大江戸騒動記~棟平屋の軌跡~ (社畜のきなこ餅)
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求.悪事にどっぷり加担してしまった儂が幕府八代将軍の処刑用BGMから逃れる方法

ノリと勢いで二時間ぐらいで書き上げました。
時代考証とかの細かい事は忘れて頭空っぽにして読む事推奨です。


 時は江戸時代、天下泰平の世の事。

 儂こと棟平藤兵衛は、幕府のお膝元と言える江戸の町の一等地に建てられた屋敷の縁側にて、春の陽気を一身に浴びていた。

 

 

「新右衛門よ」

 

「ハッ、何でございましょうか」

 

「正直儂な、勝ち組だと思うんじゃよ。色々不幸な事もあったが財も蓄えられたし、子宝にも恵まれたからのう」

 

「勝ち組というのが何を指すのか、浅学ながらわかりませぬがめでたき事かと存じまする」

 

 

 堅苦しい物言いを崩さない若武者のような風貌の新右衛門の言葉に、今年で33を迎えた儂は含み笑いを漏らしながら手を叩き。

 女中を呼び出すと茶と茶菓子を二人分用意するよう伝える。

 

 

「ほれ新右衛門もそんなところに立っておらずこちらに腰掛けい、天に昇る龍のように上昇志向フルスロットルな儂の屋敷に踏み込む輩など居らぬからの」

 

「……それでは失礼仕る、されどそのふるすろっとる。という言葉は?」

 

「ああ、南蛮渡来の書物に載っておったんじゃよ。向かうところ敵なしと言う意味じゃて」

 

 

 真っ赤な嘘をさらりと言いつつ、堅苦しく隣に新右衛門が腰掛けてきたタイミングで出来た女中がお茶と茶菓子を持って現れる。

 盆をそっと置いた時に女中の着物に包まれた胸もボインと揺れたのがたまらんわい。

 

 そう、儂こと藤兵衛。どこに出しても恥ずかしくない転生野郎である。

 割と風前の灯火だった商家の跡取りとして産まれた時は絶望したものだが、長く語れば自伝が5~6冊かける程度の笑いありチートあり涙ありムフフありのサクセスの末に。

 今では江戸を代表すると言っても過言ではない大店にまで、家を盛り立てたのだ。

 

 その最中でボインボインな美女を複数女中として迎え入れたり、夜な夜なよいではないかと帯回しに興じたりしているが役得だから見逃してもらいたい。

 

 

 ああしかしホント良い陽気だ、お茶も旨けりゃ茶菓子も旨い。

 生活環境も銭に物言わせて改善したし、栄養考えた食事を摂りつつ昼も夜も大運動で健康溌剌。

 数か月前に長男も生まれたし、いやあもうコレこのまま儂の人生スタッフロールが流れてもいいんじゃないかってぐらい、順風満帆。

 

 

 

 そんなたわけたこと考えていた時が、儂にもありました。

 そう、ソレは夜に屋敷一番のナイスバディなボイン女中、お玉と閨に入っていた時の事。

 

 

「た、大変です!大変でござりまする!!」

 

「えぇいどうした騒々しい!」

 

「越前後屋の主人と番頭が処罰されました!」

 

 

 マジかよ嘘だと言ってよ新右衛門!?

 え、マジ? 上様直属の武士が越前後屋の屋敷に踏み込んで大立ち回りしてアイツぶった切られたの?

 

 マジかよ、あの主人とは賄賂を贈ったり贈られたりする仲だったのに。

 

 

 この時はそのぐらいに呑気に考えておった、割と仲は良かったがアイツの女遊びの後始末の酷さに、何度こっそり捨てられた娘さんの支援とかやったかわからんかったしな。

 だけど悲しい事に、これで終わりじゃなかったのである。この騒動。

 

 

 

 

「しかしまぁ、おっかない事もあるもんじゃなぁ」

 

 

 越前後屋と通じておった老中が、その事実をどこからともなく入手してきた上様に切腹を命じられたという旨が描かれた瓦版を読みつつ。

 儂は行儀が悪いと知りながら、若い頃から懇意にしている蕎麦屋に変装して足を運び、かけそばを啜っておったんじゃが……。

 

 

「隣、失礼する」

 

「おお、気にせんでくださ……?!」

 

 

 見事な男前の髷を結った偉丈夫、身なりからどこかの旗本の息子のような男に声をかけられ少し席をずらしたんじゃが。

 

 

 隣に座って来たの、マツケンじゃった。

 

 

「どうされた? どこか体調が悪いのでは?」

 

「い、いいい、いえいえいえいえ、そんな事めっそうございませんとも。この藤ノ助生まれてこの方病を患った事がないのが自慢であるゆえ!」

 

 

 全力で不審者やってる儂を気遣うマツケン、そして全力で何事もない事を主張する儂。

 当代の将軍様が吉宗公である事は知っておったけど、まさかのマツケンかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?

 

 

「主人!代金はここに置いていくぞ!」

 

「おや藤の旦那もういいのかい? いつもならもう2杯平らげた上に天婦羅まで食ってくのに」

 

「は、ははは!そう言えば今日は女房が腕に縒りをかけて作ると言ってたからの! 然らば御免!」

 

 

 背中が汗でベッタベタな上に顔中冷や汗まみれにしながら店主に代金を渡すと、儂全力疾走で店から脱出。

 悪党スレイヤーの代名詞と言えるマツケンと同じ空間になんていられるか!儂は屋敷に戻らせてもらう!!

 

 

 

 そして脇目も振らず全力疾走の後、儂屋敷に全力でエントリー。門番に指示を出して門を閉ざすよう指示を出すと急いで仕事部屋へと籠る。

 

 

「この資料はマズイ、これもマズイ!アレもマズイというかマズイものしかねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 頭を抱えて儂絶叫、その声に釣られて新右衛門や女中がやってきたが気にするなと怒鳴って下がらせる。

 自慢じゃないが儂は全力で頚を切られる分り易い悪事はやっておらん、胸を張ってそれだけは言える。

 

 だがしかし、細かい悪事をやってないとは自信を持って言えんのである。

 

 口減らしで捨てられた子供に仕事を仕込んで、住み込みの上に薄給で働かせる事なんてしょっちゅうじゃし……。

 今も部屋の外で控えておる新右衛門なんて、思い付きで中途半端な知識を基に護衛として仕上げて便利にコキ使っておる有様じゃ。

 

 更に転生者の特権とも言える知識で、ふわっふわな知識を基に銭をばら撒いて医者をこき使って出来た抗生物質を、独占状態で売ったりしておる。

 医師達を家族ごと抱き込んで医師団みたいに便利に使っておるから技術も拡散もされておらぬわ、良心的な価格で庶民達を診るように言うてはおるけど……!

 

 トドメが、薬で治せる範囲の病に冒された遊女を安く叩き買いした上に、棟平屋傘下の茶屋で働かせてる上に……。

 店に顔を出した時はそりゃもう濃厚なサービスを受けておる、だってしょうがないじゃない男は皆スケベじゃもの!!

 

 

「これどう見ても人身売買とか独占禁止法的なものに抵触しておるよなぁ……薬の技術門外不出にして値段吊り上げておるし」

 

 

 コレどう考えても、デーンデーンデーンされる案件じゃよな。

 上様の名を騙る不届き者め、斬れい!斬ってしまえい!って言った儂がズンバラリンされるヤツじゃよな。

 

 ワンチャン、大火事の時に棟平屋傘下の店の元遊女やら抱えておる医師団やら店の丁稚フル動員して炊き出しやら、職の斡旋した事で見逃してもらえんじゃろうか……。

 いやじゃいやじゃ、ようやっと産まれた跡取り息子に店を預けるまで死ねんし。ポコジャカ女中に産ませた娘達の白無垢姿見るまで死ねんのじゃぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

 しかし結局、良い手などひとっつも浮かばなんだわ。アホの考え休むに似たりとは良く言うたものじゃな。

 というわけで儂閃いた。

 

 

 翌朝新右衛門にちょっくらひとっ走りしてもらって、貧乏旗本の三男坊という触れ込みの徳田新之助をちょちょいと傘下の茶屋に呼び出してもらう。

 上様を商人が呼び出すなんて不遜極まりないしそれだけで打ち首案件な気もするが、背に腹は代えられんよな?だから儂は悪くない。

 

 この時点で大博打だったのじゃが、上手い事新右衛門が話してくれたのか呼び出しに成功。ナイスだ新右衛門、褒美は番頭に預けておるからちゃんと受け取っておけよ。

 

 

「こちらでお客様がお待ちでございます、旦那様……本当に往かれるのですか?」

 

「うむ、世話になったのう牡丹。はよう良人を見つけるんじゃぞ」

 

 

 茶屋の奥間、いわゆる秘密の会談をする為の部屋の隣にて準備万端の儂に元遊女の牡丹が、今にも泣きそうな顔で問いかけてくる。

 正直後ろ髪引かれるってレベルじゃないが、もうこれしかねーと思うんじゃよ儂。

 今の儂の恰好? 身を清めて死に装束状態じゃよ。

 

 

「客人、失礼するよ」

 

 

 ともあれ天下の将軍様を待たせるワケにもいかんので、一声かけて中へと足を踏み入れる。

 新右衛門は見事な仕事をしたようで、ちゃんとマツケンを呼び出してくれたようじゃ……長年の勘じゃがコレ、屋根裏に誰か知らんが忍びが居るな。

 

 

「っ……まさか、そこまでの覚悟があるとは」

 

 

 マツケンが小さく息を呑み、何かを呟くが一杯一杯の儂にはよく聞き取れんかったわ。

 いやじゃー死にたくない!死にたくなーい!とは今でも思っておるもん。

 

 

「この度は突然の呼び立て、大変失礼致しました」

 

 

 軽く深呼吸しマツケンの対面に座り、平伏する。

 ド派手にやらかして散って息子に継がせる棟平屋を潰すワケにはいかん、故にこその『儂の首一つでどうか赦してチョンマゲ』作戦!!

 さぁ、言うぞ。覚悟を決めて。

 

 

「虫の良すぎる話だとは思いますが、どうか儂の首一つでお許し下され。すべては儂の責任で店の者も家族にも咎は背負わせておらぬのです」

 

「民の為に心を砕く棟平屋の主人である其方が、そこまで思い詰めるとは一体何があったのだ?」

 

 

 ……へ?

 

 

「……は?」

 

「……む?」

 

 

 平伏してた顔を上げてマツケンの顔を見上げれば、ハトが大砲食らったかのような唖然顔。多分儂も同じ顔。

 

 

「あの……儂の悪行を、お裁きになられないので?」

 

「淫蕩に耽る事はどうかと思えど、お主の命を取るような裁きを下す事はないのだが……」

 

 

 

 

 

 盗み聞き対策としてしっかり締め切ってる筈の、茶屋の奥間に一陣の風が吹き抜けた気がした。

 

 

 首を差し出す覚悟した儂の純情と覚悟返して。

 

 




コレは果たして被殺願望杯作品と言えるんだろうか(根本的な疑問)

現在の設定構築に伴い、藤兵衛の年齢が40から33に変更となりました(2021年7月25日)


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求.処刑用BGMを何とか回避した儂が先の副将軍に目をつけられないよう立ち回る方法

思いついたから書きました、今は反省している。
引き続き時代考証やらそう言うのは投げ捨ててるので、頭空っぽにすること推奨です。


 

 

 時は江戸時代、天下泰平の世の事。

 上様に成敗された悪友繋がりの大騒動で、あわや処刑用BGMでデーンデーンデーンされそうになった儂こと棟平藤兵衛は……。

 いつものぶらり歩き用に変装した上で違う着物に身を包み、護衛の新右衛門と共に棟平屋の屋号を掲げている支店にひょっこり顔を出しておった。

 

 

「これはこれは大旦那様、何かご入用でございますか?」

 

 

 そして一発で若い店主に見破られた、あゝ無情。

 店先での立ち話も……と言う事で奥間へ案内される儂であった。

 

 

「新右衛門、バレてしまったぞ」

 

「失礼ながら大旦那様、髪形を変えて着物を変えた程度では早々変装とは呼べぬと思いまする」

 

 

 そして奥間へ行く途中、体幹を揺らすことなく儂に付き従う新右衛門へ問うてみれば返ってくるのは容赦ないツッコミであった。

 嘘だと言ってよ新右衛門……え? ダメだとは思ってたけど儂がノリノリだったから言い出し辛かった? なんかゴメン。

 

 ともあれ、バレたならバレたで

 

 

「バレてしまってはしょうがない、この前少々立て込んでた故お前さんが家庭を持った祝いを渡してやれなんだでな……」

 

「大旦那様、あっしも家内も大旦那様には良くして頂いております。これ以上何かを頂いてはバチが当たりますでさぁ」

 

「鼻たれ小僧だったお前が遠慮するでないわ、遠慮なく受け取れぃ」

 

 

 しきりに恐縮する店主に儂は懐から取り出した割符と証文を、無理やり押し付けるように手渡す。

 証文は万が一店主であるこやつに何かあった時に……こやつの家族の生活を保障する為の言ってみれば保険証書と、手形は結納祝いの品物を受け取る為の引換券じゃ。

 

 空きっ腹を抱え路地裏に項垂れてた孤児を拾って教育を施し、色んな職を斡旋してやった中でもこやつは頭一つ抜きんでて優秀な子じゃったからな。

 教えれば教えるほど頭角を現し、齢二十で番頭になったと思ったら瞬く間に店を一つ任せられるほどになったんじゃもん、そりゃ可愛いわい。

 

 

「何か困っておる事はないかのう? もし閨での活力に困っておるようなら頼れる薬も教えるぞ」

 

「心配無用でありやす、ただ……越前後屋の縄張りが一気に空白になっちまったせいで少々きな臭い様子は出てきておりやす」

 

「ふむ……あやつが持ってたシェアは中々に厄介じゃったからのぅ。新右衛門や、お前から見て合格と言える腕利きを何人か寄越してやれ」

 

「畏まりました」

 

 

 店主がしぇあ?と不思議そうな顔をして首を傾げてるのを横目に新右衛門に人員手配を頼む、というかこやつも便利にこき使っておるよな儂……。

 儂の護衛であり傍付きであると共に、店を物理的に守る為の腕利きの統括と訓練までさせとるもん。こやつに反旗翻されたら儂詰むわ。

 こやつの働きにもあらためて報いてやらんとなぁ……けど、こやつ女人の趣味だけは頑なに教えてくれんのよな。どうしたものか。

 

 まぁコレについてはまた時間を作って考えるとして……変装お出かけの目的も終えたので、新右衛門を伴って屋敷へ戻ろうとした儂じゃったのだが。

 ふと最近傘下に入ったばかりの茶屋を見かけたので、休憩がてら団子を平らげる事にした。

 先の店でも店主に茶と茶菓子を振る舞ってはもらっておるが、儂は団子に目がないのじゃよ。

 

 

「ほれ新右衛門も掛けよ。おーい娘さんや、串団子4本と茶を二つ頼むぞ」

 

「はーい!」

 

 

 恐縮する新右衛門を座らせ、器量の良い娘さんに注文をすればほどなくして出てくる団子と茶。

 まずは茶を一口啜り、程よい熱さと渋みに溜息を吐いて三つの団子が刺さってるスタンダードな串団子にかぶりつき、団子の甘みとほどよいモチモチ感を味わう。

 うーむ、良い仕事じゃ。これだから買い食いはやめられんわい。

 

 

「少々トラブルはあったが、まぁ問題なく切り抜けられたしめでたい話もあれば団子も旨い。今日は本当に良い日じゃのう」

 

「とらぶると言うのが何を指すのか、浅学ながらわかりませぬが良き事かと存じまする」

 

 

 新右衛門もまた団子にかぶりつき、飲み込んだ後に仏頂面のままお茶を啜って儂の言葉に追従する。

 こやつ付き合い結構長いんじゃが、わーりと鉄面皮なんじゃよなぁ。こやつが感情を露わにしたのは早々……いやあったわ、越前後屋が上様にぶった切られたの教えてくれた時割とこやつも焦っておったわ。

 まぁいいか、こやつも所帯を持ち子供が出来ればまた変わるじゃろうて……さて一本平らげたし、もう一本も……。

 

 

「あ、御隠居!茶屋ありますし休憩しましょうよ!」

 

「しょうがないのう八兵衛は、団子は一本までじゃぞ」

 

「全くしょうがねぇな八兵衛は、今日の宿がまだとれてないってのに」

 

 

 そんな事思ってたら5人組の旅人っぽい集団もやってきおったわ、雰囲気からするに破落戸からはかけ離れた存在っぽいんじゃが……。

 ……八兵衛にご隠居、いやそんな、まさかのう?

 

 ご隠居と呼ばれた老人を見る、儂よりも齢は上っぽいが足腰はしっかりしておりその足取りは力強く。

 護衛と思われる頭巾を巻いた偉丈夫2名は老人を即座に守れる位置取りを崩しておらぬし、少し離れて歩いておる頭巾を巻いてないのはなんかヤバそうじゃ。

 いやいやそんな、まさかまさか、ねぇ。

 

 

「おや? 私の顔に何かついておりますかな?」

 

「い!? いえいえいえいえ!滅相もない! この辺りで見られぬ割に上等な着物を着ておるから、どこの武家のお方かなと!」

 

 

 儂の視線に気づいた老人……黄色の頭巾が印象的な御仁が、目を細め笑みを浮かべながら儂へ問いかけてきたわ。

 そして思わず飛び出た儂ハイパー失言、武家のお方と言う言葉に八兵衛と呼ばれた男以外の雰囲気が硬化したわ。

 

 

 

 

「ほっほっほ、武家なんて恐れ多い……私はただのちりめん問屋の隠居ですよ」

 

 

 ちりめん問屋の御隠居、かぁ、そっかぁなら安心じゃのー…………って。

 

 

 

 

 どう見ても先の副将軍水戸光圀公じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!

 待てよどうなってんだよこの時代!? まともに覚えてねーけど絶対ちげーだろ!?

 

 

「こ、これは大変失礼しました……詫びと言っては何ですが、ここの払いは儂が持ちましょう」

 

「え?いいんですか?! じゃあ串団子を10本ほど……」

 

「おい八兵衛少しは遠慮しろ!」

 

 

 その後表向きは和気藹々と話をしてわかれたんじゃが、生きた心地もしなければ団子の味もわからなんだわ。

 どうなってるの誰か教えてよ、なんで暴れん坊な将軍様がいる大江戸に光圀公きてんの……?

 

 

 こ、これは緊急事態じゃ。何としてもこの事態を凌がねば儂に未来はない……この印籠が目に入らぬかとかされとうない!

 行くぞ新右衛門!作戦会議じゃぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

 

 そしてところ変わり、江戸のとある宿の一室にて。

 貧乏旗本の三男坊徳田新之助と、ちりめん問屋の隠居である老人は茶を啜りながら会談に勤しんでいた。

 

 

「ふむ、なるほどのぅ。儂らが相手をした破落戸は、上様達が成敗した越前後屋の手の者であったようじゃな」

 

「先の副将軍である光圀公の手を煩わせてしまい、申し訳なく……」

 

「かっかっか、ここにいるのはただの隠居老人じゃよ。なぁ? 徳田新之助殿」

 

 

 市井へ溶け込み定期的に悪党を成敗している吉宗であったが、今も目の前で上機嫌そうに笑っている老人相手に砕けた物言いをするのは聊か躊躇われるものがあった。

 身分こそ自分が上であるが潜って来た修羅場に、老獪な手管は未だ目指す頂と言える存在なのだ。

 

 

「そう言えばお主が最近頼りにしておると噂の棟平屋の主人にあったぞ、少々変わった御仁じゃが悪い輩ではないのう。 助平じゃったが」

 

「ああ……俺も色々と世話になっている。 助平だが」

 

 

 何ともやり辛そうにしながらも、徳田新之助としての言葉で自称隠居老人の言葉に同意を示す。

 ちなみに最近教えてもらった中のお気に入りは、『まつけんさんば』と言う名前も不思議な舞踊である。

 

 

「町人からの評判もまるで仏かのような扱いじゃし、火事の度に炊き出しやらしておるようじゃな。稼ごうと思えばいくらでも稼げそうな御仁じゃの」

 

「当人は悪事に手を染めてるつもりのようだがな……」

 

 

 目新しいモノや考えを会うたびに繰り広げてくれる不思議な友人の事を思い浮かべながら。

 

 しかし、あの何とも形容しがたい小心者っぷりは何とかならんものだろうか、そう思う吉宗であった。

 

 

 




なお調べたところ、時代背景的には。

暴れん坊将軍:恐らく1720年ごろ
水戸黄門   :1701年没(らしい?)

だからどう頑張っても時代合わないんですけど、ネタが浮かんじゃったから書きました。
今は反省しております。


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求.上様と副将軍に目をつけられた儂が仕事人の必殺から逃れる方法・前

また続いちゃったぜ、引き続き時代考証は(略)
今回は話が長くなっちゃったので、前後編に分けてお届けいたします。


 

 

 多分天下泰平の江戸時代、なんやかんやの末に先の副将軍からの成敗を逃れた儂こと棟平藤兵衛は今。

 正室として娶った恋女房が腕に抱いている、待ち望んだ愛息子と戯れておった。

 

 

「べろべろばー!」

 

「きゃっきゃっ!」

 

「うふふ、もう旦那様ったら」

 

 

 7つまでは仏の子だとか男親は厳格にとか言われとる世の中じゃが知ったこっちゃないわ。

 結果論的に高まった医術と財力でこの子の未来は何が何でも護ってみせるわい!

 

 ちなみに待ち望んだ長男の姉に当たる腹違いの娘らも勿論大事にしておるぞ、抜かりないわ。

 

 

「大旦那様、そろそろ出立の時間でございます」

 

「むぅ、もうそんな時間か……おさよ、藤太郎の事は頼んだぞ」

 

「ええ……貴方様もどうかお気をつけて」

 

 

 ひょっこりと現れたは新右衛門、またなんぞ騒ぎを……とかそんなではなく。

 ちょっとばかり、江戸南の方の越前後屋の元縄張り付近がきな臭くなってるらしく、そこらあたりを任せた店主から泣きのヘルプコールが入った為である。

 

 なんでも出どころ不明の阿片が出回るわ、火付けや盗みに殺しが横行で治安が大惨事。

 お役人も頑張ってはいるが、それ以上に相手が上手なのか思うようにいってないらしい。

 

 

 ……なんで儂が出張る必要あるんじゃろね!?

 

 

 そんなこんなでやってきたのは材木町、最近は新興宗教の一種である妙光寺の教えが広まってるとかなんとか。

 なんでも教えを聞いて守ったら家内安全商売繁盛だとか何とか、随分と眉唾案件じゃのー。

 ともあれ、町人らの頼りになっていると言う事は情報も集まってる事は火を見るより明らかなので、新右衛門をお供に顔を出す事にするのじゃ。

 

 

「これはこれは、弱きを助ける御仏の化身と名高い棟平屋の大旦那様……」

 

「いやいや、そんな拝まんでくれ。背筋がこそばゆいわい」

 

 

 そして開幕拝まれたわ、なんで信心深い町人やら僧侶の人みんな儂見ると手を合わせるの。

 しかし不思議な尼さんじゃわ、世情にも聡い事は会話の節々からわかるし……何というかこう、俗っぽくはあるが生活や欲望に根差した判断基準を持ってるように感じるのう。

 

 じゃけどこう、なんじゃろ。

 なーーーんか胡散臭いんじゃよなぁ、この尼さん。

 

 

「ふーむ、なるほど……何かあればうちの店からも人を出しましょう」

 

「かたじけのうございます」

 

 

 そんな具合に話を切り上げ、こっちの方へ店を出している支店へ向かう道中。

 いつもより5割ぐらい顔をしかめている新右衛門が、儂に耳打ちをしてきおった。

 

 

「……大旦那様、尾けられております」

 

「マジで? 数は?」

 

「4つほどでありますな……1人飛びぬけた手練れは居りますが、そちらはこちらを狙っておらぬ様子」

 

 

 その言葉を聞いた儂しばし考え、支店まではそこそこ距離があるし身内同然である支店に押し入られても面白くない。

 なればやる事は一つじゃの。

 

 と言うワケで儂と新右衛門は二人して狭い路地へ入り、敢えて袋小路へと行き着く。

 どう見ても追い込まれた儂ら二人、しかしこれは作戦なのである……なんせこれなら挟み撃ちの心配はないからの!

 とは言いつつも実はめっちゃビビってる儂、こんな鉄火場幾つも潜ってきたが何回潜っても慣れんものじゃ。

 新右衛門はどうじゃ? え?もう慣れた? お主ほんとすげーヤツじゃのう。

 

 

「棟平屋の主人、藤兵衛だな?」

 

 

 そして出現したのはステレオタイプなニンジャスタイルな恰好をした男3人、アホじゃなかろうか。

 だがしかしその目付きはぎらついておるわ、アイエェェェェェ。

 

 

「なんじゃお主ら、こんなまっ昼間からそんな目立つ装束着込みおって……まずはそっちから名を名乗れい」

 

「名乗る名などない、覚悟!」

 

 

 言うや否や儂らに襲い掛かってくるニンジャ3人、慌てて袋小路にあった大桶の影に隠れる儂。

 そして唸る新右衛門の剛腕、斬りかかって来た一人目のニンジャの腕を掴むと流れるような動作で地面へと叩き付け、ノータイムで震脚をニンジャの鎖骨へ叩き込んで踏み折る。

 

 

「っ貴様!手練れだな!」

 

「応じてやる義務はない」

 

 

 ざわめくニンジャ達、軽く指を曲げた手を前に半身に構えながら応じる新右衛門。相変わらず決まっておるのう。

 ちなみにアヤツには若いころから、思い付きのCQC的格闘術や環境を利用した戦闘術に棒術を仕込んでおる。なんかその結果エライ事になったが儂は責任取る気はない。 

 

 

「うげっ!?」

 

「どうやらそのナリは飾りでしかないようだな」

 

 

 そして流れる動作で二人目も新右衛門は鮮やかに沈黙させる、なんじゃろなんかとんでもないもん作ってしまった気がするぞ儂。

 3人のうち2人が瞬く間に沈黙させられたことに、ラストニンジャは焦りを見せるや否や身を翻し逃げ始める。さすがニンジャ逃げ足も速いんじゃのう。

 

 あ、逃げようとした先でお役人と思しき侍にぶちのめされて昏倒しおった。

 え、なんで新右衛門が構えて腰落としてるの、軽やかに動けないからて構えるの嫌ってたはずじゃろ?

 

「……大旦那様、まだ隠れててください。アヤツは手練れでございます」

 

「え、マジ?」

 

 

 ホッとして大桶の影から出ようとした儂を制止する新右衛門、あの新右衛門がそう言う人物と言う事実に儂戦慄。

 恐る恐るこちらへ近寄ってくるお役人の顔を見てみれば……。

 

 

「何やら怪しい連中がつけ狙ってたから心配して駆けつけてみたが、大丈夫みてぇだな」

 

 

 はぐれている純情派の刑事みたいな顔をした、定町廻り同心でした。

 い、いや落ち着け棟平藤兵衛……通りすがりで野生の藤田なまことさんかもしれない……!!

 

 

「昼行燈と評されている割に見事な身のこなしでしたな、中村様」

 

「いや偶然だぜ? 火事場の馬鹿力とは凄いもんだ」

 

 

 儂付きの護衛である町人の新右衛門すら昼行燈と知っている、中村と言う名前のお役人。

 どう見ても八丁堀の旦那です、本当にありがとうございました。

 

 

「ところで江戸中で評判の棟平屋の大旦那であるアンタが、何故こんなとこに?」

 

「はへぇ?! い、いえ……こっちの方を担当している支店の店主が、ここいらの治安やら騒動で悩んでると言う事で知恵を貸しにきたわけでして……」

 

 

 不審者小物150%な状態で、八丁堀の旦那の眼光にびびりながら答える儂。正直ちびらなかった事褒めてほしい。

 しばらく儂を不審そうな目付きで見てた八丁堀の旦那だったが、溜息を吐くと空気を軟化させた。

 

 

「……なぁ棟平の旦那、孤児の守護地蔵とまで言われてるあんたに頼みてぇ事があるんだが、いいか?」

 

「はい! なんでも御申しつけ下さい!!」

 

「大旦那様、そこまでへりくだられなくても……」

 

 

 秘密話なのか、八丁堀の旦那に手招きされほいほい近づく儂。

 新右衛門が複雑そうな顔をして呟いておったが聞こえないふりをする、必殺な仕置きされとうないんじゃい!!

 

 ともあれかくかくしかじかと聞いた八丁堀の旦那の話をかいつまみ要約すると……。

 連続で殺しが行われている中で、容疑者として連れていかれた『おきょう』という娘さんが匿っていた孤児たちがいる事。

 その子達をうちの店で引き取ってもらってやる事はできないか、という相談じゃった。

 

 

「……そのおきょう、という娘さんとやらは?」

 

「…………すまねぇ、言えねぇ」

 

 

 苦虫を噛み潰した様子の八丁堀の旦那の様子に、儂もまた察する。

 自害したならそうと言うだろうに、言えないと言う事はそう言う事なんじゃろうな。

 

 

「旦那は今からそこへ向かう腹積もりで」

 

「おう」

 

「ならば多少の寄り道してもいいでしょう、往くぞ新右衛門」

 

「承知仕りました」

 

 

 そうして、八丁堀の旦那……長いから中村様でいいかいい加減。

 中村様の先導の元、孤児たちが屯しているという材木町の先にある港町の川上の小屋へと儂ら3人は向かい。

 

 筵の上で荒い息を吐きながら横たわっている、齢6つごろの少年を必死に看病している同い年ぐらいの少女を目撃する事となった。

 

 

「お、おじちゃん達誰?!」

 

「落ち着きなお嬢ちゃん、俺達はおきょうの頼みで来たんだ」

 

 

 少年を背に庇いながら儂らに対して警戒心を強める少女、見知らぬ大人に対する態度というには少々物々しい様子を感じるのう。

 

 

「大旦那様、あちらの子供はすぐにでも医者に診せてやらねば危険かと存じます」

 

「ソレはいかんのう、中村様。近くのうちの支店へ急いで向かいましょう、店になら医者も常駐させております故」

 

「動かしちゃ危険だ、呼びに行こうぜ」

 

 

 子供の様子を見ていた中村様が儂の言葉に顔だけで振り返り、心配そうに言うので儂も失礼して片膝をついて子供の様態を確認させてもらう。

 着物が多少汚れるが大した問題じゃないわい、しかし、これは、ふーむ……。

 

 

「これなら動かしても大丈夫でしょう、むしろこの環境に長く置く方が危険じゃな」

 

「……そうなのか?」

 

「比較的綺麗に子供達も使ってはおったようですが、隙間風も入る場所ですしな。坊や、ちょっとだけ頑張っておくれよ」

 

 

 薄っすらと眼を開けて儂を見上げてくる子供の頭を優しく撫でてやり、負担がかからぬよう注意しながら慎重に負ぶってやる。

 しっかし軽いのう……これは医者に診せた後、消化が良くて栄養のあるものたんと食わせてやらんといかんのう。

 

 そんなこんなで、儂の言葉と様子に何やら考えておる中村様に一声かけて小屋から出……棟平屋の支店へと向かう儂ら一同。

 じゃがこの時、儂は欠片も思ってはおらなんだ。

 

 

 まさかこの一連の流れから、とある藩のお家騒動と外国船への人身売買、トドメとばかりの阿片密売の三つが絡んだ大騒動に巻き込まれてしまう事など……。

 

 




今回の仕事人勢の事件の元ネタは……。
バンブレストが昔出した、ファミコン版必殺仕事人のシナリオを流用してお届けしております。


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江戸っ子から見た棟平藤兵衛という男

日間ランキング一位、大変光栄でございます。
皆様本当にありがとうございました、こちらつまらないモノですが短編でございます。

感想等で割と町民からの評判的話題が多かったので、書いてみました。



 

 

 時は大江戸天下泰平の時代。

 そして今より語られるは、助平で小心者な棟平屋の主人こと棟平藤兵衛が徳川幕府当代将軍吉宗公と、先の副将軍水戸光圀公に出会った少し後の話である。

 

 

「なぁ新右衛門や、風聞を一々気にするのはみみっちいとは儂も重々承知しておるんじゃが……ある日突然お偉方にバッサリいかれるような儂の風聞、世間に流れておらぬよな?」

 

「江戸の町にて大旦那様の事を知らぬ者は殆ど居らぬと言える以上、風聞や流言を気にされるのは当然かと」

 

「世辞は良い、で……実際どうなんよ?」

 

「助平である事と月の満ち欠けより妾の数が増えるほうが早いと笑い話の種になる事が常でございますが、大旦那様を悪く言う輩の事はそう聞こえてはきませぬ」

 

 

 立て込んだ仕事が一段落した解放感を味わいつつ縁側にて上品な甘さの羊羹を味わっていた藤兵衛、ふと最近の悪徳スレイヤーな人物たちに立て続けに遭遇した事もあり。

 となりでいつもの様に仏頂面を浮かべたまま座っている新右衛門へ問いかけてみれば、返って来た言葉に満更でもないニヤケ面を浮かべ慌てて自身の顔に手を当てて神妙な顔へと戻す。

 

 棟平藤兵衛、商売ではちょろくないが日常では割とちょろい男であった。

 

 

「なれば良いのじゃ……さて一息ついたことだし残った仕事も片付けてしまうとするかの」

 

 

 羊羹を味わいお茶を飲み干し、軽く手を叩いてボインな女中を呼んで流れるような仕草で着物の上からでもたわわに主張する豊満な果実に手を伸ばし。

 ついでに鼻の下も伸ばしながら藤兵衛は立ち上がると、女中にお盆を下げさせて仕事部屋へと戻っていく。

 

 そんないつもと変わらない主人の様子を見ながら、新右衛門は今日も平和ですななどと思いながら藤兵衛の後をついていくのであった。

 

 

 この時、藤兵衛は深く聞かなかったし新右衛門は聞かれなかった故に……巷の藤兵衛の評判を彼は知る事はなかった。

 しかし後に彼は遠い目をしながら呟く事となる。

 

 なんであの時、儂はもっと深く確認せんかったんじゃろう。と。

 

 

 

 

 

 

 ところと時間は変わり、江戸の町に夜の帳が降りた中。

 提灯をぶら下げた酒屋にて、一仕事を終えた町民たちは酒とアテを味わいながら思い思いに歓談をしていた。

 

 

「そういやぁ与作、仕事中ちらっと話してた『藤の一つ蔵』って何なんだ?」

 

「なんだよ田吾作、おめぇ知らねぇのか? 江戸っ子だって言うのに!」

 

「そんな無体な事言わねぇでくれよ、オラぁ最近信濃から出てきたばかりなんだぜ?」

 

 

 そいやぁそうだったな、などと既に良い具合に出来上がっている与作と呼ばれた男は御猪口の中の酒をぐいと飲み干すと。

 芝居がかった口調で、事のあらましを語り始める。

 

 

「あ、さて時は……ええと何年だ、ともあれアレだ。2年だか3年まえなんだけどよ」

 

 

 そして即座にいつもの口調へと戻った、どうやら歌舞伎役者のように大見得を切りたかったようだが難しかったらしい。

 

 

「結構な大火があってよ、ここらへんも含めてみーーんな燃えてなくなっちまったんだよ」

 

「だけどよう与作、その割にゃぁここらは綺麗だし立派な店も並んでるじゃねぇか」

 

「そこが藤の旦那の粋なところよ! 旦那は自分や店の蓄えをほとんど出して、着の身着のままで焼け出されちまった町民に手を差し伸べて下さったんでさぁ!」

 

 

 オイラのおっかあとおっとうも旦那が居なかったら冬を越せなかったんでぃ、と既に感極まって来たのか与作はずびびと鼻を啜り。

 ほへー、などと呑気に相槌を打っている仕事仲間を横目でにらみつつ話を続ける。 

 

 

「更に旦那は店の丁稚やら女中、はてはお抱えのお医者様まで鶴の一声で集めて。長屋の立て直しやら飯の煮炊きに怪我した相手の面倒まで老若男女関係なく見てくださった!」

 

「あっしのこの店も、藤の旦那のおかげで立て直せましたからなぁ」

 

「そうしてれば当然、銭も米も着物もなくなっちまう!なのに旦那は蔵の中身をどんどん出して……中身のある蔵は一つだけになっちまった」

 

「そんな旦那の男気、そして心意気そのものとして『藤の一つ蔵』って語り草になったのさぁ!」

 

 

 与作の語りに店の店主まで乗っかり、ありがたやありがたやなどと言いながら手を合わせる始末である。

 ついでに与作は自分の語りで男泣きを始めている、控え目にいって田吾作は置いてけぼりであったが立派な人物なんだなぁと言う事はとりあえず理解したらしい。

 

 ちなみに最後に残った棟平屋の蔵の中身は店の従業員に関する証文や手形に一月分の給金、それと自身の家族の分の生活費と助平活動用へそくりである。

 当の本人は経済活動は回してなんぼじゃし一月分あれば大丈夫じゃろ、という商売思想で動いただけに過ぎないのでここまで持ち上げられると、逆にビビること間違いなしであった。

 

 なお、蓄えはあればあるほど良いと考える大商人が多い事は言うまでもない。

 

 

「ご立派な方なんだなぁ」

 

「ずびっ、ああ……粋で懐の広いお方だぜ藤の旦那は。助平だし女の趣味がちょっと……アレだけど」

 

「そうなのか……」

 

 

 

 この酒うめーなぁ、などと呑気に考えながら呟いた田吾作の言葉に与作はしきりに頷きながら御猪口に手酌で酒を注ぎ、その中身を一気に呷る。

 余談であるが藤兵衛の性的趣味嗜好である……大きな瞳はギョロ目、胸に貧富の貴賤はなくあるのは尻の貧富の差、とまぁ藤兵衛が持つ現代の性嗜好と江戸の性嗜好は反比例するものが多いのだ。

 その性的趣味嗜好の差が、江戸の男達の間で醜女趣味と話題になるのは自明の理である事は言うまでもない。

 




この手のネタの引き出し、後は……
・医者視点
・正妻、妾視点
・店員、孤児視点
・上様視点
・先の副将軍視点
・仕事人勢視点
があるから、まだまだネタのストックは安心だな!(フラグ)


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求.上様と副将軍に目をつけられた儂が仕事人の必殺から逃れる方法・中

後編にしようと思いましたが、色々展開を詰め込んだ結果中編になりました。
相変わらずのフリーダムOH!EDO時空な話です。


 天下泰平だといいなぁと常々思う今日この頃な江戸時代、儂こと棟平藤兵衛は今……。

 

 

「大旦那様、終わりましたよ」

 

「おおそうか! して、あの子供……太一の容体についてお主の見立てはどうじゃ?」

 

「危うい所はありましたが峠を越しました、今は眠っておりますよ」

 

「そうかぁ……いやぁ、良かった良かった!」

 

 

 八丁堀の旦那こと中村主水と共に、港町にある棟平屋の支店へ怪我した孤児……太一という名前の坊を連れて立ち寄り、医者からの診断について話を聞いておった。

 詳しく聞いたところ刃物で切られた痕が化膿しており危険な状態だったそうじゃが、何とか処置が間に合ったらしい。

 中村様に強気に意見をした甲斐があったというものじゃて……あ、やべ。今更膝が震えてきおったわ。

 

 

「で、では中村様。この子達は我が棟平屋で面倒を見させていただきますぞ」

 

「おう、すまねぇな旦那……」

 

「いえいえ、ただ困窮してる子を見捨てられぬだけですよ」

 

 

 若干ビビりながら中村様に声をかけ、後ろ頭を掻きながらすまなそうな様子の中村様に言葉を返しながら立ち上がる。

 チラチラと子供達と儂の間を往復するように目配せしておったから、何かしら内密の話があるようじゃのう……正直イヤな予感しかせんのだが。

 

 ともあれ支店の女中を呼びつけて奥間を借りる事にし、そこにて中村様から話を聞く事にした。

 そして十数秒後には儂は思い切り後悔する羽目となった。

 

 

「……阿片、でございますか?」

 

「ああ、この港町の近郊にかなり出回ってるらしい。何か知ってるか?」

 

「生憎心当たりはありませぬ、ですがこの店を任せている店主なら何か知っておるかもしれません。しばしお待ちを」

 

 

 再度女中を呼びつけ、怪我をした子供をとにかく早く医者へ見せる為にまともに話をする事が出来なかった支店の店主の久兵衛を呼び出す。

 呼び出された久兵衛は何やらくたびれた様子であったが、事情を話すとキリっとした顔つきになり口を開き始めた。

 

 

「大旦那様、鳴海屋という店はご存知でしょうか?」

 

「うむ、この港町を縄張りとしておる店じゃな。外国船とも色々取引をしており羽振りが良いとは耳にしたぞ」

 

 

 久兵衛の言葉に顎に手をやりながら思い出す、そういえば鳴海屋と付き合いのあるヤクザ者が女を買わないかなどと……結構前に話を持ち掛けてきた事あったのう。

 儂の性癖に刺さる娘は居らなんだが、不憫極まりなかったから身柄を買い取って傘下の店で働いてもらっておるが。

 

 そんな事考えていたら、久兵衛が逡巡した様子を見せた後に言いにくそうにその口を開いた。

 

 

「……その店の店主が、阿片を裏で取り扱っております」

 

「うっそだろお前」

 

「……その話は本当かい?」

 

 

 店主の言葉に空気が凍る奥間、思わず呟く儂に纏う空気を刃のように研ぎ澄ませて問いかける中村様。

 しかし、何故店主はこんなにも言い辛そうにしておるんじゃ?

 

 もしや……。

 

 

「申し訳ない中村様、少しばかり席を外して頂いても……」

 

「いいえ大旦那様、それには及びませぬ。大旦那様のお考えの通り……鳴海屋から阿片の取引について誘いを受けました」

 

「……請けて、しまったのか?」

 

「いえ、『禁制の薬ダメ絶対』という大旦那様の言いつけ、仮令(たとえ)我が身八つ裂きにされようとも破る事はありえませぬ」

 

「お、おう?」

 

 

 言い辛そうにしておるので中村様に退席をお願いしようとする前に久兵衛が儂の言葉を遮り、鳴海屋から誘いがあった事を報告してきた。

 信じ重用しておった久兵衛が、よもや……と声を震わせて問いかけてみれば、それはあり得ないという様子で返事が来る。儂別の意味で震えてきたんじゃが。

 

 

「……家内と倅をヤクザ者に人質にされました、二人の命が惜しければ大旦那様を……」

 

「……その先は言わんでいいぞ久兵衛、苦労をかけてしまったなぁ」

 

 

 声を押し殺し、目から涙を零す久兵衛の肩を抱いて背中を優しく叩いてやる。

 鳴海屋、それにヤクザ者…………随分とコケにしてくれたもんじゃのう。

 

 後は儂に任せ、ゆっくり休むといいと久兵衛に伝えると儂は支店の中庭に中村様と共に立つ。

 ちなみに新右衛門は結構今からグレーゾーンな話するから、渋るのを説き伏せて少し離れた所にスタンバイさせておる。

 

 

「中村様、鳴海屋は恐らくですが……外国船から阿片を仕入れているモノと思われます、ここら近辺は少し前に越前後屋が取り潰されたどさくさで儂ら棟平屋がほぼ牛耳っておりますから」

 

「確かに、禁制品である品物を入手するならそこしかねえだろうな。阿片自体入手経路が限られてる」

 

「ええ、少量の阿片はお上の許可をもらい出島から儂らも仕入れておりますが……それらは全て医療用です。広く蔓延させるような仕入れ方は常道では不可能と言えましょう」

 

 

 ちなみにこの阿片の医療用についての合法化については、そりゃもう若いころ四苦八苦したものじゃ。

 最終的にうちが抱えている名医が、とある大名の大怪我を阿片を麻酔に流用した手術をして成功させる事で認めさせたもんじゃからな……アレ失敗したら儂今頃ここに居らんわ。

 

 

「件のヤクザ者とやらは、恐らくこの近辺を取り仕切ってる権蔵という輩でしょう。随分前に儂に買い付けてきた娘を売りつけようとしてきましたからな」

 

「……ちなみに旦那は、その娘達は買ったのか?」

 

「ええ、ですが無体な事はせず傘下の店で働いてもらっております」

 

 

 乳が揺れない娘さんは、ちょっと……。

 かといって追い返して娘さん方が無体を強いられては不憫じゃし、寝覚めが悪くなるのも嫌だったので買ったという酷い話じゃな!

 

 

「そのヤクザ者がここ数年、娘を売りつけにきておりませぬ。余り繋げて考えるのも危険ではございますが……」

 

「……阿片の代金として、娘達を外国へ売り飛ばしている?」

 

「無い話とは、言えぬか……っ!?」

 

 

 話に夢中だったせいか、この時儂は周囲への警戒が疎かになっておった。

 更に棟平屋支店の中庭であり遠くとはいえ新右衛門を控えさせ、傍にはあの中村主水もおる……それが大きな隙となったんじゃろう。

 

 

「がっ……!!」

 

「棟平の旦那!?」

 

 

 視界の隅に一瞬見えたニンジャ装束、まさかと思って視線を向けた時には既に遅く。

 ニンジャが口から放った含み針は、僅かに身をよじることしか出来なかった儂の首筋に深く穿たれた。

 

 急速に詰まる息、噴き出る汗とついでとばかりに首から走る激痛。

 儂にできた事は、地面に倒れ伏す時にせめて針がこれ以上深く刺さらないようにすること。そして。

 

 

「なか、むらさま……ぜには、よういします……ですから、どうか」

 

「無理に喋るな旦那!」

 

「この、いちれんのながれを、どうかあかし……そして、しかるべき、ばつを……」

 

 

 最も頼りになる『仕事人』である、中村様に依頼をする事だけじゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、江戸南の郊外にあるボロ小屋。

 そこに人目を避けながらやってきた女性が、慌ただしく扉を開けて中へ入り。

 ボロ小屋の中で座布団に座っていた男、中村主水に息せききって言葉をまくしたてる。

 

 

「八丁堀!江戸中で噂になってるけど棟平屋の大旦那が襲われたって本当かい?!」

 

「ああ、本当だ……くそっ、俺の目の前で旦那が狙われちまった」

 

 

 女性からの問いかけに中村は、やるせなさそうに吐き捨てる。

 

 

「だがな加代。旦那は無事だぜ、毒で昏倒させられたがお抱えの医者のおかげで命は無事らしい」

 

「そりゃよかった……あの人が居なくなっちゃ、表の仕事が商売あがったりだからね」

 

 

 ホッとした様子で溜息を漏らす加代、そうしているとボロ小屋の扉が開き次々と人が入ってくる。

 その職業は三味線屋、按摩もやっている坊主、鍛冶屋、組紐屋、医者見習いと千差万別であるも……。

 全員には、ある一つの共通した特徴があった。

 

 

「全員揃ったようだね、仕事の話だよ」

 

 

 入って来た全員の顔を見回すと、奥に陣取っていた壮年の女性が口を開く。

 彼女の名はおりく、表向きは腕の立つ三味線の師匠として名を馳せており。

 その正体は……。

 

 闇に潜み、表で裁けぬ悪を地獄の閻魔に代わって仕置きする仕事人の元締めであった。

 

 

「元締、でかい仕事だって聞いたがどんなヤマだ?」

 

「急かすんじゃないよ鉄、依頼人は今江戸中で話題になっている棟平屋の大旦那だ」

 

 

 依頼人の名前に小屋の中が俄かにざわつき、おりくが軽く手を叩けば即座に静まる。

 

 

「阿片を不当に世に広めている鳴海屋、その協力者であるヤクザの権蔵、そしてそいつらを裏で操っている何かの始末が仕事だよ」

 

「随分と不明瞭な仕事じゃあねえか、そんな仕事まともに請けてられねえな」

 

 

 あまりにも不明瞭すぎる仕事の依頼に、組紐屋の竜は肩をすくめて呟く。

 それも致し方ないだろう、晴らせぬ恨みを晴らす裏稼業という業界にそれなりに長くいるが、総じて恨みを晴らす対象が明確な仕置きが主だったのだ。

 竜の言葉に思わずうなずく同業者が多いのも、致し方無いと言えよう。

 

 

「それについちゃ心配無用だよ、件の大旦那の使いが仕置きの対象や裏を取るのにかかった銭は全て持つって言ってくれたからね」

 

「棟平の大旦那もその使いも、俺達を何か別のものと勘違いしちゃいねぇか?」

 

 

 おりくの言葉に三味線屋の勇次が口を挟み、隣に立つ鍛冶屋の政に同意を求める。

 求められた政は俺に話を振るなと言いたそうな顔をするが、概ね同意の姿勢を見せた。

 

 そんな同業者たちの様子を見ながら、主水は口を開く。

 

 

「そう言えば、今回の事件なんだがな……どうもとある大名家のお家騒動が絡んでいるみてぇだ」

 

「どういう事ですか? 中村さん」

 

 

 全体が逡巡し黙り込む中、医者見習いの西順之助が主水へと問いかけ……。

 

 

「棟平の旦那が襲われた後俺は、お菊ちゃんの弟だって話の太一に話を聞いてな……」

 

 

 主水は己の足で搔き集めてきた情報を、仲間達へ開示し始める。

 秀が保護したお菊と言う娘は、とある大名が愛した女性との間に産まれた娘である事から始まり。

 だが家の事情で女性と娘を迎え入れる事が叶わず、その大名は泣く泣く領地の村で娘達が不自由なく過ごせるよう家老へと頼み。

 その娘は村にて別の男性と所帯を持ち、そして太一が産まれて一家四人で幸せに過ごしていたのだが……。

 

 

「そこを山賊に襲われちまったらしい、下手人である山賊から話を聞きだそうとしたが既に筆頭同心の間村に始末されちまっててな」

 

 

 何とか生き残っていた山賊から聞けた事は、阿片欲しさに家族を襲った事ぐらいで黒幕の名前は聞きだせなかったと悔しそうに主水は言葉を締めくくった。

 

 

「っていうと何だい? おきくちゃんはお姫様だってことかい!?」

 

 

 衝撃の事実に思わず叫ぶ加代、そして一つの恐ろしい可能性に思い至る。

 

 

「ちょ、ちょっとソレじゃあ秀と一緒にいるお菊ちゃんが危ないじゃないか!」

 

「大丈夫だ加代、すでに手は打ってある。秀とお菊ちゃんは頼りになる人物のところにいるぜ」

 

 

 慌てて駆けだそうとする加代を主水は呼び止め、心配するなと声をかけ……。

 太一が無事だった事、そして胸騒ぎからお菊の様子を見に行った時のことを思い出す。

 

 主水が秀とお菊の下へ駆けつけた時、秀もまた不意打ちに倒れ動けなくなっていたところに……お菊もニンジャの手によって命を落とそうとしていた。

 しかし、その時一人の男……本人曰く貧乏旗本の三男坊が瞬く間にニンジャを打ち倒し、お菊の命を救ったのである。

 

 

「偶然ではあったが、手助けしてくれた旗本の三男坊にお菊ちゃんを預けてある。念の為秀も一緒だから心配いらねえぜ」

 

「なんだいそれならいいんだよ、と言うか八丁堀そう言う大事な事は最初に言いな!!」

 

「言う前に飛び出そうとしたんだろが……」

 

 

 分り易く怒りを示す加代、そしてげんなりとした様子を見せる主水の様子にボロ小屋に集まった仲間達は声を上げて笑い。

 空気を引き締めるように、おりくは改めて小屋に集まった仕事人たちを見回しながら口を開いた。

 

 

「で、今回の仕事……あんた達は請けるかい?」

 

 

 不明瞭な仕事であれども、理不尽に命を奪われ今もまた泣く人がいる。

 それならば、仕事人達に仕事を受けない理由もまた、ないのであった。

 




ちなみに原作のファミコン版仕事人だと。
今回の話で助かってる、太一(怪我してた少年)とお菊(秀が保護した少女)は無惨にも殺されます。

そして、本作の二次創作(三次創作?)を書いて頂きました。
『華の大江戸騒動記』として、ボーイミーツガール杯にノミネートされております。
藤兵衛と恋女房の出会いの話が書かれております!
https://syosetu.org/novel/261949/


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お医者様達から見た棟平藤兵衛という男

藤兵衛のとんでもないやらかしの一つが、明かされる……。


そして、ボーイミーツガール杯にて出ていた『華の大江戸騒動記』
実は作者が書いておりました、セルフ三次創作と言う暴挙(一応BMG杯規約違反ではない)


 

 

 時は大江戸天下泰平の時代。

 棟平屋の主人こと棟平藤兵衛が、上様こと徳川幕府当代将軍徳川吉宗公と蕎麦屋で遭遇する少し前の事である。

 

 

「ふむ、今回も出島から届く荷物の警護。見事やり遂げてくれたのう」

 

「大旦那様からのねぎらいの言葉……感激でございます」

 

「いやそんな畏まらなくても良いんじゃぞ? 昔のように親父と呼んでくれてもええのに」

 

「そ、そんな恐れ多い事とてもとても……」

 

 

 江戸の町から遠く離れた長崎の出島にて仕入れた数々の品物を積んだ、儂の店の船が入港したと聞いて新右衛門を伴ってすっ飛んできた儂こと藤兵衛は今。

 荷下ろしする人足らの邪魔にならん場所にて、貴重品を積んだ船を荷物含めそこなう事無く送り届けた警備責任者を労っておった。

 

 こやつも最初は生意気な孤児じゃったが、新右衛門曰く光る才能があると言う事で預けたらメキメキ頭角を現してのう……。

 今では棟平屋が抱えておる用心棒の中でも五本の指に入る強者になっておるわ。

 

 

「大旦那様より預かった、この藤の鎧羽織に恥じぬ働きをせねばと言う想いだけで……」

 

「そんな気負う必要ないんじゃがのう……ほれボーナスじゃ、部下らを労ってやっておくれ」

 

「ぼーなす……? こ、これ以上頂いてはバチが当たります!」

 

「えぇい景気の悪い事言うでないわ、良い働きには相応の報酬をと常々言うておるじゃろ」

 

 

 恐縮し渋る警備責任者に金子の入った巾着を押し付けると、仕事が残っているのに呼び止めた事を詫びて港にある棟平屋の蔵へ新右衛門と共に向かう。

 しかしこう、なんで儂の部下は皆特別ボーナスを渡そうとするとしきりに恐縮するんじゃろ。

 

 ちなみにアヤツが言っておった藤の鎧羽織って言うのは、ふわっとした前世知識を基に嫁の実家である呉服屋や抱えておる職人で作った厚手の羽織じゃ。

 今は少なくなったが昔は同業者やらヤクザ者と色々あったからのう、新右衛門を筆頭に用心棒にしとる子らが怪我せぬよう何か出来ないかという考えの下に作ったんじゃが……。

 有事の際に邪魔にならず軽く刃を徹さぬという儂の無茶ぶりに見事応えた、鎧羽織という大仰な名前に恥じぬ代物になっておる。

 

 しかしこう、気が付いたら儂の知らぬところで羽織の背中部分に藤の一文字が入れられておった、なんかユニフォームみたいで恥ずかしいのう。

 

 

「大旦那様、今回も大荷物でございますが……何を仕入れられたのですか?」

 

「ん? いつもの医療用の阿片に舶来品の薬品、それに南蛮で使われておるという食材や種じゃよ」

 

 

 新右衛門の声に我に返った儂は、目録を確認しながら質問に答える。

 儂の食材や種という言葉に、新右衛門が悪食はほどほどになさってくださいませ。とか言うてきおったが素知らぬ顔で口笛を吹く儂である。

 そんな事言いつつ、お主も成功作には仏頂面を緩ませて舌鼓打っておる事知っておるんじゃぞ……目を逸らすでないわ。

 

 

「小判揚げは、美味でありますが故」

 

「お主ほんとアレ好きじゃよなぁ……そう言えば色々と無茶ぶりして酷使させてしもうとる医者達は、なんか言うてきておるかの?」

 

「そう言えば……また大旦那様の智慧を得たいと言っておりましたな」

 

「智慧言うてものう……」

 

 

 正直儂がやったの、衛生概念の伝播やらふわっとした知識を基にした薬剤やら抗生物質の概念言うた程度じゃもん。

 ソレを形にしてまとめた医者らのが、今や儂をとっくの昔に追い越しておるというのに……何を話せばいいんじゃろ?

 

 

 

 

 なお後日、医者らの嘆願に折れた藤兵衛は医者らに世間話のノリで妊娠中の性交の危険性と、悲惨な事故を回避する為に個人的に注意してる事。

 子が出来たら都合が悪い場合の避妊のコツについてなどを話したところ。

 大真面目に書物にまとめられ、自身の性事情が広まり頭を抱えたらしい。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わり、場所は棟平屋本店の隣に建てられた医療所。

 その中では清潔な着物に身を包んだ医者達が、建物の中でも厳重に締め切られた部屋で所狭しと慌ただしく今日も仕事に励んでいた。

 

 

「そう言えば今日だっけか、麻酔用の阿片が届くの」

 

「ああ、有難いことにな。丁度切らしそうだったから渡りに船たぁこの事だぜ」

 

 

 本日来院する予定の患者用の薬剤の調合が終わり、一息ついた医者達が雑談に興じ始める。

 彼等に共通している事は先にも述べた清潔な着物に身を包んでいる事、そして口元を清潔な布で覆っている事であった。

 

 

 

「『六文儲け』はどんぐらい仕上がった?」

 

「結構出来てきてる、けど作れば作るほどどこも欲しがるもんだから足りやしねぇ」

 

「吉原は言わずもがな、余命幾ばくもない病人も助かる妙薬だしな。しょうがないさ」

 

 

 医者の一人が壁の棚に所狭しと並んだ、藤の華が刻印された陶器の瓶に視線を向け。

 進捗を聞かれた医者は溜息と共に答える。

 

 『六文儲け』とは、藤兵衛のふわっとした知識と湯水のように注ぎ込まれた銭によって作り上げられた抗生物質。

 そう、時代を先取りするにもほどがある存在、ペニシリンの別名で……。

 名前の由来は、黄泉の川を渡る際に必要とされる六文銭が不要になる事、死人も蘇るという逸話からつけられた名前である。

 なお藤兵衛本人は、何それカッコイイと少年のような眼差しで江戸っ子のネーミングセンスに太鼓判を押したらしい。

 

 

「黴の煮汁だとか最初は言われてたが、今じゃどこも欲しがるから不思議なもんだなぁ」

 

「命が大事なのはどこも変わらねぇからな」

 

 

 言葉を交わしながら医者達は調剤室と札が掲げられた部屋から退出し、責任者が厳重に施錠して食堂へと向かえば。

 既にそこには医療所で働く医者や入院している患者の家族らが、昼食にありつこうと混雑していた。

 

 どうしたものかと中を見回す医者達であったが、その時一人の女性……日本人とは明らかに、文字通り毛色の違う人物が医者達を大声で呼び手招きする。

 彼女のいる机は空いており、医者達が座る分には問題がなさそうだった。

 

 

「これはしーら様、相席失礼させてもらいますよ」

 

「ドウゾドウゾー!」

 

 

 平均的江戸っ子男性である医者よりも背の高く、鮮やかな赤毛の女性は片言気味でありながらも流暢な日本語で医者達を呼び。

 どこか恐縮してる彼等を気にする事なく、オ先ニ頂キマースと言いながら自身の好物である天丼を平らげ始める。

 

 彼女の名はシーラ、医者を志していたが故郷オランダでは社会的事情から叶わず。

 極東の国ジャパンで医療を学べば親も文句は言わない筈と言う、とんでも理論で豪商である親の船に無理を言って乗り込み日本にやってきたトンチキ南蛮人である。

 

 本来ならば豪商である父についてきたものの、夢かなう事なくそのまま帰国するしかなかったのだが……。

 何の偶然かその時丁度出島に来ていた藤兵衛と話が弾み、彼女の熱意と黒船来航案件な豊満な乳房に負けた藤兵衛は彼女の受け入れを決めたらしい。

 ちなみに藤兵衛の舶来品の仕入れ先は、主に彼女の父親が経営している商会を経由しているそうな。

 

 

「毎日ガ新鮮デス、学ベルコトガトテモ嬉シイデス」

 

「そうですか……」

 

 

 しかしさすがに異人の女性、それも大旦那の妾である女性と気安く話せと言うのは江戸っ子医者軍団には少々難易度が高かったらしい。

 そんな彼女の仕事は蘭学書の翻訳と、現代でいう看護士であり……激務であるが日々充実しているとの事である。

 

 なお既に彼女は一児の母である、シーラに子供が出来た時は江戸っ子男児達も藤兵衛の射程の広さに仰天したとかしてないとか。

 

 




ちなみにオランダ人美女(たゆんぼいん)は、今作でも色々と資料とか何やらでお世話になってる方の熱い希望で登場しました。
「だって旦那だぜ?外国ボイン美女にせがまれたら断れないやろ」
「……せやな!!!!」
と言う、酷い話だ。


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求.上様と副将軍に目をつけられた儂が仕事人の必殺から逃れる方法・後

何とこのたび、とりなんこつさんが本作の三次創作を書いて下さりました!
今度は手の込んだ自作自演ではない、真っ当な三次創作です!
https://syosetu.org/novel/262615/

めっちゃ豪華な内容となってますので、是非読んでください!


 

 

 天下泰平って言うけど最早嘘なんじゃなかろうかと思い始めた江戸時代、意識を失う直前に中村様に託して気を失った儂は今どうなっているかと言うと。

 

 

「オオダンナサーン、御無事デヨカッタデース!」

 

「ぬお、シーラ!ちょっ」

 

 

 支店に詰めてた医者、そして店員らの尽力によって一命をとりとめて布団から身を起こしたところを。

 医療所に勤めている妾の一人である、オランダ美女のシーラに抱き着かれて柔らかな女体を堪能しておった。

 

 

「ワタシ、シンパイデシンパイデ胸ガハリサケソウデシタ!」

 

「そうかそうか、心配をかけてほんにすまんのう」

 

 

 涙ながらに縋りつき訴えてくる美女、これだけで最早ご褒美である。

 生存本能から藤兵衛棒もたぎりはじめておるし、ここは一発と思いその豊満な乳房や張りのある尻へと手を伸ばし……。

 

 

「うぉっほん!」

 

 

 わざとらしい咳払い、そちらに目を向けてみればそこには。

 ちりめん問屋の御隠居一行がいらっしゃいました、え? シーラと一緒に来たと?

 

 

「これは失礼しました……うっかりしておりました」

 

「藤の旦那もうっかりする事があるのですなぁ!」

 

「ほっほっほ、これはさしずめ……うっかり助兵衛と言ったところですかな」

 

 

 バツの悪さにへへへなどと笑いながら汗をぬぐえば、うっかり八兵衛と御隠居の小粋な発言で何とも言えない空気が入れ替えられる。

 そして何やら内密の話がありそうなので、控えていた医者と心配そうに傍らに座っていたシーラを退出させ。

 

 ご隠居一行と、布団から身を起こした姿勢で向き合う。

 

 

「この度は災難でしたなぁ、棟平殿」

 

「いやまさかアソコまでやらかしてくるとは、儂も思うておりませんでした」

 

「その口ぶり、やはりお心当たりはあるようで……鳴海屋とかですかな?」

 

 

 好々爺とした口調と表情でズバリと切り込んでくるご隠居、やっぱこの爺さんこええよ!

 これはもう腹括って違和感含め、御隠居に丸投げしてしまうか。餅は餅屋って言うしの。

 

 

「鳴海屋とヤクザ者の権蔵もそうですが……あやつらに忍の手の者を動かす伝手など早々ないでしょう、そうなれば」

 

「裏で糸引く者がいる、そう仰りたいんですな?」

 

「ええ、鳴海屋はがめつくはありますが小心者です。そんな男がここまで大胆な手を打てるなら、棟平屋を凌ぐ大店になっていた事でしょう」

 

 

 それに急にうちの店に敵対行為と取れる、支店店主の家内と倅を人質にし始めたのも引っ掛かるし……ん?

 待て、そういえば新右衛門どこ行きおった?

 

 

「……ところでご隠居、新右衛門は見ましたかな?」

 

「いえ、儂らは見ておりませぬが……町人らの話によれば、中地獄の鬼も逃げ出す形相で店の用心棒を引き連れて出かけたそうですよ」

 

 

 え、まさか新右衛門カチコミに行ったの?

 しかもご隠居の言葉によると儂が倒れてすぐらしい、おいおい新右衛門無茶するでないぞ……。

 

 とか思っていたら、勢いよく襖が開きそこに控えていたのは新右衛門(返り血付き)であった。

 お前帰ってくるの早いな!?

 

 ……え? そもそも儂倒れてから丸一日経ってるの?

 

 

「大旦那様、この度は傍仕えの仕事も全うできずこの不始末。なんとお詫びすれば良いか……」

 

「ええわいええわい、儂はこの通りぴんぴんしとるしな。それより新右衛門、部下まで引き連れていったようじゃが首尾はどうじゃった? それに怪我はしとらんか?」

 

「はっ、軽傷者は複数名出ましたが命に別状はございませぬ」

 

 

 ならばいい……いや隣で黙ってじっと考え込んでるご隠居は怖いが、とりあえず身内に被害が無ければそれでええんじゃ。

 久兵衛の家内と倅も無事救出できたそうじゃしな、しかし鳴海屋に正面からカチコミかけたのかの? え? 町人らの情報網駆使して、監禁してた鳴海屋の蔵割り出して強襲した?

 し、仕事が早いのう……。

 

 

「頼りになる側近のようですなぁ、藤兵衛殿が無事な姿を見られて安心した事ですし儂らもお暇させてもらいますかの」

 

「儂には勿体ないレベルの者達です……お構いできなくて申し訳ございません」

 

 

 れべる?と儂の言葉にご隠居が不思議そうにしながらも、ほっほっほと上機嫌そうに笑いながら退出していくご隠居に付き添って出ていく側近達。

 ……いやぁぶっちゃけ生きた心地しなんだわ、うん。

 

 そう言えば中村様に仕事頼んだ形になっとるけど、儂大丈夫じゃろか?

 仕事人の事知っている体になって、口封じされない?

 

 

「旦那様、幾つかお耳に入れたい事がございます」

 

「新右衛門、お主も怪我してるようじゃから早く医者に診てもらえ……話とはなんじゃ?」

 

「はい、この度の一件。裏で手を引いているは妙光尼でございます」

 

 

 うっそだろお前、マジかよ。

 なんか胡散臭いとは思っておったが……。

 

 

「根拠は?」

 

「久兵衛殿の家内と倅を監禁していた蔵の責任者が吐きました」

 

「お、おう」

 

 

 なぁ新右衛門。お前の顔についてる返り血もしかして尋問した時についたヤツ? えぇい目を逸らすな、語るに落ちとるではないか。

 救出後こちらに帰ってくる途中、中村様の使いと名乗る男とも情報交換したそうじゃが……。

 

 

「……マジ? 尼さんが大名白川家の乗っ取りの絵図描いて、殿様毒殺を姪である奥方と共謀して領内の村娘を売り飛ばし」

 

「はい」

 

「忍びの手の者使って町人に先祖の声と偽って寺に寄進させ、更に人身売買と阿片取引の計画を練って鳴海屋とヤクザ者動かして」

 

「はい」

 

「更に、南町奉行所の筆頭与力間村様は妙光尼の甥で……阿片やら人さらいやら人身売買ももみ消しており」

 

「はい」

 

「妙光尼と白川家奥方は伯母と姪の関係で、奥方と南町奉行所筆頭同心間村様は姉弟の関係。一族つるんで悪行三昧」

 

「はい」

 

「この前保護した太一には種違いの姉が居て、太一の父と夫婦になる前に母親は側室で殿の子を産んでおり姉は大名のお姫様である。故に一家は命を狙われた……と」

 

「はい」

 

 

 新右衛門たちが尋問して得た情報、中村様達が搔き集めた情報をすり合わせて見えてきた構図。

 それらに儂は激しい頭痛に苛まれ、心からの感情をぶちまけた。

 

 

「…………ばぁぁぁっかじゃねぇの!?」

 

「大旦那様のお怒り、ごもっともであるかと」

 

 

 大旦那様は力なき者達が虐げられる事を良しとしませぬから、とか新右衛門が言っておるがそれ以前の問題じゃい!!

 だけどコレが、中村様との情報のすり合わせで導き出されたという事は…………。

 

 

「まぁ悪党共の命は長くないじゃろなぁ……」

 

 

 何故かって?

 そんな絵に描いた悪党、文字通りの必殺の仕事人達が見逃すわけないじゃろ。

 

 

 しかも、太一の姉であるお菊と言う娘は貧乏旗本三男坊の徳田新之助がめ組で匿ってるって?

 そう言えばさっき、ちりめん問屋のご隠居も鳴海屋やらヤクザ者について確認するように聞いてきておったし……。

 オーバーキルもええとこじゃな、うん。 全部忘れて布団に寝転がるとしようかの。

 

 そう言えば新右衛門、お主割と血の気が多い割に諸悪の根源には殴り込もうとせんのじゃな。

 え? 幼き頃からの伝手を頼り信頼のおけるところに、仕事の依頼を出したって?

 お、お前……おさよの第一子である長女が生まれる前どころか、祝言挙げる前からの付き合いなのにそんな伝手あったの!?

 

 

「聞かれなかったもので」

 

「新右衛門、お前たまにそう言うところあるよな?!」

 

 

 棟平屋の支店にて、呑気ながらも切羽詰まった儂の声が響くのであった。




本当はここに上様視点、御隠居視点、主水視点を追加してエピソード終える予定だったんですが。
上様視点だけで文章量がかなり増えたため、これ分けた方がええな!という判断のもとこうなりました。
次回で今度こそ、悪党どもに裁きが下ります。


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職人達から見た棟平藤兵衛という男

皆様先週は更新できず申し訳ありませんでした。
コロナではなかったものの、突然の高熱とウィルス性皮膚炎が炸裂し寝込んでおりましたが……復帰致しました。

皆も体と心を大事にね!


 時は大江戸天下泰平の時代。

 江戸中で評判の棟平屋の主人である棟平藤兵衛が先の副将軍こと、ちりめん問屋の御隠居を名乗る老人と遭遇して暫く後の事である。

 

 

「おお、今回も中々に面白いモノばかりじゃのう」

 

「そうでございますか」

 

「一部の口さがない連中はこの定期発表会を道楽などと嘯くが、この蛇の細工の作りに構造資料なんて見事じゃぞ新右衛門」

 

「恐れながら浅学な身には、その良さはわかりませぬ」

 

 

 何のかんの色々あって建て直した我が屋敷、その中でも来客やら宴会やらで結構な人数が来ることが多い為広く作った広間には今。

 所狭しと並べられた、棟平屋の傘下にいる従業員が創り出した製品、ないし知識や技術をまとめた資料が陳列されていた。

 

 

「何のかんの言うてこの催しも両手の指で数えられない程度にはやっとるしの、発表品も洗練されてきておるわ」

 

「……失礼ながら大旦那様、どのあたりがでしょうか?」

 

「ふぅむ、例えばコレじゃよ新右衛門。六文儲けの大量抽出が出来るようになる可能性の報告資料とかそうじゃて」

 

「僭越ながら大旦那様、その技法を発見したならともかく……不確定な情報を発表するというのは、聊か詰めが甘いのでは?」

 

「まぁそう言うてやるな新右衛門、軽く目を通したところ職務の中で試すにゃ時間も銭もいるようじゃし……何よりもじゃな」

 

 

 失敗や叱責を恐れず、自身が気付いた内容やひらめきを信じて資料にまとめて提出する気概は賞賛されるべきじゃて。

 資料も理路整然としておるしな、まぁ失敗したら儂の目が節穴だったという事じゃからそん時はそん時じゃわい。

 

 お、これは傘下の茶屋で働いとる女中……いや連名で出された新たな茶菓子のレシピか、ふむふむ……中々に旨そうじゃの。

 今度飯炊きに作らせてみるか、あやつも儂がしょっちゅう無茶ぶりするせいかめっちゃ順応したしの。

 

 

「……そう言えば、小判揚げの新作も昨年ここで出ましたしな」

 

「ほんと新右衛門アレ好きじゃよなぁ、酒のつまみも小判揚げばっかりじゃし」

 

 

 儂が見ていたレシピの資料を覗き込んできた新右衛門が顎に手をやりながら、この集まりも有意義ではあるんですなぁなどと呟く。

 お前割と食欲強い上に脳筋じゃよな、新右衛門。

 

 ちなみに新右衛門お気に入りの小判揚げというのは……コロッケが食べたかった儂の要望で飯炊きに作らせたら。

 コロッケになれなかったハッシュポテトが爆誕、しかし齧ったらコレが美味かったせいで広まってしまった代物である。

 

 

「ついでに、油を大量に仕入れられるようになったのも……職人達が考案した、新たな油絞り機と。協力してくれてる百姓の油菜大量生産チャレンジのおかげじゃしなぁ」

 

「ちゃれんじ?」

 

「ああ、南蛮の言葉で挑戦するという意味じゃよ」

 

 

 いかんなぁ、油断すると横文字が飛び出てしまうわい。

 上様やらご隠居に不審がられないように、注意せんといかんわ。

 

 しかしまぁそんな事は横に置くとして。

 今回もめぼしいモノの報告書や資料にはハンコを押してやり、特別手当出してやらんとのう。

 いやぁ、儂も転生者のはしくれとして技術チートとか思い浮かべたものじゃが……概念だけじゃどうにもならん事が、機械工学やら物理工学は多すぎて困るわい。

 

 今生きてる時代でも、上手い事やれば有効活用できそうな際どい技術は忘れる前に書物にまとめて、厳重に封はしてあるが。

 アレはぶっちゃけ単品でまともに使えるかわからん代物じゃし、万が一合ってたら儂が危険な技術広めたとか言われて首がすっ飛ぶ事確定じゃわい。

 ……まぁ、焼き捨てるのも何かこう勿体ないのでそのままにしとるのもヤベーかもしれんけど。

 

 

 

 

 遥か遠い未来、藤兵衛が没した後に見つけられた厳重に封がされた鉄の箱。

 その中から見つけられた、藤兵衛曰く合ってるか自信ないけど合ってたらクソヤベー技術や概念が解き放たれた時。

 ソレはもう、大変な事になったのだがその事を藤兵衛は知る由もないのであった。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わり、江戸から少し離れつつも言うほど遠くなく、しかし近いとは言い切れない何とも言えない微妙な距離関係にある土地。

 その土地に江戸の大店こと棟平屋の資本と人員が大量に投入された職人町と呼ばれる町があり、この町は半ば藤兵衛の支配下にあると言っても過言ではなかった。

 

 無論大店の主人であるとはいえ、一介の町人である棟平藤兵衛が土地を有しているというワケではない。

 では何故このような事態下にあるかと言うと……。

 まだ藤兵衛が若かりし頃……正妻と祝言を挙げる前にまで話は遡る事となる。

 

 この土地を治めている大名の殿の父、先代の殿が死病に倒れた折。

 どこからともなく話を聞きつけた藤兵衛が、自身が最も信頼している医師団を伴って殿への治療を申し出たのだ。

 先代が健在な頃も藤兵衛は先代には販路や商品で非常に世話になっており、己を可愛がってくれた先代を自重を投げ捨てて救おうとしたのである。

 

 他に類を見ない大手術、しかも見た事も聞いた事も無い胡乱な内容と言う事で当然一悶着あったものの、結論から言えば先代はその治療を受ける事を快諾。

 そして手術も大成功し大名縁者は胸をホッと撫でおろし、文字通り己の頚を賭けて挑んだ藤兵衛は二度とこんな危ない橋渡らねえと新右衛門にだけ呟いて騒動は幕を閉じた。が。

 ここで藤兵衛への褒美はどうするかと言う話が浮上し、色々と政治的事情やら商売的事情やら藤兵衛の助兵衛事情やらが複雑に絡み合った結果……。

 

 名義上だけとある大名家の支配下にありながら、実質一人の町人が支配者と言える町が爆誕した。

 現在は資本流入に伴い人口も増加、郊外には藤兵衛肝入りの農場や牧場まで存在する始末である。

 冷静になった藤兵衛はコレ幕府にバレるとやばくね?と冷や汗を流しているが、今更な話である事は言うまでもない。

 

 

「親方ぁ!鉄が届きましたぁ!」

 

「そこらに置いとけぇ! 折角だ喜助!テメエに打ち方教えてやるからこっち来なぁ!」

 

「! は、はい!!」

 

 

 木造ではない、されども漆喰塗とも違う時代にしては異質な大きな建物の中で親方の一人が声を張り上げ、弟子である元孤児の少年が返事をしながら元気に汗水流して働く。

 今彼らが働いている建物は、鉄筋入りコンクリートで建てられた大型の職人用複合建築物である。

 そして言うまでもないが、藤兵衛の無数あるやらかしの一つでもある。

 

 

「だけど親方、いいんですか?打ち方なんて秘伝じゃ……」

 

「あん? 大将からは見込みあるヤツにどんどん教えろって言われっからしょうがねえだろ、その分銭も出るしな」

 

 

 恐る恐ると言った様子で口を開いた喜助の言葉に、親方と呼ばれている職人はじろりと視線を向けながらぶっきらぼうに言い放つ。

 職人の矜持とも言える口伝と秘伝をどんどん教え、切磋琢磨しろという藤兵衛の言葉は雇用主ではあるが親方自身も心から納得しているとは言い難い。

 しかし、その分支払われる銭が桁違いな上藤兵衛本人から語られた言葉。

 

『一子相伝で教えるのはまぁまだよいにしても……は?十年単位で見て覚えろとかアホじゃろ?ソレに教える前に当人がぽっくり逝ったらどうすんじゃい。呆気なく失伝してロステク一直線じゃろ』

 

 という言葉にぐうの音も出なかったというのが大きいらしい、親方もろすてくという言葉の意味はさっぱり理解は出来ていないらしいが。

 ちなみに藤兵衛本人は、金と権力にモノを言わせて職人の誇り穢してる儂めっちゃ悪徳商人してる。とか考えていたらしい、実に酷い話である。

 

 

「おーい喜助ぇ!ちょっとこっち手伝ってくれぇい!」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ爺! 喜助は今こっちで鉄の打ち方教えてんだ!順番守りやがれ!!」

 

「おーん?生意気言ってんじゃねぇぞ小僧? お前さん昨日も一昨日も喜助使ってんじゃねぇか、お前さんこそスジ通ってなくね?」

 

 

 鉄を打つ時の力加減、水の温度や窯の温度を実地で……言葉乱暴ながら教える親方の教えに必死に学ぶ喜助と言う少年。

 スジの良い少年に親方は乱暴な口調ながら、しっかり教えて弟子を育てるってのも悪くねぇやななんて思ってたら他所からかかってきた喜助を呼ぶ声に、眦を吊り上げて怒鳴り返す。

 

 喜助を呼んだ老人は老人で、大旦那こと藤兵衛とこの地を治める殿へ献上する為の肝要りの作品を拵えている真っ最中であり。

 自身の専門であるからくり細工の教えを忠実に吸収してくれる、将来有望な少年喜助を後継者にしようともくろんでいた結果。

 親方同士の仁義なき口喧嘩は、予測可能回避不能な流れで勃発するのであった。

 

 いつの時代も将来有望万能な若手と言うのは容赦無用の争奪戦なのである。

 

 

 

 

 

 余談であるが、後日届いた職人親方とからくり親方の合作になった作品……原始的な熱交換を用いた冷蔵庫を献上された藤兵衛は。

 コレどうすんべと、ひんやりした箱の前で膝をつき頭を抱えたらしい。




ちなみに作者は藤兵衛のマル秘ノートがヤバイと思ってましたが……。
色々と資料やら相談に乗ってくれてる人曰く……。

識者「藤兵衛、江戸時代の構造資料読み解けるとかこいつの前世クッソハイスペックだな!?」
作者「そこはほら、前世より現世が長いから……」
識者「ちゃうねん、資料の書き方や読み方も秘伝やねん」
作者「……てことはこのスケベ商人、当時の概念的にクッソヤベー事してねぇか?」
識者「してるよ?と言うか製法とかレシピとか、絶対紙に残すよね」
作者「残すね、間違いなく。ロストしそうなテクノロジー保護とか趣味でやりそう」
識者「しかもきちんと原本保管するよね?」
作者「するね、蔵じゃなくて地下倉庫とかに」
識者「はい、ほぼ確定で現代失伝している古刀の製造方法が生き残る事確定しました」
作者「ファー?!」

作者も勘違いしていくスタイルの勘違いモノですが、今後ともよろしくお願いします。


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求.上様と副将軍に目をつけられた儂が仕事人の必殺から逃れる方法・終幕

お待たせしました、悪党ジェットストリームアタック案件の完結編となります。
今回めちゃくちゃ難産でした……。

それと、前回本作の三次創作を書いて下さったとりなんこつ先生が、またもや三次創作を書いて下さりました。
https://syosetu.org/novel/263475/
『花魁恋歌! 藤兵衛吉原に消ゆ!? の巻』
めっちゃ面白いのでオススメです。


 

 月が天に輝く夜更け。

 大名白川家の屋敷の一室にて、年がいった女性と一人の男が向かい合い言葉を交わしていた。

 

 

「貴方は自慢の弟ですよ信貞、おかげで随分と計画も楽に進める事が出来ました」

 

「いえいえ姉上、姉上の才覚あってこそでございます」

 

 

 上機嫌そうに言葉を交わす二人の顔が行灯に照らされ、悪意に満ちた笑みを曝け出す。

 やがて二人の会話はたくらみ事の内容へと移り変わっていき……。

 

 

「しかし憎いは殿の寵愛を受けた女が産んだ娘よ、あやつが生きている限り我が子が安心して家を継げぬではないですか」

 

「姉上ご安心下さい、邪魔者が入りましたが諸共始末してみせます」

 

「貧乏旗本の三男坊とやらが、忌々しい……」

 

 

 心から恨めしそうに呟く女性。

 彼女こそは大名白川家の正室であり、邪魔者である側室の女や殿も始末した以上白川家における最大権力者である。

 だがしかし、その悪行がいつまでも許される事はなく。

 

 部屋の外、中庭の方から一人の男の声が二人へとかけられた。

 

 

「その邪魔者の三男坊とやらは、俺の事か?」

 

「何奴?!」

 

 

 突然の見知らぬ声に、男……南町奉行所筆頭与力間村は刀を手に障子を開け放つ。

 そこに立っていたのは。

 

 

「大名白川の殿を毒殺するのみならず、罪なき民や子供達を苦しめ命をも狙う所業。断じて許すわけにはいかん」

 

「藪から棒に、急に押し入って何を言うかと思えば……ここをどこと心得るか!」

 

 

 凛々しい風貌の偉丈夫の言葉に間村は不快そうに眉を顰め、誰何の声を上げる。

 だが男は風を受ける大樹のように佇み、厳しい視線を間村へと向けて口を開いた。

 

 

「南町奉行所筆頭与力……間村竜右衛門信貞、其の方民を守り法を律する立場にいながら阿片売買や人身売買を揉み消すだけに飽き足らず、罪なき家族を襲い幼子達の命を狙うとは何事ぞ」

 

 

 間村へ厳しい目を向けながら語るその言葉に間村は刀の柄に手を置いたまま、気圧されたかのように後退る。

 そして追い詰めるように一歩踏み出した男は、続けてその視線を白川家正室へ向ける。

 

 

「大名白川家奥方、其の方家を守り民を慈しむ立場にありながら。我が子を跡取りにしたい余りに道を踏み外すとは言語道断」

 

「何を偉そうに。 貴様、一体何者だ!!」

 

「何を言う間村竜右衛門信貞……余の顔、見忘れたか」

 

 

 男の言葉に改めて、まじまじと踏み入って来た不審者極まりない偉丈夫の顔を間村は見詰め。

 とある折にて、尊顔を拝見した事のある公方吉宗公である事に気付き、震える声で口を開く。

 

 

「上様……!?」

 

「南町奉行所筆頭与力、武士の一門であるならば潔く腹を切れ。正室である其の方においては頭を丸め仏門に下るがいい」

 

 

 平伏する間村と奥方、だが容赦ない沙汰を下す男こと当代将軍徳川吉宗の言葉に二人揃って覚悟を決めた表情を浮かべると。

 

 

「えぇい上様であろうが知った事でありますか! 者共であえであええーーい!」

 

「この上様の名を騙る不届き者を斬ってしまえぃ!」

 

 

 奥方が壁に掛けられていた薙刀を手に取って構えながら、屋敷に詰めている武士やニンジャを大声で呼び出し。

 間村もまた腰に下げていた刀を引き抜いて徹底抗戦の構えを見せる。

 

 じりじりと吉宗に迫る、刀を抜いた武士やニンジャ達。

 しかし吉宗は臆することなく黒呂鞘から来国俊を引き抜くと、そこに現る鈨刻まれるは三つ葉葵。

 吉宗は命を奪われそうになった幼子達、命を奪われ虐げられた無辜の民を胸に想い、静かな怒りと共に威風堂々と八相に構えると、ゆるりと刀の峰を翻した。

 

 

 

 徳川幕府当代将軍吉宗公が配下の者達と共に、仕置きに入った頃。

 鳴海屋の屋敷の中庭には今、威風堂々とした佇まいの御老公の前に鳴海屋とヤクザ者の権蔵、そして破落戸達が平伏していた。

 

 己の利益以外は平気で踏み躙る輩が平伏する理由、それは……御老公の傍に控える偉丈夫が手に掲げる、三つ葉葵の印籠にあった。

 

 

「こちらにおわす方をどなたと心得る! 恐れ多くも先の副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ!」

 

 

 そして鳴海屋達が恐れていた事態は現実となり、格さんと巷では呼ばれている男の言葉に今一度鳴海屋達は額を地面へと擦り付ける。

 棟平屋への実力行使から阿片取引に人身売買を聞かれ、口封じとばかりに光圀公へ刃を向けた身である以上、少しでも罪を軽くするために彼らもまた必死であった。

 

 

「民の生活に心を砕く棟平屋の主人を罠に嵌めるべく罪のない店の者の家内と子息を人質にとるばかりか、御禁制の品である阿片を取引しそればかりかうら若き娘達まで食い物にする所業……断じて許してはおけません」

 

 

 平伏する鳴海屋、権蔵を普段の好々爺然とした表情と打って変わり、為政者としての厳しい顔で見下ろす光圀公。

 その顔と言葉には嘘偽りも、これからの権勢も断じて許さないという厳しさが滲み出ていた。

 

 

 

 

 空に浮かぶ満月に雲が時折かかる朧月夜。

 一人の同心が建築途中の大寺院の中を、ゆっくりと歩んでいく。

 

 本来ならば大寺院の主である妙光尼の手のモノである忍が控えている大寺院であるが、今宵は異なる場所に配置されている事もありその中は不自然なぐらいに静まり返っていた。

 やがて同心……中村主水は、目的の人物がいる部屋の前に立つと障子の戸を軽く叩き、中へと声をかける。

 

 

「こんな夜更けに申し訳ありません、南町奉行所の中村と申します」

 

「中村様でございますか、如何なされましたか?」

 

 

 本来今宵は、この大寺院に己の甥や便利に使っていた商人達を集めて会合を開く予定であったのだが、不自然なまでに誰も集まらず。

 妙光尼が気を張り詰めさせていた中やってきた来客が、昼行燈で幾らでも騙しようのある中村と気づきにこやかな仮面を被って応対を始める。

 

 

「いえ、実は家内にこんな夜中であるにもかかわらず妙光尼様の有難い話を聞いてこいと、尻を蹴っ飛ばされまして……」

 

 

 今も妙光尼の前で、ばつが悪そうに後ろ頭を掻いている同心には警戒を誘う要素は一欠けらもなく。

 故にこそ、万が一に備えての肉壁に使おうと内心ほくそえみながら人々の為に心を砕く尼として接する。

 

 

「素晴らしい奥方ですね、それでは……」

 

「その前に私から一つお尋ねしたい事があるんですけどね」

 

 

 学のない町人を簡単に感激させ、己の信者へと転ばせた説法を始めようと妙光尼が口を開いたその時。

 とぼけたような口調で、中村は妙光尼の言葉を遮って語り始めた。

 

 

「人は死ぬとあの世へ行くと言いますが……妙光尼様は、地獄へ堕ちるんでしょうねぇ」

 

「……何?」

 

「いえ、あれだけ殺しちゃぁ……到底極楽へは行けまいと思いまして」

 

 

 とぼけた気の抜けるような口調の中に潜む、鋭い刃のような言葉に妙光尼は背筋に氷柱を突きさされたかのような錯覚を覚える。

 失礼極まりない言葉をぶつけてきた昼行燈と有名な同心の目を、妙光尼は改めて真正面から見据えた時。

 

 その時になって漸く、妙光尼は己の目の前に立つ同心が昼行燈などという仮面を被った悍ましい何かであると理解した。

 

 

「貴様……ただの昼行燈ではないな!?」

 

 

 先手必勝とばかりに、懐に潜ませていた南蛮渡来の短銃を引き抜いて目の前に立つ何かを排除しようと、妙光尼は怯えと恐怖に突き動かされながら動く。しかし。

 それよりも早く中村は刀を引き抜くと、一足飛びに妙光尼へと駆け寄り。

 

 逆手に構えた刀を、妙光尼の胸へと深く突き立て、その刃は玄人の妙技によって骨に当たる事無く臓腑を切り裂き妙光尼を一撃にて絶命せしめる。

 目を見開き体を痙攣させる妙光尼を、虫けらを見るような目で中村は見詰めると返り血を浴びないようにしながら刀を引き抜き、血振りをして鞘へと納めた。

 

 

「……説教は、地獄の鬼共にしてやるんだな」

 

 

 妙光尼の描いた計画によって殺された人々、深き悲しみに落とされた人々を想い呟かれた中村のその言葉は。

 中村の手によって手早く証拠隠滅がなされ妙光尼の死体以外は暗闇の広がる大寺院の中に、消えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 儂がニンジャが放った毒で倒れ、目覚めたその日の夜にそりゃもう色々と大騒ぎだったらしく。

 まぁ平たく言うと、今回の騒動の悪党どもが軒並み成敗され……ついでに外国船に売り飛ばされる寸前だった娘さん達も無事救出されたらしい。

 ちなみに儂は、江戸中から届いたお見舞い品の返礼やら整理やらで、全部終わってから事の顛末を新右衛門から知らされる始末じゃったわい。

 

 そんなこんなで少しばかり時間は流れ、全体的に落ち着いた頃の昼下がり。

 

 

「いやぁ、急に来たのに茶だけじゃなく茶菓子まで出してもらって、すまねぇな旦那」

 

「いえいえ気になさらないで下さい中村様」

 

 

 見回りの途中で立ち寄ったとか言って、ふらっとやってきた八丁堀の旦那と対面で座りながら茶を啜っております。

 やべぇよやべぇよ、これもしかして仕事人の事知ってるかどうかとか探りに入れに来たんじゃね?下手すると儂トランペットの音と共に始末されね?

 

 

「実は旦那に相談があるんだが……」

 

「何でありましょう?」

 

 

 内心ひやひやしてる儂とは裏腹に、どこか言い辛そうにしている八丁堀の旦那。

 そして意を決したのか、がばっと頭を下げてきた。

 

 

「カカァとババァに後継ぎせっつかれてんだけど一向にできやしねえんだ……旦那なら、何とか出来ねえか?」

 

「なるほど……」

 

 

 セーーーーフ!圧倒的セーフ!

 八丁堀の旦那の腹の底はともかく、とりあえずはセーフじゃ儂!

 

 ともあれ、子作りでお困りでしかも儂を頼って来たとあらば、応えて差し上げねば名折れと言うモノ。

 

 

「そうでありますなぁ……まず前提の話になりますが、女人には子ができやすい時とできにくい時が……」

 

「大旦那様、来客でございます」

 

「む? 待ってもらう事はできんかのう?」

 

 

 薬やらなんやらも大事だが、まずは周期的サムシングが大事故そこから中村様に伝授しようとしたところ。

 襖をあけて新右衛門が来客を報せにきた、とりあえず中村様今おるし……え? 後回しでいいから気にせんでほしい?

 

 まぁ中村様がそう言うならええけど……この昼行燈、相談しつつついでに見回りでサボってね?

 

 そんな事を考えつつ新右衛門に来客を通すよう話をして暫し後、やってきたのは。

 

 

「失礼する、忍の手によって毒を盛られたと聞いた時は驚いたが……壮健そうで何よりだ、棟平屋」

 

「うむ、心配したんですぞ」

 

 

 上様と御隠居じゃった、何で二人揃ってやってきてんの?そんなに儂にギャラクシー猫フェイスさせたいの?

 あ、中村様が二人の顔を二度見しておる、あの様子……気付いてしもたようじゃの。

 

 中村様、SANチェックのお時間でございまする。

 

 

 




殺陣のシーン何回も書こうとしたんですけどね、無理でした。
上様の殺陣のシーン、見れば見るほど発見あるんですよ。
あの動きの文章化は、どう頑張っても作者の技量では無理でした。


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妻や妾達から見た棟平藤兵衛という男

今回賛否両論かなーって心配になりながらも、自重せず投稿していくスタイル。

新右衛門が頑なに女性の趣味について口を割らなかった理由が、今明かされる。


 

 

 時は大江戸天下泰平の時代。

 藤兵衛が凶刃によって一時意識を失い、その後芋蔓式に大量の悪党にお裁きが下って少し過ぎた頃の事である。

 

 色々とここ最近ごたごたが続いておったのもあったので、久しぶりに正妻であるおさよと今年で数えで14になる長女と共に、団らんの時を過ごして居った。

 

 

「藤太郎も日々健やかに育っておるのう」

 

「旦那様のおかげですよ、何かあったらすぐお医者様に診て頂けますし」

 

「それもあるとは思うが、それ以上におさよが愛を注いでおる事に尽きるのじゃよ」

 

 

 愛妻であり娶る為に色々と全力を尽くした恋女房、おさよの腕の中ですやすやと寝息を立てている長男藤太郎を見て、思わず目じりが下がる儂である。

 それにおさよも儂の二つほど下の年齢なのじゃが、儂が広めた美容やら体型維持を熱心にやってくれておるおかげか、未だにみずみずしく若々しい外見なのじゃよな……たまらんわい。

 若い頃から豊満だった胸の果実もずっしりと育ち、かつ引っ込むところは引っ込んで居るしのう。

 

 

「……お父様、日が高い内から助平心を隠そうとしないのはどうかと思います」

 

「おうっふ」

 

 

 儂の助平な視線が母親に注がれている事に気付いた長女、おとよがジト目で儂を見つつ容赦ない言葉をぶつけてくる。

 結構な数の妾を抱えておる儂じゃが、最初に子を産んだのはおさよなんじゃよなぁ……ちなみにここに居ないおさよが産んだ娘達は習い事に精を出して居るみたいじゃ。

 

 ちなみに、愛妻を抱えてるのに妾を大量に抱え子を孕ませるのはどうかと自身でも思った事が無いわけではないが……。

 一周回って今は開き直り、全員愛して幸せにすれば多分セーフ理論で生きておるわい。

 

 

「しかしほんと、何人も産ませてきたが子供と言うのは愛らしいのう」

 

「もう、旦那様ったら……藤太郎が起きちゃいますよ?」

 

 

 愛妻の腕の中で鼻提灯を作る勢いで爆睡している長男の、ぷにぷにしたほっぺを突く儂、そして苦笑いしつつそっと儂の手から藤太郎を逃がすおさよ。

 なんで儂がこんな時代に、なんて思った事は一度や二度ではないが……この光景を見られた今は、むしろ感謝しかないのう。

 

 しかしこう、こうなってくると段々増える子供の中でも早い段階で産まれたおとよや長女と同年代の娘達の将来が気になってくるのが親心。

 儂がじみーーに続けておる、江戸っ子男子性癖啓蒙作戦により。

 

 巨乳や目鼻立ちがくっきりしてる女子も良いよね、と言う空気が醸成されつつある今もう数年も経てば娘達の嫁入り先も早々困る事はない筈じゃ。

 だが、うーーーーーむ。 それはそれで複雑な親心なんじゃよな。

 娘さんを下さい!ってされたら儂、冷静でいられる自信ないもん。

 

 

「そういえばおとよや」

 

「どうされました? お父様」

 

 

 母親であるおさよ程の巨乳でないにしろ、おさよの美貌と体つきを見事に受け継いだ娘であるおとよへ声をかける。

 あんまりこういう事聞くのは男親としてどうなんだと我ながら思わなくもないが、しかし好奇心には勝てぬのじゃ。

 

 

「気になっておる男はおるかい?」

 

「な、何を急に言い出すのですか。お父様!」

 

「これ大声を出すでない、藤太郎が起きてしまうではないか」

 

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 

 ずばりと聞いた儂の言葉に、顔を真っ赤にして声を荒げるおとよ。 コレ居るな、気になってる男が。

 荒ぶる長女を宥めつつ、儂の内心はもう荒れ狂う日本海よ。どないしたらええんじゃこの気持ち。

 

 

「ご一家で団欒のところ失礼します、大旦那様。ご来客がお見えになられました」

 

「む、そうか……誰かのう?」

 

「南奉行所の中村様でございます、見回りがてらやってきたそうです」

 

「……八丁堀の旦那、見回りと言う名目でしょっちゅう来るのう」

 

 

 障子の向こうから新右衛門が声をかけてきたので用件を聞けば来客との事、しかも必殺で仕事人な中村様である。

 アレからちょくちょく茶を飲みに来るんだけど、あの人有事以外はマジで昼行燈というか隙あらばサボろうとする面白お役人じゃよな……。

 

 

「あ、新右衛門様……」

 

 

 その瞬間、ポツリと呟いたおとよの言葉に思わず振り向く儂。

 

 おとよは儂が振り向くのに合わせて慌てて俯いたんじゃが、一瞬その頬が赤らみ乙女の貌をしていたのを儂の目は見逃さなんだ。

 …………え、マジ?

 おとよがオシメをしていた頃から今まで、割と新右衛門に懐いておるなーって呑気に思っておった儂じゃが。

 

 思わず新右衛門の顔を真顔で見詰める儂、気まずそうに眼を逸らす新右衛門。

 ちょーーーっとお話しようか? 新右衛門!?

 

 

 

 

 

 

 急遽見逃せない問題が発生した大旦那こと、藤兵衛が傍仕えである新右衛門を……お茶と茶菓子をたかりにきた中村主水を交えて色々問い詰めていた頃。

 屋敷に住んでいる妾達は談笑を楽しんでいた。

 

 彼女達の普段の仕事は千差万別で、女中として屋敷を切り盛りする一人である妾もいれば。

 飯炊きの一人として、日夜料理に勤しんでいる者もおり……中には医療業務に従事している者、更には身に着けた技術を手習いとして他の妾達に教授している者までいる。

 妾の数、そして技能保持者の量からとあるご隠居は棟平屋の本家屋敷にいる女子だけで、一つの技能者集団になっておりますなぁなどと言う始末である。

 

 では、そんな女性達の話題の中心は何かというと……。

 

 

「旦那様との逢瀬は天にも昇る程に幸せでありんすけども、帰ってこれるか心配になりますわ」

 

「そうですねぇ」

 

 

 彼女達を妾として囲っている男、棟平藤兵衛が主に話題の中心である。

 今も吉原から身請けされた細身ながら胸が豊満な、切れ長の目と頬に刻まれた傷が印象的な女性こと竜胆が言葉ほど困って無さそうな様子で言葉を紡ぎ。

 にこにことした朗らかな笑顔と屋敷で一番のナイスバディと藤兵衛が太鼓判を押している、女中のお玉がのんびりとした声音で相槌を打っている。

 

 ちなみに二人とも何人か藤兵衛との間に子を設けており、幸せを満喫している状態である。が。

 彼女達が藤兵衛に囲われるまでの間の生い立ちは、決して平坦で穏当な道ではなかった。

 

 竜胆はかつては寒村から吉原に売られ、それでも苦界の中で這い上がりとある遊郭で格子にまで上り詰めた才女であった。

 だがある日刃傷沙汰によって顔と体を斬られ傷付けられてしまい、命こそ何とか拾えたが文字通りの傷物とされ……。

 困窮していたところを、何度も竜胆と閨を共にした藤兵衛が事情を知り身請けして、今に至るのである。

 

 ちなみに藤兵衛はこの時珍しく本気でブチ切れ、竜胆を傷付けた人間から背後関係に至るまで経済的に更地にしている。

 

 

「でもほんとにぃ、こんなに愛してもらえるだけでも極楽なのに……ややこまで授かれるなんて、まるで夢のようですねぇ」

 

「ええ、ほんに。旦那様はあちきらの救い主でありんすね」

 

 

 間延びした口調と共に、最近子を授かった事が判明した自身のお腹を着物の上からお玉が愛おしそうに擦り、同じ男を愛する竜胆もまたお玉の言葉に同意を示す。

 お玉は母親が遊女で産まれてからずっと吉原だけが己の世界の女性であった。

 江戸っ子男児らには不人気な体つきであるも、その朗らかで暖かな性格と細やかな所に気が届く在り方から人気もそこそこあり、座敷持ちにまで至った女性である。

 

 しかし、ある時客から梅毒を移されてしまい……母と同じように鼻がもげて死ぬのかと恐怖しながら、病が齎す倦怠感と発熱に寝込んでいたその時。

 吉原の梅毒蔓延事情を知った藤兵衛が、六文儲けことペニシリンを持ち込んだのである。

 

 この時多少すったもんだの騒動があったが、藤兵衛が齎した薬剤によってお玉の病状は完治し。

 その後、お礼を直接言おうと藤兵衛の下へお玉が足を運んだ時に、着物の上からわかる見事なナイスバディに藤兵衛の目が釘付けとなり、流れるように身請けされて今に至るのであった。

 

 これらの一連の流れから、吉原における藤兵衛への好感度は決して悪くなく、むしろかなり高い部類にあったりする。

 刃傷沙汰で傷物にされた遊女を身請けし、梅毒で死にかけた遊女を救い見初めて身請けする。ちょっとした吉原の英雄扱いである。

 

 

「ア、オタマさんとリンドウさーん! オコトを教えてクダサーイ!」

 

「シーラさんは元気ですねぇ……ええ、いいですよぉ」

 

「医療院でも忙しいはずですんにねぇ、よろしゅうありんす」

 

 

 そんな中、仕事を終えて屋敷へ帰って来た妾の一人。オランダボイン美女シーラが元気よく元遊女の二人へ声をかけ。

 どんな時でも元気一杯な妾仲間の様子に、二人の女性は柔らかな苦笑いを浮かべながらその申し出を快諾するのであった。

 

 

 何のかんの言って、棟平家の妾間の関係は非常に良好のようである。

 ちなみに妾達は飛びぬけて愛されている正妻のおさよを羨ましく思う事はあれど、藤兵衛の全力の愛情を受け止め切れる彼女を尊敬こそすれ悪く思う事はないそうな。

 

 




今回も吉原やら遊郭、遊女についてのアドバイスを知り合いから受けつつかき上げました。
いやもうほんと、色んな人に頭が上がりません……大江戸騒動記は色んな人の応援と知識で作られております。


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求.簀巻きにされて攫われた儂が桜吹雪の人にまとめてしばかれない方法

Q.藤兵衛の女体趣味や外見趣味で判り易いイメージって何?
A.LastOriginのムチムチドスケベ女体勢


またもやとりなんこつ先生に三次創作を書いて頂けました!
相変わらずの解像度の高い藤兵衛でオススメです!
https://syosetu.org/novel/264273/


 天下泰平は己の心にあるを最近掲げて生きている江戸時代。

 妙光尼が絵図を描いていた悪事無双の後始末を何とか終えた儂が今どうなっておるかと言うと。

 

 

「……つめたっ!? ……なんぞこれ?」

 

「けっ、やぁっとお目覚めか」

 

 

 気持ちよく爆睡してたところを、顔面に冷や水をぶっかけられておった。

 いや待て何でこうなっとるの、というか簀巻きに何でされとるの? 儂。

 

 色々と町人に拝まれたり何やらする事はあれど、儂自身恨みを買ってないとは言えぬのは事実じゃが。

 それはさておいても、ここまでいきなりされるのさすがに想定外じゃ。

 そもそも、何で儂こうなってんの? ええっと、昨晩は確か……。

 

 

 

 そうじゃ、長女であるおとよと一番の側近である新右衛門が恋仲である事が判明して……。

 そんでもって、突然の内容に儂は顎が落ちるほどに驚き、それでも何とかその場は取り繕って凌いだんじゃ。

 じゃけども、その後どうなったんじゃったっけ。

 

 

「ち、父上……何故こんな事を……?!」

 

「鷹丸、これも恨みを晴らす為。そして借金を返し店を盛り立てる為じゃ」

 

 

 簀巻きにされた儂の耳に、二人の言葉が入ってくる。

 確か片方は……アレじゃ、正妻であるおさよを醜女とこき下ろした上棟平屋と嫁の実家である椚屋を潰そうとした、黒檀屋の主人の声じゃな?コレ。

 

 

「おい、こいつをダシにすれば本当に金は返せるんだろうな?」

 

「へ、へい!この男の商売のからくりと店の金を奪えればすぐにでも!」

 

 

 簀巻きにされたまま転がり、声のする方へ顔を向けると……。

 顔に傷のあるヤクザ者に対してへいこらしている黒檀屋の主人と、その様子を複雑そうな顔で見ている黒檀屋の倅がおった。

 あ、倅がこちらに気付いたけど申し訳なさそうに目を逸らしおった。

 

 そう言えば、昨晩は。ええと……。

 

 

『おろろーん!おろろーーーん!!』

 

『藤の旦那ぁ、そんぐらいにしといた方が……』

 

『しゃらぁっぷ!店主今日の会計は全部わしがもつ!つまりぜーんぶわしのもんじゃ!飲み食いしきれんもんは全部恵んでやるし他の客の会計ももってやるわ!じゃから好きにさせろぉ!おろろぉーーーん!!』

 

 

 どう考えても自業自得です、本当にありがとうございました。

 そうじゃ、んで最後に意識を失うぐらいの時に黒檀屋の倅と……もう一人の誰かとで、介抱してくれたんじゃ。

 ……あれ?じゃあなんで儂簀巻きになってんの?

 

 

「しかしでかしたぞ鷹丸、お前のおかげでにっくき棟平屋に恨みを晴らすだけではなく黒檀屋も助かるわい」

 

「わ、私はそんな事の為に棟平屋を助けたわけじゃありません!」

 

 

 振り返っている儂に対して、嘲笑がこびりついた顔を向けながら倅である鷹丸君をほめそやす黒檀屋。

 しかしその言葉に対して、納得いかないと言った調子で鷹丸君は反論している……まさに鳶が鷹を産んだってヤツかの?

 

 いつもこんな状況に陥ったら、すぐに新右衛門が駆けつけてくれるもんじゃが……。

 昨晩屋敷を出る前に、ついてくるなとめっちゃ厳しく言ったの儂じゃもんなぁ……さすがに助けて新右衛門ってのは道理が通らぬわ。

 

 

「しかし父上!こんな事で店を盛り返しても、すぐにお役人様に見つかります!」

 

「役人なぞ銭を掴ませればころりと転ぶわ」

 

 

 その役人に掴ませる銭は何処から調達するつもりなんじゃろ?ああうちの店潰して確保する気か……なんじゃその自転車操業。

 しかしこう、どうも話を聞くにあのヤクザ者は黒檀屋に金貸しをしている一味で、黒檀屋の倅は善意で儂を介抱したが……。

 儂に恨みがある上、商売的にのっぴきならない状況の黒檀屋にしてみたら、鴨がネギしょってやってきた状態であったというワケじゃな。

 

 何じゃこの地獄、どないしょ。

 

 しかしこう、仮に黒檀屋の要求に乗ったとして、儂が生きたまま解放される可能性は……低いじゃろうなぁ。

 いやじゃいやじゃ!儂はまだ死にとうないし……。

 何よりも!

 

 

『へぇ旦那の娘さんに良い男が出来た、と。めでてぇ話じゃねぇか!』

 

『おろろーんおろろーん!そうは言うても男親としてのあれやそれがじゃなぁぁぁ!』

 

『娘ってのはいつかは巣立つもんだろ?それとも娘さんが好いてる男に何か問題でもあるんでぃ?』

 

『……いや、ない。新右衛門は血の繋がってない、儂の長男のようなもんだしイイ男じゃ。娘を託すにこれ以上相応しいのはおらん』

 

『なんでぇ、旦那の腹積もりはもう決まってんじゃねぇか!』

 

 

 昨晩、何軒目かもわからない酒場で愚痴に付き合ってくれた遊び人の金さんと名乗ってた男の言う通りじゃったんじゃ。

 儂の初子であり、目に入れても痛くない愛娘を託せるのは新右衛門しかおらん。その二人を祝福もせずに死ぬわけにはいかんのじゃぁぁぁ!!

 

 あ、そうじゃ思い出した。

 儂を介抱してくれてたの、黒檀屋の倅と金さんじゃった。

 

 

「ぬおおぉぉぉぉぉ!!」

 

「げ、なんだコイツ!急に暴れやがって!」

 

 

 簀巻きの状態で壁まで転がり、必死に壁によりかかりながら立ち上がるとぴょんぴょこぴょいと跳ねて儂は脱走を試みる。

 ここがどこかもわからんし、騒動を起こしても誰にも気づかれないかもしれん。

 

 しかし、諦めるわけにはいかんのじゃ!そう、これは自由と未来へ向けた儂の大脱出!

 

 

「おとなしくしてやがれ!」

 

「あふん!?」

 

 

 そして後ろからヤクザ者に思い切り蹴りを入れられて顔面から地面にビタァンと倒れ込む儂、大脱出終了のお知らせであった。

 

 

「良い恰好ですなぁ棟平の大旦那。助かりたければ最近の景気の良さを私共にも分けて頂けませんかねぇ?」

 

「……いやそうは言うても、家内への暴言も水に流してやるから傘下に降れ言ったのに突っぱねたのお主じゃろ」

 

 

 顔面から転んだ儂の襟首をつかんで起こした黒檀屋が、ニヤニヤとした笑みを顔に張り付けながら儂を見下して言葉を吐きおる。

 あの時は儂も若かったし、不毛な商売合戦繰り広げるのも嫌じゃったから降伏勧告したんじゃが……。

 突っぱねた上客をコケにした商売続けた結果、困窮しておるんじゃもん。自業自得じゃろ最早。

 

 

「大店である黒檀屋が棟平屋なんぞの下につけるか! ええい、貴様が大事にしとる家族とやらも店も全て儂のモノにしてやる。尤も貴様が大事にしとる女共はいらんがなぁ!」

 

「……性根が腐っておるのう、第一お前なんぞに儂の商売は真似できんわい」

 

「抜かせぇ!」

 

 

 調子こいたこと抜かしてきた黒檀屋の言葉を、鼻で笑い飛ばしながら挑発した儂。その言葉に顔を真っ赤にした黒檀屋、儂を全力で蹴り飛ばす。

 ぎゃふん!?と叫びくるくると回転しながら転がり、監禁されていた部屋の障子を突き破って屋敷の中庭に転がり落ちる儂。地味にいてぇ!

 太陽の高さ的に、どうやら今は昼前ごろらしいのう。

 

 ……ここはあれか、黒檀屋の屋敷かの? なんか荒くれ共があちこちに屯しとるが、コレ全部借金取りかの?

 視界の隅には父親を止めようとするも、しかし動けず申し訳なさそうにしとる倅も見えるわ……。

 

 

「鷹丸、水車責めの準備をしろ!こいつは徹底的に痛めつけてやらんと気が済まん!!」

 

「ち、父上!そこまでするのは人の道理に外れ過ぎております!」

 

「ええい!父親の言う事を聞かぬ息子がどこにおる!とっとと準備せい!!」

 

 

 気炎を吐く黒檀屋、変わっておらんのうコヤツ。普段は知的ぶってるくせにちょっと突くとすぐぼろを出すわい。

 必死に父親を止めようとする倅君だが、容赦なく顔を殴打されて床を転がっておるわ。

 けどもさすがに水車責めは勘弁じゃ…………どないしょ。

 

 

「誰か助けてくれんかのう……」

 

「おう、呼んだかい。旦那」

 

 

 簀巻きになったまま屋敷の中庭に転がった儂の、切実な呟きに応じる男の声。

 騒然とする屋敷の連中を尻目に、ごろりと転がって声のした方へ向けばそこに居たのは遊び人な風体をした偉丈夫。

 確か……そうじゃ、昨晩豪快に奢り倒して意気投合した遊び人の金さんじゃ!

 

 

「おう旦那、昨日はありがとな。久しぶりに良い酒たらふく呑めたぜ」

 

「いえいえ、こちらこそ愚痴に乗って頂き感謝いたす。ついでにこの縄解いてくれんかのう?」

 

 

 ごろごろごろと転がり、金さんの近くまで目を回しながら転がっていく儂こと簀巻き藤兵衛。 

 そんな儂の様子に大笑いしながら、手際よく縄を解いてくれる金さん。うぅむ久方ぶりの自由じゃわい。

 

 じゃあ金さん、このままうまい事撤退を……。

 

 

「えぇい二人程度、始末してしまえば誰も後の事など知りやせん! まとめて始末しろ!」

 

「しょうがねえなぁ、銭の為だ。覚悟しろよお二人さん」

 

 

 そして黒檀屋の言葉と共に逃げ道を塞がれる儂と金さん、ガッデム。

 やべぇよ、やべぇよ……え? 安全な隅っこに隠れてろ? すんません頼んます金さん、今度うちの傘下の店でたらふく御馳走します故。

 

 そんな事やってる間に、瞬く間に悪党どもをしばき倒していく金さん。

 アレ?もしかしてこの人も上様とかの同類?

 

「あ、金さん!黒檀屋の倅は儂を介抱してくれた恩人です、そっちは手出し無用で!」

 

「おうよ!」

 

 

 そんなやりとりしてる間に、数人しばき倒した金さんが佇まいを糺すや否や。

 黒檀屋と悪党親分を見据えて口を開き……。

 

 

「慌てるんじゃねぇやこのすっとこどっこい! 手前らのような悪党がのさばったんじゃこの世は地獄だ、花も桜もあったもんじゃねぇや!」

 

 

 思わず男である儂ですら惚れそうな口上と共に、片袖を捲ると……右半身に刻まれた桜吹雪の刺青を白日の下に晒した。

 桜吹雪の刺青、遊び人の金さん…………。

 

 なんか思い出しそうなんじゃがなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 その後色々すったもんだがあり、参考人として北町奉行所のお白州に呼び出される事となった藤兵衛であるが。

 呼び出される前に藤兵衛は必死になって、当日自分を救い出した後いつの間にか姿を消していた遊び人の金さんを探していた。

 

 その理由はただ一つ、酔いつぶれた自身を介抱してくれただけではなく、力及ばなかったが暴走する父親を止めようと努力していた黒檀屋の倅の為である。

 極端な事を言えば、藤兵衛自身が持つ人脈を駆使すればやりようはあったのかもしれないが、今回に限っては事件が事件だけにその手を借りるわけにもいかなかったのだ。

 しかし、その努力も空しく遊び人の金さんは見つからず……。

 

 お白州の場において、黒檀屋の主人とヤクザ者を庇うつもりは毛頭ないが、しかし倅に罪が及んでは気の毒だと思い口を噤む藤兵衛。

 その様子に勝利を確信し、調子に乗って言い逃れを続ける黒檀屋とヤクザ者、思わず藤兵衛の額にも怒りの血管が浮かび。

 

 

「そうじゃ、金さん……遊び人の金さんを呼んでくだされお奉行様!あの方なら全てを見ておられます!」

 

「ほう?」

 

 

 口を噤んでいた中、突如叫び出した藤兵衛の言葉に怪訝そうな表情を見せる北町奉行。

 そんな輩など知らないと口々に述べ、藤兵衛を罵る二人にとうとう我慢の限界が来た藤兵衛は、二人を睨みつけて叫ぶ。

 

 

「黙れ!出来たお主の倅にまで罪が及んだらどうする!? お前も父親ならせめて子の罪はなくなるようにすべきじゃろ!?」

 

「はっ、何を言うか棟平屋。子供など親の為にいるものだろう」

 

 

 根本的な価値観の違いから、火花が散る勢いでにらみ合う藤兵衛と黒檀屋。

 だが、その二人の睨み合いを遮るかのように北町奉行は口を開く。

 

 

「金さんか……その者を白州に出せば、白黒がつくと申すのだな?」

 

 

 奉行の言葉に、頷き口を開いて肯定を示そうとする藤兵衛。

 しかしその言葉を遮るかのように、黒檀屋が口角に泡をつける勢いで叫ぶ。

 

 

「お奉行! 性根までスケベ根性に染まった色ボケの言葉に耳を貸してはなりませぬ! 金さんなんてヤツ、いるはずもない!」

 

「棟平屋の申す通り、居たらどう致す?」

 

「見てみたいもの、とお答え致しましょう」

 

 

 黒檀屋の言葉に、厳しく詰問する口調で言葉を紡ぐ北町奉行。

 その迫力にも臆さず、黒檀屋はとぼけるような口調でいるはずもないと言った様子で話す。

 

 一瞬、緊迫するお白州。

 だが次の瞬間、北町奉行遠山左衛門尉は破顔すると口調をがらりと変えた。

 

 

「左様か……催促されたんじゃしょうがねぇ! この桜吹雪に向かってだんびら振りかざしたの、よもや忘れたとは言わせねえぞ!」

 

 

 厳格な北町奉行から、江戸の町を歩く遊び人になったかのような言葉遣いの変化にたじろぐ黒檀屋とヤクザ者、ついでに藤兵衛。

 そして、北町奉行は袖をはだけ……桜吹雪の刺青を黒檀屋とヤクザ者へ見せつけた。

 絶句する黒檀屋とヤクザ者、ついでに藤兵衛……そして、遠山左衛門尉は厳しく二人の行状と罪状を述べ、裁きを言い渡すと二人を引っ立てるよう白州に詰めていた役人に命じた。

 

 そんな中藤兵衛はぽかんとした表情の中、真っ白になった頭の中で驚愕の叫びをあげていた。

 遠山の金さんじゃねぇか! と。

 

 その後、魂が抜けたかのように呆けた顔をしている藤兵衛を、遠山左衛門尉はちょいちょいと手招きする。

 

 

「棟平屋、この度は災難であったな」

 

「いえ、むしろお奉行のお手を煩わせてしまい……黒檀屋の倅は、どうなるのでしょうか?」

 

「そう固くなるな……倅についても悪いようにはせぬ。それよりも……家族は心配させるものではないぞ、旦那」

 

 

 遊び人だと思って接していたのが北町奉行と知り、心の底からビビり倒している藤兵衛に対して遠山左衛門尉は朗らかな笑みを浮かべると。

 あの夜偶然出会った酒場で、意気投合した飲み仲間の家族の幸せを祝う言葉を告げるのであった。

 

 

 

 

 なお余談と言う名の蛇足であるが。

 その後、遊び人の金さんと名乗る北町奉行に酷似した偉丈夫が……頻繁に棟平屋傘下の茶店や酒屋に顔を出すようになったとかならなかったとか。

 




ちなみに余談ですが。
藤兵衛は年齢が33ぐらい、おさよは31ぐらい。
新右衛門は25~27ぐらいで考えております。

(追伸)
第一話では藤兵衛を40歳と書いてましたが、これはひとえに作者のガバです。
2話以降と執筆に間隔があいた事で、年齢設定が頭からすっぽ抜けていました。


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求.大岡裁きから逃れる方法

大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。
今後もこんな感じに不定期な更新になるかもしれませんが……完結までは走ります!


 

 時は江戸時代、天下泰平と言うものは考えるのではなく感じるものだと思い始めた今日この頃。

 儂こと棟平藤兵衛は貧乏旗本の三男坊と言い張っているマツケンと、今日も今日とて見回りと称したサボりにやってきた八丁堀の旦那こと野生の中村様と共に飯屋にて料理に舌鼓を打っておった。

 

 しかしこう、中村様……徳田新之助が当代将軍である事気付いておるっぽいのに、もはやサボりを隠そうとしてないのは図太いのか逞しいのかようわからんのう。

 

 

「今日は儂の奢りじゃぁ!じゃんじゃん飲み食いするが良いぞぉ!宵越しの銭は無粋じゃからな!!」

 

「よっ大将!太っ腹ぁ!」

 

「どうせなら、見てみたい藤の一つ蔵!!」

 

「構わんわい!何なら隣も向こう隣の店もまとめて奢ってやるわ!」

 

 

 儂の景気の良い啖呵に店に居合わせた江戸っ子達は拍手喝采、どこからともなく飛んできた口上にも叫ぶように返してやれば万雷の拍手と共にヤンヤヤンヤと騒ぎ出す江戸っ子達。

 そんな儂の様子に共に顔を見合わせて苦笑いをしている上様と中村様であるが、江戸の経済活動を全力でぶん回してるんだからお目こぼししてほしいのじゃよ。

 

 決して長女と新右衛門の祝言を見届けた興奮と感動とやるせなさが一週間経っても消えず、テンションがぶっとんだままなんかじゃないのじゃよ。いやほんとじゃよ藤兵衛嘘つかない。

 ちなみに新右衛門は新婚なので強制的に休みを取らせておるわい、というか棟平屋全体がお祭り騒ぎでどんちゃん騒ぎ状態じゃ。

 

 

「しかしよぉ棟平屋、俺としては願ったり叶ったりだけどよぉ……毎日のようにこんな大騒ぎして大丈夫なのか?」

 

 

 ちびちびと料理をつまみながら酒を味わってた中村様がそんな事を儂に聞いてくる、まぁ確かに連日連夜こんな感じじゃからぶっちゃけ財布へのダメージは決して軽くはないのは事実じゃ。

 そう、いつもの儂の財布事情、ならば。

 

 何があったかと言うと、コツコツと準備を進めてきたとある事業が漸く始まったんじゃが…………これがとんでもない爆発的な利益を叩き出しよったんじゃよ。

 始まるまでの各所への調整やら牧場の経営やらを考えたらトータルで見るとまだ元は取れてないのは内緒じゃが、今後の利益を可能な限り低く見積もったとしても元が取れるのはそう遠くないという始末と言うのが末恐ろしい。

 

 

「競馬、だったか……俺も覗いてみたがあれは凄いな」

 

「あー……あの馬を競争させるやつ、仕込みは棟平屋だったんだな」

 

 

 笑みを浮かべながら御猪口の中身を呷り、感想を述べてくれる上様。実はめっちゃ内心ハラハラしておったんじゃけども、こう言ってもらえると色んな意味で安心じゃな!

 もし上様とかに悪行としてジャッジされたら、最悪デーンデーンデーン待ったなしじゃもん。

 

 むしろこう、うむ、初動で爆発的な利益を叩き出しすぎたのが恐ろしすぎて……ぶっちゃけて言うとめっちゃ怖え。

 自慢じゃないがそれなりに利益を叩き出してる大店の主人である儂がこう言う程の銭なわけで、そうなると変な事考える輩が出かねないわけじゃよ。

 それが恐ろしくて敵わないので、全力で散財しながら江戸中に金ばら撒いておるってのもあるんじゃよ。江戸っ子が味方になってくれたら最悪の事態を予防できる可能性が上がるからの。

 他にも布石は勿論打ってはあるが取れる手段は全部とっておくくらいが安心じゃからな、最悪儂一人がくたばるなら……いや死にたくはないんじゃが、子供達や嫁達になんかあったら悔やんでも悔やみきれん。

 

 

「まぁその内同じような事を始める者も出るでしょうし、そうしたら儲けも減るでしょうな」

 

「良く言う、仮に真似をしたとしても棟平屋ほどの規模で競馬をやれる店など早々ないだろう」

 

「……俺も今度見に行ってみるか」

 

 

 とはいえ初動フィーバーが終われば緩やかに儲けも減る事は想像に難くない故に、お二人にこそっと話してみたら上様に苦笑いされたでござる。

 あ、中村様が上様に仕事中は控えた方が良いぞと笑いながら言われて気まずそうにしてる、さすがにそこは止めるんですね。

 

 そんな具合に三人揃って和やかに飲み食いし、かわるがわるやってくる江戸っ子達に酒を注がれたり返杯したりしていたら、店の者が声をかけてきた。

 

 

「すいません藤の大旦那様、いつもこの店を贔屓にしてくれてる方がいらしてまして……ご一緒したいと仰られているのですが、よろしいでしょうか?」

 

「おう? ええぞええぞ、どんとうぉーりーどんとこいじゃよ!」

 

「棟平屋、お前さんこの前ベロンベロンに酔っぱらった挙句攫われたんだろ? 少しは抑えとけよ……」

 

 

 店の者の言葉に、がっはっはと笑いながら快諾したら中村様から半ば呆れたような様子で突っ込まれる儂、解せぬ。

 大丈夫じゃよまだ儂は意識飛んでおらんし、遊び人の金さんが北町奉行だと気付かないようなレベルであっぱらぱーになっておらんからセーフじゃセーフ。

 

 ともあれそんな儂の様子に店の者はどんとうぉーりー?などと不思議そうに首を傾げつつも、年季の入った所作で下がると一人のかっちりとした着こなしの男性を連れてきた。

 

 

 その顔、そして立ち姿。

 どう見ても加藤剛です、本当にありがとうございました。

 

 すぅぅぅ、と冷える儂の頭。噴き出る冷や汗。

 いやいやいやいや待てマテまだ慌てるような時間じゃない、もしかすると相席してきた剣客商売な人かもしれん!いや待てソレはソレでマズイな!!

 

 チラリと上様と中村様へ視線を送る儂。

 上様はとても気まずそうにしており、中村様は目を見開き冷や汗を儂と同じレベルで流し小声でお奉行と呟く始末。

 

 どう考えても大岡越前守忠相ですね、なんだこの芸術的としか言えないエンカウント。

 ……ちょっと待って?今のこの状況って……上様を悪の道に引きずり込んだ上に定町廻り同心と癒着してる悪の商人としか見えなくね?

 

 

 これ、詰んだかもわからんね。

 

 

 

 

 

 

 

 月が天に上った夜更け時、江戸の町にある武家屋敷の一室にて二人の男が向かい合って座っている。

 一人は徳川幕府当代将軍徳川吉宗、そして南町奉行大岡越前守忠相である。

 

 

「忠相、不正に富くじの当たりを操作して詐欺を働いていた者共の仕置はどうなった?」

 

「はっ、全て恙なく落着しております」

 

 

 何故二人がこのような場で話をしているのか、それは最近江戸で起きたとある事件が関係している。

 時は遡る事藤兵衛が黒檀屋に簀巻きにされ、北町奉行所で遠山金四郎の桜吹雪を目撃して目玉が飛び出る程の衝撃を受けていた頃。

 

 一等ならずとも二等、三等ですら法外な額の銭が当たると評判であった富くじの当たりを引き当てた町民が謎の死を遂げた事があった。

 当初は金額に目の眩んだ破落戸の犯行と見られたが、調査の中で違和感を感じた吉宗が大岡忠相に件の富くじについて精査を頼んだところ……。

 過去に当たりを引き当てた者は、富くじを運営している寺社の縁者ばかりである事が判明したのである。

 そこからは芋蔓式に過去の富くじの不正が暴かれ、『不運』にも当たりを引き当てた事で命を落としてしまった町民の家族の無念は晴らされて一件落着となった。

 

 しかし、内容が内容だけに江戸っ子で手を出していなかった者はいなかった富くじで大規模な不正が行われていたという話は千里を駆け巡ったのである。

 その結果、のど元過ぎれば熱さ忘れる江戸っ子とはいえあまりの事件の内容に富くじに流れる筈だった銭は止まり、それがどこに流れたかと言えば。

 

 

「しかし……江戸の評判もありますが、今日会って話をしていなければ富くじの事件に棟平屋が絡んでいたのではと、そう思ってしまう程度には競馬とやらの盛況ぶりは凄まじいですな」

 

「当の本人が一番恐れ戦いているのだ、勘弁してやってくれ」

 

 

 そう、藤兵衛肝煎りの競馬に射幸心旺盛な江戸っ子達が殺到したのである。

 目新しい祭じみた賭け事と言うだけでも江戸っ子の心が大いに擽られるというのに。

 日々の暮らしにおける商売や働き口、更には災害時に仏のように世話をしてくれる棟平屋の太鼓判つきとくれば、言わずもがなと言えよう。

 

 実は吉宗は馬術が達者な浪人や御家人の為に馬を用いて平和的に行う勝負事を新興しようと考えていたのだが、それ以上に大規模でかつ愉快な物を友と思っている藤兵衛が仕上げてくれてかなり大満足している。

 

 

「そう言えば上様も競馬に随分とご夢中のようですが……徳田新之助と言う名前で、競馬に参加しようなどとは考えておりますまいな?」

 

「……馬鹿を言うな忠相、そのような事考えるわけがないであろう」

 

「そう仰られる割に、棟平屋から献上された輝くような白毛の馬で競馬場を意識したように乗馬をされていると。とある筋から聞いておるのですがな」

 

 

 大岡忠相の言葉に、ぐぬぅという呻き声を漏らしながら口を噤む吉宗。

 平たく言うと図星であった。

 

 しかしこの時二人は思いもしていなかった。

 後日、め組の親分が一目惚れして手に入れた……立派な鹿毛の馬に乗って競馬に出て欲しいとめ組の親分が吉宗に頼み込むという珍事件が発生する事を。

 

 

 

 

 




正史では富くじが江戸で流行ったのは1800年ぐらいらしいですが、暴れん坊将軍本編でも富くじ回があったそうなので結果的にセーフ理論!
……多分セーフ!!

ちなみに余談ですが、吉宗公は騎馬の訓練として打毬(だきゅう)という競技を推奨したというのが実際の歴史であるそうです。
その辺りから、競馬に興味津々なマツケンが出来ました。不思議!!


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任侠者達と棟平藤兵衛の関係

前回の競馬に関するお話の補足と、藤兵衛が若い頃に付き合いのあった人物とのあれやそれ屋のお話!


 時は大江戸天下泰平というには無理があるんじゃないかと言う説が出てきた時代。

 初動で爆発的な利益を叩き出したのみならず、継続的に利益を出し続ける競馬事業に藤兵衛は頭を抱えていた。

 

 

「やっべ、これ絶対やべぇって。利益が出過ぎておる」

 

「僭越ながら大旦那様、儲けが出る事は喜ばしい事であれども恐れる事ではないのではないでしょうか?」

 

 

 ぶつぶつと呟く儂を不思議そうに見ながら問いかけてくる新右衛門、ではなく休暇中の新右衛門の代打として起用された三郎太である。

 新右衛門は最近長女であるおとよと祝言を挙げた新婚ホヤホヤの身であるし、これまでまとまった休みと言える休みを取ろうとせなんだからこれを機にゆっくりするよう言い含めておるのじゃ。

 あやつは渋い顔をしておったが、まぁおとよが何とかしてくれるじゃろ。うん。

 

 

「大赤字よりはマシなんじゃけどなぁ……まぁ良い、支度せよ三郎太。出かけるぞ」

 

「畏まりました、どちらまで行かれるのでしょうか?」

 

「うむ、ちょいとばかり競馬関係で世話になった『兄弟』に話をしに行く」

 

 

 儂の言葉に三郎太は身を強張らせるとすぐに居住まいを正し、すぐに準備にとりかかりますと告げてせわしなく動き始める。

 

 現代日本で大店が任侠者、平たく言うとスジモンと繋がりがあった日にはそりゃもう大惨事一直線確定じゃ。

 無論今この時代でもスジモンにはピンキリおるし、モノによっては付き合いあったせいで普通に恐喝を受ける事もあるんじゃけど……。

 まだ儂が若い頃、おさよを嫁にもらう為に何でもやってた頃に出会った任侠者が中々に気高い、まさに黄金の精神と言うべき持ち主だったのが幸いであった。

 

 その縁は今も続いておるし、付き合いのあった盃を交わした事もある任侠者は今や大規模な一家の大親分。

 足を洗いたい若者達に働き口を用意してやったり、まとまった銭を渡して街道保護やら宿場町の治安維持貢献やらをやってもらっておるわい。

 

 

「ああそう言えば、アヤツも最近やっと初子を授かったと言っておったのう。多めに祝い金を包んでやるとするかのう」

 

 

 地獄の獄卒も逃げ出す強面なのに一途で嫁さん想いな兄弟を思って口元を緩めると、折角じゃし最近新開発された日持ちのする菓子も用意してやるべくボインな女中へ声をかけておく。

 競馬事業の準備段階の時はちょくちょく顔を合わせて酒を酌み交わしたが、ここ最近色々と騒動が続いて会えなんだからのう。

 

 

 

 

 

 

 江戸から少し離れた宿場町、その中でも一等際立つ造りの屋敷。

 その門の前には明らかに堅気とは言い難い様相の男達が門番として立っており、彼等は仕事仲間である連中と軽口を叩きながら退屈な門番仕事に勤しんでいた。

 しかし彼等は遠くからこちらへ近寄ってくる一団に気付くや否や即座に表情のみならず、纏う空気を一変させて近付いてくる一団へ鋭い視線を向け……。

 

 

「おぅい、久しぶりじゃなー」

 

 

 背中に風呂敷包みを担いだ呑気な表情の顔馴染みである大商人に気付くと、瞬く間に纏っていた空気を弛緩させた。

 余談であるが大商人の男こと藤兵衛に付き従っている三郎太と彼の部下達は、緊張しているのかその表情は硬かった。

 

 

「なんでぇ藤の大旦那じゃありやせんか、聞きましたよ? 競馬とやらでとんでもない銭儲けして御大尽の日々やってるとか」

 

「こっちにもあやからせてくだせぇよぉ」

 

「わかっておるわかっておるわい、おい甚太や。持ってきた酒全部彼らに渡してやりなさい」

 

 

 破顔して朗らかに声をかけてくる男達に藤兵衛もまたつられるように笑みを浮かべ、荷物持ち兼護衛として連れてきた一人である甚太と呼ばれた男へ声をかけると。

 彼が担いでいた風呂敷包みを、門番の男達へ渡すよう指示を出す。

 

 

「南蛮渡来の酒に、それだけじゃケチ臭いからうちの店の傘下にいる酒蔵に作らせた一品じゃ。飲みすぎんようにな?」

 

「さすが大旦那! 安心してくだせぇよ、飲み過ぎて大旦那みたいに簀巻きになったりはしねぇさ!」

 

「ははは、言いよるわい!」

 

 

 甚太から酒の入った風呂敷包みを受け取ると男達は緩やかに道を開け、藤兵衛達に中へ入るよう促す。

 

 

「あの、大旦那様。簀巻きにされたと言うのは……?」

 

「三郎太や、もう終わった事じゃから気にするでないぞ」

 

 

 屋敷の家人に案内される途中、小声で三郎太が簀巻きにされたという件について主人である藤兵衛へ聞くも聞かれた本人にとって黒歴史そのものである故、笑ってはぐらかす始末。

 そう、藤兵衛は黒檀屋に捕まり北町奉行である遠山金四郎にあわやと言うところを助け出された事件について、詳細は部下や家人に説明していないのである。

 それは何故かと言えば、酒を飲み過ぎて前後不覚になった挙句簀巻きにされたなんぞ恥ずかしい事この上ない、その一点に尽きるというあたり藤兵衛の微妙に見栄っ張りなところが透けて見えるのは言うまでもない。

 

 しかし何故、当事者である藤兵衛が語っておらず部下も家人も知らない事を任侠者の門番が知っているのか、それはきっと蛇の道は蛇と言う事なのだろう。

 

 ともあれそんな事を話している内にやがて目的の部屋の前へと一行はつくと、三郎太を除いたお付きの者は別室へと通されていき。

 女中が部屋の中へ声をかけ、襖を開く。

 

 

「よう兄弟、派手にやってるそうじゃねぇか」

 

「そっちも元気そうで何よりじゃよ兄弟、今日は無理いって時間を作ってもらってすまんのう」

 

 

 部屋の中で芸者から酌を受けていた、凶悪と言う言葉が似合う頬に大きな傷跡を持つ強面の男が破顔して藤兵衛へ声をかけ。

 藤兵衛もまた男の言葉によっす、などと軽い調子で応じながら敷かれた座布団にどっかと腰を下ろす。

 

 

「俺と兄弟の仲だ、そんな水臭い事言うんじゃねぇって!」

 

「本当お前は変わらんのー」

 

「兄弟は変わり過ぎだけどな、主にその恰幅の良い体とかよ!」

 

 

 強面の男……屋敷の主人であり近隣の任侠達をまとめる大親分の言葉に、藤兵衛は若干衝撃を受けて摂生する事をひっそりと誓いつつ芸者から注がれた酒に口をつける。

 なおこのご時世に於いては恰幅が良いという事は金を持っている証拠であり、悪い意味ではないのだが……。

 変な所で現代日本感覚が抜けない藤兵衛にとっては、ダイエットを決意させるに足る言葉となっていた。

 

 藤兵衛の目の前に座っている大親分は見た目こそ藤兵衛の正反対と言える姿をしているが、実は二人の齢はそんなに離れておらず。

 その関係はずっと昔から続いており、互いに様々な鉄火場を乗り越えて今の関係に至っているのだ。

 

 

「まぁ銭儲けが捗って金満なのはいいって事だが、あの仏頂面……新右衛門はどうした?」

 

「ああ、あやつはおとよと祝言を挙げたばかりだと言うのに碌に休もうとせんからの、無理やり休ませて夫婦水入らずにさせておる」

 

「そいつぁめでてぇな! んで、そこに控えて青い顔してんのは使えるのか?」

 

「新右衛門が認めるぐらいには頼りになるわい、お前さんに睨まれたら地獄の鬼も逃げるからそう苛めんでやってくれ」

 

 

 藤兵衛の言葉を受けた大親分は豪快に笑い声をあげると手に持っていた盃の中身を飲み干し、侍らせていた芸者達に下がるように言うと。

 だらしなく座っていた姿勢を正すや否や口を開いた。

 

 

「で、例の競馬とやらの件で何か心配事があるんだって?」

 

「おう、ちょいとばかり儲け過ぎてしもうてなぁ……」

 

「……あー、なるほどな。まぁ実際子分共が食い詰め者や盗賊が兄弟の店狙おうとしてるってのは聞いたそうだぜ」

 

 

 大親分の言葉に神妙な表情で応じた藤兵衛の言葉に、さもありなんといった様子で大親分は頷くと子分達から上がってきている報告について藤兵衛へと話す。

 

 

「まぁそいつらは今頃海の魚共とよろしくやってるだろうけどよ、兄弟が俺のとこに来たって事は既になんぞ企んでるんだろ?」

 

「相変わらずおっかない事言うのう……それに儂がしょっちゅう何か企んでるみたいに言うでないわ」

 

「おうおう随分体だけじゃなく性根も丸くなってんじゃねぇの、昔は俺達とあの仏頂面の三人で大暴れしたってのに」

 

「若さゆえの過ちじゃあんなもん、今は同じことやれと言われても出来やせんわい」

 

 

 互いの思い出話に花を咲かせる狸親父と地獄の鬼みたいな男、そんな二人の会話を聞かされている三郎太が生きた心地がしない中。

 藤兵衛は懐から巻物を取り出すと、ソレを大親分の前で広げだす。 

 

 

「こいつぁ……お江戸のみならず近隣の宿場町も含めた地図じゃねぇか、なんでこんなもん持ってんだよ兄弟」

 

「へ? 付き合いのある店やら傘下の店に宿場町の情報をまとめて作ったんじゃよ、これ結構便利なんじゃよな」

 

「兄弟悪いこたぁ言わねぇ、そいつは絶対他のもんに見せるなよ?!」

 

 

 今自分達が住んでいる宿場町も載っており、経験則から巻物に描かれている地図の精巧度が高い事に気付いた大親分は冷や汗を一筋垂らし。

 すっとぼけた事を抜かす目の前の兄弟に、そう言えば昔からコイツこうだったわなどと考えつつ叫ぶように忠告し。

 

 

「おいそこの青二才!てめぇこの地図の事は墓場まで持ってけよ!?」

 

「は、はいぃ!!」

 

 

 即座に鬼のような形相で藤兵衛の隣に控えていた三郎太へ怒鳴る、酷い流れ弾であった。

 なお藤兵衛はきょとんとした様子で、これ便利なんじゃけどなー。などと抜かす始末である。

 

 ちなみにどうやって測量したかと言うと、ある程度位置関係把握できるもんないと仕入れやらなんやら不便じゃよなーと考えた藤兵衛が、色々と資本を投入している職人町の人間に声をかけて作り上げたもので……。

 よく店に遊びにやってくる上様やご隠居に見つかると、色んな意味で洒落になってない危険物なのだ。なお藤兵衛当人に危険物と言う自覚はない模様。

 

 

「……まぁいい、んでこれがどうしたってんだよ兄弟」

 

「うむ、兄弟との話し合いで寺社の人間へのスジ通しに事故が起きた時の馬の供養、競馬に出場する騎手や馬が安心して休める宿など……まぁ他にもあるが、それらはまとまってるよな?」

 

「そうだな」

 

「ほんで…………じゃな」

 

 

 腕を組み考え込む大親分に構想を藤兵衛は語り始める。

 それは余りにも突拍子もなく、とんでもない内容で……だがしかし実現できたなら競馬と言う事業は間違いなく永く後々まで続くと言えるモノで……。

 

 そんな代物を聞かされた大親分は瞑目し、深く考えた後。

 屋敷中に響き渡るほどの大声で笑い始めると、口角を吊り上げて藤兵衛を見やる。

 

 

「……兄弟、昔から思ってたんだがお前さん掛け値なしの馬鹿野郎だな!」

 

「酷くない? 兄弟」

 

 

 盃を交わした兄弟の言葉に何とも言えない表情を浮かべる藤兵衛、そんな兄弟分の顔に大親分は更に大きな笑い声をあげる。

 結論から言うなれば、競馬で生じた莫大な儲けの大半をつぎ込むその計画に大親分は一家全ての総力を挙げて協力する事を約束するのであった。

 

 

 

 

 そして藤兵衛が語った構想、描いた図面は紆余曲折様々な困難を経た末に結実し。

 はるか遠くの後の世代である現代まで続く、全国規模の競馬事業の雛型となったのであった。

 




白状しますと、本当は大親分を当初は清水次郎長にする予定だったんです。
けどもあらためて調べると、次郎長親分は幕末~明治にかけての人物でさすがにソレを出すのは憚れると自重した結果、オリジナルキャラな大親分が産まれたという経緯があります。

ちなみに藤兵衛が描いた構想は平たく言うと。
トレセンの設立と江戸のみならず各藩にノウハウを伝授しつつルールや賞の設定、宿場町のお馬さん関係の充実と言った具合のトンチキ構想です。
競馬によるぼろ儲けが無かったら、藤兵衛資本だけでは達成不可能だった模様。


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求.盲人剣客を拾った儂が生き残る方法

大変長らくお待たせしました……!


 

 特に天下泰平が死んだわけではないが儂の心の中には生き続けている今日この頃。

 新事業やらなんやらでバタバタしておったが、そもそも棟平屋の本分は商いであるわけで。

 そんなこんなで、儂は兄弟分に投げつけられる仕事を全部ぶん投げて新右衛門と共に江戸の町を闊歩しておった。

 

 

「芙蓉屋に顔を出すのも久しいのう」

 

「ですなぁ、某も若い時分の頃には随分世話になりましたしな」

 

「じゃよな、まだお前に碌に飯も出せてやれなかった頃は……二人揃って芙蓉屋の旦那に蕎麦を奢ってもらったもんじゃわい」

 

 

 新婚休暇が明けた新右衛門は、ここ最近ガッチガチだった様子もどこかこなれたのか。

 昔のように若干気安い空気を出すようになってきたわ、まぁ戦友であると共に義理息子じゃしこんぐらいの距離感がやっぱ気楽というもんじゃて。

 

 そんな具合に、時折挨拶してくる町民に挨拶を返したりしつつ江戸の外れにある芙蓉屋へ新右衛門と向かっている途中。

 目的地である芙蓉屋も近付いてきた中、ふと目についた路地裏が気になった儂は最早癖と言うか習慣のようになっている、子供が困っていないか覗き込んでみる。

 アレから捨て子や孤児も減ったとはいえ、それでもゼロにはなっておらんからのう……嘆かわしい事じゃ、だが幸い困窮している子供は居らなんだ。

 

 しかし、長屋の壁に背をつけるように倒れている男がおったわ。

 こりゃいかん。

 

 

「新右衛門、行き倒れがおる。助けてやろうぞ」

 

「承知しました大旦那様」

 

 

 通りに面した道ならまだしも、人通りが殆どないような路地に倒れているせいか碌に声をかけられない様子の男性へ近づく儂と新右衛門。

 む、この男性が手に持っている杖に身なり……盲人の方かのう。

 

 

「大丈夫か……ノゥ!?」

 

「む、ぐぅ……」

 

 

 新右衛門が助け起こした男性の顔を覗き込みながら儂は声をかけて、そして絶句した。

 

 どう見てもメガホン握って映画撮ったりバラエティな番組で司会者やったり、某週刊誌の事務所に消火器持って子分と一緒に殴りこんだあのお方です。

 本当に、ありがとうございました。……じゃなぁい!!

 

 

「大旦那様、大旦那様どうされました?」

 

「……ハッ! だ、大丈夫じゃぞ新右衛門何も問題はありゃせん!」

 

「どう見ても大問題があるようですが……」

 

「細かい事じゃ気にするな!それより芙蓉屋も近い事じゃし、あそこで介抱してやろうぞ!」

 

 

 儂の様子に訝しむ様子を見せる新右衛門を勢いだけで誤魔化し、行き倒れている某大物コメディアン(仮)を新右衛門に担がせ儂は不自然に重たい杖を持って足早に芙蓉屋へと向かう。

 賢い儂は不自然に重たい杖を不審がったり、物珍し気に弄ったりせんのじゃ。煌々と輝く死亡フラグなんぞ誰が踏むか!

 

 新右衛門が明らかに堅気じゃない気配かはたまた魂魄に染み付いた血臭を感じたのか、めっちゃ不審そうに抱えている某大物コメディアン(仮)を見たりもしているが全力で儂は見て見ぬフリを敢行する。

 大丈夫じゃよ新右衛門、無体な真似をしたり理不尽な真似をしたりしなければこっちに向かってこないから、多分、きっと。

 

 

 そんなこんなで野生の行き倒れた某大物コメディアン(仮)を抱えて芙蓉屋へ突入した儂と新右衛門に、店の者達は大層驚いてみせつつも。

 儂のやる事だからとすぐに順応すると、奥間に布団を敷いて行き倒れ(某大物コメディアン(仮))を寝かせてくれたわい。

 

 程なくして目が覚めた行き倒れ(某大物コメディアン(仮))が困惑した様子を僅かに滲ませつつ儂らに頭を下げ、天下の某大物コメディアン(仮)にそんな真似をさせては生きた心地がせん儂は全力で謙遜。

 そんなことをやっていると、某大物コメディアン(仮)が見事に大きな腹の音を立てたのでバツが悪そうに後ろ頭を掻く……名前を明言できないチキンな儂を許してほしい。

 ともあれそんな某大物コメディアン(仮)、改め座頭市に儂の勘定で空きっ腹にも優しい出前を取ってやった。

 そのような扱いに当然座頭市は警戒を見せていたが、まぁ困ってるもんはほっとけないというところだけは嘘じゃないので、気にするでないわとごり押して飯を喰わせてやる儂である。

 

 なお新右衛門だけは警戒を解いてなかった、さすがというかそこの硬さは変わらんのねお主。

 

 

「すまねぇな、旦那」

 

「なぁに、上等な按摩をやってもらえればそれで良いですとも」

 

 

 目を閉じたまま杖を抱えるように持つ座頭市の言葉に、儂はがっはっはと笑いながら交換条件のように按摩をさり気なく強請る。

 この手の人種は無償の厚意に対して身構えがちじゃし、わかりやすい対価を示せばやり易いであろうというのと、ちょっとしたミーハー気分である。

 

 儂の言葉に毒気が抜かれた様子を見せつつも座頭市はニヒルに笑みを漏らすと、按摩ならいくらでもやってやるさと快諾してくれた。やったぜ。

 なお彼の按摩の腕は絶品であったことを明言しておく。

 

 

 

 

 

 

 商人なんて連中は、どいつもこいつも手前らの事しか考えておらず幾らでも人を騙しては銭を掠め取る。

 俺ぁ今までそんな風に思っていたし、今でも商人なんてそんなもんだと思っている。

 

 だが何事にも例外ってぇヤツは、あったようだ。

 芙蓉屋、と言う丸一日ほど世話になった万屋を背にして歩きながら俺はそんな事を考え。

 介抱の礼と按摩を強請ってきたくせに、俺が出立するとわかるや否やまとまった金子を包んで渡してきた棟平屋の大旦那の事を思い出す。

 

 世の連中はやれ現世に生きる仏だの御仏の使いだのと言ってやがるが、あの大旦那はそんな上等なもんじゃねえな。

 ありゃぁ蚤よりも小さな根性を無理やり奮い立たせて何とか生きてるだけの小悪党気取りの、底の抜けた善人ってのがしっくりくる。

 あの大旦那がわけえ頃色々と剛毅にやらかしてた噂は耳に挟んだが、まぁあの大旦那の傍から片時も離れなかった有能な犬がいなけりゃ何回くたばってたかわからねえな。

 

 正直者が馬鹿を見るようなこのご時世、人を騙して何もかも奪う連中からしたら葱背負った鴨そのものだ。

 だけどよぉ。

 

 

「おい、お前さん方よぉ」

 

 

 草木も寝静まる丑の刻。

 芙蓉屋の連中が眠りについた夜更けに俺は店を抜け出し、辻の陰に潜んでいた薄汚い輩共に声をかける。

 俺に呼びかけられた連中は、よくもまぁここまで腐った性根を隠そうとしないもんだって感心するぐれえにぷんぷんと臭ってやがるな。

 

 

「あん? なんだメクラか、殺されたくなかったらとっとと失せやがれ……けひゅっ」

 

 

 衣擦れの音、重心の気配に鼻が曲がりそうなぐれえに漂ってる血の臭い。

 どう考えても畜生働きを芙蓉屋に仕掛けようとしていた連中の一人を、愛用の仕込み杖をするりと振るって絶命させる。

 途端に色めきだつや否や得物を抜き構える破落戸だが、判断がおせえったらねえや。

 

 棟平屋の大旦那よぉ。

 一宿一飯の恩義、外道なりに返させてもらうとするぜ。

 

 




ちなみに新右衛門さんは出撃しようとしたけど、先に出撃してくれた某大物コメディアン(仮)がいたので防衛に専念していた模様。

実は今回の話、アニメ版鬼平犯科帳も混ぜようと思ったのですが……。
両方を同時に出してきれいにまとめる事が不可能と判断して、座頭市部分だけで再構築したという裏話があったりなかったり。


2023/5/14 00:23 感想にて規約違反である事を教えて頂いた為、大慌てで修正!!


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遥か先の未来~実家の蔵整理してたらお宝出てきた件~

今回は趣向を変え、現代日本の大型掲示板の隅っこにひっそりと立ったスレのお話です。


 

1:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:13:00 ID:jf8zZMufUt

初スレ立て

GWに帰省した実家の蔵を整理してたら何か出てきた。

親父やお袋も知らなかったみたいで凄い盛り上がってるけど、ちょっとここで本物かどうか意見聞きたい。

 

2:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:16:13 ID:pN4XuRi2aV

まずは写真うpしろ、話はそれからだ

 

3:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:19:27 ID:zuJqDDklKM

うpあくしろよ

 

4:名無しの歴史研究員 2021/5/1 14:22:43 ID:vOw3nx5boh

どうせ偽物なんだから、何でも鑑定旅団に出して盛大に自爆してこいよ

 

5:1 20XX/5/1 14:25:00 ID:jf8zZMufUt

親父達に許可もらって急いで写真撮ってきた。

これなんだけど

http://www.konoadresshausodakara.clicksitemoiminaiyo.jp/satsukisyoppoino.jpg

 

 

6:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:26:03 ID:QDlToCQxr1

>>5

ファッ!?

 

7:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:27:10 ID:pN4XuRi2aV

>>5

漏れの目か頭どうかしちゃったのかな

第十一回皐月賞とかいう刺繍が見えるんだけど

 

8:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:28:27 ID:zuJqDDklKM

>>5

この流れでガチモンのお宝出す馬鹿がいるか!

 

9:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:29:43 ID:vOw3nx5boh

>>5

どうせ偽物なんじゃね?よくできてるけど

 

10:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:41:39 ID:e0Y7bOw0S2

>>5

kwsk

 

11:1 20XX/5/1 14:44:00 ID:jf8zZMufUt

皐月賞ってアレだよな、何か江戸時代から続いてるとかいうG1だっけ?

うちの家って競馬と無縁で歴史が長いだけの家なんだけど

 

>>7

親父に聞いたら去年大往生した爺様が蔵の中身は決して粗雑に扱うなとか言ってたらしい

コレ本物だったらヤバイ?

 

>>8

本物だったらガチお宝?幾らぐらいになる?

 

>>9

思ったより反響あってビビってる、偽物だったらコレ被った写真うpするわ

 

>>10

先祖代々の家宝らしいけど親父もよく知らなかったみたい。

たださっき親父が、爺様が死んだら家宝を地元の博物館かJRAの博物館に寄贈しろって言ってたの思い出したわ。

 

12:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:45:39 ID:TgwvAxYwtx

とんでもない珍品が出たと聞いて日本史スレから来ました

 

13:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:46:56 ID:3oNrWnqkV5

歴史の闇に消えたと言われていた第十一回皐月賞優勝レイが見つかったと聞いて、日本史スレから来ました

 

14:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:48:05 ID:PhQlPEW8za

笠松藩の伝説の名馬小栗溌溂が獲った第十一回皐月賞優勝レイが見つかったと聞いて、競馬スレから来ました

 

15:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 14:49:07 ID:NYWWl6CEfk

江戸時代の伝説になった名馬の優勝レイがあると聞いて、競馬スレから来ました

 

16:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 15:00:23 ID:AygAg6xez1

やべー代物があると聞いて競馬スレから来ました

 

17:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 15:02:43 ID:vOw3nx5boh

>>11

先ほどは大変失礼しました、幾らなら売ってくれますか?

即金で100万までなら出せます。

 

 

 

 

142:1 20XX/5/1 16:38:19 ID:jf8zZMufUt

なんか思った以上にヤバイお宝っぽいなコレ。

高く売れそうなら親父に売ってもらって分け前もらおうと思ってたんだけど。

どのぐらい凄いのコレ?

 

143:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 16:40:34 ID:TgwvAxYwtx

>>142

おいバカやめろ、マジでやめろ、価値知らないまま売ろうとするな

 

144:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 16:42:39 ID:PhQlPEW8za

>>142

競馬も日本史も多分よく知らないイッチに簡単に説明するとね。

その優勝レイ、日本競馬が本格的に爆発的に花開いた歴史の証明なの。

更に言うと『相撲の雷電、競馬の小栗溌溂』とまで言われるようになった名馬の伝説の始まりの証明なの。

 

145:名無しの歴史研究員 2021/5/1 16:44:52 ID:NYWWl6CEfk

>>142

眉唾物だけどあのオグリキャップの御先祖様と言われてるお馬さん所縁の代物だゾ

 

146:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 16:46:02 ID:WRuCra08jf

>>142

棟平グループの初代こと棟平藤兵衛が肝入りで始めた競馬、それの元祖三冠と呼ばれてるレースの第十一回優勝レイ。

初回は当時の将軍からの褒美と殿様からの感状くらいで、馬に対する名誉の対価がなかったんだが。

第二回から優勝した馬にレイが贈られるようになって、その風習が現代に至ってるんよ。

そんでもって第十一回皐月賞があった年は小栗溌溂旋風が江戸競馬に吹き荒れた伝説の年。

 

どれだけ歴史のある名品か、わかるな?

 

147:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 16:48:06 ID:o8d1bQjd4w

>>142

歴史的価値は勿論、日本競馬史的にもとんでもないお宝。

価値がわかる人間なら100マソどころかその十倍百倍の現金積むレベル。

 

148:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 16:50:13 ID:pIdoI5bvhg

>>142

笠松藩を躍進させた大殊勲馬の伝説の足跡。

今も笠松には小栗溌溂を奉る神社がある。

 

 

 

200:名無しの歴史研究員 2021/5/1 18:01:42 ID:4TpiKjM0YN

イッチ出てこなくなったな

 

201:名無しの歴史研究員 2021/5/1 18:03:57 ID:fkqA2wIcjc

イッチー、帰ってきてくれー

絶対イッチの蔵には小栗溌溂の皐月賞優勝レイ以外もお宝あるから、蔵の中身の写真も見せてくれー

 

 

 

 

 

 

616:1 2021/5/1 20:03:57 ID:jf8zZMufUt

すいません、親父からネットに写真上げて色々聞いてるのバレて怒られてた。

小栗溌溂の皐月賞優勝レイ以外にも色々あるみたいなので、プロの鑑定士呼ぶことになったよ。

おまいらありがとな!

 

617:名無しの歴史研究員 20XX/5/1 20:06:43 ID:vOw3nx5boh

>>616

何とか1000万出せます、売って下さい。

笠松の伝説の優勝レイ、一つでいいから欲しいんです。




悪乗りに悪乗りを重ねた結果、なんか酷い事になった模様。

クラシック三冠が江戸時代に爆誕した理由は。
藤兵衛「競馬と言えばクラシック三冠じゃろ」
~第一回クラシック戦線終了後~
藤兵衛「なんか物足りんのじゃよなぁ、あ、そだ。優勝したお馬さんにレイ用意してやるの忘れとった」
大体こんな感じと思われます。

2023/5/18 追記
オグリキャップの血統変化についてスレ内で言及がありますが……。
眉唾物の与太話というネタの部類であり、明確にオグリキャップの血統に変化があった事を確定させるモノではありません。
具体的に言うと、源義経がモンゴルに逃げてフビライハンになったとか、そのレベルの与太話です。
考えてみれば実際のスレッドと違って、創作におけるスレッドネタは与太話の意味合いと扱いが変わるから注意すべきであった……!


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