗では無いでしょうし。そうなると残るは紅炎騎士団ですか?」

 

「御名答だ」

 

「それはまた……確かに珍しい編成ですね」

 

「うむ。正直な話、我ら蒼流としても少し混乱しているな」

 

 紅炎とは女性騎士だけで組織された騎士団だ。主な任務はツェツエ及び他国からの来客……その中でも王妃、王女、貴族のご令嬢などを護衛する事にある。男性騎士では細かなところで護衛に穴が空くし、心配りなども必須になるからね。だから、礼儀などを学んだ各貴族の娘達が多く参加しているのだ。因みに、婚約時の箔付けなどにも利用されている。ぶっちゃけ蒼流からも実力では大きく劣り、御飾りなどと揶揄される場合も多い。

 

 まあクロエさんみたいな男性騎士顔負けの人もいるから、全員が弱々な訳じゃない。紅炎騎士団長は魔法も火属性を得意としていて、剣捌きと速度を重視した強力な魔法剣士だからね。うん、久しぶりにクロエさんに会いたいなぁ。赤髪と赤い瞳、綺麗だもん。

 

「つまり、アートリスにどなたか来ら、れ……る」

 

「ん? どうなされた」

 

 もしかして……いや、もしかしなくても。

 

 やっぱりこれって俺の所為では? おまけに無断で来国したお母様、つまりバンバルボア帝国の皇妃まで最近はいた訳だし……

 

 これからも偶に来そうな上に、一年後は確実に現れるだろう。ターニャちゃんの成長を確認するために。いや、予定通りにターニャちゃんが力を手に入れて、えっと、その俺がに、妊娠などした暁には、下手したら別邸とか用意しそう。監視を目的にして。

 

 いやいや、もう既にツェイス辺りと話し合いしてるんじゃないか? 何でも先回りしてくるのがお母様だもの。

 

「少し顔色が悪い様だが……」

 

 俺に護衛など要らない。だって超級の一人だ。でも、だからと言って放置は出来ないんじゃないか? 万が一があった場合、国際問題になる可能性だってある。つまり、護衛とは名ばかりの監視が必要で、俺はバンバルボア帝国の皇女、つまり女性だ。重ねて言えば、ターニャちゃんは超可愛いTS美少女。

 

 そうなれば派遣されるのは当たり前に紅炎騎士団になる。そもそも俺って"水魔"と恐れられたお母様の娘だし……我ながら過去に仕出かした事も多いし……最近だと、王都にある貴族の屋敷を壊したりもしたね。昔だとアーレ近郊の土地を変形させたりもしたような?

 

 う、うわーん! 絶対に俺の所為じゃん!

 

 余計な予算と、人員配置まで変えさせた張本人はここに居ますぅ!

 

「魔剣殿?」

 

 ど、どないしよ? 我等母娘(おやこ)は迷惑しか掛けてませんよ。せめて貯金から吐き出そうか、損害金として。いやいや、アーレに住んでる人達からしたら不本意な転勤みたいなものだ。金だけの問題じゃ済まないだろう。イメージだと、悲哀溢れる単身赴任のサラリーマンパパさん達と同じ境遇だ。大切な家族と離れ離れな生活を強要したりする訳で……

 

「最悪……」

 

「す、すまん。アートリス防衛の一角を担う貴女からしたら、軍の弱体化は許せないだろう。私ごときに意味など無いが、せめて謝罪を……」

 

「え⁉︎ い、いや、違いますから! 紅炎騎士団の皆様を悪く言った訳じゃないですよ!」

 

 誤解です! 悪いのは俺たち母娘(おやこ)だから! ホントにごめんなさい!

 

「いやいや、気遣い無用だ。越権行為だが……より厳しく訓練に励む様、私からクロエ団長に直訴しておこう。せめてもの詫びの気持ちだ」

 

「で、す、か、ら! 違うんですぅ!」

 

 お願いだから勘弁して!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 色々と頭を悩ましていると、時間はあっという間に過ぎてしまうものだろう。

 

 視線の先には見慣れた風景と街。そんなアートリスは今日も平和みたいだ。多くの人が行き交い、ツェツエ屈指の貿易都市であることを証明している。

 

 まあこんな真面目なナレーションが頭の中を流れるのは、ツェツエの高官が遠くに見えるアートリスの説明をしてるからだけど。そのおじさんは、丁寧にゆっくりとバンバルボアからの特使であるキルデベルトに話し掛けている。

 

 一方のキルデも興味深そうに耳を傾けてて、あの街に住む俺としてもちょっと嬉しいかな。王都アーレと比べたら雑多で洗練されてる訳じゃないけれど、それはそれで味があるもんね。

 

「成る程。人口はアーレを上回る訳ですか」

 

「はい、特使殿。王都は海に面しているため、開発出来る土地も限られております故。一方のアートリスは陸路の貿易を担い、それが現在の隆盛を支えています」

 

「ほう。超級である魔剣が住まうのも納得ですね」

 

 キルデ、思い切り聴こえる様に言わなくても良いんじゃない?

 

「ははは。確かに、魔剣ジルが()()()ツェツエの街ですから、魔物共もおいそれと攻めて来れますまい。無論、他国ならば尚更です」

 

 うわぁ……何か牽制してるっぽいし、微妙にギスギスしてる。高官のおじさんが言うのも分かるけど、キルデはそんな意味で言ってないよ、多分。どっちかと言うと、俺への嫌味とか当て付けじゃないかなぁ? 長い間バンバルボアから行方不明になって、気付いたらアートリスの住民だもんな。でも、もう謝ったじゃん。え? ダメ?

 

 そう簡単には許しませんよ……そんな風に聞こえた気がする、キルデの視線から。

 

 とりあえず知らないフリだ、うん。

 

「魔剣ジルよ」

 

「あ、はい。何でしょう」

 

 明後日の方向を見て知らないフリしてたのに……高官の人が語り掛けて来たみたい。

 

「キミから見たアートリスとはどんな街だろうか。良ければ特使殿に教えて欲しい」

 

 んー? そりゃ先ずはターニャちゃん。それにパルメさんとかリタとか美人さんから可愛い系まで取り揃えた街ですから? 他にもたくさん素敵な女性達が居て……いやいや、そんなの説明出来ないに決まってます。

 

「そうですね……王都アーレ=ツェイベルンは歴史も深く、とても美しく洗練された街だと思います。でも、アートリスはまだ新しいですし、そこまで整っている訳じゃありません。でもだからこそ、皆に活力が溢れて毎日がお祭りみたいですから。明るくて、柔らかくて、誰もを優しく包み込んでくれる。こんな私も、そうやって受け入れてくれました」

 

 フニャフニャした理由だろうけど、意外と本心なんだよ? アートリスって下町的な風情と、新しく街が出来ていく活気が混ざってるからね。正直かなり無計画に造成してるし、迷路みたいな路地も多い。結構長い間住んでるけど、今でも知らない店とか見つかるもん。

 

「ジルヴァー……い、いや。そうか、なかなか面白い視点だと思う。とても参考になったよ」

 

 殆ど本名を言い掛けてるぞ、キルデ。もし最後まで言い切ったら魔力強化して気絶させるとこだった、昔みたいに。そんな不穏な気配を察したのか、俺の視線から逃げた。うん、なかなか鋭いじゃん。

 

「さて、そろそろ参りましょう」

 

 高官のおじさんの一言で、特使様御一行はゆっくりと進み出した。多分夕方前には着くだろう。護衛の仕事も終わりだけど、もう少しキルデと話した方がいいかなぁ。いやいや、内緒の手紙でも渡しておけば良いか。ツェイス達との事や、ターニャちゃんと遠距離恋愛中なんて説明が面倒くさい。

 

 あと、教えて貰った紅炎騎士団の情報も集めないと。もしかしてクロエさんが来たりするなら久しぶりに会いたいし。

 

 あ……浮気じゃないよ? 変なことなんてしないから、ホントに。ほら、俺って硬派で一途だし? 何故だろう、ターニャちゃんにギロリと睨み付けられた気がして、ブルルと身体が震えた。

 

 

 

 




ようやく紅炎騎士団の話を出せました。


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お姉様、ドワーフに会う

 

 

 

 

 アートリスの冒険者ギルドはかなり大きな建物だ。

 

 この街は陸路の要衝で、貿易にも大きな貢献をしてる。だから街の守りにチカラが注がれて、結果的にギルドは充実していくって訳。中堅どころのトパーズ、上位に数えられるコランダムが非常に多く所属してるのが証拠だね。

 

 とは言え、今は結構静かだ。

 

 夕方が近いし、まだ依頼を頑張ってる人が多いはず。つまり、まだギルドに帰って来てない。まあそれでも、幾つかのパーティらしき集まりや、一人二人と休んでる連中もいるな。殆どが男だから、俺をチラチラ見たり、ポカンと口を開けてる若いヒヨッコ冒険者も見つかる。

 

 うーん、今回は護衛依頼でキルデが対象だって分かってたから、かなり地味な装備なんだけど……それでも目立ってしまうのか、ジルだけに。でもまさか、何処か破れてるとか、汚れてるとかないよな?

 

「ふう、良かった……」

 

 確認したけど大丈夫。今日のコーデは黒のテーパードパンツと白のリブニット、擬き。敢えて言えば肘から先は素肌だけど、あと見えるのは足首くらいだし。む、リブニットはちょっと胸のラインが強調してるか? まあ斜めに掛けた剣帯のせいでパイスラ気味でもある。もし魔力強化したらもっとヤバいけどね。ほら、ピチリと身体に張り付く訳で。

 

 うー、俺は誰に言い訳してるんだ?

 

「……ま、いっか」

 

 たまにニコリと笑ってあげると、アタフタしたあと嬉しそうな笑顔が浮かぶの楽しい。うんうん、若い子からしたら歳上の綺麗なお姉さんってたまらないよね〜。甘えさせてくれそうで、お付き合いしたらどうなるんだろうって想像するのも最高。だって俺も前世で経験あるし? だからつい見ちゃうのも許してあげよう。でも残念!お姉さんは売約済みなのだ!

 

 お、リタがちょうど受付に居るな。

 

 よし、依頼完了を報告しよっと。

 

「リタ、帰ったよ」

 

「ジル、おかえり! 特に怪我とかないよね?」

 

「大丈夫。心配してくれてありがと」

 

 なに? ジロジロ見てるけど。

 

「はぁ、ジルが魔剣だって知ってるけど、その服……目の前に立ってる姿を見ると信じられないなぁ。全然汚れてないし、肌も髪だって荒れてない。そもそもジルの装備ってとても戦闘用には思えないじゃない? ほら、深い事情で何処かの国から逃げ出した王女様って感じで」

 

 ギックゥ!

 

「リ、リタ、依頼完了の報告」

 

 ま、まさかバレてるんだろうか……? チラリと伺い見てもそんな様子は無いけれど。

 

「あ、そうだね。お仕事お仕事っと」

 

 うーむ、直ぐに切り替えだ感じだと、特に深い意味はなさそう。はあ吃驚したぁ。

 

「はい、依頼完了ね」

 

 サラサラと何やら書き込み、リタはニコリと笑ってくれた。あ、可愛い。そばかすを化粧で薄く隠してるけど、そんなの関係なく可愛らしいのがリタなのだ。少しでも大人に見られたくて、燻んだ金髪を頑張って伸ばしてるのも可愛い。お化粧とかファッションとかパルメさんにコッソリ習ってるんだよね? はい、そんなとこも可愛い。

 

「なに? 私の顔に何かついてる?」

 

「え⁉︎ そ、そんな事ないよ?」

 

「そうかしら? そんな反応するジルは、大抵おかしな事を考えてるってターニャちゃんが言ってたけど」

 

「ななななにを言ってるのかなぁ? さ、早く手続き終わろ?」

 

「フフ……ジルってば慌て過ぎだよ」

 

 むぅ。最近のリタってターニャちゃんと連携取れ過ぎじゃない?

 

「慌ててなんかないし」

 

「はいはい。ところで、護衛したのバンバルボア帝国の特使だっけ? やっぱり気難しそうなお爺さんだった?」

 

「んー、普通の男性だったよ? 多分三十代くらいの」

 

 正確には確か三十六歳? 随分久しぶりで、ちょっと楽しかったな。そう言えばキルデっていつまでツェツエに居るんだろ? いきなりバイバイじゃ寂しいから、今度確認しておこう。

 

 あ、ジルヴァーナ捜索隊の一部がアートリスに居たよな? そのあとどうしたかも聞いてない。お母様もキーラも帰国したし、一緒に帰ったのかなぁ?

 

「へー。その若さで特使なんて、きっと優秀なんだろうね」

 

「うん、コト家って貴族らしいよ。結構古いって」

 

 貴族は歴史と血が大切だもんね。コト家もそうだし、まあ名門ってやつかな。でもこんな話が出るってことは、やっぱりリタは知らないままみたいだな。俺がバンバルボアから来たって。なんだか一安心です。

 

「あ、ねえリタ」

 

「ん?」

 

「アートリスに配置されてる騎士団だけど、何か新しい情報とか入ってる?」

 

「おー、さすが超級。やっぱり情報早いねー。えっと……まず蒼流騎士団の部隊を一部解散して王都へ帰還。入れ替わりに新しいのが派遣されてくるって話があるよ。また編成内容は出てないけど、詳しくはギルド長が知ってると思う。とにかく、戦争とか魔物溢れとかの危ない理由じゃないみたいだから、ジルも心配しなくて大丈夫だよ」

 

「んー、新しい部隊……」

 

「そうだ、ギルド長に会う? ジルならいつでも大丈夫だろうし、時間あるか聞いて来ようか?」

 

 ちょっと厚かましいけど、話は聞いておきたいな。多分、間違いなくバンバルボア帝国絡みだろうし……と言うか俺が原因だと思うけど。蒼流のおじさんが言ってた通りなら、紅炎騎士団から部隊が編成される。王都以外に常駐する騎士団じゃないから珍しい情報だもんね。

 

「悪いけどお願い出来るかな」

 

「勿論だよ。ジルは私の大切な友達だけど、同時に超級冒険者の魔剣だもん。街の防衛に影響が出るかもしれない内容だから気になるよね」

 

 う……防衛云々とかの真面目な理由じゃなく、すっごい申し訳ない気持ちだからなんだよなぁ。はぁ、何だかごめん。

 

 暫く待ってると、リタが奥にある階段から降りて来た。指で丸を作りつつ席に着いたから、ギルド長に会えるんだろう。

 

「ギルド長も近いうち呼び出そうとしてたってさ。直ぐに会えるよ」

 

「分かった。じゃあ行って来ます」

 

「またねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギルド長ウラスロ=ハーベイは、いつもと同じ様に窓の外を眺めつつ待っていた。あのさ、俺と会うとき必ずその姿勢だけど、態とやってんの? 両手も後ろに組んでるし。

 

「来たか」

 

「はい」

 

「まあ座れ。少し長くなる」

 

 ギルド長の机の反対側に椅子があって、やっぱりいつもみたいに座ってみる。ウラスロのお爺さん、相変わらずドワーフそのもので嬉しい。長い白髭、ポヨンとしたビア樽な腹、俺よりずっと低い身長。うーむ、何処かに金床とかハンマーとか転がってないかなぁ。カンカンって鍛冶とかして欲しい。

 

「……何だその顔は」

 

「え⁉︎ べべべつに鍛治とかドワーフなんて思ってないですよ⁉︎」

 

「ハァ……お前、ホントにバンバルボアの皇女なのか? 美貌だけなら誰もが納得するしかないが……高貴な空気を感じないんだが」

 

「一応?」

 

「一応とか言うな。確認だが、呼び方は"ジル"のままで良いのか? 我等がツェイス王子殿下を袖にした"ジルヴァーナ皇女殿下"?」

 

「う……ジ、ジルでお願いします」

 

 やっぱり知ってるんだぁ。ツェイスをふってターニャちゃんと付き合い始めたこと。ふむ、ターニャちゃんとお付き合いかぁ……まだ現実感ないなぁ。

 

「殿下も納得されたみたいだし、俺如きが言う事でも無いが……よく両国の問題にならなかったな。おまけに魔国まで関わってたんだろう? ターニャは確かに良い娘と思うが、まさか皇女殿下とくっつくなんて想像も出来んよ、普通は」

 

「えーっと、確かに……?」

 

 言われてみたら、何やらスムーズに事が進んでる気がする。ウラスロの爺さんの溜息からして、やっぱり何かあるんだろうか。

 

「絶対に言うなと厳命されてるが、殿下が不憫でならん。いいか? 今の状況も魔国やバンバルボアとのしがらみも全てツェイス王子殿下の取り計らいだぞ? シャルカ皇妃陛下とも話し合いを重ね、今の平穏が保たれてるんだ。お前もターニャも悪さをしてる訳じゃないが、周りの人達の気配りがある事は知っておいてくれ」

 

 そっか……やっぱりツェイスって凄いな。昔の俺なんて比べ物にもならない最高の男だ。だってフラれた相手のためにそこまでしてくれるなんて。ジルがTS転生じゃなかったら、元からこの世界に生まれ落ちていたなら、違う未来があったのかな……

 

「……スマン、キツく言い過ぎた。そんな哀しい顔をしないでくれ。俺もお前達二人が幸せになって欲しいと思ってるんだ。ターニャは歳の離れた友人でもあるからな」

 

「いえ、私も知らないことでしたから。ありがとうございます」

 

 頭を下げて姿勢を戻したとき、ウラスロはグニグニと眉間を揉んでいた。んー、何だよ一体?

 

「あー、やめだやめだ! お前とクソ真面目な話なんて似合わん! なんて言ってもジルだからな!」

 

「はぁ⁉︎ ちょっと大人しくしてるからって、調子に乗らないでください!」

 

「なーにが"大人しくしてる"だ。俺の話も聞かず、古竜ルオパシャに突撃したのを忘れたのか? あの後ギルドがどれだけ混乱したか語ってやってもいいんだぞ?」

 

「そ、それはずっとずっと昔の話ですぅ!」

 

「たった六年前だろうが! そもそも他にも言いたい事がたっぷりあるんだからな!」

 

「わー!聞こえません、聞こえませんから!」

 

 両耳をしっかりと覆い、全力で否定する。だって、思い当たるコトたくさんあるし!

 

 暫く我慢して待ちつつ、チラリとウラスロの様子を伺う。盛大な溜息と、早くしろってイライラが見えたので、恐る恐る手を下ろしてみた。うん、怒鳴り声は聞こえないな。はぁ、良かった良かった。

 

「ふん、説教はまたにしてやる。今は話すこともあるしな」

 

「……」

 

 お爺さん、お説教は忘れて?

 

 

 

 

 



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お姉様、怖がる

 

 

 

 

 

「質問は騎士団の動向だな、アートリスに関わる分で」

 

「えっと、はい」

 

「お前ならもう分かってるだろうが……当然にバンバルボア帝国への配慮と、畏れ多くもジルヴァーナ皇女殿下が座す(おわす)街だからな。まあ表向きには公表せず、他の理由をつける予定だ。そして極秘扱いとは言え、護衛対象が"皇女"である以上、紅炎騎士団から選抜される事になる」

 

 口を開こうとしたら、スッと手を上げて止められた。

 

「言いたい事は分かる。そもそも超級である魔剣を、はるかに戦闘力の劣る紅炎が護るなど笑い話にもならん。お前もそれを望んではないだろうし、どうせ申し訳ないとか思ってるんだろ?」

 

 思わずコクリと頷いてしまう。全部お見通しだね、やっぱり。

 

「だが、だからと言って放置も無理だな。魔剣としての活動に制限をかけず、また自由に動き回るためには、必要な落とし所だよ。選抜はツェイス殿下とクロエ団長が話し合い決まるそうだが……大人数にはならない予定だとよ。あのな、本当なら貴賓として迎え入れ、竜鱗も含む連中でがっちり固めないといけない相手だからな? まあ当事者様に自覚はなさそうだが」

 

「だって、私は八年もアートリスにいるんですよ? ほら、きっとだいじょ……うひっ、す、すいません」

 

 むー。睨むなよ、怖いじゃん。

 

「それは何処とも知れぬ生まれで、所詮は一冒険者だったからだろうが。例え常識を超える強さだろうと、な。皇女と知ってしまった以上、ツェツエとして何もしないなんて無理だ」

 

 やっぱり反論は無理っぽい。うーん、せめて出来るだけ少人数になったら良いなぁ。あまり負担掛けたくないし、クロエさんと話しようかな……

 

「ああ……負担を掛けたくないってとこか? まあジルのその気持ちも考慮して、選抜には幾つか条件を付けてるらしい。まあ殿下を信じろ」

 

「条件ですか?」

 

 何だろ? 

 

「ああ。ひとつ、紅炎騎士団本隊に戦力の極端な低下が起きないこと」

 

 ふむふむ。

 

「ふたつ。同じ理由から部隊編成は最小限の規模に」

 

 なるほどなるほど。

 

「みっつ。皇女殿下の実力から、直接的な戦闘力は多く求めない」

 

 うんうん。

 

「よっつ。バンバルボア帝国皇女の身分を理解した上で、柔軟な対応力を要する者。また、魔剣への憧れや親しみを持つ人材を選ぶ。これは余計な反抗心など邪魔との判断だ。まあその方がジルとしても動きやすいだろ?」

 

 むむむ。

 

「いつつめ。宝珠と謳われた美貌や年齢を鑑み、可能な限り歳の近い者……簡単に言うと直接的な戦力が不足でも、若く容姿端麗な人材を選抜する。礼儀や外見への気配りも出来ない娘など、皇女殿下の周囲に置くわけにいかん。そして未だ訓練途中の者であれば、戦力低下にも繋がりにくい」

 

 よく考えてくれてるなぁ。あと、気になる点もある。容姿端麗で年齢が近いって。

 

「ジルを見て鍛えられれば、多少は戦力になるかもと言う打算も入ってるけどな。お前の近くにいれば色々と学ぶことも多いし、余程安全だろう?」

 

 近く……多分ベッタリ張り付くことはないから、何気無く周囲を警戒したり、街へ侵入する不審者の情報収集がメインかな。そもそも魔力強化したら誰も追いついて来れないし。街に戻ったら場合によって話し掛けてきて、秘密のコミュニケーションを取る事になる。うんうん、凄く良いよー。

 

「さすがに誰でも良い訳じゃない。当然だが、戦闘とは違う別の能力が求められる。具体的に言えば情報収集、精査、更には尾行や気配隠匿などに類する才能(タレント)を持つ娘達だろう。頭脳が明晰である点も重要な選抜理由に……おい、聞いてるのか」

 

 秘密のぉ、こみゅにけーしょーん。良いねぇ良いねぇ。しかも同年代で可愛いんでしょ? うひひひ……ひひ……ん?

 

 んん? なんだろ? 何やら一瞬嫌な予感がしたような?

 

「おいこら、話を聞け」

 

 楽しそうなのに……あれぇ?

 

「ジル! まだ話の途中だぞ!」

 

「うひゃっ」

 

 ななななに⁉︎ 吃驚したぁ! あ、ドワーフさんがスッゴク怒ってらっしゃる。ご、ごめんね?

 

「はぁ……これが超級で、おまけにバンバルボア帝国の皇女とはなぁ……」

 

 "これ"って失礼ですよ! まあ怖くて突っ込まないけれど!

 

「話の途中ですね! ささ、どうぞ!」

 

 暫く無言の時間が続いたけど、ウラスロの爺さんも諦めたらしい。もう一度盛大な溜息をこぼし、続きを話し始めた。ふぅ。

 

「……ちょうど今日、最終選抜してる筈だ。聞いたところによると、倍率が十倍近くまで届きそうな勢いで盛況だったらしい」

 

「盛況?」

 

「ああ、希望者が殺到したって話だ」

 

 んん? 確か紅炎騎士団の殆どは貴族の子女で、アーレに住んでるって昔聞いたような気がするけど……普通転勤なんてイヤなものじゃないの? ましてやツェツエの象徴である王都から離れるのだし。

 

「なんでまたそんな」

 

「相変わらず無自覚か、魔剣様は。いいか、お前も知っての通り、騎士団の中で女性陣の羨望を強く集める筆頭はクロエ=ナーディだろ? 貴族出身でもなく、自らを研鑽してあれほどの実力を得たのが主な理由だ。もちろん彼女自身の性格も影響しているだろう。そして何より、リュドミラ王女殿下や"演算"のタチアナ=エーヴとも馴染みの関係だ」

 

 うんうん、そうだね。あの三人って身分を超えた友達ってところかな。

 

「翻って、お前はどうだ」

 

 ん?

 

「今言った三人と旧知の仲で、リュドミラ王女殿下に至っては姉と慕ってるらしいじゃないか。おまけに五人いる超級冒険者で唯一の女性。更には最強とも噂される実力と、ついでに言えば()()()だけなら女神と称される美貌を持つ。普通に考えれば羨望の的になるって訳だ。まあ中身は置いておくが」

 

 お、おおー。確かに言われてみれば! 見た目だけってとこに物申したくなりますけれど! 最後、ボソッと溢したの聞こえるからな?

 

「しかも、ツェツエと同格と言っていい、バンバルボア帝国の皇女殿下でもある。何やら深い理由で国を離れ、市井に身を置く薄幸の……はぁ、話しててアホらしくなってきた。恐ろしいな、噂話ってやつは。何だよ、薄幸のって」

 

 ぶつぶつ独り言を話してるけど、それも聞こえてるぞ?

 

「話が逸れたな……とにかく、そんな訳で紅炎から選抜された女騎士達がアートリスに来るって事だ。ちなみに、反論の余地はないからな?」

 

「はーい」

 

 色々と事情は込み合ってるけど、要は若くて可愛い女騎士さんが沢山やって来るってことだよね? 特に迷惑を掛ける訳じゃないなら……うん、反論なんてする訳ないじゃん!

 

 どんな人が来るのかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

「聞いたよ、紅炎騎士団から何人か来るんだろ?」

 

 このアートリスに起きてる事であれば何でも聞けばいい。そう噂され、実際に答えてくれる凄い人。そんな人が開口一番に言った。まあ生活雑貨店の看板オババ、マリシュカですけれど。

 

「えーっと、良くご存知ですね」

 

 まだツェツエから正式な発表はされていない。漸くギルドに伝わった情報を当然の如く知っているのだ。ちょっと怖い。

 

「仕方ないじゃないか。紅炎なんてアーレに引き篭もってるお嬢様達の団だよ? そんなのがアートリスに配置されるなんて噂も立つさね。ほれ、お茶」

 

 いやまあ、そうなんだけど。コトリと置かれた水色のカップに、薄い紅色のお茶。毎度のように店先から連れ込まれ、更には椅子に座らされて、始まったのがこの会話だ。

 

「ありがとうございます」

 

 あ、美味し。紅茶じゃないけど、ほんのり甘い。ターニャちゃんも好きそう。

 

 向かいに座った顔色を伺ってみる。パルメさんにはバンバルボアの事がバレたけど、マリシュカは知っているんだろうか。口調も変わってないし、大丈夫なのかな。

 

「しかしアンタも大変だねぇ。せっかく八年も隠してきた身分なのに」

 

 はい、もうバレバレでした。

 

「え、ええっと……」

 

「ああ、流石にこんな喋り方じゃ拙いかい?」

 

「い、いや! 今まで通りでお願いします!」

 

 そうかい? そんな風に笑うマリシュカに何故か安心する。このアートリスに来てからも色々と助けてくれた。パルメさんと一緒で、凄く感謝してる人だからね。何よりターニャちゃんもお世話になってるし。変に畏まった態度なんてされたら悲しくなるよ。

 

「しかし、随分と若い娘達が選抜されたみたいだけど、私は心配だよ。ホントに大丈夫かねぇ」

 

「え? 何がですか?」

 

 別に怖い人が来る訳じゃないし、可愛いんでしょ? 寧ろ大歓迎ですが? ああ、ギルドの仕事に影響あるかもだし、逆に危ない目に合わせちゃダメってことかな。紅炎に参加する人達の大半が貴族に類するからね。

 

 ふっふっふ。

 

 その辺は超絶美人にして超級冒険者の魔剣にお任せあれ! ホントにヤバイ時は強化してお助けしましょう。ピンチに現れるヒーローだから惚れちゃうかもよ?

 

「そのだらしない顔、やっぱり何もわかっちゃないね」

 

 ん?

 

「魔剣ジルに憧れた娘達が選ばれてるんだよ? しかも大半が未熟者で若い連中だから、随分と可愛らしいだろうさ。中にはアンタ好みの子や()()()()もいるかもね」

 

「えっと」

 

「誘惑に勝てるなら何も言わないさ。ただし、ターニャはああ見えて本当に恐ろしい子だよ。おまけにアンタにベタ惚れで、独占欲も貞操観念もかなり強い。つまり、周りに別の女の影なんてチラつかせたら、どんな"お仕置き"が待ってるか分かってるのかい?」

 

「……お仕置き」

 

 何をしてるんですか、お姉様? そんな風に呟きつつ冷笑を浮かべるターニャちゃん。その手には"ジルヴァーナに罰を"を持ち、一歩一歩近づいて来る。魔素特化型の人が扱えば最強の拘束具になるのだ、あの縄は。しかもSっ気を隠さないターニャちゃんだから……

 

 うん、怖い。

 

 すっごく怖い。

 

「アンタはソッチ方面に弱いから、相手から本気で迫られたときは心配さね。もう一度言うけど、綺麗で可愛らしい娘達なんだよ?」

 

「……」

 

「ジルを誘惑から守るよう頼まれてるんだ、パルメと私も。それでも何かあれば……ターニャに報告するしかないねぇ」

 

 ひ、ひぃ!

 

 

 

 



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お姉様、来ちゃう

エピカは第二章で名前だけ出ていたキャラ、です。


 

 

 

 

 

 

「あら? いらっしゃいませ」

 

 アートリスに店を開き、既に十年は経っている。

 

 昔から衣服や仕立て、そして意匠を好んでいたので、好きなことを仕事に出来て幸せなのだろう。だから、常連さんは大切で愛しているし、手抜きなんて絶対にしない。仕事中化粧をしないのも、香水を嗜まないのも、衣服たちに余計な色や匂いを移したくないからだ。

 

「あの、見るだけでも、良い、ですか?」

 

 自信なさそうに語る女の子、いや女性だろう客は新顔だ。そして、常連と同じくらい大切なのは新規のお客様。だからこそパルメはニコリと笑い、心からの言葉を届けた。

 

「勿論よ。ゆっくり見てちょうだい。気になるのがあったら何でも聞いてね」

 

「あ、ありがとう、ございま、す」

 

 恐らく十台後半だろう。パルメは経験からそう判断した。片言の喋りは緊張からか、視線も余り合わせない。ふと、どこぞやの"超級冒険者様"も昔はこんな感じだったのを思い出した。最初は白金の髪も短くて、何故か少年を思わせたものだ。今や常識も泣いて逃げ出す美人さんになったが。

 

 とりあえず、失礼のないよう観察する。同時に、似合う色や好みはなんだろうと思い浮かべた。

 

 髪の毛は珍しい薄紅色で、フワフワな砂糖菓子(綿菓子)みたい。身長はジルより少しだけ低いくらいか。女性としては比較的に高い方へ入るだろう。

 

 特徴は幾つか見つかる。

 

 真っ先に上がるのは胸。その胸はもう凶器と言っていいし、下着選びも大変だと確信出来る。ジルも勿論大きいが、形や張りまで人間じゃないから比較対象にならない。だから平均的な線でも、衣服選びを間違えば太って見えてしまう、そんな双丘だ。きっと肩が凝って大変だろう。

 

 そしてもう一つの特徴は、フワッフワの前髪から覗く瞳が糸目なことか。視線が少し分かりづらいのは、瞼に瞳孔が隠れてしまうからだ。

 

 うん、でも結構可愛い。如何にも"女の子"なお客様に、ちょっと楽しくなるパルメだった。

 

 最近は"常識外、いやもう女神と謳われてる超絶美人"や"ぱっと見は美少女だけど油断出来ない女の子"やら"背伸びするそばかす可愛いギルド受付嬢"とかの個性派を相手してきたので、ちょっとホンワカしていたりするのだ。

 

「あれ? もしかして騎士の方?」

 

 偶然見つかった首掛け紐の先。そこには赤い炎が立ち上がり、それが二つ重なるような意匠だ。ツェツエ最高峰の騎士である"竜鱗騎士団"も盾状の鱗を二枚重ねたような見た目だから。

 

 そして赤い炎。つまり、目の前の彼女は"紅炎騎士団"の一員だろう。全て女性だけで構成された特殊な騎士団だ。確か現在の騎士団長はクロエ=ハーディ。だが、声に反応し顔をパルメに傾けたのは、赤髪でも赤い瞳でもない。漸く見えた瞳は深い蒼色だった。

 

「あ、はい、まだ、新人ですけ、ど」

 

 確かに、首掛け紐も炎の意匠もキラキラな新品に見える。

 

 大人しそうなのに、戦いを生業にする騎士ね……パルメからしたら、そう不思議に思ってしまうのも仕方ないのだろう。

 

「そうなんだ。それなら今日は任務の合間かな。ほら、アートリスに来るなんて珍しいから」

 

「ええ、そう、です」

 

「探してるのは普段着? それとも装備用? あとは、好きな人に見て貰いたいとか」

 

「……装備用、も、あるん、ですか?」

 

「勿論。この店には冒険者も来るし、あつらえ品だって大丈夫よ」

 

 あつらえ品、つまり専用の受注生産だ。身体のつくりは一人一人違う上に、好みだってバラバラ。だから一点ものを望む客も多い。まあそのぶん割高だ。ちなみに、魔剣が装備する魔力銀製のアレは例外中の例外になる。

 

「冒険者……」

 

 ボソリと溢した声に、僅かな喜悦が混じったのは気の所為だろうか。何故なのか、パルメはほんの少しだけ鳥肌が立った。

 

「……え、えっと、何か気になった?」

 

「エピカ」

 

「え?」

 

「名前」

 

 いきなりの自己紹介に益々パルメは混乱する。何とか冷静を保ち、とりあえず応えてみるしかない。

 

「えーっと、私は……」

 

「知ってる。パルメ、さん、でしょ?」

 

「ああ、うん。表の看板に書いてあるものね」

 

 此処は「パルメの店」という、ある意味安置な名前だ。

 

()()()()がこのアートリスに来て最初に訪れたお店。そのあとも常連になって、魔力銀の装備もパルメさんに頼んでる。あの人が信頼する数少ない女性の一人だから当然ですね。もうそれだけで、アートリスで用意する衣服は此処でしか買えません。今日は()()なのが残念です。今度有金を全部持って来ますので、ええ」

 

 パルメは絶句した。

 

 いきなり流れるように喋った上に、一歩ずつ近寄って来るからだ。糸目がグワリと開き、深い蒼色に呑み込まれそうになるのが怖い。気付けば壁に背中が当たり、逃げ道も無くなった。知らないうちに後退りしていたらしい。

 

「ご友人のお一人であるリタさんも最近はよく来店されますよね。冒険者ギルドの受付嬢と言えば花形と言っていいお仕事。そんなリタさんが足繁く通うお店ならば尚更です」

 

 早い。凄く早口で、息継ぎ無く話し切った。さっきまでの片言は何だったんだと問い正したい。けれど、パルメはやっぱり絶句したままだった。だって怖いもん。

 

「はあ……ジル姉様はどんな服を、どんな下着を選ぶんですか? 出来るなら同じ物を、いえ私などが着熟すなんて不可能ですね、あの方とお揃いなんて不遜の極み。でもでも、一度くらい。そうだ、ジル姉様のお古で良いのでありませんか? ほら下取りとか、どんな高値だろうと買い取ります。ああ、洗濯なんてしなくて良いですよ、必ずそのままでお願いします」

 

 もう触れ合うんじゃないかという距離で、鼻息まで荒いのだ。最初は"可愛いらしい子"なんて思った自分を殴りたいパルメ。でもやっぱり動けない。だって凄く怖いもん。

 

「はあはあはあ、この手で、ジル姉様の素肌に触れたんですか、ですよね? ああ、なんて尊い、なんて神々しいのでしょう」

 

 撫で回される手だけじゃなく、身体中に寒気が走る。もうパルメは怖くて目を思い切り瞑っていた。だってもう見たくないもんね、あの糸目に隠れた深い蒼色を。

 

 ああああ! ジルってばまた濃いのと知り合いなんだから! 何なのよこの娘は! いくらジルだからってヤバ過ぎでしょうよおぉぉぉ!

 

 そんな心の中の叫びは、決して外には吐き出されない。だって……以下同文。

 

「パルメさん?」

 

「は、はいぃ」

 

 恐る恐る瞼を上げてみる。すると、いつの間にか数歩分離れ、空気感まで落ち着いていた。また気弱そうな女の子に戻っている。

 

 もっと怖いんですが!

 

 パルメの心の叫びは喉から吐き出されない、そう絶対に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 

「失礼、しまし、た。つい」

 

 暫くプルプル震えていたパルメだが、漸く落ち着いて来た。つい、で変わるには度が過ぎるが。

 

「ええっと、貴女はジルと知り合いなんだよね?」

 

「ええ、まあ。正確に、言う、とパパが」

 

「パパ?」

 

「意味は父親、です、ね」

 

 いや、分かるから。そうじゃなくて、パパって誰だよって意味ですけれど。そんな内心の疑問は続くエピカの声で解決を見ることになる。ツェツエでは相当な有名人だったからだ。

 

「えっと、はい。パパの、名前は、コーシクスで、す。家名、はバステド。なので、私は、エピカ=バステド、に、なります」

 

「コーシクス=バステド……って、もしかして剣神⁉︎ 竜鱗騎士団長の!」

 

「違い、ます。副長です、団長は、ツェイス殿下、ですよ」

 

 つまり、ツェツエ最強の剣の使い手、その娘が目の前のエピカだった。コーシクスは、もし冒険者であれば六人目の超級に到るだろう剣の申し子。かの剣聖サンデル=アルトロメーヴスと互角に渡り合うと言う。

 

「うわー、有名人の一人娘さんね。何だか不思議な気持ちになるわ」

 

「違い、ます。私は次女、なので。姉がレーテ、妹がシシー、です」

 

「ああ、そうなんだ。でも何となく分かったよ、ジルとの馴れ初めが。お父様と試合とかして、それを見て憧れちゃったって感じかな」

 

 コクリと小さく頷き、エピカは頬を染めつつ話し始めた。

 

「私にとって、パパが負ける、姿、なんてある訳、ない、筈でした。でも、四年前、ジル姉様、が降臨、したの、です」

 

 降臨? 聞き間違いだろうかとパルメは思ったが言及しなかった。もう糸目は天を向き、まるで女神が何処かに現れたのかと錯覚しそうだ。

 

「どこま、でも、美しかった……そして、強かっ、た。今で、も、鮮明に、憶えて、ます。ちょうど、今の私、と同じ年齢、だったのに、ジル姉様は、本当に、綺麗、で」

 

 十台後半と予想したパルメの勘は当たったようだ。四年前であれば十八歳の頃だが、ジルはまだ超級になっていない。だが魔族侵攻や古竜襲来のあとだから、もう名は売れていた。

 

 恍惚とボンヤリ見る先には、ジルの戦う姿が映っているのだろう。憧憬、信仰、そしてドロリとした欲望も隠していない。欲望……同じ女性でしょ?と言う疑問は意味を為さないのだ。ジル自身がターニャと言う少女を愛しているのだから。だが、ジルからフニャリした子供っぽい愛を感じても、エピカのようなドロドロした欲求を顕したりしなかった。それが、ジルとエピカの違いとパルメは確信する。

 

 うわぁ、ターニャちゃんが居たらどうなっただろう。修羅場? それとも……

 

 何かを想像したパルメはまた震えてしまう。

 

 目の前にいるフワフワ髪のエピカも中々だけど、ターニャちゃんは一筋縄じゃ済まない娘だし……そんな風に思考を深めたとき、エピカが何かを言った。

 

「予定、では、()()()()です。パルメ、さん」

 

「ん? そろそろ?」

 

「私、偶然ここに来て、偶然、出会う、お願いしま、す」

 

 そう言うと、エピカは店の奥にある陳列棚の後ろにしゃがんだようだ。お店の()()()()()()()()()()()()、フワフワ髪の糸目な彼女が居ることが。

 

「まさか……」

 

 "予感"と言うか、もう間違いない。

 

 

 

 

 

「パルメさーん」

 

「ちょっと聞きたいことがありまして、来ちゃいましたよー」

 

「あ、いたいた。こんにちは、パルメさん」

 

 

 

 

 聞き慣れたソレは、ほんの少しの幼さと妖しい艶を併せ持っている。そして人柄通りの温かみを纏う声だ。

 

 見れば、白金の長い髪。宝石を依り集めて糸にしたような輝きが眩しい。その意味を知ってしまった水色の瞳は、やはり綺麗なまま。"女神"との例えは決して馬鹿げた話じゃない。高めの身長も、長い脚も、シミ一つ見つからない白い肌も。

 

 全てが美しい、超級冒険者にして、二つ名は魔剣。

 

 ジルが、お店の正面扉を開けて、明るい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 



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お姉様、舐められる

エピカはかなりヤヴァイヤツです。


 

 

 

 

 

 

「パルメさん、どうしました?」

 

 何だか緊張してると言うか、心ここに在らずな感じ。お店にいるときのパルメさんは、キャリアウーマン的に凛々しくて綺麗なのだ。だからこんな雰囲気は意外と珍しい。

 

「え、ええ。特別なことでもないのだけど」

 

 んー。ちょっとだけ普段と違う? 余り聞くのも失礼かな。でも、もし何かあるなら全力で助けるぞ。

 

「心配ごとがあるなら言ってくださいね?」

 

 悪い奴とかなら超級冒険者なジルにお任せ!

 

「いや、どちらかと言えばアナタが……」

 

「はい?」

 

 何ですかー?

 

「まあすぐに分かるわ。それより、聞きたいことって?」

 

 おっと、そうでした。

 

「あのですね。リタのことなんです」

 

「リタの? 何かしら?」

 

 んー、やっぱりパルメさん綺麗だなぁ。まだ短いままの銀髪も似合ってて格好良いし、お姉様枠筆頭です。

 

「私の……生まれのこととか聞いてこないので、もしかして知らないのかなって」

 

「ああ、そのこと。確かにリタに私から何も言ってないわよ? マリシュカさんは知らないけど、多分一緒じゃないかしら」

 

 おー、やっぱりか。でも不思議だなぁ。自分で言うのもアレだけど、結構なビッグニュースだと思う。

 

「えっと、何故ですか?」

 

「言った方が良い?」

 

「いえ、そう言う訳じゃないですけど」

 

「じゃあいいじゃない」

 

 やっぱり不思議だよ。別に隠してって頼んでないし、そもそもタイミングも無かった。でもターニャちゃんとの事は知ってたからね。

 

「そんな不思議そうな顔も綺麗なのは反則ね、全く。ターニャちゃんから聞いてるの、貴女はこれまで通りジルとして過ごす事を願ってるって。それに」

 

「それに?」

 

「もし話すなら私からじゃなくてジルからでしょ? 二人は友達で、ターニャちゃんとも共通の。でも……無理に言う必要はないと思う。リタはああ見えて真面目だし、二人に距離が出来るかも」

 

「そ、それはイヤです!」

 

「ふふ、でしょ。じゃあこのままで良いのよきっと」

 

「あ、はい」

 

 うむ、格好良い。パルメさんは綺麗で同時に男前な人だ。もし前世のままの俺だったら話す事もない女性だもんなぁ。やっぱり……超絶美人のジルで良かったのだ!

 

「あ」

 

 あ?

 

 いきなり何ですか、パルメさん。むー、その視線は僅かに俺から逸れているみたいだ。店の正面あたりかな? 何となく振り返ってみる。

 

 うん、何も無いし誰もいない。

 

「急にどうしたんですか? やっぱり何かヘン……」

 

「えーっと……」

 

 今度は右側後ろ辺りに視線を送った。なになに、ホントに何ですかー? グルリと周りを見渡してみたけど……やっぱり俺とパルメさん以外に誰もいませんが? も、もしかして幽霊とか⁉︎

 

「ちょ、ちょっとパルメさん、悪戯はやめてくださいよ」

 

 霊体とかも魔法で倒せるけど、怖いものは怖い。まあ群体(レギオン)とかなら全力でぶっ倒しますが。あの肉玉は臭いし、グロいし、何よりエロいし。

 

 今度は俺の左側を見ている。うん、怖い。もう見ませんから!

 

「悪戯じゃないし。怖がる貴女も綺麗だけど、私も同じくらい怖いから」

 

 ジーって左側を眺めるパルメさん。うぉぉ、まじで怖くなって来た! み、見てませんよ! う、左手に何やら冷たい感触が……あばばばばばば! チラリと見れば、真っ白で細い両手が、俺の左手を掴んでいるんですが! 間違いなく女性の手で、ヒンヤリしてて……

 

「ひっ」

 

()()()()

 

「ひっ?」

 

 んん? 何やら可愛らしい声まで聞こえるぞ? しかも聞き覚えまでありますね。

 

「私、来ちゃい、ました」

 

 来ちゃい?

 

 固まっていたら、真正面に桃色した物体が回り込んで来た。ふぅ、幽霊じゃなくて良かったよ、ハァ。桃色は間違いなく髪の毛で、フワフワの綿菓子みたい。ん、身長も随分伸びたね、ハハハ。

 

「エ、エピカさん?」

 

「やめて、昔みたい、に、エピィと呼んで、ください」

 

 それはアナタが遠回しに呼ばせたんですが? 色々と脅迫され……いや、交換条件で!

 

 いつかこの日が来るとは思っていたが、まさかそれが今日だとは……王都アーレでも会わなかったし、気が抜けてたよ……

 

 うん、逃げたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となくにじり寄って来るエピカさんを押し留め、パルメさんは奥にあるテーブルに案内してくれた。そのパルメさんだけど、少し離れた場所で観察しているようだ。無表情を貫いてるけど、興味津々なの丸わかりだからね? あのぅ、近くに来て助けてくれない? ダメ?

 

「え、えーっと、エピカさん」

 

「エピィ」

 

「……エピカさ」

 

「エピィ」

 

「エ、エピィ」

 

「はい」

 

 身長は随分伸びたし、少し大人っぽくなったけど……中身も変わってくれてたら嬉しい。そう。普通の女の子に。ヤンデレの本物が目の前に現れたら、ホントに怖いのだよ。

 

「ど、どうしてアートリスに? コーシクスさんは知ってるの?」

 

「はい、もちろん、です。私、仕事、で来ました、から」

 

「仕事?」

 

「頑張り、ました。褒めてくだ、さい」

 

 やっぱり成長してるんだなぁ。シクスさんの家で会った時は子供ぽかったし、その後は色々ありましたけど……そう言えば盗ん、いや持って行った下着返してくれない? 上下ともで、結構気に入ってたから。着け心地も良かったから普段使いに重宝してたんだよ。

 

「そっか……頑張ったね、エピィ」

 

 まあでも、成長した妹分を褒めるのはお姉さんの役目だろう。ここは格好良くしてみるのが正しい。何よりパルメさんがじっとり見てるから、余計なこと聞かれたくない。ほら、行方不明の下着とか。

 

 ホワホワ髪を撫でるとエピィも嬉しそう。仕草が何となくクロに似てるからワンちゃんみたい。

 

「それで、どんな仕事なのかな?」

 

 質問すると、首に掛かっていたネックレスを見せてくれた。立ち上がる炎が二つ重なった様な意匠。赤色が淡くて綺麗だな、うん。

 

「わぁ、本当に紅炎に入団したんだ! 夢が叶って良かったね。コーシクスさんに憧れていたし、素敵なお父様だもん」

 

 まあ実際には悪戯好きでガハハ笑いするオジサマですが。流石のシクスさんも娘達の前では格好つけてたから、内緒にしてあげよう。

 

 それと、紅炎は貴族の娘達が多くいて、しがらみもバッチリある。実力だけでのしあがるのは簡単じゃないし、武力以外に覚える事も沢山だ。あとコーシクスさんの家は貴族でもなくて、社交界とも距離を取ってたはず。つまり、騎士団長であるクロエさんと同じ、一般枠で入団したことになる。まあ剣神の娘だから、単純でもないだろうけど。

 

「アナタ、です」

 

「ん?」

 

「私が憧れ、たのは、アナタ、です」

 

「そ、そう? 嬉しいな」

 

 ふっふっふ。まあ超絶美人で超級のジルですから?

 

「ジル姉様は、超級、です。()()()()で、一番、強くて、綺麗。まるで()()()()()()、みたい」

 

「もう、エピィったら褒め過ぎだよ。恥ずかしくなっちゃうでしょ」

 

 何か引っ掛かる言い方な気がしたけど、会ったときはこんな感じだったな。うん、だんだん思い出してきた。

 

「事実、です。私、()()()()、ます、から」

 

「う……」

 

 可愛らしい女の子から見詰められたら嬉しいはずなのに、何だか寒気が走るの何でだろう。昔ほどエピィから病的な感じもないし、普通に褒めてくれてるだけだよな? う、うむ。パルメさんとの話もあっさり終わったし、此処は退散しよう。

 

「そ、そうだ。私、用事があったからそろそろ帰るね。エピィに会えて良かったよ。パルメさん、また来ます」

 

 エピィ、一緒にとか言って来そう……

 

「そう、ですか。私も嬉しかった、です。偶然に、会えて」

 

 おや? 意外と普通だ。やっぱり成長したのかも。このジルの下着とかに執着してた頃は思春期だっただろうし、今は就職した立派な社会人だもんね。

 

「うんうん、じゃあね」

 

「はい、()()、すぐに」

 

 ん?

 

「ジル、店先まで送るよ」

 

 あ、パルメさん。

 

 トコトコ歩いてくるパルメさん、座ったままのエピィ。うぅ、警戒した俺って馬鹿みたいだな……昔は昔、今は今なのに。そうだ、今度会う事あったら下着のことも聞いてみよう。ほら、黒歴史になってたら可哀想だし慎重にだけど。やっぱり思春期とか色々不安定になって難しい年頃だからね。綺麗なお姉さんは心が広いのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 相変わらずの信じられない身体つきを眺め、パルメはジルを見送った。同じ女性なのに、まるで別世界に生きていると錯覚しそうな美貌。らしい線は背中や腰周り、お尻から脚まで全て完璧だ。まあジルの母親も妖艶を更に加えた様な人だから、血を受け継いだのだと今は理解出来る。やはり長い歴史を誇る皇族となれば、当たり前の常識など消え去ってしまうのだろう。

 

「ジルもいつかシャルカさんみたいに大人の女性になるのかしら? 何だか想像出来ないけど」

 

 寧ろ歳下の恋人である少女に弄ばれ、プルプルしてる姿しか浮かばないのだが……

 

 一応のお客様であるエピカの相手が残っている。先程は随分と大人しく、憧れの人を前にすればあそこまで変わるのかと感心していた。まあジル本人もかなり警戒していたし、ターニャに頼まれた浮気調査は必要ないだろう。ジルもあの娘の危険性は知っていたようで、過去に何かあったのかもしれない。

 

 そんな事を考えつつ、店内に戻ったときだった。

 

「ね、ねえ、エピカさん……何を、してる、の?」

 

 絶句し、そして片言になったのも仕方ない、絶対に。

 

 ジルが座っていた椅子にベタリと張り付き、背面の背柱に鼻をつけている。そのまま下の方に顔をずらしていくと、座面……つまりジルがお尻を乗せていた箇所に唇を這わせた。そしてペロ、いやベロリと舐めた様に見えたのだ。パルメの背筋にゾワワと寒気まで走った。

 

「……いえ、別に。忘れて、ください」

 

「別にじゃないでしょ! あ、アナタいま……」

 

「お願い、あり、ます」

 

「はぁ⁉︎」

 

「この椅子を売ってください。高値で買い取ります」

 

 また片言がおさまり流暢に喋ってくる。さっきの行動と話してる内容がキモ過ぎて、パルメはブルブルと震えた。当然だが、返す言葉は決まっている。

 

 

 

「売るか!」

 

 

 

 早速別の意味で警戒しないといけない相手が現れたのだ。このままでは浮気どころかジルの貞操が危ない。急いでマリシュカに相談しなければと、考えを固めたパルメだった。

 

 

 

 

 

 




以前からの設定通りなのに、書いててもキモいエピカさん……


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お姉様、顔を覆う

 

 

 

 

 

 エピィも成長したみたいだし、普通の子に戻って良かったなぁ。見つかったら何処までもくっついて離れなそうな、そんな危ない雰囲気を持ってたけど。あと、魔力強化が無かったら逃げるのも苦労する相手だったし。多分だけど、追跡系の才能(タレント)とか持ってるんじゃないだろうか。

 

 しかし"紅炎騎士団"に入団か……

 

 んー。シクスさん曰く、剣の才は全く無いって話だったよな? それともあれから何かに目覚めたとか? 幾ら紅炎とは言え、剣の腕はある程度求められるはずだけど。正直な話、紅炎はあまり詳しく無いんだよなぁ。うーむ、クロエさんに聞いておけば良かったよ。

 

 ……あ。

 

 もしかして、もしかしてだけど。エピィってアートリスに派遣されて来たメンバーの一人? さっき「また」って言ってたような?

 

 確かドワーフお爺さんの話だと、若くて礼儀も習ってて、あと実力的には強く求めて無いって……

 

 いやいや、幾ら何でも入団したばかりのピカピカな新人を選ぶだろうか? 一応他国の皇女を護衛する建前があるわけだし。まあ自分が言うのも何ですが。んー。

 

「……もしそうでも気にする必要ないかな。病的な感じも昔より消えてたし、顔馴染みなのは安心かも。うん、むしろ怪我とかしないよう気を配ってあげないと……シクスさんが心配しちゃう。ムフフ、仕方ないなぁ、お姉さんが守ってあげましょう」

 

 何となくな不安も消えたし、少しお腹が空いた。お風呂にも入りたい。

 

「帰ってご飯作るの面倒だなぁ。何か食べに行く……いや、キルデの護衛依頼からそのままだし、余り気乗りしない……やっぱり適当に買って帰ろっと。市場も近いし」

 

 市場のある地区は朝が一番忙しいけど、惣菜的な食べ物を並べる店が周りに多いのだ。此処から直ぐだから寄って行こう。

 

 はぁ、ターニャちゃんの手料理が食べたい。

 

 一緒にお風呂に入りたい!

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 アートリスは巨大な街だから、実は市場が二つあったりする。

 

 我が屋敷のある地区は所謂"高級住宅地"で、周辺にも美味しい食べ物屋さんとか、お洒落なショップだって沢山あるのだ。普段なんて凄く静かだし、歩いてる人も何となく空気感が違うような気がする、多分。

 

 だけど、同じ近くにある市場付近は変わらず庶民的な環境で、朝なんてすっごく賑やかだ。ターニャちゃんも足繁く通う場所だから、新鮮な野菜やお肉だって手に入る。俺もあの雰囲気が好きだし、顔見知りも多い。

 

 夜になると露店がたくさん出るから、とにかく明るいよね。ちょっとだけ夜店とかのお祭りみたいで、懐かしさも感じる。

 

 今日は何にしようかなぁ。プロ級なターニャちゃんの料理には敵わないにしても、やっぱり美味しいものが食べたい。

 

「ジル!」

 

うん?

 

「こんばんは」

 

「依頼の帰りか? 夜遅くまで大変だな」

 

 よくお世話になってる茶葉のお店だ。変わった珍しい種類も手に入れてくれるから、結構利用させて貰っている。現代日本と違ってパックされてるとかは無いから基本量り売りだね。

 

 店先には沢山の色の付いた瓶が並び、種類豊富な茶葉が入っている。高級なモノは店内の棚に配置されてて、香りも漂って最高。浅煎り、深煎り、他にも一杯ある。試飲も出来たりするので、重宝させて貰ってます。店主のおじさんも良い人だしね。

 

「ビレモさんも、ご苦労様です」

 

「ははは、もう閉めるとこだが、遠くに見覚えのある姿が見えたからな。ほら、ジルみたいな美人に会えるなら疲れなんて気にならん」

 

「褒めても今日はダメですよ? 最近たくさん買ったばかりですから」

 

 無駄遣いすると我が嫁が御機嫌斜めになるのだ!

 

「分かってるって。それでどうだ、あの茶葉は?」

 

「はい、ターニャちゃんも気に入ったみたいで良かったです。飲みやすいですし、朝には特に合いますね」

 

「そうかそうか! あのターニャのお眼鏡に適ったなら間違いないな!」

 

 多分だけど、きっとお世辞じゃない。ターニャちゃんの目利きは既に有名で、市場周辺では意見を求められる事が多いらしいし。魔素感知の応用は多岐に渡り、戦闘以外なら俺より凄いのだ。全く分からないけど、真贋を見たり出来て、品定めにも使うって。うん、意味分かんない。

 

 俺と一緒に歩いてるときはそんな話をしなくて、周りもふってこないから実際のところ知らないんだけど。お姉さん、ちょっと悲しい。

 

「ジル、少しいいか?」

 

「はい。何でしょう」

 

「そのターニャに伝言を頼みたいんだ。本当は直接伝えたいんだが……」

 

「伝言ですか?」

 

()()()が入荷したってな。アレは足が早い商品だから……余り余裕もない。試すにしてもやっぱり時間が要る」

 

 足が早い。傷みやすい商品ってことか。うーむ、困ったな。我が嫁ターニャちゃんは今、旅に出ているのだ。お母様に認められるため、子作りの技術を学ぶ為に。子作りされる側がジルなのは今でも納得出来てないが。どうせならターニャちゃんをプルプルさせたいです!

 

「ジル?」

 

「えっと、実は、事情で街を離れることになって……ターニャちゃんは暫く帰って来れないんです」

 

「ふむ、そうか……残念だが仕方ない。仕入れの時期は全く不明だったし、そもそも入荷の可能性も低かった」

 

 うーむ、ターニャちゃんが忘れてた訳じゃないみたいだけど、せっかくの評判が悪くなるのも嫌だな。それに、ビレモさんの顔色が悪いのは、仕入れ値のこともあるだろう。うん、やっぱり此処はお姉さんの出番だね。

 

「良ければ事情を教えてくれませんか?」

 

「いや……そう言うわけにも、な」

 

 ん? 言い辛い内容なのか? 何だかますます気になる。ターニャちゃんだし、悪いことじゃないと思うけど。

 

「何故です? 私に内緒ですか? まさか悪いことなら」

 

 ターニャちゃんの秘密なんて……すっごい気になる!

 

「い、いや! 違うんだジル! キミには内緒にするよう言われてて……」

 

 ほほう。それなら尚更逃がさないぜ! もしかしたらターニャちゃんの弱点に繋がるかもしれない。最近の我が嫁は手強いので、こっちも防御力アップが欠かせないのだ! いや、居ない間になんて卑怯だけども! だって仕方ないじゃん、ターニャちゃんってば色々とヤバいからさ。

 

 さすがに俺の、超級冒険者の圧力には勝てないのか、ビレモさんは渋々喋り出した。ふむふむ、何ですかー?

 

「……次に会う時は味方してくれよ? ジルは西にある諸島連合って知ってる……ああ、だよな。その諸島連合で生産される珍品で、簡単に言うと薬草茶になる。とは言えかなり特殊な作用だから、仕入れも、何より扱いも難しいんだ。だがターニャならば大丈夫だろうし、彼女からも強く求められてな」

 

「諸島連合、薬草茶……」

 

 ツェツエ王国より遥か西、小さな島々が連なった場所で、各島の代表が集まって構成された連合国だ。気候も成り立ちも元の世界の日本に似てたから、興味が惹かれて昔に行ったことがある。残念ながら日本とは似ても似つかずガッカリしたけど。ツェツエとは準友好国って感じで、凄く仲良しな訳でもない。まあ敵対もしてないけどね。

 

 うーん、でも態々内緒にする理由にはならないよな。ビレモさんが関わってる以上、違法な商品でもないだろうし。

 

「この薬草茶は魔法に強く関わってて、長い間秘伝とされていたらしい。製法が特殊なせいで、明かされたあとも諸島連合の専売特許になってるがな。おまけに、淹れるとき魔力の影響を極力抑えないと、最悪の場合効果が変化してしまう非常に特殊な茶葉なんだ。あと、さっきも言ったが足も早い」

 

 ふむ、魔力の影響を抑える、か。ターニャちゃんなら最適だな。寧ろ魔力自体を消し去って、最高のお茶の淹れ方を開発しそう。

 

「でも、何で私に内緒なんですか?」

 

 やっぱり内緒にする意味が分かんない。

 

「ああ、そこなんだが……頼むからホント味方してくれよ? あの娘に嫌われたら商売あがったりだ」

 

「はい、もちろんです」

 

「市場の連中は知ってることだが、ターニャは何時もジルの為になるものを探していたよ。美味い食材、疲労回復に役立つもの……そして身体に良い薬と情報。危険な冒険者という仕事柄、何かあったときにってな。ジルは治癒魔法を使うし、何より有名な魔剣だ。気にし過ぎだって皆が言ってたが、万が一があったらと何時も心配していた。ただ、とにかく照れ屋なのか、絶対にジルには言わないで下さいと……な、分かるだろ?」

 

 あー……

 

 うぅ……ううぅ!

 

 う、う、嬉しい‼︎ あと、幸せですっごく恥ずかしい‼︎

 

 ターニャちゃん、ツンデレ最高すぎでしょう! 最高に可愛いじゃん! TSヒロインパワー限界突破かよ!

 

 ああ、早く抱き締めて、一緒にお風呂に入って、何でも我が儘聞いちゃいたい! もう好きにして、まじで!

 

「……ル、ジル……聞いてるか? 見られちゃヤバいほど真っ赤だぞ。あと、両手で顔を隠してるつもりだろうが、全く隠れてない。そもそもプルプル震えてて最初からバレバレだが」

 

 はっ! クールで超絶美人なジルのキャラが崩壊してしまう! お、落ち着け我が精神よ!

 

「だ、大丈夫です。ちょっとだけ吃驚して」

 

「はは、君たちはホント面白い姉妹だなあ。まあとにかくそんな訳で仕入れたのがそんな品ってことだ。事前に具体的な商談をしてないし、ターニャは何も悪くない。俺だって商売人としての欲目もあったしな」

 

「そうですか……事情は分かりました。その薬草茶、私が買い取ります。お幾らですか?」

 

「おいおい、さっきも言ったが気にするな。別にそんな意味で話したんじゃ……」

 

「はい、話してくださってありがとうございます。ターニャちゃんが私のことを想って探してたなら、私が手に入れる方が喜んでくれます、きっと。そう思いませんか? それと」

 

「それと?」

 

「私が頂いて証拠を隠滅しちゃいます。ターニャちゃんが帰って来るまで暫く掛かりますから。寧ろ売ってくれないなら、この口が滑るかもしれませんよ?」

 

「……ハハハ! 分かったよ、ジル! 君たちはやっぱり似た者姉妹だな!」

 

 近い将来には結婚しますけどね! イチャイチャしまくりの!

 

「よし、じゃあ淹れ方と注意点を聞いてくれ。先ずは……」

 

 はぁ、可愛い。可愛いよターニャちゃん。

 

 やっぱり出逢ったのは運命だったんだよ。あの森で学ラン姿のターニャちゃんが居て、依頼を請けた俺が助けたのも。今や両想いになって、二人ともTSで、そんな壁も全部乗り越えて、子供だって作っちゃうんだから!

 

「大体これくらいかな……じゃあ、これがその薬草茶だ」

 

「あ、どうも。えっとお代金は?」

 

「おいおい、さっきも言っただろ。代金は……」

 

 すいません、幸せすぎて聞いてませんでした!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、実験する

 

 

 

 

 

 

「やっちゃったなぁ」

 

 何度もターニャちゃんに注意されてたのに……

 

 だんだんと視界がグニャグニャ? あと火照る頬とフラフラする足元も。お店を出たときは大した事なかったけどなぁ。うー、考えが纏まらないよー。

 

 こういうの、何て言ったかな。

 

 えーっと、確か、鳥、手羽、いや、思い出した! 千鳥足!

 

「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないぞ……早く家に帰ろう」

 

 うん、間違いなく酔っ払ってます。何でこんなになってるんだ……ターニャちゃんが横に居たら、間違いなくジト目を喰らってる。

 

 そう、ビレモさんから買った茶葉の袋を片手に帰ってるときだった。

 

 超絶美人のジルが街を歩くと、沢山の人が声を掛けてきてくれる。ビレモさんもその一人だった訳だけど、ほかにも露店や装飾品のお店、あと化粧品とか? 服飾関連の人も偶に話があるかな。まあ俺の場合パルメさんと言う贔屓があるので軽い感じ。

 

 そんな中、さっきまで酔って、いや寄っていたお店が居酒屋さんだ。まあ居酒屋さんと言うより小料理屋?かな。年配のお婆様が手料理を振る舞う小さな店なんだけど、薄味なのに凄く美味しい。ターニャちゃんも参考にするらしく、ある種の先生的なお婆様なのだ。軽く寄っといでと誘われて、断われなかった。何よりもお腹が空いてて、良い匂いも漂って来たし。

 

「お酒に合う一品……確かに合ってたけどさ」

 

 お野菜系の注文とは別にサービスして貰ったヤツ。興味を唆られたのは、ちょっと和食ぽかったからだ。多分お肉とかの煮込みなんだけど、他の具材もあって"おでん"に似てた。

 

 お勧めされるままにお酒まで頂いてしまったのだ。ほら、子供の頃にお祖父ちゃんとかお祖母さんの家に行ったらさ。もう要らないって言ってもお菓子とか御飯がバンバン出てくるじゃん。あんな感じなんだよ、あのお店。しかも安かったり、サービスしたりしてくれるから、つい食べ飲みし過ぎる……

 

「と、とにかく、これ以上お酒が頭に回らないうちに」

 

 でもさ。フラフラフワフワ歩くの気持ち良いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 

 

 

「んー……」

 

 自慢のオッパイを上に乗せつつ両手を組む。モニョリとした感触も素晴らしいけど、今は考え事があって大変なのだ。

 

 何とかお家に帰り、お風呂にも頑張って入った。気の所為かもだけど、酔いも少し冷めてきた様な? すると今度は何だか喉が渇いて、お茶を淹れようとしたのだけど。

 

 そう、茶葉の入った紙袋が目に入ったのだ。

 

「んー……困った」

 

 いや、大体は分かってるんだよ。ビレモさんも言ってたし、魔力の影響を抑えて淹れないとダメだって。場合によっては薬草茶としての効果も変わってしまうらしい。

 

 今の俺、つまりジルの生きる世界は現代日本と全く違う。魔法飛び交うファンタジーな世界だから、情報の蓄積や伝達方法に大きな違いがある。つまるところ、インターネットが存在しない。ググったら?なんて言われても困ってしまう。

 

「このお茶、名前聞くの忘れた……あと、淹れ方や注意点も」

 

 いやいや、ビレモさんも何か説明してたし、多分聞き逃してしまったのだ。だって可愛さ限界突破のスーパーヒロイン、TS美少女ターニャちゃんに想いを馳せてましたから? 仕方ないったら仕方ない。

 

 魔力の影響を抑えるって言ってもさ。沸かしたお湯なのか、茶葉なのか、或いは茶器なのか、或いは全部? そもそも魔力が四六時中大量に生成されてる訳ないし……とは言え魔素は存在して、ターニャちゃん曰くそこら中を飛んでるらしい。魔力と魔素は同一視されやすいから、ビレモさんの言う魔力が何なのか確定出来ない。

 

「ターニャちゃんだったら全然大丈夫だもんなぁ」

 

 あの子の才能(タレント)は凄まじく、最強生物である古竜からすら魔力を消し去る事が出来るのだ。当然ながら目の前の茶葉なんて好きに出来ただろう。あと魔素の存在を目視までしちゃうから、ミスもあり得ない。うん、改めて考えてもヤバい才能だな。

 

「見た目は普通だけど……香りは確かに薬っぽい?」

 

 パッと見は緑茶の茶葉に似てる気がする。量は少ない。

 

 傷みやすいらしいし、早めがいいよなぁ……

 

 もう一度ビレモさんに聞くのもありだけど、流石に恥ずかしいし申し訳ないな。凄く真剣に喋ってたの何となく覚えてるし。まあ今更だけど。

 

「……ふっ。我が魔剣の経験と実力で全てを覆して見せよう。不可能? そんなもの、私の辞書には掲載されてませんから!」

 

 ()()、超絶美人の、超級冒険者で、しかも魔法に関しては世界トップレベルのぉ、魔剣ジルですから? 魔力を抑えるなんて朝飯前! いや、今は夕食後、いや飲酒後ですけれど!

 

 折角だから、ターニャちゃんに報告出来るレベルまで試してみるのはどうだろう。俺にしか出来ない魔力調整と、更には万が一の場合の治癒魔法がある。色々テストして、最高の淹れ方を教えて上げるのだ。

 

 何よりも、きっと恥ずかしがるだろう。でも、ターニャちゃんが俺を沢山気遣ってくれてたお礼を伝えたい。今はもう恋人同士だし、内緒になんてする必要が無いよ、うん。

 

 それと、お礼を言ったら恥ずかしさの余り真っ赤になるかもしれない。赤面プルプルするターニャちゃん……サイコーです。

 

 よし!

 

「それでは、第一回ジルヴァーナ化学実験室を……開催しまーす!」

 

 一人で何を騒いでるんだと笑われそうだけど、何となく前世を思い出してハイテンションなのだ。だって、化学実験ってワクワクするじゃん? 混ぜ混ぜしたり、フラスコをフリフリしたり、温度を調節したり。

 

 我が屋敷の台所は非常に広い。アイランド型の作業用テーブルは真っ白な石材で作られてて、流しや魔力を使って調理するコンロは横長のキッチンスペースに配置されている。食器類や調味料などを納めるパントリーもあるけど、そっちは別室扱いみたいになっているのだ。他にも予備のキッチンがあって、それは大勢が参加するパーティとかで、料理人を外部から呼んだときに使う。まあ殆ど使用したことないけど。

 

 そのアイランド型のテーブルにカップを並べてみる。サイズを合わせる為に、同じ種類のヤツだ。お茶の色とかも見たいから、薄い色合いのモノを選んでみた。

 

「先ずはビレモさんの言ってた様に、魔力の影響を限界まで抑えてみましょう」

 

 意識して魔力を練る事をやめ、ついでに魔素感知などの行使もストップ。見えないけど、念の為に魔素自体も出来るだけ周囲から散らしておく。つまり、魔力強化の反対だ。おや? フワフワして気持ち良いし、魔力の扱いもラクチンな気がする。もしかして、酔っ払ったジルは最強なのかも。

 

 お湯を沸かすのも、カップも、茶葉にも、俺の魔力が触れない様にした、つもり!

 

 トポトポと透明なお湯が注がれて、フワリと茶葉が開く。直ぐに独特の香りが鼻をくすぐった。ふむ、茶葉そのものは薬っぽい匂いだったけど、お湯に触れるとキノコみたいな感じ。意外に悪くない。色は……薄いピンク、かな。ちょうどエピィの髪色に似てる。

 

「毒の感知なんて魔法は無いものなぁ。ターニャちゃんだったら何か気付くかも?」

 

 まあ薬草茶だし、まさか毒じゃないだろう。ただ薬って容量用法を間違えてたら駄目だろうし……よく考えたら、治癒魔法の準備もマズいか? 当然に魔力の影響があるもんね。

 

「ふむ。では逆を試してみては? ジル教授」

「ほほぉ、反証、ですな?」

 

 知らんけど。

 

 ふっふっふっ。一人芝居も今は楽しい。

 

 と言う事で、今度は滅茶苦茶に魔力を加えてみましょう。イメージは魔力銀の剣を操る感じで。超級魔剣の実力を見せてやるぜ!

 

「うりゃー」

 

 手のひらに乗せた茶葉にグイーンと魔力を送る。

 

「……お、おお!」

 

 お湯にも触れて無いのに茶葉が開いたぞ! しかも紅茶っぽい香りもする。これは興味深いですなぁ。よし、淹れてみよう。

 

「な、なるほど?」

 

 うん、意味分かんない。何故か香りは最高なのに、触れたお湯の色が毒々しい紫色になった。香りは最高なのに!

 

 しかしこうなると、魔力の大小で変わるのか気になる。ピンク色から紫色なら、中間はどうだろうか。そもそも超級魔剣が全力で練った魔力なんて一般的じゃない。この茶葉は市販されてる訳で、やはり普通の魔力量も試すべきだな。

 

 そして、気付けば目の前には合計七つのカップ。色合いはピンクから紫色までグラデーションが効いている。うん、ちょっとだけ綺麗。

 

 何だよこの茶葉……めっちゃ面白いじゃん!

 

 ターニャちゃん最高かよ。

 

「ふむふむ、魔力の強さに比例して完璧に反応する。ある意味で魔素感知に近い。何か別の用途にも使えそう。そんな感じ」

 

 あとは味と効能。

 

 不思議な事に、毒々しい色合いになるほどに香りは良くなる。最初のヤツはキノコっぽい匂いなのに、紫色は今もばっちり良い香りなのだ。何より冷めた後も変わらない。

 

「……いやいや、流石にガブ飲みは駄目だろう。薬草茶とは言え、かなり特殊らしいし。でもなぁ……」

 

 唆られるぅ! すっごく飲んでみたい!

 

 香りからして紫色が一番美味しそう。ふっ、魔剣最高の魔力を込めた茶葉が果たして危険物になるだろうか、いやならない! 

 

 考えてみれば分かる。そう、私は魔剣! 超級冒険者にして、バンバルボア帝国の皇女。しかも伝説の始原の系譜であり、かなりレアな転生者でもあるのだ。おまけに言えば、スーパーレアなTSで超絶美人!

 

「いただきまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感じるのは、紫色と紅茶みたいな香り。

 

 何故か微妙に薄くなった魔力と、お酒とは少し違う酩酊感。

 

 普段と違う感覚に、()()少しだけ不安になる。何故か外に出ようとしたのは、凄く寂しくて誰かに会いたくなったからだ。

 

 そのあとゆっくり眠くなって、何とか玄関の扉を開いた? 駄目だ、頭が回らない。

 

 そしてその記憶も紫色に染められて行く。

 

「でも、凄く気持ちいい」

 

 何だか暖かくて、フワフワしてて、まるでお母様に抱き上げられた子供の頃みたいだ。でも、こんなところで寝てしまったら怒られる……あれ? 誰に怒られるんだっけ? 

 

 よく分からないし、

 

 大丈夫、

 

 か、

 

 な……

 

 

 

 

 

 

 




お約束な話が続きます。


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お姉様、膝枕される

新キャラと久しぶりのあの人も登場。尚、ジル視点はお休みです。


 

 

 

 ジル曰く、

 

 ミルクティーの様な優しい色をした髪。

 

 フレームのない眼鏡はキリリとして格好良い。

 

 でも、色々と見透かされそうで、怖かったりもする。

 

 

 そんな女性の名は、タチアナ=エーヴという。

 

 

 

 エーヴ侯爵家の三女として生まれ、偉大なるツェツエ王国へ忠誠を誓っている。もちろん侯爵家としての責務が主だが、仕える王家を慕う気持ちも強い。

 

 表の役目はリュドミラ王女の教育係兼侍女だ。しかし王家を影から支えるエーヴ家は、数々の情報を扱う部門でもあった。そのため、タチアナ=エーヴは今回の役割を快諾したのだ。いや、素直な気持ちを示すならば、また美しき水色の瞳を眺める機会に恵まれたからだろう。

 

 端的に言えば、会えるのが楽しみ。それだけ。

 

 以前から謎の多い女性(ひと)ではあった。

 

 美の代名詞であるアズリンドラゴンが尻尾を巻いて逃げ出すだろう美貌。それでいながら精神は何処か幼く素直で可愛らしい。

 

 少年を思わせる言動だって魅力に華を添えていた。まあ本人は隠しているつもりらしいから、あまり指摘すると可哀想なのかもしれない。

 

 近い将来ツェツエ王国に輿入れすると思っていた。しかしそれだけは才能(タレント)の"演算"も予測を外した様だ。彼女に関してだけは昔から正解率が著しく下がる。お相手がターニャである点も含め、不思議と驚きは少なかった。

 

 今は朝日が昇り暫く経った頃。そんな時間と同じ、タチアナの心には爽やかな風が吹いている。

 

 きっと再会が待ち遠しくて、でも幸せな気持ちなのだろう。

 

「タチアナ様」

 

「はい」

 

「間も無くです。皇女殿下のお住いは、あの角を右に折れた先と」

 

「ありがとう。では気を引き締めて参りましょう」

 

 そのタチアナには同行者が居る。紅炎より選抜された騎士の中から三名。彼女等は、このツェツエ第二の都市アートリスに居を構えるジルヴァーナ=バンバルボアを……かの皇女を護衛、或いは監視する役目を負っている。

 

 その内の一人、リーゼ=マグダレナが声を掛けて来たのだ。

 

 リーゼは本騎士団屈指の堅物として有名で、今回の任務の部隊長を仰せつかった女性騎士。低位ではあるがタチアナと同じ貴族で男爵家の次女だ。そして、男性騎士と変わらぬ戦闘を全く厭わない稀有な者でもある。紅炎騎士団長であるクロエ=ナーディに見出され、将来を期待される逸材だ。

 

 ジルヴァーナ皇女の護衛任務に関しては、諸々の事情から若い娘が選抜されたのだが、彼女は比較的に年齢が高めだろう。とは言え皇女と近い二十一歳だから、まだまだ若輩だと自覚もしている。

 

 女性として不似合いな短く揃えた黒髪は、騎士としては似合っているだろう。身長も高く、もしかしたら護衛対象のジルより上背があるかもしれない。日々の鍛錬からか引き締まった身体をしており、細身でありながらも持つ空気は鋭く感じる。相当な美人なのだろうが、任務中の為か視線はギラついていて怖さもあった。

 

 追随する残り二名の新米騎士……まだ若い彼女達は緊張で顔が強張っていた。

 

 訪れる目的地には、ツェツエ同等の大国であるバンバルボア帝国の皇女が座すのだ。しかも現在世界に五人しかいない"超級冒険者"で、その中でも唯一の女性にして最強の呼び声も高い。"万能"と称される才能により凡ゆる魔法を行使し、同時に不滅と言われた古竜の鱗すら両断する剣士。そう、憧れであり、恐怖の対象でもある"魔剣"こそ、そのお相手だ。

 

 超級は各国の防衛力に影響を与える。ツェツエ王国が強国である理由の一つに、"魔狂い"と"魔剣"二人の所属があるのは間違いない。

 

「大丈夫ですよ? ジル様はとてもお優しい御方。お会いすれば分かります。それよりも、女神や宝珠と謳われる美に驚かないで下さい。大半の人は視線を外せなくなって、言葉を失いますから」

 

 緊張を見て取ったタチアナが柔らかな声を掛けた。

 

「は、はい!」

「頑張ります!」

 

 変な返しをしてしまった二人目は、後でリーゼからお叱りを受ける事になる。まあ今は関係ないだろう。

 

「いらっしゃれば良いですが」

 

「リーゼ。分かっていますね?」

 

「はっ、勿論です。何日でもお待ち致しましょう」

 

 使者を拝命したタチアナが訪れる理由だが、紅炎騎士団新部隊の配置の第一報を届ける、ただそれだけだ。形式的な承認を貰った後、詳細の詰めに紅炎騎士団長のクロエ=ナーディが再訪することになる。

 

 一冒険者であった以前と違い、相手は皇女殿下である。ギルドから情報も入っているだろうが、何よりも礼を失する訳にはいかない。屋敷付近に待機し、何日でも待つ予定だ。先ずはツェイス殿下とクロエ団長連名の書礼を届ける。

 

 これはツェツエ王国の古来からの慣例であり、最初だけは直接に渡すからだ。この場合、不思議なことに事前の報せは入れない。ただ相手の都合もあるため、何日でも、場合によっては一月以上待つ事もある。その期間も相手への敬う心が宿るとされているのだ。まあ実際には初見で無言の圧力を与える意味も含まれているが。

 

「前以ての確認で、皇女殿下がアートリスを離れていないと分かっていますが……その点ギルドに所属しておられるのは非常に助かりますね。ただ緊急の依頼や、強力な魔物の出現だけは予想出来ません。例えば、つい最近もカースドウルスを討伐されています」

 

「カースドウルスを……⁉︎」

 

 タチアナの言葉に驚いたリーゼの反応も当然だろう。それ程に珍しく、そして厄介な魔物だ。

 

「ええ。あれ程の魔物がそうそう現れるとは思えませんが、こればかりは予測出来ない」

 

「あ、あのぉ、カースドウルスって? ウルスって森に住む熊ですよね?」

 

 新人騎士二人はよく知らない様だ。これは明らかな勉強不足な上に、タチアナ達の会話へ許可を得ず割り込むのも好ましくない。後でたっぷりと言い聞かせなければと、リーゼは恥ずかしくなった。これだから紅炎は"御飾り"と揶揄されてしまうのだ。

 

 しかしタチアナの前で説教も違うだろう。リーゼはグッと我慢した。

 

「……森の深部に出現する魔物の中では最強に近いのがカースドウルスだ。名前の通り巨大な体躯を持つ熊型の魔物で、物理的な攻撃の殆どを無効化し、魔法による討伐が主となる。しかしながら強力な魔力の防壁を備えるため、簡単には倒せない。しかも、時間が経つと霊的な奴等も呼び寄せるんだ。冒険者であればダイヤモンド級を幾人か求められる程の化け物だよ」

 

「な、成る程です」

 

 ダイヤモンド級となると、想像を絶する戦闘力を持つ。紅炎の団長であるクロエすら未だ届かないとされる領域だ。若く可愛らしい二人には想像も出来ない世界である。

 

「……あのお屋敷ですね」

 

 角を曲がると、まだ先だが華麗かつ豪奢な屋敷の上部と、予想より高い外壁が見えた。以前訪れた事がある勇者クロエリウスや、王子その人のツェイスから聞いた内容とも一致している。魔剣が施した魔法防壁を備える為、見た目に反してかなり危険な場所である。無知な愚か者が侵入を試みた場合、酷く後悔するのは間違いないだろう。

 

「はい。しかし……妙です」

 

「リーゼ?」

 

「予め伺っておりました魔法防壁が魔素感知にかかりません。いや、幾らか残ってはいるようですが……」

 

「……とにかく、失礼のないよう近くに参りましょう」

 

「はっ」

 

 何らかの隠蔽をしている可能性がある。タチアナもそう考えたし、リーゼでさえ何か理由があるのだろうと思った。そうしてゆっくりと四人が歩き、最初に気付いたのはタチアナだった。

 

「開いている?」

 

 正面に見える最初の入り口。巨大な一枚板を加工したであろう両開きの扉、その片側が少しだけ開いているようだ。敷地内が僅かに見える事から錯覚ではない。この周辺は貴族の別邸などもある地域のため、比較的治安は良いが……しかし未婚の女性が暮らす家なのだ。不用心と言っていいだろう。

 

「まさか……予めご存知の上、お待ち頂いているのでしょうか?」

 

 魔法防壁が既に解除されているのも説明がつく。しかし、もしその通りならば、待たせたのは失礼に当たるだろう。タチアナも顔色を悪くして、足早に変わった。

 

 屋敷前に到着すると、リーゼ達紅炎の三名は地面に片膝をついた。顔も上げず、視線は絶対に合わさない。相手の許可、つまり皇女殿下の許しが無い限り、声も発してはならないのだ。

 

 それを確認したタチアナは、扉に設置されている呼び鈴に指を添えた。魔法具の一種で、屋敷内に音が伝わり、ジルに来訪を告げた筈だ。しかし、暫く待っても彼女は姿を現さない。

 

 何かおかしいーー

 

 彼女の為人(ひととなり)を知るタチアナは思った。留守かもしれないが、扉は開いて魔法防壁も解除されている。ジルは誰もが認めるお人好しだが、このように安易な隙を見せる女性(ひと)でもないのだ。

 

 チラリと、失礼の無い範囲で扉の隙間を観察する。

 

 すると、ある意味で見慣れた、しかし今視線の先にあるのは不自然な色が見えた。それはキラキラと輝きを放つ白金だ。整然と並ぶ真っ白な石畳に広がっている。白金の其れ等はかなりの長さのため、まるで大海の波間に映る朝日の光のようだった。

 

 何が倒れているのか分かったとき、タチアナは今までの人生で最も驚愕し慌てた。

 

「ジル様!!」

 

 儀礼を無視していようが、後にどんなお叱りを受けようが構わない。扉を更に押し開け、タチアナは全く動かないジルに駆け寄った。

 

「ジル様! しっかり!」

 

 うつ伏せになっていた皇女を抱え、自身の膝に彼女の頭を乗せる。仰向けに変わったが、瞼は閉じていて水色は見えない。サラサラと白金の髪が流れ、タチアナに僅かな感触を与えた。そこには、何かが失われるかもしれない恐怖も孕んでいる。これほどの大きな声でも意識を手放したままなのだから。

 

「く……リーゼ! 早くこちらに!」

 

「は、はい!」

 

 タチアナの叫びは聞こえていたが、どうして良いか分からずにリーゼも固まっていたのだ。しかしタチアナ=エーヴの指示があった以上、騎士として鍛えた身体は素早く動いた。

 

「お前達はそこで待て! 誰も通すなよ!」

 

「「は、はい!」」

 

 若い二人はリーゼの命令に従い、扉の両脇に立った。剣に片手を添えて周囲への警戒を始める。

 

「タチアナ様!」

 

「貴女は身体魔素検査を使えたはず! 急いで!」

 

「は、はは! し、しかし許しもなく肌に触れては」

 

 身体魔素検査……正に今意識のないジルが開発した魔法で、かなり高度で特殊な技術だ。対象者の魔素を体内各所に循環させて何らかの異常を見つけ出す。素晴らしい技術なのだが、直接肌に触れる必要がある上に、行使者の能力や知識で結果が左右するのだ。誰もが使えないし、効果の振れ幅が大きい。しかしリーゼはこの体内循環を十全に使える数少ない騎士の一人だ。選抜された理由の最たるものでもあった。

 

「つべこべと……いいから急ぎなさい!」

 

 普段かなり冷静で温厚なタチアナの怒りに、騎士であるリーゼは震えた。その厳しい視線に耐えられず、リーゼは皇女の尊き肌に触れる。薄い部屋着のままなのか、両肩も腕も露出していたのだ。肩紐はあっても邪魔をするほどではない。同じ女性であるが、その肌は噂に違わない美しさだった。

 

「まさか……こ、これは……!」

 

 そして、リーゼの声はタチアナの耳を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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お姉様、目を覚ます

お気に入り登録ありがとうございます。


 

 

 

 

 

「まさか……こ、これは……!」

 

 何かに気付いたのだろう、リーゼはジッと意識のない皇女を眺めている。ジルは仰向けになっているため、閉じられた瞼や薄らと色づく唇が見えた。顔色は悪く見えないが、安心は出来ない。

 

「リーゼ、何か分かりましたか」

 

 乱れた白金の髪を手櫛で整え、残る土埃も優しく払うのはタチアナだ。石畳に腰を下ろし、バンバルボア帝国の皇女を支える彼女も不安を隠せていない。

 

「……はい。ただ、もう一度確認をさせてください」

 

 タチアナからしたら悠長に感じられたため、思わず非難の声を上げそうになった。しかし、リーゼは身体魔素検査をしっかりと扱える紅炎の騎士なのだ。そんな風に思い直したタチアナは、開きかけた口を閉じる。

 

 暫く沈黙の時間が過ぎていく。

 

 そして、リーゼは両肩に添えていた手を離した。

 

「恐らく、ただ眠りに落ちているだけ、と」

 

「……本当に?」

 

「はい」

 

 リーゼの返事を聞き、強張っていたタチアナの身体から力が抜けた。何かの病であれば一刻も早く対応する必要があったのだ。

 

「タチアナ様。ただ、お気付きと思いますが……」

 

「ええ。ジル様がこの様な場所で眠りにつくなど有り得ません。リーゼ、何か強制的に睡眠へ導く魔法はありますか?」

 

「寡聞にして聞きませんが、魔法の世界は余りにも深い。私の知らない技術があってもおかしくないでしょう。しかし、超級魔剣を脅かす者がそうそう居るとも思いません」

 

「そう、ですね」

 

 その通りだった。今まさに行使した身体魔素検査も、ジルが開発し広げた魔法だ。しかも数年前のことだから、今よりずっと若い。他にも魔素感知は代表格で、"万能"の名は轟いている。

 

 考察を深めそうになるタチアナだったが、抱く皇女の肌が冷たく感じられて我に帰った。

 

「とにかく、このまま此処に居るのもいけません。何処かでお休み頂かないと。それとリーゼ、その羽織っているマントを貸して下さい。ジル様は薄着に過ぎます」

 

 恐らく夜着であろう衣服はかなり薄手だった。両肩や腕は露出しているし、その下も下着程度だろう。寝所で休む時の格好そのままだ。人外の美貌も助けて、同性であるはずのタチアナさえ視線が外せなくなる。上下する胸にも目を奪われるが、生きているのだと安堵した。

 

「は、はい。しかし、汚いですよ、こんな」

 

 儀礼的であっても旅装の一種である以上、皇女に対して不遜に感じるのは仕方ないのかもしれない。

 

「貴女は普段から綺麗好きですから、きっと大丈夫。それに、勝手にお屋敷を物色する訳にもいきません。そうですね……あちらにお連れしましょう。すいませんが、ジル様を連れて来て貰えますか?」

 

「わ、私がですか⁉︎」

 

「ええ。情け無いですが私ではジル様を抱えて歩けそうにありませんから」

 

 タチアナの見る先には見事に整えられた園庭があった。かなり立体的に造成されており、眺める者を飽きさせない。季節の花々、魔工製のランプ、可愛らしい小屋は青と白の配色が眩しい。大きさから園芸用の道具を納める場所だろう。

 

 園庭の一部は小さな丘になっており、その中心に丸屋根と白い五本の柱で構成された空間がある。テーブルや長椅子もある事から、庭の観賞用や食事を行うのだろう。あそこなら横になれる。

 

女性らしい美しき丸屋根と、男性的な力強さを感じる柱達。王城を見慣れたタチアナだが、その意匠には感じ入るものがある。聞いた話ではジル自らが拘って作り直したらしい。元々はツェツエに連なる一族が住まいとしていて、其れを買い取り改築した筈だ。

 

「し、失礼致します……」

 

 酷く緊張している。ジルを預けたタチアナは思った。リーゼからしたら、話すことすら殆ど無いだろう高貴なる女性(ひと)だ。仮に護衛対象であったとしても、身近に他国の者を寄せ付ける事例は少ない。そばには本国からの側近などを置くからだ。

 

 何より、リーゼの視線は皇女の(かんばせ)や露出した肌に釘付けだ。先程までは切迫した状況だったため、観察する余裕も無かったのだろう。今頃になってジルヴァーナ皇女殿下の隔絶した美に慄いている。

 

「リーゼ、余りジロジロ見るものではありませんよ。いくらジル様に意識が無いとは言え、礼に失する態度は許されません」

 

「……はっ。も、申し訳ありません」

 

 グルリと音が聞こえてきそうな勢いで、リーゼは顔を起こした。その生真面目な行動を見て、タチアナも薄く笑う。

 

「でも……気持ちは分かりますよ。何度かお会いした私も、未だ慣れることは出来ません。さあ、あちらに」

 

 ジルを横抱きにしつつ、リーゼも立ち上がる。そして思った以上に細くて軽い身体を抱えて歩き出した。超級冒険者である以上、戦いを生業としている筈だが……感じる柔らかさと滑らかさはそれを裏切るのだ。ゴツゴツとした筋肉も、熱い日光や風雨に晒された肌も全く存在しない。

 

 とにかく、そんなジルを視線から外そうと必死なのは、側から見ても分かる。すると、フワリと風に揺れる白金の髪がリーゼの手を擽ぐった。だがそれも努めて無視したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

「しかし、ある意味で噂など当てにはならないですね」

 

「どんな噂ですか?」

 

「アートリス、或いはツェツエの女神。美の化身。どれもよく聞く話ですが、話半分と思っていました。蒼流騎士団の男どもの騒ぎなど、聞くにも耐えない内容ばかりでしたし……でもまさか、その言葉通り、いえ噂を遥かに超えた美貌だとは。今も目の前におられるはずなのに、信じられない気持ちが浮かび上がって来ます」

 

「なるほど。リュドミラ王女殿下はこう表現されていましたよ。物語から飛び出して来たような人だ、と」

 

 再びタチアナの膝枕に収まったジルは、変わらず眠り続けている。ただ、先程に比べると眠りが浅くなっていると感じられた。目尻に皺を寄せたり、何度か身動ぎをするからだ。その様子を認め、タチアナやリーゼにも安心感が増している。だから、会話にも余裕があるようだった。

 

「はは、リュドミラ様の可愛らしい表現に私も賛成します。その閉じられた瞳の光も、耳を震わせるだろう声音も、きっと美しいのでしょう」

 

 詩的な表現を使ったリーゼだったが、それは紛れもない本心からだ。タチアナの手櫛により整えられた髪は、朝日に照らされてキラキラと輝いている。

 

 ひとしきり微笑を浮かべたあと、タチアナの声に真剣な響きが戻る。

 

「何故あの様な場所で倒れ、いえ、眠っておられたのか。ましてや魔法防壁は解かれて扉まで開いていた……リーゼ、他者の侵入の形跡は無かった、間違いないですね?」

 

 リーゼもそれを察し、姿勢を整えた。タチアナは普段から尊敬すべき女性だが、今はツェツエからの使者でもある。つまり、ツェイス王子やクロエ団長の名代。その一言一言には重みと責任がある。

 

「はい。二度確認しましたが、足跡や魔法の形跡もありません。防壁が働いたと仮定しても、破られた様子もなく……皇女殿下のお身体に傷や怪我はありましたか?」

 

「見える範囲では無いですね。衣装も汚れていませんし、誰かに乱された風もありません。もしそのような不届者がいたのなら、我がツェツエが死力を尽くして罰を与えねばなりませんが」

 

 いや、バンバルボア帝国もどう動くか分からない。ましてや母は"水魔"と恐れられた魔女。怒りを溜めて魔法を放てばタダでは済まないだろう。或いはジルを寵愛する古竜ルオパシャも例外ではない。そして何より……

 

「ターニャさんが真の力を行使したら、ツェツエも……」

 

「何か仰りましたか?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

 タチアナは王城に戻ったツェツスから詳細を聞いていた。失恋した王子も流石に辛かったのか、誰かに話を聞いて欲しかったのだ。その詳細にはジル達二人の婚約と、ルオパシャとの修行の旅があった訳だが……何より驚いたのはターニャの才能(タレント)だった。魔素を誰よりも理解し、十全に操る。そして最も恐ろしいのは魔力を根本から消滅せしめる事だ。

 

 現在も昔も、最大最強であるのが古竜。その古竜の魔力すらも抑えてしまう稀有な力。もし彼女が怒りに我を忘れて暴れたら、どんな被害が出るか想像も難しい。魔力を消し去る力なぞ古今東西存在しないのだから。

 

 そう、寄り添う人の、人柄の素晴らしいジルヴァーナ皇女殿下だからこそ危機感は感じないが、実際には非常に微妙な均衡なのだ。

 

 そんなジルから庇護を受け、心から愛し、全てを委ねている。何度か話したタチアナだから分かるのだ。ターニャはジルさえ居れば、ただの可愛らしい少女でしかない。だが、愛する人に何かあったとき、そして失われたなら、ターニャは誰よりも危険な存在となるだろう。ましてや今は古竜ルオパシャに師事してもいる。

 

 だから、ジルは、ジルヴァーナ皇女殿下はツェツエにとって、もしかしたら世界にとっても、剣であり盾なのだ。

 

 二人は結ばれて、順調にいけば子を成す。

 

 その御子(みこ)はどれほどの……

 

 何かを想像したタチアナは寒くも無いのに震えてしまう。早く、早く目を覚まして安心させて欲しい。人柄通りの笑顔で、優しい声で、そんな不安なんて杞憂だと。

 

 そして願いが届いたのか、整えられた長い睫毛が揺れる。

 

 目覚めようとしているのだ。

 

「ジル様、ジル様」

 

「んん……うーん……」

 

 久しぶりにジルの声が聞けた。たったそれだけで、タチアナの震えは止まる。

 

「ジル様。御安心を、タチアナ=エーヴです。違和感や痛みなどはありますか? どうかご自愛を……」

 

 だが、水色が見えて、次の言葉を耳にしたとき、タチアナの不安は再び肥大化した。最大まで。

 

 

 

「……うぇ? え? えぇっと、ど、どちら様、でしょうか?」

 

 

 

 そう、見慣れた筈のタチアナを……ジルは認識出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 




定番のぉ、記憶喪失! だって書きたかったんだもの。周りはシリアスなのに当人はポンなまま。ジルのTSをもっと描きたい欲求に駆られた結果です。
次回からジル視点に戻る予定。


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お姉様、考察する

 

 

 

 

 

 

 

 テストだるいなぁ。

 

 数学は勿論なんだけど、古典とか意味分かんないし。もうさ、どーせ補習になるならサボっても同じじゃないか? うぅ……そんな訳ないじゃん、絶対に怒られて、最悪お小遣いが没収されてしまう。楽しみにしてたゲームも買えなくなって、続刊も待ってるヤツが一杯……

 

 あー、我ながら不幸だ。

 

 何で勉強なんてしないとダメなんだよ。

 

 俺ってまあおバカだし、女の子にモテる訳でもない。つまり、細々とバイトしながら趣味に生きる道しかないじゃないか。うん、一生部屋に引き篭もって遊んで暮らしたい。それともアレだ、定番の異世界転生だ。すっごいイケメン勇者になって、お姫様とか可愛い女の子と仲良くなるとか。もうサイコー。

 

 はぁ、そろそろ起きないと。

 

 顔洗って、パン食べて、歯磨きして、あと、えっと……

 

 んー?

 

 少しだけ良い匂いがする。何か蜂蜜みたいな甘い香りだ。俺の部屋ってば汚いし、芳香剤なんて気の利いたモノも置いてない。それに、枕が高くて良い感触。フワフワなのにしっかりと弾力があって、ほんのり温かい。

 

「ジル様、ジル様」

 

 じるさまじるさま? おかしいな、こんな目覚まし時計なんて買ってないぞ?

 

「んん……うーん……」

 

 うん?

 

 あ、あれぇ?

 

 ……なんか滅茶苦茶近くに美人さんがいるんですが! 縁無し眼鏡がキリリと似合う美人さんがいますぅ! 髪の毛がミルクティーみたいな色してて、それも凄く似合って……

 

「ジル様。御安心を、タチアナ=エーヴです。違和感や痛みなどはありますか? どうかご自愛を……」

 

 その視線、間違いなく俺を見てる? なに? どゆこと?

 

「……うぇ? え? えぇっと、ど、どちら様、でしょうか?」

 

 ん? な、何だか声も変じゃないか?

 

 いやいやそれよりも、大変な事に気付きました。これはもしかして、膝枕と呼ばれる伝説のぉ! 格好良い系美人なお姉さんにしてもらえたら、幸せな夢No.5に入るシチュエーション! そう、蜂蜜みたいな香りはこの女性(ひと)から漂っているのだ!

 

 その膝枕美人さんは驚いた表情に変わって、酷く不安そうに眉がクニャリ。あ、もしかして、いつまで調子こいて膝に乗ってんだコイツって意味⁉︎ そりゃキモい顔した野郎がデヘヘって涎を垂らしそうにしてたらダメだよね。ごめんなさい!

 

 と、とにかく起きよう。なんで俺の部屋に美人さんがいるのか分からないけど。

 

「すいません、直ぐに起きます……」

 

 んー、やっぱり声が違う。とっても綺麗だけど、どうして俺の口から?

 

「……ジル様、まだ無理をしては」

 

「……んん?」

 

 少しだけ顔を起こしたら、更に色々とおかしなものが沢山見える。

 

 どうやら此処は部屋じゃなく外らしい。青空と微風、西洋風の屋根と柱。そこに配置されたベンチっぽい。そこに横たわり、膝枕をして貰っていたようだ。

 

 だが、そんな風景よりも意識を取られてしまう()()がポヨンと揺れたのだ。オマケにかなりデカくて、当然ながら二つ並んでいらっしゃる。これはもしかして、男ならじっとり見てみたいトップスリー入る"オッパイの谷間"ではなかろうか。

 

「……」

 

 視線が外せない。だってすっごいカタチも良くて、肌も澄んでて、薄ら浮かぶ血管までも綺麗なんだから。

 

 やっぱり夢か? 寝る前の日課にしてる妄想が花開いたのか。

 

 でも、現実感が凄い。胸から感じる重量も、呼吸したら上下するポヨン感も。

 

 もしかして、間違いないのか。夢じゃなければやっぱり()()なんだろうか。だって、いつものパジャマ代わりのTシャツでもなく、ワンピース?的な何かを着ているのだから。

 

 こうなると股間に手を入れて確認したい。確認してあのセリフを言ってみたい。膝枕美人さんの前では恥ずかしいので無理だけど。

 

「ジル様……」

 

「あ……ご、ごめんなさい。ちょっと呆然としてて」

 

 形の良い胸や肌に、視線が釘付けでしたなんて言えない。頑張って上半身を起こし向かい合う。今更だが、すぐ近くにもう一人いた。かなり短髪にしてるけど、こちらも間違いなく女性だ。何故か頭を思い切り下げて、片膝をついている。着てるのは軽鎧? もしかして女戦士ってやつ? つまり、此処がコスプレ会場じゃなければ、鎧とかがノーマルな場所ってことだ。

 

 ふむ。

 

 ここまで来れば俺の予想の通りだろう。慌てずにいれたのは、我が知識が深すぎるからだ。

 

 そう、俺の豊富な知識と情報から照らし合わせれば、これは所謂"異世界転移"ってヤツだ。異なる世界に飛び、しかも恐らくレアな憑依系TS。きっとこの身体の持ち主は"じるさま"という名前で、膝枕美人さんの知り合いなのだ。周りの状況から合ってると思う。

 

 ……う、うむ。ヤッベェ、妄想の具現化ってホントにあるんだなぁ。

 

「私を……わたくしの名は分かりませんか?」

 

 あ。

 

「は、はい」

 

「貴女様のお名前も、ですか?」

 

「えっと、多分……あ、あの、そちらの人、ずっと頭を下げたままですけど」

 

 短髪の女戦士さん、微動だにしないからちょっと怖いのだ。

 

「……お気遣いありがとうございます。では、申し訳ありませんが、ジル様、いえ、貴女様から、顔を上げ楽にするよう言って頂けませんか?」

 

 えー、もしかして、俺の許可待ちなん?

 

「ら、楽にして下さい。あと、顔も上げて貰って大丈夫です」

 

「は!」

 

 ビクゥ! 声がデカいよ!

 

 おお、顔を上げたらやっぱり結構な美人さんだ。ちょっと視線とかキツそうけど。ただ、彼女はやや下向きで、こっちを真っ直ぐには見たりしてない。この会話や感じから身分差とか大きいお国柄なのかもしれない。

 

 ……これって酷くマズくない? この身分の高そうな"じるさま?"の身体に、紛れ込んでるのはどことも知れぬ男子学生。しかもエロい妄想バッチリなヤツだ。も、もしもだよ? もしバレたら……凄くヤバい気がしますぅ!

 

 ほら、例えば憑依する系の亡霊とかに勘違いされたり、そうじゃなくても拘束されるかもしれない。だって自由にさせたら色々と堪能しそうじゃん、この立派なお胸様を!

 

 こ、これはバレたらアカンやつだ! 俺の勘がそう言っている! お、落ち着け! 取り乱したら色々と怪しまれる! エロエロな俺が取り憑いてるなんて、絶対に知られる訳にはいかないぞ!

 

「やはり記憶が……?」

 

 記憶……そうだ、コレ、だ! 記憶喪失と言うことで誤魔化そう! 女性の仕草とか知識とか無いし、普通だと直ぐにバレちゃう。ならば何もかも忘れてしまった事にするしかない。ある意味で事実だし!

 

「えっと、此処が何処なのか、自分が誰なのかも分からない、みたいです。あの、出来れば教えて貰えませんか? すいません」

 

「頭を下げるなど、どうかおやめ下さいませ。とりあえず、貴女様のお名前はジル。ジル様、です。ただ、此処では落ち着いて話も出来ないでしょう。朝の風は冷たいですし、何より貴女様の体調に何かあってはいけない。重ねて申し訳ありませんが、屋敷内に入る御許可を頂けませんか? 勿論失礼に当たらぬよう留意致します、エーヴ家に誓って」

 

 お、おう。すっごい丁寧な喋り口、ちょっとビビる。ただ、話し方が綺麗なのか、意味は掴みやすい。

 

 て言うか、このでっかい家ってこの身体の人が家主なんだな。うん、見る限りお城とかじゃないから、ちょっと身分の高いお嬢様か何かって感じか。定番の執事のお爺さんとか見当たらないし、例えば豪商の一人娘とか? ふぅ、幾ら異世界転移とは言え、お姫様とか勘弁して欲しい。あんなの、ごく普通の庶民には対処不可能ですよ。あと許嫁とかいたら最悪だよな。ほら、見も知らぬ野郎に……ぎゃー! 無理無理!

 

「ジル様?」

 

「あ、だ、大丈夫です。よく分からないので、ご自由に」

 

「はい。では指示をします。少しだけお待ち頂けますか? ありがとうございます。では、リーゼ」

 

 振り返る姿に見惚れちゃう。ミルクティー色の髪、綺麗だな。そう言えば、この身体の人はどんな顔なんだろ? 同じくらい美人さんだったら嬉しいかも。んー、いやいや、俺が憑依するくらいだし、期待しちゃダメだ。せめて普通に可愛らしかったら良いなぁ。

 

「はっ」

 

「外の一人に伝言を。今の状況を至急ツェツエに伝えてください。そして、必ず内密にするよう厳命をお願いします。これはツェイス殿下名代である私の命令として頂いて構いません。合わせて紅炎から追加の護衛を派遣するようお願い出来ますか? 確か、幾人かアートリスにいるはずですね?」

 

「はい、タチアナ様。追加の護衛に関してはちょうど一人適任がおります。ただ、少し、いやかなりの()()()()で……しかしジルヴァーナ様への忠誠心だけは頭抜けております、その点は御安心ください。私も目を光らせますが、何かあればタチアナ様から()()()()()お叱りをお願いします」

 

「……忠誠心ですか? で、その適任者の名は?」

 

「エピカ=バステド、と。新人ですが、()()才能(タレント)を持ち、護衛任務に最適な人材です」

 

「バステド……ああ、なるほど。では急いで下さい」

 

「はっ!」

 

 ザーッて続く会話に少し呆然としてしまった。あとタチアナ様? 凄く格好良い。もう絶対に頭の良い、エリートな人で間違いないな。執事のお爺さんはいないけど、この人がその役割でも驚かないぞ。逆らわない方が良い、きっと。

 

 玄関らしき扉の方にリーゼさんは結構な速さで走って行ったようだ。うーん、鎧姿なのにすっごいなぁ。あんなスピードで走るなんて俺には絶対に無理だよ。

 

「ジル様、お待たせして申し訳ありません。では、参りましょう」

 

 スッと手を出すタチアナさん。これはもしかして、手を取れってコトだろうか? 変態!とか言われて怒られない? まあ膝枕された位だし今更だけど。

 

 恐る恐る手を握ると、優しく立ち上がらせてくれた。そして、手を離した後もゆっくりと誘導してくれている。

 

 ……多分だけど、エスコート的なやつ?

 

 うぅ、こんな待遇なんて慣れないな。

 

 とにかく先ずは情報収集だ。

 

 此処が何処なのか、異世界なのか。もしかして魔物とかいて、魔法とかぶっ放して、冒険者ギルドとかあったら泣ける、嬉しくて。あと、この立派なお胸様をお持ちの"ジル様"って誰なのかも。

 

 え? だ、大丈夫。変なコトなんて絶対にしませんよ?

 

 そんな独り言を内心で呟いたとき、不思議な光景が頭に浮かんで来た。何やらちっこい姿の女の子が両手にロープらしき物を持って近づいて来るのだ、ジリジリと。

 

 多分、ジル様?の記憶にいる誰かだ! 顔は見えないけど間違いない!

 

 うぅ、すっごい怖い! でも可愛い! 大好き!

 

 ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、予感がする

相変わらずの不定期でごめんなさい。


 

 

 

 

 

 ポヨ、ポヨ、ポヨン。

 

 何の知識もないけど、多分下着の所為と思うんだ。薄着だし、タチアナさん?も夜着と言ってたし、補正する様な支えるタイプと違うのかな。だから、この立派なお胸様が歩く度に揺れる。まあアニメみたいに露骨じゃないけど。

 

 あと重い。

 

 更には足元が見え難いのもマジだった。

 

 でも不思議なんだよなぁ。こんなトンデモな状況なのに、何故か体に対する違和感が薄い? 歩いてても"こんなもの"と感じる自分がいる。もしかしてこの"ジル様"の意識や記憶が残っているんだろうか。

 

 待てよ? だとすると単純な異世界転移と言えない……?

 

 後になって「いつもいつもエッチな事ばかり考えて、この変態め!」とか言われたら死ねる。精神的に。事実ですけども。

 

「ヤッベェ……本当にバレないようにしないと」

 

 思わず独り言を呟いたので、前を歩く美人さんが振り返った。

 

「何か仰いましたか?」

 

「い、いえ、何でも」

 

「そうですか」

 

 しかし、広いお屋敷だなぁ。お庭から中に入ると、ハァ?って言いたくなるエントランスがあった。いや、ロビー? まあとにかく凄い。螺旋階段が左側にあって、その下にはイミフなオブジェで多分お高いやつ。ど真ん中の天井からクリスタルか宝石か、キラキラする飾りがぶら下がってるし。あと見渡す限りにもたくさん扉が見えたけど、一体何部屋あるんだよ此処って。そもそもあの玄関扉がもう普通じゃなかった。分厚い一枚板……どれだけデカい木なんだ。

 

「あ、あの」

 

「はい、ジル様」

 

「やっぱり、このお家って、お、いや私の?」

 

「その通りです。全て貴女様のお屋敷ですね」 

 

「な、なるほどぉ」

 

 う、うむ。突き抜け過ぎて全然嬉しくない。とにかく色々教えて貰わないと、致命的なミスをしちゃうのは間違いないぞ!

 

「タチアナさん、あの、聞かせて欲しいことが」

 

 すると、ミルクティー色の髪を揺らし、タチアナさんが体ごと振り返った。

 

「ジル様。私のことは"タチアナ"と。敬称も敬語も必要ございません。貴女様と私など、立場が違います」

 

 うぅ、そんなこと言われてもなぁ。俺からしたら歳上の綺麗な女性にしか見えないし……そもそも敬語を使わないと、男ってバレちゃうよ。

 

「えっと、でも難しくて。今は許して貰えませんか?」

 

「ジル様……記憶がなくとも、貴女は変わりませんね」

 

「はい?」

 

 聞こえなかったぞ。

 

「いえ、何でも。申し訳ありません。そうですね、先ずは貴女様自身が誰なのか、気になると思います。私が知っていることだけでもお伝えしなければならないでしょう。ただ、かなり込み入った状況な上に、貴女様自身が特別なお方ですので……」

 

 込み入った、特別……やっぱり普通じゃないのか。まあこの家やタチアナさんの態度から当たり前なんだけど。どう考えてもごく普通の男子学生が憑依していい女性じゃないのだ、このジル様は。ウッヒョヒョーイと喜んでいた数分前の俺をブン殴りたい……絶対、かなりマズイ状況だよなぁ。

 

「ジル様……不安にさせたことお詫びさせて下さい。何があろうとも、このタチアナは味方でございますから。そして、我がツェツエ王国が全身全霊をもって御守り致します。そう、貴女様が()()()()を取り戻すまで」

 

 不安な感じが顔に出てしまったのか、タチアナさんも辛そうな表情に変わった。うーむ、何が何だか分からないけど、美人さんに悲しい想いなんてして欲しくないな。

 

「だ、大丈夫ですよー! ほら、元気一杯ですし!」

 

 握り拳をフンと突きあげると、お胸様の存在が主張してきた。だって腕が当たるのだよ、うん。お、今更だけど、ジル様って髪も凄く長いんだなぁ。ん? いやいや、綺麗過ぎない、この髪。

 

 思わず手に取ると、全く抵抗を感じることもなく、サラサラと溢れていく。感触もツルツルしてて、今まで感じたこともない触り心地だ。銀色? いや少しだけ輝きが違うし、プラチナってやつか。艶がヤバい。

 

「フフフ、貴女はやはりジル様ですね。いつも気遣いを忘れず、優しい女性(ひと)でしたから。そのお髪(おぐし)の様に美しい」

 

「は、はぁ」

 

 美しい。

 

 初めて言われたよ、そんな褒め言葉。

 

 ん? 初めて、だよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 多分、客間、と思う。

 

 どうやら鍵が掛かってる部屋も多いらしく、使える場所は此処とキッチンくらいだったらしい。フカフカのソファらしき何かに座らされ、タチアナさんはお茶を淹れてくれている。

 

 この場所は台所じゃないはずなのに、簡単なキッチンが完備されているのだ。あれが簡易的なら本当の台所はどうなるんだって話だけど。

 

 お、落ち着かない。

 

 タチアナさんの後ろ姿をコッソリ眺めつつ、ソワソワしちゃう。そう、あんな美人と部屋に二人きりなのだ。童貞ど真ん中の俺には刺激が過ぎます。しかしスタイル良いなぁ、タチアナさん。とは言えこの身体もヤバいと思う。でも上からしか見えないし、イマイチ良く分からない。はやく鏡で顔を見てみたいが、ちょい怖い気がするな。せめて普通以上であって欲しい、何となく。

 

「全て貴女様の物ではありますが、どうぞお召し上がり下さい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 音もなく置かれたカップは死ぬほど薄い陶器製だ。少し力を入れたら割れそうで恐ろしい。もし弁償しろとか言われたら……いや、コレもジル様のだった。

 

「精神を落ち着かせる香料も入れています。お疲れならば一度お休み頂き、そのあとに説明致しますが……」

 

「だ、大丈夫です。良い香りなんで驚いちゃって、ははは」

 

 ジッと眺めて固まったのが疲れた様に見えたのかな。うーん、タチアナさんってばよく見てるなぁ。仕草もとにかく洗練されてるし、ホンモノのメイドさんてこんな感じなのかも。

 

「どうかご無理だけはなさらないで下さい。違和感などがあった場合、直ぐにお知らせ下さいますようお願いします」

 

「分かりました」

 

 まあ元気なのは本当なんだけどね。

 

「それでは、先ずは」

 

「タ、タチアナさん?」

 

「はい」

 

「その、座って貰えると嬉しいなって」

 

 綺麗に真っ直ぐ伸びた背中をそのままに、タチアナさんは起立して説明するつもりらしい。こっちは座らされ、おまけにお茶まで頂いているのに……

 

「そう言う訳には参りません」

 

「お願いします」

 

 だって、だって気が散るんだもの! 美人さんが目の前に立って話し掛けられるなんて経験したことない。いや、学校の先生で、授業のときはそうだったかも? んー、思い出せないな。俺はそもそも……あれ? 俺ってどんなヤツだったっけ? 名前は、学校は、あ、あれぇ? 

 

「ジル様、顔色が……」

 

「だ、大丈夫ですから!」

 

 グッと顔を近づけられて吃驚した。はぁ、心臓に悪い。

 

 しかし、マジで記憶喪失みたいで笑うしかないな。男だった記憶はバッチリあるし、日本がある世界も分かる。でもそれ以上でもないなんてさ。でも変だなぁ、違和感が少ないんだよ。まるで今が当たり前って思っちゃう。ホント不思議だ。

 

「その、とにかく座ってお話をしたいので」

 

「……分かりました。では失礼します」

 

 タチアナさんも察してくれたのか、ローテーブルの向かい側に腰掛けてくれた。

 

「えっと、それで私、私の名前はジル。他には……」

 

 このプラチナな髪が超綺麗な人の名前は"ジル"としか教えて貰ってない。苗字?家名?とかあるのかな。かなりのお金持ちだろうし多分あるよね。そうだ、そう言う意味だと職業も気になる。こんな資産を形成する以上、きっと何かある筈だし。それとも遺産相続的な何かだろうか。

 

 答えが中々返って来ないので、タチアナさんの顔色を伺ってみる。何だか言いづらそう。

 

「あのぅ、何か……?」

 

 もしかして何かヤバい人なん、この身体の持ち主さん。

 

「……まず、貴女様のお名前ですが」

 

「あ、はい」

 

「正しくはジルヴァーナと。ジルヴァーナ=バンバルボアと伺っております。恐らくある程度略されていて、正式なお名前はもう少し違うでしょう。先程のジルと言う呼び名は、この国に来られた時に自らが名乗られた愛称のようなものかと」

 

「な、なるほど?」

 

 あのぅ、最初っからややこしくない? えー、バンバル何とかが苗字で、ジルバーナが名前……だよね?

 

「ジルバーナ、バンバル」

 

「ジル()()ーナで御座います。ヴァ、ヴァと」

 

 微妙に発音が違ったりしたみたい。

 

「ああ、ジル、ヴァーナ、ですかね」

 

「はい」

 

 うおぉ、ホントに何も知らないんですねって、憐憫の視線を感じますぅ。まあ実際に知らないんだけども!

 

「さっき"この国に"って。私は別の国の生まれなんですか?」

 

「その通りです。今、この屋敷の建つ此処はアートリス。そして、ツェツエ王国の第二の街になります。陸路の要衝であり、同時に王国最大の街でもありますね。ジル様は約八年前にアートリスに来られたそうです」

 

「アートリス」

 

 んー、しっくりくる感じあるな。やっぱりジル様の記憶とかが影響してるんだろう。それと、まだ街中とか見てないけどデカい街なのかなきっと。世界が違う訳だし、すっごい気になるなぁ。やっぱりファンタジー色が強い? もしそうなら嬉しいぞ。あとで絶対に散歩しよう。

 

「八年前以前は何をしてたのか知っています? えっと、ジルは」

 

「いえ、詳しくは……申し訳ありません」

 

「あ、いやいや! 謝らなくて大丈夫ですから!」

 

 そりゃ別の国にいたなら知らないよね! うん、つまり外国人ってことだ。

 

「じゃあ国の名前も?」

 

「いえ、それは知っております」

 

「おー」

 

 タチアナさん、さっきより言いづらそうなんですが? やっぱりヤバい国とか、或いは密入国とか……うぉぉ、聞きたくねぇ。

 

「貴女様の、御出身は……バンバルボア帝国、と」

 

「ん? バンバル?」

 

「バンバルボア帝国です」

 

「えーっと……確か私の名前は」

 

 嫌な予感がしますぅ……

 

「ジルヴァーナ=バンバルボア。貴女様はかの帝国の、ジルヴァーナ皇女殿下で在らせられます」

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、ぬける

 

 

 

 

 

「こうじょでんか?」

 

 はっはっは、またまたそんな、ねえ?

 

「我がツェツエ王国で言えば、リュドミラ王女殿下と御立場が近いかと。無論帝国においての詳細は分かりませんが……」

 

 いやいや、いくら真面目な顔して言われても其れはないでしょ。だって、おバカな俺でも違和感満載だもの。

 

「王女様と同じなんて、そんな筈」

 

「いえ、間違い御座いません」

 

「そ、そんなのおかしいですよ。だって此処はそのバンバルボアとか言う国じゃないんですよね? なのに、別の国にそんな人が居るなんて」

 

「はい」

 

「あと、此処には護衛の人とか、付き人とか、侍女さんとかも見当たりませんよ? 普通に考えても絶対に不自然で」

 

「まさにその通りです。現在このお屋敷に住まうのは貴女様だけですから」

 

「仮に、仮にですけど、悪い人とかに襲われたり、もし怪我でもしようものなら外交問題にだって発展しますよね?」

 

「間違いなく」

 

 ちょっと! さっきから全肯定してくれてるけど、答えになってませんが!

 

「タチアナさん、こんな時に悪い冗談なんて」

 

「いえ、記憶を失いながらも、さすがジル様と感じ入ります。全てが正に御懸念の通りですから。ただ、冗談や嘘などではありません」

 

 えぇ……? 

 

「じゃ、じゃあ女性一人なのに、何かあったらどうするんですか? 強盗や暴漢に襲われたら」

 

 以前の男の体でも自信ないのに、こんな女性になったら益々危ないじゃん! そもそも喧嘩とか怖くて無理だし、さっき鎧姿の人もいたくらいだから、治安だって日本とは比べものにならないだろうに。

 

「……実は、その疑問の答えを持っております。が、余計に混乱させてしまうかもしれません。先程も言いましたが、ジル様は少し、いえかなり特別な御方なので」

 

 マジでこれ以上聞く? かなりヤバいよ?

 

 そんな風に言ってる気がする……

 

 でも聞かないと気になって仕方ない。

 

「き、聞かせてください。受け止めますから」

 

 多分。

 

「それでは」

 

 

 

 

 

「魔剣」「万能」「超級冒険者」「古竜」「魔王」。他にも色々。

 

 タチアナさんは淡々と"ジル"のことを教えてくれた。

 

 どうやらこの身体の持ち主は、いわゆるチートキャラだったらしい。いや、そんなのをごちゃ混ぜにした別の何かだ、きっと。そもそも竜とか魔剣とか、もうファンタジー世界で確定だし……興味は凄く唆られる上にワクワクするけど、今は嬉しくない!

 

 だって、一つ一つだけでも無茶苦茶で、そんな人が他国の皇女なんだよ? もうホント意味分かんない。大体さ、立場的に他国へ出奔して良いの? もうそれだけでヤバいじゃん。もしかして超御転婆な人だったんだろうか。

 

 目覚めたとき、タチアナさんがあんなに慌てたのも理由が分かった気がする。

 

 うぅ、どんすんのコレ。元のひと、早く帰って来てー!

 

「どうか気を楽に。さあお茶を」

 

 少し温くなったお茶。香りを嗅いだだけで、少しだけ落ち着く。喉を潤すと、タチアナさんが話を続けてくれた。

 

「確認したいのですが、魔力を感知、或いは操る事が出来ますか?」

 

「魔力?」

 

 魔力って、いわゆる、例の、アレですよね?

 

「そうです」

 

 あー、あったらいいなぁ。アニメみたいに魔法をぶっ放したい。きっとホンモノなら出来るのかな。まあ憑依しただけの一般人には多分無理ですけど、ええ。

 

「んー」

 

 おーい、魔力さん何処ですかー? それとも呪文とか唱えないと発動しないタイプかい?

 

 ふと見れば、真剣な顔色でこちらを伺うタチアナさん。あのですね、申し訳ないけど無理っす。

 

「やっぱり良く分かりません。ごめんなさい」

 

「……そうですか。では魔力銀の剣を振るう事も不可能となり、剣技も同様でしょう。つまり貴女様は今、別人の、か弱き一人の女性と考えなければ」

 

 実際に別人ですけど、うん。

 

「では、しっかりと聞いてください」

 

「は、はい」

 

「諸々の事情により、今日からツェツエ王国紅炎騎士団にてジル様を護衛させて頂きます。先ずその御赦しを頂けますか?」

 

「えっと、お願いします?」

 

「ありがとうございます。その上で、大変申し訳ありませんが……お一人で外出などもお控え頂きます。いえ、はっきりと言いましょう。絶対に今の状態を外部に漏らす訳にはいきません。ですので、対策を講じるまではこの屋敷内にてお過ごしください」

 

「え? 外出もダメなんですか?」

 

 お出掛け禁止? でも、街の見学とかしたいんですけど。あと魔法とか見てみたいし。その何とか騎士団の人が護衛してくれたら良いんじゃないの?

 

「危険なのです。貴女様が、超級魔剣が無力である事を知られるのは。お願いします」

 

「ええ……?」

 

 何となく話してる意味は分かるけど、絶対に退屈しそう……

 

 だってこっちにはスマホもゲームも無い訳だし。何して暇つぶしすれば良いの? ん、待てよ? 課題やテストに追われないのは嬉しいかもしれない。つまり、赤点ギリギリに一喜一憂しなくていいと言う事か? ふむ、アリ、だな。

 

「どうか、暫くは」

 

「は、はい」

 

 うー、そんな真剣な顔色で頼まれたら断れないよ。

 

 綺麗な所作で頭を下げるタチアナさん。何の知識もない俺だけど、凄く洗練されてるのが分かっちゃう。うむ、とにかく頼れるのはタチアナさんだけだし、むしろこんな美人さんが助けてくれるなんてラッキーなんだろう。まあ中身がジル様じゃなく俺だってバレなければだけどね! 

 

「では、護衛が到着するまで暫しお待ちください。私はジル様のお召し替えを」

 

 お召し替え? ああ、着替えのことか。そう言えばまだ薄着のままだったよ。季節柄なのか、寒く無いから忘れてた。この格好、細い肩紐が両肩に二本ずつあるだけで、結構な露出だものね。スカート部分は長めだから上半身は、だけど。二本……このパジャマ的な何かと、ブ、ブラ的なヤツかなきっと。だ、ダメだ、変なこと考えちゃ。

 

 それでもつい視線を下げれば、谷間が、谷間が凄く、良いです。

 

 大きいのもあるけれど、何だかカタチも綺麗。肌もとにかく白くて。

 

 丁度タチアナさんが部屋から出ていき、今は一人になった。なってしまった。はい、もう我慢なんて無理です。

 

「お、お、おお……!」

 

 か、感動だ。とにかく柔らかくて、でもちょい弾力がある。当たり前だけど、重みを感じるのが素晴らしい。

 

「なにこれ。もうずっと触ってたい」

 

 現在進行形で童貞な俺にとって、女性の胸を触るなんて夢のまた夢だった。それが今、我が目の前にあるのだ! で、でもそうなると、実際に?

 

「……か、確認するだけだ。ほ、ほら、今は自分の身体みたいなものだし、ちゃんと知っておかないと」

 

 プルプル震える指で下着を摘む。ほ、ほんの少し見るだけですから。両御胸様の頂を、その神秘を! ほらもう少し、もう少しで……

 

「ジル様?」

 

「ひゃい⁉︎」

 

 ひー! タチアナさんだぁ! あばばばばば! ち、違うんですこれは! いや違わないけれども! アカン、これじゃただの痴漢だよ!

 

「どうされました?」

 

 変態的行為に及んでおりました。申し訳ございません。

 

「えっと、その、私って、何なんだろうって、考えてました」

 

 もう言い訳も意味不明だ。

 

「なるほど。ですが、ご安心ください」

 

「え?」

 

 変態痴漢野郎なのに、安心してよいの?

 

「畏れながら申し上げます。確かに現在は記憶を失い、不安を感じられているでしょう。そしてもちろん最初は私もそうでした。しかし今は、間違いなくジル様なのだと少しだけ安心しています。その御心は全く変わっていないですから」

 

 淡い笑顔を浮かべ、タチアナさんは優しく話し掛けてくれた。

 

「で、でも」

 

 エッチな俺と変わってないとか、それはそれでヤバいのではないでしょうか。

 

「きっと、貴女様を知る誰もがそう思います」

 

 そうなん? いや、ジル様ってどんな女性だったんだよ。それとも俺の演技が素晴らしいとか?

 

 ニコリと笑ったあと、タチアナさんが背後に回った。手に持っていたマフラー、いやストールらしきものを肩に掛けてくれる。肌触りがサラサラで気持ち良い。

 

「魔力により鍵が掛かった部屋が多く、衣装は見つかりませんでした。ですので、このストラだけでも」

 

 ストラって言うのか。近い名前だし肩掛け用の羽織りだね、きっと。薄手な作りで暑くないし丁度いいや。

 

 今度は前に周り、ストラを重ねたところをピンで止めてくれた。うん、何から何までありがたい。谷間が隠されて、見えなくなったのは残念だけど。我が変態的行為、バレてないよな?

 

 コトリ。

 

 続いて用意されたのは、鏡だ。

 

 卓上に置くもので、サイズ的には肩辺りまで映るくらい。枠は木製になってて細かな彫刻が施されている。素人な俺でも相当な高級品と分かった。

 

「お(ぐし)を整えましょう。私の櫛しかありませんが、お許しください」

 

 そう、鏡なのだ。

 

「……」

 

 な、何だよコレ……

 

 タチアナさんが何かを言ってる気がするけど、それも随分遠くに感じる。よく"魂が抜ける"って表現、まさに今の俺がそうだろう。そんな内心の独り言さえも遠い。

 

 両眼は透き通った水色。絵の具みたいに作られたものじゃなく、森深い泉みたいに吸い込まれそうな色だ。

 

 長い髪はプラチナのようで、これが人間の一部だとは信じられない。貴金属、宝石、或いは全部? なのに柔らかくて優しい。

 

 睫毛は長く、細い眉も整っていた。鼻筋も精密機械で作られたように真っ直ぐだし、細い顎からやはり細い喉と肩にかけてのラインが綺麗。よく小顔が何とかって聞くけれど、あれって結局はバランスが影響するはず。でも、この女性の前ではバランスとか小顔がとかさえ陳腐な言葉にしかならない。

 

 シミひとつない肌は雪のように白く、触らなくても最高だと確信出来る。口紅なんて塗ってないだろうに、色付く唇は艶やかだった。

 

 もう、もう、メチャクチャだ。

 

 この女性(ひと)は本当に人間なのか? 精霊とか女神とか、人外の何かじゃないの? だって此処は異世界なんだから。

 

「ジル様? 大丈夫ですか?」

 

「コレが……私?」

 

 つい、定番の台詞を言ってしまった。

 

 そう。絶世の、蠱惑的で、妖麗な、美しき人が鏡に映っていた。息が苦しい、心臓が暴れてる。

 

 嬉しい?

 

 いや、むしろ怖くてプルプル震えてしまう。

 

 全く釣り合わない自分が中身になってしまったことに。

 

 

 

 

 




TSらしきもの、書いてみたかったんです。


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お姉様、壁に当たる

 

 

 

 

「リーゼ、戻りましたか」

 

「はい、タチアナ様」

 

 部屋の端から話し声が聞こえた。リーゼさんって、確か鎧姿でショート髪の人だよね。視線が鋭くてちょっと怖かったのを覚えてる。

 

 さっきまでの俺は、鏡に映る姿に魂を抜かれて暫く動けなかった。何とかって国の皇女だとか、魔剣だとか、竜だとか。魔力もある異世界って分かったけど、それどころじゃなかったから。ジルの常識外な美貌のせいで。

 

 だから、タチアナさんが俺から離れて話してるのも今更に気付いたのだ。

 

「屋敷周辺はエピカ=バステドに警護させています。曰く、今のところ不審な影はないとのこと。ご安心ください。はい、彼女の才能(タレント)ならば間違いありません。また増援も直ぐに駆けつける予定で、恐らくクロエ団長も飛んで来るでしょう」

 

「クロエ様が来られたら一先ずは安心ですね。ただ、それまでは移動も出来ませんし、この事は何としても伏せなければなりません」

 

「はっ。このリーゼ=マグダレナ。命に換えてもお守り致します」

 

 その台詞、格好良い。でもリーゼさん大袈裟すぎです。

 

 聞こえてくる声、いや多分態と聞こえるように話してる? あと知らない名前がドンドン出て来て覚えられないな。えっと、エピカ、クロエ? 多分凄く強い人達なんだろう。響きから全員女の人かな。

 

「頼みます。ただ、警備はあくまで自然に、アートリスの者達に不審を与えては本末転倒となってしまうでしょう。此処はアーレよりギルドの影響力も強く、優秀な冒険者が多く在籍する街。何処から漏れるとも知れません」

 

「確かに。再度皆に周知致します」

 

「クロエ様が来られるまで、どれほどですか?」

 

「恐らく三日、と」

 

「三日……」

 

「タチアナ様。まさか、演算に何か」

 

「私の才能(タレント)などジル様と言う存在の前では児戯に等しいのです。つまり、何が起こるかを予測出来ない。ただそれだけです。ごめんなさい、不安にさせて。私の悪い癖ですね。とにかく今は……詳細はまた後で話しましょう」

 

 やっぱり聞き耳立ててるの分かってる? だって急に話を止めたもん。んー、しかしだんだん意味不明になって来たな。才能とか演算とか、何だろう?

 

「ジル様」

 

「あ、はい」

 

「お食事を摂られますか?」

 

「食事ですか」

 

 んー、言われてみたらお腹空いたかも。お茶は飲んだけど、やっぱりご飯だよね。

 

「軽いものばかりになりますが、よろしければ」

 

「えっと、じゃあ少しだけ」

 

「はい。ではそのままお待ち下さい」

 

「はーい」

 

 足音一つ立てず部屋から出て行くタチアナさん。

 

 うーん、至れり尽くせりだなぁ。あんな優秀な人にお世話されたら堕落しそう。いや、間違いなくする、俺ならば。

 

 うんうんと内心で頷いていたら、窓の方から音が聞こえた気がする。ん? あの窓、開いてたっけ?

 

「一応さっき聞いた話もあるし、ちゃんと戸締りした方が良いかも」

 

 こ、怖くなんてないしー。

 

 頑張って窓を閉めつつ、見える景色を眺めてみた。敷地を囲う壁は凄く高くて、街の雰囲気が分かりにくいのはちょっと残念かな。ファンタジー感たっぷりの街とか絶対に見てみたい。でもその代わり、手の込んだ庭は目を惹いた。花がたくさんで、小屋とか可愛い。青と白の配色なんて良い趣味してるぞ、うん。

 

「しかしホント綺麗な御庭だな。雰囲気が何だかスペイン南部の何とかって村に似てる気がする。えっと、アンダルシア地方の……あれ? 名前何だっけ?」

 

 忘れちゃったよ。いつか行きたいって覚えたつもりだったのに。

 

「きっと、フリヒリアナ、です、ね、ジル姉様」

 

「ひぅ⁉︎」

 

 絶対にさっきまで、俺一人だったのに! いきなり背後の、しかもすぐ近くから声がしてきて吃驚する。うぉぉ、こ、怖い……振り向きたくない!

 

「こんな、簡単に侵入、出来て、しかも、ここまで、近くに。本当に、力を忘れ、た?」

 

 声は若い女の子だけど、片言なのが余計に怖いんですが!

 

「私、です。ジル姉様?」

 

「んん?」

 

 回り込んで来たのはピンク色した何かだった。フワフワの綿菓子を思い出すソレは髪の毛で間違いないね。あと、どうやら元のジルを知ってるらしい。

 

「デッ」

 

 キミ、御胸が凄くおっきいな。若いしちょっと可愛いし、糸目なのも愛嬌あって良い感じ。でもさ、小柄で巨乳でピンク髪ってキャラ立ち過ぎでしょうよ。あと、何でそんなに近いの? 距離間バグってない? 女の子同士だと普通なん?

 

「……記憶、喪失? ほんと、に?」

 

 ビックゥ!! べべべ別にエロい俺はいませんよ、ちょっといろいろ忘れちゃっただけで! ひー、糸目の奥にうっすら見える瞳がこっちを観察してて怖い。何だか背中がゾワゾワする。

 

「ホ、ホントですぅ」

 

「私の、名前、分かり、ます?」

 

「え? いや、分からないです」

 

「そう、ですか」

 

 哀しそうな空気。伏せた顔のせいで見えないけど、泣いてるのかな? そう、そうだよ。相手は可愛い女の子だぞ? そもそも警戒し過ぎで俺が悪い気がしてきた。何だかプルプル震えてる気もするし。これは優しくしてあげないとダメだろう。

 

「その、ごめんね。大丈夫かな?」

 

 すると、糸目巨乳ピンク髪ちゃんは勢いよく顔を上げ……いや、キミ笑ってるやん。糸目もクワッて開いて瞳孔見えてるし。あと、何だかにじり寄って来てる……おわ! 近い近い! ピンクちゃん、このままだとオッパイ当たっちゃうよ⁉︎

 

「流石、流石ですジル姉様。やはり貴女はこのふざけた世界の主人公でありヒロインだった。あれだけの力を持ち、それ程の美貌を湛え、それでいながら心まで優しく、そして今度は記憶喪失? ああ、()()()()をバッチリ抑えてあってたまらない。何よりターニャさんが居ないこの時、貴女は誰よりも無力でしょう。つまり大ピンチってやつです。今のか弱いジル姉様は誰かに守ってもらわないといけません。そう、例えば私程度の新人騎士に。だって今なら押し倒して好きに出来ますよね?」

 

 ひ、ひぃ、あばばばばばば! おい、さっきまでの片言は何処いったんだよ! この娘、メチャクチャヤバイ……何だよ押し倒して好きにするって! 俺はイチャラブが好きな健全童貞男子なんだぞ、中身は!

 

「う」

 

 げ、気付けば壁に背中が当たってるし! 知らないうちに後退りさせるなんて怖過ぎる! あ、ま、まさか、それは、壁ドンですか⁉︎

 

「ひっ」

 

 に、逃げられない。折角の可愛い女の子が相手なのに、ヤンデレだけは勘弁して! と言うか、壁ドンはされる方じゃなく、したいんです!

 

「……ジル姉様?」

 

「ひゃい!」

 

「ふ、ふふ、可愛い。私の、名前、エピカ。エピカ=バステド。エピィと、呼んでくだ、さい」

 

 スッと離れたエピィ?は糸目になっている。どうやらノーマル巨乳ピンクに戻ったらしい。いや、それが更に怖いけれども。でも距離を取ってくれたから少し落ち着いた、ふぅ。 あれ? その名前って……

 

「エピカ? 確か護衛の」

 

「はい。私は、貴女様の、護衛を命じ、られた、騎士団の、一人、ですよ? もし、ジル姉様に、悪さする、やつ、いたら、()()使()()()()()()()()()()、消し、ますから、安心して、くださいね」

 

 一歩一歩ゆっくりと離れながら、エピィは片言で教えてくれた。いや、消すって怖いから。

 

「また、遊び、に、来ます。それと、いつでも、見守って、ます。これからも、ずっと」

 

 そう言い残し、エピィは窓から去っていった。音もなく。

 

「いや、見守るって……」

 

 どっちかで言うとストーカーぽくない?

 

「ジル様、お食事の用意が出来ました」

 

 エピィが消えたと同時に、タチアナさんが帰って来た。

 

「あ、ども」

 

 折角のフリヒリアナに似た綺麗な庭だったけど、今は見ないようにしよう。草陰にピンク髪とか巨乳が見えたら反応に困る。いや、巨乳はありか。

 

 まあ名前も合ってたし、間違いなく護衛の一人で間違いない。こう、忍者的な何かなんだ、多分。

 

 ん? あれ? いま、何か違和感が浮かんだような?

 

 んー、んー?

 

 ダメだ、忘れちゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これ美味しい」

 

「お口に合いましたか?」

 

「はい。コレって何ですか?」

 

「お野菜のパン包みです。露店物で申し訳ございませんが」

 

「パン包み」

 

 ちょっと乱暴に作ったサンドイッチって感じだな。パンも固めだけど、逆にそれが美味しく思う。ただ気になるのは"お野菜"が蛍光色みたいに派手なことだ。最初プラスチックか何かと思ったもん。

 

 露店物ってことは買い出しに行ったのかな。でも、この屋敷のキッチンは入れたはず。え? いや、不満とかないですよ? タチアナさんの手料理食べれるかもって、勝手な期待なんてしてませんから。

 

「本当は簡単でも調理をしたかったのですが、このお屋敷は魔力により操作する施設が多く、部外者は何も出来ません。ターニャさんさえ……」

 

「はい?」

 

 偶に小声になるよね、タチアナさん。

 

「いえ。ですので、護衛が整いましたら移動する予定でいます。よろしいでしょうか?」

 

「それは大丈夫ですけど」

 

 俺からしたら知らない家だし、部外者が動かせないなら不便だもんね。魔力操作ってやつ見てみたかったけど。

 

 あー、でもこのサンドイッチ擬き、本当に美味しいなぁ。好みにバッチリだし、ソース?も和風を感じるのだ。何が近いかな、テリヤキ? うん、異世界でも食事は近いみたいで安心だ。

 

「そのパン包みは、つい最近開発された新商品だそうです。()()()()()()が大切な人に喜ばれるようにと、たった一人で創り出したとか。独特な味付けには特に拘ったと聞きました」

 

「へー。素敵な話ですねぇ」

 

 いいねぇ、そこまで尽くしてくれるなんて最高じゃん。あー、人生一度で良いからそんな女の子と付き合ってみたいなぁ。朝から晩までイチャイチャしたい。ほら、二人でお風呂に入ったりなんかして。グフフ。

 

「そんな女の子が居たら幸せですか?」

 

「え?」

 

 え? え? ま、まさか、俺の下心はバレバレなのか⁉︎

 

「その希望、叶えば良いですね。いえ、きっと叶うと信じています」

 

 ややややっぱりバレてますか⁉︎

 

 うぉぉ、煩悩退散、煩悩退散!

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、花々を愛でる

 

 

 

 

 

 王都アーレ=ツェイベルンに構える王城の敷地内には、幾つかの園庭が整備されている。リュドミラが愛する夜光花の彩る場所などは典型だろう。

 

 二階の窓から下を眺めつつ、タチアナはふとそんな事を思い出した。面積も、花々も、意匠も、全てが違う。なのに、美しく華やかな世界が景色として広がり、不思議と王城を連想させるのだ。

 

「あの方の存在があるだけで、一つの名画となってしまいますね」

 

 タチアナが眺める先には、中央に位置する庭と、そこを楽しそうに歩むジルヴァーナ皇女が在った。ターニャが開発したパン包みを平らげると、暇を持て余したのか探検を始めたのだ。自身が改築にも関わった屋敷だが、記憶を失ったことから新鮮なのだろう。

 

 時々足を止めては花々などを観察しているようだ。見る限り珍しい種類は無い。しかし配置や色合いは工夫されている。ジルは気になった花に顔を近づけて、時には香りを嗅いだり、時には触ったりしていた。

 

 間違って手折ってしまい、驚く仕草は可愛らしい。もう一度茎に戻しても、花々はくっ付いたりしないのだが。怒られると思っているのが丸分かりで、堪らなく可笑しかった。

 

「タチアナ様。続けてよろしいでしょうか」

 

 タチアナが振り返り頷く先に、紅炎騎士団所属の騎士、リーゼ=マグダレナが立っていた。彼女は実直で任務にも厳格。まだ若いが、団長であるクロエ=ナーディ自らが有望と期待する新星だ。タチアナ自身もよく知った間柄のため、今回の件では非常に助かっていた。

 

「漸くアーレに届きました。魔素通信網を利用しましたので、情報の隠匿はほぼ問題ないかと。また護衛は十七名に増員し、騎士と分からないよう着替えさせております。ただ、ジルヴァーナ皇女殿下の現状を知っているのは、同行した二名とエピカ、この三名に絞りました」

 

「さすがリーゼですね。ご苦労様」

 

「……ジルヴァーナ皇女殿下ですが、正直とても落ち着いていらっしゃると、そう思います」

 

 窓の外に視線を戻したタチアナに倣い、リーゼも庭を眺めた。散策を続けるジルの姿は花々に彩られ眩しく見える。肩に掛けたストラも衣装でさえも大人しい色合い。なのに、まるでドレスで着飾った精霊の如く美しい。

 

「ええ。記憶を失うなど、誰もが冷静でおれないでしょうに。以前のジル様も自分の事などさておき、周りに気遣いを欠かさない方でした。きっと今も混乱されているはずですが、性分は変わりませんね」

 

「大変失礼ながら、何処か少年のような純粋さも感じます」

 

「ふふ、確かに」

 

「あの御姿で超級と言われても、俄かには信じられません。たった一度で良いので、魔剣の教えを願えたならばどれだけ幸福か」

 

「帝国流の剣技と亜流、更にはツェツエの技も扱えると聞き及んでいますが……叶うと良いですね、リーゼの願い」

 

「はい」

 

 古竜を退け、魔王と互角に戦い、多くの危機から救ってくれたアートリスの女神。その最強の魔剣は今、力を失ってしまった。

 

 タチアナはもう一度リーゼに視線を合わせた。ついさっきまで湛えていた慈愛溢れる優しさは既にない。"演算"の才能(タレント)を持つ、エーヴ侯爵家の令嬢が立っているのだ。

 

「良く聞きなさい」

 

「はっ」

 

「先程はジル様が聞いておられましたから、余り深い話は出来なかったのです」

 

「分かっております」

 

 首肯した後も会話は続く。

 

「魔剣により生み出された多くの魔法技術の中で、最も有名であり、同時に未だ過小評価されているもの。それは"魔素感知波"です。ご自身が吹聴などされない為に知らぬ者が多いですが……あの方が行使すれば、その影響範囲はこのアートリス全域を覆うほど。それが何を意味するか分かりますか?」

 

「ぜ、全域……⁉︎ では今、完全に無防備、と?」

 

「いえ。魔素感知を誰もが操れるよう、ジル様は工夫されていました。事実貴女が扱うのもそうであるはずで、汎用性がなければならない技術ですから。だからこそ冒険者ギルドの職員は義務として学びますし、騎士も同様でしょう? ですが、何人集まろうと超級魔剣ほどに繊細な操作は出来ません。つまり、魔物への直接的防衛力が大きく落ちている。が、問題はそれだけではないのです」

 

 タチアナの懸念はリーゼにもよく理解出来た。このアートリスは陸路の要衝にして、ツェツエ最大の人口を誇る巨大な街だ。魔物の襲来なども厄介だが、悪意ある奴等は街中にも当たり前に存在する。凶悪な犯罪者、ハグレ者、ゴミ漁り(スカベンジャー)、そしてその集団。だが、彼等は大きな動きが出来ない。ツェツエの軍と超級冒険者の魔剣がいるからだ。そう、彼女の逆鱗に触れたならどんな結末を迎えるか、誰もが理解しているだろう。超級は他国への抑止力として語られるが、同時に国内の治安維持にも一役買っている。

 

「不遜にもジル様へ恨みを持つ者も多いでしょう。ましてや女神と讃えられる美貌まで。つまり、不埒な考えに至るであろうことは想像に容易い」

 

「や、やはり竜鱗騎士団に、剣神に護衛を」

 

 タチアナの空気に当てられ、不安に襲われたリーゼは弱気になっている。幾ら騎士として鍛えていようと、遥かに強い連中は腐るほどにいるのだ。剣神コーシクス=バステドならば、凡ゆる危機から守ってくれるはず、と。しかしタチアナは、より厳しい視線でリーゼを射抜いた。

 

「まさか、腑抜けましたかリーゼ。貴女が属する紅炎騎士団は、正しくこの為に存在するのでしょうに。最たる貴人である皇女殿下を守るのを、男性騎士に任せると? どうやって身辺に控えると言うのか答えてみなさい」

 

 食事、着替え、湯浴み、更にはお花摘みまで。どれもこれも隙に繋がる瞬間だ。そして、男性騎士では対応出来ない内容でもある。当然に王城などであれば別だろうが、こんな街中ではそれも望めない。魔法によるこの屋敷の防御機構でさえも、当人が無力では作動が不安定だろう。

 

「そ、それは……しかし!」

 

 理想論を語っている場合でもない。護衛対象は他国の貴族令嬢などでなく、バンバルボア帝国の皇女なのだ。そんなリーゼの不安も分かるだけに、タチアナは少しだけ緊張感を緩くした。

 

「ごめんなさい。少しキツく言い過ぎました。ただ、今の状況を理解して欲しかったのです。お父様から、エーヴ家からも情報は入れますし、実際には竜鱗からも応援が来るでしょう。ただ、何より今日明日でもない。ですから、それまでは何としても周囲に知られることなく、大過なくお過ごし頂かなければ。今こそツェツエへの大恩をお返しする時です」

 

 情報を扱うエーヴ家としても座しては居られない。ジルの祖国であるバンバルボア帝国の存在も気になる。例えば、噂に名高い"シャルカ皇妃陛下"が滞在したままであれば、安心感は全く違うものになったはず。水魔と謳われた魔女シャルカは、冒険者であれば超級に至る実力を持つと言う。

 

 でも現実は甘くない。彼女は本国に帰ってしまった。

 

「大恩を、返す……」

 

 リーゼは身体中が熱くなるのを感じた。いつも御飾りなどと揶揄される紅炎だが、自分たちは戦う者、つまり騎士なのだから。タチアナはそれを知った上で激励してくれているのだ。

 

 

 

 しかし、危機は思わぬところから現れるもの。

 

 才女であるタチアナも知っていたはずだ。"演算"でさえ全てを見通すなど不可能で、ましてや魔剣には()()()()()()()()ことも。

 

 それを思い知るのは僅か数日後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

「しかし、見事な厨房ね」

 

 使命感に燃えるリーゼを見送ったあと、タチアナは厨房に来ていた。事前にサッと見回った際に気になっていた事があるからだ。屋敷内にいるジルの安全にはリーゼが、そしてエピカが目を光らせている。

 

 魔力銀を応用した水回りや竈門、数々の食器類も綺麗に整頓されているようだ。自他共に認める綺麗好きなタチアナから見ても、清潔感に溢れた素晴らしい場所。今は留守にしているターニャの城と化した此処は、専門店の主人すら憧れるだろうと感じ入る。

 

 しかし、だからこそ気になる物があった。

 

 中央に位置する独立したテーブルだ。

 

 テーブルと言っても水回りも接続され、各種調理器具も並べていた。複数人で気持ち良く料理を楽しめる配置でもあるだろう。タチアナの目には、ターニャとジルの二人、笑顔で寄り添う姿が幻視されたほどだ。

 

「茶器……しかし今はジル様お一人のはず」

 

 似た形のカップ達が並べたままになっている。しかもまだ洗っていないのは明らかだ。カップの底には色素が残り、乾いた跡もあった。洗わないままにするとは思えないし、何より皇女は表で倒れていたのだ。そう、真っ先に疑ったのは"毒"だが、これこそが原因かもしれない。

 

「それぞれ色が違う? 香りも……全部別みたい」

 

 そうして周りを見渡せば、如何にもな茶葉の紙袋が見つかった。特に名前らしきものはない。

 

 慎重に開けると、濃い緑色した茶葉が僅かに残っている。見た感じ、ツェツエで流通する種類ではないようだ。

 

「他国のもの? やはり念の為に調査してみましょう。たとえ間接的でも原因があるならば、記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれない」

 

 人の記憶を強制的に失わせる茶葉など、そもそも存在すら疑わしい。毒に関して専門家を配置しているエーヴ家であろうとも、寡聞にして聞かないのだ。だからタチアナも可能性は相当に低いと思っている。しかし何かが引っ掛かる上に、今は全ての手段を尽くすときだろう。

 

 持って来た籠に割れないよう入れていき、油紙に包み現状を出来るだけ維持するよう注意する。そして、茶葉の袋も収めると、タチアナはそこを後にした。

 

 

 

 

 



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お姉様、訓練する

 

 

 

 

 真っ白な壁、青に染まった扉、モザイク模様の石畳、階段やちょっとした坂道まであって、歩くと本当に楽しい。あの小屋は庭いじり用の道具が入ってたけど、かなりメルヘンな感じも非常に良いと思う。

 

 そんなお庭を散歩していたら、発見してしまったのだ。白壁に嵌め込まれた扉を開けた先に。

 

 俺は今、この世界に来て最も興奮しているかもしれない。

 

 いや、エッチな方面じゃないよ? ジル様の谷間とか、タチアナさんの後姿とか、エピィの巨乳だとかも、それはもちろん最高なんだけど。扉の先にある色々を目にしたとき、男ならば絶対にワクワクすると思うんだ。

 

 そう、此処は間違いなく、訓練場!

 

 今までの華やかなお庭と比べ、かなり殺風景だ。一部は芝生だけど、均した土の地面の方には草一本生えてない。壁に寄り掛かるように置かれているのは間違いなく摸擬剣達だろう。離れた場所にはいわゆる"カカシくん"が何本も立っている。

 

 つまり、あの摸擬剣を振り、もしかしたら魔法まで放つ訓練場なのだ。何だか使用感が見えないのは不思議だけど。でも。

 

「うん、格好良い。やっぱり異世界転生ならコレ! 魔法! 剣! 魔物との戦い! そして可愛いヒロイン! くー!」

 

 此処にあるって事はジルの所有物だよな? そうなれば、今の俺が使っても大丈夫なはず。うむ、もー我慢出来ません!

 

「ふんふーん♪」

 

 新品同様の摸擬剣を左右から眺めてみる。木製で皆同じデザイン。多分片手剣? いやロングソード? 長さも違うと思うし、両手剣じゃないな。まあ超絶美人さんがデカい剣を操るのも最高ですけれど。とにかく、定番の片手剣キャラなんだろう、ジル様は。うむ、スタンダードも良いですよー。

 

「では失礼して」

 

 確かグリップ? そこに手を添えて力を込めた。シャキーンと格好良く引き抜くイメージで、持ち上げ、持ち上げ……も、も、持ち上げてぇ!

 

「ぬぅぅ、お、重い! 何だコレ! 見た目だけ木製で中身は金属とかか?」

 

 はい、全くイメージ通りになりませんでした。

 

 まあ両手で持てば大丈夫だし、頑張れば振れなくはない。ただ、想像していたアニメのようにはならないぞ、残念ながら。

 

 あれぇ? タチアナさんの話だと、この身体は超強いチートキャラだよな? やっぱり俺が憑依した事で弱体化したんだろうか。いやいや、それにしても限度があるよね?

 

 改めて今の自分の腕を観察してみる。

 

 うん、女性らしく細い。肌はやっぱり白くて、パッと見は筋肉の欠片も感じられないな。んー、触ってみたら、何となく? それよりもサラサラの肌触りがヤバい。女の人の肌って男と全然違うんですね、ははは。お、爪も艶々なんだなぁ。

 

「うーむ、この人ホントに超強い冒険者なの? 鍛えてるように見えないぞ?」

 

 俺には女性の知識も、戦士の知識もないけど、ちょっとおかしいと思う。まさか騙されてる? ほら、鏡で見た容姿も凄い美人のお姉さんなわけで。でもそんな嘘ついてる雰囲気も感じないし、意味もないよなぁ。

 

「……考えても仕方ないか。とにかくカカシくんと遊ぼう。やっぱりファンタジー世界の訓練場ってロマンだもんね」

 

 頑張って摸擬剣を持ち上げ、ずりずり引き摺りながらカカシくんの前に立った。もうそれだけで興奮は最高潮だ。いきなり才能が開花して、ズバッと斬っちゃったらゴメンね?

 

「んー、おー、よいしょ!」

 

 上段に構えようとしたら無理だったので、斜めから重さに任せて振り下ろす。はい、カカシくんは無惨にも真っ二つに!

 

「なるわけないよなぁ……て言うか手が痺れて痛いし。イテテ」

 

 金属がぶつかったみたいな音。そして、予想通りに弾かれ、持てなくなった木剣は地面に転がった。うぅ、突き指とか捻挫とかしてないかな? こんな事で怪我したら、タチアナさんから怒られるかもしれないぞ。

 

 しかしこのカカシ、強すぎ。傷一つ入ってないなんて絶対おかしい。さては異世界トンデモ物質だな?

 

「はぁ、せっかくのロマンが」

 

 いや、諦めるな。この世界には魔力があるじゃないか。そう、魔法をぶっ放し、カカシくんを驚かせてやる。

 

 先ずは誰もいないか確認! 右よし、左よし、後ろ、前、上!

 

「例のやつで行くか。ええっと……わ、我は望む、火焔の輝き、紅色の剣、業火よ、ここに現出せよ! フ、フレイムスラッシュ!」

 

 おい、恥ずかしいぞこれ! 前から考えてた一つだけど、真面目に口にするの結構キツイんですが! そもそも何一つ出て来ないし! ねえ、炎は一体何処ですか? このままじゃ中二病患者になっちゃうよ?

 

「ファイヤボール!」「ウォーターカッター!」「ウインドソード!」「ライトニング!」「他に、他には……」

 

 うぅ、ダメじゃん! 出来そうな雰囲気が全然ないよ! 普通さ、こんなときは目覚めちゃったり、感じたりするものじゃないの⁉︎

 

「あ、もしかして魔法陣が要るタイプ? あれも超格好良いから好きだけど……そうなると勉強しないといけないやつだ。うげぇ、異世界に来てまでしたくない……」

 

 うー、何だか疲れた。ちょっと休もう。丁度良いところにテーブルと椅子があるし、多分休憩スペースだな。広葉樹っぽい木のそばだし、木漏れ日とかも良い感じ。

 

 テーブルはガラストップってやつだ確か。ステンドグラスみたいになってて、凄く綺麗。椅子も真っ白な蔦で編まれた風のオシャレな感じ。無骨な雰囲気がないのは、やっぱり女性の住む場所だからだろう、うん。

 

「ふへー」

 

 とりあえず、突っ伏してみる。顔を横向きに下ろしたせいで、頬がちょっと冷たい。

 

 すぐ目の前には、キラキラ光を反射する糸。つまりジルの髪の毛だ。凄く長いから、テーブルの上に広がってる。

 

「んー」

 

 何となく指で摘み、ジッと眺めてみた。絡まることも、男のようなゴワゴワした感触もない。語彙力も勿論ないから、ただただ綺麗としか言えないのが虚しい。

 

 そうだ。もしかしてアレも出来る筈では? ふとした思い付きだけど、チャレンジは大切だよね。

 

 上半身を起こし、下を見る。そこに鎮座するのは最適なサイズと柔らかさを併せ持つ双丘だ。今はストラがあるので谷間は視界に入らない。けれど意識すればズシリとした重みを感じるのだ。

 

「し、失礼します」

 

 テーブルの縁に二つの膨らみを乗せてみた。

 

「おお」

 

 なるほど? こんな感じかあ、ふーん。

 

 だが、正直な話、だから?って思う。気付いたんだけど、このオッパイをテーブルに乗せた姿は、第三者として見ないと意味がない。はぁ、何かの画像で見たときは釘付けになったけどなぁ。まあ新たな経験が出来たと思おう。TSだからこその体勢だし。

 

 でもやっぱり不思議。

 

 ジルは、鏡で見た顔立ちがとんでもなく美人で、スタイルも見る限り素晴らしいと思う。肌だってシットリスベスベサラサラだし、背も高いから有名モデルみたいだ。俺は自分がエロ猿と自覚してる。だから、こんな世界最高レベルの女性に憑依したならば、それはもう人には言えないアレコレを楽しむ筈。

 

 なのに、あまり興味が湧かない? いや、それとも少し違う気がする。だって、タチアナさんの後姿とか、エピィのデッな胸とか興味津々だし? んー、言葉にするのが難しい。

 

 なんて言えばいいだろう? 近いのはゲームで作ったマイキャラとか? やっぱり単純な憑依系じゃないのかなぁ。

 

「剣も魔法もダメダメ……だもの、はぁ」

 

 転がったままの摸擬剣が目に入って、片付けないといけないと思う。でも、何だか今は動きたくない。

 

「せめて誰かに先生をお願い出来たら良いなぁ。ほら、綺麗な女の人だったりしたらもう。タチアナさんみたいな眼鏡なんて最高」

 

 ついでに黒のレディーススーツを幻視したとき、何故か目の前に小柄な女の子の座った姿が見えた気がした。ショート髪が可愛い。顔は見えないのに、凄く可愛いって分かった。その娘が言った気がしたんだ。「ジル先生」って。「お姉様」って。

 

「……?」

 

 何だか胸が少し痛い。そして、幻聴も女の子も消えて行く。

 

 変なの。誰なんだい、キミは。

 

 ぼんやりしていたら、放り出したままの木剣の側にピンク髪の糸目ちゃんが立っているのに気付く。あれぇ? いつから居たんだろう。

 

 そして、大きな胸を揺らしつつ上半身を傾けた。

 

「あ! それって凄く重いから、気を付け」

 

 ヒョイ。

 

 そんな擬音が聞こえてくるほどに、エピィは軽く剣を持ち上げる。そのままスタスタと歩き、元の場所に戻してくれたのだ。

 

「えぇ……?」

 

 うっそだぁ。あんな女の子でも簡単に持ち上がるなら、このジルってどれだけひ弱なの? 剣はフラフラで、魔法は全然だし、パワーもヨワヨワ。まあ俺が憑依したのが原因なのは分かるけどさ。

 

「ジル姉様、怪我、しまし、た?」

 

「うん?」

 

「でも、悲しそう、な、顔。してます」

 

「そうかなぁ? 元気だけど」

 

 エピィは俺の右手を取り、マッサージ?を始めた。もしかして、さっきカカシくんに跳ね返されたのを心配してるのかな。剣も地面に落としちゃったし。

 

「エ、エピィ?」

 

「?」

 

「も、もう、痛くないよ、ね?」

 

 最初はマッサージと思ったんだけど、段々と手つきが変わっていった。はっきり言うと、ナデナデしてるし、鼻息荒い。もしかして匂いも嗅いだりしてない? その証拠に顔が段々と近づいてますが?

 

「舐めた、ら、治り、ます。任せて」

 

「も、もう大丈夫! 治っちゃった!」

 

 いま間違いなく舐めるって言ったよね⁉︎ あと、手を離してくれたら嬉しいかも! って、キミ、力強すぎない?

 

「ジル姉様、身体の力、抜いて、くだ、さい。目を、瞑って、さあ、隅々、舐め、ますか、ら」

 

「遠慮しますぅ!」

 

 絶対隅々って言った!  手とか関係ないじゃん!

 

 お、おかしい、可愛い巨乳な女の子に舐められるなんて、ある意味で嬉しい筈なのに……でも、浮気なんてしたら怒られる!

 

 ん? んん? 浮気ってなんだ? あー! 頭がグルングルンだぁ!

 

「……残念、です」

 

 漸く手を離してくれたエピィだけど、何故か視線はこっちの顔を見たまま。すると、スッと俺の耳元に唇を近づけて小声で囁いた。擽ったい。

 

()()、しても、魔法、は、出ません、よ? もちろん、魔法陣、でも」

 

「……はい?」

 

「フレイム、スラッシュ?」

 

 まままままさか、最初から見てたの⁉︎

 

「ふふ、真っ赤、プルプル、ジル姉様、可愛い、です」

 

 ぎゃー!

 

 

 

 




そろそろ物語を動かす予定です。


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お姉様、お家を出る

 

 

 

 

 

 ようやく屋敷から移動になるらしい。

 

 昨日の夜にタチアナさんが言ってた。色々あり過ぎて全部は覚えてないけど。とにかく、警護する上では今の場所が比較的に適していても、生活面で不便極まりないのが理由みたい。まあキッチンと客間くらいしかまともに使えないからね。魔法による鍵があちこちに利用されているってさ。魔法を施した御本人じゃないと解錠出来ないし、壊す訳にもいかない。

 

 その御本人はジルだけど。

 

 別の場所に移動かぁ。

 

「くふふ、やったぜ!」

 

 正直な話、かなり飽きていたのだ。まず同じ部屋にいるだけでもアレなのに、遊べる場所はお庭くらい。訓練場はあるけど、今のジルじゃ使えやしないしさ。

 

 おまけに周りを囲む壁も高くて、ファンタジーな街中を観察もしてない。つまり、ジルに憑依した後も、らしい異世界を堪能出来ていないのだ! 確かに豪華なお屋敷だし、タチアナさんも凄く丁寧にお世話してくれてる。でもでも、俺としては現実離れした何かを見てみたい。

 

 特にとあるキャラが居たら嬉しいんだよね。

 

 それはドワーフ! 金槌や金床、武器、あとお髭! もちろんエルフもだけど、もうジル本人が限界突破した美人さんだからなぁ。だから今はドワーフに会ってみたいかな。移動するとき探してみよう。

 

 そうじゃなくても街中はどうなってるのか興味津々だ。

 

 うー、楽しみ!

 

「あ、はい、どうぞ」

 

 あのノックの音はタチアナさんだな。一拍置く優しい感じで、何だか彼女らしいって思うもん。

 

「失礼致します」

 

 足音も無く、真っ直ぐな背筋。入って来て頭を下げたのはやっぱりタチアナさんだった。うーむ、格好良い、ホント。前に頭を下げたり何て要らないですよって言ったら、ちょっと怒られたけど。

 

「ジル様。こちらにお召し替えを。万が一を考え珍しくもない衣装ですが、アートリスで探したものです」

 

「何でも良いですよー。どれどれ」

 

 ほー、ふーん、なるほど?

 

 形として近いのはドイツ辺りの民族衣装かなぁ。色は地味だし、スカートの裾は長めみたい。まあ街娘って感じだろう、多分だけど。

 

「では」

 

 すると、当たり前のように肩紐へ手を掛けた。タチアナさんが。

 

「え? え?」

 

 スルリと脱がされたワンピース状の部屋着。余りに素早く自然だったから、気付いたらもう下着姿になっていた。ジルの艶やかな肌が眩しい。とにかく頑張って視線を外し、意識から遠ざけるしかないだろう。一人のときはともかく、タチアナさんの前でエロい視線はマズイのだ、うん。

 

 あと、恥ずかしい! 人に着替えさせて貰うのは!

 

 当たり前だけど、タチアナさんの指が素肌に当たる。うぅ、擽ったいよぉ。

 

 我慢我慢。早く時よ過ぎ去れー。

 

「ジル様は非常に腰が細いので、少しだけ腰高で止めるようにしました。通常の市販のものだと、かなりキツくしないといけなくなりますから。移動する際に苦しくないよう……如何ですか?」

 

「だ、大丈夫です」

 

 腰回りをサラリと撫でられたから、ちょっと震えちゃったよ。バレてないよな?

 

 まあタチアナさんの話も分かる。ジルのウエストは滅茶苦茶に細いのだ。そのくせ胸やお尻はしっかりとあるから、そのギャップは凄まじい。超絶な美人さんで、スタイルも最高で、ホント綺麗なお姉様だよなぁ。

 

「次は髪を纏めましょう」

 

「はーい」

 

 髪も凄く長くて、真っ直ぐに下ろすとお尻まで届くのだ。クセも全然ないから頭を振るとフワリフワリ舞ってくれて楽しい。一人のときに何回も遊んでしまったのは内緒だ。

 

 ほほう、これはシニヨンってやつですな。うなじを見せるように頭の後ろに纏めて貰った。ゆるふわな感じで似合ってますよ。シニヨンって言葉自体がフランス語でうなじって意味らしいけど、なるほどって思うもん。

 

 うむ、女性のうなじ、良い。

 

 うんうん、ワクワクして来た。やっとお外に出れる訳だもの。あ、そう言えば、どうやって移動するんだろ?

 

「タチアナさん、移動って歩きですか?」

 

「いえ、馬車を用意致します」

 

「馬車」

 

 うん、それも良いね。風を感じつつお馬さんの尻尾を眺めて、周りの景色を楽しむ事が出来る。ゆっくり進んで貰えるよう頼もうかな。

 

「ツェツエ王家のものをと考えましたが、目立つことを避けるため市井の馬車になります。正直、乗り心地も良くありません。どうかお許しを」

 

「全然大丈夫ですよー。寧ろ凄く楽しみです」

 

「楽しみ、ですか?」

 

 タチアナさんには珍しく表情が分かり易い。少しだけ傾けた顔、キラリと光る眼鏡、好きです。

 

「アートリス、でしたっけ? 知らない街を見学出来るなんて、なかなか経験出来ないじゃないですか。ずっと見てみたかったんです」

 

 あ、あれ? タチアナさん、顔色悪くなった?

 

「それは……申し訳ございません。二つの意味でお詫びを」

 

「お詫び?」

 

「はい。ジル様に我慢を強いたこと。もう一つは……アートリスの見学が出来ないことです」

 

「え?」

 

 見学出来ないの? えー、何で?

 

 俺の表情も暗くなっただろう。タチアナさんは益々申し訳ないって顔に変わる。スッと視線を下げて説明を続けてくれた。

 

「屋敷の正門前に横付けしたら直ぐにお乗り頂きます。馬車から外をご覧頂くことも出来ません。貴女様の存在、アートリスを離れること、その全てを隠す為です。また、馬車の中でお会いして頂きたいお二方がおります。このお二人はジル様にとって非常に馴染みのある方々ですが、今は初めてに等しいでしょう。ですので……ご希望には沿えません」

 

 もう心からの謝罪って分かる。タチアナさんは頭を下げたままだもん。うー、護衛する立場の人からしたら当たり前か。でも、そこまで隠すなんて大袈裟だと思うけどなぁ。

 

「だ、大丈夫ですから。頭を上げてください」

 

 とにかく、タチアナさんに悪いよ。今までも一生懸命お世話してくれた人だからね。

 

「……ありがとうございます」

 

「えっと、そうだ、次の目的地って何処なんですか?」

 

 暗い雰囲気のままは嫌だし、話題をチェンジだ!

 

 察してくれたのか、タチアナさんの表情も少しだけ柔らかくなったみたい。

 

「はい。最終的には王都を目指しますが、まずは宿場町のツェルセンに参ります。治安も比較的良いですし、貴女様をお守りするのに適した宿があるのも理由ですね。何より大きな町では無いので、人目もアートリスよりずっと少なくなるでしょう」

 

 ほほう。宿場町とな? ちょっとロマンな感じがして良いね。

 

「分かりました。じゃあ、よろしくお願いします」

 

「とんでもございません。では、まもなく馬車が着きます。直ぐに移動しますので御準備を」

 

「了解です!」

 

 あ、タチアナさんの眉が歪んだ。思わずだけど、変な返事しちゃって御免なさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

 頭巾?を被り、横付けした馬車にそそくさと乗り込んだ。窓は塞がれ、前後にベンチ状の椅子が配置されてる、まあ想像通りの馬車だね。サイズ的には六人くらい座ったら一杯ってところ。そして、タチアナさんに促されて座った向かい側に、一人の女性がいる。その人は、頭巾を被ったままの俺をジロジロと見ているのだ。

 

 コランダムの変種で、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持つ。語源はラテン語で「赤」を意味するルベウスに由来し、石言葉は情熱や自由、勇気などかあるらしい。

 

 目の前に座る女性の瞳を見て最初に思ったのは、まるで"ルビー"みたいだってこと。ポニーテールにした髪まで赤いから、一目見たら忘れたり出来ないな。歳上なのは確実だけど、何処か可愛らしい印象もある。あと、奥に立てかけてるの間違いなく双剣だよね? もうそれだけで最高に格好良いんですが。

 

「クロエ様。ジロジロと、失礼ですよ。この御方は帝国の皇女殿下で」

 

「分かってるって。タチアナったら相変わらずね。でもさ、ホントに記憶がなくなっちゃったの?」

 

 ハァと溜息をこぼすタチアナさん。何となく普段からこんな感じなのが分かるな。ちょっと微笑ましい。あと名前はクロエさん。うん、聞いたことあるな。このクロエさんが来れば一先ずは安心って言ってたし、凄い人なんだろう。

 

「それは間違いありません。ご自身のお名前も、お立場も、そして魔剣の力も、今は」

 

「ね、フード取ってみてよ、ジル」

 

「クロエ様!」

 

「え、あ、ご、ごめんって、つい、いつもの感じで」

 

 ププ、歳上なのに歳下のタチアナさんから怒られるなんて、何だか可笑しいぞ。多分ジルって呼び捨てにしたのが悪いんだろうけど、俺は全然構いませんよ? 言われた通りにフードを取って、クロエさんに向き直る。

 

「えっと、クロエ、さん? ジルで大丈夫ですよ?」

 

「ほら、ジルもこう言ってるじゃない。元々こんな娘だし、今は固苦しいのも良くない……タチアナってば顔が怖いから」

 

「……全く。後でお話しをしないといけませんね」

 

 縁無し眼鏡をクイってする仕草、いい。

 

「そ、それは許して!」

 

 何この人たち、面白いんだけど。それに、タチアナさんの新しい一面も見れて嬉しいな。

 

「ジル様、申し訳ございません。こちらはクロエ=ナーディ。ツェツエ王国三大騎士団の一つである紅炎騎士団の団長です。さあ、クロエ様」

 

 団長? わー、やっぱり凄い人なんだ。

 

「はいはい。んー、名前はまあそんな感じで、私とジルは昔から友達なんだ。だから気軽にしてね? 王都に到着するまで一緒に居て、まあ護衛する感じかな。あと、こんな登場にも理由があって、私もそこそこ名が売れてるから、アートリスに現れたって知られたくなくてね。紅炎がいるってことは、女性の客人が居るってことだから余計な注目を集めるの。だから馬車の中で待ってた。早くジルに会いたかったけど、こればかりは仕方ないし」

 

 まさに友達みたいな喋り方で親近感が湧くなぁ。でも、タチアナさんが射抜くような視線を送ってるの気付いてないのかな? 絶対あとで怒られると思うけど。

 

「また思い出すまで新しい友達になろっか。そしたら次は親友になれるでしょ?」

 

 手を取り握手してくれた。綺麗なお姉さんと握手なんて嬉しい。何よりもこの人好きだなぁ。人柄が良いの全身から出てるもん。

 

「はい、こちらこそ」

 

「くっ、この微妙な距離感変わってないわね。やっぱりジル、手強い」

 

 真っ赤な瞳、真っ赤な髪。早速タチアナさんに怒られる姿も可愛い。んー、歳上だけど素敵な人だ。

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、怒られる

 

 

 

 

 

 蹄の音は遠く感じる。木製の窓は閉め切ってるから仕方ないけど、外の風景やっぱり見てみたいなぁ。ジルが移動してることそのものを隠してるらしいから仕方ないけど、やっぱり残念だ。

 

「じゃあ、魔力強化はもちろん魔素感知も今は無理ね」

 

「はい。魔力銀製の衣服、剣、ナイフ。どれもジル様の行使が無ければ柔らかな金属でしかありませんから。一応屋敷で見つかった物は持って来ておりますが……それを踏まえての護衛をお願いします」

 

「了解。今までたくさんツェツエを守ってくれたジルだもの、恩返しの良い機会と思いましょう」

 

「あ、あの」

 

「ん? なあに?」

 

「クロエさん。さっき、魔力強化って」

 

「ああ、うんうん。超級魔剣の代名詞で、とにかく凄いの、ホント。真面目な話、もう反則」

 

 おお……! 超格好良いじゃん! 想像通りならアレだよね⁉︎

 

「目にも止まらぬって感じで走り回るし、力も増すから凄く強くなるんだよ? あと魔力銀製の剣は理論上斬れないものが無いって、以前のジルが言ってた」

 

 やっぱりか! くー、ジルってば最高じゃないか! その魔力銀製の剣も気になるけど、何より強化だよ! いつか見てみたい。いや、自分で出来るなら体験出来るってことだ。やっべぇ、何かのアトラクションみたいに凄いのかな?

 

「おまけに魔法まで無制限に放つから、本気出されたら近寄ることも出来ないし。こんな見た目なのに、一体どうなってるのよ」

 

 またまたこっちをジロジロと見てくるクロエさん。まあ確かに、それは同じ意見です。

 

「まもなくアートリスを出ますね」

 

 タチアナさんは外も見ずに言った。何故に分かるんだろう。

 

「うん。魔素感知でも異常は感じない。()()()()()もちゃんと追跡出来てるから安心して」

 

「例の方は?」

 

「もうすぐね。人影の少ない場所で待って貰ってる。彼が事情を知らないのは拙いし、ジルをよく知ってる人だからタチアナも安心して。コーシクス副長も馴染みのお爺さんよ」

 

「それは伺っていますが……万が一も」

 

「その万が一を起こさないために必ず必要なことなの。ツェイス様からも許可は貰ってる」

 

 うーむ。色々と話題が飛ぶからよく分からないけど、この後お爺さんと会うらしい。ちょっと緊張する。

 

 暫くすると馬車の速度が落ちるのを感じた。多分お爺さんとやらの待つ場所が近いんだろう。そして緩やかに止まり、左側の扉が開いて小柄な姿の誰かが乗って来た。乗って来たんだけど……こ、これは!

 

 お、おお……! マジですか! ついに、ついにホンモノの異世界が目の前に!

 

「失礼する」

 

「はいどうぞ。久しぶりねお爺さん」

 

「ふん、お前も偉くなったもんだ。あのくそ餓鬼がまさかな」

 

「ちょっと! 折角の格好良い雰囲気が台無しじゃない!」

 

「そんなとこが餓鬼なんだ、クロエ」

 

「このクソジジイ……」

 

 もう辛抱堪らん。口調までイメージ通りで、姿形を見ても絶対間違いない!

 

「あ」

 

「「あ?」」

 

「握手してください! ドワーフさん!」

 

 皺くちゃの顔に長い白髭! 出っ張ったお腹! ちょっと乱暴な物言いと、筋肉質な両腕! ついに、ついに、出会ってしまったのだ!

 

「誰がドワーフだ! 俺はハーベイだと何回も言っただろうが!」

 

「うひぃ!」

 

 こ、怖い! でもそんなとこもドワーフのイメージに合ってて最高!

 

「ククク……ほらほらドワーフのお爺さん? 怒っちゃダメだよ? この方はバンバルボア帝国の皇女殿下で、今は昔のことを忘れちゃってるの。口の聞き方に注意して」

 

「コイツら、何一つ変わっちゃいねぇ……」

 

 あのねクロエさん。お前が言うなって顔で見てるよ、タチアナさんが。

 

「……こちらの方はウラスロ=ハーベイ様。アートリスの冒険者ギルドのギルド長で、ジル様を超級まで推薦した方でもあります。それでよろしいでしょうか?」

 

「あ、ああ。済まない。貴女はかの有名な演算、タチアナ=エーヴだな。いや、エーヴ侯爵家の御令嬢に対しては失礼か、申し訳ない」

 

「お気になさらず。普通にタチアナ、とお呼びください」

 

「そうか、悪いな。で、ジルよ。一つだけはっきりと訂正しておくが、俺はドワーフなどと言う空想上の生き物じゃない。普通の人間だ」

 

「ええ⁉︎ ドワーフお爺さんじゃない? 絶対に嘘だぁ」

 

「ホントに記憶喪失かお前」

 

 すっごく残念。あとでサインとか貰おうと思ってたのに。それと吃驚したんだけど、タチアナさんで侯爵家のお穣様なの?

 

「今日ご足労願ったのは、ジル様の現状を知って頂くこと。そして」

 

「ああ。ジルへの依頼も、不在であることも、全てをうまく誤魔化す必要があるんだろう? アートリスにとっても重要なことだし、もちろん協力しよう。あとジルが懇意にしている奴が何人かいるから、そちらも調整が要るな……まあ任せてくれ」

 

「宜しくお願いします。でも、あっさりと信じるのですね? もっと説明に時間が必要かと考えていました」

 

「ん? ああ、ジルのことか? クロエも感じているだろうが、中身はともかく魔剣としては別人だよ。多少戦いを生業にしてる奴なら直ぐに気付く。ましてや俺はコイツと何年も仕事をして来たからな。独特の凄みも、自信も、魔素感知にも、今は違い過ぎるな。逆に言えば、この美貌を見られさえしなければ早々バレないってコトだ」

 

「なるほど……」

 

「だが、問題は時間だ。記憶を失った原因や対策はあるのか?」

 

「いえ、今のところは」

 

 うーむ。難しい話が続くと入れなくなるな。ジルの話ってのはもちろん分かるけど、他人事に感じるし。さっきまで明るかったクロエさんも真面目な表情。この辺は騎士団のリーダーだし当たり前なのかも。

 

「超級は街を離れる依頼を請ける事もある。だからある程度は大丈夫だが……何にしても限度がある。それに、前のカースドウルスみたいな厄介な魔物が出たら、より深刻な問題となるかもしれん。だから、キミの演算に期待しているよ」

 

「……出来るだけの事はするつもりです」

 

「ああ。さて、そろそろアートリスの外円だ。俺は降りる」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 馬車だけに揺れるけど、意外に会話は普通に出来た。まあお尻がちょっと痛いのは間違いない。またまたゆっくりと止まると、ドワーフ、じゃなくてウラスロのお爺さんは降りて行った。うー、あの見た目、絶対にドワーフだけどなぁ。

 

「でもジルったら記憶が無い割にドワーフとか覚えてるんだね」

 

「うぇ⁉︎ え、えっと、不思議ですねぇ」

 

 あ、危ねぇ。記憶喪失じゃなくて俺が憑依してるだけってバレたら大変だ。気を付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 街から離れ、街道に出て随分と経った。すれ違う人も殆ど無いから間違いないだろう。

 

 タチアナさんから許可を貰い、ほんの少しだけ窓を開けている。馬車はかなりゆっくりした速度みたいで、流れていく景色も緩やかだ。ちょっとでも異世界的な何かがあれば良いけど、見えるのは小高い丘や樹々、あとはお空と雲くらい。

 

 多分植生とか違うから、異世界らしい木とかもあるんだろう。でも、はい、全く分かりません。

 

「何か面白いものでもあった?」

 

 さっきから俺の方を観察しているクロエさん。やっぱり記憶喪失なジルだけに、色々と気になるのは理解してる。してるけど、ルビーみたいに綺麗な瞳で見詰められると緊張します。

 

「特には。あ、質問良いですか?」

 

「もちろん。ジルから頼み事されるなんて珍しいし、何でも言ってよ」

 

 ……な、何でも? いま何でもって言った?

 

 い、いやいや落ち着け。そんな方面の話じゃないだろ。軽く深呼吸だ!

 

「この道は安全なんですか? 魔物とか、盗賊とか」

 

「あー、不安だよね。何だか貴女からそんな質問されると不思議な感じ。そうね、まず魔物の出没は絶対無いとは言えない。まあ王都まで繋がってる街道で、定期的な討伐はされてるけどね。それと盗賊連中はまず居ないかな。騎士団も冒険者も動きが活発な地域だから、まず近寄って来ないし」

 

 ふむ、つまり基本的には安心と。普通に考えたら当たり前か。陸路にいつも危機があったら身動きが取れないもんね。

 

「仮に何か現れても私が守ってあげる。だから安心して」

 

「は、はい」

 

 ニコリと笑い掛けてくれたクロエさん、可愛いし綺麗。こうギュッとして守ってくれたら嬉しいよ? そのお胸に顔を埋めて。

 

「あの、クロエさんは以前のジ、じゃなくて私をよく知ってるんですか?」

 

「そうね。私は友達だと思ってる」

 

「タチアナさんから色々教えて貰いましたが、えっと、私はかなり強い冒険者だったんですよね?」

 

「うん。超級は現在のところ五人しかいないし、そのうちの一人が魔剣、つまりジルだもの。個人で対抗出来る人間はほぼ居ないよ。なんで?」

 

「お屋敷にあった訓練場で摸擬剣を振ってみたんですが、重くてまともに持ち上げるのも大変でした。つまり、例え記憶が無いにしても、身体まで衰えるのは不思議だなって思ったんです」

 

「あー、それは多分簡単だよ。さっきも言った魔力強化が今は出来ないから、力も普通の女性みたくなってるはず。貴女の力の大半は魔力によって構成されてたから仕方ないかな。でも、魔法がいきなり使えなくなるなんて、ちょっと想定出来ないよ。記憶を失ったとしても、かなり珍しいと思う」

 

「そうなんですか?」

 

「え? うん。魔法なんて子供の頃から使うし、もう身体が覚えてるみたいな? 歩き方や喋り方を忘れたりなんて普通しないでしょ?」

 

「なるほど……」

 

 魔法が一般的な世界だとそれが常識になるわけだ。うーむ、そうなると、俺が憑依してる限りやっぱり無理っぽいな、魔法を使うの。

 

「ジル様、少し宜しいでしょうか」

 

「あ、はい」

 

 静かだったタチアナさんが眼鏡をクイッ。

 

「お一人で、摸擬剣と言えど触るのはお控え下さい。万が一があってはならないですから」

 

 ひぃ⁉︎ ちょっと怒ってる!

 

「は、はぃぃ!」

 

「タチアナってば、それはキツすぎない?」

 

 だよね! さすがクロエさん!

 

「クロエ様、何か?」

 

 またまた眼鏡をクイッ。

 

「いえ! 何でも御座いません」

 

 よわ……弱すぎですよクロエさん!

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、捲れる

お気に入りや評価に御礼を。


 

 

 

 

 双竜の憩。

 

 宿場町ツェルセンに構える王家御用達のお宿らしい。更に言えば、記憶を失う前のジルが泊まった事もあるってさ。外を眺めたり御散歩も出来ないから、タチアナさんが細かく教えてくれるのだ。

 

 しかも、貸し切り。なんて贅沢。ホントに良いの?

 

 宿の中や外に紅炎騎士団の人を配置して、万全の体制を整えています。ですから安心して下さいと、笑顔で言われたから間違いないよね。

 

 んー、でも、やっぱり大袈裟すぎない? だって、今日まで危ない目になんて一度も遭ってないし、そもそも危険人物がそこら中に居るとも思えない。日本ほどじゃなくても、治安崩壊してる訳じゃないでしょ? ここまでの道すがらだって何も無かったし。

 

「その顔。贅沢過ぎて何だか悪いなって思ってる?」

 

 宝石が埋め込まれてると勘違いしちゃう瞳は、何度見てもルビーにしか見えない。ホント眺めてると綺麗だなって思う。そんなクロエさんがニヤリと笑いながらツッコミを入れてきた。

 

「い、いやそんな訳……えっと、ありますけど」

 

「フフ、だと思った。でもあの質を持つ宿なら当たり前に守りが固いから、勝手に選んだのはコッチなの。()()()()()()には強いし、私達紅炎からしても楽が出来る。ね? 気にしない気にしない」

 

「は、はあ」

 

 今度はカラリとした笑顔を見せてくれて、凄くドキドキする。美人の度合いはジルが飛び抜けてるけど、クロエさんもすっごく綺麗なお姉さんだ。そんな女性に向かい合ってると、俺みたいな野郎は緊張してしまう、うん。はぁ、こんな人とお付き合い出来たら幸せだろうなぁ。

 

「ちょっと、余りジッと見ないでよ。ジルに見詰められると変な気持ちになっちゃう。同じ女なのに、反則」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 うぉぉ、童貞野郎な視線は簡単にバレるらしい。

 

「わー! 真剣に受けないでよ! こっちもごめん! まあ、反則なのは冗談じゃないけど」

 

 うぅ、思わせ振りな言葉やめて。勘違いしちゃうじゃん。

 

「そろそろ到着します。クロエ様、準備を」

 

「おっと。タチアナ、ありがと。さてと、ジル。私が先に出て確認する。そのあと合図したら馬車から降りて来て。それまでは座ったまま、良い?」

 

「はい」

 

 キリリと表情が締まったクロエさんも格好良い。うー、惚れる!

 

 ちょっとすると馬車の速度は緩やかになって、右に曲がるのが分かった。多分、お宿の敷地内に入ったんだろう。玄関前に横付けしたのかな。

 

 

 

 

 

 

 えー……

 

 あー……

 

 いやいや、えー?

 

 クロエさんから合図があって、馬車から降りたんだけど。そう言えば、タチアナさんが手を取ってくれて、まるでお姫様みたいな降り方をしてしまった。ん? ジルは皇女だから別におかしくないのか。

 

 いや、そんなことより……

 

 多分お宿の人が全員勢揃いしてて、一人残らず頭を下げている。と言うか膝も地面に付けてるし、銅像みたいにピクリとも動かないのが怖い。真ん中に一人だけ目立つのは白髪の混じるおじさん? 多分ここで一番偉い人なんだろう。

 

 あのぅ、もうそういうのお腹一杯ですぅ。身分はそうかもだけど、中身が違うので大変申し訳なく感じるのだ。

 

「ジル様」

 

 そばに控えてたタチアナさんが小声で教えてくれた。そっか、馬車の中で教えて貰った話を喋らないと。うー、落ち着かないよ。

 

「み、皆さん、お出迎えを心から感謝します。えっと、ら、楽にしてください。それと、地面に膝を付いたりとか大丈夫ですから」

 

 最後の"膝を付く"云々は指示に無かったけど、我慢出来なくて話しちゃう。タチアナさんが少しだけ反応した気がした。でも見なかったフリだ。

 

 色々な意味でビクビクしてたら、真ん中の人がスッと立ち上がり、片手を胸に当てながらニッコリと笑った。何だか執事みたいで格好良い。と言うか、この世界の人達ってみんな格好良すぎな気がする。

 

()()()()()()()()殿()()。今宵の宿に"双竜の憩"をお選び頂き、我等一同感激に打ち震えていたところです。更には先程の何とも暖かな心遣いとお言葉。今日と言う日を生涯忘れる事はないでしょうな。どうかごゆるりとお寛ぎ下さいませ」

 

「は、はいぃ」

 

 いやいや、だから大袈裟なんだって!

 

 バリトンの効いた声で、ツラツラと喋るおじさん。もうまんま執事なイメージを形にしたような人だ。絶対に名前はセバスチャンだろう。愛称はセバスであってくれ、うん。

 

「支配人。殿下は移動でお疲れです。早速案内をお願い出来ますか? また事前にお伝えした通り、あくまで()()()()()でのこと。良いですね?」

 

「は。タチアナ様」

 

「警護に関しては急ぎクロエ団長と詰めてください。もう一つ。この度の逗留、伸びるかもしれませんので、その点も」

 

「委細承知しております。ではまず、お部屋まで」

 

「ではジルヴァーナ皇女殿下、参りましょう」

 

「……は、はい」

 

 落ち着かないよー。もう早く一人になってゴロゴロしたい。お姫様みたいな態度って意外に疲れる。身分の高い人って大変なんだなぁ。気が抜けないもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

「ほえー」

 

 セレブなお宿だから派手派手なイメージだったけど、中はすっごく落ち着いた雰囲気だ。

 

 案内された部屋は三階で、多分最上階。

 

 扉を開けても部屋の中は見えない。衝立みたいなのがあって目隠しされてる。回り込むともう豪華な一軒家のリビングかって言いたくなるスペースだ。テーブルもでっかいし、椅子なんて十脚もあった。ソファかベッドか判別不能なアレはお昼寝用のものらしい。つまり正式なベッドは別にある。意味分かんない。他にも幾つか部屋があるっぽいし。

 

「ジル様。こちらからの眺めは当宿の自慢で御座います」

 

 支配人に促された先は巨大な全面ガラス窓。そしてそこに立つと中庭が見えて、自慢の意味が理解出来た。

 

「綺麗……素敵です」

 

「はっはっは。美の女神であるジルヴァーナ皇女殿下にお褒め頂いたとなれば、此処はいま祝福されたも同然。何とも光栄なことです」

 

 美の女神って言葉にツッコミを入れたくなったけど、まあ確かに綺麗だものジルって。でもそれに反応出来なくなるほどに美しいのが見えた眺めだった。

 

 ライトブルーの水を湛えた池。そこにはアーチ状の橋が二本掛かっていて、散策出来るようにしているみたい。周囲には篝火?が風に揺れてて、水面と木々をユラユラ照らしてる。不思議だけど、何となく日本庭園の趣きを感じてしまった。宿の周囲は高い土壁に覆われてるから、異世界に居るって忘れてしまいそうだ。

 

「貴女様の瞳の、その水色の輝きにはとても敵いませんが……シャルカ様の宝珠へ捧げる事が出来たなら、ある意味で本望でしょうな」

 

「え?」

 

 うー、意味が分からなかったぞ。

 

「おっと、これは失礼致しました。()()()()()()ジルヴァーナ皇女殿下と言葉を交わすなど、幸福と緊張の極地ですから。いやはや、困ったものです」

 

 ニコニコと笑い格好良い姿勢で挨拶したあと、支配人は部屋から去って行った。うーむ、何だったんだろ?

 

「ま、いっか。ようやく一人になったし、息抜きしよ」

 

 さっきまで居たタチアナさんも、気を利かせてくれたのか姿がないのだ。

 

「んんーー!」

 

 お昼寝用らしき巨大なソファに寝転がり、思い切り背伸びする。スカートの裾が捲れて太ももまで見えたけど、今は許して欲しい。真っ白な肌につい視線が向いたのも許して。ごめんって、仕方ないじゃん、俺だもの。ほら、下着は見えないよ?

 

「馬車って座ってるだけでも疲れるんだなぁ。まだ揺れてる気がするよ。あとお尻が痛い」

 

 双竜の憩はお庭が自慢らしいけど、他にも色々と特徴があるらしい。先ずはお風呂。そして葡萄。葡萄はワインとかお酒じゃなく食べるための品種で、ジュースとかも美味しいってさ。ふむ、お風呂から出たら葡萄ジュースを一気飲みすると最高かもしれない。コーヒー牛乳じゃなくても良いはずだ。

 

 でもやっぱり外で遊びたいなぁ。ここって宿場町らしいし、如何にも異世界な感じがあるかもしれない。夜ならランプの灯りがあって、あちこちがお祭りみたいに騒がしくて、魔法だって見れたり。馬車の窓まで塞がれてたくらいだから無理だろうけどさ。

 

 白くて艶々で、触らなくても分かる瑞々しい太ももを眺めつつ、ツラツラと考えてしまった。何だか愚痴みたいだけど仕方ないよ。

 

「はぁ」

 

 無意識に右手が動く。無意識、これ大事。

 

「おっほ」

 

 期待を裏切らない質感が堪らない。この触り心地、世界最高なのでは? それほどまでに太ももの感触がすごいのだ。サワサワと撫でるだけで、もうずっとこうしていたくなる。そのうち中毒症状とか出たりするかも。

 

「……」

 

 何となく、何となくだから。えっと、無意識ですし?

 

 捲れたままの裾を指で挟み、少しずつ上に引き上げていく。そうすれば肌が空気に晒されて、ちょっとだけプルプルしてる指に力が入った。街娘風だから全体的に露出の少ない衣装。そして今はチラリを超えたギャップ。

 

 もう少し、もう少しで下着が……

 

「あー! やめやめ!」

 

 何をやってるんだ俺は! これじゃ完全な変態だよ、マジで!

 

 いやまあ、否定は出来ないですけれど!

 

「ジル! 大丈夫⁉︎」

 

「うひっ! ク、クロエさん!」

 

「貴女の大きな声が聞こえて……何かあったの⁉︎」

 

「な、何でも無いです!」

 

 ちょっと変態が現れたたけで! もう居なくなりましたから!

 

「もう、吃驚させないでよ」

 

「えっと、その、ほら、お庭が綺麗だなぁって、ははは」

 

「寝転がってたのに?」

 

 う……

 

「お、思い出してブワーッて」

 

「ふーん。まあ大丈夫なら良いけど。あと、はしたないよジル。そんな姿見せたらタチアナに怒られるかも」

 

「え⁉︎ あ、はい! ごめんなさい!」

 

 捲れ上がったスカートを指差し、クロエさんのジト目が突き刺さった!

 

 やっぱり変なことするものじゃない、うん。

 

 

 

 



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お姉様、初体験する

 

 

 

 

 

 

「あの! 大丈夫ですから!」

 

「ジル様。なりません」

 

「ちょ、タチアナさん? な、何してるんですか⁉︎」

 

「何をと言われましても、着替えです。お世話するには私にも必要となりますので」

 

「いやいや! ですからオ、いや私一人で入りますよ!」

 

「今の皇女殿下は以前のジル様と違うのです。その事はご存知でしょう」

 

「え、でもこの間は変わらないって、人柄はそのままって」

 

「それに、御屋敷ではお世話に限界がありましから。これからはこのタチアナにお任せ下さい。この双竜の憩には専用の場所もあり、他の者もおりませんのでご安心を」

 

 スルーした! タチアナさんって意外に頑固だ! あ、ギャ、ギャー、見えちゃう見えちゃいますって!

 

 タチアナさんは着てたメイド服らしき何かを脱ぎ、畳んで籠に入れた、みたい。ほら、途中から視線を外しましたので!

 

「うぅ」

 

「さあジル様。力を抜いてくださいませ」

 

 気付いたら背後に立っているの怖いんですが。見事な手つきでこっちも脱がされそう。と言うか上手すぎませんか⁉︎

 

「ど、どうしてもですか?」

 

「はい。貴女様の髪は非常に長いですし、手入れもしなければ。更に言えば今は非常時。可能性は無きに等しくともお傍に控えさせて頂きます。さあ恥ずかしがらずに」

 

「む、無理ですぅ」

 

 無理に決まってるじゃん! タチアナさんみたいな綺麗な女性とお風呂に入るなんて! 嬉しいけど! 凄くエッチな気持ちになるけれど!

 

「では、下着を」

 

 前に回り込んだタチアナさんは、薄い貫頭衣?みたいな服を着てる。裸じゃないのはざんね、いや良かった。ただ、かなりの薄着なので視線に困るのに変わりは無いです。えっと、タチアナさんって思ったよりお胸があるんですね、うん。

 

 ん? げ、いつの間か素っ裸だ、俺が!

 

「な、何で私だけ裸なんですか……?」

 

 せめて俺もソレ着たい。

 

「これはお世話をする者が纏う浴着です。貴女様が着ては意味がありません。お肌の手入れをするにも不要ですから」

 

「え⁉︎ じゃ、じゃあ髪だけじゃなく私の身体を洗うのもタチアナさんが……?」

 

「当然です」

 

 ヒィ! ムリムリムリ! 恥ずかしくて死んじゃうよ!

 

「お風呂くらいなら覚えてますって!」

 

「そう言えば、ここの湯は肌だけでなく疲労にも効能があるとされております。先ずは湯の中で疲れを取りましょう」

 

 またスルーした!

 

「あわわわわ」

 

「こんな機会は滅多に有りません。以前のジル様は隙が無かったので、絶対に逃しませんよ」

 

「何か不穏なこと言ってる⁉︎」

 

「さあ、お早く。肌が冷えてはお体に触ります」

 

「で、ですからぁ!」

 

 押さないでぇ!

 

 

 

 

 

 

 え? 感想? 

 

 初体験、ヤバかった、です。

 

 女性の肌って凄く敏感なんですね。

 

 ははは。

 

 はぁ。

 

 

 

 

 

 

「うぅ、馬車に乗ってるより疲れた……」

 

 しかも、お世話してくれたタチアナさんの方が幸せそうだったのが解せない。何であの人まで肌がツヤツヤになってるんだ……

 

 まさか寝る時まで一緒なのかと期待半分、ビビり半分で聞いてみたけど、流石にそれは無いらしい。宿周りは厳重に警備されていて、超小型の魔物さえ入る事は不可能だってさ。ん? じゃあ風呂も一人で入れたのでは?

 

 しっかしおかしいな。今までしてた妄想だと、美人さんとお風呂に入るって最高なはずなのに。でも現実はそんなに甘くない。ビビりな童貞野郎に楽しむ余裕なんてありませんでした。そもそも擽ったいし、ちょっと気持ち良いし……

 

 我が桃源郷、湯気の彼方へ、ハァ。

 

 お? あれは?

 

「支配人が言ってたやつかな」

 

 テーブルの上に銀色したバケツらしき何かが置いてある。いやまあバケツじゃないだろうけど。多分ワインクーラーとかシャンパンクーラーとか言われる入れ物だな。中を覗けば予想通りに氷がたっぷりと入ってて、ガラス瓶が突き刺さっていた。

 

 半透明の瓶の中身は間違いなく葡萄ジュース。以前の世界みたいに濃縮還元でもなく、果汁そのものの最高級なジュースだろう。冷やしたのが飲みたいって答えてたから、バッチリ用意してくれたんだね。しかもお風呂上がりに時間が合うよう計算もされてる。だって、氷がまだ溶けてないもん。

 

「意外に多いな。一リットルくらいありそう」

 

 そばには磨き抜かれたグラス。こっちも綺麗。

 

 よし、早速頂こう。

 

 凄く濃厚なのか、トクトクトクって注がれる液体は少しだけトロってしてる。うわ、香りも強いな、コレ。ふむ、色は如何にもな葡萄色だ。

 

「頂きます」

 

 ……んー、うま! 甘い! 何だコレ!

 

 マジで人生最高の一杯なのでは! 小皿にあったチーズと合わせても美味しい! 夕ご飯の前だけど、これは我慢出来ないぞ!

 

「うまうま」

 

 二杯目を注ぎ、今度はゆっくりと味わう。堪らないな、コレ。ふむ、まだ半分以上残ってるし、景色でも眺めながら飲んでみるか。きっとお庭の篝火が綺麗だろう。

 

 そんな時、とあるスペースに気を取られた。

 

 部屋の反対側に配置されたお洒落なバーカウンター。壁には棚板があって、色とりどりの瓶が並んでる。間違いなくお酒だ。もちろん其処にあるのは知ってたんだけど、未成年な俺には関係ないと思ってたのだ。だが、ジルは聞いたところ二十二歳。つまりお姉様。そうなると飲んだとしても怒られないのでは? いや怒られない!

 

 やっぱりお酒って大人の印象だし、グラスなんてユラユラさせたりしたら似合いそう。それに、そのまま飲むのは無理だとしても、この最高な葡萄ジュースで薄めらたら俺でもイケるはず。

 

「アリ、だな」

 

 俺は今日、初体験を済ませて大人の階段を登ります!

 

「ふんふーん♫」

 

 んー? 正直な話、種類が有りすぎて全く分からない。ただ、ジュースで割るからワインとかは無しだよな。あと、あっちの世界みたいにアルコール度数とか書いてないから判断も難しい。やっぱり透明なやつだろうか。ジュースの色が消えるのは違うだろう。お、こっちには氷があるじゃん。丸いやつ。これも透明で綺麗。

 

 よし決めた。キミに我が初体験を捧げよう!

 

 微妙にキモい台詞だから口にはしない。あと、ジルの女性らしい声で再生されたらヤバいのもある。

 

 しかし、どれくらいで薄めるのか分からないな。半分、じゃなくて多分三割くらいがお酒かな。先ずはコルクみたいな蓋を取り、匂いを嗅いでみる。

 

「ぐえー、お酒くさ!」

 

 当たり前だけど。ちょっと怯んでしまったが、俺だって中身は男だ! ビ、ビビってなんてないしー! でもやっぱり二割にしよっかな、うむ。

 

 透明な液体を注いだあと、葡萄ジュースを加える。ちょっと学校の実験みたいで楽しい。あと薄まった色が淡くて可愛い感じなのも高得点だ。更に氷を浮かべてみれば……

 

「完成!」

 

 おお、この雰囲気とバーカウンターと言い、間違いなくアダルティだな。やっぱり今はお姉様だし、ここはグイッといく?

 

「よし!」

 

 頂きまーす。

 

 

 

 ◯

 

 ◯

 

 ◯

 

 

 

「ふひ、ふひひひ」

 

 いやー、もしかして意外にイケる口ってやつじゃね?

 

 うむ、やっぱり二割じゃなく三割にしたのが正解だった。俺ってば超絶に天才。いや、超絶美人!

 

「仕方ないじゃん、ジルだもの」

 

 甘さの中にぃ、キレがあってぇ、苦味もアクセントになってるしぃ。あとチーズとの相性もパワーアップゥ。

 

 しかも今日は()()()止められたりもしないのだ。好きなだけ飲み放題なのも非常に良い。いつも「お姉様、駄目ですよ」ってストップされたもんね。お家でも、蜂蜜酒でも、あと王都でも。まあお酒に弱いのを心配してくれてたから、嬉しかったのもあるけどさ。はあ、早く会いたい、お風呂に一緒に入りたい、ギュッてしたい。一年なんて長過ぎじゃない?

 

「んー? 何を考えてるんだろ? 頭の中もフワッフワで良く分かんないなぁ。でも気持ちいい。酔っ払うってこんな感じなんだね」

 

 今度は半分で割ってみるぅ? この透明なお酒、ジルに合ってるんだよ、ふへへ。

 

 おや? おやおや?

 

「ほー、エピィったら()()()()で見張りとかしてるんだ。あの娘のことだから窓とかに張り付いて聞き耳を立ててると思ってたよ。やっぱり騎士ともなれば真面目に仕事するんだねぇ」

 

 他にも宿()()()()()合計で、三十人? いやいや、多過ぎて吃驚だ。逆に注目を集めたりしないのかなぁ。クロエさんも()()()()()()()()みたいだし。タチアナさんは支配人と話し合い、かな。

 

 でも、まだ()()()()ね。紅炎騎士団でも若い子を集めてるから、訓練不足って分かる。うーむ、それじゃ簡単に抜け出せるなぁ、ジルちゃんが。いいの? 街に観光に行っちゃうよー?

 

 ??? んん?

 

「は? え? な、何だコレ。周りの人が何処にいて、何に意識を向けてるかまで分かるぞ……エピィの顔の向きだって」

 

 まるで全体を俯瞰で眺めてるみたい。いやそれ以上の何かだ。信じられない。

 

 凄い。ジルの、これが()()か。

 

 反則ってクロエさんが言ってたけどそりゃそうだよな。ほんのちょい力を知るだけで、こんなに世界が変わってしまうなんて。

 

「ふふふ、では最後の一杯を頂きましてー」

 

 足元も視線もフラフラだけど、それも良い。雲の上を歩くってこんな感じかなぁ。

 

「では、囚われのお姫様、いや皇女? まあ何でも良いや。脱出ゲームを開催しまーす! 紅炎騎士団に見つからずにお宿から抜け出し、成功のご褒美はなんと宿場町ツェルセンの観光! バレたらタチアナさんからお説教が待ってるので頑張りましょう!」

 

 上着とマントは羽織っていこうかな。ワンピースだけなんて寒いかもしれないし。

 

 さてと。

 

 ミッションスタート、だ。

 

 ふひ、ふひひ。

 

 

 

 

 

 

 

 



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お姉様、街に繰り出す

 

 

 

 

 宵闇に向かうツェルセンは、想像していた通り、いや以上の美しさだった。

 

 自分が今、酔っ払いなのはフワフワした頭でも分かってる。しかし何故か思考はちゃんと動いてて、周りの風情を楽しむことが出来ていた。

 

 寧ろ、今までは夢の中で、歩く自分は目覚めてるって感じ。

 

 決して元のジルが戻って来たわけじゃない。魔剣としての力も知識も、そして女性としての自覚も帰ってなんて無かった。

 

 多分魔法がほんの少しだけ使えるようになったから、かもしれない。これがタチアナさんやクロエさんが言っていた"魔素感知"と思う。誰が何処にいて、意識の向かう先さえボンヤリと分かるのだ。俺はオタク趣味を齧っていたから、この魔法が如何にとんでもないか理解出来る。だって、あの宿から抜け出すのも酷く簡単だったもの。

 

「綺麗だ」

 

 ランプのボンヤリした光、時に聞こえてくる楽器の奏でる音色、デコボコした石畳と小径、細い用水路に掛かる小さな橋。

 

 赤い屋根に統一された家々は基本白い壁で、偶にパステルカラーで塗られていた。店先に飛び出し掛かる看板は全部が鉄製だろうか。可愛らしくデザインされた絵柄は何の店かちゃんと教えてくれている。

 

 御伽話の中に、絵本の中に入ったと、そんな錯覚を覚える。いや、実際に異世界を歩いているのだから錯覚じゃない。ほら、石畳を歩く音、雑踏の人熱、風の匂い、揺れる胸の重み、首元を擽ぐる髪の感触が事実だって教えてくれた。

 

 楽しい。

 

 初めての街中を歩くのって楽しい。

 

 沢山の人がこっちを見てる。羨ましそうに、恍惚の表情で。

 

 男たちはデヘヘと目尻を下げ、ポカンと視線で追ってるのが分かるんだ。

 

 そんな物欲しそうに見ても、ジルは手に入ったりしないのに。

 

 

 

「お、おい、何だよあの女」

「ああ。とんでもねえ美人だな」

「マントに隠れてても分かる。ありゃエロい」

「胸デケエ」

「チラチラ見える脚、堪らん」

 

「おい、声かけるか?」

「いやどう考えても普通じゃないだろ」

「でも一人だぞ?」

「じゃあお前いけよ」

「無理」

 

「なあアレって」

「だな。間違いない」

「何でツェルセンに? 滅多に来ないだろ」

「依頼、って感じじゃないな」

「帯剣してないからな。しかもスカート姿なんて」

 

「お前初めて見るのか?」

「は、はい」

「まあその間抜けな面なら当たり前か」

「あんな綺麗なひと、実在するんすね……」

「しかも滅茶苦茶に強いからな。世界は理不尽だ」

 

「なんかフラついてる」

「言われてみれば」

「ありゃ酔っ払ってるな」

「珍しい」

「ちくしょう。色っぽさまで加わるなんて反則だろうよ」

 

 

「「「超級冒険者、魔剣のジル」」」

 

 

 

 ああ、楽しい、ホントに。

 

 

 

 

 

 

 ◯ ◯ ◯

 

 

 

「いいんですかぁ?」

 

「勿論だ! アンタみたいな美人に食べて貰えたらコイツも嬉しいに決まってる!」

 

「えへへ、美人なんて、おじさん口が上手」

 

「ばっ、どう考えてもお世辞じゃないだろ」

 

「ほんとにぃ?」

 

「……その流し目、頼むから若い奴等に見せるなよ」

 

 美人さんってお得だなぁ。

 

 歩いてても道を譲ってくれるし、躓いて転びそうになったらすぐに支えてもらえた。そう言えば、そのとき胸が相手の腕に当たって嬉しそうだったのは忘れてあげよう。他にも道を聞いたら親切に教えるだけじゃく、案内まで着いて来るのは吃驚だ。男の頃にこんな優しくして貰えた経験ないよ。

 

 更に更に、ついさっきは露店のおじさんが串焼きを一本渡された。タダで。

 

 美味しそうな匂いに惹かれてフラフラと近寄ったお店。お金を持って来てないから買えないけど、手際良く料理する姿を見るのも楽しい。そんな風に過ごしてたら、お店のおじさんが声を掛けてくれたのだ。

 

「うまうま」

 

 しかし何の肉なんだろ? 絶対に牛とか豚じゃないし、鶏肉かな。うーむ、微妙に違う気がするけど、それも面白い。異国を旅するってこんな感じなのかなぁ。

 

「んー、飲み物が欲しくなっちゃうな」

 

 濃い味付けなのもあるけど、さっきから喉が渇くんだよ。

 

「これ飲むかい?」

 

「はい?」

 

「ホレ、遠慮は要らないよ」

 

「え、あ、はい」

 

 強引に渡されたのはシュワシュワと泡が立ってるドリンクだ。柑橘系の爽快感とアルコール臭が少し。うむ、美味しそう。

 

「アンタには以前に随分助けて貰ったからね。こんなヨレヨレの婆にも優しくしてくれて感謝してるんだ。ソイツはうちの自慢の品だから美味いよ。さあ飲みな」

 

 腰の曲がったお婆ちゃんは優しそうな笑顔だ。話からしてジルが以前に何か手助けをしたのかな。

 

「えっと、ありがとうございます」

 

 でもごめん。俺じゃお婆ちゃんが誰か分からないんだよ。

 

「ハッハッハ! 相変わらずだねぇ、ジルは!」

 

「あ、美味し」

 

「そりゃ良かった。少し酒精も効いてるけど、今のジルなら丁度だろうさ。しかし珍しいね、アンタが酔っ払うなんて」

 

「えへへ」

 

「……そんな表情をおバカな男共に見せるんじゃないよ、全く」

 

 あー、美味しいなコレ。串焼きの濃さをサッと洗い流してくれる。

 

「ご馳走様でした。凄く美味しかったです」

 

 さり気無く木製のカップと肉の無くなった串を回収してくれるお婆ちゃん。うん、優しい。

 

「はいよ。あと気をつけなよ? さっきから何人か、つけ回してるバカ共が居る。身の危険は……まあジルだから大丈夫だろうけど、肌はガッツリ見られてるんだ。だいたい今夜のアンタは隙が多いんじゃないかい?」

 

 うー、ちょっと食べたら逆にお腹が空いてきちゃった。タチアナさんに言ってお金を貰っておけば良かったなぁ。いや、貰える訳ないか、ははは。

 

「じゃあ行きますねー」

 

「ん? ああ、行ってきな」

 

 何故かマントの前を閉じてくれたお婆ちゃん。異世界だけど、人の優しさは変わらないのだ、うむ。

 

 

 んにゃ?

 

 魔素感知に何か引っ掛かる。

 

 あ。うーん、お宿の方の慌ただしくなってるな。タチアナさんとか早歩きだし、クロエさんは俺が泊まってるお部屋をウロウロ。んー、何かあったのかなぁ? リーゼさん何て全力疾走だ。

 

「フフ、何か知らないけど遠くから応援してますねー」

 

 頑張れー。

 

 ん? いやいや、アレって俺が居なくなったのバレたんじゃない? と言うかそれしか無いじゃん。

 

「も、もしかしてタチアナさんに怒られる?」

 

 こ、怖い。眼鏡をクイってされるのマジで怖い。

 

「に、逃げよう。ほとぼりが冷めるまで!」

 

 殆どの問題は時間が解決してくれるのだ。きっと。

 

「ちょっとジル! そっちの方は良くない地区だよ!」

 

 さっきの優しいお婆ちゃんが何か叫んだ気がする。んー、多分気の所為かな。

 

 お、ちょっと薄暗い路地裏だ。これは隠れ家的なお店があったりするんじゃない?

 

 うー、ワクワクするな。

 

 よし、探検するぞぉ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジルが串焼きを頬張っていた頃ーーーー

 

 

 

「ジル様?」

 

 入室の許可を貰おうと何度か扉を叩いたが、一向に返事がない。今まで無かった反応に、タチアナは何故か不安が湧き上がるのを感じた。

 

 食事の用意が整ったことを報せに来たのだが、直ぐに「どうぞー」と綺麗な声が返って来ると思っていたのだ。予め伝えていたし、彼女の性格から考えて律儀に待っていると。

 

 そう。記憶を失ったジルであっても優しい人柄は変わらず、この様な対応は考えにくい。

 

 先程の入浴に関しても、結局は素直にお世話を受けてくれた。"人を超えた何か"と表現するしかない髪や肌の艶やかさ、恥ずかしがって赤くなる頬も全てが可愛らしい。タチアナからしたら歳上の美しい女性だが、何処か子供っぽい反応に幸せな気持ちになる。

 

「……失礼致します」

 

 そして予感がした。或いは"演算"が働いたのか。無礼を承知で扉を押し開ける。鍵は掛かっていなかった。

 

 やけに静かだ。

 

「ジル様? どちらにいらっしゃいますか?」

 

 不安はますます強くなっていく。弱音を吐かず、素直にツェツエの保護下に入ってくれた。けれど、実は無理をしていたのかもしれない。タチアナは思い出す。アートリスの屋敷でジルが倒れ伏した姿を。

 

 だから、後でお叱りを受けようと叫ぶ。かなり珍しい行動だった。

 

「ジル様!」

 

 扉を開け、ベッドを調べ、全てを探す。

 

 居ない。

 

 バンバルボア帝国の皇女が、力と記憶を失くした魔剣が、ツェツエ王国にとっての大恩人が消えていた。

 

「誰か! リーゼ! クロエ様!」

 

 廊下に出ると我慢出来ずに声を荒げる。エーヴ侯爵家の三女でありリュドミラ王女の教育係でもあるタチアナは、我を忘れてバタバタと走り回った。もしツェイスやリュドミラがその姿を見たら酷く驚いただろう。それ程に狼狽するタチアナの姿など知らないのだから。

 

「タチアナ! どうしたの⁉︎」

 

「クロエ様! ジル様が、ジル様の姿がありません!」

 

「はぁ⁉︎ うそでしょ!」

 

「早く探して下さい! 嫌な予感が!」

 

 数ある才能(タレント)の中の一つ"演算"。その才能が齎す力は多岐に渡るが、その中でも有名なのが未来の予測だ。有象無象のホラ話や夢物語ではなく、事実に基づいた計算により導き出される。しかし、知らない者が聞けば未来予知にしか思えないほどだ。そんなタチアナが言った、嫌な予感と。

 

 だからクロエはすぐに思考を切り替え、紅炎騎士団の団長として動き出す。

 

「……魔素感知に掛からない。どういうこと? 今のジルに隠蔽魔法は使えないはず。まさか本当にここから離れた?」

 

「クロエ様!」

 

「タチアナ、落ち着いて。私は部屋を調べるからリーゼを呼んでくれる?」

 

「は、はい。すぐに」

 

 クロエは足早にジルの部屋に入り、再度魔素感知を放つ。しかしある意味で予想通りに反応はない。だが、結果としては全くの想定外だった。現在のジルは見た目以外ごく普通の女性に過ぎない。魔力強化も使えない以上、一瞬で姿を消すなど不可能なのだ。

 

「私達の監視下から抜けるなんて有り得ない。どうなってるの?」

 

 タチアナに呼び出されたリーゼが走り込んで来て、クロエは指示を出す。

 

「リーゼ。念の為全員に聞き出しを。ジルの姿を見ていないか、報告漏れも想定しなさい。軽く考えているようなら懲罰もありうるとね。それと、エピカを此処に寄越して」

 

「は、はい!」

 

 そして暫く後、エピカを街に放つ。何か有れば直ぐに報せるよう言い付けて。"ルビーみたい"とジルに評された赤い瞳は、タチアナと同様に不安で揺れていた。

 

 

 

 

 

 



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