ブラウンシュヴァイクからフォーゲルに転生したけど、立ちはだかったのはヤン・ウェンリー(原作読破済み転生者)だった (ひいちゃ)
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プロローグ~カストロプ動乱編
第1話『わしが逝くは星の大空』


いよいよ、第二期、スタートです!

まずはカストロプ動乱からスタート。
最初からクロスオーバー全開(当社比)ですよ!

どうぞお楽しみください!

※なおこの話は、宇宙戦艦ヤマト2202の楽曲『蛮族襲来』をBGMにしてお読みいただくと、さらに楽しんでいただけると思います(笑



 戦艦の艦橋内。その中で、古代ローマ風の衣装をまとった乗員が作業をしている。

 その中の一人が、奥の玉座に座った、同じく古代ローマ風の衣装をまとった男に話しかける。

 

「公爵、敵艦隊の座標、設定完了しました!」

「エネルギーチャージ、完了!」

 

 部下からの報告を受けた男……カストロプ公爵マキシミリアンは、不敵な笑いを浮かべて号令する。

 

「よし、フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア、発射!!」

 

 次の瞬間、彼の乗艦の前面にまばゆい光が放たれたかと思うと一瞬にして消えた。

 そして……。

 

 一方、そのカストロプ軍艦隊に向けて前進している艦隊。

 その中で、シュムーデという名の提督が笑みを浮かべながら、腕を組んでいた。

 

「これだけの数を揃えたのだ。カストロプ艦隊など……」

 

 しかし、その彼を突然死神の鎌を襲った!

 

「し、シュムーデ提督!」

「ん?」

 

 次の瞬間、シュムーデは、周囲の幕僚や乗員ごと、閃光の中にかき消えた。

 

 先頭を進んでいた彼の旗艦分艦隊の前方に突然高エネルギー体が現れ、それは光線となって、直線上の戦艦を消し飛ばしたのだ。

 射線上の艦は瞬時に消滅し、射線から少し離れた艦は、そのエネルギーで大きな損傷を受けて、炎の竜に全身をむしばまれたあと爆散し、さらに離れた艦は、その爆散した艦の破片を受けて轟沈した。

 旗艦分艦隊を失った艦隊など、烏合の衆である。案の定、シュムーデの艦隊は、司令官を失ったことで統率を失い、隊列を乱した。

 

 その様子を見たマキシミリアンは高笑いをあげてから言い放った。

 

「あとは雑魚だ! 主力艦隊、前進! 子羊どもを蹴散らせ!」

「了解!」

 

 本隊の後方に展開していた分艦隊が前面に展開し、シュムーデ艦隊に向かっていく。もはや勝敗はついたも同然だ。

 その様子を見て彼は、得意そうにつぶやいた。

 

「見たか、帝国軍め。ブラウンシュヴァイクの豚は無様に散ったが私は違うぞ。フェザーンから手に入れた、このフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアがあれば、貴様らなど恐れるに足らぬわ!」

 

 彼の旗艦の艦橋に、高笑いが響く。

 

* * * * *

 

 私はフォーゲル。銀河帝国の提督の一人だ。だがそれは、仮の姿に過ぎない。

 私の本当の名はオットー・フォン・ブラウンシュヴァイク。銀河帝国の貴族の一人である。

 前世で自業自得ながらも非業な死を遂げたわしは、フォーゲルとして生まれ変わったのだ。

 

 それからわしは、数ある戦いを潜り抜け、ついにはかつてわしが非業の死を遂げた帝国の内乱・リップシュタット戦役を生き延び、複数の艦隊を束ねる艦隊群の司令官にまでなることができた。

 

 おっと、前世は貴族だからと言って、再び貴族を復活させるつもりはない。

 わしは今世でフォーゲルとして生きていく中で学んだのだ。門閥貴族の醜悪さと、平民たちのささやかな幸せの大切さを。

 転生して間もないことこそ、任務だということで淡々と戦ってきたが、それを知ってからは、門閥としてのプライドをブラックホールに投げ捨て、門閥打倒のためにリップシュタット戦役を、枢軸側について戦った。

 そして、今に至る。

 

 さて、わしは今、カストロプ星域に向かっているところだ。

 カストロプ公は、リップシュタット戦役では中立を保っていたが、実は貴族軍とつながっていたことが明らかになった。戦闘にこそ参加していないが、貴族軍に物資やら資金やらを提供していたのだ。

 当初、帝国政府や帝国軍はこの事実を察知していなかった。だが、戦役終結後、突然カストロプ公が挙兵したことで、改めてカストロプについて調査したところ、この事実が明らかとなったのだ。どうやら、次は自分が討伐される番だと判断して挙兵したらしい。

 というわけで、さっそく第一次討伐隊が派遣されたのだが、カストロプ軍との艦隊戦の末、シュムーデ提督は戦死して敗北……ばかりか、壊滅したらしい。

 

 というわけで、今回はわしに討伐の命が来た、というわけだ。

 

* * * * *

 

 さて、わしの艦隊群が、オーディンのあるヴァルハラ星域外縁まで来たところで、前方にボロボロの艦がやってきた。

 

「第一次討伐隊の生き残りか? 所属を確認せよ」

「了解」

 

 通信士が向こうの艦に所属を問いただす。すぐにその結果は出た。

 

「判明しました。第一次討伐隊に所属していた駆逐艦・バンデヴェルです」

「やはりそうか。よし、乗員を救助せよ。データも回収するように」

「了解です」

 

 そして……。

 

「これは……」

 

 わしは、スクリーンに映し出された第一次討伐隊の映像を見て愕然とした。

 突然、艦隊の前面に閃光が発生したかと思うと、それは巨大なレーザー……いや、熱線ビームか……? となって、多くの艦を巻き込んで撃沈していく。それはまさに、プチ・トゥールハンマーと呼んで差支えないほどだ。

 

「むぅ……。ここで、敵の新兵器の概要がわかって助かりましたな。何も知らずにカストロプに向かっていれば、我らも、第一次討伐隊と同じ運命にたどっていたかもしれませぬ」

 

 そう腕組みして言うのは、我が艦隊群随一の勇将、ファーレンハイト大将だ。その艦隊運動は、かの疾風ウォルフことミッターマイヤー大将に匹敵し、攻撃指揮においては、彼を上回ると評価されている提督だ。

 

「しかし、わかったからといっても、真正面から相対するのは自殺行為に等しいな。ミュラー提督のパーツィバルの『イージスの盾』でも、あのビームは防げないだろう?」

「そうですね……。というより、あれを防げるのは、イゼルローンの流体金属装甲ぐらいのものではないでしょうか」

 

 わしの質問に顔をしかめてそう答えるのは、ミュラー中将。階級は低いながらも、その防御指揮は、他の提督たちより巧みであり、防御戦においてとても頼りになる提督だ。だがそんな彼でも、あのカストロプの新兵器の相手は荷が重い……というか重いどころの話ではない。

 ミュラー提督の旗艦、パーツィバルは防御重視の設計になっており、装備されているエネルギー中和磁場発生装置の強化版、電磁シールド『イージスの盾』は、よほど集中攻撃されない限り、どんなレーザーもはじくという優れモノだ。だが、その電磁シールドでも、あの新兵器のビームの前では紙切れ同然だというのはわしでもわかる。そりゃそうだ。戦艦の装甲とエネルギー中和磁場でトゥールハンマーを防げるかと言ってるようなものだからな。

 フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア(火炎直撃砲)とはよくぞ言ったものだ。奴らはあの兵器をそう言っていたが、まさに憎らしいほどにぴったりなネーミングである。

 

「……」

「はっ。アイゼナッハ提督からの意見としては、『見るところ、敵旗艦らしきものは動いていないように見える。これは、搭載艦が静止して、姿勢を安定させていなければ撃てないのではないか。また、あの兵器は、エネルギー弾をワープで飛ばしているように見える。そこが付け所と思えるが、抜本的な対策にはつながらないのではないか』とのことです」

 

 そう、部下のグリース大佐に代弁させているのは、無口提督として知られるアイゼナッハ提督だ。ほとんどしゃべらず、わしも彼の声を聴いたのは、貴族軍との決戦直前の一度だけだ。しかし、そんな彼だが、どんな任務でもそつなくこなす名将でもある。

 

「アイゼナッハ提督の言う通りですな。態勢を崩そうにも、奴らに接近するまでが問題です。また、ワープアウトの位置を予測して回避するとしても、それでも回避できるだけのこと。あの新兵器を黙らせられる決定打にはなりますまい」

「そうだな。回避ながら接近するのも大変な困難だ」

 

 我が艦隊の総参謀長のナイゼバッハ中将の言葉に、ファーレンハイト提督もそう答える。

 それにしても、これは困ったな……ふむ。

 

 ……ん?

 

 そこでわしは、カストロプ星域の外縁にある、おかしな小惑星帯に気が付いた。

 

「おい、ナイゼバッハ中将。この変な小惑星帯はなんだ?」

「はい。それは、カストロプ星域特有の、レーザ・フリントと呼ばれる、レーザーが結晶化した物質だそうです」

 

 そしてナイゼバッハ中将が、そのレーザ・フリントとやらの性質を教えてくれた。

 

 ……ふむ、これは使えるかもしれない。

 




なお、『フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア』は宇宙戦艦ヤマト2、宇宙戦艦ヤマト2202から、『レーザ・フリント』は、宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコから設定を拝借しております。

きっと、カストロプ公役は、故・大塚周夫さん(火炎直〇砲的な意味で)w

さてさて、この難敵にブラ公inフォーゲルはどのように立ち向かうのか!?

次回『おいでませ、カストロプへ』

転生提督の歴史が、また、1ページ


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第2話『おいでませ、カストロプへ』

今回はカストロプ動乱の後編です!

最後にはあの男が登場するというクロスオーバーも!
しかも今回もあの男は、腹にいちもつ持っているようで……?

※なおこの話は、宇宙戦艦ヤマト2199の楽曲『ヤマト渦中へ』をBGMにしてお読みいただくと、さらに楽しんでいただけると思います(笑


 作戦を立て、カストロプ星域にやってきた我が艦隊群は、艦隊を二つに分けた。

 ナイゼバッハ中将が説明してくれたレーザ・フリント帯の外側にわしの直属艦隊とアイゼナッハ艦隊、ミュラー艦隊。そして内側にファーレンハイト艦隊が布陣している。

 

 わしの旗艦、シェルフスタットの艦橋の通信スクリーン。それに映し出されているファーレンハイト提督に、さっそくわしは指示を飛ばした。

 

「それではよろしく頼むぞ、ファーレンハイト提督。機動戦の名手である卿に言うのは野暮かもしれんが、奴らのフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア(火炎直撃砲)には、くれぐれも注意してくれ」

「助言感謝します。私も、あの兵器を喰らって塵になるのは勘弁していただきたいので、強く肝に銘じてまいります。それでは」

 

 そうして通信は切れ、ファーレンハイト艦隊は、カストロプ星域の主星・ケーニッヒグラーツに向けて移動を開始した。

 

* * * * *

 

 一方のカストロプ艦隊。

 

「公爵。敵1個艦隊が急速に接近してきました。この行軍の巧さからすると、相手はファーレンハイト艦隊のようです」

 

 その報告を聞いて、マキシミリアン公は笑いをもらす。

 

「くくく、わずか1個艦隊で、このフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアを擁する我が艦隊に挑むとは、なめられたものだな。よし、一発で奴らを宇宙の塵にしてやれ! フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア、発射用意!」

 

 号令一下、ブリッジクルーたちが作業を開始する。

 

「フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア、回路接続。エネルギーチャージ開始!」

「敵艦隊の座標計測、開始!」

 

 マキシミリアンの旗艦、『エリザベート』の前方下部のカバーが開き、巨大な砲身――フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアが姿を現す。そしてその先端に光が発生し、それはどんどんと強さを増していく。

 

「エネルギーチャージ120%! チャージ完了!」

「座標固定、設定完了! フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア、発射準備、完了!」

 

 その報告を聞いてマキシミリアンは不敵に笑い、そして言い放った!

 

「発射!」

 

* * * * *

 

 一方のファーレンハイト艦隊。

 

 旗艦アースグリムの艦橋で、副官のザンデルスが報告する。

 

「提督、やはり敵艦隊は、旗艦が前面に出ている陣形になっております。解析結果の通りですな」

 

 その報告に、ファーレンハイトもうなずく。

 

「あぁ。ワープは、前面に障害物があると転移座標がずれる。ましてや、あれだけのエネルギー弾だ。正確な転送をするためには、搭載艦を一番前に出すしかない、ということだな」

 

 と、そこに。

 

「提督! 我が艦隊の前方、射程外に高エネルギー反応!」

 

 緊迫するアースグリムの艦橋内。ファーレンハイトがすかさず指示を出す。

 

「来たか……! 全艦、回避運動、用意! ワープアウト位置の計測、正確に頼むぞ!」

「り、了解……!」

 

 さらに緊迫する艦橋。それは当然だろう。もしこれに失敗すれば、作戦成功する前に、自分たちはアースグリムこと宇宙の塵となり果てるからだ。

 

 限界を超えた集中力で、観測機器を注視するブリッジクルー。そして。

 

「来ました! 本艦の正面、誤差修正コンマ35! 距離2光秒(60万km)!」

「よし、全艦、データリンクで送られた射線の射線上より退避! 戦隊規模が無理なら各艦ごとの判断で構わん! 急げ!」

 

 ただちに散開するファーレンハイト艦隊。そして射線上からほとんどの艦が退避したところで、フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアの射線がその空間を薙ぎ払う。回避し損ねた何隻かの巡航艦がそのエネルギーを受け大破、轟沈した。

 

「第一波は、なんとかよけられたか。よし、全艦、Uターンして撤退! 奴らをXポイントまでおびき寄せる!」

 

 ファーレンハイト艦隊はUの字を描くように旋回し、星域の外縁に向かって移動していった。

 

 それを見て、マキシミリアンは歯噛みする。

 

「おのれ、仕留め損ねたか……! 特殊砲撃態勢解除! 奴らを追撃する。死にぞこないどもを逃がすな!」

「御意!」

 

 戦艦『エリザベート』のフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアが収納される。それが終わると、そのエリザベートを先頭にして、カストロプ艦隊が追撃を開始するのであった。

 

* * * * *

 

 ファーレンハイト艦隊が、カストロプ艦隊を誘導して、所定ポイントに移動する様子は、我が艦隊シェルフスタットのレーダーモニターにも映し出されていた。

 

 いや、実に見事だ。速度を巧みに調節し、引き離したかと思えば、奴らのフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア……あぁ長い。火炎直撃砲と呼ぼう……の射程にもう少しでかかろうかというところまで距離を縮め、そこからまた逃げて、見事に敵の「捕まえてやる」という欲を駆り立てるように艦隊を動かしている。こんな細かすぎる芸当は、わしではさすがに無理だな。

 

「さすがはファーレンハイト提督だな。うまく、奴らをポイントまでおびき寄せている」

「その通りですな。ただ、提督には餌役を任せて申し訳ないですが」

「そうだな。だが、こんなことはファーレンハイト提督ぐらいにしかできないだろう。後で特別手当を出してやらねばなるまい」

 

 と、そこに。

 

「司令! まもなく、敵艦隊がXポイントに到達します!」

 

 来たか! よし、ここから一大作戦の始まりだ!

 

「ファーレンハイト艦隊に、停止の指示を出せ! コンテナ、敵艦隊に向けて射出! 目標、敵旗艦!」

 

* * * * *

 

 一方のカストロプ艦隊。追っていたファーレンハイト艦隊が停止したことは、カストロプ艦隊側でも把握していた。

 エリザベートのマキシミリアンが笑みを浮かべて言う。

 

「奴らめ、ついに諦めたか。よし、フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア発射用意」

 

 しかしそこに。

 

「こ、公爵! 我が艦隊の周囲から隕石が!」

「なに!?」

 

 驚くマキシミリアン。部下の報告の通り、艦隊に向けて、いくつもの隕石らしきものが投射されてきたのだ。それはかなりの大きさで、直撃すれば戦艦でも撃沈を免れないほどのものである。

 

「ちっ、邪魔が入りおったか。全艦、砲門開け! 隕石を我が艦隊に一個たりとも近づけるな!」

 

 カストロプ艦隊の各艦が対空砲火で、隕石らしきものを撃ち落としていく。意外と、隕石は簡単に破壊されていく。

 しかし、その隕石はそれだけではなかった。中から、何か青い小隕石のようなものが飛び出してきたのだ!

 

「な、なんだあれは!?」

 

 驚く副官。一方のマキシミリアンはその正体に気づいて、愕然とした。

 

「あれは、まさか……!」

 

 そんな中、対空砲火のレーザーの一条が、振ってきた小隕石に直撃する。すると、小隕石は簡単に砕け散り、対空砲火を発射した戦艦にレーザーを撃ち返してきたのだ!

 

 降り注ぐ小隕石群から次々とレーザーが降り注ぎ、何隻ものカストロプ軍艦艇を沈めていく。

 

「全艦、砲撃やめ!」

「公爵!?」

「あれは、レーザ・フリントだ!」

 

 レーザ・フリント――。 レーザーが励起結晶化した物質である。

 レーザ・フリントは共通した性質として、ある一定以上の衝撃を受けると崩壊し、内部に封じ込められたレーザーを、その衝撃の方向に発射する性質を持つ。

 つまりレーザ・フリントは、破壊した時、それを発射したものに向けてレーザーを撃ち返す特質を持っているのだ。

 

 さて。それからも次々と、隕石……実は隕石に偽装したコンテナは射出され、カストロプ艦隊に向けてレーザ・フリントをばらまいていく。たちまち、エリザベートは、無数のレーザ・フリントに取り囲まれてしまった。今、対空砲火を撃ったり、ましてや――。

 

「おのれ、奴らめ。レーザ・フリントで我らのフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアを無力化するとは……!」

 

 そう、フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアを使うことがあれば、エリザベートは、無数のレーザ・フリントからのレーザーでまる焼けにされてしまうだろう。

 

 そしてそこに。

 

「こ、公爵。我が艦隊の左右に、帝国軍艦隊が!」

 

* * * * *

 

 レーザ・フリントがいい具合に敵旗艦を取り巻いたのを見て、我が艦隊は通信妨害を解除し、敵艦隊に接近していった。

 

 作戦は見事に成功したようだ。敵をこのポイントまでおびき寄せて、レーザ・フリントを詰めたコンテナを射出し、あの火炎直撃砲を持つ艦を取り巻いて、それを封じる。

 とはいっても、あの旗艦が他の艦に囲まれて守られている状態では、レーザ・フリントで取り巻いてもただそれだけで、敵を撃滅するのにはつながらない。その状態の敵にうっかり攻撃すれば、逆に自分たちがレーザーで黒焦げにされるからだ。

 だが、あの火炎直撃砲を使うには、ワープを使うという特性上、艦隊の先頭にあの艦がなければならない。その特性が幸いした。先頭に立っているあの艦をフリントで取り巻いてやれば、あの厄介な艦の動きを封じたうえに、その後方の敵艦隊を自由に攻撃することができるからだ。

 

「見事ですな、提督。レーザ・フリントで敵の火炎直撃砲を封じるとは」

「しかも、あの艦だけを孤立させるとは、さすがです」

 

 ナイゼバッハ中将と、副官のバルトハウザー准将に言われて、わしは少し照れながら返す。

 

「いや、ナイゼバッハ中将があのレーザ・フリントのことを教えてくれたからだ。データを解析して得られたあの兵器の特性と、レーザ・フリントのことを知らなければ、この作戦は立てられなかったからな」

 

 そのわしの後ろでは

 

「今こそ、突撃! 突撃! とつげーき!!」

 

 と、我が艦隊の政治参謀、ヒルデスハイム伯が騒いでる。ではそろそろ、彼の期待に応えてやるとしようか。

 

「これで、敵の新兵器は封じた! 全艦隊、突撃! くれぐれも、敵旗艦には当てないように気をつけろよ!」

 

 かくして、右から我が艦隊とアイゼナッハ艦隊。左からミュラー艦隊が襲い掛かる。

 ファーレンハイト艦隊は、下の方から回り込み、敵艦隊を襲う。

 

* * * * *

 

 一方のカストロプ艦隊である。

 

「公爵! 左右から帝国軍艦隊が!」

「おのれ……! だがこのままで終わると思うなよ! エリザベート! ここはお前に任せる! 帝国軍のハエどもを追い払え!」

 

 スクリーンに映し出されたマキシミリアンの妹、エリザベートが優雅に微笑みながら一礼する。

 

「かしこまりましたわ、お兄様。お兄様の艦には、指一本触れさせません。その代わり、この戦いが終わったら、また私を抱いてくださいませね?」

「おぉ、いくらでも抱いてやるともさ!」

 

 そのマキシミリアンの言葉を聞いたエリザベートは再び一礼すると通信を切り、主力艦隊に号令を下した!

 

「全艦、左右に展開! お兄様の艦を囲むように布陣し、敵を迎撃せよ!」

 

* * * * *

 

 残念ながら、敵の火炎直撃砲を封じれば楽勝、とはならなかったようだ。

 敵艦隊は左右に分かれ、ちょうど敵旗艦を背にするような配置で迎撃してきたからだ。

 こうなると、今度はレーザ・フリントで旗艦を取り囲んだのが仇になってしまう。うかつに攻撃して弾を外せば、旗艦を取り巻いているレーザ・フリントを崩壊させてしまい、今度は自分がレーザーに焼かれることになるからだ。

 その巧みな戦術に、我が軍は攻めあぐねていた。

 

「まさか、レーザ・フリントで取り囲んだ敵旗艦のあのように利用するとはな。なかなかやる……」

 

 わしはその戦術に舌を巻いた。こちらの策を逆に利用するとはなかなかな軍才だ。敵でなければ、我が艦隊の陣容に加えたいぐらいだ。

 とはいえ、感嘆してばかりもいられない。何か手を打たなくては。

 

 戦術スクリーンを見ると、敵艦隊は旗艦の左右に展開してはいるが、上下には布陣していないようだ。……よし。

 

「ファーレンハイト提督に通信! 我が艦隊の側に展開している敵艦隊を、その下方向から襲えと伝えろ!」

「了解!」

 

 それで戦局は再びこちらに傾いた。下方から襲われた敵艦隊はたちまち動揺し、崩れだしたのだ。一方のミュラー艦隊は、ピンポイント攻撃を心掛けながら、敵艦隊に猛攻を仕掛けている。ミュラー艦隊は、電磁シールド『イージスの盾』を持つパーツィバルはもちろん、所属している各艦もエネルギー中和磁場の出力は高い。ちょっとやそっとのレーザーぐらいであれば大した被害は出ないのだ。

 

* * * * *

 

 カストロプ艦隊旗艦エリザベートの艦橋には、悲壮な報告が入り乱れている。

 

「左翼艦隊、壊滅! ザイデリッツ提督、戦死の模様!」

「右翼の艦隊、被害多数! 損耗率、73%!」

 

 そしてそこに、彼らの艦隊に致命的となる一瞬をもたらす報告がもたらされた。

 

「公爵! 戦艦『マキシミリア』撃沈!」

 

 それは、彼の妹、エリザベートの座乗艦の名前である。その報告に、マキシミリアンは愕然とし、目をむいた。

 

「な、なんだと!? エリザベートは!? エリザベートはどうなった!?」

 

 彼の問いに、レーダー手は悲痛な面持ちで答えた。

 

「シャトルの脱出は確認されていません。おそらく、『マキシミリア』と共に戦死されたものと……」

 

 その報告に、マキシミリアンの表情が、悲しみと狂気が入り混じったものに変貌する。

 

「おのれ、帝国軍ども! よくぞ私のエリザベートを……! 死なばもろともだ! フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア、発射用意!」

 

 その命令に、ブリッジクルーたちは驚愕し、戦慄する。そんなことをすればどうなるか……。

 さっそくフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアの担当オペレーターが異を唱える。

 

「お、お待ちください公爵! そんなことをすればこの艦は……!」

 

 レーザ・フリントのレーザーを浴び爆沈する。

 それを言おうとするが、その時間は与えられなかった。ブリッジクルーは再び驚愕する。

 

 マキシミリアンが、そのオペレータを射殺したからだ。

 

「黙れ、黙れ黙れ! 我々の身がどうなってもかまわん! 例え地獄の炎に焼かれようが、帝国軍の奴らを一人でも多く道連れにしてやるのだ! 反対するものはよもやおるまいな!?」

 

 そう言うと、マキシミリアンがフレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーアの制御席に走っていき、操作を始める。

 だが。

 

「公爵!」

「ん?」

 

 声にマキシミリアンが振り向いたとたん。

 

 ズキューン!!

 

 銃弾が、彼の左胸を貫いた。副官が、主君を撃ったのだ。

 

「死ぬなら勝手に一人で死になさい! 我々はあなたの巻き添えになるのはまっぴらごめんだ!」

「き、貴様ぁ……!!」

 

 マキシミリアンは反撃しようとするが、ふらついていて照準が定まらない。彼は銃を乱射し、その一発がコンソールを貫いた。

 

 さらに、ブリッジクルーたちもマキシミリアンに向けて発砲し、カストロプ公マキシミリアンは、ハチの巣になり、血まみれになるという無様な姿で息絶えた。

 

 ことを終えた副官がブリッジクルーに命令を下す。

 

「帝国軍に降伏を打電せよ! フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア、緊急停止!」

 

 だがすぐに絶望的な報告がもたらされる。

 

「だ、ダメです! コンソールに撃ち込まれた公の銃弾で、システムが暴走、止められません!」

「なんだと!?」

「ふ、副官! 周囲のレーザ・フリントが!!」

 

* * * * *

 

 幕切れはあっけなかった。

 

 敵の旗艦は再び火炎直撃砲の発射態勢に入ったのだ。発狂でもしたのか?

 そして、火炎直撃砲の砲口に熱エネルギーが発生する。その熱エネルギーによって、周囲のレーザ・フリントが崩壊し、そのフリントからのレーザーが、火炎直撃砲の砲身に集中した。

 火炎直撃砲は大爆発し、さらに艦体の接続部からもスパークが発生する。チャージしていた火炎直撃砲のエネルギーが逆流したのだろう。それで、あの艦の末路は確定した。すなわち―――。

 敵の旗艦は各部から火を噴き始めた。何しろ、プチ・トゥールハンマーと言っても差し支えないほどのエネルギーがたちまち艦内に逆流したのだ。それが弾薬などに引火したのだろう。

 そして旗艦は、激しい爆炎とともに爆発四散した。あの厄介な火炎直撃砲とともに。その爆発によって、さらに周囲のフリントが崩壊していき、敵旗艦のあったポイントは、レーザーの激しい光が飛び交い、美しい文様を形作った。そしてそれもやがて消えていく。

 

 それを見て、わしは一息ついた。

 

「これで終わったな……。各艦隊は、ただちに敵艦隊の残存部隊に投降を打電せよ。投降に従わない部隊は、容赦なく殲滅してかまわん」

「了解」

 

 わしの命を受け、バルトハウザーがクルーに指示を飛ばす。やれやれ、大変な戦いだった。

 

 だが、ともあれこれで、カストロプ戦役は終わりを告げた。

 

 だがそれは、また新たなる戦いのプレリュードに過ぎなかったのである。

 

* * * * *

 

 銀河帝国と自由惑星同盟にはさまれた星域にある小さな惑星国家フェザーン。

 そのフェザーンの領主府の豪奢な部屋にて、フェザーンの自治領主、アドリアン・ルビンスキーが、彼の腹心とともに、部下から報告を受けている。

 

「――以上が、カストロプでの戦闘についての詳報です」

「わかった。引き続き、情勢の調査を続けろ」

「ははっ」

 

 部下が退室すると、ルビンスキーは傍らに立つ、自分の腹心に顔を向けた。

 

「シロッコ。お前がカストロプにくれてやった『フレーメン・ゲットローフェン・ゲヴェーア』。大した役には立たなかったようだな」

 

 その嫌味が少し混じった言葉に、彼の腹心……パフティマス・シロッコは、表情を一切崩さずに答えた。

 

「道具は良き使い手があってこそ、ということでしょう。あのカストロプ公とかいう男は、所詮カトンボに過ぎなかった、ということかと」

 

 彼の言葉を聞いたルビンスキーは鼻を一度鳴らした。

 

「まぁいいだろう。だが、カストロプの件が失敗に終わったとなれば、計画は予備プランに移行せねばならんな」

「わかりました。あの男への軍事力供与をさらに強化することとします」

「うむ、お前に任せる」

 

 そう言うと、ルビンスキーはあとをシロッコに任せて、執務室を退室していった。閉じられた扉を見つめながら、シロッコは独白する。

 

(カミーユ・ビダンに殺されたことは無念だったが、このような世界に転生できたのは、まさに僥倖だった。そう考えれば、あのような末路も悪くない)

 

(アドリアン・ルビンスキー。私をいいように使っているつもりだろうが、私はこのままで終わる男ではないぞ。必ずお前を追い落とし、私がこのフェザーンを、いやこの銀河を奪い取ってみせよう。お前が、所詮は品性のない俗人に過ぎないということを思い知らせてくれる)

 

 パフテマス・シロッコは、その顔に、邪悪な笑みを浮かべた。

 




なお、この世界でのシロッコは、原作でのケッセルリンクを謀殺して、ルビンスキーの腹心に収まっています。
果たしてこの男が、どのような謀略を仕掛けるのか……?

それは、作者の筆のノリこそ知る(笑

次回『その勲章、怪しすぎませんか?』

転生提督の歴史が、また1ページ


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第二次帝国内乱編
第3話『その褒賞、怪しすぎませんか?』


さて、カストロプ戦役終了で、プロローグ終了で、いよいよ本編!

ですが、まだ帝国でひと悶着あります。ヤンの登場まだまだ先です。待たせてしまって申し訳ない(土下座

果たして、プラ公inフォーゲルは、この罠を脱することができるか!?


 さて。カストロプの反乱を終わらせた我々だが、ローエングラム元帥(捕虜引見式の後、伯爵から公爵となり、ローエングラム公を継いだそうだ)にそのことを報告するため、他の艦隊はイゼルローンに戻し、我が艦隊だけオーディンへと向かった。

 そしてオーディンに到着し、大気圏を抜けると、美しいオーディンの自然が目に飛び込んできた。

 

 うーん、やっぱり癒される。イゼルローン要塞にも公園はあるが、やはりそれは人工のもので、自然のものにはかなわないなと思う次第だ。癒され具合は半端ない。今度、シュザンナに会いに行くのも兼ねて、彼女の隠棲したデッサウに行ってみるか。

 

 そう思いながらわしは、まずは艦隊司令部へと向かった。

 

「フォーゲル上級大将、カストロプでの叛乱を鎮圧し、帰還いたしました」

 

 わしがそう報告すると、ローエングラム司令長官は、かすかに微笑んでうなずいた。

 

「うむ、ご苦労であった。相変わらず、見事な手並みだな」

「恐縮であります。私の力など、まだまだでございます」

「ふふ、相変わらず自己評価の低い男だ。私がそう思っているだけだ。ありがたく受け取っておくがよい」

「は、はぁ、ありがとうございます」

 

 そしてわしが部屋を出ようとすると

 

「そういえば」

「はい?」

 

 ローエングラム司令長官に呼び止められた。

 

「今、宮廷のほうで、何か陰謀が進んでいるらしい。くれぐれも気を付けよ」

「は、はぁ……了解しました。ありがとうございます」

 

 ちょっと気にかかることはあったが、とりあえずそれで報告は終わった。

 そして司令部を出ると……そこには、なぜか宮廷の使いらしき者が待っていた。

 

「フォーゲル上級大将ですな? リヒテンラーデ様が、卿と面会したいそうです。ぜひご同行していただければ」

「? は、はぁ……」

 

 宰相のリヒテンラーデ候が何の用だろう? とりあえずわしは、彼の乗ってきた車に乗り、宰相の元に行くことにした。

 そしてなんと! 『新無憂宮』の、しかも臣下が皇帝陛下に会うための謁見室に案内されたのだ!

 

 めったに入ることのできないところに通されて、わしはもう緊張でがちがちである。前世では何回か訪れたことはあったが、それでも緊張するものは緊張する。ましてや、今世で訪れるのは今回が最初なのだから。

 

 謁見室には、エルウィン・ヨーゼフ陛下はおらず、数人の大臣と、リヒテンラーデ候だけだった。

 

 わしがその場で膝をつくと、リヒテンラーデ候が口を開いた。

 

「フォーゲル上級大将か。リップシュタット戦役での活躍、そして、カストロプの討伐、見事であった」

「ははっ、恐縮でございます。私はただ、帝国のためを思って働いただけでございます」

 

 わしが緊張で固くなった声でそう言うと、リヒテンラーデ候は唇をわずかにゆがめた。

 

「その忠義も天晴である。そこで、その忠義とこれまでの活躍を賞して、宮廷のほうからも褒賞を出そうかと考えている。そなたに公爵位を授け、門閥どもの旧領の中から、ブラウンシュヴァイク星域とリッテンハイム星域をそなたに下賜しようと思うのだが、受けてくれるな?」

「えええええ!?」

 

 わしが公爵となり、二星域をくれると!?

 もう驚くほかない。わしは上級大将で艦隊群司令とはいえ、一介の軍人に過ぎないのだから。なんだこのボーナスは。

 

 しかも前世でわしが収めていたブラウンシュヴァイク星域をいただけると聞き、思わず「はい」と言いそうになったが、その時わしはふと気づいた。リヒテンラーデ候の表情に不穏な色が浮かんでいるのを。

 前世で散々権謀術数の中で生きてきたからわかる。これは何か陰謀をたくらんでいて、それにわしを利用しようとしている表情だ。

 

 そして思い浮かぶ、先ほどのローエングラム司令長官の言葉。

 

――宮廷のほうで、何か陰謀が進んでいるらしい。くれぐれも気を付けよ。

 

 間違いない。これにうなずけばやばいことになりかねない。

 

「どうしたのだ、フォーゲル上級大将? 断る道理はあるまい」

「いえ、宰相閣下、申し訳ありません。私はまだその資格はありませぬ。不敬とは存じますが、今回は辞退させていただきます」

 

 そういうと、リヒテンラーデ宰相は少し意外そうな顔をした。それだけの褒賞を出せば、わしは必ず食いつくと思っていたのだろう。確かに前世のわしなら確実に食いついていただろうな。本当に、フォーゲルに生まれ変わってよかった。

 

「そうか、残念じゃ。では新たな褒賞については、後で知らせる」

「い、いえいえ。結構でございます。お気持ちだけで十分。それでは失礼いたします」

 

 そしてわしは慌てて逃げるように、謁見室を出て行った。

 

* * * * *

 

 そしてわしは、なんとか新無憂宮から出てきた。そこで考える。

 これからどうするべきだろうか? 目的は不明だが、リヒテンラーデ候は自分の企みのために、わしを味方に引き入れようとしている。何も手を打たなければ、宰相はわしを引き入れるために色々工作をしてきて、おしまいには既成事実を作ってしまいかねない。そうなればわしに逃れる術はない。

 そうなる前に、何か身を守る手立てを打たなければ……。

 

 うーん……

 

 うーん…………

 

 思い浮かばなかった。くっ、前世のわしであれば容易に思いつけたものを!

 

 仕方あるまい。ここはこういったことに関して一日の長がある者に頼むしかあるまい。

 

 わしはその足でただちに、宇宙艦隊司令部へと向かった。

 

* * * * *

 

 その夜、宰相府の会議室。そこでリヒテンラーデによる秘密の会議を行われていた。

 

「フォーゲル上級大将は針にかからなかったようですな」

 

 そういうのは、内務尚書のエルレンマイアーだ。それにリヒテンラーデは少々忌々しげな表情を浮かべて答えた。

 

「うむ。あれだけの褒賞を出せばかかると思っていたのだがな。なかなかうまくはいかぬものよ。だがまぁよい。他にも手はある」

 

「フォーゲル上級大将に褒賞を出して味方につけるとともに、ローエングラム公との関係を悪化させ、上級大将とローエングラム公との戦いを起こさせる……」

 

 ツィルヒャー財務尚書が、前から知らされていたリヒテンラーデの策を改めて口にする。それに、司法尚書のヴァイツェネガーが続ける。

 

「そして、どちらかが相手を潰したところで、宰相の奥の手で、弱ったもう片方にとどめを刺す……さすがですな宰相。ブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム伯にも負けない策略で」

「わしも、伊達にこの世界を渡り歩いていない、ということよ。なに、もしどちらかが優れていて、かなりの力を残していたとしても、それでも消耗は避けられまい。奥の手がダメでも、ダメ押しを加えればなんとかなろう」

 

 しかし、そこに異を唱える者がいた。典礼尚書のハイドフェルドだ。

 

「しかし、果たしてうまくいくものでしょうか……?」

 

 そのハイドフェルドの懸念に、リヒテンラーデは苦笑して答える。

 

「ふふ、ハイドフェルド典礼尚書は本当に心配性だ。楽観視はしておらぬが心配もしておらぬ。フォーゲルめに褒賞攻勢を仕掛ければ、そのうちに、フォーゲルがわしと結んだという既成事実が出来上がり、奴は網から逃げられなくなる。それがダメなら、ローエングラム討伐の勅命を出せば済むことだ」

「な、なるほど……」

「すんなりいくとは思っておらぬが、やらねばなるまい。武力は、我々文官が統御できる大きさにしておかねばならんのだ」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべるリヒテンラーデ。だが彼は、ある致命的なことを忘れていた。

 

『策士、策に溺れる』ということを……。

 




さて、宰相の最初の魔の手をなんとかすり抜けたブラ公。でも、宰相はまだまだやる気満々のようです。
果たしてブラ公が頼る相手とは!? まぁ、一人しかいませんけどねw

ということで、次回

『宰相の企み、ラインハルトの企み』

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第4話『宰相の企み、ラインハルトの企み』

引き続き、宰相の企みの話です。

「立ちはだかったのはヤン」とタイトルであおっていましたが、彼の登場はもうちょい先です。申し訳ない(土下座


 さて、『新無憂宮』から出てきたわしは、その足で宇宙艦隊総司令部に直行した。

 

 そして受付にこう伝えたのだ。

 

「わしの命運にかかわることなのだ。ローエングラム元帥と……できればオーベルシュタイン准将に取り次いでもらいたいのだが」

 

 そう伝えると、受付は既に手配がしてあったのか、すぐに取り次いでくれた。

 しかし。

 

「残念ながら、オーベルシュタイン准将は所用があり、今日はお会いできないそうです。ただ、1時間ほど待ってくだされば、司令長官とその秘書官殿と面会することはできますが」

「そうか……いや、ではそれで頼む」

 

 すると、別の係員がやってきて、わしを会議室まで案内してくれた。

 

 そして待つこと一時間……。ローエングラム元帥が、一人の女性を連れてやってきた。

 その女性をわしは知っている。前世の記憶で、だが。

 

 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。マリーンドルフ伯の令嬢で、頭脳明晰と評判の女性だ。

 アンスバッハの話では、彼女の先見の明で、マリーンドルフ伯は門閥側にではなく、枢軸側に就くことを決めたという。その後の門閥の敗北を見れば、彼女の先見の明は間違っていなかったことは明らかである。

 そんな彼女は、今世でもローエングラム元帥の秘書官となっていたようだ。詳しいことは不明だが、今世でも同じようなことがあったのだろう。

 

「待たせたな。それで、どうしたのだ?」

「ははっ、それが……」

 

 わしは正直に、宰相がわしに褒賞を出して、何かの計画に利用していることを伝えた。

 それを聞いたローエングラム元帥は、得心した、というようにうなずいた。そして、ヒルデガルド女史に向かって、互いにうなずいた。何かあるのだろうか?

 

「フロイライン・マリーンドルフ。やはり、貴方の言う通りになったようだな」

「そうですわね。それで閣下を倒せると思っているのなら、甘くみられたものでありますが」

「あ、あの……?」

 

 一体彼らは何を知っている、あるいはわかっているのだろうか? わしにはてんでわからない。

 

「こちらから話す前に聞いておきたい」

「は、なにか……?」

「素直に答えよ。卿は私と宰相、どちらにつく?」

「……っ」

 

 それでわしも、宰相の狙いについてピンときた。

 宰相は、将来、その武力で脅威となるであろうローエングラム元帥を倒すため、わしを手駒にしようとしていたのではないか。そしてわしとローエングラム元帥を戦い合わせ、どちらかが倒れたところで、残ったほうを宰相の手でとどめを刺す。それで宰相の権力は安泰、というわけだ。

 なんという憎らしい手であろうか! やはりわしの予感は正しかった。もしあそこで宰相の褒賞を受けていれば、わしは彼の手駒として、ローエングラム元帥と戦う羽目になっていただろう。そうなれば、わしの未来はおしまいだ。ローエングラム元帥に勝てるわけがないからな。

 それに、宰相の手はあまりにいけ好かない、というか唾棄するに値する。わしがアスターテでやらかした抜け駆けも、食えないことだと自分でも思うが、これはそれ以上だ! 自分の手を全く汚さずに、おいしいところだけ頂こうとは。

 それと、もう一つの理由で、わしがどちらにつくかはすぐに固まった。

 

「もちろん、ローエングラム元帥のほうでございます。私がローエングラム元帥に勝てるとは思えませんし、自分の手を汚さずに事を為そうなど、私にとっても許せるものではありません。何より、帝国をより良い方向に導けるのは、そんな心根を持ち、貴族でもある宰相よりも、ローエングラム元帥のほうだと思いますゆえ」

 

 そう、わしの考えを素直に言うと、ローエングラム元帥は満足そうにうなずいた。

 

「ありがとう。卿の協力に感謝する。実は、宰相が私に対抗して策を弄して蠢いているというのは、既に把握していたのだ」

「そ、そうなのでありますか」

 

 と、そこでヒルデガルド女史が、話を引き継いで口を開く。

 

「えぇ。物流の流れを分析した結果、フェザーンから宰相派の巡検艦隊へと、新型艦が納入されていることがわかったのです。それと、宰相の私領であるリヒテンラーデ星域にも、新型艦や軍事物資が届けられていることも」

「なるほど、そこから、宰相が元帥を倒す策を弄していると考えたわけですな」

「はい。そしてそこから、ローエングラム公と誰かを戦い合わせて、弱体化させ、弱ったところにとどめを刺そうとしていると考えたのです。そう考えた理由は、説明しなくてもおわかりになるかと」

「うむ」

 

 それはわしにもわかる。宰相のリヒテンラーデ候は、周りを駒として動かすことで、自ら損害を受けるリスクを減らして成果を得ようとする、唾棄すべき心根の老人だ。それが、自らも戦力を蓄えているのはおかしい。

 となれば答えは一つ。まさに、先ほどヒルデガルド女史が言ったとおりのことだ。そうすれば、宰相は大きな被害を出すことなく、彼はローエングラム元帥を排除することができる。うまくいけば、の話だが。

 本来文官である宰相に戦力は必要ないものだし、そもそもフェザーンからのもらいものだ。例え戦力を損耗したとしても、宰相の懐は大した痛まない、という寸法だ。

 

 わしのその考えを肯定するように、ローエングラム元帥はうなずいた。そして。

 

「ということだ。それでは改めて、宰相に対する策を伝えよう」

「は、はっ」

「卿の艦隊群は、イゼルローンに1艦隊残し、後はヴァルハラ星域の、惑星アースガルズに駐留させよ。私のほうから艦隊司令部として駐留の命令書を出しておく」

「はい。ということは、ローエングラム元帥は、オーディン衛星軌道上、及びヴァルハラ星域を掌握するお考えで?」

 

 わしがそう尋ねると、ローエングラム元帥はうなずいた。

 

「さすがに鋭いな、その通り。地上のほうは、軍務尚書となったキルヒアイスに命じて、地上兵を動かせて制圧させる。実はこうなることを予想して、キルヒアイスを軍務尚書に据えていたのだ」

「な、なるほど……」

 

 そういえば、通達か何かで、キルヒアイスが軍務尚書になったとか言ってたな。あと、統帥本部総長にはローエングラム元帥自らが兼任したとかなんとか。カストロプ討伐のごたごたで、良く見ていなかったが。

 

「卿は作戦が発動したらただちに艦隊を動かし、オーディン衛星軌道上を抑え、さらにヴァルハラ星域を掌握せよ。大義名分はこちらのほうで整えておくゆえ心配はいらぬ」

「御意。それで、決起するまでは、宰相からの褒賞攻勢はいかがいたしましょうか?」

 

 これがわしにとって肝心かなめだ。宰相側についたという既成事実を作られたらどうにもならない。

 

「拒絶し続けては、宰相をかえって警戒させてしまうだろう。領地の下賜は断ってもらうが、それ以外の艦や物資などについては素直に受け入れよ。ただし、それらを受けたら、それをただちに私かキルヒアイスに伝え、決してそれらに手を触れぬように」

「トラップが仕掛けられてる可能性もありますからな。了解しました」

 

 そこで気づく。そういえば、最初この話をしたときに、ローエングラム元帥は、傍らのヒルデガルド女史に「貴方の言った通りになったな」と言ってたな。

 ということは、彼女は、ローエングラム元帥より先に、こうなることに気づいていたってことか。大したお方だ。

 

 そして、その後、細かいことを話した後、わしは宇宙港に戻り、艦隊をアースガルズへと向かわせた。もちろん、イゼルローンから、ファーレンハイト大将、アイゼナッハ大将の艦隊をアースガルズまで呼び出すことも忘れない。イゼルローンは、ミュラー中将の艦隊がいれば大丈夫だろう。

 

 さて、後はあとは野となれ、山となれ、か。

 

* * * * *

 

 その夜、宇宙艦隊司令部。

 

「お呼びでしょうか、ローエングラム閣下」

 

 執務室のラインハルトのもとにやってきたのは、准将ながら宇宙艦隊の総参謀長となったオーベルシュタインだ。その彼に、ラインハルトが顔を向け、口を開いた。

 

「宰相が、いよいよ私を排除しようと蠢き始めたらしい。そこで、我が宇宙艦隊は、フォーゲル上級大将の機動艦隊群と組んで、先手を打ち宰相を討つことにした」

「それで、宰相を討つために、大義名分が必要、ということですか」

「そうだ。それで、何か案はあるか?」

 

 そのラインハルトの言葉に、オーベルシュタインは即座に答えた。

 

「それならば、先のアンスバッハによる、閣下とキルヒアイス元帥、そしてフォーゲル上級大将の暗殺未遂事件。あれの背後にリヒテンラーデがいたとすればよいかと」

 

 その答えに、ラインハルトは皮肉そうにうなずいた。

 

「ふ……。あの男には気の毒だが、確かにそれだけの計画なら、十分動く口実にはなるな。あとはフォーゲル上級大将がちゃんと動いてくれるか、だが」

 

 そのラインハルトの懸念に、オーベルシュタインは彼らしくもなく、わずか、本当にごくわずかに表情を緩めて言った。

 

「それに関しては問題ないかと。あの者は、純粋に帝国のことを考えている様子。閣下が帝国をよりよき、開明的な方向に向けていこうと考えている限り、協力は惜しみますまい」

「そうだな……それにしても、卿がそのように誰かを信頼するとは珍しいな」

「……事実を述べたまでです」

 

 そのオーベルシュタインの答えに、ラインハルトはかすかに表情を緩めるが、すぐに顔を引き締める。

 

「まぁいい。オーベルシュタイン、ただちに軍務省のキルヒアイスに、例の命令書を発送せよ」

「御意。宰相及び現政府首脳たちの捕縛と、主要軍事・政府施設の占拠の命令書ですな」

「その通りだ。政治の中枢にあの老人がいる以上、時間はあの老人の味方になる。そう時間をかけるわけにはいかん」

「御意」

 

 ラインハルトを打倒せんとする宰相リヒテンラーデ。

 だが彼が謀略を始動するより先に、事態の主導権は、既に英雄に握られていたのである。

 それを知らぬのは策士のみ―――

 

 そして、その時が訪れる!!

 

 




次回から、いよいよラインハルトと宰相のバトルが始まりますよ!
お楽しみにです!

ちなみに、リップシュタットの後に、ラインハルトとリヒテンラーデがバトルする、という展開は、SRCシナリオ『艦隊戦リレーシナリオ』にあった展開を参考にさせていただきました。同作品の作者様たちに感謝です。

というわけで次回
『策士策に溺れtter!』

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第5話『策士策におぼれっtter!』

さぁ、ここからラインハルト&フォーゲルの逆襲が始まります!

それにしても我ながら、『おぼれっtter!』って、誰がうまいこと言えと(笑


 問題の日の早朝。

 軍務省の秘密会議室にて、軍務尚書となっていたキルヒアイスは、帝都防衛陸上部隊を束ねているケスラー中将に命を飛ばしていた。

 

「これより、我が帝国軍は、ローエングラム宇宙艦隊司令長官の暗殺を謀った宰相の逮捕、及び宰相派貴族の拘束と各省・各機関機能の掌握についての作戦を開始します。ケスラー中将には、帝都防衛陸上部隊を指揮して、地上での対処をお願いします」

「はっ。帝都防衛陸上部隊として全力を尽くします」

 

 そのケスラーの返事に、キルヒアイスはうなずいて続けた。

 

「制圧割り当ては卿に一任しますが、迅速、かつ確実に宰相派の貴族を拘束することと、各政府機関を制圧、掌握することが重要です。よろしく頼みます」

「はっ!」

 

 そして、命令書を受け取り、帝都防衛陸上部隊司令部に戻ってきたケスラー中将は、すぐに上級幹部を呼び出した。

 幹部たちが集まると、彼はさっそく彼らに、制圧目標の割り当てを伝える。

 

「……割り当ては以上だ。なお、宇宙港は軍務省の直属部隊が抑え、オーディンの衛星軌道上およびヴァルハラ星域は、フォーゲル上級大将の機動艦隊群が抑える手はずとなっている。そして、『新無憂宮』及び皇宮警察本部はモルト中将に任せよ、とのことだ。質問はあるか?」

 

 ケスラーは一通り幹部たちを見渡すが、質問や異論を返す者は誰もいなかった。

 それを確認したうえで、ケスラーはうなずく。

 

「よし、それではこれより状況を開始する。総員、心して掛かれ!」

 

* * * * *

 

 その一方、惑星オーディン衛星軌道上。

 わしは旗艦・シェルフスタットの艦橋にて、指揮下のファーレンハイト大将、アイゼナッハ大将に指示を出していた。

 

「これより、我が艦隊群は、惑星オーディンおよびヴァルハラ星域内の掌握を行う。主な目標は、宰相派の巡検艦隊だ。情報によれば、巡検艦隊には、フェザーンから供与された新型艦が配備されているという。正直に言って、かなりの難敵だ。

 だが、我が艦隊群なら、問題なく片付けられていると信じている。

 両提督の奮闘に期待する」

「はっ。最善を尽くします」

「……諾」

 

* * * * *

 

 そして、宰相邸。執事があわててリヒテンラーデの部屋の戸を叩く。

 

「旦那様、旦那様、大変でございます!」

 

 私室で寝ていたリヒテンラーデは、寝間着の上からガウンを背負うと、扉の向こうに向かって、イライラしたように声をかけた。

 

「何事だ、騒がしい」

「ただいま宰相府より知らせがありまして……そ、その、帝都防衛陸上部隊の陸戦部隊が、大挙して襲撃してきたそうでございます!」

「なんだと!?」

 

 さらに執事は凶報を続ける。

 

「さらに、この屋敷の周囲も、兵たちが取り囲んで……!」

 

 リヒテンラーデはそれを聞くと、すぐに立ち上がり、着替えながら怒鳴った。

 

「それを早く言わんか!」

 

(おのれ、孺子ども、図りおったな……! やはり、軍務尚書にキルヒアイスをつけ、帝都防衛陸上部隊のトップにケスラーを着けたのはそのためだったか……!)

 

 リヒテンラーデは、それに感づいていながら、自分の謀略にあぐらをかいてその孺子を侮り、すんなりそれを受け入れてしまった自分を嘆きながら、身支度をして部屋を出て行った。

 

 その一方、オーディンの各地では、政府や軍の重要施設が、ケスラー指揮下の帝都防衛陸上部隊に制圧されていった。その建物から、尚書たちが悪態をつきながら次々と連行されていく。

 

 それを横目に見ながら、リヒテンラーデは地上車を走らせた。宰相邸には、もしものために作られた、地下車庫と秘密通路があるのだ。それがこんなところで役にたとうとは。

 

「おのれ……だが、あそこへたどり着けば……!」

 

 リヒテンラーデの車の向かう先は、新無憂宮である。そこに到着し、ラインハルトとフォーゲルの討伐の勅命を出せば全ては逆転する。リヒテンラーデはそれに賭けた。

 

 だが、その賭けは彼の敗北に終わった。新無憂宮の周囲は、モルト中将の兵に取り囲まれていたからだ。モルト中将にもラインハルト……正確に言えば軍務尚書であるキルヒアイス……の息がかかっていることは、リヒテンラーデも知っている。

 無理に入ろうとすれば、モルトに捕まってしまうだろう。それがわからないほど、彼は馬鹿ではない。

 

(おのれ……! だが、このままでは済まさぬぞ……!)

 

* * * * *

 

 一方、そのころ。我が艦隊群は、宰相派巡検艦隊と対峙していた。やはり情報の通り、敵艦隊は全て、フェザーンの新型と思われる、これまでの艦とは細部が微妙に異なる艦で構成されていた。

 

 その艦隊と対峙している中、バルトハウザー准将が何かを持ってきた。どうやら電文のようだ。

 

「司令。第1巡検艦隊のガーゲルン少将より、警告の電文が入電しました」

「読め」

「はっ。『オーディン衛星軌道上でよからぬ動きを見せているフォーゲル機動艦隊群に警告する。卿らの行動は、畏れ多くも、皇帝陛下への叛逆である。ただちに機関停止し、投降せよ』です」

「それなら、こう返信せよ。『我が艦隊の行動は、宇宙艦隊司令部の命による正規の作戦行動により、オーディン周辺及びヴァルハラ星域の安全確保を行っているものであり、そちらの通告に従う理由は存在せず。異議があるなら、宇宙艦隊司令部に申し立てられたし』だ」

「了解しました」

 

 こちらからの返信を打電して少しして、敵艦隊が前進を始めた。どうやらやる気らしい。よかろう。ならば受けてたとうではないか。

 

 敵は二個艦隊。第1、第2の二個の巡検艦隊。それと、宰相に同調した帝都防衛艦隊の小艦隊が合計1艦隊分で、合計3個艦隊。こちらと同数だ。

 しかし、敵にはフェザーンから供与された新型艦がある。詳しいスペックはわからないが、正面からぶつかれば、こちらが不利なのは間違いなかろう。ここは、何か作戦が必要だな……よし。

 

「ファーレンハイト提督。提督には、カストロプ戦役での、敵の誘引技術を見込んでやってもらいたいことがある。敵艦隊を、ヴァルハラ星系の、アースガルズとオーディンの間にある、U字状のアステロイドベルトのくぼみの部分まで、誘導してきてくれ」

「はっ、お任せください」

「私とアイゼナッハ提督の艦隊は、アステロイドベルトの中に潜み、おびき出されてきた艦隊を左右から挟撃する」

「……」

 

 わしの作戦を聞いたアイゼナッハ提督は、無言のまま、こくりとうなずいた。

 

「ファーレンハイト提督には、カストロプに引き続き、貧乏くじを引かせることになって申し訳ないが、よろしく頼む」

「いえ。その役目、我が艦隊にしかできないことだろうと思いますので、全力を尽くさせてもらいます」

「うむ」

 

 そして戦いは開始された。

 敵艦隊に突撃するファーレンハイト艦隊とは逆に、わしの艦隊とアイゼナッハ艦隊は、急速に後退。戦域から離脱し、一路アースガルズのほうへと向かう。

 

* * * * *

 

 ファーレンハイト艦隊だけが突出し、残りの艦隊が戦域から逃げるというありさまを見た、第一巡検艦隊のガーゲルン少将は、それを鼻で笑った。

 

「なんだあの艦隊は。部下にだけ戦わせ、自分からは逃げるとは。あれでリップシュタット戦役の英雄とは笑わせるわ」

 

 それに異論を言ったのは、副官のギュンター=ベッカート中佐だ。

 

「しかし、明らかに突出した艦隊が不利になるようなことを、何の考えもなくするとは思えません。敵には何か作戦があるのではないでしょうか?」

 

 だから、その懸念も、ガーゲルンは笑い飛ばす。

 

「あの臆病者にそんなものがあってたまるものか。ただ逃げただけに決まっておるわ。それに、もしあったとしても、目の前の艦隊を潰し、さらに奴らに追撃をかければ済むことだ。そうなれば数はこちらが多いうえに、艦の性能も勝っているのだからな」

「はぁ……」

 

 前者はともかく、後者のことにはそれもそうだと納得しながらも、なぜかベッカートは漠然とした不安をぬぐうことはできなかった。

 

* * * * *

 

 一方、ファーレンハイト艦隊。彼の艦隊は、主力が所定ポイントに到達するまで、一個艦隊で三個艦隊を相手にするという無茶な戦いをすることになったが、ファーレンハイトは巧みに艦隊を動かすことによって、損耗を抑え、戦線を維持していた。

 だがそれでも、数も性能も向こうが上なこともあり、ファーレンハイトは意外な苦戦の中にいた。

 

 旗艦アースグリムの艦橋に立つファーレンハイトがうなる。

 

「むぅ、さすがにフェザーンの新型。かなり手ごわいな。少々きつくなってきたか」

 

 そう彼が言う横で、アースグリムの僚艦が、敵艦隊の砲撃で撃沈される。

 

 だが、その時!

 

「ファーレンハイト提督! 本隊より入電! ポイントに到達したそうです!」

「よし、それでは我が艦隊も後退を開始する! 敵艦隊をつかず離れずの距離を保ちながら後退せよ!」

 

 かくしてファーレンハイトはついに後退を開始した。それを、敵艦隊が追撃する。

 ファーレンハイトは、敵をうまく挟撃ポイントに誘導するために、艦隊運動に苦心したが、実はその必要は全然なかった。

 

 敵艦隊のガーゲルン提督は、彼の艦隊とフォーゲルたちの艦隊を臆病者と侮り、追撃して殲滅すべく、猛スピードで追ってきたからだ。

 

 おかげで、ファーレンハイトは全速力で後退しても、敵艦隊を逃すことがなく、難なく誘導することができた。

 

 その様子を見て、ファーレンハイトは苦笑をもらす。

 

「本当に苦労せずに引っ張ってこれたな。もしかしたら、カストロプの時より楽だったのではないか? 楽でいいのか悪いのか……」

 

 その彼に、副官のザンデルスが報告する。

 

「提督、間もなく挟撃ポイントです」

 

* * * * *

 

 その一方、我が艦隊の旗艦、シェルフスタット。敵艦隊が警戒することなく、ファーレンハイト艦隊を追ってこちらに向かってくる様子は、こちらのレーダーモニターにも映し出されていた。

 

「まさに猪としか言いようがないな。敵の提督の頭には、罠とか戦術とかいう言葉はないのか?」

 

 そう苦笑してしまうぐらい、敵艦隊は馬鹿なほど素直に、ファーレンハイト艦隊を追撃してくる。警戒している様子は全然なさそうである。

 

「司令! 敵艦隊が挟撃ポイントに到達しました!」

 

 よし、敵は罠にかかったな! わしは全艦隊に号令した!

 

「よし、敵艦隊を挟撃する! 全艦、突撃せよ!」

 

 かくして、我が艦隊はアステロイド・ベルトを出て猛然と突撃していく。わしの艦隊は左後方から。アイゼナッハ提督の艦隊は右後方から襲い掛かる。それはまさに、敵艦隊を半包囲する形だ。

 

 敵の副官が有能なのか、第2巡検艦隊が方向転換して後方のわしらを迎撃しようとするが、当然それを許すこちらではない。

 

「砲火を、今回頭している艦隊に集中させよ!」

 

 我が艦隊の砲火が第2巡検艦隊に集中する。回頭中で反撃態勢が整っていない奴らの艦はたちまち、こちらの砲火の餌食となり、反撃する間もなく次々と沈没していく。

 なお、帝都防衛艦隊小艦隊群は半包囲した時点で動揺して統制が崩れ混乱し、出たらめな反撃を返しているだけだ。中には逃亡を図る艦もある。そもそも、小艦隊群を無理やり指揮系統を統一しただけのものである。こうなるのは当然のことだ。

 

 かくして、正面と左右の後方から砲火を受け、敵艦は次々と撃沈されていき、壊滅への階段を転げ落ちて行った。

 

* * * * *

 

 第1巡検艦隊旗艦オルバ・ハウゼン。その艦橋には、絶望的な報告が次々と届けられてくる。

 

「帝都防衛小艦隊群、壊滅! 統制が取れない状態です!」

「第2巡検艦隊壊滅! 旗艦ヴェーグ撃沈! シューマン少将、戦死の模様!」

「我が艦隊の損耗率、83%!」

 

 その報告を、ガーゲルン少将は愕然とした表情で聞いていた。

 

「そ、そんなバカな……!」

 

 次の瞬間、艦橋が大きく揺れる。

 

「直撃弾を喰らいました! 弾薬庫に引火した模様!」

「動力炉に被弾! 制御できません!!」

 

 再び艦橋が大きく揺れた。それに足を取られ、ガーゲルン少将は転んでしまう。

 

 艦橋も各所が爆発し、炎を上げる。その炎に包まれながら、副官のベッカートの亡骸の横。そこに転んだままという無様な姿で、ガーゲルンは断末魔の叫びをあげる。

 

「そんなバカなあああああああ!!」

 

 そして彼は、旗艦とともにこの世から消滅した。

 

* * * * *

 

 敵艦隊の中心あたりに閃光が走った。おそらく、奴らの旗艦が沈んだのだろう。

 

 そしてその通りだった。バルトハウザー准将が、わしのところに報告を持ってきた。

 

「司令。敵旗艦、オルバ・ハウゼンを撃沈しました。残存艦隊はこちらに投降を申し出ています」

「了解した、と伝えろ。各艦はただちに、敵艦隊の武装解除の準備を始めよ。武装解除と投降の処理が済み次第、我が艦隊はオーディンに戻り、衛星軌道上の掌握にかかる」

「はっ」

 

 かくして我が艦隊は、宰相派の巡検艦隊を撃破し、オーディンの衛星軌道上、そしてヴァルハラ星域の掌握に成功したのだった。

 

 だが、それが終わると、別な問題がまた立ち上がってきた。そうすんなりとは事は進まないらしい。

 

 宰相……いや、もはや元宰相か……のリヒテンラーデが、わしが戦っている間にオーディンを密かに脱出し、どこかに向かった、というのだ。

 




リヒテンラーデ戦、まだまだ終わりません。
次は、リヒテンラーデとの決戦の前編ですぞ!

そして、フォーゲルにまさかのピンチが!?

次回
『さよなら、シェルフスタット』

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第6話『さよなら、シェルフスタット』

ここから、いよいよリヒテンラーデとの最終決戦に入ります。

そして訪れる、ブラ公最大の危機!


 さて。オーディンの衛星軌道上、及びヴァルハラ星域を掌握した我が艦隊群だが、肝心の宰相・リヒテンラーデには逃げられてしまった。

 どうするか……と考えていると、我が旗艦シェルフスタットに通信が入った。ローエングラム司令長官からだ。

 

『宰相には逃げられたか』

「はい。あの逃げ足には、恐れ入るばかりです。真似ようとは思いませんが」

『全くだな』

「問題は、宰相がどこに逃げ込んだかですな。自領のリヒテンラーデ星域か、それとも、フェザーンに亡命か……」

 

 わしがそう尋ねると、ローエングラム司令長官は最初からわかっていたかのように即答した。

 

『いや。あの老人にとって、帝国の権勢は自分の命の次に大切なもののはず。それを捨てて亡命するとは考えられんな』

「ということは、リヒテンラーデ星域で、最後の抵抗に出ることが考えられる、と」

 

 わしがそう言うと、彼はうなずいた。

 

『うむ。それで、戦いを終えたばかりであるが、卿に命じる』

「ははっ」

『先行してリヒテンラーデ星域に進出し、星域の状況及び宰相軍の戦力を偵察すると共に、宰相軍をけん制せよ。私も、ミッターマイヤー、ロイエンタール、ビッテンフェルト、ワーレンの艦隊とともに、そちらに向かう。もし宰相軍が撃って出てきたら迎撃してかまわぬが、主星エルヒンゲンの攻略は私が到着するまで控えよ。宰相が、隠し玉を用意していないとも限らぬ』

「了解しました。オーディンとヴァルハラ星域はどうなさいます?」

『卿が宰相派の巡検艦隊を壊滅させた以上、心配はあるまい。宰相派の残存艦隊には、キルヒアイスの指揮下に入るように伝えておく。それと、レンネンカンプの艦隊もまもなく、貴族軍残党掃討の任務を終え、オーディンに帰還する。それだけあれば、宇宙は問題はなかろう。地上にはキルヒアイスとケスラー、モルトがいる』

「であれば、私も安心してリヒテンラーデ星域に迎えます。改めて、了解しました。それでは我が艦隊はこれより、リヒテンラーデ星域に向かいします」

『うむ。卿の帝国軍人と』

「しての責務を全うせよ、ですな」

『……うむ。頼むぞ』

 

 そして通信は切れた。ローエングラム司令長官、最後にちょっと面白くなさそうな顔をしていたな。まぁ、今までのちょっとした仕返しができて少しすっきりした。懲罰を喰らったりしないか心配だが、彼に限ってそんなことはないだろうから大丈夫だろう、うむ。

 さて、これから忙しくなるぞ。

 

「よし、艦隊を再編。済み次第、リヒテンラーデ星域へ向かうぞ」

「了解しました」

 

* * * * *

 

 さて、そんなわけで我が艦隊群はリヒテンラーデ星域にやってきた。

 今のところ、宰相軍が出てくる気配はなさそうだが。

 

「よし、さっそく偵察を始めるぞ。何か嫌な予感がするので、無人艦を一隻、惑星エルヒンゲンに向かわせろ」

「了解しました」

 

 さっそく偵察を出す。

 スクリーンに、偵察艦からの映像を映し出させると、美しい惑星エルヒンゲンの姿が現れた。それはどんどん大きくなってくる……エルヒンゲンに接近しているから当然だが……が。

 

「なんだあれは?」

 

 エルヒンゲンの衛星軌道上に、何か羽らしきもののついた物体が浮かんでいるのを見つけたのだ。

 

「防御衛星でしょうか?」

 

 と、次の瞬間!

 

 ブツッ

 

 突然、偵察艦からの映像が途絶えた。

 

「やられたのか? しかし、一体何が起こったのかわからぬな……」

「防御衛星からの攻撃かもしれませんが……」

 

 参謀長のナイゼバッハも頭をひねっている。彼にも、何が起こったのかわからないようだ。

 むぅ、これはやはり、ローエングラム司令長官が言っていた「隠し玉」かもしれんな。

 

「よし今度は、五隻ほどを、分散して向かわせよ。そうすればさすがにわかるだろう」

「了解しました」

 

 そして再び送り出す。そしてエルヒンゲンに接近していき……そしてわしは見た!

 

 エルヒンゲンの一角がピカッと光ると、そこから光線が放たれ、それはあり得ない曲がり方をしながら進み、偵察艦の一撃を貫いて撃沈させた!

 曲がり方がありえないのもそうだが、光線の威力もなかなかのようなものだ。さすがに、トゥールハンマーやガイエスハーケン、カストロプにあった火炎直撃砲ほどではないが、それでも、一撃でエネルギー中和磁場を突き破り、戦艦を撃沈するほどの威力はありそうだ。これが、宰相の隠し玉か……。しかし……。

 

「光線を曲げる原理はわからぬが、これは厄介だぞ……」

「ありえない方向から攻撃を受ける可能性もありますからな……」

 

 ナイゼバッハと二人して考え込む。そこに。

 

 警報が鳴り響いた!

 

「何事だ!」

「我が艦隊群の斜め後方から敵艦隊! 怒涛の勢いで接近してきます!」

「迎撃せよ!」

 

 さっそく我が艦隊からレーザーやミサイルが飛び、敵艦を撃破していく。だが、奴らはそれでもひるまず、なおも突撃してきた!

 その勢いはすさまじいようで、中には我が軍の艦に衝突して共に自爆するものまでいた。この被害も考えず突っ込んでくる動き、これは……。

 

「AI制御の無人艦か……! 謎の兵器にAI制御の無人艦。とことんまで楽しませてくれるな……!」

「ど、どうするのだ、フォーゲル司令!?」

 

と、ヒルデスハイム伯か聞いてくる。いたのね、君。

 

「仕方あるまい。ここで回頭するわけにもいかぬ。敵艦隊がやってくるのとは逆の方向に後退……いや、この場合は前進か。とにかく急げ!」

 

 かくして我が艦隊は、敵の無人艦隊から逃れるように宙域を進んでいく。だがそれは、敵の狙い通りであり、我が艦隊を窮地に追い込む布石でもあったのだ!

 

「司令、前方に!」

「エルヒンゲン! しまった、あの無人艦隊は、我々をここに追い込むための……!」

 

「ものだったのか」と言おうとしたその時!

 

 ドゴオオオオオ!!

 

 艦橋を激しい振動が襲った!

 

「何事だ!?」

「直撃です! レーザーらしきものが、我が艦の予備燃料庫を貫通しました! 燃料に引火、消火不能!」

「さらに被弾! 火器管制システムがダウンしました!」

 

 オペレーターの報告にぞっとする。もし炎が動力炉に到達したらやばすぎる! 本当にレーザー水爆の弾薬庫でなくてよかった。

 ともあれ、このままではわしらもこの艦と運命を共にすることになりかねん。こうなったら即断即決だ。

 今までご苦労だったな、シェルフスタット……。

 

「仕方あるまい。司令部を他の艦に移す。一番近い戦艦はどれか?」

「はっ。レグナシュトルムであります」

「よし、では退艦し、その艦に移乗する。急げ!」

 

 ただちに退艦及び司令部移転の準備を進めるわし。そして……

 

 わしの旗艦・シェルフスタットは大きな閃光を発して、爆沈した!!

 




さぁ、果たしてブラ公inフォーゲルの生死は!?

この物語はここでバッドエンドになってしまうのか!?

次回

『この世界は銀英伝であって、ヤ〇トではありません!』

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第7話『この世界は銀英伝であって、ヤ〇トではありません!』

さぁ、いよいよ宰相との決戦ですぞ!


 わしはなんとか生き残ることができた。

 

 シェルフスタットが爆沈する寸前というきわどいタイミングで、わしは乗組員と共にシャトルで脱出し、爆発の危険圏内から逃れることができたのだ。

 

「本当に危なかったな……。ぞっとしたぞ」

「そうですな。でも、安心してばかりもいられません。旗艦が沈んだことで、我が艦隊が浮足立っております」

「うむ。急いで、レグナシュトルムに乗り込み、司令部機能を復旧させなければなるまい」

 

 そしてレグナシュトルムに移乗し、そこに司令部を移したのだが、それでも戦局は芳しくなかった。

 

 艦隊群はなんとか、あの新兵器の攻撃範囲外から逃れることはできたが、後方からはやはり無人艦隊が襲い掛かっているのだ。

 しかも、追い込む役割は果たしたと判断しているのか、特攻することはせず、距離を置いて、砲撃を仕掛けてきているのだ。

 

 かといって転回などした日には、その隙を突かれて大打撃を受けるのは目に見えている。かといって、Uターンして向きなおったら、その移動中に新兵器の範囲に入る可能性もある。いや、その移動しているところを狙った無人艦隊に攻撃され、範囲内に押し込まれる可能性もある。

 

 結果として我が艦隊は後ろ向きのまま敵艦隊に対する、という不利な態勢のまま戦わざるを得ないという窮地に陥ってるわけだ。しかも、背水の陣に追い込まれて。

 

 だからといって、このままでいるわけにもいかない。現に、我が艦隊群はかなりの損害を出している。ミュラー艦隊の防御のおかげで、最悪の事態は免れているが、このままでは削られていき、エルヒンゲン攻略どころか、目の前の無人艦隊を撃破することすら危うくなりかねないのは目に見えている。

 

 わしは覚悟を決めた。

 

「仕方あるまい。全艦、Uターンして敵無人艦隊に向きなおる!」

「しかしそれでは、新兵器の攻撃範囲内に入ってしまう可能性もありますが……」

 

 参謀長のナイゼバッハの懸念に、わしはうなずいて返し、続ける。

 

「それも覚悟のうえだ。このままではいずれ、削り倒されてしまう。ならばイチかバチか、損害を覚悟してでも態勢を立て直し、背後の無人艦隊に対するしかあるまい。私のなけなしの頭では、これが考え付く精いっぱいだよ、ナイゼバッハ中将」

「そういうことなら了解しました。私たち一同も覚悟を決めましょう」

「すまんな」

 

 わしはナイゼバッハにそう答えると、一度目をつぶり、そして号令した!

 

「よし、全艦、高速機動、準備! エネルギー中和磁場を最大出力にせよ! 最悪、発生装置がオーバーヒートしてもかまわん!」

 

 しかし、そう言ったところで……。

 

 チカ、チカチカッ!!

 

 その無人艦隊に、いくつかの爆発の光が見えた。なんだ!?

 同時に艦橋に響く、通信士の明るい声。

 

「主力艦隊です! ローエングラム司令長官の主力艦隊が増援に来てくれました! 助かった!」

 

 レーダースクリーンを見ると、確かに主力艦隊がこちらに接近してくるのが映っている。無人艦隊は迅速に方向転換し、主力艦隊のほうに回頭しているところだ。これはチャンスだ!

 

「よし、全艦、その場で回頭! それが済んだのち、敵無人艦隊を、ローエングラム司令長官の主力艦隊と挟撃してたたくぞ!」

 

* * * * *

 

 さて、なんとか窮地を脱した我が艦隊は、敵無人艦隊を突破し、星域外縁で主力艦隊と合流した。

 

『手ひどくやられたな、フォーゲル上級大将。卿には、『私が到着するまで、エルヒンゲンへの攻撃は控えるように』と言っておいたはずだが』

 

 スクリーンに映し出されているローエングラム司令長官は、意地悪な笑みを浮かべながら、そう言ってきた。

 ……くっ、こいつ、わかって言ってやがるな!

 

「いえ、これはこちらから行ったわけではなく、追い込まれた結果でして……」

『ふっ、わかっている。言ってみただけだ』

 

 と、そこまで言ったところで、司令長官は真顔になった。

 

『卿の偵察と奮闘のおかげで、敵の新兵器の詳細が明らかになった。どうやらあれは、ビームを特別な鏡を備えた衛星で反射して、あらゆる角度から攻撃することを可能とした新型砲であるようだ』

「なるほど……名前をつけるなら、反射衛星砲といったところでしょうか。なんとも我が世界の常識とはかけ離れたような兵器のような気がしますが」

 

 わしがそう言うと、司令長官は苦笑をもらした。

 

『それを言うなら、イゼルローンのトゥールハンマーや、ハイネセンのアルテミスの首飾りなど、常識からかけ離れていそうな兵器はいくらかあるがな。卿もこの前、火炎直撃砲という、常識を逸した兵器と戦ってきたばかりではないか』

「あ、そういえばそうですな。それで、それよりも今は目の前にあるあの反射衛星砲への対処ですが……」

 

 そのわしの言葉に、ローエングラム司令長官は会心の笑みをもらした。どうやら秘策があるらしい。

 

『その点なら心配はいらぬ。軍務尚書のキルヒアイスが、こんなこともあろうかと、対策となりうるものを用意してくれている。それを積載するのに時間を取られて、ここに来るのが遅れてしまったがな』

「それなら安心ですな。ということは、我々はそれを使って反射衛星砲を排除するのを高みの見物をしているだけでいい、と」

 

 そう思っていたことがわしにもあったが、残念ながらそう簡単にはいかないらしい。

 司令長官は首を振って返してきた。

 

『そういうわけにもいかんだろう。それに対して、宰相が何も手立てを講じないわけがあるまい。おそらく、反射衛星砲の無力化を阻止しようと、再び無人艦隊を差し向けてくるはずだ』

「はぁ……すると、その時に敵艦隊を迎撃するのが、我らの役割と」

『その通りだ。その時には、卿はミッターマイヤーらの艦隊と協力して、奴らに対処せよ』

「了解しました」

 

 そして通信は切れた。

 さてさて、ローエングラムはどんな手を使ってくるのか、楽しみだな。

 

* * * * *

 

 ローエングラム司令長官が持ち込んできたのは、岩石射出用のマスドライバーだった。

 

「あれで、反射衛星を狙い撃ちして破壊するつもりか? しかし、敵がそれを許すかな?」

「敵には反射衛星砲がありますからな。それで破壊を狙う可能性はありますな」

 

 そのナイゼバッハの推測に、副官のバルトハウザー准将もうなずく。

 

「小官もそう考えます。艦砲で破壊する手もありますが、それより反射衛星砲のほうがより確実に破壊できるでしょうし、せっかくあるのを、小惑星破壊に活用しない手はありますまい」

 

 そこで、ヒルデスハイムが一言。

 

「なぁに、ローエングラム公のことだ。色々と考えておられるだろう。外野がとやかく言うより、今は目の前で開催されるショーを楽しもうではないか」

 

 なるほどそれもそうか。ヒルデスハイムも、たまにはいいことを言うな。

 

 そうしてるうちに、そのショーが始まったようだ。

 マスドライバーに備え付けられたアームが、近くの小惑星をつかみ、マスドライバーの中に装填する。

 そして……発射!

 

 発射された小惑星はかなりの速度でエルヒンゲンに飛んでいき……え? 反射衛星砲で迎撃しない?

 ……そして地表に衝突した。

 

「どういうことだ? なぜ奴らは、反射衛星砲なり艦砲なりで破壊しないんだ?」

「さぁ……」

 

 わしも、副官のバルトハウザー准将も、そして我が艦隊一の切れ者である参謀長、ナイゼバッハ中将も首をひねるばかりだ。

 その疑問に答えを出してくれたのは、ファーレンハイト大将だった。

 

『なるほど、司令長官も考えたものですな』

「? どういうことだ、ファーレンハイト大将?」

 

 わしがそう聞くと、彼はうなずきながら説明を始めた。

 

『おそらく元宰相は、我々がレーザ・フリントを詰め込んだ隕石偽装コンテナを使って、カストロプ艦隊を攻略したことを知っているはず。そんな我々が小惑星を発射したらどう思うでしょう?』

「なるほどな。それなら藪蛇になるのを避けるために迎撃を控えようとするだろうな」

 

 わしの横で、ナイゼバッハ中将もうなずいて続けた。

 

「そうですな。しかも、あれがコンテナだとしたら、途中で燃え尽きるか、もし落ちても大した被害になるとは考えにくい。ならば素通ししてしまおうと考えるのが筋、というわけですか」

 

 わしとナイゼバッハの推測は正しかったようだ。ファーレンハイト大将はうなずいて、口を開いた。

 

『そういうことです。そして今のが本物の隕石だったことで、元宰相側は次の発射されるものが策が仕込まれたダミーか、本物の小惑星かわからず混乱しているはず。次からは例えコンテナだったとしても、破壊しようとするでしょう』

 

 そう彼が言っているそばから、次の小惑星が発射された。

 そしてファーレンハイト大将が言う通り、今度の小惑星は反射衛星砲に破壊された。その中から出てきたのは……。

 

「司令長官の決め手が出てきたようですな」

「あれは……ワルキューレか? 小惑星に偽装したコンテナの中に隠して送り出すとは考えたな。だが、あの大きさでは、まとめて反射衛星砲に……」

 

 吹き飛ばされるのでは……と思ったが、そうはならなかった。

 反射衛星は我が軍のワルキューレたちの攻撃をただ無防備に受け続け、やがて大破して機能停止した。

 

『……』

『はっ。アイゼナッハ大将の言葉によれば、どうやら、敵の反射衛星砲は対艦攻撃を前提に作られているようだ。戦艦クラスのものになら反応するが、戦闘艇クラスのものには全く反応しないと思われる、と』

 

 アイゼナッハ大将の意見を聞いたグリース准将がそう上官の推論を述べる。そしてそれは正しかったらしい。

 

 再び小惑星が発射され、破壊され、中からワルキューレが飛び出し、別の反射衛星を大破させていく。

 

 さらに、何度もコンテナばかりを射出していれば、コンテナであることを見抜かれるからか、時々は本物の隕石も射出している。当然ながら素通ししてしまったそれは、エルヒンゲンの地表にダメージを与える。

 

「まさか、こんな心理的な手も絡めた作戦を仕掛けるとはな。さすがはローエングラム司令長官だ」

 

 わしはそう感嘆の声をもらした。さすが、前世でわしらを一蹴しただけのことはあるわい。

 と、そこに。

 

「司令、感心してばかりもいられません。敵無人艦隊が再び、こちらに向かってきております」

 

 バルトハウザーがそう報告してきた。どうやら、これ以上反射衛星を無力化されるのを防ぐために、こちらを潰す気になったらしい。

 だが。

 

「よし、我が艦隊群は前進する。ミッターマイヤー大将らの艦隊と連携し、敵無人艦隊をたたく! 敵は先ほどの戦いでかなり数を減らしているうえに、こちらには主力艦隊の援軍もある。恐れるに足らんぞ!」

 

 我が艦隊群は、ミッターマイヤー大将の艦隊や他の艦隊とともに、マスドライバーの前面に展開し、無人艦隊との戦闘を開始した。もちろん、マスドライバーの射線に入らないように注意しているのは言うまでもない。

 

 そして……

 

* * * * *

 

「司令。ローエングラム司令長官より通信。戦闘を停止せよ、と。どうやら元宰相軍は降伏したようです」

 

 無人艦隊を壊滅させ、反射衛星が残り数機になったところで、バルトハウザーがそう伝えてきた。

 やっと終わったか……正直、今回は生きた心地がしなかったわい。できれば、こんな目には二度と遭いたくないな。

 

 さて、一息ついてばかりもいられない。

 

「そうか。これからのことについては、何か言ってきたか?」

「はい。司令長官がエルヒンゲンに降りて、元宰相を逮捕するまでの間、衛星軌道上の安全を確保せよ、と」

「わかった。元宰相がどんな恨み言を吐くのか、興味があったがな……。仕方あるまい。エルヒンゲンの衛星軌道上まで進出し、残った反射衛星を破壊しつつ、軌道上を確保する」

 

 後から聞いた話だが、やはり元宰相は散々恨み言を言っていたらしい。だが最後には、ローエングラム公の器の大きさを見せつけられて、潔く敗北を認めたそうだ。

 

 その後のことだが、さすがに宰相であった者を裁判にかけて処刑するわけにもいかず、リヒテンラーデ元宰相は自邸で服毒自殺を遂げたらしい。その最期の言葉は、

 

『このわしも、まさか葬られるべき貴族の一人だったとはな……。なんとも皮肉なものだ』

 

だったそうである。恨み言を言っていたとはいえ、最後には素直に負けを認め、自分の運命を悟ったのはさすが、宰相だった者というべきだろうな。

 

 元宰相の一族は、今回の事件には関わりがなく、命まで取ることはなかろう、ということで、財産を、平民として生きていける分だけを残して没収したうえで、市井に追放、ということになった。

 甘い処分のような気がしないでもないが、下手に恨みを買って、未来の叛逆者を作り出すこともあるまい。これはこれでいいのかもしれない。今は彼らのささやかな幸せを祈るとしよう。

 

 そして全てが終わったところで、我が艦隊はイゼルローンに帰還することにした。

 さて、これでしばらくは平穏に過ごせたらいいのだが……どうなることやら。

 

* * *

 

 一方、そのころ。自由惑星同盟首都星・ハイネセン。

 

 その宇宙艦隊司令部に、一人のさえない男がやってきた。

 

 今後の戦いの行く末の一端を担う、彼の名は……

 




お待たせしました! いよいよ次の回から、ヤンが登場してきますよ!

次回、『ヤン独立軍、誕生』

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第8話『ヤン独立軍誕生』

ここから新展開に入ります!

さぁお待たせしました! ヤンの登場ですよ!


 一方、そのころ。自由惑星同盟首都星・ハイネセン。

 

 その宇宙艦隊司令部に、一人のさえない男がやってきた。

 同盟をクーデターから救った英雄と呼ばれている男、ヤン・ウェンリーである。

 

 その彼に、司令長官のビュコックが話しかける。

 

「来てくれてすまんな、ヤン大将」

「いえ……それで何用でしょうか、ビュコック長官? ……って、大将?」

 

 きょとんとしているヤンに、ビュコックはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「実はな。戦いを帝国への和平に向けてのものに移行するにあたり、それを円滑にするため、我が軍内に独立軍を結成することになったのだが……」

「はぁ」

「その独立軍の司令官を、貴官にすることに決まった」

「そうですか……ええっ!?」

 

 突然の人事にさすがにびっくりするヤンに、ビュコックはしてやったりという笑顔を向けた。

 

「し、しかし、私がそんな大した役職につくなんて、いくらなんでも……」

「そんなわけはあるまい。帝国との和平というアイデアを出したのは貴官ではなかったかの? だとしたら、そのための戦略も頭に入っているのではないかな?」

「はぁ……それは、おおよそのことは考えてありますが」

 

 痛いところを突いてくるな、と思いながら、ヤンはそう答えた。

 

「ならば、それを十分に発揮してもらうために独立した軍を率いてもらおうということになったわけじゃよ。同盟の国益を大きく損ねたり、同盟国民を危険にさらすことでなければ、フリーハンドでやって構わんから、その手腕を十分に発揮してほしい。あ、作戦本部からの指示には基本的には従ってもらうがな」

 

 そこまで言われて、ヤンは観念した。

 確かに、帝国との和平に持っていくための戦い、という戦略を提示したのは自分だ。それが受け入れられ、さらにそれを全面的に遂行するとなった以上、自分が何もしない、というわけにもいくまい。その戦略に一番詳しいのは自分なのだから。

 

「わかりました、お引き受けします。それで、その独立軍の拠点と、あと、始動はいつですか?」

「うむ。司令部スタッフは何人か決まっているのだが、後は全然なのでな。始動にはもう少しかかる予定じゃ。あと、拠点は、アスターテ星域のアトラ・ハシースと決まっておる」

「なるほど」

 

 その発言に、ヤンはうなずいた。アスターテ星域は、イゼルローン周辺の同盟領諸星域をつなぐ交通の要所である。ここに司令部を置くのは、とても理にかなっていると言えた。

 

「既に決定したスタッフは、アトラ・ハシースの仮司令部に集まっている。貴官も、準備ができたら、ただちにアトラ・ハシースに向かってくれ」

「了解しました」

 

* * * * *

 

 そして、司令部を退出したヤンは、アトラ・ハシースに向かうため、クーデター鎮圧のさい、臨時の旗艦にしていた戦艦ヒューペリオンに乗り込んだ。この艦が今回正式に、ヤン独立軍の総旗艦に決まったのだ。

 

 そこの指揮官室でのんびりと色々な手続きをしていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「はい、誰かな?」

「ヤン大将の副官に任命されました、フレデリカ・グリーンヒル大尉です」

「あぁ、入っていいよ、どうぞ」

 

(……え、女性の声?)

 

 そして入ってきたのは、一人の女性軍人だった。

 

 彼女は入ってくると、その場で即硬直した。

 

「え、えーと、グリーンヒル大尉? どうしたのかな?」

 

 そう心配そうに聞くと、やがて硬直したフレデリカは開口一番、こう言ったのだった。

 

「ヤン様、好きです。結婚してくださいっっ!!」

 

……

 

「は?」

 

 思わず、間抜けな声を出してしまうヤン。

 その様子に、自分が何を口走ったかに気が付いたフレデリカは、さすがに顔が赤くなった。

 

「い、いえ、私ったら、とんでもないことを……申し訳ありませんっ……」

「い、いや。変わった子だな、とは思ったけど……」

 

 と、そこでヤンは気が付いた。好きなものに対してこんな反応をする女性を彼は見たことがある。

 ……今世ではなく前世で、であったが。

 

 そう、その女性の総称は、腐女子と言った。

 しかも、『今の』自分……つまり銀英伝のキャラを愛してる腐女子、ということは……

 

「あの、君、もしかして、転生者だったりする?」

「え、も、もしかして提督も?」

 

 その後、銀英伝のことですっかり意気投合するヤンとフレデリカであった。しかも、前世で、銀英伝のイベントで顔を合わせた同士であることを知り、さらに盛り上がった。

 そして歓談することしばし。

 

「あー……さて。報告を聞いておこうかな?」

「あ、はい……こほん。既に、我が独立軍に所属する予定のアッテンボロー艦隊とモートン艦隊、カールセン艦隊の三艦隊は、既にアトラ・ハシースに集結しています

「この主力艦隊と合わせて4個艦隊か。なかなかな戦力だね。アッテンボローの艦隊もいるのは心強いな」

「そうですよね。気心が知れた相手が指揮下にいるとはいうのはいいことだと思います。今世でもアッテンボロー少将とはつるんでいたんでしょう?」

「まぁね。ついでに、有害図書愛好会やってたのも原作通りだったよ。そういう意味では、君とも気が合うんじゃないかな?」

「そうですね、色々とお話するのが楽しみです。あ、私、BL以外の作品もイケる口ですから大丈夫ですよ」

「ははは……。さて、それじゃ、報告の続きを頼む」

 

 ヤンに促されて、フレデリカは再びレポートに目を通す。

 

「はい。司令部スタッフに内定しているムライ参謀長と、パトリチェフ参謀、フィッシャー主力艦隊副指令も、既にアトラ・ハシースに到着している、とのことです」

「そうか。見事なまでに原作通りのスタッフだね。できればパトリチェフもフィッシャーも、死なせずに済ませたいものだが」

 

 ヤンがそういうと、フレデリカも、原作での二人の最期を知っているだけに、表情を曇らせた。

 

「そうですね……。とりあえず、地球教とビッテンフェルト提督は、二人の死亡フラグと覚えておいたほうがいいかもしれません」

「そうだね。ビッテンフェルトはともかく、地球教は許すまじ、だ」

「全くですね!」

 

 この点についても意見が一致したヤンとフレデリカであった。

 

「それで、あと、ユリアン君とシェーンコップ大佐はどうなさいます?」

「ユリアンは連れて行かざるを得ないだろうな。シェーンコップと薔薇の騎士は……一応配属要請を出しておくか。イゼルローンの攻略とかに必要になるかもしれないし」

「薔薇……」

「グリーンヒル大尉。変なことを想像しないように」

 

 ヤンに指摘されて、フレデリカはほわわんとした頭から我に返った。

 

「も、申し訳ありません。では統合作戦本部には、薔薇の騎士の配属要請を出しておきます」

「あぁ、頼むよ。……って、もう昼か」

「あ、そうですね……。私、お弁当作ってきましたので、一緒に食べませんか?」

「え」

 

 その言葉に、ヤンは硬直した。彼が覚えている限り、原作での彼女の料理スキルは……。

 

「あ、大丈夫ですよ。原作の轍は繰り返すまいと、私の意識が覚醒してから、必死に料理の練習をしてきましたから」

「そ、そうか……それじゃいただこうかな(えーと、胃薬は……)」

 

 そして食べたお弁当は意外とおいしかった。

 

* * * * *

 

 そして午後になり、薔薇の騎士連隊のシェーンコップが、ヤンとのブリーフィングのために訪れた。

 

「小官に話と伺いましたが?」

 

 そのシェーンコップに、ヤンはうなずく。

 

「あぁ。この先あるかもしれない、イゼルローン攻略のことでね。いつになるかわからないが、私としては帝国の内戦が収まり、我が独立軍が始動できるようになったら、さっそく始めたいと思ってる。だから、よく聞いてほしい」

 

 そう前置きすると、ヤンは自分が考えたイゼルローン攻略作戦に関して話し始めた。その内容は、現在イゼルローンに、フォーゲル機動艦隊群がいるという現状にあわせてアレンジされたものであったが、それ以外は、ほとんど原作通りのものであった。

 

「なるほど……これは小細工ですな」

「あぁ、小細工だ。でも私としてはこれしかないと思っている。5万隻の大軍で正攻法を仕掛けてもダメだったんだからね。これがダメだったら、もうどうしようもない。お手上げだ」

 

 うなずいた後、シェーンコップは原作通り、ある懸念を述べた。

 この作戦は、彼と配下の薔薇の騎士が肝心要である。その彼らが裏切ったらどうするのか、と。

 それに対するヤンの答えも、原作の通りであった。シェーンコップらを信じることが、この作戦の前提。だから裏切らないと信じるしかないし、信じる、と。

 

「わかりました。それともう一つ聞いておきたい。なぜあなたは、この作戦を考えたのですか? 名誉ですか? それとも出世欲?」

 

 それに対してヤンは苦笑して首を振った。

 

「どちらもないと思うな。この年で『閣下』と呼ばれるだけで十分だし、准将から大将まで、一気に昇格しちゃったからね。これで満足だよ。それに、和平がなったら軍をやめようと思ってる」

「和平ですと? この状況で和平が?」

 

 目を丸くしているシェーンコップに、ヤンはうなずいた。

 

「あぁ。君が思ってる通り、内乱前の帝国ならそれはほぼ不可能だろう。だが、これからの帝国なら、やりようによっては、難しいけど不可能ではないと思っている。これは、アトラ・ハシースに就いたら他の面々にも話すつもりだけど、君にもよく聞いてほしい」

 

 そこでヤンは、シェーンコップはもちろん、フレデリカ、そして軍首脳にもまだ話していない、三つの戦略プランを話した。アルファ、ベータ、ガンマと名付けられた三つのプランは、どれも異なる様相だったが、いずれも、成功すれば帝国が和平に応じるしかない状況に持ち込める可能性が高いことは確かであった。

 ラインハルトがそれでも和平に応じない可能性もなくはないが、彼が応じなくても、帝国軍には良識的あるいは常識的な上級士官は少なからずいるはず。彼らが説得に動いてくれれば、成る可能性は高いとヤンは考えていた。

 

 実はこのほかに、ヤンはデルタというプランも考えていたが、彼自身はこれをどうやっても和平につなげることができないときのための最終プランと考えており、この場では話さなかった。

 

(このプランが私の脳内のプランで終わることを祈ろう……)

 

 話を聞き終えたシェーンコップは、彼のプランを理解しながらも、なお理解しかねる表情のままで言った。

 

「しかし、その和平による平和が恒久的なものとなりえますかね?」

「なりえないよ」

 

 そう真顔で言い切ったあと、ヤンは真摯な表情で話し始めた。

 

「恒久的な平和がなかったことは、歴史がこれまでも証明している。だけど、短期的な平和だって、それだけでも幸せな世界を作ることは可能なんだ。いつか壊されるものだとしても、その世界や幸福は、決して無駄なものじゃないと私は思う。少なくとも、その平和の中で生きてる人々にとってはね」

「……」

「私の養子に、どうしても軍人になりたいと思ってる子がいてね。彼だって、こんな時代でなけりゃ、そう、例えば戦争が身近でない世界に生きていたら、軍人はただ『かっこいい』っていうだけの存在で、もっと他のことに、その青春を振り向け、もっと輝かしい青春を送ることができたんだと思うんだ。今すぐには無理だけど、頑張って和平を為して、彼をそんな中で過ごさせてあげたい、そう思うんだよ。バカなことと思うかい?」

 

 それはフレデリカが原作で聞いたことがない言葉だった。そしてそれと同時に、それは平和な前世の世界で生きてきた彼だからこその言葉なのだろうと、彼女は思った。彼女もそんな世界の住人だったのだから。

 

 そしてまた、ユリアンのことをそこまで考えているヤンの姿に、ヤン会いたさが優先して、現世での両親への想いが少し薄くなっていた自身を恥ずかしくも思った。

 今度、獄中の父親に何か差し入れを持ってあげようと思うフレデリカであった。

 

 さて、そのヤンの心からの言葉を聞いたシェーンコップは、会心の笑みを浮かべて答えた。

 

「失礼ながら提督。あなたは、正直者か、どんなヒーローにも勝る善人か、もしくは、ルドルフどころか、ヒトラーを始めたとした全てのアジテーター以上の弁舌家ですな」

 

 そして起立して敬礼する。

 

「思っていたこと以上、いえ、それを大きく超える言葉をいただきました。それでは小官も全力を尽くすとしましょう。恒久ならざる平和のために」

 




さてさて、満を持してヤンが登場!
これから彼との戦いが始まるのか?……ってところですが、
残念ながら次回は、帝国の新体制と、ブラ公の新旗艦のお話です。
戦いはもう1話分お待ちください(平伏

ということで次回
『シェルフスタットⅡよ、あれが新体制の灯だ!』

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第9話『シェルフスタットⅡよ、あれが新体制の灯だ!』

その後の状況のお話です。


 さて。イゼルローンに帰還するといったな? あれは嘘だ。

 

 実際には、ファーレンハイト艦隊とアイゼナッハ艦隊だけイゼルローンに戻し、我が直属艦隊は、オーディンに一時帰還した。

 前の戦いで沈んだシェルフスタットに代わる、新しい旗艦を受領するためだ。

 

 技官に案内されて、私は、その新旗艦が係留されているドックへと向かった。そこにあったのは……。

 

「あー……これは……」

 

 そこにあったのは、シェルフスタッフとよく似た形状の戦艦。しかし細部はシェルフスタットとは違う、しかし見たことがあるものだった。

 

 それもそのはず。その戦艦は……。

 

「何か?」

「あー、技官。これはもしかしたら、巡検艦隊に配備されていたという、フェザーンの新型艦ではないかな?」

 

 そう、シェルフスタットによく似せてはいるが、オーディン衛星軌道上で戦った、宰相軍のフェザーン製新型艦であった。

 

「はい。巡検艦隊に配備されてはいたものの、編成されずにドックに眠ったままになっていた新型艦を、旗艦仕様に改修したんですよ。おまけに閣下が乗ることを考えて、艦形も、なるべくシェルフスタットに似せるように改装しました。ローエングラム元帥からの指示で」

「それはそれは……」

 

 これでまた、ローエングラム元帥に頭が下がらなくなってしまったな。恩を売ろうという意図でなければいいのだが。

 

「あ、ちゃんとハード、ソフトともに、トラップが仕掛けられていないか念入りにチェックしたので安心してください」

「それは助かる。戦闘中にトラップでどっかーん、ってことになったら笑えないからな」

「お望みなら、自爆装置もおつけしますが」

「いや、それは結構」

 

 そんなものは、ヒルデスハイムが艦長になった時、彼の艦にでもつけてやれ。

 と、そこで技官があることに気が付いたようだ。

 

「そういえば閣下。この艦、まだ名前がついてないんですよ。閣下がこいつに名前をつけてやってくれませんか?」

「そうか……それなら、うむ」

 

 この艦がわしの新しい旗艦になるということで、艦名はすぐに決まった。

 そう、その名は―――。

 

「うむ、こいつの名前はシェルフスタットⅡだ。生まれ変わったシェルフスタットだ。この名前がいい」

「わかりました。それではその名前で登録しておきます。閣下は本当に、シェルフスタットを愛していたんですね。造船技士として嬉しい限りですよ」

「当たり前だ。第5次ティアマト会戦から、エルヒンゲンで沈むまで、共に戦場を駆け抜けてきた相棒なんだからな。これからよろしく頼むぞ、シェルフスタットⅡ」

 

 わしがそう言ってシェルフスタットⅡを見上げると、気のせいか、シェルフスタットⅡが微笑んでいるように見えた。

 なお、ヒルデスハイムの顔は浮かんでこなかったので。念のため。

 

* * * * *

 

 さて、わしはさっそく、シェルフスタットⅡの習熟航海に出発した。といっても、ヴァルハラ星域のあちらこちらを飛び回るだけだが。

 

 カタログスペックによれば、このシェルフスタットⅡの元になったフェザーン艦は、インテグラ級と言って、現在配備されている攻撃空母の次世代艦のテストベットとして開発された艦なんだそうだ。

 なんでも、攻撃力と防御力を戦艦並みに引き上げたうえに、ワルキューレの運用能力をさらに向上させたんだとか。

 

 しかし、テストベットの艦を量産して宰相に譲り渡すとは、さすがフェザーン。商魂たくましいな。見習いたいとは思わんが。

 

 そんなことを考えていると、帝都からのニュース通信が入ってきた。帝国の新体制が固まった、とのニュースらしい。

 

 まず、やはり宰相はローエングラム公が就いたらしい。

 実はこれには、あるエピソードがあった。

 リヒテンラーデ元宰相が自裁する直前、ローエングラム公の人物を改めて見た彼は、彼になら帝国を譲り渡すに値すると、自ら宰相の職をローエングラム公に譲り、そのことを放送で公開したという。

 そのおかげもあって、リヒテンラーデ元宰相からローエングラム公への政権移譲は、非常にスムーズに済んだということだ。

 

 それを聞いて、わしも少しはあの老人を見直した。周囲を駒として動かすという心根は好きにはなれないものの、彼もローエングラム公ではないにしろ、大人物だったのかもしれない。さすが、長年帝国の支配を担ってきただけのことはある、というところだろうか。

 

 さて。副宰相にはキルヒアイス軍務尚書が、軍務尚書と兼任という形で就任した。公の腹心であり、人柄がとても良い彼は、まさにローエングラム公を補佐するこの役職にぴったりだろう。

 

 ローエングラム公の参謀長にして、『絶対零度の剃刀』の異名を持つオーベルシュタイン准将は、宰相府直属の、外務諜報局局長の座についた。話によれば、同盟を名乗る叛乱勢力の情報を探り、謀略を行う部署、という話だ。彼はここでも、その鋭利な軍略を振るうことだろう。同盟軍の皆さん、ご愁傷様です。

 

 内務尚書にはフロイライン・マリーンドルフの父親であるマリーンドルフ伯爵が就任した。当人はこれには驚いたそうだが、話によれば、ローエングラム公は、彼の人柄を見込み、官僚たちの意識改革を促す役割として、彼を内務尚書につけたらしい。

 

 そして軍事面だが、宇宙艦隊司令長官、統帥本部総長には引き続きローエングラム公が就く。そして軍務尚書はキルヒアイス軍務尚書がこれまた継続。

 ミッターマイヤー上級大将とロイエンタール上級大将は、宇宙艦隊副司令長官の座に就いた。

 そしてわしは引き続き、フォーゲル機動艦隊群司令を続投し、さらにイゼルローン方面軍司令として、そちらのほうの戦略を担う大任を担うことになった。これにはびっくりだ。

 まぁ、主に同盟軍がイゼルローンに攻めてきたときの対処を担当することになるのだろう。帝国軍が同盟領に攻め込む場合は、ローエングラム公が自ら出てくるだろうし。

 

 そんなことを考えながら、シェルフスタットⅡはオーディンに帰還した。この後は、再編した主力艦隊とともに、イゼルローンに帰還する予定だ。

 

 色々あったが、この帝国新体制成立をもって、リップシュタット戦役から始まる帝国内の混乱はひとまず収束したことになる。やれやれ。これでしばらくは何もないといいのだが。

 

* * * * *

 

 残念ながら、フォーゲルのこの希望はかなわなかった。

 同盟領からの、ある男からの通信が、新たな戦いを呼び込んだのだ。

 

 その男の名は、ヨブ・トリューニヒト。クーデターの一件で政権を追われ、地下に潜った、元自由惑星同盟最高評議会議長である。

 



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同盟領侵攻作戦編
第10話『毒を飲んだら皿まで。その次はテーブルまでいきますか?』


さぁ、いよいよラインハルトとヤンの戦いが、本格的に幕を開けますよ!


「ローエングラム公、叛乱軍領から通信が入っております」

 

 その日、外務諜報局長のオーベルシュタイン上級大将が、ラインハルトにそう告げた。

 

「叛乱軍領からだと? まさか今更降伏などと、虫のいい話は言うまい。誰からだ?」

 

 そのラインハルトの質問に、オーベルシュタインは、表情を一切変えずに返答する。

 

「はい。元自由惑星同盟最高評議会議長のヨブ・トリューニヒトという者からです」

「元議長だと?」

「はい。情報によれば、自由惑星同盟を名乗る叛乱軍領では、帝国の内乱と同時期にクーデターが二度発生し、その二度目のクーデターにより、旧政権は倒れ、新政権に移行した、とのことです」

「その倒された旧政権の長が、トリューニヒトというわけか。そんな男が何の用だ?」

 

 そのラインハルトの質問にも、オーベルシュタインはやはり表情を変えずに答える。

 

「本人の話では、我が帝国に助けを求めたい、とか。また、これは帝国にも悪くない話とも言っていますが」

「ふむ……まぁよい、つなげ」

「御意」

 

 オーベルシュタインがうなずくと、通信スクリーンに一人の男の姿が現れた。

 スーツを見事に着こなし、淡麗な容姿を持つが、その容姿の中にうさん臭さも感じる男。彼がトリューニヒトである。

 

「おぉ! 宰相閣下、通信をお受けいただき感謝いたします! なんと偉大な寛大さでありますことか!」

「世辞はよい。それで、共和主義者が、仇敵である我が帝国に助けを求めたいと聞いているが?」

 

 ラインハルトが悪意を込めてそう訪ねると、トリューニヒトはそれを意に介さず、大げさに両腕を広げて話を始めた。

 

「はい。我が自由惑星同盟でクーデターが発生したのは聞き及んでいるとは思いますが、それからというもの、この同盟はあるべき姿から逸脱したものとなっておりまして。ああ、あのにっくきアイランズとヤン・ウェンリーによって!」

 

 そのトリューニヒトの言葉に、ラインハルトは内心で苦笑を浮かべた。

 『あるべき姿から逸脱した』とはよく言ったものだ。自分が支配していた頃の、自分にとって都合のいい姿から離れれば、それは確かに『あるべき姿から逸脱した』ことになるだろう。嘘は言っていない。ただ、この言葉の前につくのが、『共和主義の』ではなく、『自分の理想に』に変わっているだけで。

 

「それで、私どもは追放されてから、同盟をあるべき姿に戻すべく、地下に潜って色々と活動しているのですが、哀しいかな、我々には十分な戦力がなく、小さなことをコツコツとすることしかできないのです」

「それで、我が帝国軍の力を借りたい、と? だがそれでは、我々がこれに乗じて、同盟とやらを乗っ取ってしまうかもしれぬぞ?」

 

 ラインハルトが意地悪にそういうと、トリューニヒトはこれまた大げさに頭を抱えた。

 

「おぉ、それは困ります! とても困ります! ですが、もはや今となっては、そのリスクを抱えながらも帝国の力を借りざるを得ないのでして……」

 

 そのトリューニヒトの言葉を聞き、オーベルシュタインの眉がかすかに動いた。本当にかすかに、だったが。

 

「もちろん、ただでとは言いません。もし同盟領に侵攻し、助力していただけるのでしたら、私や、私が指揮するグループ『トリューニヒトの子ら(トリューニヒツ・チルドレン)』も、それに報いるべく、ささやかながら助力いたしましょう! それともう一つ、貴重な情報を差し上げましょう。これを聞けば、同盟領に侵攻する気がさらに増すこと間違いなしですぞ」

「ほう?」

「実は、我が同盟領に、先の帝国領内の反乱で敗北し、逃れてきた門閥貴族の残党が潜んでいるのですよ。いかがです?」

「ほう……」

 

 それは無視できない情報であった。『叛乱軍領内に逃げ込んだ門閥貴族の残党を討伐する』のなら、それは立派な大義名分となりうる。もちろん、情報を提供し、協力を申し出たトリューニヒトを助けることも忘れてはならないが、それは副次的な目的になるであろう。

 

「……わかった。検討してみよう。ただ、過度に期待されても困るがな」

「わかっております。ですが、なにとぞ、なにとぞお願いいたしますぞ!」

 

 そして通信は切れた。

 ラインハルトは息をつき、オーベルシュタインに顔を向けた。

 

「どう思う? オーベルシュタイン」

「あの男、油断ならぬかと。あの男の顔は、ありとあらゆるものを利用して、復権し、頂上に返り咲くのを目論んでいる顔とお見受けします」

「そういう点では、卿と似た者同士だな。同類は同類を知る、というところか」

「……否定はいたしません」

 

 オーベルシュタインは表情を変えず、そう返した。

 だが、ラインハルトはあえて言及しなかったが、彼とトリューニヒトを同列に扱うのは誤りである。

 トリューニヒトが、周囲を利用し、謀略に張り巡らすのは私利私欲によるものだが、オーベルシュタインが謀略を使うのは、かつてはゴールデンバウム朝を破壊するため、そして今は、新たな覇者・ラインハルトを盛り立てるためなのだから。

 それを肌でわかっているから、ラインハルトの言葉には皮肉はあっても、悪意はなかったし、オーベルシュタインも悪意を示すことはなかった。

 

「まぁ、トリューニヒトの人格の話はよい。問題は、これは叛乱軍領に攻め込む好機ではあろうが、果たしてあのトリューニヒト、頼りになるかどうか、我らを裏切らないかどうか、だ」

「どちらの答えも否、とお答えしておきます。地下に潜って活動するレベルの大きさでは、叛乱軍に対して戦略レベルどころか戦術レベルの被害を与えるのは至難でしょうし、裏切って我が軍に攻撃してきても同じ。我が軍に牙を剥けば、あっという間に潰されているのは目に見えています。あの男がそれがわからぬはずはありますまい」

「ふむ。ということは、あの男は大義名分以上に頼りにしないほうがよく、過度に警戒する必要もない、ということか」

「御意」

「わかった。キルヒアイスやミッターマイヤー、ロイエンタールと、この件について検討することにしよう」

「は……」

 

 そしてオーベルシュタインは退出した。

 

* * * * *

 

 さて、イゼルローン要塞に帰着してから数日後、また出兵の話がきた。本当に、そろそろ骨休みしたいのに、せわしない話だ。

 

 話によれば、叛乱軍の領内から、帝国に助けを求める通信が届き、それと叛乱軍領内に逃げ込んだという門閥貴族の残党の討伐を口実に、叛乱軍領に侵攻して橋頭保を再び築き、あわよくば叛乱軍の首都星まで攻め込もう、という話になったらしい。

 共和主義者が、敵である専制主義の帝国に助けを求めるのはいかがなものか、と思ったが、他に頼るものがなければそれもやむを得ないことかもしれない。

 

 ただ一つ問題は、その通信の主であるヨブ・トリューニヒトはあまり良い評判のある人物ではない、ということだ。叛乱軍との最前線にあるイゼルローンにいるので、叛乱軍の情報はよく飛び込んでくる。が、その情報のいずれも、トリューニヒトは良い人物ではないことを示していた。

 政権にいたころは、自分の反対者を私兵を用いて陰で潰していた、とか、宗教テロリスト・地球教と結んでいた、とか、クーデターの時には雲隠れして難を逃れ、クーデターが収束したころにひょっこりと現れてトップについた、とかそんな話ばかりだ。

 そんな奴の話を真に受けていいものかどうか、嬉々として攻め込んだら、後ろから刺されるのではないか、という懸念があったが、ローエングラム公の話では、トリューニヒトの地下勢力はとても小さく、例え帝国に牙を剥いたとしても大した影響はないから大丈夫、ということだ。

 

 さて、作戦についてだが、我が艦隊群は今回は舞台裏だ。

 叛乱軍は前線司令部をアスターテ星域に置いている、という。そこで我が艦隊群はヴァンフリート星域に進出して、そのアスターテの敵軍をけん制することになった。その間に、ローエングラム公率いる主力がティアマト方面から攻め込む、という寸法だ。

 なぜ、ヴァンフリートやアルレスハイムの方から攻め込まないか、というと、そちらから攻めた場合、敵の拠点があるアスターテを通らなければならないからだ。それに、三方向から攻めた場合、それだけ戦力の分散を招くことになる。

 

 まぁ、舞台裏とはいえ、手を抜くわけにはいかない。やるべきことをやらなければな。

 

 わしはさっそく、艦隊の整備を始めた。

 

* * * * *

 

 一方そのころ。アスターテ星域の惑星アトラ・ハシース。

 

 その惑星上のヤン独立軍司令部に、ヤン・ウェンリーは降り立った。

 指令室にやってきた彼を、先に到着していたスタッフや艦隊司令官たちが出迎える。

 

「ヤン・ウェンリー大将だ。これからよろしく頼むよ」

「先輩、お待ちしてましたよ。また一緒につる……戦えることになって嬉しいです」

「相変わらずだね、アッテンボロー。一緒につるむことができて、と素直に言っていいんだよ」

 

 そのヤンに、まじめそうな男……総参謀長のムライ少将がせきばらいする。

 

「……こほん、提督。よろしくお願いします。真面目に」

「あ、あぁ、ムライ少将、よろしく頼むよ」

「パトリチェフ准将です。よろしく頼みます。はっはっはっ!」

 

 その豪快に笑いながらあいさつしたパトリチェフは、ヤンの背中を大きくたたき、彼は大きくせき込んだ。

 

 そしてそこに、フレデリカがやってきた。

 

「ん、どうしたのかな? グリーンヒル大尉」

「はい。情報部からの報告で、帝国軍が同盟領への本格的な侵攻作戦を開始したそうです」

 

 それを聞き、ヤンの顔がまじめになる。

 

「着任してさっそくか。まさか、プラン・アルファよりベータのほうが先になるとは思わなかったな。わかった。情報部には、帝国軍の動きを早く正確につかむように言ってくれ」

「わかりました」

「おそらく今度の作戦は、帝国軍の動きと、それを知ることが鍵だ。しっかり調査するように言ってくれ。くれぐれも……」

「はい。猫の餌係という評価がつかないように、ですね。了解しました」

 

 そう言って、ヤンとフレデリカはお互いうなずきあう。

 その意味がわかったのは、彼ら二人しかいなかったが。

 

 それはともあれ。

 

 帝国のラインハルトとフォーゲル、そして同盟のヤン・ウェンリー。

 銀河を代表する英雄たちの最初の対決が、いよいよ始まろうとしていた―――。

 

 




最後の『猫の餌』係という表現は、星界シリーズからのものです。
二人とも、あのアニメを見ていた、ということで。

いよいよ、ここからいよいよ戦いが始まりますよ!

次回『大騒ぎの前』

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第11話『大騒ぎの前』

さてさて、はじまりました帝国軍の同盟領侵攻作戦。

これに対して、ヤンは果たしてどのような手を打つのか?

どうぞお楽しみください!


 さて。ヤン・ウェンリーが情報部に調査を指示して間もなく、さっそく第一報が送られてきた。

 どうやら、同盟軍の情報部は猫の餌係ではなかったようである。

 

「提督。イゼルローンから4個艦隊が出発。ヴァンフリート星域に向かっているようです」

「ふむ……」

 

 その報告を受けて、考え込むヤンに、ムライ参謀長が意見を述べる。

 

「閣下、これは、ヴァンフリートを経由して、このアスターテに攻め込むつもりなのではないでしょうか? 出撃して迎撃したほうがよろしいのでは?」

 

 だが、その意見に、ヤンは首を振った。

 

「いや。警戒は必要だけど、出撃する必要はないと思うよ。今はまだ、ね」

「なぜですか? 艦隊のコースから見て、帝国軍がここを狙っているのは明らかではありませんか」

 

 ムライがそう言うと、ヤンは頭をかいて、コンソールを操作した。スクリーンに、イゼルローン周辺の星図が映し出されている。

 

「よく考えてみてくれ。帝国軍はここアスターテに、私たちが拠点を置いてるのを知ってるはずだ。当然、ここにはそれなりの戦力が置かれているのも予想しているだろう。そんなところに、4個艦隊という半端な戦力を派遣するだろうか?」

 

 そのヤンの言葉に、パトリチェフが腕を組んでうなった。

 

「なるほど。例え、この4個艦隊の後に本隊が来るとしても、距離から見て、各個撃破になりかねませんからな。あのローエングラム公がそんな愚策を打つとは思えませんか」

「そうなんだよ。もし、彼らが本気でここを落とそうとするなら、イゼルローンの奴らより先に、オーディンの本隊が出発していなければおかしいんだ。それに……」

 

 そこでヤンはまた頭をかいた。そして続ける。

 

「もしあの戦力でここに落とそうと本気で考えるなら、こちらが態勢を整える前に、一気に進軍して叩かなきゃいけない。だけど、この4個艦隊には急ごうという様子が見えない。まるで、ここを攻めるのが目的ではないかのように、ね」

 

 そこまで言って、ヤンは肩の力を抜いた。そして、椅子の背もたれによりかかって一言。

 

「まぁ、もう少しで答えは出るよ」

 

 そんなヤンに、ムライが一言。

 

「提督。昼寝をするなら司令官室でお願いします」

 

* * * * *

 

 それから数日後。

 司令官室で昼寝しているヤンの元に、フレデリカがやってきた。

 

「何かな?」

「はい。情報局から報告がありました。オーディンから大艦隊が進発した模様です。フェザーンからの追加情報では、この大艦隊の狙いは、アスターテではなく、ティアマトをはじめとした、アスターテより北の星域だそうです」

「なるほど……やっぱりね」

「もしかして、ヤン様……提督は、最初から敵の狙いに気づいておられたのですか?」

「あぁ。だいたいはね。確証が持てなかったから、あの場では言わなかったけども。確証の持てないことで作戦を立てるのは失敗の元だから」

 そのヤンの言葉に、目をきらきらさせるフレデリカ。また彼女の中のヤン愛が燃えてきたらしい。

 

「そうですか、さすがヤン様です!」

「ははは、嬉しいけど、前世のようにふるまうのは、ここでだけにしてくれよ。さて、それじゃアイランズ氏の元に通信をつないでくれるかな?」

「あ、はい、わかりました」

 

 そして、スクリーンにアイランズの姿が映し出された。あからさまに慌てた様子である。

 

「おぉ、ヤン提督か! 今、君のところに通信を入れようとしていたところなのだ」

「そうだったのですか。その様子では既にご存じのようですね」

「あぁ。オーディンから帝国軍の大艦隊が出撃したという報告は、私も受け取っている。宇宙艦隊のほうでも、それを受けて艦隊の準備を進めているところだ」

「そうなのですか。あの、実はそのことについて提案というか、要請があるのですが……」

 

 そこでヤンは自分の腹案についてアイランズに話した。それを聞いたアイランズが渋い顔をする。

 

「……というわけなんですがね、いかがでしょうか?」

「なるほど。しかし、それは……」

「えぇ。確かに共和主義国家としてはグレーゾーンだというのはわかっています。ですが、戦争のさいに、市民を内陸に避難させるというのは、市民を犠牲にしないためによくあること。それにちょっとプラスアルファするだけです」

「むぅ……」

「それに、これがうまくいけば、帝国軍に大打撃を与え、和平に持ち込むことができるかもしれません。なんとかご協力をお願いできませんか?」

 

 ヤンがそう言うと、アイランズは渋い顔をしたままうなずいた。

 

「そうか……うむ……よし、わかった。君の提案を受け入れよう。私は元国防委員長だったとはいえ、軍事のことはよくわからんが、どうやら、君の答えが最適解らしい」

「ありがとうございます」

 

 そして通信は切れた。

 

「あ、グリーンヒル大尉、少しそこで待っていてくれ。今、作戦案を作るから」

「あ、はい」

 

 そして、ヤンはコンソールに向きなおり、うんうんうなりながら、コンソールを操作する。

 そして操作が終わると、コンソールからディスクを抜き取り、グリーンヒル大尉に手渡した。

 

「よし、できた。大尉、これをただちに、ハイネセンの統合参謀本部まで送信してくれ。それと、司令部スタッフと各艦隊司令官を、作戦室に集めてくれないか?」

「了解しました」

 

 そして、フレデリカが退出したのを見届けると、ヤンは椅子の背もたれに寄り掛かるようにもたれこんだ。

 

「さて、それじゃもうひと眠りするかな」

 

 責任重大な身分になっても、人格が少し変わっても、ヤンはヤンなのであった。

 

* * * * *

 

 さて、一方、我が銀河帝国軍・フォーゲル機動艦隊群。

 

「司令、惑星カトルブラの占領が完了しました」

 

 そのバルトハウザーの報告にわしはうなずく。

 

「うむ。では、その惑星に仮司令部を設営する。作業にかかれ」

「はっ!」

 

 まずは第一歩、というところか。

 ここに仮司令部を作ることができれば、本隊が進軍している間、敵をけん制するのにも役に立つし、もし今回の戦いが失敗しても、叛乱軍に対する橋頭保とすることもできるかもしれない。作っておいて、損はなかろう。多分。

 

 それにしても……。

 

「何か?」

 

 おっと、つぶやいていたのを聞かれていたか。わしは聞いてきたナイゼバッハに苦笑しながら返した。

 

「いや、ずいぶんすんなりうまくいったな、と思ってな。てっきり、敵が迎撃に来るかと思ったが」

「あ、確かにそうですな」

 

 わしの言ったことに、ナイゼバッハもそう言ってうなずく。

 そう、ずいぶんうまくいった、というかいきすぎた、という気がしないでもない。敵にとっては前線拠点であるアスターテの目の鼻の先に拠点を作られて落ち着いていられるわけがない。普通ならすぐにでも出撃して潰しに来そうなものなのだが。

 うまくいってることは何よりだが、わしはなぜかこのことに不安を感じずにはいられないのだった。

 

 そしてそこに、バルトハウザーが新しい報告を受け取ったようだ。

 

「司令。周辺の宙域におかしい動きがあると報告がありました」

「おかしい動き?」

「はい。詳しいことまではわかりませんが、人や物資の動きが激しくなっている、と」

「ふむ……」

「それが意味するところまでは、まだわかりませんが」

 

 その報告を聞き、わしは考え込む。

 叛乱軍が物資を激しく動かしてるというのは、気になる話だ。ただの偶然かもしれぬが、奴らが何か考えているのかもしれない。一応気を付けておいたほうがよさそうだ。

 

「そうか。引き続き、そのことについて調査しておくように伝えておいてくれ」

「はっ、わかりました」

 

 わしが、叛乱軍が迎撃してこなかったこと、そして物資の流れに隠された策を結びつけることができたのは、それから1カ月ほど後のこと。オーディンを進発した本隊が、エルゴン星域まで到達したころであった。

 




さてさて、果たしてヤンは何をしようとしているのか!?
その答えは……次回!

というわけで次回
「好事って魔が多いそうですよ」

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第12話『好事って魔が多いそうですよ』

 アスターテ星域、惑星アトラ・ハシースのヤン独立軍司令部。

 

 そこの作戦室で、フレデリカがヤンに最新の報告を行っている。

 

「ティアマト、ダゴン、エルゴン各星域の惑星からの全住民、全物資の引き上げは80%ほど完了した、とのことです」

「そうか、順調のようだな。先輩、ありがとうございます。助かりましたよ」

 

 ヤンがそうぺこりと軽く頭を下げると、独立軍の兵站担当参謀であるキャゼルヌは渋い顔をして答えた。

 

「お前はそう頭を下げるだけで済むがな。こちらは大変だったんだぞ。兵站がパンクするかと思った。もしパンクしたらどうするつもりだったんだ?」

「いえ、キャゼルヌ先輩だったら、パンクさせずにやってくれると信じてましたよ」

 

 それは本心である。前世で銀英伝を読み込んだ彼としては、キャゼルヌがこれだけのことを兵站をパンクさせずにやってのける力があると知っていたし、信じていたのである。

 

「それで例の件はどうかな?」

「はい。『彼ら』は既に所定のポイントに到達。補給艦隊襲撃の準備を整えている、とのことです。しかし閣下、本当に彼らを信用して使ってもいいのでしょうか?」

 

 フレデリカにそう聞かれると、ヤンは頭をかいて返事した。

 

「あぁ。パストーレ元中将やストークス元少将がお目付け役としてついてるから大丈夫だと思うよ。それに、政府としては『共和主義のすばらしさに目覚めた貴族たちに力を貸す』という名分があるから、波風が立つこともない。何より、使えるものは何でも利用しないとね」

 

* * * * *

 

 一方そのころ。ティアマト外縁部の小惑星帯に、ある艦隊が伏せていた。

 構成されている艦はどれも、帝国軍の標準型戦艦である。しかしその色は、一般艦隊のものとも、黒色槍騎兵のものとも違い、同盟軍の戦艦と同じ緑色に塗装されていた。

 そのうちの一隻の艦橋に立つ男に、オペレーターが報告する。

 

「男爵閣下、軍事補佐官殿、間もなく、敵補給艦隊が襲撃ポイントに到達します」

 

 その報告を受けた同盟軍軍服を着た男……パストーレが、片割れに立つ男に丁寧に声をかける。

 

「男爵閣下、いよいよ我々の初陣です。各員に激励の言葉をお願いします」

「うむ! 皆の者! いよいよ我々、正統なる帝国貴族が集う銀河帝国正統政府軍の初陣である! 帝国を再び我ら正しき貴族たちの手に取り戻し、あの金髪の孺子に一泡吹かせるのだ! 皆の力、この私、フレーゲル男爵に貸してほしい!」

 

 その言葉に、艦橋から、そして周囲の艦からも歓声があがる。もっとも、歓声を上げたのは、フレーゲルと同じ貴族たちだけであったが。

 

「お見事でした、男爵閣下。よし、全艦、戦闘配置!」

 

 フレーゲルを差し置いて、戦闘準備の指揮をとるパストーレに、フレーゲルは顔をしかめて抗議する。

 

「あの、助けてもらってこんなことを言うのもなんだが、パストーレ軍事補佐官殿。この正統政府軍の首魁は私なのだが……」

「何を言っているのです、フレーゲル男爵殿。組織のトップたる者は、実際の指揮は下の者に任せ、椅子にどっしりと座って構えていればいいのです。それも真の貴族のふるまいですぞ」

「そうか、そうだな! それではパストーレ軍事補佐官殿、ストークス副軍事補佐官殿。後のことはよろしく頼むぞ!」

「了……御意」

 

 うまくフレーゲルを言いくるめ……もとい、納得させて艦隊指揮に戻るパストーレ。なお、うまくフレーゲルを説得することができたのは、ヤンが前世の記憶をもとに記した『門閥貴族説得マニュアル』のおかげだということを、フレーゲルは知らない。

 

 かくして、『銀河帝国正統政府軍』の新緑の艦隊は、猛然と目の前の補給艦隊に襲い掛かった!

 護衛艦隊が迎撃に動く前に、正統政府軍の各艦は機先を制し、レーザーやミサイルを発射し、敵を次々と沈めていく。

 

 パストーレの指揮は実に見事であった。彼は、護衛艦隊を沈めながら、輸送艦を重点的に攻撃していったのだ。

 かくして、戦闘が終わったころには、ほとんどの輸送艦は宇宙の塵となっていた。

 

 それを見たパストーレは矢継ぎ早に指示を出す。

 

「よし、長居は無用だ! ただちにこの星域を離脱するぞ!」

「なに? パストーレ軍事補佐官殿。このまま孺子を潰しにいくのではないのか?」

 

 また異論を述べてくるフレーゲルに、パストーレは『門閥貴族説得マニュアル』の内容を思い返しながら返答する。

 

「いえ、ローエングラム公の艦隊はいまだ強力です。今挑んでもただ踏みつぶされるだけでしょう。ここは敵の戦力を少しずつ削り取っていくのが肝要です。偉大なフレーゲル男爵閣下なら、言わなくてもおわかりのことだと思いますが」

「おぉ、そうだな! パストーレ軍事補佐官殿の言うとおりだ! よし、軍事補佐官殿。その方に任せるぞ!」

「ははっ」

 

 見事にフレーゲルを手玉にとり誘導していくパストーレの手腕に、フレーゲルの参謀であったシューマッハは目を輝かせるのであった。なお、彼もこの手腕が『門閥貴族説得マニュアル』のおかげだということを知らない。

 

* * * * *

 

 一方、ラインハルト率いる帝国軍侵攻艦隊本隊は順調、どころか出来すぎているほど順調に進軍していた。

 総旗艦ブリュンヒルトの中で、ラインハルトは各艦隊からの報告を受け取る。

 

「閣下、エルゴン星域のレンネンカンプ艦隊より報告。星域内の各惑星を制圧した、とのことです」

「ふむ。ティアマトのルッツ、ワーレン艦隊のほうはどうだ?」

「はい。そちらも滞りなく制圧したとのことです。ただ……」

「ただ?」

 

 ラインハルトは、眉をぴくりと動かし、報告してきた副官のシュトライトのほうを見た。

 

「ルッツ艦隊からの報告では、惑星アンシャルの市街地には一人の市民も見当たらず、物資もほとんど見当たらないと」

「なに?」

 

 ラインハルトはその報告に違和感を感じた。市民が見当たらない、というのはあり得ない話ではない。政府が市民が戦火にさらされるのを防ぐため、内地のほうへ避難させることも考えられるからだ。しかし、物資がほとんど見当たらない、というのは……。

 

「各艦隊に伝達せよ。各艦隊が担当した惑星の市街地の様子を至急確認せよ、と。それと、補給艦隊にも状況を確認させよ」

「了解しました」

 

 そして結果はすぐに出た。

 

「惑星ラームのワーレン艦隊より報告、やはり市民、物資ともに存在せず、と」

「惑星シャンプールのレンネンカンプより報告。市街地はまるでゴーストタウンのようになっており、物資も見当たらず、とのことです」

「惑星ウォフ・マナフのケンプ艦隊より報告。市民の姿は見当たらず、物資倉庫は全て空。住宅にも一切の物資はなかった、ということです!」

 

 次々と報告がもたらされる。そのたびに、ラインハルトの表情が険しくなっていく。

 そして決定的な報告がもたらされた。

 

「か、閣下! 補給艦隊からの応答ありません! 通信途絶!」

 

 それを聞いてラインハルトはいきなり立ち上がった。幕僚たちが何事かと彼の方を向く。

 

「してやられたか! 各艦隊、ただちに撤収の準備をせよ!」

「閣下!?」

「叛乱軍は我々を領内の奥深くまで誘引し、焦土戦術と補給線の寸断により物資不足に陥れ、それによって士気が低下したところを一気に叩きつぶす腹積もりだ!!」

 

* * * * *

 

 ラインハルトが全軍撤退を決めた直後の、惑星アトラ・ハシース。

 その衛星軌道上に浮かぶヤン独立軍艦隊、その総旗艦であるヒューベリオンの艦橋に座り込んでいるヤンの元に、フレデリカが報告にやってきた。

 

「閣下。帝国軍に動きがありました。撤退にかかっているようです」

「こちらの狙いに気づいたか。こちらの想定より早く気付くとは、さすがローエングラム公というところだね」

「同感です。ですが、どうしますか?」

「何、確かに想定より早かったけど、まだ十分挽回は可能は範囲だよ。同盟軍主力艦隊のビュコック長官に打電してくれ。急いでエルゴン星系になだれ込み、そこの帝国軍艦隊を叩き潰すとともに、帝国軍をティアマトに追い込んでくれ、ってね」

「わかりました」

 

 そしてヤンは頭を一度かくと、自分の前方にいる独立軍主力艦隊副指令のフィッシャー准将に指示を出した。

 

「フィッシャー准将。独立軍各艦隊に伝達。我が主力艦隊とアッテンボロー艦隊、モートン艦隊はただちに出撃。アスターテとティアマトの境界付近に布陣する。カールセン艦隊は引き続きここに駐屯し、ヴァンフリートの敵軍をけん制してくれ」

「了解しました」

「任せてください先輩。腕がなりますよ」

「了解いたしました」

「了解です。艦隊戦の晴れ舞台に出れないのは少し残念ですが、拠点を守るというこの大任、果たさせていただきます」

 

 そう気負って言うカールセン少将に、ヤンは頭をかいて言う。

 

「カールセン提督、くれぐれも無理はしないようにね。せいぜい、我々がローエングラム公をたたくまでの時間稼ぎをしておいてくれればいいよ。無理に奴らを撃破する必要はない。アスターテが無事ならそれでいいんだ。必要とあればアレらを使ってくれても構わないから」

「了解いたしました。お墨付きを頂きましたので、使えるものはなんでも使わせていただきます」

「あぁ、よろしく頼む。それでは全艦、発進!」

 

 そして、ヤンの号令一下、ヤン独立軍の3個艦隊はアトラ・ハシースを発ち、目的地へと向かった。

 

 帝国軍と同盟軍。その最初の決戦にして、ラインハルト最初の危機がまもなく、始まろうとしている……!

 




さてさて! 原作アムリッツァでの同盟軍の立場に陥った帝国軍。(まぁあれよりはいくらかましですが)
果たしてラインハルト、そして帝国軍の運命は!?

次回、ついにラインハルト側に戦死者が出ます!

次回
『さらば、提督レンネンカンプ~愛(?)の戦士たち』

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追伸
サブタイの元ネタは言うまでもなく、某宇宙戦艦からです(笑


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第13話『さらば提督レンネンカンプ~愛?の戦士たち』

いよいよヤンの逆襲が始まります!

その最初のターゲットは……?

なお、サブタイはテレサの導きである(謎


 エルゴン星域に展開中のレンネンカンプ大将率いる艦隊と、ケンプ中将率いる艦隊。

 彼らも、ラインハルトからの撤退命令を受け、ただちに撤収の準備にかかっていた。

 

 その彼らの艦内に、急を告げる警報が鳴り響く!

 

「何事だ!?」

 

 オペレーターにそう怒鳴るように尋ねるレンネンカンプに、オペレーターは戦慄した声で報告した。

 

「は、叛乱軍艦隊です! シヴァ星域方面から叛乱軍艦隊が急速接近中!」

「規模は!?」

「3個艦隊。で、ですがその後方から、さらに6個艦隊も接近中です!」

 

 その報告に、レンネンカンプ艦隊旗艦、『ガルガ・ファルムル』に戦慄が走る。

 こちらは2個艦隊、向こうは総勢9個艦隊。抗戦しても勝機がないのはわかりきっている。

 

 そこに、ガルガ・ファルムルに通信が入る。ケンプ艦隊からだ。

 

「レンネンカンプ大将。そちらでも既にお気づきかもしれませんが……」

「うむ。叛乱軍の大艦隊がこっちに向かってきている。ここで我らが立ち向かっても、かなわないであろう。ローエングラム公からの撤退命令もある。撤退するしかあるまい」

「しかし、これだけの大軍を前にしての撤退こそ、至難の業かと……」

「うむ……」

 

 そこで、レンネンカンプは悲壮な顔つきで答えた。

 

「ケンプ中将は急速離脱し、この星域から撤退されよ。ここは我が艦隊が後退しながら時間を稼ぐ」

「なっ!? れ、レンネンカンプ大将は大将の身。帝国軍にとって大事なお方です。ここは私が……!」

 

 そのケンプの言葉に、レンネンカンプは首を振った。

 

「いや、ケンプ中将は、新型ワルキューレの運用試験や、その戦術研究という大任があろう。卿のほうがこれからの帝国軍にとって重要性は高い。その卿を失うことは、帝国軍……いや、帝国にとって大きな損失だ。卿を失うわけにはいかぬ」

「レンネンカンプ大将……」

「さぁ、早く行かれよ。そして必ずや、帝国に未来を」

「了解……」

 

 そして通信は切れた。そして瞑目した後、レンネンカンプは指揮下の艦隊に命を下す。

 

「我が艦隊はこれより、方形陣を展開。後退しながら、敵の進撃を食い止める。なお、30才以下の士官はただちに退艦せよ」

「なっ……!」

「未来ある卿らをここで死なせるわけにはいかん。これは命令だ」

「はっ……」

 

 そして、彼の命令を受け、若いブリッジクルーが粛々と艦橋を退出していく。

 だが、一人だけ立ち去らない者がいた。レンネンカンプの副官、クナップシュタイン大佐である。

 

「どうした、クナップシュタイン大佐? なぜ退出しない。30才以下の士官は退艦せよ、と命じたはずだ」

「いえ。私は残ります。敬愛する閣下がこの場に残るのに、私だけが退艦するわけにはいきません。それに、副官の小官がおらねば、艦隊の指揮に差しさわりがあるでしょう。軍事法廷行きは覚悟しておりますので、どうか残るのをお許しください」

「馬鹿者が……好きにするがいい」

 

 そしてレンネンカンプは、再び正面のスクリーンに視線を向けた。

 

* * * * *

 

 一方そのころ同盟軍艦隊。

 今、この星域には、司令長官であるビュコックの司令部直属艦隊をはじめとして、パエッタ、ボロディン艦隊が既に展開していた。その後方には、ルフェーブル、ホーウッド、ウランフ、アップルトン、アル・サレム、そしてムーアの各提督の艦隊も続いている。いわば独立軍を除いた同盟軍全艦隊がこのエルゴン星域に向かっているのだった。

 

 その司令部直属艦隊、旗艦リオ・グランデの艦橋で、ビュコック大将は、目の前の艦隊が方形陣をとり、後退するのを見てとった。

 

「敵の司令官は、なかなか立派な武人のようじゃな。友軍を逃がすため、殿を引き受けるつもりだ。そればかりか、生き残り、自らも撤退に成功するため、できる限りの手を打っておる」

 

 そのビュコックの言葉に、参謀長のチャン・ウー・チェン中将もうなずいて同意する。

 

「そうですな。死なせるのは惜しい人物でありますが」

「うむ。だが、ここは戦場。情けをかけるわけにはいかん。全軍前進、展開している艦隊を突破し、撤退している敵を追撃する」

 

 かくして同盟軍艦隊は、立ちふさがるように展開しているレンネンカンプ艦隊に突進していった。

 

* * * * *

 

 しかし、同盟軍は、意外な苦戦の中にいた。

 レンネンカンプ艦隊は、同盟軍艦隊の有効射程内に入らないよう気を付けながら、慎重に後退し、さらに小惑星やコンテナ、惑星シャンプールを守る防御衛星など、ありとあらゆるものを使って、同盟軍の進撃を阻んでいるのだ。

 さらに、エルゴン星域は各所に小惑星帯が点在している。そこにレンネンカンプが配した伏兵の艦隊にも、同盟軍は苦しめられた。

 

 そしてレンネンカンプ艦隊は、艦隊を削られながらも、なんとか撤退戦を演じていた。

 しかし!

 

「直撃、来ます!」

「なに!?」

 

 ミサイルの一発が、ガルガ・ファルムルの艦体に直撃した! その直撃で、電気配線の一部がショートしたらしく、艦橋に爆発が巻き起こる。

 

 爆炎が収まったあと、副官のクナップシュタイン大佐が見たのは、座り込み、脇腹を抑えているレンネンカンプの姿だった。その脇腹からはおびただしい血があふれ出ている。

 

「か、閣下! 軍医! 早く軍医を!」

「騒ぐな、クナップシュタイン大佐! ここで騒いでは、艦隊が動揺する!」

「す、すみません。しかし閣下、その傷では艦隊指揮は無理です。ここは医務室でご療養を……」

「ふざけるな! この程度で倒れて、ローエングラム公にどのような顔ができようか! いや、この程度で倒れていては、地獄の門閥貴族どもに笑われるわ!」

「……わかりました。それでは、とりあえず応急処置を」

「うむ」

 

 それからも、応急処置を受けたレンネンカンプは引き続き、艦隊の指揮をつづけた。まさに文字通り、命を削りながらの撤退戦の末……。

 

「閣下、ケンプ提督の艦隊、無事にエルゴン星域から離脱した模様です」

「そうか……我ながらよくやった……な……。公に申し開きが立つ程度の働きはできた……か……」

 

 そう言うと、レンネンカンプは、ぐったりと椅子に倒れこんだ。その顔面は蒼白だ。

 

「か、閣下!」

「クナップシュタイン大佐、わしはここまでのようだ。すまんが、後のことは卿に任せる。撤退できる艦は撤退させろ。逃げきれない艦は敵に投降するよう……。部下たちを……これ以上……無駄に死なせることのないよう……」

 

 そしてレンネンカンプはこと切れ、大きくうなだれた。

 それを看取ったクナップシュタインは、悲しみに体を震わせると、クルーに指示を飛ばす。

 

「レンネンカンプ前司令官の命令を遂行する。撤退できる艦は、それぞれの判断で各個離脱せよ。無理な艦は、本艦の周辺に集結。その後、機関停止し、敵軍の指示に従うよう……。本艦は投降する艦をまとめるため、敵軍に投降する。敵艦隊に投降を打電せよ」

「はっ……」

 

* * * * *

 

 一方の同盟軍艦隊。

 

「ビュコック長官。帝国軍艦隊より降伏する旨、打電がありました」

「そうか……わかった。受け入れよう。ボロディン提督に、投降の処理をさせてくれ。残りの艦隊は、引き続き、敵をおりに追い込む」

「了解です」

「おぉ、そうだ。撤退戦を行っていた司令官はどうなった?」

 

 ビュコックがそう言うと、チャン参謀長は、まるで冥福を祈るように、瞑目して報告した。

 

「はい。戦傷が元でお亡くなりになった、とのことです。どうやら、負傷しながらも指揮をとっていたようで……」

「そうか……。では、この宙域を通過する間、各艦隊は敬礼し、亡くなった敵司令官に哀悼の意をささげるよう通達してくれ」

「わかりました」

「よし、全艦全速。敵を追撃するぞ!」

 

* * * * *

 

 一方の、帝国軍司令長官直属艦隊。

 

「閣下、全軍、このティアマトへの撤退完了しました」

「そうか。我が軍の損失は?」

「はい。レンネンカンプ艦隊が壊滅した、とのことです。艦隊は8割を失い、一部が投降。また、司令官のレンネンカンプ大将が戦傷死した、と」

 

 シュトライトがそう報告すると、ラインハルトは瞑目して言った。

 

「そうか……。惜しい人材を亡くしたな……。だが、損失が1個艦隊だけというのは不幸中の幸いというべきか。まだ致命的な損害ではない。敵軍はどうだ?」

「はい。引き続き接近中。まもなく、ダゴン星域を抜け、このティアマト星域に入るとみられます」

「そうか……。だが、この様子ではこちらがイゼルローンにたどり着くのが先……!」

 

 しかし、そこで彼は見た。ティアマトとイゼルローンとをつなぐ小惑星帯のトンネルの入り口に、おびただしい数の宇宙機雷が敷設されているのを。

 

 そう、ラインハルト、そして帝国軍は、見事にヤン・ウェンリーと同盟軍によって作られた檻に追い込まれてしまったのだ!

 




さよなら、レンネンカンプ、あなたのことは忘れません(涙

さて、次回は久しぶりにブラ公inフォーゲルが登場しますよ!
彼に差し伸べられた手とは?

次回
『トリューニヒトの手、キルヒアイス無双』

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……タイトルでネタバレというのは気にしない方向で(笑


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第14話『トリューニヒトの手、キルヒアイス無双』

補足しておきます。ブラ公の言っていることの意味は、「同盟軍は、これだけ機雷をまいておけば、ラインハルトを仕留めるだけの時間がかせげる、と計算して機雷をまいている。つまり、機雷を排除して助けに向かっていたのでは、絶対に助けに行くのに間に合わない=ラインハルトを助けるのは現状では不可能」ということです。

なお、キルヒアイスの登場についてですが、投票結果が僅差なれど肯定の票が多かったことと、この作品はこういう雰囲気がぴったりと考えて、あのようにしました。
希望があれば、別バージョンも掲載する予定です


「何、作戦中止、全軍撤退だと!?」

 

 ヴァンフリート星域にある我が旗艦、シェルフスタットⅡの艦橋にて、わしは副官のバルトハウザー准将にそう聞き返していた。

 

「はい。侵攻していたところ、叛乱軍による焦土戦術と補給線寸断に遭い、これ以上の作戦行動は危険、ということで……」

「わしの悪い予感が当たったか……」

 

 調査させていた、叛乱軍の物資の怪しい動きの答えがこれで出たな。おそらく奴らは、自国民に被害を出さずに焦土戦術を行うため、人々や物資を領土の中枢方面に避難させていたのだろう。

 答えは出たが、それでもわしは、まだ悪い予感をぬぐい切れなかった。何か重大なことがある気がしたのだ。だが、今はそれを考えるより先にするべきことがある。

 

「むぅ。全軍撤退とあれば仕方あるまい。ただちに撤収する。アスターテの連中が動く前に引き上げるぞ」

「了解しました」

 

 かくして我が艦隊はただちにイゼルローンに向けて引き返した。ところが!

 

「あっ、て、提督! 前方に機雷群!」

「なんだと!?」

 

 オペレーターの報告通り、目前のイゼルローンとヴァンフリートとをつなぐ回廊の入り口部分に、多数の宇宙機雷がまかれていた。びっしりってほどではないが、排除するのにかなり苦労しそうな数ではある。

 

 そして何よりも。

 

 悪い予感の答えが出た。出てしまった。

 なぜ『しまった』と表現したかというと、それはまさに絶望的な答えだからだ。

 

 叛乱軍の焦土戦術、目の前の宇宙機雷。それが最悪の事態という答えで結びついてしまったのだ。

 

 それに思い至ったわしは思わず目の前が真っ暗に……!

 

「ふ、フォーゲル司令!?」

「軍医! 早く軍医を!」

 

* * * * *

 

 一方、こちらはティアマトの帝国軍主力部隊。帝国本土への撤退を図っていた彼らを待ち受けていたのは、夥しい数の宇宙機雷だった。

 

「叛乱軍め。我々をここまで追い込むのが目的だったのか。ここを我らの最期の地にするつもりだ……!」

 

 そう歯噛みするラインハルトに、オペレーターが報告する。

 

「閣下! 叛乱軍艦隊、さらに急速接近中! まもなく、有効射程圏内に入ります!」

 

 それを聞き、うなずくラインハルト。彼は覚悟を固め、号令を下す!

 

「是非もなし。かくなる上は、死力をもってこの戦いを切り抜けるのみ! 全艦、機雷に衝突せぬよう留意しつつ、敵軍の方向に旋回。迎撃態勢をとれ!」

 

 ラインハルトの指令一下、迎撃態勢を整える帝国軍艦隊。その様子は、同盟軍司令部直属艦隊のビュコックからも見えていた。

 

 チャン参謀長が報告する。

 

「閣下、帝国軍艦隊が旋回を開始。迎撃態勢を整えようとしているようです」

「そうはさせてなるものか! 全軍突撃! 奴らが態勢を整える前に機先を制し、一撃を加えよ!」

 

 ビュコックの号令を受け、同盟軍艦隊は一気に距離を詰め、帝国軍が迎撃態勢を整える前に、その艦列の横腹に一撃を加えた。隙を突かれた帝国軍はたちまち大きな被害を受けてしまう。それを一番多く受けたのは……。

 

「閣下、黒色槍騎兵艦隊旗艦、『王虎(ケーニヒスティーゲル)』撃沈!」

「なんだと!? ビッテンフェルトは!?」

「はい。ビッテンフェルト大将は、なんとか旗艦を脱出。隣接した艦に司令部をうつし、戦闘を継続した、とのことです」

 

 その報告に、ラインハルトはほっと安堵のため息をついた。そしてすぐに表情を引き締める。

 

「奴らの好きにさせるな! 態勢を整え次第、反撃を開始せよ!」

 

* * * * *

 

 一方、ヴァンフリートのフォーゲル機動艦隊群、総旗艦シェルフスタットⅡ。

 

「閣下、閣下!」

「う、うーん……」

 

 ナイゼバッハ中将の声に、わしが目を開けると、映ってきたのは、医務室の白い天井だった。

 

「ナイゼバッハ中将……わしは一体どうしたのだ?」

「はい。突然お倒れになられて……。軍医の話では、あまりの心理的衝撃を受けて卒倒してしまったのだろう、と」

 

 それは倒れる。あのようなことに思い至ってしまってはな。

 しかし、倒れてばかりはいられない。できることをしなければ。

 

「そうか……。心配をかけてすまぬ。わしはもう大丈夫だ。それより中将、ただちに会議室に幕僚や提督たちを集めてくれ。重大な話がある」

「はっ」

 

* * * * *

 

 そして会議室。そこには、ナイゼバッハをはじめとした我が艦隊の幕僚、それにファーレンハイトたち我が艦隊群所属の提督が集まっていた。

 

 その場で、わしはさっそく口を開いた。

 

「先に言おう。このままでは、どうあがいても、主力艦隊は敗北する! 下手したらローエングラム司令長官も戦死する!」

「なっ……!」

 

 わしの言葉に、その場にいた皆が絶句した。

 

「叛乱軍は、焦土戦術と補給線の寸断をもって、我が軍の士気を落としにかかり、結果、我が軍は撤退することになった。これは皆も知っているだろう」

「はい」

「だが、奴らの狙いはそれだけに留まらない。奴らの目的は、主力艦隊を一気に追い詰め、有無を言わせぬ状態に追いやり、撃滅することだ。確証はないが、わしは間違いないと思っている」

 

 そこで、ファーレンハイト大将が手を挙げた。

 

「そう考えるからには、何か証拠が?」

 

 もっともな質問だ。わしはそれにうなずいて、彼に答えた。

 

「それは目前の機雷群だ」

「機雷群?」

「そうだ。奴らが本気でこの艦隊群をも追い詰めて仕留めようとしているならば、こちらにも夥しい機雷群を敷設してしかるべきだ。だが、奴らはそうしなかった」

「確かに……」

 

 そう言って、ミュラー大将が腕を組む。わしはうなずいて話を続ける。

 

「そこから考えられることはなにか。奴らはわしらに対してはある程度の時間稼ぎができれば十分だと考えているのではないか、ということだ。それは何の時間稼ぎか? その答えは……」

「ローエングラム公率いる我が軍主力艦隊をしとめるまでの時間稼ぎ、というわけですか……」

「その通りだ。そこで本題に入る。この状況で我が艦隊はどう動くべきか、ということだ。皆の率直な意見を聞かせてほしい」

 

 そしてしばしの沈黙。と、そこで。

 バルトハウザーがある報告をしてきた。

 

「司令、機密回線で通信が入ってきております」

「通信? 誰からだ?」

「はい。トリューニヒト元叛乱軍評議会議長と名乗る者から」

 

 トリューニヒトから? 一体何の用だろう。

 うさんくさいが、今は藁にもすがりたい気分だ。とりあえず聞いてみるとしよう。

 

「そうか、つないでくれ」

「はっ」

 

 すると通信スクリーンに、一人のうさんくさそうな男が映し出された。彼がトリューニヒトなのだろう。

 

「おぉ、フォーゲル閣下! 通信を受けてくださり感謝いたします」

「あいさつはいい。こちらは時間が惜しいのだ。本題に入ってくれぬか」

「はい、これは失礼しました。おそらくそちらでも、今、帝国軍の主力艦隊が窮地に陥っているのはご存じかと思いますが……」

「うむ。それでどう動くべきかを考えていたのだ。助けに行くとしても、おそらくあの機雷群を突破してからでは間に合うまい。かといって、アスターテには敵の拠点がある。奴らが黙って通してくれるとは思えぬ」

 

 わしがそういうと、トリューニヒトはにやりと会心の笑みを浮かべた。

 

「そうでしょうとも。ここで私から貴重な情報を差し上げましょう」

「情報?」

「その通りです。実は、皆さんがおられるヴァンフリートからティアマトには、直接行き来することができる細い回廊があるのです!」

 

 トリューニヒトがそう言うと、別の通信スクリーンが開き、ヴァンフリートとティアマトの星図が映し出された。そこに一本、細い回廊が描かれている。

 

「この通り、一個艦隊が通るのがやっとの細い回廊ですが、ローエングラム閣下を助けに行くのは十分でありましょう。いかがですかな?」

「むぅ……これはまさに天の助けだ。だが二つほど疑問がある」

「なんですかな?」

「まず一つ。このことを叛乱軍は知っておるのか? もし、奴らが知っていて、入口と出口をふさがれたらわしらは袋のネズミになる」

 

 そう言うと、トリューニヒトはしたり顔で返事した。

 

「それは問題ありません。もともとこの回廊は、私が議長であったころ、とある筋からいただいた情報でしてな。あ、もちろん、私直属の調査団に調査させて裏を取りましたが……。後々、私のためになるかと考え、またあまり戦略的に役に立ちそうにないこともあって、他には秘密にしていたのです。おそらく、『かの』ヤン・ウェンリーもご存じありますまい」

「そうか……それは助かる。それではもう一つ。卿がそのような重要な情報を提供するからには、何か目論見があるのではないか? 何が所望だ?」

 

 その質問に、トリューニヒトは大げさな身振りをしながら答えた。

 本当に大げさな男だ。政治家より俳優になったほうがいいのではないか?

 

「いえいえ。特に何もありませんとも。ただ、私のやぼ……もとい、我々の活動のためには、皆さんに負けてもらっては困るだけでございます。しいていうなら、これをきっかけに、少しでも皆さま方帝国と私たちの間に、つながりができれば僥倖というぐらいで」

「そうか。期待には添えないと思うが、ご協力に感謝する」

「いえいえ。それでは健闘をお祈りしておりますぞ」

 

 そして通信は切れた。

 

「これで、本隊が壊滅する前に救援に行けるめどはついたな。だが……」

「はい。例え救援に行けても、ティアマトから撤退する術をどうするかという問題があります」

 

 そのナイゼバッハ中将の言葉に、ファーレンハイト大将もうなずいて同意する。

 

「そうだな。叛乱軍が我が主力を追い詰めるのが目的なら、ティアマトとイゼルローンの境界にも機雷群を敷設しないわけがあるまい」

「……」

「はっ。皆さま、アイゼナッハ大将の言葉を代弁させていただきます。『ファーレンハイト大将の言う通りだ。それをどうにかする術を考えなければ、例え救援に成功して、奴らを一時撃退できても、向こうが態勢を整え治して、再び攻撃してきたら、我々も本隊と運命を共にすることになりかねない』と」

「ふむ……」

 

 再び考え込む我々。だがそこに!

 

「フォーゲル上級大将、心配は無用です」

 

……と、ヒルデスハイムが言った。え、ヒルデスハイム?

 

「ひ、ヒルデスハイム? いきなりどうしたのだ?」

「いえ、フォーゲル上級大将。私は実はヒルデスハイムではありません」

 

 そう言ってヒルデスハイムが、軍服を脱ぎ捨てると……。

 

「えええええ!? キルヒアイス軍務尚書!?」

 

 キルヒアイス!? キルヒアイスナンデ!?

 

 そのあまりの出来事に、その場にいたみんなが口をあんぐりと開けたまま固まった。あのアイゼナッハ提督まで口を開けたまま茫然としている。

 

「実は軍務尚書の仕事は、副尚書に一時お任せして、兵士の一人に扮してこの艦隊に紛れ込んでいたのです。たまにはこんなことをするのもいいものですね」

「はぁ……」

 

 そう言って、笑顔を浮かべるキルヒアイス軍務尚書。

 引き続き、現実に頭が追い付いていないわしは、そう返すしかなかった。

 

 と、そこで、キルヒアイスは軍服の下に着こんでいた軍服を直し、真顔に戻って言った。

 

「さて。私がここにいるのは、おふざけのためだけではありません。実は、こうなることを予期して、卿の艦隊の輸送艦に、あるものを密かに積み込んでいたのです。イゼルローンにもそれを用意してあります。それがあれば、あの機雷群をまとめて吹き飛ばすことが可能です」

「そ、それは……?」

 

 おふざけのため『だけでは』ないのね? おふざけのためという理由もいくらかあったのね?

 まぁそれはおいといて、果たしてキルヒアイス軍務尚書が用意したものはなんなのだろう。

 あれ? そういえば、会議室にいたヒルデスハイムがキルヒアイス軍務尚書が変装した偽物だとしたら、本物はどこだ?

 

* * * * *

 

 その後、シェルフスタットⅡの医務室に、睡眠薬を打ち込まれて眠り込んでいるヒルデスハイム伯の姿が目撃されたとかなんとか。

 




ここで一大企画!
ブラ公の新しい副官を募集します!
男女は問いませんw

「こういうキャラを副官に!」と言う方は、後で更新報告にスレをたてますので、そこにリプの形で書いて言ってください。
皆様の投稿、お待ちしています!
さてさて。次回
「細工はりゅうりゅう、仕掛けは、、、」
転生体得の歴史が、また1ページ


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第15話『細工は流々、仕掛けを……』

さぁ、15話です!
果たしてブラ公はラインハルトを助けることができるのか!?
キルヒアイスが託した『仕掛け』とは……?

さぁ、どうぞ!

※ヤンはともかく、原作では抜群の記憶力を持つフレデリカ(前世にて原作読破済み)が、指向性ゼッフル粒子のことを知らないのはおかしいのではないか?という指摘があったので、それに関する描写を少し修正しました。


 ティアマトでの戦いは、同盟軍優勢に進んでいた。

 

 旋回して、敵艦隊の方向に向きなおそうとしたところに、同盟軍を強襲を受けた帝国軍は不利な態勢に陥ってしまった。さらに、後背に機雷群を抱えた帝国軍は、まさに追い詰められた形となり、なおさら不利になったのである。

 

 しかしそれでも、帝国軍はラインハルトの巧みな防戦指揮のおかげもあり、なんとか崩れずに戦えていた。

 

 だがそこに!

 

「か、閣下! 7時方向から敵軍!」

「なに!?」

 

 戦術スクリーンに映し出される、7時方向から急速に移動してくる光点。それはまさに、ヤン率いる独立軍の艦隊であった。

 

「叛乱軍は、アスターテの守りを捨てるつもりか! ああ、そうか。私を討ち取れば、アスターテを失ってもお釣りがくるからな。叛乱軍の将はかなりのやり手のようだ」

 

 そう言ってうなずくラインハルト。

 

 このヤン独立軍の参戦で、戦況は大きく動き出した。別方向からの敵の襲撃によって、それに対応しようとした帝国軍艦隊の布陣はささやかながらも崩れてしまった。

 

 そして布陣の崩れを同盟軍が突き、帝国軍はさらに被害を拡大してしまう。

 

 帝国軍右翼のワーレン艦隊は、その被害をさらに多く受けることになった。

 

「ワーレン提督。我が艦隊の損耗率が7割に達しました。このままでは瓦解するのも目前かと……」

「やむをえまい。大本営に連絡後、ただちに後退、再編成を……」

 

 ワーレンがそのように、後退を指示した、その時だ!

 

「直撃、来ます!」

「!!」

 

 ワーレンの旗艦、サラマンドルの横腹にレーザーが直撃した!

 艦の各所に爆発が巻き起こり、艦橋にも爆発が発生した。

 それによって吹き飛ばされた部材が、ワーレンの左腕を切断した!

 

「か、閣下!」

 

うろたえて叫ぶ副官をワーレンは一喝した。

 

「騒ぐな。副官の仕事に、上官に代わって騒ぐというものはなかったはずだぞ。……心配するな、俺の左腕は義手だ。以前の戦いで、元の左腕を失ったのでな。また同じ腕を失うとは皮肉なものだが」

 

 そう言って、ワーレンは義手の残骸を蹴り飛ばした。

 

「よし、これで不運を切り離したぞ。それで、艦のほうはどうだ?」

 

 ワーレンの言葉に、オペレーターが、艦の各所をチェックし、上官に報告する。

 

「誘爆多数、火器管制システムダウン、動力室に被弾、動力炉、制御不能! 申し訳ありません閣下、この艦の命運は尽きました」

「仕方あるまい。旗艦を他の艦に移す。ただちに、脱出の準備を急がせろ」

「はっ」

 

 そしてワーレンの迅速な対応により、サラマンドルのクルーは彼を含めて一人欠けることなく、旗艦からの脱出に成功。そして、彼らが戦艦ヴァイデンに移乗した直後、サラマンドルは爆砕した。

 だが、ワーレンはそこに腰を落ち着けることはできなかった。その戦艦ヴァイデンも、敵の猛攻を受け、航行不能に陥り、ワーレンは、さらに戦艦リシテアに、さらにその数分後には戦艦エルベに移乗せざるを得なかったのである。

 

 リシテアからの脱出後、ワーレンはシャトルの中でこうひとりごちたのだった。

 

「全く、まだ不運が残っていたとはな。この分では、俺にも鉄壁の異名がついてしまいそうだ」

 

 そんな中でも、ワーレンはしぶとく指揮を続け、臨時旗艦としたエルベとともに、配下の艦隊を後退させることに成功したのである。

 

* * * * *

 

 同盟軍の猛攻はさらに続く。正面9時方向と、7時方向の2方向から攻撃を受けた帝国軍は、なんとか持ちこたえながらも相手より大きな被害を受け続け、今にも敗北への階段を転げ落ちそうになっていたのである。

 

 そして、ついに独立軍艦隊の砲火が、ラインハルトの旗艦、ブリュンヒルトをとらえようとしていた!

 

 だがそこでヤンはかすかに躊躇した。これはまさにラインハルトを討ち取るチャンスだ。しかし、果たして彼を討ち取ってしまっていいものか、と。

 

 彼を討ち取っては、ラインハルトを失った帝国が怒りや怨恨で和平を拒むのではないか、いや、それ以前にラインハルトという軸を失った帝国が再び内乱状態になり、和平どころではなくなるのではないか。

 ではここで一時停戦し、和平を持ち掛けたところで、ラインハルトがこの停戦と和平に応じてくれるだろうか? プライドの高い彼が、この停戦と和平を断るのではないか?

 

 さすがのヤンでも、討ち取るべきか、和平を打診するかの判断がつかなかったのである。

 

 それで彼がなんとか、和平を打診するという考えを固め、攻撃を中止させようとしたその時。

 

 同盟軍の艦艇が数隻、火の玉となって爆散した。

 

「閣下、4時のほうから帝国軍の新手の艦隊! 3個艦隊です!」

 

 それはまさに、ヴァンフリート~ティアマト間の細い回廊を抜けて、援軍に駆け付けたフォーゲル機動艦隊群であった。

 

「これは参ったね。敵はどうやってヴァンフリートからティアマトまでやってきたんだろうか。まさに魔術師だね。それに、いいタイミングで援軍に駆け付ける。まさに良将と言っても過言じゃないだろうな」

 

 そう感嘆する彼に、参謀長のムライがせきばらいをして言う。

 

「閣下、そう感嘆している場合ではありません」

「おっと、そうだった。こちらもいくらか損耗している状態で、本隊とこの援軍とを相手するのはまさに無謀だ。フィッシャー准将。我が艦隊は後退。ビュコック司令長官の主力艦隊と合流して、艦隊を再編。再び仕掛ける」

「了解しました。しかし、ここで攻勢を中止していいものでしょうか?」

「大丈夫だと思うよ。彼らの後ろには機雷群がとうせんぼしているし、援軍がここに駆け付けるのに時間がかかったことを考えると、彼らがやってきた道も大軍が通るのは難しいと思える。結局、帝国軍が追い詰められてるのは変わらない……はずさ。彼らが、後ろの機雷群をどうにかする魔法を持っていない限りはね」

 

 そう。『魔法』がなければ、帝国軍に逃れる術はない。だが……。

 

「ですが、閣下……」

 

 傍らに立つフレデリカが、小声でヤンに話しかけてきた。ヤンも小声で返す。

 

「ん?」

「もしかして忘れてませんか? ほら、原作でのアムリッツァで帝国が使った……」

「あぁ、そうか……。それはしまったなぁ」

 

 どうやら、ヤンの頭の中の悪魔が悪さしていたらしい。彼は忘れていたのだ。原作のアムリッツァで、帝国が同盟軍の背後に敷かれていた機雷群を一掃した『魔法』を。

 

「だが、今思い出したところで仕方ない話さ。今は、帝国軍が都合よく、あれを持ち出していないことを祈ろう」

「そうですね……」

 

 だが、そのような都合のいい願望こそ、得てしてかなわないものである。

 

* * * * *

 

「フォーゲル司令。敵艦隊は10時方向に後退を開始。どうやら、敵の本隊と合流を図るようです」

「そうか。とりあえず、どうにかなったな。後は仕掛けだけか。仕掛けを持たせたアイゼナッハ艦隊のほうはどうだ?」

「はい。まもなく、イゼルローンとティアマトの境界付近に到着すると連絡がありました」

「うむ」

 

 わしは副官のバルトハウザー准将の報告にそううなずいて、再び正面を見据える。

 

 敵艦隊はいまだ決着をつけるのを諦めていないようだ。再編を行っているものの、撤退する気配がないのがそれを物語っている。

 おそらく、再編が済み次第、再び攻勢をかけてくるはずだ。ローエングラム公を討ち取り、この戦いに決着をつけるために。アスターテにいたと思われる艦隊までここにいるということは、まさにそのつもりなのだろう。

願わくば、奴らが再び攻め込んでくれる前に、仕掛けが完成してくれるといいのだが。

 

 と、そこに、ローエングラム司令長官から通信が入った。

 

「援軍ご苦労であった。卿のおかげで、私も、主力艦隊の将兵たちも助かった。礼を言う」

「いえ、とんでもありません。主君を助けるのは、臣下の務めでありますゆえ」

「そうだな。だがそれでも、この厳しい状況は変わらぬ。背後に機雷群がある限り、追い詰められていることに変わりはないのだからな」

「いえ、心配には及びません。実は、キルヒアイス軍務尚書が、我らにこの事態を打開する仕掛けを渡してくれておりました。ただいま、その仕掛けを持ったアイゼナッハ提督が、それを仕掛けている最中ですので」

「そうか……」

 

 と、そこに警報が鳴り響いた! そして、バルトハウザーがさっそく報告してくる。

 

「司令。叛乱軍艦隊が再び前進してきました!」

「よし、艦隊群全艦隊前進! 他の艦隊と共に大本営直属艦隊の前面に展開。『仕掛け』ができるまで、ローエングラム公を守り切るぞ!」

「……あの、フォーゲル司令。水を差すようで済まぬが、それでは『仕掛け』ができたら見殺しにしていい、というようにも聞こえるが」

「まぁ、細かいことは気にするな」

 

 というかヒルデスハイム、いたのね。

 

* * * * *

 

 かくして再び戦いは始まった。我が艦隊もいるとはいえ、機雷源と敵艦隊にはさまれ、我が軍はかなり不利な戦いを……

 

 強いられているんだっっ!!

 

 ……こほん。違う作品のネタはおいといて。

 

 さらには敵軍も、ここでローエングラム公の首をあげようと必死に攻撃を仕掛けてくる。我がシェルフスタットⅡの僚艦も何隻か、敵の猛攻を受けて火の玉となっている。

 このままでは、仕掛けができるより先に、こちらがやられてしまいそうだ。

 

「司令、敵の攻勢は激しく、このままでは突破を許すことに……」

「むむぅ……仕掛けはまだか!? このままでは持たんぞ!」

 

 と、その時!

 

 後方で爆発が発生した! アイゼナッハ艦隊の仕掛けか!?

 

「司令。アイゼナッハ提督より通信。『花火は盛大にあがった』とのことです」

「見てくれたまえ、司令! 後方の機雷群が!」

 

 ヒルデスハイムの言葉に、背後を振り返ると……。

 

 おぉ、やった! 後方の機雷群がきれいさっぱりなくなっているではないか!

 

 これこそ、キルヒアイス軍務尚書がわしに持たせてくれた切り札の仕掛け、『指向性ゼッフル粒子』だ。

 これを機雷群のある空間に充満させ、あとは艦砲で火をつければ、大爆発が起こりご覧の通り、というわけだ。

 

 今回わしはこれを、アイゼナッハ提督に持たせ、まずはヴァンフリートにある機雷群を吹き飛ばした。そして、イゼルローンで指向性ゼッフル粒子を再び補充した後、ティアマトの境界に向かわせ、機雷群を排除してもらった、というわけだ。

 

 どうして、一緒にここまで持ってこなかったか、というと、こちらのほうでやろうとすると、それを敵軍が阻止しようとしてくる可能性があるからだ。それでこちらに火がついてしまったら、大変なことになってしまう。

 時間はかかったが、安全第一に事を進めた結果がいい結果を生んだようだ。急がば回れ、安全第一、これ絶対。

 

「よし、退路は開かれた! 大本営に撤退を打診せよ! 我が艦隊も、敵の追撃を阻みながら後退する!」

 

 この撤退の打診は誠意をもって報われた。すぐさま大本営直属艦隊が撤退を開始し、他の艦隊も後退を開始した。

 

* * * * *

 

 退路が開かれ、ただちに撤退を開始する帝国軍艦隊。だが、そのまま撤退を許すほど、敵も甘くない。

 

 同盟軍は、ラインハルトの直属艦隊に追いつき、彼の首をあげようと、激しい追撃を仕掛けてくる。

 

 フォーゲルの機動艦隊群は、他の艦隊とともに、後退しながらその追撃を阻むべく防戦する。

 

 その戦いの中!

 

 ルッツ艦隊の旗艦、スキールニルのエネルギー中和磁場を突き破り、レーザーがその艦体に突き刺さった!

 運悪く、そこはメインのヘリウム3貯蔵庫で、爆発を起こしたヘリウム3が、艦隊を大きく激しく引き裂く!!

 

 艦橋に大爆発が巻き起こり、爆炎が艦橋を多い、爆風が駆け抜ける!

 

 気が付いた副官が見たのは、胸に建材が突き刺さったルッツの姿であった。

 

「て、提督!」

「ふ……。以前ローエングラム公と交わした。『生きて元帥杖を頂く』という約束、守れなくなってしまったな……」

「何をおっしゃいます。傷は軽いですぞ!」

 

 そういう副官に、ルッツは首を振ってこたえた。

 

「バカを言え。胸に建材が刺さっているのに、何が軽いものか……。副官、済まぬが、俺の代わりに、ローエングラム公に約束を守れなかったこと……詫びておいて……くれ……」

 

 そしてルッツはこと切れた。

 そして彼の死に寄り添うように、しかし、彼の遺志を尊重するように、副官をはじめとしたクルーが旗艦を脱出した直後、スキールニルは大きな閃光を発して爆沈した。

 

 ルッツという犠牲を出しながらも、帝国軍艦隊はそれからも粘り強く防戦を続け、どうにかイゼルローンの防空圏内まで到達、撤退に成功したのだった。

 一方の同盟軍も、これ以上深追いして、トゥールハンマーの射程に入る愚を避け、撤退を開始。ここに帝国軍の同盟領侵攻作戦、そして第7次ティアマト会戦は終結したのである。

 

 しかし、この戦いによる損害は軽視できないものがあった。

 レンネンカンプとルッツという二人の将の死に加え、艦艇もかなりの数を損失。回復はいまだ可能ではあるものの、フォーゲル機動艦隊群以外の主力艦隊は、再編し、再び活動可能になるまで、少なくない時間を必要とすることを余儀なくされたのである。もっともフォーゲルの機動艦隊群も、かなりの損害を受け、再編しなければ再び動けない状態であるが。

 

 もっとも、同盟軍のほうも、ラインハルトと停戦、和平するか、彼を討ち取るという戦略的目標を達成できなかった。こちらも、戦術的には勝ったが、戦略的には負けた、という結果に落ち着く。

 

 かくして、帝国軍による同盟領侵攻作戦は、双方ともに不本意な形で終結を迎えたのである。

 




さてさて、お待たせしました!
新しい副官が決定しました!

新しい副官は、荒覇吐さんが投稿してくれたナギ・シュトラール(25・女)です! 荒覇吐さん、投稿、ありがとうございます!

なお、名前やキャラクターは、こちらで多少アレンジする場合がありますので、そこはご了承くださいませ(なるべく原案に近いようにする努力はします)

さてさて、次回は、戦いの後の色々の話です。ほっと一休み。

次回
『次なる戦いへの序曲(オーバーチュア)』

転生提督の歴史が、また1ページ

※事情により、次話の掲載は、来週の月曜日、10月19日になります。それまでお待ちいただけると幸いです。


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第16話『次なる戦いへの序曲(オーバーチュア)』

「ラインハルト様、ご無事で何よりです」

「あぁ、フォーゲル上級大将や、何よりお前のおかげだ。ありがとう」

 

 宰相府で、キルヒアイスにそう声をかけられたラインハルトは、そう返すと宰相府の椅子に座った。

 

「しかし、今回の戦いでの損害は無視しえないものがあった。艦隊も再編にかなりの時間を要するほどダメージを受け、何よりもルッツ、レンネンカンプの戦死……。しばらく我が軍は動けまい。イゼルローンとフォーゲルがいまだ健在で、叛乱軍がイゼルローンから攻めてきても問題がないのが、せめてもの救いか」

「確かにイゼルローンから彼らが攻めてきても、イゼルローンとフォーゲル上級大将がいる限り、攻略されることはないでしょう。ですが、問題は……」

 

 キルヒアイスがそう懸念を述べると、彼を言おうとしてることを読み取ったラインハルトが、顔をしかめた。

 

「わかっている。フェザーンのことだろう。俺でさえ、フェザーンを通って侵攻することを考えているくらいだ。あれだけの戦略をやってのけた叛乱軍の首脳がそれに気づかないわけがない。気づかないと思っているのは、門閥レベルの無能か、思考停止してるやつぐらいだ」

 

 そこでラインハルトは一度言葉を切ると、窓の外を見やり、「だが」と続けた。

 

「大きな損害を受けた我が軍に今、フェザーンのほうを警戒する余裕がない。いずれはそちらを警戒するための艦隊群を創設する必要はあるが、今の状態ではな……。願わくば、しばらく奴らが、イゼルローンのほうに固執してくれることを願いたいが……。今はまずは軍の再編成が急務だ」

「そうですね……」

 

* * * * *

 

 一方そのころ。自由惑星同盟領、アスターテ星域の惑星アトラ・ハシース。

 ヤン独立軍が戦いを終えて帰還して数日後。全てのスタッフが到着し、ここにヤン独立軍は、晴れて正式に始動とあいなった。前回の戦いは、あくまで帝国軍が急に侵攻してきたので、非公式な初始動となっていたのである。

 

 さて、そんな中、ヤン・ウェンリーは司令官室で、面白くなさそうな顔をしていた。その彼に、フレデリカが声をかける。

 

「ヤン様、どうなさったのですか?」

「あぁ。せっかく、アムリッツァと似た状況に帝国軍を陥れたのに、ちょっと詰めを誤って、和平を打診することも、ローエングラム公を討つこともどちらもかなわなかったのが残念でね」

「ああ……確かにそれは惜しかったですよね。でも、原作でも、ローエングラム公は我が軍にとどめを刺すことができなかったじゃないですか。ヤン様のおかげでしたけど」

 

 フレデリカがそう言うと、ヤンは少し考えた後に、あることに気が付いて顔をあげた。

 

「あぁ、そうだけどね。原作、か……。そういえば、原作では、トリューニヒト氏は帝国に共和主義を根付かせ、自分がそのトップに立つために、帝国内にコネを広げていたんだっけ」

「はい。確か、彼が殺された段階では、かなりの確率で実現できるレベルまで進んでいた、とか……」

「そう考えると、彼がどれだけ怪物だったのかがわかるね。トリューニヒト氏が死んだときは、ロイエンタール提督グッジョブと思ったけど」

「えぇ、私など、『ブラボー!』と叫んで、前世での母に怒られちゃいました」

 

 そう言って、べろっと舌を出すフレデリカに、ヤンは苦笑した。

 

「ははは……まぁ、それはともかく、やはり帝国との和平にこぎつけるためには、コネは必要なのかもしれないな。あの時、和平がしっかりなると確信を抱いていれば、躊躇することはなかったかもしれないんだから。……というわけで大尉。情報部に、帝国とのコネについての情報について調査するように要請を出しておいてくれないか。特に、キルヒアイス軍務尚書について重点的に」

「はい、わかりました」

「あと……これについても。プラン・ガンマを発動するさいに、必要になるだろうから」

 

 そう言って、ヤンはフレデリカに数ページほどの薄い書類を手渡した。

 

「了解しました。それではさっそく行ってきます」

 

* * * * *

 

 一方、イゼルローン要塞。

 そこで、ある命令を受けたわしは、司令官室にバルトハウザー准将を呼び出した。

 

「何か用でありましょうか、フォーゲル司令?」

「うむ、実はな……。これは私にとっても沈痛なのだが」

「はい」

「貴官を、私の副官の任から外すことになった」

「えぇ!?」

 

 バルトハウザーがいかにもショックを受けました、という表情を浮かべた。

 まぁ、そりゃそうだ。わしもローエングラム司令長官からその話を聞いた時には、同じ表情をしたしな。

 

「し、司令。小官は何か不手際をしましたでしょうか? そうでしたら謝罪します。ですからどうか、これからも司令のそばに……」

「ま、まぁ、落ち着け、バルトハウザー。これは左遷ではない。むしろ栄転だ」

「はい?」

 

 わしは、きょとんとしたバルトハウザーにあるものを渡した。それは、帝国軍少将の階級章だ。

 

「おめでとう、バルトハウザー『少将』。貴官……いや卿は少将に昇格し、半個艦隊の司令官になった」

「は?」

 

 きょとんとしたままのバルトハウザーに、わしは苦笑して話をつづけた。

 

「実はな。先の戦いで、レンネンカンプ元帥とルッツ元帥が戦死したことを受け、彼らの穴を埋めるためと、後進育成のため、若手の准将クラス士官の中で有望な者を艦隊司令に取り立てることになった」

「はぁ……。小官もその一人に選ばれたわけでありますか」

「そうだ。貴官の他にもう一人、グリルパルツァーという者が内定したが、卿らにはレンネンカンプ元帥とルッツ元帥の残存艦隊を再編したうえで、半個艦隊ずつ与えられることになった」

「……」

 

 沈黙しているバルトハウザー。おっと、そうだ。これも言ってやって安心させてやらねば。

 

「安心したまえ、バルトハウザー少将。しばらくの間、卿はグリルパルツァー少将とともに、私の指揮下で実戦経験を積んでもらうことになっている」

「そうですか……それは安心しました」

 

 バルトハウザーはほっと一息ついた。よほど、わしから離れるのが嫌だったんだな。そう思ってもらって嬉しい限りだが。

 

「これは、先ほども言った通り、卿が有望な人材だと、ローエングラム公が判断されたゆえだ。彼の期待を裏切らないように」

「はっ! 失礼します!」

 

 そう敬礼すると、バルトハウザーは退室していった。わしのデスクの上には少将の階級章が置いたままになってたし、出す手と足がそろっていたが、まぁ、彼の名誉のためにもわしの心の中にしまっておいてやろう。

 

 しかし、バルトハウザーが副官から外れると少し寂しくなるな。

 新しい副官候補を探すとするか……今度は女性がいいかな……いやダメだ。わしには、シュザンナがいるのだ。

 




次回はいよいよ、新章突入!
あの戦いに向けてヤンが再始動! そして、シロッコも?

次回『シロッコのささやかなる蠢動』

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イゼルローン攻略戦編
第17話『シロッコのささやかな蠢動』


さぁ、いよいよ新章開幕です!

さっそく、シロッコがルビンスキーの意思から離れて動き出しそう……?


 アスターテ星域の惑星アトラ・ハシース。

 その星にある、ヤン独立軍司令部にて、ヤンは昼寝から目覚めた。

 

「さて……」

「何か?」

 

 どこかで聞いたような声。その声に、ヤンが顔を上げると。

 

「うわぁっ! ぐ、グリーンヒル大尉。どうしてここに?」

「いえ、今日の分の書類をお持ちしたのですが……」

 

 そう、すぐ目の前にフレデリカの姿があった。それは、ヤンならずとも驚く。

 

「そんなびっくりすることはやめてくれよ。私はもう、心臓に無用な心配をしなくて済む年齢じゃないんだ。……それで、いつからここにいたんだい?」

「はい。一時間ほど前から。ヤン様の寝顔、とても素敵でした」

「……」

 

 腐女子、おそるべし……。

 改めてそう感じるヤンであった。

 

「それで、『さて』とおっしゃってましたが、いかがなさったのですか?」

「いや。我が軍の戦力もだいぶ再編できてきたし、そろそろプラン・アルファ……イゼルローン攻略に取り掛かろうかと思ってね」

 

 あれから約1カ月。同盟軍は、第7次ティアマト会戦で失った戦力を回復しつつあった。特に、ヤン独立軍は『帝国との和平に結び付けるための戦い』という戦略の要だけあって、優先的に戦力の回復が行われ、今では再び作戦活動が可能なほどに再編ができていた。

 帝国軍も戦力の復旧を進めているのだが、最前線のフォーゲル機動艦隊群兼イゼルローン方面軍を除けば、まだ半数ほどが再編ができていない状況である。

 

「イゼルローン攻略戦ですか……。原作でのヤン様の晴れ舞台ですよね。今回もあのような華麗な戦術が見られるかと思うと、わくわくします」

「そう言ってもらえると嬉しいけどね。でもどうだろう。今回あそこにいるのは、ゼークト提督ではなく、精鋭のフォーゲル機動艦隊群だからね。そう一筋縄ではいかないだろうな」

「そうですね……。でも、ヤン様だったら大丈夫だと信じてます」

「ありがとう。それじゃ、そこで待っていてくれるかな。今、さっそく作戦案を練るから」

「はい。ヤン様の作戦案を作ってるときの真剣な顔も素敵ですから、見てて飽きません」

「……」

 

 腐女子おそるべし……。

 

* * * * *

 

 一方、フェザーンの自治領主公館。

 その秘書室で、パフティマス・シロッコは、同盟領からのある情報に目を通していた。それは、アトラ・ハシースに潜りこませていた工作員からもたらされた、同盟軍がイゼルローンを攻略しようとしている、という情報であった。

 ヤン独立軍のセキュリティは非常に硬く、詳しい作戦案まではわからなかったが『参戦するのはヤン独立軍のみ』『艦隊戦ではなく、それ以外の方法で攻略する』という情報だけは判明している。

 だが鋭利な頭脳を持つシロッコは、この二つの情報だけで、ヤンがどのような作戦をもってイゼルローンを攻略するのかを導き出していた。

 

 だが、シロッコは、その作戦の情報や、自分の推測は胸の中に秘め、上司たるルビンスキーには同盟軍がイゼルローン攻略をしようとしていることだけを話す腹積もりでいた。

 それはなぜか。

 

(ルビンスキーはそれを知れば、帝国軍にリークして、作戦を失敗させようとするだろうが……。ここは帝国と同盟のバランスを保つよりも、むしろ同盟に加担して、彼らに帝国を倒させ、そして全宇宙を支配した同盟を、天才たる私が裏から支配するのが一番だ。情報によればヤン・ウェンリーは、戦いが終われば軍を退役するつもりだそうだし、奴がいなくなれば俗人どもが支配している同盟など、私の手でどうとでもなる。そのためには、こちらからも帝国軍に手をまわし、ヤン・ウェンリーの作戦を裏から助けてやるのも面白い)

 

 そう考えをまとめると、シロッコは、情報が記されたレポートを握りつぶすと、極秘回線をあるところへつないだ。

 その通信の先は……。

 

* * * * *

 

 一方、そのころ、イゼルローン要塞。

 

「グリルパルツァー少将です。よろしくお願いします」

「うむ。私が、このイゼルローン方面軍を預かる、フォーゲル機動艦隊群司令、フォーゲル上級大将だ。よろしく頼む」

「はっ!」

 

 グリルパルツァーと名乗るその若者は、わしにきりっと敬礼を送ると、すたすたと去っていった。実に凛々しくしっかりした若者だ。どこかのフォーゲルにも見習ってほしいものだ。だが……。

 

「何か?」

 

 わしの傍らに立っていた参謀長のナイゼバッハ中将がそう聞いてきた。おっと、また口に出ていたか。

 

「いや、あのグリルパルツァー少将の瞳、かなり野心を秘めていたような気がしたのでな。それが原因で、大変なことにならなければいいが、と思っただけだ」

「はぁ」

「まぁいい。それではさっそく、演習に出てくる。要塞のほうは任せるぞ」

「了解しました」

 

 そう言葉を交わすと、わしは愛艦のシェルフスタットⅡに乗り込んだ。

 

* * * * *

 

 グリルパルツァー艦隊旗艦、エイストラ。

 その艦橋で、彼はたたずみながら、あることを考えていた。

 

(フェザーンめ。一体何を考えていることか。私が同盟からの亡命者を名乗る者をイゼルローン要塞に収容する手助けをすれば、裏で手をまわし、昇進に便宜が図られるようにしてやるなどと……しかも、失敗して窮地に陥っても、亡命させてくれるうえに、その手はずまで整えてくれるなどと至れり尽くせりな……。だがまあいい。これで私が昇格するのなら、むしろ安いくらいだ)

 

 だが彼は知らない。そのフェザーンの取引が、実はその帝国を窮地に陥れるためのものだということ。そしてこれが、自分が奈落に落ちるもとになるということを……。

 




次回はいよいよ、イゼルローン攻略の本編に入ります!
お楽しみにしてくれると嬉しいです。

次回
『薔薇の騎士、と言っても男色じゃないそうです(前編)』

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第18話『薔薇の騎士、と言っても男色じゃないそうです(前編)』

さぁ、いよいよ始まったイゼルローン攻略戦!

新キャラ、ナギさんの登場に、グリグリ、まさかの転落!

どうぞお楽しみいただけたら嬉しいです。


「シュリンプハイム大尉、軍務省に出した、要塞司令官の交代の陳情はどうなってる?」

 

 わしの質問を受けて、傍らに立つ20代前半ぐらいの女性は、なぜかむすっとした顔をして答えた。

 

「はい。なんとか通り、今月末に、新しい要塞司令官が配属されるそうです。ところで司令。私の名前はシュリンプハイムではありません。シュトックロルムハウンゼン大尉、です」

「あぁ、そうだったな。すまん、シュトックハウゼン大尉……あれ?」

 

 彼女はまた機嫌を悪くしてしまったようだ。本当に名前が長くと困るな。

 

「あー、シュトックロルムハウンゼン大尉」

「なんです?」

「貴官には済まぬが、貴官のことは、ファミリーネームのほうではなく、『ナギ』とファーストネームで呼ぶようにしたい。かまわないかね?」

「はい。士官学校でも、長い名前を呼ぶのはみんな大変なようで、『ナギ』と読んでましたし、かまいません」

「そうか。それはありがたい」

「ですが」

「ん?」

「一応、ボケ防止のサプリメントを飲んだほうがよいかと思いますよ」

「……」

 

 さて。彼女は、ナギ・フォン・シュトックロルムハウンゼン大尉。艦隊司令官となり副官の任から外れたバルトハウザーの代わりに着任した、新しい副官だ。

 貧乏貴族の令嬢として生まれ、家計を助けるために軍に入隊したという。顔が若干濃いものの、かわいらしい女性だ。性格も同年代の女性らしく、少し落ち着き、でも明るくはあるが、少し毒舌家で、ちょっと腹黒なところがあるのが難点か。

 

 わしが副官のナギ大尉と話していたのは、このイゼルローン要塞の人事についてだ。

 旧体制時代から、イゼルローン要塞の指揮系統は、駐留艦隊の指揮を行う艦隊司令官と、要塞自体の防衛を担う要塞司令官の二つに分かれていた。

 ローエングラム公が政軍両方を掌握してからは、要塞指揮官は艦隊司令官……つまり、わしの指揮に従うように指揮系統が改められたが、それでも、艦隊と要塞とで責任者が分かれているのはそのままであった。

 ……なお、普通は艦隊指揮官が要塞指揮官に従うのが筋と思うのだが、それがなぜ逆になったかということをキルヒアイス軍務尚書に尋ねてみたところ。

 

「卿の才覚に期待してのことです。頑張ってください(にっこり)」

 

 という返事が返ってきた。これは、評価されているのか、プレッシャーをかけられているのか、どちらであろうか。

 

 現在のイゼルローンの要塞司令官は、トーマ・フォン・シュトックハウゼンという人物であるが、彼は指揮官として劣っている部分はないものの、特に優れている部分もあるわけではなく、いわば平凡といった感じの軍人である。あと、頭が固いのも欠点だな。

 今までのような、平凡な時代であれば、彼のような軍人でも務まったろうが、叛乱軍が攻勢を仕掛けてきたこのご時世では、やっぱり不安を感じてしまう。前世でのイゼルローン失陥は彼のせいでもあると、アンスバッハから聞かされていたこともあった。

 そんなわけで、わしは何度も、軍務省に要塞司令官の交代を陳情していたのだ。

 前の戦いで、かなりの損害を出していたこともあり、なかなかわしの陳情は通らなかったが、何回も陳情を繰り返し、今回ようやく、新しい司令官がやってくることになった、というわけだ。

 

* * * * *

 

 と、そこで、要塞内に警報音が鳴り響いた!

 

「何事だ!?」

 

 総合指令室に駆け込んだわしがオペレーターに問うと、そのオペレーターは緊張した面持ちで答えてきた。

 

「はい。イゼルローン回廊の叛乱軍側出口に、敵艦隊を発見! 三個艦隊、こちらに向かってきます!」

 

 三個艦隊? いくらあれだけの戦略を見せた叛乱軍とはいえ、三個艦隊だけでこのイゼルローンに向かってくるとは、とても無謀ではないか? いや待てよ。それだけの叛乱軍だ。何か手があるかもしれんな。

 とはいえ、敵がやってきてるのに、手をこまめいているわけにもいくまい、うむ。

 

「よし、ただちに出撃する。敵が何か手を仕掛けてくる可能性もある。バルトハウザー艦隊とグリルパルツァー艦隊は、要塞周辺に展開し、もしもの時に備えよ。身分が明らかにならない者は、決して要塞内に入れないように。これは、要塞司令部にも通達しておくように」

「了解しました」

 

* * * * *

 

 一方。ヤン独立軍総旗艦・ヒューベリオン。

 その艦橋のレーダースクリーンには、回廊出口に展開し、少しずつ前進している他の三艦隊に向かっていく、フォーゲル機動艦隊群の四艦隊が、四つの光の点として映し出されていた。

 

「あえて我が軍の艦隊を囮に使うとは、考えましたね、閣下」

 

 そう目を輝かせて言うフレデリカに、ヤンは頭をかきながら言った。

 

「前にも言った通り、イゼルローンを守るのは、ゼークト提督ではなく、帝国の最精鋭の一つと言われるフォーゲル機動艦隊群だからね。これぐらいしないと、向こうもこちらの振りに引っかかってくれないだろう。でも、彼らが要塞の近くに艦隊を置いていったのは痛い。さすがにゼークト提督とは違うか。ここは、シェーンコップ大佐や薔薇の騎士の演技力に期待するしかないな」

 

 そのヤンの言葉に、ムライが咳払いし、困ったように言葉を返した。

 

「司令、そんな投げやりな……」

「そう考えるしかないんだから仕方ない。まぁ、失敗したら私が責任とって退役しちゃえばすむことさ」

 

* * * * *

 

「提督。前方から、我が軍のものと同型の巡航艦が接近」

 

 そのころ、イゼルローン要塞の至近に展開していたバルトハウザー艦隊旗艦、ヴェーレスにその報告が入った。

 

「所属確認はしたのか?」

「はい。門閥の残党と名乗っております。残党の首魁であるフレーゲル元男爵と、あと要塞を無力化するための秘策を手土産にしている、と」

「ふむ……。だが、本当にそうなのかわからん奴を入れるわけにはいかん。まずは彼らにそれを質すよう……」

 

 と、そこに、近くに展開しているグリルパルツァー艦隊の旗艦、エイストラから通信が入る。

 

「ならばバルトハウザー少将。その役は私がやろう」

「そうか、済まぬ。我が艦隊はこのまま監視を継続する」

「了解」

 

 だが。

 

「例の巡航艦、再び要塞に向けて出発しました」

「なんだと!? まだ数分しかたっていないぞ! グリルパルツァー少将はちゃんと彼らの身分確認をしたのか!? そのへんを少将に問いただせ!」

「それが……。『問題はない』『ちゃんと身分確認はした』の一点張りで、しまいには通信回線を閉じてしまわれました……」

「何を考えているのだ、グリルパルツァー少将は……」

 

 バルトハウザーは知らない。グリルパルツァーに、フェザーンからの手が回っていることを……。

 

* * * * *

 

「閣下、薔薇の騎士たちは、無事に要塞内に潜入できた模様です」

 

 フレデリカからそう報告を受けたヤンは、一度頭をかくと、あきれたような口ぶりで言った。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、うまくいってよかったよ。それにしても、その受け入れた艦隊の指揮官はなんなんだろうね。素性の怪しい者を入れるなんて、よほどのバカか、それとも、もしかしたらフェザーンからの調略を受けているのか……まぁ、そのおかげで作戦がうまくいったから、願いかなったりだけどね」

 

 そう話すヤンの指揮する艦隊は、他の指揮下艦隊が展開している場所にはいなかった。

 では、どこに展開していたのか? それは……。

 

* * * * *

 

 一方、イゼルローン要塞内。

 そのドック内で、要塞司令官のシュトックハウゼン上級大将は、門閥の残党を名乗る者たち……実は薔薇の騎士(ローゼンリッター)の変装……と対面していた。

 

「私が、要塞の防衛の責任者であるシュトックハウゼン上級大将だ。それで、門閥の残党を名乗るフレーゲル元男爵は?」

 

 そう聞いてくるシュトックハウゼンに、残党を名乗る者たちの一人……シェーンコップ……は、帝国流の敬礼を返して答えた。

 

「はっ。小官は、元リッテンハイム家の私設軍に配属されていた、ラーケン少佐であります。元男爵は、我々が帝国に再亡命するにあたり抵抗し、銃撃戦の末、重傷を負ってしまったので、シャトルの中に寝かせております」

「そうか。それでもう一つ、貴官がこのイゼルローンを無力化する鍵を知っていると聞いたが、それは……?」

「はい、それは……」

 

 そう言うと、シェーンコップは巧みな動きで、護衛の兵を倒しつつ、シュトックハウゼンの後ろに回り込み、羽交い絞めにした。

 

「それはこういうことです。上級大将閣下!」

「き、貴様ら……。叛乱軍か!」

「いかにも。同盟軍薔薇の騎士連隊隊長、ワルター・フォン・シェーンコップだ。覚えておいてもらおう。さぁ、司令官の命が惜しくば、メイン管制室にエスコートしてもらおうか」

 

 そして、シェーンコップは、部下の薔薇の騎士連隊員たちとともに、シュトックハウゼンを動きを封じたまま、メイン管制室に入っていた。

 

 要塞司令官を人質にとられ、手も足を出ず立ち尽くす要塞の管制員たち。しかしその時、シュトックハウゼンの副官、レムラーがナイスプレイを見せた!

 

 一瞬のスキを突いて、彼はコンソールの一つに飛びつき、それを操作したのだ!

 

「貴様!」

 

 薔薇の騎士の一人が、とっさに銃を抜き、レムラーの肩を撃ち抜いた!

 しかし彼は、肩を抑えつつ、勝ち誇った笑みを浮かべてこう言った。

 

「ははは、ざまを見ろ叛乱軍め。今の操作で、制御系をここからサブシステムにつなぎなおすとともに、艦隊のほうにも緊急事態を知らせた。ここからではいくらいじっても、要塞を制御することはできんぞ!」

 

 だが、それにも、シェーンコップは動じなかった。彼は不敵な顔をして言い返した。

 

「なかなかやるじゃないか。だが、それでこちらを追い詰めたと思ってもらっては困るな。リンツ、ただちにサブシステム室に向かえ」

「わかりました」

 

 シェーンコップの指示を受け、薔薇の騎士の副隊長、カスパー・リンツ少佐が部下の一隊とともに、管制室を出て行った。

 

* * * * *

 

 一方、このころ、グリルパルツァー艦隊旗艦エイストラにて、グリルパルツァーは驚愕で立ち尽くしていた。

 

 彼はただ、「叛乱軍からの亡命者と名乗る者を通してやれ」と言われたのみで、まさかそれが、イゼルローンを陥落させるためだとは聞かされていなかったのだ。

 

 そして何よりも。

 

(な、なんということだ……! このままでは私は、裏切者として粛清される……! いや、そこまではいかずとも、利敵行為として断罪されるかもしれない……! いや待て。確かフェザーンは、奴らのところへの亡命の手はずと整えてくれると言っていた。ここは彼らの元に逃げ込んで、彼らに責任をとってもらおう、うむ、それがいい)

 

 このすぐあと、エイストラから一隻のシャトルが脱出したことに、誰も気づく者はいなかった。

 

* * * * *

 

 同じころ、同盟軍三個艦隊と交戦中の、我が機動艦隊群、旗艦シェルフスタットⅡ。

 その艦橋でわしは、驚くべき報告を受けていた。イゼルローン要塞に敵の工作隊の潜入を許してしまい、要塞司令官のシュトックハウゼン上級大将が敵の捕虜にして人質にされたというのだ。

 

「なんということだ……。だからあれほど……。それで、グリルパルツァー少将の艦隊と、バルトハウザーの艦隊は?」

「はい。両艦隊とも、敵から『要塞から離れよ。さもないと司令官の命はない』と勧告を受けて、要塞の周辺空域から離脱し、こちらへ合流すべく移動中とのことです。あと、グリルパルツァー艦隊のほうは、指揮官が突然いなくなった、とのことで、緊急にバルトハウザー少将が指揮しているとのことですが」

 

 その報告を受けて、わしはうなり、そして考え込む。

 ただちに救援に行くべきではあるが、目の前の敵艦隊からの攻撃も激しく、今から要塞のほうに向かう余裕はない。

 ……仕方あるまいな。

 

「やむを得ん。我が艦隊群はこのまま戦闘を継続。なんとかこの戦いにけりをつけた後、要塞のほうに戻るぞ!」

「え、提督? シュトックハウゼン上級大将の身柄はどうするのですか?」

「仕方あるまい。要塞と司令官、天秤にはかけられぬ。司令官は代わりがいるが、要塞が奴らに制圧され、トゥールハンマーを撃たれたらおしまいだ。その前に、なんとしても要塞を取り返さなくてはならぬ」

「なるほど……」

 

 同盟の薔薇の騎士がサブシステムを制圧して、要塞を掌握するのが先か。それとも、帝国のフォーゲル機動艦隊群が、目前の戦いに区切りをつけて要塞に引き返すのが先か。

 

 イゼルローンの戦い。勝利の女神は、いまだどちらに祝福のキスを与えるか、決めかねている……。

 




さてさて、次回はまたまたちょっと驚く展開になっていきます!

今まで名前が全然出ていなかったあの男がまさかの……?

次回、『薔薇の騎士、と言っても男色じゃないそうです(後編)』

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第19話『薔薇の騎士、と言っても男色じゃないそうです(後編)~シェーンコップ対オフレッサー!人類最強決定戦!』

オフレッサーとシェーンコップ、どちらが強いかですが、自分は白兵戦の強さなら、オフレッサーのほうが強いと思ってます。
彼は、脳の1シナプスに至るまで、人●しに特化してますからw なので、文明人であるシェーンコップより強い、というのが自分の考えです。

もっとも、オフレッサーの弱点は、全てが人●しに特化していることで、策を使われると、この話のように負けてしまう、と。


 カスパー・リンツ少佐率いる同盟軍陸戦隊・薔薇の騎士(ローゼンリッター)の一隊は、サブシステム室へと通じる通路を、帝国軍の防衛部隊を蹴散らしながらひたはしっていた。

 

 帝国軍の防衛部隊の兵士たちも、弱小ではないのだが、それでも百戦錬磨という言葉も生ぬるい実力を持つ薔薇の騎士の面々には赤子も同然だった。

 

 ある者は、斧で頭をかち割られ、またある者は、トマホークで袈裟斬りに一刀両断され、倒れていく。

 

 だが、サブシステム室が近づくと、その彼らの進撃も鈍るようになる。帝国兵の力量が今までとは違い、強大になってきたのだ。

 それもそのはず。彼らを束ねていたのは……。

 

「あ、あれは……!」

 

 立ち止まったリンツが驚愕に目を見開いた。そこに立っていたのは……。

 

「ガーハハハッ! 来おったな、叛乱軍ども! フリカッセの具になりたい者から前に出ろ!!」

 

* * * * *

 

「オフレッサー上級大将を!? 彼をイゼルローンの防衛陸戦部隊の中核師団の団長に当てていたんですか!?」

 

 ナギ大尉が、わしの話したことに目を見開いて驚いていた。

 

「あぁ。元は、彼がわしについて行きたいと言っていたので、イゼルローンに連れてきて、師団長を任せていたんだが……。まぁ、彼なら、どんな強者からだろうと、要塞を守り抜いてくれるだろう。彼以外の味方は全滅しているかもしれないが」

「確かにそれはそうですけど……。よく彼が再び働くことを認めましたね。一瞬、司令がオフレッサー上級大将に頭をかち割られる様を幻視しましたが」

「まぁ、そこは色々とな」

 

 オフレッサー上級大将。元帝国軍の装甲擲弾兵総監だった男だ。前世において、かつてのわしに内応を疑われ、射殺されるという自業自得ながらも非業な最期を遂げた彼は、現世でのリップシュタット戦役でも門閥軍につき、レンテンベルクではなくガイエスブルグの防衛司令官の任についていた。

 ガイエスブルグの接収にあたり、当然ながら奴は、要塞のメイン核融合炉へ通じる通路を占拠し、徹底抗戦する構えでいたが、そこはわしが自分がブラウンシュヴァイク公爵の転生であることを明かしてまでして説得し、投降させたのだった。

 そこからはまた、処刑しろ、金髪の孺子の下では働けぬなどとひと騒動起こしたが、結局、名目上はわしの下で働くということで彼には納得してもらった。

 当然、ローエングラム公からも、彼を許し復隊させることに難色を示されたが、そこはキルヒアイス軍務尚書にも口添えをお願いし、彼からの条件を受け入れることでなんとか認めてもらえた。もちろん、オフレッサーが何か不祥事を起こしたら、わしの首も飛ぶであろうことは言うまでもない。

 その条件が、イゼルローン方面軍司令官への着任だったのだが。

 そして今にいたる、というわけだ。なお、無用な殺戮は控えること、部下に麻薬を使わせるなど非道なことはしないことを、念を押して言っておいた。反発するかと思ったが、彼は現世でもブラウンシュヴァイク公にそれなりに深い忠誠を誓っていたようで、すんなりそれを受け入れてくれた。ブラウンシュヴァイク公にそれだけの人徳があったとは驚きだ。

 

しかし、元はといえば、彼がわしの元でどうしても働きたいというので、イゼルローンまで連れてきて、その防衛部隊指揮を任せたのだが、それがここで役に立つとは思わなかった。ずっと閑職のままで終わると思っていたんだがな。人生、何が役に立つのかわからないものだ。

 

「まぁ、彼がいれば、そう簡単に落ちることはあるまい。彼が持ちこたえている間に、目の前の戦いに一区切りをつけて、大急ぎで要塞に戻るぞ」

「了解しました」

 

* * * * *

 

「なんだと!? あのミンチメーカーが!?」

『はい。間違いありません。何度目をこすっても、間違いなく目の前にいるのは、あのミンチメーカー・オフレッサーでした』

「なんてこった……」

 

 シェーンコップは彼らしくなく、かすかに動揺した。帝国軍がこのイゼルローンにオフレッサーを置いていたのは、さすがに想定外であった。

 それにこれは、作戦の大きな障害になりうる。いくら薔薇の騎士でもオフレッサーの相手は荷が重すぎるからだ。何しろ、前連隊長であるリューネブルクも、結局オフレッサーには勝てなかったのだから。

 しかし、ここで退くわけにはいかない。彼らの働きいかんで、この作戦の結果が決まるのだ。

 

「おい、ブルームハルト。この年寄りのお守りをしておいてくれ。絶対に逃がすなよ」

「は、はい。え、それでは大佐自らが……?」

「あぁ。あの怪物と互角に戦えるだろう勇者は、俺くらいのものだろうからな」

 

 そう言ってシェーンコップは、不敵な笑みを浮かべた。

 

* * * * *

 

 一方の、ヤン主力艦隊。

 

「まさか、オフレッサーがいたとはね。(原作と同じく、既にこの世にはいないものと思ってたんだが)」

「そうですね。私もびっくりです。(彼のおかげで私、前世ではフリカッセが食べられなくなりました。責任とってほしいです)」

 

 ヒューベリオンの艦橋にて、ヤンとフレデリカはそう愚痴をこぼしていた。もちろん、前世のことについては、周囲の幕僚たちに聞こえないように気を付けながら。

 要塞に潜入したシェーンコップから、イゼルローンにオフレッサーとその部下たちがいること、そのせいで攻略はもう少し遅れる、という連絡を受けていたのだ。

 しかし、ヤンとフレデリカは、愚痴をこぼすだけで済むだろうが、外縁でフォーゲル機動艦隊群と戦っているアッテンボローたちはそれで済む問題ではない。

 

『先輩。そんなこと言ってる場合ではないですよ。こっちはもういっぱいいっぱいです』

「わかってるよ。仕方ない。艦隊を一時少し後退させて、防戦に徹してくれ。ただし、敵が逃げる隙を与えないでくれよ」

『了解です。先輩、でもこの借りは高くつきますよ』

「あぁ。終わったら、一カ月分の夕食は私がおごるよ」

『絶対ですよ。それでは頑張るとします』

 

* * * * *

 

 そして舞台はイゼルローン要塞に戻る。

 

 そこの通路で、リンツ少佐率いる薔薇の騎士は、オフレッサー率いる防衛部隊とにらみ合っていた。

 オフレッサーの体から発する威圧感に、彼の強大さを感じ取った薔薇の騎士たちは、うかつに手が出せなくなっていたのだ。

 

 そこに。

 

「やれやれ。もう二万年早く生まれてきてくれなかったかな。おかげで、今を生きてる俺たちが苦労しているじゃないか」

「む……」

 

 装甲服を着こんだ一人の男がやってきた。いうまでもなく、薔薇の騎士連隊長シェーンコップである。

 

「ほう。ワルター・フォン・シェーンコップか。貴様のことは噂に聞いているぞ。叛乱軍の中でも最強だとな」

「ご存じいただいて恐悦至極だ」

「だが、このわしにかなうと思っているのか?」

「やってみなくてはわからんさ。少なくとも、戦技は、二万年前よりも洗練されてると思うがね」

「ほざけ!!」

 

 そう叫び、オフレッサーはシェーンコップにとびかかり、斧を振り下ろした! それをシェーンコップは長柄斧(ハルバード)で受け止める。ハルバードが弾かれないよう、その柄が折れないように巧みにその衝撃を逃がすが、それでもかなりの衝撃が、シェーンコップに襲い掛かる。

 

「ちぃ……!」

 

 オフレッサーの力がゆるんだところを見計らってそれを押し返す。わずかにだが、態勢が崩れた隙を狙って、渾身の斬撃を見舞う。

 

 が!

 

「ぬるい、ぬるいわっ!!」

「腕でハルバードをはじいただと!?」

「態勢が崩れた隙を狙ったつもりだろうが、それはこっちの台詞だっ!!」

「ちっ!!」

 

 オフレッサーが片手で戦斧を薙ぎ払うのとほど同時に、シェーンコップは後ろに飛びのいた。それでも十分にかわすことはできず、彼の装甲服の腹のところに、かすかな傷ができる。

 

「訂正するよ、ミンチメーカー。あんたの戦技は十分今のレベルに達してるよ。どこで教授してもらったのか、教えてほしいところだね」

「ぐふふふ……。ようやくわしの力がわかったか。小童どもが」

 

 その後も、シェーンコップとオフレッサーは激しい戦いを繰り広げた。その激しく美しい舞に、薔薇の騎士たちも、オフレッサーの部下たちも、ただ見とれていた。

 

 一方のシェーンコップは焦りを感じていた。互角に戦っているように見えるが、まだ余裕が感じられるオフレッサーに対して、自分は死力を尽くしてまでやっと互角なのだ。

 しかも、こうして手をこまねいているわけにもいかない。タイムリミットは確実に迫っているのだ。

 

(これではどうにもならんな……よし)

 

 正攻法ではオフレッサーにはかなわないと悟ったシェーンコップは、密かにヘルメットの通信機を入れた。

 

「リンツ、よさそうなところを見つけ出して、そこに罠を仕掛けろ。俺がそこまで奴を誘導する」

『了解しました。くれぐれも気を付けてください。大佐に何かあれば、我々はおしまいです』

「わかっている」

 

 そして通信を切る。そしてシェーンコップは、再びハルバードを持つ手に力を込めた。それを見たオフレッサーが不敵に笑う。

 

「遺言は決まったか、叛乱軍の青二才め!」

「あぁ、決まったさ。お前さんの墓碑名がな。『最強の蛮族、血の海の中で溺死』なんてどうだ?」

「ぐふふ、良く言うたわっ!!」

 

 そして再び戦いが始まる。

 オフレッサーは猛烈な攻撃を仕掛け、シェーンコップはそれに押されて、どうにかさばきながら後退していく。だがそれが、オフレッサーをある地点に誘導するための欺瞞であることに気づく者は誰もいなかった。シェーンコップの誘導は、それだけ巧妙だったのである。

 

 そして、そこまで二人は移動した。

 

 そこでシェーンコップはトマホークを構えたまま口を開いた。

 

「オフレッサー、あんたの強さには本当に敬服するよ。俺が勝てなかったのはあんただけだ」

「ぐふふ、ようやく観念したか。今、その記述をお前の血で綴ってやるから待っておれ」

「いや。あんたとはこれでお別れだ。だから、今のうちに言っておいたのさ」

 

 そうシェーンコップが言って、オフレッサーが突進したそのとき!

 

 ドッゴーーンッ!!

 

 オフレッサーの足元の床が崩れて、彼はたちまち床の上から姿を消した。

リンツがそこに落とし穴を掘っていたのだ。

 

 落とし穴は5mはあり、なかなか這い出せそうにない。そこに睡眠ガスが流し込まれ、彼は昏倒した。

 

「やりましたな、大佐。さすがです」

 

 近寄ってそう言ってくるリンツに、シェーンコップは首を振ってそれを否定した。

 

「いや、俺が勝てたのは、あくまで策を用いたからだ。純粋な戦闘技術だったら、俺の完敗だったさ。あれだけの強者には、金輪際、出会えることはないだろうな」

「全くです」

 

 そう言葉を交わしたところで、シェーンコップは表情を引き締めた。

 

「よし、最大の障害は排除した。後はサブシステム室に一直線だ。行くぞ」

 

 




さてさて、ついに最後の砦、オフレッサーが突破されました。
フォーゲルの運命やいかに……!?

次回『ITAMIWAKE』

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第20話『ITAMIWAKE』

さて、いよいよ、イゼルローン攻略編のラスト1話です!

果たしてイゼルローンとフォーゲル機動艦隊群の運命は!?


『先輩、まだですか!? 損耗率も弾薬も、そろそろ限界です!』

 

 イゼルローン回廊の、帝国側にある小惑星帯。イゼルローン要塞の索敵システムの死角にあたるこの地点に艦隊を展開していたヤン主力艦隊。その旗艦ヒューベリオンの艦橋には、そんなアッテンボローの悲鳴が何度も響いていた。

 

 アッテンボロー、モートン、カールセン率いる艦隊三個艦隊は、帝国軍フォーゲル機動艦隊群の四個、合流してきたバルトハウザー艦隊と元グリルパルツァー艦隊合計およそ一個艦隊を相手に、激戦を繰り広げていた。

 巧みに艦隊を動かし、損耗を抑えつつ、帝国軍を逃がさないように立ち回っていた彼らだったが、それもそろそろ限界を迎えようとしていたのである。

 

 だが、それでも待ってもらうしかない。制圧前に、帝国軍に引き返させてしまっては、今度は要塞に潜入してきたシェーンコップたちが窮地に陥ってしまうからだ。

 とはいえ、それも限界かもしれない。ここに来てヤンは、最悪の決断……作戦の中断を下すべきか、その選択を頭の片隅に置いた。

 

 イゼルローン要塞から朗報が届いたのはその時である。通信士が、指揮デスクにあぐらをかいて座っているヤンに報告する。

 

「シェーンコップ大佐から入電です! 『ティーパーティの準備はできた』! 繰り返します! 『ティーパーティーの準備はできた!』」

 

 その報告に、ヒューベリオンの艦橋が沸いた。ついに念願のイゼルローンの攻略が成ったのだ。

 

 だがそれでも、ヤンは表情を崩さなかった。まだ終わったわけではない。引き返してくるフォーゲル機動艦隊群を追い払わないと、勝ったことにはならないのだ。

 

「よし、ただちにイゼルローン要塞に急行! 接収に取り掛かるぞ! アッテンボロー、待たせたな。聞いての通りだ。後は私が対処する。各艦隊はただちにアスターテに帰投してくれ」

『寿命が縮むかと思いましたよ……了解です』

 

 そして通信は切れた。ヤンは一息つくと、指揮下の艦隊に号令を下した。

 

「よし、全艦、発進! 目標はイゼルローンだ!」

 

* * * * *

 

 一方のフォーゲル機動艦隊群。

 

「閣下、敵艦隊が撤退を開始したようです」

 

 副官のナギ大尉からその話を聞いたわしは一息つく。やれやれ、やっと退いてくれたか。急がねばなるまいな。

 

「よし、このままイゼルローン要塞に急行するぞ!」

「え? 閣下、再編はどうするのです?」

 

 ナギ大尉の問いに、わしは首を振る。

 

「そんな暇はない。奴らが引いたということは、それはもう退いてかまわない状況になった、ということだ。それはつまり、奴らの要塞制圧が最終段階に入ったということだ。一刻の猶予もない。奴らが要塞を完全掌握する前に、要塞に突入し、取り返さなくてはならん」

「なるほど……。猪突猛進な脳筋ではないんですね、司令」

 

 この状況になっても、変わらぬ毒舌の彼女に苦笑しながら、わしは全艦隊に帰投の号令を下した。果たして間に合うか……?

 

* * * * *

 

 イゼルローン要塞の指令室。

 その司令官席のデスクに、ヤンはあぐらをかいて座っていた。その傍らには、フレデリカとシェーンコップの姿もある。というか、指令室の中には同盟軍の人間しかいなかった。

 

 そう、要塞は数歩遅く、同盟軍に完全掌握されてしまっていたのだ。

 

 オフレッサーを下したシェーンコップらは、大急ぎでサブシステム室に向かった。罠を使ってとはいえ、オフレッサーを下した薔薇の騎士たちを前に、帝国兵たちの士気は落ち、彼らの前を阻むものはもちろん、落とし穴に落ちたオフレッサーを助けようとする者もほとんどいなかった。

 

 かくしてサブシステムに到着した彼らは、ただちに吸排気ダクトから睡眠ガスを流し、要塞内の帝国兵を昏倒させ、無力化したのであった。オフレッサーは起きてこられると面倒なので、眠らせたまま脱出カプセルに押し込み、そのまま要塞内から放逐した。カプセルには数週間分の空気と水、食料がある。そうすぐ死ぬことはないだろうし、運が良ければ帝国軍に助けられるかもしれない。もしそうならずに宇宙の迷子になったとしても、それはシェーンコップの責任外のことである。

 

 かくして要塞を完全掌握した同盟軍は、こうして引き返してくるフォーゲル機動艦隊群と対峙しているのであった。

 

「トゥールハンマーのほうはどうだ?」

「はい、エネルギー充填、完了! いつでもいけます!」

 

 ヤンはそのオペレーターの報告にうなずくと、少し考えるように目を閉じたあと、再び口を開いた。

 

「よし、発射角、上下角80度、左右角-40度、誤差修正5度に設定。設定ができ次第発射してくれ」

 

 それを聞いてオペレーターはきょとんとした。その発射角は確かに敵艦隊に向いているが、フォーゲル機動艦隊群のどの艦隊にも直撃しない、彼らをかすめる角度だったからである。これで発射しても、敵に打撃を与えることはできない。

 オペレーターと同じく、きょとんと驚いた表情をしているシェーンコップに、ヤンはいたずらっぽい笑顔を向けた。

 

「トゥールハンマーを敵艦隊に撃つのは戦いではなく、一方的な虐殺、だろ?」

 

 シェーンコップはそのヤンの言葉に、再び驚いた。まるで自分がその言葉をこの後に言うのがわかりきっていたかのような口ぶりだったからだ。

 驚いた彼だったが、シェーンコップは、魔術師と呼ばれるほどの男なら、自分の考えを読むこともたやすいのだろうと思うことにして、それ以上このことを考えるのをやめたのだった。

 もっとも、ヤンは原作で、シェーンコップがそう言っていたのを思い出し、彼に配慮するとともに、先に言ってやっただけなのだが。

 そして、ヤンには他の想いがあった。

 ヤンは現世ではともあれ、前世では日本人のサラリーマンだった。転生した後でも、その前世での人格は、今の彼に少なからず影響している。そんな彼は、前世での核や、現世でのトゥールハンマーなどのような大量破壊兵器を使うことに、少なからぬ抵抗があったのだ。やむを得ない場合には仕方ない、とはいえ、できるならばその兵器で多くの人を死傷させるのは避けたい、と思っていた。

 

「設定のほうはどうだ?」

「あ、はい。設定はできました」

「よし、発射!」

 

* * * * *

 

 イゼルローン要塞へと急ぐわしの目に、イゼルローン要塞に現れた光の点が映ったのはその時だった。

 しまった、遅かったか! しかもこのタイミングでは回避運動も間に合わん!

 

 わしは覚悟を決めて、目をつぶった。

 

 だがしかし。

 

 目を開けると、先ほどとは変わらぬ景色が眼前にあった。どうやら、天上ではないよう……だ。

 わしはあわてて、オペレーターに問いただす。

 

「と、トゥールハンマーはどうなった?」

「は、はい。発射はされましたが、我が艦隊をかすめる角度に発射されまして、被害はありませんでした……」

 

 オペレーターは、そう信じられないような表情と口調で言う。

 助かった……のか? まだ頭の中が混乱してるわしに、ナギ大尉が戦慄すべき報告を持ってきた。

 

「司令。要塞を占拠した叛乱軍から通信です。『ただちに降伏、さもなくば撤退されたし』……と」

「……」

 

 その報告を聞き、わしは考え込む。今の通信と、トゥールハンマーをわざと外したこと。そこからわしはあることを導き出した。

 それは、叛乱軍の司令官は、大量虐殺のような真似を嫌う、人道的な人物ではないかということだ。普通の司令官なら、一撃目で容赦なく、我らを抹殺しようとするだろう。だが、この司令官はそれを嫌い、敵味方問わず犠牲を少なく済まそうとしている、また非道な手段を極力使わずに済まそうと考えているのではないか。

 それは甘くはあるが、わしは悪い気はしなかった。敵味方ではあるが、その司令官には尊敬の念を抱くし、好ましい人物だとも思う。前世にて、自領の惑星に核をぶち込んだ、どこかのブラウンシュヴァイク公にも見習ってほしいくらいだ。

 

 では、その甘さに付け込んで、このまま奪還に向かっていくのが得策だろうか。いや、それはダメだろう。いくらそんな甘くも尊敬すべき司令官とはいえ、それに付け込むようなことをしたら、彼が今度こそ我が艦隊に死神の鎌を振るわないという保証はない。というかわしなら、そんなことをしてきたら容赦なくトゥールハンマーを撃ち込む。

 それに、今のトゥールハンマーで、我が艦隊の士気はかなり落ちてしまっている。艦橋要員はもちろん、ヒルデスハイムなどは失神してしまっているほどだ。とても、今の状態で要塞を奪還できるとは思えない。

 

 ……仕方あるまい。わしは覚悟を決めた。この事態を招いたことの責任をとる覚悟を。

 

「……叛乱軍の勧告を受け入れる。我が艦隊はただちにイゼルローン回廊から帝国本土へ撤退する。敵軍に、勧告を受け入れ、この宙域から撤退すること、撤退が済むまで、我が艦隊に一切の攻撃はしないことをお願いすることを、通達してくれ」

「了解……」

 

 ナギ大尉はいつもの彼女らしくない青ざめた顔で、この場を離れた。仕方あるまい。彼女にとって初めての敗北だからな。

 わしだって、内心では打ちひしがれているんだ。彼女に気丈にふるまうように言うのは酷というものだろう。

 

 返事はすぐに返ってきた。こちらからの要請は無事に通り、我が艦隊がイゼルローン回廊を出るまでは、一切の手出しをしないと約束してくれた。

 それを受けて、わしは艦隊を粛々と、この宙域から撤退させたのだった。

 

 ……さて。では、辞表と、部下の赦免嘆願書を書く準備でもするとするか。

 

* * * * *

 

 イゼルローン要塞の指令室。

 

「グリーンヒル大尉。要塞からの帝国兵の退去状況はどうなってる?」

「はい。先ほど、最後のシャトルが帝国本土に向けて出発。これで退去作業はほとんど完了しました」

「そうか、それはよかった」

 

 そう言うと、ヤンは微笑んで紅茶を一口すすった。

 

「イゼルローンを攻略し、これを取引材料として、帝国に休戦を持ち掛ける……。これがプラン・アルファですか。原作でも似たような案が出ましたね」

「あぁ。原作では、政治家たちの暴走と、どこかのフォークとかいう馬鹿のせいで、この後一気に帝国領侵攻になだれ込んでいき、我が軍が大きな損害を受けたことで、その後ラグナロック作戦に至っちゃったけど、今回はそういうこともないだろう。後は今後の交渉次第だね」

 

 と、ヤンとフレデリカが会話しているところに、一人の通信士官がやってきた。

 

「司令。一つ報告すべきことが」

「何かな?」

「はい。先ほどから、この要塞のサブ通信回線に、『健康と美容のために、食後に一杯の紅茶』という電文が、何度も入電しているのです」

 

 それを聞き、フレデリカは目を見開いた。ヤンも、驚いた様子はないものの、渋い顔をする。

 

「閣下。その通信文は……」

「あぁ。これはもしかしたら……」

 

 その瞬間、指令室の電気が一斉に消灯した。それだけではない。指令室の全コンソールも、全て同時にその灯を消している。

 

「……してやられたな」

 

* * * * *

 

 一方、アムリッツァ星域に到達した、我がフォーゲル機動艦隊群、旗艦シェルフスタットⅡ。

 その司令官執務室で、わしは部下の赦免嘆願書を書いていた。既に辞表は書き終え、封筒に入れてある。オーディンについたら、これをそのまま宇宙艦隊司令部に提出するつもりだ。

 シェルフスタットⅡともこれでお別れか。何か寂しくなるな……。でも、退役したら何をしようか。一度、シュザンナの顔でも見に行ってやるか。あぁ、この敗戦の責をとらされて処刑される可能性もあるか……。せめてそれでも一目、シュザンナの顔を見たいところだが。

 

 と、そこに。ナギ大尉から艦内回線で通信がきた。

 

『司令。ローエングラム司令長官から通信です。回線つなぎます』

「あぁ、そうしてくれ」

 

 すると、目の前の通信スクリーンに、ローエングラム公の姿が映し出された。覚悟ができてると言っても、やはりこうして向かい合うと緊張するわい。

 

『フォーゲル上級大将、イゼルローンの陥落、痛恨事であったな』

「はい。誠に申し訳ありません。謝罪して済むようなものではありませんが……。閣下、この敗戦は全てこの私の責任。私はともかく、部下たちには寛大なご処置を……』

 

 だが、なぜかローエングラム公は少し柔らかい笑みを浮かべた。

 

『いや、卿が謝罪することでもないし、責任を取ることでもない。私も、奴らがそのような手を使ってくるとは読めなかったのだからな。むしろ、門閥どものように、滅びの美学に酔って要塞に無理に突撃し、多くの艦や兵を失うことはせずに、被害を最小限にとどめて撤退したのは褒められることだろう』

「ですが……」

『ふふ、心配するな。実はキルヒアイスがこんなこともあろうかと、イゼルローン要塞に密かにある罠を仕掛けておいたのだ。今頃、叛乱軍の奴らは慌てているであろう』

「は、はぁ……」

 

* * * * *

 

「ロジックボム?」

 

 イゼルローン要塞のドック、そこに係留されているヒューベリオンの艦橋で、フレデリカはヤンにそう尋ねていた。

 

「あぁ。あの通信文を受信した時、仕掛けられたプログラムが発動して、要塞の制御システムを破壊するようにしていたんだろう。ただ緊急停止するだけでは、復旧される可能性があるからね。まさにボム……爆弾というわけさ」

 

 ヤンは苦笑を浮かべながら、フレデリカに、要塞内に発生したことについて説明していた。説明を受けた彼女は、それを理解しながら、ある一つの懸念を述べた。

 

「それでは帝国は、逆に我々を籠の中に閉じ込めるために、ボムを爆発させたんでしょうか?」

 

 その質問に、ヤンは首を振って否定する。

 

「いや、それはないと思うな。我々の侵入を完全に防ぐことができるこの要塞を、我々を一網打尽にするためだけに台無しにするのは、あまりに割に合わないから。あくまで要塞が万が一にも奪われた時のために仕掛け、要塞を我々に奪われ、使われるくらいなら、と発動させた、というところだろうと思うよ」

 

 電文の謎についても、ヤンは説明した。

 あの言葉は、特に意味があって決めたわけではない。帝国軍が、帝国軍の通信で使われる可能性の少ない単語を集めて文にしただけ。ヤンも同じ方法で暗号文を作ったんだから、同じものになる可能性は低くない、と。

 

「それにしても、せっかくプラン・アルファがうまくいくかと思ったけど、こんな手でひっくり返してくるとはね。さすがに役に立たない要塞を取引材料にはできない。やっぱり一筋縄ではいかないか……さて、脱出の準備はできたかい?」

 

 ヤンに聞かれたオペレーターは、ちょっとびっくりしながらもうなずいて答えた。

 

「はい。全ての人員の乗艦、完了。いつでも出発できます」

「よし、それでは、ケツまくってアスターテに逃げるとしようか」

 

* * * * *

 

「そのような罠を仕掛けていたのですか」

『あぁ。いざというときのために仕掛けていたのだが、まさかそれがここで役に立つとはな』

 

 そう言って苦笑するローエングラム公。彼の話では、イゼルローンが万が一にも落ちた時のために、要塞の制御システムに、その制御システムを一発で破壊する罠を仕掛けておいた、というのだ。

 さすがキルヒアイス軍務尚書。あらゆる可能性を考えて、そのための備えをしていたとはさすがだ。そういえば、同盟領侵攻作戦の時にも、もしもの可能性を考えて、我が艦隊の輸送艦とイゼルローンに指向性ゼッフル粒子を積んでいたし、本当に、『さすが』という言葉しか出てこない。

 

「それでは我が艦隊はこれから、要塞を奪回しに?」

『いや。制御システムを破壊してしまった今、あの要塞はもはやただの置物に過ぎん。それを取り返すために戦力と労力を費やすのはよろしくないと思わんか? オーベルシュタインなら、『技術と労力の浪費だ』と苦言を呈するところだろう』

「はぁ……」

『そういうわけだ。貴官と指揮下の艦隊群は、この後、アムリッツァ星域に駐留し、引き続きイゼルローン方面に目を光らせてくれ』

「了解しました」

 

 そして通信は切れた。かくしてわしと部下たちの首の皮はなんとかつながった、か……。本当にキルヒアイス軍務尚書には頭が上がりそうにないな。

 

 そしてわしは頭を切り替えて、アムリッツァに駐留するために、艦隊の再編作業を始めるのであった。

 




今回、イゼルローンのシステムを破壊したのは、そのまま同盟軍に渡しては、逆に帝国が同盟に侵攻するさいに最大の障害になるので、そうなる前に潰してしまおう、という判断からです。

さてさて、次からはいよいよ、新章に入ります!
次の章で帝国と同盟との戦いに決着がつく予定。どうぞお楽しみに!……していただけると幸い。

次回『プラン・ガンマ』。

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帝国対同盟、決着編
第21話『プラン・ガンマ』


さあ、いよいよ新章!
ラインハルトとヤンの決戦が始まりますぞ!(あれ、ブラ公は?)
果たして、ヤンが次に放つ一手は?


 イゼルローン攻略戦から半年後。時は既に、ブラウンシュヴァイク公がフォーゲルに転生した第四次ティアマト会戦から三年が経過していた。

 

 アスターテ星域の惑星アトラ・ハシースにある、同盟軍ヤン独立軍司令部。そこで、独立軍司令官ヤン・ウェンリーは気をもみながら、ある情報を待っていた。

 帝国軍の同盟領侵攻に対して仕掛けたプラン・ベータ、そして前回のイゼルローン攻略戦、プラン・アルファ。それはいずれも、あともう少しということでひっくり返され、結果的に失敗に終わってしまった。

 そして今。第七次ティアマト会戦での帝国のダメージ、そしてイゼルローン要塞の無力化で、情勢は同盟側に傾きつつある。これは、プラン・ガンマを発動する好機であると彼は感じていた。

 

 しかし、プラン・ガンマを発動するには肝心なピースが一つ足りないのだ。前々回のベータ、前回のアルファの轍を踏まないためにも、彼はピースが全て揃い、発動するに十分な状態になるまで、発動を保留していた。

 

 そして数日後。フレデリカが、彼が待ち望んでいた情報を持ってやってきた。

 

「ヤン様、お待たせしました。情報部から報告が届きました」

 

 フレデリカが手渡してきた資料を、ヤンは手に取り、読みふけった。

 それは、帝国の政財界に対するコネについての情報、そして、ある星域についての情報だった。

 ピースがそろったことを確信した彼は、表情を引き締めた。

 

「よし、これで必要なものはそろったな……帝国領に侵攻するか」

 

 それを聞いて、フレデリカは目を丸くした。

 

「や、ヤン様、正気ですか? そんなことをしたら、アムリッツァみたくなるのでは……」

 

 そのフレデリカの懸念に、ヤンは苦笑を浮かべて返した。

 

「心配しなくていいよ。行き当たりばったりのことではないし、ちゃんと目的があってのことだから。それに、だらだら侵攻するつもりもない。この後、政府と統合作戦本部、宇宙艦隊司令部、そして我が独立軍とで作戦会議を行う。オンライン会議の準備をしてくれないか」

「あ、はい、わかりました」

 

* * * * *

 

 そして、ヤン独立軍、同盟政府、統合作戦本部、宇宙艦隊司令部四者によるオンライン会議が始まった。

 

「では、これより会議を始めます。作戦の大筋としては、以下の通りです。フェザーンを攻略して制圧し、しかる後に帝国領に侵攻します。侵攻の最終目的は、ウォルテンブルグ星域とその周辺宙域です」

 

 その作戦案に、参加者がざわめいた。やがて、ビュコックが挙手して発言を許可する。

 

「既にイゼルローンが無力化された今、フェザーンを通らずとも、イゼルローンから進めばよかろう。なぜわざわざフェザーンを通るか、説明してもらえるかね?」

「はい。理由は二つあります。一つは、この後にとっておくとしまして、もう一つについて説明しますと、目的はフェザーンを通過することだけではありません。フェザーンを制圧することで、情報と金融を抑えることです」

「む……」

 

 うなるビュコック。彼は、ヤンの答えから、その考えを読み取ったのだ。さすが老将というところだろう。

 

「フェザーンは、同盟、帝国双方にとっての金融の要です。ここを制圧すれば、帝国の金融は少なからず動揺することでしょう。これによって、帝国に揺さぶりをかけます」

「なるほどな……」

 

 ビュコックは、ヤンの作戦に感心しながらうなずいた。続いて、ムーア提督が手をあげる。

 

「ウォルテンブルグまで攻めるのならば、そのまま一気にオーディンを突いたほうがいいと考えるが?」

 

 また、別の意見も出た。ボロディン提督からだ。

 

「だが、あまり進出しすぎると、帝国軍に補給線を寸断され、先の同盟領侵攻作戦の帝国軍と同じになる可能性もある。オーディンまで攻め込むのはもちろん、ウォルテンブルグまで進出するのも危険が伴うのではないだろうか」

 

 両方の意見はもっともだ。ヤンはうなずいて、口を開いた。

 

「ムーア提督の意見はもっともですし、ボロディン提督の懸念ももっともです。ですが、その危険を覚悟してでもウォルテンブルグとその周辺宙域に進出することは不可欠ですし、オーティンまで行く必要はありません。なぜなら、この作戦の目的は、オーディンではなく、このウォルテンブルグにあるガス惑星、ウォルテンブルグαにあるからです」

「……なるほど、ヘリウム3か」

 

 ウランフ提督が得心したように、そう言ってうなずいた。ウォルテンブルグαは、ウォルテンブルグ星域にある巨大なガス惑星だ。

 

「はい。フェザーンを抑えて、帝国を金融面から揺さぶるのと同時に、帝国内における、最大のヘリウム3供給源であるウォルテンブルグαを抑えることで、ヘリウム3の軍への供給を断ちます。そして我が軍が周辺宙域でゲリラ戦を繰り返して、帝国軍の出撃を促せば、そのうちヘリウム3の備蓄が足りなくなり、帝国軍は半身不随になっていくでしょう」

「なるほどな……」

「さすがに帝国軍が動けなくなれば、こちらからの和平に応じざるを得なくなるでしょう。民需分まで軍事に回して戦いを継続しようとすれば、民衆の帝国への反感が高まってしまいますから。改革者としてありたいであろうローエングラム公としては、それは避けたいところでしょう」

「なるほど。もしかすると、半身不随になる前に、決戦に挑んでくる可能性もあるな。そうなれば……」

 

 ビュコックがそう言うと、ヤンはうなずいて答えた。

 

「はい。そうなれば、今一度、プラン・ベータ……帝国軍と決戦して、帝国軍に決定的なダメージを与える……に持っていける可能性もあります。もっとも、そうなったとしても、無理に勝つ必要はありません。その決戦をしのげば、その決戦でヘリウム3を使いつくした帝国軍はおしまいです」

 

 ヤンがそう言うと、皆から感嘆の言葉がもれた。

 

「フェザーンを抑えるもう一つの理由もそこにあるのです。情報も抑えて、帝国軍にこちらの狙いを気付かせないようにすること、これが大事です。あのローエングラム公のことですから、それでもこちらの狙いに気づくかもしれませんが、それでも、こちらが作戦を遂行する時間をいくらか稼ぐことはできると考えます」

 

 そこでヤンは、政府代表の、アイランズ議長に目を向けた。

 

「前にも言った通り、この戦略プランは、帝国を倒すことではなく、帝国を和平の席に引きずり出すことが目的です。政府には、帝国政府へのコネを通して、和平の準備をお願いします」

「うむ、了解した」

 

 アイランズがそう言うと、ヤンはうなずき、統合作戦本部と宇宙艦隊の面々に向きなおった。

 

「それでは、続いて、細かい作戦案の立案に入ります。先ほどボロディン提督が指摘されたように、この作戦はかなりの危険が伴います。補給を断たれれば、窮地に陥るのはこちらのほうでしょう。それだけに、作戦案と、兵站計画は、ペーパープランではない、しっかりしたものにしなければなりません。それではまず……」

 

 そして会議は、細かい作戦プランの立案に入っていった。

 

* * * * *

 

 一方、フェザーン。

 その自治領主公館にて、補佐官のシロッコが、自治領主のルビンスキーに報告を行っていた。それは、同盟軍が帝国領への侵攻作戦を練っている、という話だ。

 

「なるほど、了解した。ではシロッコ、その情報をただちに帝国に流せ」

「帝国へ、ですか?」

「そうだ。その作戦を成功させるわけにはいかん。今、帝国と同盟の軍事バランスを崩させるべきではない。軍事バランスが崩れることは、このフェザーンの消滅を意味する」

「とは言いましても、もうバランスの復元は難しいのでは。あえてバランスを保つよりは……」

 

 シロッコがそう反論しようとすると、ルビンスキーは、不敵で不気味な笑いを浮かべて、彼のほうを見た。

 

「シロッコ、貴様が何を考えているか知らんが、余計なことはするなよ。この俺が、先のイゼルローン攻略戦で、お前が何をしたか知らないと思っていたのか?」

「……!」

「貴様が俺を出し抜かんとしているのはお見通しだ。いいか、俺を失望させることはするなよ。少なくとも俺は、権謀術数の世界において、お前より一日の長があると思っている」

「は……」

 

 そう言って、シロッコはその場を退出した。自分のオフィスに向かう途中で、シロッコは改めて、ルビンスキーの底知れなさを感じていた。

 

(イゼルローン攻略の情報を握りつぶしていたことに気づいていたとは、確かにルビンスキー、恐るべき男だ。ジャミトフより上かもしれん)

 

 だがシロッコは、自らの策謀を止めるつもりはなかった。なぜなら。

 

(だが私とて、ジャミトフやハマーンと策謀を戦わせた男だ。このまますごすごと、奴の下に甘んじる気はない。まさに今が、我が野望の一歩を踏み出すべき時なのだ。ルビンスキーは幸いにも、私の切り札に気づいていないようだし、今を逃す手はない)

 

 そう言うとシロッコは、レポートを破り捨てた。

 

(私の元に駆け込んできたグリルなんとかという男はどうするか……。あんな男でも、まだ使いようがあるかもしれん。もうしばらく生かしておくことにしよう)

 

 そう考えをまとめると、シロッコは自室の中へと入っていった。

 

* * * * *

 

「閣下、ボロディン提督、アップルトン提督、アル・サレム提督の艦隊が到着しました」

 

 惑星アトラ・ハシースの衛星軌道上。旗艦ヒューベリオンの艦橋の指揮デスクにあぐらをかいているヤンに、フレデリカがそう報告する。さらに、艦隊の副司令官のフィッシャー少将が続いて報告する。

 

「我が独立軍の各艦隊、出撃準備完了。いつでもいけます」

 

 ヤンはその報告にうなずくと、表情を引き締め、前を見据えて言った。

 

「よし、全艦出撃。目標はフェザーンだ!」

 

 かくして、ヤン独立軍艦隊は、イゼルローンを出発した。

 

 ラインハルトとヤンの対決の第二弾、その前哨戦を知らせる角笛が、今鳴り出したのだ。

 




次回、シロッコがいよいよ動き出します!

次回「シロッコ、立つその2(その2なのは、既にZガンダムのサブタイトルにあったからです)」

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第22話『シロッコ、立つその2(その2なのは、既にZガンダムのサブタイトルにあったからです)』

さぁ、いよいよプラン・ガンマが始動!

そして、フェザーンではついに……!


 シロッコは、自室にて、帝国と同盟の軍事情報を見つめて、顔をしかめていた。

 

 帝国軍が、彼の予想を上回る早さで、フェザーンの周辺星域に艦隊を集結させているのだ。この調子でいけば、同盟軍がフェザーンに到着するころには、既に帝国軍艦隊は同盟軍に備える体制ができているだろう。

 

「迅速すぎる……。ルビンスキーが先手を打って、詳細な情報を帝国にリークしたか、それとも、帝国側が極めて有能なのか……。だが……」

 

 だが、この程度の誤算であれば十分取り返すことができると、シロッコは読んでいた。帝国軍の集結を遅らせ、同盟軍が作戦を成し遂げるための時間を稼ぐための手を、彼は持っているのだ。

 

 彼は、某所に極秘回線で通信を入れた。

 

* * * * *

 

 そのころ。フェザーンに近いアイゼンヘルツ星域に向かっている艦隊があった。カルナップ艦隊。第七次ティアマト会戦での損害を補うために編成された、新しい艦隊である。

 その旗艦ルーゲントの艦橋に立つカルナップ少将は、仁王立ちしたまま、傍らの副官に尋ねる。

 

「後続の艦隊はどうだ?」

「はっ。ミッターマイヤー上級大将、ロイエンタール上級大将の各艦隊は、出撃準備でのトラブルより出撃が多少遅れてしまいましたが、それでも順調に進んでおります。ですが、トゥルナイゼン少将、アルトリンゲン少将、ブラウヒッチ少将、ザウケン少将らの艦隊は、何者かの妨害工作により、かなり進行が滞っております。おそらく、真っ先にアイゼンヘルツに到着するのは我が艦隊が先かと」

「そうか。何が事が起こった時、おそらく我が艦隊が真っ先に対処をすることになろう。その心構えをするよう、各員に……」

「て、提督!」

「なんだ!?」

 

 オペレーターに、そうカルナップが聞き返した時、突然艦隊の後背で爆発が起こった。艦隊の後尾の輸送艦が突然爆発を起こしたのだ。それと連動するように、次々と、輸送艦が爆沈していく。

 

 その爆発の衝撃波で、ルーゲントは揺れに揺れた。

 

* * * * *

 

「偉大なる天才、そして偉大な地球、ばんざーい!」

 

 ある輸送艦の中。

 帝国軍の軍服を着た男がそう叫ぶと、小型の低周波爆弾を起爆させる。彼が自爆したのは、輸送艦のヘリウム3貯蔵庫で、その爆発で、積んでいたヘリウム3が核反応を起こし、艦全体をも爆散させる大爆発を起こした。

 

 また別の輸送艦では。

 

「ぐはっ! ふふふ……世界は天才の手で……ぐふ」

 

 艦橋にて、不正な操作をしていた、機関担当の乗組員が射殺される。しかし、時すでに遅く、彼の手によって暴走させられた核融合炉はやがて臨界を迎え、中の乗員ごと、自らが搭載されていた輸送艦を宇宙の藻屑とした。

 

 怪しい者たちによる艦隊への妨害工作。それはカルナップ艦隊だけではなく、アイゼルヘルツに向かっている各艦隊で起こっていた。

 幸いながらに、ロイエンタールらを始めとした上級大将の歴戦の提督たちは、その適切な対処もあって、被害は最小限で済んでいたが、問題はカルナップ艦隊を始めとした、新設の小艦隊である。

 彼らの艦隊はまだ編成まもなく、人員のチェックも十分甘かったので、被害がより拡大していたのである。

 

 この工作により、帝国軍の集結はかなりの遅れを余儀なくされた。

 

* * * * *

 

「これはいかんな……」

 

 ……という報告を、わしはアムリッツァ星域の惑星クラインゲルトに設営された、艦隊群司令部にて受け取っていた。

 幸いながらに、わしはそれほどイゼルローン失陥の責任を問われることはなく、イゼルローン方面軍司令官の役を解任されるだけで済んだ。キルヒアイス軍務尚書が秘策を用意してくれたおかげだ。本当に感謝の言葉しかないわい。

 あ、もちろん、途中でオフレッサーが閉じ込められたカプセルを回収したのは言うまでもない。

 

 さて。

 

「はい。ミッターマイヤー提督たちが指揮している主力級の艦隊では、被害はそれほどでもなかったようですが、それでも、破壊工作への対処のため、一時行軍を停止しているそうです。本当にほれぼれするような工作です」

「ははは……。しかし、笑ったり、感心してばかりいるわけにもいくまい。まさかとは思うが、我が艦隊群にも工作員が紛れ込んでいる可能性は否定できぬ。彼らに、この司令部施設の機能を破壊されたら一大事だ」

「工作員のあぶり出しを行いますか?」

「そうだな。……そうだ、オフレッサーに工作員摘発の指揮をやらせよう。彼に勝てる者はおらんし、頭の切れる奴を補佐につけてやれば、してやられることもあるまい。ナイゼバッハに補佐をさせよう」

「了解しました。しかし、本当に素晴らしい手を打ってきますね。私が弟子入りしたくなるほどに。やはり、あの同盟軍の提督の仕業なのでしょうか?」

 

 そのナギ大尉の疑問を、わしは首を振って否定した。

 

「いや、それはあるまい。わざとトゥールハンマーを外すような人道的な指揮官が、こんな破壊工作なんかやるはずがない。もし彼がそんな人間だったら、わしらは今頃ここにはいなかっただろう」

「確かにそうですね……」

 

 ナギ大尉は、そういうと、体をぶるっと震わせた。やはり、あのイゼルローンでトゥールハンマーにやられかけたことが、トラウマにでもなっているのだろうか。

 

「大丈夫か、ナギ大尉? なんなら、わしが肩を抱いてやろうか?」

「結構です。さすがに35才以上の老人は範囲外ですので。それに、そんなことをしたら、軍務省にセクハラで訴えますから。あることないこと付け加えて」

「……冗談だ。そんな怖い目をしないでくれ」

 

 そしてその後、わしはさっそくオフレッサーとナイゼバッハに、工作員の摘発の命を与えた。

 オフレッサーには、向こうが抵抗してきたらやむを得ないが、それ以外では無用な殺戮を控えること。ナイゼバッハには、彼をよく補佐することと、彼が暴走しそうになったらうまく抑えることを伝えてある。

 

 そのおかげもあって、工作員摘発は速やかに進んでいったのであった。

 

* * * * *

 

 一方、フェザーンの自治領主公館。その一室で、シロッコは部下から報告を受け取っていた。

 

「ふむ。妨害工作は順調のようだな。それで、同盟軍はどこまで来ている?」

「はい。既にパラトループ星域に集結を完了。まもなく、パラトループとフェザーンの境界を越えようというところです」

 

 女性部下からのその報告を受けたシロッコは、にやりと笑みを浮かべた。いよいよ、時が来たのを彼は確信した。

 

「よし、いよいよ動くぞ。MS隊出撃。ただちに、フェザーンの主要施設を抑えるとともに、自治領主ルビンスキーの身柄を抑えるのだ」

「わかりました」

 

 そしてその日! 同盟軍がフェザーン回廊に侵入したと同時に、惑星フェザーンの首都の各所に突如、鉄の巨人たちが現れた!

 

 天空からバリュートを装備して舞い降りた彼らは、ただちにフェザーンの主要施設に降り立っていく。そしてそれと同時に、シロッコの私兵や、彼の息のかかった(洗脳された、ともいう)地球教徒たちがその施設を制圧していった。

 

 フェザーンの市民たちは、自分たちの頭上に現れた巨人たちに、ただ驚き、そして恐れた。

 

 その彼らを見下ろす巨人たちの一体、MS、『ジ・OⅡ』のコクピットで、シロッコは不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

(いよいよ、大勝負の始まりだ。帝国のラインハルト・フォン・ローエングラム、同盟のヤン・ウェンリー。相手にとって不足はない! たやすくはないが、やってみせよう! このパフティマス・シロッコが、今度こそ世界を我がものに収めてくれる!)

 




さぁ、シロッコがいよいよ動き出しました。
しかし、黒狐ことルビンスキーも、このまま終わるつもりはないようで……?

次回『あの人もこちらに来てたんですね……』

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第23話『あの人もこちらに来てたんですね……』

 国境を越え、パラトループからフェザーンに侵入したヤン独立軍の艦隊。そのヒューベリオンにある通信が舞い込んできた。

 さっそく、通信士官がヤンに報告する。

 

「司令。フェザーン本星から通信です」

「通信? 誰からだ?」

「はい。フェザーン自治領主補佐官兼臨時自治領主を名乗るパフティマス・シロッコという男からです」

「は?」

 

 その報告に、ヤンも傍らのフレデリカも目を丸くした。彼はもちろん彼のことはよく知っている。だが、ヤンの前世の記憶に間違いがなければ、彼は創作の世界の人物のはずだ。

 

「……司令?」

「あ、あぁ、ごめん。回線をつないでくれ」

「了解」

 

 ほどなくして、通信スクリーンに一人の男の姿が映し出された。ヤンが良く知る、あの白い独特の服装ではなく、スーツ姿であったが、その姿は間違いなく、ヤンが知っている、『機動●士Zガン●ム』の登場人物、パフティマス・シロッコそのものであった。

 

「閣下、通信をお受けいただき、ありがとうございます。フェザーン臨時自治領主、パフティマス・シロッコと申します」

「自由惑星同盟軍、ヤン独立軍総司令、ヤン・ウェンリー大将だ。さて、臨時とのことだが、正式な自治領主であるルビンスキー氏はどうしたのかな?」

「はい。同盟軍が侵攻してくると聞き、私は同盟軍への降伏を進言したのですが、彼はそれをよしとせず、地下に潜ってしまいました。現在、捜索中でありますが」

「そうか。無事に見つかるといいが」

「全力を尽くします。それで閣下。今言いましたが、フェザーンは同盟軍に降伏いたします。こちらの要求は、私の身分と身柄の安全の保証、それと市民の安全。それだけです。それを飲んでいただければ、ただ降伏するだけでなく、私とフェザーンは全力を挙げて、同盟軍に協力いたしましょう」

「……血判状を出してかい?」

「なっ……!」

 

 シロッコの表情が驚愕に彩られた。それを見て、ヤンは自らの失策を悟った。つい軽く口にしてしまったが、彼を警戒させるのは得策ではない。

 

「ああ、ごめん。気にしないでくれ。その条件を受け入れよう。ただちに我が艦隊を受け入れる準備を整えてくれ」

「……わかりました」

 

 そして通信は切れた。

 

(本当にパフティマス・シロッコでしたね。閣下、なぜか私は彼を見て、異常に警戒しました。つい、『小うるさい見物人』という印象が沸いてきちゃいましたよ。でもこの調子だと、シャアも来てたりするんでしょうか?)

(それは勘弁してほしいな。もしシャアまで転生してきたら、私なんかじゃ勝てないだろうからね。……ああ、しまったな)

(どうしたんです?)

(いや、彼に『世界を支配するのは女性』の真意を聞きそびれたな、と思ってね)

 

* * * * *

 

 一方の、フェザーン自治領主公館。その領主室で、シロッコは同盟軍受け入れ準備の指揮を行っていた。

 

「あぁ、うむ。くれぐれも、不備がないようにしっかり頼む。それと、ルビンスキーの残党による邪魔が入らないよう気を付けてくれ」

 

 そして一通り指示を終えると、シロッコは椅子に座り込み、顔をしかめて目を閉じた。ヤン・ウェンリーの言っていた言葉に危機感を感じたのだ。

 

(なぜ、あの男が、『血判状』という言葉を……。あの言葉は……)

 

 そう、『血判状』という言葉は、前世において、自分がジャミトフに取り入った時に言ったセリフである。それを彼が知っていることが引っかかっていたのだ。

 

(もしや、私が『宇宙世紀』からこの世界に転生したように、ヤン・ウェンリーも、『宇宙世紀』から転生したのでは……?)

 

 だが、シロッコはそこで考えを切り捨てた。なぜなら。

 

(まぁいい。相手が誰だろうと、この天才が負けるはずがない! ヤン・ウェンリー、我が野望のために精一杯利用させてもらうとしよう)

 

* * * * *

 

 一方、地下通路内。そこに、自分の地下アジトへ向かっているルビンスキーとその部下たちの姿があった。

 

「まさか、事を起こすとはな。あの男はもう少し賢いと思っていたが。だが、あのような切り札を用意していたとは思いもしなかった。ルパートの元にいた時に、人型兵器を趣味で作っていたのは知っていたが……」

 

 そう、ルビンスキーは、シロッコがMSを作っていたのは、あくまで趣味の延長だと思い、まさか、今日この日のために作っていたとは思ってもいなかったのだ。

 確かに、ミノフスキー粒子が存在しないこの世界では、MSはただの的に過ぎずその出番はない。だが、それでもMSには使いようがある。人型ゆえの踏破性。そして何より、その巨体ゆえの耐久力と攻撃力、そして威圧力だ。機関銃ぐらいではMSの装甲を貫くことはできないし、踏みつぶされれば、戦車といえどもおしまいだ。そして何より、その巨体を目にしては、たいていの者は委縮してしまう。戦術兵器としてのMSはあまり有効ではないが、拠点制圧戦においてはMSは十分に有効な兵器たりえるのである。

 大規模戦闘ではまだ使えないとしても、今この時のために用意していたとしてもおかしくない。

 そのことに気づかなかったルビンスキーを責めるのは酷であろう。宇宙世紀の人間ではないルビンスキーは、MSについて何も知らないのだから。

 

 シロッコがそれだけのMSをどこで作っていたかというと、それはフェザーンの近くにある小惑星帯の一つにある、小惑星に偽装された工業プラントである。彼は、衛星軌道上にあったケッセルリンク重工の戦闘艇製造プラントを、密かに小惑星に偽装し、中をMSの製造プラントに作り替え、そこでこの時のための戦力を作っていたのだ。

 ルビンスキーに気づかせずに、これだけのことをやってのけたのは、さすがシロッコというべきであろう。

 

 さて、シロッコの追手から逃げ続けるルビンスキーは、ついに彼らの地下アジトにたどり着いた。

 

「これで一息つけるな。それにしても、二大勢力を掌の上でもてあそび続けていたこの俺が、部下に背かれ、地下に潜る羽目になるとはな。見ているがいいシロッコ。この借りは返させてもらうぞ。俺なりのやり方でな……」

 

* * * * *

 

 一方、フェザーンの宇宙港に集結した同盟軍侵攻艦隊。

 

「ムライ参謀長。帝国軍の動きはどうだ?」

「はい。若干の遅れはありますが、間違いなくフェザーンに隣接しているアイゼンヘルツ星域に向かっているようです。まもなく、半個艦隊がアイゼンヘルツに到達すると思われます。閣下、帝国軍が集結しつつあるこの状況で仕掛けるのは無謀なのではないでしょうか?」

「いや、大丈夫だよ」

 

 そういうとヤンは、戦略スクリーンに両軍の位置情報を映し出した。

 

「確かに帝国軍は集結しつつあるけど、帝国軍主力の中で動いているのは、ミッターマイヤーとロイエンタール各提督の艦隊だけ。さらに今アイゼンヘルツに入ろうとしている艦隊はかなり隊列を乱していて、残りの小艦隊たちはどれもかなり遅れている。このアイゼンヘルツに入ろうとしている半個艦隊を急襲して崩せば、勢いでそのまま帝国領に侵攻できるはずさ。いくらなんでもミッターマイヤー提督やロイエンタール提督だけで、これだけの艦隊と戦うのは無謀と、ローエングラム公も考えるだろう。そして計算では、残りの小艦隊群と遭遇する前にウォルテンブルグ星域にたどり着ける」

「なるほど……。ですが、アムリッツァのフォーゲル機動艦隊群のほうは?」

「それについても心配はないだろうね。アムリッツァからアイゼンヘルツへはかなり離れている。彼らが来る前に、我々はアイゼンヘルツを超えているさ。さて、フィッシャー少将。艦隊のほうはどうだい?」

 

 ヤンに問いかけられた艦隊副司令のフィッシャーが、向きなおって報告する。

 

「はい。独立軍全艦隊、いつでも出発できます。宇宙艦隊の各艦隊も出発準備が完了したとのことです」

「よし、では行くとしようか。帝国と握手するためのピクニックへ」

 

 かくしてヤン率いる独立軍はフェザーンを出発した。目的地は帝国領、ウォルテンブルグ星域である。

 




さあ、いよいよフェザーンを制圧したヤン艦隊。それに対して帝国はどうするか?
次回、いよいよ前哨戦が始まりますよ!

次回「第一次ウォルテンブルグ会戦」

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第24話『第一次ウォルテンブルグ会戦』

 同盟軍が、アイゼンヘルツ星域に展開していたカルナップ艦隊を一蹴して、帝国領に侵攻した。

 その知らせは、既にオーディン宰相府のラインハルトの元へ届いていた。

 

 彼は、宰相府の執務室で、キルヒアイスと話し合いを持っていた。

 

「ついに来たか……。やはり同盟軍の司令官……ヤン・ウェンリーと言ったか。彼は、俺と同等の名将と見えるな。まさかラグナロック作戦を逆にやってくるとは」

「ラグナロック作戦?」

「あぁ。第七次ティアマト会戦で大ダメージを受けず、イゼルローンを失ってなければ、やろうと思っていたフェザーン制圧と叛乱軍領侵攻作戦、その作戦名だ。叛乱軍に引導を渡すには、ぴったりの名前だろう?」

「確かに。そういえばラインハルト様。今回の彼らの侵攻について、少し気になることがあるのです」

「気になること? なんだ、キルヒアイス?」

 

 ラインハルトがそう聞くと、キルヒアイスは、ラインハルトの席のコンソールを操作して、スクリーンに帝国南部の星図を映し出した。

 

「叛乱軍の侵攻ルート、普通に見てみると、ただ南方宙域を通って、このオーディンを目指しているように見えますが、その途中にあるこの……」

「ウォルテンブルグ星域……。まさか……!」

「はい。もしかしたら、彼らの目的は、ウォルテンブルグ星域のウォルテンブルグαにあるのではないでしょうか?」

 

 キルヒアイスの推測を聞いたラインハルトは顔をしかめた。もしウォルテンブルグαを同盟軍に抑えられたら、帝国軍はヘリウム3の供給を断たれ、半身不随に陥ってしまう。

 

「もし、ウォルテンブルグを通って、このオーディンを突きにくるとしても、そのついでにウォルテンブルグαを抑えようとする可能性は高いな。いや、あのヤン・ウェンリーなら絶対そうするだろう」

「シャンタウで再編中のロイエンタール、ミッターマイヤー、両艦隊をウォルテンブルグαに向かわせますか?」

 

 キルヒアイスの提案に、ラインハルトは首を振った。

 

「いや、俺と同等の敵将だ。いくら双璧でも、彼らだけでは荷が重いだろう。せめて、俺の艦隊とビッテンフェルトの艦隊の再編が済めば話は違ってくるだろうが……」

「……」

「だからと言って、簡単にウォルテンブルグαを叛乱軍にくれてやるわけにはいかない。せめて、俺の艦隊とビッテンフェルトの艦隊の再編が済むまで持ちこたえてくれなくてはな……。トゥルナイゼン、アルトリンゲン、ブラウヒッチ、ザウケンの艦隊を向かわせよう。キルヒアイスは、他のヘリウム3供給ルートの模索とその構築を行ってくれ」

「わかりました」

 

* * * * *

 

 一方、帝国領を進む同盟軍。彼らの側にも問題が持ち上がっていた。

 

「補給が?」

『うむ。フェザーンの地下組織の暗躍で、主力艦隊への補給が滞っておってな。わしらのフェザーン出発はもう少し遅れそうじゃ』

「そうですか……」

『今のところ、シロッコとやらに頼んで、地下組織の邪魔をなくすことと、補給体制の改善をやってもらっているが……」

「わかりました。こちらはなんとかします。主力艦隊はできるだけ早く、出発の準備を終えてください」

『うむ、了解した』

 

 そして通信は切れた。ヤンがほっと一息をつく。

 

「閣下、これはやはり……」

「あぁ。まず間違いなく、ルビンスキー氏の仕業だろうね。帝国と同盟のバランスがフェザーンの存亡に関わると考えているあの御仁としては、私たちの帝国領侵攻は看過できないんだろう」

 

 そう説明するヤンに、パトリチェフ参謀が挙手して提案する。

 

「ですが、どうなさいます? 主力艦隊が合流するまで待ちますか?」

 

 だが、そのパトリチェフの提案に、ヤンは首を振った。

 

「いや、行動を遅らせては、帝国にウォルテンブルグαを守る態勢を作る時間を与えてしまう。この作戦は時間が勝負なんだ。少し無理をすることになるが、我々の艦隊だけでウォルテンブルグを攻略するしかないだろうな」

 

 そしてヤン独立軍は速度を上げ、ウォルテンブルグ星域に突入した。

 

* * * * *

 

 そして。

 

「さすがローエングラム公だね。できる範囲でではあるが迎撃態勢を整えているとは」

 

 ウォルテンブルグ星域。そこで、ヤン独立軍4個艦隊32000隻は、帝国軍4個半個艦隊16000隻と対峙していた。

 

 同盟軍は帝国軍の二倍だが、それでも油断は禁物である。決定的な戦力差、というわけでもないのだ。

 

「でも、まずはこの目前の敵を撃破しなくては事は進まない。撃て(ファイアー)!」

「撃て(ファイエル)!」

 

 かくして戦端は開かれた。だが、帝国軍の防戦の前に、同盟軍は攻めあぐねていた。

 先述したように、1対2という戦力差は、有利ではあるが決定的な差というわけでもない。地の利を活かせば、十分にその差は埋められるのだ。そしてウォルテンブルグには、その地の利があった。

 ウォルテンブルグαの近くには、大きなアステロイドベルトがあるのだ。帝国軍は、そのアステロイドベルトの向こうに布陣し、小惑星を盾にして防戦していた。さらに、彼らの9時方向にはウォルテンブルグαがあり、そちらの方から回り込むことも至難。結果として帝国軍は、前面、そして3時方向に注意を払うだけでいい。これはまさに、二倍という戦力差を補うのに十分な自然の要害であった。

 

 だが、攻める側のヤン独立軍としては、攻めあぐねているわけにはいかない。ここで停滞していては、帝国軍に反撃の準備を整えるための時間を与えることになってしまう。

 

 ヤンは正攻法で戦いを進めながらも、打開策を考えていた。そして。

 

「よし。フィッシャー少将。我が艦隊は一時後退。大きく迂回して、敵の側面を突く」

「了解しました」

「アッテンボロー。君たちの艦隊は、ミサイルのいくつかを弾頭を抜いて準備しておいてくれ。そして私が合図したら、それを小惑星帯に撃ち込んでくれ」

『わかりました。また先輩の奇術ですね。楽しみにしています』

「うまくいくかどうかは天のみぞ知る、だけどね。それじゃ行くとしようか」

 

 ヤンの指令を受け、ヤンの主力艦隊は、一時後退し、それから3時方向へと移動を開始した。

 

* * * * *

 

 そのヤン艦隊の移動は、帝国軍にも知れていた。艦隊司令官の一人、トゥルナイゼンはその報告を受けると、すぐに指示を出した!

 

「奴らは、3時方向から我が艦隊の側面を撃ち、ウォルテンブルグαに追い落とすつもりだ! ブラウヒッチ、ザウケン。卿らはそのまま前面の敵に当たってくれ。私とアルトリンゲンは、奴らに備える!」

『了解』

『了解した』

 

 そしてトゥルナイゼン艦隊、アルトリンゲン艦隊は3時方向に転回し、ヤン艦隊を迎え撃つ態勢をとった。やがて、交戦距離に入り、砲火が交錯し始める。

 

「こちらの意図をすぐに見抜いて対処してくるとはさすがだね。……でも、まだ甘かったな。アッテンボロー、やってくれ」

『了解です』

 

 ヤンの合図を受け、アッテンボロー、モートン、カールセンの各艦隊からミサイルが発射される。それは次々にアステロイドベルトを構成する小惑星に衝突し、衝撃と慣性でその小惑星を帝国軍の方向に加速させる。さらに、それにウォルテンブルグαの高重力波が影響し、弾き飛ばされた小惑星は弾道が読めない弾丸となって、帝国軍艦隊に襲い掛かった!

 

「陣を崩すな! 奴らにつけこまれるぞ!」

「し、小惑星が! うわああああ!!」

「か、回避、回避ぃぃぃぃ!!」

 

 ある戦艦は小惑星の餌食となり爆沈し、またある艦は小惑星を回避しようとして他の艦と衝突して大破した。

この攻撃で帝国軍の艦列は大いに乱れた。いや、それどころか、満足な迎撃態勢をとることすら困難になっていた。

 

 それを見てとったヤンは、指揮デスクにあぐらをかいたまま、艦隊に号令を下す!

 

「よし。各艦隊、総攻撃を開始せよ!」

 

 艦列が乱れたところに、ヤン艦隊が猛攻を加える。前面のアッテンボローらの艦隊も攻勢を開始し、帝国軍は劣勢に追い込まれた。帝国軍の艦隊はたちまち大損害を受ける。3割の損害で済んだザウケン艦隊はまだいい方で、トゥルナイゼン、ブラウヒッチ艦隊は艦艇の半数を失い、アルトリンゲン艦隊は旗艦沈没、アルトリンゲンが戦死するほどだった。

 

「このままではやられるだけだ……! 撤退する!」

「しかし、閣下、この状態ではその撤退こそ至難の業かと……」

「それは承知のうえだ! だが、それでもやられないためにはするしかない!」

 

 残存艦隊はトゥルナイゼンの指揮の元、なんとか態勢を立て直し、撤退を開始した。いやそれはもはや、撤退というより潰走と言ってもいいかもしれない。

 当然、それを許すヤンではない。彼はただちに追撃の指令を出そうとした。その時!

 

 ヤン艦隊の前衛の何隻かの艦がレーザーの攻撃を受けて爆沈した。

 

「どうした、新手か?」

「はい。ウォルテンブルグ外縁に敵艦隊! その艦隊の中に、シェルフスタットⅡを確認! 援軍の艦隊は、帝国軍のフォーゲル艦隊と思われます!」

 

 それはまさに帝国軍にとっては希望の星に見えるであろう。フォーゲル率いる騎兵隊の参上であった。

 




さあ、さっそうと(?)駆けつけた我らがブラ公。
果たしてこちらより多い同盟軍とどう戦うのか?

次回「ウォルテンブルグ会戦、その後のこと」

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第25話『ウォルテンブルグ会戦、その後のこと』

「いいタイミングに出くわしたものだな。ぜいたくを言えば、もっと早く到着したかったが」

 

 旗艦シェルフスタットⅡの艦橋で、わしはそう言ってうなずいた。そのわしに、副官のナギ大尉が聞いてくる。

 

「このまま、敵艦隊に攻撃を仕掛けますか?」

 

 だがわしはその問いに首を振る。

 

「いや。我が艦隊は一個艦隊。しかも、選り抜きに選り抜いたので、実際の数は一個艦隊にも満たない。今攻撃を仕掛けるのは自殺行為だ。ここは、友軍が撤退を終えるまで、敵をけん制するのが賢明だろう」

「ですが、それなら、もしかしたら、こちらが少数なのを察知した敵が押し寄せてくるのでは……」

 

 まぁ、それは当然の懸念だな。だがしかし、そのことを考えていないほどわしはおろかではない……つもりだ。

 

「大丈夫。ちゃんとそのへんの対策は立ててある。『アレ』の準備はできているか?」

「はい。いつでもいけます」

 

 オペレーターの報告を聞いたわしは、うなずくと再び前を見据えて、我知らずにやりと口の端をゆがめる。

 

「よし。それでは、奴らにティアマトでの意趣返しをするとしようか」

 

* * * * *

 

 一方、ヤン独立軍総旗艦、ヒューベリオン。その艦橋にアラームが鳴り響いた。

 

「閣下! エネルギー反応多数! レーザーが来ます!」

「全艦、エネルギー中和磁場、最大出力! 着弾に備えろ!」

 

 次の瞬間、独立軍主力艦隊各艦をレーザーの雨が襲った! エネルギー中和磁場の出力を上げたので、被害は最小限で済んだが、それでも何隻もの艦がその餌食となって沈んだ。

 

「閣下、今のレーザーの数からすると、敵艦隊は我が独立軍と同規模かと……」

「あぁ。しかも、消耗している我が艦隊で、彼らと戦うのは危険だ。艦隊後退。アッテンボローたちと合流して守りを固める。今回の戦いは、あくまでこのウォルテンブルグを確保するのが目的だ。帝国軍を撃ち減らすことじゃない」

 

 そして主力艦隊は後退し、他の艦隊と合流する。

 

* * * * *

 

 その様子を、わしはスクリーンから見ていた。やれやれ、うまくいったようだな。

 

「うまくハッタリに引っかかってくれたか。それで、友軍のほうは?」

「はい。まもなく、しんがりのトゥルナイゼン艦隊が、我が艦隊の横を通り過ぎます」

「よし。我が艦隊も、トゥルナイゼン艦隊の撤退が済み次第、この宙域から離脱する。できれば、それまでに奴らがこちらのハッタリに気づかなければいいが。奴らに気づかれないためにも、『アレ』は引き続き、わしらが撤退するまで撃ち続けるように。最悪、壊れてもかまわん」

「了解しました」

 

 そして、トゥルナイゼン艦隊は無事に、この宙域から離脱していった。さて、それではわしらも引き上げるとするか。

 

「よし、わしらも離脱するぞ! レーザー・トラップ、最大出力で斉射!」

 

 我が艦隊の周囲からレーザーの束が敵艦隊に飛んでいき、敵艦隊のいるあたりに、いくつかの火球を作り出した。

 

* * * * *

 

 そして、フォーゲルの艦隊が撤退した後。

 

「それで、アッテンボローのほうはどうだい?」

「はい。残骸の回収と分析が終わったそうです。通信、つなぎますね」

 

 フレデリカがそういうと、通信スクリーンが開き、アッテンボローの姿が投影された。

 

「お疲れ様、アッテンボロー。それで、どうだった?」

『はい。どうやら、戦艦の中性子レーザー砲を取り出して改造した戦闘衛星のようです。奴ら、これをたくさんばらまいていたみたいですね。あと、バルーンダミーも多数、散らばってました』

「ふむ……。つまり、彼らのハッタリにまんまと引っかかったってわけか。これはちょっとしくじったな」

 

 ヤンはそう言って苦笑し、頭をかいた。

 

 これが、一個艦隊にも満たないフォーゲルの艦隊が、四個艦隊に匹敵するような弾幕を展開できたカラクリであった。フォーゲルは、これまでの戦いで大破して使い物にならない戦艦や巡航艦から、主砲の中性子レーザー砲を取り出し、それをもとに小さな簡易戦闘衛星を作り、それを持ち込んでいたのだ。

 とはいえ……。

 

「ですが、いくら簡易な戦闘衛星とはいえ、短期間であれだけのものをたくさん作れるとは思えません。もしかして、この作戦があることを予期して用意していたのでしょうか?」

 

 ムライ参謀長の質問に、ヤンはまた頭をかくと、腕を組んで口を開いた。

 

「どうだろう。ただ、予期していたにしろ、そうではなかったにしろ、あらかじめ何かあった時のために、これだけの用意をしていたってことは、向こうの司令官はよほどの軍才の持ち主ということは間違いないだろうね。これはこの戦い、そう簡単には進まないだろうな」

 

* * * * *

 

 キフォイザー星域。ウォルテンブルグを脱したわし……フォーゲルの艦隊は、ここで叛乱軍にやられた艦隊の再編を行っていた。

 

 なお、わしはもともと彼らの救援のために来たわけではない。叛乱軍がフェザーンへ向かっていると聞いたわしは、フェザーンを通って帝国へ侵攻するのではないかと考えた。ローエングラム公も同じ考えだったのか、すぐさまわしに叛乱軍迎撃の命令が出た。

 そこでわしは、叛乱軍の侵攻速度とルート、そして我が艦隊の速度を考えて、迎撃するのにちょうどいいポイントとして、ウォルテンブルグを選び、そこに急行していたのだ。当初は先に到着して、展開しているであろう友軍と合流して迎撃するつもりだったが、その前に彼らが大打撃を受けたのと、その彼らが逃げ崩れてきたので、急遽予定を変更して、迎撃はせずに撤退することにした次第だ。

 なおそのさいには、なるべく速く到着できるように、率いる艦隊には高速戦艦や巡航艦など足の速い艦を選りすぐり、さらにワープエンジンにかなり無理をさせて飛んできた。おかげで整備兵には『ワープエンジンの整備が二カ月は早くなった』と文句を言われたが……。

 あと、そのおかげで艦隊規模は一個艦隊に届かないほど少なくなったが、その数を補うための、いわばハッタリとして、あのレーザー・トラップを用意した。どうやって積んだかというと、高速戦艦の何隻かについて、ミサイルやレーザーのエネルギーパックなどを抜いて、開いたスペースに積んでおいたのだ。元はといえば、あのビュコックとかいうかつて何度か戦った叛乱軍の司令官への意趣返しとして作っておいたものだが、それがこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

 と、そこに。

 

「閣下、ローエングラム公から通信です。回線をまわします」

「うむ」

 

 ナギ大尉に言われて正面に向きなおると、正面の通信スクリーンに、ローエングラム公の姿が現れた。

 

『フォーゲル上級大将。ウォルテンブルグへの救援ご苦労だった』

「ありがとうございます。ですが、ウォルテンブルグを守れなかったのは私の力不足。どのような処分も……」

 

 わしがそう言って頭を下げると、ローエングラム公は苦笑を浮かべた。

 

『いや、そもそもあれだけの大軍の急な侵攻という無茶な状況を前に、友軍が壊滅する前に駆け付け、救出できたのは十分な戦果だと思うが。なんでも失態のたびに謝るのは卿の悪い癖だぞ。開き直るのも困りものだがな』

「はぁ……」

『さて。卿が救出したトゥルナイゼンらの艦隊だが、再編したうえで卿に預ける。卿の艦隊の分艦隊として組み入れるなり、独立艦隊として艦隊群に組み入れるなり、卿の思うように運用するがいい』

「御意」

『これから、叛乱軍の本格的な我が帝国内での軍事活動が始まるだろう。その脅威に対し、卿の奮闘を期待する』

「ははっ」

 

 そして通信は切れた。と、そこでナイゼバッハが聞いてきた。

 

「とのことですが、トゥルナイゼン少将らの艦隊はいかがなされますか?」

「うむ。まず、トゥルナイゼン少将の艦隊は、司令官を失ったアルトリンゲン少将の艦隊と合わせて再編成し、独立艦隊として我が艦隊群に編入する。ザウケン艦隊も被害は大きくないので、再編成のうえ、独立艦隊として編入しよう。ブラウヒッチの艦隊は、再編成のうえ、わしの主力艦隊に分艦隊として組み入れることにする」

「了解しました。では、その線で再編成を進めます」

「うむ」

 

* * * * *

 

 そして、一週間ほどの時が経ち、艦隊の再編成が完了した。

 

「閣下、トゥルナイゼン少将らから通信です。回線つなぎます」

「うむ」

 

 そして通信スクリーンに、トゥルナイゼン少将らの姿が映し出された。

 

『閣下、トゥルナイゼン少将であります。この度は助けていただき、ありがとうございます。このご恩は、閣下の艦隊群にて戦果を挙げることにて、返させていただく所存です』

「うむ。本来卿の指揮下ではないアルトリンゲン艦隊の残余も指揮するのは骨の折れることとは思うが、卿なら必ずや彼らを束ね、十分な活躍をしてくれると信じている。卿の健闘に期待する」

『はっ!』

 

 わしの激励にトゥルナイゼン少将がびしっと敬礼する。そしてその後も、同じくわし指揮下の独立艦隊の指揮官となったザウケン少将や、分艦隊司令となったブラウヒッチ少将からも着任の挨拶を受け、通信は切れた。

 

「トゥルナイゼン少将は凛として真面目な印象の青年ですね、閣下」

 

 そう言ってくるナギ大尉に、わしもかすかに微笑んで返す。

 

「うむ。今回の戦いでは惨敗を喫してしまったが、レポートを見る限り、とっている戦術は適切だったし、経験さえ積めば素晴らしい提督になってくれるだろう。本当に、どこかのグリルなんとかとは偉い違いだ」

「セクハラのフォーなんとか提督とも偉い違いですね」

「ぐっ」

 

 さ、さて。オチがついてしまったところで、再編もできたことだし、アムリッツァに戻ろうか。

 

 しかし、アムリッツァに戻ってすぐ、再び事態は動くのだった!

 




さて、次回、ヤンがさらなる手を打ってきますよ!
これに対して、ラインハルト、そしてブラ公はどう出るのか?

次回「同盟軍のネイティブアメリカン隊!?」

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第26話『同盟軍のネイティブアメリカン隊!?』

ちなみにタイトルですが、インディ〇ンとしちゃうと人種差別的な方面でやばいので、ネイティブアメリカン、としています。
ご了承ください(苦笑


「何、叛乱軍が!?」

 

 アムリッツァに帰還して、数週間後。わしは副官のナギ大尉にそう聞き返していた。

 

「はい。ウォルテンブルグ星域周囲のキフォイザー、アルメントフーベル、ブラウンシュヴァイクの各星域に叛乱軍艦隊が襲来したそうです。既にミッターマイヤー提督の艦隊がブラウンシュヴァイク、ロイエンタール提督の艦隊がキフォイザーに、叛乱軍迎撃のために出発しました。我が艦隊には、アルメントフーベルに襲来した敵艦隊を迎撃せよと命令が届いています」

「そうか……。だが、これはいかんな……」

「何がです?」

 

 そう聞いてくるナギ大尉に、わしは苦虫をかみつぶしたような表情のまま答えた。

 

「ウォルテンブルグαを抑えられた現状、何か対策を打たなくては、奴らの術中にはまってしまう、ということだ」

「どういうことでしょう?」

「まぁ、これはあくまで最悪のパターンで当たっているかはわからん。まずは奴らを迎撃してからのことだ。ナイゼバッハ中将。我が艦隊群はこれより、アルメントフーベルに出撃する。準備を進めてくれ」

「はっ。それで、どの艦隊を出撃させますか?」

「うむ。我が主力艦隊、ファーレンハイト艦隊、アイゼナッハ艦隊を連れて行く。残ったバルトハウザー艦隊、トゥルナイゼン艦隊、ザウケン艦隊には、ミュラー大将の指揮に従うよう伝えてくれ」

「わかりました」

「よし、出撃する!」

 

* * * * *

 

 そして我が艦隊はさっそく、アルメントフーベル星域に出撃したのだが……。

 

「閣下、敵艦隊、急速に撤退していきました」

「むぅ……」

 

 わしは思わずうなる。これはもしかしたら、わしの最悪の予想が当たってしまったかもしれぬな。

 と、そこに、ファーレンハイト艦隊から通信が入る。

 

『閣下、奴らの撤退の様子をごらんになられましたか?』

「あぁ。彼らには全くまともに戦う気がなかった。まるで……」

『……まるで、我々を無駄に出撃させるのが目的のよう、ですな』

「うむ。もしかしたら、これはハメられたのかもしれんな……」

 

 と、そこに、それを裏付ける報告がなされた!

 

「閣下! 今度はシュワッツェン、リッテンハイム、ヨーツンハイムに叛乱軍が現れたと報告が!」

「……やはりか」

 

* * * * *

 

 一方、リッテンハイム星域。

 そこに、緑色に塗られた帝国軍型戦艦の群れが展開していた。言うまでもなく、銀河帝国軍正統政府軍の(唯一の)艦隊である。

 

 その旗艦の艦橋に立つ、軍事補佐官(という名の実質的な指揮官)パストーレに、軍事副補佐官のストークスが報告する。

 

「パストーレ軍事補佐官。まもなく、キュストリンの防空圏内に入ります」

「よし。攻撃用意。目標、キュストリンの防御衛星。くれぐれも、地表には当てないように気をつけろよ。撃て!」

 

 正統政府軍の各艦から中性子レーザーが放たれ、見事に惑星キュストリンの周囲に浮かぶ防御衛星を撃ち抜いていく。

 そこに。

 

「軍事補佐官。敵艦隊接近! ミッターマイヤー艦隊と思われます!」

「よし、長居は無用だ! ただちに撤退する! 相手は疾風ウォルフだ。生半可の加速では追いつかれるぞ。急げ!」

 

 ミッターマイヤー艦隊の来援を知るや、正統政府軍の艦隊は、まさに脱兎のごとく、キュストリンの周辺宙域から撤退していく。

 その撤退の中、旗艦に座乗しているフレーゲル元男爵が不満そうに言う。

 

「あの……パストーレ軍事補佐官。なぜに逃げ出すのだ? 接近してきたなら、迎撃すればいいではないか」

「いえいえ、男爵閣下。これも全ては、にっくきローエングラム公をおびき出すための計略なのです。ローエングラム公と戦う前に消耗しては、奴との決戦に差しさわりがあるでしょう。消耗を抑えて対峙してこそ、男爵閣下をはじめとした正統政府軍の力を十二分に発揮できるというもの。それに、なにより、ミッターマイヤーのような格下を倒すより、ローエングラム公という大物を倒したほうがいいとは思いませんか?」

「おぉ、なるほど! 確かにその通りだ! さすがはパストーレ軍事補佐官殿! この私ほどではないが、なかなかな軍才をもっておられる! これからも指揮のほうはお任せするぞ!」

「は……」

 

 そして今回も、フレーゲル元男爵を言いくるめるパストーレの手腕に、心から感嘆するシュナイダーであった。

 

* * * * *

 

 一方、オーディンの宰相府。

 

「キルヒアイスのおかげで、新しい供給ルートができたと思ったらこれか……」

「はい。このまま彼らの襲撃が相次げば、新しい供給ルートを使っても、我が軍が干上がることは確実です」

「敵が攻めてきたら、迎撃しないわけにはいかんからな。星域を奪われるわけにはいかん。叛乱軍が、民間のヘリウム3採取船には手を出さないことがせめてもの幸いか」

「とはいえ、民需分から徴発するわけにもいきません」

「そうだな。……となれば、手は一つだ。我が軍が動けなくなる前にウォルテンブルグを奪還するしかない。キルヒアイス、正直に答えてくれ。新ルート込みで、我が軍が大会戦に挑めるのはあと何回だ?」

 

 ラインハルトの質問に、キルヒアイスは表情を曇らせて答えた。

 

「一回が限度です。それも、出撃できるだけのヘリウム3を補充するまでに一カ月はかかります。イゼルローンが無事であれば、また変わっていたかもしれませんが……。イゼルローンにはかなりの備蓄があったはずですから」

「あぁ。だが、既にイゼルローンは無力化してしまった後だからな。それに、イゼルローンからのヘリウム3の輸送を黙って見逃すほど、叛乱軍が間抜けとは思えん」

「とすれば、やはり艦隊戦で取り返すしかありませんね」

「あぁ。しかも、チャンスは一回だけだ。その一回で、叛乱軍に勝利し、ウォルテンブルグを取り返さなくてはならん。幸いにも時間は一カ月ある。その間に、ミッターマイヤーとロイエンタールと、作戦を練っておくとしよう。下がって良い」

「はい」

 

 退出しながら、キルヒアイスはあることを考えていた。

 彼の元へは、自由惑星同盟を名乗る叛乱勢力の政府から、和睦の打診が何度も出されている。今までは、それを黙殺してきたが、今度の戦い如何では、その和睦を受け入れることをラインハルトに進言しなくてはならないかもしれない、と。

 

* * * * *

 

「……というわけだ。まさに奴ら、帝国のあちこちを荒らすネイティブアメリカン隊、というわけだな」

「なるほど。確かに、これまでの出撃で、このアムリッツァのヘリウム3の備蓄もカツカツになってきてますからね……」

「あぁ。しかも、奴らは徹底的に交戦を避けているので、戦力の損耗はないうえに、ウォルテンブルグαを抑えているから、ヘリウム3の消耗もないに等しい。憎らしいほどにうまい手を考えたものだな」

 

 アムリッツァ星域の惑星クラインゲルトにある艦隊群司令部にて、わしは作戦会議を行っていた。わしの話を聞いたミュラー大将もファーレンハイト大将も、みな苦々しい表情を浮かべている。それは、この状況が決して芳しいものではないことを物語っていた。

 

 と、そこでバルトハウザーが手を挙げた。

 

「それでは、イゼルローンからヘリウム3を回収するのはどうでしょうか? あそこにはかなりの備蓄があったはずですから」

 

 それはもっともな提案だ。だが。

 

「それはいい案だが、当然、叛乱軍のほうでもそのことは想定しているはずだ。おそらく、回廊内か、回廊の帝国側出口に艦隊を展開しているだろう。そこで戦いになって、ヘリウム3を回収できないまま、無駄にヘリウム3を消耗した、なんてことになったら目も当てられぬ」

「確かに……」

 

 再び沈黙。続いて手を挙げたのはトゥルナイゼン少将だ。

 

「それでは、このさい、民間の採集船から徴発するのはどうでしょうか? 幸い、奴らは民間船には手を出していないようですし」

「いや、それもダメだ。それをやったら、今のローエングラム公体制の大義が泥の海に沈んでしまう。帝国民を門閥による搾取から解放するために立ったローエングラム公が、国民から搾取してどうするつもりだ、という話だからな」

「それに、それをやったら奴らは民間船にも手を出すだけの話だ。そうなったら、帝国民は困窮し、心がローエングラム公から離れることになるだろう」

「なるほど……」

 

 わしとファーレンハイト提督に反論されて、トゥルナイゼンは納得した様子で着席した。

 そして再び沈黙。そこで、アイゼナッハ大将……の副官のグリース少佐が手を挙げた。

 

「司令。アイゼナッハ大将の代わりに発言してもよろしいでしょうか?」

「許可する」

「はっ。やはり、この状況を打開するには、総力を挙げて艦隊戦に挑み、ウォルテンブルグを奪回するしかないのではないか。幸いにも、フェザーンからウォルテンブルグへは、輸送船の行き来は多いが、何者かの妨害工作により、艦隊の移動はないようだ。そして……」

「ウォルテンブルグを襲った艦隊の戦力では、ウォルテンブルグ星域と、輸送路の両方を守るのは不可能。となれば、別動隊が輸送路を襲い、敵艦隊がウォルテンブルグを離れてその別動隊を叩きに行った隙に、主力がウォルテンブルグを奪回する、というのが得策、か……」

 

 わしがそう言ったところで、アイゼナッハ提督がこくりとうなずいた。確かにわしもそれが一番の作戦だと思う。だが……。

 

「その手しかないだろうが……だが……」

「何か?」

 

 そう聞いてきた総参謀長のナイゼバッハ中将に、わしは顔を向けて答える。

 

「考えてみよ。叛乱軍領侵攻作戦の時も、奴らはわしらがティアマトに援軍に向かうであろうことを読んで、退路に宇宙機雷を敷設していた。あの戦い、キルヒアイス軍務尚書とトリューニヒトの助けがなければ、間違いなくローエングラム公は討たれていたのだ」

「……」

「そんな優れた戦略を持った司令官だ。その作戦を想定しないことがあるだろうか?」

「確かにそうですな……」

「奴らのことだ。その作戦についても何か対策を講じているような気がするのだ。もっとも、この作戦以外の打開策がない以上、作戦司令部は対策の可能性も承知で、この作戦で奪還しようとするだろうが……」

 

 再び沈黙。と、そこでブラウヒッチ少将が口を開いた。

 

「とはいえ、司令部がその作戦を進めると決めれば、それに従うのが我々の使命。ここはその対策について考えるより、この作戦について最善を尽くすことを考えるべきではないでしょうか?」

 

 彼の言葉にわしはうなずいた。確かに彼の言う通りだ。

 

「確かにブラウヒッチ少将の言う通りだ。敵の対策のことを論じても仕方ない。敵の策を打ち破り、作戦を無事遂行できるように最善を尽くしておこうではないか」

 

* * * * *

 

 一方、ウォルテンブルグ星域の、ウォルテンブルグα軌道上。

 

「閣下、今回最後の補給物資が到着しました」

「そうか、よかった。一時はどうなることかと思ったけどね。本当に、シロッコ氏と、キャゼルヌ先輩様様だね。感謝してもしたりないよ。それで、例のほうはどうだい?」

「はい。先ほど、最終便が到着しました。これで、準備のほうは万端です」

 

 フレデリカの報告に、ヤンは満足そうにうなずいた。

 

「よし、これで全ての準備は整ったな。後は、ローエングラム公が折れるか、それとも攻めてくるのを待つだけ、だね」

「ですが、果たして攻めてきたとして、勝てるでしょうか?」

 

 そのフレデリカの言葉に、ヤンはかすかに微笑んでいった。

 

「まぁ、少なくとも負けはしないと思うよ。やるべきことはやったんだから。それにこの戦いは勝つことが目的じゃない。帝国軍の攻勢をしのぎ切るのが目的なんだ。へまをしなければ大丈夫さ」

「ですよね! ヤン様なら、帝国軍の攻撃をさばききれると信じてます!」

「ははは……。さて、ネイティブアメリカン隊の活動もここまでだ。各艦隊に、迅速にウォルテンブルグに戻るよう通達してくれ」

「わかりました」

 

 そして、ヤンは正面の宇宙空間に視線を据えてつぶやいた。

 

「さぁ、いよいよ正念場だ……。どうなるかな?」

 

* * * * *

 

 さて、それから一カ月ほど後。

 

 ローエングラム公から作戦の通達があった。

 作戦内容は、予想通りウォルテンブルグ星域を奪還するというもので、詳細な作戦は、やはりアイゼナッハ提督が言っていたものと同じだった。

 ローエングラム公の主力が、叛乱軍の補給路にあたるアイゼンフート星域を突き、それを迎撃するために敵艦隊がウォルテンブルグを離れた隙を突き、わしの艦隊がウォルテンブルグ星域を奪還する、というものだ。

 

 もちろん、叛乱軍がこの作戦を読んでいる可能性は高い。だが、ブラウヒッチ少将の言う通り、この手しかこの危機を脱する方法がない以上、わしらはこの作戦のために全力を尽くすだけだ。

 

 それでは行くとしようか。

 

「全艦、発進!!」

 

 かくして、わしの旗艦、シェルフスタットⅡを始めとした、フォーゲル機動艦隊群全艦隊は、一路ウォルテンブルグへ向けて出航していった―――。

 

 




さぁ、次回、いよいよラインハルトとヤンの決戦ですぞ!
果たして、それぞれどのような戦いを見せるのか!?

次回『二つの会戦が起こるなんて聞いてませんよ!?』

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第27話『二つの会戦が起こるなんて聞いてませんよ!?』

 アムリッツァを発した我が艦隊群は、ヨーツンハイム星域に達していた。

 今回は、我が主力艦隊に、ファーレンハイト大将、アイゼナッハ大将、ミュラー大将のそれぞれの艦隊、そして、バルトハウザー少将、トゥルナイゼン少将、ザウケン少将らがそれぞれ率いる半個艦隊。合計44000隻全てを出動させている。

 今回はウォルテンブルグ奪回のためには、力を出し惜しみしていられないことと、アムリッツァに半端な戦力を残しておいても、向こうがイゼルローン近辺に展開させているかもしれない予備戦力の攻撃を受けたら勝ち目がないことがその理由だ。アムリッツァを奪われたら、今回の戦いが終わってからまた取り返せばいい。奪回に成功したら、もうヘリウム3の心配はないのだから。

 

「ナイゼバッハ、ローエングラム公らの艦隊は?」

「はい。もうそろそろ、アイゼンフートに突入するころです」

 

 わしの質問に、総参謀長のナイゼバッハがそう答える。ならば、気を引き締めなくてはな。

 

「よし。ローエングラム公らがアイゼンフートを突き、ウォルテンブルグの敵艦隊が星域を出たところを狙って、ウォルテンブルグ星域に突入する。気を引き締めろと伝えよ」

「はっ」

 

 そしてわしは、戦術スクリーンをにらみつける。そして……。

 

 ウォルテンブルグの艦隊が動き出し、そしてウォルテンブルグから出た。今だ!

 

「よし、全艦、ウォルテンブルグへ突入せよ!」

 

 わしの号令一下、我がフォーゲル機動艦隊群全艦隊は、ウォルテンブルグに突入した!

 目指すは、ウォルテンブルグα付近にある軍用ヘリウム3採取ステーションだ。そこを制圧すれば、作戦は成功となる!

 

「閣下、ステーションの周囲に敵の輸送艦が大量に放置されているようです」

「なに?」

 

 本当だ。ステーションの前面に、まるでこちらの行く手を阻むかのように、輸送艦が並んでいる。

 どういうつもりだ? わざと忘れて行った? いやそんなことはあるまい。それでは何が……。ともあれ、警戒するに越したことはあるまい。

 

「全艦、速度を緩めよ」

「上級大将閣下、何を言っておられるのか! 突撃、突撃ですぞーーー!! うぐっ」

 

 ヒルデスハイムがそう喚くが、後ろから副官のナギ大尉に睡眠薬を打ち込まれて昏倒した。

 

 と、その時!

 

* * * * *

 

「司令長官。敵艦隊、速度を緩めたようです」

 

 同盟軍宇宙艦隊総旗艦、リオ・グランデ。その艦橋にて、チャン・ウー・チェン総参謀長が、上官であるビュコック司令長官に報告する。

 

「さすがに不自然と感づかれたかな? だが、わしらの役目はここで敵を食い止めることじゃ。作戦を変更する必要はない。全艦、外装を爆破せよ! 全艦、戦闘態勢じゃ!」

 

 ビュコックの指令に従い、軍用ヘリウム3採取ステーション前面に展開していた輸送艦たちが次々と、その外装を爆破、排除していく。

 そしてその中から現れたのは……。

 

 同盟軍の主力艦隊。ビュコックの司令部直属艦隊、パエッタ艦隊、ルフェーブル艦隊、ホーウッド艦隊、ウランフ艦隊、ムーア艦隊、合計6個艦隊48000隻の姿だった!

 

* * * * *

 

「は、叛乱軍艦隊……なぜここに……! 彼らはまだここにたどり着いていなかったのでは……!」

 

 突然目の前に現れた叛乱軍艦隊を前に、ナイゼバッハ総参謀長がそう驚愕する。そう、確かに事前の情報では、フェザーンからウォルテンブルグへは、輸送艦隊の行き来はあっても、艦隊が移動したという観測はなかった。つまり、奴らの主力はそもそも移動すらしていないはずなのだ。なのになぜ? 魔法なのか?

 む、待てよ? 輸送艦隊の行き来は……? そうか、そういうことか!

 

「そういうことか……してやられたわい」

「提督?」

 

 聞いてきたナイゼバッハに、わしは自らの推測を語る。

 

「木の葉を隠すなら森の中。船を隠すには船の中。奴らは、艦を輸送艦に偽装して、ウォルテンブルグに移動していたのだ。もちろん、本物の輸送艦と一緒にな」

「なんと……」

「うまいことを考えたものだ。情報では、フェザーンでの妨害工作によって、主力艦隊の出発は遅れていたという。彼らはそれを逆手にとって、我らに気づかれずにここまでやってきていた、というわけだ」

「なるほど……ですが、いかがなさいます?」

 

 再びナイゼバッハが聞いてくる。だが、わしの答えは初めから決まっている。

 

「いかがするも何もあるまいよ。このまま攻撃を仕掛けて、敵艦隊を排除し、ウォルテンブルグαを奪回する。それ以外に何がある」

「確かにそうですな……」

「戦力はほぼ同等。やってやれないことはないはずだ。我が艦隊が敵を撃破するのが先か、それともヘリウム3が先に切れるかの勝負ではあるが。よし、全艦、前進、攻撃開始!」

 

 かくして我が艦隊は、敵艦隊と戦端を開いた!

 

* * * * *

 

 一方、アイゼンフート星域では、すでにヤン独立軍の艦隊と、帝国軍のラインハルト率いる大本営直属艦隊、ミッターマイヤー艦隊、ロイエンタール艦隊、ビッテンフェルト艦隊が交戦を開始していた。

 

 そのさなか、ブリュンヒルトにもその一報が入る!

 

「なんだと!? ウォルテンブルグにも敵艦隊が!?」

「はい。策をもって、密かに主力部隊をウォルテンブルグに移動させていたとのことです。現在、フォーゲル機動艦隊群が交戦中とのこと」

 

 ラインハルトは唸った。この作戦しかなかったとはいえ、まんまと敵の術中にはまったことを悔やんだ。

 だが、もはや退くわけにはいかない。戦いは始まっているのだ。

 

「仕方あるまい。ならば、このまま目前の艦隊を撃破するのみ! それによって敵軍が動揺し、撤退するか、それとも戦局が変わるのに賭けるしかない! 全艦、突撃せよ! 敵の防御陣を突き破り、敵の指揮官を討ち取るのだ!」

 

 ラインハルトの号令一下、帝国軍艦隊は、ヤン独立軍艦隊に突撃していった。

 

* * * * *

 

 一方の、同盟軍、ヤン独立軍総旗艦ヒューベリオン。その艦橋で、総参謀長のムライが、ヤンに報告する。

 

「閣下、敵艦隊、こちらに突進してきます。我らの陣を突破しようとしているようです」

 

 ムライの報告に、ヤンはうなずき、紅茶を一杯すすった。

 

「まぁ、ローエングラム公としては、私を討つしか逆転の手はないだろうからね。フィッシャー少将。我が艦隊は所定の作戦に従い、防御戦を行う。各艦隊の運用を頼むよ」

「はっ」

「くれぐれも、ミッターマイヤー艦隊の機動力と、ビッテンフェルト艦隊の攻撃力には気を付けてくれ。これらについては、下手すると、せっかくの我が軍の陣がめちゃめちゃにされかねない」

「了解しました」

 

 フィッシャーがそう答えると、ヤンは再び紅茶を飲み干すと、前を見据えて号令を発した!

 

「よし、全艦、攻撃開始!」

 

* * * * *

 

 ラインハルト率いる帝国軍艦隊は、ヤンが敷いている防御陣を突破し、ヤンの直属艦隊をその牙にかけんと猛攻撃を仕掛けていた。ことに、ビッテンフェルト上級大将の艦隊の攻撃力はすさまじく、前面の同盟軍の艦艇を次々と火の玉にしていく。

 同盟軍は必死に砲火を浴びせるが、ビッテンフェルトはそれ以上の攻撃力で、同盟軍の陣を崩壊させていく。もちろん、ミッターマイヤーとロイエンタール、そしてラインハルトも、猛攻を浴びせ、同盟軍の陣を崩していった。

 

 そしてついに! 帝国軍は同盟軍の陣を突き破った!

 

「見たか、叛乱軍ども! 我が黒色槍騎兵艦隊に敵はない!」

「お、お待ちください、閣下! あれを!」

 

 副官のオイゲン大佐に言われて前に向きなおったビッテンフェルトは目をむいた。彼らの目前には、新たな防御陣が広がっていたのだ!

 

* * * * *

 

 一方、惑星オーディンの軍務省。その尚書室で、キルヒアイスはオーベルシュタインとともに、アイゼンフート、そしてウォルテンブルグ、各星域で行われている戦いの戦況報告に目を走らせていた。

 

「芳しくありませんか」

 

 そのオーベルシュタインの問いに、キルヒアイスは表情を曇らせて答えた。

 

「はい。ウォルテンブルグの戦いは拮抗。ラインハルト様も、敵の陣を崩すのに難儀しているようです」

「さすが、というところでしょうな……。軍務尚書、各艦隊のヘリウム3の残りはどの程度なのでしょう?」

 

 表情を一切変えずに聞いてくるオーベルシュタインに、キルヒアイスはさらに表情を沈ませて答える。

 

「そちらも厳しいようですね。あと、もう2~3時間以内にカタをつけないと、攻勢限界に達してしまうと見ています」

「では……」

「えぇ。オーベルシュタイン外務諜報局局長。例の件、進めておいてください。ただし、最後の押印は待つように」

「ローエングラム公の認可を受けてから、ということですな」

「はい。私がラインハルト様を説得してからのこととなります。ラインハルト様は良い気はしないと思いますし、我が帝国にとっても不本意な結果となりますが、この戦いを終わらせ、国民に被害を出さず、ラインハルト様を始めとした将官や兵士たちの命を無駄に損なわないためには仕方がないことです」

 

 そう言って、キルヒアイスは瞑目した。

 




さてさて、ラインハルトはヤンの防御策をどう突破するのか!?
そして、ブラ公がささやかな活躍を!?

次回『アイゼンフート会戦と第二次ウォルテンブルグ会戦。え、第二次ウォルテンブルグ会戦はサブですか?そうですか』

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第28話『アイゼンフート会戦と第二次ウォルテンブルグ会戦。え、第二次ウォルテンブルグ会戦はサブですか?そうですか』

「な、なに!? どういうことだ!?」

 

 ビッテンフェルトは目をむいた。彼率いる黒色槍騎兵艦隊の目前には、先ほど彼が突破したものとそん色ない防御陣が立ちはだかっていたのだ。ビッテンフェルトは目をこすって再び前を見据えるが、やはりそこには敵の防御陣があった。

 

「ええい! 突撃だ! 陣がどれだけあろうと、ただ突き破るのみ! 進め、進めぇ!!」

 

 ビッテンフェルトの号令一下、黒色槍騎兵艦隊は再び敵陣に突撃していった。その後に、ミッターマイヤー艦隊、ロイエンタール艦隊、そしてラインハルトの直属艦隊も続く。

 

 そして帝国軍艦隊は、同盟軍の砲撃をものともせず突進し、再び陣を突き破った。しかし、その彼らの目の前に立ちはだかったのは、また新たな防御陣だった。

 

* * * * *

 

「敵艦隊、第二陣を突破しました」

「よし、第三陣防戦開始。第二陣の残余は、陣の後方に移動せよ。艦隊はそのまま速度568で9時方向に後退。後退しすぎないように気をつけろ」

「了解……第三陣、突破されました」

「さすがに帝国軍。突き破る速度が速いな。第三陣の残余は所定ポイントへ移動するように。第四陣、防戦開始」

 

 そのフィッシャーの艦隊運用を見て、フレデリカがかすかに表情を曇らせる。

 

「帝国軍の攻勢は激しいですね。フィッシャー少将でも手に余っているように見えます」

「あぁ。本当に、ビッテンフェルト提督の攻撃力も、ミッターマイヤー提督の機動力もかなりのものがあるからね。これは、そう簡単にはいかないかもしれないな。フィッシャー少将には頑張ってもらわなくてはならない」

 

 ヤンの言う通り、そう簡単にはいかなかった。ビッテンフェルトの攻撃力と、ミッターマイヤーの機動力を武器に猛攻を浴びせ、突破を図る帝国軍の威力はすさまじく、彼の想定よりも早いペースで、陣を突き破られていたのだ。

 フィッシャー少将の巧みな艦隊運用のおかげで、なんとか陣をすべて突破されるような事態は避けているが、少しでも気を抜けば全ての陣を突破されて、直属艦隊への攻撃を許すことになってしまうのは間違いない。

 

「でも、今はとにかく耐えるしか手はない。向こうのヘリウム3だって無限ではないんだ。いつかは足が鈍るはず」

 

* * * * *

 

 一方の、ウォルテンブルグ星域。

 我がフォーゲル艦隊群は、叛乱軍の主力艦隊48000隻と砲火を交えていた。一気に崩せればいいのだが、敵は固く守りを固めており、なかなか打ち崩せそうにない。その守りはかなり堅固で、どんな奇策も入る余地はないように思える。

 

「奴ら、なかなか粘るな……。このままでは、奴らより先に、こちらのヘリウム3の方が底を尽きかねんぞ。というか、間違いなくそうなるだろうな……。ところで、アイゼンフートのローエングラム公率いる主力のほうはどうだ?」

 

 わしの問いに、ナギ大尉が答える。

 

「はい。そちらもかなり苦戦しているようです。敵陣を10段まで突破したのですが、また新たな陣と遭遇したそうで……」

「10段まで?」

 

 おかしいな。いくらなんでも、そんなに防御陣を敷けるわけがない。いや、やろうとすればできるだろうが、その分各陣を構成する艦艇数は少なくなり、敵の突破を簡単に許すことになる。いくら紙を重ねても、鋭く太い針を使えば、一気にまとめて貫けるのと同じことだ。そんなことをすれば一気に陣が瓦解するのは目に見えている。

 なのになぜ、そんなにたくさんの陣が維持できるんだ? まるでペティコートじゃあるまいし……。

 ん、待てよ? 薄い陣……紙……貫かれた紙はどうする?……待てよ、それ、だいぶ前にもあったような……。

 

 そうか!!

 

「閣下?」

「ナギ大尉、ちょっと待ってくれ」

 

 わしは、手近のメモ帳に、わしが気付いた奴らの策を手短に書くと、それをナギ大尉に渡した。

 

「ナギ大尉。この内容を至急、機密通信で大本営に送ってくれ」

「了解しました」

 

 ナギ大尉が通信士の元に走っていくと、わしは再び前へと視線を戻した。

 

* * * * *

 

「ほぉ……、なるほどな。そういうことだったのか。これに気づいたのが、あのフォーゲル上級大将というのが驚きだが」

 

 ラインハルトは、副官のシュトライト准将から渡された電文を読んで感嘆した。それは、目前のヤン艦隊が無限に見える陣を構成した魔術について、彼の推測が書かれたものだった。

 

「ローエングラム公、フォーゲル上級大将はなんと?」

「あぁ。叛乱軍は薄い陣を何段も構成し、破られた陣の艦艇を後方に戻して、新たな陣を構成させている、ということだ。我が軍は一点突破で突破を図っているため、自然と奴らの被害は少なくなり、新たな陣を作るうえの問題は少なくなる。うまい手を考えたものだな」

「なんと……」

 

 周囲の幕僚から声が上がる。

 そしてラインハルトは、口の端をゆがめた。

 

「だが、カラクリがわかればやりようはある。各艦隊、一時後退。一時再編する。それと、カルナップを呼び出せ」

 

* * * * *

 

 一方のヤン独立軍艦隊。

 

「閣下、帝国軍が一時後退を開始しました」

「そうか、よかった。これでこちらも一息つける。フィッシャー少将。今のうちに防御陣を立て直してくれ。それと補給も頼む」

「了解しました」

 

 そしてこちらも陣形を立て直す。そしてそれが済んだころ。

 

「閣下。我が艦隊の2時方向から一個艦隊が接近。我が軍の側面を突こうとしているようです」

 

 そうムライが報告する。しかしヤンはそれを聞いても動じず、逆に小さく笑みを浮かべた。

 

「向こうもこちらのカラクリに気づいたか。でも彼にとって不運だったのは、私がヴァーミリオン会戦のことを知っていることを知らなかったことだね。グリーンヒル大尉。『彼ら』に連絡してくれ。君たちの出番だ、ってね」

「わかりました」

 

* * * * *

 

 ラインハルト直属艦隊の一分艦隊司令であるカルナップ少将は燃えていた。アイゼンヘルツの戦いでは失態を演じてしまったが、今回、戦局を変える一打を担うという大役を仰せつかったのだ。燃えないはずがない。

 彼の分艦隊は600隻ほどしかない。その周囲にはバルーンダミーが展開しており、その数を一個艦隊に見せていた。敵がこちらを脅威とみなして防御陣を展開している艦隊をこちらに向ければしめたもの。そうでなくても、こちらにいくらか戦力を向ければ、それはこちらを有利にするための一打となりえる。

 

「そろそろ、敵もこちらに気づくころだ。まもなく我が艦隊は激戦を迎えるころになろう。総員、気を引き締めるように」

「か、カルナップ提督! 12時方向から敵が!」

 

 カルナップの分艦隊の12時方向から、艦を緑にそめた艦隊が襲い掛かっていく。それは、帝国軍が別動隊を出撃させた時に備えて配置しておいた、銀河帝国正統政府軍の艦隊であった。

 

 一個艦隊と600隻では話にならない。カルナップ分艦隊は正統政府軍艦隊に半包囲され、四方から砲火を浴びせられ、たちまち窮地に陥った。すぐさま、ラインハルトの大本営に救援要請が飛ぶ。

 

 だが、ラインハルトの返事は冷淡だった。

 

「我に余剰戦力なし。そこで戦死せよ。言いたいことがあれば、いずれ天上で聞く」

 

 ラインハルトとしても心苦しくはあったが、目前のヤン艦隊の防御陣を突破するためには、これ以上戦力を割くわけにはいかなかったのだ。

 その返事を受け取ったカルナップはその文書を破り捨てて、言い放った。

 

「死ねだと!? よし死んでやる。死ねば天上ではこちらが先達だ。雑用にこき使ってやるから見ておれよ。ラインハルト・フォン・ローエングラムめ!」

 

 この言葉が、一言一句、あげくに音程まで前世での最期と同じなのは、何の皮肉であろうか。

 ともあれ、カルナップはただこのまま殲滅されるのを良しとはしなかった。彼は7時方向に転身して、正統政府軍艦隊の包囲を突き破り、一気にヤンの本営を突こうとしたのだ。

 

 だがそれを許すほど、正統政府軍もお人よしではない。正統政府軍艦隊のパストーレ軍事補佐官は、そのカルナップ分艦隊の動きを見てとるや、すぐに指令を下した!

 

「敵は我が軍の包囲を破り、ヤン提督の本隊を突くつもりだ! 全艦隊集結! 火力を集中して、奴らを殲滅せよ!」

 

 かくして、正統政府軍艦隊は迅速に包囲していた艦隊を集結させ、突進してくるカルナップ分艦隊に濃密な集中砲火を浴びせかける。その猛攻の前に、カルナップ分艦隊はたちまち打ち減らされ、壊滅した。カルナップも、自らの旗艦、ルーゲントとともに蒸発して消えた。

 

 それを確認したパストーレは一息つくと、改めて指示を出した。

 

「よし、我が艦隊はこれから、同盟軍の本隊と合流、予備兵力として動く」

 

 その指示に、やっぱりというべきか。さっそくフレーゲル元男爵が異論を唱える。

 

「なぜに合流するのだ? 我が艦隊はあの敵を倒して士気が高まっておる。このまま金髪の孺子を討ちにいくべきではないか?」

 

 そう言ってきたフレーゲルに、パストーレ……ではなく、ストークス副軍事補佐官が、ヤンから教わった『門閥貴族説得マニュアル』の内容を思い出しながら答える。

 

「それは無謀というもの。敵はまだこちらより多勢です。そんなことをしたら、今度はこちらが半包囲されて殲滅されるだけでしょう。それは栄光ある貴族であるフレーゲル男爵としても不本意であると存じます」

「む、確かにそうだが、それならどっちにしても、奴らは孤立している我らをたたきにくるのではないか?」

「いえ。彼らのヘリウム3には限りがあり、それはかなり切迫しています。こちらが仕掛けてきたならともかく、そうでないなら我らをたたきにくる可能性は低いですし、その余裕もないでしょう。彼らにとっては、ヤン提督を討ち取ることが唯一の勝機だと心得ているでしょうから。賢明かつ勇猛なフレーゲル男爵なら、説明しなくてもおわかりだと思いますが」

 

 ストークスの説明とおだてに、フレーゲルはすっかり気を良くして笑い声をあげた。

 

「そうか! 確かにその通りだな! よし、わしはその方らの指示を良しとするぞ。ただちに、同盟軍の本隊に合流させたまえ! はっはっはっ!」

「御意……」

(おぉ……さすが民主主義国家の軍人たち。あのフレーゲル男爵を言いくるめるとは、さすがだ……。民主主義とはなんと素晴らしい)

 

 ストークスがフレーゲルを見事に手なずける様子を見て、フレーゲルの元参謀であったシュナイダー元少佐は、そんなちょっと的外れな感想と、これまた的外れな民主主義への憧れを抱いたのだった。

 

* * * * *

 

「策は失敗したか……。ならば仕方あるまい。奴らが陣を再構成するより早く陣を突破し、敵将を討ち取るのみ! 全軍、突撃せよ!」

 

 さて。敵陣を構成する艦隊をおびき寄せるという策に失敗したラインハルトは、覚悟を決めて、再び全軍に突撃を命じた。

 

 次々と猛攻を仕掛けて、敵陣を突破する帝国軍。それに対して、後退しつつ、次々と陣を再構成して防戦する同盟軍。戦いはやはり拮抗していた。

 

 しかし、ここで痛恨のイレギュラーが発生した! 防御陣の一角を担う、アッテンボロー艦隊の旗艦、トリグラフが直撃を受け、大破したのだ!

 

 その報を受けた時、ヤンはさすがに表情を変えた。それは、報告したフレデリカも同じであったが。

 

「アッテンボローの旗艦が!? それで彼は?」

「はい。被弾時に重傷を負い意識不明となりましたが、幸いにも一命はとりとめた、とのことです」

「そうか……それは不幸中の幸いだね。よし、フィッシャー少将。アッテンボローの艦隊の残余は、この直属艦隊の指揮下に組み入れ、引き続き、防御陣構成に運用することにする。よろしく頼むよ」

「了解しました」

 

 そしてこれが隙となったのだ。この指揮の乱れで、同盟軍の陣の再構成が大きく遅れた!

 

 それを逃すラインハルト、そして帝国軍ではない。帝国軍は最後の力を振り絞るかのように、陣を次々と突破していく。

 同盟軍も必死に防戦するが、その帝国軍の攻勢を防ぎきれず、劣勢になりつつあった。そして。

 

「閣下、戦艦アキレウス、撃沈。モートン提督、戦死の模様……」

「そうか……。今世では生きていてほしかったんだけどな……」

 

 さらに帝国軍の勢いは止まらず……ついに! 帝国軍は、同盟軍の防御陣を突破し、ついにヤンの直属艦隊の目前まで到達した! しかし……。

 

「閣下、既にヘリウム3の残余も限界を迎えつつあり、弾薬も底を尽きかけています。無念ながら……」

「攻勢限界に達してしまった、か……」

「はい……。今の弾薬とヘリウム3の残量では、戦っても敵艦隊を撃破するのは極めて難しいと考えます」

「なんということだ……無念……」

 

 帝国軍の進撃は、あと一歩というところで、攻勢限界を迎え、止まってしまったのだ。

 動きを止めた帝国軍艦隊に、同盟軍から停戦の打診があったのは、その時である。

 




さてさて、かくしてあと一歩で力尽きた帝国軍ですが、この先どうなりますか。

次回『戦い終わって日が暮れて』

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第29話『戦い終わって日が暮れて』

「何、停戦交渉だと!?」

 

 帝国軍総旗艦、ブリュンヒルトの艦橋でラインハルトは、報告してきたシュトライトに、そう聞き返していた。

 

「はい。条件としては、一つ、『現在行われている二つの戦いの終結』、一つ、『自由惑星同盟の存在を認めること』、一つ、『互いの政権が存続している間の両軍の停戦』。後の条件は今後の交渉で、ということですが」

「こちらが手も足も出ない状態で、停戦を持ち掛けるとは……」

 

 ラインハルトが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて立ち尽くしているのを、シュトライトらは固唾を飲んで見守っている。

 自らの主君が大将位についてから今までずっとそばにいた彼らは、ラインハルトのことをよく熟知している。生きたまま敗北を受け入れるくらいなら、他の狭量な将のように玉砕は選ばずとも、自ら死を選ぶのが彼だということを。

 だが、自らの主君を死なせるのは、自分たちの忠義に反するし、またこんな素晴らしい主君を死なせたくない、という私情もある。いざとなれば自らの命を賭けてでも止めなければならないと覚悟を決めていた。

 その時である。シュトライトの元にある報告が入ったのは。

 

「閣下、オーディンのキルヒアイス軍務尚書から通信が入っておりますが……」

「キルヒアイスから……? よし、つなげ」

 

 ラインハルトが命じると、艦橋の正面の通信スクリーンに、彼の親友の姿が映し出された。

 

「キルヒアイスか。この状況を打破できる魔法の呪文を教えてくれるのか?」

「いえ、残念ながら……」

「そうだろうな……」

 

 そこで沈黙。そして先に沈黙を破ったのはキルヒアイスのほうであった。

 

「ラインハルト様。自ら死を選ぶつもりでしたら、どうぞおやめください」

「ふ……お前には全てお見通しか」

 

 そういうとラインハルトは、腰のホルスターに伸ばした手を離した。

 

「死を選ぶのは簡単なことです。しかし、ラインハルト様が亡くなれば、その後、ラインハルト様という核を失った帝国は再び混乱に陥り、分裂して互いに争いあうことになるでしょう」

「……」

「そうなれば、再び多くの帝国国民の血が流れてしまいます。自らの感情のためにそれを許すのであれば、門閥貴族と同じです。ラインハルト様は、それをよしとするのですか?」

「そうだな……」

 

 そこでキルヒアイスは、表情を緩めた。ラインハルトが自決を思いとどまってくれたことが感じ取れたからだ。

 

「幸いにも、今の叛乱……いえ、自由惑星同盟の要求は、我が帝国を損なうものではありません。いわばイーブンに戻っただけです。そこからどう有利な条件を得られるかは、今後の交渉次第でしょう」

「そうだな……お前の言う通りだ、キルヒアイス。わかった。叛乱軍……いや、自由惑星同盟軍の停戦を受け入れよう」

「ありがとうございます、ラインハルト様」

 

 そして通信は切れた。その一連の通信を聞き、シュトライトらも胸をなでおろす。

 

「聞いての通りだ。自由惑星同盟軍と停戦する。同盟軍司令部にそのことを通達するとともに、ウォルテンブルグ星域のフォーゲル機動艦隊群にもこのことを伝達せよ」

「はっ」

 

 ラインハルトの指示を受け、幕僚たちはあわただしく動き出した。それを見ながら、ラインハルトは再び表情を引き締めた。戦いはまだ終わっていない。この先には、交渉という、武器を使わない戦いが待っているのだ。

 

* * * * *

 

 ウォルテンブルグ星域。我がフォーゲル機動艦隊群旗艦シェルフスタットⅡ。

 前方の敵主力艦隊と五分五分の戦いをしているわしは、大本営から停戦の知らせを受け取った。

 

「やれやれ、不本意な結果ではあるが、なんとか終わったか……」

 

 わしはそうため息をついた。はっきり言って本音では停戦になってくれて本当によかった、と思っている。五分の戦いと言ったが、実際のところは敵艦隊がかなり守りを固めていたおかげで、なかなか撃ち崩せず、攻めあぐねていたのだ。本当のところは四分の戦いと言ってよかった。

 このまま続けていれば、先にこちらが弾薬とヘリウム3を使いつくしてやられるか、降伏するかのどちらかだっただろう。そうなる前に停戦になってくれたのは、本当に助かったという気持ちだ。

 

「前面の敵艦隊のほうはどうだ?」

 

 わしがそう聞くと、副官のナギ大尉がいくらか疲れたような、沈んだ様子で報告してきた。彼女も、また今回の停戦のことが応えているらしい。無理もない。停戦とは言うが、実際には攻勢限界に達してしまったこちらの負けも同然だからな。

 

「はい。向こうも砲撃を停止しています。あ、指示が来ました」

 

* * * * *

 

 同じくウォルテンブルグ星域。同盟軍総旗艦リオ・グランデの艦橋で、同盟軍宇宙艦隊司令長官ビュコック大将は、疲れたように椅子に腰かけた。

 

「やれやれ、やっと終わったか。それにしても、向こうでの帝国軍の進撃は怒涛のようだった、という。ヤンの奴も、たいそう苦労したじゃろうな」

「そうですね。今頃、『給料分以上の働きをさせられた』とぼやいているかもしれませんな」

「何、独立軍司令になるまで、いや、あのクーデターの時まで、さんざんぐうたらしていたんだから、その分のつけが回ってきただけじゃよ。あいつも内心ではそこはわかっておるじゃろう」

「ですな」

 

 そこでビュコックとチェン参謀長が互いに微笑んだ。

 

「さて、お客さんをこのままにしておくわけにもいくまい。帝国軍に、ステーションでのヘリウム3の補給を許すと伝達してくれ。ああ、そのさいには、火器のロックをしておくこと。もし変なことをすれば四方からレーザーやミサイルの雨霰が飛ぶことになるぞ、ともな」

「了解しました」

 

* * * * *

 

 そして再び舞台は戻って、アイゼンフート星域の、同盟軍ヤン独立軍総旗艦ヒューベリオン。

 

「ヤン閣下、帝国軍から返信が届きました」

「なんと言ってきたかな?」

「停戦を受け入れるとのことです」

 

 それを聞くと、ヤンは椅子に深くもたれこんだ。ため息をつきながら。

 

「やれやれ、やっと終わったか……。本当に、今回は給料分以上の働きをさせられたよ。これは長期の有給を申請しなきゃやってられないな」

 

 彼がそういうと、フレデリカはくすくすと笑った。

 

「有給なんかとらずとも、もう少しして停戦が成ったら、どうせ退役するんだからいいじゃないですか。その時は私もご一緒しますけど」

「まぁ、そうだけどね。でも、そうすんなり停戦して全てが終えるとも思えないな。何かもう一山ある。そんな気がするんだよ。だから今のうちに……」

 

 その時、フレデリカの元に通信士官がある通信文を持ってきた。それに目を通した彼女は顔を曇らせて、上官にそれを手渡す。

 

「どうしたのかな?」

「はい。フェザーンの元自治領主、ルビンスキー氏からの極秘通信で……」

「極秘通信……どれどれ……」

 

 受け取った通信文に目を通したヤンは、こちらもまた表情を曇らせた。

 

「やはりか……。いや、あのシロッコ氏のことだから、そんなことだろうとは思ったが。これは絶対、停戦交渉のところで何かあるな」

「停戦交渉のところで……ですか?」

「あぁ。シロッコ氏が停戦を望まず、再び帝国と同盟を戦わせようとするなら、停戦交渉の場で事件を起こすのが一番だ。そうなれば、責任の所在やら怒りやらで交渉が一気に決裂しちゃって戦い継続。彼としては願いかなったりだからね」

 

 そう。ルビンスキーからの情報は、シロッコの真意が、同盟に帝国を倒させ、同盟が銀河を統一させることであること、もし停戦になった場合、彼がそれを良しとせず、何かを仕掛ける可能性がある、というものだったのだ。

 

「それに、これは一山どころか、もう一山ありそうだぞ……」

「どうなさいます? 帝国と同盟両政府に知らせますか?」

「そうだね。それと、一応、ビュコック長官と……あと、そうだ、フォーゲル氏にも知らせてやってくれ」

 

 それを聞いて、フレデリカが目を丸くする。

 

「フォーゲル氏に……ですか?」

「あぁ。同盟領侵攻作戦での彼の手腕を見るに、彼なら我々や帝国首脳とは別に、うまいことやってくれそうな気がするからね。それに、情報では彼は自分の国と国民を大切にしている人物だという。それなら、停戦交渉をなんとしても守ってくれるんじゃないかな」

「なるほど……わかりました。向こうに伝えておきます」

「うん、よろしく頼むよ。……あぁ、そうだ。あともう一つ」

「はい?」

 

 そう聞き返してきたフレデリカに、ヤンはさらに先を見据えているような思慮深い目をして答えた。

 

「ルビンスキー氏に確認してほしいことがあるんだ。そして……」

 

* * * * *

 

 一方、フェザーンの自治領主府。そこの自治領主執務室で、パフティマス・シロッコは思いっきり床にワイングラスをたたきつけていた。

 

「帝国と同盟が停戦だと!? 馬鹿な、あと一歩、いや半歩でラインハルト・フォン・ローエングラムは倒れ、帝国は同盟のものになっていたというのに! 我が野望がもう少しでかなったというのに! おのれ、おのれヤン・ウェンリー……! あの俗人めが……!」

 

 と、そこでシロッコは思い直したように軽く息を吐いた。

 

「いや、まだ終わったわけではない。停戦とはいっても、あくまでも脆いもの。一つ火種があれば簡単に崩れ去る。ふふふ……」

 

 そう言うとシロッコは電話を取り、どこかに連絡をとった。そして電話を切って。

 

「まさかここに来て、あの男が役に立つとはな。儚き停戦を崩す火種として、利用させてもらうとしよう……」

 




さて、次回から最終章に入ります!
まずは、帝国と同盟の停戦交渉、場所はあの柊館とくれば、何も起こらないはずがなく……?

次回『柊館の喜劇』

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最終章~銀河最後の戦い編
第30話『柊館の喜劇』


さぁ、ここから新章が始まります!
いよいよラストスパート!


 フェザーンにある柊館。原作においてラインハルト終焉の地であったここでは今、銀河帝国側と自由惑星同盟側との停戦交渉が行われていた。

 フェザーンの行政と治安を預かる臨時自治領主のシロッコが突然行方不明になった、ということでここで開催するには不安はあったが、帝国と同盟、どちらにも組しない中立の地ということで、治安の不安を承知のうえで、ここを開催の場に選んだのである。

 もちろんそれだけあって、警備は厳重を極めた。同盟側の薔薇の騎士連隊、そして帝国側のオフレッサー率いる防衛部隊の両者が警備にあたっている、というこれ以上ない厳重な警備の度合いである。

 ただ、なぜか帝国側の警備責任者であるオフレッサーは、その警備の中にはいなかったが。

 

 さて、交渉のほうはそれほど難航はしていないようであった。帝国側のキルヒアイスとオーベルシュタインが、かなり深いところまで予備交渉を(ラインハルトには秘して)進めていたことと、相手の同盟側が柔軟さを示し、あまり自分たちに有利な条件に固執しなかったことが理由である。

 

 先だって出された二つの条件――『自由惑星同盟の存在の認知』と『互いの政権(帝国のローエングラム政権と同盟のアイランズ政権)が健在な間の休戦』――についてはもちろん、そのほかの事柄についても話し合われた。

 

 当然、すんなり交渉に決着がつくわけではない。帝国はもちろん、同盟も、交渉が決裂しない範囲内で、自分に有利な条件を獲得するために、ささやかな火花を散らしていた。

 

 その一方、ホールのほうでは……。

 

「卿がヤン大将か! 俺の突撃を受けて持ちこたえたのは卿が初めてだ。なかなかやるではないか! はっはっはっ!」

「はぁ……(やっぱりビッテンフェルト提督の声を聴くと、一〇さんの〇衛門さんを想像してしまうな。それと声が大きい)」

 

 と、このように両軍の提督たちが、親睦を深めていた。

 

「ん、グリーンヒル大尉、どうしたのかな? 何か目をキラキラさせてるけど」

「はい。先ほど、ローエングラム公が話しているのを聞いたんですけど、やっぱり声がコウ・ウ〇キなんですね! 感動しました! 本当に彼に教授を受けた鈴木〇奈さんがうらやましいです!」

「ははは……ちなみに私は、あの中の人といえばベ〇ータだけどね」

 

 と、そこでヤンは何かを思い出した。

 

「あ、そうだ。ちょっとローエングラム公のところへ行ってくるよ」

「どうしたんです? ヤン様も、コ〇・ウラキな声を聞きに?」

「いや、例の件について一応事後承諾を取っておきたくてね。大丈夫だとは思うけど、この件については間違いがあったらいけないから」

「あ、それでしたら、私もお供します」

「うん、そうしてくれると心強いよ」

 

 そして二人はラインハルトのところへ歩いて行った。

 

「卿がヤン・ウェンリーか。卿の戦略、戦術には恐れ入った。私がここまで完敗を喫したのは卿が初めてだ」

「恐れ入ります。閣下のアイゼンフートでの戦術にも感嘆いたしました」

「そう言ってくれると、いくらか留飲が下がった気持ちだ。感謝する」

「いえ。あの、それで……」

 

 そこでヤンはラインハルトに、あることを伝えた。それは帝国の安保態勢に問題を生じかねないことではあるが、彼は表情を曇らせることはなかった。

 

「かまわぬ。卿のことだ。それをもって帝国に仇をなすことはあるまい。キルヒアイスもオーベルシュタインも、卿が卑劣な手を使う人物ではない、と評価しているしな」

「ありがとうございます。そう言っていただけると……」

 

 と、そこで爆音が響いた。

 

* * * * *

 

 柊館の外。そこから見えるフェザーンの市街に爆炎が上がった。それが何者かによるテロ攻撃であることは明らかだった。

 

 色めきだつ警備部隊の面々に、ケスラーの指示が飛ぶ!

 

「うろたえるな! これは陽動だ! 奴らの目的は、この館の中の会議しかない! この館の警備のみに注力せよ!」

 

 ケスラーがそう指示して少しの時が経ち、市街地のほうから黒ずくめの一団がやってきた。間違いなく襲撃者、地球教の宗教テロリストたちだった。すぐに彼らとの間で銃撃戦が始まる。

 

 その銃撃戦を指揮しながら、ケスラーはひとり呟いた。

 

「こちらのほうは大丈夫だろうが……。フォーゲル上級大将のもしもの手が必要になることがなければいいが……」

 

 なお、この銃撃戦には、地球教徒の他にも、同盟内の反体制組織・トリューニヒトの子ら(トリューニヒツ・チルドレン)も加わっており、その首魁であり、自由惑星同盟前評議会議長ヨブ・トリューニヒトの名はこの世界と歴史から完全に抹消されることになった。

 

* * * * *

 

 柊館の会議室。そこでは、帝国と同盟の担当者の間で、熱を帯びた交渉が行われていた。

 そこに! 扉を開け、一人の男が入り込んできた!

 

「ジークフリード・キルヒアイスゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 それは、目を血走らせて狂人の表情をした帝国軍の元少将、グリルパルツァーであった。彼は狂人の目をキルヒアイスに向けて、銃を向けた。その時!

 

「痴れ者が! 恥を知れい!!」

 

 野太い声とともに、グリルパルツァーの体は大きく吹き飛ばされた。彼は壁にたたきつけられ、意識を失った。

 

「助かりました、オフレッサー大将」

 

 キルヒアイスが、そう礼を述べる。

 そう、グリルパルツァーを吹き飛ばし、会議中の面々を凶弾から救ったのは、帝国側防衛部隊を預かるオフレッサーであった。そのオフレッサーは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん。赤毛の小僧、お前のためにやったわけではない。わしはただ、フォーゲル上級大将に頼まれて、ここに侵入してくる不届き者を排除しただけだ」

 

 と、そこにそのフォーゲルがやってきた。

 

* * * * *

 

 わしが会議室に入ると、出席者の中に死人どころか、けが人すらもいないようだった。やれやれ、館の中にオフレッサーを配置しておいてよかった。シロッコとか言う男がこの会議を狙っている、という情報を提供してくれた同盟軍のヤン提督には感謝の言葉しかないわい。

 

 しかし、まさかこのグリルパルツァーがテロリストにまで身をやつして、こんなことになるとは……。ため息をつきながら彼の様子を見ると、ぐったりしているようだが、命に別状はない……ように見える。

 

「ご苦労だった、オフレッサー。命までは取ってないだろうな?」

「はっ。急所には当ててないし、殺す気ではやってないので大丈夫だと思います。激突したショックで死んでいたらお手上げですが」

 

 オフレッサーがそういうのなら大丈夫だろう。人を殴り殺すことに対して熟知している彼の言うことなら間違いはあるまい。グリルパルツァーには、背後関係について色々聞かなければならぬからな。ここで死なれては困る。

 

 と、そこでキルヒアイス軍務尚書が再び、頭を下げてきた。

 

「フォーゲル上級大将も、助けてくださり、ありがとうございます。あなたに助けられたのは、これで二度目ですね」

 

 まさかあのキルヒアイス軍務尚書が、上級大将でしかないわしに頭を下げるとは!

 思わずわしは慌ててしまった。

 

「い、いえ。とんでもありませぬ。キルヒアイス軍務尚書には、同盟領侵攻作戦の時と、イゼルローンの時の二度も助けられましたから。そのお返しと思っていただければ」

 

 と、忘れていた。わしは真顔に戻り、オーベルシュタイン局長に向きなおった。

 

「オーベルシュタイン外務諜報局長。この男の尋問、お願いする」

「……任せてもらおう」

 

 オーベルシュタインは表情を一切変えずに即答してきた。うーむ、さすがだ。

 

* * * * *

 

 それから一カ月後。停戦交渉は無事にまとまった。フェザーンは、自治領主の座が決まるまで帝国と同盟の間で共同統治することとなり、そしてイゼルローンとフェザーンの両回廊を緩衝地帯とすることで停戦となった。

 そして、帝国と同盟が共に共存していく形で、貿易や外交関係についても固まり、とりあえず帝国と同盟との間の戦争は、ひとまず終結とあいなったのである。

 

 そして柊館襲撃についての調査も滞りなく済んだ。やはり、彼らの背後にはパフティマス・シロッコがいたと判明したのである。その目的は、この交渉を襲撃することで再び両陣営の緊張を高め、再び交戦状態にする、ということで、ヤンが予想し、ルビンスキーからの情報で裏付けられた情報とほぼ同じであった。

 これを受け、ただちにシロッコに対して、国事犯として指名手配がなされたのは言うまでもない。

 

 しかし、これで全て解決、とはならなかった。

 

 それはなんと、帝国領からもたらされた。

 

 いつの間にか帝国領に潜入していたパフティマス・シロッコと彼の部下たちが、ガイエスブルグ要塞に潜入して占拠、そこを拠点に決起したというのだ。

 




次回はいよいよガイエスブルグに立てこもったシロッコとの決戦ですが、次回の更新までは一週間時間を開けさせていただきます。ごめんなさい;
次回更新は12月14日の予定です。それまでお待ちいただけると幸い(平伏


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第31話『要塞対要塞がこんなところで!~第二次フレイア星域会戦』

 ガイエスブルグ要塞。アルテナ星域に配置されている宇宙要塞である。

 なぜ帝国内陸部にあたるこの星域に作られたかは未だに謎である。そのガイエスブルグ要塞は、現世においても貴族軍の拠点として使われ、帝国正規軍を大いに牽制した。

 そのことの反省から、内乱終結後は、主砲ガイエスハーケンのシステムは完全に破壊され、まさにただの置物と化した。ただそれでも、宇宙港の機能や主砲以外の防空システムは凍結されているだけでいまだ健在であり、イゼルローンほどの強力さはないが、要塞としてはいまだ生きているのだ。

 そのガイエスブルグを、パフティマス・シロッコや彼に従う私兵や地球教徒、トリューニヒトの子ら(トリューニヒツ・チルドレン)の残党が占拠し、蜂起した。これは大きな問題である。

 

 さっそく、再編を果たしたワーレン艦隊とケンプ艦隊が急行するが……。

 

「ワーレン閣下!」

「どうした!」

「ガイエスブルグ要塞周辺に重力歪曲反応! ガイエスブルグがワープします!」

「なんだと!?」

 

 そして両艦隊の前で、ガイエスブルグ要塞は空間の歪みを残して消えた。

 それを見たワーレンは歯ぎしりしてうめく。

 

「やはり、ヤン・ウェンリーが言った通りになったか……。ワープする前に制圧したかったが……」

 

* * * * *

 

 一方、そのガイエスブルグ要塞。要塞はワープアウトし、フレイア星域まで到達していた。

 

「ふふふ、見たか、俗物どもめが! このガイエスブルグを使って、私が帝国を潰してくれるわ! その後は同盟を潰し! 私がこの銀河を征服してやる!」

「し、シロッコ様!」

「どうした!?」

「前方に……!」

 

 オペレーターが指さした先。メインスクリーンに映し出されていたのは、なんと、イゼルローン要塞とその前面に展開する、帝国軍フォーゲル機動艦隊群の司令部直属艦隊、そして同盟軍のヤン独立軍、独立軍司令部直属艦隊だった。

 

* * * * *

 

「まさか、我らが同盟軍と肩を並べて戦うことになるとはな。それにしてもヤン提督。本当に卿が私の指揮下に入っていいのか?」

『はい。共に戦うとはいえ、我々はいわば部外者です。その部外者が指揮するというのもおかしな話でしょう。帝国の中でのことは、帝国の者が指揮するというのが筋だと思います』

「そうか、わかった。だが私は戦術に関しては今一つのことがある。助言をいただければありがたい」

『了解しました』

 

 というわけでわしは、同盟軍艦隊とともに、このフレイア星域に展開していた。なぜわしがいるかというと、シロッコとやらの破壊工作により、他の艦隊の出撃が大きく遅れてしまい、すぐに動けるのがわしだけになってしまったからだ。

 しかし、ヤン提督の戦略眼はさすがだ。彼は、シロッコがあの停戦会議の襲撃に失敗した時、ガイエスブルグ要塞を拠点に蜂起し、さらにそれをもって帝国首都のオーディンを突くであろうことを見抜いていたのだ。

 それだけではない。ガイエスブルグのワープ航路まで読み、このフレイア星域で迎え撃つのが適切と導いた。彼によれば、アルテナからオーディンのあるヴァルハラ星域までワープして進むには、ブラウンシュヴァイクからフレイアを経由するルートと、マールバッハ、マリーンドルフ、カストロプを経由するルートの二つがあるが、マールバッハルートは空間が不安定な箇所が多く、ガイエスブルグのような巨大要塞をワープさせるには無理がある。なので彼は必ず1番目のルート……フレイアを経由するルートを通るだろう、とのことだ。

 そこで彼は、アイゼンフート会戦終結後すぐに、イゼルローン要塞に使い捨てのワープエンジンを取り付け、最短ルートを通らせてフレイア星域にイゼルローンを移動させていた、というのだ。むろん、我が帝国へは事後承諾だ。

 なお、それにさいし、トゥールハンマーのシステムに応急処置を行い、一度だけ発射できるようにしたとのことだが、それとワープエンジンの調達については、ヤン提督からルビンスキー元フェザーン自治領主からそれについて問い合わせ、肯定的な答えを得ると、と大至急同盟首都に連絡を入れて、ルビンスキーの(フェザーンでの同盟軍出撃を妨害した罪への)恩赦と引き換えにそれを依頼してもらうなど手を尽くしていたという。本当にたいしたものだ。

 

 ……と。

 

「閣下、感心している場合ではありません。ガイエスブルグから、艦隊が出撃してきました」

「ふむ。結構出てきたな……。向こうは三艦隊か。独特な艦だが……」

 

 一方のヤン艦隊旗艦ヒューベリオン。

 

「あれは……」

「サラミス級を元にした艦みたいだね。見るに、一カ月という短期間で数を揃えるために、かなり設計を簡略しているみたいだ。防御力はこちらの艦よりかなり落ちるだろう。多分それを補うために……」

「閣下、敵艦隊から艦載機らしきものが発進してきました!」

「やはりMSか。しかも、ガブスレイとは、シロッコ氏らしいね。さて、こちらも艦載艇を発進させてくれ」

 

 そして舞台は、わしの座乗艦、シェルフスタットⅡに戻る。敵艦隊が艦載艇らしきものを出してきたのは、わしのほうからも見えた。

 

「閣下、同盟軍から艦載艇が発進しました」

「よし、こちらもワルキューレを出すぞ。同盟軍を遅れをとるな!」

 

 わしのシェルフスタットⅡを始めとした各艦からワルキューレが次々と発進していく。

 

 かくして、この銀河最後の戦い、第二次フレイア星域会戦の幕が開けた!

 




今回、話の展開上、ご都合主義な部分も入れてありますがご容赦ください;

さて、次回、いよいよ第二次フレイア会戦が本格的に始まりますよ!

次回『落ちろカトンボ!~第二次フレイア星域会戦』

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第32話『落ちろカトンボ!~第二次フレイア星域会戦』

 さて、幕を開けた第二次フレイア星域会戦だが、帝国・同盟連合軍の空戦隊はかなりの苦戦の中にいた。

 

「くそっ、なんだこいつらは!? トリッキーな動きで惑わしやがって!」

 

 スパルタニアンのコクピットで、撃墜王オリビエ・ポプランはそう悪態をついた。エースの名をほしいものにしている彼でも、シロッコ軍のMS(モビルスーツ)の相手はかなり難儀していたのだ。

 シロッコ軍の主力MSはガブスレイ改。転生前に彼が設計したMS・ガブスレイをもとにして開発された可変MSである。短期間での量産を可能とするために、色々な部分が簡略化されてはいるが、それでもその実力は侮ることはできない。

 様々な性能は帝国や同盟の艦載艇に劣るが、ガブスレイ改はその変形が可能という点を最大限に活用し、トリッキーな動きで空戦隊を翻弄し、被害を与えているのだ。

 

『うわー!!』

「おい、ヒューズ!!」

『ち、ちくしょう、やられた! あとは頼む!』

「シェイクリ! ちきしょうめ!」

 

 そしてその彼を横目に、MS隊は空戦隊を守りを抜け、艦隊のほうへと向かっていった。

 

「ちきしょう、やらせるかよ!」

 

 ポプランはスパルタニアンを旋回、MS隊を追撃していった。

 

* * * * *

 

 同盟軍巡航艦の至近距離に到達したガブスレイ改の一体がMS形態に変更し、マウントされたフェダーインライフル(ビームは宇宙世紀のメガ粒子ではなく、中性子レーザーになっている)を構える。

 そして次々と、目の前の巡航艦に中性子レーザーの弾丸をぶち込んでいく。あわれ、その巡航艦はたちまち轟沈して火の玉となった。

 また別のところでは、帝国軍の戦艦が、別のガブスレイ改によって火の玉とされていた。

 

「閣下、敵のMS隊によって、我が艦隊は少なくない被害を受けています。このままでは、敵艦隊と決戦する前に……」

「そうだね。全艦、よく狙って敵MSを迎撃してくれ。当てられない相手じゃない。幸いにも、敵はまずこのMS隊で我々に大打撃を与えようとしているようだ。敵艦隊への対処より先に、艦隊に突入したMS隊の排除に注力してくれ。このことは、帝国軍艦隊にも知らせるように」

「了解しました」

 

 そのヤンの指示をきっかけに潮目が変わった。各艦の精密な対空砲火によって、突入していたMS隊は次々に鳥のように撃ち落とされていく。

 MSが有力な機動兵器とされたのは、何よりミノフスキー粒子の存在による。この粒子によって、誘導兵器はもちろん、対空砲火のためのレーダーも機能不全に陥れられ、MSにただ蹂躙される結果を強いられていたのだ。

 しかし、この銀河にはミノフスキー粒子は存在しない。それはすなわち、十分な対空砲火を放つことが可能なことを表している。さらには、そんな世界で軍事技術を発展させてきたため、この銀河の艦艇はどれも、宇宙世紀のものより高度な防空能力を持っているのだ。その対空砲火をもってすれば、MSなど普通の艦載艇と大した変わりがなかった。

 

 たちまち、艦隊に突入したMS隊は数を減らしていく。

 

「やれやれ、なんとかなったか……。でも、すぐに第二陣が来るだろうしな……。彼らの相手は、空戦隊ではきついだろうし……」

 

 と、考え込むヤン。そこに。

 

「あの……閣下」

「何かな?」

「前世でスパ〇ボVをプレイしたのですが、そこでの対MS戦に対する表現で思い出したことが……」

 

 それでフレデリカがあることをヤンに耳打ちした。それを聞いたヤンはかすかに微笑みを浮かべた。

 

「なるほど、その手があったか。ありがとうグリーンヒル大尉。これでなんとかなりそうだよ」

「いえいえ」

 

 そこにオペレータが報告の声をあげる。

 

「閣下、敵艦隊から艦載機隊の第二陣が発進しました!」

「よし、全艦。主砲発射用意。目標、敵艦載機隊。射程距離に入り次第、弾幕を浴びせてやれ。とっても濃い奴をね。これは帝国軍にも要請してくれ」

「はぁ? わかりました」

 

 そして……。

 

「敵艦載機隊、射程距離に入りました!」

「よし。弾幕の射線上から我が艦隊の空戦隊は退避しているな?」

「はい!」

「よし、全艦、主砲斉射三連!!」

 

 彼の号令一下、同盟軍艦隊から濃密かつ広範な弾幕が放たれた! その広く濃い弾幕の前に、MS隊は次々と射抜かれていく。ある機体は突進していたところに直撃を受け爆散し、またある機体はなんとか回避することに成功したものの、別の弾に直撃されて砕け散った。

 

* * * * *

 

 同盟軍の弾幕の前に、まるでカトンボのように、敵の機動兵器が落とされていく。それをわしは感心して見ていた。

 

「なるほど。こういう手があったのか。さすがヤン・ウェンリー。彼の頭には、知らない対策法はないかのようだな」

 

 そう言ってうなずくわしに、副官のナギ大尉が飽きれた様子で報告してきた。

 

「閣下、感心しているところすみませんが、我が艦隊のほうにも敵の空戦隊が接近しています」

 

 おっといかん。こっちもやらねばな。

 

「よし、全艦、砲門開け! 同盟に後れをとるなよ! 帝国軍に、我がフォーゲル機動艦隊群ありということを思い知らせてやれ!」

 

 わしからぬ激励だが、これが最後の戦いだし、これぐらい大げさに言ったほうがいいだろう。

 かくして、シェルフスタットⅡを始めとした、我が直属艦隊の艦艇からも濃密な弾幕が放たれ、前方の敵空戦隊に大きな火の玉を咲かせていく。

 

「どうだ?」

 

 わしが聞くと、レーダー手がすぐに返事を返した。

 

「はい。敵の空戦隊第二陣、ほとんど壊滅しました」

 

 よし、これで敵の一番の脅威は取り除けたな。

 

「よし、これで決着をつけるぞ! 全艦隊、前進! それと、左右に配置している、カールセン艦隊、正統政府軍艦隊に突撃の指示を出せ!」

 

 わしの指示と同時に、左右の小惑星帯に隠れていたカールセン提督の艦隊と、銀河帝国正統政府軍の艦隊が姿を現し、シロッコ軍の艦隊に左右から襲い掛かった! 左右からの奇襲に敵艦隊は態勢が整わず、劣勢に陥っている。

 さらに、奴らの艦は構造が脆いようで、こちらの艦に比べて、比較的簡単に大破していった。

 

 これで、勝ったも同然だな。

 

 ……と思っていたことが、わしにもありました。

 




さて、大逆転という感じですが、シロッコはまだまだ終わりませんよ!
次回、あの男に大きな見せ場が!

次回「主役は私なのだ!」

転生提督の歴史が、また1ページ


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第33話『主役は私なのだ!』

 シロッコ軍は壊滅の危機に陥っていた。

 

 虎の子のMS隊がハチの巣にされ、さらに艦隊も正面と左右からの攻撃で瞬く間に瓦解していくのを、シロッコは自機ジ・OⅡのコクピットから眺めていた。

 

「おのれ……! だが、これで勝ったと思ってもらっては困る!」

 

 そう吐き捨てると、シロッコはジ・OⅡを転回させ、ガイエスブルグ要塞へと飛び去って行った。

 

* * * * *

 

「か、閣下!」

 

 ヒューベリオンの艦橋で、レーダー要員が驚愕と恐怖に満ちた表情で報告した。

 

「どうした?」

「が、ガイエスブルグが移動を開始しました! イゼルローンのわきを通り、ヴァルハラ星域に向かうルートをとっています!」

「やはりそう来たか。でもこんなに早くこの手を打ってくるとはなあ。さすがにやりすぎたかな?」

 

 シロッコは最後の手段として、ガイエスブルグを移動させ、ワープ可能エリアまで到達したところで、再びワープし、ヴァルハラへ向かおうとしていた。そしてガイエスブルグをオーディンに衝突させればそれでおしまいだと。ガイエスブルグほどの質量のものを衝突させれば、さすがにオーディンは一たまりもない。

 ヤンもそれは読んでいた。だが彼にとって誤算だったのは、戦局が彼の予想よりも早く進み、シロッコが想定よりも早くこの手段をとってきたことだ。

 他の艦隊の機能が回復すれば、もしここで逃がしてしまっても、ヴァルハラで他の艦隊で待ち構え、彼が前世で得た解決法を使って、ガイエスブルグのオーディンへの衝突を防ぐことができる。だが今のタイミング、ここでガイエスブルグのワープを許してしまえば、オーディンの破滅を防ぐのは不可能だ。

 そこに、通信士が振り返った報告してきた。

 

「閣下。帝国軍のフォーゲル上級大将から通信です」

「うん、つないでくれ」

 

 すると通信スクリーンに、フォーゲルの姿が現れた。

 

『ヤン提督。そちらでも確認していると思うが……』

「はい。ガイエスブルグが移動を開始したのを確認しました。おそらく、再びワープして、ヴァルハラ星域に向かうつもりだと思います。最初はここで我々を撃破してから、悠々と再ワープするつもりだったのでしょうが、敗勢になったことで、無理してでも我々を突破して再ワープしようと考えたのでしょう」

『オーディンのほうからは、まだ艦隊の出撃準備はできていないとの報告が入っている。ここで奴のワープを許せば我々の負けは確実だ。ヤン提督、今からトゥールハンマーでガイエスブルグを吹き飛ばせないだろうか?』

 

 フォーゲルのその質問に、ヤンは申し訳ない気持ちと苦渋をミックスさせた表情を浮かべて首を振った。

 

「いえ。ガイエスブルグがこのままの速度で移動すると仮定した場合、ガイエスブルグがトゥールハンマーの射程圏内を脱するまでにチャージを終えるのは不可能です。足止めをすることができればなんとかなるでしょうが……」

『そうか……』

「とはいえ、その足止めをするための手がないわけではないのです」

『そ、それは!?』

 

 フォーゲルが身を乗り出すように質問すると、ヤンは通信士にあるデータを送信するよう伝えた。

 

* * * * *

 

 わしの旗艦、シェルフスタットⅡ。その艦橋の通信スクリーンの一部に、ガイエスブルグの図面データが映し出された。そのうちの右上に赤い丸がつけられている。ここを狙え、ということか?

 

『事前調査の結果、ガイエスブルグには、通常移動のため、ちょうど円を描くように12基のエンジンが取り付けられていることが判明しています』

「ふむ。そのエンジンをつぶすというわけか。だが12基全て潰すというのはコトだぞ……」

『いえ。実は12基全て潰す必要はないのです。その丸のつけられているこの右上のエンジンを狙うだけで……』

 

 通信スクリーンの中の、赤丸をつけられたエンジンを表す記号が消えた。すると、ガイエスブルグはくるくると高速自転を始めたではないか!

 

『このように、推力バランスが崩れ、自転を始めます。確かに耐久力や防御力は要塞本体に劣るとはいえ、破壊するのは簡単にはいきませんが、本体を攻撃するよりはマシでしょう』

「なるほど、確かにそうだな。さすがヤン提督だ!」

『ありがとうございます。エンジン破壊の役は、私の艦隊と正統政府軍艦隊が受け持ちます。フォーゲル提督は、引き続き、カールセン提督の艦隊とともに、イゼルローンの前面で、敵残存艦隊の牽制をお願いします』

 

 そのヤン提督の要請にわしはうなずいた。わしの悪い頭では、彼の作戦以上の案を出すのは不可能だからな。

 

「あいわかった! ヤン提督! 卿の武運を祈る。いや、必ずエンジンを破壊して、帝国を、いやオーディンの人々を救ってくれ!」

『はい。最善を尽くします』

 

 そして通信は切れた。

 

* * * * *

 

「よし、さっそくやるぞ。全艦発進。我が艦隊は右から、正統政府軍艦隊は左から回り込んで、ガイエスブルグの後ろに回り込む。準備ができ次第、エンジンに攻撃開始だ!」

「了解!」

 

 ヤンの号令一下、同盟軍艦隊はすぐに移動を開始した。二手に別れ、シロッコ軍残存艦隊の阻止も意に介さず、後ろに回り込んでいく。

 そして、ヤンの砲撃指令を待たず、移動が済んだ分艦隊が順次攻撃を開始していく。だが。

 

「どうだ?」

「芳しくありません。シロッコ軍の残存艦艇がこちらとガイエスブルグとの間に立ちはだかって、砲火の到達を阻止していて……」

 

 フレデリカの報告に、ヤンは渋い顔をする。それは、敵がこちらの思惑を阻止にかかりにきてるからだけではなかった。

 

「我が身を顧みず、要塞を守ろうとするとは……。とんだ使命感だな。いや、シロッコ氏め、サイオキシンで手下たちを洗脳したな……。いや、そんなことを考えている場合ではないか。とにかく、攻撃を続けてくれ。こちらには、それしか取れるオプションがない」

 

 引き続きガイエスブルグに猛攻を仕掛ける同盟軍艦隊。しかし、やはりエンジンの破壊に難儀していた。

 艦艇だけではなく、残ったMSまでガイエスブルグの前に立ちはだかり、砲火の到達を阻止しようとしているのだ。さらにそれらを破壊すればその残骸が砲火を遮り、破壊を阻害しているのだ。

 

 それでも必死にガイエスブルグを攻撃する艦隊。その中の一つ、銀河帝国正統政府軍艦隊、旗艦ノーエンブルン。

 

「パストーレ軍事補佐官。ガイエスブルグの移動は早く、このままではガイエスブルグは我が艦隊の射程圏から逃れてしまいます」

「むぅ、あと一歩なんだが……。よし、ならば奴らに、超大型の核融合弾をぶちかましてやろうではないか」

「超大型の核融合弾? そんなものはどこにも……まさか!」

 

 驚きを浮かべるストークス副軍事補佐官。その二人の様子に、彼らの形式上の主君であるフレーゲル元男爵も、パストーレの考えていることに気づいたが、帝国の危機を前に覚醒した帝国貴族の誇りと義務感が、彼に覚悟を固めさせた。

 

「いよいよ、我らも覚悟をするときだと思うが、どうかな? 軍事補佐官殿」

 

 その言葉に、パストーレとストークスは目を丸くしたが、すぐに真顔に戻った。

 

「フレーゲル男爵もそうお考えなのでしたら、そうでありましょう。よし、ストークス准将。30才未満の士官、貴族たちを退艦させろ。あの世への直行便の乗客は、我々年寄りとフレーゲル男爵殿だけで十分だ」

「了解しました」

「よし! この超大型核融合弾ノーエンブルンを、帝国の誇る要塞の一つ、ガイエスブルグにお見舞いしてやろう!」

 

 ノーエンブルンから退艦者をのせたシャトルが発進していく。それらを全て排出させた後、ノーエンブルンも全速力でガイエスブルグに突撃していった。

 

 ちょうどその時、パストーレたちの思惑を察知したシロッコが、ジ・OⅡでガイエスブルグから発進していた。

 

「特攻するつもりか! させるものか!!」

 

 そしてノーエンブルンに向けて突撃していく。

 

 そのノーエンブルンの艦橋。

 

「本当にいいのですな、フレーゲル男爵!?」

 

 そのパストーレの問いに、フレーゲルは、死への恐怖と自己陶酔が入り混じった表情で答えた。

 

「当たり前だ! ここで帝国が救われれば、銀河の英雄の名は、このフレーゲルのものとして語り継がれるってものだ! 景気よくやってくれ、パストーレ軍事補佐官殿!」

「了解であります! ストークス副軍事補佐官。動力炉はいつでも暴走させられるようにしてくれよ! くれぐれも体当たりする前に暴走させることのないようにな!」

「了解です! させるものですか、そんなこと!」

 

 そして、ノーエンブルンは、シロッコ軍残存艦隊の砲撃や、MS隊の攻撃を受け、満身創痍になりながらも、そのままエンジンへと特攻していく。

 しかし、もうすぐ体当たりというところで―――

 

 ドグオオオォォォォ!!

 

 ノーエンブルンの艦橋を激しい振動が襲った!

 

「どうした!?」

「ど、動力炉に直撃! 反応炉、制御不能!」

 

 そう、それはノーエンブルンの死角をつき、その懐にもぐりこんだ、シロッコのジ・OⅡの攻撃だった。

 爆発を繰り返すノーエンブルンを一瞥し、勝利の笑みを浮かべるシロッコ。だが。

 

「やってくれたな……。だが、残念だったな! この距離ではどっちみち、動力炉が爆発する前に体当たりできる! むしろ、動力炉を派手に暴走させてくれて、ありがたいくらいだ! そぉれ! 勢いよくぶつけてやれ!!」

 

 そのパストーレの叫びとともに、速度を上げたノーエンブルンはガイエスブルグのエンジンに衝突した! そしてそれと同時に、ノーエンブルンの動力炉が暴走し、臨界を迎える!!

 

 ガイエスブルグの一角にまばゆい閃光が走った。それは、ノーエンブルンがついに、ガイエスブルグのエンジンを破壊したことを証明するものだった。とたんに、ガイエスブルグは、前進をやめて高速回転を始めた。その回転は残存艦隊の艦艇やMSを吹き飛ばし、次々と破壊あるいは戦闘能力を奪っていった。シロッコのジ・OⅡも、その吹き飛ばされた破片に激突され、大破したのである。

 

* * * * *

 

 ガイエスブルグ要塞の一角にまばゆい光が発生したかと思うと、要塞が高速自転を始めたではないか! まさに、ヤン提督の作戦が成功したのだ! それから30分後、待ちかねていた報告が届いた!

 

「フォーゲル提督! イゼルローン要塞から通信! トゥールハンマーのエネルギーチャージが完了したそうです!」

「よし、全艦、トゥールハンマーの射線上から退避せよ! 退避が済み次第、トゥールハンマー、発射だ!」

 

 わしの号令一下、艦隊が一斉に退避を始めた。そして。

 

「閣下、全艦、射線上からの退避、完了しました!」

「よし、トゥールハンマー、発射ああぁぁっっ!!」

 

 わしの号令とともに、イゼルローン要塞の表面にまばゆい光があらわれ、それは巨大なビームとなって回転を続けるガイエスブルグへと発射された!

 ガイエスブルグにその光の槍が突き刺さり、その要塞のあちらこちらに炎の柱が立ち上る。

 

 そして。

 

「閣下、ガイエスブルグの反応停止。どうやら、機能を停止したようです」

 

 ナギ大尉の報告を聞き、わしは一息ついた。やれやれ、どうにかなったな……。

 

「よし、残存する敵の掃討にかかる。まず必要ないかもしれんが、一応、全周波で投降を打電せよ。あくまで抵抗する奴らは容赦なく殲滅してかまわん」

「了解しました」

 

 わしの指示に従い、わしの直属艦隊や、ヤン提督の艦隊、そして銀河帝国正統政府軍の艦隊から、戦隊規模の小艦隊がガイエスブルグへと向かっていく。それにしても、やっと終わったか。本当に今回は大変だったわい。

 

 ともあれ、これにて後に銀河最後の戦いと称される、第二次フレイア星域会戦は幕を閉じたのだった。

 




かくして、これで全ての戦いが終わりました。
次回はいよいよ最終回。その後の銀河の話と、ブラ公の未来の話となります。

というわけで次回、『ブラ公よ、永遠に……』

転生提督の歴史も、いよいよ最後のページへ……

※最終回の更新は、正月明けの予定です。それまでお待ちくださると幸いでございます。


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最終話『ブラ公よ、永遠に……』

「それで、シロッコとやらは見つかったのか?」

 

 シロッコ軍の残敵掃討の指揮を執っていたわしは、副官のナギ大尉にそう聞いてみた。

 

「はい。彼の乗機らしき機動兵器を、同盟軍艦隊が発見したとのことです。シロッコ氏がパイロットスーツを着ていない可能性が高いので、その機動兵器ごと、ヒューベリオンに輸送すると言ってました。オーディンに到着後、帝国側に引き渡すと」

「なんとなぁ、パイロットスーツなしでか。そんな無謀なことをするとは、シロッコとやらはよほどのバカか、それとも自信過剰か……」

 

 わしは報告を聞いて、そう呆れた。昔から艦載艇に乗る時はパイロットスーツを着るのが当たり前だというのに。機体が破壊されて宇宙に放り出される可能性だってあるのだ。わしだって、シャトルに乗り込む時には、宇宙服を着こんでいるのだぞ。

 まぁいい。捕まった奴のことより、他に優先すべきことはある。

 

「わかった。それで、掃討はどこまで進んでいる?」

「はい。70%といったところです。ほとんどの残敵が、こちらからの降伏勧告に応じず抗戦を続けていて、ほぼ全ての敵を潰して回っている状態で……」

 

 なるほどな。まぁ、予想していたことではあったが。

 

「そうか。まぁ、進んでいないわけではないからな。残敵を逃がしたりして、銀河の各地で暴れられても厄介だ。じっくりと潰していくのが一番だろう。とにかく、潰し残しがないことだけは注意して掃討を進めてくれ、と各隊に伝えよ」

「了解しました」

 

 それにしても、ここまで長かったなぁ。帝国と同盟の停戦もなったし、これで全ての戦いが終わって平和になる……といいのだが、と思っていると。

 

「閣下、ぼーっとしているところ済みません。全ての残敵の掃討が済んだと報告がありました。結局、降伏した者はなかった、とのことです」

 

 かなり長い時間物思いにふけっていたらしい。冷たい目をしたナギ大尉がそう報告してきた。

 わしはあわてて咳払いし……。

 

「そ、そうか。潰し残しはないな?」

「はい。逃がした敵もないそうです」

「そうか。よし、では艦隊を再編した後、オーディンに凱旋しよう。ナイゼバッハ、艦隊の再編準備をしてくれ」

「了解しました」

 

 そして、戦いの後始末も終えた我が艦隊は、同じく再編を終えた同盟軍艦隊とともに、オーディンへの帰途についた。

 

* * * * *

 

 そしてオーディンに到着すると、すぐにパフティマス・シロッコの身柄は、帝国の外務諜報局に引き渡された。これから、『あの』オーベルシュタイン局長の手で、容赦ない取り調べを行った末、獄中の人となるのだろう。みじめと思わないでもないが、停戦交渉を襲撃したうえ、オーディンを宇宙の藻屑にしようとしたのだ。当然の報いだろう。

 ガイエスブルグとイゼルローンの両要塞だが、ガイエスブルグ要塞はトゥールハンマーの直撃で大破し、もう完全に使い物にならなくなったので、解体することにしたそうだ。イゼルローン要塞も、帝国と同盟の和平が成った今、無用の長物である。やはり解体することになるのだろう。

 

 わしはといえば、シロッコ軍討伐の功を挙げたことで、一躍有名となり、さらには元帥の称号を授かった。このわしが元帥にまで上り詰めるとは、信じられないことだ。ナギ大尉にほっぺをつねってもらったが、夢ではなかった。

 そうそう。ガイエスブルグのエンジン破壊については、銀河帝国正統政府軍の実戦指揮官、パストーレ同盟軍元中将と、ストークス元少将、そしてなんと、わしの前世の甥、フレーゲル元男爵の、命を投げ捨てての働きがあったと、ヤン提督から報告があった。あの甥がそんな働きをするとは、たいそうな驚きである。帝国を出て、正統政府軍という非公式軍組織にいたことで、彼も苦労して、少しは真人間になったのだろうか? 嬉しいようなそうでないような、複雑な気持ちだ。

 そしてそんな彼らにも、オーディンと銀河を救ったということで、勲章が授けられることになったという。

 

 そしてオーディンで、帝国と同盟の要人が集まり、停戦成立と、シロッコ軍討伐を記念したパーティが行われた。

 そこでは、両軍の軍人や政治家とも、それまで戦っていたことが嘘のように、仲良く和気あいあいとパーティを楽しんでいた。その様子はわしに、新たな時代が到来するのを予感させるものであった。

 

 そして……

 

* * * * *

 

 あの銀河最後の戦いこと、第二次フレイア星域会戦からはや20年が経った。

 

 銀河最後の戦いが終わってからの話をしよう。

 

 ヤン提督はその後、本人の希望通り、すぐさま軍を退役したという。同じく軍を退役した元副官のフレデリカ・グリーンヒル女史と結婚し、それからは夫人とアニメやゲームを楽しみながら、年金暮らしを堪能しているということだ。そういえば、彼らとラブラ〇ブ談義に花を咲かせたこともあったな。

 

 ローエングラム公は、休戦が成ったのを機に、正式に銀河帝国皇帝となった。それまでは、エルウィン・ヨーゼフ皇帝陛下に代わって政務をとるという宰相の地位にいたのが、今回、名実ともに帝国の支配者となった形だ。そのエルウィン前皇帝は、オーディン郊外の荘園で一貴族として遇されるそうだ。彼の教育を任されたモルトが胃痛を訴えながらも苦闘しているとのうわさがわしの耳にも聞こえている。

 

 フェザーンは結局、恩赦によって解放されたルビンスキー氏が再び自治領主として返り咲くことになった。帝国と同盟との間で争いが起こることがなくなり、勢力バランスの変化が起こらなくなったということで、謀略などを行うことはやめるという話だ。まぁ、フェザーンには、外務諜報局長のオーベルシュタインが目を光らせているともいう。彼がにらみを利かせている限り、黒狐も下手なことはできないだろう。

 

 そしてその2年後、ついに帝国と同盟との間に終戦協定が結ばれ、本当の意味で両国の戦争は終わった。

 

 その後は、帝国も同盟もフェザーンも大きな事件が起きることがなく、穏やかに時が過ぎて行った。

 

 ……いや、10年前、一つの大きな出来事が起こった。

 

 なんと銀河帝国が、今までの専制君主制から、立憲君主制に移行したのだ! わしは政治の話には疎いからよくわからぬが、ヤン氏から聞くところによると、皇帝を抱きつつも、議会が民主主義にのっとり政治を行う仕組みということだ。

 

 その政治体制の移行については、ヤン氏の養子であるユリアン・ミンツ氏と、軍を退役して政治家に転身したアッテンボロー氏の活動があったという。あのヤン氏とともにあった二人のことだ。きっと情熱的かつ精力的に活動したことだろう。

 

 移行にともない、ラインハルト皇帝陛下は、嫡子のアレクサンデル・ジークフリード皇太子に皇帝位を譲られ、上皇へとなられた。今は、ヤン提督から教わった戦略シミュレーションゲームを楽しんでいるという。けっこうなことだ。戦争を起こすよりはよっぽどいい。

 

 それに伴い、当時の同盟首脳は、同盟の解体と、帝国への編入についての打診を検討したが、それは同盟市民の感情の問題と、編入による色々な影響を懸念して見送られたという。

 

 わしはといえば、あの戦いから10年、元帥として現場に立ち続けた。確かに同盟との戦争は終わったが、宇宙海賊への対処や、そのほかの治安の問題もある。まだまだ頑張っていかねばならないのだ。

 そして10年前、軍を退役し、シュザンナと結婚した。もちろん、その後は幸せな時間を過ごしたことは言うまでもない。

 

 だが2年前、シュザンナは病に斃れてなくなり、それからはわしは一人で余生を過ごしている。かつての部下たちや、時にはヤン氏やラインハルト上皇様が様子を見に来るので寂しくはないがな。

 

* * * * *

 

 その日もわしは、書斎でギャ〇ゲー雑誌を読みふけっていた。穏やかな日差しの中で読むラブラ〇ブ・サ〇シャイン特集は最高じゃわい。

 

 と、そこに、執事が来客を告げた。それはなんと、ジークフリード・キルヒアイス軍務大臣というではないか!

 

「お久しぶりです、フォーゲル元元帥。ご健勝なようで何よりです」

 

 そう言葉をかけてくるキルヒアイス軍務大臣。中年の域に入りはしたが、それでも闊達さは変わらないようだ。わしの目には20年前と大した変わらないように見える。

 

「キルヒアイス軍務大臣も元気なようで何よりです。それで、今回は何の御用でしょうか?」

 

 わしがそう聞くと、キルヒアイス軍務大臣は、真剣な顔になった。顔に「銀河の平和に関する重要な問題がある」と書いてあるかのようだ。

 

「はい。フォーゲル元元帥に大きな仕事を引き受けていただきたいのです。この銀河の安定にかかわることです」

「そ、それは一体……!?」

 

 わしが身を乗り出してそう聞くと、彼はうなずいて話し出した。

 

「この20年、我が帝国と自由惑星同盟は、共に手を取りあい、発展を続け、人類の生存域を広げてきました。ですが、思ったより人類の居住に適した惑星は多くはないようで、銀河の一部では開発をめぐって両国の小競り合いのようが起こりかけています。幸いにも両政府の話し合いにより、軍事衝突には発展していませんが……」

「……」

 

 そのことはわしもニュースで聞いて知っている。でもその裏で両政府がそんな苦労をしていたとは。本当に大変なことだ。

 

「このままでは、近かれ遠かれ、新しい可住惑星はなくなってしまうと、私たち帝国首脳部は見ています。そうなれば生存域をめぐって、また大戦が起こるかもしれません。そこで……」

「そこで?」

「今度、帝国と同盟とフェザーンが共同して、銀河の深宙域に可住惑星の探査を行うというプロジェクトが立ち上がったのです。既に細かい計画と、必要な船舶などの準備はできています。フォーゲル元元帥には、その探査団の団長となり、指揮をお願いしたい」

「えぇ、わしが探査団の団長ですと!?」

 

 これにはびっくりだ。まさかこの老骨が、そんな大役を担うことになろうとは!

 

「わ、わしでよろしいのですか? そのような大任?」

「はい。むしろあなたではなくてはならないと思っています。あなたの柔軟な思考、和をもってよしとする姿勢。それがなくては、このプロジェクトは立ちいかないでしょう。強制ではありませんが、ぜひともあなたにこの大役を引き受けていただきたいのです」

 

 そう言って、キルヒアイス軍務大臣は、真摯な目でわしを見つめてきた。その瞳には嘘の一分子も混じっていないように思える。

 それを感じて、66になるこの老体に力がみなぎってくるのを感じた。銀河と人類のために、この枯れ果てた老骨にまだできることがあるとは!

 シュザンナを失って一人になったことだし、引き受けようではないか! 人々の幸せな未来のために生きることが、わしの生きる道なのだ!

 

「わかりました。そこまで言っていただいて断ったのでは礼を欠くというもの。この老骨でよければ喜んで引き受けましょう」

 

 わしがそういうと、キルヒアイス軍務大臣は目を潤ませて、わしの手を握ってきた。

 

「ありがとうございます! フォーゲル元元帥ならそう言うと思っていました! 深宇宙の探査、よろしくお願いします!」

 

* * * * *

 

 そして一カ月後、わしは首都星オーディンのあるヴァルハラ星域の外縁にある探査船団の停泊ステーションにやってきた。

 そこでわしはびっくりした! かつてのわしの旗艦、シェルフスタットⅡが当時のままそこにあるではないか! そしてイゼルローン要塞も!

 

「キルヒアイス軍務大臣、これは……?」

 

 わしがそう聞くと、キルヒアイス軍務大臣はいたずらっぽい笑顔を浮かべて答えた。

 

「再びフォーゲル元元帥の力を必要するときがあるだろうと思って、閣下が退役されてからも、ずっと整備をしていたのです。閣下もこの艦があれば百人力でしょう? あぁ、もちろん今の時代の技術を使って近代化改装を施してあるので安心してください」

「な、なるほど……。それで、イゼルローンは?」

「はい。探査団の移動居住コロニーとして復元、改造を施したのです。団員たちの住む場所も必要でしょう? 居住性能に特化させるために、トゥールハンマーなどの兵装は排除しましたが」

「な、なるほど……」

 

 そう答えて、わしは再び、シェルフスタットⅡとイゼルローン要塞に目を向けた。ここに来る前は不安しかなかったが、かつて死線をともにした艦と要塞を見ているうちに、その不安は霧散していった。キルヒアイス軍務大臣の言ったことではないが、彼らとともにあればどんなことでも乗り越えられる。そう思った。

 

 そして、懐かしい顔はそれだけではなかった!

 

「おぉ、ファーレンハイト提督!」

 

 わしの艦隊群に所属していた司令官の一人、ファーレンハイト提督、そしてかつての副官だったナギ大尉が、艦の艦橋で待っていたのだ!

 

「お久しぶりです、フォーゲル閣下。閣下がこの探査計画に参加されると聞き、急いで軍を退役して、この計画に参加させていただきました。この探査団の護衛艦隊司令を務めさせていただきます」

「閣下には、お世話する人が必要みたいですからね。私も軍を退役して、閣下の補佐役に着任させていただきました」

「ははは……」

「はせ参じたのは私だけではありませんぞ。ミュラー提督とアイゼナッハ提督も護衛艦隊の分艦隊司令として参加しております」

「そうか。まるで、フォーゲル機動艦隊群の同窓会みたいだな。だが、卿らと一緒なら、この探査計画、必ず成功しそうな気がするぞ」

 

 そう言って彼らと握手を交わす。その暖かさは20年前と何ら変わらなかった。

 

 そして。

 

 探査団出発のセレモニーが開かれた。ラインハルト上皇陛下が祝辞を述べ、宇宙に鮮やかな映像が映し出される。

 それが終わり……。

 

「それでは閣下、号令をお願いします」

「うむ……。全艦、発進!」

 

 そのわしの号令とともに。

 わしの旗艦、シェルフスタットⅡのエンジン、そしてイゼルローンのエンジンに火が入れられ、探査艦隊とイゼルローン要塞はゆっくりと、しかし確実にそこへ向かっていった。

 

 宇宙の深宙域、そして、人類のさらなる未来へと……。

 

 

 

FIN

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
前にも書きましたが、今までは泣かず飛ばずだったひいちゃの作品ですが、そんな拙作に感想やUVをくださり、本当に感謝です!
無事に最終話まで書き上げることができたのは、皆さんのおかげです!!

次の新作は、異能バトルか、それとも戦国戦記ものになるか、まだわかりませんが、そちらのほうも応援していただけると幸いです。

あとそれと、同じくひいちゃが書いている「ラブライブAnotherx2」と「ラブライブアフター」のほうもご愛顧してもらえると嬉しいです。

それでは改めて……

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!!


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