専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記 (すごいぞ!すえはら)
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第1話 専業主婦と大宮の守護神

 8月。

 連日猛暑日を記録するなか、園城寺怜はクーラーの効いたマンションのリビングで、ソファーと一体化することに専念していた。

 

「ひまひまやわぁ……」

 

 寝返りを一回。

 もう一回。

 寝返りを打つたびにソファーとの一体化率が高まるのである。

 

「なんか今週外に出てへん気がしてきた、竜華と先週末に出かけたような気もするけど……」

 

「とりあえず喉渇いたし起きるか」

 

 そうぶつぶつ独り言を言いながら、怜はソファーから体を起こした。

 まだ眠たいのでしばらくソファーの上で体育座りをしてから、リモコンを手に取り、75インチテレビの電源をつける。

 

 液晶画面に卓を囲んだ4人の雀士と満員の観客が映し出される。

 

 プロ公式戦 激闘! 恵比寿vs大宮横浜神戸戦

 首位恵比寿とめられるか!!! 

 

「プロ麻雀でもみるかなあ……竜華でるかもしれへんし」

 

 そう言いながらもバラエティも見たいなと思い、番組表を確認した怜だったが、平日の日中に他にめぼしい番組はなかったのでこのまま見ることにした。

 

 平日の昼間からプロ麻雀中継を見られるのは専業主婦の特権だ。

 

 怜は重い腰をあげて、ローテーブルの上にポテトチップスコンソメ味を準備し、タブレットを片手に観戦態勢を整える。

 

 大宮  140200

 恵比寿 110800

 神戸  97000

 横浜  52000

 

 試合は中堅戦が終わり、副将戦に入ったところのようだ。

 テレビには、月光蝶ポーズをとる大星淡プロが大きく映っている。

 怜はタブレットを起動し、手慣れた手つきでネット掲示板の専用ブラウザを起動するとプロ麻雀実況スレッドに書き込み情報収集をすることにした。

 

221 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

今北産業

 

225 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:healiw112

>>221

点差みろ

 

228 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:yk3491gh

>>221

淡ちゃんがんばる恵比寿直撃和了

迫りくるセーブ機会

横浜最下位

 

245 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:eb487dgm

>>228

三行目いらない定期

 

 寝転んでポテチを食べていると、さらに喉が渇いたので竜華が作ってくれた麦茶を冷蔵庫から出してきてコップに注ぐ。

 

「大星さん高校一年の頃から強かったわあ……高火力でそこそこ手が早いとか、オフェンスのポイントゲッターとしては最高やなあ」

 

 ロン! 8000!!!

 

 怜がそう言って大星さんを褒めた瞬間、実況が盛り上がり観客の歓声が大きくなる。

 どうやら大星さんが、エミネンシア神戸の野依さんに振り込んでしまったようだ。やっちゃったって顔を露骨に見せてしまうのが、大星さんらしいなと怜は思った。

 

515 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:heam184u

普通それ振り込むか? 

 

525 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi394lm

【朗報】野依おばさん、ガキには負けない

 

528 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea4i1yz

調子乗ってたからしょうがない

でも、まだかなりプラスだし

 

「やっぱ守備はプロレベルないわ」

 

 インターハイレベルだと守備に不安がないと思われていた選手でも、プロに入ると適応できないケースは多い。

 高校時代ずっと抑えだった大星さんも、プロ入団後はずっとポイントゲッターをやっている。

 

「そもそもなんで白糸台は彼女を大将で使ってたんやろ……普通先鋒やろ」

 

 振り込み後、ベンチから瑞原はやり監督(33)がゴスロリ姿で登場して大星さんとなにか話している。

 

「ん……調子良さそうなのに変えるんやな」

 

 選手交代のお知らせ

 大星淡→ 福路美穂子

 

 福路美穂子

 ドラフト4位  個人戦順位 NEW

 風越女子→明明大学→ハートビーツ大宮

 0勝1敗2H

 6月に初登板を果たした期待の大卒ルーキー

 

 大星さんは露骨に不満そうな顔をしているが、どうやら福路プロという守備型の選手と交代するらしい。

 プロ麻雀は分業制で、点数状況に応じてすぐに交代がかかるのが高校麻雀と異なる点である。能力の相性の優位不利で決着することの多い高校麻雀に比べて、ハイレベルだがそれゆえにファンからは地味と言われてしまうことも多い。

 

105 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

福路ってはじめて聞く名前やけど、ええんか? 

 

120 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea3nt8q

>>105

ふつう

見た目は◎

 

135 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea4m6dc

>>105

このまえ派手に燃えた

 

180 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea4m6dc

>>105

六大学で大して活躍してたわけでもないのに指名された謎の人

しかし何故かプロで通用してる謎

 

300 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hebi8e6d

>>180

明明のエースやぞ

大宮がとらんでもどっかとるわ

 

 怜は明明大学の大エース、福路プロの顔をじっくりと見つめる。

 

「んー」

 

 手牌に画面が切り替わったりとなかなか福路プロの容姿を観察するのが難しかったが、ひと通り眺め終わると、怜はリビングの隅の全身鏡に最高の笑顔を向ける。

 そして真剣な表情で麻雀をしている福路プロの顔を見つめてから、怜は顔をしかめる。

 

「こいつウチより可愛いからあかんわ、オッドアイとか反則やん」

 

 怜はぐひっぐびっと大きな音をたてて、麦茶を飲んでから、ソファー寝転ぶことにした。

 

 怜のひがみを受けて、奮起したのかはわからないが、神戸の野依さんの猛追を受けて得点差こそ縮まったものの、福路プロは無難な内容でまとめた。

 

 大将戦開始前に1位の大宮と2位神戸との差は約2万点差。

 

「これはあいつでてくるやろなあ……」

 

 歓声が大きくなり、ハートビーツ大宮の守護神を乗せたリリーフカーが雀卓の近くにつけられる。

 

450 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea4m6dc

守護神きた! 

 

483 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi69gp36

絶対的守護神wwww

 

501 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:heamgwj4

クwwwロwwwンwwwボwwwwwwww

 

583名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

今回は頼むで

 

620 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi69gp36

最優秀防御率()

 

 栗色の髪を靡かせ紺のパンツスーツに身を包んだ美女が、リリーフカーを降りてゆっくりと雀卓へと向かう。

 

 

 そして

 

 

 大宮の守護神が降臨する。

 

 

 

 松実 玄

 ドラフト1位  個人戦順位 3位

 阿知賀→ハートビーツ大宮

 4勝5敗11S 最優秀防御率(1回)

 常に冷静なプレイングでチームに勝利をもたらす絶対的守護神

 



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第2話 大宮の守護神は試合を破壊する

 玄ちゃんの登板とともに、かなり掲示板が騒がしくなる。

 

「玄ちゃん、人気ありすぎるやろ」

 

 松実玄はドラフト1位でハートビーツ大宮に入団した。

 高校時代に2度ほど公式戦で対戦した怜としては、1位指名されたこと自体かなり意外に感じた。しかし、その後彼女が大宮の主力選手として活躍していることを考えると、プロのスカウトの目はたしかだったと言える。

 1年目は中盤の高火力のポイントゲッターとして起用され活躍を期待されたが結果は残せず、2年目中盤以降にディフェンスに配置換えされると、いきなり最優秀防御率のタイトルを獲得した。その後現在まで大宮の守護神をつとめている。

 

「ポイントゲッターじゃなくてディフェンスの選手になるとか、誰も予想してなかったやろ」

 

「高校時代にかかわりあるし、活躍してほしいわあ」

 

 そんなことを言いながら、怜は出前で何を食べるかに頭を悩ませていた。

 

 今日は自宅で1人ご飯の日なので、出前をとるのだ、決して家事をサボっているわけではない。

 

「お蕎麦は昨日とったし……お寿司もなあ夏やし……一周回ってピザにしよか」

 

 手慣れた手つきで、ピザのチラシを見ながら電話をかける怜。

 

 今日の夕食は

 明太マヨピザ

 シーザーサラダ

 ポップコーンシュリンプ

 

 に決定された! 

 

「はやくこないかなー」

 

 ソファの上で海老反りになって到着までの飢えを凌ぐ体勢を整える。

 そういえば竜華は試合にでていたのか気になり、タブレットで検索してみると今日は登板していないようだった。

 

 大宮  135800

 神戸  114700

 恵比寿 100500

 横浜  49000

 

「大将戦まできてこれだけ接戦やと今日は竜華でてくることないやろ、エミネンシアは副将戦に続いて、大将戦も好調の野依さんでいくみたいやし」

 

400 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

エミネンシア神戸、ブラック、ごくあく

酷使無双

 

405 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6h3es

>> 400

ふつう、大将は1番いい選手使うよね

 

420 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:heamid3n

>>405

ふつう、副将も1番いい選手使うよね(^◇^;)

 

427 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebimgwj3

>>420

さすがに草

 

430 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emimw4td

>>400

すまんな、ホームでは勝ちたいんや

 

473 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emiwp3mg

将またぎ良くないとか言うけど、今のよりん下げてまで出したい選手神戸にいる? 

 

485 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6h3es

>>473

片岡、清水谷

 

501名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi3mwgw

>>480

片岡はもう使っただろ

ルール知らんのか? 

 

「あ、竜華の名前でとるわ、ファンから結構期待されとるんやなあ」

 

 怜は結構たくさんレスがついたことに、満足してタブレットをローテーブルの上に一旦置いた。それからテレビに目を向けると、各チームの得点が大きく表示されている。

 

 神戸  126700

 大宮  123800

 恵比寿 100500

 横浜  49000

 

「ん?」

 

 もう一度確認してみる。

 

 神戸  126700

 大宮  123800

 恵比寿 100500

 横浜  49000

 

 テレビ画面のなかで逆転を喜ぶ神戸サポーターの姿と、余裕の笑顔を張り付かせた玄ちゃんの華麗な小手返しが披露される。

 

810名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:heamid3n

ほげええええええてええええええええあえええええええええええええええええええええてええええええええええ

 

823名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emij3mwd

のよりん、神になる

 

890名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emiw1d14

息をするように跳直されるスタイル

 

896名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi8gvp

逆転きたあああああああああああああああああああああああああ

 

902名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebiagt2m

クロチャー手元めちゃくちゃガチャガチャしてるwwwww

 

952名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6dg6e

Youはなにしに守護神へ? 

 

1000 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea5dj5m

しね

 

「しねはあかんやろ……」

 

 そう一人ツッコミをいれてから、身長も伸びて完璧美人に成長した、玄ちゃんのワールドクラスのおもちを観察する。

 

「玄ちゃん、顔にこそ出ないようにしてるけど、めちゃめちゃ動揺しとるやん」

 

 野依さんに跳満直撃をくらって、逆転されてしまったので、これで玄ちゃん自身にセーブがつかなくなったばかりか、大星さんの勝ち星まで消えてしまった。

 勝ちが消えてベンチで不貞腐れる大星さんの姿を、怜は容易に想像することができた。

 

「玄ちゃんのメンタルそろそろ壊れるやろこれ」

 

 守護神はリード時の大将を務めることの多いポジションでチームの花形だが、精神的負担が大きく、高い守備力とメンタルが求められるポジションでもある。

 

 局の途中でタイムアウトが出され、ベンチから瑞原はやり監督(33)がでてきた。

 

「あーこれは交代やろなあ」

 

 他のチームの選手もベンチからの指示を確認したり、栄養補給を始める。

 選手交代の多いプロ麻雀では、こうした待ち時間が多いことが、たびたび問題視されている。

 こうした時間に選手は吸収のはやい糖分を多く含んだエネルギーバーをかじったり、水分補給をするため、視聴者もつられてこの時間にご飯を食べることが多い。

 

 なので、通称もぐもぐタイムと呼ばれている。

 

「ピザ来いへんわ」

 

 そんななか、園城寺怜はピザが来ないことに絶望していた。

 人が食べていると、食べたくなるものである。

 仕方がないので、ピザ到着までソファーの上で飢えを凌ぐ体勢をとりながら、タブレットをいじって誤魔化す方策をとることにした。

 

403 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

玄ちゃんなんで成績ええのになんでいつもこんなに試合内容悪いの? 

 

501名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:emim3ng3

>>403

プロ麻雀七不思議のうちのひとつ

オフェンスの選手なのに、最優秀防御率とかいう珍記録とってしまって起用法おかしくなった。

 

524名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:yk64mgj4

>>403

松実黒星、ドラくる

他の選手、ドラこない

 

528名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:heam387k

>>403

逆になんで成績良いの? 

なんで個人戦三位なの? 

 

540名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea0mg0l

ポイントゲッターなら通用するという風潮

 

 チームメイトや瑞原はやり監督からのアドバイスを受けて、もともと白い顔がさらに青白くなる玄ちゃん。

 若干カクついた動きで雀卓へと戻る。

 

「この状態の選手そのまま使ったら、あかんやろ」

 

 そう呟くと部屋にインターホンの音が鳴ったので、オートロックを解除し持ってきてもらったピザを受け取る。

 最近のピザ屋さんは電子決済にも対応しているから支払いもラクラクだ。

 

 明太マヨピザをダイニングテーブルの上に運び、サイドメニューも全部机の上にあけて食べ始めることにした。

 

「マヨネーズおいしいわあ、シュリンプのタルタルソースもおいしいし、ピザにしてよかったなー」

 

 マヨネーズ系とマヨネーズ系で攻めていくスタイル、これが園城寺怜の持ち味である。

 

 ピザ→シュリンプ→サラダ→ピザ→シュリンプ…………

 

 このローテーションで快調に食べ進めていくと、急にテレビから大きな声が聞こえた。

 

 

 ツモ! 8000オールです!!! 

 

 タンヤオとドラのみで親倍をあがった玄ちゃんに解説が苦笑いしているが、観客も掲示板も盛り上がっているので問題なしである。

 出来るだけ表情に出さないようにドヤ顔を決める玄ちゃんは、次局の配牌も良いようで勢いは止まらなそうだ。

 メンタルが弱そうに見えて強いのは、彼女の良いところでもある。

 

 ピザとシュリンプで手がベタベタになったので、洗面所で手を洗ってからタブレットを操作することにした。

 

17 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

結果的に玄ちゃんプラスで終われそうやん

 

45 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebimgwj3

>>17

大星淡「せやな」

 

45 名前:名無し:20XX/08/12(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea6jgd5

>>17

やっぱクロチャーって神だわ

 

 その後、玄ちゃんは無事後続を完璧に抑え切って今季5勝目を挙げた。

 

 

 そして、園城寺怜はピザでお腹がいっぱいになったので、そのままソファーの上で爆睡する運びとなった。

 



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第3話 プロ麻雀選手は高級外車がお好き?

「おはよー」

 

 朝9時、自室からリビングに起き出してきた怜は竜華に声をかける。

 昨日は、プロ麻雀の試合を観戦したままソファーで寝てしまったと思っていたが、最終的には寝室で寝ていたようだ。

 

「ときーおはよう」

 

 ダイニングテーブルの上に置いてあった明太ピザの残りを頬張りながら、竜華が返事をしてくれた。

 とりあえず眠いのでソファーに移動して体育座りをしていると、竜華はエスプレッソメーカーでいれたカフェラテをふたつ持ってきてソファー前のローテーブルに置いてから、隣に座った。

 

「サンキューや」

 

 コーヒーをひとくち。

 

 ふたくち。

 

 やっぱ寝起きはコーヒーに限るわあと思いながら怜は口を開いた。

 

「そういえば昨日帰ってきてたんやな?」

 

「んーまあ夜の1時くらいやけど、試合後外で食べてきたから……ピザまだ食べるな?」

 

「うん」

 

 竜華はレンジにピザを放り込んでから、カット野菜を木製の丸皿に盛り付けてローテーブルの上に置いた。

 カット野菜あんまり好きやないんやけどな……

 ドレッシングを塗りつけた紙みたいな味するし…………いや、ドレッシングかけて紙食べたことないけど。

 

「野菜はいらんで」

 

 怜はそう言ってせめてもの抵抗を示すが、竜華は聞こえないフリをして、サラダにフレンチドレッシングをあえてから怜の目の前にスプーンを持っていく。

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

 諦めて食べることにした。

 あーん拒否すると竜華がこわいから、仕方がない。竜華からスプーンを受け取り怜は自分でサラダを食べ始める。

 

「そういえば、昨日の試合観てたで〜おしかったわあ」

 

「あーあれなー、でもうちでてへんからなあ」

 

 そう言いながら、竜華は明太ピザをローテーブルの上に持ってくる。

 

「ネガるのやめてーや、野依さん凄かったししゃーないやろ」

 

「野依さんのとこより、次鋒うちやと思ってたんやけど、片岡使われたのがなあ」

 

「ビハインドやったからやと思うんやけど、次鋒戦結局失敗やったしそれならなあ……」

 

 あかんやんけ……

 怜は食事を終えると、完全にネガティブモードに入った竜華から話題を逸らすために、今日の予定を振ることにした。

 

「今日は仕事はあるんか?」

 

「いや、完全オフやからないでー、明日は午後から練習いくけどなー」

 

 竜華はダイニングテーブルに牌譜を広げ、二杯目のコーヒーを飲んで、くつろぎモードに入っている。

 

「たまにはドライブでもいく?」

 

 竜華が牌譜から目を離さず、そう尋ねてきたので了解することにする。

 

「ええでー」

 

「どこ行きたい?」

 

 ほとんど家の中に引きこもってるいるため、どこに行きたいのか聞かれて怜は考え込んでしまった。

 

「ドライブできればどこでもええで」

 

「じゃあ海沿いかな」

 

「あと、アオンモールも行きたいわ」

 

「それ買い物でドライブちゃうやんけ!!!」

 

 そう言いながらも竜華は嬉しそうに、服を選び始めた。

 昨日お風呂に入りそびれたので、怜が軽くシャワーを浴びてから出発する流れとなった。

 

 マンションの地下駐車場に行くと、自分の家の車がトヨダの白い車から銀色の車に変わっていた。

 

「なあ、竜華」

 

「んーどうしたん?」

 

「車、色変わってへん?」

 

「あれ? 話してなかったっけ?」

 

 竜華は不思議そうな顔をしていたが、聞いていない。どうやらプロ麻雀選手は妻に内緒で車を買うものらしい。

 もしかしたら、怜がウトウトしていたときに車の話していてスルーした可能性もあるが、そのことに怜が思い到ることはなかった。

 怜は少しばかり腹がたったが、車にあまり興味がなかったので、そのまま助手席の方に向かうと竜華から声をかけられる。

 

「左ハンドルやから、そっち運転席やで」

 

 怜は恥ずかしかったので、いつも見せないような俊敏な動きで反対側に回り座ることにした。

 

「シートベルトしてなー、それじゃあ出発や」

 

 休日にもかかわらず、海沿いの道も大きな混雑はなく快適にドライブを進めることができた。

 

「シートが結構ええ感じやけど、これどこの車なん?」

 

「ベソツやな」

 

「これが、有名なベソツかー」

 

 そう言って、怜が意味もなくシートのボタンをガチャガチャしていると、勝手に助手席のシートが倒れてかなり焦った。

 高級車怖いわあなんてことを思っていると、この車の価格が気になりはじめた。ドイツの外車ということは、高いだろうから、竜華の稼ぎで買って大丈夫なのか不安になる。

 

「どうして、急に車なんで買ったん? これ絶対高いやろ?」

 

「欲しいなーって思ってたのと、買ったというか、この車野依さんから500万で貰ったんよ」

 

 竜華がチーム内で欲しい車の話していたら、野依さんが使っていない車があるから売るという話になったらしい。

 その割には車内の内装は汚れひとつない。

 

「全然新車みたいに見えるんやけど」

 

「去年のモデルやし野依さん、1000km乗ってへんからな」

 

「えっ……それほんまにもったいないやん」

 

「セダン乗る時間があるなら、スポーツカー乗りたいらしい」

 

 竜華の話によると、野依さんは歳を重ねるにつれてやんちゃなスポーツカーよりも落ち着いたセダンに乗りたくなったらしく、ベソツを購入したが、セダンつまらない!!! と怒って手放すことにしたそうだ。

 

 常に怒っているように見えるから、実はセダンに対しては怒ってないのかもしれない。

 そのあたりは謎のままであった。

 

「竜華も野依さんみたいにスーパーカー乗れるくらい活躍できるとええな」

 

「いや、うちはこのくらいでええわランボなんか乗ってたら、目立ちすぎてアオン行けへん」

 

「たしかにそうやな」

 

 この車も、新車だと1500万を超えるので高級車ではあるが、ベソツはそこそこ街中でも走っているので目立たないらしい。

 夏の日差しが強いので、スポーツドリンクで喉を潤してから竜華に問いかける。

 

「そういえば前のトヨダの白い車はどうしたん?」

 

「あれはもう売ったでー、プロ入ったばっかりの時から乗ってるからもう車検やったしな」

 

 昔の白い車にはもう乗れないんだなと怜は思い少し残念に思ったが、こちらの方が乗り心地がだいぶ良いので気持ちを切り替えることにした。

 外行き用の私服と運転用サングラスをしているのもあって、いつもよりだいぶ竜華が大人びて見えた。

 

「プロ麻雀選手ってこんな高い車みんな乗ってるんか?」

 

 そう尋ねると、竜華はハンドルを両手で握りなおして少し考えてから答えた。

 

「人によるけど、好きな人は多いんかな? 最近玄ちゃんもマルティンのヴァンキッシュラン買っとったで」

 

「聞いたことないけど高いんか? それ?」

 

「たぶん4000万くらいやない、イギリスの車やな」

 

 玄ちゃんそんな高い車乗ってるんか!? 

 

 怜はあまりの値段に飲んでいた、スポーツドリンクを吹き出しそうになった。

 玄ちゃんごときで4000万なら宮永咲あたりは、もっと高い車に乗っているに違いないと怜は当たりをつけた。

 

「宮永さんはすごいの乗ってるんか?」

 

「宮永さん? 妹のほう?」

 

「せやせや」

 

「咲ちゃんは他のチームやから、今違うかもしれないけど……たしかトヨダのセンチュリアやな」

 

「宮永さんでも国産車なのに、高級車外車乗りまわす玄ちゃん生意気やな」

 

 そういうと竜華は笑って、たしかにそういう考えもあるなとうなずいていた。

 

「咲ちゃんは方向音痴すぎて運転免許とれへんから、車にほんま興味ないだけやと思うで」

 

 そんなこんなでプロ選手の車談議を竜華としていると、いつのまにかアオンモールに到着していた。

 

「とりあえず車乗ったら疲れたから、モールの喫茶店行きたいで」

 

 怜がそう提案すると、車でなにもしてへんやんけ! という鋭いツッコミを竜華から受けることになった。



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第4話 専業主婦と高校インターハイの頂点

 多くの子どもたちの夢、プロ麻雀選手。

 でも、その夢を追って走るなかで子供たちはいつか気づく。

 

 

 自分はプロ麻雀選手にはなれないこと。

 

 クラスで1番麻雀が上手い友達も、プロ麻雀選手になれないことに。

 

 

 だから、プロ麻雀選手はそのことに気づかなかった人たちだけがなれる、特別な職業なのかもしれない。

 

 ツモ!!! 4000オール!!!! 

 

「六連続!!!! 宮永照が止まらない!!! 復活の宮永!!!!!」

 

 宮永照は5雀団競合のドラフト1位として、恵比寿ウイニングラビッツに入団。しかしそのキャリアは順風満帆とはいかなかった。

 先鋒としてローテーション入りを期待されたが、結果を残すことは出来ず中継ぎ、ポイントゲッターと次々と配置転換が行われた。

 慣れないポジションと高校での過登板がたたったのか、プロ3年目は怪我でシーズンを棒にふった。

 妹の宮永咲がプロ初年度からセーブ王に輝き新人王を獲得したこともあり、いつのまにかファンからは宮永の姉の方と呼ばれるようになっていった。

 それでも彼女は、地道に次鋒や中堅で結果を残し、プロ5年目シーズン終盤についに先鋒での登板機会を手にするに至った。

 

 宮永 照

 ドラフト1位  個人戦順位 46位

 白糸台→恵比寿ウイニングラビッツ

 0勝3敗8H

 高校インターハイを席巻したスター、今季の巻き返しを狙う

 

「なー竜華、これチャンピオン戻ってへん?」

 

 怜はソファーでテレビでプロ麻雀中継を見ながら料理中の竜華に声をかける。

 

「まだわからへんなあ……年に一回くらいなら、とんでもなく調子のええ日とかあるから」

 

 竜華は中華鍋でチンジャオロースを炒めながら、キッチンのカウンター越しにリビングのテレビをじっと見ていた。

 怜はあんまり興味ないふうに言いながらも興味あるんだなあと思い、遠目から竜華よく見てみると目が全く笑っていないことに気がついた。

 

 ——あかん、人殺しそうな目しとるわ

 

 麻雀モードになっているときの竜華は最近怖くて話しかけたくないので、怜はタブレットを開いて掲示板でだべることにした。

 

 →宮永照さんの完封試合を見守るスレ

 ななし雀民は宮永(姉)にごめんなさいしろよ

 恵比寿三尋木、香港で学生団体を銃撃し死亡

 宮永が宮永(姉)にかけそうな言葉

 てるてる、思い出す

 佐久実況 Part.21

 

「宮永照ばっかりやんけ」

 

 怜は小さくそう呟くと1番平和そうな、完封試合を見守るスレを開く。

 

503 名前:名無し:20XX/09/15(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebimgopw

7連続きたああああああああああああああああああああああ

 

520 名前:名無し:20XX/09/15(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3mg5d

ただの確変、秋の珍事

 

 宮永照が7連続和了を決めたところで、松山フロティーラがタイムアウトをとり、今季11勝を挙げている戒能プロを降ろして臼沢プロにバトンタッチした。

 

 臼沢 塞

 ドラフト2位  個人戦順位 81位

 宮守 → 松山フロティーラ

 1勝5敗11H

 松山フロティーラの頼れるワンポイント、能力者対策の秘密兵器

 

 佐久と大宮はすでに先発を守備型の選手に変えているので、この交代で恵比寿以外の全チームが先発を降したことになる。

 

 竜華はいつのまにか料理は切り上げて、右足を左足の上に組んで、ソファーでじっとテレビを見ていた。怜もタブレットを閉じ竜華と少し距離をとって、テレビを見つめる。

 臼沢プロは妨害型の登板機会の多いプロで、異能力者相手に有利に運べることに定評がある。

 怜はやっぱり麻雀って能力ゲーなんだなあと思いながら、試合を見守る。

 

 

 ツモ!!! 8000オール

 

 

 臼沢プロの妨害など一切気にするようでもなく、八連荘で倍満を和了する宮永照。

 テレビ越しに、インターハイで対決したときのオーラが伝わってくるように怜には感じた。

 

「チャンピオンやばいわあ」

 

「せやなー」

 

 宮永照の八連荘で再度タイムアウトがかかったので、竜華がミルクティーを入れてソファーまで持ってきてくれた。

 口をつけるとかなり熱く火傷しそうだったので、怜は両手でカップをもって息で冷ますことにした。

 

「八連ってプロだと役満にならへんよな?」

 

 そう竜華に問いかけると、竜華は紅茶から口を離した。

 

「ならへんけど、次で役満でるから変わらんで」

 

 さも当然のように、竜華は答えるとカップを置きソファーのクッションに体を預けた。

 

「え? チャンピオン止められる人もおるんちゃうの? タイムアウトとってるし」

 

「これだけ御膳立てされたら、宮永も九蓮宝燈あがるから、タイムアウトは宮永に振り込みに行くかの検討やろ」

 

「本来はこの局面になる前にプロなら防がなきゃ駄目なんよ、先発温存するためにシフト組むのが遅かったからこうなるんや」

 

「結果論やけどなー」

 

 竜華はそう言い終わると、怜の太ももに頭を乗せた。

 

「ちょ、いきなり膝枕要求するのやめーや」

 

「少し麻雀みたら、疲れたわ」

 

「しょうがないなあ」

 

 そう言って怜は竜華の髪を軽く撫でた。

 竜華は麻雀モードからオフモードに切り替わったようで、険のある顔つきが緩み甘えるように怜の太もものうえでゴロゴロし始めた。

 

「これ、全員敵チームの先発下げて照シフトにさせたってだけでも価値があるんちゃうか?」

 

「せやな、宮永は先鋒やりたいと思ってるやろけど、たぶん次鋒や中堅あたりの短い半荘数で登板するのが1番活躍できると思うで」

 

 試合が再開され、配牌が行われると宮永さんの配牌は萬子ばかりで九蓮宝燈一直線。

 

 他家からの差し込みを拒否し、ツモあがりを選択する王者の麻雀で対戦相手を捻り潰した。

 

 ツモ!!! 16700オール!!!! 

 

 九蓮宝燈 成る!!!!!! 

 

 

「竜華の言った通りになったなー」

 

「せやろーさすがやろー」

 

 竜華は口を三角にして似ていない愛宕洋恵のモノマネしてから、もとの表情に戻して言った。

 

「ツモ和了したから、これで終わりやないんやけどな」

 

「そうなん?」

 

「ほら、この局も国士無双になりそうな配牌やろ」

 

 そう言って竜華は怜の膝に頭をのせたまま宮永照の手牌を左手で指し示す。

 ムダヅモなく么九牌が宮永照に集まっていく様子を、怜はドン引きしながら見ていると宮永照が最後の一牌を引き当てる。

 

 ツモ!!! 16700オール!!!! 

 

 連続役満に観客は総立ちになり宮永コールが巻き起こる。

 

「これ、会場どこやっけ?」

 

「松山」

 

「アウェーでこの盛り上がりはやばいわあ」

 

 宮永照は次の大三元の手作りにもたつき、連荘はストップしたものの、観客の興奮さめやらぬ中、雀卓を降りた。

 

 交代した三尋木プロが佐久をハコワレさせ、プロ麻雀では2年ぶりの先鋒戦でのトビ決着となった。

 

「今日のヒロインの宮永照さんです! おめでとうございます!」

 

 テレビの中で、針生アナが宮永照にマイクを向けている。

 

「ありがとうございます」

 

「今日はいけるなという感覚はあったんでしょうか?」

 

「えーそうですね、五連荘したあたりから調子の良さは感じていました」

 

 宮永照は慣れた感じで、針生アナのインタビューに答えていく。

 

 覚醒した宮永照からチームのエース三尋木プロへの完璧なリレーは、インターハイ王者宮永照の復活を象徴する記憶に残る試合になるだろう。そう怜は確信した。

 

 

 なお、宮永照は次の登板、先鋒を任されるも炎上。マイナス40000点をたたき出し見事負け雀士となった。



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第5話 プロ麻雀戦力外通告、クビになった女たち

 シーズンも無事終了し、年末年始のオフシーズン、雀士たちにもつかの間の休息が訪れる。

 そんなプロ麻雀選手の邸宅に、家事をすることもなくテレビを見続ける一人の女がいた。

 

 コタツで磯辺巻きを喰う者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

 キッチンでおせち料理作りに勤しむ竜華が片手間に提供するおもちを、コタツに入って食べる。

 これが園城寺怜の年末のスタイルだ。

 

 

221 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

今年も恵比寿優勝でつまらなかったわ。

 

230 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:emij36ji

>> 221

来年は横浜が優勝するで

 

234 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:emio4dg

>> 230

勝ち点差−72も来年になれば0になるんだ! 

( ・∇・)

 

 

 怜はタブレットを操作し、どうでもいい話を重ねながら掲示板を巡回する。

 そんななか怜は気になる情報を目にした。

 

250 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:safag2m8

そろそろクビになった女たちはじまるで

 

 レスに反応して、怜は慌ててテレビのチャンネルを変える。

 プロ麻雀戦力外通告、クビになった女たちは年一回放送されるドキュメンタリー番組で、テレビ局と麻雀雑誌WEEKLY麻雀TODAYのタイアップで作られ、丁寧な取材に定評のある長寿番組である。

 番組自体かなり面白く、プロ麻雀にあまり興味がない人でも楽しめるつくりに仕上がっている。

 

 怜も毎年とても楽しみにしているが、この番組は年末年始に放送されることが多いため、気を抜くと見逃してしまうことが最大の欠点といえる。

 そのため怜は放送前10分前からからそのチャンネルにスタンバイして、磯辺巻きを食べながらはじまる時を心待ちにしていた。

 竜華がキッチンから出てきて、コタツにきなこもちをサーブし、キッチンに戻って行ったところで番組は始まった。

 

 20XX年 今年もプロ麻雀界を去る

 

 多くの雀士たちがいた。

 

 栄光と挫折。

 

 今年、佐久フェレッターズから戦力外通告を受けた末原恭子、23歳。

 

 名門姫松高校の大将から、ドラフト5位で佐久フェレッターズに入団。2年目にはプロ初ホールド、全てが順調なように見えた。

 

『ああっと末原放銃! 瑞原です! きっちりとあわせました!!!』

 

 敗戦選手。二軍落ち。

 

 プロの一軍選手たちの壁は高い。

 

 

「末原さんやんけ!!!!!!!!!」

 

 あまりの驚きに怜は、すごい速度でソファーから立ち上がった。

 

「ときーどうしたん? なんか言ったー?」

 

 シンクで水を使っていたため、竜華には怜の声はよく聞き取れなかったようだ。

 

 怜は末原さんが出ているので、竜華も呼んで一緒に見ようかとも思った。しかし番組が現役選手にはデリケートな内容であるし、高校時代交流のあった末原さんが、クビになったのを知って竜華が悲しみそうなので、黙っていることにした。

 

「なんでもないでー」

 

 そう大声で返事をすると、テレビをまた見つめる。

 

 ——戦力外通告を受けたときの気持ちは? 

 

『実力の世界なんで……覚悟はしていましたけど…………実際に戦力外になると色々なことがフラッシュバックしますよね、それで終わりの方に色々実感がでてきてクビかあ……みたいな』

 

 ——受け入れられない? 

 

『そういうのとも違くて……シーズンで来年に向けての課題とかチーム事情だったり……練習したほうが良いこととかあるじゃないですか? それが全部役に立つことはないなと冷静に分析する自分もいましたね』

 

 ——努力をできる場が欲しいということでしょうか? 

 

『そうですね、おおむね。トライアウトもあるので、しっかり調整していきたいと思います』

 

 怜は自宅で記者からインタビューを受ける末原さんの声を聞いて、ほんとに本物の末原さんやわあと感心していた。

 

489 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

末原さん、可哀想やわあ

 

491 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak3mgd7

>> 489

さすがにさん付けは草

 

495 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6gjw9

>> 491

プロじゃないからねしょうがないね

 

520 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakmd21n

末原結構期待してたんだけどなあ、プロ入りから一軍早かったし

姫松の大将って考えたらもう1、2年待ったほうがよかったやろ、大将やったことある選手は伸びしろある。

 

539 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi3mgw5

>> 520

そもそもプロ麻雀、ほとんどアマチュアで先鋒か大将してた人しかいない定期

 

610名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakmd21n

>> 539

グッバイ末原、フォーエバー末原

 

 

 末原恭子は、姫松高校の大将として愛宕洋榎(現松山)らと共にインターハイ出場、団体ベストベスト8入りの実績を評価され、ドラフト5位、契約金3000万円でプロ入りを果たした。

 末原さんの高校時代の映像が流され、宮永咲が一瞬映り掲示板が沸く。

 

 ——当時は大学は考えなかった? 

 

『いえ、三年時の成績でプロ指名もあるかなと意識していましたが、それまで大学進学するものだろうと思っていました』

 

 ——チームメイトも同じような認識を? 

 

『えーそうですね……洋榎はまあ本人も周囲もプロ入りするだろうと思っていたので、インターハイで結果を意識した面はあるかと思います。他の選手は推薦で大学を本線に置いていたような気がしますね』

 

 ——高校時代、愛宕洋榎は別格? 

 

『まあ、そうですね。そういうと本人調子乗るんで言えませんけど(笑)』

 

 通算成績

 末原 恭子

 ドラフト5位  個人戦最高順位 73位

 姫松→ 佐久フェレッターズ

 0勝1敗2H

 

 佐久フェレッターズでは、2年目に一軍に昇格、2ホールドをあげたものの、一度の敗戦で二軍降格。その後は一軍出場なしという結果に終わった。

 

「やっぱプロは厳しいわあ」

 

850 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea6mg74

ドラフト5位の無能力者のわりにようやっとる。

 

884名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

一敗しかさせてあげないのに、プロの厳しさを感じる

 

 秋季キャンプで閑散とした佐久フェレッターズの室内練習場。

 そんななかに育成選手たちに混じって、自動卓で黙々と打ち込みを続ける、末原さんの姿があった。

 

 ——普段はここで練習を? 

『そうですね、今年いっぱいは使っていいということを言われているので……感謝ですね』

 

 

「末原さん頑張っているんやなあ……雀団もクビにしても協力してくれとるし」

 

「頑張ってれば周りもついてくるし、いいことがある」

 

「きっとそのはずや!」

 

 磯辺巻きを食べ終わり、竜華の作ってくれたきなこもちに食べるおもちを切り替えていきながら、怜は努力の大切さを語る。

 

 

 ——トライアウトに向けて自信はありますか? 

『自信というかやるしかないなって気持ちです、どこも怪我してませんし……このままでは終われないですよ』

 

 ——どんなところが、強みだと思いますか? 

『火力で勝負する選手ではないので……守備力と速度ですね。一軍で闘牌したのもそこなのでアピールしていきたい』

 

 運命のトライアウトに向け、準備を進める末原さん。

 

 

 後のない戦いがはじまる。

 



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第6話 プロ麻雀戦力外通告、合同トライアウト

 会場にスーツ姿で緊張した面持ちの末原さんが登場する。それに合わせて集まった多く報道陣のフラッシュが降り注ぐ。

 末原さんは、濃いグレーのジャケットの下に淡いラベンダー色のシャツを着ていた。髪の色とシャツをあわせていて、なかなかオシャレだなと怜は思った。

 

204 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakmd21n

ドラフト指名された時とこの瞬間が末原が1番注目されていると思うと泣ける

 

210 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:matbr2sl

>> 204

この番組で取り上げていることを考えたら確実に今でしょ

 

216 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi5smr2

>> 204

悲しいなあ(´・ω・`)

 

「末原さんのインターハイのこととか、結構熱心な高校麻雀ファンしか覚えてなさそうやからなあ」

 

 高校時代の末原さんは、高速和了や選手への研究を生かした対応など、見るべきポイントは怜から見てもいくつかあった。

 下級生のうちから試合に出て、それなりに結果を出しているため、自分にはないものを持っていると怜は羨ましく思うこともあった。

 

「あー怜、また悪趣味な番組みとるなー」

 

 そう言いながら、キッチンから数の子とタコのぶつ切りが乗った皿をもって竜華がやってきた。

 料理中につけていたチェックのエプロンを外しているから料理はひと段落したらしい。

 

「って、末原さんやんけ!!!!!!」

 

 竜華は、ほとんど怜と同じような驚き方をしてテレビを凝視する。

 

「プロでは対戦したことあらへんの?」

 

「あらへんなーほんの少しの間だけ一軍にいたこともあるような気がする。いや、ないかも……」

 

「曖昧すぎるやろ」

 

 そうツッコミをいれると、竜華はごめんごめんと言いながら笑っていた。

 

 テレビの中ではトライアウトの東風戦が始まり、真剣な表情の末原さんが牌に向き合っている。

 

「末原さんもクビかあ……なついわぁ」

 

 そうつぶやくと竜華は、数の子を二つ小皿に取り分け、かつお節とお醤油をかける。

 そして一口食べてから竜華は少し顔をしかめる。

 

「まだ、しょっぱいわあ」

 

 そう言って竜華は皿を片付けようとしたので、怜は箸を取り数の子を食べてみることにした。

 塩抜きが甘くて、若干しょっぱいがこれはこれでおいしいなと怜は思った。

 

「おいしいわ、結構いけるで」

 

「ほんまに? 塩が抜けてなさすぎだと、思うんやけど」

 

「しょっぱさを醤油が中和してくれているんやな」

 

 塩分を塩分で中和する。

 怜は高血圧まっしぐらの発言をして、数の子にさらに醤油をかけようとすると、竜華から止められた。

 

「ちょ、塩分とりすぎやから!!!」

 

 そう言って怜から皿を優しくうばいとり、キッチンへ数の子を片付けた。

 数の子もっと食べたかったわあと思いながら、怜はタコのぶつ切りをパクつく。

 

 末原さんと同卓しているのは、今年戦力外通告を受けた30代のベテランプロと20代と思われる若手のプロ2名だ。

 

 ツモ! 1000・2000

 

 姫松の超特急と言われた速度を十分に生かして、末原は快調に和了を重ねていく。

 

561 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakap3j7

末原、いけるやん! 

 

592 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

末原さんはほんま手作るの早いで

高校時代から末原さん見てたからわかる

 

605 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6g3kd

>> 592

ええな

流れてた末原さんの試合、周りの面子豪華すぎ、普通に見たいわ

 

615 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6g3kd

>> 592

インターハイで同卓してたひとみんなプロになるのに、なんで末原さんはプロになれないんや? 

 

615 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>> 615

クビになったから過去に遡及して、プロになってないことにするのやめーやwwwww

 

「きっちり当たり牌握り潰してオリてるやん、末原さんいけるでー」

 

「んー、そうやなあ」

 

 盛り上がる怜とは対照的に、竜華はテレビを冷ややかな目で見つめていた。

 その反応を見て怜は不安になる。

 

「え? これ末原さんあかんの?」

 

「ん、そんなことないでー」

 

 末原さんはトライアウトで3和了して一位の成績を残し、少し安堵を浮かべた表情で、卓を降りた。

 

「でも、トライアウトって各チーム取る選手はもう決まってて、怪我がないかどうかの最終チェックみたいなもんやから、あんまり成績意味ない」

 

「そうなん!?」

 

「だって、このレベルで活躍できたからって参考にならんやん、トライアウトで活躍出来なくても怪我の状態次第じゃ、取られることもあるし」

 

 怜は、竜華のあまりにも夢も希望もない意見を聞いてビビる。ビビりすぎて、こたつのうえに落としたタコを竜華が素早く回収する。

 

 プロに入ってからの竜華は天真爛漫としたところがなくなり、現実的というか、冷たい印象を受けることが多くなったように怜は感じた。

 

 ——トライアウト素晴らしい活躍でしたね

 

『ありがとうございます、自分のいいところそれがしっかりアピールできたかなと思います』

 

 ——緊張はあった? 

 

『ないといえば嘘になりますけど、平常心で臨めたことが結果につながったのかなと思います』

 

 ——今後の進路は? 

 

『まだ、わからないですね……プロ麻雀チームから話があればすぐにでもと言えるのですが、まだわからないです…………トライアウトも終わったのであとは待つだけですね』

 

 末原はそう言ってトライアウト会場を後にした。

 

「末原さん連絡あるかなあ?」

 

「あるとええなあ」

 

 竜華はそう言いながら、パソコンでプロでの末原さんの牌譜を検索して眺めている。

 若干、竜華の目が怖くなってきたので怜の方から話しかけることにした。

 

「竜華の目から見ると末原さんってどんな選手なんや?」

 

「高校の時は結構意識してたところもあるんやけど、今プロの牌譜とかみると、普通やな…………速度以外はとくに見るところもない、本人も自覚あるだろうけど」

 

「守備はええんちゃうの? 速度あって和了率高いなら中継ぎいけそうやん」

 

「守備は下手やな」

 

 竜華はそうばっさり切って捨てる。

 

「毒舌やなー、いつからそんな嫌な女になってしもうたんや」

 

 怜はそう言って泣いているフリをすると、竜華は少し慌てて言った。

 

「ちょ、嘘泣きでもそんなこと言うのやめてーや! ……末原さん絶対チーム見つかる! いい選手だから!」

 

「どのへんがいい選手なんや?」

 

「えっ? んー……速度とか?」

 

 末原さんに対するなんの根拠もないフォローを続ける竜華が、おかしくて笑ってしまった。

 

 プロ麻雀は高校3年間大将で守護神をつとめた、大星さんの守備でも下手と言われてしまう世界だ。だから、竜華の評価がプロの中では正しい評価なんだろうなと怜はなんとなく思った。

 

 

 トライアウトから5日後、取材スタッフは末原の自宅を訪れる。

 

 末原にプロ麻雀チームからの連絡はまだない。

 

 ——オファーはまだ? 

『……そうですね、社会人チームや独立リーグの話は数件頂いているのですが……』

 

 ——保留中? 

『ええ、まだプロチームから声がかかるのかもしれないので……無理を言って待ってもらってます。先方の理解もあって本当にありがたいです』

 

 ——高校や大学の監督やコーチは考えていない? 

『えーそうですね、まだ23ですし……プレイヤーとして続けていきたいなと。1度クビになって、社会人リーグに行ってから再度プロ契約したケースもあると聞きますし』

 

 prrrrrrrrr……  prrrrrrrrr……

 

 末原さんの携帯が鳴る。

 

『あ、すみません電話とりますね。はい! もしもし、末原です。はい! はい! 本当ですか!? ええ、ありがとうございます! はい、すぐ行きます!』

 

 末原さんが電話を切り、安堵の表情を浮かべる。

 

 ——どこから? 

 

『横浜です、育成で横須賀の2軍の練習に参加できないかということでした、少しでも興味があれば来てもらって話がしたいと、言っていただきました』

 

 ——おめでとうございます

 

 

「末原さん、契約ゲットや!!!」

 

「ときーやったなー!」

 

 2人でテレビの前で末原さんを祝福する。

 

867 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakap3j7

よかおめ

 

868 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

いけるやん! 

 

870 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi8m6up

アマチュアと育成契約してて草

 

875 名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mpd7

アマチュアやんけ! 

 

892名前:名無し:20XX/12/30(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi9dpma

横浜ロードスターズがアマチュアだという風潮

一理ある

 

 その後、末原は横浜ロードスターズの育成選手として正式に契約した。

 年俸約400万、戦力外通告を受けてから収入は3分の1になった。

 

 ——これからの目標は? 

『まずは、二軍で結果残して本契約したいですね、それから一軍のあの雀卓に帰り咲きたいと思います』

 

 ——頑張ってください

『はい、精一杯頑張りますのでこれからも応援のほどよろしくお願いします!』

 

 こうして末原のトライアウトが終わった。

 

 これからの末原が、一軍の雀卓に立つまでの道のりは険しい。

 

 ただ、それでも。

 

 プロ麻雀選手は

 一歩ずつ前に、進む。

 

 〜プロ麻雀戦力外通告、クビになった女たち〜  終

 



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第7話 専業主婦、宮崎に立つ!

 2月。

 園城寺怜は、宮崎の大地に立っていた。

 雀春到来、エミネンシア神戸の春季キャンプを見学するためである。

 

 プロのキャンプは概ね二週間程度行われる。家でずっと待っていようと思っていた怜だったが、ずっと1人で待っているとあまりにも暇だったので、竜華に会いにいくことにした。

 

「なー泉、ここからまだかかるん?」

 

「いえ、そんなにはかからないです」

 

 宮崎空港駅から特急電車に乗り込み、2人は座席に座る。

 今回のキャンプ見学には二条泉が同伴することとなった。怜が1人で飛行機に乗って、キャンプ地まで行くことなど、出来るわけがないので当然の措置といえる。

 

 宮崎は温暖な気候で2月だというのに、日差しが強く感じられたので、怜はサングラスをかけている。あまり外にでないので、紫外線に当たると、すぐ肌が焼けて赤くなってしまうので日焼け止めは必須だ。

 

「あーでも宮崎駅からもバスで少しかかるのか……」

 

 泉がスマートフォンで地図を見ながらそうつぶやいた。

 

「タクシーでええやん」

 

「まあ、たしかにそうですね」

 

 旅行料金は全部怜がだしてくれるので、大学生の泉もなかなか強気だ。当たり前だが旅行料金を稼いでいるのは竜華である。

 

 宮崎駅からタクシーに乗り込み、エミネンシア神戸のキャンプ場に到着すると、多くの人でごった返していた。

 

「めっちゃ、人おるわあ」

 

 練習場になっているスタジアムまでの通りに屋台が立ち並び、多くの神戸ファンがユニフォームや選手のファンTシャツを着て、楽しい時間を過ごしている。横浜の帽子をかぶったファンの姿もちらほら見受けられた。

 

「横浜の人もおるん?」

 

「キャンプ地すごく近いですからね、15分もあれば見にいけますよ」

 

「そうなんか、末原さん頑張ってるかなあ」

 

 プロ麻雀の最近のキャンプ地の主流は、宮崎よりもさらに気温の高い沖縄に移り変わってきている。今年宮崎を利用しているのは、神戸と横浜だけらしい。

 

「というか空、めちゃくちゃ青くて近いやん」

 

「宮崎は晴天率が高いらしいですよ」

 

 宮崎の空に感動する怜に、あまり興味がなさそうに泉が答えた。

 

「練習、見に行きます?」

 

「いや、とりあえず屋台でお好み焼きとリンゴ飴買って食べるで」

 

 怜がフラフラと屋台へ吸い寄せられていくのを見て、泉も諦めたように買い物に付き合うことになった。

 

 怜は無事目的のお好み焼きとリンゴ飴をゲットし、スタジタム横のテーブル付きベンチでお好み焼きを頬張る。ついでにイカ焼きも買った。

 

「長旅やから疲れたわあ」

 

 怜はベンチに座ると、どっと疲れが出てきたなあと思った。サングラスとカバンをテーブルの上に置いて、リラックスモードに入る。

 

「まだ、全く練習とか見てないんですけどね」

 

「まあ、ええやんええやん」

 

 泉はそうボヤきつつも、きっちり自分の分のリンゴ飴とイカ焼きを購入し、頬張っている。

 

「疲れたしもう、宿泊予定のホテル行ってええかな?」

 

「ほんまになにしに来たんですか……」

 

「竜華の練習何時からなん?」

 

「14時からフリー東風とか公開されてるんでもしかしたら、いるかもしれないです」

 

「それもう30分もないやん」

 

「だから、ここで屋台のもの食べてる場合じゃないんですよ」

 

「でも、もう買ってしもたし……」

 

 そんな話をしていると、20代後半とみられる、エミネンシア神戸のTシャツを着た女性に声をかけられた。

 

「あのお……もしかして、園城寺怜さんですか?」

 

 サイン色紙とマジックを持っている。

 周囲を見渡すと20人くらいが、こちらを遠巻きに見ているのがわかった。

 

 あ、これはマズいなと怜は直感的に思った。

 

「え、えーとなにか御用で……」

 

 怜がそこまで言いかけた時、泉が大声で叫んだ。

 

「急いでるんで! すみません! 急いでるんで!!!!」

 

 泉は慌てて自分のイカ焼きと怜のサングラスとカバンを持ち、怜の手を引っ張って小走りで歩き出す。

 その荷物、どうやって片手で持ってるんだろうと、怜は疑問に思いながらも必死で泉についていく。

 

 しばらく歩いてスタジアム内に入り、やっと立ち止まることができた。

 5分間も小走りで移動して、完全に息があがったので呼吸を整える。

 

「と、とりあえずこれかけてください」

 

 怜は泉にサングラスをかけてもらった。

 その際泉の手が、イカ焼き臭かったが我慢する。

 

「めっちゃ疲れたわあ、冷たいもの飲んで休憩したいで!」

 

 そう言って怜は、会場内の椅子に腰掛ける。

 トラブルはあったものの、休憩から休憩に繋げていくスタイル、これが園城寺怜の真骨頂である。

 泉は仕方がないのでジャスミンティーとミネラルウォーターを買ってきて、怜にジャスミンティーを手渡す。

 

「おーこれ好きなのよう覚えてるやん」

 

「負けてよくパシらされてましたからね、流石に覚えましたよ」

 

 泉はそう言ってから、イカ焼きを大きな口を開けて飲み込むように食べる。

 

「そう、このウチの無神経な一言が二条泉さんの千里山での悲しい悲しい過去の心の傷を、えぐってしまったのです」

 

 怜は、急に真剣な顔をつくってナレーションをしはじめる。

 

「いじめられてたみたいに、言わないでください!」

 

「なんか、泉の設定盛っといたほうがええかなって思ったんや」

 

「なんか高校時代と全然変わりませんね、そろそろ中入ります?」

 

「まあ、ウチ若いからなー、そろそろ入ろか」

 

 ジャスミンティーで喉も適度に潤ったところで怜は客席に向けて足を進める。

 

 客席は前の方に人だかりこそ出来ているものの、ガラガラだった。会場には雀卓がいくつか並んでおり、プロの選手たちがフリーで東風戦をしていた。

 怜が空いてそうな席に着席しようとすると、遠目に足を組みながら卓についている竜華の姿が見えた。

 

「お、あそこにおるな」

 

「え? どこです? あ、ほんとだ!」

 

 竜華の卓の近くの席に移動すると、竜華もこちらに気づいたようで軽く手を振ってくれた。それにつられたのか、同卓している銘刈さんまでなぜかこちらに手を振ってくれている。

 それからまた何事もなかったかのように、片足を上げて竜華は麻雀に集中しはじめた。

 

 客席から遠く離れたところにカメラを持った報道陣がずっと待機している。

 

「これがプロ麻雀か」

 

 泉がそうボソッとつぶやいた。

 泉ももう大学4年になり、プロ入りを考えるのなら勝負の年となる。

 

「泉も目指すんか?」

 

「ええ、まあ」

 

「頑張ってや〜」

 

 そう、後輩を激励すると、怜はあることを思い出した。

 

 

「結局お好み焼き、食べ損ねたわ」



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第8話 専業主婦とオールドルーキー

 プロ麻雀選手の平均引退年齢は?

 そう街の人に尋ねると、30歳もしくは30前半という回答が返ってくることが多い。たしかに、街の人が知っているような有名な選手は、多くがその年代で引退する。

 ただし、現実は違う。

 

 27歳。

 

 これが、トップリーグに所属するプロ麻雀選手の平均引退年齢だ。

 プロ麻雀は若さが勝負と言われる世界である。実力が高くても、年齢が高いからという理由でドラフト指名を回避されることは一般的だ。

 多くの選手達がキャリアを終える27歳から、プロの世界の扉を叩いた選手がいた。

 

 阿知賀のレジェンドこと赤土晴絵である。

 

 赤土 晴絵   昨年度成績

 ドラフト1位  個人戦順位 11位

 阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→ 佐久

 10勝22敗0H

 新人王 雀聖位(1回)ゴールデンハンド(2回) など

 佐久フェレッターズのガラスのエース、高い防御力と対応力に定評がある。

 

「レジェンド! ツモ!!!」

 

 怜は空中から麻雀牌をとるような動作をしてから、立ち上がり戦隊ヒーローのような決めポーズをする。

 阿知賀のレジェンドこと、佐久フェレッターズのエース赤土晴絵のモノマネである。

 ちなみに、赤土さんのファンの奈良の子供たちが応援している様子が昔テレビで放映されたことがあり、そのときの少女が赤土さんが和了を決めるたびポーズをとっていたので有名になっただけで、赤土さん本人は実は1度も決めポーズをしたことはない。

 

「赤土さん、ほんま強いわあ」

 

 ソファーに横になり、怜はいつものようにダラダラとテレビでプロ麻雀観戦をしていた。

 いつもと違うのは、ちゃんと先鋒から見ているところだろうか。普段は中堅戦あたりから見始めることが多い。

 

『今年も赤土プロは絶好調! 一人浮きです!!! 素晴らしい闘牌を見せています!』

 

 テレビ画面では、ふくよかじゃないスーパーアナウンサー、福与アナが実況をつとめ、お茶の間を盛り上げている。

 

『調整は充分といったところでしょうか、怪我に悩まされることの多い選手ですから、今年は万全の状態で臨めるといいですね』

 

 そして解説を務める相方はお決まり、そろそろアラサーじゃなくなる実家暮らし、小鍛治健夜さんである。

 

「すこやんも長いわあ、ずっと解説しとるやんけそろそろ監督とかしたらいいのに」

 

315 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

すこやん監督とかコーチやらんの?

 

321 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi3mgtj

すこやんの格だとコーチはない

 

330 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebimg2gd

水着とネコミミが似合うちょーかわいいアラフォー実家暮らし独身の恵比寿監督、小鍛治健夜だよ♪

 

332 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>> 330

みせてはいけないものをみせていくスタイル

 

332 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi7mgwa

>> 330

日本で一番有名な子供部屋おばさんあらわる

 

ロン! 3900!

 

赤土さんはチームの中でも、有力選手が起用されることが多い先鋒で、軽々と和了を繰り返す。

 

「この人、阿知賀の監督やったし指導者としても優秀なんよなあ」

 

「この人さえいなければ千里山もベスト4いけたんやけど……」

 

 怜はそうつぶやいた。赤土さんがいなければ最後の団体戦で阿知賀と白糸台に敗北することもなかったと思うと複雑な心境である。

 そしてその結果に囚われているのも、もう自分だけなのかもしれないと思い、怜は自分の女々しさに軽く自嘲した。

 

408名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mgdp

こんなにすごいのになんで27歳までプロになれなかったん?

 

411 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>> 408

すこやん「わしが壊した」

 

430 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak7dg1m

すこやんさえいなかったら、代表クラスの選手になっていたと思うと震える

 

439 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi67mau

プロ2年目にも大きい怪我をして牌が持てなくなってるし

もともとスペ体質だから、すこやんに会ってなくても高校時代どっかで壊れてるやろ

 

 今年で32になる阿知賀のレジェンドに、未だ衰えは見えない。私生活でも昨年オフに、ファンの一般女性と結婚し、充実を見せている。

 牌を片付ける際に、チラッと左手が映ったが赤土さんは、銀色のシンプルな結婚指輪をつけていた。

 それから怜は左手薬指を見つめて、自身のゴールドとプラチナのコンビの指輪と見比べる。

 

「プラチナだけっていうのもなかなかええ感じやんな、長身の赤土さんによう似合っとるし」

 

 怜は結婚している選手の指輪を確認してみようと思った。しかし、赤土さんの指輪はたまたま見れただけで、麻雀の試合では左手がなかなか映らないことに気づき、ものの数分で諦めることにした。

 

『そういえば、今オフに赤土プロは結婚されていましたね?』

 

『う、うんそうだね』

 

 福与アナにそう尋ねられ、すこやんは露骨に動揺した声になる。

 

505 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mgdp

地雷を踏み抜いていくのすき

 

521 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:emidthm

あっ……

 

『赤土プロ、おめでとうございます!』

 

『お、お、お、お』

 

『お?』

 

『おめで……とう』

 

すこやんは、かなりドモってから絞り出すように、祝福の言葉を述べる。

 

530 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak7dg1m

おっおっおっおっ(^ω^ ≡ ^ω^)

 

549 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

おっおっおっおっ(^ω^ ≡ ^ω^)

 

570. 名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat7rmb

オットセイかな?

 

614名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakdgwgm

こどおばwwwwwwwww

 

「結婚しようと思えば簡単にできる人なのに、結婚しないのはなんでなんやろな」

 

「まあ、結婚って向き不向きがあるやろし」

 

「すこやん女子力低そうやしな、ほんまは興味ないのかも」

 

 そう結婚論と女子力を語りながら、怜はパジャマ姿でソファーに寝転んだまま、柿の種を食べ始める。

 

『赤土プロが活躍できている要因ですが、どんなところにあると思いますか?』

 

 福与アナは結婚の話から話題を変え、麻雀の話をすこやんに尋ねる。

 

『そうですね……対応力でしょうか? 特段火力があったり、守備の駆け引きが上手なプレイヤーでもないんですけど……人を観察してあわせていく力は高い気がします』

 

『それは、社会人リーグを経験したからですか?』

 

『んー阿知賀の監督だったからかな? あのあたりで一気に雀力が伸びて、面白くなってきたなって思ったんだよね……社会人リーグに再加入したのは実力を伸ばすというよりもプロ入りを考えてのことだろうから』

 

『なるほど、実力が伸びたのは指導者経験を積んだからで、社会人リーグは踏み台ということですね!』

 

『そ、そんなこと言ってないよ! 赤土さんに失礼でしょ!?』

 

『以上、小鍛治健夜の毒舌解説でした!』

 

『毒舌解説!? こーこちゃん!』

 

『そ、それに赤土さんの守備が下手とか火力がないとか言ってないからね! 良いところとと比べての評価だから……』

 

 すこやんは色々とフォローしようとしているが後の祭りである。

 

702名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak2r6mg

こどおば、社会人麻雀を馬鹿にするwwww

 

705名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi5diwd

フォローするたびに深みにはまっていくのほんと草

 

720名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3mgt0

すこやん「レジェンドさんは火力がなくて守備も下手くそ」

 

750名前:名無し:20XX/3/10(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebigdlzs

>> 720

自分を基準にしていくのほんとすき

 

 その後、赤土プロは快調に得点を重ねて今季初登板で勝ち星をあげる、最高のスタートを飾った。

 

 なお、掲示板では赤土プロの活躍よりも、すこやんの畜生発言で盛り上がったことは言うまでもない。



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第9話 専業主婦と清水谷竜華

 「おとうふ、おとうふ〜♪」

 

 平日の夕方、怜は陽気な声で朝に竜華が作った豆腐ハンバーグを、レンジでチンして温まるのを待っていた。

 ハンバーグをメインにしたワンプレートの上に、ご飯までのっているのは怜のあたためが、一回で済むようにとの竜華側からの配慮である。ここのところ怜がよくお茶碗に盛ったご飯をあたため忘れて、そのまま手付かずという事態が頻発したためそれを回避する狙いだ。

 ちなみにレンジであたためる必要のない別皿のポテトサラダは、怜が存在に気がつかなかったため、冷蔵庫に入ったまま忘れ去られる運命にあった。

 

「やっぱ、竜華のつくったごはんおいしいわあ」

 

 怜は、ケチャップと中濃ソースを煮詰めた家庭的な味のハンバーグに舌鼓をうち、食べ終えると満足げな表情でソファーに横になった。

 その後、怜はテレビのプロ麻雀中継をつけたがとくに見る気もなく、BGMがわりにしながらうたた寝モードに入った。

 食後のお昼寝の時間を怜は、大事にしているのである。

 

 

ツモ! 800 1600!

 

 

 ウトウトしていると、テレビからよく聞き慣れた声が聞こえてきた。

 怜は眠い目を擦りながら、テレビを見た。

 

清水谷 竜華  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 14位

千里山→エミネンシア神戸

4勝3敗31H

昨年度は53試合に登板と飛躍の年となった。クールな闘牌でチームを勝利に導く。

 

「あー竜華、今日試合出てるんやな」

 

 エミネンシア神戸の接戦リードの副将戦、時刻はすでに19時を回っていた。

 竜華の麻雀をテレビではクールな闘牌と柔らかい表現で紹介しているが、実際にはゴミを見る目で対戦相手を冷酷無慈悲に処理していく麻雀である。

 高校時代は集中力にムラがあったが、プロに入ってから、常に高い集中を維持できるようになった。

 

「相変わらず、ヤバイ目しとるな、こいつ」

 

 足を組んで弥勒菩薩のポーズのまま、理牌もせずに打ち続ける姿を見て、竜華のファンは愛想がないとか怖いとか思わないんやろか?と怜は疑問に感じながらも竜華を応援する。

 そんな時、竜華と同卓している中に見知った雀士がいることに気がついた。

 

「あー有珠山高校のひとやん」

 

獅子原 爽  昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 41位

有珠山→立直大→佐久

3勝2敗5H4S

ルーキーながらも昨年度は起用法を固定しない変幻自在のトリックスターとして活躍。

 

 ルーキーイヤーに、獅子原さんは先発中継ぎ抑えなど起用法を固定しない方法で活躍していた。ドラフト1位ルーキーを便利屋のように使う采配に批判が集まったが、おそらくこれが一番活躍できる起用法なんじゃないかと怜は感じていた。

 獅子原さんは、能力者であることは間違いなさそうなのだが、複数所持しているようでイマイチ掴み所のない能力であり対策がしにくい。しかし短い試合間隔が苦手なのか登板間隔がかなり空いていることが欠点だ。

 

 「獅子原さん、この河で清一色で手作りしとるとか意味不明や……未来視なかったら絶対振り込むわ」

 

 局面がかなり複雑化しながらも、竜華は当たり牌を抑えてきっちりオリきる。

 

 ツモ! 1300 2600

 

 しかし、獅子原さんは他家に頼ることなくツモ和了を繰り返し、首位の竜華に肉薄してくる。

 

 「あーあかんな……これ」

 

 かなり悪い流れのなかで竜華に勝負手がくる。最低でも満貫は狙えそうな配牌だ。ここぞという場面で引き当てられるのは、流石だなと怜は思った。

 ただ、勢いに乗る獅子原さんのほうが先に大物手を聴牌していた。綺麗に有効牌を集めていく竜華だったが、一向聴で獅子原さんの当たり牌に手が伸びる。

 

 「竜華!それあかんわ!!!」

 

 怜はテレビに向かって叫ぶが、選手に当然聞こえるはずもない。

 

 ロン! 16000!!!!

 

 少し得意げな表情を浮かべ発声する獅子原さんとは対照的に、竜華は全く表情の変えないまま牌を片付けている。逆転されたのをきっかけにタイムアウトがとられ、竜華の交代がアナウンスされる。

 闘牌時の峻厳な雰囲気を保ったまま、竜華は卓を降り、ベンチへ引き上げていく。ベンチまで戻ってから集中がとけて、一瞬唇を噛むような表情をした。しかしすぐに普段通りの表情に戻り、スコアラーから資料を受け取った場面で、カメラが卓上へ切り替わった。

 

「あー負けにしてもうたなこれは」

 

 麻雀は勝つこともあれば、負けることもある。負けた時は悔しい、とくに団体戦であればなおさらだ。

 こういう時、慰めて欲しい時とそっとしておいて欲しい時があるなあと怜は思った。ふと怜はあることを思い出した。

 

「ん……今日、試合神戸やから竜華帰ってくるやん」

 

 怜は少し憂鬱な気分になりながら、ソファーでゴロゴロしながら、竜華が帰ってきたらどう接しようか考える。竜華の性格から自身の悔しさは当然として、うちを心配させてしまったこともストレスになりそうやと怜は思った。しかし、何にも声をかけないのも違う気もした。

 慰めたほうがいいのか、試合を見ていないフリをするべきか、答えは見つかりそうになかった。

 

 

 夜も日付が変わろうかという時。

 玄関からカードキーで扉を開ける音が聞こえた。どう竜華に声をかけるか決まっていなかったが、怜はリビングのソファーから体を起こして、玄関まで行くことに決めた。

 

「ただいま」

 

「お、おかえり」

 

 帰ってきたグレーのスーツ姿の竜華に怜はぎこちなく返事をした。

 

「試合みてた?」

 

 いきなり竜華に核心部分を問いかけられ、怜は自分の体が硬直するような感覚をおぼえた。

 

「ん……見てたで、どうして見てたのわかったんや?」

 

「いつも、リビングのソファーで寝転んでのんびりしてるのに、心配そうにわざわざ玄関までお出迎えしてくれたらなあ、そらわかるわ」

 

 怜は玄関まで来たのは、失敗だったなあと思い頬をかいた。

 

「獅子原さん強かったわあ、プロになったのしっとったけど、対戦はインターハイ以来やからなー」

 

 そう言って竜華は、着ていたジャケットにブラシをかけながら笑った。いつもの笑顔の竜華を見て怜は少し安心する。

 

「獅子原さん高校からでもプロいけただろうに、大学に行ったんやな」

 

「立直大って名門やしなあ……ミッション系やし、高学歴って感じするわ!生まれかわったら、うちはキャンパスライフを楽しむで!」

 

「キャンパスライフ楽しむって、どんなことするんや?」

 

「お洒落して、東京池袋のカフェで怜とパンケーキ食べるんや」

 

「え、そのときウチも進学する前提なんか?」

 

「当たり前やん」

 

「勉強できへんからなあ、無理やわ」

 

「うーん……推薦とかあるやろ?」

 

 怜は、大学に入って授業を受けて勉強するのが面倒すぎて無理という意味で言ったのだが、竜華は大学に入れるかどうかの心配をしていて微妙に会話が噛み合わない。六大学リーグとかなら、のんびり麻雀を続けるのも良かったかもしれへんと怜は思ったが、口に出すと竜華に睨まれそうなので、やめておくことにした。

 

「あ、そうそう仕出しのお弁当もらってきたけど食べる?」

 

「んーさっき竜華の豆腐ハンバーグ食べたから少しだけでええわ、おいしかったで」

 

「それは良かったわあ」

 

 竜華は満面の笑みを浮かべながら、キッチンでお麩のお味噌汁を作り始めた。お弁当だけだと寂しいからと言って、2人でお弁当を食べるときは、温かいものを作ってくれることが多い。

 竜華が作り終わるのを待ってから、ダイニングテーブルでお弁当を食べる。短い時間でお味噌汁だけじゃなくて、ポテトサラダまで作れるなんて竜華は手早いなあと怜は思った。なお、実際には怜が食べ損ねたものを冷蔵庫から取り出しているだけである。

 

「なかなかおいしかったわあ」

 

「良かった」

 

 そう言って食後、竜華と一緒に紅茶を飲んでから怜は眠くなったフリをして、ソファーに寝転がることにした。

 

「寝るなら、ベッドで寝た方がええで」

 

「うごくのめんどい……」

 

「声だせるから、大丈夫やろ? ときーファイトやー」

 

「ん…せやな」

 

「先に寝ててなー、うちは少し書斎でくつろいでから寝るから」

 

「わかったでー」

 

 そう言って怜は足早に寝室に向かい、電気を消してベッドに潜り込む。

 

 しばらくすると書斎の方から、嗚咽と麻雀牌が擦れる音が聞こえてきた。

 

 昨日の獅子原さんとの対局を並べ、ずっと一人で卓を睨みつけながら泣いているのだろう。自分のせいでチームは逆転負け、竜華にとって相当辛かったに違いない。

 

「麻雀に負けて泣けるうちは、強くなれるから大丈夫や」

 

 布団の中で怜は小さく竜華に慰めの言葉をかける。竜華の嗚咽が聞こえるたびに。

 

 「大丈夫、大丈夫」

 

 怜は眠くなるまで静かに竜華の牌の音を聞き続けた。

 



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第10話 片岡優希とちょーかわいい巨人

「よし、よし……」

 

「最高の手応えや! いけるで! これはいけるで!!!!」

 

「ああ!? なんやこのゴミロバ! なんで伸びないんや!!!!!!!! おかしいやろ!?」

 

 休日の午後、マンションの一室でテレビ中継を観て叫ぶ1人の女がいた。

 

 春競馬でロバに3000円騙し取られる者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

「なんで周りみんなサラブレッドなのに、うちの買った馬だけロバなんや……」

 

 怜は麻雀中継を観ている時の20倍は熱の入った応援をして負けてしまったので、すっかり意気消沈してしまう。当たり前だが、勝手に怜が負けた牡馬をロバ認定しているだけで、彼もれっきとしたサラブレッドである。

 

 なお、競馬に3000円以上賭けると竜華に怒られるため、1日に3000円以上負けることはない。怜はちゃんとルールを守れる女なのだ。

 

「がっかりしたわー」

 

 怜は新聞をまるめて床にポイすると、ソファーに寝転んでゴロゴロし始める。寝返りを何度かうち、うつ伏せでソファーに顔を埋めるとだいぶ気が晴れてきたので、テレビで竜華の試合を応援することにした。

 

『さあ、松山の守護神!!! 姉帯豊音の登場です!』

 

『ちょーがんばるよーーー』

 

 そう言ってファンに笑顔で手を振る姉帯さんの姿がアップで映し出されている。

 

「姉帯さん、デカいのにめっちゃかわええなあ」

 

 姉帯さんの笑顔にお馬さんに傷つけられた心が癒される。高校時代に対戦したことがあるので、なんとなく親近感もあった。

 

「こんなに有名になるなら、サイン色紙持ってこられた時、ウチが書くんやなくて姉帯さんにサイン書いて貰えば良かったわ」

 

 姉帯 豊音   昨年度成績

 ドラフト1位  個人戦順位 6位

 宮守→松山

 4勝6敗22S

 松山フロティーラの守護神、高い身長を生かした角度のある闘牌で相手を圧倒する

 新人王 最優秀防御率(1回)

 国民麻雀大会プロの部優勝(1回) 敢闘賞など

 

 彼女の強みは六曜と呼ばれる特殊能力の多様性にある。獅子原さんもそうだが、1つの能力に縛られない能力者は、対策がされにくい。

 六曜すべての能力が広く知られており、研究されているにもかかわらず対策が難しいのは、彼女の完成度の高さをしめしている。

 

「先負とかいう追っかけリーチで直撃狙える能力が、本当に強いわあ」

 

 姉帯さんの対戦相手は、基本的に警戒してリーチをしてこないため、ダマで戦うことになる。リーチを絡めた高い打点での和了が減り、リードを維持しやすくなるという理屈だ。それに、仏滅の卓上全体で有効牌をひきにくくする能力があわさると対戦相手に、全く攻略の糸口を掴ませない。

 

松山  150800

恵比寿 110700

神戸  72600

佐久  65900

 

 ニコニコ顔の姉帯さんと、各チームのポイントゲッターの焦りの表情の落差が激しい。2位につけている恵比寿の三尋木さんも、すでに三位に転落しないような打ちまわしにシフトしており、終戦感が漂い始めている。

 

流局

ノーテン ノーテン テンパイ ノーテン

 

 

「やってることちょーえげつないよー」

 

 怜は背伸びをしながら、非常に完成度の低い姉帯さんの物真似をする。

 高校時代あまり評価が高くないとされていた姉帯さんに、抑えとしての適性を見出して、単独ドラフト1位で指名した松山のフロントは優秀だなあと怜は素直に感心する。

 

「宮守高校、ひとつの高校からプロ3人はやばいわあ」

 

「全員美少女揃いやし……千里山はウチと竜華しか可愛い子おらへん」

 

 怜はさらっと自分を可愛い方のグループにカウントする。クズのきわみである。

 

 姉帯さんへの攻略に手間取っているエミネンシア神戸は、最終局となる半荘で片岡さんを雀卓に投入する。東風から勢いをつかみ、逆転を狙う構えだ。

 リリーフカーに乗った片岡さんが、颯爽とパープルカラーのマントを広げて登場する。

 

448名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:emi2slhm

ニューマントきた!

 

460名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

片岡さんのこのクソださマント、色とか良く変わるけど、一体どこで売ってるんやろ?

 

471名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:sak6sla0

>>460

渋谷にマント専門店があってそこで買ってる

 

480名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>471

サンキュー調べてみるわ

 

501名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:sak6sla0

>>480

すまんな、渋谷のマント専門店は想像や

 

520名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>501

どうして、そんな嘘つくんや(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

 

 掲示板民の心ない嘘に騙され、怜は再度意気消沈する。渋谷にマント専門店があると知った時のわくわくを返して欲しい。

 

 片岡 優希 昨年度成績

 ドラフト3位  個人戦順位 23位

 清澄→風越→エミネンシア神戸

 6勝4敗2H

 東風で力を発揮する神戸のポイントゲッター、ロングリリーフが今後の課題か

 

 片岡さんは勢いよく椅子を回転させながら座る。彼女は椅子を回転させるとツキが良くなるらしい。

 片岡さんの様子を見て、目を輝かせながら姉帯さんは自分の座っている椅子をクルクルと回した。椅子から落っこちそうになり、ベンチから人が出てくる。

 

「なにしてるんや……こいつ」

 

『これでツキも片岡さんに負けないようになったから大丈夫! 心配しないで!』

 

 姉帯さんは集まってきたチームメイトにそう答えるが麻雀の内容ではなく、落ちて怪我をしそうになったことを、心配されていることには思い至らないようだった。

 

 片岡さんは有効牌が来にくい支配を姉帯さんから受けているにもかかわらず、絶好調でツモあがる。

 

 ツモ!!! 1300 2600!

 

 その後東二局も、片岡さんは連続和了して勢いに乗る。

 姉帯さんの支配が綻びはじめ、試合が再度動き出そうとしていた。

 調子づく片岡さんの自信に溢れた姿から、カメラが神戸のベンチに切り替わり冷たい目をした竜華が映し出される。

 

681名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:emi6mgwm

チームメイト見る目じゃないんだよなあ

 

687名前:名無し:20XX/3/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:emimjdg

これはブチギレてますわ(^◇^;)

 

 片岡さんと竜華は非常に仲が悪いことで有名である。

 試合前のロッカールームで片岡さんが騒いでいたことに竜華が怒り、食べていたタコスをゴミ箱に放り捨てたというエピソードが、ファンの間で広く知られているくらいには仲が悪い。

 噂の真偽は不明だが、怜が家でリラックスしている竜華に片岡さんと仲良くしないと駄目やでと尋ねた際。

 

「ん……ああ片岡?別に仲悪くあらへんよチームメイトで仲悪い人とかおらんし」

 

 そう言って愛想笑いを浮かべたのを見て、怜は仲が悪いのは事実なのだろうなと思っている。

 

リーチだじぇ!!!!!!

 

 3巡目、片岡さんが勢いよくリーチ棒を場に供託する。

 このままだと負けを待つだけであるし、今の流れであれば姉帯さんよりも早くめくり勝てるという判断だろう。早い巡目であれば姉帯さんが聴牌していない可能性も高い。

 

とおらば! リーチ!!!!

 

 それを見て待ってましたとばかりに、姉帯さんはすぐに追っかけリーチをかける。筒子の清一色の大物手だ。

 

 牌をツモった片岡さんの手が震える。 

 リーチをしているから捨てるしかないのに逡巡してから、片岡さんは自信なさげに河に牌を捨てる。

 

ロン! 24000!!!!!!!

 

 小気味の良い姉帯さんの発声が会場に響く。

 

『ちょー嬉しいよーーーーー』

 

 姉帯さんは、天真爛漫な笑顔で一発もついて清一色の三倍満になった手牌を満足げに眺めてから、椅子をクルクル回して喜んでいる。

 その一方、片岡さんはラスに転落し、半泣きになりながら天井を見上げて呆然としていた。

 

 壊れた片岡さんの姿を見て、小さく嗤った姉帯さん。

 

 ああこれ。

 

 大安の能力をつかって片岡さんに有効牌をひかせて、流れは自分にあると錯覚させてリーチを引き出してハメ殺しにしたんやな。

 

 

「やってること、えげつないわあ」

 



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第11話 プロ麻雀界の魔王は横浜のヒマ人

 お風呂上がり。

 怜はいつものようにソファーの定位置に寝転んで、竜華の膝に頭を乗せて耳掃除をしてもらっていた。

 

「痛くない?」

 

「大丈夫やで〜」

 

 竜華は綿棒に消毒液をつけ、軽く怜の耳を引っ張って手慣れた手つきで掃除を進めていく。怜は今まで人に耳掃除をしてもらったことがなかった。しかし、結婚してからは1週間に1回は、竜華にしてもらっている。気持ちが良いので、本当は竜華が家にいる時は、毎日してもらいたいのだが、あまりやりすぎると良くないらしい。

 

ROOKIE CHECK

岩館 揺杏  

ドラフト3位  個人戦順位 NEW

有珠山→東北服飾大→横浜

0勝1敗0H

三年時から名門、東北服飾大でエースを務め、東北リーグを席巻した期待のルーキー。

 

「なー竜華、この岩館さんってルーキー結構やるやん?今日横浜が勝ちそうやで?」

 

 怜は麻雀中継を指差して、竜華にそう尋ねる。

 

「あれ?怜おぼえてへん?有珠山高校の人やん」

 

「こんな人知らんで」

 

 怜は会ったことあるやろかと、首を傾げる。

 竜華はその様子を見て綿棒を片付けながら、怜に問題を出す。

 

「じゃあそんな怜にクイズや!うちらが対戦した時の有珠山高校のレギュラーの名前をあげよ」

 

「獅子原爽!」

 

「正解!他には?」

 

「…………ん、えーとせやなあ」

 

 怜は竜華の膝から体を起こして少しの間考える。

——獅子原さんは大将だったからあと4人いるはずやんなあ。というかウチ誰と対戦したんやっけ? あーこれ絶対思い出せへん。

 

「うちらと戦った時の有珠山高校のレギュラー教えてやー」

 

「獅子原さん!」

 

「正解!!!ってさっきも言ってるやん!」

 

「たぶん二号やろ」

 

有珠山高校 メンバー表(トキversion)

先鋒 獅子原さん(一号)

次鋒 爽さん

中堅 左手で打つ人

副将 獅子原さん(二号)

大将 獅子原爽

 

 怜は、竜華と一緒に色々と間違いだらけの有珠山高校のオーダーを作成し満足する。自分の対戦相手すら覚えていないのに、岩館さんを思い出すのは無理である。

 

「このオーダーだと千里山は負けてたやろなあ」

 

 竜華は怜の左手の爪をヤスリで整えながら、呆れ顔でそう答える。

 

「プロになるくらいの選手なら、覚えてても不思議やないんやけどなー」

 

「大学で伸びたんやろ、歳をとってから強くなる、晩成型の人も結構おるで」

 

「赤土さんとか?」

 

「赤土さんは怪我さえなければ昔から強いで、阿知賀のレジェンドって呼ばれたの高1の頃らしいし」

 

「30年前かー」

 

 そんな失礼なことを怜が言っていると、試合は岩館さんの活躍もあり、横浜リードで副将から、大将に回ろうとしている。

 シーズンも始まったばかりだというのに、ダントツで最下位を猛進する、横浜ロードスターズ。ファンからアマチュアと馬鹿にされるこのチームにも、良いところが一つだけあった。

 

 魔物の王たるに相応しい魔王がいることである。

 

 長いプロ麻雀の歴史の中で、魔王と呼ばれた選手は2人しかいない。

 

 1人目は永世七冠を達成し、リオデジャネイロ東風フリースタイルで銀メダルを獲得した。行き遅れの生ける伝説、小鍛治健夜。

 

 そして2人目は、横浜ロードスターズのベンチで、幸せそうにプラスチックのパック詰めのわらび餅に、黒蜜をかけているその女、宮永咲である。

 

 

宮永咲!!!今期初登板か!!!!

 

宮永 咲  昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

1勝0敗24S

昨年度は名人位を奪取し小鍛治健夜以来9年ぶりとなる鳳凰名人に、日本麻雀界の至宝はさらなる輝きを増す

主な獲得タイトル

新人王、セーブ王(1回)、最優秀雀士賞(2回)、敢闘賞(1回)、ゴールデンハンド(3回)、個人戦1位(1回)、名人位(1期)、鳳凰位(2期)、雀聖位(3期)、山紫水明(2期)、十段(1期)、日本放送杯優勝(3回)、学生国際麻雀大会MVP、インターハイ個人二年連続優勝、国民麻雀大会プロの部、ジュニアA、ジュニアB、優勝 など

 

 

「紹介文が長すぎて、ツラがよう見えへん」

 

 わらびもちを一粒一粒、爪楊枝に刺して口に運ぶ宮永さんの姿が、紹介文に隠れて見えなくなる。そもそも試合の画面が左下に追いやられ、ベンチで宮永さんがわらびもちを食べているだけの様子が、5分近く映っているというのが異常事態である。

 

「というかベンチで食べ物、食べててええんか?」

 

「モグモグタイムあるし禁止されてへんけど、普通エネルギーバーとかやなー糖分取れればなんでもええやけど」

 

 竜華にそう質問してから、ふと怜は掲示板の反応が気になり横浜ロードスターズのスレッドを開いてみる。

 

【お通夜】横浜ロードスターズ終戦スレpart21

220名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokgdlmk

勝てる!勝てるんだ!

 

234名前:名無し:20XX/ 4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:hamran0k

咲さんかわいい

 

240名前:名無し:20XX/ 4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3gmdp

わらびもちをたくさん食べてから、今期のチームの初勝利を飾る咲さん

ありですね

 

268名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokkf6el

なんでプロ麻雀中全チームで最高の守護神いるのに、勝てないんですかね

どうして…………

 

301名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yakrwlmh

>> 268

守護神は副将まで勝ってなきゃ、登板しねえんだよなあ

 

310名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6dwpc

自分の眷属の岩館と江口にも、わらびもちを一粒だけ分け与える優しさ

魔王の鑑

 

320名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok1milp

>> 268

魔王が登板するから、今日は勝てるで

(`・∀・´)

 

 いつもしょんぼりしながら新人選手の活躍の話をしている横浜ファンたちが、去年の10月以来の勝利が目前に迫り、おおいに沸いている。

 

横浜  131200

大宮  110100

佐久  98400

恵比寿 60300

 

 横浜の2万点リードのまま大将戦がはじまり、宮永咲がリリーフカーに乗って現れると歓声があがる。団体戦では今シーズン初の登板となる。

 

820名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokgdlmk

勝ったでえええええええええ!!!!

 

823名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3gmjq

ひ魔人、お目覚め!!!!

 

862名前:名無し:20XX/4/5(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrmbo

3月は勝ち点3なしとかほんま辛かったわあ

 

「流石に気が早すぎやろ……」

 

 宮永咲の登板に狂喜乱舞しもう勝ったつもりでいる横浜ファンに、怜はそう苦言を呈する。シーズン始まったばかりで調整難しいとかあるやろし……

 

 カン!!! 嶺上開花ツモドラ2

 2000 4000

 

「あ、これは横浜勝ちましたわ」

 

 完全に仕上がっている宮永さんを見て、怜はわずか一局目で手のひらを返す。切り替えが早いところが怜のいいところなのだ。

 

「嶺上開花であがれるだけってそんなに有利なように思えへんのやけどなあ」

 

 怜は、弥勒菩薩のポーズで宮永さんを眺めて麻雀モードになっている竜華にそう尋ねる。

 

「それだけならええんやけど……それより大宮が勝つ気ないのがあかんわあ!なに福路なんか使って、2位キープしようとしてんねん」

 

 竜華は、2万点差で2位のチームが逆転を狙わないことに、少し語気を荒げる。そんなに怒ってはいないのだろうが、目が完全に異常者のそれなので萎縮してしまう。

 

「そ、そんなに怒らんといてや……」

 

 そう怜が言うと、竜華はハッと気づいて足をはずして慌てて怜に謝った。

 

「ときーごめんなあ、全然怒ってないんよ、楽しく観ようなー」

 

 その後、宮永咲は他家を寄せ付けない圧倒的な闘牌を見せつけ今シーズン初セーブ、チームに初勝利をもたらした。

 

『今日のヒロインの岩館揺杏選手と宮永咲選手です!おめでとうございます!』

 

『ありがとうございまぁす』

 

 岩館さんの軽そうな返事にあわせて、宮永さんは丁寧にお辞儀をする。

 

『プロ初勝利おめでとうございます、今のお気持ちは?』

 

『いやー気持ちいいなあーこんな大観衆に祝福してもらえて……嬉しいです』

 

『宮永選手も完璧な内容でした』

 

『ありがとうございます』

 

『宮永選手、今季初登板ということでしたがチームの顔ということで気負いはありましたか?』

 

『えー……いえ、とくに不安はなかったので……久々の登板なので良いペースで打てました。今年は個人戦も含めた試合数も少し落ち着くと思うので……ファンのみなさんに良い内容を見せられるよう、しっかり調整したいと思います、これからも応援よろしくお願いします』

 

 宮永さんは最後に事実を並べ立てる丁寧な畜生発言をしてから、お辞儀をしてベンチへと戻って行った。

 

 そして掲示板の一覧は魔王スレで埋まった。

 

 



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第12話 専業主婦と迷い家の出前

「ちょい、タンマ……」

 

 そうつぶやくのは、恵比寿ウイニングラビッツの小瀬川白望プロ……ではなく、おうちでのんびりしている専業主婦、園城寺怜である。

 今日は竜華が遠征で家に帰ってこないため、出前をとる必要があった。しかし、晩ご飯がなかなか決まらずに悩んでいるのだ。

 

「お寿司にするべきか……中華にするべきか」

 

 怜はさっぱり系とガッツリ系の、全く方向性が違うもので悩み始める。

 

「でも、ウニ食べたいわあ……」

 

 1390円の回鍋肉定食も捨てがたかったが、松にぎりセットにウニを3貫追加すればなかなか満足できる気がする。白身魚のさっぱり感とウニのパンチ力で、さっぱりとガッツリ双方の要望を満たす、最良の選択だと怜は思った。

 

 迷うと手が高めになる小瀬川白望プロの特性を無意識に、完全再現する園城寺怜。やはり、天才か。

 もちろん、食費を稼いでくるのは竜華である。

 

 出前を頼み終わると、一仕事終えた様子で怜は、ソファーに腰かけテレビをつける。

 

 恵比寿、追いつけるのか大将戦に白望投入!!!!!!

 

松山 123500

佐久 102900

恵比寿 102600

神戸 71000

 

 恵比寿は、大将戦途中で小瀬川さんに選手交代することにより積極的にチャンスを掴もうとする狙いだ。

 

『ダルっ……』

 

 テレビで放送してはいけなさそうな発言が、パンツスーツ姿の小瀬川さんの口から飛び出す。どうやらリリーフカーから降りて雀卓へと向かうのが、面倒だったらしい。

 

「面識はあらへんけど、宮守のこの人はなんか親近感あるわあ」

 

 容姿端麗でめんどくさがり屋。そして能力まで一致していたから、怜が親近感を持つのも自然である。

 

『わーシロだー、シローーー』

 

 姉帯さんは小瀬川さんに、試合会場で抱きつきはじめる。ネクタイを整えられたり、髪を撫でたり、ほっぺたをスリスリされたり、やりたい放題されているが、小瀬川さんは無抵抗でされるがままにしてあげている。

 

『ダルい…………』

 

412 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:emidrwkg

白望ちゃん、かわいい

この2人って仲ええの?

 

420 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>> 412

同じ高校やで

 

424 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mgwj

同じ高校で仲が良いとかいうオカルト

 

430 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mgwj

>> 424

普通は仲良いだろ!良い加減にしろ!!!

 

 姉帯さんから解放された小瀬川さんが、ようやく卓につき試合が開始される。

 

小瀬川 白望  前年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 26位

宮守→恵比寿

5勝3敗10H

火力とバランスの良い打ち筋に定評のある、女性ファンから大人気の麗人

 

「今年の松山、ほんま強いわあ」

 

 松山フロティーラは大きな補強をしたわけでもないのに、現在首位を走っている。今、映っている守護神の姉帯さんを発掘し、その翌年には天江さんをドラ1競合の末、くじ引きで引き当てるなど、ドラフトでの成功が目立つ。

 ドラフトで良い選手を獲得して、選手の成長を待つという方針が結果に繋がっていた。

 

「八百長レベルの神ドラフト連発しとるからなあこのチーム、そりゃ勝てるわ」

 

『ん……ちょいタンマ』

 

 小瀬川さんは配牌された手牌を見て、悩みはじめる。それを見て他家が露骨に警戒をはじめる。小瀬川さんの能力は、発動がわかりやすいのが欠点である。

 

580 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebiorwkg

ちょいタンマきたあああああああ

 

620 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi3midb

勝負手であることを周りにバラしていくスタイル

 

 悩んでも黙ってれば良いはずなのにわざわざ言うのは、他家に悩んでいる旨を申告することが、おそらく能力発動のキーになっているのだろうと怜は感じた。姉帯さんの能力で有効牌のひきが制限されている中、一人だけ手が進んでいく様子は見ていて気持ちがいい。

 

「これ、カッコええよなあ……うちも機会があったら使ってみようかな」

 

 先程出前を頼む際に使用したことについては、完全に怜の記憶からは抜け落ちていた。

 

ツモ…… 3000 6000

 

 小瀬川さんは少し小さい声で、だるそうに発声した。

 会場から大きな黄色い歓声があがる。

 

松山  117500

恵比寿 114600

佐久  99900

神戸  68000

 

『わあ!シロの迷い家!ちょーすごいよー』

 

 小瀬川さんが和了して、姉帯さんは無邪気に喜んでいるが、親被りを受けて松山と恵比寿の点差は3000点以下である。

 松山からタイムアウトの申し出がかかり、雀卓に人が集まりはじめる。各チームとも特に選手を交代する動きはないようで、松山側は流れを切るために、タイムアウトを使用したようだ。

 

『だるい……』

 

 小瀬川さんは卓に突っ伏したまま、頭だけ上げて宮永照が差し出したエネルギーバーをついばんでいる。むせないかどうか非常に心配な体勢である。

 そして何故かすぐに栄養補給をする必要のない宮永さんまで、エネルギーバーのチョコ味をおいしそうに食べている。

 

『気合入れ直していくね!』

 

 姉帯さんがチームメイトにそう宣言してから、試合が再開された。

 全く有効牌をツモできず流局する展開が数局続いた。

 

ノーテン テンパイ ノーテン ノーテン

 

 試合は形式聴牌をとり点数を稼ぐ姉帯さんと、あくまで門前での和了にこだわる小瀬川さんの一騎打ちという様相になっている。

 

105 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebimgwa1

シロチャーの派手な和了のあと地味な展開続きすぎやろ

塩試合やんけ!

 

120 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>105

姉帯さんがめちゃくちゃかたいから、もうああいう和了はでえへんで

 

130 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi0drwa

動いていかないなら、新子とかに変えたほうがええんちゃう?

 

141 名前:名無し:20XX/4/14(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat3gdkg

>>130

小瀬川一気に浮上して勢いあるし、変えてくれるならその方がありがたい

 

『ダルっ……』

 

 小瀬川さんは鳴いて動いていくべきか逡巡するのような仕草を見せるも、なかなか動かない。

 

「下手に動くと転げ落ちるような、姉帯さんのプレッシャーやばいわあ」

 

 テレビ越しに観ている怜でもそう感じるのだから、実際に対峙している選手にかかる圧力はかなりのものだろう。逆転に焦り動いたところを、労せずして打ち落とし勝利を得る。姉帯さんの得意技だ。

 

『あれー?シロいいのー?もう終わっちゃうよー』

 

『だるい』

 

 局の合間に姉帯さんは小瀬川さんに話しかけているが、小瀬川さんは全く相手にしない。

 流局が続き点差はどんどん開いていく。

 しかし、満貫ひとつで逆転できるのだ。小瀬川さんは機会が来るのを信じて、じっと耐える。

 そして、オーラス。

 

 ツモ!!! 500 1000

 

 姉帯さんは嬉しそうに手牌を倒した。タンヤオとドラ1だけの形。

 小瀬川さんの跳満もあり一時はかなり競った展開になったものの、結果的には姉帯さんが小さなリードを守りきりセーブをあげた。

 最後は呆気ないものである。

 

『残念だったねーシロ、ギリギリのところで守りぬいたよー』

 

 姉帯さんに話しかけられ、小瀬川さんは少し目を閉じてから答える。

 

『…………つぎは負けないから』

 

『うん、待ってるね!』

 

 そう言って姉帯さんは卓からベンチに引き上げていく。無表情で膝を握りしめてスラックスに、たくさんシワが入ってしまった小瀬川さんの姿が妙に印象的だった。

 

「今日の試合はレベル高かったわあ」

 

 怜はそう言って満足げにウニを食べながらリモコンを操作し、テレビの電源を消した。



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第13話 清水谷竜華、わいちゅーばーになる

『清水谷竜華の〜〜〜』

 

清水谷〜〜チャンネル〜!!!!!

 

 私服姿の竜華がぎごちない笑顔を見せながら、右手を高々と掲げてレッツゴーのポーズをする。嫌々やらされてる感満載なのだが、ファンに言わせると、嫌々ながらもやってくれるところがいいらしい。

 

『さあ!さあ!さあ!さあ!ついにはじまりました!!!清水谷チャンネル!!!』

 

 竜華の相方を勤めるのは、福与恒子アナウンサーである。

 

 個人も多く投稿している大手の動画サイトわいちゅーぶに、現役のプロ麻雀選手が動画を投稿するというこの企画は思わぬ反響を呼んだ。

 謎のBGMにあわせて、竜華がぎごちない笑顔でレッツゴーポーズをしているだけの配信の予告動画が、一週間で200万再生されるほどの異常な盛り上がりを見せ、わいちゅーばー達の環境を完全に破壊した。

 

『相方のスーパーアナウンサー福与恒子と当チャンネルのヒロイン!!!清水谷竜華さんでーす!!!!』

 

『よ、よろしくお願いします』

 

 なぜか、自分の紹介を終えてから主賓の紹介をしていく福与アナ。竜華はこの慣れてなさやばいやろ……いつものインタビューでの、メディア対応力はどこにいってしまったのかとパソコンの前で怜は疑問に思う。

 

清水谷竜華の清水谷チャンネル実況part31

224名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emidrma

ぎこちない笑顔ほんとすき

 

310名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6drma

清水谷、めちゃくちゃ緊張してて草

 

401名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi0dpwj

清水谷とかいう清水谷竜華しか見たことない珍しい名字なのに

清水谷竜華の清水谷チャンネルと2回名乗っていく姿勢

 

436名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emirates

>>401

大事なことだから2回言うスタイルwwwwwwwwww

 

『清水谷プロ、清水谷竜華の清水谷チャンネル、開設おめでとうございます』

 

『ありがとうございます、というよりそのチャンネル名で本当に良かったん?』

 

『んー私とすこやんで3日考えたから大丈夫!』

 

734名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emiwp3mg

本人すら疑問に感じてるwwwwwwww.w

 

761名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6drwa

すこやんセンス×

 

790名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat3mgdt

>>761

むしろこのインパクトはセンス◎やろ

 

 竜華と福与アナの話している姿の後ろには、6雀団所属のプロ麻雀トップリーグの旗がかけられていて、なかなか格好が良い。怜は清水谷って単語何回でてきたやろかと疑問に思った。

 

『じゃあ竜華ちゃん!記念すべき第1回の企画のほう行ってみようかーーーー』

 

 自然に下の名前をちゃん付けして、ハイテンションで福与アナは話を進めていく。

 

『じゃあ、お願いします!!!』

 

 福与アナに続きを促され、意を決したような様子で竜華が企画名を読み上げる。

 

『え……ええ』

 

『お、おいしいお肉を食べて、日本の酪農家さんたちを応援しちゃおう!!!』

 

 竜華は明らかに画面手前のカンペの方を凝視しながらレッツゴーポーズを決めると、映像がキッチンへと移動する。

 

「撮りだめなのに、このクオリティでオッケーでるのやばいやろwwwwwwww」

 

 怜は下手すぎる竜華の演技に腹を抱えながらも、映像から目が離せない。この映像が全世界に配信されていると思うと胸熱である。

 

 赤と緑のギンガムチェックのエプロン姿の2人の姿が映し出される。チェックの赤いエプロンは、竜華がいつもつけてるものであることに気づいた。これ、新品なんやろかと少しハラハラしながら、怜は番組を見続ける。

 

『今回は竜華ちゃんと一緒にーーーーこのお肉を食べたいとおもいます!!!!』

 

『おいしそうですね』

 

 竜華はサシの入った牛肉を前に、小学生並みの感想を述べる。

 

『うん、おいしそう』

 

 つられて福与アナも、全くテレビ受けしなそうな返しをしてしまう。

 そして、沈黙する映像。

 

清水谷竜華の清水谷チャンネル実況part33

360名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emihdby

放送事故だろこれwwwwwwwwwwwww

 

389名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat5hfy8

話すことなくなって無言になるのほんと草

 

 福与アナは、流石にまずいと思ったようで、慌ててお肉をカメラに向けて解説を始める。

 

『エミネンシア神戸のホームタウン名産の但馬牛でーす!!!!!!どーーーん!!!!』

 

『おいしそうですね』(二回目)

 

『竜華ちゃんは牛肉のお料理だと何が一番好きかな?』

 

『んー牛肉の料理かあ……ビーフシチューとかええなあ』

 

『え?』

 

『ん?』

 

 そして、再び沈黙する映像。

 

『はい、やっぱりステーキですね! おいしいですよねーステーキ』

 

 強引に竜華は、ステーキが好きなことにして話をすすめる福与アナ。

 

「話聞けやwwwwwwwwwwwww」

 

 おそらく、竜華が台本を勘違いして無視したのだろうが、福与アナの強引すぎるリカバリーでさらに傷が広がる清水谷チャンネル。

 

『じゃあ一緒に作って行っちゃおー!!!』

 

『おー』

 

『じゃあ豪快に焼いちゃいますか』

 

『いや、その前に温野菜とかもあったほうがええやろし、お湯からやな』

 

『え……』

 

 竜華は福与アナを横にどかして、お湯を沸かし始めると、圧倒的な手際のよさで野菜を切り分けてから牛肉の下処理を始める。

 

『おーーー!!!!』

 

清水谷竜華の清水谷チャンネル実況part35

104名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6mrdh

めちゃくちゃ上手くて草

イメージ変わる

 

120名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi3mita

料理専門の人かな?

 

182名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakdrtah

事前に打ち合わせとか、一切してなさそうなのほんと笑う

 

 竜華は沸いたお湯をステーキ皿に少量あけてから、鍋に切り分けた人参とブロッコリーを入れていく。そしてお肉を強火で熱したフライパンの中へ。

 

『竜華ちゃん、このお湯はなんに使うの?』

 

『あーそれはお皿あっためてるだけやから……もう捨てても大丈夫や』

 

 竜華の指示に従い、お皿に入ったお湯を福与アナはシンクに流す。

 竜華は焼き上がったステーキをアルミホイルで包みお皿の上に乗せる。

 

503名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi3miah

女子力の違いみせつけられてるwwwwww

 

580名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat11drja

お湯捨てるだけしか、手伝わなかったアナがいるらしい

 

 その後、竜華が温野菜をいい感じに盛り付けるのを福与アナが見守る。

 

『完成しました〜』

 

 竜華は満面の笑みで視聴者に向けて、焼き上がったステーキを見せる。

 

『あ、でもここ切り分けたほうがおいしそうに見えるやろか』

 

 そう言ってから、ミディアムレアになった牛肉の断面が見えるようにナイフで切り分けてから、再度視聴者に見せる。

 

『完成しました〜』

 

清水谷竜華の清水谷チャンネル実況part36

703名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi9drma

うまそう

 

709名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrtj0

おいしそうですね

 

710名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea3drja

おいしそうですね(迫真)

 

722名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrmk

これが、既婚者の力だ!!!

 

906名前:名無し:20XX/ 4/20(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak3drjg

麻雀やってる時と全然違うのな

 

 おおむね高評価のようで怜は安心する。一時は竜華と福与アナの黒歴史になりそうな放送だったが、今は普通にステーキを食べながらお話ししている。

 

『おいしいー』

 

『竜華ちゃんって料理上手だったんだねーびっくりしたよー』

 

『いえ、よく家で作っているだけで得意なわけではないんやけど……そう言ってもらえて良かったわあ』

 

 視聴中、玄関のほうからカードキーで扉を開ける音が聞こえてきた。

 

「ときーかえってきたでーー」

 

 一瞬、時間が止まる。

 

 しかし、怜は冷静にパソコンの電源を消す。真っ黒になる画面。これで竜華に清水谷チャンネルを見ていたことがバレることはない。

 

「あれ?怜がパソコンの前にいるなんて珍しいやん」

 

「んーたまにはなー」

 

「調べ物?なにみてたん?」

 

「なにもみてないで」

 

 そう答えると、竜華の目がヤバくなったのを見て、余計なことを言ったと怜は思ったが、後の祭りである。

 

「みたやろ?」

 

「なにもみてないで」

 

「みたやんな?」

 

 竜華にじっと見つめられ、低い声で詰問されて怜は逃げられないことを悟る。

 

「清水谷竜華の?」

 

「清水谷〜チャンネル〜〜!!」

 

 だから、怜は最後にレッツゴーポーズを決めた。そしてその後、怜が清水谷竜華の清水谷チャンネルを見ることは禁止になった。



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第14話 専業主婦と春期個人戦

 プロ麻雀春期個人戦、にわかには信じがたい事態が発生していた。

 

春季個人戦 中間結果

 

松実玄   +249

三尋木咏  +169

戒能良子  +143

姉帯豊音  +140

宮永照   +121

天江衣   +111

大星淡   +100

宮永咲   +91

赤土晴絵  +83

 

 大勢の報道陣のフラッシュに囲まれながら、スタジアムから専用駐車場に向かう玄ちゃんに記者の質問が飛ぶ。

 

——松実選手、個人戦中間首位おめでとうございます!後半戦に向けて不安はありますか?

 

『ありがとうございます!不安はなにもありませんし、後半戦も良いペースで行きたいです』

 

——ずばり、好調の秘訣を教えてください

 

『最近、麻雀が楽しくて仕方がないんですよ、楽しいと思いながらプレーできていることそれが好調の秘訣だと思っています』

 

——ファンに向けてなにか一言!

 

『このまま勝ちます!』

 

 玄ちゃんは、竜華が横で聞いていたら怒りだしそうな発言を連発してから、ドヤ顔でスタジアムを後にした。

 プロ麻雀個人戦への関心は高く、その映像が何度もニュースで放送される。

 

「玄ちゃん、1位すごいわあ」

 

 ソファーに寝転んで足をパタパタさせながらテレビを見ている怜は、そうつぶやいた。

 

 プロ麻雀の個人戦は正式には個人順位戦と呼ばれ春と秋の2回、団体戦の隙間を縫って行われる。総当たり戦の得点で順位が決まることが最大の特徴だ。

 

 前年度の宮永咲や前々年度の三尋木など個人戦1位経験者には、錚々たる面子が並んでいる。個人戦の順位に応じて、シード権が発生するタイトル戦も多いため、プロ側も必死に上位を狙ってくる。

 プロ麻雀にあまり詳しくない一般人だと、個人戦の1位が一番麻雀の強いプロだと思っている層も一定数いる。

 

「野依さんもおらんしなあ、春季のランキングは色々とおかしいわあ」

 

プロ麻雀トップリーグ春季個人戦を語るスレ

1 名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

春の珍事?

 

2名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmbg

アンチ乙、クロチャーは最強やぞ

 

4名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakdrm0d

玄ちゃんでもとれる個人戦1位wwwwwww

 

10名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrm0d

妹より優秀な姉がいることに感動した

 

12名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:fea3midw

松実玄とかいう実力がファンに過小評価されすぎてる選手wwwwwww

 

15名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrdag

上位が高火力選手ばっかりになるのほんとやめろ

 

 ゴットーが採用され順位ウマが小さく、トビ終了もない単純な得点収支で決まるプロ個人戦は、正確に実力が反映されないと批判の声も大きい。高火力の選手が有利のルールで、守備型の選手がなかなか上位に入ってこられないためだ。

 

 そんな個人順位戦の申し子が大宮の守護神、松実玄である。

 格下や相性の良い選手から毟れるだけ毟り、上位の選手からはドラを抱えて被害が少なくなるようやり過ごす。

 稼ぐべき時に稼ぎ、守るべき時に守れることは玄ちゃんの実力の高さの証明なのだが、そのプレイスタイルへの批判も多い。

 

「宮永照が復活してきてるの嬉しいわあ」

 

「ん……そういえば竜華は前期何位なんやろか」

 

 怜は急に不安になり、タブレットで一家の大黒柱の成績を検索しはじめる。

 

「12位!なかなかええやん!」

 

 竜華の順位は思いのほか高く、怜は胸を撫で下ろす。そしてふと疑問に思う。

 

「竜華、去年は……何位やったっけ?」

 

——たぶん20位くらいかな?いや、30位くらいだった気もするわ。

 

「んーーー……まあどうでもええか、」

 

 怜はしばらく悩んだ末、竜華に聞かれると確実に好感度が下がりそうな発言をきめる。しかし、竜華は遠征で東京に行っているので無問題である。聞かれなければいいのだ。

 

「今が大切やからな!」

 

 怜はソファーに寝転んでポテチを食べながら、今を見つめることの大切さを語る。過去には囚われない姿勢を見せて、順位を忘れたことを正当化する構えだ。

 

35名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak0drja

玄「宮永咲?知らない人ですね、個人戦1位の私の敵じゃありませんのだ!」

 

 玄ちゃんにはアンチが多いのか、歪んだ愛情を向けるファンが多いのかわからないが、掲示板では勝手に玄ちゃんの設定が追加されていく。

 ただ麻雀を頑張っているだけなのに、おもちゃにされるインターハイでの戦友の姿に怜は哀れみをおぼえた。

 

41名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrwa

ユーはなにしに守護神へ?

 

50名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakmr3rw

クロチャー「宮永世代最強の女、雑魚狩りのクロのお通りですのーだ」

 

96名前:名無し:20XX/4/28(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi2d6rw

夜のおもちパブツアー開幕!!!うちまくれ松実玄!!!夜の三冠王や!!!

行く!見た!撮った!   週間雀雀

 

・ ・ ・

 

「なんか、本人にも問題がある気がしてきたわ」

 

 怜は掲示板をしばらく眺めてからあっさり掌を返す。ゴシップ記事でも、何度も聞いていると本当に思えてしまうものである。怜は流されやすい女なのだ。

 

「よく考えると、インターハイの頃から玄ちゃんタダのドラ置き場やしな……」

 

 ハートビーツ大宮のエースは玄ちゃんと大星さんのどちらなのだろうかと、怜は悩みはじめる。横浜の宮永さんや、恵比寿の三尋木さんくらい突出しているとわかりやすいのだが、他のチームは選ぶのを迷う。

 

「まあでも、大星さんより玄ちゃんなんだろうなあ……」

 

 怜は自信なさげにそうつぶやき、タブレットを閉じた。

 

 なお後半戦、トップを走る玄ちゃんは徹底的にマークされ宮永さんに四槓子を責任払いさせられるなど、麻雀をたくさん楽しまされた。

 

 麻雀が楽しくて嬉し涙を流しながら、スタジアムの天井に向けて笑顔を振り撒く玄ちゃんの無邪気な姿を見て、多くのファンの心が癒された。

 



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第15話 3勝15敗する先鋒と微笑みの国

 園城寺怜はカーペットと向き合っていた。

 

 竜華が料理や洗濯を頑張っているのを見て、自分も家事をやってみようと思い立ったのだ。

 コロコロくんを片手にカーペットのホコリや髪の毛をとる。

 

 一回、コロコロ。

 

 二回、コロコロ。

 

「あんまり、とれへんな……」

 

「粘着シート変えないととれへんで、少し貸してや」

 

 そう言って竜華は、怜の持っているコロコロくんの粘着シートを一枚剥がし怜に手渡す。

 

「おおーめっちゃ、とれるやん!」

 

 カーペットの髪の毛がとれて、ご満悦の怜を見て、竜華が微笑む。

 軽快なリズムで怜はカーペットにコロコロくんをかけていく。しかしだんだんと粘着力がなくなってしまい、ホコリがとれなくなってしまう。

 怜は、無言でコロコロくんを竜華に手渡す。以心伝心なので竜華は、粘着シートを剥がしてから再度怜に手渡した。シートの剥がし方がイマイチわからなかったので、仕方がない。

 

 その一連の流れを何度か繰り返してから、怜は竜華に言った。

 

「満足したで!」

 

「お疲れ様やーお風呂わいとるで」

 

「まだお風呂はええわ」

 

「ひのきの精油入れたから、ひのき風呂出来てるで、時間経つと匂い飛んじゃうから入ってや〜」

 

「はいるで!」

 

 竜華は、一仕事終えた表情の怜を誘導してお風呂に入れる。竜華の家事量が増えただけで怜のコロコロ作業は、全く役に立っていないのだが、双方満足しているのでとくに問題はない。

 

 お風呂上がり。ひのき風呂を満喫した怜がポッキンアイスをくわえていると、テレビの前にいる竜華に呼ばれた。

 

「今日の試合、セーラでとるでー」

 

 横浜の先鋒を務め雀卓に座るセーラは、2位の大宮に12000点ほど差をつけ、トップにたっている。

 

「お、勝ってるやん!さすがセーラや!それにしても……」

 

江口 セーラ  昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 18位

千里山→横浜

3勝15敗0H

昨年度は勝ち星に恵まれてないながらも、先鋒ローテーションを守り続けた。その火力は横浜の重戦車。

 

「いつみてもこの成績はやばいわあ」

 

 登板数と闘牌内容に比べて、明らかに勝ちが少なすぎる。上位の個人戦成績にも関わらず、あまりにも悲惨すぎる勝率などツッコミどころしかない。

 

「んーせやなあ……セーラは横浜やなかったら、10勝は無理でも8勝くらいはしそうな感じするけど」

 

 竜華はそう言ってから、ああでも横浜やなかったら先鋒やってないかと付け加えた。

 怜は前から疑問に思っていることを、口にする。

 

「というか、こんな成績でクビにならへんの?うちが監督なら違う選手つかうで?」

 

 怜はタブレットを操作しながら竜華にそう質問すると、竜華は台所から持ってきた紅茶の入ったマグカップをテーブルに2つ置きながら冷静に言った。

 

「負けたら違う選手を使えばいいだけ?なに甘っちょろいこと言ってるんや?」

 

「横浜にほかの選手なんかいるわけないやろ、去年セーラの放銃率に勝率が負けたチームやで?」

 

【江口】横浜ロードスターズ応援13

605名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok0drtg

すまんな、江口

 

626名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok8mitm

3勝しても15敗する先鋒はいらない

 

650名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrjav

>>626

先鋒のなかで一番信用できるんだよなあ

 

 セーラは、面前主軸の手作りと持ち前の高火力を生かしてプロ入り後すぐに一軍昇格し、レギュラーを獲得した。

 ルーキー、2年目と主にポイントゲッターとして起用され、当時横浜にいた三尋木さんの後継として期待された。

 しかし、プロ3年目に就任した高校時代の恩師、愛宕雅枝が監督に就任するとチーム改革に着手。その大胆な采配でポイントゲッターから先鋒に転向。先鋒転向後いきなり5勝をあげ、チーム先鋒の最多勝に輝いた。なお、この年の最優秀先鋒を獲得したのは、17勝をあげた戒能さんである。

 

「なあ、このチームなんでこんな弱いん?」

 

「んー横浜だからやなー」

 

 紅茶が少し熱いのか両手でマグカップを持って、冷ましながら竜華はそう答えた。明らかに理由になっていない。

 

「選手は宮永さんとか良い選手おると思うんやけど?」

 

「例えば先鋒を変えるとして、咲ちゃん以外に良い選手おる?」

 

 少しばかり怜は唇に手を当てて考える。そして一つの結論に至った。

 

「いないで」

 

「せやろー」

 

 悲惨すぎるチーム事情を怜が認識したところで、テレビから聴き慣れたセーラの発声が聞こえてくる。

  

 ツモ!!! 4000!8000!

 

 オーラス。流局で次鋒戦へと移るかと思われたが流局間際にセーラは倍満ツモを和了し、チームに弾みをつける。これで横浜は3万点近いリードを獲得したまま次鋒戦に移った。

 

「セーラめっちゃカッコ良いわあ」

 

「せやなあ、先鋒あんまり向いてないと思ってたけど、最近はあわせてきてるし流石セーラや!」

 

 竜華も嬉しそうにかつてのチームメイトの活躍を祝福する。

 怜が小学生のころから、セーラは大きな役を軽々と和了っていた。セーラのようになりたくて、役や点数計算の勉強を竜華と一緒に頑張ったこともあった。プロになってもカッコいいままのセーラでいてくれることに、怜は安堵する。

 

「子どものころからセーラってやっぱなにかもってへん?」

 

「もっている?せやなあ……でもそれなら……」

 

 そこまで言いかけてから、急に言うのをやめて竜華はマグカップに口をつけて紅茶を飲む。

 

「それなら?」

 

「なんでもあらへん、急になに喋ろうと思ったか忘れたわー疲れてるかもしれへん」

 

 そう言って竜華は笑顔を作って、肩こりをなおすように首を左側に倒し伸びをした。

 

「変な竜華やなー、体には気をつけないと駄目やで」

 

 そう答えながら、怜はタブレットで掲示板を覗いてみる。

 

810名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokdijaz

江口最高や!おまえがエースや

 

832名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokmijad

これが、江口セーラ!横浜先峰三本柱の力だ!!!

ダヴァン 5勝10敗

江口   3勝15敗

弘世   2勝7敗

 

850名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokdr3mi

>> 832

やっぱ5勝とかいう壁が高すぎる

 

855名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokmijad

>> 832

去年、愛宕がなんだかんだ理由つけながら、ルーキーの弘世を使い続けて愛人とか言われてたけど

実際には代わりがいないだけなんだよな

 

868名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmaz

>>855

最後の方、監督も褒めるとこなくなって身長高くて顔が良いとか言い始めたのほんと草やった

 

870名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokmdjg0

>>855

炎上しても若手選手のチャンスは無限に与えられ続ける模様

 

 

 続く次鋒戦、横浜はリードしつつも徐々に差が詰まっていく展開となった。しかし依然として横浜トップのままであり、横浜ファンの期待が高まっていく。

 次の中堅戦と副将戦さえ乗り越えれば、勝ちなのだ。

 

 中堅戦は、ファンの期待を背負い霜崎プロが卓につくも、南入前に満貫直撃をくらい横浜のタイムアウトがかかる。

 

横浜  110700

大宮  108000

恵比寿 97500

松山  83800

 

「あーこれは交代やろなあ」

 

 そう言った竜華の読み通り、ベンチから出てきた愛宕監督は、眼鏡の位置を整えてから交代を雀審に告げた。

 リリーフカーから降りて、元気よく岩館さんが卓へと向かう。

 

「お、有珠山高校の人やな!」

 

「あれ?やっと思いだせたん?」

 

「このまえ竜華がそう言ってたわ」

 

 岩館さんが有珠山高校にいた記憶は全くないが、竜華がいたと言うのならたぶんいたのだろうなと怜は思った。

 そのままぼんやりとテレビを見ていると、その時事件は起こった。

 

 ロン! 36000

 

『ああっと!天江選手トップ横浜から三倍満を直撃!!!!一躍トップに立ちました!素晴らしい和了です!!!!!!』

 

109名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmaz

いきましたー

 

162名前:名無し:20XX/5/2(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrdzm

ほな……また、明日

  

 映像が横浜のベンチに切り替わり、頭を抱える愛宕監督とひきつった笑みを浮かべるセーラ、そして放銃して固まる岩館さんの映像を見ながら大爆笑している宮永さんが映し出される。明らかにテレビで映しちゃ駄目な映像である。

 愛宕監督は宮永さんに一声かけて、笑いを止めさせてから、タイムアウトをかけるべくベンチを後にした。

 

 まだ、ツボに入り微笑んだまま肩が震えている宮永さんに、薄墨さんがタバコとライターを見せる。宮永さんが首を横に振ったので、ダヴァンに声をかけて薄墨さんはベンチを後にした。

 その様子を見ながら、ずっとベンチで微笑んでいる菫さんの姿が印象的だった。

 

「これは勝てませんわ」

 

「せやなー」

 

 苦笑いを浮かべながら竜華は、怜の発言に同意した。

 

 その後、横浜はマシンガンのように選手を登板させたが、逆転するどころか点差は拡大。4位で無事敗北した。

 

 なお、翌日の試合も岩館さんは元気に登板した模様。

 



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第16話 専業主婦と松実館温泉旅行

「なー泉、まだつかへんの?」

 

「もう少しですね、観光してから行きます?」

 

「疲れたから、そのまま旅館でええなー」

 

 園城寺怜は奈良、吉野山に来ていた。

 

 竜華の遠征が続き怜は、家のマンションの一室で一人寂しく過ごす日が増えていった。

 そのためひまひまモードになってしまった怜が、プロ麻雀のシーズン中にもかかわらず、旅行に行きたいと駄々をこねたため、今回の奈良への旅行が実施される運びとなった。

 

 竜華はシーズン中は仕事が忙しく、まとまった休みがとれない。そのため一人旅を満喫しようと思っていた怜だったが、結局泉が同伴して玄ちゃん生誕の地、松実館に宿泊することになった。知り合いがたくさんいるところなら、危なくないという竜華の判断である。

 宮崎旅行以来となる二人は、吉野駅の前で思案する。

 

「やっぱり少しくらいは観光してからいきましょうよ」

 

「んーせやなあ……でも登山とか嫌やしなあでも、せっかくきたから何か見たいような気もするし」

 

 怜は少しの間唇に手を当てて考え込む。

 

「あ!そうや!タクシーで上まで行って駐車場で休憩して帰ってくれば労せずして山を満喫できるやん!」

 

 山の景色は見たいが、歩きたくはない。双方の主張をとりいれた斬新な発想である。怜、やはり天才か。

 

「わかりました、というよりやっぱり車で来たかったんですね」

 

「せっかく車あるのに、泉が拒否するから電車になってしもたんや」

 

「あんな高そうな車運転できませんよ!」

 

 怜は当然車の運転はできないが、泉は運転免許を持っているので、はじめ奈良へは車で行こうと考えていた。しかし、泉が竜華の車を見て運転するのを嫌がったので、電車を乗り継いで行くことになってしまったのだ。

 怜は、自分は後部座席に乗るので事故っても泉の人生が終わるだけだから大丈夫と説得したが、泉に聞き入れてもらうことは出来なかった。

 

「ちなみにこのへんなにが有名なんや?」

 

「金峯山寺と吉水神社ですね、後は今は季節じゃないですけど桜と紅葉も有名みたいですよ」

 

「んーお寺かあ……桜ともみじ見たかったわあ」

 

 怜は桜と紅葉が見れないことを残念に思った。しかし寺社仏閣にはさしたる興味もないので、山の風景を楽しんだら旅館に向かえばいいと安心した。

 

 怜はタクシーから山の風景を満喫し、ご機嫌で宿に向かった。泉はなんだか少しつまらなそうにしていたが、持ってきた一眼レフで山の風景を撮影したりしていたのでそれなりには楽しんでいるようだった。

 

「いらっしゃいませ〜園城寺さん久しぶりだね」

 

 松実館に着くと季節外れのマフラーを巻いた女将の宥さんが出迎えてくれた。和服姿の上に長羽織とマフラーを巻きつけて色々とすごい格好になっているが、気心も知れた仲なので気にせず話を進める。

 

「ごぶさたしてるで、あと泉も来てる」

 

「二条さんもこんにちは、船久保さんは夜からでいいんだよね?」

 

「せやでー久しぶりやから楽しみやわあ」

 

 松実館は外の風情あふれる外観とは裏腹に内装はとても綺麗だった。ガラス張りの防音室の麻雀コーナーには、20台近い全自動卓が設置されていて地元の人や子供達が大勢集まっていた。

 

「内装、かなり綺麗やなー」

 

「結構、最近に新しくしてるからね、床暖房も入ってるんだよ!」

 

 嬉しそうに床暖房と空調の説明を宥さんはしてくれた。5月に明らかにいらない機能を使用している松実館に、怜は不安を覚えた。しかし、多くの人で賑わっていたので必要経費ということなのだろう。

 

「それに、雀荘もやってるん?」

 

「旅館だけだと経営が行き詰まっちゃうからね、玄ちゃん目当てのプロ麻雀ファンの人も泊まりに来るから」

 

「へー売店もすごいですね」

 

 泉は麻雀グッズが所狭しと置かれた売店に興味津々である。麻雀牌や麻雀マットまで置かれていて、お土産というよりは専門店のような品揃えである。

 

「マットなんて売れるんか?」

 

「んー部屋で手積みでやるために買っていく人がいるから結構売れてるよ。本当は、音がうるさいから部屋間隔がとられてない部屋に泊まってるお客さんには、部屋での麻雀はやめてもらいたいんだけど」

 

 宥はそう言ってから、夜の間ホールの雀荘はずっと空いてるわけだしと付け加えた。

 

「え?結構売れるんやな、たしかに自動卓より手積みでやりたいって人っておるか」

 

「でも、手積みはイカサマされてるんじゃないかと疑心暗鬼になりますよね」

 

 泉は手積みに少し嫌悪感があるような発言をする。自動卓が普及した現代のプレイヤーは、反射的に拒否反応を示す者も多い。

 

 ちなみに泉とは違った理由で、怜も自動卓派だ。竜華に全く勝てないからである。

 

 昔、竜華と手積みで遊んだ際にあまりにも勝てないので、怜は積み込みやろと問い詰めた。その際、竜華は積み込みを否定し、手積み麻雀の時は自分の山の牌を暗記するのが当たり前で、他家の牌も見えたところは、できるだけ覚えたほうがいいと怜にアドバイスした。

 山を作る際に裏向きになっている牌は、表面を軽く触って確かめれば大丈夫らしい。

 リーチ棒を立てて一発ツモを繰り返す、人間技とは思えない竜華の和了を見て、怜は手積み麻雀を諦めた。

 

 一期一会  松実玄

 臥薪嘗胆  赤土晴絵

 

「玄ちゃんの扇子と、レジェンドさんの扇子どっち買うべきやろか」

 

「え?買うんですか?」

 

「直筆らしいし、欲しいやん」

 

 怜はガラスケースに入った扇子を見ながら泉に相談すると、泉は意外そうに首を傾げた。かなり達筆な赤土さんが揮毫した扇子の横に置いてあることで、西洋の抽象絵画を思わせるような玄ちゃんの一期一会の独特の筆致が際立つ。

 

「玄ちゃんの扇子にしとくわ」

 

 そう言って怜は宥さんに一万円を手渡し、扇子を受け取る。さっそく買った扇子で満足そうに扇ぐ、怜に宥は質問をした。

 

「本当に玄ちゃんのほうで良かったの?」

 

「一期一会って書いてあるのが気に入ったわあ、一の部分がうにょうにょしてるところがええんやな」

 

「ふーん、変わってるね」

 

 姉にまで、扇子の字体が微妙だと言われる玄ちゃん。でも、怜は気に入ったので無問題である。

 

「あ、そうそう夕方にこども麻雀教室が開催されるから、赤土さん来るんだよ。園城寺さんと二条さんも挨拶したら喜ぶと思う」

 

 宥はそう提案した。もともと阿知賀高校とは対戦校だったので、赤土さんともある程度面識はある。

 

「生レジェンド来るなら、この扇子にサイン貰えるから、やっぱり玄ちゃんのほうにして正解やったな!」

 

 予定次第でどうなるかわからないのに、赤土さんにサインをしてもらえる前提になっている怜を見て、泉が少し苦笑いする。

 

「夕方はサイン貰いに行くから、先にお風呂入らないとあかんな」

 

「じゃあ、お部屋に案内するね」

 

 それから宥さんに本館とは別の離れの部屋に案内されてから、出されたお茶を飲んでようやく一息つくことができた。主に泉が。

 部屋はかなり凝ったレトロモダンな和洋室で、大正時代を感じさせるような内装だ。そこに、マッサージ椅子や自動卓まで用意されているのが独特の味になっている。

 怜は部屋の露天風呂を満喫し、お風呂上がりに腰に手を当てながら、ビンのオレンジジュースを一気飲みする。

 

 浴衣に着替えた怜は、買った扇子のどこに赤土さんのサインを書いて貰うか思案しながら、真剣に扇子を見つめている。

 その隙をついて、泉は部屋に3つほど置いてあった鶯餅を一人で全部平らげていた。

 プロ棋士のサインでこの扇子をいっぱいにするのも楽しそうやなと、怜は畳の上に寝転びながら思いを馳せた。

 



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第17話 園城寺怜と阿知賀のレジェンド

 松実館の麻雀コーナー。佐久フェレッターズのエース赤土晴絵さんの、こども麻雀教室は無事終了した。赤土さんはイベントの終了後に、サインを欲しがる子どもたち一人一人に、サインをしてあげていた。

 そんな小中学生の子どもたちに混じって、サイン待ちの列に並ぶ一人の女がいた。

 神戸の24歳児、園城寺怜である。

 

「ねえ?」

 

「なんでしょう」

 

 怜は阿知賀のレジェンドのほうから話しかけられて驚いたが、怜はキリリとした表情を作りながら丁寧語で話す。

 

「すごい美人になったけど、園城寺さんだよね?」

 

「そうです、サインください」

 

 怜は赤土さんの褒め言葉にも動じず、一途にサインを要求し続ける。ちなみに大人は空気を読んで一人も並んでいないのだが、怜の生活能力は児童レベルなので問題はない。

 

「子どもたちのサインが終わったら、書いてあげるね」

 

「ウチも麻雀が大好きな少女やで!」

 

「んー人妻は少女ではないかな」

 

 子どもたちのほうが、先にサインが貰えることに文句を言いつつも、大人しく待っている怜を脇に置いて、赤土さんは手慣れた手つきでサインを進めていく。サインの行列がなくなったところで、赤土さんは怜のほうを振り返った。

 

「ごめん、ごめん待たせちゃったね」

 

「園城寺怜ちゃんへ、で頼むで!」

 

 怜は赤土さんに筆ペンと扇子を渡して、サインを書いてもらう。

 

「これでいい?玄のサイン扇子だけど本当に私の書いて良かったの?」

 

「サンキューや!!!」

 

 そう言ってから、怜は満足気に広げた扇子に揮毫されたサインを、筆ペンの文字が滲まないように気をつけながら眺める。

 

「あれ?二条さんも来てるんだ?」

 

「ご無沙汰してます、こんばんは」

 

 部屋の隅の宥さんの横にいた泉が前に出てきて、赤土さんに挨拶をする。

 

「こんばんは、インターハイ以来?明明行ったんだよね」

 

「はい!」

 

「そっかー四年生だし大変だね、頑張ってね」

 

 泉は佐久のエースに名前や進路を覚えて貰えていて、だいぶ嬉しそうだった。

 赤土さんはサインが貰えて、上機嫌のまま部屋に引き上げていこうとする怜に声をかける。

 

「ねえ園城寺さん?」

 

「んーなんや?」

 

「せっかく会えたんだし、麻雀していかない?」

 

 思いもよらぬ提案に怜は戸惑う。長い間牌も握っていないので、自分がどれだけ打てるのか不安だ。

 

——でも、打ちたいな…………

 

 胸の中に灯火がともる。怜は一瞬だけ泉の方に視界を移すと、かなり期待するような目でこちらを見ている。

 

「い、いや無理にとは言わないけどさ高校の時はかなり体調悪そうだったし、出来るならで大丈夫だから」

 

「やる機会が無かったから、しばらく牌を持ってないけどできるで」

 

「本当?ありがとう、じゃあ他の面子には宥と二条さんは大丈夫?」

 

「もちろんです!」

 

 麻雀がやれることが決まり、嬉しそうな赤土さん。この人は麻雀が大好きなんだな、怜はそう思った。

 今日は赤土さんに頼まれ、仕方がないから麻雀をするのだ。幸い今日は、麻雀をはじめるとすぐに口を出してくる竜華もいない。だから打っても大丈夫、そう自分に言い聞かせながら、怜は卓についた。

 

 サイコロが回り、牌の擦れる音が鳴り始める。小さい頃に大好きだったお気に入りの積み木の音によく似ている。周囲にギャラリーが沢山いても、その音を聞くだけで落ち着いて、神経が研ぎ澄まされていく。

 

 ツモ! 1300 2600

 

 赤土さんが、幸先よく初回からツモ和了る。リーチをしてもいい形だったが、しなかったのは他家を警戒しているのかと怜は思った。

 怜は久しぶりの麻雀だからなのか、牌を掴んでも、あまり多くの未来を見ることは出来ない。見えすぎても気持ちが悪くなることが多いので、かえって好都合でもあった。

 今の東一局は、終始赤土さんペースで早い和了を奪われたが、怜にはひとつ疑問に感じることがあった。

 

「レジェンド、ツモ!って言わないんやな」

 

「園城寺さんそれは、赤土さんがやってるわけじゃないから」

 

 宥さんは可笑しそうにそう言った。怜が残念がっていると、赤土さんの後ろにいた子どもたちがレジェンドツモをやってくれた。

 赤土さんは何か言うかと思ったが、かなり恥ずかしそうな様子で、手牌と山を自動卓に放り込み洗牌を急いだのを見て場が和む。

 

 これ本気で嫌がってるから、本人の前では言わんようにしとこと怜は思い、気合を入れ直してから麻雀を続ける。

 

ツモ! 2700オール!

 

東4局 2本場

赤土晴絵 47300

松実宥  24000

二条泉  14700

園城寺怜 14000

 

 宥さんは、赤い牌が集まりやすいと言う能力を生かした綺麗な打ち筋で満貫を和了したが、泉と怜は焼き鳥である。

 プロ雀士というだけあって、赤土さんの安定感はすごい。牌を捌く指先から、砂金が溢れ落ちるような輝きを怜に感じさせた。そろそろ南入したいのだが、赤土さんの親が流れない。

 困ったわあ……流れを切らないといけないやろから、泉でも使っとこか。そう方針を決めた怜は、見え見えの混一色を作っている泉をアシストして和了させる。

 

ツモ! 1200 2200

 

 やっと和了できて少しホッとしている泉を尻目に赤土さんは怜のことを見つめる。

 

「やるね!」

 

「んー泉がなーウチは焼き鳥やわー」

 

 完全に手助けしたことはバレているのだが、一応はしらばっくれた態度を怜は示しておくことにした。だんだんと、体が麻雀に慣れてきて牌がよく見えるようになっていく感覚があった。

 

南1局 

赤土晴絵 45100

松実宥  22800

二条泉  19300

園城寺怜 12800

 

 赤土さんの親が流れ南入。流れが変わったのか急に配牌が良くなったのを怜は感じた。これ久々にやるんやけど、ちゃんとリーチ棒立つかなと変な不安を憶えながらも、怜はその勢いのままリーチをかける。

 

「リーチ」

 

 怜がリーチをかけた瞬間にギャラリーがざわつく。リー棒は上手く立ったようで怜は安心する。

 

ツモ 3000 6000

 

 一発ツモの跳満を見て、子どもたちが大騒ぎし始め、大人からは歓声があがる。やっぱり麻雀で和了できると、気持ちいいなあと思いながら、次局へと移る。

 流れは完全に怜のほうに手繰り寄せられたようで、南2局でも早めに聴牌することができた。しかし、なかなか自分が和了できる未来が見えてこないことに、怜は困ってしまった。

 

——あそこにある六萬が拾えればええんやけどなぁ……

 

 山牌は終盤のほうが見えやすいため、なんとかズラして誘導できないかと、頭を悩ませる。真剣に麻雀に取り組んでいると、怜に名案が思い浮かんだ。

 

「リーチ」

 

 園城寺怜の二連続リーチに、ギャラリーの盛り上がりも最高潮に達する。皆が一発ツモを期待するなか、それだけはさせまいと赤土さんが鳴きを入れて阻止する。

 

ツモ! 2000 4000

 

「ズラしても和了るのか」

 

「一発にならんかったわー」

 

 怜は悔しそうに落ち込んだ様子を見せながら、六萬を無事引き当て満貫をツモった。ズラしても和了するというよりは、正確にはズラしたから和了したのだが、余計な情報は与えたくないので演技も大切だ。

 

「先輩、裏ドラ確認し忘れてますよ?」

 

「も、申し訳ない……ほら!乗ってないやろ」

 

 泉の指摘を受けて、怜はあわてて裏ドラをみんなに見せて乗っていないことを示す。このミスは高校の頃から良くやってしまうので、治したいのだが、なかなか治らない。

 

 この流れのまま、親番で一気に逆転したい怜だったが、赤土さんの安手に簡単に流されてしまった。怜は振り込んだ泉を恨みがましく見てやることにした。しかし、泉は赤土さんのプレッシャーとギャラリーの多さに、余裕がなくなっていたため、怜の目線に気づくことはなかった。

 

南4局 オーラス

赤土晴絵 42100

園城寺怜 32800

松実宥  15800

二条泉  9300

 

 赤土さんから、直撃が奪えるとは思えない。そのため、どうしても大きな手を狙いたいところなのだが、期待薄の安目の配牌に怜はガッカリする。

 

——んーこれは負けにしてもうたかなあ……

 

 怜が諦めかけた時に、王牌がうっすらと見えた。ドラ表示牌が2つと嶺上牌。ここまでカンは一度もなかったから、これが怜の登頂経路である可能性は高い。

 

 だんだんと深い霧が晴れていく。

 

 宥さんの捨て牌をチーして、ルート工作は万全。森林限界を超えた高い山の頂に咲く花に怜は手をかける。

 

カン!!! 嶺上ツモ! 3000 6000

 

 怜はドラが乗るのでドラ表示牌をきちんと開けてから、点数を宣言する。場が一度静まり返ってから、大きな歓声があがった。

 

終局 

園城寺怜 44800

赤土晴絵 36100

松実宥  12800  

二条泉  6300

 

「あれだけ差があったのに、園城寺さんすごい……」

 

「ん、まあどんなに点数を重ねても、崩れる時は一瞬やで」

 

 怜は宥のつぶやきにそう答えながら、赤土さんのほうを見る。最後の嶺上開花で嫌な思い出がフラッシュバックしたのか、右手が小さく震えている。

 

「いや、本当に強かった。打てて良かったありがとう」

 

 赤土さんはスカートの裾を握りしめて、怜の手牌を見つめていた。そっとしておこうと怜が泉を連れて、部屋に戻ろうとした時、子どもたちに取り囲まれる。

 

「園城寺!園城寺!サイン!サイン!サイン!サイン!」

 

「初対面なんやから園城寺さんやろ?」

 

 そう言いながらも、ちびっ子達にサインを書いてあげる。

 

「園城寺……さん!宮永咲みたいだったーどうしてあんなふうにあがれるのー?」

 

「んー宮永さんに教わったんよ」

 

「すげーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 宮永咲から嶺上開花を教わったという怜の大嘘を、疑うこともなく信じる子どもたちが可愛かったので、欲しがる子どもたち全員にサインをしてあげた。

 

 その後、なぜかギャラリーの大人にまで赤土さんと一緒にサインを書くハメになってしまい、かなり疲れたので、怜はしばらく人前で麻雀をしないことを誓った。

 



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第18話 懐石料理と満月の少女

20000UAありがとうございますm(_ _)m
感想等はすべて確認しており、非常に励みになっております。これからもよろしくお願いします。


 松実館の離れで怜は懐石料理に舌鼓をうっていた。いつも竜華が作ってくれる家庭的な料理もおいしいが、こうして目で楽しめる懐石料理もなかなか良いものである。

 

「問題は食べきれへんことやな」

 

「というより先輩、先付けと椀ものしか食べてない気がするんですが……」

 

「見て楽しんでるんや!」

 

 少食の怜は懐石料理を全部食べることは出来ない。そのため先付けとお碗だけいただいて、あとは全部一口ずつしか食べないという荒技を敢行している。

 お造りはウニとアワビだけ食べて鯛と鮪は無視、鍋は豆腐にしか手をつけないし、天ぷらはタラの芽しか食べない。

 

「食べるのって体力いるやん?」

 

 さも当然のように怜は語っているが、泉は全くピンとこない表情をしてうなずく。

 

「だから、今日は赤土さんと麻雀したりサインしまくって、疲れたからこれ以上は無理なんや」

 

「そうですか……」

 

「だから、欲しいものがあったら泉が食べてええで」

 

 怜はこれ以上は食べられないと言いながらも、後から運ばれてきた季節のフルーツが盛り付けられたデザートはしっかり全部食べる。超わがままである。

 ただ、サイン会で疲れたのは本当で、そのまま寝てしまおうかと怜は思った。しかし、おいしそうなご飯が運ばれてきたのでもう少し起きていることにしたのだ。

 付き合わせてしまった埋め合わせとして、赤土さんが他のプロ選手のサインを、扇子に貰ってきてくれることになった。そのためタダ働きにはならずに済んだことに、怜は安堵した。

 

「お久しぶりです、遅くなってしまいましたわ〜」

 

 障子を開けて部屋に、スーツ姿のふなQが入ってきた。

 

「お疲れ様や〜仕事忙しかったん?」

 

「まあ、それもありますけど奈良はやっぱり遠いんですわ」

 

 ふなQは高校を卒業後、難波大学に進学した。大学の麻雀部時代からプロチームに出入りし、プレイヤーとしてではなくその情報力と分析力に一目置かれていた。その実力を買われて大学卒業後は、エミネンシア神戸の職員になり、各学校のスカウトやスコアラーの仕事をして、多忙な日々を送っている。

 

「テレビ中継つけてもええですか?」

 

「ええでー、あとこの辺の料理も好きに食べてや」

 

 テレビに、ウサギの耳のようなヘアバンドをつけた金髪の少女が映し出される。松山のポイントゲッター天江衣だ。

 

天江 衣    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 5位

龍門渕→松山

21勝4敗0S

首位打点王(2回)、最多勝(1回)、敢闘賞(1回)、山紫水明(1期)

日本麻雀界を代表するポイントゲッター、今年は守護神姉帯豊音との身長差70cmコンビで優勝を狙う

 

「天江衣のスコアつけてるん?」

 

 カバンからノートとボールペンを取り出し、副将戦の記録をつけているふなQに、怜は声をかけた。

 

「いや、これは趣味ですわあ……いつスカウトからスコアラーに異動しても大丈夫なようにっていうのもありますけど」

 

「さすがです、船久保先輩」

 

 泉は、プライベートでも他チームのプレイヤーの研究をする、仕事熱心なふなQの姿をみて感心している。その姿勢を少しでも自分の麻雀に、活かしてくれたら上手くなりそうなもんやけどと怜は思った。

 

「天江さんほんま強いやんなあ……少し強さにムラがある気もするけど、ポイントゲッターなのに守備も上手だし」

 

 天江さんの守備は卓上全体を支配しているせいか本当に上手だ。怜から見ると他チームの守護神と比較しても、良いと感じるレベルにある。少なくとも大宮の守護神よりは確実に上手い。

 何より怜の未来視の力は、場を支配し能力で麻雀をするかのようなタイプの天江さんとは、非常に相性が悪い。

 

「姉帯プロよりも彼女を守護神にという声も大きいですしね。私はまあ今のポジションのほうが向いているとは思ってるんですが」

 

「そうなん?守護神ウチはむいていると思うんやけどなあ」

 

 怜がそう言った途端、天江さんは大物手をツモ和了した。

 

『乏しいな……闕望したよ』

 

海底撈月! 3000 6000

 

『素晴らしい和了です!松山!追いつきました!』

 

「やっぱり、守護神というよりも火力が凄いんですわあこの選手は」

 

「うわあ……」

 

 くっくっと楽しそうに笑うふなQとは裏腹に、怜は全くいい気分にならない。

 有効牌を支配し他家の工夫を叩き潰した上、一筒で海底をツモ和了する所業に怜はドン引きする。

 

「闕望ってどんな意味なんや?」

 

「さあ?ちょっとわかりませんけど……がっかりしたとか、そんなに感じじゃないですか?」

 

「ガチクズやん……なんで麻雀強いやつは性格の悪いやつが多いんや!」

 

 眼鏡の位置を整えながら言葉の意味を教えてくれたふなQに、怜は憤る。なぜか、泉がじっと言いたいことがありそうにこちらを見ていたが、怜は無視することにした。

 

「それにしてもこいつ強すぎやろ、ウチが前に見たときはこんな強くなかったんやけど」

 

「今日は月が満ちている夜ですからね」

 

「よる?」

 

「天江衣は夜のほうが成績が良いんですよ、大きな月がでている満月の日はとくに強い」

 

「そんなオカルトありえへんやろ」

 

「まあ、本人も言ってますしデータにも出てるから事実なんやと思いますよ」

 

——オカルトパワー全開すぎるやろ……なんで麻雀に月齢とか関係あんねん…………

 

 怜は自分のことは完全に棚に上げて、オカルト能力を否定する。しかし、ふなQが言うならそういうこともあるか、と受け入れられる柔軟さが怜の良いところでもある。ふなQと話していると、体が予想以上に疲れているのを怜は感じた。

 怜は疲れを癒すべく、マッサージ機に移動した。食べたばっかりなので、肩揉みはせずに足揉み機能だけ利用する構えだ。そしてタブレットを操作し掲示板に書き込む。

 

204名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

天江衣強すぎやろ、野依さんとかおるのに普通に飛ばす勢いやん

 

221名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi0diwa

焼き鳥のよりん、哀れ……

 

228名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:matditaw

>>204

舐めプしなきゃ最強の雀士やぞ

 

235名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebij2drda

>>228

昼間は舐めプしているという風潮

ナイターの方が強いとか、謎すぎるからしょうがないね

 

236名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:matrt8dg

ころたん、イェイ!防衛待ったなし!

 

245名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:matditaw

ころたん、遺影w

 

250名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakdrmjh

>>236

>>245

こいつが宮永に勝てると思ってた時期が俺にもありました

 

272名前:名無し:20XX/5/13(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebiragwj

>>250

高校の頃ですら負けてるんだよなあ……

 

「この後に出てくるのが、姉帯プロっていうのも結構えげつないですよね」 

 

 泉は手酌で、自分のグラスにビールを注ぎながらそう言った。

 

「やっぱり首位を走るチームは違いますわあ……選手層に厚さがあって競争もある」

 

 浴衣に着替えたふなQは、怜が残したご飯を食べ始めた。ほとんど食べていないので、全く箸をつけていないように見える。

 

「飲みます?」

 

 泉はビール瓶を持ちながら、ふなQにそう尋ねた。

 

「あ、いただくわ、ありがとう」

 

 そう言ってふなQは泉にビールを注いでもらってから、泉にビールを注ぎ返した。

 

「園城寺先輩もオレンジジュースもっと飲みます?」

 

 そう声をかけながら、オレンジジュースのビンを持って立ち上がった泉だったが、怜からの返事はなかった。

 

「寝ちゃったみたいですね」

 

 マッサージ機に座って気持ちよさそうに目を閉じている怜に、泉はタオルケットをかけてあげた。

 

「麻雀したって松実さんから聞いたし疲れているんやろ、園城寺先輩どうやったん?」

 

「いやー……ヤバかったです、自信なくしちゃいましたよ…………自分の大学での4年間ってなんだったんだろうって」

 

 泉はそう言ってから、グラスに入ったビールを一気に空ける。無言でふなQは、泉のグラスにビールを注いだ。小さくお礼を言ってから泉はふなQに問いかけた。

 

「船久保先輩ははじめからスカウトに?」

 

「大学に入った時にはもう決めてたなあ、プレイヤーとしては諦めてた」

 

「そうですか……」

 

 泉は、大学ではそれなりに結果を残しているものの、プロ指名されるかは微妙なラインである。下手に下位指名でプロに行くくらいなら実業団に入る選手も一定数いる。社会人麻雀ならプロほど過酷な競争もなければ、一定の生活も保証される。一般就職したって六大学の麻雀部出身なら一流企業に簡単に入れる。いろいろな選択肢があるのだ。

 

「泉はプロ行きたいんやろ?」

 

「はい」

 

「あの先輩と一緒に麻雀してプロに入りたいって思えるのは泉のこと尊敬するわ、私は自分のデータを役立ててくれてるってだけで満足してもうたから」

 

「……ありがとうございます」

 

「がんばりや」

 

 窓ガラスから顔を覗かせたまんまるのお月様は、グラスを持ったまま涙を滲ませる少女を優しく見守っていた。

 



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第19話 専業主婦と悪待ちのルーキー

「なー竜華、それなんて花なん?」

 

 怜は部屋のリビングのガラスの花瓶に、花を生けている竜華に声をかけた。

 

「カーネーションや」

 

「カーネーションに青い色なんてあるんか?」

 

「最近できた品種らしくてなあ、花言葉は永遠の幸福……部屋に置くと幸せになれるって人気なんよ」

 

 大切なものを扱うように花を愛でている竜華の姿を見て、リビングにお花があると華やかな気分になるから、幸福っていうのは間違ってないかもしれへんなあと怜は思った。

 

「この白いのはなんなん?」

 

「それはかすみ草やな、あっ水用意してくるから少し持っててや」

 

 竜華は怜に花束を渡すと洗面所へ水を汲みに行った。

 受け取った花束は、カネーションの青色にかすみ草の白い小さい花が粉雪のように降っていてとても綺麗だった。

 

「まあでも、うちはこういう不自然な花より、青い紫陽花ほうが好きやな」

 

 竜華に聞かれないように、怜はそうぼそっと呟いた。

 

 花瓶に花を生けるお手伝いも終わり、一仕事終えた怜は、竜華に膝枕をしてもらいながらソファーに寝転んでのんびりしていた。

 

「旅行も楽しかったけど、やっぱり家がおちつくなあ」

 

「それは良かったわあ」

 

 竜華は嬉しそうに怜の髪を優しく撫でた。

 旅行中に無断で勝手に麻雀をしたことは、何故か竜華にバレてしまったので、とても怒られた。

 竜華は怒っていても泣いてしまえば、大抵のことは許してくれる。そのため、怜は早めに泣くようにしているのだが、今回は泣いても許してくれなかったので、相当ご立腹のようだった。

 携帯電話越しに、竜華が泉に低い声で詰問しながら激昂している様子を横で見ていて震え上がったので、怜は泉にちょっとだけ悪いことをしたなあと思った。

 

「麻雀の試合見るで!」

 

「はいはい」

 

 怜がそう言うと、竜華はリモコンを操作してテレビの電源をつけた。

 満員の観客席と雀卓の緑が映し出される。

 

松山 130500

大宮 100900

佐久 98500

横浜 70100

 

 松山リードの中堅戦、2位につける大宮はポイントゲッターの大星淡を登板させ、逆転を狙いたい構えだ。このまま大将戦までもつれ込むと守護神の姉帯さんがでてくるため、はやめに逆転したいのが各チームの思惑だ。

 大星さんの登板にあわせて、佐久が選手交代の動きを見せた。

 

ROOKIE CHECK

上埜 久

ドラフト5位  個人戦順位 NEW

清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→

佐久

0勝0敗0H

悪待ちに定評のある期待の即戦力ルーキー

 

『さあさあ!各チームとも交代ラッシュだああああああ、大宮の誇るポイントゲッター大星プロに対抗して佐久もルーキー投入!!!!!』

 

『上埜プロはプロ初登板で今日初体験を迎えますね!』

 

『なんでそのワードチョイスしたの!?というか気に入ってるよねその言い回し!』

 

 ハイテンションな実況席は、竜華の仕事仲間の福与アナと、永世七冠を獲得した生ける伝説小鍛治健夜さんである。

 

「ああ、この人……清澄の中堅の人か信濃行ってたんやな」

 

「竜華知ってるん?」

 

「んー話だけな、大学麻雀の不祥事もあったし可哀想やなこの人も」

 

 怜は体を起こして上埜プロを見てみる。ラフで無造作感のあるお団子ヘアにライトグレーのスーツを着こなしている。華やかな容姿ながらも少し陰のある雰囲気が魅力的だ。

 

「この人はなんだかすごいモテそうや」

 

「も、もしかして好みのタイプなんか!」

 

 竜華が少し焦りながら、上埜プロと怜のほうを交互に見比べる。

 

「こういう、綺麗なんやけど幸薄そうな顔って好きな人が一定数いる気がするわ」

 

「つまり、怜のタイプではないんやな」

 

「うちは、竜華一筋やで」

 

「とき〜〜〜」

 

 そう言うと、竜華は膝枕をやめて怜に抱きついた。暑苦しいと思いながらも怜は、無抵抗のままハグを受け続ける、

 しばらくすると満足したのか離してくれたので怜は、体を起こしてタブレットを起動する。掲示板でルーキーの情報を仕入れようと怜は思った。

 

609名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

上埜ってどんな選手なん?

 

620名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmatg

>>609

清澄高校出身らしいから宮永の先輩

 

629名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrmaw

>>620

魔王相手にイキった態度で接してるの見たい

 

635名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:hea0drmat

清澄→信濃とかいう問題しかない経歴に草

 

640名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebimr97m

清澄とかいう一年しか活動してない部活から、3人もプロになってるのははっきり言って異常だ

 

645名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:saks0mrda

>>640

宮永と上埜の他にいる?

 

651名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:emidrmgw

>>645

片岡

 

 あまりめぼしい情報は得られなかったので、怜はタブレットを閉じた。

 こう言う時は、竜華の意見を聞いてみると結構ちゃんとした解説が聞けたりするのだ。竜華の意見はだいぶ辛口なので、当たっていることが多い。

 

「このルーキーどうなんや?」

 

「んー上手いんちゃう」

 

「え?」

 

 即答で上手いという答えが竜華から返ってきて怜は驚いた。あまり上手くないとか、短すぎてわからへんとか言われることを怜は想定していた。

 

「上手いとかこんな短い時間でわかるものなん?」

 

「わかるで」

 

 そう言って竜華は、テレビ画面の中の河に置かれた大星さんのダブルリーチの牌を指差す。

 

「大星さんダブルリーチの場面で、消極的になったり過度に攻めすぎたりってなる人は多いからなあ」

 

「彼女の場合は初対戦なのにそれがないし、データ見てるにしても、待てる打ち手なんやと思うんよ」

 

ツモ! 3000 6000

 

『カンから一巡で引き当てたああああああああああああ!!!』

 

『ダブルリーチ単純なようですけど……やっぱりやられると対策に困るというか、通用するんですよね』

 

 大星さんはダブルリーチを和了し、勢いに乗る。

 上埜プロは配牌を一瞥して小手返しでフェイクをかけてから、ツモった牌をそのまま捨てる。

 

「ガチャガチャやるタイプの割には理牌はちゃんとやるんやな」

 

「あー癖やろな……大星さんの配牌はどうしてもフラストレーション溜まるし」

 

 巡目がたってから、ようやく上埜プロは多面張を捨てて単騎待ちに切り替えてリーチをかける。

 

『上埜選手は高校インターハイの活躍が印象深いです』

 

『さすが小鍛治プロ!詳しいですね!』

 

『その試合こーこちゃんと一緒に実況したよね……まあいいや、インターハイで宮永さんと周りの人が活躍しているのを見ると感慨深いなあって思うよ』

 

『宮永世代ですか?』

 

『そうとも言うのかも、異能の打ち手が多く集まった世代だというのもありますし……だからこの上埜さんも…………』

 

 すこやんが途中まで言いかけた時、上埜プロはツモってきた牌を親指で弾き上げてから、空中でキャッチし卓に叩きつけた。

 

ツモ!!!  6000オール!!!!!

 

『……めちゃくちゃマナー悪いですね』

 

 すこやんは強打とかいうレベルじゃないツモ和了を見て、明らかに途中で言うことを変えて、上埜プロに苦言を呈する。

 

109名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

上埜いけるやん!!!!!!

 

181名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak1drtjw

めちゃくちゃなツモり方してて草

 

235名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:headrmjzh

これはレジェンドツモを超える逸材

 

312名前:名無し:20XX/5/17(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak0miah

めちゃくちゃマナー悪いですね(直球)

 

 上埜プロのド派手な和了を見て観客は大盛り上がりしているので、興行的にはありなのかもしれない。格好良かったので、今度麻雀をする時に真似してみようと怜は決意した。

 

 その後試合は、大宮のトリックスター大星淡と、レジェンドツモの後継者上埜久の稼ぎ合いの様相を呈した。

 しかし、中堅戦終盤に大星さんが松山に大物手の振り込みを許すと、上埜プロもこれに続いて放銃。結果、松山リードのまま大将戦を迎え、姉帯さんが接戦を制して今シーズン9セーブ目を挙げた。

 



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第20話 福与恒子の三尋木プロ独占インタビュー

 プロ麻雀ファンから蛇蝎のごとく嫌われている選手がいる。日本代表でもおなじみ、恵比寿ウイニングラビッツのポイントゲッター三尋木咏選手である。

 

 三年前、横浜ロードスターズから恵比寿に4年60億とも言われる超大型契約でFA移籍した。三尋木プロの活躍を見ることしか、楽しみがなかった横浜ファンは、深い悲しみに包まれた。なお、当時の横浜ロードスターズの総年俸が21億円であったため、宮永咲以外の選手の給料を0円にすれば、ぴったり3年で払えるとネタにされた。

 

 実際には一部の横浜ファン以外には嫌われていないのだが、麻雀界の嫌われ者としておいたほうが面白いので、麻雀ファンの間ではそういう設定になっている。

 

 そんな三尋木選手の特集番組が組まれると聞いて、怜はいつものように平日の昼間からソファーでゴロゴロしながら、テレビの前で待機していた。

 

三尋木プロ独占インタビュー part6

301名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

楽しみやなあ

 

305名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6drjaz

福与アナとすこやんとか取材陣が豪華すぎて草はえる。

 

311名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3gdjw

福与アナ最近ですぎじゃね?

 

323名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak2diwa

>>311

出るだけで視聴率とれるスーパーアナウンサーだからねしょうがないね

 

369名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

お、はじまったやん!

 

『さあさあ!やって参りましたよ、恵比寿ウイニングラビッツ公式広報室!!!』

 

『私がいた頃よりずいぶん綺麗になってるね』

 

 三尋木プロが取材を受ける公式広報室は、白を基調としたオフィス調の部屋にオーク材の家具が置かれていて小綺麗な雰囲気だ。そこにえんじに椿の模様をあしらった着物姿の三尋木プロがポツンと座っている。

 

『よろしくお願いします!!!』

 

『やあやあ、よくきてくれたねぇ〜まあお茶でも飲んでね』

 

 三尋木プロが元気よく挨拶する福与アナに置かれたお茶を勧める。3人は席について話し始めた。

 

『久しぶりだね三尋木さん、今日はよろしくね』

 

『いや〜三尋木さんはやめて欲しいねぃ、話しにくい』

 

『それじゃあ咏ちゃんって呼ばせてもらうね、咏ちゃんは今季無傷の4勝に3Hを挙げて絶好調だけど……今は良いなって感覚なのかな』

 

『それがそうでもなかったりするんだよねぃ、あまり調子が良くなくてもわかんねーって感じで勝てる時もあるし、調子の良い確信がある日でも派手に負けることもあるから』

 

『それは麻雀あるあるだね』

 

 すこやんは三尋木プロの話にうなずきながら、続きを促す。ファンの想像以上にすこやんが、ちゃんとインタビュー出来ることに掲示板がざわつく。清水谷竜華レベルのインタビューをファンは覚悟していたらしい。

 

『だから調子の良し悪しはよくわからないものなんじゃないかな、知らんけど』

 

 テレビ前にいる怜としても、今の話には同意できる部分が大きかった。調子がいいと思った時でも、深く未来の分岐を探ってみると自分の勝ちパターンが少なかったり、調子や流れが悪いと思っていても、あっさり和了できる未来が用意されていたりすることも多い。

 

「さすがトッププロは良いこと言うやんな」

 

「あーでも今の話を泉がしたら、なに言うとるんやこいつ?なるよな?」

 

 発言者によって感じ方が全く異なることに気がついた怜は、自分自身に疑問形でツッコミをいれる。全く社会に出ていないのに、内容よりも誰が言ったかが大切という、社会の縮図を知った怜は、これからも仕事をしない決意を固めた。働かなければどうということはない。

 

三尋木 咏    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 2位

妙香寺→横浜→恵比寿

18勝3敗7H

主な獲得タイトル

首位打点王(5回)、最多勝(3回)、最優秀雀士賞(1回)、ゴールデンハンド(6回)、敢闘賞(3回)、名人位(3期)、牌王位(7期)、山紫水明(2期)、名将位(1期)、日本放送杯優勝 など

 

——昨年度の成績について三尋木プロ自身はどう考えているのか教えてください

 

『そうだねぃ……ペナントの成績そのものは悪くないけど、やっぱりタイトル防衛失敗してるのはまずいのかな?知らんけど』

 

——名人位ですね、やはり悔いが残る結果に?

 

『悔いっていうのはないかな。自分の力は出せたし、負けるべくして負けたのかなと私は思ってるけど』

 

『悔いは残らなくても、後輩に負けるのはやっぱり悔しいねぃ』

 

『次は、勝ちます』

 

 三尋木プロはそう言って、笑顔で話してはいるものの打倒宮永への強い決意が言葉の節々に感じられた。名人を失冠しても、衰えぬ闘志に掲示板の住民が沸く。

 

101名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebiditawg

これはトッププロ三尋木

 

134名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea3ditaz

宮永に本気で勝とうと思ってるの5人くらいしかいないのほんと草

 

186名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrwatg

やっぱり、宮永以外の給料0円にして3年60億で契約更改しとけばよかったな

 

203名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok7drmaz

>>186

いや、三尋木とかいらんけど選手の給料は0円にしろ

 

205名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrdgk

>>186

宮永の給料は上がり続けるから

他の選手から罰金取らないと破産するんだよなあ

 

209名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

なお、名人戦 ●●●○●

 

214名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak3ditg

>>209

一個勝ててるだけいいだろ!

 

220名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak3ditg

>>209

先輩に気を使った説、本当にすき

 

 すこやんが、テレビの視聴者に少しでも女子力を見せつけようとするように、3人分のお茶を煎れる。三尋木プロはお礼を言い、喉を潤わせてからすこやんに問いかけた。

 

『こういうインタビューに健夜さんがでてるのは珍しい?詳しくは知らんけど』

 

『んー色々なお仕事の話があるけど、その中では麻雀の普及に関われる仕事を優先したいと思ってるから』

 

『それで私のところにねぃ……もっと若手選手のほうがよかったんじゃないの?』

 

『咏ちゃん人気だから』

 

 三尋木プロは、ファンの応援のなかに混じって、少なからず罵声が入っている部分もあるが、間違いなく雀界を代表する人気選手である。小鍛治健夜引退後、しばらくの間スター不在のプロ麻雀リーグを支え続けた彼女の功績は大きい。

 

——恵比寿ではリード時の起用も多く登板されているようですが、どうでしょうか?

 

『強いチームだからねぃ、そういうこともあるよね。突き放したい場面でポイントゲッターだけじゃなくて、守備もある程度期待されてるんじゃないかな?』

 

——三尋木プロといえば火力というイメージを多くのファンの方が思われていますが……最近の活躍を見ると守備にも定評がありますね

 

『やっぱり最近はおばさんになってるからねぃ、若い頃みたいに攻め一辺倒とはいかないよねぇ……結婚して守るものもできて、少し意識が変わってきているのもあるかな?知らんけど』

 

 三尋木プロの発言を聞いて、すこやんの顔が少しこわばる。その後誤魔化すように勢いよくお茶に口をつけて、軽く火傷をしたすこやんの映像が、何故か三尋木プロそっちのけでお茶の間に提供される。

 

802名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok7drrja

地雷を踏み抜いていくスタイル

 

868名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

なぜ、話している三尋木プロじゃなく

すこやんばっかり写すのか

 

875名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:ymatdrwat

売れ残りのこどおば哀れやなあ^^

 

 掲示板にいる麻雀ファンの期待に応えたのか福与アナウンサーは、結婚から話題を逸らすように、三尋木プロの横浜時代の話をはじめる。

 

——横浜時代は終盤ビハインドからポイントゲッターとして起用され逆転、そのまま宮永選手が抑える起用が、愛宕マジックと言われ騒がれましたね

 

『最後の一年だけだけどねぃ、ほとんど副将に固定されてたのも結果が出せた要因の一つかなあ?あの時期は逆転すれば、勝ちがつくからねぃ』

 

——横浜から恵比寿には入って気持ちに変化はありましたか?

 

『(横浜時代は)少なからず正常な精神状態でないのはたしか』

 

『恵比寿に入ってから、久しぶりに麻雀をしていて嬉しいという感情を思い出したねぃ』

 

205名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok7drrja

どんな精神状態だよwwwwwwwwwwwww

 

607名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakgdrta

横浜、全然嬉しくなかった

 

822名前:名無し:20XX/5/20(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrmaz

正常な精神状態ではないwwwwwwwww

 

 あまりの三尋木プロの回答に、すこやんが飲んでいるお茶を吹き出しそうになってしまった。気管に入ったのか、ゴホゴホやりながらずっと下を向いている。すこやんは必死にカメラに顔を映さないようにしているが、肩が震えているので、笑っているのが視聴者からみると丸わかりである。

 

——恵比寿に移籍して驚いたことはありますか?

 

『一軍の選手はこんなに練習するものなんだねぃ……知らんけど』

 

——横浜の選手に言いたいことはありますか?

 

『スタジアムは麻雀をするところ。みんなの練習が終わってからやるならまだいいけど、周りが麻雀の練習をしているときに、サッカーをしているのはおかしいと思う』

 

『他のチームだったらぶちのめされているかもねぃ……知らんけど』

 

——横浜は選手の仲がいいと良く言われますよね?そのあたりはホームシックになったりしませんでしたか?

 

『また、みんなで焼肉パーティーしたいなぁって思う時もあるねぃ。たまに試合後、江口を連れて行く時もあるけどさ』

 

——恵比寿では充実していますか?

 

『充実しているけど、競争があるからプレッシャーも感じているねぃ。シロだけじゃなくて照も最近伸びてきてるし、気を引き締めてやらないとね』

 

——最後に恵比寿ファンに向けて一言

 

『応援のほど、よろしくお願いします』

 

 それでは、またお会いしましょう!

 三尋木プロ独占インタビューでしたー

 またねーーーー

 

 笑顔で手を振る三尋木プロと福与アナ。そして最後に俯いたまま肩を震わせ続けるすこやんが、映し出されて番組が終了した。

 

 テレビの電源を切り、満足した様子で紅茶を飲みながら怜はつぶやいた。

 

「やっぱ麻雀うまい奴、性格悪いやつしかおらんわあ」

 



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第21話 専業主婦と永世雀聖

 6月上旬に行われるタイトル雀聖戦。2日制の短期決戦で決まるこのタイトルは、勢いのある雀士が勝つと言われている。

 小鍛治健夜、赤土晴絵、宮永咲などルーキーイヤーに雀聖位を戴冠する雀士もおり、若手プロが、トッププロになるための登竜門と呼ばれる雀戦でもある。

 

 今年度、4期連続でタイトルの防衛を果たし永世称号を獲得した雀士がいる。

 

 今、プロ麻雀界で最も勢いのある、宮永咲永世雀聖である。

 

——雀聖位防衛おめでとうございます、はじめての永世位を獲得したお気持ちをお聞かせください!

 

『その名に恥じないような麻雀をこれからも続けていければと思っています』

 

——永世雀聖は小鍛治プロ以来の快挙となります!おめでとうございます

 

『ありがとうございます、これに慢心せず引き続き精一杯修練に励む所存です』

 

 テレビの中でメディアに完璧な受け答えをする和服姿の宮永さんの様子を見て、怜はつぶやいた。

 

「めっちゃつまらんわあ……」

 

「ちょっ、咲ちゃん完璧に答えられてて立派やん!」

 

「完璧に答えられたら、なにも話すことなくなるやん?」

 

 怜は竜華に淹れてもらったカフェオレを飲みながらそう返した。プロ麻雀のニュースでは、好戦的な天江さんや歩く失言機である玄ちゃんのようなキャラクターを、怜は求めているのだ。

 

「竜華もまたタイトル戦でれるとええな」

 

「んーこればっかりはなぁ……」

 

 怜は竜華に期待を込めてそう言うと、少し苦笑いをしてから自分のコーヒーに口をつけた。

 牛乳と砂糖がたっぷり入った怜のカフェオレとは異なり、竜華はブラックコーヒーに砂糖だけいれたものを飲んでいる。かなり変わった飲み方だが、竜華本人は気に入っているらしい。

 

「宮永さん、ほんまつよいなあ」

 

「咲ちゃん、麻雀してる時と普段の落差がありすぎるやん?あれなんかちょっと怖いわあ」

 

 竜華は不思議そうに首を傾げた。本気で自分は、麻雀してる時と普段の差があまりないと思っているようだった。

 怜からすれば宮永さんよりも、プロ入り後の竜華のほうが二面性がある気がするのだが、黙っていることにした。怜は、話を少し逸らすために違う話をする。

 

「コーヒー飲んだら甘いもの食べたくなったわあ」

 

「そのカフェオレめちゃめちゃ甘い気がするんやけど……まあ、ええか。アイスとチョコレートならあるけど?」

 

「アイスモナカ食べたいで!」

 

「はいはい、とってくるな」

 

 怜は一度、ソファーでゆっくりし始めると、冷蔵庫にアイスを取りに行くことすら厭うようになる。食べることを決意してから、ソファーを立ち上がり冷蔵庫からアイスをとってくるまで、おおよそ20分程度かかるので、竜華がいるときはとってきてもらうことが多い。

 竜華にとってきて貰ったアイスモナカを食べながら、怜はタブレットを起動する。

 宮永さんのコメントが、真面目すぎて面白くないので、掲示板で魔王語翻訳スレを開きながらテレビを見ることにした。

 

——振り返って今回の雀聖戦、勝因はどんなところにあったと思いますか?

 

『大星プロから何度か直撃を奪って、先に他家よりリードできていい流れで2日目を迎えることができました。そのあとも難しい展開が続きましたが、粘り強く守れたことが勝ちに繋がったと思います』

 

永世雀聖宮永咲さんのお言葉を翻訳するスレ

167名前:名無し:20XX/6/5(土)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

今のはどういう意味や?

 

215名前:名無し:20XX/6/5(土)

ななしの雀士の住民 ID:ebi7drta

>>167

訳:ATMの淡ちゃんから何度も引き出しできたので、いい気分で2日目を迎えることが出来ました。2日目はリードが大きすぎて退屈な展開が続き、眠気を抑えるのに苦労しましたが、なんか勝ってましたね。

 

——勝ちを確信したのはどのあたりでしょう?

 

『そうですね……2日目の最終盤、南入してすぐに嶺上開花で和了できて、一気に良くなった感じがありました。』

 

420名前:名無し:20XX/6/5(土)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrjag

訳:そうですね……1日目の最終盤、2位の野依さんから、跳満直撃した場面で勝ちを確信しました。

 

 翻訳スレとは名ばかりで、実際には麻雀ファンの勝手な想像で、宮永咲に喋らせているスレである。しかし、インタビューのコメントよりも、翻訳した後のほうが宮永さんの気持ちにより近そうなのが、魔王語翻訳スレの魅力である。

 

「なー竜華、この試合ってやっぱり大星さんがまずかったん? ほぼ、点棒自動預払機やったやん」

 

 怜はそう竜華に問いかけると、竜華は唇に人差し指をあてて考えはじめた。

 

「うーん……せやなあ、大星さんが下手すぎたのもあるけど…………野依さんと姉帯さんもそこまで良い内容やなかったな」

 

「1日目、咲ちゃんが大星さん狙った時に、一緒に大星さんから毟りにいったのは、宮永さんの掌で踊らされた感があったなあ」

 

 1日目は宮永さんがダブルリーチをかける大星さんから、直撃を何度も奪い一人沈みにさせた。その後、大星さんを姉帯さんと野依さんも狙い撃ちにしはじめたが、これが竜華が言うには、良くないらしい。

 

「でも弱った大星さんを狙わないと、宮永さんにどんどん差をつけられていくで?」

 

「姉帯さんと野依さんも多分同じこと考えたと思うわ」

 

 怜は竜華の言いたいことがイマイチ飲み込めず、続きを促した。

 

「そのあと、3人のプレイヤーで大星さんを毟りながら、互いに相手を刺せる場面を伺う展開になった訳やん?」

 

「せやな」

 

「そうなると、先に大星さんを潰した宮永さんの方がリードがあるから、精神的に余裕があるんよ。だから野依さん焦って、宮永さんに刺されてしもたんやな」

 

 そう言ってから、竜華はすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。

 

「さすがに深読みしすぎやろ?」

 

 たしかに竜華の言うことには説得力があるものの、結果論だと怜は感じた。そういう展開になり、宮永さんがうまく対応できたから勝ったと考えると辻褄があう。

 

「そうやとええんやけどなあ……」 

 

「結果論やろ? 最後から逆算してくとたしかに誘導したように見えなくもないけど」

 

「でも宮永さん、麻雀してるとき一瞬だけやけど笑ってたで?」

 

 完全に心が折れて最下位にもかかわらず、ダブリーもかけず、安牌を切ることしか出来なくなった大星さんを笑うとか、さすが宮永さんやなあと怜は思った。

 竜華は、ローテーブルに置かれた空のマグカップを2つ持って、立ち上がる際に怜に言った。

 

「大星さん見て笑ってたんちゃうよ? 潰れてから一瞥もしてへんから」

 

「え?」

 

「笑った時に見てたのは、野依さんや」

 



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第22話 園城寺怜と大学のプリンス

 雨がざあざあと降っている。

 

 怜は、子どもの頃から雨を見るのが好きだった。外に出ると濡れてしまうのでおうちの窓から、雨の雫が葉っぱから溢れ落ちるのを眺めていると、なんともいえない幸せな気持ちになれた。

 

「高層マンションじゃなければ、もっと雨の音もよく聞こえるんやけどなあ」

 

 怜は窓のカーテンを閉めて、ソファーに腰掛ける。カーテンを閉めると雨音はもっと小さくなって、まるで外で雨が降っていないようだった。

 高級家具と快適な空調。そして大きなテレビに、座り心地の良いソファー。

 広くて綺麗なリビングに一人ぼっち。

 怜は、少しぬるくなったココアの入ったマグカップを両手で持って、口をつけた。

 

「竜華はやく遠征から帰ってこないかなあ」

 

 ガラス張りのローテーブルの上にマグカップを置くと、その音は意外なほど響いた。雨音が聞けない部屋でなければ、ここまで響かななっただろうと怜は思った。

 泉やふなQと奈良に遊びに行った時は楽しかったわあ……温泉と料理も良かったし、でもそれよりも。

 

——麻雀またうちたいなあ

 

 怜は竜華の書斎から麻雀牌を持ってきて、手の中で遊びながらリモコンを操作してテレビの電源をつける。

 

「今日はエミネンシアの試合あるから、竜華の応援せな」

 

 怜は少しの寂しさを紛らわすように、プロ麻雀の試合を見ることにした。

 

佐久 113000

大宮 102900

神戸 96700  

横浜 87400

 

『さあ、佐久リードのまま先鋒戦!まだまだわかりません』

 

 いつもよりも早い時間にテレビをつけたのでまだ先鋒戦をやっていて、試合は始まったばかりだった。

 

『あらためまして、各チーム先鋒選手の紹介です』

 

加治木 ゆみ  前年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 24位

鶴賀→伊稲大→神戸

8勝14敗0H

六大学のプリンスは先鋒ローテーションの一角に、新人王を獲得し更なる飛躍が期待される。

新人王、敢闘賞(1回)

 

赤土 晴絵   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 11位

阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→ 佐久

10勝22敗0H

新人王 雀聖位(1期)ゴールデンハンド(2回) など

佐久フェレッターズのガラスのエース、高い防御力と対応力に定評がある。

 

江口 セーラ  昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 18位

千里山→横浜

3勝15敗0H

昨年度は勝ち星に恵まれていないながらも、先鋒ローテーションを守り続けた。その火力は横浜の重戦車

 

愛宕 絹恵  前年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 67位

姫松→大宮

2勝6敗3H

昨年度途中に先鋒転向。堅実な指し回しでローテーション奪取を狙う。愛宕洋榎(佐久)は実姉。

 

「この先鋒戦……全員知り合いやんけ!誰応援したらええんや!」

 

 怜は少し驚きながらも、誰を応援しようか思案する。心情的には元チームメイトのセーラを応援したいが、なんだか今日は負けそうだ。それに神戸の応援をしようと思って、テレビをつけたので、竜華の同僚の加治木さんを応援しようと決めた。

 

「加治木さんは顔もそうやけど、牌さばきがカッコええんよなあ」

 

 加治木さんは薬指を使って、牌をツモってくる独特の所作が印象的だ。無能力者でありながら、六大学麻雀で能力者たちをひらりと躱して斬り倒す曲線的な闘牌と、甘いマスクでアマチュア時代から人気がある。

 怜は真似をしようと思い、薬指で牌をツモ切る動作をすると、牌が勢いよく飛んだ。そしてテレビ横の置き時計に、嫌な音を立ててブチ当たった。

 

「……………………まあ、大丈夫やろ」

 

 飛んだ牌を回収する際に置き時計を見ると、風防のガラスにヒビが入っていた。

 無言で怜は、置き時計をそっと逆向きに置いた。無かったことにして、誤魔化そうとする作戦である。壁のほうを時計が向いているのは、明らかに不自然なのだが、他の方策を思いつかなかったため仕方がない。

 

 テレビから、絹恵ちゃんの気迫のこもった発声が聞こえてきたので、怜は試合に意識を集中する。

 

「3人ともめちゃくちゃ鳴いてくるわあ、これだけ展開が早いと、セーラなかなか和了出来へんよなあ」

 

 どちらかといえば、加治木さんと赤土さんもセーラと同じ副露率の低い門前手役型の雀士なのだが、今日は展開が早いので切り替えて麻雀をしているのだろう。セーラはこういう場面で器用に鳴いていける選手ではないので、大物手にかけるしかない。

 

「でも、これは無理そうやなあ……」

 

 赤とドラが重なったので珍しく役牌を鳴いて、積極的に仕掛けていこうとするセーラだったが、あっさり赤土さんのノミ手に流されてしまう。

 

「セーラもう和了できんわ、はよ代えてあげたほうがええ」

 

 流れを掴みにいって失敗してしまったセーラを見て、直感的に怜はセーラのことを諦めた。本来なら愛宕監督は、もっと早いタイミングで選手交代をするべきなのだが、代わりの選手がいないので、先鋒区間はセーラに賭けるしかないのだろう。

 

 絹恵ちゃんは必死に鳴いて喰らい付いていくが、徐々に差をつけられていく。

 

「赤土さんほんまに上手やなあ……」

 

 大宮からタイムアウトの宣言がされ、選手たちの周囲にチームメイトが集まり始める。瑞原監督は口元を隠しながら、色々と絹恵ちゃんにアドバイスしている。

 セーラは、宮永さんから手渡されたエネルギーバーを齧りながら特に話すこともなく、雀卓を見つめていた。こういう先鋒がへこんだ時に一人しか出てこないから、このチーム弱いんやろなと怜は思った。

 渡辺プロが軽く絹恵ちゃんの肩を叩いてから、ベンチに引き上げていくと試合が再開された。

 

佐久 120300

神戸 110600

大宮 90800

横浜 78300

 

 試合再開直後に絹恵ちゃんは、自信を持って門風牌を鳴いていく。それをみて、加治木さんも六筒をポンする。タイムアウトがかかっても、流れは全く変わらない。あまり手が進まない鳴きが連発される試合展開は、怜にとっては最良だが、セーラにとっては地獄である。

 

「今日は牌触りながら見てるせいか、河も山もめちゃくちゃ良く見えるわあ」

 

 怜は、自分がセーラだったらどんなふうに打とうかと考えながら観戦を続ける。

 

ツモ! 2000 4000

 

 加治木さんが、タンヤオとドラのみの満貫を和了し最終局に逆転した。明らかに普段の打ちまわしと違うのだが、しっかり対応してくるあたりに彼女の地力の高さが窺われた。

 加治木さんとは、同い年というのもあり怜は何度か一緒に出かけたことがあり、竜華の同僚のなかでは一番親しい間柄だ。

 泉やセーラ以外の人と2人で出かけたりするのは、大抵の場合独占欲の強い竜華に反対される。

 しかし何故か容姿端麗の加治木さんとは、怜が2人きりで出かけても、竜華に何も言われないので、誘いやすいというのもある。

 

 高校時代は無名の選手だった加治木さんは、推薦ではなく一般入試で伊稲大学の政治経済学部に進学し、麻雀部に入部。大学BIG3と言われるほどの絶対的エースにまで登り詰めた。国麻が終わってから、毎日14時間は勉強したと言っていたので、かなりの努力家なのだろう。

 怜は彼女ほど上手なプレイヤーが、高校時代無名だったということに驚いたが、高校から麻雀をはじめたと聞いて納得した。

 歴代最高とも言われるハイレベルな年度の六大学リーグを、伊稲大が優勝することが出来たのは、主将の加治木さんの力によるところが大きい。

 

「出身長野って言ってたから、宮永さんや天江さんと一緒なんやな」

 

神戸 118600

佐久 116300

大宮 88800

横浜 76300

 

 エミネンシア神戸が首位にたって、先鋒戦が終了する。佐久の赤土さん以外は全員交代するようで、選手交代のアナウンスがテレビから聞こえてくる。

 

「赤土さん、次鋒戦もそのままいくんか」

 

 派手な鳴き合いの麻雀だったにもかかわらず、赤土さんは特に疲れた様子も見せずケロっとしている。

 それに対して怜は麻雀を見ているだけでも少し疲れたので、手の中で遊んでいた牌を手放してソファーにダイブする。

 

「伊稲大……進学してれば加治木さんと一緒に麻雀できたんやなあ」

 

 怜は、少し残念に思いながらそうつぶやいた。

 



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第23話 あニキ、ネット麻雀界の神になる

 部屋のリビングに、カチカチと無機質な音が響く。

 

 加治木さんの試合を見てから、麻雀が打ちたくなった怜はここ数日、ネット麻雀にハマっていた。

 フリー雀荘は、リーチしただけで1500円貰える甘々な世界なので、一回行くと場代を払っても4、5万は楽に勝ってしまう。

 そのため変装をしても、打ちぶりからすぐに身バレしてしまうので行きにくい。

 また、家から外に出るのも面倒なので、ネット麻雀にチャレンジしようと思ったのである。

 

 ネットなら卓について麻雀をするほどは疲れないし、あまり相手も強い人がいないので、楽に打てるところが気に入った。

 アカウントの作成や、慣れない操作になかなか手こずらされたが、やっと最上位の朱雀卓に入ることができた。

 

名前:あ  7段

R2701

平均順位 1.67 位

和了率 34.13%

放銃率 0.03%

副露率 44.59%

立直率 7.32%

 

 怜は、満足げに初期設定のアバターの男の子の顔を見る。白い帽子をかぶっているのが、若干ダサいが段々と遊んでいるうちに愛着が湧いてきた。

 

「まだ、7段なんやなあ……これどんどん昇段ポイント貰えなくなってきたし、これ10段になるまですごい時間かかりそうや」

 

 ネット麻雀ではラスをとってしまうと、ごっそり昇段ポイントを削られてしまう。そのためなかなか昇段出来ないように作られている。

 

「でも、東風ありありだし、ビリになっちゃうこともあるよなあ」

 

 怜はそう独り言を言いながら、ネット麻雀を続ける。現実世界での麻雀よりも、スピードの早いネット麻雀に戸惑ったが、副露を多くしたりして、やっと適応してきた感覚があり怜は手応えを感じていた。

 

「こんなん現実じゃあ、絶対に鳴かないけどまあええか……」

 

 5萬5萬6萬からチーして聴牌していくスタイル。2巡先で8筒拾って和了できるとはいえ、面前を崩してまで鳴くような手ではない。

 しかし、このゲームは1位さえとれれば、得失点はわりとどうでもいいので、オーラスならこうやって強引に和了しに行って、決着させるのが最良となる。

 

ツモ 300 500

〜終了〜    観戦者6875人

 

「なんか別のゲームみたいやな、これ……」

 

 怜は雑にノミ手を和了し、一位を確定させる。鳴かずに少し様子を見て高く和了したほうがいいのだが、疲れるし一位も確定できるから、安くても和了しても良いかと思った。

 

「なんか、相手の研究してるのか朱雀卓って観戦者が多いんよなあ」

 

「観戦するならプロの見れば良いし、自分で遊んだ方がええと思うんやけど」

 

 おそらく自分の試合を見ている人はほとんどいないのだろうが、今の麻雀は牌譜に残ったりすると若干恥ずかしいので、見ている人がいないといいなと怜は思った。

 能力者があまりいないので、フラットな麻雀が打てると怜は期待していたが、ネット麻雀はネット麻雀で特殊な世界だ。

 

「あ、考え事してたら押し間違えてもうた……」

 

 怜は慌ててマウスを操作するも、河に捨てた牌は戻ってこない。

 

「しゃーないなぁ……チートイ狙いながら諦め気味にやるかあ」

 

 適当に回し打ちしてたら、和了することができるようなのでリーチをかける。

 

「うーん歯応えないわあ、やっぱリアルでやる方が面白いなあ……少し疲れてきたから、これ終わったらインスタントコーヒー飲みながらソファーでテレビ見よ」

 

 ネット麻雀を終えて、怜はいつものようにテレビでプロ麻雀中継を見ながら、タブレットを操作していると、掲示板で伸びているスレッドが目に止まった。

 

ネット麻雀最強議論スレ part119

209名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrjag

のどっちの時代は終わった

 

234名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakdmitd

これからは兄貴の時代だ!

 

268名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrtazg

マジで兄貴強すぎる

今日の闘牌もヤバかった

 

275名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrtazg

クソ鳴きしたあと絶対に和了できるの謎すぎる

 

316名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrtaz

あれ、不正やろ

違法なツールとか使ってるわ、他人の牌が見えてるとしか思えん

 

362名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrjaz

>>316

あまりの強さに不正通報されまくってるけど、アカウント全く削除される気配ねえんだよなあ……

 

396名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakdrmaw

>>362

ネット麻雀の能力者なんやろ

 

422名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebiemgt

>>396

というか、プロでは?

 

「のどっちって原村さんのアカウントかな? そういえば、原村さんネット麻雀で有名やった気がするわ」

 

 その原村さんを抑えて、今ネット麻雀では、兄貴という人物がとても強いらしい。ネット麻雀では、相手の顔がわからないので、プロの可能性もあるだろうなあと怜は思った。

 

「それだけ強いなら、ウチも対戦してみたいなあ……ネット麻雀いろいろあるけど朱雀やってるんやろか?」

 

569名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

兄貴って朱雀でやってるん?

 

603名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrwaz

>>569

せやで

 

667名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidimaz

今日は、あニキいきなり順子ど真ん中から切って、七対子和了したのほんま凄かった

 

667名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:headrmaz

兄貴にしか見えない世界があるんだ!(`・∀・´)

 

701名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakdiwaz

>>667

意味不明の七対子からの、リーチ一発はまさに兄貴

 

720名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokdpwaz

今日の兄貴の御真影はっとくわ

名前:あ  7段

R2703

平均順位 1.65 位

和了率 34.22%

放銃率 0.02%

副露率 44.58%

立直率 7.34%

 

724名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:emimrwag

>>720

 

730名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakdrwaz

>>720

いつみてもハチャメチャな放銃率に草

 

769名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:hea3mrta

>>730

あニキは危険牌が100%察知できる能力者だからね、しょうがないね

 

 掲示板に、見慣れた白い帽子を被った男の子のアバターが表示されている。

 

「これ、ウチやん……」

 

 怜は自分の誤操作や、ド下手鳴きが晒し者にされていることに気がついた。何故、今日のネット麻雀の内容を多くの人が知っているのかと、怜は疑問に思った。目の前が真っ暗になる感覚を覚えつつも、怜は掲示板を見続ける。

 

795名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:hea9m3di

あニキは間違いなくトッププロ

 

801名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrwjz

異様なほどの強さ

放銃率0%

リーチから一発

もしかして、高校麻雀界の太陽?

 

820名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:matdpmj

>>801

園城寺さんは死んでるんだよなあ

 

829名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak5diwa

>>820

霊やろ(・∀・)

 

836名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:matdrmaz

>>829

ひえっ…………

 

850名前:名無し:20XX/6/14(月)

ななしの雀士の住民 ID:headimaz

霊が麻雀してるのは流石に怖すぎる

 

「あかん……なんか特定されそうや…………」

 

 怜は焦りながら掲示板を閉じて、パソコンを起動する。

 ネット麻雀にログインしてアカウントを削除しようと試みるも、操作方法がよくわからなかった。

 アカウントの消し方がよくわからずに途方に暮れていたが、怜はあることに気付いた。

 

「よくよく考えるとウチが打ってるのがバレたとしても、家の場所とかわかるわけでもないし、このまま放置でええやろ」

 

「ネット社会怖いわあ……うちは『あ』なんてやつ知らんで!寝よ寝よ」

 

 怜はパソコンを切ると、二度とネット麻雀をしない決意を固めた。そして、そのまま寝室のベッドに潜り込んで、ふて寝をする運びとなった。

 

 その後、あニキはネット上で麻雀神の使い、プロ麻雀のトッププロ、園城寺怜の怨霊、運営の用意したAIなど様々な噂が流れたが、活動が急に休止したこともあり結局その正体はわからなかった。

 

 そして、あニキはネット麻雀界の伝説となった。

 



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第24話 麻雀牌と洗濯物の姫

 6月に入りペナントレース前半戦も佳境に入ると、各チームとも遠征が多くなる。竜華の所属しているエミネンシア神戸も、横浜から恵比寿それから佐久と長期遠征を敢行している真っ最中だ。

 

「竜華ー早く帰ってきてやーーーー」

 

 そう悲鳴をあげるのは、麻雀では能力者だが、生活面では無能力者の園城寺怜である。

 

 二週間の竜華の遠征。怜にとってはまさしく死のロードといえる。一週目は時計が壊れたくらいでなんとかやり過ごしたものの、二週目は竜華が帰ってくるまで、あと3日を残して深刻な事態を迎える。

 

 着るものとバスタオルがないのである。

 

 怜は洗濯機が使えないので、洗面所にあるLLサイズの巨大なランドリーバスケットに洗濯物を放り込んで、竜華の帰りを待つことしかできない。

 もう、バスケットは二個目に達した。

 

「困ったわあ……もう少したくさん竜華にパジャマを買っといて貰えばよかった」

 

 怜はそうひとりごちた。

 ちなみにパジャマの数は、20着用意されているのだが、怜がコーヒーを溢して着替えたり、お風呂のたびにパジャマを変えたりしたため、数が足りなくなった次第である。

 バスタオルも1日に2回お風呂に入ったり、溢したコーヒーを拭き取るなどして全て使用したため、なくなってしまった。

 真っ白なバスタオルでコーヒーを躊躇なく拭いていく、豪快なスタイルが、園城寺怜の持ち味だ。

 

「ウチはどうしたらええんや……」

 

 残り1着になってしまったパジャマを見て怜は、コロコロ君でカーペットのホコリを取りながら絶望に打ちひしがれる。

 コロコロ君とお風呂掃除ができることが、怜の自慢なのだが、状況は好転しそうにない。

 怜は仕方がないので、ソファーでゴロゴロしながら考えることにした。粘着力がなくなった、コロコロ君をポイしてソファーにダイブする。

 

「竜華に電話するしかないやろか……」

 

 遠征中は、試合の関係もあるので出来るだけ怜の方からは、連絡をとらないようにしている。夜の10時から11時ごろに竜華から、電話がかかってくることが多い。

 

「今、試合出てるかもしれへんな」

 

 怜はそう思い、テレビの電源をつけた。洗濯物の問題はひとまず諦めて、プロ麻雀中継を楽しもうと気持ちを切り替える。

 

大将戦 東3局  

神戸  132800   清水谷竜華  

大宮  118600   大星淡

恵比寿 110600   三尋木咏

横浜  38000   岩館揺杏  

 

清水谷 竜華  今年度成績

ドラフト2位  春期個人戦順位 9位

千里山→エミネンシア神戸

1勝1敗4H5S

前年度は副将起用も抜群の安定感で守護神に抜擢。ファンに絶大な人気を誇る、神戸の女王。

 

『神戸、清水谷選手を猛追する三尋木プロ!!!そして大宮の大星淡は逆転できるのかああああああ』

 

 テレビからハイテンションな福与アナウンサーの実況が聞こえてくる。ちなみに声は聞こえてこないが、いつものようにすこやんが解説になっている。

 

「やっぱり、竜華でてるやん」

 

 竜華は今シーズンの途中から、セットアッパーから守護神に配置転換された。シーズン序盤に獅子原さんに逆転され、リードを守りきれず途中降板をしたこともあった。しかし、大きく崩れたのはその時くらいで、好調を維持し首脳陣の信頼を得た形だ。

 今日は点差が少ない場面での登板のため、大宮、恵比寿の両チームから一番良いポイントゲッターが起用されている。

 

「竜華、これはきついなあ……」

 

 ツモ! 2000 4000

 

 三尋木さんが満貫を和了し、二位と三位が入れ替わり更に点差が縮まる。満貫を和了して親が恵比寿の三尋木さんに変わったので、流れは完全に恵比寿にあるように怜は感じた。

 

大将戦 東4局  

神戸  130800   清水谷竜華  

恵比寿 118600   三尋木咏

大宮  114600   大星淡

横浜  36000   岩館揺杏  

 

 

「この点差でこの流れはまずいわあ……負けてしまうかも……」

 

 大星さんは早い巡目でリーチをかけるし、岩館さんは岩館さんなので、聴牌出来れば三尋木さんが出和了できる確率は高い。他家からの出和了なら、満貫までならギリギリ逆転されないんやなと怜は簡単に計算した。

 

「まあ、でも親が流れないから三尋木さんがここで満貫出和了すれば、ほぼ負けやな」

 

「人の麻雀見てるほうが緊張するわ……」

 

ダブルリーチ!!!

 

 宮永さんとの雀聖戦から、調子があまり良くない大星さんだが、積極的にダブルリーチをかけていく。大星さんの能力で周りが聴牌から遠い状態でのダブリーは、なかなか迫力がある。

 竜華の配牌は五向聴だったが、字牌を整理するとわりと伸びそうな手になった。

 

「大星さん、ほんま面倒な能力してるわあ……」

 

 周りの配牌を悪くし、自分だけが先に聴牌できるという、小学三年生が考えたような能力に怜はため息をついた。

 

 同じく五向聴から8巡目でさっと揃えて、聴牌した三尋木さんが追っかけリーチをかける。綺麗な両面待ちで跳満も見えてくる大物手だ。

 親の私が和了するから、お前らはオリろという、三尋木さんの心の声が、聞こえてくるような気がした。

 

『小鍛治プロ、三尋木プロからリーチ、ここは2人はどうするのがいいのかな?』

 

『そうですね……良形であれば仕掛けてみるのも良いとは思いますが、ベタオリが自然でしょうね』

 

 手牌が全く進んでいない岩館さんは、諦めて完成面子から現物を切る。未来の見えている怜でもなければ、勢いに乗る親のリーチには逆らえない。

 

 竜華の手はまだ二向聴。しかし、竜華は特に迷うような素振りも見せずに、浮いている六索を保留し、無スジを河に捨てる。

 

「こ、これ回すのは駄目やろ……」

 

 間四間の六索こそ警戒して回したものの、ほぼ全ツである。テレビ越しに見ていると六索は通ることがわかるのだが、竜華から見たら絶対に切れない牌だ。

 一筒と四筒が三尋木さんの当たり牌なので、竜華が手持ちの一筒を切るんじゃないかと、怜はハラハラする。

 そんな怜が三尋木さんと竜華が牌をツモるたびに変な声をあげながら、テレビを見ていると、竜華が大星さんの当たり牌の七筒をツモる。

 

「あかん……」

 

 ずっと保留し続けた六索を切って、七筒を取り込めば最低満貫以上で聴牌できる。生牌の七筒と、あれだけ回し続けた六索をここでは切れない。そうなると、回し打ちを続けるなら一枚切れの一筒から落としても、不思議ではないような気もする。

 竜華も流石に手が止まり、唇に人差し指をあてて逡巡している仕草をした。

 

 リーチ

 

 竜華は六索を優しく横向きに置く。

 

「なんでそれ切れんねん!? というかリーチする意味ないやろ」

 

 なにやってるんやと竜華にツッコミを入れながらも、あの局面から回し打ちが成功したことに怜は安堵した。満貫以上の手なのにリーチを入れたのは謎だが、何はともあれこれで2人に追いついた形となる。

 

 ツモ  4000 8000

 

「は?」

 

 竜華が両手で牌を倒してから、理牌を軽くして和了したことを示す。三尋木プロは一瞬顔を顰めたが、すぐにいつもの表情に戻って手牌を倒してから中央に投げ入れた。

 まさかの、一発ツモである。

 

「流石、竜華や!!!!!!」

 

 あまりの驚きに変な声が出てしまったが、それから怜はガッツポーズをする。

 派手な和了に盛り上がる、神戸ファンの姿がテレビに映し出される。レッツゴーポーズをしている、女性ファンも多く見受けられた。

 

大将戦 南1局   

神戸  140800   清水谷竜華  

恵比寿 110600   三尋木咏

大宮  110600   大星淡

横浜  32000   岩館揺杏

 

「レッツゴー竜華、ゴーゴー竜華」

 

 怜もスタジアムにいる神戸ファンに負けじとレッツゴーポーズをとりながら、竜華を応援する。

 その応援が通じたのか竜華は南入後も好調だった。堅実な闘牌で守りを固め、機会があれば早和了を狙う守護神の王道の麻雀で、勝利を近づけていく。

 

「ん……なんか、なかなか始まらへんなタイムアウトかな?」

 

 三尋木さんと雀審が、なにか話している映像が映し出される。選手は4人とも卓についているので、タイムアウトではなく、ルールの確認だろうと怜は思った。しかし、少し待っても始まらずタイムアウトがとられて、恵比寿の監督が出てきた。

 

『恵比寿からタイムアウトがとられました、この試合恵比寿は三回目のタイムアウトです』

 

「いま、タイムアウトとったんやな、なにしてるんやろ?」

 

 しばらく様子を見ていても、怜は全く状況が掴めない。

 三尋木プロが席から立ち上がり、雀卓を指差して雀審と話している映像が流れ続ける。

 

『どうやら、咏ちゃ…いえ、三尋木プロは麻雀牌の交換を要望しているようですね』

 

『牌の交換?』

 

『ええ、審判の判断次第で認められるので』

 

 すこやんの解説を聞くも、怜にはなぜそれが必要なのか全くピンとこない。牌が変わると流れは変わりそうな気がするが、試合途中に変えているところを見たことがない。

 

 雀審が3人集まって自動卓から麻雀牌を取り出し、卓上に並べたその瞬間。三尋木プロは竜華と麻雀牌を指差してから、もの凄い剣幕で審判に猛抗議した。

 その様子を見て、各チームのベンチから一斉に監督と選手が出てきた。愛宕監督がさっと手を引いて、選手を雀卓の外に連れ出す。竜華は卓についたままだが、野依さんが横について目を光らせている。

 走ってきた小瀬川さんが三尋木さんと、雀審の間に割って入る。しかし三尋木さんは小瀬川さんを押し除けて抗議をやめず、瑞原監督も手を広げて、雀審に迫る。

 

『あーやっちゃった……』

 

『ど、どういうことでしょうか?』

 

 各チーム入り乱れての大騒ぎに、福与アナは、動揺しながらすこやんに問いかける。

 

『牌が汚れているか傷がついてるかわからないけど……選手を下がらせないで、目の前で検品したら全部牌が見えちゃうよね』

 

『そうですね? どういうことでしょう?』

 

 福与アナは意味をよく理解していなかったが、そこまですこやんに言われて怜はやっとピンときた。

 

——ああこれ、竜華には結構牌が見えてたのかもしれへんな

 

 特に気にせずに、竜華は検品の様子をずっと眺めている。三尋木さんが、竜華に何か言っているが野依さんが止めに入る。

 

 検品の結果問題なしと審判団は判断したが、各チームの抗議が収まらない。

 

 クソ麻雀牌やんけ!おい!

 選手の前で空けたんやから交換やろが!

 意地になったらあかんよ!意地になったら!

 なんや、そのふて腐れた態度は?

 

 なぜか、三尋木さんよりも熱くなっている元牌のお姉さん瑞原監督の罵声が、小さくテレビから聞こえて来る。

 その後、10分近くに渡って抗議が続いたが、判定は覆らず麻雀牌の交換は行われなかった。

 

 その後、竜華は完璧な内容で抑えきり、嬉しい今期6セーブ目をあげた。

 洗濯物を竜華の回し打ちから見習い、保留することにした怜は配偶者の活躍を見て呟いた。

 

「あれだけの騒ぎになって、いつもと変わらず麻雀できる竜華やばいわあ」

 

 



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第25話 末原さんと3つ目のホールドポイント

 エミネンシア神戸は、前半戦の日程を全て消化した。長期の遠征から家に帰ってきた竜華にも、束の間の休息が訪れる。オールスターやタイトル戦こそあるものの、8月の後半戦開始までは日程的に余裕がある。

 そんな竜華の連休初日、乾燥機を回す音が洗面所から怜のいるリビングまで、小さく聞こえてくる。

 

 竜華は、コップやお皿などの洗い物をキッチンに備え付けられた食洗機に次々と入れていく。

 そして、怜は竜華のパジャマを着てソファーでゴロゴロしながら、竜華の家事が終わるのを待っていた。

 

 一応、怜はお皿洗いを手伝う姿勢は見せたものの、竜華側から拒絶されソファーで休んでいて良い旨、確認をとった上でゴロゴロしている。俗に言う、合意ゴロゴロである。

 

「ときー湯豆腐作ったから食べてや」

 

「食べるで!」

 

 お片付けの合間に、怜がなにか食べたいとせがんだので、竜華は湯豆腐を作って提供する。土鍋で作った昆布とお豆腐だけのシンプルな湯豆腐だ。

 

「あ〜おうちごはん最高や」

 

 利尻昆布でとった上品なダシに、豆腐の甘さが際立つような温度。外食ではなかなか味わえない、優しい味に怜は舌鼓をうつ。

 ちなみに、竜華のいない二週間もずっとおうちで出前と冷食を食べ続けたので、全部おうちごはんである。

 

「ふふっ、たーんとめしあがれ」

 

 竜華は怜が食べている様子を洗い物をしながら、幸せそうに眺めている。やっぱり、一人より家族で過ごすとええなあと怜は思った。

 

 湯豆腐を食べて少しお腹も落ち着いてきたので、怜はプロ麻雀中継を見るためにテレビをつける。

 

副将戦  東2局

 

横浜  173900 岩館揺杏  

松山  98600 天江衣   

恵比寿 77300 宮永照

佐久  50200 上埜久

 

ROOKIE CHECK

岩館 揺杏  

ドラフト3位  個人戦順位 NEW

有珠山→東北服飾大→横浜

2勝9敗6H

 

 前期ペナントの最終戦は、一方的な試合展開となっていた。トップに見慣れないチーム名があり、怜は何度か画面を見返す。

 

「今日、横浜がトップやんけ……」

 

 怜はタブレットを起動して、掲示板の実況スレを開く。

 

【完勝】横浜ロードスターズ実況 29

486名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

横浜、いけるやん!

 

493名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrw4m

滅多に発動しない薄墨の裏鬼門炸裂、勝てる勝てるんだ

 

518名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrwaw

>>493

契約延長、大四和すき

 

524名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmaz

大四喜と小四喜両方許していくチームがあるらしい

 

530名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdswam

もうすぐ大将戦やし、この半荘やり過ごせば勝ちやな

 

 7万点以上のリードがあり、岩館さんの顔にも少し余裕が見られる。天江さんの能力で一向聴地獄で足踏みさせられるのも、大きくリードしている横浜にとっては、都合が良いかもしれないと怜は思った。

 今日の前期シーズン最終戦は、宮永さんが大将戦を危なげない内容でまとめてゲームセット、そう怜は思っていた。

 

 

ツモ! 4400オール!

 

 

 宮永さんのお姉さんの気合いのこもった発声が、スタジアムを熱狂させる。

 

副将戦  東4局 5本場

横浜  141400

松山  122500

恵比寿 102800

佐久  33300

 

——どうしてこうなった……

 

 横浜からタイムアウトが申告され、一時試合が中断される。

 天江さんは大暴れするし、今は宮永照の連続和了が止まらない。横浜のあれだけあったリードはもう2万点しかなくなっている。

 

『宮永照!!怒涛の連続和了!!!!高校インターハイの女王はやっぱり強かった!!!!』

 

宮永 照  今年度成績

ドラフト1位  春季個人戦順位 5位

白糸台→恵比寿ウイニングラビッツ

6勝1敗0H

 

 岩館さんは振り込みこそないものの、この試合全くいいところがなく焼き鳥で安牌逡巡マシーンになっている。

 

【地獄】横浜ロードスターズ実況 33

260名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmaz

ああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

281名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrwag

姉の方はプロじゃ活躍しないんじゃなかったんですか!

 

295名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrwag

>>281

それ去年までの話だから

 

305名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

真に恐ろしいのは、ここまで南入すらしていないということ

 

322名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmaz

愛宕監督の好みに合致しているというだけで起用され続ける女

 

336名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokd6drwj

>>322

愛人の弘世といい性癖がはっきりしすぎてるのほんと草

 

353名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokrcgmj

>>336

背が自分より高くてクールな雰囲気の子が好きなんですねぇ……

 

 テレビの中で愛宕監督と話している岩館さんは、完全に心が折れた表情をしている。それを見て怜は竜華に問いかける。

 

「さすがに交代やろか?」

 

「せやけど、誰に交代するかが悩みどころやな」

 

 竜華もあらかた家事が片付いたのか、怜の前に座って湯豆腐を食べ始めた。

 

「少し早いけど宮永さんでええんちゃうか?」

 

「監督はたぶんそうしたいんやろけどな、将またぎは出来ない方針とか契約になってるんやろ」

 

「なるほどなあ……うちが監督なら勝ってるときは全部副将と大将してもらいたいわ」

 

 怜が竜華の言ったことに納得すると、愛宕監督が雀審に選手の交代を告げた。

 

 リリーフカーから降りて、紫髪の可愛らしいリボンをつけた雀士が雀卓に向かう。

 

「末原さんやんけ!」

 

 驚いた怜が思わずそう声をあげる。

 

「あーそういえば横浜行くってテレビで言うとったなあ……やっと一軍あがって初登板がこの場面ってきついわあ…………」

 

 竜華は少し同情するような表情で、末原さんのことを見ている。

 肉食獣に食べられる前のインパラのように怯えながら末原さんは卓につく。テレビ越しに見ていて、手が震えているのがわかるので、相当である。

 

706名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

あかん……

 

711名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokvsgzj

クビになった女たちの人きたあああああああ

 

715名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokr0mrma

愛人から敗戦処理に切り替えていくスタイル

 

719名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdmrwk

誰?

 

723名前:名無し:20XX/6/20(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmaz

負けたな、風呂入ってくるわ

 

 

 ツモ! 6500オール!!!

 

 

副将戦  東4局 6本場

横浜  134900

恵比寿 122300

松山  116000

佐久  26800

 

 末原さんは震える手を抑えて、鳴いて宮永さんの親を流そうと試みるもあっさり和了される。

 

「これ、もう……佐久が飛ぶまで終わらないんちゃうか?」

 

「んーそろそろ他家も和了できると思うで、天江さんも絞ってきてないから」

 

 そういうものかなあと怜は思っていると、上埜プロが7巡目で満貫をツモ和了した。ツモった牌を思いっきり卓に叩きつけて、相手を威嚇していくスタイルが上埜プロの持ち味だ。

 

「ほら、言った通りやろ?」

 

「さすが竜華や」

 

 やっと南入したものの、横浜だけこの半荘で全く和了していない。

 南入直後に天江さんが跳満を和了した後、立て続けに連続和了を宮永照が決めてあっという間に、南4局である。

 

副将戦 南4局

横浜  124300

松山  122800

恵比寿 122600

佐久  30300

 

「逆転されていないのが、不思議なくらいなんやけど」

 

 怜は、ほとんど死んだ目で麻雀を続ける、末原さんを見ながら、そう竜華に問いかけた。

 

「一応、横浜も出和了だけは回避し続けとるからな」

 

「逆に、放銃せずに7万点追いつかれることあるんかいな?」

 

「まあ、あるからこの状況なんやろなあ……」

 

ポン!!!

 

 末原さん、これはまたクビやろなあと怜が思った矢先、末原さんの気合いの入った発声が聞こえてきた。

 

 まだ、心は死んでいなかったらしい。

 

 末原さんはそのまま立て続けにもう1副露しノミ手だが聴牌することに成功する。しかし、その直後に生牌の7萬をひいてきてしまい末原さんが固まる。

 

「こ、これ末原さん切れるんかな……」

 

「無理やろ」

 

 末原さんは震える手で7萬を手に加えると、現物の完成面子に手が伸びる。

 それから末原さんは俯いて一呼吸いれると、勢いよく7萬を強打した。

 

「末原さんいくなあ」

 

 竜華がそうつぶやくのを聞きながら、怜はテレビ画面を見つめる。

 

ツモ! 400 700

 

 末原さんが最後に和了し、副将戦は決着した。

 

副将戦  終了

横浜  125800

松山  122400

恵比寿 121700

佐久  29900

 

 怜は、70000点あった横浜のリードが3000点しかなくなっている惨状に、唖然とする。

 松山は、天江さんがそのまま将跨ぎで大将戦に入る。恵比寿は、宮永照に変わって三尋木さんが登板するようだ。意地でもこの前半最終戦をものにしようと、主力選手を投入してくる。

 横浜の守護神の宮永さんが登板する試合は、消化試合のような雰囲気になることが多いが、今日はそうはなりそうにない。

 

 末原さんが、雀卓に向かう半袖ワイシャツ姿の宮永さんに深く頭を下げている様子が、テレビに映し出される。

 宮永さんは末原さんの頭を優しく撫でてから、肩を強く叩き無言で雀卓へと向かった。

 

 その後、宮永さんは完璧な内容で3000点のリードを守りきり、末原さんにプロ入り後3つ目のホールドポイントをプレゼントした。

 



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第26話 専業主婦とプロ麻雀せんべい開封の儀

 怜は竜華に買ってきてもらった、プロ麻雀せんべいをダイニングテーブルの上に並べた。怜はカードを開封する前のワクワク感を大切にしているのだ。

 

 プロ麻雀せんべいは、微妙に美味しくないお煎餅に、プロ麻雀選手のカードが2枚ついているお菓子である。どちらかというと、カードにお煎餅がついていると、言ったほうが正しいかもしれない。人気選手のレアカードとノーマルカードの2枚がついて150円なので、なかなか良心的な値段設定だと怜は思っている。

 

「楽しみやわあ」

 

 今日は竜華に2つしか買って貰えなかったので、当たるカードは計4枚となる計算だ。

 今まではもっとたくさん買ってくれていたのだが、怜が付録のお煎餅をゴミ箱にそのまま大量に放り込んでいるところを、竜華に見つかり怒られたため、一度に買うのは最大2つまでという制限が設けられてしまった。

 

「ええ、カード当たるとええなあ」

 

 対面に座っている竜華は、のんびり紅茶を飲みながら怜のことを見ている。言葉にこそしないが、お煎餅も食べろよという圧力を怜は感じた。

 

 気を取り直して、怜はパックを開封する。

 

松実 玄   前年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 3位

阿知賀→ハートビーツ大宮

6勝9敗16S 最優秀防御率(1回)

得失点差に優れた大宮の守護神。その闘牌は

まるで終盤のファンタジスタ。

 

「お、光ってるカードやん! おめでとう」

 

 1枚目からホログラム加工された玄ちゃんの、カードを引き当てる。牌を持って決めポーズをしながら、キラキラ光り輝く玄ちゃんのドヤ顔が眩しい。

 竜華は祝福してくれたが、怜は少し顔を顰めながらカードをじっと見つめる。

 

「うーん……微妙やな…………」

 

「え? 光ってるからその玄ちゃんのカードレアなんちゃう?」

 

「ああ、6枚しかないシークレットレアやからレアはレアやで」

 

 怜は、竜華の方を向いてそう答える。

 

「良かったやん?」

 

「でもなあ……………」

 

 怜は玄ちゃんのカードをもう一度見る。

 

「せっかくのシークレットレアなのに、なんで玄ちゃんなんや……うちは姉帯さんが良かったわあ…………」

 

 宮永咲や姉帯豊音などのシークレットレアの中に混じる松実玄に、理不尽な怒りを覚えながらも、怜はカードにスリーブをかけて保管する。

 

「玄ちゃんってファンから過小評価されがちやけど、十分強いと思うで」

 

「カードにも書いてあるけど玄ちゃんは得失点差がほんま優秀やし、平均+10000くらいあるやろ」

 

 竜華が玄ちゃんのフォローをする。ちなみに倍満直撃で、去年の玄ちゃんの負け数を1個増やしたのも竜華である。二向聴から和了を目指していた玄ちゃんが、他家がまだ誰も張っていないと勘違いして、無警戒に切っていったため発生した現象だ。なぜか解説のすこやんが玄ちゃんにキレたので、掲示板でかなり話題になったので怜も覚えていた。

 

「でも守護神にするのはあかんやろ?」

 

「そうなると大宮の守護神は、大星さんになるけどええんか?」

 

 怜は、先日あった大星さんの雀聖戦のダブリー放銃機械っぷりを思い出し、戦慄する。

 

「やっぱり、玄ちゃんは大宮の守護神でええ気がしてきたわ」

 

「せやなー」

 

 家族間で玄ちゃんが大宮の守護神に相応しいと共通認識できたので、怜は2枚目のカードを見ることにした。

 

小瀬川 白望  前年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 26位

宮守→恵比寿

5勝3敗10H

恵比寿の中盤を支える、高火力が持ち味のイケメン雀士。

 

「お、当たりやな!」

 

 ご満悦で、小瀬川さんのカードを怜はスリーブに入れる。玄ちゃんも小瀬川さんのようにノーマルカードであれば、当たり認定されていたのに哀れな女である。

 

「小瀬川さん、結構上手いからなあ」

 

 竜華は怜から手渡されたカードを見ながらそう呟いた。竜華は小瀬川さんと公式戦で対戦することも多いため、少し意識しているように見えた。

 

「どういうところが上手いん?」

 

「面前重視で点棒持ったら固いし、鳴くべきところでは鳴いてるし、牌譜見てて疑問に思うところは、あんまりあらへんな」

 

「オカルトや感覚重視の雀士やと思ってたけど、わりと理論派なんやな」

 

「彼女の場合は、本人的には感覚重視で打ってるつもりなんやろけど、内容がデジタル的にも合致するっていうタイプやなー」

 

 竜華の話を総合すると、小瀬川さんはセンスが良いタイプらしい。チームの顔になるタイプではないが、どのチームでも勝ちパターンに入る競争が出来るだけの力はある、というのが竜華の評価だ。しかし、能力の迷い家の性能が微妙なのが、トッププロと比較して残念とのこと。

 

「珍しく人の麻雀褒めとるなあ……いつもの毒舌竜華はどこにいったんや?」

 

「あはは……まあ玄ちゃんも小瀬川さんも良い選手だから特に悪いことは言わへんよ」

 

 怜はあまり美味しくないお煎餅を食べながら、竜華の話を聞きそういうものかと頷いた。

 

 そして二袋目を開封する。

 

弘世 菫  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 51位

白糸台→家慶大→横浜

2勝7敗0H

六大学麻雀で活躍し実質ドラフト1位で横浜に入団、ルーキーながらも先鋒で起用され今後の飛躍が期待される。

 

「この人はどうや?」

 

 怜が、竜華に問いかけてみるも返答がない。

 

「この人はどうやろか?」

 

 仕方がないのでもう一度聞くと、答えが帰ってきた。

 

「ま、まあまあちゃう?」

 

 竜華は誤魔化すように怜から目線を外しながら、そう言った。

 

「絶対、下手やと思ってるやろ?」

 

「そ、そんなことないで……」

 

「ほんまに? 正直に教えてほしいわあ」

 

「まあ…………本音で言うとあんまり上手くはないなぁ」

 

 竜華は口を開くと性格が悪そうな解説になるため、あまり話したくなさそうに続ける。

 

「弘世さんは他家を狙い撃てる能力は優秀なんやけど……この人そもそもの麻雀がヘタクソなんよな、高校の時はもう少しマシやった気もするんやけど守備が甘いし、押し引きの判断も微妙やわあ」

 

「能力の性質上しょうがないところもあるんやろけど、牌譜見てると先切りが早くて待ちを絞りすぎてる印象があるわあ、出和了多いから火力も無いし」

 

「あと、リーチ判断も微妙かな……内容も悪いし……あ、でもでも能力は強いと思うで!」

 

 能力が強いとフォローを入れるたび、麻雀の微妙さが際立ち株が下がるという、高度な毒舌解説を竜華はやってのける。

 恵まれた能力から、クソみたいな麻雀を繰り出すことに定評がある選手。

 あまりにも酷すぎる評価を下す竜華に、怜は苦笑した。

 

「先鋒やってるのが悪いんかな?」

 

「それはあるんやけど、中盤の複雑な場面で使うと弘世さん麻雀が下手だから、能力と噛み合わないんよなあ。逆にあの能力で、牌の流れに無頓着なのは不思議なくらいや」

 

「ちょっと言ってること酷すぎちゃう?」

 

「怜が無理に、教えてっていうたんやない!?」

 

 竜華は少し落ち込みながら、弘世さんのカードを手に取って、ごめんなあと小さく謝った。

 

「2年目やし、これからプロの麻雀に対応していくと良い感じになるんちゃうかな。麻雀が荒いのは、伸びしろがあるとも言えるわけやし」

 

「敵チームだからあんまり強くなられても困るけどなー」

 

 竜華は解説を終えるとそう付け加えた。怜は解説に納得しながら、最後のカードに手をかける。

 

清水谷 竜華  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 14位

千里山→エミネンシア神戸

4勝3敗31H

冷酷無慈悲な闘牌で、相手を完封する安定感抜群の神戸の女王。

 

「この人はどうなんや? 神戸のチームレアらしいで」

 

 怜は引き当てた清水谷プロのカードを竜華に見せる。

 

「そ、その人はまあ普通やなー」

 

 竜華は気恥ずかしいのか、カードを手に取って苦笑いする。

 

「冷酷無慈悲な麻雀するらしいで」

 

「たぶん、その人優しいからしてへんと思うわあ」

 

「毒舌女王様らしいで」

 

「そんなことカードに書いてへんやろ!?」

 

 怜は、落ち込んでる竜華に二枚入っているお煎餅を一枚プレゼントする。あまり、美味しくないお煎餅も2人で食べると、少しだけおいしく感じた。

 



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第27話 赤土晴絵と地獄のオールスター控え室

 プロ麻雀オールスター戦。ファン投票で選ばれた上位20名の選手で戦うチーム戦である。

 優勝チームには、賞金1000万とスポンサーから車が贈られるが、チームの成績やタイトルに関係するわけでもないので、わりと緩い雰囲気で行われる麻雀界のお祭りである。

 

 12位の二桁順位ながらもオールスターに選出された、赤土晴絵もオールスターを楽しんでやろうと意気揚々と控え室に乗り込んだ。

 オールスター、楽しみにしていたのに。

 

——なぜ、このチームなのか…………

 

 オールスター Bチーム

 宮永 咲    ファン投票1位

 清水谷 竜華  ファン投票3位

 大星 淡    ファン投票9位

 赤土 晴絵   ファン投票12位

 片岡 優希   ファン投票19位

 

 

 晴絵が控え室に入ると、宮永さんがソファーに座って女性ファッション誌を読みながらくつろいでいた。

 

「あ、赤土さんよろしくお願いします」

 

「うん、よろしくね」

 

 宮永さんは雑誌から目線をあげて、晴絵に挨拶をした。

 3年前の雀聖位戦途中で、牌が持てなくなってしまい2日目コールドという悲惨すぎる負け方でタイトルを奪われてから、どうしても宮永さんと小鍛治さんがダブって見えてしまい、しばらくの間麻雀をすることができなくなってしまった。

 昔は宮永さんの映像をみるのも嫌だったが、今ではセカンドレイプのトラウマも克服して、宮永さんとわりと普通に話せることに、晴絵は安堵した。

 

 どうやら卓を囲まなければ、問題ないらしい。

 

「宮永さん、意外に可愛いの読むんだね」

 

 宮永さんが読んでいるガーリー系のファッション雑誌を、晴絵は目線で差して問いかけた。

 

「んーそうですね……どうせ買うならやっぱり、かわいいほうがいいのかなって」

 

「でも、これとか私には似合いませんよね」

 

 宮永さんは、Lisa Lisaの胸元に大きなリボンがついたピンクのワンピースを見せてくれた。宮永さんは自信なさげにしているが、着たら着たでわりと似合うのではないかと晴絵は思った。

 

「別に似合うとおもうけどねぇ……こういうのって歳とると本当に着れなくなるから、着たいなら着たほうがいいよ」

 

「これなんか、似合いそうだね」

 

 晴絵は同じブランドの可愛い飾りボタンのついたベージュと白のドット地のワンピースを指差して、宮永さんに勧める。モデルの女の子はブラウンのベレー帽を被っていて、同系色で色調に差が出ている。

 

「あ、いいですね……この帽子もお洒落」

 

「一緒に買っちゃえ買っちゃえ」

 

「うーん……どうしようかなあ」

 

 宮永さんは勧められたワンピースと帽子を真剣に眺めながら、悩み始める。

 チームから貰っているだけでも晴絵の3倍、5億円以上の収入があるにもかかわらず、2万円のワンピースを買うかどうか真剣に悩んでいる宮永さんの様子を見て、晴絵は心がほっこりする。

 それから一緒に雑誌を見ていると、宮永さんへの苦手意識が少しずつなくなっていくのを晴絵は感じた。

 

「よろしくだじぇー」

 

「うん、よろしくー」

 

 元気よく入ってきた片岡さんに、晴絵は挨拶を返す。宮永さんは面倒そうに片岡さんを一瞥したあと雑誌のページをめくる。

 片岡さんはおずおずと宮永さんの隣に行き声をかける。

 

「さ、咲ちゃん久しぶり」

 

「うん、久しぶりだね片岡さん」

 

 宮永さんがやっと雑誌から目を離して、冷たい声で片岡さんにそう返した。

 

 それっきり、控え室内に会話がなくなる。

 

 雑誌を読んでいる宮永さんの隣で、しばらく呆然と立ち尽くしていた片岡さんだったが、宮永さんから離れた位置にある晴絵から見て対面のソファーに座った。

 

 なにか話をして重苦しい空気を流してしまいたかった晴絵だったが、話題を全く思いつかなかったので、そのまま黙って10分くらい座っていると三回のノックのあとドアが開いた。

 

「失礼します、今日はよろしくお願いします」

 

「清水谷さん、よろし…………」

 

 部屋に入ってきた清水谷さんに晴絵と宮永さんが挨拶しようと言いかけると、勢いよく片岡さんがソファーから立ち上がり大声で挨拶する。

 

「お疲れ様です!!!よろしくお願いします!!!!!!!!」

 

「五月蝿いわあ……少し小さい声で話してや、迷惑やろ」

 

 清水谷さんは冷たい目で片岡さんを睨みつけてから、ソファーに座る。

 

「も、申し訳ありませんでした……」

 

 ソファーに座った清水谷さんよりも、頭が下にくるくらいまで、片岡さんは頭を下げる。

 これ、声が小さかったら小さかったで清水谷さんに怒られるんだろうなあと思い、晴絵は片岡さんに少し同情した。

 晴絵は、ソファーに座って対戦相手の牌譜を眺めている清水谷さんの横で直立不動の片岡さんの方に目がいった。

 その時、目があった清水谷さんから、かなり殺意の篭った視線で睨まれた。

 

——わ、私なにか清水谷さんになにかしたかな……

 

 全く身に覚えがないが、明確な敵意を清水谷さんから向けられ、晴絵は落ち込む。ポジションが違うので、試合でもほとんど当たることはないし、恨まれるようなことはなにもしていない。

 

「喉渇いたわあ……」

 

 清水谷さんがそうボヤいたので、片岡さんが5人分のお茶を入れる準備を始める。ティーポットにリーフを入れて熱湯を注ぐ、一度サーバーに開けてから全員のティーカップに注ぐようだ。

 片岡さんが清水谷さんのティーカップに、紅茶を注ごうとすると、清水谷さんがそれを止める。

 

「なあ?」

 

「な、なんでしょうか……」

 

 声をかけられてティーサーバーを持ったまま固まる片岡さんに、清水谷さんが不快感を露わにする。

 

「なんでしょうか? じゃないやろ」

 

「すみません!すみません!」

 

「普通、最初持ってくの赤土さんからやろ? それにカップも冷たいままなんやけど? なあ?」

 

「つ、作りなおします!」

 

 片岡さんはほとんど泣きそうになりながら、紅茶を作り直す。

 晴絵の前に紅茶が運ばれてきた際に片岡さんは謝っていたが、私は気にしていないからと、伝えるだけは伝えておいた。

 

「座ってもええよ」

 

「はい……ありがとうございます」

 

 5人分の紅茶を淹れ終わって、かなり萎縮した様子で片岡さんはソファーに腰掛けた。

 神戸と恵比寿は上下関係が厳しいと聞いていたが、同じプロ麻雀のチームでもここまで違うのかと晴絵は驚いた。

 

 もちろん部屋は、それからずっと無言である。

 

 晴絵は間も持たないので、片岡さんの淹れてくれた紅茶を飲み始める。

 他の2人は一切紅茶に手をつけない。宮永さんは持参した白い水筒から、清水谷さんはペットボトルの水で水分補給している。

 

——はやく、帰りたい…………

 

 オールスターのチームは選ばれた選手の中から抽選でランダムに決められるが、今年ばかりはチーム決めのクジを引いた人間を晴絵は恨んだ。

 玄と姉帯さんの和気藹々としたAチームや、三尋木さんと野依さんの落ち着いた雰囲気のCチームが羨ましかった。

 天江さんと戒能さんのDチームでも別にいい、というよりもBチームでなければなんでも良かった。

 

 ずいぶん遅れて、大星さんが控え室に入ってきた。しかし、重苦しい異常な雰囲気を感じ取ったのか小さく挨拶すると、晴絵の隣に腰掛けた。それからずっと、ぬるくなった紅茶を飲みながら黙り込んでいる。

 

——ああ、はやく帰りたい…………

 

 気がつくと晴絵は、試合はまだ始まってもいないのに、佐久の家で帰りを待つ灼の作ったご飯が食べたいと思いながら、スマートフォンで北陸新幹線の時刻を調べていた。

 肩がこったので、ご飯よりも先にお風呂がいいなと晴絵は思った。

 

「そろそろオーダー決めましょうか?」

 

 部屋の沈黙を破って、宮永さんが全員にそう提案し話を進める。やっと室内に会話が生まれて晴絵はほっとする。

 

「私が副将させてもらって、咲ちゃんが大将でどうでしょう?」

 

「良いんじゃないかな、私は先鋒でいいかな?」

 

 晴絵は清水谷さんの提案に同意しながら、やり慣れている先鋒をしたい旨申し出ると、宮永さんから待ったがかかった。

 

「片岡さんと淡ちゃんが並ぶと飛びそうなので、赤土さんは次鋒をやってくれませんか?」

 

「わかったよ」

 

 宮永さんの言い方はだいぶ悪いが、守備が苦手な選手が並ぶのは、負ける可能性が高くなるので、宮永さんの意見を晴絵は受け入れる。

 大星さんは少し不満そうだったが部屋の空気が重すぎるので、特に反対意見もなくオーダーはすんなりと決まった。

 

Bチーム オーダー表

先鋒 片岡 優希

次鋒 赤土 晴絵

中堅 大星 淡

副将 清水谷 竜華

大将 宮永 咲

 

 控え室の雰囲気は最悪だったが、Bチームのオーダーは完全に噛み合っていた。

 

 先鋒の片岡さんが2万点浮き、そのリードを広げながら、晴絵がプラス収支で終えると、中堅の大星さんが点棒を荒稼ぎした。

 副将の清水谷さんも堅実にリードを広げ、2位のAチームとの差は6万点。

 

 姉帯さん、野依さん、天江さんと同卓した大将戦は、宮永さんが消化試合のような内容で抑えきり見事Bチームは優勝に輝いた。まさかの5人全員プラス収支である。

 

優勝しても控え室での会話や盛り上がりはあまりなかったが、宮永さんと一言二言話してから、晴絵は東京の麻雀スタジアムを後にした。

 

 優勝商品の現金200万円と国産SUV1台をオールスターの慰謝料として受け取り、晴絵は新幹線に飛び乗った。

 



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第28話 所属チーム一覧表

登場したキャラクター数も増えてきたので、ここまで登場したキャラクターの一覧表を公開します。m(_ _)m
参考にしていただければ幸いです。


・エミネンシア神戸

清水谷 竜華

野依 理沙

加治木 ゆみ

片岡 優希

銘狩

 

・横浜ロードスターズ

愛宕 雅枝 (監督)

宮永 咲

江口 セーラ

岩館 揺杏

末原 恭子

弘世 菫

薄墨 初美

霜崎 絃

メガン・ダヴァン

 

・佐久フェレッターズ

赤土 晴絵

獅子原 爽

上埜 久

愛宕 洋榎

 

・ハートビーツ大宮

瑞原 はやり (監督)

松実 玄

大星 淡

福路 美穂子

愛宕 絹恵

渡辺 琉音

 

・松山フロティーラ

戒能 良子

姉帯 豊音

天江 衣

臼沢 塞

 

・恵比寿ウイニングラビッツ

三尋木 咏

宮永 照

小瀬川 白望 

 

 

・選手紹介

宮永 咲   昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

1勝0敗24S

昨年度は名人位を奪取し小鍛治健夜以来9年ぶりとなる鳳凰名人に、日本麻雀界の至宝はさらなる輝きを増す

主な獲得タイトル

新人王、セーブ王(1回)、最優秀雀士賞(2回)、敢闘賞(1回)、ゴールデンハンド(3回)、個人戦1位(1回)、名人位(1期)、鳳凰位(2期)、雀聖位(3期)、山紫水明(2期)、十段(1期)、日本放送杯優勝(3回)、学生国際麻雀大会MVP、インターハイ個人二年連続優勝、国民麻雀大会プロの部、ジュニアA、ジュニアB、優勝 など

 

三尋木 咏   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 2位

妙香寺→横浜→恵比寿

18勝3敗7H

主な獲得タイトル

首位打点王(5回)、最多勝(3回)、最優秀雀士賞(1回)、ゴールデンハンド(6回)、敢闘賞(3回)、名人位(3期)、牌王位(7期)、山紫水明(2期)、名将位(1期)、日本放送杯優勝 など

 

松実 玄    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 3位

阿知賀→大宮

6勝9敗16S 最優秀防御率(1回)

得失点差に優れた大宮の守護神。その闘牌は

まるで終盤のファンタジスタ。

 

天江 衣    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 5位

龍門渕→松山

21勝4敗0S

首位打点王(2回)、最多勝(1回)、敢闘賞(1回)、山紫水明(1期)

日本麻雀界を代表するポイントゲッター、今年は守護神姉帯との身長差70cmコンビで優勝を狙う

 

姉帯 豊音   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 6位

宮守→松山

4勝6敗22S

新人王 最優秀防御率(1回)

国民麻雀大会プロの部優勝(1回) 敢闘賞など

 

清水谷 竜華  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 14位

千里山→エミネンシア神戸

4勝3敗31H

昨年度は53試合に登板と飛躍の年となった。クールな闘牌でチームを勝利に導く。

 

江口 セーラ  昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 18位

千里山→横浜

3勝15敗0H

昨年度は勝ち星に恵まれてないながらも、先鋒ローテーションを守り続けた。その火力は横浜の重戦車

 

片岡 優希   昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 23位

清澄→風越→エミネンシア神戸

6勝4敗2H

東風で力を発揮する神戸のポイントゲッター、ロングリリーフが今後の課題か

 

加治木 ゆみ  昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 24位

鶴賀→伊稲大→神戸

8勝14敗0H

六大学のプリンスは先鋒ローテションの一角に、新人王を獲得し更なる飛躍が期待される。

新人王、敢闘賞(1回)

 

小瀬川 白望  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 26位

宮守→恵比寿

5勝3敗10H

火力とバランスの良い打ち筋に定評のある、男装の麗人

 

獅子原 爽   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 41位

有珠山→立直大→佐久

3勝2敗5H4S

ルーキーながらも昨年度は起用法を固定しない変幻自在のトリックスターとして活躍。

 

弘世 菫    昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 51位

白糸台→家慶大→横浜

2勝7敗0H

六大学麻雀で活躍し実質ドラフト1位で横浜に入団、ルーキーながらも先鋒で起用され今後の飛躍が期待される。

 

愛宕 絹恵   昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 67位

姫松→大宮

2勝6敗3H

昨年度途中に先鋒転向。堅実な指し回しでローテション奪取を狙う。愛宕洋榎(佐久)は実姉。

 



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第29話 専業主婦と守りの化身

 竜華の出張中、暇を持て余した怜は愛宕洋榎の実家に来ていた。

 クーラーの効いた部屋でお菓子を食べてから帰ろうと思って、出されたイチゴのショートケーキを食べながら、リビングで寛いでいたのだが、偶然にも洋榎が実家に帰ってきた。

 帰ってくると同時に、洋榎は目を丸くして固まる。

 

「なあ……なにしてるんや?」

 

「ゴロゴロしとるで」

 

 怜はドン引きしている洋榎に、当然のようにそう答える。

 怜は洋榎の家のソファーはなかなかバネが硬くて寝にくいわあと思いながら、人の家のリビングで平和な時を過ごしている。洋榎の家はプロ雀士一家だけあって、高級そうな家具が並んでいる。それなのになぜ、全家具の中で一番大事なソファーが硬いのか、怜は疑問に思った。

 

「なーーに人んちでくつろいでんねーーーーん!!!!!」

 

 洋榎は大阪仕込みのツッコミを決め対応力の高さを見せつけるも、怜はまったく動じない。

 

「そんなかっかすんなや、バリウケさん食べるか?」

 

 そう言って、ソファーに寝転んだまま洋榎にお煎餅を二枚差し出す。当然、洋榎の家のお菓子である。

 洋榎は、お煎餅を一枚だけ受け取り立ったまま食べはじめる。

 

「どこから、うちの実家に侵入したんや? 通風口か?」

 

 洋榎はキッチンから持ってきたゴキブリ殺虫スプレーを手にしながら、通風口を確認している。

 

「普通に玄関からやで」

 

「そんなに堂々と侵入したんか!?」

 

「絹恵ちゃんに言ったら、ケーキも出してくれたわあ」

 

 洋榎は妹が園城寺怜に餌付けしていた事実に、少しショックを受けたようだったが、諦めて怜の頭の位置あたりにソファーに腰掛けた。

 

「膝枕も頼むで」

 

「誰がやるか! アホ!」

 

 頭の位置に洋榎が腰掛けたので、膝枕をしてくれると怜は思ったが、どうやらそうした意図はないらしい。

 

「ん……これはなんや……」

 

 洋榎はローテーブルの上に置かれた、姫松高校の卒業アルバムを手に取った。

 

「せっかく来たから、少し読書してたわ」

 

「これも絹に出してもらったんか?」

 

「いや、洋榎の部屋の本棚から自分で持ってきたで」

 

「そのネタほんま好きやな!? 何回このアルバム見せたと思ってんねん!」

 

「洋榎と末原さんのページは、もうだいたい暗記したわあ」

 

 怜は姫松の麻雀部の写真を開いてから、洋榎のクラスの集合写真のページを開く。

 

「今日は洋榎の思い出の1ページに、ウチも加えて貰おうと思ってな」

 

「ん?」

 

 怜はおもむろにカバンの中から、自分のプリクラを取り出し、洋榎のクラスの集合写真の右上にどうやって貼りつけようか悩み始めた。それを見た洋榎が必死に止める。

 

「同じクラスどころか、姫松高校の人間ですらないやん!!!」

 

「ええやんええやん、一緒にインターハイ戦った仲やろ? 貼らせてや」

 

「そもそも、おまえ1人やなくて泉もプリクラに写り込んでるやんけ! そいつ同級生ちゃうやろ!」

 

 そう言って洋榎は、卒業アルバムを怜の手から取り上げた。

 

 その後、怜は泉の目元をマジックで黒塗りにするから、貼らせて貰えないかと交渉したが「うちの卒業アルバムに、いかがわしい写真を貼るな」と言われてしまい、残念ながら断られてしまった。

 しかし、怜は意味もなくプリクラに写る泉の目元をマジックで黒塗りにして、洋榎を爆笑させることには成功した。

 

「現役JDやぞ! 指名せーや! 貼らせろ!」

 

「えwwwええ加減にせーよwwww」

 

 笑い続けている洋榎を無視して、怜はテレビのリモコンを探す。そのついでに、淹れてくれた紅茶がなくなったので、キッチンにいた絹恵ちゃんにおかわりを要求した。

 

「オールスター戦見たいから、つけるな」

 

「おう、見てけ見てけ」

 

 洋榎は、少し落ち着いたのか絹恵ちゃんから紅茶を貰いケーキを食べている。

 

『大星淡選手! 最高の形で副将にバトンタッチだあああああああ』

 

『随分と差が出てしまいましたね、Bチームの大将は宮永選手ですから……副将の清水谷選手を相手にどれだけ各チームが迫れるか、見どころですね』

 

 ハイテンションで実況する福与アナと、珍しく真面目に解説をしているすこやんの音声が流れる中、Bチームの副将の清水谷プロがテレビに映し出される。

 

「おー竜華でとるやん」

 

「清水谷さん、今では神戸の守護神ですし参考にさせて貰ってます」

 

「サンキューや」

 

 紅茶を持ってきてくれた絹ちゃんに、お礼を言いながら怜はティーカップを受け取る。一口飲んで爽やかな味がしてなかなか美味しかったので、春摘みのダージリンやろなと、怜は思った。

 

「清水谷は、高校卒業してから成長止まらないのがやばいなあ……ファン投票も3位やし随分水あけられてもうたわ」

 

 ファン投票23位で惜しくもオールスター出場を逃してしまった洋榎が、悔しそうにそう言った。

 洋榎のような場の支配を持たない守備型の雀士は、リード時に中堅や副将で起用される事が多い。そのためどうしてもチームの順位や、状況にあわせた打ち方が求められる。年度ごとの振れ幅もあり、実力がなかなか一般のファンには評価されづらい。

 なにより、チームの顔である先鋒や大将、派手な和了をするポイントゲッターと比べると地味なので、得票が集まりにくい。

 

「まあ、洋榎も佐久じゃなくて恵比寿か神戸なら、オールスターでれてたやろ」

 

「お姉ちゃん、ファイトや!」

 

 2人に励まされた洋榎は、気恥ずかしそうに頭をかいた。

 

「ま、まあ うちもこれからやからな!」

 

 洋榎は、似たようなタイプの竜華が自分よりも活躍することが内心、面白くないと感じているのだろう。そして、竜華に嫉妬している自分に洋榎自身が気がついていて、そのことが一番気に入らないのだろうなと怜は、長い付き合いから推測した。

 ライバル心を持つことは悪いことではないし、もっと敵意を剥き出しにしても別にええのに、面倒な性格しとるわと怜は思った。

 しかし、そうした性格の良さが洋榎の魅力でもある。

 

「清水谷さんの活躍は、やっぱり園城寺さんと結婚して、麻雀に集中できる言うのもあると思います」

 

 絹恵ちゃんが言った言葉に、洋榎も同調する。

 

「家事とかダルい面もあるしなあ、あと税金とか……生活面のサポートって結構大きいと思うわ」

 

「園城寺さんがしっかり支えてあげて……清水谷さんも守るべきものがあると、強くなれるんでしょうね」

 

 洋榎が例示したものは、怜には出来ないので、全て竜華がやっている。そのため実際には、生活面のサポートはゼロである。しかし、怜は絹恵ちゃんに持ち上げられて悪い気はしなかったので、適当に同意しておくことにした。

 絹恵ちゃんの言った前半部分はともかくとして、後半部分については当たっているように怜には思えた。

 

「清水谷は家では麻雀したりするん?」

 

「うちはもう全然打たへんからなあ、竜華はたまに家で牌譜みたりはしてるで」

 

 怜がそう答えると、洋榎は少し残念そうな顔をした。もしかしたら、怜が竜華と一緒に練習していることを洋榎は期待していたのかもしれないと、怜は思った。

 

 その後、洋榎と絹恵ちゃんと一緒に、竜華の試合を観戦した。

 竜華の出番が終わり、Bチームから宮永さんが登板して、大将戦が始まった頃、怜はソファーから体を起こして言った。

 

「結構もうええ時間になってきたし、そろそろ帰るかなあ」

 

「大将戦最後まで、見ていけばええやん? 夕飯ぐらいなら用意するで」

 

「6万点もリードがあれば、そら宮永さん勝つやろし見せ場もできへんやろ」

 

「まあ、せやな」

 

 洋榎の引き止めを断り、怜は帰りのタクシーを電話で呼んだ。歩くのが面倒なため公共交通機関を利用せずに、距離に関係なくタクシーで移動するのが、園城寺怜のスタイルである。

 

「んじゃ、またなー」

 

「見送りサンキューや」

 

 わざわざ、玄関前まで見送りに来てくれた洋榎に怜はお礼を言う。帰りのタクシーのドアが開き乗り込もうとした際、怜は洋榎に言いたいことがあったことを思い出した。

 

「なあ……洋榎、帰る前に最後にひとつだけええか?」

 

「な、なんや……急にあらたまって」

 

 いつになく真剣な雰囲気の怜に、洋榎は身構える。

 

「ソファーが硬くて少し寝転がりにくいから、次来るときまでに、ソファーの買い替えを頼みますわぁ」

 

「はよ、帰れ」

 



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第30話 オールブラックズとおやつ研究会

 7月、ペナントレース前半戦が終了し後半戦が開始されるまでのこの時期。鳳凰、十段、山紫水明の3つのタイトル戦が行われる。そんな季節、麻雀界を震撼させる大事件がおきた。

 

 宮永咲、タイトル戦11連勝である。

 

 宮永さんは、6月に行われた雀聖戦から数えて全てのタイトル戦に出場し、1日も負けた日がない。他のスポーツならいざ知らず、運の要素の大きい麻雀というゲームにおいて、11連勝は異常事態といえる。

 テレビでは、宮永さんの試合が毎日のように取り上げられ、タイトル戦の視聴率もうなぎ登りだ。

 

 その結果、麻雀界のオールブラックズが結成される運びとなり、広く世に知れ渡ることとなってしまった。

 

【山紫水明】宮永咲vsオールブラックズ 29

309 名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrw4m

オールブラックズ

先鋒 三尋木 咏 ●●●●●●●●●

次鋒 大星 淡  ●●●●●

中堅 戒能 良子 ●●●●

副将 天江 衣  ●●●●●

大将 姉帯 豊音 ●●●●●●

控え

野依 理沙 ●●

松実 玄  ●●

 

329 名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:matmizawg

>>309

ええ加減勝てや

 

332 名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rg6i

>>309

優勝待ったなし!

 

352 名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>309

オールブラックズも横浜ロードスターズ相手なら余裕で11連勝出来るやろ

 

409名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:ebivmazp

>>352

100連勝出来るんだよなあ……

 

420 名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rg6i

>>309

宮永 咲 ○○○○○○○○○○○

 

467名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmaz

>>420

ほんまいかれてて草はえる

 

 オールブラックズ選出メンバーの中では、黒まるの数が多いほど、麻雀が強いと言われている。

 予選を勝ち抜いて、タイトル戦挑戦者になっているので当たり前なのだが、宮永さんに負けた回数が、強さの指標となっているのが掲示板住民の笑いを誘う。

 

「なんでこれほどまでに今年は勝てないんやろなぁ……」

 

 ソファーでいつも通り、ゴロゴロしながら山紫水明戦をテレビで見ていた怜がつぶやいた。今日のオールブラックズからの挑戦者は、三尋木さん、天江さん、玄ちゃんの3名だ。

 

 宮永さんは半荘単位でみると勝ったり負けたりしているのだが、1日たつとなんだかんだでトップにいる麻雀をしている。全盛期のすこやんのように、他家を派手に飛ばしたりして、圧倒的に勝つわけではない。

 

「まあ、今年の宮永さん信じられないほど強いのは事実なんやけど……さすがに11連勝はなあ」

 

 鳳凰戦の3戦目など、オールブラックズが勝てそうな日は何度もあった。

 しかし、オールブラックズのエース三尋木さんが、3万点リードから放銃し逆転されるバカを披露するなど、宮永さんが負けそうな試合展開でも、オールブラックズ側のミスで、最終的には宮永さんが勝つのである。

 怜がそんなことを考えていると、天江さんの手牌が一枚少なくなっていることに気がついた。天江さんも気がついたようで、2巡目で牌を切らずにフリーズしている。

 

「これは……あれやろな……あまりにも負けすぎておかしくなってるんやろ」

 

809名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:ebirtazg

まーた、オールブラックズがバカを披露してしまったのか

 

815名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:sakimazj

当たり前のようにツモり忘れていくスタイル

 

870名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokidazj

これどうなるん?

 

901名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:matdrmim

>>870

和了放棄だけど、天江の精神的には試合放棄してそう

 

930名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:heamrwazg

>>901

辛辣で草

 

 天江さんのミスや三尋木さんの冴えない闘牌内容、玄ちゃんのドラ置き場っぷりもあり、試合は宮永さんリードのまま、おやつ休憩に入った。

 

 プロ麻雀のタイトル戦は、午前と午後の二回おやつ休憩が用意されている場合が多い。頭を使うので、甘いものを食べて脳に栄養を与えるのも試合の一部である。

 

 一般の麻雀ファンは、タイトル戦の麻雀の細かい駆け引きなどはわからない。そのため選手の昼食、夕食そして、このおやつタイムへの関心は高い。

 今日の試合は高級ホテルの麻雀ルームで行われているため、提供されるおやつにも期待がかかる。

 

「お、ついにきたな! 今日は何食べるんやろか!」

 

 待ちに待ったおやつタイムに、怜のテンションもあがる。怜は一応麻雀の競技経験はあるが、メンタリティは一般麻雀ファン以下であるため、相殺されて一般麻雀ファンと同じくらいの興味関心に落ち着いている。

 今日は塩試合な上、無難に宮永さんが勝ちそうなので、かえって食べ物くらいしか興味がなくなるのも仕方がない。

 

201名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

10時のおやつで宮永さんが、食べてたプリンアラモードと紅茶おいしそうやったな

 

316名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrwaz

魔王、きつねうどんとかプリンとか炭水化物と糖分しかとってないのほんと草

太るぞ

 

395名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:matimazg

>>316

たいして運動してるようにも見えないから、全部麻雀で消費してるんやろなあ

 

436名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

きつねうどんを食べ終わってから、両手でおにぎり食べる咲さん可愛かったですね

 

480名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokdiwjz

三尋木が、カツカレー頼んでたけど全然食べれてないの可哀想だった

 

563名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrwaz

>>480

7月入ってから、宮永に9連敗だからね

しょうがないね

 

598名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:sakimadj

>>480

【悲報】恵比寿三尋木、カツカレーが食えなくなり死亡

 

621名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:hea3miza

>>563

今日で10連敗になるし、家帰ってから食べればええやろ

 

 麻雀卓の横に置かれたダイニングテーブルで、おやつの到着を待っている出場者の映像がテレビに映し出されている。宮永さんと天江さんが親しげに会話をしているが、会話の内容までは聞こえてこない。

 テレビに速報が流れた。玄ちゃんが生ドラ焼き、天江さんがショートケーキ、三尋木さんがホットコーヒー、宮永さんがアイスクリームの注文を済ませているとのことだった。

 

「生ドラ焼きおいしそうやなあ……玄ちゃんのくせに生意気や」

 

 怜は、ソファーで冷蔵庫から出してきたイチゴヨーグルトを食べながら、玄ちゃんに悪態をつく。冷蔵庫の中を色々探してみたのだが、甘いものはヨーグルトしかなかったので、これを食べている次第である。

 各選手に注文したおやつがサーブされるなか、衝撃の事態が発生した。

 

 宮永さんのアイスクリームが、全部溶けているのである。

 

82名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:heay7jrm

溶けてるwwwwwwwww

 

380名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrwaz

全部溶けてるやんけwwwwwwwww

 

698名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:matiwazg

これは魔王ブチギレやろなあ……

 

975名前:名無し:20XX/7/25(日)

ななしの雀士の住民 ID:yokmiza

溶けてるwwwwwwwwwwww

 

 宮永さんに各選手とテレビの前のプロ麻雀ファンの視線が集中する中、宮永さんはおもむろに、溶けたアイスクリームの入った容器を片手で掴んだ。

 

 そして、そのまま容器を傾けながらバニラジュースを飲み干した。

 

 一切の迷いもなくアイスクリームを飲むという、宮永さんのあまりの対応に掲示板は騒然となりこの日一番の盛り上がりを見せた。

 

 宮永さんはアイスを飲み干した勢いのまま、完璧な闘牌でタイトル戦12連勝を達成し山紫水明位を防衛。

 無事、翌日のスポーツ新聞の一面にアイスクリームを完飲している写真が、載ることとなった。

 



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第31話 喫茶店とダイヤモンドのネックレス

 喫茶店に、置き時計の秒針が時を刻む音が響く。

 

 私が来た夕暮れ時には、店内にたくさんいたお客さんも減り、窓から見える景色も真っ暗になってしまった。

 スマートフォンを取り出し時刻を見ると、もう21時を回っていた。メールボックスで、咲さんからのメールを確認する。着信はない。

 

Re:今週のタイトル戦のあとに

From: 宮永咲

返事、遅くなってごめんね

今週末の約束だけど、試合が終わって記者対応もあるから18時からでいいかな? 少し遅くなっちゃうけど……

 

18時ですね、了解です。・ω・。

To:宮永咲

わかりました、

いつもの喫茶店でお待ちしてますね

試合後ですし、体調にはお気をつけて

 

「今日はもう駄目かもしれないなあ……」

 

 咲さんからもらったメールを確認しながら、私はそうつぶやいた。18時に来るって言ってたのに…………咲さんの馬鹿。

 

——あと、1時間だけ待ったら帰ろう

 

 私はそう決意して、ウェイトレスさんにサンドイッチとカフェラテのおかわりを注文した。札幌の素敵なデートスポット……せっかく雑誌で予習したのに、無駄になっちゃったな。

 咲さんと一緒においしいご飯を食べて、それから展望台で夜景を見たかった。

 もしかしたら、咲さんはお腹がいっぱいになったら、動きたくなくなるかもしれない。それなら夜景を見てから、ご飯を食べたほうがいいかな。

 

 カランとドアが開く音が聞こえたので、私は慌てて入り口の方を見た。チャコールグレーのスーツを着た、40代なかほどのサラリーマンだった。

 

——まあ、来るわけないよね……

 

 来ないとわかっていても、ドアが開くたびに期待してしまう。

 

「失礼します」

 

 ウェイトレスさんが運んできてくれたサンドイッチとカフェラテを受け取る。

 早速、私はサンドイッチをパクつく。スモークサーモンと黒胡椒マヨネーズの味が口の中に広がる。なかなかおいしい。

 サンドイッチを口にして、私は初めて自分がお腹を空いていたことに気がついた。

 咲さんは、今日のお昼にうどんを食べていたけど、お腹空いていないかな? 

 うどんは腹持ちが悪い気がするので、先にどこかで食べてから、来てくれるといいなと思った。

 

 カフェラテを一口飲むと酷く苦く感じた。

 

 私は、砂糖を二本入れてからまたカップに口をつけた。これでもう苦くない。甘いカフェラテの出来上がり。

 カフェラテを飲みながら、窓の外の雑踏を眺める。多くの人がすれ違い、別々の方向に歩いていく。なんだか、私みたいだな……そんな考え事をしていると、ドアを開ける鈴の音が聞こえたので、私は慌てて入り口を見た。

 少し小柄な眼鏡をかけた女の子が、ウェイトレスさんと話しているのが見えた。

 

 咲さんだ!

 

 咲さんは、ブラウンのベレー帽と丸メガネをかけて変装しているが、遠目でも私には宮永咲であることがわかった。

 咲さんはキョロキョロしながら、店内を歩き回る。私のことを見つけると、嬉しそうに急ぎ足で駆け寄ってきた。

 

「ごめんね、待たせちゃって」

 

「いえ、大丈夫です。でも遅れるならメールくらいくださいね、心配しますから」

 

「ごめん……」

 

 私がそう言うと、咲さんは申し訳なさそうに頭をかきながら謝った。バツの悪そうに、なれない手つきで、スマートフォンを確認する咲さんが可愛らしかったので、私は違う話題をすることにした。

 

「ベレー帽とワンピース似合ってますね」

 

「あ、これね! 最近買ったんだ」

 

 咲さんは嬉しそうに、ベレー帽を見せてくれた。いつも会う時はスーツ姿が多いが、今日は私服姿だった。おそらく試合が終わってから、ホテルで着替えたのだろうと思った。いつもとは随分雰囲気が違うので、咲さんが年下の女の子なことを少し意識した。

 

「咲さんはご飯、食べましたか?」

 

「試合終わった後ずっと今日の牌譜を見てたから、まだ食べてないや。成香ちゃんは?」

 

「このお店のサンドイッチを食べました、おいしかったですよ」

 

「じゃあ私もそうしようかな」

 

 私がメニューを開いて、スモークサーモンサンドを指差すと、咲さんもそれとホットココアを注文した。

 牌譜のことは言わなくてもいいのになと私は思ったが、約束よりも麻雀を優先させたことを正直に言ってしまうところも好きだった。

 

「タイトル戦防衛、おめでとうございます」

 

「ああ、うん……ありがとう」

 

 咲さんはとくになんとも思ってなさそうに、私の祝福にお礼を返した。とくに麻雀の話をするつもりはないようだった。

 そもそも私じゃあ、麻雀の話し相手は務まらない。実力が違いすぎる。

 そんな私でも、咲さんの麻雀が異質だということはわかる。牌譜を見ても、それが誰が打っているのか一目でわかり、人を惹きつけてやまない魅力があった。

 そんな咲さんと一緒に麻雀ができる揺杏ちゃんのことが、私は羨ましかった。ただ、咲さんが3期目の山紫水明のタイトルを獲得した夜に、一緒に過ごすことができるだけで私には、十分すぎる幸せなのだろうと思った。

 

「お昼はうどんでアイスクリームも食べたんだけど、お腹空いちゃった」

 

「この時間ですしね麻雀するとお腹も空きますし。昼食の時はテレビで見てました」

 

「あ、そうかテレビでも映ってるのか……北海道のうどんは、九州よりもだいぶおいしかったよ」

 

 咲さんはそう言ってから、サンドイッチを両手で頬張ると少し笑顔になった。口にあったようで、私は安心する。

 サンドイッチを食べ終わり、飲んでいたココアから口を離して、咲さんは言った。

 

「プレゼント買ってきたから。気にいってくれるといいんだけど……」

 

 咲さんはカバンの中からリボンのかけられた、ターコイズブルーの箱を取り出す。

 咲さんに促されて、リボンを外して中を開けると、ローズゴールドにダイヤモンドを散りばめたリングを組み合わせたネックレスが入っていた。喫茶店の落ち着いた照明を受けて、ダイヤモンドが万華鏡のように煌めいている。

 

「わ…………すてき……」

 

 思わず口から出てしまった私の感想を聞いて、咲さんは少しほっとしたように言う。

 

「気に入ってもらえてよかった、じゃあつけてあげるね」

 

「こ、こんな高いもの頂けません! それにネックレスなら自分でつけられますから!」

 

「私が成香ちゃんにつけてみたいだけだから、気にしないで」

 

 咲さんはそう言ってネックレスを手に取ると、私に慣れた手つきで優しくネックレスをかけた。幸せが溢れる。自分の目から熱い涙が頬をつたっていくのを感じた。

 

「嫌だった?」

 

 咲さんは不安そうに私の方を見つめてから、ネックレスを外そうとしたので、私はそれを止める。

 

「そ、その……嬉しくて」

 

「そっか」

 

 私の髪を優しく撫でる咲さんに、私は震える声で思いを伝える。

 

「咲さん、大好きです」

 

「うん、私もだよ」

 

 本当に大好きです。貴方がする麻雀も、遅れて申し訳なさそうにする目尻も、慣れた手つきでネックレスをかけてくれるその指先も、全部………………大好き。

 

 私はこんなにも、幸せですから。

 

 だから、貴方にも幸せが訪れますように。

 



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第32話 専業主婦とドラフト会議

 夏の暑さにやられて、怜は少し体調を崩していた。

 7月はわりと外に出かけることも多かったので、屋外とクーラーの効いた室内の温度差に疲れてしまい夏風邪をひいてしまった。

 

 幸い、37.5℃あった熱は、竜華の一晩中の看病の甲斐もあって平熱に戻り、ソファーで、テレビを見れるくらいまで、回復している。つまり、いつもどおりである。

 

「はい、あーん」

 

 竜華がふーふーして冷ましてくれた鍋焼きうどんを、怜は口にする。うどんは消化が良いから、病み上がりに良いと竜華が言っていた。卵と小松菜が入っていて、なかなか彩りも綺麗だ。

 

「お麩さんも食べたい」

 

 怜がそう言うと、竜華はレンゲでお麩を掬って小皿に取り分ける。お麩が冷めるまで少し時間がかかるので、小皿で待機ということらしい。

 竜華は、箸でうどんをちぎってレンゲの上に乗せて、怜の口元に運ぶ。

 

「お麩は少し待ってなー」

 

 怜としてはもう体調もそこまで悪くないので、自分のペースで食べたい。うどんはかなり食べさせて貰いにくいのもある。

 しかし、あーん拒否すると、かなり面倒なことになるので、竜華に従って怜は大人しくうどんを食べ続ける。

 

 結局、うどんを全部食べ終わるまでに1時間近くかかってしまった。

 

「大丈夫? 具合悪くない?」

 

 食べ終わってソファーに寝転ぶ怜のことを、竜華は心配そうに覗き込む。

 

「もう大丈夫やで、すっかり良くなったわあ」

 

 怜がそう言ったが信じてもらえないようで、竜華はダイニングテーブルに座って、ソファーでゴロゴロしている怜のことをじっと見ている。

 

——かなりやりにくいわあ…………

 

 ここまで竜華を心配症にしてしまった要因は、2%くらいは自分に責任があるとはいえ、ずっと見られていると落ち着かない。

 居心地の悪さに耐えかねて怜はリモコンを操作して、テレビの電源をつける。まだプロ麻雀は後半戦が始まっていないので、めぼしい番組がないかもしれないと怜は思った。

 チャンネルを回すと、今年のドラフト特集がやっていた。まだ、高校インターハイが終わっていないので、気が早いような気がするのだが、社会人や大学リーグの選手は紹介できる。

 

「今年のドラフトは不作やって聞いてるんやけど」

 

「んー、うちとしては毎年不作のほうがええからなあ」

 

 怜がそう竜華に声をかけると、ソファーの方に来てくれたので膝枕を要求し、竜華の太ももに頭を乗せる。

 

「新しいライバルの登場にワクワクしたりとか、可愛い後輩ができるのを期待したりとかそういうのないんか?」

 

「ないなあ」

 

 竜華に問いかけると、ものすごくあっさりと否定された。

 

「仕事でやっとるし……下の世代で有望な選手が入ってきて、競争するなんてないほうがええやろ」

 

「ドライやなあ…………」

 

 なんなら自分が引退するまで、毎年新人が0人でも良いと言う竜華の醒めっぷりに、怜は少しがっかりする。

 テレビの映像が切り替わり、三科アナと解説の藤田さんがスタジオで話している様子が映し出される。

 

「なんや……藤田さんか…………」

 

 藤田さんの解説はファン目線で、選手を基本的に褒めるので、わかりやすいと視聴者からなかなか評判が良い。

 試合中にフラストレーションが溜まって、プロ選手に怒り出してしまう子供部屋おばさんや、アマチュア麻雀で終始わかんねーと連呼している現役トッププロなど他の解説陣が、個性的過ぎるというのもある。

 ただ、藤田さん自身が元プロとは思えないほど弱いので、怜はイマイチ言ってることが、信用できないと思っていた。

 

『今年は帝都大の原村選手や帝国新薬の亦野選手など注目選手が多くいますが、その中でも藤田さんのイチオシの選手は誰になるでしょう?』

 

『やっぱり今年は、社会人リーグの亦野さんが良いと思うなあ』

 

亦野 誠子

白糸台→帝国新薬

副露を生かした速攻が売り、即戦力に期待がかかる

 

 テレビ画面に社会人リーグで鳴きを入れて活躍している亦野さんの映像が流される。

 

『彼女は高校インターハイでも活躍していましたが、当時のドラフトでは下位指名だったので、高校から直接社会人リーグに行った珍しい選手ですね、たしか……ドラフト4位だったかな』

 

『わざわざプロ入りを蹴って?』

 

『当時のドラフトは、赤土プロや松実プロなど有力選手がゴロゴロいましたから、本来下位指名される選手じゃないんですよ、競合指名もありえますね』

 

 藤田さんは一息いれて、解説を続ける。

 

『社会人で揉まれて速度も上がりましたし、なにより守備に安定感が出てきた印象があります』

 

 亦野さんがプロ入りすると、白糸台のチーム虎姫が全員プロになってることになるなあと怜は思った。

 

「亦野さんって白糸台で火ダルマになった人やろ? ほんまに藤田さんの言うこと正しいん?」

 

 怜がそう問いかけると、竜華は少し苦笑いして答えた。

 

「ま、まあ高校の時はほんまアレやったからなあ……能力は悪くなかったんやけど。亦野さんの最近の牌譜見たことあるけど、能力も強化されたし守備も上手くなったからなあ」

 

「プロ以外の牌譜も見ることあるんやな」

 

「浩子が持ってたから、見せてもらっただけやー」

 

「さすが、ふなQや!」

 

 ふなQの情報収集能力を褒めながらも、怜はなかなか亦野さんへの疑問が拭えない。

 

「でも、亦野さんがドラフト1かあ……」

 

「亦野さんは和了が早いから、起用できるポイントが明確なんもええからなあ……リード時に早和了で局面をすすめる、松山あたりがとるかも」

 

「そう言われるとなかなか強そうやな」

 

「プロ入り後の活躍をイメージしやすいのも高評価の一因なんちゃうかな」

 

 竜華の話を聞いていると、亦野さんを指名したほうが良い気がしてきた。しかし、竜華の次の一言で、怜は超強力モーター式の掌を返す。

 

「いわば強化版、末原さんや!」

 

「やっぱり、亦野さん駄目やんけ!」

 

 やはり雑魚は雑魚だったことを怜は確信して続きを見ていると、テレビで原村さんの映像が流れ始める。玄ちゃんが喜びそうな、大変なおもちをおもちである。同じ映像で一緒に麻雀をしている明明大学の二条泉さんとかいう、哀れな生き物との比較が酷い。

 

「可愛いのにすごいおもちやわあ……」

 

 怜がそうつぶやくと、怜の頭を撫でる竜華の手が止まったので失言をしたと怜は思った。

 

原村 和

清澄→渋共→帝都大

精密なデジタル打ちとアイドルばりの笑顔がかわいい人気選手

 

『高校インターハイでも藤田さんと一緒に原村選手の実況をつとめさせて貰ったことがあるのですが……やっぱり華がありますね原村選手は』

 

『そうですね、原村さんとは高校時代から面識があって、高校で麻雀はやめてしまったと思っていたんですが……こうして大学から、麻雀界に復帰してきてくれて、プロ麻雀の世界に挑戦してきてくれるのは、喜ばしい限りです』

 

 藤田さんは原村さんに思い入れがあるようで、少し感慨にふけりながら解説をしてくれる。

 

 ネット麻雀で最強と名高い原村さんだが、六大学リーグに参加したばかりの頃の成績は、あまり良くはなかった。帝都大が六大学のなかで弱すぎるというのもあるが、加治木ゆみ、弘世菫、獅子原爽の大学BIG3があまりにも強すぎた。

 しかし、三、四年生になってからは安定して好成績を残しているので、十分上位指名も狙える選手だ。

 

「原村さんは竜華の目から見ると、どうなん?」

 

 怜は膝枕にほっぺたをつけながら、竜華に問いかける。

 

「ふ、普通かな……たしかに、怜の言うように結構かわええなあ」

 

「竜華もそう思うん?」

 

「せやなーでもうちは、怜一筋やから! 怜のほうが可愛いで!」

 

 などと供述する竜華に膝枕をして貰っていると、だんだんと怜はまぶたが重たくなっていくのを感じた。発熱の疲れがまだ残っているらしい。

 

——もう後半戦の調整せなあかんのに……悪いことしたわあ。

 

 怜は竜華に少しの罪悪感を持ちながら、そのままお昼寝の世界へ旅立った。

 



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第33話 専業主婦と意外な来客者

 8月。プロ麻雀リーグ後半戦の開幕と高校インターハイが始まり、麻雀界の夏が始まった。

 外は茹だるような暑さのなか、園城寺怜は、エアコンのきいた快適なマンションのリビングで、ソファーと一体化することに専念していた。去年もそうしていたし、一昨年もそうしていた気がする。

 中学、高校の頃であれば、プールにお泊り会、麻雀部の試合など、夏にはいろいろな出来事があったのに、今はなにもあらへんなあと怜は思った。

 

「これが、大人になるということか……」

 

 ソファーで寝返りをうちながら怜はそう呟いた。わかったような口ぶりをしているが、怜は24歳児なので、大人ではない。

 

「プロ麻雀の試合もなんとなくつけてるけど……これ竜華でえへんやろ」

 

 今日のエミネンシアは3位と低調な上、トップの松山には4万点近いリードがあるので、守護神を任されている竜華が、登板することはなさそうだ。

 竜華の作ってくれた、水出しアイスコーヒーを冷蔵庫から取り出して、ガムシロップを入れる。竜華の真似をしてブラックコーヒーに砂糖だけで飲んでみた怜だったが、あまり美味しくなかったので、ミルクもいれる。

 

「これブラックコーヒーのみたいけど、糖分とらなあかんから、砂糖をいれてみましたって味がするわあ」

 

 竜華お気に入りブレンドより、カフェオレのほうがずっとおいしかった。そうして、ソファーでぼんやりとしていると、インターホンが鳴った。

 

「ん……宅配便かな…………基本宅配ボックスに入れてくれるんやけど」

 

 竜華から、インターホンは悪い人が来るかもしれないからでなくてええで、と言われている怜だったが、一応モニター越しにエントランスを確認してみると、地味なグリーンのチュニックを着た、歳上の女性が映っている。

 

 テレビでよく見たことがある顔だ。

 

 というか、すこやんだった。

 

「園城寺です、なんでしょうか……」

 

 いきなりの有名人の登場に、怜は慣れない敬語で対応する。

 

「あ、良かった園城寺さんの家だ! 小鍛治です、赤土さんに頼まれてた扇子を届けに来ました」

 

——なに言うとるんやろ……この人

 

 怜は、かなり怪しげなことを言っているすこやんを訝しみながら対応していると、奈良旅行の際に、赤土さんにサイン入りの扇子を渡していたことを思い出した。エントランスのオートロックを開けて、部屋に入ってきてもらう。

 

「おじゃましまーす、って!? すごい綺麗な家だし、園城寺さんもすごい綺麗になったね!?」

 

「掃除しとるからなあ……主に竜華が」

 

 パジャマ姿で出迎えた怜は、玄関からダイニングテーブルに移動し腰掛ける。水出しコーヒーをグラスに入れてすこやんに差し出す。

 

「ありがとう、急に押しかけちゃってごめんね」

 

「急にすこやん……いや、小鍛治さん来たからびっくりしたわあ」

 

「赤土さんに頼まれたんだけど、園城寺さんは滅多に家の外に出ないらしいから、直接行くしかないかなって……清水谷さんに渡すことも考えたけど、久しぶりに会いたかったし」

 

 すこやんはそう言い終えてから、ブラックコーヒーを一口飲むと顔を綻ばせてから、グラスを二度見した。

 

——コーヒーを気に入ってくれたのはええんやけど、すこやんブラックコーヒー飲めるんやな……実家暮らしやし、うちと同じような好みやと思ってたわ

 

 もうすぐ、アラサーも終わろうとしているすこやんの大人力を勝手に過小評価して、勝手に焦りを覚えはじめる園城寺怜。格好をつけて、二杯目のおかわりはブラックコーヒーにしようと試みるも、苦かったので挫折して牛乳と砂糖をいれる。

 

「じゃあ、忘れないうちに……」

 

 そう言ってすこやんは、サイン入りの扇子を渡す。

 瑞原さん、三尋木さん、宮永さんなどプロ麻雀界の有名人たちのサインがビッチリと書かれている。扇子の端っこのほうにすごく小さい文字で、小鍛治健夜の名前もあった。

 

「おーーーーーー姉帯さんもおるやん!」

 

 予想以上の豪華メンバーのサイン入り扇子に、怜のテンションが上がる。瑞原監督と宮永さんからも、園城寺怜さんへと書かれているところもポイントが高い。惜しむらくは、真ん中に下手くそな文字で、玄ちゃんのサインが揮毫されていることくらいだ。

 

「気に入ってもらえたみたいで良かった」

 

「サンキューや!」

 

 怜は満足気に扇子を拡げてサインを眺めてから扇ぎはじめる。怜は、サインの書かれた道具であっても、保管せずに普通に使用してしまうので、最終的にはなくす運命にある。

 

 すこやんの持ってきてくれた、モンブランを2人でフォークでちまちまと食べながら、本題にはいる。

 

「で、わざわざ扇子のためだけに来てくれたわけではないんやろ? なにかあったん?」

 

「ま、まあ……そうだけど、可愛い顔してずいぶん直球で聞いてくるね」

 

 すこやんはモンブランの栗を半分にして、一口ずつ口に運ぶ。

 

「すこやんみたいなアラフォーの有名人が、うちにわざわざ会いにくるなんて、良からぬ企みがありそうやん」

 

「良からぬ企みはないよ!? それにまだアラサーだから!?」

 

 必死に、アラサーであることを主張するすこやん。怜がインターハイに出ていた頃とは違った趣きがある持ちネタだ。

 

「こほん……園城寺さんと赤土さんの牌譜を見せてもらったんだけど、良い試合だったから、お話しするために記念のケーキを買ってきました」

 

 日本麻雀界最強のおばさんに褒められて、怜は気恥ずかしくなったので、コーヒーに口をつける。

 

「あれ、全然牌とか見えてへんかったけどな」

 

「後半は、普通に全盛期みたいに見えてたでしょ?」

 

「まあまあくらいやなー、それよりうちの全盛期っていつや?」

 

「6年前のインターハイの団体戦終わってから、個人戦終了までかな」

 

「短すぎやろ!?」

 

 怜はすこやんから、全盛期1ヶ月以下というミンミンゼミには、ギリギリ勝てそうな判定を受けたことに驚愕する。

 

「そもそも、個人戦優勝しなくてもドラフト1位は確定だったのに……それでもやっぱり、インターハイで優勝したかったんだね」

 

「団体戦は、うちのせいで負けたからなあ……個人戦だけでも、千里山を優勝させることが出来て本当に良かったわあ」

 

 怜が微笑んでそう言うと、すこやんは少し視線を逸らせた。

 たしかにすこやんの言うように、損得だけを考えたら、命を削るような麻雀を個人戦でする必要はない。

 

 しかし、どうしても怜はインターハイを千里山で優勝したかった。

 

 そもそも、当時はプロ麻雀にあまり興味がなかった。プロ麻雀選手になりたいと思ったことは全くない。今、プロ麻雀をよく見ているのも、チームメイトや当時のライバルが出場しているから見始めただけで、もともとプロ麻雀観戦が好きだった訳でもなかった。

 

「もう園城寺さんは、麻雀はできないんだと思っていたから……本当に良かったよ」

 

 思い詰めた表情で怜のことを見据えて、すこやんはそう言った。高校時代から現在まで、あまり関わりのないすこやんが、何故そこまで自分のことを気にしているのか、怜にはわからなかった。

 

「どうしてそんなに気にしてくれるんや? すこやんとは1、2回しか会ったことないやん?」

 

「その時の試合を解説していたのが、私だったからね」

 

「それは悪いことをしたわあ……」

 

 たしかに、自分の解説してた試合で選手が壊れれば気分も悪いだろうと、怜はすこやんに謝った。すこやんは、そういうことじゃないとか色々と言っていたが、怜は聞くのがめんどくなったので、適当にモンブランを食べながら聞き流した。

 すこやんは一通り話し終えると、コーヒーのおかわりを自分で注いだ。その時に一緒に怜の空になったグラスにも、コーヒーを注いでくれたので怜はお礼を言う。

 

「わざわざ、ありがとなー」

 

 それからプロ麻雀のことや福与アナのことなど雑談をしばらくしてから、怜は、すこやんを玄関までお見送りする。

 

「それじゃあ、園城寺さんお大事に。清水谷さんにもよろしく、ケーキ食べてね」

 

 帰り際の挨拶で竜華にも気をつかう、すこやんに怜は小さく手を振りながら言った。

 

「まあ、仮病やからな。あんまり気にせんといてや」

 



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第34話 園城寺怜と牌に愛された子

 6年前。深夜3時。

 園城寺怜は、ホテルの麻雀室の扉を開けた。団体戦で負けてから、まだ泣けていない。五位決定戦も残っていたし、周りに人もいたので泣く気にならなかった。敗退して全く泣かないのも、チームメイトから無理をしていると思われるので、竜華やセーラの前では、適当に泣いたフリをして誤魔化した。

 

 準決勝は、ほとんど自分のせいで負けたのに、チームメイトの前で泣くような資格はないと怜は思った。

 

 ようやく一人になることができた。

 

 少し時間がたってしまって上手く感情を整理できるか不安だったが、麻雀牌を自動卓の上に叩きつけてから、拳を握りしめて思いっきり自分の太ももを殴ると自然と慟哭することができた。

 怜は防音設備の整った麻雀室で、卓に突っ伏して、満足するまでただひたすらに泣いた。しばらくすると、喉が焼けて大声を出せなくなったので、ミネラルウォーターを口に含んで無理矢理飲み込んでからまた泣いた。そうしていると、だんだんと思考が整理されていく。

 

 まだ、個人戦も残っている、千里山の優勝を諦めるのはまだ早い。

 

 怜は制服の裾で涙を拭うと、自動卓を起動する。かなり乱暴に牌や卓を扱ったが、とくに不具合は無いようで怜は安心した。

 一巡先のツモは八索、二巡先は西、三巡先は三萬。

 能力も冴えているのか、このあたりの予知までは難なくこなくすことができる。ただ、五巡、六巡先を見ようとすると体力がかなり消耗する上、曇ってよく見えない。

 怜は未来予知の答え合わせをするために、ツモ切りをする。

 

 八索、西、三萬、一萬、西……

 

「ここよくわからへんかったなあ……牌が赤く見えたし萬子だったのかな?」

 

 そう言って牌をツモると九索だった。大外れである。怜は無言で牌を自動卓のなかに戻して、卓に洗牌してもらって、配牌からやり直す。

 

 一筒、白、三萬、六索、八萬。

 二索、南、三索、五筒、西、二萬。

 東、二萬、四索、三筒、中、九索。

 

 何度もツモる牌の予知を繰り返していると、枕神怜ちゃんとかいう生き物からの待ったがかかった。

 

『あーストップやストップ! それ以上続けたら体壊すでー』

 

「なんや急に、あとちょっとで七巡先まで見えそうやったのに……」

 

『あかん、あかん、あかーーーーん』

 

 枕神怜ちゃんはジタバタと手を振りながら、怜のことを止める。枕神怜ちゃんは、手を振りすぎて空中で半回転してひっくり返ってしまった。

 

「そんなに疲れへんし……練習するくらい別にええやん」

 

『疲れてへんと思ってるのお前だけやぞアホ! 死人みたいな目しとるわ! だいたい七巡先見てどうすんねん』

 

「んー牌効率やズラすことも考えたら、見えてるに越したことないやろ。そのうち配牌されたらその局の最後まで、見えるようになるんちゃう?」

 

 怜はそう言いながら、空中でひっくり返っている枕神を左手でおこして、頭が上にくるようにしてあげた。

 

『なるわけないやろアホ! とにかくヒラで予知数増やしてくのは絶対駄目や、7巡先まで見えるようにしたら、4人で卓囲んだらその間の分岐も全部見えるんやからな』

 

 たしかにそう言われると、怜にも無理そうに思えてきた。七巡先までの全分岐のイメージが頭に流れ込んできたら、気持ち悪くなって吐く謎の確信がある。

 

「んーせやなあ……じゃあおまえの和了の最終形がわかる能力をよこせや」

 

『あ、あれは膝枕を提供してくれる竜華専用やからなあ……たぶん三流のふともものおまえに使っても、ぼんやりとしか見えへんで』

 

「んー困ったわあ……」

 

 怜は、今の能力のままではインターハイの個人戦を勝ちきることは、厳しいだろうと思っていた。

 麻雀自体が上手くなる努力もしていくが、準決勝後に行動によって変わる未来が見えるようになった時のような、劇的な能力の向上が必要だった。

 

 麻雀牌を片付け、自分の部屋に戻った怜は一晩考えてある解決策を思いついた。

 

 翌朝、手早くホテルのバイキングで朝食を済ませると、怜は麻雀部の練習室に向かう。竜華やセーラは来ていないようだったが、数人の二軍の下級生が卓を囲んで自主トレをしていた。

 怜の姿に気づいたのか、元気のいい挨拶をしてくれた。せっかくだから、この子たちと麻雀をして試してみようと思った。

 

「おはようございます!!!」

 

「おはよー、少し早起きしすぎたわあ……全然レギュラーおらへんし、うちも混ぜてや」

 

 怜がそう言うと、半荘の途中にもかかわらず席を空けてくれた。悪いことをしたと怜は思ったが、同卓する下級生が嬉しそうにしているのを見て怜はほっとした。なお、同卓する下級生のことは名前すら覚えていない。 

 

 はっきりと明確な未来をイメージすると、負担がかかって自分が壊れてしまう。

 

 だから、仔細を取り除いて俯瞰した視点で、麻雀に取り組もうと怜は心に決めた。

 

 上家が4筒を捨てたので、両面チーになるが鳴いていく。和了までの明確なビジョンはないが、和了できる確信があった。手なりでそのまま進行していくと、四巡先で30符3翻を無事ツモ和了する。

 鳴かずに終盤まで粘って、面前でリーチをかけて、高い手を和了できた未来があった可能性は捨てきれない。しかし、省エネ麻雀のわりには悪くはないなあと怜は思った。

 

 怜は新しい感覚を体に馴染ませるように、探り探り麻雀をしていく。5本目の100点棒を供託しようとした時に、下級生から声をかけられた。

 

「す、すみません……」

 

「ん?」

 

 下級生が立ち上がって怜に頭を下げた。一瞬意味がわからなかったが、センターの点数表示を見て、他家が飛んだことに気がついた。

 

「あれ? もう終わりなん?」

 

「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません」

 

 ひとしきり謝るとトビ終了した下級生は、そのまま練習室の外に走り去っていった。その様子を端から見ていたセーラから、責めるような視線を送られる。

 

「怜、後輩いじめるのも大概にせーよ」

 

 後輩と楽しく麻雀をしていただけなのに、セーラからいじめ認定を受け、怜は落ち込む。よく周囲を見ると泉や中牟田さんも、来ていることに気がついた。卓が割れてしまったので、どうしようかと怜は、残っている2人の下級生に声をかけた。

 

「3人になってもうたし、どうしたらええやろか?」

 

「せ、先輩たちが来ましたのでお構いなく、私たちはどきますので! すみませんでした!」

 

 そう言って残っていた2人の下級生も、練習室の外に消えてしまった。結果的に自主トレの邪魔してもうたし、悪いことをしたなあと怜は思った。

 でも、セーラ達と何故か上級生にカウントされている泉も来たし、省エネ麻雀の続きを試したろと気持ちを切り替える。

 

「セーラ、麻雀やるでー」

 

「切り替えはやいな、われ!?」

 

 セーラ相手にどこまで省エネ麻雀が通用するのかはわからなかったが、さっきの感覚を思い出しながら麻雀を続ける。

 鳴いた方が良い場面が感覚的に理解出来るのは大きく、あまり麻雀の上手くない怜でも、正解から逆算した的確な判断ができた。

 ここでリーチすれば、中牟田さんが鳴くから和了できるな。

 

 ツモ 4400オール

 

 怜が点数申告すると、セーラは悔しそうに牌を倒した。

 

「あートビやトビ! もっかいいくで、勝つまで挑むわ!!!」

 

 そのあとも麻雀をしていると、怜は牌山や他家の手牌が、マダラに透けて見えていることに気がついた。おそらく未来視で深くその分岐を調べるとわかる部分なのだろう。牌山の前半よりも、分岐の深い後半の方が見えやすかった。

 

 地力が上がったのか、二巡先くらいまでならそこまで気力を使わなくても見ることが出来るようになったが、前日にも確かめたように5、6巡先の未来は明確には見えない。それにもかかわらず、十巡先以降の山が透けて見えているのは、少し不思議な気がした。

 

 その後中牟田さんを1回、泉を2回飛ばして三半荘終えたところで怜は、休憩をすることにした。麻雀を中断すると、自分で思っていたよりもずっと疲れていることに怜は気がついた。

 

「怜、顔色悪いけど大丈夫か? 今日の麻雀めちゃくちゃ凄かったけど、またダブルとか使ってるんちゃうやろな?」

 

 セーラからスポーツドリンクを差し出されたので、怜は素直に受け取る。未来を俯瞰する麻雀をしていると、自分が何巡先まで見えているのか、怜にもよくわからなくなっていた。

 一巡先は意識せずとも牌を持っただけで明瞭に見えるのだが、もしかしたら二巡先まではっきりと見えていたのかもしれない。

 

「使ってへんで、竜華に止められてるからなあ。今日の麻雀は絶好調だっただけや、でも少し疲れたわあ」

 

 怜がそう言ってベンチに横になる。怜自身もダブルを使っているのか良くわからなかったため、嘘はついていない。

 それを聞いて、セーラは少し安心したような様子で言った。

 

「たしかに二巡先が見えても和了出来るとは限らへんわ、ということはバカツキされただけかー」

 

「まあ、そうやなあ……四連続トップごっそさんどす」

 

 怜がふなQの似ていないモノマネをして、場の空気が和む。普通であれば四半荘連続トビ終了などあるはずがないのだが、そうした偏りが生まれてしまうことは、能力者の麻雀に限ってはよくあることである。元々千里山の中で一番強い怜が上振れしたら、そういうこともあるだろうと周囲は納得した。

 

「でも、今日の園城寺先輩は、有効牌が引き寄せられているかのようでした」

 

「園城寺ゾーンや! ウチのみが有効牌をひける場の支配に目覚めたんや」

 

 牌譜を見ながら不思議そうにしている泉に、怜は適当なことを言って誤魔化した。もちろんそんな能力などない。

 

「ええ!? 本当ですか?」

 

「嘘やで」

 

 怜がそう言うと、泉はガクッとコケたフリをした。泉は、なかなかリアクションが機敏でからかい甲斐がある。

 

「嘘はともかくとして、なんか有効牌が集まっていくと言うのはわかる気もするなあ、知らず知らずのうちに、園城寺が良くなっていくし」

 

「なんか牌に愛されているみたいな、不思議な集まり方をしとったなあ」

 

 セーラは藤田プロの受け売りを使いながら、中牟田さんの言葉に同意する。

 実際には、怜が鳴いたりリーチをかけてみたりと卓上を操作して、そのような印象を同卓者に与えているだけだ。しかし、その操作をしている怜自身も、能力をイマイチ掴みきれておらず、不思議な牌の流れだと思っていた。

 

 もしかしたら、これが牌に愛されるということなのかもしれない。

 

 怜は自分の麻雀が、一歩前進したことに手応えを感じた。インターハイの個人戦まで時間がない。今は1局でも多く、麻雀を打ちたかった。

 

 団体戦で迷惑をかけた、自分が必ず千里山を優勝させる。

 

 だから、不思議な牌の流れと一巡先を見ないで麻雀をすることが出来なくなっていることには、目を瞑ることにした。

 



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第35話 園城寺怜と高校インターハイ

 インターハイ個人戦決勝直前。園城寺怜は試合会場と選手控え室から遠く離れた、会場地下の女子トイレの個室で、便器に吐物を撒き散らしていた。

 

 おえええええ……おっ…げええええええええ

 

 個人戦を優勝する、そう怜が決意して麻雀に取り組むと、麻雀の実力は飛躍的に上昇した。今では、セーラや竜華に練習に付き合ってもらっても、実力差がありすぎて練習にならないくらいだ。

 団体戦が終わってから、個人戦が始まるまでの間、牌を持って練習していないと不安すぎて、怜はずっと麻雀を打って過ごした。

 竜華とふなQは、途中から一緒に麻雀を打ってくれなくなった。それでも、セーラや泉、中牟田さんと芦野さんが練習に付き合ってくれたことに、怜は感謝していた。

 

「なんで、これだけ辛い思いをして麻雀してるんやろなあ……」

 

 怜の口から弱音がこぼれる。

 しかし、それももう今日で終わる。そう思うと少しは気持ちも楽になった。

 麻雀が強くなるのにあわせて、怜の体調はどんどん悪化していった。未来が見えすぎて気分が悪くなったり、意識を失いそうになることが増えた。

 竜華や枕神怜ちゃんは、このまま麻雀を続けることに反対していたが、怜はその警告を全て無視して能力を使い続けた。

 怜自身も牌を持っている間は、常時二巡先が視えるようになり、未来視のスイッチの切り方がわからなくなったあたりから、能力に危うさを感じていたが、麻雀を止めようとは思わなかった。

 あまりにも個人戦に出るのは止めろ止めろと煩かったので、枕神怜ちゃんの能力は削除したし、竜華とも絶交した。

 

 こうして、試合前にトイレに籠るのも園城寺怜のルーティンになりつつあった。

 

 怜は、一度トイレの水を流して便器を綺麗にしてから、人差し指と中指を口の中に突っ込んで胃液を逆流させる。

 胃の中に内容物があると、未来視の力で吐き気を催すと、かなり見苦しいことになってしまう。全国放送で醜態を晒すのは嫌だったし、途中棄権という形になるのは避けたかった。

 胃になにも入っていなければ、ハンカチで口元を押さえればセーフなので、牌山に倒れ込んだり、意識を失ったりしなければ大丈夫と怜は心積もりしていた。

 

 怜は胃液しか出ないことを確認してから口元を拭うと、水面に意識を失って病院でチューブに繋がれて目覚めない自分の姿が映っていた。

 

「ん……試合が終わってから倒れるならええんやけどなあ、試合中は困るわあ」

 

 そう、呟いてからトイレの個室を出る。

 いつものように、液体歯磨き粉で口の中をゆすいでさっぱりさせてから、ガムシロップを2つほど飲んでおくことにした。団体戦で倒れた際には、低血糖で疲れが溜まっていたのが原因と、お医者様が言っていたので、気休めにはなるだろう。低血糖対策のために、セーラのアホが試合前に、小さいおにぎりを作って持ってきてくれたが、全部トイレの中へと消えていった。完全に余計なお世話である。

 

「さーてインハイ最後の試合、頑張りますか」

 

 そう、気合いをいれてトイレの外に出ると、顔面を蒼白にした泉が立っていた。偶然この場に居合わせたのではないことは、顔が立証していたので怜の方から声をかけた。

 

「こんな機械室横のトイレまで応援しに来てくれるなんて律儀やん、そんなに怜ちゃんのマーライオンモード見たかったんか?」

 

 そう声をかけると泉はビクッと震えてから、絞り出すように声を出した。

 

「個人戦出るのを止めて欲しいとは言いませんけど……」

 

「なんや心配症やなあ……せっかく麻雀部の三軍から全国の頂点まで登り詰められそうなんやから、水差すなや」

 

「すみません……」

 

 そう言ってうなだれる泉の肩をポンポンと叩いて、怜は会場に向かおうとすると泉から呼び止められた。

 

「園城寺先輩の麻雀がずっと好きでした、中学の頃から……いえ、はじめて麻雀をした時からずっと」

 

「こんなに強い人がいるんだって思ってました、だから……」

 

「応援してます、頑張ってください」

 

 泉からのエールで怜の心に火が灯った。泉の顔を見たら泣いてしまいそうだった。千里山を優勝させるまで、怜は振り返らない。そう決めていた。

 

「じゃ、楽しんできますわあ」

 

 

インターハイ個人戦決勝

東 辻垣内 智葉 50000

南 宮永 咲   50000

西 姉帯 豊音  50000

北 園城寺 怜  50000

 

 賽が投げられ巨大な電光掲示板に、表示されている自分の名前を見て、怜は気を引き締めた。

 個人戦は、くじ運に恵まれたと怜は思っていた。決勝まで、白糸台の大星淡や永水の神代小蒔、北海道の獅子原爽など、怜が苦手としているタイプの能力者には全く当たらなかった。個人戦には出ていないが、昨年団体戦でMVPを獲得した天江衣をはじめとした場の支配や、超常現象を押しつけてくるプレイヤーは怜が最も苦手とするところなので、決勝卓に相手に対応して麻雀をするタイプが揃ったのは好ましい。

 

——まあ、その辺の化け物をまとめて葬ってきたのが対面にいるんやけどなあ……

 

 清澄高校の宮永咲。感情をあまり表に出さないポーカーフェイスの文学少女という出で立ちからは、想像もできない異能の打ち手。

 

 嶺上開花 ツモ 2000 4000

 

 宮永さんは、ツモってきた嶺上牌をほとんど見ずに、当たり前のようにそのまま手牌を倒す。高校一年生の可愛らしい見た目とは裏腹に、こいつの麻雀は殺気が強すぎる。

 東二局、配牌に恵まれたので怜はさっと手を組み終えてリーチをかける。リーチ棒もちゃんと立ったし、体の調子はともかくとして、麻雀は絶好調だ。

 

「ちょー追いかけるけどー」

 

 供託された姉帯さんのリーチ棒を見て、姉帯さんはなにを勘違いしているのだろうと、怜は思った。

 

 ツモ 3000 6000

 

 もう未来は確定しているのに、1000点余分にくれた姉帯さんに感謝しながら牌を倒す。親被りで宮永さんを削れたのも大きい。

 

インターハイ個人戦決勝 東3局

園城寺 怜  61000

宮永 咲   52000

姉帯 豊音  44000

辻垣内 智葉 43000

 

 続く東3局の配牌も良かった。流れは自分にあると怜は確信したが、宮永さんの鳴きが入りその二巡先での和了が視えた。

 怜が鳴いてズラしても、結局は加槓されて嶺上開花で和了されるので意味がない。それなら他家を使おうと思い、止めていた字牌を切って辻垣内さんを鳴かせたが、あまり効果が無かったようで、4巡先で普通に宮永さんに和了された。

 怜の親になったが、配牌が悪く和了できそうにない。宮永さんに、完全に流れを切られてしまったように怜は感じた。

 宮永さんの3900か、辻垣内さんの8000か。怜はあまり悩むことなく、辻垣内さんに和了させることを選択する。親かぶりの4000点よりも、宮永さんとの点数差が縮むことの方が嫌だった。

 

インターハイ個人戦決勝 南1局

園城寺 怜  55700

宮永 咲   55200

辻垣内 智葉 49700

姉帯 豊音  39400

 

 南入して、怜はなんとか一位を保っているのものの、背後に宮永さんの気配を感じる。

 次の半荘戦に向けてトップで折り返したいと、怜は感じていたが、宮永さんも同じことを考えているに違いない。

 姉帯さんが積極的に鳴いてきたので、彼女を使って、宮永さんの点棒を引き出せないかと怜は思案する。宮永さんは、相手の手の高さを感覚的にわかっている節があるので、姉帯さんの安手なら誘導できる。

 

 ロン! 2600

 

 姉帯さんの嬉しそうな発声が聞こえて、宮永さんと怜との差が少し広がる。姉帯さんとしては安くてもいいから、和了してリズムを作っていきたいのだろう。

 しかし、宮永さんの親番で全ての計算が狂う。

 

 ツモ! 4100オール!

 

 宮永さんは、どれだけ未来をズラしても和了してくる。牌がこの女に、全て吸い込まれていくように和了する。

 

インターハイ個人戦決勝 南2局 2本場

宮永 咲   70900

園城寺 怜  49600

辻垣内 智葉 43600

姉帯 豊音  35900

 

 この展開はまずいと、怜はどんな形でも鳴ける場面では鳴いて、場を荒らすことで牌の流れを滅茶苦茶にしているのだが、あまり効果がありそうにない。山や河よりも遥かに高い嶺上から和了される。

 

 嶺上ツモ  2500オール

 

——宮永さん強いわあ……

 

 どれほど未来を視ても、宮永さんしか和了しない。一試合目で3万点差は、非常に厳しい。宮永さんの能力は姉の宮永照よりも、能力に明確な弱点がない分対応が難しい。

 目の裏をスプーンで掻き出されるような頭痛に悩まされたが、怜はなんとか断么九の形を作り、辻垣内さんに差し込んでもらうことで和了する。

 その後姉帯さんが一度和了したものの、2連続で宮永さんが安手を和了し、半荘が終わった。

 

インターハイ個人戦決勝 第一半荘終了

宮永 咲   79300

園城寺 怜  45900

姉帯 豊音  38400

辻垣内 智葉 36400

 

 1半荘目終了時点で、かなりの疲労感を怜は感じていた。

 宮永さんに関してはどうしたら、ここまで麻雀が強くなれるのか不思議なくらいだ。未来を視れば視るほどに、彼女の緻密な麻雀が際立つ。圧倒的なほどに強く、そして上手だった。35000点の差が全く詰まるイメージがない。

 怜はガムシロップで糖分を補給しながら、自分を鼓舞する。うちは負けない。勝つのは千里山高校。園城寺怜。

 

 最後まであきらめたら、あかんで。

 

 気持ちの切り替えが功を奏したのか、流れが変わったのかは不明だが怜は、東1局リーチをかけることに成功する。宮永さんに鳴かれて一発こそ防がれたものの、そのまま満貫を和了した。

 絶対に宮永さんを削りきる。

 そう決意して、怜は続く宮永さんの親番、姉帯さんを支援する。姉帯さんは裸単騎まで鳴かせれば確実に和了してくれる。

 

 ツモ! 2000 4000

 

 対々和を和了した姉帯さんは、怜の方を見てウインクをした。怜としてはただ姉帯さんのことを利用しているだけなので、反応に困る。

 宮永さんがいるとトイツ場になりやすい、オカルトだが、ほぼ確定的な事項として怜は扱っていた。

 

インターハイ個人戦決勝 東3局

宮永 咲   73300

園城寺 怜  51900

姉帯 豊音  44400

辻垣内 智葉 30400

 

 かなり宮永さんとの点数も詰まってきたところで、怜は配牌に恵まれ大三元を聴牌する。二半荘目が始まってから不思議なほど配牌が良いし、有効牌もツモりやすい。流れがきているのかとも思ったが、おそらく姉帯さんが場を操作しているのではないかと、怜は当たりをつけた。この局で役満を和了すれば一気にトップだ。

 しかし、自分の和了できる未来が視えない。

 

 ツモ! 1300 2600

 

 宮永さんがツモ和了し、また少し差が開く。こういう場面で和了出来るあたり、宮永さんは性格が悪いし強いなと怜は思った。続く親番も怜は運に恵まれず、辻垣内さんに和了してもらった。

 

インターハイ個人戦決勝 南1局

宮永 咲   76500

園城寺 怜  46700

姉帯 豊音  39800

辻垣内 智葉 37000

 

 南入して3万点差。

 怜は焦りを感じるが、なによりも頭痛が酷い、牌と牌の擦れる音が邪魔で仕方がない。

 未来視の力にも霧が混じってきている、怜は段々と未来と牌山が視えなくなってきているのを感じていた。

 

 ツモ! 3000 6000

 

 怜の努力を嘲笑うかのような、宮永さんの跳満ツモに、怜の心にも諦めがよぎる。もう宮永さんは放銃さえしなければ、優勝が約束されている。

 

インターハイ個人戦決勝 南2局

宮永 咲   88500

園城寺 怜  43700

姉帯 豊音  36800

辻垣内 智葉 31000

 

——ラス親にかけるしかあらへんかなあ……

 

 そう思いながら配牌された瞬間、怜の目の前に道が視えた。

 

 三萬、西、一筒、六萬、西リーチ、ツモ。

 

 枕神怜ちゃんの能力が、何故ここで急に使えるようになったのかはわからない。酷い頭痛のなか深く考えることも出来ずに、そのままの手順で手牌を切っていくと、和了することができた。

 

 ツモ、2000、4000です……

 

インターハイ個人戦決勝 南3局

宮永 咲   84500

園城寺 怜  51700

姉帯 豊音  34800

辻垣内 智葉 29000

 

 今、麻雀を打っているのは誰なのだろう。ぼーっとした頭で怜はそう考えていた。自動卓が洗牌する音が頭に刺さる。誰が、麻雀をしているのか。

 

 配牌が終わるとまた道が示された。

 

 西、中、九萬、九索、一索、七筒…………

 

 怜は子供の頃、積み木で遊ぶことが大好きだった。一人だけの安全な世界でお気に入りの積み木を積んでお城を完成させて喜ぶ、そんな子供だった。それが、竜華に教えて貰って大好きなものが麻雀になった。はじめて大きい手を和了した時の嬉しさは、高校生になった今でも覚えている。

 

 西、中、九萬、九索、一索、七筒…………

 

 四人で麻雀をすることは、怜にとって大切な時間。麻雀は積み木よりもずっとワクワクして……ずっとドキドキした。

 だから、

 

——君、ちょっとうるさいで? 

 

 この麻雀を打つのは、千里山女子高校三年の園城寺怜や!!!

 

 怜は、決意を込めて九索を切る。

 もう、道は見えなくなった。コンパスのないジャングルを掻き分けて、怜は麻雀を続ける。

 南3局の終盤、暗刻が四つ揃う。

 和了出来るかどうかはわからない。単騎待ちの四暗刻は、怜はいままで和了したことがなかった。インターハイ個人戦にダブル役満はないが、それでも和了できれば点差は、逆転する。

 

——頭はどっちにしたらええやろか?

 

  海底牌の七筒か、嶺上牌の西か。

 

 未来視の力は曇っていたが、牌山だけはっきりと視えた。視えているのに、自分はその牌を拾えない。怜は、決意を込めてリーチ棒を卓上に立てる。

 宮永さんの鳴きが入って一発を潰された。これで、 宮永さんが最後に危険牌の六筒を掴むルートに入った。リーチ棒が倒れても和了しない怜のことを宮永さんは、訝しむように睨んだ。

 怜の手を高いと感じ取ったのか、一巡で和了しない怜のことを不審に思ったのかは、怜にはわからなかったが、親の姉帯さん以外は全員オリていることを怜は、気配から感じ取った。

 そして、誰も和了することなく六筒を宮永さんがツモる。ツモった牌をみて宮永さんは逡巡する。安牌があれば、ノータイムで切るはずなので、迷っているのだろう。

 宮永さんは、手牌から三筒をカンして嶺上牌に手をかける。 海底牌を王牌につけてドラを捲ると、そのまま2枚切れの西を河に捨てた。

 

 ロン  32000

 

 怜が両手で手牌を倒して申告すると、宮永さんの手が震えた。信じられないものを見るような目で怜の単騎待ちを確認する。宮永さんはあまりにも強く、そして上手だった。だから、人を疑うことはあっても、あまり自分を疑うことは、なかったのかもしれない。

 ほとんど、放心状態の宮永さんを置き去りにして、怜は続く南4局で3900点を和了し全国の頂点に立った。

 

インターハイ個人戦決勝 終了

園城寺 怜  87600

宮永 咲   51200

姉帯 豊音  33500

辻垣内 智葉 27700

 

 麻雀の終わりは、いつも呆気ない。

 

 試合終了のサイレンが鳴り響く。

 

 千里山を優勝させることが出来て安心した怜は、そのまま雀卓に突っ伏し、麻雀界から姿を消した。

 



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第36話 園城寺怜と病院患者

 インターハイ個人戦を終えた怜は、病院のベッドで目が覚めた。薄暗い病室と機械音。体の至る所がチューブで繋がっていたから、試合前にトイレで見た予言の通りやなと怜は思った。

 目覚めた時、病室にいたのは愛宕監督だった。眠いのか、目の下にクマを作ってうつらうつらしている。

 

「千里山は優勝しましたか?」

 

 怜がそう問いかけると、愛宕監督はびっくりしたように飛び起きた。それから、怜の手を取って「したぞ」と強く言ってくれた。未来視の幻視や、最後まで意識がなかったから無効と言われなくて、怜は安心する。

 

「ナースコールするからな! 怜大人しくしとけよ!」

 

 体についている邪魔なチューブをぐいぐい触っている怜に注意しながら、愛宕監督が各方面に連絡をとっている。ナースコールをすると深夜にも関わらず、看護士さんやお医者様が集まってきた。取り囲まれることに居心地の悪さを感じながらも、怜が時刻を確認すると、インターハイ個人戦が終わってから二週間ほど経過しているようだった。

 

 それから2日も経つとチューブは全部外れて、普通に歩けるようにまで回復することができた。

 リハビリを終えてから、病室でお母さんが買ってきてくれたアイスクリームを食べていると、愛宕監督がセーラと竜華を連れてお見舞いに来てくれた。

 

「ときぃぃいぃぃ……ときぃぃ………………」

 

 怜が、のんびりアイスを食べている姿を見て安心した竜華は病室に入ってくるなり、その場にへたり込んで泣いた。怜は竜華の側に行って背中をさする。

 

「ごめんなあ竜華、心配かけたわあ」

 

「良かった……良かった」

 

 絶交したはずなのに、自分の回復を知って泣いてくれるのを見て、少しのボタンの掛け違いがあっても、竜華とは一心同体なんだなと怜は思った。

 持ってきてくれたガーベラのブーケをセーラが戸棚に飾ると病室がパッと明るくなった。

 

「この通り、完全回復しましたわあ」

 

 怜は右手を曲げて力こぶを見せつけるポーズをして、健康っぷりをアピールした。

 

「なんか腕曲げとるけど、力こぶはどこにあるんや?」

 

「ウチの力こぶは、入院してから心の綺麗な人にしか見えなくなってもうたんや」

 

「もともと、なかったやろ!!!」

 

 セーラからのツッコミを躱しながら、怜は自分の二の腕をプニプニする。心の綺麗な人には、力こぶが見えるらしい。

 久しぶりの和やかな雰囲気の中、怜はお見舞い品のクッキーを怜は頬張る。アイスクリームとクッキーを交互に食べると、なかなかおいしい。

 

「体力も戻ってきたし、そろそろコクマに向けて頑張らなあかんな」

 

 怜がそう決意を込めて宣言すると、場の空気が凍った。なんか変なこと言うたかなと怜は思いながらも言葉を続ける。

 

「さすがに、インターハイ優勝したんやから、予選会なんかないやろ?」

 

「そ、それはもちろん全国大会のシードから始まるが……」

 

「シード!? それならいきなり強い人と当たるから、尚更練習しとかなあかんやん!」

 

「もう少し回復してからで良いんじゃないか? インターハイも優勝したんだし、焦ることはないさ」

 

 愛宕監督は眉間にシワを寄せながら諭すように、怜に言った。

 

「昨日、少し牌を触ってみたんですけど深い分岐まで澄み切ったように視えて、牌が語りかけてくるような感覚があったんです」

 

「この感覚をはやく実戦で一回試してみたい! 全国のライバルだって打倒園城寺怜のために練習してるはずやし、のんびりしてられへん」

 

 国民麻雀大会では高校一年生と高校三年生は出場区分が違うので、宮永さんとは当たらないとはいえ、あまり調整しないで出場して勝てるほど甘い大会とも思えない。宮永照や、個人戦四位に終わった辻垣内さんもリベンジを狙ってくるだろう。相性の悪い能力者と当たる可能性も高い。

 怜は、戸棚から麻雀牌を取り出して、病室の机の上にばらまいた。そして伏せた牌を神経衰弱の要領で未来視の力を使ってノーミスで当てながらケースにしまっていく。

 

「うお!? すっげーーー」」

 

「せやろー、このくらいなら楽勝やし倒れても未来視の力は冴え渡ってますわあ」

 

 怜はセーラからの歓声があがったのに気を良くして、テーブルの上にあける牌の数を増やそうとしたところで、竜華に手首を掴まれた。

 

「今は、安静にしてないと駄目やで」

 

 竜華は、あまり感情のこもっていない瞳で怜のことを見据えながら言った。

 

「少しくらいええやん、あんまり牌に触ってへんと感覚おかしくなるわあ……痛っ」

 

「あ?」

 

 竜華に手首を捻り上げられて、怜の手から一索がこぼれ落ちる。こぼれて病室の床に落ちた一索を竜華は拾いあげてケースのなかに戻した。

 

「な、なにするんや!?」

 

 怜は抗議の声をあげたが、竜華に本気で睨まれてなにも言えなくなってしまい、そのまま黙って俯いた。せっかく仲直りしたのに、また喧嘩をするのも嫌だった。

 

「とにかく安静やから、わかった?」

 

「わかった……」

 

 竜華に念を押されて、怜は不満はありつつも退院するまでの辛抱やと思い同意した。

 

 それから病院で色々な検査をしたが、特に異常は確認できないと診断され、退院の運びとなった。あれだけ無理をしても三週間で回復出来るのだから、未来視の能力にそこまで不安を覚えなくても大丈夫だと、怜は自信を深めた。

 それよりも病室でのんびりしてしまったので、コクマまでの練習時間の確保に頭を悩ませていた。

 

 愛宕監督からの提案もあり、しばらくは自宅ではなく、竜華の家から通学することになった。千里山女子高校に近い竜華の家から通った方が楽だし、怜の両親が共働きなのもあり、竜華や監督のサポートがあった方が麻雀に集中しやすいと怜は判断した。

 

 退院の日は、愛宕監督が車で迎えに来てくれた。ミニバンの後部座席に座って怜は、何切る問題を読みながら時間を潰した。本を読んでいても全く酔わなかったので、いい車だなと怜は思った。

 

「退院、おめでとーーーーー」

 

 愛宕監督にお礼を言ってから、久しぶりに高層マンション上層階の竜華の家の玄関に入ると竜華がクラッカーを鳴らして祝福してくれた。

 

「な、なんや大袈裟やなあ」

 

「退院できてほんまによかったわあ」

 

 嬉しそうに竜華はそう言って、怜の着替えや私物の入ったドラムバッグを玄関からリビングまで運んでくれた。

 

「サンキューや、しばらくの間……といってもコクマ始まるまでの間だと思うけど、よろしく頼むな」

 

「もちろんや、お部屋は結構準備するの大変やったから、気に入ってくれるとええんやけど」

 

 そう言って竜華は鍵を開けて、怜の部屋まで案内してくれた。怜は少し違和感を感じつつも竜華の後をついて部屋に入った。

 

 清潔なベッドにライトグリーンが生えるソファー。ホワイトオーク材の明るい木を使ったテーブルとイス。シンプルだがセンスの良い北欧風の部屋だ。そんな素敵なお部屋に異物が2つ。

 怜は、部屋のテーブルに置かれた金属製の手錠と足枷を見て、ここまでノコノコと竜華についてきた自分の選択を後悔した。

 

「な、なあ……これ、なんなん?」

 

 恐る恐る竜華にそう聞くと、竜華はテーブルの上に置かれた手錠を手に持って言った。

 

「怜に謝らなきゃいけないことがあるんや、コクマのためにウチの家から学校通おうって話は嘘や。ごめんな」

 

「怜には麻雀は辞めてもらうから、そのつもりでなー」

 

 そう言いながら笑顔で近づいてくる竜華に怜は身の危険を感じて、部屋から出ようとした。しかし、竜華がさりげなくドアの前に移動していて逃げることができない。

 

「な、なあ竜華……これ、ほんまに言うてるん?」

 

「当たり前やん、こうでもしないと絶対麻雀するやろ?」

 

 竜華は笑顔で怜のことを見つめているが、目は全く笑っていない。麻雀をする時のような相手を観察する目をしている。

 

「は、犯罪やろ! やめろや!」

 

「昔、うちが大事にしていたモルモットのハムムの話をしたことがあったやん? 結局、私が目を離した隙に、お母さんが窓を開けっぱなしにして寒さで死んでもうたけど……」

 

「あ、あったなー」

 

 抗議も聞かずに小学校の思い出を語り始める竜華に怯えながら、怜は部屋から逃げ出すチャンスを伺う。

 

「それも、お母さんが悪いわけでもないやん? わざと殺そうとしたわけじゃなく、事故やった訳やし」

 

「で、うちなそのことを思い出すたびに決意するんよ」

 

「大切なものは絶対に自分の近くに置いて、どんなことをしてでも守らなきゃいけないんだって……」

 

「い、嫌や……」

 

「ふふっ、今度は絶対に守ってあげるからね」

 

 完全に常軌を逸しているとしか思えない竜華の立ち振る舞いを見て、怜はもう逃げられないことを悟った。

 力なく首を横にふる怜を無視して、竜華は怜の両手に手錠をかける。

 

「だから、怜」

 

「協力してや」



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第37話 清水谷竜華としあわせいっぱい婚姻届

 うちが、園城寺怜を見つけたのは小学四年生の時やった。

 まだ肌寒い春の梅林。

 真っ暗闇にいたうちに、柔らかな陽光がさす。

 こんな人と友達になれたらいいな。

 そう思って。

 はじめは大切に大切に、怜の役に立つように、怜の楽しいを支えてあげようとした。本気で麻雀なんてつまらない。怜が和了するから楽しい。

 うちが本気をだしてしまったら、怜が麻雀を楽しめなくなってしまうかもしれない。それだけが不安だったのに。

 怜はうちが思ってるよりも、ずっとずっと強かった。

 

 いつからだろう、うちが彼女に手を引っ張られて歩くようになったのは。

 

 そして、うちじゃあ怜の麻雀の相手は務まらなくなったのは。

 

「カン 嶺上ツモ 2000、4000」

 

 怜は手牌を倒してから、嶺上牌をツモる。おかしな手順のルール違反だが、怜には、はっきりと和了が見えているのだろう。これで親のセーラが飛んで半荘が終了した。

 

 不思議な支配力で他家は和了できず、怜だけに牌が集まっていく。他家が自然に和了出来るのは、怜にとって都合の良い局面だけだ。どれだけ先の未来を視たら、こんな芸当ができるのだろう?

 

「ダブル使ってるやろ?」

 

 うちが咎めるように責めても、怜は答えてくれない。牌を自動卓の中央に投げ入れて怜は席を立った。今日はもう終わりにしたいということらしい。

 インターハイ団体戦に負けてから、怜は変わってしまった。

 まるで麻雀の悪鬼が怜に乗り移って、代わりに麻雀を打っているように見えた。

 

「こんな練習で使ったらどうなるかわかるやろ!!!! 死ぬかもしれへんのやで!!!!!! なあ!!!!!」

 

「ダブルとかもういまさら消せへんわ、千里山を優勝させるのはウチやで」

 

 強い気持ちのこもった目をして、練習室を後にした怜を見てうちは愕然とした。うちと約束したダブルは使わないという約束を簡単に破ったのもそうやし、このままほっといたら怜は壊れる。

 

 それから、うちは何度も怜に麻雀をやめるように説得したが、聞き入れてもらえなかった。個人戦終わるまでだけやからとか、麻雀で死ぬとかありえへんやろと煙に巻かれた。

 

 麻雀をして傷つく怜を見ていられなくなって、もう怜とは一緒に麻雀を打てない旨を伝えると怜から絶交を言い渡された。

 

 目の前が真っ暗になった。

 

 うちは、もう怜には必要のない人間なんやないか? 

 

 怜に麻雀なんて教えなければ良かった。怜が麻雀さえしていなければ、ずっと一緒にいられたのに……

 そんなことを考えながら出場したうちのインターハイ個人戦は、みるも無残に敗北した。全国で本戦リーグにすら出場できないのは、はじめての体験やった。ミスを連発して、取るに足らないような相手にあっさりと負けた。

 そんなうちとは対照的に、怜は全国の猛者達を赤子の手を捻るような内容で、蹴散らして決勝卓に駒を進めた。そして、清澄高校の宮永咲を下し全国の頂点に立った。

 

 試合終了とともに卓上に倒れ、救急車で病院に運ばれて行った怜を見て、うちはほんまに後悔した。

 どうして止められなかったのか、もっと強引な手段を使っても止めないといけなかったのに……怜を止められなかった。自分への自責の念が次々と針山のように湧いてきて、心を引き裂いていった。このまま怜がずっと目を覚さないようだったら、うちも一緒に死のうと思った。

 

 怜が意識を取り戻した時、うちは嬉しくて人目も憚らずに泣いてしまった。号泣するうちの背中を撫でてくれた怜と、心が繋がったような気がした。個人戦で怜が優勝して、それから一命を取り止めて、色々あったが最後はハッピーエンドになったと、うちは安堵した。

 でも、そんなのはうちの勝手な思い込みでしかなかった。

 

「体力も戻ってきたし、そろそろコクマに向けて頑張らなあかんな」

 

 お見舞いに来たうちやセーラ達の前で、そう宣言した怜の強い意志のこもった表情を見て、うちは確信した。

 

 怜は、死ぬまで麻雀をやり続ける。

 

 団体戦で負けたぶん、千里山を個人戦で優勝させたいなんていうのはただの理由づけで、こいつは周りのことも顧みずに、ただ麻雀をしたいだけなんや。そもそも、団体戦でずっと活躍していた怜が、千里山の敗退に責任を感じる必要など全くない。

 どんな手段を使っても怜のことを助けてあげよう、うちはそう決めた。嫌われても、恨まれても良い。今は、怜を麻雀から引き離さないとダメだと思った。

 でも、うちが怜とどれだけ口約束をしても、それを破って命を賭けて麻雀をすることは、確実だった。

 

 だから、怜を監禁することに決めた。

 

 怜のために、素敵なお部屋を用意した。

 高層マンションの防音室に鍵を取り付け、家具にもこだわった。

 怜は、ベッドもソファーも柔らかめのものが好きなので、好みに合わせたポケットコイルマットレスを用意した。ソファーは、明るい木とライトグリーンの、怜が気に入りそうなお洒落なデザインで、フカフカのフェザーをたっぷりつめたソファーを選んだ。

 外に出ることがないと気分が沈んでしまうかもしれないので、少し明るめの家具をチョイスすることにした。うちは、ウォールナット材を使った落ち着いた色合いの木が好きだったが、怜の好みに寄り添って明るいオーク材を選ぶことにした。

 お部屋、気に入ってくれるとええなあ。

 

「今度は絶対に守ってあげるからね」

 

 そう言ってうちは、コクマのためにうちの家から学校に通おうとしていた怜に、手錠をかけてあげた。

 怜は、突然のことに少し戸惑っているみたいだった……でも、暴れたりすることも想定していたけど、うちが手錠をかける時に大人しくしてくれていたのは、やっぱりうちの真実の愛が伝わったんやろな。

 怜に暴力を振るうなんてありえへんかったし、ゆっくり時間をかけて説得して、麻雀は諦めてもらおうと思った。

 

 はじめの一週間は、怜の両手両足を手錠と足枷で拘束して、ずっとベッドの上に寝転んでいてもらうことにした。

 

 初日は、怜が手錠をかけたまま暴れて手首が腫れ上がったり、ごはんを食べてくれないなどのトラブルがあった。それでも、毎食ごはんを作ってあげて、ベッドの横で優しく諭してあげると、3日目には大人しくごはんを食べてくれるようになった。

 

 少しお塩の効いたおかゆを怜の口元にスプーンで運んでいると、暴れたりしないから手錠を外して欲しいと怜から懇願された。少し胸が痛んだが最初が肝心なので、もうしばらくの間は、ベッドで過ごしてもらうことにした。

 一週間も経つと怜はすっかり大人しくなったし、うちの麻雀をやめて欲しいという話も、最後まで聞いてくれるようになった。なので、足枷を外して、お風呂やトイレにいけるようにしてあげた。一週間ぶりのお風呂で、髪と体を洗ってあげると、よほど嬉しかったのか、怜はボロボロ泣いていた。

 

 足枷が外れると怜は、ソファーでゴロゴロしながらテレビを見るようになったり、とっても可愛い姿を見せてくれた。雑誌も用意したが、手錠が邪魔で読みにくいのかあまり興味を示さなかった。

 とくにご飯への関心が高いようで、うちの作ったご飯をおいしいと言って食べてくれた。こんな幸せな日々が、ずっと続けば良いのにと思った。

 

 途中、怜が暴れてベッド生活に戻ってもらうなどのトラブルはあったものの、監禁生活は概ね順調だった。そんな生活が三か月も経つと、コクマやドラフト会議も終わっていたので、うちは怜と麻雀を切り離せたことに満足していた。

 

 愛宕監督は、千里山の監督をやめてからも、うちや怜のことを気にかけてくれていて、怜には大学麻雀なら大丈夫じゃないかと言っていたが、うちやセーラがプロ入りして支えのない状態で麻雀をさせるなど、考えられなかったので、怜とも相談してお断りさせてもらった。

 プロ入りも大学進学も、うちが怜の人生を滅茶苦茶にしてしまったのは間違いない。それでも、病気で死んでしまうよりはずっと良いはず。

 うちの太ももを枕にしてソファーで寝ている怜の頭を撫でると、怜は甘えるように太ももに頭を擦り付けて丸まった。

 

 怜のことは、うちが守ってあげないと。

 

 うちはドラフト2位ながらも、プロ入りすることが出来た。契約金もあるし、プロの世界で活躍して怜のことを養っていくこともできる。怜の人生を滅茶苦茶にした責任は、全部うちがとろうと思った。

 それから婚姻届を市役所で貰ってきて、お部屋で怜と一緒に書いた。怜は最初は戸惑っていたけれど、婚姻届の証人欄に両親の名前が書かれているのを見て、嬉しくて泣いてしまった怜のことを慰めながら、項目を埋めていく。

 最後に園城寺怜の名前が彫られたオランダ水牛の印鑑を押して、婚姻届は完成した。うちの印鑑と怜の印鑑はペアで作った。書体が同じお揃いの印鑑がふたつ並ぶと、それだけでとっても幸せな気分になれた。

 この婚姻届のように、ふたりでしあわせをひとつずつ見つけていこうね。

 

「とき! ずっと、ずーーっと一緒やで!」

 



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第38話 専業主婦と小鍛治健夜四段活用

 夏の昼下がり。

 平日の真昼間から、お風呂を堪能してソファーに寝転んで、顔パックに励む一人の女がいた。

 

 顔に緑色の泥を塗り付ける者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

「これは、女子力あがってる気がしますわあ」

 

 青と白のボーダー柄バスローブを身にまとい、出来損ないのお化けのようになっている姿に、女子力などカケラもないのだが、本人は満足しているので問題はない。

 

「少しお腹すいたけど……レンジでチンするのめんどいから後でええか」

 

 女子力はともかくとして、神戸の24歳児の異名を持つ怜の女児力は一級品である。一度ソファーに寝転んでしまったからには、キッチンに行って竜華の作った料理を温めるのは途方もなく困難だ。

 

「あーでも少ししたら泥パック洗い流さな……とりあえず、テレビでも見よか」

 

 そう独り言を言いながら、怜はテレビの電源入れる。

 プロ麻雀中継をつけると、まだ先鋒戦がやっている時間だった。

 

プロ麻雀公式戦 先鋒戦 東1局

横浜 120600 弘世 菫

大宮 100700 白水 哩

佐久 93400  赤土 晴絵

神戸 85300  加治木 ゆみ 

 

今年度成績

弘世 菫  

ドラフト2位  前年個人戦順位 51位

白糸台→家慶大→横浜

1勝6敗0H

高い身長と整った顔立ちが女性ファンに人気の注目選手

 

白水 哩  

ドラフト1位  前年個人戦順位 39位

新道寺女子→大宮

3勝7敗0H

名門新道寺女子から、大宮でローテーション入り伸び盛りの期待の若手選手

 

赤土 晴絵   

ドラフト1位  前年個人戦順位 11位

阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→ 佐久

9勝14敗0H

今期絶好調の佐久フェレッターズのエース、タイトル獲得に期待がかかる

 

加治木 ゆみ  

ドラフト1位  前年個人戦順位 24位

鶴賀→伊稲大→神戸

4勝9敗0H

昨年新人王を獲得した六大学のプリンス、曲線的な闘牌が持ち味

 

「あー、普通に神戸負けとるやん……というか赤土さんいつも試合でとるな」

 

 知り合いばっかりの先鋒戦だったので、怜は試合の途中からではあるが思わず録画ボタンを押す。

 

『さあ、先鋒戦も第二半荘にさしかかりましたああああ!!! すこやん、今日の試合はどうかな?』

 

『し、試合の時くらいはすこやんはやめてよ……こほん、えーそうですね前半は非常に安定した内容で良かったと思います。とくに弘世プロが、加治木プロを狙い撃ちにした南2局は六大学リーグを彷彿とさせる熱い展開でしたね』

 

 どうやら、加治木さんが弘世さんに放銃してしまい神戸は最下位になってしまったらしい。まだ、始まったばかりなので挽回に期待したいところである。

 

「ただ、加治木さん一年目ほど結果残せてへんのが気がかりやなぁ……やっぱり他チームから対策されてるんやろなあ」

 

 前年度8勝をあげた加治木さんも、今年度はまだ4勝で、平均獲得素点も3000点程悪化している。

 二年目のジンクスという言葉もあり、全方位から研究対策されるプロの世界で、安定した成績を残すのは難しい。

 一般麻雀ファンの間では、ルーキーの時は活躍できたのに、なぜ数年すると活躍しなくなる選手がいるのかという疑問を覚える人が多くいたりする。しかし、癖や能力や牌の流れを他チームに研究されれば、勝てなくなるのが当たり前で、むしろ成績が安定している選手の方がおかしいと怜は思っていた。

 

 激しい攻防が行われるなか、怜は泥パックを洗面所で洗い流して、ツルツルになったお肌に乳液をたっぷり塗り込んでからタブレットを起動した。せっかく立ち上がったのに、ご飯の準備はしない立ち回りが怜の持ち味だ。

 

プロ麻雀公式戦実況共用 part16

329 名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrwjz

弘世が勝ってる!? いけるやん!

 

382名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokmizaz

大学時代を思い出したな

 

401名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

今日の先鋒全員ドラ1やん

 

412名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID :sak11pvjh

>>401

おっそうだな

 

420名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:hearm0zg

>>401

赤土  二雀団競合ドラフト1位

加治木 ドラフト1位

白水  外れ外れ外れドラフト1位

弘世  実質ドラフト1位

 

百里ある

 

434名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:heamrwg

>>420

白水なんか取らずに素直に清水谷か愛宕姉いっとけば良かったと思うんですけど

 

445名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rmaz

>>434

くじ引きハズしすぎて頭がおかしくなってたんやろなあ……

 

463名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:hearwaz6

>>434

その年辻垣内にも特攻してたし

先鋒できる人を獲得したかったらしい

 

 弘世さんは本当はドラフト2位なのだが、実質ドラフト1位と広くネタにされている。

 ドラフト1位が競合指名になった場合くじ引きとなるが、2位以降の選手は指名したチームから早い者勝ちで交渉権が決まる。2巡目は、その年のチーム順位が下の球団から順番に獲得していく。

 定位置を最下位としている横浜ロードスターズは、その年のドラフトで7番目に評価が高い選手を確実に獲得できる。その7人目の選手が弘世菫というわけだ。

 

 一昨年のドラフト会議で横浜はインターハイ個人戦優勝者の高校三年生を指名し交渉権を獲得したが、ドラフト1位にも関わらず交渉が決裂しプロ入りを断られ、大学に進学されるという信じがたい事態が発生した。

 そのため、横浜ロードスターズは契約金に引っ掛け、1億5000万貰っても行きたくない球団のレッテルを貼られ、最強高校生と大学BIG3の両どりを、ポジり倒していた横浜ファンは深い悲しみに包まれた。

 ドラフト2位の弘世さんを、もともとドラフト1位だったことにするという、記憶の改竄を行うことでファンは、精神の安定を図った。

 

『すこやん、これってあそこで押しておけばこの七索で和了してたんじゃない?』

 

『結果論から言えばそうですけど……トップですからね。押さずにあえて回して安全にいくというのも選手の判断次第でしょう』

 

 前半荘をトップで折り返した弘世さんだったが、後半荘ではリードを守ろうとして今一歩踏み込めない闘牌が続いていた。他家がまだ聴牌もしていないのに押さずに、面子から現物を切って手を進めずに和了し損ねる。

 

「あーなんかこれ……ピリッとせーへんな」

 

 逡巡しながら時間をかけて回し打ちをしている弘世さんに、怜は違和感を感じたが、掲示板を見る限りあまり話題にはなっていない。

 

『少し……弘世さんのリズムが悪いですね』

 

『リズムですか?』

 

『そう、こういうふうに闘牌すると運が逃げていくというか……まだ先鋒なんだから、もっと積極的に攻めていく姿勢が欲しいかな?』

 

 今まで、弘世さんの闘牌を否定も肯定もしていなかったすこやんが少しイライラしながらそう言った。

 

706名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:mat3miwa

毒舌解説きたーーーー

 

730名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokrwazg

あれだけイケメンの弘世でも不満なのか……

 

741名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrwaz

>>730

前半はウキウキだったし、愛ゆえにやろなあ

 

753名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok4rwaz

ボロボロに毟られてチームメイトや監督から罵声浴びせられる弘世様楽しみ

 

768名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmazg

加治木と獅子原に比べて弘世に歪んだ愛情向けるファン多すぎませんかね

 

プロ麻雀公式戦 先鋒戦 南2局

佐久 106600 赤土 晴絵

大宮 100900 白水 哩

横浜 98600  弘世 菫

神戸 93900  加治木 ゆみ

 

 そんな弱気の麻雀内容が悪かったのかは不明だが、南入して弘世さんは3位に後退し、赤土さんがトップにつけている。

 一位から転落したにも関わらず、二萬を保留し長考しながら回し打ちを続ける弘世さんにすこやんがついにキレた。

 

『いいから! 二萬きろうよ! 生牌でも五萬切れてるんだからさあ!!!』

 

『あ……ちょっとすこやん、落ち着こ?』

 

 椅子から立ち上がるすこやんの願いも通じず、弘世さんは悩んだ末に九索を切り出した。すこやんが握り拳で机を思いっきり叩いた音がマイクにのる。

 

『何故!? 二萬を切らない! そんなに弱気の麻雀をして楽しいのか?』

 

『切れないのか?』

 

『切りたくないのか?』

 

『切る度胸もないのか!!! 弘世ええええええええええええ』

 

 アナウンサーの静止も聞かずに、人の麻雀にブチギレる32歳実家暮らしの叫びがお茶の間に響く。

 

『すこやん、落ち着いて! 落ち着いて! 止めて、音声とめて!』

 

『せっかく良い流れだったのに! この水差し野郎!!!!! 勝つ気がないのか!』

 

 ピーーーーーーーーーーーーーーー

 

103名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakglwaz

切れたwwwwwww

 

141名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:matrwazg

まーた放送事故か……

 

196名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmjzr

すこやんじゃなきゃ許されない解説ほんとすき

 

223名前:名無し:20XX/8/5(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrwaw

無音声試合wwwwwwwww

 

「なぜ……麻雀をみているだけでここまで怒ってしまうんやろか」

 

 知り合いの醜態にドン引きしながらも、怜の言いたいことは大体言ってくれたので良い解説者なのかも知れないと思った。

 怜がしばらく無音声試合を眺めていると、画面が実況席に切り替わりすこやんが頭を下げている映像が流れ始めた。

 

『えー、このたびは解説者としてあるまじき不適切な言動があったこと、心より……』

 

 試合の映像は画面端に追いやられて、始まったすこやんの謝罪放送を楽しんでいると、怜は自分がお腹がすいていることに、気がついた。

 

「あかん……ソファーに寝転んでもうたから、料理温めにキッチンに行けへん」

 

 こういう時に竜華がいれば温めて運んできて貰えるのになあと怜は思った。

 

「切らない、切れないのか、切りたくないのか、切る度胸もないのか」

 

「ひろせーー」

 

 怜は小鍛治健夜の四段活用を復唱しながら、いつキッチンに向かってご飯を用意するか苦悩することになった。

 

 なお、弘世さんは4位に転落しその後、特に良いところもなく横浜は負けました。

 



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第39話 清水谷竜華の清水谷チャンネル、最強チームを結成せよ前編

『清水谷竜華の〜〜〜』

 

清水谷〜〜チャンネル〜!!!!!

 

 グレーのスーツ姿の竜華が右手を高々と掲げて生き恥のレッツゴーポーズを決める。チャンネル開設から半年近くたっているので、このポーズにも安定感が出てきた。

 

『さあ!さあ!さあ!さあ!今日のゲストはこの人!!! テレビ中継でもお馴染み! 小鍛治健夜だああああああああ』

 

『ど、どうも……』

 

 ハイテンションな福与アナに促されて、すこやんがカメラに向けて会釈をする。竜華と福与アナはスーツ姿なのに、すこやんはチノパンにジャージ姿である。

 清水谷竜華の清水谷チャンネルのチャンネル登録者数は350万人を超える、大盛況を博している。超豪華なゲストから繰り出される、信じられないほどショボい企画内容が売りである。

 

『今日の企画はこれだあああああああああああああああ』

 

 横浜ロードスターズ再建計画

 〜最強チームを結成せよ〜

 

 今日は珍しく麻雀のことやるんやなと、パソコンの前で配信を見ていた怜は思った。ちなみに清水谷チャンネルを見ることは、竜華から禁止されているので、竜華の遠征中に見るようにしている。

 

『今日は珍しく麻雀やるんやな?』

 

 怜と全く同じ疑問を竜華は、福与アナに投げかけた。

 

『今日は麻雀に詳しい元プロの人を呼んだからね』

 

『現役トッププロの咲ちゃんや三尋木さんを呼んだ時にやった企画、なんやったっけ?』

 

『金魚すくいと牛丼大食い対決』

 

 

【神ゲスト】清水谷竜華の清水谷チャンネル実況part46

210名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sakrwawg

元プロの麻雀に詳しい人扱いは流石に草

 

302名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emir9rwj

麻雀がでてきたの初じゃね?

 

369名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirwjmg

>>302

麻雀牌ドキドキ! ジェンガ対決

でもうでてるぞ

 

401名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:harmrs0n

咲さんとの金魚すくい対決は、神配信でしたね

 

478名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:hear9rmc

>>401

初回配信と紹介動画除いたら、一番再生されたしな

 

506名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emirwgzg

>>401

結局どっちも一匹も捕まえられなくて、いじけてコンビニのプリン食べて帰るとこ、ほんと好き

 

『と、ところでさ……』

 

『んー? すこやんどうしたの?』

 

『楽な私服できてねって前日に聞いてたんただけどなんで2人ともスーツなの!?』

 

『私たちはスーツでやるんだけど、すこやんだけ私服だったら、盛り上がるだろうなーと思ったからそうして貰ったんだー』

 

『おかしいでしょ!? それ!?』

 

 さも平然と行われる福与アナの畜生行為に、掲示板が盛り上がる。

 

『はい、本題に入る前にお二人にはこちらの週刊麻雀から発行されている最新版のプロ麻雀選手名鑑をお渡ししますね!』

 

 そう言って福与アナは竜華とすこやんに選手名鑑を配る。受け取った2人は興味深そうにページをめくり始める。

 

『ここに載っている選手で横浜を補強すればええん?』

 

 竜華が進行役の福与アナに質問する。

 

『そうそう、流石竜華ちゃん話が早いね! あと少し制限があるんだけど……それはあとで伝えるね』 

 

『そのまえに今年の横浜のベストオーダーをドーーーーン!!!!!』

 

横浜ロードスターズ(20XX年)

 

先鋒 Megan Davin メガン・ダヴァン

   江口 セーラ

   弘世 菫

次鋒 小走 やえ

中堅 霜崎 絃

副将 岩館 揺杏

大将 宮永 咲

 

PG 薄墨 初美

 

 

清水谷竜華の清水谷チャンネル実況part48

111名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokr0rwg

弱すぎて草

 

197名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

弱い(確信)

 

201名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emirw2mr

他のチームだと一軍にいるかすら怪しいレベルの選手が、ベストオーダーにいるのは

はっきり言って異常だ

 

『今期、残念ながら最下位に沈んでいる横浜ロードスターズ、補強するとしたらどのあたりになるかな?』

 

 福与アナがベストオーダーの書かれたホワイトボードを指差しながら、2人に問いかけた。

 

『中継ぎの層が薄すぎやなあ……もう2、3人いれば戦えるとおもうんやけど』

 

『横浜は、大将以外の全部に少しずつ弱点がありますね』

 

506名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokgdlw0

2人とも言ってること直球すぎて草

大丈夫か? これ

 

701名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak9rmaz

あと2、3人良い中継ぎがいないと、勝負になりませんね ←ま、まあわかる

大将以外全員問題あるから、こんな雀団畳んじまえ、水差し雀団!←!?!!!??!!!!!!wwwwww

 

769名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokrwjwg

>>701

そこまで言ってねえんだよなあ

 

811名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sakrmjwg

このオーダー、他の雀団に対しての侮辱行為やろ

 

843名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirwgtk

弱い(確信)

 

『ここにこういう数字があります』

 

 福与アナは視聴者と出演者に見えるようにフラップボードを掲げた。

 

1500万→1億→3億2000万(推定)→5億7000万(推定)

 

『ん? なんやこれ?』

 

『……宮永さんの年俸推移だね』

 

『はい、すこやん大正解〜 さすが、すこやん!』

 

『そ、それほどでも……あるかな?』

 

 すこやんは、福与アナに褒められて満更でもなさそうな表情を見せる。

 

『ちばらき県民だけあって、お金のことには詳しいね!』

 

『それ関係ある!? ないよね! というか茨城県民の視聴者さんに失礼でしょ!?』

 

 テレビではなくネット放送なので、一切の忖度なくすこやんをいじり倒す福与アナ。すこやんのツッコミを聞いて、茨城県民もそうやけど、千葉県民には失礼じゃないんやろかと怜は思った。むしろ、千葉県民の視聴者さんへの方が失礼なのではないか?

 

『その話は置いておいて……この咲ちゃんのお給料の5億7000万円で補強して優勝できそうなチームを作っちゃおう!』

 

 福与アナは手慣れた感じで、レッツゴーポーズを決める。嫌そうな表情で竜華もそれに続くが、すこやんだけがやってくれないので、福与アナに無理矢理やらされる運びとなり、放送事故のような様相を呈した。

 

残 5億7000万円

先鋒 Megan Davin メガン・ダヴァン

   江口 セーラ

   弘世 菫

次鋒 小走 やえ

中堅 霜崎 絃

副将 岩館 揺杏

大将 

 

PG 薄墨 初美

 

『大将の咲ちゃんが抜けると、オーダーから受ける印象がだいぶ違って見えるなあ』

 

『守護神やポイントゲッターって年俸が高いから、5億円あっても宮永さんの穴を埋めるだけで全部使っちゃいそう……』

 

『年俸が安くて良い選手をたくさんスカウトするか、目玉の選手を用意するかも悩みどころや』

 

『単純に5億7000万を5人で分割すると1億1000万円ちょっとかあ』

 

『そんな使えるなら、楽勝やん』

 

 竜華とすこやんが選手名鑑を真剣に眺めている様子がノーカットで映し出される。

 これまで麻雀と関係のない変な企画ばっかりだった清水谷チャンネルだが、急にプロ麻雀の下世話な話が始まり掲示板は戸惑いながらも盛況だ。

 

304名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokrwgz7

中継ぎの強化は必須やろ

 

361名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:hearwjwg

宮永がいないとなると、守護神選びも悩むなあ

 

405名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:harmrs0n

>>361

咲さんがいない横浜なんてありえません!

 

431名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emiwr2zr

>>405

大将戦で5000点でもリードがあれば絶対勝てると思ってる典型的な横浜ファンの哀れな姿 

 

470名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebir2itct

>>431

アンチ乙

横浜ファンは魔王が登板すれば1000点でもリードあればセーブできると思ってるぞ

 

501名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokrwgzg

むしろなんで魔王が所属してるのにかてないんですかね……

 

554名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sakiwrma

魔王と三尋木がいた年は3位の好成績でしたね(白目)

 

580名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirwjzg

>>554

やばい……

 

603名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok8mrwa

>>554

当時魔王がルーキーだったから、愛宕監督褒められてたけど

今思えば、プロ麻雀界で一番良い選手と二番目の選手いるんだから優勝してないとおかしいよなあ!?

 

『とりあえず、宮永さんの代わりの守護神を決めていこっか? 清水谷さんとこーこちゃんもそれでいいよね?』

 

『はーい』『わかりました』

 

『守護神かあ……咲ちゃんより良い選手そうそうおらへんからなあ』

 

『ここで、どれだけ節約できるかが今後の補強を左右すると思うよー』

 

 そう言いながら3人は、選手名鑑をめくっていく。しかし、守護神候補になるような有力選手は年俸が高く、いきなり選考は難航する。

 

『ここで姉帯さんとかとるとお金がいくらあってもたりへんやろし、玄ちゃんとろうや』

 

『あー松実さん良い選手だよねー、でも最近はタイトルも取ってないから、年俸安そうかも』

 

 竜華がそう提案すると、すこやんも乗ってきた。初手から守護神に終盤のファンタジスタが検討されて、掲示板ファンは恐怖と期待に慄いた。

 

『玄ちゃん、いくらや?』

 

 竜華が福与アナに問いかけると、福与アナが選手名鑑のハートビーツ大宮のページを開いて玄ちゃんの年俸を調べ始めた。

 

『松実玄……松実玄…………あ、あった』

 

 見つけられたようで、福与アナは勿体ぶったような口調で玄ちゃんの年俸を発表する。

 

『松実玄選手の推定年俸は——————』

 

 

『3億円!!!!!!!!』

 

 

 高すぎいいいいいいいいいいいい!?

 

 

 出演者、視聴者、掲示板住民の全てが同じの反応を示し、玄ちゃんの横浜ロードスターズ入りは見送られた。

 



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第40話 清水谷竜華の清水谷チャンネル、最強チームを結成せよ中編

『いやー玄ちゃん、3億円かあ……』

 

『ちょっと、びっくりしたね』

 

 動揺覚めやらぬなか、2人は他の守護神候補を探し始める。パソコンからチャンネルを見ていた怜は、玄ちゃんが3億円で宮永さんが5億円とか査定滅茶苦茶やなと思った。

 

『あ、私掘り出し物見つけちゃったかも……』

 

 そう言ってすこやんは嬉しそうに、選手名鑑のハートビーツ大宮の項目からオススメの選手をチョイスする。

 

福路 美穂子  昨年度成績  

ドラフト4位  個人戦順位 49位

風越女子→明明大学→ハートビーツ大宮

2勝3敗11H

推定年俸 2800万円

 

304名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmima

誰?

 

320名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:hea9mrwa

>>304

にわか乙、明明大の福路知らんのか?

 

368名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokmr3zz

マジで激安で草

すこやん、伊達に歳くってないわ

 

389名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:hearw0wrj

福路がすこやんから目かけられてるみたいで嬉しい

 

400名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokwrmjg

11Hで2800万は安すぎる

 

『福路さんかあ……うちと同い年で大卒、二年目やからこの値段でもとれるなあ』

 

『清水谷さんも気に入ってくれたみたいだし、福路さんは確保ね』

 

残 5億4200万

補強リスト

福路 美穂子 2勝3敗11H 2800万円

 

 まさかの、大宮の地味な中継ぎが一番はじめに補強リストに加わり、本気で勝てるチームを目指すという、意外な展開に掲示板が戸惑いを見せる。

 

「初手から福路プロ選ぶとか、すこやんやるやんけ。麻雀に関する目はたしかなんやなあ」

 

 怜はパソコンの前で、ミルクティーを飲みながらそう呟いた。福路プロは怜が玄ちゃんの試合を見るついでに、大宮の勝ちパターンでよく登場するので、見た目が可愛いのもあり怜は密かに応援していた。

 

『玄ちゃんが3億円するくらいやし、姉帯さんの3億5000万いってもええんちゃうかな?』

 

姉帯 豊音   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 6位

宮守→松山

4勝6敗22S

推定年俸 3億5000万円

 

『さすがにちょっと……姉帯さんとっちゃうともう2億円もないよ?』

 

 竜華の提案する姉帯さんの獲得に、すこやんは難色をしめす。

 

『逆に私は今守護神をやっていない、天江さんを守護神に持ってくるのも良いと思うんだけど……こーこちゃん、天江さんはいくら?』

 

『えーと……4億2000万円かな』

 

天江 衣    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 5位

龍門渕→松山

21勝4敗0S

推定年俸 4億2000万円

 

 守護神の姉帯さんよりもポイントゲッターの天江さんのほうが、年俸が高いという事態に、すこやんは少しがっかりしたように肩をすくめた。

 怜としても、守護神天江衣が見てみたかったので、すこやんと選手の好みが近いのかもしれへんなと思った。

 

『この辺は諦めますか?』

 

『んーそうだね……』

 

 松山勢は諦めて、2人は新たな守護神候補を探し始める。

 

『藤白さん2億3000万、野依理沙ちゃん6億1000万……やっぱり守護神できそうな人って全員年俸高いね』

 

『むしろ、去年セーブ失敗が1回しかあらへんかった咲ちゃんの5億7000万が、お買い得すぎるんやないか』

 

『宮永さんは4年目だし……登板機会が少ないから、年俸が抑えられてるのかなあ。でもやっぱり、年間無敗っていうのはインパクトあるよね』

 

宮永 咲  昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

1勝0敗24S

推定年俸 5億7000万円

 

869名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrzjw

素晴らしい先輩 

 

890名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebir6rzg

素晴らしい成績

 

906名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak9radg

個人戦の成績って年俸に反映されんの?

 

935名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwjt

>>906

ほぼされない、優勝賞金と年俸は別

 

960名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emirwazg

>>906

個人タイトルの闘牌内容が評価されてたら、宮永は20億くらい貰ってないとおかしいんだよなあ……

 

『セットアッパーをとってきて、守護神で使うっていうのもええんちゃうかと……』

 

『んー具体的には?』

 

『愛宕さんとか』

 

愛宕 洋榎  前年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 32位

姫松→佐久

2勝6敗22H

推定年俸 9200万円

 

「お、洋榎きたやん! 横浜の補強ポイントにもピンズドやし、年俸もそこそこ抑えられてるし採用やろ」

 

 友人の選考に思わずテンションの上がる怜だったが、すこやんはあまり洋榎への評価が高くないようで、結構悩んでいる。

 

『愛宕さんかあ……悪い選手ではないけど……守護神は無理だと思うなー。使える中継ぎは何人いてもいいけど……先のない選手には少し高いかなあ』

 

『一流半って言葉が似合う選手って印象で、それなりに戦力になってくれるとは思うけど、本人がこれ以上伸びしろがない麻雀をしている印象があるかも……私の予想がハズれてくれると良いんだけど』

 

 すこやんは洋榎への凄まじい毒舌批評を繰り返しながらも、中継ぎとしては必要と判断したらしく補強リストに加える運びとなった。本人が聞いたら傷つきそうなレベルのすこやんの発言に、怜はドン引きしたものの内容の説得力は凄まじいものがあった。

 

「ひ、洋榎……ファイトや」

 

 怜はそう呟いて友人を応援する。

 

『佐久はだいたい見れたし……せっかくだから、ルーキーの上埜プロも拾っていいかな? 実質0円みたいなものだし』

 

『いいですよ、上埜さん結果だしてますし……これ1000万って一軍最低年俸だからシーズン途中で上がってるんやな』

 

上埜 久

ドラフト5位  個人戦順位 NEW

清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→

佐久

年俸 600万→1000万円

 

 その後も2人の選手選びは難航し、インフレした年俸を確認しては、諦めるという作業を何度も繰り返した。

 

『守護神全然決まらへんなあ……』

 

『というより、守護神は清水谷さんで良いんじゃないかな?』

 

『うちは、神戸一筋なので……』

 

『いやいやいや、実際に移籍するわけじゃないよ!?』

 

清水谷 竜華  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 14位

千里山→神戸

4勝3敗31H

推定年俸 1億8000万円

 

196名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirwgwa

そういえばこの人プロ麻雀選手でしたね()

 

204名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi9mrwa

守護神のわりに神コスパで草

 

230名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:heawrwaz

清水谷竜華の清水谷ちゃんねるの清水谷竜華ちゃんと

エミネンシア神戸の女帝、清水谷竜華は別人

 

250名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:mat7t3mr

>>230

麻雀してる時としてない時で差がありすぎる二重人格者が多すぎるんだよなあ

 

286名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokw1mrwn

なんか横浜行くの嫌がってて草

 

『なんか自分のチャンネルだから、選んでるみたいであんまり気が進まないんやけど……それじゃあうちで』

 

『よっ! エミネンシアの守護神!』

 

 福与アナの合いの手が入り、守護神が決定された。

 なんとなく見ていたわいちゅーぶで、配偶者の年収を知ることになった怜は、次に竜華が家に帰ってきたら、優しくしてあげようと思った。

 

残 2億6000万

補強リスト

福路 美穂子 2勝3敗11H 2800万円

愛宕 洋恵  2勝6敗22H 9200万円

上埜 久   new 1000万円

清水谷 竜華 4勝3敗31H 18000万円

 

先鋒 Megan Davin メガン・ダヴァン

   江口 セーラ

   弘世 菫

次鋒 小走 やえ

中堅 福路 美穂子

副将 愛宕 洋榎

大将 清水谷 竜華

 

PG 薄墨 初美  上埜 久

 

『ねえ、これすこやん達さあ……このチーム、地味すぎない?』

 

 一切視聴者ウケを考えず、中継ぎやルーキーを採用し、玄人好みのチームを作り続ける2人に福与アナは苦言を呈する。

 

901名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi37wrm

熱心なプロ麻雀ファンしか改善されていることがわからない補強すき

 

931名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmjwg

むしろ宮永がいなくなったことで弱体化しているように見える

 

943名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirmjwg

世代の偏りがやばいwww

 

960名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emirwazp

>>943

いうて宮永世代が最高すぎて、他チームもかなり偏ってるし

 

『こうやってマイナーな選手を採用すると、あっ小鍛治健夜ってプロ麻雀詳しいんだなあって視聴者さんが思ってくれそうじゃない?』

 

『すこやんそれ自分で言っちゃ駄目だよね!? 意味ないよね!』

 

 すこやんを弄り倒したい衝動が抑えられない福与アナに、マイナー選手を起用することに快感を覚えはじめるすこやん、そして視聴者ウケを無視して、本気で勝ちにいく清水谷竜華。

 出演者達は、ネット放送で少しずつおかしくなっていく。

 



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第41話 清水谷竜華の清水谷チャンネル、最強チームを結成せよ後編

 

『そろそろ目玉の高額選手いってもええんちゃうかな?』

 

『先鋒で使うかポイントゲッターで、使うかが悩みどころだね』

 

残 2億6000万

補強リスト

福路 美穂子 2勝3敗11H 2800万円

愛宕 洋榎  2勝6敗22H 9200万円

上埜 久   new 1000万円

清水谷 竜華 4勝3敗31H 18000万円

 

『さすがに先鋒ローテーションを強化しないといけないんじゃないかな……弘世さんを後ろで使えるようになるのも大きいし』

 

『あれ? すこやん、弘世さんは中継ぎやポイントゲッターでなら使えると思ってるんだ? あれだけ怒ってたのに?』

 

『そ、それは! 少し熱くなっちゃっただけだから!』

 

 すこやんは、あまり思い出したくない過去の放送事故を掘り返されて顔を赤くした。どうもすこやんは、横浜ロードスターズの水差し野郎のことを、低く評価しているわけでもないらしい。

 

「これは、すこやん的には弘世さんに期待してるのに、酷い麻雀を繰り返してるからストレスが爆発したんやろなあ……」

 

 能力が優れているし外見も練習態度もよくて、麻雀の腕以外は完璧な選手と竜華が弘世さんを評していたことを怜は思い出した。性格が良さそうなのがあかんのやろなあと怜は、勝手に決めつけ始めた。

 

『先鋒なら赤土さんか、辻垣内プロ……あ!少し意表をついて恵比寿の小瀬川プロもいいかも!』

 

小瀬川 白望  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 26位

宮守→恵比寿

5勝3敗10H

推定年俸 1億円

 

『ま、また……中継ぎにするの』

 

『中継ぎの選手を先鋒に配置転換して活躍させる采配……すごく名将感があるよ! ほら、この小瀬川プロはインターハイで先鋒やってたこともあるし』

 

 すこやんは珍しくキラキラした目で、小瀬川さんの活躍を期待しているようだ。中継ぎの有望選手を見つけてきて、名将ポイントを荒稼ぎしようとするすこやんの作戦は、竜華と福与アナの反対により頓挫した。

 

『戒能さん7億2000万……やっぱり普通に赤土さんでええんやないでしょうか?』

 

赤土 晴絵   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 11位

阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→ 佐久

10勝22敗0H

推定年俸 1億7000万円

 

『まあ、お得だけど……こ、これだんだん佐久フェレッターズになってきてない!?』

 

 映像受けを気にして福与アナが別のチームからもとるように促したものの、二人は全く話を聞かずに佐久フェレッターズの選手ばかりを指名していく。

 

獅子原 爽  昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 41位

有珠山→立直大→佐久

3勝2敗5H4S

推定年俸 5000万円

 

『二年目の獅子原さんもお買い得やし、とってもええやろ』

 

『あ、いいね!いいね!』

 

379名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirwawg

雑魚チームと雑魚チームが手を取り合う悲しい構図wwwwwwww

 

390名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mrwaz

恵比寿や神戸の選手高いからしゃーない

 

401名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:hea1pugw

最雑魚チームから、また別の雑魚チームになる展開はさすがに草

 

補強リスト

残 4000万

福路 美穂子 2勝3敗11H 2800万円

愛宕 洋榎  2勝6敗22H 9200万円

上埜 久   new 1000万円

清水谷 竜華 4勝3敗31H 18000万円

赤土 晴絵  10勝22敗0H 17000万円

獅子原 爽  3勝2敗5H4S 5000万円

 

『ん〜結構充実してきたね! あと4000万円かあ……最後のひと押しだね』

 

 満足気にリストを見ているすこやんだが、福与アナの表情はヒエヒエである。

 

『一昨年の六大学リーグの有力選手フルコンプしたいし、加治木さんとれないかな?』

 

『んー少し厳しそやなあ……』

 

加治木 ゆみ  昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 24位

鶴賀→伊稲大→神戸

8勝14敗0H

推定年俸 5300万円

 

 すこやんにそう言われて、竜華が調べてみたものの年俸は5000万円を超えており、六大学オーダーは断念することとなった。

 本当は、ポイントゲッターが欲しいところなのだが、予算の4000万円ではロクな人材がいないと二人は判断して、先鋒を探している。

 

『松山の先鋒の友清さんとかええんちゃう?』

 

友清 朱里  昨年度成績

ドラフト3位  前年個人戦順位 55位

新道寺女子→松山

4勝7敗0H

推定年俸 3800万円

 

『おーさすが竜華ちゃん! ドンピシャだよ、ばっちりの補強!』

 

678名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirwawg

だから誰だよwwwwwww

 

693名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sakrwjzg

すこやんと竜華ちゃんめちゃくちゃ盛り上がってるけど、さっきから全然知らないんだよなあ……

 

705名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:harmrs0n

新道寺で咲さんと一緒だった方ですね

 

730名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:mat6wrmg

友清きたあああああああああ

すこやんにも目かけられてるしやっぱ本物や!!!!

 

761名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mrzaz

誰?

 

「友清さん知らないとか、ありえへんやろ……」

 

 怜はそう掲示板の住民に悪態をつく。

 プロ麻雀実況スレと比べて、清水谷ちゃんねる実況スレにはライトな麻雀ファンが多い。

 明らかに選考採用される選手層に、問題があるのだが、年俸の制限を設けて勝ちにいくと、ファンがあまり知らない地味な選手ばかりになるのは必然でもあった。

 応援しているチームでもないのに、友清さんや福路プロの活躍と闘牌内容がスラスラでてくるのは、平日の昼間から毎日プロ麻雀中継を見ている、ありえへん生活を送っている人物くらいのものである。

 

横浜ロードスターズ (チームすこやんver)

補強リスト

福路 美穂子 2勝3敗11H 2800万円

愛宕 洋榎  2勝6敗22H 9200万円

上埜 久   new 1000万円

清水谷 竜華 4勝3敗31H 18000万円

赤土 晴絵  10勝22敗0H 17000万円

獅子原 爽  3勝2敗5H4S 5000万円

友清 朱里  4勝7敗0H 3800万円

 

先鋒 赤土 晴絵

   Megan Davin

   友清 朱里

次鋒 福路 美穂子

中堅 獅子原 爽

副将 愛宕 洋榎

大将 清水谷 竜華

 

PG 薄墨 初美 

   上埜 久 

   弘世 菫

 

「おーいけるやん!」

 

 ノリノリのすこやんが決めたチームオーダーを見て、怜はその完成度の高さに感嘆の声を漏らした。

 守備型の雀士が多く、競り合いにも強いので接戦にとても強そうなチームだ。ポイントゲッターが貧弱だが、個性のあるメンバーが揃っているので、相性を考えて起用すれば逆転もそれなりに狙える。

 欠点をあげるとすれば、主要メンバーが佐久フェレッターズであることと、末原さんが間違いなくクビになることくらいだろうか。

 完成したオーダーを目にして、怜はなかなか良いチームだと思ったが、掲示板住民からは不評の嵐である。

 

104名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrzj0

地味すぎwwwwwwwwww

 

120名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:matmrwa

弱い(確信)

 

139名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0mrza

クソチームやんけ!?

 

164名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrwj

4位くらいにはなれそう()

 

199名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi3gzkp

佐久フェレッターズに清水谷竜華が移籍しただけのチーム?

 

231名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6t3rw

横浜の選手、なしw

 

『なかなかのチームだね!』

 

『そ、そうかな……私は心配だけど…………』

 

 クソチームに自信満々のすこやんと、露骨にチームの映像受けを気にし始める福与アナが面白いと、掲示板が盛り上がる。

 

『それじゃあ最後に! このチームがペナントで何位になりそうか判定してもらいましょう!』

 

『判定員の野依理沙プロで〜す!!!』

 

『が、がんばる!』

 

 野依さんは少し怒っている様子で顔を赤くしながら、やる気の程をアピールする。この企画でチームの実力を判定するためだけに、トッププロをわざわざ呼んでくるあたりが清水谷チャンネルらしい。

 

『この、新生横浜ロードスターズ! 野依プロの目から見て————何位ですか!!!!!』

 

 福与アナがメンバー表を眺めている野依さんにそうフリを出すものの、いつまでたっても答えが返ってこない。

 

『あ、あのー野依プロ? 発表は……』

 

『少し待つ!!!!』

 

『あっ……はい』

 

「相変わらず、段取りがめちゃくちゃやな……」

 

 ほとんど無音声のなか野依さんがメンバー表を読み込む時間が、5分程ノーカットで流された。初回放送のようなあまりのクオリティの低さに掲示板は騒然となったが、福与アナの支離滅裂な一人トークのおかげで、なんとか間を持たせることが出来た。

 

『そ、それじゃあ気を取り直して……野依プロ! 新生ロードスターズの順位は——何位ですか?』

 

『3位』

 

 野依さんは、かなり怒った口調で短くそう言った。

 

406名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok2mrzj

マジで?

 

523名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrzj

クソチーム、まさかのAクラス入りwwwww

 

612名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:emirwaz0

すこやんに忖度したのか、のよりんが清水谷にめちゃくちゃ甘いのかwwww

 

711名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:harmrs0n

そもそも良いチームですし

 

820名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok6wrgw

よく考えると、すこやんと清水谷竜華があれだけ考えたチームが弱いはずがない

 

899名前:名無し:20XX/8/6(火)

ななしの雀士の住民 ID:sakr3mrw

まーた、ななしの雀士の掌返しがはじまるのか

 

『バランス、いい!』

 

 野依さんはかなりぎこちない反応で、中継ぎの選手層の厚さや全体的な守備力の高さを褒める。野依さんがひとしきり褒め終えてから、すこやんから野依さんに質問が入る。

 

『気に入ってもらえて良かったよ、理沙ちゃんがこの作ったチームで優勝を狙うとしたらどういうところを補強するべきかな?』

 

 すこやんから更なる補強ポイントを尋ねられた野依プロはかなり動揺しながら、今首位を走っている松山フロティーラのベストオーダー表を持ってきて言った。

 

『ぜんぶ』

 

松山フロティーラ (20XX年)

先鋒 戒能 良子 7億2000万円

次鋒 鶴田 姫子   9000万円  

中堅 雀明華   2億5000万円

副将 天江 衣  4億2000万円

大将 姉帯 豊音 3億5000万円

 

※金額は推定です

 



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第42話 専業主婦と百貨店のパンケーキ

「やっぱ、竜華の車はおちつくわー」

 

「それじゃあ、私の車に不満があるみたいじゃないか」

 

 怜は、竜華の運転する車の後部座席に座って加治木さんと話していた。

 加治木さんの愛車は、フィアール500というイタリアの旧車だ。とくに聞いてもいないのに、加治木さんとドライブに出かけた際に教えて貰った。見た目はとてもお洒落で可愛いらしいのだが、信じられないほど乗り心地が悪く、坂道のたびにけたたましいエンジンの悲鳴が響き身の危険を感じるので、怜は出来れば乗りたくないなと思っていた。

 

「あの車は狭すぎるわ、せめて後部座席に人が乗れる車にしてや」

 

「あはは……うちはゆみの車、運転してて楽しそうやし、良いセンスしてると思うけどな」

 

「たしかに、主婦には賛同が得られにくい車かもしれんな……」

 

 加治木さんは、竜華のフォローに少し気を良くしてくれたようで、高級セダンの後部座席の乗り心地を満喫していた。

 

「あ、ときコーヒー無くなったからとってや〜」

 

 竜華がそう言ったので、怜はクーラーボックスの中から、プラスチック容器に入ったカフェラテを取り出して、ストローをさしてから竜華に手渡した。竜華は、特に口をつけることもなく、カップホルダーにそのまま置いた。

 

「まだつかへんの?」

 

 怜がそう竜華に尋ねると、加治木さんがかわりに教えてくれた。

 

「大阪の市街地に入っているし、もうすぐだと思うが」

 

「それなら良かったわ」

 

 車に乗って頑張ったので、目的地の大阪の高級百貨店についたら、まず休憩せなあかんなと怜は思った。

 

「なあ清水谷、この間野依さんに紹介された税理士と話したんだが、法人化ってするものなのか?」

 

「あーそらなあ……うちはわいちゅーぶの配信やCMもあるし、配偶者を社員に出来るしで、ゆみとはまた状況が違うとは思うけど……」

 

「他の税理士にも会ってみたいなら、うちも紹介しよか?」

 

「ああ、悪いな。よろしく頼む」

 

 なんだか竜華と加治木さんは難しそうな話をしているので、怜は全て無視してクーラーボックスからカフェラテを取り出して、自分も飲むことにした。150円ほどの商品だが甘くて、なかなか美味しい。

 

 そうこうしているうちに百貨店に到着したので、店員さんに案内されたラウンジで、竜華と加治木さんと一緒にパジャマを選ぶことにした。

 本当は、買い物の前に休憩をしたかったのだが、ラウンジのソファーがそれなりだったので、そのまま商品を選ぶことにした。

 

「いきなり選ぶのパジャマなのか……お、これはどうだ? ピンクでなかなか可愛いじゃないか?」

 

「それは肌触りがイマイチや……シルクというだけではダメなんや」

 

 加治木さんの提案を断り、真剣な表情で怜はパジャマを吟味していく。ここで妥協すると、クオリティーライフに関わってくるので、慎重に選ばなくてはならない。

 悩みに悩んだ末、シルクを2着と綿を2着、そして夏なので、ざっくりした素材感ながら触り心地の良かったリネンのパジャマを1着購入することに決めた。

 加治木さんは夜にパジャマを着る習慣がないらしい。睡眠を大事にすると成績が伸びるだろうと思い、怜は3着ほどシルクのパジャマを加治木さんにプレゼントした。もちろん竜華のお金である。

 

 パジャマ選びという最大の難所も終えたので、あとの私服は竜華に選んでもらう事にして、怜は加治木さんと店内をお散歩する事にした。

 竜華も連れて三人で一緒に出歩きたかったのだが、プロでの竜華の知名度が上がって、変装していても、人だかりが出来てしまうことがあるので、竜華はラウンジに残して2人だけで出かける事にした。

 そして20分後、2人は百貨店内パンケーキ屋さんにいた。

 

「なあ、休憩早すぎないか?」

 

「結構頑張ったやん? あんまり買うとかさばって重くなるし……」

 

 雑貨屋さんでゼラニウムとフランキンセンスのアロマオイルを買ったくらいで、たいした買い物をすることもなく、休憩を選択する怜に加治木さんは呆れた顔をしている。

 怜は、ストロベリー&ホイップパンケーキとホットコーヒーを注文したが、加治木さんはあまりお腹がすいていないようで、ホットコーヒーだけ注文した。

 

「ん……砂糖とミルクはセルフなのか、私は大丈夫だが、園城寺は使うな?」

 

「使うで!」

 

 そう言って、砂糖とミルクをとりに行こうとした加治木さんだったが、席を立ち上がってからテーブルの隅にミルクと砂糖が置かれている事に気がついた。

 

「店員さんが、気を利かせてくれたのかもしれんな」

 

 そう言って、少し首を傾げてから加治木さんが砂糖とミルクを渡してくれたので、スティックシュガーを2本いれてから怜はコーヒーを飲み始めた。ブラックコーヒーを美味しそうに飲む加治木さん、カッコええなと甘いコーヒーを飲みながら怜は思った。

 

「麻雀の話なんだが、最近少し悩んでいる」

 

「調子よくあらへんもんな」

 

 真剣な表情で相談する加治木さんに、怜はパンケーキを食べながらそう言った。

 

「園城寺から見てもそう見えるのか?」

 

「せやなー、コーチに相談したほうがええで?」

 

「いや、コーチよりも園城寺のほうが信用できる、悪いところがあれば言ってくれ」

 

 コーチよりも信用できるという意味不明なリップサービスを言うほど、加治木さんも悩んでいるようだったので、加治木さんの麻雀を見ていて思った感想を怜は伝えた。

 

「悪いところはあらへんで、いつもの加治木さんの麻雀や」

 

「…………っやはり、そうか」

 

 加治木さんはハッとしたように頷いた。

 

「自覚あるやろけど、対策されてるんやろなあ、加治木さんは特異な能力がないように言われとるけど……実際には牌の流れがかなり独特で、自分の世界を持っとる雀士やから対策が刺さるんやろ」

 

「牌の流れか、オカルト全開だな……いや、未来が視える支配系能力者が目の前でホットケーキを食べているのだから、そう不思議なことでもないか?」

 

「未来が視えたり、何度も嶺上開花で和了したりっていうのはただの現象やからな、そこから目を背けるのは、非科学的やない?」

 

「うん?」

 

「たとえば、牛乳を飲むと背が伸びるって昔から言うやん? カルシウムがたくさん入っているからとか理由は色々あるんやろけど、牛乳を飲むと背が伸びるって現象が理由より先にあるんや」

 

「カルシウムでは、背が伸びないというのが今の定説らしいが?」

 

「そこらへんはあれやろ、よーわからん力が働いて背が伸びるんやろ」

 

「なるほどな、一理ある」

 

 そう納得して、加治木さんは頭に手を当てて考え込んでいる。おそらく、どうやって勝っていくかで頭がいっぱいなのだろう。その楽しそうな加治木さんの姿を見て、怜は羨ましく思った。

 加治木さんの相談に乗ってあげたので、こちらからも1つ相談をしてみようと怜は思った。

 

「竜華と片岡さんってやっぱり仲悪いん?」

 

「悪いな」

 

 加治木さんは、眉間に少しばかりシワを寄せてそう断言した。それから、コーヒーを1口飲んでから加治木さんは話を続けた。

 

「私は片岡も清水谷も好きだが……清水谷は片岡のことが心底嫌いなようだ。普段あまり他人には、関心がないタイプのように見えるんだが……片岡が入団した当初から、あそこまで嫌っているというのはちょっとな」

 

 若干加治木さんが目を背けたのを見て、相当陰湿なイジメとかしてるんやろなあと怜は思った。とりあえず、竜華が竹の物差しで片岡さんの頭をペチペチ叩いている図を怜は想像した。

 

「なんとかならへん? なにか理由があるんやろか?」

 

「いや、おそらく気質の問題だろうが詳しいことはわからない……清水谷は観察眼が鋭い」

 

 どうやら、加治木さんも嫌っている理由はよく知らないようだ。片岡さんとはほとんど面識がないのでまあいいかとも思った怜だったが、竜華が特定の人と仲が悪いのはやっぱり悲しい。

 その時、ふと怜はある事に思い当たった。

 

「ま、まさか…………」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

 クリームを口元につけながら、顔を青ざめさせる怜の姿を、加治木さんは心配そうに見守る。

 

「す、好きな人に悪戯したくなっちゃうアレとちゃうやろな!?!!!!!」

 

「絶対ないから安心しろ」

 



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第43話 専業主婦とあへあへ断么九マン!

 面前型と副露型、守備にどれだけ重きをおくかどうかなど、麻雀には色々なプレースタイルがある。どのスタイルにも長所と短所があり、一概にどれが良いと言えるものでもない。

 分業化の進むプロ麻雀界において、リード時に次鋒や中堅、副将を務める中継ぎの選手は、いかにリードをキープしたまま次の選手にバトンを渡せるかどうかが、評価のポイントとなってくる。

 そんな環境でプロ麻雀の中継ぎで大流行した麻雀スタイルが、副露速攻型の麻雀である。代表的な選手としてハートビーツ大宮の瑞原はやりが挙げられる。鳴いたことによる放銃率の悪化を食い止めることが、最重要課題となるため、速攻型という名前とは裏腹に雀士の守備力が問われるスタイルだ。

 

 面前型の多かったプロの世界で一世を風靡した鳴き麻雀だったが、一般ファンからは中、ドラ3での満貫や、断么九(タンヤオ)のみなどの和了が観ていてつまらないとの批判を浴びることも多かった。

 また、同じような闘牌ばかりで個性がなくプロ麻雀選手であれば、誰でも実行出来そうな麻雀スタイルであることも、批判を呼ぶ要因のひとつだ。実際には、プロレベルでその速攻型の闘牌が安定させられる雀士は、限られてくるのだが、そんなことは一般ファンにとってはあずかり知らぬ所である。

 

 特に打点の低い速攻副露型の中継ぎは、蔑称を込めて、あへあへ断么九マンと呼ばれ忌み嫌われることとなってしまった。

 そんな、あへ断の代表的な選手である、恵比寿の快速マーメイド新子憧と、横浜の敗戦処理の達人末原恭子の夢の対決がテレビ画面の中で、今実現されようとしていた。

 

プロ麻雀トップリーグ 副将戦

恵比寿 160600

神戸  110900

佐久  96700

横浜  31800

 

新子 憧  

ドラフト4位  前年個人戦順位 61位

阿知賀→恵比寿

0勝3敗8H

鳴きを活かした最速の闘牌で、チームの勝利に貢献する技巧派雀士

 

末原 恭子  

ドラフト5位  前年個人戦順位 ーー

姫松→佐久→横浜

0勝3敗1H

佐久から戦力外通告を受け、トライアウトで横浜に入団した闘志あふれる復活の雀士

 

「この点差で末原さんとか……もう完全に諦めてるやんけ」

 

 怜はソファーに寝転んで、コンソメ味のポテトチップスを食べながらそう呟いた。

 愛宕監督は、試合の流れを変えようと次鋒、中堅でマシンガンのように選手交代を行い逆転を目指した。

 しかし、失点に失点を重ねトップとの点差は13万点差になり、副将戦では岩館さんを温存して、末原さんを登板させる決断をしたようだ。

 

 ツモ! 500 1000

 

 憧ちゃんの綺麗な発声が響く。序盤から二副露して仕掛けていき、そのまま和了した。

 そんな憧ちゃんのあへ断っぷりを見て負けじと、横浜が誇るあへ断職人、末原さんも早めに仕掛けていき3900点を佐久から出和了した。

 

「この点差で3900和了ることになんの意味があるんや……」

 

 怜はテレビ画面の前でそう呟いて末原さんに苦言を呈したが、その和了の意味は怜もよく理解している。

 選手、監督、ファン、そして末原さん自身も今日の試合の逆転は、もう無理だと諦めているのである。トップとの差は13万点、2位争いをするにも8万点差。もう諦めるしかないので、末原さんは個人成績のために闘牌しているのだ。ここのところ末原さんは、敗戦処理でしか登板していないので、いつも通りの闘牌をして、首脳陣にアピールしたいところだ。

 カメラが観客席の方に切り替わり、横浜ロードスターズの帽子をかぶった少女が、

 

『この半荘、3万点とれ!!!』

 

 と書かれたプラカードを掲げて泣きそうな顔で応援している。この点差でも帰らずに応援してくれているファンがいるんやから、末原さん頑張れやと怜は思った。

 よく目を凝らしてみると、3の数字の左側に黒マジックで1の数字が書き加えられていることに気がつき、高すぎる少女の要求に怜は戦慄した。おそらく二桁目のプラカードは、用意していなかったと思われる。

 

ツモ! 700 1300

 

 少女の願いが通じたのか、今日の速い流れには対応してやすいのか、末原さんは快調にショボい和了を重ねる。

 末原さんも高校時代は、早和了だけでなく対応力や分析力に優れた魅力的な打ち手だった気がするのだが、その面影は全くない。ただ、早く和了して今日を生き残りたい、それだけの麻雀が目立つ。

 

「洋榎も全然ホールドできずにスランプの時、このスタイルに転向して、ボロボロになっとったな」

 

 速攻副露型の中継ぎは短期的には誰でも結果を残せる確率が高いのだが、長期的には崩れていく選手が多い。

 そうした事情や、支配系能力者の台頭から火力と火力がぶつかり合う場面が増えたことで、瑞原プロが全盛期だった時期と比べると、速攻副露型の麻雀はやや下火になりつつある。

 

「この点差なんやから、末原さんよりセーラとかに打たせたほうが面白いと思うんやけどなあ」

 

 横浜ロードスターズの誇るウホウホ立直マンは、チーム事情から先鋒に配置転換されたので、ポイントゲッターで使われることはない。

 

「あーこれもう試合展開早いし終わるなあ……でも点移動がないからつまらへんし、違う番組見ようかな」

 

 怜は、知り合いがでているにもかかわらず、チャンネルを変えようか悩み始めた。日本放送で園芸番組をやっているので、そっちを見たほうが癒されるのではないかと思い、怜がリモコンを持つのと同じくらいに、副将戦が終了した。

 

プロ麻雀トップリーグ 副将戦終了

恵比寿 158600

神戸  102600

佐久  98400

横浜  40400

 

 マイナスながらも、注文通りに試合を進めて、二位の神戸との差を広げた憧ちゃんと、8600点程プラスになった末原さん。2人のあへ断が活躍した塩試合に怜は、ため息をつく。 

 

「末原さん、プロに入って変わっちゃったんやろなあ……ええから、13万点とれや!」

 

 今のあへ断スタイルの末原さんを見ると、プロに適応しようと努力を重ねて、自分の麻雀を歪曲させた形跡が窺えるのでモヤモヤした気持ちに怜はなった。

 

 副将戦をなんとかプラス収支で終えて、ホッとした表情でベンチに引き上げていく末原さんに、愛宕監督が声をかけている様子がテレビに映し出された。

 最初は監督にキビキビとした態度で対応していた末原さんの表情が、どんどん青くなっていく。

 お前なら出来る!そう言っているような雰囲気で、愛宕監督は末原さんの背中をポンポンと叩いた。

 

「あ…………」

 

「ま、まあ、そらそうなるよな……」

 

 怜が、カタカタ震えている可哀想なリボンをつけた生き物を観察していると、テレビから大将戦の選手紹介のアナウンスが流された。

 

『横浜ロードスターズ、大将末原恭子、大将末原恭子——副将戦からの登板です』

 

 次鋒と中堅で選手を使いすぎて、横浜ベンチに残っているのは、宮永さん、岩館さん、小走さんそして先鋒の弘世さんの4人しかいない。選手を温存するために、今日は将またぎで、末原さんに最後まで走って貰おうという判断である。

 

「あ、藤白先輩でとるやん、ファイトやー末原さん」

 

 大将戦、末原さんは恵比寿の藤白先輩に延々と虐殺されたものの、なんとか気持ちで踏ん張りトビを回避して、マイナス3万点でフィニッシュした。せっかくプラスで終えられそうだったのに、二軍落ちの危機に晒される末原さんに、ほんのちょっぴりだけ怜は同情した。

 しかし、そう思ってから怜はある事に気付いた。

 

「ん……でも、これ末原さんの麻雀がアレなのが悪いんよな? 内容普通に悪いし……やっぱ末原さんが悪いやんけ! 同情代かえせや!」

 

 怜は、最後に横浜のあへ断女子に情け容赦のない罵声を浴びせてから、テレビを切った。

 

 なお、末原さんは翌日も元気に敗戦処理で登板した。また一つ、横浜ロードスターズのチームタオルが似合うようになった末原さんの戦いはこれからだ!

 



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第44話 麻雀TODAY 特集 〜新道寺女子高校栄光の軌跡〜

 宮永咲や野依理沙をはじめとして、多くのプロ麻雀選手を輩出した名門中の名門校。常勝の名をほしいままにしている最強の高校が、北九州にある。

 

 新道寺女子高校である。

 

 本誌では、現在は松山フロティーラで先鋒を務める、新道寺OB友清朱里プロへの取材を通して、この夏、インターハイ団体を連覇した同校の栄光の軌跡に迫る。

 

——友清プロ、ご協力いただきありがとうございます。まずは、インターハイでの新道寺女子の優勝おめでとうございます

 

『ありがとうございます、新道寺のOBとして誇らしい気持ちでいっぱいです』

 

——決勝では4万点差をひっくり返し、逆転の新道寺の名に相応しい素晴らしい闘牌で優勝をもぎ取りました。インターハイ準決、決勝と奇跡の逆転を演じた友清プロとしても、心に感じるところがあったんじゃないですか?

 

『当時の逆転劇は、7万点のビハインドでも、メンバー全員が勝てると思って、麻雀をしていましたから……副将が私でなくても、勝利は揺るがなかったと思います。そうした不屈の精神が、今の新道寺まで息づいているようで、安心しました』

 

——新道寺は一度優勝を経験してから、大きく力をつけて黄金時代に突入した感もあります

 

『優勝以来、全国から有望な中学生が新道寺に来てくれるようになってくれました。これまでは九州だけだったスカウト網も全国に伸びて、今年は、九州以外にも東京と長野の後輩が2人、インターハイに出ていたと聞いています』

 

——新道寺は練習が厳しいと評判ですが、友清プロは入学したばかりの時など、辛くて辞めようと思ったことはありましたか?

 

『いえ、私が一年生の時新道寺は北九州最強なんて言われてましたけど、九州の中だけでも永水女子(鹿児島)に劣るような評価でしたね。練習もそんなにキツくなくて、比較的ノビノビ麻雀をしていたと思います。』

 

『麻雀を辞めようと思ったことは、一度もありません』

 

——流石です、しかし練習時間のことは意外ですね

 

『当時の平日の練習は学校が終わってから、16時〜20時くらいでしょうか、たしか火曜日が休養日でした。変わったのは宮永さん(現横浜)が入ったあたりですね』

 

 宮永咲は、清澄高校の麻雀部の廃部に伴い新道寺女子に転校。二年生ながらキャプテンを務め、同校をインターハイ団体優勝まで導いた。個人としても、優勝2回準優勝1回と高校麻雀時代から、驚異的な記録を残している。

 

——宮永プロが転校してきた時の第一印象は?

 

『第一印象は思っていたよりも、背が小さいなでした(笑)』

 

——麻雀のほうは?

 

『園城寺さんと宮永さんのインターハイはもちろん見ていて、とんでもない選手が転校してきたなとは思っていたんですが……』

 

『テレビで見ているのと、実際に打ってみるのじゃ大違いで……目の前で大人が、保育園児を蹴り飛ばす光景を目の当たりにしたくらいの衝撃を受けました』

 

——二年生キャプテンというのは反発はなかったのでしょうか?

 

『当然ありましたね、鶴田先輩(現松山)が当時キャプテンだったのを押し除けて、転校生の一年(当時)がキャプテンはおかしいですし……それで新道寺魂ば見しぇつけなつまらんち思って、鶴田先輩と花田先輩(現恵比寿)と私で半荘を挑みに行ったら、30分で二半荘負けるという記録を達成しました』

 

——それで、キャプテンに落ち着いたと?

 

『ええ、先生(監督)も宮永に任せたというし、麻雀に関しては次元が違うしで仕方がないかなと』

 

『宮永さんがキャプテン、副キャプテンに花田先輩、そしてエース区間の先鋒に鶴田先輩という布陣で、新体制がスタートしました』

 

 当時を懐かしむような友清プロからは、宮永プロへの信頼が感じられた。卒業しても同期、先輩後輩の絆が続くのも強さの秘訣なのかもしれない。

 

——宮永プロがキャプテンになって変わったことはなんでしょう?

 

『目標がインターハイ出場からインターハイ優勝になりました』

 

『それと、練習時間が3倍になりましたね』

 

——さ、3倍ですか!? 

 

『一見すると不可能に感じるんですけど、新道寺は寮生活なのでやろうと思えばできるんですよ』

 

 友清プロの記憶を辿って再現した、当時の新道寺での一日の時間割が、以下の通りである。

 

 4:50 起床

 5:00 練習準備

 5:30〜7:30 朝練

 8:00 朝食

 8:30〜12:00 学校

 12:00〜13:00 昼練

 13:00〜15:30 学校

 16:00〜22:00 全体練習

 22:00〜 自主練習

 就寝

 

——凄まじいですね……自主練習の内容は?

 

『今はここまでやってないと思いますけど、当時は凄かったですね。自主練習は全体練習での反省会が多くて、牌譜読んだりしてる人が多かったです。もちろん、卓を囲むこともありますし……ネット麻雀をしている人もいました』

 

——だいたい何時くらいまで?

 

『人によりますけど、だいたい0時くらいまででしょうか。宮永さんは2時くらいまでいることも多かったので、後輩はキツかったでしょうね』

 

——睡眠時間を考えても無理があるのでは?

 

『授業中にレギュラー以外、保健室のベッドに行ってはいけないという暗黙の掟がありました』

 

——なるほど……キツかったですね

 

『先輩でも後輩でもなく、宮永さんと同級生で本当によかったです』

 

『麻雀が大好きで入ってきた新入生が練習のキツさに一ヶ月もすると、麻雀牌を見ただけで泣き出すようになったりします。でも、もう一ヶ月頑張ると、麻雀を楽しめるようになるので大丈夫なんです』

 

『一年生から牌に触れる時間がたくさんあるのも、新道寺の良いところですね、上下関係は厳しくないです、宮永さんが二年生でキャプテンになるくらいなので。どちらかといえば、学年よりも実力重視の空気はありましたね』

 

——先輩の方が良かったのでは?

 

『後輩に比較にならないほど上手で、自分より練習するプレイヤーがいるプレッシャーは、筆舌に尽くし難いものがあると思いますよ……花田先輩の口癖が「すばら」なんですけど、副キャプテン就任からインターハイを優勝をするまで、1回も聞くことがなくなりましたね……逆に優勝したら壊れたラジオみたいに、1時間以上繰り返していました』

 

——優勝した時の感慨は凄かったでしょう?

 

『宮永さんが泣いているのを見たのは、長い付き合いになりましたけど、その時だけでしたし……私も泣いちゃいました』

 

——最近では、長時間の練習の効果を疑問視する声もありますが?

 

『私はそうは思いません、厳しい練習があったからこそ今の私があります。こうしてプロでやらせて貰っているのも、全て新道寺のおかげだと思っています』

 

『あとは、宮永さんに感謝ですね』

 

 堂々とした態度で友清プロはそう断言した。今期すでに7勝をマークした次期エースの華麗な闘牌の裏に、血の滲むような努力の跡が感じられた。

 

——今期の目標は?

 

『まずは10勝! それから、チームから信頼される先鋒になりたいです、友清に任せれば序盤は大丈夫だと、そう言われるようになってみせます』

 

——頑張ってください、今日はありがとうございました。

 

『こちらこそありがとうございました、応援のほどよろしくお願いします』

 

 友清プロの語ってくれた新道寺女子の逆転と勝利への執念は、宮永世代がインターハイを去った後も現在まで、脈々と受け継がれていた。

 来年、新道寺女子が三連覇を達成するのか、それとも、新道寺の常勝帝国を打ち倒す新鋭が現れるのか。姫松や晩成など古豪の復権はなるのか、高校麻雀から目が離せない。

 

 今年も夏が終わり、また新しい夏に向けて雀士たちは走り続ける。

 

 取材:西田 順子

 



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第45話 宮永咲と夏の終わり

 

 朝4時50分。

 自然と目が覚めた私は、ホテルのベッドから抜け出して、眠い目を擦りながらシャワーを浴びる。

 窓から大宮の街の空が、白んでいるのが見えた。湯気が立ち昇るバスルームから眺める、日の出はなかなかロマンチックだなと、私は思った。

 シャンプー終えて、トリートメントを髪に馴染ませると、ゼラニウムと柑橘系の香りが広がる。女の子らしい華やかな雰囲気の芳香が、なかなか気に入った。乾かした時にセットがやりやすいようなら、買ってみてもいいかもしれない。

 

 私は、シャワーを終えてバスタオルを頭から被ったまま、手早く化粧水と乳液を顔に塗り込む。スキンケアには、時間をかけた方が良いと言う人もいるけど、化粧水で顔を洗うように大量に使えば差はないと思う。保湿が出来ていればいいはず……

 

 ドライヤーで髪に念入りに癖をつけてから部屋に戻ると、哩先輩がクイーンサイズベッドの上で枕に顔を埋めて泣いていた。

 

 ベッドの淵に腰掛けて、私は問いかける。

 

「なに、泣いてるんです?」

 

「こ、こんなのおかしか……」

 

 ベッドに顔を埋めて、私のことを見ようともしない哩先輩の首輪の鎖を引っ張って、強引に私の方に顔を向けさせる。

 顔を少しだけ赤くさせながら、アヒル座りで涙を流す哩先輩を見て、思わず抱きしめたくなったが、お風呂上がりなのを思い出して、やめておくことにした。

 

「おかしいですか? 自分から誘ってきたのに? あれだけのぼせあがってから、私のせいにするのは、フェアじゃないですよ」

 

「ちが……」

 

「違わないです、私が高校卒業してから哩先輩のこと、一度でも誘ったことがありましたっけ?」

 

 私がそう言うと、哩先輩は顔を伏せてベッドのシーツを両手で握りしめた。顔が見えないと興醒めするので、金属が擦れる音が哩先輩によく聞きこえるように、鎖を鳴らしてから、私の方に勢いよく引き寄せる。

 

 首が締まったのか、哩先輩は辛そうに咳き込んだ。

 

 せっかく音を鳴らせて、顔を背けたことを警告してあげたのに……本当に哩先輩は、救いようがないなあ。

 

「鶴田先輩に謝ったほうがいいんじゃないですか?」

 

「いっぱい、躾けてくれるかもしれませんよ?」

 

 鶴田先輩の名前がでて、哩先輩の肩がビクッと震える。

 

「あ、でも幻滅されて口も聞いてくれなくなっちゃうかな?」

 

 私はそう言ってから、放心状態になっている哩先輩の首輪の鍵をベッドの上に放り投げてから、ジャケットを羽織ってホテルの部屋を出る事にした。

 鶴田先輩への謝り方を練習させてあげようかとも思ったけど、私からこうやって雑に扱われるだけでも哩先輩は、逸楽の海に浸っていられるだろう。1、2時間はショックで動けないだろうし、楽しんでもらえるといいな。

 

「じゃあ、哩先輩また今度」

 

 返事代わりの哩先輩の嗚咽を聞いて、私はドアを閉めてホテルの外に出た。すっかり空は明るくなっていたが、ジャケットを着ているのに少し肌寒い。

 

 夏も、もう終わりなのかな。

 

「そんな事思ってると、また暑くなったりするのかもしれないけどさ……」

 

 自分の方向音痴は自覚しているので、タクシーを呼んで、横浜の自宅に帰ることにした。ホテル横の公園にある小綺麗なベンチに座って、タクシーの到着を待つ。早朝なので到着まで少し時間がかかってしまうらしい。

 

『私の目に狂いはなかった、別居して本当に良かった』

 

『咲はなんて綺麗な麻雀を打つのかしら、ほんとうに綺麗……咲、愛してる』

 

 忘れようとしていた言葉が、脳裏から焼き付いて離れない。

 

 そのように、母親が私のことを褒めていると人づてに聞いたのは、つい一週間前のことだ。

 母親のことは、もう親とも思っていなかった。しかし、その話を聞いた時には、心をのこぎりで挽かれたような気分になった。まだ、自分にも家族に対して、そんな思い入れが残っていたのかと憤りを感じる。私に家族は一人もいないはずなのに。

 なにより、あの女が私の耳に入るように、本心を曝け出したのは確実で、その程度のことに心を乱される自分に腹が立つ。

 

 私は首を横に振ってから、胸ポケットからタバコを取り出した。ライターの炎の先端で炙るように、時間をかけてタバコに火をつけた。お気に入りの銘柄の100sは、肺に入れずにゆっくり吸ったほうが、甘さを感じられておいしい。強く吸うと少し辛い。

 口から吐き出した真っ白な煙が、空に消えていくのを見て少し気分が楽になる。このまま肺癌にでもなって死ねないかな?  

 

「まあ、こんな吸い方じゃならないか……シャワー浴びたのは失敗だったかも」

 

 そう自嘲してみる。思った以上に冷えるので、シャワーは浴びたのは失敗だったけど、髪をよく乾かしておいて良かったと思った。

 

——麻雀がうちたいな

 

 タバコをふかしながら、私はそう思った。昨日は、試合でも登板機会が無かった。試合後も哩先輩と会うため、すぐにスタジアムを出たので、ほとんど牌に触っていない。試合中の調整ルームで、少し触ったくらいだろうか。

 

 フーっと息を吐くと、また煙が空へと消えていった。

 

 思っていたよりもずっと早くに、タクシーが到着したので、タバコの火を消して携帯灰皿に放り込んだ。まだ、だいぶ残っていたので、勿体ないことをしたな。もう少し、リラックスできる時間が取れればいいのに。

 

 タクシーの白いレースのかかった後部座席に座って、外の景色をぼんやりと眺めるのも飽きてきたので、私はスマートフォンを起動して、ネット麻雀をやることにした。実際に牌を持つのとは違うが、麻雀をやりたくなった時の手慰みくらいにはなる。

 

「ん……この人…………」

 

 一半荘終えてから、ふとランキングを見ると「あ」というアカウントが目に止まった。累計ランキングで、常に最上位にいるアカウントだ。ネット麻雀の最強はどれほど、強いのかと興味を抱いた私は、牌譜をめくっていくことにした。

 

 園城寺さんだ。

 

 私は一目でわかった。

 深い読みに裏打ちされたセンスの光る牌回しに、0%台の放銃率。なにより、一局一局を楽しみ人をワクワクさせる闘牌は、園城寺さんに間違いない。

 

「麻雀続けてたんだ……」

 

 園城寺さんと私は良く似ている。

 同じような対応型の雀士で、攻撃よりも、守備に重きを置いた闘牌スタイル。鳴きや面前にこだわりはないし、精神的に揺さぶれるタイプでもない。圧倒的な守備力から鋭い攻めを仕掛けるので、バランス型と言う人もいるが本質は違う。

 そうした麻雀の技術的な面から、心の強さの柱や、麻雀観までそっくりだと、インターハイでの対戦や、彼女の牌譜の研究を通じてそう感じた。

 でも、彼女と私とでひとつだけ、決定的に違う点がある。

 園城寺さんは、麻雀が大好きだった。

 

 私は、どうだろう?

 

 よく、わからないや。

 

 そういえば、最後に麻雀をしていて楽しいと思ったのはいつだろう。

 思い返してみると、新道寺で団体優勝した時くらいしか、麻雀をしていて嬉しかった記憶がない。負けることは出来ないのに、勝っても全く嬉しくない麻雀を続ける。それが子供の頃から、ずっと続いてきたようにも思えた。

 スマートフォンのタッチパネルを操作してツモ切りをしながら、私は考えを巡らせた。インターハイで優勝を目指した時の事。園城寺さんとの対戦。はじめて牌を持った時の事。

 清澄高校の人たち、新道寺のメンバー、横浜ロードスターズの同僚の顔も思い浮かべた。

 麻雀が好きな人は多かったし、分かり合えた気持ちになることもあった。麻雀に関わる色々な思い出がある。

 もっと麻雀が強くなりたいという思いも、自分の中にある。

 

 ただそれでも……

 

「私は、麻雀それほど好きじゃないんだろうな」

 



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第46話 専業主婦と最強の能力者

「あーなかなか気持ちええなあ……」

 

「ふふっ、それは良かったわあ」

 

 高層マンションのリビングルームに、幸せそうな声が響く。

 仕事を終わりの竜華に、毎日ソファーに寝転がってプロ麻雀の応援してたら疲れたとのたまう専業主婦がいた。

 

 ソファーでおててのマッサージを受ける者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

 この前の外出で加治木さんと一緒に買ったフランキンセンスのアロマオイルを、キャリアオイルで伸ばすと、部屋に心の落ち着く樹木の神聖な香りが部屋に立ち込めた。

 竜華はオイルを手に取って、怜のおててのシワを優しく伸ばすようにマッサージをしていく。

 

「ええ匂いやな、これ」

 

 竜華は、自分の手を顔に近づけてそう言った。

 

「フランキンセンスには、お肌を綺麗にする効果があるんや!」

 

 アロマの知識を披露する怜だが、その知識を活かして竜華に、マッサージしてあげたことは一回もない。ただ、自分がやってもらうだけである。

 怜がのんびりしているのを見て、竜華も幸せな気分になれるので、成立する不思議な生態系がそこにはあった。

 

 マッサージを受けながら、怜は今日もプロ麻雀の試合がやっていることを思い出した。

 

「試合、見たいで!」

 

 竜華にそう要望すると、テレビをつけてくれた。もう日もとうに落ちており、大将戦が始まったばかりのようだ。

 

大将戦 東2局

大宮  松実 玄  112600

恵比寿 三尋木 咏 103400

松山  天江 衣  100100

佐久  獅子原 爽 83900

 

 大将戦まで進行しても点差が開かない、大接戦に観客の声援がテレビ越しでも小さく聞こえてくる。声援が直接選手に届くことはないが、恵比寿戦のあるスタジアムはいつも超満員だ。

 怜は試合は、家のテレビから見たほうが見やすいと思っているので、スタジアムにいくことはほとんどないが、現地観戦には現地観戦の良さがあるらしい。

 

「1万点差で玄ちゃんとか、これは大宮負けですわあ……」

 

 せっかく玄ちゃんが登場しているのに、点差と同卓している面子を見て、怜はがっかりしてしまった。

 

「3億円プレイヤーやから! 玄ちゃんファイトや!」

 

 玄ちゃんに声援を贈る元阿知賀ファンの竜華を見て、怜は気を取り直して玄ちゃんを応援することにした。玄ちゃんとトッププロ2人を相手に、二年目のホープ獅子原爽がどこまで通用するのかにも興味があった。

 

 トップの状況ながらも玄ちゃんが、積極的にリーチを仕掛けていく。

 放銃して試合をぶち壊し、セーブがつかなくなる可能性もある。しかし、この点差がない状況ならかえって積極的にいったほうがええから、良い判断だと怜は思った。なお、放銃したら玄ちゃんのリーチ判断を叩く模様。

 

ツモ 3000 6000です

 

 怜と竜華の応援が通じたのか、玄ちゃんはその勢いのまま跳満を和了した。

 

「おおおおお、やるやんけ!」

 

 今年、五万点差のリードから、五万点差にして敗北したこともある雀士とは思えない冴えを魅せる玄ちゃんの闘牌に、怜は思わず声が出た。

 

 その後も玄ちゃんは一向聴から、天江衣の支配を打ち破るためにドラを暗カンして聴牌、そのままリーチをかける。

 トッププロを相手に完全に自分の世界に、引き込んだ松実玄は、更にカンして嶺上開花を狙うも不発に終わった。しかし、新ドラが槓子に乗って、手牌がとんでもないことになっている。

 その次巡にツモってきた赤五索を開いて玄ちゃんは、裏ドラを確認してから点数を申告する。

 

 立直ツモ ドラ21——16000オールですのだ!

 

 意味不明な和了を披露して、ドヤ顔を決める玄ちゃんのお顔がテレビ画面にアップで披露される。

 三尋木さんと獅子原さんが、苦笑いしているのが印象的だ。

 その後、玄ちゃんは息をするように三尋木さんに跳満を放銃したが、その後倍満を和了し、さらに点数を突き放すと、高火力の連続和了を決めて試合を決定づけた。

 

大将戦 二半荘 南3局

大宮  松実 玄  224300

恵比寿 三尋木 咏 76900

松山  天江 衣  62900

佐久  宇野沢 栞 35900

 

「なあ、この人だれやったっけ? 大宮から知らない人がでてるわあ……」

 

 絶好調モードの玄ちゃんの活躍にドン引きしながら、怜は記憶の改竄をはじめる。あまりにも強すぎると、応援のしがいがないというものである。

 

「阿知賀女子学院の玄ちゃんやで」

 

 竜華はマッサージに使ったオイルを片付けながら、優しく怜に教えてあげた。

 

「そ、その人はクソザコやったはずなんや……」

 

 冷静に考えると、プロ麻雀でタイトル挑戦者にもなる個人戦3位のトッププロがクソザコのはずがないのだが、今日の試合での傍若無人の活躍ぶりが凄すぎて、夢でも見てるのかと怜は、自分を疑いはじめた。

 ドラによる火力上昇が高すぎて少々放銃したところで、絶対に稼ぎ勝てる麻雀をしている。河を見ないで、プレイしても勝てるのではないかと思うほどの力だ。というか、本人もほとんど見ていないように見える。

 

「これ結局、全ツしたほうがええよな」

 

 怜はソファーから体を起こして、竜華にそう問いかけた。

 

「せやなー、これだけ火力あると期待値的には全部押したほうがええんちゃう」

 

 竜華は、ココアの入ったマグカップを怜に手渡しながらそう答えた。

 マッサージが終わって、ちょうど何か飲みたかったところだった怜は一口ココアを飲んでため息をついた。

 

——うち、高校時代よくこの化け物に楽勝で勝てたな……

 

 天江さんが同卓していても、いとも容易く和了出来るのは天江さんの支配の上を、このドラゴンロードがいっていることに他ならない。

 試合を見始めた時には、獅子原さんにも期待していたが結局焼き鳥で、敗戦処理にバトンタッチと良いところがないまま終わってしまった。

 そんな獅子原さんに自分を重ねて、この卓に入ったら、絶対負けるやろなあと怜は思った。逆にこの支配力のマウント合戦の最中を捌き切って闘う雀士に、尊敬の念を抱いた。

 

「竜華も頑張ってるんやなあ……」

 

 怜はそう言って、竜華のさらさらの髪を優しく撫でた。おそらく、怜の1000倍以上竜華が頑張っているのは間違いない。

 

「ど、どうしたん? 急に」

 

 唐突に髪を撫でられて、少し顔を赤くしている竜華の太ももに、そのまま怜は頭を埋める。

 

「いや、プロ麻雀ってレベル高いんやなあって思ったら、竜華すごいなあって」

 

「そ、そか……ありがとう、怜」

 

 褒められ慣れていないのか竜華は、ぎこちない雰囲気で怜にそうお礼を言った。

 

 結局、オーラスも玄ちゃんが跳満和了してゲームセット。恵比寿と松山の2位争いは熾烈を極めたが、なんとか三尋木さんがリードをキープして、恵比寿が勝ち点1を手にした。

 

 この日だけで、10万点以上を稼いだ玄ちゃんのことを、悪く言うのはもう辞めよう。怜は玄ちゃんのサイン入り扇子を広げながらそう誓った。

 

 翌日も大宮の2万点リードから大将戦に登板した玄ちゃんは、前日の神闘牌が嘘のように炎上。全く良いところがなく、ただただ失点を繰り返し、結局4万点を失い負け雀士となった。

 相手への放銃を全く気にしない闘牌で、玄ちゃんはこの日、全自動振り込み機になってしまった。しかし、この三連戦で二度登板し合計収支は+8万点と、あたかも大活躍したかのような指標を作り出していた。あと2回くらいは炎上しても大丈夫そうである。

 

 試合後、神妙な面持ちで怜は、タブレットを起動した。

 

3億円のドラ置き場、松実玄さんにかけたい言葉

1 名前:名無し:20XX/9/3(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

語ろう

 



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第47話 ドラフト戦略とパチモンの港街

 

 専業主婦園城寺怜はふなQに連れられて、東の港街、横浜に来ていた。

 

「神戸に比べるとショボいけど……な、なかなか横浜もやるやん」

 

 中華街の屋台で買った大きな豚まんを頬張りながら、横浜の人の多さに怜は驚いていた。横浜に来たのははじめてで、横浜ロードスターズの本拠地ということしか知らなかった。

 旅行をするにあたって、洋榎から横浜の街並みに関する知識を収集しておいたのだが、東京の属国みたいな寂れた港街という情報はなんだったのか……

 

「人が多いから離れないでくださいね、六大学も見終わりましたし、これからどうします?」

 

「とりあえずご飯やろ、お腹空いたわ」

 

 六大学リーグで地味に活躍する泉の勇姿を応援してから、横浜にきたので結構良い時間になっていた。朝から移動しっぱなしでかなり疲れたので、席に座って休みたいというのもあった。

 

「やっぱり中華にします? 2人で中華いうのも、なかなか選びにくいものありますね、後2人くらいいれば、中華並べられるんですけど……」

 

 ふなQは少し周りを見渡しながら、どのお店で食べようか悩んでいるようだった。

 怜はパチモンの中華街のガイドブックを読みながら、良さげなお店が書かれたページがあったので、ふなQに見せてアピールする。

 地図がよく読めないので、ふなQに連れて行って貰う必要があるからだ。

 

「お粥さん食べたいで!」

 

 

 中華粥専門店、混老頭。

 落ち着いた雰囲気の店内で、中国茶を飲みながら、ふなQと怜の2人はお粥の到着を待っていた。怜はアワビ粥、ふなQは鶏粥をそれぞれ注文した。

 

「うち、大学麻雀ちゃんと見たのはじめてやったけど、あんまりレベル高くないなあ……」

 

「六大学はレベル高いとは言いますけど、大学麻雀は玉石混交やから……プロ麻雀や園城寺先輩が闘ってきたインハイのトップ層とはまた違いますよ」

 

 ふなQがそう言いながら、怜の前に置かれた青磁の湯呑みにお茶を注いでくれた。

 

「サンキューや、あのレベルの低い試合を見て、この人プロで活躍しそうとかわかるんか? 泉が一番活躍してそうに見えたんやけど」

 

「園城寺先輩もわかってるやないですか」

 

「え?」

 

「今日見た中で、ドラフトにかかる可能性があるのは泉だけです」

 

「ま、まじかー」

 

 あまりのレベルの低さに怜は、大学麻雀界の未来を憂慮した。ふなQからタブレットを受け取り、今日の泉の牌譜を振り返る。

 千里山にいるときよりだいぶ守備が上手くなって、安定感が出たような印象を受けたがそれだけだ。とくにこれといって、目立つものがない。

 だいたい見終わったので、ふなQに無言でタブレットを返した。

 

「ほんまは、対木さんや原村さんも見たかったんですけど……今日はでませんでしたね」

 

「おもちの人やな」

 

 怜はそう言いながらも、原村さんの闘牌にはあまり惹かれるところがなかったので、ふなQというより神戸の本命は、対木さんなんやろなと推測した。

 

「プロ指名されるされないの基準ってなんなんや? 実績だけじゃないやろ?」

 

「一概には言えませんけど……大学生なら将来性だけじゃなくて、ある程度の完成度も欲しいところですね、即戦力も期待しているので」

 

「逆に高校生なら能力や将来性を重視して欠点には目を瞑ります、完成度が低い所は伸びしろとしてかえって、プラス評価されたりします」

 

「園城寺先輩の同年代なら、松山にドラフト2位で入団した宮守出身の臼沢プロなんかは、能力重視でとって成功した例ですね」

 

 麻雀の選手のことになるとふなQは、饒舌に語ってくれる。駆け出しとは言え現役スカウトの意見なので非常に参考になる。

 お粥の前に点心が出てきたので、早速怜は海老焼売をモグモグすることにした。

 

「竜華や弘世さんが臼沢さんと同じドラフト2位だったり、結構ドラフトって不思議な世界よな」

 

「清水谷先輩は三年生の個人戦で調子が最悪じゃなければドラフト1位もあったかと、弘世プロに関しては完全に巡り合わせですね」

 

 ふなQの話によると直前の大会成績もかなり選考に左右されるらしい。麻雀の技量だけでなく、性格、家庭環境、生活習慣まで調査されることもあるという。

 

「そ、それなら高校3年の時にはうちの生活までスカウトに、隅々まで調査されてたんやろか!?」

 

「いえ、園城寺先輩、松実さんあたりになってくると、一位指名で確定してるのでかえってあまり素行面は調査していないかと、競合状況と怪我の具合だけですね、そのレベルの素材は」

 

「多少素行が悪くても、麻雀強ければ全て許される世界なので」

 

 たしかに、玄ちゃんは歌舞伎町のおもちパブで酔っ払って、床に寝ているところを週刊誌に激写されたりするなど、素行面に問題あるものの、あいつアホやなと言われつつも好意的な目で見られることが多い。少しは麻雀も強くて、品行方正な宮永さんを見習ってほしい。

 やっぱり、玄ちゃんは駄目やなと怜は確信を深めた。

 

「例えば、宮永咲のドラフトの年なんか宮永さんが一番良いって全雀団わかってるのに6雀団競合になったりすることないやん? あれはなんでなん?」

 

 怜は前々から思っていた疑問をふなQにぶつける。

 

「競合って獲る方としても不確実でやっぱり嫌なんですよ、そうなると宮永さんを諦めれば良い選手がとれる面が出てくるんです」

 

「それでうち(神戸)は大星さんいったんですけど、普通に大宮と競合になって失敗しましたね……それなら、宮永に特攻してハズレなら、一般ファンからは文句言われないでしょうけど、そういう事情もあるんです」

 

 なるほどなあ……怜は、ふなQの言い分に納得した。

 

「逆にふなQ世代の玄ちゃんと天江さんがドラフトの目玉だった年なんかは、選びやすかったんちゃうの?」

 

「それがそうでもなかったらしいです、天江さんと玄ちゃんで3.3ということなら、それで特攻していけばええんですけど……その年はそれ以外の選手も充実していたので」

 

 そう言って、ふなQはタブレットの画面にタッチペンで当時の一位指名を書いてくれた。

 

松山  天江 衣

恵比寿 天江 衣→荒川憩→花田煌

横浜  天江 衣→荒川憩→花田煌→雀明華

佐久  赤土 晴絵

神戸  赤土 晴絵→荒川憩

大宮  松実 玄

 

「凄まじい迷走ぶりやな……」

 

 玄ちゃんの競合指名を嫌い、逃げた赤土さんのほうで競合するという、お笑いをかますエミネンシア神戸。外れ指名で荒川さんをくじ引きで勝てたから当時は許されたものの、負けていたら、編成部は神戸ファンから吊し上げモノである。

 

「これ、大宮が一番驚いたんと違いますかね……当時の松実さんは4雀団競合!とか言われてましたし」

 

「まあでも、ドラ1指名された選手全員それなりに活躍しとるし大誤算はなかったやろ」

 

「日本人登録で雀明華いって拒否された横浜だけはなにがしたかったのか、不明でしたけどね……話がついてるから、いったんじゃなかったのかと」

 

「編成部も暗黒なんやろ」

 

 横浜がくじ引きで勝って天江さんが横浜に入っていたら、横浜ロードスターズが強豪になってた未来もあったかもしれへんと怜は思った。

 

「というか、鶴田さんいかへんの?」

 

「当時の鶴田さんはあんまり評価高くなくて、ドラ1って感じではなかったですね……それなら、社会人や大卒の即戦力いきたかったチームが多かったです。大宮はもしかしたら、とりたかったかもしれませんが、先に松山に拾われましたね」

 

「なるほどなあ……未来から見ると結構不思議な指名しとるところもあるなあ」

 

 怜がそう言ったところで、頼んでいたお粥が到着した。

 鮑が豪華にお粥の上に並べられ真ん中に揚げたパンとネギが添えられている。見た目からして美味しそうである。

 怜はレンゲでふーふーしてよく冷ましてから、お粥を口に運んだ。

 神戸のパチモノの中華街の料理のくせに、言葉が上手く出てこないほど美味しい。

 

「と、東京の料理にしてはやるやんけ……ま、まあ悪くあらへんな」

 

 東京の料理ではなく中国の料理なのだが、そのへんは怜には関係ない。

 もちろん美味しかったので、街の文句を言いながら最後まで全部食べた。

 



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第48話 専業主婦と老頭牌の幼女

 

 横浜郊外の一軒家。江口セーラのおうちに怜とふなQはお世話になっていた。

 

「積み木はちゃんと箱の中に戻そうね!」

 

「はーい!」

 

 江口レーコ(3歳)は、裕子お母さんの指示をよく聞いて、一生懸命に積み木を片付けていく。

 怜は基本的に雑誌を読んでも片付けないし、ご飯を食べても必要に迫られなければ食器を片付けない。

「あそびおわったあとに、おかたづけができる」の項目において、神戸のにじゅうよんさい児は、横浜のさんさい児に大きく差をつけられていた。

 怜が発育でリードしている「みんなで、麻雀ができる」の項目でも、来年か再来年には追いつかれそうなので、もう少し危機感を持つべき状況だ。

 

「裕子さん、ごはん美味しかったです、ごちそうさまやで」

 

「ふふっ、お粗末様でした」

 

 怜がそうお礼を裕子さんに言うと、お風呂場から出てきたセーラが怜に声をかけた。

 

「怜、横浜にはどれくらいおるんや?」

 

「んーとくに予定はないなあ……明日と明後日の六大学とトップリーグ見るのは決まってるんやけど」

 

「お、いつまででも泊まってけ泊まってけ」

 

 セーラはそう言ってくれているが、流石に悪いので泊まるのは今日だけにして、明日からはホテルに泊まる予定である。

 

「とき、とまってけ、とまってけ」

 

 レーコちゃんもセーラの真似をして、泊まっていけと言ってくれている。

 怜は好かれているが、ふなQは何故か少しレーコちゃんに嫌われている。メガネが怖いらしい。

 

 セーラが10代で7つも上の女子アナウンサーと結婚したのはびっくりしたが、その後コウノトリさんにも恵まれ、家族仲良く暮らしているようで何よりである。

 怜も高校卒業と同時に結婚したため、10代で結婚したことには特に不安は抱かなかった。

 裕子さんは今はアナウンサーの仕事を休止して、子育てに専念しているので怜と同じ専業主婦だ。なお、その実力には大きな差がある模様。

 

 積み木には飽きてしまったのか片付け終えていたが、今度は麻雀牌を一枚一枚マットの上に積んで、崩すという遊びにレーコちゃんはチャレンジしていた。

 

「江口先輩みたいな、プロ麻雀選手になってくれるとええですね」

 

 ふなQがその様子を見てセーラにそう言ったが、セーラは娘に麻雀をさせることには、消極的なようだった。

 

「んー本人がやりたいって言うなら、それもええかもしれへんけど……俺の意思でやらせたいとかはあらへん」

 

 楽しそうに麻雀牌で遊んでいるので、怜は少し面白いものを見せてあげようと思い、レーコちゃんの持っている牌と同じ牌を裏向きのまま集めてきてあげた。

 キョトンとしているレーコちゃんの前で、牌をめくっていく。自分の持っているのと同じ一索が三枚並んだのを見て、レーコちゃんは大興奮だ。

 

「すごい!」

 

「せやろーさすがやろー」

 

 レーコちゃんの反応に気を良くして、怜は裏向きになっている牌の中から、萬子を1から9まで順番にめくってあげた。

 

「そ、それどうやってるんです?」

 

「タネも仕掛けもあらへんでー」

 

 裕子さんが本当に驚きながら、半信半疑で怜の手品を観察してきたので、怜は牌を弄るのをやめることにした。竜華と違ってこの程度のマジックしかできないので、まじまじと観察されると少し恥ずかしい。

 

「まーじゃんしてみたい!」

 

 怜が牌を触っている様子を見て、レーコちゃんがそう高らかに宣言してくれたので、怜は散らばった牌を全部裏向きにしてから、13枚牌を適当に選んで表向きにして置いた。

 

「一枚ひいてきて一枚捨てて、良い感じにするんや!」

 

「やってみる!」

 

 一切ルールを教えずに、やらせてみる怜のスタイルにセーラとふなQは驚いた顔をしていたが、レーコちゃんは真剣そのもので牌を拾っては捨てていく。レーコちゃんは、セーラそっくりのボーイッシュな外見をしているので、小さいセーラが一生懸命考えているようでなんとなく微笑ましいなと怜は思った。

 

「ええ感じになった?」

 

 5分くらいたってから14枚になったタイミングでそう怜が、声をかけてみるとまだ納得がいかないらしい。

 

「もう少し……鳥さんあつめる!」

 

 それから4回ほど牌を交換してから目当ての牌を引けたようで、自信満々でレーコちゃんは怜に牌を見せてくれた。

 

「できた!」

 

 清老頭が揃いそうな手牌になっている。ほぼ完成しているのだが、一索が4枚あるので、なかなか完成しそうにない。

 

「まだ完成してへんな」

 

 そう怜が言うと、レーコちゃんは目を伏せて悲しそうな顔をしたをした。

 怜は一索を四枚とって端の二枚を伏せてから、もう一枚とってくるように促した。

 

「これで良い感じの引いたら和了できるで」

 

「よーーーし!」

 

 意気込んでいるレーコちゃんの手が真っ先に裏向きのー筒に伸びて、いくのを見て怜は思わず身構えた。

 

 小さな手で一筒を掴むと、そのまま表向きにして手牌に加えた。

 

「やるやんけ!!! ツモや!」

 

「ツモやーーー!!!」

 

 嬉しそうにレーコちゃんはそう宣言した。

 せっかくの和了なので怜がレーコちゃんの頭を撫でてあげると、得意げにもう一回ツモ宣言をしてくれた。

 

「レーコ良かったね!」

 

「うん!」

 

 裕子さんがレーコちゃんのことを褒めると、もう一回やると言ってやり直しを求められたので、牌を全部裏向きにしてからまた適当な牌を13枚だしてあげた。

 また真剣な表情でレーコちゃんは絵合わせを始めた。

 

「な、なあ怜、今なんかしたんか?」

 

 セーラは、怜のことを訝しむように問いかける。

 

「なにもしてないで、自分で選んでるの見たやろ?」

 

 大量に裏向きになっている牌の中で、当たりは一筒と九索の四枚しかなかった。それを一発で引いてきた豪運の理由をセーラは、怜に求めたのだろうが、とくに仕掛けはない。嶺上開花、清老頭、四暗刻と怜にも不思議なくらいに、出来すぎた和了だった。

 

「そのうちすごいプレイヤーになるかもしれへんなあ……大きくなったら、一緒に麻雀やろうや」

 

「うん!」

 

 怜がそう言うとレーコちゃんは、元気よくお返事してくれた。

 么九牌が好きなのかと思い、怜は南を裏向きのままレーコちゃんの近くに持っていきツモらせて、反応を伺ってみることにした。ツモるなりすぐに遠くにポイされてしまったので、好きなのは老頭牌だけらしい。

 ルールを理解していないため、刻子しか揃えられないのに、揃うペースが異様なほど早い気がする。

 セーラと怜が食い入るように、その様子を見つめていると、レーコちゃんの動きが停止した。せっかく五筒が三枚重なったのに、絵合わせゲームには飽きてしまったようだ。

 

 レーコちゃんは、おままごとのお皿を持ってきて、そこに点棒をおもむろにぶち込む。更にトマトとレタスのおもちゃと、一索を放り込んで怜に渡してくれた。

 

「ぱすた!」

 

 点棒はパスタちゃうやろというツッコミを心の中でしたものの、一応24歳のお姉さんなので、お礼を言って料理を受け取とることにした。

 

「ありがとなー、一索入ってるみたいやけど?」

 

 怜がそう質問すると、自信満々でレーコちゃんは教えてくれた。

 

「とりにく!」

 

「こ、この鳥食用なんか!?」

 

 もう少しばかり、怜と一緒に麻雀をするのには時間がかかるかもしれない。

 



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第49話 関係者控え室と迷子の泉とふなQ

 

 園城寺怜は、横浜ロードスターズの本拠地、ベイサイドマリンスタジアムの関係者控え室に連行されていた。

 特に悪いことはしていない。スタジアムの観客席の最前列にテンションが上がった怜がサングラスを外してしまい、身バレして人が集まり大騒ぎになったので、隔離された次第である。

 

 最初は遠巻きに、席の周りを様子を伺うような麻雀ファンに取り囲まれただけだったが、一緒に試合観戦に来ていたアホの泉が「園城寺先輩、はやくサングラスと帽子つけてください!」と慌てて叫んだため、警備員が出動する大惨事になってしまった。

 

「だいたい、泉が悪いな……うん」

 

 関係者控え室は、オフィス調の内装となっており、大きなテレビモニターとパーソナルソファーが置かれている。高校インターハイの選手控え室も、似たような作りだったので、少し懐かしさを覚えた。

 一緒に来ていたふなQと泉が、迷子になってしまったことは残念だったが、まあなるようになるやろと怜は考えていた。

 

「スタジアムまできて、モニター観戦はションボリですわあ……」

 

「見れるだけいいじゃないか、控え室もインターハイみたいでそう悪くないだろう?」

 

 これだけの騒ぎを起こしてまだ普通に麻雀観戦するつもりでいる怜のことを、愛宕監督がそう慰める。昔の教え子が、控え室に捕らえられていると聞きつけて、遊びにきてくれた。

 

「横浜の監督も、もう長いですね?」

 

「そうだな、もう麻雀の監督をすることはないと思っていたが……縁あってさせてもらっているよ。怜には悪いと思うこともあるが」

 

「私のことは気にせんでください、愛宕監督には迷惑かけただけですから」

 

「インターハイの優勝旗まで貰って、迷惑なんてことはないさ」

 

「ただ……もっと早くに怜のことは止められたと思っている。千里山の監督を辞めたくらいで、責任をとれたとも思えない……すまない」

 

 愛宕監督はそう言って怜に頭を下げた。

 会うたびに千里山高校時代のことを愛宕監督から謝られるのだが、個人戦で無理をしたことについては、愛宕監督に止められていたとしても出場を強行したことは間違いない。

 そのため、謝られても居心地が悪くなるだけで反応に困るので、適当にお茶を濁しながら、違う話を怜はふることにした。

 

「試合の準備はええんですか?」

 

「ん……まあ常にベンチにいなくちゃいけないわけでもないしなあ、今日の先鋒はメグだし、前半は慌ただしくなることはないなあ」

 

 愛宕監督の自信のありそうな発言を聞いて、怜は今年の横浜のチーム事情を聞いてみることにした。

 

「横浜最下位やけど……脱却の兆しってあるんでしょうか?」

 

「揺杏や弘世をはじめとして最近は若手の台頭が著しいし、セーラも先鋒として安定してきた来年は期待してくれ」

 

「なにより、宮永もいるしな!」

 

 当たり前のように、来年のことを話してくれる暗黒が板についてきた愛宕監督に、怜は苦笑いを浮かべた。もう今年は、最下位から浮上できる見込みはないらしい。

 戦力がいないので、若手が毎年台頭する不思議世界が完成していた。

 

 試合が始まるので、ベンチへと戻っていった愛宕監督が置いていった缶のミルクティーを飲みながら、怜は先鋒戦と次鋒戦をモニターで鑑賞する。

 テレビとは違って、点数状況は出るものの実況がつかないので少々退屈だ。しかし、これはこれで牌の動きや選手の表情がよくわかっていいかもしれない。

 

プロ麻雀トップリーグ 中堅戦

恵比寿 163600

佐久  134700

神戸  90600

横浜  11100

 

 前半は慌ただしくなることはないと言っていた愛宕監督だったが、先鋒のダヴァンが大乱調で、4万点失点し先鋒区間途中で降板した。

 バトンタッチした消火班の小走さんも、ダヴァンがつけた火にガソリンを投げ入れるような不注意な闘牌を見せつけ、試合は大炎上の様相を呈した。

 お笑いであれば完璧な試合展開なのだが、一応横浜ロードスターズも、真面目に試合をやっているらしく、モニター越しに映し出される愛宕監督の顔には悲壮感があった。

 しかし、愛宕監督の横に腰掛け、ベンチで平和そうにみかんゼリーを頬張っている宮永さんの顔には、特に悲壮感は見られなかった。むしろ少し幸せそうに怜には見えた。

 

 愛宕監督の顔芸と、宮永さんのモグモグタイムを面白おかしく鑑賞していると、意外な来客者が声をかけてきた。

 

「園城寺さん本当にきていたのですね。すばらです!」

 

「あ、花田ちゃん久しぶりやなあ」

 

 今日の先鋒戦では大活躍だった恵比寿の若きエース花田煌が、アイシングサポーターをつけたまま控え室まで遊びにきてくれた。

 

「まさか、花田ちゃんがプロ麻雀選手になるとは思わなかったわあ……今日の闘牌もすごく良かったし」

 

「ありがとうございます。でも、それ高校時代どんな評価だったのか気になりますねぇ……」

 

「うちが対戦した時と3年のときが、別人すぎてびっくりしたわあ……新道寺そんな変わったん?」

 

「ま、まあ……色々すばらな出来事がありましたからね」

 

 新道寺の話になったら露骨に目を逸らし始めたので、宮永さんが入部してからずいぶん変わったのだろうなと思った。

 宮永さんがキャプテンになってからの新道寺の練習は信じられないほど、厳しいという話は怜も聞いていた。

 

「地獄の練習を乗り越えて、恵比寿のエースになった花田煌かっこええわあ……」

 

「ありがとうございます。エースになるまですごく時間かかっちゃいましたけどね。本当はインターハイの先鋒でエースとして園城寺さんと戦いたかったです」

 

「うちもやで」

 

 花田ちゃんの麻雀に対する熱い思いを聞いて、インターハイの思い出が怜の脳裏を過ぎる。エースとしての覚悟を持って臨む団体戦には特別なものがあり、その感覚を共有して花田さんと麻雀をしてみたかった。

 

「それはそれとして……すばらな出来事って、例えばどんなことがあったんや?」

 

「んーそうですね……って!?言わなきゃ駄目ですか!?」

 

「ランキング形式で、新道寺にいて辛かった経験第3位の発表や! 1番辛かったこととかは言わなくてええで」

 

 こう言っておちゃらけた雰囲気をだしておけば話せる範囲で、教えてくれるだろうと怜は思って花田ちゃんに話をふった。

 

「ま、まあ第3位だけなら……大丈夫でしょうか? 新道寺のこと園城寺さんと話したい気持ちもありますし」

 

 そう言って花田ちゃんは、後ろを振り返ってから話し始める。

 

「新道寺は練習がきつくて、一年生は練習がキツくて寮から脱走したり、練習に来なくなって行方不明になっちゃう子が必ずいるんですよね。半分くらいは辞めるので、基本的には去るもの追わずなんですけど」

 

「ふんふん」

 

「5月か6月くらいだったかな? 一年生の名前は伏せますけど、すごく有望な子が寮から脱走しちゃって……戦力ですし、練習の合間に私と友清さんで探し回ったら、校舎の裏で麻雀牌を両手で持って泣いてたんですね」

 

「うわーきついなぁ……」

 

「だから、私と友清さんの二人がかりで、その一年生のことを袋叩きにして、部室に連れ戻して麻雀をさせてたんですけど」

 

「は?」

 

「逃げ出したことが宮永キャプテンにバレちゃって、そんな人いらないから退部しろという話になってですね…… 」

 

「へ、へえ……」

 

「その子、部室で他の三年生からも蹴られまくって放心状態だったので、宮永キャプテンに上手く謝れなかったんですよ……あの時は焦りましたね」アハハ

 

「」

 

「それで、私がその一年生の代わりに、みんなの前でキャプテンに土下座して許して貰ったんです」

 

「」

 

「私にとっては辛い思い出でしたが、その子は練習にも積極的に参加してくれるようになりました。後には、精神的にも成長して、期待通りレギュラーにもなれたみたいですよ。すばらですね!」

 

「全然、すばらくないわ!? やばいやろその高校!?」

 

 話の始めから最後まで、一点の曇りもなく黒だった高校時代のエピソードに、怜はドン引きした。最後がなんか良い話風になっているのもなんかやばい。

 

「これが新道寺のやり方ですから、厳しい中にも愛情があるそんな高校です!」

 

 花田ちゃんは、キラキラとした目で新道寺女子の素晴らしさを語る。純真な語り口で話されると、先輩と後輩との絆を描いた良い話のようにも思えてきた。

 怜は心の底から花田ちゃんに、興味本位で高校時代のことを聞いたことを後悔しはじめていた。

 

「あ、募る話もありますしこれからご飯でもどうですか? キャプテンも誘って一緒に行きましょうよ」

 

「え、あーどうしようかな……でも試合まだあるしなあ…………」

 

 どうしても、花田ちゃんの透き通った目の輝きが、不穏なものに見えてしまう。怜は出来れば断りたかったので、試合がまだ残っていることをアピールした。

 

「え? でももう終わりましたよ?」

 

 テレビモニターの中で、末原さんが恵比寿の三尋木さんに跳満を放銃してゲームセットになっていた。怜は心の中で末原さんに悪態をついた。

 

「そ、それなら、ご一緒させてもらうな」

 

「ありがとうございます。おいしいお魚料理とお肉料理どっちがいいですか?」

 

「お魚さん食べたいわあ」

 

「それなら、いきつけの落ち着いた雰囲気のすばらな料亭があります」

 

 花田ちゃんはスマートフォンを手に取ってウキウキで段取りを進めていった。

 どうやらもう逃げられそうにない。

 



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第50話 横浜のヒマ人と6年ぶりの再会

 街の喧騒から離れた、落ち着いた雰囲気の料亭の一室。

 彩鮮やかな日本料理を目で楽しみながら、園城寺怜と宮永咲は、2人仲良くオレンジジュースを片手に、ウニ豆腐に舌鼓をうっていた。

 

「インターハイ以来、6年ぶりでしょうか? 園城寺さんと会うのは」

 

「ん……せやな、宮永さんとは試合でしか関わりあらへんのに、よう印象に残ってるもんやな、忘れられてるかと思ってたわ」

 

「麻雀のほうで印象に残っているので……私の麻雀への認識が変わった試合でもありましたね」

 

「そら、嬉しいなあ」

 

 日本麻雀界のトップに君臨する選手にそう褒められて気恥ずかしくなったので、怜はオレンジジュースを一気に飲み干して誤魔化すことにした。

 

「おかわり頼むで」

 

 怜は、空になったグラスを持って、今日の試合でボコボコにされて傷心中の末原さんに、オレンジジュースを注ぐように要求する。センチな気分になっているのか、会話になかなか入ってこないのが面倒くさい。

 

「す、少しくらい空気読めや!」

 

「んーでも跳満放銃してトバされる末原さんが、悪いしなあ……」

 

「うっさいわ!」

 

 末原さんは自分の飲んでいるビールを置いてから、オレンジジュースの瓶を片手で掴んで怜のグラスに勢いよく注いだ。文句を言いつつもお酌をしてくれるあたり、やっぱり末原さんである。

 

「んーでも、この前も炎上してましたし、今日はトビますし、そろそろ横須賀行きかもしれませんよ」

 

 宮永さんは、末原さんが一番気にしていることをサラッと言って危機感を煽る。人畜無害そうなあどけない顔をしているのに、言っていることに人の心がない。

 末原さんは、一軍で試合に出るたびにマイナスを叩き出しているので、横浜ロードスターズの二軍のある横須賀の選手寮に、末原さんの荷物が送り返される日も近い。

 

「高校インターハイ、この面子で麻雀してたはずなのになんでここまで差がついてしもたんや……」

 

「あはは」

 

「あははちゃうやろ! 先輩ネガってるんやから慰めろや!?」

 

 本格的にネガティブモードに入っている末原さんが面白いのか、宮永さんはおいしそうにオレンジジュースを飲んでいる。

 この戦犯を食事に連れてきた理由が不明だったが、末原さんが怒らないあたり、宮永さんなりに食事に連れ出すことで、励ましているのだろうなと怜は思った。

 

「まあまあ、末原さんにもすばらな活躍の機会がすぐにやってきますよ!」

 

「横須賀での大活躍に期待しとるで!」

 

 怜がそうやって末原さんへ慰めの言葉をかけると、目に光が失われてカタカタして喜んでくれたので、末原さんのグラスにビールを注いであげることにした。せっかく注いであげたのに特に反応がない。

 怜は、ちょっぴりだけむかついたので、カタカタ震えている末原さんのモノマネをすることにした。花田ちゃんにはウケなかったが、宮永さんが爆笑してくれたので1勝1敗の様相を呈した。目のハイライトを消すと雰囲気が出て、いい感じに末原さんのモノマネが出来る。

 

 麻雀がアレな上にビールを飲んでへらへらしている末原さんに、先輩を先輩とも思わない宮永さん、新道寺でおかしくなった花田ちゃんと、自分を除いてヤバイ奴しか参加していない今日の飲み会に、怜は戦慄していた。

 

「新道寺の雀士はプロ入ってからも活躍する奴が多いのなんでなん?」

 

 怜は、前から思っていたことを問いかけてみることにした。すると、新道寺の話題になって目を輝かせた花田ちゃんが答えてくれた。

 

「新道寺はすばらな学校ですから、すばらな志を持ったすばらな雀士が育つんですよ!」

 

「すばらって言いすぎて、何も伝わらへんやんけ!」

 

 嬉しそうに母校の素晴らしさを語る花田ちゃんに、怜は冷めた目でツッコミを入れる。

 

「確かにそれは私も気になるなあ……姫松と新道寺の関係性もいつの間にか逆転しとったし……最近の新道寺の勢いすごいな」

 

 カタカタモードから、いつのまにか復活していた末原さんも興味を示したようだ。

 怜の時代は、新道寺よりも姫松や白糸台に強く良い選手が集まっている傾向にあった。姫松や白糸台に来れないレベルの中学生の越境入学や地元志向の地方中学のエースが新道寺の主軸を担っていた。

 まわりに強豪校がないため全国大会の常連ではあっても、全国制覇は夢のまた夢そんな高校であった。

 しかし、宮永さんが入ってから状況は激変した。全国優勝やどんな逆境にもメゲないドラマチックな麻雀が話題となり、今では日本一麻雀の強い超名門校となった。今年の中学日本代表のメンバーのうち、4名は新道寺に入学するという。

 

「んー自主練習が中心の文化だからでしょうか? 自分で考えて上手くなるための練習をする習慣が身についていますし、プロだとコーチが自分よりも下手なので、練習に向き合う力で差が出てくるのかなって」

 

 少し考えていた宮永さんが、怜の質問に的確な答えを返してくれた。納得はできるのだが、一点だけ不明な点があった。

 

「え? 新道寺女子って宮永さん流の超スパルタの非科学的な地獄の練習って聞いてるんやけど」

 

「そんなわけないじゃないですか、新道寺にどんなイメージもってるんです!」

 

 新道寺女子の悪い噂がだいたい事実なんだろうなと、怜が確信した張本人の花田ちゃんがそう抗議の声をあげた。

 

「だって、平日でも日付回るくらいまで練習するんやろ? オーバーワークやん」

 

 長時間もなにを練習しているのかという怜の疑問に、宮永さんが答えてくれた。

 

「人間の集中力が持つ時間なんて半荘一回が限界なんですよ、プロ麻雀もインハイも半荘ごとに休憩が入りますし……休憩の時間を多くとると必然的に長時間の練習になってしまうだけです」

 

「半荘終えたら直後すぐに牌譜研究して、5分間休憩してから、次の半荘に臨みます。これの繰り返しですね、全体練習の結果でレギュラーも決めるので緊張感も出ます」

 

 全体練習を競争の場にしながらも、研究の時間を設けてスキルの向上に繋げている点が特徴的だ。全体練習という競争に勝つために、自主練習をしなければいけないという、メンバーの自発的な努力を引き出しているのも素晴らしい。うちも高校時代そんな練習がしたかったと怜は思った。

 宮永さんの説明を聞いていると、本当にすばらな練習をしていたように思えてきた。

 

「キャプテンの提案された練習方針は、本当にすばらでしたね!」

 

「そら勝つなあこれは……」

 

「長時間の練習に耐えられる体力をつくるための走り込みや、楽しさも必要なので紅白戦なんかも提案しましたね」

 

「あとは下級生の雑用を減らして麻雀をやれる時間を増やしました、軽食とかどうしても作って貰わなきゃいけない作業もあるので、完全に上級生と同じにはしませんでしたけど」

 

 非のうちどころがない素晴らしいキャプテンの宮永さんのグラスに、花田ちゃんは誇らしげにオレンジジュースを注いだ。

 

「これレギュラーや当落線上の人からしたら地獄やな、一切気が抜けへんやん」

 

「ええ、それが目的ですから」

 

「逆に一年生とか、伸び悩んでる選手はダラけてしまったりせーへんの?」

 

 怜がそう宮永さんに質問すると、代わりにキラキラした目で花田ちゃんが答えてくれた。

 

「成績下位者や練習態度の悪い人には、すばらな指導があるので、麻雀の上手さに関わらず緊張感を持って練習できますよ! どんな選手も見捨てない成長できる環境、すばらですね!」

 

「そ、そか……それは良かったわあ」

 

 花田ちゃんの笑顔を見て怜はだいたい察することができたが、末原さんはあまりピンときていないようだ。

 それでも末原さんにも引っかかるところがあったのか、花田ちゃんの飲んでいる日本酒のお酌をしてあげながら問いかけた。

 

「これ、休日練習始まるのいつからや?」

 

「ありがとうございます、5時ですね」

 

「……終わるのは?」

 

「全体練習は21時までです、そのあと自主練習をして一日が終わります」

 

「死ぬやろ!? 無理やん」

 

 末原さんは長時間練習に否定的なようだ。レギュラー争いという実戦並みの緊張感のなか、それだけ長く練習したら怪我人が多発してもおかしくはない。

 

「末原さん、無理というのは嘘つきの言葉なんです。途中でやめてしまうから、無理になるんですよ」

 

「途中でやめなければ無理じゃなくなります。やめさせないんです。一週間も続けば、その子は無理とは言わなくなります、だって現実にできてるんですから。チーム内で嘘はすばらくないです」

 

 努力の大切さを語る花田ちゃんの言葉に一瞬だけ納得しかけたが、よく考えると無茶苦茶な理論で怜は苦笑した。まあ、そういう姿勢も大切かもしれへんなと怜は思った。

 末原さんはやっと新道寺の体質に気がついて、ドン引きしているようだった。それから末原さんは花田ちゃんと極力目をあわせずに、料理を楽しみはじめた。

 

「園城寺さんだって、インターハイ個人戦の時は練習たくさんしてたんじゃないですか?」

 

「16時間くらいはやってたやろか? でもこんなにキツいメニューでやってないで、普通に半荘流したりとかや」

 

 宮永さんの問いかけに、怜がそう答えた。その答えに花田ちゃんは満足そうな顔をした。結局、上手くなるためには練習しかない。

 ブラックすぎる体質はともかくとして、新道寺が強い理由はわかったので、来た甲斐はあったなと怜は思った。

 宮永さんがオレンジジュースを注いでくれたので、怜はお礼を言った。

 

「もう、麻雀はされないんですか? ネット麻雀だけ?」

 

「せやな、麻雀すると体の調子悪くなるし」

 

 宮永さんにネット麻雀をしていたことが、バレているのは不思議だったが、現実に卓を囲んで麻雀をすることは、ほとんどないので怜は素直にそう答えた。

 

「よく、辞められましたね? 麻雀やってないと不安になったりとかしません? 本能なのかわかりませんけど、麻雀してないと生きてられないような焦燥感に駆られるじゃないですか」

 

「なるけど、麻雀辞めへんと死んでまうって言われると、すんなり辞められるもんやで」

 

「んー、そうでしょうか?」

 

 宮永さんは不思議そうに怜のことを眺めている。流石に4ヶ月間監禁されて、辞めるよう強要されましたとも言えないので、黙っておくことにした。

 自分で説明していても、個人戦の時に死んだらしゃーないくらいの感覚で麻雀を続けていた人間が、ただ言われたくらいで麻雀を辞められるとはとても思えない。説得力のない説明を続けていると、宮永さんは諦めて聞いてくるのをやめてくれた。

 

 そんな話をしていると突然部屋の障子が乱暴に開けられて、室内に新鮮な空気が吹き抜けた。

 

「失礼します!!!園城寺先輩!!!いた、良かった!」

 

「んーどうしたんや急に、夜中に大声出すなや……あと、寒いから障子閉めてや」

 

 部屋に入り込んでくるなり、へたり込んでしまった泉に怜はそう言った。迷子になって心細かったのはわかるが、部屋に入る前にノックくらいしても良いのではないか。

 

「け、携帯くらい見てください! 心配したんですよ」

 

 普段と違う物凄い剣幕で泉がそう怒鳴ったので、怜は急に入ってきたことを咎めるのをやめて携帯を確認することにした。

 

「ん? 携帯……あ、そっかスマホで泉やふなQに連絡とったほうが良かったな」

 

 そう言って怜が、バッグから取り出したスマートフォンを開くと、着信履歴が107件もついていた。

 

清水谷 竜華 20XX/9/8 23:10

清水谷 竜華 20XX/9/8 23:09

清水谷 竜華 20XX/9/8 23:00

清水谷 竜華 20XX/9/8 22:49

二条  泉  20XX/9/8 22:45

清水谷 竜華 20XX/9/8 22:40

清水谷 竜華 20XX/9/8 22:38

 

「な、なあ泉……もしかして竜華怒ってた?」

 

「怒ってはないと思いますけど……心配してると思います」

 

 なんで竜華が泉やふなQとはぐれたことを知っているのかは謎だが、竜華に電話をかけてあげないといけないだろうなと直感的に怜は思った。しかし、あまり電話をしたくなかったので、変わりに泉に電話をかけさせようと決めた。

 

「竜華に連絡したほうがええかな?」

 

「そ、そのほうがいいかと……」

 

「じゃ、じゃあ泉、連絡しといてや!」

 

「絶対嫌です!!!!!」

 



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第51話 決意の涙と悲しみの涙

300件を超える感想ありがとうございますm(_ _)m
自分の書きたいものを書いて、感想が貰えると非常に励みになりますね。書いていることが伝わっていると嬉しくなったり、色々と予想を立てていただいたり……


「う、うちはやらへんからな! 泉がかけろや!」

 

「嫌ですって! 園城寺先輩が誘われてついて行ったんじゃないですか!」

 

「別にうちが誰とご飯たべても勝手やろ!」

 

 深夜の料亭でどちらが竜華に連絡するかを押し付け合う二人。かなり見苦しい光景である。

 3分間の言い合いの末、泉が竜華に電話をかけるということで話がついた。しかし、いざ電話をする段になって、スマートホンを持ったまま半べそをかく泉に、すがり付かれたため結果的には、怜が電話することになった。

 

「しゃーないなあ、うちがかけるわ」

 

 怜がそう言って、泉からスマートフォンを受け取った。待ち受け画面が、パッと切り替わり着信があることを伝えてきた。もちろん竜華からである。

 思わず、通話拒否のボタンをタッチしそうになったが、後ですごく面倒なことになりそうなので、頑張ってそのまま出ることにした。

 

「もしもし、園城寺です」

 

『とき! 大丈夫!?!! 泉とふなQとはぐれたって聞いたけど怪我してない!?』

 

 ものすごく切迫した様子が、電話越しに伝わってきた。

 

「大丈夫や、今は宮永さんと花田ちゃんとご飯食べてるで——あ! あと末原さんも」

 

『宮永さん? 麻雀してへんやろな?』

 

「してへんで、お座敷で和食食べてるんや」

 

『よかった』

 

 安心した様子で、竜華はそうつぶやいた。

 それから竜華から泉ともう合流していることを確認されたり、はぐれてしまった時は電話してほしいなどの注意を受けた。

 怒られると思っていたが、ただひたすらに心配されていたということが、竜華の口調から感じられたので、竜華に少し悪いことをしたなあと怜は思った。

 

『次からはちゃんと連絡しないとダメやで? わかった?』

 

「うん」

 

『それじゃあ、少し泉に代わってや』

 

「うん」

 

 そう竜華から言われたので、消音ボタンを押してからスマートフォンを泉に渡そうとすると、おててを後ろに回して体全体を使って交代を拒否してきた。仕方がないので、いないことにしてあげようと怜は思った。

 

「泉、今トイレいっててなーまだ戻ってきてないんや」

 

『あ、ほんま? それなら少し待ってるわ』

 

「うん」

 

 もう一度消音ボタンを押してから、大丈夫怒ってへんからと言ってスマートフォンを泉の前に置いた。

 

「ほ、ほんとうに怒ってませんよね」

 

「安心して、ご機嫌やから大丈夫や」

 

 怜がそう後押しすると、泉がおっかなびっくりスマートフォンを手に取って通話を始める。

 

「あ……お電話かわらせていただきました、泉です」

 

おい

 

「あ……はい」

 

なんですぐでえへんの?

 

 部屋に竜華の低いよく通る声が響く。

 電話を耳にあて、気をつけをしたまま固まる泉。

 その様子を宮永さんが息を潜めたまま笑っている。口元を可愛らしく両手で押さえながら、肩を震わせる愛らしい姿を披露してくれた。

 よく聞こえなかったが電話越しに竜華からなにか言われたらしく、カクカクとブリキのおもちゃみたいな動作で歩行して、泉は部屋の外に消えて行った。

 

 障子が閉まる音がして、静寂が訪れる。

 

「千里山もヤバいやんけ!? おまえらの高校絶対おかしいわ!」

 

 末原さんのツッコミが入る。明らかに練習メニューと体質がおかしい新道寺女子高校と、今まさに後輩が先輩にシメられる現場が繰り広げられた千里山女子高校。麻雀名門校、女子校、上下関係……役満である。

 

「今日のはたまたまやし……新道寺と一緒にして欲しくないわあ」

 

 怜がそう言って空になったグラスを持つと、花田ちゃんがオレンジジュースを注いでくれた。勝手に仲間意識を持たれているようだが、本当に千里山は厳しい高校ではないので迷惑である。

 

「末原さんは、姫松でどんな高校生活を送ってきたんです?」

 

 宮永さんはデザートのキウイをフォークで刺しながら末原さんにそう尋ねた。

 

「ん……そら、麻雀部みんなで仲良く練習して全国の頂点を目指すべくやな」

 

「すばらです! 私と同じですね」

 

「絶対違うわ!」

 

 花田ちゃんに末原さんはそう吐き捨てた。花田ちゃんの中で高校生活の全てが、とてもすばらな思い出に昇華されているのがとんでもないなと怜は思った。

 花田ちゃんは団体全国優勝を経験している事は羨ましいが、学校生活は一切羨ましくない。宮永さんも実績はともかくとして、悲惨な人生を送ってきたことは間違いなさそうなので、自分が似たような人生を歩むことは遠慮被りたい。

 

「その点、末原さんはエリートやからなー羨ましい限りや」

 

「私がエリート?」

 

 怜がそう言うと、末原さんはキョトンとした顔をした。末原さんは自分がどれだけ恵まれているのかあまり自覚がないらしい。

 

「クラブチームから推薦で、名門姫松高校に入学。一年生から試合に出て、監督から期待され伸び悩みながらも、三年生には姫松の大将を務め全国の舞台で活躍そしてプロ入り……絵に書いたような麻雀エリートやろ」

 

「うちなんて2年の秋までベンチ外や」

 

 怜がそう言い終えると、花田ちゃんが深く頷いた。

 逆に末原さんの経歴で、どうしたら凡人とかそういうネガティブな事を言うようになるのか、怜からすれば不思議なくらいである。

 おそらく、全国レベルの魔物達に負け続けた結果なのだろうが、最後の団体戦では姉帯豊音や獅子原爽に競り勝っていたりと、末原さん自身も十分に化物の領域に足を踏み入れている。

 

「そ、そんなこと考えたこともなかったわ…………」

 

 そう言って末原さんはビールを飲むのをやめて、空になったグラスをじっと見つめていた。

 

「センスあるんやから頑張れや。結果が残せなくてもええやん、自分を疑わずに一歩一歩前に進んでいければ」

 

「末原さん、あきらめたらあかんで!」

 

 怜は末原さんの手をとってそう激励した。諦めなければ次に繋がっていく怜はそう思っていた。

 アメジストのような瞳から、ただ幾重の涙が零れ落ちていく。声もなく末原さんは、ビールグラスに映った自分の姿を見て泣いていた。

 

「園城寺……」

 

 末原さんが震える声で怜の名前を呼んだ。

 

「ん? どうしたん」

 

「今こんなやけど……また、私が麻雀できるようになったら、高校時代みたいに……卓を囲んでくれへんやろか?」

 

「もちろんや! いてまえいてまえ!」

 

 そう言って、怜は末原さんの背中をばーんと力強く叩いた。

 

「すばらですねえ……キャプテンはこのために末原さんを呼んだんですか?」

 

 花田ちゃんは、小さい声で宮永さんのグラスにジュースを注ぎながら問いかけた。

 

「ん……違いますよ、末原さんを同席させたのはイジり倒して園城寺さんとの間を持たせたかっただけです……2人だけで会ったら、絶対ギスギスするだろうから」

 

「そういうことにしておいてあげます」

 

 飄々と答える宮永さんのことを、花田ちゃんは先輩らしく優しく見守っていた。

 

 末原さんが決意の涙を流している時、恐怖と悲しみの涙を流し続ける雀士が、ヨロヨロとお部屋の中に入場してきた。

 二条泉さんである。

 

「あ、泉まだおったんか? どうしたんやそんなに泣いて?」

 

「園城寺ぜんばいいいい!!! ごうべへ帰りまじょう!!!!」

 

「え? 嫌やわあ、明日も横浜観光せなあかんし」

 

 最初は田舎と馬鹿にしていたが、中華街やレンガ通りに、麻雀スタジアムとなかなか横浜という街が気に入ってきていた。

 あと2、3日は観光がしたい。横浜名物のサンマーメンとかいう、五目ラーメンもまだ食べていない。

 

「こ、神戸までお送りしますから……お願いします! お願いします!!!」

 

「えーだから、嫌やって」

 

 怜が帰ることを拒絶すると、泉は子供のように大声をあげて泣き出し始めた。

 話に熱中していたので気がつかなかったが、部屋の時計の針を見ると、とうに日付が変わっていることを示していた。泉が部屋を出てから1時間以上経っている。

 

「あー帰るから、帰るから泣きやんでやーこんな夜中に店に迷惑すぎるやろ……」

 

 怜は泉の頭を雑に撫でながら、帰ることを約束してあげた。旅行に付き合ってくれたのに竜華に詰問されて泣かされるのは、泉とはいえちょっぴりだけ可哀想だった。

 

「あ、でも帰る前に明日のお昼はサンマーメンさん食べるで!」

 

 



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第52話 麻雀界の魔王とポンヤウンペ

 

「うちな、今は怜がおったらそれで……ほんまになんも要らんねん、怜と一緒におれたらそれだけでええんや!」

 

「そ、そかーそれは嬉しいなあ」

 

 リビングルームのソファーの上で膝枕をしながら、怜への想いを話し続ける竜華。2時間以上自分への深い深い愛情を語られて、怜は真綿で首を締められるような恐怖に慄いていた。

 

——だ、誰かたすけてや……

 

「もう少ししたらプロ麻雀も辞めようと思ってるんや、そしたらずっと怜と一緒にいられるやろ? ご飯は毎日作ってあげられるから、今みたいに出前を頼んだりする必要なくなるやん? やっぱり出前やお弁当って味付けも濃い目やったりするし、あんまり健康にも良くないと思うんよ。それならうちが毎日作ってあげたほうがええやろ? あ、今日の夜はこの前気に入ってくれた豆腐ハンバーグにしよか、怜は豆腐好きやんな……プロ辞めたらオフの時じゃなくても、一緒に旅行とかいけるな。この前の旅行で横浜気に入ってくれたみたいやし、一緒に行こか。ほら、一人で一日中ずっと家にいたら飽きてまうのもわかるし、旅行に行きたがるのも怜の寂しさの現れなのかなって思うと、うちは胸が張り裂けそうや……高3の秋はずーっと一緒にいれてほんまに良かったわあ。うちのために麻雀も辞めてくれたし……また、あのときみたいに1日中一緒にいられたら素敵やろ? あ、生活はなんとかするから大丈夫や! これでもプロ麻雀選手やからな、税金とか色々面倒なこともあるけど……来年も怜には寂しい思いさせてまうけど、来シーズンの分もあわせて引退すれば、2人仲良く慎ましく生活していけるくらいにはなるやん? ふふっ楽しみやわあ、2人のほんとうで結婚生活をいっぱいにしていこうね!」

 

「せ、せやなー」

 

 竜華の言っていることの半分くらいしか話の内容が頭に入ってこなかったが、プロを辞めて一緒にいたいということらしい。横浜で泉やふなQとはぐれた一件は、怜が思っていた以上に竜華を不安にさせたらしく、昨日神戸に竜華が戻ってきてから、ずっとこんな調子である。

 こういう時の竜華に言い返したりすると、大変なことになるので、竜華の発言を全肯定して、竜華に甘えて過ごし早く嵐が過ぎ去るのを待つ事しかできない。

 

「あ、喉とか乾いてない? 大丈夫? いつでも言ってね? うちとってくるから」

 

「あったかいココア飲みたいわあ……あ、あと今日はハンバーグよりカレーのほうがええかな」

 

「了解や! 甘くておいしいのつくるな!」

 

 そう言って、キッチンに竜華が移動した隙に怜はテレビをつけることにした。ずっとつけたかったのだが、竜華のお話し中にとてもつけられる空気ではなかった。

 

第37回名将戦 一日目 第3半荘終了

獅子原 爽  +96

戒能 良子  +28

宮永 咲   +3

辻垣内 智葉 −127

 

『波乱の展開だああああああ、名将戦トップにたっているのはタイトル戦初挑戦の獅子原爽!!!!!』

 

『魔王宮永の6冠目の挑戦に暗雲!!!』

 

 福与アナウンサーの絶叫がテレビ画面から流れた。

 タイトル防衛を図る戒能さんと6冠目のタイトル奪取を狙う宮永さんの一騎討ちという下馬評を覆し、北海道の風雲児、獅子原爽がトップを走るという異常事態だ。

 

「宮永さん負ける事あるんやなあ……」

 

 末原さんをイジメすぎて、バチが当たったのかもしれへんなと怜は思った。なお、怜本人もこの前の飲み会で、末原さんのことをイジり倒していた模様。

 戒能さんを除けば、怜の出場したインターハイのスターが勢揃いしている。高校の同窓会のようなタイトル戦に怜は少しワクワクしていた。

 掲示板の反応が気になったので、怜はタブレットを起動してみることにした。

 

【魔王死す】名将戦、戒能vs宮永咲 67

206名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

いけるやん! 獅子原爽Vやねん!

宮永さんは調子悪いんやろか?

 

234名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrwaz

相性やろ

明らかに能力者なのに2年目にしてファンが誰も獅子原の能力知らないのヤバい

 

250名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrza6

>>234

アッコロ!

 

253名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3imaz

>>234

アッコロ!

 

278名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi3gr0m

能力名ダサすぎて草

 

305名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebimraz0

今日の獅子原いつもと違ってクソ強いんだよなあ……

いつものプロ中堅上位感がない、風格がある

 

336名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

咲さんの体調が心配です

調子が悪いんでしょうか?

 

「ときーできたでー、はいココア」

 

 そう言ってソファーの前のローテーブルにココアを置いた竜華の目線が、テレビの映像に釘付けになった。

 獅子原さんのおかげで助かったと思い、怜は獅子原さんに深く感謝した。

 

「咲ちゃん負けとるやん、やっとタイトル戦の連勝ストップかあ」

 

「まだ、最終半荘残ってるけど?」

 

「10ー20の半荘戦やし、獅子原さんがラス引かない限りはないんちゃう? 獅子原さん守りは堅いし無理そう」

 

 獅子原さんは竜華からも太鼓判を押される獅子原さんの守備。風牌を呼び寄せる能力や、場の支配を無力化する能力を持っているらしいが、能力の詳細は謎に包まれている。

 

 宮城県鳴子温泉の名物である栗だんごをみたらし餡に絡めながら、宮永さんは眉間にシワを寄せていた。完全にお菓子のことなど上の空なのだろうが、団子、香の物、お茶と綺麗に三角食べをしながら宮永さんは食べ進めている。

 対する獅子原さんは、栗団子を急いで食べ終えてお茶を飲み干すと静かに目を閉じて集中力を高めている。お漬物は全部残しているので、あまり好きではないらしい。

 

861名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok0mwl4

魔王の眉間のシワがやばい

栗団子に親でも殺されたのかな?

 

950名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6drwa

獅子原って宮永と対戦経験あったけ?

 

969名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwaz

>>950

ない

宮永が出てきたときは僅差でも獅子原温存するし、ポジション的にも被らない

 

990名前:名無し:20XX/9/11(水)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

高校の頃は対戦したことあるで

 

 対局が再開されるが四半荘目も獅子原リードの展開が続く。登板回数が少ないので、あまり話題になることはないが、点棒を持った時の獅子原さんはとてつもなく強い。

 

第37回名将戦 第4半荘 南1局

獅子原 爽  62300

宮永 咲   52300

辻垣内 智葉 46800

戒能 良子  38600

 

 南入して、宮永さんの親番に勝負手が入った。ツモなら三暗刻がつく形だ。宮永さんはリーチ棒を供託して、牌を曲げた。

 

「宮永さんのリーチって珍しいわあ、久しぶりに見た」

 

「まあ、そら咲ちゃんが勝ってる場面でしかテレビ映らへんからなあ……」

 

 獅子原さんは現物から切り出してベタオリする態勢だが、戒能さんはすでに聴牌しておりそのまま押していく。辻垣内さんも点差的に一向聴からオリることはできない状況だ。

 次巡に辻垣内さんが有効牌をツモりリーチをかけると、宮永さんが苦々しい表情で頭をかいた。

 宮永さんが諦めたようにゆっくりとツモをして、河に牌を切ると辻垣内さんの綺麗な発声が聞こえた。

 

 ロン 12000

 

『ああっと振り込んでしまったああああああああああ王者宮永咲から直撃を奪ったのは、辻垣内智葉!!!眠れる佐久の日本刀が一閃!!!!!』

 

 一発もついて跳満。特に驚くでもなく、宮永さんは手早く点棒を辻垣内さんに差し出した。宮永さんが放銃している場面を見るのは珍しい。

 

「今なにかしたんか?」

 

「咲ちゃんの反応見る限り、おそらく獅子原さんの能力で、辻垣内さんの当たり牌を呼びこまれたんやろ、獅子原さんくせ者やから」

 

 今期、獅子原さんから倍満直撃を奪われ負け雀士になったことを思い出して、竜華は悔しそうな顔をしている。要所要所で活躍している獅子原さんのタイトル戦初勝利が一歩一歩近づいていく。

 その後、宮永さんがカンしても有効牌が引けない場面もあったりして、本格的な不調なのかもしれないなと怜は思った。

 オーラスで役牌のみの和了を獅子原さんがきめて、名将戦一日目は獅子原さんが制した。

 名将戦はタイトル戦連勝中の宮永さんの勝ちが既定路線という空気だったので、勝敗が決した瞬間掲示板にアクセスが集中しすぎて、書き込めなくなるというシステム障害が発生した。

 獅子原さんが勝利者インタビューに向けてネクタイを整えている姿が、テレビ画面に映し出される。

 

「ほんまに勝つとは思わなかったわ……」

 

 宮永さんが獅子原さんに負ける絵が想像できなかったので、どこかで宮永さんか戒能さんが逆転するだろうと思って見ていたのだが、終わってみれば獅子原が四半荘中トップ3回の圧勝で決着した。

 

「麻雀は何が起こるかわからへんからなあ……」

 

 竜華も驚いているようで、足を組んだままジッとテレビ画面を見つめていた。スコアラーから牌譜を受け取り、眺めている各選手を残して獅子原さんが別室に移動してカメラの前に登場する。勝利者インタビューを務めるのは三科アナウンサーだ。

 

——名将戦第1戦の勝利おめでとうございます

 

『ありがとうございます、良い流れで終始麻雀ができたと思っています』

 

——宮永選手は12連勝でこの試合を迎えたわけですが、意識したりするところはありましたか?

 

『えーそうですね……プロ入り後はじめてのタイトル戦だったので、相手への意識というよりもはじめての経験ということへの気負いがありました。第一半荘でトップが取れたのは大きかったと思います。』

 

——はじめてのタイトル戦でいきなりの勝利どんなお気持ちでしょう?

 

『えー、嬉しいですね……良い報告ができると思います、はい』

 

——名将戦は2戦先取の短期決戦ですが、戒能プロから奪取に向けての意気込みを

 

『続く第2戦が北海道ニセコのノーザンホテルということなので、地元ということもあってそこで奪取できればこの上ないと思います。」

 

——連勝ですか。頑張ってください、ありがとうございました。

 

『こちらこそ、ありがとうございました』

 

 獅子原さんの勝利者インタビューが終わると竜華が「あっ」と思い出したように大きな声をあげた。

 

「きゅ、急にどうしたん?」

 

 先ほどの重たい愛の話し合いと、神戸まで謝りにきた泉への竜華の対応を怜は思い出した。まだなにかあるのかと、怯えながら怜は身構えた。

 

「カレーつくらな!なにも準備してへん」

 

「ゆっくりで大丈夫や」

 

 ホッとひと息ついてから、怜は冷めてしまったココアに口をつけた。そして、もう一度獅子原さんに感謝した。

 



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第53話 専業主婦とイケメンプロ麻雀選手特番

『さあさあさあ! プロ麻雀ファンの皆さんお待ちかね一般女性100人が選ぶ、イケメンプロ麻雀選手ランキング〜』

 

『司会を務めます、福与恒子と!!! 審査員のお二人です!!! 小鍛治さん、瑞原監督よろしくお願いします!』

 

『よろしくお願いします』

『はやや〜よろしくねー⭐︎ミ』

 

 イケメンプロ麻雀選手ランキングは、毎年作られている秋の特番で、顔が良いプロ雀士を選ぶ特集である。ファンの目線で、選んだ忖度のない公正な投票に定評がある。

 

 顔が良いと言っても女性ファンが選ぶので、投票にかなり偏りが発生している。例えば普通に美人な福路プロや大星さんなどの雀士が、ブス認定されたり、性格が悪いと言われたりして、得票が集まらず候補から除外される。何故か顔の良さを競っているのに、おもちの大きさや、男性ファンに媚びていないかなど、理不尽な採点項目により結果が大きく左右される。忖度ない女性ファン納得の投票。99%の嫉妬と、1%の憧れで構成される不思議ランキングである。

 

「審査員がこの2人は、なにかしらの悪意を感じるわあ。はやや〜ちゃうやろ……」

 

 怜がそうため息を漏らす。30代中盤にさしかかろうという独身女性審査員の厳しい視線が選手に注がれる。

 番組を視聴しているところを竜華に見られると、面倒なことになりそうだが、神戸エミネンシアは現在遠征中なので問題はない。見られなければいいのである。

 

【地獄】イケメンプロ麻雀選手ランキング2

101名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

瑞原はやりさんじゅうよんさい、ゴスロリ大好き、生き恥、仕事人間、仕方がなかった

 

104名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:sak9mrza

>>101

やめたれw

 

109名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:yok3imaz

ずっとファンのアイドルでありたいとかいう、ありがた迷惑すぎる信念すき

 

111名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:mat6rmaz

弘世様選ばれてるといいな

 

120名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:sak0mrwa

年齢と服装はともかくとして美人で信念ありそうな瑞原よりも、この麻雀界のレジェンドにイケメンを紹介して差し上げろ

 

 掲示板ではランキングの内容予想よりも、審査員の人選と結婚のことで盛り上がっている。福与アナも結婚していないし、仕事に夢中な人って案外結婚せーへんのかもしれへんなと怜は思った。

 

『さあ、第5位の発表です!!!!!第五位はこの人!!!』

 

佐久フェレッターズの悪待ちルーキー

 

上埜 久!!!

 

こなれたお団子ヘアーが素敵!(22歳 事務)

目を疑うような豪快なツモのあとの照れた笑顔がかわいい(30歳 看護師)

 

 レジェンドツモの後継者と言われる、上埜プロのド派手なツモ和了がテレビ画面に映し出される。

 

『麻雀のマナーわるいけど……たしかにかっこいいよね。快活そうなのに少し影のある感じが素敵かも』

 

 すこやんがそうコメントした途端に、福与アナの目が輝いた。

 

『結婚の大チャンスだよ! すこやん!!! 強引に迫って結婚しよう!』

 

『え! 上埜さんの気持ちは!? そもそもいきなり結婚がどうとかおかしいよね!?』

 

『麻雀に勝ったら結婚しろとでも言っておけば大丈夫!』

 

『強引に迫る前提がおかしいんじゃないかな⭐︎ミ』

 

 福与アナは、無茶苦茶なことを言いながらすこやんのことをいじり倒す。普通じゃない服装をしている瑞原さんが、一番まともなことを言っていた。

 

「上埜プロはモテそうやしな。というかドラフト最下位のルーキーで、選ばれるとかやるやんけ」

 

 怜はそう言って上埜プロのことを褒めた。顔の良し悪し以前に、ファンに顔が認識されていなければ投票されることはないので、ドラフト5位の一年目から一軍でポジションを獲得し、活躍しているというのは素直にすごいなと怜は思った。

 

『それじゃあ続きまして……第4位の発表です! 第4位はこの人!!!!』

 

新人王を獲得した六大学のプリンス

 

加治木 ゆみ!!!

 

クールな闘牌が素敵(19歳 学生)

相合傘で一緒に会社から帰る妄想をよくしています (21歳 OL)

 

「加治木さんやんけ!!!」

 

 加治木さんは、少し格好つけでキザなところがあるけれど、宝塚のスターのような華やかな容姿で、ファンに人気があるのも納得である。本人の性格や手振りも芝居がかっているような、そんな独特の雰囲気がいいのかもしれない。なお、怜の好みでは全くない。

 

『加治木プロ素敵ですね。はやりの推しメンだし頑張って欲しいなー。あっでもでも大宮戦に登板する時だけは手を抜いてくれたら、もっと好きになっちゃうな』てへっ

 

 瑞原さんは、かなり加治木さんのことがお気に入りのようで、マシンガンのように加治木さんの素敵ポイントが繰り出される。

 

『加治木プロが麻雀で上手くいかない時、バーで静かにウイスキーを片手に自分と向き合う時間があると思うんです』

 

『そうした時間を過ごしてから、夜遅くに家に帰ってきた加治木プロに、はやりが手料理を用意して待ってるんですね。加治木プロが作られた料理を見て、申し訳なさそうな顔をしました。それからはやりの髪をですね………………』

 

310名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwaw

妄想やばすぎいいいいいいいい

 

316名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:hea4l3rw

はやりん、壊れる

 

320名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:sak0rmaz

いかんでしょ

 

327名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

放送事故定期

 

 瑞原さんの作った手料理をおうちで食べる前段のバーの話が、必要なのか疑問に思った怜だったが、加治木さんはオレンジジュースしか飲めない怜や宮永さんと違って、バーで蒸留酒を片手に飲んでいるのが似合いそうではある。

 

『え、えーと瑞原監督それくらいで大丈夫でしょうか……つ、次に進みますね』

 

『えーまだ語り足りないところが』

 

『そ、その話はまた今度やりますから……』

 

『それじゃあ3位をどーーーーーーん!』

 

横浜のヒマ人にして、麻雀界を統べる魔王

 

宮永 咲!!!

 

咲さんかわいい! (21歳 学生)

麻雀をしているときと、普段の生活のギャップが可愛すぎる (27歳 美容師)

麻雀をしているときの冷酷な瞳が素敵 (25歳 医療事務)

 

『あー宮永さんかあ……』

 

 すこやんが、やっぱりなという反応をしながらそう呟いた。

 テレビ画面に、ベンチでわらびもちを幸せそうに食べている宮永さんの映像が映し出された。一生懸命、わらびもちを一粒一粒爪楊枝にさしている姿が印象的だ。

 

「こんな、コケシみたいなヤツのどこがええんやろか……」

 

 麻雀が強すぎるという一点を除いては、宮永さんにイケメン要素などかけらも無い気がするのだが、世間的にはイケメンらしい。怜は腑に落ちないものを感じながらも、番組を見続ける。

 

460名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

いうほどイケメンやろか?

 

471名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:sak1rwaz

>>460

嫉妬やめーや、鏡見てから言え

 

474名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmgzg

>>460

 

480名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:emiwrjzg

>>460

 

486名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:ebi8rwag

牌を持って嶺上牌見たときの宮永めっちゃカッコいい

 

495名前:名無し:20XX/9/14(土)

ななしの雀士の住民 ID:yok2rwaz

咲さんはイケメンというより

かわいい系なんだよなあ……

 

 掲示板で煽られ若干落ち込んだ様子で、怜はタブレットを閉じた。

 掲示板の住民達の間でも、宮永さんが容姿端麗であるという認識なことにびっくりした。テレビの画面の中でも、宮永さんに弄ばれてみたいと言う見栄えがする横浜ファンの女性が、インタビューに答えている。

 どうやら、間違っているのは怜のほうだったらしい。

 

「ま、まあ……麻雀強いからなあ」

 

 怜はそう呟いてから、気を取り直して続きを見ることにした。

 

『それじゃあ続きまして、第2位の発表です、だんだん絞られてきましたね』

 

『はやりのお気に入りの加治木プロはもう出ちゃったし……あ、でもあの選手もあの選手も出てないのか〜』

 

『さあ、それでは第2位はこの人!!!!』

 

横浜ロードスターズが誇るクールビューティー

 

弘世 菫!!!

 

麻雀をしているときの真剣な表情が素敵 (21歳 学生)

格好よくて綺麗、身長も高い (25歳 保育士)

弘世様、素敵です (20歳 アパレル)

クールな表情が崩れて動揺したときの表情が可愛い (23歳 自営業)

麻雀でミスした内容をネチネチ責め立てて、泣かせたい (28歳 看護師)

容姿、身長、性格は100点満点。麻雀は1300点 (26歳 OL)

 

 他の雀士が麻雀界という小さなクラスや学校の中で一番綺麗な人を選ぶ競争をしているのに対して、弘世さんの場合芸能人を含めても、文句なしの美人といえる顔立ちに、身長175cmオーバーのモデル顔負けのスタイルと規格外のスペックである。高校、大学で彼女のファンクラブには、数百名の団員がいたと言われている。ランキングに載っていることは当然として、むしろ2位なんやなと怜は思った。

 本来1位でなければおかしいのだが、ここまで原因がはっきりしている敗因も珍しいのではないだろうか。

 

『麻雀でミスした内容をネチネチ責め立てて、泣かせたい…………このコメントおかしいよね絶対!? 歪みすぎでしょ』

 

『すこやんがそれ言うんだ……』

 

『あ、あれは少し動揺して強い言葉になっちゃっただけだから……』

 

 プロ麻雀の中継中に解説者がブチ切れて罵声を浴びせるというハプニングは、もはや伝説となっており弘世菫の代名詞ともなっていた。100%すこやんが悪いにも関わらず、弘世さんのファンからの評価が下がるという事態に、怜は弘世さんに少しだけ同情した。

 福与アナが加治木さん以来静かにしている瑞原さんに声をかけた。

 

『瑞原監督はどうでしょう?』

 

『んーそうだねー、すっごく美人さんだし素敵だなーって思うよ、麻雀の才能もあると思うし』

 

『瑞原監督は弘世プロの麻雀を高く評価されてるんですね!』

 

『いや、麻雀はしてないよ? 才能だけね。横浜は少し甘やかしすぎなんじゃないかな? 弘世さんみたいなタイプは、涙で牌が見えなくなるくらいまで、プレッシャーかけてあげないと伸びないと思うんだよね⭐︎ミ』

 

『……そ、そうですか』

 

 瑞原さんからも、辛辣な言葉を浴びせられる弘世さん。ファンから1300点の麻雀とコメントで評されるだけのことはある。

 なぜ、容姿を褒められる番組で2位に選ばれて、麻雀についてボロクソに貶されなければならないのだろうか。たいして親交もないが、弘世さんに会うことがあったら、出来るだけ優しくしてあげようと怜は思った。

 弘世さんが2位ということは、恵比寿のあの雀士が1位なんだろうなと怜は確信した。もう、福与アナの発表は答え合わせに近い。

 

『それでは……第1位の発表です! 第1位はこの人!!!』

 

恵比寿のダルダル王にして銀髪の麗人

 

小瀬川 白望

 

アンニュイな感じがとっても可愛い (27歳 事務)

いざというときには頼りになりそう (20歳 学生)

ずっとお世話してあげたい (25歳 保育士)

麻雀の時にダルいのに頑張っている姿が素敵 (24歳 技師)

 

「やっぱりかー」

 

 怜はそう言ってソファーに仰向けに寝転んだ。小瀬川さんは麻雀も上手だし、女性の庇護欲を掻き立てるなにかを持っていた。怜も小瀬川さんのお世話をしてあげたいと思うことが、試合を見ていてたびたびあった。しかし、実際に怜が小瀬川さんと会ったと仮定して、怜が小瀬川さんにお世話される立場であることは間違いない。

 

「獅子原さんとかも今、やり直したら選ばれるかもしれへんな」

 

 名将戦での獅子原さんの活躍を思い出しながら、怜はテレビを切った。

 



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第54話 愛宕雅枝の監督奮闘記「星々の願い事」

 

『今年の松山は現有戦力にちょっとしたスパイスで優勝できること、それを証明したかった』

 

 9月18日首位を走る松山フロティーラに優勝マジックが点灯した。大勢の記者達を前に松山のアレクサンドラ監督が、インタビューを受けている。

 アレクサンドラ監督は、中央ヨーロッパ出身で現役時代は欧州リーグで活躍した。引退後は、臨海女子高校の監督や新道寺女子高校の編成部長など、日本の麻雀強豪校でのキャリアを歴任した後、今年からプロ麻雀トップリーグの監督に就任した。

 若いながらもやり手の指導者として定評があり、欧州リーグにも顔がきく。就任初年度から恵比寿一強といわれたプロ麻雀の牙城を破壊し、松山を優勝に導こうと指揮をとる姿は名将と呼ぶにふさわしい。

 ヴィントハイム神社というアレクサンドラ監督を祀る神社が、スタジアムの横に作られるほどファンの信頼も厚い。

 

「う、羨ましすぎる……私だって今年の松山ほどの戦力があれば、横浜優勝させたるわ!!!」

 

 ファンからお賽銭ではなく、罵声と空き缶を浴びせられることに定評のある横浜ロードスターズの監督の口から、独り言とため息がこぼれ落ちた。

 この戦力でどうやって勝てというのか。勝てと言うなら、天江と戒能をよこせ。監督の出来ることなど限られているし、試合の主役はあくまで選手だと雅枝は思っていた。

 事実、三尋木がいた雅枝の監督就任一年目は、横浜悲願のAクラス入りを果たすことが出来たのだ。三尋木のFA移籍から、全てがおかしくなった。

 

 関係者控え室のモニターの電源を消して、今日のオーダーとチームの選手資料に目を向ける。

 

先鋒 

弘世 菫

3勝12敗 QS率37%

 

「弘世か……まあ、別に弘世は悪くない。頑張ってる」

 

 ダヴァン、セーラ、弘世の先鋒三本柱は少々小粒だが、他チームと比べて特筆して悪いとも思えない。佐久のような先鋒王国と比べれば悪いのかもしれないが、セーラを先鋒に回すことでだいぶ安定している。

 先鋒は悪くないし、大将はプロ麻雀史上最高の守護神といっても過言ではない選手である。

 となると問題は次鋒、中堅、副将の3つのポジションである。

 

岩館 揺杏 5勝14敗16H

小走 やえ 1勝10敗9H

霜崎 絃  2勝16敗8H

 

「なんで、私はこいつらを使っているんだ……」

 

 百歩譲って揺杏は良い、一年目だし中継ぎの中では一番信頼できる。後半戦の戦績も良かった。

 霜崎に関しては、見ていて本当に良いところがないので、自分で起用していて、なんで使っているのか謎である。しかし、霜崎のかわりに恭子を使うという選択肢しかないので、消去法でレギュラーの地位にある。

 

 なんとか中継ぎを立て直さねばと雅枝も奮起し、中継ぎで信頼できる揺杏とやえに恭子を加えた『新・スーパーカートリオ』を結成したこともあった。

 高速和了を活かしリード時の逃げ切りを図ろうとするものの、抜擢した恭子の勝ちパターンでの平均得点収支が、マイナス2万点オーバーを記録するなど計画は倒壊。2週間も経たずにご破算になった。

 

「高校時代監督選手には、常にトップを目指せと言っていたが……これはなあ」

 

 セーラだけでなく、怜と竜華が横浜に入ってくれていたら、ずいぶん楽ができただろうなと雅枝は思った。

 

 特に竜華は優しいなかに厳しさも併せ持っていて、部長として千里山をよくまとめてくれていた。横浜には、そうした精神的支柱がいないので、彼女のようなまとめ役が必要だ。

 

——ううっ……名将って呼ばれてみたい

 

 臨海、新道寺そして松山と光の中を歩いてきたアレクサンドラ監督と、千里山選手酷使問題の矢面に立たされた自分をどうしても比較してしまう。

 

「ない物ねだりしても仕方がないか……今出せるベストを尽くさなければ、ファンや選手に失礼だ」

 

 雅枝は資料を手提げのビジネス鞄のなかにしまうと、控え室を後にしてベンチ裏の監督室へ向かった。

 今日の試合が守護神まで回るかどうかはわからないが、直近のタイトル戦第一試合で宮永は負けていた。もしかしたら、敗戦を引きずっているかもしれない。そうした兆候があるようなら、早めに相談に乗ってケアしておこうと雅枝は思った。

 監督室のドアを開けようとすると、中から陽気な歌が聞こえてきた。

 

「てん♪、ててん♪、ててん♪、てーれてれてれてーれてー♪」

 

「あ、ダヴァンさんの島はオレンジなんですね……私のなしと交換してください」 

 

「oh!もちろんダイジョウブデスね! ロンオブモチデス!」

 

 監督室に入ると、横浜ロードスターズのエースと守護神が二人仲良くソファーでゲームをしていた。

 

「あ」

 

「あ」

 

「な、なにしてるんだ…………」

 

 宮永はちょっと失敗しちゃったなあって顔をしてから、雅枝の質問に答えてくれた。

 

「ゲームです!」

 

 もうどこからツッコンでいいのかわからない事態に、雅枝は頭を抱えた。全体練習中にサッカーをしている件もそうだが、横浜ロードスターズでは、たびたびありえない事件が起こる。

 

「サキ! それよりもカバオ君見せてくだサーイ」

 

「あ、ちょっとまってくださいね……一昨日島に引っ越してきたんですよね」

 

 ドアの前に立ち尽くす雅枝の前で、のほほんとゲームを楽しむ2人の姿に、もしかしてこれを怒る自分がおかしいんじゃないかと、雅枝は一人で自問自答した。

 

「なあ宮永……昨日登板したダヴァンはともかく、今日出番あるかもしれないし、牌に触っておいたほうが良いんじゃないか?」

 

「んーそうですね……中堅までに試合終わってなかったら調整しておきます、今日は弘世さんの次はだれでしょう?」

 

 まあ、たしかに宮永が言うように中堅戦がはじまったくらいから、調整すれば良いのかもしれないが……いくらなんでも試合に臨む態度が酷すぎる……

 

「やえで考えている、今日は勝つぞ宮永、力を貸してくれ」

 

 力強くそう言って選手のやる気を引き出そうとしたのだが、やえの名前を出した途端宮永が少し嫌な顔をした。

 

「コバシリサン!? アイドントライクコバシリサン! レットゼムスコア マツヤマ、オオミヤ、テンボウドウゾ! ワカリマスカ?」

 

 ダヴァンは苛立ちを露わにする。チームが勝てないことへのフラストレーションがそうさせるのだろう。

 気持ちはわからないでもないが、そんな発言を許したら、チームの和が崩壊してしまうので、雅枝はダヴァンを怒鳴りつけた。

 

「じゃあどうするんだ! おい! 恭子でも使うか? 揺杏は副将で使うから無理だぞ少しは考えろ!」

 

「それならスエハラサンの方がいいデスネ」

 

「まあ、どっちが出ても大差ないんですけどね」

 

 そう言って笑ってから水筒の茶を飲み始めた宮永の姿を見て、雅枝はこのチームどうなるんだろうと思った。

 来年の契約更改があるとは思えないので、監督を務めるのは今季限りだろうと雅枝は自分で当たりをつけていたが、自分がいなくなってこのチームは本当にやっていけるのだろうか……

 そんな事を考えていると、携帯ゲーム機を持った宮永から声をかけられた。

 

「あ、ほら監督見てください」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「流れ星ですよほら、綺麗でしょう! 一緒に願い事をしましょう!」

 

 ゲーム画面に映る主人公の男の子と、二足歩行するカバのキャラクターの頭上、満天の夜空に幾重もの流れ星が駆けていく。

 

「今日の試合がはやく終わりますように、今日の試合がはやく終わりますように、今日のし……あっ……」

 

「終わっちゃいました……願い事を3回言うのって難しいですよね」

 

 そう呟いてから、残念そうにしょんぼりとした雰囲気でゲーム画面を切った宮永に、雅枝は言った。

 

「はよ、ベンチ帰れ」

 



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第55話 たこ焼きパーティーと赤く染まる河

 園城寺怜と愛宕洋榎の二人組は、洋榎の実家から少し離れた大型ショッピングセンターの生鮮品売り場にいた。

 

「それじゃあ……粉もんも揃ったしあとはタコやな! タコ!」

 

 伊達メガネ姿の洋榎はそう言いながら、茹でダコを物色する。メガネをかけていると、どことなく愛宕監督らしさがあるので、怜はやっぱり家族なんやなと思った。

 今日は、第37回名将戦の二日目の試合が北海道のニセコで行われ、地上波で全国放送されるので、洋榎の家でたこ焼きを食べながら、一緒に観戦しようとはるばる大阪まで来た。タイトル戦の試合観戦は一人で見るよりも、麻雀のわかる誰かと見たほうが楽しい。

 

 横浜の一件があったので、外出を竜華に反対されるかもと、怜は想定していたが、竜華に相談するとあっさりOKがでた。居場所さえ把握できていれば、特に問題はないらしい。タクシーでカードが使えないかもしれないからと言って、前日に怜の財布に4万円いれてくれた。

 

 洋榎の実家から歩いて5分のところに、生鮮品も取り扱う大型のドラッグストアがある。しかし、怜は歩いてドラッグストアに行きたくなかったため「便所ブラシの横に置いてあるタコが食えるかーい!」とわがままを言った。そのため、少し離れたショッピングモールに、洋榎の車で行く運びとなった。当然、怜に車の運転などできるはずがないので、運転するのは洋榎である。

 

「日本産か、モーリタニア産か……それが問題やな」

 

 怜は、タコを両手に持って吟味しながら、洋榎に問いかける。

 

「なんか、それ違いがあるんか?」

 

「国産か外国産かっちゅーことや」

 

「そら、誰でもわかるわ! 問題なのは、味やろ味!?」

 

「だいたいモーリタニアとか、どこにあるのか知っとんのかおのれ!?」

 

 怜の当たり前すぎる説明に、洋榎のツッコミが入る。モーリタニアとかいう意味不明な地名の所在を聞かれて、内心焦る怜だったが、答えられないと洋榎に馬鹿にされそうなので、適当に答えることにした。

 

「なんや洋榎、そんなことも知らんのか? モーリタニアはな……地球の裏側の国、つまり、ブラジルや!!!」

 

「そ、そうなん? 知らんかったわ……でもそれなら、なんでブラジル産って書かないん?」

 

「ああそれはな、南米ってブラジルやアルゼンチン、タンゴといった色んな国があるやん? その沿岸部がモーリタニア地方って言われてるんや、学校で習ったやろ」

 

「ほーそういえば、高校で習ったような気がするわ」

 

「せやろ、海でとれたもんやからどの国とかわからんやん? だからモーリタニア産って書くんやな」

 

 怜がそう1から10まで嘘に嘘を塗り固めた説明をすると、洋榎が高校で習ったと言いながら、よく覚えとるなと感心してくれた。その様子を見て、やっぱりモーリタニアは南米にあったんやな、うちの勘もなかなか冴えてるやんと怜は思った。

 なお、モーリタニアのタコさんは南米から来た訳ではないし、南米にタンゴなんて国もない模様。

 

「園城寺もそう言うとるし、モーリタニア産にしとくか……あとはマヨネーズと天かすもあったほうがええな!」

 

「ええな、それに紅生姜も欲しいわあ」

 

 2人は意気揚々とスーパーでたこ焼きの具材を買い込み帰宅した。たこ焼きは外も中もしっとり派同士気が合うようである。

 

 

 洋榎の家のダイニングテーブルの上にホットプレートを置き、たこ焼きを作りながら、2人でタイトル戦をテレビで鑑賞する。洋榎と遊んだのは、オールスター戦を一緒に観戦したとき以来である。その時も、宮永さんが映っていた。

 

 洋榎の作ったたこ焼きは、出汁が効いていてなかなかおいしかった。洋榎は自分と同じで麻雀以外取り柄がないタイプだと怜は勝手に思っていたが、どうやらその認識が間違っていたようだ。

 怜は包丁とかは使えないので、たこ焼きをひっくり返すことしか出来ない。そのため焼く専門の係として頑張っていたのだが、今は手を止めてテレビの画面を見ることに専念している。

 

第37回名将戦 第二半荘 東4局1本場

獅子原 爽  97600

宮永 咲   41300

辻垣内 智葉 31300

戒能 良子  29800

 

「なあ、これ誰やろか?」

 

「うちもこれが獅子原であることに、かなり疑問を感じ始めとるわ」

 

 獅子原さんの支配に他家は全く対応できず、河は赤く染まった。戒能さんの霊能的な和了も、宮永さんの嶺上開花も試合に全く登場しない。能力の使えない相手を、獅子原さんが一方的に嬲り続ける。

 洋榎も普段とは様相を異にする闘牌を繰り広げるチームメイトに驚いていた。

 

「アッコロ、字牌操作、能力妨害支配、他家に危険牌を掴ませる能力こんなところやろか」

 

 伝説の剣に魔法を無力化するマントとひかりのたま。麻雀界最強の魔王を討伐する勇者の装備が、充実しすぎている。

 無抵抗な能力者を重戦車で轢き殺すような麻雀をしている獅子原さんを見て、怜はどっちが魔王かわからへんなと思った。

 辻垣内さんが三副露して作ったグシャグシャのタンヤオに宮永さんが差し込んだ。獅子原さんの親番を流すことを優先したようだ。

 第一半荘から、要所要所で和了している宮永さんと辻垣内さんはともかくとして、戒能さんは、ほぼ焼き鳥状態で全く良いところがない。松山の先鋒で安定した結果を残し続ける宝石のような戒能良子はどこへいってしまったのだろうか?

 

「これは獅子原の勝ちで決まりやろ、格が違うわ」

 

 人間を辞めて北海道の魔神のようになった獅子原さんの闘牌を洋榎がそう称賛した。獅子原さんの手牌に字牌が集まっていく様子を見ながら、能力の恩恵をフルに使える地元だと、これほどまでに強いのかと怜は思った。

 

ロン! 字一色 32000!!!

 

『役満直撃いいいいいい!!! 松山のエース戒能を飛ばした獅子原爽!!! 強い!強すぎる!!!!!!』

 

第37回名将戦 第二半荘 終了

獅子原 爽  129600

宮永 咲   40000

辻垣内 智葉 32600

戒能 良子  −2200

 

 ハイテンションの福与アナの実況が響く。

 5万点の半荘戦で飛ばされるという屈辱に、戒能さんの表情が歪む。歯軋りが聞こえそうな形相で、獅子原さんのことを睨みつける。

 

「いつもポーカーフェイスやのに、戒能さん怖いわあ……」

 

 怜はそう言いながら、オタマでたこ焼きの素をすくって、たこ焼き機に流し入れた。

 

「アホ! しばらく作ってへんのに油全然塗ってへんやろ!」

 

「そこはテクニックでカバーや!」

 

 たこ焼きピックを片手に意気込む怜に、洋榎の容赦のないツッコミが入る。

 

「園城寺おまえ、ひっくり返すテクもあらへんやんけ!? ちょっと貸してや、何とかするから」

 

 そう言って、洋榎は怜からピックを受け取ると手慣れた手つきで、たこ焼きの形を作っていく。洋榎がたこ焼きを手際よく作っていくのを見ていると、いつの間にか自分のお皿に完成したたこ焼きが乗っていた。

 

——あ、これ焼く必要とかあらへんやん

 

 怜はそう確信し、焼く係から自分のお皿に盛り付けられたたこ焼きに、マヨネーズをかける係に転身することを決めた。

 

 洋榎の作るたこ焼きおいしい。

 

 熱いのでふーふーしながら一生懸命に食べていると試合が再開されたので、たこ焼きはひとまず置いておくことにして、試合に集中することにした。

 

前半得点表 第二半荘終了

獅子原 爽  +155

宮永 咲   +21

辻垣内 智葉 −52

戒能 良子  −124

 

 能力を封じられた麻雀能力者の末路は悲惨である。戒能さんも第三半荘のはじめこそ獅子原さんへの敵愾心をあらわにしていたものの、徐々にその焔も消えていった。

 コンパスもGPSもないなかで樹海を歩くような麻雀を続けていれば、自然とトッププロとしての矜恃も崩れ去っていく。

 場の支配という概念を怜は主観的に理解することができないので、獅子原の他家の能力への干渉がどの程度のものなのかはわからない。しかし、色々な引き出しのある戒能さんがなす術もないということは、相当な支配力があるのだろうと怜は思った。

 

「もしかしたら、時間制限なのかもしれへんな……本土では支配を維持できないけど北海道では永続的な」

 

 怜がそう言うと洋榎が目を逸らしたので、近いところをついたのだろう。洋榎は良い人すぎて麻雀をしているとき以外は、顔に出やすいのが、たまにキズである。

 

 しかし、この赤い支配の河を平泳ぎでジャパジャパと渡るように、普通に麻雀をして普通に和了している宮永さんはなんなのだろうか。宮永の親が流れない。獅子原さんの手が震えている。

 

ツモ! 1600オールです

 

第37回名将戦 第三半荘 南1局 4本場

宮永 咲   109800

獅子原 爽  50000

辻垣内 智葉 23800

戒能 良子  16400

 

 三麻の要領で軽々と連続和了していく宮永さんに対応するため、萬子の支配を諦めて字牌を絡めた和了を獅子原さんは目指していく。

 

「なー洋榎、宮永さんのこの3索って止まるもんなん?」

 

「ん? そこは能力者特有の当たり牌が、見えているから止まるっていうんちゃうんか? 獅子原は6索切れてるし、止まるほうが不自然や」

 

「でも宮永さん見えてへんしなあ」

 

 宮永さんは、獅子原さんの当たり牌を抱えたまま綺麗に回し打ちをする。

 怜は麻雀の押し引きに関しては、能力から明確な回答が得られるので、技術についてあまり知識がない。そのため無能力者で守備に定評のある洋榎に聞いてみたが、宮永さんが回し打ちを継続できる根拠は得られなかった。

 

 その後、獅子原さんの倍満和了で宮永さんの親は流れたものの、最後は宮永さんが戒能さんから跳満を直撃して第三半荘は宮永さんが制した。

 

第37回名将戦 第三半荘 終了

宮永 咲   121400

獅子原 爽  63200

辻垣内 智葉 17400

戒能 良子  −2000

 

前半得点表 第三半荘終了時

獅子原 爽  +178

宮永 咲   +113

辻垣内 智葉 −95

戒能 良子  −196

 

 2人の年下の女の子に二半荘連続で辱められ、打ち捨てられたボロ雑巾のようになって虚な目で戒能さんは雀卓を見つめている。

 仕立ての良さそうなグレーのダークストライプのスーツを着ているせいで、余計に痛々しい。

 

「うわぁ……」

 

 戒能さんを眺めながら、おいしそうに生チョコレートとミルクティーに舌鼓をうつ宮永さんの映像を見て、洋榎がため息をついた。

 

「どうしたんや?」

 

「いや、この嶺上魔王に少し思うところがあってな」

 

「戒能さんが悪いんやからしゃーないやん」

 

「まあ、プロやからそういう事態想定しとかなあかんか」

 

 洋榎はそう言って納得したものの、戒能さんに同情する視線を送っている。

 その様子を見ながら怜は呟いた。

 

「想定してても、この状況を作れないから練習のしようがないしなー」

 

「ん、どういうことや?」

 

「試合観てて思ったけど、戒能さんたぶん能力をオフにできへんわ。麻雀すると勝手に霊能的なモノが降りてくるから、普通に麻雀できへんのや」

 

「そ、そんなことありえるんか? というかなんでそんなんわかるんや?」

 

「まあ、うちも2巡先まで見ないと麻雀できへんし」

 

 洋榎はギョッとしたとように、たこ焼きを頬張る怜のことを見つめた。そのまましばらく何かを考えていたようだったが、ふと我にかえったように目を逸らした。

 

「んーでも宮永さんが、戒能さん飛ばしたのは失敗やったな」

 

「ん? 試合なんやからまあそこはしゃーないやろ?」

 

「戒能さん潰すと宮永さん最終半荘で、戒能さん守りながら闘牌せなあかんくなるやん、獅子原さんは戒能さんを狙い撃ちにするだろうし」

 

「ただでさえ点数差あって逆転の条件が厳しいのに、戒能飛ばすくらいならもう少し長生きさせてあげて毟れるだけ毟れば良いのに。宮永さんらしくないわあ……」

 

「あ、でもこれ戒能さんから搾り取るくらいしかできへんくらい、宮永さんが追い詰められてたってことやろか? そこまで踏まえて獅子原さんの注文通り? うわ、なにそれ、めちゃくちゃ熱いやん!」

 

 続く第四半荘、怜の予想通り獅子原さんは戒能さんを狙い撃ちにした。

 

 宮永さんはあの手この手で、戒能さんをアシストしながら、獅子原さんからの直撃を狙ったが全ては徒労に終わった。

 南3局2本場、震える手を押さえつけるようにしながら、獅子原さんが倍満をツモりトビ終了で試合は決着した。

 第三半荘こそ宮永が王者の意地を見せたものの、二日目も獅子原爽の圧勝で第37回名将戦は幕を閉じた。

 

 獅子原爽新名将の大きな大きなガッツポーズに無数のフラッシュが降り注いだ。堂々と決意に満ちた表情と、武者震いが抑えきれない右腕が印象的だった。

 

 北海道のもみじはもう赤い。

 



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第56話 ルームサービスとチェックアウト

 ホテルのルームサービスの朝食は、咲さんと付き合うまで食べたことがなかった。

 

 はじめてルームサービスを持ってきてくれた時には、咲さんがまだベッドで寝ているのに、知らないお姉さんが、窓際のテーブルに食事の準備をしはじめたので、かなり慌ててしまった。

 食事会場の朝食のほうが、色々なメニューが食べれるし好きだ。バイキングで和洋折衷取り混ぜて食べるのがおいしいのに……揺杏ちゃんのように、ジュースをミックスして遊ぶ人がいたら少し困るかもしれないけど。

 

 特に会話もなく運ばれてきた朝食を私と咲さんは口に運んでいく。オムレツとソーセージにトーストにサラダとヨーグルトがついてきた。アメリカンブレックファストなんて大層な名前がついているけど、一般的な洋風の朝食だ。私でも作れる。

 寝癖姿がかわいい咲さんが、トーストに何も塗らずに食べ始めようとしたので、隅々までマーガリンを塗って渡してあげた。

 

「ありがとう、成香ちゃん」

 

 そう言って咲さんは両手で、パンのミミを持って食べはじめた。マーマレードとりんごジャム、どちらがお気に入りかわからなかったので塗らなかったが、ジャムも塗ってあげれば良かったかなと思った。

 マーガリンだけで、小さなお口でパクついて、おいしそうに食べてくれているので、咲さんはもしかしたらジャムは使わない派なのかもしれない。

 

 獅子原爽初V、メイショウシシハラ宮永咲を下す

 

 宮永、夢の七冠は海の藻屑に牌王戦へ暗雲か?

 

 スポーツ誌ではない一般紙を2紙部屋に持ってきてもらうようにしたのに、朝刊一面には、宮永さんと高校時代のチームメイトの写真が載っていた。

 

「んー負けちゃったね」

 

 宮永さんは朝食を食べ終えると、テーブルの上にあったコーヒーを持っていってソファーに体を預けた。そして、四つ折りになっている今日の朝刊に目を通す。

 

「惜しかったですね」

 

 そう慰めの言葉をかける。爽さんには悪いけれど、私は咲さんに勝ってもらいたかった。

 

「ん、惜しくもないよ? 完敗かな、鳴子温泉の第一戦で負けちゃったのなんて、完全に油断しちゃったからだし」

 

「油断……ですか?」

 

「そうそう、獅子原さんとプロで戦うのはじめてなのに、戒能さん得意だから似たようなタイプの獅子原さんにも勝てると思って、獅子原さんのこと牌譜で見ただけだったんだよね」

 

「紙一重のところで勝ってるだけなのに、油断したらそりゃ負けるよねー」

 

 そう咲さんは自嘲して、新聞をソファーの前のローテーブルの上に置いた。

 今日は私相手にも麻雀の話をしてくれるから、昨日負けたことがよっぽどショックだったんだろうなと思った。

 

「やっぱり小鍛治さん以来の七冠制覇……したかったですか?」

 

「ん? 七冠制覇はするよ」

 

「え?」

 

 咲さんは当然のようにそう言ったが、昨日爽さんに負けてしまったことで、その夢は断たれてしまったのではなかったのか。

 

「来年の秋までタイトル戦は全部勝って、もう一度挑戦すればいいだけのことだし」

 

 当たり前のように言っているが、三尋木プロの保有している牌王位を奪取し、今持っている五冠を全て防衛後、再挑戦というのは、不可能に近い。

 

「…………今持っているタイトルだけでも充分すぎるほど、咲さんはすてきです。最高の雀士です」

 

「守ろう、守ろうとすると後ろ向きな気持ちになる。守ろうと思うこと、それ自体が終わりの始まりなんだよ。守りたければ攻めなきゃいけない」

 

 そう言って咲さんはコーヒーを飲み干して、カップをローテーブルの上に置いた。咲さんは、勝負に負けてしまっても堂々としていて、やっぱり咲さんだった。私の慰めなど必要としていないのだと思うと、少し悲しい気持ちになった。

 

「ところで、獅子原さんと成香ちゃんってたしか同じ高校だったよね?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「獅子原さんの高校時代のこととか教えてよ! 私もインターハイで一度対戦したことがあった気がするんだけど、結構忘れちゃってて」

 

 私も先鋒でその試合に出ていました。その言葉が喉まで出かかったが、言うのは辞めた。どうせ覚えていないだろうから。

 爽さんの高校時代のエピソードを話すと、宮永さんは今まで私に見せてくれたこともないような興味津々な表情で続きを促した。

 咲さんは優しいが、私のことを聞いてくれたことなど一度たりともない。ホテルチェックインの際に、私の名前を漢字で書けなかったくらいだ。

 

「ふーんそうなんだ、今日卵料理が出てきたけどさ、獅子原さんは卵料理だったら何が好きかな?」

 

「うーんそうですねえ……卵焼きを作ってあげたことがあったんですけど、その時は少し甘いなって感想を漏らしていました」

 

「あはは、失礼な人だね」

 

「ええ……たぶん卵焼きより目玉焼きが好きなんでしょうねホテルのバイキングでたくさん持ってきて、お醤油をかけすぎなほどかけてましたから」

 

「あ、お醤油派なんだ」

 

「黄身はほとんど生くらいが良いみたいで、黄身をかき混ぜてお皿をグシャグシャにしながら食べるんです」

 

——私が好きな卵料理はスクランブルエッグですよ、咲さん。咲さんは茶碗蒸しがお好きなんですよね?

 

 咲さんは私の話を聞きながらタブレットで牌譜を眺めていた。おそらく昨日のタイトル戦の牌譜なのだろう。公式戦の牌譜はプロ麻雀トップリーグの公式HPから、全て無料でダウンロード出来る。

 最新の牌譜再生アプリは当たり牌表示機能や、ウマオカを含めた点数表示機能もありなかなか便利だ。私も咲さんの試合を見るときに愛用している。

 

 昨日は珍しく咲さんの方から連絡があったから、試合に負けてよっぽど寂しいのかと思っていたけれど、私から爽さんの話を聞きたいから呼んだのだなとやっと理解できた。

 

「成香ちゃん、大変だよ!!!」

 

「ど、どうしたんですか咲さん?」

 

 少し落ち込んでしまった私に青い顔をして咲さんが、タブレットを見せてきた。

 辻垣内さんのツモ切り動作が何度も再生されてしまい、牌譜が先へと進んでいかなくなってしまっている。

 戻るボタンや、自動再生ボタンを押しても全くうんともすんとも言わない。同じ画面が流れ続けるだけだ。アプリを閉じてホーム画面に戻ることも出来ない。

 

「咲さん、なにかやりました?」

 

「な、なにもしてないよ! ただ牌譜を見ていただけ!」

 

 慌ててそう言っている咲さんをひとまず信用することにして、私はタブレットの電源を落とすことにした。

 心配そうに私の手元を見つめる咲さんに、再度アプリを起動してあげてから手渡した。幸い、牌譜データの読み取り状況は残っていたようで、辻垣内さんの打牌のところから再生することが出来た。

 

「ありがとう成香ちゃん、私じゃ絶対直せなかったよ」

 

 そう言って私に微笑んでから、咲さんは夢中で牌譜を見始めた。その様子を見て、私は爽さんに感謝した。爽さんのおかげで、今日私は咲さんの隣にいることができる。

 

 チェックアウトの時間、伸びるといいな。

 



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第57話 専業主婦と惑星最高の先鋒

 恵比寿ウイニングラビッツのエース、花田煌への評価を下す東京地元紙の手のひら返しが激しすぎると、インターネット上で話題になっている。

 開幕から10戦の評価が、以下のとおりである。

 

開幕戦(負け 先鋒−38500)

 

「花田、ウイニングラビッツを破滅させる」

 

第2戦(勝ち負けなし 先鋒−8000)

 

「こんなの花田じゃない」

 

第3戦(勝ち負けなし 先鋒+3900)

 

「花田、小さなボートのような内容」

 

第4戦(勝ち 先鋒+22600)

 

「花田、お目覚め」

 

第5戦(勝ち 先鋒+12600次鋒+26900)

 

「史上最強右腕の復活、エースの帰還」

 

第6戦(負け 先鋒−32600)

 

「(恵比寿ウイニングラビッツのなかで)最も価値のない選手」

 

第7戦(勝ち負けなし 先鋒−18300)

 

「先鋒を務めると試合のどこかに亀裂が入ってしまう」

 

第8戦(勝ち 先鋒+12000)

 

「宝石のような煌が帰ってきた!!!」

 

第9戦(勝ち 先鋒+5200次鋒+13600)

 

「日本車のような花田、今日も安定」

 

第10戦(負け 先鋒−36700)

 

「現金自動預払機が登板」

 

 最強右腕と書いた5日後には、最も価値のない選手と評する凄まじいまでの手のひら返しである。

 花田ちゃんのストロングポイントは、高い対応力とスタミナにある。先鋒、次鋒と調子が良いときには軽々こなしてくれる。安定して結果を残してくれるイニングイーターとして、ファンの評価以上にチームからの評価が高いタイプだ。

 同じようなタイプに佐久の赤土晴絵が挙げられるが、直近の試合内容を見る限り、牌を扱うセンスは、花田ちゃんのほうがあるのかなと怜は思っていた。

 

「次鋒なんて、レギュラーのなかで一番微妙なやつがやるポジションやしなあ。そこ将跨ぎでスキップできたら、そら重宝されるわ」

 

 守護神が固定できているなら、先鋒が将跨ぎしたとき勝ちパターンから切るのは、中堅と副将の二枚だけあればいい。戦力を温存しつつ良い選手を起用できる。先鋒の負担を考えなければ、将跨ぎにはメリットしかない。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第2半荘 東3局

恵比寿 花田 煌   118900

松山  友清 朱里  106300

佐久  辻垣内 智葉 97800

神戸  椿野 美幸  77000

 

花田 煌

ドラフト1位  前年個人戦順位 9位

新道寺女子→恵比寿

14勝9敗0H

宝石のような輝きを魅せる恵比寿のエース。堅実な守備と流れを支配する鳴きに定評がある。

 

友清 朱里

ドラフト3位  前年個人戦順位 55位

新道寺女子→松山

11勝15敗0H

怪我に泣いた高校時代を糧に不屈の雀士がついに覚醒。松山飛躍の原動力として存在感を示す。

 

辻垣内 智葉

ドラフト1位  前年個人戦順位 12位

臨海→佐久

10勝17敗0H

赤土晴絵との佐久のダブルエース体制を支える鍛え抜かれた最高純度の玉鋼。

 

椿野 美幸

ドラフト3位  前年個人戦順位 19位

劔谷→神戸

8勝14敗0H

華麗な闘牌と河作りに定評のあるファンに人気の兵庫の生え抜き。エミネンシア先鋒の柱。

 

 

 シーズンも終盤に突入し首位を走る松山に対して、2位恵比寿は勝ち点差6と迫っている。この直接対決でエースの花田煌を起用し、逆転を狙う構えだ。

 松山、恵比寿の熾烈な首位争いに呼応するように、各チームとも今一番信頼できる選手を先鋒に送り込む鬼勝負となった。

 

「この面子のなかでも、花田ちゃんが格上なんやな……すばらですわあ」

 

 怜はソファーに寝転んでいた体を起こしながら、食い入るようにテレビを見つめた。各チームの先鋒エース級の選手が揃う試合内容に、怜のテンションも上がる。いつか見た小鍛治健夜四段活用の試合とは、大違いである。捨て牌の一枚一枚にまで、明確な意志や根拠がかんじられる。

 

ロン! 12000です

 

 椿野さんが辻垣内さんから、跳満直撃を奪い3位に浮上する。

 末原さんは椿野さんに対して怪物級という最上級の評価をしていた。しかし、怜のなかではあまり評価は高くはない。

 怜が迷彩への価値をあまり見出していないからだ。そんなことをするより、速く和了った方がええやろと怜は思っていた。能力者のくせに変なところで、デジタルにかぶれている。

 

【エース対決】プロ麻雀トップリーグ実況34

186名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

椿野さんだけ格落ち感ある

迷彩とか意味ないねん

 

191名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwa!

>>186

格で友清に負けるのか……

 

205名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:hea6wigj

>>191

そらそうよ

新道寺女子高校は神、新道寺女子高校は神

 

230名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:emi0iazg

椿野の麻雀の魅力は素人さんにはわかりにくいからしゃーない

 

241名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

>>230

牌効率を無視してまで河作りするクソ雀士ですね

 

256名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:emi0iazg

>>241

デジタル脳のくせに頭悪くて草

それで神戸の先鋒務めてるんやで? 名人様かな?

 

270名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

>>256

偶然ですよ

先制リーチの価値を理解できない哀れな雀士は淘汰されなくてはいけません

 

290名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:emi0iazg

>>270

この能力者大正義の現代麻雀の中でデジタル信仰してて草

本当に確率だけで麻雀があるなら、なんで同じ人が勝ち続けるんですかね?

 

308名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

なんかレスバトルはじまってて草

迷彩派は絶滅させなあかん

 

320名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:sakrwawg

今年は友清まで出てきて

新道寺女子高校の優勝メンバーの活躍がやばすぎる

でも、今日の同門対決は花田で決まりかな?

 

501名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

牌効率を高めて、先制良形リーチをかけることこれに尽きますね

出和了なんてどうでもいいんです、ツモればいいしダマにしたって大して和了率変わらないんですから 迷彩してる暇があるなら先に聴牌した方がいい

一発もあるし裏ドラものるリーチこそが麻雀最強の役です

 

527名前:名無し:20XX/9/29(日)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>501

サンキューウホウホ立直マン

 

 その後オカルト派とデジタル派による不毛な言い争いになってきたので、スレに出現したデジタル立直ゴリラにお礼を言ってから、怜はタブレットを閉じた。

 怜はリーチの扱い方と供託した1000点棒を立てることに関しては、人よりちょっとだけ上手な自信がある。自分と同じ考えのリーチが好きな人に、掲示板で遭遇できて嬉しかった。

 なお、怜の一番好きな役は清一色である。

 高打点を狙える手が入るワクワク感を、怜は大事にしているのだ。

 

 花田ちゃんのチーが入る。四索六索を晒し、間五索を拾ってきた。

 

「ん……なんかこれ……なんで鳴いたんやろか」

 

 花田ちゃんの手牌はあまり良い手牌ではないので、ここで鳴くくらいならオリ気味に面前で行った方が良い。というより、鳴くと役がなくなる。不自然な鳴きだったので、流れが見えたのだろうか。ブラフなのかイマイチよくわからない。

 結局、辻垣内さんが満貫をツモ和了しどんな仕掛けだったのかは謎のまま終わった。

 

「まあええか、花田ちゃん最近こういうのよくあるしな」

 

 前半戦も終わりにさしかかり、花田ちゃんは、エースとしては物足りない成績を残していた。不調の6月には3連敗したこともあった。

 地元紙は、炎上のたび花田ちゃんに痛烈な批判を浴びせた。しかし、シーズン中盤戦に差し掛かると、花田煌本人に活躍をお願いし始めるという新たな戦術を地元紙は披露し、花田ちゃんの成績は回復した。

 

第22戦(負け 先鋒−3900次鋒−23600)

 

「恐怖の花田、出現」

 

第23戦(負け 先鋒−11300)

 

「花田、臆病な闘牌で試合を粉砕」

 

第24戦(負け 先鋒−42300)

 

「謎の存在」

 

第25戦(勝ち負けなし 先鋒+2000次鋒+8300)

 

「頼むからこのままの素晴らしい花田でいてくれ!」

 

第26戦(負け 先鋒−18600)

 

「花田よ、我々の心を弄ぶのがそんなに楽しいのか?」

 

第27戦(勝ち 先鋒+22300)

 

「エース帰還!!!もうどこへも行くな!」

 

第28戦(勝ち 先鋒+5200次鋒+7700)

 

「THE GAME ー支配者ー」

 

第29戦(勝ち 先鋒+20600次鋒+36200)

 

「惑星最高の先鋒」

 

第30戦(勝ち負けなし 先鋒+12000次鋒−1300)

 

「ウイニングラビッツは、花田の好闘牌を無駄にした」

 

第31戦(勝ち 先鋒+42300)

 

「光り輝く」

 

 

 花田ちゃんはシーズン後半は良い内容が続き、地元紙からの評価がとてつもないものになっている。このシーズン後半、首位松山との直接対決を制したら、どんな評価になってしまうのか怜は興味がある。

 

「惑星最高はもう使ったから、銀河系最高の先鋒とか言われるかもしれへんな! ついに宇宙デビューや!」

 

ツモ! 6000オールです!

 

 第2半荘南4局、花田ちゃんの親っ跳が炸裂し先鋒戦は幕を閉じた。終始他家を牽制する丁寧な闘牌を続けた花田煌に、勝利の女神が微笑んだ。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 終了

恵比寿 花田 煌   130200

松山  友清 朱里  100800

神戸  椿野 美幸  89000

佐久  辻垣内 智葉 80000

 

 先鋒で卓を降りる友清さんに、花田ちゃんが声をかけている様子が映し出される。なにを話しているのかわからないが、先輩後輩がお互いの健闘を称えあっているようにも見えた。

 

「なんかここだけ切り取ってみると、新道寺女子が良い高校に見えるな……」

 

 卒業後も、固い絆で結ばれた大会メンバーってええなあと怜は思った。柄にもなく泉、セーラ、ふなQ、竜華の顔を思い浮かべる。怜は高校時代の思い出に、少しほっこりした気持ちになった。

 

「まあ、千里山も新道寺に負けてへんけどな」

 

 その後、次鋒戦でも花田ちゃんは完璧な闘牌を続けて他家を圧倒した。シーズン最終盤での恵比寿の勝利は大きい。

 翌日の東京駅構内の売店に、花田煌のすばらな一面写真が並んだ。

 

 

第39戦(勝ち 先鋒+30200次鋒+41900)

 

「小鍛治健夜、白築慕と肩を並べるレジェンド」

 

 



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第58話 専業主婦とペナントレースの終幕

 横浜ロードスターズの本拠地、ベイサイドマリンスタジアムに詰めかけた超満員のプロ麻雀ファンの中、ペナントレースが終幕した。

 

プロ麻雀トップリーグ

横浜大宮 最終戦 終了

横浜  宮永 咲  130200

松山  姉帯 豊音 123900

恵比寿 三尋木 咏 98600

大宮  渡辺 琉音 47300

 

『松山、姉帯豊音が決めました! 歓喜の瞬間です!!』

 

『松山フロティーラは8年ぶりの優勝、8年ぶりの優勝です! アレクサンドラ監督の目にも、涙が見られます』

 

 神戸の高層マンションの一室に、少し興奮気味の三科アナの実況が響く。テレビ画面に松山ベンチの様子が映し出され、アレクサンドラ監督や優勝を喜び抱き合う各選手の姿が、お茶の間に提供される。

 

「松山、優勝してもうたで」

 

 怜はソファーに寝転び、膝枕をしてくれている竜華にそう問いかけた。今日の竜華は、赤のギンガムチェックのエプロンをしていて、いつもより少しだけ膝枕レベルが低い。

 

「せやなあ、来年は頑張るわあ」

 

 竜華は、あまり興味がなさそうに怜にそう答えた。高校時代と違って団体戦優勝への思いが全く感じられない。竜華より、熱心な神戸ファンのほうが、この映像を見て悔しがっているのではないか。

 

「も、もう少し悔しいとかそういうのないんか?」

 

「んーもう8月には優勝とか無理そうやなーってなっちゃったしなー」

 

 竜華はそう言いながら、幸せそうに怜の髪の毛をさわさわと撫で回す。怜としては髪をあまり触られるのは、好きではないのだが竜華がゴキゲンなので我慢することにした。

 

「あっ、でもでも優勝したらたくさんお金貰えるからええな! 年俸のために頑張らな!」

 

「け、結局金かいな……なんかあるやろ他に……」

 

「んーないなあ、うちには怜がおればそれでええしな」

 

 麻雀に対して冷め過ぎて、とてもプロ麻雀選手に憧れるキッズには、聴かせられない発言を連発している。

 

「ま、麻雀で負けたら悔しいとかそういうのあるやろ……」

 

「あれ、不思議やなあ。勝っても別に楽しくないけど、やっぱり負けると悔しいんよ。仕事で失敗すると、落ち込んでまうこともあるし……」

 

「でもでも、そんな時でも怜の顔をみたら気分リセットや! 明日からまた頑張れるで」

 

 竜華がちょっとだけ愛が重いことを言ってきたので、怜は聞き流すことにした。

 

「ありがとなー頑張ってやー。というより来年で引退するって前に言ってへんかったっけ?」

 

「あ、ほんまや。今年活躍したから、頑張る必要ないやん」

 

「いや、そこは頑張れや……」

 

 麻雀への熱意がこれほどまでに不足しているのに、竜華の仕事に対しての意識や行動が関係者から高く評価されているというのは、納得がいかない。

 しかし、子どもの頃の竜華は、周囲の期待に過剰に応えすぎる良い子だった。ネグレクト同然の家庭環境で、まわりの気持ちを気にしすぎて育ってきた。

 それを思えば、仕事は仕事と割り切っていることで、周囲の期待や思惑を完璧にこなしているのかもしれないなと怜は思った。

 

「竜華」

 

「んーどしたん?」

 

「いつも、ありがとな」

 

 そう怜がお礼を言うと竜華は頬を赤くして顔を逸らした。なんや、そんな反応されるとこっちも照れるやんけ。

 怜は話題を逸らすべく、テレビ画面を指差して悪態をついた。

 

「というか優勝するなら、去年の恵比寿みたいに勝って終わらなあかんやろ。2位の勝ち点1で決着ってしまらなすぎや」

 

「まあそらなあ……気持ちはわかるわ。でも、ペナントレースいつも今日みたいな終わり方の気もするけど」

 

「ちょっと麻雀の終わりみたいやな」

 

 そんなことを竜華と話していると、テレビ画面が切り替わり、宮永さんと末原さんの映像が映し出された。この前料亭でごはん食べたメンバーだが、なぜ急に映っているのだろうか?

 

『さあさあさあ!!! 今日のヒロインはこの人、末原恭子選手と宮永咲選手です! おめでとうございます!』

 

 ん?

 あれ?

 ヒロインインタビューで、なんで福与アナからインタビューを受ける横浜の選手が映っとるんや? というか、優勝が決まった試合でインタビューなんてあるんか?

 

「なー竜華、ヒロインインタビューってあるん?」

 

「そら、横浜勝ったし本拠地やし、あるやろ」

 

 竜華は当然というような口調でそう言った。しかし、宮永さんと末原さんの後ろに映っている雀卓を囲んで、松山の選手が全員出てきて、姉帯さんを中心に輪になって集まっている。

 

——まずは、末原選手おめでとうございます!!!

 

『ありがとうございます!』

 

——末原選手はプロ初勝利でした! プロ6年目にしての初勝利、喜びもひとしおでしょう!!!

 

『えー…そうですね……ずいぶんと遠回りしました。多くの人の期待を裏切ってしまった部分もあると思います。そんななかで一歩ずつ前へ前へと進んで…………あっ…すみません』

 

 目尻に涙を滲ませる末原さんの言葉が詰まる。

 

ちょーーうれしいよーーー!!!

 

『がむしゃらに……努力し続けて、最高のチームに拾われてその勝利に貢献できたこと、本当に嬉しいです。最終戦は来季に絶対に繋げます! 応援のほどよろしくお願いいたします。』

 

衣のことを持ち上げるな!! やめろ!!!

 

 そう言って末原さんは、カメラに向かって頭を下げた。

 なんか感動しそうなことを言っているような気もしたのだが、後ろの松山フロティーラの選手の大騒ぎがマイクに乗ってくるので、全く心に響いてこない。というか、この人なんで泣いてるんやろか? 優勝してないこいつが泣くのおかしいやろ。

 

——あ、ありがとうございました。次に宮永選手いつも通りの完璧な闘牌でした。シーズン最終戦ということで、意識されたことはありましたか?

 

『ありがとうございます。えーそうですね……松山と恵比寿は2試合を残していますが、横浜は最終戦でした。シーズン最終戦を勝利で飾れたということは大きいと思います』

 

皆! 気ばつけてあげましょーたい!!!

おおおおおおおおおおおおおお

せーの!!!よおおおい!!!よおおおい!!!!よおおおおい!!!

 

 アレクサンドラ監督が松山の選手たちに胴上げされている様子が、遠目にカメラに映し出される。ヒロインインタビューのお立ち台自体普段と比べて、かなり端のほうに追いやられているようだ。

 

「なあ、竜華これ宮永さんとってる暇があったら、胴上げ撮影したほうがええと思うんやけど」

 

「このテレビ局は横浜系やからな、ほかのテレビ局は全部胴上げ撮影しとると思うで? 番組変える?」

 

「…………いや、ええわ。こっちのが面白いし。せめて音声は入り込まないようにしろや、ヒロインインタビューに友清さんの掛け声はいらんねん。こいつ声通り過ぎやろ」

 

——今季は0勝0敗23セーブとセーブ失敗なしという素晴らしい内容でした。前年度は、三尋木プロに一時逆転されセーブが消えた場面もありましたが、今年意識されたことはありますか?

 

『セーブ機会がすくなかっただけなので、とくになにも、偶然でしょう』

 

——10月に行われる牌王戦に向けてはずみのつく勝利になったんじゃないでしょうか?

 

『えーそうですね……シーズン最終戦の勝利を糧に頑張りたいと思います。他チームの選手よりも、一足はやくタイトル戦にむけて挑戦できることは有利かなと思っています。念入りに準備していきたいです』

 

——牌王戦にはタイトル戦初挑戦となる宮永照選手が出場します。姉妹対決にもファンの注目が集まっていますがいかがでしょう?

 

『私に姉はいません』

 

——獅子原選手とのタイトル戦は惜しかったですね。しかし、牌王位を獲得すれば六冠となり七冠も視野にはいってきます。意気込みを教えてください

 

『今年本当は全部とるつもりだったんですけど、負けちゃいましたからね。気を引き締めていきたいです。最近、獅子原さんの動画とか牌譜とかよく見てるんです。可愛いですよね。獅子原さん。あ! ビールかけのビール出してますよ』

 

——え、ビール? あ、ほんとだ飲みたい……ってなに言わせてるの!?

 

『勝手に言い出したんじゃないですか、というより福与さん、私にインタビューしてて良いんですか?』

 

乾杯フロティーラ!!! 松山半端ないって!飲みまくりましょおおおおおおお!!!!

うおおおおおおおおおおお!!!!

わーみんなおめでとーーーー

ずるいぞ! ぜんぜん豊音にかけられないじゃないか!

えー

 

——いいの! 私ヒロインインタビューの担当だから! でも少しだけ混ざりたいなあ

 

『ビールって皆さんお好きですよね。優勝してもあんなに浴びるのは大変かも。酔っぱらっちゃう』

 

 もはやインタビューの体をなしていないような会話を繰り広げる福与アナと宮永さんの様子を見て、末原さんがドン引きしている顔がドアップで映し出された。

 そして、末原さんの後方でビールの噴水が、松山の選手に降り注いでいる。

 

 姉帯さんは両手にビール瓶を持ちながら回転して、樹木にお水をあげるスプリンクラーのように、ビールをかけている。身長が大きいせいかとても目立つ。その姉帯さんが、選手の輪から離れて急にしゃがみ込んだ。

 

 しゃがんだ姉帯さんの長いみどりの黒髪に天江さんが、ジャバジャバとビールをかけていく。やっと天江さんは、他の人の頭に、ビールをかけることができたらしく、とても喜んでいる。

 

ちょーーーうれしいよーーー

 

——1本だけもらってくるから咲ちゃん、ここでビールかけしよう!

 

『いや、私たち優勝してないですし……ああでも、末原さんはビール好きですよ』

 

『スタジアムでは飲まへんわ!』

 

 

「こいつら、ついにヒロインインタビュー止めはじめたんやけど」

 

「もともとこのインタビュー無理があったやろ。福与さんはこんな性格だし、咲ちゃんは咲ちゃんでマイペースや」

 

 竜華は目の前で行われている放送事故に、そうコメントした。

 福与アナと小鍛治プロのコンビは放送事故を起こし過ぎているせいで、このくらいなら、アドリブの範疇として視聴者から認識されるのが恐ろしい。

 干されそうなものだが、ギリギリのラインは超えないので、ゴキブリのように生き残り続けている。そして、テレビは視聴率が正義であり、視聴率のとれる福与アナはどのテレビ局からも引っ張りだこである。

 

——とってきたよ! 咲ちゃん! ビールかけしよう

 

『んーせっかくとってきてくれたので、やってみます? ビールかけ? 末原さんの初勝利を記念して』

 

 そう言いながら宮永さんは、福与アナが持ってきた瓶ビールを末原さんに手渡した。

 

『い、いや意味わからんやろ! 宮永にかければええんかこれ!?』

 

『いえ、私はお酒がダメなのでご自身にバーっと頭からかける感じで……』

 

『なんで私がそんなことせなあかんねん!?』

 

『え?だって初勝利ですよ、盛大に祝いましょうよ!』

 

 末原さんが困惑しながら横に首を振るなか、宮永さんと福与アナがビールかけをするように末原さんに勧め続ける。もはや、強要に近い。

 

——さあさあさあさあ、初勝利を記念して女、末原恭子ビールかけの開幕だああああああああああああ

 

『おめでとうございます! 末原さん!』

 

 ハイテンションの福与アナと宮永さんの様子を見て、末原さんは断り切れないと悟ったようだ。

 

 かなり引きつった笑顔のまま、右手にビール瓶を持ち直して、そのまま自身の左手にチョロチョロとビールをかけはじめた。

 心なしかカタカタしている気もする。

 

 何故、せっかくの初勝利を挙げた日に、罰ゲームを強要されなくてはならないのだろうか。

 お茶の間に提供される末原さんの1人ビールかけの様子を見て、怜は呟いた。

 

「今度、末原さんに会ったらできるだけ優しくしてあげようと思うわ」

 

「せやなー」

 



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第59話 宮永咲と高校インターハイ

 私が清澄高校で目指したインターハイは、臨海女子高校の優勝に終わった。

 試合後控え室で泣き続ける和ちゃんとそれを慰める部長と優希ちゃんのことを、私はぼーっと眺めていた。

 インターハイ団体決勝で、私は卓についていない。Nelly Virsaladzeへのリベンジも、お姉ちゃんのお気に入りの大星さんとの対決も実現しなかった。

 不完全燃焼という言葉がぴったりだ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……咲さんごめんなさい…………」

 

 和ちゃんは、涙で目を真っ赤にしながら、ずっと私に頭を下げている。収支がたった2万点下振れしただけのことに、彼女はずっと謝り続けていた。

 麻雀の実力は数試合では図れない、何百、何千と施行回数を重ねていくことで、真の実力がわかる。そう言っていた和ちゃんが、たった一度の半荘の結果で泣いている。話が違うじゃないか。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、私が台無しにしてしまって…………咲さん、ごめんなさい」

 

「もういいよ、わかったから」

 

 インターハイ団体戦の決勝前に、私は、お姉ちゃんとすれ違った。それがこの団体戦の結果だった。冷え切った針のむしろのようなこの部屋で、肩を震わせて号泣する和ちゃんの嗚咽を聞きながら私は理解した。

 

 団体戦は負けてしまった。もう変えようがない。そうなると、お姉ちゃんと和解できるチャンスは個人戦しかない。

 

 Nelly Virsaladzeや阿知賀の高鴨さんはともかくとして、白糸台の大星さんは個人戦に出場している。当然お姉ちゃんだって出場する。

 個人戦で優勝すれば、団体戦の結果がどうであれお姉ちゃんとは和解できる。

 なにより、私が優勝しなかったら、和ちゃんは、私とお姉ちゃんの仲直りを台無しにした自責の念に、永遠に囚われ続けるだろう。

 

 まっててね、私がなんとかするから。

 

 膝折って崩れ落ちる和ちゃんを見下ろしながら、私は決意を固めた。目の焦点がうまく合わず、夢でもみているんじゃないかという非現実感。まるでふわふわと宙に浮くシャボン玉が揺蕩っているようだった。

 

 

 そして迎えたインターハイ個人戦。

 全国予選をまずまずの成績で勝ち抜いた私は、準々決勝に駒を進めた。

 準々決勝には、大星さんがいた。こんなに早くチャンスが巡ってくるとは、思っていなかった。団体戦決勝で戦えなかった、因縁の相手が目の前にいる。その事実に私の心は躍った。

 大星さんの牌譜は隅々まで研究したし、部長に頼んで、映像データも可能な限り収集した。能力、牌の流れ、打牌選択、理牌の癖、性格、人間関係、家庭環境。勝利に繋げるため相手の情報を、個人戦がはじまるまでの間、私は貪欲に集め続けた。

 

 準々決勝の卓についた大星さんは、私が思い描いた大星さんそのもので、ずっと待ち焦がれていた姿だった。

 

 ダブルリーチを狙い撃ちにして、自分の能力に疑心暗鬼を抱かせるように、揺さぶってやると、大星さんはいとも簡単に壊れた。

 後半、大星さんは、ダブルリーチどころか、リーチすら打てないようになった。ツモ切りをすることが、怖くてたまらないのだろう。

 試合が終わってロクに牌が持てなくなり、自分の肘を抱え、小さくなって震える大星さんの様子を見て、私は少し幻滅した。

 

——お姉ちゃんのお気に入りというから、もう少し強いと思ったんだけどな。

 

 このまま勝利の余韻に浸るのも良いが、明日には準決勝もある。もう卓を降りて、はやめに次の試合に備えようと思った。

 試合後、卓から立ち上がり踵を返すと、お姉ちゃんが試合会場に走ってきた。私には、目もくれず、一目散に大星さんのもとへ駆け寄った。また、私とお姉ちゃんがすれ違う。

 

 お姉ちゃんは、壊れた大星さんを優しく抱きしめ、髪を撫でた。私には、ずっとそんなことしてくれなかったのに……その女が羨ましくてたまらない。そんな奴より、私の方がずっとずっと麻雀が上手で強いはずなのに。

 

 じっとお姉ちゃんが大星さんを介抱する様子を見ていると、お姉ちゃんに憤怒の形相で睨みつけられた。

 

「咲の麻雀は、本当に周りを不幸にしかしないね」

 

 大星さんを抱きしめたまま、お姉ちゃんは怨みと憎しみを込めてそう吐き捨てた。

 頭の中が真っ白になって、それから姉に言われたことは、ほとんど覚えていない。ただはっきりとわかるのは、この時私と姉との関係は、破綻したということだ。

 大星さんを倒せば、振り向いてもらえるなんて私の勘違いだった。当たり前だ。可愛い後輩を壊されて喜ぶ人間などいない。

 何も考えられなくなって、虚な視界のなかただ姉の罵声を浴び続ける。ははは、私は救えないなあ。

 

 麻雀を通じて相手の心がわかるという言葉は、嘘ではないだろう。相手の想いや焦り、恐怖そして期待。感情が牌を通じて、ダイレクトに伝わってくる。

 しかし、その感情のやりとりは全て相手を陥れるためのものだ。感情の揺らぎは、ミスを生み牌を見えなくする。

 

 そもそも、私たち姉妹に仲直りをする道など、はじめからありはしなかったのだろう。

 ずっとはじめから私の勘違いで、団体戦決勝で負けてしまったときに、悪い夢を見ているようだと思ったのも私の勘違い。だって、私の都合の良い幻想で作ったお花畑の夢から、目が覚めただけなのだから。

 

 決勝で私のことを倒すと言っていた姉は、別ブロックの準決勝で、あっさり園城寺さんに負けた。

 

 神様は時々残酷なことをする。

 

 けれど、直接対決すれば分かり合えるかもなんて、私の甘い考えを打ち砕いてくれるあたり、麻雀の神様はとても慈悲深く優しい。

 

 準決勝は、姉にとって相性の悪い荒川さんが同卓していて、それを園城寺さんに利用された。他家を利用するセンスで、園城寺さんの右に出るものはいない。

 

 準決勝で獅子原さんを下し、決勝へと駒を進めた私は、姉を破った園城寺さんと対峙した。対面に座る病弱で顔の青白い儚げな美少女。心のうちに闘志と決意が燃え滾って、まるで命を燃やしているようだった。

 

 卓を囲んでみて初めてわかる。想いという言葉では生ぬるい、妄執を園城寺さんに感じた。なぜ、自分の人生の全てを捧げてまで、母校、そしてチームを勝たせなければいけないのか、全く私にはわからない。ただ、その妄執が怨念のように、彼女の身体を蝕んで麻雀をさせていた。

 

 姉の準決勝に荒川さんが同卓していたことは、技術的な敗因にすぎないのだと私は思った。本当の敗因は、前に対戦した時と様子の違う園城寺さんに、照魔鏡を使ってしまったことだろう。彼女の心のうちを覗き見て、姉は気圧された。私にはわかる。だって、姉は私と同じように弱い人間だから。

 

 私は園城寺さんと、心のやりとりはしない。心理的な優位に立とうと揺さぶりをかければ、足元を掬われる。ただ、いつもどおりに麻雀をして踏み潰せばいい。

 

 園城寺さんに、付け入る隙は与えない。

 

 私は麻雀をする機械だ。機械になれば、姉に勝った園城寺さんに、姉の影を見出すこともない。

 

 その狙い通り、私は試合を終始圧倒した。麻雀の実力だけを比べれば、園城寺さんに後れをとることなどないのだ。

 気がつけば園城寺さんは、一巡先もまともに見えていない状況にまで、追い込まれていた。それでも彼女の手牌に、有効牌が引き寄せられていく。不思議だった。

 

 それまでずっと機械になれていたのに、私は最後の最後で臆してしまった。

 園城寺さんの執念に押されて、私は嶺上牌を覗いた。一時の感情にながされて、自分の能力を頼った。

 破綻した関係の姉との約束という不確かなものに縋り、敗北した私は園城寺さんから見れば、さぞ滑稽だっただろう。

 

 結局のところ、私が甘かったのだ。

 

 甘えが出てこないよう徹底できているつもりでも、全くなっていなかった。

 

 和ちゃんは東京の学校に転校して、麻雀も辞めるという。

 

 インターハイに負けた私は、全てを失うことになった。お姉ちゃんとの仲は仲直りするどころか破局。和ちゃんは転校、部長は引退。それが結果だった。

 

「咲、勝たなくてはだめよ。勝負に引き分けなんてないの。勝者は全てを手にする。勝ちなさい!」

 

「宮永さん、麻雀は勝利を目指すものよ! 次は勝つための麻雀を打ってみなさい!」

 

「あなたが手加減してると、私は楽しくありません……私も楽しませてください!」

 

 勝った者は全てを手にし、負けた者は全てを失う。

 

 母親が言っていた通りの結末になった。麻雀など、どこまで行っても勝負事でしかない。麻雀が楽しいなんてありもしない幻想を、清澄では見させてくれただけ、感謝しなくてはいけないのかもしれない。

 部室に和ちゃんはもういない。部長も引退してから、家庭のことで揉めているらしく、活動に顔を出すこともほとんどなくなった。

 

 それでも、私には優希ちゃんと染谷先輩がいる。3人でまた全国に行こう。

 

 そして、優勝して忘れ物をとりにいくんだ。そうしたら、和ちゃんだって、麻雀を再開してくれるかもしれない。麻雀で勝てば、大抵のことはうまくいく。勝たないと駄目だ。

 

 部員が3人しかいないので、秋季大会には参加することが出来なかったが、国民麻雀大会には出場することが出来た。染谷先輩は残念だったが、私はジュニアBで優勝し優希ちゃんも上位の成績を残した。新チームの滑り出しは上々だった。

 清澄が秋季大会に参加出来なかったことを受けて、私のもとへ多くの強豪校からスカウトが訪れた。風越、新道寺、臨海、晩成、姫松……数えきれないほどの誘いがあったが、私は断った。この3人で優勝しなければ、意味がない。

 

 団体戦で全国の頂点に立つには、染谷さんと優希ちゃんの今の実力では厳しい。来年の1年生で、どれだけ上手な子が入ってくるかはわからない。最低でも2人には、強豪校のエース以上の実力をつけてもらう必要があった。

 

 部員だけでは三麻しかすることが出来ないので、他校との練習試合や染谷先輩の雀荘で実戦経験を磨いた。インターハイの敗戦から、能力だけに頼り切りでは駄目だと痛感したので、苦手なネット麻雀も練習に取り入れた。

 23時頃に練習を終えて帰宅し、ご飯とお風呂を手早く済ませて、3時、4時くらいまでネット麻雀をする。そんな生活を3ヶ月ほど続けた。

 明け方に自室のベッドで軽く仮眠してから登校し、学校の机に突っ伏して寝た。良いことでないのはわかっている。インターハイ個人戦で2位になっており、深夜まで麻雀部の部室の光がついていることは、教師もクラスメイトも知っていたので、特に何も言われることはなかった。

 本を読むこともなくなった。私に物語は似合わない。そんな時間があるなら、麻雀がしたい。

 

 いつものように部室で練習をしていると、唐突に優希ちゃんが卓を立って私に言った。

 

「さ、咲ちゃんと麻雀やるのは……もうしんどいじぇ」

 

 そう優希ちゃんに言われた時、私は何を言われているのかあまり理解できなかった。インターハイの団体戦でも個人戦でも負けてしまった私たちには、練習時間が必要なはずなのに、なにを言っているんだろう?

 

「なんで?」

 

 私は、自分の口から発せられる声が恐ろしく冷たいものだったことに気がついたが、特に改める必要もないだろうと思った。

 優希ちゃんは一瞬怯えるように体を震わせた。それから一度俯いてから、顔を真っ赤にして私に怒鳴った。

 

「インターハイ終わってからの咲ちゃんは異常だじぇ!!!! いつも麻雀麻雀麻雀! お姉さんとは和解できなかったのかもしれないけど、そんなふうに練習してたら体壊して終わりだじぇ!!!!! それだけ、私と染谷先輩が信用できないなら、臨海でも新道寺でも行けば良いんだ!!!」

 

「そんなことないよ、私はみんなと……」

 

 優希ちゃんに伸ばした右手が払い退けられた。優希ちゃんの目からは涙が溢れていた。泣いている姿が見られないように、優希ちゃんは顔を隠しながら、慌てて荷物を鞄に放り込み部室を飛び出した。

 私は、追いかける気にもならなかった。

 

 インターハイ、終わっちゃった……

 

「優希は風越に行くそうじゃ、年内に転校すれば来年のインターハイにも、間に合うからのぅ」

 

「そうですか……」

 

 そこまで決まっているんじゃあ、仕方がない。私が片岡さんと目指したインターハイは、思い出になった。

 

「染谷先輩はどうするんです?」

 

「わしか?わしゃあ……競技は辞めるよ、部長と一緒に全国も行けたし充分すぎた……嬉しかったし、自分の分を思い知らされたよ」

 

「わしのことは良いから、咲の好きな進路を選んで欲しい」

 

 染谷先輩は眼鏡をクイっと上にあげると、私のことを真っ直ぐに見つめた。同情と不甲斐なさが入り混じった表情をしていた。

 

「清澄高校に残るという選択はないですか?」

 

「ないじゃろ、麻雀を辞める気なら止めることは出来んが」

 

 麻雀を辞める。それも悪い選択ではない。人よりも少しだけ麻雀の才能があったばかりに、私はずっと苦しめられてきた。家族から疎まれ、チームメイトからも疎まれる。辞めてしまえば、その苦しみの連鎖から逃れることが出来る。

 しかし、それは逃げの選択だ。私が選ぶ道じゃない。

 

「それなら、新道寺女子高校に転校しようと思います。寮もありますし……臨海にもありますけど、東京には良い思い出がないので」

 

「そか、納得してもらえて良かったわ」

 

 染谷先輩は私の決断を聞いて安心したように、ため息をついてから笑みを浮かべた。染谷先輩も私に麻雀を辞めるという選択は、してもらいたくなかったのだろう。

 

「それにしても、こんな時に久は何しとるんじゃ。人殴って停学になっとる場合じゃなかろうに」

 

「あはは……部長も大変なんですよきっと」

 

 最近部長には会っていないけど、転校の前に少し話をする時間がとれたらいいな。

 

 部室の窓を開けると、真っ暗闇に降る雪を街灯が優しく照らしていた。ため息が白く煙のようになって、そして消えていった。

 

「染谷先輩……最後に1つだけいいですか?」

 

「なんじゃ?」

 

「私の麻雀って、やっぱりみんなを不幸にするんでしょうか?」

 

「わしはそうは思わんよ。めぐり合わせが悪かっただけじゃ」

 

「ありがとうございます……」

 

 染谷先輩にお礼を言って、私は清澄高校を去った。

 周りに誰も居なくなっても麻雀だけは、私を裏切らなかった。私は牌に愛されている。

 

 それから、新道寺女子高校でも、プロの世界でも私は麻雀を打ち続けた。

 清澄高校で目指したインターハイは負けてしまったけれど……勝ち続ければ、負けるよりずっと良い未来があるはずだから。

 手加減はしない。そう約束した。

 

 私の麻雀で、

 

 全部、倒す。

 



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第60話 宮永咲と鍋焼きうどん

 

 間接照明の暖色の柔らかい光に照らされて、私はのんびりとした時間を過ごしていた。パーソナルソファーの背もたれに、火照った体を預けた。

 ホテルのソファーは、硬さが好みに合わないものも多いが、今日のホテルのソファーはなかなか悪くない。柔らかすぎず、硬すぎずちょうど良い塩梅だ。

 マリーゴールドとジャスミンのハンドクリームを両手にたっぷりと伸ばす。お風呂上がりのこの時間は、唯一の癒しといっても過言ではない。私の心を支える大切な時間。

 

 清涼感のある甘い香りが室内に広がった。

 

 今日の名人戦は起伏のない試合展開で、心を乱されることもなく勝利することができた。

 防衛戦は、タイトル保持者よりも挑戦者のほうが有利だ。私はそう思っている。手に入れたものを守るのは、手に入れることより難しい。

 

 私たちは紙一重のところで戦っている。

 

 私と眼前で膝を屈している挑戦者たちの間に、大きな実力差はない。微差に微差を積み重ねて、私は勝ち続けているのだ。

 名人戦、楽に勝たせて貰えたのは、僥倖というほかない。

 

 バスローブを身にまとい、気怠げにベッドに寝転びながら、足をパタパタさせている憧ちゃんに私は声をかけた。

 

「次のタイトル戦は、姉と戦うことになっちゃったんだよね」

 

 憧ちゃんは、眺めていたタブレットから目を切って私の方に顔を向けた。

 

「せっかく名人戦は楽に勝てたのに……なんでこんなことになるんだろ、ついてないなあ」

 

「知らないわよ、そんなの。仲直りすれば良いんじゃないの?」

 

「あはは、冗談きついよ憧ちゃん」

 

 憧ちゃんはなんでもないことのように言っているけれど、姉と仲直りしようなんて気をもってしまったら、私の心が持たない。

 

「実際、そんなにウジウジ悩んでいるくらいだったら関係を修復した方が良いでしょ? 何があったのかは知らないし、仲良くなれとは言わないけどさ」

 

「うん……」

 

「私にも姉がいるけどさあ、会うときはお正月くらいのもんよ。向こうは結婚してるしねー。そのくらいの距離感で付き合えれば、良いんじゃないの?」

 

「…………そうなれたら、いいね」

 

 私は、ハンドクリームを塗った手の甲をじっと眺めた。憧ちゃんに言っても何にもならないのに私は何を言っているんだろう。

 牌王戦は感情をオフにして麻雀をする。そう決めていたはずなのに。それが出来るのかたまらなく不安になった。

 

 私の人間性は卓の外にだけあれば良い。

 大丈夫、感情は技術で切り離せる。

 自分に何度も何度も言い聞かせて、自己暗示をかける。

 勝敗を分けるのはそれまでの準備。なかでも気持ちの準備が大切だ。勝利への障害になるものは全て排除して、言い訳の材料を残さない。そのために、私はあらゆる努力をするべきだ。

 

 私が黙って怖い顔をしているのに気が付いたのか、憧ちゃんは話題をかえた。

 

「今日の名人戦の牌譜見たよ、防衛おめでとう」

 

「ありがとう、でもそれ言うのずいぶん遅くないかな?」

 

「ほら、牌譜見てから褒めないと地雷を踏む可能性があるじゃない?」

 

「ああたしかに……」

 

 憧ちゃんは一応プロなので、牌譜が読める。今みたいに傷心中の時に会う女の子は、麻雀のことがわからない子のほうが良いのだけれど、もう呼んでしまったから仕方がない。

 

「あのカンチャンリーチってやっぱり曲げたほうが良かったの?」

 

「ん? 第3半荘の南三局でリーチしたこと?」

 

 もう麻雀の話をすることになっちゃった。憧ちゃんは、これさえなければ最高なんだけどなあ……

 

「そうそう、大きくリードしてたしダマでも良かったんじゃ? というか咲がリーチしてるイメージがないんだけど……」

 

 そうかな? わりとしてると思うんだけど。

 自分の手の内はあまり晒したくない。でも、あのリーチは複雑な場面でもないし、教えてしまってもとくに問題ないか。

 

「あれは鉄リーだよ。四筒は嶺上牌だから、河に0枚、有効な山には3枚。リャンカン落としだから、モロひっかけになるのかな? そこはあんまり意識してなかったけど……たしか三萬と八萬が暗刻になってて、だから3種5枚。リーチすれば裏が乗るし……大明槓からの出和了を考えてもリーチしたほうが期待値がいい。あとは最近対策されすぎていて、衣ちゃんはともかくとして、三尋木さんと赤土さんが生牌を切るイメージはなかったかな? だからとくに何も考えずに曲げたよ」

 

「そ、そっか……よくそんな細かいとこまで覚えてるね……」

 

「えっ?」

 

 憧ちゃんは、あまり牌譜研究はしないほうなのだろうか。言いたいことがよくわからなかったが、はやく麻雀の話から離れたい。

 

 憧ちゃんは、ベッドに寝転んで手持ちぶさたにホテルの案内を眺めているので、もしかしたらルームサービスが頼みたいのかもしれない。

 気を使って頼まないでいたら悪いので、ベッドに腰掛けてから、憧ちゃんから冊子を受け取ってルームサービスのページを開いてあげた。

 

「ここのルームサービスは、サーモンとアボカドのミックスサンドがおいしいよ。あと飲み物も冷蔵庫にあるやつ以外にも頼んでいいからね」

 

 私がそう勧めると憧ちゃんは少し意表を突かれた様子だったが、デザートに興味を示したらしく、熱心に選び始めた。

 

「ありがとう、どれにしよっかなー」

 

 ルームサービスを選ぶ憧ちゃんを眺めながら、そういえばちょっと前に、スモークサーモンのサンドイッチを成香ちゃんと食べたことを思い出した。

 深夜に頼むルームサービスは、どれもおいしそうに見えてしまって困る。私は鍋焼きうどんにしよう。今日は麻雀したから、多少食べても大丈夫。たぶん……

 

「私は、フルーツタルトにしようかな……あとカフェラテもいいよね?」

 

 うっ……女の子らしいメニュー頼むなあ。鍋焼きうどん、頼みにくくなっちゃったよ。

 

「もちろん、私は鍋焼きうどんと……ホットココアにしようかな」

 

「うどん!? 今、深夜1時だよ! 炭水化物の塊食べちゃっていいの!?」

 

「そ、そんなに言わなくても良いじゃん。食べたかったんだから……」

 

 憧ちゃんの追及から逃れるように、手早く注文は済ませた。頼んでしまえば、もう罪悪感もない。

 

「咲ってマイペースだよね」

 

「そうかな? 私はそうは思わないんだけど……むしろ、キビキビ派だよ」

 

「いやいや、マイペースじゃなかったら、うどんにホットココアは頼まないでしょ」

 

 少し呆れた顔をしながら憧ちゃんは、ベッドから立ち上がって、カウンターに置いてあった魔法瓶を手に取って、グラスに水を注いだ。

 

「咲も飲む?」

 

「うん、お風呂あがりには、水分をたくさんとったほうがいいよね」

 

 ベッドに座ったまま憧ちゃんからグラスを受け取る。

 一口ずつゆっくり水を飲んでいると、左肩に憧ちゃんがしなだれかかってきた。やわらかさと彼女の体温を感じる。どうして人肌はこんなに温かいのだろう。

 ベッドの上で過ごしている一瞬の間だけは、寂しさを埋められる。でも、そのぬくもりを与えてくれる相手を、私は信頼することが出来なかった。理由はわからない。肌と肌は磁石のようにくっつきあうのに、心は近づかない。それに溺れることすら許してくれない自分の心を私は呪った。

 憧ちゃんの囁きと吐息が、少しずつ私の理性を引っ掻いていく。もう少しだけこうしていよう。でも最後までは駄目だ。

 だって、うどんを食べなくちゃいけないから。

 

「ルームサービスきたよ? 憧ちゃん?」

 

「えーそんなのいいじゃん?」

 

「ほら、インターホン鳴ってるし開けてきてよ」

 

 私がそう言うと、憧ちゃんは渋々といった表情で私から離れた。ごめんね、憧ちゃん。

 ドアのロックを憧ちゃんが開けると、ホテルのお姉さんが入ってきて、配膳をしてくれた。私の顔を見て一瞬だけ目を見開いたが、何も言わずに完璧に準備してくれたので、良いホテルだなと思った。

 うどんを食べるのに、白いテーブルクロスと一輪の薔薇の花を用意してくれたのは、やりすぎ感があるのだが……フルーツタルトにはあうのかもしれない。

 

 あつあつの鍋焼きうどんを、レンゲでとりわけてよく冷まして食べる。なかなかおいしい。カツオの出汁がよく効いたお醤油の味が、試合の疲れを癒してくれる。

 うどんを食べて舌がしょっぱくなったなってから、甘いホットココアを一口飲むと、とても幸せな気持ちになれた。

 

 明日もがんばろう。

 



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第61話 思い出いっぱい計画と牌王戦

 オフシーズン思い出いっぱい計画の第一弾として、竜華と怜の2人は有馬温泉の温泉旅館に遊びに来ていた。

 

「ときーいったでー」

 

 卓球台を軽快にオレンジのピンポン玉が跳ねていき、怜の後方のグリーンのネットに引っかかった。はじめてから3球連続の空振りに、怜の心が折れる。

 

「打ち返すのは無理そうやから、うちが打つから竜華が返してや」

 

「わかった!」

 

 怜はピンポン玉をグッと握りしめてから、空中に放り投げた。それから、ラケットを大きく振りかぶって渾身のサーブを決めると、無情にもピンポン玉は怜の足元に落下した。

 空振りである。

 卓球をはじめて開始10分間で、2度の挫折を味わう哀れな女がいた。

 

 ラケットをグーで握る者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

「これ、無理みたいやわあ……」

 

「んーちょっと貸してな」

 

 竜華は、浴衣姿でいじける怜のおててをつかんで、ピンポン玉にラケットが当たる感触を覚えさせた。

 

「打とうと思わないで、ラケットで触りにいくんや」

 

 竜華のアドバイスが功を奏したのかは不明だが、だんだんとラケットに当たるようになってきた。

 卓球はクソゲーと決めつけていた怜だったが、竜華とのラリーが何度か続く場面がでてくると面白いかもなと、思いなおすようになった。現金なものである。

 しかし、運動も30分を超えると、気持ちどうこうではなく活動限界を迎える。

 

「も、もう無理や……膝が笑って動けへん」

 

「それじゃあ、卓球はもうやめよっか。スポドリ買ってくるから少し休んでてや〜」

 

 竜華の言葉に甘えて、卓球台の横にあるベンチに座って休憩する。久しぶりに運動したなあと怜は思った。

 ずいぶん汗をかいてしまったので、お風呂に入りたい。でもそれよりも喉が渇いた。

 

「はい、水分補給」

 

 竜華が自販機で買ってきたスポーツドリンクを、喉を鳴らしながら飲んだ。かなりおいしかった。

 

「一年分運動しましたわあ……」

 

「まだ、30分くらいしか動いてへんけど?」

 

「もう年かな……若いときみたいに体動かへんわ」

 

 怜はまるで若い頃はもっと体力があったようなことを主張しているが、もちろんそんなことはない、今も昔もクソザコの体力である。

 

「ゲームセンターもあるみたいやけどいく?」

 

「疲れたしそれはええわ。汗かいてもうたからお風呂入りたいで」

 

「そっか! じゃあ大浴場で2人でお風呂やな」

 

 2人で大きなお風呂に入ってから、部屋に戻ることにした。

 有馬温泉のお湯は赤褐色の濁り湯で、塩分を多く含んでいるのが特徴だ。塩分が入っているからなのか、体があたたまるのが早い気がする。

 頭洗うところからかけ湯まで、竜華が全部やってくれた。ベタベタするので、湯上り後はしっかりとかけ湯をすることが大切である。

 

 竜華と旅行に行くと、基本的に何もしなくて良いので楽ではあるのだが、行動が制限されてしまいあまり楽しめない。泉と旅行に出かけたほうが、泉の目を掻い潜って無茶が出来るので、ずっと楽しかったりする。

 

 まあ、でも今日は卓球をしたり大浴場にいけたりと、楽しめたほうである。いつもだとなんだかんだ理由をつけられて、部屋から一歩も出られないことも多い。

 

 お風呂上がり。何か買ってから部屋に戻ろうと思ったので、竜華と一緒に一階の売店に行くことにした。

 売店には誰も居なかったので、ゆっくり買うものを選ぶことが出来た。

 

「んー怜どれにしよか? お土産買っていく?」

 

「いや、ええわ。お饅頭とか買って帰っても食べへんかったりするし……」

 

「とりあえず、部屋でアイス食べるで!」

 

 ガラスケースに入ったアイスクリームを見てみると、普通のカップアイスが1個400円だったので怜は、買うのを一瞬躊躇したのだが、竜華が買う気まんまんだったので、買ってもらうことにした。400円って、観光地価格が過ぎるやろと怜は思った。怜は変なところで、庶民的な感覚を持ち合わせているのだ。

 怜は抹茶味、竜華はチョコレート味を食べることに決めた。

 売店に店員さんがいないので、どうやって支払うのかと怜は頭を悩ませた。しかし竜華がアイスクリームを持って、フロントで精算してくれていたので安心した。客どころか従業員さんも少ないし、この旅館潰れるなと怜は失礼なことを考え始めていた。

 

「買ってきたで!」

 

「サンキューや、部屋戻って牌王戦見ながら食べたいで」

 

 部屋に戻ってテレビをつけると、すでに試合が始まっていた。

 今日の試合会場は、千葉市内のホテルらしい。ホテルの麻雀室らしく無個性ながらも落ち着いた内装で、試合に集中しやすそうな環境だ。

 

第56回牌王戦 1日目

第1半荘 南4局2本場

宮永 照   96700

宮永 咲   41600

鶴田 姫子  32700

三尋木 咏  29000

 

宮永 照 今年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 6位

白糸台→恵比寿

17勝1敗0H

プロ入り後度重なる怪我に泣くも、今季からポイントゲッターに転向し飛躍。復活した天才。

 

宮永 咲 今年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

0勝0敗23S

プロ麻雀界最強の女。名将戦で獅子原爽に痛恨の敗北を喫したものの、個人戦1位を維持。現在五冠。

 

鶴田 姫子 今年度成績

ドラフト2位 個人戦順位 17位

新道寺女子→松山

5勝5敗27H

松山優勝の立役者。今季好調を維持し、シーズン後半に特に存在感を示した。

 

三尋木 咏 今年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 4位

妙香寺→横浜→恵比寿

11勝6敗12H7S

圧倒的な火力で相手を蹂躙する、日本麻雀界を代表する選手。現牌王位にして永世牌王。

 

「あれ? 宮永照が勝ってるやん」

 

 宮永さんが宮永照に負けるイメージはあまりなかったので、怜は少し意外に思った。

 なにはともあれ、今はアイスである。

 ゆっくり戻ってきたので、溶けていないかが心配だった。

 

「今年の宮永さん強いからなあ……」

 

「どっちの宮永やねん!?」

 

「宮永さん言うたら、そら咲ちゃんじゃなくて、お姉さんのほうやろ?」

 

「うちは、宮永咲のこと宮永さんって呼んでるんや!」

 

 テレビ画面上に二人の宮永さんがいる。わかりにくいこと、この上ない。

 竜華から抹茶アイスを受け取ると、少し柔らかくなっていて、ちょうどいい固さになっていた。付属のミニスプーンで抹茶アイスを口に運ぶ。なかなかおいしい。

 

第56回牌王戦 1日目

第1半荘 終了

宮永 照   96700

宮永 咲   40000

鶴田 姫子  34300

三尋木 咏  29000

 

 宮永さんが鶴田さんの安手に差し込み、宮永照の親が流れて、この半荘は終了となった。和了の際に喜びを押さえつけるように、宮永照が一度目を閉じてから、スカートの裾を握りしめた姿が印象的だった。

 

「やっぱり、姉妹対決ってことで思うところがあるんやろか?」

 

 怜は、竜華にそう問いかけた。

 

「宮永さん(照)にはあるんやろけど、咲ちゃんにはなさそうに見えるなあ……いつもと全く同じや」

 

 たしかに竜華の言う通り、テレビ画面の中で何度もスコアを確認している宮永照に比べて、宮永さんはアイスコーヒーにガムシロップを3つもいれて、平和そうに落ち着いて飲んでいた。宮永照はタイトル戦初挑戦なので、少し硬くなっていることもあるのかもしれない。

 

「牌王戦は赤なしのルールやから少し宮永さんが損なんかな? チャンピオンは打点低くても連続和了あるからええけど」

 

 宮永さんの火力は、プロの平均よりは上だが特筆して高いわけではない。赤があったほうが火力差が詰まる。そのため、高火力型の三尋木さんや鶴田さんが赤なしルールではやや有利である。

 

「まあ普通に考えたら、三尋木さん絶対有利のはずなんやけど4位やからなあ……たぶんもう三尋木さん咲ちゃんに勝てへん。」

 

「14連敗やっけ?」

 

「タイトル戦だけじゃなくてシーズンも含めたらもっとやろ。もう、自分は咲ちゃんに勝てないんだってわからされとるからな」

 

「その点宮永さん(照)や獅子原さんみたいに、対戦経験が浅い人はチャンスやなー」

 

 竜華は当たり前のように宮永さんをタイトル保持者のように話しているが、現在牌王位を手中にしているのは三尋木さんである。

 三尋木さんが宮永さんに、負けるのを既定路線として見ているあたり、竜華の宮永さんへの評価は、とても高いのだろうと怜は推測した。

 

 第二半荘がはじまると、幸先よく宮永照が先制和了したがどうも様子がおかしい。打牌選択や牌捌きが安定しない。らしくない闘牌が続いている。

 危なっかしいなと怜は思いながら見ていると、三尋木さんに跳満を放銃した。

 

「なんか、チャンピオンおかしくあらへん?」

 

「たしかに怜の言う通り様子が変やな。どうしたんやろ? トップになって守りに入ってしまったんかな?」

 

 竜華も少し不思議そうな顔をしている。

 その後も宮永照はつまらないミスを連発して、大きく点棒を失った。何がつまずく要因があったのか、怜にはよくわからなかった。竜華の言うようにリードしたプレッシャーなのだろうか?

 第1半荘は制したのだから、結果が悪くなるまで同じ闘牌をすれば良いのに、宮永照は変に牌を掻き回して、不自然な流れを作ろうとしているようにも見えた。

 

「なんか良くわからへんな、この試合」

 

第56回牌王戦 1日目

第2半荘 終了

宮永 咲   79600

三尋木 咏  56700

鶴田 姫子  36300

宮永 照   27400

 

宮永 咲  +50

宮永 照  +26

三尋木 咏 −29

鶴田 姫子 −50

 

 いつのまにか、宮永さんが逆転している。  

 他の選手がトップに立っても小さなミスから崩れて、宮永さんに逆転されてしまう。タイトル戦でよく見る光景だ。

 

「これ、宮永さん(照)悔しいやろなあ……まだ最終半荘あるから踏ん張りどころやなー」

 

「いや、もう無理やろ」

 

 竜華はそう言っているが、一度逆転されてしまった宮永照が、最終半荘でトップに立てるとは思えない。

 休憩時間。プリンアラモードをおいしそうに頬張る宮永さんとは対照的に、宮永照は虚な瞳でアイスクリームをスプーンで突っついていた。

 妹より優れた姉など存在しない。

 そんな麻雀界の都市伝説を証明するような試合展開に、怜は少しだけ宮永照に同情した。

 それにしても、プリンアラモードおいしそうやな……

 

「うちもおやつ食べたいで!」

 

「んーアイス食べたばっかりな気もするけど、頼みたいなら頼んでや。夕食少し遅らせるから」

 

 竜華からホテルの冊子を受け取り、ルームサービスを選んでいると、マッサージが目に止まった。45分で8000円となかなかのお値段だが、卓球をして今日はかなり疲れたので、少し贅沢しても良いような気がする。

 

「なー竜華、このマッサージってやつ使って良い?」

 

「駄目やで」

 

「え?」

 

 予想外の返事に怜は驚いて、少し戸惑ってしまった。竜華の顔も怖いし、なにが地雷だったのかわからない。

 怜がおどおどと顔をあげて竜華の方を見ると、怒った竜華に睨み付けられた。

 

「うち以外の女に肩や背中の肌を見せるとか、それもう実質浮気やん。ありえへんわ。 怜は浮気したいんか?」

 

「そ、そんなことあらへん」

 

——な、なんでそんな話になるんや……うちマッサージしてもらいたかっただけや。

 

 竜華の独占欲の強さと、どこに人生を終わらせられる地雷が埋まっているのか、わからないことに怜は恐怖した。できるだけ、穏便に絶対に地雷を踏むことがないように、怜は竜華の問いかけに慎重に回答する。

 

「それは良かったわあ♪ じゃ、うちがマッサージしてあげるね」

 

「うん」

 

「卓球したから足とか疲れてない? 大丈夫?」

 

「うん」

 

「今日は頑張ってたしなー。座ってやるよりも寝転んで貰った方がやりやすいから……あ、畳の上でええかな?」

 

「うん」

 

「あ、でも畳だと少し固いし下に座布団敷いた方がええやん?」

 

「うん」

 

 怜が答えると、竜華は部屋の座布団を集めて二枚重ねにして、敷布団のようにしてくれた。バスタオルで枕まで作ってくれたあたり、芸が細かいなと怜は思った。

 

「じゃ、こっちきてやー」

 

「うん」

 



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第62話 所属チーム一覧表②

また登場キャラクターが増えてきたので、一覧表を更新しました。
参考にしていただければと思いますm(_ _)m
次話は予定通りなら、ドラフト会議にしようと思います。


・エミネンシア神戸

清水谷 竜華   守護神

椿野 美幸    先鋒

加治木 ゆみ   先鋒

片岡 優希    PG

荒川 憩

野依 理沙

銘狩さん

 

・横浜ロードスターズ

愛宕 雅枝   (監督)

宮永 咲     守護神

メガン・ダヴァン 先鋒

江口 セーラ   先鋒

弘世 菫     先鋒

薄墨 初美    PG

岩館 揺杏

末原 恭子

霜崎 絃

小走 やえ

 

・佐久フェレッターズ

赤土 晴絵    先鋒

辻垣内 智葉   先鋒

上埜 久     PG

獅子原 爽

愛宕 洋榎

宇野沢 栞

 

・ハートビーツ大宮

瑞原 はやり   (監督)

松実 玄     守護神

白水 哩     先鋒

愛宕 絹恵    先鋒

大星 淡     PG

福路 美穂子

渡辺 琉音    

 

・松山フロティーラ

アレクサンドラ・ヴィントハイム(監督)

姉帯 豊音    守護神

戒能 良子    先鋒

友清 朱里    先鋒

天江 衣     PG

臼沢 塞

鶴田 姫子

雀明華  

 

・恵比寿ウイニングラビッツ

藤白 七実    守護神

花田 煌     先鋒

三尋木 咏    PG

宮永 照     PG

小瀬川 白望 

新子 憧

 

 

 

・選手紹介

宮永 咲   昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

1勝0敗24S

昨年度は名人位を奪取し小鍛治健夜以来9年ぶりとなる鳳凰名人に、日本麻雀界の至宝はさらなる輝きを増す

主な獲得タイトル

新人王、セーブ王(1回)、最優秀雀士賞(2回)、敢闘賞(1回)、ゴールデンハンド(3回)、個人戦1位(1回)、名人位(1期)、鳳凰位(2期)、雀聖位(3期)、山紫水明(2期)、十段(1期)、日本放送杯優勝(3回)、学生国際麻雀大会MVP、インターハイ個人二年連続優勝、国民麻雀大会プロの部、ジュニアA、ジュニアB、優勝 など

 

三尋木 咏   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 2位

妙香寺→横浜→恵比寿

18勝3敗7H

主な獲得タイトル

首位打点王(5回)、最多勝(3回)、最優秀雀士賞(1回)、ゴールデンハンド(6回)、敢闘賞(3回)、名人位(3期)、牌王位(7期)、山紫水明(2期)、名将位(1期)、日本放送杯優勝 など

 

松実 玄    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 3位

阿知賀→大宮

6勝9敗16S 最優秀防御率(1回)

得失点差に優れた大宮の守護神。その闘牌は

まるで終盤のファンタジスタ。

 

天江 衣    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 5位

龍門渕→松山

21勝4敗0S

首位打点王(2回)、最多勝(1回)、敢闘賞(1回)、山紫水明(1期)

日本麻雀界を代表するポイントゲッター、今年は守護神姉帯との身長差70cmコンビで優勝を狙う

 

姉帯 豊音   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 6位

宮守→松山

4勝6敗22S

新人王 最優秀防御率(1回)

国民麻雀大会プロの部優勝(1回) 敢闘賞など

 

清水谷 竜華  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 14位

千里山→エミネンシア神戸

4勝3敗31H

昨年度は53試合に登板と飛躍の年となった。クールな闘牌でチームを勝利に導く。

 

江口 セーラ  昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 18位

千里山→横浜

3勝15敗0H

昨年度は勝ち星に恵まれてないながらも、先鋒ローテーションを守り続けた。その火力は横浜の重戦車

 

片岡 優希   昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 23位

清澄→風越→エミネンシア神戸

6勝4敗2H

東風で力を発揮する神戸のポイントゲッター、ロングリリーフが今後の課題か

 

加治木 ゆみ  昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 24位

鶴賀→伊稲大→神戸

8勝14敗0H

六大学のプリンスは先鋒ローテションの一角に、新人王を獲得し更なる飛躍が期待される。

新人王、敢闘賞(1回)

 

小瀬川 白望  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 26位

宮守→恵比寿

5勝3敗10H

火力とバランスの良い打ち筋に定評のある、男装の麗人

 

愛宕 洋榎  前年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 32位

姫松→佐久

2勝6敗22H

佐久フェレッターズのセットアッパー。抜群の安定感と高い守備力が売り。

 

獅子原 爽   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 41位

有珠山→立直大→佐久

3勝2敗5H4S

ルーキーながらも昨年度は起用法を固定しない変幻自在のトリックスターとして活躍。

 

弘世 菫    昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 51位

白糸台→家慶大→横浜

2勝7敗0H

六大学麻雀で活躍し実質ドラフト1位で横浜に入団、ルーキーながらも先鋒で起用され今後の飛躍が期待される。

 

新子 憧  

ドラフト4位  前年個人戦順位 61位

阿知賀→恵比寿

0勝3敗8H

鳴きを活かした最速の闘牌で、チームの勝利に貢献する技巧派雀士

 

愛宕 絹恵   昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 67位

姫松→大宮

2勝6敗3H

昨年度途中に先鋒転向。堅実な指し回しでローテション奪取を狙う。愛宕洋榎(佐久)は実姉。

 



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第63話 波乱のドラフト会議と人生を弄ばれた女 前編

 11月。プロ麻雀オフシーズン最大のイベントが開催される。

 

 プロ麻雀ドラフト会議である。

 

 正式名称、プロ麻雀トップリーグ新人選手選択会議は6雀団の戦力を均衡させることを目的として、19XX年から実施されている。各チーム5名まで選手を指名することができるので、年最大30名のプロ麻雀選手が新たに誕生する。

 また、指名順位ごとに、年俸上限と契約金の金額も指定されており、今年のドラフト1位の契約金は、例年通り1億5000万円だ。

 

「今年のドラフトは不作って聞いてたけど、やっぱ楽しみやなあ」

 

 怜はドラフト会議がはじまるのを、ソファーに座ってわくわくしながら待ち構えていた。

 今年の注目選手は、大学生や社会人が多く知り合いが指名されることが予想される。なにかの間違いで、芦屋さんとか選ばれへんかなと怜は期待していた。

 

「あとは、ほんまに亦野さんが一位指名されるのかも気になるし……高校時代知ってると考えられへんけど」

 

 昔見たスポーツ番組で亦野さんと原村さんが注目選手だと、言っていたような気がするので、この2人の動向に注目しようと怜は思った。あとはふなQは、対木さんも上位指名は間違い無いと言っていた。

 

「ついでに、泉の動向もあるし……最後まで観てあげるか」

 

 泉は、高校時代に指名漏れを経験している。指名される当落線上にいたから、仕方がないとはいえ可哀想だった。それから4年がたってまた当落線上にいるので、当時のスカウトの目は、正しかったのかもしれないが……

 

「まあ秋に頑張ってたしな、いけるやろ」

 

 半分願望まじりにそう呟いてから、怜はタブレットを起動し、掲示板を見ることにした。今日は竜華はエミネンシア神戸の選手代表として、ドラフト会議に参加するため東京へ行ってしまっている。一人で観るのは少し寂しい。

 

【即戦力】ドラフト会議実況27

211名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

神戸は対木さんで間違いないかな?

 

239名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi8mrza

>>211

いや、流石に亦野いくだろ

というか亦野いってくれ、ハズレでも文句言わんから

 

260名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emirwjzg

>>211

亦野回避して、対木や原村いって競合するのだけは避けたたい

 

265名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi34mrw

玄ちゃんと天江を回避して、赤土晴絵にいって競合してハズす雀団があるらしい

 

290名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi9mrwa

>>265

せめて荒川じゃなくて花田とってればなあ

 

301名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:hearwazg

>>290

うちも玄ちゃんじゃなくて花田が良かったで

ちな大宮

 

320名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrwa0

>>301

さすがに草

 

 守護神にまで成長したのに、自チームのファンから花田のほうが良かったとイジられる玄ちゃんを肴にしながら、怜はジャスミンティーを飲み始めた。竜華が出かける前に作ってくれた。華やかな香りがして、なかなかおいしい。

 タブレットを眺めていると、各チームとも1巡目の選択希望選手の提出が終わり、ドラフト会議の司会を務める三科アナウンサーのとてもよく通る声が響いてきた。普段の実況の際の冷静な声と違って、情感たっぷりに読み上げるので、怜はこの声が芝居がかっていてあまり好きではない。しかし、風物詩なので好きな人は好きなのだろう。

 

『それでは、各雀団の第1巡選択希望選手を読み上げて参りたいと思います』

 

第1巡選択希望選手

横浜ロードスターズ

亦野 誠子

先鋒 帝国新薬

 

第1巡選択希望選手

佐久フェレッターズ

安福 莉子

大将 同聖社大学

 

第1巡選択希望選手

エミネンシア神戸

対木 もこ

先鋒 立直大学

 

第1巡選択希望選手

ハートビーツ大宮

亦野 誠子

先鋒 帝国新薬

 

第1巡選択希望選手

恵比寿ウイニングラビッツ

安福 莉子

大将 同聖社大学

 

第1巡選択希望選手

松山フロティーラ

安福 莉子

大将 同聖社大学

 

 松山フロティーラの指名選手が終わったところで、会場から大きな歓声が上がった。

 帝国新薬の亦野さんが2雀団、同聖社大学の安福さんが3雀団からの指名を受けた。

 

「やっぱ神戸は対木さんだったかーうちの読みもなかなか冴えてるやん!」

 

【不作】ドラフト会議実況29

96名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

当たったで(((o(*゚▽゚*)o)))

 

>> 211名前:名無し:20XX/11/5(木)

>> ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>> 神戸は対木さんで間違いないかな?

 

205名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emirwazg

>>96

やるやんけ

 

222名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rwag

競合はやめてくれ

 

301名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:matrmazg

まさかの安福が3雀団wwwwww

 

320名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rmazg

>>301

いうほどまさかか? 例年でもドラ1レベルの選手やろ

個人的には亦野いってほしかったけど

 

335名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokrwa4r

原村とかいう学歴とおもちだけの女

指名、なしw

 

320名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebirmazg

>>335

みんな勝つためにやってるからね、しょうがないね

 

「亦野さんはあの亦野さんだからええとして……安福莉子って誰やねん。泉と同い年なのに、インターハイ出てないからわからへん」

 

 怜はそう呟いてから、安福さんの情報をインターネットで検索する。

 同聖社は関西最強の大学として名高いが、怜は関西人のくせに大学麻雀は、東京麻雀6大学リーグしかないと思っているため関西の情勢に疎い。同聖社は、麻雀強豪校ではなく二条泉さんが進学を拒否した学校として、怜の中では名高い学校であった。泉に拒否されるくらいだから雑魚に違いない。

 

アマチュア麻雀ドットコム

劔谷高校→同聖社大学

安福莉子

4年次春 0勝1敗5S

4年次秋 0勝0敗8S

寸評

安定感と支配的な闘牌が持ち味の大学麻雀界最高の守護神。高校インターハイ出場経験あり。

1年時は慣れない雀卓と環境に苦戦する部分もあったが、3年生の春には才能が開花。無傷の7セーブをあげ、関西学生選抜でMVPを獲得した。

 

「劔谷高校って椿野さんのところやん……あれ? もしかして、ウチ闘ったことあるんちゃう?」

 

 3雀団の監督によるくじ引きが行われ、アレクサンドラ監督の手が高々とあがり、会場に歓声があがった。交渉権を獲得したのは、松山フロティーラだ。

 

「また、松山かいな……こいつらドラフト強すぎやろ、全勝やんけ」

 

 ドラフト会場の控え室で待機していた安福さんが、報道陣のインタビューに答えている様子が映し出された。なんとなく顔を見たことがあるような気もするので、たぶん対戦してるんやろなと怜は思った。今度竜華に聞いてみよう。

 松山の代表選手の姉帯さんからチームタオルを肩にかけられて、2人仲良く写真を撮られている姿を見て怜は、少しほっこりした。

 

『それでは続きまして……帝国新薬亦野誠子選手の抽選を始めさせていただきます。両監督は壇上へお上がりください』

 

 やや緊張気味の横浜ロードスターズの愛宕監督とは対照的に、大宮の瑞原監督はカメラに手を振りながら壇上へ登った。

 透明なアクリル板の中に入った2通の封筒。

 愛宕監督、瑞原監督ともに左手で封筒を掴み取った。

 

『それでは、開けてください』

 

 三科アナの声が響き、両監督は開封を始める。

 瑞原監督の両腕が高々と上がり、大きなガッツポーズが披露されると、会場から歓声と大きな拍手が湧き上がった。交渉権を獲得したのは、ハートビーツ大宮だ。

 その様子を見て愛宕監督は頭を抱えてから、何度か自分を納得させるように頷いて封筒をアシスタントの女性に手渡した。

 

——それでは、交渉権を引き当てました大宮、瑞原はやり監督です。おめでとうございます。

 

『はややーありがとうございます。本当に良かったよー』

 

——1位指名を早々と公言して、2チーム競合の抽選という形になりました。2分の1でした。どんな気持ちでした?

 

『いやードキドキしたよー』

 

——見てからのガッツポーズ、早かったですね

 

『うん、あれね! 一番先に開いてやろうと思ってて、そんな気概で臨んだのが良かったのかも⭐︎』

 

——それでは、監督の方から控え室にいる亦野誠子選手になにか一言

 

『白糸台で一緒だった淡ちゃんも、渋谷さんもいます。大宮はとても良いチームで、すぐに馴染めると思います。一緒に大宮でプレーしましょう!』

 

——ありがとうございました。おめでとうございます。

 

 瑞原監督のインタビューの間、テレビ画面の左上に映っている控え室の亦野さんも、1位指名が決まってホッとしているようだった。下位でしか指名されずに、社会人リーグへ進むことになってしまった過去を払拭し、新たな決意を内に秘めた素敵な笑顔だ。

 

「亦野さん良かったなあ、頑張ってや」

 

 怜は、亦野さんに激励の言葉をかける。戦犯とかアレ呼ばわりしていても、知り合いが指名されるのはやはり嬉しいものである。

 残る1位指名は、くじ引きを外してしまった横浜、佐久、恵比寿の3チームだ。原村さんもまだ残っているし、外れ1位指名でも競合があるかもしれない。3チームとも、選択決定までに、長い時間がかかることが予想された。

 カメラが控え室にいる亦野さんに、切り替わりインタビューが始まった。

 

——亦野選手、ドラフト1位指名。おめでとうございます。

 

『はい、ありがとうございます』

 

——大宮に決まりましたが。今のお気持ちを教えてください。

 

『そうですね、素晴らしいチームにとってもらえたことはとても嬉しいです。白糸台高校の2人と、また肩を並べて麻雀ができるのを楽しみにしています』

 

 終始笑顔の亦野さんにインタビューが続けられるなか、唐突に画面が切り替わった。ドラフト会場に登壇している1人の中年の女性が映し出された。

 

「なんや、このおばさん……」

 

 亦野さんのインタビューが中断されてしまったことに、怜は不快感を覚えながらもテレビ画面を見つめる。

 

『プロ麻雀ドラフト会議をお送りしております。えーただいまのくじ引きで当たりくじを引きましたのは、横浜雀団でございます。確認のミスがございました。誠に申し訳ございませんでした。当たりくじは横浜雀団でございます。』

 

 

【亦野大宮】ドラフト会議実況60

343名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:hearw8dz

は?

 

360名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

は?

 

411名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rdjz

は?

 

573名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokmrzjw

どういうこと?

 

603名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebirmazg

見間違えてガッツポーズするやつwwwwwwwwwwwwwwww

 

680名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok0mrwa

なんかよくわからんけど

亦野貰ってええんか?

 

830名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrwaw

>>680

ええで

 

843名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:heamrwaz

え? これ亦野駄目なん

どういうこと?

 

923名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:matmrzaz

最速でガッツポーズしたら、交渉権獲得出来そうになるとかあるんですかね……

 

【波乱】ドラフト会議実況61

36名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebirwagg

白紙クジ最速ガッツポーズネキwwwwww

 

106名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6wrwa

は? マジで亦野横浜なん?

ありえないやろ、死ねや

 

206名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokmiwai

なんで愛宕は指摘しないんや?

 

276名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mrwa

>>206

指摘したから、訂正されたんやろ?

 

305名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrwaw

愛宕監督これ確認してなくね?

開封してない

 

511名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokmriwa

開封してないwwwwwwwwwwwww

無能すぎて笑う

 

711名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrzawg

ガッツポーズで威圧して、相手に封筒の中身を確認させないスタイルwwww

コントかな?

 

736名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emivvrim

>>711

なお、成功しかけた模様

 

 ドラフト会場が騒然となりブーイングが巻き起こるなか、カメラが亦野さんの方に切り替わった。

 インタビューしている記者とは、別の記者が言いづらそうに亦野選手に声をかけた。

 

——見間違えていたようで、実は交渉権を獲得したのは、大宮ではなく横浜だったようです。

 

『え?』

 

 はじめは、なにを言っているのかわからないという顔をしていた亦野さんだったが、みるみる顔が青ざめていった。

 先ほどまで亦野さんは、満面の笑みを浮かべていたのに、一転この世の終わりのような顔を披露する。一瞬のうちに絶望を叩きつけられ、満開の笑顔の華が萎びていく様子を怜は久しぶりに見た。

 無言のまま目をパチパチとさせ続ける亦野さんの様子が、しばらくお茶の間に提供された。

 その沈黙を打ち破るかのように、控え室のドアが勢いよく開けられて、長身の美女が無邪気な笑みを浮かべて入室してきた。

 今年の横浜ロードスターズの代表選手を務める弘世さんだ。

 

『亦野! プロ入りおめでとう!』

 

 弘世さんは本当に嬉しそうに亦野さんの両肩に、ブルーのチームタオルをかける。半ば放心状態の亦野さんの目から、更に光が失われたように見えたのは、怜の気のせいだろうか。

 

『あ……弘世先輩、お久しぶりです』

 

『久しぶり、また同じチームで麻雀ができるとは思ってなかったよ。本当に良かった。一緒に頑張ろうな』

 

 そう言ってから弘世さんは、亦野さんと両手でグータッチを決める。カメラのフラッシュが一斉に切られるが、両者の表情の落差が激しすぎて、記事に使えるのか疑問である。

 

『わからないことがあったら、なんでも相談してくれよ』

 

『……はい、ありがとうございます』

 

『ん? どうしたんだ元気がないな。あ、報道陣の前だからか。こういう場面では、泣いても良いんだぞ! 恥ずかしいことじゃない。念願のプロ入りで、しかもドラフト1位。すごいじゃないか!』

 

 弘世さんは、亦野さんが報道陣の前で嬉し涙を流すのを恥ずかしがっていると、勘違いしている。元気がない理由は全く別のところにあるのだが、弘世さん本人は全く気がついていないようだった。

 弘世さんは、また後輩と一緒に麻雀ができると嬉しそうに両手で、亦野さんの肩を叩いた。

 

 弘世さんのキラキラとした笑顔と、報道陣のフラッシュに当てられて、亦野さんの両肩にかかる横浜ロードスターズのチームタオルが、青く輝いていた。

 



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第64話 波乱のドラフト会議と人生を弄ばれた女 後編

第1巡選択選手

横浜  亦野 誠子 帝国新薬 交渉権確定

佐久  【入札中】

神戸  対木 もこ 立直大  交渉権確定

大宮  【入札中】

恵比寿 【入札中】

松山  安福 莉子 同聖社大 交渉権確定

 

 波乱の展開で幕を開けたドラフト会議。

 亦野さんが土壇場で、大宮から横浜に交渉権が変更されたことによる混乱も収まり、各チームとも真剣に指名候補を検討している。

 

「横浜と神戸は、補強ポイントを押さえとるな……松山は、世代No. 1の安福さんをとれて満足ってとこやろか?」

 

 怜は、テレビに映るすでに交渉権が確定した選手の一覧を見てそう呟いた。

 

 亦野さんは鳴きを生かしたスピード型の雀士として定評があり、リリーフとして即戦力が期待できる。横浜の最大の弱点は、中継ぎにあると怜は思っているので、亦野さんを獲得できたことは大きい。

 プロでそのまま通用するのかは不明だが、対木さんも6大学リーグでは、他家を蹂躙する圧倒的な火力を誇った怪物だ。神戸の貧弱なポイントゲッター陣を補強するには、ぴったりの逸材といえる。

 

【ガッツポ】ドラフト会議実況89

205名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok8mrzj

なにはともあれ亦野とれて良かったわ

 

215名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakiirld

神戸の一本釣りええな

 

220名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

佐久は守護神いないから、先鋒とらなそう

 

236名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:dmimrwaw

>>220

いうて一年目から、守護神なんて選手ほとんどおらんやろ

無難に先鋒とってコンバートさせてもええんちゃう?

 

280名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat6rmaw

>>236

姉帯・宮永「せやな」

 

330名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokrwawg

>>280

高卒一年目から守護神は当たり前という風潮

 

401名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6wrwa

やっぱ宮永世代って神だわ

 

486名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emirmazg

その宮永世代で最高の守護神候補と言われた女の子はどこにいるんですかね……

 

501名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwarr

>>486

この前、インターハイ会場のカメラに映り込んでたで

まだ麻雀続けてるんやな

 

511名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebia3mrza

>>501

ひえっ…

 

520名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emirwawj

勝ったと認識してなくて、まだインターハイで戦い続けてる説、ほんときらい

 

563名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak0mrza

ここまでの指名も宮永世代の人ばっかりだし、この世代は異常

はっきりわかんだね

 

 

「ええ加減長すぎやろ……亦野さん確定してから、もう20分くらいたってるわ」

 

 ドラフト会議は、お祭りのような和やかな雰囲気で進行されるものの、やっていることは、各雀団編成部の戦争である。

 ドラフト指名される選手で、無名の選手や隠し球などいない。他チームの補強ポイントや指名選手を地道に分析して、指名順位を調整していく必要がある。

 会場内に座ってクジを引く監督とコーチ陣は、マスコットに過ぎない。ひっきりなしに会場のテーブルと、各雀団の控え室を繋ぐ伝令が走り回っている。

 しかし、ドラフト1巡目は地上波4番組で生放送されていることもあり、麻雀にあまり興味がない人も多く見ている。時間のかけすぎは、興行的に良いとは言えない。

 

「2巡目以降はこのペースでもええけど……1巡目くらいスパッと決めろや! ウチは忙しいんや!」

 

 怜のイライラが溜まってきたタイミングで、三科アナの無駄に良い声が会場に響き渡り、各チームの指名選手が発表される。なお、怜の今日の1日の予定は、ドラフト中継を最後まで見ることだけである。

 

『各雀団出揃いました。それでは、2回目の第1巡選択希望選手の発表を行いたいと思います』

 

第1巡選択希望選手

佐久フェレッターズ

高鴨 穏乃

大将 奈良学院大学

 

第1巡選択希望選手

ハートビーツ大宮

真屋 由暉子

先鋒 東北服飾大学

 

第1巡選択希望選手

恵比寿ウイニングラビッツ

真屋 由暉子

先鋒 東北服飾大学

 

「高鴨さんやん! 指名されるの早いな佐久かあ……赤土さんと一緒やな。あとは有珠山の左手の人かー」

 

——高鴨さんは最近めっきり名前を聞かなくなったけど、麻雀続けてたんやな。単独指名やから佐久で確定か。

 

「真屋さんも良い選手やけど、大宮も恵比寿もポイントゲッターは揃ってるから、なんで指名したのかは謎やな。他に欲しい選手がいなかったんかな?」

 

 各チームの指名に怜は少し疑問を抱いた。先鋒の亦野さんを指名していた大宮はともかく、安福さん指名してた恵比寿は、高鴨さんの方に行っても良かったのになと怜は思った。

 もしかしたら、佐久以外の各チームの高鴨さんへの評価が低いのかもしれない。

 

「阿知賀女子は3人目のプロか……って有珠山も岩館さんおるから3人目やん!」

 

 母校である千里山高校メンバーからは、竜華とセーラの2人しかプロ入りしていないので、格差社会を見せつけられた気分である。亦野さんの出身の白糸台高校などメンバー全員がプロ入りしている。

 

「白糸台と宮守に負けるのはともかく、有珠山や阿知賀に負けるのはあかん……泉! なんとしてもプロ入りするんや!」

 

 スマホの写真フォルダに適当に保管されていた、柿の葉寿司を頬張ってニヤけた顔を晒している泉の写真に、怜は激励の言葉をかける。しかし、顔を眺めているとだんだん不安になってきたので、西芝技研で頑張っている芦野さんに期待を寄せることにした。

 実力はともかくとして顔面的には、泉よりも芦野さんのほうがプロ入りできそうな気がする。

 

 ドラフト会議で伝説を作った、ガッツポーズをする生き恥こと瑞原はやり監督が、再び壇上に現れると会場は緊張感に包まれ、掲示板からは大きな歓声が湧き上がった。

 くじを引いた大宮、恵比寿の両監督は入念にくじの表裏を確認し、控えめな恵比寿の監督のガッツポーズで決着した。

 真屋由暉子はオレンジのチームタオル。恵比寿ウイニングラビッツが交渉権を獲得した。

 

第1巡選択選手

横浜  亦野 誠子 帝国新薬 交渉権確定

佐久  高鴨 穏乃 奈良学大 交渉権確定

神戸  対木 もこ 立直大  交渉権確定

大宮  【入札中】

恵比寿 真屋由暉子 服飾大  交渉権確定  

松山  安福 莉子 同聖社大 交渉権確定

 

 すっかり意気消沈してしまった瑞原監督(34)は、フリフリの衣装が小さく見えるくらい背中を丸めて自席に座っている。怜も見ていてちょっと心が痛くなってきた。

 

【恵比寿】ドラフト会議実況91【真屋】

119名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emiagj6

生き恥ガッツポーズおばさん可哀想

 

130名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:hearadgw

いじけて髪いじってて草生える

 

172名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea0mrwa

表をよく確認するのはいいとして裏までめっちゃ見るのほんと草

 

201名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3mrwa

>>172

あぶり出しやぞ

 

 真屋さんを外したあとの大宮の対応は素早く、あまり時間をおかずに用意していた選手の名前が三科アナウンサーから発表された。

 

『最後の第1巡選択希望選手を発表いたします』

 

第1巡選択希望選手

ハートビーツ大宮

原村 和

先鋒 帝都大学

 

 原村さんの名前が出た途端、会場から大きな歓声が上がった。アイドルばりの容姿と日本最高峰の大学出身ということで、彼女へのマスコミの関心は非常に高い。

 勉強では敵なしの帝都大学だが、6大学リーグでの成績は悲惨である。勝って当たり前なので、他の5大学が絶対に負けられないと、プレッシャーを感じるくらいには弱かった。

 そんな帝都大の絶対的なエースが原村和である。

 4年の春には7戦登板して2勝1敗と同校の歴代先鋒のなかで、46年ぶりとなる最多勝タイの記録を樹立し話題となった。

 

「まあ……原村さんも麻雀の実力とは関係ないところで、評価されて可哀想やな」

 

【原村さん】ドラフト会議実況99

119名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea9rmaz

外れ外れ1位で原村さんとれるなら悪くないやん!

 

196名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

実際、原村さんどうなんや?

普通にプロとして通用しそうなんか?

 

211名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6drwa

>>196

しない(確信)

 

230名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:heamrwa0

>>196

ドラフト2位や3位あたりで、拾われそうな力は感じる

 

283名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakegmag

>>196

典型的なウホウホ立直マン

横浜の江口が一番タイプ的には1番近いが、愚形が多く手役をつくらないから火力が低い

そのぶん、形式聴牌得意だったり、ベタオリが丁寧だったりする

 

301名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>283

火力ないセーラとかただの雑魚やんけ!

 

330名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:matrma3m

>>283

丁寧な解説風の罵声すき

 

363名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebijmgw

高学歴雀士ほど、面前で立直するだけの頭の悪そうな麻雀になっていくの本当に草

 

380名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3mrwa

>>363

最速で聴牌する→リーチする→相手は死ぬ

 

404名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emitj3mw

面前主体で立直していく麻雀が1番簡単で強いからね

しょうがないね

 

420名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:heagmlga

カンチャンから愚形先制リーチかけていくときの原村のチンパンジー感ほんとすき

 

433名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:matadg3m

この人本当にデジタルなんですかね……

 

第1巡選択選手 

横浜  亦野 誠子 帝国新薬 交渉権確定

佐久  高鴨 穏乃 奈良学大 交渉権確定

神戸  対木 もこ 立直大  交渉権確定

大宮  原村 和  帝都大  交渉権確定

恵比寿 真屋由暉子 服飾大  交渉権確定  

松山  安福 莉子 同聖社大 交渉権確定

 

「んー今年は、やっぱり注目選手がおらへんなあ……とりあえず1巡目終わったし、竜華の作ってくれた晩ごはんはやめに食べながら、見よかな」

 

 竜華の作ってくれた温野菜とシチューを温めなおしてから、怜はダイニングテーブルに座って食べ始めた。なかなかおいしい。

 

「なんかもう3時間くらい経ってるけど、まだ2巡目入ったばっかりやし……これ結構長丁場になりそうやなあ……」

 

「泉…………もう見るの飽きてきたから、チャンネル変えてもええやろか?」

 

 ずっと代わり映えしないテーブル席が映し出され続けるだね絵面に、怜は飽きてしまった。ドラフト会議の裏で放送されている、昨年度の再放送のプロ麻雀好プレー珍プレー集のほうが、見ていてよっぽど面白いだろう。

 なぜ、絶対に泉が指名されることのない上位指名を一から見ていなくてはならないのか。

 葛藤が怜の中に芽生えたが、幼馴染の後輩の晴れ舞台になるかもしれないので、すんでのところで思いとどまった。

 

 食べ終わったあとの満腹感からくる眠気と怜は、何度も何度も戦い続けた。

 だんだんと時間の感覚もなくなって、ソファーに寝転んでぼんやりとテレビを眺めていると、もう外が真っ暗になっていることに怜は気がついた。

 夕方から始まったドラフト会議も終盤戦だ。時間の流れは早い。

 

 窓の外では、煌々と輝くお月様が夜空を照らしている。

 

第4巡選択希望選手

エミネンシア神戸

二条 泉

先鋒 明明大学

 

「ん……これ! 泉やん! 神戸来るんか! やった!!! おめでとう!」

 

 テレビ画面が切り替わり、明明大学の講堂で、大学のチームメイトとOGの福路プロに囲まれた泉が、嬉し涙をボロボロと流している様子が映し出される。

 だんだんと視界が滲むのを怜は感じたので、怜はテレビ画面をあまり直視しないようにしながら視聴を続ける。

 

——二条選手、プロ入りおめでとうございます。

 

『あ、ありがとうございます……嬉しいです、本当に……本当に嬉しい』

 

 感極まって涙声になってインタビューに答える泉に、怜はもう少しシャキッとせーやと言いたかったが、変な嗚咽が出そうだったので途中で言うのをやめた。

 

——高校では指名漏れ、しかし大学では明明大学のエースとしてプロ入りを勝ち取りました。どんなお気持ちでしょう?

 

『ええ、高校の時は悔しかったです……でもその時は泣きませんでした、大学に行って見返してやるんだと思っていました。今は泣いています。でも、泣くのは今日だけです』

 

——エミネンシア神戸で尊敬している選手はいますか?

 

『え?……そうですね……神戸だと……野依プロですね。守備的な闘牌のなかにも攻めの存在感があって……とても参考になる打ち手だと思います』

 

 泉がそう答えた途端、ドラフト会場にいる神戸の代表選手の清水谷竜華プロにカメラが切り替わった。後輩のプロ入りをニコニコ笑顔で祝福しているが、一切目が笑っていない。

 

【4巡目】ドラフト会議実況131

203名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emipgjwa

あっ…

 

208名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rmaz

やってしまいましたなあ

 

216名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emigj3mr

カメラの動き悪意ありすぎて草

 

234名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emirmjzg

泣くのは今日だけです()

これは初日から泣かされるやろ……

 

260名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emip3mgw

清水谷「ん? うちの麻雀は参考にならへんの?」

 

278名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak0rmjz

守護神で高校の先輩で1番厳しい先輩の名前を忘れるなんてことあるんですかね……

 

290名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emirmazg

神戸の清水谷竜華プロと清水谷ちゃんねるの竜華ちゃんは別人

 

309名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emij67mr

まーた片岡の再来か

 

320名前:名無し:20XX/11/5(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0egma

これは教育やろなあ

 

 自分の失言に気づかず、無邪気にプロ入りを喜ぶ泉の姿に、どこか既視感を抱きながら怜は思った。

 

「泉……そういうところがあかんねん」

 



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第65話 名伯楽と土下座する女

 赤土晴絵のプロ入りを見届けた私は、ある種の燃え尽き症候群に陥っていた。

 

 プロ入り後すぐにタイトルを獲得するほどの才能を持つ金剛石が、屑鉄場に落ちていたのだ。口を開けば言い訳ばかりするアレを、また日の当たる世界に連れ出しただけでも、麻雀界は私に感謝するべきだと思う。

 晴絵は博多エバーグリーンズ時代から、手のかかる選手だったが、やっとプロ入りして手が離れた。安心したのと同時に強い喪失感を覚える。ダメな教え子ほど可愛いという言葉は、真実なのだと私は身をもって教えられた。

 

「まったく……我ながら子離れできないババアみたいだねぇ…………晴絵の代わりに牌譜が輝いていたあの子を育成しようだなんて」

 

 車のハンドルを切りながら、私はそう毒づいた。

 高校麻雀は残念だった。宮守女子高校は、素晴らしい才能を持った、純粋で素直な女の子が揃っていたのに、結果はベスト16。周囲は褒めてくれていたが、私からすれば恥でしかない。全て私の責任だ。彼女たちへの懺悔も込めて、プロ雀団との交渉は入念にやった。豊音とシロにはなにもしてやれなかったが、塞だけは少しは指名順位に貢献することが出来た。

 

 私と彼女たちは、年齢が離れすぎている。高校の監督には、私のような捻くれたババアよりも、晴絵のような一緒に前に進むタイプの方が結果がでるのだろう。

 晴絵は、阿知賀が勝っても負けても、自分のことのように大泣きしていた。私は、宮守女子の敗退が決まった時に泣くことはなかった。それどころか、世界戦とドラフト会議のことが、すぐに頭によぎった。感傷に浸る時間などいらない、指導者とはそういうものだ。常に冷静に……しかし、今にして思えば、そこが阿知賀と宮守女子の結果を分けた。苦い思い出だ。

 

 そんな宮守女子の面子がプロ入りするのを見届けた後、私は社会人麻雀の強豪DS石油の監督に就任した。

 

 DS石油は、強豪と言われながらも都市対抗麻雀では、長いこと優勝出来ず、ドラフトにかかる選手もほとんどいないそんなチームだった。

 社業があるため将来の不安が少なく、毎月ちゃんと給料も支給される。社会人麻雀特有のぬるま湯体質。

 監督に就任して初日、練習を視察してここは、ゴミの掃き溜めだと私は確信した。

 

 ベテランを強制的に引退させることで一掃し、チーム改革を図ったが下の世代に肝心のタレントがいない。

 幸い晴絵はとっととプロに放り込めたものの、私は将来の有力選手をDS石油に集めてくる必要があった。

 チーム勝利もそうだが、なにより才能のない人間は指導していてつまらない。それどころか、磨いても光らない原石は、指導者の才覚を鈍らせる毒物でしかない。私、熊倉トシという名伯楽は、本物だけを育成して過ごせばいいのだ。

 

「ここの曲がり角を左か……んービルばっかりでなかなかわかりにくいねぇ」

 

 目的地は東京の赤坂の外れにある高層マンションの一室だ。外れと言っても高いビルが立ち並んでいるので、どの建物なのか分かりにくい。その上、大通りから一本入ると車道は狭く、駐車場も少ないときた。これだから都会は嫌なんだ。

 

 プロにならなかった麻雀の上手い不良少女の居場所など雀荘にしかない。そこで少し勝って調子をつけたガキの目星をつけるのは、私の十八番となっていた。ピン東風に満足出来ず、効率的に稼ぐためレートが高いところへ高いところへと煙のように昇っていく。馬鹿と煙は高いところへ上がるとはよく言ったものだ。

 

 道に迷いながらもしばらく車を走らせると、なんとか目的地にたどり着くことができた。デカウーピンで祝儀が5万、ビンタあり。まともな感覚をしていたら、まず入らない違法レートの麻雀が楽しめるマンションだ。

 

 地下駐車場に車を止めてから、エントランスのオートロックの呼び出しを使うと、黒服を着た若い男が下まで迎えに来てくれた。なかなかサービスが良い。

 このあたりで一番レートは高いが、レベル自体はそれほどでもないと聞いている。都市対抗の有力選手が、余裕を持って遊べるくらいだ。こんなレベルで負けるような打ち手じゃないと思いながら、黒服に案内されドアを開けると、お目当ての少女がいた。

 

「払えねえじゃねえんだよ! オラ!舐めとんのかわれえ!!!!!」

 

「す、すみません……許してください、家に帰ればお金はあるんです」

 

 見苦しい言い訳を重ねながら、ふかふかのカーペットに跪いて土下座する女。

 竹井久である。

 顔以外の部分を相当殴られた上に、彼女のおさげを三下が容赦なく足で踏むので、せっかくの可愛い顔が台無しだ。

 目には涙を浮かべているが、泣くくらいならやるなと小一時間問い詰めたい……

 

「とりあえず、今日はこれで……必ず返しますから」

 

 薄っぺらい封筒を竹井が、両手で恭しく対戦相手の女に差し出すと、女は封筒の中の札束を引っ張り出して確認した。

 

「全然足りねえよ!!!!!」

 

「すみません! すみません!」

 

 土下座している竹井の上に、万札が雪のようにはらはらと舞い落ちる。

 その、一連の様子を見て私は頭を抱えた。一応金は持ってきたが、まさか負けるとは思っていなかった。今日は、竹井へ接触する前の下見としてここに来たのだ。現状の竹井への評価を改める必要があるし、負けた金額も立て替えてやらなきゃいけない。

 

 竹井が負けたのは3人組の女のようで、年齢は20代後半くらいだろうか? コンビ打ちを隠そうとしないのもそうだが、こんな雑魚相手に竹井が負けるとは思えない。なにかイカサマでもされたのだろう。

 

「仲の良い闇金呼ぶから、それで立て替えて返せ、トイチだし真面目にお風呂屋さんで働けば墓が立つ頃には返し終わるだろ」

 

「それだけは勘弁してください……」

 

「頭が高えんだよカス」

 

 顔をあげて反論した竹井の頭が、ブーツで勢いよく踏みつけられ、無理矢理床とキスをさせられる。

 3人組のリーダー格の派手な服装の女が注射器をクルクルと手で弄びながら、竹井の鳩尾のあたりに蹴りを何度も入れた。蹴られて息ができない竹井の悲鳴が、だんだんと小さくなっていった。

 馬鹿の極みとはいえ、さすがに少し可哀想になってきたので、助け舟を出すことにした。

 

「待ちな、金は私が出すからその子を離してやんな」

 

 私が手提げカバンから雑に、札束を3束ほど取り出して雀卓の上に放り投げると、雀荘の視線が全部こちらに集まった。

 竹井を蹴るのを止めて、リーダー格の女がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 

「部外者は黙ってろ、迷惑なんだよ」

 

「金は払うと言ってるんだ、迷惑かもしれないが竹井は引き取らせて貰うよ」

 

「ふざけんな! だいたい、300万じゃ足りねえんだよ!!!」

 

——は?

 

「それなら、ババア570万払えや。それで許してやるよ、払えねえならこの300万持ってとっとと失せろ」

 

 300万でも、かなり多く出したはずだったのだ。デカウーピンの麻雀で、そんなに負けるとはにわかには信じられない。

 ふっかけてきていると思い、竹井のほうに視線を送ると、首がとれるほどの勢いでコクコク頷かれた。

 

 こいつ……本当に570負けてやがった。

 

 私は再び頭を抱え込むと、もう3束雀卓上に積んでやった。3人組は一瞬たじろぐような顔を見せた。しかし、すぐに冷静さを取り戻して札束を確認すると私に向かって捨て台詞を吐いた。

 

「とっとと失せろ!!!」

 

「ああ、そうさせてもらうよ。30は迷惑料で置いていってやる。ほら、竹井行くよ。」

 

「待って!!!」

 

 問題が決着し、部屋を出ようとしたところで、竹井から呼び止められた。まだ何かあるのか。流石に600も払ったんだ、話にすら付き合わないなんていうのは、私でも許さない。車には乗ってもらう。罵声を浴びせてやろうと思い、口を開きかけた時、竹井の口から予想外の言葉が飛び出した。

 

「お、お金もったいないじゃない? 今拾い集めるから少し待ってて!」

 

 そう言いながら、床にばら撒かれたお札を一枚一枚拾い集めている竹井の姿を見て、私はまた頭を抱えた。今日、頭を抱えたのは何回目だろうか。空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。

 竹井がお金を全て拾い集めるのを待ってから、駐車場に行き愛車のセダンに乗り込むと助手席の竹井がやっとお礼を言ってきた。

 

「いやー助かったわ! ありがとう、おばあさん。命の恩人ね。やっぱりお金ってあるところにはあるのねえ」

 

「おばあさんはやめな。私には熊倉トシって立派な名前があるんだ」

 

「トシ……やっぱり、おばあさんみたいな名前じゃない」

 

 せっかく助けてやったのに、人をババア呼ばわりする竹井久に、私は呆れ返る。

 

「あ、それより熊倉さんって麻雀関係者でしょ? ついに私にも、プロチームからのスカウトが来たってわけね」

 

「私はDS石油の監督だよ、プロチームじゃない」

 

「えー社会人麻雀かー」

 

 露骨にがっかりし始める竹井久の顔面を殴り飛ばしたくなったが、運転中なのでぐっと我慢する。

 私が麻雀関係者だと察するあたり竹井の頭は悪くはない、ただ馬鹿なだけだ。

 

「竹井、マンション麻雀で三下に負けて土下座しているような奴に、プロチームの誘いがくると思うか?」

 

「思わないわね!」

 

 そう言いながら、ゲラゲラと竹井は笑い始めた。顔に出ないので気がつかなかったが、こいつ少し酒が入っているかもしれない。

 

「ああそれと、熊倉さん。今は20歳になって竹井じゃなくて上埜だから、そこんとこよろしくね」

 

 上埜は竹井の旧姓だったはずだ。インターミドル時代の彼女の牌譜で見た名前だった気がする。

 

「上埜……いや、もうこの際、久でいいか。両親が再婚でもしたのか?」

 

 久が清澄高校時代に、母親と母親の恋人を殴り飛ばすという暴力事件を起こしたことは知っている。家庭の問題に踏み込むのは、気がひけるが、問題児をチームに引き入れるのだから、この辺りの事情は把握しておきたい。

 

「あ、名前呼びいいわね! 私名字で呼ばれるの大嫌いだし」

 

「ああ、それは良かった。でも私のことは下の名前で呼ぶなよ」

 

「わかったわよ。それにしても、再婚って冗談キツイわ。お父さんとか、どこいるのかもわからないし」

 

「20歳になると竹井と上埜どっちの姓を使うか選べるのよねえ……竹井とかいう、男に縋るあんな弱い女の姓を使うくらいなら、私を捨てた父親の姓のほうを使ったほうが良いと思わない?」

 

「気持ちはわからないでもないな」

 

「でしょでしょ! さすが熊倉さん、話がわかるわね!」

 

 とりあえず、私は久が家庭で問題を起こしていないことに安心する。というより、家族との縁を切っているようだった。それでいい。チームに入れてから、問題を起こされるとかなり面倒だ。

 

「人生終わっちゃうかもって、思ってたから安心したわ。安心したらお腹すいてきちゃった、私すき焼きが好物なのよね」

 

 久は、期待するような目でこっちを見てきた。なぜ、借金の肩代わりまでした挙句、すき焼きまで奢らなくてはならないのか。しかし、ドライブをしたままでは話しにくいのも確かだ。

 

「すき焼きでいいんだな?」

 

 私がそう問いかけると、久の顔がパーッと明るくなった。本当にすき焼きが食べたかったらしい。

 はあ……とひとつ大きなため息をついてから、私は馴染みの料亭に向けて、車を走らせた。

 



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第66話 裏切りと幻覚

 

 高級料亭の一室。

 葉山牛のすき焼きをまるで牛丼のように、白飯の上にのせて、かき込むジャージ姿の少女に私はため息をついた。

 

 結局、こいつにすき焼きを食べさせることになってしまった。

 

 座卓の上には、空になったビールの大瓶が2本、そして白飯。見ているだけで、気持ちが悪くなってきそうだ。せめてご飯にするのか、酒にするのか片方だけにしてほしい。

 

「ねえ、熊倉さん」

 

「なんだい?」

 

「牛肉がなくなっちゃったんだけど」

 

 まだ食べるつもりらしい。

 

「……好きに頼みな」

 

「ありがとう、さすがお金持ちは違うわね」

 

 そうお礼を言ってから、久は嬉しそうに牛肉のおかわりを注文した。

 この料亭は繊細な椀ものが美味しい。しかし、クタクタになったネギを白飯に乗せて美味しそうに頬張ってから、ビールで流し込んでいるこの少女に味がわかるとは、とても思えない。

 

 とりあえず、若者は肉を食べさせとけば満足するからねぇ……

 

 3本目のビールを飲み干して、やっと少し久の顔が赤くなってきた。酔っ払いの相手をするのは癪だが、アルコールが入っているほうが饒舌になって話しやすいかもしれない。どうもこの少女には、裏があるように思えてならない。

 

「いやーまさか負けるとは、思わなかったわ! でもこうして、熊倉さんにすき焼き奢って貰えることになったから、私の悪待ちも捨てたものじゃないわね」

 

 そう言って上機嫌に笑う久に、私は問いかけた。

 

「本当に自信があるなら、麻雀で勝っていて欲しかったんだけどねえ……だいたいあの3人組がつるんでいたのなんて、わかっていたことだろう?」

 

「んー、わかりきっているからこそかしら? そういう圧倒的に不利な状況だからこそ、燃えるというか……滾るのよ」

 

「お金もないし負けたら地獄、3人は組んでて、相手のホームグラウンド、こんなの勝てる要素しかないじゃない! ここで押せないようなら上埜久じゃないし、麻雀なんてやってられないわ」

 

 救いようのない発言を繰り返す久に、頭が痛くなった。自分の能力へ自覚があるのは良い。自覚があるのは良いが、あまりに無鉄砲すぎる。

 

「とりあえず、ある分だけでも、金は返してもらおうか」

 

 私が金の話をはじめると、久は露骨に目を逸らしはじめた。ここまでわかりやすいと、意外にこいつ根は、素直なんじゃないかと思った。

 

「とりあえずこれで……」

 

 そう言いながら久は、先程のマンションの一室で拾い集めていた札束を差し出してきた。

 冗談のようにペラペラだが、一応枚数を数えて見ると36枚あった。支払った600万のおつりのような金額である。

 

「36万……とりあえずこれは貰っておくが……家に帰ればまだあるんだろう?」

 

「えっ!? 40万あったはずなんだけど!?」

 

 マンションで落としたんだと、久は慌てているが、問題はそんなところじゃない。私への借金の返済方法に、頭を悩ませて欲しい。こいつのせいで、私の3ヶ月分の給料がパアだ。

 

「あのマンション戻ったら、返してくれるかしら?」

 

「おまえ、一人でいきな」

 

 私がそう突き放すと、すっかり意気消沈してしまった。そんな久に私は、会ってからずっと抱いていた疑問をぶつける。

 

「それより、デカウーピンで何故あそこまで負けられるんだい。負けたとしても200が精々だろう?」

 

「んービンタが3万点だったからねえ……ちょっと運が悪かったから、熱くなっちゃって……えへへ」

 

 ちょっと気恥ずかしげに久は、後頭部に手を回して頭を掻いた。

 その様子を見て、Tシャツの襟を掴んで、ぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、私はすんでのところで思いとどまった。

 ビンタ一発15万円、1ゲームで100万円以上動くゲームに、40万円握りしめて乗り込んでいった久は、頭のネジが外れているとしか思えない。

 あの三下は、40万円を見て「全然足りねえよ!」と久のことを怒鳴りつけていたが、足りないのは金額ではなく、こいつの頭のほうだ。

 

「あそこの場代がちょうど2万円なのよね、40万円あれば、20半荘やれるじゃない? 充分すぎるほどの軍資金よ」

 

「ああ、そうかい……」

 

 負けることなど欠片も考えていないあたり、なかなか良い性格をしている。裏返せば、大学を中退してから今日まで、ロクに負けた経験をしたことがないということだ。

 それならば、久はこの封筒以外にも随分とお金を溜め込んでいるはずだ。

 そう思った私は、久にカマをかけてみることにした。

 

「家に帰れば払えると言っていたけど、それはホラなんだろう?」

 

「ええ、とりあえずマンションの外に出ちゃえばトンズラこいて、こっちのものだしねえ」

 

 可笑しそうに久はケラケラと笑った。

 しかし、久の言うことが本当だとしたら、計算が合わない。

 

「一週間前、六本木で400万近く勝ったって聞いているんだ。しらばっくれるんじゃあないよ。本当は家にあるんだろう? 金は返してもらう」

 

 私が本気で睨みつけると、久はポカンと言う顔をした。こういう場面で、久は絶対に顔にでる。にもかかわらず、言っている意味がわからないという態度に、私は違和感を覚えた。

 

「よ、よくそんなこと知ってるわね……そんなに睨みつけないでよ。なんで、家にあるって思ったの?」

 

「お前さんが、あのレベルでそんなにホイホイ負けるとは思えない。大人を舐めるのもいい加減にしな」

 

「まあ、私ってば強いからね! 今日は、たまたま負けちゃっただけだし!」

 

 久はそう言って得意げな顔をした。全く話が噛み合わない。なにが、言いたいんだこいつは?

 

「だから、家に400万あるんだろう! さっさとタクシーでも使ってとってきな、この小娘!!!!」

 

「え? そんなのあるわけないじゃない?」

 

「は?」

 

「一週間も前のことでしょ? 全部使っちゃったに決まってるじゃない。だから、赤坂のマンションで麻雀してたのよ?」

 

「おばあちゃん、もしかして馬鹿なの?」

 

 なんでわからないのか不思議そうな顔をした久に、私は呆気にとられてしまい、何も言うことができなくなってしまった。

 久は、私が何も言わなくなったのを見て安心したのか、追加で持って来させた葉山牛を菜箸で掴んですき焼きの残り汁で、しゃぶしゃぶをやり始めた。出来上がったしゃぶしゃぶに砂糖と醤油をぶっかけて、口に運んでは幸せそうな顔をしていた。

 

 私はやっと違和感の正体を理解した。私の問いかけに久は、全て本当のことを話していたのだ。

 400万円を稼いだのも本当なら、全部使ったのも本当。40万しか所持金がないのに、赤坂のマンション麻雀に行ってボロ負けしたのも本当だし、家にお金がないのも本当だった。

 久は全て真実を話していたのに、あまりにも馬鹿すぎて、理解の範疇を超えていたため、私が勝手に裏があると、勘繰っていただけである。

 

「なあ久……こんな生活続けていて楽しいか?」

 

「んー特段楽しいわけでもないけど、お金賭けてる時は楽しいし、1人でいれば傷つかないし楽ではあるわね」

 

 もう、傷つきたくない。

 それも間違いなく久の本心だろう。久は、私に対してまだ一度も嘘をついていない。

 この臆病で心に傷を負った少女に、また麻雀と向き合ってもらうのは、酷な話かもしれない。

 しかし、どう足掻いても久は死ぬまで麻雀からは逃げられない。だから、私が罪悪感を感じることもないか。

 たまたま久を麻雀に引き戻したのが、私だったというだけの話だ。

 しかし、上埜久という才能を潰したくないというのは、私のエゴだ。それを念頭に置いて指導する必要がある。間違ってもこいつを救おうなどと思い上がってはいけない。

 そう自分自身に言い聞かせてから、私は写真を取り出した。

 

 信濃大学が春季大会で、中部最強に輝いた時の写真だ。優勝トロフィーを持った久の周りを団体戦メンバーが、最高の笑顔で囲んでいる。

 

 写真を見た途端、久の肩が跳ねた。手が震えて、箸もまともに持てていない。

 可哀想だが久には、嫌な記憶を全て思い出して貰った上で、自分の意志で麻雀に復帰してもらう必要がある。

 

「はやくしまいなさいよ、それ」

 

「高校で暴力事件なんて起こさなければ、伊稲大に行けて、こんなクズどもと触れ合うこともなかったのに、おまえは本当に運がないねえ」

 

 少し芝居がかった口調で私がそう言うと、久は簡単に激昂した。捻くれているように見えるだけで、こいつはずっと根はまっすぐだ。

 

「はやくしまえって言ってるでしょ! このババア!!!」

 

 久は、私のシャツの襟を左手で掴んで、右手を握り込んだ。殺意のこもった目で睨みつけられて、私は心底久に同情した。

 

「ん……さっきまで、命の恩人とか言っていたのに、もう手のひら返しかい?」

 

「それはそれよ! 私のチームメイトはクズじゃないわ! 取り消しなさい!!!」

 

「久が大学のチームメイトのことを、大切に思っているのはわかったよ。でもこいつらはそうは思ってないだろうねえ……可哀想に」

 

 そこまで言い終えると、左頬に強い衝撃が加わって、それから口の中に血の味が広がった。これから私は、久の心を切り刻むんだ。一発くらい殴られてやるさ。

 

 久は私の襟を離して、写真を両手に持つとそのまま泣き崩れた。涙腺が壊れたように涙が溢れているのに、声は押し殺して久は泣いた。しかしそれでも抑えきれない嗚咽が、彼女の心の叫びのように聞こえてきた。

 

 信濃大学麻雀寮大麻栽培事件は、近年の麻雀界の中で、最低最悪と言っても良い不祥事だった。

 主犯格は、信濃大学麻雀部寮の敷地内で大麻を栽培し流通させ、仲間内や他大学の選手に売り捌き金銭を得ていた。

 違法薬物の濫用に関与していた麻雀部の部員は、半数近くにのぼり、誰が白なのかもわからないような惨状であった。事件発覚後、同大学は間を置かずに、麻雀部の廃部を決めている。中部地方の多くの大学の麻雀部が、薬物濫用により活動停止に追い込まれた。

 

「その写真に写ってる左隣のやつが主犯だし、他はみーんな薬物中毒者。そんな環境で、幸せそうにトロフィーを抱えている女は、幻覚でも見えているのかねえ?」

 

 久は私の言葉から耳を塞ぐこともしなければ、写真から目を背けることもできない。

 ただ、涙を流しながら焦点の定まらない瞳で写真を眺めていた。大粒の雨粒が金色のトロフィーを濡らしていく。

 

 この大麻栽培事件に、久は一切関わっていない。私はそう確信していた。

 なぜなら、この事件が明るみになってテレビで報道されるようになってから、久は麻雀部の部室で、乱闘騒ぎを起こしている。

 この瞬間湯沸かし器は、事実を知れば絶対に騒ぎを起こす。暴力事件が報道後に起きたということは、知らなかったのだ。正確には気づかないフリをしていたというのが、正しいのかも知れない。久の明晰な頭脳なら、気づかない方が無理がある。それが事実であると、認識しないようにしていたのだろう。自分の心を守るために。

 

 久は大学の麻雀部の中でも一際熱心で、真面目な学生だったと聞いている。

 家庭の問題に振り回されて、憔悴しきっていた久が、進学先の寮で一緒に暮らす仲間たちを大切にするのは、自然な流れだ。そして依存していった。信頼しきっていたのだろう。

 しかし、このクズどもは久の信頼を見事に裏切ってみせた。

 

 指導者に感傷はいらない。

 常に冷静でなければならない。

 

 私は、拳を握りしめて感情を押し殺した。

 

「伊稲大の加治木さん良い選手だね、そういえばアレは久と同郷なんだろう? 6大学の舞台で羽ばたく同級生と、大学で葉っぱ遊びに興じてた女。救いようがないねえ」

 

「わ…………わたし……知らなくて……」

 

 それは知っている。私の推測通りだ。

 しかし、本人の口から言ってもらえて、だいぶ気持ちが楽になった。これで彼女の勧誘を躊躇する理由が、何1つなくなったことに内心微笑んだ。

 震えながらへたり込む久に、私は追い討ちをかけた。

 

「本当は知っていたんだろう? 目を背けて、気づかないフリをしてただけさ。自分の居場所がなくなるのが怖くて。そのせいで多くの部員が、誘惑に負けて堕ちていったんだよ」

 

「全部お前さんが悪いな。そう思わないかい?」

 

 もう久から返事は返ってこない。肩を震わせて、ただ泣き続けるだけだ。

 

 この少女が上埜久ではなく、後輩の宮永咲だったら、私は絶対にこんなことはしない。というよりも、触るのが怖くて触ることが出来ない。私なんかが下手に触ったら、眩いばかりの才能が濁ってしまうかもしれない。

 久くらいの手頃な才能だから良いのだ。大事な才能だが、壊れても代わりはいる。それ故に、大胆な育成方針を立てることが出来た。

 

 なにはともあれ第一段階は達成した。あとは彼女に麻雀を選ばせるだけだ。

 

 久の涙が枯れるのを待ってから、私は声をかけた。

 

「麻雀は個人競技であって、個人競技ではない。矛盾するようだが、私はそう思っている」

 

 久は膝を抱えたまま、首だけをこちらに向けてきた。

 

「年寄りの戯言だと思って、聞いてくれて構わないが……麻雀というゲームは、4人居ないと出来ないんだ」

 

「個人戦よりも、団体戦の人気があるのは、それが麻雀の本質をついているから。チームになれば、ポジションや役割が生まれる。この競技は、団体競技としての側面がある」

 

 久が死んだ目で私の話をじっと聞いてくれているのを確認して、私は手応えを感じた。

 

「久は信濃大学では失敗したのかも知れない、しかし、また良いメンバーに巡り会える。麻雀を続けていればきっと」

 

 必ず巡り会えることをこの少女は、知っている。清澄高校では3年間待ち続けたのだ。その忍耐が、高校麻雀最強の怪物を引き当てた。

 悪待ちの少女の豪運は、再び麻雀をやれと彼女に訴え続けている。その本能に従うだけでいいんだよ。

 

 少女はずっと長い時間、写真を見つめながら逡巡していた。決断には時間がいる。

 急かすことはない。

 

 だって最後には、上埜久は麻雀を選ぶしかないのだから。

 



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第67話 上埜久とタイトル発表パーティー

 パーティー会場の華やかな雰囲気に居心地の悪さを感じた私は、会場の隅のテーブルでシャンパンをちびちび飲んでいた。

 ショートタイは息苦しいし、パンプスは足が痛くなる。こういう畏まった席は苦手だ。

 プロ雀士や協会関係者が多く、報道陣が少ないのは救いだが、はやく帰りたい。

 

「まっ、これも仕事よね」

 

 私は、今季プロ麻雀トップリーグの表彰選手に選ばれた。幸運にも、一年目としては、悪くない滑り出しを切ることができた。

 ただこれ……明らかに私だけ場違いな選手なのよねぇ。

 

最優秀雀士   天江 衣

最多勝     天江 衣

最優秀防御率  清水谷 竜華

最優秀獲得素点 松実 玄

首位打点    大星 淡

最優秀先鋒   花田 煌

最多セーブ   姉帯 豊音

最優秀中継ぎ  野依 理沙

新人王     上埜 久

 

 プロ麻雀を代表する選手たちの中で、二流ポイントゲッターの私、上埜久の名前が完全に浮いている。

 新人王と言っても、他に該当者がいなかっただけの話だ。ゆみのように実力で勝ち取ったわけじゃない。

 この中で総当たり戦をしたら、1回も勝てない自信がある。特に天江さんや松実さんには、絶対に勝てないだろう。

 花田さんや清水谷さんならなんとか……いや、勝てないな。そもそもその2人には、シーズン中全部負けてるし。

 

「ま、与えられたものの差を僻んでもしょうがないか」

 

 そう呟いてから、私はシャンパンを一気に飲み干した。グラスをテーブルに置いて手酌しようとしたところで、グラスが一杯になった。

 濃紺のイブニングドレスを着た小柄な少女が、私にお酒を注いでくれた。

 

「ん…………咲、久しぶりね」

 

「ええ、お久しぶりです部長」

 

 プロ入り後、特段咲のことを避けていたわけではない。ただ、試合で一緒になることもなかったし、清澄時代に彼女を救えなかった後ろめたさが、再会を後回しにしていた。

 

「団体タイトルは、とれなくて残念だったわね」

 

「まあ、いつものことですから」

 

 咲は特段気にしていないという風体で、オレンジジュースを両手で少しずつ飲んでいる。こういう席で、オレンジジュース飲んでるのなんだか可愛いわね。

 昔を懐かしみながら、咲のことを眺めていると咲が私の腰に抱きついてきた。

 

「な、なに……急に」

 

「ずっと会えなかったので、くっついておこうと思って。寂しかったです」

 

「そ、そう……」

 

 人が見ている。報道陣だっているのに、咲はいきなり抱きついてきた。こんなに積極的な子だったかしら? まあ、6年も経ってれば性格もかわるかもしれない。

 

「ねえ、咲」

 

「なんですか? 部長」

 

「抱きつくのは良いんだけど、脇腹の贅肉をぷにぷにするのは、やめて貰って良いかしら?」

 

 私がそう頼むと咲の手が止まった。

 

「えー柔らかくて落ち着くのに……それに……」

 

「それに?」

 

「歴史の重みを感じますし!」

 

「…………どのくらい感じるの?」

 

「4キロくらいでしょうか?」

 

 人のお腹を触って、ほとんど正確に太り方を当ててきた能力者の顔を見ると、悪戯っぽい顔をしていた。

 

「その4キロが、胸にいったっていうふうには考えられないかしら?」

 

「え? 胸も触っていいんですか?」

 

「……御免被るわ」

 

 咲にからかわれるとは、思わなかった。

 でも、こういうのも悪くないわね。昔に戻った感じがするわ。

 

「あ、そうだ。新人王獲得おめでとうございます」

 

 咲はそう言って、私から離れてから。パーティー会場の隅にいた黒服のところに行って、トテトテした走り方でまた戻ってきた。

 コケないか不安になる……

 

「これ、プレゼントです。貰ってください」

 

 咲が両手で落ち着いたベージュ色の箱を私に渡してきた。

 

「あら? ありがとう、準備がいいわね。開けてもいい?」

 

「ええ、もちろん。前に見かけた時、部長に似合いそうだなと思って買っておいたんです」

 

 開けてみると、青い針が綺麗なホワイトゴールドの腕時計が入っていた。

 思わず、箱をそのまま閉じる。

 

「こ、こんなのつけられないわよ。私の年俸より高いかも知れないじゃない」

 

「ほら、時計は良いものをつけたほうが良いって言いますし」

 

 咲に促されて、左手に巻いてみたがやはり落ち着かない。

 シースルーの裏蓋から見えた時計の中身が精巧すぎる。そしてブルースチールの針に白金のケースとブレスレット。

 長いこと培ってきた貧乏性で、頭の中に電卓が浮かんできてしまう。

 

「あ、ありがとう大切にするわ」

 

「あ、その高そうな時計を貰ってカタカタしている表情いいですね。可愛いです、プレゼントした甲斐がありました」

 

「めちゃくちゃ歪んでるわね!?」

 

「あはは」

 

 おいしそうにオレンジジュースを飲んでいる咲に、私は問いかけた。

 

「和もプロ入りしたけど、会ったりしたの?」

 

「いえ、合わせる顔がないので」

 

 咲は少し私から、目を逸らしながらそう言った。

 咲はまだ、インターハイの時のことを気にしているようだ。和の方も咲に対してそう思っていることは間違いない。

 そうやってすれ違ったまま、ずっと仲違いしているのは不幸だ。私はそう思う。

 

「きっと和もそう思ってるわよ。咲のほうから話しかけてあげれば、すぐ仲直りできるわよ」

 

「そうでしょうか……」

 

 咲は不安そうな顔になる。この辺の臆病さは高校時代と全く変わっていない。

 優希と元の関係に戻るのは無理でも、和となら簡単に関係を修復できそうな気がするんだけど……

 

「そう言うわりに部長だって、私に話しかけてくれたりしませんでしたよね」

 

「うっ……痛いところをつくわね」

 

 咲に真っ直ぐに見つめられて、動揺してしまう。認めるしかない、私はもっと早くに咲と話すべきだった。

 

「ごめんなさい。正直に言えば……咲、あなたと話す勇気がなかったということに尽きるわね。」

 

「ええ、私も同じですから……それはわかります」

 

「というより、どうして今日話しかけようと思ったの?」

 

「タイトル戦も全部終わって特に勝たなきゃいけない試合もなくなりましたから。昔の親しい人に会って、優しくなんてされたら麻雀が崩れますし」

 

 執着していた実姉との対戦であれだけ無感情に虐殺することができるなら、その程度で崩れたりは絶対にしないと思うけどね。

 その言葉が喉まででかかったが、すんでのところで思いとどまった。

 咲も思い悩んでいるのだ。

 機械のように全てが完璧に見える麻雀だって、やっているのは人間だ。

 

「あ、部長」

 

「ん、どうしたの?」

 

「ネクタイ曲がってますよ」

 

 咲は少し背伸びをして、両手で思いやるように私のネクタイの形を直してくれる。

 顔と顔が近い。

 自分の頬が赤くなるのを感じて、さらに顔が上気してしまう。なぜ、咲にこんなにドキドキしてしまうのだろう。

 目を瞑ると、横からチームメイトの声が聞こえてきた。

 

「おーい、久! ローストビーフとってきたぞー」

 

 横を振り向くと私たちの様子を見て、目を丸くした爽が立っていた。失敗したという顔をしながら爽は、小さい声で言った。

 

「ご、ごゆっくり〜」

 

「待ちなさい!」

 

 立ち去ろうとする爽を、私は慌てて呼び止める。変な誤解をされても嫌だし、このまま咲と一緒にいたらペースを握られてしまう。

 

「いやーそのお二人の邪魔は出来ないというか……」

 

「爽さん、名将戦以来ですね。こんばんは」

 

 いつのまにか咲は私から離れていて、爽に話しかけている。私より爽のほうが関心があるみたいで少しイライラする。

 

「うん、久しぶりだね宮永さん」

 

「んー最近は、毎日爽さんのビデオを見てるから久しぶりって感じはしないんですけど」

 

「そ、そのプレッシャーのかけ方は斬新すぎるなあ……」

 

 爽はかなり動揺したように、頭を掻いた。純真な笑顔で、毎日あなたのことを研究してますと言われれば、相当な精神的な重圧だろう。

 やっぱりファンから、魔王とか言われているだけのことはあるわねえ……

 

「爽さんは、冬というよりオフシーズンは、北海道の方に戻るんですか?」

 

「んー戻るよ、地元の子たちとも久々に遊びたいしね」

 

「それなら、自主トレ一緒にやりませんか? 私が北海道まで行きます。少しやってみたいことがあるんですよね」

 

 咲は、嬉しそうに爽にそう提案した。

 爽の表情を見ると少し逡巡しているようだったが、常識的な返答を爽は返した。

 

「さすがにそれは無理かな」

 

「んー残念」

 

 咲はどうしようかと悩むように人差し指を唇に当てながら考えているようだった。

 

「でも私は無理でも、部長なら大丈夫ですよね?」

 

「私が咲と? 別に構わないけど、私なんかで練習相手になるかしら?」

 

「あ、いや……そうじゃなくてですね。部長なら爽さんとチームメイトだし、一緒に自主トレしても問題ないかなと」

 

「久となら同じチームだから問題ないけど……タイトル戦にも関係ないし。でもそれ宮永さんと何か関係あるかな?」

 

 そう答えた爽も、不思議そうな顔をしている。

 全く話が飲み込めない。咲は何が言いたいんだろう。

 私は、思わず爽と顔を見合わせた。

 また連絡すると言って、妙に嬉しそうな咲を不気味に思いながら、パーティーは散会となった。

 



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第68話 専業主婦と幸せのショートケーキ

 プロ麻雀のペナントレースも終わり、少し肌寒くなる季節。

 寒さが厳しい冬の時期を巣の中にじっと閉じこもって、エネルギーの消耗を抑えて春をまつ動物達がいる。

 そんな、ニホンヤマネさんやハイイログマさん達と同じように、寒い時期を冬眠して過ごす動物が神戸のマンションにもいた。

 

 コタツで一生懸命みかんの白い筋を剥く者、園城寺怜。

 その人である。

 

「竜華おらんと、白いところ自分でとらへんといけないから大変やわあ……」

 

 その動物は幼少期は、みかんの白い筋(正式名称アルベド)を剥かなくても、みかんを食べることができた。

 しかし、怜はつがいになってからパートナーから白い筋を取り除かれたみかんのみを与えられて過ごしたため、白い筋を取り除かないとみかんが、食べられない体にされてしまったのだ。

 

 学問的にはこうした現象を、後天性遺伝形質または、単に獲得形質と呼ぶ。

 

「やっぱり冬の間は外に出ないに限るわあ、はよ、竜華帰ってきてくれへんかな」

 

 怜はそう言いながら、タイトル戦のパーティー会場の中継を見るために、テレビをつけた。

 

最優秀雀士   天江 衣

最多勝     天江 衣

最優秀防御率  清水谷 竜華

最優秀獲得素点 松実 玄

首位打点    大星 淡

最優秀先鋒   花田 煌

最多セーブ   姉帯 豊音

最優秀中継ぎ  野依 理沙

新人王     上埜 久

 

ーゴールデンハンドー

先鋒      戒能 良子

次鋒      鶴田 姫子

中堅      雀明華

副将      野依 理沙

大将      姉帯 豊音

 

鳳凰      宮永 咲

名人      宮永 咲

雀聖      宮永 咲

牌王      宮永 咲

山紫水明    宮永 咲

名将      獅子原 爽

十段      宮永 咲

 

 玄ちゃん以外、超一流の雀士が並ぶなかにいる竜華の名前を見つけて、少し誇らしい気持ちになる。

 

 今季、竜華は26セーブをあげ、麻雀界を代表するクローザーに成長した。負けは獅子原さんにつけられた1敗だけで、セーブ機会では全勝。後輩への接し方以外、非の打ち所がない選手と呼ばれるまでになった。

 

 やっと、ここまできたのに引退するのは辞めてほしい。怜は竜華に麻雀を続けていて欲しかったし、竜華遠征中の幸せゴロゴロタイムが減ってしまうことが嫌だった。

 

「まあ、本人の気持ち次第やしなあ……」

 

 怜は剥き終わったみかんを口に放り込んでから、タブレットを起動し掲示板を開いた。

 宮永さんが個人タイトル以外で選出されていなかったので、掲示板の住民は荒れているだろうなと、怜は予測していたが、案の定大変なことになっていた。

 

【八百長】プロ麻雀タイトル発表7【クソ選出】

163名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok0rmaz

6冠して、無傷の23セーブで格の違いを見せたのに

最優秀選手に宮永が選ばれないとかあるんですかね?

 

193名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebirawgr

試合見てないんやろ

 

201名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

あくまで最優秀選手は、団体戦で活躍した選手に贈られる賞やから

24勝した天江さんがとるのは妥当やろ

 

211名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmawg

>>201

協会の犬だ、吊るせ

 

220名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

>>201

咲さんかわいい!

咲さんかわいい!

ほら、言ってみなさい

 

231名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokrrglaa

松山の選手ばっかりじゃねーか

パーティー会場爆破するぞ

 

256名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokoidaz

宮永は今季天江に一度も負けたことないんだよなあ

というか、獅子原以外に誰にも負けてない

 

289名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokoidaz

>>256

清水谷も獅子原にだけ負けてたし、獅子原地味にすごいよな

 

301名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebirmjwg

>>289

派手にすごいの間違いでは?

 

311名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakrmjwj

>>289

7冠阻止した神雀士がすごくないわけないんだよなあ……

 

320名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:heamrwa!

その獅子原相手に、松実玄は全勝してますのだ!

玄ちゃん>>>獅子原爽>宮永咲

は明らかですのーだ

 

360名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

記者投票でも姉帯のほうが上とか、そんなオカルトありえません

訴訟も辞しませんよ、クズ運営ども

 

405名前:名無し:20XX/11/12(木)

ななしの雀士の住民 ID:matrmjwj

真にクズなのは、運営ではなく

守護神を23試合しか登板させられない横浜ロードスターズなのではないか?

 

 訴訟だの会場爆破だの物騒な話が続いた後に、最終的に横浜ロードスターズが弱すぎるのが悪いという、当たり前すぎる結論に堂々巡りをするのも、疲れてきたので怜はタブレットを閉じた。

 

「実際23試合じゃあ、評価されようがないやんけ……というか、新道寺の人多すぎやんな」

 

 先鋒、守護神、セットアッパーまで充実したメンバーが揃っている。タイトルの獲得こそならなかったものの、花田ちゃんの二枚目の先鋒として友清さんもいる。

 新道寺女子高校のメンバーだけでチームを組んでも優勝できるのではないかと、怜は思った。守備型の雀士が多いのは、校風なのだろうか?

 

 そんなことを怜が考えていると、テレビ画面にとんでもない映像が映り込んだ。

 

 宮永さんが上埜プロのネクタイを優しい手つきで直している。

 そして、2人の顔が近づいて……熱っぽい視線で見つめる宮永さんに、上埜プロは顔を赤らめて少女のようにドギマギしていた。

 

「う、うわあ…………こ、これ、テレビで映したらあかんやろ」

 

 見ているほうが恥ずかしくなってしまうような映像に、怜は思わず目を背けるが、続きが気になってチラチラと見てしまう。

 宮永さんに優しく頬を撫でられて、完全にメスの顔になった上埜プロが、キスをせがむように目を閉じたのを確認して、怜はチャンネルを慌てて変えた。

 真面目そうな七三分けのニュースキャスターに画面が切り替わって怜は一息ついた。

 

「ぜ、全寮制女子高校やばいわぁ……」

 

 泉がやったら絶対に吹き出してしまうような、ベタベタな展開を芸術的に完遂してしまう宮永さんの手法に驚愕しながら、怜は新道寺女子の真の恐ろしさを実感した。花田ちゃんもできるのだろうか……

 

——な、なにはともあれ、気持ちを切り替えなあかんな!

 

「せっかく竜華がタイトルとれたし、お祝いしたいなあ」

 

 プレゼントを買いに行こうか悩んだが、コタツから足が抜くことが出来ない。冬はどうしても外出が億劫になる。

 気づけば、竜華と一緒に行った有馬温泉以来外に出かけていない。

 完全に引きこもりである。

 

「これ、来年から泉がプロ入りしたら出かける相手おらへんくなるな……」

 

 切実な悩みを抱きながら、怜はスマートフォンを取り出してタクシーを呼び始めた。

 タクシーを呼んでしまえば、出かけるしかなくなるとの判断だが、お化粧もお着替えも済んでいないのに呼ぶのは、無謀としか言いようがない。

 

「え? 5分でくる? …………はい、大丈夫です。はい」

 

 電話を終えて怜は大慌てで、着替え始めたが財布がなかなか見つからなかったりと、前途多難のお出かけとなってしまった。

 

 ❇︎

 

 なんとか、身支度は間に合わせてショッピングモールへ行ってきた怜は、自宅まで帰還した。

 お化粧など、マスクと眼鏡さえかけてしまえば、どうとでもなるものである。人間やる気になればなんとかなるのだ。

 

「やっぱりお祝い事には、イチゴのショートケーキやな!」

 

 そう言いながら、テーブルの上でショートケーキのホールを眺めていると、タイミング良く竜華が帰ってきた。

 というより、9時に帰ってくるのは、流石に早すぎないだろうか? パーティー会場は東京だったはずだ。急いで帰ってきたのだろうか。

 

「ただいまー、怜ご飯はもう食べた? お腹すいてない?」

 

「おかえり、もう食べたで! 久しぶりにお出かけしたんや」

 

「あ、ほんま? 寒くなかった? 大丈夫?」

 

 竜華が着ていたグレーのジャケットをハンガーにかけて、ブラシを当てながらリビングに歩いてくると、すぐにダイニングテーブルの上にあるケーキに気がついてくれた。

 

「竜華! 初タイトルおめでとう!」

 

 怜がそう言って、プレゼントに用意した赤いタータンチェックのカシミアマフラーを、首に巻いてあげると、竜華はジャケットを持ったまま、固まってしまった。

 

「ど、どうしたんや……パーティー会場やし、お腹いっぱいやったか?」

 

「あ、ありがとう……とき。嬉しすぎて涙が止まらへんわ」

 

 竜華は、ハンガーとジャケットを床に置いて、マフラーに雨粒がかからないように、何度も何度も両手で目元を拭った。

 そんなに感動してくれるとは思っていなかったので、怜のほうが動揺してしまった。

 

 竜華が落ち着くのを待ってから、紅茶を淹れてもらって、一緒にケーキを食べることにした。

 ダイニングテーブルに怜のお気に入りのティーカップが並ぶ。

 

 ダージリンの甘い香りと琥珀色の水面。

 

 竜華が切り分けてくれたショートケーキのイチゴをフォークで刺して、口に運ぶと甘酸っぱい味が広かった。

 

「あ、怜。うちのイチゴさんも食べる?」

 

「竜華のために買ってきたんやから、竜華が食べてや」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 竜華と一緒に食べるショートケーキは幸せの味がした。

 甘い甘い生クリームを竜華と2人で、ずっと食べていよう。私は、今とっても幸せだと怜は自分に言い聞かせた。

 



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第69話 清水谷竜華の清水谷チャンネルと夢の扉を叩く少女

『清水谷竜華の〜〜〜』

 

清水谷〜〜チャンネル〜!!!!!

 

 今年のドラフト会議でエミネンシア神戸から指名を受けた、明明大学のエース二条泉さんが、特別ゲストとして、清水谷チャンネルに出演した。

 スーツ姿でレッツゴーポーズを晒すことが、かなり恥ずかしいのか、泉はかなり引き攣った笑顔のままカメラの前で、番組お決まりの決めポーズをした。

 それとは対照的に、竜華と福与アナは、もう感覚が麻痺しているので、全く躊躇いがない。こういうのは、恥ずかしがっているほうが恥ずかしく見えるものである。

 

 そんな泉のレッツゴーポーズが不満だったのか、竜華は優しそうな笑顔でダメだしをした。

 

『泉、なんか笑顔固ない?』

 

『いえ、そんなことは……』

 

『入団前から、番組呼んでもらえて嬉しいやろ? 嬉しいやんな?』

 

『は、はい……嬉しいです』

 

『じゃあ、もう一回レッツゴーポーズしてみよ。泉の最高の笑顔頼むで!』

 

 ニコニコの竜華とは対照的に、再度生き恥のポーズを要求されて泉の顔が強張る。パソコンのモニター越しに見ている怜の方が、緊張してきた。

 

「泉、ファイトや……というかこの辺の描写いらんから、カットしろやほんまに……」

 

 そう怜は苦言を呈したが、掲示板では大盛り上がりしているので、チャンネル的にはありなのかもしれない。

 

【二条泉】清水谷チャンネル実況19

201名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

ドラフト会議で自分の名前ださなかったことめちゃくちゃ根に持ってて草

 

221名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:emirma0m

>>201

平常運転やぞ

 

240名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi3rmaa

清水谷プロ的には、別に怒ってもないし、むしろ親しい後輩として接してそう

 

250名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakrmawg

明明大の二条泉って、竜華ちゃんの千里山での後輩なのな

これは、素晴らしい先輩

 

269名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mrwa

竜華「嬉しいやろ? 嬉しいやんな?」

ここほんと好き

 

283名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:emirm3mg

これが二条泉じゃなくて、片岡だったらどうなるのか……

 

291名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rmaz

>>283

地獄でしょ……

せっかく撮影しても放送されなそう

 

300名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwazg

というか誰だよ

清水谷竜華の清水谷チャンネルにエミネンシア神戸の清水谷プロ連れてきたやつ

 

 

『清水谷〜〜チャンネル!!!』

 

 無理矢理口角をあげて、1回目よりさらに引き攣った笑顔を浮かべて、一人でレッツゴーポーズをする泉のことを、冷たい瞳で竜華は一瞥してから言った。

 

『まだ固いわ、というかやらされてる感があるやん? 心からの笑顔でもう一回いけるやろ?』

 

『は、はい……』

 

 そのあと3回ほど、二条泉は1人カメラの前でレッツゴーポーズを決めたが、竜華のオッケーは出なかった。なお、泉がレッツゴーポーズしている間、竜華と福与アナは無言である。

 

『泉、そういうところがあかんねん』

 

『すみません……』

 

『うちはそういうので、怒らへんけど野依さんとか厳しいからな。先輩と一緒に仕事するなら、予習しとかんと』

 

『は、はい』

 

『じゃあ時間もあれやし、次行くけど……また、呼ぶかもしれへんから家で練習しといてな? わかった?』

 

『はい』

 

『座ってええよ』

 

『はい、ありがとうございます』

 

 エミネンシア神戸の清水谷プロは、出だしからいきなり空気を悪くしていく立ち回りを見せて、視聴者を不安にさせていく。

 先輩としてそう間違ったことは言っていないのだが、要求が厳しすぎるのと、言い方がキツすぎる。

 

「高校時代とかわりすぎやろ……いつもの優しい竜華返してや……」

 

 怜は、竜華の変わりように驚いたが、よく考えると、小さい頃から怒らせた時は滅茶苦茶怖かったので、本質はあまりかわっていないのかもしれない。

 今だって、電話でヘマした泉を怒鳴りつけている時の400倍くらいは、優しく接しているように見えるし……

 席についた泉に、竜華は手早くあたたかい紅茶を淹れて、小さなケーキと一緒に差し出した。

 

『はい、紅茶』

 

『ありがとうございます』

 

 自分がやらずに先輩に手をかけさせて、怒鳴りつけられるんじゃないかとビクビクしている泉に、竜華は優しく声をかけた。

 

『ふふっ、プロ入りおめでとう! 泉、待ってたで!』

 

『……はい! ありがとうございます!』

 

『一緒にエミネンシアを盛り立てていこうな! 先鋒は椿野さんとゆみがいるけど1枠は出たり入ったりしとる。食らいついていけや』

 

『はい!』

 

 竜華は、神戸のチームタオルを泉の肩にかけてから、右肩を優しく叩いた。

 先輩の期待と愛情をひしひしと感じて、泉の顔が綻ぶ。

 微笑む竜華とは対照的に、福与アナはあまりにも体育会系すぎるやりとりに、普通にドン引きしているのが印象的だった。

 

607名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwagj

これは、素晴らしい先輩

 

611名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rmaz

千里山高校とかいう闇

 

620名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwjz

清水谷プロは、怖いし敵に回すとチームに居場所なくなるけど、後輩の面倒見はよさそう

死ぬほど怖いけど

 

626名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrwag

全国2位の強豪だった時期は園城寺を筆頭にほんまに強かったけど……

これは、人集まらんわ

 

645名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok0mrzg

千里山の出身プロって誰?

 

661名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwagg

>>645

清水谷竜華、藤白七実

 

673名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rmjwg

>>661

優秀やけど、怖い人しかおらんのほんま草

二条の学生生活すごい辛そう

 

686名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rm6g

優しいゴリラ、江口セーラさんもおるぞ

 

699名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:mat9mrza

新道寺女子見て、闇が深い闇が深いって言ってキャッキャッしてる新参みると殴りたくなるよな

 

703名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mrwa

こうやって飴と鞭で洗脳していくんですね……

 

721名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:emirrmg

上級生と話す時は「はい」と「いいえ」以外話すなという新道寺の教えは正しかった

 

『それじゃあ竜華ちゃん、泉ちゃんの麻雀の長所とか教えてよ?』

 

『んーせやなあ……泉は、泉は……』

 

『あれ?』

 

『そ、その反応は傷つくんでやめてください!』

 

『せ、せやったわ! でも全然パッと思い浮かばなくてなー』

 

「あかんやん……竜華、なんかあるやろなんか……」

 

 泉の麻雀の長所がなかなか出てこない竜華に、ダメだしした怜だったが、怜本人も泉の長所が全く思い浮かばない。

 

 泉の長所って……なんやったっけ?

 

 竜華が真剣に悩み始めるのを見て、泉の顔がみるみる青くなっていく。

 番組的にまずいと思ったのか、福与アナが助け舟を出す。

 

『竜華ちゃん、麻雀の話はやめとこっか? ほら好きな食べ物とかそういう話しようよ』

 

『いや、きっとあるはずなんや! 泉の長所が! うちはそれを見つけたい』

 

『そ、そう……』

 

801名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrzzg

あかんやんけ……

 

810名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak9mrwjw

ガチで思いついてなさそうなのほんと草

 

821名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi9rm0m

実際、もう竜華ちゃんトッププロやし……

それと比較して長所とか言われても、ある選手のほうが珍しそう

 

『んー泉はなーーー』

 

『は、はい…………』

 

 竜華のやたらと長い時間稼ぎの前置きに、泉が不安そうに返事をした。

 

『守備がうまい?』

 

『なんで、疑問系なんですか!?』

 

『いや、まあうちより下手やしなあと思って……あ、でも、守備上手いやろ泉? 守備上手いやん?』

 

『は、はい……ありがとうございます……』

 

 勝手に守備が上手いことにし始めた竜華の采配に、掲示板がどよめく。

 

「あ、あかん……ほんまに泉がなんの取り柄もない子みたいになってるやんけ……」

 

 急に心配になってきてしまった。なんか竜華も泉のことをたてるようにしてくれや。

 その時竜華が、思いついたというふうに顔が明るくなった。

 

『泉はな、短所がないことが長所な選手なんや』

 

921名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi0gcma

雑魚では?

 

930名前:名無し:20XX/11/16(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak0mrwa

それ裏返すと、なんの取り柄もないってことなんだよなあ……

 

『は、はい……』

 

 明らかに不服そうな顔をした泉に、怜は少しハラハラするが竜華は特に怒ったりはしないようだ。

 

『泉はそこそこセンスあって、メンタルも強いし、打点も低くないし、聴牌速度も早いほうやから……目立った長所とかないけど、総合力で勝っていけばええやん? 長所探しとか始めるから麻雀が崩れるんよ』

 

『な、なるほど』

 

『プロ麻雀の世界で、長所だけで通用するのなんて一握りやし……長所があるっていうことは相対的に短所があるってことや。長所なんてないほうがええ』

 

『全体的にレベルアップすること、心がけてやれば結構通用するやろ』

 

『ありがとうございます!』

 

 竜華の話は、掲示板ではあまり評判が良くなかったが、怜は納得してしまった。

 長所があれば、必ずその部分は対策されてしまう。対策によって自分の麻雀が壊れていく期待の雀士達も多い。

 

「長所はいらないかあ……なかなか竜華もええこと言うやん」

 

 竜華はひとしきり泉の短所の少なさを説明し終えると、来年のペナントレースに話を変えた。

 

『それじゃあ、泉。1年目の目標きめていこっか? どのくらい活躍したい?』

 

『まずは、先鋒で初勝利をあげたいです』

 

 謙虚にそう答える泉のことを竜華はジロリと睨みつけた。

 

『ゆみは1年目、8勝してたで?』

 

『そ、そうですか……』

 

 竜華にプレッシャーをかけられて、再び泉の顔が強張る。

 

『泉なら、10勝くらいけるやんな?』

 

『え!?』

 

『いけるやろ?』

 

『は、はい……できます』

 

『できなかったら?』

 

『で、できるので大丈夫です。10勝します』

 

 やたらカタカタしながら、不可能そうな目標を連呼させられる泉の姿を見て怜は思った。

 

「泉はメンタル強いし、普通に活躍するかもしれへんな」

 



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第70話 キッチンの魔術師と電子メール

「とき、今日はなに食べたい? 今日は一日中、家におるから好きなもの作れるよ!」

 

「んーそう言われると迷うなあ……」

 

 竜華におてての爪を切ってもらいながら、怜は夕食のメニューを考え始めた。竜華が決めてええでという回答が、一番竜華を困らせることは知っているので、なんとかメニューを考えなくてはいけない。

 怜は自宅のソファーの背もたれに体を預けながら、思案に暮れる。

 

「とりあえず……和食の気分やなあ」

 

「うんうん、和食なー。主菜は何がええかな?」

 

「赤だしのしょっぱいお味噌汁とご飯食べたいわあ……」

 

「そ、それメインちゃうやん……赤だしなー、塩分はとりすぎたらあかんし、濃く感じるように作っとくからそれで我慢してや」

 

「わかったで!」

 

 しょっぱいお味噌汁と白いご飯のコンビネーションは最高だ。

 お味噌汁の具は少なめが良い。あんまりたくさん具材が入ってると、食べるのが疲れるし、3種類以上入っていると味が濁って田舎っぽい。

 細かい食べ物の好みは伝えなくても、竜華はおいしいごはんを作ってくれるので、竜華とは嗜好が合うんやろなと怜は思っていた。

 

「あとはシャケと温泉卵と……筑前煮でも作ろうかな、あとは常備菜で良いかな?」

 

「常備菜って?」

 

「きんぴらと小松菜」

 

「あーよく出てくるやつかー、頼むで」

 

 無事、夕食のメニューも決まったので一仕事終えたと怜は少し充実感を抱いた。

 竜華は光沢が出るよう、爪に優しくやすりをかけてから、ホホバオイルを使ったお手製のハンドクリームで、怜のおててをマッサージしていく。

 

「よし、こんなもんかな。 冬は乾燥するし、ささくれとかできんようにせんと」

 

「ありがとなー竜華」

 

 おててもピカピカになり、気分も良くなった怜は、ソファーの上で2回寝返りをうった。座面が広いとやっぱり落ち着く。

 

「じゃあ、うちご飯作るから、そこで大人しくしててな」

 

「はーい」

 

 元気よくお返事してから、怜は竜華がキッチンにはいっていくのを見送った。

 最近は竜華がいつも家にいるので、竜華の遠征中リビングに常に散乱しているパジャマもなく、ローテーブルの上にはポインセチアが綺麗なガラスの花瓶に活けられている。

 怜の結婚生活は、栄養状態、住環境ともにシーズン中に比べて、大幅な改善がおこなわれていた。

 

「やっぱり出前より、おうちごはんに限るわあ……ん、着信あるなーだれからやろ」

 

 怜はスマートフォンを手に取ると、メールボックスに着信があると知らせる通知が出ていた。

 

差出人:宮永 咲

宛先 :園城寺 怜

園城寺さん、お元気ですか?

宮永ですm(_ _)m

突然ですが、爽さんと末原さんと上埜さんで一緒に自主トレをします。もし良ければ、園城寺さんも参加しませんか?

爽さんは、能力を封じ込める異能をお持ちのようなので、体に負担はかからないかと思います。 爽さんには了承いただいてますので、私まで返事をいただければ幸いです。

寒いので体調に気をつけて。

宮永咲

 

 宮永さん達からの、麻雀のお誘いらしい。

 そういえば以前、横浜に旅行した時に末原さんと一緒に麻雀しようとか、言っていたことを怜は思い出した。

 

「んーせやなぁ……上埜プロって全然会ったことないけど、宮永さんに女にされてた人やな」

 

 この前のネクタイ事件のせいで、上埜プロの麻雀のことなど、記憶の彼方に飛んで行ってしまった。しかし、新人王をとっているからすごい雀士なのだろう。末原さんはどうでもいいにしても、宮永さんに圧勝した獅子原さんも参加している。

 もしかしたら、未来視の能力を抑えるきっかけになるかもしれない。

 

———麻雀、一緒に打ちたいなあ

 

 宮永さんや獅子原さんと打つのなら、恥ずかしい闘牌はできない。

 相手はトッププロ、ブランクのある自分が負けるのは必然。しかし、自分が納得できるような麻雀をして、最後まで楽しみたい。

 高鳴る胸を抑えながら、怜はキッチンのほうへ目をやった。

 竜華には悪いが、相談すると反対されるに決まっているので、内緒にしておいて、竜華が仕事の日に、獅子原さんに会いに行こうと怜は決めた。

 体調も良くなったし、未来視の力との折り合いさえつけられるようになれば、麻雀を再開できる。体調の問題さえなくなれば、竜華も喜んでくれるはずだ。

 

差出人:園城寺 怜

宛先 :宮永 咲

宮永さん、お久しぶりです。

麻雀の件、参加したいから日程と場所さえ教えてくれれば出向くわ。

秋季の自主トレなら、長めにとってるんやろ?

宮永さん、獅子原さんと打てるの、楽しみにしてる。

 

 怜はそう返事を返し、スマートフォンに暗証番号を設定して、画面ロックをかけた。竜華に見られると面倒だし、なんとなく後ろめたいことをしている気持ちに怜はなった。

 宮永さんは忙しいから、なかなか返事が返ってこないやろなと怜は思い、テレビをつけて気長に待つことにした。

 しかし、すぐに返事は返ってきた。

 

差出人:宮永 咲

宛先 :園城寺 怜

ありがとうございます。

でも、私は参加しないんですよね。せっかくの機会なんですが、爽さんに参加を断られてしまったので、、、

プロ雀士同士は手の内は見せたくないので、仕方ないといえば、仕方ないのですが。

そんな環境で、爽さんがスパーリング相手を欲しがってる面もあると思います。

場所は、爽さんの能力が効きやすくするために、北海道有珠山付近です。

遠くて大変ですし、末原さんを迎えに行かせましょうか?

 

「ん…………そら、残念やなあ」

 

 宮永さんの今シーズン唯一の負けが、名将戦での獅子原爽との対決だった。

 それを考えると獅子原さんも、宮永さんと一緒に練習するのを避けるのは、致し方ないといえる。机上の論理なら知られても大した影響はないが、牌の流れを体感される機会はできる限り減らしたいと考えているはずだ。

 特に獅子原さんは、多様な能力を使役する打ち手なので、謎に包まれている能力も多い。

 

 宮永さんは、北海道まで末原さんつけてくれると言ってくれていたが、末原さんがタイミング悪く、自宅に訪れて竜華と鉢合わせして、修羅場になる未来が、能力を使わずとも容易に想像できた。

 

 末原さんはいらない旨、丁寧に宮永さんに伝えておくことにした。

 

「というか、末原さんと宮永さんってどんな関係なんやろなコレ……」

 

 少し気を抜くと、末原さんが宮永さんよりも年上であることを忘れそうになる。

 

——まあ、宮永さんのほうが麻雀強いからしゃーないか

 

 キッチンから、筑前煮とお味噌汁のいい匂いが流れてきた。

 麻雀のことから頭を切り替えて、怜は今日の夕食がいつ出来るのかを考えることにした。

 

「んー筑前煮って時間かかるんやろか?」

 

 煮物っていうくらいだから、時間がかかるのだろうと怜は推測した。しかし、その予想は大きく外れることとなった。

 

「今、配膳するから待っててなー」

 

 そう言いながら、エプロン姿の竜華がオレンジ色の炊飯ホーロー鍋をダイニングテーブルに持ってきた。

 

「え? もうできたん?」

 

 ソファーの背もたれから、顔だけを出して、怜は竜華に問いかけた。まだ、1時間もたっていない。

 

「うん、筑前煮はもう少し冷めた方が美味しいかもしれへんけど……もうお腹空いてるやろ?」

 

「お腹ペコペコやで」

 

 怜がそう答えると、竜華は嬉しそうに筑前煮、焼き鮭、お味噌汁の順で配膳してから、お茶碗にご飯をよそってくれた。炊き立てのお米が、ツヤツヤと輝いている。

 ご飯に合いそうな、イカの塩辛といくらの醤油漬けまで用意されていた。

 

 引き寄せられるように怜は、ダイニングテーブルに移動した。

 

「めっちゃ、おいしそうやん!」

 

「ふふっ、たーんと召し上がれ」

 

 短時間で完成したご馳走。

 キッチンの魔術師、清水谷竜華に不可能はないのだと怜は思った。

 



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第71話 猛吹雪と試される大地

 末原さんの運転する、ロムニーⅡランドクルーズ号の視界は真っ白に染まった。

 猛吹雪による白一色、俗にいうホワイトアウトである。

 

「す、末原さん! まずいですよ! どっか止めましょうよ!」

 

「うるさいわ! そんなこと、泉に言われんでもわかっとるわ! でも、吹雪ヤバすぎて何も見つけられへんねん!?」

 

 助手席に座っている泉と末原さんが見苦しい言い争いをしているなか、怜はのんびり後部座席でカフェラテを飲んでいた。

 窓から見える景色が真っ白だったので、北海道すごいなあと怜は思った。

 

 竜華が東京でお仕事がある日に合わせて、おうちを抜け出して、北海道の札幌空港で末原さんと合流した。

 飛行機は怖かったが、ここまでは泉を付き合わせて順調な旅路だった。

 しかし、突然の猛吹雪で予定が狂ってしまった。

 夕方には、有珠山のホテルに入れる予定だったが、すでに日も落ちそうになっているのに、北海道の前が見えない田舎道をえっちらおっちら走行している有様である。

 

「なー泉、まだつかへんの?」

 

「つくとか、つかないとか! そう言う状況じゃないことくらいわかってください!!!」

 

 泉にそう怒鳴られて少しムッと怜はしたが、車を運転できるのは泉と末原さんの2人だけなので、言い返すのはやめておくことにした。

 

「そんなにカリカリすんなや、泉。ほら、サラミ食べるか?」

 

「いりません!」

 

 怜は泉が落ち着けるよう、ビニール袋から色々おやつを取り出したがいらないと言われ断られてしまった。

 仕方がないので、怜は果物グミオレンジ味を取り出して、一人でモグモグすることにした。

 

「な、なんか……走っててどこが道で、どこからが空なのかわからへんくなってきたわ……車止めてええかな」

 

「そ、そうですね……吹雪が収まるまで道路脇に止めましょうか」

 

 ハンドルを持つ手がカタカタし始めた末原さんが道路脇に駐車しようとしたのを見て、怜は思った。

 

「うちら、猛吹雪のなかも普通に運転してたけど、止まってる車両とかおらへんかったよな?」

 

「いや、それは吹雪で前が見えなかっただけで……普通にいたと思いますよ? ん、吹雪で前が見えない…………」

 

 泉は顔を青くして、運転席の末原さんの方を見た。追突の可能性が高いことを察した末原さんは駐車するのをやめて、またヨロヨロと走行を始めた。

 

「あかん……メゲる、死にたくない」

 

 末原さんが弱気なことを言い始めたのが良くなかったのか、ランドクルーズ号の左後方から、金属が弾ける音がした。

 突如鳴り響いた軽四駆の悲鳴に、車内の空気が氷点下になった。

 

「や、やばない?」

 

 流石の怜もこの状況で車が壊れることの、危険性は理解できたので、動揺した声を漏らした。

 

「で、でも走行はできてますね……末原さん。これ、大丈夫なんでしょうか?」

 

「だ、大丈夫や! 大丈夫、大丈夫!」

 

 2人を安心させるために、末原さんは根拠のない大丈夫を連呼したが、車内の空気は凍てついたままだ。

 しばらく、走行ところで末原さんは、気がついた。

 

「チェーンが切れただけや、四輪ともスタッドレスだから安心せーや。たぶん。」

 

 異音の原因が特定できたところで、車内の空気が和む。最後のたぶんは余計だったが、さすが末原恭子、観察力には定評がある。

 

「ん……発炎筒? 一応徐行しとこってうわあっ!!!!!!!!!」

 

 目の前に突然停車したトラックが現れ、末原さんは急ブレーキを踏んだ。

 車体がスリップして回り始める寸前で、ランドクルーズ号は停止した。

 スピードをあらかじめ落としておいたのが、よかったらしい。

 次から次へと発生するトラブルに頭を悩ませた雪の旅路は、ついに道路で立ち往生という悲惨な結末を迎えた。

 

「な、なんとか生きてますね……いきなりトラック出てきたときは死ぬかと思いました。末原さん、ありがとうございます」

 

「せやろ……って後方車は!? おるな……追突されへんでほんまよかったわ」

 

 泉が車両の後方にLED発炎筒を大遠投してから、後部座席の方に戻ってきた。

 

「これ、なんで止まってるんでしょうね?」

 

「わからん、前全く見えへんけど事故でも起きてるんやろ」

 

 もう車を動かすのは諦めて、末原さんはランドクルーズ号の車内を、フルフラットにし始める。

 その作業を怜も手伝おうと思ったが、作業手順が難しすぎるので諦めた。末原さんが作ってくれるのを、おとなしく見ていることにした。

 

 なんとか、安全に停車したことで車内に安堵感が流れ始める。日も落ちてきたのでLEDランタンを何個もつけて、一晩を過ごすことに決めた。

 ロードサービスやメンバーへの連絡は、全て末原さんに任せることにした。

 フルフラットになった車内で、怜がのんびりゴロゴロしていると、末原さんのスマートフォンから、不穏な単語が聞こえてきた。

 

 恭子。スタック。マフラー。一酸化炭素。

 

 電話相手の獅子原さんが、なにを話しているのかはよく聞き取れなかったが、末原さんの表情が、みるみる青くなっていったので、良くない話なのは間違いなさそうだ。

 

 慌てて末原さんは、車の窓を開けてから、スコップを持って車の外に出て行った。

 

「末原さん、急にどうしたんや?」

 

「さ、さあ?」

 

 泉と二人、不思議そうな顔を見合わせる。

 

 しばらくすると、息を切らしながら、なんとかホワイトアウトした世界から末原さんは帰還して、ランドクルーズ号のエンジンを切った。

 

「わ、エンジン切ったら寒いやろ! 死んでまうやん」

 

「アホ! マフラー埋まったら一酸化炭素炭素中毒でほんまに死ぬわ! 寒いくらい我慢しろや!」

 

 末原さんは、紫の髪が真っ白になっておばあちゃんみたいに震えている。

 珍しく言っていることが正論だったので、怜は末原さんの頭をバスタオルで拭いてあげてから、カイロを渡してあげた。

 

「あー生き返る……寒い……」

 

 エンジンを落とすと車内の気温が耐えられないほど下がると怜は予測した。しかし、ダウンを着込んで過ごすと、そこまで寒くは感じない。車の密閉性ってすごいんやなと、怜は思った。

 

「そういえば、園城寺先輩。よく今回の旅行を清水谷先輩が、オッケーしてくれましたね?」

 

「ん? してへんけど」

 

 泉の質問に怜がそう答えると、泉の目が丸くなった。

 

「え? 清水谷先輩のオッケーでたし、付き添い頼むでって前に、言ってたじゃないですか!?」

 

「あーすまんな。あれ全部嘘やから。ほんまは黙って家から出てきたで! 家のテーブルに置き手紙残したから平気やろ」

 

 そう答えると泉は顔面蒼白になって、ガタガタと震えだした。

 よほど寒いのだろうか?

 

「そ、その置き手紙には、なんて書いたんですか?」

 

「ちょっと洋榎の家に行ってくるって、書いといたわ」

 

「なにからなにまで、全部嘘じゃないですか!?」

 

 泉は震える手でスマートフォンを取り出して竜華に連絡をとろうとしたので、怜は落ち着いた声でそれをやめさせる。

 

「竜華に連絡したら、全部泉に唆されて騙された言うからな」

 

「や、やめてくださいよ」

 

「泉もうちがまた麻雀するの見たいんちゃうん? 見たいやん? 一緒に打ちたいやろ?」

 

「は、はい……打ちたいです。携帯の電源は切っときます」

 

 怜の説得が功を奏したのか、泉は竜華に連絡するのを諦めた。連絡だけじゃなく、色々と諦めた表情をしたように見えたのは、怜の気のせいだろう。

 従順になった泉の様子を見て、末原さんは普通にドン引きしていた。

 

「ひまひまやし……麻雀したいで!」

 

 怜が麻雀カードを取り出してそう提案すると、泉からキチガイを見る目を向けられた。

 

「麻雀したいで!」

 

 大事なことなので、泉のことは気にせず何度も言い続ける。

 

「やろうや。暗くて点棒のやりとりとかするの面倒やけど」

 

「そこはほら、3人やし東天紅でええやん」

 

 泉はともかく、末原さんは麻雀をすることに意欲的だったので、3人でカード麻雀をすることになった。泉の意思は、関係ないのである。

 

 東天紅は、関東で流行っている3人麻雀だ。一局精算なので途中で抜けやすく、和了の価値が高く派手で面白いため、雀荘向きの麻雀だ。

 関西ではあまり流行っていないが、千里山や姫松では遊び感覚で、やっている部員が多かった。基本全ツするので、運ゲーすぎて本気でやる者は少ない。

 

 アマチュアでの人気を受けて、非公式ながらプロ間でのトーナメントが、一昨年から行われている。

 初代東天紅王者は宮永咲六冠であり、驚異的な強さを見せて優勝した。

 普段トッププロの間では、見劣りする宮永さんの火力がカンを絡めた和了により、大幅に改善される。

 東天紅は宮永咲のために存在したと、小鍛治健夜に言わしめた、対策不能の完全無欠の絶対王者。

 その存在は、東天紅が実力ゲーであることを世に周知させる結果となった。なお、プロで正式に採用されることは、サンマの地位が低すぎて絶対に無い模様。

 

 開始一局目から、怜はメンホンリーチ一発バンバンで先制することに成功した。しかし、その後は末原さんの超高速和了に翻弄されてなかなか得点を挙げられずにいた。

 放銃を避けることにあまり価値が置かれないゲームなので、未来視の能力は四人麻雀に比べて相対的に価値が低い。

 速度を競う絵あわせ麻雀では、あへあへ断么九マンの末原さんが有利だ。

 

「なかなかやるやんけ! 負けへんわ!」

 

 怜がそう言うと、末原さんは嬉しそうに微笑んだ。やっぱり、麻雀はどんなルールでも楽しいなと怜は思った。

 

 快調に和了を積み重ねる末原さんと、いずみどりの焼き鳥に、負けないように真剣に麻雀をする。東天紅も10局目を超えて、怜のテンションが、ヒートアップしてきたところで突如異変が襲った。

 

 末原さんがずっとモジモジしたまま、カードをめくらないのである。

 

「ん、末原さんどうしたん? はやくツモってや」

 

「な、なんでもあらへん……」

 

 下を向きながら、プルプルと震える末原さんの様子は明らかにおかしい。

 

「大丈夫ですか? 末原さん」

 

 泉も心配そうに末原さんに尋ねる。

 

「あかん……お手洗いいきたい……麻雀するの無理や」

 

 2人から心配されて、かなり恥ずかしそうに末原さんは、そう白状した。

 

「勝ち逃げは許さへんで! はやくツモれや!」

 

「い、いや……ほんまに無理、ほんまに無理やから」

 

 怜は末原さんに収支で負けるのが嫌なので、何度も続けるよう促したが、どうやら本当に耐えられないらしい。

 末原さんに敗北するという屈辱に、怜は頭の中が真っ白になった。しかし、すぐに気を取り直して、プルプル震える末原さんの肩を揺さぶって遊ぶことにした。

 マジギレされたが、反応が非常に弱々しかったので怜は大体の状況を察した。

 女の子座りで下腹部を押さえながら、遠くを見つめている末原さんの姿が印象的だった。

 

 その後、紆余曲折あったものの深夜には、降雪も収まり、除雪車が到着した。

 白い噴煙を吹き上げながら、雪道を切り開いていく金色の車体は、まるでゼウスのように見えた。

 神はここにいる。怜はそう思った。

 

 車内で行われた東天紅は、末原さんの勝利に終わった。

 この敗北を糧に獅子原さんと上埜プロとの対戦は頑張ろうと、怜は決意を新たにした。

 そして、末原恭子さんの麻雀人生で、最もくちゅじょく的な日となった。

 



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第72話 園城寺怜と北の大地の支配者

 園城寺怜が、目的地である洞爺湖ムーンナイトホテルに、到着したのは朝方になってからだった。

 

 車が動き始めてからコンビニで休憩をとったり、末原さんの精神的外傷を慰めていたりしたら、大幅に遅れてしまった。

 

「朝ごはん、食べるで! そしたら、麻雀しよう!」

 

「よ、ようそんな元気あるな……私は、シャワー浴びて部屋で寝るから……」

 

「わ、私もそうさせて貰います……」

 

 高らかに宣言した怜だったが、末原さんと泉の反応は素っ気なかった。せっかく北海道まで来たのに、意欲的やないなあと怜は思った。

 仕方がないので、部屋に戻ろうとする泉の首根っこを掴んで、無理矢理ホテルのバイキングに連れ出して朝食を済ませた。

 麻雀は4人いないと打てないので、これは仕方のない采配である。怜としては、本当は泉より末原さんの方が良かったのだが、まともに麻雀が打てる精神状態ではなさそうなので、少し休んでもらうことにした。

 今の状態で麻雀をしてもつまらないので、回復してから、東天紅の借りを返しヨンマでメゲさせてやろうと怜は画策していた。

 

 温泉卵と冷奴をたらふく食べて、旅の疲れを癒したところで、怜は獅子原さんと上埜さんの部屋に向かった。ホテルの部屋の前にインターホンがついているので、とりあえず3回ほど連打しておいた。

 

「あら? わりと早かったわね」

 

 部屋から紺のネグリジェ姿の上埜プロが顔を出した。手を入れる前の乱れた髪とラフな服装が艶かしい。

 

——というより、この格好で相部屋してるのまずいやろ……

 

 横にいる泉の顔を見ると、頬が少し赤くなっていた。

 

「泉が頑張って運転してきたで!」

 

「そうなの? ありがとう」

 

 上埜さんが泉の顔を覗き込んでお礼を言うと、わかりやすく上気した。おててをモジモジさせて、上埜さんの顔をチラチラ見るのをやめてほしい。

 泉、おまえこういうのがタイプやったんやな……藤白先輩に、性癖を歪められすぎやろ。

 

 藤白先輩や竜華をはじめとして、泉の周りに怖い先輩しかいないことに、怜は気がついた。藤白先輩と違い、竜華は泉のことを良く思っているのだが、態度が厳しすぎる。中牟田さんとはギクシャクしているし、ふなQもわりと性格が悪いところがある。そのため、泉が頼れる優しい先輩は、自分とセーラしかいないのだろう。怜は、少しだけ泉に同情した。

 

 しかし、泉の人間関係など、割とどうでも良いので、怜は本題に入る。

 

「上埜さん、早速やけど麻雀したいで!」

 

「まだ、爽がルームサービスの朝食、食べてるのよねえ……あ、同学年だし久でいいわよ」

 

 いきなり名前呼びを求めてくるあたり、やっぱりすごい人だなと怜は思った。

 

「ま、入って入って」

 

 久に促されて、部屋に入ると黒にライトブルーのラインが入ったジャージを着た獅子原さんが、目玉焼きをモグモグしていた。パンを右手に、牛乳の入ったグラスを左手に持っている。

 

「それ、どうやって目玉焼き食べたん?」

 

「さあ?」

 

 質問してみたものの、口が塞がっているため獅子原さんから回答は返ってこなかった。

 久は、髪をヘアブラシでとかしながら獅子原さんのことを流し見していた。

 獅子原さんがパンを牛乳で流し込み一息ついてから、口を開いた。

 

「久しぶりだね、園城寺さん。いいよ、打とうよ。ずっと待ってたんだし」

 

「さすが獅子原さん! 話が早くて助かるわあ!」

 

 獅子原さんは、服装こそラフだが、久と違って薄くお化粧をしているし髪もちゃんとしているので、怜は少し安心した。

 獅子原さんは、口元を拭ってから怜に近づいて肩や腕などをペタペタと触った。

 

「ん、どうしたん?」

 

「いや、ほんとに生きてるかなと思って」

 

「勝手に殺すなや!?」

 

 高校時代のライバルにまで、亡霊扱いをされる園城寺怜。直接対決がなかったとはいえあんまりである。

 

「あはは、ごめんごめん。あれだけ強かったのに表舞台から、姿を消しちゃったから噂通り亡くなっているものかと……」

 

「元気に生を全うしとるわ!?」

 

「死者の霊は、必ずそういうものだからさあ……やっぱり触って確かめないと」

 

 獅子原さんは、やはり霊的ななにかが見える能力者らしい。

 そんなオカルトありえへんやろと、怜は思うものの、卓上に存在しているので事実として受け入れざるをえない。

 

 歯磨きをしてから、のんびりリップクリームを塗っている獅子原さんを急かしながら、怜はホテルの麻雀室に向かった。

 

 麻雀室は半防音の個室になっていて、落ち着いたシックの内装の部屋に、機械的な自動卓がポンと置かれていて、麻雀卓だけが世界から浮いているみたいだった。

 少し狭いけど、プロ麻雀のタイトル戦でも使えそうな部屋やなと怜は思った。

 

「じゃ、始めようか。園城寺さん、良い試合をしようね」

 

「望むところや」

 

 獅子原さんの自信に満ち溢れた表情を見て、怜は好戦的に口角を上げた。獅子原さんのプレッシャーを肌で感じて、武者震いが止まらない。

 

東 獅子原 爽 25000

南 上埜  久 25000

西 園城寺 怜 25000

北 二条  泉 25000

 

 サイコロが周り、牌と牌が擦れる音が鳴り始めた。感覚が研ぎ澄まされ、湖の水面の波紋のように、猛る心が落ち着いていく。

 ゾクゾクするような悪寒が心地よい。

 配牌を軽く理牌して2巡先まで見えることを確認してから、怜は南を切った。  

 4向聴のなんでもない配牌に、怜の心は踊った。

 未来視は使えるし、山の牌もはっきりと見えている。獅子原さんは、妨害能力を使っていない可能性が高い。

 獅子原さんの高打点は知っている。中張牌のツモが良いので、強引に鳴いて道を切り開くことを怜は決めた。

 

ツモ 500、1000やな

 

 2副露して強引に断么九を和了しにいって、獅子原さんの親を流した。まずまずの立ち上がりに怜は満足する。

 

リーチ

 

 東2局では、久の先制リーチが入る。一発コースだったので、悪待ちの能力が発動したのだろう。しかし、爽の牌を鳴けるので大きな問題はない。鳴いてずらせば、久に和了は見えてこない。

 多面張に比べて悪待ちは酷く脆い。ズラすことが容易で、簡単に支配の網のなかに引き入れることができる。

 能力相性で優位を確保できている相手に、負ける気はしない。

 

ツモ 400、700

 

 安手ばっかりやなと怜は内心毒づいた。鳴かずに立直をかけて高い手を上がりたいのに、なかなか状況が許してくれない。

 親番で高い手を和了しようと意気込んだが、獅子原さんが軽々と索子の染め手で跳満を和了していった。

 

東4局

獅子原 爽 35600

園城寺 怜 23500

二条 泉  21100

上埜 久  19800

 

リーチや!!!

 

 配牌に恵まれて、自然な流れで先制リーチをかけることができた。我慢した甲斐があった。点棒も綺麗に立って、満貫の一発ツモを決めて流れを引き寄せる。

 

南1局

獅子原 爽 33600

園城寺 怜 31500

上埜 久  17800

二条 泉  17100

 

 トップはまだ獅子原さんだが、点差は約2000点と射程圏内に入った。

 南入して獅子原さんから、とてつもないプレッシャーを感じた。

 

 河が赤く染まる。

 

 獅子原爽が本気を見せてきた。

 怜の背筋をゾクゾクとしたものが、駆け回る。

 能力遮断こそ使われていないものの、数多のプロを血祭りにした霊能に胸の高鳴りが抑えられない。

 園城寺怜の麻雀に振り込みはない。

 萬子を掴んでも切れる。その能力を逆用してやろうと怜は考えていた。

 

 虎視眈々と牙を研いでいると2巡先にとんでもない未来が視えてしまった。

 

 二条泉さん、親倍満振り込みである。

 

——しかも、これズラせへんやん……さ、流石に萬子で振り込みはないやろ泉。

 

 ほとんど反則だが、怜はチラチラと目で合図を送ってみたが、全く気づかない。

 

ロン! 24000!

 

「えっ!? あ……はい」

 

第1半荘 終了

獅子原 爽 57600

園城寺 怜 31500

上埜 久  17800

二条 泉  −6900

 

 獅子原さんのプレッシャーは凄まじいものがあった。泉が振り込むのも仕方がない。

 獅子原さんの手牌が染まるだけでなく、不要牌が萬子になるというのは、なかなか厄介な能力だ。聴牌が遅くなり手が止まるばかりか、心に迷いと怯えがよぎる。

 自分は未来が視えるから、踏み込めるのだと怜は理解していた。

 

「負けやな、次いこや。獅子原さんと打つの楽しいわ」

 

「奇遇だね。私もそうだよ」

 

 やっぱり麻雀は楽しい。

 

 次は負けない、意気込みを新たに獅子原さんに怜は挑んだ。

 しかし、勝負の結果は無情である。

 

第2半荘 終了

獅子原 爽 52600

園城寺 怜 31500

上埜 久  16700

二条 泉  −1800

 

「なあ、泉」

 

 今にも泣きそうな表情で、振り込んだ牌を見つめる泉に怜は声をかけた。

 

「今から、部屋戻って末原さん呼んできてくれへん?」

 

 ビクッと泉の肩が跳ね上がった。

 返事は帰ってこない。

 泉の両目から涙が零れ落ちるのを見て、怜は少しげんなりした。負けて泣くのは良いが、末原さんを呼んできてからにしてほしい。

 

「まだ、末原さん寝てるかもしれへんけど……サンマは味気ないし、叩き起こしてきてかまへんから!」

 

「あ、怒られたら園城寺先輩にやれって言われたって言ってええからな! 頼んだで!」

 

「は、はい……」

 

 そう返事をしてから泉は、走って末原さんのことを呼びに行ってくれた。一安心して怜は、頼んでいたホットココアに口をつけた。

 麻雀に熱中していたからか、ずいぶんと冷めてしまっている。しかし、ぬるい温度のために余計に甘さを感じられて、麻雀で疲れた脳に染み渡るようだった。

 

「園城寺さん……少し厳し過ぎないかしら?」

 

「ん? なにがや?」

 

 怜は、ココアの入ったマグカップから口を離して久のほうを向いた。

 

「いえ、なんでもないわ……それにしても、初見で爽のアッコロを凌げるのはすごいわね」

 

「初見言うてもテレビで見とったしなー。結果負けとるし、凌げてないんよな。やっぱり萬子の捌き方が結構難しいし……」

 

 怜は、結局捌ききれなかった手牌の八萬を手に取った。

 体調が悪くなるような気配はない。

 まだまだ、今日は麻雀を楽しめそうだ。

 



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第73話 園城寺怜と洞爺湖の守り神

 

 麻雀卓についたまま、怜は2皿目のプリンアラモードを口に運んだ。

 ここのホテルのプリンアラモードは、プリンの周囲を生クリームとアイスクリームで囲み、イチゴとメロンが乗った定番の逸品だった。クリームの上に、缶詰のチェリーが添えられているのも、レトロな華やかさがあって、怜は気に入った。

 

「よ、よう食うな……見てるだけで気持ち悪くなってきそうや」

 

「麻雀したしなー、おいしいで! 末原さんも食べるか?」

 

「いらんわ!」

 

 銀色のスプーンの上に生クリームとメロンを乗せて末原さんの口元に、運んであげたが断られてしまった。

 

——こんなにおいしいのに……

 

 怜はプリンアラモードを食べ終えると、ホットコーヒーを一気飲みして一息ついた。

 末原さんを泉の代わりに卓に入れて5半荘ほど回したが、トップをとれたのはわずか一回。泉とやった2半荘も含めると、獅子原さんの6勝1敗という結果に、怜はブランクの壁を感じていた。

 口の中がコーヒーで苦くなってしまったので、怜はサイドテーブルに置かれていたガムシロップを、2つ手に取ってそのまま飲み干した。

 

「園城寺さん、体調は大丈夫?」

 

 獅子原さんが、怜のことを気遣うように問いかけた。

 

「んーまあまあやな。悪くもあらへんけど、少し体が重い感じもするわ……あとちょっと気持ち悪い」

 

「それは食べ過ぎのせいじゃないかしらねぇ……」

 

 怜が平らげたプリンアラモードのお皿を、久はチラッと見ながらそう言った。

 しかし、麻雀後には糖分補給は必須であるし、怜はプリンが食べたかったので、これは仕方のない事象といえる。

 

「どう? まだやれそう?」

 

 心配そうに獅子原さんは問いかけてきたが、その瞳には期待感が灯っているように怜には感じられた。

 怜としても面白い麻雀が出来るのに、辞める理由はない。それに負けっぱなしは性に合わない。

 

「余裕やで。あっ、そうそう獅子原さんの能力を遮断するヤツ使ってみてや。未来視できなくなったら、体が楽になるかもしれへん」

 

東 園城寺 怜 25000

南 末原 恭子 25000

西 獅子原 爽 25000

北 上埜 久  25000

 

 怜は雑にサイコロを回して、上がってきた配牌を一瞥してから、獅子原さんのほうをチラッと見た。

 

「しょうがないなあ……まあ、無理はしないでね」

 

 北海道の冬の夜道の空気のように、澄み切った張り詰めた空気が卓を覆った。

 これが、獅子原爽の能力を妨害する異能なのだろうと怜は確信した。山の牌が霧がかかったように視えない。

 2巡先の未来は視えているので、妨害能力は卓上の支配に限定されているのだろう。

 

ツモ! 2000、4000

 

 獅子原さんの気持ちの良い発声が響く。

 綺麗な形の多面張を和了された。こういった早い巡目の良形での聴牌は、止めることは難しい。親かぶりは痛いが、ここは仕方がない。

 未来視の力そのものは使えている。この妨害能力とは、相性がそこまで悪いわけではない。

 

 しかし、次局で久のリーチが入って怜は気がついた。ズラし方が上手く浮かんでこないのだ。牌山が視えないことを、軽く考えていたと怜は少し反省した。

 今まで3次元的に読み取ってきた卓の情報が、平面でしか把握できない。

 2巡先で久が和了する姿が視えて、慌てて鳴いてずらしたが、4巡先であっさりと跳満を和了された。

 

——体が楽になったのはええけど、これ全然自分のペースに引き込んでいけへんなあ……

 

 俯瞰的な視点を奪われると、未来を操作できるのは2巡先までとなってしまう。3巡目以降の未来は、水平線の向こう側のように考慮できない。

 

 獅子原爽の妨害能力は園城寺怜の麻雀に、致命的なシステム障害を発生させた。

 

 獅子原さんの能力の本当の強さを知って、怜は考え込んでしまった。しかし、この東3局の獅子原さんの親は絶対に流さなくてはならない。

 

 河は赤く染まっている。

 

 配牌は悪い。下家の末原さんの気配は良いだろうか? あまりよくはわからないが、末原さんを二副露させることに成功した。

 2巡先で末原さんが獅子原さんの親っ跳に振り込みそうになったので、両面チーのクソ鳴きをかましズラす。

 頼むから、獅子原さんより早く和了してくれと怜が祈っていると、やっと末原さんが張ってくれた。

 

——やっぱり末原さんは、出来る女やったんや! 恭子! おまえ最高や!

 

 早速、手牌から四索を切って末原さんに振り込んだ。

 

ロン 3900

 

 末原さんの発声に怜は驚いたような反応をして、末原さんの河と手牌を目で軽く2度ほど確認してから、牌を麻雀卓の中に放り込んだ。

 

 その後、獅子原さんが萬子の染め手で跳満を和了しトップにたった。回避できない未来もある。

 

南1局 

獅子原 爽 42000

上埜 久  29000

末原 恭子 17900

園城寺 怜 11100

 

 最下位からこの親で、なんとか脱出を図りたい。

 一向聴の好配牌に、怜は流れがこちらに来ているのを感じた。

 リーチをかければ満貫で12000点になりそうだが、待ちがあまり良くない。頭の字牌で待って出るだろうかと、怜が頭を悩ませていると八萬を持ってきた。

 八萬はまだ切ることができるが、巡目が進めばわからない。普通に考えれば今切っておいた方が良い。しかし、怜は字牌の西を切って八萬の単騎待ちを選択した。

 こちらが先行している状況なら、獅子原さんから溢れるんじゃあないかという判断である。

 慎重に先読みを重ねてから怜は1000点棒を手に取った。

 

リーチ

 

 リーチ棒は綺麗に立った。末原さんが現物を合わせてから、対面の染め手から、溢れた八萬から出和了を決める。

 

ロン

 

 怜がそう発声すると、獅子原さんは驚いたように眉を動かした。

 未来が視えていないと錯覚していたのか、萬子の支配に絶対の自信があったのか。怜にはわからなかった。

 

 しかし、獅子原さんの心に、楔は打ち込まれた。能力に疑心暗鬼を抱いてしまえ、臆したところを揺さぶってやる。

 

 怜は点数申告をする前に、裏ドラをしっかり確認するよう自分に言い聞かせた。一発和了で未来視が使えることは、獅子原さんにバレているだろうが、余計な情報を与える必要はない。

 

 王牌に手を伸ばすと、獅子原さんの後ろにとぐろを巻いた巨大な蛇の化け物がいることに怜は気がついた。

 

「なあ、君はだれや?」

 

 怜が声をかけると、蛇の化け物はゆったりとした動作で翼を広げた。

 

「ほう? 我の姿が見えるか、牌に愛された子よ。我が名はホヤウカムイと人からは呼ばれている。洞爺湖の主だ。」

 

 一流のコントラルトのような低く魅力的な声が朗々と響いた。

 蛇のような見た目だが、女性の化け物なのかもしれないと怜は思ったが、声は目を瞑った獅子原さんから発せられていた。

 

「ホヤウカムイさんが、うちの能力を妨害して山を視えなくさせていたんか?」

 

「さよう、其方に視えぬよう卓をこの翼で覆い隠していた」

 

 化け物が卓を支配して自分の未来視を妨害するという、オカルト全開な現象を怜はにわかには信じられなかった。しかし、蛇の化け物さんご本人が獅子原さんの体を操って、そうだと、おっしゃっているのだから、そうなのだろう。

 

「それで、うちになんの用や?」

 

「特に用などない。其方の方から名を尋ねられたから、答えたまでのことよ」

 

「それもそうやな……うちは園城寺怜っていうもんや」

 

 名前を聞いておいて、こちらの名前を名乗らないのも失礼なので、怜は自分の名を名乗った。

 その態度は、化け物さんサイドとしても気に入ってくれたらしく、ホヤウカムイは上機嫌に低い声で笑っていた。

 

「時に人の子よ、其方であれば私の翼の支配など打ち破れようぞ? 何故、その力を使わぬのだ」

 

「そら、これ以上頑張ったら死んでまうしなあ」

 

 怜が正直にそう答えると、ホヤウカムイは両翼で怜の肩を包んだ。対面した時には気がつかなかったが、翼で包まれると酷く生臭いなと怜は思った。蛇なのか、魚類なのか、鳥なのかはっきりして欲しいところである。

 

「たしかに其方の身体を、病煩と呪術が蠢いておる。言霊による呪いか、魂のあり様か」

 

「の、呪いかかってるんか!?」

 

「さよう、心当たりはあるか?」

 

「う、うちは品行方正に生きとるから、そんな恨まれたりとかそういうのはないで!」

 

 怜がそう答えるとホヤウカムイは舌をチロチロと出しながら、怜のことを見据えてきた。体が金縛りにあったように動かなくなったので、怜は動揺した。

 

「純粋な魂のあり様だが……純粋なものが恨まれぬということでもないか。まあ良い、宿命を抱いたまま、牌に触れぬなど哀れな……我の力で、その呪いと病魔を祓ってやろう」

 

 そんなことできるのかと怜は問い詰めたかったが、体が指一本動かせない。そもそも、この蛇が怜の体を治す理由がない。

 なにか裏があるに決まっているし、身体を治す代わりに魂を取られてしまったりするのかもしれない。

 怜が不審に思っているのを察したのか、ホヤウカムイは、さらに言葉を続けた。

 

「なに、我は病疫を祓い湖畔のアイヌコタン全てを救ったこともあった、案ずるな人の子よ。神の意思とは、人の身ではわからぬものだ。慈悲深き大地に感謝するのだな」

 

 翼で身体を放り投げられたような感覚を怜は覚えた。視界が一瞬真っ白になってから、暗転する。

 崩れ落ちるように、怜は席に座り込んだ。

 

 憑き物が落ちたかのように、体が軽い。

 

 対局中にあった、胃のむかつきや頭の奥が重たいような不快感が消え去っている。未来視の力を使えるようになってから、これほど万全の体調で卓についたことは、ないのではないか。まるで、涼風が吹く高原にいるような心地よさだと怜は感じた。

 

——こ、この蛇……ほんものや……ほんまもんの神様やった。

 

 驚愕している怜をホヤウカムイ様は、満足そうに見下ろしながら言った。

 

「ふむ、呪いの方を解くのになかなか骨が折れたわ。少しばかり、洞爺湖の底で休むとしよう。また、卓を囲めることを楽しみにしておるぞ、園城寺怜」

 

 あまりのことに怜は、お礼も言わずコクコクと頷くことしか出来なかった。

 ホヤウカムイ様は霧散していった。

 獅子原さんの目が開き、怜とばっちり目があった。

 

「あれ? 園城寺さん? いまなにしてたっけ? さっき放銃しちゃった記憶があるんだけど?」

 

「あ、12000点や」

 

 そう怜は申告したが、獅子原さんの様子が気になって仕方がない。何も覚えていないのだろうかと怜は疑問に思った。

 

「う、裏も見たほうが良いんじゃないかしら」

 

「あっ…………」

 

 滅茶苦茶怯えている久から指摘を受けて、怜は慌てて裏ドラを確認して、一枚乗っていることを示した。

 末原さんのほうをチラリと見ると、カタカタしながら、ぶつぶつ独り言を呟いていてかなり怖かったので、怜は見て見ぬフリをすることに決めた。

 獅子原さんは不思議そうに、キョロキョロとあたりを見回した。

 

「なんか、記憶は飛んでるし、ホヤウもいないんだけど……」

 

「ホヤウカムイ様なら、洞爺湖の底に帰るって言っとったで」

 

「え!? ホヤウと話したの」

 

「なんかよくわからへんけど、病気治してくれたから……お礼も言っておいてや」

 

 怜がそう頼むと、獅子原さんは驚いた顔をしてから、天井を仰ぎ見て手を組み神に祈りを捧げた。

 それ、キリスト教の祈り方やけど、ええのかなと怜は思った。たぶん、ホヤウカムイ様はそのあたり、あんまり気にしないのだろう。

 

 せっかく体の具合も良くなったのだし、今日は夜遅くまでしっかり麻雀をして、明日も一日中麻雀をして過ごそうと怜は思った。

 しかしそれよりも、怜には気になっていることがあった。

 獅子原さんの祈りが終わってから怜は、問いかけた。

 

「獅子原さん、卓の後ろにおる、でっかいタコはモーリタニア産やろか?」

 



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第74話 園城寺怜と神戸の守護神

 北海道での獅子原さんとの激闘を終えた園城寺怜は、無事神戸の自宅に帰宅した。いつも通り、リビングのソファーでゴロゴロして、バラエティ番組を見ながら、旅の疲れを癒していた。

 体調も万全になったし、次は誰と麻雀をしようかなと頭を悩ませながら怜は、寝転んだまま柿の種を一粒ずつ口に運んだ。

 

 竜華はまだ仕事から帰ってきていないが、竜華が不在の時間からこうして、ゴロゴロして過ごすことが大切なのである。竜華のいない5日間はずーっと家に居ましたと、怜は体全体を使ってアピールしていた。

 

 体が治ったことを竜華に伝えて、麻雀を再開する必要がある。

 しかし、無断で北海道まで行って麻雀をしてきたことがバレると、竜華の逆鱗に触れて、話し合いどころではなくなりそうなので、とりあえずやり過ごしてから、相談してみようという判断だ。

 

「なかなか帰ってこーへんな……今日の夕方には帰るはずなんやけど」

 

 もう、日も落ちてしまったので怜は自分の晩御飯が少し心配になってきた。一応連絡してみようかなと思い、北海道旅行の間ずっとオフにしていたスマートフォンの電源を入れた。

 

着信 506件

清水谷 竜華 18:02

清水谷 竜華 17:00

清水谷 竜華 16:00

清水谷 竜華 15:01

 

 怜はスマートフォンを二度見してから、何事もなかったかのように、スマートフォンの電源を消した。怖すぎて連絡をとる勇気がなかったので、後回しにした次第である。

 

 怜は部屋から出て逃げ出そうか、泉に全責任をなすりつけながら謝ろうか、思案したが、なかなか名案が浮かんでこない。

 竜華を本気で怒らせた時に、泉のせいにすると、泉が詰問されるどころでは済まなくなりそうなので、やめておくことにした。

 自分と竜華の問題に他人を巻き込むのは気が引けるし、第三者が入ることで話が余計に拗れることは明白である。

 

——すぐ、浮気とか言い出すやんな……

 

 これだけ竜華に依存しきってラブラブな生活を営んでいても、浮気を疑われてしまうあたり、実はあまり信用されていないのではないだろうか。

 まあ、もう体自体は治っているわけだし、真面目に話せばなんとかなるやろと、怜は思った。

 

 そんなことを考えていると、玄関から、カードキーで扉を開ける音が響いた。

 怜の体が緊張で強ばる。心拍数が上がったのが自分でもわかったが、ボーっとバラエティ番組を見ているフリをすることに決めた。

 急いで廊下から、リビングに走ってくる竜華の足音が聞こえる。

 

「とき! 帰ってきてたんやな! よかった! よかったよぉ……」

 

 ソファーに駆け寄ってきた、スーツ姿の竜華に苦しいくらい強くハグされた。

 

「ただいまや、少し痛いから離してや……」

 

「あ、ごめんごめん。ほんま帰ってきてくれて良かったわあ」

 

 竜華はまつげを伸ばすように、指先で涙を拭った。

 心配で張り詰めていた緊張の糸が切れて、鼻をすんすんさせている竜華の姿を見て、怜は勝手に出掛けたことへの罪悪感を抱いた。

 

「とき、どこいってたん? 心配したんやで?」

 

「ん……洋榎のところや」

 

 そう怜が答えると、竜華の目が物凄く冷たいものへと変わった。ゴミを見るような蔑みの視線を浴びせられ、怜は震え上がった。

 

 怜は回答を間違えたことを理解し、後悔したが、上手く言葉が出てこない。

 

——ち、沈黙するのやめーや……竜華、なんか言うてくれや……

 

 竜華にじっと睨みつけるように観察されて、怜は思わず目を逸らした。

 

 重苦しい静寂のなか、バラエティ番組の芸人さんの笑い声が部屋に響く。

 

 無言に耐えられなくなった怜が、口を開いて正直に話そうと思った時、微笑む竜華から優しそうな声で尋ねられた。

 

「ときー? どこ行ってたん?」

 

「ほ、北海道や」

 

 竜華からの助け舟のような質問に、怜は正直に答えた。

 竜華の口元は笑っているが目は全く笑っていない。様々なトラウマが怜の頭のなかをぐるぐると駆け回る。

 

「北海道ええなあ? 誰と、何しに、行ったんやろか?」

 

「し……獅子原さんと麻雀してきたわあ」

 

「それに、泉と末原さんもおったよな?」

 

「せ、せやなー」

 

 全部知られていることに、怜は少しパニックになったが落ち着いて、竜華を刺激しないような回答をするように心がけた。

 

「北海道寒かったやろ? 大丈夫? 風邪ひいたりしてない?」

 

「うん」

 

「急に行方不明なんてなったら、心配するやろ? 家族なんやから相談して欲しかったわあ……次からは相談してな?」

 

「うん」

 

「なんで? そんなことするん?」

 

 正直に答えれば、竜華のご機嫌がななめになる確率300%オーバーの質問をされて、怜は竜華から目を逸らして口をつぐんだ。

 

「とき? なんでそんなことするん?」

 

「な、なんとなくや……」

 

「なんとなくで、北海道まで行かへんやろ? なんでそんな嘘つくん? さっきも洋榎のところ行ったって嘘ついたやんな? とき、嘘ついたらあかんで?」

 

「…………うん」

 

「隠し事はなしやろ?」

 

「ご、ごめん……悪かった、謝るわ」

 

 ソファーにちょこんと座って肩身を狭くして怜は膝に手を置いたまま、小さい声で竜華に謝った。

 足を組み直した竜華の姿を見て怜は、体が治ったことをはやく伝えないと、人生終わらされると思った。

 

「で? なんでこんなことしたの?」

 

「ま、麻雀したかったんや、竜華に言うと反対されるから……で、でも、もう元気になったし病気も治ったから大丈夫や!」

 

「麻雀はしないって約束したやろ?」

 

「約束したけど、それはうちの体が悪かったからやん? 獅子原さんに会ってもう治ったから大丈夫なんや」

 

 体が治ったことを伝えたのに、竜華はとくに喜ぶわけでもなく冷めた目をしていた。

 

——お、おかしいやん! そこ喜ぶところやろ!? 無反応はやめーや!

 

「とき? 獅子原さんや赤土さんと麻雀した時はたまたま調子悪くなったりしなかったみたいやけどな……インターハイの時みたいに真剣に麻雀したら絶対倒れるやろ? うちは怜が麻雀するなんて、絶対許さへんで。わかった?」

 

 全く治ったことを信じてくれない竜華に怜は愕然とした。竜華に脅しつけられるように、優しく詰問されてつい頷きたくなったが、諦めず怜は首を横に振った。

 

「治ったんや! 洞爺湖のホヤウカムイ様に翼で治してもらったんや。だからいくら麻雀しても、体調悪くなったりせーへん!」

 

 怜が力強くそう言った。

 竜華は、怜のおでこに右手を当ててから、自分のおでこに右手を持っていった。

 本当のことを言っているのに全く信じて貰えず、正気を疑われてしまうという展開に怜はひどく動揺した。

 

「熱はあらへんな……」

 

 そう言って竜華は、悲しそうに目を伏せた。

 

「熱なんてあるわけないやろ! 信じてや! 治ったんやから!」

 

「嘘つくのはやめてって言うたよな? 怒るで?」

 

 竜華に低い声でそう言われて、怜は黙りこんだ。たしかに冷静に考えると北海道の神様が病気を治してくれた、という話を素直に受け入れられるはずがない。

 

 そうなると、勝手に無断で北海道まで行って麻雀をしてきたという事実だけが残ってしまう。 

 

「とき、まだ聞けてへん言葉があるんやけど?」

 

「な、なんや……」

 

「ごめんなさいは?」

 

——なんでうちが悪い訳やないのに、謝らなくちゃいけないんや? 元はと言えば、コイツが人を監禁して、うちから麻雀を奪ったのが全部悪いやん。

 

 怜の中で溜め込んでいた感情が爆発した。

 

「うちは治ったんやから、誰と麻雀しようが勝手やろ! そもそもなんで出掛けたり麻雀したりするのに許可が必要なんや、この犯罪者! インターハイの時にしたことうちは忘れてへんで」

 

「離婚や離婚。こんなやつと一緒におるとかありえへんやろ! 麻雀くらい自由にさせろや! おまえなんかより、うちは麻雀が大事なんや!」

 

 怜は言葉を終えて、一息ついた。

 言ってやったという解放感はすぐに消え失せて、猛烈な後悔が怜を襲った。

 怜の暴言に、竜華は呆然としながら何度も瞬きを繰り返した。それから、ブワッと下眼瞼に涙が集まって大泣きした。

 竜華は涙がボロボロと溢れているのに、声ひとつあげない。焦点の定まらない瞳で見据えられて、怜は背筋に嫌な汗が流れる。

 

「結局謝ってくれへんかったけど……これから謝る機会は、たくさん用意してあげるから安心してな?」

 

「や、やめてや……」

 

 竜華がテレビボードの収納から、昔使った手錠を持ってきて、怜の目の前に持っていった。ジャラジャラと鎖と鎖が擦れる音が部屋に響く。

 

「や、やめろって言ってるやろ!!! 嫌いになるで!」

 

 怜はそう竜華に怒鳴りつけた。

 ソファーから立ち上がり部屋の隅にあった置き時計を手に取って、いつでも投げつけられるようにする。

 

「嫌いになっちゃったん? ごめんな、うちも好きになってもらえるように、努力するから許してや」

 

 何度も何度も竜華は手錠を振って、音を鳴らした。こうされると、怜の意思とは無関係に体が震えてしまうので、まとも抵抗をすることができない。

 

「ふふっ、それでも、怜のことはうちが守ってあげるから安心してね!」

 

「ほ、ほんとうに最低やなおまえ……」

 

 無抵抗な怜の手首に、手錠がかけられた。

 金属の固く冷たい感触が、園城寺怜の心に絶望を塗り広げていった。

 

「やっぱり、麻雀中継とか見せてたのがあかんかったんかな? やっぱり心を鬼にせなあかんな」

 

「今年のオフシーズンは、一緒に麻雀を諦めていこうね!」

 



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第75話 清水谷竜華の愛情と魔法の薬

 大阪の高層マンションの一室にある防音室の扉。その前で、怜は立ち尽くしていた。

 

「や、やっぱり止めようや……うち竜華の側にずっとおるから」

 

「怜のためにいっぱい準備しておいたんや、だから開けてみて! すっごくええ感じの部屋になったし」

 

 嬉しそうに竜華は、怜の話を無視して防音室の扉を開けるように促した。

 竜華のお母さんである麗華さんが、買ったこのマンション自体には、小学校高学年の頃に葉子やしんちゃんとプールで遊んだり、一緒に料理をしたりした、良い思い出もたくさんある。

 

 しかし、この防音室には良い思い出がなに1つとしてない。

 

 大阪のマンションは、竜華がプロ入り後すぐに神戸のマンションを買ってから、全く使っていない。にもかかわず、清掃が行き届いていることに怜は違和感を感じた。

 

「んー? どしたん? 怜のために用意したんやから遠慮しないで、開けてええんやで?」

 

 1度入ったら2度と出られないような、場所の扉を開けられるはずがない。

 本当に無理なので、怜は扉からそっぽを向くと不思議そうに首を傾ける竜華と、正対してしまった。怖くて体が震える。

 声がうまく出せなくなってしまったので、怜は首を横に振って拒絶の意思をするが、竜華は全く聞き入れてくれない。

 

「ふふっ、恥ずかしがり屋さんやなー、うちが開けてあげるね。気に入ってくれるとええんやけど」

 

 竜華が防音室の二段ロックになっているドアノブを開けて。部屋の中を見せてくれた。

 

「ジャジャーン! ほらほら、オシャレでええやろ? 今回は、全部チークで揃えてみたんや!」

 

 チーク材のフレームにアイボリーのクッションを合わせたソファーに、無垢のローテーブル。怜が気に入るようなシックな内装だ。

 

「ウォルナットも良かったんやけど、やっぱり少し部屋が重くなるしなあ……チークなら艶もあるし落ち着きつつも、明るい印象になるかなって」

 

 竜華が色々と話してくれているが、怜の耳には全く入ってこない。

 部屋の隅に置いてある、介護用オムツと使い捨て防水シーツの山を見て、怜の膝がガクガクと震えた。

 その場でへたり込んでしまった怜のことを心配そうに覗き込んでから、竜華は問いかけた。

 

「どうしたん? 急にへたりこんで? 大丈夫?」

 

「そ、それ……どっかしまってや」

 

 怜は、介護オムツを目を逸らしながら指差して、必死に片付けるよう主張した。日常生活でも絶対にこれに遭遇しないよう、ドラッグストアには近づかないように、気をつけてきたのだ。

 

「んー? 使うところの近くにあったほうが便利やろ?」

 

 竜華は、とくに気にするでもなくそう言った。

 防音室の前でへたり込んで、イヤイヤする怜のことを竜華は、お姫様だっこで優しく持ち上げた。

 軽々と持ち上げられて驚いた怜は思わず、竜華の首に手を回してバランスをとる。

 

「ふふっ、なんか新婚の時みたいやな」

 

 嬉しそうに竜華はそう呟いてから、怜のことをふかふかのソファーの上に、そっと置いてから扉を閉めた。

 

「とき。心機一転、一緒に頑張ろうなー」

 

 竜華はそう怜に問いかけたが、返事が返ってくることはなかった。

 怜は膝に両手を置いたままソファーに腰掛けて、じっと壁を見つめていた。

 

 どうして、こうなってしまったのだろう。

 体が治って、麻雀を再開できるはずだったのに。

 

 神戸のマンションから、大阪のマンションに車で移動する際に、逃げ出さなかったことを怜は、本気で後悔した。

 逃げ出す隙などなかったし、出発前に竜華から、拒絶されたらうち生きていけへんわと念押しをされた。

 それでも、逃げるべきやったんやと怜は思った。

 

 ベッドに使い捨て防水シーツを何枚もかけて、丁寧にベッドメイキングをはじめた竜華の姿を呆然と怜は眺めた。

 全く気が付かなかったが、目の前のローテーブルの上に手錠とキッチンミトンが置かれていることに怜は気がついた。

 全身の毛穴が逆立つような感覚を覚え、冷や汗がダラダラと流れる。

 自分のトラウマが無造作に置かれているのは、抵抗されないために竜華がわざとやっているのだろうと怜は思った。冷静に分析する脳内を引っ掻き回すように、インターハイ後の思い出がフラッシュバックする。

 

——あかん、死ぬ……うち殺されるかもしれへん。人格壊れたら、残った体どうなるんやろ……死にたくあらへん……

 

 呼吸が安定しない。

 もっと酸素が欲しいと、肺が訴えかけて危機感だけが募っていく。

 

——せや! 拒絶するのを先送りにしてきたから、こんな目に遭うんや! 今逃げとかんとほんま殺される。だから、今頑張るんや!

 

 怜は、ヨロヨロとソファーから立ち上がって小走りで扉の前にたどり着くと、勢いよくドアを開けた。

 

 いや、開けようとした。

 

 でも、ドアはガシャガシャと音を立てるだけで、一向に開こうとしない。防音室なので、2段回のドアノブになっているのが、良くないのかもしれないと怜は思った。はやくしないと竜華が来てしまう。

 怜は両手をドアノブを力一杯、何度も何度も引いた。ドアノブを引くたびに、冷たい金属音が響く。焦りが絶望感へと変わっていっても、怜はドアノブを引くことを止めなかった。

 

「とき? なにしてるん? さっき鍵かけたからドアなら開かへんけど……あ、うちに相談しないで、この部屋から出たりとか絶対にあかんからな? わかった?」

 

 ドアノブに手をかけたまま、へたり込んだ怜の背後から竜華はそう囁いた。

 

「あ…………あ、あ……」

 

 意味をなさない言葉が怜の口から溢れた。

 そんな怜の様子を気にするでもなく、竜華は優しく怜のことを抱き抱えて、ベッドに寝かしつけた。

 

 怜の両手首に、手錠がかけられていく。

 

 はじめは何をされているのか、わからず呆然としていた怜だったが、足枷をつける際に拘束されていることに気がついた。

 怜は、竜華のことを思いっきり左足で蹴飛ばして抵抗したが、簡単に押さえつけられてしまい両足首にも枷がかけられた。

 

 両手両足の自由を奪われる。めちゃくちゃに暴れれば、外れるだろうと怜は思ったが、鎖の音が部屋に響くだけでびくともしてくれない。

 

 呼吸がうまくできない。

 

 シーツの上で溺れてしまいそうになる感覚に、怜はパニックになった。もっと呼吸をしないと死んでしまう。動悸が激しくなって、ぐらぐらと視界が歪んだ。

 手足をいくら動かしても息苦しさは改善されないが、それでも必死にもがいた。

 

「ゆっくり息を吸って、それから息を止めてみよっか?」

 

——あ、アホやろ!? 息なんか止めたらそれこそほんまに死んでまうわ。息できへんのやぞうちは。

 

 怜は呼吸をする回数を増やして、酸素を身体にといれようとしたが、どんどん症状は悪化していった。いくら浅く呼吸をしても、酸素は脳まで届かない。

 竜華のいう通りに、怜はゆっくり深く呼吸をして怜は、酸素を身体中の血管に巡らせるように息を止めた。息を吐くときに勢いよく吐いてしまって、咽せてしまったが、何度も繰り返すと、呼吸は安定していった。

 

「ときー大丈夫? お薬飲む?」

 

「おまえの持ってきた薬とか、飲めるわけないやろ!」

 

 怜はそう言ったが、竜華は部屋の外に出てお薬箱を持ってきて帰ってきた。

 せっかく安定した呼吸が、また早くなっていきそうになる。

 

「このお薬使うけど、ええよな?」

 

 竜華は、包装シートに包まれたお薬を手に取って、怜に見せた。何を処方されるのかと酷く不安になった怜だったが、銀色のシートに青色の文字で、エチゾラムと記載があるのを見つけて少し安心した。

 ベッドと繋がれた手錠にはだいぶ余裕があるので、竜華に体を起こしてもらって2錠ほど服用した。

 

「これ、しばらくはベッド生活なん?」

 

「せやなー、ほら最初の頃は暴れられたりすると危ないし。お風呂はしばらく我慢やけど……うちが、全部面倒見てあげるから安心してね」

 

 ベッド横の竜華が右手の人差し指をたてて、にこやかに今後の生活について説明してくれたが怜の心は晴れない。

 しかし、薬の効果か、体の筋肉が弛緩してだんだんと不安が薄れていった。

 このまま竜華と話しているのも嫌だし、このまま寝てしまおうと怜は思った。

 

 明日の朝起きたら全部夢の中の出来事になっていて欲しい。

 だんだんと重たくなっていく瞼を感じながら、怜はぼうっと防音室の天井を眺め遣った。

 

 本当にどうして、こうなってしまったのだろう。

 



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第76話 園城寺怜と熱帯魚の水槽

 園城寺怜はベッドの上で、四肢を拘束されたまま、仰向けになってボーッと天井を眺めていた。 

 

 ベッドに繋がれたまま、4日が過ぎた。

 

 壁に掛けられた時計と、サイドテーブルに置かれたカレンダーが正しいものであれば、そのはずである。

 プライドを何度も何度も辱められ、いくら竜華に懇願しても、部屋から出られないこの状況に、涙も枯れ果てた。

 

 何故、最愛の人にここまで酷いことをされなくてはならないのか。

 

 生きるんてつらいなあ……

 

 楽しいのは、お薬を飲んでぐっすり寝ている時間と、ご飯を食べている時間だけだ。

 自分の瞳は、絶望で染まっているのだろうなと怜は思った。そんな姿を見て、満足そうに微笑んでいる竜華が、優しく怜の髪を撫でている。

 

「手首めっちゃ痛い……手錠とってや」

 

 怜がそう言うと、竜華は撫でる手を止めて両手で怜の左手を手に取って、傷口を観察した。

 手錠や足枷をかけたまま暴れ回ったせいで、両手首と両足首が真っ赤に腫れている。腫れに手錠の硬い金属部分が当たり、ズキズキと痛みが続く。

 

「消毒もしたし、大丈夫やろ? 初日に暴れなければ、そんな痛い思いもしなかったのに」

 

「そ、それはうちが悪かったから……ほんまに痛いんや、外して」

 

「んー、あと3日したら外してあげるから、それまで一緒に頑張ろ? ね?」

 

 最低でも3日は、この生活を続けなくてはならないことを告げられて、怜は身体を縮こまらせた。

 

「足枷だけでもええやん……どうせ逃げられへんのやから……竜華の言うことなんでも聞くから、ほんま外して……」

 

「んーなんでも言うこと聞いてくれるん?」

 

 竜華の問いかけに、怜はコクコクと頷いた。麻雀をやめろと言われそうだが、とりあえず言葉だけでも追従しておいて、この状況から逃れることが大切なように、怜には思えた。

 監禁生活が何ヶ月も続くようだと、心が壊れてしまう。

 

「そら、嬉しいなあ。それじゃあ、あと3日間はベッドの上で繋がっていようね!」

 

 一切の慈悲のない竜華の態度に、怜は涙を流した。もう涙も枯れたと怜は思っていたが、人間の涙の水脈は、想像よりもずっと豊かだったらしい。

 

「なあ、竜華……はじめからこうするつもりだったん?」

 

 涙声だが竜華が聞き取って貰えるよう頑張って、怜は絞り出すようにそう言った。

 

「はじめからって言うと、何処からなのかわからへんけど……咲ちゃんから、メール来た時あったやん? あの辺りから、このお部屋の準備はしてたんよ」

 

「え…………?」

 

「咲ちゃんから誘われても、うちに相談してくれたり、行かないって選択をしてくれると思ってたのに、黙って出て行ったやん? あの時は、ショックやったなあ」

 

「ちょっと待ってや、なんでそれ知ってるん!?」

 

「え、そら家にいる時は毎日怜の携帯チェックしとるし? パスワード急にかけたから、なんかあったんやろなって」

 

「あ、でもでも、パスワードをうちの誕生日の0608にしてくれてたのは、嬉しかったわあ」

 

 北海道旅行が、全部竜華の手のひらの上で行われていたことを知り、怜は愕然となった。止めてくれても良かったはずなのに、ずっと行動を観察されていたことに、怜は空恐ろしさを感じた。

 

「なんで止めてくれへんかったんや……北海道行かへんかったら、こんな目に合わずに済んだのに……」

 

「そら、怜に心の底から、自発的に麻雀辞めてくれへんと意味ないしなあ。怜が嘘ついてるかどうかなんてすぐ分かるし」

 

「それなら、うちが病気治ったって言うのも嘘やないってわかるやん!!」

 

「怜本人はそう思い込んでるのかもしれへんけど、神様に会って身体治ったなんて信じられへん。それに仮に治ってたとして、また麻雀続けたら、再発するに決まってるやん?」

 

「麻雀の件に関しては、1%でも怜に害が及ぶ可能性があるなら、やらせたくないんや」

 

 真剣な表情で怜の体調を心配してくれる竜華のせいで、また吐き気がぶり返してきた。

 ここで否定しても、ベッドの上に拘束される時間が長くなるだけで、なんの益にもならないことを怜は経験から知っていた。

 

「怜は病気なんよ。命をかけてまで麻雀したいとか病気以外のなにものでもあらへん。だから、北海道で都合の良いこと吹き込まれてあっさり信じてしまうんや」

 

「でも、うちが守ってあげるから、安心してね!」

 

 壁に向かって話してろやと怜は思ったが、どうしても耳に入ってきてしまう。竜華の気持ちもわからないことはないし……どうしたらええんやろ……深く考えれば考えるほどわからなくなっていった。

 

 それから、竜華の作った晩御飯を食べさせて貰った。

 竜華は、青椒肉絲とご飯をスプーンの上にカレーライスのように均一に盛り付けて、一口ずつ怜の口元に運んでくれた。

 あーん拒否は許されないので、1時間ほどかけてゆっくりと夕食をとった。食事くらいしか楽しみもないので、それはそれで悪くないなと怜は思った。

 

「なかなかおいしかったで」

 

「そら、良かったわあ」

 

 怜がお礼を言うと、竜華は嬉しそうに食器を片付けてくれた。

 麻雀さえやめれば上手くいくんじゃないかと錯覚しそうになる。竜華にそう誘導されていることは、間違い無い。しかし、それでも麻雀に対する考え方の違いが、諸悪の根源であることは疑いようはない。

 

——うちが麻雀さえ辞めれば……竜華も幸せになれるし、うち自身も苦しむことはないんや。竜華を助けてあげるには、これしかないのかもしれへん。

 

 怜が麻雀をインターハイ後辞めたのは、竜華のためだ。身体のことだけであれば、多少寿命は縮んだとしても麻雀は続けたし、それで死んでも仕方がないと怜は思っていた。

 食事をとって、歯磨きもしてもらった。あとは寝るだけ。しかし、寝ようと思っても、悩みが頭をもたげてうまく眠れない。それに、手首がズキズキと痛む。

 

「もう寝ようと思うんやけど、手が痛くて寝れへん」

 

 怜がそう文句を言うと、竜華は部屋の外からお薬箱を持ってきてくれた。

 

「んー寝れへんのやったら、やっぱりこの辺なのかなあ……ときーどれがええ?」

 

 竜華は、お薬箱の中から数種類の睡眠薬を取り出した。以前服用したエチゾラムの他にも、ゾルピデムやトリアゾラムなど、世界プロ麻雀連盟のドーピング検査項目に、適合する安全なお薬たちが並ぶ。

 

「おくすりバイキングされても、1種類しか使えへんやんけ!」

 

「んーもしかしたら、2種類使えるかもしれへんよ?」

 

 竜華はそう言ったが、もしかしたら使えるかもで薬を飲むのは怖すぎるので、エチゾラムを2錠ほど服用した。

 効果はすぐに現れて、緊張が解けていった。この薬が自分には、合っているのかもしれないと怜は思った。

 

「他の薬選んだら、使わせてくれたんか?」

 

「んーまあ、調べてからやけど。ゾルピデムは、椿野さんや野依さんも使っとるから安全そうな印象はあるなー」

 

「寝れへんの? その2人?」

 

「まあ、プロ選手は移動も多いしナイターとデイゲーム交互にやられたりすると、バランス崩すしな。あとはまあ……ストレスやな」

 

 プロ麻雀の過酷な環境に怜は驚いたが、それと同時に竜華のことが心配になった。今飲んでいるこの薬は、竜華に処方されたものなんじゃないかと思ったからだ。

 

「竜華は大丈夫なんか?」

 

「え? ああうちは、寝られなくなったこととかないし大丈夫やで? この辺の薬はチームドクターから貰ったやつやけど」

 

 健康なのに薬もらってくるなやと、怜は言いたかった。しかし、竜華が健康で安心したし、瞼もだいぶ重たくなってきたので、そのまま寝ることにした。

 重たくなった身体から、意識を手放してポケットコイルのスプリングを沈める幸福を怜は噛み締めた。

 

❇︎

 

 久しぶりにお風呂に入ることができた。

 手錠をかけたままだが、湯船に浸かって頭と身体を洗って貰うと、生き返ったように晴れやかな気持ちに怜はなった。

 毎日どころか、1日に2回湯船に浸かることも多かった怜としては、一週間お風呂なしというのは死活問題であった。

 

 湯船に浸かった途端、涙腺が壊れたように涙が止まらなくなった怜のことを、竜華は優しく慰めてくれた。

 お風呂上がりに、竜華が作ってくれた麦茶をごくごくと喉を鳴らしながら飲んだ。冬の麦茶もなかなか乙なものである。

 

「お風呂、気持ちよかったわあ」

 

「ふふっ明日もまた一緒に入ろうね。あ、湯冷めには気をつけへんとな」

 

 ベッド生活からも解放されて、ソファーで竜華にドライヤーで髪を乾かして貰った。

 

「ときー少し目瞑っててなー」

 

「うん」

 

 竜華は、コットンにたっぷりの化粧水を馴染ませて怜の頬をパタパタと叩いた。

 お風呂で鏡を見た時に、肌が少し荒れていたので、ゆっくりケアせなあかんなと怜は思っていた。

 

「顔パックしたほうがええかな?」

 

「んーとりあえず、このあと乳液塗って様子見ようや。あんまり急に色々やるとかえって良くなさそうやし」

 

 血行も良くなって、毎日お風呂に入っていれば肌の具合も良くなっていきそうだと、怜も思ったので、竜華の言う通りにした。あんまり頑張ってケアして、栄養過多になってしまっては元も子もない。

 

「肩こりもずいぶん良くなったで」

 

「やっぱりお風呂さまさまやなあ……じゃあ肩は揉まへんでも別にええか」

 

「それはそれ、これはこれや」

 

「はいはい」

 

 竜華に火照った体をマッサージしてもらって、心に栄養が行き届いていくのを怜は感じた。

 

「今日と明日はソファーでゴロゴロしててええかな?」

 

「ええよ。撮り溜めしたドラマでも、一緒に見る?」

 

「殺人事件で頼むで。名探偵ちゃちゃのんシリーズ見たいわ」

 

「物騒やな……刑事ドラマは、国税調査官シリーズしか撮り溜めあらへんけど……」

 

「じゃあそれでええわ」

 

 これまでの平和な日常が帰ってきたように怜は思った。

 窓ひとつない防音室の室内でも、幸せは感じられる。

 

 熱帯魚の棲む水槽のあぶくの様な幸せ。

 

 いつかは、竜華と麻雀の話をしなければいけないとわかっていても、今は先延ばしにしようと怜は思った。

 竜華の心が晴れるまで。

 



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第77話 もうにどとまーじゃんはしません

 監禁生活も1ヶ月を超えて、怜の精神も次第に安定していった。多少の不自由さに目を瞑れば、概ね生活は快適そのものだ。

 料理は上げ膳据え膳だし、入浴後にはおててや肩のマッサージもしてくれる。

 

 勝手に部屋から出ないこと。

 麻雀の話をしないこと。

 竜華のご機嫌を損ねる行動をしないこと。

 

 この3つのルールさえ守れば、竜華は優しいのである。

 クリスマスには、竜華の出してきてくれたクリスマスツリーに飾り付けをして、ショートケーキを食べた。

 お正月におもちが食べられないのは、残念だったが、伊達巻といくらご飯をたくさん食べたので、怜はそれなりに満足していた。

 

「もしかして、一生このままなんちゃうかな?」

 

 ソファーの上でゴロゴロしながら、怜は縁起でも無いことを言った。

 2月の後半には、春季キャンプも始まるので、そろそろ解放されそうだ。しかし、竜華が絶対に部屋の外には出さへんでモードなので、どう転ぶのか、なかなか読めないところがある。

 

 体をムクリと起こして、竜華のいれてくれたカフェオレの入ったマグカップを、怜は両手でとった。

 

「結構苦いやん……竜華、砂糖入れ忘れとるわ」

 

 竜華が戻ってきたら、砂糖を入れてきてもらおうと怜は思った。

 

 部屋のドアは、換気のために開けっぱなしになっている。あっさり逃げられそうだが、これは見えている地雷なので、ソファーの上でゴロゴロしているのが正着なのである。

 高校生の頃これに引っかかって、オムツ姿で「もう、かってにへやのそとにでません」と号泣しながら何度も音読させられた経験が、園城寺怜の読みを支えていた。

 

 手錠も取れてすっかり快適な生活になり、お薬を飲まなくても寝れるようになった。

 

——それにしても、麻雀したいなあ

 

 体力と気力が回復してくると、麻雀がしたいという欲求が頭をもたげてくる。

 竜華を選ぶか、麻雀を選ぶか。この命題はインターハイ終了後から……いや、それより前からずっと園城寺怜の前に、現れ続けてきた。

 二律背反の関係だと、怜はこれまでずっと思ってきた。

 でもそれはきっと違う。竜華が怜に麻雀をさせないために、麻雀の対になるように、振る舞っているだけだ

 

 怜がカフェオレの水面を見ながら、思考を巡らせていると部屋に竜華が帰ってきた。

 

 白地にピンクの縦縞の入ったキッチンミトン。

 

 竜華の手の中にあるものを見て、怜はマグカップを取りこぼした。プラスチックの軽く無機質な音が部屋に響く。

 竜華の機嫌を損ねるようなことは、していないはずだ。

 

「怜、大丈夫? 熱くなかった?」

 

「う、うん」

 

 怜の太もものあたりに、カフェオレが少しかかってしまった。しかし、特段熱くはなかったし、怜の人生のトラウマの前では些細なことである。

 

「う、うち……なんも悪いことしてへんよ。はやくしまってや……」

 

「最近お薬も飲まなくて良くなったし、麻雀を諦めてもらうトレーニングも、そろそろできるかなって」

 

 体力と気力が回復してきたので、麻雀を辞められるよう洗脳しますと、竜華に宣言されて怜の頭は真っ白になった。

 あまりにも理不尽すぎる。

 

「や、や……」

 

 やめて欲しい旨伝えたかったが、怖くて上手く言葉が出てこなかったので、怜は全力で顔を横に振って拒絶の意志を示した。

 優しそうな笑顔を作った竜華が近づいてきたので、怜は慌ててソファーから立ち上がって、部屋の隅っこに逃げた。

 部屋の外にでると悲惨な目にあうので、逃げられる限界まで頑張って移動した次第である。

 

「大丈夫。大丈夫。最初はほら、8時間だけやから。安心して、ね?」

 

 頑張って怜は首を横に振り続けたが、抵抗も虚しく、竜華にお姫様抱っこをされベッドまで運ばれて、四肢を拘束される運びとなった。

 

「ほ、ほんま無理やから! やめてや!」

 

「大丈夫。大丈夫。一緒に頑張ろ? 終わったらモンブランを買ってあるから、一緒に食べようね」

 

 竜華は怜の人差し指から小指までを包帯でくるくると丁寧巻いた。指先が動かすことが出来なくなった怜のおててに、キッチンミトンが被せられた。

 まるで手が無くなってしまったかのように、指先の感覚がなくなる。

 

「や、やめろ言うとるやろ! アレはほんまに無理なんや! やめて!」

 

 怜の哀願はあっさりと竜華に無視されて、無抵抗な怜の耳に、遮音性能の高いイヤホンが差し込まれる。

 

 精神を無理矢理抑圧するようなホワイトノイズが、世界から音を塗りつぶした。

 

 人格を壊される恐怖で、頭がいっぱいになる。

 

 怜はイヤホンを外そうと首を振ってみたが、耳たぶが擦れるだけで外れそうにない。外したところで、竜華にまた押し込まれるだけなのだが、体を動かさずにはいられなかった。

 聞き取れないが竜華が何かを呟くように口元を動かしてから、アイマスクを手に取って怜に装着した。

 

 五感を全て奪われた真っ暗闇の世界。

 

 じっと、ホワイトノイズを聞き続ける。

 このまま寝てしまえば、辛い時間も少しは短く感じられるかもしれない。しかし耳障りなノイズと恐怖が怜にそれを許さない。

 

 めちゃくちゃに手を動かしても、包帯とキッチンミトンに包まれた指先からはなんの感触も伝わってこない。

 何も感じない無重力の宇宙を一人漂っているような浮遊感に、怜は苛まれた。自分は本当に仰向けに寝ているのだろうか?

 

 ホワイトノイズをはやく止めて欲しい。

 

 力一杯叫んでも、遠くでかすかに声がするだけだ。喉が痛くなるだけで、ホワイトノイズは止まらない。

 

 だれでもいいからはやくたすけにきて。

 

 叫ぶことをやめて、怜は僅かな刺激を求めて体をモゾモゾと動かしたが何も感じない。頭がおかしくなりそうだ。

 

 感覚遮断は、体への負担はほとんどないが、精神をズタボロにされる。ただ寝転んでいるだけの時間が地獄に変わる。

 

 しかし、耐えることしかできない。

 じっと、心を強く持って頑張っているとホワイトノイズが消えた。

 それから視界がぱっと明るくなって、眩しさを覚えた。

 

「とき、おはよう! 気分はどう?」

 

「さ、最悪の気分や……」

 

 隣に竜華がいてくれたことに安心感を覚えながら怜は、正直に感想を口にした。なんでもいいから早く終わりにしてほしい。死にたくない。

 

「まだ、1回目やし余裕やな。んー……とくにまだ暗示とかないし、もう一回沈んどこか?」

 

「や、やめてや……麻雀やめるから! やめるから許して」

 

 竜華に無慈悲にまたホワイトノイズの世界に帰されそうになって、怜は必死にお願いした。心が正常なうちに許して貰いたい。あとから口約束など、いくらでも破れる。

 怜の反応を見て、竜華は微笑んだ。

 

「ふふっ、嬉しいなあ。そうそう、怜は病気なんよ。麻雀をしたら死んでしまうかもしれへん……だから、麻雀したらあかんよ?」

 

「う、うん」

 

「でも、うちが守ってあげるから安心してね!」

 

「そ、そっかーありがとなー」

 

 怜はもう2時間以上経っていると思っていたが、時計の針を見ると30分も経っていなかった。竜華が、初日だから8時間と言っていたことに怜は戦慄した。あと、15回以上この地獄を過ごしたら、確実に壊れる。

 

「麻雀、麻雀やめるから! ほ、北海道勝手に行ったうちが、全部悪かったです……だ、だから、ええやろ! はずして!」

 

「怜が協力的で嬉しいわあ。じゃあ、麻雀を辞められる様に、しっかりトレーニングしていこうね!」

 

 アイマスクをつけられて、視界が真っ暗になった。

 

「や、やめて! ほんまに麻雀やめるから! やめてください!!!!」

 

 怜の言葉の返事は帰ってこない。

 

 にっこり微笑む首を押さえつけられて、無理矢理イヤホンをねじ込まれた。また耳障りなホワイトノイズが鳴り始めた。

 

 怜は大声で叫ぼうと喉に力を入れたが、ホワイトノイズしか聞こえてこない。

 耳を澄ますと遠くで、誰かが叫んでいる。その小さな物音が恋しくて、怜は喉が枯れるほど力を込めた。

 

 咳が止まらない。呼吸ができない。

 

 なんとか呼吸を整えても、真っ暗闇。

 ホワイトノイズの音が耳障りだ。

 はやく、竜華と話したい。麻雀はやめると言っているのだから、もう許してくれるかもしれない。視覚と聴覚が戻ってくるまで、それを希望として生きようと怜は思った。

 

❇︎

 

「ときーおはよう! ちょっと疲れてきたかもしれへんけど……うちの話聞いてな? わかった?」

 

「……うん」

 

 竜華ちゃんの問いかけに、怜は小さく頷いた。

 感覚遮断と覚醒を繰り返されて、だんだんと意識が曖昧になってきた。

 もう何度目だろう。4回目までは数えていたのだが、いつからか数えるのをやめた。怜はふと時計を見たが、うまく時計が読めなかった。なぜ時計を見たら、回数がわかると思ったのだろう?

 

「怜は竜華と一緒にな、おうちで仲良く暮らすのが一番いいと思うんよ?」

 

「うん」

 

「やっぱりそうやなー、うちと同じ気持ちやな! 怜は病気なんよ普段は平気でも……麻雀をしたら病気が悪化してしまうんや」

 

「でも、安心してね! うちがずっと守ってあげるから!」

 

「うん!」

 

 竜華ちゃんの言葉は安心できる。

 ホワイトノイズの世界から出てくると、聞こえてくるのは、必ず竜華ちゃんの声だから。竜華ちゃんと話している間だけ、感覚のある世界にいられるのだ。

 

「大好きや……怜」

 

「うん」

 

「怜がいなくなるなんて耐えられへん……だから、麻雀は諦めなくちゃいけないんや! わかった?」

 

「…………うん」

 

 竜華ちゃんの言っていることはよくわからないが、竜華ちゃんが言うからそうなのだろう。でもその言葉に頷くと、胸がズキズキと痛むのを怜は感じた。

 

「えらいなーとき、それじゃあうちの言った言葉を繰り返してほしいんやけど……ええかな?」

 

「うん」

 

 怜が素直に竜華ちゃんの言葉に頷くと、竜華ちゃんは言葉を続けた。

 

「もう」

 

「もう」

 

「二度と」

 

「にどと」

 

「麻雀はしません」

 

「まーじゃんはしません」

 

「ふふっえらいでー怜」

 

 言い終えると竜華ちゃんは、怜の頭を優しく撫でた。たったそれだけのことで、怜はとっても嬉しくなった。竜華ちゃんといると心が温かくなるのだ。

 でも、どうして? そんなに、悲しい顔をしているのだろう?

 

「ねえ、竜華ちゃん? どうして、泣いてるの?」

 

「な、なんでやろな、怜が麻雀を辞めてくれて嬉しいはずなのに……」

 

 怜が問いかけると、竜華ちゃんは肩をビクッと振るわせた。

 竜華ちゃんの頬に伝う一筋の涙を、怜はキッチンミトンの上から優しく拭った。

 

 手が届いてよかった。

 

 鎖で、もう届かないかと思ったよ。

 

「でも、これで……怜は麻雀をやめてくれるんよな?」

 

「うん、竜華ちゃんがそういうならやめるよ。でも…………」

 

「でも?」

 

 不安そうに聞き返した竜華ちゃんに、正直に気持ちを伝えた。

 

「最後にまた竜華ちゃんと一緒に、まーじゃんをしたかったな」

 

 竜華の瞳から、決壊したダムのようにぼろぼろと涙が零れ落ちて、頬を濡らした。もう、拭いきれない。竜華ちゃんには笑っていてほしいのに、いつもうまくいかない。

 

「怜……麻雀したいん?」

 

「うん」

 

「じゃあ二度と麻雀はしないのは……やめとこっか?」

 

「うん」

 

「うちともまた……打ってくれるん?」

 

「もちろんや! 竜華ちゃんには負けへんで!」

 

 項垂れる竜華ちゃんのことが心配だ。

 怜は、キッチンミトンの上から竜華ちゃんの手をとった。

 視線と視線が交錯する。

 

「竜華ちゃんは、ずっと守ってくれてたんやな。ありがとう」

 

 ふるふると首を横に動かす、竜華ちゃんの手を怜はぎゅっと握りしめた。厚い布越しでも竜華ちゃんが握り返してくれた感触が、はっきりとわかる。

 

「今度はうちが、竜華ちゃんのことを守ってあげるから……泣いたらあかん!」

 

 頷いた竜華ちゃんに、怜は言葉を続けた。

 

「また2人で一緒に、まーじゃんをしよう! 何が起こるかわからへんワクワクが、きっと待ってるで!」

 



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第78話 リビングルームと麻雀卓

 

 神戸の高層のマンションの一室。

 

 怜のお気に入りのゴロゴロできるソファーの後ろに、落ち着いた部屋の雰囲気と調和しない機械的な自動麻雀卓があった。

 リビングに、牌と牌が擦れる音が響く。

 

 そんなプロ麻雀選手の邸宅で、麻雀の練習に励む1人の雀士がいた。

 

 理牌しながらポッキンアイスを貪り喰う者、園城寺怜。

 その人である。

 

半荘戦 南3局

園城寺 怜  39600

加治木 ゆみ 33400

二条 泉   16800

船久保 浩子 10200

 

「なあ……アイスを食べるか牌を弄るかどっちかにしたらどうだ?」

 

「アイスを食べてると、集中力が高まるんや!」

 

 対面に座る加治木さんから、苦言を呈されたので、怜はそう言い訳をした。もちろん、嘘で、怜はただ、冬の暖房の効いた部屋で、ぬくぬくと麻雀しながら、アイスを食べたかっただけである。

 

「怜、アイスだけじゃなくて、みかんさんも食べてな。ビタミンCとらなあかんで!」

 

「うん、ありがとう」

 

 怜の隣に座っている竜華が、怜の口元に、白いところを綺麗に取り除いたみかんの房を持っていった。こうすることで、手を使わずにモグモグできるのだ。

 

「ん……もう少し食べたいで!」

 

「ちょっと待っててね、今剥いてあげるから!」

 

 怜は竜華に、食べ終わったポッキンアイスのプラスチック袋を返し、みかんを受け取った。竜華の剥いてくれたみかんが、一番おいしいと怜は思った。

 

「…………おまえら、いや……なんでもない。園城寺の体調が回復したみたいで、良かったよ」

 

 加治木さんは竜華と怜のラブラブっぷりを見て、少しげんなりしたように眉間に手を当ててから、麻雀卓に向き直った。

 

 怜が麻雀をすることを認めてくれてからの竜華は、人が変わったように協力的になってくれた。今日の、エミネンシア神戸の関係者を招いての麻雀合宿も、竜華が企画してくれたものだ。

 

 監禁生活は1ヶ月以上にわたり、怜にとっては嫌な思い出ばかりだった。インターハイ個人戦後のトラウマと重なって、本当に自分の人格が壊れてしまうのではと、怜が思ったこともあった。

 でも、どんなに酷い仕打ちをされても怜は竜華を許してあげようと思っていた。だから、竜華が監禁生活と麻雀のことを謝った時に、2度とそのことを謝らないで欲しいと怜は告げ、竜華に約束させた。

 過去はいらない。

 今、麻雀ができる。それだけで怜には充分だった。

 

ロン! 5200や!

 

半荘戦 〜終了〜

園城寺 怜  43200

加治木 ゆみ 32600

二条 泉   20000

船久保 浩子 4200

 

 オーラスに怜は最下位のふなQから、出和了を決めてトップで半荘を終えた。

 

「いやー、この卓の中で麻雀をするのは流石にキツいですわあ」

 

「それでも、浩子久しぶり言う割には結構打ててるやん?」

 

 眼鏡を外して、額の汗をハンカチで拭き取るふなQに竜華は健闘を称えた。

 ダイニングデーブルの上に6つ並んだマグカップから1つ竜華は手に取って、魔法瓶からコーヒーを注いでふなQに手渡した。

 

「あ、ごっそさんです。プロしかいない卓とはいえ、この結果ですよ。本当に私なんかで、良かったんでしょうか?」

 

「んーまあ、うちらは浩子や泉が来てくれるだけでも嬉しいしなあ」

 

「は、はい……ありがとうございます」

 

 後輩に、優しい言葉をかける竜華の姿に加治木さんは、少し驚いたように眉を上にあげてから微笑んだ。

 そんな変化を好ましく思っている、加治木さんとは対照的に、二条泉さんは豹変した竜華の姿に、可哀想なほどビビりまくっていた。なんの罠なのかと、泉は訝しむように竜華の様子を観察している。

 

「じゃ、浩子。うちが変わるから牌譜データ頼むわ」

 

「おまかせあれ。スカウトの腕の見せ所や!」

 

 ❇︎

 

 朝から晩まで麻雀ができる。

 怜が思い描いていた理想の生活が、完成しつつあった。

 しかし、麻雀を再開してから、怜にとって誤算だった出来事がひとつだけあった。

 

 清水谷竜華、強すぎ問題である。

 

『リーヅモチートイドラドラの一本場は、6100オールや』

 

半荘戦 〜終了〜

清水谷 竜華 43600

園城寺 怜  31600

加治木 ゆみ 26900

二条 泉   −2100

 

『ん、泉……ロン、3900』

 

半荘戦 〜終了〜

清水谷 竜華 43400

加治木 ゆみ 26600

園城寺 怜  23800

二条 泉   6200

 

「な、なかなかやるやん……次は、絶対勝ったる!」

 

 竜華の麻雀のイメージが、高校時代で止まっていた怜にとっては衝撃だった。

 

 昨年は最優秀防御率を獲得し、団体戦での負けは、獅子原さんにつけられた1敗だけ。紛れもないトッププロの1人なのだが、やっぱり竜華は竜華やろと、怜は少し侮っていたところがあった。

 いつのまにか、若木が大樹になってしまったような、寂しさが怜の心によぎった。

 6年間のブランクは大きい。

 いつのまにか、怜が挑戦者だ。しかし、それも悪くない。怜は、まだ見ぬ強者がたくさんいることに、ワクワクしていた。

 高校時代に勝った、姉帯さんや辻垣内さんもプロで一流と呼ばれる選手になっている。

 こうしてはいられない。

 

「もっかい、麻雀するで!」

 

「でも、お腹空いてない? 大丈夫?」

 

「んー、甘いもの食べたから少ししょっぱいもの食べたいかもしれへん」

 

 すぐに再戦を怜は要求したが、竜華に体調のことを気遣われてしまった。5、6時間ずっと麻雀をしていたので、言われてみると、体に疲労を怜は感じていた。

 

「たしかに少し、お腹がすいたな。園城寺、病み上がりなのだし、あまり焦ることはないさ。糖分をしっかりと体に入れて、休憩してから再開しよう。休むのも練習だよ」

 

「そうそう、ゆみの言う通りや」

 

「じゃあ醤油ラーメンさん、食べたいで! あ、泉、この半荘も負けたんやし買ってきてや」

 

「ええっ!?」

 

 怜の思いつきで、ラーメンを買いにパシらされることになった泉は、口では文句を言いながらもハンガーから、コートを羽織っていた。

 

「とき、そういう後輩に強く当たったりするのとか良くないと思うで? 出前にしよ?」

 

「わ、わかったで!」

 

 竜華にそう諭されて、怜は泉にラーメンを買いに行かせるのをやめた。

 

「い、いや……私、行ってきますよ、大丈夫です」

 

「わざわざ、行く必要ないやん? でも、そうやって頑張ろうとしてくれるの、本当助かるわあ」

 

「は、はい」

 

 泉が直立不動のまま、よしよしと竜華に頭を撫でられている姿が印象的だった。半泣きになって、足がブルブルと震えている。

 泉の頭を撫でながら、竜華はよく使う中華料理屋さんに出前の連絡を終えた。ここのお店のラーメンは、昔ながらの醤油ラーメンでなかなかおいしい。

 

「でも、出前届くまで時間かかるやろ? それならもう一半荘できるやん」

 

「せやけど、怜はずっと通しでやってるから……見学やで? わかった?」

 

「じゃ、じゃあ、竜華の見てるわ」

 

半荘戦 東1局

東 清水谷 竜華 25000

南 加治木 ゆみ 25000

西 船久保 浩子 25000

北 二条 泉   25000

 

「最近気がついたんやけど……」

 

 竜華は、自動卓から上がってきた牌を、足を組んだまま眺めやって、ポツリとつぶやいた。

 

「麻雀ってこんなに楽しいものやったんやなって……ぜんぜん知らへんかったわ」

 

 無秩序に並んだ手牌から、竜華は迷わず1索を切り出した。

 勇気を振り絞って、泉がその呟きに答える。

 

「そうですよ、清水谷先輩! 麻雀は楽しい! だってずっと負け続けてる私だって、今日先輩達と打てて楽しいんですから!」

 

「ふふっ、泉……ありがとう」

 

 2人のやりとりを見て、怜はあったかい気持ちになった。

 

「なあ、良い雰囲気なところ悪いんだが、ひとつだけいいか?」

 

「ん? 加治木さんどうしたんや?」

 

「私だけ、千里山高校の先輩じゃないんだが?」

 

 たしかに、言われてみれば今日の面子の中で、加治木さんだけが千里山の出身ではない。

 

「まあ、そこはあれやろ。名誉関西人みたいなもんや。自分、生まれ関西やろ?」

 

「いや、生まれは長野だし。大学は東京だ」

 

「まあ、長野は関東じゃないから、だいたい関西やろ」

 

「園城寺先輩、それめちゃくちゃ過ぎますよ!?」

 

「ほら、今は神戸にいるわけやしなあ」

 

 加治木さんをどうにか関西人に仕立て上げたい怜だったが、ふなQと泉という良識派の前で計画は瓦解してしまった。

 

 牌の音がリビングルームに響く。

 深夜になってもその音が、止まることはない。

 卓を囲む雀士たちの頭上で、シーリングライトの暖色の光が煌々と輝いていた。

 



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第79話 世界の頂に咲く花

欧州選手権決勝 第4半荘 

南2局

S.Miyanaga 65300

R.Blumental 58300

N.Virsaladze 48900

C.Niemann 27500

 

「これ……本当に勝つんじゃないか?」

 

 ソファーに腰掛けた加治木さんが、前のめりになりながら、ほとんど瞬きもせずにじっとテレビ画面を凝視している。

 いや、加治木さんだけではない日本中の視線が、国営放送に集中していた。

 

 時刻は、深夜1時を回っている。

 

 試合会場であるドイツ、ハノーファーの日は、そろそろ落ちた頃だろうか?

 トップに立つ宮永さんと、2位につけるブルーメンタール選手の得点差はわずか+8点。どう転んでもおかしくない。

 呼吸ができないほどの緊張感と、期待感が日本を包み込んでいた。

 

「これ、宮永さんがブルーメンタールに捲られたら、負けってことでええやんな?」

 

「せや、欧州選手権はワンツーやから……この半荘で決まるわ」

 

 怜が竜華に問いかけると、すぐに答えが返ってきた。こういう時に、竜華がいてくれると助かる。ワンツーのルールなら、ニーマンに捲られる可能性は少ない。宮永さんの銀メダルは、すでにほぼ確定している。

 欧州選手権は、世界選手権、全米オープンと並べられる三大大会の1つである。アジア大会を含めて四大大会とみる向きもあるが、新興のアジア大会は、格に劣ると言われることが多い。

 

『日本の悲願が、日本麻雀の夢が今目前まで迫っています! 勝負の南2局、宮永頑張れ! 親番はブルーメンタール! リードは7000点です!』 

 

『頼む、宮永……たのむ……勝ってくれぇ……このまま、このままいってくれ!!!』

 

 テレビ画面から、いつになく力のこもった福与アナの実況と、解説の藤田さんの神頼みが聞こえてきた。

 

「なんで、この大舞台の解説が藤田さんなんやろか……」

 

「小鍛治さんしか解説できる解説者は、いないだろうが……世界戦だと当事者となるからな、そう考えると人気のある藤田さんで良いんじゃないか?」

 

「たしかに、小鍛治さんは世界戦での結果にかなり責任感じてそうやから。藤田さんでええな」

 

 加治木さんは冷静に、藤田さんが解説者に落ち着いた理由を分析した。その分析に竜華も同調する。

 

 日本人麻雀選手の海外からの評価は、高いとは言えない。決して弱くはないが、ドイツや中国などの麻雀先進国とは、水をあけられてしまっている。

 これは実力による要因もあるが、海外遠征に消極的な選手が、多いことが原因である。

 

 白築慕の活躍を受けて、日本人選手による海外遠征が積極的に行われた時期もあった。しかし、その結果は散々なもので選手団を組んで、意気揚々と乗り込んでは、惨敗を繰り返した。

 

 当時の日本麻雀で最強と謳われた小鍛治健夜でさえも、度重なる海外遠征の末に掴んだ、世界選手権の東風フリースタイルでの銀メダルが最高であった。日本は、世界の頂の高さを思い知らされた。

 小鍛治健夜でも勝てないならと、日本の大航海時代は終焉を迎え、ほとんど海外遠征は行われなくなった。

 日本は国内のプロ麻雀制度が充実しており、わざわざ海外遠征をしなくとも、高い報酬を得ることができる。優勝賞金2億円の欧州選手権に、わざわざ参加する必要はない。国内タイトルでも、名人位や鳳凰位の優勝賞金は2億円を超えるのだから。

 

 そんな風潮のなか、オフシーズンの海外遠征を宮永さんは敢行した。理由はわからないが、この欧州選手権が、宮永さんのはじめての海外遠征だ。

 

ツモ 3000、6000

 

『ニーマンの跳満ツモです! 筒子の染め手の多面張を引き当てました!』

 

『よおぉぉおおおし!!!!!! いけるぞ! 宮永あああああああ!!!!』

 

欧州選手権決勝 第4半荘 

南3局

S.Miyanaga 62300

R.Blumental 52300

N.Virsaladze 45900

C.Niemann 39500

 

 ニーマンの跳満ツモで、ブルーメンタールが親被りしたので、宮永さんとの点差がさらに3000点開いた。

 もはや居酒屋のおばちゃんと化している藤田さんに、元プロとしての面影はない。視聴者と感情を同調させるペースメーカーとして活躍していた。

 

「解説しろや……」

 

「言っちゃ悪いけど、藤田さんに世界戦で解説できることとかないやん」

 

 毒舌女王の名に相応しい発言を、竜華は決めた。

 加治木さんは立ち上がり、ダイニングテーブルに置かれた自分のマグカップにコーヒーを注いで、それからまたソファーに戻ってきた。泉とふなQは昨日一足先に、帰宅しているので、合宿メンバーで、残っているのは加治木さんだけだ。

 

「ニーマンって、昔同じ名前のプロ麻雀選手おったよな?」

 

「ん……母親のほうか? 母親の方なら、世界王者になったこともあるぞ」

 

 怜の問いかけに、加治木さんがすぐに答えた。

 

「え!? そうなん? 親子二代に渡って麻雀界のトップに、君臨し続けてるのやばいわあ……」

 

「愛宕さんみたいな感じやんな?」

 

「そいつは、トップに君臨してへんやんけ!?」

 

 ニーマン、愛宕洋榎説という天然全開の竜華の発言に、怜はツッコミを入れた。一緒にしてもろたら困る、格が違うわ。

 

「ブルーメンタールの手が早いな、咲ちゃんはまだ三向聴か……高くみると満貫もあるなこれは……」

 

 加治木さんが、そう呟いてからすぐにブルーメンタールは、千点棒を供託した。三萬と六萬の綺麗な両面待ちだ。

 

『ブルーメンタールから、リーチが入りました! ブルーメンタール、リーチ! 凌ぎ切れるか宮永!』

 

 宮永さんは、特に迷うことなく自分の二索の刻子から、現物を切り出していった。宮永さんは親番だが、無理ができる手牌ではない。

 

『藤田さん、これはベタオリでしょうか?』

 

『ええ、この手牌では勝負できませんから……二索ならヴィルサラーゼのケアもできるので、良い打牌だと思います。ベタオリが丁寧で、素晴らしいですね』

 

 珍しく解説らしいことを言った藤田さんだが、声が震えている。

 3巡後、六萬をツモってきたブルーメンタールが手牌を倒した。和了後、裏ドラ表示牌に手が伸びる。

 

『乗るな、乗るな!!! よしゃあああああああああ!!!!!!!』

 

 藤田さんの魂の叫びが功を奏したのか、裏ドラ表示牌は発。裏ドラは乗らない。

 子の40符3翻は1300、2600。

 

欧州選手権決勝 第4半荘

南4局 

S.Miyanaga 59700

R.Blumental 57500

N.Virsaladze 44600

C.Niemann 38200

 

 あと一局。

 日本人初の海外遠征による、三大大会制覇は目前まで迫っていた。

 しかし点差は僅か2200点、逆転されてもおかしくない。断崖絶壁にテントを張ってビバークをするような緊張感。

 寒慄を覚えるプレッシャーと、痺れるようなワクワクの舞台にいる宮永さんのことを、怜は心底羨ましく思った。

 

『勝負もついに最終盤! 自動卓から牌が上がる。あなたの、そして私の夢が目前にあります!』

 

 宮永咲の海外遠征は、発表当初はあまり好意的な目で見られることはなかったという。

 どうせ、また負ける。

 日本麻雀界が、無力感と挫折感で覆われていた。海外遠征に好意的だった小鍛治さんや藤田さんでも、宮永プロがこの経験でさらに成長してくれれば、世界と渡り合えるようになるかもしれない。だから、応援してあげて欲しいと言っていた。

 しかし、蓋を開けてみれば宮永さんは決勝卓に残り、世界の頂点に手をかけている。同行した岩館さんまでもが、ベスト16に残ったりと、日本麻雀の力強さを世界に見せつけた。

 

「やっぱり、挑戦することが大切なんやな。挑戦、試行錯誤、そしてまた挑戦かあ」

 

 怜はそうつぶやいた。

 竜華が麻雀をすることを許し早めに、解放してくれて良かった。もう少し遅かったら、この試合を見逃してしまったかもしれない。

 宮永さんとブルーメンタールの配牌は、良いとは言えない。中張牌が少なく、役牌の重なりもない。仕上げるのになかなか骨が折れそうな配牌だ。

 

「そういえば、ヴィルサラーゼは、臨海女子に1年だけだがいたことがあるな。咲ちゃんとも闘ったことがある」

 

「え!? そうなん?」

 

 加治木さんの発言に怜は驚いた。

 自分たちとは世代が違うのかもしれないが、このレベルの選手が日本のインターハイに出ていたことに衝撃を受けた。

 

「インターハイの時、ホテルで動画を一緒に見たやろ?」

 

「え? 同じ世代なん? わ、忘れてもうたわ」

 

「まあ、たしかにインターハイ団体の決勝は、副将戦でトビ決着したから大将のヴィルサラーゼさんにまで回ってへんしなあ。忘れるのも無理はないか」

 

 そのヴィルサラーゼが、点棒を供託してリーチをかけた。一筒、四筒、七筒の三面待ちで、和了すれば最低満貫の大物手だ。

 

『ヴィルサラーゼから、リーチが入りました! 宮永守りきれるか!』

 

 宮永さんとブルーメンタールの手牌は共に二向聴だ。オーラスで後のないブルーメンタールは、当然押してくる。危険牌の七萬を切り出した。

 宮永さんがツモってきたのは、六萬。完全に不要牌だが、なんのヒモもついていない。その危険牌を宮永さんは一瞥すると、特に間を置かずそのまま切った。

 

『宮永、勝負しなくて良い!!! まだ、ブルーメンタールは張ってない!!! 張ってないんだ!!! オリてヴィルサラーゼにそのまま和了させればいい!!!!!』

 

 藤田さんの絶叫がお茶の間に届く。

 ヴィルサラーゼが和了すると、そのまま試合終了となり、宮永さんのトップが確定する。ヴィルサラーゼとしても、ここで和了すればニーマンと逆転し銅メダルとなるので、是が非でも和了したい場面だ。

 ヴィルサラーゼの右手が山に伸びる。

 

『引け! 引いてしまえ! ツモれ!!! があああああああああああ』

 

 ヴィルサラーゼの捨てた三索を、ブルーメンタールがチーして手が進む。

 藤田さんの願いとは裏腹に、ヴィルサラーゼは、なかなか当たり牌をツモることができず巡目が過ぎて行った。

 

『ブルーメンタール追いつきました! ブルーメンタールが聴牌です! これが逆転手となってしまうのか!!! ブルーメンタールが聴牌しました!』

 

『頼む! たのむぅ……それはやめてくれ! やめてくれえぇ……』

 

 ブルーメンタールの聴牌から、1巡遅れて宮永さんも聴牌した。しかし待ちは、二索の単騎待ちだ。両面待ちのブルーメンタールと比べると、だいぶ分が悪い。

 欧州選手権決勝の最後は、三者のめくりあいとなった。

 リビングルームの空気が張り詰める。

 勝利の女神、麻雀の神様は誰を選ぶのか。

 瞬きもできない。日本中の麻雀ファンが固唾を呑んでその結末を見守っていた。牌をツモるたびに、悲鳴と安堵のため息が漏れる。

 

 それから2巡先ついに、宮永さんの西が4枚重なった。カンの発声が響き、宮永さんの右腕が嶺上牌に伸びる。

 

 嶺上牌は二索。その時、宮永さんは世界を手にしていた。

 

 嶺上開花自摸 1200、2300。

 

『宮永が決めた! 嶺上開花です! ドイツの異国の地に、桜が咲き誇りました! 雪の季節に桜! 桜吹雪です!!! 日本の麻雀が世界を制しました、宮永咲!!!』

 

『なんて……なんてすごいんだぁ……宮永、なんてすごいんだぁ……』

 

欧州選手権決勝 第4半荘

〜終局〜

S.Miyanaga 65400

R.Blumental 56300

N.Virsaladze 42400

C.Niemann 35900

 

 藤田さんは壊れたラジオのように、すごい、すごいと繰り返してから、感極まって泣いてしまった。

 藤田さん自身も、小鍛治健夜と共に何度も海外遠征を行なっている。そして、悔し涙を流した。欧州選手権制覇。その悲願は、ついに成就された。

 誰も行かない道を行く。荊の中に答えがあった。日本の麻雀を知らない者たちの前へと、躍り出る。

 

 高く険しい世界の頂に、桜が咲き誇った。

 



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第80話 怜ちゃんとななしの雀士の住民

 

「暇やなぁ……」

 

 園城寺怜のぼやきが、リビングルームに響く。

 春季キャンプの準備のために、竜華は雀団事務所に行っている。せっかく、麻雀が出来るようになっても、相手がいなくては麻雀が出来ない。

 今までと同じように、ソファーでゴロゴロしながら怜は、ボーッとタブレットを眺めていた。

 オフシーズンでプロ麻雀中継がないので、テレビすら、見るものがない。

 

 

「これが、専業主婦の定めか……これだけ暇やとパートとかで、外で働きたくなるのもわかる気がするわぁ……」

 

 全国の専業主婦のみなさんの気持ちを代弁しながら、怜はソファーで2回ほど寝返りをうった。

 右に一回。

 左に一回。

 寝返りを打つたびに、外に出かけようかなと怜は思うのだが、立ち上がるのが面倒なためなかなか実行出来ないでいた。おそらく、今日は竜華が帰ってくるまで、もう2度と立ち上がることはないだろう。

 怜は、タブレットを操作して、掲示板の面白そうなスレッドを探すことにした。

 

【朗報】玄ちゃん、絶好調!タイトル宣言

欧州選手権の藤田靖子さんの発言でオーダー組んだ

恵比寿三尋木、ハノーファーに渡り死亡

外国人助っ人総合スレpart11

【再放送】欧州選手権実況63【岩館vsネリー】

 

 欧州選手権の話題が持ちきりとなる中、玄ちゃんの調子とかいう、どうでもいい話題が、混じっている。

 怜は、玄ちゃんスレを誤ってタップすることがないように、慎重に端末を操作し藤田さんのスレを開いた。

 

欧州選手権の藤田靖子さんの発言でオーダー組んだ

1名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:saktjmsd

先鋒 引けっ! 引いてしまえ!!!

次鋒 宮永とブルーメンタールのツモは怖くて見れませんでした

中堅 今日はカツ丼食べたからね、私たちも

副将 宮永はわたしが育てた

大将 なんてすごいんだあ

 

2名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat0ragj

次鋒ほんとすき

 

7名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok6swaz

ヴィルサラーゼの時のツモだけやたらうるさかったのはそういうことなのか……

 

21名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakrmzgw

乗るな、乗るなああああああ

がない

 

30名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea4mrwa

日本人史上最もサカルトヴェロの選手を応援した女

 

39名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

藤田さんは、宮永さんになにを教えたんやろか?

 

46名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakrm6rw

>>39

天江衣にまで、わたしが育てた言うてるのほんと草

藤田に教えられることとか、なにもないやろ

 

60名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi0adiz

>>46

言ったもの勝ちやぞ

 

72名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmjzg

宮永「新道寺はわたしが育てた」

 

78名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrzaw

>>72

素晴らしい先輩

 

82名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rgwj

>>72

素晴らしい先輩

 

 欧州選手権での藤田さんの解説は、かなり物議を醸した。特定の選手を応援し続けた挙句、麻雀の内容に触れず、心の赴くままに叫び続けるという豪快なスタイルには、多くの批判が集まった。

 しかし、複雑な欧州選手権のルール下で、誰が和了したら宮永さんが有利になるのか、藤田さんの反応を見れば一目でわかり、とてもわかりやすかったと言う意見も多かった。

 また、藤田さんが本気で宮永さんを応援しているのが、視聴者にも痛いほど伝わってきたので、名解説と評価が定着しつつある。

 

 藤田さんの先輩の小鍛治健夜さんという迷解説者からも、『靖子ちゃんに欧州選手権の麻雀なんて、わかるわけないでしょ? 解説を悪く言ったら、可哀想だよ』という心優しいフォローを頂いていた。

 麻雀ファンではない、一般の人も多く見る世界戦の実況は、藤田さんみたいなタイプの解説者の方が良いのだろうなと怜は思った。

 

 ある程度、藤田さんもイジり倒したところで怜はスレッドを変えた。

 

プロ麻雀守護神、格付けランキング

306名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rmjz

S 宮永咲

A 姉帯豊音 清水谷竜華

B 藤白七実

C 松実玄

どう?

 

311名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwag

>>306

よし、全雀団いるな

 

314名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3pmzj

>>306

藤白って玄ちゃんより格上か?

 

320名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

玄ちゃんは5万点差を5万点差にしたりした、イメージが先行してるだけで過小評価されすぎや。最下位はない

 

329名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea0mrza

>>320

じゃあお前、自分の贔屓で藤白と玄ちゃんどっちに守護神して貰いたいんだよ

 

349名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>329

藤白さん

 

360名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwag

>>349

 

368名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokimajg

>>349

正直で草

 

375名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebirmjgm

>>349

当たり前だよなあ

 

401名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwag

佐久の守護神はだれなのか?

獅子原、愛宕?

 

420名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi9pmrz

>>401

ここにはない

 

428名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak9mrza

>>401

安福莉子ちゃんや!

 

433名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakrmzm0

>>428

ドラフト負けてるんだよなあ……

 

442名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak0mrzj

>>401

獅子原は登板制限がなあ……

洋榎ちゃんは大将で出るたび、生き恥晒すからNG

 

460名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:emijim2m

>>442

なぜ副将では安定してるのに、大将になるとあそこまで壊されてしまうのか……

 

469名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakmrzaz

>>460

三尋木に壊されて、虚な目になってる洋榎ちゃん可愛い

 

490名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rmjg

>>469

その三尋木も宮永に壊されて、大人のおもちゃにされたからセーフ

 

502名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat9rmjz

戒能と三尋木とかいう、絶対宮永に負けるウーマンズすき

 

520名前:名無し:20XX/1/27(水)

ななしの雀士の住民 ID:heamrzjz

なんだかんだ守護神はトッププロしかいないのは格調高い

 

 こうした議論スレでも、上位のほうに名前が上がる竜華の活躍に怜は感慨深くなる。プロ入りした当初は、竜華は全く活躍出来なかった。

 このまま路頭に迷うのではないかと心配していた怜だったが、竜華は徐々に登板機会を増やし、エミネンシア神戸の守護神まで登りつめた。世の中わからないものである。

 

「掲示板見るのも、なんか飽きてきたなあ……」

 

 怜はタブレットの電源を消して、何度か寝返りをうつ。

 麻雀がしたくなってきた。

 しかし、相手がいない。

 

「ネット麻雀でもやるかなぁ……でもこれ、すぐ特定されるんよなあ」

 

 『あ』というアカウントから、自分の名前が身バレしそうになったのを思い出して、怜は思い悩んでしまった。

 ネット麻雀はしたいが、身バレをするのは困る。

 何かいい方法は無いものか……

 

 その時、怜の脳裏に電流が走った。

 

「ん……アカウント名ってこれ自由につけられるんやったら……はじめから別の人の名前を名乗ってれば、バレへんのやないか?」

 

 圧倒的なひらめき。

 悪魔的な発想の転換である。

 

「よっしゃ! さっそくアカウント登録するで! に、じょ、う、い、ず、み……っと」

 

 ネット麻雀の闇に降り立った天才。

 にじょう いずみ。

 

 彼女の活躍は、本物の二条泉さんから怜に抗議の電話がかかってくるまで続き、世に広くその名を轟かせることとなった。

 



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第81話 アラサーの姫君と兵庫県大会

 神戸の24歳児こと園城寺怜は、アマチュア麻雀選手権、兵庫県大会の表彰台の上に登らされていた。

 表彰台が思った以上に高く、足元がグラグラしているので、怜は登りたくはなかったのだが、周囲の圧力に負けてしまい今に至る。目立つことが嫌いな怜にとっては拷問に等しい。

 

——な、なんか……めっちゃ人集まってきてるし早く帰りたい

 

 金メダルを兵庫県の偉い人にかけてもらい、握手をしてから表彰台を降りると無数のフラッシュと質問が降り注いだ。

 

「園城寺選手! おめでとうございます! 毎朝スポーツです! 少しお話を!」「素晴らしい活躍でした! インターハイ以来となる公式大会ですがどういった心境でしょう?」「麻雀TODAYの西田です。今まで公式戦に出場が無かったのは、何故でしょう! 千里山高校と何か関係が?」「+1083と本県大会の最高得点を大幅に更新されましたが、何か感想は!!!」「宮永選手の欧州制覇についてなにか一言!」

 

 怒涛の勢いで浴びせられる記者の質問に、怜はアタフタしながら、一緒に大会に来ていたふなQに助けを求めたが、ふなQが見つからない。怜は焦りを覚えた。

 引っ込み思案なところがある怜だが、高校時代には記者からの質問にも、流暢に受け答えできていた。しかし、長きにわたる専業主婦生活の末に、コミュニケーション能力が著しく低下したので、舞い上がってしまいカタコトでしか話すことができない。

 

「ま、麻雀できて楽しかったです……はい」

 

 怜がそう言うと、記者から歓声が上がった。

 

——こ、これどうやったら逃げられるやろか……

 

 ネット麻雀で『にじょう いずみ』のアカウントを育成することにも飽きてきたので、麻雀大会に参加してみたらこの有様である。しかも大会の対戦相手に歯応えがなく、これなら、ふなQと泉を付き合わせて、家で麻雀をしていた方がマシだったと、怜は後悔していた。流石に今日のように、12半荘して12勝できてしまう相手では、練習相手にもならない。

 

「園城寺さん、こっちこっち!」

 

 記者たちに完全に包囲されかけていた、怜の手を、すこやん……いや、小鍛治さんが引いた。思わぬ知り合いからの助け舟に、怜は安堵した。

 小鍛治さんに手を引かれながら、怜は報道陣から逃げるように足早に会場をあとにした。立ち去る際に、背後から無数のシャッター音が聞こえてきたが、あまり気にしないことにした。

 

❇︎

 

「ふぅ……ここなら、やっと落ち着いて話ができるね」

 

 タクシーで試合会場を後にした2人は、神戸市内の喫茶店に入った。長居したくなるようなレトロな内装の店内に、コーヒーのいい香りが漂っている。

 

「それにしても、大会に園城寺さんが出てるんだもん。びっくりしたよー体は大丈夫なの?」

 

「もう完全復活や、また、麻雀できるで」

 

 怜は元気そうに見えるよう、Vサインを作った。訝しむような視線で、小鍛治さんから見られたが、嘘はついていない。

 

「何か飲むよね? どれがいいかな?」

 

 小鍛治さんはテーブルの上にメニュー表を広げて、怜に見せてくれた。

 

——あ、あかん……ふなQおらへんから、お金持ってないやん

 

 財布とバッグをふなQに預けていたことを思い出して、怜は慌ててメニュー表から目をそらす。

 

「ん? どうしたの?」

 

「お金……持ってないで」

 

「え!?」

 

「お金、持ってないで」

 

 大事なことは2回言うスタイル。園城寺怜の持ち味だ。

 怜の発言を聞いて、小鍛治さんは目を丸くしたがすぐに表情を整えた。それから、胸に手を当てて力強く言った。

 

「そ、そっか……でも、大丈夫! ここはお姉さんが奢ってあげるから、好きなものを頼みなさい!」

 

 お姉さんって年齢やないやろと、怜は思ったが、口に出すと空気が凍りそうなので、黙ってお礼を言っておくことにした。

 

「じゃ、ホットコーヒーとデラックスチョコレートパフェと、クラブハウスサンドイッチを頼むで」

 

「ずいぶん、食べるね!?」

 

「んー麻雀後やし」

 

「相手が相手だしそこまで考えて麻雀をしているようにも見えなかったけど。でも、糖分はとっておくに越したことはないか……」

 

 すこやんは、ウェイトレスさんを呼んで注文を済ませた。黒色のブラウスに白色のエプロン。洋風なのに少し古めかしい、洋館のような雰囲気の喫茶店だ。どことなく大正ロマンを感じさせる。

 

「なかなか、ええ店やんな」

 

「神戸のほうに来た時は、結構よく使うこともあるんだよね。ここはほら、落ち着いててあんまり話しかけられたりとかしないし」

 

 手早く提供された、ホットコーヒーにすこやんが口をつけた。白地に青色の花模様が描かれているティーカップもなかなか素敵だ。

 流石、小鍛治健夜さんおすすめの喫茶店である。

 

「それにしても、なんでアマチュアの大会なんかに出てるの?」

 

「ん? そら、うちアマチュアやし」

 

「…………園城寺さん。今日の試合は、楽しかった?」

 

「んー微妙やな。牌に触れたのは良かったけど、相手にならへんかったしなあ。やっぱり兵庫って田舎や。東京いかなあかんな!」

 

 怜は、コーヒーにミルクと角砂糖を3ついれてから、よくスプーンで混ぜ混ぜしてから一口飲んだ。甘くてなかなかおいしい。

 

「今日の試合見てて、思ったんだけどさ」

 

 どうやら、小鍛治さんは今日の怜の試合を見ていてくれていたらしい。嬉しい反面、このレジェンドに麻雀の内容を見られるのは、かなり緊張する。

 

「小鍛治さんに見られてるんやったら、少し丁寧にやってれば良かったわ。今日後半かなり雑やったし……最終半荘とか酷かったで」

 

「ああ、南2局の? あれは明らかに鳴くのを待った方が良かったよね。未来視の展開次第なのかなって思ってたけど…………いや、その話はどうでも良くてね!?」

 

「いや、ミスはどうでもよくないやろ?」

 

 怜はそう言ったが、小鍛治さんは首を横にブンブンと振った。麻雀の内容の話がしたいということではないらしい。

 

「今日の大会で気づいたかと思ったけど、気がついてないみたいだから、はっきり言うね」

 

「園城寺さん、貴女が麻雀で真剣勝負できる相手がいるのって、プロ麻雀だけなの。アマチュアなんて相手にしてたら、麻雀が曇っちゃうよ。はやくこっちに来なさい」

 

 優しく諭すような口調でそう言った小鍛治さんから、強いプレッシャーを感じる。怜自身も薄々感じていた事実を、真正面から突きつけられると、戸惑ってしまう。

 

「ろ、六大学リーグとか社会人麻雀とかあるやん……」

 

「むりむり、すぐに飽きるよあんなの」

 

 小鍛冶さんの話を聞きながら、怜は両手でクラブハウスサンドを掴んで食べ始める。

 たしかに、ふなQと横浜旅行に行った際に見た大学麻雀の試合は、かなり退屈そうだった。

 しかし、プロに入って真剣に本腰をいれて麻雀を再開しようと思うと、絶対に竜華が良い顔をしないだろうなと怜は思った。

 

『え? プロ麻雀? もちろん、そんなのだめやで。病気が再発してしまうかもしれへんやん? 怜は、うちやうちが連れてきてあげた人と麻雀をするのが、良いと思うんよ? 良い子にしてたら、また麻雀させてあげるからね? わかった?』

 

 怜の心の中にいるリトル竜華もそう訴えかけている。せっかく麻雀ができるようになったのに、プロ入りの話まで出すのは、時期尚早な気がしてならない。変にご機嫌を損ねて、再監禁なんてことになったら、目も当てられない。

 

「そうは言っても、ほら竜華おるからお金には困ってへんし……」

 

「お金の問題じゃないでしょ?」

 

「たしかにそうやな……」

 

 怜としては、テレビで見ていたプロ麻雀の世界に行ってみたいのだが、竜華がなんと言うかそれだけが気がかりである。

 

「そ、そもそもプロ麻雀選手とか、そう簡単になれるもんちゃうやろ」

 

「なれるよ、園城寺さんなら。不安なら、恵比寿に指名するように言っておこうか? でも、そんなことをする必要もないと思うけど」

 

 あっさりと小鍛治さんになれると肯定されてしまい、逃げ道を封じられる。竜華と話し合うしかないのだろうか。

 

「そもそも、フリーの期間が長いからドラフトを経由しないで、プロになった方が良いかもね」

 

「え……そんな方法あるんか?」

 

 外国人選手以外で、ドラフトを経由せずにプロになった人など聞いたことがない。

 

「高校や大学を卒業してから、フリーで5年以上経過した選手は、大会で優秀な成績を残せばプロ編入試験を受けられるからね」

 

「そ、そんな制度聞いたことないで!?」

 

「こんなの該当する人いないから、使われたことがほとんどないんだよ。最後に使われたのは30年前くらいだったかな?」

 

「すこやんが、インターハイ出てたころか……」

 

「私のこと、何歳だと思ってるの!?」

 

 ショックを受ける小鍛治さんのことは置いておいて、怜は考えを巡らす。

 小鍛治さんが、嘘を言っているようには思えないが、にわかには信じがたい話だ。プロ麻雀選手になれるのは、年間30人まで。そんな当たり前の常識が、崩れてしまう。

 

「ドラフト経由しなくてもプロになれるのに、なんでこの制度使う人おらんへんの?」

 

「プロアマ混合の大会で、結果を残さなくちゃいけないというのもあるけど……やっぱり一番はフリーでいる期間かな。この条件を達成できるような選手は、ドラフトに指名されてるのが当たり前なわけで」

 

「なるほどなあ……たしかに、5年もフリーでいたことあるプロとか見たことないわ」

 

 空白期間がある久も、フリーでいた期間は一年か半年くらいだった気がする。この制度を使えそうなのは、専業主婦生活も7年目に突入しつつある自分くらいなものである。

 

「興味あるみたいだし、一応知り合いの人に話しておくから、前向きに考えておいてね」

 

「わかったで。竜華に相談してみるわ」

 

 怜がそう言うと、小鍛治さんは嬉しそうにコーヒーを飲み干した。

 

 怜がクラブハウスサンドが食べ終わった頃を見計らって、デラックスチョコレートパフェがテーブルの上にサーブされた。

 

「かなり、大きいやんな……」

 

「それ少し食べてみてもいいかな?」

 

 巨大なチョコレートパフェを見て、食欲に駆られた小鍛治さんから声がかかる。

 

「そら、小鍛治さんのお金やしええけど……太るで?」

 

「そ、それは、園城寺さんも同じでしょう?」

 

「うちは麻雀してるし、食べても太らへん体質やから」

 

「それ、10年後も言ってられるといいね」

 

 小鍛治さんは恨み言を言いながら、チョコレートパフェを小皿に取り分けて、食べ始めた。フードファイターばりのとてつもない速さである。

 

「おいしい〜♡ このお店来るたびに気になってたんだけど、はじめて食べたよ。園城寺さんありがとう」

 

 怜はお礼を言われるようなことは何もしていないし、むしろ怜がお礼を言わなくてはならない立場なのだが、小鍛治さんにそう言われて特に悪い気もしなかった。

 なので、体重計の上で戦犯顔を晒す未来の小鍛治健夜さんに、心の中で小さく謝っておくことにした。

 怜は、コーヒーに口をつける。すぐに中身は空になってしまった。

 もう、一杯飲みたい。

 

 それにしても、ふなQのやつはどこで迷子になっているんやろか?

 



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第82話 将来の進路とプロ麻雀開幕戦

 プロ麻雀開幕。

 竜華の春季キャンプ中に、パジャマの枚数が足りなくなり、ふなQにパジャマを買ってきて貰うなどのトラブルはあったものの、概ね順調に、園城寺怜はソファーで膝枕をされながら、開幕戦を迎えることができた。

 

「ふふっ、一緒に麻雀見るの久しぶりや」

 

「せ、せやなー」

 

 竜華は怜に膝枕をしながら、いつになくご機嫌だ。プロ麻雀の世界に行きたいと相談したい怜だったが、竜華が怖すぎて言い出せずズルズルと後回しにしていたら、開幕になってしまった。

 エミネンシア神戸は次の3連戦からの参戦となるので、竜華は今日は一日中家にいてくれるらしい。

 

『全国の麻雀ファンのみなさま、お待たせしましたああああ!! ついに、プロ麻雀トップリーグ開幕だあああああああああ!!!!!!』

 

『実況は私、ふくよかじゃないスーパーアナウンサー福与恒子と——』

 

『す、すこやかじゃない小鍛治健夜でお送りいたします』

 

 福与アナのハイテンションな実況がテレビから聞こえて来ると、本当に開幕したんやなあと怜は実感した。

 

プロ麻雀トップリーグ 開幕戦

先鋒戦 第1半荘 東1局

松山  戒能 良子  100000

恵比寿 花田 煌   100000

佐久  赤土 晴絵  100000

横浜  江口 セーラ 100000

 

戒能 良子   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 9位

大生院女子→松山

14勝11敗0H

麻雀界を代表する先鋒。昨季は、鳳凰位に続き名将位も失うことになってしまい、精彩を欠きながらも14勝、底力を見せつけた。

 

花田 煌    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 7位

新道寺女子→恵比寿

16勝9敗0H

昨季は最優秀先鋒に輝くなど、充実した一年になった恵比寿のエース。今年は優勝に導くことができるか。

 

赤土 晴絵   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 11位

阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→ 佐久

15勝20敗0H

雀界きってのイニングイーター。高い対応力に定評のあるベテラン選手。辻垣内智葉とのダブルエース体制で優勝を狙う。

 

江口 セーラ  昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 23位

千里山→横浜

5勝19敗0H

昨年度は自己最多タイとなる5勝をマーク。高く手を作り大きく勝つ麻雀で、ファンからの人気も高い。

 

 開幕戦の先鋒を務めるまでに、成長したセーラの背中を怜はじっと眺める。誇らしいはずなのに、なぜかこのメンバーの中だと、見劣りするのは気のせいだろうか?

 14勝、16勝、15勝、5勝。プロ麻雀界の格差社会をまざまざと見せつけられる。

 

「これ、セーラ勝てるやろか?」

 

「んーせやなぁ……勝てるとええなー」

 

 竜華の気のない返事が残酷すぎて、誰が凹むのか怜はだいたい察してしまった。

 

「というか、横浜の開幕戦は、ダヴァンじゃないんやな」

 

「ダヴァンさんを第一先鋒で使っても勝てへんから、第二先鋒にぶつけたいって愛宕監督の判断やろ?」

 

「せ、セーラふぁいとや…………」

 

 高校時代の恩師から、露骨に捨て駒を命じられたセーラの気持ちをおもんばかると、怜は居た堪れなくなる。

 怜は、仰向けで膝枕に頭を乗せたままタブレットを起動し掲示板を開いた。

 

 プロ麻雀トップリーグ開幕戦 89

→園城寺怜ちゃん、結婚していた part11

 ウホウホ立直マンを応援するスレ

 今年の新人選手の一軍登録率wwwww

 【悲報】江口セーラさん、生贄になる

 

園城寺怜ちゃん、結婚していた part11

531名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak0rmaz

清水谷竜華の清水谷チャンネルの清水谷竜華さん超絶勝ち組だった

 

561名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0ima0

>>531

プロ麻雀トップリーグの守護神

超絶美人の同級生と結婚

わいちゅーばー登録者数6位

長者番付

監督、解説で引退後も安泰

 

580名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebirmjzg

>>561

どこにも隙がなくて笑う

 

600名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID :emi6rwaz

>>561

早くタイトルとれ

 

636名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID :emiapdz3

>>600

宮永「いつでも、お待ちしていますよ」

 

660名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID :harmrsan

>>636

咲さん、かわいい!

 

679名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebimiwag

指輪の画像の手がほんと綺麗でビビる

シミ1つないのすごい

 

706名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwazg

というか、25000点の30000点返しの麻雀で+1083ってどうなってるですかね……

 

723名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:emimrwag

>>706

嘘乙、ほんとは+999やから

 

760名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi4m9rw

>>723

得点表示、カンストしたところほんと好き

高校麻雀界の太陽強すぎる

 

769名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwazg

インターハイ個人戦優勝者

宮永 照

園城寺 怜 ←ここ

宮永 咲

宮永 咲

 

786名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:emiimaag

ほんま、生きててよかった

また大会出てくれへんかな

 

801名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

園城寺さんは結婚してへんと思うで!

 

810名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwazg

>>801

現実を受け入れろ

 

819名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:emimrzaz

>>801

涙拭けよ

怜ちゃんは清水谷と幸せに暮らしてるから

 

839名前:名無し:20XX/3/2(火)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

高校時代の同級生と結婚

ありですね

 

 一度小さなアマチュアの大会に出場しただけで、竜華と結婚したことまで、特定されてしまったことに、怜はビビりながらタブレットを閉じた。インターネットの力、怖すぎる。

 

プロ麻雀トップリーグ 開幕戦

先鋒戦 第1半荘 南3局

松山  戒能 良子  123600

恵比寿 花田 煌   117300

佐久  赤土 晴絵  96300

横浜  江口 セーラ 62800

 

 怜は膝枕に頭を乗せたまま、不安になって竜華に問いかけた。

 

「や、やっぱり……大会出たの良くなかったかなあ……すごい写真とか撮られたし」

 

「そんなの気にしなくてええんやで。怜のしたいようにするのが一番やろ? あ、でも次は、ふなQとはぐれたらダメやからな?」

 

「う、うん」

 

 そう言ってから、竜華は怜の頭を撫でた。あまりにも優しすぎるので、怜は少し体を強張らせた。裏があるような気がしてならない。この慈愛に満ちた竜華が、いつ黒清水になるのか探り探り怜は、プロ麻雀の世界に興味があることを切り出した。

 

「やっぱりアマチュアだと……全然強い人おらへんかったわ。プロ麻雀とかやったら本気で麻雀したり出来ると思うんやけど」

 

 怜がそう言うと、竜華の頭を撫でる手がピタッと止まった。嫌な汗が怜の背中に滲む。

 

「んー? 怜は、プロ麻雀の選手になりたいん?」

 

 この竜華の笑顔に、何度騙されてきたかわからない。ここで選択肢を間違えると、地獄のような日々を送らされた上で、竜華の意に沿うような選択肢を選ばされるのである。

 高校時代、大学推薦の話がきたときに、選択肢を間違えて『竜華のお嫁さんになりたいから、大学には進学しない』と6時間ほど喉が枯れるまで言わされた経験が、怜の脳裏にフラッシュバックする。

 怖すぎて声が出なかったので、怜は小さく頷くことにした。

 

「どしたん? 黙ってたらわからへんで?」

 

「う、うん」

 

 小さく頷いただけでは竜華にわかってもらえなかったので、もう言うしかない。怜は覚悟を決めた。

 

「怜はプロ麻雀選手になりたいん?」

 

「なりたい! また、麻雀で真剣勝負してみたいんや!」

 

「そっか、それならドラフトかかるように、応援せなあかんな」

 

「え?」

 

「ドラフトかからへんと、プロ麻雀選手になれへんからなあ」

 

 あっさりとプロ麻雀選手を目指すことを認めてくれた竜華に、怜は驚いた。

 

「え、ええんか?」

 

「最近体の調子もええしなあ。怜の楽しいに貢献することが、うちの生き甲斐やから」

 

「あ、ありがとう」

 

 まさかのホワイト竜華の登場に、怜は驚愕した。監禁生活の最後の最後で和解し、憑き物がとれたように漂白された竜華の顔を眺める。

 

——も、もしかしたら……うちが過剰に怯えてただけなのかもしれへん

 

「小鍛治さんが言ってたんやけど、プロ編入試験って制度があるらしくてそれを受けてみようかなって思ってるんや」

 

「あーなるほどなあ……そんな制度あったなあ。たしかにドラフト経由しないほうがええか……それやったら、タイトル戦の予選で、プロ雀士との対戦経験稼ぐのがええかな」

 

 竜華は唇に手を当てて考え込んだ。どうやら本気で協力してくれるらしい。

 今日のことは、三ノ宮の奇跡として記憶しておこうと怜は心に誓った。

 

「あ、そう言えば小鍛治さんとはどこでその話したんや?」

 

「ん? 神戸の喫茶店やけど。大正時代っぽいところやで」

 

「ああ、あそこか……楽しかった?」

 

「チョコレートパフェとか食べたし、小鍛治さんのプロ時代の話とか聞けて楽しかったで」

 

「へー」

 

 急にご機嫌斜めになった竜華を見て、怜は焦り始める。どこに地雷が、埋まっていたのかわからない。プロ入りの話はあっさり済んだのに意味がわからない。

 

「明日、一緒にそこのカフェ行こっか?」

 

「え、ええけど」

 

「うん、じゃあ予約しとくなー明日は楽しもうね!」

 

 竜華は嬉しそうに、スマートフォンで喫茶店の情報を調べ始めた。

 そもそも、予約が必要な店ではなかった気がするのだが、竜華の機嫌が治ったことに怜は安堵する。

 

「セーラ、負けてるやんな?」

 

「あ、そういえばそうやな」

 

 竜華は、テレビ画面を一切確認することもなく、スマートフォンで、喫茶店のメニューを確認している。

 

「このチョコレートパフェ食べたん?」

 

 竜華にスマートフォンの画面を見せられて、確認すると以前に食べたチョコレートパフェの画像が表示されていた。

 

「せや、結構おいしかったで」

 

「そかそか、あ、イチゴさんのパフェもあるやん!? これ期間限定なんやって!」

 

「じゃ、じゃあ明日行ったらそれにしようかな」

 

 盛り上がる竜華に相槌をうちながら、怜は特に良いところもなく、点棒が減っていく高校時代のチームメイトを応援した。

 なお、怜の応援も虚しくセーラは、点棒が5万点を切ったところで、亦野さんと交代。無事、敗戦雀士となった。

 



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第83話 小鍛治健夜謝罪会見と学歴社会

 

『えーこのたびは……誠に申し訳ありませんでした』

 

 記者会見会場に集まった報道陣の前で頭を下げる小鍛治さんに、無数のフラッシュが降り注ぐ。

 知人がテレビの中で、謝罪会見をしている様子を、怜はのんびりソファーに座って眺めていた。

 

 事件の発端は、つい数日前に遡る。

 プロ麻雀開幕戦の先鋒戦終了後、小鍛治さんがゲストとして出演したスポーツ番組のなかで、男性コメンテーターが、セーラの打牌内容に、苦言を呈した。

 男性コメンテーターは、セーラが花田ちゃんに放銃した七萬が、不注意な打牌だと指摘したのだが、これに小鍛治さんが猛反発。この状況で七萬を切るのはむしろ自然で、待ちを合わせにいっている花田ちゃんを褒めるべき。特に変な内容ではないと、小鍛治さんは、生放送の番組で15分間にわたり力説した。

 

 ここで止めておけば良かったのだが、

 

『無礼なことを言うな。分を弁えなきゃ駄目だよ。たかが男風情が……麻雀を語るなよ? なにもわからないんだからさあ!?』

 

 と罵声を浴びせたため、問題は大いに紛糾することとなった。議論が議論を呼び、男性コメンテーターがセーラに直接謝罪したり、男子プロ麻雀協会の会長が遺憾の意を表明したり、国会議員が発言について言及するなど、小鍛治さんの預かり知らないところで、問題が大きくなり続け、今に至る。

 

『私の不徳の致すところでありまして、深く反省しております。』

 

 頭を下げ続ける小鍛治さんの様子を見て、怜はつぶやいた。

 

「これ、言うほど小鍛治さん悪くないやん」

 

 そのスポーツ番組は怜も見ていたが、男性コメンテーターの発言は、気持ちが良いものではなかったし、小鍛治さんが怒り出した時には言いたいことを言ってくれたと、怜は思った。

 掲示板の麻雀ファンも問題発生当初は、男性コメンテーターを一方的に袋叩きにしていたが、問題が大きくなるにつれて、すこやんも悪いよねという風潮が生まれつつあった。

 

【糞定期】小鍛治健夜、謝罪会見実況 51

309名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

あの番組かなり不快やったし、小鍛治さん悪くないやん

なんやねんあれ

 

320名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mrza

>>309

実際、掲示板のノリでプロ麻雀選手の闘牌内容を批判したら、あれくらい言われるよな

 

334名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaz

???「なんでこんな、七萬なんて切ってしまったんでしょうねぇ……河が見えてないのかな? この打牌は、ちょっと不注意すぎますよねえ?」

 

355名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi9vvjm

>>334

絶対に許すな

 

363名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi0vjmg

>>334

男に麻雀はわからないという典型例

 

371名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok6rmaz

すこやん「男が麻雀なんて出来ないんだから、すごいって言いながら見とけばいいんだよ」

 

401名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok0lcmi

>>371

あかん……

 

415名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:hearmagr

>>371

こどおばwwwwwww

 

431名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak9pmaz

炎上したのが江口じゃなくて、弘世だったら平和に終わったという風潮

 

453名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rmaz

>>431

弘世でも瞬間湯沸かし器おばさんは、絶対ブチギレたけどな

すこやん、弘世のこと好きでよく話題にしてるし

 

470名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebidrwjg

すこやん(34)は女の子の日で少しイラついてただけなんや、許してやってくれ

 

502名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakrmaz

>>470

お、女の子?

 

520名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sakrmaz

>>470

更年期の間違いやろ

 

 

——男性は麻雀などわからないし、麻雀の話をするなという趣旨の発言について、どうお考えでしょう?

 

『そ、それは誤解です。麻雀プロの麻雀が軽く見られた発言に、売り言葉に買い言葉で言ってしまっただけで、深く反省しています』

 

——男子麻雀を女児のつみき遊びより酷い。同じような失敗が多すぎるとの発言がありましたが?

 

『えー、そうですね……配慮に欠けた発言でした。申し訳ありません。女子麻雀にも、同じような失敗を続ける選手もいますし……』

 

——瑞原監督や大沼プロから、男性蔑視ともとれるような小鍛治さんの発言を擁護するような論調がありましたが?

 

『えーはい。そういう意見もあると思います。はい』

 

——麻雀界全体の品格が問われていると思います。広く門戸が開かれた、男女が共同参画できる麻雀界に変わっていけると思いますか?

 

『え? えーと……そ、そんなに大きな話なのかな……わ、私が悪かったです。誠にごめんなさい』

 

【糞定期】小鍛治健夜、謝罪会見実況 56

121名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak0rmjz

誠にwwwごめんなさいwwwwwwwww

 

163名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi9mrza

まーた語録が追加されてしまうのか

 

191名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwa!

社会人麻雀はレベル低い

切れないのか? 切りたくないのか? 切る度胸もないのか?

この水差し野郎!

たかが男風情が……麻雀を語るなよ?

誠にごめんなさい ←NEW

 

202名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjz

>>191

失言界のレジェンド

ここ1年ちょいで、これだけ失言してるのほんと草生える

 

215名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmag

女子麻雀にも、同じような失敗を続ける選手もいますし

ここ地味に好き

 

231名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rg6i

いつものように、こどおばが恥を晒しただけなのに、問題が大きくなりすぎてて草

 

269名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:emigm5aa

大沼「女子プロ、しかもトップリーグ開幕戦の先鋒の麻雀を素人が語るなど、思い上がりも甚だしい」

 

瑞原「(男子麻雀が女子麻雀より弱いのは)当たり前のことでしょ?」

 

280名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

>>269

サンキュー沼者

 

311名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rdaz

>>269

うーんこの

 

339名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok6rwag

江口「開幕戦で、不甲斐ない闘牌をしてしまった自分の責任。騒がしてしまい申し訳ない。ファンから麻雀の内容について悪く言われることがないように、これからも頑張りたい」

 

366名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:yok6gr3r

>>339

ぐうの音もでない聖人

 

380名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebi0g0rg

>>339

ゴリラなのに、先輩達よりぜんぜん人間できてるのほんと草

 

——今年、宮永選手が欧州選手権を制覇するなど快挙がありました。男子麻雀も海外遠征を積極的に行うべきだと思いますか?

 

『えーそうですね……宮永さんは本当にすごいですね。快挙だと思います。海外遠征は、控えられてきた側面があり……男子女子関わらず、これを受けて積極的に挑戦してもらいたいですね』

 

『プロリーグの過密日程が問題視されるなかで、海外遠征する選手をどうサポートできるかが重要になると思います』

 

——日本の男子麻雀がレベルアップするために必要なことはなんだと思いますか?

 

『質の良い練習と経験の場ではないでしょうか? 男子麻雀は女子麻雀と比べて指導者の数も少なく、えー……中学生以降は男女混合で麻雀をする機会も少ないので、そうしたところが改善されてくると、伸びるのではないでしょうか?』

 

 何故か男子麻雀の将来の展望を語らされている小鍛治さんを横目で見ながら、怜は柿の種をテーブルに広げて一粒ずつ食べた。まとめて食べるよりも、ちょびちょび食べた方が美味しいのである。

 

「男子麻雀とか小鍛治さん見てるんやな……まあ、下手なこと言えへんし、頑張ってるんやろか」

 

 残した実績が凄すぎるため、麻雀のことに関しては小鍛治さんが良いと言えば良いし、悪いと言えば悪いとする風潮さえある。麻雀に関してだけは、小鍛治さんは卓越した見識を有しているので、的外れな発言は少ないがそうで無かったらと思うと、ゾッとする。

 なお、本当のことを言い過ぎて定期的に炎上する模様。

 

【糞定期】小鍛治健夜、謝罪会見実況 60

89名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

そう考えると、あれだけハイテンションで話して一切失言のない福与アナって神やん

 

123名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwagg

>>89

ギリギリのラインを見極めとるからな

 

160名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:ebirma6r

>>89

いうて伊稲大卒やし

高卒こどおばのすこやんとは違う

 

189名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwag

高学歴、美人、スポーツ万能

このスペックで、あのキャラクターの福与アナほんとすき

 

201名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwag

高卒! ちばらぎ! 子供部屋おばさん! 

麻雀以外ほんとに取り柄なくて草

 

220名前:名無し:20XX/3/8(月)

ななしの雀士の住民 ID:sak6r0rma

>>201

麻雀上手いからセーフ

 

「大学でてると、たしかに違うのかも知れへんな……」

 

 自分を含めて怜の周囲は、高卒ばっかりだが、エミネンシア神戸の編成部で働いているふなQや、理知的な加治木さんのことを思い浮かべて、学歴って大事なんやなあと怜は思った。

 そんなことを考えながら、テレビ画面をダラダラ見ていると、怜はあることに気がついた。

 

 都内の名門大学を卒業している、二条泉さんの存在である。

 

 良い大学をでてる人は頭が良い。その幻想を打ち砕くイレギュラーの存在に、怜は頭を悩ませた。

 言っては悪いが、泉に知性などカケラもない。セーラがゴリラだとすれば、泉はチンパンジーだ。ついでに、麻雀も下手である。

 

 福路プロと同じ大学のはずなのに、どうしてここまで差がついてしまったのか?

 

 大卒の価値を不当に貶めたことに、怜は憤慨し、勢いのまま叫んだ。

 

「泉! 全国の大卒のみなさまに謝罪せーや! 謝罪会見や!」

 



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第84話 園城寺怜と優しい先輩

 大阪国際麻雀ホール。雀聖戦の一次予選となる会場に兵庫県代表の怜は、北大阪代表の除ケ口先輩と一緒に参加していた。

 だだっ広いホールに、自動卓が15台ほど碁盤の目のように並べられている。その会場の隅のパイプ椅子に仲良く並んで、2人は腰掛けていた。

 除ケ口先輩とは、小学校の麻雀部時代からの付き合いだ。今は、大手出版社で働いているらしい。入院期間があったので、一緒にいれた期間は短いが、千里山高校の麻雀部でも先輩であった。

 

「園城寺さん、ほんまに麻雀に復帰したんやなあ……良かったわあ」

 

「んー生死の境を彷徨ったけど、ついに怜ちゃん大復活や!」

 

 感慨深げにつぶやく除ケ口先輩に、怜はそう軽口を叩きながら、試合会場に集まった選手たちの表情を眺めやった。

 ほとんどが自分と同じアマチュアだ。テレビ画面で見たことのある顔は少ない。プロなのかもしれないが、2軍でしか登板がない選手だとわからないものである。

 有力なプロはここを勝ち進んだ二次予選や、挑戦者決定戦からシードで参加してくる。新人選手ですらドラフト1位指名選手は、2次予選からなので、怜の知っている顔がほどんどいないのも仕方がないと言える。

 

「兵庫県大会、テレビで見させて貰ったわ、すごいなアレ」

 

「ありがとうございます。なかなか、調子良かったですわあ」

 

 怜からすると、兵庫県大会は正直に言えば退屈な内容だったのだが、褒めてくれたので、調子が良かったことにしておいた。

 

「まさか小学校時代に麻雀部に誘った女の子が、ここまで強くなるとはなあ……清水谷さんはともかくとして、園城寺さんがなあ。インターハイ勝つし、ほんま麻雀はわからんへん」

 

「園城寺さん、君には麻雀の才能がある! 即レギュラー間違いなしの逸材や! って除ケ口先輩、昔から言ってはったやないですか?」

 

「いや、あれは入って欲しいから言っただけで、全部適当なこと言うただけや」

 

「ええっ!?」

 

 15年越しに明かされる衝撃の真実に、怜は驚愕した。冗談をいっているのだろうと怜は思い、除ケ口先輩の顔を見ると、さりげなく目を逸らされた。どうやら、本当に口車に乗せられていただけらしい。

 

「で、でも竜華も当時から才能あるって言ってくれてたで!」

 

「そら清水谷さんは、園城寺さんのこと否定したりとかないし……」

 

「た、たしかにそうや……」

 

 怜自身、自分でも薄々感じていたことではあったのだが、小学校時代うちはクソザコであったらしい。

 二条泉さんとかいうクソザコに勝って、調子に乗るクソザコ。それこそが、小学校時代の園城寺怜の正体であった。

 除ケ口先輩から正論を叩きつけられ、怜は心にふかいふかい傷を負った。

 

 正論による言葉の暴力。ロジックハラスメント。略して、ロジハラである。

 

「ううっ……そんなん知りたくなかったわ」

 

「ま、まあ……ええやないか、今は兵庫県の代表選手になったんやし、胸張っていこうや」

 

「せや! ここにいる全員倒して、目指すは優勝や!」

 

 除ケ口先輩に慰められて、怜は元気よく優勝宣言をした。こうした気配りが出来る性格の良さが、除ケ口先輩の良いところである。藤白先輩のような畜生とは違うのだ。

 

「ところで、一次予選って10半荘しての得点収支を競うみたいやけど、これって高火力雀士が有利やないですか?」

 

 怜は除ケ口先輩にそう問いかけた。

 50名以上が集まった一次予選のなかで、二次予選に進出できるのはたったの4名。10半荘の合計収支上位4名のみが、2次予選に駒を進めることができる。

 

「プロ個人戦なんかも、そう言う意見も多いなあ。私としてもこのルールには、少し思うところもあるんやけど……与えられた環境でがんばるしかないやろ」

 

 決意を新たにする除ケ口先輩を見て、怜も心のうちに灯がともるのを感じた。

 除ケ口先輩は、たしかな基礎力で守備が固く、真っ直ぐな牌捌きで堅実に勝っていく、麻雀が上手なタイプの打ち手だ。プロでいうと洋榎や福路プロが近い。どちらかと言えば守備寄りで、合計収支では不利になりやすい。

 

『予選出場選手は卓についてください。繰り返します、予選出場選手は卓についてください』

 

 怜は考え事を止めて、除ケ口先輩と目配せをした。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

「ああ、いい試合にしよう」

 

 そう言葉を交わして、怜は椅子から立ち上がり指定された卓に向かう。

 怜が卓につき挨拶ををすると、賽は投げられ、自動卓が一斉に稼働し始めた。

 怜は心を落ち着けるように、小さく深呼吸してから目を閉じた。

 

 洗牌の音。牌と牌が擦れる音がする。

 

 得点収支の麻雀だ。多少の失点は仕方がない。出来るだけ多く稼ごう。

 怜はそう心に決めて、麻雀卓に向き直った。

 

 

❇︎

 

 

雀聖戦一次予選 第七半荘終了

園城寺 怜  +318

白水 哩   +286

愛宕 絹恵  +89

除ケ口 弥生 +61

宇野沢 栞  +57

寺崎 遊月  +50

小走 やえ  +48

百鬼 藍子  +42

 

 怜は糖分補給のための、チョコレート味のエネルギーバーを齧りながら、電光掲示板を見やった。

 七半荘を終えて、+321でトップとなかなか悪くない成績だ。しかし、すぐ後ろに白水さんがいるので安心はできない。

 白水さんはプロ団体戦の先鋒としては、パッとしない成績を残している印象がある。しかし、このメンバーに混ざると圧倒的な実力を見せつけている。本来であれば、白水さんは二次予選からの参加になる選手だと思うのだが、枠の関係で一次予選からに、なってしまったのだろうか?

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東 白水 哩   50000

南 宇野沢 栞  50000

西 除ケ口 弥生 50000

北 園城寺 怜  50000

 

——なんにしても、この直接対決で差をつけてものにせなあかんな。

 

「インハイ以来やね、久しぶりたい」

 

「久しぶりや、やっぱりプロは違うなあ」

 

「アマチュアにいっちゃんばっちられるわけにはいかんと、ここでまくっち沈めたる」

 

「おーん? 日本語で頼むで」

 

 白水さんが何を言ってるのかはあまりわからなかったが、好戦的なことを言われたような気がしたので、怜は不敵な笑みを作ってそう挑発しておいた。東京弁ですら使うことのできない田舎者に、負けるわけにはいかない。

 白水さんと見えない火花を散らしていると、同卓する除ケ口先輩を着席した。僅かに緊張の色が見られる。除ケ口先輩の順位は4位、二次予選に進出できる当落線上にいた。

 

「園城寺さん、よろしく。お手柔らかにな」

 

「よろしく頼みますわあ」

 

 怜は卓についた除ケ口先輩に、そう挨拶を返した。

 怜と白水さん以外は、絹恵ちゃんが少し抜けているとはいえ混戦模様だ。残りの二枠を10名程の選手が争う格好となっている。できれば、除ケ口先輩にとって欲しいなあと怜は思った。

 最後に、佐久フェレッターズの宇野沢プロが卓について、試合は開始された。

 自動卓の洗牌が始まり、思考がクリアになっていくのを怜は感じた。

 白水さんとの得点差は±32ほどある。油断は出来ないが、それなりに差はある。ここで大切なのは、大きく負けないこと。ウマもあるので、ここは確実に連対する。

 東一局、手牌は悪くない。

 鳴くよりもリーチ一発の打点向上を狙うために面前で仕上げた方が、ルール上都合が良い。そう考えながら、手を進めていくと三、六索の両面待ちの良形で聴牌した。二巡先に自分が和了する未来が視えたので、一巡待ってから怜はリーチをかけた。

 

リーチや!

 

 供託した点棒が綺麗に立って、怜は少し気分が良くなった。

 宇野沢プロが捨てた八萬を、白水さんが鳴いたことで、六索を引き当てることができるようになる。一発はつかないが、先制することが大事だ。白水さんの親かぶりになるのも良い。

 

ツモ! 1300、2600

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東二局

園城寺 怜  55200

宇野沢 栞  48700

除ケ口 弥生 48700

白水 哩   47400

 

 続く東二局も手牌は悪く無かった。中が2つ重なっていて、鳴けば特急券になるし引き当てられれば満貫も狙える。

 しかし、宇野沢プロの手が早く跳満和了が視えた。しかし、除ケ口先輩の捨てる中を鳴けばズレるので、ひとまずその未来は回避することができる。

 怜は鳴こうと思い、左端の中の対子を一瞬見たが鳴くのをやめた。この横移動は止める必要がないと怜は判断した。変に未来をぐしゃぐしゃにして、白水さんに和了されるくらいなら、宇野沢プロに和了させてしまった方が良い。

 

ロン! 18000です

 

 宇野沢プロがそう発声すると、除ケ口先輩の手が大きく震えた。除ケ口先輩からすれば、5位につけている一番振り込みたくない相手への、跳満放銃だ。

 宇野沢プロの顔が僅かに綻び、除ケ口先輩は表情に出さないように、目を一度閉じてから真顔で卓に向き直った。必死に表情を隠しても、牌から手に取るように動揺が伝わってきた。

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東二局 一本場

宇野沢 栞  66700

園城寺 怜  55200

白水 哩   47400

除ケ口 弥生 30700

 

——とりあえず、除ケ口先輩の点棒を減らしておいて、白水さんの稼げる上限を作った方がええな

 

 毟れるところから、毟れるだけ毟る。

 リーチをかけるよりも手牌の待ちを寄せていき、宇野沢プロを使う。動揺している除ケ口先輩が振り込むように、鳴きを使いながら誘導し、点棒を引き出すことに怜は成功した。

 

ロン! 8300

 

 怜がそう発声すると、除ケ口先輩の目に諦めがよぎるのが見えた。除ケ口先輩はプレッシャーに弱い。経験を積んで克服したように見えても、ここぞという場面で、その精神的骨格が顕在化する。

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

東三局 

宇野沢 栞  66700

園城寺 怜  63500

白水 哩   47400

除ケ口 弥生 22400

 

 点数の上限をつくることができたことに、怜は満足した。あとは、沈めるだけである。

 満貫和了で良いリズムを作れたのか、続く東三局、怜は倍満を和了することが出来た。

 東四局では、ズラすことが出来ずに白水さんに満貫をツモ和了されてしまった。しかし、南入して除ケ口先輩の点数を見て、白水さんの表情が曇る。

 

 もう流れは、変わらない。

 

 白水さんは、跳ツモでも追いつくことは出来ないし、園城寺怜の麻雀に放銃はない。

 白水さんが3位にいるうちに、怜は連続和了で除ケ口先輩を飛ばして、試合を終わらせた。

 

雀聖戦一次予選 第八半荘

〜終了〜

園城寺 怜  91500

宇野沢 栞  58700

白水 哩   50400

除ケ口 弥生 −600

 

ありがとうございました。

 

 上手く噛み合った試合運びが出来た。宇野沢プロは終始協力的だったし、機知に富んだ麻雀が出来たと怜は手応えを感じた。

 宇野沢プロが満足気に頷いてから、卓を降りるのを見届けてから、怜はスポーツドリンクを口に含んだ。思った以上に、喉が渇いていたことに怜は驚いた。渇いた喉に、スポーツドリンクの甘味と塩分が染みる。

 

「園城寺、次は絶対に負けなか二次予選で戦うんば楽しみにしとる」

 

「ま、次もよろしくたのむで」

 

 席から立ち上がった白水さんに、怜はそう返答した。試合前の緊張感も決着がついてしまえば、穏やかなものである。

 +62の−10と72点程、この試合で白水さんとの差が開いた。油断は禁物だが、100点以上のリードがあるので、おそらく優勝出来るだろうと怜は思った。

 

「園城寺さん……強くなったなあ。私が高校引退してから、ほんまに強くなった。いや……もともと強かったか」

 

 放心状態で天井を見つめる除ケ口先輩が、ボソリとそうつぶやいた。

 

「まあ、色々とありましたので」

 

「私のぶんまで頑張って、二次予選は頑張ってな! 応援してるから!」

 

「はい」

 

 怜が短くそう答えると、除ケ口先輩の目から一粒の涙が頬を伝って流れ落ちた。

 仕事も忙しく、麻雀にかけられる時間もだんだん少なくなっていると言っていた。それだけに、この雀聖戦で除ケ口先輩は、自分がどこまでプロ雀士に通じるのか、試してみたかったのだろう。

 慌てて除ケ口先輩は、涙を手で拭って堪えるような笑顔を作った。

 

「弱い先輩でごめんなあ……」

 

 まだ試合は残っている。だから、あとニ半荘頑張りましょうと、慰めようとした怜だったが口にするのは止めた。それが無理であることは怜も、なにより除ケ口先輩が一番わかっている。

 だから、怜は立ち上がって除ケ口先輩の肩に手を置いた。

 それから、麻雀を終えた時と同じ挨拶を怜は、もう一度繰り返した。

 

「除ケ口先輩、ありがとうございました」

 



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第85話 愛宕雅枝の監督奮闘記『名将の秘訣』

 愛宕マジック、再び!!! 

 

 スポーツ誌の一面に大きく掲載される文字を眺めやって、雅枝は顔がにやけるのを抑え切れなかった。

 ここが、選手の入ってくることのない監督室で良かったと雅枝は思った。こんな顔を選手の前で見せるわけにはいかない。

 

 開幕戦こそ、セーラを先鋒に起用して予想通り敗北したものの、第2戦でダヴァンの好闘牌を生かして勝利。采配が的中した格好だ。そこから、チームは流れを掴んだのか三連勝で首位に躍り出た。宮永が三連続登板した時のファンの歓声は、いまだに耳に残っている。

 

プロ麻雀トップリーグ 順位表

1位 横浜ロードスターズ

2位 松山フロティーラ

3位 恵比寿ウイニングラビッツ

4位 ハートビーツ大宮

5位 エミネンシア神戸

6位 佐久フェレッターズ

 

 開幕後9戦4勝と2位の松山と大差をつけて首位を独走。横浜ロードスターズは、完璧なスタートダッシュを決めた。

 

「この戦力で首位だもんなあ! 青天の霹靂と言う世間の声も無理はないか」

 

 雅枝は昨シーズン終了後、契約更改がされてからフロントに、ポイントゲッターと中継ぎの補強を要望した。しかし、一切補強は行われず、現有戦力で頑張ってほしいと言われてしまった。

 にもかからず、蓋を開けてみれば堂々の首位。本当に麻雀とは、なにがおこるかわからない。

 

 岩館、亦野、小走、霜崎。

 昨年、炎上を繰り返した中継ぎ陣に誠子の名前が入っただけで、光り輝いているように雅枝には思えた。

 誠子は、ここまで0勝0敗2Hと完璧な内容でチームに貢献している。流石は競合ドラフト1位と言ったところか。ええの獲ったわ!

 

 今シーズンの日課となったスポーツ誌と麻雀専門誌のチェックを終えた雅枝は、各雀団のスコアブックと牌譜を、テーブルの上に並べた。

 まず見るのは、今シーズン不調の揺杏の牌譜だ。すでに2敗しており、麻雀の内容もあまり良いとは言えない。勝ちパターンでは副将で起用している。

 

「誠子→揺杏→宮永のパターンも揺杏がこの調子なら、中堅に揺杏を持ってきたほうがええかもしれへんなあ……」

 

 そう言いながら、雅枝は揺杏の牌譜をめくっていく。特段おかしなところはない。しかし、親被りなど不幸が重なって、結果がついてきていないなと雅枝は思った。

 

「チームが勝っているのに変えることもないか……なんと言っても欧州選手権で、ベスト16の選手やからなあ。ポテンシャルは、瑞原はやり以上のものがあると、考えてええやろし、ここは様子見かな」

 

 誠子の好調もいつまで続くかは、わからない。これから、研究されてマークが厳しくなると、大きく調子を落とす可能性もある。その時に、揺杏には欧州選手権の時のような素晴らしい闘牌をみせてもらいたい。

 そんなことを考えながら、揺杏の牌譜をめくっていると、大宮の渡辺琉音の麻雀が雅枝の目に止まった。

 

「渡辺琉音……ほしいなあ、あと一枚中継ぎが……大宮には福路がいるんだから、トレードで貰えないかなあ」

 

 彼女は、それなりに中継ぎで安定しているし、得点力もあるので、ビハインド時のポイントゲッターとしても、期待が出来る器用な選手だ。恵比寿の小瀬川白望も近いタイプだろうか。こういった選手がチームにいてくれると、本当に助かる。

 長くやっている選手だし、前半戦の終わりに、前期FAでも出してくれないだろうか? 獲得できれば優勝に大きく近づくことは、間違いない。

 

「まあ、でもそないなったら恵比寿や神戸に行くから、意味ないか」

 

 そう自嘲して、雅枝は牌譜を閉じた。

 松山のアレクサンドラ監督の欲しい欲しい病を、去年は冷ややかな目で見ていたが、いざ自分が首位を走ってみると、勝ちたい気持ちが先行して、補強がしたくなってくる。

 しかし、雅枝の意向だけではなく編成部の考えもあるので、補強について深く考えるのはやめようと雅枝は思った。

 

 スマートフォンからメールの着信を告げるアラームが、監督室に響いた。マナーモードにしておいたと思ったのだが、どうやらそのままになっていたらしい。

 誰からだろう?

 雅枝は、眼鏡の曇りを拭き取ってからスマートフォンを操作してメール画面を開く。

 操作に手間取ると、洋榎からおばあちゃん呼ばわりされるので、老眼鏡を片手に頑張って覚えた次第である。そうやって煽るのなら、配偶者と孫の1人でも連れてきて欲しいものだ。セーラはすぐに身を固めたのに、2人とも結婚が遅くて心配になる。

 

夜10時プロ麻雀スピリットの取材について

From: 小鍛治健夜

小鍛治です、雅枝さんご無沙汰しております。

広報部からすでに連絡はあったと思いますが、金曜日のテレビ取材よろしくお願いします。遅くなってすみません。

連勝の秘訣として、監督と宮永さんの取材が終わった後に、監督注目の若手選手を2名ほど、軽くインタビューさせていただきたいと思います。

当日は、よろしくお願いいたします。

 

〜追伸〜

園城寺さん復帰しましたね。安堵しております、本人と話す機会もありましたがプロ入りに前向きのようでしたよ( ´ ▽ ` )

もしかしたら、ドラフトの台風の目になるかも……

 

 メールは小鍛治さんからの連絡だった。

 小鍛治さんは、恵比寿の監督になるのだと思っていたがテレビでの出演をメインに活動しており、引退後チームタオルを身に纏ったことはない。彼女ほどの選手になると、トップリーグの監督では釣り合わないということなのだろう。有名なプロ選手でなくては監督になれないが、格が高すぎるというのも考えものである。

 それはさておき、久しぶりのテレビ番組のチーム独占取材だ。メインは宮永なのだろうが、若手選手のお披露目も一緒にしてくれるらしい。誠子を連れて行こう。あとは揺杏か弘世だな、都合がつく方にしよう。

 

 園城寺の病気が治ったのは本当に良かった。ブランクがあるのでプロになるのは難しいだろうが、アマチュア麻雀でも麻雀に関わって楽しんでもらえれば嬉しい。彼女を壊してしまった責任は私にもある。

 少し時間ができたら、応援でもしにいってあげようと雅枝は思った。

 

Re:夜10時プロ麻雀スピリットの取材について

To:小鍛治健夜

こちらこそお久しぶりです。

取材を受けるのを、楽しみにしております。小鍛治さんならいつでも大歓迎ですよ。

怜のことは復帰してくれて、本当に良かったです。高校時代のこともありますし、あまり無理をせずに、長く麻雀と関わってくれればと願っております。

若手選手の件、了解しました。あまり、プロ麻雀を見ない視聴者にも、

横浜にもこんな選手がいるんだ!と思って貰えるよう全国に発信していただければと思います(*^◯^*)

 

当日はよろしくお願い致しますm(_ _)m

 

愛宕 雅枝

 



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第86話 同級生対決と関西風すき焼き

 牛脂が塗られたホットプレートに、ザラメを少々。そこに神戸牛のもも肉を、広げてさっと焼く。

 お肉の桃色が変わってきたら上から、お醤油をかけて、ひっくり返す。じゅっとお醤油の香ばしい焼ける匂いがついたら完成。

 

 焼き上がった牛肉は、菜箸でつまみ上げられ、怜のお皿の上に置かれた。

 

「サンキューや!」

 

「ふふっ、たくさん食べてね」

 

 関西風すき焼きマイスターの竜華が、作ってくれたすき焼きに、卵黄の溶き卵を絡めて怜は舌鼓をうった。

 すき焼きは、こうやって食べるのが一番おいしいと怜は思っている。関東風のすき焼きは火が通りすぎてしまって、あまり美味しくない。

 

「どう? おいしい?」

 

「おいしいで!」

 

「良かった。もう少しお肉食べる? それともお野菜いれる?」

 

「牛肉、もう少し食べたいで」

 

 怜がそう言うと、竜華はホットプレートにザラメを敷いて、またお肉を焼く準備をしてから、再度2枚の牛肉をホットプレートの上に並べ置いた。

 お肉の焼ける良い匂い。

 ダイニングに幸せな時間が流れる。

 

「優勝おめでとう、怜」

 

「まだ、一次予選やからなあ……竜華も出るんか?」

 

「うーん……どうしようかな……」

 

 竜華はホットプレートに、お醤油を流し入れてから、少し考えるようにゆっくりと手を動かしている。竜華なら挑戦者決定戦からの参加となるのだが、試合日程を考えながら慎重に参戦するのか熟慮しているようだ。

 

「怜が、挑戦者決定戦まで来るなら……参加しようかな」

 

 竜華は、ホットプレートの牛肉を菜箸で掴むと怜のお皿と自分のお皿に一枚ずつ取り分けた。

 薄い唇を小さく開けて、お肉を頬張る竜華のことを怜は見つめた。

 

「うちが二次予選突破できなくても、出たらええやん?」

 

「んー雀聖戦の挑戦者になっても、仕方あらへんしなあ……挑戦だけなら1000万とかしか、貰えへんし。怜がいないなら、手の内見せずにペナントの調整してる方が有意義や」

 

「また、ドライなこと言うなあ……」

 

 久しぶりに竜華は、プロ麻雀に憧れる少女の夢を壊すような発言をした。その言葉を聞いて今日もプロ麻雀の中継があることを怜は思い出した。

 

「あ、プロ麻雀中継つけてええ? もう、はじまってるやろ」

 

「ええで。今日たしか、大宮はルーキーの……えっと、誰やっけ……ああ! 原村さん登板する予定や」

 

 なんとか原村さんの名前を思い出した竜華の言葉を聞きながら、怜はテレビの電源をつけた。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第二半荘 東2局

松山  友清 朱里  123600

大宮  原村 和   118700

横浜  弘世 菫   96600

佐久  辻垣内 智葉 61100

 

友清 朱里  昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 14位

新道寺女子→松山

12勝16敗0H

昨年度は12勝をあげて飛躍の年となった。松山の未来を担う若きエース。新道寺黄金世代の1人で、宮永咲は同級生。

 

原村 和   ROOKIE

ドラフト1位  個人戦順位 NEW

清澄→渋共→帝都大→大宮

0勝1敗0H

帝都大学で活躍したデジタル麻雀の使い手。清澄高校時代に、宮永咲と共にインターハイ出場経験あり。

 

弘世 菫   昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 39位

白糸台→家慶大→横浜

4勝17敗0H

アイドルばりの甘いマスクに定評のある、横浜のシャープシューター。昨年度は4勝をマークし、ローテーションを守り通した。

 

辻垣内 智葉 昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 21位

臨海→佐久

10勝18敗0H

毎年安定した成績を残す佐久の第二先鋒。眼鏡が素敵な委員長タイプ。タイトル獲得経験あり。

 

「なんだか、辻垣内さん調子悪そうやな……」

 

「ここ最近、ずっとやない? 去年からわりとおかしかったで?」

 

「でも、牌王戦出たりしてたやん?」

 

「んーまあ、せやけど……私はもっと良い時の辻垣内さんも知ってるから」

 

 辻垣内さんは眉間に皺を寄せて、苦しそうに闘牌を続けている。プロ入り一年目からずっと活躍してきた選手だが、二年目三年目をピークに緩やかに成績は下降傾向にある。

 インターハイで戦ったことのある選手が、ダメになっていくのを見て、怜は少しだけ悲しい気持ちになった。

 

「こういう不調って何が原因なん?」

 

「彼女くらいキャリアあると研究対策どうこうではないし、一番考えられるのは怪我やな……あとは単純に衰えてきてるとか」

 

「え!? 辻垣内さんってうちらと同い年やろ!? 衰えるとかあるんか!」

 

「衰える人は25とかでガクッときたりするんよな、30までは大丈夫な人が多いけど……辻垣内さんは、高校でもたくさん卓ついて、プロ入り後もすぐ活躍しとるから、経年劣化かもしれへん」

 

 竜華の辻垣内智葉衰えた発言に、ビビりながら、怜は部屋の隅に置いてある全身鏡で自分の顔を眺めやった。ニキビ1つないすべすべのお肌と、艶やかな髪を見て怜は安心した。

 

「怪我まではいかなくても精神的にダメージあるときに、無理に麻雀しとると少しずつ壊れていくから怜も気をつけてな」

 

「き、気をつけるわ……」

 

 竜華にそう脅されて、怜は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。気づけばもうすぐ25歳、老いとは恐ろしいものである。

 

 竜華はラードを溶かし込んでから、お野菜を焼きながら、ざらめとお醤油で味付けしていく。色合いがなかなかおいしそうだ。

 

「まだ、食べられへんの?」

 

「もうちょっとやな。出来上がったらよそってあげるから、少し待っててね」

 

 どうやら、もう少し焼き上がるまでに時間がかかるらしい。はやく、しいたけと玉ねぎさんを食べたい。

 

リーチ!

 

 怜がホットプレートから目を離してテレビ画面を見ると、原村さんが点棒を供託している映像が映っていた。

 七萬のカンチャン待ちである。役牌もあるので、良形まで待っても良いと思ったのだが積極的にリーチを仕掛けていくようだ。

 

「これ和了すればトップ目やん! 原村さんいけるで!」

 

 怜の応援が功を奏したのか、原村さんは3巡先で無事七萬を引き当て、トップに立った。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第二半荘 東3局

大宮  原村 和   123900

松山  友清 朱里  122300

横浜  弘世 菫   94000

佐久  辻垣内 智葉 59800

 

「そういえば、友清さんと原村さんってどっちも宮永さんの同級生なんやな」

 

 竜華は、怜のお皿にお野菜を盛り付けてくれるのを眺めながら、怜はそうつぶやいた。

 

「清澄でベスト4、新道寺で全国制覇。咲ちゃんほんますごいなあ。さすが世界を獲るだけのことはあるなあ」

 

「それで、同級生2人ともプロで先鋒やってるとかどれだけ主人公やねん。清澄から転校したのも、深い事情があるしなー」

 

「深い事情って?」

 

 竜華にそう聞かれたので、怜はしっかり甘くなった玉ねぎを食べながら、深い事情を考えることにした。

 

「清澄高校は、上埜プロを宮永さんと原村さんで取り合ってもうて、ドロドロの三角関係に突入してしまったんよ」

 

「ええ!?」

 

「その結果、傷害事件にまで発展。宮永さんは泣く泣く清澄高校を後にして、新道寺にいくことになったんや!」

 

「そ、そんな裏事情があったんかー怜。よう知っとるなあ」

 

「この前、宮永さんや花田ちゃんとご飯食べた時に教えて貰ったんや!」

 

 怜は、宮永さんの過去の境遇を勝手に創造して竜華に説明した。宮永さんが上埜プロのネクタイを整えている姿を見て、導きだした完璧な推論である。

 

「でも、それなら原村さんと咲ちゃんは仲悪いんか? 気をつけなあかんやん」

 

「んー良くはないやろなあ。過去のことを水に流してくれてればええんやけど」

 

 甘い割下を絡めた、玉ねぎがおいしい。

 やっぱり、すき焼きはお肉よりもその出汁がしっかり出たあとのお野菜とお豆腐こそが本体なのだと、怜は確信した。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第二半荘 南1局

松山  友清 朱里  129000

大宮  原村 和   121900

横浜  弘世 菫   91300

佐久  辻垣内 智葉 57800

 

 すき焼きを食べるのに夢中で、気が付かなかったが、テレビ画面を見直すといつの間にか、南入して友清さんが逆転していた。

 

「あれ? 友清さんが逆転してるやん?」

 

「さっき、普通に友清さん満貫和了してたで」

 

 同級生対決は、原村さんを再度友清さんが抜き返すという熾烈なデットヒートの様相を呈しているようだった。

 しかし、点差は約8000点。満貫ひとつでひっくり返る点差だ。

 早い巡目に原村さんが聴牌したが、またもカンチャン待ちである。八索は山に3枚ある。リーのみなので、流石にダマで回して手替りを待つだろうと怜は思ったが、原村さんは特に迷いもなく牌を曲げた。

 

「え……これ、リーチするん? 六索持ってくれば断么九もつくやん」

 

 日本一頭の良いの大学を卒業した原村さんが繰り出す、偏差値3の麻雀に怜は戦慄した。ドラフト前の前評判に違わぬ、ウホウホ立直マンぶりである。

 

「んーでも、これデジタル的には曲げた方がええしなあ」

 

「そ、そうなん!?」

 

「基本即リーチしたほうがええというのが、デジタルの考え方やからな」

 

 竜華に説明されても、曲げた方が良い理由が全くわからない。未来が視えて確実に和了出来るわけでもないのに、何故この手牌で立直するのだろうか?

 

「もっとこう……デジタルって守備的で、それと鳴きを多用して聴牌とったりとか。ほら、瑞原監督の現役のときみたいな感じやろ?」

 

 鳴くし守備的と完全に矛盾したことを言っているなと怜は思ったが、竜華はニュアンスを汲み取ってくれたようだ。

 

「あー昔はそうやったけど、今のデジタルは面前を高く評価するし、リーチに一向聴から押してくることもあるで」

 

「もしかして、このリーチ一般的に変なリーチではないんか?」

 

「確率的には曲げるのが正解なんちゃう?」

 

「そ、そうなんか……」

 

 竜華の話を聞いて、怜はデジタル麻雀とはなんなのかわからなくなった。

 専業主婦生活を送っている間に、デジタル麻雀も随分と変わってしまったようだ。なお、怜は時代のせいにしたが、未来視の力を使いこなせるようになってから、1度もデジタル麻雀の本を読んだことはないし、それ以前もセオリー全く重視せずにセーラと高い手を作って遊んでいた模様。

 

「じゃあ、この局面で竜華はリーチするんか?」

 

「え? せーへんけど?」

 

 当たり前のように、竜華はそう言った。やっぱりリーチしてはダメらしい。理由はよくわからないが、結論が一緒だったので怜はあまり深く考えないことにした。自分の麻雀とは、あまり関係ないことである。

 

リーチだ

 

 弘世さんが、1000点棒を供託し追っかけリーチをかけた。待ちは、1、2、4筒の三面張だ。

 真剣に麻雀してる時の弘世さんの声、ほんまかっこええなと怜は思った。一流のコントラルトのような低音。自分もこんな声でリーチしてリーチ棒を立ててみたい。

 そのままめくりあいにはならず、原村さんが四筒をツモってきてしまい、そのまま放銃した。一発に裏も乗って倍満である。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第二半荘 南2局

松山  友清 朱里  129000

横浜  弘世 菫   108300

大宮  原村 和   104900

佐久  辻垣内 智葉 57800

 

 よくプロ麻雀を見ている怜だったが、弘世さんの倍満以上の和了は久しぶりに見た。というより、はじめて見たかもしれない。

 弘世さんのファンはここだけ切り取って、何度も見返すのだろうなと怜は思った。完全に偏見だが、弘世さんのファンは原村さんのことが嫌いそうである。

 

 嬉しそうに少し頬を緩ませた弘世さんとは対照的に、原村さんは、まあそういうこともあるかといった表情で飄々としていた。

 

「怜、そろそろお豆腐さんも入れるけど、ええよな?」

 

「もちろんや! 食べるで!」

 

 竜華が焼き豆腐をホットプレートに入れていく。

 お豆腐に味が染みていく様子を眺めながら出来上がるのを待っていると、テレビ画面から、原村さんのリーチ発声が聞こえてきた。

 プロ麻雀はまだ開幕したばかり。今年新たに入団したウホウホ立直マンの活躍に、怜は思いを馳せた。

 



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第87話 深山幽谷の化身と可憐な乙女

 

 佐久フェレッターズの1万点リードで迎えた大将戦。佐久は期待のルーキー高鴨穏乃を卓へと送り込んだ。

 高鴨さんはすでに、今シーズン3登板して無敗の1セーブをあげており、ファンからその将来を嘱望されている。

 牌譜を持った赤土さんから、コーチングを受けている高鴨さんがテレビ画面に映る。

 

「阿知賀のメンバー勢揃いやなあ……インターハイ懐かしいわあ」

 

 その様子を見ながら、怜はソファーに寝転んだままそうつぶやいた。

 高鴨さんは、インターハイ団体戦の千里山女子の夢を葬り去った張本人でもある。しかし、それは仕方がない。当時、実力が足りなかったうちと、竜華が悪いのだと怜は理解していた。

 今は高鴨さんがどんな麻雀をするのか、それだけが気になっている。高鴨さんの1セーブ目は、大宮の大星さんを退けての完勝。相性が良いとは言え、トッププロの大星さんを下すその実力は並大抵のものではない。

 

「洋榎の大将あかんし、今年の佐久の守護神は高鴨さんでいくのかなあ」

 

 安福さんの外れ1位として指名された高鴨さんだったが、現状松山の安福さんよりも活躍している。

 安福さんは、ビハインドの時の中継ぎで2登板して勝ち負けなし。松山の選手層が厚すぎて、なかなか良い場面で登板の機会が回ってこない。強いチームに行くというのも、考えものである。

 

プロ麻雀トップリーグ実況 part134

380名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

逆になんで高鴨さんハズレ一位で、残ってたんや? 

 

391名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:matrmjgp

>>380

奈良学院大学とか取れるわけないだろ

 

411名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmaz

>>380

なんか他のチームが真屋にいったで

ええの獲ったわ!

 

460名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok6rmii

第1巡選択選手 

横浜  亦野 誠子 →神

松山  安福 莉子 →敗戦処理

恵比寿 真屋由暉子 →一軍登板なし

大宮  原村 和  →劣化江口セーラ

佐久  高鴨 穏乃 →佐久の守護神

神戸  対木 もこ →一軍登板なし

 

521名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwjz

>>460

対木とって勝ちドラフトとか言ってた

恥さらしの雀団があるらしい

 

521名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:matrmjzg

>>460

安福は素材枠やし、一年目からようやっとる

気が早すぎや

 

536名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:emir3rmj

先鋒もPGもいないし、もうどうしようもねえんだよなあ

ちな神戸

 

546名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi2pmgz

>>536

【朗報】清水谷竜華さん、ヒ魔神化する

 

555名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebiswj3g

>>546

平和にロッカールームで、後輩のPGの人可愛がってそう

 

579名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi2pmgz

>>555

アカンやんけ……

 

 ドラフトはアマチュア同士の成績を参考に指名するため、その後の活躍は、なかなか思い通りにはいかない。スカウトはプロでの伸びしろを見越して、報告しているがそれでも本当にプロで通用するかどうかは、やってみなければわからない。そこが、プロ麻雀観戦の面白いところだと怜は思っている。

 

「高鴨さんは優秀やと、うちも思ってたで!」

 

 対木さんの獲得を言い当ててポジった過去を忘れて怜は、高鴨さんのことを賞賛した。都合が悪くなった時の手のひら返しは、一級品である。

 

 ドラフト構想に怜が思いを馳せていると、テレビ画面に、青いリリーフカーが映った。

 リリーフカーから試合会場に降り立った選手の姿を見て、掲示板は騒然となった。

 

 宮永咲。

 

 日本麻雀界最強の守護神が、ゆっくりと雀卓へと向かっていく。

 

プロ麻雀トップリーグ実況 part136

140名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwag

ファッ!? 

なんで負けてるのに、宮永出てくるねん!!!! 

 

201名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:sakgl1mg

いうて一万点以上点差があるから(震え声)

 

264名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok8rmgw

うおおおおおおおおおおおおおおおお

勝ったでええええええええ!!!!!!

 

305名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokmgr3g

勝ったな、風呂行ってくる

 

380名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebidr3rm

ビハインドなのにハメカス共が勝ちを確信してて草生える

 

501名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:harmrsan

咲さん、かわいい!

 

625名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi4rmaw

宮永のグレーのスーツ微妙にサイズあってないの草

誰か教えてやれよ

 

『なんと、なんと!!! 一万点差のビハインドで宮永咲が緊急登板だあああああああああああ!!!!』

 

 超ハイテンションの福与アナの実況が響く。まだ麻雀が始まっていないのに、お祭り騒ぎである。

 

「なんか、契約の関係でセーブつく時しか麻雀しないとか噂されてたけど、普通に登板できるんやな……」

 

 怜は、マグカップに竜華お手製のアイスコーヒーを注ぐと、手早くガムシロップとミルクを入れた。これで準備は万端。宮永さんのビハインドの闘牌に注目できる。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第1半荘 東1局

佐久  高鴨 穏乃  116000

横浜  宮永 咲   100500

恵比寿 小瀬川 白望 98600

神戸  荒川 憩   84900

 

高鴨 穏乃   ROOKIE

ドラフト1位  個人戦順位 NEW

阿知賀→奈良学→佐久

0勝0敗1H1S

ドラフト1位指名を受けた期待の新人。大星淡の猛攻を凌ぎ切りプロ初セーブ。その勢いを活かして佐久の守護神で輝けるか。

 

宮永 咲   昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

0勝0敗23S

欧州選手権を制覇した、日本近代麻雀の結晶。今期すでに4セーブをあげ調子は上々、自身2度目となるセーブ王、そして初のチーム優勝に向けて視界は良好。

 

小瀬川 白望  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 19位

宮守→恵比寿

5勝5敗19H

確かな実力を持つ恵比寿の要石。中継ぎだけでなく、先鋒からポイントゲッターまで務められる汎用性が売り。

 

荒川 憩    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 34位

三箇牧→神戸

3勝7敗18H

ファンの笑顔を呼び込む闘牌が魅力のエミネンシア神戸のリリーフ。故障後、悲願の先鋒復帰からのローテーション入りを目指す。

 

 点数差が少ない展開で、各雀団の一線級の選手が卓へと送り込まれる。掲示板では、宮永さんの一方的な虐殺劇が予想されていたがそうはならなかった。

 大将戦はじめに展開を掴んだのは、小瀬川さんだった。安手から満貫に繋げての連続和了で2位浮上した。

 

「小瀬川さん流石やなあ。でもこの展開作ると必ず荒川さんが来るんよなあ……」

 

ツモ! 3000、6000

 

 怜の予想通り荒川さんが跳満をツモり、第1半荘が南入して宮永さんが最下位につける展開になると、掲示板が騒然となった。

 そして、高鴨さんに立直からのカンを絡めた倍満和了が飛び出すと、空気は完全に宮永さんから離れていった。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第1半荘 南2局

佐久  高鴨 穏乃  131500

恵比寿 小瀬川 白望 100400

神戸  荒川 憩   84600

横浜  宮永 咲   83500

 

プロ麻雀トップリーグ実況 part183

263名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokga6rw

宮永をビハインドで無理矢理起用した愛宕wwwwwwww

 

301名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok0mrwj

>>263

こいつほんま采配カスで笑う

勝ってるのは100%選手のおかげ

 

451名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokm3rma

魔王様……おいたわしや…………

 

506名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak0rmjz

宮永wwwwwwwww

気分ええわ! 欧州選手権王者風情が佐久の山猿に勝てると思うなよ!

というか猿、ほんまに勝つんか? ほんまに勝つん?

 

621名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokr0rmj

無重力セット、ブスメガネ、無能

 

 宮永さんが最下位に転落して、何故か叩かれる愛宕監督に怜は少し同情した。

 

「麻雀やってればこういう時もあるやん。大きく放銃したわけでもないのに、騒ぎすぎやろ」

 

 ななしの雀士が騒ぎはじめたのが功を奏したのか、立直を絡めた満貫を宮永さんは和了した。試合展開はななしの雀士の逆張りをすると、当てられることが多いように怜は感じていた。

 最後は宮永さんが3900点を和了し、第二半荘へ。横浜逆転への期待感はあるが、試合開始前とはうって変わって、地味な内容である。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第2半荘 東1局

佐久  高鴨 穏乃  127700

恵比寿 小瀬川 白望 96300

横浜  宮永 咲   94700

神戸  荒川 憩   81300

 

ツモ!!! 1000点オール

 

 ハーフタイムにエネルギーバーフルーツ味とバナナをもりもり食べて、体力回復した高鴨さんが和了し、第二半荘になっても高鴨さんの流れは変わらないようだ。

 

「なんか、普通の麻雀をしているように見えるけど、宮永さんが1回もカンしてないってのは異常やな」

 

 高鴨さんの能力が、影響しているんだろうなと怜は思った。自分とは違って、高鴨さんはオカルト全開の支配系能力者が得意なタイプなのだろう。

 軽快に早和了を繰り返して局面を進める高鴨さんを2位狙いの荒川さんがアシストするという構図で局面は進行していった。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第2半荘 南2局

佐久  高鴨 穏乃  123300

横浜  宮永 咲   94500

恵比寿 小瀬川 白望 91800

神戸  荒川 憩   90400

 

 

 白が暗刻になっていて赤もあるドラ4の大物手だ。宮永さんの最後の逆転チャンスだろうなと怜は直感した。なんとしてもここで、リズムを作りたいところだろう。

 八萬をポンして積極的に動いていった高鴨さんの動きを見て、宮永さんは5、6索と6、7萬の塔子選択で萬子の方を残した。

 わざわざ、枚数の少ない方を選択をしたということは、嶺上牌が五萬か八萬なのだろう。白を持ってくればカンして、嶺上開花ツモで跳満以上が確定する。

 高鴨さんから遅れて、なんとか面前で聴牌した宮永さんは、リーチをかけずに、じっと身を潜めて待っている選択をした。

 

「ん、これ負けてるしリーチしても良いと思うんやけど……」

 

 怜がそう呟いた瞬間、高鴨さんが八萬をツモってきた。パズルのピースが埋まりきった卓上を見て、怜は戦慄した。

 高鴨さんがカンの発声をした瞬間、宮永さんの槍衾が炸裂した。

 

ロン 12000

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第2半荘 南3局

佐久  高鴨 穏乃  111300

横浜  宮永 咲   106500

恵比寿 小瀬川 白望 91800

神戸  荒川 憩   90400

 

 槍槓。

 滅多に登場しない頻出役満以上のレア役の出現に掲示板が沸く。

 

プロ麻雀トップリーグ実況 part195

261名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

これは世界獲りますわあ……

 

526名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwag

凄すぎて草

こんなんはじめて見た

 

694名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak1rmaz

ま、まだ逆転されてないから

 

769名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rmaw

>>694

高鴨の手が震えまくってるんですが、それは大丈夫なんですかね?

 

921名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3m8rg

お猿さん、おててブルブルで草

 

984名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi9rmaz

>>921

これはわからされましたね……

 

81名前:名無し:20XX/3/18(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6wgma

ま、まだいけるやろ

まだリードあるし

 

 続く南3局、プレッシャーに怯え、明らかに牌を捨てるリズムが悪くなった高鴨さんを尻目に、親番の宮永さんはいとも簡単に聴牌した。

 

嶺上開花ツモ、2000オール

 

 高鴨さんの支配力が弱まったのかは不明だが、この対戦で使っていなかった嶺上開花を宮永さんが決めて逆転した。

 

「嶺上開花できるんやな……動揺した高鴨さんの支配力を宮永さんが、上回ったってことなんやろか? それとも……もともとはじめから使えてたんか?」

 

 怜はテレビ画面の宮永さんに向かって、そう疑問を投げかけたが、当然答えは返ってこない。いつも通りの無表情で宮永さんは、淡々と麻雀を続けている。

 

 その後、宮永さんは連続で嶺上開花を決めて高鴨さんを降板させ、今シーズン初勝利を決めた。

 



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第88話 宮永咲と虚構の煙

 試合後、私はお気に入りのシガーバーで葉巻を楽しんでいた。

 葉巻が特段好きなわけでもないのだが、麻雀後気持ちの整理がつかない時に、一人の時間を作るためにここを使う。生演奏のジャズを独り占め出来るのも良い。

 パーソナルソファーの背もたれに体を預けて、私は天井を仰いだ。

 

 今日は、高鴨さんと対戦した。

 大将戦で1万点差を捲り、彼女の支配の上を行った。完璧な内容。

 

 大星淡、Nelly Virsaladze、高鴨穏乃。

 

 これで全部倒した。

 あの日、決勝戦で戦う予定であった相手は全部。

 嬉しいはずなのに、インターハイのライバルを倒すたびに、心がどんどん空っぽになっていくのは何故なのだろう。

 

 口の中に揺蕩っている煙をゆっくりと吐き出す。

 

 今日は長く吸うために、少し長めの葉巻を選んでもらった。キューバの葉巻で7000円ほど。銘柄など詳しいことは良くわからないが、香りが良く吸いごたえがあっておいしい。

 

 園城寺さんが、麻雀界に復帰したという話を最近聞いた。

 獅子原さんとの北海道での出会いで、なにか掴んだのだろうか? それはともかくとして、清澄のインターハイで負けた相手は、全員倒さなくっちゃいけない。

 だから、園城寺さんの復帰を知った時は手放しで喜んだ。

 

 まだ、倒すべき相手がいる。

 

 でも、園城寺さんに勝ってしまったら?

 

 私はそこまで思い浮かべてから、頭の中から考えを振り払った。

 園城寺さんのことを考えるのはやめよう。

 今日勝った相手に、明日も勝てるのかはわからない。未来の敵に思いを馳せている余裕は私にはない。

 

 葉巻の煙を、口の中で揺蕩わせる。

 

 時間が経つにつれて、煙の風味が変化していく。

 新緑のウッディーさに、青リンゴを思わせる爽やかな酸味が後追いしてくる序盤とは一転して、中盤はカカオのようなほろ苦さと木の香りが混在して複雑な味わいだ。

 

 口からため息をつくように吐き出した煙が、部屋の空気に溶け込んで消えていく。

 

 少し辛いな、そう思った私は注文しておいたアイスクリームを席に持ってきてもらって、スプーンで口に運んだ。

 アイスクリームの甘さで、喉の奥の辛さと苦味が和らぐ。

 

「今日の試合もギリギリだったなあ……無理言って登板させて貰ったのに、負けたら格好がつかないよ」

 

 高鴨さん相手に、ビハインドは厳しい。彼女の山の支配力は一級品で、こちらから嶺上開花を仕掛けていれば、足元を掬われていた。前半は全く動けなかったし、第二半荘でやっと牌の流れが掴めたと思っても、和了そのものは能力で阻害された。

 幸い高鴨さんが能力に慢心してくれたおかげで、寄せていった牌回しが偶然当たったが、彼女に充分な経験があれば、倒れていたのは私だっただろう。

 

「今日のことで、苦手意識でも持ってくれるといいんだけどな……」

 

 軽く吹き戻してから、私は葉巻の灰を灰皿にそっと落とした。

 綺麗に並んだ葉巻の灰をボーッと見つめながら、アイスクリームに舌鼓をうつ。

 コーヒーも飲みたくなったが、眠れなくなるだろうから辞めておくことにした。もしかしたら、明日も登板するかもしれない。

 

 スマートフォンのバイブレーションの音が、カバンの中から聞こえてきた。せっかくの幸せな時間を邪魔されてしまったことに、ションボリしながら私は、スマートフォンの画面を見やった。

 

 憧ちゃんからのメールだ。

 

 そういえば試合後、ホテルで会う約束をしていたような気もする。マナーモードじゃなくて、電源を切っておけば良かった。

 スマートフォンの電源を切って、葉巻を手に取って煙を口の中に取り入れる。心地よい陶酔感。

 お酒が飲めたら、もう少し生きているのが楽しかっただろうな。

 長かった葉巻が人差し指くらいの大きさになったので、私は灰皿の上にそっと葉巻を置いた。

 バーテンダーさんに店の前までタクシーを呼んでもらってから、私は席を立った。

 店の外に出ると少し肌寒い。

 花冷えのする夜だ。私は慌てて、停車しているタクシーに乗り込んだ。

 

❇︎

 

 宿泊先のホテルのスイートルームにたどり着くと、憧ちゃんがイライラしながらソファーに腰掛けて私の帰りを待っていた。

 

「遅い! どこで何してたの!?」

 

「え……えっと、少し予定があって」

 

 なんで私の部屋に憧ちゃんがいるの? その言葉が喉まで出かかったが、私はすんでのところで抑えることが出来た。

 イライラしている女の子を刺激すると、面倒なことになる。

 

「って……タバコ臭っ!? ほんとなにしてたのよ。約束放り出して!」

 

「ご、ごめん。忘れてたよ」

 

 私が憧ちゃんのホテルに、泊まりに行く約束をしていたのだと、先ほどまで思っていた。しかし、どうやらそれは勘違いで、憧ちゃんが私の部屋に泊まりに来る約束をしていたらしい。

 たしかに、自分の性格を考えると来てもらう方を選ぶだろうなと思い、私は納得してしまった。

 憧ちゃんに、スーツのジャケットを渡すとハンガーにかけてから親の仇のように、消臭スプレーを吹きかけられた。

 

「そんなに、臭うかな……」

 

「吸う人はわからないだろうけど、かなりね。お風呂沸かしてあるから、早く入ってきてよ」

 

「そうする……」

 

 憧ちゃんのストレートな物言いに、少し落ち込んでしまった。

 換気扇の下で、タバコを吸う世のお父さん達の悲哀を思い浮かべる。パートナーがいると、タバコ1つ満足に吸うことができない。結婚しないことを心に誓っておいて、本当に良かった。

 

「そういえば、今日はシズとだったわね。すごい和了決めてたじゃない」

 

「んー偶然だよ、あれは」

 

 憧ちゃんは思い出したような態度を装って、そう尋ねてきた。特に隠す理由もないので、正直な気持ちを答えておいた。

 あの槍槓がなければ、続く南3局は無理に嶺上開花で、和了しにいくしかなかった。親番だったので、それでも勝てた可能性はあるが、不確定要素が大きすぎる。あえて、再戦を有利にするため嶺上開花を狙わずに、終局に持ち込んだかもしれない。それで負けてしまっても、未来への布石になるし、精神的なダメージも少ない。

 

「槍槓が偶然ねぇ……シズの鳴いた八萬にあわせにいったんじゃないの?」

 

「そうだけど……あ、麻雀の話はやめていいかな? 疲れてるんだ」

 

「……ごめん」

 

「うん、それじゃあお風呂行ってくるね」

 

 ハンガーとバスタオルを持って、私はバスルームに向かった。

 せっかく憧ちゃんがいるから、お風呂から上がったら、高鴨さんの話を聞いておこうと思った。趣向や人となりがわかれば、精神的な揺さぶりをかけやすくなる。

 アメニティーにバスソルトがあったので、湯船のなかに入れてみると、ローズマリーとラベンダーの香りが広がった。

 日付が回っても、バスルームの大きな窓から見える東京の夜景は、キラキラと輝いていて、まるでプラネタリウムのようだった。

 

 バスソルトがよく溶けるように、右手で湯船をかき混ぜる水音だけが、バスルームに響く。

 

 水面からふわりと香るラベンダーの芳香に包まれて、私は幸せな気分になった。

 今日は良く眠れそうだ。

 



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第89話 ネット麻雀最強の女とエミネンシア神戸 前編

 エミネンシア神戸。

 たこ焼き、通天閣、エミネンシアと呼ばれるほど、関西で圧倒的な人気を誇るプロ麻雀トップリーグの人気雀団である。

 そんな黒と黄色のチームタオルがトレードマークの人気チームに、今年指名を受けた期待の新人がプロ初出場、初先鋒をする。

 

 そう、千里山女子高校の生き恥こと二条泉さんである。

 

 そんな泉の初出場となる試合が始まるのを、怜は今か今かとテレビ画面の前で、待ち構えていた。

 

「レッツゴー泉、ゴーゴー泉。夢抱き羽ばたけよ〜♪鋭い和了を魅せてくれ♪さあ、君がヒロインだ♪二条泉〜♪」

 

 二条泉さんの応援歌を歌いながら、怜はご機嫌で二条の名前が刺繍されたエミネンシアのチームジャンパーと、チームタオルを身につけて、試合が始まるのを待つ。

 このグッズ達は、エミネンシア神戸のオフィシャルネット通販で、ゲットした逸品だ。竜華や加治木さんのグッズは売り切れていて買えなかったが、二条泉さんのグッズは買い放題だった。

 

 クソザコなので、一軍の試合に出てこない可能性が怜の脳裏をよぎったが、その場合は本人にクーリングオフすれば良いことに思い至り、安心して購入した次第である。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第一半荘 〜開始前〜

東 神戸  二条 泉  100,000

南 横浜  弘世 菫  100,000

西 恵比寿 花田 煌  100,000

北 大宮  愛宕 絹恵 100,000

 

二条 泉    ROOKIE

ドラフト4位  個人戦順位 NEW

千里山→明明大→神戸

0勝0敗0H

六大学麻雀で抜群の安定感を魅せた明明大学のエース。今日プロ初登板、初先鋒。

 

弘世 菫    昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 39位

白糸台→家慶大→横浜

4勝17敗0H

身長176cmの恵まれた体格から繰り出される、センス豊かな麻雀が売りの横浜の先鋒。

 

花田 煌    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 7位

新道寺女子→恵比寿

16勝9敗0H

昨年度は最優秀先鋒に輝いた。今の麻雀界を代表する先鋒。

 

愛宕 絹恵   昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 60位

姫松→大宮

3勝11敗3H

堅実な打ち回しでチームを勝利に導く、眼鏡がトレードマークの雀士。佐久フェレッターズ愛宕洋榎の実妹。

 

 二条泉の名前がテレビ画面に大きく表示されて、ほんまにプロになったんやなあと怜は感慨を抱いた。

 少し緊張した面持ちで、慣れないスーツを身に纏い卓についている泉に、怜はエールを送る。

 

「花田ちゃんしか良い選手おらんで! チャンスや! ここで勝つんや泉!」

 

 恵比寿の花田ちゃんを除けば、相手関係は比較的楽である。開幕戦のセーラのような卓に放り込まれては、なすすべなくトビ終了まで見えるが、今日の卓なら大丈夫だろう。

 

「それにしても……思っていたよりも早く出番が回ってきたやんな」

 

 エミネンシア神戸は今年度先鋒ローテーションに、椿野、加治木、銘狩の布陣を敷いて臨んだが、先鋒が大炎上を繰り返し、開幕戦から6連敗。先鋒の平均得点収支は、マイナス3万点を下回った。

 

 わずか1週間で、神戸の先鋒ローテーションは崩壊。

 

 今日までエミネンシアは15試合して、先鋒区間で0勝12敗。合計得失点マイナス40万オーバーという、とてつもない負債を抱えている。

 

 先鋒問題を解決しようと、神戸首脳陣は奮起。セットアッパーの野依さんを先鋒に配置転換し大炎上させたり、調整のため中継ぎで使った加治木さんが、副将区間でマイナス8万点を記録したりと、やることなすこと全て裏目を引き、神戸ファンは絶望に打ちひしがれた。

 

 そんな悲惨な紆余曲折を経て、登板したのが期待のドラフト4位ルーキー、二条泉さんである。

 神戸ファンの諦めを一身に背負い、彼女の戦いの幕が開ける。

 

【絶望】プロ麻雀トップリーグ実況 11

233名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

泉! いてこましたれ! 猛虎魂みせつけろ! 花田ちゃんに勝つんや!!!

 

261名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi9rmaz

>>233

二軍で炎上してるようじゃ無理やろ

 

298名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0rraw

>>233

どんな状況でも応援し続ける神戸ファンの鑑

 

311名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6r0mz

二条ってそんなあかんの?

 

320名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emijrwag

>>311

ネット麻雀最強の雀士やぞ

名前:にじょう いずみ  9段

R2863

平均順位 1.53 位

和了率 40.13%

放銃率 0.06%

副露率 39.36%

立直率 7.98%

 

355名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emimrza9

ネット麻雀強いのに、二軍だと全然活躍しないのほんと草

 

386名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:heaimazg

ネット麻雀はオカルトないからね、しょうがないね

 

405名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwg3

荒川また先鋒に戻さへんの?

 

421名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrza0

>>405

のよりん炎上して、中継ぎを先鋒に配置転換するの駄目だと確信したんやろ

 

469名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

遅れてやってきた怪物、二条泉さんが10勝するで!

 

496名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwg3

>>469

おは清水谷

 

511名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi1m1p6

>>469

エミカス、ポジり倒してて草

まずお前のとこは、先鋒で10勝できるか心配したほうがええで

 

 ネット掲示板での泉への評判はあまり良くないようだったが、自分のネット麻雀のアカウントが泉のアカウントだと認識されていることに怜は安心した。

 洗牌の音がテレビ画面から聞こえてきて、各選手に配牌が配られる。

 

「お、いきなり一向聴やん! ドラもあるし……泉、いけるで!」

 

 いきなり絶好の配牌。ダブルリーチこそ出来なかったものの、泉は3巡目でリーチをかけて攻勢に出ることができた。

 三筒、六筒の綺麗な両面待ちの手だ。

 少し安心した表情の泉の顔から、卓上にカメラが切り替わると、怜の視界にとてつもない未来が視えた。

 

 二条泉さん、一発倍満ツモである。

 

 流石に都合が良すぎると、何度も確認した怜だったが、特に誰かが鳴いたりする気配はなく、泉が予定通りの六筒をツモもってくる。

 

 平和、リーチ、一発、門前自摸、ドラ4。

 

 裏ドラを確認する、泉の手が震えている。雀頭に裏ドラが乗ったのを見て、自分の運の良さに慄いているらしい。

 

『は、8000オールです』

 

 クソザコらしい、泉の自信なさげな小さな点数申告のあとに、三科アナの実況がテレビ画面から聴こえてくる。

 

『エミネンシア神戸、二条選手! プロ初先鋒の第一局で素晴らしい和了です! 小鍛治さん、これは運を引き寄せましたか?』

 

『えーそうですね……絶対に勝ちたい、そんな気迫が伝わってくるような和了でした。気合入ってますね』

 

 三科アナと小鍛治さんに、褒められているところ悪いが、怜から見るとビビりまくっているにしか見えない。

 手とかブルブル震えてるし……プロ初試合とは言っても、泉のこの緊張具合は明らかにおかしい。クソザコの名に相応しいザコメンタルである。

 

「ま、まあ何はともあれ先制や! ゴーゴー泉! 勝て勝て泉!」

 

899名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

泉! いけるやん!

勝利を呼ぶ女になるんや!

 

916名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwag

かなり守備硬いな、悪い時は配牌からオリてる

 

931名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0m0mi

花田にジワジワつめられてるけど

二条もしかしていけるんか?

 

976名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

明明大学の大エース、二条泉を信じるんや!

 

26名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebim6pmjz

福路も活躍してるし

もしかして、明明大学ってすごい?

 

41名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6r6rwa

>>26

今のプロ麻雀界は

明明、伊稲、新道寺、千里山で回ってる

 

81名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6wrzj6

>>41

新道寺女子1強定期

 

164名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi91pjg

>>41

二条泉とかいう、千里山から明明大という最強の経歴を持つ女

 

180名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi96drm

>>41

新道寺女子の出身者だけのチーム作ったら、絶対に優勝できるという風潮

一理ある

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第一半荘 〜終了〜

神戸  二条 泉  121,300

恵比寿 花田 煌  114,900

横浜  弘世 菫  92,600

大宮  愛宕 絹恵 71,200

 

 タブレットから目を離し、テレビ画面を見ると泉がかなり険しい顔つきをしながらエネルギーバーをモグモグしていた。チョコレート味がお気に入りらしい。

 

「絶対、最下位とると思ったんやけどなかなかやるやん」

 

 炎上して戦犯顔を全国の麻雀ファンのみなさまにお披露目することになるだろうなと、怜は予想していた。

 予想が良い方にハズレてしまい、ちょっと拍子抜けである。

 

「せっかく放銃しまくった時に、歌う用の応援歌も作っておいたのになあ……」

 

 99%罵声で作った応援歌を歌う機会が訪れなかったことを、怜はちょっぴり残念に思った。泉には活躍して欲しいが、せっかく作ったのだから、歌いたいものである。

 

 そんなことを怜が考えていると、三科アナと小鍛治さんの軽快なトークが、お茶の間に届けられる。

 

『先鋒戦、前半を振り返っていかがでしたか?』

 

『えーそうですね……二条さんの親倍満和了から始まった試合でしたが、思った以上に堅実で……花田さんが追いかける展開になりましたね。弘世さんも虎視眈々と狙っているような印象を受けます』

 

『大宮の愛宕選手はいかがでしょう?』

 

『え? それ、言わないと駄目かな?』

 

『い、いえ…………プロ麻雀中継先鋒戦、第一半荘が終了しました。ハーフタイム後の闘牌を引き続きお楽しみください』

 



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第90話 ネット麻雀最強の女とエミネンシア神戸 後編

 

 半荘と半荘の間の休憩時間、通称モグモグタイムが終わり、第二半荘が開始された。

 卓についた各選手に配牌が配られる。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第二半荘 東1局

神戸  二条 泉  121,300

恵比寿 花田 煌  114,900

横浜  弘世 菫  92,600

大宮  愛宕 絹恵 71,200

 

「お、第二半荘になっても悪くないやん。いけるで泉!」

 

 泉の配牌を見て、怜はメガホンを叩いて喜んだ。赤が一枚あるし、三色も狙えそうな配牌だ。

 弘世さんの配牌はまあまあだが、花田ちゃんと絹恵ちゃんの配牌は本当に酷い。運の格差社会が卓上に再現されていた。

 それぞれの配牌を見て、このまま素直に進んでいくと、泉が和了しそうだなと怜は思った。

 

ポン!!!

 

 絹恵ちゃんが捨てた二索を花田ちゃんが、無理矢理鳴いていった。泉のツモ番がスキップされて、少し牌の流れが変わったのを怜は感じた。

 

「ま、まあ……そう簡単に勝たせてくれへんよなあ。花田ちゃんやし」

 

 泉を追い抜いて先に聴牌した花田ちゃんに、照準を合わせるように弘世さんが待ちを絞り始める。

 その様子を見て、三宅アナが小鍛治さんに問いかける。

 

『弘世プロは、待ちを狭い方にとりましたね。四筒の単騎にとりましたが、これはどういうことでしょうか?』

 

『絞っているんでしょう』

 

『絞る?』

 

『ええ。弘世さんは、弓に矢をつがえて引き絞るように、他家からの和了を狙ってるんですよ』

 

『となると狙いは、トップの二条選手でしょうか?』

 

『いえ、やはりこの卓では恵比寿の花田プロの力が一枚抜けているので……』

 

 小鍛治さんがそこまで言うと、花田さんが弘世さんの当たり牌である四筒をツモってきて手が止まる。

 花田ちゃんは、5秒ほど手が止まったが聴牌を崩して現物を切り出した。

 

『あ、止まりましたね。良い判断だと思います。さすが花田プロです』

 

534名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwgw

こどおば、ヤバすぎて草

なんでそんなんわかるねん

 

580名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea0mgmc

ここで四筒が止まるのも意味不明だし

弘世が寄せていっている相手がわかるのも謎すぎて草

 

621名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmjzg

【朗報】プロ麻雀、やっぱりすごかった

 

669名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emid6mra

麻雀界のレジェンド小鍛治健夜と

ちばらぎ毒舌行き遅れこどおばネキは別人

 

「この人、ほんまに麻雀のことにかけてはすごいやんな……」

 

 怜は、そうつぶやいて小鍛治さんのことを褒めた。

 タブレットで掲示板を更新しながら、ボーッと眺めていると、テレビから大きな歓声が上がった。

 河に置かれた四筒が画面に映し出される。やっちゃったって顔をしている泉と、不思議そうな顔をしている弘世さん。

 

 大空に煌めく恵比寿の怪鳥を撃ち落とそうと射掛けた矢が、麻雀界のステラーカイギュウこと二条泉さんにブチ当たっていた。

 

「邪魔だイズ二軍行け 燃えるカッスマン

突っ走れ鳴尾浜 勝利を消す女〜♪  ゴーゴー泉、レッツゴー泉♪」

 

 当たり前のように、流れ矢に当たり討ち死する二条泉さんに、精一杯のエールを怜は送った。

 ここまで泉の運が良すぎて、試合前から作っておいた応援歌を歌う機会は、このまま訪れないのではないかと思ったが、杞憂に終わったようだ。

 

「なんで、おまえが振り込むんやwwwwwおかしいやろ!」

 

 点数は横移動だが、この弘世さんの満貫和了で花田ちゃんが一位に躍り出る。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第二半荘 東2局

恵比寿 花田 煌  114,900

神戸  二条 泉  113,300

横浜  弘世 菫  100,600

大宮  愛宕 絹恵 71,200

 

「ま、まあ……振り込んでもうたもんはしゃーない。まだ点差もないしな。泉、取り返すんや!」

 

 12000円もした二条の名字の刺繍の入ったチームジャンパー代が勿体無いので、怜は精一杯泉のことを応援する。

 しかし、怜の応援も虚しく泉の手は一向に進まない。先に花田ちゃんのリーチがかかって、あっさりと泉はオリることを選択した。

 

ツモ 1300、2600です

 

 花田ちゃんの元気の良いツモ発声が響く。

 そのツモ和了をきっかけに、泉との点差がどんどん広がっていく。

 

496名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emigk3sl

駄目みたいですね……

 

531名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rrav

でも、他の先鋒よりはマシだったからセーフ

 

590名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emirdazg

花田煌、強すぎて草

無理やろ

 

624名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6razg

二条でネガるなや、うちの愛宕妹なんか第2半荘で一度もすこやんに触れられてへんぞ

 

638名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6a1rmj

>>624

失言対策やぞ

 

「押せや! スジになってるから押せるやろ! なんで押さないんや!」

 

 眉間にシワを寄せながら生まれたての子鹿のような闘牌をする泉に、フラストレーションが溜まっていく。

 

 路肩の水溜りよりも深い寛容な心で、後輩の闘牌を応援していた怜だったが、もう我慢の限界である。

 こっちはジャンパーまで買って、わざわざ応援してあげているのに、何故1度放銃したくらいで、どうしてそんな消極的な闘牌をするのか。

 

「泉、戦う姿勢を見せろや! 気持ちで相手に勝つんや! クソザコが気持ちで負けたらもうなにも残らへんぞ!」

 

 テレビ画面に向かって強く叱咤した怜の言葉も、卓についている泉には届かない。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第二半荘 南1局

恵比寿 花田 煌  124,100

神戸  二条 泉  108,000

横浜  弘世 菫  94,000

大宮  愛宕 絹恵 73,900

 

 南入し、これは負けにしてもうたなあと怜が思い始めた時に、神戸側からタイムアウトの申し出がされた。

 

 審判がタイムアウトを告げると、泉は大きく息を吐くような仕草をしてから、背もたれに体を預けた。

 黄昏れるように卓の点数表示を人差し指でなぞる泉の前に、神戸の守護神がゆっくり姿を表した。

 

 それに気づいた泉の体が跳ね、大慌てで席から立ち上がる。

 両足の踵をつけ、つま先を開く。手は両脇に伸ばして軽く顎をひいて直立不動。

 

 表面上こそ笑顔だが、目が全く笑っていない竜華から、色々と指示を受けている。その間、一切身じろぎしない。

 完璧な起立姿勢に、掲示板が慄く。

 

121名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0mrza

起立するの早すぎて草

 

150名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rrjg

やばい(確信)

 

191名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwaz

なぜ千里山に人が集まらなくなったのか、すぐにわかる映像

 

209名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emim4d2m

高校麻雀界の闇

 

214名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emim3r6g

千里山出身だけあって、片岡と違って教育がしっかりされてるな(白目)

 

226名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi0rm0a

>>191

なお、新たに台頭してきた新道寺は6月までに新入生の半数以上が寮から脱走する模様

 

240名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0gegg

普通、試合中に後輩詰めたりするか?

ありえへんやろ

 

269名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3uwag

白糸台、千里山、新道寺とかいう闇の系譜

 

286名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rmj6

胃がキュッってなるから辞めてくれ

というかベンチでやれ

 

316名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6mrwa

加治木「どういう場面でかは言えないが、片手で軽々人を持ち上げていた」

 

336名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi9rmjz

>>316

これすき

 

351名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6d6rw

>>316

片岡定期

 

 牌譜を持った竜華から色々と言われているのか、泉の顔が青白く変わっていく。

 

 竜華は、今年は後輩に優しくしようと思うと意気込みをシーズン前に語っていたが、意気込みだけだったらしい。

 例年通りのブラック竜華である。

 詰められている様子を見て微笑みを絶やさない、花田ちゃんの様子もなにかがおかしい。

 泉の肩をグッと掴んで激励してから、ベンチに竜華は戻って行った。

 

 姿が見えなくなるまで、気をつけのポーズをとり続ける二条泉さんの顔が、絶望に染まっている。何を言われたのだろうか?

 

「ま、まあ……あの麻雀じゃあ言われることもあるやんな……あんまり気にしなくてええで。こ、これから頑張るんや泉」

 

 先ほどまで自分も罵声を浴びせていたことを忘れて、怜は泉に慰めの言葉をかける。隣人があまりにも怒っていると、かえって冷静になれるというよくある現象である。

 

 タイムアウトが終わり、配牌が配られると泉はこの世の終わりのような顔をした。

 

 五向聴。

 

 泉の最後の親番で、これはあんまりだ。

 手が震えて、配牌を眺めやったまま全く切り出さない泉だったが、意を決したように南を切り出した。

 決して諦めない闘志が、ここにきて泉に戻ってきたようだ。

 竜華に怒られたくない一心で、懸命に闘牌を続ける泉に、麻雀の神様が微笑む。ペンチャンだらけの泉の手牌に、吸い込まれるように有効牌が集まっていく。

 

「泉! いけるで! めっちゃ運ええやん! 押せ押せ!!!」

 

 花田ちゃんの索子の混一色のリーチが先に入ったが、泉は気に留めず全ツッパする。

 震える手で危険牌の三索をノータイムで切って聴牌を維持した泉の闘牌を見て、思わず見直しそうになったが、直接口にすると調子に乗りそうなので本人には黙っておくことにした。

 花田ちゃんの索子の四面待ちと、泉の七萬ペンチャン待ちどちらが、めくり勝つのかその未来を園城寺怜は知っていた。

 

ツモ!!! 6000オール!

 

 純全帯么九、三色。

 豪運を持つものしか許されない跳満和了を一番欲しい場面で決めて、泉は試合を決定づけた。

 南場の途中に、花田ちゃんに追いつかれそうになった場面があったが、流れは変わらない。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 〜終了〜

神戸  二条 泉  123,700

恵比寿 花田 煌  120,600

横浜  弘世 菫  94,500

大宮  愛宕 絹恵 61,200

 

「ほんまに勝つとは思わへんかったわ……泉いけるやん!」

 

 泉の闘牌に怜は歓声をあげる。ずっと信じて応援をした甲斐があったというものだ。

 その後エミネンシア神戸は、野依理沙→のよりん→荒川憩→清水谷竜華の勝ちパターンで僅かなリードを守り切った。

 

 先鋒の泉に勝ちがつくことで、掲示板の神戸ファンは狂喜乱舞のお祭り騒ぎである。

 

580名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

二条泉ちゃん、大勝利や!!!

 

634名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

花田に勝ったでええええええ

二条、おまえがエミネンシア先鋒の柱や!!!!

 

649名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emie4d6g

夢抱きはばたけよ 鋭い和了を魅せてくれ

さあ、君がヒロインだ! 二条泉

 

661名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rdzg

>>649

応援歌に偽りなし

 

695名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0mrza

>>649

これはエース

 

703名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0mrza

【朗報】ネット麻雀最強の女、やっぱり強かった

 

730名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rmjz

第1巡選択選手 

横浜  亦野 誠子 →神

松山  安福 莉子 →中継ぎで活躍

恵比寿 真屋由暉子 →一軍登板なし^^

大宮  原村 和  →大宮の第二先鋒

佐久  高鴨 穏乃 →佐久の守護神

神戸  二条 泉  →神戸先鋒の柱

 

746名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3m3rn

>>730

一人だけハズレ引いたエビカス哀れやなあ^^

769名前:名無し:20XX/3/25(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0smlz

>>730

恵比寿、ご自慢のエースwwwwww

うちの泉が、強すぎて申し訳ない^^

 

 チームの先鋒初勝利は、誰も期待していなかったドラフト4位の新人から、もたらされることとなった。しかも憎き恵比寿のエース花田煌を撃破し、チームに勝利をもたらしたとあれば値千金である。

 

 花田ちゃんとの競り合いを制した、泉のファンからの評価はストップ高。

 

 せっかくなので、怜も掲示板に宮永咲や小鍛治健夜を超えうる存在と、書き込みをしておいた。

 

 満員の神戸麻雀遊技場。

 その場内に、夢叶えた少女の応援歌が響く。

 

『夢抱きはばたけよ 鋭い和了を見せてくれ! さあ君がヒロインだ! 二条泉〜』

 



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第91話 天満月の夜と氷輪に潜む魚

 空いっぱいに満月が輝いている。

 暗闇の海を渡る無数の星々をかき消して、煌々と光る月。

 航海を続ける船団を飲み込むように、圧倒的な支配の波が他家を駆逐した。

 

 海底撈月。

 

 天江さんの跳満和了が炸裂する。

 細かな牌の工夫を、徒労に終わらせる圧倒的な支配力が彼女の武器だ。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第二半荘 東3局

横浜 亦野 誠子 134,700

松山 天江 衣  118,600

大宮 渡辺 琉音 86,300

佐久 上埜 久  60,400

 

亦野 誠子   ROOKIE

ドラフト1位  個人戦順位 NEW

白糸台→帝国新薬→横浜

0勝0敗5H

2雀団競合の注目のドラフト1位ルーキー。他家を圧倒する和了速度を武器に、横浜のセットアッパーに定着。新人王候補筆頭。

 

天江 衣    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 2位

龍門渕→松山

24勝2敗0S

昨年度最優秀雀士に輝いた日本麻雀界を代表するポイントゲッター。自身2度目の最多勝を獲得し松山の優勝に大きく貢献した。

 

渡辺 琉音   昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 32位

白糸台→大宮

7勝10敗14H

大宮のベテラン選手。細かい麻雀に対応できる器用さとパンチ力のある闘牌が売り。

 

上埜 久    昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 25位

清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→

佐久

10勝5敗0H

新人王を獲得した佐久のポイントゲッター。

悪待ちを駆使した心理的な駆け引きの上手さが魅力。

 

「天江さんの麻雀は、あんまり好きになれへんけど……めっちゃ強いなあ」

 

 天江さんの傍若無人な麻雀を見て、怜はため息をついた。

 大宮の大星さんと同じように、自身の能力を存分に活かした麻雀だが、幅が広く、弱点らしい弱点がない。支配能力そのものも一級品でシンプルな強さがある。無能力者で天江さんに勝ち得る雀士は、ほとんどいないであろう。

 

 怜は牌を支配したり、引き寄せたりするような特殊な能力は持っていないので、天江さんのような超常現象を押し付けてくるタイプは苦手である。というより、ほとんど勝ち目がないと言っても良い。

 

「あれだけあった点差が、もう2万点無いくらいやしなあ」

 

 今日の横浜はセーラが先鋒を務めて、着実にリードを広げた後、次鋒に薄墨さんを起用する攻撃的な愛宕監督の采配が功を奏して、6万点近いリードを手に入れた。

 しかしその後、次鋒戦第二半荘から松山の猛攻を岩館さんが受け続けるという展開が続き今に至っている。いくら絶好調の亦野さんといえど、天江さんの相手は厳しい。

 怜はソファーから体を起こして、タブレットを起動した。

 

【あと半荘】プロ麻雀トップリーグ実況 89

469名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

亦野さん、そろそろキツいんちゃうか?

 

511名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmaz

>>469

さすがにルーキーで天江の相手はあかん

 

541名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjz

もう、半荘半やし……宮永に代わってあげてほしい

 

560名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:mat6rwaz

>>541

横浜ロードスターズのメシアを信じろ

 

580名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjz

岩館とかいうハラハラさせながらも何となく戦犯は回避する謎の存在

 

611名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>580

欧州選手権ベスト16の実力者やぞ!

 

630名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok1mp1g

>>611

欧州選手権で覚醒したかと思ったけど

シーズン入ったら普通の岩館だった

 

641名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwaz

岩館は洋芝じゃないと走らないから野芝の日本じゃ通用しない

ダートで強いのもそのせい

 

660名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwag

>>641

岩館をなんだと思ってるんですかね……

 

666名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:mat6pagd

>>641

世界でしか通用しない女

 

666名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rrwj

>>666

期待外れなだけで通用はしてるんだよなあ

 

694名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yokjvqig

>>641

ダートとは……(^◇^;)

 

714名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3adic

>>694

横須賀の砂遊びのことやろ

 

806名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok1magc

世界と二軍でイキりたおす者、岩館揺杏

 

904名前:名無し:20XX/4/2(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjz

またのん何とか和了したやん、いけるで!

 

 積極的に二副露した亦野さんが、天江さんの支配を打ち破り和了すると、掲示板のネガネガしていた横浜ファン達が、一斉にポジりはじめた。

 

「躁鬱病かなんかやろか……」

 

 岩館さんにしても、今日の闘牌は冴えなかったが逆転を許したわけでもないし、長い目で見てあげれば良いのになと怜は思った。泉や玄ちゃんを応援しているときのように、寛容な心でファンは応援するべきである。

 渡辺プロの満貫和了を親かぶりしてしまうなどの不運はあったものの、亦野さんはなんとかリードを保ったまま南入し、試合を運んで行った。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第二半荘 南3局

横浜 亦野 誠子 132,700

松山 天江 衣  121,600

大宮 渡辺 琉音 91,300

佐久 上埜 久  54,400

 

「それにしても……久は和了せーへんな。心理的な揺さぶりかけてくるわりには、自分のメンタルが弱いんよなあ」

 

 怜は呼吸をするように、天江さんに臆している久に罵声を浴びせてから試合を見守る。

 

 配牌された牌をランダムに切る事で久は、天江さんの支配からの脱却を狙っているようだが、あまり功を奏しているとは言えない。

 久の手が小さく震えている。

 天江さんは軽々と聴牌するが、久は容易には聴牌まで辿り着けない。理不尽なアウトレンジ戦法で、組みあえず一方的にやられていく久に怜は自分を重ねた。

 

「実際、対戦するとしたらどうしたらええんやろなあ……」

 

 駆け引きの土俵に乗ってくれない相手というのは、やりにくいものである。宮永さんのように相手の土俵に登っていって、投げ飛ばす力は怜にはない。

 

ロン 8000

 

 久の切り出した八索を、天江さんが出和了した。

 点差を考えれば押すしかない場面だったとしても、もう少し工夫がないといけない。

 久が悔しそうに眉間に皺を寄せてから、点棒を差し出す。手の震えが止まっているのを見て、怜は久の心が完全に天江さんに折られたのだと悟った。

 

「あんまり悪くいうのもアレやけど、久にはPG以外のポジションは無理やな」

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第二半荘 南4局

横浜 亦野 誠子 132,700

松山 天江 衣  129,600

大宮 渡辺 琉音 91,300

佐久 上埜 久  46,400

 

 トップの点差はわずか3000点余り。

 逆転されても横浜は、宮永さんを登板させてくる可能性もある。しかし、ここのところ宮永さんは、登板過多気味なので、その可能性は低いだろうと怜は思った。

 

 ジワジワと追い上げ不敵に微笑む天江さんを、亦野さんは鋭い目つきで見据えている。

 

 オーラスの配牌が卓から上がってくる頃には、その緊張感がテレビ越しに見ている怜にも伝わってくるほどの、重圧を感じた。

 各選手の配牌は悪くないものの、天江さんの一向聴の支配の網をなかなか抜け出せない。

 他家が手作りに苦労している中、天江さんはすでに一筒と四筒の両面待ちを面前で聴牌している。

 立直をかけていないのは、出和了を期待しているというよりも海底牌が和了牌になるのだろうなと、怜は推測した。

 

 海底牌は一筒。

 

 牌が見えたわけではないが、直感的に怜はそう思った。しかし、海底牌は天江さんのツモ番には乗っていない。

 

「どうやって、ルートに乗せるんやろな? 天江さんの方からルートに乗せようと思うと、手が壊れるし……」

 

 満潮が近くにつれて水位が上がっていくように、海底牌に向かって進んでいくが各選手に動きはない。

 一向聴地獄が続く中、天江さんはツモってきた五萬を一瞥してそのまま切った。

 

ポン!!!

 

 亦野さんの気合の入った発声がテレビ画面から響いた。

 これで、亦野さんは二副露し聴牌。しかし、これで海底牌を天江さんがツモるルートに入った。

 

「他家を使っていくんか……こいつほんま、えげつないなあ」

 

 テレビ画面に険しい顔で、目を瞑る愛宕監督の姿が映し出される。

 もう一度ズラすことが出来ればと怜は思ったが、そのチャンスは訪れない。

 最後の一巡で天江さんのリーチが入ると、この世の終わりのような顔を愛宕監督がしたのが、印象的だった。

 

「ま、まあ……これはしゃーない。あの場面で亦野さんが鳴いちゃいけないなんて、セオリーから考えたら、ありえへ……え? なんやこれ……ありえへんやろ!!!」

 

 未来視が教えてくれる一巡先の未来に、怜は驚きの余り声を漏らした。

 渡辺プロがツモってきた四筒をしっかりと止めて安牌を切り出して、天江さんにツモ番が回る。

 

 一発ツモになるはずの牌は、一索。

 

 天江さんは何度も瞬きを繰り返してから、震える手でそのまま一索を河に置いた。

 

ロン 5200

 

 河底撈魚。

 幾重の思惑をかわしきって、満月の奥底に潜む魚は漁猟された。

 

 副将戦が終わる。クールに背もたれに肩を預けた亦野さんとは対照的に、愛宕監督は大きな大きなガッツポーズをして、眼鏡が床に落ちるほど喜んでいた。

 

「ま、亦野さん本物かもしれへんわ……」

 

 あまりのことに、怜は言葉を失って呆然と、愛宕監督が喜ぶ姿をテレビ越しに眺めていた。

 その後大将戦は、松山の姉帯豊音を宮永さんが完璧な内容で封殺し、亦野さんは6つ目のホールドポイントを手にした。

 



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第92話 有馬温泉とアマチュア麻雀の最高峰

 有馬温泉。

 日本を代表する温泉地に、怜は久しぶりに足を運んでいた。昨年の秋に思い出いっぱい計画で、竜華と一緒に訪れて以来である。

 

「わざわざ、すまないな。まあ、菓子でも食べてくつろいでいってくれ」

 

 和室の座椅子に座っている浴衣に羽織姿の加治木さんは、そう言って歓迎してくれた。

 頬が少しこけているのを見て、だいぶ痩せたなと怜は思った。

 

「ちょうど温泉に行きたかったんや。なかなかええ宿やん。部屋に露天風呂もついてるし」

 

「加治木さんお久しぶりです。思ったより元気そうで少し安心しました」

 

「ははは……チームには悪いがのんびり、やらせてもらってるよ」

 

 怜とふなQが挨拶をすると、加治木さんは少し苦笑いして右手で頭をかいた。

 

「それより、園城寺。雀聖戦二次予選行くらしいな、おめでとう」

 

「サンキューや」

 

「会場東京だろ? 一人で大丈夫そうか?」

 

「ふなQといってくる予定やで」

 

 怜がそう答えると加治木さんはチラッとふなQを見てから、再度怜の方を眺めやって頷いた。

 

「それが良いかもしれんな」

 

 加治木さんは魔法瓶に入ったお湯を急須にいれて、お茶を淹れてくれた。お茶が蒸らし終わるまで、テーブルに置いてあった温泉まんじゅうをむしゃむしゃと食べながら、怜は座して待つことにした。

 

「園城寺先輩……お茶がはいるまで待ったほうがええんやないですか」

 

「んーまあ、2個食べるから無問題やろ」

 

 怜はそう言ってから、おまんじゅうを食べて甘くなった舌を、加治木さんが淹れてくれた緑茶を飲んで癒やす。

 

「私もこんなじゃなかったら、園城寺と一緒に、雀聖戦の予選会に行けたんだが……ままならんなあ」

 

「加治木さんの分も頑張ってくるで」

 

「ああ、頼んだ」

 

 加治木さんは、悔しそうに目を閉じた。

 

 今シーズンが始まってから乱調を繰り返した加治木さんは、悪いところを改善しようと、工夫に工夫を凝らし練習した。その結果麻雀観が自壊していったという。

 それだけなら、一時的な不調で済んだのだが、最終的に牌が持てないような状況にまで至ってしまい、完全に麻雀が壊れた。

 積み上げるのに時間がかかるのに、崩れるのは一瞬だ。オフシーズンに一緒に麻雀をした加治木さんはもういない。

 麻雀がしたいのに出来ない辛さは、察するにあまりある。

 いたままれなくなった怜は、テレビのリモコンを手に取って電源をつけた。

 

 テレビをつけると、小鍛治さんの怒った表情が画面いっぱいに映し出される。

 

『アラサーだよ! ギリギリだけど!? アラフォーじゃないから! ってなに言わせているの!?』

 

『まあまあ、すこやん落ち着いて。結婚に関する話は置いておいて……今日の麻雀タイムズは——アラサー小鍛治健夜が選ぶアマチュア麻雀最強の女は誰だあああああ!!!』

 

 ハイテンションの福与アナの絶叫を聞いて、怜はチャンネルを変えようとした。

 ラフな雰囲気の小鍛治さんと福与アナの麻雀フリートークのようだが、麻雀関連の話は怪我に障るかもしれないと怜は思った。

 

「いや、なんだか面白そうだからそのまま見よう」

 

 加治木さんがそう言うので、遠慮なく見ることにした。ニュースやバラエティ番組より、麻雀番組の方が見ていて面白い。平日の昼間など、どうせチャンネルを変えてもロクな番組はやっていない。

 

「小鍛治さんって今、いくつだ?」

 

「えー35か4ちゃいますか?」

 

「私の高校時代から、結婚しないのをネタにされていた気がするなあ……綺麗なのに」

 

「今は晩婚化の時代ですし」

 

 加治木さんとふなQにテレビ越しに哀れみの視線を向けられた麻雀界の行き遅れるレジェンドは、気を取り直して話を続けた。

 

『こーこちゃんに言われてちゃんと、経歴と資料に、全部目を通してきたんだから!アマチュア時代の経歴が豪華な人で、いいんだよね』

 

『おーさすがすこやん! 麻雀のことでは頼りになるね。それじゃあ、一人目の選手を行ってみよう!』

 

『やっぱり一人目はこの選手かな?』

 

弘世 菫

白糸台高校→家慶大学→横浜ロードスターズ

高校1年 IH団体優勝

高校2年 IH団体優勝 IH個人全国出場 春季大会全国制覇

高校3年 IH団体準優勝 IH個人全国出場 白糸台麻雀部部長

大学1年 六大学リーグ最優秀新人

大学2年 六大学リーグ団体春秋連覇

大学3年 六大学最優秀選手 家慶大麻雀部主将

大学4年 大学麻雀選手権優勝 横浜ドラフト2位指名

 

「弘世は改めて見ると、半端じゃない経歴だな……」

 

「この人に関しては2位指名だったのが、不思議なレベルですね」

 

 普段、心ない麻雀ファンから馬鹿にされまくっている弘世さんだが、アマチュア麻雀で残した実績は本物である。

 

「私が大学に入った時は、やっぱり弘世と福路が雲の上の存在だったなあ。プロ麻雀でも一緒にやるなんて思いもしなかった」

 

 昔を懐かしむように加治木さんは、そう呟いた。

 

「六大学の選手は麻雀界だと、王道を歩いてきた感じがあるやん? エリートというかカッコええ感じするわ。泉は別として」

 

「そう言ってくれるのはありがたいが……本当のエリートは、清水谷や椿野のように高卒からプロにいくぞ」

 

 怪我してネガティブになっている加治木さんに、元気を出してもらいたい。

 

「せやけど、なんか大卒ってかっこよさそうやで!」

 

『でも、弘世さんは大学行く意味あったのかな? 高校でプロ行けば良かったと思うんだけど』

 

 怜の褒め言葉は、こどおばの毒舌解説に阻まれてしまった。こいつ、こんなんだから結婚できへんのやろなと、怜は思った。

 

『ふーん弘世プロってカッコイイだけじゃなくて、アマチュア時代の実績も凄かったんですね』

 

『そうそう、やっと今年でプロに適応してきた感じもあるけど、弘世さんは高校時代からずっと私も注目しててね……』

 

『それじゃあすこやん、2人目は誰かな?』

 

 小鍛治さんの話が長くなりそうだったのを誘導して、福与アナは次の選手を話すように促した。

 

『えーと次の選手はルーキーなんだけど……松山フロティーラの安福さんかな』

 

安福 莉子

劔谷高校→同聖社大学→松山フロティーラ

高校1年 IH団体全国出場

高校2年 IH団体ベスト8 IH個人全国出場

高校3年 IH団体全国出場 IH個人ベスト8

大学1年 関西リーグ団体全国優勝

大学2年 関西麻雀リーグ最優秀中継ぎ

大学3年 関西リーグ最多セーブ 関西学生選抜MVP

大学4年 関西リーグ最多セーブ 関西最優秀選手 

     大学麻雀選手権優勝 3雀団競合1位指名

 

『おお、関西の名門って感じ』

 

『大学一年生の時に壁を感じながらも、適応していって……最終的には世代ナンバーワンの評価でした。プロでも一軍で麻雀してるし、今後に期待の選手だよ』

 

「ふなQやっぱり、安福さんってすごかったん?」

 

「ええ、対木さんよりも安福さんの指名を推す声も大きかったです。関西大学麻雀の顔になっていましたし……」

 

 ふなQは少し気まずそうな顔をした。対木さんよりも、安福さんを強行指名しておけば良かったと顔に書いてある。

 

「対木さんあかんし……安福さん行っといても良かったんちゃう?」

 

「そこは……まあ、そうかもしれませんけど、清水谷先輩がいますから大将指名することもないかという話に……」

 

 かなり歯切れが悪そうに、ふなQはそう言った。たしかに、大将を指名するくらいなら先鋒やPGを補強するほうが良いので、一応の筋は通っている。

 

「うちは清水谷だけじゃなく野依さんや荒川もいるし、勝ちパターンはしっかりしてるからな。あえて後ろはとらなくても良いと思っているんだろ」

 

 加治木さんは、両手で湯呑みを持って綺麗な所作でお茶を飲み干した。

 結果論ではあるのだが、怜の中で対木さんを何故指名してしまったのかというモヤモヤが消えることはなかった。

 

『あとは同じルーキーで、今年神戸に指名された二条さんも、良い経歴の選手ですね』

 

二条 泉

千里山女子高校→明明大学→エミネンシア神戸

高校1年 IH団体5位

高校2年 IH個人全国出場 秋季大阪大会優勝

高校3年 IH個人全国出場 千里山女子麻雀部部長

大学1年 六大学リーグ最優秀新人

大学2年 六大学リーグ春季優勝

大学3年 大学麻雀選手権優勝

大学4年 六大学最優秀先鋒 神戸ドラフト4位指名

 

「泉やんけ!」

 

 いつもの見知った麻雀の下手そうな顔が出てきて、怜は驚きの声を漏らす。

 

「まあ、弘世さんには遠く及ばないとして、泉も十分凄い実績残してますから」

 

「ほ、ほんまにそうなんか……」

 

 ふなQから説明されても、にわかには信じがたい。泉の名前が出てくると、急にここで取り上げられた選手たちが、ショボく見えてくる。

 

——そもそもこいつ、うちらが引退してから1度も団体で、インターハイに行けてへんやんけ。

 

「この前の花田に勝った試合は凄かったな、私もうかうかしてられない。二条に先鋒を譲る気はないぞ」

 

「せ、せやろか……」

 

 泉の初勝利となった試合は確かに、怜も嬉しかった。しかし、あの試合は全てが上手く噛み合った年に1度の神闘牌であることを、怜は知っている。加治木さんが、プレッシャーを感じることは何もない。

 

「絶対にここから這い上がって、先鋒のポジションを取り戻す。必ず!」

 

 加治木さんがやる気を出してくれているのは良いのだが、泉は確実にそんなライバル視するような選手ではない。

 しかし、そのやる気の炎を消すのもアレなので、適当に相槌を打っておくことにした。

 

「よっしゃ、その意気や! ポジション奪い返してエースに返り咲くんや! 椿野さんもいないからいけるで!」

 

 怜の言葉に加治木さんは力強く頷いた。引き合いに出すのは、本当に泉で良かったんやろかと思いながらも、加治木さんが元気になってくれそうなので少し安心する。

 

『そういえば、こーこちゃんもアマチュア最高の経歴の選手を調べてくるって、言ってたよね?』

 

『うん、調べてきたよ。すこやんの調べてきてくれた選手よりも強そうな経歴だと思う』

 

『ん……言ってくれるね。それなら、その選手の経歴はやく見せてよ』

 

『でも、企画的にこれいいのかなーって……』

 

『企画的に? どういうこと?』

 

 福与アナは少し申し訳なさそうに、フリップボードを表向きした。

 

宮永 咲

清澄高校→新道寺女子高校→横浜ロードスターズ

高校1年 IH団体戦4位 

     IH個人戦準優勝

     国民麻雀大会優勝

高校2年 IH団体戦優勝

     IH個人戦優勝

     国民麻雀大会優勝

     春季大会全国制覇

     IH最優秀選手他

     新道寺女子高校麻雀部部長 

高校3年 IH団体戦ベスト8

     IH個人戦優勝

     国民麻雀大会優勝

     IH最優秀選手他

     新道寺女子高校麻雀部部長

     4雀団競合ドラフト1位

 



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第93話 園城寺怜と雀聖戦二次予選 『揺れるシャンデリア』

 池袋マーガレットホテル2階。クリスタルホール。雀聖戦二次予選の会場である。

 

 深紅の絨毯に大きなシャンデリアが吊られた試合会場は、普段はパーティー会場として使われているらしい。今は、20数台の自動麻雀卓が所狭しと並べられている。

 その予選会場隅の椅子に、園城寺怜は怯えながら腰掛けていた。

 

「園城寺先輩、緊張してはります?」

 

 黙り込んで天井を見据えたまま、座り込んでいる怜のことを、ふなQは心配そうに覗き込んで尋ねた。

 

「い、いや……そういうんや、ないんやけど……」

 

「大丈夫ですよ、平常心で力を出し切れば、勝てますよ。そんな緊張するなんて、園城寺先輩らしくないですよ」

 

「え……あ、いや。ほんまにそうやなくてな」

 

 ふなQが勘違いしているようなので、怜は天井についているシャンデリアを指さした。

 

「ん? 先輩、シャンデリアがどうかしたんですか?」

 

「あ、あれ……落ちるかもしれへんやん! 落ちへんって保証あるんか!」

 

「は?」

 

 ふなQはキョトンとした顔をしている。

 まだ、事の重大さを理解できていないらしい。

 

「あんなギザギザしたシャンデリアが上から落ちてきたら、最悪死ぬで! 危ないやろ!」

 

「いや、落ちないと思いますけど……」

 

「そんな保証ないやん! ほら、なんか揺れとるで! ほら!」

 

「それは、園城寺先輩の方が揺れてるだけです……今日落ちるくらいなら、今までに落下してますから」

 

「せ、せやろか……」

 

 ふなQに言われて少し安心したが、まだ完全に信用したわけではない。

 怜は昔映画で、シャンデリアが落ちて、人が下敷きになるシーンを、、見たことがあるのだ。今まで落ちなかったからといって、今日落ちてこないという保証は何もない。

 

「絶対落ちへんやろな!」

 

「………………絶対落ちてこないから、大丈夫です。安心してください」

 

「ほんまやろな?」

 

「落ちませんよ。それに、あのシャンデリアの下の卓で、園城寺先輩が麻雀せーへんかもしれへんやないですか」

 

「た、たしかにそうやな……」

 

 ふなQのいう言葉には説得力があった。

 ざっと見たところ会場には、20卓以上の麻雀卓がある。今日行うのは6半荘。シャンデリアの真下の卓に、自分がつく可能性は低い。

 

「あ、ほらほら。あっちに、友清プロや小瀬川プロもいますよ! 向こうには野依さんもいますし! 当たるとええですね」

 

「ほんまか!?」

 

 シャンデリアが気になって周囲を見渡す余裕がなかったが、よく周りを見渡してみると、テレビ画面の中で、見知った顔ぶれがたくさんいる。

 一次予選では、大勢いたアマチュアはもう自分しかいない。会場には白水さん以上の強者が、ひしめいている。

 怜の期待が高まっていく。

 

「よっしゃ! 今日も優勝したる!」

 

「その意気ですよ、先輩!」

 

『それでは、雀聖戦二次予選を開始いたします。予選出場選手は、指定された卓についてください』

 

 試合準備のアナウンスが会場に響く。

 東京までわざわざ送ってくれたふなQに、怜はお礼を言ってから、指示された会場の入り口近くの卓に向かった。

 初戦の相手は、鶴田さんと渡辺プロ、それから絹恵ちゃんだった。

 

「園城寺さん、よろしくお願いします」

 

「よろしく頼むで」

 

 和やかな挨拶を交わしたが、銀縁眼鏡にグレースーツ姿の絹恵ちゃんから、普段とはまるで違う殺気を浴びせられる。

 背筋がたまらなくゾクゾクするのを、怜は感じた。

 

雀聖戦 二次予選 第一半荘

東 愛宕 絹恵 25,000

南 鶴田 姫子 25,000

西 園城寺 怜 25,000

北 渡辺 琉音 25,000

 

 とくん、とくん——っと心臓の音が聞こえてくるほど高鳴っている。

 でもこれは、緊張しているからじゃない。

 

 ワクワクが抑えきれない武者震いだ。

 

 牌と牌が擦れる音が響く。

 怜は、緩む口角を無理矢理押さえつけて、精神をフラットにすることに尽力した。心に灯った焔は、内に内にと押し込めて、消えないように。そして他人からは見えないようにと制御して、心を自分の支配下におく。

 

 東一局。

 怜は軽く目を閉じてから、配牌を眺めやった。配牌は悪くない、赤もあるし三向聴で素直に伸びれば、良形待ちになりそうだ。

 初戦の東一局から、この配牌がきたのは大きいなと怜は思った。

 

ポン!!!

 

 気合の入った絹恵ちゃんの発声が響き、中の対子が卓上に晒される。

 速度勝負になると少し分が悪いだろうか。しかし、ここで親番の絹恵ちゃんに和了されて調子づかれても面倒だ。

 

 他家に動きはない。

 

 それなら、自分で動いていくしかない。

 怜は、二副露して強引に断么九の形を作り上げて、そのまま和了した。

 

ツモ 500、1000です

 

雀聖戦二次予選 第一半荘 

東2局

園城寺 怜 27,000

鶴田 姫子 24,500

渡辺 琉音 24,500

愛宕 絹恵 24,000

 

 まずは、先制できた。しかし、この卓の中で一番格上の鶴田さんの親番なので、安心はできない。

 配牌が悪かったので、他家をアシストして和了させようと思ったが、渡辺プロがリーチをかけてくれた。

 

 2巡先に渡辺プロの跳満和了が視える。

 

 絹恵ちゃんが押した牌に合わせるように、鶴田さんが三萬を切った。

 怜はおそらく鶴田さんがオリたのだろうとあたりをつけてから、鳴きを入れて巡目をズラし、渡辺プロの和了を潰した。絹恵ちゃんになら、和了されても構わないが、鶴田さんは困る。

 怜の努力の甲斐もあってか、そのまま誰も和了することなく流局となった。

 

雀聖戦二次予選 第一半荘 

東3局 1本場 供託2本

園城寺 怜 25,500

渡辺 琉音 25,000

愛宕 絹恵 24,500

鶴田 姫子 23,000

 

 待ちに待った親番。

 絶好の好配牌を引き当てた。

 怜はさっと手組みを終え、萬子の染め手の3面待ちを聴牌した。多面張はリーチをかけられるまで、時間がかからない。

 

リーチ

 

 綺麗に立ったリーチ棒に、卓の空気が張り詰める。しかし、もう誰も鳴かないことはわかっているので、怜は特に感慨もなく牌を倒した。

 

ツモ 8100オールです

 

 しっかり裏ドラが乗っていることを示してから、点数申告ができたことに怜は安堵した。ルール違反にはならないが、指摘されるとなんとも見栄えが悪い。

 

雀聖戦二次予選 第一半荘 

東3局 2本場

園城寺 怜 51,800

渡辺 琉音 16,900

愛宕 絹恵 16,400

鶴田 姫子 14,900

 

 絹恵ちゃんが1巡目に捨てた東を拾いダブ東を晒す格好になってはじめて、怜は自分に流れがきていることを感じた。25000点の麻雀なら、このまま押し切れる。

 鶴田さんが強引に鳴いてきて、競り合ってきたがこちらの方が早い。

 

ツモ! 2800オール

 

雀聖戦二次予選 第一半荘 

東3局 3本場

園城寺 怜 60,200

渡辺 琉音 14,100

愛宕 絹恵 13,600

鶴田 姫子 12,100

 

 渡辺プロと絹恵ちゃんは、配牌が悪いのか大きな動きはない。しかし、怜の連続和了を止めようと、鶴田さんが積極的に動いてきた。

 役牌を鳴いて、速攻の体制を整えている。

 しかし、それでも門前の自分の方が早いのだから、麻雀の牌の流れは恐ろしいなと怜は思った。

 

 ダマでいけば満貫、リーチをかければ跳満。

 

 5半荘の得失点で、決勝卓に残れるかが決まる今日のルール。二索と五索の両面待ちで、リーチをかけない手はない。

 

リーチ

 

 1000点棒を立てると、直後に渡辺プロが鳴きを入った。そして渡辺プロは迷うでもなく、安牌を手出しした。

 

 これで一発が消え、ツモ順がズレる。

 

 ツモってきた九筒をそのまま河に捨てると、鶴田さんは少し目を細めた。顔に出やすいタイプなのだろうか?

 

 絹恵ちゃんが二索を押してきたが、その牌で和了すると都合が悪いので、怜は手牌を倒さずに周囲を観察する。

 鶴田さんがノータイムでスジの五索を切ったのを確認してから、怜は山に手を伸ばしツモってきた五索を、手牌の右側にそっと置いた。

 

 

ツモ 6300オールです

 

 

 そう怜が点数申告をすると、鶴田さんと絹恵ちゃんの息を呑む声が聞こえた。渡辺プロも眉間に皺を寄せて河を見つめている。

 

 もう流れは変わらないなと怜は思った。

 

雀聖戦二次予選 第一半荘 

東3局 4本場

園城寺 怜 79,100

渡辺 琉音 7,800

愛宕 絹恵 7,300

鶴田 姫子 5,800

 

 あとは、沈めるだけ。

 跳満和了をしたので、続く4本場この牌の流れが続くと怜は予想していたのだが、牌が配り終えられてみると思いの外、配牌が悪い。4向聴のうえ端牌が多く、鳴いていっても和了がなさそうだ。

 

 軽快に2副露した鶴田さんの和了が2巡先に視えるが、ズラせそうにない。

 

ツモ 1100、1700

 

 鶴田さんの力強い発声が響く。

 手が震えている絹恵ちゃんはともかくとして、鶴田さんは闘志十分で、渡辺プロの目も死んでいない。2人とも高火力が持ち味のプレイヤーだ。破壊力のある一撃を貰うと面倒なことになる。

 凝ったことをして、少し紛れを作ってしまったかなと怜は思った。結果論になるが、ここで他家に和了されるようでは、3本場でツモ和了を選択するべきではなかった。

 

 怜は南入も覚悟したのだが、続く東4局で大物手を聴牌。そのままリーチをかけて、動揺している絹恵ちゃんに跳満をぶつけて、沈め切ることに成功した。

 

雀聖戦二次予選 第一半荘 

試合終了

園城寺 怜 89,400

鶴田 姫子 9,700

渡辺 琉音 6,700

愛宕 絹恵 −5,800

 

 怜はスカートの裾を両手で握りしめて俯く絹恵ちゃんを眺めやってから、安堵のため息を漏らした。

 少し無理をした場面もあったが、かなり得点差をつけることが出来た。これだけ毟れば、後の4試合がだいぶ有利になる。

 藤白さんも参加しているというから、油断は禁物だが、1試合くらい2着に沈んでも首位で、決勝卓を迎えられるのではないだろうか?

 

 卓から立ち上がって、怜は会場横休憩室へと向かった。

 

「園城寺先輩、お疲れ様です。す、すごい麻雀しはりましたね……完璧でした」

 

「んーそうでもないで」

 

 怜は、ふなQから紙パックに入ったイチゴミルクを受け取って糖分補給をする。まだ、疲れてはいないが、糖分は取っておくにこしたことはない。

 麻雀後の喉に、イチゴミルクの甘さがしみる。

 

「そういえば園城寺先輩、ほら全然大丈夫やったでしょ?」

 

「ん? なにがや?」

 

 主語のないふなQの言葉を聞いて、怜は困惑した。何が大丈夫なのだろうか?

 

「え……あ、いやなんでもあらへん。気にせんといてください」

 

 しまったというふなQの顔を見て、怜は全てを思いだした。

 

 慌てて天井を見据える。

 

 ふなQの頭上で、キラキラと輝くシャンデリアが揺れていた。

 

「ここにもついてるやんけ! ここは危険や! すみっこ行かなあかんで!!!」

 

「いや、大丈夫ですから……」

 

 渋るふなQの手を引いて、休憩室の隅の椅子まで避難した。これで安心して、イチゴミルクを飲むことが出来る。

 怜は、両手で紙パックを持ってストローをくわえながら、次の麻雀の相手はだれになるだろうかと期待に胸をふくらませた。

 



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第94話 園城寺怜と雀聖戦二次予選 『素晴らしい先輩』

 

雀聖戦 二次予選 決勝卓進出者

恵比寿 藤白 七実   +303

大宮  大星 淡    +262

フリー 園城寺 怜   +234

横浜  薄墨 初美   +195

恵比寿 小瀬川 白望  +191

佐久  赤土 晴絵   +180

横浜  江口 セーラ  +179

神戸  野依 理沙   +162

神戸  片岡 優希   +160

大宮  福路 美穂子  +155

松山  友清 朱里   +152

松山  沖土居 蘭   +149

 

 試合会場に簡易的に備え付けられた大型モニターに、決勝卓に進出する雀士達の名前が表示される。

 選手の入退場に合わせて、決勝卓の周囲で報道陣のカメラの設置が始まり、試合会場が慌ただしくなる。

 

「おい、怜。久しぶりやな」

 

「は、はい。お久しぶりです……」

 

 雀聖戦予選の5半荘を全体3位の成績で終えた怜は、試合会場の雑踏を避けるために避難した選手休憩室で、厄介な相手に捕まっていた。

 

「おまえ、公式戦でるの5年ぶりか? いや、もっとか?」

 

「7年ぶりです」

 

「そうか」

 

 藤白七実。

 怜の千里山女子高校時代の先輩にして、恵比寿ウイニングラビッツの守護神である。

 

 頭脳明晰にして容姿端麗、麻雀の能力、技量共に超一流の雀士なのだが、性格がほんまもんの畜生であらせられるので、ふなQと二人仲良く直立不動で起立している次第である。

 

「怜が復帰してくれて嬉しいわ、今日は会えてほんまに良かった」

 

「は、はい……私も嬉しいです」

 

「そういえば怜は、体が悪かったよな。まあ、座れよ」

 

「え、えーと……シャンデリアが……」

 

 藤白先輩の頭上で、ゆらゆらとシャンデリアが揺れている。

 そのまま落ちてきてくれれば話は早いのだが、藤白先輩の対面の席には、出来れば座りたくはない。

 

「はあ? かけてええよって言うてるやん」

 

「はい、座らさせてもらいます。ありがとうございます」

 

 きちんとお礼を言ってから、怜は着席した。必要に迫られれば、怜はできる子なのである。

 シャンデリアが落ちてくる『かも』という恐怖よりも、藤白先輩を怒らせるほうがよほど怖い。

 

 藤白先輩は普段は、それなりに良識があるのだが怒らせてしまうと、闇人格である藤黒先輩が降臨してしまう。

 藤黒先輩は、ロングだった泉の髪をハサミで切り落としたり、除ケ口先輩を蹴り飛ばして、足拭きマットに生まれかわらせたりと、数々の悪行をさも平然と重ねてきた。

 その上、怒り出すまでの沸点が低いので始末におえない。

 

「うんうん、ほら。リンゴジュース飲むやろ? 糖分は、とっといたほうがええからな」

 

 そう言ってから藤白先輩は、怜のグラスにリンゴジュースを注いでくれたので、3回ほどお礼を言っておいた。

 

「最近はプロも新道寺が強いからなあ、怜みたいな千里山のエースが、一人戻ってきてくれて良かった。プロ来るんか?」

 

「はい、採って頂ける雀団があれば、出来ればそうしたいなと」

 

「そうか」

 

 藤白先輩はそう呟いてから、すらりと伸びた綺麗な指先で長い金髪を弄びながら考え込むような仕草をした。

 怜は、藤白先輩から目を離して、助けを求めるように、席の横で微動だにせず起立しているふなQに目を向けた。

 

 真っ青な顔になっている。

 

——こ、こいつ……全然頼りにならへんな。

 

「おまえ第3半荘で、シロに稼ぎ負けてたな。見てたぞ。取りこぼすとか、ナメてやっとったやろ?」

 

「すみません。私の落ち度です」

 

 怜が大きく稼げたのは第1半荘のみで、その後はあまり冴えない内容で、それなりの点差しかつけることが出来なかった。

 特に、第3半荘で小瀬川さんの和了を妨害することができず、2位になってしまったのが得点収支に大きく響いた。

 

「ん……まあ、シロも結構強いからな。でも、宮守の先鋒に千里山の先鋒がゴミをトばされて負けとったら、格好がつかへんやろ?」

 

「はい、次は勝ちます」

 

「よし、頑張れ」

 

 そう藤白先輩は、怜のことを激励した。

 高校に入学した時からそうだが、怜は藤白先輩に気に入られている。

 怜からすると迷惑この上ないのだが、セーラに言わせると、とても同一人物とは思えないほど、優しくされているらしい。

 

 怜が高校3年生の春季大会で初めて先鋒に抜擢された際には、わざわざ電話で『千里山は任せた』と藤白先輩から、激励の言葉を頂いている。

 なお、セーラは『おまえがエース? 千里山の恥や。死んで詫びろ』というありがたい、お言葉を、藤黒先輩から賜った模様。

 

「せっかく、怜も出場してるんやし、服部も出ればええのにな」

 

「服部さんも調整が大変なんでしょう。藤白さんもタイトル戦にでとるのは、珍しいですね?」

 

「まあ、せやなあ。怜だけじゃなくて、清水谷も出る言うとるし、面白そうやからな」

 

 藤白先輩は二冠を達成したことも、あるほどの実力者だ。しかし、近年はタイトル戦からは離れてしまっている。

 

「おまえ、次の決勝卓。江口やろ? ラッキーやん」

 

「え? セーラ……そうなんですか?」

 

「なんや怜。さっきモニター見とったやん、文字読めへんのか? 怜が3位で江口が7位やったやろ」

 

「はい」

 

「じゃあ、そういうことや」

 

 どういうことなのかイマイチ良くわからなかったが、聞き返すのも怖いので怜はとりあえず頷いておくことにした。

 

 セーラもこの大会に出場していたことを思い出して、怜は周囲を見渡したが見当たらない。会場に来てから一度も話していないが、本当にいるのだろうか?

 もっともこの畜生と同席して、仲良くリンゴジュース飲んでいる状況。セーラの方から話しかけてくることは絶対にないので、試合開始まで会うことはなさそうである。

 

「怜、おまえ酒は飲むんか?」

 

「いえ、体に障るので……全く飲めないんですよ」

 

「それならしゃーないなあ。怜の快気祝いと挑決進出祝いしたろ思たのに」

 

「はい、お気持ちだけ……気を使っていただき、ありがとうございます」

 

 当たり前のように勝つ前提でいるあたり、藤白先輩だなと怜は思った。とりあえず、ここで、地獄のイベントを回避できたことは大きい。 

 

「決勝卓、はよ始まらんかなあ」

 

「ええ、藤白さんと決勝で当たると良いんですけど……」

 

「は?」

 

 藤白先輩は眉間に皺を寄せてから、目を瞑って右手を額に当てて考え込んだ。

 

——や、やばい……少し生意気やったやろか……めっちゃ怒っとる。

 

「おい、メガネ」

 

「は、はい!!!!!!」

 

「このアホに、決勝卓のメンバー教えてやれ」

 

 震える手でふなQは、持っていたタブレットを操作して決勝卓のメンバーを画面上に表示する。

 

第1卓

藤白七実、赤土晴絵、片岡優希、沖土居蘭

第2卓

大星淡、小瀬川白望、野依理沙、友清朱里

第3卓

園城寺怜、薄墨初美、江口セーラ、福路美穂子

 

「もう順位決まっとるから、対戦相手わかるんや」

 

「そ、そうなんですね……」

 

 藤黒先輩を降臨させてしまったと、内心かなり焦っていた怜だったが、どうやら特に怒っているわけではないらしい。

 

「ほんま、なんも知らんのやな。まあそういうところも怜らしくてええか」

 

 そう言って藤白先輩は、優しく怜の髪を撫でた。

 

「これ大星さんの第2卓だけ、レベル高いような気がするんですけど」

 

「まあ、そこは運やな。ただ大星はどう転んでも2位にはつけるから無問題やろ」

 

 決勝卓で連対した上位6名が挑戦者決定戦へと、駒を進めることができる。そのため、5半荘の得点収支の上位者が、同卓することのないように配慮されていると、ふなQから怜は説明を受けた。

 その説明を受けている際に、控室の端のほうで赤土さんと話しているセーラを見つけてしまった。

 

 目と目があう。

 

 怜の姿を見て、一瞬顔を綻ばしたセーラだったが、金髪の野獣の姿を確認するとスーっと目を背けられた。素早く赤土さんの後ろに隠れるあたり、手慣れたものである。

 この調子でセーラは藤白さんから逃げられるかに思われたが、この畜生はそれを許しはしなかった。

 

「そういえば、江口は試合でてるのに私ところ全然来いへんな」

 

「そ、そうなんですね」

 

 少し不快そうにしている藤白先輩に怜は慄いたが、半泣きになっているふなQの顔を見て冷静さを取り戻した。

 

「怜、今日来てから江口となんか話したか?」

 

「いえ……」

 

 空になったグラスにリンゴジュースを注ぎながら、怜はそう答えた。

 

「あ、ほんま? 試合前だから同門とは話さんようにしとるんかな」

 

「そ、そうだと思います」

 

 怜は、どうやらまだ挨拶をしていないらしいセーラに、一応のフォローはしておくことにした。

 

「たしかに試合前に、親しい人と話したりすると、リズム崩れたりするヤツもおるからなあ……あ、怜すまんな、試合前に声かけてもうて」

 

「いえ、私はそういうのないので……声をかけて頂いてありがたかったです」

 

 怜は誰と話したからと言って、試合に影響することはないので、前半部分は本当のことを言った。当然、後半部分は嘘である。

 

「メガネ、試合終わったら江口に私が話したがってたって伝えとけや」

 

「はい!!! 伝えておきます!!!」

 

 怜はセーラに憐憫の眼差しを向けたが、赤土さんの後ろに隠れているセーラは、気づいていないようだ。

 

 試合準備のブザーが響く。

 

「お、やっと鳴ったか。怜、頑張れよ」

 

「はい」

 

 藤白先輩は怜の肩を軽く叩いてから、決勝卓の方へと向かっていった。

 キラキラと輝く金髪をはためかせる藤白先輩の後ろ姿が、だんだんと遠くなっていく。

 

「うちも行かなあかんな!」

 

 そう自分を鼓舞してから、怜は席から立ち上がり、セーラの待つ決勝卓へと向かった。

 



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第95話 園城寺怜と雀聖戦二次予選 『約束』

 

「なあ、セーラ。はじめてうちと麻雀した時のこと覚えてる?」

 

 卓に着こうとする直前、俺は怜からそう尋ねられた。

 

「ん? ああ、小学校の頃やろ。あの時の俺は竜華と、どうしても戦いたかったんやけど……終わってみれば、怜のことばっか考えてた」

 

 周囲に持て囃され将来を嘱望されていた小学生時代の俺にとって、純粋に麻雀を楽しむ少女との出会いは得難い経験やった。

 当時の怜はスジもロクに見えない下手くそやったが、大事なことを教えられた。

 

「なんか初恋みたいやな……悩殺してもうたみたいで、すまんな」

 

「違うわ! 俺は裕子一筋や! 麻雀の話や!」

 

 目の前でアホがクネクネし始めたので、俺はそうツッコミを入れた。

 

「麻雀の話?」

 

「あんなに純粋に楽しそうに麻雀するやつは、周りにはいなかったから……俺も洋榎もみんなしがらみの中で麻雀してた。濁ってたんやな」

 

 俺はネクタイを少し緩めて、ジャケットの上ボタンを開けてから椅子に腰掛けた。

 

「セーラも昔から楽しそうに麻雀しとったやん? カッコ良かったで?」

 

 女性的なベージュのブラウスに、ピンクのリップ。大人になった怜にキラキラした目でそう言われると、本当にドキッとしてしまいそうになったので慌てて目を逸らす。

 

「ま、まあ……そう言ってもらえると嬉しいんやけど……そんなに、褒められたもんやなかったな」

 

 対戦相手に物足りなさを感じる俺に、プロ雀士の娘であることに苦悩する洋榎。小学校時代は、周囲の期待に押しつぶされそうになりながら必死にもがいた記憶しかない。

 でも、一つだけはっきりと覚えていることがある。

 

『絶対、また打とう』

 

 小学生5年生の頃、怜とした約束だ。

 

 大きな手を作って大きく勝つ麻雀。それを邪念なく怜が認めてくれたおかげで、自分はプロまで、真っ直ぐに伸びてこれたのだと思う。

 俺よりも細かいやり取りが、得意なやつはいくらでもいる。上手い奴も。

 だが、大事なのはそういうことじゃない。

 それを教えてくれた。

 

「だから、怜とまた打てて良かった。そういうことや。ええ試合にしような」

 

「もちろんや!」

 

 怜の返事を聞いて心が熱くなる。

 中学の頃は、怜に負けることはほとんどあらへんかった。しかし、高校に入ってあっという間に抜かれた。

 抜かれるだけならまだええ。怜が全国の頂点に立つ直前には、まるで歯が立たなくなっている自分がいた。練習相手にもならない不甲斐なさは、筆舌に尽くし難い。

 高校を卒業してプロとしてやってきた。その経験がどこまで通用するのか試したい。怜が病気で寝ていた7年間、俺もずっと遊んでいたわけやない。

 

 今日は勝たせてもらうで、怜。

 

 サイコロがカラカラと回る。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

東1局

東 薄墨 初美 50,000

南 園城寺 怜 50,000

西 江口セーラ 50,000

北 福路美穂子 50,000

 

 薄墨の起家で、試合は開始された。

 薄墨は風牌を支配する系統の能力者だ。特に北家の際には、役満の危険性もある強能力の持ち主。

 配牌は悪くない。

 

ポン!

 

 薄墨の発声が響きダブ東が卓上に晒されると、卓に緊張感が走った。風牌から仕掛けて来た時の薄墨は怖い。

 北家でなければ、致命傷にはならないことは知っている。むしろ他家が警戒して回してくれれば、俺がツモりやすくなる。

 縮こまっていては損するだけや。

 

 三筒、六筒の良形聴牌。当然押す。

 

 卓上にリーチ棒を供託しリーチをかけていくと、怜から鳴きが入った。

 

ツモ 700、1300です。

 

 鳴きでリズムを作った怜が、3巡先でそのまま和了した。高校時代から変わってへんのなら、怜の未来視では3巡先までは視えていない可能性が高い。

 ならば、この鳴きは俺の和了を止めるためにズラしたと考えるのが自然だ。本来であれば和了出来ていたはずなのは俺。

 

 流れは悪くない、このまま押し切る。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

東2局

園城寺 怜 53,700

福路美穂子 49,300

薄墨 初美 48,700

江口セーラ 48,300

 

 薄墨の北家で怜の親番。

 東場最大の山場だ。薄墨の対策のために風牌を絞らなくてはならないが、怜に連続和了を決められても困る。

 幸い配牌に風牌はなかった。この局も勝負にいける。そこまで考えた時、とんでもない事態が発生した。

 驚きが顔に出ないよう軽く目を閉じて表情を消す。

 

 大宮の福路が北を切った。

 

ポン!!!

 

 薄墨は嬉しそうに発声した。

 薄墨の能力を知っていれば、通常そんなことはありえない。風牌は当然絞る。半荘戦で四喜和を和了されたら、その場で麻雀が終わるのだから。

 しかし、怜の親番でこの展開はかえって都合が良いのか? 怜の親かぶりで薄墨に役満を和了させてしまえば、怜の親番を流すことが出来るし、勝ち進める可能性も高くなる。

 

 福路は悔しいが上手い。俺とは真逆のタイプの打ち手。彼女に限って薄墨の能力を失念するなんてことは、絶対にありえへん。

 

 牌をツモってきた怜の手が止まる。

 

 何かあるな……怜のツモ切りは未来が視えている関係上、他のプレイヤーと比べて圧倒的に速い。

 

 怜はそのまま二萬をツモ切りしてから、薄墨の捨てた五萬をチーした。

 

 確実になんかやっとる……こちらの聴牌は遠い。ここは、ベタオリしておいた方が間違いがないやろ。

 

ツモ、2000オールです。

 

 怜の手牌が倒されて、薄墨の役満は不発に終わった。連荘になるが、役満を和了されるよりはええ。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

東2局 一本場

園城寺 怜 59,700

福路美穂子 47,300

薄墨 初美 46,700

江口セーラ 46,300

 

 続く一本場も福路が東を切って、薄墨を鳴かせることで積極的に仕掛けてきた。

 ジロリと福路のことを睨みつけてみたが、顔色ひとつ変えへん。かわええ顔をしているくせにえげつない麻雀をしとる。

 

 薄墨の役満の影がチラついて踏み込みが甘くなる。

 

 福路が意図的に作り出した場況だが、果たしてこれは、彼女にとって有効に機能しているのか?

 この状況で切り込んでいけるのは、ただ1人しかいない。

 

リーチ

 

 リーチ棒がまっすぐに立つ。

 園城寺怜のリーチ宣言。

 鳴いてズラしても和了する可能性が高い、しかし一発を消すために鳴かざるをえない。

 薄墨の捨てた一筒をポンしてから、安牌を捨てる。これで一発は消えた。

 和了する未来は変わらない。

 

ツモ 4100オール

 

 怜は当たり前のように和了牌を引き込んで、満貫を仕上げてきた。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

東2局 二本場

園城寺 怜 72,000

福路美穂子 43,200

薄墨 初美 42,600

江口セーラ 42,200

 

 あっという間に3万点差。

 薄墨への福路のアシストはない。小細工を弄することを辞めたのか、それとも出来なかったのかはわからんへん。

 しかしこれは、チャンスや。

 

 聴牌したが、ここでリーチはまだ早い。高めを狙っていかへんと、怜に差し込まれて流すために利用されてしまう。俺も苦しいが北家に薄墨を抱えたまま、連荘を続ける怜も厳しいはずだ。

 手牌は太らせてから和了を目指す。

 一気通貫もついて、満貫確定。

 

リーチや!!!

 

 手を大きくしてから俺はリーチをかけた。ダマにしても怜は出さへんし、和了できる確率はほとんど変わらへん。

 愚直に前に進んで、大きな和了を目指す!

 

ツモ!!! 3200、6200!!!

 

 待ちに待った跳満和了。

 やっと流れを掴めたことに安堵する。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

東3局 

園城寺 怜 65,800

江口セーラ 54,800

福路美穂子 40,000

薄墨 初美 39,400

 

 1万点差まで詰め寄った。

 このまま一気に流れを掴んで、勝負を決めたかったが福路に満貫を和了されてしまい出鼻をくじかれてしまった。

 これで流れが福路に向かうのかと思ったが、今度は怜があっさりと安手を和了して南入。

 

 牌の流れが全く掴めへん……

 山に吹き荒れる風のように無秩序だ。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

南1局 

園城寺 怜 66,500

江口セーラ 50,100

福路美穂子 46,700

薄墨 初美 36,700

 

 薄墨はここまで和了がない。最後の親番となるこの一局は、なんとしても和了しておきたいと考えているはずだ。

 北家の役満が狙えてもそれをアテにするのはあまりにも不確実すぎる。

 

ポン!

 

 八索を鳴いていって、強引に形を作りにいった薄墨から、怜が直撃を奪う。

 

ロン、2600です。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

南2局 

園城寺 怜 69,100

江口セーラ 50,100

福路美穂子 46,700

薄墨 初美 34,100

 

 怜の親番、そして薄墨の北家。

 2万点差。通常であれば跳満直撃で逆転できる点差だが、怜は点棒を持ったら本当にかたい。放銃がない。その一点で、2万点差は支配的なリードへと変わる。

 2位狙いが、現実的なラインなのかもしれへん。この局、薄墨に役満を和了されへんかったら俺と福路との一騎打ち。

 

 福路が薄墨に北を鳴かせにいって、場を荒らしてきた。ここで、薄墨に和了させる必要はないのに、何故絞らへんのやろか?

 少し困惑しながら麻雀を続けていくと、福路も薄墨も危険牌を押していることに気がついた。

 薄墨と福路のめくりあい。どちらが和了しても不利な状況だが、これ以上付き合うのは危険だ。牌形も悪い。

 

 2人のめくりあいは、意外な形で終わりを告げた。

 

ロン 3900

 

 怜がツモってきた牌をそのまま捨てて、福路を和了させた。

 怜が放銃したことも意外だったが、立直をしていなかった福路の打点が、3900しかないことにも驚いた。

 不機嫌そうに、薄墨が牌を卓に放り込む様子を見て役満を張っていたのだろうと察した。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

南3局 

園城寺 怜 65,200

福路美穂子 50,600

江口セーラ 50,100

薄墨 初美 34,100

 

 3位に転落してしまったが、怜との得点差は詰まり親番。

 配牌も悪くない。

 大きな手を狙えば逆転も狙えるが、打点はいらない。面前で手早く仕上げて、立直を打てればそれでええ。

 

リーチ

 

 点棒が真っ直ぐに立つ。

 一向聴、あと一歩のところで怜からリーチ宣言が入った。

 

ツモ 1300、2600

 

 届かなかった自分の手牌を、眺めやる。

 平和に一盃口がついた綺麗な手。リーチをうてば満貫も狙える。

 その手牌を大事に裏向きに倒してから、そっと卓の中央へと流し入れた。

 

 怜の背中は見えた。

 しかし、最後は怜が福路の1500点に差し込んで終了。

 麻雀の終わりは呆気ない。

 

雀聖戦 二次予選 決勝

〜終了〜

園城寺 怜 68,900

福路美穂子 50,800

江口セーラ 47,500

薄墨 初美 32,800

 

 肩の力を抜いて、ふうとため息をついてから怜に声をかける。

 

「強かったわ。挑戦者決定戦も頑張れよ」

 

「がんばるで」

 

 互いに右手をグーにして、コツンとぶつけて健闘を讃えあう。

 負けても悔いはない。全くないと言えば嘘になるが、怜が麻雀に復帰したのだから再戦の機会もある。

 その時までに、さらに腕を磨いて怜に勝ちたい。

 手をガタガタと振るわせて、喜びを噛み締める福路をあまり見ないようにして卓から立ち上がると、視界の隅にいてはいけない生き物が映り込んだ。

 

 な、なんでアイツがいるんや……せ、せっかく晴れやかな気分で、負けを認められたのにおかしいやろ!?!?

 

「おー勝ったな。怜、おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 怜が勝って上機嫌の金髪の畜生が、卓の横に現れると、怜は慌てて立ち上がって気をつけをした。

 このまま、畜生が怜に気を取られているうちに逃げ出そうと思ったが、バレるとシバかれるくらいでは済まなそうなので、直立不動のまま藤白さんの声がかかるのを待つ。

 

 こちらから声をかけると、先輩を呼び止めるのは失礼やろと難癖をつけられるので、自然と千里山内ではこのスタイルが、確立している。

 しかし、無視して立ち去っても藤白さんの逆鱗に触れるので、起立をして待っていることしかできない。

 

「疲れてるやろ? 座ってええで」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 きちんとお礼を言ってから、着席する怜に藤白さんは、リンゴジュースの入った瓶を手渡した。

 

「頭使ったやろ? それ、飲んどけ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ジュースを飲む怜を満足そうに眺める藤白さんの後ろを、ふなQがチョロチョロしているが、なんの用なんやろか……なんでもいいから助けて欲しい。

 というより藤白さん、怜に対してだけ甘すぎやろ……

 

「おい、江口」

 

「はい!!!」

 

「てめえ、なに負けてんだよ」

 

 怒号を浴びせられて体が震えあがる。千里山時代の悪夢が昨日のことのように、フラッシュバックする。

 謝罪の言葉を言うよりもはやくに、藤白さんのローキックが脛に飛んできたので、直立の姿勢は崩さず謝罪の言葉を述べる。

 

「申し訳ありませんでした」

 

「雑魚が負けるのは当たり前だから怒らへんけど、なんで挨拶来いへんの?」

 

 助けを求めるように、ストローを瓶に挿してリンゴジュースを飲む怜に視線を向かわせたが、顔を背けられてしまった。

 

「申し訳ありませんでした……」

 

「はあ?」

 

 なんとか謝罪の言葉述べると再度、無言で蹴りが飛んできたので、頑張って起立姿勢を維持する。

 

「まあええわ、江口に挨拶されても気分悪いしな。ところでメガネ、試合終わったしお腹空かへん?」

 

「は、はい……空きましたね」

 

 借りてきた猫のように大人しくなっているふなQが藤白さんの言葉を肯定する。全肯定するのは仕方がないのだが、この流れはまずい。

 

「江口、なんか食べたいものあるか? 奢ったるわ」

 

「そ、そうですね……」

 

 一見すると後輩に奢ってくれる優しい先輩に見えないこともない。

 しかし、その実態は藤白さんが食べたいものを当てるまで、延々と蹴られ続けるという最悪のクイズゲームなのである。

 

 焼き肉、天ぷら、ステーキ、中華。

 

 試合後の疲れた頭脳をフル動員して、藤白さんが食べたいものを予想する。

 

「焼き肉食べたいです」

 

「おー焼き肉かあ。ええやんええやん、江口もたまにはええこと言うやんな」

 

 見事、一発ツモを引き当てたので蹴られずに済んだが、ふなQの顔が絶望に染まっている。

 な、なにがそんなあかんのやろか……

 上機嫌の藤白さんと、煮干しのようなふなQの表情を眺めていると、あることに気がついた。

 

 あっ……これ、藤白さんにお肉焼いてあげなあかんやん。

 



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第96話 園城寺怜争奪戦はじまる! 前編

「どう? とき、おいしい?」

 

「なかなか、おいしいで」

 

 神戸市内。

 いつものように、ソファーに寝転んで竜華に膝枕をしてもらいながら、イチゴを給餌される1人の雀士がいた。

 

 一巡先を見る者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

 竜華が作ってくれた生クリームをたっぷりつけたイチゴを受け取るために、怜は口をあけてから一生懸命モグモグした。

 本当は自分のペースで食べたかったりするのだが、あーん拒否すると大変なことになるので大人しく受け入れている次第だ。

 

 一巡先が見えているから、わかるのである。

 

「ふふっ、生クリーム口についてて、かわええなあ。もう」

 

「拭いてあげるから、動かないでね」

 

 怜の口元をナプキンでさっと拭って、竜華はなにやら一人で盛り上がっているが、そっとしておくことにした。

 遠征先から帰ってきたばかりなので、疲れているのだろう。

 

「やっぱり怜は、世界で一番かわええなあ……どうしてこんなにかわええんやろ」

 

「そ、そっかーありがとなー。イチゴもう少し食べたいで」

 

 優しく頭を撫でてくる竜華を、怜は柳に風と適当に受け流しながら、イチゴの続きを要求する。

 とりあえず食べている間は、相手をしなくて良いので楽なのである。

 

「ふふっちょっと待ってね……はい、あーん」

 

「あーん」

 

 イチゴをゆっくり咀嚼して食べ終わってから、怜は竜華に言った。

 

「そろそろ、麻雀したいんやけど?」

 

「だめ、だめ! まだ東京から帰ってきたばっかやろ? 今日は牌触ったらあかんで! 福路さんキツかったって、自分でも言うとったやん」

 

「せ、せやけど練習したいし……」

 

「うちの言うこときけへんの?」

 

 ものすごく低い声で、竜華にそう言われてしまい部屋の空気が凍る。

 

「い、いや……そういうことやあらへんけど……」

 

「約束したやんな? たくさん麻雀したら2日間は牌に触ったらあかんって」

 

「う、うん」

 

「怜は約束破るんか?」

 

「破らへんで、きょ、今日は麻雀はやめとくわ」

 

「ふふっ怜、えらいで〜」

 

 満面の笑みで竜華は、怜の髪を優しく撫でた。

 焼肉を一緒に食べた時の藤白先輩も恐ろしかったが、独占欲が全開になった時の竜華のほうが数倍怖い。

 唐突に人生のエンドロールが流れそうになったことに、内心かなり焦りながら怜は竜華の膝に頭を乗せたまま、引き攣った笑顔をつくった。

 

 嫌な雰囲気のまま竜華からイチゴの給餌を受けていると、インターホンが鳴った。

 

「少しでてくるから、ちょっと待っててね」

 

「わかったで」

 

 竜華は、怜の頭を優しくソファーの上に置いてからモニターの方へと向かっていった。

 

——た、助かったわあ……誰だかわからへんけどナイスや……

 

 ソファーから体を起こして、竜華の後ろ姿を見ながら、インターホンに感謝していると竜華が振り返って言った。

 

「大宮の瑞原さんきとるで? 怜に会いたいんやって。どうする?」

 

「瑞原って……監督の?」

 

「せやなー」

 

 突然のビッグネームの登場に怜は驚いた。小鍛治さんが突然訪れた時、以来の衝撃である。

 

「会うけど……な、何の用やろか……」

 

「んープロ入りの話やろ」

 

「そ、それ……監督自ら来るもんちゃうやろ……とりあえず、着替えなあかんやん!」

 

「あ、そうやな。着替え用意してくるな」

 

 怜は自分がパジャマ姿であることを思い出して、慌てて起き上がって竜華にちゃんとした私服を着せてもらうことにした。

 お化粧はしている時間はないので、普段は見せない俊敏な動きで、怜はBBクリームを肌に塗り込み髪型を整えた。

 

「こ、こんなもんでええやろか……」

 

 唇にリップクリームも塗りながら怜は竜華にそう尋ねた。

 

「ラフな感じに整えてる怜も可愛ええから、大丈夫や!」

 

「せ、せやろか……」

 

 ギリギリアウトな気がしないこともないが、これ以上はほんまに無理なのでダイニングテーブルに移動すると、再びインターホンが鳴った。

 

 瑞原監督が到着したようだ。

 

 玄関に迎えに行った竜華と瑞原さんの話し声が、だんだんと近づいてくる。

 

「やっほー⭐︎ミ 園城寺さん、はじめまして。瑞原はやりです! よろしくね」

 

「は、はい……はじめまして」

 

 当たり前のように、ゴスロリ衣装で登場した瑞原監督(34)にビビりながら、怜はなんとかお返事をした。

 

「はじめましてって言っても、園城寺さんのことは高校時代から見てたから、あんまりはじめてって、気もしないけどね⭐︎」

 

「はい……ありがとうございます」

 

「こんなに綺麗になってるなんて知らなかったよー、竜華ちゃんと結婚してるの知ったのも最近だし……」

 

「あんまり家庭のことを話すのも、どうかなと思いまして」

 

 色々と話してくれているが、フリフリの衣装が気になって、あまり話の内容が頭に入ってこない。

 竜華との取り止めのない話が続いていたが、瑞原さんは突然真面目な顔を作って怜のことを見据えて言った。

 

「園城寺さん、雀聖戦での活躍は拝見しました。ハートビーツ大宮で、一緒に麻雀をやりませんか? いつでも、園城寺さんのことを受け入れる準備は出来てます」

 

 どくんと怜の心臓が跳ねる。

 プロ麻雀の世界が目の前に開けた。雀聖戦で戦った福路さんはとても強かったし、それ以上の選手もたくさんいる。

 すぐにでもOKしたくなる気持ちを抑えて、怜は冷静に言った。

 

「まだ、プロになったわけでもありませんし」

 

「プロとして充分すぎる実力を備えているし……資格のことなら私に任せてくれれば大丈夫だよ⭐︎ミ プロ編入試験は受けるだけで良いんだから」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「園城寺さんを落とそうとする人なんて、協会には一人もいないしね。もうすぐ案内が来ると思うよ」

 

 しれっと凄いことを言った瑞原さんに顔を見てから、竜華の方に視線を移すとゆっくりと頷かれた。

 どうやら本当に、プロになれるらしい。

 

「園城寺さんをサポートできる体制がうちにはあると思っているし、私自身も園城寺さんと一緒に麻雀がしたいと思ってるんだ」

 

「ありがとうございます」

 

「詳しい契約の内容なんかは、後々スカウトさんと話し合っていければと思うんだけど……とりあえずパンフレットや資料は置いていくね」

 

 そう言って瑞原さんは、竜華に紙袋に入った資料を一式渡した。なんで竜華に渡すのか疑問に思いながらも、あとで見せてもらおうと怜は思った。

 

「もし、練習とか見学したかったらいつでも連絡してね。待ってるから」

 

 そう言って瑞原さんは、携帯とハートビーツ大宮の職員事務所の連絡先を教えてくれた。

 プロの練習はかなり興味があるので、今度見学に行こうと怜は思った。神戸の職員のふなQはさすがに連れていけないので、誰と一緒に行こうか頭を悩ませる。

 

「瑞原さん、わざわざありがとうございます。色々と検討させてもらいますね」

 

「他の雀団からも絶対に話があるだろうからねー。最終的に大宮を選んでくれれば良いなと思ってるよ⭐︎ミ」

 

 話を進めるには早計と思ったのか、割って入ってきた竜華に瑞原さんはそう答えた。

 

「大宮はポジション空いてるから」

 

 瑞原さんが竜華にそう言うと、竜華は眉間に皺を寄せて目を瞑った。

 

「それじゃあ、長居すると悪いしそろそろ帰るね」

 

「わざわざ、ありがとうございます」

 

「こちらこそ、園城寺さんとお話しできて良かったよ」

 

 椅子から立ち上がった瑞原さんを玄関まで見送ると、帰り際に分厚い封筒を手渡された。

 

「竜華ちゃんがいるから大丈夫だと思うけど、雀士は健康に気を使わないとダメだよ。これで、おいしいものでも食べて栄養たくさんつけてね」

 

「またねー⭐︎ミ」

 

 玄関の扉がパタンと閉まった。

 嵐のように現れた瑞原さんは、嵐のように帰っていった。

 

「こ、こんな唐突なんか……プロのスカウトって」

 

「まあそうやな。監督が来るっていうのは予想外やったけど……誠意を見せたいってことなんやろ」

 

 竜華は特に気にするでもなく、瑞原さんの持ってきた紙袋からパンフレットを取り出して大宮の練習施設の写真を眺めている。

 

 リビングに戻りながら、瑞原さんから貰った封筒を開けてみようと思った怜だったが、紙がぎっちり入っていて、なかなか取り出すことが出来なかった。

 

「ん……なんやこれ?」

 

 仕方がないので、封筒の縁を切って無理矢理引き出した。

 

 帯がついた万札が二束ほど顔を覗かせる。

 

 明らかに、やばいお金である。

 札束を持ったまま竜華の方を向いて無言の視線で訴えかけると、竜華は嬉しそうに言った。

 

「お、200万も入っとるやん。挨拶だけでそれだけくれるって、期待されとるな!」

 

「そ、そういうことやないやろ! こ、これ……うちは大宮入らんとあかんのやないか……」

 

 心配になった怜が竜華にそう尋ねると、竜華は笑った。

 

「そんなちょっとの金額で契約してくれるなんて向こうも思ってへんやろし、とりあえず貰っとけばええ」

 

「せやけど。これ裏金やん……」

 

 怜が不安になってそうつぶやくと竜華は、不思議そうな顔をしながら言った。

 

「清廉潔白なプロ麻雀トップリーグの世界に、裏金なんかあるわけないやん。とき、漫画の読みすぎやで^^」

 



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第97話 園城寺怜争奪戦はじまる! 後編

 

 園城寺怜が、普段ゴロゴロしているリビングルーム。

 普段は来客の少ないその部屋にスーツを着た忙しそうにしている人たちが、ひっきりなしに訪れていた。

 

「園城寺くん! プロで麻雀をやるなら、最高のチームでやるべきだ! 私は、そう思う」

 

 アレクサンドラ監督の熱っぽい声が響く。

 ローテーブルの上に無造作に置かれたアタッシュケースには、札束がギッチリと敷き詰められていた。

 

——こ、これいくらあるんやろか……

 

 松山フロティーラで話を進めるなら今すぐくれると言っているが、逆に怖すぎて尻込みしてしまう。

 

「今、1番トップリーグで強いチームが松山だ。一緒に優勝しよう」

 

「たしかに戦力は充実してはりますけど……競争がキツそうなのがうちは心配や。神戸と違って、レギュラー争いせなあかんし」

 

「もちろん競争はあるが……先鋒は空いている。うちは第2、第3先鋒でも年俸は青天井だ。それに、園城寺くんならエースになれると思っている」

 

 松山の先鋒ローテーションは、戒能さんと友清さんの2枠は確定しているが、1枠は空席である。

 そこに怜を加えることで穴のない先鋒陣にしようというのが、アレクサンドラ監督の狙いなのだろう。

 

「たしかに先鋒やるなら、後ろが強いチームの方が勝ち星は伸びますね」

 

「そうだろう。園城寺くんは千里山でも先鋒を務めていたしなあ、あの当時からずっと欲しいと思っていたんだ」

 

 アレクサンドラ監督が、臨海女子の監督をしていた時代から、期待していたという話を聞いて少し嬉しくなる。

 あの当時の臨海は終わってみれば高校麻雀史に残る最強のチーム編成で、先鋒の辻垣内智葉から大将のヴィルサラーゼまで一切隙のない完璧なチームだった。メンバー全員が、プロ注というのは強豪校でも珍しい。

 

「雀聖戦の麻雀は最高だった。姫子を完封したのもそうだが、福路プロとの対決も良かった」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「うむ、私は欲しいものは手に入れないと気が済まない性格でね。君を絶対に獲得したい」

 

 ここまで言われると契約しても良いんじゃないかと、怜は思ったがチラリと竜華のほうを見ると小さく首を横に振っていた。

 

 今は断れということらしい。

 

 アレクサンドラ監督が持ってきてくれたパンフレットを眺める。

 姉帯さんと天江さんの写真のページをめくると、練習施設や食堂の写真がでてきた。その写真を見ていたら、重要なことを聞くのを忘れていることを思い出した。

 

「あ、あの……」

 

「ん? なんだい?」

 

「私、竜華がいないと生活できへんのですけどプロで大丈夫でしょうか?」

 

 真剣な表情でそう訴えると、アレクサンドラ監督はきょとんとしたが、それから大きな声で笑った。

 

「夫婦仲がよくて結構なことだ。清水谷くん、君も松山に来るかい?」

 

 アレクサンドラ監督は、上機嫌に笑っているが、明らかに意味を勘違いしている。

 竜華と離れ離れになるのが精神的に無理なのではなく、ほんまに生活能力がないので、竜華がいないと園城寺怜の生存戦略が崩壊してしまうのである。

 

「FAして声をかけて頂けるなら、考えさせてもらいます」

 

「なるほど、宣言したら調査させてもらうよ」

 

 竜華とアレクサンドラ監督は、互いの腹を探るような話し合いを続けている。

 怜の不安はどうやらスルーされてしまったようなので、後で竜華に相談しておこうと思った。

 そんなことを考えていると、竜華が唐突に口を開いた。

 

「とき、色々なチームから話がきて良かったなあ。どのチームに行きたいとかあるんか?」

 

「え……まだ、よくわからへんけど……どこがええチームなんやろか……」

 

 人生の大きな決断だ。

 そう簡単には決められない。というより、目の前の札束に気圧されてあまり正常な判断ができないので、とりあえず保留の回し打ちをした方が良いと怜は思った。

 

 怜の答えを聞いて、竜華は満足そうな笑顔を浮かべた。

 

 どうやら、まだ悩んでいても大丈夫らしい。

 アレクサンドラ監督がローテーブルに置かれたティーカップを手に取って、口を潤わせてから言った。

 

「一度で全て決まるとは思っていないさ、練習を見学したければ、いつでも連絡してくれたまえ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 アレクサンドラ監督は、万年筆で簡単に雀団事務所の電話番号をメモ用紙に筆記して、怜に手渡した。

 姉帯さんも練習してたりするかもしれへんし、行ってみたいなと怜は思った。

 

「ところで、大宮と恵比寿は何束置いていったんだ?」

 

「大宮は2束ほど」

 

 アレクサンドラ監督の問いかけに、竜華は正直に答えた。

 裏金を貰ったことを言ってええんやろかと怜は不安になったが、竜華もアレクサンドラ監督も全く動じていなかったので、大丈夫なのだろう。たぶん。

 アレクサンドラ監督はアタッシュケースから、四束ほど札束を摘んでローテーブルの上に置いた。

 

「とりあえず、どのチームに行くにしてもプロ入りでもの入りだろう。スーツを買うなり、食事なり自由に使ってくれ。栄養をしっかりとって備えてくれれば幸いだ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 もはや、お金を渡すことを隠そうともしないアレクサンドラ監督の態度にビビりながら怜は、なんとかお礼を返した。

 

「それからこれは、奥さんに」

 

 そう言って一束を竜華の目の前に置いて、アレクサンドラ監督は席を立った。この後は、コーチとの打ち合わせがあるとのことで、あまり長居はできないらしい。

 

「それじゃあ、また。同じチームで麻雀が出来ることを楽しみにしているよ」

 

 アレクサンドラ監督が去って、ローテーブルの上に置かれた札束が残る。

 

——これほんまに大丈夫なんか……プロ入りするだけで、これだけお金が動くのヤバすぎやろ……

 

 大宮、恵比寿、松山と勧誘が続き、園城寺怜の栄養費は、品評会の神戸の牛さんが丸ごと数頭買えるくらいまで膨らんでいた。

 各雀団とも怜のことを、まるまるデブらせてから食べるつもりである。

 怜は不安になったので、テーブルの上のお金を数えている竜華に声をかけた。

 

「ほんまに大丈夫なんかこれ……」

 

「んー少し多い気もするけど、ドラフト上位指名の選手になると、挨拶でこれくらいは置いてくものや」

 

「そ、そうなんか……」

 

「ちゃんと怜のぶんの確定申告はうちがしとくから、安心してや」

 

 裏金なのに確定申告。

 もはや、意味不明である。

 

「確定申告したら、裏金貰ったのバレてまうやん!?」

 

 怜が驚いて声を上げると竜華は不思議そうな顔をした。それから優しい笑顔を作って諭すように言った。

 

「確定申告せんかったら、脱税になるやろ? 犯罪は駄目やで」

 

「せ、せやけど……」

 

「このお金は、各雀団が元気に怪我なく怜にプロ入りして貰うために支出してるんや。いわば、善意のお金なんよ。だから、裏金とか言ったら失礼やで^^」

 

「そ、そか……」

 

「例えば、うちが講演会を開いたりファンの人とゴルフをすると、お金が貰えるやろ?」

 

「うん」

 

「そういう仕事の収入っていうのは、ちゃんと税務署に報告して、税金納めなきゃ駄目なんや」

 

「う、うん……」

 

「それと同じやで」

 

「な、なるほど……」

 

「仕事で得たお金は税金をきちっと納めること。それが社会で困っている人の助けになるんやから、脱税とかしたらあかんよ」

 

「わかったで」

 

 自分は正しいことを言っているはずなのに、だんだんと竜華の話を聞いているうちに、竜華の言うことの方が正しいように感じてきてしまい、怜は考えるのをやめた。

 

 お金のことは、全部竜華に任せよう。

 

 あっさりと思考を放棄して、ソファーの上で寝返りをうつ。切り替えが早いところが、園城寺怜の良いところなのである。

 色々な人と話をして、少し疲れたなと思った怜が、目を閉じようとすると部屋にインターホンの音が響いた。

 

「また、来客か……今日はほんま多いな」

 

「とき、今ちょっとお金数えてるから出てきてや」

 

「わかったで」

 

 怜はカメのようにノロノロとした動きで、ソファーから立ち上がり、モニターへと向かった。

 

 スーツ姿の赤土さんの姿が映っている。

 

「はい、園城寺です」

 

「あ! 園城寺さん、久しぶり。赤土です、プロ麻雀のことでお話しがあってきました」

 

❇︎

 

 赤土さんが買ってきてくれたフルーツタルトがダイニングテーブルに並ぶ。カラフルな果物にナパージュが塗られて、キラキラと輝いている。

 

「松実館で会った時以来かな? 雀聖戦の二次予選突破おめでとう。挑戦者決定戦は、お互いに頑張ろうね」

 

「もちろんや! でも、勝つのはうちやで!」

 

「あはは……せっかく久しぶりに挑決まで来れたんだし私も負けれないよ」

 

 そう言って、赤土さんは竜華の淹れた紅茶に口をつけた。

 赤土さんは雀聖戦の二次予選で、僅差で藤白さんに敗れはしたものの2位をキープし、見事挑戦者決定戦へ進出を果たしている。

 

「温泉の時から知っていたことだけど、園城寺さんはやっぱり強かったし……プロ入りとかって考えてたりするのかな?」

 

「もちろんや、プロ試験受けようと思ってるんや」

 

「それなら話が早いや、プロ麻雀チームに入るなら是非、佐久フェレッターズにと思ってね」

 

 佐久フェレッターズは、面識のある赤土さんを勧誘要員にすることにしたらしい。

 たしかに顔も知らないスカウトが接触するよりも、赤土さんが来てくれた方が、ずっと話しやすい。

 

「でも、いいんですか?」

 

「ん? なにが?」

 

「うちが佐久に入ると、先鋒で赤土さんとポジション争いすることになりますよ? 血で血を洗う戦いの幕開けや」

 

 怜がそう言うと、赤土さんは笑ってその可能性を否定した。

 

「ありえない話ではないけど、先鋒は三枠あるしね。それに、園城寺さんが佐久に入ったらやるのは大将だと思ってるから、私と競争することはないかな」

 

 佐久のエースは自分のポジションが奪われるとは欠片も思っていないようだ。おそらく、それは事実なのだろう。

 その事実は、チームにとって欠かせない存在であることを証明すると同時に、赤土さんの自信の現れでもある。

 

「たしかに佐久のチーム事情なら、先鋒よりも後ろの選手のが欲しいですね」

 

 竜華が、話に入ってきた。

 

「そうそう、むしろ良い守護神が来るなら、私としては勝ちやすくなって楽だし」

 

 佐久は赤土さんだけでなく、洋榎や久、獅子原さんなど同年代でも怜の知り合いが、多いチームである。

 

——佐久も結構悪くないかもしれへんなあ……

 

 佐久の人は良識的な人が多く、なかなか過ごしやすそうである。

 千里山のOGだと服部先輩がいるが、温厚な人で、そこまで気を使う必要はない。

 というより、あの畜生がいるチームでなければ特段そうした上下関係で、問題になるチームはなさそうである。

 

「せっかくドラフトじゃなくて、選べるんだから、園城寺さんの気に入ったところにすれば良いと思うんだけど……練習とか見学したかったらいつでも言ってね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 阿知賀の監督をしていたという経験もあるのか、このレジェンドさんはほんまもんの聖人かもしれない。

 むしろどうして、この良識の塊のような人の指導を受けて、夜の三冠王こと松実玄ちゃんのような雀士が、出来上がるのだろうか?

 

「そ、それとなんだけどね……」

 

 今まで爽やかな口調で話していた赤土さんが急に口籠った。

 どうしたのだろう?

 

「こういうの……私はあんまり良くないと思うんだけど、雀団の人に渡してきてって言われたからさ……」

 

 そう言って、赤土さんは自分のビジネスバッグの中から薄っぺらい封筒を取り出すと、両手で怜に手渡した。

 

「練習見にきたりする時とかに使ってよ、少し良いご飯2人でたべても良いと思うし……」

 

 ドギマギしながら、色々と言っている赤土さんを尻目に、怜がそーっと中身を覗いてみると1万円札が2枚ほど入っていた。

 

「赤土さん……これ……」

 

「いやいやいや、ほんとに他意はないから! 受け取ってよ」

 

——これ出さないほうが、良かったんやないやろか……

 

 瑞原さんが置いていったパンパンに膨れ上がった封筒とこれを、どうしても比較してしまう。

 

 誠意とは、言葉ではなく金額。

 

 竜華が昔言っていたことを、心で理解できた瞬間である。

 

「ありがとうございます、貰っておきますね^^」

 

 また一つ、神戸の24歳児こと園城寺怜は大人の階段を登った。

 



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第98話 末原恭子と選手寮に響く絶叫

『振り込め! 放銃しろ! ああっなんでそっち切るんや!』

 

 横浜ロードスターズ、横須賀選手寮。

 練習後、缶ビールを直飲みしながら、あたりめを食べ、1人寂しくプロ麻雀中継を眺める一人の乙女がいた。

 

 末原恭子、24歳。

 

 すでに佐久フェレッターズからの戦力外通告を経験、生ゴミ同然にチームからポイ捨てされ、横浜ロードスターズに拾われた不屈の雀士である。

 昨年は一軍で主に敗戦処理として登板し、1勝をもぎ取ったものの、今年は一軍登板ゼロ。崖っぷちに立たされ、恭子は焦りを感じていた。

 

「なんで、二軍で成績いいのに、あげてくれないんや……」

 

 今期の横浜ロードスターズは注目のドラフト1位ルーキー、亦野誠子を獲得し中継ぎの層が僅かに厚くなったことで、恭子は二軍落ちすることになってしまった。

 岩館、亦野、小走。この3人のうち誰か1人にコケて貰わなければ、恭子に出番が回ってくることはない。

 

「亦野! なんで切らへんのや! 切れ! 切っちまえ!」

 

 アルコールの力も借りて、チームメイトの放銃を心の底から願う惨めさに、恭子の瞳から涙が零れ落ちた。

 亦野は当たり牌を握り潰したまま、先にリーチをかけられた状況から巻き返し、高速でツモ和了を決めた。

 自分の完全上位互換であるその姿を見て、さらに恭子の心が折れる。

 

——完全に格が違うわ……

 

「こ、今年は出番ないかもしれへん……」

 

 チームが優勝しても、自分が一軍にいなくてはなんの価値もない。 

 そもそも、出場機会のないチームにとって必要のない人間は消えるしかない。それは佐久フェレッターズで、嫌というほど味わってきた。

 

 ドラフト下位指名、20代中盤、さしたる一軍実績なし、外様。

 

 戦力外通告を受ける条件が満貫以上で確定している。このまま秋になって、立直をかければ一発もついて、跳満といったところだろうか。

 恭子はシングルのショットグラスに安ウイスキーを注いで、一気に飲み干した。食道と胃をつたう灼熱感が心地良い。

 缶ビールを灼熱した喉に流し込むと、苦味の後からウイスキーの甘さが追いかけてきた。

 

「あーやっぱ、ウイスキーのチェイサーにはビールやな……ほんまおいしいわ」

 

 あたりめにも少し飽きてきたので、冷蔵庫からカルパスを取り出そうと座椅子から立ち上がると、一気に酔いが回って、思いっきりすっ転んだ。

 

 視界がぐるぐると回る。

 

 思いっきり床にぶつけた左肘が、ズキズキと痛む。立ち上がろうとしても平衡感覚がなくなって上手く立ち上がれない。

 

「ううっ……どうしてこんなことになるんや……痛い、痛い」

 

 涙がポロポロと溢れ出してきたので、恭子は右手で目のふちを拭った。

 ふと、テレビ画面を見ると宮永が登板している。どうやらまた今日も勝ったらしい。

 

 フラフラする頭で恭子は考えた。よくよく思えば、敗戦処理をするために私が登板する理由がない。そんなことをするくらいなら、下位指名の高卒ルーキーでも、一軍に上げてやれば良い。

 敗戦処理でも登板すれば、それが将来への布石になる。

 

 20代中盤の敗戦処理など、本来いらないのである。

 

「だから勝つしかないんや! 勝つしか! 勝って! 勝って勝って勝って勝ちまくるんやこの横須賀で!!!」

 

 二軍ですら少なくなった登板機会の中で2勝した。逆境にメゲている時間はない。一軍の試合に出たければ、可能性は低くとも勝つしかないのだ。

 出番があるかはわからないが、明日も試合がある。ヤケ酒に酔い潰れている時間があるなら、早く寝なくてはいけない。

 

 でも、それよりも早くしなくていけないことがあった。

 

 叫んだことで急速に回ったアルコールに本能的に危機感を覚えた恭子は、這うようにトイレに向かい胃の中身を全部逆流させた。

 

 ポヤポヤした酩酊感と動悸は治らないが、何度か嘔吐を繰り返すと、だいぶ楽になった。

 水をたっぷり飲んでから、涅槃仏のような体制でリビングに横たわる。

 

「あかん……気持ち悪くて寝れへん。もう一回吐いてこよかな」

 

 フローリングの床のひんやりとした感触を楽しんでいた恭子だったが、その時間は長くは続かず、唐突に部屋の扉が開け放された。

 

「うるせえええぞ末原ァ!!!!! 夜中に大声出すんじゃねええええええ!!!! って……!? おまえ、大丈夫か!!! おい!!!!」

 

 寮内で大声を出した恭子のことを、大声で怒鳴りつけながら、寮母の久保さんが部屋のドアを蹴飛ばして侵入してきた。

 

 大声が頭に響いて、滅茶苦茶痛い。

 

 返事をする元気もないので、床にへばりついたまま久保さんの様子を伺う。

 

「馬鹿が馬鹿な酒の飲み方しやがって! とりあえず救急車呼ぶからな、末原聞こえてるか! 末原ァ!!!」

 

 救急車は流石にまずい。

 頭はかなり痛いがしばらくおとなしくしてれば、大丈夫そうである。

 

「あーはい。大丈夫です、救急車呼ばなくても」

 

「いや、呼んだ方がいいだろ」

 

「ほんまに大丈夫なんで……とりあえずお水ください」

 

 恭子が床に胡座をかいて健在ぶりをアピールすると、久保さんも少し安心したようで洗面所から、水道水を汲んできて持ってきてくれた。

 

「吐かなくて大丈夫か?」

 

「いえ、一応さっきトイレで吐いたんで……大丈夫です、はい」

 

「そうか……」

 

 頭を抱える久保さんの顔をみていたら、さらに悲しい気持ちになってきた。

 吐き戻したのが良かったのか、水分をとったのが良かったのか、酔いもすっかり醒めて、頭痛だけが残る。

 

 ガラスのコップを両手で持って水を飲んでいると、涙がボロボロとこぼれ落ちてきた。

 

 本当に辛い。

 

「まあ、末原の立場は私もわかってるし……荒れる気持ちもわからなくはないが」

 

「すみません……」

 

「本当にプロ麻雀は残酷だよなあ、どれだけ練習しても報われないことが多い。才能や運のあるやつは簡単に上にあがる」

 

 体育座りをする恭子の横に、たて膝をついて座り込んだ久保さんがそう呟いた。

 

「魔境だよプロは。高校時代の化け物が、何人も波に飲まれては消えていく」

 

「そこに挑戦できるというだけでも、すごいことなんだ。だから、私は恭子には諦めて欲しくない」

 

 久保さんからかけられる優しい言葉が、胸にしみる。

 自分は頑張らなくちゃいけない。そう強く思えば思うほど、現状の不甲斐なさが見えない刃となって恭子を苦しめる。

 先が見えない。練習した先にレベルアップがある保証などなく、かえって麻雀が下手になることもある。

 しかし、久保さんの期待には応えられるように頑張らないといけない。

 

「ありがとうございます……頑張ります」

 

「いや、頑張らなくていい」

 

「は?」

 

 自分が頑張って絞り出した言葉を、久保さんにあっさりと否定されてしまい恭子は困惑した。

 

「努力が目的化した選手は、本当に活躍しなくなるから」

 

 寂しそうな表情で久保さんはそう言った。

 誰のことを思いながら、その言葉を紡いだのだろうか? 昔の教え子なのか、先輩なのか……それとも久保さん本人?

 恭子が痛む頭でぐるぐると思考を巡らせていると、久保さんが口を開いた。

 

「トッププロと普通の選手との差は、技術だけじゃない。私はそう思う」

 

 恭子は、その言葉を聞いてなぜだかプロでもない園城寺の顔を思い浮かべた。

 

 7年のブランクがあるにもかかわらず、数々のプロ雀士を打ち倒して、雀聖戦の挑戦者決定戦まで駒を進めた天才の中の天才。

 

 努力など無価値なように思えてくる。

 

 園城寺や宮永にあって、私に無いものはなんなのだろうか?

 

 才能?

 

 そこまで考えた時に、恭子はかぶりを振った。

 

 自分には才能がないから仕方がない。

 だから、そのぶん精一杯努力しよう。

 努力は裏切らない。

 

 そうやって自分を甘やかして、逃げ続けてきた結果が、この体たらくである。

 勘違いをしていたのだ。今までずっと。

 

「ありがとうございます、目が覚めました」

 

 恭子は久保さんにお礼を言ってから、ゆっくりと立ち上がった。

 まだ頭痛はあるが、ふらつくことはなかった。

 

 大好きな麻雀では、誰にも負けたくない。

 

 子供の頃の将来の夢はプロ麻雀選手。

 そう何度も書いてきたんや。

 



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第99話 ウホウホ立直ペンギンと異国の風

 4月中旬。

 開幕からわずか1ヶ月で、先鋒ローテーションが完全崩壊したチームがあった。

 

 怜の配偶者の勤め先である、エミネンシア神戸である。

 

 椿野、加治木、銘狩の開幕ローテーションが崩壊し、何度もテコ入れを行いドラフト4位指名の泉が先鋒登板するという事態にまで陥った。

 なんとか泉が1勝をもぎ取って、再建の兆しが見え始めたかのように見えた。

 

 しかし、肝心の二条泉さんがその後本来の実力を発揮。並み居るプロ麻雀先鋒を相手に、炎上を繰り返したため完全に終戦するに至った次第である。

 チームは最下位を突っ走り、全盛期の横浜ロードスターズに迫る弱さと言われるほどの暗黒ぶりを披露している。

 しかも、加治木さんの復帰の見通しは立たず、椿野さんも二軍の鳴尾浜で別人のような闘牌を繰り広げ炎上し続けている。

 

「今年は、もう絶対あかんのに外国人補強やるんやな……」

 

 エイスリン・ウィッシュアート。

 起死回生を図りたいエミネンシア神戸がアメリカリーグから、3億円をかけて獲得した大物外国人である。

 金髪のお姉さんなので、アメリカ人なのかと思ったら、ニュージーランドが出身らしい。

 

 怜は、ローテーブルの上に置かれたスポーツ新聞を眺めやった。今朝、竜華に買ってきてもらったものである。

 

『本物助っ人や! 神戸・ウィッシュアート6連荘! 鳴尾浜相手にならねえ!』

 

『監督も合格点! ウィッシュアート、日本麻雀イケるやん!』

 

『ウィッシュアートPGだけじゃない! 先鋒いけます! 全ポジ適正コーチ太鼓判!』

 

 溢れ出るダメ外人感が紙面から、漂ってきているが、この外人さんが駄目だとほんまのほんまに神戸が終戦してしまうので、頑張ってほしいところである。

 

「髪の色は違うけど、顔は若干ニーマンに似てるやんな」

 

 怜は二条泉の刺繍の入った神戸のチームジャンパーを身につけて、テレビの電源をつけた。

 画面に試合会場であるベイサイドマリンスタジアムの雀卓が映し出される。

 

『藤田さん、神戸のウィッシュアートが今日初出場となりますね』

 

『ええ、向こうでも実績のある選手ということですから、期待したいですね。横浜のダヴァン選手との外国人対決も楽しみです』

 

 三科アナと藤田さんの報道席の声が少し小さくて聞き取りにくかったので、怜はリモコンでテレビの音量をあげた。

 

『それでは、今日の各雀団のスターティングメンバーをご覧ください』

 

プロ麻雀トップリーグ 先鋒戦

開始前

大宮 原村 和       100,000

横浜 M・ダヴァン     100,000

佐久 赤土 晴絵      100,000

神戸 A・ウィッシュアート 100,000

 

原村 和    ROOKIE

ドラフト1位  個人戦順位 NEW

清澄→渋共→帝都大→大宮

0勝2敗0H

最速でリーチをかけるデジタル麻雀で、安定した闘牌をする期待のルーキー。エトペングッズ収集が趣味の22歳。

 

メガン・ダヴァン 今年度成績

外国人登録    個人戦順位--

臨海→TX(AAA)→横浜

3勝2敗0H

ファンからの信任厚い、今季好調の外国人エース。横浜家系ラーメンが大好物で、毎週必ず食べに行く。もやし抜きが好み。

 

赤土 晴絵   今年度成績

ドラフト1位  前年個人戦順位 11位

阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→佐久

2勝3敗0H

佐久フェレッターズのエース。休日は、アオンモールで食材の買い出しに付き合う愛妻家。

 

エイスリン・ウィッシュアート

外国人登録    個人戦順位--

宮守→SAN(AAA)→DTW→神戸

0勝0敗0H

デトロイトから神戸へ緊急来日。アメリカリーグで、30試合以上登板経験のある実績充分の外国人選手。イラストを書くのが上手。

 

『ウィッシュアート選手はどんな麻雀を得意としている選手でしょうか?』

 

『そうですね……アメリカリーグの選手ですけど、火力よりも細かなプレーで点数を稼いでいく技巧派タイプですね』

 

「あかんやろ、それは……」

 

 藤田さんの解説を聞いて、怜は危機感を覚えた。外国人の技巧派と聞いて、良いイメージが全くない。

 不安になった怜はタブレットを操作して、掲示板を開いた。

 

【地獄】プロ麻雀トップリーグ実況 11

196名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

ウィッシュアート技巧派とか……

もう終わりやん

 

203名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi9rmaz

>>196

藤田の言ってることだからセーフ

 

209名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi0m0rd

>>196

3億8000万円を信じろ!

 

220名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak6r0gaj

>>209

高すぎる

どうしてそんなんなんねんwwwww

 

229名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emirzjg0

>>220

シーズン途中に強奪してくるから高くつくんだよなぁ

 

240名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rrwa

藤田が解説の時たまにでてくる

エトペンとか家系ラーメンとかの無駄な情報ほんとすき

 

249名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjg

>>240

高校時代の原村は、エトペン抱っこしたまま麻雀してたぞ

 

250名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea6imat

>>249

清澄高校とかいう麻雀界の闇

 

251名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea3njsx

エトピリカになりたかった

ウホウホ立直ペンギンの原村さん

 

260名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwjg

>>251

知性なさそう

 

265名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwjz

>>251

あの容姿と学歴で何故あんな脳筋の麻雀をしてるのかほんま謎

 

290名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

最悪、ウィッシュアートがダメでも二条泉が挽回してくれるやろ

 

308名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak6iimjz

>>290

汚名を挽回するのかな?

 

311名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emiimazr

>>290

はやく本物の『にじょう いずみ』を連れてこい

 

320名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwj6r

>>290

花田に勝った時の二条泉ちゃん返して……

 

プロ麻雀トップリーグ 先鋒戦

第一半荘 東3局

横浜 M・ダヴァン     104,400

佐久 赤土 晴絵      104,200

神戸 A・ウィッシュアート 98,200

大宮 原村 和       93,200

 

 先制リーチを仕掛けた原村さんをダヴァンが狙い撃ちにすることで、東1局で先行した赤土さんを逆転しトップに立っている。

 各選手とも面前主体の麻雀で鳴きが少なく、かなりゆったりとした展開だ。

 

「こういう麻雀は、結構安心して見てられるわあ」

 

 鳴いて場が荒らされることがないと、各選手の趣向や手作りの傾向が見れて、なかなか面白い。

 

ツモ 1300、2600

 

 発声と共に、ウィッシュアートの手牌が倒される。

 良形のこの手牌で、リーチしなかったのは不可解だが、彼女の聴牌速度そのものはかなり速い。

 これで神戸がトップに立った。

 

 その闘牌を見て、彼女がなんらかの能力を持っているのだろうと怜は当たりをつけた。

 しかし、麻雀そのものに変わったところはないので、もしかしたら気のせいかもしれないと思った。

 

「ダヴァンみたいに、明らかにめくりあいに強いとかあればわかりやすいんやけどな」

 

 怜がそう思っていると、ウィッシュアートが安手で連続和了を決めて、親番を継続した。

 立直をしないことと、能力が関係しているのかもしれないなと怜は予想した。

 

863名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

ウィッシュアートいけるやん!

おまえが神戸のエースや!!! 泉なんていらんかったんや!

 

870名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6gamg

>>863

神戸ファンの鑑

 

879名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rmjz

>>863

さっきまでと言ってることが真逆で草生える

 

882名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakaimaw

>>863

なな雀民の手首はボロボロ

 

890名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwjg

というより、ウィッシュアートってインターハイ出てたことあるし、日本麻雀でも通用するのわかってたやろ

宮守出身やぞ

 

896名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6gamg

>>890

こマ?

 

932名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sakpdima

>>896

20XX年インターハイ 宮守女子高校

先鋒 小瀬川 白望

次鋒 エイスリン・ウィッシュアート

中堅 鹿倉 胡桃

副将 臼沢 塞

大将 姉帯 豊音

 

監督 熊倉 トシ

 

940名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6gamg

>>932

やばい

 

943名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

>>932

この高校強すぎやろ

ドリームチームやんけ!

 

945名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rmaz

>>932

ほんとにいて草

 

960名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi1rmaz

>>932

【悲報】なな雀民、ニワカしかいなかった

 

971名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaz

>>932

全員ドラ1指名されるレベル

 

1000名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emid2rja

この宮守女子高校とかいう高校は、インターハイ優勝したんやろなぁ

 

 掲示板でウィッシュアートが、宮守女子にいたという話を聞いて怜は慄いた。

 

「姉帯さんと同じ高校やんけ……全然気づかんかったわ」

 

 怜はウィッシュアートの顔を眺める。

 彫りが深く完全に外国人である。身長は低いが、金髪色白でマネキンのような顔立ちをしていた。

 

「この顔があかんねん。この顔で日本のインターハイ出てるとかありえへんやろ」

 

 怜は自分が忘れていた理由を、ウィッシュアートの顔が外国人なのが悪いと、責任転嫁して乗り切ることにした。

 別に外国人がインターハイに出られないというルールなどないし、当時の臨海女子など辻垣内智葉以外全て外国人なのだが、そのへんの事情は全て無視することにした。

 

リーチです!

 

 最下位をひた走る原村さんの力強いリーチ宣言がテレビから聞こえてきた。

 

 裏が乗れば、跳満ある大物手だ。

 

 ズラすのと一発を消すために、赤土さんの鳴きを入れてから安牌を切り出したが、原村さんの和了する未来は動かない。

 

ツモ 2000、4000

 

プロ麻雀トップリーグ 先鋒戦

第二半荘 南3局

神戸 A・ウィッシュアート 113,100

横浜 M・ダヴァン     107,600

佐久 赤土 晴絵      103,600

大宮 原村 和       75,700

 

 先鋒戦も終盤に差し掛かり、通常ならトップ争いが激しくなる頃合いだが、赤土さんが、役牌を鳴いて仕掛けを入れてきたくらいで、各選手に変化はない。

 

「無理にでも和了しに行った方がええ局面のようにも思えるけど……全然、動かへんな」

 

 結局トップのウィッシュアートがそのまま連続和了を決めて終局となった。

 

プロ麻雀トップリーグ 先鋒戦

〜終了〜

神戸 A・ウィッシュアート 121,200

横浜 M・ダヴァン     105,000

佐久 赤土 晴絵      101,000

大宮 原村 和       72,800

 

「うーん……たしかに強かったやろか?」

 

 ウィッシュアートの初出場の試合を振り返って、怜はそう呟いた。

 火力は低いが、速度重視の面前型で放銃は一度もなかった。神戸が3億をかけて補強したというだけあって、悪い選手ではないように思える。

 横浜のダヴァンの能力を見越した上で、リーチをほとんどかけなかったのも、ポイントが高い。

 

「最後、他の選手はもうちょっと仕掛けていくべきやと思うんやけどなあ……能力結局わからへんかったし、少し迷ったんかな?」

 

 結果として原村さんの1人沈みで終わったので、赤土さんとダヴァンは無理をしなかったようにも思える。

 

「これ、せっかくの初登板やのに塩試合やったな……勝ったからええけど」

 

 テレビ画面に満面の笑顔で卓を降りる、ウィッシュアートの姿が映し出される。

 掲示板の神戸ファン達は神外人と持て囃しているが、釈然としないものを怜は感じた。

 

 やはり、二半荘を終えても能力がわからないというのが引っかかる。

 高速和了については、能力が明らかになるにつれて対策されてしまうかもしれないが、守備がしっかりしていたので、大きく崩れるようなことはないだろうと怜は思った。

 

「何にしても、次の登板で相手関係が変わってくればわかってくるやろ。とりあえずリードしとるし、出前でもとろうかな」

 

 怜はそう呟いてから、ソファーから立ち上がって出前のチラシが貼ってあるキッチンの方へと向かった。

 神戸もリードしているし、試合を観戦しながら、夕食を食べようという目論見である。

 

 なお、その後のよりんが、大宮の大星淡に完璧に捉えられて炎上し、エミネンシア神戸は負けました。

 



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第100話 宮永咲と誰かの足音

 今日は先鋒で和ちゃんが登板していた。

 

 まだ勝ち星はない。今日の内容も決して良くは無かった。あの試合でもそうだったが、和ちゃんとダヴァンさんは相性が悪い。

 神戸のAislinn Wishartも強かったし、赤土さんもしっかり対応していた。和ちゃんにとっては、実力の差を感じる試合展開だったように思う。

 

 落ち込んでいないと良いんだけど……

 

 Aislinn Wishartの活躍もあり首位に立った神戸を大宮が逆転したのも束の間、佐久フェレッターズの服部さんが一気に得点を積み上げ、1位に浮上した。

 服部さんは堅実で代わり映えのしない麻雀をするイメージだったが、今日の麻雀は大胆で思い切りが良かったし、牌の流れを読み切っているように見えた。

 

 ベテランの選手でも、急成長することはある。

 

 次に対戦する機会には、注意が必要かもしれない。試合が終わったら家で、念入りに彼女の牌譜をチェックしておこうと思った。

 

 中堅戦がはじまって横浜と佐久の得点差は3万点。展開次第だがおそらく今日の出番はないだろう。

 点差をつけられてからのうちは、薄墨さんの一発に期待するくらいしかない。

 でももう次鋒で、薄墨さんを使ってしまったので、ジワジワと点差を詰めていくしかない。

 うちが一番苦手としている試合展開だ。

 

 私は横浜の選手待機室を出て、4雀団が共同で使う選手ラウンジに行くことにした。

 大将戦までは時間もあるし、何となくそこへ行けば和ちゃんがいるような気もした。

 

「なーんて、そんなことないか……」

 

 試合中、選手ラウンジに人がいることは少ない。わざわざ試合中に他雀団の選手と会いたいと思う雀士はあまりいないだろう。

 そんなラウンジで任意の雀士と偶然出会う。そんな偶然があるのなら、私たちはきっと仲直りできるんじゃないかな。

 

 本拠地、マリンスタジアムの無機質な白色の廊下をコツコツと音を立てて歩く。

 

 静寂の中で足音は、自分のものではないかのように閑散とした廊下に響いた。まるで、誰かに後ろから追いかけられているようだった。

 立ち止まり慌てて後ろを振り返ったが、誰もいない。

 

 足音が止まる。

 

 ああ、やっぱりこの足音って私の靴音だったんだ。

 

 安心した私は、後ろを向くのをやめて歩き始めた。

 また、コツコツ、コツコツと誰かの足音が響き始める。でも、その足音をたてているのは、私。

 

 本当に救いようがない。

 

 選手ラウンジのドアを開けると、予想通り中はガランとしていた。

 ラウンジと言っても空港のラウンジのようにご飯が食べられたり、お風呂に入れるわけではなく、小綺麗なカウンターの上にコーヒーメーカーと雑誌が置かれているくらいだ。

 

 せっかく来たのだしファッション誌でも、めくってみよう。

 雑誌の置かれたカウンターの上に近づくと、ラウンジの奥の方のソファーに、さらさらとしたピンクの髪の女性の後ろ姿が見えた。

 

 どくんと心臓が跳ねる。

 

 本当にいるとは思わなかった。

 ど、どうしよう……

 

 なぜ、ラウンジなんかに来てしまったのか。

 猛烈な後悔に襲われた。

 今日は登板する可能性が低いとは言っても、まだ3万点差、逆転などいくらでもありえる。

 和ちゃんと話したりなんかしたら、絶対に麻雀が壊れることは間違いないし、そもそも何を話したらいいのかわからない。

 

 はやく部屋を出た方がいい。

 

 理性はずっとそう訴えて続けているのに、足がうまく動いてくれない。

 私は立ち尽くしたまま。じっとその後ろ姿を、眺めていることしかできなかった。

 和ちゃんの肩が動いて、桃色の髪が揺れる。

 そしてゆっくりと、和ちゃんの両目が私の姿を捉えた。

 

「咲さん……?」

 

 和ちゃんは、少し驚いたようにソファーから立ち上がって、私の名前を呼んだ。

 

「ひ、久しぶりだね……原村さん」

 

「……ええ」

 

 なんと声をか絞り出すように、応対した。

 これで、もう逃げられない。

 ここで慌てて走り去ったりなんかしたら、和ちゃんの心を傷つけることになる。

 

「コーヒーでも、どうですか?」

 

「ありがとう……」

 

 和ちゃんの問いかけに、頷いておくことにした。

 和ちゃんがコーヒーメーカーを操作して、2人分のアメリカンコーヒーをマグカップに淹れて持ってきてくれた。

 

「どうぞ、座ってください」

 

 私は立ったまま和ちゃんから、マグカップを受け取り、それから彼女の対面のソファーに腰掛けた。

 安っぽい黒いソファーだが、座り心地はなかなか悪くない。

 な、なにか話さないといけないよね……

 

「今日は残念だったね、悪くない内容だったと思うんだけど……神戸の外国人さんも強かったし」

 

 私がそう言うと、和ちゃんは目を伏せた。

 なんで、こんな話を振ってしまったんだろう? 負けたばかりの先鋒の選手に、麻雀の話題をするべきではないはずなのに。

 気まずくなってコーヒーに口をつける。

 ブラックコーヒーで、酷く苦い。

 

「そうですね……ダヴァンさんには負けたくはなかったんですけれど、やはり思い通りにはなりませんね」

 

「あの副将戦の時のことは、本当に申し訳ありませんでした」

 

 そう言って、和ちゃんは頭を下げた。

 最悪だ。

 こんな話がしたいんじゃない。

 

「もう昔のことだし、全然気にしてないよ。そもそもあの試合に勝っても、姉と私の仲直りなんて、あるはずもなかったことだから」

 

 姉と私の関係はインターハイの個人戦で完全に破綻したが、その前からそもそも終わっていたのだと私は思う。あの女に憎しみ合うよう意図的に仕組まれて、もう修復不能な程に壊れていた。

 よくもまあ、高校時代の私は麻雀で仲直りなんて絵空事を本気で信じていたものだ。

 

「……原村さんが責任を感じる必要なんてないし、インターハイ団体は新道寺で花田さんと獲ったからね。アマチュアの大会の結果なんて、もうどうでもいいよ」

 

 後半は嘘だ。

 ずっと心残りにしている。

 私は清澄高校で優勝したかった。和ちゃんや片岡さんと一緒に。

 そして、部長を全国の頂まで、連れて行ってあげたかった。

 

「そうですか……咲さんは本当にすごい雀士になりましたね。欧州選手権もテレビで観ていました」

 

「あはは……ありがとう」

 

 そうそう欧州選手権に比べたら、インターハイなんて、小さい日本のアマチュアの大会なんだよ。

 だから、私は清澄高校で負けたことなんて気にしていない。そんなふうに和ちゃんには、思っていて欲しい。

 

「私は先鋒で、咲さんは大将ですけど……試合で当たることもあるかもしれません。その時はよろしくお願いしますね」

 

「うん、負けないよ」

 

 ポジションの関係上団体戦で当たる確率は小さいが、個人戦で対戦することは、早ければ今年の秋にもあるだろう。

 ふと、ラウンジのモニターを見ると中堅戦ももう終わろうとしている。

 一応ベンチに戻っておいた方が、いいかもしれない。

 

「それじゃあ、私はベンチに戻るね」

 

「ええ、また」

 

「ああ、それと……」

 

 言うべきか逡巡する。

 でも、素直な自分の気持ちを伝えておきたかった。

 

「原村さんが、麻雀を続けていてくれて良かった。ありがとう」

 

 最後にそう言って、飲み終わったマグカップをカウンターの上に戻してから、選手ラウンジを私は立ち去った。

 廊下に出ると自分の心臓が痛いほど、悲鳴をあげているのが聞こえてきた。

 

 色々な想いが錯綜する。

 

 今日はもう麻雀はできそうにない。

 本当にどうして、ラウンジなんかに来てしまったのか?

 不注意な自分の選択を酷く後悔した。

 私は逃げるように、足早に廊下を歩き選手控え室に駆け込んだ。

 

 まだ、点差は三万点のまま。

 それに、少ししたら私の心も落ち着くはずだから。

 きっと、大丈夫。

 



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第101話 宮永咲と揺れる天井

 試合前、一人きりの調整ルーム。

 じっと牌と向き合っていれば、心も晴れるかとも思ったが、一向に光明は見えない。

 

『あの副将戦の時のことは、本当に申し訳ありませんでした』

 

 選手ラウンジで和ちゃんから言われた言葉が、頭にこびりついて離れない。ラウンジで直接会って、話した時よりもずっと心が掻き乱される。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、私が台無しにしてしまって…………咲さん、ごめんなさい』

 

 その謝罪の言葉が昔の光景とリンクして、清澄高校のインターハイ敗退が決まった時の、和ちゃんの嗚咽が聞こえてくる。

 和ちゃんは、自分のせいで私と姉との仲直りを台無しにしてしまったと、今でも思っているのかもしれない。そうでなければ、久しぶりに再会してあの言葉は出ない。

 

 でも、私と姉との関係に、和ちゃんは関係ない。

 

 あのインターハイを勝っていても、負けていても姉との仲直りなど出来なかった。だから、和ちゃんが気に病む必要など、これっぽっちもないのに……

 どうしたら、わかってもらえるのだろう。

 

 私と姉との関係が破綻したことを知ったあの女の慰めの言葉と、心の底からの笑顔を私は生涯忘れない。

 

 ああ、でも……

 あのインターハイ勝ってたら、和ちゃんと片岡さんとあと二年間。

 清澄高校で一緒に麻雀出来てたんだ……

 

 麻雀卓から、上がってきた配牌を裏向きに倒す。清一色が狙えそうな勝負手だったが、調整で出ても仕方がない。

 牌が濡れている。そのことに気がついた私は、慌てて、目元を拭っていつもの顔を作った。

 付け入る隙は与えない。

 感情の揺らぎは、技術でカバーできる。今までずっとそうやって勝ってきたのだ。

 

 気を取り直して、試合中継のモニターに目を向けると、岩館さんの跳満和了が炸裂していた。ベンチで大きなガッツポーズをする愛宕監督の姿が映し出される。

 

「ああ……やっぱり逆転しちゃったか」

 

 なんとなく、そうなるような気はした。

 それにしても、どうしていつもは2万点のリードさえ守りきれないのに、今日に限って3万点近くを荒稼ぎしてしまうのか……

 岩館さんに怨み言の一つでも言ってやりたくなる。

 

 気分があまり優れない旨を、中堅戦の終了時に監督には伝えておいた。しかし、こうなってしまっては、私が登板するしかないだろう。

 私と明日先鋒予定の弘世さんを除くと、ベンチには亦野さんと小走さんがいる。亦野さんに大将を任せるのは、少し荷が重そうなので、これは仕方がない。

 そこまで考えた時、調整ルームのドアが控えめな音をたてて開いた。

 

「宮永、大将戦いけそうか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 不安そうに問いかけた愛宕監督は、私の返事を聞くと安心したように笑った。

 

「それは良かった。後ろには誠子もいるし、気負わずにいってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 眼鏡を拭きながら愛宕監督は、そう軽口を叩いた。

 監督は口ではそう言っているが、私が負けるとは欠片も思っていないだろう。亦野さんを今日は休養日にして、牌を触らせないようにしようと算段しているはずだ。

 いつもなら、なんでもないような言葉にプレッシャーを感じてしまうあたり、今日は本当に駄目なのだろう。

 

 牌周りは悪くないのに、振り込むイメージしかない。

 

 それから、スコアラーさんと二言、三言ほど話してからリリーフカーに乗り込んで、試合会場へと向かった。

 

❇︎

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第1半荘 東1局

横浜 宮永 咲   121,300

佐久 高鴨 穏乃  112,300

大宮 福路 美穂子 106,600

神戸 二条 泉   54,800

 

「宮永さん、お久しぶりです。よろしくお願いします」

 

「ええ、こちらこそ……」

 

 試合前に、福路さんと軽く挨拶を交わしてから、各選手に一礼して卓についた。

 得点差こそ1万点差だが、面子がなかなか厳しい。

 福路さんは、長野時代からかなり上手で相手をするのに気を使う技巧派の選手だし、神戸の二条さんも、花田さんと対戦した時の牌譜は洗練されていて、高い実力を持っているように感じた。神戸とは点差があるので、それほど脅威にはならないだろうが、対戦経験のない選手はあまり得意ではない。

 

 そして、高鴨穏乃。

 

 快活そうな栗色のショートカットの高鴨さんを眺め下ろす。

 彼女には絶対に負けたくない。その感情が自分を縛る枷となり、牙を剥くことは自覚していても、抑えることは出来なかった。

 大きいため息をついてから、サイコロが回るのを眺めていると、自動卓から配牌が上がってきた。

 

 配牌は悪くない。

 早めの和了が欲しい。このまま、早めに仕掛けをいれていこう。火力は今でなくても良い。

 鳴きを入れて断么九の形をつくったが、福路さんに先に和了されてしまった。

 東一局でチャンスを逃してしまったからなのか、そこから急に牌回りが悪くなった。

 

 東2局、東3局と続けて四向聴の配牌。

 

 早い巡目で二条さんのリーチが入ったので、そのまま現物をあわせる。この手牌では戦えない。

 流れの悪さに焦りを覚えながらも、いつものペースで牌を切っていく。出来るだけ一定にすることで、調子の悪さを同卓者に悟られないようにしなくちゃいけないし、リズムの悪さからくる失点は避けたい。

 

ツモ! 1000、2000!

 

 二条さんの手牌が開けられる。裏も乗らず結果的に安く済んだ。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第1半荘 東4局

横浜 宮永 咲   118,500

佐久 高鴨 穏乃  111,700

大宮 福路 美穂子 109,300

神戸 二条 泉   55,500

 

 やっと回ってきた親番だが、この僅差で親被りを貰うと逆転もあり得る。

 配牌が良かったので面前のまま、索子に染めて一向聴まできた。

 

 この大きい手は何としても和了したい。

 

 今日負けてしまうと、和ちゃんが自分と会ったから、麻雀が崩れたと考えてしまうかもしれない。事実だけど……和ちゃんには、そう考えてもらいたくなかった。

 対面の二条さんから僅かに聴牌気配がするので、二条さんの河の七萬にあわせて四萬を切り出す。

 

ロン 8000です

 

 福路さんの綺麗な事務的な声が聞こえてきて、さっと血の気がひいた。

 

 なぜ気がつかなかったのか?

 

 天井がゆらゆらと揺れている。

 点棒を受け渡す際に、自分の手が震えているのを見て私はタイムアウトを申告した。

 椅子に深く腰掛けてため息をつくと、その様子をじっと福路さんに観察された。

 あはは……こんなしょげてるところ、そんなに見ないで欲しいなぁ。

 

 もう動揺が、他家に悟られているのは、仕方がない。

 ゆっくりと目を閉じて心を落ち着かせる。

 まだ、負けたわけじゃない。岩館さんには悪いが、逆転されて追う側になったことでとれる選択肢も増えた。

 

 目を開けると視界の隅に監督と岩館さんがチラチラと映り込んできたので、椅子から立ち上がって歩み寄る。

 

「なんでしょうか?」

 

「いや、特になにもないが、間をとりにきたんだ」

 

 そう言って愛宕監督は、メガネを外してメガネ拭きで拭いた。

 なにもないなら出てこないで欲しい。そう思ったが、監督なりに気を遣っているのだろう。

 私は岩館さんの方に向き直って、小さく頭を下げた。

 

「すみませんでした、せっかくの勝ち星だったのに」

 

「いやいや、そんなことはどうでも良いんだけどさァ」

 

 岩館さんは私の謝罪を気にするでもなく、後ろに回り込んできて、私の肩を揉んだ。

 

「な、なんですか……いきなり……」

 

「いやー肩凝ってそうだなーと思って」

 

「え?」

 

「そんな背負いこんでたら、肩凝っちゃうだろ。負けても良いんだよ、負けても! 咲と違って私なんていつも負けてるし」

 

 自信満々に岩館さんはそう言った。

 言っていることは滅茶苦茶だが、その姿がとても眩しく見える。

 

「プロ麻雀ですし、負けたらだめでしょう?」

 

「いやーたしかにそうなんだけどさァ。負けちゃうこともあるじゃん? 私も負けた後は人並みに落ち込むし、一人で泣くこともあるよ? もう、終わりだあああって」

 

 それは知っている。

 岩館さんは飄々としているが、チームの誰よりも責任感が強い。

 

「でも、そうじゃないんだ。挫けてもまた、立ち上がればいいんだよ。そう思えない精神状態がおかしいんだ。何度だってやり直せば良いんだから。背負う必要なんてない」

 

 私は岩館さんのように、麻雀には向き合えない。

 

 麻雀は勝負事で、勝ち負けが全て。

 

 この考えを変えるつもりはない。

 でも、少しだけ気持ちが楽になった。

 

「ありがとうございます。良い言葉ですね」

 

 岩館さんの肩を揉む手が離れたので、向き直り丁寧にお辞儀をしてお礼を言った。

 

「あ、コイツおちょくってやがるな」

 

「おちょくってないですよ!?」

 

 岩館さんは笑って私の肩をポンポンと2回ほど叩いてから、監督と一緒にベンチに戻っていった。

 だいぶ気持ちも落ち着いた。

 

 雀卓について、タイムアウトの終了のブザーを聞く。

 もう、手の震えは止まっている。

 

 何度だってやり直せば良い。

 

 岩館さんのその言葉に勇気を貰った。

 森林限界を超えた高い山の上。そこに花が咲くこともある。

 

 私もその花のように——強く。

 



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第102話 園城寺怜と散乱する破片

「ううっ……どうしたらええんや……」

 

 リビングのローテーブルの前で、怜は途方に暮れていた。

 

 コーヒーの入ったマグカップを割ってしまったのである。

 

 当たりどころが悪かったのか、マグカップの一部が細かく砕け散ってしまった。白い磁器の破片が雪のように床に散乱している。

 

「この破片取り除かへんと、のんびりソファーでテレビも見れへんやん」

 

 いつも頼りになる竜華は遠征中で、不在にしており、怜が自分でなんとかするしかなさそうである。

 破片だけでなく、ソファーにかかったカフェオレも拭き取らなくてはいけないことに思い至り、怜はさらに愕然とした。

 

「早くしないと、タイムアウト終わってまうし……」

 

 このような事態を想定して、竜華は自分の遠征中には陶磁器の食器ではなく、プラスチックの食器を使うことを提案していた。

 しかし、怜がプラスチックは趣がなくて美味しく食べられないと言って拒否したためこのような惨事が発生した次第である。

 

「うーん……竜華にバレると、今後はプラスチックとか言われてしまいそうやな」

 

 プラスチックの食器は色々とトラウマがあるため、出来れば使いたくはない。

 怜は床にしゃがみこんで、そーっと素手で大きなマグカップ破片を掴んで、ローテーブルの上に置いた。

 

『割れた食器触ったらあかんで! 怪我でもしたら大変やから! うちが帰ってくるまでそのままにしててや! わかった?』

 

 怜の心の中のリトル竜華がそう訴えかけてきたので、怜は足元に気をつけながらダイニングテーブルのほうまで退避した。

 ここで怪我をしてしまうと、竜華が過保護モードになって、後々地獄を見そうという直感が怜にはあった。

 

「しゃ、しゃーない。ダイニングでプロ麻雀中継は見ればええわ!」

 

 ダイニングに移動して、テレビの電源をつけると大きく苦境に立たされている宮永さんが卓に戻り着席する姿が映し出されていた。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第1半荘 南1局

大宮 福路 美穂子 117,300

佐久 高鴨 穏乃  111,700

横浜 宮永 咲   110,500

神戸 二条 泉   55,500

 

 福路さんが宮永さんから直撃和了を奪い逆転。試合は最高の盛り上がりを見せている。

 

「あーもう、はじまるやん! 片付けるの無理やしこっちで見ればええわ!」

 

 そう言った怜だったが、お気に入りソファーにかかったカフェオレの存在だけは、気にかかったので、拭いておいたほうが良いだろうと思った。

 しかし、床に破片が散乱してソファーの近くまで行けない。

 

 怜は着ていた二条泉の名前が刺繍されたチームジャンパーを放り投げて、カフェオレの上に被せた。

 

 拭き取ることはできないが、やらないよりはマシだろう。近くにタオルがなかったので、仕方のない措置である。

 事故対応も終わったので、怜は安心してダイニングテーブルに着いて、プロ麻雀観戦に戻る。

 ちょうど配牌が終わったところだ。

 

「タイムアウトとっても、あんまり牌の流れ変わらへんなあ。宮永さんの配牌よくあらへんし……福路さんが和了しそうやな」

 

 宮永さんは逆転されてもあまり動揺しているようには見えないが、流石に運がなさすぎる。

 

ツモ 700、1300です

 

 怜の予想通り福路さんが安手をさっと和了して、流れをたしかなものにしてきた。

 

「やっぱり流れは福路さんやな。高鴨さんおるのが宮永さんが不振の原因やろ。東場は精神的にもだいぶ揺れとったし」

 

 怜はダイニングの上に置いてあったタブレットを起動して、掲示板を開いた。

 

【波乱】プロ麻雀トップリーグ実況 268

250名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok00rmjz

ああああああああああああああああああああああああああああ

 

269名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

やっぱ福路さん強いわあ

泉も少しは頑張れや

 

276名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmaz

宮永焼き鳥……

 

290名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

一万点差で勝ったと思ってるハメカスwww

 

296名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:hea60rma

福路強すぎて草

おまえ、そんな上手かったんか

 

311名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi9mrza

ハメカス哀れやなぁ^^

うちの清水谷が、セーブ失敗0の神雀士ですまんな

 

326名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak0mrza

>>264

今年いつ登板したんですかね……

 

342名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi9mrza

>>326

3週間前や!!!

 

371名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6ijcj

>>342

やばすぎて草

 

383名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rm3g

>>342

暗黒すぎるwwww

 

391名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi0gam6r

今日は、ウィッシュアートだからいけると思った()

 

401名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaz

>>391

ウィッシュアートそのものは強かったよ

なお、のよりん

 

420名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi3imai

すまん、この雀団応援する必要あるか(^◇^;)

・最下位独走中

・先鋒ローテーション壊滅

・3億8000万の謎外人

・のよりん劣化

・椿野二軍落ち、加治木故障

・ぐう畜パワハラネキ

・ドラフト1位、二条泉

・守備が良ければ許される火力と、火力があれば許される守備が売りの片岡

・銘苅行方不明

 

434名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi0imcm

>>420

もう終わりやね

 

434名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emirmj3

>>420

清水谷竜華と二条泉の千里山コンビを信じろ

 

454名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

>> 434

ドラフトで園城寺怜ちゃんが神戸に来てくれるという風潮

 

470名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:emi0mrwa

>>454

絶対、競合になるし

うちは引き当てられないんだよなあ

 

479名前:名無し:20XX/4/16(金)

ななしの雀士の住民 ID:yok0rm0im

(*^◯^*)宮永で逆転されても岩館でポジれるんだ!

 

「うーん……かなりジリジリした展開やなぁ」

 

 第二半荘が始まっても、試合に大きな変化はなく、依然として大宮の福路さんがトップである。

 逆転されても宮永さんはじっくりと守備的な闘牌をしており、特に大きな動きがない高鴨さんも不気味だ。

 

「福路さん、点差広げてるけど主導権とれなくて結構イライラしてそうやなぁ」

 

 福路さんは腰が低く女性的な雰囲気だが、実際に卓を囲んでみると、かなり積極的に自分のペースに持ち込もうとしてくるタイプだ。

 

「絶対わがままやな、福路さんは……というか泉はなにしてんねん! そんなお行儀よく麻雀しててもしゃーないやろ!」

 

 ノープレッシャーで平和にのほほんと麻雀をしている泉の闘牌を見て、怜は頭を抱えた。

 勝とうという意志が全く感じられず、なんとなくお茶を濁して、次に先鋒登板した時に頑張ればいいやという考えが透けて見える。

 テレビ越しに見ている怜ですら、そう感じるのだから、ベンチにいる竜華には絶対に伝わる。

 

「これは、後で絶対怒られるやろなぁ……」

 

 試合後、竜華から詰められるとはつゆ知らず、へらへら麻雀をしている泉に少し哀れみを含んだ目線を怜は送った。

 しかし、よくよく考えてみると泉が全部悪いし、同情の余地も一切ないことに思い至り、怜は泉のことを考えるのをやめた。

 第二半荘も南入して、やっと宮永さんの牌周りが良くなってきた。福路さんは、二副露の形を作っているが間に合いそうにない。

 

嶺上開花ツモ、2000、4000

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第2半荘 南2局

大宮 福路 美穂子 126,000

佐久 高鴨 穏乃  112,300

横浜 宮永 咲   108,400

神戸 二条 泉   53,300

 

『ここで、宮永プロにはじめての和了が来ました! 嶺上開花です!!!』

 

 三科アナの力のこもった実況が響く。

 宮永さんが四索をカンして、両面待ちを埋めた綺麗な形で和了した時、高鴨さんの表情が少し動揺したのを怜は見逃さなかった。

 彼女と宮永さんとの間で、場の支配に関するなんらかのやりとりがあったのだろうと、怜は推測した。

 

「まあ、うちにはそれがどんな取り決めなのか全くわからへんのやけどな」

 

 高鴨さんの支配の力が衰えているのだとしたら、宮永さんの嶺上開花も狙いやすくなるのだろうか?

 なんにせよ、流れは変わった。

 

 続く、南2局の宮永さんの配牌も良い。

 

リーチ

 

 特に凝った手作りをすることもなく、宮永さんはリーチをかけた。

 3、6萬の両面待ち。

 わかりやすく強い形だ。

 

 宮永さんの和了を阻止するために、福路さんが積極的に鳴いていって聴牌したものの三萬を掴んでしまった。

 福路さんの手が止まる。

 

「ここでそれツモってくるのほんまに運がないなぁ……切らへんのは流石やけど」

 

 福路さんは、宮永さんの捨てた九筒を合わせて一度受けに回った。

 回し打ちにして、三萬は抱えたまま狙いにいこうという魂胆だろう。

 しかし、その速度では絶対に間に合わない。

 

ツモ 1600、3200

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第2半荘 南3局

大宮 福路 美穂子 124,400

横浜 宮永 咲   114,800

佐久 高鴨 穏乃  110,700

神戸 二条 泉   50,100

 

 福路さんの親番。

 配牌から、流れは完全に宮永さんにあるのがわかった。

 それでも食い下がろうと、高鴨さんが福路さんの捨てた中を鳴いて形を作る。

 

リーチ

 

 そんな努力を嘲笑うかのように、またもさっと手を組み終えた宮永さんから、リーチ宣言が入る。

 福路さんの手が止まる。

 かなり迷った末に、福路さんは六筒を切り出した。

 

ロン 3900です

 

 高鴨さんの感情を抑えた発声が聞こえてきた。

 

「あーそれわかるんすごいなぁ……やっぱ福路さん強いなぁ」

 

 福路さんが高鴨さんに差し込むかどうか悩んでいたのは、当たり牌は予測できたが点数がわからなかったのだろう。

 福路さんが、トップに立ったまま入ったオーラス。親番は宮永さん。

 高鴨さんの和了でまた流れが変わるかと思ったが、勝負は呆気なくついた。

 4巡目に良形リーチをかけた宮永さんは、そのまま一発ツモを引き当てた。

 

 リーツモ三色に一発もついて満貫。

 

 宮永さんが手牌を倒した時に、福路さんが鬼のような形相で、右手を卓に叩きつけたのが印象的だった。

 そしてそのまま俯いた福路さんを、無表情で宮永さんは眺めやる。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

〜終局〜

横浜 宮永 咲   126,800

大宮 福路 美穂子 116,500

佐久 高鴨 穏乃  110,600

神戸 二条 泉   46,100

 

「怖……でも、福路さんこれは悔しいやろなぁ……」

 

 試合のはじめから最後まで、福路さんずっと工夫に工夫を重ねてきた。その結果が、配牌に恵まれただけのなんでもない立直に潰されての敗北である。

 その気持ちは、怜にも痛いほどわかる。

 

「まあでも、その理不尽さも麻雀か」

 

 最善の努力を重ねた福路さんと、不調ながらもじっと耐えてチャンスを待ち、それが報われた宮永さん。

 

「なかなかええ試合やったなぁ」

 

 怜は満足して椅子から立ち上がって、リビングの方を眺めやった。

 ソファーの上に脱ぎ捨てられたチームジャンパーと、フローリングにバラバラのマグカップが散らばっている。

 

「……なかなかええ試合やったなぁ」

 



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第103話 フルーツタルトとマグカップ

「あのー……一応清水谷先輩に言っておいたほうがええんやないですか?」

 

「え……ええやん、ええやん言わなくても! 別に怪我とかしてへんし!」

 

 昼下がりの午後。

 掃除機で割れたマグカップの破片を吸い終えたふなQが、竜華に連絡しようとするのを必死に止めようとする哀れな女がいた。

 

 園城寺怜、24歳。

 人より少しだけ生活力のない、女児力抜群の癒され系女子である。

 

「別に言っても、清水谷先輩が園城寺先輩に怒ったりとかしないと思いますけど?」

 

「せ、せやろか……でも、余計な心配かけさせたくないし」

 

 ふなQの予測は正しいことは、怜も理解している。

 怒られることは、絶対にないだろう。

 しかし、遠征に行っていたことを謝られた上で、優しく怪我がないかどうかを詰問され、プラスチック製の食器以外使用禁止にされる未来は、容易に想像することができた。

 

「とりあえず、持ってきてくれたフルーツタルト食べたいで!」

 

 スマートフォンに手をかけているふなQに、怜は話題を逸らすためにそう提案した。

 

「コーヒーより、紅茶のほうがええですよね?」

 

「せやなー」

 

 怜の答えを聞いて一度メガネを上に上げてからふなQは、キッチンの方に歩いていった。

 怜はふなQが持ってきてくれた紙袋から、フルーツタルトを取り出してダイニングテーブルの上に広げた。

 一見すると、配膳を手伝っている殊勝な心がけのようにも見えるが、実際には怜がはやくタルトを眺めたいから、やっているだけである。

 

 まんまるのタルトの上で、色とりどりの果物が、宝石箱のように輝いている。

 

「なかなか、ええ感じやんな。うん」

 

 こういう目で楽しめるお菓子は、なかなか趣きがあって良い。

 赤土さんもこの前自宅に遊びにきた時に、買ってきてくれたし、密かに流行になっていたりするのだろうかと怜は思った。

 

 キッチンから戻ってきたふなQが、ダイニングテーブルに置かれたティーカップに、紅茶を注ぐ。

 ふわりとたちのぼるダージリンの爽やかな香りに包まれながら、園城寺怜はお皿の上のフルーツタルトを凝視していた。

 

「あ、紅茶春摘みのやつにしたんやな」

 

「よく匂いだけでわかりましたね……良くなかったでしょうか?」

 

「いや、ええと思うで」

 

 生クリームを使ったショートケーキなら、お菓子に負けない力強い味わいの紅茶が、好まれるのかもしれないが、フルーツタルトだとさっぱりとした口当たりの紅茶とも相性が良いだろうと怜は思った。

 

「そら、よかったです。あ、切ってもええですか?」

 

「サンキューや。たのむで」

 

 ふなQは刃渡りの長いシェフナイフでタルトを8等分に切り分けて、わくわくしながら待っている怜のお皿の上に置いた。

 

「おー上手やん。さすがふなQや!」

 

 怜はそう言いながら、フルーツタルトに舌鼓をうつ。生クリームよりもなんとなく健康に良さそうな味がするが、実際に健康に良いのかは謎である。

 怜が一粒ずつフルーツをフォークでさして食べているのを、紅茶を飲みながら眺めていたふなQが、ティーカップから口を離して言った。

 

「先輩はプロどこのチームに行くとかって、決められたんでしょうか?」

 

「んーまだ、全然やなー。いくつか話は貰っとるんやけど」

 

「あ、それでしたら……」

 

 ふなQは、カバンの中からミチミチに膨れ上がった封筒を取り出して、テーブルの上に置いた。

 詰め込みすぎているので、封筒の封入口が切れないか不安になる。

 

「あ、サンキューや。そこ置いといてや」

 

 フルーツタルトを食べるのに忙しかったので、怜はふなQに雑に返事をした。

 

「か、完全に貰い慣れてる反応ですね……」

 

「そういうふなQも渡し慣れてるやん」

 

「私は職員ですし……でも、ここまで分厚いのは、初めて渡しましたよ」

 

 頭を中指で掻きながら、ふなQはそう言った。

 

「神戸はウィッシュアートとったから、あんまりお金なかったんちゃうん?」

 

「こういうのって、スポンサーから直で出とるのもあったりで、職員でもいくら使えるのか把握してないんです。まあ、結果的に自由に使えるんでええんですけど」

 

 しれっとふなQはコンプライアンス的に問題がありそうなことを言ってから、言葉を続けた。

 

「うちには清水谷先輩もいますし、泉もおりますし……園城寺先輩が一番安心して麻雀できる環境があると思うんです」

 

 たしかにふなQが言うように、竜華と一緒なら生活に困ることもないし、それなりにのんびりした麻雀人生を送ることが、できそうである。

 なにより、竜華と一緒に居たいから同じチームが良いと言って、竜華のご機嫌を損ねることはあまりないように思える。

 そこまで考えてから、怜はフルーツタルトの上に乗ったキウイに、フォークを突き刺して言った。

 

「たしかに、竜華おると安心できるな」

 

「それなら、是非是非!」

 

「でも、今の神戸クソザコやしなぁ……」

 

「そ、それは言わない約束でっしゃろ! プロとして考えたら、競争が激しくないほうがええやないですか?」

 

「まぁ……そうやけど」

 

 漠然とだが、強いチームに行きたいという願望が怜にはあった。

 恵比寿、もしくは松山。

 姉帯さんや天江さんと麻雀を楽しめる松山の環境には、心を動かされるものがあった。

 

「それに、江口先輩が今年FAしたら獲ろうって画策しとるんですよ。もちろん江口先輩が権利行使するとは限らへんですし、確定ではありまへんけど……」

 

「千里山メンバー勢揃いで神戸で優勝目指すっていうのも、おもんないですか? 私だけプレイヤーとしてやのうて、裏方からなのは残念ですけど、精一杯支えさせて貰います」

 

「せやなぁ……それも、なかなか楽しそうや」

 

 ふなQの話を聞いているとたしかに、わくわくしてくるものはあった。

 しかし、千里山女子高校での絆は高校時代に輝いていれば良いのであって、プロになってからも同じチームで優勝目指すのは、なんとなく腑に落ちないところがある。

 

 思い出は思い出のままに。

 

 軽く目を閉じてから、怜は言った。

 

「結果的に同じチームになることもあるかもしれへんけど、それはもうええねん」

 

 怜がはっきりそう言うと、ふなQは少しびっくりしたような顔をした。

 

「もう、ええというのは……?」

 

「千里山は高校インターハイ団体で5位、個人で1位をとった。その一瞬の輝きを誇りに思って……夢の続きはないんや」

 

 怜が言い終わると、喉が乾いたのでティーカップに口をつける。

 春摘みダージリンの爽やかな香りが鼻に抜けてから、少し冷めた紅茶の渋みが舌に残った。

 

「私は、私自身のために麻雀をする」

 

 はっきりとそう言い切って、怜は気持ちが少し楽になった。

 チームメイトはいらない。

 麻雀と対戦相手だけあればいい。

 

「……泉に聞かせてやりたいくらいですわぁ」

 

 眉間に皺を寄せて、ふなQは眼鏡の位置を整えた。

 泉の名前が出てきたので、一応ふなQに聞いておこうと怜は思った。

 

「ふなQ、昨日の試合見とった?」

 

「ええ、一応。泉もでてましたし」

 

「昨日のアレ、竜華怒ったりせーへんの?」

 

「昨日の?」

 

 不思議な顔をしたふなQを見て怜は、ふなQに言っても仕方がないことを察した。

 軽くため息をついてから、怜は空になったティーカップのハンドルを白い指で弄びながら言った。

 

「おまえの牌譜全部見とるぞって、泉に伝えておいてや」

 



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第104話 姉帯さんと時代の潮流

「あ、ありがとう竜華。これ、大事に使わせてもらうな」

 

 竜華が買ってきてくれた、ポップな水玉模様のプラスチックマグカップを両手に持って怜は半泣きになりながら、そうお礼を言った。

 

「うちが家にいない時はこれ使ってな。危ないことがあった時は、遠征中でもうちにすぐ連絡してくれればええからね」

 

「うん」

 

 あれだけ言わないように念押ししたにも関わらず、ふなQから普通に竜華に連絡されてしまい。無事、プラスチックの食器への変更を言い渡された次第である。

 あっという間に、自分の『くおりてぃーおぶらいふ』を滅茶苦茶にされてしまい、怜はふなQに怒る気力も消え失せていた。

 竜華に貰ったプラスチックマグカップをローテーブルの上に置いて、パジャマ姿のまま竜華の太ももに頭を預ける。

 

「ふふっ、甘えん坊さんやなぁ」

 

 髪を優しく撫でてくれる竜華に恨み言を言いたくなるのを抑えこんで、怜はテレビのリモコンをとってテレビの電源をつけて、プロ麻雀中継に番組をあわせた。

 画面の中に、藍色の和服を着た三尋木さんの姿が映し出される。

 

「三尋木さん、だいぶ老けたやんな」

 

「ときー失礼なこと言ったらあかんで」

 

 呼吸をするように、無礼なことを言う怜のことを竜華が軽く嗜める。

 地味な和服を着ていることもあって、目元のシワやくすみが気になる。昔のように華やかな赤系の着物を着れば良いのになと怜は思った。

 

「三尋木さんって今年30?」

 

「んーFAしてから時間たっとるし、もう少しいってそうやな」

 

 赤土さんが今年で33になるというから、おそらくそのくらいだろう。三尋木さんと赤土さんは同じくらいだったはずだ。

 怜が高校生の頃は若手雀士の筆頭で名人位まで獲得した三尋木プロが、ベテランの域に入っている。時代の流れは早い。

 

「瑞原さんはとっくに引退しとるし……野依さんと、赤土さんくらいやなあ」

 

 怜がそう呟くと、帽子を被った姉帯さんが画面外からすーっと妖怪のように登場した。

 カメラが切り変わるが体が大きすぎて、おでこから上が見切れている。

 

「お、姉帯さんもでとるやん!」

 

 よろこぶ怜とは対照的に、竜華の表情が曇る。

 

「ん、どうしたんや?」

 

「いや、姉帯さんと対戦したことってあんまり無いんやけど。個人戦頑張るなら、研究せなあかんなぁって」

 

 竜華がじっと姉帯さんのことを眺めやっているのを、怜は下から覗き込んでからまたテレビの方に向き直った。

 

プロ麻雀トップリーグ 大将戦

第1半荘 東1局

松山  姉帯 豊音 143,700

恵比寿 三尋木 咏 116,700

大宮  渋谷 尭深 86700

佐久  上埜 久  52,900

 

姉帯 豊音  昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 3位

宮守→松山

3勝3敗30S

昨年度は最多セーブを獲得した松山の守護神。高い身長から繰り出される角度のある闘牌で、チームの連続優勝を狙う。

 

三尋木 咏   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 4位

妙香寺→横浜→恵比寿

10勝3敗11H

日本を代表する高火力雀士。昨年度はポイントゲッターだけでなく中継ぎでも存在感を示した。無冠に終わった悔しさを今季ぶつけられるか。

 

渋谷 尭深   昨年度成績

ドラフト4位  個人戦順位 56位

白糸台→大宮

3勝1敗1H

大宮2枚目のポイントゲッターにして、大星淡の高校時代の先輩。流れを掴んだ際の役満和了が売りの高火力雀士。

 

上埜 久    昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 25位

清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→

佐久

10勝5敗0H

新人王を獲得した佐久のポイントゲッター。

可愛いらしいお団子ヘアが、チャームポイント。

 

 知り合いばかりの面子に、怜の気持ちが少し高鳴る。

 

「姉帯さんだけじゃなくて、久もでとるやん! あと、白糸台の人も」

 

 怜がそう言うと、部屋の空気が凍った。

 

——な、なんかよくわからへんけど……地雷踏んでもうた。

 

 竜華の頭を撫でる手が止まったことに、震え上がりながら、怜は竜華の次の言葉を待った。

 

「久?」

 

「う、上埜さんのことやで……」

 

「ふーん?」

 

 そこまで言われて、怜は、無意識に久のことを下の名前で呼んでいたことに気がついたが時すでに遅しである。

 麻雀の試合が始まったが、あまり頭に入ってこない。姉帯さん対三尋木さんという好カードなので、試合に集中したいのだが部屋の沈黙が辛すぎる。

 断頭台に頭を預けているような錯覚を怜は感じだが、ここで膝枕を中断すると竜華のご機嫌が斜めになる確率が、200%を超える。そのため、大人しく身動きせずに過ごしている次第である。

 

「あ、姉帯さんと三尋木さん相手にするとしたら、どっちが厄介やろか?」

 

「んー姉帯さんかな」

 

 話題を逸らすために、竜華に話しかけた話題も一言で終わらされてしまい、八方塞がりとなってしまった。

 

——だ、誰か助けてや……

 

 怜はそう神様にお願いしてみたが、当然のことながら助けなどこないので諦めて試合をぼーっと眺めていることにした。

 

 三尋木さんが食い下がるも、姉帯さんの支配の力は強力で、全員の手の進みが途方もなく遅い。

 強引に鳴いていった姉帯さんが裸単騎で満貫をツモると、試合の結果が見え始めた。

 牌の流れをコントロールする引き出しの多さによるアドバンテージが大きすぎる。

 特に大きく他家よりも点棒を持った状態での強さが尋常ではない。

 

「ほんまに安定感あるなぁ……高校に対戦した時とはもう別人や」

 

 高校時代やプロ入りすぐの彼女は能力を使いたがるというか、自身の能力に振り回されて麻雀を壊す場面が稀に見受けられたが、今はそれがない。

 年々上手くなっていく姉帯さんの麻雀を見続けてきた怜がそう呟くと、竜華もそれに同意した。

 

「せやなぁ……うちも頑張らへんと」

 

「あれ? 去年は今年で引退とか言うとったのにずいぶん乗る気やん? 嬉しいで」

 

「ほら、怜と麻雀する時に楽しんでもらえへんかったら嫌やし」

 

「そ、そか……」

 

 にっこりと笑う竜華の表情を見ながら、もう少し自分とは離れたところで、麻雀の目標を置いてくれへんやろかと怜は思った。

 

「ときー、今日は何食べたい? 外食ばっかりで飽きてもうたやろ? ごめんな」

 

「せやな、竜華の作ったもの食べたかったわぁ。薬味たくさん揃えて湯豆腐とかええな」

 

「じゃあ、そうしよか」

 

「サンキューや」

 

 少しずつご機嫌が戻ってきた竜華に安堵しながら、怜はテレビ画面を向き直った。

 第一半荘のオーラスは、牌の流れが明らかに早くなり、結果として久が跳満を和了して喜んでいた。

 しかし、どこまで久が自分が利用されていることを自覚しているのかは、怜にはわからなかった。

 

「まあでも、使われてるのわかってたとしても上埜プロとしては、そうするしかあらへんのか」

 

 波風が立たないような試合展開で、着実にアドバンテージを積み上げていく姉帯さんの麻雀を見て、雀聖戦の挑戦者決定戦で当たるとええなぁと怜は思った。

 

 自分の麻雀は、今の彼女に通用するのだろうか?

 

 そう考えただけでも、わくわくが止まらなくなる。竜華のせいで今日の牌譜は前半はよく見れなかったし、タブレットで後で保存しておこうと怜は決めた。

 勝負への準備はいくらだってかけられる。

 

 姉帯さんを倒して、宮永さんと麻雀をする。

 

「うちはやったるで! 絶対姉帯さんに勝つんや!」

 

 挑戦者決定戦で姉帯さんと当たることを勝手に確定させて、園城寺怜は1人テレビの前でパジャマ姿で盛り上がっていた。

 



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第105話 福与恒子の横浜ロードスターズ独占インタビュー 前編

『さあさあさあ!!! やって参りました横浜ロードスターズ本拠地! ベイサイドマリンスタジアム!!!!』

 

『今日のインタビューを務めるのは、ふくよかじゃない福与恒子と——』

 

『すこやかじゃない小鍛治健夜で、お送りいたします』

 

 ハイテンションの福与アナと、必死にそれについていこうとする小鍛治さんの自己紹介がリビングルームに響く。

 平日の夜のゴールデンタイム。プロ麻雀の試合が今日はないこともあり、かなり高い視聴率が出ていることが推測できた。

 

「しかもこれ……小鍛治さんと福与アナの2人しか人件費かかってへんしな。バラエティ番組とか、アホらしくてやってられへんやろ」

 

 怜はプラスチック製のマグカップに入ったカフェオレに口をつけてから、そうつぶやいた。

 人生で一度も働いたことがない専業主婦の身分にも関わらず、テレビ局の懐具合を邪推する。これが園城寺怜の持ち味である。

 

『売店とかもかなり充実してるみたいだね』

 

 スタジアム通路の脇にある大きな売店の前で足を止めて小鍛治さんは言った。

 

『そうだねーせっかくだから、何か買っていこうよ』

 

 福与アナは小鍛治さんの手を引っ張って、売店の中へと連れて行った。

 フローリング調の床の広々とした店内に、選手のレプリカチームジャンパーやメガホンなどの応援グッズが、お洒落な感じに配置されている。

 

「神戸より全然ええやん! パチモンの田舎町のくせに生意気やな」

 

 応援グッズすら売り切れで満足に買えないエミネンシア神戸の小規模なグッズショップと比較して、怜は憤った。

 タブレットを起動して、掲示板にその怒りをぶつける。

 

【こどおば】福与恒子の横浜独占取材 27

106名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

なんで横浜のくせに、ショップが充実してんねん

神戸なんてチームジャンパーすら買えへんぞ

 

115名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi9rmaz

>>106

清水谷、野依、二条、加治木、椿野

このへんの選手のグッズが並んでるの見たことない

 

123名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rmjz

>>115

清水谷のグッズとか作れば作っただけ売れるのになんでたくさん作らへんねん

 

140名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjg

>>123

プレミア感()やぞ

 

146名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi0rmia

>>115

嘘乙

対木さんのグッズはいつでも買えるから

 

160名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjz

魔王のグッズいつ行っても売ってるのは、本当ありがたい

でも、江口とかはないことも多い

 

173名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0rami

>>160

弘世のは?

 

203名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjz

>>173

だいたいあるから大丈夫

でも先鋒登板日は試合開始前3時間前くらいから行かないと厳しい

 

『とりあえずチームタオルだけでも、かけて行こうか。すこやん、どの選手が良い?』

 

『うーん、そうだね……横浜の選手でしょ? 岩館さんかな』

 

横浜ロードスターズ チームタオル

Yuan Iwadate 1500円(税別)

 

 商品名のテロップと同時に、青地に大きな白い星の模様が入ったチームタオルが映し出される。

 

『なんとレプリカではなく、選手が使っているものと全く同じ素材、会社で作られているそうです』

 

『こーこちゃん……すごい棒読みだけど、そういうのってファンの方が一番気にするところだからね……』

 

 横浜のチームタオルを首からかけた小鍛治さんが福与アナにそう苦言を呈した。

 

『それにしてもすこやん。チームタオルすごく似合ってるね。かっこいいよ!』

 

『そ、そうかな……ありがとう』

 

 小鍛治健夜といえば、恵比寿のオレンジのチームタオルのイメージが強いが、青いチームタオルもなかなか悪くない。

 

「たしかに現役時代みたいで、似合っとるな。麻雀に関することならだいたい似合うんやろけど」

 

 福与アナから褒められて、調子に乗ってカメラの前で色々とポージングをしている小鍛治さんを尻目に、福与アナは満面の笑みで、棚に置かれているぬいぐるみをとってきた。

 

横浜ロードスターズ チームマスコット

ぬいぐるみ(中) 4200円(税別)

 

『はい、これ。すこやん、ぬいぐるみ好きでしょ?』

 

『いや……別にそんなことないけど……』

 

 歯切れの悪い返事をする小鍛治さんをイジろうと必死な福与アナは、顔をぬいぐるみで隠して裏声で言った。

 

『どうしてそんな嘘つくの? ぼく知ってるよ毎日ぬいぐるみのクマさんとお話ししてること! タヌキは嫌いなの?』

 

『勝手に変な設定足すのおかしいよね!?』

 

 ぬいぐるみと会話する34歳独身女性という設定を前にして、掲示板が騒つく。

 

『ほら、大宮の原村選手とかぬいぐるみが好きなプレイヤーもいて人気もあるし、すこやんも可愛い路線でいけるかなって』

 

『彼女の場合は、それで麻雀を安定させてるだけな気もするんだけど……というより、原村さんと私じゃあ釣り合わないでしょ』

 

『そんなことないよ! すこやんは大人かわいいし大丈夫』

 

『そ、そうかな』

 

『ほらほら、笑って笑って〜』

 

 福与アナが強引に小鍛治さんのことを持ち上げてぬいぐるみを渡し、放送事故ギリギリの記念撮影をしてから、2人は愛宕監督と会うために、横浜ロードスターズの関係者控え室に向かった。

 

 オフィスのような内装とモニターが映ると、怜はソファーから体を起こして声をあげた。

 

「あ、ここ。この前うちが行ったとこやん!」

 

『愛宕監督、お久しぶりです。取材を受けていただきありがとうございます』

 

『いやいや、小鍛治さんの頼みなら断れませんよ。それにチームの取材を断る理由もありませんし……これでファンの方の足が少しでもスタジアムに向いてくれると良いなと思っています』

 

 席に座って小鍛治さんがちゃんとした挨拶をすると、怜の高校時代の恩師がテレビ画面の全面に映し出される。

 

【生き恥】福与恒子の横浜独占取材 34

693名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0mrza

愛宕監督きたああああああああああああああああああああ

 

701名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmjz

安定の無重力セットwwwwwww

 

721名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebir3ilmg

この監督結局有能なん?

ハメカスの躁鬱が激しいからよくわからん

 

740名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokrimas

>>721

信じられないほどの無能

 

751名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjz

>>721

あの戦力で首位につけてるからすごいと思う

 

767名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokimazg

>>721

保守的な采配しか出来ないのに

奇をてらってガイジムーブかまして炎上するイメージ

 

786名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:matmrzag

>>721

選手を見る目は確か

 

791名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokogazi

>>786

贔屓采配ほんとやめろ

あれで見る目は確かとか、おまえ頭愛宕雅枝か?

 

801名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokdrmag

今、首位やし

監督を引き受けてくれただけでも、感謝しとるで

 

『今、一番強いチームと言っても過言ではない横浜ロードスターズですが、昨年度は最下位。一気に飛躍した年となりました。その要因はなんでしょうか?』

 

 福与アナが少し落ち着いた声でそう尋ねながら、愛宕監督にマイクを向ける。

 

『選手がレベルアップしていることでしょう。揺杏をはじめとして、一人一人の個の力が昨年に比べて向上していますから』

 

『たしかに、先鋒ローテーションも中継ぎ陣も昨年と大きな変更はありませんね」

 

『補強ではなく選手の地力が上がってきて勝てるようになってきた、ここがうちの強みだと思ってます』

 

 小鍛治さんが淹れたお茶を飲みながら、愛宕監督は、自信満々といった雰囲気でそう言った。

 

【愛宕まじっく】福与恒子の横浜独占取材 36

269名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmag

それって

愛宕監督自身は、何もしてないということなのでは(^◇^;)

 

296名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:mat6rmaw

>>269

選手を信じる名将やぞ^^

 

313名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3gmgw

>>269

むしろなんもしないで、欲しいんだよなあ

定期的に愛宕まじっく()見せようとするの草も生えない

 

320名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

実際、勝ってるんだからそれでええやんけ

 

330名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0mt3g

ようやっとる

でも愛宕じゃなくて、アレクだったらもっと勝ててるんやろなぁ……

 

『即戦力の亦野さんの獲得と岩館さんの成長で勝ちパターンが、確立してきた印象があります。抑えには宮永プロという絶対的な守護神がいますし』

 

 小鍛治さんが、今の横浜ロードスターズのチーム状況を的確についた発言をする。

 

『揺杏も亦野も勝ちパターンですが、競争に勝たなくては、ならないという自覚を持ってもらいたいですね、悪ければ容赦なく落とす。そうした非情さも指揮官には求められていますから』

 

「…………せやろか?」

 

 非情さの重要性を語る愛宕監督に、怜はツッコミをいれる。

 愛宕監督は気に入った選手ならいくら炎上してもすぐに許して、チャンスを与え続けるタイプの監督で、高校時代から振り返ってみても、そこに非情を見せたことなど一度もない。

 中牟田さんではなく、泉をレギュラーにしたことを監督本人は非情の采配だと思っているのかもしれないが、怜や他の部員の目からみても、明らかに泉の方が上手でセンスもあった。

 

「そもそも……あれだけ炎上しまくった一年目の弘世さん使い続けた時点で、非情さとかカケラもないやん」

 

678名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

いうほど、愛宕監督に非情さあるやろか?

 

694名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi6iawj

>>678

愛人以外には冷たいぞ

 

701名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi0g0im

???「弘世を使うのは次が最後、次の登板で結果を残せなければハズす」

???「勝てなかったが、内容に光るものはあった。次の登板に期待」

???「なにも言うことはない。本人も結果を出さなければ、次はないとわかっているはず」

???「結果は伴わなかったが、内容は悪くなかった。しかしプロは結果の世界。次の登板、最後のチャンスを掴んで欲しい」

???「弘世は顔が良いし、麻雀に華がある。次の登板では、結果でファンの期待に応えられる麻雀が出来るはず」

 

710名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwaz

>>701

何回最後のチャンスあんねんwwwwww

 

723名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak6d3ima

>>701

これすき

 

736名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yokimjga

>>701

弘世使うのは、ほんまのほんまに最後や!!!(4回目)

 

 掲示板でも自分と同じ意見の人ばかりで、怜は少し安心する。むしろよくこれだけ我慢して使えるものだと感心するレベルである。

 

『愛宕監督の元で大きく成長する選手が多く、育成力には定評がありますが、特殊なメソッドでもあるのでしょうか?』

 

『いえ……私は何もしていませんし、選手の努力のおかげですよ。でもあるとすれば……常にトップを目指せと、選手には常に語っています』

 

 小鍛治さんの問いかけに、はっきりと愛宕監督はそう言った。

 

『良い言葉ですね。麻雀はトップにならないと……』

 

801名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmaz

いうほど、雅枝ちゃんに育成力あるか?  

 

831名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:mat9iamg

>>801

あるやろ

 

850名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi0rma0

愛宕監督が育てたプロ雀士一覧

愛宕洋榎、愛宕絹恵、清水谷竜華、

藤白七実、園城寺怜、弘世菫、

岩館揺杏、宮永咲、亦野誠子、

江口セーラ、服部叶絵

 

863名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0rmaz

>>850

すごい

 

872名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebimrwj3

>>850

凄すぎて笑う

 

880名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0riam

>>850

【朗報】愛宕監督、無能おばさんではなかった

 

900名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:mat6ladg

>>850

しれっと怜ちゃんいるやんけ

 

912名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok6rmaz

いうほど宮永とか亦野のこと育ててるか?

 

930名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6almg

>>912

宮永には、スマホの使い方以外教えたことないって監督本人が言ってた

 

960名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0gagm

>>930

むしろなんで宮永はスマホ使えへんねん

普通逆やろwwwwwww

 

「常にトップを目指せ! やっぱ千里山のこの言葉はええなぁ」

 

 久しぶりにその言葉を聞いて、少しだけ怜のテンションが上がる。

 

『愛宕監督、本日はありがとうございました。それじゃあ次は、注目選手のインタビューに行ってみようかあ!!!』

 

 愛宕監督からひとしきり話を聞き終えた、福与アナと小鍛治さんの一行。

 福与アナの司会に合わせて画面が切り替わり、横浜ロードスターズの中心選手のインタビューへと進行していく運びとなった。

 



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第106話 福与恒子の横浜ロードスターズ独占インタビュー 後編

 みどりの黒髪に、すらりとした長身の芸能人顔負けの容姿を持つ女性。

 今季の横浜ロードスターズの勝ち頭である先鋒、弘世菫がテレビ画面に映ると掲示板が騒ついた。

 

『弘世さん、今日はインタビューを受けてくれてありがとうございます』

 

『いえ、こちらこそ。わざわざスタジアムまで足を運んでいただき、ありがとうございます』

 

【夢の対談】福与恒子の横浜独占取材 41

21名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rmjz

横浜ロードスターズの中心選手(大嘘)

 

103名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmaz

宮永じゃなくて弘世で草

 

186名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0k3rg

弘世様うつくしい

 

263名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rjdi

横浜の水差し野郎と茨城のこどおば

夢の対談wwwwwwwwww

 

311名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

なんで弘世さんやねんwww

 

394名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3imjz

恵才糞麻

 

482名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rjam

麻雀の上手い女優さんきたあああああああああああああああああ

 

 インタビュー室に入ってきた弘世さんと小鍛治さんの間で、どちらが上座に座るか壮絶な譲り合いが繰り広げられている様子がノーカットで映し出される。

 

「この描写一切必要ないやろ……カットしろや」

 

 ソファーに寝転んだまま、怜はそう呟いた。福与アナが出演する番組はこうした演出が多い。リアリティー感があると視聴者からは好評な様だが、明らかに必要ないと怜は思う。

 結局、弘世さんが上座について、小鍛治さんが下座で女子力アピールのために、お茶を淹れる様子を背筋をピンと伸ばして眺めている。

 

『はい、どうぞ♡』

 

『ありがとうございます』

 

 母性あふれる小鍛治さんの笑顔から若干目を逸らしながら、弘世さんはティーカップを受け取り、軽く目を閉じて口をつけた。

 

869名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rw1i

一丁前にこどおば顔赤らめてて草

おまえにチャンスとか1mmもあらへんぞ

 

921名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi3rwcc

容姿端麗、恵まれた才能、文武両道

すまん、この選手に欠点あるか(^◇^;)

 

940名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwjz

>>921

おもちが足りない

 

981名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rjgm

>>921

麻雀のリズムが悪い

 

 福与アナの挨拶もひとしきり終わって、弘世さんのプロ入り後の成績が表示される。福与アナが質問を読み上げて、弘世さんが回答するという形でインタビューが始まった。

 

年度別成績比較

弘世 菫    一年目成績

ドラフト2位  個人戦順位 51位

白糸台→家慶大→横浜

2勝7敗0H

平均獲得素点−12600 QS率27%

 

弘世 菫    昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 39位

白糸台→家慶大→横浜

4勝17敗0H

平均獲得素点−6300 QS率32%

 

弘世 菫    今年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 --位

白糸台→家慶大→横浜

3勝1敗0H

平均獲得素点+10600 QS率80%

 

——今年度絶好調の弘世プロですが、その要因はなんでしょうか?

 

『そうですね……亦野が加入したのもあって、中継ぎ陣の層が厚くなったのでリードすれば、そのまま勝ちがついているのが大きいと思いますし感謝しています』

 

——成績を見る限り弘世プロ、個人としてもレベルアップしているのでは?

 

『ようやくプロに適応できたなと感じているところはあります。ただ、アマチュア時代と練習や麻雀スタイルを変えたということもなく。自分のペースでやってきた努力が、報われたなと』

 

 弘世さんが宝塚のスターのような声で朗々とインタビューに答えているのを様子をみて小鍛治さんが少し首をかしげた。

 

【SSS】福与恒子の横浜独占取材 42

154名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok0rmja

グロ注意

 

201名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok4ajp1

2勝7敗、4勝17敗wwwwwwwww

 

305名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6r1rw

インタビューしてる最中に思いっきり首を傾げるのやめろwwww

 

423名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi9imaz

今年の弘世ほんま強いよな

欲しいわ

 

——弘世プロは、今年入団の亦野プロと白糸台高校時代チームメイトでしたが、今も一緒に出かけたりとかそういったことはありますか?

 

『チーム虎姫時代ですね。あの頃は、楽しかった。試合後によくご飯を一緒に食べてます。その時は咲ちゃんや江口も一緒のことが多いかな? オフシーズンになったら、淡(大宮)や照(恵比寿)に尭深(大宮)も誘ってなにか食べに行きたいですね』

 

——その時にはなにを食べたいですか?

 

『うーん……なんでしょう?(笑) もんじゃ焼きとか粉物とかいいですね。恵比寿の照なら良い店を知ってるかも』

 

——白糸台高校でインターハイ団体戦全国制覇を達成されています。入学時から、そうしたビジョンはありましたか?

 

『いえ、全然。インターハイに出られればとは思っていましたが』

 

——え? そうなんですか?

 

『私が入学した時は、白糸台はそこまで強くなかったんですよ。県代表にも10年くらいはなれてないなと言った具合で……本当は千里山に行きたかったんですが、両親に反対されて白糸台に行きました。東京の進学校でなければ駄目だと』

 

——当時の千里山女子高校は強かったですね。そんな事情があったとは、知りませんでした。

 

『まあ、そのおかげで照や渡辺先輩(大宮)と一緒に麻雀がやれたので、結果的には良かったです』

 

——高校時代の輝かしい成績からプロ指名は確実と言われていましたが、大学進学を選択したのはどうしてでしょう?

 

『それはよく聞かれるんですが、大学に進学しないという選択肢が、自分には無かったということです。大学でも3年生の終わりの方になるまで、プロ入りはあまり意識していませんでした』

 

「弘世さんも千里山来たかったんか。やっぱ藤白先輩とその上の世代、強かったからなぁ」

 

 弘世さんが千里山に来たがっていたという情報を聞いて、怜は高校時代の思い出に思いを馳せる。

 色々なことがあったはずなのに、藤白先輩の凶悪なエピソードの数々がチラついて、良い思い出をかき消していく。

 

「もし来てたら弘世さんと藤白さん、うまくやれたやろか……」

 

 なんとなく性格的には全く合わなそうな2人だが、藤白先輩は才能のある人間は色々言いながらも可愛がるタイプなので、結構なんとかなったかもしれない。

 

【弘世様】福与恒子の横浜独占取材 44

206名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwjz

弘世はしがらみが多そうで可哀想

 

284名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:emi6ra6p

弘世金属の創業家の娘とかいうガチの上級国民

 

354名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok6vwaw

実際、大学に行かなかった世界線の弘世菫の麻雀は見てみたい

 

390名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaz

大学があまりにも楽勝すぎて

麻雀が腐ったからな

 

431名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwaa

六大学リーグでレベル低いとかどうなってんねん

 

450名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwa0

典型的な才能だけで麻雀をしてきたタイプ

なお、プロでも通用する模様

 

460名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3p5rw

関係者みんな弘世の才能がすごいって言うけど具体的になにがすごいんや?

 

465名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaa

>>460

でも、プロ関係者とわい達とでは見えてるものが違うんやろ

案の定、今年活躍しとるし

 

476名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmaw

すこやんチャンスやぞ!

玉の輿狙っていけ

 

521名前:名無し:20XX/4/20(火)

ななしの雀士の住民 ID:yok9p3pm

>>476

わいの弘世がこどおばに寝取られたら流石に寝込むわ(⌒-⌒; )

 

——休日はなにをされていますか?

 

『シーズン中は移動の疲れをとったりで、あまり趣味の時間はとれませんね。オフシーズン時間のある時は、ゴルフやアーチェリーをして過ごします』

 

——親しいチームメイトを教えてください

 

『やっぱり亦野かな。同世代だと、小走ともよく話します』

 

——昨年度惜しくもインターハイ出場を逃してしまった白糸台高校の麻雀部へなにか一言

 

『麻雀は、いい時もあれば悪い時もあります。頑張ってください。私はずっと応援しています』

 

——最後に今シーズンの目標を教えてください

 

『優勝ですね』

 

 静かな自信を漲らせて、弘世さんは力強くそう言った。

 

「やっぱ弘世さんカッコええなあ。応援せなあかんな」

 

 これまでその闘牌内容について、ボロクソに言っていたにも関わらず、あっさりと手のひらを返して怜はそう呟いた。

 インタビューが終わり、全員が席から立ち上がる映像が映し出されると、飛び抜けて身長の高い弘世さんが目立った。高身長の福与アナよりもずっと大きい。

 

『小鍛治さんに福与さん、今日はありがとうございました。楽しかったです』

 

 そう言って感じの良い笑顔を向ける弘世さんのことを、小鍛治さんがぼうっとした表情で眺める。

 謎のときめきが発生したような気がしないでもないが、そのときめきの行く末を視聴者も掲示板住民も容易に想像することが出来たので、小鍛治さんがおもちゃにされるネタがまた一つ増える運びとなった。

 



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第107話 プロ麻雀選手会と麻雀する公務員

 

 プロ麻雀トップリーグ選手会。

 プロ麻雀トップリーグに参加する6雀団に所属しているプロ麻雀選手全員(選手兼任監督やコーチを除く)を会員とする労働組合である。

 そんな選手会の権限を一手に引き受ける1人の雀士がいた。

 

——ロースター枠の拡大について、複数雀団から労使交渉の場面で話がでていると、報道されていますが?

 

『プロ雀士は個人事業主なので、労使交渉という言葉は適切でないのかもしれないが、リーグ側がコメントされたように、話題として上がっているところです』

 

——これを容認する考えはおありでしょうか?

 

『アクティブロースター、所謂プロ一軍枠については、絶対に堅持されなくてはならないと選手会では考えております』

 

——支配下人数については? いかがですか!

 

『交渉中です』

 

——先鋒ローテ4人制について、なにか意見はありますか?

 

『一軍選手登録枠の拡大については、絶対に認められないものでありまして……これは選手個人個人の利益だけでなく、多くのファンが楽しまれるプロ麻雀。ドラフト制度やその根幹が大きく崩れるものと理解いただきたい』

 

 プロ麻雀界の陰の実力者。

 通称、卓上の公務員こと渡辺琉音先生は、毎年のことのように聞かれるプロ麻雀のロースター枠についての、記者達からの質問に淡々と答えていく。

 ロースター枠とは支配下登録できる人数や、一軍登録枠のことを指している。

 選手会に所属している選手は全て支配下登録されており、役員は一軍登録されている選手が中心となっている。

 その既得権益を守るために活動している団体にすぎないとの批判もあるが、ドラフトやFA制度などプロ麻雀全体のルール作りにおいて、大きな役割を担う団体である。

 

「毎年これやっとるやんな……」

 

 リビングルームの大型テレビに映る映像をややげんなりした様子で怜は眺めやった。

 ロースター枠の拡大などされるはずがないのに提案してみるチーム側も、毎回盛大に記者会見を開く選手会側も色々とおかしい。

 

 テレビの中で繰り広げられるプロレスを眺めながら、怜はデリバリーで持ってきてもらったチョコレートドーナツを紙袋から取り出した。

 両手で持って齧るように頬張った。甘いドーナツを食べてから、豆乳で流し込むと、たまらなくおいしい。

 

——減俸制限の緩和について雀団側からの強行があった場合、争議権の行使などもあり得るのではないかとファンは懸念していますが、どうでしょうか?

 

『やはりプロ麻雀はファンが第一ですし、プロ麻雀選手は麻雀をするものです。そうした手段を取る事態が発生しないよう、全力で交渉に当たっていきたい』

 

——最後に選手会長からも労使交渉における意気込みを一言

 

『ッ…………がんばる!!』

 

 最後に記者から選手会長の野依さんに質問があり、記者会見は散会となった。

 選手会長に最後まで一切質問をせず、全て副会長の渡辺プロに全ての質問をぶつけていたあたり、記者の方も全てを察していることが窺えた。

 ドーナツも食べて幸せな気分になったので、怜はソファーに寝転んでタブレットを起動して掲示板を開いた。

 

【相談役】プロ麻雀選手会記者会見 反省会 2

36名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea3mrwa

琉音先生の完璧な受け答えの締めがのよりんはさすがに草

 

50名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rmaa

マジで名前だけの会長なんやなって

 

61名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaj

オラついた外見から素晴らしい対応

 

70名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwa3

玄ちゃんにスーパーカーとおもちパブを教えた大宮の戦犯

 

76名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea0md9m

琉音センがプロ麻雀の世界で一番輝いてる瞬間である

 

89名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea3rmaa

>>76

なんでや! 麻雀のほうも安定して活躍しとるやろ

 

100名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaa

30000点差のビハインドを20000点差にし、30000点差のリードを20000点差に縮める

技術に関しては右に出る者はいない

 

109名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok6raag

>>100

公務員麻雀ほんとすき

 

116名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwai3

>>100

高校時代の和製大砲、渡辺さんと

大宮の次鋒専、琉音先生は別人

 

120名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwag

次鋒で強いから副将や接戦の場面で使うと呼吸をするように炎上するのやめろ

 

125名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwa0

プロ麻雀トップリーグ選手会

選手会会長   野依 理沙(神戸)

選手会副会長  渡辺 琉音(大宮)

理事 三尋木 咏(恵比寿)

理事 沖土居 蘭(松山)

理事 服部 叶絵(佐久)

理事 宮永 咲(横浜)

会計 清水谷 竜華(神戸)

会計 花田 煌(恵比寿)

 

131名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6mad0

>>125

この面子でなんで副会長が相談役なのかほんま気になる

 

137名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok6rmag

>>125

わりと有名選手も多いのな

 

142名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat6ragm

>>125

闇深そう

 

160名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea9m3gj

組合やってる暇あったら、相談役は麻雀頑張れや

 

166名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:matj3rwag

>>160

麻雀が趣味やぞ

 

170名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6draj

ルネセンが2億円プレイヤーという事実

頭おかしい

 

179名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rawg

>>170

FA権持ってるからね、しょうがないね

 

 北関東最大のメガロポリスに本拠地を置くハートビーツ大宮という麻雀チームに勤める渡辺プロ。その大きく勝ちもしないが、負けもしない闘牌内容を揶揄する書き込みが掲示板には多いが、怜は違った意見を持っていた。

 

「別に渡辺プロって、そんな面白みのない闘牌してへんけどなぁ」

 

 掲示板の書き込みを覗きながら、怜は実際に対戦した経験も踏まえてそう呟いた。

 プロ麻雀の世界で可もなく不可もない麻雀を長期間続けられるという時点で、非凡な打ち手であることは間違い無いのだが、そこらへんの事情は、掲示板の住民たちにはわからないらしい。

 手役作りのセンスや、面前でどっしり構えた時の彼女の牌の流れはかなり掴みにくい。

 

「まあ、少しチンタラしてるように思うところも確かにあるんやけどな」

 

「…………それにしても」

 

「いつのまに、竜華は選手会の役員になっとったんや……」

 

 当たり前のように掲示板に書き込まれている配偶者の名前に驚きながら、怜は想像を膨らませる。

 プロ麻雀選手会は、限度額を超える減俸を選手合意の上で雀団と締結した際に、当該選手のクビを切れと言って、過去にストライキ騒動を起こしたこともあるとんでもない圧力団体なので、できれば竜華には関わって欲しくないというのが怜の本音である。

 

「竜華が、悪い人たちに利用されたりしないか心配や」

 

 良妻、園城寺怜の名にかけて配偶者のスキャンダルは絶対阻止しようと、怜は心に誓った。

 なお、竜華はすでに2年前から役員なのだが、怜の発見が遅れたため今更義憤に駆られている次第である。

 

「花田ちゃんとかおるし、絶対あかんやろこの組織……」

 

 怜はそうぶつぶつ言いながら、掲示板で情報収集をすすめることにした。竜華を守るために必要なことなのである。

 

312名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

選手会の役員って、どうやって選ばれているんや?

年齢もチームもバラバラやし

 

320名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaw

>>312

非公開

選挙で選ばれているという噂

 

323名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3ramg

>>312

新道寺女子の出身ならなれるで

 

326名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rmag

記者「野依プロにとって渡辺プロはどんな存在でしょうか?」

 

のよりん「……そうだんやくっ!!」

 

334名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rmaw

なんだかんだ琉音先生になってから、瑞原会長時代みたいな無期限ストライキ強行みたいなの無くなったからファンは安心できる

 

346名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwaa

琉音先生「FA権とスト権は使うものじゃなく、見せるもの」

 

350名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwag

>>346

プロやんwwww

 

353名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi9mrgm

>>350

プロだぞ

 

355名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6ragg

はやりんは、絶対監督になれないとか言われてたのに普通になりましたね……

 

358名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebim3mig

>>355

恵比寿と佐久はダメージうけたけど大宮はノーダメやからな

そら、できるよ

 

366名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6raga

次の会長は誰やろか?

のよりん、そろそろ引退やろ

 

376名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi9imaz

>>366

相談役と見せかけて相談役は、会長になるつもりはないってはっきり明言しとるんよな

三尋木はありえないから、清水谷やろなあ

 

381名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi9imaz

>>366

本命 清水谷 竜華

対抗 宮永 咲

大穴 弘世 菫

 

401名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rmaz

弘世は流石に草

でも今年調子いいし役員ならありそう

 

406名前:名無し:20XX/4/22(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rw3rm

竜華ちゃんはクリーンなイメージだし、麻雀も強いし会長には良さそうやな

 

「あかん……終わりや」

 

 次期会長候補と目される竜華の掲示板での支持率の高さを目にして、怜は絶望にうちひしがれた。

 巨大な悪の組織に抗うことなどできないのだと思い知らされた怜は、グラスに入った残りの豆乳を一気飲みしてため息をついた。

 

「でも諦めたら終わりや、うちが、がんばるんや! 帰ってきたら竜華に相談してみるで!」

 

 選手会を勝手に悪と断定して、ひとり謎の使命感に燃える園城寺怜。

 

 なお、後日竜華と話しスーパーカーではしゃぐ玄ちゃんの姿を見て、意見が360度切り替わる模様。

 



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第108話 清水谷竜華の華麗なるひ魔人生活

 午前7時。

 隣で寝ている怜を起こさないように、目覚まし時計を鳴らさずにそっと起きる。カーテンの隙間から僅かに差し込む光が心地良い。

 出勤前の朝の時間、ベッドの上で眠い目を擦りながら、怜の幸せそうな寝顔をじっと見つめること。

 

 それが、うちの幸福の時間。

 

 思わず怜のさらさらの髪を撫でたくなるが、起こしてしまっては元も子もないのでじっと我慢して熟睡の時間を見守る。

 

「でも、もう色々準備せなあかんなぁ……」

 

 ゆっくりと怜を起こさないようにベッドからキッチンの方へと移動し、エプロンをつけて炊飯器の電源を入れる。前日の夜にお米を研いで準備をしておくと、スイッチを押すだけで良いので楽だ。

 

 帰りは22時過ぎになるだろうから、夕食を準備しておかないといけない。

 遠征中は出前を頼んでもらっていることが多いので、ホームで試合がある時には自分で作ったご飯を怜には食べてもらいたい。

 

 お店のものはやっぱり味付けが濃いし、栄養も偏るから……

 

 フライパンで塩しゃけのバター焼きを作りながら、レンジで付け合わせの温野菜を作る。

 これに常備菜の大根と油揚げの煮物ときんぴらごぼうがあれば、夕食としてそれなりに格好はつく。

 

「お味噌汁も作ってあげたいんやけど……コンロは危ないしなぁ」

 

 プラスチックのお皿に盛り付け、お盆の上に配膳してみると、少し物足りない気がしたので、薬味の小ネギを切って冷奴を足しておくことにした。

 とりあえず、お豆腐があるメニューなら、怜のほうから文句が出ることは少ないので、こうしていつも使ってしまう。

 朝ごはんの生ハムのサンドイッチと目玉焼き。それからトマトサラダを作りフライパンを洗い終えると一息つけたので、コーヒーと朝食を持って、ダイニングの方に移動することにした。

 サンドイッチを食べながら、タブレットで保有している米国市場ETFの値動きを確認する。

 お行儀が悪いが、怜はまだ寝ているだろうから見られることはあらへんから、ええかといつも自分を甘やかしている。

 

「銀とパラジウムがじわっときとるけど……あとは、とくになんもあらへんし。やっぱ平和が一番やなぁ」

 

 各種インデックスを確認しながら、朝ごはんを食べ終えると、炊飯器のアラームが鳴ったので、さっそく炊き上がったご飯をお茶碗に盛り付けた。少し冷めたら冷蔵庫にしまっておこう。

 怜が日中にお風呂に入りたがるかもしれないので、お風呂を簡単に掃除しておく。それから、洗顔をして軽くお化粧をしてスーツを着れば準備万端。

 いつでもスタジアムに行ける。

 

「ときー行ってくるなー」

 

 寝室のパーソナルソファーの上に、着替えのルームウェアを置いてから、寝ている怜に、小さく声をかけてみたが反応はない。

 目を閉じているぷにぷにほっぺの世界一かわいい女の子との別れを惜しみながら、うちは職場へと向かった。

 

❇︎

 

 午前10時。

 スタジアム入り。

 野依さんへ挨拶を済ませてから、談話室で対戦相手の3チームの各選手の直近の牌譜をチェックする。

 牌譜はタブレットで見ることが主流になりつつあるが、紙で読み込むことで、頭の中にある脳内麻雀卓が稼働し始めるので併用が大切やと思う。

 

「清水谷先輩、コーヒーを淹れました。いかがですか?」

 

「ありがとや、泉も一緒にコーヒー飲まへん?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 コーヒーサーバーを持ったまま直立している泉を席に座らせて、牌譜の用紙を分け与える。

 

「花田さんや、赤土さんの牌譜もありますけど……清水谷先輩と当たることあるんでしょうか?」

 

「団体戦じゃほとんどあらへんやろな、でも個人戦で当たるから折角の機会やしな」

 

「な、なるほど……ですね」

 

 先鋒の選手の牌譜はあまり見る必要がないのだが、春季個人戦や雀聖戦の対戦相手になるかもしれへんから良くチェックしておく。

 個人タイトルは優勝しなければ賞金も低い上に、対局数も多くなってしまうのであまりメリットがないので、今まであまり出場してこなかった。

 

「雀聖戦、応援しています」

 

「ん? うちを応援してくれるんか? 怜やなくて?」

 

 牌譜を持ってそう呟いた泉に、うちは疑問の言葉を投げかけた。

 

「そ、そりゃあ園城寺先輩も応援してますけど。清水谷先輩だって応援してますよ」

 

「挑戦者決定戦、怜と当たるかもしれへんけど?」

 

「その時は、どっちも応援します」

 

「そか」

 

 泉の正直な物言いに、うちの口角が少し上がっているのがわかった。

 

 雀聖戦、最高の状態で怜と麻雀が出来たらええな。

 

「清水谷先輩、楽しそうですね」

 

「せやなぁ……うちというより、怜に楽しんでもらえたらええなって」

 

「そ、そうですか……」

 

 泉が紙の牌譜を閉じて、タブレットでデーターベースを検索し始める。

 

「泉は、牌譜はタブレットでみるん?」

 

「はい、こっちのほうが便利なので」

 

 泉は当然のようにそう言ったが、それではあまりにも味気ない。

 

「泉、そういうところがあかんねん」

 

「は、はい」

 

「これから、スタジアムで紙以外の牌譜見るの禁止な?」

 

「え!? さ、さすがにそれはいくらなんでも……」

 

「ああ、ミーティングの時はタブレットで見てええで、不便やし。だから、他の場面では全部紙や、わかった?」

 

「は、はい」

 

 明らかに不満そうな顔をしている泉だが、いずれわかる時がくるので、軽く突き放しておくことにする。

 

「試合前のミーティング、最近うちやコーチが話してる場面が多いと思わへん?」

 

「そ、そうですね……清水谷先輩の意見はとても参考になります」

 

「そういうのはええねん。うちが一回発言したら、泉も一回発言しろや。不公平やろ?」

 

「わ、私がそんなに喋ったらあかんと思いますし……清水谷先輩みたいに、鋭い意見とか言うことできまへんし……」

 

「え? やらへんの?」

 

「やります」

 

 最下位というのもあり、チームに活気が感じられないので、ミーティングで色々と意見を出し合って盛り上げていきたい。その考えに泉も納得してくれたようなので、胸を撫で下ろす。

 

「意見言わなかったら口聞かへんけど、あんまりつまらへんことばっか言うと、監督やコーチの信頼損ねるから気をつけてな。その紙の牌譜はあげるから」

 

「は、はい……ありがとうございます」

 

「あと、隠れてツール使ったらあかんで? わかった?」

 

「はい」

 

 すごい勢いで牌譜を読み始めた泉と別れて、うちはカフェテリアに向かった。試合開始前にしっかり栄養をとって、万全の状態で臨みたい。

 

❇︎

 

 午後2時。

 ご飯とミーティングを怒涛の勢いでこなしてあっという間に試合開始となった。

 先鋒は二軍から復帰してきたエースの椿野さんだが、気負いがあるのか乱調気味でイマイチ麻雀がまとまらない。

 先鋒第一半荘だけで、戒能さんに三万点のビハインドを背負わされた段階で、今日の登板の可能性は低いだろうなとうちは、予想をたてた。

 調整室のモニターで、試合の映像を流しながらダラダラと牌譜を確認する作業にも飽きてきたので、何切る問題を一冊解き終えてから、シャワーを浴びることにした。

 牌の流れを無関係と仮定した牌理に、どこまで価値があるのかはわからないが、やっておくに越したことはないだろう。

 

❇︎

 

 午後9時。

 今日は終始チームはビハインドを背負い続けたため、出番はなかった。

 監督からの簡単な連絡事項を聞いてから、足早に地下駐車場へと向かった。

 荒川さんの調整に付き合って少し牌を触ったくらいで、今日はほとんど卓についていない。

 

「まぁ……試合勘はともかくとして、じっくり調整してタイトル戦に臨める環境は悪くあらへんなあ」

 

 今日の試合はサクサクとしたペースで進んだため、早めに家路につくことができる。

 車のキーを差し込んでベソツのエンジンが響き始めると、その音をかき消す地響きのような排気音のあとに、轟音のような野依さんのスーパーカーのエンジン音が響いた。

 

「野依さん、エンジン必ず乗ってからすぐ鳴らすんよなぁ……段差でモタモタされても手間やし早めに出発せな」

 

 スーパーカーはスーパーという割には、路上の僅かな段差も上がれない欠陥品のため快適には程遠い。

 良いところは、ドアが上に跳ね上がることと見た目がカッコいいところだけである。

 

 アクセルを踏んで安全運転で帰宅する。

 

 うちのような妻帯者には、この車が一番間違いがない。

 

❇︎

 

 午後10時。

 怜の待っているおうちに、ようやく帰ってくることが出来た。

 

「ときーただいまー」

 

 玄関のドアを開けても、お返事がないのはいつものことなので気にしてはならない。

 スーツにブラシを当ててから、ハンガーにかけてリビングルームに向かう。

 

「ときーただいま」

 

「おかえりやで」

 

 ソファーの上で寝返りをうちながら、ゴロゴロしている怜から、そうお返事を返ってきた。

 ダイニングテーブルの上に広げられた、お皿と食べ残しを見てちゃんとご飯を食べてくれたことに安心する。

 

「にんじんさんも食べなきゃ駄目やで?」

 

「す、少しだけ気分やなかったんや……」

 

 栄養のバランスが偏ると健康に触るかもしれないので、お皿を持ってソファーのほうに行って、怜に人参を食べさせてあげることにする。

 

「はい、あーん」

 

 うちが箸で人参を掴んでそう言うと、怜は嫌々ながらもお口を開けてくれた。頑張ってお口を開けている姿がとってもかわいい。

 こうして『あーん』してあげると、食べてくれるあたり、うちが怜のことを好きなのと同じように怜もうちのことが好きなんやなと実感できて、とても心が安らぐ。

 

「ふふっ……あれ? お風呂沸かして入ったん?」

 

「さっき入ったで、気持ち良かったわ」

 

「そか、じゃあうちも後でいただくな」

 

 職場でもシャワーは浴びているが家のお風呂の方がリラックスできる。

 夕ご飯のお片付けと、怜の脱ぎっぱなしのパジャマを洗濯機に放り込んでから、ホットココアを2つ作って怜の目の前のローテーブルにおくに。

 

「サンキューや」

 

 そう言って怜はタブレットを脇に置いて、両手でホットココアのマグカップを持って、ご機嫌で飲み始めた。

 磁器の怜のお気に入りのマグカップで持っていってあげたのが、良かったのかもしれない。

 

「今日も試合出られへんかったなぁ……」

 

 ソファーに座って、ココアを飲む愛らしい姿を鑑賞していると、怜が残念そうにそう呟いた。

 しかし、うち自身は、登板機会が少ないことをあまり気にしていない。

 むしろ、これはラッキーだと考えている。

 

「んー個人戦も近いし、別に今日麻雀せんでもええやろ」

 

「まあ、そういう考え方もあるやろか?」

 

 怜はそう言ってから、頭をうちの太ももに乗せてきたので、怜が寝転がりやすいように膝枕の形を作ってあげる。

 疲れていたのだろうか、怜はすぐに目を閉じてウトウトし始めた。

 怜の髪を、優しく撫でる。

 

 怜の楽しいに貢献してあげたい。

 それがうちの生き甲斐だから。

 

 雀聖戦、一緒に麻雀しようね。

 すやすやと寝息を立て始めた怜を起こさないように、うちはそう小さくつぶやいた。

 



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第109話 雀聖戦挑戦者決定戦 『それぞれの想い』

 東京もっともっと麻雀ドーム。

 恵比寿と代官山の間に立つ巨大建造物の関係者出入り口に、大勢の報道陣が詰めかけている。

 その記者たちの群れを警備員さんが押さえ込んで無理矢理、道が作られる。

 

『園城寺さん!! 挑戦者決定戦に向けてなにか意気込みを一言!!!!』

 

『今年のドラフト会議の注目選手であることは間違いないですが、プロ志望届の提出は考えておいでですか?』

 

「あー後で答えるから、通してやー、すまんな」

 

 記者たちの質問が飛び交うなかを、ベージュのビジネスジャケットを羽織った怜と、その後ろに付き従うグレーのスーツ姿のふなQが足早に通り過ぎる。

 無数のフラッシュが瞬いていて、まるで天の川のようやなと怜は思った。

 プロ麻雀の雰囲気を存分に堪能して、小綺麗な関係者控え室にたどり着くと、怜はジャケットをふなQに手渡し、どっかりとソファーに座り込んだ。

 

「やっぱプロ麻雀はええなあ、インターハイのときよりずっと大勢の報道陣きとるわ」

 

「ふ、普通……挑戦者決定戦でこんなに出待ちされたりとかないんですけどね」

 

「そうなん?」

 

「いや……園城寺先輩でとりますしね。プレッシャーかけるつもりはないですけど、すごい注目されてますよ」

 

「なるほどなぁ」

 

 あまり目立つことは好きではない怜だが、世間から麻雀で期待されているというのは、なかなか悪くないなと感じた。

 なにより、警備員さんが道を作ったところを歩くのがモーゼになったようで、テンションが上がったというのもある。

 ソファーから立ち上がり控え室の麻雀卓につくと、怜は言った。

 

「牌譜が見たいで!」

 

「まだ対戦相手、決まってませんけど……」 

 

「調整のためにやっときたいんや。誰でもええで」

 

 怜がそういうと、ふなQはカバンから牌譜を取り出して雀卓の上に広げた。

 花田ちゃんと友清さんの牌譜だ。

 この同門対決の牌譜は、テレビでも見ていたことがある。時期は忘れたが、花田ちゃんの鳴きのセンスが光っていた試合だ。7索切りからの8索ポンが印象に残っている。

 

「花田ちゃんも出ればええのに、参加権あったやろ?」

 

「個人戦もありますし回避というのも選択肢ですねぇ……ランキング上位の選手は出る試合選べますから」

 

 個人戦のランキングは、タイトル戦のシード権に関わってくるため、プロ雀士にとっての優先度は高い。

 そのため、春季個人戦と時期を同じくする雀聖戦挑戦者決定戦の出場を、回避するトッププロは少なくない。

 

「そういえば、竜華も全然出てへんかったなこのタイトル」

 

「宮永咲が、タイトルずっと持っとるのもあると思います。全然、勝負にならないこともありましたから」

 

 宮永さんは雀聖戦と相性が良いのか、プロ入り以来、圧倒的なパフォーマンスで雀聖位のタイトルを保持し続けている。昨年も挑戦者決定戦を破竹の勢いで突破した大星さんを、文字通り破壊してタイトルを防衛した。

 

「宮永さんの雀聖戦の牌譜もっとる?」

 

「もちろんです」

 

 ふなQがカバンの中から牌譜用紙を取り出して、机の上に並べていく。

 

 宮永さんの霧氷のように綺麗な麻雀。

 

 牌譜を見ている読者に何一つ疑問を抱かせず、これが正解だと確信させるような説得力があった。

 怜が牌の海に浸っていると、小さいノックの後に、控え室のドアが開け放たれた。

 

「ありゃ? 園城寺さんと一緒か、試合前に悪いね」

 

 広げられた牌譜の対戦相手にして、前雀聖位のキリリとした雰囲気を持つ高身長の雀士が、入室してきた。

 

「赤土さん、久しぶりや」

 

「……こちらこそ、久しぶりだね。奈良で会った時以来だっけ?」

 

「せやな、扇子サンキューや!」

 

 プロ雀士のサインでいっぱいになった扇子を広げて、怜は赤土さんにお礼を言った。

 最初に書かれていた玄ちゃんのサインは、ほとんど見えなくなってしまったが、特に問題はない。

 

「そういえば、そんなこともあったね。船久保さんもお久しぶり」

 

「ええ、お久しぶりです」

 

 ふなQと赤土さんは面識があるらしく、二言三言互いに情報交換をしている。

 

「ん……その牌譜か」

 

 赤土さんは、スーツのジャケットをハンガーにかけながら、机の上をチラリと見てそう呟いた。

 自身が一方的に宮永さんに嬲り殺されて、タイトルを奪われた牌譜だ。

 怜はそーっと牌譜を集めてふなQに手渡そうとしたが、赤土さんに止められた。

 

「いや、仕舞わなくていい。宮永さんの闘牌は綺麗で、この雀士は本当に下手だったよ」

 

 赤土さんはそう言って、牌譜に書かれている自分の名前を指差した。

 

「そこまで言うことあらへんと思うけど……この、六萬切りとか魂を感じるで」

 

「…………ありがとう」

 

 負けたくない、私の方が上だという悲痛な叫びが聞こえてくるような、赤土さんの危険牌押しを指差して怜はそう慰めた。

 

「このタイトル戦、負けたことを恥ずかしいとは思わない。ただ……こういう戦っていく闘牌が最後まで出来なかったのは、ひどく後悔してる」

 

 赤土さんは軽く目を閉じてから、決意に満ちた表情で言った。

 

「だから、もうそんな麻雀はしないよ」

 

 強い決意に満ちた赤土さんの赤い瞳で、部屋の空気が張り詰める。

 ふなQが赤土さんから離れるように、一歩後ろに下がる足音が聞こえた。

 

「ああ、ごめんごめん。試合前なのに」

 

「ん? まだ、時間あるし。赤土さんと話して少し試合勘も取り戻せて、良いリズムで試合に入れそうや」

 

「はは……相変わらずマイペースだね」

 

 赤土さんは、雰囲気を緩めてゆったりとソファーに座った。

 

「同じ控え室ってことは、私と園城寺さんが当たることはなさそうだね」

 

「そういうものなんか?」

 

「んー、私の少ないタイトル戦経験からするとそうだね」

 

「なるほどなぁ……」

 

 本人は謙遜してそう言っているが、挑戦者決定戦への赤土さんの進出率はかなり高いので、赤土さんと試合で当たらないというのはそうなのだろうと怜は思った。

 

「残念だった?」

 

 赤土さんは、頭の後ろを軽く掻きながら怜にそう問いかけた。

 

「むしろ、そのほうが良かったで」

 

「嬉しいこと言ってくれるね、結構評価してくれてるんだ?」

 

「だって、赤土さんとは奈良で麻雀したしなぁ」

 

 怜が正直にそう答えると、赤土さんは笑った。

 挑戦者となれるのは3人だけ。同卓者の中でトップを取らなければ、タイトルの挑戦権は得られない。

 

「……園城寺先輩そろそろ抽選でますけど、誰と当たりたいとかはあるんですか?」

 

「んー特にあらへんけど、天江さんと当たったら苦戦するやろなあ」

 

 恐る恐る質問してきたふなQに、抽選中と書かれたモニターをボーッと眺めながら、怜は答えた。

 天江さんと対戦経験はないが、その闘牌内容を見れば天敵なのは間違いない。

 今日の対戦相手が天江さんだったら、それならそれで面白そうやなと怜は思っていた。

 自分の麻雀で天江さんの支配にどれだけ対抗できるのか、それを考えるだけで自然と口角が上がってしまう。

 怜が対戦相手に想いを馳せていると、モニター画面がぱっと切り替わり、卓の割り当てが表示された。

 

A卓

天江衣、三尋木咏、赤土晴絵、友清朱里

B卓

松実玄、宮永照、藤白七実、福路美穂子

C卓

姉帯豊音、清水谷竜華、大星淡、園城寺怜

 

「なんや……天江さんおらんやん。あ! でも、姉帯さんおるで!!!」

 

 C卓に姉帯さんの名前を見つけて、怜のテンションが上がる。姉帯さんは好きな雀士だし、高校の頃に対戦経験もある。どれだけその麻雀が変化したのだろうか。大星さんとの初対戦も楽しみで仕方がない。

 

「まあまあかな、天江さんと三尋木さんはキツいけど……C卓よりはマシかな。まあどこ行ってもキツいんだけど」

 

 赤土さんは対戦表を見てそう言った。

 タイトルの挑戦者決定戦ともなると、どの卓に入ってもトッププロが並ぶ。

 

「赤土さんやと、B卓のが勝ちやすかったんちゃう?」

 

「そうだけど、藤白さんがあんまり得意じゃないからね。変われるならB卓の方が良いけど……同じかな」

 

 怜は赤土さんの答えを聞いて、自分のようなエンジョイ勢と違って、プロになると相手関係を喜べなくなるのは、少し可哀想やなと思った。

 

「園城寺先輩……清水谷先輩といきなり当たってしまいましたけど?」

 

「あーたしかにそうやな、よく見たら竜華もおるわ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ん? なにがや?」

 

 ふなQの言っていることがよくわからなかったので、怜はそう聞き返したが、答えは返ってこなかった。

 竜華とならいつでも家にいれば打てるので、あまりありがたみがない。しかし、家でするのとこうした大舞台で戦うのとでは大きく異なるのも事実だ。

 プレッシャーのかかる環境で麻雀をすると、見えている景色が変わる。

 

「でもせっかくやから、竜華やなくて他の雀士と当たりたかったわぁ」

 



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第110話 雀聖戦挑戦者決定戦 『ゲームメーカー』

「わー園城寺さん久しぶりだねー」

 

 トレードマークの白いリボンを付いた黒い大きな帽子を被った松山の巨人が、怜のおててを両手で掴んで固く握手を交わす。

 

「プロの試合はよう見て、応援してたで」

 

「ほんとに? ありがとー」

 

 怜との再会にテンションの上がった姉帯さんは、怜の手をとったままぶんぶんと動かした。

 姉帯さんとの身長差がありすぎるせいで、怜はほとんど挙手ような体制になる。

 

——あ、握手するのはええんやけど……これ竜華に見られたらヤバそうやな……

 

 旅行先で、マッサージを受けることすら許してくれなかった竜華である。

 おててを繋ぐ=浮気と心の中にいるリトル竜華が言うので、不安を覚えた怜は試合会場の雀卓の前で姉帯さんに揺らされながら周囲をキョロキョロと見渡した。

 幸い、竜華はいないようである。

 

「あ、姉帯さん少し痛いわ! やめてや!」

 

 怜が強い口調でそう言うと、姉帯さんは手を離してしょんぼりしたように肩をすくめた。

 

「あーそっか……ごめんねー」

 

「そんなには痛くなかったから、大丈夫や。次はやめてな」

 

「うん、気をつけるね」

 

 落ち込む姉帯さんを見て怜は少し心が痛んだが、こちらも今後の将来がかかっているので仕方がない。

 怜が姉帯さんを慰めていると、会場のタイルの床を革底のパンプスで、カツカツと踏み締める音が聞こえてきた。

 

「この人がテルーの言ってた園城寺か、お手並み拝見だね!」

 

「おーん? えらい自信満々なのはええけど、こっちが年上なんやからさん付けしてくれや」

 

「えー私は、自分より強い人にしかそんな呼び方したくないからさあ」

 

 ふわりとした金髪をたなびかせて、大星さんは不遜にどかっと卓に座り込んだ。

 この態度でこれまで先輩から殴られなかったのか不安を覚えた怜だったが、闘牌をするならこのくらいの心持ちでやったほうが良いのかもしれないと思い直した。

 

「まあ、ええわ。大星さんよろしく頼むで」

 

「うん、よろしく」

 

「わー冷たい声の美人さん、ちょー怖いよー」

 

 3人が試合前に良い雰囲気で雑談していると、突然部屋の空気が凍った。

 絶対零度のような殺気を隠そうともせずに、竜華が入り口からゆっくりと歩いてくる。

 

「よろしくお願いします」

 

「うん、よろしくねー」

 

 目が完全に異常者のそれである竜華の挨拶に、姉帯さんが少し口角を上げて返した。姉帯さんも、プレッシャーを隠す気はないらしい。

 試合準備のアナウンスが鳴る。各選手が卓に座るのを見てから怜も卓についた。

 賽が投げられ巨大な電光掲示板に、自分の名前が表示され、牌と牌の擦れる音が響く。

 

 勝負は二半荘。

 

 これまでの予選と違って、得点差は関係ない。自分の麻雀をして一位を取れば良いだけのシンプルなルール。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東1局

東 大星 淡   50,000

南 園城寺 怜  50,000

西 姉帯 豊音  50,000

北 清水谷 竜華 50,000

 

 卓から上がってきた配牌を一瞥して、怜は一度目を瞑った。

 バラバラの五向聴の配牌。七対子を目指したほうが良いのではないかと思うほど、役の繋がりもない。

 

——まあ、これは予想通りやなあ……大星さんも姉帯さんも配牌に影響及ぼせる能力を持っとるし。

 

 大星さんのダブルリーチが入らないのを確認してから、怜は北を第1打目に捨てた。当然鳴きは入らない。

 誰も動かないまま巡目だけが過ぎていく。

 捨て牌が2段目に入っても四向聴。速攻も派手な和了もない地味な麻雀になる覚悟を怜は固めた。

 山も少なくなってから大星さんのリーチ宣言が入ったが、竜華の捨てた牌を鳴いて順番を飛ばしながらズラすと和了の目は消えた。

 大星さんの手牌だけが卓に晒されて、雀聖戦挑戦者決定戦の最初の一局は、流局で幕を下ろした。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東1局 1本場

大星 淡   52,000

園城寺 怜  49,000

姉帯 豊音  49,000

清水谷 竜華 49,000

 

 ぐしゃぐしゃの配牌の原因を作っているのは、大星さんの絶対安全圏と本人が呼んでいる他家の配牌を妨害する能力に加えて、姉帯さんの能力にある。

 

 姉帯さんの能力は、獅子原さんほどではないが、詳細はわかっていない。

 

 プロでのキャリアがあるにも関わらず、能力の既知のアドバンテージが崩れていない例は珍しい。多様な能力を持っていることの最も大きな恩恵だろう。

 条件付けが難しいか、姉帯さん自身も正確には把握しきれていないところがあるのだろうと怜は思っている。

 

 先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口。

 

 六曜の並びのうち、追っかけ立直で有利になる先負と裸単騎でツモ和了できる友引は、特定の条件下で発動するタイプの能力で、詳細もはっきりしている。

 残りの四曜が、卓全体の有効牌を操作する能力だということは知られているし、卓全体の有効牌の引きを悪くする仏滅の力を使って彼女は松山の守護神に登り詰めた。

 

ツモ!!! 1000、2000!

 

 姉帯さんの元気なツモ発声が響く。

 怜の手牌は聴牌に程遠く鳴くことも難しいが、姉帯さんには綺麗な両面待ちの手が入っていた。

 

 大星さんのダブルリーチが入らないということは、姉帯さんは仏滅の能力を使っている可能性が高い。

 

 しかし、その後追いついて和了しているのだから、彼女はどこかのタイミングで牌の支配を緩めて自分に有効牌を呼んでいるはずだ。

 

——ただ、問題は……牌の流れで全然その操作がわからへんことやな……

 

 今の一局を振り返っても、自分に不思議な牌回りはなかった。

 

 悪い配牌からずっと悪いツモ。

 

 運がないと言えばそうなのだが、不自然とまでは言えない。

 怜はため息をついて手牌を卓に流し入れてから、この試合のゲームメーカーの顔を眺めやった。

 

 天真爛漫に自分の和了を喜んでいるが、妖怪のような空恐ろしさを感じる。内面では幾重もの権謀術数が渦巻いているのだろう。

 どうやって相手を嵌め殺すか、それだけを考えた姉帯さんの麻雀に、背筋がゾクゾクとするような喜びを感じる。

 

「やるやんけ」

 

「それほどでも〜」

 

 声をかけて様子を探ってみた怜だったが、帽子のつばを持ってえっへんと喜ぶ姉帯さんの表情からは、何も読み取ることができなかった。

 

——伊達に何年も守護神やってへんなぁ……攻略の糸口はよ掴まんとあかんな

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東2局

姉帯 豊音  54,300

大星 淡   49,900

園城寺 怜  47,900

清水谷 竜華 47,900

 

 親番になったものの配牌は冴えない。

 他家の様子を伺いながら、ゆっくりと集めていこうと考えていると、大星さんからダブルリーチが入った。

 姉帯さんの牌の支配の流れが変わった可能性もあるが、仏滅の能力が発動しているからといって、必ず大星さんのダブルリーチを止められるとは限らない。

 大星さんと姉帯さんはポジションの関係もあって対戦機会が多いため牌譜が揃っているので、怜も情報の面で遅れをとることはない。

 

——まあ、一度目のチャンスは見逃せって言う言葉もあるしなぁ……牌の流れを見ながら、無理のない範囲で寄せていこか。

 

 姉帯さんの溢れる牌に少しずつ待ちを寄せていこうとするが、全く有効牌を引くことができない。

 

ツモ! 3000、6000!

 

 大星さんの手牌が派手な倒し方で、開けられる。萬子の混一色にダブルリーチ。能力者でなければとてつもない豪運である。

 

「跳満だよー、どうだーい」

 

「んー普通やな」

 

「えートヨネみたいに、やるじゃんとか言ってくれても良いじゃん」

 

「んーせやなぁ……すごい、すごい」

 

 怜が適当に褒めると、大星さんは不機嫌そうに頬杖をついた。子供っぽいが和了後すぐに牌を卓に投げ入れたあたり、抑えるべきところは抑えている。

 怜は、麻雀の強い二条泉という蔑称を心の中で大星さんに命名しながら、卓の点数表示を眺める。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 東3局

大星 淡   61,900

姉帯 豊音  51,300

清水谷 竜華 44,900

園城寺 怜  41,900

 

 親かぶりで随分と減ってしまった点数。悲観するほどでもないが、大星さんと姉帯さんの双方の支配を受けている現状は、好ましい展開ではない。

 

——でも、うちの能力やと他家に動いてもらわんと、どうしようもあらへんならなぁ……

 

 最善を尽くして変化を待つしかない。

 

 幸いこの場況は、大星さんの絶対安全圏の影響を3者が受け、姉帯さんの仏滅を参加者全員が被るという構造上の歪みがある。

 

 牌と牌の擦れる音が響く。

 怜にとって最悪の現状だが、これ以上悪くなることはないという安心感を感じた。

 怜は手の甲がビリビリと痺れるようなプレッシャーを感じながら、卓から上がってきた五向聴の配牌を切り出す。

 

 この状況を打開できるのは、姉帯さんしかいない。彼女がゲームメーカーであり、この卓のゲームチェンジャーなのだ。

 

 怜は思わず口角が上がってしまいそうになるのを抑え込んで、一瞬だけ目を閉じてから卓に向き直った。

 まだ、対局ははじまったばかり。

 焦る時間じゃない。

 



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第111話 雀聖戦挑戦者決定戦 『一閃』

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 南2局 1本場

大星 淡   64,100

姉帯 豊音  52,000

清水谷 竜華 43,200

園城寺 怜  40,700

 

 停滞した状態が続いたまま南入し、怜の親番になっても姉帯さんに動きは見られない。

 大星さんとの点差が開いていくのを、じっと耐え忍ぶ。

 

——ええ加減動けや……大星さんの一人勝ちにさせて何が面白いんや

 

 心の中で毒を吐いた怜だったが、ここで強引に動いたところを刈り取るのが、姉帯さんの狙いであることは明白なので少し頭をクールダウンさせる。

 局の序盤こそ、牌の流れは最悪だが中盤にかけて流れが良くなりまた悪くなるという展開が続いている。

 姉帯さんのミエミエの仕掛けをはじめこそ、せせら笑っていた怜だったが、同じような展開を何度も実行されるとフラストレーションが溜まってくる。

 フローリングの上に真っ黒の原油を滴り落としたような闘牌。

 

 自分で動かず相手の自滅を待つ。

 これが、姉帯さんの麻雀の本質だ。

 

 怜は三向聴から進まない自分の手牌に苛立ちを覚えながら進めていくと、大星さんがリーチをかける未来が視えたので、妨害するために鳴きを入れた。

 

リーチ!!!

 

 しかし、そんな怜の努力も虚しく大星さんの気合のこもった発声と共に、リーチがかけられる。

 

 2巡先に姉帯さんの満貫和了が視える。

 

 大星さんのリーチに対応して、姉帯さんが追っかけリーチをかけて北単騎で大星さんから直撃を奪う映像が目の前に、鮮明に再生される。怜は自分のゲームプランが砂上の楼閣のようにガラガラと崩れ去るのを感じた。

 怜の手が止まる。

 姉帯さんにトップを奪取されてしまえば、彼女はこの重い展開を継続することが出来るようになるため、怜の勝ちの目はほとんど消えてしまう。

 

——ふざけんなや! 立直かけなくてもええやん! ダマで和了すればええねん!

 

 恐れを知らない金髪の二条泉の顔を怜は睨みつけたが、状況は全く好転しない。

 逡巡してから安牌の七索を切ると、姉帯さんのツモ切りの後にノータイムで竜華に合わせられた。

 当然大星さんが和了することもなく、未来はなにも変わらない。

 再び回ってきた手番。

 

 ツモった牌を手牌の上に置いてから、怜の手が七索と北の間を彷徨う。

 

 一度、目を閉じてから怜はゆっくりと北を掴んで河に捨てる。

 

ロン! 8300!

 

 一瞬驚いた表情をした姉帯さんだったが、裏ドラをめくってから、淀みなく点数の申告がされた。

 その和了を見て大星さんの表情が青ざめていたので、ようやく事の重大さに気づいたらしい。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 南3局

大星 淡   63,100

姉帯 豊音  61,300

清水谷 竜華 43,200

園城寺 怜  32,400

 

 絶望的な点差になったが、姉帯さんがトップにいるよりかは、いくらか良いように怜には思えた。

 しかし、今の動きを見た姉帯さんの守りが硬くなるのは確実。より慎重な闘牌内容にシフトしてくるだろうと怜は予想した。

 これまで牌の流れで揺さぶりをかけてくるような内容だったが、南3局はさざなみひとつない凪のような場況である。

 怜の手は全くと言っていいほど進まず、対子すら作ることが難しい。

 しかし、そんな状況を切り裂くように竜華の鋭い発声が響く。

 

カン

 

 竜華の9索の暗槓が晒される。何故この状況で材料が揃うのかはわからないが、その仕掛けで状況は一変した。

 停滞していた流れが一気に、竜華の方へと向かう。

 竜華のリーチ宣言に対応して姉帯さんが追っかけリーチをかけるが、全く問題にせず和了牌の三索を引き当て一発ツモを決めた。

 

ツモ、4000、8000

 

 理牌のされていないバラバラの竜華の手牌が開けられる。3索と6索の両面待ち。

 カンで有効牌を引き入れてから、一発ツモを決めているのだから、竜華の牌のカウンティングはもう済んでいるのだろうと怜は推測した。

 

 何の変哲もない黄色の麻雀牌だが、その一牌一牌の個性が、竜華には見えている。

 

 一人沈みになってしまったが、姉帯さんに親被りで8000点削れたのは悪くないなと怜は思った。

 一躍トップに躍り出た竜華の親番となった南4局。そのまま竜華が突き放すように思われたが、支配の網を抜けることは叶わず流局で第一半荘は終了となった。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第1半荘 終了

清水谷 竜華 60,200

大星 淡   59,100

姉帯 豊音  52,300

園城寺 怜  28,400

 

 怜は減ってしまった自分の持ち点を眺めやってから、ため息をついて椅子の背もたれにもたれかかった。

 

——大星さんのリーチで、姉帯さんに差し込み要求されたのはしゃーないとして……この半荘は焼き鳥やしなぁ

 

 一瞬のキレで大星さんと姉帯さんを抜き去るという自分のゲームプランを竜華に先にやられてしまい、大きく計画の変更を怜は求められていた。

 トップとの差は3万点以上。そして、竜華のガン牌も効くようになってきていたりと、試合開始時点から状況は、確実に悪くなっている。

 

——竜華のこと少しノーマーク過ぎたかもしれへんなぁ……まあ、マークしていたからといってなにか動けるわけでもあらへんけど。

 

 牌の流れが重いと鳴くことも難しく、未来に介入できる選択肢が限られる。

 

「園城寺先輩、大丈夫ですか?」

 

 怜が物思いに耽っていると、唐突に聴き慣れた声が聞こえて来た。

 

「なんや、ふなQか。どうしたんや?」

 

「なんや、やないでしょう……休憩時間ですよ、一旦引き上げましょう」

 

「あーせやなぁ……」

 

 ふと周囲を見渡すと、卓に残っているのは自分しかいなくなっていた。これでは、ふなQが心配して迎えに来るのも無理はない。

 

「あーすまんな、とりあえず休憩するで!」

 

「ええ、お菓子やジュースを用意してますから」

 

「牌譜もあるやろ? サンキューや」

 

「もちろんです」

 

 怜は席から立ち上がって、控え室へと向かった。麻雀の内容について一切話さないふなQの優しさに怜はお礼を言った。

 控え室へと戻った怜は、糖分補給のために、紙パックのいちごミルクをストローで飲みながら、今日の第一半荘の牌譜を机の上いっぱいに広げた。

 

「タブレットやなくて、わざわざ印刷しといてくれてたんやな」

 

「そのほうがええかと思いまして」

 

「サンキューや」

 

 ふなQにお礼を言いながら、怜は牌譜を食い入るように見つめた。

 雀聖戦の挑戦者決定戦は本戦とは異なりハーフタイムで、外部との接触や牌譜の確認が許されている。

 牌譜はリアルタイムでプロ麻雀トップリーグのHP上に公開されているので、誰でも閲覧可能である。

 

「とくにめぼしい情報はあらへんなぁ……」

 

 牌譜の内容を全て頭に叩き込んでから、怜はそうつぶやいた。

 怜が実際に卓に囲んで感じ取った情報と牌譜との間に大きな差異はない。

 

「そうですか……すみません」

 

「いや、ふなQが謝ることやないやろ。いくつか見えなかった仕掛けも確認できたし」

 

 甘いものを摂取して一息つくと、また頭が回り始めてくる。

 第1半荘では重い展開が続いたが、姉帯さんが3位に沈んでいる以上、第2半荘では速い流れが来る可能性が高い。

 

「今日の相手めっちゃ強いわ、第1半荘なかなか反撃の糸口がつかめへんかった」

 

 怜がふなQにそう報告すると、ふなQはメガネを上にクイっとあげて少し目を逸らしながら言った。

 

「今日の面子は全員タイトルホルダーですし、本当に各雀団のトップが来てますから」

 

「姉帯さんも竜華も随分雰囲気変わってもうたし、プロ麻雀は魔境いうんもそうなんやろな」

 

 姉帯さんの麻雀を見る限り、高校時代とはほとんど真逆である。苦労を重ねたことがその闘牌からひしひしと伝わってくる。

 大星さんや玄ちゃんのように高校時代から大きく闘牌内容が変化していない雀士は珍しく、大半の雀士は闘牌内容の変更を余儀なくされている。

 ここにきて怜は、7年という年月の重みを感じていた。

 

『雀聖戦挑戦者決定戦C卓、第二半荘を開始いたします。C卓出場選手は試合会場にお戻りください。繰り返します……』

 

 第二半荘の試合準備のアナウンスが、控え室に響く。

 

「ん……牌譜とかジュースとかわざわざサンキューや」

 

「ええ、応援しています」

 

「それじゃあ呼ばれたみたいやし、行ってくるで!」

 

 一人沈みの第一半荘。

 トップとの差は大きく、開始時のゲームプランも壊れてしまった。暗澹たる状況と言っても良い。

 

 ただ、それでも

 

 勝っても負けても麻雀は、楽しく打つもんや。

 



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第112話 雀聖戦挑戦者決定戦 『激流』

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 東1局

清水谷 竜華 60,200

大星 淡   59,100

姉帯 豊音  52,300

園城寺 怜  28,400

 

リーチ!!!!!!

 

 雀聖戦挑戦者決定戦、第2半荘東一局は大星さんのダブルリーチで幕を開けた。

 配牌こそ五向聴だが、これまでとは打って変わって、有効牌をツモる未来しか示されない。

 第2半荘の始まりの時点で速い展開にする決意を固めていたのか、大星さんのダブルリーチを見て姉帯さんが方針を切り替えたのかは、未来視の力からはわからない。

 しかし、姉帯さんが仏滅の能力から、有効牌の引きを上昇させるように戦略をシフトしたことは疑いようがなく、この東1局で第1半荘から完全にトレンドが転換した。

 

 今まで堰き止められていた牌が、決壊したダムの水のように溢れ出す。

 

 遅緩な展開よりも、早い展開のほうがずっと対応することは容易い。

 姉帯さんが、やっと押してくれたリセットボタンを最大限に利用して、点差を詰めておかなくてはいけない。少し無理をしておくだけの価値がこの局面にはある。

 

 3巡先を覗き見ると大星さんの満貫和了が見えたので、鳴きをいれておく。

 

 他家の手を妨害しながら、自分の手を仕上げていき、聴牌までたどり着いた怜だったが回避できない未来が視えたので、未来視の力を元に戻した。

 2巡先の竜華のツモ和了が近づいてくる。

 

ツモ、2000、4000

 

 竜華の理牌のされていない萬子の混一色が開けられる。

 一瞬、目が踊った怜だったが和了しているっぽいし、姉帯さんが何も言わないので和了しているのだろうと予想した。

 あまり自信がない。

 麻雀の強い方の泉も竜華の和了を目で追いかけながら、自信のなさそうな顔をしている。

 

——見にくすぎやろ……理牌くらいしろや。竜華に和了されるの痛いけど、これなら次局につながるからそう悪くもあらへんかな。

 

 姉帯さんさえトップに立たせなければ、このチャンスは継続する。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 東2局

清水谷 竜華 69,200

大星 淡   54,100

姉帯 豊音  50,300

園城寺 怜  26,400

 

 第2半荘のはじめての親番。

 牌の激流のような高速展開。大きなビハインドを背負っている現状、鳴いて無理にズラすのは打点低下が痛い。

 

 切り出す牌で、流れをコントロールしていくしかない。

 

 4巡先の牌形から不要牌を逆算して、怜は六筒から切り出した。聴牌が近そうかつ、国士も見える不思議な切り出しから、他家を牽制していく。

 チャンスが限られている以上、鳴いて無理に和了しようとすれば負ける。

 

 激流を制するは静水。

 激流に対し激流で立ち向かってものみこまれ砕かれるだけだ。

 

 1巡先の未来を変えようとはしない、遠い未来の出来事を改変する。

 ほんの少しの不確実性を取り入れるだけで、ずっと先の未来は大きく変わる。

 積極的な仕掛けは必要ない。

 むしろ、激流に身を任せて同化する。

 

リーチや!!!

 

 怜が気合を込めてそう発声し、リーチ棒が真っ直ぐに立つ。

 姉帯さんが追っかけリーチをかけてきたが全く問題にならない。

 未来は、もう決まっている。

 怜は、ツモってきた牌をそっと優しく横に表向きに置いた。

 

ツモ 6000オール!

 

 立直、一発、門前自摸、平和、断么九、ドラ2。

 試合の流れを変える跳満和了で、姉帯さんを最下位に蹴落とした。

 

「おい、そろそろまぜろや」

 

「ふーん、絶対安全圏は破れなかったみたいだけど……なかなかやるじゃん」

 

 目を輝かせて好戦的な笑みを浮かべる大星さんの反応に気をよくした怜だったが、猜疑心の塊のような姉帯さんの視線を浴びて気を引き締める。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 東2局 1本場

清水谷 竜華 63,200

大星 淡   48,100

園城寺 怜  45,400

姉帯 豊音  43,300

 

 跳満和了から波に乗りたい怜だったが、あまり良い未来は見えてこない。

 姉帯さんの支配による牌の激流は続いているので、逆転のチャンスは継続するのが救いだろうか。

 

——追いついたはええものの、これ姉帯さん、うちだけ牌いじってるんちゃうか……

 

 疑心暗鬼に駆られながらもいつものペースで巡目を進めていくとあっさりと、大星さんに和了された。

 ダブルリーチからの満貫で8300点。

 お手軽な高火力に怜はため息をつく。

 

 続く東3局は姉帯さんの親番。

 絶対に姉帯さんをトップに立たせるような展開にはしたくないので、怜は自分の和了よりも姉帯さんを妨害することを優先して麻雀を組み立ていく。幸い竜華も姉帯さんを和了させないことに関しては協力的なので、いくつもの有効な未来が怜の前に示された。

 何度も姉帯さんの和了の影がチラついたが、またも大星さんが満貫を引き当てて、なんとか姉帯さんの親番を凌ぎ切った。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 東4局

大星 淡   64,400

清水谷 竜華 59,100

園城寺 怜  39,300

姉帯 豊音  37,200

 

 大星さんが再度トップに返り咲く。

 せっかくトップに立ったのに平然とダブルリーチをかけてくるあたり、大星さんの麻雀はどこか壊れている。

 しかし、その無鉄砲さが事態を好転させる事が多いので、彼女からみれば期待値的に最も良い選択をしているということなのだろう。

 姉帯さんの追っかけリーチが入って、大星さんが当たり牌を掴みそうになったので、竜華の捨て牌を鳴いてズラす。

 

ツモ! 3000、6000

 

 姉帯さんが嬉しそうに両手で牌を倒して、跳満が卓に晒される。

 第二半荘が始まってから必ず10巡以内に和了し最低満貫以上の和了しか登場しないインフレ麻雀に、試合をテレビで見てる人はイカサマとか言ってるんやろなあと怜は思いながら牌を卓に投げ入れる。

 先の先まで見通すことで未来視の力は少し曇ってきたが、頭痛がするくらいで身体的な負担はあまりない。

 北海道で出会ったホヤウカムイ様に、怜は深く感謝した。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 南1局

大星 淡   60,400

清水谷 竜華 53,100

姉帯 豊音  50,200

園城寺 怜  36,300

 

 大星さんの親番。

 当たり前のようにダブルリーチがかかって、卓に緊張感が増す。

 

——というか、こいつら未来視使ってるわけでもあらへんのになんで振り込まんねん……

 

 怜は、放銃の全くない今日の面子に恐ろしさを感じながらも、牌の流れに沿って切っていく。

 

 この局は3巡先に自分の和了がある。

 

 無理をする必要はない。

 たまには、こうして牌なりで和了できる場面がなくてはやっていけない。

 

リーチや!

 

 予定調和を果たすために1000点棒を立てて追っかけリーチをして、大星さんが捨てた三萬をそのまま回収して和了する。

 

ロン! 8000

 

 怜がそう発声すると、大星さんの顔が曇った。

 差し込みを除けば、この対局ではじめての出和了を決めてトップとの差を大きく縮めることに成功した。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 南2局

清水谷 竜華 53,100

大星 淡   51,400

姉帯 豊音  50,200

園城寺 怜  45,300

 

 トップの竜華との差は約8000点。

 最後の自分の親番はなんとしても和了しておきたい。

 怜は、五向聴のぐしゃぐしゃの配牌を見据える。

 大星さんのダブルリーチはかからない。

 手牌は最悪だが、他家の手牌も大星さんの安全圏の力によってそう良くはないだろうと怜は推測した。

 

——前局と違ってすんなりとは和了できへん、無理矢理動いてずっと先の未来を変えたる!

 

 姉帯さんの捨てた九索を鳴いてから、中を鳴いて役をつける。

 未来が視えているからこそ自信を持って行える鳴きを活かして、高速の和了を狙いに行く。数多の未来を切り捨てて、自在に未来の形を作り替える。

 

ツモ! 2600オール!

 

 和了牌を引き当てて、怜はそう力強く発声した。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 南2局 1本場

園城寺 怜  53,100

清水谷 竜華 50,500

大星 淡   48,800

姉帯 豊音  47,600

 

 最終盤の土壇場でトップに立った怜だったが、バラバラの配牌と大星さんのダブルリーチが入るのを確認して、自分がもう一度和了しなければならないことを悟った。

 

——この局はどう動いても和了出来へんやろから、他家の守備力考えたら親かぶりになるやろ……なんとか姉帯さんの和了だけは阻止せなあかんし……

 

 ここで最下位の姉帯さんに満貫和了を許しトップに立たせれば、スローの展開にされ怜の勝ちの目はなくなる。

 緩慢な展開で強いのは、大星さんと姉帯さんだけだ。後2局であれば、点棒の差でそのまま押しつぶせるくらいの支配力が姉帯さんにはあるだろう。

 トップに立っているにもかかわらず追い詰められているような錯覚に囚われそうになる気持ちを怜は振り払った。

 

——ここが踏ん張りどころ……3巡先の未来視は崩せへん!

 

 姉帯さんの和了を鳴いて崩すと、竜華の方に流れがいってしまったが、これは仕方がない。

 自力で和了出来ない以上、親かぶりになって必ず沈む。

 

ツモ 1100、2100

 

 怜と同じように鳴いて流れを切るように動いてきた竜華が、役牌を絡めた和了を決めて再び首位に返り咲いた。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 南3局

清水谷 竜華 55,800

園城寺 怜  51,000

大星 淡   46,700

姉帯 豊音  46,500

 

 決着も近くこれ以上竜華に点数を稼がれると、逆転が困難になるが姉帯さんに和了させても負けてしまう。

 チリチリと痛む頭をフル回転させて、怜は考え込む。大星さんを使う方法も頭によぎったが、南3局でその仕掛けは悠長すぎる。

 南3局、南4局と高速和了を目指して競り勝つしかない。今は打点よりも和了が欲しい!

 

ポン!!!

 

 怜が覚悟を決めて役牌を一鳴きすると、竜華と姉帯さんも鳴いて仕掛けをいれてきた。大星さんが、鳴きを入れてこないということはすでにダマで聴牌しているのだろうと怜は予想した。

 

 卓の誰もが早い和了を欲している。

 

 こうした鍔迫り合いのような叩き合いの場面では、牌が見えているおかげなのか圧倒的に竜華が早い。

 怜は何度も竜華が和了する未来に介入して、自分に流れを引き寄せる。

 

 誰よりも早く。麻雀にも思考の刹那、時速300kmの世界がある。

 

ツモ! 700、1300

 

 怜は両手で丁寧に牌を倒してそう言った。

 

 全力疾走をしたあとのように脳裏が熱い。

 最後のオーラスで全てが決まる。その高揚感が怜を包み込んだ。

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 オーラス

清水谷 竜華 55,100

園城寺 怜  53,700

大星 淡   46,000

姉帯 豊音  45,200

 

 行き詰まるような緊張感と麻雀牌の音。

 怜は上がってきた配牌を眺めやってから、軽く目を閉じた。

 この配牌はもうレールが引かれている。

 あれだけ工夫を凝らしてきたのに、麻雀の終わりはいつも呆気ない。

 

 四萬、西、三索鳴、七萬、北、六筒。

 

 決められた通りの手順をなぞるたびに、未来の景色がより鮮明になっていく。

 最後に一萬を引き入れてから、怜は牌を倒した。

 

ツモ! 1300、2600

 

雀聖戦挑戦者決定戦

第2半荘 終了

園城寺 怜  58,900

清水谷 竜華 52,500

大星 淡   44,700

姉帯 豊音  43,900

 

 雀聖戦挑戦者決定戦は、園城寺怜の勝利で幕を下ろした。

 試合終了のブザーが響くのと同時に、疲労感を感じて、怜は椅子の背もたれに深くもたれかかった。

 後半に展開が自分に向いてきてくれて、助かったと怜は思った。

 今回の勝ちは、薄氷の勝利。

 壮絶な斬り合いをしたら最後に立っていたのが、自分だったというだけの話だ。

 それだけ、トッププロの支配力は強い。

 

——家に帰ったら、もっとトレーニングして、介入できる余地を増やしておかなあかんな。

 

 牌と牌の擦れる音が響く。

 麻雀を愛すれば愛しただけ、牌は必ず応えてくれる。

 

 誰よりも、私は麻雀を好きでいたい。

 



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第113話 温泉宿と着信音

 有馬温泉。

 怜の居る旅館の離れから見える日本庭園にししおどしの音が響く。

 

『プロ麻雀雀聖戦、アマチュアが初の快挙』

 

『園城寺怜、雀聖戦本戦出場決定! 歴史的大事件! インターハイの再来』

 

 部屋の座卓に置かれた二紙の朝刊を手に持って眺めやってから、加治木さんは言った。

 

「大活躍だな……改めてだが、おめでとう」

 

「サンキューや! 結構ギリギリやから危なかったわ」

 

 加治木さんの賞賛に怜は、温泉まんじゅうを食べながらそれに応じた。

 雀聖戦挑戦者決定戦が決着しすぐに、麻雀の練習に取り掛かりたかった怜だったが、竜華の大反対にあってしまい3日間は牌に触らないことを約束させられてしまった。

 

——少しくらいなら大丈夫やと思うんやけど……竜華は心配症すぎてあかんわ

 

 春期個人戦もある竜華は、まだ東京に残っている。

 この状態で怜だけを神戸のお家に返すと、約束を破って麻雀をする確率が200%を超えてくるので、怪我で療養中の加治木さんが湯治をしている旅館にぶち込まれた次第である。

 

「少しくらい牌触ってもええやろ?」

 

「いや、やめておけ。清水谷にもそう言われているし、一般的にもクールダウンを設けた方がいい。私のようになるな」

 

「せ、せやなー」

 

 珍しく厳しい口調で加治木さんに嗜められて、怜は今日は麻雀をするのを諦めた。

 故障中の加治木さんをお目付役にするあたり、竜華は性格が悪いと怜は思う。

 

「まあまあ、園城寺先輩。1日、2日は休んだ方が良いですよ」

 

 そう言いながら麻雀の弱い方の二条泉(本物)が、急須を持って萩焼きの湯呑み茶碗にお茶を注いでいでくれたので、怜は温泉まんじゅうで甘くなった舌を潤す。

 

「というか泉は、こんなところでのんびりしててええんか? 春期個人戦はないけどチームの予定とかあるんちゃう?」

 

 ルーキーは春期個人戦に参加できない。

 ペナントレース開幕にあわせて、雀聖戦予選と春季個人戦を実施する過密日程には、批判も多い。

 これに加えて、プロ麻雀に来るような選手はアマチュアではチームの中心選手であり、過登板の傾向があることから、試合数を抑え新人選手を守るために、近年制度改正が行われた。

 なお、この部屋で両手で温泉饅頭を頬張って幸せそうな笑顔を浮かべている女が、制度改正の原因を作った張本人である。

 

「いえ、二軍の試合はありますけど……私は完全にオフですね。シーズンは精神的にもかなり疲れたので……」

 

「疲れるほど、試合出てないやろ」

 

「その……精神的にですね……ええ」

 

 なんとなく歯切れの悪い回答をする泉に、怜はちょっとだけゲンナリする。

 なんとか、先鋒で1勝こそもぎ取った泉だったがその後は冴えず、中継ぎと先鋒を行ったり来たりしている。

 助っ人外国人のウィッシュアート以外の先鋒が崩壊しているチーム状況なので使って貰えているが、他のチームではそうはいかない。

 泉が疲れている原因は不明だが、その辺の必死さが足りないなと怜は思った。

 

「まあ、二条も練習はしてるわけだし、今日は温泉でのんびりしていくと良い」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 加治木さんは、そう言ってからお茶に口をつけた。加治木さんと泉は、ポジションの同じライバル同士のはずだが仲は良い。

 

「加治木さんは個人戦はあかんの残念やな」

 

「さすがにまだ厳しいな。しかし、牌を持っての調整ははじめて手応えもあるから、実戦までそう遠くはないさ。まずは、一軍復帰のための結果を出さなくてはいけないが」

 

 そう言って苦笑した加治木さんに「応援しとるで」と返した怜だったが、本心では二軍で結果を残さなくても、一軍で登板する機会はあるだろうなと思った。

 それくらい今の神戸の先鋒陣は酷い。

 

「園城寺先輩、雀聖戦見てましたけどほんまカッコよかったです」

 

「せやろーさすがやろー」

 

 怜はなんとなく面と向かって褒められるのが気恥ずかしかったので、泉の褒め言葉を怜は適当に洋榎の真似をしながら受け流す。

 

「あの場面、スローの展開が続いていたらどう対応するつもりだったんだ?」

 

「んーその時はよっぽど運が良くあらへんと負けになるから、続いた時のことはあんまり考えてへんかったで」

 

「姉帯さえトップに立たなければ、チャンスはあると?」

 

「せやな、そんな感じや。竜華に先行されてもうたのは少し想定外やったけど」

 

「なるほどな……少し安心したよ、卓についた時から勝敗がわかるとか言われたら、どうしようかと思った」

 

「それやったら、つまらへんやろ」

 

 笑いながら手を横に振る怜の姿を見て、加治木さんは安心したように軽く目を閉じてから、お茶に口をつけた。

 温泉饅頭も食べ終えて満足した怜が、思い立ったように口を開いた。

 

「麻雀できへんし、お風呂でも入ろかな。泉、大浴場行かへん?」

 

「あ、いいですね。行きましょ」

 

 バスタオルをもって意気込んでいる怜と泉の様子を見て、加治木さんが頭を抱える。

 

「神戸の選手でも目立つのに、新聞の一面に載ってるやつが大浴場に行くやつがあるか……部屋の露天風呂で我慢しろ」

 

「でも、部屋のは銀泉しかないやん。大浴場で金泉も入りたいで!」

 

「…………貸し切りのお風呂があるかどうかだけ後で聞いてやるから、絶対にいくなよ」

 

 眉間にシワを寄せてそう言った加治木さんの表情を見て、怜は大浴場に行くことを一旦は諦めることにした。

 怜は聞き分けのいい、良い24歳児なのである。

 

「しゃーないなあ……部屋の露天風呂にしとくな」

 

 怜がそう言って浴室の方に行こうと立ち上がると、怜の水色のポーチからスマートフォンの着信音が聞こえてきた。

 

「ん……誰やろ、お風呂行こうとしてたのに、竜華かな?」

 

 怜は面倒に思いながらも、竜華に心配をかけさせると後で面倒なことになるので、ポーチからスマートフォンを取り出して座卓の上に置いた。

 

 着信中

〜藤白 七実〜

 

 表示された呼び出し画面に映る名前を見て、部屋の空気が凍る。

 

「……無視してええかな?」

 

「は、はやめに出た方がええんやないでしょうか?」

 

 完全にビビっている泉の返事を聞きながら、怜は両の腕を組んで、座卓の上で震えながら着信音を鳴らし続けるスマートフォンと対峙する。

 

 電話に出たくはないが、このまま放置しているのも面倒なことになりそうである。

 

 どうようか悩んでいると、怜にある一つの名案が思いついた。

 

「泉、うちはお風呂行ってるから電話出れへんやん?」

 

「……えっ?」

 

「お風呂入ってたら電話出れへんやろ?」

 

「は……はい」

 

「だから、先輩の電話を後輩が代わりに出るってそこまで不自然なことでもないと思うんや」

 

「い、いや! 絶対嫌ですからね! 自分で電話でてください!!!」

 

 必死に出たくないと頭とおててを横に振りながら主張する泉への怜の中での好感度が下がる。

 

——無理矢理電話取らせてもええけど、泉と話したことで機嫌を損ねさせて、藤黒さん降臨させても面倒やしな……

 

 どうしようかと、スマートフォンを前に怜が悩んでいると、スマートフォンの画面が切り替わり通話が勝手に始まった。

 

『ん……やっと繋がったか? おい、怜か?』

 

「はい、もしもし。園城寺です」

 

 勝手に通話が始まったことに震え上がりながらも、冷静な声で怜は藤白先輩に応対をはじめる。

 

『おっ! 繋がったか、先輩からの電話くらい早く出ろや、なにしとったん?』

 

「はい、申し訳ありませんでした。お風呂に入るところだったもので」

 

『そうか。まあ、ええわ。それより、おまえ雀聖戦残ったな』

 

「はい」

 

『それでこそ千里山のエースや、宮永倒してこい応援してる』

 

「はい、ありがとうございます。頑張ります」

 

 藤白先輩の言っている宮永が、挑戦者決定戦で先輩を下した宮永照のことなのか、雀聖位の宮永さんのことなのかは不明だが、怜は適当に返事をしておくことにした。たぶん、両方だろう。

 

『姉帯との麻雀は良かった。今は、もう牌触っとるんか?』

 

「いえ、2、3日は牌に触らないように竜華に言われているので」

 

『ああ、それが良いだろう。じっくり調整していけ、牌譜だけは確認しておけよ』

 

「はい、ありがとうございます」

 

『本戦の結果はまだだが、挑戦者に決まったからには、今度怜の祝賀会をせなあかんな』

 

「はい、ありがとうございます」

 

『それじゃ江口に言っておくから、怜は何か食べたいものとかあるか?」

 

「は、はい……そうですね……魚とかお寿司が食べたいです」

 

『ああ、寿司か? 私も食べたいと思ってたんだ。怜は気がきくな』

 

「はい、ありがとうございます。楽しみにしています」

 

『良かった、じゃあまた連絡するから。おめでとう』

 

「はい、ありがとうございます」

 

 最後に怜がそうお返事をすると、上機嫌のまま藤白先輩からの電話が切れた。

 藤白先輩は自分のことを後輩思いの優しい先輩だと思っているので、怜にとっては迷惑なことではあるが、高校の後輩に色々としてあげたいのだろう。

 とくに怒られることもなく安心したので、直立不動の体制を崩して、怜は一つ大きなため息をついた。

 その様子を見て完全にドン引きしたように、加治木さんが目を逸らす。

 

「お、お話は終わりましたか?」

 

 和室の隅の押し入れの襖から、泉がそっと顔を覗かせて様子を伺ってきた。

 

「電話で、そこまで隠れることないやんけ……」

 

「いえ……そうなんですけど。通話が勝手に始まったので、もしかして藤白先輩に私がいることもバレるかなと」

 

 完全に疑心暗鬼になっている泉が面白かったので、怜はあることないことを適当に吹き込んでおくことにしようと思った。

 

「藤白先輩は能力で電話先の相手の状況が漠然とわかるみたいや、挨拶せんかったから、泉のことめっちゃ怒ってたで」

 

「う、嘘ですよね……」

 

「ほんまや」

 

 泉の絶望に染まった声を怜が適当に肯定すると、泉は顔面を蒼白にして押し入れのなかへと戻っていった。

 

「……千里山って、そんな感じなのか?」

 

「怖いのは藤白先輩だけで、あとは普通やで」

 

 加治木さんの問いかけに、怜は正直にそう答えた。上下関係が厳しいと言われてしまうこともある千里山女子高校だが、あの畜生が千里山のスタンダードだと思われても困る。

 泉を見てもわかることだが、基本的には上下関係はなく和気藹々とした校風だ。

 完全に藤白先輩が異質なのである。

 

「電話も終わったし、早速温泉さんに入るで!」

 

 怜はそう言って押し入れの奥に潜んでいる泉を誘ってみたが、返事が返ってこない。

 

 電話は終わったのに、なにを思い悩んでいるのだろうか?

 

 湯煙立ち登る温泉に早く入りたい。

 

「泉、温泉さんはいるで!」

 

 大事なことは2回言っていくスタイル。

 

 これが、園城寺怜の持ち味だ。

 



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第114話 ななしの雀士の住民と園城寺怜ちゃん包囲網

 

 プロ麻雀春期個人戦前夜祭。

 華やかなパーティー会場にプロ雀士たちが一堂に会する様子を怜は平和に加治木さんと一緒に旅館のテレビで眺めていた。

 

「個人戦の前夜祭ってめっちゃ大きいし料理も豪華やんな。おいしいん?」

 

「はじめて参加した時は、緊張でほとんど味などわからなかったよ。2年目は少し余裕もできて……少しお酒もいれて、おいしく食べられたかな」

 

「お酒飲む人多いん?」

 

「まあ、それなりにいるな。最初の一杯だけという選手も多いが」

 

「明日試合があるのに浴びるほど飲んで、泥酔状態でタクシーに放り込まれて、ホテルに戻った奴もいたな」

 

 そう言って加治木さんは、可笑しそうに笑った。

 

「その人、大丈夫やったん?」

 

「まあ、試合は昼からだから。よく寝られたのか絶好調で麻雀してたよ」

 

 加治木さんの話を聞いて、泥酔してタクシーに放り込まれてそうなプロ雀士の顔が若干1名ほど怜の脳裏によぎる。

 しかし、推定で疑うのは良くないことなので、特定の個人名を口に出すことはやめておくことにした。

 加治木さんの飲んでいるウイスキーの氷が、からんと良い音をたてて部屋に響く。

 

「あ、なくなってもうたな。もう少し飲むやろか」

 

 怜が国産メーカーの21年もののウイスキーボトルを両手で持って、加治木さんに問いかけるとゆっくりと首を横に振られた。

 

「いや、ここにいる間は一杯しか飲まないと決めているんだ」

 

「たしかにお酒は体に悪そうやしなあ」

 

 怜はお酒は一切飲めないので、よくわからないが好きな人には一杯だけというのは、辛いのかもしれない。

 

「まだ、少し早いが早めに床につかせてもらうよ」

 

「おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

 牌譜の資料を持ってベッドルームに消えていく加治木さんを見送ってから、怜はスマートフォンを手に取った。

 泉ももう選手寮に帰ってしまったため、話し相手がいないのである。

 怜は手慣れた手つきで掲示板を開いてスレッドの一覧を眺めやる。

 

プロ麻雀個人戦前夜祭実況7

神戸、園城寺獲得に4億! 仁義無用の争奪戦はじまる

【悲報】佐久フェレッターズ、守護神がいない

正直、雀聖戦は宮永に勝って欲しい奴wwwww

【糞定期】玄ちゃん、雀聖戦欠場も個人戦は絶好調! トップ狙う宣言

【徹底討論】高校麻雀界の太陽はプロ麻雀の守護神たりえるか

 

 スレッドの一覧を取得し、自分自身すらも聞かされていないプロ契約の内容がさも真実かのようにスレ立てされていることに怜は慄いた。

 恐る恐るスマートフォンをタッチし、該当のスレを開く。

 

神戸、園城寺獲得に4億! 仁義無用の争奪戦はじまる

1名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwa3

 20XX年4月28日、今季雀聖戦挑戦者決定戦を制し、タイトル挑戦権を得た園城寺怜アマ(24)がプロ入りを希望した場合に備えて調査をしていることが分かった。

 アマチュアでのプロタイトル挑戦は、プロ雀界再編後のトップリーグ制導入以降初の快挙であり、すでに恵比寿、大宮の2雀団が調査を開始しているとみられている。

 同アマは、高校卒業以降麻雀団体への所属実績がないことからドラフト経由せずに、任意の雀団との契約が可能であり、外国人枠を使用しないシーズン中の外国人補強として魅力は充分。

「園城寺選手は千里山高校時代から見てきた選手。地元のエミネンシアを選んでくれると期待している。まずは4億、大型契約の準備はできている」

 同雀団須田山編成部長はそう語り、獲得への強い意欲を覗かせた。

 

2名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaw

神戸、露骨に牽制してて笑うwwwww

 

6名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3gmaj

園城寺は清水谷もおるし普通に神戸に内定しとるんやろなあ

 

14名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwjj

プロの契約金は1億5000万円までって縛り無かったっけ?

 

21名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjw

>>14

ドラ1はそう

園城寺の場合はプロ編入試験でプロ入りするからその縛りはない

 

31名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmaw

>>21

さすがに草

プロ編入試験とか使う奴いなかったからガバガバすぎる

 

36名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjw

>>21

もう(資金力の乏しい雀団に獲得の可能性が)ないじゃん

 

45名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emiao3gm

3億円でイキってたエビカス冷えてるか〜?

 

49名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmjw

札束で殴り合う展開すき

でも、怜ちゃんはお金とか興味なさそう

というか、金に困ったことなさそう(偏見)

 

56名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:head6miz

利益を全部プロ麻雀で使い潰す鉄道会社と新聞社があるらしい

 

69名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rmgj

アマチュアで普通に姉帯に殴り勝ったのほんと草生える

 

72名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rgwj

4億って聞いてビビったけど

よくよく考えると清水谷や姉帯に勝てるレベルの選手で4億って安くね?

 

79名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebimidaz

>>72

エイスリン・ウィッシュアート

3億8000万円 外国人枠 単年契約

園城寺 怜

4億円 外国人枠消費なし FAまで契約独占

 

??????????

 

83名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3rmjg

>>72

園城寺、安すぎワロタwwwwwwwww

 

87名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rawg

>>72

ウィッシュアートが高すぎるのでは……

 

93名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6pmaz

先鋒

園城寺 怜

エイスリン・ウィッシュアート

二条 泉

中継ぎ

野依 理沙

荒川 憩

片岡 優希

抑え

清水谷 竜華

 

あかん、優勝してしまう

 

100名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi0mrwj

>>93

1人増えただけでめっちゃ強そうで草

 

106名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi3mrwj

>>93

実際これに加治木や椿野も復活してくるから、ほんまに来年は優勝待ったなしやろ

 

112名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3mjsw

>>93

先鋒全員、去年いなかったんですがそれは大丈夫なんですかね……

 

123名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmaw

こどおばが、園城寺さんは遅い展開向いてないから支配系の能力者相手には不利って言ってたのが引っかかる

 

130名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwaj

>>123

不利なのに、姉帯や大星に勝てるのヤバすぎやろ(^◇^;)

 

139名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmj3

>>123

不利(不利とは言ってない)

 

149名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat7ajgd

>>123

園城寺が姉帯に差し込んだ時、福与アナと視聴者そっちのけで、こどおばが一人で盛り上がってたのすき

 

170名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emiwjmgd

高校生園城寺怜ちゃんが倒した雀士一覧

宮永咲、姉帯豊音、松実玄、花田煌、宮永照、亦野誠子、上重漫、荒川憩、愛宕洋榎、辻垣内智葉、椿野美幸

 

専業主婦園城寺怜さんが倒した雀士一覧

姉帯豊音、大星淡、清水谷竜華、渡辺琉音、鶴田姫子、江口セーラ、福路美穂子、薄墨初美、白水哩、小走やえ、愛宕絹恵

 

176名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:ebim6mrj

>>170

勝ちすぎぃ!!!!

 

186名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmaz

>>170

これは高校麻雀界の太陽

 

193名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjg

>>170

宮永世代最強は園城寺怜という風潮

一理ある

 

203名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokgmaj

>>170

この雀士を潰した監督がいるらしい

 

211名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3pmjw

酷使無双ほんときらい

 

223名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwjg

高校麻雀界の闇

 

225名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:mat3pmaz

にわかが持ち上げてるけど

園城寺は高校の頃凄かっただけで、思い出補正とする風潮がここ数年のなな雀民の間であったという事実

 

240名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmaj

>>225

ガチのマジで無能

 

248名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea3mrwj

園城寺ってインターミドルは活躍してるん?

 

257名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwjg

>>248

千里山中学時代は江口のが活躍してて有名だった

怜ちゃんは大会の出場者に名前はあるけど牌譜の記録が全くない

 

296名前:名無し:20XX/4/29(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea3mrwj

>>257

サンクス

少し調べてみるわ

 

 掲示板では怜自身のことについて、怜本人よりも詳しい情報が調べ上げられようとしていて、インターネットの怖さに身が震え上がる。

 

「あ、あかん……中学のクソ雑魚時代の牌譜が掘り返されてまう」

 

 昔から上手だった竜華やセーラは見られてもいいのかもしれないが、怜の場合本当に酷いものもいくつかあるので、見せてはいけないものが掘り返される結果になってしまいかねない。

 小学校時代の牌譜が晒されて未来永劫、掲示板で笑い物にされるなど、あってはならないことである。

 

「あえて……中学時代のよさげな牌譜を公開しておくことで、それ以上探られるのを避けたりできへんやろか…………」

 

 怜は和室の畳の上で寝返りをうちながら、どうでも良いことに頭を悩ませ続ける。

 

「というか、なんでこいつらうちより契約の内容に詳しいねん! おかしいやろ!」

 

 チームの練習環境や雰囲気について色々と雀団関係者から話は聞いているが、金額をいくらにするかなど具体的な契約の話は、怜のところには一切来ていない。

 選手と金銭面で接触してはいけないルールでもあるのだろうかと怜は考え込む。

 

「まあ、ええか。3億でも4億でもそんな差あらへんやろ」

 

 プロ麻雀煎餅は一度に2パックまでしか買えないなど、厳しい所得制限をかけられている怜の環境では年俸の額が変わったところで生活にたいして影響があるとも思えない。

 掲示板の住民に契約内容など探られても、たいして問題はないことに怜は気がついた。

 

「そうなると、やっぱり中学と小学校時代の牌譜が問題や……でも残ってたら、隠すのとか無理やし……」

 

 しばらく考え込んでいた怜であったが、結局名案は思い浮かばず、和室の畳の上で布団もかけずにそのままゴロ寝する運びとなった。

 

 なお、翌日にはもう牌譜のことは忘れた模様。

 



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第115話 憧れの先輩とポルターガイスト

 深夜零時。

 つけっぱなしのテレビに映し出されている深夜バラエティ番組の出演者の笑い声が、部屋に響く。

 私はすやすやと眠る未来視さんの横を通り抜けて、テレビの音量を落とした。

 

「んっ…………」

 

 テレビの音が小さくなったのが気になったのか、未来視さんは小さく声をあげて一度寝返りをうった。

 はだけた浴衣から、未来視さんの真っ白な細い脚が和室の畳の上に投げ出される。

 

「うわぁ……さすがにこれは先輩には見せられないっすねぇ」

 

 無防備な姿を曝け出す美人さんを見て、先輩がへんな気をおこしてしまってはいけないので、押し入れから一枚布団を取り出して未来視さんに優しくかけてあげた。

 奥手の先輩がチームの同僚の奥さんに手を出すとは思わないし信頼しているのだが、浴衣、人妻、旅館、お泊まりと役満を聴牌しているような状況なので念には念を入れておいたほうがいい。

 布団をかけられたことを気にした風でもなく幸せそうに眠る未来視さんの整った寝顔を、そっと眺めやる。

 

「それにしても、麻雀があれだけ魅力的なのにこの容姿とか、天は二物を与えるものなんすねえ」

 

 清水谷さんは未来視さんのことを世界一可愛いと言っていたが、それはヤンデレ特有の贔屓目が入っているとしても、学校の中で一番可愛いくらいの実力はありそうである。

 その上、麻雀のほうは名門千里山女子高校のエースとしてインターハイ個人戦を制覇し、先輩後輩同期どこを見渡してもプロ雀士がいるというエリート中のエリートだ。

 

「結婚していなければ、未来視さんでも良いんすけど……」

 

 先輩のなかにぽっかりと空いた心の穴を、埋めてくれるような素敵な人が現れることを私は信じている。

 未来視さんは純朴な美人さんで麻雀の実力もたしかな上に、先輩との相性も悪くはなさそうだ。

 なにより、先輩自身が未来視さんの麻雀を好んでいて楽しそうに話している。

 先輩は人当たりが悪いわけではないが、少し気難しいところがあるので、そうした面が出てこない未来視さんは、理想の相手なのかもしれない。

 

「まあそれでも、人妻はないっすね。人妻は」

 

 燃え上がる恋と秘密の密会。

 不倫という響きは昼ドラ感があって、悪くはないが現実にやるのは、社会的にも精神的にも追い詰められる。

 そもそも奥さんを寝とったら、未来視さんもろとも愛に狂った清水谷さんに先輩が刺されそうなので、論外である。

 茨の道をわざわざ好き好んで歩んでいく必要もないので、私は未来視さんを先輩のお嫁さん候補から外す。

 

「今日は藤白プロの声を聞けたのは、ラッキーだったなあ」

 

 日中に藤白プロから未来視さんに、電話がかかってくるまでは藤白プロが千里山出身であることを忘れていた。未来視さんは、着信があった時は高校の先輩からの電話をイヤイヤしていたようだったが、通話ボタンを押してあげるとなかなか親しそうに話していた。

 実力には天と地ほどの差はあるとはいえ藤白プロは、私と同じ他家を錯覚させて戦うタイプの雀士なので、密かに応援している。

 あまりファンサービスには積極的でなく表舞台にでてこないので、楽しそうに話している声が聞こえたのは本当に貴重だ。

 

「電話でもサバサバした感じの声で、なかなかカッコよかったっすねえ……まあ、私は先輩一筋っすけど」

 

 未来視さん、清水谷さん、藤白プロと千里山には容姿に優れた人が多いなあと分析をしていると、未来視さんがまた寝返りをうった。

 もしかしたら、枕がなくて寝にくいのかもしれない。

 私は未来視さんの横に枕を置いてから、先輩の寝室へと向かった。

 今日はどんな寝顔をしているだろうか。

 

 音を立てずに先輩の寝室に忍び込んで、ローベッドで寝息を立てている先輩の顔をそっと覗き込む。

 穏やかな顔だ。ただ、寝ているだけでも超カッコいいので先輩はやっぱりすごい。

 スマートフォンで寝顔と全体像を1枚ずつ撮影してからアルバムに加える。

 ここ最近は、眉間に皺が寄っていたり厳しい表情の寝顔も多かったので、未来視さんが遊びにきていることが、良い刺激になっているのかもしれない。

 

 タモ材のデスクの上に綺麗に整えられて置かれている牌譜の紙上の涙の跡を、そっと人差し指で撫でる。

 

「先輩は真面目で私と違って頭が良いっすからねえ……立ち直れると良いんですが」

 

 こんな時に、私に出来ることはなにもない。

 先輩を信じてじっと待つだけだ。

 

 自分の牌譜ばかりを眺めるのではなく、シャープシューターさんや二条さんのようなライバルの牌譜を眺めるようになったのは、先輩にとって大きな進歩。ただ、それでも復帰にはまだまだ時間が必要だと思う。

 

 六大学で憧憬と期待に押しつぶされながら積み上げた石を、崩してはまた拾い集めて。もっと高い石垣を作り上げなくてはいけない。

 

 こういう時に、先輩を麻雀でサポートしてくれる人がいればいいのに。

 

 かおりん先輩や元部長さんでは当然無理だし、私では支えになることはできない。大学の関係で信用に足る人は、結局最後まで出来なかった。

 

 最初は一般入学で麻雀部に入ってきた先輩のことを見向きもしなかったのに、結果を出せば伊稲大のスターとして持ち上げて、先輩がどれだけ無理をしているかも知らずに、頼り切っていた人たちばかりだ。

 

 プロレベルになるとコーチの意見すら、参考にもならないことが多く、常に孤独な戦いを強いられるのだと、私は先輩を見守っていてそう思った。

 信頼できる人などいない。

 

「だからこそ、先輩に気苦労をかけさせないように、私が全力でサポートしてあげないといけないっすね」

 

 スマートフォンのカレンダーを確認する。

 精神的に負担がかかっているからなのか一月たってもまだ来ていないので、そろそろだろうか?

 先輩のカバンの中から、サプリメントと常備薬の入ったポーチを取り出して、鉄分のサプリメントを先輩の目のつきやすい位置に、移動させておくことにした。

 

「あとは、加湿器の水が少なくなっているから変えておかないと」

 

 旅館の空調は暖かく快適だが、乾燥がひどい。先輩の喉が痛くなっては大変なので、私は急いで加湿器の水を足した。

 

 加湿器から吹き上がり消えていく白い水沫。

 

 眺めていると私なんかでも、少しは先輩の幸せに貢献できているようで、幸せな気持ちになれた。

 

 先輩にいつか素敵な人が現れることを信じて。

 



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第116話 宮永咲と天秤の心

「やあ、忙しいところわざわざ呼び出してすまなかったな」

 

「いえ、特に予定もなかったので」

 

 ホテルのラウンジのソファーに腰掛けた弘世さんは私の返事を聞いて、小さく頷いてから私に席とお菓子を勧めてくれた。

 三段のアフタヌーンティースタンドから、イチゴのムースとクランペットを取り分けて自分のお皿の上に置く。

 

「紅茶で良かったのか? いつもはコーヒーを飲んでいるイメージがあるが」

 

「うーん、このお菓子には紅茶のほうが合いそうなので」

 

 私がティーポットを持とうとすると、弘世さんはそれを手で制して紅茶を私のカップに注いでくれた。

 ローテーブルに、ふわりとバニラとライチの混ざったような爽やかな香りが立つ。

 

「ありがとうございます」

 

「いや、これくらいはな。個人戦の疲れもあるだろうし」

 

「いえ、それほどは。それに秋期もありますから」

 

 春期個人戦は、衣ちゃんの優勝で幕を下ろした。

 全勝の私と姉帯さんに1敗した衣ちゃんで、衣ちゃんの方が1位になってしまうのは悔しく思わないこともないのだが、獲得素点が違いすぎるので仕方がない。

 特に誰かに負けたわけでもないので、あまり気にせず、今後の対局に臨んでいければ良いと思う。

 ソーサーを持ち上げてから紅茶に口をつける弘世さんの所作が綺麗だったので、私も真似してみる。

 紅茶の渋みはほとんどなく、芳醇な甘い香りが鼻を抜けていく。

 うん、なかなかおいしい。

 

「弘世さんは大健闘でしたね。おめでとうございます」

 

「それほどでも……いや、うん……そうだな。ありがとう」

 

 弘世さんは気恥ずかしそうに、きゅうりのサンドイッチをパクついてから頬を掻いた。

 

——綺麗なだけの人じゃなくて、可愛い所もあるんだなぁ……

 

 姉の大切なものを滅茶苦茶にしてやったら、さぞかし気持ちが良いだろう。シーツの上に彼女の肢体を沈めてみたい。

 彼女の長く艶やかな黒髪に指を通し、梳いてみたくなる衝動をぐっと抑え込む。

 

「ホテルのラウンジって使いやすくて良いですよね、人はいるんですけど落ち着いてご飯を食べられますし」

 

「ん……ああ、そうだな」

 

 私の言葉に弘世さんは少し上の空といった様子で応えた。

 

 いつ本題を切り出すか考えているのだろう。

 

 半個室のようになっているホテルの最上層のラウンジには、ピアノ奏者や他の宿泊客などそれなりに人がいる。

 わざわざ、料亭のような密室を選ばないで誘いやすい場所を選んだということは、先に内容を話したら、私が来ないかもしれない話があるということなのだろう。

 そして、個人戦が終わってしばらく試合もないこのタイミング。

 この後の話は、大体見当がつく。

 弘世さんがティーソーサーをローテーブルの上に置いて、コトっと小さい音が鳴る。

 

「咲ちゃんは、麻雀のプロになりたいと思ったのはいつくらいからなんだ?」

 

 質問に身構えていた私は一瞬困惑した。

 

「え……いつからプロになりたかったか? ですか?」

 

「そうだ。私は家のしがらみもあって自分はプロ雀士にはなれないのだろうと、ずっと諦めながら麻雀を続けてきて……だから、咲ちゃんがいつからプロを意識したのか少し興味があってね」

 

 いつから、なろうと思ったのだろう?

 自分の職業のことなのに、全く見当もつかない。

 高校3年の頃には、自分はプロ雀士になるだろうと思っていたが、積極的に望んでいたわけでもない。

 

「特になりたいと思ったことはないですね」

 

「…………そうか。結果として、そうなったということだろうか?」

 

「ええ、麻雀をするからには負けられませんから。負けないために、勝って。負けないために、勝って。それを繰り返していたら気がついたらプロにいました」

 

 口に出してみると、ずいぶんと寂しい回答だと我ながら思う。

 小さい子のファンと話すときには、弘世さんのように昔からプロ麻雀選手になりたくて、努力してきたと答えることにしよう。わざわざ、小さい子供の夢を壊すこともない。

 

「でも、強いて言えば……」

 

「強いて言えば?」

 

「清澄高校でインターハイに敗退したとき、私がプロ雀士になることは、決定していたのかもしれません」

 

 高校で麻雀を辞めるという選択肢もあった。

 しかし、私はその道を選ばなかった。

 

 麻雀のことはあまり好きじゃない。

 

 高鴨さんを倒してNelly Virsaladzeを倒して……それから、今度の雀聖戦で園城寺さんを倒す。

 夢の続きを追いかけている間だけは、私は麻雀が大好きな宮永咲でいられる。

 だから、私は麻雀を続けているのだろう。

 私は牌に愛されているから。

 

「君は、照を助けてくれるんじゃなかったのか」

 

 姉の名前が弘世さんの口からポツリと溢れたことで、私の右手がティーカップを掴んだまま硬直する。

 その話をされることは予測できていたのに、動揺で心が塗りつぶされた。

 

「な、なんの話ですか……」

 

「咲ちゃんが照と仲直りしたくて、インターハイの優勝を望んでいたことは知っている。それから個人戦で淡が壊れて、照と言い争い……いや、一方的に照が怒っていただけかアレは」

 

「私は、君たち家族に何があるのかは知らない。ただ……照だってあの時のことは反省してるんだ。許してやってほしい」

 

 そう言って頭を下げた弘世さんから、反射的に私は目を逸らした。

 姉に仲介をお願いされたのだということもわかるし、弘世さんが良い人だというのもわかる。

 しかし、姉が仲直りしたいと思っているのであれば、直接会いに来るべきだし、部外者の弘世さんを使ってやろうとすることじゃない。

 

「私に、姉はいません。家族の話はしたくないので、失礼させてもらいます」

 

 そう言って席を立とうとすると、弘世さんは顔をあげて私のことを真っ直ぐに見据えた。

 普段麻雀をしているときとは、全然違う意志の強さに思わず気圧されそうになる。

 

「本当にそうだろうか? 咲ちゃんは頭がいいから、ここに呼ばれた時点で照の話をされるとわかってたんじゃないか?」

 

 たしかに、弘世さんの言うように姉の話をされるかもしれないということは、予想出来ていた。

 弘世さんと会う約束は断るべきだった。和ちゃんと試合中に会ったことといい、ここのところ軽率な行動が多すぎる。

 

「たしかにそうですけど……なんで、弘世さんがそんなことをするんです?」

 

「私は照のことが好きだし、咲ちゃんも大事なチームメイトだ。だから、2人がいがみあっているのは悲しい」

 

「そうですか」

 

 弘世さんの言葉を聞いて、白い紙の上にタールを塗り広げるように私の心に、鬱屈とした怒りが灯る。

 

——そんなに弘世さんは、お姉ちゃんのことが大切なんだ。

 

 どうして、そんなことが許されるのだろう。

 

 母親から人並みの愛情を受け、チームメイトにも恵まれて……姉のことを思ってくれる人がいる。

 弘世さんはいい人だ。麻雀は少し残念だが、底抜けにお人好しで良識もある。

 そんな弘世さんが姉のために行動したというだけで、嫉妬にも似た憤りを感じる自分に一番腹が立つ。

 家族に対する思い入れは全部、消しておかなくちゃいけないのに。消そうとしても、消そうとしても私の心から離れない。

 こんな不公平が許されて良い訳がない。

 グラグラと視界が揺れるような怒りの中で、私は1つの名案を思いついた。

 

「私にそのつもりはありません」

 

 私がきっぱりとそう言うと、弘世さんは年上として余裕があるように無表情を貫き通しながらも、落胆したように肩を落とす。

 予想通りの反応に、私は内心せせら笑いながら言葉を続けた。

 

「でも、雀聖戦で……麻雀でならわかりあうことが出来るんじゃないかと思うんです。そう姉に伝えてくれませんか?」

 

 少し悲しそうな顔を作って、私は心にも思っていないことを言った。

 麻雀なんて所詮勝負事。それでわかりあうなんてことはありえない。

 でも、雀聖戦であの女がそれを理解できるよう完膚なきまでに叩き潰して、私に勝つために麻雀に囚われ続けてくれるのなら、こんなに楽しいことはない。

 

「わかった。照には、必ず伝える!」

 

 嬉しそうにそう言った弘世さんの姿を見て、本当にお人好しなんだなあと、暗い喜びで口角が上がりそうになる。

 雀聖戦が終わってから姉と仲直り出来なかったことを泣いて責めたら、彼女はどんな反応をするのだろう。

 憤怒に染まる姉の顔を想像して、少し胸が温かくなる。

 家族はいないなどと強がっていても、私は自分の中の甘さを捨てきれていない。本当はもっと機械のように麻雀をするべきなのに。

 

 ティーカップに残るすっかり冷めてしまった紅茶を口に含むと、香りは消えていて渋みだけが舌の上に残った。

 



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第117話 園城寺怜とプロ麻雀編入試験

 

「ときー、寂しくなかった?」

 

「す、少しだけ寂しかったで」

 

 春期個人戦が終了し、神戸のマンションに帰宅した竜華はスーツのジャケットも脱がずに怜のことをギュッと抱きしめた。

 髪をさわさわされたり、頬擦りされたりと怜からすれば鬱陶しいことこの上ないのだが、拒絶するともっと面倒なことになるので、大人しくされるがままになっておくことにした。

 以前1度、特に寂しくなかったと言っただけで2時間ほど膝枕に頭を乗せて愛のプレゼンテーションをさせられた経験が、怜を思いやりのある大人へと成長させていた。

 

「うちが遠征してる間、なにかあった? 怪我とかしてない?」

 

「半分くらい加治木さんのとこおったし、特に危ないことはなにもあらへんかったで」

 

「それは良かったわあ。何かうちにしてもらいたいことない?」

 

「竜華の作ったご飯食べたいで」

 

「そっか! おいしいのいっぱい作るね! あ、お腹空いてない? すぐ作れるのにした方がええかな?」

 

「まだ、お腹は空いてへんで」

 

「じゃあ、ゆっくりおいしいの作るね」

 

 ここ雀聖戦挑戦者決定戦から、2週間ほど家で竜華と会っていなかったような気もする。竜華としては寂しかったのだろうから、ここは大人のお姉さんとして、竜華にあわせてあげようと怜は思った。

 竜華はひとしきり怜のことを愛でてから、手早く着替えを済ませてキッチンの方へと消えていった。

 竜華の姿が見えなくなったのを確認してから、怜はリビングのソファーに寝転んで小さくため息をついた。

 

「やっと鬱陶しいのから解放されたわ……とりあえず、ご飯作ってる間はのんびりできそうやな」

 

 怜は、竜華に聞かれると好感度が下がる確率200%オーバーの発言を決めたが、竜華はキッチンにいるので特に問題はない。

 

 聞かれなければ、セーフなのである。

 

 怜は寝転んだままソファーの上から左手を伸ばし、ローテーブルの上に置いてあるタブレットを片手で器用に掴んで起動させた。

 いつものように掲示板を開くと、やたらと伸びている自分の名前のスレがあったので、怜は恐る恐るスレッドを開いた。

 

【波乱】園城寺怜さん、プロ編入試験受験へ part121

1名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rgja

 20XX年5月5日。プロ麻雀トップリーグ運営委員会は、園城寺怜さん(24)のプロ編入試験の受験を認める決定を下した。

 同団体はプロ麻雀個人戦タイトルのアマチュアの出場を認めておらず、雀聖戦挑戦者決定戦に勝利した当該選手だが、現時点で雀聖戦の挑戦権を有していないことへの批判が高まっており、選手の意思表示前の異例の公表にはプロ資格の取得を促す目的もあるとみられている。

 制度が利用されれば、37年ぶりとなる編入試験からのプロ雀士誕生となる。すでに恵比寿、神戸ら五雀団が獲得に意欲を見せており獲得競争の激化は必至だ。

 

前スレ

【常勝】園城寺怜さん、プロ編入試験受験へ part120

 

2名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rwjg

サンイチ

 

4名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjz

こっちか

園城寺ほんま楽しみ

 

12名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwjg

すでに恵比寿、神戸ら五雀団が獲得に意欲を見せており

獲得する気がない雀団は大丈夫なんですかね

 

23名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakgdaj

>>12

長野の糞チームwwwwwww

わろたwwwww

ワロタ……

 

40名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjw

園城寺「5雀団OK」

 

61名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmjw

神戸が4億円用意したと言った2日後に、恵比寿が最低6億とか言いはじめたの草も生えんわ

もう、なんでもありじゃん……

 

86名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6smjg

プロ麻雀は札束で選手を殴りつけるゲームやぞ

 

103名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

え? 園城寺が雀聖戦の挑戦権ないってどういうことなん?

試合勝ってるやん

 

120名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmjw

>>103

情弱乙

 

134名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rmag

>>103

意味わからんけど、プロ麻雀の個人タイトル戦はプロ雀士しか出場できないという規定がある

 

162名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakgma3

アマチュア園城寺怜がタイトル獲得するの見たかったんだよなあ

 

196名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

トップリーグ「え? 雀聖戦、アマチュアは本戦に出られない? そんなん知らんわ……ま、まあ要項改正すれば余裕やろ」

 

琉音セン「は? 要綱改定をするなら選手会との協議が必要なんだが? あ、それとプロ麻雀の個人戦タイトルはプロ雀士のモノだから、アマチュアに参加資格あるとかありえないだろ」

 

205名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi3dagj

>>196

やっぱ選手会ってカスだわ

 

212名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwjz

>>196

協会より、琉音先生のほうが記者会見早かったのほんと笑う

トップリーグの運営はもうボロボロ

 

239名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak1gdgp

>>196

相談役が当たった時の園城寺は、鶴田と相性良いのか完全にハマってて、なすすべなくボコボコにされたからなwwwwwwww

 

253名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:hear2rmj

相談役は権力闘争はええから

麻雀の練習をしろ(^◇^;)

 

268名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmaz

アマチュアは予選出られるけど本戦出られないなんてルールで、当然のように何十年も運用されてきたのははっきり言って異常だ

 

283名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:hearmazg

>>268

雀聖戦の二次予選の決勝卓に残ったアマチュアの時点で、園城寺が初だったからね

しょうがないね

 

 園城寺怜の現状について、当然のように自分自身よりも詳しい掲示板住民たちから、雀聖戦の挑戦権がないことを教えられて、怜は焦りを覚えた。

 

——プロ雀士やないと雀聖戦出られへんってなんやねん……というか、プロ試験受けてええなんて話は一言もうちは聞いてへんぞ

 

 ちょっと不安になったので、怜はタブレットをローテーブルの上に戻して、竜華のいるキッチンにトテトテと歩いて向かった。

 

「竜華、うちって雀聖戦ほんまに出られるんやろか? プロ雀士にならへんと出られへんって聞いたんやけど、これ嘘やんな?」

 

 不安そうに問いかけた怜のことを、エプロン姿の竜華は不思議そうに眺めやってから、あっさりと言った。

 

「いや、タイトル戦はプロ雀士しか出られへんからアマチュアは出られへんよ?」

 

「や、やっぱり。そうなんか!?」

 

 雀聖戦で宮永さんや天江さんと戦えなくなってしまうのは困るので怜は動揺した。

 

「それまでに、プロ試験受けてどこと契約するか決めなあかんな」

 

「たしかにプロになれたら、そらええけど……最近うちのところに、そういう話全然来へんから……」

 

「ああ、それは金額とか細かい契約の話は全部うちがやってあげてるから大丈夫やで」

 

 配偶者からの全部やってあげてる発言に狼狽した怜だったが、よく考えると契約の難しい話などわかるわけがないので、竜華に任せておくのが正解であることに思い至った。

 

「オ、オファーあるのって、何チームくらいあるんや?」

 

「条件バラバラやけど話そのものは6雀団全部から受けて進めてるから、最後に選んでね」

 

「そ、そか……」

 

 清水谷竜華>>>ななしの雀士の住民>怜

 この順に園城寺怜のプロ入りについて詳しそうなことが判明したので、怜は考えるのをやめてキッチンからソファーの上に戻った。

 

【エビカス】園城寺怜さん、プロ編入試験受験へ part123

206名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat3rmjz

最低6億とか、こんなん恵比寿以外ありえへんやん

ほんまつまらんわ

 

220名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebimpwjg

>>206

(お金が無限にあって)すまんな^^

 

269名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjg

怜ちゃんがお金でチームを選ばないぐう聖お嬢様である可能性が微レ存

これは佐久フェレッターズ、園城寺怜もありえる

 

291名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

>>269

清水谷と結婚してるし、お金にこだわりない可能性は高いけど

お金以外の基準で選んだら、余計に佐久だけはないんだよなあ

 

306名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:emimrzjg

まあ、普通に神戸でしょ

 

367名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:emim0rdj

どこでも選べるんだから、地元の雀団に入りたいと思うのが人情

千里山で大阪出身なら恵比寿だけはありえないと、DNAに刻み込まれているはず

 

384名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokiaajg

これ園城寺がプロ入り拒否したらどうなるの?

 

402名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:heaiawgj

>>367

藤白は千里山出身なんですがそれは……

 

434名前:名無し:20XX/5/5(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi0rmjz

最下位の糞雑魚チームのエミカスがなんか言ってて草

 

 掲示板住民も怜自身もどのチームに行くことになるのか、まったく予想がつかないままスレッドが埋まっていく。

 

「ときー、ご飯できたでー」

 

「ん……今行くわ」

 

 怜はタブレットを置いて、ゆっくりした動作でソファーから体を起こしてダイニングテーブルへと向かった。

 エプロン姿で幸せそうにご飯の準備をしている竜華の姿を見て、チーム選びで一番配慮しなければいけない相手を怜は自然と理解した。

 

「竜華は、うちがプロに行くとしたらどのチームがええとかあるんか?」

 

「ん? 怜が決めた好きなところにするとええと思うで?」

 

「そ、そか……」

 

 竜華から優しい笑顔と優しい言葉をかけてもらって、おいしそうな湯豆腐の湯気が立ち込める温かな食卓の中で、怜は冷や汗が背筋をつたうのを感じた。

 

「ふふっ今日は一緒に食べられるね」

 

「せ、せやなー」

 

 さまざまな思惑が交錯する中、園城寺怜の所属チーム選びは着々と進んでいくこととなる。

 



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第118話 愛宕雅枝の監督奮闘記『大器は晩成す』

300000UAありがとうございますm(_ _)m
たくさんの感想、非常に励みになっております。自分が面白いと思えるものが書けるよう、完結を目指して頑張っていきます。


——選手会が園城寺選手の雀聖戦の出場を邪魔をしているのではないかと批判の声も、一部ではありますが?

 

『そんな意図は全くない。プロテストの受験を容認する声明が運営委員会側からも示されている。彼女にはしかるべき雀団と契約の上で、雀聖戦に望んでもらえればと考えている』

 

——プロ編入試験後の年俸制限について、運営委員会から提案がされ、可決される見通しですがどうお考えでしょう?

 

『まだ可決されるという話は聞いていない。外国人選手に年俸制限はなく、日本人選手にのみ年俸制限をかけることは、明らかに不当なので非常に遺憾に思う』

 

『本来、契約は雀団側と選手の自由意志に基づいて行われるべきもので、運営側が制限を設けるのは見当違いだ』

 

 新幹線のシートモニターに、記者からの質問にテキパキと受け答えをする渡辺琉音の映像が映る。

 言っていることはそう間違っていないのだが、かつて減俸限度額問題でストライキまで起こした選手会側が、契約は双方の自由意志とのたまっているのは、どの口が言っているのかと雅枝は苦笑いを抑えきれなかった。

 

「恵比寿の会長が『分を弁えろ、たかが選手が』と発言して問題になったことがあったがその通りだよなぁ……いや、今はそれが批判の対象になる時代なのか」

 

 プロ麻雀の運営に、過剰に干渉してくる選手会側のやり方に雅枝に思わないことがないわけでもない。

 しかし、瑞原さんが選手会長を務めていた時代と比べれば、現選手会は比較的穏健な運営がされているので、この辺りが落とし所なのだろう。白糸台、新道寺、千里山の3校が上手く互いの力関係を図りながら選手会を運営しているのは、千里山ー明明ラインに太いパイプのある雅枝にとっても悪い話ではない。

 

「それにしても、怜の獲得は年俸制限でまたわからなくなってきたな」

 

 雅枝はボールペンを手の中でもてあそびながら、グリーン車のシートの背もたれに体を預け物思いに耽る。

 園城寺怜の獲得のマネーゲーム化の動きを嫌った運営委員会側から、プロ編入試験の合格選手が雀団と契約する際にはドラフト1位選手と同条件の契約を結ぶよう提案がなされた。

 

 年俸1500万円、契約金1億5000万円の合計1億6500万円という水準は一般の感覚からすれば高額だが、シーズン途中の補強としてみれば格安と言っても過言ではない。

 

 恵比寿の最低6億宣言のように真正面から金額を積まれてしまうと、横浜のような資金力の乏しいチームは太刀打ちできないが、契約に上限が設けられれば話は変わってくる。

 

 運営委員会に方針に沿うように契約を締結する。しかし、その後2億円ほど裏から渡して2年目のオプション契約をてんこ盛りにすれば、獲得のチャンスは充分にあると雅枝は考えていた。

 4億円程度であれば横浜ロードスターズでも賄うことができるだろうし、契約金や年俸という形ではなく支出すれば、親会社の広報費等から支出させることも可能になり、本人以外の関係者に配ることも考えると色々と便利だ。チームの収支の枠を拮抗させようと思うから、無理が生じてくるのだ。

 

「なにより、怜や竜華は高校時代の教え子やし、私が直接行けば誠意も伝わるはず!」

 

 トップリーグの監督みずから獲得候補選手を訪問し、獲得の意思を伝えるのは禁じ手と言われるほどプロ麻雀では異例のことなので、その辺りの意図は怜にはともかく、プロ雀士である竜華には伝わるはずだ。

 うちは本気で怜の獲得を考えていますよと、しっかりアピールしておく必要がある。

 

 怜の麻雀は高校1年生の頃から見ているが、はじめて部活動で見た時から、観るものをワクワクさせる非凡な牌捌きをしていた。

 

 清水谷竜華のバーター入学ということで、あまり期待はしていなかったが、思わぬ掘り出し物だと当時喜んだのを覚えている。

 周囲のレベル差から、入学直後は手が縮こまっていた時期もあったが、藤白の助言もあって順調に実力が伸びていった。2年次、3年次には戦力になるだろうと期待をかけていた。しかし、そんな折に病気で長期の療養に入ってしまった。

 

 病気に加えて麻雀のほうでも、技術的にはまだまだ未熟で大器の片鱗を感じさせていたこともあり、高校でその才能が花開くことはないだろうと考えていた。卒業時にそれなりの大学で麻雀を続けられるように、手筈を整えてあげようと思っていたが、良い意味で予想が外れた。

 

 園城寺怜、一巡先を見る者。

 

 クラブチーム育ちで純粋培養の叶絵やセーラとは違う本物の天才の羽化に雅枝は歓喜した。ライバルをあっという間に置き去りにして、千里山のエースに登り詰めるその成長ぶりに熱狂していった。

 そして、インターハイ団体に敗退してより一層と切れ味の鋭いカミソリのような冴えを魅せるようになった怜の麻雀に、危うさを感じながらも好奇心を抑えきれなかった。

 

 どれくらい強くなるのか?

 

 やめろと言っても聞かなかっただろうが、怜の個人戦の出場は無理にでも辞めさせるべきだったと今でも後悔している。

 期待、自主性、好奇心こういった言葉でオブラートに包んでいたが、なんのことはない彼女の才能に指導者として向き合うのが怖かった。私が下手に介入して、成長が止まってしまったら? 身がすくむような恐怖が、保留を生み判断を狂わせてしまった。

 体調が大丈夫ではないことなど、わかっていたはずなのに……

 

「食後のコーヒーは如何ですか?」

 

「ん……ありがとう。貰おう」

 

 新幹線のスタッフさんが淹れてくれたコーヒーがカップに注がれる。香ばしく甘い香りに思考がクリアになって、過去の自責の念からふっと解放される。

 

 雀聖戦での怜の麻雀は、高校時代を彷彿とさせるブランクを感じさせない素晴らしいものだった。体調は良好だと聞いている。

 普通、長く麻雀をしていないと技術的な面もそうだが精神的に気後れしてしまって、麻雀に対しての情熱を持てなくなってしまう。しかし、彼女にはそれがない。

 

 やはり、天才は天才ということなのだろう。 

 

 先鋒の柱として期待できる怜を獲得することが出来れば、セーラを中継ぎやPGで起用することで中継ぎ陣が充実する。現在首位を走る横浜の優勝がより鮮明になることは間違いない。

 

 なにより神戸や恵比寿を出し抜いて、横浜に入ってくれればファンも喜んでくれるだろうし、千里山女子高校時代の繋がりを意識してチームを選んだと印象づけられるので私の麻雀界での立ち位置も良くなるだろう。

 セーラもいるし、横浜を選んでくれる可能性は充分にある。

 怜にとっても体調面でサポートが得られやすい環境で麻雀が出来るので、なかなか悪くない話である。

 

「しかし、資金力がなぁ……」

 

 これまで信頼関係を構築した選手を、資金力のある強豪チームに奪われる。プロとして麻雀をしているのだから仕方のない部分もあるが、寂しい話だと雅枝は感じていた。

 

 怜を獲得して、宮永とのダブルスター体制で優勝という構想には夢がある。

 そこに欧州選手権16位の岩館や、弘世といった才能溢れる選手が成長していれば、必ずファンの心がワクワクするような麻雀が出来る。

 効率的で洗練された強いチーム。それが善とされるプロ麻雀の世界に一石を投じるような優勝をしてやりたい。

 

 麻雀では常にトップを目指す。

 

 アレクサンドラ監督や瑞原さんなど、優秀な若手指導者が跋扈するプロ麻雀界だが、私だって伊達に歳を重ねているわけじゃない。亀の甲より年の功という言葉もある。

 まずは直接交渉。ここでがっちりと他雀団からリードして怜の獲得につなげる。

 

 そして、今年こそ優勝するんだ!

 



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第119話 愛宕雅枝の監督奮闘記『直接交渉』

 

 神戸の高級マンション。

 整理整頓され品よい家具が並べられたソファーの上で、溶けかけたアイスクリームのように寝そべる1人の雀士がいた。

 

 一巡先を見る者、園城寺怜。

 

 全国のアマチュアの頂点にして、高校麻雀界を席巻したかつての教え子は、高校時代と変わらない様子で竜華にお世話をされながら、平和にソファーで牌譜を見ていた。

 

「怜は相変わらずやな……」

 

「あえて、この体制で牌譜を見ることで集中力が高まるんや」

 

「そう、あえてね」

 

 ソファーから落ちないか不安になるような体勢で、体を捻りながら牌譜を見ている怜だが何故か自信満々なので、雅枝はツッコむのをやめた。

 とりあえず、健康面に不安がなさそうで元気にやっているようなのでなによりである。

 同性として嫉妬してしまいそうになるほどのシミ1つないきめ細やかな肌と、サラサラの髪質は健康の証だ。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 竜華が手慣れた手つきで紅茶を淹れてくれたので、お礼を言ってから雅枝はティーカップに口をつけた。

 

 緑茶のような爽やかな渋みと、花のような甘い香り。

 

 雅枝はあまりの美味しさに、ふぅとため息をついて、ソファーの背もたれに体を預けた。

 自分のマグカップに紅茶が注がれたのを確認してから、怜はモゾモゾと動きながら寝転がるのをやめて、ソファーに座りなおして紅茶を飲み始めた。

 

「なかなか、おいしいわ。サンキューや」

 

「ふふっ、どういたしまして」

 

 怜は何度か紅茶に口をつけてから、ローテーブルの上にティーカップを戻してから言った。

 

「膝枕してもらいながら話聞くで!」

 

「ちょ!? それでええんか」

 

「監督やし、まあ大丈夫やろ」

 

 竜華は、少し申し訳なさそうに雅枝のことを見てから、怜の頭を優しく膝の上に乗せた。

 7年前の千里山女子高校時代の日常がここにはある。

 

——やはり、怜のことは竜華に任せて正解やったな。過ちを繰り返したが……最後の最後で、私は正しい選択ができたということか。

 

 高校時代。麻雀に取り憑かれたように命を削り輝く闘牌をする怜のことを、止められなかった責任は自分にあると雅枝は感じていた。

 個人戦を優勝し病院のベッドで眠る怜の前で何度も何度も謝った。

 だからこそ、意識が回復するなりすぐに麻雀がしたいとせがむ怜の姿を見た時には、戦慄してしまった。

 指導者として明らかに止めなくてはならないはずなのに、この期に及んで雀士としては、怜に麻雀をさせたいと思ってしまっている自分にも雅枝は腹が立った。

 怜を麻雀から切り離さないといけないと、涙ながらに訴える竜華の愛情が、怜のことを救ったのだ。

 女子高生1人に彼女を背負わせるのは、荷が重すぎると思っていたが、周囲の大人よりもずっと竜華は強かったし、怜のことを大切に想っていた。

 

 想いというものは本当に尊い。

 

 雅枝はノスタルジックになりそうな気持ちを切り替えて、契約の話を切り出すことにした。

 

「昔は千里山の監督をしていたが、今は横浜で監督をしている」

 

「知っとるで」

 

「また、怜と一緒のチームで麻雀がしたいんや。プロ入り後は横浜を選んで欲しい」

 

 雅枝がそう言うと、怜はうーんと言ってから目を閉じて、膝枕の上でゴロゴロしながら考え込んだ。

 

「横浜は宮永さんおるからなぁ……」

 

「ん? 宮永は大将で怜のことは先鋒でエースになってもらおうと考えているから、競合することはないぞ?」

 

 いつ出番があるかわからない後続よりも、3日ごとのローテーションで運用される先鋒の方が怜の身体への影響は少なくて済むだろう。

 その守備力の高さから怜は、守護神適正としては高いものを持っていると思うが、宮永ほどの適正はない。

 未来視による高い適応力を活かせる千里山時代と同じ先鋒こそが、怜のベストポジションだと雅枝は考えていた。

 

「宮永さんはライバルやから、同じチームでやるのは違和感あるんや」

 

「同じチームでも、個人戦では敵同士だ。麻雀は個人競技やからな。もしかして、仲が悪かったりするのか?」

 

「いや、この前一緒にご飯食べたしそういうこともあらへんけど……」

 

 雅枝は煮え切らない怜の態度に少し焦りを覚えて、竜華のほうにちらりと目をやると感情が読み取れない無表情で色々と考えを巡らせているようだった。

 

「大将よりも先鋒の方が怜の体への負担は少なくて済むんじゃないかと思う」

 

「たしかにそういう部分はありますね」

 

「運営委員会側から、怜の契約で年俸制限がかけられるかもしれないという話は聞いているか?」

 

 雅枝がそう言うと、怜はキョトンとした顔をしていたが竜華は落ち着いた様子で「はい」と答えた。

 おそらく年俸や条件などの細かい話は全て、プロ雀士である竜華がしているのだろうと雅枝は思った。

 

「それで決まるのかはまだわからないが、プロ試験編入者に年俸制限が導入された場合でも、横浜にはその倍以上だす準備がある」

 

「それはありがたい話ですけど、具体的には?」

 

「そもそも単年契約にしない方法で、一年目の年俸を二年目に転嫁しながら、一年目にもインセンティブを設けようと思っている」

 

「たしかに、その方法だと制限には抵触しませんね」

 

 運営委員会側が後日、契約内容について調査するとも思えないし、雀団側に公表する義務が発生するようにも思えないので締結さえしてしまえばいくらでもやりようはある。

 

「なあ、竜華? どういう話なん?」

 

「んー? 話すと長くなるけど、お金に関することやし、怜は気にせず好きなチームを選んでええからね」

 

「わかったで」

 

 不思議そうにしている怜に竜華がそう説明しているのを見て、竜華さえ説得できれば何とかなりそうだと雅枝は思った。しかし、同時に怜を説得するよりも契約内容に詳しそうな竜華を説得する方が骨が折れるとも感じていた。

 

「逆に怜たちのほうからは、条件があったりするのだろうか?」

 

「強い人と麻雀したいで!」

 

「そこはトップリーグは、日本最高峰のプロリーグやし大丈夫や。体調の兼ね合いもあるが、オフに海外に遠征することも横浜は許可しているし」

 

 ものすごく漠然とした怜の質問に、雅枝はそう回答した。

 

「おーヨーロッパ行けるやん! 欧州選手権の帰りにドイツのソーセージ食べたいで!」

 

「とりあえず、まずは日本に目を向けてくれ……」

 

 自由奔放な怜の発言に頭を抱えながらも、そういえばこういう奴だったなと雅枝は、思い直した。

 

「体調面のサポートはどうでしょう?」

 

「そこは問題ない。メディカルトレーナーが一人一人検査しているし、生活の面でもサポートはいくらでも受けられる。私が監督をしているうちは無理もさせないしな」

 

 方向音痴すぎてまともに移動も出来ない宮永でも、普通に遠征に帯同して麻雀ができているのだから、そのあたりはあまり不安に思っていない。それに最近は迷ったらすぐに、タクシーを呼ぶことを徹底させている戦略が功を奏している。

 

「そんな悪い条件やあらへんけど……怜、どうする?」

 

「まだ、少し考えさせて欲しいわ」

 

「今日来たばかりだし、すぐに結論をというのは求めてないさ。横浜のスカウトはもう接触しているよな?」

 

「はい、その経由でまた連絡させて頂きます」

 

 そこまで話したところで、雅枝は自分のカバンの中でスマートフォンが鳴っていることに気がついた。

 こういう場だし切っておけば良かったと、思ったが時すでに遅しである。

 

「あ、全然出ても大丈夫ですよ」

 

「ああ、すまないな」

 

 竜華がそう言ってくれたので、雅枝はカバンからスマートフォンを取り出すと、あまり連絡をとることのない相手の名前が表示されていた。

 

 〜着信中〜

 瑞原 はやり

 

 電話がかかってくる心当たりがあまりないので、応対しようか悩んでいると携帯の呼び出しが切れてしまった。

 

「お、切れてしまったか」

 

「かけ直さなくて大丈夫ですか?」

 

「あーせやなぁ……また後でかけとくから大丈夫や」

 

 雅枝は携帯をキチンとマナーモードにしてからカバンに戻した。

 

「あとは練習施設の資料とか……スカウトの方から貰ってるかもしれへんけど、置いとくから」

 

「ありがとうございます」

 

 竜華が渡した練習施設の資料を一生懸命に寝転んだまま読んでいるあたり、怜が興味を持ってくれたようでひとまず雅枝は安心した。

 セーラもいるし、横浜には怜が落ち着いて麻雀ができる環境が整っている。焦ることはない。

 

 怜を獲得して今季横浜を優勝する夢を抱きながら、雅枝は大阪の自宅へ帰路についた。

 



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第120話 園城寺怜ちゃん、プロ雀士になる

「園城寺怜さん、貴方はプロ麻雀トップリーグの雀士として麻雀の普及、技術向上に励むことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

「それでは、プロ麻雀編入試験は以上で終了となります。今日はお疲れ様でした」

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 小鍛治さんが試験官を務めた口述試験が終了し、怜は緊張感から解放されてパイプ椅子の背もたれに体を預ける。

 神戸のおうちから、プロ麻雀トップリーグ大阪支部までずうっとスーツを着用していたためかなり疲労が溜まってしまった。

 プロ麻雀編入試験は、受験資格を得た段階で麻雀の実力に関しては、水準を満たしていると判断されるため実技試験はなく、筆記試験と口述試験で合否が判定される。

 筆記試験は自分の名前がひらがなで書ければ合格(どうしても書けない場合、アルファベットでも可)というとんでもない内容だったが、『おんじょうじ とき』とはっきりと鉛筆で記入して合格を勝ち取った次第である。

 

「あ、園城寺さん。口述試験の結果だけどいいかな?」

 

「はやすぎへん!?」

 

 試験用紙に自分の判子を押している小鍛治さんが、力の入っていない様子でそう問いかけてきたので思わずツッコミをいれてしまう。

 

「こほん。園城寺さん、おめでとうございます。プロ麻雀編入試験は合格です」

 

「は、はあ……ありがとうございます」

 

 あまりにもあっさりと合格を告げられて拍子抜けしてしまった。プロテストというから身構えてきたのに、今日やったことは自分の名前を書いたことと、小鍛治さんとお話ししたことだけである。

 

「ふふっ、緊張しました?」

 

「あー、せやなぁ……小鍛治さんもスーツ着てるし筆記試験もあると聞いていたからなぁ」

 

「あ、試験内容については口外無用でお願いしますね」

 

「わかったで」

 

 明らかに簡単すぎる試験だったのだが、そのあたりの事情は外部に悟られたくないということらしい。

 怜はもうすぐ25歳になるお姉さんなので、そのあたりの含みもわかるのである。

 

「それにしても、兵庫県大会で会った時からあっという間だったね。園城寺さんがプロに来てくれて良かったよ!」

 

「ありがとうございます。でも、小鍛治さんには特にメリットとかないんちゃう?」

 

「ん? そんなことないよ? 私は麻雀が好きだから。園城寺さんがプロ麻雀をしてくれて嬉しい」

 

 小鍛治さんにそう真っ直ぐに見据えられて、怜は背筋がゾクゾクとするのを感じた。

 宮永さんが出てくるまで、日本麻雀最強と言われたレジェンドの期待に対する高揚感とプレッシャーが怜を包み込む。

 

「そら、どうも……ところで、今日の試験官はなんで小鍛治さんなんや?」

 

「んーなんでだろうね? 私もよくわからないけど、運営委員会から頼まれたからちゃんとやらなきゃって思ったんだ」

 

 小鍛治さんが試験官を務めた理由は、小鍛治さん自身にもわからないらしい。

 

「どの雀団にするかは、もう決まったの?」

 

「んーまだ、全然やな」

 

「うーん、雀聖戦までに決まっていればいいから、まだ少しだけ時間はあるけど……もう、決めても良いんじゃないかな?」

 

「全然話が進まへんし、はやく決まって欲しいわ」

 

 プロ編入試験を受ける直前になっても、愛宕監督が会いにきてくれたくらいで、怜のところには契約の詳細な話は一切きていない。

 年俸は1500万円までという制限が出来たという話も聞いたし、条件面で変わらないのであれば、竜華に交渉してもらう必要もないのではないかと思う。

 

「え? ほとんどのチームのスカウトが接触して話を進めてると思うんだけど?」

 

「挨拶だけで、別に契約するとかいう話は全然やで。そのへん全部竜華がやっとるし」

 

「あ、そっかあ……清水谷さん。そうなんだ」

 

 竜華が関係者とよく会って話をしている旨を話すと、小鍛治さんは妙に納得した様子で頷いていた。

 

「お財布関係はやっぱり、人にやってもらうほうが楽でいいよね。人にもよるけど、その辺気にすると競技に集中できないって人も多いし。園城寺さんもやって貰えるなら、やらなくて良いと思うよ」

 

「せやなあ」

 

 小鍛治さんは怜のことをやれば出来る子だと過大評価しているようだったが、正確にはお金の管理など怜には一切出来ないので、竜華が全部管理するより他ないのが実情である。

 

「でも、最後は金額じゃなくて、自分の意思で行きたいチームを決めること。わかった?」

 

「了解や!」

 

 怜がそう元気よく返事をすると、小鍛治さんは少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「ま、まあ……私もそんなに先輩風吹かせられるものじゃないんだけどさ」

 

「いや、色々と参考にさせて貰ってるで!」

 

「そ、そうかな……? ありがと」

 

 小鍛治さんは少し嬉しそうに、顔を赤らめながら頭を掻いた。照れ照れしてる小鍛治さんに、二条泉さんの面影を怜は覚える。

 これだけ、麻雀が上手いのに面と向かって褒められることは少ないのかなと怜は思った。

 

「それじゃあ、別館のホールで記者会見の準備されてるけどもう大丈夫そうかな?」

 

「え? 記者会見するんか?」

 

「え!? 聞いてなかったの?」

 

「聞いてないで! そもそも試験前で合格するのかわかってないのに、記者会見やること決まってるのってどうなんや?」

 

「…………珍しく、真っ当なこと言うね」

 

「いつも真っ当やろ!?」

 

 小鍛治さんからの鋭いツッコミに機敏に反応した怜だったが、本心から言えば記者会見などやりたくない。なんとか逃げる方法はないかと模索することにした。

 

「記者会見、やりたくないで」

 

「いや、500人くらいもう集まってるし……やらないっていうのは無理じゃないかな?」

 

「記者会見、やりたくないで!」

 

 大事なことは2回言う園城寺流のスタイルで抵抗したものの小鍛治さんの顔が曇っただけで、記者会見からは逃げられそうにないので怜は諦めて職員に連行される運びとなった。

 

「…………とりあえず、ニコニコしてれば大丈夫だよ。たぶん」

 

「せやろか?」

 

 両脇をハイヒールを履いた背の高い運営職員に挟まれながら、怜と小鍛治さんの2人は記者会見の会場へと足を進めた。

 

 記者会見会場に入ると記者たちのシャッター音が、銃声のように怜たちに降り注いだ。

 小鍛治さんは慣れているのか全く動じていないが、怜としてはこれだけ多くの報道陣の前に立つのは初めての経験なので萎縮してしまう。

 

 プロ麻雀トップリーグのマークが一面に張り出された巨大パネルの前に白いクロスをかけた長テーブルと椅子が2つ用意されていたので、係員に促されるように怜は席についた。

 それから、スーツをバッチリと着たいかにも仕事が出来そうな眼鏡の女性司会者が口を開いて、記者会見は開始された。

 

『皆さまご準備よろしいでしょうか。それでは、園城寺怜選手のプロ麻雀トップリーグ編入試験の合格についての記者会見を発表させて頂きたいと思います』

 

『それでは、はじめにプロ麻雀トップリーグ、小鍛治健夜理事よりご挨拶申し上げます』

 

「えーはい、記者のみなさま。そして、テレビを通じて見ていらっしゃる麻雀ファンのみなさま本日はご参加いただき誠にありがとうございます」

 

「えーこのたび、プロ麻雀運営委員会は園城寺選手の編入試験の受験を認め……えー、同選手のプロライセンスを正式に交付する決定を下しました。非常にプロ麻雀界にとって良いニュースなのかなと思っています」

 

 大勢の記者を前にほとんど淀みなく挨拶する小鍛治さんの大人力にビビりながらも、怜は受け答えが変にならないよう心構えをした。

 まあ、なんとかなるやろの精神である。

 

『続いて、園城寺選手より一言いただければと思います』

 

「えー、あーはい……このたびは忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。えー、このたび、プロ麻雀選手となることができました。プロの舞台で麻雀が出来ることを……えー非常にワクワクしています。はい」

 

『園城寺選手、ありがとうございました』

 

 まずまず無難に挨拶できたことに怜は内心ドキドキした。確実にその場の思いつきで参加しているような記者会見の規模ではないことに動揺しながら、この会見が早く終わってくれるよう神様に祈った。

 

『それではこれより、質疑応答に入らせていただきます』

 

『まず、公営第一放送。村吉みさきさんからお願いします』

 

——はい、第一放送の村吉です。それではよろしくお願いします。このたびはインターハイ以来となる公式大会復帰から電撃のようなプロ入りとなりましたが、率直に今の心境を教えてください」

 

「えーはい……そうですね。大勢の記者さんを前にしてとても緊張しています」

 

 怜が正直にそう答えるとドッと会場が湧いたが気を取り直して言葉を続ける。

 

「体調もよくなって、これならイケるなと確信を持ってから雀聖戦の予選で少しづつ実践を経て良くなっていったのかな思います。えーあと、プロ入りは素直に嬉しいです」

 

——ありがとうございます。挑戦者決定戦では、姉帯プロ、清水谷プロ、大星プロを下して挑戦者となられたわけですが……手応えを感じたのはこのあたりでしょうか?

 

「えーそうですね。挑決に関しては展開が向いた面もありましたので、福路プロと対戦した二次予選の……えー決勝でしたか? そのあたりから手応えは感じていました」

 

——ありがとうございました。あらためて、プロ入りおめでとうございます。

 

『続きまして、麻雀TODAYの西田順子さんお願いいたします』

 

——はい、麻雀TODAYの西田です。園城寺選手はプロ試験合格後、所属雀団を決める形となると思いますが……希望する雀団はありますか?

 

「えーそうですね……まだ、検討中です。6雀団全てから……えー、環境とかみて決めていきたいです」

 

——ありがとうございます。園城寺選手は37年ぶりとなる編入試験の合格者となりましたが、試験の内容はいかがでしたか?

 

『えーそうですね……』

 

 怜は返答に困って小鍛治さんの方をチラリと見ると、すぐに代わってくれた。

 

「えーすみません小鍛治です。試験内容についてのコメントは公平性の観点から、差し控えさせて頂ければと思います」

 

——申し訳ありませんでした。最後に園城寺選手の方から、プロ麻雀……トップリーグへの意気込みをお聞かせ頂ければと思います。

 

「えーそうですね……プロ麻雀トップリーグという日本では最高の舞台で……出来る麻雀にワクワクしています。また、親しい人……先輩や友人に、やっと追いついたという気持ちもあります」

 

「それから、えー……高校時代によく麻雀部内で言われていた言葉があります」

 

 怜がそう言って、一度言葉を切ると一斉に報道陣のカメラのフラッシュが点灯する。

 それから、怜は千里山女子高校の理念を高らかに宣言した。

 

「それは……常にトップを目指すということです」

 



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第121話 高校麻雀進学先ランキングと所属チーム一覧表

登場人物の関係も複雑になってきたので、所属チームがわからなくなった時に参考にしていただければと思いますm(_ _)m
高校ランキングのおまけ付きです。


高校麻雀進学先ランキング

SSランク

臨海女子高校

東京最強の高校。

留学生が多く少数精鋭の指導方針。

チームの雰囲気も良く充実した練習環境と良いことづくめだが、日本人選手は毎年1、2名しかスカウトされないため、入学困難。

代表的なプロ選手

Nelly Virsaladze、雀明華、辻垣内智葉 他多数

 

Sランク

新道寺女子高校

常勝の名を欲しいままにする日本最強の麻雀プロ養成学校。

上下関係、練習量共に最凶の高校で3年間の寮生活で人権は剥奪されるが、卒業後の進路は六大学や社会人リーグなど充実している。

代表的なプロ選手

宮永咲、野依理沙、花田煌 他多数

 

Aランク

白糸台高校

非常にのびのびとした環境で麻雀に取り組める。新道寺を回避してここに進学する有力選手も多い。

センスの光る打ち手が多く、能力者麻雀に適応した雀士が多い。ハマれば強い選手が多くインターハイの怪物はここから生まれる。

代表的なプロ選手

大星淡、宮永照、渡辺琉音 他多数

 

Bランク

姫松女子高校

関西の名門校。

ここ最近の優勝はないが、激戦区の大阪でインターハイ連続出場は貫禄の証。

総合力で勝負をする雀士が多く将来の進路も充実しているが、やや小粒な傾向か。

代表的なプロ選手

愛宕洋榎

 

劔谷高校

ランク急上昇中の関西最強の名門高校。

育成力に定評があり、一般入学枠の中学時代無名の選手が大きく飛躍することも。

スカウトは、総合力で勝負する技巧派が好まれる。

代表的なプロ選手

椿野美幸、安福莉子

 

Cランク

風越女子高校

麻雀王国長野を代表する高校。

来るもの拒まずの大所帯の高校で、一般入学者も多い。新道寺と同様にランキング制を確立している。

代表的なプロ選手

福路美穂子

 

晩成高校

奈良の古豪。伝統校としてのしがらみはあるが、スカウト網はたしかで、上位校に惜しくもスカウトされなかった有力選手を確実に獲得している。

代表的なプロ選手

小走やえ

 

千里山女子高校

かつて一時代を築いたかつての超名門校も、選手酷使問題後成績が低迷。蔵垣監督率いる新体制で再建を図る。

卒業後の進路、練習施設ともに充実しているので、リスクを恐れなければ狙い目となりえる。

代表的なプロ選手

清水谷竜華、藤白七実、園城寺怜 他多数

 

所属チーム一覧表

・エミネンシア神戸

清水谷 竜華   守護神

椿野 美幸    先鋒

加治木 ゆみ   先鋒→故障

片岡 優希    PG

野依 理沙    SU

荒川 憩

銘狩さん

対木 もこ NEW

二条 泉  NEW 先鋒

エイスリン・ウィッシュアート NEW 先鋒

 

・横浜ロードスターズ

愛宕 雅枝   (監督)

宮永 咲     守護神

メガン・ダヴァン 先鋒

江口 セーラ   先鋒

弘世 菫     先鋒

薄墨 初美    PG

岩館 揺杏

末原 恭子

霜崎 絃

小走 やえ

亦野 誠子  NEW SU

 

・佐久フェレッターズ

赤土 晴絵    先鋒

辻垣内 智葉   先鋒

上埜 久     PG

獅子原 爽

愛宕 洋榎

宇野沢 栞

服部 叶絵

高鴨 穏乃  NEW 守護神

 

・ハートビーツ大宮

瑞原 はやり   (監督)

松実 玄     守護神

白水 哩     先鋒

愛宕 絹恵    先鋒

大星 淡     PG

福路 美穂子

渋谷 尭深

渡辺 琉音

原村 和  NEW 先鋒   

 

・松山フロティーラ

アレクサンドラ・ヴィントハイム(監督)

姉帯 豊音    守護神

戒能 良子    先鋒

友清 朱里    先鋒

天江 衣     PG

臼沢 塞

鶴田 姫子

雀明華   

沖土居 蘭

安福 莉子  NEW

 

・恵比寿ウイニングラビッツ

藤白 七実    守護神

花田 煌     先鋒

三尋木 咏    PG

宮永 照     PG

小瀬川 白望 

新子 憧

真屋 由暉子  NEW

 

個人タイトル一覧表

ー団体ー

最優秀雀士   天江 衣

最多勝     天江 衣

最優秀防御率  清水谷 竜華

最優秀獲得素点 松実 玄

首位打点    大星 淡

最優秀先鋒   花田 煌

最多セーブ   姉帯 豊音

最優秀中継ぎ  野依 理沙

新人王     上埜 久

ーゴールデンハンドー

先鋒      戒能 良子

次鋒      鶴田 姫子

中堅      雀明華

副将      野依 理沙

大将      姉帯 豊音

 

ー個人ー

鳳凰      宮永 咲

名人      宮永 咲

雀聖      宮永 咲

牌王      宮永 咲

山紫水明    宮永 咲

名将      獅子原 爽

十段      宮永 咲

 

プロ麻雀トップリーグ選手会

選手会会長   野依 理沙(神戸)

選手会副会長  渡辺 琉音(大宮)

理事 三尋木 咏(恵比寿)

理事 沖土居 蘭(松山)

理事 服部 叶絵(佐久)

理事 宮永 咲(横浜)

会計 清水谷 竜華(神戸)

会計 花田 煌(恵比寿)

 

選手会会長   野依 理沙(新道寺)

選手会副会長  渡辺 琉音(白糸台)

理事 三尋木 咏(妙香寺)

理事 沖土居 蘭(白糸台)

理事 服部 叶絵(千里山)

理事 宮永 咲(新道寺)

会計 清水谷 竜華(千里山)

会計 花田 煌(新道寺)

 

宮永 咲    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

0勝0敗23S

欧州選手権を制覇した、日本近代麻雀の結晶。今期すでに4セーブをあげ調子は上々、自身2度目となるセーブ王、そして初のチーム優勝に向けて視界は良好。

 

天江 衣    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 2位

龍門渕→松山

24勝2敗0S

昨年度最優秀雀士に輝いた日本麻雀界を代表するポイントゲッター。自身2度目の最多勝を獲得し松山の優勝に大きく貢献した。

 

姉帯 豊音  昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 3位

宮守→松山

3勝3敗30S

昨年度は最多セーブを獲得した松山の守護神。高い身長から繰り出される角度のある闘牌で、チームの連続優勝を狙う。

 

三尋木 咏   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 4位

妙香寺→横浜→恵比寿

10勝3敗11H

日本を代表する高火力雀士。昨年度はポイントゲッターだけでなく中継ぎでも存在感を示した。無冠に終わった悔しさを今季ぶつけられるか。

 

宮永 照   昨年度成績

ドラフト1位 個人戦順位 6位

白糸台→恵比寿

17勝1敗0H

プロ入り後度重なる怪我に泣くも、ポイントゲッターに転向し飛躍。復活した天才。

 

花田 煌    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 7位

新道寺女子→恵比寿

16勝9敗0H

昨季は最優秀先鋒に輝くなど、充実した一年になった恵比寿のエース。今年は優勝に導くことができるか。

 

戒能 良子   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 9位

大生院女子→松山

14勝11敗0H

麻雀界を代表する先鋒。昨季は、鳳凰位に続き名将位も失うことになってしまい、精彩を欠きながらも14勝、底力を見せつけた。

 

赤土 晴絵   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 11位

阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→ 佐久

15勝20敗0H

雀界きってのイニングイーター。高い対応力に定評のあるベテラン選手。辻垣内智葉とのダブルエース体制で優勝を狙う。

 

友清 朱里   昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 14位

新道寺女子→松山

12勝16敗0H

昨年度は12勝をあげて飛躍の年となった。松山の未来を担う若きエース。新道寺黄金世代の1人で、宮永咲は同級生。

 

鶴田 姫子  昨年度成績

ドラフト2位 個人戦順位 17位

新道寺女子→松山

5勝5敗27H

松山優勝の立役者。今季好調を維持し、シーズン後半に特に存在感を示した。

 

小瀬川 白望  昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 19位

宮守→恵比寿

5勝5敗19H

確かな実力を持つ恵比寿の要石。中継ぎだけでなく、先鋒からポイントゲッターまで務められる汎用性が売り。

 

辻垣内 智葉 昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 21位

臨海→佐久

10勝18敗0H

毎年安定した成績を残す佐久の第二先鋒。眼鏡が素敵な委員長タイプ。タイトル獲得経験あり。

 

江口 セーラ  昨年度成績

ドラフト3位  個人戦順位 23位

千里山→横浜

5勝19敗0H

昨年度は自己最多タイとなる5勝をマーク。高く手を作り大きく勝つ麻雀で、ファンからの人気も高い。

 

上埜 久    昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 25位

清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→

佐久

10勝5敗0H

新人王を獲得した佐久のポイントゲッター。

悪待ちを駆使した心理的な駆け引きの上手さが売り。

 

渡辺 琉音   昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 32位

白糸台→大宮

7勝10敗14H

大宮のベテラン選手。細かい麻雀に対応できる器用さとパンチ力のある闘牌が売り。

 

荒川 憩    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 34位

三箇牧→神戸

3勝7敗18H

ファンの笑顔を呼び込む闘牌が魅力のエミネンシア神戸のリリーフ

 

弘世 菫   昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 39位

白糸台→家慶大→横浜

4勝17敗0H

アイドルばりの甘いマスクに定評のある、横浜のシャープシューター。昨年度は4勝をマークし、ローテーションを守り通した。

 

渋谷 尭深   昨年度成績

ドラフト4位  個人戦順位 56位

白糸台→大宮

3勝1敗1H

大宮2枚目のポイントゲッターにして、大星淡の高校時代の先輩。流れを掴んだ際の役満和了が売りの高火力雀士。

 

高鴨 穏乃   ROOKIE

ドラフト1位  個人戦順位 NEW

阿知賀→奈良学→佐久

ドラフト1位指名を受けた期待の新人。大星淡の猛攻を凌ぎ切りプロ初セーブ。その勢いを活かして佐久の守護神で輝けるか。

 

 亦野 誠子   ROOKIE

ドラフト1位  個人戦順位 NEW

白糸台→帝国新薬→横浜

2雀団競合の注目のドラフト1位ルーキー。他家を圧倒する和了速度を武器に、横浜のセットアッパーに定着。新人王候補筆頭。

 

原村 和   ROOKIE

ドラフト1位  個人戦順位 NEW

清澄→渋共→帝都大→大宮

帝都大学で活躍したデジタル麻雀の使い手。清澄高校時代に、宮永咲と共にインターハイ出場経験あり。

 

二条 泉   ROOKIE

ドラフト4位  個人戦順位 NEW

千里山→明明→神戸

神戸の実質ドラフト1位と呼ばれる先鋒選手。初登板で花田煌を撃破する麻雀は素質充分。同期の原村和(大宮)とのネット雀士対決にも期待がかかる。



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第122話 チーム選びと園城寺怜の守護神

 神戸の高層マンション。園城寺怜のおうちのダイニングルームのテーブル上に、書類が一面に並ぶ。

 

「な、なぁ……竜華。年俸は1500万円までにするとかいう話あったやん……あれどうなったんや?」

 

「ん? だから全雀団、年俸1500万円契約金1億5000万円になってるやん?」

 

「…………せやな」

 

 たしかに、全雀団額面は運営委員会から示された金額どおりになってはいる。しかし、インセンティブとオプションを大量につけた結果、契約書の案文の内容が辞書のような厚さになってしまった。

 インセンティブ契約とは所謂、出来高払いのことで基本給部分とは別に、選手の成績や出場機会に応じて報酬が支払われる契約のことである。

 1登板につき200万円、先鋒1勝ごとに1000万円、1セーブごとに500万円……といった具合に算定されていくのだが、問題はこの項目が多すぎるため、ほとんど暗号のような文章になってしまっていることだ。その上、各雀団で書式が異なるので、暗号の解読手順が異なるというとんでもない代物が出来上がってしまった。

 もちろん怜は、3分で読むのを諦めた。

 

「こういう契約ってプロ麻雀では一般的なんか?」

 

「んーせやなぁ……今回は変に基本給部分に上限つけてもうたから、他の部分がめっちゃ読みにくくなったわあ……弁護士入れて読んでも理解するまでだいぶ時間かかったし」

 

「……具体的にどんなこと書かれてるんやこれ」

 

 怜は、恵比寿の契約書案を両手で持ちながら竜華にそう問いかけた。

 

「んー恵比寿はわかりやすい方やったけど、例えばココやな……ここに、オプションで怜のことを一軍確約するって書いてあるやん?」

 

「うんうん……せやなあ」

 

「で、一軍登録時のインセンティブとして4000万円ってここに書いてあるんやな」

 

「は?」

 

 一軍確約した上で、一軍登録にインセンティブを設けるという予想の斜め上をいく契約内容に、怜は度肝を抜かれた。

 

「そ、そんなん……基本給5500万円って書けばええやんけ」

 

「プロ麻雀はクリーンな世界やから、年俸制限は努力目標とはいえ、運営委員会が危惧してるマネーゲーム化は避けなあかんやろ」

 

「…………せやな」

 

 外観上を綺麗にするために、明らかにダーティな手法に手を染める事になってしまっている気がするのだが、ツッコむと面倒くさそうなので怜は竜華に聞くのをやめた。

 竜華が芸術作品と呼ぶ学術論文のように注釈だらけの松山の契約書や、なぜか契約書が3セット用意されていて、関連企業の契約を見ずに雀団との契約書だけをみると年俸制限を完璧に満たしているように見える大宮の契約書。

 はっきり言って、今のプロ麻雀の契約は異常だ。

 

「プロ麻雀名鑑に記載されてる年俸の欄あるやん? あれって、どの金額のことなんや?」

 

「ん? あの金額は想像や」

 

「はい?」

 

「だから、あの金額は記者の想像や。(推定)って後ろに書いてあるやろ?」

 

「…………じゃあ実際には貰ってる金額、全然違ったりするものなんか?」

 

「当たっているものもあるから大丈夫や。年末の選手名鑑には、怜の年俸は1500万円ってちゃんと記載されるし」

 

「……そら、良かったわあ」

 

 清水谷竜華の清水谷チャンネルで色々と議論してチームづくりをしていた企画は、なんだったのだろう。しかし、そのあたりの事情を踏まえた上でトークをしている竜華と小鍛治さんは大人やなと怜は思った。

 

「結局……全然内容わからへんけど。これどんな契約になっとるんや?」

 

「そう言われると思って、うちがまとめておいたから参考にしてな」

 

 竜華はクリアファイルから、A4の用紙を1枚取り出して怜の前に優しく置いた。

 

恵比寿

年俸2億3000万円、契約金5億円

一軍確約、選手年金、2年目契約条項、代理人特約

神戸

年俸1億8000万円、契約金4億円

一軍確約、先鋒ローテ確約

大宮

年俸1億8000万円、契約金5億2000万円

一軍確約、選手年金、2年目契約条項、代理人特約

松山

年俸1億円、契約金2億8000万円

一軍確約、2年目契約条項

横浜

年俸8000万円、契約金3億円

一軍確約、先鋒ローテ確約、2年目契約条項

佐久

年俸1500万円、契約金1億5000万円

オプションなし

 

「……ほとんど全チーム、年俸制限守ってないやん。あと、この2年目契約条項ってなんや?」

 

「ああ、それは単年契約で契約を結ぶけど、来年も同じチームと契約することになるやん? だから、2年目の年俸に上乗せして契約するってことや」

 

「なるほどなぁ……」

 

 わかるような、わからないような……困惑してしまう竜華の説明に怜はとりあえず相槌をうっておくことにした。

 このA4の用紙に書いてある内容が正しいのかは怜には判断出来なかったが、竜華に嘘をつかれたことは数えるほどしかないため、おそらく本当なのだろうと怜は思った。

 

「ふふっ、どこにしよっか?」

 

 優しく微笑む竜華の表情を見て、怜は背筋に冷たいものがつたうのを感じた。

 夫婦生活も7年目に突入するともう、わかるのである。

 これは試されているなと。

 

「これって……どのくらいの成績で試算されてるんや?」

 

「先鋒で5勝もしくは、後ろなら10セーブくらいの成績で作ってみたで」

 

「5勝でこんな貰えるんか!?」

 

「うち、頑張ったからな〜」

 

 破格の高待遇を獲得してきた竜華に感謝しながら、怜は少しずつ探りをいれていく。

 

「竜華と一緒に麻雀できるし、神戸がやっぱり安心やろか? まだ迷ってるんやけど……」

 

「ふふっうちと一緒に麻雀したいん? ありがとう、とき。でも、神戸以外のチームでもええんやで?」

 

「ほんまか? それなら……どうしようかな」

 

 一応、何がなんでも神戸でなくてはいけないという訳ではなさそうなので、竜華にそっと希望雀団を伝えてみる。

 

「それなら、松山————」

 

 怜がそこまで言いかけると、部屋の空気が一気に凍てついて、竜華の目が犯罪者のそれに変わった。

 このままいくと、竜華にプロ入りの話そのものを滅茶苦茶にされることを本能的に察した怜は、慌てて言葉を付け足した。

 

「は条件が微妙やから……やめるとして」

 

「うんうん、それがええと思うで」

 

 嬉しそうに頷いた竜華の表情を見て、間一髪のところで、自分が人生が終わる地雷を回避したことを怜は悟った。

 

——あ、あかんやろ……唐突に空気変えるのやめーや。

 

「それなら……条件のええ恵比寿か大宮がええと思うわ」

 

 怜は2チームの名前を挙げて、竜華にお伺いをたてた。本当は大宮と言いたかったのだが、1チームだけを挙げると、回避不能になる恐れがあるので保険をかけた次第である。

 

「怜の言う通りその2チームは条件ええな。どっちにしよっか」

 

 この2チームは竜華の中でOKらしいということを、感じ取った怜は志望チームの名前を告げた。

 

「ハートビーツ大宮行きたいで!」

 

 ハートビーツ大宮の瑞原監督は、プロの関係者の中で一番最初に会いにきてくれたし、大宮は恵比寿や神戸と違ってチームの雰囲気も良さそうである。

 少し生意気だが表裏のない大星さんや、絹恵ちゃんをはじめとして良い人が多そうだ。ついでに玄ちゃんもいる。

 福路プロが怖そうなのが玉に瑕だが、同学年だし、恵比寿のアレより怖いということもないと思うので特に問題はない。最悪ほとんど関わらないという選択肢もある。

 

「大宮でええん? じゃあ、話進めていくけど大丈夫?」

 

「大丈夫や、よろしくたのむで!」

 

 嬉しそうな竜華に確認されて、怜は自分が賭けに勝ったことを知ったが、念には念をいれて竜華のお気持ちに配慮しておく。

 

「でも、大宮行ってまうとしばらく竜華に会えなくなるから寂しいわあ」

 

 怜がそう言うと思いっきり竜華に抱きしめられて、一瞬呼吸ができなくなった。

 

「ときいいいいいい、怜に寂しい思いは絶対させへんよ! 毎日、一緒にお話ししようね」

 

「いや……大宮行ってる時は無理やろ。オフシーズンに一緒に過ごすわ」

 

 天然全開の竜華の発言を聞きながら、怜はようこれ神戸以外のチーム行くこと許可して貰えたなと思った。

 

「テレビ電話とかあるやん?」

 

「え?」

 

「テレビ電話でホテルで毎日お話しして、遠征先でデートして、それから試合会場に入る。こうすれば、寂しくないやんな!」

 

「え、えっと……」

 

「怜が寂しくないように、試合終わったら毎日電話するようにするからね」

 

「う、うん」

 

「あ、それから遠征の時は一緒に大宮の喫茶店でナポリタン食べようね」

 

「せ、せやなー」

 

 特に否定も肯定もしていないにも関わらず、竜華とのオプション契約が勝手に結ばれていく。迂闊に寂しいと言ったことを怜は本気で後悔し始めていた。

 

「ふふっ、寂しい思いはさせないから安心してね」

 



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第123話 除ケ口弥生と入団記者会見

 フラフラと倒れ込むようにワンルームマンションの玄関を開ける。

 そしてその勢いのまま弥生は、パンプスを脱ぎ捨てて、スーツ姿のままこたつの裾にダイブした。

 

「あーめっちゃ……疲れたわあ。まだ水曜かあ」

 

 ノー残業デーの水曜日、少し残業しただけで帰宅の途につけたのは良かったが、ゴールデンウィーク明けの仕事の辛さは筆舌に尽くし難い。

 

「何がノー残業デーやねん。ノー残業代デーの間違いやないか」

 

 弥生はそう恨み言を言いながら、コタツの布団を眺めた。もうそろそろこれも片付けなくてはいけない。週末にやろう。

 

「何はともあれ、まだ19時やし……今日こそなんかせな……」

 

 弥生は帰り道のコンビニで買ってきた、お弁当と缶ビールをコタツの上に置いた。

 ビールを買ってきている時点で、勉強したり麻雀をしたりするつもりなど、弥生には全くないのだが、いつもの口癖でそう言っておく。

 弥生はあぐらをかいて、ストッキングを脱ぎながらテレビの電源をつけると、見知った後輩の名前が大きく表示されていた。

 

——ハートビーツ大宮、緊急記者会見! 園城寺怜獲得か!?

 

「大宮かぁ…………」

 

 園城寺さんは、清水谷さんのいる神戸か恵比寿に行くものだと思っていたから、その選択は意外だった。

 一緒に雀聖戦の予選で麻雀をしてから、ここまであっという間だった。しかし、あの強さならプロ入りに全く驚きはない。

 あるのは後輩がプロ入りする喜びと、筆舌に尽くし難い空虚感だ。

 清水谷さんや江口さんとは違って、小学校時代初めて会った時の園城寺さんは、弥生よりもずっとずっと下手くそだった。だからなのだろうか、彼女が羨ましくて仕方がない。

 私と園城寺さんとでなにが違うのか、なにが違ってしまったのかと弥生は自問自答した。それが嫉妬心からくるものであることに気がついて、勢いよくピールのプルタブを開けた。

 プシュッと良い音が、月7万円のワンルームの部屋に響いた。

 

「ははは……おめでとう、園城寺さん。乾杯や」

 

 まだ誰もいない記者会見の席に弥生は、ビールを注いでからグラスを向けた。これで、見苦しい負け犬ではなくなったと、弥生は自分に言い聞かせた。

 

 園城寺さんは小学校時代から、麻雀の技術以外では誰よりも強かった。

 

 そもそも、園城寺さんが下手だった高校一年生の頃から、あの畜生も愛宕監督も目をかけていたのだから、元々モノが違っていたということなのだろう。

 

「みっともないなあ……」

 

 競技としての麻雀には、見切りをつけたつもりだったが高校、大学と一流のアマチュア選手として戦ってきたプライドが、弥生の邪魔をする。

 

 社会人として出版社に勤める今だって、下手な訳じゃない。

 

 弥生はグラスに入ったビールをキューっと飲み干して、ひとつため息をついてからスマートフォンで掲示板を開いた。

 

【大宮】園城寺怜、入団記者会見実況 89

706名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:kerokero

園城寺さん、大宮は意外やったな

神戸だと思ってたわ

 

711名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwaz

>>706

まだ確定ではないらしいぞ

 

740名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwjz

チームを金で選ばないぐう聖

 

771名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokimazg

>>740

怜ちゃんのお金に困ってない感は異常

実際、清水谷のお嫁さんだし、ほんまにそういう視点でチーム選んでないんやろな

 

803名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak2rdgj

大宮は年俸制限が有利に働いたな

流石に恵比寿がほんまに6億とか出してたら、無理やったろ

 

841名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebiidazg

ふざけんなよマジで、なんで大宮なんだよ!!!

確定してねえのに、盛り上がってるの馬鹿なんじゃねえの

 

898名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea0rm_z

>>841

エビカス発狂してて草

 

926名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6gmaj

高校時代から好きな選手だったからマジで嬉しい

 

996名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwjz

1000なら、園城寺がエミネンシアのエースになる

 

1000名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:heagdawg

うめ

 

 園城寺さんはこんな掲示板一度も見たことがないんだろうなと思いながら、弥生はしゃけ弁当を食べながら器用に左手だけで掲示板を閲覧する。

 まだ記者会見の会場が映し出されているだけなのに、すごい盛り上がりである。

 大宮は優秀なポイントゲッターを多数抱えている反面、先鋒に難があるチームなので園城寺さんの獲得はまさにドンピシャの補強だ。

 

 ふつふつと細かい泡が、ビールで満たされたグラスの内を昇っていっては、真っ白な泡の層へと合流していく。

 

 それを感慨深げに弥生が眺めていると、テレビの音が急に騒がしくなった。

 大宮の公式衣装を着た園城寺さんが、少し緊張したような表情で袖幕から登場した。

 乱反射するフラッシュが、彼女とその歩く道を照らしていて、まるで光の王冠を被っているようだった。

 

 

園城寺 怜 プロ編入試験合格

千里山→フリー→大宮(確定)

アマチュア時代の主な獲得タイトル

インターハイ個人戦優勝、雀聖戦挑戦者決定戦優勝

 

 

 満面笑みを浮かべた瑞原はやり監督(34)に促されて、園城寺さんは壇上に用意された椅子にゆっくりと腰掛けた。

 バッチリメイクをして、絵本のお姫様のように綺麗になった園城寺さんに、弥生は思わず見惚れてしまった。

 

『それでは、まずはじめにハートビーツ大宮瑞原監督より、ご挨拶させて戴きます』

 

「本日はお集まりいただきありがとうございます。瑞原です。このたびは、公示前ではありますが、園城寺怜選手がハートビーツ大宮に入団する運びとなったこと、報告させていただきたいと思います」

 

 元アイドルらしい堂々とした口調で瑞原監督(34)がそう挨拶をすると、また一斉にカメラのフラッシュが焚かれた。

 

『続きまして園城寺選手。よろしくお願いいたします』

 

「えーはい。園城寺です。今日はわざわざお集まり、頂きありがとうございます。ハートビーツ大宮で麻雀が出来ることになりました。プロ麻雀の舞台で……えー麻雀が出来るチャンスを頂けたことに、非常に感謝しています」

 

 若干居心地が悪そうに記者会見に臨んでいる園城寺さんを応援しながら、弥生は自分と彼女とでは、住む世界が違うのだということを悟った。

 いや、元々わかってはいたのだ。それくらいのことは。ただ、認めたくなかっただけ。

 だから、この記者会見を聞いていて良かったと弥生は思った。

 

——園城寺選手にお聞きします。数ある雀団からズバリ、大宮を選んだ理由はなんでしょうか

 

「えーそうですね……瑞原監督が一番はじめに会いに来てくれて、是非入団してほしいと言われたことを覚えています。チーム的にも環境的にもベストな選択かと思いました」

 

——大宮の選手のなかで印象に残っている選手がいれば教えてください。

 

「印象に残っている選手……そうですね。対戦したことがある中では、福路選手や渡辺選手が印象に残っているというか、上手なプレイヤーなので牌譜を見ていて参考になります。あとは、洋榎の妹の絹恵ちゃんとは親交があります」

 

——公示前の記者会見に踏み切った理由をお聞かせいただければ

 

「代わりまして瑞原です。えーそうですね、公示後に発表することも考えましたが、園城寺選手のチームの合流を優先させたいスケジュールの都合によるものです」

 

——それは、実戦投入は近いうちにということでしょうか? 起用法についての予定はありますか?

 

「試合状況や、チーム状況……園城寺選手の仕上がりを踏まえて、考えていきたいです。まずは牌に触らせたい」

 

 記者たちの質問にとくに詰まることもなく回答していく、瑞原監督と園城寺さんの姿を見て弥生は素直にすごいと思った。

 これだけの人数を前にしたら緊張で、言葉がうまくでてこなくなりそうなものである。

 

【エビカス】園城寺怜、入団記者会見実況 99

103名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:heagamg0

はやりん、有能

 

139名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjz

監督の熱意で入団決めたとかぐう聖すぎて草

金で釣ろうとしたエビカスは悔い改めて、どうぞ

 

150名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmawg

>>139

うちには高校時代監督を務めた人がいるんですが、それは……

 

161名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokrmawg

不祥事対策に自信ネキには、弘世がいるからセーフ

 

186名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hearjmgw

怜ちゃんは千里山感がないから、どうやってあの学校を生き残ってきたのか気になる

 

214名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rgmaj

>>186

実際、耐えきれなかったから最後壊れたんじゃないですかね……

 

234名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:mat9rlgm

>>186

藤白七実が一番親しい後輩って明言してるんだよなぁ

 

241名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebirmawg

>>234

藤白と仲良し、清水谷とラブラブ

これ絶対いじめられない奴やんwwwww

 

264名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:matrmazg

プロ入りして、「常にトップを目指す」と明言する奴が、千里山色に染まってないという風潮、一理ない

 

291名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:kerokero

園城寺さんは千里山の本流を歩いてきた人やし

 

314名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hearmgm

挑戦者決定戦の逆転劇の強さといい

清水谷みたいに、麻雀が絡むと人が変わるタイプなんやろな

 

394名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3rmjw

宮永といい清水谷といい、麻雀になると人変わるやつ多すぎませんかね……

 

406名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwaw

新道寺は、昔の千里山よりはキツくないという風潮あるよな

 

420名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:emirmjz

>>406

(そんな風潮は)ないです

 

437名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:emimrwj

新道寺の夜練中に夜食作る雑用が一年生の間で奪い合いになるエピソードほんとすき

 

 弥生は掲示板から目を離して、園城寺さんの方を見ると少し緊張もほぐれて、笑顔も浮かべながら応対していた。

 

——園城寺選手にお聞きします。今年入団の選手のなかで、これだけは負けない! そういった自信があるものはありますか?

 

「麻雀です」

 

——ま、麻雀以外でお願いします

 

「え……あーせやなぁ……えー……年齢ですね、最近25歳になりましたし、そこだけは負けることは絶対にないので」

 

 園城寺さんがそう言うと、会場の空気がドッと湧いた。

 

「はい、そうですね……プロでは先輩なので、これから二条泉さんには敬語を使って話していきたいと思います、はい」

 

【千里山】園城寺怜、入団記者会見実況 100

103名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rwaw

年齢は流石に草wwwwwwww

 

161名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:heaagmay

二条、滅茶苦茶困った顔しそう

 

213名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3ggaj

というか怜ちゃん25かよ

肌どうなってんねん

 

242名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebipmawg

最初の麻雀ですは調子乗りすぎやろ

 

261名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:matpmjwg

大阪人のお嬢様とかいう新ジャンル

 

280名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6pwjg

>>242

そうか? 自信あってええやん

 

304名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6pwgw

???「泉は10勝やな、10勝。いけるやろ?」

 

320名前:名無し:20XX/5/12(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rwjw

二条とは仲良いみたいでめっちゃほっこりした

 

 たまに心ない書き込みもあるが、園城寺さんの評判は掲示板住民にも上々なようだ。

 

「まあ、少し変わっとるとこもあるけど性格ええしな普通に。麻雀は怖いくらい真剣やし」

 

 麻雀では負けない。これは、自信過剰でもなんでもなくただ園城寺さんの本心を言っただけなのだろう。

 

「常にトップを目指すか……」

 

 この言葉が園城寺さんの身体の限界を超えさせて倒れさせたのだと考えると、弥生にも思うところはある。しかし、優秀な選手でありたいと願った自分と、彼女とでは麻雀への執着が違いすぎた。

 

 グラスに入ったビールを喉を鳴らして飲むと、爽やかな喉越しの後に苦味が残る。

 

 テレビに映る園城寺さんの姿はうっすらと滲んでいたが、頬に涙が伝うことはなかった。

 そのことが堪らなく悔しい。

 

「園城寺さん、おめでとう。応援しとるで」

 



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第124話 園城寺怜とハートビーツ大宮選手控え室

 北関東最大のメガロポリス、大宮。

 日本の中心地である大阪と神戸にしか住んだことのない都会人の怜としては、とんでもない田舎に来てしまったと思ったが、25歳のお姉さんなので、記者の前では、交通の便が良く落ち着いていて過ごしやすそうな印象と答えておいた。

 

 瑞原監督と一緒に駅からスタジアムまで歩いてみたが、低層ビルばかりで大宮駅とスタジアム以外に大きな建物が全くない。

 都会かどうかなどチーム選びで特に考慮していなかったが、実際に足を踏み入れてみて田舎特有の環境に絶望した次第である。

 何より、さいたま県民とかいう東京の属国にすらなれないような哀れな県の住民になってしまったことで、怜は心に深い深い傷を負ってしまった。

 

「チームでわからないことがあったら、なんでも相談してくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 一通りチームメイトや関係者への挨拶を終えると、渡辺さんが選手控え室まで案内してくれた。

 白を基調とした小綺麗な控え室内には、ロッカーだけでなく試合状況を確認できる大型のモニターに、ソファーと仮眠ベッドまでついている。

 

「固いなあ、おい。もっとリラックスしていけよ」

 

「あ、ほんま? じゃ、遠慮なくリラックスさせてもらいますわあ」

 

 渡辺さんの許可も出たので、怜はパンプスを適当に脱いでスーツのまま、ベージュのソファーの上に寝転んだ。

 スプリングが少し固いが生地は悪くないので、総合するとまあまあと言ったところだろうか。

 

「滅茶苦茶リラックスしてるな……おい」

 

「色々歩いたから、疲れたで」

 

 怜の変わりようを見て、渡辺さんは少し驚いたような顔をしていたが、一度目を閉じると何故か納得したように、怜の対面のパーソナルソファーに腰掛けた。

 

「悪かったな」

 

「ん、なにがや?」

 

 渡辺さんは頭をボリボリと掻いてからそう謝ったが特に思い当たるフシが怜にはなかったので、ゴロゴロし続けておくことにした。

 心当たりがないのに謝られるのは、居心地が悪い。

 

「あ、せや! 牌譜とかって見れたりするんやろか」

 

「ああ牌譜か、インターネット繋がってるから公式HPでダウンロードするやつも多いが、練習試合のものなんかは職員に言えば、用意しておいてくれる」

 

「ほんま? 練習試合も見れるんか!? それならあとで用意してもらうわ」  

 

「ああ、それがいいだろう」

 

 非公式戦の牌譜を見れるのはありがたい。プレッシャーがかかっていない非公式のプロの闘牌は見ていて面白い。普段と全然違うプレースタイルだったりすることもある。

 

「でも、その前にお風呂入りたいわあ……」

 

「シャワーは付属しているし、大浴場とサウナもあるから好きに使ってくれ」

 

「おーやっぱプロはすごいやん」

 

 ソファーの上でゴロゴロしながら疲れを癒しながら、なにをしようか考えていると渡辺さんが目を逸らしながら言った。

 

「……目のやり場に困る。ところで、前の雀聖戦予選の対戦だが覚えているか?」

 

「あー覚えとるで、たしか絹恵ちゃんと鶴田さんも一緒やったな」

 

 ゴロゴロモードへの苦言を呈されたので、怜は体を起こして、ソファーの肘掛けにもたれかかるように座った。

 

「見逃しからツモを選択された時は、久々に思い出したよ。味な真似をされたと思ったが、得点差を優先させたんだろ? 園城寺は肝が座っている」

 

「その時はそう思ったんやけど……でもあれはミスやったな」

 

「は?」

 

 渡辺さんがこちらの方を振り返って、目が合ったと怜は感じたが、三白眼なので焦点があっているのかわかりにくい。

 

「渡辺さんと鶴田さんが火力あるプレイヤーやし、ツモ選択せずに素直に絹恵ちゃん沈めておいたほうが、結果的にリスクとらずに良かったなあ思ってな。その後、鶴田さんに軽く和了されたし、流れを過信しとったかな」

 

 小瀬川さんに稼ぎ負けた時ほどではないが、若干心残りではある。麻雀は気の緩みや小さな判断ミスが後々のプレーに影響を与えたりするので、ミスはしないにこしたことはない。

 

「やっぱ直で話してみないと、わかんねぇもんだな。麻雀強い奴っていうのは……お嬢様だと思ってたよ」

 

「お嬢様やで」

 

 神戸という都会から大宮に来たお嬢様だという自負があるので、怜は渡辺さん発言を訂正しておくことにした。

 お嬢様という響きはなかなか悪くない。

 

「いいや、なんでも。私は高校時代から恵まれるんだ、チームメイトには。よろしくな園城寺」

 

「よろしくお願いします」

 

「おう、牌譜は連絡しとくわ」

 

 渡辺さんはそう言って席から立ち上がると、少し乱暴な所作で控え室の引き戸を開けて、廊下へ消えていった。

 渡辺さんは選手会の重役だというから、少し構えて対応していたが、なんのことはない。ただの麻雀が好きな麻雀選手だったということに怜は安堵した。

 

「んーでも、挨拶疲れたなぁ……というか、神戸から大宮遠すぎやろ……汗かいたしとりあえず、大浴場行って————っ」

 

 怜はゴロゴロしながら、そこまで独り言を言うと心の中のリトル竜華がふわふわと登場したので、思わず身構えた。

 

——こ、これ……よく考えるとチームメイトとかに会う可能性あるやんな……お風呂一緒に入るとか浮気やろ言い出すかもしれへん。

 

 竜華に浮気認定なんてされたら、今までの全ての努力が水の泡になる可能性があるので大浴場に行くのは、竜華に電話で相談してからにしようと怜は思った。

 温泉旅行中のマッサージですら許してくれなかったくらいなので、念には念を入れておいた方がいい。

 控え室に備え付けられたシャワーで済ませてしまうことも考えたが、熱くて広いお風呂にのぼせるまで入った方が、リラックスできることは間違いない。

 そうなると、怜にできることはもう1つしかない。

 

「うーん……全然うごけへんなぁ」

 

 座面が狭いことと硬いことが若干の不満だったが、住めば都という言葉もあるようにソファーに1度寝転んでしまうと、起き上がることは途方もなく困難になってしまった。

 

「ま、ええか……どのみちできることもあらへんし」

 

 怜はそう言ってから、狭いソファーの座面で何度も寝返りをうって過ごしていると、コンコンコンと入り口のドアをノックする音が聞こえた。

 

「はーい、どなたですか?」

 

 怜がそう気怠げに返すと、ドアが開けられて見慣れたメガネ姿の後輩が入室してきた。

 

「あ、園城寺先輩。お久しぶりです、牌譜お持ちしました。牌譜のリストも持ってきましたので、興味があれば言ってください」

 

「おーサンキューや」

 

 理解が追いつかなかったので、怜は体を起こして船Qから牌譜を受け取った。たしかに大宮の資料の印が押されている。

 

「あれ? ふなQがなんでいるんや?」

 

「あ、私これからはこういう者になりましたので」

 

 船Qが両手で名刺を差し出してきたので、怜はなんとなく両手で名刺を受け取って券面を眺めやった。

 

ハートビーツ大宮 

編成部 第1記録室 

室長

船久保 浩子

 

「スコアラーの方はあんまり経験がないですけど……精一杯やらせてもらうので、これからもよろしくお願いします」

 

 怜は牌譜と名刺と船Qの笑顔を3回ほど眺めやってから、呟くように言った。

 

「どうしてこうなったんや……」

 



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第125話 初登板とプロの洗礼

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 東2局 

恵比寿 小瀬川 白望 126,900

松山  安福 莉子  118,600

大宮  大星 淡   86,300

神戸  片岡 優希  68,200

 

 調整ルームのモニターに映る大星さんの姿を横目に見ながら、怜は牌をジャラジャラと触り各選手の牌譜を卓に広げて眺めやった。

 

「大星さん次第やなぁ……」

 

 怜は、背もたれに体を預けてそう呟いた。

 先鋒の白水さんの炎上から始まった試合だが、次鋒の渡辺さんの追いつかない程度の反撃や、神戸が勝手に崩れはじめた事もあって、トップの恵比寿とそこまで大きな差は開いていない。

 3万点という点差はあるものの、大星さんの得点力を考えれば充分に逆転は考えられる。

 

 大宮の調整ルームは、麻雀卓が綺麗に正方形に4つほど並べられており、卓の横には物を置くためのカウンターが備え付けられている。1人でも調整がしやすいようにという配慮だろう。

 

「園城寺先輩、今日準備されてるんですね。少し意外でした」

 

 隣の卓にいる絹恵ちゃんから、そう声をかけられたので、怜は牌譜から目を離さずに応じた。

 

「んー、せやなぁ。監督が作っておけって言うとったから、出番あるんちゃうかな」

 

 調整ルームにいるのは、怜と絹恵ちゃんと玄ちゃんの3人なので結構な人数である。誰が登板するのかは、試合展開次第ということなのだろう。

 

「逆転したら、玄ちゃんが大将になるやろからその時はよろしく頼むで」

 

「おまかせあれ! 私が華麗にセーブをあげて見せますのだ」

 

 自信満々に胸を張って答える玄ちゃんに怜は一抹の不安を覚えたが、今年のセーブ失敗はないのでおそらく大丈夫だろう。

 このタイミングでなぜ自分が調整ルームにいるのか不思議だと思った怜だったが、試合に出て麻雀出来ればなんでも良いので、あまり気にしないことにした。

 炎上した後ベンチに戻ってきて謝罪した白水さんを一瞥もせずに、ケアルーム送りにした瑞原監督の様子を見て、素直に従わないとヤバそうだと思ったのもある。

 千里山時代の経験から、怒らせたら怖い人は本能的にわかるのである。

 

 小瀬川さんの牌譜を入念にチェックしていると、試合経過を確認するモニターからワッと歓声が上がった。

 麻雀の強い方の二条泉こと、大星淡さんのドヤ顔が映し出されている。

 萬子の混一色を絡めた綺麗な跳満和了だ。

 

「あ、かなり近づきましたね! 逆転もあるんじゃないですか!」

 

 明るい声色とは裏腹に、絹恵ちゃんの表情は暗い。

 この和了で絹恵ちゃんの登板の機会は、完全になくなってしまったということなのだろう。レギュラーが決まっている高校麻雀とは異なる厳しさに、怜は身が引き締まる思いがした。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 南3局

恵比寿 小瀬川 白望 120,900

大宮  大星 淡   114,300

松山  安福 莉子  110,400

神戸  片岡 優希  54,400

 

 試合途中でタイムアウトがかけられ、瑞原監督と大星さんがなにやら話している様子を見て、怜は自分が登板するだろうなと思った。

 裏向きに置いた牌を神経衰弱の要領で2枚揃えて調整をしていると、慌てた様子で船Qが調整ルームに入室してきた。

 

「園城寺先輩、リリーフです」

 

「ん……せやろな、今行くで」

 

 怜は立ち上がって調整ルームを出ると、ゆったりとしたペースで船Qについて行く。船Qの歩くペースが速いので、着いていくのが少しシンドイ。

 ベンチに到着すると、足早にふりふりの衣装を着た瑞原監督(34)が近づいてきて、怜に言った。

 

「はやや〜。大星さんが登板したばっかりだけど、どうしても今日は勝ちたいんだ! 初登板だけど頑張ってね」

 

「はい、精一杯やらせて貰いますわぁ」

 

 瑞原監督は、船Qから受け取ったラインマーカーのたくさん引かれた牌譜を怜に見せながら、いくつか簡単に要点を指示する。

 もう3人の直近の牌譜は頭に入っているが、試合前に要点を掻い摘んで確認してくれるとありがたい。大きな見落としをせずに済む。

 指示をせずに選手の傾向だけを話すあたり、瑞原さんはプロ麻雀の監督さんなんやなぁと怜は他人事のように思った。

 

 怜がこれからどうしすればと悩む暇もなく、あれよあれよと時間が流れて、気がついたらリリーフカーに乗せられて雀卓があるステージの階段下まで来ていた。

 怜の到着を待つ3人の雀士を見上げてから、一歩ずつ階段を登る。

 

 麻雀の舞台はすぐそこにある。

 焦ることはない。

 

 階段を登り終えた怜は、卓につく前に1つ挨拶をした。

 

「あ、よろしく頼むで」

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 南3局

恵比寿 小瀬川 白望 120,900

大宮  園城寺 怜  114,300

松山  安福 莉子  110,400

神戸  片岡 優希  54,400

 

 スタジアムの電光掲示板の表示が切り替わるのを確認してから、怜は卓に向きなおった。

 牌と牌の擦れる音が止まり、配牌が上がってくる。

 

 見事な五向聴で、全く上がれる気配が見えない。

 

 大星さんの能力の影響を一人だけ受けているような錯覚に怜はとらわれたが、気を取り直して慎重に他家の和了の目を気にしながら闘牌を続けていく。

 最下位の片岡さんをアシストして和了させようと怜は試みたが、南場クソザコウーメンの名は伊達ではなく、安福さんにあっさりと安手を和了される未来が見えた。

 

ツモ 700、1300です。

 

 安福さんが牌を倒してそう申告した。

 高校時代の印象はほとんどなかったが、実際に相対してみると、なかなかの本格派だ。有効牌を集めてくる速度が速く他家に聴牌気配がないときには一直線に和了を目指してくる。

 

 そして続く第1半荘のオーラス。

 イマイチ流れに乗り切れないまま、配牌を眺めやるとまたしても期待が出来そうにない。

 怜は中張牌から切って他家に揺さぶりをかけるように工夫してみたが、特に効果はなかった。

 回避不能の小瀬川さんの満貫和了の未来が見える。鳴いてズラしても、結局和了されてしまうため意味がない。

 

ツモ 2000、4000

 

 小瀬川さんがそう言い終えると、ステージの照明がパッと明るくなって、ハーフタイムに入った。

 

「だるっ…………」

 

 神戸、松山の両選手が慌ただしく立ち上がってベンチからの指示を受けているのを尻目に、気怠げに背もたれに体重を預ける小瀬川さんの姿を見て、怜は妙な親近感を感じた。

 

——それにしても、何もできへんかったなぁ……牌の流れは掴めへんし、途中から入って結果出すの無理あるやろ。

 

 自分で食べるのがダルいのか、新子さんに、チョコレート味のエネルギーバーを給餌される小瀬川さん。

 咽せないかと心配になったが、本人は余裕そうなので大丈夫なのだろう。

 

「あの、食べますか?」

 

「食べるで」

 

 卓の横にエネルギーバーの袋を持っている絹恵ちゃんに怜はそう答えた。

 自分でパッケージを剥くのはダルいので、期待の籠った目で絹恵ちゃんのことを見つめると、パッケージを剥いてエネルギーバーを手渡してくれた。

 受け取らず無言で口を開けると、少し呆れた様子で絹恵ちゃんは、怜の口元にエネルギーバーを持っていって食べさせてくれた。

 人のスタイルを見て学習したが、これはなかなか良いかもしれない。ほとんど体を動かさずに食べることが出来る。 

 

「じゃあ、がんばるで」

 

 エネルギーバーを飲み込んでから怜は絹恵ちゃんにそう言って、体を起こした。いつの間にか全員が卓についている。

 モグモグタイムも終わり、気持ちの切り替えも済んだので、第二半荘ではしっかりと得点していきたい。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 東1局

恵比寿 小瀬川 白望 127,600

大宮  園城寺 怜  111,600

松山  安福 莉子  111,100

神戸  片岡 優希  497,00

 

 第2半荘はいきなりの親番でここで抜け出したいと思った怜の気持ちに応えたのか、二向聴の絶好の配牌が卓から上がってきた。

 怜がどんな手に育てていこうかと悩んだのも束の間、上家の片岡さんが元気よく叫んだ。

 

「リーチだじぇええええええ!!!!!」

 

——今まで気配が完全に死んでたのに、東場だからって今くることないやんけ。

 

 ズラそうとしてもズラせない。

 展開が速く分岐も選べないので、そのまま和了させるしかない。

 

ツモ!!! 2000、4000だじぇ!

 

 この勢いをつけた片岡さんの和了を許したのが良くなかったのか、ズルズルと彼女に展開を引っ張られて良いところのないまま東4局まで来てしまった。

 無意味な鳴きを混ぜて強引に流れを変えていかないといけないかもしれないと、怜が少し焦り始めたところでやっと運に恵まれた。

 配牌で上がってきた牌を自然に切っていくと早い巡目で2巡先に和了が見えた。一発もついて跳満。

 全く工夫のない麻雀だが、たまにはこういうのもないとやっていられない。

 

リーチや!!!

 

 リーチ棒を綺麗に立ててそう宣言した。ここは誰にも鳴かれないことはわかっている。

 ツモってきた牌を右側のフチに優しく当てて、表向きに晒してから手牌を倒す。

 

 リーチ、一発、ツモ、平和、断么九、ドラ。

 

 裏ドラが乗っていないことをしっかりと示してから、怜は落ち着いて点数申告をした。

 

3000、6000です。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 南1局

恵比寿 小瀬川 白望 120,600

大宮  園城寺 怜  117,100

松山  安福 莉子  103,100

神戸  片岡 優希  59,200

 

 手牌を卓に投げ入れて、電光掲示板で得点状況を確認する。イマイチ冴えない麻雀だが、それほど悪くない点差で南入することが出来た。

 登板時とあまり状況が変わっていないような気もするが牌の流れも見えてきたので、焦らずに差を詰めていきたい。

 

 南場は恵比寿の小瀬川さんが積極的に動いてきて、意地でも逆転されたくないという気迫を感じた。

 何も介入しないとあっさりと小瀬川さんに2副露されてしまい、和了までたどり着かれてしまうので、出来うる限りで妨害する。

 

ツモ 1000、2000です。

 

 小瀬川さんの動きを怜が牽制していると、その隙をついて安福さんに安手を和了された。怜自身の和了の目はあまりなかったので、親被りになってしまったが、これは悪くない。

 続く南2局は、安福さんの親番となったが、和了した流れが続くこともなく、ジリジリとした展開が続き流局となって親が流れた。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 南3局 1本場

恵比寿 小瀬川 白望 122,600

大宮  園城寺 怜  114,100

松山  安福 莉子  106,100

神戸  片岡 優希  57,200

 

 南3局。怜のもとに上がってきた配牌は悪くない。白が重なっており特急券になるのは、この点差だとありがたい。

 しかし、山もマダラながらにかなり見えるようになってきた。あえて1枚目の白はスルーしてあくまで門前に拘って、怜は手作りを進めていく。

 役牌を鳴いて手を作ってしまうと選択肢が狭まって、未来視が生きないことがある。なにより、大きい手を和了するほうがずっとずっと楽しい。

 

「リーチや!!!!!」

 

 怜がリーチ棒を立てて勢いよく宣言すると、その宣言牌の九筒を小瀬川さんがポンして巡目をズラされた。これでルートに乗る。

 

ツモ! 2100、4100

 

 一発消しをされたが、満貫は確保してトップに躍り出る。かなり手こずってしまったが、なんとか起用してくれた瑞原監督には応えることが出来た。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 オーラス

大宮  園城寺 怜  122,400

恵比寿 小瀬川 白望 118,500

松山  安福 莉子  104,000

神戸  片岡 優希  55100

 

 オーラス。怜は小瀬川さんを徹底的にマークして、他は大きい和了さえ許さないようにすれば良いと考えていたが自分の手牌が上がってきた瞬間これが、和了していることに気がついた。

 1巡目に安福さんが捨てる中をポンすれば4巡先で片岡さんから出和了できる。

 随分とあっさりした終了に怜は少し気持ちが下がったがこれも麻雀かなと思い直して、ミスなく最後までルートを辿って牌を倒した。

 

ロン 5200です

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 〜終了〜

大宮  園城寺 怜  127,600

恵比寿 小瀬川 白望 118,500

松山  安福 莉子  104,000

神戸  片岡 優希  49,900

 

 悔しそうに俯く片岡さんを眺めやって、怜は勝ったことを実感した。麻雀の終わりはいつも呆気ない。

 今日の副将戦の麻雀は掴みどころがなく、フワフワと落ち着かないなかで、気がついたら終わっていた。初登板というのもあるが、あまり納得が出来る内容ではないなと怜は思った。

 

——あれ? せやけど……これ、このあとどうしたらええんや?

 

 副将戦は終わったが、大将戦にそのまま登板する可能性もあるし、勝手にベンチに帰るとなんだか怒られそうである。

 そもそも、帰り道がわからない。

 

——あかん……どうしたらええんや。

 

 キョロキョロと周りを見渡してみても、頭を掻きながら引き上げていく小瀬川さんや、席にお行儀よく座っている安福さんなど様々である。

 とりあえず、よくわからないので安福さんと同じようにお行儀よく座っていると、ベンチから瑞原監督と玄ちゃんが歩み寄ってきた。

 

「はやや〜お疲れ様〜初登板、緊張したでしょ〜でも、バッチリだったよ⭐︎ミ」

 

 満面の笑みで瑞原監督は両腕を握ってグータッチをせがんできたので、怜もあわせて両手をグーにしてタッチした。

 

「降板やろか?」

 

「うんうん、お疲れ様。しっかりケアして明日に備えてね」

 

 たしかに、1万点ほどリードも出来たので守護神に交代するのが、セオリーだろうと怜は思った。

 

「わかったで、玄ちゃんよろしく頼むで!」

 

「おまかせあれ!」

 

 ドンと胸を張った玄ちゃんに席を譲って、怜は瑞原監督と一緒にベンチへと引き上げた。

 

「園城寺先輩、お疲れ様でした! 初登板、良かったですね」

 

「いや、微妙やろ」

 

 ふなQからアイシングの用具を受け取って指先を冷やしながら、怜はそう毒づいた。南場の途中からというのは、どうしても感覚が狂う。

 また、同じような登板機会がありそうなので、他のプロの映像を参考にして試合に入っていきやすいようにしておこうと怜は思った。

 

「あ、恵比寿は藤白さんかぁ……僅差なら負けてても守護神使うんやな」

 

 三尋木さんがまだ試合に出ていないので、てっきりそちらが出てくるかと思ったが、どうやら違うらしい。

 大将戦は東1局、東2局と玄ちゃんがドラを占有していること以外は、平凡な展開が続いているように見えるがどうにも雰囲気がおかしい。

 藤白さんの能力は玄ちゃんも把握しているはずなのだが、牌の確認作業が妙に手早いような気がしてならない。

 怜は瑞原監督の方をチラリと見たが、あまり気にしてはいないようなので、思い過ごしかもしれないと思い直した。

 

「あ、ふなQ。今日の副将戦の牌譜もうでとる?」

 

「もちろんですよ。印刷してありますさかい」

 

「お、サンキューや!」

 

 ふなQから牌譜を受け取ろうと怜が手を伸ばした瞬間、ベンチの試合状況を写すモニターから割れんばかりの大歓声が響いた。

 

 藤白七実、親三倍満出和了である。

 

 無表情の藤白さんを撮っていても仕方がないのか、顔を真っ青にした玄ちゃんの映像がドアップで映し出されている。

 藤白さんの綺麗な筒子の清一色に、当たり前のように筒子を切って聴牌をとった玄ちゃんの様子を見て怜は確信した。

 

——あ、これ完全に錯覚しとるわ。

 

 笑顔のままこめかみをブルブルと震わせる瑞原監督が慌てて、調整ルームにいる絹恵ちゃんを引っ張り出して、タイムアウトをとったが時すでに遅しである。

 

 一切の情け容赦なく藤白さんに、延々と毟られ続ける絹恵ちゃんの虐殺ショーを鑑賞しながら、怜は呟いた。

 

「やっぱ、玄ちゃんってカスだわ」

 



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第126話 大浴場と二条泉さんのライバル

 夜10時。

 もくもくと湯煙が立ち込めるハートビーツ大宮の大浴場で、怜はお湯の中で足をパタパタと動かしながらお風呂を満喫していた。

 

「あ〜ええ湯やなぁ〜入団した価値あったわぁ……」

 

 ホームでの3連戦が終わり、明日の移動日を前にして疲れをとっておこうと怜は長めの入浴を楽しんでいた。

 ハートビーツ大宮の大浴場は、大きな湯船だけでなくジャグジー、水風呂、ドライサウナも完備されているため、なかなか充実したお風呂ライフを送ることができる。

 

「やっぱ、大浴場行けて良かったやんなぁ」

 

 心の中にいるリトル竜華が煩いので、駄目と言われないかビクビクしながらお伺いを立てたがあっさりとOKが出た。

 チームの大浴場を使って身体のケアをするのは、麻雀選手としては当たり前ということらしい。そのあたりの浮気判定の基準はどこにあるのかと、怜は聞きたくなったが藪蛇は嫌なので言及するのは避けた次第である。

 体も温まってきて、湯船の中で怜がご満悦で目を閉じると、ガラガラと大浴場の入り口の引き戸が開けられる音がした。

 

「あ、園城寺さん……お疲れ様です」

 

「ん……お疲れ様やで」

 

 ヘアクリップで束ねられたピンクの髪と、すごいものをおもちのシルエット。ハートビーツ大宮の先鋒ルーキー、原村さんだ。

 同期とは言っても年齢も入団した時期も異なるので、あまり親近感はない。チームメイトというより、ドラフトで話題になった美人の雀士さんという印象を怜は持っていた。

 今日は先鋒登板していたが、可もなく不可もない闘牌内容で勝ち負けつかずとなっている。

 髪と体をさっと洗い終えた原村さんは、テクテクと迷いない足取りで、水風呂に向かっていってそのままジャポンと体を浸けた。

 

「ちょっ……原村さん、寒くないんか!?」

 

「え? ああ、寒いですよ?」

 

「な、なんでそんなことしとるんや……」

 

「冷たいお風呂から入って、その後に温かいお風呂に入る。それを繰り返すことを交代浴というのですが……血流が促進され疲労回復や自律神経の調整で、通常の温浴よりも優位に働くということが、アメリカの最新研究で明らかになっています」

 

「ほーん、なるほどなぁ……」

 

 体が冷えて明らかに身体に悪そうだが、原村さんの言うことがそれっぽいので、怜はとりあえず納得しておくことにした

 水風呂から上がった原村さんが掛け湯をしてから、怜の向かい側の浴槽の段差に腰掛けた。

 それにしても、ものすごいものをおもちである。

 

「今日は登板されなかったのに、こんな時間まで……練習ですか?」

 

「ん? なんか、牌譜とか見てたけど……特に練習とかはしてへんな」

 

 怜がそう答えると、原村さんは少し怪訝な顔をした。雀団が大宮におうちを用意してくれたらしいのだが、スタジアムから移動することが面倒なので一切使っていない。

 本拠地にいる間は、選手控え室に生息していれば良いことに怜は気がついたのである。資料はだしてくれるし、大きなお風呂もついていてフカフカのベッドもある。その上、遅刻の心配もないので朝もゆっくりで大丈夫である。

 時間まで決まっているのか、大浴場の時計を気にしながら、慌ただしく水風呂と湯船を往復する原村さん。

 牌譜の印象から怜は彼女のことを特徴のない性格なのかなと思っていたが、実は結構面白い人なのかもしれない。

 

「二条泉さんがライバル視しとったけど、原村さん的にはどうなんや?」

 

 怜がそう問いかけると原村さんは水風呂から出た頭だけをこちらに向けて答えた。

 

「二条? ああ、神戸の二条さんですか? 大学時代に何度か対戦したことがあります。上手ですよね」

 

「やっぱ対戦しとるんか。原村さんってインターミドル制覇しとるやろ? だから、千里山高校の時から泉は意識してるんや。世代最強は私だって」

 

「……インターミドル、昔の話ですよ。でも、同世代ですし負けたくないですね。誰であろうと負けたくはありません」

 

「ほーん、ええこと言うやん」

 

 感情のないようなデジタル打ちの原村さんだが、内面にはなかなか熱い思いがあるようだった。

 原村さんは水風呂から上がるとヘアクリップを一度外して髪に手櫛をあてた。さらさらとしたピンクの髪の先から、水滴がぽたりぽたりとタイル張りの床の上へと落ちていく。

 

「そういえば、原村さんは高校は清澄高校やったな。宮永さんと同じところやん」

 

 怜がそう言うと髪を梳かす原村さんの手が止まって、肩がビクッと跳ねた。

 

——あ、コレ……地雷踏んでもうた。原村さんの前で宮永さんの話とかあかんやん。

 

「そ、そうですね……」

 

 原村さんは目を伏せると、ギクシャクとした動作でヘアクリップで髪を纏めて湯船に浸かった。

 

「清澄高校でのインターハイは、私が台無しにしてしまって……臨海のMegan Davinが相手だったんですけど、そこで点棒がなくなってしまって……それで、私はしばらく麻雀から離れていたので、咲さんとはそれっきりですね」

 

「え? 久となんかあったわけちゃうんか?」

 

「え? 部長ですか?」

 

 言っている事がわからないとキョトンとしている原村さんの様子を見て、怜は前々から聞いていた話と違うなと内心焦りを感じていた。

 

 久のことを巡って宮永さんと原村さんが痴情もつれを繰り広げたという話は、なんだったのだろうか?

 

 なお、その話は全て怜が勝手に境遇を創造したものなのだが、人に何度か説明しているうちに、怜の中で真実になってしまった次第である。

 

「園城寺さんは部長とお知り合いだったんですね。知りませんでした」

 

「あーせやなぁ……獅子原さんと一緒に北海道旅行した時に会ったんや。泉もいたんやけど、竹井さん美人やから赤くなってたわ」

 

「そうなんですね。部長も色々とあったみたいですし、二条さんと付き合ってみると良い影響があるかもしれませんね」

 

 そう可笑しそうに言った原村さんの様子を見て、怜はやっと自分の持っている前情報がガセネタであることに気がついた。

 

「園城寺さんは麻雀から離れていた時期がありましたけど、麻雀を辞めようと思ったこととかってあったりしますか?」

 

「んーないなぁ……体調しんどいから止められて辞めてた感じやし。辞めたいと思ったことは一度もあらへん」

 

 竜華に監禁されて強制的に麻雀辞めさせられてましたとも言えないので、怜はそうボカしながら答えた。

 

「強いですね……私は駄目でした。団体戦で……取り返しのつかないようなミスをして、清澄を敗退させてしまって」

 

「うちも千里山は自分のせいで敗退させてもうたから、少しだけ気持ちはわかるで」

 

 怜はそう言うと原村さんは一度目を伏せて、湯船の透き通ったお湯を眺めやってから言葉を続けた。

 

「でも、それでも麻雀が好きで大学で復帰してプロになることも出来ました……それで、最近咲さんに会った時に言われたんですよ」

 

「原村さんが麻雀を続けていてくれて良かったって」

 

 原村さんは、じっと目を閉じて言葉を紡ぐ。

 その言葉を怜は黙って聞いていた。原村さんは私の返事を期待していないだろうと、怜は思った。

 

「咲さんは私の手が届かないような雀士になりました。だから……私も————って! 園城寺さん大丈夫ですか!?」

 

「んーせやなぁ……少しのぼせてもうたわあ」

 

「顔、赤いですよ」

 

「大丈夫や、熱いお風呂好きやから。大丈夫」

 

 怜はヨロヨロと立ち上がって、脱衣所まで避難すると心配そうな顔をした原村さんがついてきてくれた。

 手早くバスローブを身に纏ってから、怜は扇風機の前の椅子に陣取った。

 

「ふぅ……やっぱりお風呂上がりは気持ちええなあ」

 

 怜がそう言うと原村さんは少し呆れた様子で紙コップに入れたお水を持ってきてくれた。

 

「せめて、水分補給くらいはしてください……というより、こんなにのぼせるまで入っちゃ駄目ですよ」

 

「ん、サンキューや。こんなに気持ちええのにあかんの?」

 

「それは、体を守ろうとして脳内麻薬が出ているだけなので……」

 

「はーなるほどなぁ」

 

 色々と理由づけをする原村さん面白いなぁと思いながら、怜は紙コップに口をつけた。

 

 心地の良い冷たさが喉の奥をつたい、火照った身体の体温で溶かされて消えていった。

 



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第127話 横浜遠征とスーパーノヴァ

「園城寺先輩、起きてください! 朝ごはん食べないと力出ませんよ!!!!!」

 

「うーん……」

 

 プリンセスホテル横浜のスーペリアルームにふなQの少しだけ大きな声が響く。

 まだ、朝の8時。朝起こされるなど久しぶりのことなので、怜はかなり緩慢な動作で目を擦りながら身体を起こした。

 

「おはようございます、先輩」

 

「……おはようや」

 

 シルクのパジャマの裾をパタパタとさせながら怜は、ホテルのお姉さんが配膳をしている様子をぼぅっと眺めていた。

 

「朝ごはん、ここで食べるん?」

 

「ええ、準備してもらってます」

 

 旅館であればお部屋ごはんということもあるが、ホテルの朝食といえばバイキングなので折角の遠征先なので怜は一応聞いてみることにした。

 

「バイキングはないんか?」

 

「…………あーこのホテルは、バイキングじゃないんですよ」

 

「そか」

 

 ふなQの答えに少しガッカリした怜だったが気を取り直して、テーブルに移動して朝食を食べることにした。

 トマトとレタスのサラダを頬張ってから怜は、ダイニングテーブルの上に置かれた花瓶に活けられた満開の白い薔薇をじっとながめやった。

 

「ん? どうかされましたか?」

 

「いや、特になんでもあらへんで」

 

 完全に花が開いてしまうと趣がないように感じられたが、口に出すと性格が悪そうに聞こえるので怜は言うのを止めた。

 

「ああ、それよりふなQは食べへんの?」

 

「私はもう朝早くに食べてもうたから、お気遣いなく」

 

「そか」

 

 なんとなく一人で食べるのも居心地が悪いが、手早く朝食を済ませて怜はパーソナルソファーに腰掛けた。

 窓には横浜みなとみらいの田舎町の高層ビルと観覧車が映っていた。

 

「ふなQ、横浜の牌譜見せてや」

 

「あ、はい。宮永さんのやろか?」

 

「んー、薄墨さんと岩館さんやなあ」

 

 怜がそう言うとふなQが手慣れた手つきでタブレットを操作して怜に手渡した。

 

「サンキューや」

 

 怜は2人の今シーズンの牌譜を確認してから、お風呂に入ってゆっくりと体を緩める。体が温まっていた方が、なんとなく麻雀の内容が良くなりそうな気がした。怜は、シャワーよりもお風呂派なのである。

 ドライヤーの後にお顔に乳液をたっぷり塗り込んで、ベッドの上でのんびり柔軟体操をしていたら、いつの間にか11時になってしまった。

 

「あの……14時から試合ですしそろそろ出発しませんか?」

 

「んー……まだ、お化粧してへんで?」

 

「…………そうですね」

 

 動くのが面倒だったのでそのままゴロゴロしていると、ふなQがお化粧セットとスーツを持ってきてくれたので、怜は渋々といった風体でベッドから体を起こして着替えを済ませた。

 薄くBBクリームを塗ってアイシャドウを乗せると、それなりに満足する仕上がりになった。

 

「ふなQ、もうお昼やし食べてから出発せーへん?」

 

「……とりあえず、チェックアウトして、スタジアム行ってそこで食べましょう」

 

「んー、ふなQがそう言うなら……」

 

 地下駐車場からホテルを後にして、横浜ロードスターズの本拠地、ベイサイドマリンスタジアムに入った。

 

「おはよー⭐︎ 怜ちゃん、よく眠れた?」

 

「……はい、おかげさまで。おはようございます」

 

「はやや〜⭐︎それは良かった〜⭐︎ミ はじめての遠征だから、枕があわないと大変だな〜って思ってたんだ〜」

 

「……お気遣いありがとうございます」

 

 メイクをバッチリ決めて、フリフリの衣装を着た瑞原監督(34)に挨拶をしてから、怜はスコアラーの人から相手雀団の資料を貰いベンチに腰掛けると、あることに気がついた。

 

「あれ? そういえば玄ちゃんと絹恵ちゃんおらんやん?」

 

「あー玄ちゃんはちょっと調整中だから、今日は、おやすみなんだ〜⭐︎ミ」

 

 笑顔の瑞原監督が怜の肩をポンっと叩いて、言葉を続けた。

 

「だから、よろしくね怜ちゃん」

 

 そう言って調整ルームの方へと歩いて行った瑞原監督の後ろ姿を見て、怜はだいたいの事情を察した。

 怜はふなQに、佐久のポイントゲッターの牌譜をあるだけ印刷してきてもらうように頼むと「もちろんです! 急いでやります」という力強い返事が返ってきた。

 

「ふふっ園城寺さん、期待されてますね」

 

「ん……せやなあ」

 

 ライトグレーのスーツを着た福路さんに声をかけられて、怜はそう素っ気なく答えた。

 中継ぎ陣のなかではPGの大星さんは別格として、福路さんが渡辺さんを抑えて最上位に位置しているので、怜の明確な競争相手である。

 福路さんの性格を考えるとここで、親しげに話しかけられるのは、ザラッとしたものを感じずにはいられなかった。

 

 ふなQの部下のスコアラーの人から、佐久の牌譜を受け取る。怜は久の牌譜を横にどけてから、獅子原さんの直近の牌譜に目を通した。

 獅子原さんの能力は、北海道に行った際におおよそ把握している。5種類の牌操作能力に、ホヤウカムイ様、アッコロの2柱の神さまの力を使役することが出来るが、その能力には回数制限がある。

 

「まぁ……結構残っとるから、かなり面倒そうやなこれ……」

 

 能力以外にも獅子原さんは牌まわりがかなり特殊で、掴みどころのない麻雀をしている。伊達に個人戦のタイトルホルダーをしているわけではない。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第1半荘 南1局

神戸 A・ウィッシュアート 110,300

大宮 白水 哩       103,600

横浜 弘世 菫       96,300

佐久 辻垣内 智葉     89,800

 

 怜がふと牌譜から目をあげると、試合がもう始まっていることに気がついた。トップでこそないが悪くない立ち上がりだ。

 白水さんの表情や牌捌きを見ても、良い感じに集中できているように怜には見えた。

 大宮の麻雀ファンからはドラフト1位のくせに期待はずれと言われているが、玄ちゃんや大星さんと比較するからであって、1年目から今まで安定してそれなりの活躍をしている。

 

——辻垣内さんは、全然キレが戻らへんけど……ほんまに無理なんかなぁ

 

 昨シーズンまでの日本刀のような切れ味鋭い麻雀の面影はなく、牌効率どおりに工夫もなく牌を落としていく姿が印象的だった。

 

「サトハはもう駄目かもね〜」

 

 大星さんは、怜の座っているベンチの背もたれに頬杖をついてそう言った。

 

「おーん? ずいぶん冷酷やんけ」

 

「えーそんなことないけど……じゃあトキはどう思うの?」

 

「まあ、しばらく無理やろ。というか、負けたらさん付けする約束やったやろ?」

 

「次は、プロ麻雀界のトリックスターこと淡ちゃんが華麗に勝利するからいいの! というか、トキも同じ意見じゃん!」

 

「まあ、ええけどな。麻雀がなぁ、違う人やもんコレ」

 

 麻雀が強い方の二条泉さんも、辻垣内さんに対して同じ感想を抱いているあたり、調整不足というよりも、本格的に駄目なのだろうと怜は思った。佐久の今の信頼できる先鋒は、赤土さんだけということになる。

 

「それは、サワヤの牌譜?」

 

「ああ、せやなぁ……当たる確率あるやろし」

 

「佐久はこの人が一番面白いよね。サキを倒した試合とか痺れちゃうよ」

 

「名将戦の1戦目のほうやろか?」

 

「そそ、やっぱり二戦目のドッカーンって展開もいいんだけど、一戦目のやりとりがさァ。こう良いだよねーサワヤは」

 

「気が合うやんけ」

 

 天真爛漫な大星さんと獅子原さんの牌譜をみながら、ここが良いここが悪いと談笑をしているとその感覚の鋭さに怜は舌を巻いた。牌譜の説明は、ほとんど擬音で表現しているが、なかなかの理論派である。

 

「ま、というわけで獅子原さんが出てくるかはわからへんけど。逆転は頼みましたわぁ」

 

「ふっふっふっ、まかせてよ。スーパーノヴァ大星淡ちゃんに不可能はないからね〜」

 

「じゃあ7万点差でも頼むで」

 

「あーそれはちょっと無理かなー」

 

「無理なんかい!!!!」

 



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第128話 OLさんと大宮の守護神

「ただいまー」

 

 自宅のマンションのドアを開けて弥生はそう小さく呟いた。

 

 当然、返事は帰ってこない。

 

 帰宅途中にコンビニで購入してきた缶ビールと、お菓子の入ったビニール袋を床に放り投げる。

 そして、そのまま死んだ目でスーツから着替えもせずにコタツにダイブした。

 土曜日と日曜日は出勤だったので、GW後の12連勤も佳境に入り、かなり疲労した次第である。水曜日がノー残業代デーで本当に良かったと弥生は会社に感謝した。

 季節外れのコタツの布団に顔を埋めていると生きようという気力が、少しづつ弥生のなかに湧き上がってきたので、台所からビールグラスを持ってきてからプルタブを開けた。

 

 琥珀色の上に白い大きな泡がふつふつと浮かんでいる。

 

「はぁ……おいしいなあ」

 

 グラスに口をつけてから、弥生は無表情でそう呟いた。

 もっときめ細やかな泡のビールが飲みたいが缶ビールではこれくらいが限界なのだろう。

 弥生はコタツの布団の裾に足を乗せて、体育座りをしながら、リモコンを手に取ってテレビの電源をつけた。

 

 液晶画面に卓を囲んだ4人の雀士と満員の観客が映し出される。

 

「プロ麻雀かぁ……これでも見るかなあ」

 

 最近は仕事で帰宅が遅いこともあって、めっきり見なくなった。プロ麻雀観戦をするくらいなら、もっと有意義なことに時間を使いたいという気持ちもある。

 

「まあ、これしか見るものあらへんしなぁ……」

 

 テレビの番組表を画面に映しながら弥生はそうボヤいた。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 南2局

佐久 愛宕 洋榎      126,400

大宮 大星 淡       112,500

神戸 野依 理沙      98,500    

横浜 小走 やえ      62,600

 

愛宕 洋榎   昨年度成績

ドラフト2位  個人戦順位 28位

姫松→佐久

2勝5敗20H

高い守備力に定評のある技巧派中継ぎ雀士。姫松高校出身の本場大阪の笑いで、チームを引っ張る名雀士。

 

大星 淡    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 10位

白糸台→大宮

17勝5敗2S

昨年度首位打点王に輝いた大宮の主砲。圧倒的な火力と支配力でチームに勝利をもたらす。今年度は初の個人戦タイトル奪取に期待。

 

野依 理沙   昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 20位

新道寺→七隈→神戸

4勝5敗24H2S

新道寺高校の頂点に位置するベテラン選手。トップリーグ選手会長を務める。堅実な守備と瞬発力のある火力が武器。

 

小走 やえ   昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 53位

晩成→横浜

1勝13敗11H

毛並みの良い縦ロールが自慢のお嬢様。岩館と並ぶ横浜中継ぎの柱。昨年度は通算150登板を達成した。

 

「ほーん……愛宕さんでとるやん」

 

 黒のスーツにエンジのネクタイをつけている愛宕さんの姿を見て、弥生はジャケットを脱いでブラウスのボタンを緩めた。

 真剣に麻雀に向き合う愛宕さんの、髪とネクタイの色がばっちりあっていてなかなかに格好がいい。

 

「輝いとるなぁ……やっぱクラブで一番とか言われただけのことはありますわあ」

 

 弥生はコンビニの袋をガサガサと漁ってポテトチップスコンソメ味を取り出してコタツの上に広げた。

 パリパリと数枚食べてから、ビールを飲むと少しだけ弥生は、幸せな気分になることができた。

 平和にポテチをあてにしてビールを楽しんでいると、わっとテレビから大きな歓声が上がった。

 眉間に皺を寄せる愛宕さんと、自信満々に不敵な笑みを浮かべる大星プロとの対比がカメラに映し出される。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第1半荘 〜終了〜

大宮 大星 淡       122,500

佐久 愛宕 洋榎      120,400

神戸 野依 理沙      95,500    

横浜 小走 やえ      61,600

 

「うわぁ……逆転されてもうた。跳満キツイ……これは私が余計なこというたからやろなぁ」

 

 前後半のハーフタイムに入って卓についたままかなり精神的にキツそうに、ストローを口に加えて水分補給をしている愛宕さんに、弥生は心の中で謝った。

 

プロ麻雀トップリーグ実況総合 part87

216名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6gmaj

やっぱ大星って神だわ

 

234名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6mrwj

これは本場、大阪の笑いwwwwwwww

 

296名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakmr3rm

守護神愛宕洋榎も見たくねえけど、セットアッパー愛宕洋榎も見たくねえんだよなぁ……

でも、高鴨が獲れて本当に良かった

 

312名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:kerokero

いうて、放銃した訳やないししゃーないやろ

ここから逆転するかもしれへんし

 

361名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6gmjw

>>296

佐久ご自慢の猿はこの間、琉音先生に大負けしてるんですがそれは……大丈夫なんですかね

 

396名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak3rmjw

猿は宮永相手に毎回いい勝負するから、期待値だけがあがってとんでもないことになってる

実際には愛宕といい勝負かそれ以下やろ

 

410名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rgjw

>>396

さすがにそれはない

 

416名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6rmjw

愛宕洋榎じゃないほうの愛宕も二軍落ちしたしなぁ……

 

431名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3pmjw

個人戦の順位って毎回相当叩かれるけど、玄ちゃん除外して考えればわりと当たってるよな

 

472名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6rmjw

>>431

守護神なのに、実力に疑問符がつくの本当に草

個人戦3位→5位の選手の何が不満なんですか!?

 

490名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea3pmjw

>>472

火力以外全部

 

511名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:ebi6rwjw

>>472

品格

 

532名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:heagajgm

>>472

守備と押し引きと牌効率とメンタルと注意力

が改善したら最強の守護神

 

546名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea3pmjw

全部って回答ばっかで草

全部駄目なのにトッププロやってる松実ははっきりいって異常だ

 

 大星さんにトップの奪取を皮切りに下位に沈んでいた神戸の野依さんの和了が目立ちはじめて、佐久はさらに点棒を減らしていく。

 弥生の目から見て、愛宕さんにミスらしいミスはないのだが、他家のツモ和了を繰り返されるたびに愛宕さんの表情が曇っていく。

 

「うわぁ……こんなん、どないせえちゅうねん」

 

 散々大星プロのダブルリーチに翻弄されて、愛宕さんの手作りが狭くなり、ズブズブと沈んでいく。

 一方的すぎる虐殺劇にチャンネルを変えようかとも思ったが、弥生はその光景から不思議と目を離せずにいた。

 

プロ麻雀トップリーグ

副将戦 第2半荘 〜終了〜

大宮 大星 淡       152,500

神戸 野依 理沙      121,500 

佐久 愛宕 洋榎      96,400

横浜 小走 やえ      29,600

 

 目からハイライトが消えて、ぐったりと椅子の背もたれに体を預ける愛宕さんのことを薄く笑って一瞥してから、大星プロはベンチへと引き上げていった。

 

「こ、交代したほうが良かったやろこれ……」

 

 弥生の高校時代の金髪の暴君と大星プロのキラキラと光る髪色が被って見えた。

 トップから3位まで沈んだ佐久もそうだが、横浜の点数も大変なことになっている。

 

「これが大星淡かぁ……やっぱプロ麻雀なんやなぁ」

 

 あの畜生よりランキングが上の怪物が何匹かいるという事実は、弥生には受け入れ難いものがあったが、上には上がいるということなのだろうと弥生は無理矢理自分を納得させた。

 神戸からは大将戦は荒川プロと佐久からは上埜プロとアナウンスがされている。

 勝ち展開なので、大宮からは松実プロが出てくるだろうなと弥生が思ったところで、大宮の守護神を乗せたリリーフカーが登場すると、テレビから割れんばかりの歓声が響いた。

 

 ライトグレーのスーツに身を包んだ栗色の髪の美女が、リリーフカーを降りてゆっくりと雀卓のあるステージへと登っていく。

 

 そして、

 

 大宮の守護神が降臨する。

 

園城寺 怜   ROOKIE

自由獲得枠   個人戦順位 NEW

千里山→フリー→大宮

0勝0敗0H

見るものを魅了する高校麻雀界の太陽は健在。大病を克服し、雀聖戦の挑戦者決定戦を優勝。麻雀界への電撃復帰を果たした。

 



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第129話 大宮の守護神は横浜を破壊する

『灼熱のプロ麻雀トップリーグ!!! 今最も注目されている選手の登板です!!!』

 

 ハイテンションな福与アナウンサーの実況とは裏腹に、園城寺さんは落ち着いた様子で昔と変わらないセミロングの髪の毛の先を弄りながら席に座った。

 

【玄ちゃん】プロ麻雀トップリーグ実況総合 part96【クビ^^】

126名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:heampwg3

園城寺出てきて草wwwwww

玄ちゃんどこいったwwwwwwwww

 

194名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:emimrwjwg

ふざけんな! 玄ちゃんを出せ!!!

たまには勝たせろ!!!

 

283名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hearmjgw

>>194

 

341名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6rmjw

プロ2試合目で守護神登板とかマジ?

 

465名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea1arms

怜ちゃん、線細そうやけどプレッシャーかかる場面で大丈夫やろか……

 

540名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok0smgj

スーツ姿可愛すぎる

 

620名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6mswj

玄ちゃんマジでどうなってしまうん?

 

701名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea1nswg

>>620

クビ^^

 

784名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea3smgj

>>620

実家の旅館で家事手伝い

 

801名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakmswjg

>>620

クビ

 

 掲示板では、園城寺さんと松実プロの話題しか流れてこない。

 弥生はスマートフォンの画面から、目を外してテレビ画面に目を向けた。

 

プロ麻雀トップリーグ

大将戦 第1半荘 東1局

大宮 園城寺 怜     152,500

神戸 荒川 憩      121,500 

佐久 上埜 久      96,400

横浜 霜崎 絃      29,600

 

園城寺 怜   ROOKIE

自由獲得枠   個人戦順位 NEW

千里山→フリー→大宮

0勝0敗0H

見るものを魅了する高校麻雀界の太陽は健在。大病を克服し、雀聖戦の挑戦者決定戦を優勝。麻雀界への電撃復帰を果たした。

 

荒川 憩    昨年度成績

ドラフト1位  個人戦順位 34位

三箇牧→神戸

3勝7敗18H

ファンの笑顔を呼び込む闘牌が魅力のエミネンシア神戸のリリーフ

 

上埜 久    昨年度成績

ドラフト5位  個人戦順位 25位

清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→

佐久

10勝5敗0H

新人王を獲得した佐久のポイントゲッター。

悪待ちを駆使した心理的な駆け引きの上手さが売り。

 

霜崎 絃    昨年度成績

ドラフト4位  個人戦順位 58位

須和田→横浜

2勝19敗9H

チャイナドレスに身を包んだ個性派雀士。千葉県出身で中国との一切の関わりはない。好きな選手は郝慧宇(LAA)

 

『小鍛治プロ! 園城寺プロですよ、園城寺プロ! 今日の大宮の采配はどうですか?』

 

『ええっと、こーこちゃん……園城寺さんはプロだけど、私はプロじゃないよね……まあいいや……』

 

『こほん……大宮は思い切った采配をしたとは思います。でも、意外性はとくに感じていません。守備の上手な選手ですし、高校時代から守護神候補と呼ばれていましたから……守護神適正という意味では高いのかなと』

 

『ほほう、すこやんの太鼓判の選手という訳ですな』

 

『ま、まあ……そうかな?でも、今日を見てみないとわかりません。それにプロ麻雀だと、不安なところもありますし』

 

『なるほど、不安なところとは?』

 

『え……あー……園城寺選手には期待してます、はい』

 

『おおっと!! 今日の小鍛治健夜は大人の対応だああああああああ!!!!』

 

『ちょ、ちょっと辞めてよ! 私がなにか言いたいことがあるみたいじゃん!』

 

 すこやんは、園城寺さんのプロ入りに深く関わっているという噂をよく耳にするので、あまり話したくはないということなのだろうか? でもそれなら、もう少し無難な回答をすれば良いのになあと弥生は思った。

 

「まぁ、すこやんはこれでもだいぶ大人しくなったほうやし……」

 

 男子麻雀女児積み木遊び騒動があってから、すこやんの解説は、各方面に忖度(当社比)をしたものに変化してきている。すこやん本人も、選手への批判は控えて、靖子ちゃんのように相手を褒める解説を心がけると話していた。

 

「まあでも、そのうちまたなにか問題発言かますんやろけど」

 

 サイコロが回されて試合が始まったのを確認してから、弥生はそう呟いた。

 

『神戸の荒川選手はビハインドでの登板は珍しいですね』

 

『ええ、彼女は野依プロと並んでリード時の起用が多いですが……火力が低い選手というわけでもありません』

 

『片岡選手をもう登板させてしまっているので、勝ちパターンでも仕方なくといったところでしょうか?』

 

『そうですね。それもありますけど……逆転狙いと、2位固めの両天秤なのかなと思います』

 

プロ麻雀トップリーグ

大将戦 第1半荘 東4局

大宮 園城寺 怜     157,300

神戸 荒川 憩      119,900

佐久 上埜 久      104,600

横浜 霜崎 絃      18,200

 

 序盤のジリジリとした展開から、園城寺さんのリーチ宣言が入ると、会場から大きな歓声があがった。

 

ツモ 2000、4000

 

 特に他家から鳴きもはいらなかったので、当たり前のように一発で和了牌を引き当てて、園城寺さんは手牌を倒した。

 

大将戦 第1半荘 南1局

大宮 園城寺 怜     165,300    

神戸 荒川 憩      115,900

佐久 上埜 久      102,600

横浜 霜崎 絃      16,200

 

412名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6swjg

強すぎワロタwwwwwww

 

569名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokgapmj

ほな……また

 

614名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea9gmjt

玄ちゃんクビ待ったなし!!!

 

764名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:emidsmjw

やっぱコイツ本物なんだよなぁ……

 

800名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6smjw

ルーキーイヤーから雀聖戦の挑戦者になったプロ雀士一覧

宮永 咲(奪取)

小鍛治 健夜(奪取)

赤土 晴絵(奪取)

三尋木 咏(挑戦失敗)

戒能 良子(挑戦失敗)

園城寺 怜(挑戦中)

 

820名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok6swjg

>>800

わりといてビビった

 

834名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6gdja

>>800

ええのとったわ!!!

 

「これは流れ変わったなぁ……神戸や佐久が園城寺さんに追いつくのなかなか難しいやろし」

 

 この園城寺さんの和了を皮切りに他家にも良い配牌が入りはじめている。

 最下位の霜崎プロのリーチに合わせるような形で、上埜プロの追いかけリーチが入る。霜崎プロは三面張だが、上埜プロは一萬の単騎待ちである。

 最後は園城寺さんの鳴きが入って、2巡後に上埜プロが見事一萬をツモってきて、牌を雀卓へと叩きつけた。

 混全帯么九を絡めた親倍満和了にスタジアムが一気に色めきたった。

 

『壮絶なめくりあいを制したのは、上埜プロ!!!! 上埜プロの倍満が決まったああああああああ!!!』

 

 ハイテンションな福与アナの実況が冴え渡り、弥生は自然とテレビの中の光景へと引き込まれていった。

 

『素晴らしい和了ですね! 小鍛治プロ』

 

『ええ、園城寺さんの技量が光る良い闘牌でした。熱くさせてくれますよね、こういう展開は』

 

『やはり、上埜プロの勝利への執念が和了に結びついたということでしょうか?

 

『え? 上埜プロ?』

 

『え? 和了したのは上埜プロですが?』

 

『えっ……あ、そうだね。ごめん。……うん、上埜プロだった』

 

237名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:heagmswj

さすがに草wwwwwwwww

 

261名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:saksmjwg

全然噛み合ってなくて草www

 

341名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:emi6smgw

【悲報】こどおば、解説中に居眠りをする

 

381名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:heamswa0

なんか謝ってて草

福与アナも聞かずに流せよwwww

 

412名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:saksmgwg

今日の上埜めっちゃええやん!

 

496名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakgdsjg

滑舌ボロボロネキ

 

435名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokp3smj

まーた、語録が増えてしまうのか

 

 掲示板に流れていく書き込みを見ながら、弥生は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

「ははは……そら、強すぎやろ」

 

 続いた上埜プロの親番で園城寺さんは、副露を絡めた高速和了を決めて彼女の親を流す。

 なんのことはない、自分の雀聖戦の時と同じ。園城寺さんは絶対に負けることのないよう、慎重に麻雀を進めているだけだ。じわじわと真綿でクビを絞めるように、他家を処理していく。

 

プロ麻雀トップリーグ

大将戦 第1半荘 南3局

大宮 園城寺 怜     159,000

佐久 上埜 久      131,400

神戸 荒川 憩      105,800

横浜 霜崎 絃      3,800

 

『ここで、荒川憩に大物手が入った!!! 倍満も視野に入る大物手!!! 神戸の追い上げが入る!』

 

 荒川プロの手牌は綺麗な3、6索の両面待ち。門前だがリーチをかけないのは、少しでも打点を抑えるためだろう。

 福与アナのハイテンションな実況がテレビから響いてくる。ここにきて掲示板の住民達は園城寺さんの狙いに気づき始めたようで、にわかにざわつきはじめた。

 荒川プロの和了牌の三索が、リーチをかけている霜崎さんから溢れる。

 

『荒川が和了しない! 和了できない!? 神戸と佐久の得点差。和了出来ずに見逃しを選択しました荒川憩!!!』

 

『ツモ和了は難しいか、上埜プロは現物切ってオリ体制、荒川プロのこの手牌は生かされない!!! 霜崎プロのリーチは継続中。ああっとここで園城寺のリーチが入りました!!! 園城寺プロのリーチ!!!』

 

 綺麗にリーチ棒を立てて宣言した園城寺さんは当然のように一巡先に手牌を倒した。

 筒子の混一色の親跳満が画面に晒される。

 

プロ麻雀トップリーグ 試合終了

ハートビーツ大宮 

園城寺 怜     178,000

佐久フェレッターズ

上埜 久      125,400

エミネンシア神戸 

荒川 憩      99,800

横浜ロードスターズ

霜崎 絃      −3,200

 

『試合終了! 本日の試合はハートビーツ大宮が勝ちました。次点は佐久フェレッターズ。勝ち雀士は大星淡、そして園城寺選手のプロ初セーブとなりました』

 

 福与アナの聞き取りやすい声が、弥生のワンルームの部屋に響く。

 悔しそうに眉間に皺を寄せる荒川プロの表情を見て弥生は、園城寺さんが雀聖戦予選で全力で戦ってくれたことに感謝した。

 

「良い経験させてもらえたわ……ほんまに」

 

 そう言ってから弥生は、缶に残っていたビールを飲み干した。少し炭酸が抜けてしまったビールが喉をつたうと、アルコールがまわってきたのかポカポカと温かい気持ちになった。

 

【千里山】プロ麻雀トップリーグ実況総合 part124【最後の怪物】

461名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6swgw

藤白七実、清水谷竜華、園城寺怜

この並びすごすぎる

 

521名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakgdjm0

>>461

一校から守護神3人はヤバい

やっぱ愛宕雅枝って神だわ

 

562名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea1arms

病弱美少女の園城寺怜ちゃん返して……

 

601名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea0msag

>>562

病弱だし美少女なのも間違いないぞ

 

643名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sak6smaw

>>562

あの千里山の最高傑作と言われた女や

 

669名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:sakgmjae

【朗報】愛宕洋榎さん、戦犯を回避する

 

696名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:heaagmjw

怜ちゃんも千里山では元気に後輩をシメていたという風潮

 

712名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:emismaji

>>696

二条泉と仲良しだからそれはない

 

732名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:kerokero

>>696

あのレベルになると後輩が恐れ多くて話しかけられないから、ほとんど関わらないまま卒業してそう

 

761名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokgdamg

捨てゲームとはいえあまりにも酷すぎる

うちのホームやぞ

 

812名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok3smjw

>>761

現地観戦勢だけど、生で園城寺見れたから良かった

初セーブやし記念になったわ

 

845名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yok0dpam

>>812

満喫してて草

 

845名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokd4gma

>>812

模範的ロードスターズファン

 

867名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6gwaw

次の大将戦で玄ちゃんが登板できる可能性……

 

911名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea0msjg

園城寺の狙いあっさり看破したこどおば凄すぎやろ

叩いてたなな雀民は反省して、どうぞ

 

984名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6mgwa

1000なら玄ちゃん守護神復帰

 

992名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:hea6mgwa

1000なら玄ちゃんが最多セーブ獲得

 

1000名前:名無し:20XX/5/19(水)

ななしの雀士の住民 ID:yokd4gma

うめ

 

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第130話 大宮の守護神としあわせいっぱいホテルデート

 

 横浜ロードスターズ、地下駐車場。

 試合後のヒロインインタビューや、アイシングを済ませてスタジアムを後にする頃には、夜10時を過ぎてしまっていた。

 ハートビーツ大宮の社用車のセダンの扉がパタンと開いたので、渡辺先輩と大星さんに続いて怜は後部座席に乗り込んで一息ついた。

 

「選手全員、同じホテルなのにバスで帰るわけやないんやな」

 

「んー、帰る時間バラバラになるからねー。自分が登板してないのに、他の人待ってるの嫌でしょ?」

 

「なるほどなあ」

 

 怜の問いかけに、大星さんは親切にそう答えてくれた。登板後のケアの状況や試合後練習をする選手のことも考えると、みんなで一緒に宿泊先に帰るというのは現実的ではないらしい。

 セダンが地下駐車場から地上へと続く坂道を上りきると、無数のフラッシュの光が車を包み込んだ。

 大勢の報道陣やファンが車の前に入ってこないように、警備員さんが頑張って腕を広げている。

 

「めっちゃ撮られとるけど……こういうもんなんか?」

 

「ああ、今は社用車だがプロ麻雀選手の車を撮りたいって奴もいるしな。プロ麻雀は人の目もあるし、あまり変な行動はするなよ……というより、おまえ大宮でもそうだっただろ?」

 

「大宮ではスタジアムの外に出たことないから、わからんかったわ」

 

「……大宮のスタジアムはお前の家じゃないんだが」

 

「たくさん控え室あるし、ええやん。大きいお風呂もついとるし」

 

 怜の主張が通ったのか、渡辺先輩は少し呆れた様子で特にそれ以上言及することなくネクタイを緩めた。

 

「今日のトキの麻雀はよかったね。危なげなくって感じでさー、神戸の荒川を一番気にしてたの?」

 

「んー意識してた訳でもないけど、負けの可能性があるとしたら荒川さんやし。普通に上手いわあの人。でも、大星さんが結構稼いできてくれたから、あまり困らんで済んだで」

 

「ふっふっふっ、そこはまあ大宮の大エース大星淡ちゃんだからねー」

 

「あーえらい、えらい」

 

 気を良くした大星さんがえっへんと胸を張っていたので、怜は彼女の頭を雑に撫でておくことにした。

 

「あ、そうだ! せっかく勝ったんだし、ホテルでパーっとシャンパンでも開けようよ! レストランの部屋を1つ借りてさあ」

 

「うちはお酒は飲めへんで」

 

「えー、じゃあ琉音センだけでいいや」

 

「わたしは、ついでなのかよ!?」

 

「もうお腹ペコペコだしねー、軽食だけじゃ満足できないよね」

 

「まぁいいけどよ、金は半分だせよ。おまえの方が稼いでるんだから」

 

「えー、琉音センから見たら私は大宮ではたった1人の高校の後輩だよ? もっと慈愛の心をもってさー」

 

「渋谷もいるじゃねえか!?」

 

——白糸台ってほんまにこんな感じなんや……ええんやけど、良い雰囲気やしなぁ。びっくりするわ……

 

 怜は、白糸台のフレンドリーな上下関係に少しばかりカルチャーショックを受けた。

 大星さんに出来るということは、麻雀の弱い方の二条泉(神戸)にも出来るということなので、思い切って藤白さんに同じ態度をとらせてみようと怜は思った。

 怜がそんなことを考えていると、いつの間にか宿泊先のホテルの駐車場に到着したので、車を降りてホテルのラウンジで部屋の鍵を受け取る。

 

「園城寺はいいのか? メシまだなんだろ? 奢ってやるよ」

 

「あ、いえ……ありがたい申し出ですけど、軽く牌譜を見てから早めに寝て、明日に備えたいので」

 

「ああ、そうか。その方がいいかもな」

 

「じゃあ、トキ、また明日ね! おやすみ〜」

 

 特にそれ以上誘うこともなく、レストランの方に大星さんと一緒に消えていった渡辺先輩は本当に良い先輩だなあと怜は思った。

 ほとんど人のいないプリンスホテル横浜のラウンジを抜けて、エレベーターに乗って41階の自室へと向かった。

 試合の興奮がまだ少し心の片隅に残っていたが、明日も試合があるので早めに寝ようと怜は思った。部屋番号が朝出た時と変わっていないのは、手間がなくて助かる。

 ホテルの廊下で、怜はジャケットからゴソゴソとフロントで貰った鍵を取り出してから、ドアを開けた。

 

「ただいまー、って誰もおらへ……」

 

「ふふっ、おかえり。今日は大活躍やったなーごはんにする? それともお風呂?」

 

 当たり前のように満面の笑みで部屋の玄関までお出迎えに来てくれた竜華に、怜は引き攣った笑みを返した。

 

「な、なんで……うちの部屋おるんや?」

 

「びっくりした? 一緒の遠征先やし、怜が寂しくないようにって思ったんや」

 

「そ、そか……」

 

 竜華はボーダーのTシャツに薄めのお化粧とラフな格好のように見える。しかし、試合中の竜華はベンチでバッチリとメイクをしてスーツを着こなしていた。

 だから、竜華は試合後に一回お化粧を落として着替えを済ませてから、ずっとこの部屋で待っていたことになる。

 

「……お風呂沸いてるん?」

 

「うん、一応沸かしといたわ。スタジアムでシャワー浴びてきたん?」

 

「せ、せやなー。竜華おるならもっと早く帰ってくれば良かったわ」

 

 怜はジャケットを竜華に預けて、パーソナルソファーにとすんと腰掛けた。

 

——お、大星さんとごはん行かないで、ほんまに良かったわ……日付回ってから帰ってきたら絶対不機嫌になるやろこれ

 

 純白のテーブルクロスの上に置かれたルームサービスのクラブハウスサンドイッチを見ながら、怜は冷や汗を流した。

 竜華は、怜のジャケットにブラシを当ててから、ハンガーにかけてクローゼットにしまった。

 

「もう、チームには慣れた? 移動とかもあるし大変やろ? 疲れてへん?」

 

「結構、慣れてきたわ。チームも良い人ばっかりやし、毎日麻雀出来て楽しい」

 

「ふーん?」

 

 竜華から冷たい目で眺めやられて、怜の背筋が凍った。結婚生活も長くなると、もうわかるのである。相手がご立腹であると。

 

「怜、ちょっとこっちに来て?」

 

「う、うん……」

 

 竜華がなにに怒っているのかはわからなかったが、下手に刺激すると取り返しのつかないことになるので、怜は大人しくソファーから立ち上がって、大きな窓ガラスの側にいる竜華の隣に寄り添った。

 

「ほらほら、夜景めっちゃ綺麗やん!」

 

「せ、せやな」

 

 竜華が指差す先には、まるで、星空と地面を逆さまにしてしまったかのように、真っ暗な夜空とキラキラと光る街並みが映っていた。

 

「高校時代の合宿の時もこうやって2人で夜景を見たの憶えてる?」

 

「おぼえてるで」

 

「7年前、いや、もう8年間になるやろか……その時と同じように、一緒に夜景が見られてうち幸せなんよ……だから、次の7年後も怜と一緒に夜景を見たいんや」

 

「せ、せやなー。また見たいなー」

 

「ん? 怜も同じ気持ちでいてくれるん?」

 

「も、もちろんや」

 

「じゃあ、なんで、こういうことするん?」

 

 冷たい視線のまま竜華は、一枚の写真を取り出して怜に差し出した。

 絹恵ちゃんから、エネルギーバーを食べさせて貰っている怜の姿が写っている。

 

「い、いや……別にこれくらいええやろ」

 

「え?」

 

「な、なんや……」

 

「ええとか悪いとかやなくて、どうしてこういうことするのかって聞いとるんやけど?」

 

「そ、そう言われてもパッケージ剥くの面倒でちょっと絹恵ちゃんに甘えてもうただけやし……」

 

「ふーん」

 

 目が笑っていない笑顔でそう詰問されて、絹恵ちゃんから食べさせて貰った不注意を、怜は本気で後悔したが、後の祭りである。

 

「ほ、ほんまにそういうんやないから、うちは竜華一筋やから」

 

「あ、ほんま? 嬉しいわあ。じゃあなんでこのブスメガネからあーんして貰って、怜は喜んでるんやろか?」

 

——ひ、人のことブスとか言うのやめーや。

 

 その言葉が喉のまで出かかったが、怜はすんでのところで思いとどまった。絹恵ちゃんには悪いが、擁護したという事実だけで竜華の逆鱗に触れることが、300%を超えてくる(一度激昂されてから、後日2回以上怒られる)ので黙っておくことにした。

 

「そ、それはほんまに不注意やったから、気をつけるわ。もうせーへん」

 

「ほんまに?」

 

「ほ、ほんまのほんまやで! 竜華のこと不安にさせたくあらへんし!」

 

「ふふっそっか……それは良かったわあ」

 

 竜華はそう言ってから、怜の髪を優しく撫でつけた。顔が緩んで嬉しそうにしているので、とりあえずのところは、なんとか乗り切れたかもしれへんと怜は思った。ブラウスが冷や汗でベトベトになってしまった。

 

「ふふっ、久しぶりに怜と一緒に過ごせて、嬉しいわあ。なにかうちにして欲しいこととかあらへん?」

 

「せ、せやなぁ……」

 

 竜華に特にして欲しいことなどないし早く帰ってもらいたいのだが、はっきりとそう伝えるわけにもいかないので、怜は目線を逸らした。

 

「あ! お腹空いてへん? 試合後なにも食べてへんやろ?」

 

「う、うん。少しお腹空いたわあ」

 

「ふふっ、そう思ってサンドイッチ頼んでおいたんや」

 

 ダイニングテーブルに竜華と二人で寄り添うように座る。

 綺麗な三角形に切り分けられたクラブハウスサンドイッチの串を持って、竜華は優しく怜の目の前に差し出した。

 

「はい、あ〜ん」

 

「あ、あーん」

 

 怜は頑張って大きなお口をあけて、少し大きなクラブハウスサンドイッチを一口で食べた。味はほとんどよくわからなかったが、怜は必死に美味しそうにモグモグすることに、全力を尽くした。

 

「おいしい? あ、トマトこぼしてるやん……しょうがあらへんなあ、もう」

 

 竜華はそう言って、ナプキンを手に取ると幸せそうに怜の口元を拭った。

 

「なかなか美味しいわあ」

 

「あ、ほんま? ポテトさんも食べる?」

 

「う、うん……」

 

 竜華は、クラブハウスサンドの横に添えられたポテトを一本ずつ怜の口元に運ぶ。

 

「怜、あ〜ん」

 

 嬉しそうな竜華の声を聞きながら、怜がクラブハウスサンドのお皿の方をチラリと見ると、付け合わせのポテトが山盛りになっていることに気がついた。ホテル側のサービス精神に、怜は少し目眩がした。

 怜の意思を無視した無慈悲な往復が何度も繰り返されてから、竜華はルームサービスの冊子をダイニングテーブルの上に広げて言った。

 

「ふふっ、今日はうちが全部食べさせてあげるから、ゆっくり身体を休めてね。他にも食べたいものとかあるやろ? あ、飲み物も好きなの頼んでええんやで^^」

 



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第131話 弘世菫と人工の天才 前編

「ふーん。咲がそんなことを……」

 

 菫が咲ちゃんと話したことを言い終えると、二人がけのソファーの肘掛けに身体を預けながら、照はそう呟いた。

 

「直接話し合った方が良いんじゃないか? 咲ちゃんも心の底では、仲直りしたいと思っているようだし」

 

「んー……そう言う考え方もあるね」

 

 照はローテーブルに置かれたティラミスをフォークで突き刺して、口に運んだ。照の頬が緩む。

 

「昔は仲が良かったと言っていたじゃないか。直接会って謝れば咲ちゃんも許してくれるさ」

 

 菫の提案に否定も肯定もせず照はティラミスを口一杯に頬張ってから、紅茶に口をつけてふうと一つため息をついた。

 

「会ってくれないよ、咲は。雀聖戦で頑張るしかない」

 

 照はそう短く言うと、またソファーの肘掛けに身体を預けた。姉妹の諍いなのだから、直接会って話をすれば解決するしかないと菫は思うのだが、咲ちゃんも照もどうやらそのつもりはないらしい。

 

「そ、そんなことないだろ」

 

「去年の牌王戦で咲と対戦したこともあったけど、その時も一言も言葉はかわさなかったよ。それにこれは、咲の意趣返しだから」

 

 あれだけ仲直りしたいと話していたのに、冷たい目で妹のことを無機質な声で話す照からは、咲ちゃんへの愛情など欠片も感じられない。どうして、関係がここまで拗れてしまったのだろう。

 

「今まで聞かなかったが、過去に何があったんだ?」

 

 菫がそう言うと照の眉が少しだけ動いたが、取り澄ましたような表情を作って、照はティーカップから口を離した。

 

「たしかに、菫には話しておいたほうが良いかもしれないね」

 

 照がティーカップをソーサーの上に戻す音が、貸し切ったホテルのラウンジに響く。

 

「私の母はプロ雀士だったんだけど……」

 

「ちょ、ちょっと待て!? そんなこと一言も聞いてないぞ」

 

「うん、言ったことないからね」

 

 あっさりと照はそう肯定した。10年以上の付き合いがあるにもかかわらず、ほとんど照のことを知らない自分に菫は寂しさを覚える。

 

「ちなみに名前はなんて言うんだ? もしかしたら知っているかも知れない」

 

「宮永愛だけど……お父さんと結婚する前はアイ・アークタンデって名前で……日本でもプレイしていたこともあるよ」

 

「は?」

 

「え?」

 

「い、いや……なんでもない」

 

 唐突に出てきた外国人の名前に、菫は呆気に取られてしまった。照が嘘をついているようにも見えないので、菫は話を続けるよう照に促す。

 

「選手としては活躍していたのか?」

 

「それなりに。ハンガリーから出た世界選手権で8位タイが最高の記録だと思う」

 

「す、すごいじゃないか……流石、照と咲ちゃんのお母さんだな」

 

 菫がそう感心すると、照はアフタヌーンティースタンドから苺のムースをとって自分のお皿に置いてから言った。

 

「菫が麻雀を始めたのは、いつぐらいからだったっけ?」

 

「ん? 私か? 小学校の……たしか1年生くらいだったかな。あまり記憶がはっきりしない祖母に教えられたのは、覚えているんだが」

 

 菫が思い出せる範囲の情報を伝えると、照は小さく頷いた。

 

「じゃあ、7歳くらいかな? 母もそのくらいの時期に麻雀に出会ったみたいで、ハーフだったから、10歳までは日本で生活をしていた」

 

「でも、当時の日本だとそこまで強い対戦相手もいなくて、モスクワの養成学校の勧誘に応じて東側の選手団に入ったんだ」

 

「そのころのロシアは強かったからなぁ……」

 

 ロシアという単語に、菫は時代の流れを感じながらそう呟いた。

 今のロシアの麻雀は、米国や中国に比べて大きく遅れをとっている。しかし、当時の社会主義体制下では、間違いなく米国と並んで世界のトップを走っていた。

 世界中の国々から才能のある子女をかき集めて、英才教育を施すためのアカデミーを設立し麻雀技術の粋を集めた。そしてその選手に、東側諸国の国籍を取得させ、代表選手に振り分けていく手法は当時、世界中から批判に晒された。

 照のお母さんが、そうした環境下で育った選手だとは菫には全く想像できなかったが。

 

「世界選手権や欧州選手権を制することが、当時の母たち……東側選手団の悲願だったんだけど、その後はニーマンが出てきたから」

 

「な、なるほどなぁ……」

 

 照の家庭のことを聞くはずが、想像を超えた大きなスケールの話になって、面くらいながら菫は相槌をうった。

 

「歳を重ねて代表の座を確保できなくなってから日本に戻ってきて、プロ麻雀をすることになった」

 

 当時の日本麻雀と麻雀先進国の間には埋め難い溝があった。衰えていたとは言っても、日本ではそれなりに活躍したのだろうなと菫は思った。電子化はされていないかもしれないが、おそらくまだ残っているだろう。今度、牌譜でも見てみよう。

 

「そこで、お父さんと結婚して私と咲が生まれた」

 

「お、やっと照の登場か」

 

「うん」

 

 照は、苺のムースを最後まで食べ終えるとクランペットとマカロンを自分のお皿に取り分け始めた。明らかに菫のぶんまで自分のお皿に乗せているが、いつものことなので菫は指摘することなくティーカップに口をつけた。

 

「菫は、世界選手権の活躍をすごいと言ってくれていたけど母はそうは思わなかった」

 

「ん? ああ、もっと上を目指せたと思っていたわけか」

 

「そう。世界選手権を優勝して、東側選手団にメダルを持って帰りたかった」

 

「ん? ハンガリーじゃないのか?」

 

「母はハンガリーとルーマニアの代表になったことがあるけど、選手時代ずっと生活の拠点はモスクワに置いてたから、国の代表という意識はないんだと思う」

 

「あくまで、東側選手団が活躍すれば良いということなのか……」

 

「そう、西側諸国を破って優勝する。それが母の青春。政治的な信条では全くないけどね」

 

「すごい時代だな……」

 

 つい30、40年前のこととは思えない感覚に菫は驚くと同時に、今の日本の自由な麻雀環境に感謝した。

 

「世界のトップ層には及ばなかった母は、その理由を考えたんだ」

 

「才能だけじゃなくて、気持ちや環境のこともあるから難しいよな。勝とうと思っても勝てるものじゃないし」

 

 今の話を聞く限り、照のお母さんが努力を怠っているようには思えない。精一杯努力しても結果がついてこない時期のことを思い出しながら、菫はそう答えた。

 

「そう。菫の言ったように、環境の部分が大きかったと母は考えたみたいだね」

 

「なるほどなぁ……たしかに、もっと麻雀を始めるのが早かったらと思うことはあるな」

 

「日本ではなく、ロシアでもっと早くから教育を受けていれば、もっと活躍できていたかも知れない」

 

「だが、それはたらればの話だろう? 過去に戻ることなどできないのだし、今を頑張るしかない」

 

 菫がはっきりとそう言うと、照はお菓子を食べるのを止めて、無言で立ち上がって菫のソファーの横に座った。

 

「さすが、菫。いいことをいう」

 

「ま、まあな……」

 

 手を頑張って伸ばす照に髪を撫でられて、菫は顔が紅潮していくのを感じた。他にお客さんがいないとはいえ、恥ずかしいのでやめてほしい。

 

「仮にそうだったとして、母がもっと上にいけたがどうかは全くわからないんだけど……母はそうは思わなかったんだ」

 

「否定的なことは言ったが……まあ、気持ちはわからなくはない」

 

「それと同時に、母は自分を育ててくれた養成学校には感謝していた。この環境でなければ世界で活躍することは出来なかったと」

 

「な、なるほどなぁ……」

 

 照の声に麻雀をしているときのような若干の狂気が混じっているのを感じ取って、菫は思わず身構える。

 

「当時の世界のトップ選手に日本人はいなかったし、そのほとんどがアメリカ、西ドイツ、東側選手団の出身だった」

 

「母は仮説をたてた。最高の選手は偶然生まれてくるものではなく、環境によって作られるものだと」

 

 菫は、背筋に冷たいものが伝っていくのを感じた。もう、話の流れからしてこの先はひとつしかない。

 

「自分の手で最高の雀士を育てることを夢見るようになった母は、2人の娘を使って仮説を実証することにしたんだ」

 



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第132話 弘世菫と人工の天才 後編

 

「母がお父さんと結婚したのも、それが目的だと私は思ってるし」

 

「そ、それは誤解じゃないか? 直接そう言われたわけじゃないんだろう?」

 

「まあ、そうだね……でもお父さんの母、私のおばあちゃんになる人は、会ったことはないけど協会に麻雀の牌譜が残っていた。結婚する前のお父さんは、お金に困っていたみたいだったし」

 

「…………そうか」

 

 今まで無感情に話していたのに、結婚の話になって少し暗い顔になった照の顔を見て、菫は小さくそう言って頷いた。

 

「まあ、それはいいんだけど……生まれた2人の子供は、幸いどちらも健康な女の子だったから手筈は順調だった」

 

「具体的にお母さんは、照にどんな教育をしたんだ?」

 

「子供の頃の記憶って、はっきりしないことが多いけど……麻雀をしていたこと以外の記憶はあまりないね。起きている時間の半分以上は、麻雀をしていたんじゃないかな? 色々な人と打ったよ」

 

 どこか他人事のように話をする照を見ていて、フツフツとした怒りが菫の心の内に湧いてきた。

 自分の子供をなんだと思っているのか。

 

「学校はどうしてたんだ?」

 

「ずっとホームスクールで、小学校はほとんど通わなかったから、わからないや」

 

「な、なあ……」

 

「ん? どうしたの菫?」

 

「それって虐待じゃないのか!? 常軌を逸してるぞ! 義務教育だろ!?」

 

 菫が激昂してそう言うと、照は困ったように眉を寄せてから目を閉じて言った。

 

「当時はそれが普通だと思っていたから……それに、麻雀で勝つとたくさん褒めてもらえたし」

 

「……それを虐待と言うんだよ」

 

「それは知らなかった」

 

 照はクランペットを口に放り込んでから、不安そうに菫のことを見つめた。

 

「菫、やめとこうか? 面白い話じゃないでしょ?」

 

「いや……最後まで聞かせてくれ」

 

 菫が感情を抑え殺して、落ち着いた声でそう言うと照はホッとしたような顔をした。

 

「同年代には、麻雀が濁ると言われてほとんど対戦する機会がなかったから、大人と打つことが多かったんだ」

 

「その大人は強かったのか?」

 

「強かったけど……今思うとゆったりと構える欧州的な古い雀風の人が多かったと思う」

 

「麻雀が偏ったりするんじゃないか」

 

「うん、だからアメリカに行った時はすごく戸惑った」

 

「…………そうか」

 

 唐突に出てくる外国の話にももう慣れてきたので、菫は深く尋ねることをせずに続きを促した。

 

「そうした環境で咲と私は麻雀の実力をつけていったんだけど……打ち方は結構違っていた」

 

「ん……ほとんど、同じ練習をしていたんだろ?」

 

「そう。それでもプレイスタイルの違う2人の選手が生まれた。咲は攻撃が上手で、私は守備が得意だった」

 

「え? それって逆じゃないのか?」

 

 菫は咲ちゃんより守備の上手な雀士は見たことがないし、照の連続和了をはじめて見たときにはその破壊力に度肝を抜かれた。

 

「私は火力が出なかったから……昔の咲は結構おっちょこちょいなところもあったし。普通は長所に合わせた雀士に育成するんだろうけど、母はそうはしなかった」

 

「どうしてなんだ?」

 

「母は完璧を求めていたからね。オールラウンドに麻雀ができなければ、世界のトップには立てないと……だから、咲を守備的な選手に、私を攻撃的な選手に育て上げたんだ」

 

「すごいな……そんなことが可能なのか」

 

 咲ちゃんの天才的な守備能力が後天的に習得したものであると言われて、菫は驚いた。それが努力で身につくものであるとは、到底思えない。

 

「賭けだったのかもしれない。でも、その試みは上手くいって咲と私は劇的に上達した。あとはひたすら実践を積み重ねて……相手が初対面でも絶対に負けられなかったから、照魔鏡の能力も身についたし」

 

 そこまで言うと照は、ギュッとスカートの裾を右手で握りしめた。その右手に菫はそっと手を重ねる。

 

「辛かったな」

 

「…………私は、そうでもない。辛かったのは咲の方」

 

「咲ちゃんが? なかなか勝てなかったのか?」

 

「いや……咲はいつも勝っていたよ。泣き崩れる対戦相手や、激怒する女の声を一身に浴びて……それから母の狂気のような賞賛に、だんだんと消耗していった」

 

「酷いな……だいたい、泣くのはともかく麻雀に負けて相手に激怒するなんて、人としてどうなんだ」

 

「お金を賭けていたからね」

 

 なんでもないことのように付け加えた照の一言に、菫の中の怒りの感情が再燃する。

 

「勝てば対戦相手が傷つくし、負けると母に怒られるという環境で、咲は勝ちもしないし負けもしない麻雀を身につけるようになった」

 

「それが、プラスマイナスゼロってことか」

 

「そう。咲は母にどれだけ言われても、プラスマイナスゼロを辞めなかった。はじめは娘の才能に狂喜乱舞していた母親も、次第に落ち込んでいったよ……私が最高の才能を潰したと言ってね」

 

「酷い話だ……」

 

 そこまで咲ちゃんのことを追い込んだことの後悔が、娘の感情に配慮したものではなく、ただただ麻雀の教育にのみ向けられていることに、菫は強い憤りを感じた。

 

「母はそれでお父さんと別居して、咲と距離を置くことにしたんだよ。私は母に、咲はお父さんと一緒に暮らすことになった」

 

「咲ちゃんを切り捨てて、照を教育するためか……」

 

 菫がそう呟くと、照は小さく首を横に振った。

 

「いや。母の目的はあくまで咲だったよ。私が御しやすいから引き取っただけ……母は、咲が立ち直るきっかけを与えたかったんだよ」

 

「どうして、そう思うんだ?」

 

「だって、私とお父さんと一緒に咲が穏やかに過ごすことが出来たとしたら……麻雀を再開してくれないかもしれないでしょ?」

 

「母はプラスマイナスゼロをする咲に冷たく接して、咲の前では私のことを溺愛しているようにしていたけど……関心のほとんどは咲の方にあった」

 

「……クズだな」

 

 菫がそう吐き捨てると、照は苦笑いをした。

 親友の親を悪くいうことに後味の悪さがのこる。しかし、照の母親は混じり気のないクズだと菫は確信した。こんなやつは、許しておいちゃいけない。

 

「麻雀も辞めていたんだけど……白糸台に進学して、また麻雀をはじめたんだ。菫のおかげだよ」

 

 照に真っ直ぐに見つめられて、菫は思わず目を逸らした。

 

「咲と私とあとは親戚の子が1人……いや、この話はいいや。とにかく、同世代と麻雀をしたことなんてほとんど経験がなかったし……あれだけ嫌になった麻雀も……菫や渡辺先輩と打って、楽しいという気持ちを取り戻せた」

 

「ありがとう、すみれ」

 

「ま、まあな……うん、照の役にたてて良かった」

 

 菫がなんとかそう返事をすると、照は嬉しそうに頬を緩めた。いつもの照の雰囲気に戻ってくれたことに菫はホッと一息ついた。

 

「事情はわかった! 話してくれてありがとう。咲ちゃんと仲直りできるといいな」

 

「うん」

 

 照はそう返事をしてから、菫のぶんのティラミスにフォークを突き刺してから、口いっぱいに頬張った。

 

「悪いのはおまえの両親だし、やっぱり咲ちゃんと一度話をした方が良いと思う。照から誘って応じてくれないなら私から……」

 

 菫がそこまで言いかけると、照から和やかな雰囲気が消え去って、一瞬のうちに剣呑とした空気がラウンジを包み込んだ。

 思わず口をつぐんだ菫が、再度口を開く。

 

「な、なんだよ……」

 

 照は答えることなく、頬張ったティラミスをモグモグと嚥下してから言った。

 

「駄目だよ、それじゃあ。雀聖戦で勝たなくては意味がない」

 

「意味がない?」

 

「そう、咲は母の作り上げた最高のプレイヤーだから。その咲に勝って……はじめて私は、母の呪縛から逃れることが出来るんだ」

 

 照の剣幕に押されて、菫は思わずソファーに座ったまま後ずさってしまった。それを照に冷酷な瞳で眺めやられて、菫は耐えようのない罪悪感に苛まれた。

 

「勝ったものは全てを手にし、負けたものは全てを失う……私は咲に勝って、連鎖を断ち切って絶対に咲を取り戻してみせる」

 

「まっててね、私がなんとかするから」

 



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第133話 園城寺怜とフリフリの畜生

 

「はい、とき。あ〜ん」

 

「あ、あーん」

 

 朝9時。園城寺怜は差し出されたスプーンの上に乗ったスクランブルエッグを、必死にモグモグしていた。

 少しでも嫌な顔をすると『うちより、絹恵ちゃんにあーんして貰う方が嬉しいん?』と竜華に詰問されそうなため、頑張って美味しそうに食べている次第である。

 

「ふふっ、おいしい?」

 

「う、うん……ごはん食べ終わったら、お風呂入りたいわあ」

 

「じゃあ、沸かしてあげるね。でも、食べてすぐだと体に悪いやろか」

 

「せ、せやなー。少し休んでから入るわ」

 

「それがええかもしれへんな。はい、怜。あーん」

 

「あ、あーん」

 

 怜は、磁器のお皿が使えていることに感謝したりしながら気を紛らわせて、竜華と食事を終えると、ベッドに寝転んで竜華に膝枕をしてもらうことにした。

 あまり寝れていないので、竜華の太ももに頭をつけるとウトウトとした眠気が襲ってきた。

 

「膝枕はなかなか落ち着くわあ」

 

「ふふっ良かった。あ、でもあんまり、ゆっくりしてると遅れるやろ?」

 

「せやなぁ」

 

 そう言ってからしばらくの間、怜が目を瞑っていると竜華の方から声がかけられた。

 

「ときー? 寝たらお風呂入れんくなるで?」

 

「ん……お風呂は入りたいわぁ……」

 

 眠い目をこすりこすりしながら怜はそう竜華に意思を伝えた。

 

「じゃあ、お風呂わかしてくるね」

 

「頼むわ……」

 

 怜がベッドに顔を埋めて待っていると、お風呂が沸いて、着替えのスーツと基礎化粧品がでてきた。怜は緩慢な動作でベッドから起き上がり、お風呂を済ませてから、スーツを着こんでスタジアムに向かう体制を整えた。

 なお、アイラインを引くところから、怜のおててをジャケットの裾に通すところまで、全部竜華がやった模様。

 

 11時過ぎに、準備を整え竜華と一緒に部屋を出ると、ホテルの廊下で渡辺さんとばったり遭遇した。

 

「お、おはよう……」

 

「あ、渡辺さん、おはようございます^^」

 

 明らかになんでいるんだという顔をしている渡辺さんに、にっこりと竜華は挨拶をした。

 

「な、なんだよ……一緒に泊まってたのかよ。そんなふうには見えなかったから、昨日は悪かったな誘って」

 

「いや……気にせんといてください」

 

 渡辺さんに誘われた時点では、怜自身もホテルの部屋に竜華がいるとは、露ほども思っていなかったので怜はそう答えた。

 

「でも良いのか? 一緒のホテル使ってて」

 

「そういう契約やから、特に問題あらへんのですよ」

 

「あ、契約なのか。それなら良かった」

 

 竜華の口から怜の知らない新情報が飛び出したことで、渡辺さんは竜華がホテルにいる理由をあっさりと納得した。エレベーターを一緒に降りてホテルのフロントへと向かう。

 

「うちも神戸の集合場所あるし、ここでさよならしよっか?」

 

「せやな」

 

「じゃあ渡辺さん。怜のことを頼みます」

 

「ああ」

 

 竜華は渡辺さんにそう伝えてから、ギュッと怜のことを抱きしめた。

 

「それじゃあ、怜。試合後は早めに帰ってきてね」

 

「わ、わかったで」

 

 綺麗な黒髪の後ろ姿を見送って、ホテルのフロントで竜華と別れると、怜は引き気味の渡辺さんから肘でトンっと小突かれた。

 

「な、なあ、あいつは一体誰だ?」

 

「竜華やけど」

 

「それはそうなんだが……いや、なんでもない」

 

❇︎

 

 横浜ベイサイドマリンスタジアムの大宮関係者控え室に到着した怜と渡辺さんの二人は、スコアラーから牌譜とオーダー表を受け取った。

 予告先鋒雀士の一覧のなかに見慣れない名前があることに、二人はすぐに気がついた。

 

プロ麻雀トップリーグ 公示

予告先鋒雀士

横浜 M.ダヴァン 

神戸 椿野 美幸

大宮 松実 玄

佐久 赤土 晴絵

 

「ま、マジかよ…………」

 

 自チームの守護神の名前が当然のように予告先鋒に記載されていることに、渡辺さんは思わず声を漏らした。

 

「玄ちゃんが先鋒なんやな。渡辺さんも全然聞いてないんですか?」

 

「そうだな。昨日の夜は大星だけじゃなくて松実もいたんだが、怜に守護神の座は渡さないと息巻いてた」

 

「うちも頑張らへんとなぁ」

 

 玄ちゃんからライバル視されていることを知り、怜は兜の緒を締める。玄ちゃんは炎上することが多いので、ファンからは馬鹿にされがちだが、その実力はプロ麻雀でもトップクラスである。

 絶好調の玄ちゃんと絶好調の自分が戦えば、勝てる確率は非常に低いだろうと怜は思っていた。

 

「それでその後、玄のやつ滅茶苦茶荒れててな」

 

「荒れる?」

 

「ん? レストランの自動ドアを殴ったり」

 

「え……それ大丈夫なんやろか?」

 

「ほら、お酒飲むと玄は極端だから……よくあることだよ。まあ、途中でやめさせたが……綺麗なフックを2回ほど決めていたな、ストレートなら壊れてた」

 

「なにしとんねんwwwwww」

 

 自動ドアとボクシングをするという斜め上の酒乱っぷりを披露する玄ちゃんに、怜はツッコミを入れる。掲示板で夜の三冠王と揶揄されるその実力は、どうやら本物らしい。

 そんな話を渡辺さんとしていると、控え室の扉が急に開け放たれる。

 

「はやや〜⭐︎ 琉音ちゃん、怜ちゃん。おはよー 早くから来てくれて、はやり嬉しいぞ⭐︎ミ」

 

「おはようございます」

 

 フリフリの衣装を着て、いつもの謎テンションで控え室に入室してきた瑞原監督(34)に、怜は丁寧におじぎをして挨拶を返した。もう、慣れてきた次第である。

 

「今日は玄が先鋒なんですね。びっくりしましたよ」

 

 渡辺さんがそう瑞原監督に問いかけた。

 

「うんうん、玄ちゃんはね! 守護神よりも自由に麻雀出来るところがあってると思うんだよ! ね、玄ちゃん⭐︎ミ」

 

「が、がんばります……」

 

 半泣きになりながら、瑞原監督の後に続いてそっと入室してきた玄ちゃんの姿を見て、怜はだいたいの事情を察した。

 

「玄ちゃんは、守護神よりも先鋒をもともとやりたかったんだよねー⭐︎」

 

「そ、そうですのだ」

 

「じゃあ今日の今シーズン初先鋒は頑張って結果を残して欲しいな⭐︎ミ はやり、応援してるぞ⭐︎」

 

「は、はい……」

 

 瑞原監督は表面的にこそ笑っているが、玄ちゃんへのプレッシャーのかけ方が半端では無い。瑞原監督が圧力をかけるたびに、玄ちゃんの顔がどんどん青くなっているのは、大丈夫なのだろうかと怜は不安になった。

 

 玄ちゃんが上手く先鋒に定着出来れば、白水さんと原村さんとあわせて、大宮の先鋒ローテーションは3枚揃うことになる。4位という現状を打破するために、監督は是が非でも玄ちゃんの先鋒転向を、成功させたいのだろう。

 青ざめて震える玄ちゃんの姿を横目で見てから、渡辺さんの方を見ると完全に玄ちゃんから目を逸らして牌譜を読むでもなく、パラパラとめくっていた。

 

「はやや〜⭐︎今日の試合、楽しみだなあ⭐︎」

 



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第134話 プロ麻雀選手ラウンジと玄ちゃんワールド

 

【玄ちゃん】プロ麻雀トップリーグ実況総合 part3【先鋒】

134名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:heampwg3

プロ麻雀トップリーグ 予告先鋒

横浜 M.ダヴァン 

神戸 椿野 美幸

大宮 松実 玄

佐久 赤土 晴絵

 

玄ちゃんwwwwwwwww

 

140名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:heampwg3

>>134

これマジ?

 

152名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:heapjwgj

>>134

【悲報】玄ちゃん、ガチのマジで守護神を首になる

 

170名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok9gmag

>>134

赤土、ダヴァン、椿野の並びに玄ちゃん入ってるのやばすぎるwwwww

 

 怜はベイサイドマリンスタジアムの選手ラウンジで、平和にスマートフォンを操作しながらオレンジジュースに舌鼓をうっていた。

 掲示板の麻雀ファンにも、玄ちゃんの先鋒起用は驚きを持って迎えられているようである。

 

「玄さん……大丈夫でしょうか? 先鋒なんて高校以来やったことないんじゃ……」

 

 テーブルの向かいに座っている原村さんが、コーヒーの入ったマグカップから口を離し不安そうにそう呟いた。

 

「まあ、なんとかなるやろ」

 

「そうでしょうか……」

 

 玄ちゃん本人としては、守護神で一度失敗してかなり追い詰められていると思っているのかもしれない。しかし、怜から見れば別に先鋒で上手く行かなかったとしても、ビハインド時のポイントゲッターなど、玄ちゃんの活躍が期待できるポジションはいくらでもあるので、今日は気楽に麻雀をしても問題はない。

 瑞原監督も、期待の裏返しでプレッシャーをかけ続けているにすぎず、大星さんの次にチームでの立場が約束されている人物である。

 

「そういえば、玄ちゃんって原村さんの先輩なんやっけ?」

 

「ええ、中学時代ですけど」

 

「その頃から強かったん?」

 

「え? ええ……そうですね。今と比べると色々と拙いところはありましたけど」

 

 原村さんの発言に怜は、今より拙いってどういうレベルなんやろかと疑問に感じた。

 しかし、自分の中学時代も二条泉さんレベルのクソザコであったことを思い出し、その事について詳しく触れるのはやめておくことにした。怜は、気遣いの出来る大人のお姉さんなのである。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第1半荘 東1局

横浜 M.ダヴァン  100,000

神戸 椿野 美幸  100,000

大宮 松実 玄   100,000

佐久 赤土 晴絵  100,000

 

 サイコロが回り、試合が開始される。

 赤土さんの綺麗な牌捌きをぼうっと見つめながら、怜は竜華が持たせてくれたドライフルーツをお皿にあけて、原村さんと一緒にモグモグすることにした。

 

「ありがとうございます。おいしいですね、コレ」

 

「せやろ、竜華が糖分補給とか言って買ってきてくれたんや」

 

 登板の有無に関わらず、試合開始直後に糖分を摂取していくスタイル、これが園城寺怜の持ち味だ。

 

【玄ちゃん】プロ麻雀トップリーグ実況総合 part7【最後の戦い】

341名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok6smjw

玄ちゃん、なんかカタカタしてて草生える

 

370名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6smaw

これはクビやろなぁ……

 

391名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:tokichan

今日は玄ちゃんが5万点差をつけてヒロインに選ばれるからセーフ

その後、プロ麻雀屈指の先鋒に成長する

奇跡のカーニバル、開幕や!!!

 

402名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak6swjj

>>391

おは玄ちゃん

 

412名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:emipdawg

>>391

試合中やぞ

 

418名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea6swaw

>>391

おまえ何回、

大将戦で奇跡のカーニバルやらかしたと思ってんねん

 

422名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:heaga0sm

>>391

守護神なのに、チーム内最多勝を獲得しそうになったレジェンド

 

430名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3smjw

ダヴァンってそろそろFA権とる?

 

442名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi6swaw

>>430

来年

 

434名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi2gajh

(*^◯^*)ダヴァンが日本人選手になったら、今度は本格派のポイントゲッターを獲得するんだ!

 

450名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:yokagdjm

>>434

ダヴァンがFA権とったら、横浜出ていくからまた先鋒補強しなくちゃいけないんだよなぁ……

 

 大宮ベンチと掲示板の不安をよそに、玄ちゃんは東1局から跳満を和了し好調なスタートを切る。しかし、その直後には赤土さんの満貫三色に振り込むという劇場を披露してみせた。

 

「うーん……これは玄ちゃんやなぁ」

 

 怜はスマートフォンとテレビモニターを交互に見ながら、専業主婦時代と変わらないいつものスタイルで試合観戦を楽しむ。

 

「園城寺さんはスマートフォン、よく使われるんですね」

 

「ん……まあ、せやなぁ。体弱くてあんまり外出られへんかった時期もあるから、スマホ見ながらプロ麻雀見てる時間が長かったんや」

 

 竜華に閉じ込められていたことは綺麗にボカして、怜は原村さんにそう答えた。

 

「原村さんはスマホとか全然弄らへんよな? ネット麻雀で有名やのに」

 

「あ、パソコンでやりたい派なので……それに最近は、私もネット麻雀をそこまでしなくなりましたし……今は二条さんの方が有名ですよ」

 

「ん? 二条? 泉もネット麻雀とかやるんか?」

 

「そうみたいですね。結構、話題になってますよ。園城寺さんは、ネット麻雀はやられるんですか?」

 

「少しやってた時期もあるけど、最近は全然やらへんなぁ。やっぱり実際に牌に触れるほうがええしな」

 

「それにしても、泉もネット麻雀とかやるんやなあ。にじょういずみ…………あ!?」

 

「ん? どうかされましたか?」

 

「な、なんでもあらへん。昔の少し思い出しただけや」

 

「そ、そうですか……」

 

 ネット麻雀のアカウントを『にじょう いずみ』で登録していたことを思い出した怜は、思わず声をあげてしまった。誤魔化せたのは良いものの、少しだけ不審そうに原村さんが、怜のことを窺っている。

 

——な、なんか……人の名前使ってるのバレたら怒られそうやし、黙ってればええか。

 

『松実玄の三倍満和了だあああああ!!! 大宮のドラゴンロードが止まらない!!! 親三倍満炸裂っ!!!!!!!』

 

 テレビからハイテンションの福与アナの声が響いてきて、怜と原村さんは一斉にモニターの方を向いた。

 

「す、すごいですね。玄さん」

 

「ほ、ほんまやで」

 

 大きな和了と放銃を交互に繰り返すという玄ちゃんワールド全開の麻雀から、2人は目を離せなくなった。原村さんも持っている牌譜を机の上に置いたまま、モニターだけを見つめている。

 

プロ麻雀トップリーグ

先鋒戦 第1半荘 南3局

大宮 松実 玄   178,600

佐久 赤土 晴絵  115,500

横浜 M.ダヴァン  59,800

神戸 椿野 美幸  46,100

 

【怪物】プロ麻雀トップリーグ実況総合 part24【ドラゴンロード】

206名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:heasmawg

もう、始まってる!

 

304名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea1gmaw

奇跡のカーニバル

開 幕 だ !

 

461名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3gmaw

第一半荘でもう神戸トビそうになってるやんけwwwww

 

532名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3smaw

糞試合wwww

 

590名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:hea0gmaw

風牌、ドラ11とかいうギャグみたいな和了大好き

 

621名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok3smaw

マジで完封あるんじゃね?

 

698名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:sak3gmaw

ドラなしで割と火力出してる赤土もわりと頑張ってる

 

796名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:yok6gmaw

玄ちゃんのこと馬鹿にしてた奴wwwww

 

863名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:emi1gadj

もう愛宕監督出てきてて草

 

941名前:名無し:20XX/5/20(木)

ななしの雀士の住民 ID:heasmawg

強すぎて申し訳ない

 

 掲示板が玄ちゃんの大活躍で阿鼻叫喚の書き込みの嵐になるなかで、横浜ロードスターズ側からタイムアウトの申告がなされて、試合が中断された。

 

「これ、選手代えてくるんかな?」

 

「どうでしょうか……」

 

「神戸は荒川さんとかおるやろ?」

 

「そうですねぇ……」

 

 テレビ画面には、試合前の青い顔はどこに行ってしまったのか、玄ちゃんは今年一のドヤ顔でゆったりと背もたれに体を預けて足を組んでいる姿が映っている。

 怜が原村さんと一緒に各チームのメンバー表を見比べて、各チームが誰と変えてくるかを予想し始めると、バタンと大きな音を立てて選手ラウンジのドアが開いた。

 

「園城寺先輩!!! 少し早いですが、監督が調整ルームに行って欲しいと!」

 

 走ってきたのかふなQは少し荒い呼吸でそう言った。

 もう試合も終盤との判断なのだろう。

 

「わかったで、すぐ行くわ」

 

 怜はラウンジのソファーから立ち上がって、調整ルームに向かった。

 

 その後、玄ちゃんは順調に和了を重ねていき、怜に回すことなく第2半荘の中盤でタンヤオ、ドラ17の数え役満を決めて、神戸をハコにすることに成功した。

 10万点を1半荘半で削り切り、恵比寿の宮永照と三尋木咏の完封リレー以来、約2年ぶりとなる先鋒戦でのトビ決着。

 そして、プロ麻雀では小鍛治健夜以来8年ぶりとなる先鋒完封勝利を達成し、玄ちゃんは先鋒転向1戦目にして、雀史に名を刻むこととなった。

 



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第135話 夜の三冠王と焼肉パーティー

「おもちパブに行くですのだ!!!」

 

 試合後の大宮のロッカールームに、見事先鋒完封勝利を果たした玄ちゃんの陽気な声が高らかに響く。

 ドヤ顔の玄ちゃんのその手には、瑞原監督から渡された金一封が握りしめられていた。

 

「おまえそればっかだな……ほかにもう少しバリエーションないのかよ!?」

 

「じゃあ、おもちパブに行った後に、違う店にも行きますね」

 

「お? どこに行くんだ?」

 

 玄ちゃんの持つミチミチに札束が詰まった封筒の厚さを指で測りながら、渡辺さんが玄ちゃんにそう問いかけた。

 

「そうですねぇ……おもちパブに行って、それから焼肉を食べて、お風呂屋さんに行くですのだ!!!」

 

「おおおおおおおおおおおお」

 

 欲望をデラックスにした玄ちゃんの発言を聞いて、大星さんが期待のこもった目で玄ちゃんのことを見つめる。

 

「淡ちゃんも一緒に来る?」

 

「イエスサー、先輩についていきます!」

 

「ふっふっふっ苦しゅうない苦しゅうない、付いてまいれ付いてまいれ」

 

 可愛く敬礼する大星さんの肩を玄ちゃんはポンポンと叩いてそう言った。

 完全にあの封筒いっぱいに詰まった監督賞の一万円札を、全部使い切るつもりである。

 

 試合前の青い顔はどこへやら有頂天になった玄ちゃんに、尊敬と親しみの視線を大星さんが寄せる一方で、原村さんは中学時代の先輩を遠巻きにゴミを見るような目で眺めていた。

 

「園城寺さんも一緒にどうですか?」

 

 玄ちゃんから誘われたが、黙っておもちパブに行ったら、竜華に人生を終わらされても不思議ではないので、怜は断ることにした。

 園城寺怜は、見えている地雷は踏まないのである。

 

「いや、うちはやめとくわ。先約があるし……」

 

「それは残念ですのだ」

 

 怜に断られて少し残念そうにした玄ちゃんだったが、すぐに気を取り直すと玄ちゃんは仲間を引き連れて、ロッカールームの外へと消えていった。

 

「ふふっ松実さんは相変わらずですね」

 

 にっこり笑ってその様子を見守っていた福路さんが、呟いたので怜はビクッとした。福路さんの場合、顔では笑っていても内心騒がしい玄ちゃんに、ブチギレていても不思議ではない。

 

「いつも、あんな感じなんか?」

 

「いえ、いつもより少しだけ浮かれていましたね。なんと言っても完封ですし……」

 

「そ、そか……」

 

「この調子で次も勝ってくれると、嬉しいですね」

 

 そう言って福路さんは優しく微笑んだ。玄ちゃんと福路さんではプレイスタイルが違いすぎて、全く同ポジションを争う心配がないのでそう言えるのだろう。そういう腹黒でしたたかというか、性格の悪そうなところが福路さんの強さを支えているのだろうと怜は思った。

 

「玄さん…………どうして……」

 

 先輩の変わり果てた姿になにやらショックを受けているらしい原村さんのことは、先約もあるので放っておくことにした。

 怜は福路さんとの話を終わらせて、指のアイシングを外すと、足早にロッカールームを出た。

 

❇︎

 

 試合後の横浜市内。

 薄暗い焼肉屋さんの店内で、タン塩が焼ける様子をじっと眺め、今か今かと待ち構える1人の女がいた。

 

 大根キムチを皿の上に積み上げし者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

 怜がお肉が焼けるまでの間、角切りの大根キムチを一生懸命積み上げているのを尻目に、竜華とセーラは会話を進めていた。

 

「セーラと会うの久しぶりやな、裕子さん元気にしとる?」

 

「ん……ボチボチやな。おかげさまで変わりあらへん。レーコは、日々成長してワガママになっていっとるけどな」

 

「そら、良かったわあ」

 

「よくあらへんわ! 真夜中に麻雀牌でドミノしたいって騒ぎ出すんやぞ!」

 

「あはは……裕子さん今は働いてへんのやっけ?」

 

「ん、せやな。休職中やけど……まあ、もう俺が稼いでくるから、働かんでもええのにな。遠征多いし」

 

「たしかに子供が小さいうちは、両親が家にいたほうがええとか言うしなあ。側にいてあげたほうがええで」

 

 昔のことを思い出すように竜華はセーラにそう言ってから、机の上に散らばっている大根キムチを紙フキンでさっと片付けた。

 怜がジェンガのように積み上げてきた大根キムチタワーが、崩壊した次第である。

 

「ときー、食べないのに遊んだらあかんで?」

 

「焼肉屋来たら、コレしないと始まらないんや!」

 

「おまえ、藤白さんと行ったときは一切そんなことせーへんかったやんけ!?」

 

 竜華にそう怒られて弁明した怜だったが、セーラに痛いところをつかれてしまい押し黙り、金網の上をじっと見つめる。

 タン塩の表目に、赤い肉汁がうっすら浮き上がっていることを確認した怜は呟いた。

 

「ん、これもうひっくり返したほうがええんちゃうか?」

 

「あ、ほんまやな……」

 

 竜華はそう言って、菜箸でお肉をひっくり返した。その様子を見ていたセーラが少し呆れた顔をした。

 

「甘やかしすぎやろ……高校卒業したのに、いつまで怜シフトするつもりなんや」

 

「うちは、高校時代だけやなくて小学校の頃からずうっと怜シフトや!」

 

「せやなー」

 

 竜華の話は半分聞き流しつつ怜は、竜華が盛り付けてくれたタン塩を頬張る。口一杯に牛さんの旨みが広がって、怜は幸せな気分になった。

 

「今日の松実は、半端やなかった。俺が登板してる時やなくて良かったわ」

 

「まあ、たしかに調子ええ時に当たったらと思うとゾッとするわあ」

 

「そこはアレや、ダヴァンじゃなくて俺なら勝ったるって言うところやろ」

 

 怜がタン塩を食べながらそう茶化すと、セーラはビールをぐっと飲んでから口元に手を当てて考え込んだ。

 

「たしかにそうやな……いつから、こうなったんやろ? 竜華は?」

 

「ん? うちはプロ入りした時からかな?」

 

「せやなあ……プロ麻雀かぁ」

 

 そう寂しそうに呟いたセーラの背中が小さく見えた。少し気まずい雰囲気になったので、怜は竜華に頼んで、上カルビを焼いてもらうことにした。

 お肉とタレの焼ける良い匂い。うっすらと白い煙が昇っては消えていくのを、怜はじっと見つめた。

 

「泉とふなQも来れば良かったのになあ、忙しいん?」

 

「ふなQは誘ってみたけど忙しそうやったで? 泉はどうなんや?」

 

「んー……そろそろゆみが復帰するから焦ってるんちゃう? いい傾向やから、今日は声かけないでおいたわ」

 

「なるほどなあ……」

 

 竜華の話によると、エミネンシアではウィッシュアートを除いた先鋒2枠を巡る熾烈な競争が巻き起こっているらしい。

 

「そもそも椿野と加治木ゆみがダメになって、この間まで先鋒1人もおらんかったイメージあるんやが? 野依さんまで先鋒でやってたやろ?」

 

「あはは……あれは全然駄目やったな」

 

 セーラの鋭い指摘に竜華は苦笑いをした。

 加治木さんの名前がでてきたので、怜はそのことを尋ねることにした。

 

「加治木さん、調子ええん?」

 

「んーせやなあ……故障者リストから一軍登録されたし、そろそろ実戦なんちゃう?」

 

「二条泉さん、最後の先鋒かあ……」

 

「なんで、泉が負ける前提やねん!?」

 

 怜の呟きにセーラがそうツッコミを入れた。しかし長年、二条泉さんをウォッチしてきた怜にはわかるのである。

 水が流れるような掴み所のない流麗な加治木さんの麻雀を水の呼吸と例えるとすれば、火力もなく、真っ直ぐに振り込みに向かう二条泉さんの麻雀は、いわばクソザコの呼吸である。

 

「でも、泉やろ? 今の状態悪い椿野さんにも負けそうやん?」

 

「うーん……」

 

 ネガティブな雰囲気になる怜とセーラの前で竜華は小さく手を叩いてから言った。

 

「はいはい、泉も頑張ってるんやから悪く言ったら可哀想やで?」

 

「たしかに、そうやな」

 

 怜はオレンジジュースをストローで飲みながら、竜華の言葉に同意した。

 雑魚だからといって成長しないということではない。今は小さくとも次第に力をつけて、月をも食らう大魚に成長することもある。

 

「なあ、竜華」

 

「ん? どうしたんや」

 

 話すのに夢中になって、消し炭のようになってしまった上カルビを指差して怜は言った。

 

「これ、まだ食べられるやろか?」

 



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第136話 愛宕雅枝の監督奮闘記『崩壊する中継ぎ』

——園城寺選手、今日は記念すべき2セーブ目となりました。おめでとうございます。ご感想は?

 

『はい、ありがとうございます……素直に嬉しいです。はい。チームも2位に浮上ということで……勢いもあると思います』

 

——今日は、プロ入り後初のマイナス収支となってしまいましたが、その点についてはどうお考えでしょうか?

 

『うーん……せやなぁ……状況が状況でリードがあったので、チームの勝利を優先させました。三尋木プロも調子が良さそうでしたし』

 

——プロ麻雀の試合も慣れてきたといいますか、手応えを感じているのではないでしょうか? 

 

『いえ……毎回違う雀士と麻雀が出来て嬉しいという反面、慣れというのはないですね。3試合目やし……全試合初登板という気持ちでやっていきたいです。はい。』

 

——素晴らしい三連勝でした。大宮のファンに向けて、なにか一言お願いします。

 

『はい、えー……精一杯やらせてもらいますので、応援のほどよろしくお願いいたします』

 

 監督室のテレビ画面に映るかつての教え子の姿を見て、雅枝はふぅと一つ小さなため息をついた。

 

「あっという間に守護神に定着したな、怜のやつ……まあ、今日も強かったか」

 

 恵比寿の三尋木咏、佐久の服部叶絵、松山の沖土居蘭と一流どころの面子が並んだ中で2万点差のリードをキッチリと守り抜いた。最終的な収支こそ3000点のマイナスとなってしまったが、綺麗に仕事をやり遂げて見せた。

 麻雀のわかっていない記者からは、マイナス収支によるセーブを評価しない声があがるかもしれない。しかし、三尋木の和了ラッシュを殆ど動揺した様子もなく捌いてみせたあたり、怜の実力は間違いなく本物だといえる。

 

「こういう選手なんだよなぁ……うちに欲しいのは」

 

 相手関係に関わらず、常に安定して活躍をしてくれる選手ほど、監督にとって使いやすい存在はない。

 高い実力を持っていても、和了の早いハイペースの展開に対応出来ない揺杏や、収支の差が激しい初美は、やはり使いにくいものである。

 

「怜がうちに来てくれればなぁ……」

 

 逃した魚は大きいとは、まさにこのことである。

 大宮は怜が加入して、松実玄が先鋒に回ったことで全てが上手く噛み合い始めている。

 資金力のある恵比寿に行かれるならまだしも、大宮が獲得に成功したということは、雅枝にも獲得の可能性はあったということになる。

 

「でも、大宮ほど雀団のバックアップも受けられてへんしなぁ……結局は私の頑張りというより、チームのやる気やん」

 

 千里山高校に多額の寄付をしてくれただけではなく、自分のところにまで金銭を持ってきた上、ふなQまで神戸から引き抜いてしまった瑞原さんの手腕に雅枝は舌を巻いた。

 そこまで出来るのは、瑞原さんの実力もさることながら、フロントの全面的なバックアップがあってのことである。

 

 横浜にはそれがない。

 

 資金力のある恵比寿を出し抜いて獲得するだけの体力がチームにある。この差はとても大きい。

 

「ま、まあ……獲得競争はどうせ勝てなかったやろ。家もリフォームできて、洋榎も実家が綺麗になって喜んでたしそれでええか」

 

「昔の教え子というだけで、来てくれるっていうのは無理があるやろし……」

 

 怜に勧誘を袖にされてしまったのは、仕方のない面が大きすぎるので、気持ちを切り替えて雅枝はチームのメンバー表と順位表を眺めることにした。

 横浜ロードスターズは首位の座こそ維持しているものの、3連勝で2位につけているハートビーツ大宮との勝ち点差は、ほとんど無くなってしまっている。

 

「マズイ……」

 

 大宮の松実玄に完封された試合などは天災だと思って諦めるしかないのだが、それを差し引いてもここのところ勝ちに見放されている。

 先鋒で試合を作ることが出来ても、上手く誠子と宮永の勝ちパターンまで繋ぐことが出来ず敗北するというパターンがあまりにも多い。

 

 有り体に言えば、例年通り横浜ロードスターズの中継ぎは崩壊していた。

 

「揺杏が、もう少し活躍してくれればええんやけど……」

 

 欧州選手権でベスト16に輝いた揺杏が、恵比寿の新子なんかにチンチンにされて良い訳がないのだが、現実問題として速い展開にされると勝てないので、注意深く状況にあわせて使っていかなくてはいけない。

 

「良いタイミングで使おうと思っても、すぐ相手の選手交代されるしなぁ……どないせい言うねん」

 

 揺杏に対応され速攻型の雀士に変えられても、こちらの戦力が充実していれば揺杏を降板させれば良いだけなのだが、今のロードスターズの戦力ではそれが許されない。

 

 揺杏を降板させれば、やえか霜崎という死の2択を迫られることになる。

 

 特定状況下で輝くタイプは、戦力の充実したチームでの方が活躍できることが明白なので、監督として良い環境を提供できないことに雅枝は歯痒さを感じていた。

 

「速い展開が苦手なのも、使っていった中でわかったことや……揺杏なら使ってればそのうち改善するやろ。うん」

 

 監督というものは、常にどっしりと構えて選手も見守っていくものだ。

 弘世だって我慢して使っていって、その才能の花を開かせたのだから、すぐに結果を求めてはいけない。

 

「欧州選手権でベスト16に入るような選手やし、きっと大丈夫やろ。才能は間違いなく本物なんや」

 

 気休めのように雅枝はそう呟いてから、次に誠子の牌譜に目を向けた。決定的なミスはなく結果も伴っているが、デビュー直後に比べると平均獲得素点が落ちてきている。

 

「対策されてきたか、調子のサイクルなのか……少し使いすぎたんやろか」

 

 敗戦処理が安定せずに、誠子には何度も無駄な登板をさせてしまっている。勝ちパターンの誠子と揺杏の登板数が、大変なことになっている現状はなんとかしないといけない。

 

「いっそのこと洋榎来てくれへんかな、そろそろFAやろアイツ」

 

 洋榎は副将や大将では結果を残せていないが、次鋒や中堅では安定感があるので横浜ロードスターズとしては喉から手が出るほど欲しい逸材である。

 

「ああ、でもおかんのところではやりたくないとか言われそうやんな……というか、はよ結婚しろや。怜もセーラも身を固めているんやぞ」

 

 最近は晩婚化と言われている。しかし、20代の中盤に差し掛かって、結婚していないどころか、相手すらいる気配を見せないのはどうなのだろうか……

 孫の顔が見たいなあと雅枝はボソッと呟いてから、中継ぎ崩壊の最大の原因である2人に目を向けた。

 

「やっぱり霜崎とやえが……でも、代わりの選手もおらへんし……」

 

 雅枝はパラパラと二軍選手の牌譜を眺めやったが、やはりこれといって良い選手は見当たらない。今年のルーキーは、誠子以外は小粒ですぐには使い物になりそうにない。

 そんななか、一枚の牌譜が雅枝の目に止まった。

 

「ん……ああ、これは……恭子のやつか」

 

 技術の面で特に見るべきところがあるわけではない。しかし、紙の上に記載された牌たちから、勝ちたい勝ちたいという強い想いが感じられた。

 雅枝は人差し指で滑らすように牌譜をなぞりながら、恭子の辿った牌の巡りを、脳内の麻雀卓に再現する。

 

「ふーん……そっち切るんやなあ。たしかにそうやな」

 

 痺れるような緊張感と決意の打牌。ただの記号でしかないはずの牌譜から、確かに雅枝はそれを感じ取った。

 

「何もしてないとか言われるのも癪やしなぁ……どんぐりの背比べなら、勝負する方使っとこか。どうせ、敗戦処理でしか使えへんし」

 

 雅枝はそう呟いてから、恭子の二軍成績を眺めやった。すでに3勝をマークしており、登板は少ないながらも悪くはない。一軍にあげる理由を求められても説明がつく。

 

「ま、最後に登板させてあげれば恭子も諦めがつくやろしな」

 

 高校こそ違い教え子ではないが、練習試合や合同合宿で高校時代から見てきた選手だ。できる限りのことはしてあげたい。

 雅枝は、一軍選手と二軍選手の入れ替えを運営委員会に報告する用紙に、ゆっくりと優しい手つきでペンを走らせた。

 

プロ麻雀トップリーグ

出場選手登録抹消

横浜ロードスターズ 霜崎 絃

出場選手登録

横浜ロードスターズ 末原 恭子

 



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第137話 名将すえはら、さいごのたたかい 前編

 とくん、とくんと心臓が脈打つ。

 

 横浜ロードスターズの調整ルームで恭子は、青いチームタオルを肩から下げて、じっと試合状況を伝えるモニターを見つめていた。

 

 プロ麻雀トップリーグ副将戦。横浜ロードスターズは先鋒の江口セーラが好闘しトップに立ったものの、次鋒の初美が恵比寿に三倍満を放銃し大減速。その後の継雀でも思うように噛み合わず拙攻やミスが目立ち最下位に転落した。

 

 横浜ファンのリビングのテレビが1台、また1台と消えて行くような試合展開。その舞台にあがる日を恭子は、血をたぎらせて待っているのだ。

 

 最初で最後のチャンス。

 

 緊張感で背筋を汗が伝い、胃がキリキリと締め上がって吐き気が込み上げてきても、恭子は不思議と試合が楽しみで仕方がなかった。

 

 試合は怖くない。

 恐怖は常に自分の内にある。

 

 無機質な試合中継だけが響く室内。パタンと扉が開く音が聞こえた時、恭子は心の中で小さくガッツポーズをした。

 愛宕監督は恭子に近寄って短く言った。

 

「恭子、いけるか?」

 

「はい」

 

「それは良かった。この試合展開やし、気楽に頑張ってきてや」

 

「いえ……今日は、プレッシャーを背負って登板したいと思います」

 

 恭子は真っ直ぐに監督の目を見てそう言った。

 一瞬驚いたように愛宕監督は眉を上げたが、薄く笑って言った。

 

「そうか、麻雀選手なら常にトップを目指せ」

 

「はい」

 

 愛宕監督はポンポンと恭子の肩を叩いてから、特に何も言うことなくリリーフカーまで送り届けるとベンチの方へと戻っていった。

 満員のスタジアムのステージの麓に到着した恭子は電光掲示板を見上げた。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

恵比寿 藤白 七実 140,600

松山  天江 衣  113,200

神戸  片岡 優希 92,300

横浜  末原 恭子 53,900

 

 プロ麻雀のトップ選手たちの一番下に記載された自分の名前を見て、恭子は居心地の悪さと湧き上がる闘争心を感じた。

 インターハイの時と同じ。怪物たちの中に凡人が1人。

 

——上等やないか。思考停止したらほんまの凡人! 私は、末原恭子や!

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いしますだじぇ!」

 

 神戸の片岡からだけ、恭子に挨拶が返ってくる。

 天江衣は恭子の挨拶の言葉を一瞥して切って捨てると、足早にステージへと上がってくる恵比寿の金髪の暴君に強い視線をぶつけた。

 

「おう、天江また会ったな。よろしく頼むわ」

 

 白いレースのドレスに身を包んだ藤白さんは、そう言うと乱暴にどっかりと卓について、椅子の肘置きに体重を預けた。

 首をポキポキと鳴らす動作と上品な服装が全く噛み合っていないにも関わらず、それは不思議とスタジアムと調和した。

 肉食動物に狙いを定められたような薄寒さが恭子の背筋を伝い、昨シーズンでなす術もなくやられた記憶がフラッシュバックする。

 

——ビビったらあかん……こいつの能力はわかっとる。タネのわかった手品に引っかかるような真似はせーへん。

 

 卓の中央でサイコロが回る。

 上がってきた配牌は三向聴。今日の面子、天江衣の支配の力を遮るものは何もない。

 今日は月齢が若く月がまだ満ちていないことがまだしもの救いだろうか。

 支配の輪から脱却するため、恭子は第1巡で手牌から無作為に切って捨てた。

 

 非科学的なようにも思えるが、初手をランダムに切ることは、各チームの対天江衣の必須戦略にまで昇華していた。

 片岡も藤白さんもほとんど手牌を見ずに、第1巡目を終えている。

 天江衣の麻雀にはストーリーがある。恭子はそう結論付けた。卓上の牌の山の並びは天江衣がデザインした物語。

 その世界で4人の演者が相争い、最終的には天江衣の勝利で終わる。

 

 素直な道を選んでいたら、勝ち目などないのだ。

 

 少しずつ、少しずつ天江衣の支配に綻びを生じさせ、一瞬のスキをついて和了に結びつける。同じスタート地点からの瞬発力勝負なら、恭子にも分がある。

 一向聴を継続させる天江衣の能力に、恭子が足踏みをさせられていると予想外の演者から声が上がった。

 

ツモ!!! 2000、4000だじぇ!

 

 片岡の満貫ツモ。

 8巡目の和了は他の面子であれば、特筆するほど速くもない和了だが、天江衣と藤白さんと同卓してこの速さは異常である。

 

 清澄高校の先鋒、片岡優希。インターハイで東風の神と言われたその実力を、プロでも遺憾なく発揮している。

 続く東2局でも片岡はスルスルと先行して、天江衣の支配の輪を打ち破り、最速で和了してみせた。

 

 わかりやすい武器に、適切なポジション。恭子にないものを全て持っている選手だ。

 その様子を見た天江衣が口を開く。

 

「疾風迅雷。士別れて三日、即ち更に刮目し期待すべし」

 

「衣ちゃんの話は何言ってるかわからないけど、褒めてくれているみたいで良かったじぇ」

 

「衣ちゃんって言うな! 衣は優希よりお姉さんなんだぞ」

 

「高校の時よりも、見た目年齢は開いた気がする」

 

 天江衣の容姿を恭子は頭のてっぺんから胸元まで恭子は眺めやった。まるで、高校時代から歳を重ねることがなくなったかのよう。

 

——これは、麻雀上手くなる代わりに歳を取ることが出来ない呪いをかけられたんやろなぁ……

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第1半荘 東2局 1本場

恵比寿 藤白 七実 136,600

松山  天江 衣  107,200

神戸  片岡 優希 106,300

横浜  末原 恭子 49,900

 

 片岡の親番が継続する一本場。勢いに乗って鳴きを入れてくる片岡のことをいなすように、藤白からも鳴きが入った。

 想定外のハイペースの様相は収まって、試合開始前に予想していたようなスローの麻雀に突入する。

 天江衣の河と自身の牌の彫りを慎重に確認しながら、恭子は安牌を捨てていく。

 

ツモ! 3000、6000!

 

 天江衣が手牌を倒すと、混一色の跳満が晒された。リーチをかけなくても充分に火力を出すことができる点が天江衣の持ち味だ。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第1半荘 東3局

恵比寿 藤白 七実 133,500

松山  天江 衣  119,500

神戸  片岡 優希 100,200

横浜  末原 恭子 46,800

 

 第1半荘、最初の親番。

 ジリジリと重たい展開の中、恭子はじっと手牌を回して、高めより高めへと手作りをしていた。

 白二枚の特急券で速攻の狙える配牌だったが、素直に打っていったら和了には繋がらない。

 一枚目の白が河にでても無視して、面前で手を進める。これで一向聴。

 

——私の打牌を決めるのは天江衣やない! 他の誰でもない、自分自身で決めるんや!!!

 

ポン!

 

 面前を主線に検討していたが、三索を鳴いて並びかけてきた片岡の様子を見て、恭子は動くことを決めた。

 瞬発力勝負なら誰にも負けない。善野監督から受け継いだ超高速麻雀で、片岡を置き去りにしてやる!

 二枚目の白が落ちたのを見て恭子は、1鳴きして聴牌をとると、良形三面張が残った。

 この牌型で和了しきれないなんてありえへん。

 

——速く、誰よりも速く。駆け抜ける。

 

ツモ!!! 4000オール!!!!!

 

 絶望的な点差。それでも、今日の麻雀の主役は私だ。

 今日だけじゃない、明日も明後日も。

 

 緑の卓上を、私の銀幕に変えてやる。

 



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第138話 名将すえはら、さいごのたたかい 中編

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第1半荘 南4局

恵比寿 藤白 七実 135,700

松山  天江 衣  121,500

神戸  片岡 優希 91,000

横浜  末原 恭子 51,800

 

 南3局オーラス前に、藤白七実が片岡から5200点の出和了を和了した。これを受けてエミネンシア神戸から第1半荘では、2回目となるタイムアウトの要請が入った。

 天江衣が藤白さんとの点差をやや詰めたものの、試合に大きな動きはない。

 

「試合全然進まないですね……」

 

「せやなぁ。というか、そんなあからさまに帰りたそうな顔すんなや!」

 

「あはは」

 

 宮永から受け取った牌譜を恭子は卓についたまま、眺めやって自分の認知と記録に錯覚がないかどうかを確認する。

 藤白七実の能力は、かつての世界王者ニーマンが得意としたような他家の認知を錯覚させてリズムを崩させるというものである。

 プロの試合であるにも関わらず、藤白さんが誤ポンや誤チーをシーズン中に何度も受けているのは、一重にその能力の強さを証明していた。

 

「だいたい、半荘の間ならともかくそんなに確認作業が必要になる理由が、わからないんですけど……」

 

 すでに第1半荘が始まってから、1時間以上が経過してしまっている。

 宮永は心底うんざりとした表情で、卓から離れて真剣に牌譜を眺めている片岡と天江衣の様子を一瞥した。

 

「おまえと一緒にすんなや……気をつけないと錯覚してまうんやから」

 

「だって普通の麻雀じゃないですか、コレ」

 

 宮永は、牌譜の上の藤白さんの牌の動きを指でなぞってそう呟いた。

 

「普通の麻雀ってなあ……それは、牌譜の上だけの話や。宮永もわかってるやろ?」

 

「まあ、そうですけど……藤白さんの能力ってそんなに凄いものじゃありませんし」

 

「そら、おまえから見たらそうやろなぁ……」

 

 恭子がそういうと、宮永は頭の後ろをポリポリと掻いてから苦笑いをした。

 藤白七実の能力は、確認作業をしっかりしていれば引っかかることはない。一度術中にハマってしまうと振り解くのは難しいが、最初のきっかけさえ与えなければ良い。

 それは、各チームが小まめにタイムアウトを取る戦術にも現れている。

 

「そもそも、試合中に牌譜見て対策できるならどうして皆さんここまで負けるんだって話ですよ」

 

「そ、そんなん言われても、引っかかる選手いるんやからしゃーないやんけ」

 

「まあ、末原さんも一度生き恥を晒してますしね」

 

「嫌なこと言うなや……」

 

 あまり掘り起こされたくない記憶を宮永に言われてしまい恭子は、自分の眉間に皺が寄っていくのを感じた。

 

「あ!」

 

「どうしたんや?」

 

「よく考えたら、藤白さんだけじゃないですね。末原さんが負けてるの。末原さん、すみませんでした」

 

「馬鹿にしにきたなら、はよ帰れ^^」

 

 ケラケラと笑う宮永を早くベンチに帰そうと恭子が強い口調でそう言うと、ステージの端でリンゴジュースを飲んでいた藤白さんが卓まで戻ってくるなり口を開いた。

 

「おう、宮永。久しぶりだな」

 

「ええ、お久しぶりです」

 

 藤白さんは嬉しそうに自分の持っていた口の付けていないリンゴジュースの瓶を宮永に手渡した。

 

「やるよ」

 

「え、リンゴジュースですか? 別に要らないんですけど……」

 

「なんだよ、せっかくやるって言ってるのに」

 

 藤白さんは宮永の手から、瓶をむしり取るとそれを一気飲みしてから、近くのボーイさんに押し付けた。

 

「今は、私を倒すための悪巧みか?」

 

 藤白さんは、珍しく柔らかい口調で宮永のことを真っ直ぐに見てそう言った。

 宮永は可愛らしく小首を傾げて答えた。

 

「んーそうですね……藤白さんって強いですねって話をしていました。ね? 末原さん」

 

「あ、ああ……せやな」

 

 いきなり話を振られて少し驚いた恭子だったが、適当に同意しておいた。そもそも、そんな話は一切していない。

 

「認めてくれるのは嬉しいが、宮永にそう褒められると裏を考えてまうわ」

 

「まあ、そこは今日、麻雀をするのは私じゃなくて末原さんですし」

 

 宮永がそう答えると、藤白さんは一瞬だけ恭子の方を見たがすぐに視線を外した。

 

「あ、そろそろ。はじまりますね。末原さん頑張ってくださいね」

 

 試合開始のブザーが鳴ったのを聞いて、宮永はトテトテとした動作で、真っ直ぐに松山のベンチの方に帰っていった。

 その様子を見て藤白さんが大笑いしていたが、どうやら本人には聞こえていないらしい。

 

 中断していた試合が再開され、山が開けられると変わり映えのしない重そうな手牌が回ってきた。タイムアウトをとったからといって流れが変わったりすることはないらしい。

 一向聴までの道のりをゆっくりゆっくりと進めていく。

 宮永の言う通り、藤白の打牌には大きな特徴はなく、ミスの少ない悪く言えば平凡な打ち回しだ。

 天江衣の和了が近づいてくるのが、恭子にもわかったが回避のしようがない。

 

ツモ! 2000、4000

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第1半荘 〜終了〜

恵比寿 藤白 七実 131,700

松山  天江 衣  129,500

神戸  片岡 優希 89,000

横浜  末原 恭子 49,800

 

 天江衣の満貫和了を確認して、恭子は椅子の背もたれに体重を預けてため息をついた。

 最後の登板だと思い今日こそは活躍してやると意気込んで、親満貫和了を決めたりもした恭子だったが第1半荘が終わってみれば、天江衣の一人勝ちである。

 また、再開されたばかりの試合が再度中断されてしまい恭子は頭を抱える。

 各チームの動きを見る限り、選手交代はないらしい。南場では調子の悪かった片岡も第2半荘がはじまれば息を吹き返すかもしれない。

 

 ベンチから出てきた弘世さんが、恭子に牌譜とチョコレートを差し出した。

 

「お疲れ様。後半も堅実にいこう」

 

「せやな……」

 

 恭子は、弘世さんから受け取ったチョコレートを口に運ぶ。チョコレートの甘さが体にしみる。

 熱を持った頭がチリチリと痛むのに気づいた恭子は、予想以上に自身が疲れていることを自覚した。

 前半だけで一時間半。通常ならとうに二半荘が終わっている時間だ。

 天江衣と片岡にも疲労の色が見える。そこからミスが出れば、自分にもチャンスが巡ってくることもあるだろうと恭子は自分を鼓舞した。

 藤白さんと天江衣の点差は、かなり詰まってきている。藤白さんの方から何か動きがあるかもしれない。

 

『藤白さんの能力ってそんなに凄いものじゃありませんし』

 

 タイムアウトの際に、宮永が藤白さんの能力について凄いものじゃないと言っていたことが、恭子の頭の片隅に引っかかっていた。

 恭子は、おもむろに口を開いて弘世さんに問いかけた。

 

「宮永はなにしてるん?」

 

「ん? 咲ちゃん? ああ、そういえばしばらく見てないな。調整ルームにも居なかったし」

 

「そ、そか……」

 

 その意図を確認をしたかったが、おそらくまだ松山のベンチに行ったきりか、スタジアムの中を歩き回っているのだろう。

 

——このままやと……天江衣に蹂躙される。なんとか考えないといけへん。

 

 多少無理をしてでも攻めないといけない。第1半荘と同じ遅い展開では勝ち目はない。東場では動きの速い片岡と協力して、支配の網を崩すか、藤白さんの動きを待つか。

 恭子の答えは見えないまま、休憩時間は終わりを告げた。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 東1局

恵比寿 藤白 七実 131,700

松山  天江 衣  129,500

神戸  片岡 優希 89,000

横浜  末原 恭子 49,800

 

 牌と牌の音。

 そして、サイコロが回る。

 第2半荘の始まりと同時に飛び出していったのは、恭子の見立て通り片岡だった。2副露して攻めの形をあっという間に整える。

 

——安手になってまうけど……いくしかあらへん! まずは天江の支配を崩すことや!

 

 片岡の動きに合わせて、恭子も鳴きをいれてハイペースの展開へと誘導すると、藤白七実もその動きに追従してきた。

 牌の巡りも良く、恭子は一向聴地獄をあっという間に抜けてツモ和了った。

 

ツモ! 700、1300!

 

 まだ、勝負は終わらせられない。

 

 最後の最後まで戦い抜いてやる。



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第139話 名将すえはら、さいごのたたかい 後編

 ツモ! 1300、2600!!!

 

 試合会場に気迫のこもった恭子の発声が響く。さっと1副露し態勢を整えるとそのまま先頭を走り抜け、東1局に続いて東2局でも和了することに成功した。 

 

——完全に流れがきとる! この面子相手に2連続は大きい。しかも親番……絶対に繋げてみせる。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 東3局

恵比寿 藤白 七実 129,700

松山  天江 衣  126,900

神戸  片岡 優希 85,700

横浜  末原 恭子 57,700

 

 卓から上がってきた手牌を見て、恭子は一瞬目を疑った。ドラ表示牌は中、そして手牌には3枚の白が揃っていた。

 

——これは、ひょっとしたらひょっとするかもしれへん……形も良いし面前でいけるで!

 

 初手をランダムで切ることも検討したが、すでに明確に形になっているため、対子から落として向聴数を減らして打ち回す。

 鳴いても速くなるような手牌ではないし、この得点差である……リーチを打ちたい。ここで大物手を和了出来れば、試合はわからなくなる。

 

 藤白さんが捨てた白を大明槓するかどうか恭子は迷ったが、宮永でもないしこれで流れが良くなるという保証もないと見逃すことを決めた。

 天江衣は、上家の藤白さんの打牌に対応するように白を切って守りを固めた。

 

「は?」

 

「じぇ?」

 

 呆けた声をあげた恭子の顔を片岡が驚いたように眺めやった。

 

「い、いや……なんでもあらへん」

 

 恭子の様子を訝しみながらも、片岡はツモってきた牌をそのまま河に捨てた。

 恭子は必死に動揺を抑えながら、ツモってきた牌を見ると、なんの絵柄もない真っ白の牌が手のなかにあった。

 

——な、何枚あんねんこの牌……

 

 手牌の中に白は4枚、河には2枚の白が浮かんでいた。

 恭子はツモってきた牌と手牌の白の図柄を指の腹で軽くなぞると、凹凸はなかった。

 最悪チョンボもあり得る。プロでの最後の対局でチョンボなんてできへん……このまま他の牌を切って見苦しいミスは減らすべきという考えが、恭子の頭をよぎる。

 もう一度白の図柄のを指でなぞってから、恭子は決断する。

 

——私の牌はたしかに白! それならいかない理由はあらへん!

 

カン!!!

 

 きちんと白を四枚表向きに晒してから、王牌に手を伸ばし、初期ドラ表示牌の中の図柄を指でなぞってから隣の牌を表向きににする。

 

 すると藤白さんと天江さんの河にある白の面にすっと字が浮かび上がって、2枚の白は南に変わった。

 嶺上牌でも有効牌を呼び込むことが出来たので恭子はそのまま1000点棒を取り出した。

 

リーチや!!!

 

 四索と七索の両面待ち。河には1枚出ているのが見えるから、その情報が正しいとすれば山には最大7枚の和了牌がある。

 

——出和了は期待できへん! それなら、リーチは不利にはならへん。この待ち、この流れなら持ってこれるはずや!

 

 恭子がそう決意を固めた直後、あっさりと四索は出た。藤白が安牌を切ってから、天江衣が逡巡することもなくノータイムでツモってきた四索を捨てた。

 

——こ、これ……ほんまに四索なんか……こんなにあっさり天江が出すとか信じられへんけど……でも、和了せんわけにもいかへんし。

 

ロン!!!

 

 恭子がそう言って手牌を倒すと、天江衣は不思議そうな顔をした。その反応を見て、一瞬不安になった恭子だったが気にせず、裏ドラをめくって点数を申告する。

 

「24000です」

 

 狐に摘まれたように天江さんは目をパチパチとさせて、何度も牌を見返して……それからサーっと青くなった。

 

 立直、一発、白、ドラ5。

 

 裏ドラも乗って、倍満。これだけ大きな和了をしたのは久しぶりかもしれない。点棒を受け取る際に、気分が昂って自分の手がカタカタと震えているのを見て、恭子は思わず苦笑してしまった。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 東3局 一本場

恵比寿 藤白 七実 129,700

松山  天江 衣  102,900

神戸  片岡 優希 85,700

横浜  末原 恭子 81,700

 

 松山フロティーラからタイムアウトの申告がされて、再度試合が中断される。卓から離れたところで、牌譜を持ったアレクサンドラ監督が天江衣としきりにコミニュケーションをしている様子が恭子の目からも見えた。

 

——なにが、藤白七実の能力は大したことないやねん……滅茶苦茶やんけ……普通に麻雀できへんやん。

 

 藤白と天江の打った2枚の白が南だったことをしっかりと牌譜で確認してから、恭子はため息をついた。

 

『選手交代のお知らせです。松山フロティーラ、天江衣に代わりまして——鶴田 姫子、鶴田 姫子』

 

 スタジアムの天井を仰ぎ見た天江衣の頭をポンポンと慰めるように叩いた鶴田さんが、卓について試合が再開される。

 

 天江衣が卓を降りて軽くなった手牌。

 開幕一閃。藤白七実の鋭い和了が意気込む恭子の頬を掠めて、鶴田さんを貫いた。

 

ロン、8300

 

 まだ牌の流れを掴めず体勢の整っていない鶴田さんを一刀のもとに切り捨てて、試合の流れを決定付ける和了。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 東4局 

恵比寿 藤白 七実 138,000

松山  鶴田 姫子 94,600

神戸  片岡 優希 85,700

横浜  末原 恭子 81,700

 

 幾重もの迷いの分岐がある暗闇の森の中にカツカツ、カツカツと牌の音だけが響く。

 東4局で上がってきた配牌、そして作られる河を見た時、恭子は完全に自分が藤白七実の術中に嵌ったことを悟った。

 牌がまだらに薄暗く霧のようにボヤけて認識できない。手牌は触ることで確かめられても、河はどうしようもなかった。

 

 ツモ 1300オール

 

 恭子が気がついた時には、卓上には藤白七実の綺麗な両面待ちが、晒されていた。白い牌が卓上の闇夜に浮かび上がった。

 

 関西最強の怪物。

 

 園城寺怜がインターハイ個人戦を制するまで、高校麻雀界でそう謳われた女が両翼を広げる。

 

——あかん……コイツ、強すぎるわ。もう牌が上手く認識できへんし、監督に申告してここで代えて貰うか?

 

 ここまでの収支は3万点近いプラス。

 卓から上がってきた配牌は、四向聴あまり良いものではない。

 ここを降りて後続に代われば次の登板はあるだろう。今後のこと、そしてチームのことを考えたら、それが一番なのかもしれない。恭子の心に諦めがよぎる。

 

『末原さん、あきらめたらあかんで!』

 

 真っ暗闇の卓上に薄っすらと光が灯る。

 

「はは……そういえば約束しとったなあ。園城寺と」

 

 まだ、園城寺とはプロの舞台で卓は囲めていない。自分の麻雀が出来る様になったら打とうと約束していたはずなのに。

 

 ここで逃げたら——またプロで自分の麻雀を見失うことになる。

 大好きな麻雀では負けたくなかった。

 

 だから、遠回りもした。

 

 小さく、より小さくまとめて……速度を上げてポジションが貰えるように。でも、そうやないんや。

 

 私は、私の麻雀で勝ちたい。

 他の誰でもない私の麻雀で……藤白七実を倒してみせる。

 

 ツモ!!! 2100、4100!!!

 

 恭子は手牌を全てさっと親指の腹でなぞり上げてから、決意を込めて牌を両手で倒した。盲牌に絶対の自信があるわけではない、ただそれでもこの手牌は和了していると、牌が恭子に訴えかけていた。

 藤白さんは、特に表情を変えるでもなく恭子の和了牌を2度確認した。それが終わると、自分の手牌を指で手早く軽くなぞってから、卓の中央に投げ入れた。素早い動作で自然に行われた確認を恭子は、見逃さなかった。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 南1局

恵比寿 藤白 七実 137,800

松山  鶴田 姫子 91,200

横浜  末原 恭子 88,700

神戸  片岡 優希 82,300

 

 卓についたばかりの鶴田さんはともかくとして、第2半荘に入ってから、恭子も片岡も一挙一動足が緩慢で打牌までの時間が伸びている。そして、僅かにではあるが藤白七実の打牌の速度も第1半荘に比べて低下していた。

 

 藤白さんは、この迷いの卓上を完全に支配しているわけではない。彼女自身も他家と同じように迷いと闘っている。そう恭子は、結論づけた。疑念の種は多ければ多いほど良い。

 

——絶対に楽にはさせへん、おまえもこの暗闇に沈んで貰わへんとあかんのや!

 

 チリチリと痛む瞼の裏を押さえつけて、じっと河に目を凝らす。夜の河から魚を釣り上げるように二副露を決めると、僅かに藤白さんの手が止まった。そして、恭子のことを殺気の籠った視線でギロリと睨みつけた。

 鳴きを入れれば誤ポンや誤チーで大きなミスをする可能性は飛躍的に高まる。しかし、門前で守備的に仕上げていては間に合わない。

 

 真剣は柄で切る。切っ先を綺麗に相手の身体に合わせようと思っても、臆してしまって届かない。

 拳を突き立てるくらいの気持ちで踏み込んで、ようやく刃は相手の首筋まで届くのだ。

 

ロン!!! 5200!

 

 藤白七実にこそ当たらなかったが、踏み込んだ恭子の刃は片岡の右腕を薙ぎ払った。

 

——まだや……まだ、あと4万点。藤白に一太刀を浴びせてやらなきゃいけへんのや!

 

 恭子は配牌にも恵まれ局の開始と同時にあっという間に飛び出して、立直をかけた。

 周りの雀士が止まってみえる。第2半荘、恭子はプロに入ってからの自分の中で、最も勢いがあることを自覚した。天江衣という重しを投げ捨て、一目散に和了へと向かう。

 

ツモ! 2000、4000

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 南3局

恵比寿 藤白 七実 135,800

横浜  末原 恭子 101,900

松山  鶴田 姫子 89,200

神戸  片岡 優希 73,100

 

 連続和了で迎えた恭子の親番。

 ドラを3枚も抱えた三向聴の良配牌に恵まれた。火力、速度ともに充分。

 

 流れは完全に末原恭子に微笑んでいた。

 

 恭子は軽快に役牌を一鳴きして形をつくると、両面チーを決めて5巡目にして聴牌。この手牌を和了りきって、親番を継続させる。

 

 喉元まで刃を突きつける。藤白さんは小刻みに震える手で手牌を掴むと、勢いよく雀卓に叩きつけた。

 

リーチ

 

 血反吐を吐くような声でそう呟いてから、藤白さんはさっと自分の手牌を指の腹でなぞり上げた。

 

 虚仮威しのリーチに騙されてたまるかと心の中で毒づいてから、恭子は山に手を伸ばす。そして、ツモってきた牌を見てギョッとなった。無筋の生牌の三萬。絶対に切れない牌。

 

——い、いや……この流れや! 押すか? こっちのが聴牌も早い。流れは私にあるんや! ここで押さなかったらまた、逃げることになるんちゃうか? 

 

 ツモってから牌を切るまでの一瞬の間、恭子は全力で手の中の牌を押す理由を探した。

 

 でも、三萬は押せない。

 

 恭子が子供の頃から積み重ねてきた経験が、押してはいけないと……その牌を押したら末原恭子ではいられない。そう訴えてかけていた。

 心の中に留めどのない悔しさが溢れる。

 

 恭子が手牌から安牌の西を切り出すと、次の刹那藤白七実は山から三萬をツモってきて、そっと手牌の右側に置いた。

 

 立直、一発、自摸、混全帯幺九、ドラ

 

 試合を終わらせる跳満和了を、恭子は不思議な気持ちで眺めていた。握りしめた刀剣の刃がさらさらと砂のように零れ落ちて、そして消えていった。

 続くオーラスでは大きな和了の刀を返すように藤白さんが安手を和了し、3時間にも及んだ死闘は呆気なく幕を下ろした。

 

プロ麻雀トップリーグ大将戦

第2半荘 〜試合終了〜

恵比寿 藤白 七実 149,900

横浜  末原 恭子 95,200

松山  鶴田 姫子 85,500

神戸  片岡 優希 69,400

 

 試合終了のブザーと共に椅子の背もたれにどっと体を預けた恭子の姿を、藤白七実は上から下まで眺めやってから、踵を返して無言で恵比寿のベンチへと引き上げていった。

 無数の報道陣のフラッシュが、その道のりを照らしている。

 

「お疲れさまでした、末原さん。大活躍でしたね」

 

「いや…………そんなことあらへん」

 

 ベンチからわざわざおしぼりを持ってきてくれた宮永から、恭子は素直におしぼりを受け取って指の先を拭う。

 

「最後、引けへんかった」

 

「そうですね」

 

 あっさりとそう呟いた恭子の言葉を宮永は、短く肯定した。

 

「牌譜貰ってええか?」

 

「いえ、明日にしておきましょう。クールダウンもありますし」

 

 なんでもないことのように言った宮永の言葉で、恭子は全てを察した。

 左の腕を口にあてがって、肩をぶるぶると震わせて恭子は嗚咽を抑えるように泣いた。

 

「すまん…………」

 

「べつに謝るようなことじゃないですよ」

 

「すまん……すまん……」

 

 宮永は何も言わずに恭子の背中にそっと手を当てたまま目を伏せた。

 涙でスタジアムの照明が滲んで、万華鏡のようにキラキラと自動卓の銀幕が照らされる。

 

 悔し涙を流すのは今日で最後にしよう。

 

 末原恭子は、そう心に誓った。

 



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第140話 オプション契約と大宮ナポリタン

 鉄道のまち、大宮。

 関東の鉄道の分岐点として交通、物流の要衝として栄えてきた。そんなクソ田舎の鉄道員や工場労働者に長年愛され続けてきた味。

 

 それが、大宮ナポリタンである。

 

「ときー? おいしい?」

 

「ん……まあまあやな。おいしいけど……普通のナポリタンやから、竜華が家で作ったやつのがおいしいで」

 

「ちょ!? あんま、失礼なこと言うたらあかんで」

 

 がらんとした大宮駅郊外の喫茶店。

 貸し切りの店内で怜と竜華の2人は平和にコーヒーとナポリタンに舌鼓をうっていた。

 試合日程も少し落ち着いてきたので、ハートビーツ大宮入団時に結んだ清水谷竜華さんとのオプション契約を少しずつ履行している次第である。

 

「たしかに、せやな。おいしいことはおいしいし。すまんな」

 

 怜は、竜華が店内に入ってきた時に驚きの声を漏らした喫茶店のおばちゃんの店員さんに一言、謝罪の言葉を呟いた。それから、フォークでくるくるとナポリタンを巻き取ってスプーンの上に乗せて頬張った。

 家庭的なケチャップの味と玉ねぎのハーモニーが口の中に広がる。

 

「それにしても、この前の末原さんすごかったやん?」

 

 怜がそう問いかけると、竜華はコーヒーのマグカップから口を離して言った。

 

「もう少し片岡が絡めると良かったんやけど……ベンチの他の選手も驚いとったで、藤白さんと天江さんの一騎打ちになるやろと思ってたから」

 

「最後押さなかったのは残念やったけど、藤白さん相手にあそこまで頑張るとは思わへんかったわあ」

 

 怜は嬉しそうに座っているソファーの脇に置いたブラウンの大きめのショルダーバッグからA4の牌譜を取り出して、机いっぱいに広げた。

 

「惚れ惚れするええ牌譜や! さすが末原さんや。うちはずっと末原さんは出来る女やと思ってたんや」

 

「うーん……でも、これどこまで見えてるんかな?」

 

 芸術的な掌返しを決める怜とは裏腹に、竜華は牌譜を一枚手に取って、その実力に疑問を呈した。

 末原さんに大きなミスこそないものの、深い谷底に平均台の橋をかけたような闘牌が牌譜に記されている。一本踏み間違えれば転げ落ちてしまうような危うさ。

 ぞくぞくと震えるような恐怖や、牌が揃っていく喜びと期待感。そして、勝ちたい勝ちたいと嘆く末原さんの声が、この牌譜には詰まっている。

 

「たぶん、ほとんど見えてへんで」

 

「それなら、もっと違う打ち方したほうがええやん?」

 

「それじゃあ藤白さんに届かへんと思ったんやろ」

 

「まあ、それはそうかもしれへんけど……」

 

 キラキラと輝く瞳で牌譜を眺める怜とは対照的に、竜華は懐疑的な目で眺めやってから末原恭子という名前の書かれた欄を、人差し指で2回ほどなぞった。

 

「精神的な強さっていうのは、プレッシャーを感じへんことやないやろ?」

 

「うちは、心を動かさずに勝てるならその方がええと思っとるで」

 

「竜華はドライやなぁ……」

 

 怜はナポリタンを食べ終えてふうと一息つくと、コーヒーの入ったマグカップを口をつけた。こてこてのトマトケチャップと油の味がリセットされる。

 

「口元にケチャップさん、ついとるで」

 

「あ、ほんま? こっち?」

 

 竜華は怜が口元を拭こうとするのを手で制してから、白いナプキンを手に取って優しく怜の口元を拭った。

 

「サンキューや」

 

「しょうがあらへんなぁ、もう」

 

 竜華は幸せそうに白いナプキンを角がズレるように軽く畳んでテーブルの上に置いた。

 

「大宮ナポリタンも食べられたし、次はどこに行こっか?」

 

「せやかて、大宮の街とかアオンモール行くくらいしかあらへんやん。」

 

「アオン好きすぎやろ……神戸いる時もよう行っとったやん」

 

「神戸にいる時は色々あったはずなんや……でも、もううちにはアオンしかあらへん。アオンがうちを呼んでいるんや! アオンに観光しに行くで!」

 

 誠に遺憾ながら、チームの事情で大都会神戸を離れて、さいたま県民という哀れな地域の住民になってしまい怜は落胆していた。

 しかし、嘆いてばかりいても仕方がないので、気持ちを切り替えて平凡なナポリタンを食べたり、クソ田舎特有のプレイスポットであるアオンを訪れたりして、田舎ライフを楽しんでやろうと怜は思っていた。

 

「わざわざアオン行かんでもええやろ。ドライブにしとこうや。人混みに行って囲まれても面倒やし」

 

「たしかに……人に取り囲まれるのは嫌や」

 

 怜がそう同意すると、竜華は苦笑いをしながら言葉を続けた。

 

「それとも、もうおうち帰ってゆっくりしよっか? 大宮のおうちまだ1回も行ったことないやろ?」

 

「そうしよかな、行くとこあらへんし」

 

「ふふっ、そうしよっか。あ、お会計お願いします」

 

 竜華はそう言って店員さんを呼んで、マネークリップから10枚ほどお札を取り出すとトレイの上に置いた。

 

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

 

「そ、それと……」

 

「ん? どうしたん?」

 

 おずおずとおばちゃんの店員さんは、サイン色紙を取り出して怜の前に差し出した。お店に飾りたいということらしい。

 断るのも面倒なので、怜は渡されたマジックを手に取り

 

『大宮ナポリタン 優勝 園城寺 怜』

 

 と記入して、店員さんに手渡すとご満悦で店内の一番目立つところにかけてあった瑞原はやりのサインの横に色紙を置いてくれた。

 

「それじゃあ、失礼させてもらいますわあ」

 

「ありがとうございました。応援してます」

 

 怜はにっこり笑顔を作って店員さんに手を振ってから店を出て、竜華の運転する黒塗りのレンタカーの助手席に乗り込んだ。

 怜は助手席の窓から、流れては消えていく風景をぼうっと眺めやった。田舎のわりにゴミゴミとした街並みである。

 

「大宮の生活にはもう慣れた?」

 

「せやなー、何もないところやけど」

 

「その割には、家に全然帰ってきてくれへんのやけど?」

 

 竜華の冷たい声が車内に響く。

 先程まで平和にナポリタンを食べていた雰囲気が、急に一変したことに怜は戦慄した。心の中のリトル竜華も全力で危機を伝える警報を鳴らしている。

 

「誰かの家泊まったりとかしてるん? 大星さんとか? 原村さんとか……親しいやんな?」

 

「そ、そんなんしてるわけあらへんやろ……」

 

 身に覚えのない浮気疑惑を向けられて怜は驚いたが、本当になにもないので冷静に声を絞り出した。

 

「じゃあ、なにしてるん?」

 

「い、いや……スタジアムにベッドあるし帰るの面倒やったからずっと泊まってたんや」

 

「あ、ほんま?」

 

 怜がそう伝えると竜華はハンドルを切って、少し考え込んでから言った。

 

「雀聖戦も近づいてきたし、牌に触っていたい気持ちもわかるけど……うちは大宮に遠征してる時はおうちにいつもいるから、いつでも頼ってね?」

 

「え?」

 

「ん? どしたん?」

 

 ニコニコと優しく微笑む竜華の表情を見て、怜は背筋から汗が吹き出て助手席のシートにぺったりと張り付くのを感じた。

 

——あ、あかんやろ……何回、竜華大宮に遠征来てると思ってるねん。

 

 3回だろうか? それとも6回?

 そうだとすると、竜華は帰ってこない自分に連絡もせず、ずうっとお部屋で待っていたということになる。

 自分が知らず知らずのうちに地雷を踏み抜いていた事を知って、怜は恐怖に慄いた。

 

「わ、悪かったわぁ……怒らんといてや」

 

「ん? 全然怒ってへんよ?」

 

「そ、そか……」

 

 気まずい空気の中、怜を乗せた車は大宮の街並みを進んでいく。

 クソ田舎の爽やかに晴れ渡った青空に、梅雨の訪れを匂わせるのっぺりとした灰色の雲がポツポツと浮かび始めていた。

 

 雨の季節はもうすぐだ。

 

 



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第141話 宮永咲と暗闇の少女

 

 ぽつり、ぽつりと雨が降る。

 アスファルトに滲んだ雨粒は灰色を深く染め上げて、土の匂いを立ち登らせた。

 

 雨の日は、きらいじゃない。

 

 タバコの箱の淵をトントンと叩いてから、一本取り出す。ライターの炎をゆらゆらと動かして、タバコの火が熱くなりすぎないように。

 時間をかけて。

 湿気った空気と一緒にタバコの煙を口の中に取り込んで、ほうとため息をつくように吐き出した。

 

「雨の日のほうが……タバコっておいしいのかな」

 

 旅館の離れのテラスから見える日本庭園の草木がざわざわと揺れる。小ぶりに降り始めた雨にあわせて、風も少し強くなった。

 

 今週は園城寺さんも出場する雀聖戦。

 試合会場である箱根の旅館に早めに入って、離れで誰とも会わない時間を過ごす。

 手に持ったタバコの煙は、灰色の空に昇っては消えていった。

 

 灰皿にタバコの灰を落として、再び口元に持っていくと、先ほどまでの甘い香りは消え去って酷く辛く感じた。ゴシゴシと手を拭うようにタバコを灰皿に押しつけて火を消す。

 

 私はテラステーブル上に広げた牌譜が風で飛ばされないうちに、手早くクリアファイルの中にしまった。雀聖戦挑戦者決定戦の姉帯さんと園城寺さんの牌譜。

 園城寺さんはペースに乗って勝ちをもぎ取りにくるプレイヤーで、ゲームメイクの能力はそれ程でもない。姉か衣ちゃんの2人が主導権を握ろうとする展開になる。

 衣ちゃん特有のスローペースの麻雀になれば、園城寺さんは怖くない。しかし、姉のハイペース展開で麻雀を進められると途端に存在感が増してきそうだ。

 

「まあ、でも……」

 

 いつも通りの麻雀をすれば勝つ。

 一時の感情に流され、敗北したインターハイと同じ轍は踏まない。

 

 私は麻雀をする機械。

 

 園城寺さんは守備の上手い一人の雀士で、衣ちゃんは試合でよく顔を合わせるだけの松山の雀士。そして、私に家族はいない。

 大丈夫。

 感情は技術で切り離せる。そうやっていつも勝ってきたじゃないか。園城寺さんに勝って、私は全てを手に入れる。

 

 私は麻雀をする機械だ。

 機械に感情はいらない。

 

 何度も繰り返してきた自己暗示。

 個人的な感情は1つづつ丁寧に塗り潰して、負けに繋がる要素は全て排除する。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、私が台無しにしてしまって…………咲さん、ごめんなさい』

 

 小ぶりだった雨はいつの間にか強くなって、ざあざあと音をたてて降り注いでいた。雨の雫が葉を濡らし、そのこうべを垂れさせる。

 屋根付きのテラスの内側に吹き込んできた雨が右手の甲を濡らすのを感じて私は我に返った。

 

「あ、こんなところにいたら風邪をひいちゃうよね」

 

 せっかく雀聖戦に向けて準備しているのに、風邪をひいてしまったら元も子もない。

 お風呂に入って、おいしいものを食べてのんびりする。

 タイトル戦の前にする大切なこと。

 テラスの横の露天風呂も良いけど、この天気だし内風呂にしておいた方が良いかな。

 

 バスタオルで少し濡れてしまった髪を拭ってから、レトロモダンなソファーに腰掛ける。部屋に備え付けられた優秀な空気清浄機から、騒音の歓迎を受けた。

 

「少し、喉が渇いたかも……」

 

 ダイニングテーブルの上に置かれたウェルカムシャンパンを無視して、冷蔵庫からみかんジュースの瓶を取り出してグラスに注いだ。

 口をつけると、特産品のみかんの甘酸っぱい香りが口の中に広がった。もう少し甘くてもいいかもしれないけど、これはこれで悪くない。

 

 グラスの中身を半分ほど飲み終えたところで、ソファーの上に置かれたベージュのポーチの中から、スマートフォンのバイブレーションの音が聞こえてきた。

 この着信パターンは部長からだ。

 

「はい、宮永です」

 

『あ、もしもし咲? 繋がって良かったわ。今なにしてるかしら?』

 

「みかんジュースを飲んでます」

 

『……相変わらずね。今、横浜に来ているんだけどまだいるでしょ? ご飯でもどうかしら?』

 

「あー……もう、雀聖戦の会場に入っているので箱根なんです」

 

『それは残念。咲にすき焼きでも奢ってもらおうと思ってたのに』

 

「普通逆ですよね……」

 

 プロ麻雀のパーティーで再開してから、部長とは何度か一緒に出かけている。主導権を握ってくれる部長と出かけると色々と楽だ。タバコを目の前で吸っても、何か言われることもない。

 

『そ、そうかしら? 貰っている人が払うのが1番良いと思うのよねえ』

 

「まあ……そういう考えもあるかもしれません」

 

『それはともかくとして……雀聖戦がんばってね。応援しているわ』

 

「ええ、ありがとうございます」

 

『じゃあ、切るわね』

 

 それだけ言って部長は電話を切った。

 部長からの応援で少し心が温かくなる。

 いつもはもっと長く話すので、もう試合会場にいるということを聞いて、気を利かせてくれたのだろう。

 

「あーあ……失敗したなあ」

 

 渇いた土に水を落とすと、余計に渇きを感じるようになる。だから、部長との電話は出るべきじゃなかった。

 

 機械に油はいらない。

 

 勝って、勝って、勝って……勝ち続けて、ブリキのおもちゃは最後にパタリと動かなくなる。そうでなくては救いがない。

 高校時代の話も大学時代の話もしない部長とのぬるま湯のような関係が心地よくて、つい何度も会ってしまう。

 

 でも、それは自分の麻雀を駄目にする。

 

 勝つためには、鮪のように止まることなく前へ前へと進んでいかなくちゃいけない。私は目を固く閉じて眉間にシワを寄せてから、スマートフォンの電源を切った。

 

 これで安心。

 

 試合の日まで、心を動かされることもない。時間だってある。今日、部長に応援してもらったことも、和ちゃんの嗚咽も全部塗り潰して試合に臨める。

 私は牌に愛されている。

 みかんジュースを飲み終え、部屋の隅の自動卓上に無造作に置かれた牌を、卓の中央に投げ入れてから、先程まで腰掛けていたソファーへと戻った。ほとんど新品の青々とした畳の感触が足裏に伝わってきた。

 

「そういえば……昔」

 

 高校時代は、素足で麻雀をしていた時期もあったなあ……

 なぜ、そうしていたのかは覚えていないが、恐らく気持ちを切り替えるルーティンとして使っていたのだろう。

 効果的なルーティンは緊張をほぐして、プレーの確実性を高める。でも、いつの間にか使わなくなってしまった。

 少し勿体ないことをしたかもしれない。

 

「ま、いっか……もう、高校生の時みたいに麻雀をすることもないだろうし」

 

 しとしとと降る雨音をかき消すように、自動卓の洗牌の音が部屋に響いた。

 



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第142話 タイトル戦前夜祭と莫逆の友

 タイトル戦の前夜祭。

 もう慣れたこととはいえ、私はあんまり好きじゃない。大勢の報道陣の前で話をしたりするのは苦手だし、これから対戦する相手と一緒に食事をすると言うのも気疲れしてしまう。雀聖戦は名人戦などのタイトル戦とは違って、2日制の短い対局とはいえ、ここで体力を使いたくはない。

 

 旅館の宴会場の青々とした畳の上に、テーブルと椅子が並ぶ。壁際には和洋折衷様々な料理がビュッフェ形式で提供されていた。

 会場の一番奥、一段高くなったステージの椅子に選手と大会関係者は集まっていた。

 

——宮永咲雀聖にお聞きします。今回の雀聖戦は、恵比寿の宮永照選手や高校時代のライバルだった園城寺選手、天江選手と関係の深い相手が3名の挑戦者になりました。意気込みを教えてください。

 

「そうですね……誰が相手でも気負うことなく自分の麻雀が出来ればと思っております」

 

——昨年度とは全挑戦者が異なる関係になりましたが、雀聖としてはどうお考えでしょうか?

 

「えーそうですね。昨年度は姉帯選手が出場していて苦しい戦いになりました。今年はその姉帯選手を破った園城寺選手が出場していることもあって気を引き締めて、卓に臨めればと思います」

 

「雀聖戦は……もっとも勢いのある雀士が勝つと言われていますし……群雄割拠する麻雀界で素晴らしい対戦相手に恵まれたと思います、はい」

 

——ありがとうございました、次に宮永照選手への質問に移らせていただきます

 

 心の中でふうと一息ついてから私は椅子に腰掛ける。あまり上手くは答えられなかったけど、及第点といったところだろうか。

 

 対戦相手についての言及を求めるような質問は辞めてほしいよね……ほんと。

 

 壇上では姉が記者たちの質問に、当たり障りのない上手な回答を返していく。一瞬の姉と私と視線がぶつかったが、さっと視線を外されてしまった。

 

——ありがとうございました。ハートビーツ大宮、園城寺選手への質問へ移らせて頂きます。

 

 司会役の女性に促されて、ブルーの生地に白い紫陽花をあしらった色留袖を着付けた園城寺さんは、のんびりとした動作で壇上に登った。

 白い花模様と裾から覗く手の甲の色が綺麗に一致していた。どんな生活をしたらこんな肌になれるのだろうか。2つほど歳上なのに羨ましい限りである。

 

——着物姿よくお似合いです。雀聖戦に向けて気合は充分といったところでしょうか?

 

『えーそうですね……竜華いえ、妻が着ていけとうるさいので和服できたのですが、落ち着かないので当日はスーツにします。はい。』

 

 正直に園城寺さんがそう答えると、会場がどっと沸いた。園城寺さんは抜群のルックスとプロ入りの経緯、そして関西人特有の性格で、ファンから非常に人気のある雀士である。

 外見と性格そして麻雀が、ここまで一致しない人も珍しいのではないだろうか。

 

——園城寺選手にとって、対戦経験のない選手は天江選手だけとなりますが、印象をお聞かせください。

 

『宮永さん達ともインターハイで戦ったことがあるというだけで……昔のことやし、初対戦みたいなものだと思ってます』

 

 そこまで言ってから、園城寺さんは顎に手を当てて考え込んだ。

 

『天江さんの印象……せやなぁ。戦ったことない選手のこと言うのも難しいんやけど、序盤、中盤、終盤と隙がなくて、じっくり待って火力も出る選手という印象をもってます』

 

——ありがとうございます、雀聖戦は箱根での2日制の対局ですが、これまでに日を跨いだ対局の経験はありますか?

 

『んーあらへんなぁ。専業主婦をしているときはほとんど家から出えへんかったし、大宮、箱根、大阪と移動がこんなに多いのも不思議な感じです』

 

——最後に雀聖戦への意気込みを教えてください。

 

『自分がプロの舞台に挑戦できたのもこのタイトル戦があっての事だと思いますし……タイトル戦、宮永さん姉妹とそして、天江さん強い打ち手に、とてもワクワクしています』

 

 最後に知性を持った獣のような麻雀の一面を覗かせて、園城寺さんは壇上を降りて嬉しそうに席に戻った。

 高校時代に比べると険がとれて、穏やかになったように見える園城寺さんだが、本質的な部分では何も変わっていない。

 よく清水谷さんと結婚したなぁ……園城寺さんと清水谷さんとでは、価値観が合わないと思う。園城寺さんは麻雀以外を顧みるようなタイプではないだろうし、間違いなく清水谷さんは出来るだけ好きな人とは一緒にいたい家庭的な人柄だ。

 それでも、結婚生活も長く仲良しそうなので自由奔放な園城寺さんに、清水谷さんが譲歩して上手くやっているのだろう。

 自分の独身生活を棚に上げて、園城寺さんの結婚生活を想像して楽しんでいると、最後に衣ちゃんがトテトテと小さい身体を揺らしながら、壇上に登場した。

 

——最後になってしまい申し訳ありません。天江選手、この度の雀聖戦に向けて意気込みを教えてください。

 

 記者さんからの質問にすぐに答えず、衣ちゃんは一度目を閉じて眉間に皺をよせた。

 どうしたんだろう?

 上手く聞き取れなかったのかな?

 私が少し心配になったところで、衣ちゃんは目を開き地を這うような低い声で『衣には……』と呟いた。

 

——衣には?

 

『衣には莫逆の友がいる。それが一人、また一人と増えていって……それまで感じていた寂寥感を拭い去ることが出来た』

 

『だが惆悵するのは、教えてくれた者はとうに道を歩み去り万例の山の上の一片の孤城となった』

 

 衣ちゃんは、いつも通りの難しい言葉を振り絞るように言って、それから私の方をきっと見た。

 

『闕望したよ、何度も同じ失敗を繰り返して闘う姿勢をとらないことすらあった。高い山の頂に手をかけることを諦め、そして挫けた』

 

『でも、衣は…………』

 

『大切な友達を取り戻すために、雀聖戦に来たんだ!』

 

 衣ちゃんの独白を聞き終えて、私は手の甲に鋭い痛みが走るのを感じた。カメラのフラッシュが一斉に私と衣ちゃんを包み込む。

 小刻みに震える手の先を隠すように、手を膝の上に合わせる。

 

「そう、頑張ってね」

 

 口から出た小さな声は自分でも驚くほど無感情で冷たく会場に響いた。

 長年にわたって染み込ませた自分の感性に私は感謝した。このくらいでは大丈夫。

 分厚い鉄板の上を雨がしとしとと叩くような、そんな違和感は簡単に塗り潰せる。

 静まり返り重苦しい雰囲気になった会場の空気を切り替えるように司会者はインタビューの終わりを伝えた。

 

——天江選手、ありがとうございました。会食に入る前に、写真撮影に入らせて頂きます。各選手前のほうにどうぞ。

 

 席から立ち上がりステージの中央に向かう。ウキウキで真っ先にステージの中央に出てきた園城寺さんを中心として、姉と一番離れた位置に私は立った。

 無数のフラッシュが降り注ぐ。

 

——それでは、試合前の握手をお願いします。

 

「え?」

 

 プログラムでそう決まっていることはわかるのだが、それはないだろうと思わず眉間に皺が寄る。

 明らかにぎこちなくなった姉と似たような動作を自分もしているのだろうなと思うと、強烈な自己嫌悪に襲われた。

 

「宮永さん! なに、ボーッとしとるん? 握手や、握手やで」

 

「あ、はい」

 

 園城寺さんは嬉しそうに私の手を取って、カメラの前に笑顔を向けた。

 園城寺さんとだけ、握手してお茶を濁そう。そう決意して、ぎこちない笑顔を作り私は前を向き直った。

 

 この後の食事はビュッフェで茶碗蒸しとわらび餅をとって、それを食べたら早めに部屋に帰ろう。

 タイトル戦の前夜祭。

 慣れたこととはいえ、私はあんまり好きじゃない。

 



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第143話 溶鉱炉と卓上に浮かぶ月

「それでは、定刻になりましたのではじめてください」

 

 立会人の小鍛治さんの落ち着いた声が試合会場に響く。私はゆっくりと卓の中央に手を伸ばして賽を回した。

 

 牌と牌の擦れる音に、報道陣の無数のシャッター音が降り注いだ。

 少し背筋をピンとのばしてから、私は綺麗に整列した山と手牌を眺めやった。

 

「報道の方は退席してください」

 

 小鍛治さんの事務的な声に合わせて大勢の報道陣が部屋を後にする。ここで第一打を打ってしまってもよいのだが、暗黙の了解で報道陣の退席が完了してから始めることが多い。

 上家の園城寺さんはグラスに入ったオレンジジュースをストローでちゅーっと飲んでから、1度目を閉じてから卓に向き直った。

 ここで私が勝てば、清澄高校で目指したインターハイのライバルはいなくなる。勝って、勝って、勝って、その先に今があった。

 負けるわけにはいかない。

 私の麻雀で園城寺さんを倒す。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘

東1局

東 宮永 咲  50,000

南 宮永 照  50,000

西 天江 衣  50,000

北 園城寺 怜 50,000

 

 立会人の前にあるテーブルのモニターを横目でチラリと確認する。純和風のこの対局室で全自動卓とモニターが浮いている。

 会場ごとの差を無くすために、コミッショナー主導で統一卓制度が導入されてからは、麻雀卓や麻雀牌、そして腰掛ける椅子に至るまで全て運営委員会からの持ち込みでタイトル戦は実施されるようになった。

 卓と麻雀牌の影響が安定するのは素直にありがたい。

 

 手牌は三向聴。悪くない配牌だ。

 

 報道陣が全て退席したのを確認してから、私はほぅと息を吐いて手牌の左端から不要牌の北を手に取って河に切り出した。

 東1局、照魔鏡は使われていない。数多く対戦している私や衣ちゃんはともかくとして、姉と対戦経験の遠い園城寺さん相手なら使ってくれるかもしれないと予想していたが、予想が外れた。

 

——まあ……でも、それもそうか。

 

 インターハイで照魔鏡が姉の敗因になったことを考えれば、園城寺さんの底を覗き見るリスクは取りたくないだろう。

 

 溶鉱炉、あるいは麻雀を喰らう狼。

 

 愛らしい容姿や行動とは裏腹に、園城寺さんの心の内には闘志と好奇心がグツグツと煮えたぎっている。そして、飢えた獣のように麻雀を貪る。

 彼女と心のやりとりはしない。

 インターハイでも、そう決めていたはずなのに——徹底できなかったのは私の甘さ。

 だから、今日は機械のように正確に。

 

 配牌には恵まれたが、手牌は一向に進まない。

 一向聴地獄。

 衣ちゃんの支配が、卓を包んでくれたことにまずは安堵する。このペースなら園城寺さんは安全。序盤は、スローならスローな程良い。

 

ツモ! 2000、4000!!!

 

 衣ちゃんの気合いのこもった発声が部屋に響く。親被りは痛いが、昼間の衣ちゃんならいくらでも対応ができる。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘

東2局

天江 衣  58,000

宮永 照  48,000

園城寺 怜 48,000

宮永 咲  46,000

 

 ジリジリとした衣ちゃんの重苦しい支配の海を切り裂いて、親番の姉が2副露して形を作る。それに呼応するように園城寺さんもポンを入れて、卓の流れをハイペースに傾けた。

 

ツモ! 700オール!

 

 綺麗な両面待ちをツモあがり、姉の連続和了のスイッチが入った。

 過去の牌譜を見ても姉の能力と衣ちゃんの支配力は拮抗している。姉に流れがいくこともあれば、衣ちゃんの支配力が上回ることもある。でも、今日は拮抗しない。

 

 なぜなら、園城寺さんがいるから。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘

東2局 5本場

宮永 照  73,800

天江 衣  49,400

園城寺 怜 39,400

宮永 咲  37,400

 

 700から始まって、1100、1500、2300、3000とツモ和了が続いてあっという間に5本場。姉が完全に試合の主導権を掴んだ格好だ。

 姉も園城寺さんの手のひらの上で転がされていることには気がついているだろうが、前に行ける時には前にいかなくっちゃいけない。

 打点向上が苦しくなってきたのか、姉は3巡目にリーチを打った。衣ちゃんの支配は一応は効いている。

 私の手牌では、姉の速さには届かない。

 

 だけど、そのリーチをずっと待っていた人が上家にいる。

 

リーチや。

 

 園城寺さんはそう言ってから、1000点棒を卓に真っ直ぐに立てた。

 このリーチからは逃げられない。誰も鳴くことなく一巡して、綺麗に和了牌は園城寺さんの手の中に入った。

 

 立直、自摸、一発、三暗刻、ドラ3。

 

 4000、8000の5本場は4500、8500。

 園城寺さんは、何事もなかったようにおしぼりで指先を拭ってから、目を閉じてほうと息を吐いた。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘

東3局 

宮永 照  64,300

園城寺 怜 57,900

天江 衣  44,900

宮永 咲  32,900

 

 続く東3局は配牌にも恵まれて、私が先行できる形になった。

 連続和了も止まって、姉の手牌からは勢いを感じられない。そうなれば卓の雰囲気も落ち着いて、一向聴まで進められれば私が有利。

 ツモってきた八萬をカンして、嶺上牌を引き当てて強引に聴牌する。

 

ツモ。2000、4000です。

 

 満貫の手牌を倒してそう申告する。

 これで、少しは追いつくことが出来た。

 このまま、緩慢な展開が続いてくれれば良いと思った私の期待を裏切るように、姉が高速和了を決めてあっという間に南入した。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘

南1局

宮永 照  64,300

園城寺 怜 54,900

天江 衣  40,400

宮永 咲  40,400

 

 第1半荘の最後の親番。

 ここで和了して、トップを狙いたいが手牌に恵まれない。

 園城寺さんの鳴きが入って、姉の鳴きも入る。

 この親番は仕方がない。姉の連続和了が大きくなって、和了するのが困難になったところで園城寺さんと競り合うのがセオリー。しかし、それでは点数的に厳しい。

 

ツモ! 1000、2000

 

 姉は短くそう言ってから、私の方をチラリと確認した。

 

 目と目があう。

 

 私が視線を外そうとするよりも早く、気まずげに姉は手牌に目を落として、卓の中央へ投げ入れた。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘

南2局

宮永 照  68,300

園城寺 怜 53,900

天江 衣  39,400

宮永 咲  38,400

 

 リードがあっても手を緩めることなく、姉は2巡目から鳴きを使って、場の雰囲気を加速させる。園城寺さんも鳴きを入れて追従する構えをとった。

 ここで、止めないといけない。

 ここで和了るのは園城寺さんじゃない。ここで和了るの私だ。

 大明槓で強引に聴牌して勝負をかける。これで他家が上がるのは許されない。園城寺さんの思惑通りでも、その思惑ごと叩き切ってやる。

 そう決意して園城寺さんのことを睨みつけるとツモ宣言は予想外のところからかかった。

 

ツモ 3000、6000

 

 衣ちゃんは優しい手つきで手牌を倒して、筒子の清一色を卓に晒した。予期せぬ一撃に思わず背筋が強張る。

 

「力足らざるものは中道して廃す。衣は勝ちを諦めない。倒れても何度だって、立ち上がるんだ!」

 

 衣ちゃんの眼差しは強い決意を持って、真っ直ぐに私のことを見つめていた。

 手の甲が震えているのを気取られないように、私は目を閉じてからサイドテーブルのガムシロップのたっぷり入ったアイスティーに口をつけた。

 試合中の疲れた身体と頭のはずなのに、それは酷く甘く感じられた。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘

南3局

宮永 照  62,300

天江 衣  51,400

園城寺 怜 50,900

宮永 咲  35,400

 

 衣ちゃんの親番。

 姉の連続和了も止まり、衣ちゃんの支配の力は、今までに見たことのない冴えを見せていた。

 一向聴からが遠い。

 少しずつ水位が上がっていき、海の底へと誘われる。

 

 海底撈月。

 

 ばらばらに散らばった牌が14枚集まって、卓上に満月を映す。

 その光をすくい集めて。

 

 衣ちゃんの麻雀は輝いていた。

 



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第144話 牌に愛された少女

400000UAありがとうございます。
たくさんの人に読まれて嬉しい限りですm(_ _)m
次話で最終話となる予定ですが、エピローグも書くかもしれません。



 第1半荘が終わった。

 10時のおやつのプリンアラモードを口に運びながら、私は休憩室の脇に置かれたモニターを眺める。

 

雀聖戦 1日目 第1半荘 〜終了〜

天江 衣  59,400  +29

宮永 照  55,600  +16

園城寺 怜 49,800  ー10

宮永 咲  35,200  ー35

 

 衣ちゃんがトップのまま走り抜けて、私は最下位。

 オーラスでラスが確定する5200点の和了を決めて少し追いついたものの、ワンツーの順位ウマを入れるとマイナスが大きく、第1半荘は完敗と言っていい。最下位スタートのタイトル戦は、約2年ぶりだ。

 

 対局会場横の休憩室に面子が一堂に介して、おやつを食べる。言葉を発する者は一人もいない。重苦しい静寂の中で、園城寺さんがプリンアラモードとメロンクリームソーダをおいしそうに食べている音が響く。

 

 いつものことではあるが、タイトル戦の食事会場が対戦相手と同席なのはどうなのだろう。

 

 旅館らしいメニューは衣ちゃんの餡蜜だけで、園城寺さんも姉もプリンアラモードを注文していた。

 そういえば、昔旅行先で家族4人でプリンアラモードを食べたことがあった。お父さんだけが途中で食べるのが嫌になったと言って、ホットコーヒーを啜っていたっけ……

 ちらりと、姉の方を見る。真剣な表情でスプーンを持って、金属のトレイとカチカチと音を鳴らしながら口に運んでいた。おやつのことは上の空といった風体だ。

 試合開始の準備を告げるブザーが鳴って私たちは、各々のペースで試合会場の麻雀卓へと向かった。糖分も補給出来たし残り2局、しっかりとこなしていきたい。

 

 スタートに躓いたことでかえって精神的には少し楽になった。攻めなければ勝てない状況に追い込まれたことで、守ろう守ろうという意識が消えていく。

 

雀聖戦 1日目 第2半荘

東1局

東 宮永 照  50,000

南 天江 衣  50,000

西 園城寺 怜 50,000

北 宮永 咲  50,000

 

 配牌は悪くない。鳴きを入れて一向聴まで加速する。

 河に出た四索を大明槓で拾い上げて、嶺上牌で有効牌を持ってきて聴牌。他家の聴牌気配のないまま巡目を重ねると、あっさりと和了牌を引き当てた。

 

ツモ 700、1300です。

 

 これが橋頭堡になれば良い。

 衣ちゃんの支配が有効に機能している場面では、嶺上牌で強引に聴牌することの出来る私が有利だ。

 東2局。重い展開に焦れるように、園城寺さんが鳴きを入れて撹乱してきた。

 ポンとチーを一度ずつ入れて二副露。しかし、それでも彼女の手牌からは圧力は感じられない。

 過去の牌譜を見ても、園城寺さんは放銃することがないので、和了は遠くても鳴きを入れて卓に影響力を残そうとする打ちまわしをすることが多い。

 工夫はいらない。

 ただ、流れに身を任せれば良い。

 

カン! 嶺上自摸!

2000、4000です。

 

 満貫の手牌を倒して、そう申告する。

 序盤、少しのリードを確保することが出来た。無理に動いてきた相手を斬ることは、競り合いを制することよりも容易い。

 

雀聖戦 1日目 第2半荘

東3局

宮永 咲  60,700

園城寺 怜 47,300

宮永 照  46,700

天江 衣  45,300

 

 配牌から一番自然な不要牌を手に取って、河へと切り出す。衣ちゃんの支配を育てるように、牌の流れに逆らわずスローペースに持ち込んでいく。

 一向聴までは流れに逆らう必要がない。必要な牌を鳴き、牌効率の良い牌を切る。

 そして、一向聴まで進めたら嶺上牌から有効牌を持ってきて和了する。

 

ツモ 800、1600です。

 

雀聖戦 1日目 第2半荘

東4局

宮永 咲  63,900

宮永 照  45,900

園城寺 怜 45,700

天江 衣  44,500

 

 一度目の私の親番。

 3連続和了で良い流れだが、配牌には恵まれなかった。姉や園城寺さんが切り出した中張牌と一緒に、私の字牌が並ぶ。

 

 ポン!

 

 姉の気迫のこもった澄んだ声が聞こえて、その手牌を眺めやると、強い聴牌気配を感じた。鳴いてズラして抵抗を試みたが、姉は気に留めた様子もなく和了牌を引き当てた。

 

ツモ 400、700

 

 40符1飜の和了。打点の低い和了から決めた時の姉の連続和了は止めにくい。

 20符2飜、30符3飜と連続で軽快に和了を決めて姉と私の得点差が詰まってくる。

 

雀聖戦 1日目 第2半荘

南1局 2本場

宮永 咲  60,400

宮永 照  55,800

園城寺 怜 42,500

天江 衣  41,300

 

 無理に動いて止めるべきだろうか?

 

 早い巡目での聴牌は牌の気配を見誤ることも多く、積極的に動けば放銃の危険性がある。

 逡巡しながらも自然な牌の流れのまま進行させていくと、上家の園城寺さんからギラギラとした気配を感じた。

 第1半荘と同じ。園城寺さんは姉の連続和了の場面に賭けている。

 

 それなら、私が止める必要はない。

 

 だって園城寺さんが、姉の連続和了を喰らい尽くすだろうから。

 

 リーチや!!!

 

 園城寺さんのリーチ棒が真っ直ぐに立つ。

 切り出した牌を衣ちゃんがポンして、一発は消されたが吸い込まれるように、和了牌が園城寺さんの手の中に収まった。

 園城寺さんが手牌の横に和了牌の四萬を置くと、トンっと渇いた音が室内に響いた。

 

ツモ 3000、6000の2本場は、

3200、6200です。

 

 園城寺さんが待ち望んできた速い展開。

 第1半荘でも同様の和了を決めていたし、この和了は園城寺さんのゲームメイクとして試合前から入念に準備してきたのだろう。準備してきた引き出しを何度も決められると、意識せざるを得ない。

 

雀聖戦 1日目 第2半荘

南2局

宮永 咲  57,200

園城寺 怜 55,100

宮永 照  49,600

天江 衣  38,100

 

 姉の連続和了が終わる。試合は再度、緩やかな展開に戻った。米国と欧州を行き来しているような不安定な牌の巡り。

 

 卓上に急に訪れた凪に手が止まる。

 

 満潮が近づいて、徐々に水位が上がっていく穏やかな海を切り裂くように、私は嶺上牌に手を伸ばす。

 姉の捨てた南を大明槓して嶺上牌から有効牌を手牌に引き寄せる。ドラが暗刻に綺麗に乗った。

 風のない海の上で、一生懸命に帆を貼って船を前へ前へと進めていく。

 

ツモ 3000、6000です。

 

 海の底もだいぶ近づいた深海で私はなんとか和了牌を引き当てた。両面待ちの良形聴牌でもこの流れでは、時間が足りないくらいだ。後ろから追ってくる船はいなくとも、自分が目的に辿り着けるかどうかはわからない。

 続く南3局では、これまで和了に見放されていた衣ちゃんが満貫和了を決めた。

 

雀聖戦 1日目 第2半荘

南4局

宮永 咲  67,200

園城寺 怜 48,100

宮永 照  44,600

天江 衣  40,100

 

 長く続いた第2半荘もようやくオーラスに差し掛かった。

 最後の親番。ここで和了して1位を確定させて良い流れで1日目の最終半荘に臨みたい。

 

 配牌は悪くない。

 

 姉の鳴きに対応する形で、園城寺さんも副露を入れる。手牌の気配はどちらも高くはない。先行した2人に追いつくために、五筒をポンして手牌を進める。

 

 一向聴で横並びになった状況から、4枚揃った中をカンして有効牌を引き寄せる。

 

 一転私が先行する形になったが、ここからが長い。和了牌は嶺上に見えているがカン材が山から見えにくい。

 

 ツモ切りを繰り返して、ジワジワと水位が上がっていく。衣ちゃんの高火力の和了で試合をひっくり返される可能性もある。第1半荘で首位を獲得した衣ちゃんが、第2半荘でも上位につけてくると面倒だ。

 

 私は焦れる気持ちを抑えて、手なりで手を進めていく。姉と園城寺さんに動きはない。山が短くなり海の底が近づくにつれて、衣ちゃんのプレッシャーが強くなっていく。

 

 海底牌が見えるよりも先に私の手牌に五筒がやってきた。

 この牌をカンすれば、嶺上開花で私の勝ち。

 ほっと一息ついてから、ザラっとした違和感が牌を捌く右手の掌に纏わりついてきた。

 

 これ。加槓したら、槍槓もあるんだ……

 

 待ち侘びていた手の中の牌が途端に重くなる。

 卓上の河を眺めやる。衣ちゃんからの直撃はない。可能性があるとすれば姉か園城寺さん。

 

 五筒を抱えて海の底に沈むか、山の頂に手をかけるか。

 

 インターハイで園城寺さんに迫られた二者択一が記憶の隅によぎる。

 

 カン!!!

 

 そう強く発声して五筒を明刻にそろえて、晒すと卓上に園城寺さんの槍が突き刺さった。

 

槍槓や!!!

ロン! 5200!

 

 園城寺さんが両手で倒した手牌を眺める。

 この槍槓での和了も園城寺さんが試合前から温めてきた和了なのだろう。深い読みと計画に裏打ちされた観る人をワクワクさせるような闘牌。

 

 園城寺さんは麻雀を楽しんでいる。

 

 でも、この和了はそこまで大きいものじゃあない。予想通り、園城寺さんの手は高くはなかった。

 私は第2半荘を一位確定させてくれたことに、安堵のため息をつく。

 

雀聖戦 1日目 第2半荘 〜終了〜

宮永 咲  62,000  +32

園城寺 怜 53,300  +13

宮永 照  44,600  ー15

天江 衣  40,100  ー30

 

 第二半荘が終わって、背もたれに深く身体を預け目を閉じる。得点もフラットになって、園城寺さんがトップに立ったが点差は僅か。最終半荘を制した者が1日目の勝者になる。

 

 私と同様に背もたれに深く身体を預ける姉と衣ちゃんとは対照的に、園城寺さんは係員さんから牌譜を貰って、嬉しそうに卓上に牌譜を広げていた。

 

 第一半荘終了後にあれだけ糖分を補給したのに、頭は疲れ切ってより多くの糖分を欲していた。お昼ご飯で炭水化物をしっかり食べて、喫煙室でタバコを吸って……それから、最終半荘に臨みたい。

 

 ふと、オーラスで園城寺さんに決められた槍槓が頭をよぎる。

 そういえば昔、衣ちゃんとの試合で槍槓を決められたことがあったっけ? 確かその時は、加治木さんと池田さんが同卓していて……

 

 みんな園城寺さんみたいに、ワクワクしながら麻雀をしていた。

 

 背筋に薄ら寒い嫌悪感が伝い落ち、右手の甲がピリピリと痛みが走るのを感じて、私は慌てて心の内から、過去の記憶を拭い落とした。

 

 試合中に感傷に浸るなんてどうかしている。

 

 私は牌に愛されている。

 麻雀だけは私を裏切らなかったから、それがどれだけ残酷でも、私は尽くさなくっちゃいけない。

 機械のように打ち続けて、私の麻雀で全部倒す。そして最後はパタリと動かなくなって、それだけが救いのはずなのに……

 

 何度塗り直してもペンキは簡単に剥がれ落ちて、想いは心の中を錯綜する。

 

 今度は、剥がれ落ちないように。

 

 刷毛で灰色の塗料をベッタリと掬い取って、私は何度も何度も落書きを塗り潰した。

 



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最終話 麻雀って楽しいよね! 一緒に楽しもうよ!

 私は、煮魚と鯛茶漬けの昼食を腹八分目まで食べてから、喫煙室でタバコを一本吸い終えると他家よりも一足はやく私は卓についた。

 試合開始の10分前。主のいない3脚の椅子と緑の卓上を前にして目を閉じる。

 

 誰が勝ってもおかしくないような点数状況。

 1日目の最終半荘は、他家も死力を尽くして和了りにくるはずだ。

 対戦相手はいつだって、私の麻雀を徹底的に死に物狂いで研究して対策をしてくる。

 

 だから、全員……私の麻雀で倒してきた。

 

 心を動かさず、いつも通りに。

 園城寺さんのいる今日だって。

 

 私の麻雀で全部。

 倒す。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

東1局

東 天江 衣  50,000

南 園城寺 怜 50,000

西 宮永 咲  50,000

北 宮永 照  50,000

 

 姉に衣ちゃん、そして最後に園城寺さんが卓について賽は投げられた。

 衣ちゃんの重苦しい支配の力が卓上を包み込む。配牌から聴牌が遠く、ジワジワと上がっていく水位に対応できない。

 

リーチだ!!!

 

 衣ちゃんは1000点棒を手に取って、決意を持って卓の中央へと置いた。海底牌を待つのではなく、積極的に仕掛けていく衣ちゃんの勝利への強い執念を感じて、私は安牌を切り出した。

 手牌は和了からは遠い。それなら、安全策を選んでおいた方がいい。

 

 打ち手の想いに引き寄せられるように、一巡で衣ちゃんは和了牌を手にした。

 

ツモ!!! 6000オール!

 

 立直に一発もついた混一色の親跳満が卓上に晒される。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

東1局 1本場

天江 衣  68,000

園城寺 怜 44,000

宮永 咲  44,000

宮永 照  44,000

 

 衣ちゃんの支配の力は継続していたが、配牌には恵まれた。

 私は鳴くことはせずに、誰よりも早く一向聴に辿り着いた。ここまでくればあとはカンするだけ。

 嶺上牌から有効牌を持ってきて、そのまま満貫手を仕上げきることができた。衣ちゃんのリードは私のリードでもある。

 

 東2局でも衣ちゃんは、軽快に手を進めて積極的に立直をかけてきた。

 2、3巡と衣ちゃんが牌をツモるたびに当たり牌が絞られていき、プレッシャーが強くなっていく。

 

リーチや!

 

 回し打ちにも限界を感じて順子を崩してオリようかと私が考えた時、園城寺さんからの立直が入った。

 園城寺さんの立直棒が真っ直ぐに立つ。

 未来から逆算した回避不能の絶対的な和了。

 姉が鳴いてズラしたが、そんなことはものともせずに園城寺さんは1巡で和了牌をツモってきた。

 

ツモ! 4000オール

 

 一発もついていれば跳満の和了。姉の方をチラリと横目で見たが、顎に手を当てて考え事をしていた。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

東2局 1本場

天江 衣  58,900

園城寺 怜 54,900

宮永 咲  48,300

宮永 照  37,900

 

 ポン!

 

 東2局序盤の姉のこの発声で麻雀の流れが変わった。これまでの遅緩な麻雀を終わらせるように、牌が姉に集まっていった。

 

ツモ 1100、2100

 

 30符3翻の和了。姉にしては珍しく高い打点から仕掛けてきた。最初の和了は打点が低ければ低いほど連続和了がかかりやすい。

 姉はいつものようにポーカーフェイスで麻雀をしているが、この和了が苦渋の上での選択であることは私にはすぐにわかった。

 

 20符4翻の5200点、それから満貫と連続和了を決められる。しかし、焦ることはない。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

東4局 1本場

宮永 照  59,400

天江 衣  52,500

園城寺 怜 47,500

宮永 咲  40,600

 

 高い打点からはじまった連続和了は続かない。これは私の経験、そして他選手との牌譜からも整合する。

 私は一向聴まで手牌をすすめて、その時が訪れるのをじっと待った。

 

リーチ!

 

 姉のその発声に対応して、私は大明槓で嶺上牌を持ってきて聴牌をかけた。対々和、役牌、ドラ3の大物手。3萬と8索の双碰待ちで待ちはあまり良くないが、一応まだ3枚は残っている。

 ドラが増えて姉の立直の価値が上がったがどのみちここを和了されるようでは、この半荘に勝ち目はない。

 

ポン!

 

 園城寺さんの2回目の副露が入って、強い聴牌気配を感じた。第1半荘から、幾度となく繰り返してきた伸び切った姉の連続和了の最期の奪い合い。

 

 ここは絶対に引けない。

 

 小刻みに震える左手を肘掛けの下、膝の上に隠す。

 危険牌を何度も切って聴牌を維持した先で、姉の手牌から8索が河に零れ落ちた。

 

ロン! 12300です。

 

 牌を切った姉の右腕が止まる。

 

 動揺、果然、諦念、怒り。

 

 無表情の内に隠された姉の内面が、ひしひしと伝わってきて私の心を削る。私も姉も試合中は表情を隠すのが上手いから、他の選手に看過されることは少ないだろう。

 

 でも、私にはわかった。

 

 姉がこの試合に賭ける想い、そしてその想いを私が先の和了で断ち切ったこと。

 

 心を落ち着かせるように、1度目を閉じてから目を開けると手の震えは止まっていた。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

南1局

宮永 咲  53,900

天江 衣  52,500

園城寺 怜 47,500

宮永 照  46,100

 

 園城寺さんに競り勝って、トップに浮上した直後、牌に導かれるように、私の手牌は和了へと進んでいった。

 あっという間に聴牌まで進んで、手なりで立直をかける。なんの工夫もない平凡な麻雀で他家を制する。完全に流れは私にある。

 

ツモ! 2000、4000です。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

南2局

宮永 咲  61,900

天江 衣  48,500

園城寺 怜 45,500

宮永 照  44,100

 

 衣ちゃんの支配の力が弱まって、姉の連続和了もかからない。

 変化した牌の流れに適応するために、一直線に和了へと向かう。

 1副露、2副露と加速をつけて和了へと向かう私のことを追い抜いて、聴牌するよりもはやく上家の発声がかかった。

 

ツモ! 2600オールや

 

 親番の園城寺さんが両手で優しく手牌を倒した。点差が一気に詰まって、私の右手に重圧が再度のし掛かってきた。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

南2局 1本場

宮永 咲  59,300

園城寺 怜 53,300

天江 衣  45,900

宮永 照  41,500

 

 何が何でも園城寺さんの親番は、流さなくちゃいけない。リードを奪われれば圧倒的な守備力で逆転不可能な態勢に持ち込まれる。

 園城寺さんの能力は放銃を避けられるというだけでなく、特定の相手の和了を阻止することにも有効に働く。

 最速で仕掛けをいれて、一向聴からカンをして聴牌に持ち込む。火力を無視した速度勝負だって苦手な訳じゃない!

 

ツモ!!! 800、1400!!!

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

南3局 

宮永 咲  62,300

園城寺 怜 51,900

天江 衣  45,100

宮永 照  40,700

 

 1日目の最後の親番。

 私はこのタイミングで親になってしまったことを呪った。

 

 私が和了出来ればいい。

 

 和了出来れば良いが、もしも出来なければ親被りで点数を削られる。

 点数が欲しい訳じゃない。守りたい、守りたいと気持ちが後ろ向きになっているのに、局面はそれを許してはくれなかった。

 

 圧迫感は喉の奥の方まで迫り上がってきて、呼吸が浅くなる。

 

 空気が薄い。

 

 それでも止まることは許されずに、私は副露をかけて園城寺さんに先行しようと試みる。

 園城寺さんからも鳴きが入って聴牌気配。

 

 放銃だけは絶対にゆるされない。

 

 でも、前に進むしかない。

 

ツモ! 1300、2600です。

 

 南3局。壮絶なめくり合いの末に和了牌を掴んだのは園城寺さんだった。晒された手牌を見た時、私は胸を撫で下ろした。

 

 まだ、逆転された訳じゃない。

 

 小刻みに震える右手を眺めやってから、私は1つため息をついた。

 もう、他家に動揺は悟られている。隠す意味もない。

 弱気な自分の麻雀が招いた結果だ。

 

 でも、次の1局だけは私が和了する。

 私が、絶対に。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘

南4局

宮永 咲  59,700

園城寺 怜 57,100

天江 衣  43,800

宮永 照  39,400

 

 長かった最終半荘もオーラス。

 手牌は悪くない。いや、三向聴だから悪くないどころか良いくらいだ。

 

 衣ちゃんの支配の力は残っているが、大きな影響を受けるほどではない。

 

 九筒をポンして一向聴まで進めてから、4枚揃った北をカンして嶺上から有効牌を引き当てる。4、7筒の両面待ちで聴牌。

 しかし、園城寺さんも2副露していてまたもめくり合いを迫られる格好になってしまった。

 実力の拮抗した大きな試合の最終盤は、いつもこうしためくり合いになる。

 

 欧州選手権でもそうだった。

 

 園城寺さんと私で交互にツモ切りを繰り返す。和了牌よりも先に、4枚目の九筒を引き当てた。

 

 これを加槓して、嶺上牌の七筒を嶺上開花でツモってくれば私の勝ち。

 

 だけど、園城寺さんの2副露した手牌と第2半荘の最後がチラついて思わず手が止まる。

 

 槍槓は十分にありえる。

 園城寺さんは試合前から、この形を想定している。

 

 九筒は抱えて、安牌を切る。そんな考えが頭の隅をよぎった。園城寺さんの手牌を眺めれば眺めるほど、九筒は危険なように思われた。

 

 空気が薄い。

 

 ひたひたと後ろを歩む園城寺さんの刃の切っ先が背筋を撫でる。

 

 でも、負けられない! 負けちゃいけない!

 

 誰よりも、誰よりも強く!

 高い嶺の頂に咲く花のように!

 

 私はバクバクと鳴る心臓を押さえつけて、ツモってきた九筒を晒してカンをした。

 

 時間が止まる。

 

 園城寺さんから、発声はかからない。

 

 嶺上牌に手を伸ばし、七筒を手牌の横に表向きにそっと置いた。

 

「70符、2翻は……1200、2300!!!」

 

 清澄高校の部室。70符2翻の和了。

 

雀聖戦 1日目 最終半荘 〜終局〜

宮永 咲  64,400  +34

園城寺 怜 55,900  +16

天江 衣  42,600  ー17

宮永 照  37,100  ー33

 

 これで……これで今日のところは勝てた。

 私の勝ち。

 

 和ちゃん、勝ったよ。和ちゃん!

 

 私の心の声は、誰もいない部室の夕焼けの影に吸い込まれるように消えていった。

 肩の力がすうっと抜けて、耐えようのない虚脱感に苛まれる。先程まで死闘を繰り広げていた目の前にある麻雀卓がずっと遠くに見えた。

 

 園城寺さんと対戦して。

 

 私の清澄高校のインターハイは終わった。

 

 勝って、勝って、勝って。

 幾重にも連なった山を乗り越えた先で伸ばした右腕は、虚空を彷徨った。

 森林限界を超えた誰も訪れることのない高い山の上で、咲き続ける花。

 

 でも、それが私の麻雀だから。

 

 両の頬に雫が伝い落ちる。

 声は出さない。涙で視界が塞がっているだけでも恥ずかしいのに、声なんて出したらしゃがれた声がみんなに聞こえてしまうから。

 

 何故、泣いているのかはわからなかった。

 でも、私は私自身のために泣いていた。

 

 麻雀卓の上に投げ出した私の右手を、園城寺さんは両手でギュッと握りしめた。園城寺さんの手のひらは、小さな子供のようにとっても温かかった。

 

「宮永さん、諦めたらあかんで! 麻雀は楽しくするもんや!」

 

「麻雀が……楽しい?」

 

「せや、そらそうやろ?」

 

「ははは……そうでしょうか?」

 

 麻雀が楽しい。そりゃあ……園城寺さんはそうなのだろう。

 麻雀は楽しい。

 そういう人もいる。だけど私は……私は……違うはずだ。

 

 麻雀は楽しくなんてない。

 

 麻雀は楽しくなんてない。

 

 そう何度も言い聞かせてきた。

 

「こんなにすごい打ち手やのに、そんなに辛そうに麻雀してたらもったいないやん!」

 

 余計なお世話だ。

 私がどんな麻雀をしても、園城寺さんになることは出来ない。生まれ持ったものが違う。

 

 私は園城寺さんになれない。

 

 そんなこと、はじめからわかりきっているはずなのに。

 涙で滲んだ視界をあげると、衣ちゃんと目があった。

 

「麻雀は楽しい! そう衣に教えてくれたのは咲だったじゃないか!」

 

 卓の上に両手をつき小さな身体を精一杯に伸ばして衣ちゃんはそう叫んだ。衣ちゃんの真剣な眼差しと目があって……音もなく私の積み上げてきたものが、ガラガラと崩れていく。

 

「そ、そんなこと……」

 

「宮永さんもいて、お姉さんもいて、天江さんもいる……明日だって、ここで麻雀できるんや! こんな楽しいことあらへんやん?」

 

「だから、宮永さん! 明日も一緒に麻雀楽しもうや!」

 

 嬉しそうにそう言った園城寺さんの笑顔が眩しくて、思わず目を逸らす。逸らした目線の先には70符2翻の和了。

 清澄高校で麻雀を再開するきっかけになった手牌の文字は涙で滲んで、ぐしゃぐしゃに歪んで……ゆらゆらと揺れていた。どうして、こんなに歪んでしまったのだろう。

 

 麻雀牌の形を確かめるように手牌をそっと指先でなぞると、背中越しにギュッと身体が抱きしめられた。

 

「咲、私たちは間違ってたんだよ。大切なことは……そうじゃなかった」

 

「お姉ちゃん……」

 

「駄目なお姉ちゃんでごめんね」

 

 ぶわっと感情が溢れて……気がついたら、椅子から立ち上がって、お姉ちゃんの胸に顔を埋めて泣いていた。

 

「お姉ちゃんっ!…………お姉ちゃん……お姉ちゃんっ!!!」

 

 何度も何度も名前を呼んでお姉ちゃんのことを抱きしめると、お姉ちゃんも負けないくらい強く抱きしめ返してくれた。

 

 私は牌に愛されている。

 麻雀を続けていて良かった。

 

 だって、4人で打つ麻雀はこんなに心動かされて温かいものだったから。

 

 塗り固めたペンキは涙で剥がれていって、私の麻雀が壊れていく。

 でも、ちっとも残念じゃない。

 何度だってやり直せば良い。それを私は知っているから。

 

 麻雀の神様は時々残酷で、とっても慈悲深い。

 

 涙で心が一杯になって、今日は言えなかったけど……

 明日の私はきっと言えるはず。

 

 

 麻雀って楽しいよね!

 一緒に楽しもうよ!

 

 




 あとがき
 専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記。無事、完結させることができました。
 最後までお付き合いいただいた皆さまに、感謝申し上げますm(_ _)m

 終わり方については27話付近で既に決めていて、本当は80話程度で終わらせる予定でしたが、いつの間にか150話近くになっていました(^◇^;)
 結果としてほとんど伏線は消化してしまいましたが、後日エピローグを書く予定ですので、お気に入り登録はそのままにしておいて頂けると幸いです。

 感想等、とても励みになりました。
 次回作や他の場で会えることを楽しみにしております。
 本当にありがとうございました。

 すごいぞ! すえはら


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エピローグ

 北関東最大のメガロポリス大宮。

 プロ麻雀のペナントシーズンも無事終了し、一足早くはらはらと舞い落ちる雪が、糞田舎の道路のアスファルトを白く染めていく季節。

 家事をすることもなくこたつに入り浸りテレビを見続ける一人の雀士がいた。

 

 瓶詰めから山盛りのイクラとウニをお茶碗に盛りし者、園城寺怜。

 そのひとである。

 

「なあ、竜華。イクラもうあらへんの?」

 

「ん、まだあるで? もう少し出すなー」

 

「いや、もう大丈夫や」

 

 忙しそうに台所とこたつを往復する竜華に聞くだけ聞いておいて、おかわりは拒否していくスタイル。これが園城寺怜の持ち味だ。

 

 怜は、お茶碗から溢れんばかりのウニとイクラを満足気に眺めやってから、お茶碗をテーブルの端に寄せると、お箸でかまぼこを摘んでちょっぴりのお醤油を付けて食べ始めた。

 

「やっぱり竜華のご飯はおいしいわぁ」

 

「ふふっ、ありがとう。たくさん食べてええかね」

 

 シーズン中は多くの雀団職員達の犠牲のもとに気ままな一人暮らしを満喫していた怜だったが、オフシーズンに入り竜華が大宮にやってきたこともあり、薔薇色の単身赴任生活も終わりを告げた次第である。

 

「来年からは大宮やから、怜のこといっぱいサポートできるわあ」

 

「そ、そか……」

 

 台所から運んできた筑前煮をこたつに並べながらそう言った竜華と目を合わせないようにしながら、怜は一言だけ頷いた。

 

 シーズンが終了すると同時に竜華はFA宣言。所属チームであるエミネンシア神戸を離れハートビーツ大宮への移籍が決まった。

 

 シーズン終了直後の時期、多くの雀士がFA宣言をするかどうか検討している時期に、最速で宣言し、契約締結まで一週間かからないという竜華の速度は異常なのだが、怜は深くは聞かないことにしている。

 

 1週間のうち1回くらい話せればいいという本心がバレると、後々面倒なことになりそうである。

 

「これからは、毎日ご飯を作ってあげられるし食後には膝枕もしてあげれるし……お風呂のお掃除ももうせんくてええからね。うちが毎日沸かしてあげるから! それに遠征中もずっと一緒にいれるし! それに、監督言うとったけど、宿泊先のホテルも一緒のお部屋にしてくれるんやって! 移籍できてほんまによかったわあ^^」

 

「せ、せやなー」

 

 ご飯中にも関わらず、感極まった竜華にぎゅっと抱きしめられてかなり食べにくいのだが、拒絶すると大変なことになるので、怜はじっと静かに嵐が過ぎ去るのを待つことにした。

 

 プロ入りの際に神戸以外の雀団を選んでも竜華の承諾が得られたのは、竜華自身がFA権を取得するので、シーズンが終わればどの雀団でもついて行くことが可能だからということに、怜はつい最近になって気がついた。

 

「ふふっ……一緒のチームで一緒に麻雀して、帰ってきたら一緒にご飯食べて。大宮ってほんまにええところや」

 

「せ、せやなー。ええところやなー」

 

「これから、プロで困ったことがあったらなんでも相談してね! うちは怜の味方やから! あ! プラスチックの食器ももう使わへんから奥の方にしまっとかなあかんな」

 

「う、うん」

 

 離れ離れの寂しくて胸が張り裂けんばかりに辛い日々(竜華談)も終わりを告げて、一緒にいられることが決まってからというものずっとこの調子である。

 怜はなんとかこの会話を終わらせようと思い、部屋の周囲を見渡すと、大画面の有機ELテレビに映るニュース番組の女性アナウンサーの顔が目に入った。

 

「あ! この人どっかで見たことある気がするわ」

 

 竜華の話を切って、怜はテレビ画面を頑張って指差してそう声をあげた。

 

「んー? 三尋木さんの奥さんやろ?」

 

「え? そうなんか?」

 

「1年か、2年くらい前やっけ? 結婚してるから」

 

 三尋木さんの性格的に、こんなに真面目そうなアナウンサーさんと結婚しているというのは意外だなと怜は思ったが、えてして結婚とはそういうものなのかもしれない。

 

 三尋木さんの話題をふったら、とりあえず抱きつくのはやめてくれたので、なんとか話題を逸らすことには成功したらしい。

 安心したので怜は、再度かまぼこを箸でつまんで食べ始めることにした。

 

「それにしても、セーラがFA宣言するとは思わへんかったわあ」

 

 横浜ロードスターズは、シーズン終盤で松山とのデットヒートの末、悲願の優勝を手にした。チームにとって最良のシーズンとなったのに、何故このタイミングなのだろうかと怜は思っていた。

 セーラ個人の記録としても、4勝7敗とあまりいい成績は残せていない。

 

「せやなあ……ま、色々あるやろ」

 

 あまり興味がなさそうに、セーラの話題を流して筑前煮を頬張る竜華に、怜はじーっとした目線を送った。

 それに気づいた竜華は箸を置いて、怜の方に向き直った。

 

「ど、どうしたんや?」

 

「どうしたもこうしたもないやろ。セーラのFAなんやから! どうしてこんなに冷たい女になってしまったんや!」

 

 怜がそう言って嘘泣きをすると、竜華は慌てた様子で怜に言った。

 

「そ、そういう訳やないんよ! セーラならすぐに雀団決まると思う! 大丈夫や!」

 

「ほんまか?」

 

「ほんまや!」

 

 竜華の返答に満足したので怜は気を取り直して、ウニをかまぼこの上に乗せてからお醤油をちょんちょんとつけて口元に運んだ。

 

「もうすぐ記者会見はじまるやんな! 竜華はどの雀団に決まると思うん?」

 

「あーせやなぁ……神戸とか、あと佐久もとりそうやな」

 

 かなり悩みながらそう言った竜華の様子を見て、セーラのFAがかなり難航しそうなのを怜は察した。

 

「そもそも、うちに来ればええやん。玄ちゃん除いたら、白水さんしか先鋒おらへんし」

 

 そう言い終えると、竜華の目からさっとハイライトが消えて、こちらのことをじっと見つめられので、怜は自分が地雷を踏んでしまったことを悟った。

 

「んー? 怜はセーラも大宮にきて欲しかったりするん?」

 

「え……あ……いや、うん」

 

「え? 聞こえないんやけど?」

 

 低い声で竜華にそう詰問されて、怜はパニックになりそうになる気持ちを抑えて、振り絞るように答えた。

 

「い、いや……大宮やなくてもええかな」

 

「せやなー。セーラはイニングこなせるし! 恵比寿とかも興味あるかもしれへん。資金力もあるし! その方がセーラも良い契約が出来てええと思うんよ」

 

 怜の回答に満足そうに竜華は頷いた。

 

 先ほどまで興味なさそうにしていたのは、なんだったのか。

 

 新婚当初は「麻雀をしたい」以外の発言はほとんど地雷になることはなかった。しかし、最近は地雷が可変式になっている気がしてならない。

 

「結局、個人タイトルもとれへんかったしなー。来年は頑張るわ」

 

 一生懸命瓶詰めのうにを、かまぼこの上に乗せながら、怜はそう宣言した。

 宮永さんが雀聖戦に敗れたことで、群雄割拠の時代を迎えるかに見えたプロ麻雀界だったが天江衣新雀聖がその勢いのまま鳳凰、山紫水明を制して三冠を達成した。

 団体戦の方でもシーズン序盤こそ、藤白先輩にのされたりしていたものの、終わってみれば24勝0敗というとてつもない成績を残して、2年連続で最優秀雀士に輝いた。

 

「団体タイトルはとったんだからええやん?」

 

「いや、来年こそは天江さん倒してうちがタイトルホルダーになるんや!」

 

 初年度の団体戦では2敗した怜だったが、そのどちらも天江衣につけられた負けである。

 

 宮永さんを交えた雀聖戦はとてもワクワクして楽しい時間だったが、次こそは絶対に勝ちたい。

 来期の打倒を怜は心に誓っていた。

 

「天江衣ほんまに強いからなあ。頑張ってや! でも、無理したらあかんで?」

 

「りゅ、竜華もシーズン負けてたやん。一緒に頑張ろうや」

 

「あーせやったかな? あーせやった。ま、あの負けはしゃーないやろ」

 

 全く悔しそうではない竜華に価値観の違いを怜は感じたが、口に出すと面倒なので黙っておくことにした。

 竜華がみかんの白いすじ(正式名称アルベド)を剥いてくれたものを、目の前に置いてくれたので、怜はみかんを口に運んだ。

 

 かまぼこの食べ過ぎでお醤油っぽくなってしまった舌の上に、柑橘系の爽やかな甘さが広がる。

 

 テレビ画面に映るCMの女優さんの顔がパッと切り替わり、見慣れたオレンジのツンツン頭のプロ雀士のものに切り替わる。

 

「お! セーラきたやん!」

 

 怜はみかんを食べる手を止めて、テレビ画面を食い入るように見つめた。

 黒色のスーツにストライプのネクタイに身を包みやや緊張した面持ちで、セーラは大勢の記者達に一礼をしてから、花束とマイクの備え付けられたデスクの椅子に腰掛けた。

 

 セーラとその背後にある横浜ロードスターズのチーム旗に、報道陣の無数のフラッシュが降り注ぐ。

 

『わたくし、江口セーラは……FA宣言を行使する書類を雀団のほうに、提出させていただきました』

 

『ロードスターズが…………大好きなので』

 

『つらかったです』

 

 目を潤ませながら話すセーラの様子を見ながら、竜華が目をパチパチと何度も瞬きさせた。

 

「え?」

 

「そ、そんな変なこと言うとるやろか?」

 

 怜が唖然としている竜華にそう問いかけると、竜華は何度か頭を傾げてから言った。

 

「いや……言ってる意味がわからんわ。だったらFAせんくてええやん?」

 

「た、たしかに、そうや……」

 

 チームのことが大好きな上に今年は優勝もしたのだから、セーラがチームを離れる理由が全くない。

 

『環境を変え……自分自身、麻雀選手として、前に進みたかったです』

 

『つらいです…………喜んで出ていくのではないということは理解してほしい』

 

「せ、せやなー」

 

 嗚咽混じりに話すセーラの会見に、怜は適当に相槌をうつ。

 言っていることの意味はわからないが、何故か泣いているので、喜んで出ていくのではないのだろうと怜は雑に理解した。

 無表情でセーラの会見の様子を眺めている竜華も怖いので、さっさと終わりにしてほしい。

 

 そんなことを考えながら怜が会見を眺めていると、ソファーの上に置かれた水色のポーチからスマートフォンの着信音が聞こえてきた。

 

「あ、電話やな! 持ってくるわ」

 

 そう言って竜華はこたつから立ち上がって、ソファーの上のポーチから、スマートフォンを取り出して怜に手渡した。

 怜が30分かかるこたつから、抜け出す行程も竜華の手にかかれば楽勝なのである。

 

「竜華、サンキュ……え?」

 

 着信中

〜藤白 七実〜

 

 表示された呼び出し画面に映る名前を見て、怜の体がフリーズした。

 

 オフシーズンのこんな時期に、何の用だろうか?

 

 このまま電話を切ってしまおうかとも怜は考えたが、それが逆鱗に触れて藤黒さんが降臨すると大変なことになる。

 というより、これだけコールさせて藤白先輩を待たせているというだけでも、危険そうな気配がする。

 竜華に代わりに出てもらうことも考えたが、竜華と藤白先輩が話しているのを横で聞くのは、とても居心地が悪い。

 

「はい、もしもし。園城寺です」

 

 意を決して怜が電話に出ると、普段聞いたこともないような藤白先輩がすすり泣く声が聞こえてきた。

 

『怜が……怜が……なかなか電話にでてくれなくて…………つらいです』

 

『後輩のことが………大好きなので……』

 

『つらかったです』

 

「やめてくださいwwwwww」

 

 セーラの物真似をする藤白先輩に、そう怜は笑いながらツッコミを入れた。

 

「おう、冗談だ。悪いな、怜。清水谷にかわってくれ」

 

「はい、わかりました。かわります」

 

 竜華に電話を引き継いで、怜は一息ついてかまぼこを食べ始める。

 先輩が冗談を言った時にはキチンと笑って敬語でツッコミを入れる。千里山時代の慣習が、体に染み付いて残っていたことに、怜は深く感謝した。

 

「そういえば、除ケ口先輩よくそれで藤白先輩に怒られとったなぁ……」

 

 楽しかった千里山高校の思い出。

 そして、共に戦ったインターハイ。

 

 チームを優勝させることは出来なかったけれど……頂点を目指したその一瞬は、きらきらとした思い出となって、怜の心の奥底に眠っている。

 

 でも、だからこそ。

 

——藤白先輩にも、セーラにも……私は絶対に負けたくない! 最高の麻雀選手に、私はなるんや!

 

 来シーズンにむけて、決意を新たにした怜に向けて、藤白先輩と話していた竜華が問いかけた。

 

「藤白先輩、セーラのFAの移籍先決まったらお祝いしたいらしくて、泉の電話番号も知りたいみたいなんやけど?」

 

「あ、ほんま? もちろん言えるで^^」

 

 

 




咲さんの話が最終回で怜の話がなかったので、おまけです(^◇^;)

プロでのその後の活躍の一覧を掲載する予定でしたが、結構な文章量になってしまったので
後日、1話にまとめて掲載します。

御読了ありがとうございましたm(_ _)m


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専業主婦、園城寺怜のプロ麻雀観戦記 その後の設定

おまけの設定集です。

追伸
はじめは項目がなかったのですが
末原さんに関する感想が多かったので末原さんを足しましたm(_ _)m


宮永 咲

ドラフト1位  個人戦最高順位 1位

清澄→新道寺女子→横浜

日本麻雀史上最強の魔王。

欧州選手権を制覇後六冠を独占した状態から、名人位、十段位を残した二冠に退いたことから、故障説が囁かれ始める。

団体戦においても天江衣に2連続でセーブ失敗を喫するなど精彩を欠いたが、守護神として横浜ロードスターズのリーグ優勝へと導いた。

翌年には壊れた麻雀を組み直し、小鍛治健夜以来となる七冠制覇を達成。天江衣に勝てないとの前評判を完全に覆した。

その後、麻雀団体日本代表の守護神として、史上初となるアジア圏からのW杯制覇を達成し、個人としても世界選手権優勝の実績を残した。

主な獲得タイトルに、欧州選手権優勝(3回)、世界選手権優勝(個人)、W杯優勝(団体)、日本七冠。

 

 

天江 衣

ドラフト1位  個人戦最高順位 1位

龍門渕→松山

プロ麻雀トップリーグの最優秀選手を4度も獲得した日本雀史に残るポイントゲッター。

宮永咲六冠(当時)から雀聖位を奪取するとその勢いのまま鳳凰位、山紫水明位を獲得して三冠を達成する。

その後、全盛期を迎えた宮永咲に七冠達成を許すも、数多くの好試合を残し現役の間、トッププロとしての風格を示し続けた。

 

 

姉帯 豊音  

ドラフト1位 個人戦最高順位 1位

宮守→松山→恵比寿

高い身長から繰り出される角度のある闘牌が持ち味の松山の守護神。

無名の宮守女子高校から単独ドラフト1位指名を受けて松山フロティーラに入団を果たし、1年目から守護神に定着。

松山でキャリアを終えると見られていたが、藤白七実の引退にあわせてFA権を行使。恵比寿ウイニングラビッツに入団した。

移籍後も安定した成績を残し、恵比寿の守護神として優勝を経験。優勝請負人と呼ばれた存在感を遺憾なく示した。

 

 

園城寺 怜

プロ編入試験入団  個人戦最高順位 3位

千里山→フリー→大宮

高校インターハイ屈指の実力を持ちながら、病魔に倒れプロ入りはならなかった。回復後はプロ編入試験を経て、ハートビーツ大宮の守護神として華々しいデビューを飾った。

初年度から規定登板回数を達成し、新人王そして最優秀防御率のタイトルを獲得し存在感を示した。

 

園城寺怜は37年ぶりとなるプロ編入試験の合格者となったが、その後編入試験の合格者は現れていない。規定の勝ち数達成に加えて、挑戦者決定戦への進出又はそれに並ぶ実績が、暗黙の了解となっている。

 

タイトル挑戦者に数多く選ばれるも天江衣、宮永咲らに屈し、個人タイトルには恵まれなかったが、プロ入り後3年目にして宮永咲からフルセットの末、名人位を奪取し初タイトルを獲得した。

名人位獲得後は雀聖、山紫水明と三冠を達成し順風満帆に思われたが、病気の再発により1年間の休場を余儀なくされる。

 

懸命なリハビリと妻の献身的な支えによって復帰を果たすも、その麻雀に全盛期の冴えはなかった。一軍と二軍を往復する日々。麻雀ファンの期待する園城寺怜と、現状のギャップに苦しんだ。

中継ぎでの起用がメインになったプロ入り後9年目のシーズン、後輩の二条泉の引退を知り、フリフリ衣装の渡辺監督とも相談して、プロ麻雀最終シーズンとすることを決意する。

 

団体戦では、中継ぎでたびたび炎上しながらも、結果を残し2年ぶりのセーブも記録。個人戦では鳳凰位の挑戦者決定戦に駒を進め、タイトル戦に期待がかかるも惜しくも敗北した。

 

引退試合は、シーズン最終戦の副将戦。1万点のビハインドからの登板となり、大宮だけではない多くの麻雀ファンがスタジアムを訪れた。

試合序盤に立直、一発の跳満和了でトップに立ったものの第二半荘にて失速。最後は恵比寿の若手選手の満貫に放銃し、マイナス収支で卓を降りた。

試合後の記者会見で、心残りにしていることはあるかとの記者の質問に『一切、あらへん』と笑顔で語り会場を後にした。

 

全盛期の短さや、フリー期間を経てのプロ入りで稼働期間が短いため、ファンの間の評価は分かれる。

その活躍は、記録よりも記憶に残る選手として今も語り継がれている。

 

 

松実 玄   

ドラフト1位  個人戦最高順位 1位

阿知賀→大宮→NY→恵比寿

園城寺怜の加入によって、守護神から先鋒に転向した初試合に完封勝利を達成。

 

その後もW杯団体予選Bブロックで1人で試合を終わらせるなど、日本チームの優勝に大きく貢献した。たびたび炎上することはあるものの、完封勝利数の世界記録保持者となり、名実共に日本麻雀界のエースに成長した。

 

3年連続先鋒2桁勝利の実績を引っ提げ、『世界を見てきますのだ!』という迷言を残してFA権を行使。

2年50億という超大型契約でニューヨークと契約合意に至った。

 

しかし、メジャーデビュー直前3月、ワールドクラスのおもちを前に風呂場でコケて故障者リスト入りを果たすと、ズルズルと初登板が長引き、8月上旬に5万点を失う大炎上でメジャーデビューを果たした。

その後もアメリカでは精彩を欠き2年目のシーズンも3勝6敗に終わったことを受けて自由契約となった。

 

日本に帰国後は3年40億で恵比寿ウイニングラビッツと契約。ファンの間では終わった選手と思われていたが、日本麻雀界では何事もなかったかのように格下から点棒を毟り取り、15勝6敗の好成績を叩き出し最優秀先鋒のタイトルを獲得した。

チームでの優秀な成績とは裏腹に、個人タイトルには恵まれず無冠の帝王、米国式プロリハビリストと掲示板で煽られ続ける存在へと成長した。

 

 

大星 淡

ドラフト1位  個人戦最高順位 2位

白糸台→大宮

高校卒業後からすぐに大宮のポイントゲッターとして活躍。

FA権は使うものではなく、見せるものという先輩の言葉を忠実に守り、引退まで行使することはなかった。

高い得点能力とは裏腹に、麻雀に不安定な面があったが、恋のキューピッド清水谷竜華のアドバイスもあり弘世菫(横浜)と結婚すると成績が安定。大宮のリーグ優勝に大きく貢献した。

 

 

渡辺 琉音

ドラフト2位  個人戦最高順位 18位

白糸台→大宮→大宮(監)

高校時代に和製大砲と言われた高火力は息を潜め、プロ入り後は安定感のある中継ぎとしてモデルチェンジした。

大きく勝ちもせず、負けもしない麻雀から公務員雀士と呼ばれ広くファンに親しまれた。

選手会副会長を長年にわたって勤め、引退後はGMに退いた瑞原はやりの後任として、ハートビーツ大宮の監督に就任した。

 

 

原村 和   

ドラフト1位  個人戦最高順位 49位

清澄→渋共→帝都大→大宮

帝都大学からハートビーツ大宮にドラフト1位入団した正確なデジタル打ちに定評のある先鋒選手。

3年目のシーズンに先鋒で4勝をマークするもそこがキャリアハイとなり、以降は一軍と二軍の往復生活が続いた。

プロ雀士として大成することは出来なかったが、私生活では高校時代の同級生である宮永咲(横浜)と結婚。

女としての幸せを勝ち取った。

自由契約後、大宮は彼女にフロント入りを打診していたがこれを拒否し、専業主婦として幸せに暮らす道を選んだ。

 

 

花田 煌

ドラフト1位  個人戦最高順位 7位

新道寺女子→恵比寿

新道寺女子高校黄金世代の一人で宮永咲(横浜)らと共にインターハイ団体を制覇後、恵比寿へドラフト1位入団。

怪我に悩まされるも、持ち前のスタミナで次鋒戦まで繋げ切る麻雀が評価され恵比寿のエースへと成長。

FA権は行使せず、引退まで恵比寿の顔として活躍し続けた。

口癖は「すばら」。素晴らしいの意である。

 

 

藤白 七実

ドラフト1位  個人戦最高順位 3位

千里山→恵比寿

プロ入り時から大阪最強の怪物と噂され、恵比寿からドラフト単独1位指名を受けて入団。

恵比寿は、高校インターハイを制した戒能良子(松山)を1位指名するという下馬評だったが、指名を受けたのは千里山の藤白であった。

プロ入り後は十段、山紫水明、名将と複数タイトルを獲得し、戒能良子(松山)、三尋木咏(横浜)と覇を競うトッププロの一角へと成長した。

その後、宮永咲(横浜)、天江衣(松山)ら宮永世代の台頭もありタイトルを相次いで失冠するも、現役引退まで恵比寿の守護神の座を守り続けた。

公私ともに折り目正しい人物であり、あの園城寺怜(大宮)をして「麻雀面、人間面ともに素晴らしい先輩」と言わしめており、後輩からの信任も厚い。

 

 

宮永 照   

ドラフト1位 個人戦最高順位 1位

白糸台→恵比寿

高校インターハイを熱狂の渦へと引き込んだ天才雀士。新道寺女子高校の宮永咲(横浜)は実妹であり、姉妹共にインターハイ団体、個人同時優勝を成し遂げている。

5雀団競合の末、恵比寿に入団するも、プロの環境になかなか馴染むことが出来ず、怪我に泣き一軍と二軍の往復を余儀なくされた。

しかし、6年目のシーズンでポイントゲッターに転向すると17勝を挙げて完全復活。個人タイトルの挑戦者にもなった。

その後、不仲であった宮永咲とも和解。個人タイトルの獲得こそならなかったが、個人戦1位の実績を残し、日本代表にも選出。トッププロの一角を担った。

引退後は恵比寿への入閣の打診もあったが、これを拒否。

東京郊外でこども麻雀教室の先生として、麻雀の楽しさを教える活動に励んでいる。

 

 

三尋木 咏

ドラフト1位  個人戦最高順位 1位

妙香寺→横浜→恵比寿→佐久

小鍛治健夜以降の麻雀界を牽引し、1時代を築いたポイントゲッター。主な獲得タイトルは名人位(3期)と永世牌王。

FA権を行使し、4年60億という超大型契約で恵比寿と契約した。恵比寿でも順調な成績を残し、2年35億での延長契約が行われたが宮永照(恵比寿)に第1ポイントゲッターの座を奪われ、起用法が安定しなくなったことから2度目のFA宣言を行い、佐久フェレッターズに移籍した。

佐久フェレッターズでは最ベテランにして終盤の切り札として活躍した。

引退後は、佐久フェレッターズで和了コーチを1年間務めたのちに、恵比寿ウイニングラビッツのヘッドコーチに就任した。

 

 

清水谷 竜華

ドラフト2位  個人戦最高順位 7位

千里山→神戸→大宮

最下位をひた走る神戸の守護神として活躍するもシーズン終了後に、配偶者(園城寺怜)と同じチームを希望しFA権を行使。ハートビーツ大宮と4年25億円で契約合意し電撃移籍を果たした。

また、引退した野依理沙の後任として選手会会長に就任。

 

大宮では主にセットアッパーとして活躍。松実玄、大星淡、清水谷竜華、園城寺怜と全てのポジションでスター選手を配置する瑞原監督の銀河系軍団計画が成功し、2年連続優勝に大きく貢献した。

 

4年契約満了後に配偶者の病気の悪化を理由に引退。全盛期でのトッププロの引退は、麻雀界を騒がせた。

 

 

二条 泉

千里山→明明大→神戸

ドラフト4位  個人戦最高順位 27位

エミネンシア神戸の名誉ドラフト1位として明明大から入団。

先鋒初登板で恵比寿の花田煌を破り勝利雀士に選ばれる。加治木ゆみ、椿野美幸の復帰後もローテーションの一角として活躍。5勝6敗の好成績を残した。

2年目のシーズンは清水谷竜華の移籍により、不在となった守護神の座を埋めるために、守護神に大抜擢。5試合に登板し0勝4敗1セーブという記録を残し無事、先鋒に戻ることとなった。

その後は小鍛治健夜の『積極的に使いたくもないけどいないと困る選手』との評価どおり、裏ローテ、中継ぎで奮闘。暗黒期の神戸を支える代表的な選手として、神戸ファンから親しまれた。

 

 

加治木 ゆみ  前年度成績

ドラフト1位  個人戦最高順位 14位

鶴賀→伊稲大→神戸

六大学のプリンスと呼ばれ、即戦力ルーキーとして伊稲大からドラフト1位指名を受けて入団した。

期待どおり入団1年目から新人王を獲得するも、2年目のジンクスにつかまり徐々に成績が悪化。3年目には「気力を使い果たし引退も考えた」と本人が語るほどの怪我により、牌が持てなくなってしまう。

後輩の二条泉(神戸)や友人の園城寺怜(大宮)の活躍を見て再起を決意。4年目のシーズンにカムバック賞を獲得している。

タイトル戦に絡むなど麻雀選手として突出した成績を残すことはなかったが、怪我に悩まされながらも長く現役を続け、神戸ファンから親しまれ、FA権取得後も神戸を離れることはなかった。

現役引退後は、母校伊稲大の監督に就任し、後進の育成に励んでいる。

 

 

江口 セーラ  

ドラフト3位  個人戦最高順位 13位

千里山→横浜→神戸

横浜の第3先鋒としてチームの躍進に貢献するも、シーズン終了後FA権を行使。

江口は人的補償を伴うBランクの選手であったことから、積極的に獲得したいチームは少ないと思われていた。しかし、下馬評を覆し恵比寿、神戸、大宮、佐久の4雀団から声がかかり最終的には、エミネンシア神戸と4年10億円で契約するに至った。第3先鋒の単年あたりの年俸が、2億円を突破したのははじめてのことである。

なお、FA宣言会見時に『横浜のことが好きだから……辛いです』などと意味不明な発言を残し、横浜ファンから袋叩きにあった模様。

 

移籍後は常にローテーションの一角を担い神戸4年目のシーズンでは、自身初となる10勝をマークした。

神戸の精神的支柱として活躍する一方、横浜にいる妻子との二重生活に悩んでいる。また、全日本小学生名人の最年少優勝記録を更新した江口レーコは実娘。

 

 

弘世 菫

ドラフト2位  個人戦最高順位 9位

白糸台→家慶大→横浜→恵比寿→横浜

2勝7敗とほろ苦いデビューとなった六大学のエースも、経験を経るごとに尻上がりに成長し5年目には自身初となる先鋒2桁勝利を達成。

 

FA権を行使し2年8億円で恵比寿ウイニングラビッツと契約するも、移籍先では結果が残せず中継ぎ転向を余儀なくされる。

契約満了後に内容面で折り合いがつかず、恵比寿を自由契約となったものの横浜ロードスターズと再契約。中継ぎで結果を残し最終的にはセットアッパーとして定着した。

なお、恵比寿へのFAはファンの間ではなかったことになった模様。 

また、清水谷竜華の後任として選手会会長に就任。

 

引退後は横浜ロードスターズのヘッドコーチを1年務めたのち、監督に就任した。

 

 

末原 恭子  

ドラフト5位  個人戦最高順位 31位

姫松→佐久→横浜→神戸

姫松高校からドラフト5位指名を受けて同高校の愛宕洋榎と共に佐久フェレッターズに入団するも、戦力外通告を受けた。

その後トライアウトにて横浜ロードスターズに入団し一軍に昇格。中継ぎの一角を担いリーグ優勝にも大きく貢献した。

亦野誠子、岩館揺杏ら1枚目の中継ぎ陣を温存したい愛宕監督の方針から、リード時、ビハインド時、敗戦処理全てで末原恭子を登板させるという酷使無双采配により、3年間で160試合に登板する大車輪の活躍を見せ無事、故障者リスト入りを果たす。

その後は環境を変えるため、神戸へ金銭トレードにより移籍するも、なかなか麻雀の調子が上がらず2年間の2軍生活の末、自由契約となった。

現役引退後は、母校姫松高校でコーチを務めるかたわら麻雀解説者としてもテレビに出演している。

麻雀解説者としては実績不足ではあるが、初心者にもわかりやすい丁寧な解説が持ち味としている。また、彼女が解説する際には宮永咲が高確率で解説席に同席することから、ファンからの評判も上々である。

 

 

岩館 揺杏  

ドラフト3位  個人戦最高順位 20位

有珠山→東北服飾大→横浜→デュッセルドルフ(欧)→クラーゲンフルト(欧)→横浜

高校時代は有珠山高校からインターハイに出場。それほど目立つ選手ではなかったが、名門、東北服飾大でエースを務めるまでに成長し横浜ロードスターズに入団。

横浜中継ぎの主軸を担ったが、国内での成績は一流とは呼べない内容であった。

しかし、宮永咲の欧州選手権制覇の際に共に遠征しベスト16の好成績を残したことが評価され、欧州リーグの名門デュッセルドルフとポスティング制度を利用し契約。

ドイツ最優秀新人賞を獲得するなど、欧州にてその才能が開花。世界の岩館の実力を見せつけた。

 

 

愛宕 洋榎   昨年度成績

ドラフト2位  個人戦最高順位 17位

姫松→佐久

プロ麻雀史上最高の名将として名高い愛宕雅枝監督の実娘。妹に愛宕絹恵(大宮)がおり、麻雀のサラブレッド一家で育つ。

アマチュア時代から確かな技術力に定評があり、高校麻雀でも優秀な成績を残しプロ入り。

プロ入り後は、先鋒起用されるも結果を残すことが出来ずローテーション落ち。

次鋒や中堅では安定した成績を残すが、セットアッパーとして起用されると不安定になることから、渡辺琉音の後継者と呼ばれているが打点よりも守備を重視するタイプで雀風は大きく異なる。

 

 

上埜 久

ドラフト5位  個人戦最高順位 10位

清澄→信濃大→フリー→DS石油→帝国新薬→

佐久→松山

清澄高校、信濃大学とアマチュア時代に在籍したチームがことごとく廃部になったことから、雀界の問題児との評判であったが、プロ入り後は特に問題を起こすこともなく新人王に選出された。

タイトル戦に顔を見せるような選手ではないが、佐久の第1ポイントゲッターとして長くに渡って活躍。

FA権取得後は松山フロティーラに移籍した。

 

 

辻垣内 智葉

ドラフト1位  個人戦最高順位 12位

臨海→佐久

宮永照の外れ1位として佐久フェレッターズに入団するも、プロ入り後はメキメキと頭角をあらわし三尋木咏を撃破する大金星をあげて名将位を獲得。

姉帯豊音と並んで宮永世代を代表する雀士として将来を嘱望されたが、過登板がたたったのかFA権取得間近にして成績が急速に悪化。調子は戻ることなくそのまま引退となった。

引退後は麻雀解説者として公共放送の中継によく顔を出している。

 

 

赤土 晴絵   

ドラフト1位  個人戦最高順位 8位

阿知賀→博多→阿知賀(監)→DS石油→ 佐久

阿知賀高校の監督を務めた後、27歳でプロ入り。プロデビュー年に雀聖位を獲得し鮮烈なデビューを飾った。

その後は、最優秀先鋒にも輝くなど佐久フェレッターズのエースとして活躍。宮永咲ら下の世代の台頭もあり再びのタイトル獲得こそならなかったものの、個人戦でも挑戦者決定戦を勝ち抜くなど存在感を示した。

ファンからは園城寺怜と並んで、プロ入りがもっと早ければと惜しまれることが多い雀士である。

引退後は佐久フェレッターズの監督を2年務めたものの結果は残せず解任された。その後は麻雀解説者として小鍛治健夜と一緒に、テレビに出演することが多い。

小鍛治健夜、宮永咲と世代を代表する怪物に2度も破壊された雀士だが、2人との関係は良好らしい。

 

 

藤田 靖子

弓振→大岡山→富山→佐久→佐久(監)

日本人史上、最もサカルトヴェロの選手を応援した女。麻雀解説者としてもお馴染みの元プロ麻雀選手。

現役時はまくりの女王との異名を持つポイントゲッターとして活躍した。

赤土監督の後任として、佐久フェレッターズの監督に就任。

宮永咲、天江衣、上埜久、加治木ゆみは「わたしが育てた」との言葉通りの指導力と采配を見せ、就任1年目から恵比寿とのシーズン終盤の死闘に競り勝って、佐久フェレッターズ悲願の優勝を勝ち取った。短期決戦の鬼。

 

 

瑞原はやり

朝酌女子→神泉→大宮→大宮(監)→大宮(GM)

ハートビーツ大宮を率いる名監督。

監督としてのイメージが強い人物ではあるが、現役時代は超高速麻雀で一時代を築いた名選手である。またの名をあへあへ断么九マンの親玉。

プロ麻雀ストライキ事件の際に選手会会長を務めた高い政治力は、現役を退いた後も健在であり麻雀関係に多方面のコネクションを有している。

大宮の黄金時代を築き上げた後、監督を勇退しチームのゼネラルマネージャーに就任した。

なお、誰から何を言われようとフリフリ衣装を着ることはやめない模様。

 

 

愛宕 雅枝

佐久→神戸→クラブチーム(監)→千里山高校(監)→横浜(監)→W杯日本代表(監)

千里山高校の選手酷使問題の責任を取り1度は麻雀界を離れたが、横浜ロードスターズの監督として復帰。

 

トップリーグ監督就任初年度からAクラス入りを果たし「愛宕マジック」を存分に発揮したものの、チームの主力選手である三尋木咏の流出もあり低迷期に入る。

その間、大規模な補強も行われなかったが、ドラフト1位ルーキー亦野誠子の加入をきっかけにチームが成長。奇跡のリーグ優勝を果たした。

 

その後は、麻雀団体日本代表の代表監督に就任。麻雀に関する意見は一切述べず、代表キャプテンの宮永咲を中心としたボトムアップ型のチーム運営を行い世界制覇を成し遂げた。

横浜でのリーグ優勝そして、麻雀団体世界制覇と監督として他に並び立つ者がいないほどの実績を持つにも関わらず、麻雀ファンから采配能力を疑問視されることが多い。

主な教え子に宮永咲(横浜)、園城寺怜(大宮)、藤白七実(恵比寿)、清水谷竜華(神戸→大宮)など守護神の育成に定評がある。

 

 

エピローグ、物語時点での獲得タイトル等

シーズン順位   

横浜ロードスターズ    優勝

松山フロティーラ

ハートビーツ大宮

恵比寿ウイニングラビッツ

佐久フェレッターズ

エミネンシア神戸

 

鳳凰    天江 衣

名人    宮永 咲

雀聖    天江 衣

牌王位   姉帯 豊音

十段    宮永 咲

山紫水明  天江 衣

名将    獅子原 爽

 

最優秀雀士   天江 衣

個人戦首位   天江 衣

最多勝     天江 衣

最優秀防御率  園城寺 怜

最優秀獲得素点 松実 玄

首位打点    天江 衣

最優秀先鋒   松実 玄

最多セーブ   宮永 咲

最優秀中継ぎ  服部 叶絵

新人王     園城寺 怜

 

作中でのキャラランク

Sランク(30年に1人の怪物)

宮永咲、小鍛治健夜

 

Aランク(怪物)

天江衣、Nelly Virsaladze、姉帯豊音、園城寺怜、戒能良子、松実玄、三尋木咏

 

B1ランク(トッププロ)

宮永照、大星淡、獅子原爽、藤白七実、花田煌、清水谷竜華

 

B2ランク(一流麻雀選手)

野依理沙、赤土晴絵、雀明華、Megan Davin、エイスリン、辻垣内智葉

 

C1ランク(レギュラー確定)

福路美穂子、友清朱里、亦野誠子、鶴田姫子、椿野美幸、荒川憩、小瀬川白望、高鴨穏乃

 

C2ランク(一軍麻雀選手)

服部叶絵、愛宕洋榎、片岡優希、弘世菫、上埜久、江口セーラ、加治木ゆみ、渡辺琉音、岩館揺杏、安福莉子、薄墨初美

 

Dランク(一軍半の麻雀選手)

二条泉、白水哩、原村和、臼沢塞、新子憧、小走やえ、上重漫

 

Eランク(クビ^^)

末原恭子、愛宕絹恵、霜崎絃、対木もこ



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