【完結】私はプレインズウォーカー。 (デーテ)
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第1部 2年生編
1.灯


 新学期が始まり、高校2年生になった私は隣の席に座った綺麗な女の子と仲良くなった。

 その子はアイちゃんといって、艶々の黒髪を長く伸ばしていて、オタクだった。好きなアニメやマンガの話をして意気投合した私達は早速遊ぼうということになり、アイちゃんの家へとやってきたのだった。

 

 

 

「えっ!? こんな紙切れが1,000円もするの!?」

 思わず大きな声を出してしまった。

「強いから仕方ないね」とアイちゃんは微笑んで言った。

 強いってなんだよ、と私は思った。手に持った紙切れ、アイちゃんが言うには《マジックのカード》とやらは大層な価値があるらしい。

「ほえ~」と私はおののきながらアイちゃんにカードを返した。

「こういうカードを60枚集めて、組み合わせて、自分の山札を作るの」

 60枚! と私は思った。つまりそれは。

「ろ、6万円……ッ!」

 恐ろしい。と私は思った。

 今居るアイちゃんの部屋はきちんと整理されていて、机やベッドや本棚があって、ちゃぶ台を挟んで向かい合っているアイちゃんはニコニコ笑ってて、ちゃぶ台の上には推定6万円の山札があって、そして恐ろしいのは、アイちゃんの背後にはカードが詰め込まれた箱が山盛りになっているのだ。

 あの沢山の箱にはカードがめっちゃ沢山ぎゅうぎゅうに詰め込まれているのだ!

「富豪じゃん」と私は言った。

「おほほ」とアイちゃんは金持ちの真似をした。

「へへ、肩でもお揉みいたしやしょうか」

「ふふ、手下Aじゃん」

「ていうかマジで金持ち?」

「箱の中のカードは1枚10円とかよ。数が多いのは、何年もかけて集めてたらいつの間にかって感じね」

 アイちゃんはニコッと笑ってお茶を飲んだ。

 私もお茶を飲んだ。そして気付いた事を尋ねた。

「このカードって、集めて山札作って、そんで何するの?」

「戦うの」と嬉しそうにアイちゃんは言った。「やってみる?」

 そういう事になった。

 

「対戦型カードゲームって分かる?」とアイちゃんは聞いてきた。

「あー、俺のターン、ドロー! ってやつでしょ?」と私は答えた。「ルールは分かんないけどアニメ見た事あるよ」

「100点。パーフェクト」とアイちゃんは言った。

「採点甘過ぎない?」

 アイちゃんはカードの詰まった箱のあたりからゴソゴソと何かを取り出してきた。

「これはカードショップで配られてる初心者用の山札。タダで貰える奴だからあげる」

「えっ、神ショップじゃん。ありがとう」

 小さくてスリムな箱を5個渡された。

「マジックにはね、5種類の属性があるの。白青黒赤緑の5色。適当にどれか開けてみて」

 促され、適当に取った箱を開けた。

 ビニールに包まれたカードの束と、《ルール参照カード》なるものが出てきた。

 アイちゃんにカードの読み方と簡単なルールを教えてもらい、取り敢えずやってみた方が早いと言われたのでそうする事にした。

 

「もう完璧に『理解』したわ」と私は言った。

 手札を公開してアドバイスを貰いながら何度か遊び、基本的なルールを把握した。めっちゃ面白いと思った。《色》毎の得意な事や苦手な事も分かった。もはや極めたと言っても過言ではない。

「じゃあ、手札の公開無しでしてみる?」とアイちゃんは言った。

「うん」と私は返事をした。「する」

 

 シャカシャカと山札をシャッフルしてアイちゃんに渡す。アイちゃんは受け取った山札をシャッフルしてから私に返した。これは《カット》と呼ばれる儀式で、いわゆる《積み込み》を防ぐ効果があると信じられている。

 お互いの山札をカット&シャッフル。

 そして先手と後手を決めるためにサイコロを使う。出た数字の大きい方が先後を決める権利を得る。サイコロが無ければじゃんけんでも良い。

「じゃーんけーん」「ポン!」

 私の先手で始まる事になった。

 

 一進一退。九死一生。熱戦死闘。なんやかんやで勝ったり負けたりした時には、私はすっかりハマってしまっていた。

「めっちゃ面白いねコレ」と私は言った。

 テンションが上がって、胸の奥がちょっと熱い。

「マジックの世界へようこそ」とアイちゃんは言った。「あなたはプレインズウォーカー」

 

 こんな感じで私は《プレインズウォーカー》になった。



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2.ウークタビー・オランウータン

「ターンエンド! ユーリちゃんの番どうぞ」とアイちゃんが言った。

「あいあい。アンタップ、アップキープ、ドロー」と私は言いながらカードを1枚、山札から引いた。

「あ、アイちゃんに貰ったスーパーウルトライケメンワームくんだ」

 私は嬉しくなって対面のアイちゃんに報告した。

「えっ、この場面で引いてきたの? ユーリちゃんすごい!」アイちゃんはニコニコと笑って誉めてくれた。

 私は戦場に出している《森》カードの枚数を数えた。ピッタリ8枚。《森》カードをタップして、ホワッ! って感じで緑のマナを出した。カードの説明欄にはめっちゃ強そうな事が書いてあるし、なんと《氷河期の災厄の象徴》とかいうチョーイカス二つ名まである。

 私は、ニヒルな笑みを浮かべてるように見えるワームくんを戦場へと降臨させた。

 

 アタックアタックアタック。ワームくんは大暴れして、アイちゃんが並べてた小さい生き物たちを次々となぎ払っていき、最後は空を飛ぶ馬の怪物と凄絶な相討ちを遂げた。

 パワーとパワーがぶつかり合う光景は、なにやら胸の奥を熱くさせるものがあると思った。

 

 

 

 ここ数日、私達は学校の授業が終わるとソッコーでアイちゃん家に集まり、ヤりまくった。覚えたてなのでヤりまくっていた。

 アイちゃんは疲れ知らずで、私が「しよ?」とねだったら必ずニコっと笑ってから「うん」と頷いてくれるのだ。

 始めたての私を気遣って無理をしているのでは? と思ったので聞いてみた。

 ちょっとビックリしたみたいな顔をしてから、アイちゃんは語った。

 

「小さな頃、近所に住んでた友達と、その子のお姉ちゃんが私にマジックを教えてくれたの。すっごく楽しかった。でも、その人たちは引っ越しちゃって」

 

「え~、うわ、残念だったね」と私は心の底から言った。アイちゃんがめっちゃションボリした顔をしたからだ。

 

「うん、残念だった」とアイちゃんは頷いた。「でもマジックを辞めるつもりは無くって、カードを買ったりデッキを組んだりは続けてて。高校生になってからはカードショップの大会に出たりもしたんだけど、独りで通うのも寂しくって……」

 

「うんうん」と私は頷いた。

 

「だから、ユーリちゃんがマジックにハマってくれていっしょに遊べるの、すっごく嬉しい。マジサンキュー」とアイちゃんは笑った。

 

「ええんやで」と私も笑った。

 

 わっはっはっはと二人で笑いながらも、私はドキドキしていた。アイちゃんは最後に茶化した言い方をしたけれど、目尻に少しだけ光るものを見つけてしまったからだ。

 

(マジで寂しかったんだなぁ)と私は思った。

 

 お互いハグしあいながら心の友よごっこをしていると、ふと気付く。

 今アイちゃんが使っている山札は、無料で配ってるらしい初心者用のデッキだ。

 では、アイちゃんの本来のデッキはどんな物なのだろう。

 マジックはめっちゃ楽しい。でも正直、同じカードばかりを見すぎて飽きそうでもある。

 

「アイちゃん」と私は言った。「アイちゃんの組んだデッキ、使いなよ」

「えっ、いや、やめといた方が」とアイちゃんは言った。「カードパワー的なアレが違う的な」

「いやいや、ほら、マンネリしちゃうと良くないって言うじゃん。新しいプレイとか開拓してかないとさ。ね?」と私は説得にかかる。「ちょっとだけ! ね? 試しに、さ。ほんのちょっと!」

「あー、確かにー? 一理ありますねコレは?」

 そういうことになった。

 

 

 もちろん私はボロッボロのギッタンギッタンにされた。

 コテンパンを古典パンって書くと秘密道具みたいだなとか考えてた。



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3.言わなくてはいけない事

「アイちゃん、私ね、気付いちゃったかもしれない」と私は言った。

 手に持ったカードは、ニヒルな笑顔が似合うワームくん。説明欄には長い文章が書かれていて、ワームくんの恐ろしさを伝えてくる。この長い文章をぎゅっと濃縮すれば、それはきっと《絶望》や《畏怖》なんかになるんだろうな。正直めっちゃイケてる。

「ユーリちゃん……」

 ワームくんのカードを持つ手に、アイちゃんがそっと手を添えて寄り添ってくれた。言わなくては。気付いた事を。

「ワームくん、てさ。もしかして、あんまり強く無いっぽくない?」

「たは~」とアイちゃんは言った。ぺちんと音をたてて自分のおでこを叩いた。

 空を見上げる。青い空。雲ひとつ無い蒼穹。でも今だけは、私にだけ雨が降って頬を一筋流れて行った。

 

 

「と言うわけでワームくんデッキから抜きまーす」と私は宣言した。

「やむなーし」とアイちゃんは言った。

 アイちゃんの部屋。私達はラグが敷かれた床に座り、ちゃぶ台を囲んで向かい合っていた。

「でもワームくんは格好良いし、アイちゃんに貰ったお気に入りなので大切に保管しまーす」

「ふふ、ありがと。コレあげる」とアイちゃんが何かくれた。

 何だろコレ。ビニールで出来た、袋、かな? ずいぶん小さくて薄い。たぶん薄さ0.01ミリとかそんなもん。

「これはカードスリーブっていう、カードを保護するための袋なの」

 おー、これが。私はワームくんを丁寧にスリーブへ入れ、少し考えてから生徒手帳に付いてるポケットにしまった。

「アイちゃんありがとう」と私は礼儀正しくお礼を言った。

「どういたしまして」とアイちゃんはニコニコと笑った。

 

 それはさておき。

 ワームくんを抜いたので、代わりのカードを入れなくては。

「ユーリちゃんに言わなきゃいけない事があるの」とアイちゃんが言った。

「なになにどうしたどうした」

「マジックのデッキは60枚以上で組むの。でも最初に渡した箱には30枚で構築された《ハーフデッキ》が入っていたの」

「なんと」

 箱を手に取り、裏面に書かれた文字を読んだ。

「30枚からなる構築済みデッキとルール参照カード入り。わ、ほんとだ」

「ユーリちゃんが使っていたのは、緑のデッキにワームくんを足した31枚デッキだったの。今はワームくんが抜けたので元の30枚ね」

 つまりあと30枚足さなくてはいけないのか。

「何を足せば良いんだ……?」と私は途方に暮れた。

「簡単な方法があるわ」とアイちゃんが言った。

 私には見当も付かないこの難題をサラリと解くアイちゃんは、まるで名探偵のようだ。格好良い。

 ビシリ、と犯人を指名するように伸ばされたアイちゃんの指は、残りの《ハーフデッキ》を指していた。

「なるほどなー」と私は言った。

 30枚足りないなら30枚足せば良いじゃない理論というわけね。ふふ、やるなぁ。

「でもアイちゃん。緑色のデッキはもうないけど」

「ユーリちゃん、これから教えるのが48の必殺マジックのひとつ、《マルチカラー》よ!」

「なんてこった! わお! そんな方法が有ったなんてぇ!」

 二人で笑いながら寸劇を楽しんだ。

 

「それで、ね」

 笑いを収めたアイちゃんは居住まいを正して、私をまっすぐに見た。長い睫毛がふるふると震えている。

「え、どうしたの?」と私は言った。

「オススメの、カードが、在って」

「うん」私は続きを待った。

「明日、学校終わったら、一緒に買いにいきまへんかぁ?」

「お、それはまさかカードショップってやつ? 行きたい!」と私は言った。

 アイちゃんは、にへらっと笑って、うんうんと頷いた。

 何でアイちゃんがこんなに緊張してるのかは分からなかったけど、珍しい笑いかたをしたその顔がめっちゃ嬉しそうに見えたので、まあ良いかな、と私は思った。



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4.ライトマイファイア

 隣を歩くアイちゃんはニコニコ笑ってるし、私もウッキウキだった。

 放課後。私達は電車に乗って繁華街的な所にやってきていた。服屋とかバーガーショップとか大きな本屋さんとか色んなお店がめっちゃいっぱいある。

 もちろんカードショップもあった。

 

「めっちゃいっぱいカードあるね!」と私は言った。

「ねー」とアイちゃんは応えた。

 カードショップは結構広くて、目当ての場所までアイちゃんが手を引いてくれた。

 紙で作られた細長い長方形の器にカードが詰め込まれていて、その器が何本も置かれている。

 

「ここはストレージコーナー」とアイちゃんが厳かに告げた。「役目を終えた戦士たちの眠る墓」

「つまりー?」

「使う人があんまり居ないカード達なのでー、すごく安い値段でカードが買えるってスンポーです。具体的には1枚10円」

「駄菓子じゃん」と私は言った。「あ、帰りお菓子買ってかえろ?」

「はーい」とアイちゃんはニコニコして言った。

 

 ストレージコーナーには先客達が居て、みんな熟練の手付きでカードをなんかしてた。

 アイちゃんも箱の前に立つと、左手にカードの束を握って、高速で右手へと移動させ始めた。なんかしてる。

「アイちゃんアイちゃん、それは何してんの?」

「これはね、目当てのカードを探してるの」アイちゃんは一旦カードをなんかするのを止めて、こっちを向いてニコってしてから説明してくれた。「はい、コレ」

 

 アイちゃんが渡してくれたのは、あんまりマジックのカードっぽく見えなかった。カードの周りが鈍い金色っぽいマーブル模様でちょっと気持ち悪いと思った。

 英語で文字が書かれてる。なんか木っぽいウネウネしたやつが燃えてて、牙の生えまくったゴリラが何頭かうろついてる絵が描かれてる。右上に書かれたマナコストの部分には、緑と赤のシンボルが印刷されてる。3マナ。

 

「こんなカード初めて見た」と私は言った。

「これがマルチカラーカード。2色以上使うので、単色のカードより強目の効果になるの」

「ほえ~」と私は言った。

 マルチカラーカード。ちょっと気持ち悪いマーブル模様が、特別っぽい感じに見えてきた。英字っていうのもなんかそれっぽい。

「良いじゃない」と私は言った。

「そのカードはデッキのキーカードとして、沢山の人に使われたの。大袈裟な人なんかは、このカードはこのデッキの魂にして心臓だ、なんて言ってた」

 魂にして心臓。なんだそれ。

「めっちゃ良いじゃん」と私は言った。

「ここはストレージコーナー。歴戦の勇者たちの眠る墓。その偉大なる者の名は《ファイヤーズ》」

「私そういうの好き!」と私は言った!

 

 

 その後アイちゃんは追加で何枚かカードを選んでくれて、一緒にお店を適当に見て廻って、ショーケースに飾られてるめっちゃ高いカードにドン引きして、電車に乗って帰ってきた。

 

 駅前の広場に出た時、空は夕暮れの橙色が茜色と混ざり、春から初夏へと移り変わる時の風がじんわりと肌を撫でていた。

 私の隣にはアイちゃんが居て、同じように空を眺めている。その長い黒髪に夕陽の光が翻って煌めいた時、唐突にそれは来た。

 

 マジックがしたい、と思った。

 

 新しいカードを使って、デッキを60枚にして、アイちゃんと向かい合って座り、土地を置いて、呪文を唱えたいと思った。

 

「マジックにはね」アイちゃんは夕暮れを眺めながら口を開いた。

「うん」

「フライデー·ナイト·マジックっていうのがあるの。金曜日の夜は、みんな集まって、マジックして遊ぼうっていう、そういうの」

「うん」

「ユーリちゃんがね、もし良かったらなんだけど」

「アイちゃん」

「今日、家に親、いないんだ」

「泊まって一晩中して良い?」

「……良いよ」

 そう言ってアイちゃんは、にへらっと笑った。

 

 アイちゃんが私の手を握り、グイグイと歩き出した。

 私も握り返し、グングンと歩いた。

 アイちゃんはいつもみたいにニコニコ笑ってるし、私もウッキウキだ。

 胸の奥が燃えるようだった。心臓と魂だ。ドクドクと脈打つそれらが熱を持ち、スパークが弾けてどこかへ飛んでいきそうだ。

 

「あー! アイちゃん!」

「どうしたのー?」

「お菓子買って行こ!」

「はーい!」

 

 ケラケラ笑いながら歩いて帰った。

 この後めっちゃマジックした。



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5.構築は難しくて、間違える事もある。でも楽しい。

 ハーフデッキを二つ組み合わせて、60枚のデッキにした。そこにアイちゃんと一緒に買いに行ったカードを組み込んで、そして代わりに何を抜けば良いんだろう。

 ちゃぶ台の向こう側に座るアイちゃんをチラリと見る。こちらを見ているアイちゃんが居る。目が逢うとニコってしてくれた。私は右手の人差し指を唇に当て、小さく音をたててアイちゃんの方へと動かした。ちゅっ。

 

「どうして舌打ちしたの?」

「投げキッスだよこの野郎」

 

 ふざけあいながら、めっちゃ迷って抜くカードを決めた。たぶんコレで強くなった。たぶん。わからん。

 

「デッキの構築には正解が無いってよく言われるよ。なので組んだら実戦で試して、徐々に完成に近づけるの」

「ならば」

「調整試合かいしー」

 

 負けまくって、その都度カードを入れ換えて、負けまくって、土地の枚数をいじったりして、やっと勝てるようになったのは深夜だった。

 疲労困憊の私はシャワーを借りて、アイちゃんと一緒のベッドで寝た。

 アイちゃんはニコニコして、楽しくて仕方ないという感じだった。

 

「良い感じになってきたね」とアイちゃんは言った。

「うん」

「マジック楽しいなぁ」

「いつかヒィヒィ言わせてやるからなー」

「楽しみー」とアイちゃんは笑った。

 あぁ、でも本当に、楽しいなぁ。

 

 

 

 目を覚ましたのはたぶん朝と昼の間くらいの時間で、枕の代わりにした丸めたバスタオルの感触が頬に気持ち良かった。

 部屋の中は薄暗く、閉められたカーテンの端から外の光が微かに零れてる。静かで、隣で寝てるアイちゃんの寝息がすぅすぅと聴こえるだけだ。

 アイちゃん。と思い、隣をそっと見た。アイちゃんは壁の方を向いて寝ていて、私からは綺麗な黒髪だけが見えた。

(あ、ちょっと跳ねてる)

 ゆっくりと手を伸ばして寝癖を撫でてみた。サラサラで滑らかな感触は、このままずっと触れていたいと思った。

(気持ち良いな。あのシャンプーめっちゃ高そうだったもんな)

 じわりと近寄って息を吸うと良い香りがした。きっと今の私の髪も同じ匂いをしているはずだ。女子力が高まっている感じがする。

 もぞり、とアイちゃんが身じろぎしたので撫でていた手を引っ込めた。ゆっくりとした動きでアイちゃんは寝返りをうち、こちらへ向かって転がってきた。腕を伸ばせば触れる距離にいたアイちゃんは、最早目と鼻の先だった。というかアイちゃんの鼻の先っぽと、私の鼻の先っぽはバッチリ触れあってる。

 もぞもぞとアイちゃんの腕が動き、その片腕は私とベッドの間を通り抜け、もう片方の腕は軽く私の背中に触る位置に置かれた。アイちゃんの目は閉ざされたままだ。

「おはよ」ハグされながら私は言った。

「ぅ~」とアイちゃんは唸り声をあげた。

「お~は~よ」鼻の先っぽでアイちゃんの鼻の先っぽを往復ビンタしながら言った。

「ぁ~めぇ~」顔を仰け反らせてアイちゃんは唸った。

「フーッ」アイちゃんの耳から首筋にかけてがあらわになったのでイタズラ心に身を委ね、耳に息を吹き掛けてみた。

 

「うひゃあ!」

 劇的な反応でアイちゃんは飛び起きた。マジでアニメみたいなリアクションだった。

「何いま何!? めっちゃゾワゾワした! にれぇ!?」

 アイちゃんは両手で耳を押さえて、めっちゃ目を見開いてて、そんな顔は初めて見た。

「にれってなに!? そんなに!? うわっはっはっはっ! マジで? うける!」

「いや今の! びっくりした! 耳からブワッて! あぁ! 鳥肌! ひぃぃ」

 私は寝転がったまま、ベッドの上に座るアイちゃんを見上げて爆笑した。

 

 しばらくして落ち着いたアイちゃんは、寝巻き代わりのTシャツの上から胸を押さえて深呼吸をした。下はハーフパンツを着てる。

「はぁ、びっくりした。鼓動がすごい」

「私もびっくりした」と私は言った。

「ユーリちゃんもされてみる?」

「この流れでされるわけ無いでしょ」

「試しに一回だけされてみない? ほんと凄かったよ。なんか、初めての感触だった」アイちゃんはのそり、のそりとゆっくり近寄ってきて、静かに私の上に跨がった。

 掛け布団は足元に畳まれていて、私は借りたTシャツと下はパン一という心もとない装備だった。

「えぇ~? するの~?」おや、この体勢はもしや格闘技で言うマウントポジションという奴では、と私は思った。

「一回だけ! ね、お願い。ちょっとだけ。ちょっとだけだから」はらりはらりと、アイちゃんの髪が落ちてきて私の視界を狭めた。顔の周りは黒髪のカーテンで閉ざされ、まっすぐ見下ろすアイちゃんの白い顔だけしか見えなくなった。

「すぐ済むから。ユーリちゃん、させて?」

「う~ん、わかった。じゃあ、して?」おねだりに負けて、受け入れた。

「うん。じゃあ、横向いてね」ニコニコしたアイちゃんの顔がゆっくり落ちてきた。

 私は顔の向きを変えて待った。カーテンに鼻先が触れて、耳にアイちゃんの唇が触れて、くすぐったくてシャンプーの香りが強くなった。

「じゃあ、いくね。3、2、1、フー」

「ん。……うーん?」

 吹き掛けられた瞬間はピクリとしたけど、それだけだった。

「あれ!? なんで!?」アイちゃんは、信じられないという顔をして言った。

「え、いや、なんか。息を吹き掛けられてるなぁ、としか」と私は感想を伝えた。

「あれぇー?」アイちゃんは上体を起こし、首をかしげた。カーテンが取り除かれ、景色が開けた。

 

 腹筋と手を使って体を起こす。アイちゃんの顔は目の前にある。両手を使ってぎゅうっと抱き締めると、お互いの胸が柔らかく潰れて密着した。唇に耳たぶの感触。

「フーッ」息を吹き込んだ。

「うひやあー! あー! にー! みいぃぃー!」

「フ~」

「ヒィー! ひぃー! ぃー! めぇー!」

 アイちゃんは両手と両足を使ってしがみついてきた。ぎゅうぎゅうとすごい力で締め付けられて、私は息を出すのを止めた。

 しばらくブルブルと震えていたアイちゃんは、くたりと力を抜き息も絶え絶えに言った。

「はぁーっ、はぁーっ、なにぃ、これぇ」

「大丈夫?」

「わ、わかんなぃ。な、なんか」

「うん」

「癖に、なりそぉ」

 うーん? 何か間違ったな、と私は思った。



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6.ネクストステップズ

「じゃーんけーん」「ポン」

 

 私の先手。初手の7枚をドローする。めっちゃ良い。《森》と《山》と、眼帯をした強そうなエルフのラノワさんに、そしてファイヤーズ!

 

「キープぅ!」にやけた頬とともに力強く宣言した。

「じゃあ私もー」アイちゃんはいつもみたいにニコニコして言った。

「じゃあはおかしく無い?」

「おそろい」

 初手ってそんな感じでキープするんだったかなぁ?

 

 とりあえず《森》を置いて、ホワンとマナを出してラノワさんを呼んだ。アイちゃんは土地を置いただけでターンを終えた。

 

「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 手札から《山》を置いて、ボワっと赤いマナを出し、ラノワさんと《森》からホワホワっと緑のマナを出した。

「ラノワさんありがとう! ファイヤーズ!」

 2ターン目に3マナのカードを唱えるのは最高の気分だった。ラノワさんは、相手を叩く代わりにマナを生み出す平和主義の化身みたいな人で、たぶん野菜しか食べない。

 

「ユーリちゃん、気持ち良さそうだね」とアイちゃんは笑って言った。

「アイちゃんがラノワさんを教えてくれたおかげだね。ありがとう」と私は言った。

「じゃあ、もっともっとユーリちゃんの知らないこと教えてあげるね」

「うん、いっぱい教えて」と私は言った。

 

「ふふ、じゃあコレ」

 アイちゃんは自分の土地からマナを出して、呪文を唱えた。

「ファイヤーズに《魔力の乱れ》を唱えるよ」

「え、なに?」

「これは打ち消し呪文っていうの。あと1マナ払わないとファイヤーズは消えちゃう。悲しいね」

「ラノワさん! なに寝てるの、早く働いて?」

「ブラック企業じゃん」

 

 ファイヤーズは消されてしまった。何という事だ。

「うぅ、とても悲しい」

「ユーリちゃんがマジックを好きになってくれて、どんどん強くなっていくから新しい事を教えようと思ったの。ユーリちゃんはルールを覚えるのも早かったし、戦闘も上手。私はユーリちゃんとマジックできてとっても嬉しい」

「誉められたから嬉しい」と私は言った。

「機嫌直るの早すぎる」

 

 そのままターンを進めていく。私はアイちゃんの《魔力の乱れ》を警戒して、常に1マナ余らせて呪文を唱えるという戦法を編み出した。

 

「ユーリちゃんすごい。天才じゃん」

「へへ、よせやい」

 

 毎ターン1マナ余らせるという事は、毎ターンの動きがちょっとずつ遅れていくという事だと気付いた頃に、アイちゃんはランプの精みたいなクリーチャーを呼んだ。

 

「青いデッキにも色々あるんだけど、今回のは相手を邪魔して展開を遅らせて、壁を並べて、飛んでるクリーチャーでトドメって感じ」

「カニさんめっちゃ硬い」

「相手を抑え込んで、動きを縛り付けて一方的に好き放題する、ていうのもマジックはできるんだよ」

「飛行止まらない」

「パワー5で4回叩くと相手は倒れる」

「まいりました」

「ありがとうございました」

 

 戦った後は気付いた事をアイちゃんに質問したり、感想を言い合ったり再戦したりして過ごした。

 

 

 

 季節はもう夏で、今週から金曜日はアイちゃんの部屋に泊まって遊ぶという新しい習慣が出来た。アイちゃんのお母さんとも仲良くなり、快く許可してくれた。

 交代でお風呂に入り、アイちゃんの部屋でまったりと扇風機の風を浴びる。もちろんエアコンも効いてる。先に上がったアイちゃんはドライヤーを使って長い髪を乾かしていた。大変そうだ。

 

「手伝ったげる」と私は言った。

「え、いいの? ありがとう」とアイちゃんは言った。

 まだ乾いてない部分を乾かし、タオルで丁寧に拭いた。

「アイちゃん寝るとき髪どうしてるの?」

「夏はお団子にしてるー」

「じゃあやったげる」

「くるしゅうない」

「殿様」

 まあ、お団子もちょんまげも似たようなものか。原理は同じだ。

 

 私はベッドに上がり、アイちゃんはベッドの真ん中にペタリと座る。

 アイちゃんの髪に触れるのは二度目だった。サラサラで艶々で電灯の明かりをキラキラと跳ね返してる。

「青いデッキも楽しそうだね」と私は言った。

「私も久しぶりに打ち消し使ったけど楽しかったよー」

 髪を引っ張らないように頭の上でゆるゆるっと丸めた。

「あ、これ使ってー」

 アイちゃんからシュシュを受け取り、丸めた髪をフワフワっと纏めた。

「まだ動かないでね」

 アイちゃんのうなじを見るのは初めてかもしれない。イタズラ心がウズウズしてきた。

 アイちゃんの背中にピタリと抱きつき、両脚でアイちゃんの胴体を腕ごと巻いて締める。暴れると危ないので両手で頭をガッチリと固定した。

「相手を抑え込んで一方的に好き放題するのが楽しいと申すか」

 まあ、気持ちは分かる。

 うなじは目の前だ。歯をたてないように唇で覆い、あむあむと噛んだ。

 

「まー!?」とアイちゃんは叫んだ。

 思った通り暴れたので、怪我だけはしないようにしっかりと抱き締めて抑え込み、すぐ噛むのをやめた。

「く、首? なにしたの?」

「唇であむあむしてみた」

「なんで!?」

「そこにうなじがあったから、つい」

「びっくりするからいきなりは止めよ? 言ってからにしよ?」

「言ってからなら良いんだ?」

「まあ、痛いとかじゃないから。こういう風にぎゅうってされるの、むしろ好きかも」

「おー、私達ウィンウィンじゃん」脚と腕から力を抜き、拘束を緩めながら私は言った。

 

 私の腕と脚に抱え込まれながらアイちゃんはゆったりとリラックスしていた。定期的にぎゅっと絞めたり緩めたりしながらダラダラと喋る。アイちゃんの体は柔らかくて温かい。エアコンの効いた部屋で抱き締めるのにこれ以上無い存在だと思った。

 夜も深くなり、そろそろ眠ろうとなった。アイちゃんが、試しにぎゅうってされながら寝たいと言い出し、私も快諾した。

 

「意外と難しい」とアイちゃんは言った。

 アイちゃんが言うには、向かい合ってぎゅうっとされると、自分の腕が邪魔で密着感が薄れるらしいのだ。

 試行錯誤の末、横を向き、体を軽く丸めて寝たアイちゃんを後ろから包むように抱き締めるという形に落ち着いた。

「あー、なんか、すごく良い」とアイちゃんは言った。「包まれてる感が、こう、良い」

「語彙力」と私は言った。

 私も似たような感想で、温かいアイちゃんを包んでいると、こう、めっちゃ良い。なんかめっちゃ良いのだ。

「おやすみ」とアイちゃんは言い、私も同じことを言って、次の瞬間に二人とも寝た。



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7.お洒落をしたら逢いたくなった

 夏休みに入った。アイちゃんとマジックをしたり、一緒に買い物に行ったり、並んで宿題をしたりして過ごした。

 お盆になり、アイちゃん一家は田舎へと帰ってしまった。

 

 自室でデッキを独りで回したり、宿題を仕上げたりして過ごした。静かな部屋で、アイちゃんが居ないのがすごく不思議だった。

 よく考えてみると、初めてアイちゃんの部屋に行ってから今日までで、アイちゃんと会わない日がほとんど無かった。平日は毎日学校で会い、土曜日は朝から一緒で、日曜日もなんやかんやで一緒の事が多い。

 

 まあ、居ないのは仕方ない。そういう時もある。

 適当に外でもブラついてみようと思い、クローゼットを開けた。

 

 

 ガチャリとドアを開けると、夏の光が強く射し、蝉の鳴き声が押し寄せた。うっ、と躊躇したけど、気合いを入れ直して外へ踏み出した。帽子のつばに手をやり、キュッと被りなおす。

 

 今日は服を買いに行くぞ、という断固たる決意が私の脚を動かしている。

 新しい服がクローゼットの中に全然無かった。ちょっとはあったけど、ちょっとしか無かった。

 スカートが欲しい。ちょっとウェスト高めの、脚を長く見せれるやつ。長い脚を見せるんじゃなくて、脚を長いと錯覚させるやつ。

 脚が短いわけでは無い。無いが、長く思われるぶんには困らないわけだ。

 

 電車に乗り、冷房の偉大さに思いを馳せ、街に着いた。

 いつも行くお店を何軒か周る。服屋のお姉さんがめっちゃ可愛いスカートをはいてたので話しかけてアドバイスを貰う。マジでイケてるスカートを探して貰い、試着した。

 軽い生地でフワフワ揺れるのが楽しい。

 

 お姉さんが誉めまくってくれる。マジ可愛い、似合いすぎ、天下無双の可愛さ。

 

 誉められて嬉しくなったので買った。

 

 

 ちょっと疲れたので適当なカフェに入り、窓際の一人席に座った。甘くて冷たいラテにクリームを乗せてチョコのソースをかけたやつを飲む。

 窓の外を見る。いろんな人が歩いてる。可愛い服の人。格好良い服の人。モヒカンぽい髪型の人を見てラノワさんを連想した。

 沢山の人が通りすぎたけど、長い黒髪の綺麗な女の子はどこにも居なかった。

 

 この近くにカードショップがあるのを思い出した。アイちゃんがファイヤーズを探してくれたお店だ。特に買うものは無いけど、ついでだしちょっと眺めてみようと思った。

 

 カードショップに着き、ショーケースを見ながらウロウロしてるとスリーブコーナーに行き当たった。

 カードスリーブ。マジックのカードには、とても高価なものもある。カードに傷がつかないよう保護するために使われる。今使ってるデッキは、まあほとんどタダなのでスリーブに入れてはいない。

 いろいろ見ていると、絵柄の入ったスリーブを見つけた。アニメのキャラクターが描かれたのや、風景が描かれたのや、ちょっとエッチな絵もある。

 

 目に留まったスリーブを手に取る。それは水彩画のタッチで、華奢な女の子が描かれてる。背景は黄色い空と草むら。体のラインが出るくらい薄い生地の青いワンピースを着てて、腕の先っぽから葉っぱに変わって散ろうとしてる。長い黒髪をなびかせて、こちらを切れ長の目で見てる。

 綺麗だな、と思った。

 このスリーブにデッキを入れてマジックをするのは、きっと楽しい。

 

 

 家に帰って晩御飯を食べてお風呂に入った。

 クローゼットに買ったスカートを吊るす。可愛い。洗濯は明日にして今日は眺めてよう。

 スリーブにカードを入れる。めっちゃ可愛い。デッキの厚さが倍になった。

 これを見たら、アイちゃんはなんて言うかなぁ。可愛いって言ってくれるのかな。楽しみだな。

 

「……逢いたいなぁ」

 

 その時スマホが鳴って、私はそれがアイちゃんからだと直感した。

 アイちゃんの顔を頭に浮かべながら、私はスマホに手を伸ばした。



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8.ガールズトーク

「わ、スリーブしてる。どんなの買ったの? え、この絵レベッカの《チャネル》じゃん! どうしてこのスリーブにしたの!? すごい! ユーリちゃんはセンスが良い! 最高! 美の巨人! 美少女!」

 

 めっちゃ誉められた。

 

 アイちゃんの部屋。アイちゃんが帰省から戻ってきて、お土産のお菓子を並んで食べてた。あんこの詰まったモナカとお茶でシブいティータイムだ。

 アイちゃんにスリーブを見て欲しくて鞄からデッキを取り出したらこのようなリアクションというわけ。

 

 思った以上に誉められて気分は有頂天だった。

 

「めっちゃ誉めるじゃん」と私は言った。

「私、このアーティスト大好きなの。でね、ユーリちゃんもこの絵を見て気に入ったから買ったわけじゃん。まずそれがレベッカのファンとして嬉しいわけ。見る目がある。審美眼の巨匠」とアイちゃんは早口で言った。

「ふんふん」

「それでね、ユーリちゃんもレベッカ好きなんだ、ユーリちゃんとおそろいだなって思ったらもっと嬉しくなったの!」ニコニコしてアイちゃんは言った。

 

 ふふふ、と笑いながらアイちゃんはお茶を飲んでいる。

 私とおそろいなのがそんなに嬉しいのだろうか。嬉しいのだろう。もちろん私だってめっちゃ嬉しい。

 

 踊るしかないな、と私は思った。立ち上がる。

「アイちゃん、嬉しいから踊ろう」手を差し伸べた。気分はシャルウィダンスだ。

「はーい」とアイちゃんは笑いながら手を取った。

 

 周知の通り、JKはテンションが上がると踊り出す習性を持つ。わっせ、わっせと二人で踊った。

 

「わわ、そのスカートフワフワしててすごく可愛いね!」とアイちゃんは言ってくれた。

 

 わっせーら! わっせーら! と私の踊りは加速した。

 めっちゃ嬉しい!

 

 

 

 帰宅部で培った体力を存分に発揮して、私とアイちゃんはグッタリしてた。

 私はラグの敷かれた床に座り、ベッドを背もたれにして手足を投げ出した。アイちゃんは私の脚の間に座り、私の胸を枕にしてもたれかかってる。

 

 しばらくして息を落ち着けた私とアイちゃんは、そのままの格好でお喋りの続きをした。膝をたて、脚の間のアイちゃんをぎゅっと締めたり緩めたりしながら髪を撫でたり好き放題した。

 そうこうしてると、だんだんと気分が盛り上がってきたので私はアイちゃんをお誘いした。

「ね、しよ?」

「うん!」

 

 スリーブに入ったデッキは分厚くて、ゆっくりとシャッフルをする。

「あ、ユーリちゃん、今日はする前にこれ着けよ?」

 アイちゃんは透明なスリーブを差し出してきた。

「アイちゃんこれは?」と私は聞いた。

「スリーブプロテクター。お気に入りのスリーブを守るやつ」

「まさに今の私にうってつけのやつじゃん。こういうのがあるって知らなかった」

「スリーブ入れるの手伝うね」

「アイちゃんありがとう」と私は礼儀正しくお礼を言った。

「どういたしまして」ニコっと笑ってアイちゃんは言った。

 

 二人でスリーブに入れてると、ふと気付く。

 スリーブプロテクターを持ってるって事は、それを使ったデッキがあるという事では?

 アイちゃんのお気に入りを見てみたいと思った。

 

「アイちゃん」と私は言った。「アイちゃんのお気に入りスリーブを使ったデッキって無いの?」

「ふふ、あるよ。レベッカのスリーブ!」手を動かしながら、弾むような声色でアイちゃんは答えた。

「わ、そうなんだ。アイちゃんそれ使ってよ。見たい」

「うん。じゃあ、見せてあげる。レベッカのデッキ」

 そういうことになった。

 

 

 お気に入りのデッキを使うアイちゃんは楽しそうで、私はその顔をずっと見ていたい気持ちになった。

 アイちゃんの使うデッキは強くて、私のファイヤーズはまだまだ戦えるレベルでは無いと思った。

 もうちょっとカードを揃えてみよう。強くなったファイヤーズで、このレベッカのスリーブで、もっとアイちゃんとマジックをしたい。

 モチベーションの高まりを感じつつ、私は思う。

 2ターン目に花が咲くと苦い顔になるから《苦花》なんだなぁ。



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9.休日の根本原理

 夏休みが終わってからそこそこ経ち、朝晩は随分と過ごしやすい気温になってきた。

 

 土曜日の朝。腕の中にアイちゃんを抱えた格好でまどろんでた。アイちゃんがびっくりして起きないように、ゆっくりと腕を動かしてお腹を撫でたり、うなじに鼻の先っぽを擦り付けたりして過ごした。

 そうやってしばらく遊んでると、アイちゃんがもぞりと動いて目を覚ました。

 

「おはよ」ゆっくりアイちゃんの耳に唇をつけて、小さな声で言った。

「おぁょぅ……」アイちゃんは唸り声と言葉の中間くらいの返事をした。

 お腹を撫でてた私の手をアイちゃんは掴み、手で包むように握ったり、指で輪郭をなぞったり、指と指を絡ませて握ったりした。

 

「おいしそ」アイちゃんは自分の顔の前まで私の手を引っ張りあげるとそう言った。

 指の先っぽを唇で挟んでモゴモゴしたり、第二関節あたりを横から咥えたりとやりたい放題し始めた。

 目につくものを口に入れたがるのは、アイちゃんがまだ寝てる証だ。アイちゃんは意外と朝に弱く、目を覚ましてから本格的な覚醒まで多少の時間を必要とする。いつもならそろそろ正気に戻るので待った。

「わぁ、なんか濡れてる。いらない」とアイちゃんは私の手を遠ざけた。

「アイちゃんのだよ!」と私は憤慨した。 

 

 ベッドから起き上がり、顔と手を洗ってから朝ごはんを一緒に食べた。毎週末、アイちゃんのお母さんは単身赴任をしてる旦那さんのところへ通ってる。今家の中にいるのは私とアイちゃんの二人だけだ。なので私はキャミソール、アイちゃんはタンクトップというラフな格好をしてる。

 午前中はリビングの大きなテレビでアニメを見たりして過ごした。

 

「アイちゃんお昼どうする?」と私は聞いた。

 どうする、とは何か作るか食べに行くかという意味だ。

「ユーリちゃん親子丼食べれる?」とアイちゃんは問い返してきた。

「食べれるよー」と私は答えた。「作れないけど」

「ふふ、じゃあご馳走したげる」

「アイちゃんの女子力がとどまる所を知らない」私は戦慄した。

 

 アイちゃんが料理する手際を横から眺め、出来上がった親子丼を美味しく頂き、一緒に食器を洗った。

 

 洗濯機を借りて、アイちゃんの家に置かせてもらってるバスタオルや昨日着てたシャツなんかを洗濯槽に入れた。

「アイちゃん、洗濯物あったら出してー。ついでに洗っちゃうよ」と私は言った。

「はーい」とアイちゃんは返事をして、昨日着てたものを持ってきた。

「スカートのポケットの中は確認した? この前みたいにカード入れたままじゃない?」と私は言った。

「へへ、その節はどうもご迷惑をおかけしまして……」とアイちゃんは半笑いで言った。

「なにわろとんねーん」

 一応ポケットをチェックしてから洗濯機のスイッチを入れて、横に立ってるアイちゃんを両腕で捕まえた。タンクトップの裾から手を突っ込んで脇腹を直接くすぐった。

「ぅきゃあはははは!」

 洗濯機を置いてる洗面所兼脱衣所はそんなに広くないので、すぐにくすぐるのをやめる。アイちゃんが怪我をしたら悲しいので。

 

 リビングのソファに深く腰をおろす。アイちゃんは私の脚の間に座ってもたれかかってくる。両手をアイちゃんのお腹のあたりでゆったりと組んだ。

 アイちゃんは私の手に自分の手を重ねて握ったりさすったりしてる。その動きで私は朝の事を思い出した。

「アイちゃん、寝惚けてなんでも口に入れちゃだめだよ? お腹壊しちゃうかも」

「なんか美味しそうに見えたんだけどなぁ」

 アイちゃんは私の手を取って顔の前まで持ち上げた。

「あ、ユーリちゃんの爪つやつやしてて綺麗だから飴ちゃんみたいかも。これは起きてるときに見ても美味しそう」

「一応お手入れしてるからねー」と私は言った。誉められたので嬉しい。

「女子力が、10万、20万……! バカな。まだ上がるだと!」とアイちゃんは慄いた。

「うおおー私はまだ洗濯も掃除もできるぞー」私はパワーを解放した。

「大和撫子じゃん」

「マジー?」

「嫁にしたい女子ナンバーワン」

「やったぜ」

「嫁に行く予定は?」

「おいやめろ」

 

「ふふ、じゃあ、……私が貰ったげる」とアイちゃんは言った。

「……行き遅れ回避サンキュー」と私は言った。

 

 洗濯機が音を立てて私を呼んだ。

 

 

 昼過ぎの太陽の光は強く、干した洗濯物は残暑ですぐに乾きそうだった。

 アイちゃんとテレビを見ながらお喋りをして、洗濯物を取り込んで、夕方になるとそろそろ帰る時間だった。

 制服に着替える。アイちゃんは玄関まで見送りにきてくれた。

「じゃ、また明日ね。お昼はどっか食べに行こ」と私は靴を履きながら言った。

「久しぶりにハンバーガー食べたい」とアイちゃんは言った。

「オッケー」と言って私は両腕を広げた。バイバイのハグの儀式だ。

「わーい」と言ってアイちゃんは抱きついてきた。

 ぎゅうっと抱き締めて、朝のおかえしをしてない事を思い出した。

 

「またね。なんか濡れてるから拭いたほうが良いよ、頬っぺた」

 丁寧にドアを閉めた。夕陽のせいでめっちゃ顔が熱い。



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10.ダンス・ダンス・ダンス

 中間テストも終わって、もう秋だ。冬も近い。

 いろいろ調べたし、カードも集めた。シミュレーションもした。やれることはやった。他に出来ることもあるかもしれないけど、もう思い付かない。

 さあ、いざ! いざ! やるぞ! 心臓と魂を燃やせ!

 

 

「アイちゃんお願い、とーして?」

 私は可愛い子ぶって言ってみた。たとえ99パーセント無理だとしても、1パーセントでも可能性があるのなら挑戦する価値はあるはず。

「んー、フレイムたん通すとブロッカー焼かれて、ファイヤーズの速攻で叩かれて4点。あー、火切って6点か。おのれパイロさえ、パイロさえなければ……」

「全然見てないじゃん」

「ユーリちゃん、わたし、いま、ピンチ」

 

 なんと今、私はアイちゃんの【レベッカフェアリー】と戦ってる最中で、ちょっとふざける余裕があるくらい押してるのだ。

 

「どうしてレベッカはクリコマを描いてないの!? フレイムたん通ります……」

「やった!」

 場に出たフレイムたんは花から出てきたフェアリーをやっつけて、そのままアイちゃんに向かって走った。

 

「う、アタック指定でスタッター出して、そのままブロックしたーいな?」

 アイちゃんがめっちゃ可愛い顔しておねだりしてきた。

「えっ、うーん」

 唯一の手札《稲妻の一撃》を見ながら迷った。アイちゃんのおねだりで迷ったわけでは無い。アイちゃんのおねだりで迷ったわけでは無くって、どうすれば勝てるかを考えた。本当に全然迷わなかった。

 フレイムたんのアタックが通れば4点。《稲妻の一撃》より1点大きい。

「だーめ」とめっちゃ可愛い子ぶって言ってみた。

 

「んふっ」とアイちゃんは吹き出した。

「おい、今のは可愛いでしょ」と私は言った。

「ふふ、あ、あざと過ぎるから面白かったの」とアイちゃんは笑って言った。

「ちょっとやり過ぎたかなとは思った」と私は正直に言った。「とりあえずスタッターに《稲妻の一撃》撃ちまーす」

「焼けましたー。フレイムたんは何点?」

「4点だよー」と私は言った。

 

「んー、ファイヤーズは切らないの?」

「切る?」

「えーと、ファイヤーズの下のほうに書いてあるサクリファイスんにゃんにゃ+2/+2の部分は使わないの?」

 なるほど。そういう言い回しをするのか。私はファイヤーズの英語を改めて読んでみた。

「そう言えばこんな能力あったね。完全に忘れてた」

「ふふ、マジックではよくあるよ。そういう事」アイちゃんはニコってしてフォローしてくれた。性格が良い。

 

「アイちゃんあと7点だよね? フレイムたん+2しても足りなくない?」

「ファイヤーズと同じように、実は《苦花》にも隠された能力があるの」

 アイちゃんが《苦花》をこっちに向けてくれた。

「アップキーブにフェアリーが出て、ライフを1点失う……。アイちゃんこれって」

 

「ユーリちゃんの勝ち!」とアイちゃんはニコニコ笑いながら手を差し出してきた。

「か、勝った……?」

「ほら握手しよ! グッドゲーム!」

「うん……」

 アイちゃんに両手でぎゅっと手を握られた。

「わあ」私はよく分からない声を出した。

「ユーリちゃん!」

 アイちゃんは手を握ったまま立ち上がり、私を引っ張って言った。

「私と踊って!」

 

 

 アイちゃんは片手を繋いだまま、体をピッタリとくっつけてきた。空いてるほうの手は腰に回され、グイと引き寄せられる。ほとんど抱き合う形になってゆっくり回ったり揺れたりした。

 お互いの肩に顎を乗せないと顔がぶつかる距離。アイちゃんは私の頬に自分の頬をくっつけて話しかけてきた。

 

「ユーリちゃん強かったよ」とアイちゃんは言った。

「アイちゃん、今のマジック、楽しかった? 私とファイヤーズは、アイちゃんのお気に入りのデッキと楽しく戦えた?」

 アイちゃんは私の首に両腕をまわして正面から抱きしめてきた。おでことおでこをそっとくっつける。

 

「そんな事を考えてたの?」アイちゃんはちょっと目を見開いて、驚いた顔をしてた。

「アイちゃんが使いたいデッキを、使わせてあげたかった」と私は言った。

「うん」

「私がいつもしてもらってるみたいに、いっぱい考えて、悩んで、ライブラリーの一番上のカードにお祈りしちゃうようなマジックを、私もアイちゃんにさしてあげたかった」

「うん。うん!」

「アイちゃん、私ちゃんとできてたかなぁ?」

 

「うん、ほんともういっぱい考えたよ! 致命的だったのは最後の一つ前のターンに撃たれたパイロ! 《紅蓮地獄》! トークンが全部無くなっちゃった! おかげで次引いたスタッターでフレイムたん消せなくなっちゃってすっごく困ったんだからね。手札の残りはスタッターと土地だし、お願いブロックさせてその手札除去じゃありませんよーに、ってお祈りしたんだから。案の定焼かれたし! ユーリちゃんもファイヤーズもすっごく、すっごく強かったよ!」

 

 アイちゃんはめっちゃ早口で喋りまくった。

 

「それでねそれでね、私、すっごく、楽しかったよ!」

 

 つぼみが綻んで花が開くような顔をして、アイちゃんは言った。



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11.内容の説明

 デッキに新しいカードを加えて入れ換えたり枚数をいじったりしたら、実際に戦って様子を見て、その後アイちゃんに見せて相談したりする。

 昨夜は全身全霊で戦ってくたくただったので、アイちゃんとくっついてダラダラ過ごしてから寝た。アイちゃんはずっとニコニコしてた。

 

 朝。アイちゃんと一緒に起きて、手と顔と頬っぺたを洗った。昨日コンビニで買ったパンを食べて、アイちゃんの部屋でデッキを広げた。

 

「これがユーリちゃんのファイヤーズ。なるほどなるほど」

 

 アイちゃんはカードを土地と呪文に分け、呪文をクリーチャーとそれ以外に分け、それ以外をソーサリー、インスタント、エンチャントに分けた。

 それぞれをマナコスト順に、左から並べる。

 

「この《クロールの銛撃ち》を見つけてきたの、ユーリちゃん天才だなって思った。全然予想してなくて、唐突に5点持ってかれたのびっくりしたよ。フレイムたんとかマナクリと《紅蓮地獄》は相性悪そうだなって思ったけど、それを逆手にとってるのが素晴らしい。そもそも《紅蓮地獄》が辛かったのもあるけど。フェアリーにはフォールアウトって五輪の書にも書いてある」

 

 カード1枚からいろいろ推察するアイちゃんは本当に楽しそうだった。めっちゃ喋る。そして誉められたので嬉しい。

 

「えへへ、花からいっぱいフェアリーが出てくるから、まとめてやっつけれるカードとか、フレイムたんみたいなカードを探したの」と私は言った。

 

「うんうん、トークンにカードを使うと損をするからね。ETBで除去できて、しかもパワーが上がる銛撃ちはファイヤーズにピッタリだと思う。後半に引いてきても強い2マナクリーチャーが入ってるデッキは強いよ。強いから強い。真理。たしか現役時代のファイヤーズの2マナは《リバー・ボア》とかのはずだから、カードパワー100万倍くらい違う」

 

 アイちゃんはたまに早口モードになる。アニメとかゲームの話をするときに多い現象だ。めっちゃ楽しそうなので、私はこのアイちゃんも好きだ。

 そして、私とのマジックでこうなるのは昨夜が初めてだった。

 嬉しい。すごく嬉しい。

 私は相づちを打ったりしながらずっとアイちゃんの顔を見る。

 

 ふと目が逢ったとき、アイちゃんが急に黙った。

「どうしたの?」と私は聞いた。

「あ、たくさん、しゃべりすぎた、かな、って」

「めっちゃ楽しそうだから、アイちゃんの早口モード良いと思うよ?」

「早口モード!? もしかして私初めてじゃないの?」

「えっ、うそ気付いていらっしゃらなかった?」

「オタクな部分は抑えれてると思ってました。……引いた?」

「引かない引かない。楽しそうで良いと思うって」

「うぅ……」

 アイちゃんはすごく凹んでた。

「なんかあったの?」なんでこんなに落ち込むのか分からなかったので聞いた。

 

「……中学のとき、クラスの子と喋ってるときに、引かれた」

「えっ、なんで?」

「なんか、いきなり早口になって、びっくりした、って引かれた」

「んー?」聞いてもなんで引かれたのか分かんなかった。

「……」

「アイちゃん、私は引いてないよ。楽しそうで、見てると私も楽しくなってくるよ」

「その子も、そのときは同じような事……」

 たぶんその後、疎遠になったりしたんだろう。トラウマになってるんだと分かった。これは私も本気にならないといけないみたいだ。

 その中坊と私は違うって事、ガツーンと分からせてやるか。

 

 これからやる事に対して、自信はそこそこある。たぶんいけるはずだ。大丈夫だと思う。緊張はしてる。不安も、正直めっちゃある。でも、いける。いけると思うんだよなぁ。もし無理だったら今度は私が凹む。ていうか唐突だなぁ。最近やっと分かったんだけどなぁ。

 いや、しかし、やる。やるんだ。アイちゃんが落ち込んでる。なら、私が凹んでる部分を埋める。めっちゃドキドキしてきた。やばい。お願い、上手くいって。

 

「アイちゃん」声を出した。よし、やるぞ!「ここ座って!」

 アイちゃんをベッドに腰かけさせる。私はアイちゃんの正面から抱きつき、太ももの上に乗った。いつもみたいにぎゅっと抱き締めて、そのままゆっくりとベッドに押し倒す。

「ユーリちゃん……?」

 いつもと何かが違うと思ったのか、アイちゃんが耳もとで呟いた。私は両手でアイちゃんの頬っぺを挟む。至近距離でアイちゃんと目が逢う。瞳に涙が滲んでた。

「アイちゃん、私、アイちゃんの事、好きだよ」と私は言った。

「す、え、あ、私も、好きだよ」

 それじゃない。

「最近気付いたばっかなんだけど、私アイちゃんの事好きだよ」

「え、最近……? それまでは違ったの?」

 アイちゃんはショックを受けたような顔をした。

 

「大好き」

 私はゆっくり顔を近づけて、

 

「ぅえっ!? これ、そういう!?」

 

 私は目を瞑って、

 

「き、キス!?」

 

 目をひらいて、

 

「口と目を閉じて」

「は、はい」

 

 私はアイちゃんに口付けをした。



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12.イチャイチャ

 生まれて初めての口付けは、不思議な高揚をもたらした。その柔らかな唇を、自分の唇で感じる。それだけの事が、それだけではない。

 アイちゃんはしっかりと目を瞑って、私のされるがまま硬直してた。上手く呼吸が出来てないのかそれとも別の要因か、アイちゃんの顔は赤くなってる。

 一旦唇を離した。

 

「アイちゃん、息吸おう?」と私は言った。

 アイちゃんはゆっくりと唇を開いて呼吸を再開した。唇の隙間から白い歯とがちらりと見える。

 しばらく、なんとも言えない沈黙が過ぎていった。

 

「目、開けれる?」

 アイちゃんが落ち着いた頃合いで声をかけると、そろそろと目を開いた。顔の距離は近いままだ。アイちゃんの瞳は涙で濡れて光ってる。

 

「き、きすさりゃた」とアイちゃんは言った。

「したよ」と私は言った。

 

 私はアイちゃんの頬っぺたに添えてた手をゆっくりと動かして、アイちゃんの下唇を指でそっとつついた。

 

「自覚したの最近なんだけど、私アイちゃんに恋してたみたい」と私は言った。

 

「こ、恋ですか! わた、私に!」

「うん。なんかアイちゃん見てるとドキドキするし、一緒に居ると嬉しいし、他の女の子とは無理だけどアイちゃんとなら余裕でチューできるなって気づいたら、これ恋じゃんってなった」

「な、なるほどお……」とアイちゃんは唸った。

 

 唇をつついたり、指で摘まんだりしながら少し時間を置き、私はアイちゃんに聞いた。

 

「それでね、アイちゃん見てたら何となく思ったの。これアイちゃんも私と同じ気持ちっぽくない? って。どう?」

「身に覚えがありすぎるよぉ。そっかぁ、恋ってこれかぁ」

「だよねー。良かった、勘違いじゃなくて」

 

 安心した私は体から力を抜き、押し倒したままのアイちゃんに体重を預けた。アイちゃんの首筋に顔を埋めて息を吐いた。

「だから、私は引いたりしてないよ。好きな人が楽しそうに喋ってるのを見ると幸せな気持ちになるよ」

「そういう話だった。き、キスが衝撃的過ぎて忘れてた」

「あはは、アイちゃんが不安に思うことを吹き飛ばせたなら、嬉しい」と私は言った。

「あぁ~急に格好良いこと言うのやめてぇ。もうダメ好きぃ」

 アイちゃんはなんかふにゃふにゃになってた。私はいつもみたいにぎゅうっと抱き締めた。アイちゃんも抱き締め返してくれた。それだけでもうめっちゃ幸せだった。

 

 しばらくアイちゃんを堪能してると、さすがに重そうにし始めたので体を離した。

 私たちはベッドの上に正座で向き合う。両思いを伝えあった後でお互いの顔を見つめるのは少し照れくさかった。けれど、伝えるべき事は伝える。

「アイちゃんと恋人同士になりたい」と私は言った。

「ユーリちゃんと結婚します」とアイちゃんは言った。

 

「順番めっちゃ飛ばすじゃん」

「欲望が漏れました」

「では、まあ、結婚を前提にお付き合いをするということで」

「受け入れるのが早い。好き」

「順番を飛ばすだけで、順番通りにいけばそうなるよね?」

「あ、両思いってこんな感じなんだね。すごい」

「不束ものですが」

「こちらこそ」

 私とアイちゃんに恋人と未来の嫁ができた。

 

 お話を終えるとお昼ごはんの時間が近かった。

「今日はオムライスかな。卵使いきりたい」と恋人のアイちゃんは言った。

「卵割るの得意だよ」と嫁の私は言った。

 アイちゃんと一緒にお昼ごはんを作って、一緒に食べた。うちの嫁は料理が上手い。

 

 食器を洗って、洗濯機を回し、リビングのソファに座った。アイちゃんは正面から抱きつき、私の膝の上にお尻を置いた。目と目が逢う。

「今日はこっち向きなの?」と私は言った。

「ユーリちゃんの顔見たい」とアイちゃんは言った。

「えっ、乙女じゃん。可愛い」

「うーん、言われてみれば確かに。恥ずかしくなってきた」

「逃がさないよ」

 アイちゃんが離れようとしたので、抱き締める力を強くして動きを止めた。

「ユーリちゃん、今日、王子様っぽいムーブするよね」

「え、そう?」

「不安に思うことを吹き飛ばせたなら嬉しい、とか、逃がさないよ、とか」とアイちゃんは具体的に言った。「そういうのアレだよ?」

「アレ?」アレとは。

「胸がキュンキュンするって、たぶんコレの事だよ」

「マジ? あの伝説の胸キュンじゃん」

 アイちゃんの持ってる漫画に載ってるやつだ。

「伝説は本当だったんだっていう貴重な体験してる。脚から力抜けるよコレ」

 

 いたずら心が私に囁いた。ここで王子様っぽい事をしたらアイちゃんはどうなるんだろう。見てみたい。いたずら心さんの導きのままにアイちゃんの顎に手を添える。

「可愛らしい人だ」

「はぁ~? ズルいんだけどぉ~?」

 アイちゃんは力を抜いて、私に寄りかかってきた。お互いの肩に顎を乗せて抱き合った。

「どこでそういうの覚えたのぉ?」とアイちゃんはふにゃふにゃな感じで言った。

「今のはアイちゃんの漫画」と私は答えた。

「さすが私だよぉ。私の趣味ピッタリだよぉ」

「あっはっは、そりゃそうでしょ」

 私は笑って言った。

 

 洗濯物を干して、ダラダラ喋って、そろそろ夕方になり帰る時間になった。着替えて玄関まで行き、鍵を開ける。

「それじゃまた明日」と私は言った。

「はーい」とアイちゃんは言った。

 私は両手を広げ、別離の抱擁の儀式に取りかかった。アイちゃんをぎゅっと抱き締めて、アイちゃんにぎゅっと抱き締められる。

「またねのチューして良い?」アイちゃんをびっくりさせないように小さな声で言った。

「良いよ!」とアイちゃんは元気な声で言った。

 顔の角度を調節して、私はそっとアイちゃんに口付けをした。

「またね」と私は言った。

 アイちゃんは私の後ろを見てた。

「お母さん!?」

 

 ゆっくり後ろを振り返ると、アイちゃんのお母さんが赤い顔で立っていた。

「お、お義母様!」と私は叫んだ。



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13.ご報告

「あ、えと、ただいま……」とアイちゃんのお母さんは言った。

 アイちゃんのお母さんはミチコさんと言う。綺麗な黒髪を長く伸ばしてて、今はゆるく編んで背中に垂らしてる。アイちゃんの20年後はこんな感じの美人になるんだなって予感させる清楚な人妻だった。

 

 どうやら私とアイちゃんの口付けシーンを見ていたらしいミチコさんは、めっちゃキョドってた。

「どうも、お邪魔してます。おかえりなさい」と私は礼儀正しく挨拶をした。

「あ、いえいえ、いつもアイと遊んでくれてありがとうね。いつでも来てね」とミチコさんは言ってくれた。優しい。

「お母さんおかえり」とアイちゃんは言った。「どうしてこっそりドア開けたの?」

「え、と、ドアの前に立ったら勝手に鍵が開いて、磨りガラスからユーリちゃんが見えたのよ」とミチコさんはドアを指した。

「丁度帰るところなんだな、アイと何か喋ってるな、いきなり声をかけて驚かそうって思ってこっそりドアを開けたの。うふふ、驚いたのお母さんの方だったけど」とミチコさんは笑った。喋ってるうちに落ち着いてきたみたいだった。

「ユーリちゃんもそうだけど、どうして人を驚かすのに一生懸命なんだろう。びっくりするからやめよ?」とアイちゃんは言った。

「びっくりするのって気持ちよくない? ドキドキしてテンション上がるけど」と私は持論を展開した。

「わかるわユーリちゃん。気分が高揚するのよね」とミチコさんが頷いた。

「わ、お義母様もそうだったんですね! あまり同意されないのでとても嬉しいです」と私は言った。

 

「そう! それよ!」とミチコさんは大きな声を出した。

「んにぃ! もう何!? びっくりした!」とアイちゃんは驚いてた。こういう所も可愛いな。

「お義母様なんて呼んでどうしたの? アイとき、キスしてたりするし、結婚でもす、……するのね?」

「ミチコさん正解」口調をいつも通りにして言った。

「うふふ、正解したので私に100万点」とミチコさんはほわほわした笑みを浮かべた。

 アイちゃんも20年後にはこういう風に笑うのかな。それはそれで可愛いだろうな。

 

「とりあえず家の中入ろう? もう暗くなるし、ユーリちゃんはもう一泊しよう?」とアイちゃんは言った。

 開けっぱなしのドアから空を見る。秋の空は素早く陽を落とし、夜が近かった。

「うん、そうする」と私は言った。

 

 ミチコさんは着替えてからリビングへ来た。私は家に電話してもう一泊する事を伝えた。アイちゃんはキッチンで晩御飯の用意を始めてる。

 私とミチコさんはダイニングテーブルに向かい合って席についた。

 

「飲み物取ってきますね。ミチコさん何飲みます?」と私は立ち上がりながら言った。

「娘が増えてめでたいのでビールを飲みます」とミチコさんは言った。

「はいよろこんでー」と私は返事をした。

 アイちゃんが既にグラスを用意してくれてたので、私は冷蔵庫から缶ビールを取り出してミチコさんに持って行った。一旦キッチンに戻ると、今度はお茶が注がれたグラスが用意されていた。

「アイちゃんありがとう」と私はお礼を言った。

「どういたしまして。もう少しかかるからお母さんの相手しながら待っててね」とアイちゃんは言った。

「オッケー」と私は言った。

 

 テーブルに戻ると、ミチコさんは真剣な顔でグラスにビールを注いでた。キリっとした目と、長い睫毛がアイちゃんにそっくりだと思った。逆か。

「乾杯しましょう」注ぎ終わったミチコさんが言った。

「はい、かんぱーい」

 グラスは澄んだ音を立てた。

「はぁ、美味しい」

 ミチコさんはうっとりしながら言った。アイちゃんより少し厚い唇はつやつやと濡れていて、柔らかく微笑みを浮かべてる。

 私やアイちゃんにはまだ無い、大人の色っぽさがミチコさんにはある。例えるなら、私たちはジュースを注ぐコップで、ミチコさんは赤色に満たされるワイングラスだ。

 何が違うんだろう。何かが違うんだろう。お化粧の仕方が違うのかもしれない。

 

 アイちゃんが晩御飯を仕上げたので、配膳を手伝った。サラダと鳥肉の照り焼きとスープと白米。

 食べながら私とアイちゃんは報告をした。

「私たち、今日からお付き合いをする事になりました」と私は言った。

「プロポーズしたらオッケー貰った」とアイちゃんは言った。

「今日からだったのねぇ。もう付き合ってると思ってたわぁ」とミチコさんは言った。

 

 和気あいあいと食事は終わった。ミチコさんはビールを3杯飲んでご機嫌だった。

 私はお風呂を頂き、寝る準備を整え、髪を乾かし終わったアイちゃんとマジックをして、ベッドに入った。

 

「ミチコさん反対しなかったね」と私は言った。

「お母さんユーリちゃんの事好きだから嬉しいんだと思うよ」とアイちゃんは言った。

「なら良かった」

 アイちゃんはくるりと腕の中で回転して、私の目を見た。

 私はアイちゃんの頬に手を添えて、そっと口付けした。

「今日はお母さんいるからしないけど、来週は、ちょっとエッチな事してみたい、な」とアイちゃんは囁いた。

「うん」と私は言った。

 私たちは赤い顔をしたままおやすみを言い、眠った。



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14.エイト&トゥエルヴ

 マジックに使うお小遣いは、月に1,000円までって決めてる。高校生はマジックだけで生きてるわけではないのだから。

 お化粧を買ったり、お洋服を買ったり、友達とご飯食べに行ったり、カラオケに行ったり、お菓子を食べたりなどなど。新たに加わった趣味に割けるのは、それらを少しずつ切り詰めた余剰金。これが1,000円というわけだ。

 

 期末試験が終わると本格的な冬がやってきた。気温はぐっと下がり、コートとマフラーが手放せなくなった。

 私とアイちゃんは暖房の効いたカードショップをうろうろさまよってるとこだった。

 ファイヤーズに習熟した私は、端的に言うとちょっと飽きそうになってた。アイちゃんに相談した結果、まだ使ってない色を触ろう、もう一個デッキを作ろうという事になった。

 

「核戦争が起こっても白ウィニーは生き残る。というわけで今度は白単ウィニーを組もう」とアイちゃんは言った。

「白単は、白色単色って意味だよね。ウィニーって?」と私は聞いた。

「ウィニーは、マナコストの軽いクリーチャーって意味。1マナとか2マナでたくさん並べて、全体強化して素早く叩くの」

「そんな小さいの並べて、それって強いの?」

「すっごく強いよ。しかも安い」

「えっ、矛盾してる」

「人は矛盾を抱えて生きてるんだよ」

「急に深いこと言うじゃん」

「アイキューごせんまんくらいあるから」

「私のお嫁さんが天才だった」

「……ふふ」

 

 そんな訳で、いつものストレージコーナーだ。アイちゃんは手早くカードを選んだ。

「ユーリちゃんはカードの傷とかあんまり気にしないよね?」とアイちゃんは聞いてきた。

「むしろ安くなってラッキーじゃないの?」

「高いカード買わないしそれで良いと思う」

 アイちゃんが探しだしたカードは50枚くらいになった。

「ハーフデッキのカードで使えるのは無いの?」と私は聞いた。

「《平地》は全部使うよ。数が足りないから何枚か追加してる。あっ、基本土地の絵柄バラバラで良い? 揃えちゃう?」

 基本土地の絵柄? と私は思った。揃えてどうなるんだろう。

「揃えるとどういう効果があるんですか博士」

「お洒落の問題なんじゃよー」とアイ博士は言った。

 お洒落か。お洒落なら仕方ないな。

「大切なやつじゃん。揃えよう」

「真面目な理由も一応あるよ」とアイちゃんは言った。

「ほう」

「手札を見られた後ドローしたとして。既に持ってた《平地》Aと、新しくドローした《平地》B、どっちから置くのが得だと思う?」

「あ、なるほど。絵の違う《平地》Bを置いちゃうと、今ドローしたのが《平地》Bだってバレちゃうんだね」

「ユーリちゃん頭の回転めっちゃ早いよね。今ふつうにびっくりした」

「アイキューごせんちょうあるし」

「私の恋人は美人で賢い」

「おうよ」

 いきなり恋人とか言われると結構照れるもんなんだなぁ、と私は思った。

 

 だいたい60枚くらいのカードと、白い無地のスリーブを買う事にした。これで今月のマジックお小遣いはおしまいだ。

「ファイヤーズとは回しかたが違うけど、慣れたら楽しいと思うよ」

「楽しみだな」

 レジで受け取った品を鞄に入れながら、私は新しいデッキを回したくて仕方がなかった。マジックにはまだまだ私の知らないカードや戦略があり、この先もずっとアイちゃんと一緒にプレイしていきたかった。

 

「昔のデッキにはね、名前がついてる事が多いの。そのデッキも、最近なら白単ウィニーとか、白単アグロって呼ばれると思う」

「そうなんだ。このデッキはなんて呼ばれてたの?」

「今はもう世界から忘れられたカードとその亜種。それらを8枚フルで積んだそのデッキは【エイトクルセイド】と呼ばれてた」

 世界から忘れられた。なんだそれは。

「私そういうの好き」

「それともう一つ、当時とカードは違うんたけど。かつてマジックにはネクロの夏と呼ばれた暗黒時代があったの。当時最強だった【ネクロディスク】を倒すために組まれた白単ウィニー。3種12枚の騎士を積んでたからこう呼ばれてた。【トゥエルヴナイツ】」

 暗黒時代を打ち倒した12人の騎士。痺れてしまう。

「私そういうの好き!」

「だと思った!」とアイちゃんは笑って言った。

 

「でも、それだとこのデッキの名前は何になるんだろう」

「うーん、クルセイドって単語はもう使えないから、あえて名付けるなら【エイト&トゥエルヴ】とか?」

 アイちゃんはちょっと考えてからそう名付けた。数字だけというのがシンプルで良いと思った。

「このデッキ、大切にするね。すごく嬉しい。いっぱい考えてくれてありがとう」と私はお礼を言った。

「ユーリちゃんが嬉しいと私も嬉しい。どういたしまして」私の腕に自分の腕を絡ませながらアイちゃんは言った。「ね、早く帰って、しよ?」

「うん」と私は言った。私も同じ気持ちだった。

 

 冬の夜は長いけれど、やりたいことは沢山ある。私たちは白い息を吐きながら家路を急いだ。



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15.風味付け

 アイちゃんに組んで貰った新しいデッキを、買ってきたばかりのスリーブに詰めた。詰めながらカードのテキストを確認する。とてもシンプルなデッキだ。

 クリーチャーを並べて、全体強化エンチャントを置いて、叩く。相手のクリーチャーはほんわかふわふわな気分にさせて無力化する。このフレーバーテキスト可愛いな。

 

 フレーバーテキスト。ゲームには関係ない、雰囲気作りのための短い文章。

 スリーブに詰めたばかりのカードを手に取る。《平和な心》というカードで、クリーチャーが戦闘出来なくなる効果がある。めっちゃ怖い顔をしたお兄さんが描かれてる。

 フレーバーテキストを読むと、このお兄さんはグラックさんという人で、生まれて初めてほんわかふわふわした気分になってるらしい。

 こんなに怖い顔なのに、内面はほんわかふわふわしてる。なんか可愛いと思った。生まれて初めてって事は、普段は乱暴な人なんだろうけど。

 フレーバーテキストを読むのが結構好きだ。

 

 デッキをシャッフルする。新しいスリーブは滑りやすくて、手からデッキが弾け飛んだりする。ぎこちない手付きでカードを混ぜた。

 

 ちゃぶ台の対面に座るアイちゃんを見る。アイちゃんはニコニコ笑ってこっちを見てた。

「お待たせ。準備できたよ」と私は言った。

「体感5秒だったよ」とアイちゃんは言った。「ずっと見てられる」

「左様でございますか。照れますな」と正直に言った。

「わ、そのお澄まし顔可愛いね。見たこと無い」

「え、そう?」誉められたので嬉しい。

 

 お互いのデッキをカットした。

「じゃーんけーん」「ポーン」

 私の先手だ。カードを7枚引いた。《平地》が2枚、残りは《風立ての高地》《サバンナ・ライオン》《善意の騎士》《平和な心》《セラの天使》。良い手札に見える。

「キープ、かな。たぶん良い手札。キープ」と私は宣言した。

「キープ基準は難しいよね。初見のデッキだと特に」とアイちゃんは手札を見ながら言った。「こっちもキープ」

 

「はーい。それじゃ平地出して、《サバンナ・ライオン》出して、終わり」

 ライオンのフレーバーは『単独の一頭は恐ろしい。群れの一頭は手に負えない。──ベナリアの諺』って書いてある。ベナリアって何だろう。地名っぽい。

「良い初動。アップキープ、ドロー」

 アイちゃんは《沼》を置いて、ターンを終えた。

 

「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 引いたのは《平地》だった。引いたカードを手札に加え、軽くシャッフル。今から出すカードが、引いたばかりなのか、もとから持ってたのかを分からなくするためだ。

《平地》を出す。ワサワサっと白マナを2個出して《善意の騎士》を唱えた。フレーバーは『影を貫く光。』とだけ書かれてる。格好良い。このデッキに入ってる3種の騎士の1体だ。

「平地出して《善意の騎士》唱えるよ。その後戦闘入るね」

 ライオンと騎士を攻撃させた。

「あ、騎士はまだ酔ってるよ」とアイちゃんは言った。

 盤面を見る。確かに出したばかりの騎士は酔ってるはずだ。クリーチャーは私が魔法で呼び出した、という設定になってる。呼ばれたばかりのクリーチャーは召喚酔いという状態になって、すぐに攻撃出来ないのだ。

「わ、ごめん。間違えた」と私は謝った。

「前まで使ってたのが【ファイヤーズ】だもんね。仕方ない仕方ない」とアイちゃんは笑って許した。

「寛大」

「責任はライオンくんに取って貰うね。《致命的な一押し》を唱えるよ」

「え、こわ」

 ライオンは責任を取らされてしまった。なんという事だ。

 

「速攻の無いクリーチャーは、第二メインで唱えた方が良い場合が多いよ。今の場合だと、《善意の騎士》に黒い除去は唱えれないからライオンに使ったの」

《善意の騎士》は、相手の黒い呪文に狙われない能力を持ってる。

「なるほどなー」と私は言った。

 クリーチャーを出すタイミングにも工夫の余地があるのか。

 そして《善意の騎士》は黒い呪文を掻い潜って攻撃するから『影を貫く光』なのか。めっちゃ格好良い。

 

 

 何戦かして勝ったり負けたりした。少し疲れたので休憩することになった。

 アイちゃんの使ったデッキはボードコントロールという種類で、除去呪文で盤面(ボード)を捌いて、後半大量のマナを出して勝負を決める豪快なデッキだった。

 

 アイちゃんは私のプレイングを誉め、自分のデッキを語り、私のデッキを語り、私の質問に答え、感想を述べた。もちろん早口でめっちゃ楽しそうだった。

 私は楽しそうなアイちゃんを見るのが好きなので、幸せな気持ちだった。アイちゃんも同じように思ってるはずだ。

「アイちゃん、今の私はほんわかふわふわな気持ちだよ」と私は言った。

「ふふ、私も」とアイちゃんは微笑んで応えた。

 

 

 一緒に晩御飯を作り、一緒に食べて、お風呂に入り、風呂上がりのアイスクリームを取り出した。

 私はバニラで、アイちゃんはチョコミントのカップアイスだ。アイちゃんはやたらと私にチョコミントを食べさせようとしてくる。

「はい、あーん。私けっこうチョコミント好きなの」とアイちゃんは言った。

「私も好きだけど、自分で食べないの?」と私は聞いた。

「ユーリちゃんがチョコミント味なら、どういう気持ちになるか試してみたくて」

 するするとアイちゃんの腕が首に巻き付いて、私はつままれてしまった。

「美味しい」とアイちゃんは言った。

 ドキドキとした気持ちだけど、間違いなく私は今《平和な心》だった。



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16.リング

 年が明けた。お祖母様のお屋敷に親戚が集まり、それを終えると手元にちょっとしたお金があった。私の両親は兄弟が多くて、私をちやほやしてくれるのでお正月は楽しい。

 

 資金を半分に割る。半分はアイちゃんとのデートに使う。残りは好きに使う。

 何を買おう。お洋服、お化粧、おマジックに均等に割り振ろうか。なかなかの金額なので何でも買える。

 スマホを手に取り、アイちゃんにメッセージを送った。

 

『買い物 デート 行きたい』

『その言葉が聞きたかった』

 

 

 昼過ぎに駅前で待ち合わせた。広場は人もまばらで静かだ。コートのポケットに手を入れて待ってると、アイちゃんが歩いて来るのが見えた。

「あけおめ~」と私は手を振った。

「あけおめ~」とアイちゃんも手を振る。

 小走りで近寄って来たアイちゃんと、ノリでハイタッチをした。

「いぇー」「ぅえーい」

 適当な言語で会話を交わし、手を繋いで券売機まで歩いた。

 年末年始は家族と過ごしたので、年が明けてから逢うのは初めてだった。アイちゃんの顔を見ると無条件で嬉しくなるので、握った手をにぎにぎして表現した。

「こそばーい」とアイちゃんはニコニコ笑って握り返してくれた。

 

 電車を降りて少し歩く。なかなかの人混みだ。はぐれないようにという建前でアイちゃんと引っ付いて歩いた。

 大きな道路を渡り、目的の建物に着いた。5階建てで、ワンフロアがめっちゃ広い。2階に太い渡り廊下が通されてて、同じサイズの建物と連絡してる。

 片方のビルには服屋さんやアクセサリーショップなんかが入ってて、もう片方のビルにはゲーム屋さんとか本屋さんとか特殊な本屋さんとかが入ってる。カードショップもここだ。

「この2つのビルで何でも揃うの便利だよね」と私は言った。

「ここ造った人は偉い。発明王。平賀源内」とアイちゃんは言った。

「歴史のある建物なんですねー」

 

 適当に見て回る。服屋さんは服屋さんって感じで、靴屋さんは靴屋さんって感じだった。来月あたりに春物を見に来たい感じだ。

 アクセサリーショップを見てると、ペアリングが目に止まった。世の中の恋人同士が指につける輪っかだ。

「アイちゃんお年玉貰った?」と私は聞いた。

「ガッポガッポだよー」とアイちゃんは言った。

「アイちゃんとペアリングつけたい」

 私の視線は並んだリングの上を素早く往復し始めた。

「お、おぉ? えっ、なんかめっちゃ照れる」

「学校行くときはチェーン通してネックレスにする感じ」

「ビジョンが具体的」

「どれが良い?」

「……」

「めっちゃ真剣なまなざし」

「コレかコレか、コレ」

「あ、3つ目のやつ良いね。アイちゃんに似合う」

「ユーリちゃんにも似合う」

 

 店員のお姉さんに指のサイズを計ってもらい、指輪の選択を誉めてもらった。とてもよくお似合いです。比翼連理。天下無双の可愛さ。ブレッスド・パーフェクション。

 

 小さな紙袋の中に、小さな箱が2つ。繋いだ手で一緒に持った。

「30分前まで、正直アクセサリーに興味無かったよ」とアイちゃんはニコニコしながら言った。

「普段つけないもんね、私とアイちゃん」私もウキウキしながら言った。

「なんか、すごいね」

 アイちゃんは手をにぎにぎしてきた。私もにぎにぎした。紙袋がゆらゆら揺れた。

「うん。なんか、すごい」

 

「ほんとはこの後カードショップでも覗こうかって思ってたんだけど、なんか疲れちゃったね」と私は言った。

「うん」とアイちゃんは言った。

「ちょっと、休憩出来るとこ、行こっか」ドキドキしながら私は言った。

「……うん」とアイちゃんは応えた。

 

 

 休憩出来る所に落ち着いた私とアイちゃんは、お互いに指輪を嵌めあった。

「おぉ……」

「きれい……」

 アイちゃんと私の指に、金属の光沢が煌めいてる。細いリングは銀色と桃色の間くらいを揺らめいて光った。指でなぞると、滑らかな感触と控え目な彫刻が心地の良い反応を返してくる。

 

 私の右手はアイちゃんの左手をなぞり、アイちゃんの右手は私の左手をなぞった。

「ユーリちゃんの指、長くて綺麗だね」

「アイちゃんの指も、細くて可愛いよ」

「ふふ、私は、とてもよく知ってるよ、ユーリちゃんの指。いつも優しくって、私を嬉しい気持ちにしてくれるの」

 アイちゃんは私の目を見て言った。

「いつも愛を込めて触れてるよ」と私は言った。

「わ、気障なセリフ」とアイちゃんは笑った。

 あまりにも美しかったので、頬に手を添えて口付けをした。

「まだ、明るいのに」とアイちゃんは言った。キラキラと瞳が潤んでる。

「いっぱい仲良くできるね」と私は言った。

「いっぱいするの?」

 今度はアイちゃんから口付けをしてくれた。

「いっぱい仲良くしたいし、いっぱいされたいでしょ?」自信を持って言った。

「さ、されたい、です……」

「よく言えました。可愛い」

 

 この後滅茶苦茶仲良くした。



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17.次元渡りのための背景世界案内。殲滅波から世界呪文まで。

 マジックの舞台は多元宇宙というらしい。空に沢山浮かんだシャボン玉の中に、それぞれ色んな世界が入ってる的な世界観。

 シャボン玉とシャボン玉の間には《久遠の闇》とかいうなんか格好良い名前の空間が広がってて、普通の生き物は通れないらしい。

 プレインズウォーカーは、その《久遠の闇》を通って他の世界に移動できる珍しい生き物の事なんだとか。

 

 自室。試験勉強の息抜きに触ってたスマホを、机の上に置いた。

 前から興味があったのでマジックの物語についてちょっと調べてみたら、信じられないくらい沢山の情報が出てきた。

 軽い気持ちで調べた人間に、そもそも宇宙の“在り方”が違うんですよ、なんて情報を渡されても困惑してしまう。加減をして欲しい。

 とりあえず、『ドミナリア』という次元について調べたら知りたい事が分かるっぽい。

 そこまで調べて、試験勉強に戻った。

 

──

 

 自室。試験勉強の息抜きに触ってたスマホを、机の上に置いた。

『ドミナリア』の歴史は長く、地名と人名が入り乱れ、出来事は血生臭い。だいたい戦争してる。ここらへんは地球と似てる。魔法やらがあるのでスケールが大きいっぽい。

 氷河期という単語が出てきたので、次はこのあたりを調べてみよう。試験勉強に戻った。

 

──

 

 自室。試験勉強がなんかちょっと面倒になってきたのでスマホを手に取った。

 氷河期について調べてみると、どうやらウルザさんという人が戦争中にすごいアーティファクトを使ったのが原因で、ヤバい事になったらしい。

 ドミナリアはどんどん寒くなっていって、ヤバい事から400年後にとうとう氷河期に突入した。氷河期はそこから2,500年くらい続くらしい。

 ワームくんのフレーバーに出てきたキイェルドーというのは国の名前らしい。氷河期に出来た街がそのまま国になったっぽい。

 ある程度の事が分かって満足したので、試験勉強に戻った。

 

──

 

 学校の教室。空調がしっかりと効いてて、むしろちょっと暑い。ブレザーを脱いで椅子にかけた。

 今日からテストが始まる。英語、世界史、現代文が今日のメニューだ。教室を見渡すと、だいたいの人は自分の机で最後のチェックをしてる。例外に含まれる人も友達の席で問題を出しあってた。

 今回のテストはけっこう自信がある。特に英語はヤバい。英字で書かれた文章に拒否反応が無くなったからだ。単語の意味さえ分かればだいたいイケる。until end of turnとか出題してほしい。

 

──

 

 学校の教室。頭を使ったので暑い。セーターとブラウスの袖をまくる。テスト最終日、今日のメニューは古典、日本史、数学だった。

 悪く無い出来だったと思う。進級は間違いなく出来る。解放感に任せて腕と背筋を伸ばした。

 ホームルームまで多少の時間があるので、アイちゃんの席まで遊びに行くことにする。

「アイちゃんお疲れ」と私は話しかけた。

「この瞬間疲れが無くなった」とアイちゃんは言った。

 アイちゃんの前の席が空いてたので椅子を借りる。机を挟んで両手を握りあい、指を絡めてにぎにぎした。

「どうだった?」と私は聞いた。

「まあまあ。なんとか全部埋めた」とアイちゃんは答えた。

「やるじゃん。すごい」

 私も全部埋める事は出来た。その内いくつが正解してくれるだろうか。

 しばらくテストの出来を喋りあって時間を過ごす。先生がやって来たので自分の席に戻った。

「また後でー」と私は言った。

「はーい」アイちゃんはニコニコして言った。

 

 放課後の教室。テストから解き放たれたJKの群れがそこここでグループを形成し遊びの算段をつけていた。

 私は指輪を嵌め、マフラーを巻き、コートを着て、リュックを背負う。アイちゃんと一緒に廊下に出た。

 廊下をアイちゃんと喋りながら渡る。階段を下り、下駄箱を経て、校門へと至る。

 門から少し歩いてバス停に着いた。私とアイちゃんはベンチに座ってバスを待つ。その間もお喋りは続く。

 

「そういう訳でウルザはプレインズウォーカーになったの。弟と戦争までしてたのに、その弟が酷い目にあってるのを見たらすごいショックを受けちゃった。その時の大爆発は《ウルザの殲滅波》ってカードにもなってるよ。土地と伝説のパーマネント以外を全部吹き飛ばす、すごく派手な効果なの」

 アイちゃんはドミナリア史に詳しく、私の質問に早口でとことん応えてくれた。

「アイちゃんすごい。めっちゃ詳しいね」

「テストにドミナリア史があれば良かったのに」

「合格できるのアイちゃんだけだよ」

「私が知らないだけで、詳しい人が居るかもしれない」

 

 私の通う学校は1クラスがだいたい36人で、1学年は3クラスある。3学年合わせると300人と少し。300人居てマジックを知ってるのがたった2人だけというのはちょっと少ないかもしれない。

「あー、確かに居るかもしれない」ゆるい計算を終えて私は言った。

「マジックの話題、特に隠したりしなかったし同じクラスには居なさそう」

 興味を持ちそうなのは何人かいるけど、アイちゃんと遊ぶのに全力で、布教活動はしてない。自覚したのはたった今この瞬間だけど、無意識にアイちゃんを独占しようとしてたみたいだ。

 

「アイちゃん、もしかして私って独占欲強い?」

「脈絡さんがどっか行った。何となく言いたいことは分かるけど」

「マジック出来そうな娘を誘ったりとか出来たのに、思い付かなかったなーって」

 私がそう言うと、アイちゃんは私の肩に頭を乗っけて言った。

「逆かもよ。私はユーリちゃんに独占されるの、好き」

「アイちゃんそう言うとこあるよね」

「そう言うとこ?」

「なんか、ほら。ちょっと、アレだよ。ドMっぽいとこあるっていうか」

 私はなんとかオブラートに包もうとして、ちょっと失敗しながら言った。

「どぇっ!? そんなこと無いよ!? そんな、こと……」

 仲良くする過程で、いろいろなリクエストを受けた。その傾向を分析すると、どうも不自由を楽しむ嗜好があるように思えたのだ。

「アイちゃん、ずっと捕まえとくから安心してね」と私は言った。

「よ、よろしくお願いします……」

 アイちゃんも、気持ちの赴くままに頼んだアレコレを思い出したみたいだった。

 

 アイちゃんを捕まえて、でも閉じ込める必要は無いんだと閃いた。一緒に何処へでも行けば良い。

 色んな場所や人と出会って、その思い出を共有して蓄積していくのはとても楽しそうに思えた。

 時刻表どおりにバスが到着した。私はアイちゃんと手を繋いで乗り込んだ。




ドミナリアが氷河期に突入した時、シャードが形成された。
シャードはドミナリアを多元宇宙から隔離し、プレインズウォークによる往来を阻む結界となった。
プレインズウォーカーのフレイアリーズが世界呪文の儀式を行い、シャードは破壊され氷河期は終わる。
ドミナリアへ訪れるための障害は消えたが、訪れる者が善き者であるとは限らない。


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第2部 3年生編
18.ガールズトーク・ツー


 私とアイちゃんは無事に進級して新学期が始まった。

 アイちゃんと待ち合わせて登校し、校内の掲示板で新しいクラス分けを確認する。アイちゃんと同じクラスだったので手を取り合って喜んだ。

 

 新しい教室に入る。黒板に大きな紙が貼られてて、席の割り振りが印刷されてた。指定された席に座る。アイちゃんは私の右斜め前に座った。近くて嬉しい。

 

「担任の先生誰だろ?」私はアイちゃんに話しかけた。

「あー、確認するの忘れてた」とアイちゃんは言った。

 クラス分けはアイちゃんの名前を確認した時点で見るのをやめてしまった。

 

「担任はウッチーだよ」

 私の右隣の席に鞄を置いた娘が教えてくれた。顔は知ってる娘だ。1学年は100人くらいなのでほとんどの娘は顔見知りになる。

「山内先生なんだ。教えてくれてありがとう」と私はお礼を言った。

「どういたしまして、だ。顔は知ってるけど、同じクラスになんのは初めてだな。あたしベニコ。よろしく」

 ベニコちゃんは明るい色をしたショートヘアの可愛い娘だった。

 

「私も顔は知ってる。ユーリだよ、よろしくね」と私は礼儀正しく挨拶をした。「こっちの娘はアイちゃん」

「黒野は1年の時同じクラスだったな。よろしく」

「おひさしぶりね。よろしく」アイちゃんは微笑んで言った。

 

「ベニコちゃんの髪、ちょっと赤入ってる?」私は気になった事を聞いた。

 明るい茶髪は光の当たり具合で赤色にも見える。

「あ、やっぱ気になる? 派手過ぎっかな?」ベニコちゃんは髪を摘まんで難しい顔をした。

「目立つけど似合ってて可愛いと思うよ」と私は言った。「名前がベニコだから赤色?」

「うー、やっぱそうなるよな。これには浅い訳があんだよ」

「浅いんだ。うける」私はうけた。

 

「ユーリの前の席、あたしのツレで白鷺ってやつなんだけど、そいつと遊んでたらノリで染める事になっちったんだよ。ていうかまだ来てねーのか? ワリ、ちょっとメッセ送るわ」

 ベニコちゃんは私とアイちゃんに断ってからスマホを取り出して操作した。

「白鷺さん。もしかしてアヤメちゃんかな? 1年生の時同じクラスだったよ」私は思い出しながら言った。

「そう、そいつ。あたしはサギーって呼んでる。たぶん真っ白に髪染めて来るはず」

 

 名前に含まれる色と髪色を揃える遊び。

 私はアイちゃんを見る。アイちゃんの名字は『黒野』だから黒い髪だったのか。

「違うよ?」とアイちゃんは言った。

「以心伝心って嬉しいね」と私は言った。

「言われてみればたしかに。今の、心で会話した気がする」ハッと気付いた顔をしてアイちゃんは深く頷いた。

 

「二人は仲良いのな?」とベニコちゃんは言った。

「めっちゃ仲良いよ」と私は自信を持って言った。

「ええ、とっても」とアイちゃんはよそ行きの顔で言った。

 アイちゃんは人見知りなのでちょっと緊張気味だった。

「ベニコちゃんはアヤメちゃんと仲良いの?」と私は聞いた。

「おお、結構仲良いぞ。ノリが合うからだいたいツルんでるな」

 ベニコちゃんのスマホが震えた。

「あと、サギーはアホなんだ。ちょっと迎えに行ってくるわ」

 ベニコちゃんは教室を出て行った。

 

 アイちゃんとお喋りをして過ごしてると先生が入ってきた。壁にかかってる時計を見るともうそろそろチャイムが鳴る時間だ。ベニコちゃんとアヤメちゃんはチャイムのBメロで入ってきた。アヤメちゃんの髪は明るい金髪だった。

 白じゃないのが面白くて少し笑った。

 

「おはようございます。担任の山内です。高校生最後の1年間、悔いの無いように過ごしましょうね」

 山内先生は綺麗な姿勢で挨拶をした。ほんのり染めた茶色い髪を肩まで伸ばした、若くて可愛い感じの人だ。

 前の方に座ってる娘たちが、は~いと返事をした。

 

「はい、お返事ありがとう。この後すぐに始業式があります。およそ1時間ほどで終わります。その後は教室に戻ってホームルームです。クラス委員なんかを決めます。と言うわけで早速移動しましょう。廊下に出て2列縦隊。出席番号順に詰めてください」

 

 私たちは言われたとおりに隊列を組んでダラダラと体育館に向かった。

 

 

 

 始業式を終えて教室に戻ってきた。あくびをこらえる娘と、こらえない娘が席に着いた。

「お疲れさま。自己紹介タイムはありませんので、後ほど各自でお願いします。はい、お返事ありがとう。それではクラス委員を決めていきます。やりたい役職のある人は挙手をしてください。被ったらじゃん拳で決めます」

 

 山内先生はテキパキと話を進めて、黒板に各役職の名前を書いてった。

 やる気と情熱を持った娘が手を挙げてく。内申点が欲しい娘も挙げてく。10分くらいで全ての役職が埋まった。

「早い。良いですね。明日はいつも通りの時間に登校してください。1年生との顔合わせがありますので欠席しないように。体調が悪い場合は無理しないように」

 山内先生は話をしながら手元の紙に各委員の名前をメモしてった。

 

「はい、今日やる事はこれで終わりです。少し時間がありますので、ミーティングでもしましょうか。MTGというやつですね。くだけて言うなら雑談です」

 メモを書き終えた山内先生はそう言ってクラスを見回した。先生の口からMTGという単語が出てきたのが面白くて少し笑った。アイちゃんも少しだけ肩を揺らしたのが見えた。

 チャイムが鳴るまで先生や回りに座ってる娘と喋った。私とアイちゃんと、ベニコちゃんとアヤメちゃんとで自己紹介をした。

 

 チャイムが鳴った後も教室に残って喋る流れになった。

「なんで白じゃねーんだよ。あたしは赤くしてきただろー?」

「これはプラチナですぅ。漢字で書くと白金なので白ですぅ?」

「煽ってんじゃねーよ。腹立つ顔やめろ」

 ベニコちゃんとアヤメちゃんはじゃれあってた。アヤメちゃんは長く伸ばした髪をハーフアップに纏めた美人な娘だった。

 

 しばらく喋ってると山内先生がやってきた。

「仲良くやってますね。良い事です。そろそろ教室を閉めますので解散の準備をしてください」

「けっこう喋ったな。了解ウッチー」とベニコちゃんは素直に言った。

「黒野さんと鈴木さんはちょっと頼みたい事があるので残ってもらえますか?」

 私とアイちゃんは顔を見合わせた。頼み事。何を頼まれるんだろう。

「分かりました」私とアイちゃんは返事をした。

 

 

 教室に私とアイちゃんと先生が残った。先生が口を開く。

「もしかしたら、貴女たちはプレインズウォーカーでは?」



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19.春なので新しい事を始める

「もしかしたら、貴女たちはプレインズウォーカーでは?」と山内先生は言った。

 

 私とアイちゃんは顔を見合わせた。意外な人から意外な言葉を聞いた、とアイちゃんの目は言ってた。

「えっと、はい、そうです」

 私とアイちゃんは肯定の返事をした。

 

「良いですね。素晴らしい。私もプレインズウォーカーです。頼みたい事というのは、私とマジックで遊んで欲しいという事なのです。私を顧問にして新しいクラブを作ります。それの創設メンバーになりませんか?」

 

 言われた事についてちょっと考えた。マジックで遊びたいというのはとても良く分かる話だ。新しいクラブを作るというのはどういう事だろう。

 カードショップの大会に出るとかではダメなんだろうか。ダメなんだろう。アイちゃんみたいに、独りで通うのは寂しいタイプなのかもしれない。

 

「アイちゃんどうする?」と私は言った。

「クラブ活動……。やってみたいかも」とアイちゃんは言った。

 ならやってみよう。私とアイちゃんは了承の返事をした。

 

「どうもありがとう。助かります。活動日についてですが、月、水、金曜日の放課後を予定しています。構いませんか?」

 

 金曜はお泊まりの日なので駄目だ。

「金曜日は予定があるので無理です」とアイちゃんは言った。

「私も金曜日は駄目です」と私は言った。

 

「月曜と水曜の放課後は大丈夫ですか?」

 私とアイちゃんは頷いた。

「では活動は週に2回。部室の準備などがありますので活動は来週からです。メンバーは貴女たち2人。他にプレインズウォーカーの当てがあれば誘って貰っても構いません。私には見つけられませんでした。連絡先を交換しましょうか」

 私とアイちゃんはスマホを出して先生をメッセージアプリに登録した。

 

「私からの話は以上です。何か質問があればどうぞ」

「アイちゃん何かある?」

「えっと、フォーマットはどうするんでしょうか?」とアイちゃんは言った。

 フォーマット。聞いた事はあるけど意味は知らない単語だ。コンピューター関係の単語じゃないのだろうか。違うのだろう。

「フォーマット? マジックでフォーマットってどういう意味?」と私は聞いた。

 

「んー、格闘技とかなら体重で階級が分けられてるでしょ? マジックの場合は発売された時期で使えるカードが決まるの。ここからここまでの間に発売されたカードでデッキを組みましょうって取り決めの事」とアイちゃんは教えてくれた。

「そうなんだ。教えてくれてありがとう」と私は礼儀正しくお礼を言った。

「どういたしまして」とアイちゃんはニコニコして言った。

 笑ったアイちゃんはびっくりするくらい可愛かった。特に唇の形が良い。もちろん味も良い。

 

「フォーマット。そうですね、カジュアルで良いのではないでしょうか。貴女たちは普段カジュアルのようですから」

「ではそれで」とアイちゃんは返事をした。

 今日のところはこれで解散となった。

 

 

「それでは気をつけて帰宅してください。また明日」

 山内先生は教室の鍵を閉めて去って行った。私とアイちゃんも下駄箱へ向かって廊下を進んだ。途中でお手洗いに寄って指輪をはめた。

 

「びっくりしたね」と私は言った。

「うん。びっくりした」とアイちゃんは言った。

「カジュアルってどんなフォーマットなの?」

「カジュアルは、好きなカードを使ってゆるく遊びましょうってフォーマットだよ。つまりいつも通り」

「なるほどなー」と私は言った。

 

 ホームルームが終わってからそこそこ時間が経ってた。廊下を歩いてるのは私とアイちゃんだけで、グラウンドの方から運動部の声が遠く聞こえてる。春の日差しは柔らかくアイちゃんを照らして、微かな風が吹いて髪を撫でた。

 サラサラ揺れるアイちゃんの髪に触れたくなって、そっと手を伸ばした。

「どしたの?」とアイちゃんは言った。

 私は廊下の前後と窓の外を確認した。誰もいない。

「チューしたい」小さな声で私は言った。

「いいよ。ふふ、唐突だね」とアイちゃんも小さく笑って言った。

 

 髪を撫でてた手を動かしてアイちゃんの後頭部を押さえた。少しだけ力を込めて抱き寄せて、アイちゃんの素敵な唇に口付けた。

 柔らかくて、少し濡れてるような感触。舌の先でちょっとだけつつくとアイちゃんは素早く舐めとった。

 離れる時に瑞々しい音が鳴って、私はその音が好きだ。

「この音ちょっとエッチだね」とアイちゃんが小さな声で言った。

「そうだね」と私も小さな声で言った。

 小さな声で笑い合うと手を繋いだ。階段を下りて、下駄箱で靴を履き替える。バス停まで歩いてベンチに腰掛けた。

 

「アイちゃんはクラブ活動ってしたことある?」

「んーん、したこと無いよ。ユーリちゃんは?」

「私もなーい。なのでちょっと楽しみかも」

「良かった。私もけっこう楽しみ」

 アイちゃんは繋いだ私の手をにぎにぎと揉んだ。私もにぎにぎした。

 

「お昼どうする?」と私は聞いた。

 太陽は一日で一番高い位置にあって、気持ちの良い光を届けてた。

「ユーリちゃんどこ行きたい?」

「アイちゃんとなら何処でも良いよ」と私は言った。

「今そういうのいいです」

 アイちゃんはぎゅっと力を込めて私の手を握った。

「あれー?」

「そういうの駄目だからね。私チョロいんだから」

「アイちゃん手、あったかくなってるよ」

「ユーリちゃんがき、キスするからでしょ」

「明日は金曜日だし、今から盛り上げていこうかなって」

「ぅ、あ、明日?」

 アイちゃんは信じられないものを見た時みたいな顔をした。

「そう、明日」

 私は繋いだ手をほどいて、アイちゃんの腰に手を回した。グッと力を入れてアイちゃんの体を引き寄せる。小さな声で囁いてあげる。

「おあずけ」

「ひぅ、は、はい」とアイちゃんは言った。

 

 きっと喜んでくれるだろうと思っていろいろ考えた。

「こういうのどう?」と私は聞いた。

「あ、新しいパターン……! めっちゃ良い……!」

 アイちゃんが喜んでくれたので嬉しい。

 バスが来るまでお喋りをして過ごした。



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20.ジェラシー

 水曜日の放課後。久しぶりに6時間の授業を終えた。新しい教科書の表紙はテカテカと光を放ち、ページの端は真っ直ぐ揃ってた。

 復習する教科書を選別してリュックに詰める。全ての教科書を詰めてしまうと、リュックの重さはおよそ100万トンを越えてしまうからだ。持って来るのめっちゃ大変だった。

 リュックの中には筆箱、教科書、ルーズリーフ、デッキケースが2個。今日から部活動が始まる。

 

「ゆーりん、カラオケ行かーん?」

 前の席に座ってるアヤメちゃんが振り向いて言った。プラチナゴールドの髪がふわりと揺れた。

「今日は部活なので行かーん」と私は答えた。

「あれ、ゆーりんクラブ入ってんの?」大きな目をパチパチしてアヤメちゃんは言った。

「入った。山内先生が新しいクラブ作って、今日が初日」

「え~じゃあ明日は~?」

「明日なら良いよ。アヤメちゃんの歌久しぶりに聴きたいな」

「ぅえへーい。じゃあ明日ー。アイクロも明日カラオケ行こー?」

 こっちを見てたアイちゃんはちょっとだけ驚いた顔をして、それから頷いた。

「行く」

 アイちゃんは人見知りなので緊張してる。私と二人きりの時にはあんまり見れない、キリッとした眼差しはクールで格好良い。

 ベニコちゃんが教室に入って来てアヤメちゃんと合流した。4人でちょっとだけ喋って、アヤメちゃんとベニコちゃんは帰っていった。

 私とアイちゃんもリュックを背負い、部室棟へと向かった。

 

 

 部室棟はけっこう大きな建物で、文化系のクラブはだいたいここに纏められてるらしい。下駄箱に用意されたスリッパに履き替える。スマホを取り出して山内先生からのメッセージを読み返す。ペタペタと足音を鳴らして指定された部屋まで進んだ。

 

「失礼しまーす」ノックしてスライドドアを滑らせた。

 部屋の中には細長い机が1つと、その周りにパイプ椅子が4脚置かれていた。山内先生は窓際に立っててこちらを振り返った。

「来ましたね。この日をとても楽しみにしていました。この通り何も無い部屋ですが、備品はおいおい揃えていくのでリクエストがあれば後で聞かせてください。早速マジックをしましょう」

 先生は足元の鞄から色々取り出して机に並べ始めた。透明な筒からランチョンマットみたいなのを2枚取り出して敷いた。掌に乗るくらいの小さな箱にはサイコロが沢山入ってる。タブレットで起動されたアプリは20─20を表示した。

 

 私とアイちゃんもリュックを床に置いて、デッキケースを取り出した。

「ロッカー的なやつ欲しいですね」リュックを部屋の隅に寄せながら私は言った。

「用意しておきましょう」

 先生は椅子に座ってデッキをシャッフルし始めた。

「アイちゃんどっちからする?」私はアイちゃんを見た。

「じゃーんけーん」アイちゃんは不意打ちしてきた。

「ぽん」咄嗟にチョキを出した。

 私からになった。

 

 先生の対面に座る。アイちゃんは私の横に椅子を寄せて座った。デッキをシャッフルする。

「おや、レベッカのスリーブ。良いですね」

 先生は私のスリーブを見て言った。誉められたので嬉しい。

「たまたまカードショップで見つけて、一目惚れしたんです。色が綺麗で。先生もレベッカ好きなんですか?」と私は聞いた。

「ええ、好きですよ。レベッカを嫌いな人はまだ見たことありませんね」

 シャッフルを終えて、お互いにデッキをカットした。

「先手後手はダイスで良いですか? 2つ投げて合計の大きい方が先手後手を決めるやり方です」

 私と先生はサイコロを投げあった。私の先手になった。

 

「ではよろしくお願いします」と先生は言った。

「あ、はい。よろしくお願いします」

 7枚ドロー。《森》2枚、《山》、《カープルーザンの森》、《エルフの神秘家》、《ブラストダーム》、《火炎舌のカヴー》。ファイヤーズは引けなかった。

「キープします」と私は言った。

「こちらもキープです。どうぞ」と先生は言った。

 

「《森》セットから《エルフの神秘家》です。ターン終了です」

 

「良いスタートですね。ターンを貰います。ドロー」

 先生はライブラリーから1枚引いて手札をシャッフルした。

「《蒸気孔》ショックイン。ライフは18になります。0マナ《羽ばたき飛行機械》、青1マナ《フェアリーの悪党》。ターン終了です。どうぞ」

 見たことの無いカードばかりだったので先生に断ってからテキストを確認した。全部飛んでる。でもパワーは低い。特に《羽ばたき飛行機械》なんかはパワー0だ。ブロッカーだろうか。

 見えてる色は青と赤。コントロールっぽい色だ。

 先生はタブレットを2回タップした。18─20。

 

「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 引いたカードは《はじける子嚢》。重いカードばかりが集まってくる。ファイヤーズが欲しい。

「《森》を置いて、ターン終了です」

 

「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 ドローしてシャッフル。

「《島》を置いて、コンバット。2体ともアタックします。通りますか?」

 飛行機とフェアリーが向かってきた。

「通り、ます、けど、飛行機もアタックですか?」と私は聞いた。

「そうです。鈴木さんは初めて見るみたいですね。ブロッククリーチャー指定ステップで2マナ。《羽ばたき飛行機械》を手札に戻して忍術を起動します。《深き刻の忍者》のエントリーです」

 

「わ、ニンジャだ! ニンジャナンデ!」横で見てたアイちゃんが大騒ぎした。

「おや、黒野さん。どうやら話が合いそうですね? 素晴らしい。ドーモ、プレインズウォーカーサン。ディープアワーデス」

 

 先生とアイちゃんはニッコニコだった。私にはよく分からないけど、アイちゃんが楽しそうなので嬉しく思った。それと同時に、ちょっとだけ嫉妬してるのにも気付いてた。

 この独占欲と上手に付き合わないと、駄目な事になりそうだという予感だけがある。

 

 ゲームを続けた。



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21.「火遁、ライトニングボルトの術」と先生は言った。

 忍術について説明を受けた。ブロックされなかったクリーチャーと、手札の忍者が入れ替わる能力らしい。

 

「フレイバー的には、鳥などに化けて潜入した忍者が獲物の前で術を解いたというデザインのようです。ウィザーズは忍者をスパイやアサシンだと捉え、このように表現したようですね。

 随分と脱線してしまいました。すみません。ゲームに戻りましょう」

「いえ、マジックのフレーバー好きなんで、聞けて良かったです。ありがとうございます」と私は礼儀正しくお礼を言った。

「ユーリちゃんゴメン。邪魔しちゃった」とアイちゃんは謝った。

「アイちゃんの全てを許すよ」と私はアイちゃんの目を見て言った。

 アイちゃんはそっと微笑んで、声を出さずに唇を動かした。読唇術によれば、ありがと、と言ったようだった。私も声に出さず、どういたしまして、と返した。

 

 忍者が2点、フェアリーが1点のダメージを与えて、私のライフは17点になった。右手でタブレットを3回押した。

 先生18─17私。

「ディープアワーがプレイヤーに戦闘ダメージを与えたので能力が誘発します。1枚ドロー。第2メイン、0マナで《羽ばたき飛行機械》を出し直してターン終了です」

 

「ターンを貰います。ドロー」

 引いたのは《稲妻の一撃》。手札をシャッフル。

 忍者のテキストを確認して、少し考える。《深き刻の忍者》は私を叩くたびにカードをドローする酷いやつだ。生かしてはおけない。ただ、戦場に出た後は単なる2/2のクリーチャーでしかない。ダームくんで止めるか、フレイムたんで燃やすか。

 恐らく、ブロックはさせて貰え無いんだろう。もし私が忍者を使うならそういう風にデッキを組む。たぶん。

「《山》を置いて、フレイムたんを出します。能力の対象は忍者で」

「はい。やられます」

「ターンエンドです」

 

「アンタップ、アップキープ、ドロー。フェアリーだけでアタックします」と先生は言った。

 先生18─私16。

「第2メイン、《島》を置いて《海の神、タッサ》を唱えます。ターンエンド」

 先生は私が読みやすいように逆さまにカードを置いてくれた。優しい。テキストに色々書いてるけど、注目するのは『2マナ払うと対象のクリーチャーはブロックされなくなる』という能力だ。

 やっぱりこういうカードが入ってた。

「忍者を燃やしておいて良かったです」と私は言った。

「慧眼です。素晴らしい」と先生は言った。

「ユーリちゃんは頭の回転がとても早いんですよ。すごいですよね!」とアイちゃんは得意気に言った。誉められたので嬉しい。

 

 ウキウキとした気分でターンを貰い、ドローした。来た!

「《カープルーザンの森》を置いて、えっと、どうしようかな。《山》、《森》、エルフからマナを出して、ファイヤーズを唱えます」

 手札の《稲妻の一撃》を使えるように土地を残して、フレイムたんで攻撃した。

「やはり【ファイアーズ】! 良いですね! タンカヴーを見てもしかしたらと思っていました。素早く、そしてパワフル。グルールカラーの結晶と呼んで差し支えは無いでしょう。素晴らしいデッキです! 4点受けます!」

 フレイムたんに叩かれながら先生は大喜びした。ファイヤーズが誉められたので嬉しい。

 

「アイちゃんが教えてくれたんです。マジックを始めたての頃、オススメのデッキがあるよって」

「なるほど。黒野さんは良い師匠なのですね。センスが良い」と先生は言った。

「そうなんです。アイちゃんは綺麗で可愛くてセンスが良いんです」

 アイちゃんが誉められたのでめっちゃ嬉しい。

 先生14─16私。

 

 先生のターン。

「アンタップ、アップキープにタッサの誘発。占術1を行います。トップはそのまま。ドローステップ、ドロー。《シヴの浅瀬》を置きます。フェアリーでアタック。ターンエンドです」

 先生14─15私。

 先生の戦場には土地が4枚、フェアリーはタップ状態、タッサはまだクリーチャーじゃない、飛行機はブロッカー。次のターンに《はじける子嚢》を唱えるので、飛行機は燃やそう。

「エンドステップに、ライフを1点払ってカープルーザンから赤マナを出します。《稲妻の一撃》を飛行機に」

「ぅ。スタック。《羽ばたき飛行機械》を生け贄にして2マナ、《爆片破》を唱えます。対象は鈴木さんです。5点」

 ブロッカーを退ける事はできたけど、ライフをごっそり持っていかれてしまった。

 先生14─9私。

 

 ターンを貰う。ドローは《山》。

「《山》を置きます。5マナ、《はじける子嚢》を唱えます」

「来ましたね、ファイアーズの必殺技。1枚で人を殺せる恐ろしい呪文です。トークンは3体ですか?」

「わ、先生めっちゃ詳しいですね。そうです、3体出します。フレイムたんを含めてパワー4が4体。エルフも一緒に総攻撃します!」

「ぅう。戦闘開始ステップに青1マナ、トークンに《蒸気の絡みつき》。トークンのコントローラーは1点ルーズ。《シヴの浅瀬》からライフを1点払って赤マナ。カヴーに《稲妻》」

 先生13─8私。

 ファイヤーズを切ればフレイムたんは生き残るけど、トークンがアタックに行けなくなる。手札にダームくんも控えてるし、速攻を維持した方がきっと強い。

「このままフレイムたんは焼けます。トークンとエルフでアタックします」

 先生4─8私。

 

 先生のターン。

「タッサの占術、はボトムへ。ドロー」

 先生は2枚目の《フェアリーの悪党》を唱えた。

「着地したらフェアリーの能力が誘発。1枚ドロー。ターンエンド」

 先生の手札は2枚。ブロッカーはフェアリーが2体。アタッカーの数を増やした方が良さそうに思えた。

「エンドステップに《はじける子嚢》からトークンを産みます」

「ぅぐ、はい」

 これで3/3のトークンが3体、1/1のエルフが1体。

 

「アンタップ、アップキープに《はじける子嚢》からカウンターを取り除きます。トークンは2/2になります。ドロー」

 ドローは《クロールの銛撃ち》。めっちゃ良い引きだ。この盤面ではダームくんより強い。

「2マナ、《クロールの銛撃ち》を唱えます」

「おっと? 随分と最近のカードですね。テキストを見ても良いですか?」と先生は言った。

「どうぞ」と私は言った。最近のカードだったのか。ストレージで見つけたので知らなかった。

「強いですね。【ファイアーズ】にとてもマッチしています。素晴らしい2マナ域です」

 先生は少し考えて、静かに頷いた。

「立ってる土地は3枚。リークを撃っても止められませんね。負けちゃいました。グッドゲーム」

「はい、グッドゲーム、です」

 

「ああ、本当にとても良いゲームでした」

 先生はしみじみと言った。

「忍術も出来ましたし、懐かしいデッキも見れました。【ファイアーズ】、良いデッキですよねぇ。新しいカードも入ってさらに強くなっています」

「そうなんですよ。ちゃんとブラッシュアップされてるんです。すごくないですか? 始めて1年なんですよユーリちゃんは! 天才の閃き! アカデミー! 精神力!」とアイちゃんは熱弁した。

「それは凄い」と先生は言った。

 二人にひたすら誉められて私は有頂天になった。

 

 下校時間を知らせるチャイムが鳴るまで、入れ替わり立ち代わりしてクラブ活動を行った。

 山内先生は私のことをめっちゃ誉めてくれるので良い先生だと思った。

 楽しい。楽しい!



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22.クラッシュ・オブ・ライノス

 山内先生はかなり人気のある先生で、歳も近いのでお姉さんみたいに慕ってる娘が多い。パッと見可愛い系の顔なのに、意外と目力が強くてそのギャップにやられる娘も沢山いるらしい。

 

「あー、えっと、鈴木さん、今ちょっと良い?」とミサキちゃんは言った。

「良いよ」と私は言った。

 放課後の教室。アイちゃんたちとお喋りしてるとミサキちゃんが話しかけてきた。ミサキちゃんは短い黒髪で、ぽてっとした唇とたれ目がセクシーな娘だ。

「邪魔しちゃってごめんね。ちょっと、聞きたいことがあって」ミサキちゃんはアイちゃんたちに断りを入れた。

「どうした~? 座ろー?」とアヤメちゃんが椅子を用意した。

 私たち4人は自分の席に座ってた。私の右隣にベニコちゃん。前にアヤメちゃん。右斜め前にアイちゃん。

 アヤメちゃんは5つ目の椅子を中央に置いた。

「なんで真ん中に置くんだよ」とベニコちゃんは椅子の位置を修正した。私とベニコちゃんの間。

「え、すごい歓迎してくる。さんきゅさんきゅ」ミサキちゃんは用意された椅子に座った。

 邪魔だったので私とベニコちゃんの机を彼方に追いやった。

 

「や、たいしたアレじゃないんだけど」と前置きをしてミサキちゃんは語った。

 私とアイちゃんが、山内先生が作ったクラブで何をしてるのか知りたいんだそうだ。

「そんで、あー、あわよくばせんせーと親しくなれるかもなー、なんて思ったり思ったり」

「動機が不純過ぎる」とベニコちゃんは大笑いした。

「なるほどなー」と私は言った。

 アイちゃんを見ると、特に何にも考えて無い時の顔をしてた。お澄まししてる顔は凛としてて、涼しげな目元、すぅーっと通った鼻梁、私がプレゼントした薄桃色の口紅が完璧な配置と調和をもたらしてた。なので私が喋ることにした。

 

「先生が作ったクラブはね、対戦型カードゲームで遊ぶクラブだよ。トランプで大富豪とかやったことある? あれをちょっと複雑にした感じのやつ」

 ブレザーの内ポケットから生徒手帳を抜き出して、スリーブに入ってるワームくんを取り出した。

「こういうカードを集めて、60枚の束を作って、戦うの。これは世界一格好良いワームくんのカード」

 皆の視線を集めてワームくんは誇らしげに笑ってた。白い枠。くっきりと黒く印刷された『Ⅵ』のエキスパンション・シンボル。重厚なフレーバーテキスト。取り換えたばかりのスリーブ。

「こう、うろこのワーム」とミサキちゃんは言った。

「ワームってなんだ?」とベニコちゃんは言った。

「え~かわいい~」とアヤメちゃんは言った。

 

 物事の多様性について思いを馳せてるとアヤメちゃんが口を開いた。

「ミミウサはスイちゃん先生に教えてもらえば良いと思うな。これ」

 アヤメちゃんからワームくんを受け取り、生徒手帳に付いてるポケットにしまった。

「良いと思う。先生も言ってたよ、他にやれそうな娘がいたら連れてきてって。歓迎されると思う」

「あー、連れてってくれんの?」ミサキちゃんは言った。

「連れてくよ。先生にメッセ送っとく」

 スマホを手に取って先生に連絡をした。

 

「ワームっていうのは、手足の無いドラゴンみたいな架空の怪物の事よ。見た目は蛇と似てるけど主に大きさが違う。大きなミミズみたいな姿で描かれる事もある。英単語の意味としてはミミズとかの細長い、……虫?」

「うへー、でっかいミミズはキショいな」

 アイちゃんとベニコちゃんは仲良く喋ってた。先週一緒にカラオケで遊んだからアイちゃんの人見知りはちょっと緩和されてる。

 

 スマホが震えた。先生からの返信だった。

 長文のメッセージを要約すると、デッキを用意しといてね、無くても良いよ。という内容だった。

「活動日は明日なんだけど、今日このあと時間ある?」と私は言った。

「あるよ。どうして?」とミサキちゃんは言った。

「遊ぶのに必要なカード、貰いに行こうよ」

「えっ、貰えるの?」

「アイちゃん、ショップ行ったらハーフデッキって貰えるよね?」

 アヤメちゃんとベニコちゃんにマジックを語ってたアイちゃんはこちらを見た。

「お店に残ってれば貰えると思う、けど」と言ってアイちゃんは教室の壁にかかってる時計を見た。「今から行って、残って無かったら骨折しちゃうし電話した方が良いかも」

「あいあい。電話してみるね。ありがとう」と私は言った。

 スマホでショップの番号を調べて電話した。

 

 丁寧な店員さんのお話を要約すると、めっちゃ沢山いっぱい余ってるらしい。礼儀正しくお礼を言って通話を終えた。

「いっぱいあるって。アヤメちゃんとベニコちゃんも暇だったら一緒に行こ」

「あたしらもか? サギーどうする?」とベニコちゃんは言った。

「行ってみたーい。どんなとこだろねー」とアヤメちゃんは言った。

 そういうことになった。彼方から机を呼び出して綺麗に整える。リュックに筆箱と教科書を何冊か詰めて背負った。

 ダラダラと喋りながら教室を出た。

 

「あー、そういえば、1年の時から気になってたんだけど、なんで私のあだ名ミミウサなの? 私うさぎっぽい?」ミサキちゃんはアヤメちゃんに話しかけた。

 私はミサキちゃんの顔を見た。うさぎっぽくは無いと思った。たれ目はちょっと眠そうにトロンとしてて、唇は艶々と膨らんでる。

「うさぎはエロいって言うし、三浦の顔もエロいからじゃねーの?」とベニコちゃんはとんでもないことを言った。

「ねえ! せめてセクシーとか言って! ちょっと気にしてんだから!」とミサキちゃんは抗議した。

「え、そうだったのか。ワリー」とベニコちゃんは謝った。

「ミサキちゃんは綺麗だし、唇とか柔らかそうで可愛いよ。短い髪も似合ってる」と私はフォローした。

「す、鈴木さんありがと~。ベニやんは鈴木さんを見習ったほうが良いよ。ほら、ちょっと誉めてみ?」

「うわ、付け上がり出したよこいつ」

「うさぎには似てないねー? 豹っぽい」とアヤメちゃんは言った。

「はい、階段だよー。気を付けようねー」と私は注意を促した。

 

「アイクロは猫っぽいよね。黒猫」とアヤメちゃんは言った。

「えっ、猫? そうかな」とアイちゃんは言った。

 まあ、そうだろうなと私は思った。

「ベニコちゃんは?」と私は聞いた。

「ベニベニはアホ犬ー」とアヤメちゃんは笑って言った。

「アホはお前だー」後ろでミサキちゃんと喋ってたベニコちゃんが遠吠えのように言った。

「アホじゃないですぅ? 2年の期末は私の勝ちでしたしぃ?」とアヤメちゃんはベニコちゃんを振り返って煽った。

「腹立つー! その顔やめろ!」ベニコちゃんは周囲をぐるぐる回るアヤメちゃんに抗議した。

 

 仲良いなーと私は思った。

「ふふ、猫だって。ユーリちゃんは猫好き?」とアイちゃんは言った。

「うん、好きだよ」と私はアイちゃんの目を見て言った。

「ふふー」とアイちゃんは笑った。

「私は何だろ」

「ユーリちゃんはね、サイだよ」とアイちゃんは微笑みながら言った。

 サイ?

「どうしてサイ?」と私は聞いた。

「いろんな物を吹き飛ばして、まっすぐ来てくれたから」とアイちゃんは言った。

 よく分からなかったけど、悪い意味じゃなさそうだった。

 サイか。格好良いから好きだ。

「そう言えばサイのカードってあるの?」

「あるよ。今度見せてあげるね」とアイちゃんは言った。

 アイちゃんは楽しそうだった。




《サイの暴走》

恋はサイのようなもの。性急で、まわりが見えない。もしも道がないならば、突き破ってでも進んでみせる。
──フェメレフの格言


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23.放課後の魔術師たち

 水曜日の放課後。ベニコちゃんたちを連れて部室にやってきた。

 山内先生は体験入部を歓迎してくれて、初心者の3人にルールを教えた。

 

 昨日貰ったウェルカムデッキにはハーフデッキが2個入ってた。

 箱に描かれたプレインズウォーカー色のハーフデッキと、ランダムで他の色のハーフデッキが合わさり60枚になる。

 浅い理由によってベニコちゃんは赤を。アヤメちゃんは白、ミサキちゃんは青のデッキを選んだ。私とアイちゃんも緑と黒のデッキを貰って共用の備品にした。

 ゲームに慣れるまでは30枚のハーフデッキを使うことにして対戦を繰り返す。

 今はアヤメちゃんとミサキちゃんが対戦してるのを4人で囲んで眺めてる。

 

 ハーフデッキは毎年更新されてるらしくて、私の持ってるヤツとは中身が違ってた。

 今ミサキちゃんが唱えた《謎かけ達人スフィンクス》は初めて見る。名前の語呂が良くて好き。

 フレーバーテキストには『安全な道中に必要なのは、簡単な問いに対する簡単な答えのみですよ、旅人さん。』と書かれてた。アートにはスフィンクスと、その正面に置かれたブーツが描かれてる。

 このスフィンクスはクリーチャーを手札に返す能力を持ってるから、ブーツの持ち主は謎かけに答えられなくてどこかへ飛ばされちゃったんだろう。

 アヤメちゃんの《セラの守護者》が手札に戻された。

 

「ねぇねぇ、手札に戻しても出しなおされるだけだし、青色って弱くない?」とミサキちゃんは言った。

「そうだよねー。はい、もっかい天使~」とアヤメちゃんは《セラの守護者》を唱えた。

 空中で天使とスフィンクスがにらみ合って数ターンが過ぎると、アヤメちゃんが《平和な心》を引いてきた。スフィンクスはほんわかふわふわな気持ちになって天使の攻撃を素通りさせるようになり、ミサキちゃんは負けた。

 

「あの、先生、これどうやったら勝てるんですか?」ミサキちゃんは山内先生に泣きついた。

「そうですね。勝てるようになるにはどうすれば良いか。それを考えるのが醍醐味という説もありますが、勝てなくてはつまらないという事実もあります」

 先生はミサキちゃんの横に椅子を寄せて座った。

「マジックに必勝法はありません。勝敗には運が絡むので当然ですね。しかし、勝ちやすくなる方法や考え方という物はあります。

 私の分かる限りの事を教えます。三浦さんがマジックを楽しく遊べるようになってくれたなら、こんなに嬉しい事はありません。どうでしょう、教えさせてくれませんか?」

 山内先生はミサキちゃんの目を見詰めて力強く言った。

「あ、は、はい、いっぱい、教えてください、先生」とミサキちゃんは言った。

 

 先生に口説かれてるミサキちゃんはひとまず置いといて、私は隣に座るアヤメちゃんを見た。

 アヤメちゃんは《セラの守護者》を眺めてた。6マナ5/5、飛行と警戒の能力を持った天使は白いハーフデッキの最大戦力だ。

「どうしたの?」と私はアヤメちゃんに尋ねた。

「この人、チョー歌うまそうじゃない?」とアヤメちゃんは言った。

 浅黒い肌に、捻れた長い黒髪、手には槍を持ってる。ソウルフルでパワフルな感じだった。

「わ、ほんとだ。R&Bって感じするね」

「ね! 絶対うまいよねー。持ってる武器もスタンドマイクみたい」

 アヤメちゃんは少しの間《セラの守護者》を眺めてからデッキに混ぜてシャッフルした。デッキトップから7枚ドローして新しい手札を作る。

「最初は土地が沢山欲しくてー、でも多すぎると駄目~。いい感じの枚数を、いい感じのタイミングで引かないと負けちゃう。勝ちやすくなる方法ってどんなだろ~?」

 再び手札をデッキに加えてシャッフル。7枚引いて新しい手札。手札を確認して、アヤメちゃんは対面の山内先生とミサキちゃんを見た。

 

「通常、マジックでは損をしない事が大事です。相手のクリーチャーと相討ちをしたなら、それは損ではありません。こちらの大きなクリーチャー1体と、相手の小さなクリーチャー2体とで相討ちなら、それは得です。こちらのカード1枚で、あちらのカード2枚と交換したりする事をカードアドバンテージを取る、等と言います。

 まずはアドバンテージを意識する所から始めてみましょう」

 

 先生の言葉に頷いて、ミサキちゃんはデッキのシャッフルを始めた。アヤメちゃんも持ってた手札を混ぜてシャッフルする。

 

 部室に置いてる長机には、長辺に3人並ぶ事が出来る。今は真ん中にアヤメちゃんとミサキちゃんがいて、私の対面には山内先生。反対側にはアイちゃんとベニコちゃんが向かい合ってる。

 アイちゃんたちも対戦を始めるみたいだ。ミサキちゃんには先生が付くようなので、私はアヤメちゃんのセコンドに付くことにした。

「私は横から見守ってるね。相談にも乗る感じで」

「昔テレビで見たアニメみたーい。主人公にしか見えないお助けキャラが、ヤバい、強いのが来るぞ! とか言うやつ」

「あ、私も見たことあるかも。小学校の頃じゃない?」と私は言った。

「それかもー」とアヤメちゃんは微笑んだ。

 

 ハーフデッキには13枚の《平地》と13枚のクリーチャー、4枚の呪文が入ってる。除去は《平和な心》が1枚だけ。コンバットトリックが3枚。

 私なら、序盤から攻めて、やられそうなクリーチャーを呪文で守って、並んだクリーチャーで総攻撃して仕留めるプランでゲームを進める。戦場に出た時にライフを回復してくれる天使が2枚入ってるので、相手の攻撃はわりと無視できる。

 

 ターンが進み、カードの応酬があり、中盤から後半戦へと差し掛かった。

「ゆーりん、攻撃して良いときとダメなときって何が違うのー?」

「んー、攻撃したあと、盤面が有利になってそうならアタックって感じ。

 例えばこの2マナ3/1のカラカルでアタックして、相手の4マナ飛行3/2のドレイクと相討ちになるならお得なの。相討ちしないなら相手に3点通るし。ただ、今は硬いカニさんが居るから地上は止まっちゃってるけど」

「あー、あのカニはどうすれば良いの~?」

「実はこのデッキであのカニさんをどうにか出来るカード、《平和な心》しかないんだよね。勿体ないから使わないけど。放置して、場にクリーチャー貯めてから一斉攻撃しよう。これはとても白いデッキらしい戦い方だよ」

 

 お互い、アタックした方が不利になる盤面になった。ハーフデッキのクリーチャーはカードパワーが低く、きっちり守りながら戦った場合相手のライフを削りきれないという事態が起きうる。

 30枚しかないデッキはすぐに底をつき、ドロー呪文を打ってた青いデッキが先にカードを引けなくなった。

 

「せ、先生~。負けちゃいました~」とミサキちゃんは再び先生に泣きついた。

「今のは相手も上手でした。それに結果だけを見れば負けですが、内容はかなり良くなっています。ライフは守りきっているので格段の進歩ですよ。

 白鷺さんもお疲れ様でした。とても上手でしたよ。丁寧な戦闘で、堅実なプレイでした」

 先生は腕時計を見た。私もスマホを見て時間を確認する。下校時間まであと少しだった。

 

「2人ともルールは完璧に覚えましたね。今日はそろそろ終わろうと思います。次回の活動日は来週の月曜日です。今日遊んでみて、またやりたいと思えたならぜひ来てください。歓迎しますよ」

「はーい。また来ま~す」とアヤメちゃんは元気に返事をした。

「絶対来ます!」とミサキちゃんは勢い良く応えた。

 

「黒野さん、小林さんはどうでしたか? 赤いハーフデッキは難しかったのでは?」

「えっと、ルールの理解度は問題無いです。赤のデッキは5色の中で最弱みたいなので、そこは可哀想だったと思います。デッキを交換して遊んだら普通に負けてしまったので上手だと思います」

「いやこれ、黒いデッキ強すぎじゃねーか? 生き返るの反則だろ」とベニコちゃんは言った。

 

「各デッキ1枚だけのレアが、黒だけ段違いのカードパワーでした。マナを払うだけで無制限の蘇生が出来るので実質無限のリソースです。イェー」アイちゃんは嬉しそうな顔で小さくピースをした。

「そうでしたか。赤いデッキはテコ入れが必要ですね。何か用意しておきましょう。黒いレアはどうしましょうか。《夢魔》にでもしましょうか?」先生は少し考えてから言った。

 

「先生がウィザーズみたいな事を言う……」とアイちゃんは言った。

「ンッフ。まあ、おいおい考えましょうか。取り敢えず今日は解散しましょう」喉が詰まったような音をたてて先生は少し笑った。

 

 部室の隅に用意された棚からリュックを引っ張り出して背負う。5人分の荷物を詰め込むにはちょっと小さいかもしれない。廊下に出る。

「では、気を付けて帰宅してください。また明日」と言って先生は部室に鍵をかけて去って行った。

 

 私たちもダラダラと喋りながら帰路についた。



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24.サイレント・ジョーカー

 陽の光が葉っぱに当たって緑色が輝いてた。

 夕方まではまだまだ遠く、柔らかい陽射しと、ちょっと冷たい風が吹いてる。

 

 花が落ちてグリーンになった桜並木には、下校するJKの群れが流れてて私とアイちゃんもその内のひとつだった。

 並んで歩きながら、今日の夕飯は何を食べようかって相談をしてた。どこかへ食べに行くか、何か買って帰るか、一緒に作るか。

 

「ハンバーグ、パスタ、カレーライス、ドリア」

 食べたい物を思い付くだけ言う。宇宙中の誰もが好む、美味しいもの四天王といったラインナップだ。

 

「う~ん、コロッケ、お蕎麦、唐揚げ、オムライス」

 アイちゃんが追加の四天王を繰り出してきた。

 

「オムライス!」と私は言った。

 脳裏に稲妻が走る。まさに今、私が求めてたのはオムライスだったと気付かされた。何を隠そう私はオムライスがめっちゃ好きだ。毎秒オムライスの事を考えて暮らしてると言ったら過言だろうか。

 私はもう完全にオムライスを食べる口になってしまった。

 

「お家で作って食べよ?」と私は言った。

「りょー」とアイちゃんは言った。了解という意味だ。

 

 私は嬉しくなって、アイちゃんの腕に抱きついた。あるいは腕に抱きついたから嬉しくなった。

 金曜日の放課後が好きだ。アイちゃんと一緒に夕飯の材料を買ったり、寄り道するのが楽しい。

 

「日に当たってるとあったかいけど、日陰に入るとまだ寒いね」と私は言った。

「うん。朝とかもちょっとだけ寒い。昼はちょうど良くなってきた」とアイちゃんは応えた。

 

 夜もまだ寒いと感じる。独りで寝るときは特にそう思う。

 金曜日の夜はあったかくて好き、と心の中で声を大にして叫んだ。

 

 並木を通り過ぎ、校門から出てアイちゃんと私はバス停へと向かって歩いた。歩きにくいのでアイちゃんの腕を解放して手を繋いだ。

 

「そろそろ青いデッキを作ろうと思うんだよね。打ち消し呪文とか使ってみたい」と私は言った。

「青いデッキかー。たしかに、1つくらい持ってても楽しいと思う。打ち消しを使うなら、コントロールか、クロパかな。どんなの組むの?」とアイちゃんは言った。

「なんにも決めてない。クロパってどんなデッキ?」と私は聞いた。

「クロックパーミッションってアーキタイプ。例えば、1ターン目に1マナ3/2飛行のクリーチャーを出して、2ターン目から打ち消しを構えつつアタックして8ターンで勝つ、みたいなデッキ。【デルバー】とか【フェアリー】がクロパ」

「もっといつもみたいに格好良く言って」

 

「時を刻むように命を刻んで、私の許可なく喚かないでね。秘密の探求者、最小の逸脱者、沈黙の鬼札、汝の名は【デルバー・ブレイド】」

「ふふ、ありがと。私そういうの、好き。大好き」

 アイちゃんはクールなキメ顔で言ってくれた。私は高揚した気持ちを、握る手の強弱で表現した。

 

 バス停に着いた。結構な人数がバスを待ってて、お喋りの花がたくさん咲いてた。

 いろんな娘が居て、いろんな話をしてる。お洋服の話や、お化粧の話。駅前に新しく出来たカフェに、流行ってる漫画、アイドル、ドラマ、新譜。美容と贅肉について話してる2年生のグループと、それに聞き耳をたててる1年生の娘たち。

 

 バス停からちょっとだけ離れた位置で、陽当たりの良い場所に落ち着く。

 にぎにぎとアイちゃんの手を揉みながら次に組むデッキについて考えた。

「今回は、あんまり戦闘しないデッキが良いな。今まで使ってこなかった種類のデッキを使いたい」

「ならガッチガチの重コントロールかな。打ち消し、除去、全体除去、ドロー呪文、フィニッシャーが要る」

 アイちゃんは握った私の手の甲を指先でなぞったりしながら言った。

「古式ゆかしい青白コン、黒を足してエスパーカラー、白を抜いてディミーア家。青単はむしろ難易度たかいかな」

 いつもみたいに楽しそうなアイちゃんと、明るい光。涼しい風が吹いて、たくさんの女の子の笑い声がさざ波みたいに聴こえてた。

「あ、バス来た。アイちゃん行こ」と私は言った。

 ぎゅっと力を込めて手を握り直した。

 

 バスの座席は全部埋まってた。

 入り口近くに座ってた下級生の娘が席を譲ろうとしてくれたけど、私とアイちゃんはちょっと格好をつけて断った。めっちゃ良い娘なのでその優しさをずっと持っててほしいと思った。

 そのまま近くに立ってるのは気まずいので離れた場所まで移動する。バスの真ん中くらい、降り口の辺りで留まる。

 バス車内には縦に通されたポールが何本かあり、私とアイちゃんは同じポールをシェアした。私は左手でポールを握り、アイちゃんは右手で握る。

 

「ふふ、カッコつけ過ぎ」とアイちゃんは小さな声でからかってきた。

「半分くらいアイちゃんのせいなんだよね、格好つけた言い方しちゃうの」

 アイちゃんは私の抗議を可愛い表情で受け流した。その表情を言葉に変換するなら、人のせいにされても知りませんが? という辺りだろうか。

 これは高度な“誘い”だった。挑発と言い換えても良い。

 私がアイちゃんに求めるように、アイちゃんも私に求める物がある。王子様っぽく振る舞う私に口説かれたい、というのは分かりやすい部類の欲求だった。

 恋人の喜ぶ顔は私の喜び。私はいつだって全力を尽くす女だ。

 

 私の右手はアイちゃんの左手を取った。私の左手はポールから離れ、アイちゃんの腰を抱き寄せた。

「いけない娘だ……」と私はアイちゃんの耳元で呟いた。

「ふふっ、ごめんなさーい」とアイちゃんは嬉しそうに笑った。

 

 いつもの戯れならここでお仕舞いだった。でも今日は悪戯を思い付いてしまった。

 私の右手はアイちゃんの左手を捕まえたまま、その人差し指と中指を摘まんだ。ゆるく揃えて伸ばされた2本の指の間には細くて長い隙間が開いてる。私はその隙間の縁を指の先でそっと撫でた。

 

「あっ」とアイちゃんは小さな声を出した。

 

 私とアイちゃんからよく見えるように、他の人からは見えないように、2人の手を胸の前まで持ってきた。

 アイちゃんの手の甲に被せるように手を置いた。いつもする時みたいに中指のお腹で指と指の隙間を縦にゆっくりなぞる。

 けして力を込めず、丁寧に撫でる。本来はとても繊細な部位だから。指と指の付け根、水掻きの部分をそっと押してあげた。空想上の何かをくるくると撫でる。

 

「いけない娘だ……」と私は呟いた。

「ご、ごめんなさぁぃ」とアイちゃんは応えた。

 

 ちょっと意地悪をされながら躾られたい、というのはアイちゃんが隠してるつもりの欲求だった。

 指と指の隙間に捩じ込んであげようかと思ったけれど、おあずけした方が喜んでくれそうなので悪戯を切り上げた。

 アイちゃんの持ってる漫画にも描いてあった。切り札は静かに伏せて、致命の瞬間に切れ、と。

 

 左手をアイちゃんの腰からポールに移して、右手はアイちゃんの手を普通に握った。アイちゃんはちょっと残念そうな顔をしてから、焦らされてるのを楽しむように笑った。



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25.梅雨の空 統制と自制 龍師範

 雨の日が続いてる。

 部室には除湿器が置かれた。めっちゃ高級品っぽい佇まいで、なんかめっちゃすごいヤツっぽかった。

 

 新しいデッキをシャッフルする。青と白のデッキなのでスリーブは水色にした。

 デッキの完成度は、形にはなってるけど最適ではない、という程度。不足は無い。正直今までのどのデッキよりもお金がかかった。

 我が師、アイ=チャン師範曰く「コントロールはガッツリ組むとお金かかるから程々にしといた方が良いぞよ」とのお言葉を頂戴してる。

 

 程々のわりには、なかなか良いデッキになったと思う。

「先生、新しいデッキを組んだんですが、やりませんか」と私は言った。

 アイちゃんとは既に何回か対戦した。初心者の3人はまだウェルカムデッキを使って楽しそうに対戦してる。

 

「ええ、もちろん。丁度私も新しいデッキを持ってきました。ぜひお相手致しましょう」

 そういうことになった。

 

 

 ダイスロール。期待値の7を出した。先手を貰って7枚ドロー。

《平穏な入り江》《進化する未開地》《平地》《予期》《取り消し》《熟考漂い》《秘密の解明者、ジェイス》。

 そんなに悪くなさそう。先生のデッキが速いビートダウンだった場合は酷い目にあうけど、ドローで全体除去を引ければ生き残れる。

 

 お互いにキープを宣言した。

 

「《平穏な入り江》をセットします。ライフ1点回復します。ライフ21。エンドです」と私は言った。

 先生20─21私。

 

「白青コントロール、でしょうか。アンタップ、アップキープ、ドロー」

 先生はドローしてから土地を置いた。

「《天啓の神殿》セット。占術1を行います。ボトムへ。エンドです」

 

 動きの無い静かな立ち上がり。あの占術付いてる青赤土地良いな。白青のサイクルも在るのかな。

 

 私のターン。

「アンタップ、ドロー」

 引いたのは《平地》。手札をシャッフルしながら一瞬だけ考える。《未開地》を切って青マナ2つを揃えにいくか、《平地》を置いて《予期》を構えるか。

「《平地》セットで、エンドです」と私は言った。

 デッキを組むときに《予期》と《選択》とで迷った。後半引いても強そうな《予期》を採用したけど、どっちの方が良いのかな。

 

「ん、何か構えましたか。アンタップ、アップキープ、ドロー」

 先生は《山》を置いてクリーチャーを唱えた。

「《印章持ちのヒトデ》を唱えます。通りますか?」と先生は言った。見易いようにカードをこちらへ向けてくれてる。

「ありがとうございます。見ます」と私は礼儀正しくお礼を言った。

 ヒトデ。2マナ0/3、タップすると占術1が出来る。良いなこの子。軽くて硬くてドロー操作が出来る。コモンなので安いだろうし、今度ショップに見に行こう。

 

「はい、通します」と私は言った。

 あえて打ち消しを使いませんでしたよ、という風に言葉を選ぶ。アイちゃんに教えて貰った口先の技術だ。

 先生はそのままターンエンドを宣言した。

 

「エンドステップ、《予期》を打ちます」と私は言った。

 デッキトップから3枚を見る。《フェアリーの集会場》、《島》、《審判の日》。

 次のターンは《熟考漂い》キャストで、そのためにはアンタップインの土地が要る。手札には《平地》と《未開地》が在るので、《島》はそこまで必要無いかな?

 手札の《ジェイス》を5ターン目確実にキャストするなら《島》か。カードをたくさん引いた方が強いから《島》を手札に貰う。他の2枚はデッキボトムへ。

 

 私のターン。

「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 ドローは《セラの天使》。【8&12】から持ってきた、共有のフィニッシャー。

「メイン1、《島》を置いて《熟考漂い》を想起でキャストします。2ドロー。《熟考漂い》くんは墓地へ。エンド」

 ドローは《平和な心》と《平地》。

 手札は《平地》《平地》《未開地》《取り消し》《ジェイス》《セラの天使》《平和な心》の7枚。

 戦場には《入り江》《平地》《島》の3枚が出ててフルタップ。

 

「アンタップ、アップキープに《ヒトデ》の能力を起動します。占術1」

 先生はデッキトップをチラッと見てからボトムへ送った。

「下へ。ドローステップ、ドロー」

 先生は少し考えてから土地を置いた。

「《凱旋の神殿》をセット。占術1。トップのままで。ターンエンド」

 今度は白赤の占術付きの土地。先生のデッキは3色以上。

 

 私のターン。ドローは《前兆の壁》。

「《未開地》を置いてエンドです」

《取り消し》を構えつつ、次のターンに《ジェイス》を出せる。デッキは上手く回ってる。

 

 先生のターン。

「アンタップ、アップキープ、ドロー」

 新たに《島》が置かれた。《島》《山》《凱旋の神殿》がタップされて3マナ。

「《炎語りの達人》を唱えます」と先生は言った。

 テキストを見せてもらう。

 3マナ2/3。占術を行う度に1ターンの間だけパワーが2つ上がり、先制攻撃が付く。ヒトデくんが居るので毎ターン4/3先制攻撃でアタックしてくるつもりだ。さらに占術土地を置けば6/3になる。恐ろしい。

 

「恐ろしいので駄目です。《取り消し》を唱えます」と私は言った。

 打ち消してしまえば憂いは無い。私は土地からマナを出して呪文を唱えた。

 

「む、《キャンセル》。なんとベーシックな。渋いですね。ですが私も《達人》は通したいので、《天啓の神殿》から青1マナ、《白鳥の歌》を当てます」

 

 私の唱えた打ち消し呪文は、先生の魔術によって形を変えられてしまい可愛い鳥さんになってしまった。

 

「え、1マナで絶対に打ち消せるんですか? あと1マナ払えとかじゃなくて」テキストを見せてもらいながら私は驚いた。

「ええ。その代わり、そちらには2/2飛行の鳥クリーチャー・トークンが与えられます。それにクリーチャー呪文とプレインズウォーカー呪文は打ち消せませんけどね」

 先生はデッキケースからスリーブに入ったトークン用のカードを取り出した。白い鳥が青い空を飛んでる綺麗な絵で、右下のほうに『鳥 飛行 2/2』と書いてある。

 

 とても素敵なトークンだった。《白鳥の歌》のアートとよく似てて、鳥の姿勢が違う。

「わ、綺麗なトークンですね」と私は思ったままの事を言った。

「どうもありがとう。とてもお気に入りのトークンなんですよ」と先生は微笑んで言った。

 私はトークンを受け取って戦場に置いた。このトークンで10回アタックすれば私の勝ちだ。

 

《炎語りの達人》が戦場に出て、先生はターンを終えた。

「エンドステップ《未開地》切って《島》タップインします」と私は宣言した。

 

 私のターン。ドローは《否認》。

「《平地》セットして、5マナ《秘密の解明者、ジェイス》を出します。マイナス2の能力で《達人》バウンス。忠誠度は残り3です」

《秘密の解明者、ジェイス》の初期忠誠度は5。能力は3つ。すぐ使える能力は2つ。忠誠度プラス1で占術1をしてから1枚ドロー。忠誠度マイナス2でクリーチャーを持ち主の手札に返す。忠誠度マイナス8は通称『奥義』って呼ばれてて、めっちゃ強い。

 

「まさかプレインズウォーカー・カードが入ってるなんて、鈴木さんもなかなかガチ勢に近付いてきましたね」

 せっかく出した《達人》をバウンスされたのに、先生は嬉しそうだった。

 アイちゃんもこうだった。私がマジックにのめり込めば込む程嬉しそうにする。マジックはとても面白くって、楽しく遊んでたらアイちゃんも嬉しそうにしてくれて、私にうってつけのゲームだった。

 

 ゲームを続けて、私は鳥さんでアタックした。

「エンドです」

「エンドステップに《ヒトデ》起動。お、トップのままで」

 先生18─21私。

 

 先生のターン。メインフェイズ。

「フルタップのうちに《ジェイス》は処理してしまいましょう。《稲妻の一撃》を《ジェイス》に」

 呆気なく《ジェイス》はやられてしまった。バウンスではなく、ドローから入るべきだったか。後で検討しよう。

 

「《啓蒙の神殿》を置いて占術。ボトムへ。白青2マナで《戦識の重装歩兵》を唱えて、ターンエンド」

 

 やっぱり在った白青の占術土地。かなり便利そう。占術はカードがドローできないから微妙だと思ってたけど、置くだけで不要牌を弾いてくれるのは強いかもしれない。弱点は確定でタップインしてしまう所か。

 

 私のターン。ドローは《フェアリーの集会場》。青マナを出す土地、兼フィニッシャー。

「ランドセット。《フェアリーの集会場》をタップイン」

 土地を置く。《ジェイス》でカードを増やせなかったのが痛い。《セラの天使》を出して早めにライフを狙うか、《前兆の壁》を出してじっくり行くか。

 

 先生の手札はあと3枚で、その内1枚は《炎語りの達人》。白鳥トークンと天使で6点クロック、3ターンで勝ち。

「5マナで《セラの天使》を唱えます。鳥さんはアタック」

 相手に引かせるカードは少ない方が良い。攻めよう。

 エンドステップに先生はヒトデの能力を使って占術。トップはそのまま。

 先生16─21私。

 

 先生のターン。

「ドロー。白単にも入っていましたが、《セラの天使》は良いカードですね。4/4はとても大きい。《戦識の重装歩兵》でアタックします」

 

 アタック。《戦識の重装歩兵》は2/2のクリーチャー。先生が《重装歩兵》を対象にした呪文を唱えると+1/+1カウンターが乗る。ついでに占術もする。

 ブロックするか、しないか。

 ライフはまだたくさん有る。何かしらのコンバット・トリックを警戒しよう。

 

「スルーします。何点ですか?」と私は聞いた。

「む、流石にブロックはしてくれないみたいですね。2点でお願いします」と先生は言った。

「はい、流石に」と私は言った。

「第2メイン、《達人》を出して、エンドです」

 先生16─19私。

 

 私のターン。

 ドローは《審判の日》。

「《平地》をセット。《前兆の壁》を唱えます。場に出たときに《壁》の能力が誘発、1枚ドロー」

 ドローは《龍王オジュタイ》。合掌した羽毛ふさふさドラゴン。アイちゃんに聞くと、なんかカンフーとか教えてたりするらしい。

 

「戦闘に入ります。トークンと《セラの天使》でアタック。6点」

 あと2回のアタックで勝ちだ。

 

 先生の場には《歩兵》と《達人》。パワーは両方とも2。《ヒトデ》が居るので《達人》は最低でもパワー4まで上昇する。《歩兵》は《壁》で止めれる。

「第2メイン《達人》に《平和な心》を付けます」

「ぅ、了解しました」

「ターンエンド」

 2マナ立てて、《否認》を構えて万全の態勢でターンを返す。

 エンドステップ、先生は《ヒトデ》の能力を起動してカードをボトムへ送った。

 先生10─19私。

 

 先生のターン。

「アンタップ、アップキープに《ヒトデ》を起動。占術はトップで。占術を行ったので、一応《達人》のパワーが上がります。ドローステップ、ドロー」

 ほんわかふわふわな気持ちながらも、クンフーは怠らない。《達人》と呼ばれるだけはある。

 

「青1マナ、《重装歩兵》に《液態化》を唱えます。オーラ呪文は対象を取るので、《歩兵》の能力が誘発します。能力を解決して良いですか?」

《液態化》のテキストを読ませてもらう。エンチャントされたクリーチャーはブロックされなくなる。液体の状態に化けるからブロックされない。なるほど。そしてアタックする度に占術を行う、と。

 これを止めてしまえば、先生の攻撃手段に制限をかけれそうだ。《壁》でブロックできる。《否認》を打つ。打つけど、占術が終わってからだ。

「能力の解決どうぞ」と私は言った。

「では《歩兵》にカウンターを置いて、占術。んー、上で。一応《達人》のパワーが上がります。現在6ですね。エンチャントは通りますか?」

「いえ、《否認》を打ちます」と私は言った。

「残念」と先生は残念そうな顔で言った。

 

 勝利の予感がしてきた。

 

「おー、ちゃんとした青いデッキってこんな感じで戦うんだな」とベニコちゃんが言った。

 

 いつの間にかアイちゃんたちが周りに座って観戦してた。めっちゃ集中してたみたいで、全く気付いて無かった。

 

「これは、【ジェスカイ占術ヒロイック】とでも呼ぶのでしょうか。面白そうなデッキでしたが今の《否認》は効きましたね。アニメとかなら、やったか!? 今ので無事とは思えない、とか言う場面」とアイちゃんがニコニコしながら言った。

 

「これでフルタップですね」と先生は言った。

 先生は手札を見ながら、珍しく少しだけ眉間に皺を寄せて考えてた。

 

「まだ計算していませんので、一緒に計算してみましょう。

 まず、《神々の思し召し》を《炎語りの達人》に撃ちます。解決して、プロテクション(白)と占術1を。もうずっとデッキトップは固定ですけどね。プロテクション(白)のおかげで白いパーマネントの《平和な心》が外れます。パワーが2つ上昇して8。

 続いて《戦識の重装歩兵》に再び《神々の思し召し》。能力が誘発。カウンターが乗りパワー4。占術して、《達人》のパワーは10。《思し召し》を解決してプロテクション(白)と占術。《達人》はパワー12。

 なんとか足りましたね。最後に《タイタンの力》を《歩兵》に。能力が誘発してカウンターが乗りパワー5。占術して《達人》のパワーは14。《タイタンの力》を解決して《歩兵》のパワーに+3して8、占術して《達人》は16。

 2体でアタックして合計24点です」

 

 先生は間違わないように、そして誰もが理解できるように、とてもゆっくり丁寧に解決してくれた。

 

 先生10─-5私。

 

 

「す、すげーっ!」とベニコちゃんが叫んだ。

 

 私も同じ気持ちだった。めっちゃすごかった。

 

「え、うわ、すっご」と私は言った。

「こういうデッキを、コンボデッキなんて言ったりします。コンボパーツを集めて、一撃で決めるタイプのデッキですね。決まると気持ち良いですよ」と先生は言った。

 

 マジックには色んなデッキがある。私の思いもよらない発想で作られたデッキがある。

 なんて楽しい。

 

「うわー、すごかったー。あそこで全体除去打たないと駄目なんて分からないよー!」と私は叫んだ。

 

 負けて悔しくて楽しい。勝てたらもちろん嬉しい。

 

 先生やアイちゃん、ベニコちゃんたちを交えて感想戦をした。

 

「はー、すげかったなー」とベニコちゃんが言い続けてたのが印象に残った。

 

 

 




おまけ

ユーリの
【お小遣いコントロール】
カード名横の数字は、デッキに入っている枚数とショップに払った合計金額

土地 26  820

平地 8  80
島 6  60
フェアリーの集会場 4  600
平穏な入り江 4  40
進化する未開地 4  40

クリーチャー 11  2,000

前兆の壁 4  1,200
熟考漂い 4  400
セラの天使 2  0
龍王オジュタイ 1  400

スペル 23  930

平和な心 4  0
審判の日 4  400
予期 4  40
取り消し 4  40
否認 3  30
送還 2  20
秘密の解明者、ジェイス 2  400


ユーリがおよそ¥4,000(スリーブ代込み)で組んだ青白コントロール。
3年生になってからお小遣いが微増し、マジックには月¥2,000まで注ぎ込むようになった。
来月は《稲妻》を4枚揃えたいらしい。
《セラの天使》と《平和な心》が¥0なのは既に持ってたから。



山内先生の
【トリコロール・スーパーノヴァ】

土地 22

平地 1
島 4
山 5
天啓の神殿 4
啓蒙の神殿 4
凱旋の神殿 4

クリーチャー 16

印章持ちのヒトデ 4
戦識の重装歩兵 4
炎語りの達人 4
魔心のキマイラ 4

スペル 22

神々の思し召し 4
液態化 4
タイタンの力 4
マグマの噴流 4
白鳥の歌 3
稲妻の一撃 3


サイドボード 15

ニクス毛の雄羊 4
払拭の光 4
神々の憤怒 4
反論 2
豚の呪い 1



テーロスブロック限定構築
山内先生が大学生の時に、友人と一緒に組んだデッキ。
《白鳥の歌》や《豚の呪い》で使うトークンはその友人が描いた物。
デッキ名はその友人の趣味。超新星の如く煌めいて弾けてスパークしてるから、らしい。山内先生はお人好しなので優しく頷いてあげた。
サイドボードは
赤単用に羊
ウィニー用に憤怒
プレインズウォーカー等の厄介なパーマネント、主に太陽の勇者ペス用に払拭の光
払拭の光が効かないストームブレスドラゴン用に豚になれビーム
なんか対コントロール用の追加の打ち消しで反論
としっかり組んである


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26.ウインド

 強い光が地面を焼いてて、グラウンドは校舎の作る影でくっきりと白黒に塗り分けられてた。

 

 放課後。授業が終わって、廊下の窓からグラウンドを見てた。

 土は照り返しで真っ白に光ってて、運動部の娘が何人か、その白い地面の上をクラブハウスへ向かって真っ直ぐ歩いてる。

 あの照り返しのせいで、帽子を被ってても下から光が当たって日焼けしてしまうらしい。

 

 運動部に入ってるクラスメートたちは皆もう引退しちゃってて、今年は日焼けせずに済んで嬉しい、とちょっと寂しそうな顔で言ってた。

 

 毎日何かに打ち込んでて、それが終わってしまう。

 もっとやりたかったって思うのか、もうやらなくて済むって思うのか。もしかしたらその両方なのかもしれない。

 

 窓を開けると外の音と熱気が入ってきた。どこかから楽器をチューニングする音が聴こえてくる。むわっとした空気を浴びるとじんわりと汗がにじむ。

 

「あっつぅ~」と私はぼやいた。

 

 放課後になると教室の空調は切られてしまうので、窓とドアを全開にして風が通るように祈る。

 廊下から教室へと戻る。

 

 教室には日直の娘と、それに付き添う娘、集まってお喋りしてるグループなんかで10人くらいが残ってた。

 お喋りしてる娘のうち、何人かが窓を開けるのを手伝ってくれたので笑顔で手を振りあった。

 

 自分の席に座り背もたれに体重を預けてだらんと力を抜く。ちょっとの間ぼーっとしてるとベニコちゃんが帰ってきた。

 

「冷房切れるとあっちーな。あいつらまだか?」

 ベニコちゃんはスカートをバタバタさせて起こした風で涼を取った。推奨されてる長さよりもちょっぴり短いスカートの裾から白い太ももがチラチラと覗いた。

 

「まだー。こんな暑い日にジュース買いに行かされてかわいそー」

 脚を閉じると肌のくっついた部分から汗が出るので、はしたなく大股を開いてだらける。脇も同様なので意識して大きく腕を広げてる。

 

「じゃんけん弱いあいつらが悪い」

 ベニコちゃんは私の前の席に逆向きに跨がった。そこはアヤメちゃんの席で、ベニコちゃんは体をひねって机の中から勝手に下敷きを引っ張りだした。

 とても体が柔らかい。そしてひねった腰がすごく細い。暑くなって薄着になってから分かった。ベニコちゃんはめっちゃスタイルが良い。

 ベニコちゃんは指でブラウスの襟を広げて、下敷きであおいだ。

 

 開け放した窓から風はちょっとだけ吹いてて、そよそよと空気を動かしてた。涼しくは無い。遠くでセミの鳴き声がシャワシャワと聞こえる。窓から入ってきたらやだなと思った。

 

「窓からさー」と私は口を開いた。「セミが入ってきたらー、やばいね。ベニコちゃんは虫平気?」

 

「絶対無理」とベニコちゃんは言った。

 

「ねー、無理だねー」と私は同意した。

 

 夏の嫌なところは昆虫が活発になるところだと思う。怖い。

 

 ねっとりと漂うぬるい空気は耐え難く、私はベニコちゃんを真似して机から下敷きを取り出した。パタパタと動かして汗をかいてた部分に風が当たるとひんやりとした心地が広がる。ブラウスの襟を引っ張って風を流し込むとデコルテを中心に良く冷やされた。

 スカートの中にも熱がこもってる気がしたので、そっと裾をつまんで風を送った。内ももにかいてた汗に当たるとすっと清涼感が広がり、洗われるようだった。

 

「シャワー浴びたーい」と私は思ったことをそのまま口にした。

「おー、あたしはプール行って泳ぎてー」とベニコちゃんは言った。

「あー、いいねー。夏休みになったらみんなで行こーよ」

「だなー」

「ウェーイ」

「へぇーい」

 

 意味の無い言葉で意思の疎通をはかる、めっちゃ高度なコミュニケーションを交わして私とベニコちゃんはだらだらした。

 

 ベニコちゃんとお喋りして過ごしてるとアイちゃんたちが帰ってきた。

 

「おかえり~」

 私とベニコちゃんは声をあげて迎えた。

 

「あつ~。夏やばい~」

 アヤメちゃんとミサキちゃんは机の上に紙パックのジュースを置いた。私はりんごジュースを手にとると3人にお礼を言った。

 

 アイちゃんはビニール袋を持ってて、その中からアイスクリームを取り出して並べた。

 

「チョコかバニラの2択でーす。あたしチョコ!」とミサキちゃんは言ってチョコを取った。

 

 木の棒に付いたアイスと、それを包む銀色の紙が微かに水滴を浮かべてた。

 

「アイス残ってたんだ。珍しいね」と私は言った。

 アイちゃんがチョコを選ぶのを見てからバニラを取った。

 

「たまたま今日遠征してる部活が多くって、校内に人が少なかったらしいよ」とミサキちゃんが説明してくれた。

 

「平日に遠征なんてするんだね」

 

 アイちゃんは私の隣に座った。とても暑そうな顔をしてたので下敷きであおいであげた。

 目を細めて風を堪能してる。おでこにかいた汗に前髪がひっついてた。

 

「ありがとう、もう大丈夫」柔らかく微笑んでアイちゃんはお礼を言った。

「あいあい。アイス食べよ?」と私は言った。

「うん」とアイちゃんは返事をした。

 

 銀紙を剥いてアイスにかじりついた。冷たくて甘い。少し溶け始めてて柔らかい。

 

「ん~、おいし~」とアヤメちゃんが弾んだ声で言った。

 

 半分くらい食べたら私とアイちゃんはお互いのアイスを交換した。

 これは私とアイちゃんで編み出した特別な技で、いろいろな物事を2倍楽しんだり、あるいは半分に軽減したりできる。

 チョコとバニラ両方の味を楽しんだ。

 

「今度みんなで水着買いに行こーよ」りんごジュースにストローを差しながら私は提案した。

 

「あー、プールとか行きたいね」とミサキちゃんは言った。

「そうそう。さっきベニコちゃんと話してたんだけど。夏休みにプール行きたいねって」

 

「どこのプール行くのー?」とアヤメちゃんが言った。

「市民プールで良いんじゃねーか? 近いし」とベニコちゃんが言った。

「良いと思う。めっちゃ綺麗になったらしいよ」と私は思い出しながら言った。

「あー、なんか聞いたことある気がする。2年くらい前」とミサキちゃんは思い出す顔をしながら言った。

 

「泳ぐのなんて中学生以来。覚えてるかな、泳ぎ方」

 アイちゃんはオレンジジュースを飲みながら不安そうな顔をした。

 学校にプールは無いので私も泳ぐのは久しぶりだ。もし泳げなかったら、水辺でパシャパシャしてるだけでも涼しいだろう。

 

 なにはともあれ。プールへ行くなら新しい水着が必要だ。中学生の時に着てた水着は流石にもう無理だ。

 

「日曜あたり買いに行こーよ。みんな暇?」と私は言った。

「ヒマ!」とアヤメちゃんが手をあげて元気一杯に宣言した。

「私も私も!」とミサキちゃんもノリを合わせて万歳をした。

 へぇ~い! ぅえへ~い! と意味の無い言葉を発しながら2人はハイタッチをした。暑さのせいでやけっぱちなテンションなんだろう。

 はしゃぐ2人にアイちゃんは下敷きを使って風を送り始めた。

 

 不意に、ベニコちゃんが微笑んだ。

「なんか、楽しいな。こーゆーの」とベニコちゃんは小さな声でつぶやいた。

「うん。そーだね」と私は同意した。

 

「……去年は、遊んだりするのはサギーとだけだった。沢山いると、楽しいな」ベニコちゃんは眉を複雑な形にしながら言った。

「うん。……よく分かるよ」と私は言った。

 

 窓から風が入ってきた。

 セミの鳴き声は騒ぐ2人に消されて聞こえない。

 するりと私たちを撫でて、そよ風が吹き抜けてった。



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27.盤外遊戯

 夏休み。私はアイちゃんの部屋に連泊してた。

 一緒に宿題をして、ご飯を食べて、ゲームをして、毎日仲良くして過ごしてた。

 

 遅い朝御飯、あるいは早い昼御飯を食べ終えて、今はマジックをしてる。《稲妻》を4枚揃えたので久しぶりに【ファイヤーズ】を回した。

 

「5マナで《はじける子嚢》! お願い通って~!」

 

 マジックとは祈りなんだそうだ。アイちゃんと山内先生の2人ともがそう言ってた。だから、たぶんそうなんだろう。私も今めっちゃ祈ってるから、かなりの説得力がある。

 

「ふふ、通ると思う?」とアイちゃんは微笑んだ。

 

 おもむろにアイちゃんは手札を公開した。アイちゃんは2枚のカードを持ってたけど、その2枚は両方ともただの土地カードだった。

 

「実は通っちゃうんだな~」とアイちゃんは両手を上げた。

 

「わーい!」と私は言って、サイコロを2つ《はじける子嚢》の上に置いた。

 4と3を表示させたサイコロを置き、その後3を取る。そして4のサイコロを3つ、戦場に置いた。4/4の苗木トークンが3体というのを表現してる。

 

「ファイヤーズで速攻! 12てんあたーっく!」

 

「う、うわああああ!」とアイちゃんはやられボイスを出した。

 

 あまりにも真に迫った言い方がおかしくて笑ってしまった。

 

「あははっ! ヤバすぎ!」

「臨場感出てたでしょ?」とアイちゃんは笑いながら言った。

 

 

 

 カードを片付ける。墓地の《稲妻》はとても便利だった。前まで使ってた《稲妻の一撃》より1マナ軽く、効果は同じ。値段は20倍くらい違う。

 机の上にはサイコロだけが残った。4の面を上にしたサイコロが4つ。《子嚢》の上に置いてた物と、トークンだった物。

 

「トークンって何でも良いんだよね?」と私は言った。

「そーだよー」とアイちゃんは言った。「サイコロでも消しゴムでも何でも」

 

 苗木トークンとしてサイコロを使うのは分かりにくいようで分かりやすく、でもやっぱりちょっと分かりにくい。タップ状態とアンタップ状態が見分けにくい。

 山内先生の使ってた鳥トークンを思い出す。綺麗な青色の空と白鳥が描かれたトークンはお友達の手作りらしい。

 

「苗木トークン、作ってみようかな」と私は言った。

「おー、いいねー」とアイちゃんは言った。

 

 トークンを作るには何が要るんだろう。

 まず、紙が要る。ちょっと厚めの紙に絵を描いて、色を塗ったらそれで良さそうな気がする。それに自分で描いたトークンを使うのは楽しそうな気もした。

 

「アイちゃん買い物行こー?」

「いいよー」

 

 着替える。白いフレアスカートとブルーのストライプシャツ、白いストローハットをかぶった。

 アイちゃんはベージュのハーフカーゴと黒いタンクトップに、水色のシャツを羽織る。長い髪は首の後ろあたりでくくり、黒いキャップをかぶった。

 アイちゃんの唇にちょっとだけ色を乗せて、お裾分けを直接貰うと出かける準備は整った。

 

「今日も格好良いね」と私は感想を述べた。

「ユーリちゃんも可愛いよ。アゾリウスカラーが爽やか」

「アゾリウス、は白青だっけ?」

「そう。正解。100点」とアイちゃんは言った。

「イェー」

 

 玄関で靴を履く。アイちゃんは紺色のスニーカーで、私はブラウンのグラディエーターに足を通した。

 白い日傘を持ち、緑色のリュックを背負う。

 強烈な日射しと熱波を耐えながら駅まで歩いて電車に乗った。

 

「夕方まで待てば良かったかも」私はハンカチで額の汗を押さえながら言った。

「暑かったねー」とアイちゃんは応えた。

 

 日傘をたたんでリュックに入れる。冷房が効いてる車内はかなり空いてて私とアイちゃんは余裕を持って座ることができた。

 今が一日で一番暑い時間帯だから、外を出歩く人は少ないんだろう。

 

「向こうに着いたら甘くて冷たいものが飲みたい。飲む」と私は言った。

「うん。飲む」とアイちゃんは同意した。

 

 ガタンゴトンと電車は大きな川を越える。水面に反射した光がギラギラと車内に踊った。

 

 

 

 駅ビルの地下から、地下街を通って移動する。

「こっち側あんまり来ないから、なんか面白いね」と私は言った。

 紙を買うなら画材屋さんだろう、という浅い理由で普段は立ち入らない方へと歩いてる。

 増築された新しい地下街と、昔からある地下街とが繋がってる。使われた建材が違うので新旧の繋ぎ目が一目で分かって面白い。

 

 古い方の地下街に入る。床は光沢のある灰色で、年季の入ったお店が増える。

 何軒も古本屋さんが並び、唐突に楽器屋さんが出てきた。その隣には雑貨屋さんみたいなよく分からないお店、たぶんお酒と料理を出すお店っぽい屋台、純喫茶と書かれた看板が出てる喫茶店、よく分からないお店、八百屋さん、なんかパソコン関係っぽいお店、レコード屋さん、占い師のお婆さん、よく分からないお店、模型屋さん、特殊な本屋さん、服屋さん、フルーツジュースの屋台。

 

 雑然と並んだお店を眺めながら歩く。ジュース屋さんを見つけたら喉が乾いたのでりんごのジュースを買った。アイちゃんの葡萄ジュースと飲み比べをしながらゆっくり歩く。

 旧地下街は規模のわりに人口密度が低く、めっちゃ歩きやすい。

 飲み終わったジュースをゴミ箱へ捨てるとまもなく画材屋さんに到着した。

 

「画材屋さんに来たの初めて」と私は言った。

「私もー」とアイちゃんは言った。

 

 絵を描くのに必要っぽいアイテムが沢山あった。聞いたことの無い硬さのえんぴつ、曲がりくねった定規、大きな筆、羽箒、漫画用のペン先、カンバス。

 

「え、これだ」

 そう言ってアイちゃんが手に取ったのはトレーディングカードという商品だった。

 マジックのカードと同じようなサイズで、白紙のカード。

 

「え、これじゃん」

 欲しかったのはまさにこれだった。いくつか種類があったので店員のお姉さんにおすすめを聞いてから買った。

 

 リュックにカードを入れる。あっさりと目的は達成された。これからどうしよう。もう帰ろうか。

 

「もうちょっと探検したい」とアイちゃんが言った。

「いいねー。奥まで行ってみよ」と私はうなずいた。

 

 

 

「画材屋さんの場所調べたとき、近くにカードショップがあるって書いてた」

 アイちゃんはハーフカーゴのポケットからスマホを取り出して操作した。

「まず広場を探そう。『噴水の広場』っていうのがあるみたい」

 

 壁にかかった地図を見たり、アクセサリーショップを冷やかしたりしながらウロウロと歩いた。

 

 広場は円形に切り取られた空間で、中央に小さな噴水があった。天井は吹き抜けになっててビルの1階と繋がってる。

 近くにはエスカレーターが動いてて地上と連絡してた。

 

「天井高いとめっちゃ解放感あるね」と私は言った。

「うん。知らないうちに圧迫感あったんだね」とアイちゃんは言った。

 

 ちょっと歩き疲れたので広場に面したカフェに入った。

 窓際のめっちゃ良い席に通されてメニューを見る。

 

「カフェラテとカフェオレとコーヒー牛乳の違いがわからん」とアイちゃんは言った。

「えー、そんなのも知らないのー? おそろいだね」と私は可愛い声で言った。

「煽るのか可愛いのかどっちかにして」アイちゃんは笑って言った。

 

 クリームソーダとアイスココアを頼んだ。

 ソーダの透明な緑色が懐かしかった。小さい頃、色がついてるのに透き通ってるのが不思議だった。透明に近い。限りなく透明に近いグリーンだ。

 

「カードショップってこっからどう行くの?」と私は聞いた。

「んーと、『噴水の広場』から徒歩3分、らしい。あっちかな」

 アイちゃんは窓の外を指で差した。白くて長い指が綺麗だと思った。

 

 スマホで時刻を確認するとそろそろおやつの時間だった。

「今、無性にケーキが食べたくなった」と私は言った。

「奇遇。キグリスユーフラテス」とアイちゃんは言った。

「メソポタミアーん」

 ベイクドチーズケーキとフルーツタルトを頼んだ。

 

 

 

 ゆっくりとケーキを食べてからカフェを出た。

 広場から放射状に伸びる通路が5本あり、その内の1つを進む。カードショップにはすぐ着いた。

 

 ガラガラと音を立てて大きなガラス窓の付いた引き戸を開ける。左右の壁にショーケースが立ち並び、店内の中央には腰くらいの高さで、ガラス製の棚が置いてある。奥にはレジとストレージコーナーが見えた。

 

「マジックは置いてるかなー」とアイちゃんは呟いた。

「あー、無い場合もあるんだね」と私は言った。

 

 壁に立つショーケースは一方の壁に4面と、反対側にも4面の合計8面。国内産の、見慣れないカード達が目に入る。

 店内を進むと左奥の2面分がマジックの領域だった。

 

 ケースの大部分は知らないカードで、全部になかなかの値段が付いてた。

 

「前はカードの値段だけ見てドン引きしてたけど、今は書いてある事と値段の両方でドン引きするようになったよ」と私は言った。

 

「強いと高いからねー」とアイちゃんは言った。

 

「ね」と私はうなずいた。「でも、なんで高いのか分かんないカードもあるけど」

 

「どれだろ?」

 

「これ。この《血染めの月》ってカード。絵が格好良いから?」

 

 暗い夜のサバンナに、その名の通り真っ赤で禍々しい光り方をした満月が浮かんでる。正直めっちゃ格好良い。テキスト欄に描かれた三日月の透かし模様も素晴らしい。

『基本でない土地は山である』という短いテキストはそんなに強いのだろうか。

 

「あぁ、これはね、メタゲームの話になるんだけど」とアイちゃんは言った。

 

「マジックで、強いデッキの多くは3色以上で組まれてる事が多いの。逆かもしれないけど。

 強いカード順でデッキを組むと、各色の強いカードが集まり多色化する、かな。

 多色化すると、色事故なんかを起こしやすい。それを防ぐためにフェッチランドやデュアルランド、いわゆる特殊地形を沢山採用するの。基本土地を採用するスロットは残らないくらい沢山。

 強固なマナ基盤を持った多色デッキはとても強力で、環境のトップメタになる。するとどうなるのか。

 トップメタを対策したデッキが流行るの。極端かつ単純な例を言えば、この《血染めの月》を4枚採用した赤単が流行る。

 多色デッキはこのカード1枚で機能不全を起こして勝てなくなり、今度は赤単が流行る。

 このカード単体のパワーじゃなくて、需要の高まったその結果がこの値段、というわけ」

 

 生き生きとアイちゃんは語った。瞳は活力に満ちて力強く、声色は弾んで軽快なテンポで跳ねた。

 

「ゲーム外の情報まで見ないと正確な価値が分からないんだね。なるほどなー」と私は感心して言った。

 

「それとこのカードを使ったデッキは格好良い名前になる。青赤で組まれた【ブルームーン】とか、不死身になるコンボを積んだ【マッドキャップ・ムーン】とか」

 

「え、格好良い」

「でしょー」

 

 カードを眺めながらアイちゃんのお喋りを聞くこの時間が好きだ。綺麗で可愛い普段のアイちゃんと、溌剌としてエネルギッシュなアイちゃんはどちらも素敵だ。

 

 お高いカードを眺め終えてストレージコーナーを見る。

 レアリティの低いコモンや基本土地、トークンなんかが置かれてる。苗木トークンは1/1や0/1の物ばかりで、《はじける子嚢》に相応しい物は見つからなかった。《子嚢》から出るトークンはもっと強そうな見た目がいい。やはり自分で描くのが正解だろう。

 

 アイちゃんは嬉しそうな顔で何枚かのカードを手に取りレジへと進んだ。

 

 入り口からは見えなかったけど、レジから短い通路が横に伸びてて奥に行けるようだった。通路の壁にはスリーブやプレイマットが吊るされて売られてる。

 通路はさらに右へ折れて続いてる。パチパチというカードを弾く音と話し声が聞こえるのでその先はデュエルスペースになってるんだろう。

 

 精算を終えたアイちゃんとお店の外へ出た。

 

「何買ったのー?」と私は聞いた。

「ピカピカの《沼》だよ」とアイちゃんは答えた。「フォイルは健康に良い」

「健康に良い!? ノーベル賞物の発見じゃん!」

「ありがとう、ありがとう。そしてありがとう」

 

 レッドカーペットを進むアイちゃんをフラッシュを焚いたカメラが囲む。

 私とアイちゃんは博士とインタビュアーの寸劇を繰り広げながら夕飯の買い物をすませて帰宅した。

 

 

 

 アイちゃんと一緒に料理をして早めの晩御飯を美味しく頂く。

 まったりと過ごした後は、アイちゃんの部屋でお絵描きの時間だ。

 

「アイちゃん半分あげる」

 10枚入りトレーディングカードの半分、5枚をアイちゃんに渡す。

「ありがとう」とアイちゃんは言った。

 

 シャーペンを握り苗木トークンの製作にかかった。

《子嚢》のトークンは大体の場合4/4のサイズで場に出す。《ヤヴィマヤの火》の効果で速攻を付与されて獰猛に襲いかかる。

 イメージはバッチリ出来てる。イメージは! 出来てる!

 

 しばらくの間カリカリとペンが走る音が響き、キュッキュと色塗りの蛍光ペンが鳴った。1枚目が完成した。

 

「できた!」と私は言った!

 

 なかなか上手く描けたんじゃないだろうか!

 

「……えっと、強そうだね!」とアイちゃんは言ってくれた。

「でしょ!」

 

「……パワーとタフネスは、数字じゃなくて星の記号を描いておけば良いよ」

 アイちゃんはメモ帳を出して☆/☆と描いた。

 

 なるほどなー、とうなずいてトークンの下の方に記入した。

 

 2枚目にはすぐに取りかからず、一旦ペンを置いた。完成したトークンを色々な角度から眺める。

 

 スゥーと息を吸って、ゆっくりと吐いた。

 

「絵なんて授業以外で描いたこと無いよ……」

 

 自分を騙すのは難しい。出来上がったトークンは謎の物体が描かれた謎トークン☆/☆だった。

 

 絵心の無さに打ちのめされてしまった。

 

「あ、あわわ」とアイちゃんは言った。

 

 お風呂に入って、お風呂上がりのアイスクリームを食べて、夜はアイちゃんが一生懸命慰めてくれると私はあっさり持ち直した。

 

「めっちゃ、はぁ、慰められました」と私は言った。

「もっと練習したら、もっと巧くなるよ」とアイちゃんは言った。

 

 こういう日も楽しいな、と私は思った。

 一日中動き回ってクタクタになった私たちはおやすみを言って眠りについた。



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28.サイドボード

「アヤメリーナ! 勝負だ! 新たに手に入れたカードの力を見よ! うぇーい!」とミサキちゃんは言った。

 

「昨日のお買い物楽しかったね~」とアヤメちゃんは言った。

 

 月曜日。部室の窓を全開にすると心地の良い風がさらりと肌を撫でていき、暑さも和らいで過ごしやすい季節になった今日この頃。

 

 山内先生の『マジックで遊びたいから』という理由で創設されたクラブだったけど、初心者にルールを教えてプレイのコツをアドバイスするっていう、めっちゃ真面目な部活動になった。

 

 今はウェルカムデッキに自分で選んだカードを足して60枚に整え、色の特徴を引き出したりしながら戦うくらいに成長した。

 

 アヤメちゃんは新しく《アジャニの群れ仲間》と《魂の管理人》を手に入れて、ライフを回復させながら戦う戦術を強化した。

 

 ミサキちゃんは打ち消し呪文とバウンス呪文を加えて防御を充実させ《大嵐のジン》でデッキの攻撃力を上げた。

 

「せっかく育てたのにー!」とアヤメちゃんは叫んだ。

 

 ミサキちゃんの出した《分離主義者の虚空魔道士》が、6/6までサイズを上げた《アジャニの群れ仲間》を手札に戻した。

 

「オーッホッホ、相性が悪かったですわねー!」とミサキちゃんは煽った。「《フェアリーの悪党》でパーンチ! 1点!」

「残り23てーん」

「アヤメリーナのライフぜんぜん減らないんですけどー」

「きっと相性が悪いからですわよー」とアヤメちゃんは煽り返した。

 

 仲良いなー、と私は思った。

 

 私は長机の真ん中に座ってて、右隣のアヤメちゃんとミサキちゃんの戦場から目を離す。正面に座るアイちゃんの横顔を少しだけ眺めてから左隣を見た。そちらではベニコちゃんと山内先生が対戦してる。

 

 ベニコちゃんが使ってた赤いウェルカムデッキは、13枚の《山》と11枚のクリーチャー、その他の呪文6枚で構築されてた。

 クリーチャー11枚という数は5色のウェルカムデッキの中で最も少なく、しかもタフネスの低いカードが多いので簡単に相討ちを取られる。

 なのでマナコストの高い、強いクリーチャーは温存された除去呪文の餌食にされてしまう。

 レアカードの《シヴ山のドラゴン》も特別強いわけではなく、序盤から続いた不利な盤面をひっくり返せない。

 その他の呪文6枚の内訳は、除去呪文3枚、クリーチャー強化呪文2枚、一時的なクリーチャーのコントロール奪取呪文1枚で、やはり強いカードは入ってない。

 

 山内先生を含めて、部員の誰が使っても勝率は良くないデッキだった。

 私たちは部内会議を開き、ウェルカムデッキ間の戦力差を埋めるために《栄光をもたらすもの》という赤いドラゴンが1枚、先生から支給されることになった。

 

「よし、引いた! 4マナ! グローリーブリンガー!」

 

 必殺技を叫ぶヒーローのようにベニコちゃんは吼える。

 

 ドラゴン呪文のコストを減らす《龍王の召使い》を2マナ域に加え、多数追加されたドラゴンを次々と繰り出すようになったベニコちゃんのデッキはとても赤色らしい。

 

「ドローが上手い」と山内先生は嘆いた。

「ウッチーに貰ったこいつすげーつえー。デカイ。ハヤイ。ツヨイ」

「小林さんも順調にプレインズウォーカーらしくなってきましたね」と山内先生は微笑んだ。

 

 2ターン目《龍王の召使い》、3ターン目《雷破の執政》、4ターン目《栄光をもたらすもの》と綺麗に動いたベニコちゃんはめっちゃ楽しそうだった。

 

「ブンブンしてる」とアイちゃんも楽しそうに笑った。

 

 ベニコちゃんのドラゴンが山内先生に襲いかかる。そのまま数ターンが過ぎると先生のライフは無くなってしまった。

 

「ブンブンってなんだ?」デッキをシャッフルしながらベニコちゃんが質問した。

「ブン回るって意味だよ」とアイちゃんは答えた。

「ブン……回る? なにが回るんだ?」ベニコちゃんは不思議そうな顔をした。

 

「デッキが不都合無く機能する事を、デッキが回るって言ったりするんだよ。毎ターンちゃんと土地が置けたり、色マナがきちんと出たり。そのデッキで特に最高の回りかたをした時に、ブン回るって言ったりするの」

 

「おー、そうなのか。確かに今のは、ブン回った、な」

 ベニコちゃんは机に置いたデッキを眺めて満足そうに笑った。自分で組み上げたデッキで勝てたときの、嬉しさや楽しさを噛み締めるような笑顔だった。

 

 山内先生やアイちゃんも、ベニコちゃんの表情を見てニコニコと微笑んだ。

 ベニコちゃんのデッキを広げて、入ってるカードを4人で見ながら喋る。4マナや5マナのドラゴンが沢山入ってて、マナ加速から素早くドラゴンを出すというコンセプトが良く分かるデッキだった。

 私たちは3人がかりでベニコちゃんのデッキを褒めまくった。

 

「や、やめろよ。そんなに褒めんなよ」

 ベニコちゃんは嬉しそうにはにかんだ。

 

 

「うにゃー! 負けたー!」とミサキちゃんが叫んだ。

「わぁーい! 勝ったー!」とアヤメちゃんも叫んだ。

 

「ぅにっ!」

 大きな声にビックリしてわたわたと慌てるアイちゃんを視界に納めてから視線を右隣の2人に移した。

 

 頭を抱えて身をよじるミサキちゃんと、両手をあげて屈託無く笑うアヤメちゃんがいた。

 

「そのハンマー強すぎじゃない!? 先週まで入って無かったよね!?」

「猫の人に持ってもらうと強そうだなって思ったの~」

 

 盤面を見ると《ロクソドンの戦槌》を装備してる《アジャニの群れ仲間》が、7/4絆魂トランプルというサイズと能力で攻撃してた。めっちゃ強い。

 ライフが回復するたびに強くなる《群れ仲間》と、攻撃を当てるたびにライフを回復する絆魂能力の組み合わせが攻守を兼ねてて隙が無い。

 

「せ、先生ぇ~、あれはどうすれば良いんですか~?」ミサキちゃんは先生に泣きついた。

 

 山内先生はアイちゃんと席を交代してミサキちゃんの隣に座った。斜め前に移動したアイちゃんを見てると目が合って、ニコっと笑ってくれたのでちょっと照れた。

 

「ではデッキを拝見しましょう。そして、どうすれば良いのか皆で一緒に考えてみましょう。白鷺さんも、相手がどのように対処してくるのかを知っておく事で、さらに次の手を打てるようになりますよ」と先生は言った。

 

「は~い。よろしくお願いしま~す」とアヤメちゃんは言った。

 

 ミサキちゃんのデッキが机の上に並べられた。

 ドロー呪文、打ち消し、バウンス、飛行クリーチャーで構築された青色らしいデッキだった。

 

「まず、このデッキは弱いわけではありません。とても良く組めています。バウンスと打ち消しで相手の展開速度を落としながら飛行クリーチャーで攻撃をする。模範的な青いビートダウンです。

 この《大嵐のジン》は非力になりがちな青の軽量フライヤーとしては破格のパワーを持ちますし、これを維持しながら数ターン攻め続ければすぐに勝てるのではないでしょうか」

 

 デッキを褒められてミサキちゃんは安堵と嬉しさを混ぜた顔をした。

 

「その青い人が出てから大変でした~」アヤメちゃんは頷きながら言った。

 

 私はアイちゃんとベニコちゃんに目配せしてからミサキちゃんのデッキを褒めまくってみた。

 

「デッキリストが綺麗だね。4枚積んだカードが沢山だから安定性高くてめっちゃ使いやすそう。2枚入ってる《謎かけ達人スフィンクス》の名前が好き」と私は言った。

 

「カウンターに《取り消し》だけじゃなくて《本質の散乱》も取ってるのが良いと思う。まだ皆クリーチャー主体のビートダウンデッキ使ってるから、ちゃんとメタゲームを意識してる」アイちゃんも褒める。

 

「せっかくブン回っても打ち消しを警戒しなくちゃいけねーのは困っちまうなー」覚えたての言葉を使ってベニコちゃんも続いた。

 

「お、お? 皆すっごい褒めてくるじゃん。もっと言ってやって」

 

「ミミウサすーぐ調子のるー」アヤメちゃんは立ち上がって片手を掲げた。「そこが良いとこー!」

 

「うぇーい!」

「へぇーい!」

 ぺちんぺちんと音を鳴らして私たち5人はハイタッチをした。

 

「これが、若さですねぇ……」と先生は言った。

 

 私はミサキちゃんを見た。このノリで行け、と思いながらミサキちゃんを見た。

 

「あ、あの先生! い、いぇーぃ……」

 徐々に音量を落としながら、ミサキちゃんはそろそろと手をあげた。

「ふふ。はい。いえーい」と先生はミサキちゃんとハイタッチをした。「良いデッキですよ」

「え、えへへ」とミサキちゃんは笑った。

 

 良し、と私は思った。上手く行けば良いな、と私は思った。

 

「では、装備品の対策を考えていきましょう」と先生は言った。

 

「はーい」私たちは元気良く答えた。



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29.下級生を誑かす

 私の居る3年A組は進学クラスで、クラスメイトのほぼ全員が付属の大学へエスカレーターで進む。

 キャンパスは少し離れた場所にあるので、卒業したら実家を出てアイちゃんとルームシェアをしようと準備をしてる。

 

 卒業を意識したとき、ふとクラブの事を思う。部員が全員3年生なのは、不味いのではないだろうか。

 

 

 

 放課後の部室。山内先生を含めた全員で会議を開いた。

 

「えーっと、下級生に知り合いが居る人ー?」と私は言った。

 

 皆は顔を横に振った。残念ながら誰も下級生との繋がりは無いようだった。

 

「中等部なら妹がいるんだけどな」とベニコちゃんは言った。

「わ、そうなんだ。いいな」と私は言った。

「お、マジー? 私も中等部に妹いるよ!」とミサキちゃんも言った。

「マジか。何年? ウチのは今3年で、来年上がってくる」

 

 ミサキちゃんの妹は中等部1年生らしい。

 

「去年までランドセル背負ってたから、妹の制服姿見たときは、こう、大きくなったなぁって思ったよ」

「5コ離れてるとそんな感じになんのか。あー、いや、でもちょっと分かるな。それ」

 

 しばらく妹トークを聞いた。姉妹喧嘩の可愛い理由や、年長故の理不尽な仕打ちなどを聞く。

 

「それで、部員の勧誘の話なんだけど」

 

 なんとなくのタイミングで話題を移した。

 

「勧誘なー。どうやるんだ?」とベニコちゃんが言った。

「わからん」と私は正直に言った。

「私の持ってる書物によれば、ポスターを貼ったりチラシを配ったりするのが定石らしい」とアイちゃんが言った。

「なるほどなー」と頷いた。

 

 シンプルな文面と、紙面の隅っこにデフォルメされた天使と悪魔の絵が描かれたポスターが作られた。

 天使はアヤメちゃん、悪魔はアイちゃんが描いた。

 

 山内先生、ベニコちゃん、ミサキちゃん、私の4人は謎のクリーチャーを産み出してしまい項垂れてた。

 

「可愛いね。天使と、悪魔」と私は言った。

 

 

 

 山内先生がポスターをコピーして、部室のドアに1枚、掲示板に1枚を貼ってくれた。

 チラシは60枚くらい刷り、手分けして配ることにした。

 

 私とアヤメちゃん、アイちゃんとベニコちゃん、ミサキちゃんと山内先生で2人組を3つ作る。もしマジックについて聞かれたとき、それなりに説明できる人間を分散した組分けだ。

 

「配り終わるか、下校時間の10分前になったら部室に集合って感じで~」と私は言った。

「りょー」とアイちゃんが言った。了解という意味だ。

 

「どこから回ろうかな?」と私はアヤメちゃんに話しかけた。

「ん~、下の子たちの教室見て回ろ。残って遊んでるって事は、暇って事でしょ~」とアヤメちゃんは理路整然と言った。

「めっちゃ頭いいじゃん。行こー」

「ひゅーう」

 

 アイちゃんとベニコちゃんは校門の方角へ向かい、ミサキちゃんと先生は部室棟の中で暇そうな娘を見つけるつもりのようだった。

 

 部室棟を出て校舎に向かって歩く。

 秋になって日が落ちるのが早くなり、空に茜色が混ざり始めてる。風はちょっと冷たくなってきてて、そろそろセーターを準備した方が良さそうだ。

 歩いてる私とアヤメちゃんの横を運動部の娘たちが走って追い越してった。

 

「こないだベニベニのさー、ドラゴンがヤバくって無理~ってなった」

「あー。あのデッキヤバいよね。よく出来てる」

「ソッコーが駄目なんだよね~。トクレーして4て~ん、で皆燃やされちゃう」

 

 アヤメちゃんとお喋りしながら歩いて、1年生の教室に着いた。1ーA~Cまでの3クラスがあり、試しにA組をこっそり覗くと何人か残ってるのが見えた。

 

「ん~、ダベってるだけだね~。ゆーりん、行く?」

「行こう」と私は言った。

 

 教室のドアを開けて乗り込むと、下級生の娘たちがこっちを見た。教室の真ん中に6人組が1つだけ。

 

「こんにちわ」と私は近づきながら言った。

「こんにちわ~」ドアを閉めながらアヤメちゃんも続いた。

 

「え、こんにちわ……。わ、3年生の人? なんで?」

「誰かなんかやった?」

 1年生の娘たちはわちゃわちゃしてて、少し混乱してるっぽかった。

 アヤメちゃんのプラチナゴールドの髪も気になるようで、私とアヤメちゃんを交互に見てる。

 

「私はユーリ。こっちの綺麗な娘はアヤメちゃん。3年A組だよ。よろしくね」と私はにこやかに言った。

「よろしく~」アヤメちゃんも愛想良く言った。

 

「よ、よろしくお願いします?」と1年生の娘たちは言った。

 

「すぐ済むんだけど、ちょっと君たちの時間をもらっても良いかな?」

 

 1年生たちは戸惑いながらも頷いてくれた。

 

「ありがとう」と私は言った。

 

 どういう風に話を持っていこうかな。チラッとアヤメちゃんを見ると、ノープランですって顔をしてた。

 いきなり本題に入っても良いけど、何か雑談しても面白そうだ。1年生たちの顔を眺める。

 ちょっとだけお化粧してる娘がいて、髪を染めてる娘はいない。これが2年生になると、もう少し手が込んだ見た目になってくる娘が多い。

 

「あれ、君に見覚えがあるな。たまにバスで一緒になる娘だ」

 たまたま見たことのある顔があったので会話の取っ掛かりにしてみる。いつだったか、バスの席を譲ろうとしてくれた娘だ。

 

「は、はい! そうです!」

「いつもこのメンバーで遊んでるの?」

「え、えと、はい、だいたい、このメンバーで、です!」

 

 随分と力の入った返事をしてくれる。

 

「どうしたの? 何か緊張してる?」

「い、いえ! あの! 今日は黒髪の人は一緒じゃないんですか? お二人が別々に居るところ、初めて見ました」

「黒髪の人は、今校門の辺りかな。チラシを配りに行ったんだよ」

 

 そう言って持ってたチラシを人数分差し出した。

 

「MTG……。カードゲーム?」

「部員が今全員3年生なんだ。ルールはちゃんと教えるし、カードも支給するよ。興味があったら来てくれると嬉しいな」

 

「今なら、先輩に教えて貰えるんだ……」

「チャンスじゃん! 行きなよ!」

 

 どうも、色々と込み入った事情がありそうだった。成るように成るだろう。

 

「前向きに検討してくれてるんだね。君の名前を教えて欲しいな」

「チカです! 青葉チカ! 決めました! 私このクラブ入ります! よろしくお願いします!」

 

 チカちゃんは勢いよく立ち上がって宣言した。

 随分と思い切りの良い娘だな、と私は思った。

 

 チカちゃんと連絡先を交換して、チラシ配りに戻ることにした。

 1 ーAを出るとアヤメちゃんが笑った。

 

「ゆーりん、やばー! カッコ良かったよ!」とアヤメちゃんは言った。

「アイちゃんの持ってる書物によると、後輩に接する先輩はああいう感じがセオリーなんだよ」と私は説明した。

「アイクロなに読んでるの〜? ウケる」

 

 B組とC組にも同じようにしてチラシを配った。チカちゃんみたいに即決する娘はいなかったけど、そんなに悪くない感触だった。

 

「これで来年もクラブが残ると良いなー」部室棟に向かいながら私は言った。

「ねー。何人か来てくれそうだったけど、続かないかもだから〜」

 

 

 

 部室に戻ると、まだ誰も戻って来てないみたいだった。

「なんだかんだで、皆ハーフデッキ卒業したよね。丸々残ってる」

「土地は借りたままだから買わないと駄目だね〜」

 後輩に配るカードを確認すると、それなりの数のハーフデッキが残ってた。

「新しく入る娘は、ハマってくれるかな」

「ゲームの面白さも大事だけど、一緒にやる人がジューヨーだと思う〜。ベニベニと、ゆーりんと、アイクロ、ミミウサ、スイちゃん先生が居たから続けたんだよ」とアヤメちゃんは言った。

 

 私はちょっと感動してアヤメちゃんを見た。

「めっちゃ嬉しい。チョー青春っぽい事言うじゃん」

「でしょ〜?」とアヤメちゃんは笑った。

 

「入ってくれる後輩ちゃんたちにも、良いお友達が出来ると良いね」と私は言った。

「それ大事〜」とアヤメちゃんは言った。

「皆が戻ってきたら、さっき言ってた事喋って良い?」

「恥ずいからダメ!」とアヤメちゃんは言った。

 ちょっと赤くなった頬っぺたが可愛いと思った。



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30.プレインズウォーカーズ・スパーク

 昼休みの教室。アイちゃんたちと5人でお昼ごはんを食べてた。

 

「たぶん3人は確保できたっぽい、ね」と私はスマホを見ながら言う。

 

 チラシ配りは3回やった。2年生の教室を回ったり、適当に校内を歩きながら配ったり。

 脈がありそうなのは初日に勧誘した1年生の青葉チカちゃんと、そのお友達が1人。ミサキちゃんが部室棟で見つけた、漫研と掛け持ちをする予定の2年生の娘が1人。

 

「すごいね、3人も見つけたの」とアイちゃんが言った。

「ああ、立派なもんだ」とベニコちゃんが追従した。

「ね。私たち、チラシを配るのがやっとだったもんね」

「な。アタシはちょっとビビられるし、黒野はキョドるし」

「キョドって無いけど」

「おう、そうだな。アタシもビビられてなかったかもしれない」

 

 勧誘の成果が無かった事に対して、アイちゃんとベニコちゃんは仲良く凹んでた。気にしないで良いとは言ってるけど、2人とも責任感が強いので思うところがあるみたいだった。

 

「ベニベニのせいでアイクロがアホになっちゃった~」と言ってアヤメちゃんは大笑いした。

 

 半年以上ベニコちゃんたちと一緒に遊んだりして、アイちゃんの人見知りは無くなってた。とてもリラックスした雰囲気で冗談を言ったり、笑ったり。

 私としか仲良くなかったのに、と思う瞬間があったり無かったりする。

 

「チカって子、バミューダの妹っぽくない?」とミサキちゃんが言った。

「ミカちゃんの?」と私は聞いた。

「そそ。名字が一緒だからたぶんそうだよ。チカとミカでなんか似てるし」

「雑ぅー」私は笑って言った。「でも、もしそうならチカちゃんのこと聞いときたいな」

 

 食べ終わったお弁当箱をたたんでリュックに詰める。

 教室の前方右側を見ると、ミカちゃんはお友達とお喋りしてた。

 

「バミューダ~、ツラ貸してくれー」

 ミサキちゃんは立ち上がって、ミカちゃんに近づきながら声をかけた。私もついてく。

 

「なにー?」振り向いてミカちゃんは言った。

 ミカちゃんの大きな目がパチパチと瞬いた。茶色い髪を肩まで伸ばして、赤色のヘアピンで前髪を留めてる。

 

「へへ、あんたの妹さんの事でお話を聞きたいんだがねぇ~?」とミサキちゃんは絡んだ。

「なんのキャラよ」とミカちゃんは笑った。

「昨日見たドラマ」とミサキちゃんは言った。

 

「今ちょっと時間もらって良い?」と私は言った。

 

 ミカちゃんはお昼ごはんを食べ終わって、コハルちゃんとお喋りしてた。

 コハルちゃんは肩まで伸ばした黒髪をポニーテールにして、青い髪紐で結んでる。

 

「いいよー」とコハルちゃんは指で丸を作って言った。

「ありがとー」と私は親指を立てて言った。

 近くの椅子を適当に借りて座る。

 

「そのヘアピン可愛いね」と私はミカちゃんに言った。

「ん、そう? ありがと」とミカちゃんはなんでもなさそうな素振りで返事をした。

 

 ちょっと考えてから、本題に入る事にする。

 

「1年生の青葉チカちゃんって、妹さん?」

「その話だと思ってた。そうよ」

「わ、ホントだった。ね、チカちゃんってどんな娘?」

「ん~、普通よ、普通。ちょっとオタクっぽいけどね。マンガとかすごい沢山持ってるし」

「そうなんだ」と私は言った。

 

 マンガが好きなら、アイちゃんと話があうかもしれない。この後もミカちゃんたちとお喋りをしてお昼休みを過ごした。

 

 

 

 

 放課後。アイちゃんたちは部室に向かい、私は1年A組までチカちゃんたちを迎えに行った。

 チカちゃんとお友達は教室のドアの前で私を待ってた。

 

「チカちゃん、お待たせ」と私は言った。

「こ、こんにちわ!」チカちゃんは張り切ってる。

「ちゃんとした自己紹介は後でするけど、私はユーリ」と私は言ってから、チカちゃんのお友達を見た。「君の名前を教えて?」

 

「……アカネ、です。よろしくお願いします」

 アカネちゃんは長い髪を1本の三つ編みにして背中に垂らしてる。

「よろしく」と私は言った。

 

 歩きながら話すことにした。

 チカちゃんは結構ぐいぐい来る感じで、アカネちゃんはとても落ち着いた娘だった。

 部室棟にはすぐに着く。

 

「ここでスリッパに履き替えて、靴は下駄箱に入れたら良いよ」

「はい。部室棟って来るの初めてです」とチカちゃんは言った。

「そうだろうね。授業じゃ使わないし」と答えた。

 

 ペタペタと音を立てて廊下を進み、部室のドアを開けた。

 中を覗くとアイちゃんたちが椅子に座ってお喋りしてるのが見えた。初見の娘が1人居るので、きっと2年生の娘だろう。

 

「おいで」と私は1年生の2人に呼び掛けた。

「お、お邪魔します!」とチカちゃんが言って2人は入ってきた。

 

 部室の中は山内先生を含めて9人の女子という、なかなかの大所帯となった。

 長机1つでは足りなくなってしまった。お誕生日席を駆使しながらなんとか座れるようにする。私はアイちゃんとくっついて座り、無理やり9人が座れるようにした。人前でこんなにくっつく事は少ないのでちょっとドキドキした。

 

「揃いましたね。顧問の山内です。狭いですが今日は我慢してください。追加の机を用意しておきます」と山内先生が言った。

 

 先生の司会で自己紹介を進めた。まず3年生が適当な感じで紹介した。名前を言うだけなので10秒で終わった。

 

「2年の山本セッカと申します。雪の花と書いてセッカです。見せて頂いたカードのイラストが綺麗で興味を持ちました。漫研との掛け持ちですが、活動日は被っていないので毎回参加できると思います。よろしくお願いします」

 

 そう言うとセッカちゃんは微笑んで会釈した。めっちゃ上品でお嬢様っぽい。

 

「どんなカード見せたんですか?」私は気になったので先生に聞いた。

「カラデシュの《島》ですよ」と言って先生はカードを出して見せてくれた。

 

 水平線と光を反射する海、吸い込まれそうな空と雲、奥行きのある構図、手前に描かれた芝生と花畑が可愛い。

 

「確かに綺麗だ。なるほどなー」と私は言った。

 他の娘にも見て欲しかったのでカードを隣のアヤメちゃんに渡した。

 

「漫研って事は絵が上手なんだよね? 勧誘ポスターの絵を描いて欲しかったよ」と私は冗談を言った。

「先輩、タイムパラドックスが起きてませんか?」と言ってセッカちゃんは笑った。

 

 アカネちゃんとチカちゃんの自己紹介も問題なく終わった。

 

「さあ、早速マジックをプレイしてもらいましょう。先輩達が用意してくれた5種類のウェルカム・デッキです。好きな色のデッキを手にとって下さい」と先生がウキウキしながら言った。

 

 後輩にマジックを教えながら、初めてプレイした時の事を思い出してた。

 アイちゃんの家に初めて行って、マジックを教えてもらって、めっちゃ面白かった。

 

「……鈴木先輩、このゲームすごく、面白い」とアカネちゃんが言った。

 

「マジックの世界にようこそ」と私は言った。「貴女はプレインズウォーカー」



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31.時のらせん

 放課後の部室。自販機で買ったホットココアはまだあったかい。高そうなヒーターもぬくい光を放射してる。

 窓から忍び寄る冷気は入ってこれないみたいだった。

 

 私はデッキをシャッフルしながら『軍拡競争』について思いを馳せてた。

 外国が武装すると、それに対抗するために自国の装備を強化して、それに対抗するために外国はさらに軍備増強する、というヤツだ。

 

 およそ3週間というめっちゃ長い間、ベニコちゃんのデッキが部内最強だった。マナ加速から次々と繰り出されるドラゴンの軍勢を止めるのは難しく、私たちは対策を迫られてた。

 ミサキちゃんは打ち消し呪文を増やしたし、アヤメちゃんは回復呪文を増やした。

 私はアイちゃんに相談した。アイちゃんは私に綺麗で残酷な天使を紹介してくれた。

 

「5マナ」と私は厳かに宣言した。

「そのデッキで5マナだと、《セラの天使》か《オジュタイ》か? オジュタイはまずい」とベニコちゃんは悩ましげな表情を浮かべた。

「天使だよ! 《悪斬(あくざん)の天使》!」私はウキウキしながらカードを出した。

「お、新しいカードだ」

 

 私はカードの上下をひっくり返してベニコちゃんがテキストを読みやすいようにした。サンキュ、と言ってベニコちゃんはテキストを読んだ。

 

 おぉ、えぇ? と呟いてベニコちゃんは頭を抱えた。ベニコちゃんの隣に座ってるアヤメちゃんも顔を寄せてカードを読む。

 

「5/5、飛行、先制攻撃、絆魂(はんこん)、プロテクションドラゴンとデーモン。強すぎ~。うける」とアヤメちゃんは笑った。

 

【絆魂】は与えたダメージと同じ数値を回復する能力。クリーチャーで戦うビートダウンデッキに対して強力に働く。

【プロテクション(ドラゴン)】はドラゴンからダメージを受けず、能力の対象にならず、ブロックされないという能力。もちろんドラゴンデッキに対して強力に働く。

 

「うおぉ、いったいどうすりゃ……」とベニコちゃんは唸った。

 

 私ならどうするだろう。私なら、ドラゴンを並べてから一斉に攻撃すると思う。そうされるのが一番嫌だから。

 ベニコちゃんが悶えてる間に、私は何ターンか先の事を考える。私が勝つためにはどうすれば良いだろう。

 このままにらみ合いを続けて手札を溜めて、ドラゴンが場に並んだら全体除去を打って一気にアドバンテージを稼ぐ。このプランが良さそうに思える。

 

「ふふふ、長きに渡ったベニコちゃん王朝も、もはやこれまで。納税タイムというわけよ」年貢の納め時という意味だ。

「いやだー。税金はらいたくねー。なんとか誤魔化してぇー」

「脱税じゃん」

 

 しっかり取り立てた。

 数ターンかけて並べたドラゴンたちを全体除去によって失ったベニコちゃんは、それでも粘って戦った。私は《フェアリーの集会場》でコツコツ攻撃しながら打ち消し呪文で後続のドラゴンを捌いた。

 

「負けたー」とベニコちゃんは天井を仰いだ。

「待たせちゃってごめんね」と私は言った。

「……? どーいう意味よ?」とベニコちゃんは言った。

「勝つのは楽しいけど、勝ってばかりだとつまんないでしょ?」

「おぉ? ……あー、確かにそうかもしれねーな。いや、確かにそうだわ。なるほどな」

 

 デッキを調整するのは楽しくて、勝ててるならデッキをいじる必要は無くって、同じデッキを使い続けると飽きちゃう人もいる。

 

「次からその天使どーすっかなー。プロテクションがどーにもなんねー」

 

 ベニコちゃんは机の上にデッキを広げてマナコスト順に並べた。

 除去呪文は最低限しか入ってない。2マナ3点火力にオマケがついた《龍詞の咆哮》が4枚。あとは《栄光をもたらすもの》が持ってる能力だけ。今まではそれだけで十分だった。

 

「《悪斬》を除去できるカードを入れるか、《悪斬》を出される前に勝つか。5点火力入れるのが良いと思うけど。なるべくプレイヤーにも撃てるやつ」と私は所見をのべた。

「それか色を足すかだねー」とアヤメちゃんが言った。

「あー、色を足すのもありだねー」と私は同意した。

 

 足す色は何が良いかを3人で喋った。とりあえず明日、ショップ行ってから考えるわ、とベニコちゃんが結論をまとめた。

 

 すっかりぬるくなってしまったココアを飲み干し、椅子から立ち上がって伸びをする。

 部室内にはずっと使ってた長机と、新しく用意された4人がけの机がある。私とベニコちゃんが対戦してたのは新しい机の方で、長机の方には6人が座ってる。

 アイちゃんとミサキちゃん、山内先生がそれぞれ後輩の相手をしてた。

 

 後輩ちゃんたちの使ってるハーフデッキは少しだけ改造されてる。デッキ間のパワーバランスを調整するためにカードを選んで足した。

 強過ぎなくて、弱過ぎないカードをアイちゃんと山内先生が吟味してくれた。赤いハーフデッキに《栄光をもたらすもの》を足すのは、おそらくやり過ぎだったという反省を活かした。

 良い感じに勝ったり負けたりを繰り返して楽しそうにしてるので調整はうまくいったんだろう。

 

 考え事をしながら対戦を眺めてたら山内先生とセッカちゃんのゲームが終わった。

 山内先生は緑のデッキを、セッカちゃんは白いデッキを使ってた。お互いクリーチャーを並べあって、セッカちゃんは飛行持ちで削ってたけど先生は大型クリーチャーですり潰すように押しきった。

 

「ハーフデッキをしっかりと使いこなしていますね。地上はタフネスの高いクリーチャーで固めて、空から攻撃を重ねるという堅実な立ち回りでした」と山内先生は言った。

「何度か遊んでると、飛行を持った子が強いなと思ったので」とセッカちゃんは言った。「ただ、緑の子たちは力持ちが多いので受けきれませんでしたけれど」

「ええ、その通りです。素晴らしい。飛行は強く、緑のクリーチャーはサイズに優れます。ハーフデッキ同士の戦いでは緑のデッキが勝ちやすいでしょう。そろそろ次のステップに進んで良いかもしれませんね」と先生は微笑んだ。

 

「次のステップ、ですか?」

「新しいカードを手に入れてデッキを改良していきましょう。他のハーフデッキを足して60枚のデッキにするのも良いと思います。もちろんお小遣いを使って購入するのも良いでしょう。

 お気に入りのカードを選んで、得意な戦術を見つけて、デッキとプレイングを洗練させていく。私達はそのお手伝いが出来ます。どうでしょう、やってみませんか?」

 

 山内先生は人と話すとき、しっかりと目を見て話すタイプだ。ちょっとだけ茶色に染めた髪を肩まで伸ばしてて、顔立ちは少し幼い感じもする。そして意外に目力が強い。真っ直ぐ見つめられると、視線が惹き付けられるような不思議な力が働く。

 

「あっ……。や、やってみます」消え入るような声を出してセッカちゃんはうなずいた。

 

 セッカちゃんが先生に口説かれてる間にチカちゃんとアカネちゃんもゲームを終えた。

 アカネちゃんはアイちゃんとの感想戦に夢中のようだった。静かに淡々とアイちゃんを質問責めにしてる。

 

 チカちゃんとミサキちゃんは2人とも青いハーフデッキを使って対戦をしてたみたいだ。どっちが勝ったんだろう。

 

「先輩の威厳キープ! セーフ!」

「同じデッキなのになんか強い!? 先輩すごい!」

「日頃の行いが良いからね! 運だよ!」

「運なんですか!?」

「同じデッキなら運が良い方が勝つよ! イェー!」

「そうなんだ! イェー!」

 

 仲良くハイタッチをして楽しそうだった。

 

 私のマジックはハーフデッキから始まった。ベニコちゃんたちもそうだし、後輩ちゃんたちもそうだ。

 卒業したらもう私たちはいないけど、新しく入ってきた娘がまたハーフデッキからマジックを始めて、後輩ちゃんたちが先輩になって、それが続いてく。

 新しい娘たちが作るデッキにはその娘が気に入ったカードが使われてて、そういうデッキが人の数だけあって、悩んだり祈ったりしながら遊ぶんだろう。

 同じようなサイクルがぐるぐると繰り返されて、でもちょっとずつ形を変えて続いてく。閉じた円ではなくて、螺旋を描いて進む。

 そうなったら良いな、と私は思った。



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32.チョコレート・ディスエンチャント

 アイちゃん家のリビング。いつもみたいにソファに並んで座ってる。

 晩御飯を食べて、お風呂も済ませた。今はお風呂上がりの甘味を食べてる。

 アイちゃんと一緒に選んだ、気合いの入ったチョコレートはめっちゃ美味しかった。

 

「ん~! 美味しい~!」口に含んだ甘い欠片はサラサラとほどけた。

「高いチョコ、すごい」とアイちゃんは言った。「タルモより高いだけある」

「もっもー」と私は鳴いた。

「もっもー」とアイちゃんも鳴いた。

 

 短く揃えた爪は綺麗に磨いてある。指の先っぽにはチョコレートパウダーが残ってて、もったいないけどウェットティッシュで拭いた。

 

「2/3のタルモゴイフに《稲妻》撃っても倒せないのズルいよね」と私は言った。

「あぁ、墓地にインスタントが落ちて無い時で2/3。状況起因処理ははややこしいから。黒い呪文なら分かりやすく倒せるよ」

「《恐怖》とか、なんでも倒せるの強いよね。絵はちょっと怖いけど」

「みんなが黒いカード使わないからなんでも倒せるように見えるだけ。怖いのは、まあ、《恐怖》だし」

 

 黒いカードはクリーチャーや手札を破壊するのが得意で、サイズの大きなクリーチャーも1枚で対処できる。赤い除去で大きなクリーチャーを倒すのはめっちゃ大変なので、使ってみたい気もする。

 

「そろそろ自分用の黒いデッキ作ろうかな……」と私は言った。

 新しい色に手を出すには、そこそこの初期投資が必要になる。しばらくデッキの強化はしてないのでマジックのために使えるお金はまあまあプールしてあった。

 

「じゃあ明日もお出掛けだね」

 アイちゃんはそう言いながら寝転んで、私の膝に頭を乗せた。長い黒髪は電灯の灯りを艶々と跳ね返してる。手ですくうと、水みたいにスルスルとこぼれる。

 

「どんなデッキにしようかなー。黒っぽいのがいーな」アイちゃんの髪を撫でながら言った。

 

「黒の特徴は、ハンデス、除去、リアニメイト、ライフドレイン、ライフと引き換えのドロー。

 ライフ1まではかすり傷、が合言葉。殺戮や死を振り撒いて、自分自身すら捧げて目標を達成するの」

 目を閉じてアイちゃんは言った。撫でる私の手にグリグリと頭を押し付けてる。

 

「手札破壊は使いたいな。黒いカードにしかできないよね?」

「ん~、そう、かな? たぶんそう。私は黒以外でハンデスするカード知らないにゃー」とアイちゃんは言って、今度は私のお腹に顔を押し付け始めた。

 

「あはは、ちょっと! くすぐったいよアイちゃん。もう眠たい?」と私は聞いた。

「んー、ちょっと眠たい」

「歯磨きして、ベッド行こっか」

「うん」とアイちゃんは言った。

 

 チョコレートは箱に半分残ってる。丁寧に箱を閉じて、箱に書かれた成分表を読み、そして冷蔵庫に入れた。

 

 

 

 

 次の日。シャワーを浴びて朝の支度を進める。

 トースターに食パンをセットしてからアイちゃんを起こしに向かった。

 

「アイちゃん、もうすぐパン焼けるよ」私は布団にくるまったアイちゃんに声をかけた。

「ぅ~ぃ~」とアイちゃんは応えた。特に意味は無い声だ。

 

 私は布団の中に手を突っ込んで、色んな所を触ったり弾いたりした。にぁい! という声を出してアイちゃんは飛び起きた。

 部屋を出てダイニングのテーブルで待ってると、アイちゃんはゆっくりとやってきた。雑にジャージだけ着てる。

 

「おはよ」と私は声をかけた。

「おはよ~」とアイちゃんは言った。

 

 よたよたとした足取りで歩いてきたアイちゃんは隣の椅子に座った。上半身をねじって私の方を向き、両手を広げてハグを要求してきた。

 もちろんハグをして、それから触れるだけの口付けをした。

 

 大きく開いたジャージの襟からアイちゃんの鎖骨が覗いてた。ほんのりと赤く、内出血してる。

 

「今日はタートルネックにしようね」と私は言った。

「昨日、なんか凄かったね」とアイちゃんは言った。

「ね。チョコのせいかな」

「そうかも」とアイちゃんは言って、もう一度口付けをしてくれた。

 

 サクサクとトーストを食べ終えて、アイちゃんはシャワーを浴びに行った。

 私は食器を洗って、服を着替えてアイちゃんを待つ。

 

 今日はカードを買って、ちょっと良いご飯を食べて、それからどうしようかな。家具屋さんとか見に行っちゃおうかな。引っ越しは来月だから早すぎるって事は無いだろう。

 

 シャワーを終えたアイちゃんを乾かしてお出掛けの準備をした。

 

 

  ◇

 

 

 冬の空はどんよりと、低い雲が広がってた。風は冷たくお肌を切りつけて過ぎる。

 アイちゃんとひっついて歩くのに最適な日だった。

 

「ミサキちゃん、チョコ渡せたかな」と私は呟いた。

「先生はちゃんと受け取ってくれると思うけど、三浦さんがヘタレて渡さないという可能性がなくはない」とアイちゃんも心配そうに呟いた。

 

 今年のバレンタインは日曜なので、学校で渡す人は昨日の内に渡さなくちゃいけない。15日でも良いや、っていうのは友チョコに限られる。

 ミサキちゃんも山内先生に渡すためのチョコを用意してた。

 

 街を歩いてるとバレンタインの飾り付けが目立つ。

 今年はアイちゃんと2人でお金を出しあって、めっちゃ高いチョコを買って食べた。

 コンビニで売ってるヤツとは全然違って、同じ食べ物じゃないのかもと思った。

 

 いつものカードショップに着いた。

 

「なんか久しぶりだね」と私は言った。今年に入ってから初めて来た。

「前に来たのは《悪斬》買いに来たときだっけ」

「その後もっかい来たよ。ベニコちゃんと《悪斬》用のカード探しに来たじゃん」

「あー、来た来た。《サルカンの怒り》が強くてデッキにもピッタリだったから流石サルカンって言ってたんだった」

「探せばあるもんなんだねって、面白かった」

 

 アイちゃんとお喋りしながらショーケースを見たり、ストレージを漁ったりした。

 こんな感じのカードが欲しいと私が言うと、アイちゃんが具体的なカードを探してくれた。

 

 何とかデッキは形になった。黒赤の、手札を入れ換えながら墓地にクリーチャーを送って蘇らせる、というデッキになった。

 

「あとは【ファイヤーズ】から《稲妻》と《フレイムたん》持ってくれば良いと思う。土地は24枚で、9種4積み36枚と合わせて60枚」

 

「めっちゃシンプルな構築だね」私は感心して言った。

「細かい所は使いながら調整しよ」とアイちゃんは言った。

「おけまる水産」

 

 

  ◇

 

 

 ちょっと遅めのお昼ごはんを良い感じの洋食屋さんで食べてた。オムライスは卵がふわふわで最高だった。

 

「まさか先生に恋人がいたなんて」と私はスマホを見て言った。

 

 山内先生には先生の人生があって、私たちの先生になる前にも当たり前に生きてる。私のように、アイちゃんのように、ミサキちゃんのように好きな人とかと出会って、時間をかけて深い関係になったりする。

 

「なんか、みんな生きてるんだね」とアイちゃんが言った。

「そうだね」と私は言った。「みんな生きてるんだなぁ」

 

 幸いにも、と言うべきかミサキちゃんはあんまり落ち込んでないらしい。ショックは受けてるけど深刻な痛みは無いとベニコちゃんからのメッセに書いてある。

 

「月曜になったら、三浦さんに美味しいチョコを食べさせてあげよう」とアイちゃんが言った。

「そうだね。美味しいの買ってってあげよう」と私は応えた。

 美味しいチョコは、それだけで人を救える。

 

 

  ◇

 

 

 お風呂上がりに、昨日のチョコを食べてる。よく冷えてて美味しい。あっと言うまに食べ終わってしまった。

 

 短く揃えた爪は綺麗に整えてある。指の先っぽにはチョコレートパウダーが残ってて、はしたないけどペロッと舐めた。

 

 隣のアイちゃんがこちらをチラッと見たのが分かったので、私はアイちゃんの腰を抱き寄せてひっついた。アイちゃんの唇を人差し指で撫でると私は言った。

 

「綺麗にして」

「んっ、は、ぃ」

 

 アイちゃんの口内は温かくて、舌が一生懸命動くのが可愛い。小さな口に中指を追加した。2本の指で中をゆっくりなぞったり、舌を摘まんで引っ張ったりしてみる。

 

 口の外に伸びたアイちゃんの舌を自分の唇で捕まえた。チョコレートに混ざったアルコールのせいで酷く身体が熱かった。

 生きてるって実感がそこにある気がした。私はアイちゃんの舌を吸いながら、その上に残る微かな苦味を追い求めた。

 

 甘いはずなのに、甘いだけじゃないのが、もしかしたら、もしかしたら。



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33.灯の再覚醒

 卒業式はアッサリと終わった。進学する人はだいたい同じ大学に行くし、だいたいの人は進学するしでみんな落ち着いた感じだった。

 クラブの娘たちが送別会をしてくれて嬉しかった。

 

 卒業式から数日後。私とアイちゃんは引っ越しを済ませて新居に落ち着いてた。

 広めのリビングと、寝るための部屋がある縦長の1LDKは最高に楽しい。

 アイちゃんと一緒に起きて、アイちゃんと一緒に過ごして、アイちゃんと一緒に寝る。永遠にこんな日が続けば良いのに。

 

 

 

 

「実家に帰らせてもらいます」とアイちゃんは言った。

「さみしい」と私は正直に言った。

 

 今日はリビングに置くソファが届く予定だった。

 リビングにはこげ茶色のラグが敷いてあって、長方形の白いローテーブルがぼつんと佇んでいる。ここに灰色の小さなソファが追加されるわけだ。

 

 アイちゃんは用事があって実家へ行くことになっていて、私が1人でお留守番をすることになった。

 

「晩ごはんまでに帰ってくる?」と私は聞いた。

「うん、帰ってくるよ」とアイちゃんは言った。

「気を付けて行ってらっしゃい」と私はアイちゃんを送り出すために別離の儀式を行った。

 すなわち、両手を広げて、ハグをして、行ってらっしゃいの口付けをした。

 

 お昼ごはんを独りで食べてからほんの少しすると、ソファが届いた。リビングの良い感じの場所に置いてもらってお礼を言う。

 アイちゃんが帰ってきてから細かい位置を調整したら良いだろう。

 

 もうお留守番する理由は無くなっちゃって、そして晩ごはんまでは結構な時間がある。

 

(今からアイちゃん追っかけても、邪魔になっちゃうかな)

 

 私はソファから立ち上がって寝室に入った。

 寝室にはちょっと大きめのベッドと本棚、ベッドから手が届く位置にサイドテーブルが置いてある。

 クローゼットの扉を開けて、中からデッキケースを取り出した。

 

 この部屋を借りるとき、近所にカードショップがあるという立地が決め手のひとつだった。マジックを扱ってるのも既に把握してる。部屋を探すのを中断して買い物をしたのでバッチリだ。

 沢山の人と対戦する機会が欲しかった。高校の部活に顔を出し過ぎても、後輩ちゃんたちだって困るかもしれない。

 

 先月組んだばかりの、赤黒のリアニメイトデッキ。サイドボードはまだ無い。まだまだ回し足りない。

 

 リュックにデッキケースとスマホ、おサイフを突っ込んで、新しく買った軽いデニムジャケットを羽織って外へ出た。

 

 

 

 

 少し歩いて、大きな道路沿いにカードショップはあった。2階建ての小さな一軒家を改装して、1階はショーケースとデュエルスペース、2階は倉庫になってるっぽい。

 

 ショップは開店したばかりで、他のお客さんはまだいないみたいだった。

 

「あぁ、こんにちわ。いらっしゃい」四角い黒縁のメガネに、白いブラウスの店長さんが奥から出てきて言った。

「こんにちわ」と私は礼儀正しく挨拶をした。

 

「貴女は、たしかプレインズウォーカーの子だったね。2人組の」

「覚えてるんですか?」と私は少し驚いて聞いた。

「まぁ、小さい店だからね。何百人もお客さんが来るわけじゃ無いから」

 

 店長さんはショーケースの鍵を開けて、中のカードを整えた。私の知らない種類のカードで、可愛い女の子の絵が描いてある。

 

「今日は買い物?」鍵を閉めながら店長さんは言った。

「ああ、いえ。デッキを回したいなって思って」と私は言った。「サイドボードを組んでなくて、それも考えたいなって」

「なるほど。私で良ければ相手をしようか? ご覧の通り、開店直後は暇なんだ」

「わ、良いんですか? ぜひお願いします」と私は喜んで返事をした。

「では、奥へどうぞ」

 

 デュエルスペースには4人掛けの机が2つ置かれてた。机は贅沢な間隔を開けて配置されてて、ゆったりと落ち着ける。

 私は適当に席を選んで座り、リュックからデッキケースと、サイコロの入った小さな巾着を取り出す。この巾着は後輩ちゃんたちから貰った物で、6種類の内から茶色を選んだ。

 アイちゃんは黒、ベニコちゃんは赤、アヤメちゃんは白、ミサキちゃんは青、山内先生は緑。

 

 準備を終えて少し待ってると店長さんがやってきた。

 

「お待たせ。そういえば、フォーマットは何? スタン?」

「カジュアルです。分類で言うと、ゆるふわレガシーらしいです」と私は答えた。

「あはは、ゆるふわ! 可愛い」店長さんは笑って言った。

 

 デッキをシャッフルして、サイコロを振って、私の先行になった。

 

「よろしくお願いします」

 

 7枚の手札はかなり良さそうに思える。土地があって、除去があって、ドローがある。

 

「マリガンは無しです。キープ」

「私も大丈夫。キープ」

 

「ゲーム開始時に手札の《ドロスの大長》を公開します。3点ドレイン」と私は言ってカードを見せた。

「珍しい物を積んでるね。コンボかな。ライフ17」

「コンボみたいな物らしいです。《血溜まりの洞窟》をタップイン。1点回復して24。エンドです」

 

 20面体のスピンダウン・ライフカウンターの横に6面体のサイコロを置いた。

 

「コンボみたいな物で、手札の《大長》。何だろう。ドロー。《森》から《エッジウォールの亭主》。エンド」

「あ、店長さんは【アドベンチャー】ですね」

「バレちゃった」と店長さんはお茶目に言った。

 

《稲妻》でクリーチャーを焼いたり《殺害》で除去したりして数ターンが過ぎた。《胸躍る可能性》で手札を入れ換えて、《不穏の標》で《ドロスの大長》を墓地から復活させたりもした。

 

「なるほどリアニメイト。6/6絆魂が動き出したらもう無理だ。参りました」

「ありがとうございました」と私は言った。

 

 デッキがめっちゃ綺麗に回って嬉しい。

 

「他にはどんなクリーチャーが入ってるの?」

「《フレイムたん》と《ウラモグの破壊者》です」

 デッキからカードを抜き出して見せた。

「《カヴー》がゆるふわレガシー要素なんだね。懐かしいなぁ」

 店長さんは微笑んで《フレイムたん》を眺めた。

 

「サイドボードはまだ無いんだよね。どうする? サイド用のカードいくつか出すよ」と店長さんは親切に提案してくれた。

「めっちゃ助かります。お願いして良いですか?」

「まかせてよ。実はここ、カード屋さんなんだ」

 

 お茶目な人だなぁ、と私は思った。

 

 

 

 

「お手軽な墓地対策カードは、今のスタンなら《魂標ランタン》で、モダン以下なら《RIP》、《黒力線》、《檻》、《遺産》その他多数って感じかな。あとは《サージカル》とか」

「どれもあんまり聞いたこと無いです」と私は正直に言った。

「まあ、カジュアルリアニメイト相手にこんなの出したら戦争だから」

 

 レジカウンターの奥から戻ってきた店長さんは何種類かのカードを持ってた。

 

「そして、墓地対策カードへの対策カードがこれ。アーティファクトを割れて、クリーチャーの除去も出来る《削剥》。黒色なのにエンチャントにも触れるようになって、もちろんクリーチャーの除去も出来る《大群への給餌》。ここらへんはメインから入るかもね」

 

 紹介してもらったカードを15枚選んで買った。《大群への給餌》はアイちゃんが大騒ぎして喜んでたので知ってた。

 

「週末はここで大会もやってるから、もし良かったら遊びにおいで。スタンとモダンだから、デッキは調整しないといけないけど」

 

「大会かー。カジュアルデッキでも戦える感じなんですか?」

「いろんな人がいるよ」と店長さんは言った。

 直接的な答えを言わないのが、大人の人って感じだった。

 

「行けたら行きます」と私は言った。

「それ行かない人のセリフー」と店長さんは笑った。

 

 きっと、アイちゃんと一緒に参加することになるなと思った。

 

 リュックの中からスマホの着信音が聞こえた。それを合図みたいにして店長さんは仕事に戻って行った。

 

 スマホを見るとアイちゃんからのメッセで『今から帰るー。あいたい!』と書かれてた。

 

『私も! 気を付けて帰ってきて! 好き!』と返信した。

 

「お邪魔しましたー。また来ますー」と店長さんに声をかけてショップを出た。

 店長さんはヒラヒラと手を振ってくれた。

 

 

 

 

 夕方にはちょっと早くて、おやつの時間はぎりぎり過ぎちゃってて、春の陽気はポカポカとしてる。桜色のスカートとブルーのデニムジャケットは軽くてふわふわと揺れた。

 アイちゃんの趣味を反映して買った茶色のショートブーツが小気味良い音を鳴らす。

 

「あー、春だー」と私は言った。

 

 新しい何かが始まりそうな予感がしてて、いつも通りの幸せもちゃんとそばにあって、胸の奥があったかい感じがしてた。

 変わったり、変わらなかったりしながら進むんだなーと思った。

 

 晩ごはんの用意を相談しながら、私たちの家に向かった。

 

 

 

 

 

 

 




おまけ
ユーリの
【ヴィジュアル系リアニメイト】
※スペルが全て4枚積みでデッキリストが美しいため

クリーチャー 12枚
《火炎舌のカヴー》 お気に入り
《ドロスの大長》  強い
《ウラモグの破壊者》ヤバい

スペル 24枚
《過酷な精査》   ハンデス

《血の署名》    ドロー
《胸躍る可能性》  手札を墓地に送りながらドロー

《不穏の標》    何でも生き返る

《殺害》      絵が怖い
《稲妻》      偉い

土地 24枚
《血溜まりの洞窟》  4枚
《ラクドスのギルド門》4枚
《山》        7枚
《沼》        9枚


サイドボード
大群への給餌  4枚
削剥      4枚
強迫      4枚
衰滅      3枚


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34.ターンエンド・アンド・ネクストターン

 書類上というか、3月のうちはまだ高校に所属してるらしい。卒業したのに。

 JK最後の週末を、ベニコちゃんたちを呼んで遊んで過ごすことにした。

 

「おじゃましま~す!」とアヤメちゃんたちは言った。

「いらっしゃい」と私とアイちゃんは歓迎した。

 

 アヤメちゃんとミサキちゃんはリビングに雪崩れ込んで、あっという間にまったりし始めた。

 

「お前ら、マジか」とベニコちゃんは呆れた顔をして言った。「じぶんちじゃねーんだぞ」

 

 ベニコちゃんはお菓子の詰まったビニール袋を渡してくれた。

 

「ありがと。適当に座ってて」と私はお礼を言った。

「お茶いるひとー?」キッチンカウンターからアイちゃんが声をかけた。

 

 グラスやマグカップを総動員してお茶を5つ準備した。

 

 お菓子をつまんで、お茶を飲んでお喋りをして過ごす。

 

「こっから学校近いの?」とミサキちゃんが聞いた。

「うーん、そこそこ、かな。バス乗って20分くらい」と私は答えた。

「お、これおいしいな」

「コンビニスイーツも侮れませんなぁ~」

「侮れませんなー」

「電車乗らなくて良いのは近いね」

「あたしも近いとこに部屋借りれば良かったな」

「おいしいやつどれ?」

「実家出るのめんどくない?」

「自分でごはん作るの~?」

「おいしいやつこれ」

 

 ……

 

 

 

 

「マジックしたい」とミサキちゃんは言った。

 

 その言葉はふとした会話の途切れ目にそっと差し込まれた。

 

「いいね」とアイちゃんが言った。

 

「デッキの中身なんか変わった~?」鞄をゴソゴソしながらアヤメちゃんが言った。

 

「変わった」と私は宣言した。

 

 ローテーブルやソファを動かして、ラグの上を広く空ける。

 

「グッチョッパで相手決めよーぜ。グッチョッパで」とベニコちゃんが言った。

 

 グーチョキパーという意味だ。

 

「出た、グッチョッパ。グッチッパの方が分かりやすいって絶対」とミサキちゃんは言った。

 

「お、なんだぁ? やるってのかぁ?」

「やってやらぁー!」

 

 ベニコちゃんたちはじゃんけんをして対戦を始めた。

 

「アヤメちゃん。ユーリちゃんと私、どっちとする?」とアイちゃんが聞いた。

 

「んふふー」とアヤメちゃんは笑った。「アイクロの、本当のデッキとやりたい!」

 

「本当の……」とアイちゃんは呟いた。

 

 部活で使ってた、ハーフデッキをチューンアップさせたデッキだって本当のデッキだよ、と言いたいけれどアヤメちゃんが言いたいのはそういう事じゃなくてカードパワーマシマシのガチデッキとやりたいって事、って考えてる顔をしてる。

 

「私もずっと前にやった事あるけど、コテンパンにされたよ」と私は言った。

 

「今やったら危ういよ」立ち上がりながらアイちゃんは言った。

 

 

 

 

 アイちゃんの使う【黒単信心】は5マナのクリーチャーを頂点にしたマナカーブを描いてる。

 手札破壊、マナ拘束がキツい代わりに強力なクリーチャー、除去、ライフと引き換えのドロー、大量のライフドレインという、黒色のやれる事が詰まったアーキタイプだ。

 

「その4マナの子が無敵過ぎて無理ー!」とアヤメちゃんは叫んだ。

「祝福されし完成をとくと見よ」とアイちゃんは微笑んで言った。

 

 アヤメちゃんのデッキは綺麗に回ってたように思うけれど、全体除去を撃たれて息切れしちゃった感じだった。

 かなり良い感じにアイちゃんを追い詰めてたし、入ってるカードも強いのが多かった。

 

「たぶんだけど、デッキゴージャスな感じになってない?」と私は尋ねた。

「新しい天使いっぱい買った~」とアヤメちゃんは笑って言った。

 

 アヤメちゃんのデッキを広げて3人で眺めてみた。

 

「わ、《悪斬》めっちゃ入ってる!」と私はびっくりして言った。

「ゆーりんが使ってるの見て強いな~って思ったからいっぱい入れた~」

「プロテクション(デーモン)はホントやだ」と言ってアイちゃんは両手の掌を使って自分の目を隠した。

 

「アイクロなにしてるの~?」

「見ちゃ駄目。消えてくれるかもしれないでしょ」

「アイクロたまにアホになるのウケる」

 

 

 

 

「これから、マジックってどこでやりゃ良いんだろ」とベニコちゃんは言った。

 

 適当に相手を変えながらダラダラとマジックを遊んでる。なんとなく小休止を挟んでるときに、ポツリと、なんでも無いような感じでベニコちゃんが呟いた。

 

「それー」とミサキちゃんが同意した。

 

「ショップの大会とか出てみる? 近所にショップあるよ」と私は言った。

 

 私とアイちゃんはスタンダードやモダンといった『フォーマット』について説明した。

 

「私とアイちゃんは先週行ってみたよ。カジュアルな人やガチの人もいて楽しかった」

「たまに買い物に行く場所、って感じだったから盲点だったな」

「それー」とアヤメちゃんが同意した。

 

「金曜の夜はフライデー・ナイト・マジックっていう、皆で集まって、マジックして遊ぼうっていう、そういうのがあるの」とアイちゃんは微笑んだ。

 

「近くのショップ、全勝すると景品出るよ」と私は情報を添えた。

「これは行くっきゃなくなくない?」とミサキちゃんは立ち上がった。

 

「フライデーはスタンダードの大会だから、まずデッキ作らないとね。4月の末に新しいパックが出るからそこから始めても良いかも」と私は言った。

 

「まあ、とりあえず行ってから考えよーぜ」とベニコちゃんも立ち上がりながら言った。「そんで、ついでにご飯食べに行こう」

「近くにどんなお店あるのー?」

 

 みんな立ち上がってダラダラと準備を進めた。鞄にデッキケースを入れて持つ。玄関に向かって歩き出す。

 

 ゴミは適当にゴミ袋に詰めて、忘れ物が無いか見渡す。たぶん無い。あっても学校で渡せば良い。

 

「アイちゃん、行こう」と私は振り返って言った。

「うん」とアイちゃんは言った。

 

 

「ずっと前ね。中学とか、そのくらい」とアイちゃんはリビングの中央に立って言う。「友達とマジックがしたいな、って思ってた。ショップの大会に出たりとかして」

 

「うん」と私は言った。

 

「あの時、ユーリちゃんが話しかけてくれて良かった」

「私だって。アイちゃんに話しかけて良かったって、いつも思ってるよ」

 

「ありがとう」とアイちゃんは言った。

「どういたしまして」と私は言った。

 

 私は手を差し出して、アイちゃんは握り返してくれた。




おわり


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