ここはステキな町 (鱧入りちくわ)
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ここはステキな町

 

 

「うう〜寒っ……。オレはどの時間のバスを待っとけばいいんだ……?」

 

 

 冬の寒さが肌をつつく朝の杜王町で、バス停を右往左往する男がいた。初めて訪れた町であるため、目的地へ行くバスがイマイチわからず困っている。バス停の時刻表を前にしてすでに2時間になるが、そもそも今日バスは1台も停留していない。時刻は午前4時である。

 

 男は唸り身震いすると、分厚く重たげなロングコートの襟を首元に寄せる。

 

 

「んん〜……ヨシッ!」

 

 

 一言そう言うと、何事もなかったかのように直立不動でバスの前に佇んだ。

 

 

「どうせわからないんだから、1番はじめに来たバスに乗る! ああ、そうだ、そうしよう!」

 

 

 決意してから約30分後、ようやくやってきたバスに男は乗り込めた。それまでの姿勢は、後ろに並んだサラリーマンの「銅像か?」と疑うような視線も気にしないほどの直立不動であった。

 

 

 

 

 

 

 早いうちに言っておくが、この男は杜王町という場所がスタンド使いの巣窟であることを知っている。知っていて、というかその要因を知っているからこそ、この街を訪れた。

 

(はあー! オレのスタンドってどんなのかなあ! きっとかっこいいのだろうな、オレってば前世と違って超カッコいいしな!)

 

 んふふ、と抑えきれない感情が口から出る。眠たげなサラリーマンがジロリと睨んだのに気づくと、パッと口をおさえ俯いた。隠れた顔は未だニヤニヤしている。

 

 そう、この男はスタンド使いになるためにやってきたのだ。

 

 ジョジョのことなどとうの昔に読んだだけだが、杜王町の存在を確認していてもたってもいられず、気づいたのが深夜でも、仕事を投げ出してまで衝動的にやってきた。男は転生したにもかかわらず何も起こらない日常に飽き飽きしていたのだ。

 

しかしスタンドがあるとなれば話は別。なりたいと思うことは罪ではない。だが男は生まれながらのスタンド使いではない。

 

 よってスタンドを得るための方法はひとつ、「矢に射られる」ことだ。男はそこそこ大きな企業に勤めているとはいえただの一般人、度胸なき転生者。ギャングには関わりたくないし、海外へ行くにはパスポートの期限が邪魔をした。そこで覚えている矢の所在のうち、「虹村形兆」を頼ることにしたのだ。

 

 「虹村形兆」「矢」「()()()()()()()()()使()()()()()()」「杜王町」といった情報しか覚えてない彼が具体的な目的地を知らないのも当然であった。杜王町が舞台となる話の暦なども覚えていないのだが、今は奇跡的に承太郎が仗助と出会う数ヶ月前だった。間違いなく目的のものが向かっている先にある。

 

 場所がわからない男はこれからの展開に期待してニヤつく顔をそのままに、窓から風景を確認し始める。少なくとも川や海の近くではない、高台でもない住宅地。そんな場所の家を探す。まだ薄暗くて見えにくいことこの上ない街の中を、探す。

 

 探す、違う。探す、違う。探す、探す、探す、違う。ちょっと落ち込んで、探す、違う。

 

 もう一度落ち込んで見渡して—————-「家」を見つけた。

 

 敷地に入れないようにこの辺りの住宅にしてはやや厳重な扉と、不釣り合いに老朽化した家屋。

 

 詳しいことなど覚えていないが「これだ!」と強く感じた男は早急に降車ボタンを押し、少し離れた停留所で降りる。そして子どものように「家」へ向かって全速力で走った。

 

 

「あれだ……! オレの勘は当たらないと思っていたが、今までの感覚は勘じゃあなかったんだ。ははは……っ! このとてつもない高揚のような……電撃がビリビリ走ってるような……。とにかく、この感覚は『アタリ』だ!!」

 

 

 

 

 

 たどり着いた暫定虹村家は日の出前の暗さもあって、おどろおどろしい雰囲気であったが……男には関係なかった。窓も全て板が打ちつけられた屋敷も男の目には光り輝いて見えているのかもしれない。

 

 テンションが上がりに上がって、さらに全力で走った男の鼓動の速さは加速するばかり。「ああ、もうすぐオレもスタンド使いになれるんだ」と思うと手さえ震えるものらしい。

 

 震えた手をなんとか前へ向け、その扉を開け—————-

 

 

 

 

 

 

 —————気づけば男は家の中にいた。

 

 

「……あれ? オレ、寝転がってる……?」

 

 

 視界が90度回転していたから男はそう思った、それは事実なのだが原因がわからない。先ほどまでの高揚感がじわじわと萎んでいく代わりに少しの不安が頭に過ぎる。バス停で困っていた時すら、前世で死ぬ瞬間すらなかった不安が、だ。

 

 その不安から意識を背け、原因を探す。フローリングにボロボロの壁、階段に足が乗っている。……足? 

 

 自然と上げた視線の先には『学生服を着た男』がいた。

 

 

「……っ!?」

 

「………………」

 

 

 暗がりの中視線が合う。学生服の『男』は侵入者の男を観察していた。男は視線があったことに驚いて身を震わせた。そして思い出す。自分が何をするためにこの町を訪れたのか。

 

 

「な、なあ……アンタ、オレをスタンド使いに出来るか?」

 

「…………」

 

「いや、出来るよな、出来るはずだ。そうだろ……?」

 

「………………」

 

「す、スタンド使いのことは前から知ってたんだ。オレもスタンド使いになりたい。アンタにやるべきことがあるなら手伝う! だからっ…………」

 

 

 家主の男は侵入者の質問には一切言葉を返さない。その代わりにこれが答えだと言わんばかりに弓矢を構えた。

 

 今から射られることを理解した男は歓喜に震える。学生服の男と矢から目を離すこともない。

 

(これで、オレにもスタンドが……! パワー型だといいなあ)

 

 ドスッ!! っと、およそ矢が刺さる音にしては重い音が聞こえ、男の意識は闇に落ちた。

 

 

「死んだか、残念だったな」

 

 

 虹村形兆が呟いた声は誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2度目の生を得た男は非日常に憧れるあまり、不安や恐怖といった精神的負荷(ストレス)を感じ取る力が欠如していた。そういった危機感を麻痺させてきた。

 

 故に忘れていた。『矢』の情報を思い出す警鐘すら、自身に鳴らせなかった。ひとをスタンド使いにする『矢』は素質なき者・適応できぬ者に容赦なく牙を剥くことを思い出せなかった。

 

 『矢』に射られた者全てがスタンド使いになれるわけではない。

 

 

 

 形兆は『矢』でスタンド使いを増やし続けるだろう。男は味方にも敵にも、益にも害にもなれなかった。

 

 「男はスタンド使いになれなかった」。これは、それだけの話。

 

 





無為に死んじゃったけど形兆兄貴に殺されたので人生に価値はある。


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