ASSASSIN SCHOOL (くろとら)
しおりを挟む

第1章 入学式編
1話 入学


 ──────「失敗も挫折も成長の源」

 

 この言葉は、中学時代の恩師が俺たちに残してくれた言葉だ。

 恩師が言うには、この言葉の意味は、何度も失敗しても挫折しても良い。何故ならそれは俺たちが成長する源になるからという意味があるらしい。

 

 俺たちの恩師殺せんせーは、この1年間に俺たちに多くのことを教えてくれた。勉強のこと、運動のこと、友人関係のこと。殺せんせーが教えてくれたお陰で俺は椚ヶ丘中学校を卒業し、全国屈指の名門校に入学することができたのだった。

 

 殺せんせーに改めて、感謝の言葉を述べたいが、生憎殺せんせーは今この世に存在していない。なぜなら、俺たちが殺したからだ。殺せんせーは俺たちにとって大事な担任で暗殺のターゲットでもあるからだ。俺たちは3月12日、殺せんせーを暗殺した。

 

 殺せんせーは暗殺される寸前まで、俺たちの将来について心配して、1人1人優しく声を掛け、小さな光の物体となり空中に消えていった。

 改めて殺せんせーはこの世には存在しないが、殺せんせーの教えは全て俺たちの頭の中、心の中に残っている。俺は殺せんせーの教えを忘れずにこれからの人生を歩んでいくのだった。

 

 

 

 

 高度育成高等学校。

 日本政府が作り上げた全国屈指の名門校であり、希望する進学先や就職先には100%応えると言われている。

 

 そして、この学校には、全国に数多くある一般的な高校とは違ったことが、いくつか存在する。

 それは、学校の敷地内での寮生活を義務付られることと、在学中には外部との連絡を一切禁じられていることだ。勿論学校の敷地内から出るとことも禁じられている。

 

 普通の学校では、考えられない厳しい校則に縛られながら、生徒たちは3年間、自分が目指す進路に進むためにこの学校で教育を受けることになる。一般的な学校では、こんな校則で生徒たちを縛っていたのなら、ネット上で問題になるが、ここは違った。国主導なだけあって、問題は必ず外部には漏れないようになっている。

 

 そして、音無春馬こと────俺は椚ヶ丘中学校3年E組。暗殺教室を卒業して、この学校の1人の生徒として、今日から通うことなる。

 

 

 

「殺せんせーと1度下見には来たことあるけど、やっぱ、敷地がデカすぎるよな」

 

 学校の前にある停留所で停車したバスから降り、正門をくぐり学校の敷地内に足を踏み入れた俺は、再び目の前に広がる学校の敷地内の大きさに思わず驚きの声を口にしてしまった。

 1度、殺せんせーと共に深夜空中から学校の敷地内を見下ろして、学校の敷地内の大きさは理解しているつもりだったが、改めて自分の足で入ってみると驚きを隠せなかった。

 

 そんな、俺の横を新入生らしき生徒たちが、ゾロゾロと横を通り過ぎていく。俺たち新入生はこれから自分たちの教室に向かうのだが、道に迷う生徒もいるだろうと想定し、校舎の案内図の看板がいくつも立てられていた。これなら、方向音痴の生徒でも迷わずに教室に辿り着けられるだろう。

 

 

 

 

 教室に向かって歩いている俺に、後ろから追い越そうとした生徒と肩をぶつかってしまった。

 

「おっと……」

 

「チッ……邪魔なんだよ。フラフラ歩いてんじゃねぇよ」

 

 後ろからぶつかって来たのは緑の髪の不良生徒だった。

 体格はとても良く、不良生徒にぶつかった俺は少しよろけてしまったが、暗殺の訓練のお陰でもあって、転んだりはしなかった。

 それにしても、こんな名門校にもガラ悪く、口も悪い、不良生徒がよく入学出来たもんだなと思う。まぁ、寺坂でも椚ヶ丘中学校に入れたんだから余程運が良かったのだろう。

 

 だが、寺坂と比べ、あの不良生徒はこれから関わることも、改心することも無さそうだな。俺は心の中でそう思いながら、再び歩き出そうとした。

 

「ねぇ、君大丈夫だった? 何処か怪我としてない? 」

 

 突然、俺にそう声を掛けてきたのは、1人の女子生徒だった。

 紫色の髪の毛を軽く2つしばりにしており、小動物を思わせる顔立ち。スタイルは少し残念だが、同年代の女子たちよりは少しいい方だろう。

 

「うん……? あぁ、全然大丈夫」

 

「そっか、なら安心したよ。じゃ私は先に行くね」

 

 女子生徒はそう言うと、笑顔を見せて俺の前から立ち去っていった。わざわざ、少し不良とぶつかっただけで、こんなに心配そうに声を掛けてくるなんってなんて優しい奴なんだろうか。なんか、渚のことを思い出すな……。アイツも昔寺坂に絡まれていた時に心配そうに声を掛けてくれたっけ……。

 

 俺は中学時代の友人たちのことを思い出しながら、女子生徒に少し遅れ、歩き出した。

 

 

 

 

 入試試験の際、学校側から連絡された登校時間は、8時半。それと同時に8時半には指定された教室に居なければならない。

 

 そして、教室で担任の先生からこの学校の説明を受け、入学式を体育館で行うというのが今日の一連の流れだ。

 俺は予め、殺せんせーからこの学校のことは詳しく聞かされており、大体の学校の事情などは把握しているため、学校の説明を受ける意味はないが。

 

 そして、掲示板を確認した際俺はどうやら1年D組に配属された。

 この学校は、全部で4クラスに分けられている。つまり、A・B・C・Dの順だろう。

 

 教室の前まで辿り着き、教室の扉を開けた。

 教室の中には、既に多くの生徒たちが集まっており、この短時間で仲良くなったのか、席を立ち、楽しく喋っている生徒たちが目に写った。それにしても、誰も俺に注目しないのは少し寂しいな.

 

 そして、最後に教室に入った直後気づいたことがある。それは、生徒たちに見えない場所に設置された数台の監視カメラの存在だ。これも、殺せんせーから聞いており、殺せんせーが言うにはこの監視カメラは俺たち生徒を監視するためにつけられた物らしい。

 

 監視カメラを見つめながら教室の中に入り、ネームプレートが置かれている机に座り、横に鞄を置いた。

 俺の席は教室の窓側の後ろから2番目の席となっていた。この席は窓側ということもあり太陽の光を浴びることも出来、何とも快適な席なんだろうか。

 

「……暇だな」

 

 そう呟いた。席に座ったのはいいのだが、先生が教室に入ってくるまで数分時間がある。それまで、俺は何かで暇を潰さないといけない。暇を潰すと言っても椚ヶ丘中学校からここに進学した奴もいないし、他の生徒たちは既に仲良くなっており、入りにくいため、仕方なく教室を見渡すことにした。

 

 見渡していくと、1人の女子生徒が目に止まった。あの時の女子生徒だった。まさか、同じクラスだっとは思いもしなかった。だが、少し話だけだが、顔を知っている生徒が1人いることは今後の学校生活を送るには嬉しいことだ。

 

 

 

 

 それから、数分が経ち、チャイムが教室に鳴り響いた。チャイムが鳴り終わると同時に、堅苦しいスーツに身を包んだ黒髪の女性が教室に入って来た。

 

「……席に着け」

 

 厳しい口調で女性はそう言った。恐らくこの人がこのDクラスの担任の先生だろう。何とも堅苦しく、クールな先生なんだろうか。雰囲気は烏間先生に少し似てるようだ。それにしても、この先生はとてつもなくスタイルがいいな。もし、この場に殺せんせーが居たら即時に飛び掛っているだろう。

 

「新入生の諸君。私がDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している」

 

 堅苦しい口調に、今まで騒いでいた生徒たちは静かになり、表情を強めていた。そして、何処か緊張しているようにも見える。

 

「諸君も、既に知っていると思うが、この学校にはクラス替えというものは存在しない。卒業までの3年間私が担当することになる」

 

 茶柱先生のクラス替えは存在しないという発言に数人の生徒が動揺した声を上げた。どうやら、クラス替えが無いことを知らなかったようだ。だが、入試試験の際に先生が言っていたのだが、どうやら聞いていなかったらしい。

 

「入学式が行われる前に、この学校の特殊なルールについて説明をする。今から配るこの資料もよく目を通しておけ」

 

 そう言い、茶柱先生は最前列の生徒に列の生徒分の資料を渡していく、しばらくして俺の番となり資料を受け取り、最後1枚になった資料を後ろの男子生徒に渡した。

 最後列の生徒に資料がいったのを確認した茶柱先生は学校の特殊なルールについて説明を始めた。

 

 

 

 

 この高度育成高等学校は外部との関係を断ち切っているが、生徒が存分に3年間の学校生活を楽しめるように多くの施設が存在している。

 カラオケや映画館。カフェやゲームセンターにボウリング場。プールや本屋。そしてイ○ンより大きいショッピングモールなどがある。

 

 そしてそれらの施設で遊ぶ際に利用するのが、今茶柱先生から配られた学生証カードだ。このカードにはポイントというものが振り込まれており、それをお金の代わりに使い、買い物などをすることができる。

 

 因みに今学生証カードに振り込まれているポイントは10万ポイント、金額に直せば10万円だ。更に毎月1日は10万ポイントが自動で振り込まれているらしい。だが、俺はこのことも殺せんせーから聞かされており、これが学校側が最初に用意した俺たちに向けての罠だということに気づいている。教室を見る限りほとんどの生徒は10万という数字に浮かれているようで、この罠に気づいている生徒はわずか少数だけだった。

 

 これは、本格的にやばいな.こんな調子で5月を迎えた日はDクラスにとって最悪な日になるだろう。それまでに、少しは手をうっておいた方がいいだろう。俺がそんなことを思っていると茶柱先生は更に話を続けた。

 

「驚くのも無理は無い。この学校では実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値があるということだ。遠慮なくポイントは使え、来月にはポイントも振り込まれるしな」

 

 少し悪い顔を浮かべながら、そう言う茶柱先生。

 それにしても、「遠慮なく使え」か……随分と俺たち生徒を煽っているようだな。まるで、俺たちに今月で全てのポイントを使うように煽っているように感じる。こんなことを言われれば、ほとんどの生徒はポイントを使い果たしてしまうだろう。まぁ、それは個人の勝手だ、ポイントを使うことに対して俺は一切忠告する気は無い。

 

 10万という数字にまだ、浮かれて、ざわついている教室を茶柱先生はぐるりと見渡した。

 

「質問は無いようだな。では、良い学生ライフを送ってくれたまえ」

 

 一通りの仕事を終えた茶柱先生は手短にホームルームを切り上げ、教室を後にした。

 茶柱先生が教室を後にしたと同時に今まで騒いでいなかった生徒たちが一斉に騒ぎ出した。

 




【高度育成高等学校学生データベース】
 
氏名 音無 春馬(おとなし はるま)
クラス 1年D組
学籍番号 S01T004695
部活動 無所属
誕生日 8月8日
 
────────────────────────────────
 
【評価】
 
学力 B+
知性 B-
判断力 B-
身体能力 A+
協調性 A-
 
────────────────────────────────
 
【面接官からのコメント】
 
あの、暗殺教室の卒業生ということから、頭の回転の速さ、凄まじい身体能力、暗殺によって植え付けられた協調性はAクラスに匹敵するが、国家機密の秘密を知っている点からDクラスに配属させる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 自己紹介

 茶柱先生が教室から居なくなり、学生証カードを手に騒いでいる中、1人の生徒が唐突に挙手をした。

 

「みんな、少しいいかな?」

 

 その声に先程まで騒いでいたクラスの生徒全員が注目した。茶柱先生にも聞こえいたのか教室の外を歩く足音が一瞬だけ止まっていた。俺も他の生徒に釣られ、声がする方向に視線を移した。

 

 手を挙げたのは、好青年と言う言葉がピッタリな男子生徒だった。何処か磯貝に似てるところがある生徒だ。

 

「僕たちは、今日から同じクラスの生徒として過ごすことになる。だから、今のうちに自己紹介を行って、1日も早く皆が友だちになれたら良いと思うんだ」

 

 どうかな────? という爽やかな笑顔で男子生徒は言った。

 

 それにしても、この空気でこんな発言をするなんって、凄い勇気だな。容姿もそうだが、何処か磯貝を思い出すようだ。これで、彼が貧乏だったら、確実だが……。この、学校に入学が出来たんだ貧乏ということは無いだろう。

 

 男子生徒の提案に一瞬教室は静まり返った。

 だが、その空気を壊すかのように1人の女子生徒が続けて発言をする。

 

「賛成ー!! 私たち、皆の名前とかまだ知らないし」

 

 金髪の髪をポニーテールに纏めた。以下にもギャルな女子生徒だ。

 顔立ちははっきりしており、何処かキツそうな性格。一目見てギャルだと分かる雰囲気を出している。こうゆう女子がクラスの女子のトップに君臨するんだよな……。

 

 この女子生徒の発言を皮切りに、「いいね!! やろう、やろう!! 」「賛成〜 !!」 「いいんじゃね? 」などと自己紹介を賛成する声が上がった。

 

「じゃ、まずは言い出しっぺの僕から。僕の名前は平田 洋介。中学では普通に洋介って呼ばれてたから、みんなにもそう呼んで欲しい。部活は中学からやっているサッカー部に入ろうと思ってる。これから、よろしく」

 

 提案者である、男子生徒────平田 洋介はスラスラと非の打ち所ない自己紹介をした。本当に大した度胸を持っているな。普通最初の自己紹介というものは結構なプレッシャーを抱える筈だが、平田はまるでプレッシャーを感じてないような雰囲気で爽やかに自己紹介を終えた。

 平田の自己紹介が終わると、数人の女子生徒が平田に近付いていた。なるほど、この自己紹介で、今後の学校生活が決まるらしい。ならば、俺もしっかりと自己紹介をしなければならないな。

 

「じゃ、自己紹介の順番は決めてないし、ここは無難に端から自己紹介を始めて貰いたいんだけど、いいかな? 」

 

 平田はあくまで自然に、強制をせずに確認をとった。

 いきなり、指名を受けた女子生徒は少しだけ戸惑った様子を見せたが、直ぐに意を決したのか席から立ち上がった。

 

「わ、私は、井の頭、こ、こ────っ」

 

 自己紹介をしようとした女子生徒────井の頭はクラス全員が自分に向ける視線に緊張してしまったのか、苗字まで名乗ったあと、その後の言葉が出ず、段々と表情を青ざめていった。

 そんな、井の頭に向けて他の生徒たちは「頑張れ〜 」 「慌てなくっても、大丈夫だよ!!」などと声を掛けるが、これは井の頭にとっては逆効果になってしまうだろう。

 

 この、生徒たちの言葉に更に緊張してしまった井の頭は完全にフリーズしてしまった。5秒、10秒、15秒、20秒、25秒、30秒と沈黙が続く。この沈黙に段々とクラスメイトたちから苛立ちの声が聞こえてきた。何とも、自分勝手な奴らなんだろうか。それに、平田は何故何も声を掛けないんだろうか.? こうゆう時には率先して声を掛けると思っていたが、それは俺の間違えだったらしいな.

 

「(はぁ〜、しょうがない)」

 

 何もしないクラスメイトたちに少し苛立ちを覚えながら、俺は席を立ち上がった。

 

「井の頭、落ち着いていけ。ゆっくり慌てずに、1度深呼吸をすれば上手くいく」

 

 極度に緊張している人に「頑張れ」や「大丈夫」という言葉は、励みであると同時に、周囲に合わせるように強いられている言葉に取れてしまうのだ。

 一方で俺が放った、「ゆっくり」 「慌てずに」という言葉は、相手に合わせる意味を持つ言葉でもあるのだ。

 

 俺の声に少しだけ、落ち着きを取り戻したのか、「ふっー」と何回も小さく深呼吸をして、呼吸を整えた。そして、しばらくて────。

 

「私は、井の頭 心って言います。趣味は裁縫や編み物が得意です。よ.よろしくお願いします」

 

 一言口から言葉が出てからは、井の頭はすらりと自己紹介を言えたようだった。ホッと一息を着いて、井の頭は俺に視線を移し軽く会釈をして席に腰を降ろした。

 井の頭の自己紹介が終え、クラスでの自己紹介は続いていく。

 

「俺は、山内 春樹。小学校では卓球で全国大会に、中学校では野球部に入部して、エースで4番でチームを引っ張ったが、今はインターハイで怪我をしてしまい、リハビリ中だ。よろしく」

 

 どうやら、山内 春樹という男子生徒は直ぐに嘘を言う生徒らしい。何故、彼が嘘を着いているか.それは、インターハイというのは高校生の大会であって、中学生が出れるはずがないからだ。

 因みに杉野が言うには、野球の中学生の大会は「全国中学校軟式野球大会」というらしい。

 

「じゃ、次は私の番かな? 」

 

 山内の自己紹介が終わり、自発的に元気よく立ち上がったのは、俺同様に井の頭に声を掛けようとしていた女子生徒だった。

 

「私は、櫛田 桔梗と言います。中学校からの友だちは1人もこの学校には来ていないので、友だちは1人もいません。だから、皆の顔と名前を覚えて、友だちになりたいと思っています。 次に、私の最初の目標として、このクラス全員と仲良くなることが目標です。この、自己紹介の時間が終わったら、是非私と連絡先を交換してください。最後に、休日などは沢山の思い出を作り出したので、是非誘ってください。少し長くなってしまいましたが、以上で私の自己紹介を終わります」

 

 大体の生徒は自己紹介というものを早く終わらせたいため、一言か二言で終わらせていくが、この櫛田 桔梗という女子生徒は自己紹介を続けた。

 櫛田の自己紹介が終わると、クラス中から拍手の波が起きた。間違い無く櫛田は、男女ともに人気が出ることは間違いないだろう。

 

 ────おっと、人の自己紹介を批評している場合じゃないな。そろそろ、俺の自己紹介の順番も回ってくるだろうし、何か印象に残る自己紹介をしないとな.

 そんなことを考えながら、自己紹介は進んで行く。

 

「じゃあ────次は」

 

 順々に自己紹介が進んで行き、促すように次の生徒に平田が視線を移したが、次の生徒は席を立ち上がることをせず、平田に強烈な睨みを向けた。

 平田に指名された生徒は、髪を真っ赤に染め上げた、不良という言葉がピッタリな男子生徒だった。

 あの時も思ったが、この学校には寺坂のような生徒が沢山いるようだな.

 

「俺らは、ガキかよ。今更自己紹介なんか、必要ねぇよ。やりたいなら、やりたい奴らだけでやってろ」

 

 赤髪の男子生徒は、更に睨みをきかせ、平田を睨みつけた。まるで、今にでも平田に掴みかかって喧嘩を起こそうとする勢いだ。

 

「僕には、自己紹介を強制させる権利は持っていない。でも、クラスで仲良くしていくためには、悪いことじゃないと僕は思うんだ。だけど、僕の提案で君を不愉快な思いにさせたのなら、謝りたい」

 

 平田は赤髪の男子生徒を真っ直ぐに見つけて頭を下げた。そんな、平田の姿を見た、女子生徒の一部が赤髪の男子生徒を睨み付けた。

「自己紹介くらいいいじゃないの!! 」 「そうよそうよ」と女子生徒が赤髪の男子生徒に向かって言った。流石磯貝似のイケメンだ。あっという間に大半の女子生徒を味方に付けてしまった。しかし、その代わりに赤髪の男子生徒をはじめとした、半分の男子生徒からは半分嫉妬に似た怒りを買ってしまったようだ。

 

「うっせぇよ。こっちは別に、お前らと仲良しごっこするために、この学校に入ったんじゃねぇんだよ」

 

 赤髪の男子生徒はそう声を荒らげ、席を立ち上がった。それと、同時に数人の生徒たちが後に続くように教室を出て行った。

 ここで、意外だったのが、出て行った生徒は男子生徒だけでは無くちらほや女子生徒の姿があったことだった。確認できた限り教室から出て行った女子生徒の数は4人もいたのだった。

 まぁ、女子生徒全員が平田に好印象を抱いてる訳では無いし、当然ちゃ当然か……。

 

「────みんな、聞いてくれ。悪いのは彼じゃない。勝手に自己紹介という場を設けた僕の責任だ.だから、彼のことを責めないでほしい」

 

 大半のクラスメイトたちが、自己紹介をせずに出ていってしまったが、平田を囲む女子生徒たちの意見もあり、残った生徒たちで自己紹介を行うことになった。

 

「次は俺の番だな。俺は池 寛治。好きなものは女の子で、嫌いなものはイケメンだ。因みに彼女は随時募集中なんで、みんなよろしくっ!! 勿論彼女は美人か可愛い子を期待してる!! 」

 

 池 寛治という男子生徒の自己紹介はウケを狙ったのか、本気で言ったのかは判断は難しいが、少なくとも女子生徒からの反感は買ってしまったみたいだ。

「すごーい!! 池君、かっこいい〜!!」 「イケメン〜!! 」などと数名の女子生徒が100%嘘だと分かる無感情な声で言った。

 

「マジマジ!? 実は、俺も自分では結構悪い方じゃないと思ってるんだよね〜。へへっ」

 

 池はどうやら、女子生徒たちが放った言葉を真に受けてしまったらしく、少し恥ずかしそうに頬をかいた。

 その瞬間、今まで笑いをこらえていた、女子生徒が一斉にドッと笑いを起こしてしまった。

 

「な.なんだよ、みんな可愛いな〜。本当に彼女募集中だからな」

 

 池よ。お前はからかわれているんだぞ。その事にいい加減気づいてくれ。見てる方が悲しくなるよ。

 しかし、未だに調子に乗っている、池は陽気に女子に向かって手を振っている。そんな池を見て再び女子生徒は笑ってしまっていた。

 一応、池はあの山内を比べて良い奴だと思う。例えるなら池は岡島だろう。

 

「じゃ、次は君、お願いできるかな? 」

 

「うん? 俺、分かったよ」

 

 そんなことを考えていると、俺の自己紹介の順番が回ってきた。一応自己紹介のことを考えていたため、何も動揺すること無く俺は席を立ち上がった。

 

「俺の名前は音無 春馬。出身中学は椚ヶ丘中学校だ。趣味は筋トレと読書。趣味として中学3年の時から1年間だけだけど、パルクールをやっていた。高校では今は部活には入部する気は無い。3年間よろしく」

 

 短すぎず、長すぎずない自己紹介を終え、俺は再び席に座った。すると、平田や櫛田程ではないが席に座ると大きい拍手を貰った。別に拍手は貰っても喜ぶ程ではないが、嬉しい事には変わりない。

 

「音無くん、ありがとうね。じゃ、次は────そこの君、お願いできるかな? 」

 

「え?」

 

 俺の次に指名された生徒は俺の後ろに座っていた、影薄そうだが、何かを隠しているように見える男子生徒だった。男子生徒は指名されるとは思っていなかったのか、少し慌てながらも席を立ち上がった。

 

「え.えっと、綾小路 清隆です。その、え.えーと、得意なことは特にありませんが、みんなさんと仲良くなれるように自分なりに頑張るので、えーよろしくお願いします」

 

 綾小路という男子生徒は自己紹介を終えると、そそくさ、逃げるように席に座った。どうやら、盛大に自己紹介を失敗してしまったらしい。

 

「よろしくね綾小路くん。仲良くなりたいのは僕らも同じだ、一緒に頑張って行こう」

 

 綾小路が自己紹介を終え、席に座っても誰一人拍手をすることは無かった。何とも、悲しい光景なんだろうか。しかし、そんな悲しい状況でも、平田は光を照らしてくれた。

 平田が爽やかな笑顔を振りまきそう言った。それと、同時に教室中からパラパラと拍手が起こった。どうやら、平田は平田なりに自己紹介を失敗してしまった綾小路のフォローをしたつもりらしい。

 明らかな同情の拍手だったが、綾小路を見ると少し嬉しそうな表情をしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 コンビニ

 全国屈指の名門校と言っても、入学式というものは一般の高校と同じものだった。理事長から有難いお祝いの言葉を貰い、入学式は終了し、俺たち新入生は再び自分たちの教室に戻って行った。

 そこで茶柱先生から一通りの敷地内の具体的な説明を受けたあと、今日は一切授業などのカリキュラムが無いということなので各自解散となった。

 

 解散となった時間帯が既に昼前ということもあり、足早に生徒たちは教室から出て行った。8割ほどの生徒は寮へと向かって行くが、残りの生徒たちは早速仲良しグループを作り、カフェやショッピングモールなどの施設へ向かって行った。

 

 そして、俺はというと、学校の敷地内に存在するコンビニに訪れていた。

 

「外のコンビニと比べて、結構色んな日用品が揃ってるよな」

 

 商品棚にずらりと並んでいる、生活用品を眺めながら片手に籠を持ち、1人でそう呟いた。

 

 この学校では3年間寮生活を強いられるということもあり、自分たちに必要な生活用品などは各自自分で調達をしなければならなかった。因みにこのコンビニは今現在客の入りは少ないようだが、それは無理もないだろう。ここには、コンビニにより遥かに生活用品が売っているケヤキモールというショッピングモールが存在しているから、ほとんどの生徒はそこで日用品を揃えているのだろう。

 

 俺はそんなことを考えながら、安価なシャンプー、リンス、石鹸、歯ブラシ、歯磨き粉、書籍本などをいくつか籠に入れていく。10万円というお小遣いを貰っているが、今日のクラスの様子を見る限り、来月には100%お小遣いを貰えるとは限りらないため、ここは節約をしないといけない為、今月は買い物をする際には出来るだけ安価で済ますしかない。

 

「そろそろ、会計をしようかな.って、何だこれ?」

 

 大体の生活用品を籠の中に入れ終わり、会計に向かおうとしたその時、レジの近くに置かれた1つのワゴンの前で俺は足を止めた。この、ワゴンの中には食料品や日用品などが置かれていた。

 まぁ、それだけならスーパーなどでもよく見かけるものなのだが、1つだけ他では見たことの無いものがあったのだった。

 

「無料? 」

 

 その、ワゴンには「無料」と書かれた張り紙が置かれており、更に「1ヶ月3点まで」というものが書かれていた。俺は折角無料ならと思いワゴンの中にあった「医療セット」という物を取り、籠の中に入れた。

 

 俺は医療セットを籠の中に入れながら、この無料の商品について考えることにした。

 

 俺の考えでは、この1ヶ月でポイントを全て使い果たしてしまった、生徒たちへの配慮と言ったころだろう。しかし、1ヶ月で全てのポイントを使い果たす奴はいないと思うが……。あの、Dクラスの様子を見ていると少し不安にはなるな……。

 

「さてと、そろそろ会計を済ますかな」

 

「あっ」

 

 何の偶然なのか.レジに向かう途中にDクラスの女子生徒と鉢合わせてしまった。

 相手も俺と鉢合わせてしたのは意外だったのか、少し固まってしまっていた。

 

 確か、この女子生徒は入学式前不良にぶつかった際に心配して声を掛けてきた、(ワン)という女子生徒だった。

 

「あれっ、同じクラスの音無くんだよね?」

 

 俺は、流石に話し掛けて来ないだろうと思い、何もなかったようにレジに向かおうとしたが、予想を裏切り(ワン)は俺に声を掛けてきた。 声を掛けられた俺は、ピタリと足を止めた。

 まさか、声を掛けられるとは思っても見なかった.

 

「あぁ、(ワン)か。偶然だな」

 

「うん。音無くんも生活用品とか買いに来たの?」

 

「う〜ん、まぁ、そんなところかな.まぁ、俺の場合は今日の昼食と夕食を含んでだけど」

 

「やっぱり、今日の昼食はみんな買い食いだよね。あっ、折角だから音無くん連絡先を交換しない?」

 

 軽く(ワン)と一言か二言会話を交わし、話すことも無くなり今度こそ、レジに向かおうとするが、(ワン)に連絡先を交換しないかと再び声を掛けられた。

 

「分かった」

 

「うん、じゃ、これからもよろしくね!!」

 

「あぁ」

 

 最終的に、(ワン)と連絡先を交換した。(ワン)はまだ買い物があると言うことで、その場で解散をし、俺はレジに向かった。

 因みに連絡先を交換した際に、(ワン)から愛称である「みーちゃん」と呼んで欲しいと言われ、俺はそれを快諾した。

 

 

 

 しばらくして、コンビニでの買い物を済ませた俺はレジ袋を片手に持ち、何処にもよるつもり無かったため、寮へと向かおうとしていた。

 

 確か、この学校の寮はによると、学年によって寮の棟を分けているらしい。だが、男女では分かれおわらず、男女共用になっているらしい。しかし、何故学年によって寮を分けるのに、男女では分けないのか、そこだけが気になるところだな。

 

 今度、茶柱先生にでも聞いてみるかな……。

 

 そんなことを考えながら、歩いているとコンビニの前で数人の男子生徒が騒いでいた。

 

「1年だからって舐めてんじゃねぇ、あぁ!?」

 

「おいおい、流石Dクラスだな。2年の俺たちに向かって随分生意気な口のききようだな。オイ」

 

 数人の男子生徒は周囲の迷惑というものを考えず、好き勝手に大声で騒ぎ立てていた。

 男子生徒たちの話を聞く限り、1年生が先輩である2年生と揉めているらしい。しかし、相手の1年生も負けじと応戦しているため、今にも喧嘩が始まってしまう雰囲気だ。

 

 更に、2年生と揉めている1年生をよく見てみると、知った顔だった。まぁ、それもその筈だ。2年生と揉めている生徒は平田の自己紹介の際に反発して教室を出ていった赤髪の男子生徒だったのだから。

 

「Dクラスの不良品の分際で、格上の俺たちに、よくそんな偉そうにほえられるもんだな。オイ」

 

「あ? どういう意味だよオイ!?」

 

 俺は、面倒ごとには関わりたくないと思い、最初はスルーしようとしたが、2年生が言い放った「不良品」という言葉に足を止めてしまった。

 

「おい、そこら辺にしとけ」

 

「あなんだよお前は!?」

 

「同じクラスの音無だ。ここで、問題を起こしたら、あの監視カメラに盗られるぞ? 先輩方も、問題を起こしたくないですよね? ここは、自分に免じてコイツの言動を許してやってください」

 

「チッ、分かったよ。行こうぜお前ら」

 

「あぁ」

 

 1度、足を止めてしまい、改めてほっておくことは出来ないと心変わりしてしまい、赤髪の男子生徒と2年生の間に割って入ることにした。

 俺は、2年生の先輩に対して監視カメラを意識しながら、声を掛けると2年生も揉め事を起こしたくなかったのか、有難いことにすぐ様退散してくれた。

 

「で、お前も監視カメラの前で揉め事なんか、起こすなよ」

 

「んだよ、お前は何をしようが俺の勝手だろうが!?」

 

「確かに、そうだか、これから監視カメラの前で揉め事を起こしてたら、直ぐに学校の耳に入って退学になる可能性だってあるんだぞ? まぁ、この学校を退学したいのなら話は別だが、お前だってここに目標があって入学したんだろ?」

 

「……チッ、分かったよ」

 

 2年生の先輩が退散したことを確認すると、改めて赤髪の男子生徒に向かって今後揉め事を起こさないように注意した。しかし、友人でもない奴に注意されたのに腹が立ったのか、赤髪の男子生徒はクラスメイトでもある俺にも噛みついてきた。

 しかし、俺が言い放った「退学」という言葉を聞き、赤髪の男子生徒は直ぐに黙り、小さく舌打ちをした後「分かったよ」と小さく呟き、そのまま寮へと向かって行ってしまった。

 どうやら、赤髪の男子生徒も何かしらの目的があり、この学校に入学したようだ。

 

 俺は、赤髪の男子生徒────須藤 健が寮へと向かって行った、数分後寮へと再び歩き出した。




☆10 やんちゃる様
☆1 アタラシイ顔寄せ様

評価ありがとうございます。今後ともこの作品をよろしくお願い致します。そして、アタラシイ顔寄せ様色々とアドバイスを、ありがとうございます。ですが、根本的なところを直すことなってしまい、作品が余計に駄作になってしまうので、今回は直すことができません。本当に申し訳ありません。次回の作品の時を使って直していきたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 昼食

 学校生活2日目。授業初日ということもあり、授業の大半は勉強方針等の説明する時間オリエンテーションで終えた。

 この、学校の先生たちのほとんどは、フレンドーでとても親しみやすかった。このことには、ほとんどの生徒が拍子抜けした顔をしていたのを覚えている。

 

 しかし、拍子抜けしてしまうのも無理はないだろう。実際俺も、国が主導しているということもあり、先生たちは全員厳しいという印象を抱いていた。だが、蓋を開けてみればフレンドーで親しみやすい先生たちばかりということは俺たち生徒にとって衝撃的なものだったと思う。

 

 そして、この学校が進学校ということや授業初日ということもあり、流石に居眠りや遅刻してくる生徒はいないと思ったが、呆気なくそれは裏切られてしまった.昨日コンビニの前で2年生の先輩たちと揉めていた須藤と池と山内は堂々と遅刻して登校して来た。山内は遅刻したのにも関わらずそのまま机にして居眠りを始めてしまった。更に言えば、遅刻や居眠りはしていなかった生徒のほとんどは、端末をいじっており、一切先生たちの話を聞いていなかった。

 

 真面目に先生たちの話を聞いている生徒は平田や櫛田などの極小数の生徒たちだけだった。

 

 ここで1つだけ気になることがある。それは、居眠りをしている生徒や遅刻してきた生徒に何も注意をしないことだ。いくら義務教育を卒業したと言っても、普通ならば一言だけでも注意をする筈だろう。しかし、先生たちはそれらの生徒をスールして話を続けた。

 

 この、先生たちの対応を見て、俺は殺せんせーが言っていたことを理解した。

 

 

 4限目。Aクラスの担任であり英語を担当していた────真嶋 智也先生の話が終わり、緩んだ空気のまま昼休みに突入した。真嶋先生も他の先生と同様に授業が終わっても居眠りなどをしている生徒に何一つ注意をせずに退室してしまった。

 4限も終わり、昼休みに突入するとクラスメイトたちは友だち同士で昼食を済ますために食堂に向かったり、机を移動し班になって弁当を食べ始めたりしていた。

 

 因みに俺はと言うと、何一つ誘いの言葉は無かった。昨日連絡先を交換したみーちゃんは知らぬ間に教室にいなかった。恐らく、いつも一緒にいる井の頭や櫛田と共に食堂に向かったのだろう。

 俺は仕方ないと思い、コンビニに向かおうとし、席を立った時平田がクラスメイトたち向かって言った。

 

「えっーと、僕はこれから食堂に行こうと思うだけど、誰か一緒に行かない? 大勢の方だと楽しいし」

 

 2日目で既にクラスのリーダー格となった平田が椅子から立ち上がり、言った。本当に平田には感心をする。昨日の自己紹介の提案もそうだが、よく緊張もせずに言えるものだ。

 俺は平田の言動を感心ながら、手を挙げようとしたその時──「私も行く!!」 「私も私も!!」 「平田くん、あたしもいいかな?」という女子生徒たちの声で俺の動作は止まってしまった。

 

 どうやら、教室に残っている女子生徒たちのほとんどは、平田目当てだったらしい。

 

 しかし、平田は同性とも食べたかったのか、俺と後ろの席の──綾小路 清隆に視線を移した。

 

「音無くん、綾小路くん、これ────」

 

「ねぇ、そろそろ、行こうよ平田くん」

 

 平田が俺と綾小路の名前を呼び終えた瞬間に、見た目がギャルぽっい女子生徒────軽井沢 恵が平田の手を引っ張り連れて行ってしまった。

 なんとも、空気をよまないタイミングなんだろうか。こんな絶妙なタイミングだと元から狙っているようにしか思えなくなってしまう。まぁ、偶然だろうけど。

 

 俺はそんなことを思いながら、コンビニに向かうために教室から立ち去った。

 

 

 

 

 

 あれから、俺は教室を後にしてコンビニに向かっていた。食堂で済ましても良かったのだが、あの空気で食堂に行くのは精神的にキツイため諦めることにした。

 因みに殺せんせーの話によれば、この高度育成高等学校の生徒は全員が寮住まいということもあり、昼食などはコンビニ弁当や食堂での食事になったりする生徒が多いようだ。中には、自前で弁当を用意する家事スキルが高い生徒もいるようだ。

 

「ねぇ、君Dクラスの生徒?」

 

「……ん、そうだけど」

 

 立ち寄ったコンビニで、弁当などを選んでいると、先客としておにぎりなどを選んでいた女子生徒が話し掛けてきた。

 会ったことも、話したことも無い相手だったため、少し警戒しながら応えた。

 

「なら、良かった。実は他のクラスの子たちと話したいって思ってんだ!! 良かったら名前を聞いてもいいかな?」

 

「Dクラス所属の音無 春馬。君は?」

 

「私は、Bクラスの網倉 麻子。よろしくね、音無くん」

 

「あぁ、よろしく」

 

 女子生徒──── 網倉 麻子はBクラスの生徒だった。それにしても、何故彼女は俺に話し掛けてきたのだろう。そこが、少し不思議なところだ。

 俺はそれから、話すことも特に無かったため、おにぎりを3個とお茶を籠に入れ、レジに向かい支払いを終えた。

 

 支払いを終え、コンビニを後にすると、外には何故か網倉が立っていた。俺はてっきりクラスに戻っていると思っていたが、一体何をしているのだろうか。

 

「ねぇ、音無くん。折角だから一緒にお昼食べよ? すぐ近くにベンチもあるし、どうかな?」

 

「……分かったよ、今更教室に戻っても一緒に食べる相手はいないしな……」

 

 まさかの女子からの昼食をお誘いを受けてしまった。最初は俺も、「ほぼ初対面の女子」 「他クラスの生徒」ということもあり断ろうと思っていたが、他のクラスの授業態度などを聞いてみたかったこともあり、一緒に昼食をとることを承諾した。

 

 

 

 

 網倉に誘導され、道に迷うことなくゴール地点であるベンチに辿り着き、俺たちはゆっくりとベンチに腰をおろした。

 一応、初対面の女子ということもあり、ベンチの端の方に座ったのだが、網倉は何故か俺の身体にスレスレの真横に座ってきた。

 まさか、網倉はそういった常識が欠けているのかと思ったが、流石に面と向かって言える筈もなく、この事は俺の心の中に閉まっとくことにした。

 

 ベンチに座った、俺たちはそれから意外にも一言も言葉を発することなく食事を取っていた。俺はともかく、あんだけ、ぐいぐい来た網倉が言葉を発しないことには少し驚いた。

 互いにおにぎりとサンドウィッチを食べ終わり、飲み物を飲み、一息ついたところで網倉はおもむろに口を開いた。

 

「ねぇ、今日の授業どうだった? Bクラスはオリエンテーションで終わっちゃったけど」

 

「Dクラスも同じだな。授業初日だし恐らく全部のクラスが今日はオリエンテーションで終わるだろう。だが、少し気になることがあったな」

 

「気になること?」

 

 キョトンとした顔で俺を見てくる、網倉。不覚にも可愛いと思ってしまった。

 俺は授業を終え気になったことを包み隠さず、網倉に伝えた。授業中遅刻しても、居眠りをしても教師側は一切注意しなかったことを。

 

「へぇ〜、そうなんだ。それは、気なるね。Bクラスは一之瀬さんのお陰でそんな生徒はいなかったから分からないけど」

 

「なるほど、Bクラスは優秀なんだな」

 

 どうやら、Bクラスは全員が優秀な生徒ばかりのようだ。それにしても、たった1日でクラスを纏めるってどんだけ凄いんだよ一之瀬っていう生徒は.

 

「そうかな? ──って、もう時間だ!! また、機会があったら一緒にお昼食べようね。はいこれ、私の連絡先」

 

「あ……あぁ」

 

 どうやら、何か約束でもあったのか、俺に連絡先が書かれた紙を渡して、校舎に向かって走って行ってしまった。

 なんとも、最初から最後まで嵐のような女子だったのだろうか。




網倉の口調が全然分からない。一応この口調で行きますが口調がわかった場合は訂正するので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 部活説明会

 昼休み。網倉と別れた俺はあれから、教室に戻りボーッと外を眺めていた。すると、「ピンポンパンポン」と言う聞き覚えのある音がスピーカーから流れ、放送が始まった。

『本日午後5時より第一体育館にて、部活動の説明会を致します。部活動に興味がある生徒は10分前に第一体育館に集合してください。繰り返します。本日────』

 

 女性の声だった。そして、かなり可愛い声だった。

 部活動ね……確か自己紹介の時に部活には入る気は無いって言ったけど……こんな、になるとは思っていなかった。

 折角だし、友だち作りを兼ねて何か部活をやるのもありかもしれないな。E組にいた頃は校則で部活動は禁止されてたし。

 

 そんな、ことを考えていると端末が「ピロリン」と鳴った。どうやら、網倉からのようだ。一体何の用事なんだろうか。そんなことを考えながら網倉から送られてきたメッセージを確認した。

 

 

 ──────────────────────

 

 網倉 「今日の部活動説明会一緒に行かない?」

 

 ────────────────────────

 

 なんと、メッセージの内容は今日の午後5時から開始される部活動説明会のお誘いだった。今までなら断っていたが、実際部活動説明会のことは気になっていたし、俺はOKのメールを網倉に送った。

 

 ────────────────────────

 

 音無 「OKだ」

 

 網倉 「りょーかい。じゃ、第一体育館の入口で待ち合わせでいいかな?」

 

 音無 「OKだ」

 

 網倉 「じゃ、楽しみにしてるね!!」

 

 ────────────────────────

 

 OKのメールを送った数秒後、網倉の返信のメールが届いた。早いな.女子ってメールとかの返信は早いってよく聞くけどほんとなんだな.

 集合場所を部活動説明会が行われる第一体育館の入口にし、網倉とのメールのやり取りは終えた。

 

 

 

 

「ごめん!! 星乃宮先生の話が長引いちゃって!!」

 

「別に大丈夫だ。それより、少し急ごう。時間が押している」

 

 放課後。HRが終わり直ぐに第一体育館に向い入口近くで網倉を待つことにした。しかし、15分が経ったが一向に網倉は来なかった。まさか、裏切られたか? と思っていると、息を切らしながら網倉が走ってきた。こうして、合流した俺たちは急いで受付に向かった。

 

「時間ギリギリだぞ、1年。早くこれを持って行け」

 

 受付の上級生から一言注意をされ、1冊の冊子を渡された。

 網倉と移動しながら、渡された冊子に目を通してみると、どうやらこの、冊子は部活動の詳細が書かれたパンフレット見たいなものだった。

 

 体育館の中央に行くと、既に大勢の生徒で埋め尽くされていた。まぁそれは当然だろうな。

 

「結構いるね」

 

「大体、見た感じで学年の半分以上が集まってるように見えるな。この、学校はそんなに部活動が盛んなのか?」

 

「うん。そうみたいだよ。このパンフレットにも載ってるし」

 

 俺の問に網倉がパンフレットを見ながら、わざわざ答えてくれた。確かにパンフレットを読んでみると、県大会などに何度も出場しているようだ。しかし、全国大会には数回程度しか出場していない。

 それは、恐らくこの学校は国が運営していることもあり、スポーツ学校などの名門校には遅れをとってしまい、全国大会行きを逃しているのだろう。

 

「網倉は、入りたい部活とかあるか?」

 

「うーん、この中じゃ、テニス部かな? 中学生の時にもやってたし」

 

「へぇ〜、テニス部か」

 

「えっ、似合わないかな?」

 

「いや、逆だな。普通にテニス部ってイメージだな」

 

 俺は嘘をつく意味が無いので、しっかりと本心を告げた。

 活発な雰囲気のある網倉にはテニス部というイメージがピッタリだな。もし、網倉とテニスをやったら結構楽しめるだろうな。

 

「ありがとね。もし、テニス部に私が入部したら、昼休みや放課後に私が音無くんにテニスを教えて上げるよ」

 

「なるほど、それは、是非お願いしたいな」

 

「それで、音無くんはどうするの? 何か、入って見たい部活とかは?」

 

「う〜ん、そうだな」

 

 網倉に聞かれ改めてパンフレットを確認した。

 確かに身体を動かすことが好きな俺は運動部に入ってもいいと思うが、上下関係というものは苦手なのだ。そのため気になる部活と言えば美術部や茶道部などの文化部だろう。

 

「まぁ、入るとすれば美術部か茶道部辺りだろう。まぁ、決めるのは説明会を聞いてからにするかな」

 

「確かに、そうだよね。私も、説明会を聞いてみたいし」

 

「1年生の皆さん、お待たせ致しました。これより、部活代表者による入部説明を始めます。私は、この説明会の司会を努めさせていただきます、3年生徒会書記の橘と言います。よろしくお願いします」

 

 ステージに立ったのは網倉より小柄な3年の女子生徒だった。声からして昼休み中にスピーカーから流れた声と同じだ。恐らく、同一人物だろう。

 橘先輩が舞台裏に下がり、何か合図を送ると、運動部 文化部の部長らしき先輩方が登壇し、横一列に並んだ。

 壇上の上には屈強な体格を持つ男子生徒もいれば、何やら道具を持っている女子生徒などもいた。

 

「私は、弓道部の部長を務める、橋垣と言います。弓道部には──」

 

 壇上では、いつの間にか弓道着に身を包んだ3年生橋垣という先輩が部の紹介を始めていた。

 それから、さりげなく周りの生徒の様子を伺ってみた。自己紹介の時にサッカー部に入部することを表明していた平田はサッカー部に注目をしており、井の頭は裁縫などが趣味と言っていたため、家庭科部に注意をしていた。

 そして、意外だったのが、授業中に不真面目な態度をしていた須藤が真面目にバスケットボール部の説明を聞いていたところだ。須藤には池や山内の姿をあった。アイツらも部活に興味があるのだろうか。

 

「ん? あれは、綾小路と堀北か?」

 

「クラスメイト?」

 

「ああ。後ろの席奴らだ。それにしても、綾小路が昼休みに堀北を誘っていたが、断られていたはずだったんだが.何か、心変わりしたみたいだな」

 

「なるほどね」

 

 こんな風に網倉と話していると、説明会はどんどん進んでいっていた。

 網倉が気になっていたテニス部の説明も終わり、結局網倉はテニス部に入部することを決めたらしい。

 

 説明会が進むに連れて、体育館は喧騒に包まれていた。しかし、体育館の隅などに立っている教師陣や司会役の橘先輩なとは一切注意することはなかった。

 そして、最後の野球部の説明が終わり、説明会は終わりをむかえた。説明を終えた各部の部長たちは、ステージから降壇して行き、入口付近に用意されている簡易テーブルに向かった。恐らくあそこが入部申請を受け付けている場所なんだろう。

 

 そして、説明会が終わりこれで解散かと思われたが、舞台裏から1人の男子生徒が出てきた。

 身長は、恐らく170cmはあるだろう。細身の体に、サラリとした黒髪。シャープな眼鏡からはどこか知的さを感じさせてくれる。まさに優等生という言葉がピッタリな人だ。

 

「あの人が、生徒会長かな?」

 

「まぁ、だろうな」

 

 確かに隣の網倉が言う通り、昨日入学式で全生徒の代表としてスピーチをしてくれたことから、この学校の生徒会長だろう。

 だが、彼が生徒会長ということを分かっている生徒はこの場にはほとんどいないだろう。何故なら、入学式の時でもほとんどの生徒は彼のスピーチを聞いていなかっただろう。

 

 壇上に上がった生徒会長は、緊張しているのか、いつまで経っても口を開くことは無かった。だが、本当に緊張しているのか? この、学校の生徒たちを束ねている人が果たして緊張などをしているのだろうか……。

 

「先輩〜、頑張ってくださ〜い」

 

「カンペとか、持ってないんですか?」

 

「あははははは!!」

 

 数人の1年生からの野次が飛ぶ。普通の人間ならばこんな多くの野次を飛ばされたら、確実に激怒するだろう。だが、生徒会長は一言も言葉を発しなかった。

 最初は笑っていた1年生も、何も反応しない生徒会長に面白味を感じ無くなったのか、次第に黙って行き、体育館はあっという間に静寂に包まれていった。

 

「私は、生徒会会長を務めている、堀北学といいます」

 

 ん? 堀北? 俺はそんな疑問を抱きながら、綾小路と一緒にいる堀北に視線を移した。彼女は一心に生徒会長を見つめていた。なるほど、生徒会長は堀北の家族だな。

 

「生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、1年生から立候補者を募ることとなっています。特別立候補には資格は必要ありません。最後に、生徒会への立候補を考えている者がいるなら、部活への所属はしないようにお願いします。生徒会と部活の掛け持ちは、原則受け付けていません」

 

 やはり、思った通り、この生徒会長は凄まじい力を秘めている。この体育館に集まった100人を超える1年生たちを瞬時に黙らせてしまった。これは、生徒会長という力ではなく、堀北 学という個人の力だろう。

 

「それから──私たち生徒会は、甘い考えによる立候補は微塵も望んでいない。何故なら、そのような生徒が当選してしまえば、この学校の汚点となってしまう。学校側から認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみを歓迎しよう」

 

 生徒会長は堂々と演説を終えたあと、真っ先に1人で体育館から出て行ってしまった。演説が終わり、俺は俺たち1年生には何一つ期待をしていなという風にとれてしまった。

 

 生徒会長が降壇しても、緊迫した空気が流れる中、司会役の橘先輩が説明会の終了を告げた。穏やかな橘先輩の口調に体育館に緩い空気が流れた。

 

「凄い、人だったね」

 

「だな。あの人が生徒会長なら納得だ。あの人にはこの学校の全生徒を引っ張る力があると俺は思う」

 

「そうだよね」

 

「皆さま、説明会お疲れ様でした。只今より入部の受付を開始したいと思います。部活に入部したい生徒は速やかに受付を済ませてください。この場で決められない生徒は、4月中なら申請を受付けていますのでご安心ください。今日は説明会に参加してくださり、ありがとうございます」

 

「あっ、ごめん。これから、テニス部の受付に行ってくるから、私のことは待たなくってもいいよ。多分時間も掛かっちゃうと思うし」

 

「分かった。じゃ、先に行ってるな網倉」

 

 俺は網倉と分かれ、体育館を後にした。

 現在の時間は6時だ。これから、何をしようか.このまま、大人しく寮に帰ってもいいのだが、何せ寮に帰ってもやることが一切無い。

 ここは、暇を潰すために、図書室にでも行ってみるかな.

 そんなことを考えていると、後ろから突然声を掛けられた。

 

「あれ? 音無か?」

 

 声を掛けてきたのは、池だった。その後ろには須藤と山内もいた。どうやら、彼らは3人でこの説明会に訪れていたようだ。

 

「そうだ。お前は確か池に、須藤と山内だな」

 

「あぁ、そうだ。音無も部活に入るのか?」

 

「入りたいとは考えてるけど、まだ考え中だな。『も』って言うことは須藤は入るのか?」

 

「ああ、俺は小学校の時からバスケ一筋だ」

 

 なるほどな。俺は1人で納得する。

 学校には遅刻して行き、授業中も真面目に授業を聞かない須藤が何故あんなにも真剣に説明を聞いていたのか気になっていたが、これで納得したな。須藤は全ての青春をバスケにかけているらしい。

 

「じゃ、池と山内は?」

 

「俺ら? 俺はただ、楽しそうだから来ただけって感じかな? あとは、運命的な出会いを求めてかな?」

 

 なるほどな。どうやら、池と山内は部活には興味が無いらしい。この説明会には出会いを求めに来たらしい。確かに思え返せば池の場合自己紹介の時に彼女を募集中と言っていたな.

 

「あっ、そうだ。実はさ昨日、男子用のグループチャットを作ったんだよ? 音無も一緒にやらないか?」

 

「うん? グループチャット、別にいいけど」

 

 池はそう言いながら、端末を取り出しチャットの画面を見せてきた。確かに池の言う通り、「1年D組──男子──」という名前のグループが作られていた。

 別に入らない意味も無いので、普通に入ることを承諾した。俺は制服のブレザーから端末を取り出し、グループチャットに参加した。

 そして、グループチャットに参加したついでに、3人とも連絡先を交換した。

 

 これを機に俺は、池たちと放課後を少し過ぎ、少し楽しい放課後を過ごせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 プール①

プール回は普通に長くなってしまうので2話に分けてみました。


「おはよう。池!」

 

「おはよう。山内!」

 

 部活動説明会から数日後、いつもと同じ時間に登校すると、教室では池と山内が互いに笑顔で挨拶を交わしていた。

 俺は、この時間にこの2人が教室に居ることを驚愕した。何故なら、彼らは学校が始まって1週間、遅刻やギリギリの時間に登校してきている。それなのに今日は何十分前に既に教室に登校している。本当に不気味である。

 

「いや〜、今日の授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさ、昨日の夜全然眠れなかったんだよね〜」

 

「なはは。その気持ち分かるぜ。この学校本当に最高だよな!! まさか、この時期から水泳の授業があるんだからな!!」

 

 確かに、池や山内の言う通り、この学校は4月から水泳の授業が開始される。そして、事前に先生から聞いた話では、水泳の授業は男女共同で行われる。

 つまり、俺たち男子は合法的にクラスの可愛い女子生徒たちの水着姿を拝めることができるのだ。

 

 だが、そんな発言を大声で話していけない。何故なら現在進行形でクラスの大半の女子生徒が池と山内を冷たい目で見ているからだ。彼らが知らないところで女子生徒からの好感度は下がっていっている。

 

「ねぇ、音無くんは2人のところに行かないの?」

 

「ん? みーちゃんか……いや、確かにアイツらとは仲はいいが、流石に女子生徒全員を敵に回したくないからな」

 

「ハハハッ……音無くんもそうゆうことはちゃんとしてるんだね」

 

「まぁな。それより、みーちゃん井の頭がさっきからこっちを見てるけど大丈夫なのか?」

 

「あっ……ホントだ!! ごめんね、心ちゃん!!」

 

 俺は少しみーちゃんと話してから、手に持ったスクールバックを机の横にあるフックに掛け、席に着いた。みーちゃんとはこの1週間で軽く話す程度の仲になっていた。因みに、みーちゃんの友達である井の頭とは自己紹介の時の件もあり、少し仲が良い関係になっている。

 みーちゃんとはこれからの進展はあると思うが、井の頭とは友達以上の関係になることはできないだろう。

 俺はそんなことを考えながら、鞄から1冊の本を取り出した。この本はこの前本屋で朝の自由時間の時に読むために買った本だ。俺は早速昨日読んだ所までを開き続きを読もうとした瞬間────

 

「音無〜」

 

 池が大声で俺の名前を呼んだのだった。そして、手招きをしてくる。恐らく、こっちに来いという合図だろう。今後の状況を考えてそっちには行きたくないが、友人関係というものは大事だ。仕方ない、行ってみるか……。

 池に呼ばれ、場に加わって見るとそこには池と山内以外にも、外村や須藤や綾小路も加わっていた。

 因みに、外村という男子生徒は、普段からノートパソコンを持ち歩き、クラスの男子からは「博士」と呼ばれている。

 

「何だよ、急に.?」

 

「実は今俺たち、女子の胸の大きさで賭けようってことになったんだけどさ、お前も参加しねぇ?」

 

「オッズ表もあるやで」

 

「はぁ〜、悪いが俺は辞退させてもらう」

 

「まあまあ、そんなこと言うなよ!! お前も実は気になるだろ?」

 

 はっきり言って下らない賭けだったため、その場を後にしようとするが、山内が真顔で発言をし、引き止めてきた。「お前も気になるだろ?」って勝手にそんなことを決め付けて欲しくはないな。

 

 そんなことを思っていると、綾小路と須藤と目が合った。

 

 どうやら彼らも俺と同じく、この下らない賭けに嫌悪感を抱いているようだった。2人も俺同様この賭けに渋々付き合っているように見えた。ここで、2人を見捨てて逃げてもいいのだが、そんなことをすればこれからの友人関係が壊れてしまう。俺はそんなことを考え、嘆息をしてから池が持っているタブレットを貸してもらった。

 

 タブレットの画面にはクラス全員の女子生徒の名前が載っており、その横にはオッズの数字がかかれていた。どうやら、コイツらはガチな賭けをしているらしい。

 

「因みに、今の1番人気は誰だ?」

 

「ふふふっ、音無よ。よくぞ聞いてくれた!! 現在のトップは長谷部だな。オッズは1.8倍だ。次点で佐倉だな」

 

「あっそう言えば、俺この間佐倉に告白されたんだよな。まぁ、ブスだったから直ぐに断ったけどな」

 

「嘘を吐くなよ、山内」

 

「う……嘘じゃねぇよ!!」

 

 そんなことを聞いていると、何処から冷たい視線を感じだ。

 恐る恐る、視線を感じた方向を見てみると、先程名前が上がった長谷部という女子生徒が冷たい目でこちらを見ていた。

 どうやら、長谷部は勝手に自分の名前を出した、山内に殺意を籠った視線を向けているらしい。まぁ、それは山内が許可無く勝手に名前を出したのだから、自業自得だが。

 しかし、これ以上女子生徒からの好感度を下げたくなかった俺は、この賭けに元々乗る気が無い、綾小路と須藤を引っ張って、この場から離脱をした。

 

「サンキューな、音無。俺も女には興味はあるが、あれはやり過ぎだと思ってたんだ」

 

「同じくだ」

 

「まぁ、普通はそれが正しい考えだからな」

 

 素行が悪い須藤と人に流されやすい綾小路でも、こういった女子生徒を敵に回す賭けには危機感があるらしく、あの場から離脱させてくれたことに謝礼を述べてきた。まぁ、これで2人との親密度は上がっただろう。

 

 

 

 

「よっしゃ!! プールの時間だ!!」

 

 長い昼休みが終わると同時に席から立ち上がり池が叫んだ。

 こうやって、己の欲望を隠さないことは評価をしてやりたい。しかし、こんな素直に自分の欲望などをさらけ出せば、いつか後悔をするだろう。実際に今お前を見ている女子生徒の目は冷たい目ばかりだしな。あの櫛田でさえ、苦笑いをしている。

 

 俺はプールバックを片手に持ち、男子の集団の後ろを歩いていこうとすると────

 

「一緒に行こうぜ。音無、綾小路」

 

「あぁ」

 

「了解」

 

 先程あの場から離脱させた須藤が俺と綾小路を誘ってくれた。俺はこの誘いを蹴る理由も無いので承諾し、須藤と綾小路と一緒に3人で更衣室に向かった。

 

 更衣室に到着し、早速俺たちは各自で着替え始める。しかし、こんな時でも周りの視線が気になるものだ。それは、男だって同じことだ。上を着替え終わっても、肝心な下を着替える者は誰もいなかった。しかし、須藤は違った。彼は何も気にすること無く着替え始めたのだった。

 

「なぁ、須藤。堂々としてるな、周りの目は気にならないのか?」

 

「男なら、普通はコソコソ着替えないだろうが? これが、普通なんだよ」

 

 綾小路の問い掛けに須藤は何を言ってるんだという雰囲気を出しながら答えた。

 

 今まで、須藤を賞賛したことは無かったが、こればかりは賞賛してしまう。それと同時に須藤の鍛え抜かれた身体に目がいってしまう。バスケ一筋と言ってることだけあり、しっかりとした身体つきをしている。

 それを裏付けるかのようにこの場にいる全員が須藤の身体に注目していた。

 だが、須藤はこんな状況でも何一つ言わずに1人でドカドカと更衣室から出て行ってしまった。

 

 俺は綾小路と共に、須藤と同じく一瞬で着替えを済ませ、須藤に続き更衣室を後にした。




色々と暗殺教室とクロスオーバーしてるのに暗殺教室のキャラクターを出さないならクロスオーバーする意味が無いという意見を友人や評価などで貰いましたので、この作品を書き直すかどうかということをアンケートをとってみます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 プール②

すいません。プールの話は③まで続くことになってしまいました。


「うひゃあ、やっぱこの学校すげぇな!! 街のプールより凄いんじゃねぇ!?」

 

 競泳パンツを履いた池が驚きの声を上げる。確かに、池が喜ぶのも無理もない。俺だって内心は驚いているし、喜んでいる。何故なら、目の前にはあまり見たことの無い屋内プールが広がっているからだ。

 更に、屋内プールということもあり、水面にはゴミや虫の死骸などは1つも浮いていなかった。小学校の時は毎日のようにゴミや虫の死骸などが浮いており、嫌々入っていたことを思い出す。

 

「なぁ、女子は? 女子はまだなのかっ!?」

 

 鼻をふんふんと鳴らしながら、池は女子生徒たちを探し出す。この、光景を女子生徒が見たら確実にドン引きするだろうな。実際、同性である男子生徒の一部だって池の行動に若干引いているように見える。

 

「着替えに時間がかかってるんだろう」

 

「まぁ、女子はこうゆう着替えだと結構時間が掛かるしな」

 

 俺と綾小路の意見に、池はガクリト肩を落として落ち込んでしまった。

 

「なぁ綾小路、音無。もしもだぞ、俺が血迷って女子更衣室に飛び込んだらどうなると思う?」

 

「まぁ、女子に袋叩きになるのが妥当だろうな」

 

「その前に、俺たち平常な男子が止めるからそんな目には合わないと思うぜ」

 

「……リアルなツッコミはやめてくれよ」

 

 俺と綾小路の言葉に池はブルブルと身体を震わせた。

 まぁ、池が女子更衣室に飛び込む前に俺たちが引き止めればいいのだが、飛び込んだとしても女子生徒たちにボコボコにされるのがオチだろう。

 まぁ、そうなれば池は即退学になってしまうだろう。

 

「おっ……おい!! 来たぞ!!」

 

 1人の男子生徒が声を上げた。

 その時、1年D組の男子たちはいっせいに女子生徒たちの方向に視線を移した。勿論、その中にも俺はいる。

 俺だって、男だ。巨乳と言われている長谷部や佐倉にだって興味がある。更に少し仲の良い櫛田や井の頭やみーちゃん、などにも興味がある。

 

 しかし、男子全員が願っていたことは叶うことは無かった。

 

「長谷部がいないぞ!? それに、佐倉もだ!! これは、一体どうゆうことだ博士!?」

 

「みんな!! う、後ろだ!!」

 

「ンゴゴゴゴゴ!?」

 

 そう。出て来た女子生徒たちの中には長谷部と佐倉の姿は無かったのだ。全員が2人の姿を探していると、池が声を上げた。

 池の言葉に、全員が顔を上げた。すると、見学用スペースに長谷部や佐倉や軽井沢などの数名の女子生徒の姿があった。

 なるほどな。女子生徒も馬鹿ということでは無いということだな。あれだけ、朝から大騒ぎしていれば池や山内の目的は分かっているはずだ、だから、それを防ぐために予め教師に体調不良を訴えて見学したということだろう。

 

 この、事実に池と山内と博士などの数名の男子生徒はその場に頭を抱えて崩れてしまった。更に、池や山内は「巨乳を──」などと、叫び出してしまった。

 それを聞いていた長谷部は俺たちに聞こえる声で「キモっ」と一言発した。

 

「池……今は、悲しんでいる場合じゃない!! 俺たちには、まだ多くの女子がいる!!」

 

「そ……そうだよな!! 確かに、山内の言う通りだ!! こんな所で落ち込んでる場合じゃないよな!!」

 

「「と……友よ!!」」

 

 勝手に芝居を始めた、池と山内の2人は互いに男同志の友情を確かめ合い、互いに熱い抱擁を交わした。

 

「ねぇ? 2人とも、何やってるの? なんか、楽しそうだね!!」

 

「「く……櫛田ちゃん!?」」

 

 そんな、馬鹿らしい芝居をしている2人の間に割ってはいるように、Dクラスの天使である櫛田が近づいてきた。

 学校指定のスクール水着を着た櫛田の姿は俺たち思春期の男たちにとって毒と同じようなものだ。

 

 櫛田はクラスの中でもスタイルはいい方だろう。胸はDかEぐらいだろうか。俺は池や山内では無いので詳しくは分からないが、少なくともそこら辺の女子よりは立派なものを持っている。

 

 そんな、櫛田の水着姿に俺たち男子は下心が漏れないように、ひたすら心を無にした。

 

「あれっ? どうしたの、音無くん、天を仰いでちゃって?」

 

 そんなことをしていると、みーちゃんが不思議そうな顔をしながら声を掛けてきた。俺はみーちゃんの水着姿を少し見てからこう心の中で呟いた。

 

 みーちゃんの水着姿ね。スタイルなどは圧倒的に櫛田や長谷部の勝ちだが、意外にあの部分は一般的の女子高生よりは大きいだろ。だが、そんなことを思いながら、みーちゃんの水着姿を見ていると、段々と己の欲求が高まってきてしまった。ここは、心を落ち着かせなければならないな。

 

「ねぇ、音無くんって何か運動とかしてたの?」

 

 心の中で瞑想をしていると、櫛田が横から現れ、聞いてきた。

 

「まぁ、中学最後の年にパルクールを始めてたから、そこそこトレーニングもしてたしな」

 

「へぇ〜、そうなんだ。パルクールなんって凄いよねみーちゃん!!」

 

「うん、音無くんが物から物に飛び移る姿を見てみたいな!!」

 

 櫛田とみーちゃんは2人して、俺の身体をじっくりと見てきた。確かに、こう異性に自分の身体を見られると少し緊張するな。なんか、女子の気持ちが分かるな。

 

「まぁ、パルクールが見たいなら、後で見せてあげるよ、簡単なものだけどね」

 

「それは、楽しみだねみーちゃん!!」

 

「うん!!」

 

 俺が、パルクールを見せると言うと2人は嬉しそうな顔をしながら言った。

 なんか、こんなに期待されると今からでも見せてあげたいという気持ちになってしまうな。

 

 俺がそんなことを考えていると、櫛田とみーちゃんは近くで綾小路と話している堀北の元に向かって行ってしまった。何だろうな.こう、急に関心が無くなると少しテンションが下がるな.

 

 

 

 

「おーい、お前ら集合しろ!!」

 

 そんなことを思っていると、いかにも体育会系のマッチョな身体をした体育教師が集合をかけた。俺たちは一斉に体育教師の元に歩いて行く。

 

「Dクラスの見学者は16人か.他のクラスと比べ随分と見学者が多いな.だが、まぁ今回はいいだろう。何故なら、次回からは正当な理由がない限り見学は認めないからな」

 

 この、体育教師の言葉に一部の女子生徒たちが反応した。恐らく、これからも男子たちの視線が逃れるために休もうと考えていたのだろう。

 だが、その理由なら、普通に教師だって認めてくれると思うが。

 

「早速だが、準備運動が終わったら直ぐに君たちの実力を見たい。直ぐに泳いでもらう」

 

「あ……あの先生、俺実は、あまり泳げないんですけど.?」

 

 すると、1人の大人しそうな男子生徒が恐る恐る手を挙げた。どうやら、この男子生徒は泳ぐのはそんなに得意じゃないようだ。

 この、男子生徒の行動を皮切りに1人.また1人と手を挙げた。どうやら、このクラスの男子生徒はほとんどが泳げないらしい。

 

「ふむ。だが安心してくれ、俺が担当するからにはお前らを夏までには泳げるようにしてやる。だから、安心してくれ」

 

「いや、別に俺たちは泳げなくっても大丈夫ですよ。第一、この学校にいる限りは外には出られないし、そもそも、海にも行かないので」

 

「なるほど、確かにそうだな。だが、それじゃいかんな。今は泳ぎがどれだけ苦手でも構わないが、確実に夏までには克服させてやる。絶対にだ。それに、泳げるようになれば、女子からもモテるし、いずれ役に立つ。必ずな……」

 

 確かに、男子生徒の意見は真っ当な意見だろう。この、学校に在籍してる間には外にも出れないし、泳げないなら絶対に海には行かないだろう。なら、今頑張って泳げるようになっても意味が無いだろう。

 

 だが、何故この体育教師は夏までに意地でも泳げない生徒を泳げるようにしたいのだろうか。確かに、今のうちに泳げるようになれば水の災害などが発生しても簡単に命を落とすことはないだろう。だが、そんなことが起きるのは、何万分の一の確率だろう。

 

 そして、もう1つ引っ掛かることがある。それは、体育教師が泳げるようにさせる期間が夏までということだ。確かに、海の季節は夏だ。だが、この体育教師の言い方だと、今年の夏までには俺たちが泳げないようになってなければ行けないような言い方だ。

 

 そう考えれば、今年の夏に何か特別な行事かイベントがあるのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 プール③

これで、プール回がやっと終わりました。


 体育教師の指示で、全員で準備運動を始める。準備運動をしながら山内はチラチラと女子の様子を窺っていた。それほど、山内はこのクラスの女子に興味があるらしい。

 準備運動が終わると、体育教師から順番にプールに入り50m泳ぐように指示された。因みに、泳ぐのが苦手な生徒などは底に足をつけても大丈夫らしい。

 前の男子生徒がプールから上がり俺の順番がやって来た。俺は、去年の夏振りにプールの水に浸かった。この、学校のプールの水は冷た過ぎず、適度な温度に保たれていた。とても、泳ぎやすい環境だ。

 体育教師の笛が鳴り、壁を蹴って泳ぎ始めた。これは、競走でも無いので軽くクロールで流して泳いだ。

 クラス全員が50メートルを泳ぎ終えると、体育教師は再び集合を掛けた。先程、泳げないと言っていた生徒たちも足を着きながらもしっかりと、泳げたようだった。

 

「とりあえずほとんどの生徒が泳げるようだな。 よしっ、それなら今から競争をしたいと思う。50M男女自由型だ」

 

 体育教師は全員が50Mを泳ぎ切ったことに満足をしているようだった。そして、体育教師は俺たちに向かって今日行う授業内容を宣言した。

 まさか、水泳授業の初日から競水をやるとは思っていなかった。それは、皆も同じようで周りの生徒と顔を見合せながらザワついていた。

 

「ふむ。どうやらやる気が無いようだな。それなら、特別ボーナスを与えよう」

 

「特別ボーナス?」

 

「あぁ、特別ボーナスだ。この競争で1位になった生徒には、私から5000ポイントを支給しよう。だが、1番遅かった生徒には、補習が待っているから覚悟しとけよ」

 

 5000ポイントの言葉に泳ぎが得意な生徒からは歓声が、逆に泳ぎが苦手な生徒からは悲鳴が上がった。まぁ、悲鳴を上げるのも無理も無い。体育教師が行う補習内容は恐らく水泳だろう。元から泳ぐことが苦手な人からしたらこの補習内容は地獄のようなものだろう。

 

「授業に参加している女子は少ないため、5人を2組に分けて一番タイムが速い生徒にポイントを支給しよう。男子は人数が多いため上位5人に絞り、決勝を行う」

 

 体育教師はそう言って、女子を2グループ、男子を5グループに分けた。最初は女子から行うと言うことで、男子はプールサイドに座り込み、品定めという名の応援を始めた。

 応援と言っても、男子たちが応援するのは櫛田を始めた男子の間で人気な女子たちだけだろう。何故そう思うのか、それは男子全員が容姿やスタイルはクラストップクラスの堀北に向かって応援をしていないからだ。

 何故、誰も堀北を応援しないのか……。それは、堀北自身が人付き合いを嫌う傾向にあるからだろう。それが、災いし男子からの人気は低くなってしまっている。

 

 そんな事を考えていると、笛が鳴り。コースに立っていた女子5人が飛び込んだ。この、第1レースで良い泳ぎをしているのは堀北だけだろう。実際に堀北は序盤からリードをし、スピードを落とすこと無くそのままトップでゴールをした。

 

「お〜〜〜、やるな堀北28秒だぞ!!」

 

「……ありがとうございます」

 

 堀北のタイムを見て、体育教師は感心の言葉を口にした。堀北のタイムは28秒。これは、女子としてはかなり速いタイムだろう。

 堀北は体育教師に一言告げると、ゆっくりとプールサイドに上がった。それにしても、50Mを泳ぎ切って息を乱さないのは凄いよな……。

 

 

 

 

 

 第1レースは堀北の勝利で終わり、次は第2レースの開始だ。第1レースでの1番人気は軽井沢などといつも一緒いる女子生徒──松下 千秋だ。そして、今スタートする第2レースでの1番人気はクラスの天使櫛田だ。

 櫛田は自分のコースである第4コースに上がると、応援をしている男子たちに手を振った。すると……

 

『うひょおおおおお!!』

 

 男子たちは一斉に悶え始めた。よく見ると数人の男子は股間をこっそりと抑えている奴も目に入る。まぁ、その気持ちも俺にも分かる。男にとって櫛田の水着姿は毒に匹敵する程の物だから。

 男子の声援が響き渡る中、第2レースがスタートする。この第2レースは第1レースより一方的なものだった。クラスで唯一の水泳部員小野寺という女子生徒が終始トップでぶっちぎりにゴールをした。

 

「凄いな!! 小野寺26秒だぞ!!」

 

「はいっ!! ありがとうございます!!」

 

 なんと、小野寺のタイムは26秒。堀北のタイムを2秒も上回る記録を叩き出した。因みに、男子が注目していた櫛田は31秒という記録で総合4位に終わった。因みに、総合1位は小野寺、総合2位は堀北、総合3位は松下だ。

 

「よしっ、これで女子は終わったな。次は、男子だ!! 各自準備をしろ!!」

 

 女子の競水が終わり、いよいよ男子の順番が回って来た。体育教師の指示に従い第1レースに出場する生徒が並んだ。第1レースには、友人の綾小路と須藤がいる。個人的に注目してるのはやはり、運動神経の塊の須藤だろう。

 体育教師の笛が鳴り、第1レースの男子生徒たちが一斉に飛び込んだ。飛び込むと同時に、須藤は50Mを物凄い速さで泳ぎ切り、あっという間にゴールした。その瞬間男女から驚嘆の声が上がった。

 

「やるじゃないか須藤!! 25秒を切ってるぞ!! 須藤、もし良かったら水泳部に入らないか? 練習をすれば大会も確実に狙えるぞ!!」

 

「いやー、それは無理っすね。俺はバスケ一筋なんで」

 

 なるほど……。どうやら須藤にとってはこの水泳は運動のうちに入らないようだ。体育教師からの誘いを断わり、須藤は余裕の表情を浮かべてプールから上がって来た。

 

「あー、ヤダヤダ。運動神経抜群の奴は」

 

 そんな、須藤を見て山内が妬むように呟いた。おい……お前ら一応友達だろ? 友達を妬むなよ……。

 

 

 

『きゃ!! 平田くーん!!』

 

 第1レースが終わり、男子たちが須藤の元に駆け寄っていると、女子たちの喜びの悲鳴が上がった。何事だと思い振り返ってみると、第2レースの第4コースに平田が立ったらしい。流石、クラス1の人気者だ。女子からの声援が鳴り終わらない。

 平田が声援をしている、女子たちに手を振っていると体育教師の笛が鳴った。すると、平田は綺麗なファームで飛び込み、そのまま1位でゴールをした。

 

「26秒か……。まぁ、いいタイムだな。よく頑張ったな平田!!」

 

「ありがとうございます」

 

 どうやら、平田のタイムは26秒のようだ。須藤の24秒よりは遅いが、一般的のタイムよりは上だろう。

 平田は爽やかな笑顔を浮かべながら、プールサイドから上がった。

 

 

 

 

「よしっ、第3コースの生徒は準備しろ!!」

 

 体育教師の指示の元、俺はスタート台に向かおうとした時……。

 

「音無くん、頑張ってね!!」

 

「ん? みーちゃんか。取り敢えず、出来るだけ頑張って来るよ」

 

 みーちゃんから応援の言葉を掛かられた。俺は、それに答え第3コースの第1レースの台に立った。俺と一緒に泳ぐのは高円寺、山内、外村、幸村だ。この中でいい勝負が出来るのは恐らく横のレーンに立っている高円寺ぐらいだろう。

 俺はそんな事を考えながら、先生の笛の音を聞き勢いよく飛び込んだ。飛び込むと同時に壁を蹴り、大きく水をかき、グングンと他の生徒たちを離していく……。だが、高円寺だけは俺についてくる。そして、40M付近に近づいた時、高円寺は更にスピードを上げた。

 

「(う……嘘だろ)」

 

 俺は驚愕した。まさか、あれ以上のスピードを出したのだから。結果俺は高円寺を抜き返すことはできず、2位に終わってしまった。

 

「おおおお……。凄いな高円寺に音無。それぞれ、23秒と24秒だぞ!!」

 

「ありがとうございます」

 

「いつも通りの腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだ」

 

 俺と高円寺はそれぞれ、自分のタイムを聞いてからプールサイドに上がった。

 

「惜しかったね、音無くん!!」

 

「あぁ……、高円寺が正直あそこまでやるとは思わなかったよ」

 

 俺は近付いてきた、みーちゃんと共にプールサイドに座り、残りの男子の応援を始めた。

 

 そして、第4レース、第5レースが終わり、それぞれ決勝には須藤、平田、高円寺、三宅、沖谷の5人が進んだ。結構の結果は、やはり高円寺が1位。須藤が2位。平田が3位。という結果になった。

 因みに俺は6位。綾小路は10位に終わった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 友人

 この、学校に入学してから1週間の月日が経った。最初はぎこちない雰囲気が流れていたこのクラスも、今では和気藹々とした雰囲気が流れている。まぁ、他のクラスも同じようなものだろう。

 

「桔梗ちゃん、今から一緒にカフェに行かない?」

 

「うん、行く行く!! あ……、でもちょっと待っててね、もう1人誘ってみるから!!」

 

 櫛田は友達の女子にそう一言告げると、綾小路の隣に座っている堀北の元に近づいて行った。堀北は櫛田が近付いてくると分かると、直ぐ察しが良い奴なら分かるはずの不機嫌オーラを放ち始めた。

 しかし、櫛田はそれに気付いていないのか、帰り支度をしている堀北の元に向かい、一言声をかけた。

 

「ねぇ、堀北さん。今から友達とカフェに行くんだけど、もし良かったら一緒に行かない?」

 

「興味が無いから、お断りするわ」

 

 櫛田の誘いを堀北は問答無用で一刀両断した。僅か数秒で断れた櫛田だが、悲しむ様子も怒る様子も見せず、ただニコニコと笑っているだけだった。

 それにしても、櫛田が堀北を誘い、その誘いを堀北が断る。この、流れを何十回見たことか……。入学してから毎日のように櫛田はこうやって堀北を遊びに誘っている。だが、毎回キツい断りの言葉を言われている。それなのに、櫛田は心が折れずにいるのは凄いことだと俺は思う。もし、それが俺だったら2回か3回で心が折れるだろうな……。

 

「そっか……。残念だな、じゃあまた誘うね」

 

「……待って、櫛田さん」

 

 櫛田が少し残念そうな顔をし友達の元に向かおうとした時、珍しく堀北が櫛田を呼び止めた。この時、俺は「遂に、堀北が櫛田の誘いに乗るのか?」と思っていた。

 

「もう私のことを誘わないで、迷惑だから」

 

 しかし、堀北から出た言葉はとても冷たく、心にグサリとくるものだった。流石の櫛田もこの一言を貰ったらヘコむんじゃないかと思っていたが、そんな心配は要らなかった。

 

「また、誘うね!!」

 

 櫛田は、まるで堀北の言葉を聞いていなかったような様子を見せ、再び誘うと断言して待たせている友達たちの元に向かった。

 

「ねぇ、桔梗ちゃん。もう堀北さんのことを誘うのは辞めない? 私、前から堀北さんのことが───」

 

 ドアが閉められる寸前、櫛田の横にいた女子の声が微かに聞こえて来た。俺の所まで聞こえて来るということは、後ろの堀北にも聞こえている筈だろう。

 しかし、堀北は少しも意に介した様子を見せなかった。

 さてと、俺もそろそろ帰るとするか……。おっと、その前に友人を関係を作るために綾小路でも誘って見るかな? 

 

「なぁ、綾小路。放課後、何処かに寄っていかないか?」

 

「あ……、悪い。今日は先客があってな」

 

「先客?」

 

「ああ。Cクラスの椎名って言う女子と約束してるんだ」

 

「なるほど、先客がいるならしょうがないな」

 

「ああ。悪いな」

 

「いや、全然大丈夫だ」

 

 綾小路を誘って見たが、既に綾小路には先客が居たようだった。それにしても、綾小路の奴はいつCクラスの生徒と知り合ったのだろうか? 少し気になるところだが、先客があるのにいつまでも引き止めるのはあれなため、早々と話を切り上げた。

 話が終わると、約束の時間が迫っていたのか綾小路は急いで教室から出て行ってしまった。

 あれほど、急いでいたとは、なんか悪いことをしてしまったな……。

 

 さてと、仲の良い綾小路は先客がいるし、池と山内は早々に帰ってしまっているし、須藤は部活中だ。仕方ない、今日は寮に帰って大人しく本でも読んでいるか。

 

「音無くん。少しいいかな?」

 

「どうした、平田?」

 

 教室から出る寸前。突如クラスの中心人物である平田に呼び止められてしまった。一体何の用だろうか……。

 

「実は、今から軽井沢さんたちとケヤキモールに行こうって話をしてたんだけど、一緒に行かないかな?」

 

「ケヤキモール? 何しに行くんだ?」

 

「う〜ん、お茶かな?」

 

 なんと。平田に遊びに誘われてしまった。恐らく、俺が綾小路の事を誘っていたのを聞いていたのだろう。

 さてと……。どうするか……。俺は考えた。ここで、断ってもいいのだが、折角友人を作るチャンスだここは平田の誘いに乗るとするか。

 

「あぁ、女子たちが良いと言うなら参加する」

 

「分かったよ。ちょっと、軽井沢さんたちに聞いてくるね!!」

 

 平田はそう言うと、軽井沢の席周辺に集まっている女子たちの元に向かった。平田が俺の事を話しているようだ。一応、見る限り女子たちは嫌そうな顔をしていないので、恐らく俺が参加しても大丈夫だろう。

 

「今、聞いてみたら皆も大丈夫だって!!」

 

「それは、良かった」

 

「じゃ、早速ケヤキモールに行こうか」

 

 やはり、女子たちは俺の参加に対してOKを出してくれたらしい。本当に良かった。ここで、「ごめんね」なんか言われた日にはしばらく立ち直れないだろうな。

 俺は、そんな事を考えながら平田たちの集団の後ろに着き、微妙な距離を保ってケヤキモールに向かった。

 

 ケヤキモールに到着し、俺が寮に帰って来た時間は6時だった。それまで、平田たちとケヤキモールでお茶をしたり、ショッピングしたりと楽しい一時を過ごした。

 時計の針が6時を指したのを確認した平田が、もう遅いということで解散する指示を出した。俺は、解散する前に今日一緒に遊んだメンバーである軽井沢、佐藤、松下、篠原、平田の5人と連絡先を交換した。

 

 これで、俺の連絡先は丁度10人になった。本当に今日は平田の誘いを断んなくって良かったと思う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 50~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。