魔王やってましたけど勇者に負けて転生しました ~FFランク冒険者候補からの成り上がってやる~ (ほりぃー)
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第一部 魔王と勇者の末裔
その少女の名前はマオ


 黒い雲が空を覆っていた。

 

 広い大地に雷が落ち、轟音の響く荒野の中で魔王は咆哮をあげる。山のような巨大な姿に額から伸びた一角には魔力を灯して青く輝く。大きな両腕は一振りで街一つでも吹き飛ばすだろう。

 

 その牙の生えた口から放たれた咆哮は空気を振動させ、この世界ごと震わせるかのようだった。

しかし、魔王は傷ついてた。いたるところから紫の血を流し、赤い片目はすでにつぶれている。彼の前に対峙するのはちっぽけな3人の人間だった。

 

 一人は輝く聖剣を構えたもの。

 一人は煌く手甲をはめたもの。

 一人は閃く杖を手にしたもの。

 

 彼等は人間の世界では勇者とされた者たちだった。様々な冒険の果てに魔王と対峙し、そして追い詰めていた。

 

 魔王も勇者たちもすでに傷つき、限界は近かった。それはわずかな差だったのだろう。

 

 魔王は片膝をついた。流れ出る血がまるで川のように流れ出ている。

 

 剣の勇者が進み出て聖剣を構える。その美しい刀身に雷撃の力が通い。まるで黄金のように輝く。その光は空の雲にまで伸びていく。

 

 その強烈な光が陰になって剣の勇者の表情はわからない。だが、その顔からぽたりと水滴がおちた。魔王はそれを見ても体が言うことを聞かなかった。

 

 ここで終わる。魔王は立ち上がろうとしてもできない今にそう思う。目の前には剣を構えた勇者、短い一瞬のはずが永劫のように感じる。いや実際に時間が止まっているかのようにすべてが動きを止めていた。

 

 魔王は困惑した。自らも動けないがすべての動きが止まっている。死に際の幻想、そう思うしかない。しかしそんな止まった時に一筋の光が差し込んできた。その光は魔王を照らし、声が聞こえる。

 

『私の声が聞こえるか……魔王よ。私はこの世界を創りし者』

 

 神とでもいうのだろうか、魔王は思った。

 声の主は言った。

 

『お前は生の中で多くの者を傷つけた……。だから勇者たちに力を授けてお前を倒すことにしたのだ。巨大な力を持つお前は、来世で弱い者のことを知るがいい、それがお前への罰だ』

 

 抑揚のない声がそう伝えてくる。魔王は笑った。いや、止まった時の中で笑おうとした。声は出ない。

 

『お前の作った世界に住んでみろ』

 

 自らが為したことに一切の反論をせず、神を挑発するようにそう想った。声の主はそれには何も答えずに止まった世界に音が戻ってくる。剣の勇者の聖剣は振り下ろされた。

 

 

 

 あたしが起きるのはにわとりの鳴き声よりも早い。

 

 ベッド? そんなしゃれたものはないよ。床に敷いた板敷きにお父さんとお母さんと弟で横並びに寝そべっているんだ。

 

 あたしは目をぱっちりあけてそろりそろりと一人だけ寝床からでる。横には弟が涎を垂らして寝ているから起こすわけにはいかない。誰も起こさないで起きるのなんて文字通り朝飯前だ。

 

 隙間風用の穴の開いた壁から漏れる朝の光の中、あたしは立ち上がる。うーんと体を伸ばして足音を立てずに外に出る。外に出る戸は立て付けが悪くて音を鳴らしそうになるけどちょっとしたコツですーと空けれるんだ。

 

 外に出るとそこにはいつもの光景が広がっている。ほんのり暗い、涼しい朝の時間。あたしの視界には村の光景が広がっている。どこもこかしこも貧乏っぽい。ボロボロの木造の家が並んでいる。

 

「あぁーーー」

 

 朝起きるといっつも思うんだけど!! あたしは、あたしは。

 

 

「魔王だったのにぃ」

 

 両親を起さないように抑えた声で言うんだけど、こればっかりはもう納得いかない。

 

 今のあたしはマオって名前の村娘。ありふれた農村の貧乏な村娘。そんでもって、前世は魔王だった。なんか神様とやらが来世でなんとかって言ってたけど、普通にわとりの世話をさせる?

 

 家の横にはぼろい囲いがあってその中に数羽のにわとりがいる。あたしは囲いの中に入って、箒で掃除とか卵を産んでないかとかちゃんとチェックして回る。

 

 こけこっここここ

 

 うっさーい! あたしの足元にまとわりつく赤いトサカの鳥どもを睨むけど、こいつらに効果はない。うちの財産っていったらこいつらくらいしかない。もしもお金持ちだったらすでにローストチキンにしてやっている。

 

「う、うう」

 

 箒を片手に自分のみじめさに涙が出る。今のあたしはあの強力な魔力もなければ軍勢もいない。勇者と対峙でもすれば気絶する自信はある。虫けらみたいな存在になってしまったんだ。

 

 こけこっこー

 朝の光に反応したのかにわとりが叫ぶ。遠くの山の間から朝日があたしの村を照らす。ああ、遺憾なんだけど、まあ、この光景は嫌いじゃない。

 

 

「うんしょ」

 

 と言いながら井戸から組んだお水を汲んできては甕に移す。

 

「やっほい!」

 

 と言いながらぱかぁんとナタで薪を割る。

 

「ほぃ」

 

 と言いながら小さな畑に鍬を入れる。手は結構ボロボロなんだけど、お父さんもお母さんも弟も手伝うから魔王たるこのあたしがさぼるわけにはいかない。でも、毎日すっごい働いているはずなんだけど全然暮らしは豊かにならない。

 

 それもそのはずでさっき使った鉈も鍬もあと畑に植えてある種もぜーんぶ借りもの。収穫時に利子を払うから最終的に殆どのこりゃあぁしない。ほんと領主の阿保は頭ふんづけてやりたい。

 

 土まみれになったから近くの小川で顔を洗う。ぱしゃしゃと洗ってから水面をみるとそこには碧い瞳に明るいベージュの髪の毛をした女の子、つまりあたしがいた。

 

「はぁ」

 

 ため息しかでない。あたしは膝を抱えてうずくまる。顎を膝にのせて川の流れをみるときらきらと光っている。この川、たまに氾濫するふざけたやつで水の精霊を見かけたらぶんなぐってやろうかと思っているところ。ただ一度も見たことはないけど。

 

 あたしは立ち上がって、両手を前に伸ばす。そして呪文を唱える。

 私の体からわずかに青い光がほとばしる。

 

「アクア!」

 

 っていってみたら川の一部がぽちょーんと動いた。水を動かすなんてことは今のあたしにはできそうにない。前なら洪水なんて簡単に起せていたはずなのに! なーんてもう何度したのかわからない。

 

 記憶をたどって魔法の練習を繰り返してやっとこの程度。もともとこの体には魔法の才能何てないのだろうね。ちっくしょう! いつか絶対こんな村でてって成り上がってやる。

 

 あたしが村に帰る途中に村人達から声を掛けられる。やれこの前はありがとうだの、手伝ってくれて助かっただの言われる。あたしは高度な計算でそれをやっているだけで、いつか人間どものをまたこの手でひれ伏させるためにやってんの。勘違いするんじゃあないわ。

 

「あ、よかった。また手伝ってやるわよ」

「ボラおばあちゃん重いもの持つときはあたしに言いなさいよ」

「子供の相手くらいべつになんでもないわよ」

 

 あたしは適当に言い返しながら歩く。むふむふ。みんな今日はトラブルはなさそう。あたしの下になるんだから、元気でいてもらわないと困るわ。

 

 …………自分を騙すのもけっこうヤバイレベルに至ってるくらいのことはわかってる。いろいろ言い訳しながら人間としての生活を続けているけど、言い訳をしすぎてなんかわけわからなくなってきた。

 

 そう思っていると村の唯一の井戸の前で人だかりができている。

 

 男たちが血相を変えて話し込んでいる。なんだろうとあたしは近付いてみる。そこにはお父さんがいた。お父さんはなんてことないただの農夫。ひげがじょりじょりと痛いだけの。そんなお父さんが泣きそうな顔で私の肩を掴んだ。

 

「ロダが森に入って帰ってこないんだ!!」

 

 ロダってのはあたしの弟、……な、なんだってぇ! やばいじゃん!

 

 最近森では強力な魔物が出るって噂がある。タダの噂で本当かはわからない。犠牲者が出ているわけじゃない。でも、ああ、普通に心配だけど。私は魔王、私は魔王、私は魔王。こんな時は泰然自若として、落ち着いて対処するのが高貴な魔王としての当たり前の行動なんだってわかってるけど心が、ああ体がなんか、冷たい。

 

「お、お父さん。なんでロダは森に入ったの」

 

 震える声でなんとかそういったあたしにお父さんが首を横に振る。わからないんだろうと思う。もともと痩せているその顔はなんだか血の気がない。今にも気絶でもしてしまいそうなほどだった。あたしは周りの男たちにどこに行ったのか聞いたけど、誰も知らない。

 

 こんな村だ。武装は古びた剣とか槍とか弓が共同の倉庫にあるくらい。魔法を使える奴なんて誰もいない。

 

「森に出る魔物は大きなオオカミみたいなやつだってよ……」

 

 誰が言ったかはわからない。

 

 ただあたしはそれを聞いた瞬間に頭の中で食い殺されるロダのことを思い浮かべた。どくんと心臓が鳴る音が大きく、大きく聞こえた気がした。

 

「あたしは、あたしは魔王だ……」

 

 いつの間にか走ってた。呼び止める声が後ろからするけど、止まらない。あたしは近くにあった木の棒を掴んで森の中にかけはいっていく。

 

 がさがさ、ばりばり、とがむしゃらに進んだ。何か叫んでいたんだと思うけれど、自分でももうよくわかっていない。握りしめた木の棒の感触だけを感じている。

 

 音がした、何か唸るような声。あたしはその方向に一目散に駆けだした。

 

 茂みをぬけて、木の枝に頭をぶつけた。いや、額で枝を折ってでも進んだ。遠くに弟の後姿がみえる。その前に灰色のオオカミがみえる、大きいわけではない、噂の魔物ではないかもしれない。でも、あたしは叫んだ。

 

「あたしのおぉおお! 弟に手をだすなぁあああああ!!」

 

 ロダの振り向いた顔。涙にぬれたその彼にオオカミが飛びつこうとするのをあたしは、おもいっきり木の棒で走りざまにぶんなぐった。

 

 重い衝撃が体に響く。オオカミは投げ出されて地面に転がる。すぐに起き上がって歯を見せて唸っている。

 

 あたしはロダの前に出る。

 

「誰の弟に手を出しているか、知ってのんのかぁ? あたしは、マオ様だぞ!!」

 

 ぽたぽたと額から血がながれてくる。唸り声をあげるオオカミに対してあたしは木の棒を肩にのせて睨み据える。殺す。弟に手を出すなら殺す。それしか考えられなかった。

 

 オオカミはだんだんと後退りして、茂みの中に消えていった。

 

 あたしはしばらくそのままになってたけど、途端に足の力が抜けてその場にうずくまった。

 

 情けない。体が震えて、なんか、うまく、できない。

 

「おねえちゃん」

 

 ロダがあたしにしがみついてくるから、なんとかお姉ちゃんらしさ、いや魔王らしさを取り戻そうと唇を噛んで向き直る。おもいっきりしかってやるつもりだった。勝手に危ないことをしたんだからそれはもうこっぴどく。

 

「大丈夫?? けがはない??」

 

 言っちゃった。そう。

 

 思っていることと別のことをいって、ロダを抱きしめる。だってそうしたかったんだから、どうしようもなかった。

 

「なんで森に入ったの」

「だぅて、だって、薬草とかとったら売れるかもっておもって」

「ああ」

 

 そうか、きっと家族のことを思ってそうしたんだろう。でもね、危ないことをしたら、危ないことをしたら……だめじゃん……だめだよ。

 

 私はロダを抱きしめながら想う。このままじゃだめだ。魔王としての力はないかもしれないけど、貧乏のままじゃだめだ。成り上がろう、どんな形でもいい。誰にも危ないことをさせないように、

 

 あたしは元魔王だ。なんだってできるに決まっているんだ。

 

 



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ギルドで出会う剣の勇者

 いててて、あたしはくらくらとする頭を抱えながら歩いている。

 

 弟を助けた時に頭をしたたかに打った。いや、助けた時っていうかどっちかというと走っていくときに木の枝とかにぶつかったのだ。よく考えたらオオカミのような獣に出会って無傷とは運がい……いやいや魔王として当然のこと。

 

 今日は村長の家に大人みんなで集まっていた。村長って言ってもこんな小さな村だ少しはげた小太りのおっさんだ。けっこう面倒見のいいおっさんであたしもよく遊んでもら……暇つぶしに付き合ってやったものだ。

 

 村長を中心にみんなで輪になっている。お父さんもその中にいてあたしはその後ろにちょこんと座っている。あたしも大人として認められているのかと言うと遺憾ながら違う。オオカミのようなモンスターをおっぱっらった当事者だからだとおもう。

 

「村の周辺に出るという魔物を退治しなければ安心して暮らせません」

 

 そう言ったのはお父さんだ。みんながうんうんと頷いている。あたしも近くの森の中に化け物がいるかもしれないと思うと困る。

 

「街に行って冒険者に依頼しよう」

 

 村長が言った。それにもみんながうんうんと頷いている。あとは大人たちは共同の蓄えからお金をだそうとかいろいろと言っている。

 

 冒険者か、いろんな依頼をこなす人間達のことだ。そういえばあの勇者たちも最初は冒険者ってやつだったはずだ。あいつらこの魔王を倒したんだからあれからきっとガッポガッポとお金をもらったに違いない。

 

 ……あれ、あたしもそうしたらいいんじゃないかな? 冒険して稼いだらあたしは豊かになるしついでに村も豊かになるじゃん。お父さんの後ろであたしは勝手に目を輝かせている。

 

 金貨に埋もれた自分の姿を思い浮かべると意味もなく立ち上がってしまう。

 

「決めた!」

 

 いきなりあたしが立ち上がっていったものだから、みんながあたしを振り返った。あ、やっちゃったね。あたしはほっぺたが少しあったかくなるのを感じながら、なんかいわなきゃって思った。

 

「あたしも街に行く」

 

 ぽかーんと大人たちは口をあけてあたしを見ている。あたしは恥ずかしさを抑えようとぐっと自分の前で右手を握ってみる。

 

 少し間を空けて狭い室内で笑いが起きた。

 

「年頃だからな」

「街に出たいんだな」

「俺もそういう時はあった」

 

 おっさんどもが勝手をいう。まるであたしを「街」に憧れるいたいけな少女のようにいっている。違うから! もっと崇高な理由であたしは、行こうって思っている。ただ、村長もうんうんとしたり顔で頷いているのをみてあたしはわずかにほっぺたを膨らませた。

 

「まあ、マオが冒険者ギルドに付いていくのはいいだろう。それよりもだ」

 

 村長がそう言って話を別の方向にもっていった。あたしはとりあえず街に行くことができるらしい。彼等にはなんてことない取るに足らないことなんだろうけど、しゃっくぜんとしなぁあい!

 

 

 村を出る日。朝早くに村を出た。お昼前にはつくことができるだろう。

 

 弟のロダにお土産をせがまれたがそんなおかねはありませーん、と突っぱねた。あたしとお父さんと村の数人だ。一応大人は剣とか槍で武装している。あたしが追い払った程度のオオカミなら特に問題ないと思う。

 

 そもそも本当に森には魔物がいるんだろうか、でも深く入って確認するわけにはいかないので結局はその調査も冒険者にお任せするしかない。

 

 村からの道は一本道だ。領主の馬鹿に年貢を納めに行ったり、村のことを報告するためくらいにしか使わない道だけど、定期的に使うからそれなりに草刈をしている。あたしは自分で作ったサンダルで歩いていく。

 

 片手に持ったパンにかじりついて、むう! と力を込めて食いちぎる。自分で言うのもなんだけどめちゃくちゃ固い。口の中でふやかせてからもぐもぐして食べる。おいしいかどうかと言うとお母さんと一緒に作ってくれたんだからおいしいことにしている。

 

 それにしてもいい天気だ。雨が降ったら最悪だった。傘なんて持ってない。そういうのは上流貴族とかしかないのだ。あたしが口をもごもごさせながら歩いていると、お父さんが後ろから声をかけてきた。

 

「ごめんなマオ。せっかく街に出ていくから、お前に何か首飾りでも買ってやりたいけど……何も買ってやれないとおもう」

 

 ……なんかやっぱり勘違いされている気がする。あたしは冒険者と言う職業をこの目でみて成り上がりに利用してやろうって思っているだけなんだから、そんなこと全然微塵も気にしてなんかいやしない。お父さんはいっつもそうだ、勝手に人このことをわかっているつもりなんだけど村人が魔王のことなんてわかるはずないじゃん。

 

 ここはあたしが魔王のよゆーってやつでにっこり笑って。

 

「わかってる、全然大丈夫」

 

 っていう。お父さんはあたしに微笑み返して前に歩いていく。あたしはふうと息を吐いて少し立ち止まる。足元にあった小石をかつーんと蹴って。ちぇーっ……となんでか自分でもわからないけど言った。

 

 

 バーティア、それが街の名前。白い城壁に囲まれたなんてことない田舎街。月に何度か市場が立つからその時にいろんな村のみんなが集まってくる。

 

 街の真ん中に教会と領主の屋敷があった。冒険者ギルドというのは冒険者の組合のようなものでそこに依頼をすると冒険者を派遣してもらえる。外で待っているように言われたけど。あたしはせがんでギルドの中にまで付いていくようにした。せっかく冒険者が見れるんだから行かなきゃ損だ。

 

 ギルドの建物は思ったほどは大きくなく、中にはあんまり人がいなかった。酒場と奥に受付がある。村人でぞろぞろと受付に行く姿はすごい田舎者っぽい。

 

 あたしはほんのり離れてギルドの中をきょろきょろとみていた。どうせ依頼は大人たちにさせておけばいい。あたしはよくわからない。

 

 ギルドと言ってもこんな田舎だ。冒険者の数も少ないんだろう。あたしは長椅子に腰かけた。大人たちは受付で何かしている。掲示板のようなものがあり、そこに数枚の紙が貼ってある。あたしは村で唯一文字が読める。秘密だけど。

 

 まあー、魔王なんだからあったりまえなんだけどね。

 

 みればクエストの依頼だとか、パーティ募集だとか書いてあった。なるほどここで誰かの仲間になるのかと冒険者の心得みたいなものを勝手に納得していく。あたしは興味を持っていろいろと観察を続ける。

 

 すると長椅子の反対側に人が座った。あたしは横目で座った相手を見る。

 

 そこにいたのは女の子だった。背はあたしよりも高そうでウェーブの少しかかった銀髪が肩まで伸びている。肌は羨ましいくらい白い。雪みたい。なんだかはかなさげな感じがするけど、銀の鎧をまとって手には装飾の煌びやかな鞘に納めた剣を携えている。

 

 冒険者だろうか、前をじっとみている。

 

「はあ」

 

 ひとつため息をついた。あたしじゃない。横の女の子だ。知り合いでもないのに「どうしたの」とはいえない。ただ、あたしはうかつだった。その見た目になんとなく目を奪われていたのだろうか、じっと彼女を見続けてしまっていたのだ。

 

 彼女があたしと目を合わせる。

 

「?」

 

 少し困惑したような表情であたしと彼女は視線を交える。なんだろう、なんか視線を外すことが逆に出来なくなった。先に外したら失礼っぽいじゃん。ああ、どうしよう。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

 そう彼女は言った。声も綺麗だった。

 

「え? いや、あの、なんだか困ってそうだなぁっておもって」

 

 あたしは訳の分からないことを言ってしまった。だいたいため息くらいしか見ていないのだ。言うことが見つからないとこうして変なことを言ってしまうことがある。あたしの悪い癖。ただ、彼女はふふと笑った。

 

「そんなひどい顔をしていましたか? ありがとうございます、心配してもらって」

「え、いやー、ど、どーいたしまして」

 

 丁寧に対応してくれる相手にあたしはしどろもどろになってしまう。魔王らしく「汝。如何にした」などといってもまあ、馬鹿っぽいし。

 

「あの。綺麗な髪ですね。冒険者志望の方ですか?」

「えー、まあ。今日はあたしの村のモンスター退治を依頼しに来ただけ」

「そうなんですね。失礼ですけど、お名前は?」

「あたし? あたしはマオ」

「マオさん……いい響きですね。私はミラスティア・フォン・アイスバーグ。冒険者の見習い、のようなものです」

 

 げっ!!??

 

 アイスバーグ??

 

 こいつ、こいつもしかして。

 

 あたしは内心の狼狽えを隠しながら、こほんと咳ばらいをした。ここは威厳を保たなければ。あたしはその名前を知っている。それもよく。

 

「アイスバーグ。ってもしかして、あの剣の勇者の」

「…………ええ、そうです。先祖は魔王討伐を為した剣の勇者になります」

 

 しゅくてきー。ここであったが何年目?? 

 

 ばくんばくん言うあたしの心臓。この少女の掴んでいる剣はあたしにとどめを刺した聖剣ではないだろうか。鞘の装飾が変わってて気が付かなかった。

 

「も、もしかしてその剣はあの有名な聖剣ですか?」

「……あ、そうですね」

 

 あ、そうですねってあたしを抹殺した武器を見せられる気持ちにもなってみてよ。まあ言えないんだけどさ!! どうしよ、どうもできないけど、どうしよ。

 

 あたしがテンパりながらミラスティアをみる。すると彼女はなんだか不安そうな顔をしている。逆にあたしは聖剣を見た時よりその顔にうっとなった。

 

「おーい。マオ」

 

 お父さんの声だ。あたしがみると、お父さんを先頭にぞろぞろとやってきた村の大人たちとなんか3人増えている。赤い髪の剣を持った人と、なんか盗賊っぽい短いピンクの髪の女の人と、ローブ被った陰気な男だ。

 

「この人たちが私たちから依頼をやってくれる冒険者さんたちだ。今からさっそく村に戻るぞ。それにマオ驚いたぞなんと、あの剣の勇者の子孫が今回は参加してくれるそうだ」

 

 あたしは横を見た。ミラスティアがどことなくきまりの悪い顔をしていた。

 

 

 村へ帰る。来た道を帰るだけで今度は冒険者もいる。お昼前についたから、付くのは夕方ごろになるだろう。その道中にあたしは大人たちの話を右の耳で聞きながら、左側で冒険者たちの話を聞いていた。

 

 冒険者にはランクがあるらしい。お父さんから聞いた話によると「F」が最低で「S」が最高だという。実はおとうさんは文字が読めないから話半であとはあたしが解釈しただけだ。

 

 Fランクの冒険者は見習いの見習いのようなものでまともなクエストはうけさせてもらえない。だから今回雇った冒険者はリーダーの赤い髪の戦士は「C」他二人は「E」。

 

 「C」ランクの冒険者を雇えたのは幸運だったと、お父さんが言ってた。

 冒険者にはそれぞれ自分の身分を示す冒険者カードが配られるらしい。おねがいして盗賊っぽいお姉さんに見せてもらったが確かに「E」と書いてある。

 

 ミラスティアのも見たいなぁと村に帰る道中に彼女を見た。

姿勢よく背筋を伸ばして歩く姿はどことなくかっこ……いやいや。背はあたしより少し高いくらい。胸も……いやいや。

 

 いらんことを考えていたのをあたしは頭を横に振って邪念を払う。それからさっきから気になっていたミラスティアのカードについて聞いてみた。

 

「みます?」

 

 と、まあ案外簡単にカードを出してくれた。あたしがそれを見ると「SC」と書いてあった。なんでこの子のだけランクが2文字あるんだろう。ただあたしには『S』の文字が印象的だった。

 

「へー『S』ってすごいんだよね」

「い、いえ、そんなことありませんよ」

 

 流石は剣の勇者の子孫と言うつもりで言ったのだが、あたしが「S」という言葉をいうとミラスティアはなぜかおろおろし始めるし、リーダの男がこっちをじろりと睨んできた。なんだかわけがわからない。あたしも少し驚いてカードをミラスティアに返してしまったからランクが2文字あることを聞けなかった。

 

 なんだかミラスティアはしょんぼりしているような気がする。

 あたしはちらりと3人の冒険者を見るとミラスティアとは離れて談笑している。なんだろ、なんか仲悪いなこいつら。理由はわからないけど。

 

 まあーあたしは魔王として全然関係のないことなんだけどさ。

 

 そう思うとふと、ギルドでため息をついていたミラスティアの顔が頭に浮かんだ。

 あー。

 うー。

 いー。

 

 勇者の末裔なんてあたしにとっては不倶戴天の敵。前世でぶち込まれた聖剣の一撃は鮮明に思い出すことができる。というかそれまでの間にあいつとはけっこういろんなことがあったんだから……。

 

 あたしは立ち止まった。ミラスティアの後姿にあたしはなんて声をかけようか、いい案はない。だから次にいったことは何にも考えていなかったから出た言葉なんだと思う。

 

「ミラ」

「え?」

 

 ミラスティアが振り返った。

 

「いや、あ、あたしには名前が長くてよ、呼びにくいからさ。ミラって呼んでいい?」

「……」

 

 なーにいってんだろあたし。

 

 ミラスティアも意味わからないって顔で目をぱちくりさせるじゃん。相手からみればあたしは見た目は村娘、勇者の子孫ってんだからきっと貴族の一員だと思う。どーしよこの感じ。

 

「はい」

 

 ミラスティア、いやミラはぱぁっと明るく笑った。なんだかあたしが恥ずかしくなるくらい純粋な、そんな感じのする笑顔だった。いや、なんで喜んでんの……? ああ、なんかほんと転生した後のあたしは馬鹿かもしれない。

 

「じゃあ、私もマオって呼びますね」

「あ、はい」

 

 ほら、ぼけっとしてたから変な返事をしちゃったじゃん。でも、マオってそのまんまじゃない! あたしの名前略すところないんだけどさ……そういえばこいつ「マオさん」って言ってたなぁ。さんづけなんてあんまり記憶ないわ。

 

 あーもう頭の中こんがらがってきた、何やってんだろあたし。もーどーでもいいやっ!!

 



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悪いこと

 空を見るとそろそろ陽が沈みそうだった。

 

 オレンジ色の太陽がだんだんと山の間に隠れていく。あたしは結構この時間が好きだ。

 

 なんとなく振り返るとながいあたしの影が伸びている。なんてことないけど、なんとなく好き。ただそれだけ。ま、誰にも言ったことはないけど。魔王は秘密がおおい。

 

 あたしとお父さんたち、それに冒険者たちとミラは村についた時にはもう暗くなりそうだっていうのに篝火をたいて村のみんなが集まっていた。

 

 おかえりー

 街はどうだった。

 

 あたしに聞いてくるおっさんたちに「まあまあかな」って胸を張って、ふんと鼻を鳴らしながら答える。もともとあたしが街に憧れているなんて妄想で送り出されたことには多少想うところはある。ちゃんと誤解は解いておきたい。

 

 なのにワシワシと隣の家のおじさんなどはあたしの頭を撫でてきたりする。痛いって、もう。あたしは手で髪を整える。

 

 別の歓声が上がる。

 みればミラがみんなに囲まれている。

 

「あんた剣の勇者の子孫なのか」

「これでこの村も安泰だわ」

 

 困惑顔のミラをみんなが囲んで好き勝手言っている。

 

「あ、あの」

 

 ミラは目をぱちくりさせながら、愛想笑いを振りまいている。

 

 なんでいきなりばれたんだろうか、まあ目立つ格好をしていると思うし目立つ武器を持っていると思うけど、とあたしは疑問に思ったけどそのなぞはすぐに解けた。あたしのお父さんが村のみんなの中で大声で話しているのが見えた。

 

 あと、冒険者の赤髪のリーダーを盗賊っぽいお姉さんがなだめているのも見えた。ミラだけがちやほやされて、納得がいかないのかもしれない。

 

 そのミラはあたしの方をチラチラ見てくる。助けを求めているのは明らかだった。

 

 どうしよ、うーん。いちおーあたしにとってはは不倶戴天の敵といえばそうなんだけど、魔王の度量を見せつけてもいいのかもしれない。あの子の先祖とはいろいろと合ったことは間違いないし。

 

「ほら、みんな! 冒険者さんたちは疲れているんだから明日にして明日にっしっしっ」

 

 あたしは大声で言って回り、村のみんなを追い払った。しぶったやつには「あたし、もう何も手伝わないけど、いい!!?」って言ってやったらすごすご帰っていった。普段あたしはお手伝いをよくしているからね。いざと言う時武器になる。

 

 最後に村長が出てきてミラに挨拶をしようとしたので、あたしは肩を小突いて赤髪のリーダーに挨拶をさせた。

 

「依頼を受けていただいてありがとうございます。今日のところは私の家にお泊りください」

 

 村長が丁寧にそういう。あたしはふと気が付くとお父さんもいないことに気が付いた、気づかない内に追い払ってしまったのだろうか。そう思ってきょろきょろと見回すと、遠くで手を振っている。

 

「おーい村長。酒を出しておくからな」

 

 お酒は貴重。村のお祝いの時くらいにみんなで飲むのがしきたり。まあ、幼いことになっているあたしには関係のないことだけど、冒険者を囲んで宴席をするつもりなんじゃないかな。

 

 

 うるさいなぁ。

 

 なんかどんちゃん騒ぎが聞こえてくる。あたしは自分の家でぼおぉっとしていた。お母さんは宴会のお手伝いに行ってて、弟はお父さんに連れられていっている。宴会は男のものって古臭い村の風習があるけどまあ、お父さんたち楽しそうだからいいかな。お酒には興味はないし。

 

 一人でいると明かりをつけるのももったいないけど、一人でしかできないことがある。

 

 あたしは手を前にだして集中する。手にだんだんと熱い感覚が宿ってくる。囲炉裏の中で組まれている薪に向かって小さく叫ぶ。

 

「フレア」

 

 目をカッと見開いて。手に宿った魔力を開放する。赤い火がぼわっとでて、じゅっと薪を焦がす。

 

「ふー! ふー!」

 

 あたしは急いで息を吹きかけて火を大きくする。顔を真っ赤にしてふーふーと息を吹きかけるこんな姿他に見せらんないじゃん。やがてぱちぱちと燃え始めると、あたしははーと息を吐いて横になる。

 

 薪を燃やす音が、

 ぱちぱち

 ぱちぱち

 

 と耳に響く。意外と嫌いじゃない。だんだんと眠たくなってきた。でもちゃんと火の始末をしてから眠らないといけないから頭をふって、眠気を払う。

 

「あー」

 

 だめだー。ねむーい。よく考えたら一日中あるきっぱなしだったんだった。あたしは起き上がってうつらうつらと体を揺らす。するときぃっと家の入口の引き戸開こうとしてガタン。ごとッと立て付けの悪さに苦戦している音が聞こえる。

 

 あたしははっとして、口元の涎に気が付いて、すぐに袖で拭きとる。

 

「誰!?」

 

 と聞くとわずかにあいたドアから顔を出したのはミラだ。銀色の髪があたしの起こした火に照らされている。

 

「はいっていい?」

 

 聞かれたからあたしは

 

「いい……けど」

 

 だって追い返すわけにはいかないじゃん。ミラはがたんごとんと引き戸をなんとか開けると丁寧に閉めようとしてまた苦戦している。見れば鎧を脱いでいた。中に来ているのは黒い、黒い、えっとたしかシャツとかいうものを着ている。前に街で見たことがある。

 

「おじゃまします」

 

 ぺこりと頭を下げてミラは中に入ってきた、手には聖剣を鞘に入れたままもっている。ミラはあたしの向かいに座った。行儀よく。あたしは普通に足を組んでいる。ミラははあぁと息を吐いた。

 

「少し疲れちゃった」

 

 なんていえばいいんだろうか、わかんねー。あたしは一応は魔王様なんだけどね。ミラはあたしに微笑みかけて、自分で言った通り少し疲れたよう顔であたしにいった。

 

「私はお酒とか飲めませんし」

「ああー、わかるー」

 

 たぶんおっさんたちに勧められたんだろう。あたしも経験がある。酔っぱらったおっさんたちの終わりのない昔語りは疲れる。まあ、ミラはそこまで言ってはいないんだけどね。なんとなくあたしが勝手に理解した。

 

「勧めてくれるのは、うれしいのですけどね」

 

 あ、やっぱあたりっぽい。あたしはきししと少し意地悪な感じで笑う。勇者の子孫が困っていることを喜ぶのも作法なんじゃないかなって、そこまで考えたわけじゃないけど。

 

「あたしのところに来たのは逃げてきたんだ」

「……えっ、……あ、……」

 

 軽く言った言葉にミラはあたしの顔を伺うようにして言葉を詰まらせた。いや、別にあたしは追い詰めようとして言ったんじゃないんだけど。

 

「……逃げてきたっていえばその通りかも……」

 

 体を抱くように小さくなりなりながらミラはうつむいたままそういった。え? 違うから、あたし別に嫌味でいったんじゃないから! そんな深刻に受け止められても逆にこわい。

 

「みんな私を剣の勇者の子孫として見てくれるけど、私はそんな大それた人間じゃなくて、……私が分不相応に持ち上げられるのはあのガオさん達にも悪いし。でも、村の方々は私にすごい期待してくれているし」

 

 ガオ? がおってだれ?

 

「え? あの赤い髪のリーダーさん。冒険者の……」

 

 そ、そんな名前なんだ。確かに全然気にしてなかった。

 

「私はギルドを通してでパーティーに加えてもらっているだけなの……だから私はみんなの期待に応えなきゃいけないから……」

 

 ふーん。なるほど。

 

 なんでギルドを通して仲間になっているのかはよくわからないけど、勇者の子孫ってのも大変なのね。あたしはどうこたえることせずに、目の前でぱちぱちと燃える炎を見ている。向こう側には暗い顔をしたミラがいる。

 

 あー。なんだろ、あたしにとって剣の勇者の子孫がどうなろうと知ったことじゃないの。でも、これは両親とか、弟とか、村のせいだと思うけど、自分はおせっかいなんだと思う

 

 あたしはあ両手床についてずいと前に出る。ミラと目を併せて、にやりと笑う。

 

「あんたは勇者の子孫かもしれないけど、あたしは魔王の生まれ変わりだから」

「え?」

 

 ミラは目をぱちぱちさせる。純粋に驚いたようなその顔はけっこうかわいい。

 

 あたしは立ち上がった。どうせあたしが魔王の生まれ変わりで記憶をもっているっていっても信じるわけがない。今まで信じてくれた人はいないしね。

 

「がおーっ、て襲い掛かったら。どうする?」

「…え?え?? き、斬る」

 

 意外と容赦ないなぁ。今のあたしならすぐ死にそうなんだけど。

 あたしとミラの間でぱちんと薪が音を立てる。見下ろすあたし、見上げるミラ。あたしは手を伸ばす。

 

「ほら」

「……?」

 

 ミラがあたしの手をつかむ。あたしは引っ張って立ち上がらせる。

 

「おもっ」

「……!!!」

 

 

 ミラはむぅううっと無言でほっぺたを少し膨らませる。いや、あたしが力がないだけだから。それよりも行こっ。

 

「わっどこへ」

「悪いことしにいくの」

「わ、悪いこと!??」

 

 あたしはそんな言葉は無視してずんずんと行く。引き戸をがらりと開ける。これにはコツがいる。簡単に開けたことにミラは驚きの声をあげた。

 

 外は星空、

 

 魔王のあたしは勇者の子孫の手を引いてその下歩く。足ははだし。これで十分。

 

 行くのはがやがやしている村長の家。ミラは「わっ、わっ」と言っているだけで何が何だかわからないみたいだった。あたしだって自分で何をしているかわからない。

 

 村長の家の入口は開いていた、お祭りの時はいつもそう。暖簾をぱぁーんとあたしは勢いよくあける。

 

「こーぁらー!」

 

 入ったがすぐにあたしは叫んだ。ミラの手をつかんだままだった。 

 

 お酒を飲んで顔を真っ赤にした連中が並んでいた。あたしの姿を見るや、こっちにこいと誘ってくるがあたしはその前に言うことがある。村長の傍でガオだったか冒険者のリーダーもいた。

 

 あたしは全員を見回して、首をこきこきならしてから言う。後ろにはミラがいる。どんな表情をしているのか見えてないけど、あたしにはわかる気がする。でも、気にしてなんかいられない。

 

「あんたら! いい歳こいて! ミラを偏見でみるなぁ!!」

 

 一瞬静まり返った。何を言っているのかと全員があたしを見る。あたしはふんと鼻を鳴らす。

 

「剣の勇者の子孫だか何だか知らないけど、ミラスティアはミラスティアなんだって! なんだよっいい大人が、いい歳こいた男が、張り合ったり、期待したりしてさっ!」

 

 あたしはミラを前に出す。あたしはその横に立つ。

 

「ほら、あたしとあんまり背も変わらないじゃん! だーかーら、ちゃんと女の子として扱え―!!!」

 

 あたしは部屋いっぱいに響くようにいってやった。

 

 がやがやと大人たちが話し始める。「マオちゃんなんで怒ってんだ」とかいったり「剣の勇者様としてあつかったらだめなのか」とか聞こえてくるあと、「胸が」とか聞こえてきた。

 

 ぶっころすぞぉ、誰だ今言ったやつぅ!

 

 いつの間にかあたしは息を切らしていた。言いたいこと言ってやっただけ。あたしはあたしの言いたいことをそのまま言っただけ。よく考えたら恥ずかしいことをしてるのかもしれない。そう思うとほっぺたがほんのり熱い。

 

 というかめっちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。もういい。

 

「以上!! わかった?? よっぱらいどもー! ばーか!!」

 

 あたしは捨て台詞をはいて村長の家から飛び出す。ミラの手をちゃんと握っていた。あたしとミラは走って、草の上にバタンと倒れこんだ。あたしは仰向けになって、空を見る。

 

「はあはあ、ほら、悪いことしてやったわ」

 

 どんな反応をミラはするのだろう……。どんな反応でも構わない。あたしはそう思うし、あたしの中の魔王はそう思う。

 

 ミラも仰向けになって空を見る。

 

「…………みんな、驚いてたね」

 

 星が綺麗な夜。田舎の夜なんだけどね。ミラは言った。

 

「わるいこと、しちゃったかな。みんなにあんなこと言って」

「何言ってんの。言ってやらないとわからないって」

 

 二人で寝転んだまま会話する。地面がひんやりしていた。ミラはふふ、と笑う。あたしもつられて笑う。なんだかほっとしてしまう。あたしは勢いであんなことをしたけど、今考えると余計なことをしたかもって……不安だった。

 

 ミラとあたしは少しの間。笑いあった。

 

「マオ……」

「何?」

「マーオ」

「なんなのよ」

「なんでも!」

 

 頭の悪そうな会話をする。あたしは起き上がって、そろそろ帰ると伝えた。眠たい。

 

「ありがとう」

 

 え? あたしが振り向くと、ミラは立ち上がっていた。

 

「あたしの方が背が高いかも」

 

 ぐっと悔しそうな顔をしちゃったあたしに、ミラは楽しそうにいたずらっぽく笑った。

 



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交わる剣

 

 あたしが朝に目を覚ますとお酒の匂いがした。

 

 その「元」であるおとうさんのいびきに眉を顰めつつゆっくりと起き上がる。

 

 朝って空気が冷たい。なんとなくその感じで今がどれくらいの時間なのかわかる気がする。まーあ、てきとうなんだけど。

 

 あたしと弟を中心におとうさんとおかあさんの4人で寝ていた。あたしはそこから抜け出してそろりそろりと音を出さないように外に出る。立て付けのわるい引き戸にも音なんてさせない。

 

 外に出ると今日もいい天気。遠くでちゅんちゅんと鳥の声がする。大きく息をすると、胸いっぱいに冷たい空気が満ちていく、そんな気がする。あたしははーと息を吐く。

 

 それからあたしは頭を抱えた。

 

(昨日のあたしテンション高すぎ―!)

 

 頭を抱え込んだままぐるぐるとその場で回ったり、しゃがんだりする。声なんてださない! 誰もいない朝の時間だからこんなことできるけど、けっこう思い出すと恥ずかしい。あたしはひとしきり変なダンスを踊ってしまった後に、にわとりの囲いの中を掃除したりした。

 

 それから家の前にたって小さく。

 

「いってきまーす」

 

 っていう。聞こえたら両親が起きてくるかもしれない。だから、ちいさな声でそう言った。持っていくのは腰に巻いた袋の中にパンを2つ。それに小さなナイフ。錆びているから役に立たないかもしれないけどないよりましかな。

 

 今日の朝ミラたちは森の中に入っていくはずだった。あたしは村の中を森の入り口まで走っていった。まだ殆ど誰も起きていない。裏の森はあたしの村の貴重な材木とか薪を取るために林道がある。だから登るところもだいたい決まっている。

 

 いた。

 

 ミラと冒険者たちがあたしの目に映る。4人だ。ミラと赤髪と盗賊っぽいお姉さんと、魔法使いっぽい男ね。

 

 その瞬間にミラがこっちを振り向きそうになったからあたしは物陰に隠れる。あ、危なかった。流石についていくなんていったら止められるだろう。でもあたしは冒険者になって成り上がるために一度どんな風に戦うのか見てみたい。

 

 あたしは魔王として冒険者と戦ったことはあんまりない。あたしのもとにたどり着くことのできる奴なんてほんとに一握りだった。だから冒険者が何をしている職業なのかもよくわかっていない。軍隊とならいっぱいやったことはあるけど。

 

 物陰からこっそりとみるとミラが銀色の鎧に身を包んで姿勢よく立っている。朝日に照らされたその姿が、ちょっといい感じがする。羨ましいなんて言わない。

 

「おら、行くぞ」

 

 ガオだっけ、赤い髪のリーダーを先頭に森の中に入っていく。夜に魔物は凶暴化する、だから朝に森の中に入って様子を見に行くのだろう。

 

 あたしはモンスターが夜型が多くて朝が苦手な奴が多いってことは知っている。魔王として当然の知識ね。あ、やばいやばい、はぐれないようについていかないといけない。あたしは木の間とかに隠れながら4人を尾行した。

 

 くしゃりとはっぱを踏み潰す音にも気を付けてあたしは後ろをついていく。

 

 時折ミラが後ろを振り向くのであたしはそのたびに心臓が止まりそうになる。だって、あの子何の前触れもなく後ろを振り向くんだからっ。ああ、木の間に隠れるために枝と幹にあわせて変なポーズをしてしまった。

 

 少し開けた場所で4人は立ち止まった。なんか話をしているけど聞こえない。あたしははいつくばって腕だけで前に進むなんて妙なことをしながら近づくけど、遠い……近づきすぎるとなんかミラが後ろを向くことが分かったからこうしている。あいつ……カンが鋭い……。

 

 ガオが何かを指示しているみたい。盗賊っぽいお姉さんが何かを広場の中央に置いて

 

「フレア」

 

 と魔法でぼわっと火を起した。

 

 するとなんだか甘いにおいがする。くんくんとあたしはその匂いを嗅ぐ。なんだろ、ああ、ふんわりした気持ちになる。甘いものってたまにしか食べられないし……はちみつって前に食べたのいつだろぉ。

 

 はっ!! 今私、ばかっぽい顔をしてた。ぱんぱんとほっぺを自分で叩いて気を取り直す。誰かに見られてたら1週間は悩む自信はある。

 

 気が付くとぱちぱち燃える広場の真ん中、甘いにおいの元。そこには4人の姿はなかった。あ、あれ? どこ行ったんだろ、あたりを伺う。いない、なんで? 

 

 

 ぐるるるる

 

 唸り声がする。この前追い払ったオオカミのような声、しかも一匹じゃない。わかった! 燃やしたのは香草でモンスターをおびき寄せるためのものだ、あーなーんだ。あたしやばいじゃん。

 

 近づいてくるモンスターと鉢合わせになったらやばい。それしか言えないくらいにヤバイ。あたしは茂みの中で小さくなってあたりを見回した。なんかいろんなところから唸り声が聞こえる。口元を抑えて、目だけを動かしてあたりを伺う。黙っているからか心臓の音が聞こえる。

 

 バウゥ!

 

 急な咆哮にあたしは心臓が飛び出るかと思った。でも両手で口を押えて声を噛み殺した。あたしの隠れている茂みを飛んで数匹のオオカミが香草の燃える広場に走りこんでいく。灰色のくすんだ毛並みに血走った目をしているそいつら。

 

「ふぅーふぅー」

 

 口元を抑える手に力が入る。見つかるわけにはいかない。でもあたしのそんな恐怖はあまり意味のないになった。

 

 あたしの目の前が一瞬光った。オオカミ達の上に光る矢のようなものが降り注ぐ。その矢はオオカミの数匹に突き刺さってあいつらの悲鳴が上がる。あたしにはわかる。あれは光魔法だ。そんなに威力はないけど、あいつらを相手にするには十分。

 

 木の上から冒険者の一人、黒いローブに身を包んだ魔法使いっぽい男が飛び降りる。そいつが手をかざすとまた光の矢が現れてオオカミを仕留める。きゃいんと憐れな声を出してオオカミ達は逃げ出した。

 

 その先に赤い髪のガオが立ちふさがる。肩に剣を背負っている。なんか強そう。

 

 ガオはそのまま剣を一閃、また一閃と確実にオオカミ達を倒していく。やっぱり強い。それにここに誘い込む慣れた手際はあいつのおかげなんだろうと思う。

 

 

 ぐるぐるる

 ぐううるう

 

 あ、唸り声がいつの間にか増えていた。香草に釣られたというか、血の匂いに引き寄せられた? どっちかわからないけど、こんなに多くのモンスターがいたなんて。

 

 あたしの脳裏に弟を助けた時のことが蘇った。もしもあと数匹いたら今頃は……いや、今考えることじゃない。でも、あたしには今なにもできない。

 

 ガオと魔法使いっぽい男は背中合わせになってあたりを警戒している。唸り声はそこら中からする。

 

 そんな中、銀髪を揺らめかせてミラが茂みからゆっくりとでた。ミラはガオの前に立った。

 

 ほんとうにゆったりとした動きにあたしには見えた。剣を鞘からゆっくりと抜く。

 

 黒い刀身、久々に見た。魔力を帯びた聖剣は青い光をまとってその姿を現す。ばちばちとミラの周りに雷の力が奔流。黒い刀身に魔力で描かれた紋章が浮かび上がっている。ほんと、それをみるのは久しぶり。いまいましいなぁ。あいつのこと、おもいだしちゃうじゃん。

 

 一瞬ミラの姿が「あいつ」に重なって見えたから、あたしは首を振る。幻覚を見るほどあたしは夢見がちな女の子じゃない。

 

 ミラは聖剣を空にかざす。聖剣「ライトニングス」。神の作った神造兵器の一つで魔王であるあたしを倒すために作られたもの。ああ、光に寄せられてオオカミ達が一斉に飛び出した。無駄なことなのに。

 

「聖剣よ、我が求めに応じ。雷の鉄槌を振り下ろせ!」

 

 ミラを中心に魔法陣が浮かび上がる。

 

「ライトニングス!」

 

 聖剣の名をミラが呼ぶ。青い光が刀身から放たれる。それは魔力をこめた雷の力。神の刃から放たれるその雷(いかづち)をあたしは不覚にも綺麗などとおもってしまった。

 

 とびかかったオオカミ達をただ一匹も許さずに青い雷の餌食になる。一瞬の光の後、オオカミ達が一斉に倒れていく。焦げたようなにおい。黒くなってしまったオオカミをみてあたしは意外と冷静だった。

 

 昔の因縁があったからかもしれない、確かに強力な力だと思うけど、あたしと剣の勇者が戦ったときにはあの聖剣はもっとはるかに強かった。ミラの周りに展開された魔法陣が光の粉のようになって消えていく。

 

「ふぅ」

 

 ミラが息を吐く。

 

 あたしも口から手を放して息を吐く。あれ、なんだろ、なんか涙がでてる。あたしは意味不明な涙を袖でごしごしとこすった。剣の勇者の子孫なんて見て泣くなんて訳が分からないや、わけわかんないことにしとく。

 

 ミラをまたみると聖剣を鞘に納めていた。ガオと黒ローブの男も武器を納めている。

 

 それにしても冒険者ってのは結構強いのね。あたしがなれるかな……いやいや、あたしは魔王様だし、普通によゆーよゆー。はあ、と強がってみても今のあたしは今まで生きてきてどの程度かよくわかっているつもり。

 

 いつの間にか赤髪のガオとミラが向かい合ってる。何をしているのかな。あたしは身を乗りしてみる、するとガオが剣を抜いた。ミラに剣を突きつける。ええ? な、なにしてんのあいつ。

 

 ガオはミラを睨んでいる。ミラは驚いた顔であとじさってる、そりゃあそう。意味わかんないもん!

 

「ミラスティア。聖剣を抜いて一度、俺と手合わせしろ!」

 

 何言ってんのあいつ??

 

 ☆

 

 

 ミラにガオが剣を突きつけている。な、なんでこんなことになっているのかよくわからないんだけど、ど、どうしようあたしも出て行って止めた方がいいのかな。でも、いきなりあたしがでていってもあいつらからすれば意味わかんないかもしれないけど。

 

「ど、どういうことですか?」

 

 ミラも困惑したように声をあげている。そりゃあそうだ。意味わかんないもん。ガオは肩に剣を担ぐようにして持ってミラを睨みつけたまま言った。

 

「昨日なんか村のガキが宴会の時叫んでたけどな」

 

 あ、あたしだ。

 

「ありゃあ、お前のことだろ。……まあ、お前もいろいろと考えることはあるということは分かった。でもなぁ。俺の剣を見ろ」

 

 またミラにガオは剣を向ける。剣を見ろって? なんてことない普通の剣。ただ刀身は光を反射するくらいに磨き上げられている。それでもミラの持っている聖剣に比べればそれだけだ。

 

「これは俺の親父の形見の剣だ」

 

 ミラは少しだけ驚くような顔をした。ガオは続けて、というか今まで抑えていた何かを押し出すように話し始めた。

 

「俺の親父も冒険者でな、全然うだつの上がらないような人で、ランクもずっと低いままだった。それでも一生かけて俺を育ててくれた……で、ある日にギルドから受けた依頼を失敗して死んだ」

 

 ガオは剣を地面に突き刺す。

 

「馬鹿見てぇな話だろ? でも俺からすれば尊敬する親父だったんだ、だから俺も冒険者になった。何年も修行して、何回も死にかけて、何回も仲間を死ぬところも見た、それでも俺は俺のやってきたことに誇りを持ってる」

 

 ガオは顔をあげるミラを睨む眼は猛獣のように鋭い。

 

「なのに、テメェは剣の勇者の子孫だかなんだか知らねぇけど、聖剣なんてもんもって、俺と同じ場所まで来やがった、気に食わねぇんだよ!! 俺は!!」

 

 ミラは明らかに動揺したような顔をしていた。ああ、なんだあのガオってやつはそういうことだったのか、だからなんとなく冷たくミラに当たっていたのか。

 

「おめぇはおめえで言いてぇことはあるってのはわかった。昨日酒を飲んだってのに眠れなかったぜ。うだうだするのは性に合わねぇし、気に食わねぇもんは気に食わねぇ。おいボラズ『刃引きの加護』を俺の剣に付けろ」

 

 ボラズと言われたのは黒いローブの魔術師だ。「刃引きの加護」というのはあたしも知っている。なんてことはない武器を魔力で覆って切れないようする簡単な魔法だ。つまりガオは本気でミラと戦うつもりなんだろうと思う。

 

「いいのか? ガオ」

「すっきりしたいだけだ。なあ小娘」

 

 ミラはびくっと体を震わせる。その間にボラズがガオの剣に魔力をまとわせた。

 

「は、はい」

「はいじゃねえよ。お前は別に刃引きなんてしなくていいぜ。なんなら殺されても文句はねぇよ」

「い、いえ、自分で、で、できます」

 

 ミラは聖剣に手をかざすと刀身が青い光に包まれた。やるの? というかさっきからミラは何も言い返していない。なに、あの不安そうな顔。あたしは飛び出しそうな自分を抑えるのに必死だった。

 

 いつの間にか盗賊っぽいお姉さんも出てきている。あれ、なんかあの人あたしにウインクした? 確認しようとすると盗賊っぽいお姉さんはそっぽを向いている。気のせい?

 

「それじゃあ行くぜ、おら!」

 

 ガオは飛び出して剣をふるう。ミラはそれをよけて構えなおす。

 

 赤い髪の冒険者、剣を2度、3度振るうそれをミラは体を動かしてよける。剣をあわせようとはしない。ガオはそれにいら立ったのかさらに激しく剣を横なぎにふるった。

 

「あ、あぶない」

 

 ミラは聖剣を逆に「ひっこめて」避けた。あ! ころんじゃった。な、なにしているの。でもミラはすぐに起き上がって聖剣を構えなおす。

 

「何してんだテメェは、何があぶねぇだ」

「………………い、いえすみません」

 

 ガオはゆっくりと歩いているけどその横顔は怒っているとと遠目にもわかる。そもそも、ミラはよけるだけで一度も反撃していない。

 

 そっか、わかった。あの聖剣で「普通の剣」を受けたら逆にガオの剣がおれちゃうかもしれないんだ。……なるほどね。あたしは自分のことでもないのになんでかいつのかにか、唇を噛んでいる。……え? なんで? 自分でもなんでそんなことしているのかわからない。

 

 ミラは優しいんだ。でもきっとガオはそんなことが心底気に入らないんだと思う。ははは、乾いた笑いが出る、何年も人間として生きてきたから、相手の気持ちを想像しちゃうなんてね。

 

「勇者様の子孫は行儀がいいよな。ぁあ、気に食わねぇよ。俺らみたいな下級冒険者はあの手この手で生き残らなければいけねぇってのに、手加減をするよゆーがあるってのか」

「ち、違います、そ、そんな」

「生き残ってきたんだよ、こんな姑息な手も使ってな!」

 

 ガオは剣を地面に刺す。そして思いっきり振り上げる。砂が舞った。ミラは小さな悲鳴を上げて目を閉じる。

 

 ガオが飛び込む。剣を横なぎにふるう。

 

 姑息? どうだろ、あたしにはわかんない。あたしがされたらぶんなぐると思うけど、でも、その瞬間にわかった。ミラはたぶんあの奇襲も避けることができるし、反撃もできる、でもたぶんわざと「負けよう」としている。

 

 その瞬間あたしは飛び出していた。なんでかなんてわからない。

 

「ミラっ!! 勝って!!」

「!!」

 

 ミラはあたしの声に反応したのか、ガオの奇襲をよける。ミラは目を袖でこすりながら叫んだ。

 

「ま、マオっ? なんでここに」

「そんなことどうでもいいじゃん! そんなやつコテンパンにやっちゃって!!」

「んだと、このクソガキ。いきなり出てくんじゃねぇよ」

 

 ガオはあたしを睨みつける。ああ、獣みたいな目だ。あたしはあとじさりそうになる。でも逆に両手を組んで鼻を鳴らしてやった。わかっているよ。

 

「だーれがクソガキだ! くそ冒険者!!」

 

 盗賊っぽいお姉さんが笑っているのが見える。ボラズという魔法使いは呆然としている。ミラもガオもあたしを見ている。なんでこんなことしちゃったんだろ、でもなんかミラがわざと負けることだけは、しちゃ、いけないこと、だと思ったんだ。

 

「ミラ! こいつは、あんたに本音で語ってんだから、遠慮なくぼこぼこのぎったんぎったんにしてやらないとだめだよ!!」

「んだとぉ。こらぁ!」

「あんたもあんたよ! 不器用すぎんでしょ!!」

「わかったような口きいてんじゃねぇぞ、ジャリが!」

 

 あーそージャリガキで悪かったわね。でもあたしは魔王様なんだ。だから偉そうにしたっていいの!

 

「ミラ!」

「う、うん」

 

 ミラはみんなには「はい」なのに、あたしには「うん」なんだね。

 

「ミラも本気でぶつかって! 後で何てどうしようもないよ。隠したってどうしようもないよ、あたしも、そうだったから! ガオを、めったんめったんにしちゃえ!!」

 

 剣の勇者、ああ、あいつとは記憶があるよ。魔王と勇者は本音では喋る機会は少なかったんだ。……ああ、でもさ、あたしは今ミラに言う言葉なんてこれくらいしかないんだ。賢く、わかりやすい言葉で伝えたいのにでも、あたしの中にはその「言葉」がないんだ。

 

 それでもミラは立ち上がってくれた。

 

「ガオさん」

「あぁ?」

 

 ミラが構える。

 

「手加減しません」

「なめた口をきくなよ。ガキが」

 

 二人は向かい合って剣を交える。ガオが先に動いた、上に構えた剣を全力で振り下ろす。なんの小細工もない想うところも全部込めたような一撃。ミラは体の軸をずらして聖剣でそれを受ける。火花が散る。

 

 ガオの体が横によろける。

 

「ぐおっ」

 

 ミラは力を流したんだ。ああいう技術は見たことがある。剣で相手の力を流す。あたしにはすごい技くらいにしか理解できない。あたしから言える言葉なんてこれくらいしかない。

 

「いっけー!」

 

 ミラの振るった剣がガオの脇腹をしたたかに打った。ガオは後ろに飛んで、両手を広げたような格好で倒れた。手から離れた剣がからんと音を立てて地面に落ちた。

 

「……」

 

 ミラは『刃引きの加護』を解いて聖剣を鞘に納める。それからはっとして。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 とガオに駆け寄った。あたしもなんとなく駆け寄ったし。盗賊っぽいお姉さんもボラズも来た。ガオから見れば全員に覗きこまれるような格好だった。

 

「見てんじゃねぇよ」

 

 起き上がらずにそういった。さっきまであった獣のような気配は感じられない。ボラズが抱き起そうとするのを拒否してガオは自分で体を起こした。地面に座り込んだまま「お父さんの形見の剣」を見る。

 

「結局、ぼんくら2代じゃあ勝てなかったってことか」

 

 あたしはケツを思いっきり蹴った。勝手に足が動いたのだ。

 

「いってぇ。何しやがるクソガキコラ!」

 

 あたしは両手を組んで見下ろすよう形。そうでもしなきゃ少し怖い。

 

「あたしは冒険者になりたいの!」

 

 なにいってんだろ。

 

「先輩のくせに。腑抜けてんじゃないわよ」

 

 ガオはあたしをみながら口をあんぐりあけて、それから言った。

 

「お前が? むり、だろ」

 

 あたしの体を見てそう言っているらしいんだけど、あたしこーみえても前世は魔王様だ。無理なわけない。でもそれをそのままいうわけにはいかないから、

 

「あんたもこれからも自分にそういうの?」

 

 あたしはそんな少しずるい言葉を使った。でも、ガオは少し呆然としてからふっと笑った。

 

「まさか。俺は若けぇんだ。そこの何言っても言葉で返せない、一撃で俺をフッとばしちまう筋肉おんなには負けねぇよ。……訓練のし直しだな」

「………!!!!!!」

 

 ミラが顔を真っ赤にしてむっとした。

 

「だ、誰が筋肉ですか!?? ま、魔力で身体能力を強化して……わ、私だってちゃんと考えているんですから。それにガオさんを倒したのは、ま、マオが悪いんです」

「やーい。きんにく!」

 

 あたしはとりあえずガオに乗っかっておいた、盗賊っぽいお姉さんとボラズは笑って、ガオも笑った。ミラだけが怒っている。

 

「うー! マーオー」

 

 ミラがあたしの両側のほっぺたを引っ張ってきた。

 

「な、なにひんのよ」

 

 いたいいたい。はなせぇ。あたしは反撃としてミラにも同じことをする。

 

「いひゃいぃ」

 

 ほっぺたをつねりあうバカなあたしたちを見て、ガオは立ち上がって笑っていた。でも、盗賊っぽいお姉さんだけがなぜか緊張したような顔で森の木々を見ている。

 

「何か来る」

 

 盗賊っぽいお姉さんが言う。ガオが「グル。何か聞こえたのか?」と言っているから、グルさんって名前らしい。その時、バキバキと木の折れる音が立て続けに聞こえてきた。あたしにも何か来ることがわかる。

 

「モンスターですか」

 

 ミラがあたしを背後に庇いながらグルさんにいった。なんでさん付けしてんだろ。まあいいけど。

 

「わからないけど、スカウトとしてのカンはやばいっていってるわ」

 

 全員が構える。スカウトっていうのはなんだろ。

 

「おいガキ。テメェは物陰にいろ」

 

 ガオがあたしの首根っこを掴んでひょいと持ち上げて放り投げた。いったー。抗議しようとしたらガオはにやりとあたしに笑った。たぶん蹴りのお返しだ。

 

 轟音が響く、何かの叫び声だ。木々を震わせるそれは明らかに殺気を交えている。森の奥に黒い影が現れた。いや、あれは影じゃない、黒い魔物だ。

 

 巨大な黒いオオカミ。黒狼とでもいうべきなんだろうか、それは唸り声をあげてあたしたちに近づいてくる。黒い毛並に長いしっぽ。巨大な牙が口元からこぼれるように見える。

 

 ぐおぉおお!

 

 黒狼が近くに合った太い幹の木に噛みつく。ばきばきと音をたてて、それは倒れた。どすんと地面を揺らす。

 

「おいおい、冗談じゃねぇぞ。あれは災害級のモンスターじゃねぇのか?」

 

 ガオが「災害級」いう。あれはあたしにもヤバいことがわかる。あれ、いつの間にかあたしは、へたり込んでる。おかしいな、なんでだろ、あれ?

 

 逆にこわさを感じない。あたしの中で何かがマヒしているのかもしれない。だから黒狼の上に「人」が乗っていることに気が付いた。それは黒い服に身を包んだ、長いくせのある赤い髪の少女だった。頭に丸い帽子をかぶっている。

 

 そして長い耳をしている。

 

「あれあれー。なんでこんなところに冒険者なんているのかなー」

  

 少女は陽気な声で話をしている。短いズボンをはいているから太ももから伸びた白い足が見える。そいつは冷たい目であたしたちを見下ろしていた。

 

「てめぇはなんだ! 魔族がなんてこんなところに居やがる」

 

 ガオが叫ぶ。

 

「うっさいーな。別に、そこにある村をえさ場にしよっかって思ってただけだよ。人間様」

 

 え? 魔族。いやそれよりも餌場?

 

「あーあ。あたしの部下のモンスターたちをこんなに殺してくれちゃってさぁ、この子もお怒りだよ」

 

 黒狼が叫ぶ。空気が振動する。モンスターとはミラたちが倒したオオカミのことだろう。ミラが飛び出す。

 

「えさ場? あなたは村を襲うつもりなんですか!?」

「そーいったじゃーん。ばかなのー。しんでよー」

「そんなことさせません!」

 

 ミラが剣を構える。その刀身を見て少女が笑う。いや、なんていえばいいのかわからない。口元が真っ赤見えるくらい嬉しそうにほほを吊り上げて、言う。

 

「それ聖剣じゃん。なんだ。たまたま立ち寄った場所でいいもの見つけちゃった。…………魔王様を殺した忌々しい人間ども。あたしたち魔族の魔王様復活という『暁の夜明け』のためにここで餌にしてやるよ」

 

 少女が黒狼からしゅっと降りる。

 

「さ、やっちゃって。肉片一つ残さず。聖剣もできたらブチ折っていいよ」

 

 黒狼が咆哮する。

 ミラとガオは剣を構え、グルとボラズも構える。あたしは魔族とか魔王とかいう言葉に混乱してしまっていた。

 

 



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魔王と剣の勇者

 黒狼が地面をける、巨大な口を大きく開けてとびかかってくる。

 

「よけろ!」

 

 ガオの一声でみんなが散る。あたしは木の陰にいて動けない。黒いローブのボラズが片手を黒狼に向けて光の矢を放つ。黒狼に当たったがその黒い毛並みに吸収されるように光が消えた。

 

「くそっ」

 

 ボラズの悔しげな声。

 

「諦めんな」

 

 ガオが叱咤する声。

 それをかき消すように黒狼が唸る。ぐるると涎を垂らしながら、ガオに突進する。危ないとあたしはいいかけて、声が出ない。

 

「きやがれ犬!」

 

 ガオは剣を構えて、地に伏せる。巨大な黒狼の突進に合わせて前に駆ける。

 

「おら!」

 

 わずかに突進から軸をずらして斬撃を放つ。がきんと音がして、剣が折れた。それだけじゃないガオが吹っ飛ぶ。転がって木にぶつかる。その音、「何か」が折れた音が耳に響く。

 

「ガオさん!」

 

 ミラが庇うように駆け寄る。黒狼はそれよりも前にボラズにとびかかった。

 

「ひ、ひいぃ」

 

 悲鳴を上げて逃げ出す。それを前足で黒狼は弾き飛ばす。爪に切り裂かれたローブから血が舞い散る。ああ、あたしなんでこんなに冷静になっているんだろう。ボラズは血だまりに倒れたまま動かない。

 

 黒狼は盗賊っぽいお姉さんのグルさんに顔を向ける。グルさんはいつの間にかへたり込んでいた。なんでか笑っている。それでいて泣いている。どうしようない時に人はああいう風になるとあたしは知っている。

 

「あははは。弱ーい」

 

 黒狼を連れてきた赤い髪の少女は手を叩いて愉快そうに笑う。

 

「いたぶって殺していいよー。腕とか足とか食べた後に首をねじ切った方が面白いわよ」

 

 ほんとに愉快そうに言う。あたしはただ茫然とそれを見ている。なんで? あたしにできることはないの? だってあたしは魔王。子供のころから昔の記憶を持っているんだから。ずっと昔からいろんなことを知っていた。

 

 黒狼がグルに近づいていく。

 青い光があたりを包む。ミラが聖剣を抜いていた。黒い刀身に文様が浮かび、雷撃の力を纏わせる。

 

「こっちです! 私の聖剣が狙いなんでしょう。私からやったらどうですか!?」

 

 ミラが必死に挑発している。ああ、必死なんだ、他の誰かにあの牙が向かないように自分に向かうよう声を張り上げている。黒狼はその声に振り向いた。

 

「ライトニングス!」

 

 ミラが聖剣をふるう。青い雷撃が黒狼に襲い掛かる。魔力の雷撃は黒い毛皮に直撃した。

 

 身を焦がす。僅かに煙をあげただけで黒狼には通用しない。やっぱりあの聖剣じゃ、いや今のミラスティアじゃ力不足なんだ。

 

 ぐるるる

 

 ミラの聖剣を握る手が震えている。カタカタあたしにも聞こえるくらい。黒狼が前足をふるう。ただそれだけでミラの体が宙に浮いた。聖剣で防御していてもそれくらい。

 

「あははは。ほんと雑魚バッカり」

 

 赤い髪の少女の笑い声が頭に響く。ミラは聖剣を杖のようにして立ち上がろうとしている。ほかの3人はたぶんもう戦えない。

 

 ここで全員死ぬんだろうか?

 いやだ。

 あたしは自分の手に力を籠める。きっと何かが起こるはず。

 あたしはなんだ。

 魔王なんだ。

 魔王なんだ。

 魔王なんだ。

 あたしは魔王なんだ、何か特別な力があるはずなんだ。何かあるはずなんだ。今それを出してよ。あたしは自分に問いかけても、何も変わらない。こういう時に何か出してよ。あたしは魔力の扱いはうまいんだ、魔力自体が少ないから何もできない。

 

 だからあたしが助けることができるはず。助けたいのに、

 

「なにもできないの……?」

 

 地面を指で抉る。少しの土がとれただけ。小さい、爪痕をのこすくらいしか今のあたしにはできない? いや、きっと何かあたしの中にあるはずだ……じゃなきゃみんな殺される。ミラもガオもグルもボラズもあたしも、村のみんなも。

 

 あれ、なんであたしは泣いているんだろ。ぽたぽたと何かあふれてくる。

 

「マオ」

 

 その声にあたしは顔をあげる。ミラが黒狼の前で聖剣を構えている。でも、あたしを一度だけ振り向いていた。

 

「ごめんね」

 

 そう言ったように聞こえた。声が聞こえたかどうかはわからないけど、そう言っているように思えたんだ。ごめん? 何に謝っているの。

 

 …………ふざけんじゃないわ。なんで「あいつ」の子孫にそんなこと言われなきゃいけない、違う、言わせなきゃいけないんだ!

 

 あたしは立ち上がった。もうどうにでもなれ。頭で考えていたってどうしようもない。

 

「こらぁあ!!」

 

 あたしは物陰から出て叫んだ。黒狼があたしを見る。それにあの生意気な赤い髪の少女もこっちをみる。

 

「なに、あんた?」

「あんたこそ何だよ! いきなりでてきて好き勝手やってんじゃないわよ」

「はあ? くそ人間風情が粋がってんじゃないわよ」

 

 人間? そう、あたしは人間。子供のころから無力だって嫌と言うほどわからされてきた人間。赤い髪の少女をあたしは見る。まっすぐ、その見下した瞳によーくわからせてやる。こいつ「魔王を復活させる」なんて言ってたけど、あたしはもうここにいる。

 

「あんたのいう魔王なんてのは大したことないやつよ。ひとりじゃ何にもできないし、勢いでしか物事を進めることができない馬鹿。そんなの復活させたいなんてなにかんがえての!? ばーか!!」

 

 ぴりっと魔力がほとばしる。少女を中心に赤い魔力の奔流が起こる。少女の周りに集まった魔力は尋常じゃない。でも、まあ。ここまでやっちゃったらもう、どうにでもなれ。

 

「人間の分際で……魔王様に対して出鱈目を言うなんて、万回殺してやる……」

 

 ――ぐおおおお

 

 黒狼が赤い魔力を纏って咆哮を放つ。

 

 どうやら魔王に対して夢を見ているみたいだけど、今のあたしはパンを焼くのも焦がすような奴よ! あたしは後ろを振り向いて走りだした。

 

「バーカ! バーカ!」

 

 挑発しながらあたしは走る。

 

「殺せ」

 

 少女の冷たい声。それに黒い狼は呼応した。あたしは必死に逃げる。息が切れる、ぱきぱきと地面に落ちた枝を踏んで、くしゃりとはっぱを踏んでいく。その後ろから地響きをたてて黒い狼が迫る。

 

 木を打倒し、喰い倒し。凄まじい勢いで向かってくる。

 

 あたしはもう、前しかみていない。死ぬかもしれない。というかただの賭けでしかない。何も言ってないんだから。木の間とか、岩の間とかとにかくこすっからくにげまわる。黒い狼は体が大きい、だから逆に森の中で追うのは得意じゃないかもしれない。

 

「ほら、こっちこっち!」

 

 後ろ何て振り向けない。あたしはついてくるように挑発してみる。そして、その場所についた。子供のころから何度も遊びに来た場所だ

 茂みを抜けた先に泉がある。あたしはその泉に飛び込む。浅い。黒狼もあたしを追って水に飛び込む。ばぁーんと大きな音がして、化け物が飛び込んだ波にあたしは巻き込まれる。

 

「げほっげほ」

 

 岸になんとか体を引きずって後ろを振り向くと、泉の中からあたしを見る黒狼の姿。あたしは右手に魔力を集めて水面に付ける。普段なら絶対にうまくいかない。ただ、あたしは自らの生命力を魔力に無理やり変換する。

 

「アクア!」

 

 わずかな水流が起こる。黒い狼の顔に水がかかる、それでもできることなんてその程度だ。

 

 ――ぐおおおおお!

 

 咆哮に波紋がおこる。あたしはここで死ぬんだろうか、それはどうだろう。あたしにはわからない。走ってきて足が重い、意外と命がけのダッシュはきついんだなぁ。とりあえずもう少し後ろに下がろう。

 

「やあああああ!」

 

 青い光が見える。雷光がほとばしる。ああ、そう。来てくれたんだ。あたしが顔をあげるとミラが雷を纏った聖剣を構えて黒狼の真上にいた。振り下ろした剣から青い雷撃が放たれる。

 

 稲妻が宙を奔る。

 

 黒狼の体中を雷撃がほとばしる。泉の水に濡れた体だ。たまったものじゃないだろう。黒狼の悲鳴がとどろいて、こいつが泉の中に倒れこむと同時にミラが岸に降りた。それもあたしの傍に。

 

「来てくれたんだ」

 

 何も言わずに来たからどうなるかわからなかった。あたしだけだったら黒狼を濡らしたところで何も意味はなかっただろう。ミラはあたしを見た。その瞳に大粒の涙を湛えていた。

 

「ばか。来なかったらどうする気だったの?」

「ごめんって」

 

 ああ、たぶんミラはあたしに「死んだらどうするのか」って言っている気がする。それはお互い様じゃん。でも、来てくれたのはうれしかったよ。駄目だなぁ、剣の勇者の子孫とこんなにわかりあってどうするのさ。

 

「あー」

 

 その声が響いた。あたしとミラが見るとあの赤い髪の少女が泉の向こうに立っている。わ、すごい怒っている。憎悪と怒りが混ざり合ったその顔。

 

「……あたしのかわいいペットをよくもいじめてくれたね」

 

 赤い魔力を纏っている。その周りにの風景がゆがんで見える。少女が右手を前に掲げると赤で描かれた魔法陣が宙に現れる。そこから赤い光が泉の中で倒れている黒狼に放たれて、

 

 ――グルるる

 

 何事もなかったみたいに立ち上がった。いや、たぶんあの赤い魔力がさっきよりも黒い体を覆っている。たぶん強くなってる。

 

「今みたいに水にぬらしたくらいじゃもう効かないよ。あはは。頑張って戦いなよ……人間は虫けらみたいに這いずり回っているのがお似合いなのにさぁ」

 

 あたしの前に立つミラ。聖剣を握る手が震えている。

 

「降参したら許してやるよ。モンスターに犯させながら殺してやる、それとも胃袋に入る方がお好き? きゃはは、好きな方選びなよ」

 

 あんな少女の声はどうでもいい。あたしは立ち上がってミラの手を取る。

 

「マオ?」

 

 不思議そうな顔であんたはあたしを見る。

 

「ねえ、ミラ。あんたはあたしを信じてくれる?」

「…………うん」

「…………ありがと」

 

 ミラの手を片手をぎゅっと握ってから、あたしも聖剣を握る。ミラとあたしの二人で聖剣の柄をもって、構える。うまくいくかはわからない。でもあたしには何の力もないけど、1つだけあるものがある。

 

 魔王としての知識だ。あたしが子供のころから少ない魔力でも魔法を遣えるのはただ、それだけ。使い方とか、魔力の性質を知っているから。だからきっとミラがあたしを信じてくれるならできることがある。

 

「ミラ。おもいっきりやって」

「……うん!」

 

 ミラの魔力が唸る。あたしたちの周りを青い光が包んでいく。聖剣の力を引き出すにはまだ足りないけど、そもそもミラの魔力の流れはまだ粗い。だからあたしが調整する。自分の力なんて何もない。

 

「すごい。マオ。いままで感じたことないくらい力があふれてくる」

 

 聖剣の光が増す。勇者と魔王でやることにしちゃあ、ちょっとへんかな。ミラの魔力をただ無駄のないように聖剣与えるだけ。あたしはただそれだけしかできない。だから聖剣を握っていない手はミラの手を握っている。

 

「な、なに? この光は。さっさと殺りなさい!」

 

 黒狼が唸り声をあげてとびかかってくる。でもなんだか怖くない。聖剣の輝きに泉が反射してあたり全部を煌かせている。あたし視界いっぱいに光があふれていく。

 

あたしはミラの手を強く握り、ミラもあたしの手を握り返す

 

「「ライトニングス!!」」

 

 あたしとミラの振り下ろした聖剣。一瞬の閃光。聖剣から放たれた雷撃はただ一直線に黒狼の体を包んだ。

 

 音も何も聞こえない。でも握っている手の感触だけはわかる。ほんとは、前の魔王もこうしたかったはずだ。詳しくは恥ずかしいから言わない。

 

 視界が開けていく。目のにあった泉は形を変えて、黒狼は跡形もなく消えていた。周りの木々も倒れている。ただ、向かい側にへたり込んだ赤い髪の少女がいる。

 

「な、なによ今ののの……ああ、あんなのまるでほんとの剣の勇者みたいじゃない」

 

 震えながら何か言っているから。あたしは前にでて、叫ぶ。

 

「がおー!!」

「ひいぃ」

 

 赤髪はそんなあたしのてきとうな威嚇で逃げていった。まあ、わからなくもない。まだまだ威力は足りないけど一度は魔王を消し飛ばした聖剣の一撃なんだから。泉の中を見ると黒狼の足とかがある、いやー。嫌、グロい。

 

「はあぁあ」

 

 ミラが膝をついた。あたしも疲れた。実際はあたしはほとんど何もしていないんだけど。ミラの横に座って。握った手を差し出す。

 

「ん」

 

 そういうあたしの顔と手をミラは交互に見て、こつんと手を同じように握って当ててくる。あ、そこであたしは自嘲した。魔王と勇者の末裔がこんなふうにしていいのかなって。ま、あたしがいいって思うならいいんだと思う。

 

 

 



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あたしはFFランク冒険者!

 

「かんぱーい」

 

 がっしゃーんとあたしの目の前でエールに入った容器が軽快な音を立てる。

 

 ここはギルドに併設された酒場だ。初めて来たときはお昼時だったから誰もいなかったけど、今は円卓をみんなで囲んでいる。みんなってのはあたしとミラとガオとグルとボラズ。

 

 ガオはごくごくとエールを飲む。金色のお酒は美味しそうな気がするけど、一度泡だけ飲んだことがあるんだけど、にっがっ、てなったからあたしは飲めない。だからあたしとミラはりんごのジュース。

 

 あれから数日経った。

 

 村の近くにあんな大きなモンスターがいたんだから結構騒ぎになったし、あたしが討伐にかかわっているとお父さんが知ったときにすごく怒られもした。何かあったらどうするのかって。

 

 黒狼にやられたガオとボラズは意外とすぐにけろっとした顔をしていた。ただ盗賊っぽいお姉さんのグルだけがちょっと引きずってた気がするけど、今はあたしの目の前でエールを飲んでいる。

 

 ガオは顔に傷ができているし手には包帯を巻いている。骨が折れているらしいんだけど、元気にエールを飲んでるほんとに折れてるの? こいつ。

 

 それはそうと目の前にはいろんなお皿にいろんな料理が並んでいる。あたしは大人だからそんなこと気にもならないのだけど、あたしはフォークを手にして迷う。

 

「こら」

 

 え? なんであたしミラに怒られたんだろ。

 

「行儀が悪いヨ?」

 

 ぐっ、なんか楽し気に銀髪美少女が注意してくるんだけど、あたしは仕方なく取り皿をとって一つ一つ皿に入れては食べる。んんんんん。

 

 ま、まあまあかな。

 

 というかさっきからミラはあたしのことをじっと見ている。

 

「何? あたしの顔に何かついてる?」

「んーん。なんか見てたら面白いから」

「なにそれ」

 

 あたしを珍獣か何かと勘違いしているのか、もぐもぐ。

 

 ガオはあたしの顔をじっと見ている。なによ、なんでミラと言いあんたと言いあたしを見るのさ。

 

「お前さ、冒険者になりたいって言ってたな」

「冒険者? 言ったね」

 

 あたしは成り上がるために冒険者になるってこの前決めた。あたしのために、あと、まあ、お父さんとかお父さんとか村のためにね。

 

 あたしは話を聞きながら口を動かす。うん。まあ、うん。まあまあ。おいしい。なんの肉かわからないけど口の中で噛むと肉汁があふれ出る。んんん。ま、まあまあかな。

 

 ガオはそんなあたしに言う。

 

「なりたきゃ今なってこいよ。そら、あそこの受付でよ」

「……!!?? そ、そんな簡単になれんの?」

「なれるさ。登録するだけなら別にな」

 

 まじ? え? そんな簡単なことなの? 

 

「が、ガオさんそんなふうに言ったら間違った理解を与えてしまいますよ」

 

 ミラがあたし以上に気にして声をだす。そんな時あたしは口にものを入れているので言葉を話せない。目だけ動かすしかない。

 

「間違ったも何もねぇさ。どうせこいつならFランクだ、Fランクなら依頼なんて受けられないしな」

「そ、それはそうかもしれませんけど」

 

 ごくん。口の中のものを飲み込んだ。

 

「ランクってどんな意味があるの」

 

 たしかランクは「F」~「S」まである冒険者の階級のようなものだ。

 あたしの問いにミラが答えてくれた。

 

「ランクと言うものは実質的な意味としては実力の指標以外にも依頼を受ける『資格』のような意味があるの。例えば、今回の村のモンスター退治の依頼ランクは『E』だったんだけど……依頼にもランクがあって、冒険者としてのランク以上には受けられないの」

 

 へー。じゃあ低いランクの人が難しいことはできないようになっているのね。

 

「じゃあFランクってどんな依頼があるのよ」

 

 それを聞いてぷっとグルが笑う。なんで笑っているのかわからないけど、ガオが答えてくれた。こいつも半笑いだ。ボラズもなんか笑ってる。

 

「ほら、あそこの掲示板を見てみな。Fランクの依頼が張ってあるぜ」

 

 なになに。んー。「煙突掃除求む」「お買い物の依頼」「犬の散歩」。げー。なにあれ、どう考えても冒険者って感じじゃないじゃん!

 

「すごい、マオ」

 

 なんでミラはいきなりあたしを褒めんのよ。

 

「文字が読めるの??」

 

 馬鹿にしてんの? あ、そうか普通読めないんだったっけ、いやそんなことどうでもいいや。でも、あたしは冒険者になってお金を稼いで村を豊かにするって決めているんだから、最初はどんな形でもいい。

 

 間違えた!!!! 村じゃなくて、あたしが成り上がるの!!! あたしは首を振って、まずはあたしと思いなおす。

 

「何やってんだお前」

 

 ガオ、うるさい。

 

「うるさいってなんだよ……まあいいさ、今回の黒い狼の討伐には結構な報奨金も出るだろうし……とりあえず5等分してもいい金額になると思うぜ。おいガキなんだその顔は」

 

 え? あたしももらえるのそれ、

 

「そりゃあそうだろ、一応お前も参加したんだからよ。むしろ俺の方が何もしてないくらいあるんだが、ミラスティアが俺らもって言いやがるしな。それなのに、お前だけもらえないのもおかしいだろ。まっ、もらえんのは王都とかで査定してからだろうから少し後だろうけどな」

 

 …………ど、どうしよ。よくわからないけど、うれしいって思っていいのだろうか。鋤とか鍬とかいろいろと買えたりするかな、いやお母さんと弟に服とか買ってあげるのはどうだろう。いや、いけないいけない。お金をもらってにやけるなんて魔王らしくないじゃん。

 

 あたしがそんな葛藤をしている間に酒場の店員がまた料理を持ってきた。あたしは頭を振った。ごはんに期待してそれを見てから、落胆した。

 

 なにこれ?

 

 なんかまるくて薄っぺらいのの上にどろどろの黄色いなにかがかかっている。ところどころに赤いまるいトマト? も載せてある。気持ちわる。

 

 ミラがそんなあたしの顔を覗き込んできた。

 

「食べないの、マオ」

「こ、こんな気味の悪いもの食べないわよ……うえーどろどろしてる。なにこれ」

「これはねー。ピザって食べ物で最近王都では人気なのよ、上に掛かっているのはチーズね」

「へえ、あたしいらない」

 

 あたしの言葉にミラはちょっとむっとした顔で「ピザ」とかいうのをナイフで少し切った、とろーりとチーズがたれてる、うぇーーなにそれ。あたしは絶対食べない。

 

 ミラが

 

「はい、あーん」

 

 だーれがそんなことするかーー!

 あたしは逃げようとして、がっしりとグルに羽交い絞めにされた。はーなーせー。なんであたしにそんな訳の分からないものを食べさせようとするのさ!

 

 ミラがあたしの顔に得体のしれない「ピザ」を近づけてくる。食べるもんか、ってあははは、くすぐるのは反則。やめ、やめろー! もいっ!

 

 変な声を出した瞬間にミラに「ピザ」を口に突っ込まれた。反射的に噛んでしまって、口の中で、

 

 サクッ

 

 と音がした。

 ……………………………!!!!!!!!!!

 ………!??!?!?

 もぐもぐもぐもぐもぐ。ごくん。

 

「どう、美味しい? マオ」

 

 ミラの勝ち誇った顔があたしの前にある。あたしはなんだか、それに普通に答えるのはくやしいから、そっぽを向いて言ってやった。

 

「べ、つに!」

「……そっ、じゃあ私が全部食べちゃう」

 

 こ、この強欲女! あたしはむきになってしまった。

 

「太れ!」

「ふ、ふ太ったりしません!!」 

 

 ぎゃーぎゃーと喧嘩してしまった。それをガオ達が笑ってみている。というか煽ってきた。

 

 

「冒険者としての登録ですね」

 

 受付のお姉さんはギルドの制服を着ていた。短い黒髪のお姉さんだ。

 

 後ろではがやがやと宴会が続いている。あたしはミラと一緒に受付で冒険者としての登録をすることになった。冒険者としての登録はあまり難しいものではないらしい。というか、あたしが登録しても「F」ランクらしいけど、まあ物は試し。

 

 受付のお姉さんはさっきガオが説明してくれたランクについてもう一度解説してくれた。

 

①冒険者としてのランクによって依頼のランクを制限される

②依頼ランクが高いものには高位の冒険者との同行で認められる場合がある。

③冒険者も依頼のランクも「F」から「S」まである。

 

「以上で簡単な説明は終わりです。依頼を受ける場合は詳細を説明します。ちなみにランクがどうやって決まるかは秘密です」

 

 お姉さんが人差し指を唇にあててにっこり笑った。あたしは何とも言えない気持ちではやくってせかしてしまった。お姉さんは残念そうだが、反応に困るのよ。

 

「それじゃあ、このカードに手を置いてください」

 

 カード? ああ、そういえばガオ達が持ってたやつね。

 

 お姉さんが差し出したカードにあたしは手を置く。するとカードとあたしの周りに緑の光があふれていきカードに文字が浮かびあがる。あたしは手を放す。カードにはあたしの名前だとか年齢だとかが浮かび上がったすごい。

 

 それじゃあランクは? あれなんだこれ。

 

「FF」

 

 なんでFが2つあんのよ。

 

「なんで?? マオが!?」

 

 いやミラの方がなんで驚いているの? これはなに、つまり「FFランク」ってこと? そういえばミラも「SCランク」って2文字があったっけ。じゃ、じゃあミラこれすごいランクだったりするのかしら?

 

「んーん」

 

 えー、すごくはないんだ。

 

「最低」

 

 ひど、あんた実は友達いないでしょ。ま、まあいいわ。もともと期待してなかったし、Fだろうが「FF」だろうがどうでもいいけど、これであたしも晴れて冒険者の仲間入りってことだよね。

 

 そう思ったらミラがいきなりあたしの手をがしっと握ってきた。

 

「マオ! やったね。学園に入学できるよ! 私と一緒!」

「は。が、学園? 何それ」

 

 ミラはよかったやった、って言っているけどあたしにはさっぱり訳が分からない。誰か説明して。

 

 ぱちぱちと手を打つ音がする、あたしが振り返るとそこには緑の髪をしたギルドの制服きた美少年がいた。長い髪を後ろで結ってる。

 

「冒険者登録おめでとう。そのランクの意味は僕から説明しよう」

 

 いきなり出てきてあんた誰?

 

「僕はイオス・エーレンベルク。このギルド長をしているものです」

 

 そう言ってにこやかにイオスは笑った。あと、ミラがあたしに抱き着いてくるんだけど、痛い、離せ!

 

 

 あたしとミラはいきなり現れたギルド長とかいう少年についてギルドの奥に入った。ぎしぎしなる階段を上がって、ギルド長の部屋というところに入った。

 

 なんていうか、思ったよりも何も置いていない。机と向かい合わせのソファーに本棚、それくらいしかない部屋だった。

 

 奥に窓があって月が出ている。いつの間にか暗くなってたんだ。今日は街に泊まることになると思うけど、なんだかお泊りってわくわく……す、するわけないじゃん。

 

 イオスは燭台に火をつけてソファーに座った。

 

「どうぞ、おかけください」

 

 いわれてあたしはそのままソファーに座る。ミラは一礼して座る。ぐっ、なんか品位とか言われそう。でもイオスは微笑のままあたしたちを見ている。それにしてもこんなに若いのに「ギルド長」とかたぶん偉そうな感じなのは意外。

 

「僕の外見に驚いているようですね。僕は思ったよりも歳をとっていますよ」

 

 そうなんだ、あたしは「そうですかぁ」と気のない返事をした。反応に困る顔をしてるんだもん。

 

「まあ、僕のことは気軽にイオスって言ってもらっていいですよ。ギルド長って呼んでもらってもいいですけどね」

 

 何がおかしいのかイオスはくっくっ笑いながら言う。なんだかあたしの内心を見透かされているような変な気分になる。細身の彼は足を組んでもなんだか絵になる感じがする。

 

「それで、イオスはなんであたしたちを呼んだの?」

「ちょ、ちょっとマオ、そ、そんな失礼だから」

「くく、かまいませんよ」

 

 ミラがあわててあたしの口を押える。うーん。言われたから「イオス」って言っただけだったけど軽すぎたかな。反省。こほん。

 

「じゃあ、イオスさんはなんであたしたちを呼んだんですか?」

「うん。そんな感じで僕に向かうならそれでもいいですよ」

 

 なんだかちょっとずれたような返事。立っていた時には気が付かなかったけどソファーの間に小さな机があって上にクッキーが置いてある。一瞬そんなのにあたしは目がとられた。

 

「いいですよ。どうぞ、食べてください」

「…………」

 

 こいつ、なんか苦手だ。相手のことを見透かしているような感じで油断ならない。

 

「やだなぁ、そんなに警戒しないでくださいよ。僕は善意で言っているだけなんですからね。マオさん」

「…………あたしの名前をなんで?」

「登録された冒険者や候補の名前は全員覚えておこうと心掛けているだけですよ」

「フーン」

「そんなことよりも冒険者のランクの質問でしたね。マオさんとミラスティアさん、それぞれ冒険者のカードをこちらに置いてもらえますか?」

 

 ミラは「はい」といってすぐに出した。あたしは無駄に警戒してから出す。

 

 2枚のカードが並んでいるけど、ミラは「SC」あたしは「FF」うーん、よくわからないけどすごい差があるのはわかる。

 

「はい、たぶんマオさんはこのカードに関して疑問だったと思う、他の冒険者と違って2文字のランクになっていること、違うかな?」

 

 そう、それ、聞きたかったの。

 

「2文字のランクにはそれぞれ別の意味があるんだよ。前のランクは『学園ランク』後ろのランクは全員の冒険者が持つ『ギルドランク』」

 

 学園ランク? そういえばミラも学園に行けるとかなんとか言ってた気がする。あたしの疑問をまた見透かしたようにイオスは話はじめる。

 

「冒険者と言う職業は不安定で命を懸けたものだ、昔は依頼を誰でも受けることができるようで成功したら報酬、死んだら何もなし、っていうのが続いた」

 

 イオスはあたしにクッキーを勧めてくる。食べながら聞けっていうの? まあいいけど、

 

「こら、マオ」

 

 いいこちゃんのミラの注意。

 

 あたしはクッキーをミラの口に押し込んで黙らせる。そしてあたしも食べる。ミラとマオは二人でクッキーを食べながら聞くことになった。後から考えると馬鹿みたい。

 

「続けようか?」

 

 うん、はよ。

 

「冒険者ギルドを作ったのは元々、そちらのミラスティアさんの先祖である剣の勇者だ。それまでは王様なんかが冒険者を雇っていたようだけど、まあ傭兵みたいなものだったろう、待遇も悪くて、死ぬような目にあっても報われないことが多かったみたいだ」

 

 あいつ、そんなことしてたんだ。あたしが死んだ後に。

 

「だから彼のギルドは冒険者のランクと依頼のランクを作ったんだ。冒険者のランクが低ければ高難度の依頼を受けることができないようにして、じっくりと冒険者たちの実力を養っていくことにしたんだね」

 

 なるほどね、ガオが冒険者ランクよりも高い依頼を受けることができないっていたのはそういうことか、おいしい、クッキー。久しぶり。

 

「それでも若い冒険者の犠牲がでた、血気盛んで功名心に燃えたものたちは時に自分の実力以上のこと、いや自分の実力ではどうしようもないことをしようとしてしまうものだ。だからギルドと、もともと冒険者の雇い手であった王は冒険者候補養成の学園『フェリックス』を王都に創設した。そこの生徒にはこの冒険者ランクの前にある『学園ランク』をつけるようになったんだ」

 

 イオスはふうと息を吐く。ムカつくくらい仕草が優雅。

 

「この学園ランクも『F』から『S』まである、これは学園の成績に左右されるから依頼を多くこなしただけでは上がるかはわからない。ちなみにギルドランクは必ず『学園ランクよりも下になるようになる』つまり学園ランクがひくければギルドランクはあがらないし、難しい依頼も受けることはできないって、こういうわけだ」

 

 はあ、なるほど。じゃあその学園ランクとかいうランク、

 

「いらないんだけど」

 

 あたしは率直に言った。

 

「外せないよ?」

 

 イオスはにっこり答えた。

 

「え? マオ?」

 

 なんでか不安そうにミラは言った。

 

 いや、あたしは別に学園とかいうところに行きたいわけじゃないし。冒険者として成り上がりたいだけだからガオ達みたいにしてくれればいいんだけど! なんで外せないのよ。

 

「そ、そもそも! なんであたしに無断でこんなランク付けてんの?」

「特定の条件を満たしたものには全てつくようになっているんだ。ギルドとしても未熟な冒険者を出すわけにはいかないから、学校行って勉強してほしいって感じだな」

 

 じょ、ジョーダンじゃない。あたしにはそんなお金はなんだけど。

 

「もちろんいかないって選択肢もある。ただ、その場合は学園ランクがずっと『F』だからギルドとしてもそれ以上のランクを上げることはない。ちなみにそちらのミラスティアさんはカードの通り成績『S』の生徒だ」

「え、えへへ」

 

 ミラが照れてる。いや、そんなことはどうでもいいんだけど。

 

「お、横暴よ」

「そんなことはないさ。Fランクの依頼はいくらでも回すよ。命の危険はないものばかりだ。あ、そうそう、勝手にEランク以上の依頼をこなしても報酬は一切出ないよ」

「ぐ、ぐう」

 

 報酬が出ないタダ働きなんてしたいわけじゃない……。イオスは悪魔のような顔をしているように見える……くっそう。

 

「そんなに悔しがる必要はないさ。特に今回は災害級のモンスターを討伐したんだ、ガオ君は優しいからきっと山分けしてくれるんだろう? そのお金でしばらくの間の学費は賄えるよ。安心していい、事務処理は僕がやってあげよう」

「あんた、話聞いてたの?」

「いやいや、そんな無粋な真似はしないさ。傾向と対策ってやつをいつも考えてたら、わかるだけだよ」

 

 やっぱりこいつのことあたしは嫌いだ。なんか、悪いやつではなさそうだけど、いたずらが好きって顔に書いてある。はあ、学園? 

 

「マオ」

 

 なにってミラを見るとあたしを不安げな目で見ている。あ、こいつ、あたしが来ることにすごい期待していることがわかる。やめて、強い癖にそんな小動物みたいな目であたしを見ないで。

 

 イオスはそれをみてくすりとしている。むかつく。

 

「そうそう、学園の入学は年に2度だ。今年の最初にミラスティアさんは入学したから今入れば同学年だね」

 

 どうがくねん、ってなに? あたし過去の記憶から文字とか読めるしわかることも多いけど、学校行ったことはないんだけど。まあ、今は言わないけど。あたしはクッキーを掴んでじっと見る。

 

 頭の中にお父さんやお母さんロダの顔が浮かぶ。王都……もちろん行ったことはない。どれくらい遠いんだろ。

 

「クッキー」

「うん?」

 

 あたしの問いかけにイオスは首をかしげる。

 

「弟に食べさせたいから持って帰っていい?」

「……どうぞどうぞ。家族とも話すことはあるだろうからね」

 

 かちん、やっぱり人のことを見抜いた発言にあたしはむっとする。この狸。みどりの狸! 

 

 あたしは立ち上がる。クッキーはハンカチに包んだ。一枚だけ持っているそれははお母さんのくれたものだ。ミラも心配そうに立ち上がる。イオスは座ったままだ。

 

「そうそう、マオさん。一週間後にギルドから港町バラスティに向かう馬車を出すよ。それに乗ることが学園に入る第一条件だ」

 

 あたしはイオスを一度見てふんと鼻を鳴らして部屋からでた。

 

「失礼します」

 

 礼儀正しくミラが出てくる。廊下には夜の月明かりが差し込んでいる。あたしははあーと大きく息を吐いた。どうしよ、あたしは、そう思う。

 

「マオもしさ、一緒にいけたら楽しいと思うけど、その、迷惑だったら、無理に行く必要はないとおもうよ?」 

 

 じろり。あたしの眼光にミラがひるんだ。

 

「ミラと行きたくないわけじゃないよ」

 

 それだけ言うとミラはなんか少し嬉しそうにする。意外と辛口なところがあるくせに反応がわかりやすい。あたしはとにかくガオ達もとにもどろっ?、とミラに声をかけた。ただ、返事をもらう前に廊下の向こうから声がした。

 

「失礼。ミラスティア・フォン・アイスバーグ殿とお見受けする」

 

 凛とした声だ、ってあたしは思った。

 みるとそこには一人の少女が立っている。

 

 胸元に大きなリボンをしてシャツの上から刺繍の入った黒い上着、それに左肩のマントをたしかペリーヌだったっけ……あとスカートをはいている。短い金髪で右耳にだけ小さなピアスをしている。

 

「はい、私はそうですが。その服はフェリックスの制服ですね」

「やはりそうですか、お初お目にかかります。私はニナレイア・フォン・ガルガンティアと申します」

 

 そう言った少女は手を胸の前で合わせる。片手は握って、もう片方手でそれを包むように持って頭を下げる。ミラへの慇懃な態度とは変わってあたしを一瞥する、それは、なんだか見下したように冷たい目だった。

 

 あれ、ガルガンティア? げえ、ここいつ。

 

「剣の勇者の末裔とお会いできて光栄です。私は『力の勇者』の末裔の一族の出身です。どうぞお見知りおきを」

 

 にげよ。あたし、こいつ嫌い。いや、こいつの先祖嫌い。

 

 



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魔王はどんなもの?

 あたしは逃げようと思った。なのに、ミラがあたしの服の裾を掴んでいる。いや、離してって、あたしがミラを振り向くとなんでかあの「力の勇者の一族」の方を向いている。

 

 魔王を倒した勇者は3人いる。いや、いた。ていうか、あたし全員知っている。

 

 そのうちの一人である「力の勇者」は神造兵器の手甲を使用していた気がする。ああ、何度殴られたか、思い出すだけでむかつくぅ!!

 

 その力の勇者の末裔という女の子はあたしを冷ややかに一瞥してからは目を合わせない。ミラのことしか眼中にないみたい、まあいいけど。そのミラはぺこりと挨拶をする。

 

「ご丁寧にあいさつをいただきありがとうございます。私は剣の勇者の末裔であるミラスティア・フォン・アイスバーグと申します」

 

 その言葉にニナレイアとかいう金髪はかしこまった態度で頭を下げた。

 

「お噂はかねがねお聞きしておりました。ミラスティア殿は私と年齢の変わらないというのに聖剣を継承され、学園でも他と隔絶された成績で入学されたとお聞きしております。今後はどうぞよろしくお願いいたします」

「あ、あ、はい」

 

 かたーい。

 

 かたーい。

 

 あたしのことをミラが困惑した顔で見てくるんだけど、あのさ、あたしにそんな助けを求められてもどうしようもないから。まあ……わるいやつじゃなさそうだし適当に挨拶をしておけばいいんじゃない?

 

「あ、あのよろしく。ニナレイア……さん?」

 

 そういえばこいつら同じ勇者の末裔らしいけど全然面識がないのかしら、というかこのニナレイアとかいうやつ……、

 

「聖甲は?」

 

 ミラは聖剣を持っている、だから力の勇者の末裔も神造兵器を持っていないのかと思ったのだ。そのあたしがふとした疑問を口にしたとたん、ニナレイアがあたしを鋭い目で睨みつけてきた。うわ、こわい。なに、なに? なんなの?

 

「あいにく私のような未熟者には未だ継承されていない」

 

 吐き捨てるようにそういう。そうなんだ。あ、はい。ニナレイアはあたしからすぐ目線をそらしてミラに言う。なんだかわかってきたのだが、ミラはあまり話をすることが得意じゃない。すぐに黙り込むところがある。

 

 まあ、あたしにはニナレイアは興味なさそうだし、窓際で小さくなっておこうかな、冗談だけど。廊下の窓から見える外の景色、夜の町は篝火が並んで意外と明るい。

 

「……そのように私はミラスティア殿のように才気はありませんが、ギルド長の厚意を得てこちらのギルドで学園へ行くまで寝泊まりをさせていただいています。しかし、かの悪逆非道な魔王を打倒した聖剣の担い手と会えて本心から感激しております」

 

 んん? 悪逆非道?

 

「数百年前に我らの先祖が打倒した魔王のような存在が今の時代にも現れたとしても立ち向かえるように修行をするつもりです。伝説の武器を継承された先達としてご指導いただければと思います」

 

 そういえば前から気になっていたことがあった。

 

「ところで、あんたたちにとって魔王ってどんな奴だったと思うの?」

 

 あたしは外の景色を見ながら聞いてみた。ミラとニナレイアはあたしを見て、少し考えている。

 

「え? どんな奴だったか、って?」

「そのまんまの意味よ、ミラ。どういうやつだったと思っているの?」

「うーん。伝承の通りであれば人々を苦しめた邪悪な存在としか……」

 

 へー。ほー。

 

「悪だ」

 

 ニナレイアがあたしに断言した。片方の耳に付けたピアスがかちんと音を鳴らしている。

 

「言うまでもなく悪。人々を苦しめ、多くの町を焼き、ただ快楽のままに暴れまわった暴虐非道の存在だ」

 

 ふーん。

 

 快楽のままに、暴れまわったかぁ。「魔王」って存在に夢を見すぎな気がするんだけど。あたしの前世、どんなんだったかはあたしは覚えている。遠い記憶なんだろうけど。あたしは別にあの頃から変わっているつもりはない。力はそりゃあ、小さくなったし、あのころから比べればちんちくりんだしね。胸もちいさく……いやいや。

 

「最初から存在しなければよかったのだ」

 

 ニナレイアの言葉をあたしは外の景色を見ながら聞く。揺らめく火が街にあふれている。篝火の近くにはきっと誰かがいて、その明かりのもとで何かをしているのだろう。

 

「明かりが必要だったんだよ」

 

 あたしはそんなふうに言ってみた。

 

 ミラの言っていることもニナレイアの言っていることも別に間違っているなんて言うつもりはない。反論するつもりもあたしにはない。ただ、あたしの言葉にニナレイアは意味がわかないといった。

 

「まあ、そうだろうね。あたしも何言っているのかわからないんだから」

「なんだそれは」

 

 今度は呆れたような顔でニナレイアはあたしを見る。

 そう、あたしのやってきたことなんて呆れるようなことしかやっていない。今の時代に誰にも話しようがないし、思い出しても仕方のないことだから思い出さないようにもしている。

 

 ☆

 

 あたしとミラは酒場を出たのはもう少したってからだった。ガオ達はべろんべろんに酔っぱらっていたからギルドに置いてきた。結構よくあることらしい。

 

 宿屋をとってある。いやガオがとってくれた。あたし自身にはお金はない。ミラと道中なんとなく話を合わせつつもなんとなく昔のことを思い出していた。

 

 あたしが魔王って呼ばれるようになったのはいつのことだったかな。気が付いたらいつの間にか呼ばれるようになっていた気がする。

 

 そういえば黒狼と戦ったときになんで魔力をあれだけうまく使えるのか聞かれたけど、へへって笑ってごまかしておいた。ご、ごまかせてはないかも。

 

 ……当時は人間と魔族の間に永い争いがあった。村とか街をとって取り返してってずっと繰り返して、魔法や武器も発達してどんどん戦いは大きくなっていった。あたしはそんな中、魔族として生まれた。人間と魔族の違いは魔族が体力も魔力も高くて、耳が長いくらい。

 

 生まれた時から魔力が尋常じゃないくらいに強かったらしい。一族からも周りからも期待されていたのは覚えている。

 

 ――この子なら、人間共を皆殺しにできる。

 

 幼いころのあたしに言われたその言葉をなんとなく覚えている。誰が言ったんだっけ、それは覚えていない。いや、記憶の中にいるそれを言った人の「顔」だけが黒塗りで思い出すことができない。もしかしたら「これ」はあたしの関係の深い人なのかもしれないけど、思い出したくないや。

 

 子供のころから戦闘とか魔法の訓練をして、大人たちが戦争にいって帰ってこないことに何度か泣いたことを覚えている。

 

 あたしが物心つく頃には戦況は魔族がかなり不利になっていた。何度も住む場所を変えて、魔族の領土の奥へ奥へ逃げた。それからどんどんあたしへの期待が高まっていくことをあたしは感じた。だからあたしはできるだけ、相手の喜びそうなことを言った気がする。

 

 大人になったあたしの魔力は魔族の中でも隔絶していた。子供の頃から強力だった力がもうどうしようもないまでに高まっていた。だから、あたしは周りから救世主として崇められるなんて馬鹿なことにもなった。

 

 戦争はもう魔族の負けの一歩手前。有名な魔族はどんどん人間に倒されて、はく製にでもされていたんじゃないかな。実力者の殆どいなくなったあと、あたしは最後の望みとして魔族を統べる魔王になった。

 

「あはは」

 

 そこまで思い出したところで乾いた笑いが出た。ミラがあたしの顔を覗き込んでくる。

 

「マオ?」

「べつに、なんでもないのよ」

「…………」

 

 ミラが黙り込んでいる。あたしは小首をかしげる。そんなあたしにミラがなんだか、心配そうな顔で、いやそんなんじゃないな、泣きそうな顔で聞いてきた。

 

「なんで泣いているの?」

 

 は?

 

 あたしは指を目元にあてる。湿っていた。ミラが不思議に思うのも当然だ。はあ、なんで勝手に泣いてんだろあたし。あれ、なんかぼろぼろ落ちてくる。袖でごしごしとしてもなんだか止まらないや。馬鹿みたい。

 

「マオ、ど、どうしたの? 大丈夫?」

 

 ミラの心配そうな声にあたしはできるだけ取り繕うに接した。

 

「大丈夫。大丈夫。たぶん目にゴミが入ったんだと思う」

「…………う、うん」

 

 ミラは納得いかなそうな顔なのに、そう頷いた。あたしは強く袖で目元を拭いて、前を歩きだす。今日は早く寝よう。明日は村に帰って、お父さんとお母さんに今日のギルドの話をしなきゃいけない。あ、ロダにクッキーもあげないといけない。

 

「ねえ、マオ」

 

 あたしは少し時間をかけて振り向く。涙が乾かないかな、と思ったんだけど無理だよね。

 

「私は、そのあまり同年代の友達とかいなくて、その何て言っていいのか全然わからないんだけど……マオは私のことを友達っておも……」

 

 なんか口ごもっている。あたしは何か答えないといけないと思った。友達ね、そうだね、って言ってあげるのがきっとミラにとっていいことだなと思った。

 

 でもミラは逆にあたしをじっと凝視して口を結んで、むうと何か思い詰めているような顔をしている。なんだろ? たまに変なことをする時がある。ミラは一度大きく息を吸って意を決したように

 

「マオは私の友達!!」

 

 って恥ずかしくなるようなことを言った。

 

 …………せ、選択肢がない。あたしは口をあけて驚く。ミラも言った後顔を真っ赤にするしあたしもなんか赤くなる。でもミラはもう少し続けた。

 

「人には話したくないこともいっぱいあると思うけど……もし、マオが私に話してもいいって時には話してほしい……な」

 

 あ、

 

 そうか、そういうことか。

 

  あたしの言っていることが単なる「嘘」だってことわかって、そう言ってくれたのね……。ああーもう、なんで魔王であるあたしが勇者の末裔なんかに慰められなきゃいけないの!

 

 ぐぐぐぐ、ぐぐぐぐぐぐ。は、はずい。ぐぐぐぐ。

 

「あんたは……あたしの、と、ともだち……なんだから、当たり前よ」

 

 あたしは今日一番の勇気を出したと思う。それを聞いたミラの表情は想像ができて、恥ずかしいのでそっぽをあたしは向いた。

 

 

 あたしはベッドに横になった。ああー。ふかふかってわけじゃないけど、ベッド何て久しぶり。いっつもは床に敷布をひいて家族みんなで寝ているだけだから、結構固い。別に不満があるわけじゃないけど。たまにベッドに眠れるなら、こうごろごろしたい。

 

 ごろごろ、ごろごろ。枕が結構柔らかいなぁ。 

 

 宿屋の窓から外を見ると星が出ている。綺麗だなぁ、あたしは星をこうやってみるのは好きだ。…………はっ、今あたし寝てた。ふぁーあ。それにしても今日もいろんなことがあった。あのイオスのこととか、力の勇者の子孫のこととか、なんかよくわからないけど王都にある学園に行けとか言われるのも、一日じゃ処理しきれないよ。

 

 あたしは冒険者のカードを取り出してみてみる、そこには「FF」の文字。たぶんこれ、あきらめろって遠回しに言っているんだと思う。学費とか言ってたし、普通であればあたしみたいな庶民な女の子は入れないんじゃないかな。まあ残念、あたしは魔王だから関係ないけど。

 

 ベッドにもぐりこんでゆっくりと考えようと思っていたんだけど、一度そうしたら眠い。

 

 王都かぁ……話にしか聞いたことがないけど、結構賑やかなところらしいなぁ。そもそも冒険者になりたいのは単にあたしのため…………そう、魔王たるあたしのため。

 ああ、ねむい。

 あ、きもちいい……。

 

 

 雨が降っていた。

 少女の記憶の中にある古い記憶。灰色の空から落ちてくる冷たい雨粒が顔を打つ。

 

――なんだこれは。

 

 彼女は口を開けて、声に出さずに叫ぶ。それは幼い少女だった。体は小さく、天に伸ばした両手は細い。

 

 彼女は「魔王の記憶」を持っていた。どれだけ昔のことかは彼女にもわからないが、遠い昔に彼女は魔王であった記憶があった。強大な力をもって人間を憎み、戦ったその記憶。だが、今の彼女はわずかな力もない。

 

 魔王として死にゆくときに「神」の声を聴いた。それを彼女は覚えている。

 

『お前は生の中で多くの者を傷つけた……。だから勇者たちに力を授けてお前を倒すことにしたのだ。巨大な力を持つお前は、来世で弱いもののことを知るがいい、それがお前への罰だ』

 

 何が罰だ。

 

 少女は怒りを込めて天に叫ぶがそれを聞くものはいない。ただ雨粒がばちばちと地面をたたく音だけが響く。彼女はその場にへたり込んで、空を睨みつける。力がなくても、魔王としての記憶も経験もある、必ず復讐してやると彼女は誓った。

 

 少女は後ろから抱き留められた。

 

 彼女が振り向くと心配そうな女性の顔がそこにあった。それは「母」として今の軟弱な体に生んだ人間だった。

 

「風邪をひいたらどうするの……?」

 

 びしょ濡れの姿でそういう「母」は彼女を抱きしめながら言う。少女はただ憎しみをもってその女性を見ている。いずれ、殺す。今はまだ忌々しい人間の庇護を受けなければ死んでしまう、それは冷静な計算の上にあった。だが媚びるつもりも偽るつもりもなかった。なれなれしく触ってくる女性に少女は嫌悪を抱いていた。

 

 年を経るごとに少女は問題を起すようになる。同じ村の子供に殴り掛かり、時には卑怯な手を使ってでも相手を倒した。そのたびに「父」と「母」は奔走した。

 

 少女自身は誰ともなれ合わず。両親にすらも心を開かない。村の者たちも彼女を持て余していた。ただ魔王の記憶を持つ少女もそんな人間を心底軽蔑するようにして、心底嫌うようにしていた。

 

 むなしさだけがあった。

 

 ただただ貧しいだけの村。才能も魔力も持たない自らの体。魔王として生きてきた記憶との齟齬に苦しむだけの日々。人や物に当たる野良犬のような彼女。いつも体のどこかに傷があった。

 

 寒い冬があった。

 

 その冬の前には不作の年で食料も十分にない、そんな季節。村はまるで死んだように静まり返っていた。しんしんと降りつもる白い雪に人はなすすべもない。

 

 少女も自らの家で小さくなっていた。手をこすり合わせて、家の中なのに息をすれば白くなる。体を抱くように座り。部屋の隅で両親からも距離をとっている。

 

 そんな彼女に「母」が近づいてきた。少女は抵抗した、細い腕で力いっぱいに殴りつけ、ひっかく。それでも「母」は彼女を抱きしめた。少女は「離せ」と喚いたが、その言葉が聞こえても離すことはなかった。

 

 抱きしめられている間だけは暖かかった。

 

 少女は自らの抱き留めている女性を睨みつける。その時にその顔をしっかりと見た気がした。ただ、自分を見つめる瞳がそこにあった。それだけで体から力が抜けた。疲れが心から湧き出て、ひどく眠たくなった。少女はその眠気にすら抗ったが、だんだんと落ちていく。

 

 少女はその胸の中で眠ってしまった。

 

 春が来た

 少女は鍬を握ってみた。なぜかは自分でもわからない。持ち上げようとしたが意外と重い。魔力による身体の強化があれば大した重さではないだろうが、そんなことは今の少女にはできない。

 

 そもそもなぜそんなことをしているのか自分でもわからなかった。力いっぱいに振り上げてみれば、逆に体がよろけた。こけそうになった時その鍬を捕まえた。見れば「父」がいる。

 

 鍬を下ろして、父は少女にできること教えてくれた。草むしりだった。彼女と一緒に父は草をむしって、少女が一日でむしった「草」を見てほめてくれた。なんてことはない、誰にもできることだ。少女はそう思ったが、不覚にも喜んでしまった。

 

 その後に父は自ら鍬を持って土を耕し始めた。少女はそれを見ていた。

 

 時は過ぎていく。

 

 少女はだんだんとおとなしくなっていく自分に歯噛みした。人間などに感化されていくことに屈辱も感じていた。そういうことにしておかなければいけなかった。

 

 夏には川で魚を取ることをした。

 

 普段あまり食べられないそれを父が串に刺して焼いた。少女が食べた時にはひっくり返りそうになるほどおいしいかった。そんな自分の可笑しさに彼女は自嘲した。ただ、彼女はその魚の刺さった串を持って家に帰った。

 

 なぜそんなことをしているかはわからなかったが、家にいる「母」に食べさせようとしたのだ。家の立て付けの悪い戸を開けると、母が手に編み物をもらったままこくりこくりと船をこいでいた。

 

 穏やかな寝顔の前に立つ少女。

 

 殺す?

 

 不意にそう思った。いや、それが最後の過去の自分からの問いかけだったのかもしれない。少女は何も答えずにしゃがみ込んで、眠っている彼女の前で言った。

 

「……………おかーさん」

 

 女性は目を覚ました。

 

「……マオ? 何か言った?」

「……呼んだだけ」

 

 それから二人で魚を食べた。

 

 数年経ち、弟が生まれた

 その日のことを少女は覚えている。生まれるまで外にいるように言われていた、だから生まれたと聞いて飛ぶように走って帰った。走る間に村の人間から転ばないように声を掛けられ。

 

「わかってる!」

 

 と後ろ走りで手を振る。それでこけそうになった。

 しかしよろけながらもふんばり、家まで一直線に帰った。家の戸をすらりと開ける。もう立て付けの悪い戸を開けるコツは掴んでいた。

 

「はあ、はあ」

 

 そこには村の女性たちと「父」と「母」とその母の抱く子供がいた。

 少女は両手を伸ばして、困惑して、うれしいような、わけわからないような気持で近寄った。その弟を母から手渡されて、抱きしめた。

 少女はその時の自分の表情だけはわからない。

 

 

「んんっ」

 

 ん? あー、もう朝か。なんか夢を見てた気がするけど、なんか夢って目が覚めた時には忘れるのって不思議だと思う。ああー、良く寝た。首を動かすとぽきぽき言っている。これって骨が折れているのかな? でも折れてたら動けないしなぁ、なんで音がするんだろ。

 

 あたしはベッドから体を起こすと敷布団を綺麗に折りたたむ。ぽんぽん、としわをのばしてって、その枕を最初の位置にして。よし。

 

 それから窓を開けると朝日が強く差し込んできた。

 

「ちょっと寝すぎたかな」

 

 さーてと、昨日の夜はすぐに寝ちゃって考えられなかったからどうしようかな? とりあえず村にもどっておとうさんとおかあさんに言わないといけないけど、あ、あとロダにもね。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 あたしとミラは街を出る。単に村に帰るだけだけど、冒険者になるにしてもお父さんとお母さんにちゃんと話をしておかないといけないしね。正直言えばどういえばいいのか悩んでいるんだけど、えーい、当たって砕けろ!

 

「それにしてもなんでミラまで付いてくるの?」

「え? 迷惑だった?」

 

 銀の鎧に聖剣を携えた女の子。あたしは特に武器とかないし、村まで来てくれるだけでも結構心強いんだけどさ、あ。ミラはあたしを心配しているんじゃないかな。魔王として勇者に守られても…………今更かな、ここは大きな心で行こう。

 

「いや別にいいけどさ。村に帰って冒険者になるって言ってくるだけよ」

「うん」

 

 わかってるって感じでミラは短く答えた。頭の回転が早いんだけど、言葉が少なすぎてわかりにくいところがある。まあ、いいや。あたしは街の入り口に向かった。

 

 今日もよく晴れているなぁ。それにしても昨日食べた「ピザ」は美味しかった。ああ、また食べたいなぁ。ああ、思い出すだけで……うわあ、あたしは袖で口元をふく。はしたない、はしたない。

 

 朝に出て、村につくのはお昼くらいかな。あれ? 入り口に赤い髪の男が立っている。ガオだ。何しているんだろ。

 

「よっ、クソガキども」

 

 ガオがあたしに手を挙げた。ミラは「おはようございます」と頭を下げているけど、あたしは「クソガキ」と言われてそんなことをしたくない。

 

「おはよ。く、くそ……冒険者」

 

 やばい、なんか言い返してやろうとして全然うまく返せなかった、使い慣れてない言葉が恥ずかしがってしまった。ガオは苦笑してるし。

 

「やっぱクソガキだわお前」

「うっさいなぁ。あたしはマオって名前があるんだから、ちゃんと呼べ」

 

 あたしは両手を腰にあてて抗議する。ガオは「わかったわかった」って手でまあまあってしてる。その時あたしがガオの腰に吊ってある剣に目が言った。あの黒狼との闘いで折れてしまったお父さんの形見だったはずだ。

 

 柄の先は鞘に納められているけど、もう武器としては使えないはずだ。

 

「……その剣。ざ、残念だったね」

「あ? ああ、そうだな。まあ、武器なんてもんはいつか壊れるもんだ」

 

 意外とガオは気にしてないように言う。いや、気にしてないはずないや。だってそれならあの時ミラに突っかかってくるはずないんだから。

 

「まあ、親父の剣はおれちまったからこれからは俺の剣を探すことにするさ。そん時はミラスティア」

「は、はい」

「もう一度立ち会え。今度は最初から全力でな」

「……わ、わかりました。全力でお相手します」

「おーこわ。大の男を吹っ飛ばす筋肉女だからな」

 

 ミラスティアは顔を赤くしてむっとしている。

 

「ち、違います! 魔力で体を強化すれば誰だってできるもん!!」

「もん?」

 

 あたしは思わず気になった語尾を真似した。何となくだよ。

 

「え、ちが、いまのもんっていうのは、あの。言い間違えです」

 

 それだけ言ってミラはそっぽを向いた。

 

「二人は意地悪です!!」

 

 魔王ですから。

 

「冒険者はそれくらいじゃねぇとやっていけねぇの」

 

 あたしとガオは目を合わせて、ニヤリとしてしまった。

 

「まあいいや、クソガキとミラスティア。ほらよ」

 

 袋を二つ渡してきた。重い、何これ。

 

「報酬だよ。中には金貨が入っているからな」

 

 き、金貨!! あたし久々に見る。何百年ぶりだろうか。要するにこれはモンスター退治の山分け分だろう。ミラにはあたしから手渡す。ミラはあんまりうれしそうじゃない。

 

「もともと用事はそれだけだ、昨日ギルドマスターからだって俺の宿に報酬が届けられたんだ。クソガキも村に帰るだろうから、入り口で待ってただけだ。あーねみ。俺は帰って寝るぜ、じゃあな」

 

 ガオはあっさりそう言って立ち去ろうとする。ただ、一度立ち止まった。

 

「おい、マオ。冒険者になるっての、頑張れや」

「……うん」

「またな」

 

 それで本当に行ってしまった。またどこかで会えるかな。

 

 

 村に戻るとおもったよりも簡単にあたしの冒険者になることは許してもらえた。

 

 お父さんとお母さんが反対すると思っていただけに意外だったんだけど……どうやらミラの「剣の勇者」というのが強く働いたのかもしれない。いや、別にミラがあたしを売り込んだとかというよりもお父さんやお母さんが勝手に期待した、みたい。

 

 村長のところにも挨拶に行って、みんなにも挨拶をした。

 

「任せときなさい。きっと村を豊かにして見せるからさ」

 

 なんて、胸を叩いたりして回ってたら、頭撫でてくるやついるし、パンをくれるし、んん。子供扱いするなぁ。

 

 その日はあたしの家にミラも泊まった。お父さんとお母さんとロダとミラとあたしで他愛のない話をして、普通に過ごしていった。街から持って帰ってきたクッキーはみんなで食べた。

 

 旅たちの準備も何もないよ。あたし何にももってないし。

 

 朝にはいつも通りに起きて日課の鶏の世話をする。

 

 あたしは鶏の囲いの中で箒を動かしながら、コケコケ言っているこいつらもなんかかわいいな、と思ってしまった。気の迷いってやつね

 

 鶏を一羽抱きしめて、ぎゅっとする。

 

 村を出る時にはなんか村人総出で出てこられてあたしは恥ずかしかった。ミラはなんかニコニコしているし、お父さんとお母さんには「行ってきます」は言えたからよかったんだけどさ……お金は殆どお父さんに渡した。学費がって言っていたからちょっとあたしがもらったけど。

 

 

「ああー疲れたー」

 

 あたしは山道ではあーと大きなため息をついた。こういうのが村社会っていうのね。肩が凝ってないか心配であたしは自分の左肩を揉んでみるとぷにぷにしてる。

 

「…………」

 

 ミラは何を思っているのか無言であたしのことを見ている。歩きながら今まで思っていたことを口にして聞いてみた。

 

「ミラって無口だよね」

「そ、そうかな。でもお父様からあまり無駄話をするのははしたないと教えていただいたからかな……」

「ふーん。ミラって好きなものとかあるの?」

「好きなもの? うーん、あんまり聞かれたことがないけど。読書とか剣の修行は好きだよ」

 

 そっかー。優等生って言葉がほんと似合うなぁ。ミラは風に揺れる銀髪を手で押さえている。それからぽつりぽつりと言う。

 

「みんな、いい人だね」

「そりゃあね」

 

 異存はないよ。そうだね。あたしが次の言葉を待っているとミラは黙々とついてきている。言葉みじかっ! 突っ込んでやろうかと思ったら、がさごそと近くの茂みが動いた。

 

 弟のロダが出てきた。目をキラキラさせながらあたしに近寄ってくる。

 

「姉ちゃん。冒険者になるってやっぱすげぇよ! しかも勇者様のお供の!!」

「いや、お供じゃないし」

「俺もいつか冒険者になろうかな!」

 

 キラキラの瞳で話聞いてない弟の頭にチョップして。それからなでなでする。

 

「じゃ、お姉ちゃん行くからね。お父さんとお母さんをよろしくね。たのむよ」

「うん! いってらっしゃい!!」

 

 あたしはそれだけでつかつか道を急ぐ。

 

「ね、ねえマオ」

 

 後ろからミラの呼び止める声がする。

 

「弟君が……」

 

 知ってるよ、どうせ後ろで泣いてんでしょ。

 

 あたしは振り返らないよ。

 

 帰らないわけじゃないんだから。くそ、村のみんなもお父さんもお母さんもロダも全員嘘つきだ。

 

 別にこの村に帰ってこないわけじゃないんだから。寂しそうな顔しているのバレバレで笑うのやめてほしい。

 

 あたしは…………さびしくなんかないよ。みんなもあたしを見習えばいいのに。

 

 ☆

 

「おや、帰ってきていたんですね」

 

 緑の狸に会いにギルドに行くとイオスがニコニコして向かい入れてくれた。タイミングが良すぎるのがすごい怪しい。

 

「いやいや、偶然ですよ」

 

 あたしは何も言ってないのに勝手に心の中を見透かしたように言うこの狸。美少年で穏やかな顔つきをしているけど、腹の中真っ黒とあたしにはわかる。

 

 ミラがイオスに丁寧にあいさつをする。こんな奴にそこまですることないのに。

 

「こら、マオ」

「な、なによ」

「ギルドマスターへの礼儀だよ」

 

 礼儀? 何それ、こいつは……ってミラじとーって見てくるのやめてよ。ぐぐぐ、ぐぎぎぎ。

 

「こんにちは、ギルドマスター」

 

 あたしは頭を下げた。ぐぎぎぎぎ。イオスは穏やかな声で言う。

 

「うん、よく挨拶できたね。えらいよ」

 

 ぐうぅあうあぁああ!!?? 余りの怒りにあたしは我を忘れそうになった。こいつ絶対あたしが怒るポイントをわざと踏んできてる! その証拠に満足そうな笑顔をしているし。

 

「それはそうとミラスティアさんとマオさん、学園に行くんだね。馬車を出す日までもう少し待っててほしい。ミラスティアさんは知っていると思うけど、馬車で港町まで行って船に乗るからね。先に港町まで行っても仕方ない」

 

 イオスはそれよりもと続けて。

 

「マオさんには渡したいものが2つあるから上のギルドマスターの部屋まで来てほしい」

 

 イオスがそういうのであたしは黙って後ろをついていく。いつかぎったんぎたんにしてやるこいつ。

 

 ギルドマスターの部屋に来るのは2回目。一昨日座ったソファの間にあるテーブルには長い木の箱があった。造りはしっかりしてる。

 

「さあ、かけてくれ」

 

 ソファに座って向かい側に座るようにイオスが手で示す。あたしは黙って座る。

 

「どうやら嫌われているようだね」

 

 楽しげに言うことかな? それ。

 

「まあいいだろう、渡したいもののひとつはこれだよ。開けよう」

 

 イオスは木の箱を開ける。

 

 そこには長い筒のようなものが入っていた、何これ? 魔石がはめ込まれている黒い金属の長い棒ということは魔術に使うロッドかな。でもなんか先っぽに穴が開いているみたい。

 

 イオスが手に持つ、持ち手が少し湾曲しているしなんか引っかける場所がある。

 

「なにそれ」

「これはね。魔銃という新しい武器ですよ」

 

 何それ? あたしは首を傾げた。

 

 



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魔銃

 

 魔銃? という武器をイオスはあたしに渡すといっている。いや、なにその筒みたいなの。いらないんだけど。

 

「いらないんだけど」

 

 あ、正直に口に出てしまった。そもそも「銃」って何それ。

 

「正直だなぁ。まあ聞いてくれ。この魔銃というものは金属の筒とこのはめ込まれた魔石、そしてこの弾」

 

 イオスは手に小さな円柱状のものを持っていた。指で挟めるくらいの大きさだ。それを魔銃の後ろの金属の部分にかちゃりとはめて、横についているレバーを引く。

 

「魔力の力でこの中にいれた弾を打ち出す仕組みだよ。ここについた魔石に魔力を込めて、引き金を引けばそれだけでは打ち出せる」

「そんなのよりも魔法を撃てばいいんじゃない?」

「ははは、そういわれると身もふたもないね。まあ、君はこれを今日から使うんだ」

 

 いや、そんなのあたしに押し付けられても困る。なんであたしがそんな得体のしれないものを使わないといけないのよ。

 

 そんなことを思うあたしの表情から察したのかイオスはにやにやしている。

 

「いや、報酬を受け取ったからには使ってもらわないとね」

「報酬?」

「そうだよ、黒狼の討伐の報酬。受け取ったんだろう?」

「はっ? あれはガオ達に」

「だろうね、でももともとは報酬は査定してから出すものだ、少し時間がかるところを色をつけて僕が支給したんだよ。本来ならもっと時間がかかっていたね」

 

 そういえばガオがそんなことを酒場で言っていた。……ぐぐぐ、こいつ。あたしがもう報酬をもらったことも知っているし、知らぬ間に私へ恩を「押し付けた」んだ!! 腹黒!

 

「残念だなぁ、お金をもらっておきながら僕の提案を受けてくれないなんて。あー残念」

「わ、わかった。わかった! その魔銃というのをもらう」

「よかったー。ほっとしたよ」

 

 いけしゃあしゃあというイオスにあたしはうさん臭さを感じる。いやずっと感じているんだけどさ、手に持った魔銃はずしりと重たい。

 

 でもおかしい、なんであたしに何てこれを渡すのか。別に冒険者としてのあたしが何を使おうとイオスからしたらあまり関係ないはずだ。

 

「ねえ、一つ聞いていい?」

「どうぞ」

 

 イオスは流れるように返答する。

 

「なんか企んでるんじゃないの?」

 

 あたしも馬鹿だ。もっと聞き方があると思うけど、直球で聞いてしまった。イオスは少し目をぱちぱちとさせてからふっと笑った。それから人差し指を唇にあてて、片目をつぶる芝居がかったしぐさのまま言う。

 

「もちろん。企んでいますよ」

 

 ほんと胡散臭い。あたしは手にもった魔銃の重さが増したように思った。はあとため息も漏れる。まあ、いいか。これ、人をぶんなぐるには十分そうだし。

 

「ああ、あともう一つ渡すものがありますよ」

「今度は何?」

「制服ですよ。学園のね」

 

 ☆

 

 シャツに手を通す。胸にリボンを結んで、学園の紋章とかいう剣を象った刺繍の入った黒い上着。あとはスカート。それから左肩にマントをつける、ペリースとかいうものだ。

 

 これはニナレイアがつけていたものと同じじゃん。

 

 あたしはギルドの一室で着替えて、鏡の前に立ってそう思った。

 

「はあ、なんかあのイオスの掌で踊らされている気分でいやだあ」

 

 はあ、あたしはスカートを少しつまんで鏡の前でくるりとしてみる。……違うから、着れてうれしいとかじゃないし。あ、リボンが曲がってる。

 

 鏡の中の「あたし」と目があった。なんか気恥ずかしくなって目を反らす。

 

「な、なにやってんのあたし」

 

 これが学園の制服ってやつなんだっていうんだけど、これもただでくれるらしい。後が怖い。あたしは一緒にもらった固い「ブーツ」とかいう靴を履く。なにこれ、固っ。まあ歩くには頑丈そうだけど……

 

 それから「魔銃」の入ったケースを持つ。バンドをつけてくれたので肩にかけて持ち運べる。

 

「よ、く考えたらこの服……サイズぴったり」

 

 こわ! 怖い。ぞくぞくする。

 

 あんまり考えないようにしよう。あたしは逃げるように部屋を出る。

 

「やっ」

 

 目の前にイオスがいた。廊下にいたらしい。

 

「ぎゃっ」

 

 自分でも驚くような声が出た。あたしは後退りしてドアに背を預けながら言う。

 

「あんた怖い」

「おや、ストレート。君は鋭いのにそういう駆け引きとかは苦手そうだね」

「…………」

「まあ、いいよ。その魔銃の訓練をしようか。なにすぐ覚えることができるよ、この僕が直々に教えてあげるからね」

「……やっぱこれ返したいんだけど」

「だめだよ」

 

 にっこりのイオスはあたしにいった。

 

 

「マオ! 制服貰ったんだ!」

 

 一階にいくとミラがぱたぱたと走ってきた。

 

「まあね」

 

 それくらいしか言いようがない。ミラは何故か目をキラキラさせて。

 

「かわいいね!マオ!」

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………そ、そ?

 

 ま、まあ、ありがとう。

 

 あたしはミラのきらきらした目から視線をそらした。顔を真正面から見れない。とりあえず場を持たせるためにイオスから「魔銃」をもらったことを話して、ケースから出してみた。

 

「へえ、変わった武器だね」

 

 ミラも知らないらしい。金属の部分が黒光りしている。魔力を込めて引き金をひくだけの簡単な操作っていうけど、こんなものをつくってどうするんだろうか、魔力を込めた剣や弓や魔法に勝てるとは思えない。

 

 でもあのイオスがわざわざあたしに渡したところから何かあるのは間違いない、ていうか本人が「企んでいる」って言っていたんだから。

 

「それじゃああと数日はこの街にとどまるんだね。マオと私はおんなじ宿をとるね」

「え? そう、そうだね、あれ? ミラも来るの」

「い、行くよ。私も生徒だからね」

「そういえばSランクだったね。ミラスティア様っていえばいいかなあ」

 

 冗談で言ったつもりだったが、ミラがむっとしている。

 

「絶対やめてね?」

 

 怖い。イオスとは別の怖さがある。わかったわよ。

 

 とりあえず実際港町に馬車が出るまではこの街にいることになる。その間にイオスからこの「魔銃」の扱い方を教えてもらうことになるのか。

 

 気が、重いなぁ。

 

 

 時間は瞬く間に過ぎていった。数日の間にイオスと日に一刻くらい魔銃の練習をする程度しかやることがなかった、正直早く学園と言うところに行きたかった。

 

 あとは、ミラと一緒に街を回ったりするだけ、美味しいものを食べることだけが目的だったけど、こっちの方が楽しかった。

 

 出発の日の朝にギルドの前には大型の馬車が来ていた。馬の二頭立て。あたしとミラだけにしては荷台は広い。あたしとミラはとりあえず荷物を積んだ、まああたしの荷物なんてないんだけど。強いてあげるなら押し付けられた魔銃くらい。あとは袋ひとつ。

 

「……これは、ミラスティア殿。今日はよろしくお願いいたします」

 

 そう言って入ってきた少女は片方の耳に小さなピアスをした金髪。あの力の勇者の末裔であるニナレイアだった。あたしと同じ制服を着ている。ミラも挨拶をしている。

 

 そうか、こいつも一緒に行くとか言ってたっけ。

 

 ニナレイアはあたしには一瞥をくれただけで何もいわなかった。ま、いいけどさ。

 

「3人で行くのかな、マオ」

「そうじゃない?」

 

 ミラはあたしに耳打ちしてくる。ニナレイアはあたしを見てふんと鼻を鳴らして不機嫌そうになっている。いや、なんで? 

 

「やあーやー、おそくなってごめんね」

 

 そう言ってイオスが乗り込んできた。

 

「は?」

 

 あたしは普通にそういった。なんであんたが乗ってくるのさ!?

 

「ギルドマスター殿も行かれるのですか?」

「うんそうだよ、ニナレイアさん。僕も用事があってね」

「……そうですか、よろしくお願いします」

 

 ニナレイアが聞いてくれたからあたしも分かったけど……あーん。嫌だなぁ。

 

「それじゃあ早速行こうか。御者ももうすぐ来るからね。港町バラスティに」

 

 

 馬車がからからと街道を行く。

 歩かずに流れていく景色をみているっていうのもなんだかいいなぁ、と思う。のんびりしている。のんびりしすぎて大丈夫なんだろうかって思うけど。

 

「マオ。はい」

「あ、ありがと」

 

 ミラがあたしにパンをくれた。朝ご飯替わりだろう。もぐもぐ。

 

「ニナレイアさんもいりますか?」

「え、いや、結構です」

 

 ミラはちょっとしゅんとしている、もらっておけばいいのに。

 

「あ、僕はほしいな」

 

 イオスにはやらなくていいと思う。飢えて死ね。

 

 でもミラは「はい」と笑顔で渡している。

 

 もぐもぐ、げぼげほげほ

 

「ま、マオ! ほらお水お水」

「んぐっんぐっ」

 

 水筒の水をミラがくれてあたしは急いで飲んだ。はあぁ、のどに詰まりそうになるなんて。馬車の上で食べたことなんてなかったからかな。揺れているのはちょっと気になると言えば気になる。

 

「……マオといったか」

 

 ニナレイアがあたしに話しかけてきた。

 

「お前はなんで冒険者になる」

「なんでって言われても、成り上がるため」

「……そんなくだらない理由でか」

 

 そんな挑発をしてふんと横を向いたニナレイア。

 む、むかー。いきなり何喧嘩うってんのさ。

 

「じゃあ、あんたはどんな理由なの!?」

「…………」

 

 あたしの問いかけには反応しない。くうぅ。見下されているとは感じていたけど露骨すぎる。……落ち着けあたし。あたしは魔王。こんな小さいことで怒ったりしない。

 

「ニナレイアさんは力の勇者の末裔に伝わる神造兵器を継承するために冒険者になるんだよね」

 

 イオス……あんたさぁ。……ほらぁ、ニナレイアがあんたのこと睨んでるじゃん。わかっててやっているでしょ。

 

「……ギルドマスター殿言われる通り、私は未熟者ですから、その先祖の偉業を継ぐ修行のために冒険者を志しています」

 

 ニナレイアはそれだけいって目をつむって黙り込んだ。そういえば前も同じことを聞いたけど何かありそう。はっ!

 

「じゃあさ」

「ギルドマスター!!!」

「え? な、なんですか?」

 

 あたしはイオスがなんか言う前に呼び止めた。こいつ止めてなければなんか絶対聞いてた。こいつの性格はもうわかっている。

 

「なに、じゃないわよ。聞かれたくないこともあるだろうから、だまってて」

「手厳しいなぁ」

 

 苦笑するイオス、ミラとニナレイアはあたしを見ている。何これ。ほんとこの緑の髪の狸はなんでついてきたの?

 

 そうあたしが思った瞬間だった。馬車の側面を矢が突き破って床に刺さった。おわっ、あぶねっ。

 

 ミラとニナレイアが立ち上がる。あたしも立ち上がって馬車の後ろにいく。山手に掛かったところだった。その山の側にオオカミが走っている。いやその上に緑の人間みたいなの、あ、ゴブリンが乗っている。

 

 ゴブリン。小鬼とか言われたりする低級のモンスター。それが数匹オオカミに騎乗して、しかも弓みたいなの持っている。

 

 きしゃぁあ

 

 奇声を発してゴブリンが矢を放つ。馬車の屋根に当たった。

 

 からからからと馬車は速度を上げていく。御者が急いでいるんだ。オオカミとゴブリンたちはどんどん数を増やしていく。は? 多くない? 10匹以上が後ろから追ってきている。

 

 

「どういうことだ? ゴブリンが統率されたように動いている」

 

 ニナレイアが驚きの声をあげる、あたしにもわからない。ただ、あのオオカミ達には見覚えがある気がする。

 

「ミラ! オオカミ……あいつら、あの時の生き残りなんじゃない!?」

「……そうかも」

 

 ミラは聖剣を抜く。青い光を纏った剣。それをニナレイアが一瞬苦しそうに見ているのをあたしは気が付いた。

 

 でも、奥からやってくる大きなオオカミに目を奪われて言葉にはできなかった。灰色の大きなオオカミに赤い髪をたなびかせた少女が乗っている。両手には双剣。あいつだ。

 

「剣の勇者! 『暁の夜明け』のクリス・パラナが ここで殺してやるわ!!」

 

 クリスというのがあの赤髪の名前。黒狼を殺された復讐なのかもしれない。

 凄まじい勢いで馬車に迫ってくるオオカミ達。追いつかれるは時間の問題。

 

「はははは!」

 馬車の中で哂うやつが一人。あたしが振り向くとイオスが座り込んだままにこやかに笑っている。

 

「マオ。魔銃の的が来たね」

「はあ、言うと思った」

 

 あたしはケースから魔銃を取り出す。魔石が光る、黒い銃身。弾丸を装填して、かしゃりと側面のレバーを引く。

 



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疾走の中で

 

 からからからからと馬車が走っている。あたしは身を低くして銃を縦にして息を吐く。ここ数日やったことと言えば、この妖し気な武器の練習だけだった。

 

 レバーは引いた。弾丸が装填される。

 

 あたしは銃に備え付けられた魔石に手をかざすとほのかに紫色に光る。あたしの少ない魔力でもこの武器は動く。

 

 あたしは目を開ける。長い銃身を左手を添えて、右手を引き金にかける。

 

 

「ああ? なんだぁ」

 

 赤い髪のクリスが巨大な灰色のオオカミの上で吠える。その周りに小さなオオカミに乗ったゴブリンが近づいてくる。あいつら、弓に矢をつがえている。

 

「お前、何をする気だ?」

 

 ニナレイア、うるさい。あたしは片目を瞑って狙いを定める。ゴブリンがあたしと直線に入る「前に」あたしは引き金を引いた。

 

 魔力が唸る。僅かなはじけるような音を出してあたしの手に衝撃が走る。一瞬の間。ゴブリンが一匹オオカミの上でのけぞって、どんっと落ちた。走っているオオカミから落ちたそいつは転がりながら置き去りにされていく。

 

「なっ」

「やった! マオ」

 

 ニナレイアは驚いて、ミラはあたしをほめてくれる。はあ、汗が出る。

 

 ただ追ってくるクリスの顔は怒りに染まっていた。赤い魔力を体中からほとばらせて、あいつは叫んでいる。

 

「殺す!! 妙な武器を使いやがって!! お前ら、ジグザグに動け!!」

 

 ゴブリンたちは仲間が倒されたことなんて意に返さずめちゃくちゃに動き始める。

 

「さあ、マオ。あれを仕留められるかい?」

 

 楽しそうなイオスの声にあたしは渋い顔をしてしまう。ほんと楽しげにいってくれてさぁ。でもあんな動きをすれば追いつくのも少しかかる。ぱしゅっと連中は弓を鳴らすがジグザグに動きながら騎射なんてあいつらには当てられない。馬車にかすりもしなかった。

 

 あたしはレバーをあげる。中に残った「薬莢」とかいうのが飛び出す。魔力を伝えるのに必要な仕組みらしい、難しいことは知らない。

 

 ポケットから出した次弾を入れてレバーを引く。それから魔力を込める。

 

 はあ、はぁ。これだけのことなのに疲れる。ただもう一度構えた。ゴブリンたちはめちゃくちゃに動いている。馬車も動いている。ただ、

 

 ――木の上から落ちてくる葉っぱを狙ってくれ。

 

 数日の練習は葉っぱを狙えだとか、遠くにある的を狙えとか、めちゃくちゃなものばかりだった。ほんとあのイオスは性格が悪い。あたしは息を吐く。銃身にあたしの息がかかると少し跡ができて消える。

 

 引き金を引く。

 

 銃声が鳴る。

 

 弾丸は一直線に飛び、ゴブリンを一匹叩き落す。ぐげっ、という声が聞こえた。

 やった、ただはっきり言うけど、さっきのやつも今撃ったやつも仕留めているとは思えない。あくまであたしの魔力で打ち出しただけだから、たぶんやれてない。

 

 だけど、それで十分。あたしは次弾を装填しようとして、くらっとした。

 

「マオ! 大丈夫!?」

 

 ミラがあたしを支えてくれる。あーだる。まあ、大丈夫休みながらなら撃てる。魔力は循環するから少し休めば溜まっていく。

 

 あたしが顔をあげると、その先にはあたしに殺意を向けるクリスの顔があった。気に食わないと顔に書いてある。

 

 たしか魔王復活を狙ってたんだっけ? このマオ様が恐れ多くないの?

 

 あたしはべーと舌をだしてやる。それでクリスはにやぁと笑った。笑ったというか、怒りすぎてあの表情になったんだと思う。

 

 赤い魔力の奔流が走る。それがゴブリンたちとオオカミを包む。

 

 ――!!

 

 ゴブリンとオオカミ達が凄まじい奇声をあげる。それはもう言葉になってはいない。そしてあいつらはすさまじい速さで追いついてきた。なにあれ!? あの魔力に触れておかしくなったの?

 

 次弾は……間に合わない!

 

 オオカミからゴブリンが馬車に飛び乗ってくる。

 

 ぐるうるふう

 

 笑っているような顔で腰から短刀を取り出す。錆びて、血の跡がついたものだ。その目は血走っている。

 

「どけ……」

 

 その前にニナレイアが立つ。

 

 

 あたしをちらっと見てから、右手を振る。

 

「一の術式 炎刃」

 

 ニナレイアを中心に赤い術式が展開される。鳥、みたいな文様でキレイだなぁ、とかのんきにあたしは思ってしまった。

 

 ゴブリンがニナレイアにとびかかる。その瞬間ニナレイアの右足が炎を纏い、ゴブリンに向かって円を描くように繰り出された。しなやかな太ももから繰り出される足技に一瞬あたしは目を奪われた。

 

 ぐげぇ

 

 ゴブリンの首に蹴りがヒットして、そのまま馬車の外まで飛び出していく。ニナレイアは構えなおして、あたしを一瞥する。綺麗な金髪が少しかかった切れ長の目であたしを見ながら耳のピアスが少し揺れてる。

 

「おい、次が来るぞ。その妙な武器はまだ使えるんだろう」

「……あたりまえ」

 

 あたしは次弾を装填する。ミラが心配そうに見てくるけど、大丈夫だから。

 

「ギルドマスター殿。身を伏せていてください」

 

 ニナレイアの声にイオスは「うん」とのんきに答える。それから、

 

「でもニナレイアさんさっきの蹴り技はスカートの時にやるのは気を付けた方がいいよ」

 

 ニナレイアが振り向いた。何を言ってんだって顔してから、だんだんと顔が赤くなっていく。唇を噛んで何か言いたそうにしているけど、言わない。

 

 いや!! 馬鹿! この非常時に何言ってんの!? 代わりにあたしが言う。

 

「あんた馬鹿じゃないの!?」

「おやおやギルドマスターにひどい言い草だ」

 

 おわぁあっ、矢が飛んできた! あたしは必死に避ける。

 いやだ、こんなくだらないやり取りの間に死にたくなぁい。

 

 がたんっ、馬車が揺れた。

 

 クリスと大きなオオカミが側面にいる。体当たりされたんだ。馬車の幌(ほろ)でその影しか見えない。ただクリスの影は大きな双剣を構えている。

 

「さがって!」

 

 ミラが叫んで聖剣を構える。聖剣は雷撃の青い光が走り。クリスの馬車の外から赤い斬撃が放たれる。

 

 魔力の刃と雷撃の力がぶつかり。まじりあう。赤と青の衝撃に幌は吹き飛び、あたしも飛ばされそうになる。

 

「うっ」

 

 よろめきそうになった時、背中を支えられた。ニナレイアだった。

 

「あ、あんがと」

「ふん」

 

 幌が吹き飛んだから、クリスとオオカミが横を並走している。赤い双剣。未熟とはいってもミラの聖剣の力と同等の斬撃を繰り出した赤い髪の少女は強い。

 

「ミラ!」

「大丈夫!」

 

 クリスはその言葉が気に障ったらしい。

 

「大丈夫って、なにがぁあ??」

 

 剣を振るう。赤い暴風のようなそれをミラは聖剣ではじく。ばきりとミラの足元が割れる。馬車の上じゃ足場が悪い。あたしは魔銃に魔力を込めて、レバーを引く。

 

 あ、

 

 クリスと目が合った、その目は「今から死ぬ相手を想像している」とあたしは直感でわかった。それが魔王としての経験則なのかはわかんない。ただ、こいつは今からヤバいことをする。

 

 あたしは立ち上がった、クリスは剣を構える。狙いはミラじゃない。車輪だ。

 

 この速度で車輪を壊されたら、したら全員死ぬかもしれない。だから――

 

 あたしはミラの横をすり抜けてクリスに飛びついた。

 

「なっ! なんだ、お前」

「このぉ」

 

 オオカミの上にいるクリスにつかみかかる。うわっ力つよ、ぐぐ、このぉ!

 

「ま、マオ!!」

 

 ミラの狼狽した声はあたしには届かないそんな暇はない。オオカミも暴れている。

 

「離せ!馬鹿!」

「ああ? 魔王様復活させるつもりなら、あたしを敬え!」

「はあ? 何言ってんだばか!」

 

 もみ合う。あたしは片手に魔銃を掴んでいるけど、双剣を掴んでいる分クリスは体の身動きが取れない。あたしはぐらりと揺れる。あ、オオカミから、おちる。死ぬ? やばい? 落ちたら……。

 

「マオ!!」

 

 ニナレイアの声だっ、

 

「服に魔力を通せ!!」

 

 反射的だった。あたしはクリスを掴んだまま、制服に魔力をありったけ流し込む。あたしの体を包むそれは光を放つ。服だけじゃなくあたしの頭や肌を包んでいく。

 

 あたしとクリスはもみ合ったまま落ちた。視界の端でニナレイアも飛び降りたように見えて、ミラの悲鳴みたいなのが聞こえた。

 

 ぐぐ、

 

 転がる。草むらの中に投げ出された。いつ間にかクリスとあたしは放れる。ゴブリンたちの駆け抜けていくのが視界に映って消える。

 

「いた、いたたた」

 

 あたしは魔銃を杖に立ち上がる。よく手放さなかったなと感心する。痛いけど、立ち上がれるみたい。

 それはクリスも同じ。

 

「おまぁえぁ」

 

 殺気を漲らせながらあたしを睨む赤い髪。

 魔族か……ある意味この子をこうさせたのはあたしか。あたしは魔銃を肩にのせて、ふんと鼻を鳴らす。

 

「やろうっての? マオ様がきょーいくしてあげるよ」

 

 あたしとクリスは対峙する。圧倒的な実力差くらいはわかっている。

 

 赤い魔力があたりを包んでいく。

 

 

「はあ? 誰が誰を教育するって? くそ雑魚?」

 

 あたしをせせら笑うクリスの顔をあたしは真正面から見る。正直怖いんだけど。

 

 赤い魔力をほとばらせる彼女の力は今のあたしを完全に上回っている。あたしは、銃にはすでに弾丸も魔力も込めた。連射ははできないから、外すわけにはいかない。

 

 意外と冷静だな、と自分に対して思う。ゆっくりと歩きながらクリスに対して有利な位置に動こう。

 

「くそ雑魚っていってくれるじゃん。あんた、モンスターを操ることができるんじゃないの? 呼んだら」

「はあ? お前なんかにそんなものいるわけないでしょ。残った連中の足止めしとかなきゃね」

 

 よかった! あのオオカミとかゴブリンまで来たらたぶんあたしは死ぬ。ミラとニナレイアがいればあいつらは大丈夫でしょ。

 

 クリスは双剣を構えている。白い刃に赤い線を刻んだものだ。ゆらりと、クリスの体が揺らめいた。

 

 あっ

 

 次の瞬間にはあたしの懐にクリスがいた。右手の剣を振るのが見える。あたしは転げるように避けた。ぺっぺっ、泥が口に入った。勢いあまってあたしはくるっと地面で一回転した。

 

「逃げんな」

 

 見上げた。

 

 かがんだあたしから見れば、空から剣が降ってくるよう。あたしはまだ転げまわってよける。クリスはあたしを嘲笑うようにへっと笑っている。

 

「あーん? 私を教育するんじゃなかったの? 私は泥まみれになるようなこと教えてもらわなくてもいいんだけど」

 

 なんとでもいえ、あたしは口の中に入った泥をぺっとはく。うえっ。クリスはあたしを舐めている。だから余裕を見せて仕留めに来ない。

 

「まあ、いいや。し~ね」

 

 クリスの体が揺らいだ。あたしは、横に飛ぶ。今度は銃を構えながら。

 

 目の前にクリスの体がある。銃口を向けて、引き金を引く。魔力が奔り、銃弾がクリスに飛ぶ。避けられないはず。

 

 クリスの赤い魔力が収束する。あたしの目に映る。

 

 銃弾がバチッと魔力にはじかれた。クリスは口角をあげて、あたしに笑みを向ける。やばい、魔銃のこともこいつはちゃんと計算に入れていた、怒っているように見えても冷静だった。

 

「死ね」

 

 返す刀があたしに迫る。あ、死ぬ。避けられない。

 

「一の術式。炎刃!」

 

 炎が横から迫る、クリスはちっと舌打ちをして身を引いた。

 

「あいてっ」

 

 あたしがしりもちをついた前に、そいつがいた。短く切った金髪と黒い制服をたなびかせて、両手に炎を纏っている。そいつはあたしの宿敵の一人、力の勇者の末裔だった。

 

「…………貴様の相手は私がする」

 

 ニナレイアはあたしを見ずに言った。あたしは立ち上がってスカートをぱたぱたとはたく。魔銃のレバーを動かして薬莢を輩出する。あたしの魔力じゃクリスの赤い障壁を突破することができない。銃身をぎゅうっと握った。

 

「あんた、来てくれたんだ」

「……ふん。お前が馬鹿なのはよくわかった」

 

 まあ、馬車から相手にとびかかったってよく考えたらあたしはっちゃけていた気がする。

 

「その間にお前は逃げろ」

 

 ニナレイアはあたしを片目で見た。耳につけたピアスが揺れる。逃げる? 

 

「あのさぁ、雑魚が二匹になっただけでうざいんだけど」

 

 クリスは赤い髪を掻きながら言う。

 

「そもそもさぁ、あんたさ、さっきの技。確か……力の勇者の一族が使う技でしょ、剣の勇者の末裔のあの女の知り合い?」

 

 ニナレイアはクリスに向き合う。

 

「ミラスティア殿とは数日前知り合ったばかりだ」

「へえ、なに、そのくそ真面目な返答。面白くないんだけど、ていうかあんた聖甲は?」

 

 聖甲とはミラスティアの聖剣「ライトニングス」と同じく魔王を倒した、ていうかあたしをぼこぼこぼこぼこ殴ってきた神造兵器の手甲のことだ。

 

「……ない」

「はあぁあ? マジで雑魚じゃん。そもそもあの剣の勇者の女も聖剣がなかったら今頃あたしのペットの餌だったのに、生意気に、私のペットを殺して……あ、そーだ。お前ら殺したら復讐になるじゃん、そうしよそうしよ。その服ひん剥いて殺して剣の勇者に見せよう」

 

 かりかりと双剣をこすり合わせながら楽しそうにクリスは笑っている。

 

「やれるものならやってみろ」

 

 ニナレイアがあたしの前で右手を振る。ニナレイアを中心に炎が渦巻く。彼女の両手両足は炎の魔力を纏う。

 

 これはすごいものだろう、たぶん。でもあたしは本物の力の勇者の記憶がある。あいつは、ああ、憎たらしいくらいもっと、ずっとすごかった。

 

「きゃは!」

 

 クリスがニナレイアに突進する。あたしはその間に銃弾を装填する。双剣が踊る。風を切りながら、間断なく動き回る。

 

 金髪の少女はそれを紙一重で避ける。

 

「ぐっ」

 

 ニナレイアの制服の肩がさける。血は出てない。あたしは心配だけど、魔銃に魔力を込める。焦るな、焦るな。

 

 ニナレイアが拳を振るう。炎の拳打は輝く閃光のようにクリスに迫る、でもクリスはそれを双剣を重ねて受け止める。重なった白刃の間から邪悪な笑みを浮かべる赤い髪の少女。クリスの蹴りがニナレイアのみぞおちに突き刺さる。

 

「ぐっ」

 

 小さな悲鳴を上げてニナレイアの体が宙に浮かぶ、あたしは駆けだした。地面に落ちる前に飛びつく、ずさぁと地面にこすれる。いたたた、あたしの体をクッションにしたはずのニナレイアはげほげほと苦しそうに咳をする。

 

「あはははは。雑魚。ほんと弱い。あんたのお得意の体術も私の蹴りの方が強いんじゃない。あはははは。きっと力の勇者の末裔っていったって出来損ないね」

 

 あたしの上に乗っているニナレイアの顔が引きつるのをあたし見た。歯を食いしばって、あたしを見る。その悲痛な顔はまるで泣きそうにも見えた。

 

「逃げろ、お前は」

 

 それだけであたしは思ったのだ。ニナレイアはきっと悔しくて仕方ないはず、でもあたしをかばった。あー、ここまで真面目も極まるとすごいわ。…………まあ、嫌いじゃないけどさ。

 

「やだね」

 

 あたしは言ってやった。

 

「何を考えている、お前といても二人とも」

「二人であいつを倒す」

「はあ?」

 

 教育してやるって啖呵切った手前恥ずかしいけどさ、今のあたしの魔力じゃあいつの防壁は破れない。ニナレイアの体術じゃ、あいつの武力に対抗できない。だから、力を合わせるだけ。

 

 ニナレイアのわけのわからないっ、書いてあるほっぺたをぱしぱしとしてあたしはこいつに耳打ちする。ニナレイアはあたしに言った。

 

「………………やってやるさ」

「よーし」

 

 あたしとニナレイアは立ち上がる。あたしは銃を肩に、ニナレイアは右手の炎を纏って。

 

「そろそろ飽きたわ」

 

 クリスは言って突っ込んできた。あたしたちをあの剣で斬るまで数秒。

 

「ニナレイア!」

「ああ」

 

 あたしが銃を構える。その横でニナレイアが魔銃に備え付けらた魔石に手をかざす。

 

 あたしじゃ魔力が足りない。だからニナレイアの魔力をつぎ込む。ただ、あたしの目線の先でクリスが口角を吊り上げるのが見える。

 

――悪あがきごと、ぶったぎってあげる

 

 きっとこんな事思っているんだろうね! へっ、魔王様を舐めるな!

 

 魔石が赤く輝く、綺麗な灼熱の色。そこにあたしは手を重ねる。魔力を込めるわけじゃない、ミラの聖剣でしたように魔力の流れを構築する。時間なんていらない。あたしは魔力さえ使えれば今でも世界を吹っ飛ばせる知識がある!

 

 引き金を引く。弾丸がクリスに向かって飛ぶ。

 

「しゃらくさぁあい!」

 

 赤い魔力が収束して弾丸を包み込み。それではじくつもり。でもさ、あたしはそれはさっき見た。だからあたしはこの銃弾に魔法をかけたんだ。

 

「輝け!」

 

 あたしの叫びを合図に、ぱあつと魔力に包まれた弾丸がはじけた。あたりを包む。あたしも目がくらむくらい。

 

「……ぅあ」

 

 クリスの悲鳴が聞こえる。あたしには見えない。

 

「こんな子供だましであたしが倒せると思うなぁ!」

 

 白い光の中でクリスが剣を振るう。そうさ、あたしは一人じゃない。片目をあけたあたしの視界が少し開ける。こうすることは最初からあいつには伝えていた。

 

「そうだ、これは子供だましだ!」

 

 ニナレイアがクリスの懐に入る。腰を落として右手に炎を纏う。

 

「炎皇刃(えんおうじん)!」

 

 炎が燃え上がる。ニナレイアが踏み込み、クリスに渾身の右拳が突き刺さる。拳を中心に渦のようになった炎をその身に浴び、彼女は双剣を手放し、後ろに吹っ飛ぶ。

 

 光が消えていく。あたしが目をこすってみると、あたしには金髪の力の勇者、の末裔の後姿が見えた。

 

 その先に赤い髪の少女が倒れている。

 

「勝った?」

「……」

 

 ニナレイアが手であたしを制する。

 

「殺す」

 

 クリスがゆらりとおきあがる。

 

「殺す」

 

 憎しみをその顔面に貼り付けてあたしたちを睨む。口元からは血がながれている。間違いなく大ダメージを与えた。

 

「はあ、はあ」

 

 ニナレイアが逆に膝をつく。魔銃に対する魔力供給と渾身の一撃で一時的に魔力切れを起こしているんだと思う。じゃああたしが、あ、足がもつれる。

 

 あたしも膝がわらってる。あはは。

 

「殺す殺す殺す殺す、いたぶって殺す犯させて殺すなますにして殺す!!」

 

 憎悪のこもった言葉。血走った目。クリスの体から今まで以上に魔力がほとばしる。

 

 あいつ、今まで本気出してなかったのか。

 

「封印を解除してでも殺す!!」

「させません!!」

 

 雷撃が飛ぶ。クリスはなんとかそれをよけ、地面に青い雷が落ちる。

 

「私の友達をこれ以上傷つけさせたりはしません」

 

 ふりむくと銀髪に蒼い光を纏った聖剣。ミラスティアがいた。

 

「お前は……あたしのペットたちは」

「全て倒しました」

「ちっ」

 

 クリスはあたしをちらりと見た。黒狼を倒したとき、あたしとミラで聖剣を操った。今のあたしにそれができるかわからないけど、警戒しているなら利用する。

 

 あたしはミラの横に立つ。

 

「大丈夫。マオ」

「あったりまえ」

 

 ああ、疲れた。クリスはあたしたちを見て、叫ぶ。聖剣の一撃はあいつにも効くはずでそれはクリスにもわかるはず。

 

「次は、次は、次は、殺す!!」

 

 クリスは懐から札を出す。黒い魔法陣が展開され、そして彼女は消えた。

 

 後には闘いの跡だけが残っている。あたしは草むらに身を投げ出したい気持ちを抑えて、膝をついている、力の勇者の末裔の前に歩く。

 

 手を差し出すと、ニナレイアはあたしを見てからあたしの手をつかむ。ひっぱって起こそうとしてあたしは足をもつれさせて、後ろに倒れる。

 

「うわっ」

「わっわっわっ」

 

 あたしとニナレイアは折り重なるように倒れる。ニナレイアはあたしを睨む。

 

「バ、馬鹿かお前は!! ちゃ、ちゃんとささえろ!!」

「に、ニーナこそ、重い」

「に、ニーナだと!? ななな。なんだその呼び方は!」

 

 あ、なんとなく言ったけどこれでいいや、ニナレイア。はニーナ。まあいいや、でも疲れた。ミラ。おこしてぇ。

 

 



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魔王とマオと知の勇者

 馬車が進む。

 

 あたしたちはあれから引き返してきたイオスの馬車に乗って港町へ向かっていた。あれだけボロボロになっていて幌も破けているんだけど御者さんが応急手当したみたい。

 

 気づかなかったけど、御者の人は精悍な顔つきのお兄さん。ただ寡黙で全然喋らない。

 

 からから、音がする。馬車の揺れが心地いい、あたしは荷台の後ろの方にいて景色を見ている。ふぁーあ。眠い。あたしは目元をこすりつつ、あくびをする。

 

 後ろを見るとニナレイア、あ、ニーナが船をこいでいる。膝を抱えて座ったままこっくりこっくりと動いてる。

 

 ミラはイオスとなにか話しているみたいだ。

 

 それにしてもよく生き残れたなぁ、まあ、運が良かったとは正直思う。あいつがあたしたちを舐めてくれていたからかろうじて勝てただけだね。なんかまだ奥の手がありそうだったし。……魔族にはそういうのがある。

 

 あたしも眠いや。膝を抱えて、目を閉じる。あ、気持ちいい。

 がたがた、あぐ。馬車の揺れで顎を膝で打った。いてて。あたしが顎を撫でているとイオスが言った。

 

「マオさん」

「ん」

 

 どうしてもイオスに対してあたしはそんな態度をとってしまう。この黙っていれば美少年はくすくすしながらあたしに続けた。

 

「魔銃がさっそく役に立ったようですね」

「そうね。うん。これがなかったらやばかった」

 

 あたしは傍らのケースを撫でる。中には魔銃が入っている。確かにこの武器がなかったらクリスには対抗できなかったと思う。そう思っていると、ミラがあたしを少しふくれっつらで見てる。

 

「私も心配したんだよ? いきなりあの魔族にとびかかっていくから」

「ごめんごめん、正直何にも考えてなかったよ」

 

 やばいって、思ったからとびかかった。今思い返してもすごいことをしたと思う。

 

「無茶しすぎだよ」

 

 ずいとミラがあたしに近づいてくる。圧が、あるなぁ。ごめんって。あたしが正直に謝るとミラは少し笑って言う。

 

「でも、マオはその武器の扱いがすごくうまいね。ゴブリンを仕留めた時は驚いたよ」

「そういえば、そうだったね」

 

 イオスがあたしを見ていることが気になった。そういえばこいつこの魔銃でなんか企んでいるって自白していた。イオスをあたしが見返すと、この緑の髪の男はゆっくりと笑みを作った。

 

「マオさんは射撃の才能があると思いますよ」

「そうかな」

 

 射撃……へえそんなふうに言うんだ。

 

 魔銃の狙いのつけ方が魔王として使っていた魔術とかの狙いのつけ方と似ている気がした。慣れているのかもしれない。といっても、この武器があってもあたし一人じゃ勝てなかったけど。

 

「まあ、クリスにかてたのはニーナのおかげだよ」

「ニーナ?」

 

 ミラが首を傾げた、

 

「ほら、こいつニナレイアだから、ニーナ」

「ニーナ……、ニーナ」

「んん」

 

 あ、ニーナが起きた。

 

「おはようニーナ」

 

 ミラが言う。ニーナは目をぱちくりさせて、あたしを睨んできた。

 

「み、ミラスティア殿。その、ニーナというのは」

「ミラ」

「は?」

「その、どのって私は、あの苦手かな」

 

 お、珍しくミラが主張している。

 

「そ、そうですかではミラスティアさんでは」

「ミラ」

「ええ……?」

 

 ニーナが困惑している。ミラって相手に好意をもつと結構ずいずいくるから、なかなか困惑するのよねぇ。

 

「そ、その考えさせてください」

 

 ニーナがうつむいている。顔が少し赤いね。こいつ、こういうのはあんまり慣れてないんだと思う。

 

「マオ!」

 

 あたしには強気だ。睨みつけてきたし。

 

「なに?」

「お前が変なあだ名をつけるからだ!」

「いいじゃん、ニーナ」

「…………」

 

 ニーナが顔を赤くしている。悔しそう。

 

「ニーナ」

 

 そこにイオスがいった。ニーナは後ろを向いて。

 

「やめてください」

 

 真顔で言った。

 

 

 開けた草原に出た。

 

 風が背の低い草を揺らしている。さあぁと風の音がする気がした。あたしは髪を抑えながら思うのは、ここに何となく見覚えがある気がする。

 

 草原はところどころ断層やくぼみがある。そこも草に覆われているんだけど、何か不思議。

 

「このあたりは昔魔王と勇者たちが戦った古戦場だよ」

 

 イオスが言う。あ、ああー。あたしはぽんと手を叩いた、ここ来たことがある。昔は荒野だったんだと思うけど、あー懐かしい。

 

 そうだ。ここであの勇者たちと何度も戦ったんだ。もうずっと昔のことだけど、あたしは覚えている。もちろんミラにもニーナにも言わないけどね。

 

「ほら見てごらん。あそこのくぼみを。あれは魔王が放った強大な魔力でできたといわれているんだよ」

「……なるほど」

 

 ニーナ。あんたなるほどとか言っているけどさ、

 

「やはり魔王とは野蛮な存在だったのですね」

 

 違うから!!!

 

 あのくぼみはあたしが力の勇者に殴られそうになって必死に避けた時にあんたの先祖があけた穴だから!!

 

「魔王か……」

 

 ちーがーうー! あたしは無罪。やってない!!

 

「そしてあそこの断層を見てごらん。あれは勇者たちを倒そうと魔王が切り裂いた後だね」

「……すごい斬撃ですね」

 

 ミラ! それもあんたの先祖がやったの。そりゃあすごい斬撃だよ! 聖剣であたしを殺しにかかってきたんだから。あーあーあー。反論できないのがもどかしいぃ。そもそもやられそうになったのはあたしだし。

 

「なんで頭を抱えているのマオ?」

「ミラ、あのさ。ううん、なんでもない」

「…………!」

 

 ミラは少しほっぺ他を膨らませてから、あたしの肩を持った。

 

「言ってよー」

 

 うわ揺らさないで。……なんか話題、話題! 話反らさないと……えっと、その。そうだ!

 

「あ、あのさ、知の勇者の子孫って学園にいるの?」

「え?」

 

 ミラが止まった、すごく困ったような顔をしている。

 

「いるよ、でも……マオには、合わないかも」

「そ、そうなんだ」

 

 正直「知の勇者」なんてどうでもいい。ただ話をそらしたかっただけ。

 

「それにしてもミラ……スティア……さんはマオと仲がいいですね」

 

 ニーナ。もう正直になればいいのに。

 

「友達だから」

「そうですか」

 

 普通にそういうことを言われると、ふつーに恥ずかしいんだけど。でも、そうだね。ここって剣の勇者と初めて戦ったところだった気がする。そこでミラに「友達」っていわれるのは、まあ、うん。いいんじゃないかな。

 

 あたしはなんか恥ずかしくなったのでそっぽを向いた。

 

 草原は先まで続いている。しばらく眺めていると、地平の向こうがなだらかに坂になっていて、その先に蒼く輝く何かが見える。

 

 ずっと向こうにある白い雲。その下に広がるきらきらと光るそれは海だ。

 

「あっ!」

 

 なんとなく口にだしてしまった。草原の先に青い海が広がる。太陽に照らされた世界にあたしは目を輝かせてしまった。

 

 ニーナとミラも体を乗り出して感嘆の声をあげながら、あたしの横で見ている。

 

「あれは入江だね。港町のバラスティはまだもう少し先だね」

 

 後ろからイオスの声がする。

 

「あと数刻で着くと思うけど、ついたらまずはどうしようか?」

 

 ぐう、おなかが鳴った。あたしじゃない。

 

「マオ」

 

 ニーナが顔を少し赤くしながらあたしを呼んだ。……! こ、こいつ! あたしに擦り付けようとしている。

 

「あれ? マオ、おなか減った?」

 

 ミラも聞いて来るし。あのさ、今のは……まあいいよ。うん。

 

「それじゃあマオさん。何が食べたいんだい?」

 

 イオスはあたしに聞いてくるけど、こいつはたぶん犯人はわかってる。……何が食べたいって? そうだなぁ。

 

「……ピザかな」

 

 あたしは言った。それから馬車の前方を見ると晴天に輝く港町がある。どこからか、鳥の声がした気がする

 

 

 港町バラスティ。小さな港町ってことだけどあたしにとっては、今生初めての海に港町だからすごく新鮮だった。馬車を街のギルドに留めて、あたし達4人はまずはあたしの要望をかなえる場所にむかった。

 

 往来を人が大勢あるいてる。石畳を歩くたびにあたしのブーツがかつかつなる。少し楽しい。空をみるとなんか見たことのない鳥が飛んでいる。

 

 あたしたちは海沿いにあるお店にやってきた。小さな小屋とその周りに大きな傘がいくつか並んでいてその下に丸い机がある。結構お客さんがいる。

 

「あれはパラソルだよ」

 

 とミラに言われたけど、ぱらそる、ふーんそんな名前なんだ。

 

 ここからなら海が見える。港には多くの船が停泊している。ん? なんか帆のない黒くて大きな船があるけどあれなんだろ、まあいいか。

 

 あたしたちは席をとって、イオスがなんか適当に注文してくれた。

 

 しばらくすると店員が大きなピザを持ってきた。正直言うけど、楽しみだった。ってなんだこれ。上に赤いなんか丸いのとか白い丸いのがのってる! え? なにこれ、ふにふにしてる。

 

「おい、何をしている」

「いや、ニーナ。これ何?」

「だからニーナと言うな。……エビとイカだろう」

「えび……何それ」

 

 ミラがピザを切り分けてる。ナイフでやっているんだけど、すごいキレイにやるんだ。

 

「はいマオ、あーん」

 

 いや、なんであんたあたしにそんなんするの。あたしは仕方なく口を開けて。かぶり。えびってやつを噛むとじゅうって味が広がった。

 

「……!!」

 

 もぐもぐもぐ。

 んんん。

 

「随分おいしそうにたべるな」

 

 ほっとけ。ミラもなんだかうれしそうだけど、まるで子供扱いじゃない。

 

「これをつけてみたらいい。結構おいしいぞ」

 

 ニーナはミラの手に残ったピザに机に置いてあった小さな容器を傾ける。赤い水滴? みたいなのがついている。なにそれ。でもいいんだ、あたしはわかってるさ、おいしんでしょ?

 

「はい、マオ」

 

 ミラ。あーんはいいから、ってもうかぶり。もぐもぐ。

 

 あああああああああああああああああああああああああああああ

 かぁらぁあぁいあいいぃい

 

 ひぃーひぃいーー。あたしは舌を出したまま、涙が出てきた。

 

 

  それは遠い昔の話だった。

 

 一族から擁立され「魔王」として立った少女の初陣。魔族と人間の枠を超えて圧倒的な魔力を誇ったその少女は、人間の王の軍隊を魔術のもとに圧殺した。

 

 無数の死骸が横たわる荒野を背に少女は立つ。

 

 長い髪と真っ黒な魔力を湛え、その表情は冷たい。何も感じていないのか、何も感じないようにしているのか、彼女は一言も発さなかった。

 

 魔族は劣勢に立たされた中で擁立された魔王、それが彼女だった。最初から道など一つしかなかった。

 

 その魔王の前に立った男は美しい剣を持っていた。青い雷を纏ったその聖剣を持つ男は未来に「剣の勇者」として名を馳せることになる。そしてその後ろに輝く手甲をつけた男、そして赤い魔石をはめ込んだ聖杖を持つ女性。

 

 彼らの後ろには無数の魔族の死骸がある。

 

 魔王は人間の死骸を背に、勇者は魔族の死骸を背に対峙する。

 

 

 はっ!

 なんか辛すぎて昔のことを思い出してた、やばっ。死ぬかと思った。

 

「ほ、ほらマオ、お水」

 

 ミラありがとうぉ、ごくごくごくごくごく。ぷは、うーまだ舌になんか違和感がある。あたしはニーナを睨んだ、ニーナはうっとたじろいだ。

 

「何をかけたの! すごい辛いんだけど!!」

「た、タバスコ」

「たばすこぉ? 何それ! ニーナも食べてみてよ」

 

 あたしは立ち上がってニーナの手に合った「タバスコ」の小瓶を分捕って、ピザのひときれにかける。もったいないので端っこの方。

 

「ほら!」

「う、うむ」

 

 くるしめぇ! 人間めぇ! 

 

 あたしは呪詛を持ってピザをニーナの口にもっていく。あーんみたいになったけど、気にしてらんない! ニーナはぱくっと食べて、もぐもぐと口を動かす。えびをちゃんと食べてる。

 

「お、おいしい」

「………………」

 

 ぐぐぐぐぐぐぐぐ。こんな辛い物を食べることができるなんておかしいよ。

 

 あたしは無駄に悔しくて、椅子に座った。ひぃーまだ、舌が痛い。

 

「マオって辛い物だめなんだね」

 

 ミラがいつの間にかお水を新しくもってきてくれた。透明なガラスに青いお花の絵が描かれたコップ。あたしはお礼を言って受け取る。ごくごくごく。

 

「だめっていうか、こんなの初めて食べたし」

 

 村で食べるものっていえば固いパンとか、野菜のスープくらいだったから……。いや、おいしいよ? お母さんが作ってくれたんだから。

 

 あたしはピザを一切れ手で持ってガブリと喰いつく。

 

「んん」

 

 やばい、顔がにやける。こんなんじゃあたしの威厳が保てないじゃん。あたしはうつむきながら食べる。

 

「まあ、悪かった。謝る」

 

 ニーナがあたしに謝ってきたのとを横目で見る。毒殺かと思ったよ。まあ、許してあげよう。

 

「君たちは面白いなぁ」

 

 今まで黙っていた腹黒ギルドマスターのイオスが手を叩きながら言った。面白いっていうのはたぶんあたしがのたうちまわるところが面白いって言っていると思う。さいあく。

 

「それにしてもギルドマスターはなんの用事があったんですか?」

 

 ニーナがイオスに言う。

 

「うん。野暮用だよ。これからやっていく必要のあることを見に来たのさ。……まあ、道中『暁の夜明け』に襲われるとは思わなかったけどね」

「暁の夜明け……」

 

 ニーナとミラが深刻そうな顔をしている。それはクリスのことだろう、まあ当たり前か。でも『暁の夜明け』というのはたしか魔族の魔王復活を求めている集団……いやよく考えたらクリスにしかあったことないや。

 

「それにしてもミラ…………さんとマオはなぜあんな危険な奴に襲われたんだ。まあ、マオが何かやったとしか思えないが」

 

 ニーナの決めつけにあたしは「こいつ……」思う。ミラ説明してやって。

 

「すでにギルドには報告したんだけど……マオの村の周辺のモンスター討伐依頼を受けた時に戦闘になったの……その時に彼女の操っていた黒い狼をマオと一緒に倒したから、かな?」

 

 そうだね。それ以上言えることはないね。それにしてもちゃんとそこまで報告してたんだねミラ。

 

「そう、ギルドマスターである僕にも報告を聞いたよ。『暁の夜明け』はとしていくつかの事件を起こしている危険な魔族の集団だ。今回は一人だけの襲撃だったから撃退できたという幸運はあったと思うよ」

 

 イオスのいう「危険な魔族の集団」という言い回しにあたしは少し思うところがある。ここ15年あたしは人間として生きてきたから、言っていることはわかる。

 

「やはり魔族は危険だな」

 

 でもニーナのその言葉にあたしは反応してしまった。

 

「ニーナ」

「なんだマオ」

「その……魔族にもなんか、こう事情があったんじゃないの?」

「前も魔王の話の時もそんなことを言っていたな、しかし、どういおうと魔族は私たちの先祖が打ち払うまで数々の暴虐を行ったやつらだ。……それはつい先ほど襲われたことからもあきらかだろう」

 

 暴虐……。それは……。

 

「でも、人間の勇者も魔族を殺したじゃん」

「…………貴様っ!!」

 

 ばんっとニーナがテーブルをたたいて立ち上がった。あたしたちだけじゃなて周りのお客さんもしんとなる。

 

 ニーナはあたしを睨む。純粋な怒りの表情だ。ただ、すぐにはっとしてあたしから目を離した。あたしは正直それでほっとした。ただ、横を向いたままニーナの口から出た言葉にあたしはまた反応してしまった。

 

「滅多なことを言うな……そもそも剣、力、知の三勇者と言われる私たちの先祖は魔族の理不尽な侵攻に対抗するために戦ったんだ。魔族はただ欲望のままに略奪や虐殺を行った……殺されても、いや死んでも当然だ」

 

 死んで当然?

 

 今度はあたしが立っていた、あんまり考えなかった。ニーナは驚いたみたいだ。

 

「戦争が始まったのは人間が攻めてきたんだ!」

「なっ?」

「それにあの勇者と言われているやつらなら、きっとそんなこと言ったりしない!」

 

 ニーナはあっけにとられた顔をしている。

 

 あ、やば。あたしは正気に戻った。でも、ニーナは反論してきた。

 

「人間が魔族を攻めただと? そんなことどこの誰が言っている、魔王戦争と言われる戦乱は魔族の卑劣な奇襲から始まったんだ」

 

 奇襲? あたしは参加してないけど人間の王都への侵攻のことかな。それは人間の魔族の村への襲撃の反撃で行ったとあたしは聞いてる。たしかに、人間との戦争が決定的になったのは当時の魔族の王都への襲撃だ。あたしも知っている。

 

 魔王戦争、って言われているんだ。王都の魔族の強襲は成功し、当時の人間の都は灰燼になった。

 

「そもそも、それまでも魔族は人間に仇なしてきた連中だ。モンスターを使役する力を持った危険な連中なんだ! 戦争の前から人間に敵対的な行動を行っていた」

「人間も魔族の拉致をしてた、魔力の高いものや見た目のいいからって奴隷にしてたんだ」

「妄想を語るのをやめろ!」

 

 

 妄想。

 

 そう、あたしの記憶何て所詮妄想と変わらないんだ。そう考えると、途端に悲しくなってきた。ここで証明する手立てなんてないし。くそぉ……いうことがないや。

 

 あたしはなんとなく、ミラを見た。銀髪の剣の勇者の子孫を見た。彼女は困惑したように目を泳がせてから、あたしからそらした。

 

 そのしぐさに少しだけ、少しだけあたしは悲しくなった。でも、それはミラのせいじゃない。それはわかってる。

 

 …………頭をひやそう。ここでニーナに当たってもだめだ。

 

「…………少し、散歩してくるよ」

 

 あたしは魔銃のケースをひっつかんで、その場から離れようとした。ミラがあわてて立ち上がってくる。

 

「わ、私も行くよ」

 

 ミラの声に。

 

「来なくていいよ」

 

 反射的に突き放してしまった。1人になりたかっただけなのに、冷たすぎたかもしれない。ミラは「あ……」と言っただけで、

 

「わかった……」

 

 肩を落として座り込んだ。

 

 それを見て、あたしは逃げるようにその場を離れようとする。

 

 その時一度振り向くと、イオスがあたしをただ見ていた。いつもの微笑もない、ただ見ている、いや観察しているような顔。あたしはそれも嫌で背を向けた。

 

 

「ああぁあー」

 

 頭を抱えた。さっきのあたしはなんであんなことをしたんだろ。

 

 波の音がする。

 

 ここは浜辺。白い砂浜にあたしは一人で立ってる。さらさらした砂の上は歩きにくい。

 

 あたしは久々に見る大きな海を前にはあぁ、とため息をついた。きらきら光る海の向こうに太陽が落ちていく。赤い光がだんだんと世界を満たしていく。

 

 あたしは波打ち際まで歩いていく。波はずっと絶え間なく押し寄せては引いていく、白い泡を残して。それをずっと繰り返している。

 

「変わってないなぁ」

 

 あたしの最も古い記憶にある海となんにも変わってないと思う。あたしには「記憶」がある、だから子供のころ苦労したし、人間の生活になじむのも時間がかかった。

 

 あたしには魔王として立った記憶がある。

 あたしには15年人間として生きてきた記憶がある。

 

 ……そういえばあたしが魔王として剣の勇者に倒されたのもあんまり変わらない歳だった気がする、そういえばいくつだったかな。あんまり魔族は歳を考えないから、よくわからないけど。

 

 あたしはブーツと靴下を脱ぎ棄てて、そこら辺に放り出す。

 

 海の中へ足首くらいの場所まで入っていく。つめたい。あたしの足元を波が洗う。

 

 ニーナのいうことは人間としては正しい。 

 

 ミラのあの反応は……たぶんあたしにもニーナにも同意したくない、いや喧嘩してほしくなかったんだと思う。笑っちゃうね。少ししか一緒にいないのにもうなんとなく気持ちがわかるんだからさ。

 

 遠くに船が見える。何をしているんだろ。人間のあたしにもわからない。というか知らない。あたしはすうと息を吸う。沈んでいく太陽に対して叫んだ。

 

「わぁああああ!!!」

 

 なんの言葉でもない。今のあたしには何にも言葉にできない。ただ広い海にあたしの声は溶けていった。

 ただ、少しすっきりした。

 

「よし」

 

 戻ろ、ミラには謝る。よし。うん、それがいいや。くよくよしたって仕方がない。

 

 

 やばっい。どこにいるんだろ。よく考えたらどこに行くのか聞いてなかった。

 

「もしかして船に乗ってたりするんじゃ」

 

 さあぁとあたしは青くなった。先に行っちゃったとかならもうどうすればいいのかあたしにはわからない。村に帰るなんて恥ずかしすぎて嫌だ。

 

 空が暗くなっていく。星が出てきて、三日月が出ている。街には篝火がたかれて、人通りは多い。水夫、っていうんだろうか日に焼けた精悍な男が多い気がする。

 

「どうしよ」

 

 あたしは不安をそのまま口にした。さっき言ったピザの店に行ってみても当たり前だけど誰もいない。

 

「そうだ! ギルドに行ってみよう」

 

 ミラとニーナがいなくてももしかしたらイオスがいるかもしれない。

 

 最悪、ギルドの人に何か聞けるかもしれない。馬車を置いた時に一度見たから、なんとなく道はわかる。

 

 石畳を走る。

 

「はあはあ」

 

 息が切れる。魔銃が結構重い。

 

「あ、あった、ひいひい」

 

 ギルドの看板があった。傍に馬車の置き場がある。イオスがいたギルドよりは大きめの建物だ、あたしはドアを開けるとカランカランと備え付けてあった鈴が鳴った。

 

 中には数人の冒険者らしき人がいた。らしきっていうか、背中に剣を背負っていたり、杖を持っていたりする。そいつらは何故かあたしをじろりと見て、それからすぐに目を背けた。

 

 受付に行くと男性の係員がいた。シャツと黒い袖のないジャケット。

 

「あのー、聞いていいですか?」

「ん? ああ、何だい」

「ここにイオスって人いますか?」

「イオス……、いや。ああ、バーティアのギルドマスターか」

 

 バーティアっていうのはあたしの来た街のこと。

 

「帰ってきてはいないよ、何か用かい? よければ伝言しておくよ」

「そっか。じゃあ、あたしマオっていうんだけど、来たことだけ伝えておいてよ」

 

 いないかぁ。仕方ないや。あたしは受付を離れようとして、横を向いた。

 

 そこには女の子がいた。うっすらと微笑を湛えた、紫がかった透明感のある長い髪。白い肌が雪みたいで一瞬目を奪われた。女のあたしが言うのは変かもだけど、美少女だ。

 

 そして引きこまれるルビーみたいな赤い瞳。髪の間から見える耳が少し尖っているようにみえる。

 

 あ、リボンに黒い上着。これはあたしと同じフェリックスとかいうところの制服だ。

 

「少しよろしいかしら?」

「え、うん、なに」

「さっきあなたがお仲間と口論をなさっていた時にたまたまわたくしも通りがかりまして、ご意見を拝聴したのですが、魔族にも何らかの事情があると?」

 

 ああ、そんなことか。

 

「そうだね。そう思うよ、詳しくはわかんないけど」

 

 わからないことにしておこう。あたしはそれだけ言って「あたし人を探しているから」と離れようとした、正直今はその話題をしたくない。

 

 足を引っかけられた。うわ、うわわ。イッタ、いたた。

 

「な、なにするのさ!」

 

 倒れこんだまま見上げるとその少女は冷たい目であたしを見下ろしている。両手を腰に当ててから、わざとらしい笑顔を作った。

 

「わたくしの名前はソフィア・フォン・ドルシネオーズ。貴方と一緒におられた、ミラスティア・フォン・アイスバーグとは友人ですの」

 

 ドルシネオーズ? 

 

「魔族なんてものは全て死するべきと、そう思いませんか? えっと、マオさん、でしたかしら」

 

 このソフィアという少女は知らないけど、こいつの先祖は知ってる。

 

「あんた……知の勇者の子孫?」

 

 あたしがそういうとソフィアはあたしをその赤い目で見た。軽蔑のこもった目だった。

 

 ――「いるよ、でも……マオには、合わないかも」

 

 不意に知の勇者を聞いた時のミラの声が蘇った。

 

 

 

 



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マオ、戦う

 あたしの前で両手を組んでソフィアはニコニコしている。ただその目の奥は笑っていない。明らかにあたしに対して敵意を持っている。あたしが「知の勇者の子孫」かどうか聞いたことにはソフィアは答えなかった。

 

「ま、いいや。あたしは急ぐからさ」

 

 あたしはぱんぱんをお尻をはたきながら立ち上がった。関わったらダメな気がするし、今はミラたちを探すことの方が重要だった。

 

「あら、急ぐとは? ミラスティアさんを探しに行くのですか……? 剣の勇者の子孫の傍にいればなんらかのおこぼれをもらえると思ってのことでしょうけど」

 

 んん。

 

 こいつすごい喧嘩売ってくるなぁ。なんで挑発してくるかは知らないけど、あたしはミラからなんかもらおうとか思ったことないし。

 

「うっさいなぁ。あたしはミラに何かしてもらおうととかぜんっぜん思ってないし。そもそもあんたみたいに人に喧嘩売ってくるのはわけわかんないよ」

「………ミラ?」

「そう、ミラ」

「なれなれしい」

 

 はっと侮蔑を込めたような笑いをソフィアはした。なんでここまであたしに突っかかってくるのかは知らないけど、もうめんどくさい。とにかくこの場から離れよう。そう思って踵を返したとき、あたしの後ろからソフィアが声をかけた。

 

「マオ。貴方の冒険者のカードはここにありますよ」

「!?」

 

 あれ、あたしのポケットに入れてた冒険者のカードがない。さっきので落としたんだ。

 

 あたしが振り返ると、あたしの冒険者のカードをソフィアは指でつまんで持っている。

 

「FFランクの冒険者さん。落ちこぼれ以下の分際でよくそんな口がきけましたね」

 

 ニコニコしながらギルド中に響き渡るように言った。周りの冒険者たちもその声に「FFランク?」などといい、ざわざわした空気がだんだんと嘲笑に変わっていった。ギルドをあたしを嘲笑う声が満ちていく。

 

 そんな中であたしはソフィアだけを見てた。

 

「とりあえず、返せ。ドロボー」

 

 あたしはソフィアを睨みつけながら言う。

 

「あら、あなたが勝手に転んだ時に落としたのわたくしが拾って差し上げたんですのよ。お礼を言って当然じゃない?」

 

 あたしとソフィアは睨みあいながら対峙する。

 

「そ、ありがと、ほらお礼言ったじゃん。早く返せ」

「そんな心のこもっていない。それにこれは貴方にはないほうが良いと思いますわ。だって、見たところなんの魔力も才能もなさそうなのですから。まったくこんな馬の骨を生んだのはどこの賤民かしら……」

 

 …………あたしは怒った。

 

「ふざけんな! 取り消せ!」

 

 ギルドにあたしの声が響く。お母さんを馬鹿にしたことは絶対許さない!

 

 ソフィアはにやぁっと笑って、さらに馬鹿にしたように言う。

 

「あら、怒りました? でも仕方がありませんわ……FFランクなんてそこら辺のゴミ拾いの依頼くらいしか受けられないんですもの」

 

 ガオが確かあたしにいった。Fランクの依頼しかあたしには受けられないらしい。それは命の危険がない代わりに雑用みたいなものだ。ただ、そんなことはどうでもいい。

 

「だからどうした。あたしはFFランクだ! そんなこと、別にどうだっていい。そんなことよりもさっき言ったことを取り消せ!」

「……どうしても取り消せと申されるのですか?」

「そうだ」

「じゃあ、こうしましょう。わたくしの出す課題を出来たらわたくしは貴方の冒険者のカードを返して、発言を撤回しますわ。ただ……もしそれができなければこのカードは廃棄してもいいですわね」

「課題?」

「そう、簡単なことですわ。わたしくの用意した冒険者を全員倒してくれたいいんですの」

 

 ソフィアはあたしに背を向けてギルドに置いてある机に向かった。それからそこにドンと何かを置いた。それは赤い宝石。ギルドの明かりの火に煌ている

 

「皆様、今からそこのFFランクの冒険者を相手に決闘をしていただきたく思います。もしもあれを叩きのめすことできたらこれを差し上げますわ」

 

 は? 

 ソフィアの周りに冒険者たちが集まっていく。屈強な男たちがソフィアに何か言い含められている。

 

「そう、あの小娘を叩きのめすだけですわ」

 

「FFランクなんて、逆に可哀そうじゃありません? モンスターに殺される前に引退させてあげるのは善行とはおもいません?」

 

 ソフィアは見た目がいい、それに口がうまい。集まった男たちは彼女を中心に盛り上がっている。ギルドの人間が止めに行ったみたいだけど、周りから推し止められてどうしようもなくなってる。

 

 その中から一人、よく日に焼けた肌をした男が出てきた。大柄で頭は剃っている色黒の男。大きな剣を抜いて、あたしにいった。

 

「おい、クソガキ。そういうことだ。さっさとあきらめて降参したら痛い目見なくてすむぞ」

 

 男は笑った。周りも合わせて笑っている。ソフィアは勝ち誇ったような顔をしていた。

 

「…………」

 

 あーそうかい! 

 

 そういう風にやってくるのね。あたしは魔銃をケースから出す。肩に担いだ。

 

 このマオ様を簡単に倒せると思っているんだ。ふむふむ……そーかそーか、じゃあさ……全員ぶちのめしてやる!

 

「いい歳こいて女の子いじめようってダサいやつが。あたしに勝てるわけないだろ!」

 

 魔銃に弾を装填してレバーを引く。ガシャンと音がした。

 

「なんだぁ。その妙ちくりんな武器は。安心しろよ。刃引きの加護くらいはしてやるよ」

 

 色黒の男は自分の剣に手を添えて、呪文を言う。それで剣の刃を光が包んだ。

 

「行くぞ、おら」

 

 突進してくる。早い。男の体が一瞬で大きくなったように思えた。

 

 剣が空から落ちてくる。そう思わせるような剣圧。あたしは転がってよけた。周りには嘲笑う声がする。

 

 あたしは上着のボタンを外す。

 今のでわかったのはあたしよりもこの男はずっと強い。でも、クリスよりは弱い。

 

「さっきの大口はどうしたんだぁ!」

 

 剣が横なぎに来る。あたしは魔銃で防ぐ。衝撃が吸収しきれない、後ろに転げたけど、すぐにおきあがる。ぺっ、口に砂が入った。男は剣を担いであたしにのっしのっしと余裕たっぷりに歩いてくる。

 

 刃引きの加護、剣を魔力で包むことで逆に攻撃力を低下させる訓練などの魔術。ガオとミラが戦ったときにも使ったのを見た。今、あたしが魔銃で防げたのはそれがあったから、なかったらもうあたしごと切り殺されていただろう。

 

「そろそろ降参したらどうだ? 顔はいいんだから、別の仕事をしょうかいしてやるぜ」

 

 だーれが降参何てするか。べっと舌を出す。

 

 男がはあと息を吐いて、一足に飛び込んで剣を振り下ろしてくる。全力で踏み込んだ一撃にあたしはかろうじて魔銃で防ぐ。転げながら、あたしは上着に魔力を浸透させる。

 

 この服は魔力を通せば防御力をあげることができる、それはクリスに飛びついて地面に転がったときにわかった。でも上着に魔力を浸透させるのはそのためじゃない。

 

「おいはーげ!」

 

 あたしは挑発する。男はあたしを睨みながら近づいてくる。

 

「生意気な小娘が、そろそろおねんねしな!!」

 

 あたしは上着を脱ぐ。リボンがゆれて下の白いシャツになる。

 

 あたしは突進した。上着の袖を持って男の顔に目掛けて思いっきり振る。魔力を浸透させた黒いそれが男の顔に巻き付いた。

 

「うおっ何だこりゃ」

 

 あたしは魔銃の銃口を男の顔に向けて、引き金を引く。どぉんと音がして、男の顔に弾丸が直撃する。でも、あたしの制服は破けない。衝撃だけが男に通った。ぐらぐらと男の体が揺れて、倒れた。

 

 上着を取って羽織る。少し焦げたようなにおいがする。

 

 魔力で防御力をあげた上着の上からこうすればこいつ死なないだろうと思ったけどやっぱり大丈夫みたい。気絶しているだけ。冒険者って頑丈でよかった。

 

「………次はだれ?」

 

 あたしは銃を担いで言う。ああ、一発撃つだけでも疲れるのにやばいかもしれない。

 

 でも負けるわけにはいかない。あたしの視線の先には冷たい目をしたソフィアがいた。

 

 ☆

 

 ぱちぱちぱち。

 

 あたしの前でソフィアがわざとらしく音を鳴らしながら拍手をしている。ただ表情は冷たい、面白くないと顔に書いているみたい。だいたいこういうやつはまだあきらめてないよね……。

 

 ソフィアは立ち上がった。

 

「妙な武器を使うのですわね。魔力で弾? のようなものを発射するといったところかしら?」

「……そうだよ」

 

 あたしは魔銃を見よがしに肩にかけて、ふんぞり返るように首を反らした。正直もう魔力の回復はあと少し必要だから、今連戦されたらやばいと思う。そうだ、今のうちに弾の装填だけはして……とポケットをまさぐって気が付いた。

 

 あたしの掌で全て確認できるくらいの残弾。えっと、残り3発しかない。

 

 やばい、やばい。あたしは表情に出ないようにふふんと鼻を鳴らした。

 

 ぴきぴきとソフィアの後ろにいた冒険者連中の顔がひきつる。

 

 げっ、あたしが挑発したみたいになっているじゃん。違うし、やばいのはあたしだし。ソフィアは氷のような表情と赤い瞳であたしを見る。

 

「あんたの口車にのった冒険者を倒したからあたしの勝ちだよね? じゃあ、約束通り撤回して冒険者のカードも返してよ」

 

 あたしは余裕の表情のままそういうと、ソフィアは少し眉をひそめてからふっと馬鹿にしたように笑う。

 

「あら、わたくしの出した条件はわたくしの用意した冒険者を『全て』倒したら、ということだったはずですわ」

 

 ちぇ。やっぱりそう簡単にあたしの言葉で煙に巻かれる性格じゃないよね。あたしは残り少ない弾を装填してレバーを引く。魔銃から排出された薬莢がからんと床に落ちた。

 

 ソフィアは人差し指をたてて、自分の前に伸ばした。ほわ、と指の先が赤く光る。

 

「みなさん。このFFランクは妙な武器を使いあなた方を舐めておられるようですわ」

 

 ソフィアの指が踊る。空中に赤い文様が浮かぶ。これは……魔法陣だ。しかも呪文を使わずの無詠唱。……何する気かは知らないけど、やばいなぁ……。でもあたしはよゆーある表情を崩したりはしない。

 

「ここでこのような小娘に馬鹿にされたままでは冒険者の名折れ。どうでしょう、皆さん。わたくしも報酬を上乗せして先ほど提示した宝石とまた別に金貨10枚をお出ししますわ」

 

 ソフィアの後ろにいた冒険者たちの顔が引きつっていく。ソフィアの前で描かれた魔法陣は円の中に複雑な線で描かれた星のようなものだった。赤い紋章をを描き終わったあと、ソフィアは言った。

 

「魅了(チャーム)」

 

 甘い香りがギルドの中を満たしていく。あたしはあわてて制服で口元を覆って後ろに下がる。がん、とドアに背をぶつけた。イッタ。

 

 でもこれはやばい。今の魔力のないあたしもまとも……あま……あ、……。

 

 はっ! 今やばかった!! これは洗脳の魔法だ。魔力の抵抗がある人間やあたしのように知識のあるものは抵抗できるだろうけど……。

 

「FFランク袋叩きにする」

「報酬はもらう」

「あー」

 

 あーあー。ソフィアの後ろにいる冒険者数人の目がやばいよ。全員じゃないみたいだけど、あたしを親の仇みたいな顔で睨んでいるし。ソフィアはというと、両手を組んであたしをゴミを見るような目で見てる。あたし自身が「魅了」に引っかからなかったことが気に入らなかったみたい。……こちとら魔王様だから、その程度ひっかかったりしないよ。

 

 でも甘いにおいの漂うギルドではどうしようもない。

 

「ソフィア!」

「…………気安く呼ばないでくださる? 汚らわしい」

「あたしがあんたの魅了にかかった冒険者を全員倒したら。さっきの発言はちゃんと撤回してもらうからね」

「わたくしの用意した冒険者を全員倒せたら、考えてあげますわ」

 

 あー生意気。いちいちとげがある。

 

「それで、いーよ!」

 

 あたしはドアを蹴って開けた。夜の町に浮かぶ月が見える。

 

「ほら、付いておいでよ。マオ様が相手になってあげるよ」

 

 残弾は3。魔法にかかっているとはいってもたぶん冒険者たちはあたしよりも手練れ。じゃあやることはひとつ。あたしはギルドから飛び出した!

 

 石畳を走る。あたしは夜を駆ける。

 

「はあ、はあ」

 

 ちゃんとついてきているかな? とあたしがちらっと後ろをみると、いるね。槍を持った鎧着たやつと筋肉質な男と、ナイフ嘗めながら追ってくるやつ。全員眼が血走ってる。

 

「こわっ」

 

 あたしは素直にそう言ってしまった。だって、こわいもん。なにあれ。うっわ、ていうか速い。あたしは全力で駆ける。こうなると魔銃が重い。投げ捨てたい。

 

 あたしは走りながら周りを見た。浜辺までゆるやかな下り坂になっている。だから、あたしも走りやすい。上り坂だったらたぶんもう捕まっているね。

 

 息が切れるぅ。ぜえ、ぜえ。後ろの連中は足音高らかにあたしを追ってくる。夜の街といっても人通りはそれなりにある。港町だからだろうか。あたしは星明りと街中の篝火を目印に海岸まで走っていく。

 

 街の中心に立つ斜塔が見えた。

 

 鐘のそなえつけられたものでたぶん決まった時間にそれを鳴らしているんだと思う。ただ、あたしにはそこに人影が見えた。それは弓をつがえてあたしを狙っている。

 

 はあ? なにあれ、ほんとに殺す気か!!

 

 弓をつがえているそいつの後ろには月が浮かんでて、影しかみえない。ただわずかに魔力が周りに見える。次の瞬間にあたしに向かって矢が飛んできた。

 

「うわぁあああ」

 

 あたしは転んで、あわてて避けた。一瞬おくれてあたしのいたところに矢が突き刺さっている。石畳を貫通して金色の魔力の残りがたちあがっている。…………あいつ、あたしを殺すつもりだった。

 

 あたしは斜塔を睨む。あそこに明確に殺意を持った「弓使い」がいる。あたしの手にある魔銃であそこまで届くか、無理。魔力が足りない。それに狙う方法がない。塔は高い、狙って当てるのは無理。

 

「へっへっへ」

 

 あたしははっとした。座り込んだままあわてて後ろを振り返ると、あたしを追っていた3人がそこにいる。やばいと思って逃げようとすると筋肉質な男があたしを仰向けのまま押さえこんできた。

 

「観念しなぁ」

 

 目が血走っているくせに冷静のあたしの両手を抑えてくる。ち、力が違う……ぜ、ぜんぜんうごかない。

 

「は、はなせ」

 

 もがいても動かないし。ほかの鎧の男とナイフの男もあたしを見下ろしている。

 

「そいつの服はなんか魔法のアイテムだったよな」

 

 鎧の男が言うと筋肉がへらへら笑いながら。片手であたしの両手をまとめて抑え込んできた。そ、それでも動かないし。

 

「じゃあ脱がすか」

 

 とかいいながらあたしの襟に手をかけてきた。って、触んな! あたしはその手をがぶりと噛む。思いっきり!

 

「いってぇ」

 

 チャンス。あたしは自分の足を引き寄せて、そのまま筋肉の股間に突きだす。あたしのブーツの先にぐにゃあって感触があった。

 

「おごっ」

 

 妙な声をあげて男はあたしから離れた。股間を抑えてうずくまってる。いた、痛いのかな? 罪悪感が少しあるんだけど。

 

「おごごご」

 

 ……股間を抑えてのたうち回りながら奇声をあげてる。…………ごめんね? 

 

「てめぇ」

 

 おわっ。槍があたしに突きだされた、鎧の奴だ。あたしはなんとかよけながら、魔銃をとって立ち上がる。鎧の奴がまた槍をあたしに突きだそうとしている。避けられない。あたしは魔銃を構えて、引き金を引く。銃の魔石が光り、弾丸が発射される。

 

 鎧に銃弾が直撃する。鎧の奴は後ろに飛んだ。たぶん仕留めきれてない、いや仕留めちゃったら困るんだけど!

 

「しっ」

 

 ぐえ。ナイフを持った奴の蹴りが横腹に突きささった。息が、できない。

 

 ナイフ使いは軽装で、目が血走った男だった。ああ、くそぉ、盗賊みたいな格好しやがって。あたしはポケットの中の銃弾を掴んで、投げた。

 

 ナイフ使いはよけた。でもいいんだ。それで一呼吸できる。痛みは我慢する!

 あたしは銃の金属の部分を両手で持った。そのまま振りかぶって、思いっきり振る。

 

「おらー! とんでいっちゃえ!」

 

 魔銃の銃身にナイフ使いの頭にクリーンヒット! ナイフ使いはのけぞった。いたーい。手が痛い。すごいしびれる。

 

「ころす」

 

 げっ、気絶もしてないし。

 

 あたしは一歩下がってからべーと舌を出して背を向けて走りだした。走りながらレバーを引いて次弾を装填する……。あと一発しかないじゃん! 一発はなげちゃったし……。

 

 そのあたしの肩に矢が突き刺さった。

 

 

「ぐあ」

 

 焼けるような痛みを感じる。痛い、痛い。あたしの袖に血がながれている。制服はさっき禿との闘いで魔力を通して防御力をあげてたから矢の威力を軽減してくれたみたいだ。あたしは矢が刺さったまま物陰に隠れようとする。

 

「てめぇ」

 

 ナイフ使いも来てるし。はは、やばいね。

 弾丸は一発。このナイフ使いですらあたしよりも強い、んで弓使いもいる。どうしよう、こ、こんなときにミラがいたら。

 

「……ちがう!」

 

 あたしは自分の弱気と痛みを吹き飛ばすように叫んだ。こんなところで剣の勇者の子孫に頼るなんて魔王としてあるまじきことだ。迫ってくるナイフ使いも、遠くにいる弓使いもあたしは倒す。魔王様、いーや、マオ様をなめるな!

 

 

 だんだんと騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってきている。はあ、はあ。それにしても矢が刺さるって痛いんだ……。目の前にいるのはナイフを持った盗賊のような男。ソフィアの「魅了」に掛かっているはずだけど、さすがにもうすぐ効果も薄れてくると思うんだけど。

 

「…………」

 

 ナイフを逆手にもって、腰を落としてしっかりとあたしを見据えている。中途半端に戦って、中途半端に「魅了」の状態だからあたしを本気で仕留めようとしているんじゃないかな。

 

 あたしは背中を建物の壁に預ける。弓使いが斜塔から狙撃してくるなら、狙えないところに行くしかない。つまりあたしには逃げ場がない。

 

 あたしは銃弾を口にくわえて、手に持った魔銃のレバーを右手で動かす。薬莢が飛び出て、カランと床に転がる。

 

「……いっつ」

 

 矢の刺さったのは左肩。ぽたぽたと左手の袖口から血が落ちてくる。あたしはその赤くなっている左手を見る。

 

「あんたさぁ」

 

 あたしは盗賊風の男に聞く。魔銃を操作している間にあたしに攻撃してこなかったのはこの「魔銃」という武器を警戒したのかな、それとも意外とフェアなのが好きだったりって……それだったら宝石欲しさにあたしを襲ったりしないよね。

 

「名前とかあるの?」

「当たり前だろう、バラン。Dランク冒険者のバランだ」

「そっか、あたしマオ……」

 

 よく考えたらあたしギルドで名前言われた気がするから知っているかな。バランはズボンと袖のない黒の上着。体に張り付くような格好で痩せているように見えて、腕周りが太い。

 

 がやがやと周りに人が増えていく。へへ、銃を撃つようなのは厳しいね。誰かに当たっちゃうし。あたしは左手で壁に絵を描くように指を動かす。相手に聞こえないくらい小さな声で呪文をつぶやく。

 

「行くぞ!」

 

 バランが飛び込んでくる。ああ、だるい。動こうとして足がもつれた。ただ左手だけを壁につけたまま、あたしの血で書いた魔法陣がそこにある。

 

 あたしは顔をあげる。そして迫るナイフを睨みながら叫んだ! 

 

「アクア!!」

 

 魔法陣が青く光り、空気中の水分が集結する。魔力に流された水流がバランの顔に掛かる。そう、その程度の魔法、ただ顔にかける程度の水流しか作れない。

 

 バランがひるんだ。あたしは魔銃を構えて、突っ込んだ。

 

「うあああああああ!」

 

 両手でつかんだ魔銃を力いっぱいバランの横腹に叩きつける。バランは後ろに飛んだ。手ごたえがない、あいつ、自分で飛んで衝撃を殺したんだ。

 

「はあ、はあ」

 

 やばい。力が入らない。意識してないと銃も落としてしまいそう。バランは月明かりの下で体勢を立て直した。腰を低くしてナイフを構える。くっそ、奇襲がうまくいかなかった。

 

 バランは脇腹を抑えてる。多少効いたのかな? あとは魔銃で撃つくらいしか方法がないけど、それをやったら弓使いが倒せないだろうな。

 

 次の瞬間あたしの目の前でバランの足に矢が刺さった。

 

「ぐあぁ」

 

 悲鳴が響く。あたしには何が起こったかわからず、反射的に助けに入ろうとして、自分を押しとどめた。あたしは胸元をぎゅううっと掴んで自分に言い聞かせる。

 

「とまれ、落ち着け」

 

 バランは苦しそうに足を抑えている。周りからも悲鳴が聞こえる。赤い血がながれている。これをやったのは間違いなく斜塔にいる「弓使い」だ。

 

 おちつけあたし。

 

「いてぇ」

 

 太ももに刺さった矢にのたうち回るバラン。血だまりが広がっていく。このままじゃ死んじゃうかもしれない。

 

 あたしは唇を噛んで、体が前に行こうとしているのを押しとどめる。なんで今まで襲ってきたやつを助けないといけないんだって、思うけど。あたしを止めているのはそれじゃない。

 

 弓使いはなんでこんなことをしたんだ。

 

 冒険者たちは元々仲間なんかじゃなかった……のかな。でもそれでも攻撃まではやりすぎてる。周りのギャラリーは遠巻きに見ている。

 

 あたしはギルドの光景を思い出す。

 

 そういえば「弓」なんて持っているやつはいなかった。いたのかもしれないけど、でもあたしには見えなかった。

 

 

――「あたしがあんたの魅了にかかった冒険者を全員倒したら。さっきの発言はちゃんと撤回してもらうからね」

――「わたくしの用意した冒険者を全員倒せたら、考えてあげますわ」

 

 ソフィアとの会話を頭の中で反芻(はんすう)した。

 

 あいつ「用意した冒険者を全員倒せたら」って言ってた。もしかして――

 

 あの弓使いはソフィアが直接用意した仲間? 

 

 だからほかの冒険者とは違って容赦なくあたしを攻撃してきた?

 

 憶測でしかない。じゃあ、バランを撃ったのは……。もがき苦しむバランを見て、あたしは焦りがでてきた。ああ、もう。あたしの中ではバランに対する答えは決まっているんだって自分でも嫌になる。

 

 そうさ、助けるよ。

 

「んぁ」

 

 あたしは左肩の矢を持って、ほんと、ほんとに勇気を出して引き抜く。

 ――!!!! 痛い。こなくそ! 

 

 あたしが投げた矢が地面におちた。息を整えるけど、痛みでよくわからなくなってきた。バランのことをあたしは助ける。でもそのためには『建物の陰』から出ないといけない。

 

 つまり弓使いの射程に入らないとだめだ。

 

 きっとそれをあいつは狙っているんだと思う。いや、あたしが助けに入らなくても物陰から出てくるだけでいいんだ。だから、バランで試してみた? 失敗してもどうでもいいって ……むっかー。

 

「なめんなー」

 

 あの弓使いはすごい嫌な性格をしていると思う。あたしは好きじゃない。

 

 あたしは建物陰から出る。月明かりがあたしを照らす。それは弓使いにも見えているはずだ。あたしは左肩の痛みをこらえて、バランに手を差し伸べる。

 

「ほら。早く起き上がって」

「おまえ。なんで俺を」

「あーうっさいなー。倒れているから、助けるのになんか文句あんの?」

「でも、俺は」

「やかましい!」

 

 あたしは半ば強引にバランの手を取って立ち上がらせる。太ももに矢が刺さったままだけど、とにかく陰に行かないといけない。

 

 斜塔からの射撃、一瞬光った。魔力が奔る。

 あたしは力を込めてバランをかかえて、影に逃げ込む。一瞬後に石畳に矢が突き刺さった。ベーだ。残念でした。矢は金色の魔力の纏って光っている。

 

「い、いてぇ。お前乱暴なんだよ」

 

 そうだ。こいつケガがひどいんだ。あたしは上着を脱いで、あーだめだ。これじゃあ。あたしはバランの腰からナイフを取って上着を切ろうとしたら頑丈すぎてあたしじゃ切れない。だからあたしはシャツの右の袖を切って、バランの太ももを縛る。

 

「ほらこれで、足を縛っててよ、とりあえず出血を抑えないと」

 

 あー今気が付いたけどあたしのシャツも結構ひどい状況だ。

 上着を羽織りなおして、魔銃を手に取る。

 

 あたしはバランの顔をぺちんとビンタした。お金に目がくらんであたしに襲い掛かった仕返し。これで許してあげる。

 

「いた」

「自業自得ってね」

 

 

 ただ、あいつだけは倒す。もう疲れてくたくただけど、許せないし。

 

 銃を肩に担いであたしは月明かりにもう一度でる。すぐ振り返って、遠くにある傾いた塔に銃を向ける。あたしからは相手の顔は見えない。あちらからは多分魔力の身体強化で見えている。

 

 綺麗な三日月を背に斜塔が立っている。うっすらと人影があった。あたしは今あるだけの魔力を上着に通す。そのまま座り込んで。魔銃を立てる。

 

「……」

 

 あたしが対峙する相手はあれだけ離れたところから射撃ができるような奴だ。でも一撃ごとに魔力のこもった矢を放つから連射ができない。

 

 座り込んだまま、あたしは地面に魔法陣を描く。悪魔の形を象ったそれは魔族に伝わるものだ。今のあたしじゃどうせまともに起動することはできない。

 

 魔法陣は魔力を通す道路みたいなものだ。

 

 呪文は自分の魔力を変換して引き出すものだ。

 

 魔法陣だけじゃ何もできないし、呪文はソフィアのような力を持った奴ならなくてもいい。だから、そもそも魔力量が少ないあたしが魔法陣を書いても基本的に起動することはできない。

 

 あたしは書いた魔法陣を踏む。

 

 斜塔に光が奔る。閃光のような矢があたしに迫る。体を動かすこともできない。ただ感覚でしかとらえることができない。その光の矢はあたしの左胸に正確に打ち込まれた。

 

 額なら死んでたよ。

 

 制服の魔術の防御と光の矢を包む魔力がぶつかり、ばちばちとあたりに電撃のようなものが散る。あたしはそれを「掴んだ」。四散しようとする魔力ならあたしは利用できる。

 

「玄(くろ)の力を我に示せ、ファースタクト!」

 

 光の粒子が玄に代わる。あたしを包む。

 

 これは強化の魔法。身体能力を強化し、敵に立ち向かう魔法。ただ、「前の」あたしやミラそれにニーナのようにもともと体内に循環できる魔力が豊富であればそもそも使うこと自体がない。

 

 ただ、あたしはこの魔法に一つ工夫をした。 

 

 あたしの右目を黒に染まる。そして十字に青い魔力の線が奔る。

 

 あたしは奪った魔力を視覚と感覚の強化そして残った魔力は魔銃に込める。この状態が続くのは数秒だけだ。

 

 あたしの視界は開ける。

 

 遠くの弓使いの顔が見える。金色の髪をポニーテールにした女の子。手に白い弓を構えている。少し驚いた表情だけど、エメラルドグリーンの瞳が綺麗だった。ああ、そんな顔だったんだね。完全に見えるよ。

 

 右目で狙いをつける。

 

 あたしは銃口を向ける。そして引き金を引いた。

 

 発射された銃弾は紫の光を一直線に伸ばして、弓使いの持つ白い弓に直撃して叩き折った――

 

 

 視覚強化が消えていく。相手の魔力を利用した数秒だけの魔法。

 

 はあ、大量の魔力があればもっと強化できるんだろうけど無理だなぁ。でもとりあえず勝ったかな……。

 

 ああ疲れた、とあたしは夜空に息を吐いた。



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今の世界に魔王はいて

 

 

 あたしは銃を杖代わりにしてなんとか立っていた。ああ、眠い。

 

 都合5人くらい相手したんだから当たり前かもね。

 

 そうだ、バランを助けないとってみたら、街の人? かな。介抱してくれている。とりあえずそれをみてほっとしたけど、もう疲れた。今すぐ休みたい。痛いし。

 

 そんなあたしの前にそいつはやってきた。

 

 黒い上着にリボンをつけたフェリックスの制服。紫がかった透明な髪を手で押さえながら、綺麗な赤い瞳があたしを見ている。その表情は不機嫌、というかあたしを睨んでいるかのようだった。

 

 ソフィアだ。この「知の勇者」の末裔の少し尖った耳が髪の間から見える。

 

「どーだ」

 

 あたしは言ってやった。あんたの用意した、と思う弓使いも倒してあげた。足がもうがくがくだけど。

 

「……思ったよりもその武器は使い勝手のよさそうですわね」

 

 魔銃のおかげって? 別に否定はしないよ。事実だしね。

 

「そうかもね。あたしがとりあえず勝てたのはこいつのおかげだよ」

 

 魔銃をあたしは見ながら言う。初めてイオスに感謝しそう。でも、あいつなんか企んでいるって自白してたから口で伝えることは絶対ないけど。

 

 あたしがあっさりと認めたからか、ソフィアは「ふん」といった。

 

「ああ、そう」

「それよりさ……約束を守ってよ」

 

 頭がくらくらする。でも、こいつの口からあの言葉を撤回させてやらないと気が済まない。あたしのお母さんを馬鹿にしたことは許さないから。

 

「そうでしたわね。冒険者カードをお返しするんでしたわね」

 

 そっちもあったね。忘れてたよ。

 

 ソフィアはポケットからマオと描かれた冒険者カードを取り出して、指でなぞる。すぐに火が付いた。

 

「なっ!! いでっ」

 

 余りのことにあたしは手を伸ばそうとしてこけた。何するのさ!! 

 ソフィアは燃えているカードをあたしの前に放り捨てる。

 

「返して差し上げますわ。それではごきげんよう」

「まて! ふざけんな! もう一つの約束は!」

「もう一つ……? ああ、あなたの生まれのことでしたわね」

 

 ソフィアはあたしを見下すように言った。

 

「…………今回の頑張りに免じて撤回しましょう。ご満足かしら……?」

 

 馬鹿にしたようにソフィアは笑う。そしてあたしの目の前で冒険者カードが焼けていく。手で取ろうにもどうしようもない。水で消してももう使い物にならない。

 

「くっそぉ」

 

 あたしは立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。周りに人が集まってくるのが人ごとにみたいに意識が遠くなっていく。ただ、ソフィアに一つだけ聞きたいことがあった。最初から気が付いていたことだけど……。

 

「ソフィア。待って」

「何度も言いますが、気安く呼ぶのはやめてくださるかしら」

「……あんさの魔族にかかわりがあるの?」

 

 赤い瞳。そしてわずかに尖った耳。ソフィアは魔族ではないと思う。ただ、その特徴が少しあった。魔王として魔族の中にあったあたしにはわかる。ソフィアはその質問には答えなかった。

 

 ただ、あたしを憎しみのこもった目で見ている。整った顔立ちをゆがめ、目を開いてあたしを見下ろしている。

 

 ソフィアが手を伸ばす。指の先に魔力が集まっていく。はは、あたしは何かに「触って」しまったのかもしれない。ただ、もう目がかすんでる。ソフィアが何かしようとしててもあたしにはどうしようもない。

 

 朦朧とする意識がむしろ気持ちいい。とろんと眠りに落ちていくようにあたしの体から力が抜けていく。

 

「ソフィア。マオに何をしているの!?」

 

 あたしの前に誰かが立っている。誰だろう、ソフィアとの間。あたしがなんとか見ようとすると足しか見えないし、はは無様。誰か知らないけど2人いるみたいだ。

 

 すべてが遠くなっていく。時間がゆっくりに感じる。

 ……眠い。どれだけたっただろう。

 

 誰かに背中を抱えられているような感触があった。

 うっすらと目を開けると、誰かがあたしを呼んでる。

 

「……オ! マオ!」

 

 ああ、その声は知ってる。ミラスティアだ。

 

 

 海を見るのは初めてだった。

 

 その日には魔王として立った少女は魔族の軍船に乗って青い海原を見ていた。数年前に前代の魔王が人間の王都を攻略してより、人間の間に「勇者」と言われる者たちが現れていた。

 

 魔王としての少女は彼らと何度か相まみえている。決着をつけることがいまだできてはいなかった。

 

 「勇者」達は人間には到底到達できない魔力をもち、各地の魔族の幹部を倒しているという。反面魔王はあいた戦力の穴を埋めるために各地の戦場に出向かざるを得ない。

 

 青い海はどこまでも続いている。太陽のもとに光るそれは魔王に似つかわしくないかもしれない。ただ、その少女は空を飛ぶ白い鳥に目をやっていた。翼を広げてどこに行くのか、羽ばたく。

 

「自由……か」

 

 魔王として立場を持つ少女はぽつりとつぶやいた。周りにいる魔王の幹部たちはなんのことかと顔を見合わせている。少女は自嘲した。

 

 生まれた合わせた才能だけでこの地位にある自分には最初から選択肢などなかった。

 

 人間は憎い。

 だが、もしも、

 

「争わなくていいなら……」

 

 その先を彼女は飲み込み、言葉にはしなかった・

 

 

 揺れてる。

 あたしの体が揺れている。

 

 波の音もする。気もちいい。もう少し眠っててもいいかな。ただ、おなか減ったなぁ。

 

「ん」

 

 目を開けると、どこだろココ。ベッドの上……みたいだけど、あれなんだろほんとに周りが少しだけ揺れてる。ほんとすこしだけ。窓がそばに会って外には白い鳥が飛んでる、なんて鳥かは知らないけどクチバシが黄色い。……あれ? いつか見たことがあるような気がする。

 

「マオ!」

 

 その声にあたしはびっくりして視線を動かす。するとそこに泣きそうな顔であたしを見ているミラがいた。あたしは何か言おうとしたけど、その前に抱き着かれた。

 

「目を覚ましたんだね。よかった、よかったよぉ」

 

 うわっ。ミラはあたしを抱きしめてくる。泣きじゃくるミラの髪があたしの頬をこする。くすぐったいよ。この「剣の勇者」の末裔様は優しいんだからさ……。

 

「ミラ、ミラ痛いって」

「……ごめんね」

「え?」

「あの時一人にさせたから……ソフィアから聞いたよ。ギルドの冒険者たちと喧嘩になったって」

「喧嘩……うーん」

 

 そうか。あたしは街中で暴れたんだ。ソフィアも都合よくミラに言っているかもしれないけど、よく考えたらすごいことしたもんだなぁ。でもミラが謝ることなんてないし、あたしは……

 

「あたしこそごめん……。ニーナと変な言い争いしちゃったし……ミラにも来なくていいって、言っちゃったし」

「いいよ、そんなこと」

 

 ミラはあたしから離れた、あたしとミラは目を合わせる。ミラはうるうると涙を湛えたままにこりと笑う。あたしも少し恥ずかしいけど、笑った。

 

「やっと目を覚ましたか」

 

 見るとニーナが部屋に入ってきた。

 

 よく見るとこの部屋にはベッドが3つある。あたしはその一番窓際に寝てたみたい。それにしてもこっぴどくやられたし、あれ? 痛くないや。肩も。

 

 あれ? なんだこの服。ごわごわしているなんかピンクのやつだ。でもちょっとかわいい。

 

「ふん。ケガは治療魔術をギルド所属の魔法使いにかけてもらった。あと、そのパジャマは私のだ。後で洗って返せ」

 

 ニーナは短くあたしのほしい情報を言った。パジャマ……そういうんだ。ネグリジェみたいなものかな。前生きてた時は着ていたけど。あたしはニーナを見た。この「力の勇者」の末裔は不機嫌そうな顔であたしに聞いた。

 

「なんだ?」

「いや、かわいいの着ているんだなって」

「なっ!!」

 

 すーぐ赤くなる。

 

「もう脱げ!おまえ」

「あたしけが人」

「何がけが人だ。訳の分からない騒動を起こして! 心配した……してないぞ!!!!!」

 

 勝手に自爆しないでよ。でも、逃さないし。

 

「心配してくれてありがとうニーナ」

「ぬ、ぬぬぬ」

 

 悔しそうにしているニーナ。それを見て、あたしとミラは笑った。ニーナはふんとそっぽを向く。

 

「あーあ。でも、ここどこなの、ミラ?」

「どこって、船の上だよ」

「ふ、船の上?」

「そう。これから王都に向かっているんだ。ほんとならバラスティで療養するべきかもしれないけど、イオスギルドマスターが王都の方がいろんなことができるって」

 

 あいつ……けが人を船に乗せたのか……。まあ、いいや。それにしてもだから海鳴りが聞こえたのか。

 

「よっと」

 

 あたしはベッドから降りる。おおっ、体が傾いた。

 

「あぶないよ。まだ本調子じゃないんだと思うし」

 

 ミラがあたしの背中を支えてくれる。

 

「ありがと」

 

 魔王の背中を支える勇者の末裔ってなんだろね。

 

「そういえば、イオスは? ミラ」

「船に乗っているはずだけどどこに行ったのかわからないよ」

「どこまで付いてくる気なんだろあいつ」

「こら、マオ。あいつ、とかダメだよ」

「はーい」

 

 あたしはそんな返事をしてぐうとおなかが鳴った。

 

「私ではないぞ」

 

 ニーナが即座に否定してくるけど誰も疑ってないし。というかあたしだし。この前はあんたがあたしに擦り付けてきたけどあたしはしないから。

ミラがくすりとして言う。

 

「じゃあ、マオ着替えていこっか」

「行くって……どこにさ。というかあたし制服ぼろぼろだし」

「大丈夫だよ。ギルドマスターが新しい制服も用意してくれたから」

 

 手際よすぎて気持ち悪いなぁ。あたしにはあいつの掌で踊っている気すらするんだけど。

 あたしの心の声はもちろんミラには届いていないから、ミラはふふんと得意げに言った。え? なんで。

 

「この船には大きな食堂があるんだよ。もちろんピザもあるから!」

 

 あたしは、その言葉ににやけそうになってあわててきりっとした。

 

「口元がほころんでるぞ。マオ」

 

 うっさい。ニーナ。

 

 

 

「ああ、くそくそくそくそ」

 

 赤い髪の少女、クリス・パラナは怒りのままに叫んだ。

 広い場所だった。数百人は収容できるであろう空間。奥にただ一つ玉座がある。

 

「あの剣と力の勇者の末裔……あとわけわかんないクソガキめ」

 

 クリスは数日前の失敗を思い出すたびに沸き上がるような怒りを覚えた。自らの「ペット」と称するモンスターが倒されたことよりも彼女は自分をこけにした3人に対してこの上ない屈辱を感じてた。

 

「必ず殺す……あいつら、許さない」

「こまるんだよねぇー」

 

 気の抜けたような声。クリスは振り向きもしない。クリスの後ろからかつかつと音をたてて歩いてきた男は背が高く、若い男だった。茶色の髪は毛先になるほど金色になっている。整った顔立ちと尖った耳、優男と言う形容がぴったりなほどうっすらと微笑んでいる。

 

 彼の身に着けているのは黒の軍服。小脇に分厚い本を抱えている。

 

「剣の勇者の子孫も、力の勇者の子孫も勝手にさー、殺しちゃったらだめでしょー、クリスちゃん」

「あ? ロイ。あんたに指図される覚えはないんだけど」

「指図っていうかさー。3勇者の子孫をぶっ殺して僕たち『暁の夜明け』が宣戦布告を全世界にするっていう手はずなんだからさー。ルールまもろーよ」

 

 ロイと呼ばれた青年は間延びしたような話し方をしている。クリスは青年を見据えて静かに言った。

 

「そんなのどうでもいい、あいつらの首を並べればどうとでもなるでしょ」

「あーあー、これだから馬鹿は、いけないんだよぉ」

「あんた、あたしをなめてるの?」

「あれ? そうとられるようにわかりやすくしてたつもりだけど」

 

 赤い魔力があたりを包んでいく。クリスは無言でロイを見据え、ロイは小脇の本をぱらりとめくってニコニコしていた。空気が張り詰めていく。

 

「やめよ。貴様ら」

 

 野太い声が響いた。

 

 太い男がいた。身の丈は2メートルはあるだろう。黒い軍服は筋肉で膨れ上がっている。褐色の肌に顔にいくつかの大きな傷がある。ただ特徴的なカイゼル髭を持った男だった。

 

 彼の言葉でロイは「はいはい。ドンファンさんには逆らいませんよー」と言い、クリスは舌打ちして魔力を収めた。

 

 ドンファンと言われた男はふんと鼻をならし。

 

「先ほど族長会議において魔王の選出が為された。これで我らの王はあの方だ」

 

 ロイはひゅーと口笛を吹く。

 

「族長会議ってたって魔王戦争を生き残った少数の魔族のそのまた少数の連中だからね。僕たちが数人暗殺……いやいや不幸な事故に立ち会ってしまったから、僕たちを恐れていいなりってね」

「口は災いの元であるぞ。ロイ」

「はいはい」

 

 ロイは両の掌を上にあげて、肩をすくめる。器用に脇に本を挟みながら。

 

「なんであれ、これで私たち『暁の夜明け』が魔族の主導権を握れるってわけでしょ」

 

 クリスは視線の先にある玉座をみたまま笑った。

 

「これで殺しても誰も文句言わないじゃない」

「……貴様は自重するのだ」

 

 ドンファンはため息をついた。しかし、次の瞬間に彼ら3人は巨大な圧力を感じた。

 

 クリスの額から汗がにじみ出る。ロイは苦笑しつつ、その場に片膝をついた。ドンファンもそうする。

 

 男が歩いていた。ただそれだけであたり全てを屈服させるような重みを感じさせた。

 

 彼はクリスたちと同じ軍服に身を包み、外套をたなびかせて歩く。その腰には「刀」がある。黒い髪は短く切り、精悍な表情で前だけを見ている。

 

 クリスもまるで押しつぶされるように膝をつく。その表情は屈辱にゆがんでいた。

 

 男はゆったりと玉座に座る。

 

「……首尾はどうなっている」

 

 男は短く言った。目の前の3人をその燃えるような赤い眼で見ている。刀は柄を持ち、鞘のまま床に立てる。

 

「はっ。ヴァイゼン総統閣下」

 

 ドンファンが答えた。

 

「手筈通り3勇者の末裔の動向をつかみ、一挙に葬れるように整えております」

「そうか」

「しかし、まだ相手は小娘共。私どもで十分かと思いますが……」

「……いや、私は曲がりなりにも族長共に選ばれた身だ。私自らが出向き、始末する……おごり高ぶった人間共への制裁の意味もある」

 

 ドンファンは「はっ」と短く答えた。クリスは何か言おうとして歯を食いしばっているが、ロイに肩を持たれて制止された。

 

 黒い魔力を纏う男、ヴァイゼンは玉座の上で、一人哂う。

 

「魔王。それが私のこれからの呼び名だ。私は全ての敵を斃し、魔族の繁栄を取り戻そう、数百年前の魔王に果たせなかったとことを果たすため、その名を私が受け継ぐ」

 

 魔王は全てを背負い、立ち上がる。

 

 

 

 へっくち。

 

 

 うー、くしゃみすると誰か噂しているっているけど、迷信だよね。

 

 あたしとニーナは甲板に出た。あたしはおニューのフェリクスの制服を着ている。結構いい感じ。魔銃をケースに入れて肩紐で持っている。でも、もう弾がないしなぁ。イオスにもらわないといけないかな。

 

 ミラは着替えてくると言ってたから待機だ。

 

 甲板から海を見るとどこまでも広がっているように感じる。地平線の先まで陸地がない。ただ、鳥がそっちから飛んでくるのは不思議。

 

 というか一番不思議なのはこの船だ。なんだこれ。あたしが振り向くとそこには2階建ての建物がある……というか帆がない……。代わりに変な煙突みたいなのがある。

 

「この船ってなんで動いているの……?」

「なんだ知らなかったのか」

 

 あたしの横にニーナが来た。耳のピアスが揺れている。

 

「この船は最新の魔鉱石を使った機関を使った船だ。王都まで、1日もあればつく」

「へえ、魔鉱石」

 

 あたしはそれを知っている。古代の魔力を封じ込まれた鉱石だ。たしか人間との戦争でも原因の一つになった。

 

「あの煙突は?」

「あれは魔鉱石で熱を発生させて……詳しいことは私にも分からないが熱を逃がす仕組みらしい」

「ふーん」

 

 船の船体は黒く塗られている。あたしが港町で一番に目に入った船だ。ただ、どうやって乗り込んだかは覚えていないけど。

 

「とにかくこのまま待っていれば王都にまでつく」

「王都かぁ、どんなところなのかな」

「私も昔行ったっきりだからよくわからないな」

 

 ニーナとあたしは海を見ながらたわいのない話をする。

 

「おまたせ」

 

 ミラだ。振り返ると、そこにはリボンを胸につけてフェリクスの制服を羽織ったミラがいた。スカートのすそを抑えている。

 

「久しぶりだと少し恥ずかしいね。この服魔力を通せば防具にはなるんだけど」

 

 少し顔を赤くしている。かわいい。っは。あたしは普通にそんなこと思ってしまった。

 

「とりあえず食事に行こうか。マオも腹をすかしているだろうし」

 

 ぐーとおなかが鳴る。いや、今回はあたしじゃない。ニーナが無言で顔をほんのり赤くしているけど。

 

「ほ、ほら。マオがな」

 

 がな、じゃない。

 

 

 食堂と言うところは丸いテーブルがいくつもあって、そこに大勢の人が座っていた。厨房が吹き抜けになっていて奥でコックが働いているのが見えた。

 

「おー」

 

 一角にはテーブルにパンとか見たこともなような料理が並んでおいてある。え? 何これ。あたしはニーナとミラを見た。

 

 ミラがくすりとして答えてくれる。

 

「お皿に好きなのを取ってきていいよ」

 

 え? 好きなのとってきていいの? 

 

「な、なにそれ。注文しなくていいの?」

「うん。決まった金額で食べ放題」

「は?」

 

 何それ。馬鹿じゃないの? あたしの頭の中でぐるぐるとピザとかギルドで食べたおいしいものが回っている。思わず駆けだそうとして、襟首をつかまれた。

 

「ぐえっ」

「待て」

「なにすんのニーナ」

「私も一緒に行くから。節度を持て。おまえを一人にすると不安だ」

 

 ミラはあたしたちのことをくすくす笑って。

 

「じゃあ、私はテーブルを取っておくね。マオ、私の分も何かとってきてね」

「う、うん」

 

 ミラは私たちから離れていく。入れ替わるように緑の髪の黙ってれば美少年。イオスがやってきた。なんか久しぶりに見たように感じる。

 

「やあ」

 

 笑顔で手をあげるイオス。

 

「ギルドマスター。こんにちは。マオもおかげさまで元気になりました」

 

 ニーナが言う。

 

「それは何よりだ。マオさんも今回は無茶をしたね」

「まあね」

 

 言う通り無茶した。一歩間違えたらほんとに死んでたかも。

 

「そろそろ弾丸も尽きたんじゃないかな。ほら、マオさんこれ」

 

 イオスはあたしにポーチを手渡してくる。中には弾丸が詰まっていた。危険な贈り物だなぁ。

 

「まあ、ありがと」

「こら、マオ」

 

 ニーナがチョップしてきた。イッたい。

 

「ギルドマスターへの礼儀」

「はーい……ありがとうございました」

「うん。どういたしまして」

 

 なんか今日は嫌味がないなぁ。なんだろ、イオスに違和感がある。あたしはポーチを返そうとしてイオス「あげるよ」と言われたのでそのままお礼を言って腰に巻いた。

 

 イオスはそれをみて頷いた。

 

「それじゃあね、僕も王都まではゆっくりしているけど。ミラスティアさんもニナレイアさんも、そしてマオさんも。これからの幸運を僕は祈っているよ」

 



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夕焼けに青い竜は降臨す

 

 

 

 あー、おなかいっぱい。

 おなかをぽんぽんとたたく。ごはんを食べた後ってさ、なんか幸せな感じがする。

 

 あたしとミラとニーナは特にやることがないから船の中をなんとなく散歩していた。この魔鉱石で動いている船はあたしとっても初めてだったから結構新鮮。

 

 お客さんは結構いるみたい。あたしたちみたいな制服を着ている人も数人見かけた。たまにミラに挨拶をしてくるのもいたから、やっぱり剣の勇者の末裔って有名なんだなぁ。

 

「おい」

 

 力の勇者様の末裔があたしに話しかけてきた。なに? 

 

「よく考えたらさっきギルドマスターに会ったときに冒険者カードについて相談するべきだった。失念していた」

「あ」

 

 そうだ! 忘れてた。ソフィアにひっどいことされてから……ごはんが美味しくて頭から消えてた。そ、それにしても冒険者カードってもう一枚もらえるんだろうか。

 ニーナも言ってくれれば…………もしかしてあたしと同じでごはんのことで頭がいっぱいだった……? ま、まあいいや。

 

「そ、そうだ。あの緑頭を探そう! あたし行ってくる」

「あ、待ってマオ」

 

 ミラが肩をつかんでくる。

 

「手分けして探した方がいいよ。マオと私、それにニーナで」

「え? な、なんで?」

 

 探してもらって悪いけどそれなら3人別れた方がよくない?

訳が分からずあたしがニーナを見ると、なんか頷いている。

 

「マオは一人にはならない方がいい。流石に船の上で何かしてくることはないだろうが、お前と喧嘩した『知の勇者の末裔』も船に乗っているのを見た。その点、ミラ………………さんと一緒ならなお安心だ」

「げ」

 

 いるんだ、確かに鉢合わせはしたくないかな……。というかニーナも往生際が悪いなぁ。ミラっていえばいいのに。ミラのほっぺたが少し膨れているように見えるんだけど。

 

「ごほん、と、とにかく、2手に分かれて探そう」

「おー」

 

 あたしが「おー」と言って手をあげると、ミラが少し恥ずかし気に「お、おー」と小さく右手をあげた。

 

 

 船の中を回る。

 あの緑頭どこに行ったんだろう。食堂にもどってみたり、甲板に出てみたりしたけど、全然いない。もしかして部屋にいるのかと思ったけど、よく考えたら部屋を知らない。

 

「ギルドマスターいないね」

 

 ミラがふうと息を吐いた。いないね。ミラは腰に鞘に納めた聖剣を帯びてる。意外と目立つ。

 

「ニーナは見つかったかな」

 

 ミラが言うけどどうかな。あたしとミラは歩きながら探すけど、あの目立つ頭は見当たらない。いらない時は出てくるのに、探したら全然見つからないし……あれ。

 

「ミラ。あそこ」

 

 あたしが指さした先に地下に降りる階段があった。上には「機関室」と書いている。

 

「だ、だめだよ。ああいうところは船員さんしか入っちゃダメだから」

「でももう、あそこくらいしか探してないし」

 

 あたしは階段を降りる。後ろを振り向くと、おどおどしたミラがいる。

 

「大丈夫だよミラはここにいて、あたしもちょっと見てくるだけだから。怒られてもまあ、うん。悪いことしに行くわけじゃないしね」

 

 そういったら銀髪のこの勇者様の末裔はすごい迷ったような顔をして。

 

「い、いくよ」

 

 と階段を降りてきた。無理しなくていいのに。

 

 

 暑い。

 それになんかゴウンゴウン音が聞こえる。「機関室」の中は広かった。階段を降りていくと魔鉱石のライトが紫に光っている。これ結構高そう。

 

「だ、大丈夫かな」

 

 ミラはあたしの裾を掴んでおっかなびっくりついてくる。

 

「大丈夫だって」

 

 中は2階建て構造になっている。吹き抜けになってて、上の階は手すりのついた通路くらいしかない。そこから見下ろすと下に大きな「炉」かな? 円形の機械が並んでる。作業している人が数人いた。

 

 ていうか、2階の手すりにもたれかかってそれを見物しているイオスもいた。

 

「あ、見つけた!」

「ん? ああ。どうしたんだいマオさん。僕に用事かい?」

 

 ミラとあたしは少しほっとしてイオスに事情を話した。するとイオスはなんてことないように答えた。

 

「ああ、そのことか、すでに手配しているよ」

「え?」

「君が紛失したことについては僕のギルド支部から書類を王都に送るから、それが終わってから届けてくれるよ」

「手が早い……いや、紛失っていうか」

「紛失。ということになったんだよ。すまないね」

 

 イオスはつまらなさそうに言った。ああ、なるほどなんかあるんだ。まあ、戻ってくるなら安心。ミラもほっとして「ありがとうございます」と言った。そうなるとあたしもちゃんと言わないとだめじゃん……。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ぎこちなく頭を下げた。イオスは下の「炉」を見ながら言う。

 

「気にすることないよ。仕事だから。マオさん、それにミラスティアさんも見てごらん。あそこにある魔鉱炉は最新鋭のもので魔鉱石を溶かして取り出した魔力で動いているんだ。こんな巨大な船を動かすなんてすごいことだね」

 

 魔鉱炉っていうんだ。それから紫の光が漏れている。魔鉱石は古代からずっと自然にため込まれた魔力の結晶体だった。魔族と人間の間で戦争の間奪い合いをした記憶がある。高度な魔法を発現させるのに有効なんだ……。

 

「この船にも大量の魔鉱石が積んである。かつて魔王の支配していた地域には鉱山があって、僕らはそれで豊かになったということだろうね」

 

 そっか。

 ミラは真面目に聞いているみたい。……その鉱山はたぶん、魔族が頑張って開いた、んんー考えたって仕方ない。あたしは頭を振った。

 

 

「そうか、見つかったのか」

 

 甲板にもどるとニーナも待っていた。

陽が傾きかけていた。陽光に海が光っている。

 

「まあ、何はともあれ問題がなさそうでよかった」

「ニーナもしんぱいしてくれてありがとね」

 

 あたしが言うとニーナはぱちくりと目をしばたかせて、「ふん」と横を向いた。

 

「別に、私は何もしていない。お礼を言うなら一緒に探しに行ってくれたミラ――」

 

 ずいとミラがニーナの前に行った。

 

「あ」

 

 ニーナは気圧されるように目を泳がせている。

 

「み、ミラ……さ」

 

 じとーとミラが見ている。無言の圧力ってこういうことなんだ。え、えらく強硬手段。ちょ、ちょっと笑っちゃうよ。

 

「ミラ……にお礼を言うんだな。……マオ!!」

 

 顔を赤くしながらニーナはあたしを呼ぶけど、ミラは満足そうにしている。

 

「そうだね。ミラ、ありがと」

「…………う、うん。結局何もしてないけどね」

 

 なんとなく夕日を見て、まぶしくて手をかざす。地平線の向こうに夕日が帰っていく。そういえば太陽ってどこにいくのかな。魔王って言ったって知らないことばかりだ。

 

 そういえばふと気になることがあった。ちょうどミラもいるし聞いてみよう。

 

「そういえばソフィアが言ってたんだけど、ニーナと港町でこう、けんか? しちゃったときのことをみててあたしに突っかかってきたらしいんだけど。あの時周りにいたっけ?」

 

 ギルドで喧嘩を売られたときには確かそう言ってた。ミラは小首をかしげている。ニーナは両手を組んで「あの時はお前が変なことを言うから」って。いや、蒸し返そうってんじゃないんだって。

 

「いなかった気がするんだよなぁ」

 

 大したことじゃないけど。

 

 気になると言えばもうひとつある。3勇者の末裔が一か所に集まっているって結構すごいことなんじゃないな。でも、まあ、そういうこともあるよね。

 

「あら、ごきげんよう、ミラスティアさん」

 

 その声にあたしはぎくりとした。振り返るとそこには夕日に照らされる美少女がいた。

 知の勇者の末裔ソフィア・フォン・ドルシネオーズだ。陽に照らされた赤い瞳が輝いているように見えた。

 

 げ、しかも後ろに金髪の弓使いがいる。あっちもあたしの顔を見て驚いている。服装もフェリクスの制服を着ているし……。やっぱりソフィアの仲間だったんじゃん。

 

 弓使いの手には長いなにかを包んだ袋を持っている。ソフィアの背よりも高いそれは、弓っぽくはないかも。

 

「ソフィア……」

 

 ミラが振り返って言う。心なしかあたしをかばうようにしている気がする。

 ソフィアは両手を組んで偉そうだった。そういえば、こいつミラと「友達」とか言ってたな。

 

「たまたまお見掛けしましたから声をかけさせていただきましたわ。貴女も学園にもどるところですの?」

「……そうですね」

 

 ミラが敬語を使っている。あ、そうか忘れていたけどミラはあたしとかニーナの前以外ならこんな感じだった。

 

「いくつかギルドからの依頼が終わりましたから一度戻るつもりです」

「そう」

 

 海鳥の鳴く声がする。うーん、話に入っていけない。というかあたしこいつ苦手。ニーナも固まってるし。

 

「ミラスティアさん。友人としてひとつ忠告を差し上げたいと思っておりましたわ。港町バラスティでは親しくお話する機会はありませんでしたが」

「……なんでしょうか?」

 

 ソフィアの口が開く。もてあそぶような表情だとあたしは思った。ソフィアはあたしの顔を見ながら言った。

 

「お父上の手前、ご友人はお選びになられた方がよろしいと思いまして」

 

 びくりとミラの肩が震えた。少し震えてうつむきそうになっている。たぶん、「お父上」ということに何かあるんだと思う、村のお父さんじゃなくて「父上」にはあたしも思うところがある。

 

 でもさ、こんなの単なる嫌味じゃん。あたしは前に出た。

 

「あんたさ」

「わたくしはミラスティアさんとお話しているんですの、部外者は黙っていてくださる?」

 

 余裕のある顔しているけど、黙らないよ。そうだ、

 

「黙るわけないじゃん。あたしの友達に対して嫌味言わないでよ」

「厚かましいことですわね。ミラスティアさんはご存知の通り『剣の勇者の末裔』であり、聖剣の所有者ですのよ? ご自分が友人としてふさわしいと思って?」

「ふさわしいから友達なんて、バーカじゃないの?」

 

 ソフィアの眉が上がった。あたしはミラがあたしを「友達」と言ってくれたことを覚えている。だからあんたの言葉に惑わされたりなんかしない。

 

「あたしのことをミラが友達と思ってくれるなら、あたしもそう思うよ。剣の勇者? はあ? それはミラのことじゃないじゃん。お父上? それもミラのことじゃないじゃん。それに聖剣の所有者だからなにさ!」

 

 すうと息を吸う。

 

「ミラと一緒にいるのはそんなどうでもいいことでいるわけじゃない! あたしが友達じゃないなら、それを決めるのはミラだ!」

 

 あたしは両手を組んでふんと鼻を鳴らす。ソフィアの偉そうなポーズの真似。

 ソフィアはあたしの前でわざとらしくため息をついて、首を振った。

 

「下賤なものはかくも傲慢ですのね……」

「好きに言ったらいいよ」

 

 それ以上話すこともないし。あたしは振り返ってミラを見る。

 

 ミラは黙ってあたしを見ていた、大きな瞳にあたしの姿が映っている。驚いたような、泣きそうなような、うれしそうなような。そんな表情だと、あたしは思った。

 

「マオ」

「な、なにさ」

 

 ミラは何かを言おうとしているんだけど言葉が出ないみたいだった。ただ、ぽつりと言った。

 

「なんて、言えばいいか、わからないよ。で、でも、私の気持ちは変わらない……よ」

 

 それだけ言ってくれるならいいよ。あたしがそういおうとした瞬間だった。

 世界が振動した。

 

「うわ、うわわ」

 

 船が揺れる。あたしが倒れそうなったけど。なんとか踏みとどまった。

 

「な、なんだ!?」

 

 ニーナが叫ぶ。

 

「マオ、ニーナ。空!」

 

 ミラが指さす。

 船上の空がゆがんでいた。黒い魔力が収束していく、そしてそれは放射線状に魔法陣を形成していった。

 あたしたち以外の乗客も騒ぎ出している。

 

「巨大な……召喚の魔法陣……?」

 

 ソフィアの言葉にあたしははっとした

 

 天空に展開されたそれは信じられないくらい巨大な魔法陣だった。六芒星を象ったような紫に光る線が広がっていく。さっきの衝撃波あれを作るための魔力の波動だったんだ。

 

 

 空の色が変わっていく。闇に覆いつくされていくように黒く染まっていく。

 

 魔法陣が強く輝き、そこから大きな影が現れる。

 

 牙をもった頭部。空を覆うような2つの翼。その体は蒼いうろこを纏っていた。

 

「ドラゴン? ……な、なんで、こんなところに」

 

 あたしは知っている。ドラゴン。あたしが魔王だった時にも世界に数えるほどしかいなかった。数千年の時を生きる天空の王があたしたちの前に姿を現した。

 

 その圧倒的威容に船上がざわめく。青いドラゴンは口を開け、咆哮を放った。

 

 グァアアアア!

 

 空気が震える。波が逆巻く。

 

 あたしもミラもニーナも揺れる甲板の上で船にしがみつくのに精いっぱいだった。ただ、青い竜は牙をむき出しに船よりも大きな口を開けたまま、そこに急速に魔力を収束し始めた。

 

 光がドラゴンに集まっていく。あれは……「竜(ドラゴン)の息吹(ブレス)」だ! 収束した魔力を全力で打ち出して。街を一つ消し飛ばすくらいの力があるって、……ど、どうしよう。今のあたしじゃどうしようもない。

 

「エル!!」

 

 ソフィアが立ち上がった。

エルと言われたのはあの弓使いだ。あいつは手に持っていた包みを解いた。

 

 それはソフィアの背よりも高い「杖」だった。

 

 赤い魔石のはめ込まれた黒いそれはソフィアの手に捕まれた瞬間にまばゆい光を放ち始めた。

 

 あれは、「聖杖オルクスティア」だ! 知の勇者が持っていたものと同じだから見間違えるはずはない。

 

「ミラスティアさん! あれは間違いなくわたくしたちの船を狙っていますわ。防ぐには貴女の聖剣の力と共鳴させるしかありませんわ!」

 

「……わかった!」

 

 ミラスティアも頷いて、「聖剣ライトニングス」を抜く。

 

 黒い刀身に魔力で象られた文様が浮かんで、ミラの周りを青い光が満たしていく。

 

 ソフィアはそれを見てから詠唱をする。聖杖に魔力を通していく。

 

「清浄なる白の守り手よ、我が呼びかけに答え、ここに顕現せよ!」

 

 ソフィアの呪文と白い波動が聖杖から放たれる。あいつを中心に魔法陣が広がっていく。そして白い光はミラの聖剣の放つ青い光と溶け合っていく。

 

「プロテクション!」

 

 ソフィアの声に船を白い光が覆っていく。聖杖は魔力を増幅させることや高等な術式を単独で完成させることのできる神造兵器だ。それにミラの聖剣の力が加わっている。

 

 船すべてを覆う防御の魔法なんて規格外だと思う。

 

 ドラゴンの元に集まった魔力が渦巻き黒と紫に収束していく。それはドラゴンの咆哮とともにそれはあたしたちに撃ち込まれた。

 

 禍々しい魔力の渦が空から落ちてくる。

 

 ただ、その瞬間に何故かあたしには見えた。なんで見えたのかはわからない。でもあのドラゴンの上に一人たたずむ人影が見えた。

 

 遠くで見えないはずなのに、あたしには「そいつ」がひどく冷たく見下ろしているように感じた。

 

 ☆

 

 

 まるで空が落ちてくるみたいだった。

 

 青い竜のはなった魔力の塊は真っ暗にあたしたちの上空を覆う。

 

 ソフィアとミラ隣り合って魔力を開放している。構築された白い防護壁が船を包んでいる。

 

 衝撃が来た。轟音が耳に響く。

 

「うわっわ」

 

 地面が揺れる。あたしはその場にしゃがんでなんとかやり過ごす。空には白と黒の魔力が混ざり合って、ぶつかり合う。

 

「う、ううう。ミラスティアさん。もっと魔力を」

 

 ソフィアの手にある聖杖が光を増していく。それはミラの聖剣も同じ。でもあたしにはわかる、きっと足りない。これだけの防御の魔術なんて続くわけがない。

 

 あたりのざわめきと悲鳴が耳に響く。あー、もう、考えているんだから。

 

 2人の魔力量はやっぱりすごい、でもそれは普通の冒険者と比べての話だ。あたしの戦った3勇者とは全然違う。だから聖杖を使おうと聖剣を使おうと同じことはできない。

 

 あたしの頭の中に黒狼と戦ったときのことが思い浮かぶ。ミラの魔力を循環させて聖剣の力を出せるだけ出した。あれをやるしかない。

 

 でも、魔力の総量もたぶん足りない。

 でも、ソフィアもあたしを信頼してくれないだろう。

 でも、あきらめるわけにはいかない! あたしは死にたくない! あがいてやる!

だからあたしは叫んだ。

 

「ニーナ!」

「……!?」

 

 へたり込んで空を見上げている力の勇者の末裔ににあたしははいずって近づく。無様だっていいさ! ニーナがあたしを見ると耳のピアスが揺れてる。轟音の中であたしはニーナに近づいて言う。

 

「ニーナ聞いて! たぶんこのままじゃ、ソフィアの張ったプロテクションは破られるよ」

「…………そ、そんなことわ、私に言われても、ど、どうしようもないじゃないか!」

 

 おびえ切った目をしている。ええい、いっつも強気だったじゃん。

 

「だからニーナの力を貸してほしいんだ。立って! 詳しいことを説明している暇はないよ」

「わ、私やお前に何ができる!? ソフィア殿も……ミラも!! わ、私が、お、おちこぼれの私が継承できなかった勇者の装備を持っているじゃないか!!」

「ばっかー!!」

 

 胸ぐら掴む。

 

「あたしが今あんたが必要だって言っているんだから、聞いてよ! あたしの言葉を!!」

「……ば、馬鹿とはなんだ!」

「馬鹿だから馬鹿って言ったんだよ!」

「お、お前に言われたくない!」

 

 それだけ元気があればいいよ! もう時間がない。あたしはニーナの手をひいて無理やり立たせる。強引に引っ張る。

 

「お、おい」

 

 白い防壁が崩れかけている。その欠片が空から落ちていく。

 

 不謹慎だけど、少し幻想的だなって思った。

 

 あたしはソフィアとミラの間に立った。

ミラは苦しそうに片目をつぶっているけど、あたしを見て少しだけ笑った。だからあたしも笑い返す。

 

 こういう時は言葉に出さなくても分かってくれるんだ。

 

 片手を伸ばして聖剣をミラと一緒につかむ。

 

 あたしの魔王の時の知識はこの場のだれよりも「魔力の扱い」に長けている。ミラの魔力の循環を調節して、聖剣に無駄なく送り込む。

 

 聖剣の青い光が増していく。

 

 あたしはもう一方の手をソフィアの聖杖オルクスティアに伸ばす。

 

「触らないで! 何をする気ですの?」

 

 ソフィアがあたしを拒絶した。わかっていたけど、これしか方法がない。

 

「ソフィアあたしを今だけ信じて! あとで好きなだけ馬鹿にしていいから」

「なにをいってますの!? 引っ込んでいなさい」

 

 拒絶されたまま掴んでも寧ろ危険だ。

 

 防壁が崩れていく。こ、こんなところで口論して終わりたくない。あたしにはソフィアに届くことがない。

 

「そ、ソフィア! ま、マオを信じて!」

「ミラスティアさん……」

「大丈夫……絶対大丈夫だよね。マオ。だって、だってさ、マオだから」

 

 理屈も何もあったもんじゃない!

 

 ミラの言葉にあたしはちょっと笑っちゃった。少し涙が出るよ。

 

「……ソフィア! お願いだよ!」

 

 あたしは叫ぶ。

 

「……くっ、好きにしなさい!」

 

 聖杖をつかむ。

 魔力が循環していく。ソフィアの構築した魔法陣にミラの魔力を流していく。それでも足りない。

 

「ニーナ! あたしに、あたしに魔力を流して」

「そ、そんなことしても」

「いいから! ピザ奢るから!」

「ば、ばかっ! いいさ、私も今だけ信じてやる!」

 

 ニーナの手があたしの背中触れる。フェリクスの制服は魔力を通す。そこに流れ込んだニーナの魔力をあたしは全て「プロテクション」の魔法陣に上乗せする。

 

 剣も力も知もそして魔王であるあたしが力を合わせているんだ! 

 

 白い防壁にひびが入る。

 黒い竜の息吹が轟音を響かせる。

 

「ま、負けるか―!!」

 

 あたしが叫んだ時、白と黒の光がまじりあってはじけあった。

 

 

「はあ、はあはあ」

 

 空に浮かぶ一匹の青い竜が羽ばたいている。

 あたしたちはその場でへたり込んで肩で息をしている。ぶつかり合った魔力は粒子になって雪のように降っている。

 

 竜(ドラゴン)の息吹(ブレス)を防ぎ切った。

 

 歓声が上がったのは他の乗客だと思う。あたしは体が重い。無理をしすぎたと思う。それにまだあの青い竜をどうすればいいのかわからない。

 

「な、なんとかなったね」

 

 ミラが聖剣を杖のようにしてよろよろと立ち上がる。そして竜を見据えていた。ミラにもわかっているんだ。まだ終わってはいないことが。

 

「マオ……ニーナ、ソフィア。あれ!」

 

 ミラが指で空をさした。そこには黒い落ちてくる何かがあった。

 

 ドラゴンから飛び降りたように見えたそれは甲板におりて、黒い風をまき散らす。吹き飛ばされそうになったあたしの手をミラが掴んだ。

 

 手を握ったままミラとあたしは黒い風に向かいあう。それが止んだ時、そこには一人の男がいた。

 

 黒い服に身を包んだそいつは鷹の目のような鋭い眼光であたしたちを見ている。手には鞘に入った刀を持って、マントを翻していた。黒い短髪に少し長い耳。魔族だ。

 

「……………」

 

 ただ、男がそこに立っている。それだけであたしには圧力を感じた。ミラがあたしの手にぎゅっと力を籠める。

 

 あはは、向かい合っているだけでわかる。こいつ、やばい。たぶん、クリスよりも、あの空の竜よりも。

 

「あ、あんた、誰?」

 

 やばい。声がふるえてる。怖いというか、勝手にそうなった。男はあたしを見る。それだけで息が吸えない。足が震えているのがわかる。

 

「私は『暁の夜明け』の総帥……いや、今はそれも正確ではないな。私は魔族の王である。…………我名は魔王ヴァイゼン」

 

 ま、おう?

 

「魔王ですって?」

 

 ソフィアが立ち上がろうとしてできない。一番魔力を使ったのはソフィアだ。

 

「何をふざけたことをいってらっしゃるの? 時代錯誤も甚だしいですわ!」

 

 ヴァイゼンはソフィアを無視してミラを見てる。

 

「お前が剣の勇者の末裔か。かつてはお前の聖剣を持つものに先代の魔王が討たれた。我らそれから虐げられ……数百年王を持つことができなかった、ゆえに我ら魔族はこの場において貴様ら人間に宣戦布告を為す」

 

 淡々と、感情を交えない冷たい言葉でヴァイゼンはそう言った。ミラの手に力がこもる。

 

「言われる通り、私は剣の勇者の末裔であるミラスティア・フォン・アイスバーグです」

「…………」

「魔王ヴァイゼン……?……、貴方の狙いは私ですか?」

「3勇者の末裔を殺す…………。わざわざ私が降りてきたのはただ、賞賛をしに来ただけだ」

「賞賛?」

「未熟な身でありながら竜の攻撃を防いだこと、賞賛に値する」

「ああ」

 

 ミラがあたしを横目で見る。どんと突き放されるのを感じた。ミラがあたしを押したんだ。あたしは後ろに飛ばされ、ミラの体が青い光を纏うのが見えた。あれはなけなしの魔力だ。

 

「ミラ!」

 

 叫んだ。

 

 ミラの聖剣が光を帯びて、青い雷光が魔王を襲う。

 

 ヴァイゼンはただ優雅に立っていた。刀を抜き、軽く振る。次の瞬間に黒い風が起こり、全てが揺れた。

 

 ばきばきと何かが折れる音がして。風が船を切り裂く。雷撃は弾き飛ばされ、次にあたしが目を開けた時には。甲板に一筋の剣の後が刻まれていた。がくんと船が揺れて、どこかで爆発する音が聞こえる。

 

 悲鳴がこだまする。ニーナもソフィアも動けない。刀を斬ったというよりも魔王から見れば「撫でた」ようなものだろう。

 

「……あ」

 

 だめだ。あたしは思った。ミラはただ茫然と立っている。魔王はその前にゆっくりと歩いてくる。

 

「御覧の通り私は未熟者です……私を殺せば聖剣を使えるものもしばらく現れないと思います。だから」

「他を見逃せということか?」

 

 そうだ、ミラのあの「無謀な攻撃」は自分に怒りを向けさせるためのものだ。ただ、不器用すぎる……あはは。あたしは、あたしは。……顔をあげる。

 

 ミラの前で魔王は刀を引く。あたしは駆け出した。

 

「だめだ」

 

 ミラと魔王の間にあたしは飛び込む。

 

 

 あたしの体を刀が貫通する。口の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 

 あたしの目の前には魔王がいた。ただ冷静にあたしを見下している。

 

「ま、マオ! マオ!!」

 

 ミラの声が聞こえる。何か言おうとして、何も言えない。ただ、逃げてほしいし、出来たら生き延びてほしい。

 

 ぐちゅりとあたしから刀が抜かれて魔王の手があたしの頭を掴んで投げた。世界がぐるぐると回る。一瞬の浮遊感と同時に体が落ちていくことを感じる。

 

 空に手を伸ばして、何もつかめない。ミラにもニーナにも、ついでにソフィアにも生き残ってほしい。でも、あたしには何もできない。

 

 落ちていく。これはヴァイゼンの開けた穴だ。どこまで落ちていくんだろう。がしゃんと何かに突っ込んだ。上には甲板の傷跡から刺しこむ光が見える。

 

 血がながれていく。情けないなぁ。寒いよ。ここ、どこだろ。下の方におちたから機関室かな。体を動かすと背中に何かが当たっている。振り返ることはできない。

 

 血がながれていく。

 

 手に何かが掴まれる。紫の石。魔鉱石だ。もしかして貯蔵庫におちたのかな……背中にあるのは大量のそれからな。ああ、意識がとんでいく。こんなところであたしは死ぬのか……な。お父さん、お母さん、ロダ。みんなごめんね。いやだなぁ……いや……だ。

 

 魔鉱石にあたしの血がついて、紫の光があたりを満たしていく。なんか、あったかいな。

 

 

「なんだ?」

 

 ヴァイゼンは何かを感じて振り返った。目の前で涙を流している銀髪の少女から目線を外す。

 

「貴様!」

 

 力勇者の末裔が拳に炎を纏ってとびかかってきたが刀を振り。打ち払う。吹き飛ばされた少女は壁を突き破っていく。船の中にいた冒険者たちもそれぞれ得物を手に出てきた。

 

「! プロテクション」

 

 ソフィアが彼等を防御の魔法で守るが、次の瞬間にはヴァイゼンの刀の起こした黒い風に振り払われていた。プロテクションで形成された防護壁が彼等の命をかろうじて守ったが、無事なものはいない。

 

「く、くぅ」

 

 無理な魔力消費のたたったソフィアは聖杖をつかんだまま、気を失う。

 

「私のせいだ、私のせいだ、私のせいだ」

 

 呆然と涙をながらしながら贖罪の言葉を口にする剣の勇者の末裔。小娘の友人を失った程度でくじけるような弱者を魔王ヴァイゼンは憐れむ。

 

「――終わらせてやろう」

 

 その言葉を叫んだ瞬間だった。

 

 彼の背後から紫焔が勢いよくふきあがった。紫の炎が船底から吹き出し、黒い瘴気があたりを包んでいく。それは人間には毒になる禍々しい魔力をはらんでいた。

 

「これは……」

 

 魔王ヴァイゼンは振り返る。彼も魔力を集中していく。

 紫焔の中に人影が写る。小柄な少女のような姿、その頭部には羊のような2つの角が生え。赤い瞳がヴァイゼンを見据えている。

 

 纏った魔力はまるで黒い衣装のようだった。

 

 紫の魔力が「彼女」を包んでいる。開けた口に牙のように並んだ白い歯。愉し気に笑うその姿は邪悪そのものだった。

 

「…………ふっ」

 

 ヴァイゼンも笑った。赤い瞳を煌かせて。魔力を開放していく。彼の刀を魔力が覆っていく。

 

 2人の魔王はここに相対する。

 

 

 



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自分で決める心

 ヴァイゼンは開放した魔力をその刀に収束していく。

 

 黒い波動が刀身を包み込んでいく。赤い眼光で睨み据えるのは彼の前に立つ、一人の少女だった。

 

 羊のような角を持つその少女の周り魔力の圧力ではゆがんですら見える。彼女の姿を見て口を開いたのはヴァイゼンではなく、ミラスティアだった。

 

「マオ……?」

 

 マオ。それがヴァイゼンの前に立つ者の名前だった。

 

 彼女はにやぁと笑い、肩に担いだケース前にだす。それは粉々に砕け、中に入った魔銃が姿を現す。そこに魔力が収束していく。銃身が黒い魔力に包まれた。

 

 魔力による強化を施された魔銃を手にマオは前に出る。

 

 ――マオは銃口をヴァイゼンに向ける。

 

 2人の魔王は笑いあう。マオの指が引き金を引く。銃口を中心に魔法陣が展開される。螺旋状に広がる光の紋章。その中心から光が放たれた。

 

 一筋の紫光がヴァイゼンを襲う。彼の刀はその瞬間に「光」を斬った。切り裂かれた光は幾筋にも分かれて、船上や海上に湾曲して着弾する。その一つが船の煙突に直撃し、轟音と主に破壊される。

 

 船が揺れ、海上で魔力が爆発する。ミラスティアは耐えられずに悲鳴をあげて倒れこむ。彼女は倒れこんだまま呆然と目の前の状況を見ていた。

 

 マオが突っ込む。白い牙をむき出しにしてただ楽し気に飛び込む。ヴァイゼンは刀を構えた。

 

「来るか、異形」

 

 マオの右手に赤い魔力が収束する。高熱を伴ったそれを無詠唱でヴァイゼンに叩きこむ。ヴァイゼンは受けることをせず下がった。灼熱の炎が目の前であがり視界がふさがれる。彼は刀を振り、黒風を起こす。

 

 甲板が切りさかれ、船の前方を両断しそれは海までも割る。しかしそこにマオはいない。

 

 ヴァイゼンは見た。マオの姿。ただ彼女の手には魔銃はない。

 

「!」

 

 四方に複製されたかのような魔銃が宙に浮かんでいた。その数は10を超えているだろう。マオは指を合わせて、ぱちんをはじく。

 

 幾筋もの光がヴァイゼンを襲う。

 

彼は笑った。片手に魔力を通し、緑に光る。

 

「来い。深淵の闇に潜む者ども」

 

 魔法陣が展開され、そこから黒い怪物たちが現れる。それは人の形をしているものもいれば鳥や牛のようでもあり。目が一つでもあり複数でもある。彼が召喚したのは悪魔と呼ばれる存在だった。

 

 それらをヴァイゼンは単なる「盾」として使った。マオの銃撃を受けた「化け物」達は血を流して悲鳴をあげて倒れこむ。悪魔は体が人よりはるかに頑丈だからその命はヴァイゼンにとって「利用価値」があった。化け物たちは粒子になって消える。

 

 ヴァイゼンは飛び込む。一足に飛んだそれは刹那の時間。マオの武器がない今に殺すつもりだった。マオは身をかがめて右手を振る。単なる黒い魔力の塊がヴァイゼンを襲う。

 

「小賢しい!」

 

 一閃。魔力ごと両断する。

 

 その斬撃はかろうじて残っていた船上の煙突を二つに切り。崩れおちた残骸が海に倒れ、ざばぁと波を起す。

 

(手ごたえがない)

 

 ヴァイゼンは顔をあげる。いつの間にか夜になった空に彼女は立っていた。青い竜がヴァイゼンに語り掛けるように見ている。だが、彼は言った。

 

「そこにいろ」

 

 竜の助力を魔王は拒否する。

 

 マオはやはり嬉しそうに笑っている。彼女を中心に魔力が戻っていく。それはヴァイゼンを囲み、悪魔たちを虐殺した魔銃の分身たちだった。

 

 魔銃は一つになりマオの手にもどる。彼女はそれを肩に担いで、ヴァイゼンを見下ろす。崩れ落ちていく船を背に彼女は笑う。

 

「お前は、何者だ」

「…………」

 

 ヴァイゼンの問いかけにマオは小首をかしげた。何者か、その問いかけを全く理解できないようにキョトンとした顔をしている。ヴァイゼンは問答の無駄を悟った。彼は口をつぐみ、全身に魔力を循環させる。

 

 瞬間的に速力を上昇させて、マオの前に立つ。狙うはマオの首筋。神速の斬撃を繰り出す。その瞬間に刀は止まった。いやマオの首筋を守る白い防護壁に阻まれた。

 

「プロテクション――」

 

 ヴァイゼンは驚きの声をあげた。

 

 それはソフィアの使用した魔法と同じものだった。「竜(の息吹(ドラゴンブレス)」を防いだ時にマオはその構造を理解していた。それを無詠唱でかつ狭い範囲に限定して彼女は発動した。

 

 白い防護壁はバリバリと刀身の圧力に崩れていく。それでできた時間は一秒にも満たないだろう。だがマオがヴァイゼンに銃口を向けて引き金を引くには十分の時間だった。

 

 にやぁ、とマオの邪悪な笑顔が浮かぶ。それは全てを狙っていたのだとヴァイゼンは悟った。

 

 ヴァイゼンの目が光る。魔力に体が光り。刀にただ力を籠める。

 

「おぉおお!!」

 

 マオの体をプロテクションごと刀で弾き飛ばす。その瞬間に僅かに射線をずらしたマオの魔銃から打ち出された光に左肩を撃たれた。血が飛ぶ。だが、彼は動く右手に刀をつかんで振りかぶる。

 

 刀身に魔力を込め、ヴァイゼンは片手で振り下ろした。

 

 マオは驚愕の顔で魔銃を盾にする。ヴァイゼンの全力の打ち下ろしは「竜の息吹(ドラゴンブレス)」を超える魔力を纏う。マオも魔銃を中心に防御の魔力を展開する。

 

 空気が振動する。

 

 2つの巨大な魔力がぶつかり合いその衝撃が広がっていく。マオの視線が動く。

 

「あ……」

 

 崩れていく船が見える。それにマオは片手を伸ばす。無意識に魔力の半分をプロテクションとして「船」と「人」を包んだ。なぜそうしたのか彼女はわからなかった。

 

 海が割れる。それは空に飛沫をあげ、雨のように降りそそぐ。

 

 わずかな時の後、海面に二人の魔王がたっている。双方ともに肩で息をしている。嘘のように静かになった海面と星が空にある。

 

「……はあ、はあ。あたし、なにやってんだ」

 

 ☆

 

 なんだ、この状況。

 気が付いたらあたしの前にあの「ヴァイゼン」が立っている。こいつすごいけがしているように見えるけど、まだ力を感じる。水面には魔力の足場をお互い形成しているんだ。

 

「もう一度問う。貴様は何者だ」

「はあ、はあ。何者?」

 

 その言葉であたしは思い出した。凄まじい魔力でこいつと戦ったことも。一瞬だけ全盛期の半分くらいの力は出せたかもしれない……。

 

「あたしは……マオだ」

 

 それしか言いようがない。ヴァイゼンはその答えに満足していないみたい。ただ、こいつの赤い目はまだ光っている。3勇者とあたしが戦った時にも使ったけど。魔族には奥の手がある。……それを使われたら、まだ終わらないかもしれない。

 

「マオだと? …………それだけか」

「それだけ」

 

 元魔王だというべきなんだろうか。あたしは迷った。ヴァイゼンはあたしの姿を見ている。

 

「……お前は人間には見えん。いや、魔族としても異質だろう」

 

 あたしが視線を下げると、海面に浮かぶ自分の姿を見た。

 

 そこにいたのは昔のあたしに似たような姿をした「あたし」だ。たしかにこれはヴァイゼンに言う通りかもしれない。

 

「……あは」

「何がおかしい……?」

「いや、何もおかしくなんてないよ。可笑しくなんてない。これっぽっちも」

 

 あたしは思ったのは一つだけだ。あたしがこの姿になったなら、きっと今まで見たいには戻れないと思う。だから、笑うしかなかった。あたしはヴァイゼンを見据えていった。

 

「それでさ。闘いは続けるの?」

 

 あたしの問いかけにヴァイゼンは少し考えたようだったけど、刀を鞘に納めた。

 

「………いや」

 

 風が起こった。空から青い竜が降りてくる。巨竜の羽ばたきに波が逆巻いている。

ヴァイゼンはそれに飛び乗った。振り返って言う。

 

「貴様は人間の王都に向かうのか?」

 

 そのつもりだった。でも、これからどうなるかなんてわからない。

 

「……さあね、どうするかな」

「……ならば、共に来い。お前の姿もお前の力も人間共は受け入れはしない。我ら『暁の夜明け』に入るならばいるべき場所を与えよう」

 

 ぞくりと、あたしは体が冷たくなっていくのを感じた。ヴァイゼンのいうことは多分本当だ。

 

「いやだね」

「……すぐにとは言わない。愚かしい人間共に期待せぬことだ。敵対するならば、次に戦う時には私も全力を出そう」

 

 ヴァイゼンの声は少しだけ優しい気がした。……気のせいかもしれない。青い竜は咆哮をあげて飛び去った。

 

 後には静かな海だけがあった。

 

 

 あたしが船に降り立つと、ひどい有様だった。

 

 どこもかしこも壊れている。人が倒れているのを見たら、とりあえず「治療(ヒール)」を掛けてみたけど目は覚まさない。これはケガじゃなくて魔力に当てられたんだと思う……。

 

「あ、わたしか」

 

 笑い話にもならない。あたしやヴァイゼンの魔力の質は人間にはよくない。それに触れて気絶している人間が大勢いるはずだ。

 

 あたしが視線をあげると完全に折れた煙突がある。船内をミラやニーナと歩き回ったのを思い出して……あたしは首を振る。

 

 魔力はまだある。これで船を……。

 

「マオ……?」

 

 はっとした。心臓が飛び出るかと思った。

 あたしの後ろにはミラがいる。この声を聴き間違えるわけがない。正直黙って立ち去ろうと思っていた。ミラにはこの姿を見られている。だからもう隠すことはできないとわかってたんだ。

 

「…………マオ、だよね?」

 

 また呼びかけてくる。どういえばいいんだろう。あたしは混乱した。ただ、ミラは剣の勇者の末裔だ。あたしが、

 

「振り返ってくれないなら……このまま言うね。……前にマオの家で一緒に焚火に当たったの覚えている?」

 

 いきなりなんだろう。

 

 覚えているに決まってるじゃん。あの後、大人たちの酒盛りに突撃したんだから。あれは今思い出しても恥ずかしいな。

 

「あの時にさ、マオは『魔王の生まれ変わり』だって言ったんだよ」

 

 あ、

 そうだ。

 

 その時は冗談のつもりだった。どうせ信じないだろうって。想ってた。だから簡単に言ったんだ。……なんだ、もう自分で追い詰めてたじゃん。馬鹿みたいだ。もう、戻れないように自分で……自分で、していたんだ。

 

「あはは」

 

 あたしは笑った。そうするしかなかった。ミラは……なんの反応もしなかった。

 

「そうだよ。あたしはミラスティアの先祖の剣の勇者と戦った魔王の生まれ変わりだ。あんたのことも、剣の勇者の子孫って最初から知ってたよ」

「…………」

 

 そうさ、全部白状していい。だってそうしないとミラはあたしのことをまだ、友達だって思おうとしてくれるに決まってる。でも、こう言っちゃえばもう、あたしに気兼ねすることもない。

 

 あたしは振り返った。そこにはぼろぼろになって、煤やほこりにまみれた銀髪の少女がいた。あたしをその大きな瞳で見つめている。

 

 剣の勇者の末裔ミラスティア・フォン・アイスバーグ。それがこの子の名前だ。

 

「それで? どうする? あたしはあんたの宿敵だよ」

 

 あたしはわざと挑発するように言った。そうしないとなんか……うまく言えないけど、ダメそうだった。ミラはあたしを見据えている。

 

「………………今まで一緒にいたこと、おぼえてる?」

 

 え? 覚えているって。

 

「ギルドで初めてあってから、マオの村に行って、モンスター退治したり、ピザを食べたり、もちろん一緒に戦ったりしたよね」

 

 ミラの言うことはあたしにはすぐに思い出せる。長いこと一緒にいたわけじゃない。でも、楽しかったと思う。でも、あたしは魔王だ。

 

「……それが? だから何? あたしは魔王の生まれ変わりなんだ。ほら、見えるでしょ? この角。見てたでしょ。あたしが戦っていたこと!」

 

 ミラは肩を抑えている。ケガをしているかもしれない。あたしは間抜けにも「大丈夫か」と聞きそうになった。ミラは苦し気に顔をゆがめたけど、あたしを見た。

 

「私は子供のころから聖剣を受け継ぐためにずっと剣の勇者の末裔として修行してきた……みんなの期待に応えるために、お父様の名誉のために……生きてきた」

 

 ミラはあたしから視線を外さない。

 

「でもマオは私を、ミラスティアとしてだけ見てくれた…………だから……言うよ。マオが魔王の生まれ変わりだってことも、たぶん本当なんだと思う。私が剣の勇者の末裔としてマオと戦うべきなんだと思う。でも、でも」

 

 ミラの瞳にうっすらと涙が浮かんでる。

 

「私はマオを見てきたんだ! 今までのことが嘘だとは私は信じない! マオとはまだ一緒にいたいよ!」

 

 あたしは息をのんだ。ただ、ぽつりと言葉が出た。

 

「あたしは……あたしは魔王だ。ミラはあたしとは一緒にいちゃいけないんだよ……?」

 

 ミラは一度目を閉じて、それから少し笑っていった。

 

「私が、自分で決めた気持ちだから。だからマオ、一緒に王都に行こう」

 

 ミラの後ろに星空が見える。そうだ、ミラと一緒に「わるいこと」をした夜も綺麗な星空だった。それがあたしには滲んでみえる。あれ? 

 

 あたしはごしごしと袖で目元をこすった。馬鹿だな、ミラは。頭いいくせに。

 

「あたしはどうなっても知らないよ」

「……うん」

 

 あたしは手を空に向ける。残った魔力を全て開放して船を包み込むように魔法陣を構築する。白い光が広がっていく。星空の光に負けないように。

 

「レザレクション!」

 

 それは高位魔法。治癒を超え、全てを修復する魔法。

 白が世界を包んでいく。

 

 

 

 白昼夢。

 

 ってことになった。

 

 あたしはベッドの上で横になって天井を見ている。朝が来たら全て元通り、船も壊れてないし、竜もいない。幸い死者もいなかったみたいだ。ある意味みんな気絶しててよかったかもしれない。けが人なら治せたはずだから。

 

 集団で幻想の魔法にかかったとか、食堂のキノコがやばい物だったとか乗客の間で噂になっているみたい。朝目が覚めたら全部元通りになってればね。そうなるかも。

 

 ふふふ。まさか魔王様の高度な魔法で助けられたとは、思わないよねぇ。あたしも同じ立場なら思わないし。

 

「あー。つかれたー」

 

 だるい。あーだるい。なんか朝からだるい。あたしはごろごろしている。なんか魔銃も壊れてどっかいっちゃったし、冒険者カードもないし。王都についたらどうしよ。

 

「まあ、いいこともあったけど」

 

 あたしは自分の頭をなでる。そこに角はない。なんか気が付いたら消えてた。とりあえず安心したよ。まあ、魔鉱石で一時的に魔力を使えただけみたいだったから……今ではもー何にもできないんだけどね。

 

「まだ、ここにいたのか」

 

 ドアを開けたのはニーナだった。金髪に片方だけのピアス。むすっとした表情はいつも通りだ。

 

「下は大変なことになっているぞ」

「え? なんかあったの?」

「なんでも動力源の魔鉱石が消えているそうだ。だから魔鉱石の魔力で何らかの魔法が発動してしまったんじゃないかと噂になっている」

 

 ぎく、それたぶんあたしが全部使った。

 

 ニーナははあぁとため息をついて自分のベッドに腰かけた。

 

「船が動かないそうだ」

「え? そ、そうなの?」

「それはそうだろ……帆もないんだから……あー、なんで私はこんなことに」

 

 頭を押さえて苦悶するニーナ。そうか、この船は魔鉱石で動いてたんだ。え? これ

 

「遭難してない?」

「だから……そう言っている……。昨日は私も妙な夢を見るし……。マオに弱音を……」

 

 ニーナがあたしを睨んでくる。

 

「おまえ、何も聞いてないよな」

 

 そういえばあたしにニーナは弱音を吐いていた気がする。あ、ピザ奢るってのもチャラじゃん。

 

「夢の中でマオが私にピザを奢るなんて言ってた……」

 

 よ、余計なことはちゃんと覚えてるなぁ。

 

「ゆ、夢の話だし」

「……なんか妙な言い回しだな」

「そんなことないよ」

 

 いらないところで鋭い。あたしは視線を逸らす。それをニーナはじとーって見てくる。なんか少し疑われている気もする。なにを、とはわかんないけど。

 

 その時ドアが開いた。

 

「ただいまー」

 

 言いながら入ってきたのはミラだ。

 

「あ、ミラ」

 

 今のはあたしじゃない。ニーナだ。

 あたしがにやぁってニーナを見ると気が付いたようで顔を赤くしてふんと横を見た。ミラはミラでにこっとした。満足そう。

 

「ほら、マオ。ピザもらってきたよ」

「ピザっ!?」

 

 ミラの手には小さなお皿とかりかりの生地の上にチーズが載ったピザがあった。それをあたしに見せてくる。

 それを見てニーナが言った。

 

「み、ミラさ……ミラ。今はそれどころじゃないんだ」

 

 ミラさんと言いかけて「ミラ」って言いなおしたよ。ミラはあたしをちらっと見た。

 

「船が動かないと聞いたけど……大丈夫だよ」

「何を根拠に……そんな」

「私たちには強い王様の味方が付いているから」

「王様? 何のことだ……?」

 

 

 ニーナが腕を組んで首をかしげている。ミラとあたしは目が合って、少し笑う。まあ、魔王は「王様」だからね。……なんとかなるよ、魔王様はなんだってできる、って思っているから。

 

「それよりも食べよう。テーブルは小さいから、ベッドの上で。ほらマオ」

 

 そうだね。

 あたしとミラとニーナは三人。後このことは後で考えるから、今はピザを食べることにした。

 

 おいしいや。

 

 

 







こんにちは、ここまで読んでいただきありがとうございます。これで一部完結です。
2部からは学園編を書くつもりです。もしお付き合いいただけるのであれば、今後もマオの話をよろしくお願いいたします。ご感想などいただけると励みになります。


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第二部 フェリックス学園編
王都到着


 ここは、どこだろう。

 

 あたしはふわふわした気持ちであたりを見回してみた。整然と並んでいる長椅子。振り返るとそこには神の像、かな? それが安置されている。それに鳥のような紋章があった。

 

 ああ、ここは教会というやつだね。あたしはなんとなくそう思った。神様に祈るなんてばかばかしい。そもそもあたしがここにいるのはあいつのせいだし。

 

 いやでもなんでこんなところにいるんだろう。あたしは考えてみたけど、よくわからなかった。

 

 一度目を閉じる。

 

 次に目を開けた時、あたしの瞳に燃え盛る炎が映った。教会は炎に包まれて、あたしは叫ぼうとしたけど声が出ない。

 

 いつの間にかそこには誰かがいた。

 そいつは、あの魔王ヴァイゼンと同じような軍服を着ている「そいつ」は燃え盛る教会の中で高笑いをしている。短い茶髪で毛先にそって金色になっている。手には開かれた本があった。

 

 そいつは頭に「角」があった。顔の半分が黒く塗られている。

 あたしはそれを知っている。力のある魔族はそれを知っているんだ。

 

 炎が広がっていく中で「そいつ」の高笑いが教会を満たしていく。あたしは、なにもできない。まるで体が水の中にあるように重かった――

 

 

 

 

 からだが揺らされている。

 

「んん、もう少し」

「何がもう少しだ! おきろ!」

「んぁ」

 

 あたしの上から掛布団が引きはがされた。あたしは眠いのに体を起こして目をこする。それからあたしから掛布団を強奪した奴を見ると、短い金髪、片方の耳にきらきら光るピアス。ニナレイアだ。

 

「ニーナ……」

「もうすぐ王都に着く。そろそろ起きろ」

「わかったって」

 

 大きくあくびをしてベッドから降りる。ギイギイ揺れている船室はそんなに広くはない。ベッドも小さい。ああ、背中痛い。体を伸ばして、大きくあくびをする。

 

「ふぁー」

「……はあ、なんで私がお前なんて起さないといけないんだ」

「いや、ありがと」

 

 あたしは近くの椅子にかけてあった黒い制服の上着を取って袖を通す。それからリボンを結びなおした。

 

 あたしは船室を出る。まぶしい陽の光に目を細めた。

 それからあたしは甲板から海の先を見た。

 

 あたしの視界いっぱいに街が広がっていた。

青い海を囲む湾にそって、整然と並んだ街並みが広がってる。太陽の光が白い街を輝かせている。

 

 ざぁっと波の音とぱたぱたと帆の音がする。あたしたちの乗っているのは帆船だった。

 

「ここが王都……わぁ」

 

 広い、海から見ても街の果てが見えない。潮風になびく髪を抑えながらあたしは正直わくわくしてしまった。こんなに広い街は初めてみた。あ、当たり前か。

 

 あたしは甲板を歩きながらその巨大な姿に目を奪われていた。魔王だったころのあたしの時代にもここまでの場所はなかったと思う。ここに学園フェリックスもあるのかぁ、と思う。

 

 ミラスティアがいた。

 ミラも手すりに手をおいて、銀髪をなびかせながら王都を見ていた。ただ、静かに見ている姿は絵になる。ただ、あの顔は、

 

「ミラ。船酔いは大丈夫?」

「…………んーん」

 

 ゆったりと首を振るミラ。優雅なしぐさに見えるけど、それはただ気持ち悪いのを我慢しているだけ。……あたしは背中をさすってやるんだけど、ミラは遠くを見ている。

 

「それにしても遠かったな」

 

 ニーナもミラに並んでいった。そう遠かった。

 魔王に襲撃されてから主にあたしのせいで魔鉱石がなくなった前の船は航行不能になった。それから近くの港町まで救援をたのんだり、この帆船に乗り換えたりしたんだ。

 

「遠かったー」

 

 あたしもニーナに同調した。ミラは無言で王都を見ている。

 ニーナは険しい表情で王都を見ている。いっつも仏頂面なんだけど、ニーナがこんな顔をするときは何か考え事をしている時だ。数日一緒にいてなんとなくわかってきた気がする。

 

 もともとニーナは聖甲を継承するために冒険者になるつもりらしい。きっと思うところいっぱいあるんだろうなぁ。あたしはニーナの肩をぽんとたたくと、睨みつけられた。

 

「なんだ。その手は」

「別に」

 

 ニーナのこういうところを気にしてたら付き合えないしね。

 そう思っていると船の船員の声が聞こえてきた。

 

「もうすぐ港に接岸するぞー」

 

 ぱあぁっとミラの目が輝いている。さっきまでお淑やかに見えたのに今は期待に目を光らせている。ただすぐに気持ち悪そうにして、手すりに縋って遠くを見ている。あたしはやっぱり背をさすってあげる。

 

 帆船って揺れるもんね。

 

「そういえばマオ。お前は魔銃の代わりはどうする気なんだ」

 

 ニーナに言われて思い出した。そうだ、あたしの魔銃はいつの間にか消えていたんだった。

 あれがないと確かに困るかもしれない。剣とか弓とかは正直あたしには扱えない。

 

「そうなんだよね。どうしようかな」

 

 腰には銃弾が入ったポーチだけがある。あたしはそれをなんとなく開けて、まさぐってみると何か入っている。

 

「ん。なんだろこれ」

 

 手紙だ。ミラとニーナも覗き込んでくる。ミラは無理しない方がいいと思うんだけど。

 中には住所のようなものと魔銃のことで困ったらここに行くようにと書いてあった。ポーチをもらったのはイオスだから、あいつの手紙だと思う。

 

 でも、それしか書いてない。住所はアルミタイル通りの1丁目。

 

「それは…………王都の……なかにある通り………だね」

 

 すごくミラはゆっくり話している。上品な響きを感じるんだけど、本人はたぶん普通に気持ち悪いだけだ。

 

「この手紙は誰からのものなんだ。マオ」

「イオスから」

「ギルドマスターからか……あやし……いや」

 

 やっぱりニーナも怪しいって思っているみたいだ。そういえばあいつどうしたんだろ、あとソフィアも途中から見なくなった。

 

 

 船を降りると港は人でごった返していた。港町バラスティとは活気が全然違う。気をつけないと歩いてる人と肩が当たりそうだ。

 

「マオ! 学園はあっちだよ!」

 

 ただミラは元気になった。あたしの手を引いて、どんどん歩いていく。いや元気になりすぎぃ。あたしとニーナは速足でついていく。

 

 きれいに整備された石畳に道は広い。それに一つ一つの建物が大きい。

 

「おぉー」

 

 あたしはきょろきょろしてしまう。見るもの全部が新鮮だった。

 

「あまりよそ見をするな」

 

 ニーナもあたしではなくてどっかを見ながら言ってる。ニーナも普通にきょろきょろしているじゃん。ミラは流石にそんなことはないけど、歩くだけで楽しそうだ。船酔いがよっぽどつらかったみたい。

 

「あ」

 

 ニーナが言ったのであたしとミラが立ち止まった。みればニーナの視線の先に一軒の出店がある。旗が立っているけど、なになに「あいすくりーむ」と書いている。

 

 なにそれ。

 

「なんでもない。行こう」

 

 ニーナがそう言って通り過ぎようとするのをミラが止めた。

 

「せっかくだから私は食べたい、かな?」

「…………………まあ、ミラがそういうなら仕方ない」

 

 何嬉しそうな顔をしているのさ。ていうかあれ、なに? あたしにも説明して。あとちゃんとミラって呼ぶようになっているんだね。

 

 

 なにこれ。

 小さな容器に白いどろどろの何かが入ってる……。ていうか、冷たい。あと結構高かった。

 

「氷の魔法に応用で作られたお菓子だ。ほらマオ食べてみろ。王都くらいでしか食べることはできないものだ」

 

 ミラもニーナも手に同じものをもってる。あたしたちは近くにあった噴水の縁に3人並んで腰かけている。

 

 あたしは警戒した。

 

「いや、ほら食べてみろ」

 

 ニーナをあたしはじっと疑いの目で見る。

 

「な。何だその目は」

「実は辛いとか……」

「そ、そんなわけがあるか!」

「あやしい」

 

 じーーー。

 

 ピザに「タバスコ」とかいう毒をつけられたから。あたしはじっとニーナを見た。横を見るとミラが小さなスプーンで黙って美味しそうに食べている。

 

「ミラが食べているなら大丈夫かな」

「おい。なんで私のことをそんなに疑っているんだおまえ」

 

 前科ありだから。まあ、とりあえずいただきまーす。ぱくり。

 ひっくりかえった。

 

「あ、あぶない!」

 

 ニーナが背中を抑えてくれないとあたしは噴水に頭から飛び込んでた! ていうか美味しいなにこれ、甘くて、冷たい。んん。

 

「ニーナが食べたかったのもわかったよ!」

「べ、別に食べたかったわけじゃない」

 

 言いながらニーナもぱくりと食べると頬が緩んでる。

 あたしたち3人は王都で「あいすくりーむ」を並んで食べた。その時ミラがあたしたちに行った。

 

「ほら、2人とも。あの坂の向こうの少し遠くに尖塔が見えるとおもうけど。あれが学園フェリックスのシンボルだよ」

 

 それは高く伸びたもので鳥のような文様が刻まれていた。

 ある意味この旅の第一の目標はもうすぐそこだった。

 

 

 



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入学試験

 大通りの先にその「学園」はあった。

 

 その大きな敷地は太陽の光を反射してまぶしいくらい白い塀に囲まれていた。

 

 あたしがそれを触ってみるとわずかに魔力を感じる。たぶん何かの魔法の構造があるんだと思う。ていうか、ずっと先までこの「塀」は続いてて入り口が見えないんだけど。

 

 ミラの案内がないとやっぱり迷ってたかもしれない。

 あたしとニーナはミラの後ろについていく。ミラはなんだかご機嫌なのは気のせいかな? 育ちがいいからと思うけどミラはあんまり無駄なことを言わないから、なんで機嫌がいいのかは想像するしかないけど。

 

「ほら、マオ、ニーナあそこ」

「おー」

「……」

 

 あたしは声をあげた。ニーナは緊張した顔をしている。

 いやニーナ、校門があるだけじゃん。そんなに難しい顔しなくてもいいって。

大きな門には鉄格子のようなものはない、というかもうどうぞどうぞと言う感じで開いている。

 

 校門をくぐる時に一瞬だけあたしたちの制服が緑色に光った。ふーん。なんか防犯みたいな魔法はあるみたい。詳しくはわからないけど。

 

「広いな」

 

 ニーナがぽつりと言う。

 あたしも同じこと思った。校門をくぐると広場だった。芝生が綺麗に整備されて、一本の道が奥にある建物に伸びている。見ると、あたしたちと同じ格好をした人たちが大勢いた。

 

「あそこが校舎だよ」

 

 ミラの指さした先にあるのは白い建物。尖塔を持ったその建物には鳥のような紋章がある。……なんか、どっかで見たような気がする。

 そう思っているとミラがなぜかあたしたちの前でにっこりと振り返った。両手を広げて、優しい顔であたしたちに言った。

 

「ようこそ、2人とも。フェリックス学園へ」

 

 青い空と白い校舎を背にミラが言った。うれしそうな顔にあたしは一瞬だけ、意味もなく自分もうれしくなった。

 ただ、ミラはすぐに恥ずかしそうに顔を赤くしてあたし達から目をそらした。

 

「……ミラ」

「な。何。マオ」

「いまさ……ちょっと恥ずかしくなった」

「! もうマオは案内しない。いこっ、ニーナ」

「お、おお?」

 

 ミラはニーナの手をつかんで歩き出した。いや、待ってよ、こんなところで置いて行かれても何にもわからないんだから! まってぇ。

 

 

 3人で並んで歩く。ミラは歩きながらいろいろと教えてくれた。

 

「校舎とは別に図書館と生徒の寮があるよ。ほらあそことあそこ」

 

 指さしながら教えてくれる。あたしはふんふんと頷きながら、あたりをすれ違う生徒があたしたちのことを見ていることに気が付いた。いや、あたしとニーナと言うよりもミラを見ている。

 

 まあ、有名人なんだろうなあ。剣の勇者の末裔というのは大変だ。

 

「それに武闘場や運動をするための広場とかもある……。そのあたりはまた説明するね。そういえば入学するときには学生課に行かないといけないはずだから……ギルドマスターから聞いたよね?」

 

 なにそれ。

あたしは助けを求めてニーナを見た。

……ニーナもあたしを見てる?

二人して見つめあった。

 

「あ」

「あ」

 

 あたしもニーナも察して同時に声を出しちゃった。つまりニーナも分かってない。あたしも全然話を聞いてない。

 

 全部イオスが悪い。

 

 変なところ段取りいい癖に肝心なところをぼかしている気がいつもする…………きっとわざとだ、あたしは確信してる! 頭の中であははって笑っている緑の髪のあいつがいる!

 

「と、とりあえずそこに行かないといけないんだね」

 

 あたしは取り繕った。ミラは頷いて「じゃあ、案内するね」と言ってくれた。

 

 学生課という表札のかかった部屋に入ると、はっきり言ってギルドみたいな場所だった。

 奥に受付があって、待合室がある。掲示板には乱雑にポスターとかが貼ってあったりする。ただ、いるのは冒険者じゃなくてフェリックスの制服を着た学生だけだった。

 

 ミラが入るとやっぱり周りがざわめく。少し恥ずかしいね。なんだろ。

 受付にいくとそこには一人の女性が座っていた。桃色の髪をポニーテールにして、ゆったりとしたローブにさらにゆったりとした笑顔な人。美人だ。あたしは正直思った。

 

「今戻りました、ポーラ先生」

「あら、ミラスティアさんおかえりなさい……今回は大変だったわねぇ……Eランクの依頼だったのに黒狼と戦ったり、『暁の夜明け』に襲われたり、先生心配したわぁ」

 

 先生? この人先生なんだ。それにしてもゆったりと話すなぁ。あとよく知っているなぁ。流石に船でのことはわからないと思うけど。

 

 ポーラ先生と言われたその人はあたしたちを見た。

 

「あらあら、貴方たちはマオさんとニーナさんねぇ。イオス君から話は聞いているわぁ」

「がっ??!??」

 

 ニーナがのけぞった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。私の名前はニナレイア・フォン・ガルガンティアと申します。そ、そのニーナというのはこの、この馬鹿が勝手に言い出しただけで……」

 

 ゆーびーさーすーなー。あとミラも言っている。

 その時、まわりががやがやし始めた、

 

 ――ガルガンティア?

 ――力の勇者の?

 ――もう学園に一人はいるのか。

 

 ん。力の勇者の末裔ってことで騒がれるのはわかるけど「もう一人」ってなんだろ。ニーナも周りの声に気が付いてぐぬぬって顔して、あたしをきっと睨みつけてきた。あと、

 

「あのギルドマスター……ぁ」

 

 イオスに恨みごとを言った。そうそう、あたしよりあいつの方が悪いと思う。

 

「ふふふふ」

 

 それを見てから「ポーラ先生」は優しく笑っている。意外と怖い人なんじゃないのかな、この人。

 

「先生はニーナの方がかわいいと思うんだけどなぁ…………それよりも入学の試験のことだったわねぇ」

 

 は? 試験。

 

「いやいや。試験って何?」

 

 あたしが言うとくいっとスカートを引っ張られてみるとミラがニコニコしてる。怖い。

 

「あ、あの、試験って何のことでしょうか?」

 

 言い直す。ポーラ先生は驚いたような顔で。

 

「ええ? それも聞いてないのぉ。まあ、安心してねぇ。落ちるようなことはないはずだから。フェリックス学園は年に2回の入学機会があって、それが2週間後になるのぉ。その間にポイントを集めるだけよぉ」

「ポイント?」

「難しい話じゃないわぁ。ギルドの依頼には学園がポイントを設定してて、Eランクで50ポイント、Dランクで80ポイントみたいにねぇ。入学に必要なのは100ポイントだから2週間もあればEランクの依頼を2つこなすのは楽勝ねぇ」

 

 ふーん、つまりギルドの依頼をこなす必要性があるんだ。Eランクっていえば私の村の依頼は「Eランク」だったってミラが言ってたことがある。……黒狼のことは抜いてもけっこうきついんじゃないの。

 

 あたしが考えているとミラが言った。

 

「大丈夫だよマオ。実際の依頼は現役の冒険者と共同で行うことになるから、それに私も手伝うよ」

「あんがと、そういえばガオ達と一緒にいたねミラ」

「学生は基本的に単独で依頼は受けずにギルドか自分でパーティに入るの」

「ふーん」

 

 だからガオ達とミラはいたのか。安全に依頼をやるって感じかな、まあいいや。

 

「ちなみにぃ」

 

 ポーラ先生は言う。

 

「学生になった後もこのポイントは成績に求められてくるからねぇ、その練習みたいなものよぉ。Fランクの冒険者でも落ちることはないから…………先生たちがちゃーんとしっかりしたパートナーを見つけて合格させるからねぇ。そもそも合格させるつもりがなければ冒険者カードに学園ランクは現れないわぁ」

 

 冒険者カード……。あれ、どうなったんだろ。

 

「それじゃあ冒険者カードを出してねぇ。それをもとにギルドを通して現役冒険者に依頼するわぁ」

 

 え? 持ってないけど。

あれ、ソフィアに燃やされたからイオスにもう一回貰うはず……。

 ニーナもミラもあたしを見ている。あたしが事情を説明しようとしたらミラがあたしの代わりに言ってくれた

 

「あ、あの先生。実はマオはここに来る途中にトラブルに巻き込まれて冒険者カードをギルドマスターに再発行してもらう依頼をしています……」

「あらあら。そういえばそんなことイオス君から報告書にもあったわねぇ。じゃあ、仕方ないわぁ、マオさんのもともとの冒険者ランクから依頼を……」

 

 ポーラ先生はがさごそと手元にあった書類をめくっていく。一枚の書類を出して難しい顔をした。

 

「あらぁ? FFランク? マオさん」

「そ、そうだけど、あたしカードにはFFランクって書いてた、あーいや、書いてました」

「………………あー。まずいかもねぇ」

「ま、まずいって?」

「あのねぇ。冒険者カード自体はギルドの管轄だからこっちでどうしようもないのぉ。あのカードがないと学校から依頼ができないから……ランクがFFのマオさんにはEランクの依頼は出せないわぁ。本当なら冒険者カードを使ってギルドに高いランクの依頼をお願いするのぉ」

 

 ……そ、それやばいんじゃないの。入学試験ってことは一応合格しないと入れないはず。

 

「そ、そんなこと言ったって、今はないもんはないんだからどうしようもないじゃん。どうしたらいいの!」

「うーん」

 

 ポーラ先生はあたしをまっすぐ見た。少し開いた目がギラリと光る。あたしはそれに威圧感を感じて下がった。

 

「今年はあきらめて、来年にもう一度きたらいいわぁ」

 

 さあ、とあたしは背中が冷たくなった。ミラとニーナも「何!?」「ええ?」と声をあげている。

 

「正直冒険者は命がけのことよぉ。いろいろと事情があるのはわかるけど……、結果としてマオさんは冒険者カードを失っているわ。そう……重要なのは結果。冒険者になるとそんなことで、というほど簡単に死んだりするの」

 

 優しい口調で淡々を話すのは、なんか怖い。

 

「さ、さっきと言っていること違うじゃん。みんな合格させるって」

「うーん。正直ぃ、FFランクなんて先生初めて見たわぁ。実力がない者を簡単に冒険者候補にするのは心配なのよぉ。ましてやぁ…………冒険者カードを燃やされちゃうような子にはねぇ」

 

 ! 最初からこいつ知ってたんだ。じゃあ今までの話は全部……芝居? いや、よくわかんない。あたしはもう一度このポーラ先生を見た。

 

 値踏みするような視線にあたしは気が付いた。

このおっとりしたように「見える」この人はたぶん腹の中が黒い。イオスとはまた違う、なんかもっといろんなものの混ざったような視線だ。

 

なんか……だんだんむかむかしてきた。

 

「…………わかった」

「マオ! あきらめたらだめだよ!」

 

 ミラ、あたしはあきらめたんじゃない。

 

 あたしは受付をばあぁんと両手でたたいた。乾いた音が響き渡る。

 

 それからこのポーラ先生を睨みつける。正直喧嘩を売られている気分だよ。あたしは魔王だ、こんなくらいでへこたれていられるもんか。

 

「100ポイントだっけ? 依頼をこなせばいいんだよね。……あたしのランクでうけられるのはFランクの依頼だったはずだよ。それでもいいんだよね?」

 

 ポーラ先生は特に表情を変えることなく、いや、ちょっと首を傾けて微笑のまま短く言った。

 

「1依頼1ポイントぉ」

「…………いいよ」

 

 ニーナがあたしの肩をつかんだ。

 

「お前、落ち着け。Fランクの依頼とはいえこの2週間で100件するということだぞ!」

「わかってるよ。この先生が言ったように理不尽がどーのこーのなんてあたしにはなんでもないって示してやるんだ」

 

 それを聞いてポーラ先生は口角を吊り上げてにやぁと笑った。

 

「そーお? じゃあ、2週間ねぇ。そうそうミラスティアさん、それにニーナちゃん」

「に、ニーナちゃん??」

「は、はい」

「2人ともマオさんを手伝ったりしちゃだめよぉ」

「……! せ、先生」

「なーにミラスティアさん」

「……そ、そのマオを、いやマオに対して厳しすぎるとおも」

 

 あたしはミラが言い切る前に受付にばーんと右足を載せた。ポーラ先生はあたしをただじっと見ている。あたしはポーラ先生を睨みつけた。

 

「つまり、あたしに対して思うところがあるってことだよね」

「そーよぉ」

 

 ニコニコしながらいけしゃあしゃあと言ってくる! むかぁ。

 

「上等だよ……! あたしがそんなくらいでへこたれないってこと、思い知らせてあげるよ!!」

 

 ポーラ先生は目を見開いた、笑っているような、ただ見ているだけのような何とも言えない表情。その大きな瞳にあたしを映しながら言った。

 

「楽しみにしているわぁ」

 

 天使のような、悪魔のような笑顔だった。

 

 



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ラナ・スティリア

 

 とある船上にその青年はいた。

 

 優しい風が緑色の髪を揺らしている。その小柄な青年の瞳は海を見つめている。

 

 まるで少年のようにしか見えない彼はイオスという。とある街のギルドマスターの地位にある。彼は今は一人、じっと遠くを眺めている。

 

 白い鳥がどこかに飛んでいくのを見ながら彼はぱちぱちと瞬きをした。誰かが見ればただそのしぐさが可愛らしいというかもしれない。

 

「イオスさん」

 

 その彼に声をかけた少女は。美しい透明感のある紫の髪を手で押さえた彼女の名はソフィア・フォン・ドルシネオーズ。過去に魔王を打倒した「知の勇者」の末裔だった。

 

 彼女はイオスの横に立ち、同じように遠くの景色をその瞳に映しながら、その唇を開いた。

 

「あれはいったいなんですの?」

「あれ? あれっていったいどれのことだい?」

 

 イオスはけらけら笑いながら言った。ソフィアはそれを睨んで言う。

 

「あの戦場に現れた者のことですわ」

 

 イオスは緩やかに微笑みながら答える。

 

「あのことは取りあえず集団で幻想の魔術に掛かったということになったみたいだね」

「…………突然空に現れた竜とそこから降りてきた『魔王』などと称するものが現れた……夢としたくなる気持ちもわかりますわね」

「へえ、ちゃんと覚えているんだ。力の勇者の末裔君はうろおぼえだったみたいだけど」

「未熟者と一緒にされては困ります」

 

 ふんと、軽く鼻でソフィアは笑った。その様子をイオスは楽し気に見つめている。

 

「そうだね。まだまだ彼女は発展途上だ。それはソフィアさんも変わらないし、ミラスティアさんも……そしてあのマオさんもね」

「……あの野蛮人はいったいなんですの?」

「野蛮人はひどいな、一応彼女もかわいい女の子だよ」

「……秀でた魔力もない、あなたの与えたあの妙な武器だけが取り柄……と思ってましたが『夢』の中では私たちの力を増幅することを当たり前のようにやってのけましたわ。おそらく一流の魔法使いでも及ばないような技術……それをあれが」

 

 ソフィアは忌々しいと吐き捨てた。夢であることを否定した彼女はマオのことを「夢」と言った。素直に物事を表現するには感情が勝ちすぎているのだろう。

 

「うん。僕も彼女のことは楽しみにしている。なんか、得体が知れなくて」

「……化け物の様に言うのですのね」

「本当に化け物だったらどうする? 僕はね、そっちの方が面白そうかな」

 

 イオスがソフィアを見ながら心底楽しそうに笑った。そこにはなんの邪気もない。

 

「マオさんには僕は期待しているのは間違いないよ。学園でもなかなか面白いことをやってくれると思うけど、ポーラに紹介状を届けているから……きっと大変なことになっているんじゃないかな」

「ああ、あの腹黒い先生ですわね」

「ひどい言い草だね、ソフィアさん。彼女は一応先生だよ」

「……はあ。まあ、あの生意気なあれをこらしめてくださるなら何もありませんわ」

 

 ソフィアは胡散臭げに彼を見た。彼女は一度はあ、と息を吐いて、下を向く。その表情はイオスに見えないように冷たく沈んでいた。

 

 赤い瞳が光っている。

 

「あの船には3人の勇者の末裔がいてかろうじて何とかなりましたわね」

「そうだね。偶然助かったよ」

 

 ソフィアは続けた。

 

「あの魔王と言った男は私達勇者の末裔を始末することで人間に宣戦布告をするといいましたわ……。明らかに私たちを狙っていたのは偶然、とはいえないのではなくて?」

「そうなんだ、それは僕は聞いてないな」

「そして、私もあの時不覚にも気絶をしてしまいましたわ……正直あの男はミラスティアさんの剣技だけで倒せるとは思えませんわ」

「何が言いたいんだい?」

 

 ソフィアはイオスを見た。緑の髪の彼は優しく微笑んでいる。

 

「だったら、なぜあの魔王と称する男は消えたのでしょう? 私たちが目的ならば、殺されていても不思議ではないですわ……いえ、それ以前に魔鉱石が消えていたことも船がほぼ無傷だったことも異常ですわ。あの時いったい何が起こったのか……ギルドマスターはもしかして見ていたのでは?」

「……なるほどね。それは不思議なことだ、でも残念なことに僕から君に言えることは何もないな……。あの時のことはよく覚えていないんだよ」

 

 イオスは「ごめんね」とソフィアに言った。ただ彼の話しかけたその「知の勇者」の末裔は彼をじっと見ている。

 

「こわいよ」

 

 イオスは笑みを崩さずに行った。

 

「まあ、人生はさ。永いからどこかで答えも見つかるんじゃないかな」

 

 

「ねこさがしー?」

 

 あたしは王都のギルドにやってきていた。

 あのポーラとかいう先生の勝負……もとい入学試験を合格するために!

 

 でも、やっぱり「F」ランクの依頼は全部すごいヘンテコなものばかりだった。

 

・猫を探してください。

・煙突の掃除をしてください。

・犬の散歩願い。

・話し相手になってくださる?

・剣を磨く

・子供の遊び相手をしてください。

 

「あぁー!」

 

 頭が痛くなる。これ冒険者のやることか―!?

 

 はあ、でも今のあたしに受けることできるのはあくまで「F」ランクの依頼だけだ。ポーラ先生に臨時でもらった仮の冒険者カードを見ると「この子はFランクだからね―♡」みたいに書いてある。

 

「んんんん」

 

 見るたびにむかつく!

 あたしはギルドの受付の前でじたんだを踏みそうになってなんとか自分を抑えた。

 

「あの、大丈夫?」

 

 受付のお姉さんがあたしに聞いてくる。大丈夫というか、これからこれを100個も受けないといけないって考えるとうーってなるよそりゃ。

 

「まあいいや。それ全部受けるよ」

「ぜ、全部ですか?」

「だってそうしなきゃあたしどうしようもないし」

「よ、よくわかりませんけど流石に全部は……」

「わかったよじゃあ、受けられるのを教えて」

「じゃあこれなんてどうかしら」

 

 受付のお姉さんはあたしの前に一つの書類を出した。そこにはこう書いてある。

 

・お手紙を届けてください

 

「手紙を届けるだけ?」

「そう、でも少し治安の悪い場所ですね。魔物を相手にするよりは簡単なことですよ」

 

 ふーん。今のあたしはなんの武器もないんだけどな。

 あたしは承諾する、するとお姉さんはカードに指を置く。ぽうっと光る。

 

「はい、これで大丈夫です。それじゃあこれが依頼書なので頑張ってください」

 

 にっこり笑ってお姉さんがあたしに一枚の紙をくれた。報酬とか依頼主が書かれている。それをもってギルドを出る。

 

 がやがやと人通りが多い、王都のメインストリート。

 いい天気。あたしは大きく息を吸って、ふうと吐く。

 

「……やってやる!」

 

 あたしの初の依頼は手紙を届けるだけ、それでもここからが一歩なんだ。

 

 

 

 王都は広いや。あたしの村とは大違い。

 

「あ。ごめんなさい」

 

 人と肩をぶつけるたびにあたしはぺこりと謝る。相手もあんまり気にしてないみたいなのは、ぶつけ慣れているのかも。

 

「ぶつけ慣れているってなんだろ」

 

 くすりと自分の言葉にしてしまった。とりあえずあたしはできるだけ早く歩く。ギルドでもらった依頼書にはちゃんと住所も載っているんだけど……エグゼスト通りをまっすぐ……。どこ、それ。

 

 あたしはその場できょろきょろする。こんなに人がいるのになんだか一人ぼっちみたいに感じる。ううん、いやいや、あたしはこつんと頭を叩いて気を取り直す。

 

 このくらいは一人で問題なくできる。とりあえず人に道を聞いてみよう。

 

 

「君、君」

 

 道を歩いているとあたしに向かって呼びかける声がした。女の子声だ。振り向くと道のベンチに足を組んで赤い短髪の女の子が座っている。学園の制服じゃん。

 

 その燃えるような赤い髪をした女の子は少しにやついた顔であたしを見ている。

 

「えっと、何?」

「いや、急いでどこに行くのかなーって思ってね」

「依頼を受けて……お手紙を届けに行くところ。ここに」

 

 あたしは依頼書を女の子に見せた。

 

「ふーん。ここは結構治安の悪い場所だよ。仕方ない私もついていってあげよう」

「え? いいよ。あたしの仕事だし」

 

 学園のよしみってやつかな。なんか手伝ってくれるみたいだけど、知らない人に手伝ってもらうのも悪いし、これはあたしの仕事だ。

 

「まあまあ、ここは先輩の言うことは聞いておくもんだよ。ほら、私の冒険者カード」

 

 そこには「AC」と描かれている。つまり学園のランクはAってことだね。名前にはラナ・スティリアと書かれている。

 

 ラナは立ち上がった。背丈はほんの少しあたしより高い。少し着崩した上着とその表情は余裕のある笑みを湛えている。

 

「いやいいって」

「いやいや、遠慮することないよ」

 

 ラナはあたしの背中を押して無理やりついて来ようとする。いや、なんでこんなについてきたがっているのさ。

 

 あたしは抗議したけど「先輩だから」とか訳の分からない理由でしぶしぶ連れていくことになった。……正直いって道に迷ってたから、よかったってことはある。

 

 ラナの案内で王都を歩いていくとだんだんと左右の建物が崩れてたり、みすぼらしくなっていった。

 

「このあたりには裕福じゃない人が大勢住んでいるからさ。1人で歩くには危ないんだよね」

「ふーん」

 

 だから無理やりついてきてくれたのかな。でも、なにか引っかかる気がする。

 それにしてもこの手紙の受取人はこんなところに住んでいるんだ。うわ、道がデコボコで穴だらけじゃん。そこら中に洗濯物を干してある……。

 

「ほら見えてきたよ。あの通りを曲がると行き先の教会につく」

「教会?」

「そう、教会にその手紙を届けるのが仕事だって書いてあったよ依頼書に」

「教会かどうかは知らなかったけど……でも助かったよ、ありがとう」

「いえいえ、ちゃんと最後まで面倒見るよ」

 

 ラナはにこにこしている。

 なんだろう、すごくその表情があたしには怖い。

 

 あたしは魔王として君臨しているときにいろんな魔族の表情を見てきた。だからなんだか、違和感がある。のっぺりと張られた絵みたいにおもっちゃう。

 

「でも、ほんといいよここで」

「そう? でも周りを見てみてよ」

「周り?」

 

 あたりを見回すと物陰から若い男たちがのそのそと出てくる。それぞれ手にこん棒とか、ナイフとか持ってる。げっ、やばそう。

 

 あたしは構えようとして、その背中をどんと押された。そこにいたのはラナだった。

 

「……それじゃあ、私が面倒を見るのはここまでにしようかな」

 

 ラナの表情が冷たい笑みに染まっていく。伸ばした手から赤い魔法陣が発動して宙に浮かぶ。

 

「どういうつもりなのさ」

 

 一応聞いてみる。意外とあたしは落ち着ている。魔銃もない状況なのに……あの船の戦闘で少し慣れたのかもしれない。

 

 周りの連中もラナの味方? でもあたしをはめて何の意味があるのかわからない。

 

「いや、ほら、君さFFランクだって? そんなことじゃ、これから先やっていけないって先生からテストするように頼まれたんだよ。安心してね。ちゃんと手加減してあげるから」

 

 先生? あたしの頭にピンク色の髪の女性が浮かんだ。ポーラだ!

 

「そっか、どうしてもあたしを入学させたくないんだ」

「そうなんじゃない? ここで負けてもその手紙はちゃんと私が届けてあげるよ。知り合いだからね」

 

 ラナは両手を構える。彼女の周囲に赤い魔法陣が展開されて、赤い炎がラナを包む。

 

 無詠唱だ。ソフィアと同じで呪文がなくても魔法を展開できる高等技術。豊富な魔力と技術がないとできないものだ。

 

 

「ギブアップしてくれたら私としては楽だよ。これは本心から言うことだけど、弱い者いじめはしたくないんだ」

「それにしたって、周り囲んでるじゃん」

「みんなはただ逃げ出さないようにしてるだけだよ」

 

 ラナは楽しそうに微笑んだ。さっきまでの張り付けたような顔とは違う気がする。後ろを見たらちゃんと逃げ出せそうな路地は男たちが固めている。

 

 逃げるのは無理そう。

 

 それに今のあたしには魔銃もなにもない。ミラやニーナも助けに来てくれるわけない。だから絶体絶命ってやつだ。

 

 あたしは大きく息を吸った。そしてラナに言ってやる。

 

「だからなにさ」

 

 そうだ、だからどうした。あたしは魔王だ。これくらいのことであたしはめげたりなんかしない。あたしは人差し指をたてて、ラナに向けた。

 

「あんたなんか指一本でも倒せるよ」

 

 ラナはぴきっと引きつった顔をした。でもあたしは手を下ろさない。

 

「そっかー。じゃあさ。安心して黒焦げになってね」

 

 炎がラナを中心に燃え上がった。

 

 

 「指一本で私に勝てるって? へえ」

 

 あたしの言葉にカチンときたんだろう、ラナはすごく残忍な笑顔をあたしに向けてきた。

 まるで踊るように両手を広げて振ると、炎がラナの周りを綺麗に円を描いた。

 

 唇を舐める。あたしだって別に考え無しでいっているわけじゃない。

 

「それじゃあ、その余裕の正体をみせてもらおっかな」

 

 ラナの右手が振られる。ぞくりとしてあたしはその瞬間に横に走り出した。

 

 赤い竜のように炎が立ちがった。それは魔力の生み出したものだ。それが一直線にあたしに向かってくる。

 

「うわわ」

 

 あたしがなんとかよける。後ろを見るとさっきまであたしが立っていた場所が黒く焦げている。

 

 今のあたしにあんなのを防ぐ力はない。魔銃でもあればなんとかなるのかもしれないけど。今のあたしは手ぶら、それに防御の魔法を形成するにはそもそも魔力が足りない。

 

「……」

「ほらほら、どうしたのカナ? 私を指一本で倒すんじゃないのかな」

 

 熱気が充満していく中で、冷や汗がでる。

 

「ラナ! なんであたしの入学の邪魔をするのさ。別に関係ないじゃん」

「んー。弱い後輩なんていらないってのはあの先生と同じ考えかな~。だからさっさと諦めてくれたら私は引いてあげるよ」

「だーれがそんなことするもんか!」

 

 ラナの魔力量はあたしとは比べものにならない。にこにこと両手を振るだけで炎を操れるのは魔族でもなかなかできないはずだ。

 

 でも、ラナはあたしのことを舐めてる。無詠唱はすごいことだけど、その分魔法としての完成度が低くなる。それはあたしにとっていいことでもあるけど、悪いことでもある。

 

 だから。

 

「あんたの魔法何てたいしたことないじゃん! へーんだ! べー!」

 

 べーって舌をだしてやる!

 

 ラナはあたしをみて引きつった笑顔を見せる。周りを囲んでいる男たちから小さく笑いが漏れる。

 

「そんな安い挑発に乗ると思うわけ?」

 

 ラナの周りに炎の竜がまとわりついている。

 

「挑発? 違うよ、あたしから見ればそんくらい大したことないって事実を言っているだけだよ」

 

 周りから「いわれてるぞ」とか「やってやれ」って声が響く。あ、「お嬢ちゃんいいぞ」ってあたしを応援している奴がいる。…………なんだろ、こいつら悪いやつじゃない? いやいや、囲まれてんだからそんなのわからないよね。

 

 ラナは大きく息を吸った。

 

 赤い髪が炎に照らされて綺麗だった。

 

 ゆっくりとあたしを見たその瞳はひどく冷たい。ラナについていた炎の竜が消えていく。

 

「じゃあ、焼いてあげる」

 

 ラナが右手をあたしに向けて。呪文を詠唱を始めた。炎の竜を消したのはそれに集中する気なんだ。

 

 その右手を中心とした空間に赤い紋章が広がっていく。

 

 ――それを待っていたんだ!

 

 あたしは走り出す。右手の、人差し指の先に魔力を込める。足に力を込めて赤い魔力が集まるラナの懐に向かう。ラナの数歩前に展開されている魔法陣は複雑な螺旋を描いている。

 

 その魔力の回路に赤い力がみなぎっていく。

 

 ラナは笑った。あたしの無謀を嘲笑っているのだと思う。そりゃあそうだ、あの魔法陣に注入された魔力を全力で炎として開放したらあたしはきっと黒焦げになっちゃう。

 

「さあ、どうするか見せてよ。フレア!」

 

 ラナが叫んだと同時だったと思う、あたしは魔法陣の前に飛び込んだ。あたしの少ない魔力を溜めた右の人差し指をたてて、腕を振った。

 

「残念!」

 

 魔法陣に一画を描く。あたしの魔力で強制的に魔法陣に一つの線を書き加える。

 

「え?」

 

 ラナの驚いた顔と同時に魔法陣が光、ぱぁんと赤い光をだして分解された。炎になり切れなかった魔力が無霧散する。

 魔法陣は精密な魔力回路だ。そこに「意味のない線」を書き加えたら、途端に不安定になる。

 

「やぁああ!」

 

 あたしは止まらない。

 

「ひっ」

 

 ラナはおびえるけど、えっとどうしよ、あたし武器なんて他にないし! えーとえーと。

 

 えーい頭突きだ!!! 魔王の必殺技だ!!

 

 あたしとラナの頭ががつーんとぶつかった。

 

「いだぃ!?」

 

 ラナが吹っ飛び、あたしはめっちゃ痛い! あーいたい。くらくらする。でも、このあたしを落とそうとした先輩は目をぐるぐるさせて地面に大の字に倒れ込んだ。

 

「ど、どーだ、参ったか」

 

 だっさい、勝ち方。で、でもいいもん。勝ちは勝ちだよ。

 

 ――ぉおー!

 

 歓声があがった。周りを囲んでいた連中がひゅーひゅーと口笛を吹いている。

 

 あれ? この人たちってラナの味方だったんじゃないの? でもぱちぱちと拍手を受けるとなんか、すこし照れくさいなぁ。どーもどーも。

 

「いや、こんなことしている場合じゃない。あたしは忙しいんだ」

 

 あ、少しくらくらするや。魔王が頭突きなんてするもんじゃないな。

 ラナを見ると後頭部を打ったのか動かない。めがぐるぐるしてる。

 

 へん。人を邪魔しようって思ったからだ。あたしはそう思って走りだそうとした……けど。

 

 あーもう。仕方ないな! あたしはラナの手を引いて無理やりおんぶする。なんか男の人たちが集まってくるし、大丈夫かって聞いてくるけど、あんたらなんなの??

 

「むーー」

 

 なんとかラナをおんぶして立ち上がる。お、重い。あたしはのろのろと歩きながら、角を曲がる。

  

 そこには古ぼけた教会があった。まあ、ラナを寝かせてくれるくらいしてもらえるよね。

 

 

 アー重たい。なんであたしはこんなことをしているんだろう。そもそもラナがあたしを襲ってきたんだからほっておいてもよかったはずなのに。……うーん。それ、たぶんあたしの性格上できないな。

 

「ま、魔王として弱いものを守らないとね」

 

 あたしは自分でもよくわからないことを言った。言うだけでも恥ずかしい。

 ま、まあいいや。ともかく教会に入ろう。あたしは重たいドアを肩で押した。開かないし……ぐぐぐ。少しずつしか開かない。

 

 なんとか中に入ると長椅子が綺麗に整列している。奥には祭壇があってそこには両手を広げた像が置かれている。あれは……神だ。

 

 あたしはお父さんとお母さんのことは尊敬しているしその、す、す、すき……ま、まあいい。それでも昔から「神様にお祈り」だけはやらないことにしていた。

 

 だってそうでしょ? あたしがこの場にいるのは全部こいつのせいだし。なんならあたしが死ぬ原因になった「聖剣」も「聖甲」も「聖杖」も全部こいつが作ったものだっていう。

 

「まったく忌々しい話だなぁ」

 

 あたしはラナを長椅子に寝かせてから物言わぬ像に近づいた。近くに人はいないみたいだったから、言いたいことがある。

 

 あたしは「神様の像」と対峙した。両手を腰において少し胸を反らして。

 

「なんか久しぶりだね。まあ、あんたがそこにいるのかは知らないけどさ…………あたしはさ、あんたの望み通りめちゃくちゃ弱くなったけど……でも、成り上がってやるから、今に見てろよ」

 

 像は何も言わない。もちろんあたりまでの話だ。でも、少しすっとした。本人がこの場にいるならもっと言ってやりたいことがある……って神って「本人」とかいうのだろうか? 

 

「うーん」

「不思議なお祈りは終わりましたか」

「……ひ!?」

 

 びっくりした! へんな声出しちゃった!!」

 神父さんがいる。優しそうな顔をした男性が黒くて丈の長い服を着ていた。その袖に蒼く紋章が光っている。

 

「おや。驚かせてしまいましたか?」

 

 うん、び、びっくりした。神父さんは若そうだけど白髪の人。丸いメガネをして優しそうな顔をしている。

 

「い、いえ。まあび、びっくりし、しました」

「それはすみません。それにしてもいけませんね」

「え?」

「我らの主に対してもう少し慎みを覚えなければなりませんよ」

「あ、……ご、ごめんなさい」

 

 今謝ったのは神父さんに対してだから。神に対してじゃない。

 

「よろしい。それで貴女はここに何をしに来たのかな? 先ほどの様子だとお祈りと言うわけじゃなさそうだが」

 

 そういえばあたしの言葉を聞かれてたのか……ああーああー、ちょっと恥ずかしいかも……。こ、こほん。気を取り直そう。

 

「あの、あたしはマオっていう、冒険者のえっと、見習いみたいなものかな? 自己紹介が難しいや。とにかくここにお手紙を届けにきました」

 

 あたしは懐から封筒を取り出して神父さんに渡した。

 

「これは、そうでしたか。ありがとう。私の名前はファロム。この教会を預かっているものだ。それにしても貴女はラナを担いでくるから少し警戒してしまいましたよ」

「あ、ラナを知っているの?……ですか」

「知っているとも。彼女に魔法をいくつか教えたのは私だからね」

「へ、へー。あのなんか倒れてたから休ませてもらえるかなって連れてきました」

 

 あたしは嘘をついた。まあ魔王だしいいよね?

 あと、ぶちのめしたことはだまっとこ。そういえばあたしから手紙を奪おうとしたときにラナが自分はここのことを知っていると言ってたっけ。

 

「彼女は遠くの村から来た子でね。この王都では身寄りもなくてたまたま知り合ったところからいろいろと教えたのだけど……少しお調子者でね。魔法の才能はあるんだけど、競争意識が激しくていけない」

「そうなんですね。まあ、魔法がすごいできるってことはさっき見たけど」

 

 うーん。ラナが起きる前にここから立ち去った方がいい気がする。ただ神父さんはあたしににっこりと微笑みかけて言った。

 

「いえいえ。そのラナの魔法陣に強制的に『書き加える』などということができる貴女に比べれば大したことありませんよ」

 

 あたしは身構えて下がった。

 

「………………見てたの?」

「魔力の波長を合わせて一瞬で魔法陣を解消させる魔力の流れを誘導したこと……そのようなことができる人間は王都に何人いるものでしょうね」

 

 神父のメガネ光っている。

 

「君はある意味異常だ。それなのに体の中に内包する魔力が極端に少ない」

 

 あたしは一度入り口を見る。ラナとの闘いをただ傍観していたというなら、この人も敵なのかもしれない。いや敵ってなんだろ、なんであたしは喧嘩売られることが多いんだろ。ソフィアと言い、暁の夜明けといいもう!

 

 そんな身構えていたあたしに神父はにこりと笑いかけてきた。うっとあたしは気持ちがそがれた。そのまま神父はくるりと後ろを向いてかつかつとラナに近づいていく。

 

「ああ、マオ君に対する興味は尽きないところだが今はこの不肖の弟子に対するお仕置きが先だったね。ほら、ラナ。起きなさい。ラナ」

「う、うーん」

 

 ラナが長椅子の上で起き上がった。頭を抱えているのはあたしの頭突きが効いたからだろう。あたしは少し遠くから様子を見ている。ラナがまたあたしに攻撃をしてきたら怖いし。

 

「あ、あれ。私は何をしてた……あ! あのFラン、どこへ行ったってぎええええええ!! ファロム先生!!??」

 

 ラナが逃げだした! はやっ! すごいスピードで入り口に縋りついてドアノブをがちゃがちゃしている。

 

「なんで、なんであかないの??」

「ああ、そこはドアじゃありませんよ」

「え?」

 

 あ、あれ!? いつの間にかラナが長椅子に座ってる。あ、あれ? さっきまでドアから出ようとしたはずなのに……あたしは目をごしごししてもう一度見ると、ラナが涙目で神父……さんを見てる。

 

「こ、これ混乱の魔法ですか? せ、先生ぃ」

「さて、ふふふ。どうでしょうかね? 魔法で年下をいたぶろうなんてしている悪い子にお仕置きするための魔法でしょうね」

 

 魔法……認識そのものを乱す魔法? あたしがそれに気が付かずにかかってた……? この神父さんはもしかしてやばい人かもしれない。

 

「それじゃあラナ。罰を言い渡します」

「ひっ。違うんです先生。これは学園の先生に頼まれて」

「そのような頼みごとを受けることには責任が伴います」

 

 あたしは止めに入った。こんなにヤバイ魔法を使えるならラナに対する「罰」もひどいものかも。

 

「ちょ、ちょっと待って。ラナは確かにあたしをすごい焼き殺そうとしてたり……あと、あたしの手紙を奪おうとしてたりしたけど」

 

 あ、弁解の余地ないし。だめだ。もう何も言うことがない。

 

「ほう、マオさん。ラナがそのようなことを」

「あ、あんた余計なことをいうんじゃないわよ!!」

 

 いや、だって。もう!

 

「ま、まあいいじゃん。そいつも反省しているみたいだから許してやれば」

「マオさんはなかなか優しいですね。この子も口だけのところがありますから本当に炎で焼くつもり何てなかったとはおもいます……いいでしょう。罰は軽めでいきましょう」

 

 流石にラナがあたしを殺すつもりなんてなかったことはわかってた。そのつもりならもっと別の方法もあっただろうしね。あたしはほっと胸をなでおろした。

 

「じゃあ、おしりぺんぺん100回でいいでしょう」

「は?」

 

 ラナが固まってる。

 

「あの。先生。私がいくつか……そのと、歳を、し、知ってますか?」

「ええ、かわいい弟子ですからね。全然関係ありませんが教会の近所のみんなもそろそろ来るでしょう」

「…………ご、ごめんなざい! ゆるじてください!」

 

 ラナが本気で謝ってる。う、うんおしりぺんぺんなんてラナくらいの女の子がされたら恥ずかしすぎて死ぬね。あたしがされても、うわ、考えただけで怖い。

 

「困りましたね。せっかく軽い罰をと思ったのに」

 

 神父さんはわざとらしく頭をかいている。それからぽんと手を叩いた。

 

「それじゃあこうしましょう。ラナ。君はしばらくの間マオさんのことを逆に助けてあげなさい」

「は、はあ? な、なんで私が!」

「彼女を邪魔するように頼まれて今回のことを仕出かしたのだからその逆をすることによって罪滅ぼしをしなさい。ああ、いいのですよおしりぺんぺん200回でも」

「ぐ、え、ぐ」

 

 な、なんか話がどんどんよくわからない方に進んでいっているけど……。

「ほら。マオさんにお手伝いすることをお願いしなさい、ラナ」

「え、ええ」

「おしりぺんぺんですか? 好きな方を選びなさい」

「ひぇえ」

 

 ラナがあたしをこの世の終りみたいな顔で見てる……な、なんか泣いてる。あたしは手伝いなんていらないと言おうとして、それをいったらラナがもっと恥ずかしい目にあう選択肢しかないことに気が付いた。

 

 ラナがあたしに近づいてくる。

 

「あ、あんたのことそ、その手伝ってあげる」

「ラナ! お願いしなさい」

「ひい、その、て、手伝わせてく、く、くください」

「……………う、うん」

 

 あたしはこういうしかないじゃん。

 神父さんがぱちぱちと拍手をしている。その音が教会に鳴り響いているけど、ラナは憔悴しきった顔であたしを見てた。

 

 



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Fランクの依頼

「それでは依頼は完了です」

 

「よしっ」

 

 あたしはギルドの受付でガッツポーズした。

 

 

 ぱちぱち

 

 あ、受付のお姉さんが拍手をしてくれている。照れるなぁ。でも別に手紙を持って行っただけだし……でもまあ、途中でいろいろとあったから大変だったけどさ。

 

 

 

 まあ、初めての依頼が終わったのは普通にうれしいかな。でも、魔王であるあたしはよゆーの表情を崩したりしない。

 

 受付のお姉さんにお礼を言ってから、あたしはかつかつとギルドに併設されたカフェに移動した。前に行った街では酒場とかだったけど、こっちのほうがお洒落でいいな。だってあたしお酒飲めないし。

 

 

 

 奥の席に行く。そこにはテーブルに突っ伏している赤い髪の女の子がいる。……ラナだ。

 

 

 

「あぁー、あー。ぁー」

 

 

 

 なんか唸ってるし。あたしは向かいに座って足と腕を組んだ。

 

 

 

「そろそろあたしも次の依頼をしないといけないんだけど」

 

「あー?」

 

 

 

 ラナが顔をあげた。ついさっきの教会での情けない顔が打って変わってあたしを睨みつけている。

 

 

 

「あんたさ、たとえFランクの依頼だからってあと何十個もほんとにする気なの」

 

「もちろん。売られた喧嘩だからね」

 

 

 

 ラナははッと馬鹿にしたように笑ってきた。あたしはむっとしたから言ってやった。

 

 

 

「泣き虫のくせに」

 

「はぁあ???」

 

 

 

 ばぁんと机をたたいてラナがあたしに詰めよってくる。ぐぬぬと少しほっぺたを膨らませてあたしを睨んでいる。あたしはよゆーの態度でそれを流す。ふふん。

 

 

 

「でも、まあ、あの神父さんに言われるからってあたしの手伝いをする必要なんてないよ。あたしはあたしでやるつもりだからさ」

 

「…………そ、じゃあ。私はかえろっかな」

 

 

 

 言うとラナは立ち上がってどこかに去っていく。あ、意外とあっさりじゃん。じゃああたしももう次にいこっかな。

 

 

 

「よし、頑張るぞ!」

 

「よしじゃない!!」

 

「わっ!? 戻ってきたの?」

 

 

 

 ラナがあたしの背中を押したからびっくりした。ラナはあたしの前で口をとがらせている。

 

 

 

「FFランクに全く頼りにされないのはそれはそれでムカつく!」

 

 

 

 わがままだな。でもいいや、あたしはカフェから出よう。だって別にいらないし、ぐえっ。襟元掴むな!

 

 

 

「あんたさ、私はこれでも先輩だし、学園ではAランクなのよ。少しは敬意をもっていいんじゃないの」

 

 

 

 なんかすごい怒っているけど。

 

 

 

「いやだって、いきなり襲われたし……。あとあのあたしを入学させないようにしている先生とつながっているって自分で言ってたじゃん」

 

「それはそれ、これはこれ」

 

「無茶苦茶過ぎる……」

 

「とにかく私はあんたの手伝いをしないで帰ったら教会でひどい目に合わされるの間違いないんだから。とにかく依頼を適当に受ける。そしてすぐ終わらせる。ほらきて」

 

 

 

 う、すごい強引なんだけど。あたしの手を引いてギルドの受付にもどってきたし。

 

 

 

「すみませんこいつとパーティーを組むから、Fランクの簡単な依頼がありますか?」

 

 

 

 ラナは受付のお姉さんに対して言ってる。はあ、まあてきとうに1つくらい一緒にやればいいかな。あれ? なんだろあれ。んー?

 

 

 

 ギルドの片隅に置いてある観葉植物に人が隠れている……金髪が見えるし。あれフェリックス学園の制服だし。別に珍しくはないけど。あれで隠れているつもりなのかな。

 

 

 

 うん。あれはミラだ。ミラスティアじゃん。

 

 

 

 どうしよ。ほっとくべきかな。たぶんあたしを心配で来てくれたんだと思うんだけど、周りの冒険者も普通に気が付いてるしさ。……観葉植物で見えないけど、ミラは絶対気づいているし。恥ずかしがっている気がする。

 

 

 

「あれ、何」

 

 

 

 ラナが指さしている。あたしは反射的にその指をつかんだ。

 

 

 

「いだぃい!?」

 

 

 

 あ、力入れすぎちゃった。でも気が付かないふりをするのがいいんだから、しーって。あたしは人差し指を自分の唇の前にもっていく。

 

 

 

「なんなのよ……。あの変人はあんたの知り合いなの?」

 

「友達だよ」

 

「へえ、変な友達がいるのね。まあ、FFランクにはお似合いかな」

 

「……」

 

 

 

 あの後ろにいるのは学園では「Sランク」らしいけど、あたしは黙ってる。ミラがあたしにお似合いかどうかは知らないけど、あたしには大切な友達だ。

 

 

 

 ラナは才能はあるみたいだけどすごい棘がある物言いをしている。でも時折、子供っぽいのはなんだろ。

 

 

 

「ところでマオ、だっけ? 次の依頼はまずこれ」

 

 

 

 ラナはあたしに依頼書を見せた。てか、勝手に決めたんだ。

 

 

 

「なになに」

 

 

 

 でもいいや、どうせ何でもやらないといけないし。……「猫探し」。ふーん。え? これ1日で終わるの? 特徴は……白猫で右の耳だけ黒い。それだけ!?

 

 

 

「いや、これ猫見つけるってすごいタイヘンじゃん! 別の依頼の方がいいと思う」

 

「はあ? これだけやるわけないじゃない。ほらこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれとこれ」

 

 

 

 ばさばさばさばさばさとラナはあたしの腕に依頼書を積み上げていく。え? なにこれ。

 

「買いもの」「犬の散歩」「剣磨き」「草むしり」「用水路掃除」……これ一気にやるの?

 

 

 

「冒険者ギルドでは私は何度か依頼をこなしているからFランクの依頼なら一気に受けられるの。だからあんたに上げる。あ、全部手伝うわけじゃないからね。一個だけやってあげるわ」

 

「じゃあ、用水路掃除」

 

「いやだ」

 

「あたしだってやだ!」

 

 

 

 あたしとラナがにらみ合いをする。……ただ、まあいいや。これも全部やらないとならないんだし。よしやってやろ。あたしは依頼書を折りたたんで腰のポーチにいれようとしてもちろん入らない。

 

 

 

「邪魔なんだけど」

 

「まあ、預けていけばいいんじゃないの、いくつか」

 

 

 

 預けることなんてできるんだ。なんて考えていると観葉植物の後ろから音がした。

 

 

 

 へくち。

 

 

 

 かわいいくしゃみ。あたしは少しわらっちゃったし。

 

 ☆

 

 とりあえず草むしりから! 

 

 

 

 って、無理やり張り切ってきてみたけど、うーんほんとになんか冒険者としての依頼っていうよりは雑用だなぁ。

 

 

 

「それじゃあよろしく頼むわねぇ。マオちゃんとラナちゃん」

 

 

 

 王都の川辺に住むおばさんの家の庭には草が生い茂っていた。

 

 

 

 今回の依頼主だ。おばさんは一人でここに暮らしているらしい。男手もないから草の伸びるままにしているって……いや、あたしたちが来ても「男手」はないけどさ。

 

 

 

 川に近いからかな、結構背の高い草もある。あたしのひざ元くらいまで草が伸びている。

 

 

 

 あたしとラナは並んでおんなじ表情をした。

 

 

 

「うげぇ……」

 

 

 

 今のはあたしじゃない!

 

 

 

 と、とりあえず草をむしろう! 

 

 

 

 ラナと手分けして草をむしる。制服の上着は脱いだ。

 

 

 

「なんで私がこんなことを」

 

 

 

 ラナがぶつくさ言っているのが聞こえる。ムシムシ。でも、こうやって土をいじること自体は昔からお父さんとやってたから初めてじゃない。

 

 

 

 土匂いは結構好きだ。というか慣れてる。……うーん、あたしって本当に魔王だったのだろうか。

 

 

 

「何笑ってんの?」

 

「べ、別に?」

 

 

 

 いつの間にか笑ってたらしい、苦笑ってやつかな。ラナに指摘されると少し恥ずかしいや。

 

 

 

 それにしてもこの庭を全部綺麗にするには結構時間がかかりそうだ。

 

 

 

「Fランク」の依頼はもっとやらないといけないからあまり時間をかけることはできないんだけどなぁ。

 

 

 

「あーもう!」

 

 

 

 ラナが立ち上がった! び、びっくりした。

 

 

 

「な、なに? どうしたのラナ」

 

「どうしたじゃないわ、なんで私がこんな草むしりなんてしないといけないのよ、あーあー、あー! こんな草むら全部焼き払ってやれば楽なのに!!」

 

 

 

 焼き払う? そっか、魔法で草を焼くんだ。

 

 

 

「それいいね!」

 

「はあ?」

 

 

 

 え? ラナが言い出したことじゃん。なんであたしを胡散臭そうに見るのさ。

 

 

 

「あんた馬鹿じゃないの? あたしの炎でここら一帯を火事にでもしたいの? はあ。もう少し考えてよ」

 

 

 

 む、むか。……頭にきた。

 

 

 

「……よーし!」

 

 

 

 あたしは庭先を歩き回る。だいたい大きさはこんなもんか。もちろん火が家屋に移ったりしてはいけないし、外に漏れてもだめだ。あ、そっか「火」なんていらないんだ。草だけが「焼け」ればいいんだから。

 

 

 

「なにしてんの。早く草むしってよ。私が付き合うのはこの依頼までだからね」

 

 

 

 あたしはラナを振り向く。ふふん。

 

 

 

「大丈夫だよラナ。この依頼はすぐに終わらせることができる」

 

「……?」

 

 

 

 ラナは草をむしりながらすごい胡散臭げにあたしを見てる。ああー、全然信用してないな!

 

 あたしはずんずんとその赤毛の少女に近づいていった。

 

 

 

 そして右手をかざす。

 

 

 

「ラナ。あたしと手のひらを合わせて」

 

「なんでよ」

 

「いいから」

 

 

 

 はあとわざとらしくため息をついてラナがあたしと手のひらを合わせる。意外と手の大きさは変わらない。あたしの方が少し小さいかな。

 

 

 

「それじゃあ、炎の魔法使ってみて、あ、ゆっくり。ゆっくりだよ」

 

「何がしたいのかわからないんだけど」

 

「いいからさ。もし何かあってもあたしのせいにしていいから」

 

「……ふーん」

 

 

 

 ラナは唇を開いて呪文をゆっくりとけだるげに紡いでいく。

 

 

 

 合わせた掌が光る。そこに循環する魔力の流れをあたしは調整する

 

 

 

 うん、それでいいよ。ゆっくりとした魔力の流れは調整しやすい。

 

 

 

 さっき歩いたからこの庭の大きさはわかった。

 

 

 

 そこにラナからもらった魔力を周囲に展開していく。それは薄く、広く伸ばすように。

 

 

 

「! あ、あんたなにしてんの」

 

「しっ。今集中しているから。ラナはゆっくりしてて」

 

 

 

 

 

 赤い魔力があたしたちを中心に広がっていく。地面を伝わって草にそしてその葉に浸透させていく。あたしは目を開いてラナに言う。

 

 

 

「いいよ! やさしく!」

 

「……フレア!」

 

 

 

 展開した魔力の線に「熱」が伝わっていく。

 

 

 

 地面から生えた草木が赤く一瞬光って、黒く焼け崩れていく。波紋が広がるように庭の周りを包んだ。

 

 

 

 炎は上がらないように調整して熱だけを伝えた。

 

 

 

 赤く焦げた葉っぱが宙を舞って、そこで燃え尽きるのが見えた。

 

 

 

「よし!」

 

 

 

 草むしりおわり!

 

 

 

 庭の草木は全部焼けて、後には黒い炭が残っている。ほっておいてもむき出しの地面に吸収されて栄養になると思う……あ、だめだ。栄養になったらまた雑草が生えてきちゃうじゃん。

 

 

 

 まあ、いっか。そん時はそん時だし。

 

 

 

「あんた」

 

「な、なにさ」

 

 

 

 ラナがあたしを睨みつけるように見てる。

 

 

 

「何今の……?」

 

「何って、草むしり……」

 

「こんなふざけた草むしりがあってたまるもんか! い、いったい何をした」

 

 

 

 そ、そんなに驚かなくてもいいと思う。い、痛いから肩をつかまないでよ。顔が近い!

 

 

 

「今のはラナの魔力を利用して……あたしはただ調整しただけで、自分じゃできないし」

 

「う、う、そんなこと普通出来るわけないじゃない……! そもそもあんたあたしとやりあったときもあたしの魔法陣に『書き加える』なんてしたし」

 

「あーえーと、そういう得意なんだよ、生まれつき」

 

 

 

 まあ、間違ってないよね。生まれた時には経験はあったし。

 

 

 

「うまれつきだぁ?」

 

 

 

 ぐぬぬってラナがほっぺたを膨らませている。

 

 

 

「あら、もう終わったの」

 

 

 

 あ、おばさんだ。ラナとりあえず手を離して。

 

 

 

「終わりました」

 

「そう、ありがとう。あたし一人じゃ大変だったから……主人が生きていればねぇ。あら」

 

 

 

 おばさんが見るとむき出しの地面に一輪だけ白い花がある。あ、あれか。なんかもったいないから黙ってたんだ。

 

 

 

「この庭を何に使うつもりでもなかったけど。お花でも植えようかしらね」

 

「へー」

 

「その時はマオちゃんも手伝いに来てくれる?」

 

 

 

 おばさんは少し寂しそうに聞いてきた。なんか不安げで……そういえばさっき主人が死んでいるって言ったっけ。

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

 ホッとした顔でおばさんがお礼を言ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 それからおばさんに依頼完了のサインをもらって通りに出た。川沿いの道を歩いていく。

 

 

 

「とりあえず、次にいこ!」

 

 

 

 あたしがそう言って歩き出すとあたしの肩をラナがグイっとひいた。

 

 

 

「わわ、コケる。何さ。もうラナは手伝ってくれたんだからもういーよ」

 

「……もう少し手伝ってやるわ。あんた、絶対おかしいし」

 

 

 

 どういう風の吹き回しなんだろ。一回だけ手伝うって言ってたのに。

 

 

 

「あー、まあ好きにすればいいよ。次は猫探しかな」

 

「それ、本当にできると思ってんのあんた」

 

「この依頼を持ってきたのはラナじゃん!」

 

 

 

 依頼書を束に持ってきたのはラナ。あたしは抗議した。

 

 

 

「忘れた、そんな昔のこと」

 

「うー」

 

「それよりも。あんた今日はどこに泊るの? 受ける依頼は近くにしてた方がいいでしょ」

 

「泊まる?」

 

「そう、宿」

 

「ないけど……。あ、そうか。やばい」

 

 

 

 あー。あたしは今日泊まるところないや。どっか宿をとらないと!

 

 

 

「どうしよ、宿屋とか今からでも泊まれるよね」

 

「……王都の宿は高いわよ。そう、じゃあ、あたしの下宿に泊る?」

 

 

 

 ラナはにやりとあたしに笑いかけた。なんか黒い感じがする。

 

 

 

「安くしとくわ」

 

 

 

 それからFランクの依頼をラナと一緒に受け続けて一週間がたった。

 

 

 

 1日7,8件くらいやって精いっぱい。今は、えっと……全部で……52件終了した。

 

 

 

 やったことと言えば草むしりとか、お買い物とか手紙の配達だとか。あと、猫も探した。それに子供とのおもりと言うか、遊び相手とか犬の散歩とか……雑用ばっかり! 

 

 

 

 あたしは王都の公園のベンチで頭を抱えた。

 

 

 

「目標の100件かぁ、あと7日でやらないと」

 

 

 

 約束の日まであと一週間。Fランクの依頼を100件やるって啖呵切ったからにはあたしは絶対やる。マオ様を舐めんな。

 

 

 

「よっし」

 

 

 

 立ち上がって気合を入れた。

 

 

 

 今日は城壁近くで仕事だ! 手元の依頼書を見ると内容は「水路に関することで地下に潜っての調査」と書いている。

 

 

 

 なんでこんなことしないといけないんだろ。……いけないいけない弱気になったら。ちゃっちゃと終わらせてやろう。どうせ魔物も出ないような依頼しかFランクにはない。

 

 

 

 とりあえず現地に向かうことにする。

 

 

 

 石畳を軽く奔る。ここ1週間走り回ってたから地理は頭に入っている。今日の仕事場所は市街地を抜けていく方が早い。

 

 

 

 たったか、たったか。

 

 

 

 子供のころから山道になれているから逆に舗装された道ってすごい走りやすい。でも、あとで足が痛くなるんだよねぇ。

 

 

 

「ああ、マオちゃん」

 

 

 

 川沿いを通っているとこの前草むしりを依頼したおばさんがいた。あたしは手を振ってる。

 

 

 

「あ、おばさん元気!? 急いでいるからまたね」

 

「今度よってね。ケーキを用意しておくよ」

 

 

 

 ! 

 

 

 

 足が止まりそうになった。でもあたしは急ぐ。

 

 

 

 人通りが多い大通りを避けて路地に入る。狭いところだ、あ、先約がいる。白い猫がうずくまっていた。あたしを見ると「にゃあ」と話しかけてくる。こいつは猫探しを依頼されたことがある、ここにいるってことは……また逃げたんだ。

 

 

 

 あたしは立ち止まってそいつの顎を撫でる。ふわふわで気持ちさよげにしている。

 

 

 

「あんたさ、ちゃんと帰らないと飼い主が心配する……って、急がないと」

 

 

 

 はっとして猫にお別れを言って走る。てか、付いてくる。まあ、別にいいや。

 

 

 

 路地を抜けると小道に入った。左右が石造りの家に囲まれた場所だ。上から声がした。

 

 

 

「おお、マオ」

 

 

 

 屋根の上に大柄のおじさんがいる。頭にハチマキを撒いて、手にハンマーを持っている。

 

 

 

「今日は手伝わないのか? 屋根の修繕を教えてやるぞ」

 

「今度ねっ!」

 

 

 

 にゃあ

 

 

 

 あたしの足元で白猫も鳴いた。

 

 

 

 あの人は大工さんで資材運びとかをたのんできた人だ。あたしとラナが行ったら露骨に嫌がった。まあ、女の子2人きたらそうなるかもだけど、あたしが怒って。全部やった。きつかった。……すっごくきつかった!

 

 

 

 でもなんか大工とのおじさんには気に入られた。なんでかなんて知らない。

 

 

 

 猫を引き連れて走る。街中を走ると上からも下からも横からも声がかかる。

 

 

 

――「マオ」

 

「あ、この前のおじさん。腰は大丈夫? また、買い物するんだったらするからね」

 

 

 

――「マオちゃん」

 

「お花屋の姉ちゃん。今度川辺のおばさんが花壇作るらしいよっ! お花の手入れ手伝うからさっ、何とかしてあげてね」

 

 

 

――「お嬢ちゃん」

 

「じいちゃんも今日はお話聞けないから、今度ね」

 

 

 

――「クソガキ」

 

「だーれがクソガキだ! 不良ぶってお母さんに迷惑かけてるんじゃない! また喧嘩してあげるよ。今度ね!!」

 

 

 

――「「「マオ姉ちゃん」」」

 

「うわー。引き返す、道はないかぁ。ちょっと横通るから、こら、服を引っ張るな。今日は遊ばないから!! ……遊ばないって!!」

 

 

 

――「マオさん」

 

「あ、神父さん! ラナはすごい手伝ってくれるから助かっているよ」

 

 

 

 話しかけられる。そのたびにあたしの足が一瞬止まる。

 

 

 

 あとなんかもらったりもする。あたしの両手にパンとかミルクとか……小さいからいっぱい食べないと、とか言われるけど大きなお世話!

 

 

 

 少し立ち止まってあたしは視線を下げる。胸元を見て――はっとした。

 

 

 

「今は急いでるんだって!」

 

 

 

 悲鳴のように叫んで、走っていく。猫もちゃんとついてきてるし……もう。

 

 

 

 城壁が近づいてくる。

 

 

 

 集合場所には腕を組んでいるラナがいた。じろりとあたしを見てくる。

 

 

 

「なんでパン持っているの?」

 

「あたしが聞きたいよ」

 

 

 

 みんながくれるんだから仕方ないじゃん。ていうか、猫もついてきてあたしの足元ですりすりしている。かわいいなぁ……じゃない、なんでついてきたのさ。

 

 

 

「ほら、もうお帰り」

 

 

 

 みゃー

 

 

 

「いや、みゃーじゃなくて! にゃお、にゃーお」

 

 

 

 猫語はわからないけど適当に言ってみたら。機嫌よさそうにすりすりしてきた。

 

 

 

「はあ」

 

「一人芝居してないで今日もやるんでしょ? Fランクの依頼」

 

「もちろん。今日は水路をたどって地下に潜るんだってさ」

 

「はー、なんで私もこんなことしているんだろう」

 

 

 

 さっきのあたしと同じようなこと言っている。ラナは大きなため息をついた。

 

 

 

 今回の依頼は街中に走っている下水道についてだ。

 

 

 

 この石畳の下には縦横無尽に水路が通ってて、それぞれの街の井戸に繋がっているらしい。あ、ちなみに汚したら重たい刑罰があるんだってさ。

 

 

 

 いくつかの街の井戸の出が悪いのは下水道に何らかの故障とか汚れとかがあるんじゃないかってことで、見てくることになった。専門の人に頼むとみるだけでも高いらしい……あたしなら安いってことか!! うー。

 

 

 

 あたしとラナは街中を歩く。少し坂道になっている。そういえばこのパンとかどうしよう。全部食べられないし。

 

 

 

 少し行くと橋になっていた。もぐもぐ。

 

 

 

 橋の下は土手になっててそこに木造の小さな船が繋がれている。人もいる。あ、刺繍の入った長い袖の服に丸帽子……役人だ。

 

 

 

「来たか、遅いぞ」

 

 

 

 土手に降りるとイライラした様子で役人はあたしたちを睨みつけた。ラナがむっとしているしあたしもむっとしたけど、まあいいや。

 

 

 

「この船で水路を見てくるってこと?」

 

「そうだ。壊すなよ。王都の地下水路に潜れるのはこことあと数か所だけだ。ほかの場所から出るには遠いからここにもどってこい」

 

 

 

 壊すなっていっても船なんて漕いだことほとんどないけど。

 

 

 

「壊れている場所があったり、気になったことがあれば報告をしろ。繰り返すが決して水路を汚すな? いいな。貴様ら低級の冒険者もどきに仕事を斡旋しているだけありがたく思え」

 

 

 

 短く、乱暴に役人はそう言った。

 

 

 

「あんた――」

 

 

 

 ラナが何か言いたそうだったからあたしは両手で口をふさいだ。

 

 

 

「んー」

 

「わかった。じゃ、仕事始めるから」

 

 

 

 そう聞くと役人はふんと鼻を鳴らしてどこかに行ってしまった。ラナを離すと、地面を蹴って、悪態をついてる。

 

 

 

「何、あいつ。マオだけならともかくこの私に低級冒険者もどき……ぐぐ」

 

 

 

 あたしはそれを無視して船に乗る。うわっ、おっとと、両手でバランスをとる。結構揺れるんだ。猫も乗ってきたし。帰らないの?

 

 

 

「マオ、怒らないの!? ムカつかないの!?」

 

「んー」

 

 

 

 あたしは振り返った。

 

 

 

「ああいうのはさ、ビョーキみたいなもんだから」

 

 

 

 村でも役人は偉そうだった、いちいち相手しないように染みついている気がする。あ、税金取られるのはムカつくかな。

 

 

 

「それよりも早く行こう」

 

 

 

 ラナはぶつくさ言いながら乗ってきた。あたしの顔をじっと見てくる。

 

 

 

「な、なに?」

 

「あんたさ……船を漕げて楽しんでない?」

 

 

 

 あっ!! 

 

 

 

 いや、そ、そんなことないけどさ、いやでもさ、うん。まあ、……はい。

 

 

 

「と、とにかくいこー」

 

 

 

 にゃーお

 

 

 

 あたしは照れ隠しで元気に言ってオールをつかんだ。ぎこぎこ漕いでみると、全然進まないし。ラナがあきれ顔で言う。

 

 

 

「貸して。ほら」

 

 

 

 そうしてラナの漕ぐ小さな小舟が水路の中に入っていく。

 

 

 

 あたしは猫が落ちないように胸に抱きかかえながら。

 

 



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水路大疾走!

 小船がゆっくりと進んでいく。ちょっと身を乗り出してみると水面に自分の顔が映っている。

 

 

 

 みゃー

 

 

 

 あ、うごくなって。猫が落ちたらどうしよ。ていうか、なんでついてきたんだっけ。

 

 

 

 船が橋の下をくぐる。一瞬暗くなって、すぐ明るくなる。この橋はさっきあたしとラナが渡った橋だ。下から見るなんてそうそうない、なんてあたりまえか。

 

 

 

 橋の上を見上げる。うっ、一瞬でも暗いところをくぐったからかな、まぶし……。橋の上に人影があった。フードを被って、緑色のマントを羽織った誰かがあたしたちを見下ろしている。

 

 

 

 そいつが急に飛び降りた。

 

 

 

「え!!?」

 

「マオ、急に何叫んで……ひゃ!??」

 

 

 

 そいつが船にどーんと飛び乗ってきた、船が揺れる、うわぁ。ばしゃーんと波が立つ。

 

 

 

 いたたた、しりもちをついちゃった。猫を抱きしめてたから受け身が取れなかったし……。うううー。なんだってのさ。意味わかんないよ。水にぬれちゃったし。

 

 

 

 いきなり飛び込んできた「そいつ」はあたしを見下ろしている。顔の半分は黒い覆面をしているけど、その蒼い瞳がなんだか心配そうに……ってさ、いきなりあんたが飛び込んできたからじゃん!

 

 

 

「い、いきなり何なのよ! あんたは!」

 

 

 

 ラナが突っかかる。覆面のそいつは首をふって、頭を下げた。その時一瞬あたしを見てきた。考えるような顔をして。

 

 

 

「す、すまなイ。私も冒険者で、その、今回の依頼を一緒にさせてほしい」

 

 

 

 妙なイントネーション。いやそれよりもなんでいきなり見ず知らずに奴と一緒にやる必要があるのさ。

 

 

 

「いや、ちょっと待ってよ。この依頼はあたしとラナがやるからいきなり言われても困るってば」

 

「……そ、そのことはよくわかっている。こ、こほん。わ、私は手伝うだけだ。報酬などはいらなイ」

 

 

 

 そういったってさ。

 

 

 

「あやしい」

 

 

 

 ラナがずいっと前に出る。

 

 

 

「そもそもあんた名前はなんてのよ」

 

「名前……? えっと」

 

「今から偽名考えてんじゃないわよ!!」

 

 

 

 あ、あやしい。

 

 

 

「ち、違う。私にはれっきとした名前があってその、ラミっていうんダ」

 

「ラミ? 偽名のくせになんか私と名前が似ててムカつく」

 

 

 

 ラナとラミ。確かに名前被っている感じがする、ラミ……知らないなぁ。どことなくニーナのような話し方をしている気がするんだけど……でもニーナじゃないよね。

 

 

 

 どっかであったっけ……ラミ、うーんラミ、ラミラミラミ……ラ。

 

 

 

「あ! そ、そうダー」

 

 

 

 あたしは自分でもわざとらしい声を出した。ラナと「ラミ」があたしを見てくる。

 

 

 

「ま、まあさ。ラナ、依頼なんて何人でやってもいいんだし。手伝ってもらっていいんじゃないかな」

 

「……あんたの知り合いなの、こいつ」

 

「いやー、初めて会ったけど」

 

「どう考えても怪しいし、偽名使っている変人を仲間にする意味が私にはわからないんだけど、どう考えたらそういう結論になるのよ」

 

「……た、旅は道づれだし」

 

「旅じゃないし、たかがFランクの依頼。……はー、まあいいわ。あんたさ、報酬はいらないってのだけは守ってもらうからね」

 

 

 

 フードをくいっと下にひきながら「そいつ」は頷いた。

 

 

 

「わ、わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!」

 

 

 

 

 

 水路の中に声が響く。反響しているのを聞くと面白い。

 

 

 

「何してんの、ばか!」

 

 

 

 ばか、ばか、ばかぁってラナの声が反射してるし。

 

 

 

 小舟がゆっくりと進む。あたしたちが黙ると水の音だけがゆっくりと聞こえる。

 

 

 

「なんか地下っていっても結構明るいんだ」

 

 

 

 水の中にぼんやると光る球体が一定の間隔で沈めてある。だから水路の中は意外と奥までちゃんと見える。まあ、すこし暗いんだけど。

 

 

 

 光る球体があるから、水路の底まで見える。あ、魚だ。手を伸ばしてみると冷たい。もちろん魚なんて取れるはずないじゃん。

 

 

 

 みゃー

 

 

 

 あたしの胸元で猫が鳴く。そういえばこいつ名前とかあるのかな。

 

 

 

 そうしたらあたしの横に「ラミ」が来た。猫に興味があるみたいだ。あたしは手渡してやる。

 

 

 

「わっ、わっ」

 

 

 

 慌てながらもしっかりと抱きしめてる。よく見たら覆面の間から銀色の髪が見えてる。

 

 

 

 あたしは「ラミ」に顔を近づけて言う。

 

 

 

「何してんの? ミラ」

 

「!!!」

 

 

 

 目が泳いでいる。すごいわかりやすい。

 

 

 

 なんで変装しているのかはわかる。あたしの依頼についてミラとニーナは手伝ったらだめって言われているからだと思う。あー。ギルドで隠れてたしね。

 

 

 

 ようするにあたしのためだ。こんなヘンテコなことしているのは。

 

 

 

 でもたしかに、黒狼と一緒に戦った唐族風のお姉さんっぽい格好をしているのが聖剣の勇者の末裔とは思わないよね。

 

 

 

 ミラはあたしに目で訴えかけてくる。声を出さないのは何を言っていいのかわからないんじゃないかな。だからあたしから何か言ってあげるべきなのかな。

 

 

 

「……ありがと」

 

 

 

 それくらいしか言うことないや。ミラは目を見開いて、それからちょっと笑った。

 

 

 

「ねえ、マオ」

 

「はひっ!」

 

 

 

 ラナの声が反射してる。振り向くと少しふくれっ面の赤髪の少女がいる。きゅ、急に話しかけるから驚いたし、なんで怒っているのさ。

 

 

 

「私ばっかり船を漕ぐの疲れたんだけど。代わってよ」

 

「……いいけどさ。あたしはうまく漕げないかもしれないよ」

 

「役立たず!」

 

「……な、なんだよ」

 

 

 

 そこまで言うならやってやるよ。ほら貸して。船の両端に固定された2つのオールを動かしてみる。ミラは目で応援してる……気がする。

 

 

 

「ちょ、ちょっと。壁にぶつかるんだけど」

 

「そ、そんなこといっても」

 

 

 

 船が壁にぶつかる直前にラナが手で壁を押す。ゆっくりやってよかった。これ結構難しいや。

 

 

 

「……へたくそ」

 

 

 

 じとーってラナが見てくる。む、むう。

 

 

 

「う、うっさいなぁ。そもそもこんな人力で漕がなくてもこの船の周りの水を操ってしゅばーって動かした方が速いじゃん」

 

 

 

 あたしが魔王だった時の船はそうやって動いてた。いや、今のあたしにそんなことできないけどさ。

 

 ラナが目をぱちくりさせる。それからにやぁっと笑った。な、なに? 怖いんだけど。

 

 

 

「あんたさ、魔力が全然ない癖にたまに面白いこと言うよね。へたくそなあんたに任せておけないからもう一度私が代わってあげる」

 

 

 

 ラナはオールをひとつ引き上げた。そしてもう一つを持って立ったまま小舟の後部の水面につけた。

 

 

 

 ラナの体から青い光が柔らかく放れた。え? もしかして本当に水を操る気なのかな。

 

 

 

 青い光はラナの手にあるオールを伝って水面へ。そして小舟の周囲を輝かせる。

 

 

 

『水の精霊ウンディーネよ。悠久なる蒼き流れを一筋の道に統べ。我に示せ』

 

 

 

「わぁ」

 

 

 

 青い光が水路に反射していく。青って優しい感じがする。……少し見とれてしまう。

 

 

 

 ラナを振り返る、この美しい光景を作り出した少女があたしとミラをみて、にやぁっと歯を見せて笑う。

 

 

 

「ちゃんと摑まってなさいよ」

 

「え?」

 

 

 

 あたしが疑問を言葉にする暇もないし。がたっと船がゆれて、一気に加速した!

 

 

 

 えっ? ちょ、まって。

 

 

 

 船が波を切って進む! 船の先端が少し浮いてばあぁーっと音がする。怖い! 

 

 

 

「う、うわーぁあ!」

 

「!!!」

 

 

 

 怖い。何度だっていうけどさ! 

 

 

 

 狭い水路をすごいスピードで船が進んでいく!! 

 

 

 

 ていうか、水路の奥が曲がっている!!!

 

 

 

「おっ。やばっ」

 

 

 

 ラナの声が耳に響く。操っている人間のその言葉はほんと怖いから止めてよぉ! 

 

 

 

 船が傾いた。ぐいいーと体が横に引っ張られるのを飛沫をあげて船が「曲がる」。

 

 

 

「イエー!」

 

 

 

 ラナの調子に乗った声がする! ミラ、ミラぁ。あいつを止めてよ。

 

 

 

「楽しい!」

 

 

 

 え? ミラ。今なんて?

 

 

 

「よくわかってんじゃない。ラミ! ほら、もっとスピード上げるわよ。こーんなつまらない依頼なんだから遊んでやらないとねっ!」

 

「う、うん……い、いや、そうだナ!」

 

 

 

 ラナの魔力の高まりを感じる。スピードがさらに上がる。あたしの顔に水の飛沫が当たる。

 

 

 

 うあぁあ。怖い、怖いよぉ。壁にぶつかって死にそうぉ。

 

 

 

 ああああああああ、なんか先に段差が見える。このスピードで突っ込んだら! 下に落ちる!

 

 

 

「ラナ!」

 

「わかってるってマオ」

 

 

 

 止めてくれるよねっ!?

 

 

 

「あんたがこうしろって言ったんだから! ご期待に沿ってもっとスピードを上げるわ!!」

 

「ち、違うし」

 

 

 

 船の周りが青く光る。

 

 

 

「捕まってなさいよー!」

 

「捕まるところがない!」

 

「…………♪」

 

 

 

 小舟は全力で突っ込んだ! 浮いてる! 

 

 

 

 一瞬後にばっしゃーんと水面に勢いよく落ちた。はねた水がぱらぱらと雨みたいに降ってくる。

 

 

 

「あー楽しかった」

 

 

 

 ラナがほんとに楽し気に言うのが聞こえた。ミラの胸元で猫も鳴いてる。楽しそうに。

 

 

 

「面白かった」

 

「ふふふ。ラミのこと最初は怪しいって思ったけどなかなかいいやつかもね。あ、勘違いしないでよ。報酬はやらないからね」

 

「そ、それは心配しないでいいよ。いや、いいゾ」

 

 

 

 ぐす、ぐす。

 

 

 

「マオ、あんたそんな端っこで何をしてんのよ。調査をしないといけないんでしょ」

 

「…………二人とも嫌いだ」

 

 

 

 ミラがびくっと後ろにのけぞっている。ラナはあたしのにやにや近づいてきた。

 

 

 

「あんた怖かったの?」

 

「そ、そんなわけないじゃん」

 

「少し泣いてない?」

 

「飛沫がかかっただけだし! そんなことよりもこんなに早く進んじゃったら異変があったのかわからないじゃん」

 

「まー、そのあたりはてきとうでいいんじゃないの?」

 

 

 

 ラナは大雑把。あたしはわかった。

 

 



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水路の奥に潜む闇

「それにしても広いなぁ」

 

 素直に感心する。あれだけすごいスピードで移動したのにまだまだこの水路は続いている。

 

「そりゃあそうよ」

 

 あたしの横でラナがあくびをしながら言った。なんか寝そべっているし。さっきのあれで疲れたらしいからちょっと休憩している。

 

「そりゃあそうってなんで?」

 

 ラナはあたしをみてふっと馬鹿にしたように笑う。こ、こういうところ悪い癖だと思う。

 

 ミラは猫と一緒に水底を見ている。見たくなるよね。

 

 ラナがあたしの傍にきた。

 

「この水路は元々王都の地下都市として作られたのよ」

「ふーん。地下都市? なんでそんなことを」

「そりゃあ、前の王都は魔族に焼滅ぼされたからね。魔王の奇襲を当時の王都は受けたのよ。いわゆる『魔の夜』ってやつね」

 

 あっ。

 

「だから、また魔族みたいなのが現れた時のために王都の下に迷路のような空間を作って、逃げたり、もしくは籠城したりするために作ったってわけ。まっ、今じゃただの水路だけど」

 

 そっか。

 

 いつの間にかミラが振り向いてあたしを見ている。

 

 いや、大丈夫だよ。そんな顔しなくても。

 

「……いきなりなに深刻そうな顔をしているの?」

 

 ラナがあたしの顔を覗き込んでくる。大きな瞳は綺麗で何の曇りもない。

 

 あたしは話題を変えることにした。

 

「い、いや何でもないよ。そうなんだ。よくわかったよ。……そ、そういえばさ、ラナっていろんな魔法が使えるし、魔力の扱いが上手いよね、け、結構さ、生徒の中で上の方だったりするの?」

「まーねー」

 

 ふふんと腕を組んで、ついでにラナは足を組む。まんざらでもなさそう。

 

「私は優秀で優等生だからね」

「へー」

「あ、だからあんたとのやりあったのは手加減してたから」

「わかってるよ」 

 

 目論見通り話題がそれた。いや、そのまま聞いてもよかったんだけどね。

 そう思ってたらいきなりラナが船底をばんと足で鳴らした。び、びっくりした。

 

「でも、学園にはムカつくやつがいっぱいる」

「そうなんだ」

「特にムカつくのが2人いてさ。あんたも学園に入るなら気をつけなさいよ。いるのよ、高慢なのが、人のことを見下してますってやつら」

 

 ラナが言うくらいだから結構嫌な奴もいるんだなぁ。

 

「あー思い出しただけでムカつく。知の勇者の末裔ってだけで人のことをコケにしたあいつ。魔法の試合であたしのことを、う、うー」

 

 あ、あー。ソフィアかー。ま、まあ、わからないでもないや。あたしなんて冒険者カード焼かれたし。そういえばいまだソフィアがあたしに突っかかってきた理由がわからないんだよね。

 

「あと、剣の勇者の末裔でミラスティアってもいるのよ」

 

 へっ!!?

 

「!!!!??」

 

 ミラがびっくりしている。そ、そりゃあビックリするよ。

 

「いっつも涼しそうな顔をしてなんでもこなせるって感じでさ。きっと内心ではあたしみたいなのを見下していると思う」

「そ、それはないんじゃないかな」

「……なんであんたにわかるのよ」

 

 わかるのがなんでって、ラナの後ろで「本人」が首を振っているからさ。すごい必死そうに。

 

「3勇者の末裔って聖剣とか聖杖とか特別な武器を持ってたり、結構先生からの評価もよく見られていると思うのよね。あんたでも3勇者の話くらいは知っているでしょ?」

「すこしはね」

 

 戦ってたし。

 

「で、でもさラナも剣の勇者の末裔と話をしたことがあったりするの?」

「体術の実技でぶん投げられた。すっごい痛かった」

 

 ミラが「いっ!」って悲鳴なのかなんなのかわからない声をあげた。ラナが怪訝そうな顔をしている。それからラナは親し気に肩を抱いて、いたずらっぽく言う。

 

「なーにいきなり奇声をあげてんのよラミ」

「い、いや。何でもなイ」

「どうでもいいけどあんたなんかいい匂いがするのよね。このフードとってみなさいよ」

「や、やめっ……やめてっ」

 

 うーん。あたしはそれを見ながら少し考えた。

 

 ラナにミラの正体を明かしてもいいんだけど、なんだかそれはうまくいかないような気もする。だから、とりあえずこう言っておこう。

 

「ラナもさ、いつか剣の勇者の末裔なんてのじゃなくて、ミラスティアと付き合ってみたらいいよ。……きっとさ、友達になれると思うよ」

 

 ラナは口をあけて「はあ?」って言った。それから「馬鹿?」って。

 誰が馬鹿だ!

 

 ――あはは

 

 あたしとラナとミラははっと顔をあげた。遠くで男の笑い声がした。

 こんな水路の奥で不自然すぎる。……もしかして水路の異変に何か関係があるのかな。

 

 そうおもってあたしたちは声の聞こえた方向に船を向けた。でも、こんなところで聞こえる声……もしかして。

 

「幽霊だったりして」

 

 あたしのつぶやきを聞いた後ろの二人が小さく悲鳴をあげたのを聞かないことにしてあげた。

 

 

 

 水路の奥まで進むと船着き場があった。そこには石造りの足場があった。

 

 あたしたちはそこに船を泊めた。足場の先に奥に進めるようになっている。

 

「これさ、流されないようにするにはどうすればいいんだろ。縄もないし」

 

 あたしが悩んでいるとラナが、

 

「凍らせておけばいいじゃない」

 

 とか言って船と足場を凍らせてつなげた。雑だけど、まあいいや。

 

 にゃー。

 

 この猫流石にこんなところに置いて行って水に落ちたら大変だし、一緒に行くことにしよう。ラナが指を鳴らすと赤い炎が揺らめていて、宙に浮いてる。

 

 何でもできるの感心するなぁ。自分で自分のことを優秀っていうだけはある。

 

 3人と1匹は炎を先頭に進む。あたしはさりげなくミラのコートの裾を引いた。ひそひそと話す。

 

「ねえ、ミラ。聖剣は持ってるの?」

「……一応これでも変装しているつもりだから、持ってきてないよ」

 

 短くてわかりやすい答え。

 

「でもマオ。武器はちゃんとあるよ」

「そっか頼りにしてるよ」

「任せて」

 

 ラナに気が付かれないようにあたしとミラは話す。

 

 かつんかつんと足音が響く。さっきの笑い声は聞こえない。

 

 しばらく歩くと広いところに出た。円形の広場だ。暗いからラナが指を鳴らして炎を揺らすと天井が綺麗に映された。

 

 それは「壁画」だった。

 

 巨大な化け物に3人の人間が立ち向かう、そんな壁画。これはきっと「あたしたち」のことだろう。もう数百年も前のことだけど、きっとこの地下水路を作った「人間」はこれを忘れないためにこれを刻んだんだと思う。

 

 おどろおどろしい「魔王」の姿。勇敢に立ち向かっていく3人の勇者。

 

 ミラがそっとあたしの手を握ってくれた。なんとなく言いたいことはわかる。

 

 この壁画を作った人間も魔王と剣の勇者の末裔が肩を並べているなんて想像もできなかったとは思う。

 

「これ、すごいわね」

 

 ラナが感嘆の声をあげた。

 

「地下にこんなものがあるなんて知らなかった。この壁画は――」

 

「僕たち魔族の屈辱の絵ですねぇ」

 

 !

 

 いつの間にか壁画の真下に「男」がいた。黒い軍服を来たそいつはにやにやとあたしたち見ている。

 

 右手に持った本を開いてニヤッと笑う姿にあたしは背筋が冷たくなった。猫があたしたちの前にでてシャーって威嚇している。

 

「そんなに驚かないでいいですよ。僕はロイというしがない魔族の1人です。ほら耳も長いでしょう? 君たちと違ってさ」

 

 ロイは自分の耳を引っ張る仕草をした。短い茶色の髪は先っぽが金色に光っている。

 

「ま、魔族!? あんたここで何をしているのよ!」

「何をって、逆に聞きたいなぁ。君たちこそなんでこんなところにいるんだい?」

 

 あたしが前に出る。

 

「王都の井戸がたまに止まったりするってので水路を調べてるんだ。もしかしてあんたの仕業だったりするんじゃないの?」

「へー。それは大変だ。でも、魔族だからって疑うのは良くないですよ。僕は『暁の夜明け』という組織の一員ですから。変なことはしないよ」

 

 『暁の夜明け』! 王都に来る前に何度も襲ってきたクリスの仲間……。ミラもあたしと同じことを思ったみたいだ。もしあいつがクリスと同じくらい強いなら今はまずい。

 

「待って待って。僕は争うつもりは全然ないんだ。ほら。両手をあげるよ」

 

 ロイは本当に両手をあげた。その姿にラナが少し肩の力を抜いたように感じた。

 

 ロイの口元がゆがむ。手元の本がうっすらと光を放っている。

 

 なんか、まずい。あたしは魔力の流れを感じた。ロイの足元から一直線にラナに向かっていく。

 

「あぶない!」

 

 あたしは飛び出した。

 

 ラナの足元に青い魔法陣が展開される。

 

 その一瞬に彼女を抱えて飛んだ。地面に体をこする。

 

 後ろを振りむくとラナの立っていた場所に鋭利に尖った氷の柱が立っていた。氷の魔法を使ったんだ。

 

 もし、あたしが一瞬遅れたらラナは……。

 

「……や、やってくれるじゃない」

 

 震えた声でラナが言う。

 

 ロイ……あいつ……なんで「自分から離れたところ」に魔法を展開できたんだ! 無茶苦茶だ。あたしじゃなかったらきっと反応できなかった。

 

 その気味が悪いほどに簡単に殺しにかかってきた男は残念と顔に書いた表情をしていた。

 

「あーあ。せっかく串刺しが見られると思ったのにさ。残念だよ。まーいいけどね。一応僕を見た人間を消すことに変わりないけど。ちゃっちゃと死んでね」

 

 ロイは手元の本をぱらりと開く。そこからまばゆい光が放たれた。その光に照らされたあいつ顔は残忍に歪んでいる。

 

「あはは」

 

 真っ赤な口から、あの笑い声が響いた。



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魔族の策謀

あけましておめでとうございます


 あの男が持っているのは『魔導書』だ。

 

 

 

 魔力を使って特殊な文字を刻みつけることでわずかな発動用の魔力を流すだけで魔法の発動を行うことができる。それは無詠唱と違って威力も落ちない。

 

 

 

 それに魔力の『貯蔵』もおこなうことができる。

 

 

 

 たしかそういうものだ。あたしは過去の記憶を探って思い出した。魔導書なんてあたしは使ったことがない。むしろ敵対していた人間が使っていた気がする。

 

 

 

 ラナと一緒に立ち上がる。ラナの息は荒い、さっき殺されかけたんだから当たり前だ。

 

 

 

 魔族の男……ロイの手にあるのは魔導書で間違いない。でも……たとえそうでも離れたところに魔法陣を展開して攻撃するなんてできるはずがない……。

 

 

 

 かつんと音がした。

 

 

 

「ミラ!」

 

 

 

 ミラがゆっくりとロイに近づいていく。……あ。なんだろ、なんとなく怒っているような。そんな気がする。

 

 

 

「ん? 何か用かな?」

 

 

 

 ロイは魔導書を開いたままだ。油断している……? 違う、こいつは普通に話をしながらラナに氷の魔法を放ったんだ。

 

 

 

「気を付けて! そいつは離れたところに魔法を放てるんだ!」

 

 

 

 後ろからじゃミラの顔は見えない。でも顔に手を当てて覆面を外したようだった。

 

 

 

「あいつ……何してんの……? ていうか、『ラミ』でしょ」

 

 

 

 ラナの声に反応する余裕がない。ミラの周りに魔力の反応が起こらないか、あたしは精神を集中する。奇襲でミラを殺させるなんてさせない。

 

 

 

「貴方たち魔族はいったい何を目的としているのですか?」

「またそれ? しつこいなぁ。水路で何やってても大したことないでしょ」

「違います」

 

 

 

 ミラの声から温度を感じない。何かを抑えているような、そんな声。

 

 

 

「魔族は魔王とともに何をしようとしているのですか?」

 

 

 

 直線的な問いかけだった。ロイはいぶかし気な顔をしている。少し小ばかにしたように少し目線を上げる。天井の壁画を見ているんだ。

 

 

 

「……はあ? マオウ? マオウなら君たち人間が滅ぼしたって、自信満々にここに描いてあるじゃない。数百年前にさ、大丈夫? 頭おかしいんじゃないの?」

「……私はとある船に上で自身を魔王と称する方と会いました。いえ、襲撃されたといった方が正しいと思います」

 

 

 

 ミラの言葉はとにかく短い。でも、その言葉はいろんな意味を持ってる。あたしはミラのことをどちらかというと無口な方だと思う。でも、それはきっと、まっすぐすぎるからだ。

 

 

 

 的確に相手に伝わる言葉。それに金髪の魔族は顔をしかめた。

 

 

 

 

 

「ああ、なるほど。なるほどね。ああ、そうか、知っているんだね。くくく……あはは。でもさぁ、そんなことをいってもさぁ」

 

 

 

 魔力の反応! 魔導書が青く光る。

 

 

 

「ミラ! 来る!」

「やっぱり殺すしかないじゃないか!」

 

 ミラの足元に魔法陣が展……かい……。する前にミラの体は前に飛んだ。一足飛びにロイに蹴りつける。

 

 

 

「ぐっ」

 

 

 

 蹴られたことに驚く声。あたしだって驚いている!

 

 

 

「うわっ」

 

 

 

 一瞬遅れて氷と冷気が地面から湧きあがった。巻き起こった冷たい風があたしの顔を撫でる。舞い散る氷の欠片の向こうにミラは長いマントの中でシャっと剣を抜く音がした。

 

 

 ミラが剣をつかんでいる。聖剣とは似ても似つかない細い刀身。白い剣だった。

 

 

 

「魔族にも何かの事情があるとは思います。……でも、私は短い間に何度も何度も友達を失いそうになったことに怒っています」

 

 

 

 ロイが下がったと同時にミラが飛んだ。速い。ニーナよりも速いかもしれない。ミラは剣をマントの中に隠して走る。

 

 

 

 そして突く。

 

 

 

「ぐ」

 

 

 ロイの魔導書の端を切る。あれを失えばロイの戦力はかなり減るはずだ。

 

 

「お前、僕の本を狙っているのか! ぐぁ」

 

 

 

 ミラは答えずにロイの胸を蹴る。よろけたところに斬撃。

 

 

「舐めるなよ人間が!」

 

 

 身をかがめて避けた! そのままロイが地面に手を置く。瞬間に青い魔法陣が展開される。

 

 

 

「アイスエッジ! 串刺しになれっ!」

 

 

 

 地面から突き出された氷柱がミラを襲う。それをミラは体をひねってよける。マントがひらりと動いて、なんか綺麗にすら思う動き。そしてしゃがんでいるロイの顔に膝をお見舞いした!

 

 

 

 すぐに態勢を立ちなおしたロイの前で、ミラは氷柱を切った。ぱぁとかけらが飛んだ。目つぶし!? 

 

 

 

 は!? いつの間にか少し魅入ってた。永いようだったけど、きっと数秒しか時間は立っていない。聖剣で戦う時のミラは重厚な構えをする。でも今は全然違う戦い方をしている。

 

 

 

「や、やってやれー! ミラー!」

 

 

 

 す、少し情けないけどあたしは応援する。たぶん魔族のあいつとミラはかなり相性がいいんだ。

 

 

 

「あ、あいつなにもんよ。何今の動き」

「ラナ……それは後で話すよ。あ!」

 

 

 

 突然に光が視界を満たした! 袖で顔を隠す。一瞬後にロイがかなり離れてミラとの間に壁画まで届きそうな大きな氷の壁ができてる。

 

 

 

 部屋を冷気が包む。少し寒い。あたしの吐く息が白い。

 

 

 

「はあ、はあ。君、動きがすごいね。なんか子供ってことで少し油断してたよ。でも何度か僕の首を狙うことはできたんじゃないの? わざとかな?」

 

「……おとなしく降参してください。お願いします」

 

 

 

 ミラの言葉はとにかく短い。しかも常に丁寧。あたしはミラの性格を知っているからわかるけど、きっとロイからしたら嘗められているように感じると思う。あいつの顔が怒りで歪んだ。

 

 

 

「自信家だね。いや、その身のこなしはすごいと思うよ。でもさぁ」

 

 

 

 魔導書が輝く。その瞬間に部屋のぐるりと囲む巨大な魔法陣が青く展開されていく。

 

 

 

「この場所ごと凍らせてしまったらどうなるのかな。アイス――」

 

 

 

 魔法を発動する直前だった。ミラがあたしを見た。わかっているよ!

 

 

 

「させない!」

 

 

 

 両手を地面に置いた。

 

 

 

 さっきの戦闘でこの部屋の構造はわかった。

 

 

 

 さっきロイが地面に手を置いて魔力を流したのを見た。この地面には見えないように「あらかじめ魔法陣が刻まれている」んだ。後は魔力を流してやれば魔法が発動する。

 

 

 

 魔法陣の刻まれた床はつながっている。だから魔導書からやロイの手で魔力を流してやれば遠隔でも魔法陣の展開もできる。

 

 

 

 ロイは今すべての魔法陣を同時に展開しようとしている。それなら短時間で大きな魔法を発動できる。

 

 

 

 だから、その魔力の流れを阻害してやればいい。あたしは両手に魔力を込める。地面を流れている魔力からすれば1000分の1くらいの。それでも。

 

 

 

「マオ様を舐めるな! ラナ、ミラよけて!」

 

 

 

 青い火花があたしの周りでばちりと音を立てる。魔法陣の中の一本の線でいい。「余計な線」を追加して魔力の流れをめちゃくちゃにしてやる。

 

 

 

「なにっ!」

 

 

 

 ロイが叫んだ。暴走した魔力が魔法陣から飛散した。

 

 稲妻の様に奔る。ばちばちと音を鳴らして壁を地面をえぐる。こ、これはこれで攻撃しているみたいだ。

 

 

 

「危ない。馬鹿!」

 

 

 

 あいた! 頭を叩かれてしゃがんだあたしの上を魔力の塊が飛んでいく。叩いたのはラナだ。それからあたしの耳元で叫ぶ。

 

 

 

「あんたねぇ。危ないのよ。何したのよ!」

「い、いや。魔法として成立する前に魔力を変な方向に流したんだけど」

「で、出鱈目な奴」

 

 

 

 爆音がした。次の瞬間に強い風が吹いた。

 

 

 

「うわあ」

「きゃっ」

 

 

 

 あたしひっくり返りそうになるのをラナが掴んでくれた。しりもちをついて。上を見ると濛々と煙が立ち込めている。

 

 

 

「大丈夫!? マオ! ラナ!」

 

 

 

 ミラの声。ああ、なんかふわんふわんする。耳が少し痛い。覆面をしたミラがあたしの顔をぱちぱちと軽くたたいてくれた。

 

 

 

「大丈夫だよミラ」

「よかった」

 

 

 

 目元だけでもミラが心底ほっとしていることがわかる。あたしは笑顔で返すくらいしかできない。

 

 

 

「あんたらー」

 

 

 

 埃だらけのラナだ。

 

 

 

「2人揃ってめちゃくちゃ。あー、もう。それとミラ」

 

「……は、はい」

 

「ラミって偽名は意味不明だし。ミラでいいでしょ。ほんとマオもあんたも意味わからない」

 

「う、うん」

 

 

 

 少し笑ってしまう。まあミラの正体は後で説明すればいいや。

 

 

 

「そんなことよりもラナ。あいつがどうなったかわからないけど、ここから出よう」

「出ようってせっかく追い詰めたんだからふんじばって連れていく方がいいでしょ」

「引き際が肝心!」

 

 魔族のあいつがもしも「奥の手」を持っているなら聖剣すらない今は相手にならない。ヴァイゼンもクリスもそれを見せなかったけど、魔王だったあたしには力のある魔族の本当の力を知っている。

 

 

 

 ぱらぱらと音がした。どこからか空気が漏れているのかもしれない、土煙が少し収まってて天井が見える。魔王と3勇者の戦いを描いた壁画が崩れてなくなっていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 少し見てしまった。とにかく今は退こう。

 

 

 

「あー痛いなぁ。アームカつくなぁ」

 

 

 

 ガラガラとがれきを押しのけてロイが立ち上がった。頭から血を流している。

 

 その目はまっすぐあたしたちを見ている。憎悪……いや、ただ純粋な殺気みたいなものをびりびりと感じる。

 

 

 

「ここまで人間にコケにされるとは思わなかったよ。ああ、くそ」

 

 

 

 

 

 ロイを無視して、あたしは2人に聞こえるように言う。

 

 

 

「さっき言った通り退こう。ゆっくりと後ろに下がって」

 

 

 

 察したのかロイが言った。

 

 

 

「あれ、ここまで追い詰めておきながら逃げるのかい? ねえ、そこの変な格好をした剣士君。さっき魔族は何を考えているのかって言ってたね。教えてあげるよ」

 

「……!」

 

 

 

 ミラ! 反応したらダメだ。

 

 

 

「君は船で僕たちの『魔王』に出会ったんだろう? 本来はそこにいた3勇者の末裔の首をとってそのままこの王都を燃やす予定だったんだよ。人間は皆殺しにしてね……妙な、そう妙な邪魔が入ってしまったけどね」

 

 

 

 ミラの足が止まる。いや、ラナもだ。

 

 

 

「あ、あんたたち。ま、まだそんなことを考えてんの? 魔王戦争のまねごとをするつもりなんて、ば、馬鹿じゃないの!? 何百年前のことよ」

 

「何百年前……そうだね。僕たちは馬鹿なのかもしれない。でも君たち冒険者が一番知っているだろう? 魔族がどういう目にあってきたか、負けた方がどのように扱われているのかを」

「冒険者がって……何の話よ」

 

 

 ロイはぺっと吐き出した。軽蔑したような目をあたしたちに向ける。

 

 

「勝者に敗者のことなど何も価値はないのかもしれないね。まあ、いいさ」

 

 

 どろりと天井から紫色の液体が流れだしてきた。いや、違う、地面からも、後ろからもだ。な、なにこれ。

 

 

 

「この水路はもともと僕たちに襲撃を受けた際に逃げ込んだり籠城したりするために作られたらしいね。僕はここに罠を仕掛けるつもりだったんだ。逃げ込んできた人間どもを絶望とともに喰い殺すつもりでね」

 

 

 

 紫の液体はぶよぶよとして塊になる。数は……何十いるかわからない。あたしとラナ、ミラは背中合わせに構える。

 

 

 

「な、なによこれー」

「……マオ。これはスライムだよ」

「スライム……」

 

 ロイは両手を広げた。

 

「そうだ。カオス・スライムだ。こいつらは何でも食べるよ。物でも動物でも人間でもね……。街や村を喰いつくしたことのあるこいつらは人間的に言えば災害級の魔物だ、本来なら逃げてきた人間どもを美味しくしゃぶりつくしてもらうつもりだったんだけど。まあ、いいね、未熟な勇者様を殺せるなら」

 

 未熟な勇者……? もしかしてこいつミラのことに気が付いているのか。いやそれよりもこいつらが……黒狼と同等の魔物……? もしそれが本当ならやばいかもしれない。

 

 ロイがぱらりと本を開いた。

 

 

 

「僕も殺しにかかるから。できるだけあがいてね」

 

 やばいかも、しれない。




なんとなくイメージで描いてみました

マオ

【挿絵表示】


ミラスティア

【挿絵表示】


ニナレイア

【挿絵表示】


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カオス・スライム

 四方からスライムがとびかかってくる。

 

「2人とも伏せて!」

 

 ミラの声にあたしはあわててその場にしゃがみ込む。ミラの体がくるりと回る、円を描くように剣を振ったって……ぼとぼとと真っ二つになったスライムが落ちてきてからわかった。

 

 剣技というよりは舞っているみたいにすら思える。それだけ綺麗だ。

 

「あんた、早く立って!」

 

 はっとしてラナにすがるように立ち上がった。

 

「ミラ! あたしたちのことは気にしないで」

「……危ないときは私の名前を呼んでね」

 

 ミラはロイの方へ駆け出していく。一瞬の判断だった、ミラのそばでは戦うことはできない。剣の間合いの中じゃ邪魔になってしまう。だからあの子は強敵であるロイにまた向かっていったんだ。

 

「鬱陶しいなぁ」

 

 けだるげな声はロイのものだ。あたしは背を向けて走り出す。

 

 スライムの間を駆け抜けていく。入ってきた出口はだめだ、ていうかなにあれ、ぬるぬるしたのが固まってふさがれている。うえー。

 

 でももしもこいつらが人間が大勢いる場所で襲い掛かってきたらすごい被害がでるかもしれない。そう想像するとぞっとする。船であたしたちが負けてて、魔族の作戦が最後まで進んでいたら魔王戦争がまた始まっていたかもしれない。

 

 その時、どれだけの人間が――

 

 てっ。うわっ。なにかにひっつかまれた!

 

 足に紫の液体が絡みついている。スライムだ。その瞬間あたしの周りが暗くなった。頭上を覆いつくすようなスライムの群れが「落ちてくる」。

 

 まずい。

 

「炎の精霊イフリートの名において命ずる」

 

 刹那の時間にあたしの前に立ったのはラナだ。右手を上に向けて魔力を集中させている。

 

「フレア・アロー!」

 

 ラナの右手から打ち出された炎は一筋の矢のようにスライムを貫いて、後ろに飛ばす。ラナは「フレア」とあたしの足元にスライムも焼いた。あ、あっち。あち。足に絡みついてたやつも驚いてひっこんだ。

 

 げっ、靴がほんのり溶けてる。走るには支障がないけどさ。

 

「ありがと、ラナ」

「……お礼言われても、状況は変わらないんだけど」

 

 確かに水でできているスライムとラナの炎の魔法じゃ相性が悪い。ミラを見るとロイに切りかかっている。

 

「さっきみたいにはいかない。アイス・シュトローム」

 

 ロイの手を中心に吹雪が巻き起こる。

 

 なんだこれ。冷たい。次に目をあけるとあいつを中心に周りが凍り付いている。自分の手下のスライムもお構いなしだった。凍ったスライムは動きを止めたけど、天井からどろりとまた落ちてくる。

 

「僕に近づいたら氷像にでもなるよ。ほら、おいでよ」

 

 ミラは攻めあぐねている。でも、これスライムがだんだんと部屋に入ってくるけど……。

 

「こ、これやばいんじゃないの。マオ」

「う、うん」

 

 このままスライムに覆いつくされて食い殺されるか、ロイに凍らされるか。どっちにしろいやだ。さっきあたしの壊した壁画の間からもどんどんスライムが落ちてくる。

 

 それを見た一瞬だった。あたしの足元が光る。

 

「ラナ! 魔法陣」

 

 氷柱が地面から突き出てくる。あたしの制服の一部を切り裂いて。よけられたのは偶然だと思う。ロイの舌打ちが聞こえてきた。あいつちゃんとこっちも狙ってきてる……!

 

 赤い髪を少し逆立ててラナが怒ってる。冷静にならないとだめだって。

 

 地面からもスライムが湧いてくる。動きは緩慢だけど……。動ける範囲が狭まっていく。ミラの剣で切っても分裂する程度で致命傷にはならない。ラナの炎の魔法じゃどうしようもない。

 

 あたしには魔銃もない。あーどうしよう。とにかく動きながら考えるんだ。

 

 走りながら考えるのは結構つらい。いつ足元が光るかもわからないし、うわっ、あぶない! スライムにとびかかられた。

 

 横を走るラナを見ると目がが合う。

 

「ねえマオ、あのスライムって水でできてんのよね」

「えっ? そ、そうだとおもうよ」

「じゃあ、あれがいけるんじゃないの」

「あれってなに?」

「あれよあれ。別に名前があるわけじゃないからわかんない。ほら、草むしりの時のあんたがやったでしょ」

 

 く、草むしりってこんな時に何を言ってんの? あの時は確か、炎を出さないように熱だけ使ったんだっけ。……も、もしかして。

 

「ま、まさかラナ。この量のスライムを蒸発でもさせる気なの?」

「まさか。あんた、ラナ・スティリア様をなめてんの? そんなことできるわけないでしょ!」

 

 そんな胸張って威張られても……でもそれじゃあどうするのさ!

 

「決まってんでしょ。私は優秀で優等生なんだから炎以外だって使える。あんたこの場所まで誰が連れてきたのか忘れたの?」

「あ」

 

 そっか。そうだ。たしかにスライムは強力なモンスターだ。斬ってもなかなか死なないし。相性の悪い魔法じゃ殺せない。でも、人間や魔族のように体の構造は単純なうえ魔力をほとんど持ってない。

 

 だから内部の「水」に魔法で干渉することができる。

 

 あたしとラナは立ち止まって振り向く。ぬるぬるとうごめくスライムがじわじわとあたしたちを取り囲もうとしている。

 

「私は! こんなところでスライムの餌になるなんて……心底ごめんだからね!」

「同感!」

 

 ラナが右手を前に出す。あたしも左手を前にだしてラナの手のひらを後ろから包むように合わせる。

 

「水の精霊ウンディーネの名において命ずる」

 

 ラナの呪文に合わせてあたしは魔力の流れを調節する。空間把握は十分。だって、あの時と違って視界全部に干渉してやればいいんだ。薄く、広く魔力を浸透させていく。

 

 スライムたちがとびかかってくる。あたしは、ラナの残った手を右手で握る。ぎゅっと。

 

 魔力の循環。青い魔力をラナの中で高まっていくことを感じる。あたしとラナの前に魔法陣が展開される。その精密な構築は……自分で優秀っていうだけあるよ!

 

「しくじったら承知しないからね! マオ」

 

 あたしに任せておけば大丈夫!

 

「アクア・ストーム!」

 

 眩い青の光が浸透していく。スライムたちの体の中にある「水」が泡立って、渦を巻いてた。

 

「ロイ! これ全部お返しするよ!! ミラよけて!」

 

 スライムの中の水があふれだしていく。数十体のスライムがはじけて、破けた水流が1つになっていく。

 

 丸い巨大な水球があたしとラナの頭上にできた。

 

「よ、よけてっていっても」

 

 ミラは困惑したような声を出してあわてて後ろに下がったのが見える。

 

 あたしたちは顔を合わせてにやぁってと笑った。ラナ、すごいいやらしい顔してる。でもいいさ、あとはロイにもお仕置きだ!

 

 ロイは目を見開いて叫んだ。

 

「な、んだ! これは」

「見てわかんない?」

 

 ラナの挑発。

 

「ただの水の球よ! くらえ!!」

 

 魔力の供給を切る。

 

 天上から落ちてくる水球はロイに直撃した。すさまじい圧力に壁が崩れて、轟音が鳴り響く。

 

 はじけた水は川の流れのようにあたしたちの足元を流れていく。こ、これ死んでないよね。

 

「あっはっはっはっは。すっきりした!」

 

 ラナは両手を腰において愉快そうに笑ってる。

 

「だ、大丈夫かな」

「あ? 魔族なんだからあれくらい平気でしょ」

 

 楽観的だなぁ、ま、ああいいけどさ。あっ! ミラは、ミラはどうしたんだろ!

 

「ミラ!」

 

 その声に反応した人影があった。その人影はずぶぬれ……ていうかミラだ。覆面で顔の半分は隠れているけど、その目がじとっとあたしたちを見ている。

 

「やったのはマオよ」

 

 間髪入れずにラナがあたしを売った! ふ、ふざけんな。言い出したのはラナじゃん! 

 

 つかつかとミラは近づいている。う、うわーすごいぬれてる。こ、抗議されるかな。そうやって身構えているとミラが言った。

 

「二人とも無事でよかった」

 

 あたしの予想に反してミラはにこっと笑った。口元は見えないけど、目でわかる。

 

 ぐさっ。ラナと責任を押し付けあっていたから、ミラの言葉が心に刺さる。それはラナも同じみたいでなんか黙ってる。

 

「そ、そうだ。このことを早くあの役人とかの報告しよう」

 

 あわてて話を変える。

 

「たぶんスライムも全滅したわけじゃないよ。ほら。壁にへばりついてるやつとかいるし。あ、そうだ! 猫! 猫もどこにいったんだろ――」

 

 スライムや猫を探してあたしは視界を動かす。そして見上げたから気が付いた――頭上に紫色の大きな「手」が浮かんでいた。

 

「へっ?」

 

 なにこれ。ラナとミラも一瞬遅れて気が付く。

 

「危ない! マオ」

 

 どんとあたしを押す手。それはミラだった。体が後ろに転がる。呼吸をするまもなく。どん! と「紫の手」は落ちてきた。ラナとミラを巻き込んで。

 

「……ダサいよね。僕。君たちみたいな雑魚に振り回されてさぁ」

 

 がれきをかき分けて出てきた金髪の男がいた。魔族の軍服を着たそいつは頭を押さえている。その後ろに「巨人」がいた。

 

 巨人? 違う、紫の水の集合体だ。スライムの集合体といっていいと思う。……何を冷静に言ってんのあたし!

 

「ミラ! ラナ!」

 

 声だけが響く。ロイはあたしに近づいてくる。

 

「今日は君たちを何度も殺すタイミング……ちがうなあ。殺せたと思うんだ。なのにかみ合わないのは意外と君がいたからなんじゃないかなって」

 

 げふ。

 

 あたしの体が後ろに飛ぶ、あ、あぁ。なに? 強い衝撃がおなかにきて、それから。

 

「軽いなぁ。少し蹴っただけでこれか。魔力もほとんど持ってない雑魚のはずなのに妙な技とかいっぱい持っているよね。僕の魔法陣に干渉したりさ」

 

 息が、吸えない。ぐあっ! あ、あたしの胸のあたりをロイの足が押さえつけてきた。体重をかけて、く、るしい。ロイがあたしの前でぱたんと本を閉じる。

 

「もう僕は魔導書を使わないよ。君相手だしね。このまま心臓をつぶしてもいいし、スライムの餌とか、女の子だしまあ別の使い方をしてやってもいいけど。減らされたしね」

 

 魔法を使ってあたしに利用されないようする気だ……。

 

 ……足をどけないと、ラナとミラも助けに行かないと。

 

「あの赤髪とうざい剣士がいたら君は厄介だけど、君一人じゃ別にどうということもないんだよね。ほら見なよ」

 

 ロイが手を広げる。こいつの後ろにいるスライムの中に人影が2つある。

 

「この人型はカオス・スライムの真の姿だ。魔力を与えてやらないとこうならないのが難点だね」

 

 スライムの中でもがいてるのはラナとミラだ。あそこじゃ、きっと息もできない。

 

「体を魔力で守っているのかな……溶けないのは流石だ。でもあと数分で窒息死するだろうね、そのあとに君の処刑を考えるよ。それまでゆっくり一緒に友達が死ぬのを見物しよう」

 

 あたしを見下ろすロイの口角が吊り上がる。残忍な、そんな笑顔だ。それでいてあたしの胸に押し付ける足の力は強まっていく。

 

「……どぉ……け」

 

 声が出ない。早く二人を助けないとまずい。でも、どうすればいい。こいつの言う通りあたしには何の力もない。武器もない。助けも来ない。

 

 紫色の水中でミラがあたしを見た。その顔は泣きそうで、それでいてあたしを助けたそうで……こんな状況でも自分よりもあたしか……。ああ、そうだよね。いつもミラはそうだ。

 

「あたしを……なめんな」

「え? 聞こえないや」

 

 ぐ……つ、つぶされる。負けるもんか。

 

「あ、あんたさ。性格悪い……よね」

「はあ? この状況で何を言っているのかな君は。あ、そうだ、君の名前を聞いておこうかな。ここまでコケにされたんだから殺すまで名前くらいは覚えておくよ」

「し、知りたいの?」

「うん。とってもね」

 

 言いながらロイの足は強くあたしを押さえてくる。

 

「じゃあ、あたしの名前を覚えておいてよ。……あたしは……マオ様だ!!」

 

 シャー!

 

 ロイに白い猫がとびかかった。あいつはあたしが連れてきたやつだ。どこに隠れてたんだ! ……よかったけどさ!

 

「なんだこの猫……うざいよ」

 

 足の力が弱まった。あたしはその瞬間こいつの足にかみつく。

 

「!」

 

 急いで立ち上がってロイにとびかかる。いや、ロイの右手へとびかかった。

 

「こいつ。離せ。なにをしている」

「離すのはあんただぁ!」

「意味の分からないことを、どけ!」

 

 あたしは地面に転がされた。ロイのあきれた声が聞こえる。

 

「無駄なあがきはよしなよ、馬鹿だなぁ。そんなものを手にしてどうするのさ」

 

 あたしは体を起こして、ぱらりと「本を開く」。ロイの持っていた魔導書だ。

 

 ロイは心底馬鹿にしたように肩をすくめた。

 

「残念だけどね。それを起動するためには君がその本の中身を多少は理解している必要性がある、ほら、見てごらん。読めないだろう」

 

 魔導書に目を落とす。これは……人間の文字じゃない。

 

「それは昔の魔族の言葉だ。魔族の中でもそれなりに教養のあるものしか読めないし、起動もできない……」

 

 へえ。そうなんだ。

 

 ああしはにやりと笑う。少し魔力を通すと魔導書はきれいな光を放ち始めた。

 

「なに……?」

「あはは。だから言ったでしょ。あたしをなめるなって」

 

 昔の魔族の言葉なんてさ、読めるに決まっているじゃん。この魔導書に刻まれた魔法を使う必要なんてない。すべての魔力をあたしは使う。

 

 魔導書があたしの前に浮き上がる。

 

 あたしの広げた両手。右手と左手にそれぞれ別の魔法陣を展開する。口では呪文を紡ぐ。

 

 体全体に魔力を浸透させる。身体強化。海辺の町での弓使いとの闘いでは視界の強化しかできなかったけど、体全体を強化する。

 

 そして魔力を「形にする」魔法。

 

「クリエイション!」

 

 あたしの声に反応して魔力が形を織りなしていく。船での戦いはほとんど無意識だったけど、あとで記憶がよみがえってきた。だから、あたしにはこれができる。

 

 あたしの手の中に魔力で織りなした「魔銃」が生まれた。魔鉱石でいっぱい作った気がするけど、今作れるのはこれだけで精一杯。でもさ――

 

「さあ、ロイ! クリスと同じようにあたしが教育してあげるよ」

 



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力の勇者の末裔

 カオス・スライムは上半身だけの巨人だ。

 

 大きな丸い頭に目とか口はない。太い両手も体も全部水でできている。ばらばらになっていたときは違ってそこから魔力を感じる。

 

「クリス? ……もしかして君か、あいつの言っていたわけのわからないガキというのは」

 

 ロイが飛んだ。カオス・スライムの肩に乗る。手をスライムの頭に触れて、魔力を流し込む。なるほどね。ああやって操るんだ。……うまいよ、あれじゃさっきラナと一緒にやったみたいな水への干渉は弾かれる。

 

「殺せ」

 

 冷酷な言葉を合図に巨大な両手が上に振りかぶられる。スライムだから声も何もない、不気味な水の音がする。体が光っている。

 

「やばっ」

 

 あたしは魔力で作った魔銃を手に後ろへ下がる。魔力の空になった魔導書はその場に置いていく。

 遅れて地面にたたきつけられた両手が轟音を鳴らす。カオス・スライムはそのまま暴れだした。めちゃくちゃに。

 

 両手を振り回して、壁も天井もお構いなしに殴りつける。すさまじい圧力ですべてを破壊していく。あたしは足に魔力を集中して駆ける。

 

 爆発的なスピードでカオス・スライムに近づく。一度地面をけっただけでこれだ。

 

「うわ、はやい!」

 

 じ、自分で言っちゃった。なれない動きにびっくりする。

 

 紫の巨人があたしを殴りかかる。たんと足を踏み鳴らして上へ飛ぶ。真下を通過する腕に乗って駆け出す。

 

「アイスランス」

 

 ロイの周囲に複数の氷の槍。ああ、そうか、魔導書がなくてもそれくらいできるよね。鋭利なそれがあたしに向かって発射される。

 

 槍はあたしだけを狙っているんじゃない。避ける先を計算して攻撃している。どこによけても串刺しにすることができるように――だったらさ。

 

 あたしは銃に魔力を込める。

 

 ロイはあたしを「点」じゃなくて「面」で攻撃してきている。

 

「クリエイション」

 

 つぶやくように言う。イメージするのは銃弾。魔力の銃のレバーを引いて装填する。

息を吐く。強化された感覚がなんとなく心地いい。たぶん一秒にも満たない時間が今は長く感じる。

 

 視覚強化。弓使いとの時に使ったそれを両目に展開する。

 

「ロイ! あたしを殺そうって、魔法を広げすぎたね!」

「なに?」

 

 引き金を引いて。銃弾を発射する。

 

 その一撃が氷の槍を1つ完全に破壊した。あたしは地面、いやスライムの足を蹴る。1本の槍を破壊したことでロイの攻撃の「面」に穴が開いた。そこに空中で膝を抱えて飛び込む。体の面積を小さくしたんだ。

 

 くるりと回転して、その間に氷の槍達は通り過ぎていく。

 

 着地したついでにあたしはロイに片目をつむって、べーって舌を出してやる。

 

「ちびの……ガキが……!」

 

 びきりと怒った顔。

 

「悪いけどさっ。あんまり時間がないから! ……クリエイション」

 

 銃弾を装填する。ミラとラナを救わないといけない。うわっ、カオス・スライムがまた暴れだした。あたしは飛んで、地面に降りる。

 

 暴走したみたいにスライムは暴れる。がらがらとばらばらと部屋全体が崩れていく。土煙をあげて、すべてが崩落していく。あたしたちを描いた壁画の残骸も壊れていく。

 

 暴風のような攻撃を避けながらあたしは強化された視覚でスライムを観察する。この魔物はもともと単なる水が集合した単純な構造をしている。だからこそ強いし、再生も容易なんだ。

 

 でも、どこかに「核」があるはずだ。たった一点の集合する起点。

 

 今の状態なら強力な魔法を展開することはできる。でも、それでラナとミラごと吹き飛ばすなんてできない。だから、探すしかない。

 

 氷の槍が空から降ってくる。あたしはかわす。

 

「ちょこまか……ネズミのようだな、君は」

「だーれがネズミだ! いや……別にいいけどさっ、だって」

 

 あたしはロイに叫んだ。

 

「そのネズミに翻弄されている間抜けな奴はあんたじゃん!」

 

 ロイの手がスライムの頭に触れる。魔力を流し込む。さらに狂暴化させるつもりだ。

 

 今日なんどもコケにしたからこんな安っぽい挑発にすら乗るんだよ。あいつの手から流れ込んだ魔力は薄い線になってカオス・スライムの中の一点に集中していく。小さな円のように収束していく。あそこだ。

 

 カオス・スライムの体が膨れ上がる。さらに巨大になった両手をあたしにふるう。がががっと地面をえぐる。石造りの地面に大穴が開いた。宙によける。

 

 それを見越していたロイが氷の槍を展開する。そっか、浮いている状態ならさっきみたいに避けられない。

 

 その瞬間だった。大きな音がして天井が崩れてきた。でも、もう時間はない。

 

 あたしは引き金を引く。魔力で織りなした弾丸が一直線にカオス・スライムの胸の中心を貫く。あいつは悲鳴も上げずに両手を振り回した。

 

「死ね! アイス・ランス」

 

 そんなことに見向きもしないロイの攻撃。氷の槍があたしに向かってくる。確かにあたしが避ける手段はない……! でもさ!

 

 あたしの手にある魔銃は魔力の塊なんだ! 別に銃としてだけ使う必要なんてないよ!

 

 構築したらなら分解もできる。魔銃を成していた魔力が形を失い、あたしは手の中で純粋な塊にする。それを――。

 

「いっけぇー」

 

 氷の槍に向かって投げた。眩い光があたしの視界をとざした。

 

 

「うわっ」

 

 後ろに飛ばされる感覚。受け身をとる。ぐえっ。背中から壁にぶつかった。いてて、強化してなかったら死んでたかも。あーいたい。

 

 立ち上がった。日の光がさしている。え? あ、天井に大きな穴が開いてる。

 

 その光の中でカオス・スライムは苦しそうにのたうち回っている。崩れていくからだを支えようとしてそれでも体を維持できない。ぐちゃりと溶けていくように、ただの水に戻っていく。

 

「そうだ、ラナとミラは!」

 

 あたしが駆け寄ろうとすると体中に痛みが走った。よろけて、コケる。

 

「いたいっ、ええ? なにこれ、いたい」

 

 うぎぎぎ。痛い。体中筋肉痛みたいに痛い。あ、そうかもともと弱い体を無理やり強化して動かしたから……。強化魔法の効力が切れたのか、いてて。

 

 立ち上がる。あたし自身の痛みなんかよりも2人だ。うまく走れない。

 

「けほ。けほ」

 

 ミラの声だ。よろよろと近づく。銀髪の少女が座り込んで咳き込んでる。少し服が溶けている気もするけど、無事だ。覆面は外れている。

 

「ミラ! よかった」

「マオ……」

 

 ミラがあたしに抱き着いてきた。

 

「マオ! 無事でよかった……ごめんね。役に立てなくてごめんね。船の時みたいになると思って、怖かった」

 

 自分のことよりもあたしのことでぽろぽろと泣いてくれる。う……あ、それであたしも少し……いや、だめだ。まだロイがいる。それにさ、

 

「あの時突き飛ばしてくれなかったら、多分もう死んでたよ。だから、ミラ。ありがと」

 

 カオス・スライムに殺されなかったのは運がよかった。ミラがいなければ多分溶かされて死んでた。それにしてもいつもあたしはぎりぎりだ。一人で何にもできないのを痛感する。

 

 みゃー

 

 あ、猫だ。あんたもちゃんと大丈夫だったんだね。おいで。って、

 

「いてて」

「大丈夫。マオ」

「へいきへいき。それよりもラナは」

 

 あわてて探す。

 

「げっほげほ。あーーー、気持ち悪かった!!」

 

 見つかった。よかった。

 

「なんなのよ。あのくそ魔族。どこに行ったの。あー。なんか天井に穴が開いているし。これ依頼はどうなるの!?」

 

 すごい元気だ。あたしとミラは顔を合わせてくすりとする。ミラはそしてはっとしてフードを深くかぶって顔を隠した。そんなことしなくてもいいと思うけど。

 

「君は何者だ?」

 

 はっとした。天井から落ちてくる日の光のもとにロイがいる。さっきまでの怒りの表情よりはなんだろう、どことなく興味をもった、そういう顔をしている。

 

 ラナとミラが構える。あたしは、その前に出た。

 

「何者でもないよ。あたしはマオだ」

「……ふーん。魔族の古代の文字に魔力を流すなんて普通の女の子にできることとは思わないけどね。それは才能とかそういう話じゃないよね? だって『知らないとできない』んだからさ」

「……ごそーぞーにお任せするよ」

「想像ね……。でもその後ろの奴らよりも君が弱いのは確かだ。魔力を感じない。ただ魔力や魔法の扱い方は異常だ。ねえ、君たちもそう思うだろう? 気味が悪くないかな? こいつ」

 

 ロイが語り掛けているのはあたしじゃない。

 

「マオは私の友達です。大切な」

「この馬鹿がわけわかんないのはわかりきってんのよ」

 

 あたしには二人の表情なんて見えない。でも、背中でそう聞いた後の答えは決まっている。

 

「だから言ってるじゃん。今のあたしはただのマオ様だって」

「…………今の、ね」

 

 ロイはあと息を吐いた。

 

「すごい興味があるんだ。拷問してでも吐かせてやりたいような気分だよ。ねえ、マオって言ったね。魔族の奥の手って知っているかい?」

「……! ミラ、ラナ。逃げよう!!」

「その反応は知っているね」

 

 やばい。あいつは「使える」。クリスと戦った時もそうなりかけた。反動があるから魔族は簡単には使わない。それにもともと力のあるやつしか使えない。

 

「何言ってんのよあんた。あいつ弱ってんだからもう」

「ラナ!」

「なによ」

「お願いだよ。逃げよう!」

「……」

 

 頷いてくれた。説明している暇がない。ミラは何も言わずにあたしを信じてくれる。後ろに下がる。あ、いて。足が動かない。

 

 急速に魔力が高まっていくことを感じる。この感じはヴァイゼンと向き合った時と似ている。あたしは足元に来た猫を抱きかかえた。猫が純粋にこの「感じ」を浴びたらきっと悪いことが起こる。

 

 振り向く。

 

 ロイの体を黒い霧が覆っていく。赤い瞳が光を増してギラギラとあたしを見ている。その頭に黒い「角」が生えていく。

 

 空間をすべて圧するような魔力の風。ただ立っているだけで壊れかけた天井がきしむ。

 

「なによこれ」

 

 ラナの口から出た言葉があたしたちの気持ちだ。ロイ姿は変貌していく。

 

 角の生えた姿。紅く光る瞳。そして体中を覆う魔力。あれは――

 

「魔骸化……」

 

 あたしの言葉を聞き取ったのかロイが目を見開いた。それから笑う。

 

「なんで知っているのさ。気味が悪いなぁ」

 

 ロイ右手が上がる。それを中心に青い魔法陣が展開される。

 

「マオ! ラナ! ごめん」

 

 ミラがあたし達の腰を抱えるようにつかむ。うわっ。ミラの息遣いが聞こえる。体の中の魔力を整えているんだ。あら

 

「全力で飛ぶから。目をつむって!」

 

 一瞬の浮遊感。空を飛んだみたいな感覚。壁を蹴る音がする。

 そうか、壊れた天井から地上へ行くつもりなんだ。

 

「アイス・シュトローム」

 

 頭に響くような声。すさまじい冷気が襲ってくる一瞬にあたしたち地面に投げ出された。

 

 こ、ここは街の真ん中……!? 人が集まってきている。

 

「んん」

 

 ミラの声に振り向くと、あたしたちの通り抜けてきた穴から冷気の風が吹きでてくる。それは地面も町も人も凍らせる。

 

「フレア・ウォール」

 

 瞬間にラナがあたしたちと後ろの人たちを守るように炎の壁を作った。でも数秒でかき消された。白い風があたりを覆う。

 

 雪が舞う。一瞬で極北に移動したみたいに歯の根がカチカチとなる。寒い。息が白い。

 そうだ、ミラは。

 

「大丈夫だよ。マオ」

 

 そういうミラの足が凍っていた。これじゃ動けない。

 あたしも体中痛い。

 

「へえ、運がよかったね。上じゃなくて地下に逃げていたら凍って死んでたのに」

 

 穴から飛び出てきたロイが雪の中に立つ。そうだ、逃げた方向がよかった。

 

「なによこれ、化け物じゃない」

 

 カチカチと歯を鳴らしているラナはきっと寒いからじゃない。ただ、この目の前の化け物におびえているんだ。あたしも両手で体を抱いて震えないように自分に力を入れる。

 

 でも、どうすればいい。3人が万全でも魔骸化した魔族には勝てない。あの角を中心にすべての魔力を開放する術式。仮にミラが聖剣を持っていても今のあの子じゃ、かなわない。

 

 考える。魔鉱石は? ないよそんなの。

 考える。魔導書は? おいてきたし、足りないよそんなの。

 考える。逃げる。足が……動かないよ。

 

 どうしようもない。でも、ああ、うん。あたしは、あきらめるわけにはいかない。

 

「あれ? 立ち上がるの? この姿を知ってても僕の前に立つのは、驚きだね」

「…………あたしには秘密がある」

「へえ、気になるね」

「でも、この場で暴れるなら教えない」

「じゃあ、暴れないなら教えてくれるのかい?」

「2人を……傷つけるな。街も全部」

「……じゃあさ。その秘密を教えてくれないなら後ろの二人を八つ裂きにして殺すって言ったらどうするの?」

 

 ……! いやな奴だ。あたしはにらみつける。

 

「いい顔だ。じゃあ、片方を殺そう。もう片方で脅そう。それでいいだろう」

「なにが……なにがいいのさ!」

「僕がいいのさ。あはは」

 

 ロイの手に魔力が集結していく。

 

 どうする、どうする、どうする? 

 

 その時、声がした。

 

「3の術式。炎皇装」

 

 術式!? ニーナ? あたしは声のほうを見る。

 

 炎を纏った男が立っていた。それは術式なのだろうと思う。ニーナが使っていたものとは比べ物にならない熱さ。

 

 金髪に耳のピアス。コートを着たそいつの目は戦意にぎらついている。

 

「なんだかわからねぇけど。よく頑張ったな。後は俺に任せろ」

 

「そいつに」ロイが言った。

 

「何? 君。」

「俺はSランク冒険者のウォルグ・ガルガンティアだ!! 王都に魔族が現れるとは思わなかったぜ」

「Sランク……ああ、そう。それにその名前は」

 

 ガルガンティア……! 力の勇者の末裔? でも、ニーナと少し名前が違う。「フォン」がついてない。

 

 でも、その両手には煌めく手甲があった。見間違えるはずもないあれは――

 

「今は聖甲の所有者だ! さあ、やろうか」

 

 炎が舞う。冷気がすさぶる。それをあたしはまじかで感じた。

 




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その日の終わりには笑顔を

 ウォルグ・ガルガンティア。Sランク冒険者。

 

 あたしの目指している冒険者の中で頂点に立つ存在。でも、そんなことよりも前に立ったその姿に目を奪われていた。

 

 獅子のような金髪。体に纏った灼熱の炎。その両手を包む神造兵器である聖甲。

 

「まるで、力の勇者みたいだ」

 

 思い出したのはあいつの姿だった。いい思い出なんかじゃない。何度もぼこぼこに殴られたし、あたしも思いっきりやり返してやったことは1度や2度じゃない。

 

「魔族野郎!!」

 

 ウォルグが飛び込んだ。熱風にあたしは両手で顔を守る。

 

 紅く光る右手から視界が揺らめくほどの熱を放ちながらロイに殴りかかる。

 

「ちっ。アイス・シュトローム!」

 

 ロイは両手を構える。一瞬で展開された魔法陣から放たれる白い風。すべてを凍てつかせるそれを

 

「邪魔だぁ!! 炎皇刃!」

 

 ウォルグは正面から殴った。

 

 炎と風がぶつかり合い。巨大な魔力と魔力のぶつかり合いに空間がゆがむ。

 

 それが突風になってあたしを転がす。うわあ。しょ、衝撃で勝手に体が転がる。胸にいる猫をかばいながらあたしはころころと無様に転がってしまう。

 

「ハッハー! いいね」

 

 見上げれば心底楽しそうにウォルグが笑っていた。まるで獣みたいに歯をぎらつかせて。目を光らせている。あ、だめだ。こいつが本当に「力の勇者」に似ているなら。人の話を聞いたりするやつじゃなさそう。

 

 

 へたり込んだあたしの首筋を誰かがつかんだ。ぐえ、痛い。ずるずる後ろにひかれて、そいつは肩をあたしに貸してくれる。

 

「さ、さっさと下がるわよ。ほら。あんたら、ぐぎぎ」

 

 ラナだ。あたしを右肩にそして足の凍ったミラを左手で引きずるように歩いてくれる。もうあたしもミラも結構ぼろぼろだ。歩くのにも難儀する。

 

「あんたらさぁ。重いんだけど」

 

 むかっ。重くない! ミラも黙り込んでるし。

 

 とにかく後方の建物の陰に隠れる。ああ、ぺたりと石畳に座ると少し楽だ。ずいぶん疲れているんだなあって他人事みたいに思う。

 

「ミラ。足は大丈夫なの?」

「うん。多分大丈夫」

「大丈夫なわけないでしょ。ほら、私が溶かしてやるから」

 

 ラナがミラの足を強引につかんで手を当てる。暖かい光で氷がゆっくりと溶けていく。

 

「はあ、ほんとあんたら無茶ばっかりするから、あ、改めて言っとくけどね。マオより私のほうが1つ年上だからね。ミラもあいつと同じ年なら先輩を敬いなさいよ」

「う、うん」

「あと、もう話しかけないで。結構魔力の調節は難しいんだからね」

 

 ミラは破れかけたフードと覆面で顔を隠しているけど、もういいんじゃないかなぁ。隠さなくてもさ。

 

 ラナが一生懸命両手で氷を溶かしてくれている。きっとミラが「ミラスティア」だったとしても仲良くなれると思うよ。

 

「ねえ、ラナ」

「何よ。邪魔」

「……これが終わったらさ。あたしとミラにアイスクリームおごってよ」

「なんでよ!!? 意味わからないんだけど!?」

「いや、ミラと仲良くなってくれたらいいかなって。あと先輩なんだよね」

「はあぁ?」

 

 心底わけわからないって顔してるラナにくすりとする。その時ミラの覆面を外してもらおう。勝手にニーナを呼んでやったらラナはどんな顔をするかな。

 

 轟音が聞こえた。異次元の2人が全力でぶつかり合っている。

 

 すさまじい速さの魔法と拳打の応酬。渦巻く炎が氷に替わり、そしてまた灼熱に溶かされる。それが無限に繰り返されるかのようで、あたりの建物を燃やし、そして凍り付かせていく。

 

 あたしたち3人は身をよせあって固まる。ああ、魔王なのに情けないかも。……次こういうことになったらちゃんと守れるように準備するよ。……次は絶対誰も傷つけさせない。

 

「マオ。ラナ……次は私が守るから。ウォルグさんに助けられなくても大丈夫なように」

 

 ああ、ミラも同じようなことを考えていたみたいだ。……でもさ、今日も何度も助けられたと思う。

 

「……ああ。むかつく。むかつく。むかつく。なんで私があんたたちに助けられないといけないのよ。次はあのわけのわからない魔族も1人で倒してやるわ。くそぉ」

 

 ラナは少し泣いているような気もする。あたしは一人で顔を上げる。

 

 街が崩れていく。ここ数日あたしはFランクの依頼でこの王都を走り回った。

 

 みゃー

 

 わっ、襟元から猫が顔をだした。そういえばそこにいたね。この子とも街で出会ったんだ。

 

 まだ行ってないところも山ほどある。それでも、いろんなところにいろんな人がいることをこの眼で見てきたんだ。だから、なんか。やだな。こういうの。

 

「アイス・バーン」

 

 ロイの右手から放たれた波動に空気すらも凍るかのように急速にこの場のすべてが冷えていく。寒い。寒いよ。

 

「おっ? ……がっ、は、ごほ」

 

 ウォルグの足が止まる。

 

「冷気を吸って肺の一部が凍ったんだよ。ああ、やっと止まったね、暑苦しいSランク君」

 

 ロイが冷気の中を歩く。右手を天に掲げ。強大な魔法陣を形成する。

 

 空に浮かんだのは無数の氷の槍。……あたしに使ったものとは比べ物にならない。

 

 100いや1000以上はあるだろうか。数えきれない。これは……一帯を消し飛ばすつもりだ。

 

 肺が痛い。空気が冷たい。

 

「屑はさっさと死ね。」

 

 ロイの目が赤く光る。純粋な殺意とともに右手を振る。その瞬間に空の槍が一斉に落ちてくる。

 

「楽しいなあ!!! ハッハー!!」

 

 ウォルグはその中で笑っている。そうだ。力の勇者もこういうやつだった。ほんとうざい。術式によって生み出された炎が右手に収束していく。

 

 熱い。ああ、もう冷えたり熱かったりもそろそろいやだ。

 

「早くやっちゃえー!」

 

 あたしは叫ぶ。

 

「おお、誰かしらねぇけど!! やってやるぜ! 見てろよ!!」

 

 炎皇。それは力の勇者の一族があがめる火の神だ。あいつは本気で戦うとき、すべての魔力を炎にかえて向かってきた。

 

 ウォルグの右手が白く燃える。そして空に向かって振り上げた。

 

「炎皇八流刃!!」

 

 右手に収束した炎をすべて解き放つ。

 

 炎が八つに分かれ、竜のように駆け上がる。氷の槍のすべてを溶かし、空を焦がすように暴れまわった。

 

「ハッハー!!! どうだ。おいそこのギャラリー!」

 

 ギャラリー? あ! あたしのこと? ていうかさ似すぎててうざいよ。

 

「すごいね」

「だろう!? やはり俺は最強だ!! ははは!!」

 

 いろんな記憶がよみがえってくるよ。こんなのと何度戦ったかわからないとおもうとあたしは我慢強かったと思う。

 

 あたしよりもあからまさなため息が聞こえてきた。ロイだ。

 

「ちっ。殺しきれないか……いいよ。ここは引こう。別のSランクが来ても厄介だ」

「おい、逃げるのかてめぇ」

「なんとでもいってくれよ。僕は疲れた。次は殺してやるよ、暑苦しいんだよ。おまえ……ああ、そうそう。マオっていったっけ、そこの」

 

 ロイの視線。

 

「また会おう。君には興味がある」

 

 あたしが何か言う前にロイの体は白い風に包まれて、すっと消えた。

 

 後にはあたしたちとウォルグ、そして壊れた街だけが残っていた。

 

 

「いててて」

 

 先頭の後にギルドに寄って治療を受けた。やっとゆっくりできるとミラと一緒に長椅子に腰を下ろした。もう外は夕方だ。ミラはフードをかぶったままはあ、吐息を漏らしている。

 

 ミラのひざ元で猫がすやすや寝ている。のんきでいいなぁ。

 

 結局魔族の潜入とSランク冒険者の出動による街の破壊。あたしは水路の調査を「Fランク」の依頼として受けていたけど、事件が大きくなりすぎてギルドからしたら流石に大事らしい。

 

 目の前をギルドの職員が慌てて走っていった。あたしたちにもさまざまな聞き取りがあって、終わったのがついさっきだった。一応依頼は完了、ということにしてもらえた。

 

 幸いと言っていいのかわからないけど、大きなけがはしてない。あたしは強化魔法で体中が筋肉痛、ミラは足の軽い凍傷だけ。ラナに至ってはぴんぴんしていた。

 

「おなかへった」

 

 その元気なラナはそう言って先に出ていった。うーん。まあいいか。

 

「疲れたね」

 

 ミラは横で息を吐いた。

 

「あのさ、ミラ。さっきのウォルグってSランクの冒険者……あのさ、聖甲を持ってたけどニーナのお兄さんかな」

「……私はウォルグさんを知っていたんだよ。でも、ニーナのことは聞いたことがないよ。あと聖甲のことも」

 

 あ、「力」と「剣」の勇者の末裔で知り合いだったんだ。

 

「知ってるといってもほとんど話したことはなくて。前にあったのは子供のころだったし。それに……あの……その……話ができないから」

「あー」

 

 あのハイテンションはずっとなんだ。会話できなさそう。力の勇者もそんな感じだった。そう考えるとニーナは全然似てないかもしれない。あのウォルグは戦いが終わったら「詰まらねぇ」ってつぶやいてすぐにどこかに行ってしまった。

 

 あたしは足を意味なくプラプラさせる。

 

「結局依頼が1つしかできなかったなぁ。やばいなぁ」

 

 あたしが学園に入るにはFランクの依頼を100個しないといけない。これだけ苦労しても1つは1つかぁ。

 

「マオ。私も手伝うよ」

 

 ありがと。そうだね。いちいち考えても仕方ない。Fランクの依頼をやらないと……

 

「あ」

「なに? マオ」

「いや、そうだ」

「何かいい手を思いついたの?」

 

 いや、ぜんぜん。そんなのじゃないよ。

 

 そういえばあたしはもう30以上の依頼をしたんだから。あれができるかも。

 

「ミラ。今日はさ、用事を思い出したから帰るよ」

「え? だ、大丈夫?」

「大丈夫。大丈夫。少し寄るところがあるからさ……あとさ、ミラ。今度ゆっくりと話そうね、今日のことも」

「……うん」

 

 あたしは立ち上がってギルドの窓口に行く。

 

 

 ロイの壊した一角を抜けて、あたしは重たい体を引きずるように歩いてく。眠い。今すぐ寝たい。

 

「ああ、すごい疲れた」

 

 歩いてきたところはひどいことになっていた。道はえぐれているし、建物は倒壊寸前のものがおおい。そこで途方に暮れている人も何人か見た。

 

 あたしは歩く。たしかこのあたりだ。

 

 かんかんと槌をふるう音がする。ここはFランクの依頼の中で資材運びをしたところだ。あれも結構きつかった……。ラナなんて途中から逃げそうになってたし。

 

 もう夜遅いけど、その仕事場には人がけっこういた。ほのかな明かりがいくつか会って、男たちが槌や鋸なんかをつかって何かしている。いや、詳しいことは知らない。

 

 その中に勝手に入った。まあ、勝手知ったるって言うには一回しかきたことがないけど。

 

「あ、いた」

「あ?」

 

 ハチマキを巻いた大柄の男が振り向いた。あたしに仕事を依頼した大工で、この仕事場の棟梁なんだ。膨れ上がった筋肉がうっすら汗で光っている。ううー。

 

「マオじゃねぇか。なんだこんな時間に。俺は忙しいんだ」

「あのさ、お願いがあってきたんだよ」

「お願いだ? 後に後に。魔族の襲撃とかで大穴が開いて忙しいんだ。ガキの話なんて聞いている暇はない」

 

 大穴……水路のやつだ。

 

「そういわないで話だけでも聞いてよ」

「ほら言え。早く」

「うわ、変わり身はやっ」

 

 笑っちゃうよ。豹変しすぎだよ。

 

「水路の大穴を直すならさ。あのあたりの家とかいろいろと直さないの?」

「言いてぇことはわかるが、俺たちがやっているのは仕事だ。ただ働きはできねぇ。……用事はそれだけか?」

「わ、わ、まってってば。じゃあさ、じゃあさ。仕事の依頼ならいいんだよね?」

 

 あたしは懐にしまっていた袋を親方に渡す。

 

「なんだこれ」

「あたしがここ数日の依頼でもらった報酬とさ、故郷で黒狼って魔物を倒したときにもらったお金」

 

 袋を親方が開ける。

 

「……子供にしちゃ大金だな」

 

 金貨とか入っているはずだ。

 

「これで直せるだけなおしてほしい……だけど……足りるかな?」

 

 不安になってきた……よく考えたら家を建てるなんてもっとお金がいるんじゃないかな。Fランクの依頼なんてひとつひとつははした金だ。ラナにあげる分を除いちゃったから。

 

 親方は袋を結んで懐にしまった。

 

「まあ、やれるだけはやってやるよ」

「やった! た、足りたかな?」

「……それよりもなんでお前はこんなことをするんだ? 知り合いでもいるのか?」

 

 知り合い? そんなのはいないと思うけど。ただ、なんとなくさ、壊れた家とかを見ながら途方に暮れている人とか、こう見てて――

 

「なんかそうしたかったから……うわ」

 

 親方があたしの頭を乱暴にわっしゃわっしゃしてくる。やめ、やめろー。

 

「足りねぇ分は今度こき使ってやる。あとは大人に任せて、ガキは帰れ」

「え? やっぱり足りなかったの?」

「うるせぇ!!!! 帰れ!!!」

 

 わ、わかったよ。

 

 

「ふー。お金なくなった」

 

 いうとすごい情けなくなってくる。はー、ああー。明日からどうしよ。

 

 まあ、考えても仕方ないや。とりあえずラナの下宿のところに帰ろう。ここの角を曲がると――

 

「どこに行ってたのよ!!!!!」

 

 わ、わー。うるさい。突然現れたラナが叫んだ。

 

「な、なに? あたしは疲れているんだけど」

「はー? 疲れているって? 私もあんたのことを探してたんですけど」

「探すって、なんで?」

「ほら」

 

 ラナがあたしに何かを突き出した。白い少し溶けかかったアイスクリームだった。

 

「ミラに聞いたらギルドから帰ったっていうし、それなのに帰ってこないし、何してたのよ。あんたでしょ!? おごれって言ったの!!」

「あ、あー」

 

 そういえばそんなこと言ったね。でも、ミラと仲良くなってほしいから言ったんだけど……。

 

「ほら、早く食べなさいよ。私も食べるから」

 

 ラナの手にはもう一つアイスクリームがあった。あたしに渡されたのと同じく溶けかかってるけど、たぶん手が付けられてない。

 

「もしかして待っててくれたの?」

「……」

 

 ラナは顔を少し赤くしてはアイスに食らいついた。そっか……言葉にするよりわかりやすいかも。おなか減ったとか嘘ついて外に出ていったのはこのためだったんだ。

 

 あたしはアイスを両手で持って少し舐める。

 

 甘い。冷たい。

 

「……えへへ」

 

 おいしい。

 

 



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湯船に浸かって

幕間の話です


 王都にきてまだ数日しかたっていない。

 

 今はラナが住んでいる借家に泊っている。小道に入ったところにある小さな家だった。まあ小さいって言ってもあたしの家よりほんのり大きいけど。

 

 ラナが借りたときは蜘蛛の巣が張ってあるようなぼろぼろの状態だったらしい。

 

 でも、あたしが最初に来たときはきれいだった。時間をかけて掃除したらしい。

 

 ラナは基本的に全部自分でやる。ご飯も作るし、掃除もする。あたしの服の洗濯をしてくれることもある。あ、あとでお金はとるって言われるけど。

 

 あと、お風呂もある。王都は水が豊富だからかな、それにラナは「炎」の魔法が得意だから沸かすのは普通にできる。

 

 そんなことを考えていると、あたしの頭の上からざばーってお湯をかぶせられた。今日一日で疲れた体にお湯が気持ちいい。でも少し目にはいった。

 

「うー」

「うーじゃないわよ。ほら」

 

 お風呂場はあったかい。あたしは木でできた小さな椅子に座ってる。ああ、眠い。

 

 後ろからラナがあたしの頭をわっしゃわっしゃ洗う。よくわからないけど、あたしの頭になんか液体を付けられてすごく白い泡がでてくる。これ、目に入ると痛いから。目をつむっている。

 

 わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。

 

「あんたってさ、少しくせ毛よね」

「そうだね」

 

 そうなんだよね。昔から結構悩んでる。起きるとさ、寝癖が付きやすいんだ。

 

 もう一回ばしゃーって頭からお湯をかけられる。あたしはふるふると頭を振って水けを払った。少し犬みたいと自分でも思う。

「よし」

 

 何かに満足したみたいにラナは言って、湯船につかる。あたしはタオルに石鹼を溶かして体をごしごしと洗う。

 

「しっかり洗いなさいよ。その石鹸は肌にいいからすべすべになるわよ」

「ふーん。興味ないや」

 

 ごしごし、ごしごし。少し念入りに洗う。

 

 ラナがあたしをにやにや見てる。

 

「な、なにさ」

「べつに。あんたも女の子なんだって思って」

「…………」

 

 ふん。

 

 あたしは湯船に桶をいれて、体にお湯をかける。さっぱりした。

 

 湯船は意外と広い。あたしとラナは向かい合って座る。

 

「ふー」

 

 声が出る。やばい、眠い。目がとろんとしてくる。

 

「あ、お風呂の中で寝るんじゃないわよ」

「はーい」

 

 そういっても眠い。あたしはふちに手をかけて、それを枕代わりに顎をのせる。ぐえっ。ラナに蹴られた。

 

「な、なにするのさ」

「寝そうだったから」

「このっ」

「なにすんのよ」

 ぱしゃっとお湯をかけるとラナもかけてくる。うっ。顔にあたった。いや、別になんてこともないんだけどさ。

 

 それから少し2人とも黙っていた。あたしは自分の髪をゆっくりと流れる水滴をなんとなく見てた。

 

「あんたさ」

「なに?」

「あの時……魔族のあいつにに対して自分に秘密があるって言ってたわよね」

「…………」

「その秘密って何? 気になるのよ……私には教えてくれない?」

 

 あたしは魔王の生まれ変わり。ちゃんと昔の記憶もある。なんて言ったら信じてくれるだろうか? でも、口をつぐんだ。だって、ミラに冗談で言ったことが危うく取返しもつかない状態になるところだった。

 

 でも、いつまでも隠していけるのだろうか? 誰も信じないと思うけど、誰かが信じたら全部壊れてしまうんじゃないかな。

 

 そう考えるとすごく寒くなった。なんでかな? あったかいところにいるのに。

 

「言えない……」

 

 正直にそう答えた。ラナは少しだけ寂しそうな顔をしている。あたしはそれをみると、心がきゅっとなるような気がした。

 

「ミラは知っているの?」

「……知ってる」

 

 ああ、馬鹿だな。正直に言う必要もないのにさ。なんだかラナを仲間外れにしているみたいじゃないか。少しラナの顔を見るのが怖い。どんな表情をしているのかが怖い。だから、あたしは自分の腕に顔を押し付ける。

 

 身じろぎすると、水音がするだけ。静かだった。

 

「私さ。最初あんたをつぶそうとしたじゃない」

 

 ラナと最初の出会いはまあ、最悪だった。でも、なんでも今そんなことを言うのさ。

 

「冒険者になるやつってたいていなんかの才能を持ってたりして、鼻持ちならないやつが多いのよ。だからさ、FFランクで何の魔力もないあんたのことを先生に聞いてさ……どうせ、学園に入ってもいじめられるか潰されるんだから、門前払いにしてやろうっておもったの。どうせ傷つくくらいならって」

 

 ラナは体を抱くように小さくうずくまった。

 

「そう思った……。そう思ったんだよ。……余計なことをしたって思ってる。だから、一回だけいうけど……ごめん」

「…………いいよ、べつに」

 

 そんなこと気にしてない。

 

 ラナ口元をお湯につけてぶくぶくと息を吐いている。

 

「そうだ、ラナ。あたしも謝らないといけないことがあるんだけどさ」

「何?」

「お金全部使っちゃったから下宿代払えないや。ごめん」

「は? はぁー!?」

 

 ざばーとラナが立ち上がってあたしに迫る。両肩を持たれて上下に揺らされる。いたいいたい!

 

「あんたあんだけ依頼をこなしてたんだからちゃんとお金あるでしょ!? な。なにに使ったのよ。馬鹿なの? ほら、吐け! 何に使った!」

「え、えっと。た、たぶん石とか木とかか、買うんじゃないかな」

 

 家を建て直すから。

 

「ばか??? なんでそんなものを買うのよ?? 石なんて山に行ってとってきなさいよ」

「ま、まあいいじゃん。あたしのお金だし。だからさ、今日まで泊めてくれたのは今度返すよ。ごめん、あ、いや、ありがと」

「……なにそれ。あんた出ていく気?」

「だってお金ないし」

 

 突然ラナが止まった。ど、どうしたのさ。

 

「行く当てあんの? あんた」

「ないけど、山じゃないから野宿くらいはさ」

「ばかー!!」

 

 ざばーんとあたしにお湯をかけてきた。うわっ。

 

「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、あんた本物の馬鹿ね? 野宿? なにそれ。いいわよ、おいてやるわよ。下宿代は全部ツケ! ちゃんと後で払いなさいよ」

「……いいの?」

「野宿するって言っている年下の馬鹿をほっぽりだすほど私は人でなしじゃないし」

 

 ラナをあたしはまっすぐ見る。口は悪いけど。その目が、なんとなく心底心配してるような。なんていうか、優しい目だった。

 

 口調とさ、表情があってないよ。…………いいのかな。あたしはラナに秘密を話せない。でもここにいていいって言ってくれるなら甘えてもいいのかな?

 

「………甘えて、いいのかな?」

 

 馬鹿正直に聞いた。ラナに「馬鹿」と言われたのはその通りだと思う。

 

「年下のくせに何言ってんの? あたりまえでしょ」

 

 それだけ言って顔をそむけたラナ。顔を赤くして湯船にゆっくりとつかった。なんか安心しているんじゃないかなって思う。だめだ。あたしも顔をお湯で洗う。わからないように。

 

「それよりも明日からFランクの依頼を再開するんでしょ? まだまだ数が残っているんだからバリバリやるわよ。いや、ていうかもう計算してやらないと間に合わないわよ」

「そうだね」

 

 今日一日は全然進まなかった。ここまで来てミラとニーナとラナと同じ場所にいけないのは嫌だ。

 

「よし。がんばろう!」

 

 だから今日はいっぱい眠ろう。明日頑張るためにさ。

 



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それぞれの思惑

 木々の生い茂る丘だった。

 

 そこからは夜の王都が見えた。煌々とした様子は先の水路での騒動の対応に慌てているのかもしれない。

 

 岩に腰かけたロイは頭を掻きながら、考えていた。

 

「さて、どうしたものかな」

 

 水路では先の破綻した作戦の後始末をしていた。戦闘を行ったのは単なる偶然に過ぎない。だが、それでも偶然から得た情報を彼は頭の中で組み立てていた。

 

「あんた。ふざけてんの?」

 

 夜の闇の中から現れたのは少女だった。赤い髪にロイと同じく魔族の軍服を見に纏っている。

 

「クリスちゃんか。なに? 慰めに来てくれたのかな」

 

 クリス・パラナ。それが彼女の名前だった。ロイは振り返ることもなくいう。赤髪の少女はその瞳に殺気を宿していた。その腰に吊った2振りの剣の柄に手をかける。

 

「軽口を言ってられる立場かしら? あんたの勝手な行動で人間どもは騒いでいる。魔骸化まで使ってSランクの冒険者(クズ)とやりあったなんてどう落とし前を付ける気なのかしら。いいわよ。今ここであんたの首を落としてやっても」

 

 ロイは立ち上がった。クリスを振り向いた眼は冷えている。

 

「まあ、僕にも考えがあったんだよ。そうそう、君をコケにしたっていう変なガキ。たしかマオという名前の女の子に会ったよ」

「……ちゃんと殺したんでしょうね!」

「いいや。殺せなかった」

「……魔骸化まで使って、このゴミクズが」

「あはは。ひどいなぁ。でも、面白い子だよね。常に僕の考えを先読みしたような戦闘感覚もそうだけどさ。それよりもクリスちゃん」

「それをやめろ!!」

 

 赤髪の少女は殺気を放つ。

 

「こうして話しているだけでお前の首を切り落としてやりたいくらいなんだ」

「落ち着けよ」

 

 ロイの周りが揺らぐ。彼の体から放たれる魔力に空気が凍てついていく。

クリスの赤の魔力と彼の青の魔力が交じり合う。対峙したままロイは話をつづけた。

 

「あのマオって女の子さ。『魔族の文字』が読めたんだぜ。それに魔骸化のことも知ってたみたいだ」

「……!? どういうことよ」

「さあ? 僕にもわからないな。だっておかしいだろう。生まれ持って強力な魔力を持っているとか、もしくは感覚的に魔法を操る才能にすぐれているならわかる。……でも、あんな小さな子供が魔族の一部しか知らないことを知っている。特に文字については専門の教育を受けなければ無理だ」

 

 男は口角を吊り上げて笑う。

 

「面白いだろう? 裏に魔族の裏切り者がいるのか、もしくはそれ以上の秘密があるのか。僕は興味津々だよ」

「はっ。裏切者がいるなら私が刻んでやるわ」

 

 クリスは吐き捨てるように言った。ロイはつぶやく。

 

「裏切者ねぇ。まあ、どうなんだろうね。ねえ、クリスちゃん。もしもさ、彼女が誰からも教えてもらっているわけじゃないならどう答えを出せばいいんだろうね」

「そんなことがありえるわけないでしょ」

「そうかなぁ。僕たち『暁の夜明け』は魔王様の復活を目指しているはずなんだけど。魂の存在を信じるなら……過去の魔族が生まれ変わりをしてたりして」

「あんた、本気で言っているの? 頭おかしいんじゃないの?」

「なんてね。僕も本気で言っているわけじゃないよ。でも、どこかに答えがあるはずだ。論的に突き詰めていけば何かがわかるだろう。仮に彼女が魔王様の生まれ変わりだったとしても――」

 

 剣閃。

 

 クリスのそれをロイはかがんで避ける。彼の髪先がぱらりと散る。

 

「あぶないあぶない」

「……次言ったらコロス。あのクズが魔王様の生まれ変わりだって侮辱は許さない」

「ごめんごめん。謝るよ。まあ、とりあえず一度帰ろう。……面白い構想があるんだ」

 

 ロイは振り返る。遠くの王都を手のひらで握りつぶすように閉じる。

 

「少し時間が掛かるけど人間の王都を壊滅させるよ。マオ、もし君が本当に何かの力があるなら抵抗してみなよ……楽しみにしているよ」

 

 

☆☆

 

 

 

 上着を羽織る。少しリボンが緩いからきゅっとしめる。

 

 朝の冷たい空気は結構好きだ。ドアを開けて思いっきり吸う。

 

 街には誰もいない。空はぼんやり暗い、あたしは大きく背伸びした。

 

「よし、今日も頑張ろう」

 

 思ったよりも体に疲れは残っていない。昨日あれだけ動き回ったけど、ご飯を食べて、お風呂に入って、ぐっすり寝たのがよかったんだと思う。

 

「朝っぱらからうるさいんだけど……」

「あ、ラナ。おはよう」

 

 ラナは大きなあくびをしながら出てくる。あ、リボンが少しほどけてるよ。ほら。

 

「あ……。あんがと」

 

 眠たそうに眼をこすりながら言われた。

 

「とりあえずギルドに行って依頼を整理しないとね」

「そうだね」

「あんた、今何件終わっているんだっけ」

「昨日の合わせて53件だから……あと47件だね」

「うげー」

 

 残りは6日。だから、えっと。

 

「一日に8件は消化しないと終わらないじゃない。あんたと私の今のペースだと厳しいし」

 

 あたしとラナは人通りの少ない街をだらだら歩きながら行く。Fランクの依頼は基本的に街の人たちの雑用とかばっかりだ。だから、逆に朝は何もすることがない。それでギルドに朝早く行って計画を練ろうと思う。

 

 

 ギルドは基本的に一日中開いているらしい。職員さんは大変だなぁと思う。

 

 ぎいっと木製のドアを開けて入ると思ったよりも人がいた。フェリックスの学生もいるし、冒険者の恰好……てっいってもそれぞれまちまちなんだけど、とにかく大勢いた。

 

 その中に1人知っている顔があった。金髪に耳にピアスをしている。ぶすっとした顔で両手を組んで掲示板を見ている。

 

「あ、ニーナ!」

 

 あたしが手を振るとニーナはじろっと見てきて、それでため息をついた。

 

「なんだ、お前か。Fランクの依頼はどうなっているんだ?」

 

 ニーナは単刀直入に聞いてくる。

 

「あと47件!」

「……そうか大変だな」

 

 口調とは裏腹に心配そうな表情をするニーナにあたしはにやりとしてしまう。

 

「なんだ気持ち悪い」

「いやさ。なんか最近ニーナが分かってきた気がするんだよ。気になっていることをすぐに言ってくれるんだよね。心配してくれるのすごくうれしいよ」

「……………死ね」

 

 死ね!? 

 

と、唐突すぎるよ。あ、ああ、でもなんか顔を赤くしてるし。て、照れ隠しなのかな。ま、まあいいや。

 

「なに、知り合いなの?」

 

 ラナが後ろからやってきた。

 

「そうだよ。あたしの友達のニーナ」

「いや、ふざけるな。私はニーナなんて名前じゃない。ちゃんと紹介しろ」

 

 ニーナはラナに向き合う。

 

「私はニナレイア・フォン・ガルガンティアと申します」

「ガルガンティア……あ、力の勇者の。へー。ほかの勇者の末裔とは違って礼儀正しいのね。私はラナ・スティリアよ……昨日はあなたの一族に助けられたわ。……ん。それにしてもマオはどういうつながりなのよ」

「こいつとは妙なところで出会いました。……一族?」

 

 そうだ。ウォルグのことだ。だから補足する。

 

「Sランク冒険者のウォルグに助けてもらったんだよ」

「……っ。そうか」

 

 ニーナはその時すごいなんていうか、苦しそうな表情をした。ただすぐ咳払いをしていった。

 

「ということはマオも……ラナさんもカオス・スライムの討伐と魔族の撃退にかかわっていたのか?」

「え? なんで知っているのさ」

「掲示板に貼ってある。というか、地下水路に魔族がなんらかの工作をしていたということでギルドは今、依頼の受付を停止していて困っていたところだ」

 

 え? なんて? 依頼受け付けの停止? げふぅ。疑問を問いただそうとする前にラナの手があたしを押しのけた。

 

「あっ! と私たちの活躍が何かの記事になっているの? ギルドの新聞とか?」

 

 す、すごいうれしそうなんだけど。み、みぞおちに入った。ニーナ少し複雑そうな顔をしている。それにしても新聞って何?

 

「私たちの活躍……と言っていいのかはわかりませんが。あっちに貼ってありますよ」

「ちょっとみてくるわ」

 

 ラナは掲示板に見に行った。そしてすぐ帰ってきた。怒りの形相で。なんでかニーナの胸ぐらをつかむ。

 

「何よあれ」

「な、なにと言われても」

「掲示板に新聞が貼ってあったけどタイトルが『剣・力の勇者の末裔 魔族を撃退す』って何? 殺されたいの? どっから剣の勇者の末裔が出てきたのよ?」

「わ、私に言われても。そ、それに、ラナさんこそ会わなかったんですか? ミ――」

 

 あたしは思いっきり叫んだ。

 

「あああああーー!!」

 

 一瞬ギルド内の視線があたしに集まった。今たぶんニーナは「ミラ」と言いそうになったからそうしたんだけどさ、恥ずかしい。あの、その……騒いでごめんなさい。

 

「あ、あんた何いきなり叫んでんのよ」

 

 あたしもそう思う。

 

「馬鹿か」

 

 ニーナはひどい。

 

 

「納得いかない!」

 

 ギルドに併設されたカフェでもぐもぐとパンを食べる。おいしい。この挟まったハムが好き。ラナとニーナはサンドイッチを食べている。いや、ラナは新聞っていうのを手にしてうなっている。

 

「も、もういいじゃん」

 

 ラナが怒っているのをなだめる。

 

 ニーナは黙っている。さっき後ろに連れて行って、ミラの事情を話した。反応は「なんで、そんな馬鹿なことをしているんだ?」というものだった。まあ、そうだよね。

 

「だって。許せないじゃない。魔族はともかく、あのスライムを倒したのはあんたでしょ? なんであんたのこと全然書いてないのよ。あの記事!」

「あ」

 

 そっちなんだ。

 

「あと、私のことも全然書いてないし!」

 

 あ、それもなんだ。

 

「というか協力した冒険者AとBみたいな書き方で匿名で書いてっあって、あぁあーむかつくぅ。この記事を書いた記者は今度ぶんなぐってやるわ……あ、記者の名前が書いてある。……シャルロッテ・ウィンカード……覚えたからね」

 

 ラナが頭を抱えている。あたしはパンをもぐもぐたべて、ごくりとした。

 

「まあ、いいよ。それよりもさ、ニーナ」

「……お前、災害級の魔物を倒したのか?」

「え? いや、手伝ってもらったからさ。そんなことよりもさ。依頼の受付停止ってどういうこと? す、すごい困るんだけど」

「そんなこと……? あい変わらずめちゃくちゃな奴。……まあいい。単純な話だ。魔族の不穏分子が近くに潜んでいるのならどこで何が起こるかわからないからな、ギルドとしては冒険者に依頼を斡旋することを一度止めているんだろう」

「あー」

 

 確かにあたしもFランクの依頼を受けたら、たまたまロイがいたんだよね。

 

 うん。運が悪いってレベルじゃないよね。

 

 そんなんだからどんな依頼でも危険かもしれないって構えているんだろうけど、でもさ、あたしは困る。もう時間がないし。

 

「そうだ!」

 

 ラナがばんと机をたたいた。

 

「どうせ依頼が受けられないんだったら、ギルドの本部に行ってちゃんとこのことの報酬がFランク以上で査定されるように談判してやるわ。それくらいしないと気が済まない」

「ギルド本部?」

 

 そんなのあるんだ。このギルドの建物にも。適当に街の人に聞いてやってきたから知らなかったよ。

 

「そもそもあれだけ強力な魔物がいたんだから昨日の地下水路の件はFランク相当じゃないはずよ。Aランクか、Bランクで認められればマオもそのまんま合格でしょ! さすがに」

 

 あ、そっか、Fランクの依頼で受けたけど結果的に難度が高いからか……

 

「でもいいよ。あたしが100件の依頼をするのはポーラ先生の勝負だから」

「なにめんどくさいこと言ってんのよ。行くわよ」

「あ、あー。痛いって引っ張らないでよー。ぜ、全然人の話を聞いてない」

 

 ニーナが後ろで「お、おい!」って追いかけてくる。

 

 

 

 ギルド本部は王都の一角にある。

 

 円形の敷地にいくつかの棟があり、その中央に尖塔があった。そのすべてが白に彩られていた。

 

 尖塔を見上げるものが一人いた。艶やかな黒髪とアイスブルーの瞳。背は高い。彼女はまるで深い蒼色ドレスのように見える優雅ないで立ちをしていた。

 

 ただ、その腰にあるのは白銀の鞘に納められた一振りの剣。

 

「魔族の蠢動……ですか」

 

 表情を変えることなく彼女は言う。

 

「おう、ここにいたのか!!!」

 

 彼女はその大きな声に顔をしかめた。振り向けば獅子のような髪に子供のような笑顔の男がいる。ウォルグ・ガルガンティア。冒険者の最高峰であるSランクを有し、力の勇者の末裔の一族の男だった。

 

「女性に声をかける時はもう少し穏やかにするべきですよ? ウォルグさん」

「おう? そうか、すまん!! 気を付けるわ!!!」

「無理でしょうね」

 

 彼女は髪を手で払い。歩き出す。

 

「ウォルグさん以外は集まったのですか?」

「いや、全然いねぇ!!」

「そうですか」

 

 はあ、とため息をつく。Sランクを持っている冒険者はわずかだ。そのため特別な待遇を与えられている。権限もあるが義務もある。緊急の場合には集まって対応をするべきなのだ。

 

「義務を果たさない方々にはそのうち注意をしなければなりませんね」

「いいぜ!! 俺が喧嘩して全員ぶちのめそうか!?」

「いえ、結構です。それよりも剣の勇者の末裔……それが今回の事件にかかわっていたと聞きましたが、彼女はすでに来ていますか?」

「ああ、ミラステーアだったな。大きくなっているぜ。いい女……にゃあ、まだ歳がなぁ!! あと、王都駐在の魔族のなんだだったか、あいつも来てたぜ。娘と」

 

 剣の勇者の末裔はそんな名前だったかな? と女性は小首をかしげた。そして「大きくなった」というは個人的な付き合いがあるのだろう。

 

「つい先日起こった船上での一般的には集団幻覚と言われている事件もそうですが、今回の水路での強力な魔物の寄生……何か感じませんか?」

「おう!! 楽しそうだな!!」

 

 笑顔でニコニコ答えるウォルグに彼女はため息をついた。Sランクを冠するものは高い戦闘力を有しているのだが、問題児が多かった。

 

「そのようなことでは困りますよ『炎熱のウォルグ』さん」

「俺はその二つ名にゃあ興味がないんだ。血のたぎる戦いができればそれでいいんだよ。例えばあんたとかな」

 

 2人は止まった。振り向いた女性の顔は笑っている。

 

「冗談が過ぎますよ? このアリー・ヴァリアンツァに挑んで勝てるおつもりですか?」

「『白銀』の剣士様のその面叩き潰してやりてぇなぁっていっつも思っているぜ!!!」

 

 アリーはくすりとする。ウォルグの相手を思いやらない直接的な言葉は嫌いではない。

 

「いつでもどうぞ……ただそれは女性に向けてた言葉としてはありえないくらいに失礼ですからね」

 

 彼女はそれだけ言う。

 

 透き通った声には余裕をにじませている。

 



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魔族の少女①

 ギルド本部。

 

 

 

 ラナに連れられてきたそこは白い大きな建物が建つ場所だった。その広い敷地をあたしとラナは歩いていく。芝生の中に石畳の道が通っている。

 

 

 

 あたしが今まで何件か行ったことのあるギルドとは全然違う。

 

 

 

「このギルド本部は各地の支部から集まってきた情報を集約したり、大きな依頼に対処したりするためにあるのよ。あんたみたいにFランクの依頼なんかで来る意味はないから」

 

 

 

 ラナはそう教えてくれた。あ、そうだ、あの緑の頭のイオスもどこかにいるかもしれない。

 

 そう思ってきょろきょろしていると、ラナに「田舎者」って言われた。ち、違うし。人を探してただけだってば。

 

 

 ここに来た理由は昨日の水路探索の依頼をFランクの評価から上げてもらうためだ。確かにあれだけ命をかけた戦いをしたんだから正当な理由とは思うけどでもなぁ、ポーラ先生との勝負もあるから釈然とはしない。

 

 でも、反対するのも変な気がする。ロイを退けたのはあたしだけの力じゃないし。

 

「そういえば昨日のこと結構話題になっているみたいね」

「うん、そうだね」

 

 ロイとの戦いで街の中心に大きな穴が開いた。それも魔族がやったってことでこのギルド本部に来る前のいろんなところでその話をしている人がいた。

 

「うーん」

 

 悩ましいな。昨日の事件であたしたちがロイに出会ったのは単なる偶然なんだけどさ、そりゃあ、あれだけ暴れたらみんな反応するよね。まあ、でもカオス・スライムの危険性を考えたら先に討伐できてよかったと思う。

 

 

 

「それにしても魔族はろくなことをしないわね。あいつら」

「そんなことはないよ。そんな風に一概に言えるわけじゃない」

「え? あ、ああ、そ、そうね。……なんであんた魔族なんてかばうの? へんなの」

 

 

 ラナはそれだけで話題を変えてくれた。同じような話題で港町で一度ニーナとケンカしたこともあるから気を付けないといけない。

 

 その時ふと思った。いや、違う。ずっと思ってたけど言葉にすることを避けてきたんだ。

 

 あたしは足を止める。ラナに聞かれたくない気がしたんだ。

 

 

「……今の魔族ってどうなっているのかな」

 

 あたしの生きた時代は大きな国があった。……3勇者に負け続けて最終的にはほとんどの領土を失ったけど、あれから数百年経った今はどうなっているんだろう。

 

 正直確認するのは怖い。

 

 

「……あんた、早く来なさいよ。……? なに、あんた寒いの?」

「え? あ」

 

 気が付いたらあたしは自分の体を抱くようにしていた。

 

「い、いや寒くなんてないよ。へーきへーき」

「それならいいけど」

 

 今は考えても仕方ないや。……ラナに聞けば少しわかるかもしれないけど、言葉にすることはもう少し待ってほしい。……今度ミラに聞いてみようかな。

 

「そういえばさ、ラナ。あのおっきな塔は何なのかな」

 

 ギルド本部の中央に立つ大きな尖塔。白いそれの上部に目を凝らすと魔法陣が展開しているように見える。

 

「ああ、あれは…………あれはー」

「あれは?」

「知らない」

「え、えー……」

「何よその反応は! 優秀な私だって何でも知っているわけじゃないわよ! そんなに気になるなら行ってみるわよ。ほら」

 

 

 また、強引にあたしはラナに引っ張られていく。ああー。

 

 

 

 尖塔の前は円形の広場になっていた。噴水が水を噴き上げている。見上げると高い。あたしとラナは純粋に「おおきいな」と驚いた。上のほうにうっすらと展開した魔法陣はどういう意味があるんだろうか。

 

 

 

 

 

 誰かに聞いてみたいけど、広場には誰もいない。水の音だけが聞こえてくる。

 

 

 

 あ、違うな、一人だけいる。明るくて赤い髪を後ろで結んだ女の子。あたし達と同じ格好をしている。広場の中心で空を見上げている。フェリックスの制服は見分けるのは簡単だなぁ。

 

 

 

 その女の子はあたしたちに背を向けている。後ろからはどんな表情をしているかわからない。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 気が付いた。

 

 

 

 耳が長い。

 

 

 

「ね、ねえ!」

 

 

 

 そう思った時あたしは駆け出して、叫ぶように言った。ラナが静止してくれているような気がしたけど、耳に入らなかった。

 

 

 

「……」

 

 

 

 少女が振り向いた。深い赤の瞳があたしを見る。ウェーブのかかった髪を手で押さえている。あたしは固まってしまった。魔族だ。間違いない。

 

 

 

「……何か?」

 

 

 

 やわらかい声だった。優しそうだって最初に思った。

 

 

 

「い、いや、なにをしているのかなって」

「何を……そうですね。私はここで尖塔を眺めておりました。父を待っておりましたので。ああ、大変申し訳ありません。申し遅れてしまいました。私の名はモニカと申します。……失礼ですが貴女様は?」

「あ、あたしはマオ」

「マオ様……以後よろしくお願いいたします。それで私に何か御用でしょうか?」

 

 

 

 丁寧な態度だった。悪意も何も感じられるところはない。でもどことなく他人行儀……初めて会ったんだから当たり前かもしれないけどさ。

 

 

 

「……気になったから声をかけてみただけなんだ。突然ごめん」

「そう、ですか。いえ、謝られることはございません。マオ様も私と同じく学園にいらっしゃるんですね」

「あ、いや、まだ入学前だからさ。正式には入ってないよ」

「これは失礼いたしました。ご入学の後はどうぞご鞭撻の程よろしくお願いいたします……」

「あ、うん」

 

 

 なんかうまく話せない。何か話題が欲しいと思う。

 

 

 

「あ、あのさ、この尖塔はなんで立っているのかな」

「……この白い塔は各地のギルドからの情報を特殊な魔法で暗号に変換して集約するためと聞いております。まあ……これだけの巨大ものですからほかのことにも使えるとは思いますが」

「へー」

 

 

 あたしはモニカと並んで見上げる。モニカはそれをみて少し驚いたように離れた。

 

 

 

 

 

「あの」

「え? なに」

「いえ。マオ様は私が魔族だとお分かりになられていると思うのですが……」

「それがどうしたのさ」

「……え?」

「え?」

 

 

 モニカは目を丸くしてあたしを見た。

 

 

 

「なんでもございません。ただ、少し驚いてしまいました。……そういえば先ほどご一緒におられたのはラナ・スティリア様でございますね」

「ラナを知っているの?」

「尊敬すべき先輩としてお慕いしております」

 

 

 なんか、すごい『決められた答え』みたいに思う。であった頃のニーナっぽい……いや、本質的は少し違う気がするな。というかラナもあまり近づいてこないのはモニカが魔族だからかな。

 

 

 

 

「私はそろそろいきます。マオ様」

「マオでいいよ」

「いえ、そのような失礼はできません。それでは」

 

 

 

 モニカはあたしに深々と頭を下げて離れていった。

 

 そのあたしの後頭部にチョップが来た。

 

 

 

「いたっ!」

「あんたねー。なんでいきなり話しかけてんのよ」

 

 

 

 頭をさすりながら後ろを向くとラナがいる。

 

 

 

「話しかけるくらいいいじゃん」

「はああ、あんたさ……。あたしと歳が違うってことは学園に入った時には別の奴と一緒になるのよ? 友達は選ばないといじめられるわよ。みたらわかるでしょ。あいつは魔族なの」

 

 

「だからなにさ」

「だからって……あー。まあいいわ。あんたって変なところ鈍感よね。あ」

 

 

 

 あ、といってラナが固まった。なにを見ているんだろう。え? なんかこっちに走ってくる男の人がいる。すごい手を振っているしにこやかだ。

 

 

 

 金髪にコート、あれは……Sランク冒険者のウォルグだ。

 

 

「おーい! お前ら―! 関係者は集まるんだぞー!!!」

 

 

 関係者って何さ。ウォルグはすさまじい速さで近づいてきて、ラナが何か言う前にあたしたちの腰を持って担いだ。

 

 

「え? ちょっと、なによこれ!?」

 

 

 ラナの悲鳴に近い声。え? なんであたしも担がれてんの? どういうこと??

 

 

「お前らなぁ!! 関係者はアホのアリーが集めたって言ってただろう。俺が窓からお前らを見つけなかったらどうするつもりだったんだ。ほら行くぞ!!!!!」

 

 

 やかましいぃ。声がでかいし言っていることがさっぱり理解できない。そもそもアリーって誰さ! あ、あー。すごい速さで走っていく。ぐ、ぐえぇ、おなかが痛い。

 

 

 

は、はなせー!!

 

 

 

 

 

 

 ウォルグがあたしとラナは両手にそれぞれ抱えたまま走る。

 

 正直なんてこんなことになっているのか全然意味が分からない。

 

 

 速い。ていうか怖いよ。あと、痛い! ラナの悲鳴も聞こえる。

 

 

 すごいスピードで敷地を駆け抜けていく。あ、あれ? なんか壁に向かってく……。あれはギルドの建物で。必死に見上げてみると。4階くらいの高さがある。

 

 

 

「あ、あのさ!! か、壁にぶつかるんだけど!!」

「おう!!!!!!!」

「いや、おうじゃなくて!!!!」

 

 

 

 ウォルグはあたしの話なんて聞いてない。

 

 

 

「ちょ、ちょっと。なにしてんの!?」

 

 

 

 ラナの声がする。ウォルグがさらにスピードを上げた。あたしの顔を風がたたくように吹き付ける。ああー。

 

 

 

 ウォルグが飛んだ! 壁に足をかけた。ぐえぇっ。おなか痛い。

 

 

 

 そんなあたしたちを全く気にかけずそのまま、ウォルグがさらに壁を蹴って飛び上がった。じ、地面が離れていく。空を飛んでいるみたいな浮遊感があたしたちを包む。

 

 

 

「おっしゃー!!!」

 

 

 

 ウォルグが叫ぶ。すごいうるさい。不意に魔力の流れを感じる。見るとウォルグの足元に魔力が収束していく。小さな魔法陣が展開して、こいつはそれを「蹴った」。反動をつけて今度は「建物へ」向かっていく。

 

 

 

「窓、窓にぶつかる!!!!」

「あ、あんたふざけないでよ!?」

 

 

 

 あたしとラナの叫ぶ声が響く。

 

 

 

「いくぜぇーーーーー!!」

 

 

 

 全然話聞いてないね!! こいつ!!

 

 

 

 ウォルグは窓を蹴り破って、中に入った。粉々に砕けたガラスが舞い、衝撃にあたしはうめき声をあげた。

 

 

 

 う、あ、ああ。げほげほ。なんだろここ。あたしはゆっくりと目をあける。さっきまで外にいたからかなんとなく視界がぼやける。ウォルグは部屋の中の長い机の上に立っているみたいだった。

 

 

 

 周りを見ると数人の影が見える。あたしは目をごしごしとこすってみる。そこでやっとわかった。あたしの目の前に心底驚いた顔をして、いや心配そうな顔をして見上げている少女がいる。

 

 

 

 銀髪に白い肌。それにフェリックスの制服に腰に聖剣を佩いた彼女、ミラスティアだ。あたしは手を挙げた。

 

 

 

「あ、へんなところで会うね」

「ま、マオ、ど、どうしてこんなことに?」

「あたしが聞きたいよ……! ぐえっ」

 

 

 

 いきなり離された。あたしはテーブルに倒れてしまう。ほ、ほんとめちゃくちゃだよ。ウォルグはさっさとテーブルから降りてしまう。

 

 

 

「あー重かったぜ」

 

 

 

 めちゃくちゃ失礼なこと言っているし。

 

 

 

「い、いたた。な、なんなのよ」

「ラナ……大丈夫?」

「あんたねぇ。これが大丈夫と思うの?」

「ふ、2人とも大丈夫?」

 

 

 

 あたしとラナにミラが駆け寄ってくる。何でここにいるんだろう、っていうのはむしろミラがあたしたちに聞きたいよね。

 

 

 

「あ、あんた。……ふん。手なんて借りないし」

 

 

 

 ラナはミラの手をはねのけてさっさと降りた。ミラが少し目を泳がせてから、あたしを降ろしてくれる。

 

 

 

「ありがと」

「うん」

 

 

 

 うーん。ラナからすればミラのことはあんまり好きじゃないってことを前から言ってたからね。そろそろ誤解、というか偏見みたいなのを取り除かないとダメな気がする。

 

 

 

 あ、それはそうとここはどこだろう。あたりを見回すとミラのほかに数人いた。そのうちの一人は黒い髪の女の人だった。綺麗な人だ。整った顔立ちは女の子のあたしもすこしうっと思うくらい。

 

 

 

 でも、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。ま、まあ、こんな風に窓から飛び込まれたら怒るよね。

 

 

 

「あ、あの。その。なんかごめんなさい」

 

「…………いえ。あなたが誰かはわかりませんが。どうせそこの常識のない男が悪いことはわかっています。それよりもけがはないですか?」

 

 

 

 黒髪の女性は優しくいってくれた。

 

 

 

「私の名はアリー。そこの男と同じSランク冒険者、その筆頭です」

「! あ、あたしはマオ」

「マオさんですか。よろしく……ああ、今回のカオス・スライムの討伐に参加した冒険者見習いですね。たしかF……いえ、失礼」

 

 

 

 FFランクと言いかけてやめたアリー。たぶん優しい人なんだろうな。さっきウォルグが言ってた人だ。

 

 彼女はくるりと振り返った。そこではウォルグが近くにあった椅子に座って足を組んでいる。

 

 

 

「ウォルグさん? いいことを教えてあげましょう。あそこに見えるのはドア、と申しまして人間は普通あそこから入ってくるものですよ? ご存じでしたか?」

「はあ? 当たり前だろ? 馬鹿かお前?」

「…………獣には人間の言葉が通じないようですね」

「そこのガキども2人は今回の魔族の野郎が暴れたところにいたんだから関係者だろうが、連れてきてやったんだから感謝しろ」

「…………彼女たちのことは報告書で見ていました。そのうえでミラスティアさんにあの事件の事情を聴こうとしていたのですよ。会議中に叫んだかと思うといきなり窓から出て行って、窓から戻ってきたあなたに感謝をするいわれはないですね」

 

 ウォルグはきょとんとした顔で言った。

 

「恩知らずな奴だなぁ」

 

 

 

 アリーの腰に白い柄の剣がある。彼女は一瞬それをつかんで、1秒くらいで離した。あたしとミラはちょっとびくっとした。

 

 

 

「まあ、あれは放っておきましょう。あなた方もせっかく来たのですから、お話を聞きましょうか」

 

 

 

 優しくいってくれるアリーの後ろでウォルグは椅子に座ったまま寝始めた。両手を組んで、足を広げて……すごいなぁ、こいつ。

 

 

 

「………………………」

 

 

 

 アリーのこめかみがぴくぴくしてる。そんな彼女にミラが助け舟を出した。

 

 

 

「あ、あの。と、とりあえず場所を変えましょう。窓も割れてしまって危ないですから」

「ミラスティアさん……そうですね。あの野獣はここに置いていきましょう」

 

 

 

 ミラの提案にアリーは手をたたいた。

 

 

 

「それではマオさん、ミラスティアさん。それに赤い髪のあなたも」

「は、はひぃ。わかりました」

 

 

 

 ラナがすごいきょどってる。

 

 

 

「あなたのお名前は何でしょうか?」

「ら、ラナ・しゅティリアです」

「ラナさんですね。シュティリアとはいい響きの家名ですね」

 

 

 

 スティリア。じゃなかったっけ。

 

 

 

「え、えへへ」

 

 

 

 あ、だめだ。ラナが壊れてる。そっかアリーはさっきSランク筆頭って言ってたから有名人なのかもしれない。

 

 

 

「それではみなさんもすみませんが移動をしましょう、準備もありますので一度ロビーでお待ちください。すぐに部屋をとってお呼びします。」

 

 

 

 あたしたち以外にも何人かいた。一人は細い目をした青い髪の男。それに……あたしに小さく手を振ってくるふんわりした桃色の髪の女の人……げっ、ポーラ先生だ。反応に困る。

 

 

 

 それに奥にいるのは耳の長い、ワインのような深い紅に少しくせのある髪をした男性だった。

 

 

 

 あたしはどきりとする。どうみても魔族だ。丸い眼鏡をつけて柔和な表情をあたしに向けてくる。ただ、どことなく冷たい。長身で黒いコート。胸元に小さな宝石を付けたシャツ。魔族の正装……見るのは久しぶりだけど。昔から変わってない。

 

 

 

 その男はあたしに軽く会釈をした。どことなくモニカに似ている気がする。あたしが何か話しかける前にポーラ先生たちと一緒に外へ出ていった。

 

 

 

「……うーん」

「どうしたの? マオ」

「いや……なんでもない」

 

 

 

 ミラにそう言った。ていうか、それしか言いようがない。なんであの魔族の男性がここにいるかもわかんないし。

 

 

 

「んだ? 移動すんのか? めんどくせぇことするなぁ。あーあ」

 

 

 

 そんなあたしの横をウォルグが歩いていく。体を伸ばして外に出ようとするのをアリーが呼び止めた。

 

 

 

「あなたはここにいてゆっくりお昼寝でもしていたらどうですか? ウォルグ・ガルガンティア」

「あーねむ」

 

 

 

 アリーに反応せずにウォルグは出ていった。アリーは笑顔のまま固まっている。

 

 

 

「さ、3人もロビーで待っていてくださいね。ここの片付けの手配と、新しい部屋の用意をしてきますから」

 

 

 

 それだけ言って出ていく。最後に「剣の錆に……」とか聞こえた気がするけど、聞こえなかったことにしよう。

 

 

 

「じゃあ、とりあえず出ようか。ラナ」

 

 

 

 と呼んだラナがあたしを怪訝そうに見ている。

 

 

 

「そいつ、知り合いなの?」

「え?」

 

 

 

 あ、もしかしてミラのことかな。

 

 あたしは一度ミラを見る。困ったような顔をしている。ミラもそろそろ正体を言えばいいのに、なんか少しあたしの後ろに隠れている気がする。まあ、いいや。こほん。

 

 

 

「うん。友達」

 

「へー。ふーん、そうなんだ。ちょっと来なさい」

 

 

 

 ぐいっとラナがあたしの首に腕を回して引き寄せてくる。小さな声で耳元ではなしてくる。少しくすぐったいんだけど。

 

 

 

「あいつは剣の勇者の末裔よ? あんたなんかとかは格が違うんだからね。めんどくさいことにならないうちに付き合うのやめておきなさい」

「…………ラナ」

「何よ」

「ミ……ミラスティアとちゃんと話したことある?」

 

 

 

 ミラって言ったら、まだ駄目だよね?

 

 

 

「……ないけど。いい? あいつの先祖が学校を作ったんだから露骨に贔屓されているんだからね。嫌な目に合う前に……」

「そんなの関係ないじゃん」

「関係あるわよ。現にそういう目にあったやつは」

「だからそんなのミラスティアに関係ないじゃん!!」

 

 

 

 あ、叫んでからしまったと思った。思ったよりも大きな声出しちゃった。ラナがあたしを離す。ラナの顔は少し赤くて、むっとあたしを見ている。

 

 

 

「せっかく……せっかくあんたのためを思って言ってやってんのに……そいつとFFランクの奴が付き合ってもいいことなんて絶対ないから! 絶対、そいつの父親が出てくるから!」

 

 

 

 父親? あたしが反応するよりも前にラナが踵を返してドアをばぁんと閉めて出ていった。

 

 

 

「ニーナの時の同じだなぁ」

 

 

 

 あたしはため息をつく。港町でもニーナと口論をして喧嘩しちゃったんだ。つくづく成長がないなぁ。少し落ち込むよ。

 

 

 

「マオ……」

 

 

 

 振り向くと、ミラが少しおびえたような目であたしを見ていた。なんか泣きそうな。そんな顔だった。

 

 

 

「大丈夫だってミラ。ラナがいいやつだってことはわかっているでしょ?」

「う、うん……でも、私のためにマオとラナが喧嘩して……それにお父さんのことも」

 

 

 

 ミラが剣の勇者の末裔としてじゃなくて、覆面をしてあたしを助けてくれた時にラナと仲良くできたんだ。じゃあ、大丈夫だよ。……それに剣の勇者の末裔とか、父親とかミラ本人のせいじゃないじゃん。

 

 

 

 それにさ。あたしは両手を腰につけて、下から見上げるようにミラににやりと笑いかける。

 

 

 

「へーきへーき。だってさ、あたしは魔王様なんだから、何があっても、負けやしない」

 

「……っ……ふふ」

 

 

 

 あ、やっと笑った。ミラはそっちのほうが絶対いいよ。

 

 

 

 

 

 



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魔族の少女②

 ミラと連れ立って廊下を歩く。

 

 

 

 大理石でできた白くてまっすぐに伸びたそこは窓からの日差しで明るい。ふぁぁ、少し眠たくなってくるね。

 

 

 

「マオはさ、今日はなんでここに来たの?」

 

「あー、昨日のFランクの依頼はFランク以上のことしたからそれを認めさせようってラナが」

 

「あ、なるほど」

 

 

 

 ミラは頷いた。

 

 

 

 そうだ、今聞いておこう。あたしは振り返る。

 

 

 

「ミラもさ、ラナに対して正直に言わないとダメだよ。ちゃんと言えばわかってくれると思うよ」

 

「うん……そうだね」

 

「ちゃんとあたしも応援するからさ」

 

 

 

 それだけ言っておこう。あとはミラが考えてくれるよ。

 

 

 

「そういえばミラは聖剣を持っていないときと全然戦い方が違うんだね。昨日は驚いたよ」

 

「…………戦い方は武器や場所によって変えるべきだって私の先生から教えてもらったんだよ」

 

「ふーん。先生か……んー? じゃあ、ミラはいろいろな武器を使えるの?」

 

「ちゃんと使えるのはやっぱり剣だけだけど、槍とか斧とか……あとは弓とか」

 

 

 

 へ、へえー。すごいなぁ。

 

 

 

「それじゃあ、ミラがニーナを格闘で倒しちゃったりして」

 

「……………」

 

 

 

 あ、なんか怖いや。あんまり触れないでおこう。ミラは結構底が見えない子かもしれない。

 

 ……そういえばミラもソフィアも当たり前みたいに思っていたけど、あたしと同じ歳で聖剣や聖杖を扱うことができるってすごいことだよね。

 

 

 

「聖剣かぁ」

 

 

 

 なんとなくつぶやいた。別に意味はない。ただミラはそのつぶやきに反応した。

 

 

 

「私もマオに聞きたいことがあったんだ」

 

「何?」

 

「きいて……いいかな」

 

「なんでもいいよ」

 

 

 

 今更隠すことなんてないじゃん。でも、ミラはどことなくすまなそうな顔をしている。目をあたしと合わせない。……聞きたいことって何かな? ほ、ほんとにわからないや。

 

 

 

「その、あのね。あの」

 

「いいって。すぱーって聞いてくれていいよ」

 

「……じゅ、純粋に気になるだけで、き、気に障ったら答えてくれなくてもいいんだけど」

 

 

 

 気に障る? なんだろ、ミラがあたしに聞きたいことでそういう風になることって……ううーやっぱり全然思いつかないんだけど。

 

 

 

 ただミラは真剣な顔をしていた。ぎゃ、逆に身構えちゃうなぁ。なんだろ。

 

 

 

 少ししてから意を決したようにミラがあたしをまっすぐ見た。そして言う。

 

 

 

「剣の勇者ってどんな人だったの?」

 

 

 

 あ、なるほど。そういうことか。…………あたしは黙り込んでしまった。何か言おうとしたんだけど、言葉にならない。剣の勇者はあたしの宿敵、何度も何度も戦った。

 

 

 

 恨んでもいいんだと思う。あたしを最後に殺したのはあいつだ。でも……なんとなくそんな気持ちにならない。なんだろう、へんな感じだ。どういう関係と言われたら宿敵としか言いようがないんだけどさ。

 

 

 

「ご、ごめんマオ。……そ、そうだよね。お、思い出したりしたくないよね」

 

 

 

 そういうわけじゃないんだけど。ミラがおろおろしている。

 

 

 

 あいつのことか……。あー。いろいろなことがあったというか。どういえばいいだろうか。あたしは腕を組んで少し考えた。どんな人間だったか? 戦争以外であいつと出会った時のこと……う、うう。

 

 

 

「ま、マオ?」

 

「ミラ。あいつさ」

 

「え!? う、うん」

 

「あいつはさ」

 

「うん……」

 

「スケベ」

 

「え???????」

 

 

 

 言って恥ずかしくなった。顔が熱くなるよ。……恥ずかしいし、ああもう、変なこと思い出した!

 

 

 

「あああああー」

 

 

 

 あたしはたまらず走り出した。

 

 

 

「ま、待ってマオ! ど、どういうことなの? マオ! ねえ!?」

 

 

 

 狼狽したミラの声響くけど、あたしは振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 ロビーまでの階段がまっすぐ伸びている

 

 

 

 手すりにつかまって下を見ると広い場所だ。白い大理石の床ってどことなく冷たいような、綺麗なような、そんな感じがするよね。

 

 

 

 

 

 あたしは階段を2段飛ばしでとんとーんと降りた。

 

 

 

「待ってマオ」

 

 

 

 あ、ミラも追いついてきた。

 

 

 

「先に言っておくけどミラ。さっきの話はなし!」

 

「…………あの」

 

「あ、でもほかのことならちゃんと答えるよ」

 

「……で、でもさっきのことが気になる」

 

「だめ!」

 

 

 

 言わない! ……そんな複雑そうな顔をしないでよ。大した話じゃないんだから。聞いたって面白い話じゃないし。あ、でも「昔」の話はミラと2人の時のほうがいいよね。変な風に聞かれても疑われても困るしさ。

 

 

 

 そう考えると周りが気になって確認してみる。あ、ロビーにはさっきの部屋にいた男性がいる。深い赤色の髪の魔族だ。あれ? そばにいるのは……さっき外で出会ったモニカだ。

 

 

 

 髪を後ろで結んで、少しくせのあるワインレッドの髪。整った顔立ちをしているからモニカはどことなく気品がある。あたしは自分の髪をつまんでみる。うーん、普通。

 

 

 

 そんなモニカはあたしに気が付いて頭を下げてきた。そんなにかしこまらなくていいのにさ。……そっか! さっきお父さんを待っているといってたからあの魔族の男性は父親なんだ。

 

 

 

「マオ、あの人を知っているの?」

 

 

 

 ミラが聞いてくる。

 

 

 

「うん、さっき会ったばかり」

 

 

 

 でもなんでここに魔族がいるんだろう。正直気になる。あたしが近づいてみると魔族の男性は笑顔のまま片手を自分の胸に当てて、丁寧にそしてゆっくりと頭を下げた。

 

 

 

「これは先ほどは挨拶もせずに失礼しました。あなたは当事者として不逞の魔族が起こした事件の解決に尽力いただいたと聞きました。私はモニカの父であり、魔族自治領ジフィルナの高等弁務官を拝命しておりますギリアム・パラナと申します」

 

「あ……えっと、あたしマオっていいます。その、よ、よろしく」

 

 

 

 自治領ジフィルナ? あたしは今のギリアムさんの丁寧なあいさつに散りばめられた言葉で頭がいっぱいになってしまった。言葉通りにとれば魔族は国を持っているのではなくて、どこかに自治を許されている状況なのかもしれない。国を失ったのかな、聞くのは怖い。

 

 

 

「マオさん、どうぞ今後ともよろしく。あなたは娘のモニカとお友達だったのですか?」

 

「お父さん」

 

 

 

 考え込むあたしの反応が遅れた。モニカがギリアムさんにいう。

 

 

 

「私が友達などというのはマオ様に対して迷惑でしょう。先ほどたまたまお会いしたばかりです」

 

 

 

 迷惑? なんでさ。あたしはその言葉に素直に反発した。というか、ちょっと怒った。だからむきになってしまう。

 

 

 

「モニカとはさっき会ったばかりだけど、友達って言ったらだめなのかな」

 

「え? い、いきなりどうしたのですか、マオ様」

 

「そのさ、様っていうのもおかしいから普通にマオでいいよ」

 

「……いえ、私などにそのような呼び方は」

 

 

 

 なんでさ。やっぱり意味が分からないよ。あたしは周りからマオ、マオ普通に呼び捨てにばっかりされているんだから、逆に様付けされたら困惑するよ。まあ、あたしは自分のことたまに様っていうけど。

 

 

 

 あたしはモニカの手を握ってぎゅうって力を入れる。ギリアムさんは少し驚いている。

 

 

 

「とりあえず改めてよろしく!」

 

「あ、あ、あ、よ、よろしくお願いします」

 

 

 

 とりあえずこれくらいで許してあげるよ。それであたしは離れた。

 

 

 

 モニカは自分の手を見てる。

 

 

 

 そのモニカに握手を求める手があった。ミラだ。なんか笑顔だ。代わりにモニカが手を振って慌てている。せっかく綺麗な顔なのに……いや、慌てているほうが可愛いかも。

 

 

 

「私はマオの友達でミラスティア・フォン・アイスバーグといいます。よかったら、私も」

 

「そ、それはいけません。け、剣の勇者の末裔であるミラスティア様とは魔族の身である私と近寄られるのはそ、その世間体というものがあります。お、お許しください」

 

 

 

 何を許すのさ。

 

 

 

「たとえ魔族であったとしても、同じ学園の仲間ですから」

 

 

 

 ミラはゆっくりと話す。この子の声は優しい、聞いてて落ち着く気がするんだ。

 

 

 

 なのにモニカは目が泳いでいる。あたしを見たり、ギリアムさんを見たりしている。だからあたしは聞いた。

 

 

 

「あたしやミラと友達になりたくないの?」

 

 

 

 その言葉にモニカがあたしを見た。目を開いて、口を少し動かしているのに声はない。

 

 

 

「そ」

 

 

 

 そ?

 

 

 

「そげなこつじゃなか……あ」

 

 

 

 かあぁって、とたんに真っ赤になったモニカが両手で顔を覆った。

 

 

 

「ち、違うんです。い、今のは。ち、違います」

 

 

 

 ……あたしにはわかった。モニカは素を隠している。でもまあ、たぶん悪い子じゃ絶対ないね。さすがにわかるよ。

 

 

 

「ふっ」

 

 

 

 ギリアムさんが笑った。

 

 

 

「失敬。思わず笑ってしまいました。我々魔族は王都では至極当然ではありますがご存じの通り肩身の狭い思いをしております。もしよろしければモニカとも今後も仲良くしてくださると、私としてはうれしい限りです」

 

 

 

 さっきの挨拶は演技な気がしたけど、今の言葉は本心な気がした。

 

 

 

「「はい」」

 

 

 

 あ、ミラとかぶった。ミラはあたしを見て口元を押さえて微笑んでる。あたしも笑った。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 モニカは一人だけだまりこんでいた。ギリアムさんは苦笑して続けた。

 

 

 

「お二人はモニカと同じくフェリックスの生徒なのですよね。であれば――」

 

「残念ながら、ミラスティアちゃんだけが生徒ですよ~」

 

 

 

 ほわほわした声。それなのにどこか冷たいそれが響く。

 

 

 

 振り向いた。そこには笑顔を張り付けた桃色の髪の女性がいた。ポーラ先生だ。そりゃ、まだあたしは入学してないけど、こんなところで言う必要ないじゃん。そう食って掛かろうとする前にポーラ先生が口を開いた。

 

 

 

「マオちゃんは不合格なので。仲間にはなれないと思いますよ~」

 

 

 

 ゆっくりしたその宣告。

 

 

 

「は?」

 

 

 

 あたしは絶句した。



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仕切り直し

 張り付けたような笑顔ってやつをあたしはみている。

 

 優しそうな顔して、ふわふわしている声音をしているのにポーラという人は怖い。ロイやクリスのように明確な敵意を持っている……ってわけじゃない、陥れようというか……そんなのとも違う気がする。

 

「そ、そんなのおかしいじゃん! だってまで時間はあるし」

 

 そうだ、あたしが入学するには2週間以内にFランクの依頼を100件こなすことが必要で、それがポーラ先生が「売ってきた喧嘩」だったはずだ。だからまだ、あたしが不合格と言われるのはおかしい。

 

 ポーラ先生は首をゆっくりと振って、その笑顔のままに言った。

 

「あなたがラナさんを味方につけたのは正直驚いたわ。それにたまたまとはいえ強力な魔物を倒すことに貢献して、しかも魔族まで退けるなんてね」

 

 そういえばラナが最初にあたしの邪魔をしてきたのはこの人の差し金だったはずだ。

 

「ラナがいい子で残念だったね」

 

 少し挑発をし返してみる、両手を腰においてふんと。

 

「そうねぇ。でも先生のいうことはそれとは関係ないわぁ。だって、あなたは重大なルール違反をしているんだから」

「ルール違反……?」

「そうよ。確か先生は明言したはずだったわよね。ねぇ、ミラスティアさん」

 

 びくりとミラが一歩下がった。振り向くとうつむいて怯えるように震えている。

 

「あらら、その様子だとちゃんとわかっていたようね。そうよねぇ。あなたとニーナさんは手伝ってはダメよぉ。ってちゃんとくぎを刺していたはずだったわよねぇ。マオさんも聞いたはずね?」

「…………」

 

 そうだ。だからこそミラはあたしを手伝うために変装までしてくれたんだ。だけど、ロイとの遭遇的な戦いでそれが分かってしまった。ただの偶然、全部偶然なんだ。

 

 ポーラ先生はあたしの横をすり抜けてぽんとミラの肩をたたいた。

 

「魔族の撃退お疲れ様ぁ」

「…………」

 

 顔を上げたミラの顔。泣きそうな、そんな顔にあたしは心底この桃色の髪の女に怒りを覚えた。

 

「ま、待ってください。今回のことは……全部私が勝手にやったことです。マオから頼まれたわけではありません。そ、それに、今回1度だけのことです」

「それをぉ……どうやって証明するのぉ? マオさんは記録によると今回の『功績』を含めて50回以上の依頼をこなしているわぁ。それにあなたが手伝わなかったって、どうして言えるの?」

「……こ、今回だけです」

「だから、どうやって証明するのぉ? ニーナさんも手伝ってないってことも証明できるの? ねぇ?」

「し、信じてください」

「だめ」

 

 声のトーンは変わらない。あたしは両手を握りしめた。

 

「わかったよ!!」

「あら」

 

 ロビーにあたしの声が反響する。モニカたちは正直何のことかわからないと思うけど、もう止められない。あたしはポーラを指さす。

 

「確かにあんたの言う通り証明する手段はないよ。でもミラの言っていることは全部真実だ。……ミラはあたしを心配してくれたからやったことで全部責任はあたしにある!」

「あらあらー、潔いわー」

「マオ……だめだよ!」

 

 あたしは両手を組む。足を広げてポーラに対峙する。

 

「要するに不正がないって明確にすればいいでしょ!」

「どうやってぇ?」

 

 ポーラの口角が上がる。あたしは一歩踏み出して宣言する。

 

「残りの時間を使って全部やり直しをする!! それで文句はないはずだよね!!」

 

 ポーラの目があたしを見る。何も言わずにただ見てくる。それをあたしは見返す。

 

「残りの期間を使ってぇ。100件の依頼を受けるってことぉ? 今までのすべてを投げ捨てて?」

「そうだよ、それなら文句ないでしょ」

「…………ふーん。じゃあ、聞くけどぉ。もちろん今までの合格の条件を引き継いでのことねぇ」

「もちろ――」

 

 モガ!? いきなり後ろから羽交い絞めにされた。な、なにさ。視界の端に赤い髪が見える。

 

「……ラナ」

「はあぁ。うっさいのよあんたの声は……遠くまで響くし……話を陰で聞いてたら……てあー、ほんと馬鹿ね」

 

 ラナがあたしの口元を押さえたんだ。い、いきなりなんだよ。抗議しようとしてもラナの目はあたしじゃなくてポーラに向いていた。

 

「先生。こいつの試験のやり直しというのはわかりましたけど、でもさすがに短期間での100件はほとんど不可能と言っていいと思います」

「それは、その子が言い出したことよ。ラナさん」

「ええ、ほんと、こいつ馬鹿で」

 

 ラナの視線があたしに向く。なんか……なんだろう、優しい顔をしている。

 

「期間の延長をできないのなら、こいつのパーティーを組む人間の制限をするのは流石にフェアではないと思いますが? 先生は私が言うように短期間での100件は不可能に近いと思っておられるなら、フェアではないことを認識されているはずです」

 

 理知的な話し方をラナがする。もしかしたら、いつもはこんな感じなのかもしれない。

 

「……さっきも言ったけどぉ。それを言い出したのは先生じゃないわぁ。その子よ?」

「わかっています。ただ、今回の魔族撃退は『あなたが功績と表現した』ように大きなことのはずです。少なくともFランク依頼としての評価はおかしい……。本来であれば、この一事のみで入学を認められても何一つおかしいことはないはずでは?」

「ふーん」

「そのうえで明らかに不可能な条件で再度試験を受けさせようというのは……最初から落とそうとする行為となんら変わらないと思いますが?」

 

 ポーラは少し考える素振りをしてから、ぱんと手を合わせた。それからにっこりする。

 

「先生わかったわ。ラナさんの言う通りよ。それじゃあ、当初示した残りの期間での試験再開とミラスティアさんとニーナさんの手伝いを許可しましょう―。ただし、ラナさんのお友達とかに何十人と手伝ってもらったら困るから、パーティーを組めるのはあなたと2人、そしてぇー。この子ね」

 

 突然にモニカに話が振られた。

 

「え? わ、私ですか?」

「そうよぉ。あなたとミラスティアさんとマオさんはおともだち、なんでしょ?」

「…………………」

 

 モニカが困惑してあたしを見てくる。ギリアムさんはさっきから何も言わずに静かに見ている。

 

「そうだよ、モニカはあたしの友達だ。でも、今回のことに関係があるわけじゃないから断ってもいいよ」

「……マオ様……」

 

 モニカが一度目を閉じる。それからギリアムさんを見る。

 

「モニカ。自分で決めなさい」

 

 快く頷いてくれる。だからモニカが言ってくれた。

 

「よく、わかりませんがお手伝いは致します。力にはなれないかもしれませんが……」

「……ありがとう。十分だよ。もが」

 

 また、ラナがあたしの口を押えた。

 

「待ちなさいよ。あんたらが友達になったかどうかなんてどうでもいいけど、魔族を連れてFランクの依頼をするなんて無茶よ。マオも、あとあんたも自分で分かっているでしょ」

 

 ……そ、そんなの。

 

「そう、ですね」

 

 口元を押さえられたままモニカが少し寂しそうに笑う。いやだ、なんかいやだ。

 

「ちょっ、暴れるんじゃないわよ。……ここは私に任せておきなさいって」

「んーんー」

 

 もがいてみてもラナから離れられない。

 

「まあ、いいわぁ。じゃあ今から再スタートってことで。その子をお仲間にするかどうかはマオさん達に任せるからね。あと残りは3日くらいしかないと思うけど頑張ってねぇ」

「は?」

 

 ラナが反応した。

 

「ま、待ってください。あと6日くらいはあるはずですよ!?」

「そうねー。期間はその通りよー。でもねぇ、昨日の事件でギルドは一時依頼の受付停止をしているって知らない?」

 

 そうだ、ニーナがそんなことを言ってた。

 

「あっ!? そ、それが再開されてから残りの日数が、み、3日!?……し、知ってたから私の提案を受け入れたんですか!?」

 

 ぐぐ。ぎりぎりとラナが力をいれて、くる。

 

「なんのことかしらー。でも先生は全面的にラナさんからの要望を受けましたからね」

「3日で100件!?」

「そうよー」

「そ、そんな……そもそも依頼受付を停止するならその分の試験期間は延長するべきです!」

「だーかーら先生はちゃーんと『当初示した残りの期間での試験再開』って言ったでしょーー? 聞いてなかったの?」

「…………そ、そんな馬鹿なこと」

 

 う、うぐぐ。い、息ができない。ち、力こめ、こめすぎ。ラナ。ギブ、ギブ。し、しぬ。

 

「別にモニカちゃんを仲間に入れなくてもいいわ。それにこの問題はそこの死にかけているマオさん一人の問題だから、ミラスティアさんやニーナさん、それにラナさんにもなーんにも関係ないことですからね」

「死にかけているって……わっ、ごめん」

 

 げほげほ。ほんとに死ぬかと思った。あたしは口元を袖で拭いて。ポーラをにらみつける。

 

「先生は口が上手いね」

「ありがとー」

「でもさ、あたしは負けないからさ。なにがなんでも入学してみせるよ」

「がんばってねー。あ、田舎に帰る用意も一緒にしておいてねー」

 

 ニコニコ笑うポーラ。あたしはくるっと踵を返す。その背中に追い打ちが来る。

 

「そうそう、ラナちゃんはねー。先生からマオさんのことを依頼したときにはー。こーんな才能もない屑って言ってたわよー」

「…………ち、ちが」

 

 ラナが慌てたような声を出す。あたしは振り向いた。そして言ってやる。

 

「そんなのどうでもいいよ! ばーか!!……行こう、ラナ、ミラ……モニカ」

 

 今更そんな挑発なんかマオ様に効くもんか!

 

「わ、私もですか?」

 

 モニカが困惑したように言うから手を差し伸べる。

 

「あたりまえだよ。ほら!」

 

 

 ギルド本部から出て噴水の近くで大きなため息をついた。あー疲れた。

 

 全くあの人はなんだろう。なんでここまで突っかかってくるのかわけがわからないよ。

 

 後ろを見ると3人がそれぞれうつむいているし、ラナはため息をついている。

 

「あんたさ。心臓オリハルコンなの?」

「なにそれ。あ、ていうか、さっきはアリーさんを待っていたんだよね。勝手に外に出ちゃった。……い、今から戻るのカッコが悪いなぁ」

「そういえばそうね……あたしとあんたはともかく……ミラスティアは戻らないといけないんじゃないの」

「あ、えっ、そ、そうですね」

 

 ミラが顔を上げた。その前にラナ行く。

 

「あんたさ。ミラだって? あのへんてこな格好をした」

「…………は、はい」

 

 あ! そうか……あれだけミラが関係者ってことを言ってたらわかるよね。陰で聞いてたってことをラナが言ってたから

 

 いや、もしかしたらもともとラナも薄々でも感づいていたのかもしれない。だって、今朝からラナは一度も「ミラ」の話をあたしにしなかったから。不自然なくらいに。

 

「ラナ。それはあたしが」

「マオは黙ってなさい!」

 

 うぐ。ラナはミラから視線を外さない。

 

「私をだましていたの?」

「…………ごめんなさい」

「ふーん」

「あ、あう。お、折を見てちゃんと話そうと思っていました」

 

 ミラはこういう時全然口が回らない。あたしは間に入ろうとして、ラナがじろりと見てきた。うっ、なんか先に行動を読まれているみたいに思う。

 

「なんで?」

「なんで…………マオの手伝いをするために、変装をしてました」

「……はあ。単純な理由……もうすこしひねった理由がないのかしら」

 

 ラナがこめかみに手を当てて下がる。

 

「じゃあ、私があんたのことを性格悪いって言ったのも聞いてたってことよね」

「…………き、気にしてません」

「私が気にするのよ。それにマオのことはマオのことでさっきポーラ先生が言ったとおりだし。……あーもう、性格悪いのは私じゃない」

 

 ラナが足元にあった小石を蹴った。

 

「ばっかみたい」

 

 なんて声をかけよう。あたしには言葉がない。

 

「そうでしょうか?」

 

 意外だった。

 

 モニカが最初にラナに声をかけた。驚いたのはラナも同じみたいでゆっくりと振り向く。

 

「私はラナ様ともお二人とも今日お会いしたばかりでよく経緯は存じませんが、うまくは言えませんが、ラナ様からは悪い気……なんといいましょうか、その悪意のようなものを感じることができませんが……」

「…………変な言い回しで慰めなくてもいいのよ。私はあんたのことだって魔族だって思っている。正直今でもパーティに入れることは反対よ」

「それは……単なる事実です。そのうえでパーティーのことを考えることも、そしてそう思われること自体も問題とは思いません」

「……………………あああーーー! もう、なんなのよあんたら!!」

 

 ラナがあたしを指さした。

 

「あんたのことをその、く、屑っていったのはほんとよ!」

 

 次にミラを指さす。

 

「あんたについて陰口を言ったの聞いてたでしょ!?」

 

 そしてモニカを指さす。

 

「あんたのことを仲間に入れないようにしようとしたことをさっき見てたでしょ!!?」

 

 ラナが頭を押さえながらうつむく。

 

「ああ、もう、なんなのよ。私だけ性格悪いっていうの!? ちょっとは気にしなさいよあんたら!! おかしいんじゃないの??」

 

 あたしは少し考える。

 

 ここ数日のことだ、ラナに出会ってから短い間だけどいろんなことをした。たしかに出会ったときは戦ったりもしたけど、それは昨日謝ってくれた。だから、

 

「ラナ」

「何よ」

「今日はシチューが食べたい」

「は?」

 

 あたしは両手を組んでいう。ラナは何を言っているかわからない顔をしている。

 

「いーお肉といー野菜を使ったシチューが食べたい!」

「は? 馬鹿?」

「全部ラナのおごりね」

「…………………はぁ? ……あんたさ……そんなんでいいの?」

「そんなんでいいよ。あ、ミラもモニカも来るよね」

 

 2人は驚いている。

 

「マオ……来るってどこに?」

「そりゃ、ラナの家だよ。そうだそのまま泊ればいいじゃん」

「……シチューを食べに?」

「そうだよ。嫌かな?」

 

 ミラは首を振る。

 

「ううん、全然そんなことはないよ。マオと話したいことが、いっぱいあるから」

「そっか」

 

 あたしは自然に笑顔になった。あとはモニカだけど、

 

「私は遠慮したほうが」

「え? 嫌なの?」

「い、嫌ではありませんが」

「じゃあ、来るよね」

「……いきます」

 

 よし。どうせ依頼も受けられないから今日は買い出しとかに行こう。

 

「そうだラナ、ニーナも誘わないとね」

「あんたね。そんなに椅子とかないし寝るところもないからね。わかってんでしょ?」

「別にいいじゃん。何とかなるって」

「何とかなるって……」

 

 そこでラナがふって笑った。あたしもつられて笑った。

 

 何か話をするにしてももっと落ち着いてから話をしたほうがいいと思う。だから、もしも話すことがあれば今日の夜に話そう。そっちのほうがいいとあたしは思うからさ。

 

「じゃあ帰ろう」

「あ、待って、マオ」

 

 ミラ……あ、そうかアリーさんのことを待ってないといけないからか。あー。そうだ、ということはポーラともずっといないといけないのかな。あたしはミラが心配になってきた。

 

「ミラ、もしもあの陰険な先生が何を言ってきても、バーカって言ってやればいいんだからね?」

「……いや、マオ。昨日のこと、私が邪魔をしたから、こんなことに」

「ミラがいなかったら昨日はロイに負けてたよ。それにあたしはまだ、この勝負に負けてない。ミラが手伝ってくれるなら、絶対にあいつに勝てる」

「……」

 

 ミラがあたしをまっすぐ見てきた。綺麗な瞳だなぁっていつも思う。でもなんか、今日は光が強いような。

 

「私は全力でマオを助けるよ」

「うん。頼りにしてる」

 

 ほんと、頼りにしてる。よーしじゃあ、帰ろう。

 

「あ、そうだミラ。アリーさん達には言い訳しておいてね」

「いいわけ……。うん」

 

 ミラが言い訳を考える……自分で頼んでおいてもしかして一番苦手なことを頼んだのかもしれない。

 

 



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魔族と人間


黒てー様よりマオを書いてもらいました!


【挿絵表示】



 とりあえずやらないといけないことは2つだ。

 

「ニーナを探しに行くことと、シチューの材料の買い付けに行かないといけないね」

 

 街中をのんびりと歩きながらラナに言う。

 

 Fランクの依頼は受けられないから、急いでやらないといけないことがない。ポーラとの勝負は「3日で100件の依頼をすること」だからあわてないといけないのかもしれないけど……。

 

「ニーナってどこに住んでいるの?」

 

 ラナが聞いてきたけど、あたしは知らない。

 

「知らないよ」

「友達でしょ?」

「そうだけどさ……あたしもニーナもここ最近王都に来たばかりだから、お互いどこにいるのか全然知らないや。今朝ギルドで会ったのは偶然だよ」

「ふーん。ま、いいわ。まだいるとは思わないけど、ギルドに行ってみるわよ。窓口でどこにいるのか教えてもらえるかもしれないし」

「そうだね。……近くに商店や市場もあるし、買い物にも便利だよ。あ、お肉はいいやつで」

「あんた……人のお金だと思って……」

 

 そりゃあね。あたしもおいしいものを食べたいからさ。

 

「ところでマオ。あいつさ」

「うん……」

 

 ラナが後ろを親指で指さす。少し離れたところをモニカが歩いてる。あたし達と一緒に歩こうとしない。

 

「モニカ―! 遠いって」

「マオ様……いえ、私はここで十分です」

 

 何が十分なのかわけがわからないよ。たぶん、魔族のモニカとあたしたちが一緒にいることにならないようにしているんだと思うけど……むかっ、それを考えるとなんかムカついてきた。モニカに対してじゃないよ。

 

 あたしは走り出してモニカの右手を取る。

 

「ほら、遠いって」

「あ、あのマオ様」

 

 半ば強引に連れてくる。ラナは額に手を当てて、あきれてる。し、しかたないじゃんこんなことしか思いつかないんだから。

 

「あんたってほんと単純よね」

「悪かったね」

「悪かないわよ」

「あ、あの、マオ様」

 

 見るとモニカの手を握ったままだった。あ、ごめん。

 

「いえ……」

「モニカもへんな気遣いをしなくてもいいよ」

「…………はい、気を付けます」

「だーから、その感じだよ」

「………すみません」

 

 う、これは時間がかかりそうかも。まあ、いいや。とりあえずさっきラナが言った通りにギルド支部へ行こう。

 

 

 お昼は過ぎてる。ギルド支部の中では職員さんたちがあわただしく動いているけど、冒険者らしき人は少ない。見ると掲示板に「依頼受付の停止」って書いてある。やっぱりポーラの言ったことは本当だったんだ。

 

 あたりを見回す。ニーナの姿もないや。当たり前だよね。

 

 掲示板の前でコートと帽子をかぶった青い髪の女の子が張り出された新聞を読んでる。

 誰だろ?

 

 あとは……あ!

 

 いつもあたしの依頼を受けてくれる受付のお姉さんだ。初依頼が終わった時に拍手してくれたこともある。

 

「お姉さん!」

「は、はい! あ、マオちゃん」

「ちゃん……まあ、いいけどさ。忙しいところごめん。ニーナ……ニナレイア・フォン・ガルガンティアって女の子がどこに行ったか知らない?

「力の勇者の……? ああ、ニナレイアさんはさっき帰ったわ」

「そっか……さがしているんだけどさ。あとニーナはさん付けなんだ」

「さすがにどこに住んでいるのかは教えられないけど。あとニーナってあだ名?」

「そう」

「ふーん。……あ、いけない。ご、ごめんね。今日は忙しいから」

 

 お姉さんはそれだけ言って足早に離れていく。うーん、ニーナがどこにいるのかわからない。どうせなら今日一緒にご飯食べられたらいいのに。

 

「見つからなかったの?」

「ラナ……うん」

「仕方ないでしょ。とりあえず買い物して帰りましょ」

「そうだね、あれ? モニカは?」

「あいつならギルドの外で待っているみたいよ」

 

 また、気を遣っているのかな。はあ、結構難しい問題かも。

 あたしとラナはギルドから外に出る。あれ? いないや。どこに行ったんだろう。

 

「……ね……」

 

 ん、ちょっと声が聞こえる。ギルド脇の小道からだ。細くて暗い、建物と建物の間にモニカがしゃがみ込んでいる。後ろからだけど、癖のあるポニーテールが揺れている。

 

 近づいてみる。

 

 あ、この前ついてきた白猫だ。水路についてきたんだよね。……モニカの前でころんと転がっている。それをモニカは優しくなでている。

 

「こんなところでなんばしよっとねー。どこの子~?」

「!」

「!」

 

 あたしとラナは顔を見合わせた。モニカは楽しそうに猫をなでている。あたしたちには気が付いていないようだった。そういえばさっき嫌がってたもんね。

 

……あたしは人差し指を唇に当てて、後ろに下がろうってラナにジャスチャーをする。ぬきあし、さしあしで後ろに下がる。

 

 ぱきっ。き、木の枝ふんじゃった。ラナの軽いチョップがあたしの頭をたたく。

 

 びくりとモニカが震えた。それから本当にゆっくりとぎぎぎぎと後ろを振り向く。目を見開いて、少し唇をかんでる。ほのかにほっぺたが赤い。

 

「……ア、ア。マオ様。用事は終わりましたか?」

「あ。はい」

 

 あたしは頷いた。モニカはそれから目を泳がせながら言う。

 

「今、何か聞きましたか?」

「…………よーし、買い物いこっか!」

「あ、あの。マオ様。……あの、ラナ様は何か聞きました!?」

「…………それじゃあ! 市場に行くわよ!」

「おー!」

「あの……」

 

 あたしとラナは通りに出た。

 

 

「よいしょっと」

 

 あたしは大きな包みを両手で抱える。中にはジャガイモとかが入っている。どうでもいいけど、ジャガイモってあたしが魔王だったころはなかった。ラナに聞いたら遠くの国で見つかったんだって。

 

 ラナもモニカも同じように包みを抱えている。

 

「…………すみません」

 

 突然モニカが謝った。

 

 理由はわかる。あたしたちが買い物しようとするといくつかのお店で断られたんだ。魔族に売るものはないってさ。だからもう結構な時間だ。太陽が傾きかけている。

 

「モニカのせいじゃないよ」

 

 あたしはそういうしかない。なんどか喧嘩しそうになったけど、そのたびにラナに止められた。……正直それだけじゃない。モニカが歩くとどこかでひそひそと話声が聞こえた。なんて言っているのかまではわからないけど、ひどく冷たい感じがした。

 

「…………」

 

 ラナも何も言わない。モニカは申し訳なさそうにうなだれている。

 

「魔族が起こした事件があって昨日の今日ですから、仕方ありません。それよりもお二人にご迷惑をおかけしたことが申し訳ないです」

 

 モニカはあたしに向かって言う。その表情はとても寂しそうで、あたしは胸がきゅうっと締め付けられるような気がした。

 

「だから! モニカのせいじゃないって言ってるじゃん!」

 

 だから叫んでしまった。モニカはびくっと震えている。……やってしまった。

 

「ごめん。いきなり叫んでさ」

「いえ、お気遣いありがとうございます。でも、今回のことがなくても私たち魔族は数百年前に人間と戦争をして多くの命を奪ったのですから……。先ほどの方々の気持ちも正当なものと思います」

 

 正当? 当時生まれてもないモニカを責めることが? 

 

 あたしは唇をかんだ。胸の中に黒い何かが生まれそうで、声が出せなかった。首を振った。

 

「なにしてんのよ。早く帰るわよ。あんたら」

 

 ラナの言葉にはっと顔を上げる。正直声をかけられて助かった気がした。……はあ、戦争……戦争か……。昔のあたし……魔族も必死だった、なんてことを今のあたしが言っても誰も聞いてくれやしないだろうと思う。……ミラくらいかな。

 

 夕日の中で坂道を下りる。ラナを先頭に3人並んで。お互いに言葉はない。

 

「なに、落ち込んでんのよ」

 

 不意に、振り向かずラナがいう。あたしから見ると背中が目の前にある。

 

「あんたはいつもみたいに変に元気なくらいがちょうどいいんじゃないの?」

「…………」

「それにさ、モニカ、あんたも」

「は、はい。私ですか?」

「言いたいことがあればこいつには………………………私にも………はっきり言ってもいいわよ」

 

 ラナがふんと鼻を鳴らす。表情は見えない。どんな顔をしているんだろ。

 

 そのまま坂を下りて街路を歩く。

 

 あれ、なんだろう、この先は行ったらいけない気がする。そう思った時は遅かった。

 

 路地を曲がると開けた通りに出る。

 

 そこは昨日ロイとウォルグが戦った場所だった。巨大な穴が開いた広場、そしてその周囲には崩れた家屋や商店が立ち並んでいる。

 

「あ」

 

 モニカの声がする。

 

 

 大穴の前に顔の前に金髪のフェリックスの制服を着た女の子がいた。

 

 ショートカットで片方の耳にピアスをしている。ニーナだ。

 

 あたしは声をかけるか迷った。でも、早くここを通り過ぎたほうがいいと思う。ラナも同じ気持ちみたいだった。ニーナが何をしてるのかわからないけど、あたしたちは足を速めた。

 

 そういえば、ウォルグはニーナに関係しているはずだ。それを何か確認しに来たのかな。

 

「魔族!」

 

 その時、あたしの視界の端に飛び込んでくる何かがあった。

 

「モニカ危ない!」

 

 あたしは包みを手放して、モニカを抱いてかばった。その横を握りこぶしくらいの石が飛んでいき、かつんかつんと地面ではねた。危なかった。

 

「な、なにすんのよ! 誰よ。今の!」

 

 ラナが叫んでいる。あたしも困惑するモニカに怪我がないか聞きながら振り返った。

 

 そこには普通の女の子がいた。背丈からあたしよりも年下だと思う。

 

 黒くて長い髪をへアバントで留めたその子は、目元に涙をためて、あたしたちをにらみつけている。

 

「なんで、私たちの街に魔族がいるの!? 出てってよ!!」

 

 少女が叫んだ。明らかにモニカを憎悪して睨んでいる。

 

「マオ様、平気です。大丈夫ですから」

「……なにがさ」

 

 モニカがあたしをやさしく押して離す。散らばったジャガイモを踏まないように少女の前に出る。

 

「……私はモニカと申します。こちらの住民の方ですか?」

「お前の名前なんてどうでもいい! ……私の家はあそこだ!」

 

 見る。少女の指が指さした先には半壊した家屋がある。

 

 騒ぎがだんだんと大きくなっていく。周りの大人たちも、いやここの住民たちが集まってきている。それぞれがモニカを一目見て、驚いてから睨んでいる。

 

「いきなり……いきなり家の前に大きな穴が開いて……昨日は、家が崩れているから、家族で固まって寝たんだ……なんで、なんでこんなことにならないといけないの? 全部、全部お前ら魔族のせいだ!!」

 

 その少女が力の限り叫んだ、そういう風にあたしには見えた。モニカはそれにただ頭を下げた。

 

「申し訳ございませんでした。魔族の起こした事件で皆様が感じた苦痛にはお詫びのしようがございません」

 

 静かに、ゆっくりとモニカは言う。

 

 なんでさ、なんでモニカが謝らないといけないのさ。

 

 あたしは踏み出そうとした、だけど、一瞬だけ立ち止まった。いろんな人の声が聞こえてくる。

 

 ――ふざけるなよ

 ――私の家を返せ

 ――お前ら魔族はやはり危険だ。

 

 怨嗟が渦巻くのが目に見えるようだった。声がどんどん広がっていく。その中でただ一人、モニカがたたずんでいる。

 

 この人たちは昨日、ただ不運だったからいろんなものを失ったんだと思う。どうしようもない感情があると思う。全員悲しんだと思う、でもそれでも。

 

 罵声の中でさっきの少女が足元の石を拾った。あたしは飛び出した。

 

 石が飛ぶ、頭に、衝撃があった。……くらりとする、ラナとモニカのそれに、ニーナ?の声がするけど、なんて言っているのかわからない。

 

 ただ、その場でちゃんと立てるように足に力を入れた。

 

 前の前に大勢の人たちがいる。あたしを見て、困惑したようなそんな顔をしている。右の視界が赤い……? まあ、いいや。

 

「あたしはマオ。昨日の事件の当事者だった冒険者見習いだよ」

 

 あたしの言葉に動揺がさらに広がっていく。これが怒りに変わったりしたら、きっともう話なんてできない。モニカが心配そうに言葉をかけてくれるけど、気にする余裕がなかった。

 

「地下水路にいた魔族と戦って。あたしが弱かったから街が壊れたんだ……それが事実、この子は関係ないよ。何一つ関係なんてない」

 

 くらくらする。でもあたしは気を張った。

 

「そ、そいつだって魔族だろうが! いつ暴れだすかなんてわかるわけがない!」

 

 中年の男性が叫んだのが見えた。あたしはそちらを見る。

 

「じゃあさ……この子の名前をあんたは知っているの?」

「……関係ないだろうが!」

「関係ある! 魔族がどうかじゃない。この子がどんな子で、どんな名前なのかも知らないなら……責めるのは……おかしいじゃん」

 

 女性の声がした。姿は人影の中で見えない。

 

「魔族は昔いきなり王都を攻めてきたのよ!? あなただって3勇者の話は知っているでしょう!?」

「それは、その時代の魔族に責任があるだけ! モニカが謝ることなんて何もないっ!」

 

 そうさ、あたしとそして「父」に全部責任がある。今いるのがあたしだけなら、責められるなら、それは「自分」だけだ。

 

 さっきの女の子が前に出てきた。涙をぽろぽろと流している。あたしの顔を見て少しびくりとしながら、それでも唇を開いた。

 

「じゃあ、私は誰を恨めばいいの? なんでいきなりこんなことになったの? 私たちが何かしたの?」

「…………何も悪くなんてないよ。でも、それはモニカだって悪くなんてない。恨む相手が欲しいなら、当事者のあたしを恨んでくれていいよ。でも……お願いだから、魔族だってことだけで、モニカを恨むのはやめて……お願いだから」

 

 あたしもお願いすることしかできない。この場の恨みを、この場の感情を、魔族と人間の対立を……どうすることもできない。

 

「あ、あんたたち……こ、これいじょうや、やろうってんなら。私が相手になるわ」

 

 震えた声でラナがあたしの前に出た。

 

「マオもモニカも私の後輩なんだから、それにマオが当事者なら私も事件にかかわっていたわ。文句があるなら……とことんやってやるわ! 口喧嘩でも、ただの喧嘩でも!」

 

 ああ、足が震える。なんか立っているのがしんどい。ふらふらする。

 

「大丈夫ですか!? マオ様」

 

 モニカが支えてくれた。

 

「うん、大丈夫。あんがと」

「はい…………いえ………そんなわけないでしょう! あなたは馬鹿ですか!?」

 

 モニカの目から大きな涙が落ちてくる。赤い瞳から透明なそれが夕日に光って綺麗だって言ったら、怒られるかな。

 

「そいつは馬鹿だ。今さらだな」

 

 あたしを抱えてくれる腕があった。金髪の少女……ニーナだ。

 

「ニーナ」

「今だけはその変な名前の呼び方は許してやる。そもそも何をしているんだ馬鹿」

「あの、あなたは」

 

 この子はニーナ、って言おうとしたら。声が出ない。なんかすごく眠たい。

 

 あたしは、深い、暗い場所に落ちていく。

 

 

 

「んん」

 

 あたしは目を覚ます。目の前にあったのはラナのうれしそうな顔だった。ただすぐにむすっとした表情になる。ころころ変わるなぁ。

 

「やっと起きたの? 馬鹿!」

「今日はさ、もういっぱい、ばかばか、言われるね。ここ、どこ?」

「ほんとのことだから仕方ないでしょ……。どこって、家よ」

「家?」

 

 あたしが起き上がろうとすると、ラナが止めた。

 

「頭打ったから、軽い脳震盪だろうって、さっき神父様が来て言ってくれた。あ、ちゃんと治癒の魔法をかけてくれたんだから今度お礼を言いなさいよ」

 

 そっか、神父様が来てくれたんだ。たしかラナの先生だったね。

 

 あれ、ここはラナのベッド。みるとラナは制服の上着を脱いで椅子に足を組んで座っている。

 

「あんたさ……」

「なに?」

「あんたが気を失ってから。大工の人が来て教えてくれたんだけど。なんか……あの一帯の修繕のお金を出したって?」

「あ……」

 

 親方だ。……。

 

「モニカとあんたを責めてた連中はさ、しょげかえってたわよ」

「……勝手なことしたから……あの人たちに悪いこと、したかな」

「……そんなわけないでしょ!? なんでそうなるわけ!?」

「わっ」

 

 びっくりした。ラナがあたしの肩をつかんだ。

 

 ラナは笑っているようで、顔がひくついている。

 

「あのねー。そういうことは年上とちゃんと相談しなさい。あれで持っているお金使い切るなんてほんと馬鹿? ていうか、私にちゃんと言いなさい」

「う、うん。ごめん」

「いい? 今後わけのわからないことをする前に私に相談! はい、は?」

「……は、はい」

 

 ぱっと手が離れる。ばふんとあたしは枕に倒れた。ラナは両手を組んで立ち上がる。

 

「今シチューを作っているから終わったら呼びに来てあげる」

「うん」

 

 ラナがそれだけ言って部屋から出ていこうとする。ドアノブに手をかけたところで、少し止まった。

 

「マオ。あんたの秘密。ミラスティアの知っている秘密はいつかちゃんと私にも教えなさいよ……あんたはさ、ニナレイアと……あとモニカと同じで私の後輩なんだから、知ってないとわかんないわよ」

 

 それだけ言ってラナは出ていった。

 

 

 

 

 



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幕間:夢と暖かな食事

 

 ここは、どこだっけ。

 

 月明かりの綺麗な夜。

 

 窓の外を見ているあたしがいた……いや、違う。正確に言えば、これは……「あたし」じゃない。

 

 窓辺にいて、月を見ている彼女は……長い黒髪に長い耳。あたしからは顔が見えない。ああもう、なんだろ、これ。

 

 この部屋は知っている。本棚にはびっしりと高そうな表紙の本が詰まっていた。あたしはこれをたまにぱらぱらと読んでた記憶があるよ。

 

 懐かしい? どうだろ、あたしにはわからない。わからないのはおかしいと思うよ。だってここ、あたしの部屋だった場所だ。…………もう今はどこにもないはず。何百年も昔に燃えて消えた場所だ。

 

 あそこに立っているのは過去の魔王。

 

 ……つまり、自分の姿だ。たぶん夢だよね。これ。ほっぺたをつまんでみると少し痛いし……え、夢じゃないなんてことないよね。だってなんであたしは自分の姿を後ろから見ているのさ。

 

 ああ、やだなぁ。この夜のことはちゃんと覚えてる。嫌な夢だよ。

 

 この日は、父が剣の勇者に倒されたと聞いた日だ。遠い戦場で戦ったらしい。

 

 悲しい気持ちがあった、かどうかは覚えてない。あたしにとっての父親は……一言で言えるような存在じゃなかった。気難しくて誇り高くて、それであたしには厳しいというか……ううん……どうせ、夢だからはっきりいうけど……冷たかった……。

 

 だから戦死のことを聞いたとき、正直どう感じればよかったんだろう。

 

 そういえば、この時の自分はどういう顔をしていたんだろう? 

 

 そうか、どうせ夢だ。だから、きっとこの時の顔だって見ても、いいはずだ。

 

 あたしは黒髪の魔王に近づく。手を伸ばす。

 

 その手を、誰かにつかまれた。

 

 驚いて振り向くと、そこには黒い影があった、まるで炎のように揺らめく影。でも、人のような輪郭を保っている。そいつはあたしを見ていた。

 

『――。人間を殺せ。一人残らず殺せ。今まで魔族を殺してきたことの報復をしろ』

 

 ああ、これはきっとあたしの記憶の中にある父親だ。さすが夢だなぁ。

 

 そうだ、あたしは子供のころからこうやって言い聞かされてきた。何度も何度も。

 

 でも、なんでこの場面に出てくるんだろう。めちゃくちゃだ。なんの脈絡もない。ただ、最初の方は聞き取れなかった。……前のあたし、魔王としての自分の名前だった、気がする。

 

 

 振りほどこうとしたけど、すごい力だ。それどこから、その父親の影がどんどん広がっていく。月明かりの夜を染めていくことそれが、なんだかすごく怖かった。

 

 目の前に顔がある。目と裂けた口。でもその表情は思い出せない。人間として生まれ変わってからだったかな。死んだ父親の顔が思い出せなくなったのは、いや……その前からだったかな。

 

 どうせそれもあたしの記憶だ。体を包んでくるどす黒い影、まとわりついてくるそれ。どうせ消えるはずだよね。

 

『消えたりしない』

 

 え? 前の前の影がわらった。

 

『お前は俺を殺した剣の勇者の子孫と何をしている? お前を殺した剣の勇者の子孫となぜともにいれると思っている? モニカとかいう小娘……魔族を責める人間の姿を見ただろう? いずれ、いつか、全部が壊れていく』

 

 これは……記憶じゃない? 影の言っていることはきっと、ミラのことだ。

 

『俺たち親子だけじゃない。どれだけの魔族がその身を切り裂かれたかを思い出せ。あれは、憎むべき敵だということを思い出せ』

 

 …………うるさい。

 

『すべては破滅するさ。だからすべてを壊せ。殺せ。魔族が人間として転生したとしても人間もどきに過ぎん、くくくくはあはははああ。いずれ魔族に戻る時が来る』

 

 …………これはただの夢だ。なのになんでこんなに頭に響くんだろう。あたしの父親は死んだ。「お父さん」は元気だ。だからもう、この影とは関係がないはずだ。早く夢から覚めてほしい。

 

 そう思った。だけど、ずぶりとあたしの足が地面に飲み込まれていく。暗い影があたしを取り込んでいく。

 

 昔聞かされた父親の怨嗟の声が響く。もがけばもがくほど、苦しくなっていく。あたしはその中でもがきながら手を伸ばした。

 

 誰かにその手をつかんでほしかったんだ。闇の中で、誰かに。

 

 

 手の先にぬくもりを感じる。

 

「ん」

 

 目を開けると天井が見える。ああ、そうだ。ラナのベッドに寝かせてもらってたんだ。あれ、なんだろう右手があったかい。

 

「おはよう。……夜だけど」

 

 銀髪の少女があたしを見下ろしていた。その両手であたしの伸ばした右手をやさしく包んでくれている。

「おはよ、ミラ」

「うん」

 

 ミラはやさしくあたしに微笑んでくれた。少し泣きそうになる。……泣いたりなんかしないけど。うわ、汗でシャツがくっついてる。あとでお風呂に入ろ……。

 

 あたしはベッドから降りる。

 

「嫌な夢をみたよ」

 

 率直に言った。ミラは少し迷ったように言う。

 

「もしかして…………昔の夢?」

「…………そう。でもなんでわかったの? ……もしかしてあたし寝言とか言ってた?」

「いや……ただ苦しそうな顔をしてたから」

「そっか。あ、いてて」

 

 くらっとして頭を押さえた。ミラは心配そうに駆け寄ってくれる。

 

「また無茶したって聞いたよ」

「そういうつもりだったわけじゃないけど……」

 

 モニカが責められるのはおかしいって思ったんだ。ただそれだけだよ。

 

 ……ん、なんかいいにおいがする。

 

「マオがシチューを食べたいって言ったんだよね? 私も遅れてだったけど少し手伝ってよ。今ちょうど起こしに来たところ」

「……そういえばそうだったね」

 

 ぐぅ。

 

「…………」

 

 は、はずかしい。おなかがなるなんて。

 

「……ふふ」

 

 ミラの笑い声。なんだろう、いつも思うけど……優しく思える。一瞬、夢のことを考えた。

 

「ねえ、ミラ」

「なに?」

「もしも、もしもさ」

 

 一緒にいられない時が来たら。

 

「やっぱりなんでもないや」

「?」

 

 ミラが不思議そうな顔をしている。そうだね。あたしにはまだ聞く勇気がないよ。

 

「そう……? でもマオ。なにを聞こうとしてくれたのかわからないけど、もしも聞いてくれると気があれば、私は……ちゃんと応えるよ?」

「………………………うん」

 

 あたしは立ち上がってドアを開ける。おなかもへったしね。

 

 

 

 

 

 

 いいにおいがする。

 

 ラナの下宿はそんなに広くはない、奥に料理ができるスペースがあるけど、魔法で火を起こすことのできるラナがいないとまともに使えない。

 

 だから、さっきまで寝ていた部屋のドアを開けるとすぐにリビングだ……いや、リビングなんて洒落たこというのも少し恥ずかしいくらいこじんまりとした場所だ。

 

 いつもあたしとラナが一緒にごはんを食べるテーブルがある。

 

 そのそばにニーナが立っていた。上着を脱いで、シャツと少し緩めたリボン。

 

 ニーナはあたしを見て、ほんの少しの間だけほっとした顔をしてから、むすっとする。

 

「なんだ。起きたのか」

「うん。おはよう」

「今は夜だ」

「そうだね」

 

 天井には明かりがある。これもいつもラナが魔法で照らしてくれている。あたしも魔力がちゃんとあればできるんだけど、無理。

 

「ニーナも来てくれたんだ」

「……ふん。まあ、あの広場から成り行きだ。どうせならラナさんがご飯を食べて行けと言われて、手伝っている」

 

 よく見たらニーナはテーブルを拭いている途中だったみたいだ。

 

「あたしも手伝うよ」

「いらん」

 

 にべもなく断られた。あたしとミラは顔を見合わせて苦笑する。ニーナっぽいよ。

 

「手伝いが必要なら奥でラナさんを手伝ってこい」

「うん。そうするよ」

 

 あたしとミラは奥へ……いや、奥っていっても少ししか歩かないけどさ。

 

 

 調理場は石造り。窓が開いていて、誰もいない。あれ? ラナはどこに行ったんだろ。

 

「なんだかあったかいね」

 

 ミラが言う。

 

「狭いからね。ラナなんていっつも、なんでこんなに狭いのよって怒ってるよ」

 

 あたしのラナの真似がなんだかおもしろいみたいでミラがくすくすと笑う。

 

 小さなかまどが一つある。その中では赤い炎がぱちぱちと木を燃やしている。その上に大きな鍋がふたがしてあってぐつぐつ音がする。

 

 というか、いいにおいがする。たぶんこれ、中身はシチューだ。

 

 あたしはごそごそと木製のお椀を出す。

 

「だ、だめだよマオ。そんなの」

 

 何をするのか察したミラに止められる。でも、正直おなかがへった……。

 

「ひとくち……」

 

 あたしは正直に漏らした。いや、なんだろ、疲れていたからか率直に言ってしまった。

 

「うぅ」

 

 ミラがすごい困惑した顔であたしを見ている。……そ、そんなかわいそうなものを見る目でみないでよ、あたし今どんな顔をしていたんだろ。

 

「ひとくちだけ……だよ?」

「なわけなーいでしょ!?」

 

 わっ、ラナがミラの後ろから出てきた。

 

 両手を腰においてあたしに笑顔を向けてくる。ひくひくと顔が引きつってますよ?

 

「あんたは何いきなりつまみ食いしようとしているのよ!? ちょっとくらい我慢しなさい! ……ああーもう、人が少し目を離したすきに……もしかしてあんたもつまみ食いしようとしてたの?」

「え、ええ? いえ、私は」

 

 ミラがおどおどしてる。ラナははあとため息をついた。

 

「もう少しでできるから、マオとミラスティアは椅子とか出してなさい!」

「え? でもさ、ラナ。椅子なんてないよ?」

「どっかからてきとうに座れそうなもん持ってきなさいよ」

「む、むちゃくちゃだぁ」

「とにかく、つまみ食い二人はでていけ」

 

 ミラが「ぬ、濡れ衣です」と言っているけど、ラナはあたしたちの背中を押して調理場から追い出した。

 

 するとテーブルで食器を並べていたニーナがあたしたちを哀れんだ目で見てきた。

 

「ぬ、濡れ衣だよ? ね、ニーナ!?」

「……………そうか」

 

 ミラが弁明してる。あたしはこっそりと外へ出る。

 

 

 夜。星がきれいだ。

 

 少し肌寒いかも、と思ったけどあとでお風呂入ったら平気だよね。通りには誰もいない。

 

「あ」

 

 声のしたほうを向くと、モニカが口を押えて。あたしを見ていた。

 

「お、起きられたんですね?」

「うん。おはよう」

「夜ですよ?」

「さっきニーナにもミラにも同じこと言われたよ」

「そ、そうですか」

「モニカは何をしているのさ」

「……ラナ様に座れそうなものをということで探しているのですが、どうにも」

 

 そりゃあ、みつからないよね。そもそも座れそうなものってなにさ。椅子がそこらへんに落ちているわけないじゃん。

 

「あの、マオ様」

「なに?」

「……先ほどはありがとうございました」

「お礼を言われることはなにもしてないよ」

 

 それはあたしの本心だ。むしろ、モニカが責められるのは魔王のあたしの責任だから。モニカは一度目を閉じて、もう一度あたしを見直した。

 

「マオ様はなぜ、あそこでかばってくださったのですか?」

 

 正直に答えるわけにはいかない。あたしは魔王の生まれ変わりだ、なんて言えない。でも嘘をつきたくなんてない。……どうすればいいんだろ。一度空を見て、星が落ちた。

 

「あ、流れ星!」

 

 反射的に声が出た。モニカも「え!? どこですか!?」と明るい声をだしてから。こほんと咳払いをした。あたしを恨みがましい目で見る。じとーって見てくる。

 

「もしかして、話をはぐらかしてますか?」

「い、いや、今のはほんと偶然だよ…………でも、そうだな。あたしは別にかばおうとかそんなことを思ったわけじゃないよ……うー。なんかあんまりうまく言えないけどさ。……あのさ、そのまま思ったことをいうね」

「……はい」

 

 モニカの少し緊張したような顔。あたしは少しにやりといたずらっぽく笑う。

 

「そうしないといけないとあたしが思ったからしただけ」

「…………」

 

 モニカの目が大きく開いて、それから口元を押さえて、小さく笑う。

 

「……失礼ですが、私は不思議でした。力の勇者、それに剣の勇者のご子孫とラナ様のような……少し複雑な方もなんでマオ様のそばにいるのか……。でも、なんとなくわかった気がします」

 

 そうかな? けっこう偶然だと思うけどね。

 

「あんたたち!」

 

 わっ。またラナだ。

 

「もう、食べるからおいで。マオが食べたいって言ったんでしょ?」

「でもさ、座る椅子とかないけど!?」

「そんなんどうにでもなるでしょ」

「な、ならないと思うけど」

「いいから、ほらマオとモニカも」

 

 モニカは名前を呼ばれて少し戸惑ったみたいだった。

 

「何かたまってんのよあんた」

「いえ、お食事を家族以外で共にするのはその、久しぶりですから」

「…………そ。どうでもいいから、ほら早く」

 

 ラナがモニカを手招く。

 

 

「具がたくさん」

 

 あたしはテーブルに座って。手にスプーンを握りしめた。目の前においてあるのはシチューのなみなみにつがれたお椀。肉とか野菜とかがいっぱい入っている。じゅるり。

 

 お、おっと。だめだ。あたしは取り澄ました顔をする。

 

 あたしの向かい側にラナが座ってテーブルに肘をついたままあたしをにやにや見てる。

 

「ほら。さっさと食べなさいよ」

「ぐ、ぐぐ」

 

 すごい子ども扱いされている気がする。

 

 右を見るとミラが右手を左手で包むように握って、食事の前に神様……おっと神への祈りをしている。ミラって何をやっても絵になるくらい綺麗にするよね。

 

「………おい。なんで私はこんなものに座っているんだ?」

 

 ニーナが文句を言っている。椅子が足らなかったから急遽小机に布団をたたんでおいて座ってもらっている。

 

「グラグラするんだが」

「仕方ないでしょ? 椅子をマオが見つけられなかったんだから」

 

 ラナが全面的にあたしのせいにしてくる。いいさ、ふん。あたしはシチューを一口だべる。んん、おいしい。おいしい。

 

 ラナがあたしを見てふっとわらった。なんか少し満足気。

 

「あほ面をみると作り甲斐はあるわ」

 

 聞かなかったことにしよっ。ニンジンが甘い。お肉がいいやつ。おいしい。

 

「あのラナ様。さすがにこれは」

 

 モニカが座っているのはラナの本を重ねて上にシーツを置いた即席の椅子だ。

 

「本に座るなんて。はしたない気がします……」

「だーから。言っているでしょ? これもすべてマオが椅子を見つけられなかったからだって。後さ、はしたないっていうならモニカ。あんた自分のシチューを注ぐときにニンジン入れなかったでしょ?」

「……!!」

 

 モニカの顔がだんだんお赤くなっていく。長い耳まで赤くなって。

 

「そ、そんなことはなか」

 

 下手なウソをついた。あたしは不思議だ。

 

「ニンジンおいしいじゃん! ねっニーナ」

「…………なんで私に言うんだ。食事なんてものは腹に入ればいい」

「じゃあ、ニーナのお肉頂戴」

「だ、誰がやるか! 意地汚い!」

「うそつきー、ニーナの嘘つき―」

「こ、この馬鹿」

 

 モニカがくすりと笑う。

 

「ニーナ様は」

「まて、ニーナというのは単なるあだ名だ。ニーナ様なんておかしいだろう! 私の名前はニナレイアだ」

「ニナレイア様……ですか」

「いや、ニーナ様でいーよ」

「黙れ……お調子者が」

 

 あたしたちを見ながらミラはニコニコしながら食事をしている。

 

 それからも他愛のない言葉を重ねて。

 

 たまにからかったり。からかわれたり。あと、シチューのおかわりをしたりして、時間が過ぎていく。

 

 笑ったり、少し怒ったりしながらするこの短い時間をあたしはすごく、楽しかった。

 

「マオはさ」

 

 ふと、ミラがあたしに言った。

 

「きっとずっとそうだったんだろうね」

 

 ミラが本当に優しくあたしに言う。ずっと、って「いつから」のことだろうって思うけど。ミラはそれに対する答えは言わずに、もう一度わらった。

 

 

 お風呂に入って、くつろぐ。

 

 ラナのパジャマとかネグリジェとかの着替えをみんなに貸して、ミラが「胸元が少しきつい」といった時のラナが鬼みたいな顔をしてミラの頭を両手でぐりぐりしていた。ミラは「なんでですか!?」とか言っているけどさ。

 

 い、いいぞー、もっとやれーってあたしは小声で言った。

 

「成り行きで泊まりになりそうだが、いいのか?」

 

 ニーナが聞いてくるけどいいに決まっているじゃん。

 

「わ、私もいいのでしょうか?」

 

 モニカがダメな理由はないんじゃない? 

 

 あ、でもよく考えたらこんなにみんなで眠れる場所ないし。どうしよ。

 

「ラナ。寝るところないけど!」

「はあ、そんなことでもいいのよ。それよりも、これから寝るまでやるわよ」

「やるって何をさ」

「なにをって、あんたね。今ここにいるのは別にお泊り会をするために集まったんじゃないでしょ? あんたの依頼をやるために集まったのよ。だから」

 

 ラナが全員の前にきていう。

 

「作戦会議! あと眠たくなったら寝れるように準備!」

 

 

 



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エトワールズ

 作戦会議をするってラナ言ったけど、すぐに出ていった。

 

 あたしたちはベッドのある部屋でどうしようかって思う。この部屋もそんなに広くはない。ベッドと机とそれにいつもあたしが寝ているソファーがあるだけ。

 

 しばらくしてからラナが戻ってきた、ドアを肩で開けながら。手にはおぼんとそこに並んだコップ。湯気が立っていて。いいにおいがする。

 

「ホットミルクくらいしかないけど。ほらマオ配って」

 

 あ、うん。作ってきてくれたんだ。コップの中にはあったかいミルク。ミラ、ニーナ、モニカに渡す。あたしももらってちょっと飲む。うん。おいしい。

 

「それじゃあ、改めて作戦会議をするわよ」

 

 ベッドの上に座ってラナが言う。手にはお気に入りのマグカップ。

 

 ミルクを配り終わったあたしとミラはソファーに座っているけど、なぜかモニカは立っている。だからあたしはその肩をぐっと押して無理やりあたしの横に座らせた。そうしたはいいけど3人は結構狭い。

 

「ごめんニーナは入らないや……」

「……いや、意味の分からないことで謝られても困るんだが」

 

 ニーナはそういって椅子を引き寄せて座った。

 

「こほん」

 

 わざとらしい咳払いをラナがした。

 

「あんたたちもわかっていると思うけど、そこの馬鹿。……マオがフェリックスに入学するためには、3日で100件のFランクの依頼をしないといけないわ」

 

 ……あたしの横でミラが目を閉じた。

 

「いや。待ってほしい。私は今初めて聞いた」

 

 そっかニーナはほんと成り行きでここに来ただけだったね。あたしは手短にポーラとのやり取りを説明した。

 

「…………なるほどな。それで100件……か」

 

 ニーナは少し考えるような仕草をした。そういえば、ニーナもあたしと同じく試験中だよね。

 

「今日はさ結構偶然ニーナも来てくれたけど。ニーナも試験中だから、無理して協力してほしいなんていわないよ」

「私たちの試験期間は数日延びた。むしろお前だけ期間がそのままなほうがおかしいだろう……それに、ちゃんと協力くらいはしてやる。私とミラについてはポーラ先生から許可が出たんだろう?」

「……ニナレイア……ありがと」

「……お、おまえ。こ、こんな時だけ名前で呼ぶな!」

 

 少し顔を赤くしてニーナが横を向く。

 

「とりあえず話はまとまったかしら?」

 

 ラナ……うん。

 

「単純に言って一日33件は押さえていかないといけないわ。あ、最後にはプラス1件ね」

 

 そうだね。

 

「5人いればできそうな気がするけど。それでも多い。そもそもFランク依頼って何があるか全然わからないし。草むしりとかお買い物とか、掃除とか子守りとか……ああー。はした金でなんでこんなことをやってたんだろ!」

 

 ラナが一人でうなっている。でも、この一週間以上手伝ってくれたのはラナだ。感謝してるよ。

 

「あ、あの。よろしいでしょうか? ラナ様」

「いいわよモニカ」

「私も協力することには全然かまいません。ですが、街での一件で見られた通り、もしかしたらむしろ私の存在は邪魔になってしまうのではないでしょうか?」

「はい、却下。次」

「え、ええ?」

 

 ラナが手を振った。それであたしに目を向ける。

 

「でしょ? マオ」

 

 ! あたしはにやっと笑うと。ラナも歯を見せて笑った。

 

「うん。そう、却下却下」

 

 ミラも頷いている。モニカだけ困惑しているけど、いいんだよ。その意見は却下!

 

「いいでしょうか?」

 

 ミラが手を挙げた。ラナが指さす。

 

「何?」

「まず考えるべきことがあると思います」

「へえ、それは何?」

「ええ、100件の依頼を5人で一緒に行うよりもパーティーとしてそれぞれに振り分けたほうがいいと思います。さすがに全員ですべての依頼にあたっていたら終わりません」

「そうね。ミラスティアの言う通りだわ」

 

 え?

 

「で、でもさラナ。これはあくまであたしの試験だから。全部あたしがかかわってないといけないと思うんだ!」

「バーカ!! 無理に決まってんでしょ!! いい? パーティーを組むってことはそれぞれが足りない分を補うの、それは能力とかだけじゃなくても時間とか、効率とかも全部」

「そ、そんなものかな」

「そうよ。でもそうね、ポーラ先生の陰険な考えなら、少なくともマオ。あんたはそれぞれの依頼を受けるときはその場にいて、私たちを振り分けていくことをするべきと思う。あんた自身が手伝うかどうかも含めてね」

 

 振り分ける?

 

「今回のことは言ってしまえばあんたがリーダーみたいなもんだから。依頼によってあんた含めて5人を振り分けて仕事をする。振り分けたらあんたは別の場所に行ってとにかく依頼を受けるってことをする」

「で、でもそれじゃあ、あたしが楽をしてるみたいじゃん!」

「だから! あんたが全部やってたら! おわんないの!」

 

 う、うう。そ、そんなのいいのかな。

 

「むしろ適材適所で振り分けるのは難しいと思うけどな」

 

 ぼそっとニーナが言った。そ、そうかもしれないけど。

 

「大丈夫だよマオ。マオが考えるなら信頼できるから」

「ミラ…………釈然としないけどわかったよ」

「それに100件もあるんだから、マオは依頼の仕事をしながらみんなの指揮をするのは大変だと思うよ」

 

 指揮……んん。なんか偉そうでやだなぁ。

 

「それにラナさんもマオが信頼できるから、振り分けるのはマオって言ってくれて……きゃっ」

 

 ぼすんとミラの顔に枕が飛んできた! ラナ! ものを投げたらだめだよ。

 

「うっさいのよ。まあどちらにせよ、あと数日あるから作戦は練っていけばいいと思うけど。……今日は精神的には疲れたから眠たくなってきた。そろそろ寝ようかしら? 一応あんたらの寝床をどうやって作るかなんだけど……」

 

 ミラが枕を抱くように持って、ラナを見ている。

 

「何よ。なんか文句あるの?」

「い、いえ。文句はありませんけど……その……一つ決めておくことがあるような」

「はあ? 細かく決めても依頼すら受けてないからあとで変更するだけなんじゃないの?」

「い、いえ。そういうことではなくてですね」

 

 ミラがもじもじしている。なんだろ。決めておくこと? そんなのあったっけ。

 

「あの、ミラスティア様……決めておくべきこととは何でしょうか?」

 

 モニカが聞いてくれた。ミラはやっぱり恥ずかしそうだ。

 

「……パーティーの名前」

 

 …………。あ! い、一瞬惚けちゃった!! みんなも同じみたいだけど。

 

「ど、どうでもいいでしょ。そんなの」

「どうでもよくないですよ!」

 

 ラナに妙に熱が入った反論をするミラ。

 

「じゃ、じゃあさミラはどんな名前がいいと思うのさ?」

「……私が決めたらだめだと思うから。ニーナはどうも思う?」

「!! 私にいきなりふるな。そんなこと今の今まで考えてない」

 

 そりゃあそうだろうね。あたしはラナに言う。

 

「ラナはなんか案がある?」

「は? ラナ団とか?」

「だめだー」

 

 最高にダメだね。

 

「何よ! いきなり言うのが悪いんでしょ。じゃあ、モニカはどうなのよ」

「え、ええ。ええ? あ、えの、あの、ぇ」

 

 すごいきょどっているし。モニカは頭を抱えて。真剣に悩んでる。いや、そこまで真剣に悩まなくても。

 

 モニカは窓の外を見てる。両手を組んで考えてる。窓の外、今日は夜空が広がっている。

 

「エトワールズ……ではだめでしょうか」

 

 モニカがぼそっと言った。……ほ、星たちって、す、すごいこそばゆい名前。あたしが黙っているとモニカがまっすぐな目で見てきた。

 

「ど、どうでしょうか?」

「…………い、いいと思うよ!」

 

 言っちゃった! だって、モニカの目がまっすぐだったから。

 

「い、いいよね! ミラ、ニーナ」

「うん」

「……本気か? まあ、いいが」

 

 ミラはなんか頷いてくれた。……そういえばあたしの村でミラと一緒に星空を見たことを不意に思い出した。もしかしたら、ミラも同じことを考えてくれているかもしれない。

 

「ラナもいい?」

「ラナ団は?」

「その最高にダメな名前は却下」

「冗談よ、まあー、別にどこに出すなんてこともないし。いいんじゃないの? パーティー名なんて」

 

 とりあえずOKってことだよね。

 

「じゃあ、パーティー『エトワールズ』で行こう!」

 

 あたしが腕を突き上げると、

 

「おー」とミラが小さく手を挙げてくれて。

「大丈夫か?」なんてニーナが心配そうにして。

「本当によかったのでしょうか?」そんな風にモニカが言って。

「あーねむ」ってラナがあくびをした。

 

 ばっらばらだね! でもいいや、とりあえず今日は寝よう。あたしも疲れたからさ。

 



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世界の形

黒てー様よりいただきました。くそ可愛いですね!!!


【挿絵表示】



 目が覚めた。

 

 まだ夜だ。……何時くらいだろう。ソファーの上で起き上がって目をこする。

 

 みんな寝ている。ラナのベッドの横に本とか机とかを置いて、足がおけるように無理やり寝る場所の面積を広くして、ラナとモニカ、それにニーナ。

 

「ん、んんん」

 

 ラナが苦しそうな声をだしているけど、うん。狭そうだね。ほんと無理やりだよ。

 

 あれ? ミラがいないや。どこに行ったんだろう。……それにしてもあたしだけ怪我で寝ていたからだと思うけど、もう全然眠たくない。……だめだ、ちょっと誰かを起こしたくなるような気がしてきた。

 

 1人で過ごす夜って永いよね。

 

 あー、だめだ。ちょっと水でも飲んでこようかな。

 

 あたしはみんなを起こさないように静かに部屋を出た。ドアを開けるときも閉めるときも音を出さないように気を付ける。

 

 調理場に行って水を少し飲む。……さらに頭がすっきりしてしまった……。どうしよう。ほんともう全然眠たくないや。

 

 夜風にあたろうかな……それこそもう眠れなくなりそうだけど。いいや。もしもどうしようもなくなったらお風呂にでも入ろうかな……って、ラナがいないとお湯も沸かせないや。つくづくあたしって一人じゃ何もできないなぁ。

 

 とりあえず玄関から外にでる。寒くもないし、暑くもないちょうどいい気候。

 

 通りに出て心地よい風に目を閉じた。

 

「マオ?」

 

 ミラの声。あたしは目を開けてみると桃色のパジャマの女の子。

 

「ミラも眠れないの?」

「…………うん。いろいろと気になることも多くて」

「そっか。あたしもさっき寝ちゃったから全然眠たくないよ。でもよかった」

「え?」

「あたしさ、夜に1人だけ起きているのあんまり好きじゃないんだ。やることないし」

 

 ミラはあたしをじっと見てからふふと笑った。それから空に目を向ける。

 

「私は一人の夜が好きだよ。誰にも気を遣う必要がないし、本を読むのも静かでいいから」

「そっか。なんだかミラらしい気もするね」

 

 あたしも同じように空を見た。

 

「ミラ」

「なに?」

「最初に会った時さ、星空を見たなぁって思って」

「そうだったね」

「でも、街の王都とあたしの故郷の空じゃ違うよ」

「そうかな……?」

「だって、あたしの村は田舎だからこんなに建物なんてないし。こう、空全部が見えていた気がするんだ」

 

 別に悪いってことじゃないよ。ただ、空を見るだけでも建物とかで遮られるなぁって。ただ、それだけなんだけどさ。

 

「………そうだ!」

 

 あたしは手をぽんとたたく。ミラは驚いてあたしを見てくるから、にやりと笑いかける。

 

「ミラ。さっき言った初めて会った日にさ、あたしは悪いことをしに行くって言ったよね」

「…………そうだったね。みんなの前で、マオが叫んでくれたことは、私はしっかりと覚えているよ」

「…………じゃあさ、今日も悪いことをしよう」

「わ、わるいこと?」

 

 ミラが困惑した顔をしている。あたしは近所の建物を見回して、一番高い建物を見る。赤い屋根。あたしはミラに耳打ちをする。

 

「え? ええ? だってあそこはだれか知らない人の家だと思うけど……!」

「大丈夫だよ。こっそりやれば。ね、ミラ!」

 

 あたしはミラににこーって笑顔を向ける。こう、威圧をする感じ。

 

「う、うん」

 

 やったね。落ちたよ。ミラは「ごめんなさい」ってつぶやいて息を吐く。

 

 ゆっくりと青い光がミラを包む。魔力を体に通しての身体の強化。……よどみのない綺麗な蒼の光。どことなく暖かい気がするのは、なんでだろ。魔力そのものにはそんな違いなんてないのにさ、おかしいや。

 

 ミラがあたしの手両手を取る。

 

「行くよ? マオ」

「いいよ!」

 

 ミラが地面を蹴って飛び上がった。あたしもミラに引かれる。

 

 一瞬だけどさ……飛び上がった瞬間に夜空と王都の火のその夜の真ん中にミラと二人だけいる気がした。

 

 二人で屋根の上にあがる。屋根におりるときミラが足に魔力を通して、音をたてないように衝撃を殺して降りた。

 

「うう、ごめんなさい」

「へーきだって」

 

 まあ、人様のおうちの上に上がるくらいの悪事はさ「魔王様」だから、このくらいはね。

 

 あたしは屋根の上で寝そべった。遮るものがない空に星が浮かんでいる。あたしは手を伸ばしてそれをつかむ真似をした。

 

「全然つかめないや」

 

 当たり前のことなのに何言ってんだろ。あたしはむくりと起き上がる。その横にミラも座った。高いところに来ると王都の全体がよく見える……いや、城壁の向こうにもいくつかの光が見えた。

 

 後ろを振り向くと港が見えた。夜の暗い海にいくつかの船の光が見える。もともと王都は海沿いにある。あの海の向こうにあたしの家もあるんだ。

 

「マオ。あっちがお城だね」

 

 王都の東側をミラが指さした。遠くに純白のお城が月の光に照らされている。

 

「きっと王様がいるんだね。ミラはあったことがあるの?」

「うん。あるよ」

「そっか、すごいなぁ。でも王都の東側にはあたしは全然行ったことないや」

 

 王都は中心に大きな川が流れていて、そこから東西に分かれている。ギルドとかフェリックスがあるのは西側だ。Fランクの依頼もだいたいこっちで行ってる。

 

「東は……領主とか貴族の家くらいしかないよ」

「ふーん。じゃあさ、ミラ。ずーっと遠くにあるあの光はなんだろ」

 

 王都の先にある。明るい場所。城壁の向こうだから別の街だね、ただ王都からすーっとまっすぐに街道が引かれている。

 

「あそこはたぶんバニールだよ。交易都市って言われているから、王都で陸揚げされた商品とかをあそこでいろんなところに運んでいくんだよ。あ、あの西の方はバルクール。工業が盛んで魔鉱石の加工とかいろんなものを造っているところだね」

「へー。じゃさ、それよりもずっと遠くにあるのは? 北の方も明るいじゃん」

「あれは……北の守りの要塞があるヴァレンシアの街。あそこには、私のお父さんがいるの」

「ミラの?」

「そうだね…………」

 

 なんだから話しづらそうだね。

 

「じゃあもう何も見えないけどそのさらに北には何があるの?」

 

 ミラは一度あたしを見た。少し迷っているような、そんな顔。

 

「魔族の自治領だよ」

「そっか」

 

 あっちがモニカの故郷なんだ。もしかしたらあたしの故郷かもしれないけど。

 

「いつかあたしも行ってみないといけないかもね」

「…………」

 

 ミラはそれには答えなかった。

 

 でもこうやって見ると世界は広い。あたしの視界いっぱいに広がるさらに向こうに大勢の人や魔族がいるんだから。

 

「前の」あたしは戦争でそんなことを考える余裕なんてなかった。あたしはミラを一度見た。この子は、あたしが魔王の生まれ変わりだと知ってもこうして横にいてくれる。

 

「ねえ、ミラ」

「……なに? マオ」

「甘えていいかな?」

「え!? え?」

「いや、今まで誰にも言えなかったことを少しだけ言っていいかなって」

「…………いいよ。私でよければ聞かせてほしいな」

 

 あたしは寝そべる。夜は静かで音がない世界。いろんなことを思い出した。前世のことも今までものこと、ミラと出会ってからのことも。

 

 ゆっくりと話そうと思う。

 

「あたしはさ、魔王だった。人間とも戦って、敗けて。失ったものも多かった」

「…………」

「あたしが最初にこの体に生まれてきたときはさ、まだ人間のことが憎かった。お父さんとお母さんも……ごめんねミラ、ひどい言葉をいうけどさ……殺してやるって、思ってた」

「…………」

「でもさ……15年も生きていると、人間にもいろんな人がいて、いろんな感情があって。想いがあることが少しだけわかってきたんだ。……それは、魔族だって変わらないけどさ……。でもクリスとかロイとか、あの『今の魔王』だとか……モニカだとか見ていると人間と魔族の溝を感じちゃうんだ」

「…………」

 

 あたしは自嘲気味に笑った。

 

「あたしはさ人間としても中途半端で、魔族としての記憶も消えないんだよ。……だから、この先どうなるのかな? ……それが少し怖いんだ」

 

 不意に、夢のことを思い出した。「父親」の影にひどいことを言われて、闇の中に落ちていきそうで、それで伸ばした手をミラは――。

 

「……私は一緒にいるよ」

 

 掴んでくれたんだ。

 

「私は口がうまくないから……うまく伝わらないかもしれないけど、これからもマオと友達でいたい……。人間と魔族のことは、私なんかじゃどうしようもないかもしれないけど、マオが悩んでいるときは……私は一緒に考えたいよ」

 

 あたしは一度目を閉じた。それだけでいい気がする。うれしいんだと思う……でもさ、それをはっきりいうと恥ずかしい。あたしは横にごろんと転がって「ありがとう」っていう。

 

 ミラには聞こえたかな? ……わざわざ聞けないから別のことを言った。

 

「そういえばミラ」

「……ん」

「ギルド本部でさ。アリーさんとか何か言ってた? 帰っちゃったし」

「…………『なんで待っているように言ったのに帰るんですか? 人の話を聞けないゴブリンの群れですか?』って……」

 

 わ、悪いことしたかな。で、でも言い回しがおかしくて少し笑ってしまう。ミラもつられて笑ってる。

 

 あ、そっか、今は時間があるんだ。

 

「ミラ。もっと話をしよう。なんでもいいよ。最近のことでも昔のことでも。……明日のことでもさ」

「……うん」

 

 夜空の下。たっぷりとある時間。ゆっくり流れる時間。

 

 ミラとあたしはいろんなことを話した。村からここまで来る時のことを思い出したり、ニーナはかわいいとか。ご飯がおいしかったとか。ラナのこととか、モニカのこと。夕方のけがのこと。

 

 ミラからは学園のことや王都のお祭りのこと。好きな本の話。……好きな物語のこと。とにかくいろんなことを話した。……Fランクの依頼をどうやってやるかも。

 

 そういえば、ミラとはあんまりゆっくり話す機会がなかった。忙しかったり、何か別のトラブルにあたしが巻き込まれてたりしたね。

 

 だからこんな風に笑ったり、真剣に悩んだりできる時間が本当は欲しかったんだと思う。

 

 だから、今ミラにしか聞くことのできないことを言ってみた。

 

「ミラ……もし、もしさ。ニーナやラナやモニカに……あたしが魔王の生まれ変わりだって言ったら……ど、どうなるかな」

「…………わからない。……ごめん」

「謝らなくていいよ。いつか言わないといけないかもしれないけど、たださ……全部壊れそうで、怖い……、だめだね。あたしは怖がってばっかりだ」

 

 ほんと、今はミラに甘えていると思う。純粋に弱音を吐けるのはミラしかいないんだ。……勝手だね。ミラはしばらく考えてから答えてくれた。

 

「マオ。絶対……みんなと一緒に学園に行こう」

「……?」

「これからいっぱいいろんなことをして、いっぱい話して、それから私と一緒にみんなに打ち明ければ……きっと」

「そっか」

 

 そうか。そうだね。あたしはにやりとする。少しわざとらしく。

 

「じゃあ、まずはポーラとの勝負には絶対勝たないとね」

「うん……! 私も全力でやるから」

 

 あたしとミラは顔を見合わせて、笑った。

 



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偶然に応えること

 うう寒い。

 

 朝早くにあたしとラナは家を出た。今日からギルドで依頼を受けることができるようになるはずだから、陽が昇る前には準備をしていた。

 

 ほかのみんなは後で合流することになっている。それにしても今日はむしろラナがあたしを起こしに来たからびっくりした。いつもなら眠たそうにしているのに。

 

 冷えた空気の中、2人で足早に歩く。寒い日ってさ、お昼があったかいよね。

 

「でもさ、ラナ。こんな朝早くにいってギルドって開いているのかな」

「基本的にギルドはいつも誰かがいるようになってんのよ。さっさと依頼を受けて、できるだけ開始を早くしないと厳しいわよ」

 

 そっか、でも依頼を受けるのはできるかもだけど、結局それを行えるのは街の人がちゃんと起きてからだ。

 

 そんなことを思いながらふと、空を見た。

 

 朝日がきれいだった。王都を照らしてくれてる、その光をみたらなんだか応援してもらっているように思えてくる。

 

 角を曲がる。この先まっすぐ行くとギルドだ。

 

 

 シャッシャッ

 

 モップでギルドの前の小さな階段や入口のあたりをこすっている人たちがいる。黒い髪のお兄さんと、青い髪のお兄さん。……ギルド職員の服装をしている。

 

「あ、おはようございます!」

 

 あたしとラナは簡単に挨拶をした。黒髪の人がこちらを向いて。

 

「おっ、おはよう。早いな」

「ちょっと急いでいることがあるからさ」

 

 黒髪のお兄さんはモップを止めていった。

 

「お前、マオだろ? 後ろの赤い髪は知らんけど」

「え? なんであたしのことを知っているのさ?」

「ノエルの奴のお気に入りだからな。知っているぜ、Fランクの依頼をどかどか受けて100件やるって言ってんだろ? あいついっつもいっているぜ、いずれSランクになるってさ」

「ノエル?」

「……なんだ、あいつの名前知らねぇの? ほら、受付に座っている女だよ」

 

 ああ、受付のお姉さん。最初の依頼を受けてくれて、終わった後も拍手してくれたお姉さんはノエルさんっていうんだね。あ、あとラナぞんざいに言われたからって怒らないでよ。

 

「俺はギルド職員のダーツで……あっちのやつが」

 

 ダーツさんの頭を青い髪のお兄さんがたたいた。前から見ると眼鏡をかけている。

 

「ダーツ。冒険者さんに対してちゃんと敬意をもって話さないといけないだろう。……マオさん、それにラナさん。失礼いたしました」

「いや、いいよ。それより、あたし急いでいるから」

「急いでいるとは?」

「今日から依頼が受けられるって聞いてたから」

「ああ、なるほど」

 

 ダーツさんが青髪のお兄さんの頭をたたいた。わってびっくりしちゃった。

 

「いてーんだよ、ジークフリード! 英雄みたいな名前しやがって!」

「……君はいつも人の名前を揶揄することに反省をするべきだな。ダーツ」

 

 ま、まってよ。いきなりお兄さんたちで胸ぐらをつかみあわないでよ。ジークフリードサンていうんだ。いや、まって、ほら。にらみ合わないで。あたし急いでいるから!」

 

「す、ストップ!! ダーツさんもジークさんもストップしてよ。あたし忙しいから」

「ジークさん……」

 

 くいっと青髪のジークさんが眼鏡をあげる。

 

「失礼マオさん。中にはノエルがいると思いますから、おい、ダーツ。案内をして差し上げろ。ここの掃除は僕がしてやる」

「へいへい。おらよ」

 

 ダーツさんの投げたモップをジークさん受け取る。その時ラナがあたしに耳打ちしてきた。そっと。

 

「なに? こいつら」

 

 あのさ……耳がくすぐったいんだけど。

 

 

 ギルドの中もひんやりしている。朝早いからだと思う。受付を見ても誰もいない。

 

「おら、ノエル起きろ」

 

 がんとダーツさんが受付を蹴った。そ、粗暴だなぁ。

 

「起きねぇしこいつ」

「誰かいるの?」 

 

 ラナが聞いてくれた。あたしとラナは二人そろって、受付から覗き込む。そこにはすうすうと書類の山に埋もれて寝息をたてている女性がいた。茶色のふんわりした髪。受付のお姉さんのノエルさん。

 

「おーい。ノエルさん」

「ふぁ、ふぁあ?」

 

 あたしが聞くとノエルさんは跳ね起きた。あたしの顔を見てぱちくりと目をしばたかせて、ごしごしと指でこする。

 

「マオちゃん」

「おはよう、ノエルさん」

「あ! 私の名前を憶えていてくれたのね」

 

 ぐさっ。あたしはさっき教えてもらっただけだから、ちょっと悪い気がする。

 

「ノエル。マオ……サンたちは依頼をさっそく受けに来たらしいぜ。ちゃっちゃと手続してやれよ。Fランクの依頼はお前、必要だからって整えていただろ?」

「…………ダーツ。マオちゃんこんな朝早くに来るなんて思わなかったけど、安心して。ちゃんとマオちゃんが来ても大丈夫なようにFランクの依頼は受けることができるように整えているわ」

 

 にこにことノエルさんが言ってくれる。あたしがここ数日ずっと受けていたから、気を利かせてくれているんだ。正直うれしい。ラナがあたしを小突いてくる「意外と人望あんのね」って、うーん、恥ずかしいからやめて。

 

「なんたってマオちゃんはFランクの依頼を100件こなすって頑張ってたものね。あ、でも安心して、きっとあの水路の事件での評価はFから上がるから、合格はほとんど間違いないわ! それに、ちゃーんと王都のFランク依頼全部で36件は受けられるから。絶対安心ね!」

「は?」

「へ?」

 

 ラナとあたしは同時に声を出した。全部で36件? 惚けているあたしの横からラナが出て受付をバーンとたたいた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。今受けられる依頼がそれだけしかないってこと!?」

「え? え? そうだけど。ここ数日は新しい依頼を受け付けなかったし、期限切れとか、取り消しで、水路のようなことのないように危険度の調査が終わったのがそれだけ……まあ、調査が全部終わっても50件ないと思うけど。」

「じょ、ジョーダンじゃないわよ! ま、マオには依頼がいるの! ど、どうにかできないの!?」

 

 ああ、あああああ。まずい。これはまずいよ。

 

「何の騒ぎだ」

 

 ジークさんも両手にモップをもってきた。でも、あたしは何も反応できない。

 

 あたしは頭を抱えた。ラナが怒っている声がするけど、悪いのはお姉さんじゃないし。どうしよう、3日で100件しないといけないのに、そもそも依頼がないなんて……

 

 不意にあの夜、ミラと約束した学園に一緒に行くことが脳裏をよぎった。……ああああ、あああ。やばい。どうしよう。まずい。依頼をしてくれる人を自分で探すしかないけど、60件以上……? うう、でもやるしかない。

 

「な、なんでそんなに2人とも悩んでいるの? あ、そうか、学園の試験の期間が延びたことを知らないのね。ちゃんと数日延びたから安心していいし、それに必要な依頼数はもうさっき言った通りだから」

「だめなんだよ。あたしはこの3日で100件Fランクの依頼をしないといけないんだ」

 

 あたしはノエルさんに短く言う。

 

「……なんで? うーん。本当に意味が分からないんだけど、マオちゃん。説明してくれないかな」

「それは……」

 

 あたしはポーラとのやり取りを説明した。試験の期間とかかわりなく残り3日で100件をしないといけないってことも。

 

 話をしていると、ノエルさんはだんだんと押し黙っていった。……ノエルさんに悪いところなんてない。これはあたしの問題だからどうにかしな

 

「殺す」

 

 は!? あたしは顔を上げた。

 

 笑顔のまま固まっているノエルさんがいる。笑顔なのに、目が座っている。

 

「その女、殺す」

 

 怖い、あたしとラナはいつの間にか抱き合ってた。黒いオーラみたいなのがノエルさんの後ろに見える! ラナが言った。

 

「あ、あのこわ、怖いんですけど」

「私はねぇ、この一週間くらいずっと頑張ってるマオちゃんのことを見ていたから今回のことでもちゃんと依頼ができるように頑張って寝ずに書類作成とか内偵とかしていたっていうのにその女のやってることでマオちゃんが不合格になるなんていうことあっていいわけないじゃない。ああああ!」

 

 ばーん!! ノエルさんが立ち上がって机をたたいた。思いっきり。書類がばらける。あたしとラナが普通に「ひっ」って声を出してしまう。

 

「ギルドマスター!!!」

 

 ギルド中に響き渡る声。ほかにも何人かいる職員さんがこちらを驚いてみた。

 

 ダーツさんとジークさんは両手で耳をふさいでいる。あたしたちはその声が直撃した。く、くらくらする。

 

 薄暗いギルドの奥でドアの開く音がした。そこから顔をだしたのは小柄で頭頂だけがは……髪がなくて綺麗なおじさんだった。

 

「な、何かね。の、ノエル君」

「ギルドマスター!! 聞いてください!!」

 

 覇気というか殺気を纏ったノエルさんの声にギルドマスターと言われたおじさんはハンカチで汗を拭いている。おどおどしてて、見た目頼りなさそうだった。

 

 

「なるほどねぇ。それでノエル君はどうするつもりなのかな?」

 

 ギルドマスター……おじさんはゆっくり話をしている。ダーツさんたちを含めて職員全員が見ていた。

 

「あったりまえですよ! こんな横暴許していいわけがないです! 抗議! 抗議ですよ!」

「あのねぇ、ノエル君」

 

 おじさんがあたしを見た。ん、少しびっくりする。

 

「これはねぇ、私闘だよ。この子がどういうつもりでそんな勝負を受けたのかは知らないけれど……ギルドとしては学園との関係を悪化させる動きはできないでしょ……?」

 

 私闘、うっ。そ、そういわれればそうかも。

 

「そんな」

 

 ラナが前に出ようとしたのをあたしが止める。短い言葉だけど、確かにそうかも。ポーラとの対立にギルドは関係ない。それでも……どうしよ。あたしは肩を落とした。

 

「ぎ、ギルドマスター!」

「ダメなものはだめ……仕事に戻りなさい」

 

 おじさんはそういって踵を返した。ノエルさんがまだ食って掛かりそうだったから、あたしは止めた。

 

「ありがとう、ノエルさん。あのおじさんの言う通りだよ」

「マオちゃん……でもそれでいいの!? いままで頑張ったのに」

「まだ終わってないし。これから依頼をしながらさらに依頼をしてくれる人を探すよ。何とかする!」

 

 それしかない。……多いけど。どうにかするしかない。

 

「ああ、そうだ」

 

 おじさんが部屋に戻りながら言う。

 

「もちろんFランクの依頼をしてくれる人がいたらその子には通常業務通りに紹介すること……いいかい、ノエル君。業務中にその子に肩入れするようなことをしないようにね……手伝いとかしたければプライベートでやりなさい」

 

 おじさんは一度振り向いた。

 

「その子の問題は依頼の数が足りないだけでしょ? 学園に抗議とかはしないけど、『君たち』が個人的に依頼の相談をされてもちゃんとギルドを通して斡旋するのが筋だよ」

 

 そうだね。それが正しいよ。……ノエルさん? なんで固まっているのさ。

 

「ギルドマスター」

 

 ノエルさんが叫んだ。

 

「ん?」

「めまいがします」

「そう、そりゃあ早退したほうがいいんじゃないの?」

 

 え?

 

「いててぇえええ」

 

 は? 突然のダーツさんの声。いきなり床に倒れておなかを押さえている。

 

「いてぇえ。なんて腹いて―!! やべー。病院行かねぇと死ぬかもしんねぇ。あとジークフリードの奴も病気かもしれねぇ」

 

 何? え? ジークさんをあたしが見ると困惑した顔で眼鏡をはずして。

 

「……し、視力が悪くなりました。早退します」

 

 そ、そりゃあそうだね。……いや、早退することかな!? 

 

 おじさんが前に出てくる。

 

「最近の若い者は体調管理がなってないねぇ。さっさと帰って病院に行ってきなさい……ああ、そうそう、さっき言った通り知り合いなどから偶然依頼の相談を受けたら、ちゃんとギルドに報告すること。報告を受けたらすぐに書類をまとめて依頼を受けられる体制を作ることね。みんな」

 

 職員さんたちが「はい」と声をだす。

 

 なんだろ、これ。どうなってんの。ノエルさんはあたしとラナの肩を抱いた。それから倒れているダーツさんを蹴って起こす。

 

「マオちゃん任せておきなさい。今日は頑張ってね」

「いって、ノエル。お前さ」

「僕に無茶ぶりするからだ。僕まで早退することになっただろうが」

 

 ジークさんを2人がたたいた。

 

「あ、あのさ」

 

 呼び止めようとするあたしをおじさんが止めた。

 

「……偶然Fランクの依頼が増えるかもしれないけど、それをちゃんと自分のものにできるかは努力次第だよね。偶然にちゃんと応えてあげられるかは、自分に聞いてあげなさい」

 

 あたしが振り向くとギルドマスターのおじさんは「あー腰が痛い」と言いながら奥に引っ込んでしまった。

 

「ら、ラナ。こういう場合どうすればいいのかな」

「知らないわよ」

「………………」

 

 あたしはギルドマスターの後ろ姿にぺこりと頭を下げて、それからノエルさん達の後ろ姿にぺこりと頭を下げた。これくらいしかできないし。

 

 

 



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魔銃の思惑

 朝の時間に来客があった。

 

 王都の一角にある魔族自治領ジフィルナの高等弁務官の公館。応接室でギリアムは椅子に深く腰掛けて人を待っていた。ワインレッドの髪に整った顔立ち。丸眼鏡をかけて沈思する姿には知的さが漂う。

 

 数百年前の魔王戦争により魔族は人間に自治を許された領域に住み、隷属して暮らしている。そのかろうじて存在する自治権から発される政治的な申し入れを人間の王権に対して行うことがギリアムの役割であった。

 

「やあ、待ったかい?」

 

 応接室に入ってきた青年は手を挙げて気さくにギリアムに声をかけた。

 

 彼は緑色の髪を後ろに束ねた青年だった。イオス・エーレンベルク。

 

 冒険者ギルドの支部ギルドマスターであり、マオを冒険者として送り出した人物であった。彼の後ろに髪が短く背の高い青年が立っている。イオスとは正反対に一切言葉を使わず、少し頭を下げた。彼の手には包みに入った長い棒のようなものが握られている。

 

「ようこそおいでくださいました。イオス殿。さ、こちらにかけられてください」

「ああ、ありがとう」

 

 ギリアムとイオスは向かい合って座る。しばらくすると部屋に少女が入ってきた。青い服に身を包んだ彼女。頭頂は黒く、艶やかな毛の先が黄色になった特徴的な髪色をしていた。

 

 彼女はイオスとギリアムに紅茶の入ったカップを出す。白い湯気がやわらかく立ち上った。それからぺこりと頭を下げてから出ていく。

 

「かわいらしい女の子ですね。しかし、妙な服を着ている」

「あれは軍服というものですね。古来より魔族は戦時……いや公務にあたるものが身を包む装束です」

 

 イオスはカップに口を付けた。

 

「おいしいね」

「ありがとうございます」

「……それにしてもギリアムさんはなんだか機嫌がよさそうだ」

 

 ギリアムはその言葉に目をしばたかせた。少しはにかむように言う。

 

「……お恥ずかしい。顔に出ていましたか? いえ、たいしたことではありません。私の娘に友達ができたのです」

「へえ、それは喜ばしいことだ。素直に僕も思うよ。おめでとう。確かに彼女は友達にしておくといいよ。いい子だから」

 

 イオスの言葉にギリアムは薄い笑みを張り付かせた。今の妙な言い回しに対して警戒したといっていい。まるで「娘の友達」を知っているかのようだった。

 

「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 笑顔のままギリアムは聞いた。イオスも笑顔だった。

 

「いえ、数日前の魔族が地下水路に潜んでいた一件に関して、王都の貴族たちが討伐隊を組織するべきと騒いでいるようだからね。忠告を兼ねて」

「……討伐隊ですか」

「物騒な話だよねぇ。……君たちのような善良な魔族からすれば『暁の夜明け』のような不逞分子の割を食うのは不経済だしね」

 

 イオスは軽い調子で口を動かし、紅茶を楽しむようにゆっくりと飲む。

 

「全くおっしゃられる通りです」

 

 ギリアムは沈痛そうな表情をして、暗い声を出してうなだれた。

 

「恥ずかしながら魔族の中にもまだ過去の戦争の罪を認識できていないものも大勢おります。今回の事件はまさにそのようなならず者の起こしたことと私も大変残念に思っています」

「……うん。心中察するよ……つらいよね。でも、今は王城のおいての貴族や宰相とのやり取りではさ、魔族の疑いを晴らすよい方法が検討されているようなんだ」

「そうですか!」

 

 ギリアムは声を上げた。まるで救いを求めるような「表情」をつくりつつ、イオスに向かう。イオスは少し逡巡したかのように目を閉じて、ゆっくりと開ける。

 

「うん。討伐隊を魔族に編成させてはどうかとね」

 

 ギリアムは表情を崩しそうになった。ひやりと背中に冷たいものを感じる。だが、彼は声音には一切の動揺を出さずに冷静に聞く。多少の皮肉も込めて。

 

「…………なるほど、共食いをせよと?」

「いやいや、そんなことはないよ。この事件はさっき君の言った通り、魔族の一部『ならずもの』の起こしたことだ。それを人間が手を出すよりは、魔族内で処断を行えるように政治的配慮を行う……慈悲深い話だよ」

「はは、ありがたいことです」

 

 ギリアムは乾いた笑いを上げた。

 

「しかしイオス殿。ご存じの通り魔族には軍のようなものはなく、治安保守程度の人員しか許されておりません。その点、ならず者とはいえ『暁の夜明け』は強力な武装集団です。それこそ実際に事件に対処されているギルドマスターのあなたならご存じのはず」

「そうだね。僕も自分の支部の管轄下で赤い髪の少女……双剣を操り魔物を使役する少女に襲撃されたよ」

 

 ギリアムは息をのんだ。だが、イオスはふふと笑う。常にこの緑の髪の青年は優し気な雰囲気を放つ。言葉を交わしていると深い穴に落ち込んでいくような、そんな感覚をギリアムは覚えた。

 

「まあ、実際どのような要請がギリアムさんにあるかは僕にはわからない。……それよりも今度の討伐隊に関しての編成で君にお願いしたいことがあるんだ」

 

 イオスは後ろに立つ男から包みを受け取り、しゅるしゅると外す。中から出てきたのは加工された魔鉱石が組み込まれ、鉄の銃身が黒く光る「魔銃」であった。

 

「それはなんでしょうか?」

 

 ギリアムは純粋に疑問に思った。イオスはにっこりと笑う。

 

「これは魔銃と言われる簡易的な兵器だよ。ここから銃弾というものをいれて、魔鉱石に使い手が流し込ませた魔力で射出するという」

「…………」

「頼みというのはほかでもない。これを討伐隊の装備に加えてほしいんだ。なに、すでにテストは終わっている。とある魔力の素養が全くない女の子にこれを渡したところ……『暁の夜明け』を撃退し、知の勇者の末裔の側近をはねのけた」

「……なかなか強力そうですな。しかし、イオス殿は不思議なことを言われる。討伐隊を魔族で組織するとはまだ正式には申し入れがあるわけではありません、それに、そのような兵器を魔力の素養高い魔族が使用して……果たして大丈夫でしょうか?」

 

 イオスは銃身をなでながら冷めた目でそれを眺めている。

 

「それは当然の疑問だね。もちろん正式に要請を受けてからでいいよ」

「まるでそれがあることを知っているかのようですね」

「ははぁ? そうだね。どうなるかわからないけど。まあ、僕の勘もたまにはあたるかもしれないね」

 

 ギリアムは目の前の得体のしれない青年を観察した。なにを考えているのかわからないが、言動の端々に「微妙な情報」を匂わせて話をしてくる。そして、直接的な答えを微妙にはぐらかせている。

 

 ギリアムは紅茶を口に含んだ。彼は所作に時間をかける。その空白の、張り詰めたような、無言の時間をイオスに与えるが、彼はギリアムに柔らかな笑みを向けるだけだった。

 

 ――踏み込むか。

 

 ギリアムは己の中の「線」を確認する。会話には超えてはいけない線がある。彼は常にそれを意識していた。それを超える。取りようによっては危険な考えを彼は言った。

 

「……なるほどわかりました。その魔銃については宰相閣下より正式に要請があれば改めてイオス殿にご依頼をいたしましょう。討伐隊を結成するとすれば兵士に対して行き届くようにしなくてはなりませんからな。しかし、不安でもあります」

「不安? なんだい?」

「我々は今まで極小の軍事力以外を持っておりませんでしたからね……討伐隊結成となれば強力な兵器を支給されるだけでありがたいことですが……様々な調整が大変そうですな」

 

 今よりも強大な武力を編成するが、いいのか? ギリアムは言外にそういった。相手の取り方次第では彼の、いや彼の後ろにいる魔族全体の立場を悪くしかねないことだった。

 

 イオスとギリアムは双方軽く笑う。

 

「存分に役立ててくれいいよ」

 

 イオスは明るい声で答えた。

 



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モニカの決意

 

「それじゃあ全員揃ったわね」

 

 ラナが両手を組んで全員を見回した。

 

 ギルドの端っこにある円卓を囲んであたしとミラ、ニーナ、モニカが座っている。円卓の上にはラナが広げた王都の地図とさっき受付でもらった「Fランク依頼書」が置いてある。

 

 依頼内容は「手紙の配送」だとか「犬の散歩」だとか直接的には命の危険がない……どころか頑張れば誰でもできそうなことばかりだ。でもとにかく時間がないし、数が多い。

 

「ラナ……そ、そろそろ、依頼を受け始めないとまずいんじゃないかな」

 

 あたしは気が逸る。昨日のこともあるし、ギルドでのさっきのこともある。なんだかプレッシャーを感じるよ。失敗するわけにはいかないって気持ちが強いし。あと失敗して村に帰るなんて絶対ヤダ。

 

 ラナはあたしの顔をすごい顔で見てきた。か、顔に「何言ってんだこいつ」って書いてあるよ。

 

「あんたねぇ。言ったでしょ? ちゃんと計画をたてろって」

 

 ラナが地図を指でなぞっていく。ある一点で指先が光、地図に赤い点が浮かぶ。簡単な魔力の目印だ。それをラナがいくつもつけていく。

 

「今日の依頼書に書いてる場所はこういう風になってんの」

 

 点はバラバラの位置にある。依頼自体は簡単でも移動を考えるとちゃんと考えないと難しいかもしれない。

 

「それに依頼内容よ」

 

 ラナが言う。

 

「時間のかかるものもあるし、かからないのもある。一応マオの試験だから依頼を受けるときだけはあんたがいて、そのあとに誰がやるか仕事を振り分けていく必要があるわ」

 

 

 場所とそれに依頼の質を考えないといけない。例えば前にやった草むしりに仕事をニーナに任せたらたぶん結構時間がかかるから、「あたしとラナ」でやった方が早いとかそういうことを全部考えないといけない。

 

「わかっているよ」

 

 正直頭が痛くなりそうだけど、あたしは手元にある依頼書に目を落とす。さっき全部目を通した。だから、あたしには考えはある。

 

 ちょっと難しい顔をしていたあたしの横で金髪がふわりと揺れる。ニーナがみんなに話す。

 

「実際こいつの言う通りさっさと始めないといけないことはあるだろう。はっきりいえば時間もないし迷っている時間もない」

 

 ニーナ……。

 

「それに依頼を受けて終わったとどうやってそれを知らせればいい? 1人少なくとも数件の依頼を担当しないといけないから、問題だと思う。それに……」

 

 ラナが怪訝な顔をする。

 

「まだなんかあるの?」

「いや、これは別に気にするべきことではないのかもしれませんが」

 

 ニーナはラナに1人に話すときだけ敬語だ。

 

「あなたとミラとモニカは学園の授業とかないのですか? こいつのテストばかりにかまけてていいのかと」

 

 そういえば、そうだ。最近いろんなことがあって当たり前に手伝ってもらっているけど、3人は学園に在籍しているんだった。でも、ラナは右手を横に振った。

 

 

「気にしないでいいわよ、そんなの。ちゃんと考えてるから……ん? ニーナ」

「う、やはりニーナ呼びか……はい」

「細かいこと気にしなくていいっていうか、学園の授業はあんたが考えているような感じとは違うと思うわ。ま、入ってみればわかるし。この馬鹿を入らせないといけないし。だから、むしろニーナの言う終わったことを知らせる方法のほうが重要ね」

 

 ラナは腕組をして考えてる。

 

「……あ、あの」

 

 モニカが手を挙げる。

 

「も、もしも使えるのならですが。私たちの魔法にこういうものがあります」

 

 モニカが両手を祈るように合わせて。短く呪文を唱える。モニカの両手が開かれる同時にふわりと光る蝶々が数匹飛んだ。それはあたしの周りをひらひらと舞う。ちょっとかわいい。

 

「これは、魔力に意思をのせて飛ばす魔法だね。あたしの時代にもあったよ」

「時代……ですか?」

「マオ!」

 

 モニカが首を傾げたとき。ミラが叫んで。あたしがはっとする。

 

「い、いや言い間違えたよ。故郷の近くで見たことがあるっていいたかったんだってば。あはは」

 

 

 ラナがあたしをじっと見たけど、おもわずは目をそらしてしまった。ニーナは蝶を目で追いかけてる。

 

「そうですか……。それでもご存じなら話は早いですね……。この蝶は一匹ずつ簡単な伝言を載せて飛ばすことができます。相手の前ではじけて魔力の文字になって消えるということで……使い捨てですが。魔法としては簡単です。こう手の甲に私が魔力で紋章を書かせてもらえれば使役も容易です」

 

 

 青い蝶がモニカの周りを飛ぶ。そしてぱっと消えて、空中に文字になった。

 

『シチューおいしかったです』 

 

 そしてすぐに消える。

 

「このような感じです。それと離れたところにいるそれぞれが通信するためですが、それぞれ紋章を手に刻んで蝶を使役する必要があります。同じ術者が刻んだ紋章の間で蝶は行き来できますし、その紋章を通せば、蝶は何度でも生み出せますが……飛んでいける距離はそこまでありません。街中くらいでしょう」

 

 モニカが腕をめくって自分の手の甲を見せる。そこにはぼんやりと青い紋章が浮かんでいた。

 

 なんだかその表情は暗い。

 

「ただ――話の通り私が簡易的とは言えみなさんの手に魔術を施さないといけません。……断ってくれてもかまいません。魔族として怪しい動きをするとみられるのは当然で」

 

 言いそうなったモニカの前にミラが右手を差し出した。モニカは目をぱちくりさせて、銀髪のあたしの親友を見る。

 

 

 

「時間がないよ」

 

 その横からラナも手を出して。

 

「今更、疑っても仕方ないでしょ」

 

 あたしもあわてて手を出す。

 

「お願い! モニカ!」

 

 それからニーナが少し躊躇したみたいだったけど、

 

「ん……」

 

 手を出してくれた。ありがと。

 

 モニカは一度目を閉じてから、開いた。なんだか瞳に強い光をたたえているように見えた。

 

「わかりました」

 

☆☆

 

「それじゃあ。エトワールズの初依頼にいくわよ!」

 

 ラナが手を挙げる。手の甲に黄色の紋章がある。そして蝶がそばにいる。

 

「「おー」」

 

 ミラとあたしも合わせて拳を上げる。それぞれ青と緑の紋章。なんでかあたしは頭に蝶がとまっている。

 

 

「……お、おー」

 

 ニーナは桃色の紋章。「私の色はどうなんだ」ってさっき言ってた。かわいいからいいじゃん。

 

 ラナがずんずんと速足で歩きだした。それにあたし達も追いつこうとして呼び止められる。

 

「あの、マオ様」

「ん? なに、モニカ」

「依頼書を貸してもらえませんか? 少しでいいんです」

「……いいけど、はい」

 

 ポーチから出した紙の束をモニカに渡す。モニカはそれを手で繰って、数枚の紙を取り出す。それを胸の前に出して言う。

 

 

「この依頼は……私にさせてください」

 

 あたしは、それをみて正直即答できなかった。一瞬息をのんだ。Fランクの依頼だから、難しいってわけじゃない。……それはあたしがやるつもりだったものだ。

 

 

『魔族に破壊された市街の復旧作業』

 

 依頼書にはそれが書かれている。依頼主はあの親方だ。たぶん資材運びとかそんなものだ。前はラナと一緒にやったことがある。

 

 

「も、モニカ」

「お願いします」

「………………」

 

 

 

 モニカの赤い目があたしを見る。あたしは――

 

 

 

 

 

 はー。

 

 

 あたしは街かどで空を見ながら息を吐く。あれから、街中を回ってみんなに「依頼」をお願いしてきた。

 

 うー。やっぱり悪い気がする。

 

 でも、確かにあたし一人じゃどうしようもないのは事実だ。……生まれ変わる前のあたしなら人に頼るなんてほとんど考えたこともなかった。いや、考える暇なんてなかった。

 

 だめだ、だめだ。こんなところで昔のことなんて思い出しても仕方ないよ。

 

 ぱんぱんとあたしは自分のほっぺたをたたく。痛い、やりすぎた……。ち、ちがう。そんな弱音を吐いている場合じゃないよね。腰のポーチに入れた依頼書を数枚取り出して、あたしは確認する。

 

「みんなに頼ってばかりじゃなくて、あたしが一番やろう!」

 

 1人で気合を入れて顔を上げる。

 

 その時、遠くの屋根から跳んだ少女が見えた。綺麗な銀髪。あれは「手紙を届ける」依頼を頼んだミラだ。

 

 あたしの宿敵と言っていい「剣の勇者」の子孫。

 

 でも、まあ、一番頼れる友達。王都の地理に一番詳しくて、魔力の身体強化が一番うまいミラならあたしたちの中で一番早く「手紙を届ける」という依頼をやってくれるはずだ。

 

 あれ? 昨日悪いことだって言ってた屋根を走るのをやってる。う、うーん。あたしは……ま、まあいいや。ミラが怒られそうになったらあたしのせいだし。一緒に謝ろ!

 

 

 

 

 

☆☆

 

 

 

 

 王都には人が溢れている。

 

 様々な地域から集まった、多様な階層の多様な人間がひしめき合ってそれぞれの生活を織りなしている。

 

 太陽が空の真ん中に上る時間。翔ぶように駆ける一人の少女がいた。

 

 連なる大きな建物の屋根の上を走る。銀色の髪。フェリックスの制服についた純白のぺリースが風に揺れている。その腰には鞘に収まった「聖剣」がある。

 

 ミラスティア・フォン・アイスバーグ。

 

 剣の勇者の子孫である彼女は今、体に青い魔力を通して、疾風のように駆ける。麗しい容姿の中にある凛々しさが、彼女の躍動を彩る。

 

「ごめんなさい……」

 

 しかし、彼女の内心はその爽快な動きとは別に申し訳なさでいっぱいだった。

 

 知らない人の、知らない家か店の上かわからない屋根を伝って彼女は走ることを悪いことと思っていた。だからこそできるだけ着地の時や足を動かすときに衝撃を伝えないように彼女は気を配っていた。

 

 だが、今はそれ以上に彼女の大切だと思っている友達のために彼女は走った。後で怒られたらちゃんと謝ろうと生真面目に思いながら。

 

 

 魔力を体に循環させる。息を吐くことにすら神経を集中させる。ほのかに体を包む魔力が青く光る。人混みを避けて「Fランクの依頼」を遂行するための最短距離を走る。それに最善を尽くすことを彼女は考えている。

 

 ミラスティアはマオという少女に出会ってから、何度か死線をくぐった。もともと天稟の才に恵まれている彼女はその戦いの中で得た経験を自ら解釈して、考えて実践していた。

 

 魔力の循環の調整により聖剣の力を引き出したこと。

 

 竜ドラゴンの息吹ブレスに耐える魔力の障壁を作ったこと。

 

 そして先日の魔族ロイとの闘い。

 

 

 

「マオがやっていたのは……魔力の流れを整理していること」

 

 自らの力を持たない元魔王。ただ魔力の扱いはミラスティアが見たどの人間よりも高い技術を持っている。その彼女にミラスティアはなんどか力を引き出してもらったことがある。それは体内の魔力の循環を整理しただけで増幅したわけではないはずだった。

 

 

 つまりミラスティアにはそれを「本来発揮できる力」が備わっていることを彼女は理解した。だからこそ魔力を体に通すたびにそれを意識して魔力の循環の技術を磨く。ただ過去に経験しただけでそれを行える彼女は「天才」と言っていいだろう。

 

 

 ミラスティアはそうして力をつけることで友達を守ることができるよう願っている。そして彼女の脳裏には少しだけ自分より背の低い元魔王の顔がある。

 

 マオの生まれ変わる前の魔王であれば、その高度な魔力操作に加えて人間など及びもつかない魔力量を誇ったのだろう。ミラスティアはその時に彼女とであったならば、どうなっただろうと考えることがある。

 

 

 剣を交えたのだろうか? そう思っては頭を振る。想像ができなかった。ミラスティアはそのことを考えるたびに答えの出ないまま思考を打ち切る。

 

 今は別のことを考える。

 

 ミラスティアは立ち止まった。心地よい風が彼女の髪を揺らす。屋根の上では遠くまで見える。見上げた空はその果てまで蒼い。ミラスティアは一度だけ目を閉じて、先日の夜のことを思いだした。

 

 

 

 魔王と剣の勇者の子孫が語り合った夜の日。ミラスティアは両手を胸の前で組んで目を閉じたまま少し微笑む。柔らかで、優し気な彼女の表情が心の中にある言葉にできていないものを少しだけ表している。

 

 

 

 彼女はゆっくりと目を開けて、魔力を体に流す。そして大きく跳躍して屋根から降りる。その眼下には古びた教会があった。

 

 

 

 そこには神父が一人いた。その男性はミラスティアの新しい友達でもラナ・スティリアの師匠でもある。

 

 

 

「おや?」

 

 

 

 いきなり空から降りてきたミラスティアに彼は驚くこともなく。

 

「天女かと思いましたよ」

 

 

 軽口をたたく。目をぱちくりとさせたミラスティアは困ったように笑いながらぺこりと頭を下げて、懐から一通の手紙を出した。

 

「お手紙を届けにきました」

 

 これで依頼は1つ完了。手紙はあと何通かあった。

 ミラスティアから手紙を受け取った神父はにこりと笑う。

 

「もしかして、マオさんの友達だったりしますか?」

「……マオを知っているんですか?」

「知っているというほどではありませんが、私の弟子――ラナというのですがね、気が強くて気難しい子なのですが仲良くしてもらっているみたいで感謝しています」

 

 神父は風と息を吐いた。

 

「不思議な子ですね。あの子は。……普通とは少し違うとは思うところですが」

 

 ミラスティアはその言葉を聞いて、一度目を閉じた。そして微笑みながら応えた。

 

「でも……優しいですよ」

 

 ミラスティアの艶やかな髪をなぞるように魔力で織りなした蝶が一羽、ふわりと羽ばたいた。

 

 



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ニーナと芋剥き

 シャッシャッ

 

 あたしは路地裏で芋の皮をむく。小さな包丁……うーん小刀みたいなのを渡されたけど結構難しいなぁ。

 

 

 Fランク依頼名はそのまんま「芋の皮剥き」だ。表にある料理屋さんが依頼主。でもさぁ。これ、冒険者がやることじゃない気がするんだよね……流石Fランクの依頼だ。

 

 ひとつ剥けた。薄茶色の皮をごみ入れとしての木桶にためていく。剥いた芋は別の木桶に入れる。

 

 よし、もうひとつできた。

 

 ……

 

 よいしょ。ほい。できた。

 

「おまえ」

 

 あたしの前に座っているニーナが声をかけてきた。なにさ? みると力の勇者の末裔である彼女の手元で芋がザクザクの形になっている。す、すごい状況だなぁ。

 

 

「意外と手先が器用なんだな」

「そりゃあ、あたしは村でお母さんの手伝いをしていたからね」

「…………私はこんなことをほとんどしたことがない」

 

 慣れたらそんなに難しいことじゃないよ。ほら、よっと一つできた。……うーん。元魔王としてはこんなことに手慣れていいのかな。

 

「手際がいいな」

「ほめたってなにも出ないよ。ニーナも手を動かして」

 

 そう言ってあげるとニーナが芋とにらめっこしてからあぶなっかしい手つきで小刀で切りこむ。

 

「だめだって。怖い怖い。それじゃあ手を切っちゃいそうだって」

「……………」

 

 

 ニーナは芋とにらめっこしている……うーん、これはあたしが頑張るしかないかも、2人でやればすぐ終わると思ったんだけど。

 

 

「……こんな簡単なこともできないのかって思っていないか?」

 

 ニーナがしゅんとしている。あたしは手を止めずに皮をむく。ただ口は動かせるから。

 

「ニーナ。よくないよ」

「は?」

「船の上でもそうだったけど、ニーナは自分のことを悪く思いすぎだって。だってたかが芋の皮剥きじゃん。こんなことできても別になんてことないよ」

 

 

 できた。ぽいっ。投げた芋が木桶に入る。

 

 

「……………お前に聞いてみたいことがあった」

「何さ」

「……正直お前には魔力の才能がない。普通はこうやって向かい合えば相手から何かしらの魔力を感じるものだがお前からは全くない」

 

 うーん。ぐさっとくるね。まあ、事実だろうけど。

 

「それなのに魔族と戦うこともためらわない、それにあの広場でのことも」

 

 広場? モニカとの時のことかな。

 

「怖くないのか?」

「聞きたいことってそれ?」

 

 

 ニーナが頷く。

 

 あたしは芋を剝きながら聞く。なんでこんなことをニーナが聞くのかはわからないけど。そうだな。さすがに元魔王様だから、なんて答えはできない。

 

 

「そんなに難しい話じゃないよ」

「……」

 

 ニーナの目があたしをまっすぐ見つめている。芋を剥く手を止めて、あたしは見返す。

 

 

「先に体が動いちゃうんだからさ」

 

 うわ、自分で言ってたしかに全然「難しい話」じゃないね。言って恥ずかしくなってきた。ニーナもあっけにとられているみたいだけど、いやだな、あんまり見ないで。

 

 芋を剥こ。

 

 シャッシャッ

 

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、本当になにも考えてないとはな」

 

 ニーナがくっと笑う。その時耳のピアスが揺れた。あたしからも聞いてみよう。

 

「そういえばニーナのそのピアスってなんでしているの? 確かに力の勇者もしてたけど……あ、あ、力の勇者もしてたって聞いたけど」

「これか。これは私たちの一族の伝統のようなものだ。片方だけにピアスをする」

「なんで?」

「なんで……だから伝統だ。15になると一族はみんなこうする」

「なんか意味あるの?」

「知らん! 始祖がそういう風に決めたんだ」

 

 確かにあいつならわけのわからないこと言いそうだけどさ。うーん。力の勇者かぁ。あいつが一番意味わからないやつだった。いや、またニーナが暗くなっているのはなんでさ!

 

 ニーナは耳飾りを指でつまんでちょっと切なそうな、そんな表情をしている。

 

「始祖である力の勇者は魔族であろうと魔王であろうと臆することなく戦ったと伝わっている。ある意味ではお前のように考える前に戦うことのできる勇敢さをもっていたのかもしれない……私とは似ても似つかない」

 

 やだなあ。あいつと同じなのは。戦闘狂だよ。あいつは。話が通じないもん。

 

「お前とミラは会ったと思うがSランク冒険者のヴォルグは一族でも屈指の戦士だ。あいつは私の家とは違う、ガルガンティアの一族の傍流だが聖甲の所有者に選ばれた。本来であれば本家である私は継がなければならないのにな……」

 

 そう聞いたとき、あたしは一瞬だけ昔のことを思い出した。

 

 夢のこと、そして父親のこと。……ニーナはたぶんずっと一族の重責を感じているんだろうって、なんとなくわかった。いや、わかったっていうのはおこがましいかな、わかった気がする。

 

 あたしはニーナに言う。

 

 

「じゃあヴォルグをぶっ倒せばいいじゃん」

「おまえ。なにを簡単に」

「簡単じゃないとおもうけどさ。でも、そうだなぁ。例えばあたしとニーナが手を組んで倒すとか」

「……何を言っているんだ」

「相手は聖甲なんて卑怯な武器持っているんだからあたしくらい手伝ってもいいと思うんだよ」

「卑怯っておまえ」

「卑怯だよあんなの!」

 

 聖剣も聖杖も聖甲も! うーーー!! 思い出しただけで腹が立ってくる。

 

「マオの言っていることはめちゃくちゃだ……」

「いいじゃん。ニーナとあたしは友達なんだから、別に何を協力したって。一人で考え込むことも抱え込むこともないよ」

 

 あたしは芋を剥き始める。あれ? ニーナが固まっている。

 

「ニーナ?」

「……はっ。い、いや、なんでもない……。いや、変なことを言ってしまったな。私の一族のことはお前には関係ないのにな」

「関係あるよ」

「は?」

「ニーナがそれで悩んでるなら関係あるじゃん」

 

 ふとそう思ったから、言った。

 

 少し踏み込みすぎたかもしれない。でも……でも、ここまで言ったんだ。だからもう少しだけ踏み込んで言おう。きっと「ただの村娘」のあたしが言うには不自然な話だけど。

 

 

「ニナレイアにとっては一族の、周りの期待とか、責任とかすごく重たいものだと思うんだ。あたしもそういう覚えがあるから。あの時はわからなかったけど、きっと誰かに聞いたほしかったし、誰かに気が付いてほしかった……たまに、本当にたまにそこに手を差し伸べてくれるような奴がいても」

 

 聖剣をもってなかったころの。

 

 あたしは自分の手を見た。じっとその小さな、魔王だったころより少し小さな手を見る。

 

「一瞬手をつかんだとしても、つかみ続けることなんてできなかった。別に後悔しているわけじゃないし、たいした話じゃないけど。……そうだな、なんていうか、あたしはニーナの手を掴んであげたいなって思う」

 

 あたしはニーナを見る。この目の前の少女は少し驚いたような、どう答えればいいのかわからないような顔をしている。うーん。あたしなんかが言うには不自然な話だもんね。いや意味不明な話だね。

 

 

 恥ずかしいなぁ。

 

「マオ」

「なに?」

「どっか行け」

「え? え??」

 

 お、怒ったのニーナ。いや、ニーナはあたしに柔らかく笑った。一瞬だけど。

 

「芋剥きくらい一人でできる。時間もないし。お前は次に行け」

「で、でもニーナ」

「いいから! 早くしろ!」

 

 わ、わー。あたしは手元の芋を急いで剥く。それから「じゃあ、後は任せるよ」ってニーナにお願いした。

 

 ニーナはただ、「ああ」って言った。あたしはたったか、走る。その横を魔力の蝶が追いかけてくる。ふと後ろを見ると、ニーナが顔を袖でこすってた。

 

 



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掃除をするだけの話

黒テーさんが描いてくれたミラスティアです!


【挿絵表示】



「ふざけんじゃないわよ!」

 

 ラナが怒っている。だんだんと地団駄を踏んでる。人がこんなことしているの初めて見た。

 

 あたしはポーチからここの依頼書を取り出して読む。それは単なる掃除の依頼だ。危険なことなんて何もない。報酬は……すごく安い。

 

「でも、広いなぁ」

 

 見上げると天井が高い。手を伸ばしても届かない……って当たり前か。木造の梁がむき出しになっている。周りには整然と長椅子が並んでいる。ただ、歩くと床がぎしぎしするから結構古いのかも、でもまあ、

 

 広い。単純に。

 

 ここは街の教会。ラナの師匠のところじゃない。王都は広いからいろんなところにこういう教会があるんだって。それにしてもあたしを罰するために転生させた神の庭を掃除するなんてなー。なんだかなー。

 

「こんなの終わるわけないでしょ!」

 

 ラナが怒っているのはそれだ。あたしには時間がないから、こんな広いところの掃除をするのは時間がかかりすぎる。

 

「でも、やるしかないよ。ほらラナ」

 

 あたしはモップをラナに渡す。ほんとーーーにいやそーーーーな顔をラナがしている。眉をひそめて、唇をちょっと噛んでる。う、うぅ。

 

「あ、あたしが一人でやろっか?」

「それじゃあぁ! 意味ないでしょ。馬鹿??」

 

 理不尽!

 

 

 ごしごしと床をこする。終わるわけないと思ったけど思ったよりも早く終わるかもしれない。いや、時間はすごくかかるのは間違いない。

 

 ラナも黙々と床をこすってる。

 

「あんたさぁ」

「なにさ」

 

 お互いに掃除をしながら言い合う。

 

「信心深い方なの?」

 

 なんか難しい質問が来た。別に信心深いってことはないけど、神を信じるもなにもその声を聴いたことがある。でもそんなことを言ったら変人じゃん。

 

「別にあたしは神に御祈りなんてしないよ」

「…………ふーん」

 

 ごしごし。

 

 ラナは桶にモップを突っ込んでざぶざぶしている。荒いなぁ。

 

「私は意外と御祈りはするわ」

「師匠が神父だもんね」

「それもあるけど……私の故郷はあんたと同じように遠い場所にあって、毎日感謝のお祈りをしていたからその日課みたいなのが染みついてるのよ」

 

 正直気が付かなかった。毎日一緒にいるのにラナがお祈りしているところなんて見たことがないや。

 

「祈ってるところなんてあんたには見せないけどね」

 

 なんでさ! あたしがラナを見るとなんでかいたずらっぽく笑ってくる。あたしもくすりとした。

 

「でも、実際数百年前の魔王との戦いでは神様が力を貸してくれたのよね。まあ、祈っても損はないでしょ」

「……………」

 

 やられたほうはたまったもんじゃないけどね。

 

「それにしてもミラスティアの聖剣でもほかの聖杖でも聖甲でもそうだけど、あれはどこから来たのかしらね」

「どこからって?」

「伝承では選ばれた3勇者に神が授けたっていうけど、どういう風にもらったのかしら。実際にものはあるし、また、もらえたりするんじゃないの?」

 

 ……そういえば、3勇者はあれをどこから手に入れたんだろう。あたしも知らないや。いきなり出てきたって気はする。神造兵器と呼ばれていた。

 

「無駄話したくなっちゃうくらい退屈な仕事ね。あー」

「あ、ラナ」

「何よ」

「も、もう少しその話しようよ」

「なんでよ」

「いいじゃん」

 

 ラナは手を止めてあたしを見た。どこかいぶかしげな顔。あたしは目をそらしてしまう。

 

「ま、いいけど。……昔から不思議に思っていたのよね。なんで神様はあの時だけ人間に武器を与えたんだろうって。歴史を見たら人間同士の戦争なんて山のようにあるし、それに手を貸したなんて話は……まあ、あるにはあるけど、聖剣みたいに形としては残ってない」

 

 ……人間同士の戦争には介入しなかった……じゃあ、あの時は相手が魔族だったから? 

 

「別にどうでもいい話よ?」

「どうでもよくないよ!」

「……え、えらく食いつくわね。単に私がぼんやり思ってただけっていっているでしょ」

 

 あたしは何となく教会の祭壇を見た。そこにあるのは神の偶像。3勇者との戦いのときに語り掛けてきた「あれ」はきっとそこにはいない。

 

「神に、何か意図があった?」

 

 あたしはぼそりとつぶやいた。……それは……あいた!

 

 後頭部にチョップされた! なにさ!

 

「無駄話は今度こそ終わり。神様に意図があろうと私とかあんたにはきっとわからないわよ。それよりも、こんなつまらない仕事はさっさと終わらせるわよ」

「う、うん。そ、それじゃあ頑張ってごしごし」

「しないわよそんなこと」

「え?」

「それよりもやってみたいことがあるのよ。あんた手伝って」

 

 ラナはにやりと笑った。なにをする気なんだろ。

 

「何をするつもりなのラナ?」

「あんたもやるの。ほらこっち来て」

 

 ラナはあたしの耳元でささやく。……ひひ、く、くすぐったい。

 

「耳が敏感すぎでしょ」

 

 ほっといてよ。

 

 

 うんしょうんしょ。

 

 重たい。

 

 あたしは水を満杯にした桶を持ってくる、なんでこんなことをしているかはわからない。

 

 教会の中ではラナがしゃがんで床をなぞっている。……ラナは持っていた白くて短い棒みたいなので床に線を引いている。

 

 それは近づくとわかる。教会の真ん中に魔法陣を描いているんだ。

 

 その白い線の周りにあたしが持ってきた桶が並んでいる。魔法陣は魔力の通り道を作って魔法を構築するためのものだ。

 

 魔法を構築するにはもちろん魔力が必要だけど、それを展開したり強化する方法には呪文と魔法陣がある。無詠唱で魔法が構築できるのはほんの一握りの優秀な魔力と感覚を持った人だけ。あたしの周りでは……ソフィアとラナくらいかな。

 

 いや、よく考えると魔法できる人の知り合いが少ない。

 

「よしこれでいいわね」

 

 ラナが手で白い棒を器用にくるくる回しながら言った。

 

「何をする気なの? ラナ。あとそれなに?」

「あ? ああ、これ? これはチョークっていう岩石の魔物を素材にしたものよ。まーなんの魔力もないから、単にこういう風に地面に魔法陣を描いたりすることにしか使えないけど。安いのよこれ」

 

 白い線が放射状に広がっている。あたしはその魔法陣を見ると思う。

 

「ん-。ラナってすごいね」

「いきなりなによ」

 

 魔法陣は魔力の通り道。だからそれをしっかり考えて描かないとバラバラになって魔法がうまく構築できない。いや、下手に描くと魔力と魔力はぶつかって魔法が弱いものになる。

 

 でもラナが描いたそれは綺麗で、整ってて、なんか見ていると面白い。きっとここに魔力を通せばすっと流れていく。

 

 ラナがこほんと咳払いした。

 

「それよりも試してみたいってのはあのいけ好かない魔族の男のやり方よ」

「ロイのこと?」

「そうそう。あいつ。あいつが使役していたスライムはもともとそういう生物だけど、疑似的にあれを造って仕事させるのよ」

「……そ、そんなことできるかな。だってここ水しかないけど」

「あんたならできるんじゃないの?」

「……!!??」

 

 なにそのいきなりの無茶ぶり! あたし、そんなことしたことないよ!

 

「早くこっち来なさい」

「え、えー?」

 

 あたしはラナの横に。いや。魔法陣の中心に立つ。

 

 ラナが右手を上げる。

 

「水の精霊ウンディーネにラナ・スティリアが命ずる」

 

 蒼い光がラナを中心にゆっくりと流れる。変かもしれないけどどこか穏やかな気分にしてくれる。

 

 あたしは左手を上げて目を閉じる。ラナ右手に手を重ねて魔力の流れを操作する。

 

 魔法陣に魔力が通っていく。

 

 ラナの描いた放射状の魔法陣に水が流れるように、すぅっと魔力が通っていく。

 

 周りに置かれた桶が揺れ始める。

 

「んん」

 

 あたしは集中する。ラナが呪文を唱える音だけが聞こえる。

 

 桶が揺れる。

 

 描くのは人の形。あたしたちの代わりに掃除をしてくれる……ってすごいずぼらな感じだけど! このさいそんなことは気にしてられない。というかすごい難しいよこれ。だって、あたしが汲んだのただの水だもん!

 

 ラナの体から放たれる蒼い光が強くなる。

 

 まるであたしに催促してみているみたい。わかったよ。

 

 線に魔力が通っていく。

 

 桶がガタガタ揺れて。光を放つ。あたしは唇をかんで、頭が痛いくらいに集中する。

 

 魔法陣がぱぁっとさらに強い光を出して、その時

 

 ばあーーんと桶から水でできた「人形」が出てきた。その数体があたしとラナを囲んでうろうろと動き出す。

 

「ちゃ、ちゃんと掃除をして!」

 

 あたしは魔力を調整する。すると人形たちはうおーって感じで手を挙げてモップを取り合ったり、殴り合いを始める。

 

「ちょ、ちょっとマオなにしてんのよこいつら」

「んんんんん、黙ってて! 操るのがすごい難しい!!!」

 

 人形に意思なんてない。ただただあたしが操作しているんだ。頭が痛ぃ!

 

 人形たちが整列してモップを持つ。そうそう。そして殴り合う。違うってば!!

 

「はあはあ。このぉ」

 

 なめるな。

 

 マオ様を。

 

「なめるなぁ!」

 

 水の人形たちにあたしは強い命令を送る。それぞれの人形に命令を振り分けて、魔力でそれを分ける。ただの水を人の形にするだけでも難しいのに掃除させるのすごく難しい!

 

 人形たちはモップや布切れをもって掃除を始める。

 

 すごいスピードで教会を掃除し始める。

 

「マオ。あんたってさ、やっぱりす」

「ラナ! だまってて、今話しかけるとあたし、あたし……泣きそう!」

 

 掃除は進む。これ教会の図面を頭に描かないといけない。

 

 さっき言った通り人形に意思はない。つまり思考とかそういうのは全部あたし。ラナに供給してもらう魔力で人形とあたしたちの間に魔力の線を造って操る。だから視界から外れると困る。

 

 あたしとラナは手を握ったままくるくると回ったり。動く。

 

 掃除は人形がしてくれる。あたしたちは……ダンスでもしているみたい。

 

「これ、す、すごく恥ずかしんだけどマオ」

「あたしだって恥ずかしいよ! 言い出したのラナでしょ!!」

 

 人形たちが窓を拭いている。やっと……慣れてきたよ。おんなじ動きで窓を拭いて。床をこする。

 

「はあはあ」

「ひぃひぃ」

 

 あたしは頭が痛いけど、ラナは普通に魔力を吸いだされてきついと思う。でもじごーじとくだよっ!

 

 人形たちはあたしたちの周りに集まってモップで魔法陣をこする。これを綺麗にして掃除は終わり。

 

「ま、マオ! あんたこれ消したら水を操ることが……できるの??」

「あ」

 

 魔法陣が消えていく。もう止められない。魔力の線をそれぞれにつなげているけど、魔法陣はその起点だ。だから……このままじゃ!

 

 

 ばしゃーん!

 

 人形たちがはじけ飛んだ。

 

 あたり一面はびしょぬれ。あたしとラナも。はじけ飛んだ時におもいっきり濡れた。

 

 あたしとラナは顔を見合わせて。

 

「ぷっ」

 

 お互いになんか馬鹿らしくて笑ってしまった。誰もいない教会であたし達だけの笑い声が響く。なんか楽しかった。

 

「ま、これで掃除は終わりってことでいいでしょ。乾かしとけばばれないから」

 

 ラナがいけしゃあしゃあという。そして両手を上げて、呪文を唱える。

 

「風を統べるもの。シルフに命ずる――」

 

 優しい緑の光。

 

 ラナを中心に満ちていく。

 

 そして生み出された風があたしをなでてくれた。

 



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紅い瞳

 どうしても気になることがある。

 

 教会から出たあたしはラナに別の依頼をお願いしてそこを離れた。

 

 街中を走る。たまに出会う顔見知りに手を振ったりしながら、あたしはあそこに向かった。途中何度か立ち止まってしまったけど、ほっぺを自分でぱんぱん叩いて歩き出した。

 

 ある意味王都の中で一番思い出深い……そういってしまうと語弊があると思うんだけど……。印象深い場所。

 

 ロイとの闘いで崩れた街。

 

 今は復興作業しているって話だ。大工の親方があの近くでFランクの依頼を出して人手を募集していた。たぶん偶然じゃなくて、あたしに呼びかけていたんだと思う。今の時期にFランクの依頼なんて受けるのはあたしとか、もの好きだけだから。

 

 でも、それをモニカが受けた。

 

 受けさせてほしいって逆にお願いされたから……。たぶんモニカにも思うところがいろいろとあったと思うんだ。でも、モニカ自身が悪いことなんて何もない。それでも……あそこの人たちの魔族への感情は最悪だ。

 

 どっちが悪いわけじゃない。

 

 悪いとすればロイと、それを止められなかったあたしだ。

 

 それでもモニカにまっすぐ見られたら止めることができなかった。ああーー、なんでそうしたんだろうって思うよ。

 

 大丈夫かな。

 

 大丈夫かなぁ。

 

 心配だよ。

 

 今日はずっと何をしているときも気になってた。本当はモニカと一緒にいないといけないと思ったけど……そのモニカに「大丈夫です」って、

 

『マオ様はこれから多くの依頼をしなければならないはずです……私だけにかまっていることはできない。そうですよね?』

 

 まっすぐに、正しいことを言われてぐうって言ってしまった。

 

 槌の音がする。それに何か男の人が叫ぶ声が聞こえる。前に親方の作業場に行ったときにもこんな感じだった。あの街はもう近い。

 

 

 物陰に隠れて広場をうかがってみる。あたしは上着を頭にかぶってわからないように……いやわかるねこれ。あやしさ満点だもん。

 

 意外と大勢の人がいた。依頼を受けたときは朝だったからまだ職人さんが数人しかいなかった。

 

 今はもちろん職人さんも大勢いて、資材がいたるところに積んである。あ、役人もいる。鎧着ている人はなんだろ……兵隊かな。久しぶりに見た。あとは、貴族っぽいひともいるね。偉そうだからすぐわかる。

 

 街の人もいるね。

 

 そっか、あれだけの大穴が空いたんだから。大事件だよね。

 

 人込みに紛れていけば……そう思ったけど、この周辺の人にあたしは顔がばれているからだめだ。あれ? なんでダメなんだろ、別に見つかっても何もないのだけど。

 

 とりあえず見つからないようにモニカを探す。

 

 意外と早く見つかった。……だって目立つもん。

 

 ワインレッドの髪は綺麗で制服を着た女の子。人ごみに混ざっていたってわかりやすい。

 

 でもそれ以上目立つ理由はモニカが大きな木材を軽々担いでいたから。

 小柄な彼女が大の大人でも苦戦しそうな資材を運んでいる。

 

 魔族はもともと人間よりも単純に力が強い。その体からはうっすらと魔力が出ている。あれは身体の強化をしているのだと思う。

 

 それでもモニカを見る周りの目は冷たい。それが遠くから見ても感じる。

 

 魔族は耳ですぐにわかる。それにここは魔族に破壊された場所だ。モニカをそういう風に見る人が多いのはあたしも……あの子もわかっていた。なのにあえてこの依頼を自分で受けるって言ってくれたんだ。

 

 あたしはその場で唇をかんで、出ていこうか悩む。でも……ここで出ていくのは違う気がする。だからと言ってすぐにこの場を離れる気にもなれない。

 

 前にも後ろにも行くことができない。物陰に膝を抱えて座り込んでしまった。

 

 ふと思った。

 

 もしかして数百年前にあたしが負けたあと……生き残った魔族たちはこんな風に人間に見られながら耐えてきたんじゃないかって。

 

 いつの間にか胸元をぎゅっと握りしめていた。

 

 今ここであたしができることはない。……昔にあたしができたことはない。

 

 今の時代はその結果。あたしの今までの人生はほとんど魔族とのかかわりがなかった。旅を一人でできるほど力がないのもあった。

 

「いつか……『今』を見に行かないといけないよね」

 

 魔族の自治領がある。そこに今の魔族たちがいるはず。あたしはそこに行かないといけない。……でももう少しだけ待ってほしい。わがままかもしれないけど。まだ。怖い。

 

 

 あたしの誰かが立っている。ハッとして顔を上げるとそこには黒いコートを着た少女が冷たい目であたしを見下ろしている。赤い縁の眼鏡に黒の帽子。

 

 出会った時とは違う恰好だけど、忘れるはずがない。2度も殺されかかったんだから。

 

「クリス……」

「は?……何きやすく呼んでんの? 殺すわよ」

 

 『暁の夜明け』の一人であるクリスが目の前に立っていた。鋭い眼光であたしをにらみつける。その紅い瞳に強い魔力を感じる。

 

「あんたがこんなところにいるとは思わなかった」

 

 それはこっちのセリフだよ。

 

 

 

 

 クリス。

 

 最初はあたしの故郷の村の近くで、次は港に行く途中の街道で魔物を使役して襲撃をしてきた魔族の少女。……いや、「マオ」としてのあたしより年上かもしれない。

 

「クリスなんで……ここにいるの?」

 

 あたしは立ち上がってクリスに対峙する。彼女は武器を持っているようには見えない。それは自分も同じことだ。たぶん取っ組み合いとかしたら普通に負ける。

 

 クリスはジトっとした目であたしを見た。

 

「あんたに用事なんてない。ああ、恨みならあるけれど、ここで殺し合いをする気はない」

「……ロイとの闘いの跡を見に来たの?」

「は? あんな馬鹿のことなんてどうでもいいわ」

 

 「暁の夜明け」としてロイとクリスはつながりがあるらしい。それは今の反応で分かった。……少し仲が悪そうなことも。

 

 クリスは両手を組んで言った。

 

「そうね。そういえばあのバカはあんたのことをなんか言ってたわ。……あんた古代の魔族語が分かるんだって? どこで聞きかじったか知らないけど不愉快だわ」

「…………」

「ああ、不愉快。不愉快。何度思い出してもムカついてくる。お前のことをあのバカは魔王………魔族の生まれ変わりなんじゃないかってバカげた妄想を私にのたまったのよ」

 

 息をのんだ。背中に冷たいものを感じる。

 

 妄想……もしかしたらロイはそれをただの冗談として言っただけなのかもしれない。

 

「は、はは、そ、そんなわけないじゃん」

 

 否定しにくい。声が少し上ずる。クリスはそんなあたしを無視して広場を見た。大勢の人間がいるここで流石にこの子も暴れないだろう。たぶん。

 

 クリスの視線の先には復興に携わる大勢の人たちがいる。それぞれが役割をもって仕事をしている。もちろんモニカもその中にいた。

 

「お前ら人間はいいな」

「え?」

「私たち魔族はお前らに寒い、寒い北の地に押し込められた。両親はそこで死んだ」

「……」

「だから殺そうってあのバカの計画に乗っていろいろと準備をしていたのに。ああ、本当なら今日は人間どもの死体が山盛りでそこらに積み重ねているはずだったのに、ああ、残念。残念だわ」

 

 クリスは頭を両手でかきむしりながら言う。

 

「そうだそうだ。本当なら3勇者なんて屑どもの子孫の首を並べて、ヴァイゼン様が王都を焼き尽くして、逃げた連中はスライムの餌になっていたはずなんだ。それをそれを」

 

 クリスの右手があたしの喉を掴んだ。

 

「ぐぁ」

「お前が……お前らが邪魔をしたから」

 

 ぐぐぐぐとすさまじい力で締め付けられる。クリスの血走った目。あふれ出る殺気にあたしは……彼女の意思を感じた。

 

「……ぁ」

 

 首を絞めるつもりじゃない。これは折る気だ。あたしは必死に暴れる。

 

 クリスにおもいっきり蹴りを入れる。くぐもった悲鳴をあげてクリスが下がった。

 

「げほげほげほげほ」

 

 殺されるところだった。クリスは怒りに引きつった顔でゆらりと立つ。こめかみに手をあててなにかをぶつぶつとつぶやいている。

 

「違う、ここで殺すわけにはいかない。あの子がいる。落ち着け。私」

「はあはあ……あの子?」

「黙れ」

 

 クリスの蹴りがあたしのみぞおちに入る。転がって、息ができない。痛い。それでも、立たないとまずい。

 

 なんとか膝をついて体を起こす。あたしはその姿勢で見上げた。

 

 クリスは両手で頭を掻きむしりながら、狂気に染まった眼でぶつぶつと言っている。この場所は暗い。だから爛爛(らんらん)と光る眼だけが不気味だった。

 

「ああ、全部殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したいだめだ、ここじゃだめだ、落ち着け。わかっている。ここじゃだめだ。あの子がいる。ダメだ」

 

 あたしの脳裏にふわりと「あの子」の顔が浮かんだ。

 

 それがあっているのかはわからない。

 

「……あの子ってもしかして……モニカのことじゃないの?」

 

 あたしが言ったその言葉にクリスは歯をむき出しにして、憎悪がこもった眼であたしを見下ろしてくる。

 

 紅い瞳なのに黒い憎しみが映っている……そう錯覚するほどその表情はゆがんでた。

 

 あたしは立ち上がる。たぶん、この子の憎しみを生み出したのは「あの時負けたあたし」から始まっている。だからこの子の前に立たないといけない。

 

「…………あたしがさっきクリスに聞いたこと。ここで何をしているのかってことはさ、モニカのことを見に来たんじゃないの?」

「……黙れ。あの子と私は関係ない……あの子は私とは関係がない……私みたいなのじゃない……」

 

 クリスは一瞬だけ、悲しそうな、苦しそうな、そんな表情をした。

 

「そっか……」

 

 その時あたしはわかった。結局何も知らないんだってことを。

 

 クリスがなんでこうなったのかも、今の時代に至った間のことも何も知らない。だからきっと今のあたしには彼女に向けるべき言葉が何もない。

 

 ……悔しいなぁ。

 

「……モニカはさ。あたしの友達だよ」

「あ、?」

 

 クリスが後じさりした。

 

「出会ったのは数日前だけどそれでも友達だとおもっている。あたしなんかよりずっと優しい子だって思う」

「おまえ……おまえ!!」

 

 クリスがあたしを指さす。

 

「友達だと……? お前に……お前なんかにあの子の何がわかる!! 人間風情が!! あの子の人間に対する気持ちがわかるものか!!! ふざけるな!!」

「……何も知らないよ。それでもこれから知っていくことはできる……」

「……」

 

 クリスは睨みつけてきたまま黙り込んだ。それからあたしに近づいて肩をわざとぶつけてくる、

 

「お前はいずれ殺す」

 

 ぼそりと耳元でつぶやいて、どこかに歩き去っていった。

 

 流石に追いかける気がないよ。

 

 はあ、なんかすごく疲れた。あたしはため息をついた。

 

「マオ様?」

「ん」

 

 優しげな声がする。声のしたほうを見るとモニカが不思議そうな顔をして立っていた。そしてすぐにむっとした顔になる。

 

「なんでここにいるのですか? マオ様は今日一日でもっと依頼をこなさないといけないはずです」

「ご、ごめん」

「ここは私に任せておいてください」

 

 モニカは両手を腰に当てて怒ったような口調で言う。でもなんか温かみを感じる。

 

「わかったよ。ごめん。あたしはもういくね」

「はい…………マオ様」

「何さ」

「さっきここで誰かと話をしていましたか?」

「……いや誰とも」

 

 クリスのこと、言っていいのかまだわからなかった。だからごめん、嘘をついた。

 

「そうですか……わかりました」

 

 モニカはすぐに引き下がってくれた。あれ? なんか近くで様子をうかがっている子がいる。小さな女の子だ。あの子は……モニカが街の人に責められた時にもいた……。いや。はっきりいえばモニカを責めていた子だ。

 

「あの子ですか? ……私が作業をしていると手伝ってくれるというので……一緒にいます。……おかしいですか?」

「いや……いいと思うよ」

 

 よかったって思う。

 

 



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魔銃を取りに行こう!

 一日中王都のあちこちを走り回った。

 

 お昼を駆け回って。

 

 夕暮れの太陽が沈むまでずーっと、何かいろんなことをしていた。

 

 Fランクの依頼は雑用なんだってすごい思い知らされた。皿洗いとか靴磨きとかまであるんだからもう冒険者ってなんだろうって思う。ちなみに報酬はすごく安い。

 

 あたしはミラ、ニーナ、ラナ、モニカにそれぞれ依頼をお願いしたり、自分で受けたりしていたら、あっという間に夜になったような気がする。

 

 体を動かすだけだったらいいけど、どの依頼を先にやるのか。どう受けるのかをずっと考えながらやっていたから、頭も疲れた。

 

 ギルドにみんなで戻ってきたときのあたしはもう体が重くて、すごく眠たかった。ギルドの隅にあるテーブルにみんなで座る。椅子に腰かけるとはあと息が自然と漏れた。

 

 みんなを見るとニーナは疲れた顔をしている。ラナはわかりやすくテーブルに突っ伏してる。ミラとモニカは……あんまり疲れてない、そんな気がする。

 

「とりあえず1日目終了ね。とにかくさっさとご飯を食べて寝よう。つかれた」

 

 ラナが弱々しい声で言った。一日中いろんなところを掃除したり、探し物したり、犬の散歩をしたり。……ラナだけじゃないよね。あたしのためにみんなが頑張ってくれたのは……申し訳ないなぁって、胸の奥がきゅってする。

 

 あたしは立ち上がっていう。

 

「みんな今日はほんとありがと。今日は帰ってゆっくり休んでよ」

 

 お礼くらいしか言えないことは悔しいんだ。そういうことがなんだか初めて分かった気がする。

 

「マオもゆっくり眠って明日頑張ろう」

 

 ミラがぐっと両手を握りこんで力強く言ってくれた。やっぱり元気だ。頼もしいけど、基礎体力の差を感じるね。でもありがと。

 

「マオ様。私は明日も工事現場に行きます。親方さんにお話をしたら、依頼をいくつかにわけてくれるということでした。ただの手伝いで1つではなくて、資材運びで1つの依頼、木材の運搬で1つという風に。これでけっこうお役にたてそうです」

 

 モニカも少しうれし気に言ってくれる。……しっかりしてるや。

 

「ああーーーー。早くご飯食べに帰るわよ。マオ」

 

 頭をテーブルにすりつけているラナ。

 

 そして死んだような顔をしているニーナ。

 

 2人にも感謝しているよ! ほんとだって。

 

「うん。あたしは明日の依頼の整理とか、受けられるものを確認してから帰るからラナは先に帰っててよ」

「はあ? そんなの待ってるからさっさとすましてきなさいよ」

「……いいからさ!」

「いいからって……。じゃあ、早く帰ってくるのよ」

 

 あたしは頷いて。とてとて受付の方にいく。その時振り返っていった。

 

「みんな、ごめん。明日もよろしく」

 

 

 ギルドの外に出るともう空は暗い。星が出ている。

 

 あたしの手には何枚かの依頼書がある。夜にも受けられるものがないか受付のお姉さんに聞いてきたんだ。みんなも帰っているし。

 

「よっしやるぞ!」

 

 この話はもともと自分の話だ。だから自分で頑張らないといけない。夜だからってあたしが休むのはおかしいんだ。

 

「えっとまずは繁華街で……」

「マーオ」

「うわ!」

 

 び、びっくりした。振り返ると両手を組んでニコニコあたしを見ているミラがいた。あたしは不意に依頼書を隠して、冷や汗をかく。

 

「一人でまだ続ける気だったんだよね?」

 

 うわ。ばればれだ。

 

「そ、そりゃあ。あたしの問題だから」

「じゃあ、私もまだ付き合うよ」

「……いや、これはあたし問題だから」

「マオの問題だから、私の問題」

「……んー」

 

 言葉がないね。ちょっとうれしくて照れちゃうよ。

 

「その、マオ様」

 

 うわっ。さっきと同じような反応をしちゃった。よく見るとミラの後ろにモニカがいた。

 

「なんとなく怪しいと思っていました……ので。ミラ様と一緒にいました」

「……そこまで見透かされていると恥ずかしい……」

「すみません……」

 

 謝らなくていいよ!? 

 

「さすがにラナとニーナはいないよね? モニカ」

「はい……お二人はすごく疲れてらっしゃったので……」

「なんか安心したよ」

 

 2人はホント疲れてたから。さすがに悪い気がする。

 

 でも3人でやれば結構早く終わるかもしれない。

 

「じゃあ、ミラ。モニカ……もう少し付き合ってほしいんだ」

「おー」

「はい……」

 

 ミラはあたしと一緒にいるときはなんかフランクな気がする。

 

 

 夜の繁華街はにぎわっている。星の光が降りてきたように街中が明るい。

 

「おーい。エールをくれ」

「はいはい!」

 

 あたしはとある店で木の容器に並々つがれたエールを持って、お客さんのところまで運ぶ。白い泡をこぼしそうになって焦る。

 

 ウエイトレスって言うらしい。でもただ注文を聞いて、持っていくだけなんだから誰でもできそうな気がする。あたしは制服の上着を脱いで、シャツの上からエプロンをしている。

 

「こっちもエール3つ」「グリーンビーンズ追加で」「テーブルを拭いてくれー」「お姉ちゃん勘定ここにおいておくよ」「エール」「焼いたものをなんかもってきてくれ」

 

 うん、わかった。あたしは店の主人……この場合は依頼主に言われたことを全部伝えて。料理とか飲み物を持って行ったり、布巾でテーブルを拭いたりした。

 

 モニカは裏で皿を洗ってくれている。すごく不本意だけど、魔族を前に出したくないということだったからあたしがこれをしている。

 

 ミラは別の依頼をお願いしている。

 

「おーい。マオさん。こっちも」

「はいはい」

 

 あたしが声のしたほうに行く。そこでふとおかしいなって思う。今あたしの名前を呼ばれた気がする。まあ、ここ数週間いろんな人に会ったから知り合いは少ないわけじゃないけど。

 

 でもそこにいたのは微妙に苦手な奴だった。

 

 緑の髪を後ろで結んだ美少年……本当の歳はいくつだろう。よくわからないけど、彼はイオス。ギルドの支部でギルドマスターだ。彼の座るテーブル、その向かい側には緑のローブを羽織った女の子がいた。頭にはフードをつけていて顔は見えない。

 

「やあ、マオさん」

「うーん。飲み物は?」

「つれないなぁ。世間話くらいしようよ」

「あたしは忙しいんだよね。冷やかしはお断りだよ」

「……きみってさ、結構こういう店の店員に向いているんじゃないの?」

 

 そんなわけないじゃん。あたしは魔王だよ? まー、仕事だからちゃんとやるけどさ。

 

「まあ、君がそういうなら本題を短く言おう。君さ、僕が魔銃について困ったことがあればアルミタイル通りの1丁目に行くようにメモを渡していたと思うけど、行ってないだろ?」

「う。い、忙しかったんだってば。それに魔銃について困ったことがあればってことだったじゃん」

「……でもマオさん、最近大きな喧嘩をしたんじゃないかな? その時魔銃があれば楽になってたんじゃないかな」

 

 ……確かにロイとの闘いで最初から魔銃があればもう少し楽に戦えたかも。

 

「ほら」

 

 イオスはあたしに紙を渡す。それはFランクの依頼書だった。

 

「依頼内容はアルミタイル通りの1丁目のワークスという職人のもとに魔銃を引き取りにいくことだ。これだったら君も行きやすいだろう?」

「……あんたさ。もしかしてあたしの状況すごくよくわかってたりするの?」

「もちろんだよ。まあ、1件くらいこういう形でもいいだろう。ギルドマスターの職権をささやかながら使っただけだよ」

 

 イオスの手に握られたそれをあたしはつかむ。

 

「……あんがと。でもタダでもらったりしないよ。今度ちゃんと返すよ。何かで」

「あ、そうそう。お礼と言われてはなんだけどさ」

 

 あたしは「お礼と言われてはなんだけど」なんて言ったやつを初めて見たよ!!

 

「この子も同行させてほしいんだ」

 

 イオスの向かい側に座る女の子がぺこりと頭を下げた。

 

「なんで?」

「お礼だっていっただろう。ウエイトレスさん。ほら、僕の用事は終わりだ。さ、なんか飲み物を持ってきてよ」

 

 

「ということで魔銃を取りにいくことになったよ」

 

 ミラとモニカも合流してあたしはその経緯を説明した。モニカが小首をかしげて聞いてきた。

 

「あの……魔銃というのはなんでしょうか?」

「ヘンテコな武器のことだよ」

「武器……ですか」

 

 ミラはもちろん知っている。

 

 少し悔しい気もするけどイオスが言っているは正論だった。ロイとの戦闘はもともとそんな気は全然なかったけど、魔銃があればまともに戦えた部分もある。あんなことはそうそう起こらない。

 

 その時あたしの脳裏にクリスの顔が浮かんだ。

 

 うん。魔銃取りに行ったほうがいいかもしれない。力が弱すぎたら話し合いにもならないしね……。

 

「それでその子は……マオ」

 

 ミラが言ったのでハッとした、アタシの後ろにいる緑のローブを羽織った子のことはあたしも全く分からない。

 

「えっと、あ。自己紹介。自己紹介しよう。あたしマオ。こっちはミラスティアで、モニカ」

「……」

 

 女の子の口元が緩んだ。彼女はゆっくりとフードを取る。

 

 白い肌に頭のてっぺんが茶色で毛先に行くほど金色になっていく。にこりと笑った表情はどこか作り物じみていた。

 

 彼女は紅い瞳に長い耳をしている魔族だった。

 

 

  繁華街を歩きながらアルミタイルの通りについてミラに聞いた。道には大勢の人がいる。親子連れもいるし、酔っ払いもいる。ぶつからないようにしないといけない。

 

「王都は東西に広いからいろんな地区があるよ。東の方は貴族の家が多いことは話をしたと思うけど、逆に南西の一角はいろんな職人さんが多かったりするよ」

 

 ふーん。

 

 あたしはミラの話を聞きながら歩いた。歩いたらそれなりに遠そうなイメージがある。まあ、行ったことがないから行ってみないとわからないけど。

 

 後ろにはモニカが無言でついてくる。少し離れてあの緑のローブの女の子。結局まだ名前を聞いていない。あの子はまた頭にフードをかぶっている。魔族であることを隠しているのかな。

 

 モニカもずっと無言だ。もしかして知り合いだったりするんだろうか。気になる。

 

 その時あたしのおなかがくぅとなった。あたしは立ち止まって顔を伏せた。普通に恥ずかしい。

 

 だって繁華街の通りを歩いているとあちこちでいいにおいがするんだもん。仕方ないじゃん。ミラとモニカが顔を見合わせて笑っているし。モニカがくすくすと笑いを押さえられないような顔で言った。

 

「マオ。よかったら、そのあたりで軽く何か食べよう?」

「あ! あたし出すよお金。……そ、そうだ。ごめん。いまなかった……」

「大丈夫ですよ、マオ様」

「でもさ……」

 

 しばらく話し合った後ミラとモニカが奢ってくれることになった……。絶対返すからね!

 4人で出店の一つに行って、タレをたっぷりとつけた串にお肉を付けたものを買った、あ、いや買ってもらった。名前は知らない。

 

 でも、おいしい。もぐもぐすると口の中でお肉とタレが絡み合ってほんのり甘い。

 

 繁華街は賑やかで串焼きを片手に歩いているだけで楽しい気持ちになる。友達と並んで食べ歩くなんてあたしはあんまりしたことはないかも。

 

 でも篝火が煌々と光る道を話しながら歩くのは楽しくて、今日の疲れもわすれてしまいそうになる。

 

 そう、あたしとミラとモニカはなんだかそんな気持ちを共有できている気がする。でも、後ろについてくる魔族の子は結局串焼きは食べなかった。

 

 

 アルミタイルは職人の街だっていうけど、静かだった。そりゃあそうだよね夜だもん。逆に職人さんたちは繁華街に行っているんじゃないかな。

 

 レンガ造りの工房が軒を連ねている。少し道が暗いと思ったら、

 

「明るくしましょう」

 

 モニカが手を前に出してポウと魔力でできた蝶を数羽出してくれた。優しい光であたしたちを照らしてくれる。

 

 時折カーン、カーンと何かを打つ音がする。そう思ったら何か煤のにおい……っていえばいいんだろうか、独特のにおいを感じる。たぶんまだ働ている人もいるんだろうと思う。

 

 そういえばワークスさんという人はどこにいるんだろう。あたしは少ない人通りの中でやっと歩いている人に聞いてみたら、確かにアルミタイル1丁目に工房を構えているらしい。

 

 その方向に向かうとこじんまりとした「ワークス工房」というやっぱりレンガ造りの建物があった。入口には「クローズ」ってかけられている。

 

「あ、もうしまっているみたいだね」

 

 ミラはそれであきらめちゃいそうだったけど、あたしは中に人がいないかドアに耳をつけて中の様子を探ってみた。

 

「ま、マオ。だめだよ。そんな!」

 

 本気でミラが慌てている。でも中から物音がする。窓から明かりは確認できないけど。あたしは入口の傍に糸のついたベルがあるのを見つけて、引いてみる。カランカランと音が鳴った。

 

 そしてどたどたどたと音がして勢いよくドアが開いた。ぬっと顔を出したのは意外に若い男の人で浅黒い肌をして黒い髪。少し眠そうな顔をしている。あと無精ひげだね。職人らしく太い腕をしている。

 

「あ、こんばんは」

 

 あたしはなんとなく挨拶をした。じろりと男はあたしを見た。

 

「お前……マオってやつか?」

「え? ああ、そうだよ。あたしはマオ」

「そうか。俺がワークスだ。もっと早く来ると思ってたが……おせぇえええんんだよ!!!!」

 

 あたりに響く大声。あたしはびっくりする。ミラとモニカもびくっと体を震わせた。

 

「イオスがすぐ来るって言ってたが来なかったから、毎日待ってたんだぞ?」

 

 すごいめんち切ってくる。なんかヴォルグといい、豪快な人多いね……。でもあたしは両手を腰に置いてはっきり言う。

 

「遅くなったのは悪かったけど、いろいろあったんだよ。それにイオスは『困ったら行くように』としかメモでくれなかったから。すぐ行くようにとか書いてなかったんだ」

「ちっ……緑まりもの屑が。まあいい。工房に上がれ。あ。そっちの3人はそこで待ってろ」

 

 ごめんみんな、すぐ戻ってくるから。ってあたしは3人に手を合わせるジェスチャーをしてからワークスさんの後ろをついていった。

 

 工房の中はほのかに暖かい。熱がこもっているような気がする。意外に広い。奥の方には大きな窯が見える。

 

 壁には剣だと盾だとかいろんなものが飾ってある。わ、大きな斧だ。たしかハルバートとか言うのだったはずだ。

 

 ただワークスさんはものであふれかえった机の前にきて、豪快に上に載ってたものを叩き落した。荒いなぁ!

 

 その下から長方形の木箱がでてきてワークスさんがそれを開け……る前にあたしを見た。

 

「お前がなんであのイオスに気に入られたかはわからないが、こいつは俺の傑作だ。ちゃんと大切に扱えよ」

「……正直なんであたしに魔銃を渡すのか全然意味は分からないけど、でもワークスさんの大切なものならちゃんとするよ」

「はっ……まあいいだろう」

 

 木箱から出てきた堤に入った銃。その包みを解いたとき、中から黒い銃身と木材で滑らかに作られた持ち手には白い銀の線で作られた文様があった。そしてそこには大小2つの魔石が輝いている。

 

 綺麗だった。工房の光に照らされた魔銃が白く光っているように見えた。

 

「なんか、お前にやるのはわるくねぇかもなってお前のだらしねぇ顔を見たら思ってきた」

 

 はっ! あたしは頭を振る。ワークスさんは初めて笑った。綺麗なのは間違いない。ワークスさんから手渡されたそれはずしりと手のひらに重さを感じるけど、前のものより軽い気がする。

 

「この銀の細工は魔力の通り道だね。魔石が2つになっているのは……使い道が違うのかな」

「よくわかったな。まあ、お前からは全然魔力は感じねぇが。イオスはお前に預ければいいと言っていたからな。ちゃんと肩に掛けられるようにベルトもつけてやったんだからな」

 

 あたしは肩に魔銃をかけて、その場でくるくる回る。うん、動きやすい。

 

「その銃の名前はなクールブロンだ」

「名前なんてあるの?」

「いいだろ、お前の友達の聖剣もライトニングスという名前があるんだからよ、作品には題名があるんだ」

「ふーん。意味は?」

「白い心だ。……マオ、お前に渡したそいつは俺の作った傑作だという自負がある。だがなぁ、武器は武器だ。使い手によってどんな色にも染まってくれる。だが、銃自体にはなんの気持ちもない。重要なのは使い手だ」

「わかったよ。ありがと……いやうーん。ありがとうございます」

 

 あたしはなんとなくワークスさんが伝わった気がした。

 

 

 工房を出るとミラとモニカが出迎えてくれた。

 

「それ、新しい魔銃なんだね。マオ」

「ミラ。そうだよ、前のは船で失くしちゃったから。久しぶりな気がする」

 

 モニカはクールブロンを見て言う。

 

「綺麗ですね。これが魔銃という武器ですか?」

「そうそう。まあ、これでいきなり絡まれてもそれなりに戦えるよ」

 

 ロイの名前は出さない。そういえばミラにクリスのことを相談したいなぁ。

 

「まあ、これで依頼は完了だよ。さ、帰ろう」

「あのー?」

 

 わっ。なんだかほとんど初めて話しかけられた気がする。魔族の女の子は手を挙げて聞いてきた。

 

「その武器があればいきなり襲われても平気なんですか?」

「…………まあ、それなりには戦えると思うけど」

「じゃあ、こういうのはどうですか?」

 

 魔族の少女がローブを跳ね上げる。その下から出てきたのは長く黒い銃身。その魔力の波に光る魔石。

 

 ――魔銃!?

 

 少女はすばやく肩に銃を構えて。あたしに狙いをつけた。刹那の時間がゆっくりと流れる。

 

 にやりと笑う顔が見える。

 

 彼女は引き金を引いた。

 

 乾いた音が鳴り響く。

 

 

 

 

 



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仮面の男

 いつまでたっても痛みが来ない。銃弾が自分を貫くと思った。

 

 だから、あたしは思わずつむってしまった。でもこのままじゃいけない……目を恐る恐る開けた。

 

 あたしの瞳に映ったのは銀色の髪を靡かせて立つミラの背中。

 

 雷撃を纏った聖剣を構えたミラがあたしとあの「魔族の子」の間に立っている。黒い刀身に蒼い雷光がばちりとはしる。

 

「ありがとミラ」

 

 とりあえずお礼を言うと、ミラはこちらを見ずに頷いた。

 

「おやおや、それは卑怯ではありませんか? 伝説の3勇者の末裔が割って入るとはフェアではないと思います」

 

 卑怯なのはいきなり撃つことじゃん!

 

 魔族の女の子の手には魔銃がある。前にあたしが持っていたものと似ている。なんで撃たれるかは全然意味が分からない。あたしがそれを聞こうとする前に、震える声でモニカが叫んだ。

 

「マオ様に何をするんですか!? フェリシア!!」

「モニカさん。これには深いわけがあるんですよ」

 

 フェリシア……あの子の名前。それにモニカはやっぱり知り合いだったみたいだ。

 

 あたしはミラの前に行く。

 

「深いわけって何さ? あたしはあんたに恨まれるようなことをしたことはないよ!」

「……うーん。恨む理由は一応あるんですが……それはまあ、今回のことには関係ありませんね」

 

 恨む理由がある? 今日初めて会ったのに。……いや、とぼけるのはやめよう。だって似てるじゃん。

 

「お兄ちゃんのこととか?」

 

 あたしがカマをかける。フェリシアは無言で魔銃に弾丸を装填してレバーを引く。どうやら応えてくれるわけじゃないみたいだ。

 

「やめてください。少なくともここで3対1では勝ち目はありませんよ」

 

 ミラが冷静に言う。

 

 確かに今のあたしの手には魔銃もある。ミラも聖剣を持ってる。その上モニカもいる。下手な戦闘はむしろフェリシアにとって不利だ。

 

「ふふふ」

 

 それなのにフェリシアは笑う。

 

「私にとって用事があるのはマオさん、あなただけなので一騎打ちといきませんか?」

「……悪いけどやだよ。あと闘い自体したくないから逃げてくれるとありがたいんだけど」

「そうですか、ひどいですね。じゃあ――」

 

 フェリシアは右手をゆっくりと上げて、ぱちんと指を鳴らした。

 

「邪魔ものにはとっておきの遊び相手をご用意しましょう」

 

 

 ぞくりとした。ミラもモニカも同じみたいだ。屋根の上から何かが飛び降りてくる。

 

 それは黒い装束を纏った男。顔につけた白い仮面。そこには紅い文様が刻まれている。

 

 そいつはフェリシアの隣にゆっくりと『下りてきた』。

 

 着地する音すらならない。だけどわかる。男の周りからは蒼い光がゆっくりとほとばしっている。腰には一振りの剣があった。

 

「この人は私のボディガードです。ミラスティア・フォン・アイスバーグさん。それとモニカさんはこの人と遊んでくださいね」

「…………」

 

 にこにこと笑うフェリシア。男は逆に無言だった。

 

 息苦しい。あいつから放たれるのは殺気……ちがう、もっと純粋な気迫のようなものがあたしの体にたたきつけられるみたいに感じる。心臓がなる。

 

「ミラ……あいつ」

「わかってる。マオ……ごめん。あの魔族の子は任せる」

「いいよ」

 

 短い言葉でわかってくれる。あたしはモニカを振り向く。

 

「あいつはやばいよ。武器もないモニカじゃ危ない。隠れてて」

「マオ様……! いえ。私も」

 

 その瞬間だった。男はまっすぐこちらに飛び込んできた。鉄の剣を横薙ぎに振る。

 

 ミラの聖剣とぶつかり合う。火花と雷撃が混じって光る。男とミラの剣があたしのひと呼吸の間に数合ぶつかり合う。ミラが後ろに飛んだ。いや、押し出された……!

 

 男は追撃をする。加速するために地面を蹴る。道のタイルが割れてとびちった。

 

 ミラ……ごめん。任せるよ。……いや、さっきのぶつかり合いでわかった。あの男はたぶん今まで出会った誰よりも接近戦に長けている。

 

「こっちです!」

 

 ミラが地面を蹴って飛ぶ。工房の屋根にあがって駆け出した。あたしはモニカに言う。

 

「モニカ! さっきはあんなこといったけど、ミラを助けてあげて! 武器は……工房の中にあったから!」

 

 モニカは少し戸惑った顔をしたけど、すぐに頷いてくれた。ワークスさんの工房に入ってくれた。

 

「あ、いいですね。これであの邪魔な剣の勇者の末裔さんもモニカさんも私たちの邪魔はできませんね」

 

 フェリシアがあたしに銃口を向ける。

 

「こっちはこちらで楽しみましょう? マオさん」

 

☆★

 

 

 夜を駆ける。

 

 屋根の上をミラスティアと仮面の男は魔力で体を強化し疾走する。ミラスティアの手には聖剣があり雷撃を纏って蒼く光る。

 

 男が仕掛ける。速度を上げ一瞬でミラスティアに追いつく。下段からの突き。胸元を狙った一撃を彼女は聖剣で受ける。火花が散る。

 

 一閃。少女の横薙ぎを男は躱す。銀髪を揺らし、さらにミラスティアは追撃する。だが男はことごとくを躱し、鉄剣でミラスティアの剣撃の軌道をそらす。

 

 聖剣が光る。ばちりと空気が鳴り。青い雷撃が男を襲う。

 

 この世界で『雷』の速さを上回るものはない。聖剣の力が強力であるのはそれを自在に操ることができることにある。

 

 だが、それを男は避けた。身をかがめて雷撃の間を走り抜け、間合いをとる。

 

 ミラスティアは荒い息を整える。汗が噴き出てくる。

 

 星空のもとで2人は対峙する。男はゆらりと鉄剣を片手に持つ。ミラスティアは聖剣をぎゅっと両手で握りしめた。

 

「すごい使い手ですね。襲ってこられたからには私の名前はご存じとは思いますが、よければお名前をいただけませんか?」

 

 ミラスティアはゆっくりと足元の状況を整えながら話す。大きく息を吸い、呼吸を整える。

 

「…………」

 

 男からの返答はない。代わりに彼の体から魔力がほとばしった。

 

 言葉の代わりに彼の放ったそれは攻撃の合図だろう。ミラスティアは聖剣を両手で持ったまま、体の前に引き寄せて目を閉じる。彼女の体からも魔力がほとばしる。身体を極限まで強化する。

 

 2つの光が輝く。

 

 男が飛び込んだ。体をひねっての上段からの打ち下ろし。ミラスティアの目にはその剣先がゆがんで見えるほどの圧力を感じた。

 

 ミラスティア身をひねって避ける。男の打ち下ろされた剣はすさまじい衝撃波を生み、ミラスティアの立っていた場所を破壊した。破壊された屋根のかけらが飛び、ミラスティアと仮面の男はその中で剣を合わせる。

 

 聖剣と鉄剣がぶつかる。ぎりぎりぎりとつばぜり、ミラスティアが雷撃を放つ一瞬に仮面の男は後方に下がる。ミラスティアは両足に魔力を込めて、突進する。その勢いのまま剣を薙ぐ。

 

 男は片手を出す。厚い筋肉を纏ったその褐色の腕には淡い魔力を纏う。その手はミラスティアの横薙ぎを「掴んだ」。素手で剣を捕らえた。そしてもう一方の手には鉄剣を握る。

 

「!!」

 

 ミラスティアは驚愕する。仮面の男は容赦なく斬撃を放つ。

 

 服が切り裂かれる。ミラスティアは聖剣を放して後方に逃れた。魔力で硬度を上げたフェリックスの制服がたやすく切られた。あと一瞬遅れていたら胴体が2つになっていたかもしれない。

 

「あっ……!」

 

 はずみで彼女は屋根から落ちてしまう。地面に落ちるときなんとか魔力を服に通して衝撃を殺したが、その目は空から落ちてくる仮面の男を捕らえた。

 

 月を背に男は両手に鉄剣と『聖剣』を構えて落ちてくる。とどめを刺しにきたのだ。

 

 道の中央でミラスティアは体を起こそうとしてずきりと右肩が痛む。斬られた場所だった。そのわずかな遅れが致命的になった。仮面の男は自らの鉄剣に魔力を纏わせて、打ち下ろす。

 

 斬撃を避けても衝撃波でやられる。ミラスティアは唇をかんだ。

 

「やああぁああ!!」

 

 声がする。道路を駆ける音。揺れるポニーテール。

 

 ワインレッドの髪の魔族の少女。モニカの声だった。

 

 ミラスティアは振り向く。ただすぐに「え?」と彼女は驚いた。

 

 モニカは地面を蹴る。彼女の手には巨大な白いハルバード。かわいらしい彼女には不釣り合いなそれを軽々とモニカが扱い。回転を加えて男の斬撃とぶつける。

 

 がきぃっと音が響いた。衝撃波があたりを包む。轟と風が起こる。

 

 モニカが弾き飛ばされたが着地する。

 

「ミラ様! 大丈夫ですか!」

「……う、うん。モニカ、それ」

「借りました!!」

「……すごい武器だね。でも今は心強いよ」

 

 ミラスティアとモニカは肩を並べる。彼女たちの前になにかが落ちてくる。それは地面に突き刺さる。黒い刀身。聖剣ライトニングスであった。

 

 ミラスティアが道の先を見れば男が鉄剣を片手に構えている。わざわざ聖剣を返すという余裕のある態度にミラスティアは悔しさを覚えつつ、その柄を握る。彼女は切り裂かれた上着をばっと脱ぐ。

 

 白いシャツと少し緩んだ赤いリボン。

 

「モニカ。あの人は強いよ。でも、もう少ししたらきっとマオが来てくれる。みんなで戦えば勝てる」

「……はい!」

 

 2人の少女は仮面の男と対峙する。

 



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クールブロン

 戦いの音がする。

 

 ミラが戦っているんだ。あたしは両手で新しい魔銃――クールブロンを構える。

 

 視線の先にはフェリシアがいる。その手には前にあたしが持っていたような魔銃。そこにはめ込まれた魔石が煌々と光り輝いている。

 

 魔族は先天的に大きな魔力を生み出す力がある。だからこそ人間との戦争では少数でも有利に戦うことができた。……まあ、簡単に言えば『魔銃』という武器の性質上豊富な魔力を持った使い手のほうが有利だ。

 

「あのー。マオさん。戦う前にひとつ質問をしてよろしいでしょうか?」

 

 フェリシアの声はゆったりしているけど、どこか冷たい。

 

「むしろこっちのほうが聞きたいことが多いんだけどさ」

「まあ、まあ、そういわず」

 

 フェリシアとあたしはゆっくりと円を描くように対峙して歩く。さり気なく弾丸を手に持っていつでも装填できるようにしておく。だってさ、話がしたいなんて言ってもフェリシアは手元に魔力を籠めている。

 

「わかりにくいけど魔力を銃に込めながら言うセリフじゃないと思うよ」

「流石に目ざといですね。まあ、質問と言っても簡単なことですよ。あなたはとある村で生まれたしがない農民と聞いていますが、なぜ私の動きを言い当てたように魔力の扱いに長けているのですか? 師匠がおられたりします?」

「さあね。生まれつきだよ」

「あら、天才ですね」

「まーね」

 

 軽口に対して、フェリシアは笑った。

 

「じゃあ仕方ありません、天才さん。本日は死んでください」

 

 やだよ!

 

 フェリシアは銃口をあたしに向ける。その一瞬青い光が魔銃を中心に展開される。

 

 

「これが本来のこの武器の使い方でしょう。アイスランス!」

 

 あたしは地面を蹴った。そのまま地面を転がる。次の瞬間には氷の槍が一直線に後ろの工房に打ち込まれた。

 

 轟音が耳に響く。慌てて振り向くとワークスさんの工房の入り口が吹き飛ばされている。

 

 その瞬間、脳裏にロイとの戦いで崩れた街が浮かんだ。モニカの顔もその街の人も。このまま戦ったら被害が広がる。

 

「なんだ!? 何があった!?」

 

 その声にハッとする。ワークスさんが外に出てきたんだ。

 

「ワークスさん! 危ないよ!」

「なんだ? マオ……ていうかそっちのやつは誰だ? なんで魔銃を持ってやがる!?」

「説明は無理! あたしにも分らないから……! それよりも工房に隠れててよ!」

 

 その一瞬に気がとられた。

 

「そっちを気にしていいんですかぁ?」

 

 フェリシアの手元が青く光る。装填された銃弾に魔術を付与して打ち出す。呪文で魔法を構築するよりも早く撃ち出すことができる。彼女の銃口に蒼い魔法の光が収束して、氷の槍があたしに撃ちだされる。

 

「くっそぉ!」

 

 よけるしかない。後ろの建物の壊れる音がする。その間のフェリシアは銃弾を籠めてレバーを引く。即座に魔力を籠める。あたしもポーチから取り出した銃弾を籠めて、レバーを引く。

 

 

「おもしろいですねー。じゃあこれはどうですかー?」

 

 フェリシアの手元が赤く輝く。

 

「フェリシア! それはだめだよ!」

 

 あの魔族の少女はあたしににやりと笑った。あれは『炎を魔石の中で構成している』。もし避ければ後ろの工房が焼ける。

 

 あたしはクールブロンを構える。魔石に込めたのはただ銃弾を発射するだけの魔力。銀の細工が光る。銃口を向けて引き金を引く。

 

 フェリシアは右手をかざす。口元で呪文を詠唱する。

 

「エア!」

 

 フェリシアの周りを風が覆う。あたしの撃ち出した銃弾は軌道をそらされてしまう。その風の中でフェリシアは微笑みながらあたしを見ている。風が髪を揺らしている。

 

 魔力の量。それが全く違う。もし自分にあれだけの魔力があれば負けないと思う。でも、どうしようもない。フェリシアは笑顔のまま銃口を向ける。赤い魔法陣を展開する。

 

 よけるわけにはいかない。でも、どうすればいいのかわからない。

 

「おい! マオ!」

 

 どうすれば……。

 

「マオ。聞いてんのかこのガキ!」

 

 

 がちーん、痛った??? いきなり頭たたかれた?? ワークスさん! まだ居たの?

 

「いたいじゃん! なにするのさ!」

「おめぇこそなんであんなポンコツ魔銃に負けそうになってんだ? 言っただろうがそいつは俺の最高傑作だってな!!」

「で、でもあたしには魔法を使う魔力なんてないし!」

「関係ねぇ。そういう武器だ、……銃の表面にある銀細工にお前の魔力をありったけ流し込め。少なくたっていい」

 

 

 ワークスさんの目は本気だ。どうせ時間なんてない。

 

「よくわからないけど、やってあげるよ。でも失敗したらワークスさんの工房まる焼けだと思うけど!」

「そんなの許すか! 何とかしろや!」

 

 そんなやり取りを見てフェリシアがあきれたように言葉を投げつけた。銃口はあたし、いやあたしたちに向けたままだ。

 

「茶番ですねぇ」

 

 どういわれようともうやるしかない。胸の前に両手で立てるように銃を構える。

 

 クールブロンに魔力を流し込む。まともに魔法を構成することもできないような量だけど、それでも――もしワークスさんの教えてくれたように特別な武器なら、使い手の心に応えてくれるなら。あたしは願うように力を流す。

 

 クールブロンの銀細工が光る。

 

 あたしを中心に「白い魔法陣」が放射線状に広がっていく。

 

「なんですかこれは!?」

 

 地面からまばゆい光があふれる。フェリシアの展開していた赤い魔法陣が溶けるように消えていく。そして赤い光がクールブロンの魔石の中に無数の線の形になって入っていく。魔石に赤い光が灯してあたりは元に戻った。

 

 

「これは、近くの魔力を収束させる力?」

 

 

 

 あたしが答えを求めてワークスさんを振りむくとなんだか満足げな顔をしている。なんだろ、少しさっきのお返しに蹴りたいかな。

 

 でも助かったよ。あたしはフェリシアに向かい合う。彼女もあたしを詰まらなさそうな顔で見ている。

 

「なかなか面白いことができるみたいですね。その銃に刻まれた文様がもともと魔力を流すだけで魔法陣を展開できるキーになっている……といったところですか」

「……たぶんそうだとおもうけどさ。どうかな。正直最初からあたしは戦いたいわけじゃないから、退いてくれるとありがたいんだけど」

 

 それに今の発動をするだけでくらくらする。魔力を流し込むという行為だけでもすごい疲れるんだ。それを悟られないように息を吸ってゆっくり話す。

 

 

 

「まさか。この程度で退きませんよマオさん」

 

 

 

 フェリシアはたっと後ろに飛んだ。軽快な動きは魔族の身体能力の高さを表している。彼女の足元が青く光り、そのまま後ろの建物の屋根まで飛んだ。

 

 

 

 月を背にしてフェリシアが笑う。

 

 

 

「離れて狙撃するというのも一つの手ですしね。さ、もう少し遊びましょう」

 

 あたしはクールブロンを肩に乗せる。正直疲れたし、早くミラたちのところに行かないといけないけど。

 

 

「……仕方ないよね。新しい魔銃の扱いも少しわかったし、マオ様が遊んであげるよ」

 

 

 

 魔石に赤い灯が揺らめている。

 

 

 

 街中で戦うのはごめんだ。

 

「ワークスさん!」

「お。おお」

 

 さっきので呆けていたワークスさんにあたしは言う。なんか驚ているのはさっきのクールブロンの……『領域』といえばいいのかな、あれがちゃんとあたしの力で発動するか心配だったんじゃないの?

 

 そんなことどうでもいいや。急ぐ。

 

「この辺で思いっきり暴れまわっても怒られないところないの!?」

「は? …………暴れ? ……ああ、あるぜ。この通りを進んでいった先に古くて広くて汚い工房がある。大きい建物で錆びた入り口に鎖が巻いてあるからすぐわかる」

「わかった!」

 

 あたしはそれだけ聞くと走り出した。情報としては十分。

 

「フェリシアもついてきてよ!!」

 

 走りながら叫ぶ。すぐに空から銃撃がやってきた。うわっ。あぶな!

 

 足元のタイルに銃弾がめり込む。態勢を崩しながらもそれでも足を止めない。きっと止まったらいい的だ。

 

 振り返ると屋根の上であの魔族の少女はあたしに銃口を向けていた。ああ、以前もこんなことがあった気がするよ。あの時は弓だったけど。魔銃もフェリシアの魔力を籠めればあの時以上の威力が出せるはずだ。

 

 ――だからさっきあたしの足元を打ち抜いた銃撃はまだ手加減している。

 

 おちょっくっているのか、なめているのかはわからないけど、あたしだって負けていられない。フェリシアを見ながらべーってしてやる。これが精いっぱい、だってクールブロンで撃ったってあそこなら当たらないよ。

 

 フェリシアの周囲に蒼い光が輝く。

 

 次の瞬間弾丸があたしめがけて打ち出され、それが氷の槍になって襲い掛かってくる。うわっ。あたしが思いっきりジャンプすると正確に足元にそれが刺さった。石畳を削り取るそれの威力は人をしとめるには十分すぎる。

 

 とにかく行こう。足に力を込めてあたしは走る。ああもう、ほんと今日は疲れた。早く家に帰って寝たいよ!

 

「まおさーん。どこにいくんですかー?」

 

 フェリシアの声が空からする。屋根の上を伝って追ってくる。身体能力はあっちのほうが上。

 

「この先に暴れていい場所があるってさっ!! そこまでついてきてよ!!」

 

 走りながら叫ぶのは辛い! 息が苦しくなる。

 

 あたしは視線をフェリシアに送る。彼女は屋根から飛んで、走るあたしの少し前にさかさまに落ちてくる。異様な光景にあたしは時間が止まったように感じる。だって笑顔のままなんだ。その手にある光る魔銃の銃口はあたしを向いている。

 

 ハッとする。あたしは横に転がって避ける。一瞬遅れて氷の槍が通過していく。すぐ立ちあがってみれば、通りをふさぐようにフェリシアが両手を広げていた。

 

「どこにもいきませんよ。マオさん。ここであそびましょう」

「いやだよ! 遊ぶのはちゃんとしたところで遊んであげるよ」

「そーですかー」

 

 瞬間爆発的な速度でフェリシアがあたしに飛んでくる。銃口を向けて青い光を放つ。

 

 全身がやばいって叫んでる。息をするのも遅く感じる。あれ? なんだろう、音が聞こえない。これ、昔の、前世で味わったことがある気がする。やばい時こうなるんだ。

 

 たぶんピンチなのにあたしは落ち着いてる。

 

 手が勝手にクールブロンのレバーを引いて、フェリシアへ銃口を向ける。ほとんど無意識に引き金を引いた。フェリシアがわずかに驚いた顔で横によける。それでも彼女の銃撃は魔法陣を展開して氷の槍になりあたしをかすめていく。

 

 音が戻ってくる。

 

「かはっぁ」

 

 息を吐く。どくどくと心臓が鳴っているのがわかる。おえ、はきそう。でも動きを止めたフェリシアに向かって不敵な感じで笑ってみる。彼女はすこしむっとした顔をしている。

 

「……今の動きなかなかですね、マオさん」

「そりゃあ、魔銃を扱うのにはあたしのほうが馴れているからね」

「そうですかー」

 

 フェリシアはゆっくりと歩いている。あたしも円を描くようにその反対をゆっくりと動く。お互いに銃に装填をしている。……でも確かに今の動きはなんかおかしい、自分で言っちゃなんだけどあたしはミラやニーナに比べたら身体能力はずっと下だ。

 

 そう疑問に思ったとき、あたしの手元でクールブロンがほのかに光っている。この魔銃にはフェリシアの魔法陣から吸収した魔力が魔石に込められている。もしかして、この銃のおかげだったり、うわっ。

 

 フェリシアが銃撃を放つ。あたしは無様によける。もうやけだ! 別になんだっていい。とにかく走ろう! 通りの工房から人がすこし窓から覗き込んでいる気がして、巻き込むことはしたくない。

 

 走る。走る。走る。じぐざぐに、狙いをつけられないように。追いつかれそうになるたびに道にあった樽とかよくわかんない箱とか投げて時間を稼ぐ。ごめん持ち主さんたち!

 

「ちょこまかと!」

 

 フェリシアのいら立つ声がするけど、知らないよ。まともにやるのは後! 通りを走り抜けると大きな建物が見えてくる。明かりの全くない月明かりに黒のシルエットだけ浮かんでるそれ。こわ! なにあれ! 確かにわかりやすいけど入りたくない。

 

 そんなこと思っているとすぐそばに氷の槍が刺さった。フェリシアの舌打ちが聞こえてくる。ええい、もう文句なんて言ってられない。大きな入り口は鉄格子がはめられて鎖がしてある。

 

 入れないじゃん! 

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 レンガ造りの塀に囲まれた工房とあたしを阻む大きな門。苦しい、息を整えるというか、もう息自体をしたいってくらい肺が痛い。

 

「どうやらここまでのようですね」

「はあ、はあ、はあ」

 

 言葉を話すのも億劫だ。鉄格子に背中を預けて少しずつ近寄ってくるフェリシアを見る。涼しげな顔をしているなぁ。体力の違いを感じる。汗が邪魔だ。腕で拭う。うえ、シャツが体に張りついてる。

 

「まあ、たかが人間にしては結構頑張ったと思いますが。苦しそうですし、そろそろ終わりにしませんかマオさん」

「べっ」

 

 話すのがめんどくさいから舌を出した。終わりにするかって言われてそう簡単に諦められるわけがない。こうなったら一か八かやってみるしかない。

 

 あたしはクールブロンに銃弾を籠めてレバーを引く。

 

「そうですか。無駄な抵抗をするんですね。さっきあなたの銃撃はちゃんと無駄だって教えたばかりですが」

「そうかな」

「……?」

 

 フェリシアが笑顔のまま小首を傾け、それでいて銃口をあたしに向ける。ようやく息が整ってきた。

 

「さっきフェリシアから魔力をもらったことを忘れているよ」

 

 クールブロンの魔石が光る。あたしの顔を照らす。あたしは手で魔石を撫でて小さく呪文を詠唱する。

 

「……これなら十分に威力を出せる」

「へー不愉快ですねー」

 

 フェリシアと目線が交差する。青光を放つ彼女の銃。赤い光を放つクールブロン。フェリシアは笑う。

 

「そんなに自信があるならちゃんと殺し合いをしましょう」

 

 あの子が魔銃を使って展開する魔法陣はほとんどひとつだ。アイスランス。撃ち出された銃弾を中心に構築された氷の魔法があたしを襲う。でも、誰が、

 

「誰が殺し合いするって言ったのさ!」

 

 全力で魔力を込めた銃弾をあたしは地面に向けて撃つ。

 

そして服にもフェリシアの魔力を浸透させて防御力を上げた。フェリックスの制服じゃなきゃきっとバラバラになるね! 嫌な話!

 

 どーんと大きな音がして衝撃で体が浮く。あたしの体が思ったより簡単に飛ばされて門を超えて工房の庭の木に激突する。

 

「いてて」

 

 枝に引っ掛かった。よかった。いたた。背中を打った……。でもまあ、これで中に入れたかな、よっと、ってジャンプして降りたら足をくじきそうだから枝につかまってゆっくり降りる。

 

 見れば工房が目の前にある。古びたドアに手をかけて中に入ろうすると声がかかった。

 

「マオさん」

 

 門の向こうにフェリシアがいる。あたしは振り返る。2人の間に大きな門がある。そこには鎖が巻き付いてて手では開かない。

 

「さっきから逃げてばかりですが、やる気があるんですか?」

「いきなり戦いを挑んできているんだからもともとあたしにはそんな気はないよ」

「はあ、なるほど。マオさん。あなたの手に持っている魔銃というものがなんで生まれたのか知っていますか?」

「知らないよそんなの。だってこれ、……じゃないや。これの前の魔銃はイオスが勝手に押し付けてきたんだからさ」

「…………そうですね。私もそこには疑問を持っていますが、でもねマオさん。それ武器なんですよ」

「は?」

「それは遊びの道具ではないということです。銃弾を籠めて魔力を練りこめば人くらい簡単に殺すことのできる武器なんです。なのにそんなに逃げ回ってばかり。そんなことならどうですか? その銃を私に渡して降参して、王都から去るなら見逃してあげますよ」

 

 フェリシアは心底あたしを見下したような顔で言う。あたしはまっすぐ彼女を見る。

 

「違うよ」

「違う? 何がですか?」

「殺すとかなんだかとか、それを決めるのは武器じゃない。自分だよ。ワークスさんも言ってた。クールブロンはどんな色にも染まるって。それを決めるのは持ち主だってね」

 

 あたしはこの白い銃を立てるように両手で持つ。その先端が月にかかったて見える。

 

「だからこの子をどういう風に使うかはあたしが決めるし。あと王都からも逃げ出したりしない」

「…………はあ。まるで子供のいいわけですね。もういいです」

 フェリシアが飛んだ。門の上に立つ。

 

「じゃあ。続きをしましょうか」

 

 あたしは後ろに奔る。ドアを蹴ってあける。真っ暗な工房の中が見える。

 

「ここなら思いっきりやってあげるよ!」

 

 

 



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工房の戦い

 

 

 工房の中は暗い。それに埃っぽい感じがする。

 

 目をこすって何とか奥に進む。何かに躓きそうになるけど踏みとどまる。あたしの開けたドアから外の月明かりが入ってくる。だから完全に闇の中ってわけじゃない。

 

 あ、上のほうに窓もあるからそこからも光が入ってきている。お昼とかならいいかもしれないけど、それでも目が慣れるまでかかりそう。

 

 物陰にしゃがみこんでクールブロンを撫でる。フェリシアが入ってくるのが見えた。

 

 ドアの前に立つフェリシアは後ろから月明かりを受けてシルエットだけがくっきり見える。その表情はよくわからない。

 

 もともと工房だけあっていろいろなものがあるから、隠れる場所はいっぱいあるけど、ばれたら即座に撃たれそうだ。あたしは息を殺して様子を見る。

 

「マオさん。どこにいるんですか? あれだけ大口をたたいていたのに鬼(オーガ)ごっこの次はかくれんぼですか?」

 

 答えない。フェリシアがゆっくりと歩くと床のきしむ音がする。ぎし、ぎし、ぎしって一歩ずつ不気味に音が鳴る。

 

 あたしの手元のクールブロンを制服で隠す。魔石のほのかな光がばれないようにだ。そして足元にあった石……かどうかはわからないけど黒い塊を手に取る。もしかしたら昔使った鉱石とかの破片かもしれない。

 

 暗闇に投げる。遠くでかつんと音がした瞬間にフェリシアが銃撃をした。

 

 ただあたしの場所を移動する。この工房は吹き抜けになっているけど2階があるみたいだ。その階段の影に身を隠した。

 

壁が崩れる音がする。さっきの銃撃で壊れたんだ。

 

フェリシアはすぐに銃弾を装填してレバーを引く。ああ、なるほど。魔法を構築するんじゃなくて純粋に高い魔力で銃弾を打ち出すことにしたんだ。

 

 これならクールブロンで魔法陣を吸収できないし、シンプルに強い。物音をたてたらあたしは撃ち殺されるかもしれない。

 

「ん-。陽動ですかねー」

 

 そのとおりだよ、あたしは手を口に当てて声を上げないようにする。階段を一気に駆け上がりたい。だから――

 

「フェリシア!」

 

 立ち上がって銃撃をする。フェリシアは回避で横に飛びながら即座に撃ち返してくる。あたしのそばの壁が音を立ててはじける。怖い。でもあたしは歯を食いしばって階段を一気に駆け上がる。

 

 2階から下を見るとフェリシアが青い光を放っている。魔銃を撃つ。青い魔法陣を展開したそれは氷の槍を形成して、あたしの駆け上がってきた階段を破壊した。離れたらクールブロンの領域を展開する前に攻撃ができるって計算してるね。

 

「逃げ道はないってこと?」

 

 そういうことを言いたいんだね。

 

あたしは下にいるフェリシアを狙って撃つ。あたしの魔力じゃ致命傷は与えられない。いや、それどころか簡単によけられる。フェリシアは奔る。すごい速さで。

 

そのまま壁を「走って」2階まで駆け上がる。

 

壁に足をつけたまま、あたしめがけてにこっと笑顔と一緒に氷の槍をまとった銃撃。

 

あたしだって走るしかない。もともと自分のいた場所に大きな氷が突き刺さる。その間にフェリシアは厭味ったらしく優雅に降りてきた。

 

「マオさーん。そろそろあきらめましょう」

「やだよ!」

 

 狭い2階を走りながら叫んだ。そして物陰に滑り込む。なんか大きな木の箱に背中を預ける。笑っちゃうくらいに戦力差がある。もともとの魔力も身体能力もずっとフェリシアのほうが上だ。

 

 クールブロンの領域の展開も魔法陣を崩すタイミングじゃないと難しい。魔銃の中に取り込まれた魔力まで集めることはできないと思う。

 

あたしは視線を動かして周りに役に立ちそうなものがないかを見る。何もない。

 

「ほんと、魔王だっていっても」

 

 小さな声で自嘲する。今の体にはほとんど魔力はないなんて昔からの話だけど、もうすこし何かあれば……って、そんなことを言うなんてあたしらしくないや! ぎゅっと目を閉じて頬を自分でたたく。

 

「こんなことでくじけてたら笑われてちゃうね」

 

 誰に? なんとなく口にした言葉に自分で不思議に思う。ただ、あたしの頭の中には「あいつ」がいた。今の時代には勇者なんて崇められているあたしと殺しあったあいつ。

 

 クールブロンを握りしめる。短く息を吐いて、吸う。

 

「フェリシア!!」

「はーい。なんでしょうか?」

 

 軽い声がする。ぎしぎしと一歩ずつ近づいてくる音がする。ガチャっとレバーを引く音。声とは裏腹に油断なんて全然してない。たぶん物陰に隠れているあたしが出てきたらすぐに撃つつもりだ。

 

「もうこんな追いかけっこはやめにしようよ」

「賛成ですねー」

「……じゃあさ、あたしは今からみっつ数えたらここから出てあんたを倒す」

「…………」

「脅しじゃないよ」

「ふーん」

 

 足が止まった。床がきしむ音が消える。ただ空気が冷たくなった、そんな気がする。あたしの背中には木箱がある。その向こうのフェリシアの顔まではわからない。

 

「ひとつ」

 

 あたしの声が響く。

 

 その間に上着を脱いだ。特殊な繊維でできているフェリックスの制服は魔力を通すといろんな衝撃から体を守ってくれる。いや、そんなことよりこれが魔力を浸透させやすい素材なのが重要なんだ。ペリースも外す。

 

「ふたつ」

 

 足に力を籠める。クールブロンにきっとうまくいくと伝えるように力を込めた。脱いだ上着の袖をクールブロンに巻き付けてしっかり縛る。そして魔力を通す。上着からほのかに光が漏れる。

 

「みっつ!」

 

 あたしは上着を巻き付けたクールブロンを木箱の影から投げる! あたし自身が飛びだしたようにこの薄暗い場所なら見えるはず。

 

 即座に銃撃を受ける。上着に閃光を伴って銃弾が撃ち込まれた。あたしは上着を投げたその反対側に飛び出す。

 

 フェリシアが見える。あたしをにらみつけているのはさっき撃ったのを囮と思っているから。叫んで、フェリシアに突進する。魔銃の性質はわかっている。銃弾の装填に時間がかかる。距離を詰める間にそれはできない。

 

 フェリシアの手元の魔銃。そこにはめ込まれた魔石には魔力の光が灯っている。それでも銃弾が装填されていなければ銃撃もできない。

 

「うあああ!」

 

 直進する。数歩の距離。

 

 でも、フェリシアの唇が動くのが私には見えた。それはきっとこういっている。

 

 ――馬鹿ですか?

 

 フェリシアは目の前。

 

 突然腹部に衝撃が走る。足が浮く感覚がする。視線を落とすとフェリシアの蹴りが突き刺さるように。視界が白黒にゆがむように思えた。床にうずくまってしまう。口の中が苦い。

 

 髪の毛を掴まれる。無理やり上を向かされた。フェリシアの赤い目がそこにある。

 

「何を考えているんですか? 魔銃を手放してあなたが私に敵うなんて妄想を抱いて死ぬのがあなたの最後なんですか?」

 

 苦しい。涙が出そうなるくらい痛い。

 

「無様ですね。はあ。まあいいでしょう」

 

 髪の毛を離される。言われた通り無様に床に手をついた。お腹を抑えてしまう。唇をかんで痛みをこらえる。あたしの上、床に手をついたままでは見えないフェリシアの口から呪文を唱える声がする。そして赤い光が広がっていく。

 

 赤い魔法陣。きっと最後は炎であたしを燃やそうってしているんだ。

 

「それじゃあ、マオさん。さよなら」

「……へ……へへ」

 

 あたしはやせ我慢して笑う。顔を上げて言ってやる。

 

「いったじゃん。脅しじゃないって」

 

 あたしがにやりと笑ったその時。工房いっぱいに白い光が満ちていく。

 

フェリシアがまぶしさに目を閉じる。光はあたしの後ろ。

 

「こ、これは。あの銃の……」

 

 そうだよ。これはクールブロンの「領域」を展開した光だ。

 

 もちろん手にはない。ただあたしの後ろには「魔力を通す上着を巻き付けて」クールブロンが床に落ちている。

 

 さっきクールブロンの領域を展開した時。あたしは呪文を唱えたりしてない。銀細工の文様が魔法陣になっていてそこに一定の魔力を通すだけであとは発動する仕組み。ワークスさんの説明はそうだった。

 

だから巻き付けた上着から魔力が浸透すればそれだけで発動したんだ。

 

 白い光が赤い魔法陣を吸収していく。あたしは痛みをこらえて立ち上がる。痛い。でもここだ! この白い領域はあたしがクールブロンを持っていなければすぐに消えていく。

 

 右手を伸ばす。フェリシアの魔銃。その魔石の部分を掴む。掴んだ手を通して魔力を感じた。魔石に込められた魔力は持ち主以外にも使うことはできる。

 

白い光が消えていく。黒い闇が戻ってくる。

 

これだけ近い距離。どんな魔法でもフェリシアを倒せる。魔力がちゃんとあれば呪文なんていらない。そんな暇なんてない。左手をフェリシアの顔の前にかざす。

 

「ドーミア(眠れ)!!」

 

 甘い匂い。フェリシアの周りをシャボン玉のような桃色の泡が出てはじける。彼女は「くぅ」っと声を上げて、ふらふらと後ろに下がった。

 

「……く、あ。こ、これ……は」

「ただの催眠魔法だよ。すぐ眠らないのはすごいと思うけどさ」

「……さ、さいみん?」

 

 フェリシアはよろよろと壁にもたれかかる。うつらうつらとしながらもあたしをにらんでくる。

 

「こ、殺すなら、い、いまの、うちですよ」

「殺したりするなら別の魔法を使っているよ」

 

 あたしは両手を組んでふんと鼻を鳴らす。

 

「ぜ、全部計算のうち、ですか。あの魔銃を、て、手放したのも」

「あたしが手ぶらのほうが油断すると思ったからさ。それにそうしないと魔法陣を展開しないでしょ?」

「わ、ざわざ3つ数えて上着を、う、撃たせたのモノ」

「3つ数えたのはフェリシアに集中してもらいたかったからさ。仕留めて気で銃弾は使ってもらわないとあたし自身が撃たれちゃうからね」

「……くっ。あ、あは。はは」

 

 フェリシアは笑った。その赤い瞳があたしをまっすぐ見る。首をかしげるようにおしりをついた格好。眠気が体中を覆っているはずなのに。

 

「ああ、気に食わない……」

 

 かくんとそれだけ言うとフェリシアは眠りに落ちた。そう簡単に起きないはずだと思う。

 

「あいてて」

 

 ほんと痛かった。

 

あたしは眠っているフェリシアを横にして、その手から魔銃をとる。万が一復活してきても怖いし。あとは……風邪をひかないようになんかかけるものがないかなって探したけど、なんでそんなことをするんだって自分の頭を軽く小突いた。

 

とりあえず上着を羽織ってペリースもつける。クールブロンとフェリシアの魔銃を両手に持つ。

 

「でもさ。あたしはぎりぎりだったよ」

 

 だって、木箱なんてものに隠れていたんだから気にせず撃たれていたら終わっていた。それにクールブロンをの領域の展開は失敗することだってあった。

 

 あたしは下に降りようとして階段が壊れていること思い出す。ああ、外に出るには窓くらいしかないや。踏み台にちょうどいい小箱に乗って、さび付いた小窓を開けると夜風が顔を撫でてくれる。結構星も出ている。

 

「ミラたちを助けにいかないと」

 

 窓の枠に足をかけて、クールブロンを肩に担ぐ。あたしの上着を夜風がなびかせる。

 

振り返ったフェリシアは眠っている。

 

「自慢できることじゃないけど経験の差だね」

 

 あたしは夜の中に飛び出す。

 

 

 

 

 



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友達として

 魔族の少女。

 

 ワインレッドのくせのある髪を一つに結んだ愛らしい少女が片手でハルバードを振るう。

 

 空気を切り裂く音とともに巨大な戦斧が仮面の男に振り下ろされた。男は手に持った鉄剣に魔力を浸透させる。光が剣を包み、ハルバードをはじく。火花が散り。重い音が響く。

 

「くっ」

 

 魔族の少女――モニカは驚愕と焦りを混ぜた表情で後ろに下がる。渾身の力を込めた強撃がいともたやすくはじき返された。ハルバードを両手でつかんだが、その重さに足に力が入らない。

 

 その瞬間に仮面の男が懐に飛び込む。電光石火の身のこなしにモニカは声を出す暇もない。

 

 雷撃が奔る。青い雷が側面から男を襲った。だが彼は剣を一閃する。切り裂かれた青い光がバチバチと彼の鉄剣にまとわりついて音を鳴らす。その「隙」にモニカが態勢を立て直そうとするがその前に、仮面の男の蹴りが彼女を襲う。

 

 ハルバードでかろうじてガードしたが、ふわりとモニカの体が浮き上がり。そのまま数丈の後方へ飛んでいく。

 

「かは」

 

 彼女は地面に足をつけて息を吐く。汗が止まらないことすらも認識の外だった。心臓が音をたて、体が熱い。無意識に胸元のリボンを緩めていた。仮面の男が視界の中でゆらりと構えている。ただ見られるだけで息苦しいほどの圧力を感じた。

 

 モニカのそばにもう一人の少女が立つ。ところどころ破れたシャツを着た銀髪の少女。手には黒い刀身に蒼い雷をまとわせた剣の勇者の末裔であるミラスティアであった。一瞬仮面の男の攻撃を制した雷撃は彼女のものである。

 

 ミラスティアは何も言わず息を整えている。体の正面に剣を構えるでもなく脱力したように聖剣を持ち、仮面の男と一定の距離を取りつつ歩く。

 

 ミラスティアの体を魔力の光が包んでいる。モニカは逆に男から離れるようにゆっくりと後じさった。彼女の武器であるハルバードは巨大な攻撃力と範囲を含むが、むやみに振ればミラスティアも巻き込みかねないということだった。

 

 仮面の男は以前何もしゃべらない。鍛え上げられたその腕に平凡な鉄の剣を握りしめている。ややミラスティアに注意を割くように姿勢をわずかに向けている。

 

 ミラスティアもそれを感じたのか、その眼光が鋭さを増した。この銀髪の少女は天賦の才を持ち、努力を怠らない。剣技においてはすでに実績のある冒険者などを凌駕していた。

 

 その彼女を仮面の男は数段上回っている。純粋な剣技だけではなく、聖剣という強力な武装を加味して、さらにモニカの助力を得てもまだ届かない。

 

 以前の彼女であれば折れているかもしれない。事実。マオの村での黒狼との戦いではあきらめかけた。しかし、彼女はふとマオの顔を思いだしてほんの少し口元を緩める。

 

 明らかに力の劣る状況でも諦めることのない親友を持ったことを純粋な彼女はただ幸運だと思っている。

 

 仮面の男とミラスティアが間合いを探り合う。空気の重さが増すような緊張の中。あたりは虫の声すらも聞こえないほどの静寂に包まれていた。

 

 ミラスティアの歩く音が石畳からこつこつと響いた。そしてミラスティアの体の光が強くなる。地面を蹴って飛び込んだ彼女は腰をひねり、「敵」までの最短で剣を振るう。

 

 聖剣と鉄剣がぶつかり合う。閃光のような火花が散り、さらに剣撃の音が重なり合う。2人の研ぎ澄まされた剣技がぶつかり合い。一瞬の刹那に幾重のもの死線を交わす。仮面の男の踏み込みが地面を割り。強烈な上段からの振り下ろしにミラスティアは体をひねり、すらりとよける。

 

 男の強烈な振り下ろしは何度も見た。ミラスティアは半歩進み。剣を薙ぐ。男は鉄剣を逆手に持ち替え、根本でそれを受ける。まるで岩に切り込んだような手ごたえに打ち込んだミラスティアの方が態勢をわずかに崩す。

 

 男はその一瞬に彼女の胸元に一直線に蹴撃を放つ。たまらず下がったミラスティアだがかすったのかシャツの胸元がわずかに切れた。体技を持って剣のように相手を切る練度に彼女は驚く。

 

 だが不用意に離れたことで仮面の男と数歩の距離が開く。その数歩で男は魔力を込めた足で飛び込んでくる。ミラスティアは手の聖剣に魔力を込めて雷撃を放った。攻撃のためではない。彼女と男の間に一瞬の壁を作り、その間にさらに距離を取った。

 

「…………はあ、はあ」

 

 息が苦しい。ミラスティアは自分が息そのものをしていないことにやっと気が付いた。

 

「大丈夫ですか! ミラ様」

「……はあ、はあ。大丈夫。モニカ」

 

 ミラスティアとモニカは互いに連携できる距離を保つ。仮面の男にモニカが叫ぶ。

 

「それほどまでの腕を持っているあなたが、なんで私たちに戦いを挑んでくるのですか!」

「…………」

 

 男は答えない。モニカは両手で武器を握りしめる。

 

「それにフェリシアと一緒に……マオ様が目的……?」

「…………」

 

 男は反応すらしない。その様子にモニカは怒った。彼女は感情を表に出すようなことはほとんどない。だが、彼女の心の奥から湧き出すような感情が叫んだ。

 

「わけのわからないことでマオ様もミラ様も傷つけるなら、私は許しません!」

 

 その瞬間にモニカを中心に赤い光が起こる。黒と赤を混ぜた魔力の本流がモニカからおあふれ出てくる。ミラスティアが「モニカ!」と声と叫ぶ。だが、それが届く前にモニカは飛びだした。

 

 暴風のようにハルバードを振るう。

 

 魔族の全力。人間よりも優れた筋力と魔力を備えた彼らの攻撃。ハルバードを振るうたびに仮面の男の剣とぶつかり。重い音があたりに響く。彼はそれをことごとくいなす。彼は荒れ狂う斬撃の暴風の中、的確にいなし。正確にハルバードをはじく。鉄剣が折れていないのは彼の魔力を武器に浸透させる技術の高さを物語っていた。

 

「くそぉ!」

 

 モニカは渾身の力を込めた。いつの間にか彼女のほほに文様のようなものが浮き上がっている。魔力を体に通したことで発現したのだろう。常人が見れば悪鬼と見間違えるかのような鬼気迫る表情だった。

 

 だが、仮面の男は彼女の斬撃を躱し。下段から切りつける。彼女の制服が切れ、血が飛んだ。

 

「モニカ!」

 

 ミラスティアが間に入ろうとする。モニカはひるまずに体からさらに赤い魔力をほとばしらせる。

 

「ああ……わかってます。私ではあなたには全く届かない。でも、許せないですよ。私の……私の……私の友達を傷つけようとすることが!」

 

 赤い髪の少女がハルバードを引く。赤い魔力がそれを包んでいく。彼女は口元で魔力を唱え。右手を男にかざす。赤い魔法陣が展開し、熱が収束していく。

 

「ディノ・フレア!」

 

 黒い炎が湧きあがった。自ら生み出したそれにモニカは飛び込む。炎ごと男に魔力を込めた一撃を打ち込む。

 

 ハルバードが炎を裂く。彼女の周りに火が散っていく。

 

 その戦斧の上に仮面の男は乗っていた。

 

「あ……え?」

 

 モニカがその驚きを声にすることができない。自らの武器の上に男が乗っている。それは一瞬のことだろうが、モニカには永い時間にすら思えるほど困惑が体を支配した。

 

 仮面の男の剣を振り上げた影がモニカの表情を覆う。あたりを炎が散っていく。モニカは及ばない自分の力に泣きそうなほどの悔しさがこみあげてきた、だが男の剣は振り下ろされることを彼女に止めるすべはなかった。

 

 空気を切り裂き。一発の銃弾が男の仮面に直撃する。

 

 仮面の男がハルバードの上から飛び降り、ぱらぱらと仮面が崩れていく。モニカは何が起こったか判らなかったが、助けに入ろうとしていたミラスティアは銃弾が飛来した後方を振り返った。

 

 

 なんとか当たったみたいだね。

 

 あたしは屋根の上で座って構えていたクールブロンを肩に担いだ。フェリシアの魔法陣から吸収した魔力があれば数発だけでも強力な銃撃ができる。あとは前に港町でやったみたいに視力と必要な力を強化すればいい。

 

「でも、流石にこの距離なら驚かせただけだよね。んーどうしようかな」

 

 あの仮面の男ははっきり言って強い。それどころか手加減しているようにも感じる。嫌味だなぁ。まあいいけどさ。でも、今の奇襲はもう通用しないと思う。

 

 だからあたしは手を空に掲げる。そこに刻まれたモニカの紋章に魔力を通すと光がはじけて蝶の姿になる。

 

「ミラとモニカに伝えてよ。あたしの言葉を」

 

 夜の中に蝶は飛んでいく。

 



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死闘①

間を開けてしまってすみません。


 

 廃工房で少年のような人影が歩いている。

 

 

 

 ここは先ほどまで2人の少女が死闘を演じた場所だった。砕かれた床、破壊された階段、戦いの後がそれを物語っていた。氷の槍が壁に突き刺さり、2階の開いた窓から月明かりがこぼれている。

 

 

 

 その月明かりの下で少年、いやイオスは両手を広げた。整った顔立ちの彼は左目を閉じている。

 

 

 

「ああ、そうだ。フェリシアは敗北したようだね。いや、予想外だった。流石に新しい魔銃があるからと言ってもね」

 

 

 

 くすりとやはり少年のような笑顔で浮かべる。彼は一人だが、誰かに語り掛ける。

 

 

 

「ああ、大丈夫さ。あの子は眠っているだけみたいだ。甘いと言えば甘いのかな……? でもまあ、これで彼女への興味はますます強くなったけれどね」

 

 

 

 イオスは傍に倒れていた椅子を起こして座った。

 

 

 

「……君も思いのほか苦戦しているようだね。そうだね、さすがに剣の勇者の子孫だ。僕が見込んだだけのことはある。……でもまあ、今は彼女だ。ほんと驚かされっぱなしだよね。ただの村娘だと思っていたけど黒狼を打ち負かして、何度も『暁の夜明け』を撃退し、それに船の上でのこともさ……これはまだ君にも言えないね。だって僕自身信じられないから」

 

 

 

 彼は笑う。

 

 

 

 イオスは左目を閉じたまま、窓の外に浮かぶ月を見た。

 

 

 

「水路の奥から生きて帰ってきたのも計算外だった。Fランクの依頼に紛れ込ませておけば魔族の動きを表ざたにできるって思ったんだけどなぁ」

 

 

 

 彼は左目をゆっくりと明けた。その目には魔法陣が浮かび蒼色に光り輝いている。

 

 

 

「そうだ、君を銃撃したのがその少女。マオだ。僕はその子の力を計りたい。だから言うよわが半身」

 

 

 

 イオスの左目がさらに光を放つ。一瞬だけ月明かりを雲が隠した。

 

 

 

「マオを殺せ」

 

 

 

☆☆

 

 

 

 

 

 男の仮面がぱらりぱらりとわずかに崩れる。

 

 

 

 マオの銃弾は遠距離からの狙撃であり、その仮面自体を破壊するには至らなかった。

 

 

 

 その隙にモニカとミラスティアは距離を取った。彼女たちは自らの武器を構え、お互いに目を合わせてそして頷く。2人の脳裏にあるのはマオという一人の少女である。

 

 

 

 仮面の男がゆらりと剣を構える。その体から立ち上るのは青い魔力の波。魔力が流れ、びりびりと空気を振動させる。道のわきに転がっていた木箱がぴしりと音をたてる。

 

 

 

 そこに一羽の蝶が舞い降りてくる。魔族の魔法で作られた美しく光る蝶はそこではじけた。

 

 

 

 ――光が映し出したのは狼と剣を持った人間が戦う場面だった。そして一言だけ「走って」と描いて消えた。

 

 

 

 モニカはそれを見て意味は分かりかねた。だがマオならば何かを考えているのだろうとハルバードを持つ手に力を入れる。

 

 

 

「大丈夫」

 

 

 

 ミラスティアはモニカに言う。この夜の戦闘で彼女は悟っている。剣技において仮面の男は自らを上回っているということ、そしてモニカと2人がかりでもそれを埋めるには足らないことを彼女は冷静に感じていた。

 

 

 

 モニカはそのミラスティアの落ち着いた様子に一瞬驚いたように目を開いた。ただそのあとに少し寂し気に笑う。自分にわからないことをミラスティアには通じたことモニカにほんの少しだけ悲しかったのだ。

 

 

 

「はい」

 

 

 

 伝わってくるのはミラスティアがマオを信頼しているということだった。

 

 

 

 仮面の男が動く。

 

 

 

 割れた仮面の下から男の目がのぞく。その目は蒼く魔力を纏って輝く。彼はゆらりと手をおろした。その瞬間に彼が纏っていた魔力が消えた。

 

 

 

「?」

 

 

 

 ミラスティアは油断せずに一歩下がる。彼女は白い魔力で身を包み、だらりと構える男の次の動きを備えた。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 次の瞬間にミラスティアの目の前に仮面の男がいた。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 鉄剣がミラスティアを襲う。辛うじて聖剣で防いだが次の瞬間に彼女の腹部を男は蹴り飛ばした。壁に当たりミラスティアが背中を強打する。魔力で体を強化してなければ死んでいただろう。

 

 

 

「……っ!?」

 

 

 

 ミラスティアは声も出せずに地面に倒れてうずくまる。モニカが悲鳴を上げた。

 

 

 

「ミラ――」

 

 

 

 名前を呼ぶ前に男はモニカの胸ぐらをつかみそのまま大通りに投げ飛ばした。すさまじい勢いで飛ばされるモニカ。彼女は何が起こったのかわからずに地面にたたきつけられた。彼女の小さな体は地面に当たり何度も跳ねた。

 

 

 

「……う、う」

 

 

 

 一瞬の出来事だった。ミラスティアとモニカをわずかな呼吸で男は打倒した。彼の周りには魔力は纏っていない。だが、彼の身体能力は先ほどまでとは比べ物にならないほど向上していた。

 

 

 

 男は無言でその鉄剣を銃撃の合った方向に向ける。

 

 

 

 殺す。そう伝えるためだった。

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。

 

 

 

 あたしには仮面の男が剣を向けてきたのが分かった。

 

 

 

 屋根の上で膝をついて集中する。

 

 

 

 ミラとモニカを一瞬で倒したあれはきっと『術式』だ。

 

 

 

 力の勇者が使っている身体能力の強化の技術。普通なら魔力を体にまとって強化するけど、あれは神経に魔力を流して体中を強制的に強化するものだ。あれは失敗したら体が壊れるくらい高度なものだ。

 

 

 

 ニーナがクリスとの戦いの時にやっていたように体の一部にだけ魔力を流して炎を生み出すのとはわけが違う。

 

 

 

 あたしはクールブロンとフェリシアの魔銃に銃弾を込めた。あたしの強化された目には仮面の男があたし向かって構えるのが分かった。かなり遠いようにも見えるけど、強化されたあいつならすぐだと思う。

 

 

 

 ……ああ、もうさ。冷静なふりしているけどさ! 目の前であれだけ友達をやられるとほんとはらわた煮えくりかえるって感じだよね!

 

 

 

 あたしは屋根の上で座りクールブロンを構える。照準はあいつだ。……これだけ離れているのに殺気を感じる。ちょっと右手が震えているのをぎゅっと握る。

 

 

 

「マオ様をなめるな! かかってきなよ」

 

 

 

 男があたしに向かって駆ける。

 

 

 

  

 

 仮面の男がすさまじい速さで向かってくる。かなり離れているはずだけど、ここまで来るのに時間はかからない。それだけあの「術式」による身体強化は圧倒的なんだ。

 

 

 

 ――魔銃は連射ができない。

 

 

 

 あたしにあるのは2丁だけだ。仮面の男に使える銃弾は2発。クールブロンもフェリシアの銃弾無駄にはできない。自分の身体の強化は視力と集中力くらいしかできない。

 

 

 

 仮面の男が閃光のように向かってくる。それを狙っている銃口も揺れてしまう。落ち着け、落ち着け! 震える手に必要以上に力を入れるな。どうせ引き金を引くだけでいいんだから! 

 

 

 

 引き金を引く。

 

 

 

 魔力の供給された銃弾が光を放って仮面の男に向かう。

 

 

 

 一瞬だった。仮面の男が奔りながら剣を振る。火花が散ったのだけが見えた。……銃弾を切ったってことか、乾いた笑いが出る。おなかの下あたりがすごく冷たくなる。

 

 

 

 どうすればいい? 自分に自問する。今ので完全にわかる。あいつがあたしに集中している限り、攻撃は通らない。ぐるぐるぐるぐるぐる今までにないくらいの速さで思考が巡るのに何にも出てこない。

 

 

 

 その間に石畳を走って男が迫ってくる。残った魔銃を掴む。フェリシアものだ。ほのかに魔石から魔力を感じる。あたしは魔銃を立てて、額を当てる。時間がないのに何でこんなことをしているんだろう。肉薄したら負ける。ミラでも正面からは敵わなかったのだから無理。

 

 

 

 ――あいつを倒すにはどうすればいい?

 

 

 

 それだけに精神を集中させる。無駄なことを考えたらだめだ。

 

 

 

 過去の記憶を思い出す。自分の手札はなに? 何ができる? せめて一瞬だけでもあいつを上回ることができるのなら……だめだ。無理。

 

 

 

 何秒立っただろう、多分すごく短い。でも今までで一番考えている。ここで出す答えが間違っていたら死ぬ。……やだな。まだ死ぬのは嫌だ、まだミラとも、モニカやニーナと一緒に居たい。もちろんラナとも。

 

 

 

 その一瞬だけ、ラナと遊んだ水遊びみたいな掃除の依頼を思い出した。いつの間にかダンスみたいになってて、後から考えると恥ずかしかった。水を使って人形を作るあれは頭を使った。

 

 

 

 ――あたしは目を開く。

 

 

 

「水を司る精霊ウンディーネに命じる」

 

 

 

 あたしと魔銃を中心に青い魔方陣が展開される。魔石が輝く。呪文の紡いでいくと思わず笑ってしまう。こんなことを思いつくなんてどうかしている。多分わずかな時間しかできない話だろうけど。

 

 

 

 仮面の男は目の前だった。石畳を蹴って屋根の上にいるあたしまで矢のように飛び上がる。鉄剣が光るのが見える。あたしは銃を少し持ち上げて、足元の魔方陣に力いっぱい振り下ろした。

 

 

 

「アクアクリエーション!」

 

 

 

 青い光が輝きを増す。でも仮面のあいつはあたしを見失うわけがない。大量の水あふれだしても目くらましにもならない。

 

 

 

 魔銃が宙に浮く。その前で左手と右手を演奏の指揮者のように広げる。男が目の前にいる。仮面の崩れたところからその瞳が見えた。あたしはこんな状況なのにおかしくなって笑ってしまう。いたずらをする気持ちになっちゃう。べーって片目だけとじてやってやった。

 

 

 

 男が横から殴られてはじかれるように飛んだ。

 

 

 

「!」

 

 

 

 仮面の男はすぐに体勢を立て直した。さすがだね。あたしは余裕がないから反応できないけどね。あたしの目の前には水で形作られた人型がいた。その水人形は背は自分比べたら結構高い。両手を構えている姿は懐かしい。

 

 

 

 仮面の男が飛び込んでくる。速い。半円を描くように剣をふるう。

 

 

 

 指先を動かす。頭がきりりと痛む。水人形が剣をかいくぐってアッパーを繰り出す。男がよけても水人形はさらに前蹴りを鳩尾にぶち込んだ! 数歩だけ男が下がる。それでも突きを繰り出してくるのが分かったから半身だけよけて裏拳を叩きこむ。そして同時に蹴りを入れる。

 

 

 

 また男が下がった。それで少しだけ警戒するように動きを止めてくれた。驚いたのだろうか。それならとってもありがたいかな。頭が痛い。魔石に残ったすべての魔力もあたしの体に残った魔力もすごい勢いで輝きになって消えていく。

 

 

 

「はあはあ」

 

 

 

 あたしは指を動かす。

 

 

 

 確かにこの仮面の男は強い。でもさ、この水人形は最強だよ。人形を動かすたびに頭がすさまじく痛いのになんだか口元がにやつく。だから話しかけてしまった。

 

 

 

「ねえ、お兄さんさ。力の勇者って知ってる?」

 

「……」

 

 

 

 鉄剣を構える姿がまた怖い。でもあたしはもっと怖い奴を知っている。そいつらと何度も戦ったから、戦闘の方法も全部……かどうかはわからないけど知ってる。

 

 

 

 水人形があたしの大嫌いな構えを取る。腰を落として左手を前にして少し重心を前に出す。ああいやだ、この構えから殴られるとすごく痛いんだ。殴られて覚えたからね、よく知っているよ。

 

 

 

「こいつさ、力の勇者っていうんだ」

 

 

 

 何言っているかわからないだろうなって思うと、にやって笑ってしまう。

 

 

 

 水人形が吠えるように空に向かって口を開ける。もちろんただの水の塊だから叫ぶなんてことはできない。でも、あたしの脳裏はかつてのこいつの声のようなものが聞こえてきた気がした。

 

 

 

  頭痛がする。

 

 

 

 それでも笑ってやる。仮面の男が誰でなんでこんなことをしてくるのかはさっぱりわからないけど、ミラもモニカも傷つけた奴だから弱いところなんて見せてられないよね。

 

 

 

 男が鉄剣を振る。あたしが指を動かして水人形が一瞬であいつの懐に飛び込む。剣をふるう腕の内側に肘を当てて相手の動きを制限する。

 

 

 

「!」

 

 

 

 動きを止めた間に左拳で数発殴る。水の重さしかないけど、その拳には魔力を含ませる。ダメージがあるはず。

 

 

 

 それでも男は止まらなかった。素早く切り返してくる。痛い、痛い痛い。頭が痛い。

 

 

 

 水人形が足を動かす。常に有利な位置。理に敵った場所で……むかつく。筋肉バカと思ったらちゃんと一番考えて攻撃してくるのが力の勇者だった。あたしは両手をふるう。

 

 

 

 水程度の重さであれば、

 

 

 

 両手、両足の打撃部分だけに魔力で攻撃力をまとわせるだけなら。

 

 

 

 あいつの動きを再現できる。

 

 

 

 数秒の攻防に音が消えていく。頭痛すら感じない。男が剣をふるう。水人形がわずかに体をよけ、反撃する。常に間合いが近い。だから短い時間の中で何度も何度も攻防が繰り返される。

 

 

 

 集中力を切らした瞬間に終わる。鉄剣が風のように振るわれる。それを水人形がよける。いや、そのまま反撃して蹴り飛ばす。男がまた下がったところで、

 

 

 

「ぶはっ」

 

 

 

 はあはあ、音が戻ってきた。頭が、痛い。でも笑ってやる。

 

 

 

「あ、あんたさ」

 

 

 

 水人形が構える。

 

 

 

「ここまでおいで」

 

 

 

 あと数歩を近づけることができないこの状況。おもいっきり挑発をする。表情は分からないけど、少し怒気? みたいな何かを感じる。かりかりかりと鉄剣の先が足元の屋根を削る音がする。ふふだふふ、やば、正直限界なんだよね。だらだらと汗が流れてくる。

 

 

 

 男が飛び込んでくる。あたしは手を閉じる。水人形がはじけた! あたりいっぱいに水が飛び散る。目くらましだ。ただこんなことをしても相手はひるまないだろうけど、あたしを「強敵」って誤解してくれている今なら少しだけ効果的だと思う。

 

 

 

 水人形なんて何度も言うけどこけおどしのいたずらみたいなもん。ほんと短い時間稼ぎにしかならない。

 

 

 

 魔銃を掴んで後ろに逃げよ。フェリシアの魔銃はもう魔力はすっからかんだ。それにあたし自身の強化魔法も限界だった。逃げないとやばい。

 

 

 

 あ。

 

 

 

 足がもつれて転んだ。転んだっていうか、なんか体が動かない。力が入らない。……全然体に力が入らないや。ほとんど思い付きでやったから、反動を考えてなかった。頭がずきずきする。でも立たなきゃ……あ、これは冗談抜きにまずい。

 

 

 

 立てない。何とか半身だけ起き上がって後ろを見る。そこには仮面の男があたしを見下ろしていた。高く剣を片手で構えている。月がそれにかかっている。それが振り下ろされる――

 

 

 

 白い閃光が奔った。

 

 

 

「はあああ!!」

 

 

 

 声が聞こえる。仮面のあいつに向かって横なぎに聖剣をふるう白い髪の少女が見えた。体中から魔力を迸らせて渾身の一撃を叩きこむ。

 

 

 

 男は素早く反射して防御する。でも受けた鉄剣ごとミラの斬撃で弾き飛ばされた。男の体が宙を浮いて屋根の下に落ちていく。

 

 

 

 あたしはくらくらす中でそれを呆然と見ていた。ミラがあたしに背を向けて立つ。夜風に髪が揺れている。でもその姿はぼろぼろだった。手には光る聖剣が握られている。

 

 

 

 また屋根の上に飛んだ人がいる。ワインレッドのくせのある髪が見える。とんがりな両耳にそれに大きな瞳に涙をいっぱい溜めている。

 

 

 

「マオ様」

 

 

 

 モニカがあたしをみるとぎゅっと抱きしめてくる。

 

 

 

「よかったです。間に合った。間に合いました」

 

 

 

 泣きそうな声でモニカが言う。ありがとうって言ったつもりだったけど、声が出せない。苦しい。ぐるじい。モニカが抱きしめるのがつよすぎるぅ。ぐえー。

 

 

 

「ああ、すみません」

 

「げほげほ。し、死ぬかと思った」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 

 モニカがしゅんとしたけどなんだかおもしろくて笑いそうになる。でもその前にミラが振り返らずに行った。

 

 

 

「マオ! 決めて」

 

 

 

 決める? 何を。なんて聞かないよ。なんとなくだけどミラが言いたいことは分かっている。でもミラが言ってくれた。

 

 

 

「今だったら私が二人を連れて逃げることができるよ。でも」

 

 

 

 そうだね。そのでもの先を飲み込んだのは分かっている。そうだよね。今すぐに決断すれば逃げることはできると思う。だからあたしも言うんだ。でもって。

 

 

 

 モニカの肩を借りてあたしは立ち上がる。

 

 

 

「でもさ、このままじゃ悔しいよね」

 

 

 

 モニカがハッとした顔をしている。何か言いたそうにして、「でも」口をつぐんでいる。多分同じ気持ちなんだと思う。あたしはいう。

 

 

 

「ミラ。モニカ。あいつをぶったそう。あたしに力を貸して」

 

 

 

 大きな声が今は出せないし、まともに立ち上がることもできない。そばのモニカに視線を移すと彼女は少しだけ目を閉じてすぐに開いた。そのままこくりと頷いてくれた。

 

 

 

 そしてあたしの言葉をミラが振り返って笑って返してくれる。

 

 

 

「うん」

 

 

 

 月明りを背にそう言ってくれる親友の顔が何よりも頼もしかった!

 

 

 

 



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死闘②




注意


今回の更新は「死闘①」と「死闘②」で2話に分けて同時刻更新されました。


前の死闘① からお読みいただけると幸いです。


 

 最初から3人でやらないと勝てないってのは分かっていた。……うーん相手のことを考えると3人で勝てるっていうもの結構思い上がっているかもね。でも最初からそう考えていただから走ってとお願いしたのだ。

 

 

 

 モニカがあたしに肩を貸して支えてくれる。フェリシアの魔銃はもうすっからかんだから置いていこう。とりあえずクールブロンを脇に抱えて落とさないようにして……。

 

 

 

 屋根から飛び降りる。

 

 

 

 浮遊感に少し気持ちがすっとなる気がする。モニカが着地をしてくれた。衝撃を抑えるためにほんの少しだけ早く彼女が着地して、力を逃がしてくれる。……意外と器用なのかもしれない。いや、よく考えたら無意識でモニカを信用していたから着地のことなんて何にも考えてなかった! わぁ、怖!

 

 

 

 すっときれいにミラも降りてくる。私たちを守るように前に立ってくれる。

 

 

 

 三人で見据えた先にはさっき弾き飛ばした仮面の男。あいつの体が濡れているのは水人形を破裂させたときに被ったものだ。そして、流石にもう力の勇者をかたどった人形を作る余力はあたしにはない。

 

 

 

 でも言う。肩に銃を担いで。

 

 

 

「覚悟しなよ!」

 

 

 

 空元気なのはわかっている。はったりって大事だからさ。

 

 

 

 男が構える。対するミラの体から魔力が迸る。すごい、白い力の波があふれ出している。これは術式とは違う純粋に魔力で体を外から強化する方法だ。

 

 

 

 ミラははるかにあの男に及ばない。聖剣の力を加味しても正面から打ち負かされる。

 

 

 

「正直きついと思うけど、あいつと打ち合えるのはミラだけだから……だからさ、後ろは任せて」

 

 

 

 ミラは振り向かない。でもなんとなく頷いてくれたような気がした。

 

 

 

 雷が奔る。ミラが聖剣を振ったと同時に雷撃が飛ぶ。男はそれをよけてミラに迫る。

 

 

 

 火花が散った。多分剣と剣がぶつかった音だ。それをあたしが認識した時には2人はその場にいない。斬撃の応酬とともに雷が奔る。ミラの聖剣と男の鉄剣がぶつかるたびに風を切る音と金属音が響く。

 

 

 

「わ、わたしも」

 

 

 

 モニカが前に出ようとするのを抑える。今のモニカは武器すら持っていない。あの中に入っていけるわけがない。

 

 

 

「マオ様……」

 

 

 

 不安そうな目であたしを見る。綺麗な瞳が少しうるんでいる。悔しそうな顔をしているのが分かりやすい。でも泣いている暇なんてないよ。今のミラはすべての魔力でなんとか「付いていっている」だけだ。あんな動きがそう続くわけじゃない。

 

 

 

 だからここはやらないといけない。クールブロンを手に銃弾を入れる。この子はあたりの魔力を吸収してくれるが今その力を発動するとミラの力を吸い込んで、術式で強化された男は何の影響も受けない。体内にある魔力までは多分引き抜けない。

 

 

 

 そう考えると相性すらも最悪だね。それにあたし自身の魔力も空っぽに近い。正直もうまともに銃弾を撃つことも無理。

 

 

 

「モニカの力がいるのはここ。ここに埋め込まれている魔石にありったけの魔力を貸して」

 

「……魔力を」

 

「そう、触って、流し込むだけでいいんだ。あとはあたしがやるから、あとさ、あたしが叫んだらなにもいわず『そうして』ね」

 

「……そうして? ……わかりました」

 

 

 

 クールブロンを両手で持つ。右手だけは魔石につける。モニカも何か決心したように両手でつかんだ。左手を魔石に当てている。

 

 

 

 目の前の戦いはだんだんと速さを増していく。男の着地した石畳が割れる音がする。それだけすさまじい踏み込みから繰り出される斬撃にミラが押されて始めている。

 

 

 

 モニカの手から魔石に力がたまっていく。魔石に赤い炎のような光がみなぎっていく。

 

 

 

「水の精霊ウィンディーネに問う」

 

 

 

 あたしはそのままゆっくりとと呪文を紡ぐ。集中して魔石に魔法を刻む。

 

 

 

 この魔石は魔力を保持するだけのものじゃない魔法を保存する力がある。フェリシアが氷の魔法を銃弾ぬ乗せて攻撃してきたように、あたしまた、魔法を使う。モニカがくれた魔力は全部使う。

 

 

 

 クールブロンを中心に青い魔方陣が光。そして魔石に収束していく。魔方陣が糸のように吸い込まれて魔石の中で文様を描く。

 

 

 

 男が気が付いた。あたしに向かって来ようとするのをミラが止める。聖剣と鉄剣でのつばぜり合い。仮面の男が踏みこむとミラが下がる。それでも崩れない。モニカも一歩も逃げずに魔力を込めてくれる。

 

 

 

 ミラが叫んだ。

 

 

 

「マオ!」

 

「ミラ!! モニカ!! いくよ!!」

 

 

 

 ミラの声がする。あたしは目を開ける。銃口を動かす。仮面の男の――少し上に向けて引き金を引く。迸る魔力に撃ち出された銃弾が奔る。

 

 

 

 青い光を放つ。

 

 

 

「アクア・クリエーション!」

 

 

 

 あたしが手を伸ばして叫ぶ。水の輪が浮かびそれが数体の水人形になって落ちてくる。力の勇者の形をした水人形だ。仮面の男の動きが止まる。ミラから一歩離れた。警戒したね? 残念でした。

 

 

 

 べっ、っていたずら成功した気持ちで舌を出す。伸ばした手のひらを閉じる。もーあんな精密な水人形なんて作れないよ! 

 

 

 

 水人形がはじける。あたりに思いっきり水びたしにする。仮面の男もずぶぬれになる。モニカの魔力をたっぷり使ったんだからさ、結構な水量が流れる。

 

 

 

「モニカ! 飛んで」

 

 

 

 あたしが叫ぶ。ハッとしたモニカが魔族の跳躍力で思いっきり飛ぶ。地面が離れる。

 

 

 

 ミラも飛んだ。手には雷をまとった聖剣を構えている。

 

 

 

「ライトニングス!」

 

 

 

 ミラが空中で剣をふるう。全力の雷撃が男に向かって叩きつけられる! 水浸しの状態でよけることなんてできない。いや、よけても無理だ!

 

 

 

 青い雷撃が奔る。水を通って男の体を包むようにバチバチと閃光が飛ぶ。一瞬の光の後に男は叫ぶでもなく片膝をついた。はあはあとやっと人間らしい声がする。

 

 

 

 その前にあたしたちはまた着地する。ちゃぷと踏んだ足元で音がする。仮面の男は鉄剣を杖代わりに立ち上がる。……流石にしぶとすぎるよ。魔力で内部強化しているといってもさ、そこは倒れてよ。

 

 

 

「…………見事だ」

 

 

 

 仮面の男が言った。それからすっと後ろに下がって、そのまま夜の中に消えていく。

 

 

 

「……勝った?」

 

 

 

 自然とあたしの口からそう言葉が出た。そういったとたんに力が抜けて、倒れそうになった。それをモニカとミラが支えてくれる。と思ったら3人にとも転げた。

 

 

 

 ばしゃーん! 自分で濡らした地面に倒れる。……石畳でよかった。土の上とかなら、どろだらけだ。

 

 

 

「はあはあ、きつい、きつかった」

 

 

 

 ミラもごろんと倒れていった。いつものどことなく余裕のある態度じゃなくて、息を切らして本当につらそうに言っている。

 

 

 

「……急に安心したら足が、ごめんなさい」

 

 

 

 モニカは別の理由で倒れたみたい。うん、でも二人のの気持ちはそれぞれわかるよ。きつかったし、安心して力が抜けた。

 

 

 

「あー。疲れた!」

 

 

 

 正直にあたしが叫んだ。そうするとモニカとミラが顔を見合わせて、笑った。

 

 

 

「あはは」

 

「ふふ」

 

 

 

 あたしも笑う。

 

 

 

「ていうかさ、あいつ何者だったんだろ。あんな強い奴がなんでいきなり襲撃してきたか訳が分からないじゃん……」

 

 

 

 それにあたりを見るとあんなに大暴れしたのに人が出てこない。工房の集まる地区と言っても無人じゃないんだからさ。うーん、なんで、とかそんなことを考えそうになってやめた。……早く寝たい。

 

 

 

 

 

 

「ばーかー!!!」

 

 

 

 ラナがあたしの頭にげんこつをくれた。いってぇ!」

 

 

 

 ラナの家に帰った時にいきなりそうされたのだ。連れてきてくれたモニカもミラもぼろぼろであたし自身もやばい顔してたと思うから心配してくれたんだと思うんだけど、殴ることないじゃないか。

 

 

 

「な、なにするのさ!」

 

「ばかだばかだとは思っていたけど、まーた訳の分からないことに巻き込まれて死ぬそうになってんじゃないわよ! それにあんたらもあんらよ。何黙って夜もはたらこうとしてんのよ。街ってのは田舎と違って夜は危ないの! わからないの!?」

 

 

 

 ラナがじろりとミラとモニカを見ると二人はしゅんとしている。

 

 

 

 ところでラナはあたしたちが返ってきたときに玄関の前で座っていた。もしてかしてずっと待ってくれてたんだろうか? ……たしかに心配かけたのはわるかったよ。

 

 

 

「ごめん。ラナ。待ってくれてたんだよね」

 

「……!」

 

 

 

 ラナが顔を赤くして。むぅとする。

 

 

 

「待ってないけど?」

 

 

 

 いや、そんなこといっても。

 

 

 

「どうでもいいからさっさとお風呂はいって、ねなさい! あんたらもそんなぼろぼろで帰るくらいなら泊まった泊まった。特にマオ、あんたはあと2日しかないんだからね!」

 

 

 

 そう言ってラナはあたしたちを無理やり家に押し込んだ。……なんとなくうれしかった。ただいまーって入ったときに自然と口に出た。

 

 

 

 

 そうして夜が過ぎていった。夢の中ではなんとなく昔に戦った力の勇者のことを思い出した。

 

 

 

 殴られそうになっときありがとうとか言ってしまう、へんてこな夢。こんなことを思うことになるは正直思ってもみなかったよ。

 

 

 

 ベッドの上で目を覚ました時乾いた笑いが出た。

 

 

 

「ん、朝だね」

 

 

 

 起きないとね。あ…………れ。

 

 

 

 体が

 

 

 

 動かない。

 

 

 

 あれ。

 

 

 

「おはよっ。はよ起きてギルドに行くわよ」

 

 

 

 ラナの声がどこか遠くからする。

 

 

 

「あんた……」

 

 

 

 ラナの顔が目の前にある。掌が額に当てられる。気持ちいい。

 

 

 

「何この熱……!」

 

 

 

 ねつ……? そんなことより起きなきゃ……ぎるど……いかないと……。

 

 



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マオ倒れる

熱……? ラナの言葉を最初理解できなかった。

 

「あ、ああ……?」

 

 なんか話すのすらだるい。……頭の中の一か所が熱くなっていくような気がする。反対に背筋が寒くなるような感覚を覚えた。

 

 あたしが合格するには残り2日で60以上のFランクの依頼をこなさないといけない。みんなが手伝ってくれるとしても「依頼を受ける自分」が寝ていたら流石にギルドも認証をしてくれるとわけがない!

 

 起きなきゃ! 布団を払いのけて体を起こそうとして、くらっとした。頭が重い。まともに立ち上がられない。

 

「ん……あ」

 

 体がだるい。

 

 まずい、まずい、まずい、まずい。これはまずい。とにかく起きなきゃ。あたしはベッドから降りようとして両肩を掴まれた。顔を上げるとラナがあたしを見ている。

 

「起きていいわけないでしょ!」

 

「でも……今日休んだら……もう!」

 

 もう、ここで終わりなんだ! ラナの表情がゆがんだ気がした。唇を噛んで、あたしをにらむような悲しむような眼で見た後、強く言った。

 

「寝てないとだめに決まっているでしょ! ふらふらして、そんなんでたとえFランクの依頼だったとしてもやれると思うの!?」

 

「…………」

 

 あたしたちの言い合いを聞いてだろうと思うけど、モニカとミラも部屋に入ってきた。昨日から泊ったんだ。二人は顔を見合わせていた。モニカが心配そうな顔で言った。

 

「あの……マオ様……体の調子が悪いんですか?」

 

 答えたのはあたしじゃない。ラナがモニカを見ないように言った。

 

「そうよ! 今日は外に出られるような体調じゃないわよ」

 

 それを聞いてモニカが目見開いて後ろに下がった。それにミラは両手で口を覆って、一瞬だけ悲しそうにしていた。そのミラはつかつかと歩いてくる。ラナの横に立ってニコっと笑った。ぎこちない笑顔だった。

 

「ここ最近マオはずっと戦ったり、動き回ったりしていたら多分体が悲鳴を上げているんだと思う。昨日は魔力を全部使ったから……休まないと……ね?」

 

 あたしだけじゃなくて自分にも言い聞かせるように言う。その顔を見て、モニカやラナにあたしは視線を向ける。……ああ、二人とも何も言わないけど……、もうどうしようもないことは分かる。あれ? いつの間にかあたしは掛け布団を強く握っていた、無意識だったね。

 

 あたしもできるだけ作った笑顔で返した。

 

「そうだね……わかったよ」

 

 

 時間はお昼だろうか。次に目を覚ました時はいつ頃なのかよくわからなかった。

 

 ベッドのそばの椅子にはラナが座っていた。無言で装飾の凝った分厚い本を読んでいる。なんだろう。

 

「ラナ……何読んでるの?」

 

「魔術概論」

 

「うわぁ」

 

 今の頭であまり聞きたくない言葉だったなぁ。難しいことはあんまり考えたくないなぁ。ラナは起きたあたしをちらっと見てぱたっと本を閉じた。それから部屋から出て行ってしばらくして部屋に戻ってきた。

 

 お椀を手に持っている。湯気が立ち上って、いいにおいがする。ラナはあたしの横に座って木のスプーンでお椀からとろりとした液体を掬う。オートミールのお粥。卵とか入っている。

 

「ほら体起こして、あーん」

「……い、いや自分でたべられ、むぐ」

 

 むりやり口に入れられた。おいしい。なんか程よい暖かさなきがする。もぐもぐと食べているとラナがほらってまた食べさせてくる。なんか鳥のヒナになった気分。もぐもぐと食べる以外は今のこの時間は静かだった。

 

 時間をかけて食べる。正直おなかは減ってない。というかあんまり食べられそうにない。せっかくラナが作ってくれたんだから全部食べたいっては思う。

 

 ラナはあたしをじーとみてタイミングよく次をくれる。……あれ、思ったより軽く食べられた。いや、違うね。ラナが最初から量を少なくしてくれたんだ。……なんかやっぱりラナって面倒見がいいよね。

 

「ん。全部食べたわね」

「ありがとラナ」

「別に、まだ寝ないで。そこで待ってなさいよ」

 

 なんだろう。ラナはそっけない言葉でまた部屋から出て今度はなんかコップを持ってきた。え? なにそれどろっとしている。うわ、なにそれ! あたしはにげようとしてラナにつかまれた。

 

「何逃げようとしてんのよ」

「……な、何それ」

「……さーてなんでしょうね。ほら口を開けなさい」

「うー、い,いやだ」

 

 ああ、力が入らない。ラナがコップをあたしの口につけてどろどろした何かを流し込む。うぇ、苦い。ナニコレ。うぇえ。

 

「げほげほ。うぇえ」

「……あはは。はい水」

 

 オークがいる。なんで笑ってんのさ。んぐんぐ。水がおいしい。口の中はまだ苦いけど。

 

「ま、それも魔力を回復させる薬だから、よーく味わってくれないと困るんだけどね」

 

 薬? ラナ。

 

「何よその顔」

「うん、いや、ありがと、でも薬って結構高かったんじゃないの」

「別に、大したことはないわよ。それよりあんた薬を飲んだんならさっさと寝た寝た」

「…………うん」

 

 気を抜くとぼーとする。それに頭がずきずきするのも変わらない。あたしは一度部屋を見回す。

 

「モニカ、それにミラは?」

「あいつらは外に出ていったわよ。モニカは昨日受けた仕事があるからマオに御免なさいってさ」

「そう……ニーナは?」

「……あの子は一応あんたと同じ立場だからね。依頼を受けに行ったんじゃ…………あ、いや」

 

 依頼かぁ。いいよ気を遣わなくても。

 

「じゃあ、ラナもどこか行くの」

「後で用があるから出るかもね」

「用事?」

「そう」

「ふーん」

 

 そっか。あたしはふと思った。今はラナしかいないってことだけ。

 

「ラナ」

「何よ」

「…………少しだけ話して言い?」

 

「そりゃあ、いいけど」

 

 ラナが横に座る。赤い髪を指でつまんでもてあそんでいる。

 

「……もう少しここに居たかったなって思ってさ」

「……」

「正直、済し崩してというか偶然に王都に来ることになってみんなと出会ったけど、ミラもラナもニーナもモニカもみんなと一緒に学園に行ってみたり冒険をしてみたりしてみたかった……て、今更思っちゃって。ラナになら言ってもいいかなって」

 

 なんか話がまとまらないな。あたしは何が言いたいんだろう。そんなこと言ってもラナも困るよね。

 

「……帰りたくないな……まだ……まださ」

 

 手になんか当たった。あれ? なんだろう、この気持ち。目の前がにじんで見える。情けない。あたしは袖でごしごしと目元をこすった。あはは。ほんと何を言いたいのかわからない。あたしはごしごしと顔をこすって

 

 やっぱり帰りたくないよぉ。

 

 子供みたいに涙が出てくる。こらえていたものがあふれ出てきて止まらない。ラナの前で泣きやむことができない。もっと、もっとしっかりと話そうと思ったのにそれが、できない。

 

 あたしの頭が抱きかかえられた。ラナの声がする。

 

「あんたは疲れてんのよ。……一応わかってると思うけど、私はあんたより年上だからたまには甘えるのはいいのよ。別にさ……」

 

 うん。

 

 ラナの声は優しい。

 

「あんたは疲れているのよ。ねえ、マオ」

 

 両の掌であたしの頭を支えるようにラナはしてくれた。あたしが顔を上げると少し目が潤んで、それでいて困ったような顔をしているラナがいた。

 

「しっかり休んでさ。あとは任せて……休みなさい」

「……わかった」

 

 なんだか素直になってしまう。ラナの手に魔力の光が暖かく光る。呪文を子守唄のように紡いで、ラナが言う。

 

「おやすみマオ。『ドーミア』」

 

 うん。おやすみ。

☆☆☆

 

ふかいふかい眠り。

 

 体がふわふわする。ここがなんとなく夢の中だって思った。

 

 たまにあるよね、今自分が夢を見ているって自覚できること。今日はそんな日みたいだった。ここはどこだろう。そうかラナの家だ。外からちゅんちゅんって鳥の声がする。窓から朝日が入ってきていた。

 

 ラナが目の前にいる。フェリックスの制服を着てまっすぐ見ている。掌をあたしの額において自分の額の熱さと比べている? 少しして「少し心配だけど……よし」って言う。

 

「あんたさ、今からギルドにいくわよ。今日一日しかないんだから。病み上がりだからって容赦しないわよ」

 

 病み上がり? そっかあたしは昨日からずっと倒れていたんだ。でもさ、もうどうでもいいよ。どうあがいても間に合いっこない。疲れた。夢の中でもゆっくりとベッドに寝そべっていた――

 

 頭のてっぺんをげんこつされる。

 

「痛った!?」

 

 はっと目が覚めた。これ夢じゃないや。ラナが両手を腰につけて屈んで睨んでいる。細目であたしの様子をじぃーって見ながら背中を叩かれた。

 

「目が覚めた? さっさと着替えて、ほら早く」

 

 ラナがせかす。ベッドから立ち上がるとき少しふらっとしたのを支えてくれたけど、でもとにかく「急いだ、急いだ」ってせかしてくる。よくわからないけど、いいよ、どうせやり残したことだから。最後までやろう。

 

 そう思ってフェリックスの制服を着る。これ実際返さないといけないのかな。いや、やめよう変なことを考えるのは。どうなっても後で考えよう。今は考えられない。着替え終わるとなんとなく魔銃を掴もうとしてラナに手を「ていっ」て叩かれた。

 

「そんなのいらないわよ。荷物になるでしょ。ほら早く」

 

 

 

 銃を掴もうとしていた手をぎゅって握ってくれて引っ張られる。

 

「うわわ」

 

 あたしはそんな感じで最後の日に家を出た。ギルドまで軽く走る。ラナが引っ張ってくれるけど、すこしだけきつい気もする。体にはまだだるさがあった。

 

 だから王都の景色がよく見えた。朝日にきれいに映された光景をあたしは覚えておこうって思ったんだ。数週間だけいたけど、Fランクの依頼をこなすためにけっこういろんな人に出会ったし、いろんなところに行った。それでも全部回り切れてないのがすごいよね。いや、全部どころか全体の本少ししか回り切れてないや。

 

「ねえ、マオ」

 

 走りながらラナが言った。

 

「あんたさ。これからどうするつもり?」

 

「どうするって。……村に帰るしかないかなぁ」

 

「……バカ」

 

 立ち止まった。角を曲がればギルドは目の前だと思う。ラナは後ろを振り返った。両手を組んであたしに振り返った。

 

「いっつもバカでそれでいて明るいバカがあんたでしょ? 柄にもなく落ち込んでいるんじゃないわよ」

「バカって2回も言った……」

「はっ」

 

 ラナは鼻で笑った。それから二人で曲がり角を曲がる。

 

「バカなんてこれからも何度でも言ってやるわよ」

 

 

 ギルドには人だかりができている。こんな朝早くなんで人がいるんだろう。

 

 あたしが立ちすくんでいるとラナがまた手を引いて強引に前に進ませる。あたしはよろけそうになったけど、そのまま支えてくれていた。だからまた歩き始める。

 

「マオちゃんだ」

 

 誰かがあたしの名前を呼んだ。みたらその人には見覚えがある。いや、Fランクの依頼をしているときに草むしりの依頼をしてくれたおばさんだ。水路に行く前にラナと火で全部燃やしたっけ。今考えると結構危ないことしてた気がする。

 

 いや、みんな見覚えがある。あのおじさんはは買い物を手伝った。あの人はお話をするだけって簡単な依頼をしてたんだ。みんなあたしを見て口々に「マオちゃん」とか「マオ」とか言ってくれる。あたしは困惑してしまう、なんでみんなこんなところにいるんだろう。

 

「やあ、マオ君」

 

 神父さんが立っていた。この街に来て初めての依頼は手紙をこの人に届けることだった。

 

「お、おはようございます」

「うん。挨拶ができることは素晴らしい。おはよう。それに比べてラナはどうだい。師匠である私がここにいるのに君の後ろに隠れて」

 

 ラナがあたしを盾にしている。でもすぐに言った。

 

「おはようございます、ファロム先生……でもなんでいるんですか?」

「おやおやおや。なんでとは心外だね」

 

 ファロム先生――神父さんが両手を大きく広げる。

 

「昨日泣きながら私に助けを求めてきたかわいい教え子を来るというのにほおってはおけないだろう」

 

「ばっ?!」

「おやラナ。そのまま『か」と繋げたら僕はもっと昨日のことをありのままに言おう」

「……あががが」

 

 ラナが下がった。助けを求めて? 神父さんがあたしに向かって笑う。

 

「そう、君を助けてほしいって一日中いろんなところに頭を下げて回った、そこにいる私の教え子だよ。マオ君。Fランクの依頼を今日はいっぱい用意している。全部こなすのは大変だと思うけどやれるかな? 僕は手紙を用意したよ」

「がががが」

 

 ラナが赤くなって唸っている。頭を抱えてうずくまった。

 

「そ、そういうことは言わないでいいじゃない……みんな自然に集まったってすれば…ぁ。こいつずっとFランクの依頼をしてたんだからみんな知っているでしょ……」

 

「そうはいかないだろうラナ。依頼をして回ったのは君だけではないのだから」

 

 そんな言葉をかき消すように「俺はまた庭の草むしりを頼むぜ」「お買い物を少しだけお願いね」「道の掃除をやってくれたらいいぞ」とか、いろんな声が聞こえてくる。さっきここは夢じゃないっておもったけど、もしかしたら夢かもしれない。

 

「と、とりあえずギルドに入るわよ」

「ら、ラナ」

「なんも言わない。あとさっきのファロム先生の言葉を深堀したらユルサナイから」

 

 ギルドの中にも人がいた。建築の大工さん、眠たそうにしている子供が何人か、それだけじゃなくて、いっぱい。その中にはミラがいた。白い髪を片手でかきわけて、おはようって言ってくれる。

 

 それにモニカもニーナもいる。すでに窓口には束になった依頼書を用意している受付のお姉さんがいた。ノエルさんだ。にこにこにこにこしている顔に「はよ」って書いてある気がした。あたしが近くに行くと受付の中から手を出されて引き上げられる。

 

「うわぉ」

「マオちゃん、今日が勝負よ。あったことないけど、学園の性悪女をぎゃふんといわせるの! ダーツやジークが昨日から今日までで全部依頼書にしてくれたんだから。それにこれ。ぜーんぶで一直線に依頼を受けられるように地図を書いたから、それと時間は気にしてなくも大丈夫、今日一日いつでもいいから。依頼一覧もはい。この通りにして……」

 

 窓口から後ろをみるとダーツさんとジークフリードさんがそれぞれ机に突っ伏して死んでる……ダーツさんが手だけ挙げて親指を上げる。あたしの手元に大量の依頼書が渡された。ノエルさんがまっすぐ目を見ていう。

 

「全部パーティ『エトワールズ』で受けているから……頑張って。ふぎゃ」

 

 それだけいうとそのまま力尽きたようにノエルさんが倒れた。くーくー寝息を立てている。

 

 言葉が出てこない。今日一日にしかない。でも「F」の印象の入った依頼書の束を無意識に抱きしめ

 

ていた。……泣きそうになる。でも違うんだ。あたしは振り返った。

 

「みんな! これ全部! 今日一日だけど、頑張る! 絶対やるよ!」

 

 叫ぶように言った。ありがとうってはまだ言わないよ。それにラナが答えてくれた

 

「それじゃあ『エトワールズ』の力を見せてやるわ!」

 

 それにミラとモニカとニーナが「おーって」手を上げて答えてくれた。あたしも手を上げたくても依頼書を落とせないから声だけでもおっきく叫んだ。

 

 依頼をしてくれたみんなも頑張れとか応援をしてくれる。そうするとあたしたちの体を光が包んだ。暖かい光に体が心地いい。

 

 入り口には神父様が立っていて、手を上げている。手から魔力の残りが立ち上った。笑顔のままに言う。

 

「簡単ではあるけど、強化と回復の魔法をかけてあげよう。一日は持つよ。頑張りなさい」

 

 

 

 ……簡単じゃないと思うけどでも、無駄にはしない! さあ、行こう!



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ラナ・スティリアの在り方

少し短めです。本当は次のエピソードと合体させようと思っていたのですが、独立させたかったので投稿をしてしまいました。ご感想などいただければ励みになります。


 少し前に転がり込んできたマオという少女をこの数週間ずっとラナは見てきた。

 

 最初の出会いは最悪だったといっていい。思うところがあったとはいえ、人に指示をされたとはいえ、見ず知らずのマオという少女の邪魔をしたのだ。

 

 それからなし崩しに協力せざるを得なくなった。魔力のある人間は相手の中にある力を何となく感じることができる。ラナからすればマオは何の力もない、言ってしまえば何の才能も感じられなかった。だから学園に入っても苦しむだけだろうとは感じていた。

 

 だが、その考えはすぐに変わっていった。

 

 Fランクの依頼を一緒にこなすうちに気が付いた魔法に対する異常ともいうべき造詣。

 

 巻き込まれた戦闘の中で常に的確に判断する力。

 

 ラナは内心でマオを見る目をだんだんを変えていった。だから気が付いた、いやこのマオという小柄な少女の「力」を感じなければわからなかったこともラナにとっては自分が嫌になる気がした。

 

 ――こいつは誰にでも優しい。

 

 

 

 最初敵対した自分に対しても何もわだかまりなく接してくれることも、自分が距離を置くように忠告した魔族の少女とも……。そしてロイとの戦闘で壊れた街の人々にも、誰にも憎悪も敵意も向けない。

 

 

 

 逆に誰かの悪意に対してまっすぐに受け止める。

 

 ラナにはその意味が分からなかった。

 

 彼女は優秀だった。大抵のことは卒なく行うことができた。人との付き合いも「できた」。そんな彼女から見ればマオの在り方は不器用とも――うらやましいとも感じた。

 

 きっとどんな困難にあってもこのかわいい一つ下の『後輩』はやっていくのだろうといつの間にか無意識に信じるようになっていた。だからこそある日のお風呂の中で純粋に気持ちを話したこともあった。

 

 自然とこの向こう見ずで明るい、バカのくせにたまに鋭いなんてころころ表情を変えるマオという少女が好きになっていた。もちろん本人にそんなことは絶対に言うつもりなんてない。

 

 そんなマオが泣くところを見た。おそらく魔力の枯渇からだろう体調を崩したタイミングは最悪だった。その時に初めてマオが自分に弱音を吐いた。その前に……ラナ以外ほかの誰もいないことを確認してきたこともこの少女の本質に触れた気がした。

 

 本音をこぼすように自分にだけ見せたその光景にラナは自分のことを「世界一のバカ」と思った。きっとこんな形で誰かのことを気遣って苦しい時もほとんど言わないのだとわかった。ラナは胸が締め付けられるような苦しさに叫びだしそうになったが、その時に思ったのだった。

 

 ――こんな形で終わらせていいわけないじゃない。

 

 残された時間は少なかった。ラナは居ても立っても居られなかった。マオを魔法で眠らせた後、彼女はおもむろにフェリックスの制服に着替えて、上着を羽織った。

 

 マオには「出かけていない」と伝えた剣の勇者の子孫であるミラスティアや魔族の少女であるモニカと話して決めていたことだった。明日の最終日にマオが復活するとは限らない。魔力の枯渇からの体調不良なら一日で動けるようになるかもしれないが、何の保証もなかった。

 

 ギルドにも。

 

 

 

 街のいろんな人にも。

 

 走り回った。マオのことを助けてくれるように。

 

 ニナレイアにはミラスティアが話に行ってくれた。

 

 ラナは自分が他人のために頭を下げて回るなんてことをするとは思っていなかった。それでも不安は募った。今日のこともすべて意味がないのではないだろうか、焦燥が体を包んだ。

 

 ラナは自然と教会前の広場に立っていた。ここはマオと初めて戦った場所だった。頭突きで倒されるなんて情けない思い出しかない。彼女は思い出し笑いをしながら教会に入った。

 

 神父がいた。

 

 片手をあげて「やあ」という彼に、ラナはできるだけ冷静に話をしようとした。だが、彼の姿を見たときに心にあった不安があふれてきそうだった。どうしようもないかもしれない状況が心細かった。何よりもマオの悲しい顔を見たくなかった。

 

 自然と涙が出てきた。自分のことなのに驚いたラナはごしごしと袖で顔をぬぐうがどうしようもなかった。彼女は

 

「……先生。助けてください」

 

 泣きながら言う教え子に神父は驚いた顔をしたが、彼女の話を黙って聞いた。

 彼は快くラナの頼みを聞いてくれた。彼の人脈を使ってできるだけ多くのそして簡単な依頼をしてほしいということだった。ラナは泣いたことが恥ずかしかったのか、すぐに出ていこうとした。

 

「それじゃあ先生。お願い」

「ラナ。待ちなさい」

「なんですか? 私は忙しいんですけ、わっ」

 

 ラナの赤い髪を神父は掌でなでた。

 

「この数日、良い経験をしたのですね。ラナ」

「……い、いや、なんでいきなり頭をなでているんですか!?」

「子供がいいことをしたら褒めないとね。君は私が思っていたよりも成長しているようで安心しましたよ」

「……意味が分からないんですけど」

「人のために動くことのできるなんて前の君にはなかったことだからね」

 

「だって」

 

 ラナは手を振り払った。神父は怒るでもなくおどけて見せる。怖いなと両手を上げる。

 

「ほっとけないじゃない! 仕方ないじゃない!」

 

 ラナは叫ぶようにそれだけ言って教会を飛び出していく。

 

 



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最後の日

 

 Fランクの依頼は命の危険がない依頼だって話。地下水路でロイとかと戦ったのなんて、あれは偶然。だってもともと水路の中を調査するだけの依頼だったんだからさ。

 

 だから本当はお買い物をするとか、犬の散歩とか、手紙とかを届けたりするなんて簡単なものばっかり。ここ最近であたしほどFランクの依頼をやった冒険者見習いはいないだろうからよく知っているんだ。

 

 でもさ、それを「全部まとめてやったらどうなるか」ってことをあたしは身をもって思いしってる。

 

 お店で借りた肩掛けのバッグに荷物を満載して、両手にも袋をもって、犬のリードを2匹分手首にしたまま王都を走る。本当ならたぶんのろのろと動くはず。でも体が軽かった。

 

 翔けるように走る。

 

 王都の石畳を走る。神父さんにしてもらった強化魔法で王都の依頼主に買い物してきたものを渡して、懐に入れていた手紙を渡して「じゃ!」って去っていくあたし。

 

 多い! 犬の散歩がいつの間にか一匹増えていた。すごく楽しそうにあたしにまとわりついてこようとするけど今忙しいんだって。あたしは曲がり角を曲がって、そこに立っていたおばさんに野菜の入った袋を渡す。立ち止まると「はっはっはっ」て犬がまとわりついてくる。やめ。やめてってば! なめなくていいから! あはは。

 

「マオ!」

 

 前から走ってきたのは同じような恰好をしたニーナだ。こんな依頼だけで20件以上ある。

 

「に、ニーナ。あと、ど、どれくらい」

「半分程度終わった……はあはあ」

 

 二人とも息を切らしている強化魔法をしてても、ずっと走り回ったら疲れる。ううん。だめだ。まだまだ、やってやる。そう思ったときにあたしの前に蝶が舞う。魔力でできたそれがはじける。モニカが教えてくれた遠くでも何かを伝えられる魔法だ。

 

 それを見たニーナが片手を出してきた。

 

「お前の荷物をよこせ。あと依頼書もだ。この仕事は引き継いでやる」

「え? でもさ」

「うるさい! 時間がないだろう。さっさと行け」

 

 ニーナがあたしから荷物と犬をひったくる。その犬がニーナの足にまとわりついて「やめろ」なんて叫んでる。でも、時間がないのは本当だ。朝から走り回ってすでに昼前だ。今日中に全部終わらせる必要がある。

 

「ごめんニーナ。あと、任せるよ。あ、犬の名前はそれぞれゴン、ランチ、ニーナだから」

「……! どれがどれかわからない。それに最後の奴の名前を呼ぶことはないからな!」

 

 そうかもね。ちょっと笑いそうになる。でも我慢して走る。

 

 たったった。

 

 荷物がなくなって軽くなった体で走る。走っていくと、王都の水路の横を走る。きれいな水が眼下を流れていく。ここの整備でもひどい目にあった気がするけど、こうしてみると綺麗だ。いや、そんなこと言っている場合じゃない。

 

 次の依頼は民家だった。そこにはラナが両手を組んでいらいらした顔で待っている。依頼主も一緒だった。若い男性だった。挨拶する前にあたし手が引っ張られた。

 

 その犯人のラナが口を開いた。

 

「遅い! 草むしりするだけなんだからさっさとするわよ。ほら!」

 

 民家の庭には草が生い茂っている。つかまれた手に魔力を感じる。ラナが開いた手を草むらに向ける。わかる。あたしもラナの手を握ったままもう一方の手をそこに向ける。

 

 呪文を紡ぐ。火の魔法を構築する。ラナはその構築にはほとんどあたしにゆだねてくれたからやりやすかった。そういえば前もこんなことをした。

 

「「フレア!」」

 

 ラナとあたしが叫ぶと同時に二人の魔力が熱になって放たれる。草むらに熱波が奔り、魔力にあおられた草が赤く光り、黒ずんでぱらぱらと灰になる。はあはあ、これ結構精神を使う。ラナが手を放して依頼主に言う。

 

 さっきまでの草むらが一気に灰だらけの庭に。うーん。見た目は悪いなぁ。

 

「さ、草むしり終わり。はい依頼書にサイン」

「あ、ああ」

「早く!」

 

 お、脅すようにサインをもらってる。時間がないの分かる。ラナは振り返ってあたしを見る。

 

「次に行くわよ!」

「う、うん」

 

 ラナと街を駆けずり回る。ラナとやるのは魔法でやれることをやるんだ。

 

 火でお風呂を沸かしたり。

 

 水で道の掃除をしたり。

 

 風で街路樹の枝を切ってみたり。

 

 あたしには魔力がほとんどないから、ラナの力を借りて。さすがに途中でラナの強化魔法が途切れて、膝に手をついたて肩で息をしている。

 

「はあはあ、つ、次は」

「ラナ、流石に休まないと」

「バカ? 今日しかないのにそんな暇あるわけないでしょ。さっさと次の依頼書を出して」

 

 その時桃色の蝶があたしの肩にとまった。モニカが呼んでいる。

 

「モニカが呼んでるから。ラナは少し休んでいて」

「……あんた、はあはあ。そんな暇ないって言ってるでしょ」

「1時間!」

「はあ?」

「休んでくれないと多分もたないよ。また、ラナの力が必要だからさ。あとで」

「…………じゃあ、さっさと戻ってきなさいよ」

 

 ラナは分かってくれたのか、手でしっしってしてくる。う、うーん! ま、いいや!

 

 だからモニカのところに走る。モニカのいるのはあの場所だ。ロイとの戦いで壊れてしまった。街の再建工事で働いている。大丈夫かなってまた思ったけど、行ってみないとわからない。

 

 近づくとトンテンカンテンって槌の音がする。いっぱいの資材と大勢の職人さんがいろんな作業をしている。その中にモニカが手を振っている。

 

「マオ様! こっちです」

 

 依頼主は大工の親方さんだね。筋骨隆々の腕を組んであたしを見ている。この人とはこの場所で工事を依頼する前から知っていた。あの時はラナとあたしだけで資材運びをした。いや、よく考えたらあれもラナがいなかったら多分強化魔法とかできなかったからできなかったね。

 

「おお、来たか。依頼書はあるか」

「うん。あるよ」

 

 紙の束から一枚抜いて渡す。これエリアごとに付箋張ってわかりやすいようにしてくれている。ギルドのノエルさんがやってくれたんだと思う。

 

 内容はこれも資材運びだ。よーしって思ったら、モニカの体から魔力があふれ出てくる。

 

「マオ様。ここは私に向いています」

「も、モニカ」

 

 真剣な顔で体中から魔力を迸らせながら近くに置いてあった木材を片手でつかんで担ぎ上げる。すごい。あっけにとられる。モニカはどんどんそれをそれぞれの工事場所に持っていく。

 

「あいつ、おれんとこに来ねぇかな」

 

 親方がぼそっとつぶやいた。そうだね。……いやいやいや、感心している場合じゃない。流石に何もしないのはおかしい。

 

「親方! あたしにも仕事」

「お、おお。じゃあそこにある……それを」

 

 いろいろと指示をもらって手伝う。重い……でもモニカはなんかすさまじいスピードで働いている。魔族の体は人間よりも強いってわかっているけど、すごいやる気を感じる。

 

「あ、あの」

 

 振り返ると小さな女の子がいた。この子は……この近くに住んでいた子のはずだ。ロイとの戦いで家が壊れて……モニカともいろいろあったはずだ。なんであたしにはなしかけてきたのかわからないけど、おずおずと近づいてきた。

 

「あの魔族とお姉ちゃん友達なんだよね?」

「魔族……モニカのこと? あそこにいる」

 

 こっくりと女の子は頷いた。

 

「モニカ……そう、前にお姉ちゃんがみんなの前でそんな名前だって言ってた」

 

 みんな? ……あ、この街の住民の前に出て話をしたことがあった。よく見たら遠巻きにモニカのことを見ている人が結構いる。

 

「あの」

 

 はっ!? 何?

 

「その、あの、魔族に……」

「待った」

「え?」

「モニカ、あの子の名前はねモニカっていうんだ」

「……」

 

 女の子があたしを見る。ためらいながら言う。

 

「その、モニカ……お姉ちゃんに、ありがとうって……伝えてほしいの」

「…………聞いて言い?」

「うん」

「なんでありがとうって言ってくれるのさ?」

「…………だって……みんなひどいこと言ったのに、いつも私たちの街のために働いてくれてるのを見てたら」

 

 女の子が泣き始める。大粒の涙を流しながらあたしに叫ぶんだ。

 

「みんなでひどいことを言っちゃったって思ったら……それ以外なんて言っていいかわかんないの!」

 

 それだけ言って女の子が走り去っていく。あたしが手を伸ばそうとしても止まらずに行ってしまった。

 

 魔族の手で壊れた街。

 

 魔族の女の子が復興のために働く街。

 

 その当事者としてあたしはここにいて、いろんなことを見た。

 

「マオ様! 次の依頼を!」

 

 その時後ろに来たモニカにあたしは抱き着いた。正直無意識だったと思う。

 

「マオ様。なんでしょうか、ど、どうしたんですか?」

「よかった、よかったよね」

 

 嬉しくて、あたしはうまく言葉にできなかった。ただ、モニカにあの女の子の言葉を伝えると、モニカは驚いたように目を見開いた。

 

「そ、そげなこつ」

 

 素の言葉を出しながらぽろぽろと涙を流しながらこの魔族の女の子は喜んでくれたのだ。

 

 ☆

 

 

 

 時間がどんどん過ぎていく。太陽は待ってくれない。

 

 依頼を終わらせるたびに空を見上げてしまう気がした。いい天気だけど、もう太陽は空の真ん中を通り過ぎてだんだんと西に向かっていく。うう、焦るけど、それでも頑張るしかない。

 

 そんな時にあたしのもとに蝶が舞い降りた、ラナが呼んでいる――よーし、やるぞー。

 

 走って向かうとラナとニーナとモニカが来ていた。そこは海の見える料理屋さん。ラナがあたしに手招きしている。綺麗に切られてバスケットに入ったパンとかサラダとかスープとかが並んでいる。

 

「マオ。早く来て、ほら、少し遅いけどお昼ご飯食べないと」

 

 お、お昼!? そんな暇はないよ! あたしは次に行かないと……そう思ったとき、ぐぎゅうってあたしのばかなおなかが鳴った。恥ずかしくなる。そんなあたしの首根っこを猫みたいにラナがつかんだ。

 

「夜まで仕事することになるから、一生懸命食べないと体がもつわけないでしょ。さっさと食べて」

「一生懸命に食べるって何……?」

 

 わけわからないけど、もういいよ。あたしはテーブルに座ってパンを齧る。……柔らか! おいしい。……あ、モニカがあたしの顔を見て笑った。し、仕方ないじゃん。ニーナはあきれた顔でパンを齧っている。

 

 急いで食べる。げほっげほ。

 

「よく噛みなさいよ。ほら水」

 

 ラナが背中をさすってくれる。そこに大きなお皿を持った店員がやってくる。そこにはなんだろう、見たことがない食べ物がエビとか貝とかいっぱい載せている。でもいいにおいがする。

 

 店員さんはにこにこしている。頭に白いキャップを被ってシャツの上からエプロン。綺麗な銀髪をサイドテールにしている。彼女……ていうかミラがどーんとあたしたちのテーブルにお皿を置いた!

 

「お待たせしました! 遠くの国の『コメ』を香料と炊いた……パエージャ!」

 

 なんか楽しそうに言ってるミラ。コメってなんだろう……でもいいや、おいしそうだ。

 

 この料理屋さんも依頼をくれたところ。依頼は芋の皮むきとか接客とか巻き割りとかいろいろ考えるだけ多くの仕事を作ってくれたんだ。それをミラは自分がやってくれている。……剣の勇者にあんたの子孫を芋向きを手伝ってもらっているよって言ったらあいつどんな顔をするんだろ。

 

 ラナがパエージャをよそってくれる。これ……スプーンですくって食べたらいいの?  恐る恐るコメを食べてみる。

 

 ……んー。おいしい! 

 

「あんたってホントに顔に出るわよね」

 

 ラナがあたしを見ながらはっと鼻で笑ってくる。い、いいじゃん。これ言うの二回目! ミラもなんだかうれしそうだし。えーいとにかく食べて力をつけよう。おかわり!

 

 

 陽が落ちていく。

 

 王都には篝火がたかれて夜でも明るい。そんな中でも仕事は続く。前にやったウエイトレスの仕事。お夕飯を代わりに作る仕事……これはラナがやってくれたけど。それに掃除もあるし、また手紙の配達もある。

 

 月が昇っても王都をみんなで走り回った。

 

 どれくらい依頼を受けたのかわからなくなりそうなほどだった。 依頼書があるだけ一日中仕事をして回った。教会の鐘をきれいにするなんて仕事もあった。神父さんの教会の屋上に吊られたものだ。

 

「ほらほら、さっさと手を動かす」

 

 ラナが掌の上で炎を燃やしてくれて明かりを作る。その中であたしもミラもニーナもモニカも手に持った雑巾で大きな鐘を掃除する。ていうか大きいなあこの鐘。外側はともかく中を掃除するのは大変だ。鐘の中に入って見上げると

 

「マオ様」

 

 モニカがあたしを肩車してもまだ届かない。

 

「ニーナ来て」

「はあ? 何がだ」

「あたしの上に乗って」

「三人で肩車なんて危ないだろう!」

「でもほら、ミラも手伝って」

「うん。ニーナ!」

「い、いやいい。危ないから。いい!」

 

 ニーナが往生際が悪い。ミラが抱き着いて持ち上げようとするのに抵抗する。そんな中でニーナとミラに後ろからラナがチョップする。

 

「あんたたち何やってんの。こんなのほらマオがモップ持ったらいいでしょ。擦れるでしょ」

「「あ」」

 

 力の勇者と剣の勇者の子孫が間抜けな声を出す。ま、まあ。魔王のあたしも気が付かなかったんだけど……な、情けない。

 

「はい」

 

 ラナがモップを投げた。あたしは手を伸ばす。おっとと、

 

「マオ様! あ、危ないです」

 

 う、うわ。モニカが体勢を崩した――ラナが「た、倒れてくるんじゃないわよ」って驚いてる! そ、そんなこと言ったって。どしーんって倒れる……かと思った。倒れてきたあたしをみんなで支えてくれた。モニカが足、ミラとニーナが手、ラナが肩……これこそ情けない恰好だ……。

 

「あ、ありがと」

 

 それくらいしか言えなかった。みんながはーって安心したような溜息を吐いて。

 

「あんたはいつでもしょうがいないやつね」

 

 ラナがそういうとみんな笑った。うう、恥ずかしい…………ま、いっか。あたしもなんだかおかしくなって笑ってしまった。

 

 教会の中に笑い声が響いている。

 

☆☆

 

 深夜だった。

 

 ギルドの中で受付嬢のノエルは手に燭台を持ち、見回りをしていた。

 

 ギルド。

 

 それは過去に剣の勇者がその形を作ったといわれれる。当時は冒険者と言われた者たちは貴族や王族に使われてそして使い捨てられる存在だった。

 

 魔王を倒した剣の勇者はそんな冒険者を守り、教育する機関を創設した。

 

 適切な報酬を払い、そして個人個人の依頼を実力以上に負担させて命を落とすことのないように庇護する存在だった。そういう意味では今回の仕事はよかったとも無理をさせすぎたとも彼女は思っていた。

 

 ギルドに居れば多くの冒険者が来ては去っていく。去っていく中には二度と戻ることがなかった者たちもいる。ノエルはその現実の中で自分のできることの小ささを自覚しつつも、誇りとしていた。

 

「……」

 

 ギルドの扉はすでにしまっている。もう今日ここに冒険者が来ることはないだろう。昼には大勢の人でごった返す。受付のフロアも今はほとんど誰もいない。

 

 端っこにある円卓を除いて。

 

 そこにはかわいらしい寝顔をした5人の少女が眠っている。その中には栗色の髪をした小柄な少女――マオも眠っていた。ノエルはその寝顔を見て少しほっぺたをつねってやろうかと思ったがやめた。代わりに円卓に座ったまま眠っている彼女たちに言う。

 

「お疲れ様」

 

 彼女たちの中心にはやり遂げた依頼書の束が置かれている。

 

 



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入学式

 階段を上がる。

 

 注目を浴びていることを意識すると心臓が鳴る音が聞こえてきそうな気がする。でもなんだか静かだった。

 

 こう、大勢にみられるのは結構久しぶりだ。……んーと、何百年ぶりってことになるのかな。といっても数百年なんて生きているわけではないし、眠ってた? まあ、生まれ変わりする間なんてどうなってたかなんてわからないけど。

 

 

 壇上に上がった。半円形の講堂を見渡せる。フェリックスの制服を着た生徒たちが大勢見える。もちろんほとんどの人をあたしは知らない。

 

 手に持った紙に視線を落とす。一度息を吸った。入学式の代表として挨拶をするなんて緊張する。

 

☆☆

 

 数日前のこと。

 

 あたしはみんなの助けをもらってなんとかFランクの依頼を100件を終えることができた。せーかくには104件受けていたらしいけど、無我夢中で気が付かなかった。ある意味入学のためにこんなに走り回ったのは自分が初めてなんじゃないかなって思う。他の子は普通に何件かの依頼で入るらしいし。

 

 でもとにもかくにもポーラ先生との勝負には勝った。あたしとミラとラナ、それにニーナはフェリックスに行ってポーラ先生を訪ねたんだ。モニカはなんだか来れないってことだった。

 

「ということで終わったよ!」

 

 ギルドから発行された書類をポーラ先生に渡す。本当ならこんな書類はいらないらしいけど、ノエルさんがわざわざ書いてくれた。まあ、あたしたちが100件以上の依頼を行った証明みたいなものだ。

 

 というかノエルさんは「性悪女によく見せてきなさい」って怖い顔で渡してきた。だからあたしは両手を組んで少しあごをあげてみた。結構悪い子に見えると思う!

 

 

 場所はポーラ先生の部屋。本棚に囲まれた小さな部屋だった。机に座っていつも通りにこにこと彼女は笑っている。貼り付けたような笑いからは感情がよく見えない。

 

「おめでとうー! 頑張ったわね。マオちゃん」

 

 あっさりとぱちぱち手を叩きながらポーラ先生は言った。賞賛されている言葉も本当は相手にされてないって気がする。

 

「それじゃあ、入学式の日程は5日後だから遅れないようにね。これ予定表よ。そのあとのことは入学式の後に説明されるわ」

 

 ポーラ先生は事務的に話を進めようとした。そこでラナが口をはさんだ。こういう時のラナはいつもの口調じゃなくてひどく冷たいような敬語を使う。

 

 

「ポーラ先生。先生が示した理不尽な無理難題をマオはクリアしましたけど、それ以外に言うことはないんですか?」

「理不尽? おかしなことを言うのねラナちゃん。今回のことはすべてマオちゃんが言い出したことって前にいったはずだけど?」

 

 

 ポーラ先生の笑顔は変わらないけど、ラナが怖いくらい睨んでる。なんか……あたしより気持ちが入っている気がする。

 

 

「まあ、仕方ないわ。確かにこの数日のマオちゃんの活躍は目覚ましいものがあったの認めましょう」

 

 仕方ないって感じでポーラ先生が言う。

 

 

「今回のことを私との勝負としたのなら、マオちゃんの勝ちってことは認めるわ。ごめんなさいね、マオちゃん結構意地悪しちゃったけど」

「……」

 

 な、なんだか不気味だ。喜んでいいのかどうなのか全然わからない。慌てた様子でも悔しそうでもない。本当に掴みどころがない。あたしはミラと目に何となく目を向ける。ミラも困ったような顔をしていた。

 

「それはそうとマオちゃん」

 

 ポーラ先生の言葉にあたしは視線を戻した。にこにこしながら両の掌を合わせてあたしに言う。

 

「今度の入学式では入学生の代表としての挨拶をしてもらうから。頑張ってね」

「は?」

「「え?」」

 

 は、って言ったのはあたし。えっていったのはラナとミラ。

 

「い、いやいやおかしいでしょ。確かそういうのは成績優秀な生徒が行うはずで、いつも貴族の子とかが調整されてやっているんじゃないの?! こいつ、いくら頑張ったって言ってもFランクの依頼をこなしただけですよ!?」

 

 ラナが前に出て言う。そうなんだ。それならおかしいよね。でもポーラ先生は言う。

 

「あら、おかしいことなんて1つもないわよ? Fランクの依頼だって、全部で150件以上も受けたからには結構評価されるものよ? それに、水路の事件。あれは調査が進んでわかってきたんけど、犯人の魔族はどーやら、大掛かりな虐殺事件を起こそうとしていたみたいねー。こわいこわい」

 

 ロイのことだ。虐殺? そういえばなんであいつあそこにいたんだろうか……いや、前にクリスとあった時にちらっと言っていた。

 

 王都につく前にあたしたちは今の「魔王」に襲われた。本当ならあそこでみんなやられてそのまま王都にあいつは攻め込むつもりだったはずだ。その時逃げる人々が水路に逃げたら、きっとロイは……。ああ、やめておこう、後で考えることにする。

 

「だからそーいうことを加味してもあの事件解決はS……もしくはAの依頼相当の評価を得るものよ。そんなことの解決に関わった新人なんていないわよね。だから純粋にマオちゃんは今回の最優秀賞。もちろん……主体としては後ろにいる剣の勇者の子孫様が解決したってことになりそうだけどね」

 

 そういうことか……。それに、さっきの言葉ならFランクの依頼だって本当はリセットされてないみたいだった。

 

 

「え、いや、あれはマオが」

「ミラちゃんが何といおうと、世間はそうは見ないわ。ミラちゃんのおこぼれを預かったラナちゃんとマオちゃん。そしてマオちゃんは最優秀。それで万事はうまく収まるのよ」

 

 けらけらと笑うポーラ先生。

 

「ち、違います」

 

 ミラが抗議の声を上げる。

 

「そうかもね。でも、貴方は強力な聖剣の所有者だからね。イメージ通り事前に危機を排除した英雄様になるのよ。まあ、そんなことは良いじゃない、それにマオちゃん。代表の挨拶なんてのは結構重要なことなのよ。本当は一族の名誉のためにそこに立っていたい子だっているのよ? ね、ニーナちゃん」

「……!」

 

 ニーナ……!

 

「そうよねぇ。力勇者の一族としてFランクの冒険者に後れを取った……しかもお手伝いすらしていたって」

「あ、あんたね!」

 

 ラナが先生の前に立つ。いやポーラの前。

 

「さ、さっきから聞いていれば嫌味ばかり言って! そんなにこいつに負けたことが悔しかったの!? そ、それにあんたの話が本当ならこいつはこんなに無理しなくても合格だったんじゃないの?」

「何勘違いしているの? 合格の基準はマオちゃんが言ったことをそのままに受け入れただけ。彼女の評価は別のやり方をしただけ。なんの矛盾もないわ。今日までに言ったことできなかったら田舎に帰ってもらうつもりだったわ」

「…………」

「そんなに怖い顔をしないのみんな、ほら笑って笑って。おめでたい場所でしょ? 私にも勝てたしマオちゃんも合格。素晴らしいわ。それに先生が言っていることは全部事実よ? 嘘ついている?」

 

 ポーラは立ち上がって笑った。貼り付けたような顔で笑顔を作る。最初から相手にされてないのかもしれない。でも、なんとなくわかったことがあった。だからそれを言ってやろうと思う。正直これはやり返しだ。嫌な気持ちが胸にうちにあるよ。

 

 あたしは前に出る。

 

「確かに嘘はついてないかもしれないよ。でもさ、あんたは……多分、相手の気持ちがすごくよくわかる人なんだよね」

 

「……!」

 

 ポーラの目が見開かれた。それから一瞬、一瞬だけその目に憎悪を浮かべた。

 

 あたしは、その「憎悪」の感情だけはなんども何度も何度も受けてきたから見逃すことないよ。なんか嫌な特技みたいになってる……。ラナとミラとニーナが何を言っているんだって顔であたしを見る。でも、今はポーラにだけ話すよ。

 

 

「だから相手の言ってほしくないことがよくわかるんだ。ほら、だって今はさ、『こんなことあたしに言ってほしくない』って顔しているよ

「マオちゃん」

 

 ポーラの目があたしを見た。初めてかもしれないって思った。まっすぐに見つめてくる。

 

「……先生のことがそんな風に見えるの?」

「見えたからそのまんまに言っただけだよ。もしかして昔はけっこうやさしかったんじゃないかな。なにかあったりし――」

 

 バチリと音がした。ポーラから魔力が少し漏れた。でもすぐにこの『先生』は表情を作った。

 

「ごめんごめん。みんなにも先生意地悪しちゃったわ。もう今日は用はないでしょう? そろそろ帰らないといけないでしょう?」

 

 柔和な表情のままあたしたちを追い返す。あっけにとられたような顔のみんなを先に部屋から出る。扉が閉まる前、あたしにだけ聞こえる声でポーラが言った。

 

 

「マオちゃん。あなたって面白い子ね。潰してあげる」

 

 

 ――マオ様がはそんなに簡単にやられたりしないよ。

 

 

 

 ドアを閉める。

 

 

☆☆

 

  

 

 ふー。建物から出たらどっと疲れた気がする。

 

 あたしたちはみんなで帰路に就く。もう夕方になっていた。何となく帰り道は会話が少なかった。でもニーナには言っておくことがあったんだ。あたしが声をかけると金髪が夕日に照らされて、耳のピアスが鳴った。

 

 

 

「なんだ?」

「いや、そのさ。ニーナもあたしと同じ立場なのに手伝ってもらうなんてして、その」

「……黙っていろ。お前を手伝うことは私が決めてやったことだ」

「でもさ」

「だまれ」

「……う、うん」

 

 

 どういっていいのかわからないし、どう伝えていいのか、謝ったらいいのか、お礼を言っていいのかすらよくわからない。確かにポーラの言った通り、ニーナのチャンスを潰してしまったのかもしれない。認められたい気持ちがあるってあたしは知っていたのにさ。

 

 ニーナははあ、と大きなため息をついて、両腕を組んであたしをちらっと見る。それからそっぽを向きながら言う。

 

 

 

「お前、困ってただろ」

「そ、そりゃあね」

「お前が困っていたんだ。友達が困っているならそれだけで……私にも関係がある……」

「あ」

 

 

 ニーナは恥ずかしそうにそっぽを向いて頬を染める。その背中をラナが軽くたたいた。

 

 

「あんた。なんかすごくいいこと言うじゃない」

「……やめてくれ。受け売りだから」

 

 

 ニーナが顔を覆うように恥ずかしがっている。

 

「へえ、そんないいこと言うやついるのね」

「……やめてくれ」

 

 

 あたしはぽりぽり頬をかく。なんだか自分でも恥ずかしくなってきた。ニーナと芋剥きをしているときにあたしはニーナが困っているならあたしも関係があるって言ったことがある。……うわぁ、恥ずかし。今更ながらに何言ってたんだろ! うわぁ。あ、で、でも。

 

「に、ニーナ。ありがと」

「……黙っててくれ」

 

 

 この恥ずかしがり屋な力の勇者の子孫はあたしから顔をそむけた。同じように恥ずかしくなったあたしはミラなんとなく見るとにこって笑顔を向けられた。

 

 

 

 それであたしは入学式での代表として挨拶なんてすることになった。

 

 変なことを言ったら大変だからミラやラナが手伝ってくれて、紙に書いて今日の挨拶を考えてきたんだ。

 

 前も聞いたけどフェリックスの入学式は年に2度あるらしい。いろんなところからギルドの選んだ若者や場合によっては貴族の子弟なんてのも入学する。だからなのかわからないけど、一つのお祭りみたいになっている。

 

 当日はいろんな出店なんかしてて、あたしたちと同じ格好をしているフェリックスの学生や新しく入る子が大勢集まってきた。それに一般の人にも学園内を開放しているらしい。夜には花火を上げたり、炎の魔法で空を彩ったりするらしい。

 

 流石に入学式の講堂には生徒と先生ばかりだ。席は埋まっている。貴族の親御さんみたいなのはちらほらいた。まあ、どうでもいいんだけど、というかあたしは挨拶をしないといけないから頭の中でぐるぐる考えていたから余裕がなかった。

 

 いつの間にか学園長って人の言葉が終わった。……ぜ、全然聞いてなかった。い、いっか。まあ。うん。大丈夫だよね。

 

 階段を上がるときに見てみたら、ミラとラナは奥の方。前の方にニーナがいた。広い講堂の中は暗くて探すのに少し苦労したけど。あ、モニカは端っこの方にいた。なんだかみんなのことを見ると安心する気がする。

 

 あれ? そういえば知の勇者の子孫……ソフィアが見当たらないや。探しきれないだけかな。

 

 光の魔法で作られたスポットライトがあたしがあたしを照らす。

 

 壇上に立つ。そこで作ってきた挨拶の紙に視線を落とした――

 

 くすくす。

 

 なんとなく顔を上げた。知らない子たちがあたしを見て笑っている。いや、というかいろんな人があたしを見て笑っていた。言い方よくないけど、あれは嘲笑っている。

 

 静かな場所だからその声が少しだけ聞こえてくる。

 

 ――あればFランクの依頼だけしかしなかったってマオって子だって。

 

 ――聖剣の所有者に取り入って功績を奪ったらしいな。

 

 ――全然魔力を感じないあんなのを入れてどうするんだ?

 

 

 いろんな声が聞こえてくる。ああ、なるほどそういうことか。そりゃあそうだよね。あたし自身ここにいるのはおかしいことだってわかっているんだからさ。ああ、遠くから見えるけどラナがなんか席で周りを見ている。

 

 ある意味ポーラに言われたことはほかのみんなも思っていたことだってことだね。そのポーラは多分先生の席だと思うけどじっとあたしを見ていた。笑いもせずになんか試すような視線だ。他の先生はあたりのくすくす笑っている子たちを止めようとしているみたいだった。

 

 ごめんミラ。

 

 手に持った紙から視線を外した。

 

 周りに赤い光が浮かんだ。おお、なんだこれ。あ、そっか声を拡大してくれるんだ。じゃあ、みんなに挨拶をすることだけに集中できるね。

 

 最後に大きく息をすった。

 

「皆さんこんにちは。私の名前はマオといいます。生まれは海の向こうの小さな村で育ちました」

 

 失笑が聞こえる。田舎者って聞こえる。

 

「こんな風に皆さんの前で挨拶をしているのは本当に偶然みたいなものです。たまたま村にやってきた冒険者のパーティーと関わってギルドからこの学園を紹介されて、本当に何もわからないままにやってきました」

 

 まっすぐ前を見る。あたしの声は響く。

 

「王都に来るまでの間にもいろんなことがあったけど、大切な友達もできました。あたしはみんなが知っての通り満足に魔法も扱えませんし、武器が扱えるわけでもないけど。ただ、王都に来るだけでも一人では来れなかったくらいになんにもできませんでした」

 

 頭の中にいろんなことが流れてくる。ミラと出会ったとき。クリスのことソフィアや魔銃のこと、船上のこと……あ、そういえばイオスの奴はどうしているんだ! あいつの依頼でとんでもない目にあったし。いや、今は抑えておこう。あたし。

 

「この王都に来てから入学のための資格を得る依頼も一人ではまともにできませんでした。あたしはFFランクだから一人ではまともな依頼一つ受けることができないから、だから王都で出会った新しい友達があたしのことを助けてくれたんだ」

 

 ああ、なんだろう、あたしは少し体が自然と前に出る。

 

「この数日だってそう。あたし一人じゃ、なに一つだってできなかった。水路での事件もそうだった。壊れた街を復興するなんて何にも役に立てなかった。……むしろこの場にもいる魔族の友達の方がいろんな人にために一生懸命に働いてくれた。

 Fランクの依頼だってそうだよ。ひとつひとつの依頼は誰かが頼んでくれたからできたんだ。少しの間しかまだこの王都にはいないけど、大勢の人と出会うことができた。途中で熱を出して倒れたこともあったけど、最後の最後ではみんながまたあたしを助けてくれたんだ。それはギルドの人達にも」

 

 あたしは手を広げる。

 

「そうだよ。あたしはなんにもできない。全部助けられた結果ここにいる。どうやって返せばいいのか全然わからないよ。ここにいるみんなにも、ここにいないみんなにもなんてお礼を言えばいいのかわからないよ」

 

 いつの間にか声があたし以外の声が聞こえなくなっていた。

 

「あたしはFランクの依頼くらいしかしてないし、おーぜいの助けを借りたし、魔力なんて全然ないよ。でもさ。それが自分なんだ。ここにいるのは偶然だけど、全部ひっくるめてあたしなんだ」

 

 両手を腰に当てる。

 

「だからさ、こそこそ言わないで文句があるなら正面から言ってきなよ。あたし――マオ様は誰が相手だって逃げたりしないよ」

 

 ざわざわと波が広がる。あ、ミラとラナが頭を抱えている。だってさ! いろいろいわれっぱなしだったら悔しいじゃん! でも言えたからよかった! 

 

 

「バーカー!!」

 

 ギルドの中は大勢でにぎわっている。街のみんなが来てくれているんだ。それと全然知らない人たちも混ざっている。この前のFランクの依頼で手に入れた報酬を使って全部あたしのおごりで宴会をしようと言ったらなんだか近くの人がいっぱい集まってきた。あ、もちろん報酬は山分けであたしの分だけね。

 

 それにギルドの人たちにもお礼がしたかったんだ。ノエルさんなんてエールをぐびぐびのんでぐでんぐでんに酔ってさっき絡んできた。

 

 ロイとの戦いで壊れた街の人たちも親方に頼んで連れてきてもらった。あ、水路の出会った猫もいる。なんで?!

 

 その中でエトワールズの5人は円卓を一つ占領している。卓上にはいっぱい料理が並んでいる。ラナは骨付き肉であたしを指して言う。

 

「と、途中までいい話かとおもったら、なーに宣戦布告みたいなことしてんのよ。この馬鹿頭~」

 

 肉を手放したラナがあたしの頭をぐりぐりと両側から拳で押してくる~いたいぃー。

 

「……うん。今回はマオが悪いよ」

 

 ミラがあたしの頬っぺたをつねってくる。ええ? ナニコレ。

 

「……」

 

 む、無言でミラの反対側をニーナがつねってくる。

 

「え、えっと」

 

 も、モニカだけは何もしないよね。すごくおどおどあたしを見てくる。でもキッと最後強い視線を向けてきた。

 

「マオ様! 私は途中までマオ様の誤解が解けて、学園の人たちにもマオ様の良さが伝わるんじゃないかと思っていました! でも最後はいけません!」

 

 モニカが両手を組んで怒ってくる。ご、ごめんなさい、うわ、ちょっと待って。お水の中の氷をあたしの背中に入れないで、つ、冷たい。机から転げ落ちてしまう。床にぺたんと座ってあたしは言った。

 

「ご、ごめんってば。だってさ。言われていることほとんど事実だし……それならあたしが全部受け止めるしかないじゃん……!」

 

 そんな言葉を聞いてみんなは顔を見合わせた。合わせたように溜息を吐いた。な、なんだよぉ。

 

 ミラが手を伸ばしてくる。ありがと。ミラの手を借りてあたしは立つ。……よーし、もう今日はいいじゃん、一杯食べよう。ねえみんな!

 

 あたしが言うとギルド中のみんなが歓声を上げた。

 

 でもあの時言ったことは全部本当のつもり。あたしはいろんな人に助けてもらった。これくらいじゃ何のお礼にもならないけど。みんなには感謝している。ありがとう!

 

「あ、そういえばあんたさ。私の下宿代は?」

 

 ラナ……ぎくり。そうだねそういえばそんなのあったね。

 

「うん。ごめん。全部ない。お金」

「あーん-たーねー!!」

「ごめんなさいー!」

 

 ラナがあたしを追いかけてくる。みんながそれを見て笑っていた。

 

 

 





第二部完結! お待たせいたしました。

良かったらご感想などいただければ幸いです。


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第三部 フェリックス学園マスターズ編
序章:始まりの朝とマスターズ


 

 魔法って自由に扱えるくらいに上達すると綺麗なんだ。

 

 炎の魔法を一生懸命練習した。するとさ、空中で炎が花のように形を作って、ぱって咲く。それを見てきれいだってみんながほめてくれる。

 

 水を操れば水流をぐるぐると動かして、それだけで小さなサーカスのようにいろんな形を作れる。そのまま水柱にしても、動物の形を作ってみてもよかった。

 

 風を操れば秋に地面に降りてくる紅葉をぶわって空を舞わせるととってもきれいだった。

 

 あたしは魔法を勉強することが大好きだったかもしれない。結構昔のことだからわからないけど。それでもいっぱい頑張ると笑顔がそれだけもらえた気がする。

 

 もちろん魔法は別の使い方もある。

 

 むしろその使い方の方が「前の自分」はやってしまった。そうさ。

 

 炎で焼き尽くすこと

 

 水で洪水をおこすこと。

 

 風ですべてを切り裂くこと。

 

 ――ああ、嫌なことだ。もしも、もしもさ、またいろんなことを学べるなら。あたしは楽しいことをしたいな。それは前にやったこととは全く別のことをしたい。……こんなことを誰に言えばいいんだろう。

 

 

☆☆

 

 

 

 ぐーぐー。んん、むにゃむにゃ。

 

 ああ、きもちいい。ベッドの上ってなんでこんなに気持ちがいいんだろ、この頃ずっと走り回っていたから久しぶりにゆっくりできるの気持ちいいなぁ。ああ、幸せ。

 

 なんか悪い夢を見ていた気がするけど、夢って起きると忘れるよね。

 

「起きろっつーの!!」

「うえっ」

 

 ベッドの上の毛布を思いっきりひかれてあたしもころころと床に落ちる! 痛いーっ?

 

「お、おこしかたひどくないラナ!」

「なんかいゆすっても置きなんだから仕方ないでしょ」

 

 ぎゃーぎゃーとあたしたちは朝から言い争いをする。

 

 仕方ないから起きよう。パジャマを脱いで、ちゃんと畳む。それからフェリックスのスカートとシャツを着る。うーんこれしかないのそろそろどうしよう。あ、でもお金ないや。

 

 ラナはいくつか服を持っている。今は抑えめの赤いシャツに短いズボン。貸してもらったり……うーん。悪いし、あと服のサイズが合わないんだよね。あたしより背が少し高いから。

 

「さっさとごはんを用意するから手伝いなさい。ほら、ほら」

 

 なんかだんだんラナがお母さんみたいになってきた。冗談めかしくからかってやろう。

 

「はいはい、おかあさん」

「は?」

 

 ぎろってラナが睨んできた。

 

「あー?」

 

 ひ、ひえ。睨みながらあたしに迫ってくる。こわ。

 

 フェリックス学園に入学することになったけどよく考えたら学校みたいな場所でなんか勉強したことってないなぁ。あれだよね。みんなで机を並べて勉強するんだよね?

 

「……少し違うわね。いや、合っているんだけど、違う」

 

 パンを齧りながらラナが言った。

 

「ていうか、基本的に自由よ。そりゃあ、これからどんなことでもやっていこうって冒険者になるんだから自分で考えないといけないわね」

「……うーん。よく意味が分からないんだけどさ」

「どうせ後でいろいろと説明があるからっておもうけど……。じゃあいいわ。どうせあんたにはちゃんと教えてやろうと思っていたから」

 

 立ち上がったラナがニヤッと笑う。

 

「この私が学園のいい過ごし方を教えてあげるわ。あ、それとニーナも連れてきなさいよ。あいつもあんたと同期になるでしょ?」

 

 こうしてラナによる学園の説明が始まった――

 

 

☆☆

 

 

教室というのは半円形になっていた。

 

 中央の教壇が見えるようにになっていて並んだ机は後ろに行くほど段々になってて見下ろす形になる。あたしが本を片手に教室に入ると中にいたみんな……と言っても全然知らないんだけど。とにかくいる人みんなが見てきた。

 

 奇異な目で見られるっていうのかな、まあ入学式で全員に挨拶をしたからわからないでもないね。少し恥ずかしいけど、恥ずかしがってても仕方がないから中に入る。

 

 窓際の席にニーナがいた、あたしを見て一瞬躊躇したそぶりを見せてから「こっちだ」と呼んでくれる。

 

「おはよ」

「ああ」

 

 今日は学校の説明。新入生は各教室にばらけて説明を聞くことになっている。授業の受け方とか、卒業の仕方とかいろいろ。

 

 ふふん。しかしあたしとニーナはすでに全部知っている。なんたって一年上のラナから先に説明をしてもらったからさ! ニーナの横に座って少しの間話をしていると数人の男性が教室に入ってきた、黒くて長い服を着た人たちだ。方には剣を象った文様のある黒衣を着ているのは職員さんだってさ。

 

 その中の一人のが教壇に立って行った。

 

「皆さん入学おめでとう、私は学園の事務を行っているクロードと申します。これからよろしく」

 

 柔和な表情であいさつをするクロードさんの後ろで別の人達が広い黒板に説明のための紙を貼り付けていく。

 

 ここで説明するのは3つ。

 

 フェリックス学園はギルドが運営に関与している。いろんな地域からいろんな人が集まってくる。たぶんギルドに見込まれた子達なんだろうけど、その出自はばらばらだ。

 

(あたしなんて村育ちだし……。あれ? そういえばなんで自分は選ばれたんだろう。魔力なんてないし。うーん、まあ、いっか)

 

 ともかくその中でたぶん少ないけど文字とか計算とか勉強しないといけない学生もいる、そのために本来の授業とは別に一般教養としての授業を任意で受けることができるんだってラナが言ってた。

 

 それとここからが本題なんだけど。

 

 クロードさんが言った。

 

「この学校を卒業するにはまず3年以上在学することと、そして卒業資格は2つです。一つは一定以上のギルドからの依頼を受けて成功した実績を作ることです。ただし君たちはまだ子供ですから無制限に依頼を受けられるわけではありません」

 

 ギルドからの依頼を受けるにはランクが関係する。あたしは「FF」だからまともに一人では受けられなかった。たしか2つのギルドのランクと学園のランクがそれぞれ意味を持ってる。とりあえずランク以上の依頼は受けられない。

 

「そして今後の学園の授業ですが――」

 

 クロードさんがみんなを見渡す。

 

「わが校の学風は自由です。そのため、我々の最低限の説明を聞いた上で皆さんが望むままにそれぞれの先生に師事をしてもらいます。実際に独り立ちした時も基本的に自己管理は自分でしなければなりません」

 

 騒めく学生。その中で職員さん達が数枚の紙を全員にいきわたるように配った。その中には人の名前とその専門とするところが書かれている、表紙には「マスターズ」と書かれている。要するにこれは先生たちの一覧だ。

 

 頭の中にラナとの記憶が思い出された。ニーナと先に教えてもらった時だ。

 

『いい? 基本的にこの学校は学ぶことを自分で選んで自分で決めることが必要なのよ。先生も自分で選ぶ。それぞれの先生は専門も性格もぜーんぜん違うから、これを選び間違ったらとんでもないことになるわ」

 

 記憶の中のラナがニヤッと笑った。

 

『安心しなさい、あんたらには比較的穏やかで簡単に学生に合格点をくれる先生をリストアップしてあげるから、なに? マオあんたなんかいいたいことがあるの? ……ははーん。なるほどね、そんなに楽に取れていいのかって。バーカ! そんなんだからいつもへんてこなことに巻き込まれるのよ!! まずは最低限オッケーな状況を作ってからあとは専門的なことでも好きなこともするの! 要領よくしなさいって!!』

 

 うう、き、記憶の中まで怒られてる。

 

 横を見るとニーナと目が合った。二人でうんと頷く。ラナの作ってくれたリストにある先生達をリストから探して指で示す。

 

「さて」

 

 クロードさんの声にはっと前を見た。今ラナが説明してくれたことを話している。

 

「そのリストには先生方の名前が書いてあります。全員で38名の在籍がありますが、皆さんが全員に師事をする必要はありません。1年には前期と後期があり、それぞれ6人までに師事を受けることができます。各期末にはテスト……まあこれはペーパーだったり、実技だったりいろいろですが、卒業までに18名に認められることが皆さんの卒業の最低ラインになります。純粋に半分の19名ではないのはあまり気にしないでください」

 

クロードさんの声はよく通る、穏やかで聞きやすい。

 

「どの先生に師事をするのかは一週間以内に我々職員にお答えください。質問はどれだけでも受け付けます。ちなみに先生の授業を受けるかどうかは全く自由で、最終試験で18人に認められればその過程は問いません、もちろん真面目に講義を受けることを評価にしている先生は多いでしょう……」

 

 教室はざわついているけど、すぐに収まった。

 

「皆さんがここに来たのは様々ないきさつがあると思います。それに剣や槍などを得意とする人も、魔法を得意とする人も、あるいは別の才能も多くとあると思います。私どもはそんな皆さんの才能が花開くように支援するものです。さて、これで説明は終わりです、良い学園生活を」

 

 にっこりを笑顔で締めたクロードさん。何となく拍手をすると周りもだんだんと合わせてぱちぱちと教室に響いた――学園生活……結構楽しそうかもしれないね!

 

 

「あんたらさぁ……」

 

 家でキレた顔のラナの前で正座させられていた。ニーナも一緒だった。

 

 ラナの手にはあたしが前期に受ける先生の一覧があった。説明の後にすぐにニーナと申し込みをした、それを見てラナは引きつった顔をしている。

 

 すでに夕方で外から夕日が入り込んでくる。

 

「今期受ける先生の一覧にさぁ、私が指定した先生がひとぉりもいないんですけどぉ? マオちゃん、どうせあんたでしょ? 説明してくれるかなぁ?」

 

 へ、へんなしゃべり方をしているラナが怖い。椅子に座って片足を組んでいる。へ、へへ。そ、それがですね。

 

「い、いろいろとありまして、その、ご、ごめんなさい」

「この馬鹿!! ああーもう、これおかしいでしょ!?」

 

 怒りが噴き出したように立ち上がったラナ。頭を抱えてその場でくるくる回る。ご、ごめん。あたしをきっとにらみつけた。

 

「なんでポーラ先生の授業受けるの?! 馬鹿じゃないの??」

「……わ、私は止めたんだが」

「ニーナ! こいつを止めた程度で止まるわけないでしょ!! 首根っこ捕まえて引きずってきなさいよ!!」

「あたしは、ね、猫じゃないんだから」

「猫の方が素直よ!!」

 

 ひ、ひどい。

 

 ……でも怒るのは無理もないことだ。

 

「それにほかの連中も変人ばっかりだし……そ、卒業する気あるの?」

 

 ラナが両手でリストを突き出してくる。そう、ここにいる先生たちのことなんて全然知らないけど、きっと難しい人たちだろうということは分かっていた。先生の名前とその授業のテーマが書いてある。

 

1『ゲオルグ・フォン・ヴォ―ド セレスタス魔方陣の概要』

2『リリス・ガイコ 魔法工学概論」

3『ウルバン 剣とかいろいろやりたいひと~おいでー』

4『ポーラ・ジャーディス 3大元素について』

5『チカサナ パーティーの戦い方』

6『クロコ・セイマ 地図とか書き方』

 

 ――で、でもさ

 

「あたしは頑張るよ!」

「はぁー」

 

 大きくラナがため息をついた。

 

「そんなんわかってんのよ……だから心配なんでしょ。まあ、ほとんどの授業はニーナと同じらしいけど……はぁー。油断したわ」

 

 と、とにかく頑張るしかない! やっていくぞー!

 

「そういえば」

 

 ラナが言った。

 

「なんでこんな授業にしたの? だいたい想像つくけど」

「あ、それは――」

 

 職員室でのことだった。

 

 

 

 

 



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第三部更新を頑張ります! この話は本日二度目の更新なので前の話からどうぞ


 

 クロードさんの説明の後にニーナと一緒に授業を申し込みに行った。

 

 せっかくラナが優しい先生を教えてくれたからその日のうちに終わらせてしまおうと思ったんだ。あたしのポケットの中にはラナの話をメモした紙が入っている。

 

「しかし、いいのか……」

 

 ニーナはどことなく元気がない

 

「まあ、最初はかるく慣れる感じでいいんじゃないかな?」

 

 むしろあたしが説得しているみたいになってしまった。さっきの話だったらきっとこれからも長いから最初から難しいことをするよりいいってラナの言っているのは間違いじゃないよ。うん。

 

 それでもニーナは憂鬱そうだった。うーん。

 

「……入学試験の時はいろんことを突っ走っちゃってみんなに助けてもらったからさ。反省しているんだ。無理をしてもいいことは……はいっぱいあったけど、それは大変だよ」

「……お前が言うと説得力があるな」

 

 くすりとニーナがした。笑うと耳のピアスが少し揺れる。

 

「ニーナって笑った方がいいよね。かわいいし」

「……! いきなり意味の分からないことを」

 

 早足になるニーナ。あ、これは恥ずかしがってますね。あたしは後ろからついて言って「かわいいってば」って追いかけるとこの力の勇者の子孫は走り出した。

 

「ま、待って。ご、ごめん」

 

 廊下を走る。

 

 

 職員室っていうのかな。大人の人が出入りする場所だ。先生たちはそれぞれ部屋があってここにはいないらしい。先生の部屋は工房とか研究室とか言うらしいんだ。

 

 息を切らせたニーナとあたしはそのドアの前に立つ。開こうとする前にどこからか呼ばれる声がした。

 

「おーい」

 

 振り返ると大柄の男性が廊下の向こうから手を振っている。筋骨隆々って感じで褐色の肌をしている。盛り上がった筋肉が遠目でもわかる。でも髪は白くて蓄えたひげも真っ白だ。学園の校章の入った服を着ているけどぱつぱつで小さく見える……

 

 濃いい。でも、なんで呼ばれてんだろう?

 

「そこの二人こっちにおいで! ちょうどよかった! お菓子もあるぞ」

 

 声が大きい。響く。うーん。

 

「今から授業の届け出をするからごめんなさい!!」

 

 あたしも負けずに大声で答えてしまう。男性は少し止まって、ニヤッと笑う。

 

「そんなのはあとだあと!! ほらこっちにこい!! 甘い菓子があるぞ!! 後ではやらんぞ!!」

 

 おかし……。はっ! いけないいけない。なんて魅惑的な言葉なんだろう。チャームにかかるところだった。

 

「……食べ物で釣るのは卑怯だとおもう!!」

「戦いに卑怯も何もない!! 有効な手を常に打ち続けることが重要なのだ!! 早く来い!!」

「う、うううう。い、いや!! あたしはそんなんじゃ釣られないよ!

「バカめ。甘いわ! クッキーだぞ!!」

 

 クッキー!! クッキー!! あ、足が勝手に。いやだめだ。こんなことで……負けてたまるか。そんなあたしの肩をがしっとニーナがつかんだ。

 

「ちょ、ちょっとまて、廊下……大声で恥ずかしい会話をするな……と、というかあの人は」

 

 周りを見ればなんだなんだと職員さんも通りすがりの生徒も見てきている。ニーナと同じくなんとなかく恥ずかしくなってきた。うん……仕方ないよね。あんまり騒ぎを起こしたら悪いし……これは仕方ないことだ!!

 

 あたしはそうやって仕方なく大柄の男性ととある部屋に入っていく。ついてきたニーナはどことなく緊張しているけど、あたしはすきっぷしたくなりそうになるのを抑えている。

 

 立派なドアを開けると狭い部屋だった。ただ印象的なのは大きな窓があって青空が見える。

 

 入った最初の印象は狭い感じだったけど、よく見たらそこら中に書類が束になっていて積み重ねられている。それで狭く感じるんだ。

 

「がはは。お菓子は嘘だ」

「……!!!!!!!」

 

 うそつき!!! うそつき!!! 帰るよ!!

 

 男性はあたしの様子をにやにやしながら見て。手元に赤い箱を取り寄せて開ける。中には色とりどりのクッキーが入っている。

 

「ふっ。さらに罠にかかったなバカめ」

「……ふ、ふふ」

 

 男の箱の中からクッキーを取り出すと彼とあたしで向き合って笑う。対峙するといってもいい。この男は危険だ……! もぐもぐ。おいしい。

 

「がはははは! 入学式と同様面白い奴だなマオ」

「な、なんであたしのことを知っているの?」

「なんでとは? ……ん? おまえもしや」

「ま、マオこの人は」

「待て、ニナレイア・フォン・ガルガンティア。面白いから少しそのまま話をさせてくれ。まあ、二人とも椅子にかけなさい」

 

 椅子? あ、書類の山積みになったソファーがある。座るところなんてないよ。そう思っていると男は書類を持ち上げててきとうに場所を作ってくれた。ソファーは対面になっていて、あたしたちと男で向かい合って座る。

 

「いろいろと噂は聞いているぞマオ……ん-、姓はないんだったな」

「うん」

「がははは! 物怖じをしない性格は好きだ。ところでお前はワシを誰だと思っている?」

 

 誰って……お菓子おじさん……いや、そんなわけないから。なんか期待したような顔で男はあたしを見てくる。うーん。

 

「なんか偉い人……ですか?」

「おお、えらいえらい」

「……先生?」

「そういえばそうだ。うん。間違いはない」

 

 あたしがニーナをちらっと見ると汗をかいて下を向いている。男を見ると両手を組んでにやにや答えを期待している顔をしている。

 

「わかった! 学校の偉い人だ!」

「そうじゃ。ワシこそがこの学校の学園長であるグランゼフだ。覚えておけ!!」

 

 学園長! そうなんだ。

 

「へー。すごいんだ!」

 

 グランゼフはあたしの言葉に一瞬目を丸くしてそれから豪快に笑った。

 

「がははは。学園長と知ってもその反応とはな。聞きしに違わぬクソガキじゃわい!」

「く、くそがき」

「おうよ。お前さんのことはいろんなものから聞いて一度話したいと思っていたんじゃ。なかなか面白い奴だ。本当なら入学式にも顔を出していたから知らないとおかしいんだがな」

「あ、そうなんだ……。自分のことでいっぱいだったから……。ごめんなさい」

「……妙なところ素直じゃな、ま、いいわ。ほら、クッキーじゃ、箱ごとやるわ。他のお菓子もこの机を漁れば出てくるが……」

 

 クッキー箱ごと! ぽわーってなった。幸せってこういうんだろうかなぁ。ありがとうクッキー学園長……ち、ちがった。グランゼフ学園長!

 

「……面白いくらいにころころと表情が変わるやつじゃなのう。……ニナレイア」

「え? あ、はい」

「お前も硬くならんでいいから楽にしなさい、なーに。お前たちを呼んだのは大したことじゃないんじゃ。いや、本当に用事があったのはマオだけだ」

 

 あたしに用事? なんだろ。

 

「大した用件じゃないんじゃが、マオ……お前に退学勧告が来ているんじゃ」

 

 ……………は?

 

 あたしとニーナは固まった。

 

☆ 

 

 

 驚きすぎてなんにも言葉にならなかった。それでも絞り出すようにあたしはなんとか声に出した。ニーナがびくっと体を震わせた。

 

「た、退学?」

「うむ」

 

 グランゼフ学園長は目を閉じて両手を組んだまま頷いた。え、ええ? あ、あれだけ苦労したのに?

 

「そ、そんなのってないよ! どうしてそうなるの!?」

 

 気が付いたら叫んでた。だってあたしだけの力で入ったわけじゃない。いきなり退学なんて言われても受けるわけにはいかない。グランゼフ学長は片目を開いてちらっと見る。

 

「なんか勘違いしているな。退学しろなんて言っておらぬ。外からマオを退学させろと言われているんだ」

 

 ますます意味が分からない……。グランゼフ学園長は書類の束から一つ取り出して読んだ。それは一通の書状だった。

 

「えーなになに。貴校における入学式に出席した折、登壇をした女生徒は甚だ品位に欠ける演説を行い……ええいめんどくさい。最後の方にはな『娘を預ける身としては学園長に善処されることを求めたい』という脅し文句が書いているんじゃ」

 

 グランゼフ学園長は読み終わった後に片手でその書状をぷらぷらと揺らす。

 

「ワシも学園長としてはいるがこの学校はギルドや貴族の出資によって成り立っている。いわばやとわれよ。その中でワシよりも金を出しているお偉いさんの言葉を尊重しなければならないことがあるということだ。大切にせねばならぬ」

 

 そういうと彼は書状をぽいと捨てた。床の絨毯に落ちる。

 

「と、いうことでなマオ」

 

 グランゼフ学園長の目があたしを見る。力強いとしか言いようがない。ぎらぎらと光る眼光。でもあたしはまっすぐに見返す。

 

「どうする?」

「……さっき用事があるって呼んだってことはさ。あたしに何か言いたいことがあったんだよね。ただ退学をしろっていうことじゃなくて」

「無論むろん」

 

 にやあと面白そうに顔をゆがめるグランゼフ学園長。負け時とあたしも何となく笑ってみる。

 

「ふっふふ。気にくわんじゃろう? 外野からとやかく圧力をかけてくるような輩はのう。何を隠そうワシもじゃ」

「うん!」

「いー返事じゃ。がーはっはっはっ」

「あはははは!」

 

 二人で笑う。

 

「な、なにを笑っているんだ?」

 

 困惑した顔でニーナが言うからなんとなくおかしくなってさらに学園長とあたしで笑ってしまう。ニーナは身を引いてる。い、いやひかなくていいじゃん!

 

「マオよ。さっきのカス……いやお偉いさんからの書状によるとなお前の能力に強い疑義を感じているということじゃ。建前ではな、じゃから力を示せ」

「力……?」

「そうじゃ。ほれ、これをやろう」

 

 学園長が一枚に紙を渡してくる。そこには「ポーラ」先生もいる。これからの授業を受ける先生が一覧だった。

 

「こいつらは選りすぐりの変人どもじゃからこいつらに認められるように授業をうけろ。それにな……少なくともBランク程度の依頼をどこかで達成するんじゃ。授業は半年区切り……その間に明確に実績を作れ。その間はワシが守ってやる、そしてこの条件を達成した後は必ず守ってやる」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 ニーナが言った。

 

「学園長はご存じないと思いますが、このポーラ先生とはマオは少なからず因縁があります。あの人に認められないと退学なんて……そんなのは理不尽です」

「ニーナ……」

「お前もお前だ。するすると話を受けるな! そもそも誰が文句を言っているかすらわからないじゃないか。せめて誰がこいつのことを言っているんですか!? だってこの学校はいろんなところから人を集めるから最初から力を持っている人間ばかりになるとは限らないはずです!」

 

 いつの間にかニーナが立ち上がっていた。グランゼフ学園長は「ほう」と言って。それから、

 

「秘密じゃ」

「そんな……! そんな理不尽」

「まあまあ聞けニーナ」

「ニーナ!???」

「ワシはな。この学園のことはできるだけ知ろうとしている。それでいうのじゃが、この書状を送ってきたものの名前を明かすのはまだ時期尚早というもの。……マオ、知りたければ先の条件を飲め。……ポーラとの因縁も表面上は知っておる。知ったうえで、腹の中に入ってこいと言ってる」

 

 グランゼフ学園長は歯を見せて笑った。あたしも立つ。両手を組んで言ってやる。

 

「わかった! ……どこの誰だか知らないけどマオ様にいちゃもんをつけたことを後悔させてやる!」

「よーしその意気じゃ!! がーはっはっはっ!!!……お、それとまだお菓子があるが食べるか?」

「食べる!」

 

 ☆

 

「と、ということがあってね」

 

 すごい怖い顔でラナが見下ろしている。一通り話おわったときラナは逆ににこにこし始めた。

 

「マオさんですね」

 

 マオさんっていうの怖い、

 

「私が思っていたことよりも数倍ややこしいことになっているのどういうことなんですか?」

 

 敬語やめて! ラナが笑顔なのに全然目が笑ってない。ラナはその場でぐるぐる歩き回り始める。「あー」とか「うー」とか唸っている。

 

「なんなの……トラブルを生み出す根源なの? ……そもそも入学式の挨拶で有力者に目を付けられるって何?? 荒事だってやる冒険者を育てる学園なんだから……そんくらい大目に見なさいよ」

 

 一人でラナがつぶやきながら歩く。あたしとニーナはそぉっと足を崩そうとするとラナが磁路って見てきた。

 

「だーれが足を崩していいっていったの? あ、ニーナはわかったからいいわ」

「……」

 

 ニーナははーと息を吐いて足を崩すとその場に崩れた。足がしびれているらしい。正座というこの様式はどこかの国の座り方らしいけど、こんなんで座ってたら膝とか痛めるよ!

 

「それとマオ」

「は、はい」

「クッキー没収」

「ひえ!?」

 

 まって!! まってラナ!

 

「教会に持って行って孤児とかにあげるから」

「そ、そんなー」

「ていうか食い意地張りすぎ……いやそんなことどうでもいいわ。授業が始まったらまーたいろんなことに巻き込まれることに……」

 

 そこでラナがふっと真顔になった。片手で目元を覆って何か考え込んでいる。

 

「ラナ?」

「あ、いや、何でもないわよ。あーつかれた。話を聞いてもどうしようもないから疲れるだけだったわ。とにかく今日は外に軽く食べに行って……寝よう。もういいわよ。マオ立っても」

「やった。わ、いったぁ」

 

 足が、あしがぁ。何この座り方、絶対おかしいよ。

 

「ほら、おいていくわよ。ニーナも食べに行くでしょ……あんたも同じ授業を受けるなんてさぁ。いい奴っていうか。あー、むかつく」

 

 ラナは倒れこんでいるあたしたちを放置して部屋から出ていった。

 

 





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ゲオルグ・フォン・ヴォ―ド セレスタス魔法陣の概要

 

 朝だ! いい天気で青空が広がっている。

 

 あたしはリボンの紐をキュッと締めなおす! 初めての授業に意気込んで家のドアをバーンと開ける!! こういうのは気持ちが大事だからさ。

 

「行ってくるよ!」

 

 家の中にまだいるラナにそう言って飛び出した。手には魔導書の本。ラナが持っているのを借りた。今日の授業は確か「セレスタス魔法陣」とかいう話だ。あたしが魔王だった時にはそんなものは聞いたことがないからきっと新しい魔法の話なんだろう。

 

 フェリックス学園に着くと入り口にはニーナが待ってくれてた。金髪が朝日に輝いてきれいに見えた、片耳につけた耳飾りが揺れた。

 

「おはよう! ニーナ」

「……ああ、おはよう……朝から元気だな」

 

 ニーナは肩をすくめてあたしの横に来てくれた。二人で歩いて中に入る。教室の場所も一緒だし、授業も一緒のものだ。 

 

「それにしても今日からかぁ。どんな先生なのかな」

「……ラナの話では変人ぞろいらしいからな……いや」

 

 ニーナがあたしをじっと見る。

 

「こっちも負けてないか」

「……そ、それはどういう意味?」

「説明が必要なのか?」

 

 あたしが反論をしようと彼女を見るとニーナは柔らかく笑った。

 

 抗議しようかと思ったけど、くすりとするニーナを見るとなんとなくうれしかった。でも言い返す機会を逃してしまった。いや……そうだ。

 

「ニーナって笑顔がかわいいよね」

「なっ……貴様」

 

 へへ。あたしはにやっと笑ってみる。本心だけど、反撃成功かな。

 

 ニーナがわかりやすく動揺しているうちに教室に着いた。

 

 校舎にはいくつもの教室がある。そこでそれぞれの授業を行ったりしているらしい。

 

 だから授業ごとに移動することになるけど学生とすれ違う時にたまにひそひそと声が聞こえてくる。たぶんいろいろあったからあたしのことを言われていると思う。うーん、少しだけ有名人だなってちょっと考えてしまう。

 

 そんな感じのだから教室に入ると先に中に入っていた学生たちが一斉に見てきた。

 

 別に何を言うわけでもないけど、すごい珍しいものを見るような眼をしているのは分かる。まあ、いいや。教室はやっぱり半円状になってて生徒が座る席は後ろに行くほど段差がつけられている。

 

 前には大きな黒板がある。そこにはラナが持っていた「チョーク」が置かれてた。

 

 適当な場所にニーナと座る。席は自由だ。

 

「予想はしていたがお前は注目されているな」

「まあね」

 

 そのあともまばらに学生が入ってきた。各々好きな場所に座るけど……び、微妙にあたし達が遠巻きにされている感じがする。まあいいけどさ!

 

 鐘が鳴った。授業の開始の合図らしい。その鐘の音が鳴っている間にゆっくりと教室の扉が開いた、

 

 入ってきたのは男だった。

 

 くすんだ青い髪に眼鏡をつけた目つきの鋭いあの人がきっと先生なんだろう。時間通りに入ってくるなんて真面目な人なのかもって、鐘の音を聞きながらあたしは頬杖をついて見てた。そこではっと自分で気が付いて姿勢を正した。

 

 いけないいけない教えてもらう立場だもんね。しっかりしないといけない。

 

 正直な話だけど、魔法とかそれ以外のことでも別の人に教えてもらうのはすごく久しぶりだ。実感はないけど数百年ぶりなはず。

 

 確か先生の名前は「ゲオルグ・フォン・ヴォ―ド」先生だ。フォンってことはニーナやミラと同じように貴族なんだろう。

 

 そのゲオルグ先生が壇上に立った、黒いローブに身を包んで少しけだるげに顔を上げる。

 

「授業を始める」

 

 いうや否や手をチョークを手に黒板に文字を書いていく。かっかっかっと書かれていくのは魔法陣とその理論だろう。

 

 え? これもう始まってるの?? じ、自己紹介とかないの??

 

「に、ニーナ……?」

 

 とニーナに話しかけようとしたらゲオルグ先生は後ろを見た。

 

「私語をするな」

 

 は、はい。

 

 それで黒板に向き直ってまた論理を書いていく。あたしは口を手で覆ってあたりを見回す。他の生徒たちも困惑した顔をしている。どうすればいいのかわからないようだ。とりあえずあたしは黒板の文字を読んでいく……。

 

――魔法とは自然にある力を増幅または集約することによって起こすものである。

 

――自然にはそれぞれ精霊が宿る。火にも水にも風にもそれぞれの精霊の名を冠する呪文を詠唱するかもしくは魔法陣を描きその力を借りることができる。

 

――魔法陣とは流し込んだ魔力を集約し自動的に構成させるためものである。その中でもっとも優れているのが「セレスタス魔法陣」である。

 

――セレスタス魔法陣とは100年前の知の勇者の子孫の………が………して………残した……そうして……。

 

 …………どれだけ時間がたっただろうか。

 

 「セレスタス魔法陣」というものが何なのかどんどん描かれていく黒板が文字に埋まっていく。その間にはゲオルグ先生は全然しゃべらないし、生徒もしゃべってはいけないから静かだ。チョークの音だけが響いている。

 

 魔法陣というのは「線」によって構成される魔力の通り道だ。突き詰めていくと一点に魔力を集中する必要性があるから大抵は円形に文様が描かれてる。それは今も昔も変わらない。

 

 魔法は別に魔法陣がなくても呪文がなくても発動することはできる。でもそれにはさらに多くの魔力が必要になるし、しかも精度が落ちる。よーするにせっかくの力を無駄にしてしまう。無詠唱はラナやソフィアがやっていたけど、今のあたしには結構難しいと思う。

 

「そういうことだ」

 

 ゲオルグ先生が振り向いた。後ろには文字がびっしりと書かれた黒板。書き終わったのかもしれない。

 

 けだるそうに教室を見回す。

 

「わかったか?」

 

 少ない言葉で聞いてくる。いやよく見たらじっと生徒の一人を見ている。前の方に座っていた女の子がびくっと肩を震わせて自分を指さしながら「わ、わたし?」と言っている。

 

「私語は慎め」

「は、はひ」

「とりあえず今日教えたことについての考察を述べろ」

「こ……こうさつ?」

 

 女の子は傍目からもすごく動揺している。そ、そりゃあ、あんな質問されてもわけわからないよね……。

 

「もういい。お前は落第だ、教室から出ていけ」

「……へ?」

 

 !? 

 

 教室が冷えていくような感覚があった。言われた女の子は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「先生!」

 

 それをみたらいつの間にかあたしが手を上げていた。ゲオルグ先生があたしをじろりと見る。横でニーナの「おまえ、なにを」って聞こえてくる。そうだね。あたしもなんで手を上げてんのかわからないんだ。

 

 それにしても先生は目つき悪いなぁ。それに教室のみんなもあたしを見ている。さっき泣きそうな女の子もあたしをみてたから、とりあえずこっそりウインクしてみた。

 

 要するに魔法陣と魔法の考察について述べたらいいってことだよね。

 

 でも正直聞きたいことが結構あるんだよね。今の時代の魔法について実は知っておきたいのもある。元魔王としてもやっぱり自分の持っている知識は古いはずだしね。

 

 あたしは一度息を吸う。落ち着こう、いっつも突っ走ってみんなに迷惑をかけたのも反省しないといけない。ここは謙虚に、謙虚に振舞おう。

 

「あの、素人の質問なんですけど」

 

 ふふ、元魔王としては結構謙虚に言えたはず!

 

 

☆☆

 

 

 魔法というのは自然に存在する魔力を水や火に変換することが一般的だ。あとは体に魔力を纏わせて身体能力を強化したり、もしくは相手を魅了(チャーム) したり眠らせたりなんかもできる。

 

 何もないところからお菓子を生み出すとかそんなお話も聞いたことがあるけど、それはあくまでおとぎ話みたいなもの。……うーん。そんなことができるならきっとあたしは頑張って練習してお菓子でお城を作っていたと思う。

 

 そんな感じで意外とやれることには制限がある。あたしが魔王だった時はまあ、戦闘にばかり使っていた。そういう時代だったといえばそうなんだろうけど……。

 

 ――あたしを睨みつけるゲオルグ先生が言った。

 

「お前は確か……入学式の時に妙なことを口走った落ちこぼれだったか」

 

 うわぁ。ひど。

 

「Fランクの何も役に立たない雑務を積み上げて表面上のポイントを稼いだというが……」

 

 その言葉に周りからくすくすと聞こえてくる。……それはいいんだけど、役に立たない雑務とか言われるのは少し怒ってしまいそうだ。だめだだめだ。落ち着こう。ある意味入学式もそんな感じで言っちゃったからこんなこと言われると思うんだよね。

 

 何も言わずにゲオルグ先生を見ていると彼ははあとため息をついた。

 

「それで、いきなり質問とはなんだ? 私の言葉を遮るほどの価値があるんだろうな?」

「えっと、魔法と魔法陣に対するお話だったけどさ。今の時代……あ、いや……」

 

 変なことを口走ってしまいそうになる。イライラした顔でゲオルグ先生は見てくる。

 

「と、とにかくさセレスタス魔方陣はたぶん魔力の変換の効率を良くして魔法の構築を最大化することと高速化することを目指していると思うんだけど、この魔法陣って具体的にどんなことに使われているんですか?」

「……どんなこととはなんだ? 質問を具体化しろ」

「え? 具体化、うーん。そうだな」

 

 実はあたしには好きなことがある。それが分かったのはつい最近のことだ。

 

「そうだね……例えば王都に来て火の魔法を使ってお風呂を沸かしてもらったりさ、ご飯を作るときに火をぽんと出すのはすごく助かったんだよね。薪に火打石でカンカンするのって結構大変だしさ」

 

 ラナと生活してて思ったんだ。魔法を「そういう風」に使えていること、あたしは好きだ。たぶん昔もできていたんだろうけど……流石に魔王だった時に食事を作ったりお風呂を沸かすことはなかった。でもさ、魔法で敵を攻撃するよりずっといい。

 

 人の焦げる匂い……ああ、いやだ。いやなことを思い出した。今の授業には関係ないことは思い出さないようにしよう。

 

 そうだ。この王都に来るまでも魔鉱石の船で遠い海を越えてきた。

 

 水路でもきれいな水を生み出していた。

 

 ……ほんと、「そういう風」なことがいいなって思う。あ、そういえば水人形で掃除もしたね。

 

「だからさこのセレスタス魔法陣というのも人の役に立つことをしているのかなって。それが知りたくて」

「……」

 

 ゲオルグ先生はあたしを見ている。少し口を開けて無言だった。すぐにその目に侮蔑の色が現れた。

 

「貴様……バカか? そのような卑俗的なくだらないことに魔法を使うなど……いいか? 貴様は冒険者の見習いという立場でもある。そんなことを言うならば魔物を倒す方法などを尋ねる方がまだずっとましだ」

 

 そのまま嘲笑うように声を上げる。なんだ、ただの攻撃魔法用のものか。

 

 笑う声が少しずつ広がっていく。生徒たちも先生に合わせて笑ってる。確かに少し突飛な質問だったかもしれない。ま、いいか。あたしは腕を組んで目を閉じる。なんとなく座るタイミングを失った気がするけど。

 

 ニーナがあたしの裾をくいくいと引っ張ってくる。みると心配そうな顔をしている。ごめん。

 

「お前は変人とは聞いていたが……まさかここまでとはな。いいか? 魔法とは深淵なる知識の結晶だ……お前は知らないだろうが数百年前に魔王を打倒した『知の勇者」のはその後に数十冊にわたる魔導書を遺された。これにより魔法の研究は大いなる飛躍を遂げた」

 

 ふーん。あの人そんなことしてたんだ。

 

「最近平和を乱す魔族がまた跳梁を始めたと聞くが、前の戦争でも奴らは人間をいたぶり虐殺を行った。……そのような輩が現れても全てを打ち払う方法として魔法はある。少なくとも飯炊きのためにあるわけではない」

 

 ……。

 

「そういえばお前は魔族の学生とも仲がいいらしいな。……奴らはその姿かたちは人間と同様だが、その力は遥かに強く、魔力の内包する量も多い。いつ人間に牙をむいたとしてもおかしくはない。忠告をしてやる、即座にそのような関係性は清算するべきだろう」

 

 モニカのこと?

 

「でもさ、ゲオルグ先生は魔族と話し合ったことあるの?」

 

 あたしはできる限り自分を抑えていった。短く言葉を区切らないと叫んでしまいそうだったから。でも、ゲオルグ先生は心底あきれたという顔をした。

 

「獣と話し合うなどできるとでも思っているのか? ……これも教えてやろう。戦争後に知の勇者は一つだけ間違いを犯した。魔族と言われる存在を抹消せずに一部の領域で生きることを許されたが……後顧の憂いを断つためにすべてを焼き払うべきだったな」

 

 ぴきん。頭の奥で何かが鳴った。

 

 いろんなことを思い出した。いいことも悪いことも。

 

 頭が痛い、そんな風に錯覚してしまう。足から力が抜けそうになって、片手を机について体を支える。

 

「お、おい」

 

 ニーナの声が遠くに聞こえる。

 

 私は

 

 それがあまりに耳に入らない。代わりに口から言葉が出る。

 

「間違っているのはお前だ」

 

 懐かしいとは言うには違う。自分の心の奥にいた「私」が言葉を発した。

 

 



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マオ キレる


【挿絵表示】


まるやきどらごんさんからイラストをもらいました。素晴らしいマオ!


 

「間違っているのはお前だ」

 

 冷たい声が講堂に響き渡る。

 

 一人の少女が壇上のゲオルグを見る。その瞳にはどことなく鈍い光を宿している。

 

 普段とは違う雰囲気を持つ少女マオにその隣に座っていたニナレイアも唖然としていた。しかしゲオルグはぼさぼさの頭を掻いてけだるげに言う。

 

「誰に向かって言っているつもりだ」

 

 静かな怒りを滲ませながら彼ははあとため息をつく。彼はじろりとマオを見る。急に態度を変えたこの生徒に対する懲罰を彼は心中で考えていた。いや、罰というのものはある意味で更生を期待しているものだ。彼はむしろ生意気なこの少女を落第にして追い払うつもりだった。

 

 マオは意に返さない。制服の片方の肩についたマント――ペリースを払い、両腕を組む。ゲオルグの威圧するような眼をほんの少しだけ微笑を交えて対峙する。

 

 その姿から他の者にはわからない。しかし彼女は完全に怒っていた。端的に言えば「キレている」と言っていいだろう。彼女は王都に来てから自己への敵意や悪意を幾度となく受けていたが、そこまで見境を失ったことはなかった。

 

 だが、彼女の前に立つ教師であるゲオルグ・フォン・ヴォ―ドは彼女と仲間の努力とそして彼女の隠す過去へ知らず知らずのうちに侮辱を行っていた。

 

 マオは段々になっている教室の階段に立ち、ゆっくりと降りる。かつんかつんと彼女の足音が響く。

 

「お前は『私の仲間』を侮辱したな」

 

 一段一段と降りながら彼女は言葉を紡ぐ。仲間とは今とそして過去が重なって彼女の脳裏に広がっている。

 

「魔族と向き合ったこともない分際で」

 

 やはり普段の彼女とは口調が変わっていた。

 

 正確に言えば『戻っている』と言った方がいいかもしれない。彼女はゲオルグの前に立ち、顎を少し上げて、両手を組んで対峙する。いつもの愛らしさよりも冷たさがそこにあった。ただゲオルグも彼女に言う。

 

「お前のFランクの依頼を手伝った魔族のオトモダチが大事か……それで? くだらない話はまだ続くのか。そのまま出ていくがいいさ。邪魔だからな」

 

 ゲオルグには所詮小娘にしか見えない。まさか目の前にいるのが数百年間語り継がれている魔王の生まれ変わりだとは認識できるはずもなかった。だからまともに取り合わずに侮辱するような態度を崩さない。

 

 それは無理もないことだった。彼の目の前に立つマオはほとんど魔力を感じさせることもないただの少女だった。だからこそ彼女の言う「魔族」という言葉はモニカのことだとしかゲオルグには考えられなかった。

 

 マオは視線を黒板に写す。そこには魔方陣の概略と「セレスタス魔方陣」なるものが描かれている。

 

「こんなものは戦いでは役に立たない」

 

 冷たく言い放った。それはゲオルグの怒りを呼び覚ますには十分だった。

 

 ゲオルグの体から赤い魔力が迸る。固唾をのんで見守っていた生徒たちが悲鳴を上げるほどの魔力の奔流が彼を中心に炎のように立ち上った。その総量はミラスティアも及ばないだろう。

 

 赤い魔力の嵐の中でマオは涼し気な顔を崩さない。悲鳴の上がる中で両腕を組んで何事もないように向かい合っている。

 

「貴様……まだ入学したばかりの屑が、この私に暴言を吐いてただですむと思うなよ」

 

 赤の魔力の中でゲオルグは彼女を睨みつける。彼は両腕を広げた。魔力が拡散し、幾重もの線になっていく。それは複雑な文様を刻み彼の足元を中心に広がっていく。

 

 魔力が光を伴って魔法陣を描いていくその光景はどこか芸術的ですらあった。魔力の線が螺旋を描き幾何学模様を描いていく。

 

 現出した「セレスタス魔法陣」は複雑さと美しさを兼ねそろえていた。魔力の粒子が光り輝き宙を舞う。

 

「お前ごときにもわかるように説明してやろう。知の勇者の子孫の作り上げたこの魔法陣は魔力を魔法にの力に最大限効率よく変換し、そしてあらゆる魔法を大規模に展開することができる」

 

 ゲオルグは魔法陣の中で手を広げる。

 

「そしてこの美しさはどうだ。何一つ無駄のない、完全なる構築。私はこの若いころにとある一冊の魔導書に心を惹かれて研究に没頭したのだ。この世界にこれ以上のものは存在しない……。魔族だと? 人間にまた牙をむくようならすべて焼き尽くして跡形もこの世には残さずに消してやろう」

 

 気分が高揚したであろう彼は笑った。

 

 そしてマオも笑った。冷笑と言ってよかった。

 

 彼女は腕組を解いて右手を上げる。その右手を中心にゲオルグのまき散らした魔力が収束していく。魔法陣として成立した魔力は無理だが、ただ単にまき散らした魔力ならば彼女には容易に操れた。

 

 そしてマオは胸元でちいさく両手を前にだす。その手の中で赤い魔力が線を描いていく。彼女が何をしているのか、マオの背を見ている生徒たちには全く見えない。いや、そもそもゲオルグの展開した魔法陣に圧倒されている彼らからすればマオなど眼中にない。

 

 ゆえに「それをみた」のはゲオルグ一人だけだった。

 

 マオの胸元に小さく、そして精巧な「セレスタス魔法陣」が現出する。ゲオルグ展開したそれよりもはるかに小さいそれはマオのもつ圧倒的な魔力の操作技術を端的に表していた。複雑な魔法陣を小さく描くことの難しさをゲオルグが誰よりも認知していた。

 

「な」

 

 だからこそ彼は驚愕した。マオは冷めた目で言う。

 

「こんなものか?」

 

 つまらなげに言うマオ。そして「得体のしれないもの」が目の前にいることにやっとゲオルグは気が付いた。生徒たちは何をゲオルグが驚いているのか訳が分からない。マオは胸元の魔法陣魔力に戻す。光となって消えた。

 

 その時魔力の輝きに照らされている彼女の顔をゲオルグは見た。だからマオが彼だけに聞こえる程度で言う言葉を聞き取れたのかもしれない。

 

「まず、お前のいう魔法陣は展開が遅い。戦場でそんなもの構築している暇はない。そんなことをしていたら殴られるか、斬られる」

 

 マオは両腕を組む。

 

「そして大規模すぎる。魔力を効率よく変換することができたとしても、展開そのものに無駄な魔力が多すぎる。見た目の美しさがあっても隙が大きすぎる」

 

 彼女は右手の人差し指をたててゲオルグを指さす。

 

「つまりさ……こんなものはお前の言う『飯炊き』にすら使えないということだ」

 

☆☆

 

 …………

 

 はっ。

 

 気が付いたらあたしの目の前でゲオルグ先生があたしをすごい顔でにらみつけてる。歯をむき出しにして憎しみの目で見てる。というか周りは魔法陣の中だし、これやばくない?

 

 や、やりすぎた。

 

 やりすぎたかもしれない。

 

 なんか魔族のことをなんか言われたときから止まらくなってしまった。ど、どうしよ。これ。あたしはゲオルグ先生を指さしたままで固まってしまった。む、昔のことを持ち出してすごいいいように言ってしまった。

 

 と、とりあえず。どうしよう。愛想笑いくらいしかできないけど。へへ。

 

 あ。ダメだ多分今のでゲオルグ先生の顔がさらにきつくなった。

 

「……くそがき」

 

 え?

 

「クソガキ……マオ」

 

 その瞬間に魔方陣が輝きを増していく。魔力が迸り、あたりに火花を散らす。放出された魔力が純粋な塊になって教室に飛ぶ。どがぁんと音を立てて机とか壁が吹っ飛ぶ。

 

 生徒が悲鳴を上げて逃げていく。あ、あたしも逃げたいんだけど。

 

「あ、あのゲオルグ先生……

「火の精霊イフリートよ。汝に命ずる」

 

 だめだ! 呪文を詠唱し始めた。それに合わせてさらに急速に魔力が収束していく。展開が遅いといってもこんなところでぶっ放したら大変なことになる。

 

「バカ! マオ」

 

 ふわっとあたしの体が浮いた。その腰に手を回されて抱っこされる。すぐ近くにニーナの顔がある。

 

「ああ、もう! いつもお前は」

「ニーナ!」

 

 ニーナが足に魔力を集中して強化する。そのまま、窓を突き破って外に出る。体を守るためにフェリックス学園制服のペリースに魔力を浸透させているみたいだった。

 

 どおおおおん! 次の瞬間に爆音が響き、教室が爆発する。

 

 幸い1階だったから窓から飛び出ると中庭。そこでニーナとあたしは身をかがめた。

 

 もうもうと煙が立つ。振り向くと無残な姿になった教室があった。窓はすべて吹き飛んでいる。

 

「…………なんでこんなことになるんだ」

 

 ニーナがぽつりと言ったけど、あたしは乾いた笑いしか出ない。でも、そんな笑いはすぐに吹き飛んだ。

 

「マオぉ。殺してやる」

 

 すごい形相で窓枠に手をかけた男がいた。ゲオルグ先生だ。あたしをまっすぐに見ている。反射的あたしはくるりと後ろを向いて走り出した。

 

「あ、おいてくな! 馬鹿マオ!」

 

 ニーナが叫ぶ。ゲオルグ先生の声もする。

 

「まてぇ! ぶっ殺してやる!」

 

 ぜ、絶対待たない!

 



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リリス・ガイコ 魔法工学概論

 

 あの事件の翌日。

 

 まあ、あの事件っていうか、最初の授業で先生が教室をぶっ壊したんだけどさ。あれからなんとかゲオルグ先生から逃げ切った。うーん、実のところ結構やばかったかもしれない。あの先生めちゃくちゃ怒ってたし。

 

 怒っているといえばラナだ。朝から首根っこ掴まれた。

 

「あんたさぁ。いきなり教室を爆破したんだって?」

「は、はあ?! あ、あたしが爆破したんじゃないし! そんなのできるわけないじゃん!」

「どうせマオが何かしたんでしょ……はあぁ」

 

 ラナがため息をついてあたしのほっぺたをつまんでひっぱる。

 

「いてて、てて」

「なーんで入学して早々学園中の話題になるのかな? しかも悪い方向に」 

 

 赤い髪が頬に当たるくらいに顔を近づけてラナは言う。

 

「少しはおとなしくしてなさいよ!」

「ふぁ、ふぁい」

 

 なんだか最近ラナに頭が上がらなくなってきた気がする……。あ、あたし魔王だったんだけどなぁ。

 

 

 と、ともかく! 今日も頑張ろう!

 

 朝のそんな一幕があってから今日も学園に向かった。途中でニーナとも合流して教室に向かう。

 

 教室は昨日と同じような形をしていた。適当に机に座って先生を待つ。

 

 横のニーナはあたしを見ると遠い目をして言った。

 

「今日も何かあるんだろうな」

「な、なにそれ!?」

「お前といると退屈しないよ」

 

 どこ見ているのかわからない顔でニーナが言う。ほんとにどこ見てんのさ! ……ま、まあ昨日あんなことがあったから否定できないけど。教室を爆破したのは繰り返すけどあたしじゃない!!

 

「まあいい。ある意味覚悟の上だからな……それよりも今日の『魔法工学概論』……だったか……魔法工学か……」

「自分で授業を選択しててなんだけどさ何それ」

「……お前、詳しいことと詳しくないことに差があるな。魔法工学とは魔力を使って物体を動かしたりする仕組みのことだ。魔力によって自立するそういうのを『機械』という。一番簡単な例で言えば私たちは魔鉱石で動く船に乗っただろう?」

「ああ、なるほど。ああいうのを作るんだ」

「本当にわかったのか? まあ、正直言えばこんなものは私たちには役に立たない」

「え? なんで?」

「なんでも何もない。お前が昨日吐いた言葉と同じで個人が持つには複雑な話だというだけだ、作るのも大変なら動かすのも大変だ。あの船だって多くの魔鉱石を積んでいただろう? 大きくて複雑な機械を作ってもそんなものを持ち歩く冒険者など居ないし、持ち歩けても燃料の魔鉱石だとか自分の魔力だとか……大変すぎる。それこそ昨日の魔法陣以上に厄介だ」

 

 なるほど。そうかもしれないね。うーん。でもあんな船を作る知識や技術は個人的には興味がある。これこそ魔王としての時代にはなかった。

 

 あ、そういえばあの時と同じように大量の魔鉱石があれば船で出したような力をまた取り戻せるのかもしれない。そうしたら――やめよう、あんな力はきっと誤解しか生まないし。

 

 それにお金のないあたしからすれば大量の魔鉱石なんてどうあがいても手に入らないから安心だね。……むなしい。

 

 そんな感じでニーナとおしゃべりをして時間を潰す。

 

「今日お昼は何を食べようかな」

「食堂があるらしいからな……行ってみるか」

「おお! いくいく」

 

 そんな感じのたわいのない会話なんだけどさ。ニーナとゆっくりと話をする機会って結構貴重かもしれない。時間はたっぷりある。

 

 だって生徒も先生もだーれも来ないんだから。

 

「……おいマオ。これは教室を間違えたとかじゃないのか?」

「そんなはずはないんだけどなぁ」

 

 もう少し待ってみる

 

 誰も来ない……。

 

 誰も

 

 こない。

 

「……!」

 

 ニーナが立ち上がった。

 

「なんだこれは!」

 

 お、落ち着いてよ。

 

「魔法工学なんて受ける生徒はマオくらいしかいないのは分かるが……! なんでマスターも来ないんだ!!」

「マオくらいって! で、でも本当に誰も来ないのは困る……」

 

 ここに来るはずの先生に認められないと退学になる。……あ! よく考えたらゲオルグ先生にも認められないとやばいじゃん! ど、どーしよ。……ま、まあ今は考えるのをやめておこう、後で何とかするしかない。

 

「とにかくさニーナ。来ないなら会いに行こう!」

「会いに行くだと?」

「だって学園のどこかにいるはずだから探せばいるよきっと!」

 

☆☆

 

 先生たちは一人ひとり工房というか学園から研究や修練のためのエリアを与えられているらしい。学園の職員さんたちに聞くと教えてくれた。あと、教えてくれた職員さんが

 

「ああ、マスター・リリスか……」

 

 ってなんか遠い目をしていた。さっきあたしもニーナから同じような顔をされたからすっごく複雑な気持ちだ!

 

 それでも会いに行かないといけない。ニーナと一緒に急いで教えてもらった工房に向かう。そこは学園のはずれ、結構広い敷地の中の戦闘訓練用の森を超えて、さらに奥にあるということだった。

 

 ていうか道がないよ! 草をかき分けて進む。なんでこんなところに工房があるのか知らないけど、森を進んで、人口の池に落ちそうになるのをニーナに助けてもらったりして進む。

 

 でもあたしも助けてもらってばかりじゃない。森を歩いていると悲鳴が聞こえた。

 

「へ、へびぃ!」

 

 ってニーナが蛇にビビった時はあたしがでてきたそいつの首を抑えて助けた。舌をちょろちょろ出すかわいいやつだね。

 

「す、すてろ、そんなの」

 

 おびえた顔でニーナが言うから仕方なく逃がす。ばいばい。

 

「こほん、な、なんでこんな場所に工房があるんだ。……それにお前あんなの触って平気なのか?」

「そりゃあさ、あたしの村は山の中にあるから結構いたよ」

 

 弟と一緒に追っかけまわして遊んだこともある。楽しかったなぁ。

 

 ニーナはじとっとした目であたしを見る。なんか何が言いたいかわかった!

 

「あ! 田舎者って思ってない!?」

「……い、いや、そ、そんなことは思っていない」

 

 顔に出てるし! 失礼だなぁ! まあ、田舎だけどさ……。

 

 仕方ないからその辺に落ちていた木の棒を拾ってフリフリしながら進む。

 

「何やってんだお前」

「ニーナが蛇を怖がっているから草を払いながら進むの」

「怖がってない!」

「うんうん、わかっているわかってる」

「わかってないだろお前!」

 

 そんな感じでさらに森を進む。すると大きな建物が見えてきた。いや廃墟と言った方がいいかもしれない。巨大な穴の開いた2階建ての建物。てっぺんに尖塔のついたどことなく教会に似てる気もする。

 

「ここか?」

「ここかな」

 

 二人で見上げながら言う。木の棒をその辺に捨てて、建物に近寄る。

 

 すると建物が音を立ててぶっ壊れた!!! ばりばりばりどーん! って。

 

 はああ??

 

 いきなりのことに驚きに頭が付いていかない。濛々と砂煙が立ち上る。

 

「マオ。お前何をしたんだ!?」

「流石に何もしてないよ!!」

 

 ニーナもこの状況であたしのせいにするのは無理があるよ! 

 

 次の瞬間だった、建物を中心として魔力が迸る。蒼い風が過ぎ去る。そして砂煙が晴れていった。

 

 そこには壊れた建物から巨大な黒い岩の塊――人の形をした何かがいた。顔の真ん中には赤い宝石のような一つ目がぎらりと光っている。

 

 巨人ともいうべきそいつは手をふるう。それだけで風が巻き上がり、建物の残骸を蹴散らす。そして腰を回して腕を振り回す。その拍子にというべきなのかはわからない。巨人の体から人影が飛んだ。くるくると回ってあたしたちの前にどしゃって落ちてくる。ひえっ! し、しんだ??

 

 その人影は白い半そでと黒いインナーそれに短いやっぱり黒いズボンを履いた女性だった。青い髪をして頭後ろで髪をまとめている。

 

 死んだかと思ったときむくりとその人は起き上がった。

 

「いやー、失敗失敗。ゴーレムの制御はまだまだ難しいな、あっはっはっ」

 

 その場に座って豪快に笑う女の人。その後ろでは巨人……ゴーレムというべきそいつがドスンとにじり寄る。

 

 女性が立ち上がった。あたしとニーナにニコッと笑う。

 

「さてさて、あんたら誰か知らないけど。私が作ったゴーレムはこれから暴れまわるから。沈めるの手伝ってね。あ、私はリリス・ガイコ、これから死ぬかもしれないから名乗っておくね」

 

 ねっ? ってぱちんとウインクするその人こそ探していた先生だ。

 

 ゴおおおおおお!! その先生の後ろで魔力をまき散らす巨人がうなりを上げる。

 

 

 

 黒の巨人……ゴーレムと言われたそいつはあたしの3とか4倍はある! そいつは赤い瞳のようにはめ込まれた宝石をぎらりと光らせて向かってくる。

 

 ゴーレムが歩くと地面が揺れる。

 

「うわわ」

 

 体全体を揺さぶられるような振動。前の戦闘で作った力の勇者の水人形はあくまで「水」だから今の自分でも動かすことができたけど、体全体が岩……だとか金属でできているようなのは魔力量が膨大に必要になる。

 

 それでもあいつは動いている。これも魔法工学とかいうのの力なんだろうか。

 

 おそらくあいつを作ったリリス先生……らしいこんな状況でも明るく笑っている女性が言った。

 

「あっやっべ」

 

 軽いノリでそんな風に言ってあたしとニーナの間をすっと走り抜ける。次の瞬間にゴーレムは右手と左手を高く上げて組む。

 

 これ、振り下ろそうとしてない?!

 

「ニーナ! 逃げるよ!」

「あ、ああ!」

 

 くるりと振り向いて全力で逃げようとする――その一瞬にゴーレムの両手は地面に叩きつけられた!

 

 浮遊感がある。わあ、やばい。体が浮いてる。土煙が上がる! あたしとニーナは地面に転がった。直撃したらほんと死んでた!

 

 いってー! 制服が頑丈で特殊な繊維でなかったら多分普通にケガもしていたと思う。

 

「ぺっぺっ」

 

 砂の味がする。なんとか立ち上がる。見ればニーナは受け身を取ったみたいだった。少し離れたところで立ち上がっている。

 

「なんだあれは……! おいマオ。お前魔銃は持ってないのか!」

「ごめん、家においてる……だってさ、流石にこんなのと戦うことになるなんて思わないし」

「くっ、まああれに効きそうもないか……いやというかさっきの先生らしき人はどこに行ったんだ!?」

 

 ゴーレムの赤い目が光る。逃げた方がいいかもしれない。流石に今の装備じゃどうしようもないかもしれない。ミラもいないし。

 

「おーいこっちこっち」

 

 声の方を見ればリリス先生が手を振っている。明らかに原因なのに一番に逃げした人なんだけど、すごく明るい顔だ。

 

「そっちの小さいのはまあ、魔力が全然ないからいいけど、金髪の方は意図的に力を抑えて、さあ、ほらはやく」

「……何?」

 

 どすん! ちょっとリリス先生に気を取られている間にゴーレムが歩く。一歩ごとに音を立ててどすんどすんと加速して向かってくる。右手を振り上げてニーナに向かう。

 

「ニーナ!」

「くっ……一の術式!」

 

 ニーナが体を沈め、拳を構える。その体から炎が巻き上がる。力の勇者であるガルガンティアの術式を展開しようとして――

 

「てい!」

 

 急に近づいてきたどーんと後頭部をリリス先生がぶん殴る! な、なにやってんの!? ニーナもたまらず倒れこんだ。き、気絶してる? 

 

 ゴーレムが迫る。振り上げた右手が一直線に振り下ろす。空気を裂く……いや空気を巻き込みながら落ちてくるといった方がいいかもしれない。轟音に「ニーナ!」と叫ぶあたしの声が自分にも聞こえない。

 

 ゆっくりと時間が過ぎる。この感覚は知っている……危ない時だとかによくなる。あたしはニーナを助けようとその場でもがくように前に行く。でも頭とは違って体が全然動かない。

 

 その中でリリス先生が笑った。

 

 右手を挙げた。

 

『精霊ノームに命じる、あまねく朝を支え、夜を迎える大地に融ける金の行を統べ、我前に隆起せよ。グラウンド・フォール!』

 

 先生を中心に緑の光が円となって展開する。地面に魔力が染み込み、ゴーレムの足と元から急激に隆起した。轟音とともに土と石の塊が黒い巨人を襲い、衝撃で黒い巨人が後ろに倒れる。隆起した壁の前でリリス先生指を鳴らし、そのまま人差し指で地面を指す。

 

「地上に堕ちな」

 

 壁が光崩壊する。

 

 倒れこんだゴーレムに壁の残骸が降り注ぐ。生き埋め……人間だったらきっとぐしゃぐしゃになるくらいの威力の魔法だけど、ゴーレムは埋まっただけだった。

 

 土の塊とそしてリリス先生と足元のニーナだけが残った。は、はぁ、なんかほっとした。いつの間にかへなへなと膝をついてしまった。自分が危ない目に合うのはあんまり気にならないけど、ニーナが危なかったのは心底心配した……あ、ラナとかの気持ちが分かったかもしれない。

 

「おーい。そこのちんちくりん」

 

 リリス先生がニーナの腰を抱えて抱き上げている。

 

「逃げるよ~」

 

 は?

 

 ウオオオォオオオ! 土を弾き飛ばしてゴーレムが立ち上がる! うわぁ、全然効いてないし。あたしと高笑いするリリス先生はその場から逃げ出した。

 

 

 はあはあはあ。な、なにあれ。

 

「よいしょっと」

「ふげっ」

 

 無造作に地面に捨てられたニーナが悲鳴を上げる。ひ、ひどい投げ方。大丈夫ニーナ?。

 

「いてて。何があったんだ……」

「何があったかって言ったら、後頭部を殴られて気絶させられてた……」

「…………なんで」

「さ、さあ」

 

 なんでって言われても全然わかんないよ。その説明はむしろリリス先生がするべきだよね。

 

「あー、ごめんごめん、痛かった? でも死ぬよりましでしょ。あれ、ゴーレムの49号なんだけど、全然制御がきかなくなってさ、近くにいる魔力を帯びた奴を襲うみたいなんだよね。困るよね、あははは」

 

 あはははじゃないよ! ……ああ、だから魔力で術式を展開させようしたニーナを……うん? いやでもさ、魔法であいつを怯ませることができるならニーナを殴る必要なくない!?

 

 そういうとリリス先生は目をぱちくりさせて両手の人差し指であたしを指した。

 

「お前、あったまいい~。ごめんねー無駄に殴った」

 

 そのまま楽しそうに笑うリリス先生の前であたしとニーナは顔を見合わせた。真剣な顔をしたニーナの瞳が光る。

 

 ――逃げるぞマオ。

 ――うん。

 

 言葉を交わしてないのに心で何を言っているかわかった。このままここに居たらまたとんでもないことになりそうだし。

 

「わ、わかりましたリリス先生。それじゃあ私たちはこれで。行くぞマオ」

「うん。それじゃあぁああ!?」

 

 踵を返して帰ろうとするあたしたちの制服の裾をリリス先生が引っ張る。綺麗に二人は前のめりにこけた。いたい。鼻を打った。

 

「ちょいまち」

 

 ち、力つよ。半そでだから見えている細い腕にそんな力があるようには見えないのに……。

 

「急に引っ張らないでください!」

 

 ニーナが抗議するにあたしは「そーだそーだ」と言う。リリス先生はそれを全部無視した。

 

「ゴーレムの行動には魔力が必要だから魔鉱石を詰めてみたんだよね。だからあいつまだ動くんだよ。近くに魔力を持つ人間がいないと動きもしないから魔力を消費しない。だからと言って自分が戻っても暴れだすし危なくって仕方ない」

 

 リリス先生は両手をパンと合わせる。

 

「マージ頼む、あいつ止めるの手伝って。止めるの手伝ってくれたら気分次第で何でもするから!」

 

 ……き、気分次第……。

 

「で、でもさ、さっきの魔法での攻撃を見る限りめちゃくちゃ頑丈だよね。あたしたちでどうにかできるかって言われても……」

「うーん。この工房って生徒の戦闘訓練場が近いから不意に近づいた生徒をぶっ殺すと思うんだよね……」

 

 こ、怖い! 軽く言うね!

 

「いや待ってください。ちゃんと学園に報告して止まるまでここ一帯を閉鎖してもらえばいいじゃないですか」

 

 ニーナが正論を言うと、リリス先生がその肩を掴んで大声で叫んだ!

 

「金髪! ばっかじゃねぇんの!? そんなことしたら私の給料がいくら減らされると思うんだ!? 勝手なことを言うな人でなし!! ただでさえゴーレムの予算が足りなくて借金しまくったのにさぁ!!」

「……え、え。じ、じごうじとくでは」

 

 ニーナが圧倒されている! 助けなきゃ! じゃなきゃ変なことに巻き込まれる。

 

「そ、それにリリス先生。あたしとニーナはは先生が授業に来ないから呼びに来ただけで」

 

 じろりとリリス先生がこっちを見てくる。にやぁと笑った。

 

「へー。私の授業を受けようなんて物好きなんだ。じゃあ、あいつを止めるの手伝ってくれないと単位やらない」

 

 お、横暴すぎる! 利用できることをすぐに利用しちゃおうとしてくる。

 

「よーし決まった。逃げても最低の成績ってことにする。さあ、やるぞ」

「なんだこいつ……」

 

 ついにニーナが敬語を捨てるし……。

 

「あ、その前に二人の名前を聞いておこうか。金髪は?」

「金髪とかいうな……いや言わないでください。ニナレイア・フォン・ガルガンティアです」

「へー。脳みそ筋肉一族か……そっちは?」

「の、のうみ、き、きんに」

 

 ……えっとさ、あたしはマオ。あ! あとニーナは知らないと思うけど脳みそ筋肉は初代はその通りだった。

 

「マオ?……あ、知ってる! あのマオだろ! 有名だもんね」

 

 リリス先生があたしをじろじろと見てくる。

 

「へー。これが『くそがきマオ』かぁ。通り名にしてはかわいい顔しているな」

「く、くそがき!?」

「あれ? 知らないの? あんたの通り名。眼鏡陰キャのくそバカが言ってたから広まってたけど」

「し、知らないよ! 何それ!? そ、それに通り名ってこう、かっこいいものじゃん! ただの悪口だよ」

「ふーん。じゃあどんなのがいいの?」

「どんなのがってかっこいいのが」

「例えば」

「……え、えー。た、例えばさ……うーん。雷光のマオとか」

 

 ぷっと笑う声がした。後ろを見るとニーナが顔を背けている。肩が震えている。

 

「ら、らいこうのまお、くく、くく、らいこう」

 

 それを聞くとあたしは体の奥から熱くなっていくのを感じた。

 

 胸がキューとなって恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。耳の先まで熱くなってくる。

 

「た・と・え・ば! 例えばだよ! 今てきとうに考えたの!」

「悪い悪い、くく、雷光のマオ」

「ああああーー!」

 

 何この恥ずかしさ! 頭を抱えてしゃがんでしまった。

 

「うーんお前たちなんか楽しそうだなぁ。でも、そろそろ犠牲者が出る前に。ゴーレムを止めに行くかぁ! 止められなかったら連帯責任だからなぁ」

 

 リリス先生が理不尽に締めた。とにかくやるしかない。

 

 

 

 

 

 

 



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オークごっこ

 

 廃墟と化した工房の前に黒い巨人がしゃがみこんでいる。全然動かない。ただ顔の赤い宝石だけはきらきらと光っていた。

 

「ふむ。どうやらこの辺りまでなら魔力感知には引っかからないようね」

 

 リリス先生とニーナとあたしは草むらからひょっこり顔を出して様子をうかがう。リリス先生はなぜか両手に木の枝を持っている。木への擬態らしい。意味あるのかな。ないね!

 

「それはそうとどうやってあいつを止めるんだ?」

 

 ニーナはすでに敬語を使ってない。ミラにだってそう簡単には態度を崩さなかったからリリス先生はある意味すごいかも。その青い髪の先生はカンタンカンタンと言った。

 

「あのゴーレムには弱点が2つある。ここからは見えにくいけど背中にはコアとしての魔鉱石がはめ込んであって、それが魔力源になって動いている、それをなんとかすればどうにかなるわ」

 

 ……なんとかすればどうにかなる?

 

 リリス先生はつづける。

 

「それかあの赤い宝石ね。あそこを通して魔力の感知と索敵をしているから……あの赤い魔石をなんとかできれば……どうにかなる!」

 

 なんかとかできればどうにかなる????

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、先生。流石に抽象的すぎない!?」

「えー? すごくわかりやすいじゃない。弱点が2つもあるんだからなんとなるって。私はこれ以上近づいたらゴーレムの敵って認識されるから無理だし」

「それにしても作戦とか……」

「わがままねぇ」

 

 わがまま!?? ここ最近人に迷惑かけているような気がするけど、この状況なら絶対わがままではないよ! に、ニーナどうする。

 

「マオ……そんな顔で見られても。まあいい。どちらかというと背中にあるとかいう魔鉱石を外せば解決ってことだろう」

「おっ、金髪君。あったまいー」

「……一応言っておくが、君ではない」

「ボーイッシュなんだぁ。あ、そういえば言い忘れたけど、ゴーレムは魔力検知できなくても近寄りすぎると動くものをてきとうに攻撃したりするから気を付けてね」

「先に言え!」

 

 ということは魔力の少ないあたしが近づいても攻撃を受けるってことじゃん! 

 

 リリス先生はからから笑った。

 

「まーそういうことだけど、平気平気。赤い目の視界に入らなければ平気だから、ほらあれだよ。『オークごっこ』とおんなじ」

 

 オークごっこか……そうかもしれないけどさぁ。

 

「いや待て、なんだそれ」

「ニーナ遊んだことないの?」

「遊びなのか……」

「簡単だよ。オーク役と人間役を決めて、人間役その子にタッチしたら勝ち。でもオークが見ているときは人間役は動いたらダメってだけ」

「楽しいのかそれ」

「ふふふ、意外と楽しい」

 

 村では結構遊んだ。だって何にもないから! 

 

「そうそう、今回はオーク役がゴーレムってだけねぇ。見つかったら襲われるだけだし」

 

 リリス先生は……気軽に言ってくれるなぁ……まあいいや。とにかく行ってこよう。

 

「待て! 私も行く」

 

 ニーナ……でも、ニーナなら近づいただけでばれるかも……。

 

「いやその心配はない」

 

 ニーナはその場で両手を少しだけ広げて目を閉じる。

 

「零の術式、無炎」

 

 人は常に魔力を帯びている。

 

 魔力は鍛えても増えるけど才能や血筋による部分が大きい。ニーナやミラはただ立っているだけで魔力を相手に感じさせることができるくらい内に力を秘めている。

 

 でもその魔力がニーナの中に収束していく。少しだけニーナの体が光った後、彼女はゆっくりと目を開けた。そこにいるのにそこにいないというか、存在感が薄い。

 

「ふう、久しぶりに使った。これならゴーレムにも見つからないだろう」

「すごいすごい! 影が薄くなった」

「それはほめているのか? まあ、この技は自分でも取得してなんに使うべきなのかさっぱりわからなかったが、今回は使えそうだ」

 

 ともかくこれでいけそう。あたしとニーナは草むらを出た!

 

 

 一歩一歩ゴーレムに近づく。

 

 あんまり早く動くと見つかるかもしれない。ニーナと一緒に少しずつ近づいていく。

 

「がんばれー」

 

 後ろからいらない声援が届くけどむしむし!

 

 ざっと足を踏み込むとゴーレムが反応した。わずかだけど顔を動かした気がする。警戒している? 

 

「マオ、言っておくがこの技を発動している間は魔力が全くない状況と変わらない。……要するに今の私は戦闘は絶対にできない」

「……うん。そうだよね」

 

 そう言って二人とも前に足を踏み出そうとしたところでゴーレムがこっちを向いた! その場でニーナと固まる。足を上げたまま、バランスを取るために手を変な方向でストップする。

 

 …………き、きつい。

 

「あっひゃひゃ、へんなかっこう」

 

 後ろから声がするのはむしむし!!

 

 やっとゴーレムが別の方向を見た。はあ、きつい。また近寄っていく。

 

 赤い宝石の瞳がこっちを見た! ニーナが足を上げたまま、あたしはなぜか直立不動で固まる。

 

 ゴーレムがあっちを見た。

 

 よし! いくぞ!

 

 ゴーレムがこっちを見た!

 

 ニーナは鳥みたいな恰好、あたしは前のめりで固まる。

 

 あの魔法人形ぉ、おちょくってんじゃないかな!? 製作者に似ているんだよきっと。

 

「……く、くそ、きついぞこれ」

 

 距離的には50歩つまり……50リーメルくらい……? 全然進まないけど。

 

 一歩進んで固まるを繰り返す。きついぃ、これ本当にきつい。近寄るたびにゴーレムの動きが少しだけ早くなる気もする。体全体を動かしているんじゃなくて、顔だけだから集中してないとわからない。

 

 汗でぐっしょりと体が濡れる。一応これミスったらあれから攻撃を受けると考えたら怖い。ニーナも同じようで顎からぽたりと汗が落ちている。

 

 ごおぉって感じでそびえたつ巨体に近づいていくってことも精神的にはつらい。腕を振り回されると死ぬかもしれない。オークごっことか言ったけど、オークなんてのより絶対怖いよ。

 

「あっひゃひゃ、おもろー!」

 

 後ろの声は絶対無視!

 

 ……一歩づつ近づく……あと少し。

 

 ゴーレムが振り向く!

 

「あっ」

 

 ニーナが前に倒れそうになる、あたしはそれを抱き着いて支えた! 片足が地面についてない! 二人分の体重を支えるのきつい、変な恰好で固まっている。

 

「わ、悪い」

「……んん」

 

 返事をする余裕がない。ニーナも両手を横に伸ばしたへんてこなポーズだ。ゴーレムぅ、早くあっちむけぇ。

 

 ――その時思いついた。もうゴーレムはすぐ近くだ! あたしはその思い付きをニーナに言う。

 

「わかった」

 

 短く答えてくれる。あとは赤い瞳があっちを向くのを待つだけ。心臓の音が聞こえてくる、そんな錯覚を覚えるくらい緊張する。

 

 ゴーレムがあっちを向いた。あたしとニーナは肩を組んで大股でジャンプする! ゴーレムの視界から外れるように背中に回った!! 後ろを見ても黒い巨人はあたしたちを見つけられてない。

 

「はへー」

 

 その場でへたり込む。なんとか視界から出たみたいだった。ニーナも膝に手をついている。

 

「下手な戦闘よりきついな。それよりマオ。ゴーレムの背中を見ろ」

 

 振り向くとその大きな黒い背中には複雑な文様が描かれていた。おそらく魔力を流す回路だろう。その文様は一点、背中のその中央に収束している。そこには円形の入り口がある。

 

「魔鉱石なんてどこにもないが、あそこか……」

 

 ニーナが腕を組んで言う。

 

「そうだね。とりあえずよじ登ろうか」

「触って気がつかれないか?」

「いや大丈夫と思うよ。先生も言ってけどあくまで魔力を感知したり動いているものを攻撃したりする程度のものだから、人間みたいに感覚があるわけじゃないと思うから。よいしょと」

 

 背中に上ろうとする。意外と凹凸があるから手はかけられるけど、登れない。純粋にあたしの力が弱い。

 

「ニーナ。押して」

「押せって……」

 

 ニーナがあたしの両足を掴んで上に押す。

 

「ぐぐぐ」

 

 魔力を抑えているニーナも全然力がない、よいしょ、よいしょ。これも結構大変だ。這いつくばりながらあたしはなだらかな坂みたいになっている背中をよじ登る。

 

 円形の入り口が目の前にある。取っ手が2つあって同時に回すと開きそう。多分この中に魔鉱石が――

 

「あーーーだめだって! こっち来たら!!」

 

 リリス先生の叫び声がする。背中に張り付いたまま見れば人影がぞろぞろやってきてる。学生の服を着ているってことはあたしたちと同じ生徒たちだ。どこかの訓練か授業で迷い込んだのかもしれない!

 

『なんだあれ!?」

『化物だ!』

『こ、こっち見ているわよ』

 

 困惑と悲鳴が聞こえる。リリス先生は慌ててどこかに行くように言っている。でも、生徒たちは各々「武器を構えた」、魔法を使うために魔法書を開いた子もいる!

 

 ウオオおおおお!!

 

 わああ。ゴーレムが動き出した! まずいまずいまずい。こいつが突進したらまずい!! 

 

「ニーナ! このままじゃまずいよ。ゴーレムの気を引いて!」

 

 ニーナがあたしを見る。金髪と片耳のピアスが光る。魔力を体にまとい、うっすらと光る。

 

「ああ! 一の術式!!」

 

 魔力が高まりニーナが炎を纏う。そして飛び出していく。

 

「こっちだゴーレム! リリス先生! そいつらを避難させろ!」

 

 ウオオおおぉ!!!

 

 魔力を纏った咆哮。このまま動かれたらあたしも吹き飛ばされる。ええい、いちかばちかだ! 円形の入り口の取っ手をくるりと回すと引き戸のようになってる。そのまま中に入る!

 

 明るい。いや、真っ暗中に無数に魔術式が描かれている。その中央には円形の台座がある。そこにはきっちと大きな魔鉱石がはまっている。まばゆい光を放ち強力な魔力をゴーレムに送っている。

 

 ぱっと目の前に視界が開ける。ええ? なにこれ。外の様子が見える。

 

 これはゴーレムの視界だ。あの赤い宝石から見える映像がこの狭い空間に映し出されている。すごい! って感心している場合じゃない。

 

『お前たち早く逃げろ!』

 

 ニーナが叫んでいる。その瞬間ゴーレムが動き出した。

 

「わあ」

 

 あたしはなんとか台座にしがみつく。走ってる! 世界が揺れる。

 

 どごぉーん! 音がした。ゴーレムの右こぶしがニーナのいたところを抉っている。でもなんとかよけたみたいだ。はあ、はあ心臓に悪い。

 

「んーー!!」

 

 魔鉱石は引っ張ってもびくともしない。外れないし、壊すのも無理だ! 

 

 あたしは思わず外の映像を見る。ニーナがこちらを見て構えている。迷い込んだ生徒たちもおびえている。リリス先生は頭を抱えている……何やってんだ! あの人! 一番実力あるくせに!

 

 でもこのゴーレムの頑丈さはどうしようもないはずだ。生半可な攻撃じゃ意味がない。あーもうこれしかない。失敗したら大変なことになるけど!

 

「くそぉ。こ、こうなったら」

 

 両手を前に出す。そう、これしかない。

 

 魔鉱石の魔力を利用して全部魔法に変換する。

 

 でもこんな狭い空間でそんなことしたら大変なことになる。だからあたしはあたしを守らないといけない!

 

 左手に攻撃魔法を構築する。手が紅く光る。

 右手に防御魔法を構築する。手が白く輝く。

 

 ――二重魔法(ダブルマジック)!

 

 魔力の配分を間違えたら死ぬ! ゴーレムを倒すくらいの攻撃魔法とそれを防ぐ防御魔法。使える魔力は上限がある。

 

『炎の精霊イフリートよ』

『聖なる泉に住む精霊ニンフよ』

 

 手の中に描くは二つの魔法陣。性質の違う魔法を同時に構築する。

 

『世を生み出す灼熱の炎を今ここに現出せん!』

『水のごとく清らかな糸をもって護りのゆりかごを織りなせ!」

 

 世界が揺れる。ゴーレムが動く。あたしはその場で左手を上げる。

 

「ニーナたちを傷つけさせるかぁ!!ギガ・フレア!!」」

 

 炎の魔力がゴーレムの回路を通って広がっていく、そして右手を自らに向ける。

 

「アクア・シールド!!」

 

 水の壁があたしを包む――

 

 

 

 遠くで轟音がする。水の中にいる。

 

 光に包み込まれる。ゴーレムの体が吹き飛び、あたしも外に吹き飛ばされる。水の守りはすさまじい勢いで蒸発していく。熱い。上下すらわからない。空が、地上がどっちかもわからない。

 

「マオ!!」

 

 飛び込んできた誰かがあたしを抱きとめる。顔を上げたらそこにはニーナがいた。

 

「お前……何をしたんだ」

「魔鉱石の魔力を暴走させた……ゴーレムは……?」

「あれだ……」

 

 見ればすさまじい炎と煙が上がっている。灼熱に体を真っ二つにしたゴーレムの残骸がぎぎぎと地面に倒れていく。あれでまだ原型が分かるのだからやっぱりすごい頑丈だった……。

 

「ああああ、私の給料がぁああ。まだ借金もあるの二ィ」

 

 ゴーレムの前で泣きわめているリリス先生とぼうぜんとしている迷い込んだ生徒たち。

 

 ぷっ。くくくっ。

 

 ざまーみろリリス先生! 

 

 それを見てニーナもおかしそうに笑った。

 

「あはは。きょうもまた、こんなことばっかりだ」

 

 あはは。

 

「ははは」

 

 二人で笑った。

 



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未来の話は食卓にて

 

 疲れた……

 

 夕日に照らされる帰り道を歩いている。今日はいろんなことがあってどっと疲れた。あーそれにおなか減った……お風呂も入りたいし、眠りたい。

 

 ぐぅっとおなかが鳴る。隣にいるニーナがふっと笑った。

 

「明日は何があるんだろうな……」

 

 そして遠くを見るような眼をしている。それ! 今日の朝もやったよね!

 

「き、きっと明日は普通だよ、ふつー!」

「そうかな……お前といると予測不能なことがおこるから……」

 

 王都の道は石造り。かつかつ歩くたびに音が鳴る。夜に近づいているけど、道を歩く人は多い。

 

 帰り道ってさどこからかいいにおいがしてくる。そろそろ食事を出すお店がお肉をじゅーって焼いたりする音もする。それはあたしが見たこともないどこかの料理をつくったりしているんだろうな……。

 

 ……あーやめよう! おなかが減る。今はお金もないし。

 

「あ、マオとニーナじゃん」

 

 振り向くと赤い髪の女の子が紙袋を手に立っていた。ラナだ。紙袋からはイモの頭が少しだけ見えている。ラナはいつものフェリックス学園の制服じゃなくて、白いブラウスを着ている。

 

「なに? あんたたちも今帰り? ちょうどよかったね」

「……今日も大変だった」

「あはは、ニーナが疲れている顔をしているわね…………あ? 大変だった?」

 

 じろりとラナがあたしを見てくる。びくっ。

 

「何かしたのあんた?」

「な、なにもしてないよ」

 

 じとーっとラナが見てくる。別に嘘はついてないもん。あたしは何もしてない。むしろなんかいろいろしたのはリリス先生だ。た、たしかにゴーレムを爆破したけどあれは不可抗力だよ。仕方ない。うん!

 

「ま、いいわ。流石に初日みたいに教室を爆破するようなことはないでしょ」

 

 ゴーレムは爆破したけどね。言わないけど。

 

 ラナはそんなあたしの背中を押した。

 

「とりあえず帰って夕食を作るわよ。あ、ニーナも手伝ってくれるなら食べていっていいわ。どうする?」

 

 ニーナが少し迷っているような顔をしたからあたしが言った。

 

「ニーナも一緒に帰ろう?」

「そうそう、寝るときはてきとうに部屋のどっかに場所くらいあるから。なんならマオを床に寝かせたっていいし」

「ひどい!」

 

 抗議しようとしてもあたしの頭にラナが手を当ててぐいっと笑いながら押してくる。それを見てニーナもくすりとした。

 

「……ああ。それじゃあ」

 

 あ、いつの間にか暗くなってきた。3人で帰ろう。

 

 ☆

 

 家に帰るととりあえず台所に行く。

 

 ラナが水の魔法で軽く掃除して、その間にニーナと一緒に制服の上着を脱いでくる。ベッドの上にとりあえず脱いで腕まくりをした。そして台所に行く。おなかは減ったけど、ラナの料理を楽しみにすれば耐えられる。

 

「ラナ。今日何作るの?」

「ん? 簡単のよ。そうだ……マオとニーナはこれの皮をむいて」

 

 ラナが袋から出したのは見たこともない野菜……かな。なんかぱりぱりの皮をつけた丸いもの。

 

「なにこれ?」

「オニオーンよ」

「なにそれ?」

「まあまあ、とりあえず皮をむいてくれたらいいわ」

 

 ラナはかまどに火をつける。ふんふーんと鼻歌を唄いながら無詠唱で火の魔法を普通に使っているけど、ラナの魔法の能力はやっぱり高い。

 

 まあ、とりあえずこのオニオーンとかいうのの皮を剥こう! ぱりぱりー、っとはがしていく。簡単に……ひぐ……皮が……ひぐ……なんにも悲しくないのに涙があふれてくる。

 

「お、お前なんで泣いているんだ!?」

 

 ニーナぁ、なんであたし泣いているの? これの皮を剥いてってラナが……。

 

「なんだこれ」

「おにおーん」

「なんだそれ」

 

 同じこと言ってる……。ああ、涙が止まらないんだけど……。ニーナも皮を剥き始めた、するとだんだんと泣き顔になっていく。

 

「なんだ……これ……」

 

 ニーナが手で目元をこする。

 

「目が!」

 

 そのままニーナが顔をそむける。わかった!! この野菜……なんか泣くような魔法がかかっているんだ。……ラナ! 

 

 振り向くとラナが両手を口もとにあててくくくと笑っている。

 

「あはは。あんたら……めっちゃ泣いてる……」

 

 おなかを抑えて笑うラナ。あたしとニーナは顔を見合わせてそれから二人でオニオーンを手に持つ。

 

「ちょ、あんたら! それをもって追いかけてくるんじゃないわよ!」

 

「わー、悪かった! 悪かったってば。ああ」

 

「ひぐ、うわーん。目が痛い!マオあんた、覚えておきなさいよ!」

 

☆☆

 

 オニオーンとお肉をフライパンで油と調味料で混ぜ合わせるとじゅーといいにおいがしてくる。ラナがそれを3人それぞれの皿に分けてくれる。3人で食卓に座る。あと、朝に残したパンもある。

 

「まー、本当に簡単なものだけどね」

 

 オニオーンをフォークで食べてみるとシャキシャキしておいしい。お肉もおいしい……ああ、幸せ。

 

「マオ。あんたさ。おいしそうに食べるわよね。ほんと」

「ラナの料理おいしいからね」

「はっ」

 

 ラナは鼻で笑ったけど、そっぽを向いて少し笑っている。照れてるときこういう風にするってわかってる。

 

「まあ、ラナはいろんなことができるな」

 

 ニーナもほめる。ラナがあきれたような顔をしてみてくる。

 

「大したことしてないのにほめても意味ないわよ。……そんなのいいからさっさと食べてお風呂にでも入ってきなさい」

「お母さんみたい」

「ああ?」

 

 あたしの言葉にラナがぎろりと睨みつけてくる。な、なんにも言ってないよ。あたしはパンを食べながら目を背ける。……ううじーとみてくる。なんか話題を探そう。

 

「それにしてもさ、このオニオーンとかいう野菜ってへんてこだよね。泣きたくなるなんてさ」

「……王都では結構流通しているけど、地方にはないかもね。これ、もともと海の向こうから誰かが持ってきたって話らしいから」

「海の向こう?」

「そう、すごく遠く。広い土地が広がっているって話だけど、本当かしらね」

「そうなんだ」

 

 確かにあたしの時代にはこんなのなかった。ラナは話を続ける。

 

「なんでも昔Sランクの冒険者が海を渡って持ってきたって話よ。海の向こうは竜の住処っていうくらい怖い場所だって言われているけど、そんなところにも進んでいって野菜持って帰ってくるのもどうなのかって思わないでもないけど」

「ふーん」

 

 お肉とオニオーンを絡めて食べる。おいしい。

 

 海は広い。この世界の果ては水がまっかさまに落ちていく崖になっているっていうけどどうなんだろう。そう考えれば――

 

「でもさ、本当に海の向こうに行った人がいるなら会ってみたいかも」

「会えばいいじゃない」

「そ、そんな簡単に」

「簡単も何も明日会うでしょ」

「え?」

 

 ラナはパンを食べながら言う。

 

「だから、あんたの受けた授業のウルバン先生がその冒険者のひとりよ。歳を取った先生だけど、昔は『剣聖』なんて言われていたらしいわ」

 

 そうなんだ! じゃあちょっと楽しみかも。

 

 そんなことをおもっているとドンドンドンとドアを叩く音がした。ラナとあたしが顔を見合わせる。ニーナも訝し気だ。だってもう結構遅い。

 

「マオ様! マオ様いますか!?」

 

 あ! これはモニカだ。あたしははいはーいと言いながらドアを開けると、はあはあと息を切らせたワインレッドの髪の少女が入ってくる。魔族である彼女が肩で息をするほど走ってきたとすれば相当なことがあったはずだ。

 

「どうしたのモニカ! 何かあったの?」

 

 モニカはあたしを見ていう。両手を掴まれた。

 

「ま、マオ様……あ、あの。先生の工房を爆破したって本当ですか!?」

 

 その瞬間だった。ラナが後ろで立ち上がった音がした。からんからーんとフォークだと思うけど床に落ちた音がした。ああ、やばい。本気で怒っている。

 

「ラナ! ご、誤解だよ」

「初日は教室で2日目は工房~?」

 

 かつかつと近づいてくるラナ。モニカはえっ?えっ?と困惑している。

 

 肩が掴まれた!

 

「私は、おとなしくしてなさいって言ったわよね!?」

 

 ひ、ひえぇ。ニーナ助け――いないし!!

 

 

 



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にゅーすぺーぱー

「私が浅はかでした……」

 

 モニカが悲痛な面持ちで言った。あたしをはさんで彼女とラナが両隣に座っている。ラナは両腕を組んでイライラした顔で見てくる。ニーナはたぶん寝室に逃げた……。

 

「私は自分が魔族なのもありますから……実は……学園ではマオ様にはできるだけ近づかない方がいいかと思っていました」

 

 ! そんなことないよ。そんな気持ちがあったなんて……。

 

「でも!」

 

 あたしがなんか言う前にモニカがずいっと前に出てくる。

 

「2日で連続して爆破事件をマオ様が起こすなんて流石に想像できませんでした! 最初にそれを知った時は頭の中が真っ白になって……なんでね?って口走ってました……あ、いやそれはどうでもいいのですが」

 

 なまり口調を少し恥ずかしそうにするモニカ。

 

「で、でもさ! あたしはモニカと一緒にいたいからそんなこと気にしなくていいよ。ぜんぜん」

「マオ様……」

 

 あいたっ。頭をぽんと叩かれた。ラナだ。

 

「それはそれ、あんたの噂とは別」

 

 うう、話を引き戻された……。

 

「とりあえずあんたの話では工房に着いた瞬間に工房自体がゴーレムとかいうのに壊されたって話だけど、結局工房破壊したのもゴーレムとかいうのをぶっこわしのもあんたってことになっているみたいね……あーーー」

 

 ラナが頭を両手で抑える。キッと見てくる。

 

「そういうのをマオは全然気にしないから今言っておくけどね! 人の噂なんてだいたい尾ひれとか尻尾とかがついているものなのよ。本当のことなんて基本どーでもいいの、おもしろおかしく言われ始めるとだんだん孤立するもんなの! それなのにあんたわー!」

 

 あたしの両肩を掴んでおもいっきり揺さぶってくる。ああーー。頭が全力で振られる。

 

「それにマオ様はゲオルグ先生を殴って喧嘩したり……リリス先生の借金を増やしたりしたって話も……」

 

 は? なにそれ。で、でたらめじゃん!

 

「そんなことしてないよ!」

「……そ、そうですよね。ほっとしました」

「モニカも少しやってそうって思ってたの!?」

「い、いえいえいえいえいえ」

 

 両手を前に出して首を振るモニカ。彼女は懐をごそごそと触って、一枚の紙を出した。それは少し大き目で分厚いものだった。表面には絵と文字がびっしりと書き込まれている。

 

『話題のFFランクのマオがまたやった!?

 

 数週間前に山奥からやってきた村娘マオがまたやった。王都を騒がすのは何回目だろうか……魔法陣の権威であるゲオルグ・フォン・ウォード氏をぶん殴ったのだ! ことの発端はこうだ。フェリックス学園の授業に出たマオはゲオルグ氏と口論になり、つかみ合いの喧嘩が勃発した。曰く、魔族をどうするのかという話題で意見が合わなかったというのだ。最終的に魔法での打ち合いにまでなり教室ごと炎の魔法により爆発! すさまじい勢いで教室すら吹き飛ばされることとなったのだ。

 

それが起こったのは昨日のことだが、今日もっと衝撃的な話題が飛び込んできた。フェリックス学園のマスターであるリリス・ガイコ氏の工房が鉄で作られた魔人に叩き壊され爆破されたというのだ。今確認中だがこれもマオがかかわっているという……リリス・ガイコ氏の「借金がぁあいつのせいでー」と泣きわめく姿を多くの人が見ているという』

 

 記事の下の方に高笑いする女の子と激昂する男の絵が描いてある。その横で泣き叫ぶ女の人もいる。た、たぶんこれあたしとゲオルグ先生とあとリリス先生だ。あたしはそれを見ながらわなわなと震えた。

 

「モニカ、な、なにこれ?」

「……お、王都のどこかで発行されているにゅ、ニュースペーパーです」

「にゅーすぺーぱー?」

 

 なにそれ! こんなのでたらめじゃん! ま、まあ少しほんとのことも書いてあるけど、でもラナの言う通り尾ひれつきまくりだよ! あたしは紙をばんと机に叩きつけた!

 

 ど、どういえばいいんだろう。確かにこれは困る。というかこんなのを書いた奴に文句を言ってやる!

 

「モニカ! これを作った人のところに行ってくる。どこにいるの!?」

「わ、わかりません」

「わからない……?」

「王都で起こる事件をおもしろおかしく書いたこのニュースペーパーは去年くらいから現れて……王都のお店で売ってあるのですが、誰が書いているのかわからないんです」

「お店って」

「いろんな普通の食料とか売っているお店とか出店とかに銅貨10 枚くらいで売ってます」

「安! だ、だってさ。写本とかすごく大変でしょ? それに紙だって高いはずだし……こんなに文字とか書くなら」

「えっと、多分……ですが、魔鉱石による活版印刷をつかっていると思われます……。あと紙も安くなっていて。たぶん王都全域で数百枚くらいは出回っていると思われます」

「かっぱんいんさつ?」

 

 新しい技術なんだろうか、あたしの魔王だった時代は本と言えば高価だった。一冊一冊書き写すのが大変だったし。同じ本でもちょくちょく書き間違いとかがあったこともある。まあ、それはいいや!

 

「どっちにしてもこれをこのままにはできないよ。誤解されそうだし……」

「マオ様……実は……ですね」

「何?」

「言ってなかったんですが……Fランクの依頼を行っている時くらいからマオ様の『活躍記事」が出るようになって知らず知らずのうちにマオ様はもう、その有名人というか……」

「これが最初じゃないの!?」

「王都では結構……その、あの、マオ様の記事を待っている人が結構いてですね……あの、工事の仕事をしていた時も職人さんたちが笑って話してました……絵が描いてあるから、誰かが文字を読める人がいたら結構楽しんでる人もいて。Fランク依頼の小話みたいな感じで……ご、ごめんなさい。私も皆さんに読んで差し上げたことが何度かあります……」

「う、うう」

 

 ぜ、全然知らなかった。というかもしかしたらこれを書いてるやつがどこからか見ているってこと? そう考えるとむかむかしてきた。あたしは玄関まで走っていってばーんと開ける。夜の暗い道に視線を走らせる。誰もいない。

 

 はあ、そりゃあいないよね。まあもう気にしても仕方がない。とぼとぼ家の中に戻る。

 

「とりあえずこれ以上目立つのを抑えることよね。ああ、別に業績とかで目立つのはいいのよ。悪目立ちしないようにするべきね」 

 

 ラナがニュースペーパーを眺めながら言う。はあとあきれたような顔をしている。

 

「でも、あんたが目立つのはもう運命かもね……。明日はウルバン先生の武器の扱いに関する授業に出るんだっけ? ……魔銃を持っていくのやめておきなさいよ……ああ、いやでも、あんたわけわかんないことでトラブルに巻き込まれるから持ってた方がいいといえばそう。わからないように持って行った方がいいような、ああどうすればいいのかしら」

 

 魔銃は結構目立つから……。いや、その瞬間仮面の男との戦いと「イオス」のことが頭によぎる。何となく考えるのを後回しにしてしまったのだけど、魔銃を持つのをなんとなくやめてたのはある。どちらにせよあいつに聞くことはいっぱいありそうな気がする。

 

「安心してください。ラナ様。マオ様」

 

 モニカが言った。いや、立ち上がった。目には炎が燃えるような光がある。ど、どうしたの?

 

「明日のウルバン先生との授業は私も受ける予定でした」

「そうなんだ! じゃあ一緒じゃん。やった」

「……やった……?」

 

 モニカは少し呆けて、ちょっと嬉しそうな顔をしてすぐに頭を振る。

 

「いえ! 今回はマオ様には負けません! この授業では私が一番目立ちます! 安心してください」

 

 ……は、話が少し変な方向に転がり始めた気がする。

 

 



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ウルバン 剣とかいろいろやりたいひと~おいで~

 

 さあ、今日も学園に行こう!

 

 魔銃クールブロンをとりあえず袋で覆って、ひもで縛る。こうすれば剣を持っているように見えないこともない。魔銃なんて目立つしね。

 

 今日はウルバン先生の武器を扱う授業だ。魔銃なんて持って行っても教えてくれることはないと思うけど、剣とか槍とか……純粋に重くて扱えそうにないんだよなぁ。そういえば先生は「剣聖」って言われていたらしいけど、剣が得意なのかな。

 

「こっちも用意できたぞ」

 

 ニーナが制服に袖を通して振り返った。彼女は拳が武器みたいなものだから何にも持たなくてもいいって感じかな。いやいいのかな? よく考えたら何か持って行った方がいいんじゃない?

 

「ニーナもなにか武器とか持っていったら」

「いや、何もない」

「家にあるものなら鍋の蓋とか木の棒とかしかないけど」

「意味不明なものを勧めるな!!」

 

 ニーナに冗談を言っているとモニカも用意ができたみたいだ。結局、2人とも泊まった。ラナとあたしと2人でやっぱり寝るときは狭かった。そのラナは今朝早くに出ていった。朝に蹴飛ばされて「変なことするんじゃないよ」って言われたのを覚えている。

 

 そういえばモニカも何も持ってない。

 

「モニカはあれでしょ、なんか大きい奴、この前持ってた」

「ええ、マオ様。あのハルバードですね。昨日のうちに依頼をして持ってきてくれるようにしました」

 

 もしかしたら蝶の魔法でほかの魔族と連絡をとったのかな、いやお父さんのギリアムさんかもしれない。でもあんな大きな斧みたいな武器、すごく目立つよなぁ。昨日モニカはあたし以上に目立つとか言ってけど、気にしなくていいのに。

 

「とりあえず行こう!」

 

 家には鍵をかけて、戸締りをして3人で学園に向かう。

 

 

 校門を超えて今日の授業の場所まで向かった。朝の登校の時間ってさ、こうニーナやモニカとおしゃべりして歩くのって結構楽しい。だいたいどうでもいいこと話している気がする。例えば昨日のご飯の話とか。

 

「お前、食事のことばかりだな」

 

 ニーナにそう言われたとき少し恥ずかしくなった。それで話題を変えようと思ったんだ。

 

「そういえばミラはどうしたんだろ。最近見ないけど」

「別に学園のどこかにいるか、冒険者ギルドから依頼を受けているんじゃないのか?」

 

 そっか。学生でも条件付きでギルドから依頼を受けていいんだった。そもそもミラとの出会いはあたしの村に魔物退治に来てくれたことじゃん。……あ、でも本当にどこかに行っているのかわからないのか、話したいなぁ。なんにも言ってくれないのは寂しく感じる。

 

「マオ様」

「ん? なーに?」

 

 モニカは真剣な顔で言う。

 

「今から授業の場所である訓練場が近づいてきますが……その前にお使いを頼んだ魔族がいます。どうか驚かれないでください」

「驚くって言われても」

 

 魔族は王都では結構風当たりが厳しいから言ってくれたのかな。うん、わかったよ。

 

 ああ、あれだ。ドーム状の屋根を持った石造りの建物が見えてきた。あれが「訓練場」だ。その名前の通り、生徒が武器や戦闘の訓練をするために使うんだって。

 

 その入り口に大きな武器を携えた少女が立っている。青い軍服に身を包み、髪の色は茶髪で先っぽが金髪に。耳は長く目は紅い。彼女はあたしたちを見つけるとにこりと笑顔を作った。

 

 足が止まった。

 

 フェリシアだ。

 

 その瞬間わざわざモニカが話をした理由が分かった。確かにあの日もモニカとフェリシアは知り合いのようだった。ここにいるということは彼女は魔族の自治領の所属なのかもしれない。『暁の夜明け』とは違うのかも。

 

 工房でイオスに同行を求められてそして仮面の男とともに攻撃してきた魔族の少女。モニカは足を止めずに彼女の近づいていく。

 

「ああ、やっと来ましたかモニカさん。それにそこにいるのは忌々しいマオさんではないですか。ごきげんよう」

 

 彼女は手に銀色のハルバードを携えている。それは太陽にキラキラと光っていた。長い柄に大きな斧と先端に槍をつけたそれをモニカに渡す。あたしの袖をニーナが引っ張って「あの魔族知り合いか?」と耳打ちしてくる。うん。そうだね。

 

「待ってましたよ。これでお使いは終了ですね。ギリアム様に頼まれたから持ってきましたが、今後はこのようなことはないようお願いしますね。モニカさん」

「……」

 

 モニカはフェリシアをじっと見つめている。フェリシアはふっ笑って「それでは」と言ってあたしたちの横を通り過ぎようとする。

 

「待ってください」

 

 モニカが言った。振り返る。

 

「マオ様に謝ってください」

「はあ?」

 

 フェリシアが一度あたしを見る、うっすごく冷たい目だ。彼女は肩をすくめた。

 

「ああ、そういうことですか。私にオトモダチに謝ってもらいたくてわざわざご指名をいただいたんですね。はいはい。マオさん」

「え?」

「どーも、すみませんでした。これでいいですか?」

 

 ドンっと音がした。モニカの体からすさまじい魔力があふれる。彼女の右足を足元の石畳を踏みつけひびが広がった。

 

「いいわけ……いいわけないじゃないですか! どんな理由かはわかりませんが、あの仮面の男のような手練れと私の友達を襲撃するなんて許されるわけがない……!」

「はあー?」

 

 フェリシアはモニカを見ない。

 

「お門違いですね。私も好きでマオさんを襲撃したわけではありません。その辺の苦情はむしろイオスとかいうあの緑の髪のギルドマスターに言うべきでしょう? そもそも私はあの仮面の男についてよく知っているわけでもないですからね」

 

 イオス……そう、あいつには聞かないといけないことが多くある。でも仮面の男が近くにいるならそう簡単に近づいたら危険だ。どうしようかなとは考えていた。

 

「もういいですか? それに結局は私はそこのオトモダチさんに不覚を取ったのですからいいでしょう」

「……」

 

 モニカのハルバードを握る手に力がこもっているのを感じた。まずい、そう思った次の瞬間にはモニカ駆け寄った。

 

「モニカ、こんなところでだめだよ。ありがと、気にしてくれたんだよね」

「マオ様……」

 

 魔力が治まっていく。あたしはハルバードを握るモニカの手をにぎって、にぎにぎして力を抜くようにいう。それからフェリシアにも言う。

 

「あのさ、魔銃預かってんだけど、どうすればいいの?」

「ああ。そんなものどうでもいいですね。もともと必要なかったので。捨てるなりしてください」

「それはもったいないなぁ」

「…………」

 

 フェリシアは両手を組んで見下すように顎を引く。それでいう。

 

「どうでもいいですが、忠告してあげましょう。魔族と人間は違います。そこにいるモニカさんと仲良くしたいのは勝手ですが、私にもなれなれしく話しかけるのはやめてください。オトモダチごっこには興味がありませんので、それにモニカさん」

「……」

「そこにいるお優しいお友達は人間ですよ? 私たちをあの寒い場所に追いやったね。そしてあなたの母親の……」

「やめて!!」

 

 モニカは叫んだ。前に飛び出そうとした彼女をあたしはとっさに抱き着いて止めた。フェリシアはそれを冷たく笑った。

 

「ま、いいでしょう。それではこれで。ああ、貴方は力の勇者の子孫でしたっけ? お連れがあれでは大変ですね」

「……」

 

 ニーナに嫌味を言ってフェリシアは歩いていく。その足を引っかける男がぬっと出てきた。

 

「きゃっ!?」

 

 その場に転ぶフェリシア。転ばせた男はけらけらと笑っている。短く切った白髪交じりの髪。背は高くてすらっとした体形。腰には細身の剣を吊っている。そんな彼をあたしたちはぽかーんと眺めていた。

 

「な。なにをするんですか!? いきなり現れて!」

 

 鼻を抑えながらフェリシアが顔を真っ赤にして立ち上がる。男は言った。

 

「いやー、ごめんごめん」

 

 結構歳をとっているとおもうけど、口調は若い。細い目のその人は言った。

 

「とてもクールな君を転ばせたらどんなかわいい反応をするかって気になって」

「……!?」

 

 フェリシアは彼を睨みつける。油断していたとは思うけど、フェリシアを転ばせたその瞬間にいきなり現れたように見えた。あれは……そういう「技術」なのかもしれない。剣の勇者も独特の敵への接近の方法を使っていた。

 

「まあ、そう怒らないでくれよ魔族のお嬢さん。僕はウルバン。ここのマスターの一人だ。よかったら君も僕の講義を受けてみるといいよ」

 

 ウルバン先生はそう言ってにやりと笑った。彼はフェリシアの首根っこを抑えるようにしてはははと言いながら訓練場に入っていった。

 

「はなせ! 貴様! 気安く触るなぁ!」

 

 連行されていくフェリシアをあたしたちは見送る。

 

 

 



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ウルバン 剣とかいろいろやりたいひと~おいで~②


少し短いですが、このエピソードは分割せずに更新したかったのです


 

 フェリシアが連行されるのをぽかーんとみていたあたしたちにウルバン先生は一度振り返った。

 

 にっこり笑う。結構歳を取ってそうなのにそうすると本当に若々しく見える。いつの間にかフェリシアは小脇に抱えられている。あ、これ、あたしもラナと一緒にヴォルグにされたことがある。結構きついんだよね。彼女がはなせはなせ言っているけど、ウルバン先生は無視した。

 

「君たちまじめだねー。授業が始まるまでもう少しあるから、中で休んでいるといいよ」

 

 そういうと奥に歩いてく。

 

「だ、大丈夫かな、フェリシア」

「……大丈夫ですよ。いい薬です」

 

 モニカがふんと鼻を鳴らしながら言う。やっぱり本気で怒っていたみたいだ。なんとなくあたしは返事をすることができず、訓練場に入るように言った。

 

 訓練場の中は明るかった。

 

 ドーム状になっている天井はガラス張りだった。

 

 これ、すごいなぁ。空の青さがそのまま天井になっているみたいだ。

 

 上を見ているとニーナの背中に当たってしまってあきれた顔で振り返ってきた。

 

「ちゃんと前を見て歩け」

「うん、ごめん」

 

 声が響く。誰もいないからか反響しているんだ。あれ? 先生はどこに行ったんだろう。探してみるけどいない。

 

 訓練場の中はシンプルだ。整然と敷石の並んだ床。……よく見たら小部屋がいくつかあるみたいだ。訓練場の部屋の隅に扉が複数ある。あれに入ったんだろうか。

 

 ほかの生徒はまだ来ていない。言われた通り結構早く来すぎちゃったかもしれない。待ってれば来るよね。

 

「はー。でもフェリシアがいるってびっくりしたなぁ」

「すみませんでしたマオ様」

「いや、いや、モニカがあたしのことを考えてくれたってわかるよ。全然大丈夫! ありがと!」

 

 迂闊なことを言った。モニカを責めているともとれるようなのはよくない。あたしは慌てて否定する。

 

「おい」

 

 なに? ニーナ。怪訝な顔をしている。

 

「あの魔族は誰だ?」

 

 あ、そっか。ニーナはそもそもフェリシアを知らないんだよね。うーん。そうだな。なんて説明すればいいのかな。でも説明をする間にニーナはため息をついた。

 

「確か……職人街の方で戦闘があったとか言ってたような気がするな。お前が倒れた時にミラから聞いた。魔族と仮面の男から襲われたという話だが」

 

 ニーナは自分で答えを出す。

 

「まったく……水路の件と言い……王都に来るまでの猛獣使いの女と言い、魔族はろくなことをしないな……あ」

 

 ニーナはそこまで言って固まった。モニカが黙っている。少し悲し気な目をしているような気がした。

 

「ち、違う。そうじゃない……い、言い方を間違えたんだ」

「大丈夫ですよニーナ様。わかっています」

 

 それでもモニカの声には元気がなかった。ニーナに悪気はないってことはあたしにもわかる。でもそれを聞くのは辛いよね。

 

 ――「そこにいるお優しいお友達は人間ですよ? 私たちをあの寒い場所に追いやったね。そしてあなたの母親の……」

 

 フェリシアの言葉が頭に反芻する。そうだね。あたしはモニカについても現代の魔族についてもほとんど何も知らない。踏み込んでいい場所と踏み込んでいけない場所があるのは分かる。簡単に聞いて言いとは思わない。

 

 モニカを見ると、ただ黙っている。そうだ、ロイの事件の後に街の人に責められてもこの子はずっと黙ってそれを受け入れていた。……どういえば良いんだろう? あたしは必死に言葉を探した。

 

「モニカ」

「はい」

「あのさ……あたしは実は目標というか、やりたいことがあってさ」

「そうなんですね……それはどんなことですか?」

「一度魔族の自治領を見に行きたいなって……もし、もしさ可能ならその時一緒に連れて行ってくれないかな?」

 

 モニカはそれを聞いて目を開いて、悲しげに閉じた。

 

「いやです」

 

 え? 明確な拒否の言葉は頭に入ってこない。……一呼吸しないと本当に理解できなかった。

 

「マオ様は『そんなもの』をみても何も意味がありません。……マオ様は優しいから……余計なものを見る必要はないです」

「それは……」

「…………今日の私の目的を考えればお二人から離れていた方がいいはずですね」

 

 会話を打ち切るようにモニカは離れようとしていく。言葉は短い、でもきっとモニカはいろんなことを思ったはずだ。それを引き留める言葉があたしにはわからない。それでも、聞かないといけないことが一つだけあった。今、それが分かった。

 

「モニカ! 一つだけ聞いて良い?」

「なんでしょうか?」

「あのさ……もしもさ、本当にもしもの話だけど、人間との戦争に負けた魔王に何か言ってやることができるなら……なんて言う?」

「?」

 

 モニカは本当に困惑したみたいだった。確かに意味わからない質問だよね。でも『あたし』には意味があるんだ。彼女は少し考えてくれた。こんないきなりの話にもちゃんと答えようとしてくれるモニカは優しい。

 

「そうですね……魔王様にもきっといろんな事情があったんだと思います。昔のことに詳しいわけではありませんが……何か言えるなら――」

 

 モニカは少し作った笑顔をあたしに向ける。

 

「あなたのおかげで今の魔族は大変ですよって」

 

 ――――。

 

 ごめん。

 

 ごめんね。

 

 口に出しそうになった。モニカはやはり少し困惑したような顔で言った。

 

「あの……なんでマオ様が悲しそうな顔をするのですか?」

「いや、ううん。なんでもないよ。答えてくれてありがと」

「……?」

 

 モニカは一度あたしに頭を下げて離れていく。

 

「なんだあの質問は」

 

 ニーナが背中をぽんと叩いてから聞いてくる。気を抜くと、「だめになってしまいそう」な気がするから頭を振る。

 

「なんでもないよ」

 



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ウルバン 剣とかいろいろやりたいひと~おいで③

 

時間がたつと段々と生徒が集まってくる。みんなあたしと同じ格好、つまりフェリックス学園の制服を着ているけれどそれぞれ武器を持っている。当たり前だけど男の子が多いな、

 

 剣とか槍とかが多いかな。ウルバン先生はもともと「剣聖」とか呼ばれていたらしいからそれでかな……そこでふと思いだした。授業にはそれぞれ名前がある、ゲオルグ先生もリリス先生にもあった。そしてウルバン先生は妙にフランクな「剣とかいろいろやりたいひと~おいで~」とかだったはず。

 

 うーん。今肩に担いでる魔銃はやっぱり場違いかも……。

 

 といっても剣とかはからっきし使えない。魔王だった時も使ってなかった……あ、いや使えないわけじゃないか。あれをすればいいし……でも魔力のない今の体では無理だ。

 

 ワイワイと生徒たちが集まって話をしている。うう、び、微妙に遠巻きにされているのは感じる。横にニーナがいなかったら独りぼっちだったかもしれない。それに――

 

 視線を移すとハルバードを抱えたワインレッドの髪の魔族……モニカがたたずんでいる。彼女をみんなちらちらとみてからひそひそと話をしている。あたしはそれが何となく嫌でモニカに近づこうとすると、それを制するようにモニカがじっと見てくる。

 

 だめだ。とりあえず今日はどうしようもない。

 

 そんな風に悩んでいるとウルバン先生が戻ってきた。それでざわめきが大きくなる。なんたって横にはもう一人の魔族である青い軍服を着たフェリシアがいるのだから。みんな困惑して当然かもしれない。

 

「ああ、みんな集まったね。じゃあ僕の授業を始めようか」

 

 張りのある声。ウルバン先生は両腕を組む、今気がついたけど日焼けした腕は意外に太く、そして無数の傷があった。

 

「僕の授業は簡単で、武器の扱いを教えることにしているけどね。流石に僕が使えないものは教えられないから。その時は剣を貸すからね。それじゃあ」

「すみません」

 

 ウルバン先生を呼び止めた生徒がいる。男の子だった燃えるような赤い髪、すらっとした体形で整った顔立ちをしていた。彼が前に出てきて、生徒の中の女の子が小さくうれしそうな声を出しているのが聞こえる。彼の腰には白い剣が吊ってある。

 

「僕はアルフレート・フォン・ロシウスです。剣聖として名高い先生に教えをいただけること光栄に思います」

「いやいやー。そんな肩書なんの役にも立たないよ」

「しかし、一つだけ疑問があります」

「何かな?」

「なぜここに魔族がいるのでしょうか?」

 

 彼はフェリシアを指さす。

 

「大仰な武器を抱えるもう一人は一応認められた生徒と考えていいでしょうが、そこにいるのは明らかに部外者かと思います」

 

 その物言いがあたしはムカッとした。ただ、周りはなんだか応援している雰囲気があった。好奇の目にさらされたフェリシアははっと鼻で笑う。

 

「確かに私は部外者ですが、望んでここにいるわけじゃありません。この男に無理やりここに連れてきただけです」

「僕は先生に聞いているんだ」

 

 アルフレートはフェリシアから視線を外す。嫌悪感を滲ませながら彼は冷たい態度を取る。ウルバン先生は返した。

 

「彼女は僕の弟子だからね」

「はあ?」

「はあ?」

 

 フェリシアとアルフレートの声がハモった。アルフレート目元に指をあてて言う。

 

「魔族の弟子を取っておられるんですか? ……失礼ながら、それはいかがかと」

 

 フェリシアが遮った。

 

「いや、私はこの男の弟子などではありませんし。むしろ今すぐにでも帰りたいのですが」

「あっはっは」

 

 なぜかウルバン先生は笑った。ひとしきり笑った後にあたしと目が合った。

 

「そういうところマオ君はどう思う?」

「えっ?」

 

 みんなの視線があたしに集まる。え? なんであたしに聞かれてるんだろう。というか「そういうところ」ってなに??。モニカははっとしてなんだか心配そうな顔をしている。ニーナは小声で「まずい」とかすでに言っている。まずいって何が!? まだなにもいってないけど……!?

 

「え、えーと」

「思ったことをそのままに言っていいよマオ君。アルフレート君の意見はどうかな」

「ど、どうって言われても」

 

 フェリシアの態度を見ると弟子じゃないって明らかだし。いや、さっきのやり取りを見るだけでも違うと思うし……うーん。

 

「魔族とかそういのは別にどうでもいいんじゃない……?」

 

 そういったときに周りから失笑が起こった。当のアルフレートだけはあたしを睨むような顔をしている。彼は言った。

 

「君は確か剣の勇者の子孫であるミラスティアさんを利用して入学時の首席を取ったと聞くが、魔族の襲撃事件にもかかわっているのだろう? 彼らの危険性がまだわからないのか。平和な王都を脅かす事件がつい最近にあったというのに」

 

 フェリシアはふんと笑う「平和な王都……ね」と吐き捨てるように言う。

 

 あたしはアルフレートに近づく。

 

「それフェリシアと関係ないじゃん」

「……あの魔族の名前を知っているのか? ……確かに彼女とは関係ないかもしれないが、その潜在的な危険性を言っているんだ。そんなこともわからないのか?」

「……わかったふりをして言っても駄目だよ。そんなの言いがかりだよ。だからフェリシアとは関係ない。ただそれだけ」

「ふり……? 君は歴史を知らないのか? 魔王などというものが人々をどれだけ傷つけたと思っている。だからこそ――」

「昔のことが今の魔族となんの関係があるの?」

「なんだと?」

「昔あったことで、アルフレートも生まれてなかったような時のことを理由にして魔族を迫害して言うっておかしいじゃん」

「……悪いが君のようなものに呼び捨てにされるようないわれはない」

「アルフレート。なんだか知らないけどさ、言葉が全部人ごとみたい。知りもしないことを、よくわからないままに決めつけてわかったような格好つけ!」

「……き、さま」

 

 アルフレートは剣の柄に手をかけた。体から炎のような魔力が燃え上がる。あたしはとりあえず両手を組む。なんとなくここは逃げるわけにはいかない気がした。顎を上げて偉そうにしてみよう。

 

「ミラスティアさんのことを利用するに飽き足らず、魔族と結託するような輩が……」

「ミラと話をしたことがあるの?」

「なれなれしい口を……彼女とは何度も話をしたことがある。優しく可憐な方だ、君とは似ても似つかない。騙されたんだろう君に」

「まあ、あたしとミラは全く似てないけどさ。あんたさ……ミラこと何にもわかってないなんてもんじゃなくて、そもそもミラが騙されたなんて勝手に決めつけてるのがおかしいんだよ」

 

 あたしは言う。

 

「全部決めつけじゃん。魔族は危険な存在で、ミラは騙されるような女の子って……ぜーんぶアルフレートが勝手に言っているだけの思い込みだよ。魔族なんてひとくくりしてさ、ひとりひとりのことなんて知らないで……それにあたしがミラを騙せるほど頭よくないし!」

 

 アルフレートは剣を抜く。あたしはそう確信して下がった、でもその予想は外れた。アルフレートの手をウルバン先生が抑えたからだ。

 

「あっはっは。楽しい問答だったね。でもねマオ君、君の意見はなかなかに過激だね」

「そうかな」

「そうさ、あまりに示唆的だからね」

「?」

 

 どういうことか考えていると、アルフレートが抗議した。

 

「先生離してください!」

「おお、ごめんごめん」

 

 ウルバン先生は手を放す。それでアルフレートはふんと鼻を鳴らす。ウルバン先生は自らの剣を抜いた。

 

 その抜く、という行為がなんだかきれいだった。ただ剣を抜いただけなのに無駄をまるで感じさせない洗練された何かを感じた。先生の剣は刀身が長い普通の剣だった。でも彼はそれを一度振って、アルフレートに見せる。

 

「アルフレート君。これ、なにかな」

「何とは」

「そのまま答えていいよ」

「剣ですか……?」

「ぶっぶー」

 

 ウルバン先生はあたしに近づいてきて、剣のおなかでこつんと頭を叩いた。……よけられなかった。

 

「これね鈍器なのよ」

「な、なんで叩いたのさ」

「ああ、ごめんごめんマオ君。そうだな、君、これ何に見える?」

 

 ウルバン先生は次はニーナに言った。ニーナは「えっ」とうろたようだったが、少し考えて言った。

 

「鈍器……それに剣ですか」

「ぶっぶー」

 

 ウルバン先生は床に剣を刺した。石の床にすらりと刺さった。

 

「これね、杖なのよ。最近腰が痛くてね」

 

 歩くジェスチャーを交えた彼の仕草。周りの生徒は笑う。

 

 ニーナは納得いかないような顔をしている。

 

 ウルバン先生は次にフェリシアに言う。

 

「フェリシア君、きみはこれが何に見える?」

「さあ、答えたことと外したことを言うのでは?」

「どうかな。君もアルフレート君と同じように気取っているところがあるね、間違いを恐れても立ち止まるだけだよ」

「……」

 

 ウルバン先生はあたしに向き直った。剣を持って言う。

 

「これ、なに?」

「…………」

 

 あたしを見るウルバン先生をまっすぐに見返す。

 

「それは……剣だよ。でもさ、見方次第……使い方次第でいろんなものになれるよね」

「うん。そうだね」

 

 ウルバン先生は剣を鞘に収める。しゃっと音を立てて流れるように納刀する。綺麗だった。彼は柄に手を当てたまま生徒を見回す。

 

「確かにこれは剣だ、でもいろんな側面を持っている。切れないところで叩けば鈍器になるし、杖にもできる。他の使い方もあるかもしれない。君たちにまず教えておかないといけないことはね、武器を使った戦闘というのは死ぬかもしれないということだ」

 

 アルフレートは「何を当たり前では?」と言った。ウルバン先生はつづける。

 

「そう当たり前だ。でもね死ぬかもしれない時、戦闘をするということはね一つのことにとらわれるんじゃなくていろんなことを考えておくべきなんだ。剣は『剣』に適した形をしているから切ることによく使われるけどね。マオ君、強い相手がいて逃げるときに剣を使うならどうする?」

 

 またいきなりの質問だけど、あたしは答えた。

 

「投げるかな」

「ははは、それもいいね。……こんな感じで君たちが冒険者になるなら常に考えていなくてはいけない」

「先生」

 

 アルフレートが叫んだ。

 

「そんなことは先ほどまでのその娘の言うことと何の関係があるのですか? 魔族の危険性を……」

 

 そこで何かに思い当たったらしく一度言葉に詰まらせる。

 

「いや、実際に魔族は各地で事件を起こしています。彼らの危険性は常に考えておくべき問題なのです。その『見方』が間違っているのですか?」

「いいや、アルフレート君。君の言うことも間違ってないと思うよ。しかしマオ君の考え。ようするに『見方」はどうかな? 間違っているかな」

「………………間違っています。彼女はあまりに無知で、愚かです。魔族というものを何も知らずに語っている……。人々を傷つける彼らがどれだけの脅威なのかをわかっていません。もしもまた彼らが戦乱を起こしたとすれば……戦争の悲惨さを歴史を知らない彼女は分かっていません」

 

 そうだね。

 

 あたしは『今の魔族』を知らない。

 

 ウルバン先生は言った。

 

「フーン。そうかな。まあ、いいか。それじゃあそろそろ今日の授業をしようか」

 

 ……ええ?……この流れてそうなるの?

 

「マオ君は剣を用意して」

「あ、あたしが剣を……?」

「そうそう。みんなの前でこのアルフレート君と模擬戦をしてもらうから」

 

 ……!? はああ??

 

 アルフレートもぽかんとしている。というか生徒全員がたぶんこう思っている!

 

 ――何言ってんだこいつ!

 

 

 

 

 

 



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模擬戦

 

 剣。

 

 正直全然よくわかってない。むしろ昔にミラの先祖から斬りかかられたことはほんと数えきれないほどにある。……今思い出しても……ああ、怖かったなぁ。

 

 でも、いきなり模擬戦……つまり勝負ってことだよね? どうすればいいのだろう。

 

「ちょっと待ってください」

 

 ニーナが言った。あたしの肩を右肩に手を置く。

 

「こいつは剣の心得なんて多分ありません。いきなりそんなことは無理です」

 

 ウルバン先生は軽い感じで返す。

 

「別に負けてどうなるって話でもないし、そんなに固く考えなくてもいいよ。あっはっは。アルフレート君も別にいいだろう」

「僕は…………いいでしょう。彼女程度であればすぐに終わる話です」

 

 アルフレートは剣を抜く。刀身の煌めく。宝石の散りばめられたきれいな剣だった。紅い宝石はおそらく魔石のようなものだ。本来であれば魔力を通して増幅するような装飾だろう。

 

「ああ、そうそう攻撃の魔法とかは禁止だけど、『刃引きの加護』は行うようにね」

 

 加護というのは魔力を使って武器や道具に対して何らかの力を付与するものだ。『刃引きの加護』は刀身に魔力を通して攻撃力を喪失させる、言ってしまえば訓練のためのもので最も簡単なもの。村にいた時ミラとガオが決闘でやっていた。

 

「無論です」

 

 アルフレートは刀身を指でなぞる。彼の剣はほのかな光に包まれた。ウルバン先生は自らの腰に吊った剣を外して鞘ごと渡してくる。白い鞘のそれを手で持つと重い。……単にあたしの力がないだけ。

 

「これを使いなさい」

「……あ、ありがとうございます?」

 

 お礼が疑問形になっちゃった。剣を引き抜くのに苦戦してなんとか抜く。ウルバン先生みたいに鮮やかにはいかない。アルフレートのように「刃引きの加護」を……と思ったところで気がついた。

 

「あ、あのさ」

 

 あたしは片手を上げる。

 

「魔力が足りなくてできないかも」

 

 ウルバン先生が口を開きかけた時、周りから失笑が漏れた。アルフレートもふんと嘲るように笑う。まあ、炎とか氷の加護を付与するなんてことではないくて純粋に刀身を魔力で包むだけ。しかも、少し心得があれば誰だってできる程度の物だ。なんたってあたしの時代から同じことしてた。

 

 ひとしきり笑い声を聞きながらどうしようかと思っていたら、叫ぶような声が聞こえた。

 

「あの!」

 

 全員がそちらを見る。モニカがハルバードを手にアルフレートを睨みつけていた。いや、全員を見回している。敵意すら感じるような強い眼光放つ、いつも優しい彼女がする表情ではなかった。

 

「模擬戦をするなら私の方が適任と思います。武器の扱いは慣れていますし……その赤い髪の人程度であれば、そんなに時間はかかりません」

 

 モニカが挑発をした…? アルフレートは返す。

 

「魔族の分際で……いいだろう、このマオの後でも前でもやってあげよう」

「こらこら。勝手に決めない」

 

 ウルバン先生は変わらない。

 

「モニカ君だね。このマオ君とアルフレート君の模擬戦は理由があって行ってもらいたいものではあるんだよ。まあ、うん……君は優しい子だね」

「……」

 

 モニカはウルバン先生すら睨んでいる。その目は問いかけているようだった。でも彼は答えない。

 

「よかったらマオ君の剣に加護を授けてあげるのはどうかな? 君が何を言おうとここは僕の授業だからさ。変わらないよ」

 

 まだ何か言おうするモニカに対してあたしは言った。

 

「そうだね、モニカにやってもらえるなら安心だよ。お願いできないかな?」

 

 一度モニカはうつむいてからあたしを見る。泣きそうな顔だった。

 

 

 剣にモニカが手を添える。ほのかな光に刀身が輝く。これで加護の付与は終わりだ。斬れない剣の出来上がり。

 

「ありがと」

「……」

 

 モニカはうつむいたままだ。前髪が目にかかって目元が見えない。彼女の手が下がってあたしの手をつねる。え?? 痛い?? いたいって!

 

「マオ様」

 

 誰にも聞こえないくらい小さな声で言う。

 

「なんでフェリシアなんてかばうのですか?」

 

 彼女はつづける。

 

「あの子は……あなたの敵ですよ?」

 

 隠れた目元から少しだけ光るように流れる何かが見える。

 

「なんであの子をかばってあなたがみんなに馬鹿にされないといけないんですか? 私は……私は貴方にも怒っています」

 

 それだけ言ってモニカは手を放す。その時「すみません」と付け加えてきた。……あたしはつねられた手を見て、やっとわかった。この子はあたしのことを思って、アルフレートを挑発するようなことすらしたんだ。

 

「ありがと、モニカ」

「……」

 

 モニカはしばらく黙っていた。そして一言だけ言った。

 

「バカ」

 

 すぐに背を向けて離れていく。あはは。モニカからもついに言われた。まあいいや。

 

 生徒が離れていく。ニーナに魔銃の入った包みを預ける。

 

「無理をするなよ」

 

 って言ってくれた。ま、やれるだけやってみるよ。手に持った剣は重いし、まともに振ることができない気がする。うーん。こうして考えるとほんっとこのいまの体って力がないなぁ。村でもスキとかクワとか扱うの大変だった。

 

 アルフレートとあたしが対峙して審判役にウルバン先生が真ん中につく。

 

「それじゃあ、模擬戦を始めようか。勝負としては身体を強化する魔法以外は禁止。あくまで武器を使った訓練だからね。相手の急所に剣を当てたらとりあえず勝負ありかな」

 

 まあとにかく剣を当てたらいいってことか。あたしは肩に剣を担ぐように構える。

 

 アルフレートは長身……とっても小柄なあたしからみて大きいんだけど。剣を構えて体に魔力を見みなぎらせている。身体強化を魔力で行うって言ってもあたしにはそんなことはできない。

 

「安心したまえ。すぐに勝負など終わる。恥じることはない。もともと魔力もまともに持たない落ちこぼれだからな。君は」

「……ふー」

 

 好き放題言ってくれるなぁ。んーー。そうだな。あたしは挑発もかねてにやーりって感じで笑ってやる

 

「そんなあたし……マオ様に負けた時のいーわけを考えておいた方がいいよ」

 

 アルフレートは……黙ったままだけど、感じる敵意は強くなった。

 

 

 



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模擬戦②

 

「それじゃあ、はじめ」

 

 ウルバン先生の合図。次の瞬間に剣を構えたアルフレートの体から燃えるような魔力が昇った。一瞬のその体が揺らぐように見えた。

 

「うわ!」

 

 あたしはその瞬間に横に避ける。一瞬遅れて飛び込んできたアルフレートの斬撃がかすめる。ちっと彼が舌打ちをするのが聞こえた。

 

 周りから歓声が上がる。アルフレートを応援する声が響く、今はムシムシ。

 

 あたしは剣を担いだままに少し離れる。動きを止めているとすぐに次の攻撃が来る。だからは円を描くようにアルフレートの周りを動く。

 

「なんのつもりだ君は」

 

 そんなこと言われてもさ。今できることなんてこれくらいしかない。まともに剣と剣をぶつけ合って切り結んでも絶対勝てないってことは分かっている。

 

 アルフレートはきっと才能に恵まれた男の子だと思う。豊富な魔力、それにさっきの斬撃が彼の修練の物語っている気がする。もちろんミラほどでもないけれど……それでもあたしなんて相手にならない。攻撃の魔法は禁止だからそれで

 

 それは彼もわかっているみたいで動くあたしを睨んで無理に攻撃してこない。魔銃であれば多少の力の差があっても工夫のしようもあるけどさ。今肩に担いでいる剣を振ったって簡単に防がれるだろう。剣を投げてもいいけどたぶん同じ。

 

 アルフレートは剣を向けてくる。

 

「そのように逃げていては勝負にならない。正々堂々に撃ち合ったらどうか」

「べー」

 

 動きながら舌を出す。アルフレートはそれで一瞬あっけにとられた顔をして……怒り出した。

 

「平民が……」

 

 魔力が彼の体を包み込む。一歩、踏み込んでくる。その前にあたしは後ろに全力で下がった。また紙一重で斬撃をかわす。今度は連撃、さらに一歩アルフレートが踏み込む。

 

 横に転がってかわす。しっかり立ち上がらずにわたわた何とか走って逃げる。はあはあ。どうしようか。周りからはあたしの滑稽さを嘲笑う声がする。

 

「マオ! 私と一緒に戦ったクリスとかいう魔族の方がずっと格上だぞ!」

 

 ニーナが応援をしてくれる。確かにアルフレートよりはクリスの方が強い。あの双剣はよけにくかった。

 

「クリス?……マオ様が?」

 

 何か聞こえたけど今は迫ってくるアルフレートをどうにかしないといけない。

 

「ちょこまかと動き回るな」

 

 アルフレートが突進して突きを放つ。体勢を崩してよける。はあはあ。ほんとしんどい。息を整えようとあたしが大きく空気を吸った。

 

 その瞬間に彼の体からさらに光がはなつ。彼の魔力が足元に収束して石の床を蹴る。全速力でアルフレートが踏み込んでくる。

 

「終わりだ!」

 

 目の前に踏みこんだその顔は勝利を確信している。彼は剣を振り下ろす。

 

 それは幸運だった。たまたまあたしは剣を担いだよう持っていたから、その斬撃をとっさに剣で防ぐことができた。火花が散る。じーんと手にしびれるような痛みが広がる。後ろに下がって危うく転びかけた。

 

「いてて……!」

 

 手が痛い。涙が出そう。こんなのミラは平気な顔でできるのすごい。

 

「くっ」

 

 アルフレートも勢いあまって少しよろけた。

 

 そうでなかったら追撃でやられていたと思う。あたしはすかさず距離を取る。

 

「しぶとい奴だ……」

 

 まあ、しぶといくらいじゃないと生き残れなかったかもしれないしね。今のはたまたま剣を持っている「位置」がよかったのは否定しないよ。……そうか、位置か。

 

「まあ、あんたくらいのへっぽこならさ。こんなもんだよ」

「何?」

 

 アルフレートは安い挑発に付き合ってくれる。……妙なはなしだけど案外素直なのかも。でも彼はあたしを仕留めるためにさっきと同様に魔力で体を強化する。鉄仮面やニーナの使う「術式」とは違って外から体を強化する魔法はどこを強化するのか結構わかる。

 

 足にアルフレートは力を込める。あたしは初めて剣を両手で持って前に構えた。

 

 アルフレート位置はあそこ。自分はここ。そして剣を握る。

 

 魔力が収束していく。アルフレートが踏み込んでくる。

 

 ――その瞬間にあたしも前に出る。そのまま剣を横に構えて、思いっきり力を籠める!!!

 

 がきーんって音がした。いってー! 手がしびれる。構えた剣におもいっきり何かがぶつかった感触がした。ぶつかる瞬間は見えていなかったけど。ずさっと後ろでアルフレートが倒れる音がした。

 

「痛った……!」

 

 剣を床に捨ててあたしは両手にふーふーと息を吹きかける。赤くなってるし……。涙が出てくる。そんな感じだから周りが静かなのは後で思い返すまで気にならなかった。

 

「それまでだね。マオ君の勝ち」

 

 ウルバン先生がそう言った。その瞬間に生徒たちから悲鳴のような声や抗議の声が聞こえた。

 

 後ろを振り向くとアルフレートが頭を押さえながら立ち上がってくる。額から血を流している。手で押さえながらぎらぎらとした目であたしを見てきた。……痛そう……やりすぎたかな。

 

「まて……今のは納得がいかない……! 僕の全力の踏み込みに……たまたまその女の剣が当たっただけです。もう一度、もう一度させてください」

「いや、医務室とか行った方がいいよ」

 

 あたしの本心からの言葉を聞いてアルフレートは憎しみの目で見てくる。

 

「まあまあアルフレート君」

 

 ウルバン先生が前に出た。

 

「さっきも言ったけどこれは単なる模擬戦だから。負けたり勝ったりは当たり前だしね。君は治療をするべきだよ」

「納得がいきません。こんな……無様な」

「そうかな……君は君の弱点をつかれて負けた。ただそれだけだけどね」

「弱点……?」

 

 そう、それくらいしか勝ち目がなかったから。ウルバン先生は周りの生徒を前に言う。

 

「アルフレート君は類まれなる才能があるのはみんな見ての通りだけどね、彼はその魔力によって強化された自分の体に振り回されたね。さっき一度目の踏み込みで一撃で体を支えきれずにふらついたね。……マオ君」

 

 いきなり呼ばれていつもびっくりする。と、とりあえず返事をする。

 

「……はい」

「君はその弱点を見抜いてわざと挑発して同じように突っ込ませた。突進する間の方向転換はアルフレート君にはまだまだ無理だ。だからぶつかる位置にわざと剣を構えた、あとは君が突っ込んできて終わり」

 

 わかった? とウルバン先生が言うとアルフレートはぎりと歯ぎしりをした。

 

「そ、そんな戦い方があるわけがありません……剣を振るわけでもない……そんな邪道な」

「さっき言った通りだよ。アルフレート君。剣なんて使い方次第でほかの道具にもなる。それをマオ君が実践した。ただそれだけだよ。それに君は彼女を侮って油断していた……だから負けたんだ」

「それは、それは当然でしょう! 見てください!!」

 

 アルフレートがあたしを指さしてくる。

 

「魔力もない! 剣の心得もない! こんな小物を僕が相手していること自体がおかしいんだ!」

 

 うーん言ってくれるなぁ。でも、あたしは両手を組んで黙っていよう。これ以上こじれても駄目な気がする。

 

「あはは。君は勘違いしているなあ。そこにいるのはかわいらしい少女じゃあないよ、ねえマオ君」

「……? それってどういう意味」

「どういう意味もなにもそのままさ。君は見た目も程かわいくない経歴を持っているだろう?」

「……」

 

 ウルバン先生の刺すような眼光。あたしは思わず後ろに下がって距離を取る。

 

「……ほらね」

 

 いや、なにがほらねなのか分からない……でも今のは『殺気』だ。でもウルバン先生はすぐに表情を和らげる。にこにこと好々爺に戻った。彼はあたしに近づいてきて、ぽんと肩を叩く。それであたしにしか聞こえないくらいの声で言った。

 

「君の反応はすべて速すぎる。相手の姿勢や魔力の流れで次の行動を『読んで』いるからアルフレート君の攻撃は一切当たらない。そうだろう? 相手の行動が成立する前に未来を予知しているに近いね。僕の放った殺気にもちゃんと反応するなんてこともそれなりの達人じゃないと難しいものだよ」

「……」

「それはね才能とかだけじゃ補えない。そうだね、異常なほどの戦闘経験を感じる。もしかしたら僕よりも……なんてね。それは君の歳から考えるとおかしいけど」

「……」

 

 からからと先生は笑う。あたしはこの人の怖さを見誤っていたのかもしれない。

 

「まあ」

 

 ぽんぽんとあたしの頭をなでる先生。

 

「今はかわいい僕の生徒ってことで」

 

 うーん? 複雑な気分。

 

 ……そんなことを思っているとアルフレートがへたり込んだ。た、たぶんあれはまずい気がする。「刃引きの加護」をしていても頭を強く打った……いや打っちゃったってこだから。

 

 

 んー

 

 体を伸ばす。もうお昼過ぎだ。アルフレートが医務室に行った後にウルバン先生の授業はそれぞれの持ってきた武器の講義になった。たまに簡易的な模擬戦を取り入れながらの実践と基礎を繰り返すようなものだった。

 

 あたしの「魔銃」は流石に先生も「わからない」ってことで剣をまた貸してもらって、剣術の手ほどきを受けた。剣の握りから振り方なんかを習ったんだけど……疲れた。明日には筋肉痛になりそう。

 

「また目立ったなお前」

 

 ニーナは武器ではなくて格闘術を先生から習ったみたい。あの人は何でもできるのかもしれない。途中からモニカとフェリシアの姿が見えなくなったけど、どうしたんだろうか。

 

 生徒たちはそれぞれグループを作ったりしてウルバン先生がそれぞれに与える課題をしてた。画一的というよりはそれぞればらばらにでも的確なアドバイスをするのを見た。

 

 まー仕方ないけどあたしはニーナと2人。

 

「し、仕方ないじゃん」

「そうかな……まあ、今回は突っかかられた……。いやお前はいつもトラブルを吸引している気がする。前も、前の前の授業も」

「う、うう」

 

 反論しにくい……。あたしは肩にかけた魔銃の包みを掴む。

 

「とにかく今日は帰ろう! おなか減ったし……早く寝たいよ」

「休みたいのは同じだな……ああ、そうだ。そういえば王都には公衆浴場というのがあると聞いたことが……」

 

 ――待て! そこの女!」

 

 振り返った。頭に包帯を巻いたアルフレートが立っている。

 

「あ! もう平気なの?」

「……このまま帰すわけにはいかない。僕は君に決闘を申し込む」

 

 勘弁してほしい……疲れたんだよ。アルフレートが剣を抜いてあたしに向けてくる。

 

「あたしの負けでいいよ。今日は帰りたい」

「貴様……ぁ。僕をどれだけ愚弄すれば気がするんだ」

「……はあ」

 

 あたしはつかつかとアルフレートに近寄る、両手を組んで剣の前に立つ。

 

「愚弄とかしてないよ」

「その態度が僕をバカにしているんだ! 貴様のようにまともに何もできず、ミラスティアさんを利用して成り上がろうとするダニが偉そうにする――」

 

 アルフレートの右頬にニーナの拳が叩きこまれる。ええ!? アルフレートは後ろに倒れた!

 

「いい加減にしろ」

「に、ニーナ」

「『刃引きの加護』をしないで相手に武器を突き付けるなど許されることじゃない。はあ、確かこいつ貴族だったな……面倒がないといいが」

「そうだね、マオ君もニーナ君も大変だねぇ」

 

 !!!!!!!??? 急にウルバン先生が現れた。あたしとニーナはびっくりして飛び上がった。彼はけらけらいたずらが成功したように笑う。

 

「ちょっと悪いんだけど君たち二人とアルフレート君は決着をつけないとこのままじゃあよくないよね」

 

 そうかもしれないけど……もう彼と戦うとかは嫌だよ。特に今日は。

 

「あははっ、とりあえず訓練場にもう一度来てくれるかな。ほらほら」

 

「えー」

 

 やだなぁ……でもウルバン先生はニーナとあたしの背中を押してくる。

 

「もう、ニーナって誰からでもいわれるのは仕方ないのか?」

 

 なんかニーナはしょぼんとしているし。アルフレートもウルバン先生が無理やり立たせて連れてくる。

 

 

 訓練場の中は静かだった。生徒たちはみんな帰っているみたいだ。いや、真ん中に誰かが立っている。

 

 ワインレッドのかわいいくせっ毛、白い肌にとがった耳にフェリックスの制服を着た彼女は、大きなハルバードを携えている。

 

「来ましたねマオ様」

「……モニカ?」

 

 モニカを中心として魔力が迸る。ハルバードは光を纏い『刃引きの加護』が付与される。彼女の瞳がぎらりと光る。彼女はハルバードを振ると風が渦巻く。

 

「申し訳ありませんマオ様。先生からの命でこの場であなたを打ち倒します」

 

 銀の大斧を携え彼女は言った。

 

 




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モニカという少女

 

 あまりのことに目の前のことが分からなかった。あたしが何かを言う前にモニカはハルバードをあたしに向ける。あたしとニーナはお互いに目を見合わせる。ニーナも困惑した表情をしている。

 

「マオ様。あなたの武器である魔銃を使っても構いません。真剣にやりましょう」

「ちょ、ちょっと待ってよモニカ、いきなりどうしたの!?」

「……さっき言ったではありませんか。ウルバン先生からの命です」

 

 あたしが振り返るとウルバン先生は肩をすくめる。横にはアルフレートがいた。

 

 流石にどういうことか説明してほしい。あたしはそう言った。

 

「そうだね。理由はいくつかあるけど、まず君の本当の実力を見せてほしいという気持ちがあるかな。このアルフレート君もそうじゃないと結局は納得しないだろう?」

「……いや、そんなこと……モニカと戦うなんて理由にはならないじゃん!」

「安心していいよ。これはさっきと同じ単なる模擬戦だから」

 

 武器を構えるモニカの雰囲気。飲まれそうになるようなそれは「単なる模擬戦」なんて話じゃない。

 

「あはは。マオさん。私が説明してあげましょうか?」

 

 声のした方にはフェリシアがたたずんでいた。両手を組んで嘲るような表情をあたしに向けてくる。彼女が近寄ってくる。歩くたびにかつかつと音がする。

 

「さっきのそこにいる赤毛との会話。私をかばってくださってどうもありがとうございました」

 

 はっと笑いながらフェリシアが言う。

 

「人間様はお偉いですからね。敵として対した私もかばうなんてすばらしいことです」

 

 ぱちぱちと手を叩く。にっこり笑って彼女は言う。

 

「反吐が出ますね」

「なっ」

 

 あたしよりニーナが反応した。

 

「貴様。なんだその言いぐさは!」

「ああ、力の勇者の子孫さんでしたっけ。確か『聖甲』の継承もできてない出来損ないでしたね」

「……!」

 

 ニーナの体から炎が巻き上がる。フェリシアはつづける。

 

「……おや? 怒りましたか? だいたい力の勇者だろうが聖なる武器だろうが、殺戮者と殺戮の道具に過ぎないのですからどうでもいいではないですか」

 

 ――その瞬間にわかった。ニーナが飛び出そうとするのが、だからあたしは抱き着いた。

 

「離せ! マオ」

「だめだよニーナ!」

「く、くそ」

 

 ニーナに抱き着いたままに言う。

 

「フェリシア! 意味のない挑発はやめてよ」

「ああ、うるさい声。私は貴方が嫌いですのであまり気安く呼ばないいただけますか? ……まあ、今回はお前らには楽しい話ですからね」

 

 楽しい話……?。フェリシアはモニカの肩を持つ。

 

「この子の母親はですね。お前ら人間に惨殺されているんですよ」

 

 訓練場の中を静寂が覆う。あたしとニーナは何も言えない。ただ、モニカが口を開いた。

 

「そうです。マオ様、ニーナ様。私の母は幼い私をかばって……殺されました。……お前ら人間に」

 

 ハルバードを持つ手が魔力で光る。

 

「私は父ギリアムに王都に連れてこられて、大勢の人間に出会ってきました。……来る日も来る日も数百年前のことを持ち出しては罵ってくる人間の醜さを見てきました。黙っていても反論しても必ず悪役は魔族である私です」

 

 出会ったときのこと、ロイの事件の後もモニカは人の憎悪にさらされていたのをあたしは見ている。でも、モニカは笑った。悲しそうに。

 

「意味が分かりますか? 私は分かりませんでした。母と私はですね、魔族の自治領の中でたまたまやってきた王族の狩りか何かの『的』にされたんですよ? ……でも母……お母さんの死因は事故死なんです。人間との友好のために……」

 

 ワインレッドの髪が揺れる。

 

「マオ様もニーナ様もいい人です。そう、いい人間です。……でも人間なんですよ。Fランクの依頼……人間のいい部分を見ることができた……それでも、これだけ豊かな王都で暮らしていたら当たり前じゃないですか! ある日に遊び半分で殺されることもありませんからね!」

 

 モニカの言葉が終わってもあたしは何も言えなかった。彼女ははあはあと肩を上下させる。

 

「わかりましたかマオ様? 所詮人間と魔族は相いれません。あなたの奇妙な魔族への同情なんて何の意味もないのですよ」

 

 あたしは……ニーナを離して前に出る。モニカがなんで急にこんな風に心の奥底にしまっていたと思う言葉を吐き出してくれたのかはわからない。

 

 フェリシアが愉快そうに言う。

 

「あははは、どうですかマオさん。オトモダチごっこの結末を聞かされる気分は。あはは。面白いですよねぇ。見下していた魔族のモニカちゃんは実は心の底ではあなたも含めてみーんな憎しみで見ていたんですよ。感想とか聞けたら嬉しいですけど、どうでしょう?」

「……」

「ショックですか? 何か言ってあげたらいいのですか? このモニカという元オトモダチに」

「モニカ」

 

 あたしの声に彼女は少し顔を上げる。何かにおびえているように見えた。

 

「あたしたちは友達だからさ」

 

 驚いたような顔でモニカが一歩後ろに下がる。フェリシアは「はあ?」と苦虫を嚙み潰したように言う。その時あたしは次の言葉を探した。いや、探したというよりは自然に口に出た。

 

「あたしさ。故郷にいるときにめちゃくちゃやばい失敗をしたことがあるんだ」

 

 ――ミラスティアが村に来た時に冗談で「魔王の生まれ変わり」って本当のことを言った。

 

「それ、本当に全部、そうだね。あたし自身が死んでしまうくらいにひどいことだったと思う」

「なんの話をしているのですか?……マオ様」

「なんの話なんだろう、自分で言っててもまとまりがないのは分かっている」

 

 あたしは訓練場の天井を見た。ガラスの天井の向こうに青空が広がっている。

 

 あの船でのこと。今の魔王との戦った後、ミラスティアが言ってくれたこと。あたしを過去の『魔王』だと知ってもあの子は言ってくれた。

 

 ――「私はマオを見てきたんだ! 今までのことが嘘だとは私は信じない! マオとはまだ一緒にいたいよ!」

 

 

 いつの間にか胸に手を当てていた。意識してのことじゃない。

 

「あたしもさ。モニカを見てきた。いつも一生懸命で、優しくて、たまにどこかのなまった言葉を使うあたしの親友の一人」

 

 王都での出会いからのことが思い出が流れていく気がする。モニカは笑ったり、泣いたり、怒ったりしてくれる。

 

 そんな彼女にあたしは手を伸ばす。

 

「モニカがあたしのことを嫌いでも憎んでもそれでもいいよ。それでもあたしはさ、モニカのことが大好き」

 

 モニカが目を見開く。何も言わずにあたしの顔を見る。

 

 だからなのかフェリシアが叫んだ。

 

「何を、なにを言っているんですか? さっきモニカが言ったことを聞いていなかったのですか? お前ら人間が何をしたのか! わからないくらいにバカなのですか!?」

 

 あたしは――

 

「口をはさむな!」

 

 ニーナの声が響く。

 

「私は、私には、魔族への偏見がある……こいつと……マオと口論したこともある……。それでもモニカと過ごした時間は……楽しかった」

 

 ニーナ……。うん、そうだね。あたしはモニカをまっすぐに見た。伸ばした手から逃げるように彼女は首を振る。

 

「……卑怯。卑怯ですよ」

 

 モニカが下がる。それをフェリシアがとどめる。

 

「いいんですか? モニカさん。あなたはあの人間とのかかわりを断つのでしょう?」

「……」

「人間と魔族が相いれるとでも思っているのですか?!」

 

 モニカは泣きそうな顔をあたしに向けてくる。

 

「マオ様……。出会ってからずっと、ずっとあなたには驚いてばかりなのに……でも、でも私は貴方とはもう一緒に居るべきではないです」

「……やっぱり、あたしたちのことが嫌いだった……?」

「違う!」

 

 モニカはハッとした。頭を抱えるようにして彼女は言った。

 

「……違う、違います。……私も……マオ様とニーナ様とミラ様とラナ様とのみんなとのことも、王都の人たちのことも楽しかったんです……でも、でも、いつも夢に見るんです……みんな私が魔族だからいつか嫌いになるんじゃないかって、今のすべては壊れるんじゃないかって」

 

 彼女は膝をついた。

 

「それなのにいつもみんな優しくて……それなのに、マオ様が魔族をかばって人に傷つけられることが目の前であって。私には何もできなくて……」

 

 

「いやだ、いやだ、いやだ。私は大好きなマオ様が魔族のことで傷つけられるのを見たくない。だから離れたいんです……」

 

 フェリシアがが「ちっ」と舌打ちをする。心底不愉快そうな顔をした。

 

 そっか。やっぱりモニカはいつものモニカなんだ。……でも、それでも彼女が叫んだことは嘘だったわけじゃないと思う。心の奥にはきっといつも合ったことに苦しんでいたんだと思う。その悲しみも苦しみも取り去ってあげられるわけでもないそれでも、一緒に居たい。

 

 あたしは、強引にでもモニカと一緒に居たいんだ。

 

 振り返る。そこにはウルバン先生がいた。

 

「先生。確かあたしとモニカの模擬戦をするって言ったよね」

「……ん。そうだね」

「……モニカ!」

 

 モニカはハッと顔を上げる。涙に顔が濡れている。そんな彼女にあたしは指を指す。そしてウインクした。

 

「あたしはさ。強いから。モニカには負けない。……だからあたしが勝ったらまた一緒に居よう!」

 

 あたしは魔銃の包みを取る。白い銃身に装飾を施したクールブロンを手に取る。

 

 モニカはハルバードを手に立ち上がる。

 

「マオ様……それでも私は貴方から離れるべきという気持ちは変わりません……! ……今日、ここで私は貴方を倒します……!」

 

 モニカの体から魔力が沸き上がる。

 

 

 

 



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モニカという少女②

 

 魔族の力は人間よりもずっと強い。魔力で身体能力を強化しなければモニカのような少女にも人は敵わない。そして人間よりも魔族は先天的に魔力をその身に多く宿すことが多い。

 

 ――だからこそ人は魔族を恐れる。

 

 ――だからこそ魔族は人を侮る。

 

 そんなのはずっと昔からあることだ。あたしの魔王だった時代からそうだった。魔族として人が自分たちを恐れる理由も頭ではわかっていたことだ。それでも「人」として生まれ変わって本当に人間の気持ちが分かったかもしれない。

 

 モニカの体から魔力があふれ出る。自分とほとんど背丈の変わらない彼女が、たぶんあたしでは持てもしない巨大な武器を手に構えている。

 

 魔力の波動を感じる。クリスと戦ったときもロイと戦った気も感じたことだけど、いつも一人ではなかった。右手が少し震えているのが分かる。でもここで引くわけにはいかない。クールブロンを強く握って震えを止める。

 

 モニカが真剣な顔で体を沈めるように構える。

 

「行きます……マオ様」

「来なよ! モニカ!」

 

 爆発するようにモニカが地面を蹴る。振りかぶったハルバードを横に薙ぐのが「わかる」。あたしは逆に前に出てモニカの足元に転がる。

 

 暴風が一瞬遅れて頭の上をかすめる。モニカはよけられたことが信じられないという顔を本当に一瞬だけした。キッとあたし見る。あたしはクールブロンに銃弾を込めてレバーを引く。銃弾を一度掌で覆って『刃引きの加護』をする。

 

 剣そのものから殺傷力を奪うように魔力で覆うのは無理だ。銃弾1つなら可能だ。

 

 ああ、やっぱり魔銃はあたしの持つことのできるほとんど唯一の武器だ。どんな武器でも持つことすらままならないし、振ったり刺したりとかも絶対できない。クールブロンにはめ込まれた魔石に魔力を集めれば引き金を引くだけで攻撃ができる。

 

 倒れたままモニカに銃口を向けて引き金を引く。

 

「……っ!」

 

 一瞬早くモニカが下がり、銃撃は天井に向けて外れた。

 

 数秒の交差。あたしは慌てて立ち上がってまた銃弾を籠める。はあはあ。へへ、この動作に魔力を使う。たったこれだけなのにけっこういっぱいいっぱいなのがあたしだ。

 

 でも、クールブロンには前の魔銃にはない力がある! その装飾に魔力を浸透させる。

 

「モニカさん! その魔銃は相手の魔力を吸収します! 離れなさい!」

 

 フェリシアの声がする。

 

 あたしがクールブロンを構えて白い魔方陣が展開される――モニカが全力で下がった。……むなしく展開された魔法陣。モニカの体から溢れる魔力を一度でも吸収出来れば魔法を使ったりできるのに。

 

 無駄に消費された魔力にあたしは笑う。フェリシアを見た。

 

「あとちょっとだったのに」

「ふん。あなたには不愉快な目にあわせられましたからね。さあ、モニカさんこの小生意気な人間をさっさと始末してください」

 

 魔法陣が収束する。息が切れる。Fランクの依頼の最後にぶっ倒れたように魔力が枯渇すると体が動かなくなる。もう少し大丈夫と思うけど、そんなに長い時間戦えるわけではない。魔力さえあれば『力の勇者の水人形』もだせるのに。

 

「マオ!」

 

 ちらりと呼ばれた方。ニーナを見る。何を言おうか考えているようだったけど、彼女は言った。

 

「頑張れ」

 

 あたしは親指をたててにやりと笑ってやせ我慢を精いっぱいする! それでもどうする? クールブロンに込めた銃弾は一発。外せばまた装填が必要だ。そしてモニカは賢い子だ。さっきの最初の一撃をよけたことで多分、ほんのちょっとでも残っていた油断もなくなった。

 

 クールブロンの魔法陣も射程圏内に来られないと無駄に魔力を消費するだけ。

 

 ふふふ、フェリシアみたいに魔法を使ってきた方がまだ戦いようがある。笑うしかないね。

 

 モニカはじりと間合いを詰めてくる。一切の油断なくわずかずつ。

 

 その真剣な表情。彼女と向き合うだけで空気がぴりぴりとするように感じる。

 

 …………。

 

 それでもそこには敵意とか殺気とか、そんなのはない。

 

 あたしはウルバン先生が言うように多くの戦いを超えてきた。別に褒められることではない。でも、だからこそ相手からの憎悪をはじめとした感情を真正面から受けた経験はあるからこそそれが分かった。

 

 モニカは優しい。ただただ、あたしのために離れていこうとしている。……なら負けるわけにはいかない。

 

そもそもさ魔族だからっていろいろ言われても、それをかばったなんて見られたあたしが何か言われても、そんなことをどうでもいいじゃん。そんなことがモニカと一緒に居られなくなるんて釣り合うわけないよ。

 

 ああ、なんだかむかむかしてきた。あたしはふうと息を吐く。戦いの中ではただ意味のない行為だ。

 

「ねえ、モニカ」

「……マオ様。今は」

「あたしさ、おなか減ったんだよね」

「……は?」

 

 モニカが少しだけ武器を下げる。困ったような顔をしている。

 

「今日一日走り回ったり、ウルバン先生から武器を習ったりして純粋に疲れた。早く帰ってお風呂入ったり、ご飯を食べたりしたいんだ」

「マオ様何を言っておられるのですか?」

「……これ、終わったら一緒に帰ろう。負けた罰で夕ご飯を作るのを手伝ってもらうってどうかな。あたしはその時ベッドに寝たいんだ。ごはんができたらさ、ラナとモニカと。あ、ニーナも一緒に」

「……!」

 

 モニカは一度目を閉じる。

 

「だめですよ、マオ様。この勝負は私が勝ちます。その約束はできません」

「じゃあ、あたしが勝ったらでいいよ。約束してほしい」

「………………」

 

 モニカが首を振る。

 

「マオ様……私は、手を抜いたりしません」

 

 モニカの言葉からは誠意が伝わってくる。短い言葉なのに、なんだからいろんなことを言われている気がする。

 

 それなのにあたしは卑怯だ。今、最低な方法を思いついた。

 

「モニカ、最後に一つだけいい?」

「……マオ様!」

 

 モニカが叫んだ。

 

「もういいでしょう!? もういいんですよ! 話しかけないでください!」

「それでも言っておかないといけないんだ。これはあたしが決めたことだから、なにがあってもモニカのせいじゃない」

 

 あたしは振り返らずにいう。

 

「ウルバン先生!」

「ん、なんだい」

 

 反応してくれたウルバン先生の姿を見ずにいう。

 

「どんなことがあってもモニカのせいじゃないよ!」

 

 あたしはクールブロンを構える。モニカは意味が分からないという顔をしているが、すぐに厳しい表情になり武器を握りしめた。体から強力な魔力があふれる。たぶん、最高速であたしに突っ込んでくる。その攻撃をよけることはできないって予感がある。もしよけられたとしても追撃をかわすことはできないだろう。

 

 もう一度モニカに向かい合う。

 

 息を吸う。

 

 魔族の迫害はあたしのせいだ。

 

 人間に負けたから悪い。

 

 でも、勝ったらどうなっていたんだろう。モニカの代わりにミラやニーナがその立場になっていたのかな。いや、そもそも彼女たちも存在してなかったのかもしれない。

 

 あの時代いろんなことがあった。あたしとともに戦ってくれた魔族のみんな。仮に今の時代の魔族が迫害されているとしても、過去の彼らを否定するなんてことはできない。でも、昔のことはモニカたちのせいじゃない。

 

 ――ああ、あたしってほんとバカなんだろうな。

 

 ――それでいて卑怯だ。絶対勝たないといけないとしても最低の方法だと思う。

 

 モニカが地面を蹴った。その瞬間にあたしはにっこり笑う。彼女に向けて。

 

 そしてクールブロンの魔法陣を発動する。周囲に魔力を魔石に吸収する白い文様が浮かぶ。そうさ。魔力を吸収するなら『刃引きの加護』だって無効にできる。

 

 モニカのハルバードはその殺傷力を復活させる。彼女は横に薙ぐようにハルバードを振るう――

 

「ああ、うあああ」

 

 気がついたモニカが叫ぶ。あたしの体を真っ二つにするはずの刃は――その手前で止まる。

 

 あたしはゆっくりとクールブロンを構えてモニカに向ける。そして。

 

「ばーん」

 

 って口で言った。

 

 訓練場を静寂が包んだ。

 

 

 



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人間と魔族

 

 決着はついた。

 

 ここでモニカに勝つにはこの方法しかなかった。目の前の彼女はハルバードを床に落とす。重い金属音が響いた、

 

 そしてモニカも座り込んだ。

 

「……マオ様……そんなのないですよ……できるわけないじゃないですか……」

 

 うん。……そう思ったから、クールブロンの魔法陣を発動させた。もしあたしの思っていたことが外れていたなら、きっと今頃は……。そう、今頃になって震えてきた。きっと……死んでたね。

 

 そう思ったらあたしも床にへたり込んでしまった。心臓の音が大きく聞こえる気がする。

 

「ごめん」

「ごめんじゃないです……! わたしは、わたしは」

 

 モニカはあたしの胸を手でぽかぽかと殴ってくる。全然痛くないけど、なんだか申し訳なくて、それが痛い。心って言えばいいのかな。とにかく胸の奥が痛い。もしかしたらあたしはすごく間違えたのかもしれない。でも、それでも勝たないといけないって思ったんだ。

 

モニカの体を抱きしめるようにあたしは彼女の肩に手を回した。情けない話だけどさ、今更死ぬのが怖くなってしまったから、誰かに抱きつきたいって甘えもあるんだって。でも、あたしはモニカにだけ聞こえるように言った。

 

「ごめん。ごめんね。……文句をいっぱい言ってくれてもいいからさ。全部聞くからさ。離れていくなんてやめてほしいんだ。あたしをかばってモニカが一人になるなんておかしいよ」

「…………でも」

「あたしは勝ったんだ。だから、一緒に帰ろう?」

 

 モニカの心の底にある悲しみもなんにも消えてないと思う。

 

 ……母親のこと、消えるなんて多分ない。あたしと離れるために強い言葉であたしとニーナを非難したこと、あれはきっと演技だけじゃない。心の奥にたまっていた泥のような感情があふれ出たんだと思う。

 

 魔族を率いて戦った『私』は、人間に同胞を殺されて、人間を殺してその報復を受ける、そんな無限の螺旋の中で負けて死んだ。でも、『私』が死んでもその恨みは消えなかった。今にも続いて、そしてこの優しい魔族の少女を苦しめている。

 

 あたしは思うんだ。理不尽にモニカの母親の命を奪ったっていうどこかの人間に復讐を行うことがもしかしたらやらないといけないことなのかもしれない。でも――

 

 復讐をするってことはさ

 

 それは誰かを大切に思っているからだ。

 

 でも、復讐は復讐を呼んで誰も逃さない。その中で魔王は死んだ。

 

 なら恨みを忘れるのが正しいのだろうか?

 

 大切な者が殺された時に現れた恨みを忘れるなんて簡単にできるわけじゃない。

 

 ……答えが出ないなんてものじゃない。わからない。きっとこの世の多くのことは正しいとか間違っているなんてことじゃ割り切れない。

 

 あたしは訓練場の空を見る。ガラスの天井越しに青い空が見える。

 

 

 やっとモニカの肩を借りながら立ち上がった。足がまだがくがくしてる。へへ。情けないや。

 

「……」

 

 ニーナがあたしを睨んでいる。あたしは言った。

 

「なんとか勝ったよ」

「……お前は」 

 

 この力の勇者の子孫の女の子は一度目を閉じて言葉を探すように沈黙した。

 

「バカだ」

 

 見つけてきたのはそんなのだった。今日は何回言われたかわからない。ニーナは両手を組んで下を向く。耳のピアスが音を鳴らす。

 

 ああ、それにしてもおなか減ったし疲れた。もう早く帰りたいよ。

 

「ウルバン先生。もうあたしとモニカとニーナは帰るけどいいよね」

 

 肩を貸してくれるモニカの手が震えていた。何も言わないけど……いや、もう「何も言わないでくれている」んだ。

 

 ウルバン先生は優しく笑いかけてくれた。横に立つアルフレートは何も言わずにあたしを見つめている。

 

「もちろんそうだね。でもマオ君、少しだけ話ができるかな」

「……少しならいいよ。すごく今日は眠い」

「ありがとう」

 

 そう言ってウルバン先生は一度みんなを見回した。

 

「ここには人間も魔族もみんなが一堂にいる。いがみ合った子もいれば、分かり合おうといい子もいる」

 

 あたしに向き直る。

 

「人間と魔族はこれからわかりあえると思うかい?」

「…………」

 

 ウルバン先生の目をじっと見つめた。あたしは口を開く。

 

「先生…………人間と魔族って違うのかな?」

 

 全員の視線が集まるのが分かった。

 

「あたしさ、人間も魔族も両方を見てきたんだ」

 

 前の魔王として。魔族を見てきた。

 

 今のマオとして。人間を見てきた。

 

 優しい人も、ずるい人も、強い人も、弱い人もいる。それは人間も魔族も変わらない。

 

「この世界の人も魔族にもいろんな顔があって。誰でもいっぱい思いを持っている。……なんで争いが起こったんだろう。なんで今いがみ合っているんだろうって――」

「くだらない!」

 

 遮ったのはフェリシアだった。彼女はすべてを拒絶するように腕を横にふるった。

 

「そんな偽善的な言葉! お前は人間の立場しか知らないから甘えたことが言えるですよ!? そのモニカとかいうオトモダチを篭絡できたからといってほかの魔族も同じようにできるなどと思い上がりを持たないでください」

 

 彼女はあたしを心底軽蔑した目で見てくる。誰が見ても今のあたしは「マオ」でしかない。

 

「お前に何が分かる。……いや、お前のくだらない考えをほかの人間どもにも聞かせてあげればどうでしょう。みんな笑ってくれますよ。面白い話だと。そうでしょう? アルフレートさん。それに力の勇者の子孫さん!」

「……フェリシア」

「気安く呼ぶなと何度言えばわかるんですか!」

 

 あたしはモニカから離れてフェリシアに向かい合う。まだ体がふらつく。

 

「マオ様……」

「大丈夫だよモニカ」

 

 フェリシアは敵意のこもった目でにらみつけてくる。それを真正面から見つめる。フェリシアは紅い目に魔力を灯しながら叫んだ。

 

「その不愉快な目をやめろ! なんの魔力も力も持たない分際で……お前は……気味が悪い!」

「……」

「人間と魔族が同じだと……? ふざけるな! 貴様らのような薄汚い人間どもと我々が同じであってたまるものか!」

 

 フェリシアの体から魔力が迸る。しかし、次の瞬間にはウルバン先生がその首をとんと手で叩いた。「う」とフェリシアは呻いて倒れそうになるのを、先生が片手で倒れないように抱える。今の動きはほとんど見えなかった。

 

「うん。マオ君の考えは斬新だ。さて、アルフレート君はどう思う」

「ぼ、ぼくですか」

「そうだよ。君はどう思う」

 

 アルフレートはあたしとモニカを交互に見る。赤い髪の少年は困惑したように弱々しい目をしていた。

 

「ま、魔族は各地で事件を起こしている……歴史がそれを証明していますし。そ、それに、そのフェリシアとかいう女は……げ、現に人間を憎んでいる。き、きけんだとおもい」

「アルフレート君」

 

 ウルバン先生が言う。

 

「僕は君に聞いているんだけどね

「ぼくは、ぼくが言っていることは」

「君の言葉は誰かに借りた言葉だろう? 事件だとか歴史じゃなくてね。今の目の前の光景をどう思う?」

「い、いや、そんなのは。しかし、魔族は……」

「アルフレート君」

「は、はい」

「今の君はとても重要なところに居る。自分の言葉で話をするということができないという現実に直面するのは……それはいいことだ」

 

 ウルバン先生は優しく言った。

 

「よくよく考えて、本当はどう思うのか心と向き合うといい。さて、ニーナ君はどうかな」

「……」

 

 ニーナは両手を組んだまま黙っている。でも、しばらくして口を開いた。いや、うっすらとほほ笑んだ。

 

「私は……バカがうつりました」

「うん。そうか」

 

 ニーナ……。彼女をあたしが見た。すると「みるなバカ」ってひどいこと言ってきた。う、うーん。そしてウルバン先生はもう一度あたしに振り向く。

 

「マオ君。僕はね。君を危ういと思っていたんだ。入学式の時に全校に宣戦布告みたいなことをしていた時もそうだけど、時折魔族をかばっているって話も聞いた。僕はね、剣聖なんて言われているのだけど、いろいろとしがらみもあってね。社会の中で暮らしていくには意見を合わせないといけないこともある」

 

 彼はフェリシアをやさしく床に下ろす。

 

「特に魔族については『人間』としては敵視することが一つの良識だ。それで円滑に人間関係を構築することができる。そうだろう? アルフレート君」

「えっ、……あ」

「授業の最初に君もフェリシア君やモニカ君のことをみて否定から入った。そしてほかの生徒もそれに同調した。ついさっきのことだ。……それはそれがよいことと思ったから、違うかい?」

「は……い」

「マオ君。偏見や差別はある意味、仲間内の意識にもなる。逆にそれを逸脱しようとすると攻撃を受ける……。もしかすると僕たちは間違っているかもしれない。しかし、それをやろうとするのは勇気がいるものだ。それを君はやってしまう」

 

 ウルバン先生はあたしに近づいてくる。

 

「僕はね。君の覚悟を測りたかった。どの程度本気で言っているのかを知りたかった。まあ、フェリシア君が来たのは偶然だけどね。でもこれは一つの勝負にも似ててね。そういう意味では」

 

 あたしの頭に手を置いてわしゃわしゃとなでてくる。

 

「僕の負けかな」

「……なんだかよくわからないけどさ。あたしはそんなことで勝負する気なんてないよ」

「あはは、その言われようも負けているかもね」

 

 彼は言った。

 

「僕は負けたからね。これからマオ君の味方になろうと思う」

「え?」

「君を見ていると面白そうだからね。それにモニカ君」

「あ、は、はい」

「君は僕の弟子になりたまえ。生徒としてではなくね」

「ええ?」

「剣聖の弟子として魔族を迎える。んーいいねー。いろいろ批判されるのが目に見えている」

 

 楽しみって顔をしているウルバン先生はつづけた。

 

「僕の弟子になれば魔族としての差別も多少和らぐだろう。それにそこのフェリシア君も僕の弟子ってことにする。彼女は性根を叩きなおさないといけないことが多くありそうだ。楽しみだなぁ」

 

 んん、んー? 

 

「で、でもさ! フェリシアはそんなの受けないと思うよ」

「僕のコネクションをすべて使って魔族の自治政府に認めてもらうから大丈夫だよ。絶対逃がさない」

 

 ウルバン先生は愉快そうに笑う。気絶しているフェリシアが悪夢を見るようにうなっているのは気のせいかな?

 

 ひとしきり笑った後に、彼はあたしに言った。

 

「君は君の思う通りに感じるままにこれからもやっていきなさい。僕はそれを応援するよ。見てて楽しいからねマオ君は」

 

 そういった彼の瞳はあたしを温かく見てくれていた。あたしは何か言わないといけないと思って言葉を探す。

 

「……先生。ありがとう……えっと、ございます」

「君ちゃんとそんな風に言えるんだね、あははは」

 

 また愉快そうにウルバン先生は笑った。あたしは何となくそれにつられて笑ってしまった。その時不意に思い出したことがある。ラナの話だ。

 

「そういえばウルバン先生は海の向こうに行ったことがあるって本当?」

「あ、あーそうだね。ほんとうだよ。……広い海の向こうにはね――」

 

 

 

 

 




(勝手に小説の話)
ウルバンという人間はモニカとマオの最終的な決着の時に「止まれなかった」ら間に入ろうとしていました。彼はずっと生徒を子供たちとしてみていたという面で言えばゲオルグやリリスとは全く違う性質の人間です。彼は初老の男ですが、口調が若々しいですね。引き締まった体を持つスタイルのいいおじいさんであります。これからマオたちにどんな風にかかわっていくのかまたの機会に。よかったら感想などもらえると嬉しいです。


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幕間:モニカへの復讐

 

 今日は疲れた。

 

 いつも疲れている気がするけど、特に疲れた! 

 

 家に帰ると上着を脱ぎ棄てて、ベッドに横になりたかったけどラナがあたしの首根っこを捕まえた。

 

「あんたね。家事の手伝いもしないでいきなり寝ようとするんじゃないわよ」

「うう」

 

 悲しい居候の身だもんね……。

 

 あたしは上着だけを脱いで、シャツの腕まくりをする。とりあえずお風呂の掃除をして、薪を持ってきて……よし、とりあえず頑張ろう。

 

「あ、あのラナ様。今日のマオ様は疲れておられると思いますから、私がします……」

 

 一緒に帰ってきたモニカがあたしをかばってくれるけど、ラナは首を振った。

 

「疲れているかなんだか知らないけど、ていうかあんた今日泊まるの?」

「マオ様からその……誘われましたから」

「ふーん」

 

 ラナはあたしをじろりと見る。

 

「別にいいけど、私に一言もなくねぇ……お泊り決めて……」

「ご、ごめんって、家事もちゃんとやるから」

「……冗談よ。別にいいわよ。最近いつものことだけど。でもいつものことだから寝床はないわよ」

「ラナあとさ、ニーナも後で来るんだけど」

「……あんたが床で寝なさいよ」

 

 ……う、うーん。疲れている時に床で寝るのは辛いなぁ。ニーナは一度よるところがあるってことだった。

 

「あ、あのラナ様」

 

 モニカがおずおずと聞く。ラナが両手を腰において振り返った。

 

「何よ」

「め、迷惑なら帰ります……」

「はあ?」

 

 ラナがモニカに迫る。顔を近づけて圧をかける。

 

「なーに今さら遠慮してんのよ。あんた。迷惑とか思っていたら叩き出しているわよ。私はその辺結構ドライだから、知ってんでしょ」

「あの、その」

「うたうだいうくらいならマオと一緒にお風呂でも掃除してきなさいよ。ほら、お客様扱いはしないわよ」

 

 ラナはモニカとあたしの背を押してお風呂場に放り込む。その強引さにあたしたちは顔を見合わせて笑ってしまう。

 

 それからいろいろと家事をやったり、途中でラナとお茶をしたり。

 

 そんなこんなで夜になった。

 

 あとからやってきたニーナも含めてラナの作ったおいしいご飯をみんなで食べて、順番にお風呂に入って。ってしてたらあっという間だった気がする。あたしとニーナとモニカはベッドの上でおしゃべりをしていた。

 

 モニカはラナの寝巻を借りている。少し丈が余っている。ワインレッドの髪が少し湿っててなんだかいつもにましてかわいく見える。

 

 あたしはなんとなく彼女の髪を触ってみる。つやつやしている。触っているだけで気持ちいい。

 

「あのマオ様」

「モニカの髪ってすごいきれいだね」

「そ、そんなことはありません」

 

 いやいやなんかいいにおいするし……そう考えたらあたしはどうなんだろう。自分の頭を触ってみてもよくわからない。

 

「ニーナはどう思う」

「どう思うなんて訳の分からないこと言われてもな。髪なんてどうでもいいだろう」

「えー」

 

 ニーナもラフな格好をしている。短いズボンに半そでのシャツ。ニーナもお風呂に入ってなんだかホカホカしている気がする。

 

「でもさ、ニーナもかわいいんだから。髪とか伸ばしたら美人なんじゃない」

「……! そんなわけないだろう」

 

 少し顔を赤くしてニーナがそっぽを向く。

 

「金髪美人とか……」

「変なことを言うな」

 

 恥ずかしがっているといいたくなるよね。でも、その前にモニカが手を挙げた。

 

「あの、マオ様そういうことなら。昔から魔族の中で髪に塗ると艶が増す膏薬があってですね。それでよければお渡しできますけど」

「ほんと! なにそれ!」

「なんでも魔王様も塗っておられたとか……」

 

 うん! デマだね! そんなの知らないもん!

 

「……待て」

「何、ニーナ」

「魔王が髪を気にしていたのか?」

「そういうこともあるんじゃないの」

「…………いや、それ以前に魔王は男だろう?」

 

 モニカが少し考えていった。

 

「伝承では……どちらともよくわからないのですが、女性とする説もあります。本当に一部の説では女性というよりは女の子だったとも、まあ流石にそれはないと思いますが」

 

 説っていうか、それ真実だけど。でも聞いたニーナは複雑な顔をする。

 

「魔王が……女性? ……考えたこともなかった。そもそも、魔王と私の先祖の最後の戦いでは魔王の体はすさまじいほど巨大な化け物だったと聞くが……」

「ああ、それは」

 

 モニカが言った。

 

「強力な力を持った魔族は体に魔力の結晶を作り出すことができますから。それは『魔骸』と言ってそれを発動させることで飛躍的に能力を伸ばすことができます……短期的にですが。おそらく魔王様はそれを使ったのではないでしょうか? 巨大になるというのは信じられないほどの魔力量だったのでしょう」

「そう、なのか」

 

 『魔骸』はロイが使用したのを見たのが久しぶりだった。多分だけどあたしが出会ってきたこの時代の魔族も使える人は多いと思う。それでもってあたしは思う。

 

「でもさ……そんな強い力は反動が大きいからモニカは使ったらだめだよ」

「……えっ?」

 

 モニカはあたしを見てそれからくすりとした。

 

「ありがとうございますマオ様。大丈夫です。私は使い方を知りませんから」

「そっか」

 

 その名の通り『骸』になるとされる力だ。魔族の体の奥底に眠る魔力を全力で放出する。使い続ければ死ぬ。だからモニカが使えないことを聞いてほっとした。

 

 そんなあたしの様子を見ながらモニカが黙った。なんだろ。彼女は顔を伏せた。しばらく黙っている。でも絞り出すように彼女は言った。

 

「マオ様、ニーナ様……今日はすみませんでした。お二人にはひどい言葉を使ってしまいました……」

 

 ……あたしはニーナを見た。ニーナは頭に手を置いてどうこたえるべきかって顔をしている。でもこういってくれたんだ。

 

「まあ、お前もマオのことや……も、もしかしたら私のことを思っていってくれた面もあるだろうからな。むしろ過去のことを……その、どういえば良いのかわからないが。……こちらこそすまない。私は口下手であまりうまいことが言えない」

「……ニーナ様。いえ、そんなことはありません。]

 

……しんとしてしまった。あたしたちはいろいろと今日は思うところもあった。あたしはだから言っておこうと思う。

 

「でもモニカも許せないところがあるよね」

「マオ様……」

「例えあたしたちのためだったとしてもさ、黙って離れていこうなんて許せないよ」

「……ごめんなさい」

「モニカ」

「はい」

「目をつぶって」

「……え?」

「いいからさ」

 

 モニカは困惑したように目を閉じる。あたしはにやああって笑って。彼女の後ろにそっと回って脇の下に手を入れてくすぐる。

 

「ひゃっ、ま、マオ様!?」

 

 こちょこちょこちょって、あたしは弟ともこんな感じでじゃれた記憶がある。

 

「マオ様、やめ、やめてください、あはは」

「ニーナも! 許せないよねモニカのこと!」

「……そ、そうだな」

「足が空いてるよ! モニカの」

 

 モニカはハッとした。

 

「や、やめてください」

 

 って言ってるのでさらにくすぐる。モニカは身をよじって逃げようとする。でもニーナがくすぐり始めるともう逃げられない。

 

「あははあ、やめ、やめてください。あはは。こ、こんなの」

 

 涙を浮かべて抵抗するモニカ。そこにお風呂から上がったラナがやってきた。

 

「なーにやってんの? あんたたち」

「らな様……た、たすけ」

「私も混ぜなさい」

 

 モニカの絶望したような笑い顔。あたしは逃げられないように抱き着いたままくすぐってやる!

 

「あはははは、ご、ごめんなさい。み、みなさん。こ、こんなのおかしい、や、やめんね。ああははあ。はあはひい、ひぃ」

 

 どーだ! 思い知ったか!

 



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世界の真実は?


 


 

 わぁ。おかしがいっぱいだ。

 

 ここがどこかよくわからないけど、色とりどりのクッキーがいっぱいある。ケーキも!

 

 水音がする。あたしが振り向くとそこには蜂蜜のあまーい匂いのする川だ! ああ、すごい、すごいや! お父さんはいいことをした人は死んだ後に天国とかいうところにいくといってたけどさ、ここがそうなんじゃないかな……し、死んでないよね?

 

 ま、まあいいや。うーんこのチョコがかかったクッキーをいただきまーす

 

 げしっ

 

 がたん

 

 ばた

 

 突然体が落下した。いてて、窓から漏れる月明りでほのかに手元が照らされる。体を起こして目をごしごしするとベッドから落ちていた。いや、誰かに突き落とされたんだ。

 

 ベッドの上では狭そうに寝ているニーナとモニカがいる。ど、どっちがが犯人のはずだけど、モニカは「えへへ」とか寝言を言いながら寝ているし、ニーナは整った寝息を立てている。

 

 せっかく! いい夢見てたのに! なんかいたずらしてやろうかな!

 

 ……やめとこ、今日はいろいろあったし。でもさっきまであたしが寝ていたベッドの位置にニーナが寝返りを打って占領されている。犯人はニーナ……いやいや、深く考えない考えない。

 

 ベッドは2つある。あたしとラナのもの。ラナは一人で寝るけど、そこにはいなかった。

 

 どこにいるのかなと思って、なんとなく寝室を出た。

 

 ほのかな明かりがともっている。食卓の上に浮かぶ赤い炎。そこにはラナが一人本を読んでいた。

 

「やっぱりあんたか」

「やっぱりってなにさ」

「どすんばたんって音がしたからどうせあんただって思ったの」

「あ、あたしのせいじゃないし」

 

 たたき落されたんだよ! ラナはくすりとしてぱたんと本を閉じる。宙に浮かぶ炎はたぶんラナの魔法だ。彼女が指を動かすと一緒にそれは動く。

 

「ラナって器用だよね」

「あんたに言われると嫌味に聞こえる」

「ええ?」

「あんたの魔法の構築力や使い方は……いや調子に乗るからほめるのはやめとこ」

 

 ほめてくれてもいいじゃん……。

 

 ラナは立ち上がって言う。

 

「そろそろ寝ようと思っていたけど、あんたも起きてきたし少し散歩しない?」

「散歩? べつにいいけど」

「ならきまり、寒いかもしれないから上着くらい着ていきなさいよ……。あ、そういえばさ、あんたに気になっていたことがあるんだけど」

「なに?」

「いやいつも制服ばかり着ているじゃない。寝巻はてきとうに私の古着を貸しているけど、私服を今度買いにいくってどうよ」

「お金ない」

「出世払いで貸したげるわよ」

 

 ラナはにやっとした。

 

「もちろん金利付きね」

 

 

 制服の上着を羽織って出かける。ラナも同じ格好だった。夜道を二人で散歩する。でも女の子2人って危ないかもっておもったけど、襲われそうになったらラナがたぶんその人を燃やす。逆の方向に怖くなってきた。何もありませんように。

 

「散歩なんて言ったのは方便なんだけど」

 

 ラナが歩きながら言う。

 

「今日なんかあったの?」

「…………」

 

 言っていい物だろうか。すべてを話すとモニカの知られたくない過去のことも話すことになりそう。少し考えているとラナはつづけた。

 

「帰ってきてからなんかモニカの雰囲気が変わったような気がするのよね」

 

 鋭いな……。ラナは細かいことに気がつく。

 

「えらい」

「は?」

「あ! いや何でもない」

 

 思ったことをそのまま言っちゃった! あわてて両手で口を押える。ラナは「あ?」って言いながら威嚇してくるけど。すぐにまじめな顔で言った。

 

「言いにくいことなの?」

 

 そうだね。どうだろう。大切なことだと思う。でも、勝手に言っていいのかな。

 

「ま、いいわ。あーあ、話し声が聞こえないようにわざわざ外に出た意味がないじゃない」

「ごめん」

「べつにいいわよ。……それにまだ言いたいことがあったしね」

 

 ラナは立ち止まった。

 

「あんたさ、学園の誰かに退学の勧告を受けたって言ってたでしょ?」

「うん」

「フェリックスは冒険者の養成所という面が大きいけど、場合によっては魔法を極めるためだとか貴族の修業のためだとかいろんな人が集まるわ。だからしがらみがあるけど、それでも基本的に自由な場所よ」

 

 自由なのはそうだね。教えてもらう先生も自分で選ぶ。……よく考えたらこの学校って自分で何もしなかったら本当に何もないかもしれない。

 

「多少の破天荒さは普通のことよ。あんたがいくらFランクの依頼を受けてトップになろうと文句言われる筋合いはないわ。でも、文句言われている」

 

 遠くから、話をしている気がする。ラナは何か言いたいことを隠している気がした。

 

「ラナ。はっきり言っていいよ」

「……人の思考を読むんじゃないわよ。……先に言っておくけどこれは単なる想像でしかないし、その証拠とかはもちろんないわ。……ねえ、最近さ、ミラスティアを見ないと思わない?」

「……そうだね」

 

 あたしの親友。銀髪の剣の勇者の子孫。ミラの姿を見ていない。あたしは立ち止まった。少し心配そうにラナが振り返る。

 

「あいつの親。勇者の家系の今の家長はあの子にすごく期待しているって聞いたことがあるわ。だからあの子に近づこうとするやつを裏でいろいろやってるって噂もあるわ」

 

 いつかの夜に屋根の上でミラと話をした。お父さんのことをあまり話したがらなかった気がする。

 

「ミラのお父さんがあたしを遠ざけようとしているかもってこと?」

「……そうよ。ああ、でもほんとこれは妄想だから。証拠なんてないわよ? 勝手に思っているだけ。単にどっかの誰かがあんたのことを気に食わないって思っているだけかもしれないし」

 

 そうだね。わからない。

 

「でもさ、ミラとは会いたいなって思っていたから」

「本人に聞くってこと?」

「……聞いていい物なのかよくわからないけど……どうすればいいのかな」

 

 そう言いとラナは両手を組んで少し考えて、ふっと笑った。

 

「とりあえずあんたの服を買いに行くのにあいつも誘おうか。あとは流れよ」

「流れ」

 

 少し笑っちゃった。

 

「言いたくないことは言わないでいいし、会えばなんかわかるでしょ。私の考えがただの思い込みだってなればそれでもいいしね」

「そうだね」

「そうだねって言われると腹立つわ」

 

 ラナはあたしの頭を両手で掴んでぎゅうってしてくる。いたた。

 

「それじゃあ私の用事は終わったし、そろそろ帰ろうか。眠たいしね」

「うん」

 

 その時だった。

 

 冷たい殺気のようなものを感じた。はっと夜道を振り返る。

 

 少年がいた。いや、ちがう。あいつは少年ってわけじゃない。

 

 グリーンの髪が月明りに照らされている。黒い半そでシャツを着て、姿勢よく立っていた。

 

「やあ、マオさん」

 

 イオスだ。彼はあたしににこりと微笑んでいる。あたしはラナの手をつかんだ。

 

「ラナ。いつでも魔力をあたしに分けられる用意をして」

「何よあいつ」

「よくわかんないよ。あたしの故郷の近くの街でギルドマスターをやってて、そしてこの前に襲ってきた仮面の男と多分関係している」

「……あんたとミラスティア達が戦ったっていう?」

 

 それだけでラナは構えてくれる。ただイオスは両手を上げた。

 

「待ってくれマオさん。今日は物騒なことをしたいわけじゃない。話がしたいんだよ。君とさ」

「あたしも話をしたかった。フェリシアたちをけしかけたこともさ」

「もちろん話そう。マオさん。それにわかっていると思うけど、ここで戦ってもいいことはないよ」

 

 そう、さっき一度だけ感じた殺気は威嚇だ。おそらくイオスのものじゃない。この闇のどこかに仮面の男かもしくは別の何かが潜んでいるのかもしれない。話し合いをしたいというよりはイオスは話をせざるを得ない場所を作ったんだ。

 

 ラナを守りながら仮面の男と戦うのは無理だ。ミラがいてやっとわずかに太刀打ちできたんだから。

 

 イオスは笑った。

 

「マオさん。君はこの世界の真実を見る気はないかい?」

 

 



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あったはずの破滅

 

 イオスに誘われたのはギルドの建物だった。ここはFランクの依頼の時に何度も通った場所だ。

 

 中に入ると受付で立ち上がった女性が手を振った。ノエルさん。夜遅くまで仕事しているんだ……大変だなぁ……って思う。

 

「あれ? マオちゃんにラナさん……それにあなたは確か……あ、いえ。ギルドマスターのイオスさんですね」

「やあ」

 

 イオスは手を上げて挨拶をする。朗らかに彼はノエルさんに話しかける。

 

「悪いけど彼女たちと話が合ってね。上の階の応接室を借りるよ……ああ、あとごめんね、彼女たちにお茶を用意してくれないかな」

 

 そう言いながらイオスはノエルさんに何かを渡している。ノエルさんは「い、いりませんよこんなの」って言いながら返そうとするけど、イオスは受け取らずに「お茶くみなんて余計な仕事のチップだからさ」と返す。

 

 そうやってギルドの応接室に通された。簡素な部屋だった向かい合わせのソファーと間に机がある。大きな窓はカーテンで仕切られているけど、外の明かりが漏れている。

 

 暗い部屋はあたしたちが入ると明るくなった。部屋の隅にある燭台……みたいなものには小さな魔石がはまっていて光っている。

 

「さあ、座ってくれたまえ」

 

 イオスは先に座った。あたしたちにも座るように手で示す。少ししてノエルさんが来てティーカップをそれぞれの前に並べてくれた。湯気とほのかに甘い匂いがする。

 

「あ、それとこれはマオちゃんに」

 

 ってクッキーが入った小さなバスケットを置いていってくれた。

 

「お茶を飲んでリラックスしてくれ、安心していい。彼女は君たちにも知り合いだろう? 毒なんて入れる心配はない」

 

 イオスはこともなげに言う。あたしは聞いた。

 

「警戒しないようにしたってこと?」

「もちろん。ここで話をするのもある意味、マオさんと腹が割ってといえば古風すぎるかもしれないけど……とにかく誤解なく話がしたいためさ」

 

 イオスはクッキーを手に取って食べる。

 

「うん。おいしい」

 

 これも毒見のつもりだろうか……あたしも手を伸ばそうとしてぱんとラナがその手を軽くたたいた。

 

「イオスさん……遠くの街のギルドマスターとお聞きしましたが、どのような理由があってかわかりませんが依頼にかこつけて冒険者を襲撃するて許されるとは思いませんが?」

「ふーん。ポーラに唆されて『そういうことした君』がそれをいうのかぁ」

「……っ!」

 

 ラナが黙った。彼女は自分の上着のすそをぎゅうって握っているのが見える。あたしはその手を触ってから言う。

 

「なんだか詳しいみたいだね」

「君の動向はずっと見ていたからね」

「なんのために?」

「なんのため? そうだな。それを先に言っておこう」

 

イオスは両の掌を組んであたしに言う。

 

「僕の同志にならないか? マオさん」

 

 イオスの表情。値踏みするような眼。柔和な少年とも見間違えるようないつもの顔とは違った。あたしは一度目を閉じて顔を上げる。

 

「やだね」

「ひどいなぁ。そこはね。同志って何? って聞くところだよ。物事には順序というものがあるものさ」

「順序なんてどうでもいいよ。ここに来たのはイオスの言う『世界の真実』とかいうのを聞きに来ただけで訳の分からない勧誘をされにきたわけじゃないよ」

「……なるほど。まあ、それもそうか」

 

 イオスはふっと笑った。彼は一度窓の外に目をやる。

 

「マオさんとの出会いは完全な偶然だったんだ。君はとある小さな田舎の村の女の子で、魔物退治にたまたま参加したひ弱な子だっただけのはずだ」

 

 ひ弱で悪かったね! 

 

「剣の勇者の子孫であるミラスティアさんと友達になって冒険者になると聞いたときはどうしようかなって思ったよ。魔力も体力……ああ、これは筋力とでも言い換えよう。それは最低レベルというのは見ていてわかるからね。でも一つの活用方法を思いついた」

 

 何となくわかる。

 

「魔銃がそのひ弱なあたしに使えるかってこと?」

「そうだ。流石だね。その程度の気持ちだった。あの武器はまだまだ秘密裏に開発されただけで実用性が不明だった。ただ通常の武器より少ない魔力で運用できるはずだった。ある意味そのテストは成功だったけど失敗だった」

 

 失敗?

 

「君は優秀すぎた」

 

 イオスはティーカップを取って口をつける。

 

「魔族を撃退し、知の勇者の子孫であるソフィアも、そして地下水路や……わが半身をも退けた。これは通常の村娘なんてものじゃない、そう思わないか? ねえラナ君」

「……なんで私に話を振るんですか?」

「君だってそう思っているだろ。なんだこの子はって?」

「……それは」

 

 ラナが何か答える前にあたしが答える。

 

「簡単だよ。あたしひとりじゃ何もできなかった。今言ったこと全部ラナとかミラ、それにニーナもモニカも一緒に居たから何とかなっただけだよ」

「うん。そうだね。今言ったことはね。そうとも言える」

 

 イオスは口角を釣り上げる。

 

「しかし『船』でのことは違う」

「……!」

 

 船……魔鉱石で動く船の上であたしたちは襲撃された。

 

 現代の魔王であるヴァイゼン。圧倒的な力を持つ彼と出会って生き延びたの偶然が重なっただけだ。イオスはつづける。

 

「マオさん……君の『あの姿』はなんだい?」

 

 心臓が掴まれたような錯覚を覚えた。勝手に体が震えた。船での戦いはヴァイゼンの凶悪な魔力に当てられた乗客のほとんどは気絶していたはずだ。でも、この目の前にいる男はあの光景を見ていた?

 

 ――大量の魔鉱石の魔力を吸収して魔王としての力の一端を使った。あの姿を。

 

「な、なんのことかな」

 

 絞りだした言葉には願望を表している。かまでもブラフでもいい。イオスが言っているのはあたしから情報を引き出そうとしているだけと思いたい。

 

 イオスはあたしの願望を簡単に打ち消した。

 

「僕は君が現代の魔王と打ち合う姿を見ていた。現実に起こっている光景とは思えなかったね。君の姿はまるで――」

「イオス!」

 

 あたしは立ち上がっていた。はあはあと息が切れる。ラナを見る。驚いたように目を開いてる。

 

「ど、どうしたのよあんた。……いやそれよりも『現代の魔王』ってなによ?」

 

 ラナの言葉にイオスが答える。いや、それは答えるというものじゃなかった。

 

「ラナさん。君は本来死んでいるんだよ」

「は?」

 

 イオスは立ち上がって窓のそばにいく。王都の光景。夜なのに明るい街並み。

 

「マオさん。王都での生活はどうだい? Fランクの依頼で大勢と知り合ったんだ。思い入れが多いだろう」

「……そうだね」

 

 王都を走り回ったこと。大変だったけど今では楽しかったって思える。草むしりを頼んでくれるおばさんは終わったらお菓子をくれたり、料理屋さんの芋剥きもきれいにできたらほめてくれる。犬の散歩も結構行った……それだけじゃない大工の棟梁もギルドのみんなも、ロイとの戦いで壊れた街の人たち……それに学園の人もラナもモニカも……みんな王都で出会ったんだ。

 

「短い間かもしれないけどここはいい場所だよ。みんないい人ばかりだった」

「そうか」

 

 イオスは振り返る。月明りに陰ってその顔が真っ黒に見える。

 

「僕らはそれらを皆殺しにしようとしたんだ」

「!」

 

 なに、言ってんのさ。

 

 イオスはゆっくりと近づいてくる。

 

「これは君に話すつもりだった『真実』とは無関係なことだ。いわばあり得たはずの破滅だ。空想の類になってしまった現実だったはずのものの残骸と言っていい」

 

 彼は立ち止まりあたしと向かい合う。

 

「マオさん。君はミラスティアさんと知り合いになったね。いや親友かな? それにニナレイアさんとも」

「……」

「偶然にあの街に『剣の勇者』と『力の勇者』の子孫が来て、そして『知の勇者」の子孫であるソフィアが合流した。なんてことがあり得るのかな?」

 

……! まさか。

 

「その顔。気がついたかな。あの場にいる必然を作り出したのはこの僕だ」

 

 心臓の音が聞こえる。そんな気がした。

 

 イオスは一度ラナを見る。

 

「さっきの質問。魔王というのは魔族の王を表すものだ。戦争により敗れた最後の魔王であるエステリアという魔王の代名詞になってしまったが、本来では魔族全体を統べるものの総称だった」

 

 ……! !! 『私』の名前。

 

「現代にも力を持った、そう圧倒的な力を持った魔族がいる。彼は魔族を統べ、つい最近王都を襲撃するはずだった。

「王都を……襲撃ですって!?」

 

 ラナが立ち上がる。

 

「何を言っているのかわからない、さっきからなんの話をしているの!?」

「まあ、聞きなよ。さっき言った通りすでに終わった話だ。……魔族が敗れた理由の大いなる一端は当然3勇者とその所有する神造武器だ。それを失えば人間と魔族のパワーバランスは大きく崩れる、だからそれを始末する必要があった」

 

 喉がひりつく。竜に乗ってやってきたヴァイゼンのことが思い浮かんだ。イオスは言う。

 

「僕はね、あの船に3人の勇者の子孫を彼らと聖剣と聖杖を葬るために誘ったのさ。その後彼女たちの首を並べて、王都に強襲をかけるつもりだった。僕がFランクに混ぜた水路調査は君らが当事者だろう? 水路にいた魔族であるロイが何をやっていたか見たはずだ。災害級の魔物であるカオス・スライムをもって水路に避難してきた住民を一人残らずにやるつもりだった」

 

 あたしの脳裏に。

 

 あったかもしれない破滅が思い浮かんだ。

 

 竜に乗った圧倒的魔王。そして魔物や手練れの魔族による攻撃。

 

 窓の外を見る。

 

 王都の平和な光景が広がっている。どこからか笑い声が聞こえる。

 

 もしかしたらこの光景はこの場になかったかもしれない。代わりに炎とそして灰燼になった街があった。今まで出会った人達は全員……し、死んでいたかもしれない。

 

 ミラの顔が浮かぶ。彼女も無惨に……。

 

 そこまで考えて両手を口に当てた。勝手に膝をついた。

 

「……!」

「マオ!」

 

 ラナが駆け寄ってくれる。視線を上げればイオスが冷たく見下ろしている。

 

「マオさん。これが空想の話だ。結局はなかった。とある偶然である君という存在でね。少なくともヴァイゼンを退ける力を持つ者がいると計算できなかった。Sランクの冒険者でも彼を打倒することはできないと思っている。……君は誰にしも知られない救世主だったということだ」

 

 くくくと彼は笑った。

 

「そう、偶然だ。魔銃のテストは十分だったからちょうどいいと君も船で始末しようとしたらこうなった。ああ、そうだ。やはり世界は予想を超えてくれないといけない」

 

 楽しそうに笑いながらイオスは両手を広げる。ラナが睨みつける。

 

「あ、頭がおかしいじゃないの!? 貴方はギルドの人間なんでしょ! い、今の話が本当だとしてなんのためにそんなことをするのよ」

「なんのためか……。そうだね。それこそが世界の真実のためだ。神の定めた摂理を否定するためだ」

「わけ……わけわかんないこと言ってんじゃないわよ!」

 

 ラナが立ち上がった。イオスの胸ぐらを掴む。

 

「じゃあ、Fランクにあんな魔族のいる依頼があったのは……マオを戦わせるために……?」

「そうだよ。彼女の力を測るためにね。君はある意味ではとばっちりだったね」

「この!」

 

 イオスの頬をラナが掌で叩く。

 

 ラナが肩で息をする。

 

「こいつ……こいつは意味わかんないくらいのお人よしバカなのよ。意味の分からないことに巻き込まれるばっかりで、でも、優しい奴なのよ……? なんでそんなことをしようとするのよ」

「…………マオさんはいいともだちを持ったみたいだね。でもね、ラナさん。君は彼女の秘密を知りたいだろう? 異常なほどの魔法の練度、老練といっていい戦い方。明らかに説明のつかない不整合」

「……!」

「彼女は、君にすら黙っていることがあるはずだ。なあマオ君」

 

 あたしは……立ち上がる。膝が勝手に震えている。

 

「……」

「僕は君を害そうとした。そして今話したことをうまく使えば君は僕を害することができる。……復讐をしたければすればいい。その時は君のことを洗いざらいに話そうと思うけどね。僕は君の秘密を知っているとはまだ言えないけど、少なくとも知っている範囲だけでも君の破滅と引き換えにできると思っている」

 

 あたしが魔王の生まれ変わりだってことは今はミラしか知らない。でも、それをみんなが知ったら……? 

 

 怖い

 

 そう思う。

 

 今までの世界全てがひっくり返る。何もかもが崩れる。体が震える。

 

「マオ……」

 

 ラナが心配そうに肩に手を置いてくれる。びくって体が反応した。もし、あたしの正体をラナが知ったら……彼女は……どうするだろう? でもそんなことは知らないラナは困惑した顔をしている。ごめん。

 

 イオスは自分のポケットから3枚のカードを出した。黒い小さなものだった。それをあたしに渡す。真っ黒なカード。

 

「これは『Sランク』の依頼書だ。受けるなら特殊な加工がされているがこの依頼書に魔力を通せば中を見ることができる」

「S……ランク?」

「そうだ、依頼というのはFからSまでランクがあるが、この『S』は難易度を現さない。ギルドや王室などからの依頼、つまり特別のものだ。僕がギルドマスターの権限で作ったものだ。この3つの依頼を完遂すれば君は世界の真実を知ることになるだろう」

「…………」

「今から同志になるか3か月の間だけ君を待とう。このSランクの依頼をその間に完遂したまえ。その間に僕を告発するのも自由だし、世界の真実を知って僕とともにいくのも自由だ」

「待ってよ……全然意味が分かんないよ。そもそも同志って何かわからない」

 

 イオスはあたしに耳打ちした。そうやってラナに聞こえないように彼は言った。

 

「僕は『暁の夜明け』の人間だ」

「……! イオスも」

「多分君の想像とは少し違う。『暁の夜明け』は魔族の組織と表向きはされているがその実は違う。だから表向きの構成員である君を襲撃した魔族たちと僕には面識がない。ヴァイゼン以外はね。いいかいマオさん。人間も所属しているんだ。僕を告発するときに相手を良く選ばないと、悪い結果に終わるかもしれないということは考えておくべきだ」

 

 ……。イオスはそれだけ言って離れた。

 

「それじゃあマオさん、いい返事を待っているよ」

 

 彼はそう言ってにこりと笑った。

 

 

 帰り道はゆっくりと帰った。足が勝手に止まることもあった。

 

 ラナもあたしもしゃべらない。すごく疲れた。懐には3枚の黒い依頼書がある。これからどうすればいいのかわからない。

 

 イオスの話ではいつの間にか王都の攻撃を阻止できていたってことだ。

 

 帰り道に繁華街を通るとにぎやかでみんなが笑っている。逆に考えればこの目の前の平和な光景はほんの少しの偶然がなかったら存在しなかったということだ。その偶然が今回はあたしだった。

 

ロイやクリスとの戦いはあたしから見れば偶発的だった。でも、いつの間にか大きな流れのようなものに巻き込まれていたんだ。あたしが魔王だったころもそうだったかもしれない。深まっていく戦乱は意図的にそうなったというよりどうしようもないほどに負の連鎖で進んでいった。

 

 ポケットから依頼書を取り出す。

 

「……行かないと行けないかな」

「そんなわけないじゃない」

 

 ラナが振り返った。え? 

 

「なんか訳の分からない話ばっかりあいつはしていたけど、よく考えてみなさいよ。なんであんたがそんなことに関わらないといけないのよ」

「でも」

「でもじゃない。なんでもかんでも抱え込もうとするんじゃない! ……言っているでしょ。要領よくやりなさいって、見て見ぬ振りしたって文句言われる筋合いなんてないの」

 

 ラナはあたしの顔をまっすぐ見てくる。心配している顔だってわかった。短いはずなのに、けっこう長い間ラナと一緒に居た気がする。だから思っていることが分かった。

 

「ありがと」

「……っ!」

 

 ラナは頭を振って踵を返す。

 

「わかってない。ぜ~ったいわかってない」

 

 大げさに腕を振って歩く彼女にくすりとする。…………。うん、悩んでいたって仕方がないや。とにかく前に進むしかない。イオスとのことはも、『暁の夜明け』のことも、今の時代の魔族のこともあたしは向き合わないといけないんだ。

 

 ふいに、ラナが立ち止まった。振り返らずに聞いてくる。

 

「あのさ。マオ」

「なに?」

「あんたの秘密っていうのはさ――」

 

 

 ラナは『あたしの秘密』を聞こうとしている。そう思った。

 

 ……頑張ろうとしている心が委縮する。体が硬直して、体の奥が冷たくなる気がした。なぜか目の前の景色がゆっくりと見える。ラナがその中で振り返る。その唇が動く。

 

 やめて! そう叫びそうになった。

 

 ラナに嘘をつきたくない。黙っていることも嫌だった。

 

 それでも、あの日、ミラスティアに冗談で言ったことが真実として帰ってきた。ここでラナに真実を伝えて……今までのすべてを続けられるだろうか?

 

 ――あんたの秘密って何なの?

 

 ラナがそう聞いてくる。きっとだ。どう答えればいい? あたしは魔王の生まれ変わりだって言えばどうなるだろう。ふいに今までの楽しい思い出が思い出した。村で生まれたこともお父さんもお母さんもロダもミラたちのことも王都のことも、その一言を聞かれるだけ崩れるかもしれない。

 

 やめて

 

 やめて

 

 やめて

 

 聞かないで。

 

 心の叫びを口に出すことができない。ラナの言葉があたしに向かってくる――

 

「ミラスティアは知ってんのよね」

「え?」

 

 ミラ……? あたしはただそれに答えた。

 

「うん」

「……ふーん」

 

 ラナはそれだけ言って小さくつぶやいた。

 

「うらやましいわね」

「…………」

 

 目の前がにじんだ。ぽろぽろと涙がこぼれてくる。

 

ラナはあたしの秘密を聞くことは――なかった。

 

「な、なによ、あんたなに泣いてんのよ」

「ごめん」

「はあ? いみわかんないんだけど……。何を隠してんのか知らないけど。人間誰だって秘密くらいあんのよ。わざわざそんなの言うなんてしないでしょ」

「…………」

「あー、ほら。ハンカチ。とりあえず、帰って寝るわよ。あとほらこれ」

「?」

 

 手に何か渡された。……クッキーだ。

 

「せっかくノエルさんが出してくれたんだから食べないと悪いからね」

 

 ラナはにやりと笑う。抜け目ない……。あたしはそれを口に入れる。

 

 甘い。それだけをかみしめた。

 




良かったらご感想など一言でももらえると嬉しいです。

この世界は薄氷の上に成り立っているというマオだけの視点ではわかりにくいかもしれませんが、彼女には多くのことを見て、考えてほしいですね


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知の勇者の子孫再び

 ラナと昨日の帰り道、これからのことを少しだけ話した。

 

 ノエルさんのクッキーを食べながらゆっくり帰った。夜は急ぐ必要がない。

 

「まずは信頼できる人を探しましょう」

「信頼できる人?」

 

 ラナがそう言ったのをおうむ返しに返す。彼女は少し考えながら言う。

 

「私は16歳、あんたは15。正直世間一般ではまだまだ子供よ。それがギルドマスターが魔族に通じているなんて言っても信じてくれるか怪しいでしょ? だから、とりあえず信頼できる大人を誰か相談したいってだけよ」

 

 すごく冷静なことを言っている……。こういうところがラナの強みなのかもしれない。あたしひとりじゃあんまり考えれてなかったと思う。それに、

 

 ――僕を告発するときに相手を良く選ばないと、悪い結果に終わるかもしれないということは考えておくべきだ。

 

 イオスの忠告……いや警告も気になる。あたしは『暁の夜明け』を魔族の組織と思っていた。……人間の中にもそこに所属する人々がいるってことだ。その目的がわからないから、誰がそうなのかわからない。

 

 でも、信頼できる人かぁ。

 

「神父さんとか?」

「うっ。先生か……まあ、信頼できるといえばできるけど……。あの人はギルドとかはあまりかかわりがないし……」

 

 冷静な意見を言った後、ラナが嫌そうな顔をしているところにおかしみを感じてくすりとする。それにしても大人の知り合いってよく考えたら少ない。街の人は大勢知っているけど。イオスがかかわるならそれなりに力のある人じゃないとだめだ。

 

「大工の棟梁とか」

「なんで大工に相談すんのよ」

 

 いや……信頼できるといえばって思って口に出てしまっただけ! ぽっと言ってしまったあたしの言葉にラナは呆れ顔だった。

 

「とにかくそれなりにギルドに顔が利いて、できれば社会的地位のある人がいいわ」

「そうだね。うーんじゃあ。ウルバン先生とか」

「へえ、あんた剣聖っていわれるあの人と仲良くなったの?」

「仲良くなったって言うかいろいろあってさ」

「まあ、悪くはないというか、いいかもね。でも少し様子を見た方がいいわ」

 

 ウルバン先生とは正直1日しか一緒に居なかった。これから何度も会うこともあるから、慎重に相談しよう。

 

「それと」

 

 ラナはつづけた。

 

「あんた。さっきのSランクの依頼……やる気でしょ」

「ぎく」

「口でそんなの言うんじゃないわよ。あーあ。どうせそんなことになるだろうと思ったわよ。いい? あいつが悪い奴だったとして利用されるかもしれないって思わないの?」

「そ、それもあるかもしれないけどさ。でもイオスの言う『世界の真実』ってのも気になる」

 

 ラナは困った顔をする。

 

「このことはさ、どうせ先に言っておかないとあんたひとりでやるって言いだしかねないから。……これについてはちゃんと信頼できる仲間を集めて相談するべきよ」

「……信頼できる仲間」

「まあ、自分のことでもあるから恥ずかしいけど。あんたにとって間違いない味方っていえばエトワールズでしょ?」

 

 ……そうだね。それは間違いない、でも。っていいかけてラナに先に言われる。

 

「巻き込んでいいのかってどうせ言うから、先に言うわね」

 

 ぐっ。

 

「その顔図星ね。Fランクの時もおーんなじことを言ってたんだから、わかるわよ。戦闘の時とかは何をするのかさっぱりわからないのに、こういう時はワンパターンなんだから」

 

 っぐぐ。

 

「巻き込むとか巻き込まないとかじゃなくて、ちゃんとこういう時に相談するべきなのよ。わかった? 突っ走っていくんじゃなくて、やめるべきかもしれないって考えるのも必要なのよ」

 

 ラナが指を突きつける。……ぐうの音も出ない。それでもうれしい気持ちがあった。

 

「ありがとラナ。なんかお姉ちゃんみたい。あたしにはいないけど」

「……!!」

 

 ラナが真っ赤になって目を開く。

 

「バカ! いきなりわけのわかんないこと言うんじゃないわよ。そもそも私はあんたより年上!」

 

 な、なんでそんなに恥ずかしそうにするのさ! 彼女はふんって顔を背けている。

 

「う、うん。とにかく明日の朝にはモニカとニーナにも……」

「待った」

「え?」

「エトワールズには一人足りないでしょ」

 

 不意に銀髪の親友の顔が浮かぶ。

 

「全員集まってから相談をするわよ。さっき話をした通りあんたの退学の話もあるし、下手に話を進めておくよりちゃんとひとつずつやっていった方が間違いがない」

「そうだね。ミラ……」

 

 あたしはなんとなく空を見上げる。星空がきれいだなって思った。

 

 どこかでミラもこの星空を見ているのかもしれない。

 

 

 

 

よし!

 

 朝早くから元気よく立ち上がった。昨日はイオスのこともモニカのこともいろいろとあったけど、とにかくあたしがやれることをどんどんやっていくしかない。

 

「今日も頑張ろう!」

 

 寝室のドアを開ける。

 

 そうすると先に起きていたモニカが目をぱちくりさせていた。でもぐっと両手を前にだして返した。

 

「よ、よくわかりませんが私も頑張ります」

「うん!」

 

 よくわからない会話をした。それからお互いに顔を見合わせてふふふって笑ってからあたしは顔を洗いに行く。

 

 無言でみているニーナの視線が気になったけど、おはようってだけ言っておく!

 

 今日はついにポーラ先生の授業だ。どんなことがあるのか全然予想がつかない。それにしてもあたしは問題ばっかりあるなぁ。……いやいやとにかく準備だ。

 

「おっ、起きたのね」

 

 ラナが言った。

 

「まあ、とりあえず昨日のことはよく考えておきなさいよね」

「うん」

「あと今日は一緒に行くから。ポーラ先生の授業は一緒」

「そうなんだ。ラナがいれば安心かも」

「……」

 

ラナは黙ったままだった。

 

 とにかくそんな感じで着替えもすましてみんなで家を出る。モニカは今日はウルバン先生のところに行くらしい。弟子にしてもらうって言ってたけど、フェリシアはどうなるんだろう。

 

「どうでしょうか……。私もよくわかっていませんが。……それでも私もいろいろと頑張ってみたいとは思っていますから」

 

 学園に入るとモニカと別れてラナとニーナの三人で教室に向かう。ラナが場所を知っているから迷うことがない。あれ……なんだろ、なんか違和感がある気がする。でもそれをうまく言葉にすることができない。

 

魔法の研究をする講堂は石造り。訓練場と似ている気がするのは、たぶん魔法を実際に放つと危険だから頑丈に作っているのかもしれない。生徒たちが集まってくる。

 

 前の黒板を囲むように椅子が並んでいる。すでに座っている人や、雑談をしている生徒が大勢いる。なんとなくあたしを見ている子もいる……。

 

「あっ」

 

 ニーナがその中の一人見て声を上げた。なんとなく警戒? している気がする。見れば男の子だった。背の高い、褐色の肌に短く切った銀髪、それに片方の耳にはピアスをしている。

 

 ……もしかして。そう思ってニーナに聞こうとしたら、それよりも先に目につく子がいた。大勢の生徒に囲まれてその中心にいるのは透明感のある紫がかった髪をした少女だった。彼女はふっと優雅な仕草であたしを見る。

 

 すこし紅の混じった瞳。そこにはすぐにあたしに対するうっすらとした敵意が現れる。

 

 彼女は知の勇者の子孫。ソフィア・フォン・ドルシネオーズだった。

 



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『ポーラ・ジャーディス 3大元素について』……のはずが

 

知の勇者の末裔。

 

 力の勇者の末裔であるニーナとも、もちろん剣の勇者の末裔のミラとも違う。そんな女の子……ていうか、初対面から喧嘩を売ってきたのがソフィアだ!

 

「……」

 

 ソフィアのそばに金髪の女性が立っている……弓使いの人だ、前になんか襲撃されたことがある……んん? まてよ。ラナも最初そうだったし、あたしの周りってなんか最初あたしを攻撃してきた人ばっかりなような……。ま、まあいいけどさ。

 

「ごきげんよう」

 

 ソフィアは見下すような表情だった。あたしはとりあえず「ひさしぶり」って言っておく。……うう、なんだかすごい敵意を感じる。そもそもソフィアに恨みを持たれることなんて何もしてないのに……。でも彼女はそれ以上何も言わずに顔をそむけた。ふー。

 

 襟を後ろから掴まれて引きずられる。

 

「ら、ラナ」

「なんだかわからないけど、とりあえず離れた場所にいくわよ」

 

そ、それにしてもこの連れて行き方はひどい、たまに思う……いや、正直何回かあったけど、猫と思われているんじゃない? にゃーってするよ、いや、しゃーってするよ! にゃーなんていってもなんもならない。

 

 座る席は自由だからあたしとラナとニーナはソフィアと離れた場所に座る。またなんだけど、周りの生徒からは遠巻きされている気がする。微妙に。

 

「あんたさ、知の勇者の末裔とは仲悪いのね?」

「ラナ……あの子は最初からああだからさ。正直原因が何かわからないよ」

「初対面で攻撃的っていやね……ぐっ、自分で言ってて胸を抉られた」

 

 ラナが頭を抱えている。き、気にしなくていいのに。

 

 そういえばニーナは誰か知り合いを見つけたみたいだ。

 

「ニーナ。あの男の人は誰?」

「…………」

「じ、じっとあたしを見てこなくていいけど」

「…………あれはキース。キース・ガルガンティアだ」

「ガルガンティア……へえ、じゃあ力の勇者の」

「いや……遠い分家……。これ以上はやめろ」

 

 なんか複雑そうだ。やめるよ。

 

 そんなこんなで時間を潰していると、来た。

 

 ポーラだ。ゆったりとしたローブとふわっとした桃色の髪。見た目はおっとりしているのに、その実は……けっこう腹黒い。なんかあたしのことを目の敵にしているし。……うーん。この教室の中にあたしと仲悪かったり戦ったりしていた人が多い……。

 

 ポーラはこちらを見てふっと笑った。何とも言えない笑い方だ。いやらしいってわけでもないし、純粋な笑顔ってわけでもない。陰のある感じ。でも彼女は何も言わずに教室の前方にある壇上に立った。

 

「みんなこんにちは~。今日からよろしくね。私は先生のポーラ・ジャーディス~」

 

 ゆったりとしたしゃべり方だ。何も知らなければおっとりしているって誤解しそう。

 

「魔法における3大元素を中心にみんなの魔法を強化する授業にしたいと思っているわ~。でも、最初の授業だから難しいことは抜きにしてちょっとしたレクリエーションをしましょ~」

 

 れくりえーしょん? ポーラが手を上げると、教室に数人の職員さんが入ってきた。台座とそして布を被った何かを持っている。

 

 教室の中心に台座を据えて。そしてその上にゴトって音を立てて何かを乗せる。

 

 ばっと職員さんが布を取るとそこには、きれいな球体の水晶があった。

 

 ポーラはその近くにいく。あたしを見ながらにこにこしている。

 

「これはねぇ。魔力を測るための魔石を加工したものなの。ここに魔力を流し込むとねぇ~」

 

 彼女が手を触れると水晶の中にきれいな螺旋上の魔力の渦ができる。

 

「こんな具合の持ち主の魔力の性質が色や形になって現れるの~。みんなこれで自分の魔力がどんな性質を持っているかひとりひとりはかってみましょうか? ああ、でもねちゃんとイメージをもって魔力を流し込まないとうまくいかないわよぉ。そうね。じゃあ、まずソフィアちゃん」

「……ちゃんはやめてくださる?」

 

 ソフィアが立ち上がってはあとため息をつく。そしてみんなの前で水晶に手を触れる。

 

 白い光が教室を包み込む。すごい魔力量とそして乱れのないその流れ。水晶の中には白い魔力が絡み合って満たされていく。

 

「はい、みんな拍手~。さすが知の勇者の子孫~」

 

 教室中で拍手が響きわたる。あたしもしとこ! 

 

「あんた、仲悪い奴にも全然気にしないのね」

 

 ラナも拍手しながらあきれ顔だった。でもすぐに真剣な顔をする。

 

「でも、あれ。もしかして……」

 

 そうラナが続けようとした時だった。ポーラが言った。

 

「それじゃあ、今期の首席合格のマオちゃんにやってもらおうかしら~」

「え? あ、あたし」

「そうよー。簡単だから。魔力を流し込むだけよぉ~」

 

 裾を掴まれる。みればラナだ。

 

「しまった……これ、あの人の」

 

 なるほど。……うーん。でもまあ。死ぬわけでもないし。

 

 あたしはとりあえず水晶の前に立つ。みんなが見ている。魔力を流し込む……イメージをもって……かぁ。とりあえず手を水晶に触れる。冷たい。

 

 魔力を流し込む!

 

 は、反応なし!

 

 たぶんあたしの魔力が弱すぎて反応しないんだと思う。手をぐーぱーしてもう一度水晶に手を触れる。……両の掌に魔力を集める。集めるって言ってもかなり弱い。体中の力を掌だけに集めた。

 

 水晶の中にほんの小さなお星さま……みたいな光がともった。それはきらきらと弱い光を灯している。どうせなら遊んでしまえ。魔力の流れを操って小さな小さな魔方陣を描く。はあはあ、これだけなのに疲れた。

 

 どこからかくすって笑いが起きた。それは段々と大きくなっていく。

 

 教室の中があたしの魔力のなさを笑っている。うー、まあ、仕方ないんだけどさ。あたしは両手を組んだ。水晶の光はすでに消えている。ポーラを見るとにこにこしている。

 

「こすいことするね」

「なんのこと~?」

 

 いいや。とりあえずこれで終わり。まだ笑われているけど、席に戻る。

 

 ふと思ったんだけどさ。ソフィアも笑ってるのかな、うーん笑っているだろうなぁ。なんとなくそっちを見る。

 

「……」

 

 ……! ソフィアは笑いもせずにあたしを睨んでいる……な、なんでさ。

 

敵意のこもった目で見てくるんだけど、理由はぜんぜんわからない。魔力を測る水晶はソフィアの方が断然反応したし……? なんでそこまで敵視されるのだろう。そう思いながら席に戻るとラナとニーナが怒りを抑えた顔をしている。

 

「気にしない気にしない」

 

 あたしがなんでかなだめた。

 

 そんな感じで最初の授業はすぎていく。全員が魔力を測っていくと、それぞれの魔力の性質は違って見えて面白かった。ニーナは炎のような光、そしてラナはいろんな色を伴った渦。ソフィアの次に魔力がありそうなのはラナかな。

 

 とりあえず一番魔力がないのはあたしだ。それは間違いない。卑下しても仕方ないからむしろ踏ん反りかえってやろうかなって思ってやめた。

 

 最初の授業はそれだけで終わった。正直拍子抜けな気もする。ポーラのことだからもっとこう、なんかいっぱいしてくると思ったのに、次の授業の日取りだけ言っただけ。

 

 

「むかつくあいつ」

 

 ラナが怒っている……。ニーナはなんだか元気がない。やっぱりあの男の人のことだろうか。

 

「まあ、いいじゃん。今日は簡単に終わったし。ここ数日いろいろなことがあったからゆっくり休めればあたしはいいな」

「あれ、どう考えてもあんたのことを狙ってやってたはずよ」

「水晶のことだよね、みんなの魔力の形を見るのは面白かった」

「…………ある意味、あんたは強いわよね。泣き虫のくせに」

 

 !!!!!!!!!! 泣き虫じゃないし!!!!!

 

 からかってくるラナは紅い髪を揺らしながら軽く逃げる。あたしは追う。

 

「へへーん、泣き虫マオ」

「……ち、違うし」

 

 少し走ると突然ラナが止まった、なので! あたしは! その背中に激突した!

 

「いてて、急に止まらないでよラナ」

「……あんたに用事かしら」

 

 学園の中庭。噴水のある庭園。

 

 そこにソフィアは立っていた。彼女は両手を組んであたしを見ている。なんだろ。

 

「どうしたのソフィア」

「…………」

 

 彼女は片手を前にだす。掌を広げて、そのまま呪文を詠唱する。ウンディーネをたたえるその言葉を紡ぐ。

 

「アクア・クリエーション」

 

 噴水の水がうねり、彼女の前に集まる。それはだんだんと人の形を取った。

 

 あたしは驚愕した。

 

 『クリエイション』は魔王である自分が編み出したものだ。他の誰も使えない。……正確には誰にもその使い方を教えたことがない。それをソフィアは使った。そして『アクア・クリエイション』を使ったのは最近では一度しかない。

 

 仮面の男との戦いだ。

 

 あの時彼女はそこにいた……? そしてあたしが使ったのを見ただけで真似をした? 

 

 天才。

 

 その言葉が頭に浮かんだ。

 

 ソフィアの近くに人間の形をした水の人形が現れる。彼女の紫がかった透明な髪が魔力の流れで揺れた。まっすぐにあたしを見ている。

 

「マオ。あなたに魔法による決闘を申し込みますわ」

 

 彼女の瞳には敵意が満ちている。

 

 



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魔王のカン





 

 ソフィアはその紅い瞳でまっすぐにあたしを見ている。……もちろん敵意のこもった目だ。

 

 久々にあったのにこんなに嫌われているのがよくわからないけど、彼女のそばに現れた「水人形」はその形を変えていく。右手に剣を象った形が形成される。

 

 水人形は女性のような形をしている。長い髪と剣。なんだか、ミラに似ている。やる気満々みたいだ。で、でもさ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり決闘とか意味が分からないよ。

 

 あたしは手を振って断る。勝負をするって言われても今は魔力なんてない。あの時はフェリシアの魔力を利用してすごく短時間だけ仮面の男と戦えただけで……

 

「…………」

 

 ソフィアは無言で何かを投げてきた。わわ。反射的にそれを受け取る。

 

 それはこぶし大の魔鉱石。荒々しい削り方をした。紫に光る魔力のこもった石だ。……これを使えってこと? 何かを言う前にラナが前に出た。

 

「待ちなさいよ。あんた。いきなり何を言ってんのよ」

「……私は貴方のような雑魚には用はありませんの。黙っていてくださる?」

「ざ~こ~?」

 

 ラナが怒る。ソフィアを指さした。

 

「そんなのだったら私が相手になってあげるわよ。マオが戦うな――」

 

 水の剣を持った人形が一瞬で距離を詰める。一閃。ラナは弾き飛ばされる。

 

「ぐっ」

 

 ラナが芝生の上に倒れる。ソフィアはふんと鼻を鳴らした。

 

「何度も言わせないでくださる? 雑魚は引っ込んでいなさい」

「だ、大丈夫ラナ?!」

「……いい加減に構えてくれませんこと? 雑魚の命を奪うようなことはしませんわ」

 

 ……。ラナは胸を打ったみたいだ。苦しそうに咳き込んでいる。それを見たらあたしはすごく頭にきた。ソフィアに向き直る。

 

「ソフィア。あたしが勝ったらラナへの悪口は撤回して、ちゃんと謝って」

「……」

 

 ソフィアからの返事はない。だけどもう怒った。右手に魔鉱石を掴んで魔力を行使する。呪文を唱え、魔方陣を展開する。

 

『アクア・クリエイション!!』

 

 あたしの周囲に水が渦巻く。それは一つの形になる。『力の勇者』その形だ。……ぐ、頭に鋭い痛みが奔る。この魔法はやっぱり負担が大きい。それなのにソフィアは涼し気な顔をしている。我慢しているのかもしれないけど、両手を組んでじっとあたしを見る。

 

 ソフィアの水人形は剣。そしてあたしは拳。

 

 動いたのは剣からだった――!

 

 すさまじい速さで間合いを詰めて、剣を振るう。一閃、そして連撃。風のような速さで剣は動く。

 

 あたしは右手の指を動かす。魔力の糸を操るように力の勇者を象った人形を動かす。ソフィアの動きはきれいだ。だから最低限の動きでかわす。手に握った魔鉱石から流れてくる魔力で感覚を最大まで強化する。

 

 ソフィアは腕を振る。

 

 人形の左手に剣の形が現れる。二刀流とは怖い。そいつはあたしに一瞬の間すらくれない。踏み込んで剣の人形はさらに激しく攻撃してくる。まるで舞いのように綺麗だった。

 

「綺麗すぎるよ」

 

 ソフィアはあくまで魔法使いなんだ。攻撃が早く正確、お手本のように綺麗。ミラなんかの動きを参考にしていると思う。すごいって思う。でもさ、綺麗だからこそ読みやすい。

 

 剣の人形が振りかぶった一瞬。力の勇者で蹴りを繰り出す。それは人形の脇腹を取られてふらついた。動きさえ読めれば崩すのはたやすい。さらに一歩踏み込んで渾身の拳を打ち込む――

 

 ソフィアの表情がゆがんだ。彼女の体から魔力が放出される。

 

 剣の人形は腰をひねりあたしの攻撃をよける。渾身の一撃が空ぶった。あたしは驚きに目を見開く。とったと思ったのに一瞬の判断でソフィアは人形を正確に動かした。

 

「はあはあはあ」

 

 ソフィアは汗をかいている。苦し気に息を吐く。その苦悶の表情のままあたしを忌々し気に見てくる。

 

「何を笑っていますの?」

 

 え? 笑っている?

 

 あたしは思わず自分の頬をなでる。気がつかないうちに楽しんでいた? …………

 

 

 ……

 

 ……

 

 私は笑う。

 

「最近さ」

 

 右手に持った魔鉱石が輝きを増す。

 

「魔族とか仮面の男とかいろいろと戦ってきて少しだけ思ったんだけど」

 

 私は少し顔を上げた。髪が目にかかった。

 

「勘が少しだけ戻ってきたんだよね」

 

 ソフィアの目が少しだけ見開かれる。私は微笑み。言う。

 

「ソフィア。だからついてきてね」

 

 私の人形はガルガンティアのあいつを象っている。ずっと戦ってきたからこそその動きは分かる。そうはいってもただの動きだ。本物のあいつはこんなものじゃない。それでもこれくらいできる。

 

 ――『3の術式。炎皇装』。水人形が炎を纏う。

 

 その両の拳を強化し、水の中を流れる魔力の流れを最適化する。さあ、遊ぼう。この勝負は誰も傷つかない。

 

私の人形は一瞬で距離を詰めて拳を振るう。

 

「くっ」

 

 ソフィアの剣の人形は下がった。いい判断だね。その場に居たら簡単に捕まえられる。私は左手を振るう。魔力の糸は人形の右足の蹴りになる。剣の人形を吹き飛ばす。

 

 だけどすぐに体勢を立て直した。ソフィアは肩で息をしている。でもすごい。もっと速度を上げるね。仮面の男と戦った時くらいに……

 

 剣の人形と拳の人形がぶつかり合う。すさまじい速さで互いに攻撃を防ぐ。いや、剣の攻撃はまだまだ甘い。それに速さが足りない。私はさらに魔力を送る。

 

「貴様……貴様」

「…………」

「笑うなぁ!」

 

 私はとどめを刺すために魔力を送る――

 

 

 力の勇者の人形がはじけた。

 

 

 水がばしゃってあたしとソフィアにかかる。あれ? あれ? なんで? 

 

 気がついたら手の中の魔鉱石は光を失っていた。ま、魔力が切れたんだ。気がつかなかった……。そんなことを思っていたらわっと歓声があたりを包んだ。

 

 いつの間にか大勢の生徒が見ていた。周りを囲む彼ら声を上げている。い、いつの間にいたんだろう。何人かがソフィアに駆け寄っていく。勝った勝ったって言っている。なるほど確かにあたしの人形は「やられた」ように見えるかも。

 

「あんた……何よ今の」

 

 ラナ……。

 

「ごめん、あたしソフィアに悪口を謝ってもらおうと思ったんだけどさ」

「そんなのいいわよ……なによあの魔法……前に掃除で使ったあれ?」

「…………ま、そうだね」

 

 ラナは複雑そうな表情をしている。そういえば一度だけこれは掃除で水人形を使ってやったことがある。ある意味戦いなんかよりずっといい使い方だった。

 

 ソフィアを見ると彼女にも水がかかったみたいだった。剣の人形もただの水に戻っている。

 

 その瞳はあたしをまっすぐ見ている。

 

 泣いている?

 

 濡れているだけかな。じっと見るその瞳には紅い光。そしてさっきよりも増した敵意を感じる。彼女は周りに駆け寄ってきた生徒をわずらわしそうに振り払うと去っていく。

 

 ……ふー。

 

 なんとなくソフィアの「敵意」の正体が分かった気がする。でも彼女はすごい才能だ。素直にそう思う。

 

 ぐー。

 

「運動したらおなか減った」

「はぁ。あんたは……まあ、その方がマオらしいかもね」

「ひとを食いしん坊みたいにいってさ」

「その通りでしょ」

 

 ラナと顔を見合わせて笑いあう。今日はこのまま帰って――

 

「待て」

 

 ニーナがいた。驚愕の表情で彼女はあたしを見ている。

 

「なんだ今のは」

 

 力の勇者の子孫はあたしの肩を掴んだ。

 

「なんでお前があんなことができる? なんでだ!? なぜガルガンティアの武術が使える!?」

 

 

 

☆☆

 

 

 ソフィアは勢いよくドアを開ける。

 

 中にいたのは緑の髪の男性だった。少年に見間違うような愛らしい容姿をした彼はイオスだった。

 

 ここは王都のどこかの部屋だった。壁に立つのは仮面をかぶった男とその横に小柄なくすんだ金髪の少女。フェリックス学園の制服を纏い、その腰にはダガーを吊っている。彼女は「きしし」と特徴的な笑い方をした。

 

「やあ、ソフィアさん」

 

 ソフィアはそう言うイオスの胸ぐらを掴んだ。

 

「あれはなんですの!?」

「あれ?」

「お前が連れてきたあの女……マオですわ!」

「ああ、彼女か。素晴らしいだろう? 訳が分からなくて」

「何者かって聞いているのですわ」

「さあ? 前も言ったけど知らないな。それに僕は今忙しいから後にしてもらえるかな」

「…………」

 

 ソフィアは納得せずに彼を睨みつける。イオスは優しく彼女の手を持った。

 

「まあ、君より魔法の才能があるのは間違いないだろうし、仲良くしなよ。ねっ」

「……!」

 

 彼女はその言葉に打ちのめされるように手を放して、頭を抱える。その場にしゃがみこんで唸った。

 

「あんな、あんなものに、この私が?」

 

 イオスは彼女を見下ろす。その表情をソフィアには見えない。

 

「気に食わないなら聖杖を使って始末したら?」

「そんな……恥知らずな真似ができるものですか」

「なら、格下のままでいるんだね」

「……!」

 

 ソフィアの前に憎しみがともる。

 

「マオ……」

 

 涙を浮かべた紅い瞳。プライドを傷つけられた彼女はゆっくりと立ち上がる。イオスは彼女を見ながらふっと笑う。

 



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3勇者の子孫は悩みが多く

 

 

 あの夜の職人街においてマオという少女の力を見ると聞かされた。

 

 ソフィアは戦闘に参加する気はなかった。魔族の自治組織から連れてきたという女と『仮面の男』がマオとそしてその同行者を襲撃するという。ソフィアは率直に言って「マオ」という少女は死ぬだろうと思っていた。

 

 彼女の役割はこの職人街に人が寄り付かないようするということ。

 

 広い範囲であるが彼女は月の下、職人街が見渡せる塔の上に立ち聖杖オルクスティアを握る。

 

 赤い魔石をはめた杖。かつて忌々しい知の勇者が使っていたといわれる伝説の神造兵器のひとつ。それは地面に立てれば彼女の背を超える。

 

 ソフィアの体から魔力が迸り、魔方陣が形成される。高く掲げられたオルクスティアの魔石が輝き、魔力の粒子が空をゆるやかに覆っていく。聖杖は雷撃を操る聖剣とは違い、持ち主の魔法を数倍に強化する。そしてその強化自体に魔力は不要だった。

 

 この街に入るという行為を意図的に鈍らせる。『チャーム』(魅了) の応用とでもいうべき魔法を街全体にかける。それを事も無げに彼女は行った。

 

 はめ込まれた赤い魔石には無尽蔵と言える魔力が内包されている。人知の遠く及ばない力を操るソフィアは無表情に立ち尽くした。彼女の麗しい髪が夜風に揺れる。フェリクスの制服のペリースが風になびく。

 

「ふん」

 

 哀れにも始末されるであろうマオにはそれ以外の言葉を使う気がなかった。同行者が魔族の少女とそして自らと同じ勇者の末裔であるミラスティアだったとしても運命が変わるとは思っていなかった。

 

――

 

 衝撃を受けた。

 

 ソフィアは塔の上から戦いの一部始終を見ていた。ただの村娘である「マオ」が操る魔法。

 

 異常なほどの手練れを模した水人形。「魔法」というものを幼いころから学び続け他人を寄せ付けなかったソフィアが見ればそれが如何に異様でそして洗練されたものかわかった。

 

 身を焦がすような嫉妬に胸を掴んだ。殺意に似た敵意を抱いた。彼女は自分があの村娘よりも劣っている可能性を冷静に告げる自らの聡明さを狂おしいほど憎んだ。

 

少ない魔力を効果的に利用するということについては『船』でも見せられた。竜からの攻撃を防げたのはマオがいたからだと彼女にはわかっている。しかし、明確に優劣をつけられるわけではないと彼女の感情が心の中で納得をさせなかった。

 

 だからこそフェリックス学園の中庭でマオに勝負を挑んだ。『アクア・クリエイション』なる魔法を再現し、ただの村娘と信じたい彼女と戦いそしてソフィアの中では決定的に敗北を味わった。

 

 勝負自体は魔鉱石の魔力が切れたことでマオの水人形が先に自壊した。周囲の人間はそれでソフィアが勝ったと思ったようだった。

 

 周りの評価など関係なくただただ純粋に自らが劣っているという現実を正しく認識してしまう自分とそしてそれを認めたくない感情の歪みが涙になって流れた。もしマオが聖杖を使用すれば自らよりも使いこなす可能性があると思えば眠ることすらできないほどの屈辱感を味わった。

 

 ――そして中庭での対決の数日後に意外な人物から声をかけられた。少し未来の話だった。

 

フェリックス学園での相対したその人物はソフィアに言った。ソフィアからすればその人物は好意的に見るところもありつつ、気に食わないところも多い……そんな評価だった。しかしまっすぐに見てくるその人物の口からある言葉が発せられた。

 

「マオと全力で戦う……だから力を貸してほしいのソフィア」

「…………あなたがそんなことを言うなんて思いませんでしたわ」

 

 しかし、どうでもよかった。復讐の機会には変わりなかったからだ。

 

 ソフィアは妖艶に微笑んだ。

 

「いいでしょう。あなたのことは別に嫌いではありませんわ」

 

☆☆

 

 

 すごい揺らされているぅ。

 

 ニーナがあたしの肩を掴んでゆすってくる。なんで力の勇者の水人形を使って、ガルガンティアの武術が使えるかって言われても……正直に話すことはできない。魔王だからなんて口が裂けても言えないし!

 

「こ、この前ヴぉ、ヴォルグのことを見たんだよぉ。そ、それで真似して」

「なんだと!? ヴォルグと魔族との戦いで見ただけでお前は……!?」

 

 Sランク冒険者のヴォルグ・ガルガンティアのことは実際に見たことがある。だからそれを真似したって嘘をついたんだ。 それでニーナは手を止めてあたしをじっと見てくる。一度視線を下げてわなわなとその肩が震える。

 

「……見ただけで? あの動きを」

「……」

 

 ニーナはあたしを見ることなく言う。……なんだかそれだけで軽率に力の勇者の動きを使ったことを悔やんだ。確かにあたしがあれだけのことをするのはおかしいって言うのは分かる。

 

「私も聞きたいですね」

 

 声のした方を見る。銀髪に片方の耳にピアスをした男が立っていた、褐色の肌と整った顔立ちで背も高い。たしか……キースっていうガルガンティアの分家の男だった。彼は両手を後ろで組んだまま近寄ってくる。

 

 周りの生徒たちはあたしたちの様子をただ見ている。

 

「マオさん……でしたね。貴方が使った魔法といっていいのか、あれはガルガンティアの秘儀と言っていい物でした。ヴォルグ師兄の動きを見ただけでトレースするというのは修行中の身としてもにわかに信じられません」

「キース……!」

 

 ニーナが見た。その時気がついた。キースを見る目に敵意が籠っていることに。

 

「ニナレイア様。お久しぶりですね。貴方が私を避けているようだったのであえて近づきませんでしたが……」

「お前たちと仲良くする気はない……!」

「困った人だ。本家には貴女しか後継者がいませんから、一族を率いるのであれば度量を……」

「お前たちが何をしたのか忘れたのか!?」

 

 ニーナが叫んだ。あたりが静まり返る。キースは逆に目を閉じて表情を動かさない。

 

「一族の象徴である『聖甲』を継承するというのは力のあるものであるべきということ、それを我々のまあ、分家とでもいえば良いでしょうが正当に要求をしたということを言っているのですか」

「そうだ! 父上が病気になってから、よってたかってそんな」

「人ごとみたいに言うな」

 

 キースの目が鋭くなる。

 

「あなたの御父上がご体調が悪いことは一族には不利益になる。だからこそ力のあるものにと言われたのです。そもそも――」

 

 キースは目を閉じた。

 

「あなたが弱いのが悪い」

「……っ貴様」

 

 ニーナが構えた。彼女の手に炎が宿る。だ、駄目だよニーナ。こんな場所でさ。……あ、あたしが言うのもなんだけどさ! 

 

 キースはその場で手を前に出してくいっと掌を返す。魔力すら纏わない。

 

「……いわゆる模擬試合とでも言いましょうか。少なくとも私程度倒せなければあなたの言葉など無駄でしかありません」

 

 ニーナが地面を蹴った。彼女は一直線に炎の矢のように突撃する。キースは左手に炎を纏う。ニーナの一撃をその左手で、払った。いとも簡単に。

 

「なっ」

 

 ニーナが体勢を崩す。そこにキースの蹴りが腹部に直撃する。芝生の上をニーナが転がる。一瞬のことだった。

 

「ニーナ!」

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 

 あたしとラナが駆け寄るとニーナはおなかを抑えてげほげほと咳き込んでいる。そこにキースが歩いてくる。勝ち誇るというよりあきれた顔だった。周りの生徒は見世物を見ているかのように歓声を上げている。うるさい。黙っててほしい。

 

「ニナレイア様。これが現実です。貴女は酷く弱い。ヴォルグ師兄が『聖甲』を所有したということに異議を唱える力も資格もないということです」

 

 ニーナが涙を浮かべてキースを睨みつけるがげほげほとまた咳き込んだ。言葉で返す余裕もない。あたしはキースを睨む。

 

「ニーナは弱くなんてないよ」

「……マオさん、貴女は目の前で起こっていたことを見ていたでしょう? 御友人をかばうのは麗しい行為かもしれませんが、現実を否定しても彼女のためにはなりませんよ」

「…………それじゃあニーナがキースに勝ったら良いんだよね。そうすればニーナが弱くないって認めるよね」

「……そうですね。その通りですが。くく」

 

 キースが笑う

 

「流石に訳の分からないことを言われると笑ってしまいました。次回彼女が私に勝てれば認めましょう。入学式で全校生徒に大きな口を叩いた方のことはある。……ああ、そうか。ニナレイア様にもあなたぐらいの胆力があればまだましだったかもしれません」

 

 ニーナがラナの肩を借りてたちあがる。おなかを抑えていた。

 

「お前……何を言っているんだ」

「ニーナがこいつに負けたのはガルガンティアだからだよ」

「なんだ……と」

「ガルガンティアがガルガンティアの武術を知っているから予測できる。それでクリスとも戦えたニーナが負けたんだ。だからニーナが弱いんじゃない」

「めちゃくちゃ……言うな」

「わかっている。でも、なんかニーナがバカにされているの嫌いだ!」

 

 あたしはびしっとキースを指さす。

 

「そもそもヴォルグも倒すってニーナとあたしは約束しているんだからさ!」

 

 その言葉でキースは目をぱちくりとさせてふっと笑う。

 

「独特の人ですね……いいでしょう。いつでもお相手しましょう。とにかく今日は無理でしょうから、また後日。その時にマオさんがなぜガルガンティアの武術を使えるかまたお聞きしましょう」

 

 それだけ言うとキースは去っていく。その背中にあたしは舌を出した。

 

 



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ガルガンティアの確執

 

 学園の校舎の影、階段で少し休んだ。ニーナはまだ苦しそうにしていたけど、うつむいたまましゃべらない。ラナとあたしはどうしようかと話をしていた。

 

「それにしてもポーラ先生はあれなことしてきたし、ソフィアは喧嘩売ってくるし……あのなんだけっけ、キースともいざこざがあって、あんたの周りはほんと退屈しないわね」

「す、好きでそうなっているんじゃないし……」

「わかっているわよ。ああーでもソフィアの奴にやられたのはむかつく、あいつ先輩をなんだと思ってんのよ。いつか模擬戦みたいなことがあったらコテンパンにしてやる……!」

 

 ラナは元気だ。それでほっとした。

 

「……すまなかったな」

「ニーナ。大丈夫?」

 

 やっと声を出したニーナ。でもその表情は辛そうだった。体が痛いというよりも。彼女はよろよろと立ち上がった。

 

「お前たちの見た通り、私はガルガンティアと言っても落ちこぼれだ」

「……さっきも言ったけどさ、ニーナはそんなことはないよ」

「マオ、お前にはわからない」

 

 ニーナがあたしを見た。

 

「私たち『力の勇者』の子孫であるガルガンティアは一族を多く持っている。貴族位を持っている私の家とは別に分家、傍流は多い。ただ聖甲を継承しているのはあくまで本家だった。……父上が倒れるまではな」

 

 耳につけたピアス。それをニーナは手で触る。

 

「当然、ミラやソフィアのように私が継がないといけないという時に一族の叔父から異議があった。一族の象徴である聖甲は実力のあるものが所有するべきだと、いや――」

 

 ニーナは自嘲するように笑った。

 

「少なくとも才能がある者に継がせるべきと言った」

 

 つまりはそれ、一族の中で『ニナレイア・フォン・ガルガンティア』が才能がないと言われたってこと……? 

 

「そして一族の中で若い者を集めて競わせる大会が開かれた。私はその中で……」

 

 ニーナは頭を抱える。

 

「誰よりも弱かった……。聖甲を継承するなんて冗談でも言えないほど才能がなかった……」

「……ニーナ」

「もともと冒険者になるなんてどうでもよかった。ここに来たのは故郷に居たくなかったからだ。……その大会ではヴォルグが全員を倒して聖甲を継承した……。あいつは私に言った『弱いやつにこれは渡せない、いつでも取りに来い』と言った。あいつは私が、私がそんなことできないことを知っているんだ!」

 

 両肩を掴まれた。ニーナはあたしを見る。

 

「才能がなくてもどんな困難にもまっすぐ立ち向かえるお前と私は違う!! キースのことも、安い同情はやめてくれ!!」

「同情なんてしてないよ」

「……っ」

 

 突き飛ばされてラナが受け止めてくれる。ニーナは無言で睨んで、踵を返して走っていく。

 

「ああ、もう。まだいろいろとあったってことね」

「ラナ」

「とりあえずあんたは家に帰っておきなさいよ。ニーナは私が追いかけてあげるから」

「でも、あたしも」

「あんたねぇ。実は自分はすごいことできますってさっき見せたんだからあいつもいろいろと複雑なのよ。わかる?」

「……」

「ま、心配するんじゃないわよ。早くいかないと見失っちゃうでしょ」

 

 ラナが走っていく。一度振り返って。

 

「今日はもう何もトラブル増やすんじゃないわよ」

「……そんなこと言われても」

 

☆☆

 

 まっすぐ帰るのはなんだか気が乗らなかった。

 

 散歩がてらに王都を歩いていく。

 

『マオちゃーん』

 

 Fランクの依頼の時に知り合った人が声をかけてくる。あたしはそれに手を振って返したり、なぜか袋に入った野菜をもらってしまったり……。

 

 わんわん!

 

 犬が寄ってきてなめてくる。よく散歩した子たちだ。くすぐったいし。かわいい、なでなで。猫もやってくる。

 

 王都の整った街並みをあるいく。道は馬車が走ってもびくともしない石造り。そういえばたまに村の近くで馬車が泥に車輪を取られている人がいたらみんなで助けに行ったりしたなぁ。

 

 不意にイオスの話を思い出した。立ち止まって振り返ると大勢の人が行きかう街。ここがもしかしたら魔族との抗争で火の海になっていたかもしれない。そう思うと思わず手に力が入って袋が小さく破けた。

 

「あ、いけない」

 

 そう思うと自然とあたしの足はロイとの戦闘の被害を受けた場所へ向かった。復興がほとんど進んでいて広場にはお店も出ている。かんかんと槌の音が遠くからでも聞こえる。街の人達はあたしをみつけるとやっぱり手を振ってくれたり話しかけたりしてくれる。

 

『今日はあの、なんだ、モニカは来てないのか?』

 

 そう言ってくれる人もいた。複雑そうな顔をしているけど、それがあたしはうれしかった。戦いの被害を受けた場所でも人間と魔族で分かり合えることもあった……それはモニカが努力してくれたおかげだ、でもそれが広がることがもしできたならって思える。

 

 ――魔族を殺せ!!」

 ――人間を皆殺しにしろ!!

 

 ……遠い記憶が蘇った。魔王としてあった時、いろんな憎悪を言葉にしたものを聞いた。その時の光景も思い出せる。人間と魔族はお互いに優しくなれるって今の時代に見た、そして人間と魔族はお互いに残酷になれるって前に見た。

 

 どっちも見た。どちらが本当の姿なんだろう。両方あったことなのだから。

 

 どーん!!

 

 すごい音が鳴った! な、なにさ! 後ろを振り向くと山のような大きな何かが街の入り口にあった。そこには金髪の男が立っている。遠目に見てもわかる。

 

 ぎらぎらした瞳をした『力の勇者』の子孫である。ヴォルグ・ガルガンティアだ!

 

「おーい!! お前らこっちにこい!」

 

 なんだなんだと住民が集まっていく。というかあたしも集まっていく。

 

 ヴォルグの後ろに大きな猪……? みたいな魔物が横たわっていた。黒焦げになっている。彼はそれを指さした。

 

「こいつは災害級の魔物でデス・ボアっていうらしいんだがな!!! さっき仕留めた!! お前らバーベキューの用意をしろ!!! 全部俺のおごりだ!!」

 

 ヴォルグは豪快に笑う。

 

 大きい。横たわっているのに見上げしまう魔物……というか肉。その後ろからひょっこりと顔を出したはワインレッドの髪の女の子、心底疲れた顔をしているのは魔族の少女。

 

「ま、マオ様。なんでこんなところに」

「モニカ! そ、それはこっちのセリフだよ」

「こ、これはですね」

「僕から説明しよう」

 

 わっ!!? いきなり湧いてきた老人……にはあんまり見えない若々しい体をしたウルバン先生がいた。背中には死んだ顔をしてる女の子を背負っている。栗色の髪が毛先には金色になっていく特徴的な髪をしたこれも魔族の少女であるフェリシアだ。

 

「しねぇ……にんげん……しねぇ」

 

 うわごとのようにつぶやいている。死ねって言うか死にそうなフェリシア。……あれ、フェリシアはフェリックス学園の制服を着ている。

 

「最近の魔族はだらしないねぇ。マオ君も一緒に来てくれたら楽しかったのにね」

「う、ウルバン先生何をしたんですか」

「なーに。弟子であるモニカ君とフェリシア君の修業をどうしようかと思ってヴォルグ君がその辺を歩いていたから相談したらさ、じゃあ災害級の魔物を狩ろうぜって! ってことになって近くの山まで走っていってきたんだ」

 

 そんなノリで……? ん? モニカがあたしの制服をくいくいと引っ張ってくる。

 

「近くないです。遠いところまで走っていってきました。魔力で身体強化をしてウルバン先生とヴォルグさんについていくのがやっとでした。ヴォルグさんはこれを担いで走ってて、この人たち怖いです」

 

疲れた顔をモニカがしている。魔族の身体能力は普通人間よりも優れている。それなのに全然元気そうなウルバン先生とヴォルグと死にかけているフェリシアに疲れた顔のモニカ。

 

「ははは、若い時は苦労を買ってでもしろって言うからね。まあ、魔物はヴォルグ君が一撃で仕留めちゃって結局マラソン大会になっちゃったけどね。これじゃあまだ修行不足だからね、特にフェリシア君は体力がない」

「……ほざけ……ばけもの。下ろせ」

 

 フェリシア君……あ! うつっちゃった。背からおりたフェリシアは恨みを込めた目でウルバン先生とヴォルグを見た。

 

「そもそも私は魔族の自治政府に圧力をかけたウルバンのせいで仕方なくここにいるだけで、弟子になった覚えはありません」

 

 足が震えている……生まれたての小鹿みたい。ちょっと内股なの面白い。

 

「わ、笑うな人間!」

 

 ぐぅってフェリシアのおなかが鳴った。

 

「あああああああ」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめてその場でうずくまる。ごめん、かわいいって思ってしまった。

 

 街の人たちが魔族であるフェリシアを見てモニカの友達かと聞いてくるのでどう答えてあげればいいのかな。モニカを見ると「ふん、いい薬です」って言っているから、よくわからない。ウルバンはあたしに言ってくる。

 

「今度はマオ君も一緒に行こうね」

 

 ううん! 絶対ヤダ! ふるふるふるって顔を左右に振る。

 

「なんでもいいけどよぉ、はらへったからなんかこう、いろいろ焼くもんとか持って来いよ」

 

 ヴォルグは両手を組んで不満げだった。

 

 

 街ぐるみでバーベキューが始まった。それぞれ持ち寄った野菜とか調味料とかで巨大な魔物の肉を切り取っては焼く。焼く場所はみんなの家の中とか、炎の魔法が使える人は外で焼いてくれてたりする。大人たちが魔物の毛と皮を取って、肉を切り取る。正直最初からヴォルグの技でちょっと火が通っている。

 

 あたしとモニカも手伝った。モニカは大きな包丁でだんだーんって骨も切る。そのまま皿に置いたり、焼きやすいように串に刺したり。フェリシアは帰ろうしてウルバン先生につかまれている。

 

 だからあたしはお皿にタレのいっぱいかかった山盛りお肉をもらった! 食べやすいようにきってある。タレはなんだろ少し甘辛い感じ。街の人がかけてくれたみたいだ。

 

 2人で借りたフォークでもぐもぐ食べるとおいしい。

 

「おいしいですねマオ様。今日はおなかがへっていましたから」

「うん」

 

 広場はそんな感じでみんなで食事になった。ウルバン先生がフェリシアにお肉の皿を渡すふりをしてフェリシアが取れないように皿を動かしている。「くそ人間!」とか言いながら肉を取ろうとしているフェリシアが叫んでいるのは見ないふりをした。

 

「そういえばマオ様。ラナ様とニーナ様はどうされたのですか?」

「ああ、それはさ」

 

 モニカにさっきあったことを話す。

 

「そんなことが……うう、マオ様は少し目を離すと……」

「いやそれなんか最近いつも言っているような……あ」

「マオ様」

 

 モニカの顔を見る。

 

「な、なんでしょうか」

「モニカに頼みがあるんだけどさ。ニーナの」

「食ってるかガキども」

 

 いきなり頭を掴まれてワシワシされる、痛ってぇ! ヴォルグだ。片手にあたしの3倍は山盛りの肉が積まれた皿を持っている。

 

「痛いって」

「撫でたらうれしいもんじゃねぇのか?」

「なんの話してんの!?」

「気難しい奴だな」

 

 いきなり来て、無茶苦茶なことを言う。その時ふとヴォルグの両手、つまり聖甲に目が行った。あたし取っては忌々しいものでもあるけど、それよりもさっきのニーナの話が思い出された。

 

「あのさ、ヴォルグ……えっとさん」

「呼び捨てにしろめんどくさい」

「じゃあヴォルグ。あのさニーナ……ニナレイアとあたしは友達なんだけどさ」

 

 ヴォルグがあたしを見た。驚いた……というかなんというか獣に見つめられているみたいな表情から感情が読み取れない。だけどはじけるように彼は笑った。

 

「そうか! お前ニナレイアの友達か!! そーかそーか。くえくえ!! おおい、このガキに肉を持ってこい!!!」

 

 数秒後にあたしの皿にはお肉が積み増しされていた。ヴォルグは上機嫌だ。

 

「そーかそーか、あいつにも友達ね。いいじゃねぇか。あいつ暗かったもんな。それでニナレイア……お前の言うニーナってのはあいつのことだろ。どこいるんだ!」

「きょ、今日は一緒じゃないよ」

「なんだよ、連れて来いよ。あいつ少しは強くなったのか!?」

 

 その瞬間ニーナの悲しい顔が思い浮かんだ。……反対に明るい表情のヴォルグに対してあたしは少しだけ感情的になった。

 

「あのさ、ニーナの家から聖甲を奪ったって本当?」

「あ?」

 

 モニカがおろおろし始める。ヴォルグはあたしを見る。

 

「なんだそりゃニーナから聞いたのか?」

「そうだよ」

「そうか。そうだよ。俺はガルガンティアの連中を全員ぶちのめしてこのガラクタを預かってんだよ」

 

 ガラクタ? 聖甲が? 

 

「これよぉ、蒸れるんだよ。確かに武器としては優秀だけどよぉ。これで敵を倒すとさすがは聖甲の継承者はすげぇとか言われるんだぜ!? 理不尽と思わねぇか? 強いのは俺だっての!! アリーのあほボケにも言われてキれたことがあるんだぜ俺は」

 

ヴォルグはすさまじい速さで肉を食べる。口を動かす。

 

「そもそも俺はこんなものいらねぇんだよ。それなのにめんどくさいことによ、ガルガンティア内部でいろいろとごたごたごたごた言いやがってよぉ。ニーナからこいつを奪おうとしたから、分家連中を全員ぶっ倒してとりあえず預かってんだよ。ああ、できればうっぱらって酒に換えてぇ……」

 

 あたしは、早口でしゃべるヴォルグの話を聞きながら混乱した。

 

「で、でもさ! ニーナに対して弱い奴には渡せないって」

「そりゃあお前、弱い奴がこれを持っても奪われるだけだろ。はっきり言ってやったぜ。わかりやすくな。いつでも俺をぶっ倒せるくらい強くなって取りに来いってな。そうすりゃあ返したってほかの奴らにとられることなんてないだろ」

 

 …………今わかった!!! こいつ!!!! 言っていることがそのまんまなんだ!!!!

 

 ニーナが完全に挑発として受け取っている言葉はこいつにとってそのままの言葉なんだ。裏表というか、なんの裏もない。深読みするだけ無駄だ!!

 

「ふ、ふーん、で、でもさ、ニーナは完全に勘違いしていると思うよ」

「勘違い? 何言ってんだお前」

「ヴォルグがニーナに言ったことは弱いからどうせできないだろって感じにさ」

「そんときゃそん時だな」

 

 ヴォルグは言った。

 

「もしその程度の覚悟ならこいつは俺がずっと持って墓までもっていってやるよ。死んだ後も渡さねぇ、アリーあたりに海に捨てろって言って死ぬ。弱いままならニナレイアにはこんなもんない方がいい」

 

 もぐもぐと食べている。あたしはそれを聞いて思った。ヴォルグという人物はシンプルな人間だ。だからこそそこには純粋な厳しさがある。言っていることに裏がないからこそニーナに変な甘さを見せることはないだろう。

 

「それでもニーナはヴォルグを倒せるよ」

「あ?」

「あたしとニーナはさ、あんたを一緒に倒すって約束をしているからさ」

「…………お前が?」

「そうだよ。だって聖甲なんてインチキなんだからさ!」

 

 あたしはびしっと指を突き付ける。片手に肉山盛りの皿持っているから結構むずい。

 

「覚悟しておくといいよ!」

「…………」

 

 ヴォルグは肉を食べながらあたしを見る。じっと見てきて言った。

 

「お前いくつだ」

「え? 今聞くの? 15だけど」

「そうか。あと5歳くらい上だったら抱いてやるのにな」

「…………はあああ?」

 

 な、なに言ってんだこいつ!

 

「顔はまあいいし、性格は気に入った。とりあえずはいいか」

「何が!??」

「でも、ガキだからなぁ」

「なんの話をしている!?」

「なに赤くなってんだ? ……あ? お前、もしかして男を知らな――」

 

 だまれ!! なんかこいつをそのままにしているととんでもないことを言い出しそうだ!! ああああ、そ、そういうのはまだ早いから! 魔王だった時も今と歳は変わらなかったし……そそーいうことはないです!! アリーさんの気持ちが分かった気がする!!!

 

「と、とにかくお、覚えておいてよ」

「ああ、ニナレイアにも言っとけよ、いつでもやってやるってな。何年も時間がかかったらお前も覚悟しとけよ」

 

 何の覚悟だ!!!!! あたしは叫びそうになった。はあはあ。だめだ。こいつといると調子が狂う。……ただ一つ聞きたいことがあった。

 

「でも今日はなんでいきなりここに来たのさ」

「なんでもくそもねぇだろ、ここの街は俺と魔族の戦いで崩れたんだからなんかしてやろうと思ってたんだよ。ちょうどその魔族のガキが話をしてたからな。災害級の魔物を倒せば報奨金も出るからそれも使うんだよ」

 

 それを聞いて今日何度目かわからないけどわかった。こいつは……裏表がないんだ。

 

 



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交差する悪意

 

 乱雑に本が積まれた部屋だった。

 

 奥の窓の前に机がひとつ置かれていた。その上には大量の書類と本が置かれている。

 

 窓の外は雪が降っている。

 

 部屋のドアからその机まで一本の道などと言えばいいのだろうか、乱雑に積まれた本が床を覆いそこしか歩くところがない。この部屋の主は机の前の椅子に座り足を延ばしてだらしなく座っていた。

 

 顔に読みかけの本を被せてだらりと手を下げている。黒の頭頂と先に行くほど金色の特徴的な髪形をしていた。その身には青い軍服を纏っているが、胸元をはだけて中の黒いシャツが見えている。

 

「ロイ師団長」

 

 部屋に入ってきた魔族も同様に軍服を着ているが、だらしなく座るロイとは違い背筋を伸ばして歩く。

 

「あぁ?」

 

 ロイは寝起きを邪魔されたことに多少の不快感を覚えたが、部下の顔を見ると柔和に笑った。この男の笑みは特に意味はない。そういう表情を作る癖のようなものだった。

 

「どうしたんだい」

「人間どもが我々に対して攻撃を企図していると情報があります」

「ふーん。まあそうだろうね」

「しかしその方法が」

 

 部下が報告書を手渡すとロイはそれをちらりと見る。それだけで「読んだ」。

 

「へえ屑どもも考えるね。人間に飼われた魔族の自治政府に『暁の夜明け』を討伐をさせるってことか……」

 

 ロイははははと今度は愉快そうに笑った。

 

「共食いをさせようというわけだ」

 

その言葉を聞いて報告を行った魔族は顔を歪めた。人間の企むこともそれを笑い飛ばすロイについても不快感を持ったのだろう。ロイはそれをちらりと見て、特に何も言わなかった。代わりに事務的な質問を行った。

 

「それで、今何人くらいの兵士が動かせるんだい?」

「300人は動かすことができるかと思います。人間の王都を攻撃するために準備してたので……まだ戻ってない者も多いですが」

「ふーん」

 

 ロイはその場で考え込んだ。彼はけだるげに立ち上がる。

 

「この報告書には自治政府には奇妙な武器が支給されているとあるね。『魔銃』か。そういえばクリスが戦ったときマオも使っていたといってたな」

「マオ……?」

「ああ、こっちの話だ。今は関係ないよ」

 

 彼の頭脳はこの会話の間もめまぐるしく動いていた。彼とヴァイゼンの立案した王都への奇襲は頓挫している。3勇者の子孫を抹殺するというヴァイゼンにとっては大したことのない仕事を完遂することができなかった。そのせいで今は『暁の夜明け』の活動も鈍っている。

 

 本来であればすでに十万以上の人間を抹殺しているはずだった。ヴァイゼンは船での出来事に口を閉ざしている。

 

「…………船か」

 

 そこにマオがいたら?

 

 ふとそう思った。ロイはその空想を笑う。いたところでどうしようもないはずだ。だが、もしいたら何かをするのではないか? 調べてみようかと彼の思考は現実から段々と離れていく。

 

「師団長?」

「……ん? ああ」

 

 ロイはその言葉で現実に戻った。

 

「そうか、奇妙な武器が自治政府にあるのか……それらを鹵獲できれば使えるかな」

 

 彼の思考のピースはだんだんとはまっていく。次なる計画のために戦力の補充は重要だった。人間に比べて魔族は数が少ない。それは純粋に痩せた北方の土地に閉じ込められた彼らには仕方がないことだった。

 

「人間どもは共食いがお望みなんだろうね。だったら喰い殺してやろう。魔族の誇りを捨てて人間に媚びる屑どもをね」

 

 ロイは片手を上げた。兵士を招集する合図だった。

 

 それで報告来た魔族の男は部屋を急いで出ていく。ロイは一人笑う。

 

「魔族自治領ジフィルナ……。消えてもらおうか……」

 

 残忍な表情をするロイは心の底で望んでいた。それがなぜかわからない。だが、予感があった。

 

 彼は水路の奥で出会ったあの少女がやってくることを願っていた。

 

☆☆

 

 へっくし!

 

「大丈夫ですかマオ様」

 

 大丈夫、なんか寒気がしただけ。心配してくれるモニカに片手で大丈夫って示す。

 

 それにしてもおなかいっぱいだ。ヴォルグにいっぱい食べさせられた。ああ、きつい。思ったんだけどあたしは食べることは好きなんだけどあんまり量は食べられないかもしれない。……うーん。まあ目の前でばくばく食べているヴォルグと比べる方がだめかも。

 

 今は帰り道。

 

「モニカは今日も泊まっていく?」

「……そうですね。毎日なんだか迷惑じゃないですか?」

「あたしが言うのもなんだけど、ラナも楽しんでいると思うけどな」

 

 そういうとモニカははにかんだ。でも今日はラナがニーナを追っていったからどうなんだろう。先に家に帰っているのかな。夜ごはん用意されてたらど、どうしよう。さ、流石に食べられない。

 

「あ、あのマオ様」

「なに?」

「ああああ、あのですね」

 

 わかりやすく動揺している……なんだろう?

 

「落ち着いてよ。どうしたの?」

「そ、そのですね、あのですね」

「?」

 

 モニカは恥ずかしそうにしている。もじもじと手をにぎにぎしたりなぜか目を泳がせている。ただ決心したようにあたしに言う。

 

「よ、よかったら今度王都の私の家に遊びに来てもらえませんか?」

「え? いいよ」

「……やっぱりだめですよね」

「ええ? いいよって、あれだよ、行くよって意味!」

 

 それを聞くとモニカはぱあって花が咲いたように笑顔になった。

 

「わ、私はですね、友達を家に呼んだことがなくてですね、その、あのですね」

 

 うわぁ、すごい嬉しそう、見てたらこっちも嬉しくなってくるようだ。友達を呼んだことがないというのは触らないでおこう。人間の社会にいる魔族として苦労したんだと思う。

 

「じゃあラナとニーナも呼ぼうよ、もちろんミラも」

「……! ど、どうやってもてなせばいいんでしょうか?」

「もてなすなんて考えなくていいよ」

「お菓子とか……」

「お菓子!」

「マオ様にももちろんいっぱい」

 

 いっぱい! 

 

 …………。

 

 ごほん。途中から我を忘れた気がするよ。

 

「そういえば前に言ったけどさモニカ。これは全然返事をする必要はないんだけどさ」

「はい?」

「魔族の自治領にいつか行ってみようと思うんだよね」

「……」

 

 やっぱり反対みたいだ。モニカは目を逸らしてうつむいている。でもあたしは思うんだ。

 

「今の魔族を見てあたしも考えないといけないことがあるんだ」

「考えないといけないこと……ですか?」

「うん。見て、知っても何ができるってわけでもないかもしれないけど……。それは大事なことなんだと思う」

「……」

 

 最初に言った通り返事は気にしてない。いつか行くってことだけ決めている。その時はひとりかもしれな――。

 

「私が一緒に行きます」

「へ?」

「マオ様は止まりませんから……。どうせ一人で行くとか言い出します! そんな危ないことをさせるくらいなら一緒に行きますよ」

 

 ……あたしってすごーく単純なのかもしれない。この前はラナに心を読まれたし、今はモニカにも心を読まれた。でも、それをそのまま正直に言うのは恥ずかしいじゃん。だから一緒に行ってくれるって言うモニカに向けて短くいった。

 

「ありがと」

 

モニカははあと息を吐いて、それからうっすらとわらった。

 

「なんだかマオ様と一緒に居ると悩んでいたはずのことも勝手に前に進んでいってしまいます……」

「よくわかんないけどさ」

「そうですよね。そーでしょうね」

 

 モニカはくすくすと笑う。そして彼女は紅い目であたしを見た。

 

「魔族自治領ジフィルナは……とても寒い場所ですけど……それでも私が家族と……お父さんとお母さんと……お姉ちゃんみんなで過ごした場所なんです。……つらいこともいっぱいあるけど、魔族が頑張って生きている場所なんです……。マオ様が私の故郷を見てどう思うかわかりませんけど……」

 

 モニカの顔を見ながらあたしは思う。

 

 もし、魔王の生まれかわりってこの子が知ったら。

 

 あたしを責めるだろうか? それとも……いや、やめよう。今考えても仕方がないことなんだからさ。

 



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潜入をしよう!

 

 ミラに会いたい!

 

 いろいろとくよくよ考えてたらそう思った。イオスのこともあるし、ミラとは会って話さないといけないのは間違いない。

 

「よし!」

「っ…!? マオ様? ど、どうしたんですかいきなり」

「ああ、ごめんごめん。考え事をしていたらミラに相談したくなってさ。ミラを探そうかなって」

「こんな夜にですか? ミラ様……そういえばここ数日全然お見かけしませんね。……あの方は貴族ですから……貴族街に住んでおられるのでは?」

「貴族……」

 

 そういえばそうだ。ミラが偉そうにすることがないから気にしてなかった。貴族街かぁ。そういえば全然行ったことがないや。確か王都の東側で王城もあるってことだ。

 

「行ってみようかな」

「えええ? マオ様。ミラ様の家ご存じなのですか?」

「いや全然。でもさ有名なんじゃないかな。モニカは帰ってていいよ。はい鍵」

 

 家の鍵をモニカに渡そうとするとむうって感じの顔をモニカがしている。

 

「マオ様一人で行かせたら何が起こるかわかりません……私も行きます」

 

 さ、流石に街中では何も起こさないよ……多分。

 

「そっか。じゃあとりあえずいこー!」

 

 何となくぐっと右手を握って空に突き上げてみる。

 

 

 貴族街の方に向かう。そういっても初めてだからよくわからない。東の方に行っていたら着くのかなって思った。

 

「マオ様こっちです」

 

 実はモニカは行ったことがあるらしい。あたしは彼女の後ろをついていく。あまり遅くなってもラナが心配するかもしれないからさ、少し小走り。夜の街の中を二人で走っていく。

 

 大きな橋があった。石造りのしっかりした橋だ。貴族街とあたしたちが住んでいる街の境だって。橋にはてっぺんが光っている柱が一定の間隔で立ててある。

 

「ああ、あれは街灯ですね。魔石をはめ込んで夜でも道を照らすためのものだそうです」

 

 へえ。そうなんだ。篝火とは違うんだね。でも魔石を使っているってことは結構お金がかかっているんじゃないかな。

 

 そんなことを思いながら橋を渡り切ると空気が変わった気がした。

 

 大きなお屋敷が立ち並んでいる。街灯が夜なのに道を明るく照らしている。人通りは少ない。意外と静かだ。

 

「道を歩いている人にミラの家を聞こうと思ったんだけどな……」

「マオ様って貴族とかに道を聞きそうで怖いですね」

 

 え? 聞くだけじゃん。あたしがきょとんとしているとモニカが困った顔をする。

 

「冗談ですよ?」

「何が?」

「え?」

「え?」

 

 二人で首をかしげる。

 

「と、とりあえずマオ様少し歩いてみましょう」

 

 しばらく歩くとなんだか周りの立っている建物が大きくなっていく気がする。見上げるとお城があった。白い大きなお城。人間の王の住む場所かぁ。用事なんてないしこれからもいくことないだろうけど。星空の下にあるお城って結構きれいかもね。

 

 おっ、人がいる。黒いコートを着た男性だった。赤い髪をしている若い男。なんだかもの思いにふけっているように空を見上げながらゆっくり歩いてる。

 

 ……いやあれ。アルフレートじゃん。あたしは手を上げて言った。

 

「こんばんは」

「……き、君ら。な、なんでここに!?」

 

 アルフレートに挨拶をするとすごいびっくりしてのけぞった。な、なんで? その反応は不自然じゃん!

 

「なんでって言われても……あ、そうかアルフレートも貴族だったよね」

「そんな風に言われると愉快ではないな」

「……どういえばいいのさ。ま、いいや。ミラ……えっとたしかアイスバーグの家ってこの辺りにあるの?」

「……ミラスティアさんに会いに行くのか? やめておくといい、こんな夜に行っても迷惑だろう」

「そうかもね。だから場所だけ知りたいんだ。またくればいいし」

「……この道をまっすぐ行けばいい。大きな屋敷だからすぐにわかる」

 

 アルフレートはぶっきらぼうに、でも答えてくれた。あんまりあたしのことを良く思っていないのは分かっているんだけどなぁ。それでも助かったよ!

 

「そっか! ありがと!」

 

 あたしはそう笑いかけるとアルフレートは顔をそむけた。怒っているのか少し顔が赤くなっている気がする……。うーん嫌われてるなぁ。あんな感じのことがあったから仕方ないけど。

 

 モニカはアルフレートをじぃーとみている。そのあとあたしのこともじっと見てくる。

 

「何? モニカ」

「あ、いえ。なんでも」

 

 モニカが目を背ける。なんで!? アルフレートがそっぽ向くのはわかるけどモニカがそんな態度を取るのはよくわからない。何かをごまかしているような気がする。

 

 とりあえずアルフレートの横を通って走る。おっきい屋敷がミラの家。すごくわかりやすい説明だ。そう思って走っていくと。

 

 でかい。

 

 おっきな屋敷があった。フェリックス学園の校舎全部くらいの大きさがある。綺麗な装飾の施された鉄の門扉。その向こうに広い庭も見える。入り口には門番……さんかな人が立っている。

 

「ここかなぁ」

「多分ここですね」

 

 モニカとあたしは並んで大きさに圧倒された。流石は剣の勇者の子孫っていえばいいのかな。うーん。よく考えずに来たけどここからどうしよう。とりあえず場所は分かったんだから、今日は帰ってもいいかな。

 

 !

 

 二階のバルコニーに人影が見えた。綺麗な銀髪。……多分ミラだ。あたしは「おーい」と言おうとしてモニカに後ろから口を押えられた。

 

「だめですよマオ様。貴族街で大声をだしたら衛兵がやってくることもありますよ」

「んん」

 

 難しいなぁ……でもどうしようもないかもしれない。

 

「マオ様。場所もわかりましたし、今日はこれで帰りましょう」

「そうだね」

 

 そう思った時に物陰から人ができてた。くすんだ金髪のくせ毛をしたフェリックスの制服を着た女の子だ。あたしを見て「きしし」と笑う。その腰には大きなダガーを吊っている。

 

「マオさんですね。イオス同志のメッセンジャーのキリカといいます。以後お見知りおきを」

「イオス……?」

 

 あたしはそれを聞いて身構えた。キリカは「きしし」と笑う。どことなく猫っぽい。

 

「そんなに警戒しないでくださいよ。私は仮面の人とかフェリシアちゃんとは違いますよ。きしし」

 

 仮面と聞いてモニカもハッとした。キリカはそれをちらっと見て腰のダガーを鞘ごと外す。それを軽く投げてきた。モニカはあわててキャッチする。

 

「これで丸腰ですよ、きしし。何度も言う通り警戒しないでいいですよ。私はメッセンジャーですから。マオさん……イオス同志からの依頼を受けるなら私にぜひ言ってくださいね。ちゃーんとお伝えしますから」

「イオスの同志ってことは」

 

 この子も『暁の夜明け』? あたしは聞こうとして口を紡ぐ。モニカがいるからだった。

 

「マオ様。この人は……?」

「初対面だよ……」

 

 それだけ答える。

 

 キリカは言った。

 

「私たちも急いでいるからですね。マオさんが困ったことがあれば手伝っていいって言われているんですよ。さて、とりあえずマオさんはこの屋敷」

 

 キリカが指さすのはミラの家。

 

「ここに住んでいるミラスティア・フォン・アイスバーグと会いたいってことですよね。きしし。もちろん会いに行けますよ。どうぞこちらへ」

 

 会える!? で、でも怪しい。ついて言ったらまたトラブルに巻き込まれそうだ。モニカもあたしの裾を引っ張ってくる。

 

「マオ様……」

 

 キリカは「はーやーくー」とせかしてくる。あたしは少し考える。ミラに会いたい。それは本当だ。……冷静に考えてみればイオスが今あたしに危害をくわえるとは確かに思えない。

 

 ……ええい! どうにでもなれ。

 

「モニカ……先に帰っていて」

「マオ様!?」

 

 ごめんモニカ。あたしが前に進もうとするとぐいっと引っ張られた。モニカが引っ張ってくる。すこしむすっとしている。

 

「……わかりました。よくわかりませんがここまで来たからには最後まで一緒です。……でもですねマオ様。すぐ私を帰そうとするのはだめです!」

「ご、ごめん」

 

 勢いに押されて謝ってしまった。キリカは「仲のいいことでぇ」とか言っている。

 

 そうやってキリカについていく。ミラの屋敷の塀に沿って歩いていく。ふとあるところでキリカは止まった。彼女はきょろきょろあたりを見回した。それからいきなり、

 

「ていっ」

 

 塀を蹴飛ばす。するとがらっと蹴っ飛ばした場所が崩れた。人一人入れるくぐれる程度の大きさな穴が開いた。な、な、なにしてんの!? キリカは振り返った。

 

「さあ、ここから侵入しましょう。きしし」

 

 そしてポケットから仮面を取り出す。

 

 彼女は顔の上半分だけを隠すことのできるそれを被ってニヤッと笑った。

 

 



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潜入をしよう!②

 

 キリカを先頭にして壊した壁の穴を通って中に入る……。

 

 広い敷地の中、庭の一角かな。綺麗に剪定(せんてい)された植物に身を隠しながら進む。途中見回りの人がこちらに気がつかず歩いて行った。隠れているこっちからしたらどきどきだけど……あの様子じゃ簡単に屋敷まで近づけないかも。

 

「ふむ。流石に警備体制は整っていますね」

 

 キリカはそう言った。そういえばモニカと名前が似ている。それを言うと彼女はじっとあたしをみた。顔の半分が隠れる仮面をつけているから目線がどこなのかわかりにくい。

 

「まあ、そりゃあ」

 

 よくわからない返事をされた……。名前を聞かれたときにそんな反応ある?

 

「とにかくどうでもいいじゃないですか。マオさん。私たちはこれから剣の勇者の牙城に潜入するんですから」

「牙城……って、ミラの家をそんな風に」

「こまかいことはいーんですよ。ほら、二人もこれをつけてください」

 

 そういってキリカがあたしとモニカに渡してきたのは彼女がつけているみたいな仮面だった。これ……つけるの? 恥ずかしいんだけど。そう言おうと思ったらキリカが無理やり渡してくる。あたしはモニカと目を見合わせて苦笑した。

 

 とりあえず魔力的な仕掛けもなさそうだし……。仮面をつける。うーん。これで怪しい三人組の完成! 見つかったらむしろすごく誤解されそう。いや、まあ、潜入している時点でもう見つかるわけにはいかないんだけど。

 

「とりあえず立ってください」

 

 キリカに言われてあたしたちはあたりを見回して立つ。

 

「そうそう。それでマオさんは両手を組んで、モニカさんは片手を伸ばして、そうそう、はい、ポーズ」

 

 両手を組んだあたしの後ろで、腕を斜めに突き出したモニカとガッツポーズしたキリカ。3人でポーズを決める!

 

 ……。

 

 ……。

 

 なにこれ。

 

「よし! ばっちりですね。きしし」

 

 キリカがうなずく。

 

「何が!?」

「何がですか!?」

「おやおや二人ともそんなに声を出していたら……ほら」

 

 ――なんだ。こっちから声がしたぞ

 

 見張りの人が走ってくるのが見える。あたしとモニカは両手で口を押えて茂みに隠れる。

 

 ――このあたりで声がしたぞ。

 

 人が増えていく。な、なんでこんなことに。意味不明な行為でピンチになっているのわけがわからないよ。

 

「計算通りですね、きしし」

 

 真横でキリカが言う。彼女はフードを深くかぶる。

 

「私が囮になりますからその間に屋敷に入り込んでください。きしし。なーに。少しの間引っ掻き回してあげますよ」

「そ、そんなキリカ」

「心配しないでください。私はそれなりにすごいですから」

 

 キリカはあたしが制止しようとするまもなく茂みからさっと抜け出した。見張りの人たちが大勢いる。彼らは手にランプをもっていてキリカを照らす。それは火ではなくて魔石のはめ込まれたものだった。

 

 キリカはたたずむ。光の中で彼女は言う。

 

「怪盗モニカニアン参上! きしし」

 

 それだけ言ってさっと逃げていく。すごい速さだ。あたしはあっけにとられた。

 

『な、なんだあいつは!』

『怪盗モニカニアンだと!? 何だあいつは』

『なんだあいつ! なんだかわからんが追え! 逃がすな』

 

 見張りの人たちもすごい困惑したまま追っていく。全員「なんだあいつ」って言っている。正直呆けていると肩を掴まれた。モニカだ。

 

「な、なんですか? あのひとぉ?」

 

 ちょっと涙声だ。う、うん。すごい堂々とモニカのことを騙っていたよね。……と、とにかく今は進もう。あたしは周りに人がいないことを確かめてから立ち上がる。砂のついたおしりをぱんぱんとはたく。

 

「うう、あれ。どうなるんですか?」

「わ、わかんないけどさ」

 

 とにかく進もう。あちこちで「追え!」「噴水に上ってポーズをとっているぞ!」とか聞こえてくる。何してんだろう。楽しんでない!?

 

 物陰に隠れながら屋敷に近づく。フェリックスの制服のフードを被ってできるだけ見つかりにくくする。もともとダークな色合いの制服だから都合はよかった。

 

 明かりが漏れている。ドアがあった。慎重に開けるとそこは厨房みたいだった。誰もいないみたいだ。並んだ石造りのかまど、調理台、棚に置かれた調理器具。ここなら大勢の食事を作れそう……ってそんなことを言っている場合じゃない。

 

 厨房を抜けると廊下だった。明るいのは天井から吊るされた魔石を明かりがある。優しい色合いの明かりだけど、今はむしろない方がよかったな。

 

『怪盗モニカニアン! 貴様! やめろ!!』

 

 外からなんか聞こえてくるのは無視しよう。モニカは「何があっているんですか?」ってすごい気にしている。ほんと何をしているんだろう。

 

「ひゃーはっははは!」

 

 キリカの笑い声がする。き、気になる。何やってんだろう。

 

 足音がする! いったん厨房に戻ってやり過ごす。メイドさんだ! すごい困惑した顔で庭の見える窓に走っていって外を見ている。正直今だって思った。

 

 厨房からこっそり出て、廊下を歩く。モニカとあたしは緊張でいっぱいだ。メイドさんたちが振り返らないかすごい心配していたら、その中の一人が振り返った。近くに合った調度品の鎧の影に隠れる。

 

 なんとか見つからなかったみたいだ。よく見つからなかったなって思う。怪しさ抜群だから!

 

 とにかく廊下を慎重に進む。階段があった。抜き足差し足で昇っていく。階段って上る時「ぎし……ぎし」って音がするんだけど、それでばれないかって思うだけで冷や汗が流れる。

 

 2階。

 

 長い廊下とそしていっぱいの部屋。等間隔でドアがあって正直どこがなんの部屋か全くわからない。外から見た時にミラ……と思う影はバルコニーにいたと思うけどもういないだろう。……いや、よくよく考えたら外の騒ぎでミラも一階にいたらどうしよう。

 

 ええい! 考えたって仕方がない。ひとつずつ探して……。

 

「マオ様」

 

 そう考えているとモニカがあたしの服を引っ張った。

 

「どうしたの?」

「ミラ様がどこいるかなんですけど、簡単に見つけ出せます」

「……どうやって!?」

「マオ様、お忘れですか」

 

 モニカはそう言ってあたしに手の甲を見せた、そこに魔力を通すと青い紋章が浮かび上がる。

 

「Fランクの依頼時に『蝶の魔術』をみなさんと共有させていただきましたから、あれからそこまで時間は経っていませんし、わざわざ解除しない限りはまだ有効なはずです」

 

 そういってモニカは手に魔力を籠める。暖かい青い光。そこからふっと青い魔力で輝く蝶が飛び立つ。ひらひらとそれは廊下を渡っていく。

 

「さあ、追いましょうマオ様。近くにミラ様がいればあれが見つけてくれるはずです」

 

 ……頼りになるなぁ。あたしとモニカは廊下を歩いていく。物陰から不意に人がやってきたらだめだから警戒しながらだ。青い蝶はそんなことを気にせず飛んでいく。あの先にミラがいる。

 

 その時ふと思った。小さくだけど。「怖い」って。

 

 ラナが言っていた懸念もあるけどミラが全然あたしに会いに来なかったのは何か理由があるはずだ。特にこの屋敷にいるのなら、いつでも会いにこれる距離なんだから。その理由がなんだろう。それを考えるとわけのわからない不安が胸の中で広がっていく。

 

 それでも蝶を追う。不安とか怖いとかの気持ちがあってもそれでも会って確かめないとわからない。蝶はとある部屋の前で止まった。中に入れなくて困ったようにそこでゆっくりと旋回している。

 

 ここだ。

 

 あたしはモニカにこくりとうなずく。ドアノブに手をかけてみる。

 

 それを開く前に目を閉じる。

 

 ゆっくりと力をこめてドアノブを回す。それはすんなりと開いた。

 

 まず天蓋付きのベッドが目に入った。部屋の中は広い。ただ、本棚があるくらいで簡素な印象があった。そして――いた。

 

 窓のそばにある机。そこで振り返った銀髪の少女。驚きに目を見開いている。

 

 ミラだ。あたしは部屋の中に入る。心臓が鳴る音がする。あたしが何かを言う前にミラが立ち上がる。白いシャツに胸元にリボンをつけている。彼女は驚きとともに言った。

 

「誰ですか……? 不審者……?」

 

 そういえば仮面付けてた。

 

 外からはたぶん囮として逃げ回るキリカの笑い声が聞こえてくる。

 

 



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未熟な2人

 

 ミラにすごい怪しまれたから慌てて仮面を外そうとした! フードも取る。

 

 前にミラに手を掴まれた、すごい速さだ。うえ。あれ? 空を飛んでいる。

 

「マオ様!」

「えっ!? マオ!?」

 

 遠くで声が聞こえる。こ、これ空中に投げられた!? どーんって床に叩きつけられて……うん、意外と柔らかい。ベッドの上に投げられたみたいだった。でも少し痛いし、どーんって大きな音もしてしまった。

 

 仮面を取る。

 

「ちがうちがう。あたしあたし!」

 

 必死に自分をアピールする。不審者じゃない……いや不審者かもしれないけどさ! でもなんか盗もうとかそういうのじゃないよ。ミラはあたしの顔を見てうってうろたえた様子だった。

 

「ま、マオ? なんでここに。それにそっちは……もしかしてモニカ?」

 

 そりゃあいきなり現れたら驚くし、怪しさいっぱいだったからね。あたしはベッドから降りた。不審者にもけがをさせないようにちゃんと柔らかい場所に落そうとするミラの優しさがなかったらアブなかったかもしれない。

 

 ……正直最初の動きが見えなかった。ウルバン先生に言われたようにあたしは相手の重心とかみてなんとなく次の行動が分かるんだけど、ミラの動きについていけなかった。油断していたかなぁ。ううん。そんなこと今はどうでもいいや。

 

「突然ごめんミラ。どうしても相談しないといけないことがあってさ」

「そう……だん?」

 

 その時どたばたと外から音がした。誰かが走ってくる。

 

『ミラスティア様! 先ほど大きな音がしましたが!? なにかありましたか?』

 

 その声に一番慌てたのはミラだった。あたしとモニカを交互に見てくる。あわわって口を開けている。あたしたちもどうしようって慌てる。

 

 ミラがあたしとモニカの手を掴んだ。そのままクローゼットの中に押し込む。かけられた服が顔にかかる。ばたーんってクローゼットを閉められる。モニカが「むぎゅっ?」って奇妙な声をだした。

 

 外から声がする。ミラが女の人……たぶんメイドさんと話している。

 

「そ、そのなんでもありません。お、大きな猫がいたので驚いて」

『猫ですか!? お屋敷の中に……?』

「ど、どこからか迷い込んだんだと思います。窓から逃がしましたからもう、大丈夫です」

『そうですか……』

 

 ゆっくりとドアを閉める音と鍵をかけるおとがした。「ふう」ってミラの安堵のため息。

 

 あたしたちはそっとクローゼットを開ける。するとミラが困ったような顔で言った。

 

「……とりあえず落ち着いて話をしよ?」

 

 ミラの声はいつも通り優しかった。

 

 

 あたしたちはベッドに腰かけて、ミラは椅子に座る。

 

「本当なら何か飲み物とかがあったほうがいいかもしれないけど……。マオ……それにモニカもいきなりどうしたの?」

 

 どうしたのって聞かれてあたしはどう返そうか考えた。さっき言った通りに相談事があるのは間違いない。イオスとのことはミラの意見を聞きたい。でも……その前に聞きたいことがある。最近なんであまり会えなかったのかなって。大した意味がなければそれでいい、でもラナの予想通りなら……

 

 そんなことを考えていると言葉に詰まってしまう。どっちから先に話を始めるべきか考えてしまう。そんなあたしを見かねてか、仮面を外したモニカが言ってくれた。

 

「……ミラ様にマオ様が会いたいと言われて、失礼ながらこんな形で来ました」

「会いたい……」

 

 ミラが言った。

 

「ごめんねマオ。最近、ラナとの家に行けてなかったからね」

 

 その時作ったような笑顔をしたことがあたしにはわかった。なんとなく寂しそうな顔。……最初にあたしの故郷で出会ったときのように人に合わせるような顔。それをあたしにした。

 

 むっとした。すごくミラからみたら理不尽かもしれないけど、あたしに気を遣ったのがわかった! それがどうしようもなく嫌だった。

 

「ミラ」

 

 語気が強くなったのかミラも驚いた顔をする。

 

「何か隠しているね」

「……そ、そんなことないよ」

 

 ミラはすごく頭がよくて優秀だ。でも心が綺麗だから嘘はすごく苦手だって知っている。じーっと黙ってあたしが見るとミラは黙ったまま目を泳がせている。

 

「もしかしてあたしの退学しろって言われている話とか?」

 

 それでミラがはっとした。あたしを見て言う。

 

「知っているの? マオ」

 

 その言い方変だよね。そのままあたしはカマをかけるか迷った……「知っている」と言えばきっとこのままミラは話してくれるかもしれない。でもそれは騙すようで嫌だった。だからはっきり言った。

 

「いや全然。あたしのことを誰か偉い人がやめさせようとしているってことだけ聞いているんだ」

「………………」

「今日来たのは本当はその話をしたかったわけじゃないけど。ミラも何か知っているの?」

「………………」

 

 ミラは悩んでいるってわかるように苦しそうな表情をした。でも最後にはあたしのことをまっすぐ見た。

 

「ごめんマオ……それは……それはね。アイスバーグ家からの……圧力……なの」

 

 消え入りそうな声で教えてくれた。剣の勇者の家「アイスバーグ」はミラの一族。つまりラナの予想は的中していたってことだ。ミラにそこまで言われてないけどきっと「お父さん」がやったってところまで当たっているんだろうな。

 

 あたしは両手を組んだ。どう答えればいいだろう。

 

 その前にモニカは「なんでですか?」っと聞いた。ミラが言う。

 

「…………マオと私が……一緒に居るから」

 

 前に高い建物の上でミラと話をしたことを思い出した。ミラは「お父さん」のことをすごく気にしていること覚えている。そうか、そうだね。

 

 ミラはそのまま続けた。

 

「マオがみんなとあれだけ頑張って学園に入学したけど……入学式の時のこともあって、マオが……その……ごめん、その……私の……友人として……ふ、ふさわしくない……って」

 

 言葉を紡ぐのがすごくつらそうだった。ミラはそれでも顔を上げた。

 

「で、でもね。大丈夫だよ。わ、私がお父さんとちゃんと……ちゃんと話をしてそんなことはやめてもらおうって思うから。だから、もう少し待っててほしい」

 

 縋るような表情は許しをあたしに求めているように見えた。その顔をあたしはまっすぐに見るのがつらかった。でもさ、そんなことを言う「お父さん」がそう簡単に話を聞いてくれるわけがないって思う。……前の「私」がそうだったから。

 

 あたしはミラにくっついていることで利益を得ているって言われている。そのために付き合っているってのも聞いたことがある。世間体を気にする人ならきっとあたしのことは今すぐにでも排除したいだろうってわかる。

 

「ミラ」

 

 びくって体を震わせてミラが反応する。あたしは言った。

 

「何かさ、交換条件みたいなことを出されてない? あたしに対する圧力をやめる代わりにさ」

「…………」

 

 こんどこそミラは衝撃を受けたように息をのんだ。彼女は言った。

 

「マオと二度と付き合わないようって」

「……!」

 

 あたしは言いようのない不快さを覚えた。見たこともないミラの「お父さん」に対してすごくいろんなことを言ってやりたいって思った。……もしもミラがあたしを嫌いになって離れていくなら、すごく悲しいけれどそれは仕方ないないことだ。でもそうじゃない。

 

「だからマオたちの前に行けなかったの。ごめん……こんなこと言うのはすごく嫌で、会わないままで離れていくつもりだった……。中途半端にするとお父さんが何をするかわからない……から」

 

 あたしが何かを言おうとする前に、

 

「ふざけないでください……」

 

 あたしとミラがはっとするとモニカが肩を震わせながら怒っている。そうわかるくらいに険しい表情をしていた。

 

「ミラ様……失礼ながらですが……勝手に悩んで勝手にいなくなろうなんてすごく……相手からすればすごく理不尽で……納得ができないものです。私は……逆の立場になって初めてわかりました」

 

 モニカが立ち上がる。ミラが驚いて目を見開く。

 

「すごく今……自己嫌悪で嫌になっています!」

「え……自己嫌悪? ……モニカ……?」

「そうですよ! 私もつい先日にそんなことをしました! 魔族である私がマオ様と一緒に居たらきっとよくないって勝手に悩んでひどいことをしたんです!! ああーもう!」

 

 モニカは頭を両手で押さえる。

 

「いろいろいろいろ言っていますけど、ミラ様が一人で勝手に思い込んでいるだけじゃないですか!」

「……! そんなことない」

 

 ミラも立ち上がった。

 

「私は……私はちゃんと考えて……悩んだ。モニカこそ何もわからないのに……! 決めつけて話さないでよ」

「悩んだって言わないとわからないんですよ! 相手のことを思っているなんて、そんなの、そんなのを言い訳に勝手にいなくなろうなんて逃げているだけです!  ……私はそれが全然わかってなかったから……マオ様と直接決闘まがいのことまでしたんですよっ」

 

 モニカ……。ミラは一歩下がりそうになった。だけどモニカを睨むように言う。

 

「そんなの……決闘なんて意味ないよ……。そもそもマオが私に勝てるわけない。そんなことで話が決まるなら悩んだりしない。みんなに相談して意味のある話じゃないよ」

 

 かちん。

 

 頭のどこかで音が鳴った気がする。ミラの力がすごいっては分かる。でもさ、なんでかすごい頭にきた。

 

「それどういうことさ!」

 

 口が先に動いた。ミラとモニカとあたしは無言でにらみ合いをする。ミラは言う。

 

「……言葉の通りだよ。マオがすごいのは分かる。でも、純粋に戦って私に勝つなんてできない。それに……これはそんな話じゃない。モニカと何があったか知らないけど、私だって悩んだの。それなのに……勝手なことばかり言って。私と一緒に居るとマオはきっと良くないことが起こるよ」

 

 ……爆発しそうな感情がある。あたしはそれを必死に抑えている。なんでだろうか、ほかの人だったらきっと流すこともできるのに……。落ち着け、落ち着けあたし。ここで本当に冷静さを失ったらだめだ。よし。落ち着いて話をしよう。

 

 ミラはお父さんとのことで板挟みになっているんだ。

 

 だからすごく悩んでいる、だから辛いはずだ。

 

 そうだよ、ミラは出会ってからずっと優しい。あたしはそれを知っている。

 

「勝手なこと言ってんのはミラじゃん!」

 

 あれ? 勝手に言葉がでる。おかしい。おかしいよ。

 

 ミラはそれを聞いて顔を少し赤くして怒った。

 

「そんなことはないよ。でも私の家のことをマオ達に相談して何の意味があるの?」

「そんなこと言ってくれなきゃわかんないじゃん!」

「言ったって意味ないよ!」

「言ってくれないと嫌だよ!」

「意味が分からないよ!」

 

 全然思っているはずとは別のことをあたしは叫んでいる。違う、こういうことが言いたいんじゃないはずだ。どう言えば伝わる?

 

「相談してくれないってさ、自分が優秀だからってあたしを下に見ているんじゃないの」

 

 違う、絶対これが言いたかったわけじゃない。

 

 ミラは肩を震わせている。

 

「私は、私は好きで人よりもできるわけじゃない……」

 

 ミラの声は小さい、でもはっきりと言った。

 

「子供のころからみんながやっていることが、当たり前にできるって言われて、褒められても、私の周りでできないって怒られる子がいて……ずっと、ずっと嫌だった。マオまでそんなこと言うの?」

 

 ミラが顔を上げる。

 

「マオみたいに……『昔のこと』を全部忘れて楽しく生きれるならいいよね」

 

 !

 

 落ち着け。両手に入れた力を緩めるんだ。あたしに突き刺さったその「言葉」に支配されるな。

 

「ミラなんて嫌いだ」

 

 …………あたしは何を言っているだろう。

 

 ミラもあたしの顔を睨むように険しい表情のまま、あたしたちはにらみ合う。

 

 

「話は聞かせてもらいましたよ」

 

 ハッとした。部屋の窓枠に立つ人影、仮面をつけたフェリックスの学生。キリカだった。

 

「よっと。お二人さんは首尾よく出会えたようですが、いやー人間関係とはむずかしいものですねぇ。きしし」

 

 仮面を外してキリカは笑う。今そういう態度はすごくむかつくからやめてほしい。

 

「そう睨まないでくださいよ。マオさん。それにミラスティアさんは久しぶりですねぇ」

 

 キリカがミラに言った。知り合いだった? ミラは彼女も睨んだ。

 

「何をしているんですかチカサナさん」

 

 え? チカサナ? 

 

「きしし、マオさん。モニカさん。すみませんねえ。かわいいかわいい美少女キリカちゃんは仮の姿」

 

 きししと笑いながらその場でくるりと彼女は回転する。そしてポーズを取った。

 

「その正体はSランク冒険者兼フェリックスの先生を務めるチカサナちゃんでした。きしし。あ、キリカちゃんの名前はモニカちゃんの名前を借りたから似てただけです」

 

 は、はあ? そういえばチカサナって先生の授業を受ける予定になっていた。それにSランク冒険者って……。

 

「まーまー。いろいろ言いたいこともあるでしょうが、マオさん私の授業を受けるはずでしたね。私の講義ってなんでしたっけ?」

「え? えっと確か、えーと『パーティーの戦い方』だったかな」

「そうそう、ちょーどいいじゃないですかぁ」

 

 キリカ――いやチカサナがにやっと笑う。

 

「マオさんとミラスティアさんでそれぞれパーティーを組んで、模擬戦やっちゃいましょう! きしし。5対5くらいがちょーどいいですかね」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「何を待つんですかマオさん。まー喧嘩なんてものは行きつくところまで行ってもらって、そしてさっさと我々に対しマオさんがどーするのかを決めてほしいんですよね。ねえ、ミラスティアさん。マオさんと戦ってみませんか」

 

 ミラが言う。

 

「……かまいませんよ。マオには負けませんから」

 

 あたしは反射的に言ってしまう。両手を組んでミラと対峙する。

 

「そううまくいかないよ。あたしが勝つし」

 

 チカサナはそんな姿を見てきししとあの笑いをする。

 

「いいですねぇ。とりあえず場所と時間は改めて決めましょう。ただし、5人の人選はお任せしますよ。そうですねぇ。私の授業の単位は上げられませんが、学園の中にいる人ならだれを連れてきてもいいですよ、ああ、先生とか連れてこないでくださいね。そりゃあ反則です」

 

 遠くからどたどたと物音がする。

 

『怪盗モニカニアンが屋敷に入ったぞ!』

『ミラスティア様の部屋だ』

 

 警備の人たちだ。チカサナは「おっと、もう時間がありませんね」と窓に足をかける。

 

「それじゃあ明日以降楽しみにしてますよ。あ、マオさんとモニカさんは勝手に逃げてくださいね。そんじゃ」

 

 チカサナはそう言って飛び降りる。

 

「マオ様とにかく逃げましょう。私につかまって下さればチカサナさんと同じように逃げられます」

「う、うん」

 

 逃げるときあたしは一度だけミラを見た。彼女は顔をそむけた。

 

 心が痛いって思った。

 

「負けないからさ!」

 

 ただ、そうあたしは口にした。

 

 

「はぁー」

 

 貴族街を抜けてやっと帰ってきた。つ、疲れた。ここ最近毎日疲れている気がする。そういえばお昼はソフィアとやりあって、ニーナが逃げて、ラナが追いかけていって、バーベキューして、ミラの家に侵入して……い、忙しい。

 

「早く帰って寝よう」

「……マオ様」

「モニカ……」

 

 そういえばさ、

 

「ごめんモニカ。こんなことに突き合わせちゃってさ。ミラと喧嘩しちゃった」

「いいえ。私こそ途中で取り乱してしまいました」

 

 モニカはあたし隣で優しく笑う。

 

「でもマオ様にとってミラ様は特別なんですね」

「……え?」

 

 なんであの喧嘩の後にそんなことを思うんだろう。

 

「だって、マオ様は私の時はずっと優しかったのに、ミラ様には遠慮なくいろんなことを言っているんですから」

「……言いたかったことなんてないよ。ああ、すごい言ったらだめなことばっかりな気がする。結局ミラも悩んでくれているってわかっているのに、あたしがわからずやだからあんな風になっちゃったんだ」

「……そうかもしれませんけど」

 

 そうかもって言われるとグサッとくる、ま、まあ仕方ないけどさ。

 

「それでもマオ様はきっとあの人には対等でいて欲しいんだろうなって」

「い、いやそれじゃあ、あたしがミラ以外を対等に見てないみたいじゃんか」

「あ、こういう言い方したらそうなっちゃいますね。そういうつもりで言ったんじゃないです」

 

 モニカがくすりとする。

 

「難しいですね。言葉ってわかりにくくて」

「それは……わかる」

 

 今日は特に。

 

 モニカはくるりと後ろを向く。

 

「いえいえ、マオ様は分かっておられません。うらやましいなってわからないと思います」

 

 え? あたしはその意味を聞こうとした。ただその前にモニカは振り向いた。

 

「でもマオ様。私は怒っています。あの時、ミラ様……ミラさんに言ったことは嘘じゃないです! 本当に戦うなら私もやります!」

「う、うん。頼もしいよ」

「はい。……たぶんあの人もわかっていると思いますよ。だから――」

 

 モニカが言う。

 

「思いっきりぶちのめしてやりましょう!」

 

 




読んでいただきありがとうございます。

この小説はマオの視点で書いているのでミラ・モニカの心理描写がないので彼女たちがどう考えているか想像していただけると嬉しいです。


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パーティーに彼女を入れよう

 

「いたた」

 

 ラナがほっぺたを抑えている。なんかよくわからないけど昨日帰ってきたときぼろぼろだった。ニーナを追っていってそれから何があったのかよくわからない。だって教えてくれないから。

 

「何があったの?」

 

 ってきくとラナはじっとあたしを見る。なんか観察をしているように。

 

「教えない」

 

 そう言ってニヤッと笑う。き、気になる。本当になにがあったんだろう。たぶんニーナとのことなんだとおもうけど。

 

 朝のパンを齧りながらあたしは釈然としない。ラナもおいしそうにパンを食べて、あっためたミルクを飲む。昨日もモニカが泊まったから一緒にご飯を食べている。

 

 ラナはパンを食べ終わると立ち上がって大きく伸びをする。背が高いし痩せているからスタイル良いよねってまあそんなことは良いんだけどさ。

 

 ラナの白いシャツが伸びて胸元のリボンが揺れる。

 

「さーて、それじゃあ」

 

 って言ってあたしの頭を両手でつかんで思いっきり力を入れる。

 

「い、いてててて!???」

「あんたはさぁ。家に帰れって言っただけでまたなーに面倒ごと作ってんの???」

 

 いたーい。いたい。ぐりぐりされるの結構効く! き、昨日のミラとのことを話した時は「ふーん」って感じだったのに……。朝に持ってくるのは反則だよ!

 

 

「ま、待ってくださいラナ様! マオ様だけじゃなくて私も悪いんです」

「ふーん」

「ふぁ、ふぁあ」

 

 ラナがあたしから手を離してモニカの頬っぺたを両側から引っ張る。

 

「そーよねー。なんであんたもついてんのに、ミラスティアとやりあうことになるのかしら?」

「ご、ごめんなさいぃ」

 

 そのあと二人をいっぱい怒った後にラナがどすんと椅子に座った。足を組んでリボンを緩める。

 

「で? 5対5でのパーティー戦だったっけ?」

「は、はい。そうです」

 

 あたしは自然と敬語になってしまった。ラナははあとため息をつく。

 

「あんたとモニカと私と……あとはニーナが出てくれるかな。一人足りないけどどうすんの?」

「ラナも出てくれるの?」

「は? 何? 出なくていいの?」

「い、いえ、うれしいです」

「よし」

 

 ラナは頷く。

 

「まあ、正直言ってあいつめちゃくちゃ強いわよ。4人でかかってもぼこぼこにされるかもしれないし。一人でもどうしようもないのにほかに誰か連れてくるんでしょ? どうすんの?」

「う……それはこれから考えるよ」

「マオ様、私も頑張ります」

「ありがとうモニカ……」

 

 でも確かにどうしよう。直接的な戦闘力ならどう考えてもミラがはるかに上だ。流石に聖剣を使うとは思わないけど、聖剣がなくてもすごい強いってロイの時にわかっている。

 

 でも絶対に負けたくないって思う。なんでだろう、ミラに負けたくない。剣の勇者の子孫だから……? いやそんなこと気にならないはずだけど、自分でもなんでかはわからない。

 

 

 ラナがまだ湯気を立てているミルクを飲む。 

 

「あんたたちがなんで喧嘩したのかはさっぱりわからないけど、マオの状況はミラスティアがいないと始まらないんだから……それはあんたもわかってんでしょ?」

「うん」

「正直言ってとっととあんたが悪いと思ってなくても謝ってきたら早いと思うんだけど」

「それは……やだな」

 

 ミラはもしかしたら許してくれるかもしれないけど、それは結局なんだか違う気がする。

 

「でしょうね。話を聞いてたらわかったけど、あんたミラスティアのことになると少し違うわね」

「それ、モニカにも同じようなことを言われた」

「……マオ様。自分のことは分からないものですよ」

 

 な、なにそれ? 

 

 やっぱり今日は釈然としない。

 

 

『今日の授業は中止でーす! 今度皆さんにちゃんと連絡します チカサナ』

 

 学校に行くと学園の入り口にすごい目立つ形で張り紙があった。す、すごいわかりやすいけどさ。でもすこしほっとした気もする……。

 

「……とりあえず私はニーナのところに行ってくるわ」

「うん、お願い」

 

 ラナと別れてモニカと考える。

 

「マオ様。そういえばあと一人ってどうしましょうか?」

「それはさ。あたしに考えがあるんだよね」

「! 流石マオ様」

 

 うーん。モニカがぱっと笑顔になったんだけど、正直言ってこの先どんな顔をするのかすごい怖い。まあ、とりあえず授業も休みになったし。考えていたことを先にやってしまおう。

 

 あたしは訓練場の方に足を運ぶ。モニカもついてくる。

 

「マオ様、誰と会うんですか?」

「え? い、いいじゃん。わかってからのお楽しみだよ。あたしに任せておいてよ」

 

 あ、いたいた、ウルバン先生だ。

 

 相変わらずお年寄りなのに若く見える。

 

「おお、マオ君。昨日は楽しかったね」

「……」

 

 そばで剣を杖代わりにして立っているのは黒髪に髪の先が金髪になっている魔族の女の子。要するにフェリシアだ。なんかすごい疲れた顔をしている。前もそうだったけどフェリックスの制服を着ている。

 

「マオ様?」

 

 すごく冷たい声が後ろからしたけど、き、気にしてられない。

 

「ウルバン先生!」

「ん?」

 

 あたしはウルバン先生にこれからのチカサナの授業の事情を話した。モニカがにこにことすごい圧力をかけてくるし、フェリシアは睨んでくるし。なんかきつい。ウルバン先生はあたしの話を聞き終わっていった。

 

「なるほど、つまりフェリシアをそれに参加させたいということだね」

「ふん、バカじゃないんですか?」

 

 ウルバン先生が何か言う前にフェリシアが言った。

 

「そもそも私は何度も言いますがあなたのことが嫌いですし。そこにいるお友達のモニカさんもあまり乗り気ではないようですよ?」

 

 ふんと顔を背けるフェリシア。でも、正直ミラに勝つには戦力が欲しい。あたしの知り合いでちゃんと戦えるのはあとはフェリシアくらいしかいない。……いや知り合い自体が少ないんだけどさ、アルフレートとかどう考えても味方にはならないよ。

 

「そうですよマオ様。フェリシアなんて信用できませんよ」

「モニカ……」

 

 その言葉にフェリシアも言う。

 

「ほら、オトモダチもそう言ってますし、あきらめて帰ってください。ただでさえくだらない剣術なんてさせられているんですからね。昨日だってもうほんと……」

 

 フェリシアは言葉に詰まっている。昨日はほんと死にかけてたもんね。

 

 でも仕方ないかもしれない。あと一人どうすればいいだろう。そんなことを思っているとウルバン先生がぽんと手を叩いた。

 

「そうだ。僕が若いころね。剣の修業のために山にこもった時のことなんだけど」

 

 いきなり何の話?

 

「寒い冬だったなぁ。滝の前で上半身裸で剣を構えて流れ落ちてくる木の葉や木の枝を切るってやってたんだよね。数日やると結構反射的に剣が使えるようになるんだ。滝ってずっと流れてくるから、いつ何かが落ちてくるかわからないからね」

 

 あたしは困惑した。なんの話をしているのかわからない。

 

「う、ウルバン先生、どうしたのさ。なんの話をしているの?」

「え? 何の話って修行の話だよ。……ね。フェリシア」

 

 びくってフェリシアが下がった。

 

「なぜ私を呼ぶんですか? 今の頭のおかしい話をしてなんのつもりですか」

「君はマオ君に協力しなさい。マオ君に味方しなかったり、もしくは負けたらさっき言ったことが君の新しい修行だ」

「…………!?」

 

 フェリシアが無言で絶望した顔をしている。嫌だって言いそうで口をパクパクさせているけど、嫌って言ったらさっきの話をさせられるんだろうか。

 

「ウルバン先生そ、そんな無理やり」

「いいんだよマオ君。僕はこの子の師匠だからね。これも修行の一環だよ。ね、フェリシア」

「……地獄に落ちろ、くそ人間」

「ほら、マオ君。フェリシアもいいって言っている」

 

 全然言ってないよね!? 

 

「マオ様。本当にこんな不良仲間にしていいんですか?」

「モニカって意外と辛辣なところあるよね……」

 

 でも、フェリシアは強いからってこともあったんだけど……ずっと前から思っていたんだ。何かちゃんと話す機会がないかなって……流石にここまで強制的になるとは思わなかったけどさ。

 

 と、とりあえずフェリシアに手を差し伸べる。握手を求めたつもりなんだけどさ。じっとフェリシアはあたしの手を見てから言う。

 

「死ね」

 

 これは……結構、難しいんじゃないだろうか……。

 

 



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3人の旅人

 

「マオ様……やっぱりフェリシアはだめなのでは?」

 

 うう、モニカがずっとこれを言っている。結局全然仲良くしてくれないから、ウルバン先生に任せて訓練場を離れた。

 

「モニカって前からフェリシアの知り合いなんだよね?」

「……彼女は自治領の治安維持のための『ザイラル』の一員です。小規模の武装組織ですから……魔物の討伐や公館の警備をしてくれるのですが……あの子はすごく毒舌家で……」

「ザイラル……って魔王軍の幹部の?」

「え? あ、よ、よく知ってますねマオ様。魔王様と一緒に戦争を戦った魔族の名前を冠した部隊ですが……魔王様が勇者に倒された後は魔族を率いて今の自治領を作ったひとです」

「…………そっか」

 

 昔のことだけど今でも覚えている。「ザイラル」はあたしのことを最後まで支えてくれた人だ。もしもあたしが負けたらみんなをお願いって約束した。……そっか。約束を守ってくれたんだ。少し涙が出そうになったけどモニカの前だからごしごしと袖でこすって止める。

 

 立ち止まった。

 

 あたしの生きた時代のカケラがこの世界にはある。前からそれを感じていた。

 

「マオ様?」

「ううん、ごめん。なんでもないよ」

 

 ――「マオみたいに……『昔のこと』を全部忘れて楽しく生きれるならいいよね」

 

 不意に胸が痛くなる。モニカに気づかれないように早足で歩く。ミラに言われた言葉がずっと気になっている。……正直喧嘩の中での言葉なんてきっと本心で言ったんじゃないと思う。でも、思い出すとすごく心が苦しくなる。

 

「昔のことか……」

 

 魔王だったころ……。いや、その前のことを何となく思い出す。

 

 ☆

 

 子供のころはほとんど屋敷から出たことがなかった。

 

 代り映えのない日々の中で、屋敷の中で魔法の勉強をして過ごしていた。外の世界を窓から眺めていた。一応地図を見せてもらって魔族領土や人間の領土についての知識はあったけど、行ったこともない場所だからどうでもよかった。

 

 そのころまだ人間と魔族は戦争をしていなかったと思う。いや、その直前だった気がする。

 

 屋敷にいる魔族の人々が人間のことを罵っているのは聞いたことは何度もある。私は人間とはなんと悪い奴らだと思った。

 

 そんな時に人間の旅人がやってきた。なんでも魔物を倒して魔族を救ったらしい。私は悪い人間がなんでそんなことをするのか? 不思議でしょうがなかった。

 

 旅人は3人らしい。若い男女と聞いた。

 

 見栄もあったと思うけど私の父親はその旅人を自らもてなした。人間に借りを作るなんて絶対に嫌だったからだろうと今ならわかる。だから屋敷の離れに泊めたんだ。

 

 人間ってどんなのだろう?

 

 そう思ってこっそりと夜に部屋を抜け出した。

 

 庭を誰にも見つからないように走って人間のいる離れにいくと笑い声が聞こえた。中を見ると銀髪の男を中心にしてもう一人男と女の人が談笑している。3人とも若い。私から見るとお兄さんお姉さんかな。

 

 窓から隠れて見ていたけど。耳が短いと思った。それが第一印象。

 

 何の話をしているのかとそのあとに考えた、もしかしたら悪だくみをしているかも……そう思ったらお屋敷の食事がおいしかったとかそんな話ばかりだった。拍子抜けした。

 

 

 話を聞いているとだんだんと旅の話になっていく。どこかの街の話。いろんな森や山の話。遺跡の話。そこで出会ったことや人の話。私はその遠くのどこかの話を聞くのがだんだんと楽しくなっていった。

 

「そろそろ寝ようか」

 

 銀髪の男の子がそういったとき、思わず言ってしまった。

 

「え? もう?」

 

 あわてて私は口を押えた。ただ言ってしまった。窓から離れてしゃがみこんだけど、そこから顔をだした男の子がニコッと笑った。

 

「こんばんは」

 

 私は恥ずかしいような何なのかわからない気持ちで頷いた。

 

 3人はそれから私を部屋に入れてくれた。もともと私の家といえばそうかもしれないけれどさ。

 

 私は聞きたいことを全部きいた。

 

『海ってさ! 塩辛い湖ってほんと?』

『人間の街って広いの?』

『魔物と戦ったって……どんな魔物がいたの?』

『さっき話に出てきた料理っておいしいの?』

 

 とりとめのない質問を3人は笑って聞いて、そして答えてくれる。

 

 紫の髪の女性が地図を広げてくれた。そのひとつひとつを指さして、物語を語ってくれる。そこで何を見て、なにがあったのか。どんな人や魔族が住んでいたのか。

 

 私は真剣に聞いて、いつの間にか笑ったり、本当にひどい話の時は怒ったりしながら世界の話を聞いた。いつの間にか時間は過ぎて外から私を探す声がした。それにあわてて私は部屋に帰ることしにた。

 

「まだみんなはいるの?」

 

 部屋を出るときそう聞くと銀髪の彼が行った。

 

「あと数日いるよ」

 

 私はそれが嬉しくて、ぱっと思わず笑顔になったのを覚えている。

 

 本当に短い時間だったと思う。

 

 次の日には庭で堂々とオークごっこして遊んだ。意外と銀髪の彼はそれが苦手で私はオーク役なら捕まえたし。逆の立場ならつかまらなかった。今考えるとあれは遊んでくれていたからかもしれない。

 

 紫の髪をした女性は優しくて私が魔法を使うとほめてくれた。あれから魔法を使うのが楽しくなった気がする。あと、こっそりとお菓子をくれたりした。

 

 でも事件が起こる。事件って言っても大したことじゃない。

 

 金髪の男が私を高い高いしてやるって言ってきたから、ワクワクしてたら、空高くに投げ飛ばされた。すごい勢いで投げられたから下では金髪を除いたみんながわあわあと驚いて焦っているのが聞こえた。

 

 空が見えた。屋敷より高く飛ばされて

 

 まるで世界の中心にいるような気がした。

 

 一瞬だけ遠くの行ったことのない景色が見えて。

 

 すぐに落下していく。流石に怖かった。

 

 銀髪が必死に私を掴んでくれたけど、その時ぎゅっと抱きしめられたことが頭に残っていて気恥ずかしい。あいつのことを思い出すとその光景が頭に浮かぶ。

 

「うぇええんん」

 

 それで泣いてしまって、3人がなんとか私を泣き止まそうといろんなことをしてくれた。いつの間にか笑ってた気がした。

 

 ……たぶんそんな様子を父親は苦々しく思っていたと思う。

 

 3人が屋敷を出るとき会いに行かないようにと言われた。人間は信用してはいけないと言われたような気がする。でも、その時だけはその言いつけを破った。

 

 門を出ていくときに3人に手を振った。

 

「また会える?」

 

 そう叫んだら銀髪の彼が言った。

 

「また来るよ」

 

 うれしくなった。

 

 ………

 

 再会自体はした。望んだ形では全くなかった。そのことはあまり思いだしたくない。

 

 ボタンの掛け違いなんて誰にでもある。

 

 一度崩れてしまった何かはそう簡単には戻すことはできない。……いや、戻すこと自体できないかもしれない。

 

 だから『あたし』は思う。

 

 どんなにひどいことがあっても取り返しのつかない場所まで言ったらいけないって。

 

 

「そのはずなんだけどなぁ」

 

 そうつぶやいた。それでもミラとの口論の時なんで自分は止まることができなかったんだろうか? このままミラと離れ離れになるかもと考えるとすごく苦しい。でも、それでも謝るみたいなことをしたいわけじゃない。

 

 ラナの言うとおりにすればもしかしたら関係は戻すことはできるかもしれない。

 

「なにぶつぶつ言ってんのよあんた」

 

 そのラナがあたしの背中を押した。

 

 フェリシアを誘った夜にチカサナからの案内が家にぶち込まれた。窓を突き破って手紙が届いたとき驚いたというか、ラナがキレた。

 

「ガラス代弁償させてやる!」

 

 って。まあ、そりゃそうだよ! すると外から金貨が投げ込まれたあと「きしし」って声がした。最初からいたずらのつもりだったかもしれない。

 

 手紙には明後日授業をすることと場所だけが載っていた。これ生徒全員に届けているのかな? む、無理じゃない?

 

 それでもそんなこんなで今日もフェリックスにやってきた。途中でモニカとニーナも合流した。ニーナは……なんか制服が焦げている。な、なにがあったのって聞くとあたしをじっと見て「教えない」とだけ言われた。

 

 き、気になる。ラナとなんか隠しているよね。

 

「フェリシアは先に教室に入っているそうです」

 

 モニカがそう言った。だから4人で歩いていると、ソフィアと戦った中庭に出た。

 

 真ん中に噴水があって、その前に彼女がいた。綺麗な銀髪。腰に帯びた一振りの剣。

 

 凛々しい顔立ちのミラスティア・フォン・アイスバーグがあたしをまっすぐに見てきた。

 

「マオ」

「ミラ」

 

 あたしたちは対峙する。そしてすぐにわかった。

 

 噴水の前にいたのはミラだけじゃない。

 

 腰かけて冷たい視線を送ってくるのは知の勇者の子孫であるソフィアがいた。それにもう一人立っている。片方の耳にピアスをし褐色の男……ニーナに勝ったキースだ。なるほどね。あと2人いないみたいだけど、そんなのいらないくらいだね。

 

 ミラを見る、まっすぐにあたしを見ている。本気だとわかったよ。

 

「負けないよ。ミラ」

 

 あたしも両腕を組んでそういった。

 

 



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剣の勇者の子孫

 

 ――お父さんを尊敬しています。

 

 彼女の家は数百年続く名家だった。

 

 遠い過去に人間を襲った魔族の王を打ち破り平和を築いた英雄の家。

 

 その当主や後継者は「聖剣」と言われる一振りの(つるぎ)を継承し、王都を守護している。

 

 誉れ高い至高の血統。その一族は永い時を人々のために戦い続けてきた。それは栄光とともにあり、当代においても変りはない。

 

 その一族に生まれた少女は輝かんばかりの才能を持っていた。

 

 麗しい容姿と生まれ持った膨大な魔力。彼女は幼いころから聡明だった。学んだことはすぐに理解し、得られた知識からすぐに次の何かを見出すことができた。

 

 彼女の一族は「剣の勇者の一族」だった。だからこそ子供のころから剣術を学んだ。

 

 王都でも名のある剣の使い手を師匠に学んだ。その成長は早く、基本的な型をすぐに覚えると師匠の剣術をすべて学び取った。

 

「もう教えることはない」

 

 と言われるのに時間はかからなかった。その時には彼女の父親はとても褒めてくれた。自分の子供であることを誇りに思うと言ってくれた。

 

 幼い彼女はそれが心の底からうれしかった。大好きなお父さんが自分を認めてくれてそしてほめてくれることが何もよりも彼女の心を満たしてくれた。

 

 学問に励んだ。

 

 一度読んだこと、見たことは彼女は忘れない。真綿が水を吸うようにという言葉の通り、彼女は父親のつけた学問の先生の教えることを理解した。それはあらゆる分野に及んだ。魔法もその中の一つだった。

 

 過去の偉人の編み出した魔法の原理も彼女は理解して使役することができた。生まれ持った良質な魔力も手伝って子供とは思えないほどに上達した。

 

 そのたびに父親から褒められることがたまらなく嬉しかった。

 

 彼女は優れている。しかしその行動原理は純真と言っていいほどに清らかなものだった。単に親に褒められたいだけと言っていい。

 

 ある日、泣いている子供を見た。

 

 彼女が魔法を学んでいる師匠の家の裏でその子は泣いていた。手にはぼろぼろの本を持っていた。

そして心優しい彼女は声をかけた。

 

 ――どうしたの? 大丈夫?

 

 泣いている子供は手に持った本を地面に叩きつけた。

 

 ――あんたなんかにわかるわけがない! いつも人を馬鹿にしているくせに!

 

 彼女は驚いた。誰かを馬鹿にするなんて考えたこともなかった。ただ泣いているこの話を聞けば、必死に努力してできた魔法もなにもかも、すぐに「彼女」ができてしまう。

 

 ――何日も何日も練習してできるようになったのに! 

 

 泣きながら少女はそう言うとどこかに走り去っていく。一人残された「彼女」はどうすればいいのかわからなかった。彼女は何一つ心に悪意を持たない。どうすればいいのか真剣に考えた。

 

 ――そうだ、お父さんに相談しよう。

 

 大好きなお父さんならきっとどうするべきか教えてくれるはずだと思った。さっそく家に帰って彼女は父親にあったことを話した。

 

 ――そうか、任せておきなさい。

 

 任せておきなさいといわれて彼女は心底ほっとした、きっとお父さんならあの子のために何かしてくれるはずだと無邪気に信じた。

 

 それから魔法の師匠の家にあの「泣いていた子」は来なくなった。彼女が不思議に思っていると周りからなんとなく褒められることが多くなった。それも不思議だった。師匠から褒められるのではなく、同世代の子供たちから持ち上げられることが多くなった。

 

 よくわからないままに日々は過ぎていった。ある時に街中であの少女と出会った。彼女の前に現れた「その少女」はボロボロだった。彼女は泣きながらいきなり謝った。

 

 ――お願い。許して。王都に戻してください……

 

 彼女には訳が分からなかった。いつの間にかいなくなった少女がなぜ自分に許してと言っているのか全く分からない。奇妙な話だが混乱したままでいればあるいはよかったかもしれない。心優しい彼女は少女に話を聞いた。

 

 それは単純な話だった。剣の勇者の子孫である「彼女」を妬んで暴言を吐いたこと。そのため彼女の父親がその少女の家族に圧力をかけた。ただそれだけだった。王都から離れた場所で貧しい暮らしをせざるを得なくなったという。

 

 景色がゆがんだ。

 

 彼女は逃げるように、いや事実走ってその場から逃げた。自分が話をしたことで起こった現実が信じられなかった。屋敷に着くと彼女は大好きなお父さんに問いただした。

 

 ――ああ、そんなこともあったが、仕方ないことなんだよ。あの子は君の成長にとって役に立たない。いいかいミラスティア。君はとても優れている。付き合う友達はよく選ばないといけないよ。わかったね? 君は剣の勇者の子孫なんだ。忘れてはいけないよ。

 

 剣の勇者の子孫。そういいながらいつもの優しい顔で頭をなでてくれた。

 

 彼女は呆然とその言葉を聞いていた。あの少女を許してほしいと言うだけが精いっぱいだった。父親は「ああ、優しい子だね」と言ったきりだった。結果がどうなったのかはわからない。

 

 その日から

 

 彼女は

 

 自分が「優れている」ことが怖くなった。

 

 何をしても近い年齢の人間に負けることはない。

 

 彼らが必死に築き上げた努力を少ない力で成して、そしてその上を行く。

 

 そのたびに誰かが泣いていることが分かった。

 

 彼女は優しかった。誰かの苦しみや悲しみを感じて辛いと感じた。

 

 それでも父親のことが好きだった。嫌いならばまだよかったかもしれない。

 

 だからこそ研鑽を辞めず、努力を積み重ねた。光り輝くばかりの才能は成長を止めなかった。

 

 そして、彼女は若くして聖剣の持ち主として認められた。多くの人が褒めてくれた。父親も心の底から喜んだ顔をしてくれた。

 

 それらに、すべて、彼女は、笑顔を作った。

 

 自分がどういう態度をすればいいのか、

 

 相手を傷つけないためにはどうすればいいのか。

 

 それでも人の期待に答えなきゃいけない。

 

 常に考えた。

 

 少し本気を出せば相手は傷つくという経験。そして彼女はそんな冷静な自分の考えに潜む「傲慢さ」が心の底から嫌いだった。

 

 端的に言えば自分が嫌いだった。

 

 ――

 

 一人の少女と出会った。

 

 とある村にいた小さな女の子だった。

 

 フェリックスから出てギルドの依頼。大したことはない魔物退治の仕事だった。

 

 その女の子は自分のことを「ミラ」と呼んだ。人からあだ名をつけられるなんて初めてだった。

 

 とある夜

 

 その女の子が自分の手を引いてくれた。

 

 ――「剣の勇者の子孫だか何だか知らないけど、ミラスティアはミラスティアなんだって! なんだよっいい大人が、いい歳こいた男が、張り合ったり、期待したりしてさっ!」

 

 村の宴会の中でその子は言った。

 

 自分が自分なんだと言ってくれたことを彼女は覚えている。

 

 

 その「女の子」は魔王の生まれ変わりなのだといった。

 

 最初は冗談だと思った。

 

 なのにそれは本当だった。

 

 それでも彼女はその女の子……「マオ」と一緒に居たいと願った。

 

 剣の勇者と魔王だとかはどうでもよかった。そんなことよりも「ミラスティアと「マオ」でありたかった。

 

 そしていろんなことがあった。

 

 王都をFランクの依頼をするために走り回ったことも、マオの周りに集まってくる人々と一緒にいることが心の底から好きだった。時折とんでもない敵と出会うこともあったが、マオといる限り自分は負けないと彼女は思った。

 

 そしてフェリックスの入学式でマオとこれからも一緒に居れると思った。

 

 ――ミラスティア? 友達は選ばないといけないよ?

 

 父親が言った。いつもの優しい表情だった。

 

 あの時のことを彼女は思い出した。

 

 反論しようとした。声にならなかった。父親の前では彼女は何もできない。怖い。尊敬や好意を含んだ心の泥が彼女の胸の内に蓋をしてしまう。だから父親がぽんと肩に手を置いた。

 

 ――お父さんに任せておきなさい。

 

「……はい」

 

 その言葉を言った時に過去のすべてから色が消えていく気がした。必死にそれを押しとどめようと彼女は胸を抑えた。自分の口から出た短い言葉が信じられないほどに気持ち悪かった。

 

 大切な友達のために一言も言えない自分を激しく憎んだ。それでも言葉を紡げない自分に失望した。マオに対して圧力を父親がかけていると知った時も一歩踏み出すこともできなかった。

 

 一人、彼女は悩む。誰にも言えないままに苦悩した。

 

 短い間に作った友人達の顔を思い浮かべた。醜い自分の心の形を見せることも、父親のことを言うことも彼女にはできなかった。

 

 そんな中でマオが屋敷にやってきた。父親が不在だったのは幸いだった。もともと北の守りのため王都にはあまりいない。

 

 しばらく会ってなかったマオを見て。うれしい反面、悲しかった。

 

 マオは自分に相談があるということだった。ただ今は協力できるような状態ではなかった。

 

 マオとともに魔族のモニカもいた。モニカもマオと何かトラブルがあったというが、直接マオと戦ってぶつかり合ったという。

 

 彼女は思う、自分は本当に本気を出せばマオでも勝てるわけはない。そもそも喧嘩をしたいわけでない。それをそのまま口に出した。

 

 マオは怒った。

 

 下に見ているんじゃないのか。そういわれた。

 

 自分の中の嫌いな「自分」に触れられた気がした。だからこそ言ってはいけないことを言ってしまった。

 

 魔王だった昔を忘れて生きていると言ってしまった。

 

 だから、

 

「ミラなんて嫌いだ」

 

 そう言われた時。戻れない気がした。

 

 そして、同じように屋敷に侵入していたSランク冒険者の「チカサナ」によってパーティ戦を持ち掛けられた。

 

 そして彼女は思う。

 

 後悔も

 

 悲しむのも後にしよう。

 

 大好きな親友に

 

 大嫌いな自分を見せて

 

 そして、それで終わりにしよう。

 

 自分の考えうる本気を出して、彼女を倒す。

 

 きっとそれでお父さんもマオのことを全部許してくれるはずだ。

 

 ……ああ、

 

 助けて。

 

 

 



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クロコ・セイマとチカサナ合同授業!

 

 大勢の生徒が集まっていた。

 

 半円状になった教室。てきとうに空いている場所を探してあたしたちは座った。外でミラと会ったけど、結局ほとんど話をしなかった。少し……にらみ合うような形になっただけ。

 

「…………」

 

 ラナ達も話しかけてこないし。そういえばフェリシアはどこにいるんだろう。探してみてもいないし。逆に周りの生徒はあたしを見てひそひそ話をしている子もいる。

 

 ミラ達はあたしとは遠くに座っている。銀髪の彼女はただ黙って座っている。

 

「おーしお前ら、しずかにしろー」

 

 そう言って入ってきたのはチカサナ……じゃなかった。深い藍色のロングコートと中にシャツを着て長い髪を一つに結んだ男性だった。顎の下を掻きながらけだるげな様子だった。

 

 あ、後ろから赤いマントを羽織った女性もついてきている。その女性は半分顔を隠すことのできる仮面をつけていた、チカサナだった。今日は黄色い髪を小さな三つ編みしている。

 

 男性の方が話をした。

 

「俺の名前はクロコ・セイマだ……まあ、説明するまでもないと思うが『地図とか書き方』ってことでフィールドワークに行こうと思っていたんだが……このガキ……チカサナ先生が合同授業をしようってことでな、お前らに集まってもらった」

 

 クロコ先生……? そういえばあたしの最後の授業の先生だ。思うよりも先にチカサナが前に出た。

 

「そういうことで皆さん。私はチカサナでーす。よろしく」

 

 テンションがいつも通り高い……。みんな困惑しているよ。でも、彼女はつづけた。

 

「私の授業はパーティーでの戦い方ってやつだね。君たちは冒険者として、まー実際は将来なんになるのかはわからないけど戦いって言うのは基本は一人ではしないもの」

 

 チカサナは言う。

 

「例えば魔法が得意な人、武器が得意な人、支援が得意な人、まーまー。例えば治療がうまい人って具合にパーティーはそれぞれの役割があるもの。一人が強いからって集団の強さではないように、弱い人が集まってもそれが集団として弱いとは限らないもの」

 

 仮面をつけた彼女は教壇からみんなを見回す。

 

「キミタチが学ぶことは多くあるものだってことだよ若者諸君」

「まあ、こいつもガキだがな」

「クロコ先生、横合いから変なことを言うのはよくないな」

「いきなり合同授業をしようなんて面倒なことを受けてやっただろ」

「フーン。君さ、繁華街の飲み屋で酔っぱらったところ介抱してやったのは誰だっけ」

「忘れた」

 

 クロコ先生とチカサナはしばらく言い争いをして、クロコ先生がコホンと咳払いした。

 

「ということで俺の授業だけを受けている奴には悪いが、パーティー戦での戦い方も一緒に学んでもらうことになった。まあ、学んで損はないことは間違いないから安心してくれ」

 

 頭を掻きながらクロコ先生が両手を開く。

 

「とりあえず俺の授業はフィールドワークだ。冒険者になれば外の世界、王都以外の場所を歩くことは多い。野宿とか当たり前だ。水の確保とか食料の取り方とかもちゃんと知ってないとすぐ死ぬ。戦いが強い奴でも飲まず食わずじゃあ、どうしようもないってことだ」

「まーまー。魔法で火とか水は手に入るけどねー」

「そういうことを思っている奴ほど危ない。いいかお前ら、魔法を過信するなよ。魔力ってのは体の力を使うんだ。魔法を使って水を出してもいいが、体力の兼ね合いってことを忘れるなよ」

「フィールドワークってのに酒瓶を持っていくばーか君もいるもんねー」

「そろそろ黙れこのガキ」

「なにするの、セクハラ!」

 

 ……と、取っ組み合いのけんかを始めた。周りもそれにつられてすごいやんやと煽っているし。チカサナを応援する生徒とクロコ先生を応援する生徒がいる。いや、どうでもいいけどさ!

 

「はあ、はあ。このガキ……」

 

 クロコ先生が額の汗をぬぐった。チカサナはぱっとそこから離れた。余裕がありそうだった。流石にSランク冒険者ってことかも。

 

「ま、まあいい。お前ら。外の世界での生き方を教えてやる。その中で地図の描き方もな。いきなりで悪いが明日から3日ほどのキャンプに行く。場所は――」

 

 チカサナがぴょんとはねた。教壇にある先生のための台の上に立つ。

 

「行先はミセリアマウンテン! 黒竜の巣くう山だ!」

 

 みんながざわついた、竜なんてでてきたらどうしようもないじゃん! ざわめきが大きくなる前にクロコ先生が制止する。

 

「あー、悪いが確かにそんな噂もあるが基本的には弱い魔物しか出ない場所だ。王都からも近いしな……。なので明日までにお前らもそこに行ってほしい」

 

 ……は?

 

 一瞬聞き流しそうになったけど、今「行け」って言ったよね。

 

「あ、あの先生。行けってことはそこで集合ってことですか?」

 

 ラナが聞いた。みんなが聞きたいことを代弁してくれた。

 

「そうだ、お前らも冒険者候補ならそれくらいしてもらう。街道を下っていくだけだし、具体的な場所は一応教える。ふもとまで明日の昼ぐらいまでに到着してくれ。それでキャンプだ。それぞれ必要と思えるものを勝手に用意してくれ」

 

 ええー。教室中でそんな声が漏れた。それにクロコ先生は怒った。

 

「それくらい大丈夫だろ! 山までの行き方は任せる、馬車を使おうと何をしようと自由だ。とにかく来い。ガキども。いいか? 近場なんだから逆に失敗したって大したことはないんだ!」

「ふふふ。クロコ先生。彼らにとっておきの情報を上げないんですか」

「ああ? ああ、チカサナが言ってたあれか」

「みなさん、今回の初回の授業ではちょっとしたレクリエーションを考えています。この授業には剣の勇者の子孫である『ミラスティア・フォン・アイスバーグ』さんと秋の入学式の首席である『マオ』さんが参加しています」

 

 チカサナは両手を広げてにやりと笑う。

 

「今回はこの二人にそれぞれパーティーを率いて模擬戦をやってもらいまっす! きしし。キャンプ3日目にミセリアマウンテン内でね。ねえ。マオさん。ミラスティアさん」

 

 あたしをまっすぐチカサナが見て、そしてミラを見た。

 

「あなた方二人は結構学園でもうわさがあるんですよ。いわくマオさん一番の成績で合格したのはミラスティアさんに手伝ってもらったからだってね。二人以外のみんなも聞いたことがあるでしょう?」

 

 しんとなった。でもそれぞれの生徒が顔を見合わせている。Fランクの依頼を100件以上できたのはみんなの……そしてミラのおかげでもある。それは間違いない。

 

「でもですね。皆さん。噂なんてものはたいていどうでもいい人の願望がついているものですからね。この機会にお二人にちゃんと戦ってもらって、わるーい噂は消してしまいましょう。ねえ、ミラスティアさん」

 

 チカサナがミラに話しかける。ミラは黙ってチカサナを見た。

 

「どのような形でも構いません。マオに負けることはありませんから」

 

 !

 

「おお、ですってよマオさん」

 

 チカサナがあたしに言う。あたしも立ち上がって言う。

 

「その言葉のまま返すよ」

 

 

「おーい。そこの」

 

 授業が終わって帰る。帰るというか今から忙しく王都を出ないといけない。そこでクロコ先生に呼び止められた。ラナとあたしが振り返る。モニカとニーナは先に準備に帰った、あとでラナの家に集合だ。

 

「マオ……だったか?」

「うん。あたしはマオ」

「ふーん。お前おやじの授業も受けているんだろ?」

「おや……先生のお父さん?」

「ウルバンだよ」

「あ! ウルバン先生がお父さんな……な、なんですか?」

 

 普通にため口になりそうなる。気を付けないと。ラナは横で「へー」って言っている。

 

「ああそうだ。まあおやじからマオって生徒をちゃんと見てやれって言われたな。めんどくさいがまあ、わかったって言っといたんだよ。なあ、めんどくさいだろ、同じ職場におやじとか結構なストレスだ」

「クロコ先生っていくつなの?」

「歳か? おれは32だ」

「結構おじさ……むぐ」

「それ以上言ったら普通に嫌いになるぞ?」

 

 手で口元を抑えられたのでこくこくとあたしは頷く。

 

「それで先生はマオに何を言いたいんですか」

 

 ラナが言った。

 

「いや別に。あのおやじがわざわざ頼むんだからどんな奴か話がしたくてな。まあ、普通に見えるが……。普通じゃあないんだろうな」

 

 な、なにそれ。

 

「いや、おやじは結構人への評価が厳しめというか、独特というか。……それでもミラスティアってのは剣の勇者の子孫ってだけよりもかなり優秀な奴だ。正直勝負になるかも怪しいと思う。だから、今から行くミセリアマウンテンの地図をやるよ」

 

 クロコ先生は一冊の手帳を渡してくる。

 

「そこにはミセリアマウンテンの地図にいろいろと役に立つ情報が書いている。例えばどこにどんな薬草があるとかな。まあ、事前に知ってれば――」

「ごめん。これ返すよ」

 

 あ、ちゃんと敬語で言えなかった。

 

「あ?」

「だってさ、ミラとの勝負はちゃんと対等にやりたいんだ。本当にありがたいんだけどさ、事前に何も知らないままでいたい」

「……はーん。そういうところか」

「なにが……えっとなにがですか?」

「親父がお前のことを気に入ったところがわかった。ま、そういうんなら返してもらうさ。別に勝っても負けても模擬戦でしかない。一生懸命にやりな」

「うん」

 

 冊子を懐に入れてクロコ先生はあたしをじっと見てくる。

 

「あー。まあ、これくらいいいだろ」

 

 頭を掻きながら言う。

 

「冒険者ってのはいつも不測の事態に陥るもんだ。予測できることなんて意外と少ない。でもな、一番くだらないのは準備不足だ。マオ」

「……うん」

「できるだけ準備をしな。キャンプまでの時間をチカサナがとったのは多分そういうことだ。罠を仕掛けたりしろって言ってんじゃない。今回はパーティー戦だろ? だったら仲間と一緒になって考えられるだけ勝てる方法を積んでこい。……まあ、以上だ。直接的なことを言ったわけじゃないからいいだろ」

「……クロコ先生ってさ」

「……?」

「なんか意外と真面目に教えてくれるんだね」

「……俺の見た目に騙されすぎているよ。俺はいつでも真面目だ。むしろ親父なんてあの年で飄々としているし俺のダチのSランクのヴォルグとも付き合ってんだぞ。おかしいよな」

 

 クロコ先生は愚痴を少しだけして離れていった。

 

 どんとあたしの背中をラナが叩いた。

 

「……さーて、帰って用意をするわよ。まずはキャンプの用意と……パーティー戦の用意。とにかくいろいろと準備するわよ!」

「……」

「ほら。元気だしなって。あんたはいつも無意味に元気なくらいがちょうどいいんだから」

「なにそれ」

「はっきりと言うわマオ」

「うん」

「ミラスティアだけでもどうしようもないのに知の勇者の子孫やキースがあいつに着くなら普通に勝てない気がする。あと2人誰か連れてくるんだろうしね」

「…………」

「でも、こっちには強みがあるわ」

「つよみ?」

「そ、あんた」

 

 ラナがあたしを指さす。

 

「あんたがいたらなんかやるんじゃないかって思うのよ。なのに、あんたが元気じゃないともう私もニーナもモニカもどうすりゃいいのよ? だからとりあえず元気を出しなさいって。ね?」

 

 ……うん。

 

 ラナはあたしの目を見て言ってくれた。

 

「ミラスティアの家のことは前からすこしだけ言ってたけどいつか……いつかあんたとぶつかることになるんじゃないかと思っていたわ。…………あいつと親しくしたらひどい目に合うって噂は昔からあったしね」

「……」

「さっきあいつに久しぶりに会って思ったけど、不自然なほど冷たい感じがした……きっと何かあるきもする……。マオ。あんたさ、ミラスティアとまた仲良くなりたいんでしょ?」

「……当たり前だよ」

「そうでしょうね。じゃあ聞くけど。あいつとまた仲良くなりたいなら。元気のないマオと元気いっぱいのマオどっちのほうがちゃんとできるのよ」

「……な、なんか。その言い方」

「いいのよ別に答えなくても。どうせ答えなんて決まってんでしょ。」

「…………分かった。ラナ、ありがとう」

 

 よし。あたしは片手で自分のほっぺたを叩く。

 

 わからないことがいっぱいある。不安なこともいっぱいある。

 

 でも、ミラと一度おもいっきりぶつかろう。

 

「よーし! ラナ早く家に帰ろう。今日から忙しいからね!」

 

 あたしが手を握ってで腕を上げると、ラナも同じように「おー」って返してくれた。

 

 



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王都の外

 

旅に出る準備をする。

 

 ラナがベッドの上に必要なものを並べていく。少しの着替えと小さなナイフ、三日分の食料としてカラス麦の詰まった小袋がいくつか、それに調味料とかコップとか歯ブラシとか……いろいろ。

 

 村から出たときは何にもなかったから荷物はむしろ軽かったけど野宿をするとすればそうはいかないし。

 

「毛布とか持っていくべきかな」

「そうね、あとこれお古だけどあんたにあげるわ」

 

 そういうとラナは奥から古い背負う革のバッグを持ってきた、小さ目だけどあたしにはぴったりだった。

 

「二人で荷物を分配してもいいからあんたは食料とか詰めておいて」

 

 荷物を詰めていくとすぐに満杯になった。そうか旅をするとこんな感じで荷物って大変なんだ。ラナはあたしより少し大きなバッグに毛布を括り付けている。それから一冊の本を中に入れた。

 

「それは?」

「魔導書よ。まあ、多少役に立つでしょ。それと水筒と……いつもおもうけど魔法で無限に入れることができれば楽なのにね」

「あー」

 

 そうだね。そういうのがあれば楽だろうな。……うーん。そういえば魔族の魔法に召喚術というのがある。どこかから異形の何かを連れてくる魔法だけど……あれを応用できないかな。こっちに連れてくるんじゃなくて、こっちから荷物を送って保管したり。

 

 いや、今はやめておこう。召喚術なんて失敗したら異形の魔物みたいに厄介な存在を呼び出しかねない。

 

「よし」

 

 ラナが荷物をまとめて背負った。あたしも「よし」と何となく言う。クールブロンとそしてもう一丁の魔銃も袋に入れた。結構重いな。

 

「それじゃあ忘れ物はないわね。ニーナとモニカは王都の門のあたりで待ち合わせにしているからいくわよ」

 

 外に出る。しばらく家を空けるのは……ほとんど初めてかもしれない。よく考えるとずっとこの家に帰ってきている。正直さ、愛着がある。

 

 ここでみんなといろんなことを話したり……だいたりなんか食べてたりした気がする。いつも楽しい思い出のある場所……またここでミラとも話したいな。

 

 ラナがドアを閉めようとする前に少し待ってもらって、誰もいない部屋の中に「いってきます」って何となく言ってみる。

 

「何やってんの?」

「いいじゃんべつに」

 

 がちゃんって鍵を閉める。久しぶりの王都の外だ。

 

 

「いや、魔族はちょっと」

 

 馬車に乗せてもらおうと交渉したら全然つかまらない。ミセリアマウンテンは街道を沿っていくってことだった。だからそこに行く商人の馬車に便乗させてもらおうと思ったら、モニカとフェリシアをみると誰も乗せてくれなかった。

 

 モニカも荷物を背負っているけど、手にはもっと大きなハルバードを鞘に入れて持っている。すごく目立つ。

 

「うう、すみませんマオ様。私たちはよかったら歩いていきます」

「モニカが悪いんじゃないじゃん。でもみんなケチだよね」

 

 フェリシアは黙って両手を組んでいる。憮然とした表情なのは明らかに乗り気じゃないみたいだった。

 

「それにしてもどうする。歩いていける距離かどうかはよくわからないが……。ミセリアマウンテンまで明日には到着しなければいけないのだろう」

 

 ニーナが地図を手に言った。その地図はクロコ先生がみんなに配ったものだ。街道をどう行けば着くのかが書いている。授業でも言ってたけど冒険者になるんだからこういうのも勉強の一環なんだろう。

 

 もともと馬車に5人乗せてもらうってのも大変なのかも。商人の馬車は空きスペースが当然少ないから。ばらばらに行かないといけないのかな。

 

「モニカさんのお姉さんなら魔物を使役できるのですけどね」

 

 フェリシアが冷笑とともにそういう。お姉さんがいるってそういえばモニカ言ってたな……。いや、たぶんだけどあたしの知り合いなんだろうけど。モニカはそれを聞いてむっとした。

 

「そうですね。フェリシアはそういう明らかに相手の言われたくないことをあえて口にするのをやめた方がいいと思いますよ」

「はあ……? 何を勘違いしているんですか、私はただ――むぎゅ」

 

 フェリシアの頭を誰かが抑えた。長身の男性……ウルバン先生だった。

 

「みんな揃っているね。フェリシアがちゃんと僕に場所を教えないから少し探したよ」

「…………とりあえず頭から手を放してください」

「おっとごめんごめん、フェリちゃん」

「ふぇり……ふぇりちゃん!? や、やめろ!!!」

 

 フェリシアがウルバン先生に大声で抗議するけど、ウルバン先生は両耳をふさいで耳が遠くなったとかしゃあしゃあと言っている。

 

「まあ、マオ君たちはここで困るかもしれないと思ってね。知り合いに少し乗り物を頼んでいたんだよ」

 

 ……ウルバン先生。あたしは思わずお礼を言った。

 

「ありがとう」

「いやいや、全然お礼には及ばないよ。後悔するかもしれないから」

「こうかい?」

 

 ……うっ、酒の匂いがする。なんだろういきなりだ。

 

あたしが振り向くとそこには一人の女性が立っていた、絵に描いたように酒に酔っている感じだった。ふらふらで手に酒瓶を持っている。

 

 死んだ顔をした青い髪の女性。おなかを出した奇妙な服装。シャツは体のラインを張り付いて、ズボンは深い緑の色にブーツ。片方だけ結った髪……リリス・ガイコ先生! すでに嫌な予感がする。

 

「ひっく、わたしのぉ、ゴーレムをぶっ壊したマオちゃんこんにちわ」

「こ、こんにちは。あれはし、仕方なかったんだよ」

「仕方なかったぁ?」

 

 リリス先生が顔を近づけ来る。酒くさ!!

 

「その仕方ないで私はしゃっきんだけがのこったんですけどすごいへんさいにこまっていて今酒がてばなせないじょうきょうになっているのですがどうすればいいんですか? ねえ? どうすればいいんですか」

 

 う、うう。怖い。ごめん、たぶんほとんど自業自得だと思う。

 

「まあまあ、リリス先生。さっき言った通りこの子たちの手助けをしてくれたらちゃんと僕が報酬をお支払いしますよ」

「……いいれしょう」

 

 呂律が回ってないけど……。あ! でもなんでウルバン先生がお金払うんだ! おかしいよ。っていいかけてウルバン先生が手であたしを制する。

 

「何にも言わなくていいから。ほら。馬車に乗せてもらえないのは僕の二人の弟子の問題だろう、だったら僕がちゃんとしてあげるのが筋だよ」

 

 ……ウルバン先生。でも、でもさ、なんでそれでリリス先生連れてくるの……? 絶対面倒なことになるよ……?

 

 感謝と困惑のないまぜになった気持ちをあたしは初めて味わった気がする。ラナとニーナが近づいてきて。

 

「おい、大丈夫か?」

「初めて会ったけどあのリリスって先生噂通りに変人ね」

 

 大丈夫とは全く思わないけど……。

 

「たぶん僕の息子のクロコから言われていると思うけど、マオ君たちが全員束になってもミラスティア君には敵わないよ」

 

 ……! あたしは振り返った。

 

「それでもやらないといけないんだよ」

「そうでしょ。だから明日の昼までに到着するなんて遅いんだよ。先に着いて準備をしておきなさい」

「……そ、そうかもしれないけどでもさ、どうやってつけばいいの?」

「それはね。このリリス先生がちゃんと考えているよ、この子は昔私と一緒に海の向こうに行ったことがあるから、その時に一度だけ使ったことのある者があるんだ。しかし、その時は小さくて天才少女って言われてて、かわいかったんだけどなぁ」

「げっぷ」

 

 かわいくなくなったよね。

 

「そこの赤毛の女の子」

「え? 私ですか、ウルバン先生」

「そうそう君はたぶん魔法が得意でしょ。風の魔法は使える?」

「は、はあ。それなりに」

「それじゃあ頼もしい」

 

 なんだろう。怖い。

 

 とりあえずあたしたちは王都の門をくぐる。そういえば海から来たから初めてだ、石造りの大きな門。毎日大勢の人が入っては出ていく、今も大きな馬車とすれ違ったりした。

 

 門を出た。

 

 広い草原が広がっている。遠くの山が見えた。

 

 青い空の下、どこまでも世界は広がっているように感じる。少しだけ見とれていると背中をとんと叩かれた。

 

「マオ様。どうかされましたか?」

「ううん。なんでもないよ」

 

 みんなは先に行っている。あたしも歩きだそうとしてモニカが言った。

 

「先に言っておきたいことがあります」

「どうしたの」

「この中でミラさんとわずかでも打ち合えるのはたぶん私です。……ですからマオ様、ミラさんとの模擬戦では私をミラさんとぶつけてください」

「…………それは」

 

 モニカの力は分かっている。頼りになることもわかる。でも劣勢だったとはいえ仮面の男と戦えたミラとの技量にはきっと大きな差がある。あたしは頷くことができなかった。モニカもそれを感じたのか悔しそうにする。

 

「モニカ……あのさ」

「……いえ。突然すみませんでした」

 

 それだけで鞘に入ったハルバードを手にモニカは前に走り出す。ミラと正面から撃ち合うのは多分無理だ。……あたし以外。

 

 魔力さえ十分にあればミラとの対峙は可能だ。でもそれをどうすればいいのか考えはあるけど何となく嫌だ。……ウルバン先生の言う通りさっさと行ってもっと考えて準備するべきかも。

 

 丘の上の立った。

 

 黒いへんてこな置物があった。大きくてまるで羽を広げたような形をした像? なんだろうこれ。

 

 それを聞こうとしたらリリス先生がぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ言いながら地面に図形とかよくわからない数式を書いていく。何を書いているのかわからないけどたぶん魔法の公式ではない。あ、いや魔法の紋章も一部描いている。

 

 真剣そのものの表情はさっきまで酔っぱらっていたとは思えない。ウルバン先生は両手を組んでうんうんとなんか頷いている。

 

「よし」

 

 リリス先生が立ち上がった。振り向く。

 

「ウルバンおじいちゃん。ここでの魔石の支払いはおじいちゃん持ちだからね」

「もちろんリリちゃん」

「よし。あとお小遣いもちょうだい」

「出来次第だねぇ」

 

 あたしたちは困惑している。急に親し気に話し始めた二人もそうだけど、それよりも何をしようとしているんだろうか。ていうか何をさせられるんだろう。

 

 この鳥みたいな形をした巨大な像はなんだろう。リリス先生はその像をポンポンと手で叩く。

 

「これ、鳥型のゴーレム。昔遭難した時に作った」

 

 鳥型のゴーレム……?!

 

 




修行回を次回以降に……


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ミセリアマウンテン

 

鳥型のゴーレム……。黒い鴉のような形に羽のある形をしていて人の乗るための「くぼみ」。そこに座るスペースがある……嫌な予感がどんどん強くなってく。後ろに大きな穴が開いているのはなんだろ……。

 

「それじゃあ荷物を積んだ、積んだ。ほら」

 

 リリス先生があたしたちを急かすけど、みんなで顔を見合わせて目で会話する。リリス先生の被害者の仲間……ニーナがあたしを見る。

 

 ――マオ、これやばくないか?

 

 何にも言ってないのにそういっている気がする。あたしも見返す。

 

 ――間違いなくヤバイよ。

 

 ……ニーナが黙って頷いた。……すごい! 何にも言ってないのに会話ができた気がする。でも命がやばいそうという状況は変わらない。

 

「あのさ、リリス先生。これ安全なの?」

「あんぜん?」

 

 ボケーっとした顔をしてリリス先生はあって口にした。それから言った。

 

「もちもちのもちろん」

 

 死にそう。

 

 まずいよこれは。でもリリス先生が背中を押してくる。後方の一部がぱかって空いて荷物を詰め込む場所がある。そこにリリス先生があたしからバッグを強奪して放り込む。

 

「そらそら早く」

 

 みんな観念した顔で荷物を入れる。モニカのハルバードはどうしようもないからゴーレムに縄で括り付けた。ラナとニーナとモニカはすごい不安そう。

 

 いや、待って。

 

「モニカ! フェリシアは!?」

「あ!! いません!!」

 

 逃げた! あの子逃げたよ。よく見たら遠くに人影が見える。一応目的地に向かってはいるみたいだけど……。ウルバン先生がにこにこしながら「お仕置きが楽しみだ」とか言っている。……やってやって! 今回は!

 

 座席は前後になっていて後ろにあたしたちはぎゅうぎゅうになって座る。

 

「ちょっと狭いんだけど」

「押すなマオ」

「あたしも狭いし」

「これ本当にどうなるんですか?」

 

 リリス先生が前に座る。そこには魔石がはめ込まれている。これあたしが壊したゴーレムと同じような構造な気がする。……青い髪を手で払って大きなゴーグルをした。後ろを振り返った。

 

「そこにさ、手すりあるでしょ掴まれるところ。あと座席にベルトがあるから体に巻き付けてね。落ちたら死ぬからしっかりつかまってて。わかった?」

 

 座席の前に確かに手すりがある。いや、落ちたら死ぬ??

 

「じゃあ、出発しようか!」

 

 リリス先生が魔石に手を触れる。呪文を唱える。……

 

『火の精霊イフリートに命じる』

 

 リリス先生が唱えているのは……これやばい。

 

「みんな! 絶対離さないでね!?」

 

 あたしは叫ぶ。リリス先生が魔力を放出する。

 

『世を生み出す灼熱の炎を今ここに現出せん! ギガフレア~!』

 

 その瞬間、ゴーレムにはめ込まれた魔石から魔力が迸る。鳥型のゴーレムの体に文様が浮かび、そして後方の穴からすさまじい炎が噴き出す!

 

 すごい圧迫感が体を押す。鳥型のゴーレムが勢いよく飛び立つ。風がうるさい。手が痛い。一直線に空に浮かんでいく。怖い! 怖い!! 全員の悲鳴みたいなのが聞こえるしあたしもなんか叫ぶ。よくわかんない。今どうなってんの???

 

 気がついたら空を飛んでいる。

 

「あひゃひゃひゃひゃ、面白い!」

 

 リリス先生の笑い声ではっとした。ちゃんとみんないるか見たら死んだ顔をしたラナとニーナとモニカ。い、生きてた。よかった。

 

「し、死ぬかと思いました」

 

 モニカに同感……すごい疲れた気がする。あ、でも……。

 

 空が見える。振り向けば王都がだんだんと小さくなっていく。海がきらきらと光っていた。

 

「わあ」

 

 口から思わず感嘆の声が出た。リリス先生が聞いて振り返る。

 

「意外といいでしょ」

「……うん。ちょっと寒いけど」

 

 ゴーレムの翼が風を切る音がする。鳥みたいに飛べるんだ……ちょっと先生のことを見直したかも。

 

「すごいね、このゴーレム飛べるんだ」

「飛べる? 飛べるわけないじゃん。羽が動かないのに」

「は?」

「勢いをつけてぶっ放すだけよ。弓と矢と同じ構造」

「は?」

「出る前に計算していたでしょ。だいじょうぶだいじょうぶ、計算通りに行けば目的地に墜落するから」

「は?」

 

 あたしは、口を開けて何を言ってんだろうこの人って思った。確かに飛ぶ前にすごい綿密に地面に計算式を書いてるのは見たけど、墜落するための計算をしていたなんて思わけないじゃん!!!!

 

 ああああああ。これ落ちる予定なの?? 確かに少し下に傾いた。怖い!

 

「お、そろそろ落下軌道ね」

「ど、どうするのさ」

「そりゃああれよ。落ちる前に防御魔法を張って、あと風の魔法で微調整するの。うえ。酔ってきた。気分悪い。そっちの赤毛が風の魔法使えるんでしょ。あとやって」

 

 ラナ! 御願いします! 死にたくない!!

 

「い、いきなり何を振ってんのよ?」

 

 リリス先生が気持ち悪そうに言う。

 

「酒飲んでこんなのするべきじゃない。ゴーレムが傾かないように風を操ってね。下に落ちるときに急角度になったらやばいから……ヨロ」

「ヨロじゃないっつーの!!!」

 

 ラナしかいないよ! 

 

「ラナ!」 

 

 ニーナが涙目で叫ぶ。

 

「ラナ様!」

 

 モニカが必死に言う。

 

「なんのよこれ、なんなの!?」

 

 ラナが手を構えて呪文を唱える。

 

 

 どかーん。

 

 白い光に包まれた鳥型のゴーレムが地面に激突する! 白い光はリリス先生が構築した防御魔法「プロテクション」。いつかの船の上でソフィアが使って竜の攻撃も防いだ魔法だ。

 

 光がはじけていく。その中からあたしはむくりと体を起こした。

 

「い、生きてる」

 

 感動した。本当に生きてるって素晴らしいんだ。みんなも無事みたいだ。リリス先生も立ち上がった。

 

「はあ、気持ちわる」

 

 知らないよ! 

 

 あたしはふらふらとゴーレムから降りてみるとやっと気がついた。穏やかな風が流れているそこには大きな山がそびえたっていた。見上げれば山頂には少し雪が見える。麓の森からざあと風に木々が揺れる音がする。

 

 ミセリアマウンテン……着いたんだ。

 

「計算通りね」

 

 リリス先生うるさいよ! 

 

 とにかくあたしたちはゴーレムから荷物を引っ張り出した。ハルバードもちゃんと落ちてなかったのは奇跡と思う。縄が結構緩んでた。

 

 ラナがフラフラだけど言ってくれる。

 

「流石に私たちが一番でしょ。ここでキャンプするってことだと思うけど、先生たちが来るまでできることはやっておきましょう」

「できること……とはなんだ」

「ニーナもギルドの依頼を受けたことあるでしょ。要するに今回はキャンプなんだから必要なのは決まってんのよ。寝床と水場が基本。あとは食料とかだけど、それはまあちゃんと持ってきたからいいとして……手分けして探しましょうか」

 

 すごいてきぱき指示をしてくれる、流石ラナ……いや! 死んだ魚の目をしている!! これ錯乱の一種なのかな!?

 

「ら、ラナ。す、少し休もうよ」

「ふふふ」

「なんで笑っているのさ。怖いよ」

 

 木陰にラナを寝かせて上着は脱がせて毛布を掛ける。心配だけどリリス先生をそばにつけて、荷物も固めておく。

 

「マオ様どうしましょうか?」

「どうするって言っても……そうだなぁ。ラナが言っているように水場を探しておくってのは必要かも。寝る場所はあとでもいいよ」

 

 そんな感じであたしとニーナとモニカは森の中に入る。一応迷わないようにあまり奥にはいかないようにしてたら迷った。

 

「ここどこ?」

 

 うん。なんかあたしも頭が混乱してたかもしれない。あんなすごいわけのわかんない移動方法で来たから荷物を置いて迷うことになったってそう思いたい。

 

「落ち着けマオ。いざとなったら背の高い木を見つけて登れば帰り道は探せる」

 

 おお、ニーナは頼りになる。確かに魔法で体を強化できないあたしには無理だけどニーナとモニカならそれができる。

 

「それよりもあっちに水音がする。行ってみよう」

 

 身体能力を強化修行をしているからかな。こういう自然の中ではすごい。ニーナは森を抜けて行くとざあと音がした。滝の音だ。

 

 河原に出た。川が目の前をゆるやかに流れている。奥に行けば深そうだけど手前は全然浅いし、それに魚もいる。綺麗だ。……釣りとかすれば魚は捕れるかな。

 

「ふう」

 

 ニーナが川の水を飲もうとしている。ダメだって! 何飲もうとしているのさ。あたしは止める。

 

「なんだ?」

「いや生水はだめだよ」

「なまみず……? きれいだと思うが……」

「川の水なんてそのまま飲んだらおなか壊すよ」

 

 全く……。意外なところで知らないこともあるみたいだ。

 

「それにしても綺麗ですねマオ様」

「うん。そうだね。あ、そうだ」

 

 あたしは上着を脱いで靴と靴下も脱ぐ。河原にそれを置いて水の中に入る。冷たいし、気持ちがいい。ちゃぷちゃぷスカートのすそを掴んだまま川の中を歩く。

 

「モニカとニーナもおいでよ」

 

 しばらくして二人とも来る。あたしと同じように上着とかは脱いでいる。

 

「冷たいですね」

「…………魚がいるな」

 

 釣りの道具とかないけどなんかできないかな。でも、なんか川の中に入って魚が泳いでいるのを見たら「おっ」ってほんの少しだけうれしくならないかな。うーん、なんでだろ。あたしは少し考えてみてよくわからないし、まあいいや。

 

 なんとなく水面を蹴ってみる。ぱしゃって水が飛んだ。それがニーナにかかった。

 

「おまえ……」

「わ、わざとじゃないよ」

 

 ニーナも水面を蹴る。あたしにかかる。

 

「わざとじゃないって」

 

 反撃で水を飛ばす。ニーナにかかる。

 

「ふざけるな!」

 

 ニーナもまた水をかけてくる。あたしは逃げようとしてこける。ばしゃーんって川に飛び込む見たいなってずぶぬれになる。

 

「ははは。自業自得だ」

「……ニーナ」

 

 両手で水を掬っておもいっきりかけてやる!

 

「わ、やめろ」

 

 ぱしゃぱしゃと水をかけある。そのうちモニカにも水がかかった。

 

「……わ、わたしにも水がかかりました!」

 

 モニカが手で水をかけてくる! やったな!!!

 

 

「で? なんであんたらずぶぬれなの?」

 

 ラナのところに戻るとあたしたちはそう聞かれた。3人で水遊びしてしまったなんて言えない。とりあえず上着とかは濡れないように丸めて持っている。

 

 ラナは黙っているあたしたちを見て横を向いた。

 

「まあ、寝てたからどうとも言えないし、なんでもいいけど男子とか来たらその恰好どうかとおもうわよ。あんたたちシャツめちゃくちゃ透けてるし」 

 

 ……………!! 身体を両腕で抱きしめるような姿勢になった。ニーナとモニカも顔を赤くしてる。

 



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特訓をしよう!

 

 うう、なかなか乾かない。調子に乗って水遊びをしてしまったことを後悔したけど……でも楽しかった。ニーナとモニカもどっかで服を乾かしているはず。

 

 山の麓にあるちょうどよい大きな岩の上で日向ぼっこしながら服を乾くのを待っていると遠くから馬のひづめの音がする。山のふもとから街道を見ると小さな影が2つ走ってくる。

 

 栗色の大きな馬が走ってくる。跨っているのは長身の男性だった。藍色のコートを着た茶髪のその人はクロコ先生だ! 

 

 いや! 来るな! 今来てもらったら困るよ!

 

「ラナ!」

「なによ」

「あれ!」

「誰か来るわね。……って、わっ。なによ」

 

 あたしはラナの後ろに隠れる。シャツがまだ乾いてないから! おねがいっ。ラナは少し呆れたような顔をしてからわかったって言ってくれた。

 

 そうこうしているうちにクロコ先生がやってきた。手綱を引いて馬が止める

 

「いや、お前ら早すぎるだろ……なんでいるんだ?」

「えっと、いろいろありまして」

 

 ラナが説明に困っている。空をぶっ飛んできたなんてどういえば良いのかわからない。

 

「あとそっちはなんで隠れてんだ?」

 

 き、気にしないでね。

 

「こいつもいろいろとありまして」

「なんだそれ」

 

 クロコ先生が馬から降りて首をかしげる。できればどっか行ってほしい。

 

「まあ、いいさ。明日までにということだから今いても何の問題もない。今日の寝床とかは確保したのか?」

 

 そういってクロコ先生が近づいてきそうになった。う、うう。

 

 でも近づいてこない。なぜか固まって遠くを見ている。口を開けて驚愕の顔をしている。その視線の先を見ると青い髪の女性が逆にクロコ先生へ走ってくる。リリス先生だ。

 

「おーい!」

「……な、なんであの災害級の魔物が!?」

 

 リリス先生を災害級の魔物とか言ってる。でも、そのリリス先生はクロコ先生に抱き着いた。

 

「クロコっち~」

「うわ、離れろ、こら」

 

 そのまま押し倒して体を抱き着く……え? なに。どういうこと? そういう関係なのラナ?

 

「わ、私に聞かれてもわかんないわよ」

 

 あたしとラナは目の前で抱き合う大人二人に恥ずかしくなって、でも目を離せない……。リリス先生が手を上げる。その手の先には液体の入ったボトル、

 

「やっぱ酒を持ってたね」

「お、お前。いきなり現れて、酒を強奪するな。返せ! それ飲みかけだぞ!」

「へへへ。おりゃ」

「げっっ」

 

 リリス先生はクロコ先生を蹴飛ばした!! ひっど!!! そのままボトルを開けてぐびぐび飲むと空になったボトルをクロコ先生に投げた。

 

「じゃ!」

 

 そのまま逃げていく。なんなのあの人。

 

「てめぇ、待て! 子供のころはまともだっただろうが!!! ていうかなんでいるんだ!」

 

 それをクロコ先生が追いかけていく……。あ、あわただしいね。

 

「あんた。あのリリス先生の授業を受けるなんて命知らずね」

「あたしもそう思う」

 

 ラナに寄りかかりながら頷く。そうしているとまた馬のいななきが聞こえる。見ればまた誰か近づいてくる。今度はフェリックスの生徒のようだった。短く切った赤い髪の彼は馬上から身をひるがえして地に降り立つ……ととのった顔立ちの少年はアルフレートだ。

 

 そういえば影は2つあった。

 

 ……あたしはラナの後ろに隠れる。

 

「遠くから見えたがやはり君か」

 

 ラナが目で「だれこいつ」って聞いてくるから「別の授業で一緒になった子」と答える。とりあえずどっか行ってほしい。いまは。

 

「なんで君は隠れているんだ? ……まあいい。マオ、君に言っておくことがある」

「あ、あとじゃだめ?」

「後回しにする意味はない。君とミラスティアさんが模擬戦をすると聞いて、彼女のパーティーに僕も参加させてもらうように頼んだ」

 

 ……そうなんだ。じゃあ、アルフレートが4人目。

 

「ウルバン先生の授業の模擬戦では不覚にも君にしてやられたが……今度はそうはいかない。あれは僕の実力ではないことを思い知らせてあげよう。それと……とりあえず前に来たらどうだ?」

 

 アルフレートが近づいてくる。ラナが手を振った。

 

「あ、あ。今はこいつダメなのよ。あとで話を聞くわ」

「あの時は妙な制限をつけられた戦いだったからな。今回は全力で戦える。それに怖気ついたか。しかし僕も男だ。やられたままにはならない」

「いや、だから。こいつ今ダメだって」

「そもそも君は誰だ。邪魔だからどきたまえ」

 

 そういってラナの肩を掴んだアルフレート。

 

「だめって言ってんでしょ! このあほ!!」

「はひん!」

 

 ラナの蹴りがアルフレートの横腹に入る。す、すごい情けない声をあげた。そのまま草むらに転がるアルフレート。でもすぐに体制を整えて剣の柄に手をかける。ラナも両手を組んで睨む。

 

「き、貴様何をするんだ」

「だめって言ってんでしょ。こいつ服が濡れて透けてんのよ!! あとにしなさいよ後に! 変態!」

「なに? へ、へんたい?」

 

 アルフレートが困惑しながらあたしを見てくる。な、なんか恥ずかしいからラナの後ろに隠れる。肩越しから赤毛の彼を見る。あたしをぼーってアルフレートが見てくる。

 

「……わいい」

 

 彼がなんかぼそっと言ったけどよく聞き取れない。……ハッとした顔でアルフレートが立ち上がる。

 

「い、いいだろう、宣戦布告は終わった。君には後悔してもらう。いいか? あと僕は変態じゃない。間違えるな。行くぞサラマンダー!」

 

 サラマンダーってのはたぶん馬のこと。アルフレートは馬にまたがって街道を逆走していく。なんで? 混乱してない?

 

「あんたの周りは大変なのばっかりね」

「それ、ラナも含まれてない?」

「……………」

 

 痛いっ! 脛を蹴るのはなしだよ!

 

 

 服が渇いてみんなで荷物の整理をする。

 

 とりあえず食料とかの確認をしてそれぞれ武器の手入れとかをする。でも武器はあたしとモニカしか持ってない。ラナは魔導書を開いて、ニーナはそれを見ている。

 

 クールブロンを布で拭って手入れする。正直綺麗にしても武器としての手入れになっているかはわからないけど……。魔銃なんて誰も持ってないし、どうやって手入れすればいいのかよくわからないから掃除だけしている。

 

「おっそれが噂のへんてこな武器?」

「リリス先生……?」

 

 クールブロンを抱いて守る。

 

「なんで警戒してんの?」

「胸に聞いて!」

「ん? ないじゃん」

 

 あたしの首から下を見ながらリリス先生が言う。そうじゃないし!

 

「大丈夫だってみるだけみるだけ」

 

 しぶしぶクールブロンをリリス先生に見せる。彼女は座ってクールブロンを手で撫でながら引き金を引いたり、レバーを引いたりしている。

 

「これ、ここに弾を入れて魔石に込めた魔力で撃ちだすって構造だっけ?」

「うん。よくわかるね」

「みたらわかるでしょ? ふーん。じゃあ、弱点が多くあるよね」

 

 みたらわかるかな……? でもリリス先生は真剣な顔でクールブロンを観察する。両手で持って構えてみたりする。

 

「まず連射ができないよね。いちいち弾を込めて撃ったら籠めなおさないといけない。戦闘中にこれを使うのはスキが大きいでしょ」

「うん」

「それに籠めることのできるものは小さ目ね。これなら強力な魔法を使ったり、弓に魔力を込めた方が威力はあるわね」

「……まあ、それもうん」

「……ふーん。これ連射できて、威力も改善できれば……あ」

 

 リリス先生が止まった。

 

「やばいわこれ」

「何が?」

「この武器やばいわ。そうか、これ作ったやつやばい。例えば……あ、やめとこ。口に出したらまずい気もするし。それよりもこの文様は魔法陣を展開させるためのものね」

「き、気になるんだけど」

「魔力を効率よく運用して魔方陣を展開する文様かぁ。これは装飾をした人の技術がすごいね」

 

 リリス先生があたしを無視する。

 

「これは……展開した魔法陣で周辺の魔力を魔石に吸収することができるかな?」

「ほんと、見ただけでよくわかるね」

「見ればわかるでしょ?」

 

 そうかなぁ。このひととんでもなく頭がいいのかもしれない。

 

「でもこんなの使ったら模擬戦じゃ使えないわね。『刃引きの加護』を無効化しちゃうし。あ、いったんこの文様を無効化することがしてあげようか? お金は……」

「お願いします!!」

 

 モニカ!? 急に出てきて何さ!?

 

「リリス先生! ぜひお願いします。その武器の特性を無効化してくれるならお金も私払います!」

「ちょ、ちょっモニカ」

「マオ様は黙っていてください。模擬戦……模擬戦だけですから!」

「だめだって」

 

 リリス先生からクールブロンを取って抱きしめる。

 

「ど、どうなるかわかんないじゃん」

「マオ様が無茶をするかもしれません! 私の時そうだったじゃないですか!」

「そ、それはそうだけどさぁ」

 

 わ、わかった。モニカがずいと顔を寄せてくる。じとーって見てくる。うう、やったことが返ってきている気はする

 

 

「ごめんって、あんなことはもうしないから。それに模擬戦ではあれは使わないよ!」

「……約束ですよマオ様」

「は、はい」

 

 リリス先生が「ちっ」って舌打ちしている。絶対お金時だったよ。

 

「よくわかんないけど。実際ほとんど時間はないんだから、対策を考えないとね」

 

 ラナ……。

 

「さっきのアルフレートが4人目として、後は誰が来るか」

「多分さ、わかるよ」

「マオ。心当たりがあるの?」

「うん。ソフィアと前に一緒にいた弓使いの女の子が来ると思う。エルって言われてた人」

「あー」

 

 ラナは知っているみたいだ。

 

「あいつも強いわよ。私の同期だけど」

「そうなんだ先輩なんだね。でも強いのは知ってる」

「なにそれ……もしかして戦ったことでもあるの?」

「うん」

 

 港町で襲撃された。その話をするとラナもモニカもはぁとため息をついてニーナは目をそらした。

 

「あんたってさ、ほんとイベントごとが多いわね」

「好きで襲撃されているんじゃないよ!」

 

 まったく……でも、そうだ。実際のところあたしたちとミラのパーティーじゃ、素の力に差がある。アルフレートはともかくとしてほか4人は純粋にあたしたちのそれぞれの力を上回っているところが多い。

 

 ミラは純粋に強い。それはソフィアも同じだ。キースはニーナを圧倒したし、エル……さん? は遠距離から正確に射撃をしてくる。2度目の戦いで前の先方が通じるとは思えない。

 

 だから考えがある。あたしはクールブロンを横に置く。そぉってリリス先生が奪おうとしてくるのを手ではじく。

 

「みんなに相談があるんだ」

 

 みんながあたしを見る。あたしは腕を組んでニヤッとする。

 

「3人のを底上げする方法がある。だからあたしに任せてほしい」



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魔力の流れ

 

 

 さっき見つけた水場にやってきた。河原には丸みを帯びた石が転がっている。ひとつ拾って川に投げると水面をはねていった。なんか思ったよりうまくできた。

 

 滝の流れる音がする。ここに来たのはいくつか理由がある。

 

 とりあえずあたしは振り返った。ラナ、モニカ、ニーナがいる。3人とも何をする気なのかよくわからないって顔に書いてある。

 

「正直全然時間はないからさ。手短に説明するね。ラナこっち来て」

「何をする気なのよ。今更特訓っていっても時間はないし、無理なことしたら疲れて逆効果よ?」

「いいからいいから」

 

 あたしはラナの手を取る。

 

「じゃあさ、ラナはそのまま体全体に魔力を循環させて」

「…………」

 

 ラナの体がほのかに光る。彼女は出会ってからいろんな魔法を使っている。水も火も風の魔法も使える。それは魔力の使い方がうまいのと……実は夜によく勉強しているのを知っている。

 

 それでもまだ甘いと思う。なんか上から目線で嫌だけど、魔力の流れをもう少しスムーズにすればもっと力を無駄なく使えると思う。あたしはラナの手を掴んだまま彼女の中の魔力の流れを調整する。

 

「ん」

 

 両目を閉じたままラナが声を出す。

 

「いいからさ。そのままそのまま」

 

 あたしは優しく体の中の魔力を流していく。

 

「この感覚を覚えていてほしいんだ。ラナは優秀だから魔力も豊富だし……結構勢いで使っているところはあると思う」

「あんたと何度か一緒に魔法を使ったことがあるけど、こうして魔法の構築じゃなくて体の中の魔力調整を直接されるとなんか……むかつく」

「なんで!?」

 

 ええ? なんで。って思わず手を放しちゃった。ラナは自分の両手を見つめている。

 

「なんか体を重く感じる」

「それはさっきまで体の魔力の流れを調整してたから自然と身体能力も上がっていたはずだよ」

「それ、魔法?」

「違うよ、もともとのラナの体の力を引き出しているだけ」

「あんた……さっき私が優秀がどうのっていってけど、なんか皮肉に聞こえるわ」

「そ、そんなつもりで言ってない……」

「わかっているわよ。ごめん」

 

 あたしの特訓のひとつはこれ。魔力の流れを覚えてほしい。もともとの力を引き出すだけだから、体力が削られることはない。たぶん。

 

「ミラと最初にあった時にもあの子にこれをしたけど、次の戦闘では勝手に感覚を覚えてすごく強くなってた」

 

 クリスと黒狼の戦いの後、ミラとは何度か一緒に戦ったけど飛躍的に力を上げていた。つい最近の仮面の男との戦いもそうだけど、戦闘中にも剣の技量が上がっていったのを感じる。要するにミラは異常なほどに学習能力が高い。それは技術的なこともあるけど魔力の流れを操作した感覚を覚える……言ってしまえばセンスかな。

 

「次はモニカ。ラナはさっきの感覚を一人でできるようにやってみて。うまくできなかったらまた教えるから。覚えてくれたら魔法の力は2段階は上がるよ」

 

 ラナは両手を組んで言う。

 

「普通に言うけどあんた。とんでもないこと言ってない?」

「そうかな……まあ、いいじゃん」

「まあそうね。あの生意気な奴にも対抗できそう」

 

 誰? と聞く前に何となくわかった。

 

「マオ様」

 

 今度はモニカの手を取る。小さな手だ。魔族は体の力が人間よりもはるかに強いし内包されている魔力量も多い。でも、かわいらしい手をぷにぷに触る。

 

「あ、あの?」

「あ、ごめん」

 

 モニカの魔力が迸る。少し流れが速い。ラナよりも荒々しい。それだけ本来の力が強いんだと思うけど、でも速すぎる流れに意味はない。体に魔力を浸透させるのはゆっくりがいい。それは人間も魔族も変らない。だってあたしは両方やったんだからよくわかる。

 

「……!」

 

 モニカの体の中を流れる魔力が穏やかになっていく。その時何かに触れたような感触があった。なんなのかはわからないけどとりあえず問題なく彼女の体に魔力は浸透していく。感覚を覚えればラナの魔法の力はさらに強くなるようにモニカは身体能力の強化が一段と強力になるはず。……それでもミラとの一騎打ちは厳しいと思うけど。

 

 繰り返すけどこれはラナにしろモニカにしろ魔力を「強化」しているわけじゃない。ただ使い方を効率良くしているだけだ。

 

 でも、

 

 モニカはいったん離れて自分の手をじっと見ている。……? どうしたんだろうか。彼女はもう一度あたしを見る。

 

「マオ様もう一度いいですか」

「うん」

 

 そうやって繰り返す。ニーナはちょっと待っててほしい。

 

 モニカは飲み込みが早い。魔力の流れがどんどん丁寧になって、穏やかできれいになっていく。あたしが手伝うことをやめても大丈夫そう。だから手を離した。

 

「……ん」

 

 モニカの体が淡く光る。ゆっくりと彼女は目をあけて両手を握る。なんとなく何かを決意しているように見えた。もしかしてミラと戦う気……じゃないかな。あたしはそれでもミラとモニカじゃ戦えないと思う。だから目をそらしてしまった。

 

「マオ、私はどうすればいい」

 

 ニーナが背中から話しかけてくる。ふふふ。最後にニーナにしたのはちゃーんと考えがある。

 

 あたしは振り返った。両手を腰にして胸を張る。

 

「ニーナは特別特訓!」

「な、なに!?」

「ニーナにはとりあえずキースを倒してもらわないといけないからね」

「なんだと……? とりあえず?」

「最後にはヴォルグを倒すんだからさ」

「お、おまえ」

 

 あたしはSランク冒険者であるヴォルグに宣戦布告を直接した。ニーナとも前に約束した。だからキースに引っかかってもらったら困る。……数年かかるとあたしが危ないし!

 

「だからニーナは特別に訓練するの」

 

 ニーナは肩を落とす。

 

「お前、本当に私があいつらに勝てると思っているのか? この前の話を聞いていただろうが」

「聞いてけど……でもあたしはニーナが落ち込んでるの嫌いだからさ」

「嫌いってお前」

「とにかくこっち来てほら」

 

 河原に立つ。気のせいかニーナがラナに目配せした気がする。ラナは苦笑している気がする。

 

「あ、モニカちょっと手伝ってほしい」

「なんでしょうか?」

「魔力を貸して。手を握ってほしい」

 

 モニカは驚いたようだったけどあたしの手を握ってくれた。あたしは彼女から流れ込んでくる魔力を構築する。右手でモニカの手を握って、左手を前に出す。

 

「アクア・クリエーション」

 

 川の水が形を作っていく。それは『力の勇者』の形。本物から魔力の強さをなくして、あくまであたしの記憶だけで作った傀儡。何度も作っているうちに慣れてきた気もするけど、やっぱり制御するのは頭が痛くなる。今回はできるだけ魔力量を抑えて作る。ソフィアや仮面の男と戦ったときほどの戦闘力はいらない。

 

 ニーナが聞いてくる。

 

「まさか……特訓というのはマオ」

「そうだよ。こいつはあたしの記憶にあるガルガンティアの武術を使いこなすことができる。実際はただの水人形だけどそれでもキースよりは手ごわいよ」

 

 あたしは笑う。

 

「こいつを超えてみて」

 

 最終的にはそれくらいやってもらわないと。

 

 まさかあたしが力の勇者の子孫に対して修行をすることになるなんて思わなかったけどさ。でもあんたの子孫はあたしの友達だからさ。精一杯やるよ。

 

 



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ニーナの特訓!

 

 モニカの体から流れてくる魔力を借りて『力の勇者』を形作る。手を握ってくれるくらいにモニカが近くにいるからワインレッドの髪がたまにくすぐったい。この魔法は常に魔力を水人形に供給しないと行けない。ソフィアやったように傀儡を強化しすぎるとすぐに魔力切れになる。

 

「……お前にガルガンティアの動きを学ぶ……?」

 

 ニーナはそう疑問を口にして一度ラナを見る。それからはあとため息をついて構えた。やっぱりあの日にラナと一緒にニーナは何かしたみたいだ。教えてくれないからわからないけど……。でも普通に考えたらあたしにガルガンティアのことを学ぶなんて面白くないはずだ。それでも付き合ってくれるみたいだからうれしい。

 

「一の術式――」

「あ! だめだめ」

 

 あたしは術式を構築しようとするニーナを止める。

 

「ニーナはこの前の影が薄くなる奴をやって!」

「その言い方をやめろ。……しかしなんで」

「大丈夫だから」

「……零の術式、無炎」

 

 ニーナの体の中へ魔力が収束していく。

 

「すごいです。影が薄くなりました……」

 

 モニカがぼそっと言ったので笑いそうになったけどあたしは笑わなかった。えらい……!

 

「おい、マオなんでにやけている」

「にやけてないよ!」

 

 危ない。それよりも本題だ。

 

「じゃあこの水人形で攻撃するからニーナはそれをよけたり反撃したりしてほしいな」

「前も言ったがこの状態じゃ戦闘は無理だ」

「そんなことはないよ。この人形は魔力の強化もなんにもしてないからただの水の塊だし」

 

 水人形を操る。ニーナは魔力を抑えたまま構える。

 

「それじゃーいくよ!」

 

 ニーナの顔に水人形の拳が当たる。

 

「ぎゅあ!」

 

 のけぞる。水がはじける。ニーナは怒った顔であたしを見る。

 

「お前。なんだこれ、速すぎるだろ!」

「大丈夫だって。ほら全然痛くないでしょ」

「地味に痛いんだよ!」

 

 仕切り直し。もう一度水人形とニーナと対峙させる。あたしは人形を操る左手を動かす。

 

 ニーナの顔に水人形の拳が当たる。

 

「ぎょわ!?」

 

 水がはじけてすごい恨めしそうな目でニーナがあたしを見てくる。

 

「お前……」

「だめだよニーナそれじゃ」

「速すぎると言っているだろうが。魔力での身体能力強化なしでよけられるわけがない」

「そんなことはないよ」

 

 あたしは魔法を解除する。ニーナの前に歩いていく。

 

「ニーナはね。素直でとってもいい子なんだけどさ」

「いきなりなんだ」

「素直すぎてダメなんだよ。こうやって攻撃が来たら避けようとしているからさ」

「何を言われているのかわからないんだが……」

 

 そうだな……。あたしは右手でニーナに殴りかかろうとした。

 

「何をするんだ!」

 

 ニーナはもちろん防御の姿勢をする。あたしは拳を握ったまま止まる。

 

「なんで防御したの?」

「なんでってお前が殴りかかってきたんだろうが」

「そんなことするつもりはないよ。でもニーナはあたしが殴る姿勢をしたから防御したんでしょ?」

「……そうだ」

 

 あたしは構えを取く。

 

「つまりさ。人間でも魔族でも動く前に事前の動作があるんだよ。わかりやすく言えば拳に力が入っているとか、重心が偏っているとか……魔法でも一緒だよ。魔力の流れで相手が何をしようとしているのか『何かする前に』わかるじゃん」

「わかるじゃん……といわれてもお前」

「相手が動いてからじゃ遅いんだよ。動く前に相手を上回ってないと」

 

 そうじゃなきゃあたしは、というか魔王だったころは戦えなかった。

 

「もちろん思いがけない攻撃に対しての反射は重要だけどさ。ニーナは相手の動きを待っているから初動というか純粋にスピード負けしていると勝てない。だからキースの攻撃をこの前は簡単にうけちゃったんだよ」

「…………」

 

 ニーナがじっとあたしを見てくる。な、なにさ。

 

「お前そんなことを考えながらいつも戦っていたのか?」

「え? そうだよ」

「……………むかつくやつだ」

「な、なんで!? ま、まあいいけどさ。あとニーナ。両手だして。水人形との戦いもそうだけどモニカとラナみたいに魔力の流れも練習してもらうよ」

 

 あたしはニーナが出してきた両手をぎゅって握る。術式「無炎」を解除したニーナの体に魔力が流れる。すごいぎこちない。川の流れのようにゆるやかに流れるのがいいんだけどニーナはなんていうか、すごく素直というか直線的だ。落ちて曲がってみたいな感じ……うーん。わかりにくいかな。

 

「……いくよ」

 

 あたしはニーナの体にあった流れに調整する。体に沿って魔力を流すと特に体術を使うニーナには効果的なはずだ。彼女はそれに合わせようとして魔力を動かそうとする。

 

「痛っ」

 

 ニーナが言った。ご、ごめん。でもあたしのやっていることに身をゆだねてほしい。……あまり普段とは違う魔力の流れに違和感を覚えて、多分無意識だけど慣れた方法に戻そうとするのもニーナらしい。そういえば船で一度ニーナの魔力は借りたことがあるけどあの時の記憶は彼女にはない。

 

「これ……難しいぞ」

「いやいいよニーナ今はあたしに任せて」

「……」

 

 う、うう。む、無駄なていこうをやめろぉ。魔力の流れが乱れる。あたしが調整しようとするのとニーナが戻そうとするので綱引きみたいになっている。

 

「に、ニーナ様。もう少し落ち着いてください」

 

 モニカもそばで応援してくれている。いつの間にかあたしとニーナは座り込んでいる。うう、うう。集中しよう。

 

「ニーナ。もう少し力を抜いていいよ」

「抜いている」

「抜いてないんだよ」

「……これはラナとモニカはすぐにできたんだな」

「……それは」

「私はやっぱり出来損ないということだな」

 

 そう言ってニーナが自嘲する。その顔がを見てあたしは悲しくなった。だから否定しよとす――

 

 ニーナの頭をラナがげんこつで軽く叩いた。

 

「ぎゃっ」

「あんたねぇ。いちいち落ち込んでんじゃないわよ。約束したでしょ?」

 

 ニーナが涙目でラナを見る。泣いているんじゃない。いきなり頭を叩かれて涙が出たんだと思う。

 

「……わかった」

 

 ニーナが目を閉じて魔力の流れに集中してくれた。正直なんだかわからないけど……あたしも彼女の手を握る。だんだんとよくなっていけばいいんだよ。それでいいとあたしは思う。ゆっくりでもさ。

 

 

 水人形の前にニーナが立つ。

 

 今度はラナの魔力を借りてあたしは魔法を使う。右手でラナの手を掴んで、左手で人形を操る。ニーナは両手を胸の前で構える。

 

「零の術式『無炎』」

 

 彼女の存在感が薄くなる。でもさっきよりも自然な気がする。

 

 魔力は体を常にめぐっている。あの術式はそれを抑えているだけ。でも魔力の流れをしっかりと調整して練習すればもともとの力は引き出すことができる。無理に魔法で身体能力を強化しなくても。

 

 じりとニーナが構える。あたしも『力の勇者』の傀儡を動かす。

 

 滝の流れる音だけが聞こえる。

 

 ニーナは集中していることがここからでもわかった。あたしは……水人形の重心を動かす。それは右こぶしでの打撃を『偽装』する動き。フェイントをいれてそして左足での蹴りを繰り出す――その一瞬にニーナが下がった。あたしの攻撃は空を切る。

 

「……はあ、はあ」

 

 ニーナがそれだけで膝に手をつく。汗をかいてる。あたしは魔法をとくと傀儡は水に戻った。

 

「やった! ニーナ」

「……まあ、少しだけわかった気がする」

「これでもっと激しくできるね!」

「簡単に言うな……先にお前から叩きのめした方がすっきりしそうだ」

 

 な、なんでさ。でも、あと少しの時間しかないからラナとモニカは魔力の流れを本当に自分のものにしてもらうし、ニーナは水人形相手に戦ってもらうよ。

 

 それにしても無理にほかの術式で強化すると動きに無理ができる。だから純粋な体の動きしかできない『無炎』を使ってもらったんだけど。もしかしてこの術式はもともと修行用だったんじゃないかな……? 魔力を使わず純粋に動きを洗練させるにはぴったりだよ。

 

 まあいいや!

 

「ニーナ! それじゃあ少し休んだらまた特訓だ!」

「…………」

 

 う、恨めしそうな目でみないでよ!

 



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焚火の前で

 

 水人形が駆ける。勢いをつけて回し蹴りを放った。

 

 ニーナは屈んでよける。彼女の頭上を人形の足が通過する。それだけで終わらない。あたしは左手に魔力を込めて人形の動きを止める。人間と違ってめちゃくちゃな動きもできる、

 

 よーするに『力の勇者』の動きも水だからこそ再現できる。あいつは人間じゃない。

 

 一瞬ぴたりと止まって空ぶったはずの足が空に向けてまっすぐ伸びあがる。そしてそのまま振り下ろす。踵落とし。でもニーナは腰をひねって紙一重でよけた。それだけじゃない、よける動作の回転を利用して右の拳を水人形に叩きこむ。

 

 静寂があった。水人形はびくともしてない。その脇腹にはニーナの拳が突き刺さっている。この一瞬彼女の動きがあたしの操作を上回った。

 

 はあぁあ。

 

 魔法を解除してあたしは膝をつく。同じように魔力を貸してくれていたラナも「ひぇえ」とか言いながら腰を下ろした。水人形は形を崩してぱしゃっとその場に崩れた。

 

 もう夕方。あれから何時間も魔力の操作と戦闘訓練を繰り返した。ニーナも荒い息を吐きながら膝に手をついている。

 

「や、やっと一度だけ」

 

 ニーナはもう体を支えられないみたいでその場に地面に手をついた。あたしももう疲れた……出力を抑えていたとはいっても頭がいたいずきずきする。

 

「に、ニーナ、やったね」

「お、お前に言われるとなんか」

「むかつくって?」

 

 あたしは先に言ってやる。もうラナを含めると3回目だからわかるよ。あはは。

 

 ニーナも笑った。

 

 それにしても疲れた。あと、おなかがへった。あ……そうだ!

 

「ラナ。今日ごはんどうすればいいの!」

「あ? それはとりあえず持ってきた食料でありあわせのものを……つくりたくね~」

 

 疲れた顔をしているラナ。河原に寝そべってしまう。あたしもそうした。疲れたからこのまま寝たい。今から料理をするのは結構しんどい。

 

 そうするとカランと音がした。起き上がるのがだるいので顔だけそちらにむけるとモニカが手にいっぱいの木の枝? を持っている。それが地面に落ちた音だった。森で拾ってきたと思う枝を地面に置い魔法で火を熾した。

 

 なんか元気な顔をしている。

 

「皆さんは休んでいてください! 今日は私が食事を作ります」

 

 そ、そういうわけにもいかないよ。あたしとラナは疲れたけど体を起こす。うーん、ゾンビみたい。モニカはそんなあたしたちに寄ってきて無理やり座らせた。

 

「マオ様たちは寝ていてもいいですよ。いや、寝ていて下さい」

「なんでそんなに元気なの……? モニカにも結構ニーナの手伝いをしてもらったと思うけど」

「マオ様の魔力の調整のおかげでなんか調子がいいんです!」

「いや……あれは強化しているとかじゃないからね?」

「わかってます!」

 

 キラキラした目をしている。調子がいいのは本当みたいだ。魔族だから体の魔力量は多いはずだ。あと見た目に反してモニカは体力がある。だからかな……? とにかくあたしとラナは無理やり寝かされた。……いや、手伝うって……。

 

 ……はっ。

 

 あたりが暗い。いつの間にか眠ってた。横を見るとラナが寝息を立てている。フェリックスの上着を毛布替わりにしていると結構あったかいんだ。ラナの向こうにはニーナも寝ている。

 

 ラナはどうでもいいけど美人だよね。まあ、いいや……それよりなんかいいにおいがする。

 

 モニカが焚火の前でなにかしている。あたしは起き上がって近づく。モニカは小さな鍋に何かを振りかけている。ぐつぐつと煮えているそれには野菜がいっぱい入っている。……焚火の上に3本の太い枝を組み合わせてひもで縛っている。そこから鍋を吊るしていた。

 

「あ。マオ様起きたんですか」

「ごめん。なんか手伝わなくて」

「ぜんぜん。いいんですよ」

 

 モニカが腰から出した小さな筒を鍋の上で振る。黒い粉みたいなのがスープに融けて沈んでいく。

 

「私の故郷は寒いところですから。こういったものがよく食べられるんですよ」

「そうなんだ。今入れたのは?」

「……隠し味ですね」

 

 あたしは横に座る。ぱちぱちと音を立てる焚火をぼおーっと眺めている。モニカは鍋を持ってきたのか、木のへらでかき混ぜる。

 

「それにしてもマオ様といるといろんなことが起こりますね。リリス先生のあの移動方法は楽しかったですけど」

「……た、楽しかった?」

「最初怖かったですけどあとで考えたら」

「……あたしは怖かったけどさ。そういえば前にラナが水路で小さな小舟を魔法ですごいスピードでかっとばしたことがあったなぁ。落ちたらおぼれそうで怖かったことがある」

「楽しそうですね」

「怖かったってば……そういえばあの時もミラが一緒に居てくれてさ。あの時もミラは楽しいって言ってたっけ」

「…………」

 

 モニカが黙り込んだ。あ、ミラとの話題をなんとなく話してしまった。少し気づかいが足りなかったかもしれない……。

 

「あの人は私に似ているんですよ」

「モニカと?」

「…………マオ様」

 

 モニカがそばに置いてあった容器に鍋からスープを移す。野菜いっぱいのそれをあたしに渡してくれる。

 

「食べてみてくれませんか? スプーンは……えっと」

 

 モニカが探している。あたしは「いただきます」と言って少しスープを飲んでみる。暖かくて、疲れた体に染み込んでくる気がする。

 

「おいしい」

「よかった」

 

 モニカが笑う。焚火の光に彼女の顔が照らされる。あたしはモニカに渡されたスプーンで野菜を掬って食べる。これも持ってきてくれたんだろう。モニカは鍋を掻き交ぜている。それから言う。

 

「私はですね。マオ様や皆さんに出会たことはすごくよかったと思います。……ギルドの本部であなたに声をかけられたときは本当に困惑したんですけどね」

「いきなりだったからね。ごめん」

「いえ。貴女はいつだっていきなりなんで。あれがマオ様なんですよ」

「……ん? それは」

 

 モニカがゆっくりとスープをかき混ぜる。

 

「きっとマオ様はミラさんにもそうしたんでしょ?」

「……そうだね。ギルドで出会ったんだけど、同じ歳くらいの女の子だったし話したのが最初かな」

「出会ったのも同じギルドだったんですね。本部と地方の支部では大きさが違いますけど」

「そう考えるとそうだね」

「きっとその時寂しそうにしてたんじゃないですか?」

「……そうだね。よくわかるね」

「……だってマオ様ですから」

 

 なにそれ……? よくわからないや。でも、モニカはつづける。

 

「マオ様にとってあの人は……ミラさんをどう思われているんですか?」

「ミラを?」

「そうです」

 

 親友……そう言いたくて、今の状況を考えると口に出すことが少し怖くなった。それにモニカの求めている言葉はきっと違う気がした。あたしは焚火の音を聞きながら言った。『船』でのことを思い出しながら。

 

「ミラはさ。あたしに手を差し伸べてくれたんだ」

「…………」

「真っ暗な底に落ちていきそうな時に……一緒に居てくれるって言ってくれた」

 

 もしミラが手を伸ばしてくれなかったらあたしは今でも「人間」であることができたんだろうか? 今のみんなとの出会いも全部なかったかもしれない。

 

「ミラはあたしにとって大切な人だよ……それなのに今みたいなことに突然なったことがよくわからない」

 

 モニカは黙って聞いてくれた。ただ最後に少しだけ言う。

 

「やだな」

「え?」

 

 あたしが何か言う前にモニカが続けた。

 

「そろそろ大丈夫です。ラナ様とニーナ様を起こしてご飯を食べましょう」

「モニカ、いまの」

「……あの人は私に似ているって言いましたよね。だからなんとなくわかるんですよ。言えないことを黙り込んで勝手に完結しているんです。……たぶん真っ暗闇の中で迷っているんですよ」

「じゃ、じゃあさ。どうすれば、いいのかな」

「…………」

 

 モニカがあたしを見てくる。それからふふって笑う。

 

「マオ様がマオ様なら大丈夫ですよ」

 

 ……その答えはよくわからないよ。モニカはそれ以上答えてはくれなくて2人を起こしに行った。あとはたしスープを飲む。おいしい。

 



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ルール説明

今日2回目の更新です。お気を付けください。


 

 今日は……なんだっけ。

 

 ここどこだっけ?

 

 そうだ、ラナとあたしの家だ。

 

 みんながいる。

 

 大きなピザがテーブルにあった。それをみんなで切り分けて食べる日だった。

 

 ラナが切ってくれて、ニーナとモニカがおいしそうに食べている。あたしの皿……きょろきょろして探していると椅子に座っているミラがいた。両手でピザをもっておいしそうに食べている。

 

「あ、マオ」

 

 こっちを見てあたしににっこりと笑ってくれる。

 

 なんだかほっとする。みんなでいると心が休まる気がするよね。あたしはミラの横に座る。何を話そうかなって思ってそれで、

 

 ――川のせせらぎに目を覚ます。

 

 目をあけると目の前には空が広がっている。鳥の声が聞こえてくる。起き上がって周りを見る。ラナが焚火の前でこくりこくりとしている、交代で焚火の番をしたんだ。ニーナとモニカはまだ寝ている。3人だけ。

 

 あたしは頭を抱えて少しの間そのまま上着に顔をうずめる。

 

 ………悩んでても仕方ない。そう思った。よし、起きよう。あたしは立ち上がった。いてて。背中が痛い。野宿ってこんな感じかぁ。体を伸ばしてみる。そうしていると森の方からクロコ先生がやってきた。腰にはなんか籠みたいなのを吊っている。

 

「おお、おはよう」

「おはよう……ございます」

 

 あたしはぺこりとそういう。クロコ先生は「なんかちゃんと挨拶できるとは意外だな」となんか失礼なことを言う。

 

「今日の昼にみんな集まる前に言っておこうと思ってな。寝ている子らも起きてからでいいんだがな。パーティーでの模擬戦のルールを言っておこう」

「ルール」

「そりゃそうだろ。何も取り決めずにバトルってのはあり得ない。ちなみに向こうの連中にはチカサナが説明をすることしている」

 

 クロコ先生は大きくあくびをする。

 

「眠たいな」

「眠らなかったの?」

「お前のせいだぞ」

 

 え? な、なんで。

 

「リリスの阿保を連れてきただろ」

「ああ~」

 

 意味がわかった。

 

「あの女は頭と顔がいいだけの屑だからな……。人のテントに入り込んでくるし、俺を蹴飛ばして外に出そうとするし……食料は漁られた後だし……。だめだ。ヴォルグといいなんで俺の周りはあんなのばかりなんだ。チカサナもお前あれが変人なの知ってんだろ?」

 

 心底疲れたような顔で肩を落とす先生……。

 

「それはそうとマオに聞いてみたいことがあったんだが」

「なにさ?」

「お前のことは学園長から授業を頼まれたんだが、なんでそうなったんだ? 普通は生徒自身で誰の授業を受けるか決めるものだろ」

「それは」

 

 あたしはかいつまんで話した。流石にミラの家からの圧力という話はしてない。

 

「なるほどな。貴族のどっかから言われたってことか。それで変人揃いの先生に認められて実力を示せと……たしかにゲオルグは性格くそだし。ポーラは怖いもんな……いや待て。なんでそこに俺が入ってんの?」

「さ、さあ」

「な、納得がいかねぇ。リリスと同列? それに親父と……?」

 

 クロコ先生は頭を抱えてぶつぶつ言っている。確かにほかの先生に比べたらまともに見える。

 

 ……しばらくしたらみんなが起きた。クロコ先生が持ってきた籠の中には魚が入っていた。先生は手早く火を熾して魚を串に刺して焼く。朝ごはんを思いがけず作ってくれた。

 

 焚火を囲んで話す。塩の振ってある焼き魚……皮がぱりぱり。おいしい。ラナ達も食べている。

 

「まあ、慌てて食べるなよ。どうせ昼まで時間はあるからな。お前ら今日は川の近くに野宿してたみたいだが本当の冒険の時は気をつけろよ」

「なんで?」

 

 あたしはもぐもぐしながら聞いてしまった。ちょっと行儀が悪いかも。

 

「簡単だ。魔物は夜行性の奴もいるから夜に水を飲みに来ることもある。まあ俺がたまに見回りに来てたが火を消さないように交代してたのはよかったな」

 

 見に来てくれたんだ。やっぱりいい人なんじゃないかな? なんでこの先生が変人扱いなんだろう。

 

「まあ。本題だ。パーティー戦での戦いは3日目の朝から。開始の合図は俺とチカサナでするからフライングはない。その点は安心してくれ。基本的に相手を全滅させるか……もしくは正午までに残ったやつが多いパーティーを勝利とする。簡単だろ」

 

 クロコ先生は自分でも魚を食べる。

 

「それで禁止事項だが。基本的に無理な追撃は禁止。武器はすべて『刃引き加護』を行ったものだけ。あとは炎の魔法も禁止だ。これは山火事になるかもしれないからな。ああ、ガルガンティアの術式は流石に許可するが……火事を起こすなよ。起きたら全面中止。あとは――」

 

 掌にいくつかの宝石のようなものを乗せてクロコ先生があたしたちにさしだす。綺麗な石。赤。青。緑。黄色。紫の色がついている。

 

「これは生命石というものだ。ラナは上級生だから知っていると思うけどな。お前の着ているフェリックスの制服は特殊な素材でできていて魔力を通すだけで防御力が格段に上がる……のは全員知っていると思うが。首元にこの生命石を固定できる場所がある。ほらマオ。つけて見ろ」

 

 あたしに緑の石をくれる。首元、首元。確かにくぼみがある。ぱちりとちょうど留められた。それで制服がほのかに光る。

 

「この石には俺とチカサナの魔力が入っている。それだけじゃない、こいつには防御魔法が組み込まれている。だから魔法も含めてお前らの受けるダメージはこの石が肩代わりしてくれる。一定以上のダメージを受けたら割れる。割れたらそいつはリタイアだ。リタイアした奴に攻撃は禁止な。それの魔力は始まる前にもう一度付与する」

 

 あととクロコ先生が続ける。

 

「その石をつけていれば俺たちもお前らがどこにいるのか何となくわかる。あとで遭難なんてならんように石が割れても持っていろ。ふー。まあ、こんなところだな。質問はあるか?」

 

 きれいに説明してくれたからあまりないけど、ラナが手を挙げた。

 

「場所はこの山全体なんですか」

「基本そうだが……あまり遠くに行かれると困る。そうだ。これはあとで話そうと思ったんだが、キャンプ地を二つに分ける。俺のグループとチカサナのグループだな。やることは変わらないが、お前の相手のパーティーは別の場所に行く。戦う前に顔を合わせるのは何となく気まずいだろ」

 

 ……そっか。会えないのか。残念な気持ちとどこか安堵したような気がして、ちょっと自分が嫌だった。クロコ先生は言う。

 

「まあ、時間はあるから質問があれば適宜行ってくれ。あとチカサナに便宜を図ってこうなったが、本来は俺の授業だからな。昼からは山の中に入って色々するぞ」

「「「いろいろ?」」」

 

 あたしとラナとモニカの声が重なった。ニーナは魚を食べてる。クロコ先生は両手を組んだ。

 

「山はいいぞぉ。都会のわけのわからん人間関係もないし。山菜はとれるし……空気はきれいだしな……それに……」

 

 そのまますごい勢いで話し始める。鳥の話とか木の話とか魔物の話とか、早口でどんどん話題が移っていくから頭がくらくらする。モニカがすごいへえ、そうなんですね、すごいですね、って困った顔で相槌を打ってる。あたしにたまに助けを求めるように目で訴えるけど、ど、どうしようもないよ。

 

「なあマオ。山っていいよな」

 

 すごいキラキラした目で聞いてくるからあたしは言った。

 

「は、はい」

 

 この人のやばいところの一部がみえた気がする。

 

 ……い、いやそんなこと気にしてもしかたない。残りの時間はみんなで特訓と作戦を考えよう。も、もちろんクロコ先生に授業も。

 

 



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クロコ・セイマ 地図とか書き方

 

 3日後のパーティーでの戦いについて説明を受けた時、ソフィアは違和感を覚えていた。

 

 彼女は自分とガルガンティアの男であるキースはともかく、多少の優等生程度のアルフレートという人物。それにソフィアの側近である弓使いのエル。

 

 それになによりもミラスティア・フォン・アイスバーグ。この銀髪の少女の戦闘能力はすでに一流の冒険者以上のはずだった。

 

 ……マオという少女にどれだけ隠された能力があろうとその基礎的な力はこの全員に及ばない。その上彼女の集めたパーティーもそれは同じである。アルフレートを除いて個々の能力は隔絶しており、通常であれば負けるどころか苦戦すらしないだろう。

 

 そのうえミラスティアは作戦を立てた。それは作戦というよりも布陣と言っていい。それを聞いたときソフィアは自分がミラスティアに誘われたことの意味が分かった。

 

 ――この女。私を駒としてみている。

 

 キースやアルフレートはその作戦を聞いて感銘を受けたようだがソフィアは不快だった。エルはいつでも無表情だった。マオに港町で敗北した時も特に何も言わなかった。

 

 普段の優し気な印象からは全く遠い冷徹な戦略がソフィアの感じた最初の違和感だった。もともと「マオ」と彼女は仲が良かったはずだ。多少のもめごとがあったとしても完全に優位な戦力を整えて、完全なる作戦を立てる……そのような容赦のなさが甘い人物であるミラスティアの人物像と一致しない。

 

 だからこそミラスティアが一人になった時にソフィアは聞いた。パーティーと言っているがこの剣の勇者の子孫は誰とも親しくはしていない。

 

 ミラスティアは銀髪を一つに束ねている。腰に吊っている剣は聖剣ではないが、白い細剣が2つあった。彼女は振り返り黄金の瞳でソフィアを見た。この一点の曇りのない生まれも能力も育ちもソフィアは嫌いではあったが、どこか境遇に共感してしまっているところがあるのかもしれない。彼女の存在自体は嫌いではない。

 

「随分と容赦のないことですわね。あのマオとかいう賤民と何かありましたの?」

「…………模擬戦と言っても油断はできないよ」

「警戒をしていることですわね」

「あっちのパーティではマオ一人だけが問題だよ。ソフィアならわかるでしょ?」

「…………」

 

 マオ。

 

 極小の魔力しか持たない村娘。本来ならばソフィアには取るに足らない相手だった。しかしソフィアはいままでの短い人生を誰に媚びることなく生まれ持った才能と不断の研鑽だけで歩んできた。その彼女だからこそマオという少女の魔力の使い方、魔法の練度の高さを見誤ることができなかった。

 

 嫉妬の焔が胸の奥でずっとくすぶっている。そのことをミラスティアに見透かされたのではないかと思うとそれだけで気が狂いそうなほど怒りが湧いてくる。ただ彼女は表情には出さない。

 

「へえ、あれは貴方と仲が良かったと思っていましたけれど」

「…………」

 

 それにはミラスティアは答えなかった。ソフィアそれに対してもイラついた。だからこそ挑発を口にする。

 

「あれとは私も思うところがありましてあなたに協力をしますが……その貴方が途中で情にほだされて手を抜かれると困るますわ」

「……大丈夫だよ」

 

 ミラスティアは言った。

 

「マオも、みんなも私が本気で倒す。手を抜いたりしない。……私はマオのことをたぶん……今の世界で一番よく知っているから油断なんてしないよ。どんな行動も予想できる」

 

 今の世界……? ソフィアは妙な言い回しに引っかかり覚えたが大したことではないと言及はしなかった。ミラスティアは表情を崩さずに言う。

 

「すぐに終わらせる。長引かせたりしない」

 

 

「よく生きていましたね」

 

 フェリシアが最初に言ったのはその言葉だった。いや、その前に「ちっ」って舌打ちしたかな。あたしは大変だったという話をして抗議する。リリス先生の鳥型のゴーレム……いやもう構造的に鳥というかなんて言っていいかわからないあれに乗ったの怖かったんだからさ。

 

「ふん。死んでおけばよかったのに」

 

 モニカがずいと出てくる。

 

「フェリシア。今回のことはウルバン先生がおしおきといってましたよ」

「う……ふ、ふん」

 

 フェリシアは一瞬目を見開いてから鼻を鳴らした。両手を組んでそっぽを向いている。

 

 ラナが耳打ちしてくる。

 

「本当にあれ。仲間にして大丈夫なの?」

「大丈夫……というかさ。たぶんフェリシアがいないと勝てないと思ったから」

「なんか考えがあるのね。まあ、いいわ」

 

 こんな話をしながらあたしたちは山を登っている。お昼にだいたいの生徒が集まって野営地を作った。野営地といってもそれぞれが寝る場所を確保するだけだ。クロコ先生が必要なことをそれぞれに押していく。テントの立てている子もいた。

 

 それから山の中に入ることになった。迷わないように全員が確認しながら行くってことだ。

 

 山の中って鳥の声が聞こえていい。あと意外と人の通る道がある。ミセリアマウンテンは木材の調達もされるらしく未開の場所ではないみたい。

 

 でも山道かぁ、あたしはもともと田舎の生まれだからよく野山を走り回った。拠点はあの河原だから邪魔なものはおいてきたけど意外とラナがきつそうだった。

 

「あんたら、元気ね」

 

 ただ歩くだけなら慣れているかも。そういえばフェリックスのブーツは山道むきじゃないよね。

 

「…………」

 

 ニーナはずっと黙っている。怒っているんじゃなくて体の中の魔力を操作する訓練をしている。こういう時間も無駄にできないってすごく真面目……見習わないといけないよね。

 

 あたしはその辺で拾った木の枝を片手に歩いている。なぜか木の枝って持ちたくなるよね。

 

「こどもか」

 

 ニーナがそういったので恥ずかしくなって捨てた。

 

 そんな感じでクロコ先生とのフィールドワークは進んでいく。この授業でわかったことがある。

 

「おぉおお~。ラマナの実だぁ。それにあっちには山菜がいっぱい……おおぉおお。お前ら、冒険には食料が大事だからなぁ。あれは食えるぞぉ。キノコはやめておけよ。見分けが難しいし当たったら死ぬぞ」

 

 ハイテンションで一番楽しそう。手には長い木の枝を持っている。なんで持っているんだろ。あたしはさっきまでの自分が恥ずかしくなってきた。でも言っていることは覚えていても損はないはず。

 

『迷ったときはなぁ。基本的に夜には動くなよ。その場で体力を温存することも重要だからなぁ』

『鳥だぁ!』

『魚はすぐ腐るし川魚は刺身になんてするなよ。ぜったい焼け』

『沢蟹だぁ』

『はあはあ。楽しい』

 

 知的な印象が全部吹っ飛んだクロコ先生。少年のようにはしゃぐ姿を見てあたしもはしゃぎたくなるけどみんなの手前大人のたいおーをしないと行けない。川に入って沢蟹……。いやいや!

 

 お昼は山の中腹に開けた場所があった。それぞれが持ち寄った食事をする。モニカの鍋とあたしとラナが持ってきた麦とかで簡単な雑炊を作る。クロコ先生がどこからか取ってきた香草もつける。それぞれの食器にそれを注いでご飯を食べる。

 

 周りの生徒たちもそれぞれ探しているみたいだ。フェリシアがどこかに行こうとしたので捕まえた。

 

「それでマオ様明後日までどうしますか」

 

 モニカがスプーンを持ったまま聞いてくる。

 

「決まっているよ3日後までできるだけ昨日の訓練をして、作戦を立てる」

「あんたさ。作戦あるの?」

 

 ラナの疑問にあたしはうんと答える。

 

「いつの間に考えたのよ」

 

 ずっと考えていた。ミラがどんな手を使ってくるのかはわからないけど、相手は5人。それぞれを倒すのは容易じゃない。でも役割は分かる。

 

「まずさそれぞれの役割を決めたい、キースはニーナに任せるよ」

「…………」

 

 ニーナは一瞬食べる手を止めた。でも「ああ」と言ってそれからまた食べ始める。がつがつって感じだからやってくれそう。

 

「それでさソフィアについてはモニカとラナに任せたいんだ」

「マオ様……」

 

 モニカが抗議の目をする。ミラと戦いたいってわかるよ。でも無理だ。ハルバードじゃ純粋に武器としても相性が悪いし、ミラとの技量差は大きい。ごめん。

 

 ラナが言う。

 

「……あんたは私があの『知の勇者』の子孫と戦えると……そう言ってるわけね」

「うん」

「……はあ。わかったわよ」

 

 真剣な面持ちでラナはうなずいた。

 

「まあ、あいつには借りもあるからね。それで? マオはどうするの。まさかあんたがミラスティアと戦うなんて言わないわよね」

「あたしが戦う」

「……無謀よ」

「……だからフェリシアが必要なんだよ」

 

 フェリシアが視線をあたしに向ける。

 

「それは私が貴方と一緒に戦えと聞こえますが」

「そう」

「……言っては何ですが、このメンバーの中で一番私が貴方を嫌いですが?」

「でも負けたらウルバン先生にお仕置きされるよ」

「…………」

「それにフェリシアだけがみんなと違うところがある。もうひとりの相手弓使いのお姉さんと戦わないといけない。家からクールブロンとあとフェリシアから預かっている魔銃を持ってきたんだ。それで戦ってほしい」

「……弓使い? そんなのが相手にいると。そしてあの魔銃とかいう飛び道具で? しかしわかりませんね。そもそも剣の勇者の末裔ひとり相手するのも難しいのに弓使いなどがいては貴方が足手まといになるのでは」

 

 あたしはみんなを見る。

 

「今回は今までみたいにいきなりの戦いじゃないから準備ができる。クールブロンに最初から魔力をためておくこともできる……みんなの協力は必要と思うけど。それに今のあくまでそれぞれが相手をしてもらいたい人を言っただけだから、作戦はさ」

 

 あたしは地面に指で絵をかきながら説明をする。

 

「そういえばアルフレートはどうするの?」

 

 ラナが言った時にあたしは「あっ」と忘れてたことを思い出した。

 

「あ、あとで考える」

「油断してたら足元掬われるわよ」

 

 そんな風にしていると一部の生徒が集まってくるのが見えた。なんだろうと振り返るとどことなくお腹が減ってそうな顔をしている。

 

 あたしはラナを一度みる。それからモニカに耳打ちする。彼女は「え?」と困惑したけど立ち上がって集まってきたみんなに言う。

 

「あ、あのよかったら食べますか?」

 

 雑炊もう少しつくらないといけないかも。

 

 ――そんな風にあっという間に時間が過ぎていく。

 

 授業の間は山の地形の調査をする。戦いの場だからね。しっかりと考える。それに戦いの最中におなかが減ったら困るから木の実を採取してみたりした。

 

 もちろんそれぞれ紙に地図を書いていく。モニカとラナとニーナがそれぞれ書いたのをあとで摺り合わせる。そこでわかったけどニーナは絵がうまい。ていうかかわいい! うさぎを見つけたって書いてった。

 

 あと、木の枝で釣りをしてみたらなんと! 釣れた! あたしとモニカでわあわあ喜んだ。

 

 ニーナとも水人形の訓練は時間を決めて行った。へとへとになってもどうしようもない。それにフェリシアの射撃の練習。案外あたしの方が魔銃自体の扱いはうまいって言ったら無言でむきになって練習をしてくれた。

 

 あとはみんなの魔力の操作訓練……フェリシアは絶対に手を触らせてくれなかったからできなかったけど。この数日でみんな格段にうまくなった。

 

 夜はみんなで作戦を考える。実際戦いはその場その場で考えることが多いから、どうするかの基本方針は簡単にして、こうなったらこう、ああなったらこうのように考える。こういうのはラナが得意だ。いろんな想定をいっぱい出してくれる。

 

 あと意外とクロコ先生の授業に参加した別の生徒たちと仲良くなった。捕った山菜とか魚を焼いてみんなで食べたりする。フェリシアだけは頑なに参加しなかったけど、モニカは料理をして……うーん。何人かの男子の胃袋を掴んでしまった気がする……。

 

「ふー」

 

 いろいろやってあたしは息をはいた。その後ろからクロコ先生が来る。何か暖かいものの入ったコップをくれる。真っ黒な何か。ええ、ナニコレ。

 

 星空が綺麗だ。後ろではみんなが食事を楽しくする声が聞こえる。

 

「これはなコーヒーっていうものだ。親父が昔見つけた植物の一種だ」

「どろどろしてる、ずず。にがぁ。ぺっぺっ」

「ははは。それがいいんだがな。ほら、砂糖をやろう」

 

 クロコ先生は小さなブロック型の白い塊を『コーヒー』に入れてくれた。砂糖って高いはず……。

 

「どうだ、山は楽しいか?」

「……た、楽しいけどさ」

「そうだろ。山はなぁ。季節によっていろんな顔があるんだよ。いつ来ても同じじゃあない。そりゃあ、人間もおんなじだと思うんだよな」

「……ミラのこと?」

「話が早いな。あの剣の勇者の子孫がなんでマオと喧嘩同然のようなことをするのかと疑問だったが、何となくわかる気がする」

「……あたし嫌なところあるかな」

「なんか変ないい方したな。わるい。……ずっと見てたんだが、お前いつの間にか全員の真ん中にいるんだな。嫌われてたはずなのにほかの生徒とも仲良くなっている……不思議な奴だが、そういうのは悪いことじゃない。お前はいい意味で裏がない。悪い例はヴォルグだ」

「あははは」

「ミラスティアは別だな。あの子はいつもどこか遠くにいた」

「……」

「いつも一歩引いてる……尊敬もされているし慕われてもいる。それでいて丁寧な人当たりのいい子だ。それに同年代に比べることのできる相手がいないのだからな。……きっと寂しいと思うぜ」

 

 クロコ先生がコーヒーを飲む。

 

「苦いことも慣れるとおいしいもんだ。でも、あの子は誰かにそれを見せることができなかったんだろうな。…………大きな親を持つとな甘い期待でがんじがらめになるもんだ」

「でもさ」

「あん?」

「あたしは……この前ミラにひどいことを言っちゃったんだ。嫌いだって」

「……そうか。ははは」

 

 な、なんで笑うのさ。

 

「悪いな。でもマオ、そんなことをはっきりと言いたくなる相手なんてなぁ。本当は好きか、心底嫌いかのどっちかだぞ。お前は前者だろ。……どうでもいい奴に気持ちをぶつけるなんてしねぇだろ?」

「そ、そりゃあそうだけどさ」

「ミラスティアも同じだろうよ」

 

 あたしは目を見開いた。

 

「あの子はずっと気を遣ってた気がする……まあ、これは俺の勝手な感想だけどな。あの子には優しい友達も必要だったんだろうけどな……本当に対等な相手も必要なんだと思うぞ。だからきっとお前はこの戦いをしっかりと応えてあげるべきだろうな」

 

 クロコ先生があたしを見る。

 

「まあ、人間関係も地図みたいなもんだ。どこに何があるのか、少しずつ地図に書いていかないと相手は分からないもんだろ……。地図はな書いている時も楽しいけどな、後で見返した時も面白いもんだ。ああ、余計なことを話したな」

 

 クロコ先生は立ち上がっておしりをはたく。

 

「くろこっち~」

「この声はリリスか……!」

 

 クロコ先生が辺りを見回す。

 

「明日は勝負だろ、早起きしろよ。じゃ」

 

 そのまま逃げていく。ただすぐにリリス先生に捕まっている。

 

『お金貸して~』

『脈絡がなさすぎるだろ』

 

 それを見て笑ってしまう。それからあたしはコーヒーを口にした。まだ苦みはあった。でも底の方に融けた甘い砂糖の味がした。

 

 

 



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模擬戦開始

 

  朝だ!

 

 クールブロンを担いで。ブーツのひもをしっかりと結ぶ。しっかりとポーチに入った弾丸の数も数える。十分にある。ぱんと自分のほほを叩いて気合も入れる。

 

 できるだけの準備はしたつもりだ。あとはやるだけなんだ。

 

「おはよう!」

 

 あたしはみんなに向かって手を挙げて挨拶をする。ラナが両耳に指を入れて「うるさい」と答えた。そ、そんなぁ。できるだけ気合を入れたのにさ。

 

 みんな揃っている。ラナは手に魔導書、ニーナはもともと何も持ってない。フェリシアはあたしと同じように魔銃をもっている。家から持ってきて返したやつ。

 

 それにモニカは大きなハルバードを手にしている。背を向けているのはあたしがミラじゃなくてソフィアをお願いしたからかな……。でもモニカはふいと振り向いていってくれた。

 

「マオ様おはようございます」

 

 なんだろう全然朗らかな表情をしている気がする……むしろいつもよりにこやかな気もする……うーん。

 

「おはよう!」

 

 開始はミセリアマウンテンの中腹。いつもフィールドワークでご飯を食べていたところ。ほかの生徒も集まって見送ってくれる。

 

「おお、準備はできたか?」

 

 クロコ先生がいた。

 

「それじゃあ始めるぞ。ちなみに向こうのパーティーはこの道をまっすぐに行った場所から行動を開始する。少し離れた場所からだからすぐに戦うってことにはならないだろう」

 

 山道を指で示すクロコ先生。あたしは頷く。要するにこの模擬戦は実際の冒険のように相手と不意に戦闘になるようなものだ。そういう意味では戦力がミラ達よりも低いあたしたちが先に相手を見つけないとだめだ。正面から戦うべきじゃない。

 

「うんいい――よ!?」

 

 襟をつかまれて引かれる。ラナだ。

 

「始まる前にあんたがちゃんとみんなに声をかけなさい。あんたがリーダーなんだから」

「そ、そうだね」

 

 あたしは一度振り向く。ラナとニーナとモニカ。それとやっぱり遠くにいるフェリシア。みんながあたしを見ている。なんだか恥ずかしい気がするけど、ちゃんと胸を張って言おう。

 

 息を吸う。目を閉じる。

 

 そしてみんなを見た。

 

「……あたしはさ、ミラと戦うなんて思ってもみなかった。でもさ、いろいろと考えたんだ。……あたしが旅をして、王都に来る時も、そのあともずっとミラに助けてもらっていたって思った。でもさ、ミラが何かに悩んでいることを見てたのにそれに踏み込もうとしたことがなかった」

 

 だから、簡単に「嫌いだ」なんて言ったんだろうか。本当、自分が嫌いだ。

 

「だからこの模擬戦に勝ってちゃんとどんなことでも受け止められるくらい強いってことミラに伝えたい。だからみんな力を貸してほしいんだ」

 

 あたしが頭を下げようとしたらラナがまた首をつかんだ。ぐえ。

 

「それがあんたの答え?」

「う、うん」

「……そう。どうするこいつのお願い」

 

 ニーナがちょっと笑った。

 

「今更聞くまでもないと思うけどな」

 

 モニカも言ってくれる。

 

「マオ様らしいかもしれませんね」

 

 フェリシアはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。でも多分この子はこの中で一番真面目だ。なんとなく。前から少し思っていた。人の言えないことを容赦なく言ってくるのはたぶんそういう視野を持っているからだと思う。

 

「……? なんですか、その目は。気持ち悪い」

 

 フェリシアはそれだけ言った。仲良くなるのは遠そうだけど。

 

 ラナがあたしを離した。そして背中をたたいた。

 

「なんか気持ちよく言って、ほら」

「えっ? じゃ、じゃあ。勝つぞー!」

 

 おーって一人を除いて応えてくれる。

 

 

 生命石を制服に固定すると防御魔法が展開する。これでそう簡単には攻撃は通らない。武器も『刃引きの加護』をしているから大丈夫だ。あと、遭難しても場所がわかるらしい。

 

 それはつまりミラ達の手加減もないってことだ。山道を歩きながら警戒をしている。できるだけ木の陰とかを歩くようにしている。フェリシアは魔銃を持っているから一番後ろで警戒をしてくれる。魔力量の少ないあたしじゃそれは無理だ。

 

「マオ様。まずは高台に上りましょう……こっそり上から覗けば見つかりやすいかもしれません」

 

 モニカは手に地図を持っている。ここ数日周辺の地形は歩いて調べた。この道をまっすぐ行くと開けた場所に出る。ミラ達もどこにいるのかはわからないけど、あたしたちを見つけようとしているのは間違いない。鉢合わせだけはだ――

 

 空から人が落ちてくる。

 

 剣を構えた銀髪の少女。

 

 ミラだった。白い細い剣を手にしてあたしの前に着地する。黄金の瞳にあたしを映した。

 

「マオ様!」

 

 ミラがあたしに向けて剣をふるう。それをモニカがハルバードで防ぐ。剣と大斧がぶつかり火花を散らし。ミラが一撃で後方に離脱する。ふわりと、そう思えてしまうくらいに柔らかくミラは着地する。

 

 あたしたちの前に立つ姿は優雅だとすら思ってしまう。

 

 いつもの銀髪を一つに結んでゆらりと全員の前で構える。あっけにとられたあたしたちはモニカしか反応ができなかった。そうだ、最初からミラは『あたし』を取りに来た。

 

 ――こんなに早く?

 

 その疑問と同時にあたしは叫んだ。そしてあたしも立っていた場所から下がる。

 

「みんな! 矢が来る!」

 

 白い光を帯びた矢がさっきまであたしの立っていた場所をえぐる。破壊の伴う魔力を込めた矢はあの港町での戦いよりも強力になっている……!

 

「こいつら……本気ね」

 

 ラナが魔導書を開く。でもミラは追撃してこない。ただそこに構えている。

 

「おい、マオ」

 

 ニーナの声に後ろを振り向く。あたしたちが歩いてきていたはずの後ろに褐色の男がいた。キースだ。それに傍にアルフレートが剣を構えている。

 

 囲まれた……!?

 

 こんなに早く……?」

 

 どうやって!?

 

 はっとした。制服に固定された『生命石』を見る。そしてソフィアの顔を思い浮かべる。この石から発する微弱な魔力はチカサナやクロコ先生があたしたちを見つけてくれる……だったらソフィアがいればあたしたちを見つけられるかもしれない。

 

「ちっ」

 

 舌打ちするフェリシアは警戒していたはずだ。後方の二人に気が付かなかったなら最初から待ち伏せしてたんだ。通り過ぎた後、ミラが攻撃してから姿を現す……あたしたちがどこを歩いてくるかわからないとこんなことできない。

 

 ――もちろん推測にすぎない。最初から計算されていた……いやそんなこと考える場合じゃない!

 

 それよりもこの状況だ。

 

 ミラが動かないのは、あたしの次の行動を待っているからだ。

 

 前にミラと姿の見えない弓使い。後ろにキースとアルフレート。

 

「……!」

 

 あたしははっとした。全員で後ろに下がってキースたちを相手にすればミラに背を向けることになる。

 

 逆にミラに攻撃を集中すれば後方の2人に挟み撃ちにされる。もともとミラ一人でも難しいのに弓使いの支援を受けている彼女を突破するのは困難だ。

 

 戦力の分散もだめだ。中途半端にミラ、キース、アルフレートにそれぞれに攻撃を仕掛けたら……ミラはきっとまっすぐあたしを取りに来る……! 

 

 にらみ合いをしててもソフィアがどこにいるのかわからない以上全員固まっているあたしたちがまとめて魔法で吹き飛ばされる……いやもうその準備をされているかもしれない。周囲に大きな魔力はないけど……いつそうなるかわからない。

 

 あたしがどの動きをしてもミラはすべて有利な状況が作れる。

 

 この布陣……うぬぼれじゃなければあたしを倒すためのものだ!

 

「本気なんだね。ミラ」

「……」

 

 ミラは答えてはくれない。あたしはクールブロンを掴んだ。ここでやるしかない……! 全部ぶっ壊してでも前に進む。……それしかない。

 

「ラナ。モニカ! あたしに……あたしに魔力をありったけ頂戴!」

 

 あたしは手を伸ばす。でもモニカが前に出た。

 

「だめですよマオ様……それじゃあちゃんと勝てないじゃないですか」

 

 静かに言いながらミラの前にモニカが進む。彼女はハルバードを構える。

 

「も、モニカ!」

 

 ミラと弓使い2人相手にかなうわけがない。今はあたしに――モニカは振り向いてはくれない。

 

「マオ様。この前私と戦った時あなたは自分の身を投げ出すようなことをされましたね。……あんなことされて怖かったんですよ。だからこれは貴方への仕返しでもあります」

 

 モニカの体から赤い魔力がほとばしる。それはだんだんと大きくなる。異常なほどの量の魔力。ミラは表情を動かさない。

 

「な、なんだこれは」

 

 ニーナの驚く声、いやみんなも困惑している。

 

 赤い渦がモニカを中心にして収束していく。

 

 それはモニカの頭に一本の『角」として結晶化される。

 

 すさまじいほどの魔力を体に纏うそれは『魔骸』だ。魔族の奥の手、そして諸刃の剣。体の中の魔力をすべて放出して力に変える。ロイが一度使ったものと同じだ。

 

 モニカはハルバードを天に向けて構える。ハルバードにも魔力をまとわせる。そして地面にたたきつけた。

 

 地割れが起こる。地面が割れてミラの立っている場所まで衝撃波が巻き起こる。

 

 砂煙の中でモニカが叫んだ。

 

「マオ様! 今のうちです。ミラさんは……私が相手をします!」

「も、モニカ、だ、だめだよそんな力、っも、もしかしてあたしが魔力の使い方を教えたから……こんな」

「……」

 

 その時モニカは一度振り返った。優しいいつもの顔。でも赤い目がいつもよりも光っている。

 

「もともと言ってたじゃないですか。ミラさんは私に任せてくださいって。それにあの時の私もそんな気持ちでしたよ? さ、ミラさんの仲間達を倒してきてください。あの人に私たちは強いってわからせるんですよね?」

 

 微笑むモニカ。あたしはその顔に何も言えなかった。ただ、クールブロンを掴んで走り出す。

 

「さて、ミラさん。マオ様と戦いたいなら私を倒してみてください」

 

 モニカはハルバード片手で肩に担ぐ。

 

 砂煙の中で白い光がほとばしるのをあたしは見た、それはミラが放つ魔力の光だった。

 

 



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納得する方法

 

 あたしは走る。ミラはモニカに任せて後ろへ全速力で走った。

 

 今は考えている暇はない。

 

 クールブロンにはめ込まれた魔石には魔力が充填されている。この模擬戦は今までのような遭遇的な戦いじゃない。3日間用意してきたんだ。走りながら身体の能力強化をする。

 

 ――あたしに向かって迫ってくる影。耳につけたピアス。褐色の肌をした男がすさまじい速さで踏み込んでくる。

 

「まずは貴方からやらせてもらいます」

 

 キース。強化したはずのあたしの速度を完全に超えている。モニカの魔力の渦の中でも冷静に行動できる彼は優秀な戦士だ。でもさ――止まる必要なんかないね!

 

「貴様の相手は私だ!」

 

 ニーナが蹴りを繰り出す。キースは落ち着いてそれをよける。流石だ。でも、足が止まった。あたしはクールブロンを構える。そして引き金を引いた。

 

「くっ……これは……!」

 

 弾丸がキースに直撃する。青い光は生命石の防御魔法が反応したんだ。彼は衝撃で後方に下がる。まだ、仕留めきれてない。

 

「先にいけ! マオ!」

 

 あたしは振り返らない。ニーナは下がった彼を追う。

 

 突破するのはアルフレートのいる場所だ。彼は剣を手にうろたえている、ごめん。容赦する暇はないよ。

 

「ラナ!」

「わかっているわよ。アクア!」

 

 ラナの水魔法がアルフレートを襲った。青い水がラナのかざす魔導書を中心にあふれ出し、彼にさっとする。

 

「ぼ、僕をなめるな」

 

 剣に魔力を通す。刀身が光り襲ってくる水流をはじいた。ほんの少し、ほんの少しだけ彼は安堵した顔をした――実戦経験が足らないよ! 

 

 あたしはクールブロンの魔石に手を当てる。右手にその魔力を取り出して素早く魔法を構築する。

 

 魔法陣は最小でいい。最速で構築できる魔法。今あるものを使えばいい。

 

「アクア・クリエイション!」

 

 ラナの生み出した水に魔力を再度纏わせる。形は剣がいい。はじかれて霧散した水が6本の水の剣に形を変える。水人形違って単純に動かせる。なんたって相手に振るうだけでいい。刀身の一部だけを攻撃力を加えるために強化する。

 

「ま、まって」

「待てない! ごめん!」

 

 あたしは右手を振ると水の剣がアルフレートを四方から切る。六つの斬撃が彼を襲い、すべてが直撃する。正直形だけの攻撃だけど、ぎょっとしてくれているなら当たる。

 

「ぐあっ。そ、そんな。ぼくが」

 

 防御魔法が光を放ち。彼の制服にはめ込まれた生命石がぱきんと割れる。その時あたしはひとつのことに気が付いた。でもそれはまだいい。

 

「行こう。ラナ! フェリシア!」

 

 3人で森に駆け込む。はあはあ。事前に用意した魔力をかなり使ってしまった。でも、時間はない。2人に向き直る。

 

「最初の取り決めの通りキースはニーナに任せるよ。モニカがああなったなら……あたしとラナでソフィアを探して倒す」

「……もう、この数十秒でいろいろありすぎて思考が追い付かないけど、わかったわよ」

 

 ラナが頷くのを見た。でもフェリシアは反応しない。呟いた。その表情は複雑だった。

 

「魔骸だと……? なぜ、あいつが、使える……?」

 

 魔族の体の中に眠り魔力を一気に放出してすべての力を引き出す『魔骸』は危険な術だ。その反面それを使える魔族は尊敬を受ける。魔王としての時代の幹部もみんな使えた。そしてその身を滅ぼした。力のすべてを放出するということは体への負担が相当に大きい。

 

 あたしは一度ぎゅっと胸を抑えた。モニカがあの力を使えるようになったのはあたしが魔力の循環を教えてしまったからだ。それをあの子が黙っていたのも……止めるってわかっていたからだ。

 

「フェリシア……。あの力は憧れるようなものじゃないよ」

「……」

 

 フェリシアの赤い瞳があたしに向けられる。胸倉を彼女に掴まれてあたしは少し足が浮く。

 

「貴様ら人間に何がわかる。あの力がどれだけ魔族にとって意味を持つのか……こんな。こんな遊びのような戦いで使うなど馬鹿げている……!」

「ちょ、ちょっと何をしてんのよ」

 

 ラナが間に入ろうとしくれるけど、魔族としてのフェリシアの力は強い。彼女はあたしをまっすぐ見ている。

 

「モニカは……あれはお前に入れ込んでいた! 言葉巧みにあれのの甘さを利用して自分が有利になって満足か人間!」

「…………」

「なんとか言え!」

 

 あたしは、

 

 ここ数日のことが頭に浮かぶ、

 

 焚火の前で話をしたモニカの顔が思い浮かぶ。あの時にはすでに何か決意していたんだ。

 

 それはあたしは望んでいたわけじゃない。

 

 モニカがあんな力を使うことなんて本当に考えてもいなかった。

 

 でも、フェリシアの言う通り、この模擬戦の序盤のたぶんミラの考えた絶対の陣形を崩すしたことで流れが変わった……。あたし自身が一番利益を受けているっていうならそれは真実だ。

 

「フェリシアはまっすぐだね」

「なに……?」

 

 前から思っていた。フェリシアはその言葉に容赦がない。口は悪いけど常に中途半端に物事をゆがめて見ない。人間への純粋な怒りを持っているから、それを隠すこともない。今でもはっきりと言ってくれるのはモニカの気持ちがどうであれ『あたしが利用している現実』だ。それをちゃんと伝えてくれている。

 

 彼女の見たままのありのままを歪めることなく伝えてくれる。あたしがちゃんと受け止めるべき目の前のことを。

 

「モニカがあんな力を使えることも使うこともわからなかった。それでもフェリシアの言う通りだよ。あたしはこの戦いでモニカを頼る…………結局利用していることと変わらないよ。それでもあたしは止まるわけにはいかない。この戦いに勝つし、ミラとの決着もつける」

 

 あたしは彼女の魔族としての赤い瞳を見返す。

 

「だから今だけはフェリシアも力を貸してほしい。もし、この戦いの後にモニカの身になにかあれば……どんな報いも受けるよ」

「…………」

 

 フェリシアはあたしをにらむ。そして投げ捨てるようにあたしを離した。

 

「私は、私は『ザイラル』の一員だ。貴様らのような学生ではない……れっきとした戦士だ。私には魔族の要人を守る義務がある……あのギリアム様の娘であるモニカもその対象だ」

 

 右の掌を自分の額に当てるフェリシア。

 

「そうだ。これは任務だ。仕事だ……]

 

 たぶんこれは彼女なりに理由をちゃんと作ってくれているんだ。フェリシアはあたしをまた見た。

 

「人間。私は今からモニカさんを支援するために戻る。それは貴様が言っていた弓使いを倒すこと同じのはずだ……いいか。私が手伝うのはそれまでだ。仕事はそこまでだ」

「うん」

「……ああ、気に食わない。人間の中で一番お前が嫌いだ」

 

 フェリシアは吐き捨てるよう言って踵を返す。魔銃を担いで元来た道を戻っていく。

 

 ラナがあたしの横に来る。

 

「あいつ……よくわからないやつね」

「正直ないい子だよ」

「いい子って言えるあんたがすごいわ。はあ。それで? ソフィアがどこにいるのかどうやって探すの?」

「これだよ」

 

 あたしは自分の制服のにはめ込んだ『生命石』をさすった。防御魔法の刻まれた透明な石には魔力がある。おそらく先生の魔力かその刻まれた魔法に特殊な波長のようなものがある。それでクロコ先生たちは「遭難しても見つけられる」って言ってたんだ。

 

「ははあ、でもそんなの見つけられるなんて流石は知の勇者の末裔ね」

「うん。でもわかったからにはあたしもできるよ。たぶん」

「……ここにも化け物がいたわ」

 

 ひ、ひどい言い方だな。

 

 あたしは座り込んでクールブロンたてて地面に立てる。そして目を閉じた。魔力を粒子のようにあまり無駄にできないから本当に微小にあたりに散らす。いくつかの魔力の波長を感じる。強力なのはミラとモニカだこれは分かりやすい。

 

 戦闘さえしていてくれれば気が付ける。でも、ただ待機しているだけなら…………はは。

 

 この道の向こうの川のあたり、明らかに高まっている魔力がある。別に誰かと戦っているわけじゃない。これは呼んでいるんだ。あたしを。ソフィアはこちらが魔力で探ることに気が付いて向かってくるようにわざわざそうしている。

 

 どちらにせよソフィアとミラの二人を倒さないと片方だけでもあたしたちを全滅させる力がある。

 

「わかった。あっちだ」

「……あんたって魔力があれば無敵なのかもね」

 

 そんなことはないよ。無敵じゃなかったからこうなったんだ。

 

 それに準備はしておかないとね。あたしは手に魔力を込める。

 

 そしてひとひらの魔力の蝶が空を飛んでいく。

 



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紅い閃光

 

 紅い閃光が奔るたびに火花が散る。

 

 ハルバードを構えた魔族の少女モニカの体を重厚な紅の魔力が包んでいた。身体能力を極限まで高め、戦斧を振るう。

 

 ミラスティアはそれを白い細剣ではじく。彼女の体を白い光が覆う。

 

 剣と斧がぶつかり合う。2人の少女は目まぐるしく攻守を入れ替えながら対峙する。モニカが気合とともに天から打ち下ろすように斧を振るう。ミラスティアがそれを飛んでかわす――次の一瞬には強烈な一撃に地面が砕かれた。

 

 その瞬間にモニカを目掛けて魔力の矢が奔る。だが彼女はそれを掴んだ。手で折り、捨てる。強化された感覚は半端な攻撃を寄せ付けない。

 

 モニカはさらに体から魔力を放出する。

 

「ううう、うううヴ」

 

 力があふれてきて止まらない。マオに隠し通すために彼女は『魔骸』の力を今初めて使った。使えるという感覚のままに開放した力に飲まれそうになるのを抑え込んでいる。その反面体が悲鳴を上げていることも分かった。

 

 その両手はハルバードを握りこんでいる。ぎりぎりと勝手に手がその柄を握りしめている。

 

 それだけの力を使ってもミラスティアは崩しきれない。聖剣を持っている時とは別のスタイルの戦い方。細剣を手に軽やかに動く剣の勇者の末裔。通常であればハルバードを受け止めることは不可能だろう。つまりは細剣をもってその力を流しているのだ。

 

 純粋な力は今のモニカの方が上だった。しかし、その技量までは『魔骸』を持っても上がるわけではない。ミラスティアは仮面の男と正面切って戦える力がある。

 

 そのミラスティアの黄金の瞳がモニカを見据えている。普段とは違う冷徹な表情にモニカは心底苛ついた。その心のざわめきはミラスティアへの感情だけではない。そして速度をつけて突進する。

 

 ハルバードを横に薙ぐ。赤い暴風のような斬撃だった。

 

 ミラスティアは前に出た。姿勢を低くして紙一重でかわす。彼女の銀髪のすぐ上を刃が通過した。

 

 細剣を切り上げる。モニカは首を振ってかわす。わずかに服にかすり防御魔法が光る。だがここで引くわけにはいかなかった。モニカはそのまま体を回転させて戦斧を振るう。流石にミラスティアは後ろへ飛んだ。

 

 モニカが右足に魔力を込める。ハルバードは槍と斧を組み合わせた武器である。その先端を構えて後方に下がろうとするミラスティアを突いた。閃光のような一刺。ミラスティアは腰に履いたもう一本の細剣を抜刀し、横から剣を当てる。力の流れを変えられて彼女には当たらない。

 

 視線が交差する。紅と黄金の瞳がお互いを映し出す。

 

 ミラスティアは両手に剣を構えた。

 

 最速の一撃に対して最小の攻撃で無効化する彼女。モニカは一度だけ彼女と共闘したことがある。その時のミラスティアよりもその技量が高まっていることを感じる。

 

 経験とはそれを過ごしただけでは意味がない。自らの何かを洗練させることはすでに才能と言っていい。その点においてこの銀髪の少女の『才』は他と隔絶していた。強敵との連戦で彼女の力は純粋に高まっている。

 

「その力」

 

 ミラスティアが初めて口を開いた。

 

「前に水路の奥にいた魔族が使っていたものだね。……でも、あの時ほどの圧迫感を感じないよ。……それに無理は続かない」

 

 『暁の夜明け』のロイの使用したこの魔族の最高峰の技をすでに彼女は見ていた。だからこそ練度の違いを見抜くことができる。モニカは『魔骸』を初めて使用した。あふれ出す魔力に体が悲鳴を上げているが、だがすべてを力に変えることができるわけではない。

 

 ずきずきと頭に生えた魔力の結晶化した角が痛む。モニカは間合いを取る。

 

「あいにく今日初めて使いましたからね。ミラさんこそ、2刀流とは知りませんでしたが?」

「前に見たから」

 

 前に見たから使えると短く彼女は言った。モニカは体の奥底から湧き上がる魔力に抗いながら返した。

 

「聖剣を持っている姿しか見たことがありませんでしたからね。いろいろとできるようですね」

 

 ミラスティアは彼女を静かにみる。体を覆う白い魔力に乱れはない。

 

 

「私は何でもできるよ」

「……?」

 

 静かに言った。

 

「剣も魔法も、ほかの武器でもなんでも。それにモニカのもっているそのハルバードでも使える。私は聖剣の所有者だから剣が他のことよりも慣れているだけ。……みんなができることはたいていできる」

「随分な言い方ですね」

「……昔からそうだから。見たらわかる」

 

 抑揚のない声音で淡々とミラスティアは言う。事実を並べているだけだが、聞く人間によっては傲慢さとすら取られるだろう。だが、モニカは笑った。

 

「……あははははは! いいじゃないですか」

 

 その笑いの意味が分からずミラスティアは眉をしかめた。ただ魔族の少女は頭の痛みに片目をつむりながら笑う。

 

「私はずっとマオ様と一緒にいたあなたのことを見ててわかったことがあるんですよ。Fランクの依頼をみんなでした時にも」

「……なに?」

 

 マオという言葉に彼女は反応した。モニカはハルバードを構えたままだった。

 

「あなたはずっと人の顔色を窺っているんです。相手のことを見ながら相手が喜ぶようなこととか、傷つけないようにしようとか、ずっとそんなことばかり考えているんじゃないですか?」

「……そんなの当たり前のことだよ」

「そうですかね? 私はこんな生まれですから、人間の社会の中で人間様の顔色をずっと見ながら過ごしてきましたから貴方と同じようにしてきましたよ……。失言をしないように、波風を立てないように。……決して本心なんかしゃべってあげないんですよ」

「……!」

 

 モニカの瞳がミラスティアを見る。

 

「いい子を演じて、演じた幻想を相手している他人を見ている自分がずっとどこかにいる……他人と他人が話をしているだけのような感覚……。期待されている自分を演じることに縋って相手と向き合わないことがいいことだってずっと、ずっと言い訳をし続けるだけの自分が嫌いで嫌いで仕方ないんですよ!」

 

 ミラスティアの剣を掴む手がわずかに震える。掴んだ柄を握りしめていた。

 

「どうですか? 私は今の貴方のことを見ていると自分を見ているみたいでイライラします。……何でもできる? 結構じゃないですか、その程度正直に言ったくらいならにこにこしながら他人に合わせているよりずっとましです」

 

 魔力がモニカのハルバードに収束していく。巨大な紅の奔流がその刃を覆った。あたりの空気を振動させる音が響く。彼女の紅い瞳がさらに輝きを増した。

 

「……マオ様はそれでも自分が嫌いな私を見てくれたんですよ。でも、ミラさんの屋敷でマオ様が話をした時、貴方はあの人の顔色すら窺っていましたよね」

「…………」

「何ですかその顔。……それにどうせこう考えているんでしょう。マオ様と自分が付き合ってたら傷つけることになるかもしれないから離れようって……ああ、口に出すだけで気に食わない!!」

 

 モニカは魔力を足に込めて飛んだ。

 

 斧を構える。巨大な魔力の塊は渦のように彼女の斧から発されている。

 

「――だから、貴方の考えなんてめちゃくちゃにしてあげますよ。ボコボコにしてマオ様の前に引きずっていってあげます!」

 

 メイル・シュトローム。

 

 両手で構えた斧を魔力とともにモニカは地面に叩きつける。

 

 巨大な紅い魔力の渦はその流れがすさまじい衝撃を放ち、大地をえぐり木々を薙ぎ倒す。轟音があたりに響き、紅い閃光が空に飛ぶ。

 

 地面に着地した時モニカははあはあと息を切らしてた。それでもまだ魔力は体の奥底から湧き出てくる。

 

「吐き気がする……」

 

 汗が体中から吹き出る。胸が苦しい。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 膝をつきそうになる。ハルバードを地面に立てて体を支える。その時遠くで「きしし」と声が聞こえた。そしてばちりと音がする。モニカははっとして横に飛ぶ。雷撃がそのあとを襲った。

 

「まったく……もう少しかかりそうですね」

 

 雷が奔る。光の中で剣を構える少女。聖剣を手にしてミラスティアは立っていた。

 

「今の技、私に直接打ち込んでいたらわからなかった」

「はあはあ。別に殺すことが目的じゃないですからね」

「……マオが本当の力を出さない限り抜く気はなかったよ」

「本当の力? なんですかそれは」

 

 ミラスティアはそれには答えない。彼女は双剣を腰の鞘に納めている、

 

 そして稲妻を纏った聖剣を手にモニカに向きあう。

 

「私は簡単には倒せないよ。モニカ」

 

 



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動き出す戦い

 

  クロコ・セイマは焦っていた。

 

 模擬戦を開始してそれほど時間は経過していないはずだ。彼は懐から一枚の紙を取り出す。それはこの山の地図だった。その地図は動いていた。ところどころに光る点がある。それらは彼の生徒がいる場所だった。すでにばらけている。地図こそが彼の魔法だった。

 

 顔を上げれば雷が奔り、紅い魔力の渦が遠くに見える。

 

「おいおい、あれがガキの戦いか?」

 

 生命石にかけられた防御魔法。『刃引きの加護』。そしてフェリックスの制服の頑丈さなどを考えても生徒の戦いでそれが危険に直結する可能性は通常低い。だが、彼の見上げた視線の先にある光景はその想定を超えている可能性があった。

 

 だからこそクロコは彼らの戦いを中止させるために走っていた。

 

「おっとっと、どこに行くんですか。くろこせんせ」

 

 もう一人の教師であるチカサナが前にいた。マントを羽織り仮面をかぶった彼女の口元はにやけている。実際に笑っているというよりはそういう表情を張り付けていることが多い、だからこそ実際の感情がわからないとクロコは思っていた。

 

「決まっているだろ。あれを見てわからないのか? 中止をするべきだ」

「そうですかね。面白くなってきたところですよ」

「面白い……?」

「そうでしょう。まさか『魔骸』を使えるとは思いませんでした」

「……『魔骸』だと?」

 

 一瞬彼の脳裏にワインレッドの髪を魔族の女の子が浮かぶ。そんな強力な力を使うとは思っていなかったこともあるが、そこまで無茶をするようにも見えなかった。ただ、考えることをクロコは後にした。そこでふと気が付く。

 

「チカサナ……お前、まさかミラスティアに聖剣を渡したのか?」

「ええ」

「何をしてんだ! しかも片方に肩入れするようなことをするんじゃねぇ」

「勘違いですよクロコせんせ。私はですね、きしし、お手伝いなんてしてません。だってそうでしょう? 聖剣を預かっていたなんて普通に考えてミラスティアさんのパーティーにはなんの得もない。ハンデみたいなもんですよ。『魔骸』なんて力がなければ私だって介入する気はありませんでした」

「……屁理屈をこねやがって。もういいそこをどけ、いや。生徒たちに中止を言い渡すぞ」

「いーやーでーすね」

 

 クロコは「なに?」と立ち止まる。チカサナは笑いながら言う。

 

「今回は合同授業ですけどパーティー戦は私の領分ですからね。クロコせんせには悪いですけど、ここはこのままいきましょう。行きつくところまでね」

「……正気か?」

「正気も正気ですよ」

 

 この間にも轟音が響く。クロコは歯ぎしりをした。彼は懐に手を入れる。チカサナはそれを見てぱっと後ろに下がりつつ、腰に吊るしたダガーに手を添える。

 

「女の子に手を上げようっていうんですか?」

「Sランク冒険者が何を言ってやがる……。それに俺はお前なんかにかまっている暇はない」

「お得意の地図の魔法を……ってなんですかそれ」

 

 クロコが取り出したのはひもで縛られた袋だった。そしてそれを掴んだ手の指には地図を挟んでいる。

 

「財布だ……来い! クズ! これをやるぞ!!」

 

 財布の中から金貨を一枚取り出して投げる。地面できぃんと音を立てた。

 

その瞬間であった。風が吹いた。立っていられないほどの強風にチカサナとクロコは身をかがめていると後ろからすさまじい速さで走ってくる影があった。にこやかな顔をして青い髪の顔はいい女性だった。風の魔法と身体能力の強化ですさまじい速さで迫ってきた彼女はクロコの前で立ち止まる。

 

 目はキラキラしており。顔はよかった。リリスだった。

 

「呼んだ?」

 

 自分のやった最低の召喚術にクロコは複雑な顔をした。チカサナはあっけにとられつつやってきたリリスを見ながら「なんであの災害級の魔物がここに?」と数日前の彼と同じことを言った。

 

「リリス。俺は今から仕事がある。これをやるからチカサナを足止めしておけ、ケガとかはさせるな」

 

 リリスは財布をもらうと中を確認して言った。

 

「足りないかな!」

「ここ一番と思って要求しやがる……。ほんと昔はお兄ちゃんお兄ちゃんってついてきてたのにこいつ」

「お兄ちゃん……」

「やめろ!! 金は後で追加してやる」

「やっほぉーい!」

 

 リリスは振り返った。チカサナはびくっと身をこわばらせる。

 

「あなたはなんでここに……?」

「うーんクロコっちと付き合い長いからさぁ。クロコっちの地図の魔法の近くにいるとなんとなく波長みたいな……なんか飛んでくるんだよね」

「……説明になってませんが」

 

 クロコが前に出る。地図を広げる。光を放つ。

 

「俺の地図は結界と同じだ。描いた場所の中で魔力を込めた柱を立てておけば、親しい人間なら簡易的な通信ができるし、場合によっては物の転移ができる。まだまだ発展途上だがミセリアマウンテンは俺の庭だ! ここなら比較的まともに発動できるんだよ」

 

 チカサナが何かを言う前にクロコの周りに魔法陣が展開される。口ずさむ呪文に魔力がこもる。

 

「来い! ノーム・メタ!」

 

 すさまじい魔力が放たれ、彼の背後にバラバラになった黒い影が現れる。それは大破した鳥型のゴーレムの残骸だった。ふもとからの転移魔法だった。

 

「リリス。ぜえぜえ。こいつがあればいいな……くそ、人も転移できれば楽なのに……」

「お兄ちゃん! ありがとう!」

「やめろ!!」

 

 リリスは片翼がもげたゴーレムに乗り込む。

 

「よーし! チカサナちゃん。やってやるぜぇ」

 

 流し込まれる魔力にゴーレムの目が光る。鈍重な動きだが体中に刻まれた魔力のための回路に光がともった。チカサナはその前に立って首を振る。

 

「やーれやれ。なんでこうなるんですかね」

 

 

 高い木があった。太い幹は頑丈な枝を伸ばし、その上に金髪の少女が一人佇んでいる。手には一張りの弓。背には矢筒。

 

「…………」

 

 弓使いのエル。彼女はソフィアとともに長くあるが、友人でもなければ部下でもない。その素性どころか自分のことを彼女はソフィア以外に話さない。

 

 今回のパーティー戦において剣の勇者の子孫の後方支援をするようにソフィアに言われて、その仕事をこなしていた。しかし彼女の弓の射程のぎりぎりで起こっている魔族と剣の勇者のぶつかり合いにこれ以上「中途半端な介入」をする気はなかった。

 

「…………」

 

 本当はどうでもいい、今すぐにでも帰ってよいなら帰るつもりだった。

 

 港町で「マオ」という少女を襲撃するように言われた時も仕事もそうだった。理由はソフィアが持ってくればいいのである。仕事はこなすが成否は場合による。ただ、あの時に見た「魔銃」という異様な武器は心に残っている。

 

 ただ今は関係がない。魔銃を持つマオという少女をしとめるのはソフィアか剣の勇者の末裔の仕事だ。乱戦であればあるいはと考えなくもなかったが、今更どうとも言えない。

 

 さて、と彼女は思う。矢筒から弓を引き抜き魔力を込める。魔族の少女が異常な力を出している今中途半端な攻撃は無意味だ。

 

 殺そう。

 

 合理的な判断で矢に魔力を込めていく。特段に感情はない。授業だからといっても実戦形式である。魔族の一匹を始末しても特に問題はないだろうと彼女は魔力を高めながら思う。中途半端な介入が難しいなら、確実に仕留める方法を考えよう。

 

その時だった。風を切る音がしたと同時に足元の枝が砕けた。

 

「……!」

 

 落下する。エルは声も出さずに状況を把握しようとした。枝が砕かれたのは何らかの攻撃を受けたのだ。それも遠距離からだった。風切り音がしたのなら弓を使う相手がいるのかもしれない。

 

 視覚を強化する。枝の砕かれかたから攻撃の方向を見定める。彼女は落下しながら見た。

 

 遠くであの「魔銃」を構えている少女がいる。「マオ」ではないらしい。素早く彼女は弓に矢をつがえ落ちながら放つ。一筋の光のようにそれは放たれた。

 

 そして地面に着地する。森の中に降りたことで彼女は考える。狩りの方法を。ちょうどいい暇つぶしだと思った。

 

 

「くそっくそくそくそ」

 

 外した! リロードをしながらフェリシアは悪態をつく。

 

 落下しながらの敵の反撃。放たれた矢が彼女の傍を貫いた。森の木に突き刺さり魔力を放っている。これは殺す気だと彼女にはわかった。

 

 魔銃のレバーを引く。装填された弾丸を打ち出すための魔力を供給しながら森の中を走る。遠くでは轟音が響く。モニカが戦っているのだろう。『魔骸』という強力な力は人間にはわからないが魔族の中では特別な意味を持つ。過去の戦争で魔王が使った力でもある。

 

「…………」

 

 モニカのことは昔から知っている。だからこそ気に食わない面も多い。必要以上に人間にへりくだるところも嫌いだった。そしてフェリシアだからこそ分かったのは「あの連中」と付き合う時のモニカは本心から楽しんでいると見えるところだった。

 

 だから憎悪を思い出させてやろうとした。ウルバンとかいう人間の授業にかかわってやったのも崩れる関係性を期待していた。それなのに不愉快な「マオ」は身を投げだすようなことをした。

 

 人間と魔族は交じり合うべきではない。それは双方の種族からすれば常識と言ってもいいものだ。

 

 森の中に身を隠すフェリシア。敵の弓使いは木から降りていた。近づいて仕留めるには絶好の機会だ。接近すれば武器など使わなくても魔法で攻撃もできる。

 

 そう思って体を木の陰から出した時。森の奥から矢が飛んできた。フェリシアの服にあたり防御魔法がばちりと奔る。首元の生命石に小さなひびが入る。

 

「!」

 

 体をかがめてあたりを見回す。鳥の声しか聞こえない。何も感じない。

 

「こいつ……私を狩る気か……?」

 

 人間の分際でと歯ぎしりするが立ち上がるわけにはいかない。腰をかがめて別の木の陰に入る。遠くで動く人影が一瞬見えた。それを確認しようと顔を上げた瞬間に矢が飛んでくる。誘いだった。

 

「くそ!」

 

 転がってよける。明らかにこちらの動きがわかっていた。はあはあと緊張で汗が出る。相手は完全にこちらの動きを把握している。森の中での弓の扱いに恐ろしいほどたけている。

 

「どうする……」

 

 フェリシアはそう言ってから、なんでこんなに真剣にやっているんだと自嘲した。馬鹿らしい。自分で首元の「生命石」を砕いて負けてやっても別にいい。ウルバンとの約束など反故にすればいい。しかし――

 

「そうだ。これは任務だ。仕事だ……]

 

 さっき自分で言った言葉を繰り返す。仕事を途中で投げ出すわけにはいかない。自分に課した暗示のようなものだった。

 

 フェリシアが様子をうかがうと、何も動くものはない。だがどこから見られているのだろうと思った。音もなく動いてるのか、それともそもそも動いていないのかも分からない。フェリシアは同じ場所にいるわけにもいかず少しずつ木と木の間を移動する。

 

 誰もいない。そう思えるほど動くものはない。

 

 警戒したフェリシアの神経は張りつめられている。敵の姿が見えなければ魔銃も魔法も放つことはできない。先に魔力を高めるようなことをすれば相手に場所を教えるようなものだ。

 

 体を出せば攻撃を受けるだろう。勝手に息が切れる。汗が冷たかった。この敵はさっきの一撃から相手に容赦をする人間ではないことは分かっていた。

 

 気に食わない手はあった。この弓使いとマオの戦いはこの数日のうちに彼女は聞いていた。あえて身を翻して攻撃をさせることで魔力を利用して倒したという。めちゃくちゃな戦法である。

 

 モニカのことが頭によぎってかき消した。この敵は自分を倒してから彼女を攻撃するだろう。フェリシアは彼女の顔を思い浮かべながら「仕事だ、仕事だ」といった。

 

 そしてフェリシアは立ち上がる。そして大木を背にして身をさらけ出した。後方からの攻撃はないはずだった。流石に回り込まれたら気づくはずだ。ゆえに攻撃あるとすれば前方からのはず。動く影はない。

 

 鳥の声だけが聞こえる。その時真上から音がした。はっとフェリシアが見上げる。

 

 大木に足をつけて真下のフェリシアを狙う弓使いがいた。青い瞳に獲物を映している。

 

「……」

 

 矢が放たれる。

 



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目を覚ます狂気

 

 フェリシアは驚愕した。どうやって上を取られたのかわからないが、答えを出す時間はない。

 

 金髪の少女の表情は冷たい。それだけは刹那の時間にフェリシアの網膜に映りこんだ。まるで虫を殺すかのように何感じてないような表情だった。屈辱が心を覆う前に矢は放たれた。

 

 フェリシアは身を捻った。その肩に矢が当たり、防御魔法が光を放つ。あと一撃でも受ければ彼女は敗退となるだろう。

 

「……ぐあっ」

 

 フェリシアは痛みに肩を抑えながら踏みとどまった。防御魔法がなければ致命傷とまではいかずとも大きなダメージを負っていただろう。彼女は無様と内心で自分を罵りながら走って逃げた。森の中に身を隠すために茂みに飛び込む。

 

「くそくそくそくそ」

 

 人間ごときに追い詰められている状況が腹立たしい。

 

 正面から戦えるなら遅れなど取らないだろうが、敵の少女は森の中でどこから攻撃してくるのか全く分からない。移動しながら後ろを振り向けばそこには静かに木々が風に揺れる音だけがしている。また敵は身を隠したのだ。

 

 手にした魔銃を撃つにも標的がいない。フェリシアは必死に状況を打開するために考えを巡らせた。敵を見つけなければどうともできない。もしこの森の一角ごと破壊できるほどの魔力が彼女にあれば話は別だったが、フェリシアにはそこまで攻撃力のある魔法は使えない。

 

「……どうすればいい」

 

 その時に彼女の脳裏にモニカの顔が浮かんだ。魔族の中でも恵まれた生まれの少女を昔から嫌いだった。お互いに親しいわけではないが、幼いころから知ってはいる。

 

 

 モニカと初めて会ったのは幼いころ。親は早く死んで保護者代わりの兄に連れられてギリアムの屋敷に行った時のことだった。兄が何の用事でギリアムの家を訪ねたかはわからない。

 

 ただ貧しい暮らしをしていたフェリシアにとって魔族の中でも裕福なギリアム家には嫉妬を覚えた。整えられた調度品と敷き詰められた絨毯。そして幸せそうな家族がいた。生地は厚いがところどころ破けた服を着ている自分がみじめな存在に見えた。

 

「……よかったら私の娘と遊んでいてくれないか?」

 

 まだフェリシアも幼かったからだろうギリアムはそう言ってフェリシアと同じくらいの背格好のモニカを連れてきた。ふんわりとした服に身を包む彼女を初対面から嫌いだった。

 

「あの、初めまして私はモニカ」

「……フェリシア」

 

 それが最初の出会いだった。その日は二人は特に何をするでもなく、話をするわけでもなく同じ部屋にいた。モニカは流石にいたたまれなくなったようだった。

 

「ふぇ、フェリシアちゃん。外で遊ぼっか」

「…………外?」

 

 外は雪が降っている。ただちょうどいいとフェリシアはほくそ笑んだ。モニカと連れ立って二人で屋敷の外にでる。吐く息は白い。雪のモニカは手袋をして、同じものをフェリシアにも渡した。ますます都合がよかった。

 

「雪の日に遊ぶやり方ってどういうものか知ってる?」

「……?」

 

 フェリシアは地面の雪を手ですくって丸める。そして思い切りモニカの顔面に投げつけた。悲鳴を上げて雪の中の倒れるモニカを見てフェリシアは笑った。

 

「あははは」

 

 昔からそうだった。気に食わないことがあれば結局抑えることができない。いつもどこかに不満があった。親がいないことも、貧しいことも、兄が何を考えているのか全く分からないことも。独りぼっちだったことも。幼くても自覚した怒りが常にあった。

 

 雪の中で一人でフェリシアは笑った。

 

「……なんばすっとね」

 

 ただモニカは起き上がった。顔についた雪を払いながら彼女は身を起こす。紅い目に怒りをたたえていた。彼女は手に持った雪を丸めてフェリシアに投げつける。すさまじい勢いだったが、フェリシアは簡単に避けた。馬鹿にするように笑いながら。

 

 それがモニカの怒りを誘った。彼女は手に魔力を集中させて地面にそのままぶつけた。

 

 白い雪煙が辺りを覆う。フェリシアは真っ白で何も見えない視界に狼狽えてしまった。それで声を出してしまった。その頬におもいきり雪玉がぶつかった。

 

 地面に倒れこんだ。はっと見ればモニカが両手を組んで立っていた。一見すれば柔和な彼女の苛烈さをこの時にフェリシアは理解した。

 

 それから互いを意識することは多かった。仲がいいということはない。

 

 モニカが家族を亡くした時もフェリシアは黙ってみていた。

 

 本当の気持ちを覆い隠して人間に合わせている彼女をまじかでみた。

 

 慰めてやる気はない。ただ、いつも何を言えばいいのかわからなかった。

 

 だから、マオという人間をフェリシアは嫌いだった。フェリックスで見たモニカに応えようとするその姿を思い出すだけで悔しくて憎くて仕方がなかった。

 

 自分の言葉には常に棘がある。自分の手は誰かに手を差し伸べることをしたことがない。

 

 

 エルは獲物をしとめるまでの段取りを考えていた。できればマオを仕留めたい気持ちもあるが、この「獲物」は魔族のようだった。以前に苦杯を嘗めさせられた魔銃に対する復讐としては手ごろだろうと思った。

 

 彼女の魔力は特殊だった。常に光を伴う性質を持ち、矢に込めればその威力を数段上げることができる。そして体に纏えば相手から視認しにくくなる。単純だが強力なものと彼女は自分の力を自覚していた。

 

 冷気を感じた。

 

「!」

 

 気が付けば森の奥から白く冷たい霧があふれ出してくる。エルはとっさに屈んだが攻撃ではないようだった。

 

 森の中が白く染まっていく。これは氷の魔法を応用したものかと霧の冷たさを手で感じながらエルは思った。視界が悪くなることは相手も変わらない。逃げるためのものかと思い耳をすましてみても物音は聞こえない。

 

 白。

 

 数歩先にも見えなくなっている。エルは音をたてぬように弓を構え矢をつがえる。精神を集中させて敵の攻撃に備える。少なくとも自分がどこにいるかはまだわからないはずだった。

 

 銃声がした。

 

 闇雲に撃ったのか? とエルはいぶかしく思うが、あたりに反響して正確な音の位置がわからない。しかしだいたいの方向は分かった。彼女はすでに森の木々の位置を記憶している。銃声のした方向から距離を取るように動いた。

 

彼女はあくまで冷静だった。霧が晴れるまでむやみに攻撃をするべきではない。魔法で出した霧など少しの間しかもたない。静寂の中で彼女は身を隠す。

 

 また銃声がした。そして青い光が霧の向こうに奔る。魔法陣の展開。そして黒い人影がエルの目にはうつった、

 

 エルは反射的にその人影に矢を放った。体の中心に当て人影は倒れる。

 

 仕留めたかと彼女は思うが、違和感に気が付いた。攻撃は防御魔法によって防がれるはずだ。人影が「獲物」であるならば何の反応もなく倒れるなどおかしい。あれはおとりだと思った瞬間、

 

 その後頭部に銃口が付きつけられる。声だけがした。

 

「この魔銃という武器は弾丸に魔法を付与して発射できますから、遠くで魔法を展開できます。だからあれはただの氷で作った人形ですね。間抜けにも攻撃してくれてありがとう」

「親切に種明かしをしてくれるの?」

「別に……どうやって倒されたかくらい知っておきたいでしょう。人間様は」

 

 氷の魔法を付与した弾丸を放ち、離れた場所に氷の人影を作る。その影を攻撃してきた敵の位置を探る。やられてみれば単純な方法だった。

 

 フェリシアは引き金を引いた。魔銃にはめた魔石が強い光を放つ。強い力を込めた弾丸がエルの後頭部を打ち抜き、防御魔法が発動する。

 

「……!」

 

 弓使いの少女はその場に倒れこんだ。その制服にはめ込まれた生命石が割れる。ぱらぱらと砕け散ったそれが地面に散った。フェリシアはそれを見下しながら言った。

 

「所詮、雪遊びの応用ですけどね。ああ、この意味がわかる必要はありませんよ」

「……」

 

 エルは気を失っていないが衝撃から頭部より血を流していた。ぽたぽたと流れ出ているそれを手で押さえている。

 

 フェリシアは踵を返す。

 

「さて、私の仕事は終わりですね。…………まあ、あと少しくらいは手伝ってやってもい――」

 

 その背中を光の矢が貫く。防御魔法を貫通して服を切り裂く。

 

「がっ!?」

 

 フェリシアは振り向いた。貫通した光の矢は一瞬で消えた。ただその手からは血が流れ出している。生命石は砕けた。

 

 ゆらゆらと揺れながら立っているエルがいた。

 

「その石が砕けたら負けと……人間が……決めたルールだろ……う?」

「ふふふふ。あははは、ふふふふふ、血」

「は……?」

「血だぁ! 血だ! あひゃ」

 

 弓など持っていない。目の焦点すらもあってない。両手を広げたエルの周りには光の矢が浮かんでいた。すべてフェリシアに向けられている。

 

「なんだ……貴様。おい、お前……やめろ!」

 

 エルは笑いながら首を傾ける。楽しそうに告げる。

 

「死ね」

 

 光の矢がフェリシアを襲った。

 

 

 



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嫌なところ

 

 術式。

 

 力の勇者の作り出した身体強化の方法だった。

 

 魔力を放出して体に纏わせ体を強化する方法とは違い、体の神経を通して魔力を隅々にまで浸透させる。高い集中力と反復の訓練が必要ではあるが、魔力の消費も少なく内部から直接体に魔力による強化を行うため効果も絶大である。

 

 ――そして使い手により技の練度が顕著になる。

 

 キースの拳が繰り出される。ニナレイアは首をひねってかわすがわずかに体勢を崩した。そこに蹴りが飛ぶ。彼女は腕で防御したがそのまま後方に吹き飛ばされた。受け身をとり立ち上がるが息が切れている。

 

「はあはあ」

 

 そして蹴りだした右足をゆっくりと地面に下ろしてキースは冷ややかな目で彼女を見た。短く切った銀髪と褐色の肌。その片方の耳につけたピアス。そのたたずまいに一切の揺らぎがない。

 

「数日前に立ち会った時より数段動きが良いですね。ニナレイア様。わずかな期間で何をされたのかはわかりませんがお見事です」

 

 淡々と伝えている言葉に温度はない。義務的な賞賛の言葉にニナレイアは睨みつけるだけで言葉を返さない。

 

 彼女は自分の体の軽さを感じていた。今までにないほど体に魔力を浸透させる術式が安定している。そしてキースの動きがなんとなくわかる。数日前には手も足も出なかったが、今は違った。それでも後れを取っている事実が彼女には重い。

 

 遠くでは巨大な魔力のぶつかり合いも感じる。それが何を意味するのかはニナレイアには分からない。ただ彼女は目の前の男との戦いに集中していた。

 

 二人の力の勇者が同時に地をける。拳を交え、蹴りを繰り出す。膝と肘。あらゆる角度から攻撃をする。

 

「一の術式」

 

 キースの拳に炎が宿ることをニナレイアは見た。次の瞬間には彼の拳が腹部に突き刺さり視界が揺れる。

 

「ぐ」

 

 後方に下がろうとした。それをわかっていたキースがさらに一歩踏み込む。3発掌打が叩き込まれる。防御魔法が光りニナレイアは後ろになんとか下がる。吐き気を抑えて構える。キースはゆっくりと歩きながら問いかける。

 

「確かにあなたは多少ましになりましたが……だから何ですか?」

 

 彼は侮蔑の表情をする。

 

「その程度の力では本家を継ぐには力不足です。……そのうえ聖甲を継承することは到底不可能でしょう」

「……」

 

 ニナレイアは唇をかんで一度目を閉じた。だがすぐに目を開ける。

 

「お前に言われるまでもない。私の力のなさを一番知っているのは……私だ」

「……ほう? ならばここで降参してください。私もできることなら一族の……それにか弱い女性に手を出したいわけではありません」

 

 ニナレイアは制服の袖で顔をこする。

 

「断る」

 

 彼女の瞳に光がある。まっすぐにキースを見つめている。

 

「お前は……マオをどう見ている?」

「……急な質問ですね。……知の勇者の子孫と魔法での対決をした時に我々の武術をトレースしたことは驚きました。それにミラスティアさんがあれを妙に警戒していることを見ればきっと目に見える以上の何かがあるのではないですか?」

「…………私は、それすらも分からなかった」

 

 ニナレイアは両手を開き、力を抜く。

 

「私は昔からバカだった。ガルガンティアの修行についていくことがやっとですべてが中途半端だ。今でも自分の頭の固さには……嫌気がさす」

「……何の話をしているですか?」

「別に……」

 

 ニナレイアの魔力が体の中に収束していく。その姿にキースは驚いた。困惑したといっていいだろう。

 

 零の型「無炎」。体の魔力による強化を無くし、魔力を抑える方である。

 

「降伏ですか?」

「違う……」

 

 ニナレイアはそのまま構える。

 

「私は……お前を倒す」

 

 

 自分の弱さを口にしたことに耐えられなかった。

 

 ニナレイアは学園の中を逃げるようにして走った。涙が流れそうになるのを我慢しながら彼女はがむしゃらに走った。別にどこに行ってもよかった。とにかくマオたちから離れたかった。

 

 ポーラの授業の後に知の勇者の子孫とそしてマオの魔法での対決、そのうえでキースに手もなく敗れた自分。言葉にならない感情が心の中で悲鳴を上げている気がした。

 

「はあはあ……」

 

 できるだけ人気のないところに来ようと思ったからだろう。訓練場の近くにいた。うつむいて頭を抱えたが、そうしていると情けない気がしてとぼとぼ歩きだす。

 

「あいつら……私を見損なっただろうな……」

 

 自分が力の勇者の子孫であることはマオを中心にみんなが知っている。だからこそ無理をしているところはあった。だが無様に負けた今はどう思われるのかも怖い。剣の勇者の子孫である「ミラスティア」も知の勇者の子孫である「ソフィア」も自分とは比べ物にならないほどの力を持っている。

 

「…………」

 

 胸を掴んで歯を食いしばる。感情に歪んだ表情。ぽたりと涙がひとつ落ちる。

 

「や、やっと、お、おいついた」

 

 はっとした。ニナレイアは振り返る。そこには赤い髪の少女が両手を膝に置いて息を切らしている。

 

「あ、あんた。足速いし……ぜえぜえ」

「ラナ……」

「ちょ、ちょっとまって……息整えるから」

 

 しばらくしてラナははあと大きく息を吐いた。そして両手を組んで言う。

 

「いきなりどっか行くからびっくりしたじゃない」

「なんで追ってきた……マオは?」

「あいつは置いてきたわよ。家に帰れって言っているから今頃帰っている……はずよ」

「……そうか」

 

 ニナレイアは自嘲した。

 

「マオにも言ったが……私に同情するならやめてくれ」

「同情? しないわよ、そんなもん」

「…………ならなんで追ってきたんだ」

「はあ? 追ってきてわざわざ可哀そうだって言いに来たとでも思うの?」

 

 ラナは両手を組んだ。そのままつかつかと歩く。

 

「あんたさ……このままでいいの?」

「……何がだ」

「私なら嘗められたままっていうのは凄く嫌ね。いつかぎゃふんって言わせてやるって思うわ」

「ふふ、ははは」

 

 乾いた笑いをするニナレイア。彼女はラナをにらんだ。

 

「それができたら苦労しない。……見ただろうさっきのソフィアのやったことを、あんな高度な魔法を私と同じ年齢の彼女ができるんだ」

「マオもね」

「……!!!!」

 

 ニナレイアは下がった。息が止まる気がした。ラナは近寄る。

 

「あんたさ。本当は一番傷ついているのは……マオが実は強かったってことなんじゃないの?」

「……やめろ」

「本当は弱いはずのあいつが自分よりも優れているところがあるから」

「やめろ!!」

 

 ニナレイアは叫んだ。彼女は右手で顔を覆い、左手でラナを制する。

 

「やめてくれ……これ以上、自分をみじめにさせないでくれ」

「私はね」

 

 ラナは少しそっぽを向く。

 

「性格が悪いの」

 

 そのまま話をした。

 

「昔から相手の嫌がることも弱点もよくわかるし、何をすれば誰かに好かれるのかもなんとなくわかるわ。優等生なんて気取るのも別に苦じゃないしね。……もともと私がマオと出会ったのは、あいつを学園に入らせないためだったのよ?」

「…………」

 

 ニナレイアはラナを見た。

 

「そんななのに今あいつと仲良くしているのが不思議でしょ? ……どの面下げてって思わない? あいつはさそういうこと気にしないの。誰に対してもいつもまっすぐにみてくる、マオを見ていると自分がさすごく小さい奴みたいに思えて……嫌」

「…………」

「嫌だからよく見ているの。マオはすごいのよ、いつでもなんだか知らないけど。弱っちい癖に強いの……それなのに弱いの。頭がこんがらがるわ」

 

 ラナは頭をかく。

 

「Fランクの依頼の時は忙しかったからよくわからなかったけど、最近ミラスティアも顔を出さないし、モニカもなんか喧嘩……じゃないかもしれないけどなんかあったんでしょ? それにあんたもずっとマオに付き合ってんのがおかしい気がしたのよね」

「なんで」

「それは……カンだけど。あんたさ……ずっとマオを助けるみたいに一緒に授業受けてたから違和感があったの。そんでさっきのことがあったからわかった。あんたさ、自分より弱いマオを助けてあげてたんでしょ?」

「……」

 

 ニナレイアはさらに後ろに下がる。

 

「そんな、なんで、わかる」

「言ったでしょ。私は性格が悪いのよ。いつだって人を疑ってみてる……いい人っぽく見えた? たぶんマオが横にいるからね」

 

 ラナはふっと笑う。

 

「こんな風にさ。人なんて嫌なことなんていくらでもあんのよ。私もあんたもね。あんたはガルガンティアのなんかしがらみみたいなのがあって……そんでなに? その埋め合わせでマオを手伝っているところがあった……そんだけじゃない」

「それだけ?」

「そんだけよ。そんなの私もマオの魔法の力には嫉妬しているわよ。あいつでたらめなほど魔法の使い方がうまいのよ。わけわかんないほどにね。それを見るたびにむかむかしているわ。はあー。口にすると情けなっ。ほんと嫌」

 

 ラナがニナレイア前に立つ。

 

「でもいつかマオにだってぎゃふんって言わせてやるわよ。それまでいいお姉さん演じてもいいわ」

「…………それはあんたが、魔法の才能があるからだろう」

「はあ?」

「普段を見ていればわかる。料理や洗濯に簡単に魔法を使っているが、無詠唱で様々な属性を操っている……ラナも私とは違う……優れている」

「……」

 

 ラナはにっこり笑った。

 

「むかつく」

「え?」

 

 笑顔は作り笑顔だった。ほほがぴくぴくしている。

 

「こんだけ恥ずかしい思いをして私が自分のことを教えてやってんのに言うに事欠いて私とも違うですって? あったまきた! 話をしているのがどんだけ胃が痛くなりそうだったかわかんないの!! 炎の精霊イフリートに命じる!」

「おい、やめ、何をする気だ」

 

 ラナは片手を上げる。彼女を中心に炎が巻き起こる。呪文を詠唱するたびに魔力が波動をとなり、炎が吹きあがる。それはひとつの龍の形に変わっていく。

 

『レッド・ドラゴン! わからずやを炙れ!』

 

 炎の龍がニナレイアに襲い掛かる。彼女は心底困惑しながら逃げる。

 

「やめろ! シャレにならない!」

「シャレじゃない!」

「あちっ、あつい! い、一の術式!」

 

 ニナレイアは術式で体を強化する。それでも炎の龍速い。龍が両手を広げたように赤い炎が迫る。制服の一部がかすり焦げる。

 

「ひ、ひえ」

 

 ニナレイアは逃げた。だがその前に龍が前方をふさぐ。ラナが両手を使って集中して魔法を操る。

 

「そらそら! 逃げ場なんてないわよ」

「くっ」

 

 ニナレイアは炎を背にして振り返った。

 

「いい加減にしろ!」

 

 爆発的に魔力を足に集中させてラナに飛び込む。ラナは逆に炎の龍を自分のもとに引き寄せようとする。その一瞬前にニナレイアの放った拳が迫る。

 

「う、うわっ」

 

 慌ててよけるラナの頬をかする。

 

 ただ周りは龍が形を変えて彼女たちを炎が囲んでいる。ニナレイアは拳を構えている。双方ともに固まったまま動かない。ただ先にラナが炎を解いた。

 

「やめやめ。あーしんど。あんた普通に強いじゃない」

「……なんのつもりだったんだ」

「別にむかついたから、あぶりニーナにしてやろうとしただけよ」

「なんだそれは…………私が強い? ……もしかして私を励ますつもりだったのか?」

「まあ、それもあるわね。でもむかついたのは本当。マオも言ってたけどあんたは別に弱いわけじゃないんじゃないの? キースってやつが強いのもあるけど、きっとガルガンティアで同じ技を使っているから相性が悪いのかもね」

「………………それが一番の問題なんだ。もう、私は行くぞ」

「待ってって」

 

 ラナは起き上がってニーナの袖をつかんだ。

 

「なんだ」

「ある意味あんたと私は嫌なところ見せ合ったじゃない。だから手伝ってほしいんだけど」

「手伝う?」

「そ、マオのこと」

「……何があったか知らないが、あいつなら自分で何とかするだろう」

「……あいつこの前泣いてた」

「……」

 

 はっとニナレイアは赤い髪の少女の瞳を見た。

 

 ラナの心にはギルドで聞いたあったはずの「破滅」の話が合った。その帰り道で見せたマオの表情がずっと心に残っていた。

 

「いつも明るいあいつにも抱えているものがある。それを私は一部だけ見た、何があったかはあいつがあんたにも言うと思う。あいつが自分で言う前には伝えられないけど……助けてほしいのよ」

「マオを」

「違う。私を」

「ラナを?」

「そう、さっき言ったけど私はあいつのことを蹴落とそうとして出会った。だから、理由はもっといっぱいあるけどあいつの味方でいてあげたい。……でも、あいつの抱えているのは私だけじゃどうしようもなくなるかもしれない……その時が、怖い。あいつが助けてっていっても何にもしてあげられないことが怖い」

「……それでも私なんていても、意味がない」

「そんなことないわよ! あんたがいてくれたらそれだけでも心強いわ」

「……私がいることが?」

「そうよ」

「なんで」

「なんでって、さっきみたいに私の嫌なこともあんたの嫌なとこも知ってんだから心強いでしょ。あとちゃんと強いんだから」

「嫌なところを知っているから……?」

 

 ニナレイアは一瞬呆けた。だが困ったように笑う。

 

「なんだそれ」

「あんたさ」

 

 ラナが彼女の手をぎゅっと握る。

 

「さっきあんなことを私は言っちゃったけど、あいつのこと手伝ってやりたいって自分のことだけじゃなくて思ってたでしょ」

「…………それは」

「あいつは次から次にトラブルに巻き込まれるけど、助けてあげないといつかどこかで倒れると思う。あんたもモニカも必要よ。それにたぶん……顔を見せないミラスティアも。……来ないのは偶然じゃないはず……きっと何かある。その時はマオは大変なことになると思う、ミラスティアには特別に接している気がするから……」

 

 彼女の最後の言葉小さかった。

 

「ニーナが必要なのよ。ガルガンティアじゃなくてあんたが必要なの」

 

 ニナレイアはその言葉を聞いて目を見開いた。ラナの手を放して、袖で顔をふく。

 

「別に……手伝うくらいはしてやる」

「ありがと。約束ね」

「お前……少しマオに似てきたのか」

「……嫌なこと言うわね。あ、そうだ」

 

 ラナは指さす。

 

「こんな話をあいつが知ったら嫌だから、黙ってなさいよ」

「それは、そうだろ。わかった」

 

 2人の少女は笑う。そこだけはすんなりと一致した。

 



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ニナレイア

 

 自分の弱さは己自身が一番知っている。

 

 ニナレイアは抑え込んだ魔力を体の奥底、深く、深く落とし込んでいく。ここ数日マオの作った水人形を相手に訓練をしたが、常に『無炎』を使っていた。魔力による身体能力の強化がはがされた状態であれば純粋な力だけが残る。それはただの少女に過ぎない力を自覚することになった。

 

 その状態で明らかに格上の人形を相手にした。少し上達するとマオもそれに合わせて人形の動きを速く、そして強くする。はっきりと自分に合わせているということが分かった時にニナレイアは内心で悔しさを感じた。

 

 しかし水人形の動きはガルガンティアの武術に精通しているものだった。その動きを見るだけでも、そして実際に戦うことはニナレイアの技術を飛躍的に向上させていった。元来魔力で体を強化した勢いのまま動く彼女だったが、魔力を抑えたことによって工夫を余儀なくされた。

 

 少しだけかかとを上げて体から力を抜く。どんな攻撃が来ても対応ができるようにわずかに足を広げる。手は少し下げた、魔力を抑えている状況では防御は難しい。

 

「…………」

 

 その姿を見てキースは訝しんだ。先ほどまでの戦いで正面からニナレイアを後退させた。彼女の多少の上達を彼は感じていたがかといって自分の方が上である自覚と確信があった。それなのにニナレイアはむしろ戦闘力を抑えるようなことをしている。

 

 ただ彼にはどうでもよかった。重心を下げて体に魔力を通す。筋肉を強力に魔力が刺激し、一撃で倒すために拳を固める。彼は飛び込んだ。

 

 一瞬のことだった。地面を蹴ったキースが閃光のようにニナレイアに迫り、そしてその拳を叩き込む。

 

 仕留めた、そうキースが確信した瞬間に横からの衝撃を受けて地面に転がった。彼はすぐに受け身を取る。ダメージはない。だが目の前のニナレイアは片足を上げて、ゆっくりと下ろす。攻撃する一瞬に反撃を受けたとキースが理解するのには少し時間がかかった。

 

「お見事ですが……ニナレイア様。その状態では私にダメージを与えることはできませんよ」

「そうだな」

 

 ニナレイアはまたゆったりと構える。

 

「キース。お前は相手が動く前に勝負が決まっているとすればどう思う」

「……質問の意味が分かりかねますが」

「私もそうだった……だがわかったんだ。私はずっと相手の動きに合わせていた、だが相手のことをよく見れば次に何をしようとしているのかがわかる。というか……こんな風に魔力を抑えていればそうしないとどうしようもない」

 

 ニナレイアはふっと笑う。

 

「これは、強敵と戦うための方法なんだな。あいつにとって」

「……さっきから何を言われているのかわかりませんが、貴方が私の動きを予想しているということですか?」

「そうだな……私は所詮未熟者だ。通常先読みなんてできやしない。……だが、お前相手にならそれができる」

「……何?」

 

 ニナレイアはわずかに前に出る。手を少し突き出すようにして重心をわずかに前にする。

 

「私は馬鹿だからガルガンティアに伝わる武術の型を昔から何度も練習した。一人で何度も何度もな。上達したとは言えないが……だがな、動きには常に『型』がある」

 

 キースはさっき倒れた時に口に含んだ砂をぺっと吐き出す。そして体を起こし構える。中途半端な攻撃を予測するのであれば至近距離から仕留める。彼はじりじりとニナレイアに迫る。

 

 踏み込む――瞬間にニナレイアの拳がキースの顔面をはねる。

 

「!」

 

 ダメージはない。驚いただけだった。彼は下がろうとしてその胸に前蹴りを食らう。たたらを踏んだ。やはりダメージはない。魔力のこもってないニナレイアの体には攻撃力はない。だが純粋に動きの上をいかれていることが彼には屈辱だった。

 

 キースは右の拳を直線的に突き出そうとしてその前に肩に手を添えられる。腕が動かせない。

 

 次の瞬間には脇腹に膝蹴り受ける。攻撃を受けた勢いのままに彼は腰を回転させて蹴りを放つがわずかに身を動かしたニナレイアには届かずに空を切る。

 

 逆に腹部に打撃を受けた。

 

「……馬鹿なっ」

 

 褐色の彼は下がりながら驚愕した。防御魔法すら発動しない程度の攻撃に後れを取っている。ことごとく行動の前に先読みされている感覚があった。それでも本来であれば焦る必要などない。彼自身はまだ不利と言えるほどの打撃は受けていないのだ。

 

 しかし、目の前の少女は見下していた存在なのである。キースはプライドを傷つけられたことに歯ぎしりをした。

 

「……なるほど、不愉快ですがニナレイア様の言っておられることわかりました。しかし」

 

 彼は右手に魔力を集中させる。炎がその拳を包んだ。魔力が高まっていく。

 

「四の術式『炎葬』……これは先読みをしても無駄でしょう。申し訳ないのですが貴方ごときに負けるわけにはいかないのですよ」

 

 キースは足を開き重心落とす。炎を纏った拳と高まった魔力で体を包む。ニナレイアはそれでも『無炎』を解かない。静かに緩やかに構えている。彼女は口を開く。

 

「私は、ウォルグを倒すという約束を勝手にされた」

「は? 何を言っているのですが」

「芋の皮をむいているときに勝手にそういうことにされたんだ」

「本当に何を言っているのですか……? いや、そんなことよりも貴方がウォルグ師兄を倒す……などと不可能でしょう」

「私もそう思う」

 

 その言葉にキースははっと嘲笑した。だがニナレイアは笑わない。

 

「でも、約束した。だから私はあいつに勝たないといけないんだ……こんなところでキース、お前に躓いている暇はない」

「……」

 

 キースは顔をひきつらせた。怒りとともに彼の体を炎が包む。そして炎を纏った彼は地面を蹴る。打ち出した拳は灼熱の一撃になる。体を包んだ炎は敵の反撃すら許さない。

 

 ニナレイアはその刹那に目を閉じた。

 

 わずかな本当に短い時間の中で奥底に沈めていた魔力を呼び起こす。そして彼女は眼を開いた。

 

 見開いた青い目とともに魔力が体の奥からあふれ出る。青い魔力が赤い炎に変わる。

 

 彼女は恐れることなく前に踏み込んだ。ため込んだ魔力を右手に集中させて炎を纏わせる。そして渾身の一撃を放った。

 

「炎皇刃!」

 

 燃えがあった炎が黄金のような光を放つ。一瞬だけキースはそれに目を奪われた。彼の魔力がわずかに揺らいだ。彼の拳とニナレイアの拳がぶつかり合い、衝撃が辺りを衝撃波が辺りの木々を揺らす。ニナレイアは叫んだ。

 

 ぶつかり合った二人。

 

 炎が消え去り、キースがわずかに下がり膝をついた。制服から生命石が割れて落ちる。

 

「……今回は私の負けです。次はこうはいきませんよ、ニナレイア様」

 

 ニナレイアは彼を見下ろす。だが、ゆっくりと手を差し伸べた。キースは少しその行為に呆然として、彼女の顔を見た。勝ち誇るわけでもなくどことなく複雑そうな顔をした彼女に彼は少しだけわらった。

 

「もう少し嬉しそうにしたらどうですか?」

「いや……一人で勝った気がしない……それにこれからもっとマオに大変な目に遭わされるんじゃないかと思うと憂鬱な気がする」

「貴方がそれだけ強くなったのが彼女のおかげなら……まあ、そうかもしれませんね」

 

 ニナレイアはキースを立たせて。はあとため息をついた。

 

「ヴォルグを倒すことも、マオを助けることも2つも約束をされているからな。私は……まあ、悪い気はしなくなったけどね」

 

 少しだけ口調が崩れたニナレイアを見てキースはなんとなく今度こそ負けた気がした。

 

 



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驕りに負けた少女

 

 ソフィア・フォン・ドルシネオーズは両手を組んだまま静かに待っている。

 

 山間にある清流だけの音だけが響く。白い石が敷き詰められた河原だった。十分な広さがある。

 

「…………」

 

 彼女の体からわずかに魔力が流れている。それは意図的なものだった。彼女のわずかにくすんだ紅い瞳は来訪者が来るであろう先を見ている。目的はただひとつであった。この場で「マオ」よりも自分の方が上であることを明確にすることであった。

 

 しかし彼女はやってきた人影に眉をしかめた。

 

 赤い髪に小脇に魔導書を抱えた少女である。彼女はラナだった。ソフィアからすれば雑魚の一人である。無言であたりを見回してもマオの姿はない。しかし、相手の魂胆を彼女は見え透いているとため息をついた

 

「それで、あの村娘はどこにいますの?」

 

 あの少女は「魔銃」という妙な武器を持っている。山の中から狙撃をすることもできるはずだ。正面にラナを立たせて隙を見て攻撃をする、大体そんなところだろうとソフィアは思うとともにイラついた。その体から魔力があふれである。

 

 白い濃密な魔力は対峙するだけで相手へ力を示している。微笑みながらソフィアは冷たい声でラナに言う。

 

「くだらない小細工をしてくれますのね? 私はそういう冗談は嫌いでしてよ」

 

 ラナは無言で魔導書を開くのみだった。その顔には汗が流れている。

 

 ソフィアからすれば魔力もまともに持たないマオという少女対して真剣に勝負を挑むだけでも屈辱なのであった。この模擬戦で彼女は相手のパーティを見つけることを求められた。ミラスティアが前方を封鎖して後方からソフィアが挟撃すればあるいは勝負は決していたかもしれない。

 

 しかし、拒否した。本質的に彼女は他人に協力的ではない。それでもミラスティアだけで相手を殲滅は可能と考えていた、むしろ逆にそれを超えて自分の前に立ってほしいとも思っていた。自分の手で叩き潰したいと思ったからだ。

 

「なんだかあんたさ。ずっと私は眼中にないって感じね」

 

 ラナが言ったがソフィアはちらりと見ただけだった。

 

「…………」

 

 話す価値などない。ソフィアは片手をラナに向けた。

 

 青い魔法陣が展開された、無詠唱で構成されたそれはあたりの川の水をまき上げて一つの球体になる。ラナの頭上に生み出されたそれはソフィアが指をくいっと動かすだけで落下する。

 

「へ、返事もせずいきなり! 聖なる泉に住む精霊ニンフに命ずる。清き水の流れをもってわが身を守れ! アクア・シールド」

 

 ラナも魔法陣を展開する。彼女の魔導書が光を放ちその身を水が包む。

 

 一瞬後に巨大な水の塊が落下した。轟音とともに大量の水がはじける。ソフィアはそれを無言で眺めている。圧縮された水の重みにあの程度の防御魔法で耐えられるとは思わない。

 

 しかし、人影は立っていた。ラナがびしょ濡れだがそこにいる。どうやって耐えたのかわからないがソフィアにはどうでもいい。

 

「ぺっぺっ。いきなりやってくるなんてほんと先輩に対して無礼なやつね」

「…………」

「あんたマオたちと同じ歳でしょ。私の方がひとつ上なんだからね!」

「…………」

 

 まだ来ないのか、ソフィアはあたりを見回した。攻撃する隙をあえて作った。それにしても全く攻撃をしてこない。彼女はマオの姿を探す。

 

「さ、さっきからマオのことを探しているの? あいつならいないわよ」

 

 ラナは言うがソフィアはその言葉を聞き捨てた。

 

 ソフィアは自己の実力を認識している。

 

 目の前の赤い髪の少女などは大したことはない。少なくとも彼女の魔力を利用するマオがいなければ自分が倒されることなどはあり得ない。

 

 ラナはその態度に怒ったように叫んだ

 

「こっちを向きなさいよ! 風の精霊シルフに命ずる!」

 

 赤い髪の少女を中心に風が渦巻く。それは圧縮され、刃になる。ラナが手を振る。

 

「エア・エッジ!」

 

 ソフィアはみることもなく片手を出す。白い魔力が壁を構築する。防御魔法である『プロテクション』を無詠唱で発動した。風の刃と魔力の壁がぶつかり火花を散らした。だが、ソフィアの防御魔法はかつて竜の攻撃をも防いだのだ。風の刃などそよ風に等しい。

 

 実力の差は明白だった。だが、ラナは自らの魔力を開放して攻撃をする。

 

 風が渦巻き、

 

 水が龍のかたちになりソフィアに襲い掛かる。

 

 大地が割れて石の雨が降る。

 

 それでもソフィアは一歩もその場から動くことなく防ぎきった。退屈そうな表情すらも浮かべている。

 

「くだらない」

 

 それはラナに言ったというよりも独り言だった。ソフィアから見て彼女は多少優秀な生徒のようだが、その程度で自分にかなうはずもない。

 

 ――それにしてもこれだけやってもマオは姿を現さない。なぜだ?

 

 そうソフィアが思った時、不愉快な想像に思い至った。

 

「まさか……あの村娘は本当にここにいない?」

「はっ」

 

 鼻でわらったラナは荒い息を吐いている。体中から魔力を放出している全力で攻撃したが全く通用していない。それでも彼女は笑ってやった。

 

「最初からそう言っているじゃない。ここにあいつはいないわよ」

「…………貴方は」

 

 ラナの姿がソフィアの網膜に映った。髪に濡れた赤い髪、手に広げた魔導書を携えた彼女が不敵に笑っている。対峙して初めて彼女の姿をソフィアはしっかりと見た。

 

「あんたは、プライド高いから。自分との勝負がすっぽかされるとは思ってなかったでしょ。マオに執着しているみたいんだったからね。まあ、本当はあんたなんて一人でいいって私が言ったんだけどね」

 

 ソフィアの殺意が紅い目を光らせる。それ見てラナは言う。

 

「その目……前から思ってたんだけど、どこかで魔族の血が混ざっていたりするの?」

 

 その言葉にソフィアは笑った。微笑んだといっていい。しかしそれは残酷さを含んだ笑みだった。

 

「……なるほど、貴方はその程度の力で私の前に一人で立ったということですわね。それでは敬意を込めて葬って差し上げましょう」

 

 ソフィアの体から白い魔力が溢れる。それは魔法陣を形作る。彼女は右手をラナに向けた。

 

「光の精霊マルドゥに命ずる。光の帯を重ね円となせ」

 

 右手を中心に魔法陣が展開される。それは強力な魔力を光とともに圧縮していく。

 

「世を照らす大いなる光が、立ちふさがる愚者を滅せん。……それではごきげんよう。ヴァルシーナ!」

 

 ソフィアの魔法陣光を増す。そしてラナに向かって圧宿された魔力の光が放たれた。

 

 それは暴力的な光だった。魔力を圧縮した魔力の塊。すべてを焼き尽くすようなそれは『龍の息吹(ドラゴンブレス)』と性質は似ている。

 

 視界全体を照らすような光の中でラナは笑った。一瞬のことはずなのにすべてがゆっくりと見える。体の中にある魔力を左手に集めて防御壁を構築する。全力で構築されたそれは数秒もつかどうかというものだ。

 

「や、やってやろうじゃない! プロテクション!」

 

 ラナの防御壁と魔力の光がぶつかり合う。すさまじい圧力にラナは一瞬で吹き飛ばされそうになるのを踏みとどまる。ソフィアは一瞬でも耐えられたことが不愉快だった。さらに魔力を込めて押し切ろうと彼女が意識を集中させる。

 

 その時、彼女の背後に誰かが立った。はっとソフィアは振り向く。

 

「村娘……!?」

 

 そう思った。

 

 だが、そこにいたのは体を低く構えた金髪の少女。耳につけたピアスが揺れる。ぼろぼろの姿だが光をたたえた瞳。そのそばを魔力の蝶が飛んでいる。

 

「ニナレイア・フォン・ガルガンティア……!」

「一の術式 炎刃」

 

 ニナレイアの右足に炎が宿る。ソフィアはすべての魔力を攻撃に向けている。よけることができない。ニナレイアの蹴りが放たれる。

 

「き、きさまら。ぐ」

 

 ソフィアの脇腹に炎を纏った蹴りが突き刺さる。彼女の首元の生命石にひびが入る。そしてソフィアの魔力は制御を失って四方に散った。無数に分かれた光の筋が辺りを破壊していく。地面に転がされたソフィアは脇腹を抑えながら立ち上がる。

 

「…………」

 

 土煙で前が見えない。

 

 2対1という状況だとわかった。ミラスティアが連れてきた力の勇者の一族は敗北したのだろう。だが、先ほどの一撃は防御に回すべき魔力をすべて攻撃に回していたからこその油断だった。

 

「邪魔だ!」

 

 ソフィアは風を操り土煙を消し飛ばす。だかこそ見えた。

 

 ぼろぼろのラナが天に向けて片手を上げている。その先には最初にソフィアがやったように巨大な水が渦を巻いて球体になっていく。ラナは不敵に笑っている。

 

「模擬戦なんかじゃなくて普通にやったら勝てないかもしれない。それは分かっているわ。でも、ちゃーんと囮の私に全力を向けてくれてありがと。あと、これ。同じやり方で返してやるわよ」

 

 ちっと舌打ちをしてソフィアが魔法を構築しようとする。そこにニナレイアが飛び込んでくる。右手にたまった魔力を炎に変換した。迎え撃つつもりだった。来ることが分かればソフィアは十分にニナレイアを仕留めることができる。

 

 しかしニナレイアは彼女の前で止まり、そのまま下がった。

 

「悪いが、私は少し成長した」

「……は?」

 

 ソフィアの防御魔法の構築の時間はない。ラナが叫んだ。

 

「アクア・ウォール!! いっけえっ!!」

 

 巨大な水の塊をラナは落とした。大量の水があふれ、轟音が辺りを包む。やがてそれは川に流れ込んで元の静かな河原に戻っていく。

 

 ソフィアは倒れこみ、なんとか立ち上がるがその首元の生命石が砕ける。それを指で確認して彼女は信じられないという顔をした。

 

 その様子にラナは濡れた髪をかき上げていう。

 

「まあ、先輩をなめているからそうなるのよ」

 

 まともにやったら勝てないけどね、と言いかけたがラナはいわないほうがソフィアが悔しがりそうだからやめておいた。

 

 



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マオは森を駆ける

 

 あたしは一人で走っている。クールブロンを手に森を駆ける。

 

 ついさっきのことだ。それは魔法の蝶を放ってからのことだった。

 

 魔力を探知して方向を確認した。その先に知の勇者の末裔であるソフィアがいるはずだ。そう思って歩き出そうとしたときにラナと行こうとしたら肩を掴まれた。

 

「少し聞いていい?」

「なにさ」

 

 振り返ってラナの顔を見る。まっすぐにあたしを見ていた。

 

「正直言うわ。ソフィアは私よりもずっと魔力も上、魔法の練度も上よ。でもあんたは私が勝てるって言ってたわよね。なんでそう言えるのよ」

「……うーん」

 

 言っていいのかな、少し考えてたらラナがむしろ言ってくれる。

 

「何を気にしているのかわからないけどはっきり言いなさいよ」

「怒らない?」

「怒らないわよ」

 

 じゃあ言うけどさ……。

 

 あたしはソフィアと学園の中庭で水人形で戦ったことを思い出した。あたしの独自の魔法である『クリエイション』を見よう見まねで発動した彼女は間違いなく天才だ。ミラとソフィアの才能はみんなよりずっと上、それはラナの言う通りだと思う。

 

 でも、水人形の攻撃が素直だった。元々武器で戦うような子じゃないからそうなのかもしれないけど、その時に感じた。

 

「ソフィアは戦い慣れてないんだ」

 

 あたしの言葉にラナが首を傾げた。どうやって説明しよう。そうだ。ついさっきのことを言ってみよう。

 

「だってさ、考えてみてよ。最初のミラの奇襲の時にソフィアも一緒にいたら多分逃げ場なんてなかった。少なくとも何人かやられていたはずだよ。モニカがいたとしても」

「それはそうかもしれないけど」

 

 別にいいことじゃないけどあたしには戦闘の経験がある。勝ったこともあるけど、負けたことや逃げたことも多くある。3勇者だけじゃなくて人間の大勢の強者とも戦った。だからわかる。戦闘は状況のすべてを考えて行うものだ。

 

「これはパーティ戦だよ。それなのにソフィアはあたしにわかるように魔力を流して本当は前に見たいに一騎打ちみたいなことをしたいんだ。周りが見えてない……いや、見ようとしてないのかな」

 

 ここから先は言いにくいんだけど……怒られても仕方ない。

 

「それに前からソフィアには自分より下と思ったら見くびる癖がある……だからたぶんラナ相手ならあの子は本気を出せない……本当に戦うなら相手がどうであれ、どんな状況でも油断をしたらだめだってことがわかってない」

 

 ラナがジトっとした目で見てくる。う、うう。言った後にすごい罪悪感を感じる……。

 

「つまりあいつはこの私を嘗めているってこと?」

「ご、ごめん」

「謝ってんじゃないわよ。別に今更だけど、改めて言われると思うところはあるわね」

 

 はあーってラナが溜息を吐いた。それからあたしを見る。

 

「さっきの蝶は何?」

「あれは……ニーナに対して。あたしとラナが前に立てばさ、たぶんソフィアはこっちに気を取られるから奇襲するように頼んだ。あとモニカの魔法に少し工夫をして蝶がメッセージを届けた後にすぐ消えずに案内してくるようにした」

「ニーナがキースに絶対勝つってこと前提してるし……それに魔法の改良とかさらっとすごいこと言ってない? まあ、いいわ。それじゃあ」

 

 ラナがあたしの背中を押す。

 

「あんたの考えは分かった。要するに注意を引き付けて後ろからぶったたくってことね。あいつの生意気なところには一回ガツンとやってやりたかったのよ」

「ちょ、ちょっと、ラナ、なんで反対方向に押すのさ」

「あいつはあんたがいたら本気になるでしょ」

「そ、そうかもしれないけど……そこはほらあたしはクールブロンがあるから。遠くから射撃とか」

「この戦いの中であんたが本当に向かい合いたのはソフィアじゃないでしょ。ソフィア相手に無傷ってわけにもいかないでしょうが」

「…………」

 

 ミラの顔が浮かぶ。普通であれば『魔骸』を発動した魔族は無敵だ。でも予感がある。あたしは彼女と対峙することになる。その前にソフィアを叩かないといけない。流石に彼女を放置してたら横から攻撃されてしまえば対処できないかもしれない。

 

「あのくそ生意気な奴は先輩であるこのラナ様に任せてあんたは、先に行ってなさいって。叩きのめしたら追い付いてあげるから。あとミラスティアとの戦いも手伝ってやるわよ」

 

 う、う。ど、どう言えばいいんだろう。確かに戦い慣れてないとしてもソフィアは強敵だ。

 

 ……あたしはラナの魔法が好きだ。

 

 一緒に暮らしているからだと思う。

 

 夜の暗いときに炎の魔法で明かりにしている時。

 

 お風呂を一気に洗うために水を操るとき。

 

 曇った日とか雨の日に洗濯物を乾かすために風を起こすとき。

 

 そういう使い方が好きだし、あたしも家事とか手伝うのは好き。でも……ラナの魔法の力でじゃソフィアの魔力の壁を突破することはできないと思う。何となく否定したくないと思った時、ソフィアにあれだけ偉そうに言っておきながら自分もだめだなって思う。

 

 背中をばーんと叩かれた。いってぇ!

 

「ほら、速く走った。モニカもそろそろきついだろうしあんたが言ってあげるのが一番いいのよ。きっと」

「で、でも」

「なんでも自分でしようとしなくていいの。ソフィアを相手にするくらいやってやるわよ。それくらい任せておきなさいって」

 

 ……う、うー!……あたしはそこで頷いた。

 

「わかった! ラナ。じゃあソフィアのことは任せるよ!」

「はいはい。あいつにはいろいろと借りもあるしね」

 

 あ! 手をぽきぽき鳴らしながら悪い顔している。……た、確かになんか考えてそうでもある。あたしはもうミラと向き合うことだけ考えよう。

 

 そうしてあたしは森の中を走り出した。

 

 

 大きな魔力がぶつかり合う先にミラとモニカはいる。

 

 クールブロンの魔石には魔力をため込んだ。あたしというよりみんなに手伝ってもらったから情けないけど、『聖剣を持ってないミラ』と戦うくらいの量はある。

 

 魔石は魔鉱石を製錬したものだ。でも魔鉱石は掘り出されてずっと魔力を保持するけど、魔石はだんだんとそれが抜けていくもって1日くらい。今のあたしにはその力を借りるしか方法がない。

 

「……っ、寒っ!?」

 

 いきなり冷気が辺りを包んだ。白い霧が森を覆い、先が見えなくなる。な、なんだこれ。冷気の魔法……もしかしてフェリシア……?

 

 銃声がした。間違いない。魔銃を使っているのはあたしか彼女だけだ、ということは弓使いのお姉さんもここにいる。あたしはクールブロンを両手で掴んでゆっくりと前に進んだ。魔銃の金属の部分が冷たい……うう。

 

 この霧はきっとフェリシアが身を隠すためのものだ。

 

 遠くで青い光が見えた。魔法陣の発動だ。そして風切り音がする。聞き覚えのあるそれは矢の花足られる音だ。見えない。視界が圧倒的に悪い。

 

 ……その場で少ししゃがみ込む、寒い。手をこする。息が白い。

 

 魔銃の音がする。誰かが地面に倒れる音がした。急速に視界が晴れていくのはフェリシアが魔法を解除したのかな。……まだ靄がかかっているけどそこには倒れた金髪の女性を見下ろすフェリシアがいた。

 

「所詮、雪遊びの応用ですけどね。ああ、この意味がわかる必要はありませんよ」

 

 雪遊び? なんだろう、よくわかんないけどフェリシアは踵を返した。彼女が勝ったんだ。あたしはフェリシアに声をかけようとしたときに弓使いの女性、確かエルって子が立ち上がった。

 

 体中から魔力が溢れてくる、金色の光が形を作り空中に光の矢を作り出す。それがフェリシアを貫いた。悲鳴を上げて彼女は倒れこむ。

 

「――!」

 

 エルは何かを叫んでいる。明らかに様子がおかしい! 空中に浮かんだ多くの矢がフェリシアを狙っている。

 

 あたしは駆けた。光の矢が発射される直前にフェリシアに飛びついて、地面に二人で倒れる。さっきまでフェリシアのいた場所には数本の矢が刺さり、数秒後の光の粒子になって消える。

 

「き、貴様いきなり出てきて……なんだ、は、な、れ、ろ!」

 

 矢傷の苦痛に顔をひきつらせながらフェリシアはあたしの顔を手で押す。た、助けたんだからさ。ぐぐぐ、と、とりあえず逃げよう。あたしはフェリシアを力いっぱい引っ張って無理やり立たせる。

 

 一度振り返る。

 

 エルは口を半開きにしてそれからあたしを見てニヤッと笑った。こわっ! 何この人! て、ていうか首元の生命石は壊れてんだからもうリタイヤじゃん。反則だよ。

 

「獲物、獲物、獲物」

 

 笑うエルの周りに光の矢がまた現れる。あの魔法……いったい何だろう。いや、そんなこと考えている場合じゃない、逃げよう!

 

 



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魔石の少女

100話! ありがとうございます!


 

 うわわわ

 

 フェリシアを支えながら逃げる。何とか走るけどきつい!

 

 後ろからは光の矢が飛んできて、笑い声もする。な、なんなのさ。あれは。なんでいきなりキれているの? うわっ、危ない!

 

「離してください」

 

 フェリシアが言うけどそうはいかない。肩から血が出ている。この子の生命石も砕けているからリタイアだけどあの弓使いのエルの前にはおいていけない。なんとか木の間に入る。大きな幹にフェリシアの背をつけて座らせる。息が荒いけどその目はあたしをじとっとにらんでいる。

 

「……触るな」

「…………」

 

 とりあえず怪我の治療だけしないと、彼女の腕には赤い血が流れている。肩の出血でそうなっているんだ。

 

 あたしは一度クールブロンを見た。魔石にたまった魔力は光っている。少しだけ悩んでしまった。これを使ったらミラとは……。そこまで考えて片手で自分のほっぺたをたたいた。

 

「ああ、もう!」

 

 馬鹿だなあたしは、あんまり時間はないからフェリシアの制服の上着を脱がせようとしてなんか抵抗してくる。

 

「何をしようとしているんですか?」

「けがの治療」

「必要……ないですね」

「……」

 

 いいや、脱がそう。口論している暇はないや。フェリシア弱っているし。

 

「きさ、やめ。ぐっ」

 

 上着をはだけさせる。白いシャツが赤く染まっている。あたしはクールブロンの魔石に右手を置いて、左手をフェリシアの肩に置く。精霊に力を借りる魔法とは違い、本来の回復力を強化するような魔法は詠唱はあまり必要ない。

 

「ヒール」

 

 暖かい光。あたしの手のひらからフェリシアの傷に魔力が流れて傷をふさぐ。流れてしまった血までは回復しないから体力までは復活しないけど……とりあえずこれで大丈夫だ。フェリシアはあたしをずっとにらんでいる。い、一応応急処置しただけだからそんな顔をしなくてもいいじゃん。

 

「ふん。余計なことを」

 

 フェリシアは上着を羽織りなおして立ち上がろうとしたけど立ち眩みをおこした。

 

「いいよ、起きなくて、あとはあたしに任せて」

「………あの弓使いの人間は私が仕留めます」

「え、いいって。ここで休んでいてって」

「ふざけるな。私にあんな嘗めたことをしたことを後悔させてやる」

「いいって! あたしに任せておいてよ」

「引っ込んでてください!」

「引っ込まないよ!!」

 

 ぎゃあぎゃあとなぜか軽い取っ組み合いになってしまう。けがを治してどうしてこうなるのさ! ぎぎぎ、フェリシアの手があたしの顔を押してくる。

 

「ひゃははは」

 

 そこにエルが突っ込んできた。あたしとフェリシアはぎょっとして思わず逃げる。

 

 さっきまで座っていた場所が光の矢にえぐられる音が響き、砂煙が上がる。

 

「ふぇ、フェリシア。あの人なんであんなになったの?!」

「わかるわけがないでしょう!! なんですかあれは!」

 

 森の中を逃げようとしてはっとした。エルがさっきまであたしたちを襲うまでに時間を空けた理由。木々の間に光の玉が見える。それは殺傷力のある魔力の塊。どういう魔法でそうしているかはわからないけど、浮遊していた。

 

 森の中は光の玉に封鎖されていた。四方八方どこに行こうと行く手を遮られている。後ろを振り返ればエルが笑いながらこっちに向かってきている。彼女の周りにも光の玉がある。それは矢に形を変えてあたしたちを狙っている。

 

 それだけじゃない。森の中にある光の玉はすべて『矢』に形を変えていく。無数の矢があたしとフェリシアを狙っている。逃げ場はない。あたしはクールブロンを握りしめた。

 

 すべての矢が殺到する。すさまじい速さで迫るそれをあたしは見ない。見たって避けられない。代わりにクールブロンの魔力を使う。光輝く魔銃を杖のようにして地面をたたく。

 

「アースクエイク!!」

 

 詠唱している時間はない。地面が盛り上がり、土の壁ができる。あたしたちを中心に隆起した地面に無数の光の矢が刺さる。

 

「ぐぐぐ」

 

 あたしはクールブロンを中心に魔法陣を展開する。作り出した土の壁は光の矢に攻撃を受けてどんどん崩れていく。それをさらに大地を操り補強する。魔石の魔力はなくなっていく。

 

「貴様……なんだこれは!!」

 

 後ろで叫ぶフェリシアに反応している時間はない。彼女の足が地面に取り込まれて動けなくなっている。まあ、あたしがしたんだけど。この土の壁の中なら少なくとも安心だよ。ちょっとここにいてよ。

 

 クールブロンを肩に自分で作った土の壁に足をかけてのぼる。わ、滑りそう。でも上から見れば死んだ目であたしを見上げるエルがいた。にひりと笑ってた。こわい。

 

 できれば魔力を使いたくはない。……クールブロンのため込んだ魔力を使って魔法を発動しているけど、無詠唱だって普通よりも力を使う。本当はミラとの戦いのためにため込んだはずなのに、うー。でも今そんなことを考えていたら負ける。

 

「ひひひ」

 

 というか殺されそう。目がやばいもん。

 

 エルはまた体から光の玉を出す。それが『矢』になってあたしを狙っている。前の戦いのときは制服に魔力を通して防御した。でもあの光の矢の攻撃力は中途半端な防御は貫通してくる。

 

「もうさ、エルは負けたんだから攻撃してくるのは反則だよ。わかってんの?!」

 

 言ってやったけどエルはあたしを無言で指さした。

 

 そして光の矢はこちらを狙っている。ああ、そうか。どうしてもやるっていうんだね。本当ならミラのところに行きたい。でも、ここにフェリシアを置いていくわけにはいかない。

 

 クールブロンにためていた魔力は少なくなっている。ここから先どうすればいいのかわからなくなってきた。

 

「いいよ。マオ様が相手してあげるよ」

 

 長く時間をかけるわけにはいかない。隆起した地面を踏みしめてあたしは跳んだ。そのまま駆け下りていく。

 

 エルが笑っている。手をふりおろすと光の矢があたしに向かってくる。

 

 クールブロンの魔石が光る。あたしは叫んだ。

 

「アクア!」

 

 水の壁があたしを包む。光の矢が迫ってくる。

 

「クリエイション!」

 

 水が人の形を作る。あまり長い時間は発言できない。水が『力の勇者』の上半身だけを形作る。あたしは魔力の流れを操作して、水人形の腕を振るう。光の矢を部分的に強化した拳で撃ち落とす。

 

 光の矢が粒子になって消えると同時に、水人形も形を失う。

 

 あたしはクールブロンをエルに向けて引き金を引く。弾丸が発射されて、エルに直撃する。防御力の高いフェリックスの制服の上からだから致命傷にはならない……それでも多少ダメージはあるはず。

 

 のけぞったエルが顔を上げる。にやぁといやらしい笑いをする。効いてない……いや感じてない。あたしはクールブロンのレバーを引いてそして弾丸を込めなおそうとした。

 

 エルが下がる。彼女森の中で笑いながら手を上にあげる。

 

「ひーひゃはは!」

 

 彼女の体が光輝く。黄金の魔力があふれ出して空に上がっていく。膨大な魔力だ。なんでこんな力が彼女にあるんだなんて考えそうになってすぐにやめた。

 

 エルのあれは魔法とは言えないかもしれない。魔法は魔力を何かに変質させたり、物体を動かしたりする。港町で戦った時もそうだけど純粋な魔力を矢に纏わせていた。今は矢すらない。

 

 それがあたしの頭上に浮かぶ無数の光の玉。やがて矢の形になって地面を指す。……あれはすぐに落ちてくる、すべてが一斉に雨のように。そうなったらもう終わりだ。逃げ場なんてない。

 

 ――だからクールブロンの文様に魔力を通す。そして両手で思いつっきり空にぶん投げる。

 

「ごめんモニカ!」

 

 使わないって約束してたけど、クールブロンは白い魔法陣を展開しながらくるくると回りながら上がっていく。あたしの力は弱い、両手で思いっきり投げてあれくらい。

 

 白い光が黄金の光と交わる。エルの出した光の矢をその魔石に吸収していく。これで空からの攻撃なんてできない。

 

「ひゃああああ!」

 

 あ

 

 エルが迫ってくる。手にはクールブロンがない。魔力もない。金髪の弓使いはあたしに手を向ける。そこに急速に魔力が宿り、光の矢を形成する。やばい。よけられない。時間がゆっくり見える。……空からの攻撃は囮だった? それとも本能で攻撃してきた? どうでもいいことが流れていく。

 

「アイスランス!」

 

 後方から氷の槍が飛んだ。エルは眼を見開いて光の矢で撃ち落とす。砕けた氷があたしの顔をたたく。振り返るとフェリシアが土壁の上に立っている。彼女が言った。

 

「私が……人間なんて助ける……不愉快ですから、さっさと終わらせなさい」

 

 ……空からクールブロンが帰ってくる。魔石は金色の光輝いている。

 

 エルの目が光る。正気を失っているように見えるけど、さっきから攻撃に冷静さを感じる。どこから合理的な動きを彼女はしている。

 

 彼女は右手を前に出した。すべての魔力が彼女の右手に集中していく。黄金の魔力が矢……いや大きな槍のように形作られていく。すさまじい魔力量はクールブロンに込められた魔力を上回っている。

 

 あたしはそれでも白い銃を掴んだ。魔石からすべての魔力を取り出す。

 

「…………っ!!」

 

 エルが叫ぶ。その瞬間あたしに魔力の槍が放たれた。何重にも重ねられたような魔力の塊である光の槍。クールブロンの文様は空に浮かんだ「攻撃に移る前の魔力」を吸収できた。放たれた槍には間に合わない。

 

 だからあたしはこれを迎え撃つ。右手にクールブロンを掴んで、左手に魔力を集中する。

 

「クリエイション!」

 

 魔力が糸のように広がっていく。それは光の盾に形を変えていく。あたしは左手を前に一歩踏み出す。

 

 槍と盾がぶつかり合う。強烈な光が森の中を照らす。光の盾が崩れていき、魔力の糸に戻っていく。あたしは左手を振るう。それで糸がまた形を作る。新しい形を魔力の糸が紡ぐ。

 

 魔力で作った剣。あたしはそれを掴んだ。

 

「やああ!!」

 

 踏み込んだ。魔力の剣には重さはない。これならあたしでも振るえる! ついでに切れない! 光の剣をエルの胸元に叩き込んだ。

 

「……っ!」

 

 彼女が後ろに吹き飛んだ。ぐしゃっと背から地面に倒れこんで、動かない。あたしの手から剣が粒子になって消えていくと同時に、あたしも膝をついた。

 

「は、はああ」

 

 なんとか勝った? それでも相当疲れたし、ミラのためにとっておいた魔力もない。空になったクールブロンを杖代わりに立ち上がる。……それでもミラとは……あたしは。そうだ、まだ終わりじゃない。

 

 その時気が付いた。倒れこんだエルの前にフェリシアが歩いていく。彼女は倒れたエルに向けて、右手を向けている。魔力を集中し青い魔法陣が展開される。

 

 フェリシアの冷たい声が響く。

 

「死ね」

 

 あたしは思わず、フェリシアに叫んだ。

 

「だめだよ!」

 

 クールブロンを手放して彼女に飛びつく。必死になって止める。フェリシアはあたしを引きはがそうとしてくる。

 

「……こいつは明らかに私を殺そうとしてきた。これは正当防衛です」

「そ、それでもだめだよ」

「貴方も今殺されそうになったでしょう。何をかばう? 人間だからですか?」

「違うよ。とにかく落ち着いてよ」

 

 フェリシアの紅い瞳があたしを見る。

 

「落ち着いています。この女はこの勝負のルールすらも無視して私を攻撃してきた。それも殺傷力のある魔法で」

 

 あたしはフェリシアを背中から抱き留めている。魔族の力を抑えるにはこうするしかない。

 

「だめだよ!」

 

 確かにエルが何で攻撃してきたのかは全く分からない。正気を失っているようにも見えた。あたしとフェリシアを殺そうとしたということは事実だ。

 

「フェリシア。戻れなくなる」

「殺そうとしてきたものを殺す……ただそれだけです! それの何が悪い? 離せ」

「…………悪いとか良いとか、そんなの……超えたらもう意味ない。だからだめだよ、フェリシア」

 

 フェリシアがあたしを振り払う。地面に転がされた。彼女は言った。

 

「では、私が殺されていても何もするなとでもいうのですか? お優しいことですね。つい今しがたこいつは私たちを抹殺しようとしたのですよ?」

 

 あたしは立ち上がる。足が少し震えている。それでもフェリシアを見る。……どういえばいいんだろう。言葉を探しても、見つからない。一度目を閉じた。

 

「…………魔王と一緒だよ」

「はあ?」

「昔、人間に敗れた魔王なんて何にも考えてない馬鹿だったんだ」

「なにをいきなりいっているのですか? 頭がおかしくなりましたか?」

「やられたからやり返して、やり返したからやられて……そんなずっとずっと続くような深い闇の中に自分から入っていった馬鹿が……もう少しだけ、ちゃんと考えていたなら、もっと何かができたかもしれない」

 

 フェリシアのための言葉がわからない。どういえば伝わるんだろう。

 

「だから、だからだめだ。フェリシアはそんな馬鹿の真似をしたらだめ。お願いだから。エルを許してあげてほしい……」

「許して……? 正気ですか。何度も言いますが、この女は貴方も殺そうとしたのですよ?」

「わかっている。理不尽だと思う……ごめん、あたしは、馬鹿だからうまく言えない。それでも、取り返しのつかないことは……ずっと続く地獄だよ……」

 

 フェリシアに体に縋るように願う。魔族の少女はただ舌打ちをした。

 

「魔王様を侮辱し、挙句の果てに敵をかばう気色悪い言動…………」

 

 フェリシアはあたしを突き放す。そして彼女は自分の肩を掴んだ。

 

「さっき貴方に治療された借りを返す。この女を今回限り見逃すことで貸し借りなしです」

 

 ふんと魔族の少女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。あたしは地面に両手をついて息を吐く。力抜けそうになる。でもまだ終わりじゃない。なんとか立ち上がってクールブロンを拾う。

 

「フェリシアありがとう」

「……」

 

 返事はしてくれない。……あたしはエルに近寄る。流石に目を覚ました時にまた襲われたらたまったものじゃない。手足くらいは縛っておいた方がいいかも……? あれ、なんだ。

 

 彼女の胸元がさっきの攻防で破れている。そこから胸の真ん中に埋め込まれるように『魔石』がはめ込んであった。

 

「なにこれ」

「……」

 

 あたしとフェリシアは疑問に思ったけど応えてくれる人はいない。……それに今は時間がない。あたしはいかないと行けない。

 

 



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決戦前!

 

 倒れているエルのことを覗き込むように見てみる、気絶しているみたいだけどちゃんと息はしている。……ううん。それよりも気になるのは彼女の胸元に光る『魔石』だ。なんでこんなものが体につけられているんだろう。

 

 もしかしてさっきの普通の魔法とも違う異常な力はこれが原因なのかな。そう考えてはっとした。あたしは横でぶすっとした顔をしているフェリシアに言う。

 

「フェリシア。上着貸して!」

「……なぜですか」

「いいからさ、ほらお願い」

「……引っ張らないでください。あと嫌です。自分のを使えばいいでしょう」

「そうしたいんだけど、制服にかけられた防御魔法がないとリタイアみたいになっちゃうし……お願い!」

「…………はあ。まあ、もう返さなくていいです。これはあのウルバンが持ってきたものなので」

 

 お礼を言ってフェリシアに借りた上着をエルの上にかける。よし。

 

「何しているんですか?」

「だって恥ずかしいと思うし」

「さっきまで命のやり取りをしていたというのにくだらないことを気にしますね」

 

 まあ、いいじゃん。それじゃあ、そろそろ行こう。そう思って足を上げかけたところで、むくりとエルが上半身だけを起こした。普通にびっくりした。

 

「わっ!?」

「……」

 

 エルがきょとんとした顔であたしを見ている。フェリシアは少し下がったのは多分警戒している。

 

「私は……なんでここに寝ているのですか?」

「あ、正気になったんだね。えっと、ごめん。すごい暴れてたから強い魔法をぶつけちゃったから……」

「……暴走……していた? その時の私を貴方が倒した? ……それはすごいですね」

 

 エルは何か考えている様子だった。ふとかけられた上着に気が付く、あたしとフェリシアを見ていう。

 

「まさか魔族の方に情けをかけられるとは……ありがとうございます」

「何か勘違いしているようですが、それをやったのはこの人間です」

「そうですか、どちらにせよありがとうございます。さて、私の役割も終わりましたし、今日は帰るとします」

 

 そう淡々というエル。さっきまでとは打って変わってすごい冷静で感情が読み取れない。あたしは疑問に思った。

 

「あ、あのさ。エルはソフィアの仲間だとおもうけど」

「仲間? 違いますね」

「でも一緒にいる気がするんだけど」

「一緒にいるからと言って親しいわけじゃありません。あれは私の所有者です」

「所有者?」

「……詳しいことが知りたければあれから直接聞いてください。私にそれを言う権利はありません。私は別にこの模擬戦にも特段の興味はありません。ああ、そうだ。強いているならマオ。あなたの魔銃ともう一度戦ってみたかったというのはありますが……気を失っていたのは残念かもしれません」

 

 話をするときエルはずっと表情を動かさない。その瞳があたしをじっと見ている。魔石のことを聞こうと思ったけどやめた。なんだか深い事情がありそうな気がする。

 

 彼女は少しよろけながら立ち上がった。とりあえず大丈夫そうかな、あたしはクールブロンを持ち直した。

 

「それじゃあ、あたしはいくからさ」

「待て」

 

 不意に声がした。その方向を見たら長身の男性が息を切らして山を登ってくる。クロコ先生だった。

 

「はあはあ、やっと、追い付いた。おいお前ら……なんだマオ以外は脱落か……いやそんなことはいい、この模擬戦は中止だ」

 

 一瞬言われたことの意味が分からなかった。ただそれを理解した時にあたしはクロコ先生に対して少し感情的に言った。

 

「なんでさ! まだミラとの決着がついてない……ここでやめるわけにはいかないよ!」

「気持ちはわかる……だが流石に想定外だ。お前らだったわかっているだろうが、マオのパーティーにいた魔族の女の子が『魔骸』を使えるとは思っていなかった。しかもミラスティアにチカサナが聖剣を渡しちまった。もうめちゃくちゃだ」

 

 クロコ先生はだるそうに腰を落とした。

 

「とにかく危険だ。だから中止する。お前だってわかっているだろうが」

「…………」

 

 クロコ先生があたしを見る。言っていることはすごくよくわかる。この瞬間にも近くで強力な魔力のぶつかり合いを感じる。時折雷撃が空をかすめる。

 

「たかが模擬戦だ。別に機会はまたある」

 

 ……あたしはその言葉を聞きながらミラのことを思い出していた。

 

 今回あたしとミラが対立することになったのはいろんなことが裏にあったんだと思う。それをあたしは聞くわけじゃなくて感情的にぶつかってしまった。……確かにクロコ先生の言う通り普通に考えたらまた『次』がある。

 

 あたしは、いつか「私」と出会った3人の旅人のことを思い出す。あの人たちとの『次』はなかった。

 

 空いてしまった溝はそう簡単にふさがらない。どんどん深く深くなっていく。あたしはそう思うとミラが離れていってしまう気がした。それが怖くてしかたなかった。

 

「……嫌だよ」

「聞き分けのないことを言うなマオ。今回のことは俺も甘く見ていた。お前の仲間が大怪我をするなんてことはお前も望んでないだろ」

「そうだけど……それでも」

「いいからあきらめろ」

 

 クロコ先生はあたしに向かって言う。その言葉は正しいと思う。でもその言葉に従った先に何があるのかわからない。誰が悪いとかそんなんじゃない。あたしの中で今ここでミラと向き合わないといけないって思っている。

 

「模擬戦は中止だ。これは決定だ。ほかのやつを探す」

「待って」

「待たない」

 

 クロコ先生が踵を返す。あたしはうなだれてしまう。ここまでモニカもみんなもやってくれたのにこんな結末になるなんて……。

 

 あたしのおしりが蹴飛ばされた。ふぎゃ! こけた拍子に鼻を打った。見ればフェリシアが両手を組んだままあたしを蹴っ飛ばしたんだ。

 

「な、なにするのさ?」

「いや、さんざん私の話を聞かないくせにその男の話には変に聞き分けのいいところがむかつきまして」

 

 フェリシアは言う。

 

「前から言っている通り私はこんな戦いに何の興味もありません。そこの馬鹿女の不意打ちで私は脱落していますし。正直もう帰りたいくらいなんですよ」

 

 フェリシアは顔を上げる。

 

「魔族にとって『魔骸』というのは特別なものでモニカさんがどういう理由であれ貴方のためにそれをしたのなら中途半端なことは許したくはありませんね」

「……フェリシア」

「負けても勝ってもどうでもいいですか、とりあえず結着はつけてほしいものです」

 

 クロコ先生が振り返る。

 

「おいおい、勝手なことを言うな、授業は終わりって言っているだろうが」

「だから、何度も言わせないでください。私はそんなものには興味がないんですよ」

 

 フェリシアはあたしをみる。

 

「そこの男が中止と言おうが何だろうが、そんなことは無視すればいいんですよ」

「めちゃくちゃいうなよ!? おまえ!?」

 

 クロコ先生が焦り始める。

 

「めちゃくちゃ? ふん。こんなわけのわからない得もないことに参加させられている私の身にもなってください。今更ってやつでしょう」

 

 フェリシアは両手を組んだまま淡々と話をしている。紅い瞳にあたしを映す。

 

「それであなたはどうするんですか?」

「……そうだね」

 

 あたしはクロコ先生に向き直った。それで頭を下げる。

 

「ごめん先生! あたしはいくよ!」

「ま、まて」

「無駄ですよ先生」

 

 そういったのは草むらをかき分けて出てきた赤い髪の女の子だった。もちろんラナだ。そばにはニーナがいる。二人はボロボロだったけどその襟には生命石が輝いている。

 

「ラナ! ソフィアに勝ったんだね」

 

 あたしの声にラナがふっと笑ってからはにかみながら「あたりまえよ」って返してくれた。エルが少しだけ何か言った気がするけど聞き取れなかった。

 

「クロコ先生。そいつ一度言い出したら絶対話を聞きませんから」

「そうだな」

 

 ラナとニーナがうんうんと頷きあっている。クロコ先生は言う。

 

「い、いやだからなお前ら、いきなりやってきてなんだ!? 今回中止にするだけでまた機会は作って……」

「だめだよ」

 

 あたしは前に出た。

 

「確かにクロコ先生はそうしてくれるとおもうよ。でも、ミラと全力でぶつかれるのは今日だけだと思う。だから授業は中止してもいいけどさ! あたしはいくよ!」

「……あ。あー」

 

 クロコ先生は思い切りため息をついた。彼はあたしと周りを見た。

 

「なるほど、マオが問題児的に言われていることの意味が分かった気がする」

「ごめん先生」

「いいや……。お前の周りは予想外のことばかり起こるなぁ。なあ、マオ」

「なに?」

「そこまで言うなら止めたりはしないさ。……おいおい、そんなに嬉しそうにするなよ。中止したってやめないっていうんだからもうどうしようもないだろう。力づくでお前らを抑えるわけにもいかないし

な。……はあ、予想を超えすぎててもうどうなるか俺にはわからん。この山の伝説にある竜でも出てきたら流石に笑っちまうがな」

 

 ありがとう先生。そう思った時、一層強い魔力の波動を感じた。なんとなくモニカが呼んでくれているような気がした。あたしはラナとニーナに目を向ける。二人はそれだけで頷いてくれる。あ、それと。

 

「フェリシア。ありがと!」

「……」

 

 この魔族の少女は無言でそっぽを向いた。すごく『らしい』って感じがする。でも、とりあえずこの戦いで最後になる。ソフィアがいなければ全力でミラに集中できる。……もちろんそれでもかなり分が悪いのは間違いない。

 

 どうなるかわからない。それでも全力でぶつかるだけだ!

 

 




体調不良で更新遅くなっていました! 頑張ります。三部はミラとの最終決戦をのこして彼女たちの結末を描きたいですね!


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天性の壁

 

 剣と斧がぶつかり合う。

 紅と白の光が交差し、つばぜり合い。二人の少女が火花を散らす。

 

 モニカがハルバードを振ると砂煙が巻き起こる。その間合いを銀髪の少女は読み切り、後ろに飛び下がる。とんと軽やかに地に降りるミラスティアの体から白い魔力が立ち上っている。

 

「はあはあ」

 

 モニカはその姿を見ながら顔をゆがめながら自らの胸を片手で掴む。どくどくと心臓の音が聞こえる。力が溢れてくることは変わらない。しかしモニカは気を抜けば倒れてしまいそうだった。体中が悲鳴を上げていることがわかった。

 

「……魔骸が禁忌とされていることが…………わかりますね」

 

 力を制御できないのではない。自分の意志に反して体の奥から魔力が湧き出てくる。これを続ければいつか体がバラバラになってもおかしくないとそう感じた。

 

 モニカはそれでもハルバードを握り構える。彼女を紅い魔力が包み込んでいる。

 

「…………」

 

 聖剣を構えるミラスティアはその姿を見つめている。魔力量はモニカが上回っている、それでも優勢を崩さないのは超絶的な技量が彼女にあるからだった。相手の攻撃力の方法もその範囲も感覚で理解し、そして経験と知識で補強する。

 

 『魔骸』という絶技をもってしてもミラスティアの天性は傷を許さない。

 

「……」

 

 ミラスティアはマオと出会ってから強敵と何度も戦った。

 

 災害級の魔物である黒狼と戦い。 

 

 水路において『魔骸』を使う魔族と戦い。

 

 仮面の男という自らを上回る技量の敵とも戦った。

 

 彼女はそれらすべてを吸収している。

 

 あらゆる困難や優れたものをその瞳は自分の中に蓄積していく。マオと出会った当時のミラスティアよりもはるかに彼女は強い。

 

 そして何度か魔王の生まれ変わりにに体の中の魔力の流れを調整してもらったこともすでに彼女は自らのものにしている。ゆえにその魔力によどみはない。

 

 今この瞬間にもモニカとの戦闘を彼女は吸収し続けている。剣を振るうごとに彼女は強く洗練されていく。それは対峙しているモニカが最も理解していた。戦いながら成長していく姿は恐怖がわずかに感じている。ただ、魔族の少女はそれよりも笑えて来た。

 

「……はっ」

 

 むちゃくちゃな才能は死力を尽くしても崩すことができない。

 

 それでもモニカは踏み込んだ。斧を振り下ろし地面をたたき割る。その瞬間に側面に回ったミラスティアが剣を振るう。聖剣の一閃を身を捻ってかわすモニカの襟元が切れる。

 

 二人は交差し、攻守を目まぐるしく入れ替えながらぶつかりあう。だがモニカは感じていた。ミラスティアの剣はさらにするどら差を増している。一閃、そしてさらに剣を振るうごとにわずかずつ速度を増していく。

 

 強力な一撃をハルバードに受けてモニカはわずかに下がった。魔力の充実した今の自分を下がらせるその攻撃にモニカは驚嘆しつつ歯を食いしばって踏みとどまる。

 

 強力に体を強化してモニカは円を描くようにハルバードを振り回した。踏み込んだ足元にひびが入り、そして豪風のごとく斧を旋回させる。しかしミラスティアは間合いから離脱している。しかしモニカはそれを予想していた。

 

 斧に魔力が収束していく。紅い魔力は刃を包む。ミラスティアをモニカは正面から見据える。腰を落とし、腕を振るう。

 

 紅い魔力が斬撃になりミラスティアを襲う。

 

 それを見て銀髪の少女も聖剣に魔力を通す。その刀身から青い光を放つ。それは聖剣の力である雷撃であった。ミラスティアは雷を纏った剣を一閃させる。

 

 紅い斬撃と青い雷撃がぶつかり衝撃が奔る。

 

 モニカは自らの腕で体をかばう。直接触れているわけでもないのに吹き飛ばされそうになる。衝撃波に制服がばさばさと揺らめく。だからこそその一瞬を見逃した。

 

 次に目を開けた時ミラスティアは聖剣を頭上に構えていた。彼女を中心に青い雷光が渦を巻くようにほとばしる。強力な魔力が聖剣から放たれている。

 

「モニカ」

 

 その技はすでにモニカは見せていた。魔力を刀身に集めて渦のように成す『メイル・シュトローム』を見ただけでミラスティアは応用し顕現して見せた。その姿にモニカは言葉が出なかった。

 

「行くよ」

 

ミラスティアは雷を纏って翔ける。空から打ち下ろす剣はまさに『雷』のようだった。

 

「くっ。マオ様」

 

 モニカは斧を構える。彼女は自らの魔力を斧に込める。今使えるすべての魔力を紅い力に変えて地面に突き立てる。

 

 そして集中した魔力で壁を作り一撃に耐えようとした――紅い魔力壁と聖剣がぶつかりあい。次の一瞬にばちりと彼女の目の前が青く光る。雷光が目の前を灼いた。

 

 生命石の防御魔法が発動しモニカが吹き飛ばされる。地面に何度か叩きつけられて止まった。彼女は立ち上がろうとして手に武器がないことに気が付いた。防御魔法のおかげでまだ動ける。しかし急速に体から力が抜けていく。頭部に結晶化していた魔力の「角」が形を失って砕けた。

 

 『魔骸』は解除されていた。モニカはその反動だろううまく体を動かすことができない。

 

 それでも体を起こした彼女の首筋に剣が付きつけられる。モニカが見上げらればミラスティアが静かに彼女を見下ろしていた。

 

「これで決着だね」

「…………」

 

 モニカはその言葉に胸をえぐられる様な敗北感を味わった。死力を尽くしてもまだ届かないどころか、最終的に自分の技を吸収されて負ける。目の前の彼女にそのような気持ちがないことは重々わかっていても嘲笑われるような気持がにじみ出る。

 

「とどめを……刺したらどうですか?」

「…………うんそうだね。私はこれからマオ達もちゃんと倒さないといけないから」

 

 ミラスティアが剣を振るおうとしたその瞬間に声がした。

 

「ミラ!」

 

 その声にモニカは眼を閉じた。ただ小さく声を漏らした。

 

「……マオ様」

 

☆☆

 

 たどり着いた場所は戦いでいたるところが崩れている。

 

 当然といえば当然かもしれない。魔族の全力を振るう『魔骸』と聖剣の所有者が戦ったのだから。その中でミラがモニカに剣を突き付けている場面だった。あたしはとっさに声を出した。

 

「……」

 

 ミラは黄金の瞳をあたしたちに向けて表情を崩さない。ぞくりとするような不思議な威圧感があった。

 

「来たんだねマオ……それにラナもニーナも。少し、予定と変わっちゃったね」

 

 ミラの口調は穏やかなのにひどく冷たく感じた。あたしの後ろにいるラナ達も雰囲気を察したと思う。あたしはごくりと息をのんで、でもそれでも話しかけた。

 

「ほかのみんなは倒したよミラ」

「そう……ソフィアも結局はマオには敵わなかったんだね」

「あの子を倒したのはラナだよ」

 

 その言葉に少しだけミラは反応した。

 

「そうなんだ。……モニカの力といい、私の予想は外れちゃった。……本当なら最初の奇襲で全滅させるつもりだったんだけど」

 

 そう、あの瞬間にモニカが力を使ってくれなかったらあたしたちはその場で負けていたかもしれない。もしくはソフィアが協力していたら……。

 

 ミラは剣を振るった。膝をついているモニカの首筋に防御魔法が展開されて襟元にある生命石が砕ける。それがきらきらと落ちていく。モニカは首元を抑えて呆然としている。

 

「ミラ!」

「……これでマオの勝ち目はもうないよ。私と曲がりなりにも打ち合えるのはモニカだけだったから」

 

 ミラはあたしたちに向かって体を向ける。整った顔立ちを聖剣の青い光が照らす。いつも優しげだった彼女はそこにはいない。

 

「……マオ。3人で戦っても私には勝てないよ。ちょっと時間がかかったけど……ここで終わらせるから」

 

 



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