みほさんとエリカさんの出会い 改訂版 (井沼)
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みほさんとエリカさんの出会い 改訂版

「あーもー、ムシャクシャするっ!」

 少女は透き通るような銀色の髪を両手でぐしゃぐしゃに掻きむしる。きちんと手入れをすれば魅力的な銀髪も見る影もない。苛立ちを隠せない少女の名は逸見エリカ。高校戦車道の頂点に君臨し続ける黒森峰女学園の一年生にしてレギュラーを勝ち取った期待の新人車長。このイライラの原因は、西住みほという少女にあった。西住みほとは、クラスメイトであり、チームメイト、そして上官にあたる人物。エリカは彼女の類稀な実力に嫉妬はすれど認めていたし、1年生ながらも副隊長に任命されたことも順当だと納得していた。しかし、普段の態度だけは認めることも納得も出来なかった。戦車に乗り込めば車長として丁寧にかつ大胆不敵な指揮を執るものの、戦車から降りた途端に天敵に恐れおののく小動物のようにおどおどとした態度に変貌する。実力で勝ち取ったのだ、後ろめたいことなどないだろう。もっと胸を張って堂々とすればいい。他人の陰口しか叩けない奴らなど無視すれば良い。あいつらは自分の力不足を他者に貶すことで誤魔化す弱者。エリカは常々考えていたし、彼女に対しても何度か直接ぶつけたこともあったが、関係を悪化させるだけに終わっていた。そんなエリカのもやもやは訓練で打ち負かされる度に、スイッチのオンオフのような豹変を見せつけられる度に肥大化していった。故にエリカは無駄な衝突を避けるため、距離を置き事務的なこと以外で関わろうとしなかった。そうあの日までは……。

 

 

 

 「つっ…!」

 西住みほは痛めた足首を両手で押さえうずくまる。西住の名前、隊長の妹、副隊長の地位すべてがプレッシャーとしてのしかかり、周囲とは馴染めずに陰口をたたかれる日々。肉体的ではなく精神的疲労。その蓄積が彼女の心身を蝕み怪我を引き起した。訓練後に一人になる時間が欲しくて戦車の中で過ごし、部屋に帰ろうと思いキューポラから飛び降りる際に疲労のせいかバランスを崩してしまった。なんとか足から着地をするが右足を捻り倒れ込んでしまう。込み上がる悲鳴を唇を噛みしめ抑え込み、右足を押さえながら痛みが和らぐのを待とうとするが、なかなか痛みは引かず立ち上がれない。誰かの手を借りようにも戦車格納庫は誰も見当たらず、携帯は部屋に置き忘れ。助けを呼ぶことは出来ない。保健室まで歩けるようになるまで待つしかないと諦めかけていたとき。

 「誰かいるの? なにかすごい音がしたけど。」

 格納庫に現れたのは逸見エリカだった。慎重な足取りで周囲を警戒しながら音のする方へ近づいていく。

 「副隊長? 何しているんですか?」

 「あっ、逸見さん……。ちょっと転んじゃって、でも大丈夫です。」

 みほはいつもの癖で見え透いた嘘で誤魔化そうとする。それを見たエリカは露骨に嫌悪感を浮かべため息をつくと。

 「はぁっ。その様子だと足怪我して歩けないんでしょ。ほらっ。」

 そう言うと無造作にみほが押さえてる個所を手の平で軽く叩いてみせる。

 「ぐっ…!?」

 「やっぱり駄目じゃない。ちょっとまってなさい。保健の先生呼んできてあげるから。」

 背を向けて立ち去ろうとするエリカ。ガシッ! みほはその靴のかかとを無意識のうちを予想外の力で靴を引っ掴んでいた。

 「……何のつもり?」

 「え…あ、あの、待ってください」

 「なによ、すぐ戻ってくるから大丈夫よ。」

 「あの、違うんです。えっと、その…お話しませんか?」

 「は…?」

 「少しの間だけで良いのでお願いしますっ。」

 「あなた何言ってるの? 怪我してるんだからそれどころじゃないでしょ。」

 「もう少ししたら歩けるようになると思うので、保健室には自分で行きます。なのでちょっとでいいんです。逸見さんとお話ししたいんですが、ダメでしょうか……?」

 涙目な顔で上目遣いに懇願してくるみほ。エリカは怪訝そうな顔で考え込み、しばらくするとため息をつきながら、渋々といった感じで妥協案を提案した。

 「…今は怪我の処置が先よ。治ったら話でもなんでも付き合ってあげるから。それでいいでしょ?」

 「あ…ありがと、ございますっ……!」

 この出来事こそがこれから続いていくエリカとみほの道が交わる初めの一歩。しかし当時の彼女たちは知る由もなかった。この出会いが、勇気を出して踏み出した一歩こそが、互いが互いを底なし沼に誘い合う狂気の幕開けになろうとは。



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