セカンドステージ (役者と監督のその後) (坂村因)
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まえがき1(読み飛ばし可)

アクタージュの「scene123.毒」の続きはどうなるのでしょうか?

「キネマのうた」はどうなるのでしょうか?

 

「scene123.毒」までの内容を整理する作業として、コミックス1~12巻で確認できる「各キャラが好きな作品」のタイトルを書き出してみます。

原則として、コミックスにあるキャラクターのプロフィール欄を参考にしています。

プロフィール欄以外に出てきた情報も拾っています。

 

 

■夜凪景

 「ローマの休日」「カサブランカ」「風と共に去りぬ」「東京物語」

■黒山墨字

 「ハドソン川の奇跡」

■柊雪

 「ジョゼと虎と魚たち」「(500)日のサマー」「ブルーバレンタイン」

■星アキラ

 「スパイダーマン2」「ダークナイト」「キャプテン・アメリカ/ウインター・ソルジャー」

■手塚由紀治

 「パリは燃えているか」「ゴッドファーザー」「地獄の黙示録」

■烏山武光

 「12人の怒れる男」「レ・ミゼラブル」「髑髏城の七人」

■源真咲

 「誰も知らない」「その夜の侍」「恋人たち」

■湯島茜

 「フォレストガンプ/一期一会」「ビッグ・フィッシュ」「横道世之介」「6才のボクが、大人になるまで。」

■和歌月千

 「ターミネーター」「ニキータ」「キル・ビル」「ミリオンダラー・ベイビー」

■堂上竜吾

 「E.T.」「グーニーズ」「ホーム・アローン」「ジュブナイル」

■百城千世子

 「晩春」「ローマの休日」「時をかける少女」「花とアリス」

■三坂七生

 「ダンボ」「101匹わんちゃん」「美女と野獣」

■青田亀太郎

 「雨に唄えば」「マスク」「グリンチ」

■明神阿良也

 「サウンド・オブ・ミュージック」「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「アーティスト」

■巌裕次郎

 「独裁者」「生きる」「カッコーの巣の上で」

■吉岡新太

 「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」「四月物語」「リリィ・シュシュのすべて」「リンダ リンダ リンダ」「もらとりあむタマ子」

■朝陽ひな

 「アナと雪の女王」「君の名は。」

■花井遼馬

 「ワイルド・スピード」「マッドマックス 怒りのデス・ロード」

■王賀美陸

 「ロッキー」「ダイ・ハード」「グラン・トリノ」

■白石宗

 「ビルマの竪琴」「たそがれ清兵衛」「そこのみにて光り輝く」

■朝野市子

 「恋する惑星」「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」「わたしはロランス」

■有島あゆみ

 「となりのトトロ」「チェブラーシカ」「アニー」

 

 

こうして並べると、原作者の考えや構想はおぼろげながら一応予想出来ますね。

夜凪や千世子の好みあたりが象徴的な気がします。

黒山はクリント・イーストウッドが大好きなようです。



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まえがき2(読み飛ばし可)

もう1つ、「scene123.毒」の続きを予測する手掛かりとして、黒山の目指す作品には「あの役」というキーワードが出てくることに注目してみましょう。

 

黒山の言う「あの役」とは直接関係がないかもしれませんが、「各キャラが好きな作品」の中にぶっちぎりで目立つ「役」があります。

それは、「イルザ・ラント」役です。

 

■夜凪景

 「ローマの休日」「カサブランカ」「風と共に去りぬ」「東京物語」

 

やはりというか、主人公である夜凪のプロフィールに入ってますね。

 

イルザ・ラントは、映画「カサブランカ」でイングリッド・バーグマンが演じたヒロインです。

この作品は制作段階での混乱が大きく、「撮影が始まっているのに結末が決まっていない」という状況でした。

 

よりによって、「カサブランカ」は三角関係の話なんですよ。

 

イングリッド・バーグマンは、2人の男性のどちらと結ばれるかが判らない状態で演技をしなければなりませんでした。

そこでイングリッド・バーグマンが繰り出した「大技」。

 

彼女は、両方の男性に対して「あなたが最終的に結ばれる相手よ」という演技で対応しました。

 

これは相当に難しいことです。

アカデミー賞を3度も受賞した実力の持ち主なだけあります。

実際、私が「カサブランカ」を鑑賞した際、イングリッド・バーグマンの態度や表情から結末を見抜くことは出来ませんでした。

 

 

 

私としては、黒山の言う「あの役」には「イルザ・ラント」の成分がいくらか入っている、と予想しておきたいところです。

 

 

 

「あの役」だけを追いかけても、「scene123.毒」の続きを予測する手掛かりとしては足りません。

 

黒山の人物像にも迫ってみます。

 

■夜凪景

 「ローマの休日」「カサブランカ」「風と共に去りぬ」「東京物語」

■百城千世子

 「晩春」「ローマの休日」「時をかける少女」「花とアリス」

 

ここに小津安二郎の作品が2つ入っています。

ヨーロッパで評価された映画監督という部分でも、黒山と小津は共通しています。

ただし、黒山(漫画の登場人物)と小津(実在した人物)では、キャラクターが全然違います。

 

なので、小津の位置付けは「黒山が影響を受けた監督」あるいは「黒山が尊敬する監督」といった感じになるかと思います。

小津は「小津組」と呼ばれた特定の役者たちを集めて映画作りを行いました。

黒山が「自分の映画に必要なピース集め」をしているあたりは、小津の方針に沿っていると言えます。

 

 

 

明確な手掛かりとしては、これくらいでしょうか。

予想材料としてはあまり多くはありませんが、私なりに頑張って続きを考えていきたいと思います。

 

では、「scene123.毒」の続きを書いてみます。

「方程式」という話になります。

「scene124.方程式」、ではなく「第1話 方程式」と記述します。



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第1話 「方程式」

 

大河ドラマ「キネマのうた」の撮影が始まった。

 

周囲でスタンバイしているスタッフたち、静かな表情でカチンコの合図を待つ鳴乃皐月、同じく合図を待つ薬師寺真美は目を閉じて薄い微笑みを浮かべ皐月の正面に座っている。

 

皐月をじっと見つめる夜凪景。夜凪は集中力を高めて皐月と真美の二人を観察している。

カチンコが鳴らされた。

 

「どうして!? どうしておばあちゃんは映画が嫌いなの!?」

 

上々の演技を見せる皐月、まだ目を閉じたままの真美(真美がフレームに入るのはこの後)。

テイク1はここでカット、OKにはならなかった。

 

「よかった」と心の中で安堵の声を漏らす夜凪。

皐月の実力ならもっと良い演技が出来る。

皐月が最高の演技を引き出すまでOKテイクにはならないでほしい。

 

空気の緊張感を維持したまま、

…簡単にOKになるなんて最初から思ってない

皐月はそんなことを考える。

 

完璧な演技せなければ作戦は成功しない…

 

と心の中で呟く。

 

夜凪は今朝の大黒天での柊雪とのやりとりを思い出す。

そのやりとりは、

 

黒山から「大河ドラマの現場には難解な方程式がいくつかある」という伝言があった(月曜の朝に夜凪に言えって。自分で言えばいいのに今どこにいるのやら…)。

両拳を胸の前で力強くグッと握り、

「わ、わたしに解けない方程式はないわ(学校の成績はいいのよ)」

と的外れな反応を示す夜凪。

「……。」

と呆れてしまう雪は、しかしもうわかっている。

黒山からの伝言はそういう意味ではない。

そしてそのことを夜凪は理解している、と。

 

……というそんな内容のやりとり。

 

 

 

撮影現場ではテイク2が始まろうとしている。

 

監督の犬井五郎が、皐月に「目に気持ちを込めてみようか」と指導する。

周囲にいた他の役者から「体と気持ち両方の演技そのものが目に現れるイメージだ(嬢ちゃんにはまだ厳しいか?)」と小さく助言が入る。

 

「どうして!? どうしておばあちゃんは映画が嫌いなの!?」

 

皐月は「こういうことかな?」と思いつつ演じる。その演技はより雰囲気を引き締め、言葉の力強さも一段上がっていた。

 

テイク2もOKにはならなかった。

 

監督から「その感じ。次は迷いを捨てて」と指導が入る。

 

 

 

夜凪は「方程式」という言葉を思い浮かべつつ現場の観察に集中している。

 

出番はないが現場に来ていた環蓮はそんな夜凪を見つめていた。

表情にはすこし意地悪な笑みがあった。

 

心の中で「君はわかっているのかな? 今食らおうとしているものがとても恐ろしい毒だということを」と思いつつ腕組みのまま無言で立っている環。

夜凪の横顔を見ていた環は「このままじゃつまらない。なにより私のためにならない(後輩のために一肌脱ぐのが先輩の役目だしね…。さて、どうするか…?)」と悩み始める。

 

 

移動先の部屋の中で黒山は「そろそろ始まってるか」と呟く。

 

俺は方程式がいくつかあると言伝たが、それらを自分のものにしろとは言っていない

やっかいなのは本物が混じっているってこと

解き方も正解もある正真正銘の本物の方程式だ

そしてお前は自力で気づかなくちゃならない

その難解さに

その正体に

誰かに教わって学ぶ形じゃ駄目なんだ

 

心の中で、そう夜凪に語りかける。

 

…分厚く高く頑強な石の壁だ。見事、ぶっ壊してみせろ、夜凪!

 

黒山は思いを巡らせる。夜凪の才能を信じて。

 

 

 

撮影現場では皐月のテイク3が始まろうとしていた。

 

                第1話「方程式」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene124」となります。

この大河ドラマ「キネマのうた」で語られる薬師寺真波は、現実の日本の役者で言うなら原節子と杉村春子を足して2で割ったような位置づけになっています。
そしてその娘である薬師寺真美が「毒」として扱われているわけです。
この「毒」が意味するものが何なのかは、容易に推測できます。
21世紀、日本の今の役者の世界に実在する毒です。

しかし、私はこの「毒」にあえて別の解釈を与えます。

原作者が「総仕上げ」と目した大河ドラマ編ですが、私はこの大河ドラマ編を【(私の独自解釈による)「毒」と夜凪が向き合うエピソード】として扱うに留める予定です。

なお、本来小説屋である私が小説作法ガン無視で書いてみました。
人称や視点がばらばらで読みづらいかとは思いますが、漫画作品を文章のみで表現するとどうしてもこの形になってしまうのです。



漫画表現におけるフキダシ内の言葉には「 」を使っています。
フキダシが無い文章や手書き文字の言葉等には( )を当てています。
地の文章では、状況や光景を説明しています。

これらのルールを厳密に守ろうとしても無理が生じる場合が出てくるでしょうが、表現法の大雑把な方針として、こんな感じで書き進めていくつもりです。


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第2話 「神の調合(前編)」

 

テイク3。

 

「どうして!? どうしておばあちゃんは映画が嫌いなの!?」

皐月の演技に、見る者を惹きつける空気が宿り始める。

「私もお母さんみたいになりたいのに。どうして許してくれないの…?」

 

カットの声は掛からない。つまりここまでにNG部分はなく、そのまま次の文代の台詞へと撮影は続く。

集中力が増した皐月の正面には、文代役の薬師寺真美が悠然と座っている。

真美の口が開く。

場の空気の色が一気に変わったような感覚が皐月に伝わる。

 

「芸能は、…あれは女が嗜むものではありません」

 

集中していたはずの皐月の反応が遅れる。次の「でも女優には立派な人もいるわ!」という台詞の前におかしな間を作ってしまう。

ここでカットの声。当然OKテイクにはならない。

 

テイク4。

「でも女優には立派な人もいるわ!」

周囲には「良い演技だった」という目で場を見つめる者たちがいる。

だがOKテイクにはならない。

 

 

 

環は「当然よ」と思いつつ立っていた。

無能な監督なら今のでOKにしてしまう。だがこれは大河ドラマだ。求められる水準の高さが違う。

 

テイク5。

ほぼ同じ流れ。OKテイクにはならない。しかし皐月の演技が徐々に空気に溶け込み始めている。頑張る皐月を見つめる環。

その視界の隅にスッと場を離れる夜凪の姿が映った。

 

環は、

「まさか? いくらなんでも早すぎる。でも他の理由は考えられない」

そう思いながら夜凪を追う。

 

 

行き先は女子トイレ。

予想通り、夜凪の嘔吐の声が環の耳に入る。

(どうする? これも墨字くんの戦略の1つ? いや、さすがに無茶だ。戦略が破綻したとしか思えない。私がなんとかするしかないのか?)

 

トイレの個室から出てきた夜凪。目の光は強いが、顔色は悪く体もふらふらしている。

環は「大丈夫?」の声も掛けず(どうしろっていうのよ)という心持ちで夜凪を見つめる。

 

「…墨字くんに何か言われた?」

環はようやく言葉を絞り出した。

まだ呼吸の乱れが戻らない夜凪は、

「いくつかの…。難解な…方程式…」

と環の質問にかろうじて答える。

 

その答えを聞いた環は懸命に考えを巡らせる。

 

…難解な方程式か。

何を指しているかはわかる。だがそんな言い方じゃあ「毒」に対する防衛策としては弱い。

 

(おいおい、墨字くん。夜凪景の力を見誤ってるぞ。すごい早さで吸収してるぞ、この子。このままじゃあ破綻コースだ)

 

(それとも、この事態すら戦略のうち? ふざけちゃいけないよ、墨字くん)

 

そんなことを思うも、考えはまとまらない。

 

…どうする?

 

「も、戻らなきゃ。皐月ちゃんの演技を見なきゃ…」

 

走りだそうとする夜凪の腕を咄嗟に掴む環。「どうする?」という言葉が出口を見つけられないまま環の頭の中をぐるぐると回る。

 

腕を掴まれ、「え?」という反応を示す夜凪。

 

                第2話「神の調合(前編)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene125」となります。

黒山は不在です。アクタージュ原作「scene117.奪う」で「俺、来週からまた空けるから」「しゃあねえ。そろそろ動き出さねぇとな」と既に明記されていることなので私が変更するわけにはいきません。
そして雪の同行を許さずに「今は夜凪を頼む」と述べていることから、黒山の行動がどういうもので何を目的としたものなのかもほぼ確定路線として決定しています。なので変更できません。

黒山は広島県尾道の旅館にいます。
スマホの電源は切っています。これにはとても重要な意味があり、尾道を訪れた黒山にとって外界からの接触を断ち、自分自身を見つめることは絶対的に必要な作業となります。
アクタージュ原作「scene114」において「撮りたい映画じゃない。撮らなければいけない映画が見えるようになってきた。そのための力がまだ足りない。俺にもお前にも」と言っています。
黒山も自分自身のステップアップに挑戦しています。
尾道を選んだのは「東京物語」のロケ地だから、というのが原作本来の理由に相応しいかと思います。

その理由に加えて、他にも何か別の理由も与えてみようと私は思っています。

大きな国際映画賞を数多く受賞しているドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースは「尾道への旅」という写真展を開いており、その旅の写真で写真集も出しています。
ヴェンダースの代表作「ベルリン・天使の詩」(カンヌ国際映画祭:監督賞)という映画は「全てのかつての天使、特に安二郎、フランソワ、アンドレイに捧ぐ」というクレジットで締め括られています。
安二郎は小津安二郎のことです。
黒山にとって小津安二郎は演技面での完璧さを追求する演出家です。
「作品は人ありき」と考える黒山にすれば、小津は目標にすべき偉大な先人の1人です。
そして、究極の映像美が本領といえる「ベルリン・天使の詩」に、小津安二郎の名がクレジットされているという事実。
黒山はこの事実をうまく咀嚼できない自分に気づいています。
未消化のまま課題として残っているわけです。

映画作品「東京画」では、ヴェンダースは「自分が求めた東京の風景」として「東京物語」の映像に加え広島県尾道の景色を採用しています。

旅館の電話番号はさすがに雪に教えたものの、スマホの電源を切った黒山はヴェンダースという宿題と向き合っています。


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第3話 「神の調合(後編)」

真美が正面に座っている状況での芝居に、皐月は不思議な感覚を抱いていた。

 

他の役者の演技を盗むこと。役者の世界では当たり前のように行われている成長の手段。

 

だが真美との掛け合いでは、盗むまでもなく相手から勝手に演技指導のようなものが伝わってくる。

この異常事態は気のせいではない。実際、目に映る光景や空気に漂う息遣いが、1つの調和に向かって純度を上げながら変化していく。

 

真美は多少驚きながら皐月の様子を観察していた(思った以上に、この子には才能がある)。

周囲の者も空気の良さを感じとり、場の雰囲気が徐々に高まっていく。

そんな8テイク目…。

 

 

 

一方、女子トイレ。

こちらではレベルの低い争いが繰り広げられていた。

まだふらふらする体で夜凪は、なんとか手を振りほどく。

よろよろと皐月の元へ向かおうとする夜凪の腕を、再び(ガシッ)と捕まえて足を踏ん張る環。

(とりあえずトイレから出ませんか?)

(話を聞くと約束してくれるなら…)

 

周囲に誰もいないことを確認し、環と夜凪は壁に背中を預けて並んで廊下に立った。

「今戻っても君はまた吐いちゃうし、落ち着くまで私の話に耳を貸そう(私の話は役に立つぞ)」

一呼吸おいてから環は、

 

「薬師寺真美はこの業界の毒だ」

 

そう呟いた。

 

きょとんとしたまま立っている夜凪。

 

なにか苦味のような渋味のような面持ちで腕を組んでいる環(もう言わないぞ。1回しか言わないぞ。こんな危険な言葉…)。

 

「そしてそれは同時に神の調合による万能薬でもあった」

「えと…」

 

「まあ、聞けよ」

「…はい」

 

「多くの役者が万能薬に救われた。成長した。上達した。業界そのものもずいぶんと支えられたことだろう。掛け値なしに本物の万能薬だ」

 

環は言葉を続けた。

 

「それを作ったのが薬師寺真美で、そのきっかけとなったのが母であり師匠でもあった薬師寺真波。この二人の功績、貢献度の大きさは計り知れない」

 

ここで夜凪が、

「そんな立派な人がどうしてど……」

と言いかけたが、その口は環の手によって押さえられた。

もちろん「毒」と言わせないためだ。

手を離してから、シッと人差し指を自分の唇に添える環。こくりと頷く夜凪。

 

しばらく「んー」と唸ってから、

「君はセントサイモンの悲劇って聞いたことあるかい?」

環がそんなことを言った。

夜凪はふるふると首を横に振る。環は(だよね)と応じる。

 

「セントサイモンはイギリスに実在したサラブレッドの名前だよ。名馬中の名馬でね。またその子供たちが鬼みたいに強かったんだ。みんながうちのメス馬には是非セントサイモンの子供を産んでほしいと願った。結果、世界中のサラブレッドがセントサイモンの親戚だらけになった…」

 

それきり二人は沈黙。

 

やがて環は、頭を抱えてその場にしゃがんだ。

セントサイモンの例え話が夜凪に伝わるわけがない。

その自覚があったので、へたりこんでしまったわけだ。

隣の夜凪を見上げ、「よくわからなかった…よね?」、と恐る恐る確認する環。

 

夜凪もしゃがんだ。

そして環のほうに顔を寄せ、

「これっぽっちもわかりませんでした」

ひそひそ話をするような小さな声で、しかしキリッと真剣な表情で、夜凪はそう回答した。

 

申し訳なさそうにその回答を受け止める環(ゴメンね。でも相手がおっさんだったら百点満点の例え話なんだよなあ、一応…)。

 

 

 

しばらくの間の後、夜凪は皐月のことを思い出し、立ち上がった。

駆け出す夜凪を、環はもう引き留めなかった。

いくらか体調が戻ったらしく、ふらつかずに走る夜凪。

その背中に「ゲロだけはこらえろよー」と環は声を掛けた。

夜凪は振り返りはしなかったが、小さく右手を挙げて「了解」の意思を示し、そのまま走っていった。

 

 

 

1人残された環は思い悩んでいた。

何故夜凪が嘔吐してしまうのかその理由はわかっていた。

ただ、どこまでが伝えても良いことで、どこからが伝えては駄目なことなのか、その線引きの判断がとても難しい。

考えを整理するのに苦心しなければならない。

なんで私にこんな損な役回りが巡ってくるんだ?

「神の調合…か」

ぽつりと呟く。

 

神の調合という言葉を使ったのは薬師寺真美本人だ。母の演技を研究していたら勝手に生まれた物、偶然の産物、自分が何か凄いことをしたわけではない、という謙遜の言葉。

良い物は評価される。

評価された物は皆欲しがる。

当たり前と言えば当たり前のこと。

でも、それが大きな悲劇につながる事例が稀にある。

 

 

 

 

撮影現場に戻った夜凪は、壮麗とも言える異様な迫力を身に纏う皐月と真美の姿をその目に捉えた。

 

不敵な笑みを浮かべ、問答無用に自身が役者であることを醸す真美。

まったく引けを取らず、同様の迫力とオーラを放つ皐月。

 

そんな二人が互いを正面に据えて座っている。

 

テイク数は11まで伸びている。

                第3話「神の調合(後編)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene126」となります。

脚本担当の草見修司の「薬師寺真美、あれは毒ですよ」という発言に対し、私は「神の調合による万能薬」という解釈を環にさせてみました。
これは、あくまで環の解釈です。

ただ、おそらく原作者が意図していた「毒」の解釈とは別物のはずです。

そして環が「セントサイモンの悲劇」に例えようとした役者界の悲劇は、現実の日本で実際に起こったことです。

つまり史実です。

中心人物となったのは杉村春子。
「日本の役者史上、もっとも凄い女優は誰か?」という問いがあったとします。
映画や芝居に携わる専門家なら必ずこう答えます。「それは杉村春子である」と。
事実、杉村春子は凄い女優だったと思います。
ただ、その影響力があまりにも大き過ぎました。
監督も名優と言われる役者たちも、杉村春子を前にすると何も言えませんでした。それは「杉村春子の演技は絶対的に正しい」という共通認識によるものであると同時に、純粋に彼女を尊敬や心酔の対象とする役者たちが多く存在したという事情によるものでもあります。

橋田壽賀子が率いる「橋田ファミリー」の面々の多くが杉村春子に心酔していた事実も、影響力の増大に拍車をかけました。

そして杉村春子の演技を「方法論」的に解釈し、それを簡略化して教え伝える「万能薬」のようなものが生まれました。
いろんな撮影現場で、役を掴み切れない役者に対し、監督や演出家たちは「こんな感じで演技して」と指導しました。
別に示し合わせたわけでもなく、たまたま同時に多くの現場でそういう事態が発生した結果として、簡略化した方法論が「万能薬」のように機能してしまったわけです。
実際、万能薬の効果は抜群でした。
時間や予算に苦しむ映画やドラマが、万能薬のおかげで芝居全体を壊すことなく撮影を終えられるという嬉しい現実。
こんなありがたい話はないと思われつつ、採用され続けました。

この現象の根幹は、日本語の言語としての特徴に由来します。
表音文字を体系に持ち腹式発声を行う欧米の多くの言語と違い、日本語は表音文字と表意文字の融合と胸式発声の組み合わせという不思議な構造を持ちます。
残念なことに、日本語のこの不思議な構造は、「芝居」にとことん不向きなのです。

私のウンチクなど書いてもしょうがないのでこれ以上詳しくは記述しませんが、以前は克服が難しかった日本語の弱みは万能薬登場以降あっさりと解決されました。
そして起こった悲劇。

「どいつもこいつも同じ演技しやがって。気持ち悪いんだよ!」

お茶の間でテレビを見ている人、映画館に足を運び映画鑑賞した人、そういう人たちからそんな不満を漏らす者が現れ始めました。

この悲劇は今もなお未解決のまま現実の日本に存在する深刻な問題です。
業界関係者はこの問題と向き合わねばならず、黒山は日本語の弱みそのものと向き合わねばなりません。


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第4話 「調律」

 

広島県尾道。

黒山は石畳の階段を下り、そして民家の並ぶ通りを歩いた。

(これが東京の景色だっていうのか? 外国人だから日本の細かい部分に通じていない、と解釈すれば筋が通ってしまいそうで怖いな)

瓦屋根の古い一軒家の前で立ち止まる。

(恐ろしいほどに映像が美しい映画だった。あの作品の主役はベルリン。他のどの都市でもない、ベルリンでしか成立しない世界観だった。…あの歌手、ベルリンでのみ独特の輝きを放つ歌手がやたら恰好良かった…)

「難題だな…」

黒山の映画作りは、作品に不可欠な人を探すところから始まる。人と都市が入れ替わっただけで、手に負えないほどの価値観の軋轢が生まれてしまう。

カラスの羽音に気づいた黒山の目に、電柱と宙に離れるカラスの姿が映った。

「……。」

黒山は再び歩き出した。

 

 

 

真美と皐月が向かい合って座っている…。

現場は、調律師が調整したような空気に包まれている。

その空気は、中心にいる真美と皐月へと向かう「音階の精密さ」を保っている。

つまり、12テイク目が今から始まる。

この新品の五線譜のような空気は、二人の演技の開始とともに弾け飛び、その容貌を剥き出す。

夜凪は右手で口元を強く押さえた。

 

「あと1~2回ってところですかね」

「そうね。あと2回でしょうね」

 

監督と真美のやりとり。

夜凪にはその意味するところが瞬時には理解できない。そんなことより今は皐月ちゃんの演技だ。

 

テイク12。

始まってすぐに高密度な存在感を伴った演技の衝突。スゴい。真美さんも凄いけど皐月ちゃんも凄い。

そしてやはり襲ってくる嘔吐の感覚。夜凪は懸命に耐えつつ、意識を二人に向ける。しっかりと演技を見なければならない。

 

「それは他に選ぶ道がなかった女性たちですよ。あなたはそうではないでしょう」

「嫌だ! 私は女優になるの!」

 

このテイク12はほぼ完璧と思われた。だがOKにはならなかった。

 

そして13テイク目でOKが出た。

 

現場に、(良い感じだった)(うん、いいねえ)といった周囲の人々の騒めく雰囲気が戻った。

緊張と興奮がまだ完全には抜けきれないまま皐月は視線を周辺に向けた。

皐月と夜凪の目が合った。

 

右手で口を押えていた夜凪は左手でグッと親指を立てる形を作って見せ、それに皐月が気づいてくれたことを確認すると、現場に背を向けた。

走って女子トイレへと向かう。

 

 

 

トイレの対面の壁に背を預けて立っていた環が、

「あー…」

と呟いた。

環の視界の中で、目が充血して赤くなった夜凪がトイレの中へと飛び込んでいった。

2分ほど経って夜凪がトイレから廊下へと出てきた。

「おー…」

 

(フッ、吐かなかったわ)(←以前ゲロ女と言われたのが軽くトラウマ)

 

息を乱しながらも得意げな顔つきの夜凪だった。

 

 

 

夜凪は環に並んで壁際に立ち、

「皐月ちゃん、とても良い演技だった」

そう言った。

「それは嬉しい報告だ、うん」

「うん…」

 

「それで、君のそれはどうするんだい? 景ちゃん」

「な、慣れる……」

拳を握り、顔を環に向ける夜凪。

 

「無理だよ。無理な理由がちゃんとある」

「……?」

 

「より正確に言うなら、今のままじゃ無理だし、この先どんどん無理になっていく…」

環も夜凪のほうへ顔を向けた。

目が合う二人。

「……。環さんにもあったのね? こういうことが」

「いや、私にはそんな経験ないよ(悔しいけどね)」

環は言葉を続けた。

「急ぎでなんとか対策しなくちゃならない。私がアドバイスするにしても、墨字くんの考えもあるだろうし…」

 

その言葉を受けて、夜凪はスマホを取り出した。

 

操作して、(むっ)と一度唸って、また操作して、

「あ、雪ちゃん? 黒山さんスマホ繋がらないんだけど、……うん。……うん」

 

「黒山さん、広島だって」

 

「あ、うん。環さん。……そう」

 

(景ちゃんは通話口を手で押さえない人か…、ふふっ)

 

環は夜凪のスマホをひょいと奪い取り、

「環です。今からそちらに伺って大丈夫ですか? 緊急事態です」

会話を終え通話を切った後、環は「ほい」と言ってスマホを夜凪に返した。

 

「え、まだ皐月ちゃんの撮影が残ってる…」

「そう、さつきの撮影が残ってる。今日だけじゃなく、明日も明後日もその次も」

 

 

 

スタジオ大黒天。

「おー、墨字くん、オシャレなところに住んでるねえ(家賃も高そうだ)」

夜凪と環を出迎えた柊雪は、

「けいちゃん、なにかやらかした?」

不安そうに尋ねた。

「えと」と言いながら夜凪は環のほうを見た。

「うん、君はなにもやらかしてないよ」

とりあえず安堵の息を漏らす雪。

そして雪の口から現状が説明される。民宿に連絡を入れたが黒山は外出中で、伝言を頼んで返信待ち、とのこと。

 

「しかたない。やれることだけ先にやっておくか」

 

環の指示で、テレビモニタの正面に座る夜凪と雪。

床上のクッションに座る雪、ソファーに座り雪の背後に陣取る夜凪。

夜凪の手は雪の肩に乗せられ、顎は雪の頭の真上。それが環が指定した二人の姿勢。

 

映像素材入りのディスクを何枚か手に持った環は、

「じゃあ、まず何故景ちゃんが吐いてしまうか教えよう」

そう二人に告げた。

 

                第4話「調律」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene127」となります。

少々強引かつお節介に見える環ですが、もちろんすべて自分のため、あるいは作品のためにしていることです。
まだ夜凪を「脅威」と感じていない環にとって、夜凪の手助けをすることは至極当然の行為です。
私は今回の副題を「調律」としました。
そして撮影現場を貫くこの「調律」という要素は、今後どんどん色濃くなっていきます。
「キネマのうた」は薬師寺真波の物語です。
参加するベテランの俳優たちは理解しています。薬師寺真波の功績を称えるために必要不可欠な足並みの揃え方を。
そのための企画であり、脚本であり、監督の方針であり、だからこそ「キネマのうた」という大河ドラマは業界から薬師寺真波に贈る「勲章」のようなものでなければなりません。
もちろん、同時に大河ドラマに相応しい作品としてのクオリティが維持されなければなりません。
草見修司が「一度は断った」理由もそのあたりにあります。

そもそも「歴史上の人物の一代記」として作られることの多い大河ドラマの題材として極めて異質なのです。
大河ドラマは「ドラマ」なので「ドキュメンタリー」にするわけにもいきません。
「アクタージュ」というフィクション内の設定、つまり劇中劇だからこそ「キネマのうた」は制作可能なドラマなのです。
現実ではありえない話です。
せっかくそんな異質な物を用意してくれたわけですから、私としてはその異質性をとことん活かしたいと考えています。
夜凪の成長に、黒山の覚悟に、がっちりと反映させるつもりです。
そう考えるとこの「大河ドラマ編」は実に興味をそそられるエピソードです。
続きを書くのが楽しみです。


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第5話 「向こう側」

環は、

「この作品にも墨字くんが言ってた方程式がある。見つけてみて、景ちゃん」

そう言ってディスクの1枚を選び、機器にセットした。

スタジオ大黒天自慢の特大テレビモニタに映像が流れ始めた。

夜凪は画面を見つめる。

(あ、知ってる。見たことある。なんとかって監督のなんとかってドラマだわ)(←あさいきんや監督の「海辺のカフェテリア」というドラマです)

(方程式というか、なにかのルールに則った感じの演技は見つけられるけど、「キネマのうた」の現場にあったのとはだいぶ違う)

ドラマのストーリーは進んでいく。有名俳優二人による、カフェテリア店長と大手チェーン店を手掛けてきたコンサルタントの「なにが得でなにが損か」というやりとり。優秀だがいかにも嫌な奴という感じのコンサルタントの口調。

 

唐突にそれはやってきた。

嘔吐の気配。夜凪は咄嗟に右手で口を押えた。やがて気配は完全に吐き気として顕現し、夜凪に襲い掛かった。

「ん、ん…ん」

「景ちゃん、耐えろ。耐えられなかったらどうなるかわかるな? そのためのマネージャーちゃんだ」

(えええ…)と思う雪。

「景ちゃん、手はマネージャーちゃんの肩に戻すんだ。姿勢はちゃんと維持しろ」

(え? えええええ…)と思う雪。

言われた通り右手を戻し、「んっ!」と唇に力を込める夜凪。(楽勝よ)と気合い十分の表情だ。

 

それから5分ほどが経ち、「よーく考えることですね。では、また」という台詞を残してコンサルタントが去っていく場面、そこで環はドラマの再生を止めた。

(耐えたわ)と息を吐く夜凪、(私の役割って必要だった…?)と呟く雪、そんな二人を横目にちらりと見て環は、

「墨字くん、早く連絡くれないかなあ。困るなあ」(このスタジオ、広くていいねえ)

フローリングにごろりと横になった。

二人に背を向け、肘枕で寝そべる形で。

「あ、あの…」(←状況が呑み込めない夜凪)

「異議あり! 異議あり!」(←とにかく諸々の異議を唱えたくて挙手する雪)

 

床に両手を突いて身体を起こした環は、

「冗談だよ」(早く連絡ほしいのはホントだけど…)

と、言葉とは裏腹に不安と剣呑が混じったような細い声音でそう言った。

 

「今のドラマ、あさいきんや監督の作品だ。墨字くんがその実力を認める監督だから、このスタジオに置いてあったんだろうね。そして私は今見た演技を上手いと思った。景ちゃんはどう思った?」

「……。上手いと思いました」

「だよね。実際上手いからね。でも今の演技をヘタクソだと言う人たちがいる」

「……。」

「テレビの前の素人さんたちだよ」

「えっ?」

ここで雪が、

「環さん、それは…」

と口を挟んだ。

「まあまあ」

と雪を制する環。

 

「私たちが上手いと思う演技を、テレビを見ている人たちはヘタクソだと言う。不思議だねえ」

「……。私たちはあの俳優二人が実力のある人だと知ってるから?(…かな? でもちょっと違うかも…)」

 

「ねえ、景ちゃん。演技が上手いってどういうことだろう?」

 

このある意味究極とも言える質問を投げられ、夜凪は(うーん)と唸りつつ考え始める。

その間、環も自分の考えを整理する。

 

顔合わせの場で薬師寺真美が言ったこと。

「薬師寺真波は自分をライバルとして見ていた。あの人の恐ろしさも美しさも自分が誰より知っている」

あの言葉は物凄く重くて深い。

事実であり真実であり、故に尊い。

あの母子の生き様はとにかく半端じゃない。

これらを事細かく景ちゃんに伝え、説明してもいいのか?

私にわかるのは今は伝えてはいけないということ。まずこの1つ。

墨字くんが景ちゃんをどう育てる予定なのか、その具体的なプラン。……それは今の私には関係のない話だ。

私にわかるのは今のままでは景ちゃんの症状はこの先さらに悪化していくということ。そして薬師寺母子に関する話はその伝え方を間違えれば悪化を通り越して破綻するということ。これが2つ目。

伝えるのは少なくとも私の役目ではないし、墨字くんに任せたとしてそれが失敗する可能性だって十分に考えられる。

結局伝えないことが正解かもしれない……。

 

 

雪は不思議な光景を目にしていた。

壁際にうつ伏せで寝そべり「むー、むー」と唸る夜凪景。

フローリングの中央に胡坐をかいて座り、難しい顔をしたまま彫像のように固まっている環蓮。

 

素晴らしい構図だ。

 

これはカメラに収めるべきではないだろうか、などと考えているとスマホが鳴った。

「あ、墨字さん? 今けいちゃんが大変でね……。うん……」

 

待ちに待った電話が掛かってきた時、環が反射的に感じたことは「あのテンションじゃ駄目だ」ということだった。

飛び起きて雪に駆け寄り雪のスマホを奪う。

「黒山墨字! すぐに帰って来いっ!」

受話口から「……。……環か?」と聞こえた時、環は(まだ繋がってた。間に合った。電話を切られる前で良かった)と思った。

「すぐに帰って来るんだ。黒山墨字の痛恨の計算ミスだ。私が言ってることがわかるか? 墨字くん」

(あのな、環よ。俺には俺の考えが……)

黒山の言葉に被せるように、遮るように、かき消すように、

「すぐに帰って来いと言っているっ!」

(ま……)

「キネマのうたが台無しになった時、あんたは私にどうやって詫びるっ!?」

(あ……)

「これは時間との闘いだ。大急ぎで帰って来いっ!」

びりびりと空気を震わす言葉を連発した後、「ふーっ、ふーっ」と荒い息を漏らし、「うん、……そう、うん、待ってるよ、墨字くん」と最後は平常に近いテンションで環は通話を終えた。

 

スマホを返す時「ありがとう、マネージャーちゃん」と言った環に対し、雪は「柊雪です」と名乗り、環は「ありがとう、雪ちゃん」と言い直した。

 

「さて、と……」

と言いながら再びフローリングの中央に胡坐をかいて座った環は、

「墨字くんが戻るまで早くても3時間はかかるだろうし、さっきの続きをしようか」

そう告げた。

「は、はい」と素直に答える夜凪。

「異議あり! 異議あり!」と挙手する雪。

 

 

「まずね、私が知ってるだけで3人いる。景ちゃんと同じように明らかな吐き気を感じた役者」

その3人は吐き気を感じただけで実際に嘔吐するには至っていない。このことは景ちゃんに言う必要はない。

環は言葉を続ける。

「3人に共通するのは吸収する能力がずば抜けていたこと。2人は景ちゃん同様、気持ちが悪くなっての吐き気、もう1人は理論派の天才肌でこの役者は頭が痛くなっての吐き気」

夜凪と雪は静かに話を聞きいるモード。

「君はシーン10で難解な方程式とやらを見つけてどう思った? 何を見た?」

聞きいるモードだった夜凪はとくに考えを巡らすでもなくそのまま、

「薬師寺真波はこういう演技をする人なんだと思った」

そう答えた。

「だろうね。でもほとんどの役者は、薬師寺真美はこういう演技をする人なんだ、と思うんだよ」

(そ、そうなの?)隣に座る雪に尋ねる夜凪。

(けいちゃん、その癖なおそうか)と応じる雪。

「どっちが見えても間違ってないと思うよ。そして吐き気を感じるタイプは真美の向こうにいる真波の姿が見えてしまう役者だ」

「……。……あれ? でも私が見た真波さんは鮮やかなのに落ちついていて、なのに見てると眠くなるような子守歌みたいな演技をする人だったわ」

「うん、正しい。真波はそういう演技もした。他にも、表情の作り方、間の作り方、現場の空気の作り方、ちょっとした仕草の工夫、他にもたくさん、それはもう膨大な数の演技で、ああこれは真波の演技だ、と言われるような演技をした」

そう言われても無言。話を聞きいるモードの夜凪と雪。

「じゃあ、景ちゃん。本題だ。さっきの海辺のカフェテリアで方程式を見つけた君はその向こうに何を見た?」

「……。……え?」

 

                第5話「向こう側」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene128」となります。

黒山は挫折をしないし、考えや目標もブレません。
読み切り作品「阿佐ヶ谷芸術高校映像科へようこそ」には30歳の黒山墨字と15歳の柊雪が登場し、アクタージュには同名の二人が35歳と20歳で登場しています。
「阿佐ヶ谷芸術高校映像科へようこそ」と「アクタージュ」が完全な地続きではないことは、アクタージュに「たんぽぽ」が出てきたことで明示されています。
なのですが、別作品の30歳の頃を見ても、アクタージュscene123まで見ても、とにかくブレない、挫折しない。
さすがに気になります。
挫折させてやりたいという気持ちがむくむく膨らんでしまいます。
挫折して、克服して、成長する黒山を見てみたいという欲求がとめられません。

私は黒山をヴェンダースという壁にぶつからせました。
足りません。
そして今「キネマのうた」編で痛恨の計算ミスという失敗をさせようとしています。
まだ、足りません。
薬師寺真波と薬師寺真美のコンビは実に強大で、本当に天才なのは娘の真美のほうです。
夜凪が真美の天才性にどっぷりと浸かってしまうと、そこから引き起こされる現象は若輩の黒山では手に負えないかもしれません。
暗くて後味の悪いものは他ならぬ私が嫌いなので避けますが、今後黒山にはたっぷり苦しんでもらおうと考えています。

なお、「あさいきんや監督」というのは私が勝手に作った架空の名称です。
コミックス5巻にて俳優の「高田高二郎」、映画監督の「あ…なんとかさん」、女優の「木梨かんな」の3人が紹介されています。木梨かんなの台詞に隠れて、映画監督の名前は最初の1文字の「あ」しか確認できません。
なので「あさいきんや」と適当につけさせていただきました。
「海辺のカフェテリア」というドラマ名も同様に適当です。


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第6話 「誤算」

夜凪は自分が「海辺のカフェテリア」を通して何を見たかを考える。考えなければならない時点で、ぼんやりした物しか見えなかったということだ。

「か、監督?」

「あさいきんや監督のこと? へー、会ったことあるんだ」

「うん。黒山さんが迷惑をかけて、そのお詫びに行った…」(←正しくは夜凪が迷惑をかけた。しかもあさいきんや監督の名前を忘れていた)

夜凪は、

「あ、ちょっと待って」

と、さらに考えを追いかける。

「監督を含めた撮影現場の光景…、あの二人の役者も。その…見えた、というより思い浮かべた?」

「うん、上々の回答だよ」

「…でも、それでなんで吐き気が来るんだろ。意識は画面に向いてるはずなのに、突然来た」

 

「ほんとだねえ。あのドラマに薬師寺真美が出てたわけでもないのに……」

 

たしかに、真美がいないドラマだったのに、と夜凪は思う。

答えられない夜凪を見て、環は口を開いた。

 

「あの二人の役者人生、これまでにどれだけの数の監督や役者やスタッフに出会ってきたと思う? そして芝居や演技に関わる膨大な数の様々な欠片、そのすべてに薬師寺真美が作った万能薬が含まれていた。…この事実をどう思う?」

 

「……。」

 

「大げさじゃないんだよ、景ちゃん。すべてに、だ。昔のある時期に爆発的に普及したそれは今もなお使われ続けている。当然の結果だよ」

 

そう聞かされた夜凪の顔が若干悲痛気味に歪んだ。話を聞いただけで、吐き気に近い感覚がぶり返した気分になったからだ。

 

「景ちゃん、君のそれは胸焼けに近い。同じ物を一度に大量に食べてしまった時の症状だ。そんなことをすれば気持ち悪くなるし、吐き気も来るだろう」

 

この説明でほぼ正解と言っていい、と環は思う。

仮に、もっと詳細に厳密に伝えるのならば、少し異なる解釈の説明が相応しい。だが、それは墨字くんが担うべき領域だ。薬師寺母子についても同じ。そのあまりに根深くやっかいな問題は、墨字くんの口から教えられるべきだろう。

 

「でも、前に一度このドラマを見た時は全然平気だった」

 

夜凪のその言葉を聞いた環は、今やれること、が終わったと確信した。あとは墨字くんが帰るのを待っているしかない。

一時的とはわかっていても、解放され気持ちが楽になっていく自分を感じた。

 

先刻と同様、肘枕でごろりと床に横になり、夜凪に背を向けて、

「奇遇だなあ、私も全然平気だったよ」(吐き気なんか全くなかったよ)

夜凪は(なんで拗ねてる感じになってるの?)と不思議に思う。

 

 

ここから先は黒山抜きでは話が進まないということで、完全な待機時間となった3人は、

 

「すぐ電話を切るの、どうせあれ映画かなにかの真似だろ。恰好良いつもりか? 普通に困るっての」

「あのヒゲ、人として欠点が多いわ」

「私は弟子になって5年(もうすぐ6年?)、師匠らしいことを何もしてもらってないことにちょっと怒ってます」

「教わるんじゃない、盗むんだ、とか言われた?」

「それすら言われてません」

「ヒゲの行動原理は、まず逃げる、よ。さすがにわかってきたわ」

 

という悪口大会のような談笑をしつつ、コーヒーや紅茶で時間を潰していた。

 

雪が15歳の頃の話題も出た。「たんぽぽ」を撮った時の20歳の黒山が既にヒゲ面だったというマメ情報も出た。フローリングの中央に集まり座っておしゃべりする女3人。

コーヒーや紅茶やオレンジジュースやクッキーやスナック菓子が消費されていった。

 

 

そして黒山が帰還した。

事務所内に入ってきた黒山は、(真ん中に集まって何やってんだ?)という目で3人を見た。

女性陣は無言で黒山のほうへ顔を向けていた。

「自分の目で直接確認しろ(←電話で環にそう言われた)って、夜凪は別に普通じゃないか」

そう言いながら部屋の中央へと進む黒山。

 

さらに黒山は言葉を続けた。

「そういう状況も織り込み済みだ。俺だってちゃんと考えて…」

ここで黒山のしゃべりに被せて環が、

「シーン10。5テイク目」

と呟き、黒山の話を遮った。

「シーン10の5テイク目よ、景ちゃんがトイレに駆け込んだのは」

「5テイク目か。そしてそれがシーン10。なるほど、うん」

黒山はとくに動揺するでもなく環の言葉を確認した。本当は非道い動揺に襲われていた。必死に押し殺し、態度には出さなかった。

 

 

柊雪の実家。

もう1人の同居人である雪の母親は仕事で出ている。つまり今家には誰もいない。そこに雪、黒山、環の3名が入っていった。

 

「ゴメンね、雪ちゃん。私が有名人なせいで」

「いえ、とんでもないです。光栄というか、この家の価値が上がりましたよ、間違いなく」

 

それは本心だが、雪にはもう1つ思うところがあった。

ただ環さんが有名人であることを考慮するだけなら、あのままスタジオ大黒天で良かったはずだ。それだと1人だけ外出するけいちゃんが仲間外れのような空気になる。

なので全員が外出するこの形は好ましい。

だからといって墨字さんがそんな理由でこの場所を選んだとは思えない。そんな気の利いたことが出来る人じゃない。

 

「すまんな、柊」

「いえ、全然大丈夫ですよ」

 

「これから俺がする話は柊に聞いてもらいたい話でもあるんだ…」

力なくそう言う黒山の表情。

(先までは動揺を隠していたけど、もう隠す必要はなくなった)

とばかりに、苦悶と悲哀をその顔に曝してしまっている黒山の異変に気づいた。

 

 

劇団天球。

道中で菓子折りを買った夜凪は、今の自分が向かうべき場所としてここを選んだ。

中に入り、練習場の袖から皆の様子を見る。

かつて同じ舞台をともに作り上げた仲間たち。

夜凪に気づいた劇団員が明るく声を掛けてきた。

その声で夜凪のほうへ顔を向けた他の劇団員たちからも明るく歓迎する声が飛んできた。

(ああ、いいなあ。やっぱりここは)

そう思う夜凪のほうに、今は劇団の長である明神阿良也がゆっくりと歩いてきた。

 

「こ、これ。陣中見舞い」

そう言って大きめの菓子折りを阿良也に差し出す夜凪。

「お? おお…。今うちは公演の合間だけどな(まあ、もらっとくけど)」

 

黒山は作戦会議を兼ねてすぐに出掛けようと言った。たしかにこれは時間との闘いだ、とも言った。実際、黒山は大急ぎで広島から戻ってきた。

そして夜凪だけは別行動で「吐き気に強くなる工夫について調べろ」ということだった。

 

人によって体質が違う。

男と女でも違う。

即効性が求められる。

胡散臭い方法は駄目。

 

夜凪がまず思いついたのは役者の知人に電話で訊くこと。だが、それは効率が悪いとすぐに気づいた。

急ぐなら実質スターズか天球かの2択だ。

ネットで調べるのは論外だし、環のようにそもそも吐き気が来ない人は当てに出来ない。

 

「ということだそうだ」

阿良也が皆にそう告げた。

「たとえばよく効く漢方薬がある、とかそういうこと?」

「そういうことだろうな」

「しっかり食べてしっかり寝るのがいちばんだけど、即効性がないわね」

「あ、たしかあの人吐き癖あったな。電話してみるか」

「未成年じゃなかったら煙草は効果あるんだけどな。酒は逆に身体を弱くするんだ」

「漢方薬はただの例えで実際には無いの?」

 

けっこうな勢いで意見が出され始めた。心強いと夜凪は思った。

同時に、この天球という鍛え抜かれた演劇集団にどうしてもあのことを質問したいと思った。

 

演技が上手いってどういうことだろう?

 

あの会話の流れの中で環にそう問われ、夜凪は答えのヒントになるような手掛かりすら見つけられなかった。

でも今はその質問をする時ではないと自分に言い聞かせた。

 

                第6話「誤算」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene129」となります。

黒山が自分の映画に必要なピースと考えている役者は、夜凪、百城、王賀美の3名であることが原作内で既に明示されています。
そこに阿良也は含まれていません。
黒山は巌から「お前はいつまでも星アリサの幻影を追っている」と指摘されています。その一か月後に夜凪と出会います。
つまり、星アリサを見て「あんな凄い女優ならあの役が出来る。あの映画が作れる」と思っていた黒山が、夜凪を見つけて「やった、これで作れる」というのが「scene1」です。
原作者によるアクタージュ「scene1」~「scene123」までの確認できる限りにおいて、黒山のその思惑はブレません。

さらに言えば黒山は、
「実力がある」「常に正しい」「何が大事か見えている」「何が大事かわかっている」という、

【アクタージュ内の世界観の上限を決定する神のようなキャラ】

という立ち位置に固定されています。

私はブレさせます。固定もさせません。
黒山を成長させ、目指す作品も変化させます。
新キャラも登場させたいですし……。

なお、夜凪、百城、王賀美は、日本の役者で言えば
 夜凪……笠智衆(男ではありますが他に考えられません)
 百城……原節子
 王賀美……三船敏郎
海外の役者で言えば、
 夜凪……イングリッド・バーグマン
 百城……オードリー・ヘプバーン
 王賀美……クリント・イーストウッド(あるいはスティーブ・マックイーン)
というところでしょうか。

なんだかこれだけで、どういう映画なのかが見えてきそうなラインナップです。
もちろん、連載が続いていれば黒山の作品に必要なピースは、このあと徐々に明かされていき増えていた可能性も十分あります。
まあ、考えてもしかたありません。
もう知る術のないことです。
とりあえず私は黒山映画に必要な役者は増やすつもりでいます。


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第7話 「殴打」

劇団天球は優秀だ。

わやわやと意見や電話やメールが飛び交った末、かなりの短時間で最終的な回答が出された。

 

基本、日々の体調管理がすべてだが、今回ネックになるのは「即効性」という要素である。

乗り物酔いの薬の類は、東洋医学も西洋医学も今回のケースに効果がある薬を提供してくれない。

小さい効果ではあるが、有効なのは「ブドウ糖」である。

 

そして、「これは良い物だ。本番前にラムネ菓子を数粒食べるのを天球の公式儀式として採用しよう」という案まで出た。とはいえ皆やはり冷静であり、あくまでラムネ菓子摂取は推奨儀式扱いとなった。

 

「というわけでラムネ菓子だ。安心しろ、スーパーで50円で買える」

「ありがとう…」

 

「俺は食べる。良い物を教えてもらった。感謝するよ」

「…えと、はい(教えたのは私ではないのだけれど)」

 

天球内外のいろんな役者さんたちの体験談が集結し、医学的根拠に関する情報も検討され、計量の手軽さ及び正確さに対する評価も高く、かの「ラムネ菓子」様は果てしなくファイナルアンサーの輝きに満ちたプラチナアイテムとなってしまった。

 

なんてありがたいことだろう、と夜凪は思う。

 

予想以上に、自分の考えよりずっと高い次元で、調べ物の課題にケリがついた。

 

そしてやはりこの有能な人たちに訊いてみたい。

演技が上手いってどういうことだろう?

このことも今回の時間との闘いの一件と無関係ではないはずだ。

 

 

 

柊家のダイニングのテーブルにつく黒山、環、雪。

沈んだまま浮上の気配がまったくない黒山が口を開く。

 

「環。おまえにどう詫びるかってのは無意味だ。どんなふうに詫びようが許されるはずがない。許されるべきではない」

 

重い空気の中で黒山は話を続ける。

 

「やっと見つけた、ようやく出会えた夜凪にも、どんな言葉をかければいいかわからない。ただ環、怒りはすべて俺に向けてくれ。夜凪には向けないでやってくれ」

 

次に黒山は雪の顔を見つめた。

 

「柊にもまだ教えたいことがたくさんあった。おまえには良い映画が撮れるさ。こんな俺の下とはいえ5年も学んだんだ…」

 

 

静寂が訪れた。

 

 

テーブルの上のお茶には誰も手を伸ばしていなかった。

誰も触れていないコップの中の氷がコロンと音を立てた。

 

 

 

静寂を破ったのは雪だった。

無言で席を立ち、二階へと階段を駆け上がっていった。

雪は怒っていた。

自室に入り、ぐるりと周囲を見渡す。目に入った筒状のままの、まだ使っていない新品のカレンダーを手に取り、一階ダイニングへと戻った。

 

椅子に黙って座る黒山、その後頭部を雪はカレンダーで思い切り殴った。

 

「なにが5年だ。私は何も学んでねえ。墨字さんはさぼってばかりだった。ほんとさぼってる姿しか見てねえぞ。それで私に映画が撮れるかっ!」

 

息を荒げる雪。黒山は無言のままその打撃を甘んじて受ける。

雪はさらに追撃のカレンダーを振り上げる。今度は3連打。

 

「そもそも私だけ状況がわかってねえ。何がどうなったんだっ! ちゃんと説明しろ、コラッ!」

 

その3発も黒山は黙って受けた。

 

 

 

環が、

「状況を知らないのに、師匠の頭をぽかぽか殴ってるのか…」

と呟いた。

 

 

 

「じゃあ語るが……」

黒山がようやく沈黙を解いた。

「環もけっこう詳しいはずだ。俺の話に説明不足があったら補足してくれ…」

「……。いいよ」

環はわりと平静だった。

「聞か…せてもらう」

雪はもう涙でぼろぼろ。なんだかよくわからない怒りと悲しみ。突然に、しかも自分のあずかり知らぬ場所で大変なことになってしまったらしい、そんな空回りの疑念。

 

 

 

黒山の無機質な説明が始まった。

 

薬師寺真波は映画の世界に強烈な興味を持っていた。それは21世紀を生きる我々の感覚で言う「興味」とはまるで異なる「興味」だ。

今も昔も、年配者の口癖のように扱われてきた「最近の若い者は」という言い回しがある。いつの時代にもその言い回しが廃れないことにはちゃんと理由がある。興味の選択肢は時代が進むほどに増え、増えれば増えるほどに薄まっていくのは当然の理であるからだ。

真波が生きる時代の役者たちはそういう意味で化け物揃いだった。

理解の深さと広さ、どんな些細な表現の違いも見逃さない貪欲さ、研究し研鑽する根性、演じることへの執念、そういう様々な物の集合体である「想い」が、

「興味」

のただ一言で片づけられてしまう。

そういう時代だった。

役者の仕事は、その量の多さも質の濃さも、21世紀の我々から見れば桁違いに高負荷な代物だった。

当時の役者たちはそれらを当然のようにこなした。

そんな中、真波は才能を開花させ、頭角を現す。

新しい表現を見せる。細かいが効果の大きい工夫を見せる。既存の表現の解釈を先鋭化させる。

真波の芝居は見る者を虜にした。

監督や他の役者たちにとっても、驚きと発見を連続で味わわされる驚異的な存在となった。

 

真波は一流の女優だった。

 

そして女優としての真波は更なる境地へと足を踏み入れることになる。

娘である薬師寺真美の存在があったからだ。

 

 

 

この時点での雪には、まだ黒山の話の全貌が見えなかった。

ただ言葉に聞き入るのみだった。 

 

                第7話「殴打」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene130」となります。

黒山は「scene117.奪う」において、「キネマのうた」における夜凪の撮影期間を環の5分の1と言っています。
計算すると、
皐月……1話、夜凪……8話、環……40話
となります。
夜凪の撮影は、約2か月に渡る期間、日数にして32日です。
有効に使えば、夜凪が大きく成長できるかもしれない長さの時間です。
ただ、真波担当を皐月がメインに演じる第1話の撮影、その4日間のうちに夜凪の出番が数カット、翌週には夜凪の担当がメインの撮影が始まってしまうわけです。
まさに時間との闘い。

雪の怒りは自分が蚊帳の外に置かれていることに対するものと、黒山が諦めている姿を初めて見たことへの衝撃との合わせ技です。
つまり、雪は絶賛混乱中です。

ブドウ糖はあれですね。
栄養点滴の主成分でもあり身体が元気になる物質です。
脳がエネルギーとして使う唯一の物質でもあります。
スティックシュガーを1本食べる、というのも効果があるのですが、身体への負担を加味するとブドウ糖に軍配が上がります。


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第8話 「上手い役者」

「演技が上手いってどういうことだと思う?」

脈絡なく夜凪は質問した。

受け取った菓子折りを手に持った阿良也は、

「演技の上手い奴がいて、そいつの演技が上手いってことだ」

と、会話の空気を読まない夜凪の脈絡の無さを気にすることなく答え、すぐに「いや、これじゃ答えになってねえな。何も言ってないのと同じだ。アホか、俺は」と呟いた。

 

「見る人が引き込まれる。上手い演技ってのはそういうもんだ」

 

いつのまにか阿良也の背後に来ていた三坂七生がそう発言した。

 

「見る人を引き込むことに特化した演技の結果に過ぎず、役の解釈自体は間違っているとしても?」

すかさず夜凪はそう返した。

 

(なんだ? なんだ?)という感じで劇団員が集まってきた。

無事用件を終えて帰る夜凪を阿良也が見送る、という局面だったはずが事態は一変し、再び夜凪は稽古場の中央へと連れ戻される運びとなった。

 

「役は正しく解釈するんだよ。その上で見る人を引き込む」

七生が話の続きを述べる。

 

「引き込むことに特化した演技に比べ、引き込む力が下がったとしたら?」

夜凪が応じる。

 

「そこそこ上手い演技なのか、究極に上手い演技なのか、基準はどこだ?」

これは青田亀太郎の言葉。

 

「それは究極のほうよ」

「そもそも特化した演技ってなによ?」

「そんなの私にもわからないわ」

「どの作品の誰の演技が該当するとか、そういう例を挙げてくれよ」

「あー、待て待て」

 

一度話を整理しようということになった。

じっくり腰を据えて議論する流れ。

劇団員なんて生き物は基本的にこういう話が好物であることを夜凪は知った。

 

この議論は今まさに進行中の時間との闘いに寄与するはずだ。まず質問者である環に答えを訊くのが本筋だが、環は別行動で闘っている最中だ。

予定より早く自分の調べ物が完了したからには、余った時間を有効に使うのはむしろ必然。

(けっして、たんに私が訊きたいだけ、ということではないのよ)

夜凪は、撮影現場での出来事からスタジオ大黒天でのやりとりまで一連の説明をした。

 

「環蓮はなんでトイレで景の腕を掴んだの?」

「テレビの前にいる人と役者で見方が変わるところがポイントじゃないのか?」

「まず環蓮がどういう人かわからないと要点を外すよ、亀」

「胸焼け理論に違和感あり!」

「演技が上手いとは、という話に戻りましょう」

 

わちゃわちゃと活発に意見が出された。それらを聞いているうちに、何を議論すべきなのかがよくわからなくなってきた、と夜凪は思った。

 

 

「演技が上手いってのは百城の演技のことだ」

 

 

阿良也のこの言葉に一同おしゃべりをやめた。つづけて阿良也は、

 

「さっき言いかけた続きだ。俺は、演技の上手い奴の具体例を挙げなきゃならなかったんだ」

 

そう言った。

劇団員たちは「なるほど」「うん…」「たしかに…」といった言葉を漂わせた。

亀太郎の、

「阿良也は、上手い、じゃなくて、凄い、だからな。別に言葉遊びじゃないよ、これ」

という発言も場に賛同の空気を作った。

 

「あいつは多くの人に愛されてる。誰も百城をヘタクソとは言わないだろう。そして俺の目から見ても百城の演技は上手い」

 

説得力のある阿良也の意見に対し、夜凪は「私は?」という言葉を飲み込んだ。

なんとなく、同じくらいの説得力を持つ意見として、「夜凪は違う」と言われそうな気がしたからだ。

 

「夜凪は?」

「夜凪は上手いとは違うだろ」

「ついこないだやっと感情表現が出来るようになったレベルだぞ」

「だけど夜凪ちゃん、すごい上手だったよ」

「あれは、凄いとも違う何かというか、とにかく上手ではない」

「てか、本人には言えないけどさ(←本人はすぐ側にいます)。テレビの前の人にとって…」

 

せっかく言葉を飲み込んだ甲斐も無く、夜凪に対する評価が語られはじめた。

 

 

「というわけで、環蓮の演技が上手いってどういうことだろうという質問に対する正解は百城だ」

 

 

わざわざしゃがんで阿良也が答えを告げてくれた。

というのも既に夜凪は(ぷしゅー)という音とともにうつ伏せに倒れ込んでいたからだ。

 

劇団天球は優秀だ。

だが、これでは時間との闘いではなく劇団天球との闘いのようだ、と夜凪は思った。

 

「お、久しぶりに見るなあ」

「考え事をする時こうするんだってアキラが教えてくれたっけ」

「でも何か考え事をする流れがあったか?」

「そこはほら、景は不思議ちゃんだから」

 

寝そべる夜凪にそんな声が降り注いだ。

 

                第8話「上手い役者」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene131」となります。

第5話(scene128)における環の演技が上手いってどういうことだろうという質問は、時間稼ぎが目的でした。
なので質問者である環本人に訊いても「私にはわからないから景ちゃんに質問したんだよ」と返されるだけです。

なお、劇団天球の面々を出すにあたり、私は用字用語集を作成しました。
阿良也って自分のことを「俺」って言うんだっけ、「オレ」って言うんだっけ、と悩んだのがきっかけでした。
今までも「原作ではどうだっけ」と見直すことはしょっちゅうでした。
これを機に、各キャラが他のキャラたちからどう呼ばれているか、また自分のことをどう言っているか、scene1からscene123まですべて調べて書き出し、そして全話読み直すついでに用字用語集を作成してしまったわけです。


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第9話 「後ろ姿」

沈んだまま静かなトーンで黒山の話は続く。

 

巨匠の作品に子役として出演した真美は、「こういう場合はこう演じる」という基本とも言えるスタンスで1つ1つの表現を丁寧にこなした。

手本としたのは、既に一流として最大級の評価を受けていた女優であり、実の母でもある薬師寺真波の演技だ。

同時代の他の子役たちに比べ、真美の演技は迫力に欠けていた。目新しさもなかった。ただ、ひたすらに丁寧なだけだった。

自分の作品に真美を使った監督たちは、丁寧に表現することへのその高い集中力に感心し、同時に好感を持った。

 

徐々に、真美の異常性に気づく者たちが現れ始めた。

 

大きな表現、細かな表現、目に見えない表現。

真波が武器として持つ事実上数え切れない量の表現が、真美の演技の上に大量に、そして丁寧に描かれる。

もちろんすべてを描くには程遠い。

にも関わらず、12歳の真美の演技の質は一流の域に届いた。

 

とにかく異常だった。真波が凄いのか、真美が凄いのか、あるいはその両方か。

 

先に明確な反応を示したのは母のほうだった。

もう十分すぎるほどの評価と、その評価に値する演技力を持つ真波が、自身の武器をさらに増やし始めた。

その変化に応じるかのように、12歳から15歳にかけての真美は、真波の表現を追いかけつつ、真美自身の演技を表現することにも力を入れた。

ようやく自分自身の演技を見せ始めた真美は、監督や演出家から見れば堪らなく魅力的な女優だった。

真波を追いかけるのをやめ、薬師寺真美としてその演技を磨くことに注力すべきだ、といった声が上がった。

真美は声に耳を傾けなかった。

人が届きうる限界まで行っているように見えて、そこからさらに伸びていく真波の姿。

真波のすべての武器を描き出すこと、同時に自分自身の演技を磨くこと、これは自分にしか出来ない。

そんな燃え盛る炎のような執念が宿ってしまっていた。

 

「10枚の写真のエピソードを知っているか?」

「……知ってるよ」

 

顔を上げた黒山の表情は沈んだまま。

突然、話を振られた環は相変わらず平静。

 

真っすぐに立つ真波の後ろ姿の10枚の写真。

ある雑誌のカメラマンが散々収めてきた写真を整理していて偶然気づいた10枚。

それらはそれぞれが異なる作品の異なるシーンにおける後ろ姿であり、公開当時、いずれの後ろ姿もその演技から伝わる心情や雰囲気の色合いは、見る者の心に印象強く残った。

そのはずだった。

だが、写真で見ると、それがどの作品のどんなシーンで、どういう印象だったのか、まるで判別出来ない。

何故なら、服装や髪型や背景こそ違うとはいえ、真波の姿勢自体は10枚すべてにおいてほぼ同じだったからだ。

これは真波の演技力の凄さを物語るエピソードだ。

 

そして服装や背景を確認するまでもなく、何を伝えどんな印象を与えた後ろ姿なのかを真美だけが判別出来た、というエピソードでもある。

なにしろ真波本人がその判別を間違えた10枚だ。

真美のこの能力は説明不可能な代物とされ、異能と呼ぶしかないと言われた。

 

「柊。俳優で文化勲章を受けたのは何人だ?」

「……。えと…」

 

雪は指折り数えた。

 

「5人です」

「そう、5人しかいない」

 

俳優の文化勲章の第1号は1991年受章の森繁久彌だ。

そして雪はすぐに思い当たった。

文化勲章受章俳優の第1号は本来なら薬師寺真波だったんだ。授与の知らせを受けた彼女は「戦争で亡くなった役者を差し置いて自分が受け取るわけにはいかない」と辞退した。

 

「あ!」

「気づいたか?」

 

そういうことか、「キネマのうた」はそういうドラマなのか、雪はようやく状況を理解し始めた。

 

                第9話「後ろ姿」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene132」となります。

私は第1話(scene124)のあとがきで、薬師寺真波を「原節子と杉村春子を足して2で割ったような位置づけ」と書きました。
原作者は、真波を指して「日本一の女優」「こんなにも愛されつづける女優」と言っています。
日本一の女優……杉村春子
もっとも愛された女優……原節子
というわけで、私はそのまんまのことを書いたわけです。
このscene132で使用した、本来なら文化勲章受章俳優の第1号のはずが辞退した、という話は杉村春子の来歴から持ってきました。「戦争で亡くなった役者を差し置いて自分が受け取るわけにはいかない」という辞退理由も杉村春子の言葉です。
あと、「後ろ姿のみで演技が出来る女優」というのも杉村春子のエピソードですが、10枚の写真は私の勝手な創作です。

なお、原作者が来歴を参照したであろう女優は別にいます。
それは水谷八重子という女優です。
生まれたのが1905年8月1日で逝去が1979年10月1日、原作の「没後40余年」の設定に合致します。
その一人娘が水谷良重(2代目水谷八重子)で、1939年4月16日生まれ。現在、81歳。日本俳優協会の常任理事、日本俳優連合の副理事長を務めています。原作の「日本の芸能界で大きな力を持つ人物」に合致します。
ただし、(失礼ながら)水谷八重子母子は漫画の素材としては弱く、原作者はその来歴のみを拝借した形と思われます。

水谷八重子は子役として舞台に立ち、8歳にして高名な演出家に認められ、10歳で帝劇公演に出演しています。(皐月が担当するあたりですね)

雙葉高等女学校に入学後、新協劇団公演を機に本格的に女優として活動。
ただ雙葉は女子御三家(雙葉、桜蔭、女子学院)の1つ、超名門校であり、それゆえに厳格な学校でした。
在校中、16歳で映画デビューする際、学校から名出しを禁じられ、「覆面令嬢」という匿名での出演となりました。
学校を卒業した18歳の八重子は、新劇と大衆劇の双方から取り合いされるほどの人気女優でした。(夜凪の担当はこのあたり)

新派劇に貢献しつつ松竹映画にも出演し、32歳で結婚。
30代の終わり頃に第二次世界大戦となり、空襲で家を焼かれます。終戦後は引退も考えましたが、41歳で東京劇場に出演し、復帰しました。(環蓮はこのあたり)

悪くはないですが、やや弱い、というか暗いんですよね。
なので、原作者は原節子と杉村春子を足して2で割ったような華やかな要素を加えたのでしょう。

当然、私が書く薬師寺真波には水谷八重子の要素を一切持たせません。
そして薬師寺真美は天才として扱います。
「キネマのうた」編の続きを考えるのが楽しみな今日この頃です。


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第10話 「勲章」

 

文化勲章(1937年2月11日の勅令第9号「文化勲章令」により制定)は、そんじょそこらに転がってる言葉の響きだけは立派な賞とは次元が違う。なんというか、なんかこう、とにかく半端ない代物だ。

科学技術や芸術などが対象であり、受章者の内訳を見ると前者に相当する科学者が目立つ。後者、芸術方面では、小説家や画家などの名が並び、芸能では古典の偉人が数名のみ。

 

そして、薬師寺真波に授与の話が出た時、全国のファンたちは「きたあああっ!」となったわけだ。

 

なので、本人が辞退したというニュースは、ファンたちをとても落胆させたことだろう。

応援している有名人、好きな著名人が高く評価されるというのは嬉しいことだ。それを本人が辞退したとあっては悔しく思うのがファン心理というもの。

逝去から40年以上経ったとはいえ、大河ドラマの題材に選ばれることは当時のファンにとって喜ばしいニュースだ。

武将などが題材にされることが多い中、女優が選ばれるのは異例。ゆえに、その喜びも大きい。

 

(でも、具体的にどういう形にするんだろう…)

 

雪は頬杖の拳を口元に寄せて考え込む。

「海辺のカフェテリア」を見た時の環さんとけいちゃんのやりとりから、薬師寺真美の「描き方」で皆が揃えてくるのはわかる。

あの「ヘタクソ」と言われてしまう気持ち悪い演技だ。

大河ドラマの完成度がそれでいいはずがない。

でも、「キネマのうた」そのものがファンを喜ばせることを主眼とするなら、見る者が「ああ、薬師寺真波の演技だ」とすぐにわかる演技には大きな大きな意味がある。

 

(そのための薬師寺真美ってことか…。なるほど…)

 

役者の世界のあらゆるところに浸み込んでいる廉価版の「描き方」ではなく、薬師寺真美本人と犬井監督の指導による高品質な「描き方」なら…。

 

いやいやっ! 待て待て。

 

けいちゃんはどうなる?

描かれる様子を目にすることが吐き気につながるんだ。品質の問題じゃないんだ。環さんでさえ捉えられなかった何かを、けいちゃんが持つ破格の感受性は捉えてしまうんだ。

 

 

 

「シーン10、5テイク目というのは、どれくらい深刻ですか?」

 

 

 

雪は重苦しく質問を二人に投げた。

 

答えを返してきたのは環さん。

 

「ありえないほど深刻だよ(マネージャーと思ってたのに。やっぱり墨字くんの弟子だねえ)」

 

うん、追いついた。追いついたはいいが……。

私、なんの役にも立たない…。

 

「景ちゃんをよく知る二人がこの感じってことは、お手上げってこと?」

「……。そういうことになる…」

 

「方程式とか、そんなまどろっこしい緩衝材じゃなくて、最初から気をつけさせとけば違ったかも知れないのに…」

「…結果論だが、ちょっとは違ったかもな。難解な、てのが一応保険だったんだが…」

 

「ま、保険にはなってるね」

「あいつはまだ経験が足りない。成長できる機会があれば利用しないと間に合わない」

 

「で、見誤っちゃった、と」

「今回欲しかったのは第一に絶対的な知名度だ。欲張らずに、絞るべきだったんだな…」

 

「ふーん」

「すまなかったな。1人だけ心当たりがある。明後日の撮影までになんとかしてみる」

 

あれ? あれれ?

また、わからなくなった。ついていけなくなった。

墨字さんと環さんは、いったいなんの話をしてるの…?

まあ、役に立たない私がもう追いつく必要はないのかもしれないけど……。

 

 

 

スターズの社長室。

約束の時刻ぴったりに掛かってきたその電話の内容に、星アリサは安堵していた。

「ええ。……いえ、そんな」

(あと3日間。アリサちゃんの期待以上の結果になるかもしれないわ)

「ありがとうございます。…感謝します。…真美さん」

アリサの目尻から、小さく涙が零れた。

 

                第10話「勲章」/おわり

 

 




以上が、私なりのアクタージュ「scene133」となります。

アクタージュ「scene118.鬼の巣」の顔合わせの場面において、「1話目だけでこの顔ぶれ…」「第1週1話目のキャストを中心に」「全体キャストの一部」とあります。
そこに新名夏がいるのを見つけました。
この発見は大きい、使える!
と私は喜んだわけです。
「scene133」にてようやく私の仕掛けの一端を見せることが出来ました。

この顔合わせには、1話目に出番がある人も無い人も混じっています。
原作者の意図では「出番が無いのに来てる人」に、私の裁量で出番を用意できるわけです。

そして雪の有能さも少しですが書くことが出来ました。
今後、雪には色々と活躍してもらう予定です。
この顔合わせには、1話目に出番がある人も無い人も混じっています。
原作者の意図では「出番が無いのに来てる人」に、私の裁量で出番を用意できるわけです。

そして雪の有能さも少しですが書くことが出来ました。
今後、雪には色々と活躍してもらう予定です。


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第11話 「抜け殻」

黒山はスマホを取り出し、操作しようとする。

環が、

「誰?」

と、気のせいか明るい声音でそう言った。

墨字さんは無言で手をとめ、表情はやはり沈んだまま。

 

「墨字さんはどこに電話するんですか? そして環さんは明るい表情になってますが気のせいですか?」

追いついた、追いつけない以前に、墨字さんがこの場所を選んだ理由は私に事の顛末を聞かせるためだ。

ここは蚊帳の外に置かれるわけにはいかない。

 

「ああ、不謹慎だったね。ごめんごめん。私はドラマがちゃんと進むことが大事なわけだから…」

 

「天知のところだよ。共同戦線中だし、俺にリスクについて説教たれたからな。今なら頼れる」

 

つまり、けいちゃんの代役を急いで確保するわけか。

けいちゃんは仮病で休業、墨字さんはしばらく干されて、私はこの節目に今一度自分の身の振り方を見つめ直す。

というところか…。

笑えない。なんだ、この降ってわいた絶望的状況は?

 

「あと、方程式が緩衝材ってのはなんですか?」

 

「あれは、他にもっといい言葉があったんじゃないか、と私なりに考えてみたんだけど、さすがは墨字くんというか、絶妙だ。これについては責められない」

 

「俺が欲張ったってことだ。現場でどういう流れになるかを教えた上で完全に無視させるのが正解だった。あの人も今は性格が悪くて口うるさいただのババァだからな。夜凪の集中力ならぎりぎり出来たはずだ」

 

黒山は「いや、口汚く言う気分じゃないな。説明させてくれ」と前置きし、薬師寺母子の物語の続きをしゃべり始めた。

 

 

 

薬師寺真波は「演じ方」をたくさん発明した女優だ。

たとえば、何かを手に取るために手を伸ばす場面。伸ばす手を途中で止めて、1回軽く拳を握ってすぐに開き、そこから手を伸ばす動きを再開させる。これを見せられた監督や他の役者は衝撃を受けた。

その演じ方の意味を自分たちが理解出来ていないことにも気づかずに。

真波は次のテイクで、握る指の速さをやや遅くし、拳の握り方を浅くした。再開させた手を伸ばす動きをやや速くした。

そこでようやく周囲の者に、「迷い」と「決意」だけでなく、その両者のバランスまで表現されていることが伝わった。

 

迷いも決意も求められていない場面だった。だが、その動きがあったほうが見る者にとっては面白かった。

 

演技においていちばん大事なことはなにか、見る者を楽しませなくてなにが役者か、真波はそのことを誰よりも理解していた。

真波が発明した演じ方は、その数が多すぎて本人すらそのすべてを把握しきれていないのではないか、とまで言われた。それでも真波は演じ方を増やし続けた。

 

真美が次々とそれらを描いていくからだ。

 

すべてを描かれてたまるか、という意地が真波にはあった。それほどに真美の存在は脅威だった。把握している数の多さで言えば娘の真美のほうが既に上回っているだろう、という耳障りな意見がたまに聞こえるのも真波の誇りを揺さぶった。

晩年の真波が披露した演じ方で有名なものは、「手にした汽車の切符が本来持っているべき切符とは別の物だった時の手の動き」だ。

 

そのシーンは、手に持つ切符の裏面が見えるアングルから入り、次に印字が見える切符の表側が映される、というもので、その間演者の顔は一切映らない。

その「手の動き」は後々まで多くの役者たちによって練習された。電車の切符、航空券、映画のチケット等に応用が利き、しかも物語において「ありがちなシチュエーション」だったからだ。

 

人はどういう動きに違和感を覚えるか、という心理学的なアプローチは可能だ。具体的にどの部分がどのように作用している現象なのかを細かく解析することも同様に可能だ。

無論、真波は心理学に頼ったわけではなく、独力でその動きを編み出した。

 

そんな偉大な女優を、娘に敵対心を剥き出しにする母を、真美は真っ向から迎え撃った。

 

真波が把握しきれていないであろう演技をあえて描き、「そういえばあれは私が編み出した演じ方だった」と本人を悔しがらせた。

あるいは、こういう場面ではこの「演じ方」よりもこっちの「演じ方」を「丁寧に」見せるほうが見る者をより楽しませる、数が多ければいいってものじゃない、と真波を嘲笑うような描き方を意図的に選択した。

 

そして、その日がやってきた。薬師寺真波逝去。母子の壮絶な相乗効果合戦は終焉した。

 

残された真美にはやるべきことがたくさんあった。

 

数多く手に入れた描き方、その演技の練度を高めなければならなかった。

まだ着手していない「演じ方」を塗りつぶさなければ「すべてを描いた」ことにはならない。もう真波によって数を増やされることはないのだから完遂は目の前だった。

薬師寺真美自身の演技も伸び盛りだった。

 

 

だが、真美は抜け殻となっていた…。

 

 

周囲の者は、真美に期待を寄せつつも待つしかないことを理解していた。

抜け殻のまま多くの映画に出演し続ける真美に対し、監督や演出家は無理な注文をしなかった。真美が以前と変わらず一流の演技を見せたからだ。

 

薬師寺真美にはまだまだ伸びしろがあることがわかっているというもどかしさ。

 

監督や演出家はそのもどかしさにひたすら耐えた。

 

 

 

スタジオ大黒天。

夜凪は1人テレビモニタの前に座っていた。

劇団天球からの帰りに、七生と一緒にレンタルショップに寄った。薬師寺真波が出演している作品2本、薬師寺真美が出演している作品2本、その二人の影響が色濃いであろう作品5本、それらを七生に借りてきてもらった。

 

薬師寺真波を演じる夜凪景を演じる千世子ちゃんを私が演じる!

 

これは、薬師寺真波を演じる千世子ちゃんを私が演じる、とはだいぶ違う。

今回の夜凪のこだわりポイントだ。

そういう意気込みで、夜凪は借りた作品を鑑賞していた。

 

見ているのは「二人の影響が色濃いであろう作品」として七生がチョイスしたドラマ。

真波も真美も出演していないのに、たしかに真波の演技があちこちに垣間見える…。

この演技を踏襲しようとする私を見た千世子ちゃんが「ここはこうだよ」と手本を見せてくれて、「こんな感じ?」と応じる私。

そのイメージをドラマの中の役者の演技に結びつけることに集中する。

 

…んー、難しい。やっぱり千世子ちゃんは凄い。

 

体育座りで、たまに両手を床に突いて身を乗り出して、また体育座りに戻って。

夜凪はドラマの役者を目で追う。

テレビモニタを見つめる夜凪に、もう吐き気は訪れなかった。

 

                第11話「抜け殻」/おわり

 

 

 

 




以上が、私なりのアクタージュ「scene134」となります。

すごいぞ、劇団天球。ということで、なんだか夜凪の問題も解決しそうな気配です。
私は原作アクタージュの「銀河鉄道の夜」編が大好きで、天球メンバーには思い入れがあります。
ちなみに、

七生はディズニー好きなので、家に日本の映画やドラマが揃っていると変だ。
阿良也はミュージカル好きなので同様。
亀太郎の家にはあるかもしれないけど、夜凪の寄り道先としては不相応。
かと言って、レンタルショップで借りたら「大河ドラマ主演女優、今さら自分が演じる人物を?」とネットで騒ぎになってしまう。

まったく、なんて世の中だ!

などと思ったのですが、なんのことはない、七生に借りてきてもらえば済みました。


今回、抜け殻となった真美がやるべきことの中に「演技の練度を高めなければならない」という要素を放り込みました。
これは夜凪が今後クリアすることになるかもしれない課題でもあるわけです。
百城千世子と夜凪景の間には稽古量の絶対的な差があり、それは「演技の練度」に直結します。
当然、環と夜凪の間にも差があります。
夜凪をいつまでも不安定なままにはしておけません。


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第12話 「転機」

真波の演じ方を描き出すこと。

本来なら許されない。他の役者のあからさまな真似は憚られることだ。

皮肉にも母子だからこそ成立した出来事と言える。

真美が子役から脱した段階で、「これまでに描いてきたすべてを捨てろ」と真波が言うべきだったかもしれない。

だが、それを言うことは真波にとって敗北を意味した。

薬師寺真波の演技は、そう簡単に再現できるような安っぽい代物ではない。

そんなことがあってはならない。

結局、真波は死ぬまでそれを口にすることはなかった。

 

そして真波の死後、真波の演技の描き方が流行し始めた。

薬師寺母子の戦いを見てきた関係者なら誰でも思いつくことだった。

 

…真波の演じ方は、それそのものが優れている。

 

子役の頃の真美が実際にやっていたこと。

12歳の真美が形を描いただけの表現が、演技として一流の域に届いていた事実。

 

見る者に伝わりやすいもの、たとえば「目に力を込めた真剣な表情」「顔の向きを変える際には動きはゆっくりと行う」「大声で怒鳴った後は余韻として顔を震わせる」等が流行の主体となった。

 

時間が足りない。

予算が苦しい。

未熟な役者が混じっている。

急遽代役を立てる事態になった。

 

そういった現場の苦境を乗り切るために、「ここはこんなふうに、ここをこうして、こう演技して」という演技指導が駆使された。

役者が未熟だろうと、役の解釈が頭に入ってなかろうと、それで演技が「様」になった。

 

無理なスケジュールでもなんとかなる。

アクシデントがあっても撮影を無事終えられる。

 

流行は勢いを増すばかりだった。

 

真美は動きを見せなかった。

いつまで経っても抜け殻のままだった。

映画関係者たちはまだ若い真美になにかしらの肩書を持たせようと様々な役職等の打診を試みたが、そのすべてを真美は断った。

自分が出演する作品の現場で、真波の演じ方が新人役者に指導される様子を、真美は無気力に眺めた。

 

やがて声を上げる者が現れた。

 

山岡という実力派俳優だった。「役者とは何だ? 映画とは何だ? 業界がこんな有り様で良いはずがない!」と叫び、自身の演技を披露した。

その撮影現場には真美もいた。

事実上、山岡が真美に本気の喧嘩を売った形になった。

披露された演技は気迫に満ちていた。役者としての魂を絞り出すような素晴らしい内容だった。

 

この時、真美は自身の心に開いた大きな穴から、張り付いて剥がれない鬼面姿の自分が顔を覗かせるのを感じた。

 

静かに立ち上がり、山岡の傍まですっすっと歩いた。

 

「山岡さん。顎と腕を同時に上げるのではなく、腕の動き出しをやや早くするとより良い演技になりますよ」

 

そう言って、真美は山岡と同じ台詞、同じ所作を披露してみせた。

山岡より4つ年下の真美による演技指導だった。

現場の空気は一旦凍り付き、山岡が「無礼者!」と声にした途端、騒然となった。

 

山岡が自分で作り上げ披露した演技は、過去の作品において真波がやった演技とほぼ同じだった。

 

……真波の演じ方はいずれも完成形と呼べる水準だ。

 

後続の役者たちが工夫して自分なりの演じ方を編み出しても、大抵は真波に先にやられている。

だからといって新しい物を生み出す努力を放棄していいわけではない。

ただ、この山岡と真美の喧嘩は大きな流れの始まりとなった。

それはけっして良い流れとは呼べないものだった。

 

それまで無言で眺めているだけだった急場凌ぎのための演技指導に、真美は積極的に介入した。

それは指導を受ける俳優にとっても、監督や演出家にとっても有益な介入だった。

動きのコツ、表現の意味、演技の意図と狙い等についてのわかりやすい解説。そして極めつけは、真波の演じ方の手本として、真美による実演を間近で見られること。

 

時間も予算も人員も確保された大作映画の撮影現場においては、出演者の1人にすぎない真美が自ら進んで制作に介入するようなことはなかった。

ただ黙って、たまに意地悪い笑みを浮かべるだけだった。

その笑みが、「今のは真波の演じ方の1つですよ」というサインになっていることに監督や演出家はすぐに気づいた。

監督はその場で撮影を一旦中断し、「こういう場面で薬師寺真波がどう演じていたか」を解説付きで真美に実演させる機会をわざわざ作った。

 

……真波の演じ方。

 

その発想の奇抜さと見事さ、着眼点、表現に込められた解釈、考えを実際の表現に落とし込む際の方法論、役者としての心構え、どれもこれも映画関係者なら学ぶべき貴重な教材であり、業界全体の底上げに繋がるかもしれない頼もしい財産だ。

 

もちろん、監督は真美が実演した真波の演じ方に倣うよう役者に強要することなど一切なかった。実際、役者も自分の演技を変えたりしなかった。

そして、「わざわざ撮影を中断してまで勉強会とはいかがなものか」といった無粋なことを言う役者もいなかった。

また、真美が笑みを浮かべたら必ず中断になるというわけではなかった。さすがに監督たちは常識の範囲内でしか動かなかった。

 

この「勉強会」が如何に有意義な代物かを現場にいる者は皆理解していた。

 

真美の笑みのチェックを担当する専門のアシスタントが都度用意され、彼らは「真美番」と呼ばれた。

頻度は抑えられた。撮影の流れに悪影響が出るようでは駄目だからだ。

 

 

…ベテランや実力派と言われる役者たちはこの勉強会を恐れた。

 

 

演技における大抵の表現法は既に真波にやられてしまっている。いつ監督から中断の声が飛んできても不思議ではない。何より、自身の演技が真美の手本に負けているという現実を突きつけられるのが怖い。

 

真波の演じ方には勝てない。

 

そして、その生き字引とも言える薬師寺真美という女優の存在。

業界の役員といった御偉方が、その手の肩書を何1つ持たない真美(推薦の類を真美がすべて断っているため)のすることに口出し出来ない。

 

急場凌ぎの演技指導の流行は、そのバリエーションを増やしつつ広がり続けた。

大作映画の現場における勉強会も続けられた。

抜け殻から心に鬼面顔を宿す役者に変貌した真美は、その状態のまま女優業をこなした。

 

長い時間が過ぎた。

 

 

 

そして、前を見ることを忘れた真美に、ようやく転機が訪れる。

その転機とは、

 

 

 

…星アリサとの出会い。

 

 

 

この出会いにより、薬師寺真美は女優として前を向く姿勢を取り戻すことになる。

真美は、暗闇の中に停滞していた日々を悔やんだ。

自分が成すべき事と向き合う時間、その時計が動き始めた。

 

                第12話「転機」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene135」となります。

星アリサは公式では54歳ということになっています。
薬師寺真美って何歳ですか?

「scene119」において、「十歳近く歳が離れてますが」というスミスの台詞があります。
とりあえず仮に63歳ということにしてみます。
作中、薬師寺真波の逝去から40余年が経っています。
子役時代から含めても母子がともに女優だった期間は十数年、真波逝去時の真美は二十歳そこそこ、ということになります。
これは私の個人的な感覚だと、短い上に真美の年齢的にも具合が悪い、となるのです。
「真波は母というより師でした」
「彼女は私を娘ではなくライバルとして見ていました」
「あの人の恐ろしさも美しさも私が誰より知っています」
上記の関係が成立するには、真波逝去時の真美は少なくとも30歳より上であってほしい。

一応、私はここまで「真波逝去時の真美は二十歳そこそこ」という設定を崩していません。
出来ることなら崩したいのが本音ですが、母子の壮絶な戦いが「真美が十代の頃の出来事」というのも天才ぽくて捨てがたいなあ、と思ったりしています。


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第13話 「場数」

 

「結局、薬師寺真波を日本映画界の限界と決めつけちまったのが真美の不幸だよ。勘違いもいいところだ。まず、てめぇが真波を超えりゃあ良かったんだ」

 

「……。…超えられたかしら?」

 

「超えられたと思うね。捻くれて、さぼってなけりゃあ…」

 

「星アリサを見て、真波以上の可能性を感じたってことですかね?」

 

「さあな。そのへんは直接訊かねえとわからん。ただ、真美が復活したのはアリサのおかげだ(それは間違いない)」

 

うん、興味深い話だった。でも私が聞きたいのはそんな話じゃない、と雪は思う。

「で、方程式が緩衝材ってなんですか?(答え、待ってるんですけど…)」

「ん? そのまんまの意味でしょ、緩衝材だよ」

環の言葉を聞いた雪のこめかみにビキッと血管が浮き上がる。

 

筒状カレンダーをポンッ、ポンッ、と掌に打ちつけながら、

「話逸らしたの環さんですよね?(いくら環さんでも許しませんよ。なんだか1人だけ不幸な顔してないし…)」

環のほうを見て、静かに問い詰める雪。

ポンッ、ポンッ、と不穏な音は弾み続けている。

 

「…え? 私か?(私が雪ちゃんを怒らせてるのか?)」

 

顎に指を掛け、しばし考えた後、

「そのまんま、って言うと怒られるんだよな。…待って、雪ちゃん。落ち着こう。ちゃんと考えて答えるぞ、私は。ちょっとだけ待ってほしい」

環はそう応じた。

 

「その、なんだ。方程式ってのは理不尽なんだ。ほら、なんだかよくわからないだろ。いや、わからないのにわかるっていうか。えと、…まだだ、まだ待つんだぞ」

 

「待ってますけど」

 

「よくわからないのに、当てはめると正解が出る。…理不尽。伝わんないかな。ほら、わかるじゃん。なんでだよ方程式、なんで意味不明なくせに正解だけはきっちり出すんだよ方程式、て…。そういう象徴? いや、代名詞って言うんだっけ? 理不尽の代名詞的な。…だって、難解な方程式、だよ? そう聞かされたら、クッションになる。…なる…よね?」

 

「柊。こんなのは説明しなくても伝わるだろ。俺の計算では、そのクッションで夜凪は…」

「その計算をミスった人…」

「環さん。黙っててくださいますか(ビキッ、ビキッ)」

 

雪は黒山に向けてスッと掌を差し出し、続きをどうぞ、と促した。

 

 

 

薬師寺真波の演じ方に皆が寄せるため、「キネマのうた」の撮影現場には独特の雰囲気がどうしても発生することになる。そして、それは正直気持ちが悪い。

夜凪にとっては未経験の雰囲気となる。

感性が鋭い夜凪はその気持ち悪さをがっつり味わうことになってしまう。

そこで「難解な方程式」という言葉が意味を持つ。

 

気持ち悪さの正体が「皆が演じ方を寄せていることが原因だ」と夜凪ならすぐに気づく。それは大河ドラマならではのルールのようなもので、ちゃんとした理由があって行われていることだと理解する。

なにしろ事前に「難解な方程式がいくつもある」と聞かされているわけで。

「これも方程式の1つ」と考えるのが自然なわけで。

理解不能な謎ルールを見つけても、「これには必然性がある」というフィルターを通せば気持ち悪さに対する拒絶反応は必ず和らぐ。

これがクッションだ。

なお、

 

作品の外側の事情が、作品の内側に持ち込まれることがある。

 

というのがこの場合の正解の1つとなる。

 

夜凪が自力でこの正解に辿り着けたら合格だ。現場に違和感を覚えた時の対応法の勉強だ。

違和感の理由を現場内で探して見つからなかった時、それが作品の外側にあると気づくためには、確信をもって「現場内に見落としは絶対に無い」と認識するプロセスが必要となる。

 

厳密には、大河ドラマのルールではなく今回の「キネマのうた」固有の限定的なルールってのが正解だが、役者がそこまで把握する必要はない。

 

「それ、景ちゃんの勉強になる?」

「なるだろう。おまえや百城に比べ、夜凪は経験値で大きく劣る。場数を踏んでるってのは強みだよ。大河なら経験を積む場にもってこいだ」

 

雪が(へえ、やっぱりしっかり考えてるんだなあ)と感心していると、黒山はすぐ話を再開させた。

 

気持ちが悪いと感じても吐くとは思ってなかった。

まあ仮に、吐いたとしても「予想していた以上に夜凪の感性は鋭かった」というだけの話で、そんなものは慣れれば解決される。

 

ただ、それがシーン10の5テイク目というのは異常事態だ。

 

真美が持つ説明不可能な超絶描写スキルに感応したケース、と考えるしかない。

アリサのおかげで復活した後の真美は、俳優連盟からの依頼で「薬師寺真波の演じ方」のビデオ全30巻の制作に協力している。

1000を超える演じ方、それに真美による分かり易い解説と実演がついた内容だ。

そのビデオは多くの映画関係者に鑑賞されたが、うち2名の演出家が業界を去った。

 

 

 

皐月は初日の撮影現場の出来事を思い出し、ボワーッとした高揚感とともに嬉しさを噛み締めていた。

驚くほど上手く演技が出来た。

薬師寺真美が自分を女優と認めてくれていることも理解できた。OKテイクの後に優しい表情を見せてくれた。

夜凪が親指を立てて演技を称えてくれた(その後、急いで走り去ったけど。お手洗い?)。

 

(絶対に、作戦は成功させる。まだまだ、もっともっと、女優を続けたい…)

 

手応えはあった。

あと3日、今日と同じように、ううん、それ以上に上手に演じてみせる。

抱き枕をギュッと抱えて顔を埋め、皐月はそう決意した。

 

                第13話「場数」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene136」となります。

早く夜凪の撮影シーンを書きたい、と思う私がいます。
でも物事には順序があります。
まず、皐月の問題に取り組まねばなりません。

ていうか、皐月の撮影シーンの続きも書きたい、と強く思う私もいます。
絶対、可愛い展開になりますよ、皐月の物語。
可愛くないわけがない。

そろそろ黒山による真美の過去話は書き終えたいですねえ。
もうちょっとです。


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第14話 「知恵」

「俺はその2人は真美と同系統の特殊な何かを持っていたんだ、と考えている。強い吐き気に見舞われて、実際何度も嘔吐したらしい。平衡感覚が失われ浮遊感を伴う目眩が続く。鑑賞をやめれば、症状は治まるが、鑑賞を再開すると必ず同じ症状が出る。医者にも原因が判らないと診断された」

 

「私が知ってる3人も同じだったのかな? ていうか描写スキルとか初耳だわ。私はその3人はアンテナが高性能すぎて気持ち悪さを人一倍感じるタイプ、景ちゃんはその重症例だと思ってた。3人は吐き気止まりだったけど、景ちゃんは実際に吐いた」

 

「その3人は違うな。気持ち悪さを人一倍感じるタイプで合ってるだろう。症状のレベルが違うし、特殊な何かを持った奴がそんなにたくさんいるとも思えない。実際、俺が知ってるのは2人だけだ」

 

「…け、けいちゃんが3人目ってこと?」

 

「なにかの間違いであってほしいが、そう考えるしかないと思う」

 

真美の演技を見て、少しでも吐き気のようなものを感じたら真美の存在を意識の外に追い出せ、と言うべきだった、……黒山はそう思った。基本的にリアリストである黒山は、事例が2つしかなく内容もどこかオカルトめいたこの現象について深く考えたことがない。

同系統の特殊な何かを持っていた…。なんだ、それ? なんて中身の無い考察だ。まったく真面目に検証する気がない者の考察結果じゃないか。

 

想像の中で1時間走ってきて汗だくになる夜凪の能力だって十分オカルトめいているのに、その能力を重要視している自分がいる。

 

我ながら虫のいい矛盾だな、と思う黒山。

 

今回の「キネマのうた」についても虫のいい目標があった。

夜凪の場数面での成長の増幅…。

ただでさえ大きな経験となる大河ドラマ。

踏んできた場数が多い重厚な総合力を持つ出演者がずらりと並ぶ規格外の撮影現場だ。

もし夜凪が、彼らの総合力を場数由来の成分ごと吸収してしまったら?

 

夜凪なら出来たかもしれない…。

 

そう簡単には技術を盗ませてくれない古狸共の強固な鎧をぶち破って、その奥にある隠れた知恵を暴き出せたかもしれない。

狙うべきは、皆が披露するであろう薬師寺真波の演じ方じゃない。

 

「キネマのうた」の撮影現場では、真波の演じ方で揃えつつも、各々が自身の個性を乗せてくる。

 

如何にして自身の個性を乗せるか、出演者たちがそれを競う場となる。地味だが難度の高い技術の応酬となる。それは「真波の演じ方しばり」だからこそ発揮される役者たちの底力の競い合い。その競い合いがないと「キネマのうた」は大河ドラマに求められるクオリティを保てない。

 

夜凪なら、古狸共が絞り出した底力の塊を狙い撃ち出来たかもしれない。

 

そんな途轍もない目標を、黒山は思い描いていた。

だからこそ「難解な方程式」という言葉を使った。最初は雰囲気の気持ち悪さを和らげるために作用し、最終的には「外側の事情を内側に持ち込まざるを得ない場合の古狸共の知恵」を見つけるための道標として働く。

 

 

 

黒山はスマホを手に取り、操作画面を見つめた。指を動かし、天知に「23時までに電話するかもしれない。電話がなかったらこのメールのことは忘れてくれ」という文面でメールを送った。

 

「…天知さんにメールしたんですか? けいちゃんに相談もなしに?」

「電話するかもしれない、と伝えただけだ。さすがに夜凪に黙ってこんな重要な決定はしない」

 

それを聞いた環は内心「…ヤベッ」と思っていた。先に「誰?」と訊いたのは連絡相手ではなく、心当たりがある1人、つまり代役となる女優は誰か、という意味の「誰?」だったからだ。

 

 

 

スタジオ大黒天。

夜凪は1人テレビモニタを眺めていた。少し前に雪ちゃんから「これからそっちに戻る」という電話があった。「わかった」と返事して、すぐに意識をドラマ鑑賞に戻した。

(難しいわ、すごく難しいわ…)

一時停止を押し、イメージを固めて、再生を押す。その繰り返し。一時停止を押す必要がないくらいスムーズにイメージを結ぶことに挑戦している。

 

それが実に難しい。

 

千世子が「ここはこうだよ」と言うあたりから想像が崩れ始め、自分が「こんな感じ?」と応じるあたりで頭の中の映像が途切れてしまう。

千世子ちゃんのお手本の部分の情報量が多い、と夜凪は思う。

一時停止、再生、その繰り返しが続く。

(「ここはこうだよ」と言う千世子ちゃんが手厳しいわ…)

「どうせ私は演技が上手い役者じゃないのよ!」

突っ伏して床を手でバンバン叩き、足をばたつかせる夜凪。

 

ガチャッ、とドアが開かれる音。

(あっ、戻ってきた)

雪、環、黒山が事務所内に入ってきた。何故か全員無言。

「おかえりなさい」

「た、ただいま」

返事をしたのは雪だけ。この空気。どうやら「時間との闘い」であっちは苦戦しているらしい。こっちは早々に用件を完了させたというのに。

手を突いて身を起こし立ち上がった夜凪は、てってってっ、と走り壁際に置いていたスーパーの袋(有料)を手に取った。また、てってってっ、と走り皆の前に立ち止まった。

スーパーの袋から半透明緑色の小さなボトルを1つ取り出し、

 

「ラムネ菓子よ」

 

そう言って皆に現物を見せた。

 

                第14話「知恵」/おわり






以上が、私なりのアクタージュ「scene137」となります。

この真美の超絶描写スキルを見て嘔吐する者がいる、というエピソードにはちゃんと相応する科学的な裏付けがあります。
ここで説明しようかと考えたのですが、本編を進めていけば自然に説明箇所が作れるかもしれない、と思い今は書かないでおきます。
この先の本編でそれが不自然になるようなら、改めてあとがきで書きます。

さて、ようやく撮影初日の終わりが見えてきました。
はやく2日目に入りたい。

自分で書いておいて言うのもなんですが、真美に関するエピソードが長い! あと暗い!
3分の1くらいに圧縮できなかったのか、私。

夜凪が主人公。夜凪をもっと見せなくてどーする?
そんな反省をしつつ、次回以降を書くのが楽しみな私です。


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第15話 「文字列」

「これはとても良い物よ。優秀な人たちのお墨付き」

そう言って現物を見せているのに、皆の反応が薄い、と夜凪は思う。

 

「環さんもどうですか? 採用に一考の価値あり、です(良い物です)」

夜凪は環の前に歩み出てラムネ菓子を差し出した。

 

思わず揃えた両手を前に出した環。その両掌の上にラムネ菓子が置かれた。環は、困惑したままその緑色のボトルを見つめた。

 

 

「そんなことより、けいちゃんが吐いた時、どんな感じだった?」

雪が夜凪の目の前に詰め寄ってきた。

 

(え? 雪ちゃんのこのテンションは何?)

 

「いや、既に黒山さんに言った通りだけど(雪ちゃんもいたよね?)。ガツーンと来てふらふらした…」

 

「浮遊感は?」

さらにグイグイ来る雪に、夜凪はさすがにややしかめっ面気味になる。

 

「あと、あと、平衡感覚も!(ふらふらしたってことはそうなの?)」

 

「…あの」

 

困る夜凪を置いて、雪は両手の指をわきわき動かしながら「ちょっと待って。もっと巧く質問するから」と考えを巡らせる。

 

「遊園地のアトラクション。フリーフォールとか! あと宇宙空間で身体がぐるぐる回って止まってくれない!」

 

さらに「それと…」と言葉を続けようとする雪。

 

「あ、近いわ。宇宙には行ったことないけれど、多分近いわ(ぐるぐるとは違うけど)」

と、夜凪は思ったままの言葉で返事した。

「頭にフッと落下するような感覚が来て、反射的に足を踏ん張ろうとすると、次は横向けにフッと来て、とっても気持ちが悪かった(こんな説明でいいのかな?)」

 

 

「お、おおおおぉ……」(←雪の悲痛な声)

 

 

 

 

「夜凪、おまえ。このドラマ、見てたのか」

いつのまにか部屋の中央まで進んでいた黒山が、テレビモニタの前に立ってそう言った。

 

それを聞いた夜凪は、黒山のほうへ歩み寄り、

「そうそう、それなのよ。すごく苦労してるの。ちょっとアドバイスが欲しいわ」

珍しく素直に助言を求めた。

 

「薬師寺真波を演じる夜凪景を演じる千世子ちゃんを私が演じる。すごく難しい」

「……。…どの部分が難しい?」

 

「それは千世子ちゃんの部分ね。そこで息切れする」

「息切れして、そこで完全に想像が止まるのか?」

 

「止まりはしないわ。ただ最後の私が演じる頃には映像が霞んでる」

「百城のところで引っ掛かる感じか。あいつの演技は情報量が多いからな…」

 

「……! さすが黒山さん。これ、なんかコツとかある?」

「……。」

 

 

「……。ところで夜凪、おまえ吐き気は? このドラマは平気なのか?」

「そんなのはとうに解決してるのよ。吐き気はまったくない」

 

 

「お、おおおおぉ……」(←雪の歓喜の声)

 

 

両掌に乗せられたボトルを見つめながら、

「こ、これか? これなのか?(ラムネ菓子よ、おまえの力か?)」

環はそう呟いた。

 

黒山は話を戻した。

「…コツか、そうだな。1回目の自分のところの力配分を減らしてないか? 百城のところに備えて。そういうのは逆効果だ」

「し、してた。…なるほど!」

 

夜凪はテレビモニタの前に体育座りで腰を下ろし、「試してみる」と言って再生ボタンを押した。

 

「…夜凪」

 

声を掛けられた夜凪は一時停止を押して、背後の黒山を見上げた。

 

「難解な方程式ってやつ。あれ、忘れてくれ。あの発言は無かったことにしたい。今おまえが取り組んでる試みのほうが興味深い」

「これ?」

夜凪はテレビモニタを指差してそう答える。

 

「そう」

「わかった…」

 

再び夜凪はテレビモニタに顔を向けた。

 

 

 

「キネマのうた」1話目、撮影2日目。

出番がないのに当然のように現場に来ている夜凪。

同じく出番がないのに来ている環。

出番はあるが、しばらくは待機中の皐月。

 

3人並んで、撮影の様子を眺めていた。

 

ベテランの柴倉俊吉の演技を目で追う夜凪。静かで頼りない表現だが味があり、すごく雰囲気に合っている。ただ、発声するとそのすべてが台無しになるほど音の収まりが悪い。

次のテイク。

柴倉さんの静かで頼りない表現がやや強い感じに変わり、逆に声量が抑えられた。このすり合わせに近い調整は、改悪だとすぐにわかるレベル。

 

環がちょいちょいと腕をつついてきた。

3人は現場を離れ、楽屋に向かって歩き出した。

「あれは時間が掛かる。しかも私たちが見る意味もあまりない」

「私も見る意味ないのかしら? 今日は後で柴倉さんとのシーンがあるわ」

「今日の皐月ちゃんのシーン、難しそう…」

 

楽屋内の椅子に座り、3人はおしゃべりを始めた。

「なんで柴倉さんはあんなやっかいな芝居をするんだろう?」

「それがわかるようになるには、まあ相当な場数を踏まなきゃなあ」

「じゃあ私にはわからないわね。まだ芸歴6年だもの」

 

「いやいや、さつき。私だってさっぱりわからないよ。だから見る意味ないって言ったんだ」

「…柴倉さんて、とても上手い人よね?」

「上手いねえ、あの人は。…そんな人が大河に本気で臨んで、やっかいな感じになってる。まあ、理解出来ない次元さ」

「…私は今日の演技で大げさな芝居を求められると思うんだけど、大げさにしたくないのよ」

 

「わかるわ…」

「ほんと?(夜凪さんも成長したわね)」

「じゃあ、練習してみようか。景ちゃん、柴倉さんの代役お願い…」

 

皐月は、「大げさな芝居だけど、大げさと感じさせない芝居」「大げさじゃない芝居だけど、大げさと感じさせる芝居」のどちらかを表現したいと考えていて、でも求められているのは「大げさな芝居で、まんま大げさと感じさせる芝居」だ、という意見を述べた。

 

3つとも試してみようという話になり、まず夜凪が柴倉役で台詞を言った。

 

「これぇ…どくぉ…えぃえぇく…」

 

これを聞いた環と皐月は、

「うまっ! なに今の?」

「……。(夜凪さん、すごい)」

という反応を示した。

 

その反応を受けて、夜凪は「今のは…」と言いながらメモ帳とペンを取り出し、文字を書き連ね、

「これよ!」

と書いた物を見せた。そこには書道における仮名の連綿の出来損ないのような文字列があった。

 

「……。景ちゃん、芝居は上手かったけど、字は下手ね…」

「…読めないわ」

「柴倉さんの、『これ、どこへ行く?』…はこんなイメージだわ(字が上手い人が書けばかっこいいやつよ)」

 

「私、さつきの練習の邪魔をしたわ。思わず声が出てしまった。ごめん」

「……。(邪魔が入らなくても台詞は言えてなかった)」

「…さあ、…練習を続けましょう」

 

 

「これぇ…どくぉ…えぃえぇく…」

「もちろん、西と東の真ん中よ! おばあちゃんには内緒にして!」

 

 

3つのパターンを何度か試して、検証が始まった。

皐月の台詞の難しさは、ある映画内の台詞の「西と東の真ん中」が混じっていることに起因する。そのせいでまず台詞自体が子供っぽくない。そういう言い回しを選ぶところも子供っぽくない。

 

                第15話「文字列」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene138」となります。

日本語の言語としての弱点を、ちょっと入れてみました。
日本人は普段の生活の中で芝居を求められる局面にあまり遭遇しません。
欧米人は違います。
文章がほぼ固定されている言語を使う彼らは、表情や声色やジェスチャー等で工夫してニュアンスを伝える訓練を幼少の頃から当たり前のようにやっています。

いずれは黒山が本格的に取り組むことになる課題です。

そして、「キネマのうた」の撮影2日目が始まりました。
やっと話を進められたことに、想像以上に喜んでいる私がいます。
頑張って書きます。


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第16話 「支配」

結局、3つ目の「大げさな芝居で、まんま大げさと感じさせる芝居」をしないとOKは出ない、が有力という検証結果に落ち着きそうな空気になった。

だが、皐月の1つ目か2つ目で勝負したいという気持ちも重要だ。

前提として、このシーンでの「真波」には違和感を醸し出すことが求められている。まだ8歳で役者でもない真波が「子供っぽさ」を捨て「大人の役者」を表現する、そういうシーンだ。

 

「大人の役者」ではなく「大人の役者ごっこ」を表現したい!

 

これが皐月の狙いであり、そうすることによって前後の8歳相応の言動と綺麗に馴染む。

そして、このシーンの真波の台詞を見る限り、監督も脚本家も子役の皐月にそこまで高度なことを求めない配慮をしている。

配慮は正しいが、それを良い意味で裏切りたいと目論む皐月の姿勢は立派だ。

 

 

環が何かを思いついたらしく、「よし!」と意気込んで自前のメモ帳にペンを走らせた。

そのメモ帳とペンを皐月に手渡す。そこには縦書きの文字列があり、メモ帳紙面の中途半端な高さに、比較的小さめの文字で、大人っぽい整った形の楷書体で、西と東の真ん中、と記されている。

皐月は、その意を得たり、とペンを動かした。

西と東の真ん中の上部の余白に、もちろん、と記述した。

西と東の真ん中の下部の余白に、よ! おばあちゃんには内緒にして! 、と記述した。

 

もちろん、西と東の真ん中よ! おばあちゃんには内緒にして!

 

完成した一文を皐月はじーっと見つめる。

環と夜凪も覗き込む。

子供の拙い文字で書かれた文に、大人が書いた文字が混じっている。

まさに、それはつまりこういうことでしょ、と言わんばかりの一文だ。

 

「これはっ!」

 

と口を開いた皐月は、そこで口を閉ざし、再びメモ帳の紙面をじーっと見つめた。環と夜凪も横から覗き込んで、一文をじーっと睨んだ。

 

「私には無理ね。ばっちりイメージ通りなのに…、悔しいわ(夜凪さんにしか出来ないわ)」

「大丈夫よ、皐月ちゃん。私にもこれは無理だから(なんでも出来るわけじゃないのよ)」

「…駄目か。いいアイデアだと思ったんだがなあ」

 

「今回は意地を張らないことにする。なんだかスッキリしたし…。監督に従うわ」

「私は明瞭なイメージがあるのにその通りに出来ないなんてしょっちゅうだわ(千世子ちゃんが手厳しいのよ)」

「柴倉さんクラスでもあれだからね。役者ってのは一生それを味わうんだよ」

 

 

 

3人は撮影現場へと戻った。

柴倉がまだ粘っていた。テイク数は24。

柴倉の芝居は既にかなり寄せられていた。それが柴倉の意思なのか監督の指示なのかはわからない。

芝居のメリハリが明確になり、見る者にそれが真波の演じ方だと伝わりやすい物に変わっていた。

 

「(柴倉さんも)もう意地を張ってないね」

「どういう意地だったか後で伺いたいわ(見ててもさっぱりわからなかったわ)」

「……。本当に訊きにいったら駄目よ」

 

その後も柴倉の芝居は続けられ。27テイク目には、もう直すところがないんじゃないか、と夜凪には思えた。28テイク目、29テイク目、柴倉の演技に変化が見られない。少なくとも夜凪には変化の有無が判断出来ない。

そして30テイク目が終わった。

 

 

「薬師寺さん、お願い出来ますか」

 

 

犬井監督がそう言った。

真美が、「はい」と返事し、椅子から腰を上げた。

 

現場に騒めきが駆け巡った。その空気に、夜凪は(何? 何が始まるの?)と戸惑いを感じた。

色んな声が耳に入った。大御所と言われる役者の沢村秀夫が「犠牲者第1号は柴倉か」と言ったのが聞こえた。制作スタッフの1人が「生で見るのは初めてだ」と言ったのが聞こえた。

真美がゆっくりと歩いて柴倉の傍に立った。

監督が「雑音、大きいよ!」と大声を出した。その声で現場の騒めきは徐々に消えていった。

 

…変だ。周辺一帯の空気が変だ。

 

この異常を感じているのは自分1人だと夜凪は思った。すぐ側にいる環も皐月も感じていない。

周辺一帯が何かに支配されている。

気づいているのは自分だけ。

何故なら支配している何かの隣に自分もいる。だからわかる。他には誰もいない。

支配者の隣には夜凪しかいない。

 

…怖い。何が起こっているのかわからない。

 

ようやく騒めきが完全に消え、静かになった現場で真美による演技指導が始まった。

簡単な説明と手本となる芝居の実演。

一通り終えて、真美は何事もなかったかのように歩き出し、席に戻って椅子に座った。

 

夜凪は固まっていた。

何が起こった?

私が今の実演を見ていた場所は何処だ?

わからない。何故自分にだけこんな現象が生じるのか?

 

 

 

環は別の理由で固まっていた。

(おいおい、聞いてねーぞ)

この「キネマのうた」の撮影はずっとこの調子で行われるのか?

それは、とてもマズイ。致命的にマズイ。

墨字くんに相談してみるか?

いやいや、今の墨字くんは敵側だろ。でも、他に手段が思いつかない。

困ったぞ、これは…。

 

                第16話「支配」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene139」となります。

「キネマのうた」が異例ながらも大河ドラマの企画として成立する理由に触れてみました。
結果、犠牲者第1号柴倉の個性発揮の場が潰されました。
草見が言っていた「毒」が具体的な形として作用してしまいました。

「薬師寺真波の演じ方」のビデオ30巻は非売品で、俳優連盟が管理しています。
貸し出しはしていませんが、手続きすればいつでも誰でも無料で視聴することが出来ます。
定期的に鑑賞会も開かれています。
基本、見に来るのは制作サイドの人種です。役者はほぼ見に来ません。

あと、そろそろ私が勝手に名前を作る必要性が増え始めました。
柴倉俊吉、沢村秀夫、今後さらに増えていくでしょう。


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第17話 「委縮」

「沢村さん、攻めたねえ…」

感心した、という気持ちが少しもこもっておらず、ただ言葉だけで褒める環。

 

「うん…」

返事する夜凪も心ここにあらずな対応だ。

 

松菊撮影所の一室を再現した「セット」で行われている撮影。

沢村は1テイク目でOKとなった。この後に2つのシーンの撮影があり、その次が皐月の出番となる。

皐月のシーンを終えたら、撮影現場はこのセットから移動となる。

 

皐月は既にスタッフや他の役者たちの近くで準備しており、並んで見学している環と夜凪は気の抜けた状態でその様子を眺めている。

 

「沢村さん、攻めたわぁ」

「うん…」

 

頭がまともに働いていない環と夜凪だった。

 

 

 

次のシーンの撮影が始まった。

会議室にいた多くの人間がぞろぞろとドアから廊下に出て、会議室には柴倉と皐月が残される。

ただ、皐月はこのシーンには参加しない。

 

ぞろぞろとドアから人が出ていくところで何度もカットが掛かる。

椅子に座ったままその場に残る柴倉の演技も安定しない。

 

夜凪は撮影中のシーンではなく、待ちの皐月を観察していた。

ぼーっと見つめていると、皐月が良い笑顔をスタッフに向けた。

 

(あっ、可愛い…)

 

そうだ。今は皐月ちゃんをじっくり見る時間だ。

そういう時間だ。

わからないことを考えていても仕方がない。先の変な現象のことは一旦忘れよう。

難しいことは黒山さんに訊く。

私は役者だ。

役者がするべきことに専念しなければならない。

とにかくあれは忘れよう。忘れて切り替えよう。

改めて皐月を見つめる。

 

(うん、ちゃんと可愛い)

 

あの可愛さを維持したまま次のシーンを演じられれば理想だ。

でも台詞がそれをなかなか許してくれない。難しいシーンだ。皐月にとっては踏ん張りどころと言える。

 

よしっ! しっかり集中して皐月ちゃんを観察する!

 

 

 

沢村のシーンが終わり、次のシーンが始まったことで、環はようやく頭の働きを取り戻していた。

注目しているのは柴倉。

真美の演技指導の後、柴倉はすぐにOKテイクを演じた。見事な演技だった。

 

だが、その後が見るからにボロボロだ。当然だ。あれでショックを受けないわけがない。

 

ベテランの柴倉がどのように立て直すか?

環はそれを注視していた。

 

そして見るべき対象が他にもあることに気づいた。

(えらい! 私の頭! ようやく回り始めてくれた)

ドアから出ていく連中だ。

彼らがぎこちないのは何故か?

委縮しているからだ。

先の事態を見てまったくビビらないのは、さすが沢村さんといったところ。他の役者たちはビビってしまっている。

今、犬井監督は「真剣な表情に深刻さを混ぜて」と指示している。巧くコントロールして寄せるつもりだ。

委縮するとああいう扱いで処理されてしまう。

ようするにビビらなければいい。悪循環を回避するにはそれしかない。

 

大丈夫。私は肝が据わっていることにかけては自信がある。

 

…だけど、なんだろう?

…なんだろう、この不安は?

言葉で「ビビらなければいい」と理解すれば、それが出来るのか?

そんな単純な話じゃない。

そんな単純な役割じゃない。

 

 

…私は、主演だ。

 

 

怖い。どうしようもなく、怖い…。

この大河ドラマの主演は誰だ? 私だ。もし私が無様な芝居をしたら、どういうことになる?

今、私は怖がっている。

ドアから出ていく役者の気持ちが理解出来てしまう。

わかりすぎるくらい、わかってしまう。

 

(幸い、私の出番までにはかなりの時間がある。その間、主演として現場で堂々としているフリくらいは出来る。出番までに解決策を講じればいい)

 

駄目だ。こんな消極的な発想がそもそも駄目だ。

私は、…主演なんだ。

なんで、なんで、…こんなにも、怖い?

身体が震えている自分がいる。それが表に出ないようになんとか抑え込んでいる自分がいる。

私は、私は、弱い…。

 

 

 

皐月はなかなかOKが出ない撮影を冷静に観察していた。

柴倉さんは元気がない。でも徐々に取り戻しつつある。掛け合いではスムーズに私の台詞へと繋げてくれるはず。

私は撮影所をウロチョロしている子供の役だ。何食わぬ顔で会議室に紛れ込み、こっそり撮影現場までついていこうとするお転婆だ。

監督は細かい指示で丁寧に役者を導いている。私はそれに乗って今出来る最高の芝居をする。

(集中できているのが自分でもわかる。私は次のシーンをきっちり演じられる)

身体の調子もいい。頭もはっきりすっきりしている。

映画が大好きな子。それが8歳の真波、今の私だ。

 

カット、OK、の声が出たのは14テイク目だった。

 

よし、8歳の真波がここにいる。私のことだ。そして今から芝居をするんだ。

皐月はゆっくりと立ち上がり、セットの中に足を踏み入れた。

 

                第17話「委縮」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene140」となります。

私は環というキャラを気に入ってます。
だからなんとかしてあげたいのですが、難しくないですか、これ。
実際、大河ドラマは規格外の代物で、その主演なんて重責に決まってますよ。
まあ、なんとかしてみますが、今のところ良い案が思いつきません。
環の出番までになんとか考えてみます。

ところで大河ドラマは、当たり前ですが「ドラマ」です。
けっして「ドキュメンタリー」であってはいけません。
つまり、どこかに嘘(作り話)を混ぜなければいけません。
現実のNHKの大河ドラマでも重要視され、慎重に扱われている部分です。

どこで嘘をつくか?

原作アクタージュ「scene120.共同生活」において、昭和11年、松菊撮影所が大船に移転、とあります(現実では、昭和11年に松竹撮影所が大船に移転しました。史実まんまですね)。
この時の真波は8歳。
つまり、真波の11歳から17歳が第二次世界大戦(1939~1945)にぶつかります。
これ、もろに夜凪の担当のところですよ。
さすがに「第二次世界大戦は無かった」という嘘はやりすぎです。

では、映画法(1939~1945)ではどうでしょうか?

この悪法と言われた法律、「映画法が無かった」という嘘をつけば、夜凪の担当する時期の映画業界は別物になります。
戦前の映画黄金期と呼ばれた雰囲気の延長で描けます。
それがいい、そうしよう、と私は決めました。
だって映画法の下の作品なんて規制だらけですよ。
嫌ですよ、夜凪にそんな作品やらせるのは。
明るく元気な世界観でいきましょう。


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第18話 「ファインプレー」

皐月のシーンはテストを省いてテスト本番という形になった。

(大丈夫。テスト本番と言わずいきなり本番でも平気。私は演じられる)

椅子に座っている柴倉から、

「ごめんね。今日は僕がたくさん時間使っちゃった」

と声を掛けられる。

皐月は、

「私もお転婆してますから」

と返した。

感心して(ほお)という表情を浮かべている柴倉に背を向け、皐月は会議室の隅っこへと歩いていく。

 

「これぇ…どくぉ…えぃえぇく…」

「もちろん、西と東の真ん中よ! おばあちゃんには内緒にして!」

 

そして皐月はゆっくりとドアを開け、身を滑らすように廊下に出て、静かにドアを閉めた。

 

柴倉が演じる「安田」と真波の祖母「文代」との間に面識はない。なので安田には「おばあちゃんには内緒にして」が意味するところがわからない。

真波は、自分を連れ戻すために撮影所内を探している祖母から逃げ回りながらあちこちを見学している。

後に、文代から「真波、…小さい女の子を見かけませんでしたか?」と訊かれた安田は、女の子(←「真波」の名前をまだ知らない)が言っていたことに思い当たり「見てないねぇ」と答える。

 

ドアを閉めた皐月は、クスッと笑い、(柴倉さんの芝居が夜凪さんのイメージまんまだった)と思った。

監督の「カット」の声を聞いて、皐月はドアを開けて会議室内に戻る。

(さあ、本番だ)

と気合いを入れ直す。

 

室内では、犬井監督が強面を精一杯の笑顔にして、人差し指を皐月に向けていた。

そして、

「OK」

と力強く言った。

 

「監督、それだと伝わりませんよ。せめてこうしないと」

柴倉がそう言って、皐月に向けて右手親指を立てた。

 

「……?」

 

「ほら、混乱しちゃった」

「いいんだよ。なんでも知っておいて損はない」

「えーとね、皐月ちゃん。人差し指をこうするのはファインプレーを称える仕草なんだ。アメリカ人がよく使う仕草だね」

「……。ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げて、皐月は会議室の隅っこへと向かった。ゆっくり歩きつつ、再び(8歳の真波がここにいる。それは誰? それは私よ)と役に集中する。

 

 

 

犬井監督が柴倉に向けて、シッ、と合図を送った。

ちょうど柴倉が皐月に声を掛けようとしていたタイミングだった。

 

なかなか本番が始まらない。

皐月は柴倉のほうへ顔を向け、静かに椅子に座っている様子を(あの人は話し合いが不満だったのね)と評した。

次に犬井のほうに目をやり、難しい顔をして腕を組んでいる様子について(あの人は何してる人なのかしら)と考えてみた。

皐月は(自分は真波)という感覚を維持していた。

 

やがて移動するスタッフたちの姿が目に入った。

(…ん?)

柴倉と犬井を見てみる。二人とも先と変わらない。本番を控えた人間の佇まい。

皐月の視界の中で、カメラマンや音響スタッフも移動していく。

(これから本番なのに、なんで?)

とことこ歩いて、腕組みしている犬井の前に立つ皐月。

 

「テスト本番でOKですか?」

「そうだ」

 

「なんでここで腕組みしてるんですか? …移動もせずに。…柴倉さんまで」

「面白いからだ」

 

「……。」

 

どうやら自分はこの二人にからかわれたらしい、と皐月は気づき始めた。

犬井が、

「この台詞が悪いんだよ。なあ、柴倉。こんなんで視聴者に安田の気持ちに共感させられるか? させられるわけねーだろ。アホか」

と台本をバシバシと叩いた。

「まあ、難しいでしょうね」

やや離れた位置から柴倉の返事。

「だが、おまえのさっきの芝居なら共感させられる。だからファインプレーだ。わかったか?」

「良い芝居だったよ」

 

一連のやりとりを終えた犬井と柴倉も去っていった。

1人残された皐月は、ぼーっとしていた。

からかわれたことなんてどうでもよかった。褒められたことが嬉しかった。お世辞かもしれないが、自分の演技が監督の悩みの1つを解決した、とまで言ってくれた。

 

(やった!)

 

昨日から調子がいい。もっと言えば、成長している。このたった2日間で自分は上手くなっている。皐月は、高揚感の中で喜びを噛み締めた。

 

 

 

何故か、タクシーの車中にいる夜凪と環。

一緒に帰ろうと言われて、勝手にタクシーを止められて、タクシー代は出すからと言われて、今に至る。

小さく鼻歌を奏で、ご機嫌そうな環。

夜凪は黙って座っている。

 

「今日はどうだった?」

「……。皐月ちゃんがとても良かった」

 

「うん、さつきはよくやってた。えらいなあ! で、景ちゃんは?」

「…? 私は何もしてないというか、観察してただけなので…」

 

「今日はスタジオ大黒天に泊まろっかな」

「……。」

 

「問題ないよね?」

「たぶん…」

 

それきり二人は黙った。

環の様子がどこか変だと思いつつ、夜凪は何も訊かずただ座っていた。

 

                第18話「ファインプレー」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene141」となります。

犬井が皐月をしっかりと褒めたのは、原作アクタージュ「scene123」において環から「もっとちゃんとほめてあげてよ」と言われたことが影響していたりします。
そして、こういうことは案外重要だと私は思ったりしています。
今日この日、褒められたことが今後の皐月の人生にとって意味を持つかもしれません。

あと、今回は(テスト→テスト本番→本番)からテストが省略されました。
時間が押していたのが理由ですが、犬井が「このシーンは妥協もやむなし」と考えていたせいでもあります。
テスト本番がOKテイクになることは、撮影の流れとしては最速です。
しかも犬井にとって「妥協せずに済んだ」という嬉しい流れです。

今回は皐月が大活躍でした。


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第19話 「片鱗」

環が泊まりたいと申し出てきたスタジオ大黒天。

雪が「夜凪家お泊り」を提唱し、ルイとレイが歓喜の声を上げた。

黒山が環に「何かあったのか?」と訊き、「別に何もない。たんにここは居心地が良いから」というあっさりした返答。

そして、夜凪は少し困っていた。冷蔵庫の中身の管理を考えると、今日は「家に帰る日」に当たっているからだ。

もちろん、環の様子が変だったことは気になる。それがお泊り会と無関係じゃないことも明白だ。

冷蔵庫の中身についても軽視するべきではない。食べ物に感謝する気持ちが重要でないはずがない。

 

お泊り会は、大人3名による酒有りの席のほうがいいのか、自分や妹弟を含めたわいわいした感じのほうがいいのか、その判断にも苦しむ。

 

「……。けいちゃん?」

「あ、えと、実は…」

 

「景ちゃん、帰っちゃうの?」

 

割り込んできた環のその言葉と立ち姿に夜凪は(うっ)と思う。

哀しそうな表情、寂しそうな佇まい…。

 

…演技だ!

 

以前、千世子ちゃんにやられたことがある。環さんのこれは演技だ。私だってちゃんと学習する。

 

でも、どうやらお泊り会には私も参加したほうがいいらしい。

だとすれば、冷蔵庫の中身はどうなる?

夜凪はしばらく考え込む。

 

(焼けばいい! そうだ、あれもこれも、まとめて焼いて、お好み焼きにすればいいんだ!)

 

「大丈夫です。今日はお泊りします」

 

事態の成り行きを不安そうに見守っていたルイとレイの表情が、ぱぁーっ、と明るくなった。

 

 

 

黒山による明日の撮影についての確認等が行われる。

「明日は、2カットだけだが、おまえの出番がある。イメージは出来ているか?」

こくこく、と頷く夜凪。

その様子を、頬杖でニコニコと興味深そうに観察する環がいる。

やりにくいな、と黒山は思う。

そう思いながらも、黒山は真面目に仕事の話を続ける。

 

「キネマのうた」の資料に目を通した時、黒山は違和感を覚えた。

皐月の担当が1話ということは、8歳の真波の描写はドラマ全体の導入部に位置付けされていると考えるのが普通だ。

毎日のように映画劇場に通う真波。これは作り話だ。映画が大好きな子供、という印象を強調するための嘘だ。現実では、裕福ではなかった真波にそんな経済的余裕は無かった。

松菊大船撮影所でウロチョロする真波。好奇心旺盛な子供、という描写だ。

文代に反対されても折れない真波。意志の強い子供、という描写だ。

つまり、8歳の真波は「映画に強い興味を持ち、映画が大好きで、祖母に反対されても折れない子供」ということになる。

作品の構成を考えるなら、第1話の内容はこれで必要十分だ。

 

そこに夜凪が演じる15歳の真波の回想が2カット入る。作品の導入の役割を果たす第1話の内容としては不自然な箇所となる。

 

「うちとしては夜凪の出番が増えるのは歓迎だ。でも、たとえ天知でもさすがに大河ドラマの制作に口出し出来るほどの力はないし…。なんでこうなってるんだろうな?」

「……。」

 

 

 

時刻通りに真美からの電話を受ける。緊張気味のアリサは電話の内容を聞く心の準備として懸命に気を落ち着かせる。

(今日も良かったですよ、皐月さん。シーン22、あの難しいシーンを綺麗に演じ切りました。皐月さんは間違いなく伸びる子です)

「ありがとうございます(最大の難所を超えた。良かった…)」

(皐月さんの親御さんの説得には私もご一緒します)

「ふふっ。そこまで甘えるわけにはいきません。真美さんらしくない冗談です…」

(あら、水くさいわね、アリサちゃん。私は冗談など言ってませんよ。私がそうしたいのです)

「本当にっ? 本当にご一緒していただけるのですか?」

(私はそのつもりでいます)

「感謝します、真美さん…」

 

電話を切ったアリサは、明日のことに頭を切り替える。

明日は景のカットが2つ入る。

真美さんは第1話の回想に起用するのは景より環蓮が相応しいと考えていた。たしかに主演である環蓮のほうが皐月を光らせる効果が高い。

ただ、それをすると第2話の景に望まぬハンデを与えてしまう。

第1話に環蓮が出演し、第2話で物語時間が進んでいれば真波役で登場するのは当然環蓮、そう思い込んでしまう視聴者が必ず出る。そのうちの一定数は、第2話の景を見て「環蓮が出ると思ったのに、これでは肩透かしだ」と捉えてしまう。

 

それは避けたい。

 

景の実力は本物だ。あの子なら遜色ない効果を引き出してくれるはず。

それどころか、景の演技が巧く嵌れば、主演を起用する以上の結果になるかもしれない。

それほどまでにアリサは景の実力を買っている。

 

(期待に応えてちょうだい。頼んだわよ)

 

アリサにはやるべきことがたくさんある。皐月、千世子、アキラ、他のスターズのタレントたち、そして景、可能な限りバックアップしなければならない。

 

だが、アリサには真美ほどの力がない。

だから黒山の力も、天知の力も、利用出来るものは利用する。

 

 

 

「そこで俺は考えた。第1話の真波の役割は導入だけに留まらない」

黒山はドラマの構成に関する自分の考えを述べる。

8歳の真波に「映画に強い興味を持ち、映画が大好きで、祖母に反対されても折れない子供」に加えて要素をもう1つ付与する。

後に日本一の女優となる人物、その片鱗。

それが加われば、ただの導入役に過ぎなかったはずの8歳の真波は、劇的に大きな魅力を持つキャラへと変貌する。

問題はどうやって片鱗を付与するか?

 

「劇伴だ!」

 

黒山は得意気な表情を浮かべ、力強くそう言った。

それを聞いた夜凪は、表情こそ真剣だが無言だ。

何か追加の説明が来るんだろうと思って待っていた。

 

しばらくの沈黙が流れた。

 

「劇伴だ!」

環が物真似で復唱した。

 

「BGMって言えばいいのに…。わざわざ…伝わりづらい…」

追い打ちで雪が言葉を添えた。

 

黒山は恨めし気な視線を環と雪に向けたが、特に文句を言うでもなく、

「まあ、BGMだな。インパクトの強いBGMを使えば効果が得られる。BGMの間に15歳の真波と8歳の真波が同じ所作を見せる形でオーバーラップさせる」

「……。」

 

「そうすると片鱗が表現される。薬師寺真波は8歳の頃から凄かったんだ、と…」

「黒山さん、元気を出して」

 

「……?」

「伝わったわ。私は才能溢れる15歳の真波を演じればいいのね」

 

「そう、そういうことだ」

「才能溢れる感じを表現出来なかったとしたら、皐月ちゃんの真波の魅力が減ってしまうのね」

 

「そうだ。まさに、それだ」

「BGMの話はどう関係するのかしら(結局わからなかったわ)」

 

「……。それは、カットが2つあることに意味があってだな。BGMの効果がより強く発揮されるのは2つ目ということになるんだが…、役者がそこまで把握する必要はない…」

 

外野からブーイングが飛んできた。

 

そしてブーイングの後に、具体的な指摘の言葉が飛んできた。

「だったらなんで劇伴って言った?」「導入役に留まらないのは何故だ?」「明らかに詰め込み過ぎだねえ」「甘やかしちゃ駄目!」「私が監督なら8歳に2話使う」といった言葉の雨だ。

 

元気に振る舞っているように見える環のことが気になる、と夜凪は思う。

 

                第19話「片鱗」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene142」となります。

一時は夜凪の代役を考えるところまで追い詰められた黒山は、まだ本調子ではありません。
今後も苦しむでしょう。
しかし、いずれ成長した黒山の国際的に通用するほどの底力を見せる日が来ます。
たぶん……。

環はどうしましょう。
まだ良い案が思いつきません。
とりあえず現場で堂々としていられるくらいの状態まではこのお泊り会で持っていきます。
環担当の真波の撮影が始まった時に、今のままでは駄目です。

夜凪は高校3年生になってずいぶんしっかりした子になりました。
出席日数は大丈夫でしょうかねえ。
大河ドラマの撮影は平日に行われます。
けっこう厳しいはずです。

あと、私の個人的な願望ですが、千世子が書きたい。
「キネマのうた」に千世子は登場しません。
でも、ずーっと登場させないわけにはいきませんよ。


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第20話 「構築」

既に修学旅行の夜といった雰囲気の中、夜凪は大きめの声を出した。

 

「環さん! 環さんが変だった!」

 

しかし大人たちが作る流れのペースは乱れない。変わらずへらへらとおしゃべりしている。

 

「何か悩んでいるんだと思うっ!」

 

ようやくおしゃべりが停止した。

 

黒山が、

「おまえ、悩んでるのか? 別に何もないと言ってたじゃないか」

と環に問う。

 

「別に何もないが、悩んではいる…。嘘は言ってない。言い掛かりはやめてほしいなあ」

と応じる環。

 

(ああ、ノリが修学旅行のままだわ。このノリは駄目)

 

「悩みは解決したほうがいい!(と思います)」

 

見逃してくれない夜凪に対して、根負けしたらしく、

「…だね」

と環は呟いた。

 

「酒が入る前で良かったな。何を悩んでる? 話してみろ」

「…いやぁ、今日、現場でめっちゃビビった。それだけっちゃあ、それだけなんだけど…。家に帰っても1人で眠れる気がしなくてね。で、お泊りに来たんだ。ここなら気が紛れると思ってさ」

 

「おまえがビビるって相当だな」

「…薬師寺真美が演技指導したんだよ、柴倉さんに。もうみんなビビっちゃってさ。私がいちばんビビったんだけどね。すんげえ怖かった…」

 

「マジか。あのバァさん、封印を解いたのか」

「…封印て、初耳だなあ。とにかくあれは勘弁だ。こえーのなんの…」

 

「もしかして事前に俺の話を聞いたの、あれマズかったか?」

「あー、関係ない、関係ない。だって、沢村さん以外みーんなビビってたもん。その後の撮影、しばらくガッタガタ…」

 

そう言って環はテーブルに突っ伏した。

 

ここで唐突に黒山は、

「夜凪、おまえにはどう見えた?」

と夜凪に話を振ってきた。

 

(えええ。…時間が押してるなあとは思った。でもそれが変だという見方はしなかった。何故なら私は皐月ちゃんの観察に集中してたから)

 

「ごめんなさい。皐月ちゃんの芝居に集中してて、全体はよく見えてなかったわ」

「…そうか」

 

変と言うなら自分自身には変なことが起こった。真美の演技指導の折、支配する者の隣にいるような感覚を味わった。

でも、あれには有害性が無かった。驚いたし、怖いと思ったけど、よく考えると特に自分に悪影響をもたらす物ではなかった。

役者にとって大事なのは芝居であって、怪奇現象のような物の謎解きではない。そんな謎解きはどうでもいい。なので、黒山さんに質問もしない。夜凪は自分でそう決めた。

 

黒山は環との会話を再開させていた。

 

「沢村さんはずいぶん昔に、真美と共演している。もしかするとその時、演技指導の直撃弾を受けたのかもしれない」

「……?」

 

テーブルに突っ伏していた環が顔を上げた。

 

「柴倉はどうだった? 直撃弾を受けた後だ」

「柴倉さんは…」

 

夜凪は(ここだ!)と思った。

 

「柴倉さんは見事な芝居をしていたわ。皐月ちゃんとの掛け合いは完璧だった。私、じっくりしっかり見てたわ!」

 

「だ、そうだ」

「なるほど、さっさとあれを受けちゃえばいいのか。…なるほど、なるほど」

 

夜凪は(良かった。役に立てた)と胸をなでおろしていた。

 

 

 

撮影3日目の朝、元気に「行ってきます」と出て行った夜凪を見送った雪と黒山は、

「私、とても良いアイデアを思いつきました」

「駄目だ」

というやりとりをしていた。

 

「例の全30巻をけいちゃんに見てもらうんです(聞く前からダメってどうなの?)」

「だから、駄目だ」

 

「……。全30巻、時間にして45時間。数にして1000とちょい。けいちゃんなら来週までにすべて頭に入れます(賢いんです)」

「そんなことしたら、夜凪はてめぇの芝居を見失う」

 

「……。」

「あいつのような呑み込みの良い役者は特に駄目だ」

 

雪は(そういうものなのか。勉強になった…)と思い、口を閉ざした。

 

 

 

現場では、順調に撮影が進んでいた。

皐月の芝居がどんどん良くなっていた。

大船に移転してきた松菊撮影所の前に立つ演技も素晴らしかった。

 

「…わあ」

「撮影所…、この町に撮影所ができるんだ…!」

「きっとお母さんが私に女優になれって言ってるんだ…!」

 

(皐月ちゃん、上手い!)

 

夜凪は台本を見つめる。今の皐月の台詞の4箇所に傍線が引いてある。

この台本は昨日配られた。最初に配られた物との違いがこの傍線だ。

これらの箇所での演技が「真波の演じ方」に相当する。そういう説明こそ無かったが、夜凪はすぐに理解した。

 

そしてオーバーラップのシーンの撮影となった。

まずは皐月のシーンから。

放送の際には「夜凪」→「皐月」と変化する場面だが、撮影順は逆だ。

待機している夜凪の傍に新名夏が立っていた。

その硬い表情を見て、なっちゃん(←夜凪は距離ヘタ)緊張してるなあ、と思った。

 

皐月が苦戦していた。傍線は3箇所。でも長い傍線も含まれていて、実際かなり難度が高い。

 

「この海は俺と平助を育てた海だ。特別なんだよ。なあ、おい」

 

映画に出てくる男性の台詞だ。それを8歳の真波が空地で練習している。台詞に長い傍線が1箇所、所作に傍線が2箇所。

皐月は9テイク目でOKを出した。

犬井が皐月に人差し指を向け、皐月も同様に人差し指を犬井に向けた。そして弾けるような笑顔になる皐月。

 

良い芝居だった(最後のはよくわからなかったけど)。

真波の演じ方もちゃんと見えた。

私は頭の中でその形を構築できた。後はそれをアウトプットするだけだ。

 

夜凪の撮影シーンが始まる。

場所は同じ空地だが、立ち位置が異なり、夜凪は塀に向かって芝居をする。

眼前に海が広がる芝居を、目の前に塀がある状況で行うわけだ。

集中し、カチンコの合図を待つ。

音が鳴る。

 

「この海は俺と平助を育てた海だ。特別なんだよ。なあ、おい」

 

手応え有り。構築したイメージを綺麗に出せた。

しかしOKにはならなかった。

 

「すみません。夜凪さんの演技に見惚れて反応が遅れました。次は大丈夫です」

 

NGを出したのはなっちゃんだった。

台詞も大きな所作もなく、驚いている芝居をするだけ。

このNGは仕方がない。なっちゃんは緊張していた。

それに先の芝居は気持ちよかった。もう一度やるのも悪くない。

 

2テイク目でOKとなった。

なっちゃんが寄ってきて「素晴らしい演技でした」と褒めてくれたので、「ありがとう」と返した。

 

気持ちが高揚する。皐月ちゃんにあやかって、というわけではないが、自分もどんどん調子が上がっていく感覚がある。

 

約1時間後、問題の2カット目の撮影。

これも放送とは逆に、先に撮影するのは皐月。

台詞はなく、所作のみ。ただその所作に傍線が5箇所ある。

 

草むらに死んだように横たわる真波。

ゆっくりと起き上がり周囲を軽く確認する。

立ち上がり、不安と恐怖に塗れた表情のまま、身体は動かさない。

その顔がほんの数ミリ上を向く間に、(死んでない、自分は生きている)という歓喜の表情に変化する。

 

皐月の撮影が始まった。

(いきなり上手い。5箇所すべてに真波が見える)

次のテイク。

(すごい。3箇所目と4箇所目がもう明確になってきた。もっと見せて、皐月ちゃん)

さらにテイク数は進む。

(そう。身体を動かさないのは負傷の程度を確認している時間。手を見たり、あちこち触ったりしないのが真波)

 

13テイク目。

(4つはほぼ見えた。肝心の5箇所目もあとちょっとだ)

真波が動きの1つ1つに込めた意味、意図、その表情が伝える物、それらが皐月の演技の向こう側に見えている。

夜凪は愉悦に捻じれた笑みが自分の顔に浮かんでいることに気づいていない。

それは芝居を見事に仕上げつつある皐月の演技力への対抗心。

(見せて、皐月ちゃん)

17テイク目、皐月の表情に真波の心情が浮かび上がった。

(それだ、その表情)

「カット、OK」

犬井の声が響いた。

 

ありがとう、皐月ちゃん。凄い。凄かった。皐月ちゃんは既に凄い女優だ。

次は私が見せる番だ。

 

胸が高鳴る。真波が生み出した芝居の空間が、綺麗に、精緻に、完璧に、夜凪のイメージの中に構築されている。

 

今回は夏はいない。夜凪1人の撮影となる。

 

横たわった状態でカチンコの合図を待つ夜凪。

合図が聞こえると同時に、夜凪は無心になった。

そして身を起こす。ただ手が動くからそうするだけ。

周囲に目をやる。ただ見えるから見ただけ。

立ち上がり、ようやく状況を整理し始める。

ぼんやりした頭はなかなかうまく働いてくれない。

身体のあちこちが痛い。怪我もしている。でも、生きてる。

私は死ななかった。

私は生きている。

わずかに顔が上を向く。

 

 

…これが、薬師寺真波だっ!!

 

 

喜びを噛み締める笑顔のきらめき。

その美しさは、生命の証だ。

 

「カット、OK」

 

犬井は自分が見た一連の光景に困惑していた。

完璧な何かを見せられた。

この世に完璧なんてものはない。

あるはずがないものを目の前で見せつけられた。

(この子は、「キネマのうた」において、他の役者たちとは違う戦い方が出来る唯一の存在かもしれない)

 

やや離れた場所から冷徹な目を向けていた人物がいた。真美だ。

夜凪の芝居を鋭く睨むように見つめていた。

OKテイクとなり、芝居が終わった今も、真美は夜凪を見つめていた。

 

                第20話「構築」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene143」となります。

夜凪は高2の修学旅行に参加していません。
仕事があったからです。ただ、「デスアイランド」のロケで、「なんか修学旅行みたい」という声を耳にしています。
神社仏閣巡り等ではなく、「友達と寝食を共にすること」が修学旅行の肝であると認識しています。
仮に出演する作品にそういうシーンがあっても夜凪は正しく「修学旅行」を演じます。

とりあえずの悩みから解放された環はスタジオ大黒天でぐーすか眠っています。
雪と黒山は環が目覚めるのを待っています。
目覚めたら車で撮影現場まで環を運びます。

ただし、環は今のままではやはり懸念材料が残ります。
沢村や柴倉に出来たからといって、環に同じ真似が出来るとは限りません。
沢村も柴倉もベテランです。
環とは踏んできた場数が違います。
まあ、実際環担当の撮影が始まったら案外平気かもしれないし、それまでにもっと確実性のある方策を見つけるかもしれません。

そして今回ようやく夜凪の演技のシーンを書くことができました。
やっぱり楽しいです。
2話目の撮影が始まったら、たくさん夜凪を書けます。
そして皐月はこの回でも頑張りました。
成長も著しく、大活躍ですねえ。


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第21話 「黄金時代」

撮影4日目、夜凪と待機中の皐月が並んでしゃべっていた。

ここ数日の皐月の急成長について。

 

「自分でも驚いてるけど、材料はたくさんあったと思うの」

「たとえば?」

 

「まあ、鎌倉で教わったことは間違いなくその1つね」

「環さん、いろいろ準備してくれたね」

 

「よ、夜凪さんもいろんなアイデアできっかけをくれたわ」

「私? 私のはほんとにきっかけだと思うわ。皐月ちゃんは元々いろいろ持っていたのよ」

 

皐月が多くを学んだのはアリサからだ。子役に必要なスキルはもちろん、その先を戦うための武器も与えられていた。

今回の大河ドラマに賭ける自身の想いの強さも大きな要因だ。

そして、はっきりとは言えないが、真美の存在も要因の1つになっている気がする、と皐月は思う。

視線が冷たく、素っ気なく、不機嫌そうな態度の真美。

一緒に演じるシーンにおいては、厳しく妥協を許さない雰囲気で、皐月を突き放すのではなく、「私のように演じなさい」というプレッシャーが迫ってくる感じ。

 

「お、鬼コーチってやつかしら?」

「皐月ちゃん、その言い方はマズイと思うわ」

 

 

 

この日の撮影も昨日に引き続き順調に進んだ。

昨日と違うのは、OKテイクが出たシーンの中のいくつかで個人レッスンが行われたことだ。

皐月と真美の体が空いた時、真美が教える形で直前の皐月のシーンをおさらいしている。

場所は、撮影している場所からやや離れた一角で、何故かカメラも回っている。

 

「景ちゃん、あれは一体何をしているのだろう?」

「いえ、私が環さんに訊こうと思っていたんです(わからないです)」

 

遠巻きにその様子を見るために、夜凪と環は簡易椅子を並べて座っていた。

 

「見る限り、ただの個人レッスンだ」

「ですね」

 

「カメラを回すってことは何かに使うのかねえ」

「本編の2話以降に8歳の真波のシーンが入るのかしら」

 

「いや、レフ板も無いし、背景も合わないし、本編用じゃあない」

「…なるほど」

 

夜凪は「鬼コーチ」という発言を思い出していた。皐月にとって最終日の今日だから、こんなあからさまなレッスンをしている、と考えていい。

おそらくこの4日間、ずっとレッスンをしていたのだろう。

スターズの自分は真波役に向いてない、と言われたことを皐月はとても悔しがっていた。

レッスンまでしてくれるということは、真美が皐月の実力を認めている証拠だ。

 

ほんと、女優ってのはすぐ演技するから油断ならない。

 

よく考えたらわかることだ。あの時の真美の言動は不自然だ。1話しか出番がない役者に対して「心配で……」とまで言う必要がどこにある?

清水も言っていた。真美とアリサは姉妹のように親しかった、と。

 

 

 

夜、スタジオ大黒天では翌週からの夜凪の撮影について話し合いが行われていた。

大河ドラマの題材に「女優の半生」が選ばれるのは異例だ。事実、局の編成部は企画に難色を示し、脚本を依頼された草見修司も一度は断っている。

 

この企画を通すにはプラスアルファの要素が要る。

 

足掛かりとなっているのは、意外なことに文化勲章だ。

科学技術や芸術等の文化の発展や向上に功績を挙げた者が対象で、過去の受章者は約400人。

文化勲章にどれほどの価値があるかという議論は置いておくとして、授与の条件が極めて厳しいのは確かだ。半端な功績では授与されない。

その文化勲章を辞退した者もいる。数にして、わずかに4人。

その4人の中の1人が薬師寺真波だ。

ファンは大いに嘆いた。薬師寺真波の人気は絶大だった。

なにしろ日本映画史における戦後の第二黄金時代を体現した女優だ。

当時の日本映画の製作本数は年間500本以上、観客動員数は多い年で11億人を超えた。

 

「そんな熱い時代があったんだ…」

 

黒山は少し寂しそうに呟いた。

真波逝去からちょうど40年の頃、プロジェクトは動き始めた。

未だに根強く愛される女優、その功績を称えるために「幻となった文化勲章」の代わりになる物を用意する。

それが、「出演者全員が真波を称えつつ芝居を行い、真波の半生の物語を演じる、そんなドラマを作る」、つまり「キネマのうた」のプラスアルファの部分だ。

 

実は、黒山にとって2日目に配られた傍線付きの台本は想定外だった。

こんな物を配られては、「みんな薬師寺真波の演じ方で揃えましょう」という意図がバレバレだ。

夜凪に自力で気づいてもらう、という狙いが潰れた。

ベテラン勢は各々が知っている真波で、他の役者はスタッフ陣の指導による真波で、「キネマのうた」を真波色に染める。

そのベテラン勢の工夫を、夜凪自身に見抜いてもらいたかった。

 

「まあ、しょうがない。ベテランは真波の演じ方に自分の個性を乗せてくる。そういう競い合いが発生する。おまえはそれを見て勉強することに専念しろ」

「勉強…」

 

「勉強だ」

「勉強…」

 

「最大の目標を見失うな。都会の若者だけでなく田舎のジィさんバァさんにも知られる役者。つまり知名度だ(以前そう言っただろ)」

「それで知られる役者になるかしら?」

 

「大河ドラマをナメんな。名前を浸透させる力は圧倒的だ」

「……。わかったわ」

 

 

 

釈然としない、と夜凪は思う。

真波の演じ方はあまりに数が多く、犬井監督も把握しきれていない。

真美の役割は出演者兼監督のサポート係、黒山さんはそう考えていたらしい。

なので、演技指導の一件には多少驚いたらしい。

なんというか、黒山さんの話は作品の外側の事情に関するものだった。

役者は役者がするべきことが全てで、やっかいな事情は関係ない。それが役者。与えられた役を演じ切る以外に何があるというのか?

 

「3日目の演技はとても楽しかった…」

 

出番前の胸の高鳴り。

演じ切った後の高揚感。

すごく楽しかった。すごく興奮した。

私はあんな時間をもっともっと味わいたい。

 

                第21話「黄金時代」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene144」となります。

黒山はまだ本調子ではありませんねえ。
「成長する」ことと「勉強する」ことは違うと思います。
勉強も必要なことだとは思います。
ただ、せっかくの大河ドラマ出演を勉強に充てるのはもったいない。
この貴重な機会、伸び伸びと経験させたほうが得られるものは結局多いと思います。

皐月のレッスンにカメラがいたのは親の説得の時に使うためです。
アリサは皐月を特別だと考えています。手放すにはあまりに惜しい人材です。
当の皐月も女優を続けたいと願っています。
真美も、アリサが目を掛けるだけのことはある、と感じるものがあったのでしょう。

夜凪は「勉強に専念しろ」という考え方に疑念を抱いています。
その疑念は取り除かなければなりません。
黒山の言葉が足りません。
2話目の撮影が始まり、夜凪が大活躍するためにも、なんとかしてほしいところです。


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第22話 「スターの壁」

 

週末、夜凪家の朝。

朝食を口にしつつ、夜凪は台本の傍線部を見つめる。

行儀が悪いとはいえ、やはり時間が惜しい。

(んー、半分以上がわからない。オーバーラップとは勝手が違うし、悔しいわ)

ふと前を見る。

ルイとレイが朝食を口にしている。

そして何の違和感もなく、その間で阿良也君が朝食を食べている。

 

たまに、ふらりと「夜凪カレーが食べたい」と言ってやって来る。

そういう時に限り、何故か夜凪家の夕食の予定がカレーだったりする。

(匂いに寄ってくるのかしら? でも、今食べてるのは夜凪家「今日も1日元気朝食」だ。全然カレーじゃないわ)

 

台本に目を戻す。

(他の役者さんの向こう側に見える真波を観察してれば、わかるようになるのかも…)

(でも、黒山さんが言ってた勉強はそういう意味じゃない…)

(ベテラン勢がどう工夫するかは勉強するとして、やはり最優先は役作り)

(皐月ちゃん、私、環さんで作る真波をブレさせない。的にするのは皐月ちゃん…)

 

自分だけの問題じゃない、と夜凪は思う。

皐月が作った真波像は掴んだ。皐月の芝居の向こう側に見える真波の演じ方も確認した。

芝居をする上で重要な方針となるのは前者だ。

夜凪は皐月が作った真波のイメージを維持しなければならない。

やっかいなのは大量にある傍線だ。ここでイメージを維持出来なかったら、次のバトンを受け取る環を困らせてしまう。

 

(うん。やっぱり環さんと話し合ってみよう)

 

台本を閉じ、夜凪はまだ途中だった朝食に取り掛かった。

そして、阿良也の姿がないことに気づいた。

夜凪が(あれ?)と思っていると、ルイとレイが、

「あらやは帰ったよ」

「ちゃんとごちそうさまして、お皿洗って、ちゃんと挨拶して、帰ったよ」

と説明してくれた。

「…そう(一言もお話ししなかったわ。悪いことしたかしら)」

 

環に連絡する。「ちょうど良かった」という反応。夜凪は(同じことを考えていたのかな?)と思う。

自分の着衣を見て、Tシャツの裾を指でつまみ、(問題無し)と服装にOKを出す。

手鏡で顔を確認、メイクも問題無し。

手提げバッグに必要な品々を詰めて、キャップを被り、外出の準備完了。

 

「おねーちゃん、お出かけするの?」

「わたしたち、お留守番?」

 

ルイとレイが夜凪の顔を見上げていた。

 

「環おねーちゃんの家。ルイとレイも一緒に行くのよ」

 

そう聞かされた二人は笑顔になった。

 

 

 

環の家に向かう移動中の電車内、夜凪は少し考え事をした。

 

夜凪家を出て、周囲の気配を確認、週刊誌の記者の類はいなかった。

歩き出してすぐにルイが「サングラスとマスクは?」と訊いてきた。

レイも心配して「もっとしっかり変装したほうがいい。どこに週刊誌がいるかわからない」と言ってくれた。

夜凪は「大丈夫」とだけ返事をしたが、内心複雑な思いを味わっていた。

 

実際、家の周辺に週刊誌関係者やカメラ小僧やおっかけはいなかった。

今も誰もいない。ついてきたり見張ってたりする者はいない。自分に気づいてちらちら見てる人もいない。夜凪はもともと気配には敏感なほうだ。

そういう人がいたらすぐに気づく。

 

千世子はお出掛けの際、厳重な変装をする。必要だからそうしている。スターだからそうしている。

比べて、自分はキャップのみ。

それで事足りてしまう。

 

阿良也がたまにふらりと家に来ることも、本来なら問題視するべきことじゃないだろうか?

スキャンダルを警戒して、もっと慎重になるべきなんじゃないだろうか?

泊まっていくわけではないとはいえ、面白おかしく煽るような記事を書かれても不思議ではない。

だが、事実そんな記事はどの雑誌にも書かれていない。

 

…私、まだまだ千世子ちゃんみたいになれていない。

 

楽なのはけっこうなことだ。これから銀行強盗でもするかのようなあの物々しい変装はさぞ面倒なことだろう。

黒山は知名度を重要視していた。CMにいくつか採用されたくらいじゃ足りないということだ。だからこその今回の大河ドラマ出演だ。

 

 

 

環の家、高層マンションの一角は広くてお洒落だった。だが、部屋は散らかっていた。

歓迎されて中に通され、テーブルにお茶が置かれた。

夜凪は、さっそくとばかりにバッグから台本を取り出し、開いた。

それを見て(おっ!)という感じの反応を示した環も台本を開いた。

 

「これ、このへんが嫌なんだよ、私は」

「……。ああ…」

 

それは環が「万能薬」の話をした時、ある時期に爆発的に広まったと説明した「わかりやすい演じ方」に該当する物だ。

環は台本をめくりながら「ここも、ここも」と呟きつつ人差し指を次々に移動させた。

それらの箇所には環自身が引いたであろう赤色の線が施されていた。

 

「わかってはいるんだよ。この使われ過ぎて擦り切れて、見るだけでウンザリするような演じ方を新鮮な物に見せる。そういうことが出演者に求められている。わかるよ、それは」

「…多い。これはキツイ」

 

「そうなんだよ。ああ、景ちゃんはやっぱりわかってるねえ」

「犬井監督の狙いでしょうか」

 

「わからん。アホだ、あいつは…。無理だろ、これ」

「傍線があるからには無視したら駄目ですよね。この仕打ちは非道い」

 

たしかに多い。これは撮影が始まったら数を減らすよう提案したほうがいいだろう。

そして夜凪は電話で環が「ちょうど良かった」と言った訳がわかった気がした。

もちろん、当然のように夜凪が担当する部分にも同様の箇所がいくつかある。

 

…どうしよう。別件で話し合いに来たのに、新たに問題が増えてしまった。

 

これは忙しい週末になる、と夜凪は思った。

自分が持ってきた懸念材料もかなり骨のある課題のはずだ。

環の家はお泊りOKなんだろうか?

無邪気に家の中を探検しているルイとレイを、環が迷惑がっている感じはしない。

ただ、夜凪は環の週末のスケジュールがどうなっているのかを知らない。

 

               第22話「スターの壁」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene145」となります。

原作アクタージュ「scene116.もっと」において、なんか普通に夜凪家で夜凪カレーを食べている阿良也の姿が描かれています。役のバリエーションの増やし方をアドバイスするシーンです。
私はここを読んだ時、このシーンは面白い、と感じていたので拾ってみました。
このアドバイスのシーン、既にCM等で夜凪が本格的に有名になった後の話なんです。

実際、夜凪は有名人としての度合いは千世子に比べるとまだまだです。
猫のように気ままに食べ物を食べにくる阿良也を今のうちに書いておきたいと考え、今回のような話にしてみました。

そして、夜凪と環は難題にぶつかっています。
あの、見る者に「ヘタクソ」と言われてしまうベタな演じ方を夜凪と環はどのように処理するのでしょうか。
現実だと、これは相当に難しいと思います。
二人には頑張ってもらいたいものです。

環が犬井を「アホ」となじったり「あいつ」呼ばわりしたりするのは、原作アクタージュ「scene123」において二人がバーで並んで飲んでいる描写があることから、「気安くいろいろな話が出来る関係」と私が勝手に判断した上での台詞です。


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第23話 「オリジナル」

「環さんの家は、お泊りOKでしょうか?」

夜凪はググッと詰め寄るように質問した。

目をパチクリさせた顔で環は、

「お泊りはOKだが、私は仕事で今夜から家を空ける。それでもいいのなら…」

と答えた。

「それじゃあ意味ないです…」

夜凪はうなだれてテーブルに顎を乗せた。

 

「そういえば景ちゃんの用件をまだ聞いてなかったね」

「はい、聞いてください…」

 

皐月から受け取ったバトンを環に託す流れについて、その難しさについて語る夜凪。

それを黙ったまま最後まで聞いていた環。

 

「景ちゃん…」

「…はい」

 

「私担当の真波が関わる映画にはオリジナルが存在するんだよ。視聴者は知っているんだよ、そのオリジナルを。その中でバトンを受け取る難しさがわかるかい?」

「……!(たしかに。私が関わる「茜色の空」は実在しない作品だ。でも環さんの「青い草原」「食卓」等は実在した上に大ヒットした映画だ)」

 

「私が受け取るバトンについては、さつきと景ちゃんの両方を見てからだね」

「…ですね。その通りです」

 

「というわけで、今から遊びに行こう」

「……?」

 

「こんな時間に暇になって困っていたんだよ。夜なら飲みに出てたんだが…」

「……。」

 

「景ちゃん、君が時間が惜しいというのなら、私とチビたちだけで出掛けてもいいんだが(なんだか二人とも私に懐いてるし)」

「…行きます! 私も行きます!」

 

ここに至って、夜凪は電話の「ちょうど良かった」の本当の意味を理解した。

 

遊びに行くといっても、ただ街をぶらぶら散策するだけだった。

そして突き刺さる周囲からの視線。

環は変装をしておらず、それっぽい品は陽射し用のスポーティなサンバイザーのみ。

当然、目立つ。

そのおこぼれで夜凪にも全方位から視線が刺さる。

夜凪はバッグからサングラスとマスクを取り出し、着用した。

 

「…ほぉ。…君はそういうの気にしないタイプかと思ってた」

「これは千世子ちゃんの真似です。せっかくだから気分だけでも味わっとこうかな、と…」

 

夕方になり、お開きとなった。

環は友人と飲みに、夜凪家は帰り道で買い物をしてから自宅に、という運びとなった。

ルイとレイは、環から何だかいろいろ買い与えられてしまった。贅沢を覚えられたら困る、と夜凪は少し心配した。

 

 

 

夜凪は、自分は皐月からしっかりバトンを受け取ったと確信している。

ノートを開き、実際にペンで文章化してみる。

 

楽しい時には、お日様のような笑顔を見せる。

映画が大好きで、映画に夢中になっている。

自分を曲げない気の強さがある。

優れた技法の数々は、映画が大好きだからこその産物。

周りが見えなくなるほど夢中になることが演技上達への道、という信念を持っている。

優れた芝居を見せつけて周囲を驚かせることが好き、というお調子者な一面もある。

 

こうして言葉にして書き出してみると、ふんわりした代物のように思える。

だが、もっと細かく、より具体的で、生々しい、そんな真波の人物像が夜凪の頭の中にはちゃんとある。

 

このイメージを維持しながら、傍線に対応しなければならない。

まずは、自分の頭の中にある皐月から受け取った真波像で芝居をする。

それでOKなら問題無し。

監督から指示が入ったら、それに従う。

 

夜凪は自分が演じる予定の場面を、皐月の真波像で通してみた。

何度も繰り返し、通してみた。

なんとなく、この作業は撮影本番前の今にしか出来ないことのような気がしていた。

定着するまで、しつこく、粘りに粘って、皐月の真波像を身体に浸み込ませた。

この作業が役に立つ日が必ず来る、という予感が夜凪にはあった。

 

 

 

「キネマのうた」2話目、撮影1日目。

夜凪の撮影が始まった。

シーン12。

15歳の真波が玄関の戸を開けて「ただいまー」と言うだけのシーンだ。

 

1テイク目はOKにならなかった。

戸が開き顔を見せる正面側は悪くないが、背後からのバタバタと戸を開けて靴を脱ぐほうが駄目とのこと。

2テイク目も駄目。

3テイク目になって、犬井から「バタバタした動きで重心がぐらついてる感じが欲しい。あと、あえて猫背になる一瞬を作って。戸に添える手は、空振りから途中で戸を捉える」という指示が来た。

 

(こ、細かい指示だなあ。皐月ちゃんの時と違う…)

 

4テイク目もOKにはならなかったが、「悪くない。次は無心で」という声が出た。

その後、より細かい指示が追加され、都度「無心で」が強調された。

 

「ただいまー」

 

「カット。……。……。…OK」

 

9テイク目でようやくOKとなった。

OKを貰うのにこんなに回数が掛かったのは初めての経験だ。

でも、なんとか皐月の真波像を維持出来た感触があった。

やはりこの方法でいい。なんとかなりそうだ。

手応えを感じる夜凪。

 

犬井の傍に真美が歩いてきた。

そして何かを耳打ちした。

 

 

 

突如、スタッフ全員休憩ということになった。

壁に背を預け、並んで立つ夜凪と環。

 

「いい芝居だったよ。しっかり目に焼きつけたからね」

「ありがとう」

 

「…しかし、景ちゃんの撮影は(時間を)食うよなあ。わかってたけど大変だぁ」

「……?」

 

「…ん?」

「なんで私は時間が掛かるんですか?」

 

「……。そりゃあ、例の1000種に含まれてないからだよ(…え? 普通に通じる話だよね、これ)」

「例の1000種って何ですか?」

 

               第23話「オリジナル」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene146」となります。

実際、現実に「キネマのうた」のような大河ドラマがあったら大変だと思います。
私は薬師寺真波を「原節子と杉村春子を足して2で割ったような女優」として扱い、これまでに杉村春子の経歴から話を引っ張ってきたりしていました。
今回は原節子から引っ張ってきました。
とくに、「青い山脈」「めし」といった人気作は、当時のファンなら原節子がどういう芝居をしていたのかしっかりと記憶に刻んでいます。
それと比べられるのはどう考えても厳しい。
どっちが上か下かという問題ではなく、当時のファンにとって「原節子が好き」という大前提があるからです。

さて、夜凪は9テイク目でOKとなりました。
NGを重ねて(飛び蹴り等は例外として)、ようやくOKテイクに辿り着くという、役者なら誰もがする経験を夜凪は初めて味わったことになります。
私個人としては、こういうのは必要な経験だと思っています。


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第24話 「理念」

環が例の全30巻のビデオの話を教えてくれた。

前置きとして、今回の出演者は全員が見ているものと思い込んでいた、と環は言った。

 

収録されている約1000種の「真波の演じ方」は取捨選択されたもので、実際には1000どころではなく数が多い。

選ばれた1000種は、戦後の黄金時代の真波の物がメインではあるが、晩年の「とても静かな芝居」もそれなりに採用されている。

晩年の真波の芝居を直で見ていた真美は当時10代。

その素晴らしさに気づくには若すぎた。

時が過ぎ、大人になった真美は「とても静かな芝居」を理解出来るようになり、評価を改めた。

 

「キネマのうた」の出演者たちは、この1000種を参考にして台本の傍線に対応することになる。

1話目の撮影2日目に柴倉が自身の芝居に苦しんだのは、配られた新しい台本の傍線の影響だ。

それは1000種の中でもかなり難しい部類となる晩年の「真波の演じ方」の1つだった。

作品を「真波の演じ方」で染めるという制作陣の方針が、自分が予想していた以上に徹底されることを柴倉は知った。

 

そして夜凪は出演者たちの中で例外的な存在となる。

そもそも薬師寺真波は少女時代に芝居をしていない。映画に出演していない。

10歳から11歳にかけて13本の映画に出演した真波が、14本目となる映画に出演する機会を得たのは20歳の時。

実に、9年間の空白がある。

当然ながら、1000種の中に少女時代の「真波の演じ方」は収録されていない。

真美の頭の中にもそれは存在しない。

つまり、夜凪には「真波の演じ方」として参考に出来る資料がないことになる。

夜凪担当の傍線部は、一部1000種からの流用があるものの、大半が制作陣が工夫して創作した「真波の演じ方」だ。

 

話を聞いた夜凪は「教えてくれてありがとう」と言ったきり黙ってしまった。

元気がなさそうな夜凪に対し、(今の話に何かへこむような内容あったかな?)と思いつつ環は口を開いた。

 

「悩み事があるなら相談してくれていいんだよ?」

「ありがとう…」

 

悩み事か何かを言うのだろう、と思った環は口を閉ざして待っていた。

結果、そのまま沈黙の時間が流れただけだった。

そして、ついに開かれた夜凪の口から出てきたのは、

 

「キネマのうたって、どこが面白いの?」

 

という世界が凍りつくようなフレーズだった。

当然、環は困る。こんなことが関係者の耳に入ったら大変だ。

ただ、これは環も感じていることだ。

物語としての「キネマのうた」は面白くない。

もっとはっきり言えば、物語に魅力がない。

 

ストーリーの起伏に乏しい。

物語を前へ前へと進めるエンジンとなる物、つまり登場人物たちが目指しているゴールのようなものもない。

謎解き要素もないし、派手な演出やアクションもない。

武将を題材にしたドラマに見られるようなスケールの壮大さもない。

 

本来なら役者が考える領域ではないことを、まだ高校生の夜凪が気にしている。

 

「うん。面白くない…。キネマのうたは面白くない…」

「うん…」

 

一般的に、ドラマ初出演の若手の役者なんてのは、手放しで自分の出演作を「面白い」と言う。友人・知人にその面白さを語って聞かせ、クランクアップでは感動で号泣する。

 

…でも、夜凪は違う。

 

「その女優が凄いからといって、その生き様まで凄いとは限らない。実際、特に凄くはないし、物語にしても面白くならない」

「うん…」

 

「景ちゃんは、面白くない作品に出演するのはつまらないかい?」

「……。…そういうことではないのだけれど、面白くない作品への接し方がわからないわ…」

 

「ふーん」

「…世の役者さんたちはそういう経験をたくさん積んでいて、千世子ちゃんもそういう道を通っていて、私もいろいろ覚えていくべきなんだろうけど…」

 

「景ちゃん」

「はい」

 

「私は面白くない作品に出演するのはつまらないと思ってるよ」

「…え?」

 

「素直になろう。私は面白くない作品への出演はつまらない。だって本当につまらないんだからしょうがない」

「……。」

 

「…本音はどう? つまらないだろ?」

「…はい。つまらない…です」

 

「どうすればキネマのうたは面白くなると思う? 魅力的になると思う?」

「…それは、えと、…ちょっと考えさせてください」

 

そう言って、夜凪は熟考モードに入った。

 

環は犬井とは飲み友だちだ。

バーで隣に座っていた犬井は「みんなが見飽きたと言ってる真波の芝居が如何に素晴らしい物か世間に思い知らせてやる」と言っていた。

それは、でたらめに広まってしまった形だけの真波の技法の否定であり、今もなお広め続ける業界への警鐘でもある。

中嶋プロデューサーが「成し遂げたい」と考えていることもほぼ同じだ。

このままではテレビ業界は駄目になる、という思いで通した企画だ。

 

理念としては立派だ。

だが、役者である環や夜凪はそれを、つまらない、と思っている。

 

 

 

しばらく(んー)と考え込んでいた夜凪は、

「難しい…。今から出来ることが少なすぎる。小手先の工夫では覆らない…」

と静かに言葉を吐いた。

 

「なんなら今から直談判に行こうか?」

「……?」

 

「一緒にいるよ、たぶん。監督も真美さんも、他のスタッフも。直談判にはちょうどいい」

「…な、何を、直談判するの?」

 

「おまえら! このドラマ面白くねーぞ! なんとかしろっ! と夜凪様がおっしゃってるぞ!」

「…い、言わないわ。…私、おっしゃってないわ」

 

これはもちろん環の冗談だ。

冗談だが、環は(案外アリかも)と少し思った。

直談判という形ではないにしろ、一度ちゃんとした話し合いの席を設けるのは有意義な気がした。

面白い成分、魅力的な成分、次回がどうなるのか気になる成分、そういう物を増やして欲しいのが本音だった。

 

 

 

休憩が終わり、シーン12の撮影の再開となった。

現場に向かう夜凪は、なんだか憤っている自分に気づいた。

先の環の冗談のせいだ。

 

(出来るものなら、おっしゃってやりたい!)

 

そういう本心が自分の中に確かにあった。

本当に直談判出来ればいいのに、と考えると無性に腹が立ってしまう。

踏み込む足にも力が入る。

そんな歩調で、夜凪は撮影現場へと歩いていった。

 

               第24話「理念」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene147」となります。

戦前の日本映画は「(第一)黄金時代」と呼ばれただけあり、製作本数も多く、名作とされる映画がたくさんあります。
残念なことに、焼失や破損等でそのほとんどが失われ、現存するのは当時製作された映画全体の1割程度と言われています。
記事や写真で存在を知ることは出来ても、それら失われた映画を我々が鑑賞することは不可能です。

大半が制作陣が工夫して創作した「真波の演じ方」という部分は環の推測ですが、この推測は当たっています。

環は台本を受け取ってすぐに繰り返し読み、内容を頭に叩き込んでから俳優連盟を訪れています。
そこで、台本と見比べながらビデオ30巻を見ました。
付箋を貼り、メモを取り、1000種と格闘したわけです。
同様に、「青い草原」「食卓」についても台本と見比べて大量のメモを取っています。

他の出演者も皆そのようにしています。ただ、1000種もの「演じ方」を覚えきれるものではありません。なので、忘れた箇所を再確認したい場合は、また俳優連盟に行くことになります。

もし、現場に30巻の現物があれば、制作陣の仕事も出演者の確認作業も捗ります。
ですが、俳優連盟は「大河ドラマで必要だから」という程度の理由では貸してくれません。
俳優連盟のビル内でのみ視聴可能で、盗撮も厳禁です。

夜凪は、自分が担当する傍線部が真波本人の物ではないことに特別なショックを受けていません。
もともと、皐月→夜凪→環、のリレーを完成させることを最重要視していたので、傍線部の真贋はたいした問題ではないのです。
ただ、「作品を面白くしよう、魅力的にしよう」という空気が現場から感じられないことがやはり気になっています。
今まで夜凪が出会ってきた演出家たちとの差異に戸惑っているわけです。


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第25話 「メモ帳」

休憩時間中の打ち合わせの結果と思われる話が犬井から告げられた。

夜凪の芝居については、より細かく具体的な指示を増やすので、テイク数が今より多くなることが予想されるがそのつもりで、とのこと。

犬井の顔をじーっと見据えてから、夜凪は静かに「はい」と返事した。

 

合図待ちの状態で立っていると、「足音は静かに、ウキウキした気分は引き戸に手が触れると同時に気配ごと消す、廊下に膝を…」と犬井の指示が始まった。

(テストも省略、役者自身の芝居を見るのも省略…、鞄はゆっくり置きたいし右爪先で左踵を軽く蹴るのも…私の真波じゃない…)

最悪だ、と夜凪は思った。

 

 

 

3テイク目でOKとなり、夜凪は遠巻きに見学している環のほうへ向かった。

自分の次の撮影まで最短でも4分くらいはある。十分だ。

「良かったよー」「けっこう早かったね」等の言葉をくれる環に駆け寄り、夜凪はいきなり環の耳元まで顔を近づけた。

そして、「7年後の真波じゃないものを伝えます」と囁いた。

周囲に人が少ないことを確認し、夜凪はやや早口の小声でしゃべりだした。

 

「鞄を素早く置く。右爪先で左踵を軽く蹴る。引き戸に手が…」

「待った! メモ帳、出させて」

 

メモ帳にしばらくペンを走らせてから環は「いいよ」と言った。環はまだペンを動かしていた。

かまわず夜凪は続きをしゃべった。

しゃべり終えた夜凪は、文字を書いている途中の環の耳元に口を寄せ、「どうすれば面白くなるか私も考えてます。環さんも良いアイデアを思いついたら教えてください」と告げた。

 

 

 

メモをすべて書き終えた環が顔を上げると、撮影現場の中心に向かって走る夜凪の後ろ姿が目に入った。

(頑張ってるなあ)

環は夜凪の後を追って歩き出した。せめて、もっと近くに陣取ってあげよう、と思ったからだ。

前列の近い位置に座っていたスタッフに席を譲ってもらい、環は書いたばかりのメモ帳を開いた。

(これは誰かに見られて困る内容じゃない)

7年後というのはさつきが演じた8歳の真波から数えて、という意味だ。

景ちゃんの担当は、15歳から18歳。15歳と16歳がメインで、17歳と18歳は出番が少ない。

セットの座卓の上に勉強用具を広げている真波は、今でいう中学3年生。

18歳の景ちゃんがちゃんと中学3年生くらいの幼さに見えるのは、おさげのヅラのせいだけじゃない。

さつきが作った真波の7年後をきっちりイメージ出来ている。

先のOKテイクの真波には、大人っぽい小賢しい動きが含まれていた。

その部分を、3人で作る真波のイメージから切り離してほしい、ということだ。

(しかし、多いなあ)

メモを眺めながら環は思う。

このメモを見て誰も「捨てる部分」とは考えない。逆に、重要な部分だと勘違いするだろう。

 

 

 

シーン12はこの撮影で実質終わり。

次の撮影、文代と二人で座卓に付いている様子を背後や側面から撮られる場面で芝居を求められるのは真美だけだ。

夜凪には台詞も動きもない(むしろピタッと静止していなければならない)。

 

例によって、犬井の説明が長々と語られる。

(こんなもの、一発で決めてみせるわ)

犬井による、祖母から勉強を教わるのは嫌だが鞄の中の台本を見るのが楽しみという表情を眼球の動きだけで表現、首を回さないよう注意、ノートに視線を落とす時は…という指示を聞きながら、夜凪は「自身の真波のイメージ」を維持し続ける。

 

1テイク目はNG。

夜凪は懸命にイメージを維持しつつ、犬井が指示する芝居を表現する。

テイク数はどんどん伸びて行く。

 

環は「捨てる部分」に目星を付け、箇条書きでメモを取った。

テイク数が進むにつれてメモの箇条書きは増えていく。増えていく部分が妥協した部分なんだろうなあ、と環は思う。

16テイク目、環はメモの整理を始める。目星を付けたが間違いだったと判断した部分を、あらかじめ二重横線で消す。

 

21テイク目でOKとなった。

夜凪はそのまま場に残り、真美がセット内に入る。

既に別撮りした場面を、二人が同時に映るようにいくつかの角度から撮影。

この撮影はすぐOKとなり、シーン12は終了した。

 

 

 

とてとて、と小走りで向かってきた夜凪に、メモ帳とペンを手渡す環。

受け取った夜凪は、環の意図を瞬時に汲み取ったらしく、目を見開いてメモを睨み、シャッシャッ、カッカッカッ、とペンを動かした。

無言で、今にも泣きそうな顔で、メモ帳とペンを差し出す夜凪。

その表情を見て、ありがとう、という声が聞こえてきそうだ、と思いながら環はメモ帳とペンを受け取った。

夜凪は忙しく現場へと戻っていく。

 

環は返されたメモ帳を開いて眺めた。

夜凪によって削られた部分が2箇所、新たに書き加えられた文章が1つ。

(おお、正解率高いな、私…)

気楽なことを考えた環だが、それどころじゃない、と思い直した。

どう考えても夜凪の負担が大きい。

 

何とかしなくちゃならない。

いちばん効果があるのは「3人で作る真波」を諦めてもらうことだが、それは最終手段だ。

景ちゃんが最優先していることだし、何より自分自身が簡単には諦めたくない。

自分が担当する真波には、何重にも縛りがある。

それでも捻じ込みたい。たとえオリジナルの芝居を多少無視することになっても、さつきと景ちゃんの真波の延長上にある20歳から29歳のイメージを使いたい。

 

それは絶対に、実際の真波より生き生きしたかっこいい女性になる。

 

私は、女優としての真波より女性としての真波のほうに興味がある。

時代を背負わされた女優の生き様なんて、正直どうでもいい。

 

早いほうがいい。

今夜あたり、スタジオ大黒天に集合するか…。

 

ここで環は、はっ、と思い当たり、黒山のスマホに電話をかける。

悪い予感は的中。電話は繋がらない。

つづいて雪のスマホにかける。

 

「あ、雪ちゃん、墨字くんは?」

(あ、環さん、お疲れ様です。墨字さん、いますよ)

「そのまま代わって」

 

               第25話「メモ帳」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene148」となります。

戦前の俳優は、映画会社に入社する形でした。
では、社会人の年齢に満たない役者はどういう状況だったのでしょうか。
歌舞伎等の劇団子役から使えそうな人材を見つけ、映画に出てもらうのが一般的だったようです。
劇団に戻らず、そのまま俳優を続ける人は、18歳くらいになるとその映画会社に入社します。
戦後は各映画会社系列の撮影所が活発な存在となり、撮影所に入社して俳優になる人も多かったようです。

真波のように撮影所に出入りしているうちに認められるケースもありました。
実際、そういうパターンで大女優になった人もいます。
今のように芸能プロダクションといった合理的なシステムがなく、偶然や人との出会い等の運要素が色濃かったわけです。

さて、今回は環の活躍が目立ちました。
夜凪もかなり頑張っています。
しかし、自分が思う真波のイメージではOKテイクになってくれないわけです。


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第26話 「立場」

黒山はここ一週間、尾道に行こうとすると皆から止められることを苦々しく思っていた。

なんだか、「後回しにしろ」「東京でも考え事は出来る」「散策して、浸りたいだけだろ」等と好きなように言われる。

なので、せめて携帯の電源を切ることで、考え事に集中出来る環境を作っている。

そんな感じで、旅に出るのを諦め、スタジオ大黒天に留まっている。

 

環から「会議を開くから迎えにきて」との電話を受け、撮影現場へ車を走らせた。

二人を拾うと、夜凪は車に乗り込んで早々に眠ってしまった。環が「女優にしか分からない感覚ってのもあるんだよ」と言った。

これは、電話で「何故スマホの電源を切ってるの?」と問われた際、「演出家にしか分からない繊細な感覚ってのがある」と答えたことへのお返しのような物だ。

 

「まあ、あるだろうな」

「うん…」

 

寝ている夜凪を起こさないよう会話はそれで終了。車内は静かになった。

たしかに東京にいたほうがいいかもしれない、と黒山は思った。

民放の連続ドラマと違い、予算も時間も人材も豊富な大河ドラマの現場ではトラブルが少ない。

そう思って、油断していた。

 

 

 

スタジオ大黒天。

部屋の隅に布団を敷いて、眠りっぱなしの夜凪を寝かせた。

寝ている夜凪を見つめながら環は、

「景ちゃん、ほんとは別件で墨字くんに相談したかったんだよ」

と呟いた。

 

「なんで俺に?」

「なんでもなにも、頼りにしてるからでしょ。その件では私も墨字くんに力になってほしいと思ってる」

 

「その件てことは、今回のとは別にってことか…」

「そう…」

 

「基本、俺は放任主義だったからな。わざわざ相談ってことは芝居じゃなくて制作関連か」

「うん。素人が集まってあれこれ話し合っても心許ない。1人はそっち側のプロがいてほしい」

 

その言葉は、さくっ、と雪の心に刺さった。もちろん、雪は顔に出ないよう堪えた。

 

今回の話は「それとは別で、もっと緊急」と言いつつ何かを思いついたらしく、環は「コンビニへ行く」と出ていった。

しばらくすると環から雪のスマホに連絡があり、雪は財布を持って最寄りのコンビニへと向かった。

環はメモ帳の拡大コピーを取ろうとしていた。

小銭(というか現金)の持ち合わせがなく、雪が呼び出されたわけだ。

 

「コピー機なら事務所にあるのに」

「音でかいじゃん。景ちゃんが目を覚ます」

 

さて、環、黒山、雪(と、ルイとレイ)がフローリングの中央に集まり、話し合いが出来る形になった。

環がバッグの中に手を入れたので、(先のコピーが出てくる)と雪は思ったが、取り出されたのは緑色の小さいボトルだった。

 

「これ、もう中身がほとんど残ってない。景ちゃんが自分のを全部食べちゃったので私のを分けた。私もけっこう食べたので、ほとんど無くなった」

 

ラムネ菓子のボトルをバッグに戻し、いよいよコピー用紙の束が出てきた。

 

「このメモを渡す前に言っておく。あんたら二人は敵だ。これが何なのかを言う時は、よーく考えてから慎重に言うこと」

 

言われた言葉にピンと来た雪は、少し嬉しいと感じながら「わ、私も敵でいいんですか?」と環に訊いた。

 

「…え? 雪ちゃん、映画を撮る側の人だよね?」

「そうです。…実は、そうなんです(自主制作しか撮ったことないけど)」

 

床に置かれた紙の束を手にした雪は、それがちゃんと2部用意されていることに感動した。

トランプの札を分けるようにして、雪は2つの山に交互にコピー用紙を重ね、その1つを黒山に渡した。

 

「私、必ず正解してみせます!」

 

力強く、雪は宣言した。

 

 

 

さっぱりわからない…。

たんに演技をする上で重要なポイントがメモされているだけに見えるが、そんな安直な答えじゃないんだろうなあ、と雪は思う。

環さんの文字もあるし、けいちゃんの文字もある。箇条書きのいくつかに施された二重の横線も、環さんのとけいちゃんのと両方ある。

何より、この量の多さ。

 

「これは犬井さんが出した指示だろ。そのメモだ」

「よーく考えてって言ったのに、墨字くんはそんな答えなんだ…」

 

緊急ならばこんなクイズのような方法は非効率だろう、と黒山は言ったが、それは環の機嫌を損ねる発言だった。

黒山と環のやりとりに口を挟まず、雪はコピー用紙を睨んだ。

 

そうか、犬井さんてこういう指示の出し方をする監督なんだ。墨字さんにはそれがすぐ分かったのに自分には無理だった。

とはいえ、あんな回答では駄目らしい。しかも、なんか揉めてる。

 

「犬井さんてどんな人ですか?」

「名前の通り、権力の犬だ」

 

紙面に目を戻し、(墨字さんに訊いた私が馬鹿だった)と雪は思った。

改めて、メモの情報を分析してみる。

 

しかし、なんてヘタクソな指示だ。これじゃあけいちゃんが可哀想だ。あ、これ、けいちゃんが疲れていることに関係あるかも…。

急いで書いた文字と、それなりに丁寧な文字がある。これは…理由が分からない。

所作に関するメモが多い。ゆっくり、素早く、タイミング、といった詳細な言及が目立つ。

 

隣を見ると黒山もコピー用紙と睨めっこしていた。ちゃんと真剣な表情で。

前を見て、(あっ)と雪は思った。

環が眠っていた。クッションを枕のように抱えて、床に横たわっていた。

雪はタオルケットを持ってきて、環の身体に広げて乗せた。

 

雪と黒山とルイとレイは、PC室に移動した。

 

「しかし、難しいな、これ」

「でも私は正解したいです。すごく意味のあることのような気がします」

 

「犬井さんの指示っぽくない文章も混じってる。これが何なのかわからん」

「…そうですね(そうなのか…)」

 

「そろそろ夕飯か。(ルイとレイに向かって)おまえら、親子丼でいいか?」

「私も親子丼でいいです」

 

 

 

6人前の親子丼の出前が届き、その後、夜凪と環は本格的に眠る形になった。

二人ともけっこうな勢いで親子丼を食べ終えた。

夜凪は、起こしていた半身をすぐに布団の中へと滑り込ませた。

環は、タオルケットを身体に巻き付けてクッションに頭を乗せた。

ルイとレイが食べ切れなかった分を黒山が食べ終えた頃、ルイとレイもうとうとし始めていた。

結局、布団を3組敷いて、奥から、夜凪、ルイとレイ、環、と並んで就寝モードに入った。

 

PC室で、雪と黒山はメモの難問と向き合っていた。

二重横線も夜凪の文字もなく、環の文字だけがB6の見開きいっぱいに記されている1枚がある。

これが特異といえば特異だ。だが、そこから何もヒントを得ることが出来ない。

 

「これ、あいつらが役者だから分かることで、俺たちが演出家だから分からないって話だよな?」

「そうだと思います」

 

「あいつらが特別で、役者なら誰でも分かるわけじゃないってオチはないか?」

「……?」

 

「あいつらにしか分からないような話なら、この時間はけっこう不毛ってことだよ」

「…ああ、たしかに。ただ、私たちをもっと見て、という話なら、薄っぺらいかもです…」

 

黒山はスマホを操作し、

「誰でもいいから適当に役者を1人貸してほしい。今すぐここに来れる奴。手伝ってもらいたい作業がある。……ああ。……たぶん」

そんな電話を掛けた。

 

「いや、誰でもって、ある程度の実力は必要かもしれないじゃないですか」

「大丈夫だろ。スターズの役者なら実力も及第点なはずだ」

 

(…え、今、電話した相手スターズ? 星アリサ? こんな個人的な用件で?)

 

でも、それで検証出来るならありがたいことではある。

現時点で、自分も黒山も具体的な状況がまるで見えない。

役者が待機してOKが出るまでのすべての出来事、それが連続して行われる間に発生する様々な可能性、そういった撮影の一連の流れに可能な限り考えを巡らせても、あのメモが生まれる光景がどうしても思い浮かばない。

 

 

 

都内の道路を移動中の車内後部座席、アリサは通話を終えたばかりの端末を、無表情でしばらく見つめていた。

 

「黒山が何か手伝って欲しいそうだから寄り道するわ。すぐ終わる用事らしい。近くで車を止めて待ってるから手伝ってあげて。用事が片付いたら連絡ちょうだい」

「はい」

 

後部座席、隣に座る百城千世子はそう答えた。

 

               第26話「立場」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene149」となります。

立場の違いから生じる考え方の差異、私個人としては、これは現実でもかなり厄介な問題だと思っています。
なので、まるまる1話使いました。

黒山は、自身の宿題のために尾道に行きたがります。
これは、周囲からの共感を得られない問題です。
でも黒山にとっては凄く重要なことで、絶対に代えの利かない無二の方法なわけです。

そんな黒山も、役者の立場の繊細な部分は分かりません。
仮に、環がすぐに「これこれこういう事情で景ちゃんの負担が大きい」と説明したとします。
おそらく黒山は、「そんなの、例えば粘るのは10テイク目までって決めときゃいいだけじゃねーか」という身も蓋もない答えを提示するでしょう。
その答えは合理的だし、そういう考え方をもって「演出家は役者のことも分かっている」と言い張ることは可能だと思います。
ところが、役者側からすると、そういうことじゃないんだ、となります。
うまく言葉では言えないが譲りたくない、そんな「感覚の話」なわけです。


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第27話 「不都合」

スタジオ大黒天の玄関口。

 

「百城、おまえが来たのか」

「はい」

 

「こんな個人的な作業でもったいない!」

「いえ、お気になさらず」

 

言葉ではそう言いつつ、内心では黒山も雪も微妙に困っていた。

百城千世子では有効な検証結果が得られないかもしれない…。

役者としての能力が高過ぎて、一般性を調べるサンプルには向いていない。

なんというか、もっと普通の役者が良かった…。

 

雪は口の前に人差し指を立て、小声で、

「寝てる人がいるから」

と言ってから千世子を中へと案内した。

 

 

 

黒山と雪の後ろに続いて歩く千世子は、笑顔のままいろいろな考えを頭の中で追っていた。

(私、この二人にあまり歓迎されてなかった。なんか事情有り、かな…)

眼球を左に、ぐりっ、と動かす。

(夜凪さんと環蓮。どっちも熟睡してる…。間の二人は夜凪さんの妹弟…)

前を歩く二人の背中を見つめる。

 

PC室で、黒山から作業についての説明を受ける。

黒山と環の間で「演出家にしか分からない感覚がある」「女優にしか分からない感覚がある」というやりとりがあったこと。

環が「演出家は敵」と言ったこと。

環が「このメモが何なのか分かるか?」と言ったメモについて、黒山と雪の二人が現時点でほぼ何も分からないこと。

黒山は、当初これを「役者には分かるが、演出家には分からない感覚」の問題と捉えたが、まずは「役者なら誰にでも分かる感覚なのか? 環と夜凪だから分かる感覚なのか?」を見極めることが先決と考え直し、それを検証することがこの作業の主眼であること。

 

そこまで聞いて、千世子はコピー用紙の束を手に取った。

千世子がメモを見始めたので、まだ言葉を続けようとしていた黒山は口をつぐんだ。

(ふーん、このメモは演技の指示か…)

微笑んだ顔のまま紙面に目を通す千世子。

眼球を少し上に向けた。オフィスチェアーを並べて座っている黒山と雪が自分を観察していた。

すぐに紙面に目を戻す。

(わざわざ戻って二重横線を引いてる箇所がある。面白いなあ)

(あはっ、夜凪さんも疲れてるけど環蓮も疲れてる…。最後の方は横線も書き込みも増えて、二人とも必死だ…)

(…なんで順番がばらばらになってるの? 戻しておこう)

環の文字のみの1枚をいちばん上にして、続く部分も何枚か順序を入れ替え、束を時系列順に整える。

改めて1枚目を、じーっ、と見る。

このメモが箇条書きの数も文字数もいちばん多い。

(私、黒山さんのこと買い被ってたのかな? 一時的なものだといいなあ)

 

「来たのが私で良かったね」

 

そう言って、千世子はコピー用紙の束を机上に置いた。

(そもそも解釈の前提がズレてるよ、黒山さん。これは役者の仕事に就いてる者なら誰でも分かるって話じゃない)

姿勢を正して、千世子は黒山と雪に微笑み顔を向けた。

 

 

 

いや、違う、と黒山は思う。

来たのが百城じゃあ多分駄目なんだ。今の感じだと、簡単に正解に辿り着いたってことだろ?

それは、おまえが百城千世子だからだ。

 

「もう分かったの?」

「はい」

 

「答えは言わないでくれ。俺たちは自力で見つけたいんだ」

「そうですか」

 

わざわざ来てもらったりして悪いことしたな、と少し反省する。

あまり参考にならなかった、とはさすがに言えない。

 

でも、まったく参考にならなかったわけじゃない。

出来事の詳しい流れを知らない百城に分かるってことは、少なくとも役者に分がある話ってことは確定と考えていい。

 

ただ、演出家と役者では役割が違う。そこはちゃんと切り離して考えるべきだ。

歩み寄って役者を甘やかすことが有益とは限らない。

 

「1つ言っておくと…、この検証、意味ないよ」

 

百城のその言葉を聞いて、厳しいなあ、と黒山は思う。

同時に、それはあくまでも役者側からの意見に過ぎない、と思う。

そんなことを思いながら何気なく眺めていた百城の顔の雰囲気が変わった、と感じた次の瞬間、強烈な威圧感に満ちた表情がそこにあった。

 

「これが何なのか分からない役者は、そもそも役者じゃない…」

 

気圧され、委縮している自分に気づく。

やはり百城千世子は凄い。

凄いからこそ、皮肉にも今回の手伝いに不向きな役者だ。

用事が済んだことを電話で伝えている百城。

その姿を見て、検証無しでメモに取り組むほうが結局は早いか、とそんなことを考えた。

 

しばらくすると、迎えの者が鳴らした百城のスマホがブーンと震えた。

玄関口で「ありがとう」と告げると、百城はにこやかに「どういたしまして」と返してきた。

ドアを開けながら百城は「あ、そうそう、黒山さん」と言った。

半分身体をドアから出してから振り返った百城は、

 

「私、今の黒山さんの映画には出たくないなあ」

 

と告げ、その綺麗な横顔をドアの向こうに消した。

瞬時に反応した黒山は、閉じられたドアを急いで開けようとし、思いとどまった。

(騒ぐと、あいつらが目を覚ましちまう)

 

百城は俺の映画に必要なピースだ。

そのために不都合なもんは俺が全部払い除けると誓ったんだ。

羅刹女の時は、出演の準備が出来ている雰囲気だった(言ったのは王賀美だったが)。

百城は、今の俺の映画には、と言った。まさに今、俺は映画のために動いてる。

排除すべきは、今の俺の中にある何かだ。

 

PC室に戻り、コピー用紙の束を手に取る。

排除すべきは、「俺自身」という可能性もある。

短時間であいつらは大きく成長し、その間俺は足踏みしてたってことかもしれない。

メモの内容に考えを巡らせる。だが、そんなことは散々やった。

 

…全然、わからねえ。

 

 

 

(相当、まいってるなあ)

師匠のしおれている様子を見た雪は、

「別の件のほうを考えてみませんか?」

と言ってみた。

 

そっちの件は制作関連ということだった。

こんなに覇気のない状態では、演出家の得意分野で貢献するくらいしかない…。

不肖の弟子はそう考えた。

 

               第27話「不都合」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene150」となります。

必要と考えていたピースの1つに拒否された黒山はかなりダメージを受けています。
ここから黒山の本格的な「挫折」の始まりです。
千世子の登場は、黒山の挫折のところから、と私はずいぶん早い段階で決めていたので、ようやくという感じです。

そして、やっぱり千世子はいいですね。
書いていても楽しいし、イメージをすごく明確に出しながら動いてくれるので助かります。


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第28話 「ヒゲッ!」

制作関連か…。

それならたしかに楽に相談に乗れそうだ、と黒山は思う。

大量のダンボール箱で送られてきた「キネマのうた」の資料。

そのすべてに黒山は目を通している。

 

「相談内容を聞かされてない。結局二人が起きるのを待たなきゃならない」

「…あの、たぶん、私わかります」

 

「……。なんだ?」

「私自身が資料を見た時に、強烈に感じたことなんですけどね」

 

「うん。いいから言ってみろ」

「はい。キネマのうたってつまらないんですよ」

 

「柊、おまえ、…凄いこと言うね」

「墨字さん、このドラマ、面白いと思いますか?」

 

これは、面白いかどうかが問われるドラマじゃない。

今のテレビ業界に一石を投じることが狙いだ。

企画を立ち上げた中嶋さんは、かなり苦労したはずだ。

編成会議で「このままでは日本のテレビ業界は駄目になる!」くらいの力説はしたに違いない。

 

だが、あらたまって面白いかと訊かれると、たしかに引っ掛かる。

面白くない、と答えるしかないからだ。

 

「…面白くない。…と思う」

「面白くない作品に出演する役者は、どんな気持ちだと思いますか?」

 

どんな気持ちも何も、映画にせよドラマにせよ世の中には面白い作品のほうが希少で、面白くない物のほうが多いんだから、それは全役者の気持ちだろ。つまり、人それぞれ、という下らない回答になる。

そんなことにいちいちやる気を左右されるようではプロの役者と呼べない。

作品の価値なんて、面白さだけで決まるものではないし、役者だって他にやり甲斐を見出す箇所はいくらでもあるだろう。

 

「せめて良い芝居をしようって気持ちだと思うよ(一般的に)」

「良い芝居って。薬師寺真波は、見る者を楽しませなくてなにが役者か、という考えの持ち主だったんでしょ。けいちゃんも環さんも、良い芝居が出来ないじゃないですか」

 

「ほお…」

「な、なんですか?」

 

良い着眼点だな。「キネマのうた」は薬師寺真波の演じ方の見本市だ。それはそれで作品として意義があるわけだが、よりによって真波本人が「演技においていちばん大事なこと」と目していたことが無視されるのは問題だ。

見本市なのに肝心の目玉がないことになる。

 

「ちょっと考えてみるか。どうすれば面白くなるか」

「…はい」

 

 

 

雪は、自分の考えを追う。

たとえば自分にとっては「(500)日のサマー」は面白い映画だが、それは娯楽映画の面白さとは別物で、リアルに人間を描いた面白さだ。

自分の好物はそういう「面白さ」だ。

薬師寺真波の生涯でいえば、母子の戦いのあたりならそういう面白さを期待できる。

 

「キネマのうた」は娘を産む前の真波の物語だ。母子の戦いは描かれない。

第二黄金時代は、言い方を変えれば映画ブームだ。ブームが過ぎた途端、諸々の数字は急角度で落ちていった。「キネマのうた」で語られるのは、一時的なお祭り騒ぎの中で大活躍した女優の姿がメインだ。

せめて、戦後のボロボロの社会から映画ブームに火が点くまでに成した事があるなら注目に値するが、その頃の真波は特に何もしていない。

 

(面白いわけねーだろっ!)

 

メインに据えるべきはブームが去った後だ。

凋落の勢いが止まらない中、女優としてのプライドの高さ故に実の娘と本気の戦いをする。「キネマのうた」という題名も、ぐぐっと趣を増すだろう。

直前に語られた第二黄金時代が「まるで夢を見ているような日々だった」という雰囲気になり、対比が映える。

ストーリーの起伏も豊かになり、全体のバランスを良くする方向に作用する。

 

(真美を出せ! 真美を!)

 

使うなら、子役時代、12歳、15歳以降。

子役時代は、皐月ちゃんで問題ない(カツラを変えればいいだけだ)。

15歳以降は、もちろんうちのウエポン夜凪景(出番も増えて一石二鳥)。

環さんには、真波の20歳から40代半ばまでを演じてもらう(うん、何の問題もない)。

 

…そもそも、薬師寺真波が限界からさらに伸びを見せるという規格外の大女優になったのは、母子の戦いがあったからだ。

 

真美12歳役はどうしよう…。

ここが真美の存在として、もっとも意味の深い時期だ。

これは難問だ。墨字さんに訊いてみよう。

 

 

 

黒山はPC室でパソコンをいじっていた。

「キネマのうた」を面白くする考えは、「大掛かりな変更をしない限り無理。つまり、無理」という答えに辿り着いてしまったので、別の気掛かりなことを調べていた。

 

夜凪の嘔吐についてだった。

何故こんな深刻な問題を放置していたのか。とりあえず夜凪の吐き気が消えたと知り、結果オーライで流してしまった。

過去の知人2名の事例もあった。知人のことはヒトゴトで流した。ただ、それが夜凪の話なら、どう考えても流していいはずがない。

 

以前の自分は違った。放任主義を貫きつつも、大事な部分では丁寧に導いてきた。

巌さんの病気のことで「私どうしよう」と泣きついてきた時も、放任主義のポーズとして「知らん」と突き放したが、結局はその場でちゃんとアドバイスした。

 

いつからだ? いつから自分は変になった?

自分の映画の話を具体的に動かし始めてからだ。判り易過ぎるくらいに明白な転換期だ。

 

環から夜凪の症状を聞いた時、すぐに代役のことを考えた。以前の自分は、あんな諦めのいい男じゃなかった。明らかに判断力が鈍ってた。

自力でなんとかしてしまった夜凪を見て、「放っておいてもこいつなら勝手に何とかしてくれる」という自分に甘い判断をした。

適切な距離を確保した上で歩み寄っていたつもりが、歩み寄りがまったく足りていなかった。

そりゃあ百城にフラれるわけだ。今の自分は全然駄目だ。

 

パソコンを操作するも目当ての情報は見つからない。

いろいろな単語を組み合わせて何度も検索を試みる。だが、それらしいものがヒットしない。

やがて、ようやく1つの記事を見つけた。

 

…立体音感。

 

なんだ、これは? 立体音響なら耳慣れた単語だが「立体音感」は初めて見る。

さらに調べる。

学術論文の数が少ない。少ない理由があるのかもしれない。とにかく読むしかない。

難しい内容ではなかった。興味深い記述が多く見られた。

これか…。

 

 

…これが、薬師寺真美の例の不可解な能力の正体か。

 

 

しかし、なんて化物じみた能力だ。こんな能力の持ち主は、超人と呼んでいいだろう…。

しかも、訓練により鍛えて得た能力ではなく、真美の物は生まれつきだ。

 

さらに論文を読み進める。

実際にあった出来事と照合して考えてみる。

すべて辻褄が合う…。

 

 

 

雪は、黒山の背後から黒山が見ているディスプレイを覗き込んだ。

表示されているのは医療に関する物のようだ。何かの記事か、論文か。

とりあえず、「キネマのうた」を面白くするための話とは無関係な作業のような気がした。

小さく、

「あの…」

と声を掛けてみる。

返事はない。すごく集中してパソコンと向かい合ってる。

 

雪は無言で、黒山の肩を、ちょいちょい、とつついてみた。

首だけで振り返った黒山は「すまん。後にしてくれ」と言って、すぐにディスプレイへと顔を戻した。

雪は、踵を返し、静かにその場を離れた。

 

事務所のある建物の外に出て、夜の歩道をしばらく歩く。

スタジオ大黒天からやや離れた場所に、ちょうどよく立っている街路樹たち。

どの樹でもいい。適当に蹴り易そうな樹を選ぶ。

 

「ヒゲッ! ヒゲッ!」

 

ドン、バサバサッ、ドン、バサバサッ、というリズムだった。

蹴った足は痛くないし、樹も丈夫だ。

(初めて蹴ったが、なかなかに蹴り心地がいい)

これからは、何か気分をスッキリさせたい時にお世話になろう。

 

12歳の真美は、「見様見真似の所作なのに、その演技が一流の域に届いている」という難しい芝居をこなさなければならない。

見た目的に皐月ちゃんもけいちゃんも年齢が合わない。

ちゃんと12歳に見えて、それでいて難しい芝居が出来る役者…。

さらに、皐月ちゃんとけいちゃんの間に収めても違和感が出ない顔立ちの役者…。

 

「ええい、誰も思い当たらん!」

 

雪は、ふたたび1発蹴りを出した。バサッ、と樹が揺れた。

これは、オーディションをするしかない…。

 

どうすれば面白くなるかを懸命に追及するあまり、大きな変更は難しい、という現実が思考からすっぽり抜けている雪だった。

 

               第28話「ヒゲッ!」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene151」となります。

自身初となる大作映画に取り組み始めたことで、平常を保てていなかった黒山。
初なのにいきなり全てを順調に動かせるほうが不自然なわけで、いろいろ失敗するのが黒山の人間らしさです。
もとより才能は有るんです。ちゃんとパワーアップして復活することでしょう。

私は、雪をそれなりに才能のある人物として書いているつもりです。
活躍の場も一応考えています。
怒りで街路樹を蹴っている雪ですが(←無論やってはいけないことですね)、現状では「キネマのうた」の問題点について黒山より正しく判断出来ている気がします。


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第29話 「発言力」

立体音感は誰もが持っている能力だ。

人によってその程度が異なり、高いレベルでその感覚を持っている人は100人に1人くらい。高いレベルの持ち主に該当するのはほぼ男性で、女性の例は珍しい。

 

なお、生まれつき高い立体音感を持つ人でも、生涯その自覚がないまま過ごす場合が多い。

 

(学術論文が少ないわけだ。メリットもデメリットもほぼ無いし、日常生活でこんな感覚を意識する場面に出くわす機会はまず無い)

 

この感覚がメリットとなる人種、つまり高レベルの立体音感が必須となる仕事は1つしかない。

 

…オーケストラの指揮者。

 

学術論文ではなく、指揮者に関する記事を追うと、詳しい記述がぞろぞろ出てくる。

ただし、「立体音感」という用語は出てこない。「立体的に~」という表現は多々あるが、記事の中では指揮者に必要な感覚という扱いだ。

 

例の吐き気は、無意識のうちに脳が自身の三半規管を疑ってしまうことで発生する。

解決の方法は簡単。

自分がそういう感覚の持ち主であることを知るだけでいい。

たったそれだけで、脳は「自身が捉えている空間と、他者が作った異なる形状の空間が混在している」と認識するようになり、自身の三半規管を疑うことをやめる。

 

具体的な解決法が存在することに黒山は安堵する。

煙草に火を点け、深く吸い込んでから(ふぅーっ)と長く息を吐く。

 

「ふぅーっ、じゃねーよっ!」

 

背後から、雪の怒気を孕んだ声が飛んできた。

くるりとオフィスチェアーを回し、声の方を向くと、いらいらした表情の雪が立っていた。

 

「面白くする話はどうなったんですかっ!」

「…ああ。なんか、思いついたか?」

 

 

 

雪は自分が考えたことを黒山に聞かせた。

そして、12歳の真美役が難しいことを強調した。

 

「……。それだと大掛かりな改変になる。無理だろ」

「え、いや、わかってますよ(←夢中になって忘れていた)。でも、これは無理とか制約したら、良いアイデアが出づらいじゃないですか!」

 

「んー、12歳の真美役ねえ…」

「やっぱり、オーディションでしょうか?」

 

「オーディション、…になるだろうな、やっぱり」

「厳しいオーディションになりますよ、これは」

 

ここで、環と夜凪がPC室に入ってきた。二人ともまだ眠たそうな表情で、それぞれオフィスチェアーに座った。

環は逆向きに座り、組んだ両腕を椅子の背もたれに置く形で顎を腕に乗せ、半開きの目を、とろん、とさせていた。

ほぼ同じように座った夜凪は、その状態で床を蹴って、椅子をくるくるさせた。

回転するオフィスチェアーの上の夜凪は、一回転ごとにその何も見ていないような寝惚けた目をこちらに向けた。

 

「柊、おまえが騒ぐから起きちまったじゃねーか」

「…うっ、すみません」

 

雪は、起きてしまったのなら話をするしかない、と前向きに考える。

そして、自分なりの「キネマのうた」を面白くする方法について、二人に語り聞かせた。

 

話を聞いた環は、

「…いいねえ。29歳までじゃ物足りないと思ってた」

と、ぼんやりした声で答えた。

 

もうすぐ回転力を失いそうな椅子の上の夜凪は、

「…雪ちゃん、ありがとう」

と、話がまったく頭に入らなかったことを隠しもせず平坦な声でそう言った。

 

 

 

4人で大部屋へと移動する。

環と夜凪も頭をしっかりと覚醒させ、ちゃんと目を覚ます。部屋の中央に集まり、話し合いが出来る状態が出来上がる。

ルイとレイは布団ごとキッチンへと運び、そのまま眠っていてもらう。

 

黒山はコピー用紙の束を手に、しばらく考える。

不思議なことに、メモの内容が今までとは違って見える。

このメモを作った環と夜凪の思いが伝わってくる気がする。

 

「夜凪は犬井さんの指示に抵抗したってことだよな」

「うん…」

 

「環は夜凪の負担を心配して、前もってメモを取るようにした。自分が書いた文を自分で消してるってことはテイク数も多かったってことだ」

「そうそう、わかってるじゃん」

 

そういうことを理解した上でメモを見返すと、後半の内容がボロボロになってしまっているのが分かる。

よほど疲れたんだろうな。

鎌倉で3人で真波を作ると言って、同居生活をしていた。そして、作り上げた真波と犬井さんが指示する真波が別物だったってことだ。

だが、ここまでだ。3人がどういう真波を作り上げたかは分からない。

相当良い物を作り上げたんだろう。だからこそ疲れ果ててもなお守ろうとした。

 

「俺の答えじゃ正解とは言えないな。3人がどういう真波を作り上げたかまでは俺には分からない…」

 

環と夜凪は顔を見合わせ、こそこそと互いの耳元で何度か会話を交わした。

 

「違うよ、墨字くん。どんな真波を作ったかは、3人以外に分からなくて当然だよ。重要なのは、それを必死こいて守ろうとする私らの思いの強さだ」

 

その思いの強さは良い物が作れたからじゃないのか、と訊くと怒られそうだ。

良い悪いといった単純な話ではなく、もっと繊細で感覚的な問題なんだろうな、と黒山は思う。

…どのみち、自分は不正解だったわけだ。

 

黒山は、

「そういう役者の思いが理解出来なくてすまなかった。今後はもっと意識しようと思う」

と申し訳なさそうな声音で告げた。

 

ただ、本来自分はそういう部分に配慮出来る人間だった。

今はやはり調子が狂っている、と黒山は思う。

 

そして、また環と夜凪が耳打ちで会話をしていた。

 

先から何をこそこそしているんだろう?

 

「私は、幼さが残ってて可愛くて茶目っ気のある真波がやりたい!」

「私はその延長上にある大人になってからのかっこいい真波を演じたい」

 

「……。それは俺じゃなくて、犬井さんに言うことだろ」

 

「だから、今日何度試しても折れてくれないのよ、あの監督」

「飲み友だちだから仲いいんだけど、犬井さんは頑固な人だよ」

 

監督と役者が衝突した時、監督が折れるべきだとでも考えているのだろうか。

目指す方向が同じで衝突しないのが理想ではある。

しかし…、うーん…。

でも、まあ、今回のターゲットは自分ではなく犬井さんなわけで、相談に乗るのは構わないか。

 

「ちなみに、おまえらが作り上げた薬師寺真波は実際の薬師寺真波とはずいぶん違う人物に思えるんだが、そこはいいのか?」

 

夜凪は、こくり、と頷き、環は「問題ない」と答えた。

 

 

「…あの、お二人の真波は、脚本改変後でも崩れない…感じの真波ですか?」

 

 

大きい声じゃないのにズシリと迫力のある、そんな重みを感じさせる声が、雪の口から吐き出された。

独特の声音に、場は一瞬固まった。

 

夜凪が、「うん、崩れない」と元気良く答え、環が「なんで景ちゃんが答えるの? 私の担当の箇所だよ」と困った風に言った。

 

夜凪が、

「真美さんでも無理なのかしら? 脚本の改変…」

と呟いた。

環が「大河だよ? いくら真美さんでも…」と言いかけた時、黒山が「いや」と声を上げた。

 

皆が注視する中、黒山は、

「薬師寺真美にはその力がある。ただ首を縦に振らないだろう、と俺は思う。実際、真美の発言力なら脚本の改変も可能だろう」

そんなことを言った。

 

「ただし、発言力が大きい存在、というのは本当に怖いんだよ。この業界では…」

 

               第29話「発言力」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene152」となります。

オーケストラの指揮者ってのは本当に人間離れしています。
まず指揮者に求められるのは楽曲にたいする深い知識と理解、及び楽譜の正確な暗記。
多くの場合、指揮者の仕事は、本番でアクシデントでもない限りリハーサルの段階でほぼ完了します。
国際的に活躍する指揮者は、その楽曲を「どういう形に仕上げたか?」という部分で評価されます。
指揮者は、頭の中に「こういう形に仕上げたい」という仮想の「演奏空間」を作るそうです。
そしてリハーサルで実際に作られる演奏空間の形が、頭の中にある形に近づくよう多くの指示を出します。

その時に必要になるのが、極めて高いレベルの立体音感です。

形が一致したら仕事はほぼ終わりです。本番で「なんか今日は体調が悪い。適当に振る真似するからリハ通りに演奏して」と発言した指揮者もいたそうです。

私はアクタージュ原作「scene4.町人A」で、高田が振った模擬刀を夜凪がよけた場面で「夜凪って立体音感でも持ってるのかな?」と思いました(私の勝手な妄想です)。
その時たまたま並行して読んでいた古い漫画に「武術の達人は背後からの不意討ちに対応するため、音を立体的に捉える鍛錬をしている」という話が出てきたので、そんなことを思ったわけです。

その後、原作の話が進んでいくと、千世子の俯瞰を真似る、想像や空想の世界を把握する、等々ことごとく辻褄があってしまうんです(あくまで私の妄想です)。
あろうことか、夜凪の最大の特徴であるメソッド演技が得意な理由にまで説明がついてしまうんです(くどいようですが私の勝手な妄想設定ですよ)。

今回の「発言力」ってやつ、なんだか芸能界の腐った部分に話が及びそうな気配です。
嫌ですねえ。大嫌いです。
逆にうまく利用してスッキリしたいくらいですねえ。


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第30話 「凄腕」

夜の歩道を(へへっ)と笑みを浮かべながら歩く雪の姿があった。

 

「へっ、へへ…。また、会ったねえ…」

 

目の前には、丈夫さが取り柄の街路樹が立っていた。

 

「君には名前をつけてあげよう。すみじゅ。漢字で墨樹だ。気に入ったかい?」

 

ドン、バサッ、という音が薄暗い街に響いた。

あの後の墨字さんの言葉、「大河ドラマの放送開始は1月。半年も先だ。実際それだけの時間があればいろいろ変更出来る」に対して、(そうだ。その通りだ!)と思い、続く言葉に期待した。

そして次の墨字さんの言葉は、「そんなことより、緊急の話だ」、だった。

「そんなこと」呼ばわりは非道い…。

 

話題は、あっさりと「緊急の話」へと移った。

けいちゃんと環さんの行動で負担が掛かっている部位は脳であるらしい。脳は驚くほど大量のエネルギーを食う器官だから、ブドウ糖の量を増やすことで対応出来るらしい。

ラムネ菓子を何本も用意するのもいいが、ドラッグストアで買える袋入りの物のほうが便利らしい。

 

…それで緊急の話は片付いたと思った。

 

ところが、環さんは「出来れば指示の方向性を変えて欲しい。イメージ通りの真波が演じられたらキネマのうたを面白くする自信はある」と言った。

(おや?)と思った。そこは制作関連の話じゃなかったっけ、と思った。

たしかに制作関連の相談はけいちゃんの話で、環さんは「その件」と言っただけで具体的な部分には触れなかった。

 

数メートル先に、これまた丈夫そうな樹が立っていた。

トコトコと歩き、

「君にはたまきという名前をつけてあげよう。漢字で玉樹だ。良い名前だねえ」

と雪は語りかけた。

 

「まぎらわしーわっ!」

 

ドン、バサッ、という音がまた響いた。

 

そして、とどめはけいちゃん…。瞳をキラキラさせて「お話をいじらなくても面白く出来るの?」と問い、環さんは「出来る!」と力強く答えた。

けいちゃん、うっとり…。

 

(おお、おおぉ…)

 

…駄目だ。けいちゃんに蹴りは入れられない。

うちの財産、ゆくゆくは自分の財産、宝物、頑張り屋、可愛い、たまに娘として見てしまうことさえある存在、…蹴りを入れられるはずがない。

(もしかして制作関連の相談は「キネマのうた」を面白くすることじゃないのかな。でも、少なくとも、けいちゃんの相談事はそれで当たってるよね…)

 

可能性があるならば、手を打っておかない選択はない。結局無駄に終わったとしても、出来ることはやっておいたほうがいい。

そう思い、雪はスマホを手に取った。何気なく目に入った現在時刻は、20時31分。

よし、この時間ならまだ起きてる。8歳とはいえ立派に仕事をしてる社会人だ。非常識というほどの時間じゃない。

 

自分は業界ではかなりの下っ端だ。大それた場所への突撃電話が出来る立場じゃない。無鉄砲な行動は許されない。

せいぜいこの程度。このへんが自分の判断のみで動けるぎりぎり。

雪は皐月ちゃんの自宅へと電話を掛ける。

本当は携帯が良いのだが、そういうのはセキュリティ上の問題で清水さん経由になっているのだろう。自宅の番号しか教えてもらえなかった。

 

(はい)

「夜分恐れ入ります。私、スタジオ大黒天の柊雪と申します。皐月さんに代わっていただけますか?」

(…は?)

 

あれ? 皐月ちゃんのお母さんの反応が変だ。普通に、失礼のない話し方をしたのに…。

 

(……。失礼。黒山の事務所の人ね。用件は何かしら?)

 

おや? これ、星アリサだ。何故? ちゃんと確認したし、間違えて掛けたはずはない。

理由は分からないがスターズに、しかも社長室に繋がっている。

ぐっ、無鉄砲な電話になってしまたあーっ!

いや、落ち着け。社会人として粗相のない対応をしなければ…!

 

「皐月さんのスケジュールについて確認したいことがあり、連絡した次第です。今後、いえ、キネマのうたの後半期の皐月さんのスケジュールはどのようになっていますでしょうか?(お、落ち着け私…)」

(……。…あなたは何を言っているの?)

 

「キネマのうたの真美役についてです。皐月さんご本人から連絡先としてこの番号を伺っていましたので。混乱を招いたのなら申し訳ありません(←泣きそうになっています)」

(……。皐月の連絡先はこの番号で合っているわ)

 

「そうでしたか。では真美役について、見当違いの所に電話を差し上げた訳ではないのですね(何も言ってないのと同じだが、言葉が思いつかん。考えろ、私)」

 

(……。誤魔化しきれないわね。誰が漏らしたのやら…。黒山は…、黒山なら知っていたら自分で直接掛けてくるわ。あなたがどこで知ったか分からないけど、黒山にも教えないようお願いしていいかしら)

 

なんの話だ、これは? 自分は何も知らない。

でも察するに「極秘情報」の話だ。その情報が漏れたとなれば当然「犯人捜し」が始まる。

そんな厄介な展開になる…。

 

「私、極秘情報なんて知りませんっ!」

 

しばらくの沈黙の後、

 

(大丈夫よ。教えた人をとっちめるとか、そんな野蛮な話ではないから。ただ、今はまだ広がってほしくないだけ)

 

と告げる電話の声。

駄目だ。極秘情報を握ってる凄腕スパイの嫌疑は晴れてない。まずい。まずい…。

 

「本当です! 本当に私は知らないんです! ただ皐月ちゃんにお話があっただけなんです!」

(……。話がよくわからなくなったわ…)

 

雪は自分が考えた脚本改変案について話を始めた。

粗相のない応答とか、そんなことを気にしている場合じゃない。

正直に、正確に真実を語り、この電話が如何に「些細な用件」なのかを伝えなければならない。

 

意外なことに、(その短縮はどういう意図があるのかしら?)「対比を美しくするためです。輝いていた日々は…」という感じで向こうからの質問も混じった。

今日だけで3度目となる説明なので、雪はすらすらと答えた。

 

(借りるかも知れないわ)

「と申しますと?」

 

(あなたのアイデアを借りるかも知れない、と言ったのよ。真美役については、こちらも苦労していた部分なの)

「はい。私のアイデアなど存分に」

 

通話を終えた後、雪はしばらく、ぼーっ、と突っ立っていた。

なんだかとても重要な話をしたような気がする。だが、内容を咀嚼するほど頭が働いてくれない。思考が追いつかない。

 

とりあえず理解できることは、「キネマのうた」の脚本は真美が登場する話に改変されるということ。

 

地面を蹴って、雪は走り出した。

スタジオ大黒天へ向かう階段を駆け上がる身体が、歓喜と興奮に満ちているのを感じる。

 

 

 

事務所内に入ると、奥から相変わらずな会話が耳に入ってきた。

薬師寺真波がどれほどの技法を使う役者で、どんな信条の持ち主だったか。

墨字さんが、なんだか弁舌を奮っている。

けいちゃんと環さんは、「キネマのうた」の中での真波を語るために負けじと口を挟む。

時代は薬師寺真美だというのに、何をやっているんだ、この人たちは…。

 

「聞けええーっ! おまえらっ!」

 

雪は部屋の中央へとゆっくりと歩む。

大音声を出されたことで、3人は会話を中断している。

 

「皆さんは、時間を有意義に使うことの大切さを忘れている」

「この短時間で、飲んできたのか、おまえ」

 

「飲んでない。酔ってない」

「…そうか」

 

キッチンからごそごそと物音が聞こえた。

ルイとレイが目を覚ましてしまった。そして、キッチンのドアを開けて顔を覗かせた。

妹弟をちらりと見てから夜凪が、

「それで、何を聞くの?」

と雪に訊いた。

 

「それは、言えない(言うのはNGだった…)」

「……?」

 

「雪ちゃん、もったいぶらずに教えてよ。あんな大声、相当な話でしょう?」

「……。」

 

「柊、やっぱり飲んできたんだろ」

「飲んできてません」

 

どうしようかと困っていると、スタジオ大黒天の電話が鳴った。

雪は、ひとまず助かったとばかりに電話を取る。

 

「はい、スタジオ大黒天」

(黒山に代わってもらえる? あとスマホの電源を入れるよう言っておいて)

 

「少々お待ちください(何事もなかったかのように対応する私、…えらい!)」

 

 

 

黒山の電話が終わる。

わけがわからない、といった表情でフロアに戻ってくる黒山。

 

「柊、おまえのクレジットの話だったぞ。アリサは詳しいことは言えない、とか言いやがる」

「へ? 私? なんで?」

 

「おまえ、何したんだ?」

「アリサさんが言えないと言うなら、私も言えません」

 

何故、クレジットの話が出てくるんだろう、と雪は考える。

この5年間(6年間?)、そんなものとは縁のない仕事ばかりしてきた。

先刻の話も、自分の中では繋がらない。

それともこれから繋がるような事態になるのだろうか?

雪は、ようやく先のアリサとのやりとりについてじっくり考え始めた。

 

               第30話「凄腕」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene153」となります。

黒山が、薬師寺真波がどれほどの技法を使う役者で、どんな信条の持ち主だったか、について語っています。
これは重要なことのようで、やはりズレています。
冷静さを取り戻し、有能さを発揮し始めた黒山ですが、今の黒山は「駄目」なんです。
撮りたいものを夢中で追っていた若い頃の黒山は魅力的な映画監督でした。

この世に「撮らなければいけない映画」なんてものは存在しません。

これは、私の個人的な意見に過ぎません。
実際には「撮らなければいけない映画」に分類される映画はたくさんあります。
私が言いたいのは、そういう映画で「名作」というのを見たことがないという意味です。
映画オタクの私は相当数の映画を鑑賞してきました。
そして、「名作」は例外なく「撮りたい映画」に分類されるものでした。

今、スタジオ大黒天で頼りになる戦力は雪です。
……たぶん。
あと、街路樹を蹴ってはいけません。


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第31話 「別格」

「キネマのうた」2話目、撮影2日目。

夜凪は1日目と同じく、OKが出るまで自分なりの真波で粘る。

そして、やはり妥協の産物である箇条書きが環のメモを埋めていく。

けっこうな勢いで袋入りの固形ブドウ糖が消費されていく。

 

「こんなに食べて、太りそうだわ」

「逆だねえ。これ、食べないと変なふうに痩せてみっともなくなる(顔もやつれるよ)」

 

効果は高いらしく、頭はふらふらにならない。

なので、前日のように途中から破綻し始めることもなく、夜凪は「自分の真波」ではない部分をしっかりとチェックし続けられた。

自分1人の別撮りではない撮影では、最初から犬井の指示通りに演じた。「マキコ」役の新名夏、「恵子」役の日尾和葉との絡みもあった。

他の役者を巻き込んでまで、テイク数を増やす芝居に付き合わせるのはさすがに憚られる。

こういう場合は、メモ帳の箇条書きも増えた。余計な「動き」はもちろん、1つ1つの演技の意味や風味まで、ほぼまるごと削除の対象となるからだ。

幸い、「キネマのうた」には群像劇的要素がなく、カメラはひたすら薬師寺真波を追いかける。

夜凪1人の別撮りも多かった。

 

 

 

環は少し困っていた。

夜凪の芝居を目に焼き付けなければならない。年内には自分の出番も始まるので、「オンエアーを見て夜凪の演技を確認する」という流れにはならない。

とにかく夜凪の芝居をすべて頭に叩き込むのが最優先だ。それが出来なければ、削除対象とそうでない物の判別も出来ない。

(ごめん、景ちゃん。こっちを優先させることにする)

夜凪の演技を注意深く観察する。後々それを思い出せるよう可能な限り詳細に文章化する。

(細かい部分も、所作の意味や雰囲気も、全部書き出す!)

書き終えると、紙面を睨んで、今見たばかりの夜凪の演技と文章を紐づけする。こうしないと何カ月も先まで記憶を保持する自信がない。

作業を全うし、息を1つ吐く。そして、夜凪が目の前に立って待機していることに気づく。

無言でメモ帳を手に取った夜凪は、「削除」のほうの箇条書きを一気に素早く記述した。

 

環は(結局そっちまで手が回らなかった)と思いつつ、メモ帳を返してもらった。

突然、人差し指が、にゅっ、と目の前に突き出された。

 

(…? 景ちゃん、この指は何だい?)

 

しばらく考えた後、環は、

 

(…E.T.かな?)

 

と予想し、自分の人差し指の先端を夜凪の人差し指の先端にゆっくり当てた。

二人の指の先端がくっついた時、環の頭の中で映画の壮大なBGMが流れた。

だが、それだけだった。

特に何が起こるわけでもなく、数秒後には指の先端は離され、夜凪は撮影現場へと向かっていった。

(……?)

結局、環には意味がわからなかった。実は夜凪も意味がわかっていなかった。夜凪は、皐月と犬井のやりとりを見て「グッジョブ」くらいのニュアンスだと解釈していた。

 

夜凪が一気に書いた箇条書きを見て、

(景ちゃんは頭がいいなあ)

と環は思う。

昨夜、黒山と「芝居を組み立てる時の真波の頭の良さは凄いんだぞ」「わ、私だって学校の成績はトップクラスよ」という言い合いをしていた。

そして、黒山と自分の「おまえの芝居は真波に比べたらまだひよっこ以下だ。現状で満足するんじゃねえぞ。常に上を目指せ」「見てきたように語るな(←苦しい)」という言い合いを思い出し、怒りが込み上げてきた。

(景ちゃんの嘔吐騒ぎの時はあんなにしょぼくれてたのに、偉そうなオヤジに戻りやがった。まあ、これはこれで喜ばしいことではあるんだが…)

あの嘔吐についても話し合いがあった。

夜凪が克服出来た理由と黒山の解説。医療や音楽の話ばかりで、環にとってはどうでいいような内容だった。

(…あっ!)

環はもう1つ、どうでいいことに思い当たった。

(方程式が緩衝材になってなかった!)

夜凪は勉強が得意な人物だ。自分や黒山とは違う(哀しい現実だ)。

数学も出来るらしい夜凪にとって、方程式は「理不尽の代名詞」ではない。

 

自分や黒山にとって方程式とは、

 

よくわからないのに、当てはめると正解が出る

意味不明なくせに正解だけはきっちり出す

 

という物だ。難解な方程式となれば尚更だ。

 

(まあ、解決した問題だし、どうでもいい。引きずるような話じゃない…)

 

自分だって、真波の演じ方1000種を頭に入れた。

芝居に関することなら頭も回る。役者はそれでいい(←引きずっている)。

 

夜凪の次の撮影が始まった。

 

「たか子さん。私ね、あなたは自ら降板すべきだと思うの。大島監督がなぜあなたを起用するのか私分からないもの。だってそうでしょ? あなたヘタクソだもの」

 

マキコを演じる新名夏の芝居。

傍線部に苦戦している、と環は思う。

 

「気にすることねぇよ、たか子。こいつ、あんたが怖いんだ。あんたの才能が怖いんだよ。惨めなもんだろ、落ち目の女優ってのはよ」

 

恵子を演じる日尾和葉の芝居。

これはヒドイ。雰囲気が持ち味の役者なのに、傍線部に囚われて雰囲気が消えてしまっている。

案の定、カットの声が掛かった。

 

3テイク目でようやく夜凪の演技まで途切れずに進んだ。

 

「私、マキコさんが正しいと思う。たか子さんは私たちの足を引っ張っている…。でもね…。私からすると皆さん五十歩百歩…」

 

(おお、景ちゃん、別格だ。これは他の2人が可哀想なレベルだ)

 

環はさっそくメモを取る。

自信の表現はやや早口、髪を回す動きは輪郭でピタリととめる(肩は動かさず、後ろ髪で隠れている首だけを使う)、歩みは超ゆっくり(一度も立ち止まらない)。

左手は腰で握り拳。

 

OKテイクにならなかったことに、安堵する。

右手がいろいろ動いていて、追いきれなかったからだ。

5テイク目でOKとなる。

夜凪の芝居の詳細をすべて書き切って、(よし)と思う。

そして、気づく。

(景ちゃん、ちょっと怖いな…)

自分が書いたメモを見る。そこには、恐ろしく完成度の高い所作に関する記述がある。

黒山に言われた「おまえはまだひよっこ以下」という言葉が頭をよぎる。

(景ちゃんに負けるつもりはないけど、相当頑張らなきゃいけないな、私…)

少し早いが役作りを始めよう、と環は考える。

真美が言っていた「どこに真波を演じられる女優がいるのか?」という言葉は重い。

自分が別人に成りきるその対象が「日本一の女優」というのは、役作りの段階で既に難関ということだ。

 

 

 

5テイク目でOKを出した後、犬井は考えていた。

…ムラがある。

夜凪景について、「芝居が不安定な女優」という情報は事前に耳に入っていた。

目の当たりにすると、想像していた以上に扱いづらい。

オーバーラップの演技は凄かった。

あれを引き出すのに高い集中力を必要とするタイプなのだろう。

(惜しいな…)

集中力に頼るため、柔軟さに難がある。

せっかく良い芝居をしているのに、指示への対応に時間が掛かりすぎる。

(活躍の幅が狭い女優として終わるだろう)

この「キネマのうた」の真波は役者の柔軟さが求められる役だ。

オーディションで見せたあの対応力は何だったのか?

 

どこからか「この傍線部はどうやってあんなにスムーズに出来るんですか?」と聞こえた。新名夏の声だった。

そして「監督の指示をしっかり聞いてるだけよ」と聞こえた。夜凪景の声だった。

 

もう少し見守ってみるか、と犬井は思う。

 

 

 

その夜、薬師寺真美の邸宅に3名の客が集まった。

草見修司。

星アリサ。

柊雪。

 

「まずは神妙に、草見さんとお話させていただきたいと思いまして」

 

真美が口を開いた。

 

それを聞いた雪は、(「神妙に」って、正しい手順を踏んでって意味だっけ。真美さん、難しい言葉を使うなあ)という現実逃避に近い考え事をした。

とにかく緊張していた。

にこやかにしていればいいのか、キリッとしていればいいのか、そんな判断も出来ない。

いや、ここは自然体だ、と雪は思う。

直前にアリサから「自然体でいいわよ」と言われたからだ。

かろうじて思い出したそのアドバイスにしがみつく雪。

だが、「自然体でいい」が具体的にどういう意味なのかに考えが及ばない。

頭の中は真っ白で、身体がカタカタと震えそうなのを堪えるのが精一杯だった。

 

               第31話「別格」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene154」となります。

アクタージュ原作「scene115」のオーディションにおいて、4つの役が出てきます。
真波、マキコ、たか子、あと一人の名前が書かれていません。
なので、私が勝手に「恵子」とつけました。

マキコ…新名夏
マキコはあの怖い表情の子。新名夏の「マキコ」が素敵だったので採用。なお、アクタージュ原作「scene115」に複数の誤植があります。新名夏の「マキコさん 私ね」は、正しくは「たか子さん 私ね」です。日尾和葉の「気にすることねぇよ、マキコ」という部分は、正しくは「気にすることねぇよ、たか子」です。阿笠みみがやったのはマキコではなく、たか子です。

たか子…阿笠みみ
たか子は気が弱そうで泣き虫の子。アクタージュ原作「scene116.もっと」で阿笠みみが「ドラマやってる場合じゃない」と言っていたので迷いましたが、阿笠みみでいきます。今回は未登場ですね。「ぼっち感」を強調するために1人別撮りが多く、複数人撮影は恵子と2人のシーンが少しある程度です。

恵子…日尾和葉
姉御肌の子ですね。私が勝手に「恵子」という名前をつけた子です。マキコを「落ち目の女優」と言ってしまう性格です。順当に、日尾和葉でいきます。

夜凪が演じる少女時代の真波の物語をどうするかは、まだ具体的には決めていません。
ただアクタージュ原作で確認できる部分はなるべく拾っていきたいと思います。


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第32話 「好きこそ」

真美が草見に対して、いろいろと礼を述べた。

真波の演じ方について、「膨大にある中で特にこれは入れて欲しい」と考えていた数々の技法がきっちりとカバーされている。その上で、物語として成立させるのは相当な難事業のはず。これは草見だから出来たこと。

というようなことを丁寧な言葉と口調で草見に伝えた。

そして、「柊さん、お願いいたします」と真美が言った。

 

雪は、声が出ない、無理に出したら大変なことになる、と思う。

目の前に置かれたお茶を飲んでみる。

ありがたいことに、お茶がとても美味しい。さすがだ、これは高級なお茶だ、と雪は思う。

息を1つ、ふぅー、と吐く。

 

「少し面白さが足りないんじゃないか、と思います」

「……。」

 

「柊雪と申します。スタジオ大黒天で制作を担当しています」

「草見修司です。初めまして」

 

「初めまして。キネマのうたは面白くないんです」

「うん」

 

「や、薬師寺真波は、見る者を楽しませなくて何が役者か、という考えだったんです」

「…知ってる」

 

ここで雪の言葉は一旦止まる。

…このままじゃ負ける。

予想では、面白くないと告げたら草見は怒るはずだった。予想が外れると調子が狂う。

しかし、事前に「こういうことをあなたの口から伝えて」と言われていたことは、すべて言ってしまった気がする。もうお役御免なのではないだろうか。

…いや、現状で自分は負けている。

 

「本もあるんです。『楽しませなくて何が役者か』という本まで出版されてるんです」

「うん。僕が書いた本だね」

 

(一人称「僕」かよ。なんかの会見で「私」って言ってたのに。「僕」のほうがいいじゃん。ずっとそれでいけよ。…て、現実逃避してんじゃねーよ私)

 

真美が、「柊さん、お茶のお味はいかがでしたか」と訊いてきた。

 

「美味しかったです。とても」

「良かった…。話の腰を折ってごめんなさいね。続きをどうぞ」

 

まだお役御免じゃないらしい…。

(しかし…、あの本は草見修司が書いた本だったのか。知らなかった…)

雪は、(書いた…といえば、まだあれを出していなかった…)と思い、バッグから自分が書いた原稿を取り出す。

机の上に、原稿用紙の束を置く。

 

「……。こ…、これは…、この…原稿は…」

 

自分が置いた原稿の天地が逆さになっていることに気づく。

原稿用紙の束を180度回転させ、ついでに、トントン、と机の面へのタップで束を整え、草見のほうへと、ずいっ、と差し出した。

 

「これは、私が書きました」

 

差し出された紙の束をじーっと見つめる草見に対し、アリサが「こちらもどうぞ」と言い、数枚の紙が雪の原稿の横に置かれた。

 

「拝見します」

 

草見は両方を交互に見ながら読み始めた。

(おお、アリサさん、なんか用意してくれてた。たぶん、すごく役に立つ物だ。これは助かる)

そんなことを雪が思っていると、草見が話しかけてきた。

原稿の内容について「ここは何故1人なの?」と訊いてきたので雪は簡潔に答えた。

しばらくすると、「こっちが1人なのはわかるけど、さっきの1人のところ、もう少し詳しく」と訊いてきたので、雪は具体例をいくつか挙げて説明した。

その後、草見は雪の原稿をどんどん読み進めていった。アリサの紙は途中から見なくなった。

 

草見は立ち上がって、「横、失礼するよ」と言い、雪の隣に座った。

そして原稿の1箇所を指差し、「ここはどういう心情なの?」と訊いてきた。

 

(さっきと同じ箇所じゃねーか。私の許可も取らずに隣に座るし…)

 

そこの心情は、怒り、悔しさ、プライド、が入り混じった物、と雪は説明する。

 

(あなたプロでしょ。脚本家としては屈指の人でしょ。何故この程度のことがわからん?)

 

しかし、同様の展開がその後も続いた。

雪には簡単に思えることを、プロである草見が訊いてくる。

 

ようやく最終ページまでいったところで、真美が口を開いた。

 

「どうかしら草見さん。カバーして頂いていた部分、そちらにも入れられるかしら?」

「入れられますよ。ただ…」

 

突然、草見が険しい顔を横に向け、雪の顔を見た。

いきなりだったので雪は驚き、その険しい表情にビビった。

 

「柊さんは、なんでこんな物を書いたの?」

「……。」

 

(予想と違うタイミングで怒り出した。「けいちゃんのリクエスト」と答えると、けいちゃんが黒幕にされてしまう)

 

「なんで…と訊かれても、…困ります」

 

(最終ページまでいって、ほっ、とする暇も貰えず、訳のわからない窮地に立たされた。限界だ…)

 

「柊さんの協力がないと書けません。柊さんがこの調子では書くのは無理です」

 

草見から真美への返事の続き。

さらに追い込まれた、と雪は思う。

 

(この調子ってなんだ? 態度のことか? 説明する度に「なんでわかんねーんだよ」と思ってたのが態度に出てたか? そもそも協力って具体的に何だよ? 私に何を求めてんだよ?)

 

 

「雪さん…」

 

 

声の主は真美だった。

雪は顔を上げ、真美を見た。そこには哀しそうに瞳を揺らす真美の顔があった。

その瞳に胸の奥を、ぎゅっ、と掴まれた気がした雪は、

 

「や、やります。やらせてください。私に協力出来ることがあるのなら…」

 

そう口走っていた。

 

薬師寺家の運転手がハンドルを握る外車の中。

後部座席には雪と草見が乗っていた。向かっている先はスタジオ大黒天。

なんでこうなった、と思いつつ、雪はスマホを手に取った。

草見が「黒山に電話するつもりなら、やめて欲しい」と言い、雪は「へ?」と声を出した。

 

「電話するとあいつ、逃げるだろ。なんだかんだ理由作って…」

「…わ、わかりました」

 

雪は(よくご存知で)と思いながらスマホをしまった。

先刻の出来事をよく思い出してみる。

 

(なんか「柊さん」呼びが「雪さん」呼びになってた。なんか騙された、たぶん。なんで私が草見修司の仕事を手伝うんだ? しかも徹夜で)

 

車の窓の外を流れる夜の街の光景を眺めた。

(一応、私は21歳のうら若き娘だぞ。墨字さんが留守だったら、このおっさんと一晩二人っきりかよ)

そんな雪の思いを乗せたジャガーXJは東京の夜を走っていく。

 

 

 

スタジオ大黒天。

中に入ると、黒山はソファーの上で眠っていた。

雪は草見をPC室へと案内した。

自分が書いた原稿の文書ファイルを呼び出し、席を草見に譲った。

草見は文書ファイルのコピーを作り、コピーのほうを開いて文字を打ち始めた。

 

作業開始からすぐに、「ここは具体的にどういう出来事で埋めるの?」と質問が来た。

雪は、「後ろをゆっくり歩くシーン、途中でこっそり喫茶店に入るシーン、喫茶店で客から注目を浴びるシーン」と答えた。

草見は「ふーん」と答えて、すぐに「なんで?」と訊いてきた。

自分はからかわれてるのか、と雪は思うが、草見の表情は真剣で、からかわれてる訳ではないらしい。

 

これはさすがに簡単だろ、と思える箇所でも質問が来る。

後ろに立っていた雪は、オフィスチェアーの1つを手で掴んで滑らせ、草見の隣に座った。

そして、延々と続く質問と返答、(これはたしかに徹夜コースだ)と、雪は思う。

 

気づくと、黒山が二人の背後に立っていた。

 

「ああ、久しぶり。パソコン借りてるよ」

「それは柊のパソコンだ。俺のじゃないよ」

 

というやりとりをしたきり、黒山は黙った。

雪と草見の作業は続く。

30分ほど経過したところで、「しかし、あれだねえ、草見さん」と黒山が唐突に声を出した。

 

「好きこそものの上手なれ、ってこういう時に使う言葉じゃないけど、こういう時にこそ使いたいねえ」

「まったくだ」

 

黒山の言葉で一旦作業が止まり、その機に草見が「柊さん、文章書ける?」と変な質問をしてきた。

 

…雪は考える。

 

脚本家である草見が言う「文章書ける?」は、おそらく著作をするレベルでの「書ける?」であり、自分にそんな文章力はない。

 

「ビジネス文書を書く程度しか出来ません」

「上等、上等」

 

そして、雪は1人でパソコンに向かうことになった。

カタカタとキーを叩き、自分が書いた原稿に文字を足していく。

内心、(自分1人のほうが速いのでは?)と疑問を抱きつつ作業をしていたので、抵抗なくこの展開を受け入れた。

 

草見がやっていた作業は文章の肉付けだ。

自分が書いた原稿は、「概要」という感じで細部の叙述がない。

それでもかなりの文字数の原稿になっていた。肉付けすると、書籍1冊分くらいのボリュームになりそうだった。

 

(「文章書ける?」って、概要見れば私の文章力の程度なんてわかるじゃん。聞く必要ある?)

 

そんなことを思いつつ、キーを打ち続ける。

(具体的な細かい出来事もそうだけど、その理由とかその時の心情とか訊いてきたなあ)

雪はそういう部分も丁寧に文章化し、肉付けを膨らませていった。

(こういうリアルな人間の面白さを、あんたらプロが書いて、私はそれを読んで楽しむ側だろ)

だが、実際に書いてみると意外と楽しい。文章の巧拙など度外視して、雪は指が動くままにどんどん書いていった。

 

少し休むか、と伸びをして、時計を見ると3時間が経過していた。

キッチンに飲み物を取りに行くため、PC室を出る。

 

フロアでは1人用の椅子の上で黒山が、テーブルを挟んだ対面のソファーの上で草見が、それぞれ眠っていた。

 

(寝てるじゃねーか。徹夜させられるの私だけじゃねーか!)

 

 

               第32話「好きこそ」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene155」となります。

黒山が言った「好きこそものの上手なれ」は一般的に広く正しく使われている言葉です。
もちろん今回の雪のエピソードには当てはまりません。
黒山は、「好物の土俵ではとんでもない域に達している例」として言っています。
本来の「好きであることが上達の早道」という意味とは、似ているようで全然違います。

そして、この時点で雪は自分がどういう事態に巻き込まれているのか理解できていません。
黒山もそうですが、アクタージュに登場する大人たちは、不親切な感じに言葉が足りないスタンスの人が多い気がします。

そういう態度がかっこいいんでしょうか?
まあ、実際ちょっとかっこいいんですけど……。

なお、夜凪はこの日もくたくたに疲れており、早々に自宅へ帰って、家でのんびり過ごしています。


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第33話 「研鑽」

深夜の静寂の中、カタッ、カタカタッ、と物悲しい音が響く。

…柊雪、21歳。

女の20代は、あっという間、とよく聞く。

突発的に、あー、チヤホヤされてえ、という衝動に襲われることもたまにある。

若い自分。若い日々…。

貴重な、本当に貴重な今の日々…。

 

…何故自分は夜中にこんなことしているのだろう、という疑念を雪は抑え込む。

 

ディスプレイの中のワープロの空白を文字で埋めていく。

ページの残り数が少なくなってくると、打鍵の速度が増していく。

ゴールが見えてきたことで、集中力が高くなっている証拠だ。

 

そして、最終ページの最後の文章となる文字を入力し終えた。

気を抜こうとした雪だが、それは許されなかった。

 

(…むっ!)

 

スクロールして画面を文章ファイルの冒頭まで戻した時、概要のまま放置された手付かずのページが目に入ったからだ。

これはいけない、と雪は思う。

そういえば作業は原稿の中程からだった。前の方は手付かずだ。

 

再び、静かなPC室の空間に、カタカタ、という音が響き始める。

前半部には肉付けが必要な個所が少ない。

しかし、後半部でせっかく調整した心情の明暗や展開の起伏や全体を包む風味が噛み合ってない。

戦前の話となる前半部にはこれといった事件が発生しないので、明暗や起伏や風味の重要度が高い。

 

(こういう部分がおろそかになってるせいで浸りづらくなるんだよ。世の作家さんたちはそのへんのサービスをちゃんとしろ。もっと私ら読者を楽しませろよ…)

 

ここは安易に登場人物を驚かせない。登場人物に先に驚かれると読者(←テレビドラマということを忘れている)が驚くタイミングを失う。

 

…大事なことだ。

 

雪のタイピングは続く。

空が白んじていることにも気づかず、完全に外が明るくなった頃に、雪は(おっ)と思う。

スクロールの下側から肉付け済みの文章エリアが出てきた。

そのエリアと雪の記述が繋がった。

つまり、1周した。

文章ファイルを保存して、保険用のコピーを作って、雪はPC室を出た。

 

フロアでは黒山と草見が、夜に見たままの状態で眠っていた。

雪はキッチンに布団を敷き、布団の中に潜り込んだ。

 

 

 

目が覚める。時計を見ると8時ちょい前。

8時になると目覚ましが鳴ってしまうので、雪はアラームをオフにした。

 

(もうすぐけいちゃんとチビたちが来る。朝食の用意をしなきゃ…)

 

伸びをして、布団を片付ける。

フロアに黒山と草見の姿はない。PC室に入ると、二人はオフィスチェアーを並べてパソコンの前に座っていた。

こちらに顔を向けた草見を、じとっ、と見る。

 

「柊さん、文章書くの異様に速いね」

「おはようございます」

 

「…あ、おはよう、ございます」

「速いというか、上手い下手を気にせずに、がむしゃらに書いただけです」

 

「でも、ちゃんとした文章というか、テニヲハを間違えずに書けてる…」

「ビジネス文書くらいなら書けると言った通りです。がむしゃらな文章です」

 

雪は二人に背を向け、PC室を出る。

 

(朝食、6人分か…)

 

キッチンに入り、朝食の準備に取り掛かる。

 

けいちゃんとルイとレイが来て、6人での朝食となった。

黒山と草見が食べながら会話をするのを見て、(行儀が悪い。ルイとレイがいるのに)と思う。

草見が、

「ごめんね。久しぶりに黒山としゃべりたかったんだけど、寝ちゃうつもりはなかった」

と謝罪してきた。

ルイとレイの手前、雪はにこやかな顔で「いえ、気にしないでください」と返した。

 

やがて、けいちゃんが撮影に出かけた。本日はタクシーで現場に向かった。

朝食の後片付けを済ませ、ルイとレイにはテレビを見ていてもらい、雪はPC室へと歩いていった。

 

 

 

「キネマのうた」2話目、撮影3日目。

夜凪と環は並んで、阿笠みみの演技を見ていた。

たか子を演じる阿笠は1人での別撮りだ。

 

「いいんです私! 私が下手なのが悪いんですから!」

 

この台詞と少しの身体の動きがあるだけなのに、傍線部は3個所。

複雑な気持ちの表現が重視される芝居なので、3個所となっている。

 

「みみちゃん、上手いわ」

「上手いねえ、相当練習してきてるね、あの子」

 

環は少し気になっていたことを夜凪に訊いてみる。

 

「景ちゃんは、あの子と自分と、どっちが上手いと思う?」

 

夜凪は「フッ」と小声を挟み、

「それはもちろん、みみちゃんね」

と得意げに言った。

 

「いや、言ってることと表情が合ってないぞ」

「私は劇団天球で知ったのよ。自分が上手いタイプの役者ではない、と」

 

「あのね、景ちゃん。真面目な話だけど、景ちゃんのほうが上手いよ。別格だよ」

「…そうなの?」

 

「やっぱりというか、君は自分を客観的に評価出来ないタイプかね?」

「でも、私より千世子ちゃんのほうが全然上手いわ」

 

百城千世子の名前が出てきて、環は(あぁ)と思う。

 

「百城千世子は練習の鬼だろうね。そういうタイプの演技だよ。上手い演技をする」

「…うん」

 

「あれに勝つのは大変だねえ」

「長い道のりだわ…」

 

 

 

環は(演技の上手さでは自分も百城千世子には負けている)と思いつつ、それを口には出さなかった。

役者として、主演として、夜凪に聞かせる訳にはいかない言葉だった。

 

百城の演技はとにかく精度が高い。

それは重厚な地力の上に成立する、輝くほどに磨かれた技。

長い時間と多くの鍛錬は、自身を研鑽するためだけに費やされた高密度な積み重ね。

 

環には、練習や稽古は同世代の誰にも負けないくらいみっちりとやってきたという自負がある。

多くの場数も踏んでいる。

ただ、それらの積み重ねはいろんな方向に分散していた。

女優として過ごしてきて、ここまでに多くの選択肢があった。

自分はその選択をただの1つも間違えなかった。

運が多少良かっただけかもしれない。

たまたま勘が冴えてただけかもしれない。

自分が勝ち取った地位は、選択を間違えなかった結果に過ぎない。

 

自信の根拠となる物、自分の実力の高さを確認出来る物、そういう物がぎっしり埋まっている地盤の上に自分は立っている。

自分は、多くの物の集合体として成立しているタイプだ。

百城のように、宝石を磨くようにひたすら自身を磨いてきたタイプではない。

それだけのことだ。

 

怖さで言えば、夜凪のほうがよほど怖い。

撮影が始まる前に夜凪に対して感じていた余裕は、ほぼ消えかかっている。

あと2カ月、とことん自分を追い込まなければならない、と環は思う。

 

 

 

都内の喫茶店。

雪は席で1人オレンジジュースを飲んでいた。

ストローで、ちゅーちゅー、とジュースを吸い上げながら人を待っていた。

待ち合わせのセッティングをした草見は、一緒に事務所を出たのに「ちょっと寄るところがある」と言ってすぐに消えてしまった。

 

すぐに行くから、と言っていたので草見はすぐに来るはずだ。

待ち合わせの相手もそろそろ来てもおかしくない。

 

店内には様々な年代の客がいるが、やはり若い人を見てしまう。

楽しそうだなあ、と思ってしまう自分がいる。

 

待ち人はなかなか来ない。

さすがに少し眠いと思いつつ、雪は、ぼーっ、とストローを咥えていた。

 

               第33話「研鑽」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene156」となります。

環は主演なので、すべての出演者の中でいちばん良い芝居をしなければなりません。
自分の芝居の水準が全体の上限になる、というプレッシャーがあります。
低水準の芝居を見せると、ベテラン勢に気を遣わせることになります。

環から見れば、夜凪には、自分よりちょっと下のぎりぎりの位置まで距離を詰めてきてくれるのが理想です。
あくまで、ちょっと下のぎりぎりの位置、です。
追い抜かれてしまってはいけません。
役者として、主演として、そこは死守する部分です。

夜凪は自分の弱点の1つだった「不安定さ」が解消されている自覚がありません。
「凄い、凄くない」という視点で見るのは得意なようですが、「上手い、上手くない」を判断するのは苦手なようです。
他者に対しても、自分に対しても。


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第34話 「容れ物」

夜凪は現場に着くと、まず人目のない場所へ移動し、いつか集中的に練習した「皐月ちゃんの真波の7年後の真波」の演技のおさらいをしていた。

これを日課にしよう、と自分で決めた。

 

阿笠の芝居を見ている時も、阿笠が演じるたか子と絡んでいる自分のイメージはその「真波」だった。

夜凪が、黒山から聞いた立体音感の話でいちばん興味深かったのはこれだった。

 

頭の中に、仮想空間を構築する。

 

作業としては、普段何気なくする空想や妄想と変わらなかった。

感覚も同じだ。

ただ、それを芝居に応用する試みは新鮮だった。

過去の映画や舞台への出演時にも同じことをやっていたはずなのに、立体音感を意識して行うと印象が違う。

 

黒山が「意識することで、おそらく見える世界が変わる」と言ったので、夜凪はその言葉に過剰な期待を抱いた。試すのが楽しみだ、と思った。

 

…期待は見事に空振りした。

 

(だって、まったく同じなのよ…)

 

夜凪が頭の中に作る空間の雰囲気は、過去に実行した物と違うところが何もなかった。ただ、(他の人はこういうふうには空想しないんだ、不思議だなあ)という印象を受けるだけだった。

新鮮といってもその程度の変化だった。

 

ただし、けっこう便利ではあった。

以前は単に必要に応じてやっていたことだったのが、今は(この状況なら頭の中で練習出来そう)と自分でその機会を見つけられるようになった。

 

阿笠の撮影が終わり、しばらくの待機時間が発生した。

夜凪は、環に「ちょっと1人で考え事してくる」と告げて移動した。

 

現場から少し離れた場所、人目のない所にあるベンチに1人座った。

集中して、先ほどまでやっていた阿笠と自分の掛け合いの構築を再度試す。

うまくいかない。

集中しても、先と同じ物しか作れない。

 

黒山が言っていたのは「見える世界が変わる」だ。

それを「頭の中に作る空間の姿も変わるかも」と勝手に期待したのは自分だ。

黒山に非はない。

 

なお、「見える世界」については既に検証が済んでいる。

夜凪は、何気なく目に入る風景について、(他の人はこういうふうに見えてないのか)と思いながら、いろんな物を見た。

 

その時、必ず自分の頭の中に勝手に作られる空間の姿、他の人にはこの空間の姿がないらしい。

 

後天的に鍛えることで得られる代物ではあるらしい。鍛える部位は耳、とのこと。

聴力を鍛えるのではなく、音に対する感覚を鍛えるらしい。

 

夜凪は自宅で、大きめの音量で音楽を流しながら部屋の中を見回した。

大量の複雑な音が、部屋の中のいろんな物にぶつかり跳ね返る。

飛び交う多くの音と音は衝突して混じり合い、別の波長の音となって漂う。

そうすると、頭に作られる空間はより克明となった。夜凪は(なるほど)と思った。

さらに、頭の中の空間に意識を集中させると、その姿は克明な上に鮮明になった。

夜凪は(ふーん、こうなるのね)と思った。

 

(だから、なんだというの?)

 

夜凪は布団の上にダイブし、足をジタジタさせた。

 

黒山の話は「医療に関する論文」が裏付けになっていて、夜凪はまずその「医療に関する論文」というのが気にくわなかった。

専門的な話として「おまえは普通の人とは脳が違う」と宣告されている気がして、それはけっして気分の良いものではなかった。

特に「脳」という単語が駄目だった。

なんというか、「脳が違う」という宣告は、受け入れがたい不気味さを伴っていた。

 

もし、事故かなにかで役者が続けられない身体になった時、オーケストラの指揮者を目指せとでもいうのだろうか。

 

もう1つ、黒山が教えてくれたことがあった。

何故夜凪が吐き気を克服出来たかという話だった。

 

あの時、夜凪が懸命に取り組んでいたこと。

つまり、薬師寺真波を演じる夜凪景を演じる千世子ちゃんを私が演じる、というのが良かった。

特に良かったのは、夜凪が選んだ相手が百城千世子だったことだ、と黒山は言った。

 

(そう、千世子ちゃんはとても良いものなのよ)(←隙あらば褒める)

 

百城が得意とする俯瞰は、空間を作るという意味において、「現象」としてとても似ている。

百城が優れているのは目と記憶力であり、視覚情報から得られた記憶を元に、高い空間把握能力を発揮する。

あの時の取り組みで夜凪は、百城が作った空間と自分が作った空間を頭の中に同居させた。

その行為を何度も繰り返し、没頭した。

結果、夜凪の脳は自身の三半規管を疑うことをやめた。

 

(また「脳」。イヤなのよ、その言葉…)

 

これまで生きてきて、自分が他の人とは違うと感じる局面は何度もあった。

普通がわからない、自分は変な人だ、という思いは散々味わってきた。

ただ、「脳が違う」は、今まで考えたことすらなかったことだ。

 

さらに、黒山は「あくまで仮説」としてこんなことを教えてくれた。

 

…何故夜凪景はメソッド演技を得意とするのか?

 

仮説の検証のために夜凪は、過去に何度も見た自宅にある映画のビデオを鑑賞した。

その映像や音声は、いつも通り自分の頭の中に空間を生じさせた。

(普通の人にはこれがないのね)

さらに映画を見続ける。

そして、現実から逃避するために作品世界に没入していた頃の自分に思いを馳せた。

 

異常なほどに没頭していたと思う。

作品世界以外のことがすべて消し飛ぶほどに、極度に集中していたと思う。

自分が作品の中に登場していると錯覚出来るほどに、完成度の高い仮想空間を作り上げていたと思う。

 

結果、翌日になっても感覚が抜けず、ルイとレイ(おもにレイ)を怖がらせてしまった。

そのせいで、「おねーちゃんは役者さんにならないとダメ!!」と言われてしまい、おかげで自分は役者になった。

 

夜凪は、実体験にせよ作品鑑賞にせよ、そこから受け取る情報量の多さが常人の比ではない。

 

たとえば自分が作品中の人物の1人、つまり現実の自分とは別の人物に成りきること。

自分が「それそのもの」とただ思い込むだけなら、空想力の逞しい人なら可能だろう。

 

ただし、思い込むだけではなく、「それそのもの」に完全に成りきるためには、「それそのもの」と区別がつかないくらい精巧な容れ物の中に入る必要がある。

その精巧な容れ物を頭の中に作るためには、どれほど膨大な情報が必要だろうか。

夜凪は、その必要な情報量を特異な能力で集めきってしまう。

夜凪のような能力を持たない者が、練習や訓練によって容れ物の出来栄えを高める努力をどれだけこなしても、夜凪の域には届かない。

 

ただ、夜凪は思う。

 

(メソッド演技は武器の1つでしかない。役者に大事なことは他にいくらでもある!)

 

たとえば、今ベンチに座ってやっている訓練は、「上手い演技」を目標とする物だ。

上手い演技のためには、とにかく稽古。絶対的な練習の回数。

キャリアの浅い自分はどう考えてもその回数が少ない。

だから、阿笠と自分の掛け合いの構築をこうやって繰り返す。

本当に練習しているくらい効果的になるまで頑張る、と決意して繰り返す。

 

 

 

都内の喫茶店。

ようやく来た人物は、プロデューサーの中嶋だった。

そして挨拶の後、「草見さん、来れなくなったって。柊さんに聞けばわかるから大丈夫らしい」と、とんでもないことを言った。

 

「カバーはむしろちょっと増えてるって言ってたよ」

「そうですか」

 

雪には「カバー」とやらが何なのか分からない。

いったい何がどうなっているのか、自分に丁寧に説明してくれる人にそろそろ出会いたい、と雪は思う。

雪は今朝書き上げたばかりの原稿の束と、その文章ファイルのデータを中嶋に渡す。

受け取った中嶋は、

「拝見します」

とにっこり答えた後、原稿に、ぐっ、と顔を近づけた。

 

「へえ、草見さん、文章巧くなったなあ」

「……。そうですか」

 

「あの人、小説家志望だったからね。修飾やら叙述やらに凝ってたんだよ。でも脚本の文章には不要なんだよ、そういうの」

「…そういうものですか」

 

「これ、こういうのが脚本の文章。読みやすいし、必要な情報が伝わりやすい」

「草見さんは、凝った文章が好みだったんですか」

 

「そう。いくら言っても直してくれなくてさ。脚本は小説じゃないんだから、とお願いしても変にこだわって聞いてくれなかった。それが今回は直ってる。脚本はこうじゃないと駄目。これがプロの脚本家が書く本物の文章だよ」

「……。…果たして、そう…ですかねえ?」

 

「…え?」

「いえ、なんでもありません」

 

無言のまま、熟読タイムが続く。

雪は、チョコレートパフェを注文した。なんだか美味しいものを食べたかった。

中嶋は、いろいろ質問してこない代わりに読むのが遅い。

そして、原稿用紙にどんどん貼られていく付箋を見ると、雪は暗い気持ちになった。

けっこうな時間が経ち、時計を見ると、お昼が近い。

スタジオ大黒天に戻って、ルイとレイに昼食を作ってあげなくてはならない。

 

ゆっくりと真剣な顔で原稿を読む中嶋。

増えていく付箋の数。

 

業界の下っ端として、雪はいらいらが態度に出ないよう気をつけて、ただ座っていた。

 

               第34話「容れ物」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene157」となります。

夜凪の変なところとしては、直接芝居に関わらない状況での演技が下手、というのもある気がします。
アクタージュ原作「scene33.夜景」において、七生との色仕掛け勝負で見せた夜凪の演技の下手っぷりときたら……。
原作「scene108.スター」で、シャトーブリアン登場のせいで幻となった夜凪による「王賀美の真似」はもしかしたら上手だったかもしれません。
そして、原作「scene32.私のカムパネルラ」で、千世子が見せた芝居(泣いたフリして夜凪を遊びに連れ出すやつです)のような物は、そもそも出来ない気がします。
それとも、今の夜凪なら出来るんでしょうか。

あと、「意識していないこと」を処理するのも苦手なようです。
アクタージュ原作「scene10.顔合わせ」では、黒山から「自分を俯瞰する力が足りない」と言われています。
そのことを課題として意識して臨んだデスアイランド編では、千世子の俯瞰の技術をあっさりと盗み、「フレームアウトして嘔吐する」という荒技に成功しています。
これは、俯瞰する能力のポテンシャルは高かったが、意識することで能力をコントロール出来るようになった、と解釈していいと思います。




雪は、現状ルイとレイ(この二人、無園児ですよね)の面倒を見ています。
翌年、ルイとレイが小学校に入学すると、状況も変わります。
そして、同時に夜凪は高校を卒業します。
スタジオ大黒天を取り巻く環境は大きく変動しそうです。

夜凪は「自分の定義の1つ」としての学校を失うことになります。
私としては、新しい「定義」を夜凪に与えるつもりでいます。
それは、相当に大掛かりなプロジェクトとなり、その具体的な詳細について私は既に決めていますが、それを書くのはまだまだ先になりそうです。

まずは、「キネマのうた」編をきっちり仕上げたいですね。


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第35話 「会議室にて」

雪は、感情が態度に出ないよう気をつけて、ついに口を開いた。

 

「子供たちの昼食の準備がありますので、私そろそろ戻らないといけません…」

「…えっ。そう…。でも、これ急ぎだよね」

 

中嶋がスタジオ大黒天に来ることになった。

食材が足りないので、中嶋には出前を取ってもらうことにした。

黒山が「俺も出前にするか」と中嶋に合わせたので、雪が作る昼食は3人分となった。

 

食べながら原稿を読む中嶋。

これは忙しい人にとって当たり前の行動で、(行儀が悪い)と指摘するのは野暮なことだ。

でも、ルイとレイにはあまり見せたくない光景だな、と雪は思う。

 

大量の付箋箇所について、質問と回答を終えると、中嶋は、

「じゃあ編成部に行くけど、時間大丈夫かな?」

と、雪に訊いてきた。

 

黒山が「チビたちの面倒は見てるから行ってこい」と言う。

雪は、

「私は面白くなるアイデアをけいちゃんに言いたかっただけなんです…」

と、感情を抑えて呟く。

 

それなのに、次々と大変な思いをさせられ、しかも何故そんな目にあうのか分からない。

ルイとレイの手前、大声を出す訳にはいかないが、かなりイライラしていた。

 

黒山が、仕方がない、説明してやるか、という感じで口を開いた。

 

「役者に言ってもしょうがないだろ。脚本家に言わないと…。まあ、まともに相手にされないけどな」

「…はぁ、脚本家。そして次は監督ですか?」

 

「そんな我儘が許されるか。次はプロデューサーだ。で、大抵はここでジ・エンドだ」

「ジ・エンド…。そりゃあ、まあ、せっかく頑張って通した企画ですし、そうなりますねー」

 

「そもそもだな。その次って言ったら局の編成部だぞ。予算も人もたくさん動くんだ。簡単に辿り着けるはずがない」

「ほほぉ、では局の編成部でほぼ決まるわけですね…」

 

「あとは、現場に話が行くんだが、慎重にやるなら雪隠詰めだ。チーフとAD以外に話を通してしまう。台本も渡してしまう」

「外堀を埋められるわけですか。そうなるとさすがにチーフ監督も折れるしかない、と…」

 

「柊、台本作るのも同席してやれ。いちばん時間が掛かる工程だ。発案者がいると大幅短縮になって皆助かる」

「え? は、はいっ!」

 

ここで、中島が両膝を床に突き、すっすっ、と膝を開いて腿の上に手を置いた。

なんかで見たことのある動作だな、と雪は思う。

中嶋は、両手を床に突いて頭を低く下げた。

 

 

「よろしくお願いいたします!」

 

 

(…お、おおぉ?)

 

 

 

 

 

編成部第二会議室。

12名の平均年齢が高そうな人たちを相手に、雪は奮闘する。

中嶋の出番は雪の紹介だけで終わり、後は黙って座ってるだけで、やがて眠ってしまった。

中嶋は年齢的に仕事量が多い時期で、しかも掛け持ち中で、連日の徹夜に疲れている、とのこと。

 

男性が8名、女性が4名、そのうち6名は台本担当者。

台本担当者は質問してくることが少なく、読むほうに重点を置いている。

他の6名は、互いに意見のやりとりをして勝手に議論してくれる。

とはいえ、「柊さん」と声を上げる者が途切れることはほぼ無く、雪は質問に答え続けた。

やがて、3名の人員が会議室に増えた。

いずれも台本担当者。

台本の9名はそれぞれノートパソコンで文章の作成を始めた。

 

盛んに議論をする6名からの質問は、その内容の質が草見や中嶋とは異なっていた。

 

「真波の18歳から21歳を見たい人もいるんじゃないかなあ」

「私は見たくありません。だから削りました」

 

1つ質問に答えると、その後しばらくは「文句を言いたい人がいるだけで見たい人はいない」「削ったほうが17歳までを違和感なく見られるね」と勝手に議論してくれる。

 

「序盤の真波の才能の説得力はこれでいいんですか?」

「……。これでいいんです(どういう質問だよ?)」

 

議論は、「撮影所の人間の反応の薄さが気になる」「そこは役者の技量に合わせてるんじゃないか」「なるほど、よく練られてるな」という感じ。

 

「違います! 役者の技量の問題じゃありません。そこは、…そうなるのか、じゃなくて、そうなるんじゃないだろうな、なんです。そうなるんじゃないだろうな、と思わせなきゃ白けるんです。そうなるのか、と思われたら負けです!」

 

議論は、「わかりやすいほうがいいと思うけどなあ」「白けるってのは納得ですよ」「ここ、この文代の反応が良いですよ。ここが光る」という感じ。

 

「食卓のところ、もう少し増やせないかな?」

「増やせません。それでぎりぎりです」

 

議論は、「これ、人気あったんだよ。真波の新境地でもある」「見せ場は押さえてありますよ」「がっつり見たい人も多いと思う」「がっつり見たい人はそれこそ食卓を見ればいいじゃないか」「次々と作品が出てくる中で食卓が来た時、わかってるねえ、と言わせたい」「うん、言わせたい」という感じ。

 

「言わせます。だから、現状で既に尺は多めなんです。晩年を少し削ってまで多くしたんです」

 

「晩年と言えば、これ、当時に作品を見てない人がけっこういますよ」

 

「なんで当時に見てる必要があるんですか? 名作ダイジェストじゃないんですよ」

 

「でも晩年の真波が冴えないというか、真美のほうがかっこいいですよ、これ」

 

「真美はかっこよく書いたんだから、かっこよく見えて当たり前です」

 

「でも、喫茶店のシーンなんて真波がピエロですよ。見てて辛くなる。暗いよ、ここ」

 

 

「暗くないっ!」

 

 

雪が大声を出して、ついでに机を、バンッ、と叩いてしまったので、会議室は静まり返った。

 

「失礼しました。…暗いんじゃなくて、ここは泣けるんです。実の娘への敗北感と嫉妬で喫茶店に逃げたんです。なのに客が喜ぶ空気が皮肉なんです。芝居を見せてとせがむ熱狂的ファンの客までいるんです。その皮肉がお洒落な店内の中で際立つんです。泣けます。見せ場です。ここをピエロと思わせる作品にしたくありません」

 

議論は、「柊さんの言う通りに視聴者に伝えられたら、たしかに深い」「役者の責任が大きすぎる。ここの芝居は難しい」「環蓮はやりますよ」「8年ぶりに女性が主演と謳ってるんだ。見せ場だよ、たしかに」という感じ。

 

雪は(大声を出してしまった)(←机を叩いたのは無意識なので自覚無し)と反省し、気を鎮めようと軽く息を吐く。

そして、1つの光景が雪の目に映る。

それは、台本担当組が出力したばかりのページに手書きで傍線を引いている光景。

 

「あ、あの、傍線、何やってるんですか?」

 

「ああ、分業だと手書きのほうが速いんだ。原始的に見えるけど効率的なんだよ」

 

「そうじゃなくて、傍線引かないでください」

 

「見慣れてない人は驚くかも知れないけど、まとめてからコピーする。このほうが速い」

 

「草見さん。草見修司の連絡先わかる人いますか? 連絡してください。傍線、一旦ストップです」

 

会議室は一時ざわついたが、1人がスマホを取り出すと静かになった。

草見と電話が繋がったらしく、雪はひとまず安堵する。

 

「電話、代わってください」

 

その旨は伝えてくれたようだが、「怒られるからヤダ、だって」とスマホの持ち主の男性が言った。

雪は男性のほうへと歩いて行った。

雪が辿り着く前に男性は、「あっ、切られちゃった」と呟いた。

 

草見の話では、「あと10分ほどで終わるから、終わったらメールで送るから待ってて欲しい」、とのこと。

会議室の動きはその間、止まった。おしゃべりする者もトイレに立つ者もなく、中嶋のイビキの音だけが室内に流れていた。

 

15分ほどが過ぎ、台本担当組から「届いた」という声が上がった。

そして、それぞれが自分の担当範囲を見ながら、「前回と同じ書式だ」「傍線、位置がかなり変わってる」「傍線、増えてる」等と口にした。

 

その中の1人の女性が、

「タイトルの下に、脚本:柊雪、とあるんですけど、いいんでしょうか?」

と言った。

 

「いいわけがありません。ちゃんと草見修司に直してください」

 

「あっ、大丈夫です。ちゃんと、シナリオ監修:草見修司、になってます」

 

「大丈夫じゃありません。脚本:草見修司、に直してください」

 

雪は声には出さなかったが、「シナリオ監修」に呆れていた。

シナリオ監修は、内容に間違いがないかをチェックするだけの人だ。大層に見える肩書きに反して、作品への関与はけっこう小さい。

一方、脚本は脚本監督よりも上位。エンディングが流れる時のクレジットの扱いも断然大きい。

 

「草見修司!」

 

突然、目を覚ました中嶋が口走った。

 

「売れますよ、本。今回のは面白い。今まで何故か本は売れなかった草見修司。今回は違う!」

 

「別件ですので。寝てていいですよ、中嶋さん」

 

雪にそう言われ、「…そうですか」という言葉と共に、中嶋は再び寝た。

 

台本担当組から「たしかに面白かった」「うん、出来事1つ1つの配置が良い。文章も読みやすい」という声が上がった。

 

「中嶋はそっちの担当もしてるからさ。びっくりさせてごめんね」

 

雪は「いえ、気になさらず」と答え、横で寝ている中嶋を見た。

毎日が大変なんだろうなあ、と思う。

でも、自分もけっこう身体がキツイ感じになってきたなあ、と思う。

ここ2日間だけとはいえ、雪にとってはかなり過密なスケジュールだった。

 

「上がったページから回しますので、足すとこ引くとこ、風味の間違い、解釈の間違い、ばんばん指摘してください」

 

そう言って台本担当組は出力した原稿を雪のところに運び始めた。

 

(よっしゃああぁ。かかってこい!)

 

雪は赤ペンを構え、原稿をじーっと睨む。

文字を目で追い、イメージと異なる箇所には容赦なく朱筆を入れる。

朱筆を入れた原稿は、2校目には完全に修正されて戻ってきた。

優秀な人たちだ、と雪は思った。

 

               第35話「会議室にて」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene158」となります。

この会議の様子は、私の実体験を参考にしていますが、もちろん実際にはこんなスムーズな流れじゃないと思います。
少なくとも私が知っている制作関連の会議は、雑談が飛び交う代物でした。

今回は完全に雪ちゃん回です。
草見の「怒られるからヤダ」はキツイですね。
草見は、ちゃんと傍線部を修正する作業を大急ぎでやってくれていたわけだから、堂々と電話に出られるはずなんです。
この電話で怒られる理由なんてありません。

雪は、草見に「怖い人」という印象を持たれてる、と感じてしまうでしょう。

黒山の下に長くいるせいか、やや口の悪さがうつっている気はします。
でも、優しくて気遣いが出来る良い子です。
「怖い人」扱いは可哀想ですよ。


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第36話 「人物Hの活躍の舞台裏(前編)」

「キネマのうた」2話目の撮影が終了した週末のスタジオ大黒天。

宅配便でダンボール箱に入れられた新しい脚本と台本が届いたことで、夜凪家の面々も呼び出されていた。

 

黒山に「まずは読んでみろ」と言われ、夜凪は脚本と台本を渡された。

 

ソファーの上で脚本を読む夜凪を見て、黒山と雪は「凄い集中力だな」「読むの速い」といった会話をした。

ページをめくる夜凪の姿は場面毎に表情が変わるので、黒山と雪はそれを面白く感じながら眺めていた。

 

台本を読むのは逆にゆっくりだった。

ページを戻したり、立ち上がって所作を試してみたり、動きこそ忙しい夜凪だが、読む進めるのには時間を掛けていた。

 

読み終えた夜凪の第一声は、

「これ、撮影はどうなるの?」

だった。

 

「1話目から全部撮り直しだ」

「…そう。そうよね。だって全然違うもの…」

 

「日程にも予算にも余裕のある現場だ。スケジュールは大丈夫だろう」

「さすがMHKだわ。オーディションの時、大河ドラマはそういうところがいい、と言ってた子がいたわ」

 

「もちろん変更は早いほうがいい。大きな変更だと尚更だ。決断するのも大変だっただろうな」

「そういうものなのね…」

 

黒山が、今回の変更に至るまでの一連の流れを、順を追って説明してくれた。

草見から詳しく聞いた、と前置きされたその説明は、意外なエピソードから始まった。

 

 

 

薬師寺真美にとって星アリサは恩人だった。

 

停滞していた真美が自分を取り戻せたのは、アリサとの出会いのおかげだ。

自分より9つ歳下の、これまでに見たことのないタイプのアリサというその女優は、真美に「新しい時代」の到来を予感させた。

真美からの一方的な思いではあったが、再び自分が活動するきっかけとなったアリサは、間違いなく「恩人」と呼べる存在だった。

 

活動再開の1つ目として真美が選んだ行動は、「薬師寺真波の演じ方」全30巻のビデオの制作だ。

真美にとって、真波は「日本一の女優」であり「誰にも超えられない上限的存在の役者」だった。

それを過去の物にしてしまおう、というのが真美の考えだった。

 

「薬師寺真波」という存在そのものを、俳優博物館的な何かの中に歴史的資料として仕舞ってしまえばいい。

少なくとも、自分の中ではそういう「扱い」とし、出来得ることなら他の業界関係者にも共有してもらいたい「扱い」と考えた。

 

だが、真波の演じ方の劣化版や簡易版といった演技指導は多用された(今現在もなお多用され続けている)。

芝居が未熟な役者に手っ取り早く「様になる演技」をさせるのに、「万能薬」はあまりに便利過ぎた。

そのため、それ抜きには成立しないような企画が多発される流れが既に生まれていた。

真美はその流れを苦々しく思い、自分が出演する作品においてはその使用を絶対に許さなかった。

 

 

参考にするのであれば、書道における過去作品の臨書のように行われるべきであり、不正確ででたらめな真似は有害でしかない。

 

 

役者に対して真波の演じ方を杜撰に教える監督に、真美は苦言を呈した。

そのせいで、予算やスケジュールが苦しい企画が頓挫するケースも少なくなかった。

 

真美が業界で、「口うるさい」「偉そう」と悪口を言われる所以でもある。

 

アリサに対し、真美は大きな期待を寄せた。

 

真波の域に届くかもしれない。

もしかすると超えて行くかもしれない。

しかも、まったく新しい形の役者による新しい可能性。

真波を過去の物とし、次の時代が始まるためのきっかけとなる役者。

その大役を任せるのに、アリサ以上の逸材はいない。

 

真美はあらゆる面でアリサを支援した。

共演の機会があると、可能な限りサポートした。

 

そういった支援の最後の1つが巌裕次郎との橋渡しだった。

 

最高峰の実力を持つ演出家と天才女優、その融合から生み出される物に真美は注目した。

 

結果、アリサは役者をやめることになった。

このことで、真美は大きな負い目を感じることになった。

 

その後、幾度となく真美はアリサに声を掛けた。

アリサは真美に対して恨みなど持っておらず、いろいろと目を掛けてもらったことに感謝すらしていた。

ただ、「役者の幸せ」を最優先することに決めたアリサの意思は固かった。

 

役者の在り方について「高みを目指す」という考えの持ち主である真美の声は、スターズ社長星アリサに聞き入れられる内容ではなかった。

それでも、真美は事あるごとに打診を続けた。

 

 

 

ある日、中嶋という名のプロデューサーが「キネマのうた」の企画の話を真美の元へ持ってきた。

中嶋は、「今のテレビ業界を何とかしたい」という熱い思いを真美に語った。

 

そして、中嶋が提案した「本物で紛い物を塗り潰す」というコンセプトで書かれた脚本は、内容そのものが真美が考える水準を遥かに下回っていた。

 

現在、横行している紛い物の「真波」を塗り潰すには、必要な「数」がまるで足りていない。

選択された「真波の演じ方」も相応しくない物が多い。

 

真美は、ビデオ30巻に収録された技法1000種以上の中から多数を選出した。

これらをほぼカバーする内容の脚本が作れるなら「薬師寺真波」を題材に使うことを許可する、という話になった。

中嶋の考えには大いに賛同出来るものの、やはり真美には譲れないラインがあった。

 

中嶋は、脚本の執筆者である草見を訪ね、真美の注文を伝えた。

その注文の具体的な内容を見て、草見は「キネマのうた」の脚本の書き直しをその場で断った。

あまりに難しい注文だったからだ。

 

中嶋は食い下がった。

 

もし注文に応えられたなら、真美自身が作品に出演してもいいと言っている。

もちろん、撮影現場で直々に出演者たちの芝居の質を見るための出演だ。

必要とあらば、演技指導も厭わないとまで言っている。

真美もかなり前向きな証拠だ。

この注文に応えて、真美による品質調整が実現すれば「キネマのうた」は凄いドラマになる。

 

草見を説得するために、中嶋は熱弁した。

 

その甲斐があり、草見は一度真美と話し合う機会を作ることに了承した。

 

真美から「真波の演じ方」について説明を受けた草見は、自分が今とても濃厚で有意義な話し合いの時間を過ごしている、と実感した。

草見が認識していた「ドラマや役者の世界」とは、まったくの別物としか思えない世界の話だった。

 

捉え方が違う。

姿勢が違う。

熱意が違う。

見据えている高みが違う。

 

草見は脚本の書き直しに着手した。

しかし、注文された内容を配置し、なんとか物語の形に整えるのが精一杯だった。

あまりに難しく、筋を吟味する余裕など無かった。

書き直した脚本が真美の「許可」を勝ち取ったことを中嶋から伝えられ、草見は心底嬉しく思った。

 

後になって考えると、自分が書いた脚本は非道い出来だった。

ただ、作られるドラマがどれほど有意義で高品質な代物になるのか、その完成品を見るのが楽しみだ、と草見は強く思った。

心残りは、吟味する余裕もなく、工夫する余地もまるでなかった脚本のことだった。

 

 

「草見さんの心残りは、謎の人物Hによって解決されることになる」

 

「そういう勿体つけた言い方好きじゃないわ。誰よ、謎の人物Hって…」

 

「……。」

 

 

真美は「キネマのうた」の企画が通ったと中嶋から連絡を受け、アリサに電話を入れた。

いつものように聞き入れられないことは覚悟していた。

ただ、真美がアリサに対して抱いている負い目はあまりに大きかった。

 

最近のアリサは「役者の在り方」について考え直し、スターズの長年の方針を変えようとしていた。

そして、鳴乃皐月の今後について悩んでいるところだった。

 

               第36話「人物Hの活躍の舞台裏(前編)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene159」となります。

雪の大活躍には、ちゃんとそれなりの理由があります。
普通に考えて、特に何者でもない21歳の小娘が「面白い物出来ました」と言い出しても、こんな展開にはなりません。
また、雪に「もう一度同じことをやれ」と言ってもまず無理でしょう。

雪は有能です。
ただし、その有能さが開花するのはさすがにもう少し先の話です。
今回の出来事は、後ろで動き回った多くの人たちがいて、雪本人としても偶然やタイミングに助けられた部分が多々あり、実力以上の働きを見せてしまったわけです。

前回の「会議室にて」は、私の中ではキリのいい箇所に位置付けられていて、「さあ、今回から新展開だ」と張り切っていました。

まあ、撮り直しが決まったことは大きな動きではあるんですけど……。
なんだか、前回までの話の残り火のような内容で1話を使ってしまいまして。
しかも、(前編)という事態になってしまいまして……。

まあ、焦らず丁寧に書いていこうかと思います。


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第37話 「人物Hの活躍の舞台裏(中編)」

真美からの電話は「自分は次の大河に出演するが、何か役に立てることはないか?」というものだった。

アリサは、主役の子供時代のオーディションがあることを知り、同時にわずか1話のみの出演ということを知る。

真美は、「1話だけとはいえ、役を勝ち取って欲しい。天職が女優であると納得させるだけの演じ方を、自分が鳴乃皐月に教える。彼女がどれだけ女優業に本気か伝わるように、厳しい演技指導を受けている様子も撮影する(現場で別撮りしていた皐月の個人レッスンに該当する撮影のこと)」と告げる。

 

役者として一流の真美は、演技指導者としても一流であり、そのことをアリサは知っていた。

 

必ず成功する類の話ではないが、望みが出てきたことにアリサは喜んだ。

皐月は見事実力でオーディションを勝ち抜いた(アリサが手放すのを惜しがるだけあり、皐月のポテンシャルは高い)。

 

1話目の撮影を終えた真美は、皐月の実力の高さ、短期間での成長ぶりを信じ、行動に出る。

草見と話し合いの場を設け、「脚本に変更は出来ないか? 具体的には、第二黄金時代の後の真波と子供時代の真美(皐月が演じることになる)のエピソードを加えることは出来ないか?」とお願いした。

 

草見は、不出来な脚本が採用されたことを残念がっており、この真美の願いを快諾した。

ただし、草見が変更を加えた脚本が採用される保証はない。

撮影は既に始まっており、編成部に変更を認めさせるのは難しい。

草見は、「中嶋に相談し、なんとか認めさせる方策はないか考えてみる」と真美に告げ、その話し合いは終わりとなった。

よって、真美とアリサ(当然、変更案が通った折には皐月を真美役の子供時代にどうか? と事前に真美から知らされている)は、結果を待つしかない、という不安な日々を過ごすことになった。

 

この時点で、この変更案の話が動いていることを知っている人間は5人。

真美、アリサ、皐月、草見、中嶋の5名のみだった。

 

「ところがこの時点でこの話を知る者がもう1人いた。謎の人物Hだ」

 

「いったい何者なの? 謎の人物H…(産業スパイ?)」

 

「……。」

 

人物Hは、アリサに電話を掛けてきた。

他に知る者などいるはずがない、とアリサは誤魔化そうとしたが、通用しなかった。

なにしろ相手は「真美役の皐月」という具体的な内容まで知っていた。

 

そして、人物Hは唐突に「キネマのうた」の脚本改変案を語りだした。

電話で聞いていたアリサは驚いた。

その改変案が面白い内容だったからだ。

草見と中嶋からの報告で、「前回は技法を配置するだけで精いっぱいだった。今回は少し条件を緩くして貰ったとはいえ、それでも難しい」、とアリサは聞かされていた。

時間が経ち、撮影が進むほどに編成部に認めさせるのは、より難しくなっていく。

 

アリサは、作業が難航している草見の助けになるかもしれない、と電話の内容をメモに取った。

さらに、「今の改変案を文章化出来ないか」と人物Hにお願いした。

 

文章化された物の内容を検証するための場が設けられた。

一晩で文章化された改変案は、文字数にして約5万字。

単行本の3分の1程度の量しかなく、内容も作中での出来事を並べただけの概要に過ぎない代物だった。

それだけを読んでも面白さは分かりづらいが、派生する細かいエピソードとその説明を聞くとたしかに面白い。

アリサは、電話で聞いて面白いと感じた派生エピソードや説明等の細かい部分のメモを、A4用紙3枚にまとめた物を用意していた。

 

その日のうちに草見は、概要を基にちゃんとした脚本の形にする作業を開始した。

だが、草見の作業は遅々として進まない。

概要に施す肉付けは、適当に膨らませればいい、という性質の物ではなく、しっかりと面白さが維持されていなければならない。

その維持が草見には難しい。

作業の協力者となった人物Hからは、派生エピソードやその詳細の具体的な内容が口頭で伝えられる。

草見はただそれを文字にして入力する。

 

草見は、一旦作業の場を離れた。

 

そして、現状についてのすべてを細かく黒山に伝えた。

この時の草見と黒山の話し合いにおける黒山のアドバイスが光った(←自画自賛ですよ)。

 

草見と黒山の会話の流れは以下のような感じだった。

草見が「やはり薬師寺真美は業界の毒だ」という話をした。

撮影所時代の映画界を支えた女優を母に持ち、その母を自身の才能で苦しめた薬師寺真美。

生き抜いてきた世界も、母子が登り詰めた高みとそこから見ていた景色も、何もかもが現在と違い過ぎた。

草見は真美の話を聞いて大きな衝撃を受けた自分に気づいていた。

しかし、その衝撃は草見が自覚している以上に根が深く、脚本を書く指はどうしても「昔の業界の凄み」に引っ張られた。

結果、本来なら世に出す物としては相当に非道い出来の脚本に、草見は満足してしまった。

出来の非道さに「もう少し何とかならなかったものか?」と草見が悔やむのは、しばらくの時間が経ってからだった。

 

草見は、「中嶋さんも自分と同じ道を歩もうとしている気がする」と不安を吐露した。

 

熱が入りすぎている…。

中嶋は、元々「テレビ業界のために!」という熱い思いを持っていたが、真美の注文と向き合っているうちにその熱が高くなってしまっている。

草見は、そのうち中嶋が自分のように暴走してしまうのではないか、と心配した。

そして「キネマのうた」リハーサル初日、中嶋と二人きりになった時に、草見はそのことを忠告した。

薬師寺真美の「毒」は想像以上に深く強く効く、自分はこんな失敗をした、という内容だった。

その時の草見の「中嶋の覚悟に乗っただけ」という言葉には、「自分は何も出来なかった。非道い出来の脚本を作っただけだ」という自虐の意味があった。

 

草見は、人物Hにもちゃんと説明しておこう、と呟いた。

そこで黒山は、「やめたほうがいい。あいつは今自分が置かれている状況がよくわかっていない。それがわかってしまうと委縮してしまう。中嶋さんにも、あいつに状況を悟られない言動を取るように教えておいたほうがいい」とアドバイスした。

PC室からは、カタカタと調子の良い音が聞こえていた。

黒山は、「伸び伸びと作業している証拠だ」と言い、草見は、「なるほど」と納得した。

 

 

 

話題は「毒」に関する内容に戻った。

黒山は、「その毒の影響については、演出家や監督はもっと深刻だ」という話をした。

現役時代の母子と仕事をした人物を師匠に持つ者はもちろん、ビデオ30巻の技法1000種を見ただけの者もことごとく影響を受けている。

とにかく内容が素晴らしすぎる。

影響を受けないはずがない。

おまけに、俳優連盟は定期鑑賞会まで開いている。

 

21世紀を生きる我々は新しい物を生み出す気概を持つべきなのに、その土壌が作れていない。「過去の財産」に引きずられたままだ。

 

黒山と草見は、酒を飲み始めた。

過去の財産に苦しめられている現実がたしかにある。しかも、二人とて例外ではない。

黒山は、自分が作りたいと憧れた映画は「東京物語」だった、その憧れを今も引きずっている、と白状した。

そして、「教え子には、スター・ウォーズはルーカスが既に作ってるだろ、と叱ったくせにな」と笑った。

草見にも思い当たることがいくつもあった。

そんな話をしていると、お酒が進んだ。

 

 

 

やがて、もう1つの意味で使われている「毒」の話になった。

真美にとっては濡れ衣であり、中嶋が何とかしたいと願っている話でもある。

技法1000種を便利に使いたがる業界関係者が多すぎる、という問題だ。

 

「神の調合」と呼ばれた真美の演技指導を流用すれば、お手軽に「様になる芝居」の出来上がり。

 

こんな「毒」がある限り、腐敗の蔓延が止まるはずがない。(←環が夜凪に教えたのは、こちらの「毒」のほう。環は、「超一流の演技指導力が練り込まれた万能薬は役者の演技を真波色に染めてしまい、その役者は個性を潰されかねない。だから、恐ろしい」と解釈していた。「難解な方程式」についても「万能薬に対する防衛策」だと単純な解釈をしていた。黒山にも「気持ち悪さに対するクッション」の意図はあったが、もっと重要な本来の意図は、「ベテラン役者たちの技を覚えること。具体的には、真波の演じ方を精確に踏襲する方法。その上で、如何に自身の個性を乗せていくか、という工夫。さらに、それを競い合うというベテランたちの姿勢。可能ならば、外部事情を作品内に落とし込む熟練の技術も覚える」、そういったものを夜凪に学んでもらうことだった。)

 

「中嶋さんには頑張ってもらいたいな」

 

そう呟いて、草見は眠ってしまった。

 

 

 

早朝、目を覚ました草見は(まずい)と思い、PC室へと向かった。

PC室は無人だった。

やや遅れてやってきた黒山は、「俺が酒を出したのが悪かったな」と呟いた。

 

草見は、ディスプレイに表示されているコピーされたほうの文書ファイルを開いた。

そこには完成した脚本原稿があった。

合計16万文字。

概要では5万文字だったので、実に11万の文字が書き加えられたことになる。

 

二人は完成原稿の文章を順に目で追っていたが、黒山は気になる点を見つけ、概要のほうの文書ファイルを開いた。

概要に書かれた内容は、以前黒山が人物Hに話したものが参考になっていると思われた。

真波、真美、そして母子の戦いについて自分が話した中から、人物Hは自分が面白いと思う部分をピックアップして組み込んでいる、と黒山は思った。

そして、黒山は完成原稿のほうに目を戻す。

施された肉付けには、明らかな傾向が見られた。

それは、真波のイメージの部分にあった。

黒山は、(これは、皐月、夜凪、環の3人が作ったイメージだ)、と思った。

より正確に言うなら、「イメージ通りの真波が演じられたらキネマのうたを面白くする自信はある」と環が力説した時のイメージだった。

あの時、人物Hは執拗なほどに「そのイメージでキネマのうたが面白くなるのか」と食い下がっていた。

言い合いの末、環の力説が勝った。

 

しかし、と黒山は不思議に思う。

同じ時に、自分も真波について思いっきり力説した。

その真波のイメージがまったく混じっていない。

忠実に、純粋に、鮮やかなほどに、環が力説したほうの「真波のイメージ」に寄せられていた。

そして、黒山は思い当たる。

そういえば自分が力説している時、人物Hは何故か不在だった(←外に出て、夜の歩道で墨樹と玉樹を蹴ってました)。

もし黒山の力説を耳に入れていれば、環の力説の印象がいくらか薄れ、純度の低いイメージになっていたかもしれない。

 

真波の描写にブレがないことが、人物像をリアルに掘り下げる手法にがっちりと合っている。

そのことが、物語の味わい深さを見事に際立たせている。

 

               第37話「人物Hの活躍の舞台裏(中編)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene160」となります。

なんだか長くなってしまいそうなので分けました。
というわけで、「中編」という事態になってしまいました。

どうせ書くならとことん書いてやろうと思い、あえて詳細に記述しました。
雪は玉樹を蹴ったくらいなので、言い負かされたのが悔しかったのでしょう。
そして、同時に「まあ、たしかに面白くなる」と納得させられています。

環が力説したほうの真波は、晩年寄りです。
雪の好物の方向だったのも大きいかもしれません。

言うのも何度目かになりますが、街路樹を蹴ってはいけません。


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第38話 「人物Hの活躍の舞台裏(後編)」

編成部の台本担当組のチーフである女性は、あの日の会議のことを思い出していた。

とにかく異様な会議だった。

 

中嶋から、一刻も早く編成部の人間を全員集めて欲しい、という連絡があった。

それぞれが多くの業務に関わっており、外出中の者もいる。

一刻も早く編成部の人間を全員集める、というのは相当に無茶な申し出だ。

 

中嶋は、柊雪という人物が「キネマのうた」の新しく書き直された脚本を持っていく、その吟味から採用までを最短で決断できる準備を整えて欲しい、と言った。

 

そう言われても、とチーフは困る。

中堅所の中嶋が編成部にする申し出としては大胆に過ぎる。

そもそも、初めてその名を聞く柊雪がどういう人物なのかをチーフは知らない。

 

(急ぎなんです。薬師寺真美も柊雪の脚本に期待している。私も読んだ。凄く面白かった。一刻も早く集めてください)

 

電話の中嶋の口から「薬師寺真美」の名前が出てきたことに、チーフは多少驚く。

自分をはじめ、編成部の人間は真美がどういう人物なのかをよく知っている。

まず、真美は何事においても「ゴリ押し」しない。

何かを提案してくる際には、丁寧に手順を踏んだ上で、しっかり吟味された間違いのない物を提示してくる。

 

編成部の人間は全員、1000種の演じ方を何度も鑑賞し、そこから多くのことを学んでいる。

あのビデオ30巻は、制作関連者にとってはバイブル的な物であり、実演と解説を務める真美はある意味「先生」のような存在だ。

母である真波はもちろん、真美自身も、芝居や演技に対して厳しく高い理想の持ち主であることを、編成部の人間は心得ている。

 

しかし、撮影が既に始まっている状況での「脚本改変」はさすがにゴリ押しではないのか?

幸い、真美は「その提案は受け入れられない」と返答すれば、あっさり引き下がってくれる人物だ。

 

(改変を採用する前提で動いてほしい。そして、柊雪について配慮してもらいたいことがあります)

 

会議の異様さは、中嶋のこの言葉が発端となる。

 

とにかく大急ぎで人が集められた。

別件に取り組んでいる人はそれを一旦中断し、出先の人たちは全員呼び戻された。

台本担当組も自分含め9名すべてが揃った。

採用が前提で急いで決断、という話だと、ここまでしなくてはならない。

 

 

 

会議の進行中は気を付けなければならないことが多かった。

 

連れてこられた柊雪という若い女性は、業界ではほぼ実績がなく、進行中の出来事の重要度や規模の大きさについて「ピンと来ていない状態」であるらしい。

その「ピンと来ていない状態」を壊してはならない、という配慮が会議参加者全員に求められた。

 

台本担当組は、配られた原稿のコピーを急いで読んだ。

編成部部長が率先して、時にフランクに、時に敬語で、柊雪に質問した。

柊雪の意見に誰かが反論することはほぼ無かった。

交わされた質問と回答、及びそれらに対する柊雪の意見と解説に関する「議論」という形で、会議参加者たちの「吟味と感想」の言葉が述べられた。

その「吟味と感想」の言葉は、自分たち台本担当組に向けられた物だった。

 

採用が前提の話し合いだ。

スムーズに進行することが優先された。

 

チーフは、柊雪の「ピンと来ていない状態」を壊してはならない、という不可解な配慮の必要性について納得した。

柊雪は、堂々と、伸び伸びと、しゃべり続けた。

また、そのしゃべる内容も素晴らしい。

原稿を書いた本人であり、実際に執筆してから時間があまり経っていないために印象や記憶が鮮明というのも理由だろう。

それより何より、「キネマのうた」という物語に対する理解の深さや的確さが凄い。

人物描写も見事というしかない。

この「しゃべり」が、本人が委縮することで発揮されなくなってしまったら大変だ。

チーフは48歳。

これまで、大河ドラマの台本を多数手掛けてきたキャリアの持ち主だ。

だが、迷いなく柊雪に対して敬語を使った。

 

…「委縮」は「破滅」を意味する。

 

やがて、柊雪の調子が上がってきた。

チーフにはその原因がわかった。

柊雪は、徹夜による疲労でハイになる「ゾーン」に入っている。

自分も何度も経験したことだ。

そしてこれは、「ロウソクの火が消える前の輝き」とも言える。

 

 

 

草見と部長の電話のやりとりがあった。

ここで会議参加者は、「草見による傍線部のチェックが成されていない」、という事実を初めて知る。

(中嶋の連絡不備だ。なに、ぐーすか寝てんだ、コラッ)

その中嶋が、突然目を覚まして「草見修司の本は売れる」と大声を出した。

中嶋は、寝惚けていた。

寝惚けながらも、「この脚本を書いたのは草見修司だと思い込んでいるフリを我々は演じなければならない」という配慮を必死に実行したわけだ。

(よし、連絡不備は許す。お前はそのまま寝てろ)

傍線部のチェックを草見が終えないと、我々は動けない。

作業はその段階まで進んでしまっている。

無駄に手書きで傍線を引いていたのは僥倖だったかもしれない。

手持ち無沙汰で、「ピンと来ていない状態」を壊してはならない、に配慮するための振舞いは難しい。

(そういえば、草見修司の「怒られるからヤダ」は秀逸だった。あの人も配慮を忘れていない)

 

草見からのメールが届いた。

書式が前回と同じなのはありがたい。

だが、肝心の傍線部に添える説明文が記されていない。

前回は、草見による記述で、傍線部に関する所作の理由や心情の細かい解説が付いていた。

今回のメールには、「僕にはよくわからないから柊さんに聞いてください」という一文が添えられていた。

(これは責められない。今まで演じ方のチェックを大急ぎでやってくれていたんだ)

だが、現実問題として、かなり厳しい。

台本担当組にとって、専門外の領域が含まれており、はっきり言って最大のピンチと言える。

(とにかく書くしかない)

チーフは、物語の整合性から推測して説明文を書き始めた。他の8名(←混乱してた)もチーフに倣った。

 

9名は書き上がった順に初校をどんどん柊雪に回した。

チーフは、戻された自分が書いた初校を見て声が出そうになった。

(真っ赤だあ! 容赦ねえ!)

しかし、入れられている朱筆を読んで驚く。

物凄く難しい作業のはずなのに、朱筆は細部まで丁寧に記されていて、しかも漏れが無い。

内容的にも、深いところまで言及されてる上に、読み易くて、分かり易い。

(凄い。ここへ来て、柊雪、今日一の切れ味だ!)

この頑張りに応えるために、9名は慎重に2校の記述に取り組んだ。

(心配なのは柊雪の体力と集中力だ。頼む、もってくれ)

とはいえ、9名分の台本の初校を1人で捌いている。

疲れないはずがない。

台本の分量は物凄く多い。

 

…時刻は夜中になっていた。

 

柊雪の朱筆の速度は、まだ衰えない。

相当に疲労と眠気が溜まっているのは、顔色を見るだけで判る。

だが、集中力が途切れていない。

(頼む、柊雪。もってくれ!)

チーフは祈るしかなかった。

部長をはじめ他の編成部員たちも、寝ずに台本の精読を手伝ってくれていた。

 

…夜が明け、朝になった。

 

柊雪は、まだ朱筆の速さを維持していた。

顔色には、土気色が混じっており、それは完全に限界を超えている証だった。

 

午前10時過ぎ、台本原稿2校の最後の1枚が書き終えられた。

チーフはそれを書いた部下からその1枚を受け取り、自ら柊雪のほうへ向かった。

(渡す時に「これで最後です」等と部下が口走ったら大変だ。ここは私が持っていく)

柊雪の前に、その1枚が置かれる。

チーフは無言で傍に立ち、その瞬間を待った。

柊雪は、その1枚の内容をじっくり読み、「校了」の2文字を原稿に書き入れた。

 

 

「終わりです。それが最後の1枚です。ありがとう、柊さん!」

 

 

その言葉を耳に入れた柊雪は、ゴンッ、という音を立てて机の上に額から頭を落とした。

会議室内に、パチパチパチ、と拍手の音が響いた。

その拍手の嵐が聞こえていそうにない柊雪は、仮眠室へと運ばれていった。

 

 

 

草見と中嶋は、この数日間、頻繁に電話でのやりとりをしていた。

会議の翌日の電話では、中嶋は、「今回、自分はいろいろと冷静な判断力を欠いていた。編成部に柊雪を連れ出す時も、黒山がせっかく絶妙な言い回しで誘導してくれたのに、自分は土下座をしてしまい、台無しにするところだった。編成部にも強引な申し出をしてしまった。薬師寺真美の名前も出してしまった。成功させたい一心だった。反省だ」、というようなことを言った。

 

草見は、中嶋が「薬師寺真美」の名前を出してしまったことに思うところがあった。

 

真美がどういう人物なのかは理解していた。

とにかくいい加減なことはしない人だ。

自分が如何に強い発言力を持っているかを心得ており、それ故に滅多なことではその力を行使しない。

名前を勝手に使われたと知ったら、中嶋の心証は悪くなるだろうな、と草見は思う。

それより、中嶋の一連の行動は、もし今回の脚本が不採用だった場合にはかなりの大問題となっていた。

(忠告したのに暴走しちゃったな、中嶋さん。まあ、結果オーライ、ぎりぎりセーフか…)

 

ただ、今回はその滅多に行使されない真美の力が発動された稀有な例ではあった。

特に、自分が依頼された「子供時代の真美を入れて欲しい」という話は異例だ。

これは草見と中嶋のところで止まっていたので、他の編成部の人間には伝わっていない。

 

草見は「キネマのうた」の脚本が採用された後、すぐに「楽しませなくて何が役者か」という本の執筆に取り掛かった。

大河ドラマの放送が始まると、その後「キネマのうた」のタイトルで自分の本が出版される。

あの出来の悪い脚本がハードカバーの立派な本になって、「大河ドラマ・キネマのうた」の帯が入る。

残念ではあるが、これは仕方がない。

なので、草見は「楽しませなくて何が役者か」が同時に出版される形にしたかった。

「楽しませなくて何が役者か」のほうは、その内容に自信があった。

真美から凄みのある話を聞かされ、衝撃を受けた自分だ。

薬師寺真波という女優の素晴らしさと凄さを十分に伝える内容に仕上がった、という手応えがあった。

そちらにも大河ドラマの帯が入る。

せめて、そうしないと気が済まなかった。

 

日程を考えれば、急いで執筆する必要はなかった。

それでも、草見はすぐに書いた。

自分が受けた影響を、一度文章にして頭の中できっちり整理しないと、ショックを引きずりそうな気がしたからだ。

早々に完成してしまった「楽しませなくて何が役者か」は製本されて、ドラマ撮影用の資料として関係者に配布された。

雪が薬師寺邸で「出版されてるんです」と言っていたのは誤りで、出版されるのはずっと先だ。

スタジオ大黒天に送られた資料の中にあった「楽しませなくて何が役者か」を見て、あんなことを言ったのだろう。

 

 

 

雪の脚本が、難しいはずの「演じ方のカバーの条件」をクリアしている事実には明確な理由があった。

自分が書いた脚本は、「大河ドラマだから」という固定観念のもと、登場人物の動きが派手で賑やかになる前提で記述した。

だから、難しくなってしまった。

雪が書いた脚本は、登場人物のリアクションが薄く、無駄な所作も無く、どこまでもリアル志向だ。

草見は、台本の傍線部に該当する箇所を選びながら、「リアル志向のほうが圧倒的に楽じゃないか」と感服していた。

 

自分は、「この演じ方はさっきと被る。こっちは行動理由が被る」という感じで苦戦させられた。

固定観念の弊害だった。派手さや賑やかさを醸し出すために「同じ演じ方を2~3回使うことは許容範囲。仕方がないこと」と考えていた。

 

雪の脚本には、心情の発露や細かい行動理由がびっしりと詰まっており、自分の物とは「演じ方」の総数が比較にならないほど多い。

当然、真美の選出した物に当てはめるのも楽だ。

真美が強く希望した「晩年の真波の静かな演じ方」については、草見は無理矢理捻じ込むことで応えたが、雪の脚本だと「勝手に入る」くらいの勢いで対応出来た。

結果、「晩年の真波の静かな演じ方」は大きくその数が増えた。

 

真美が選出しなかった「多くの作品で使われ過ぎた真波の演じ方(←環が嫌がってたやつです)」については、草見は「出演者の演じ方を揃える」という目的のために多用した。

それは、「演じ方のカバーの条件」とは無関係なものだ。

ただ、「揃える」ためには多用するしかなかった。

それが真美にも出演者たちにも歓迎されないと分っていても、既に精一杯だった草見には選択の余地が無かった。

 

雪の脚本だと、「多くの作品で使われ過ぎた真波の演じ方」を使う必要がまったく無かった。

そもそも、「演じ方」の総数が多い。

真美が選出しなかった「演じ方」で、かつ「多くの作品で使われ過ぎた真波の演じ方」ではない物を当てはめることで「揃える」に対応出来た。

 

(これは、真美さんも出演者たちも喜ぶだろうな)

 

草見は、快調に作業を進め、半日でチェックを完了させた。

説明文は雪に任せるから作業量は減っているとはいえ、これほど早く終わるとは思っていなかった。

なお、編成部からの電話で状況を聞かされた時には(マジか)と思った。

だが、電話が来た時、幸い草見の作業も既に完了目前だった。

台本担当組がどれだけ頑張っても、今日1日では全体の半分も進まないはず、と草見は考えていた。

メールを送信した後、(これは新脚本採用確定だな)と思いつつ、眠りに落ちた。

 

 

 

なお、少し前に依頼された「子供時代の真美を入れて欲しい」という話は立ち消えとなった。

真美からその話が来た時、「楽しませなくて何が役者か」の執筆までした自分にとって、おそらく後悔の一冊となる「キネマのうた」に手を加える最後のチャンスだと思った。

だから、快諾した。

ただ、真美の人柄を考えると意外な依頼だったので、理由を訊いた。

真美とアリサの事情と、「鳴乃皐月」の問題をなんとかしたいという思いから来る我儘だと教えてくれた。

オーバーラップのシーンを1話目に押し込めないかと編成部に頼んだ話も聞かせてくれた。

 

だが、立ち消えとなった今、自分には関係のない話だった。

自分が書いた「キネマのうた」がボツになることが、ひたすら嬉しかった。

 

真美とアリサが抱える「鳴乃皐月」の問題は、黒山に教えた。

黒山にとっては無関係じゃないと思ったからだ。

オーバーラップの夜凪景の演技に、真美は口を挟むべきか相当迷ったそうだ。

あまりに夜凪景の演技が凄かったので、オーバーラップの効果に影響が出ることを心配した、とのこと。

 

「皐月の演技が良かったので、なんとか許されたわけか」

「その通り。夜凪さんにオーバーラップの狙いの意味を教えたほうがいいぞ」

 

そんな話を黒山と交わした。

 

               第38話「人物Hの活躍の舞台裏(後編)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene161」となります。

アクタージュ原作「scene123」で草見が言っていた「薬師寺真美は毒」については、第16話「支配」において沢村に「犠牲者第1号は柴倉か」と言わせることで「毒」の正体は「過去の映画界からの刺客のようなもの」と匂わせるための布石を置きました。

その第16話「支配」のあとがきで、「草見が言っていた毒が具体的な形で作用した」と書きました。

そして、今回の「人物Hの活躍の舞台裏」において、黒山と草見に「過去の映画界のしがらみは厄介」という話をさせました。

「過去の映画界の凄み」は、役者を「委縮」させ、制作関連者から「新しい物を作る気概」を奪い、脚本家に「出来の悪い脚本に満足」させ、プロデューサーに「冷静さ」を失わせました。

「過去の映画界からの刺客のようなもの」の怖さを匂わせるには、十分すぎるくらいです。

自分でも、しつこかった、と思います。

でも、雪の頑張りが書けたので、今回は、よし、とさせてください。


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第39話 「難しい宿題」

「謎の人物Hが何者なのか気になるわ」

「俺をスランプに陥れた奴だ」

 

「わ、悪い人なのね」

「口は悪いが悪人ではない(あと凶暴だ)」

 

「黒山さんが知ってる人…、口が悪くて凶暴な人…(名前も知ってるのかしら?)」

「名前が人物Hだ。クレジット用の名義だがな」

 

 

ここで雪は、

「いったい何ですかい? その訳わかんねー話は…」

と、話に割り込んだ。

 

 

ある日、黒山は、アリサから電話で「柊雪さんはクレジットの際、どう表記してるのかしら? あと、あなたのところの社名は出していいの?」と訊かれた。

 

つまり、

「柊雪(スタジオ大黒天)」

でいいのか、という類の質問だ。

 

黒山としては、ちゃらちゃらした媒体に社名は出されたくない(スターズ関連ならその可能性は十分ある)。

業界で活動する際に雪がどういう名義で通すつもりか、黒山は知らない(一般的に、女性は本名を出さない場合が多い)。

自分が仕事をあまりしないから勝手に動いているんだろうか?(「美人制作特集」をするからあなたも出なさい、会社の宣伝にもなるわよ、等の甘言にまんまと乗せられたとか…)

 

「なんでそんな話が出てきたんだ?」

(詳しいことは言えないわ。まだ決まった話ではないし)

 

「じゃあ、決まってから改めて聞いてくれ」

(簡略な資料を作るのに必要なのよ)

 

「ならイニシャルでいいだろ」

(H・Y・S・D?)

 

「それ、通じると思うか?」

(あなたが言ったんじゃない)

 

「人物H、社名D」

(それでいいの? 私は柊雪さんが普段使っているクレジット表記を訊いたのよ)

 

「それでいい。話が決まったらちゃんと考える」

(わかったわ…)

 

 

…電話での会話は、こんな内容だった。

 

 

「なんで私が美人制作特集に出るんですか!」

「何やったか訊いたら、教えてくれなかっただろ、お前」

 

「訊かれてません」

「訊いた。アリサが言えないなら自分も言えない、と答えた」

 

「……。(そういえば、そんな会話があった)」

「というわけで、明日、犬井さんとこ行って勉強会やるぞ。柊には良い機会だ」

 

「……。何が、というわけで、なんですか?(勉強会は嬉しいですけど)」

「俺はスランプなんだ。スランプじゃ仕事が出来ない」

 

「仕事しないのはいつもだろ。…あと、なんで私がスランプに陥れたことになってる?」

「気にするな。必要なスランプってのもある。感謝してるくらいだ」

 

夜凪が「あああーっ!」と大声を上げた。

手にしてる脚本に「柊雪」と記されているのを見つけ、騒いでいてた。

 

「夜凪。明日はお前も来るんだぞ」

 

そして、夜凪には「明日までにやっていてもらいたいこと」が言い渡された。

新しい脚本の5話目までの全出演者の芝居を覚えてくること。

4クール作品としては長めと言える1話あたり45分の放送時間構成を持つ大河ドラマ、その5話分の全出演者の芝居は相当な量になる。

 

夜凪は、闘志に燃える眼光を湛えて「やり遂げてみせるわ」と頼もしいことを言った後、「でも、1人じゃ無理なのよー」と、やや頼りない言葉を残して、劇団天球へと出掛けて行った。

 

 

 

ルイとレイの遊び相手をしながら、黒山と雪は静かに会話していた。

 

「この二人がいると、柊が大人しくなるから助かる」

「いや、まあ…、で、スランプって穏やかじゃないですね。私のせいってのは冗談として」

 

「これが案外、冗談じゃない。正直、トドメを刺された」

「……。く、詳しく伺いましょう…」

 

「明日、犬井さんも俺と同じ思いをすることになる…」

「私にそんな特別な力があるとは思えません」

 

「ある。お前は、勉強が足りてないんだ」

「……!(たしかにルイとレイがいると怒鳴れない。上げたいのか下げたいのか、どっちだ、コラッ!)」

 

きっかけは、環から出されたメモ書きのクイズだった。

あんなクイズ、わかるはずがない、と思った。実際、手も足も出なかった。

百城千世子から、「今の俺の映画には出たくない」、と言われたのは痛恨だった。

自分でも、どうも調子が変だ、とは感じていた。

百城の一件で、自分が変になっていることを認め、正面から取り組まなければならない、と思った。

 

思い返してみると、これまでにも明らかに変になっていた出来事が幾つも見つかった。

いつから自分はおかしくなったのか考えてみた。

そのタイミングは、自身初の大作映画のために活動を開始した時期に一致した。

 

自分の映画人生における重要な大仕事だ。しかも初挑戦。

平静でいられないのが普通かもしれない、と思った。

 

具体的にどう変なのか、どう修正すればいいか、考えてみると答えはすぐに見つけられた。

演出家と役者は、常に切り離して捉え、両者の間の距離は遠すぎても近すぎても駄目。

適正な距離を保ち、距離感を正確に管理しているつもりだった。

その距離感が狂っていた。

両者の距離は適正より遠くなっていた。

演出家とは何か、役者とは何か、ということをじっくり見つめ直した。

役者側に歩み寄るとは、どういうことか、その感覚を思い出そうとした。

 

するとメモ書きのクイズが別物に見えた。

切り離す捉え方が巧くなりすぎていた、と思った。

距離を間違えると、こんなにも見落としが増えるのか、と怖くなった。

それくらい、あのメモ書きのクイズは、実は簡単な代物だった。

 

「か、簡単なクイズがわからない。つまり、私は勉強不足ってことですね…」

「違う。そんな意味じゃない(あんなクイズは慣れの問題だ)」

 

あのクイズと百城の一件から、切り離す捉え方を捨てようと考えた。

器用にそういうこと出来ると作業効率が上がるメリットはあるが、今はデメリットのほうが怖い。

自身初の大作映画のプレッシャーがある中、本調子を維持し続けるのは難しい。

今はあんなつまらないスランプから抜け出せたが、油断は禁物。

 

ところが、柊に気づかされた。

自分が抜け出したと安堵したスランプは小さい物に過ぎず、もっともっとどでかいスランプを抱え込んでしまっていることに。

 

「現に俺は今、心も体も粉々に砕かれた感覚の真っ只中だ。映画に対する感性そのものが死んでいる。それくらい駄目になった」

 

 

 

劇団天球。

夜凪は、阿良也が不在なことに肩を落としていた。

 

劇団員たちは、その分かり易過ぎる落胆ぶりに呆れていた。

なんというか、「阿良也以外は役に立たない」とでも言ってるような態度に見えてしまい、夜凪はそういう気を遣う芝居がとことん下手だ、とみんな思った。

まあ、夜凪に悪意がないことは、劇団員たちは分かっていた。

 

七生が台本に目を通し、「これはこういう芝居でしょ」と演技を1つ披露した。

 

それを、ぼーっ、と眺めていた夜凪は、

「0点…」

と、小さく呟いた。

 

当然、怒る七生。

 

「景、あんたちゃんと見てなかったでしょ(0点なわけねーだろうが)」

「…七生さん、ちょっと待って」

 

夜凪は、稽古場の端に置いてあるパイプ椅子に座り、

「俺はなぁ、七生。手グセの演技なんか見たくねーんだよ…」

と、静かだが威厳のある口調でそう言った。

 

みんなが思わず(巌さん!)と声にしそうなほどに、雰囲気が似ていた。

 

「ふ、不謹慎な物真似すんなっ!」

「不謹慎じゃないわ。お前は巌裕次郎になれって、巌さんから直々に言われたのよ」

 

「嘘ねっ、巌さんなら、お前は俺になれって言う」

「あ、言ったのは黒山さんだったかも…」

 

そんなやりとりはあったが、しばらくすると「本題に入ろう」という空気になった。

夜凪が課された宿題の量の多さと内容に、みんな興味を持った。

なにしろ、1話目と2話目は8歳の真波の役だ。

夜凪の身長は168センチ。

それで、どうやって8歳を演じるのか。

 

「ま、まずは安田役ね…」

 

「駄目だ。真波からだ。主役で、しかも夜凪もやる役だろ」

 

「景、私が点数をつけてあげるわ。100点になるまでやってもらうから」

 

そして夜凪は、雪が書いた脚本の真波を演じる。

松菊撮影所の前で無言で立っている。

門柱看板を見て、静かに歩き出し、近くまで行く。

看板の漢字は読めない。

真波は、ゆっくり身体を斜めにし、建物内の光景を見つめる。

 

「はい、100点。次、亀、あんた安田役」

 

建物内を歩く安田と目が合うのを待つ真波。

目が合った途端、真波は目を逸らす。

安田のほうから真波に歩み寄る。

ぎりぎりまで近づいてから真波は安田に背を向ける。

 

「なぁに、しとんじゃ?」

 

真波は、一瞬安田の顔を見るが、すぐにキリリとした目で建物を見上げる。

 

「ここはなぁに?」

 

「はい、カット。50点。テイク2」

 

夜凪が演じる「8歳」は、相当に雰囲気が醸されており、かなり上手だった。

それはそれとして、七生も他の劇団員も、168センチが演じる8歳を見るのが面白くて仕方がなかった。

 

               第39話「難しい宿題」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene162」となります。

夜凪の宿題は半端なく大変だと思います。
でも、こういう稽古は今の夜凪にはぴったりな気がします。
相手役がいないと芝居の稽古は効率が落ちますし、劇団天球に来たのは正解だと思います。
今は面白がっている段階ですが、結局はきっちり厳しい稽古に付き合ってくれる人たちです。

なお、雪の脚本による台本では、皐月が演じる8歳の真波の場面が2話に増えています。
これは以前、8歳の真波に「片鱗」という要素を加えるなら2話使いたい、と雪自身が言っていたことです。
作品のテイストも、最初の物とはかなり違っています。
雪は、撮影所を見た8歳の真波に「わあ」と言わせません。
普通、独り言でそんなことは言わないものだからです。
リアル志向の雪が書いた「キネマのうた」は一味違いますね。


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第40話 「有能な者たち」

劇団天球。

夜凪と劇団員による稽古は2周目が終わろうとしていた。

45分ドラマの5話分。芝居の部分だけを抜き出しても、合計で2時間近くある。

 

「しっかし、うめーな。景のやつ…」

 

七生は、代役を務める劇団員と夜凪の芝居の違いに注目していた。

(あまりに違い過ぎる…)

天球のメンバーは実力派揃いだ。それは、舞台での芝居に特化された力だ。

舞台演劇をやるなら、その特化された力を揮えばいい。

 

…映像作品のオーディションに取り組んだほうがいいかもしれない。

 

巌亡き後、劇団天球の興行成績は落ち込んでいる。

 

阿良也は、劇団の知名度を高めるために動き回っている。

大きめの仕事を取ってくることもある。

はっきりいって、阿良也に頼りっきり。阿良也1人に背負わせてしまっている。

 

天球メンバーの生きる場は舞台の上だ。それは今後も変わらない。

だが、知名度を高めたり、集客力を上げたりする努力は他の団員でも出来る。

巌がいた頃から、いろんなオーディションを受けている団員は幾人かいる。

彼らの中で、まともな役を勝ち取った経験がある者は1人もいない。

手っ取り早く貢献するには、ドラマや映画やCMに出演するのがいい。

だが、現実問題として、オーディションでことごとく落とされてしまう。

 

2周目が終わり、水分補給している夜凪に、七生は声を掛けた。

 

「景、…うちのメンバーがオーディションで落ちまくってるんだけど、理由わかる?」

 

ペットボトルの水を飲みながら、きょとん、とした目をこちらに向ける夜凪を、七生はじっと見つめる。

夜凪は、以前ルイとレイのことについて阿良也から質問された時のことを思い出していた。

これは、嘘を吐かず、本音で答えて欲しい類の質問だ。

 

 

「ヘタクソだからだと思う」

 

 

はっきりと、大きめの声で、夜凪は本心を口にした。

予想通りの回答とはいえ、七生は(ぐっ)と心の中で呻き声を上げた。

直接、ずばりと言われると、やはり堪える。

 

初めて劇団天球に夜凪が来た日、夜凪がやってみせた「列車の乗客の芝居」は恐ろしく高いレベルだった。

全体的に、細かすぎて不親切な芝居。

舞台演劇には不向きな演技。

だが、レベルはたしかに高かった。

 

列車の振動に合わせて身体を小さく揺らし、車窓から外を眺めるだけの芝居だった。

まったく不自然さを感じさせない「列車の乗客」の佇まいは、見知らぬ人から同席をお願いされるという「アクシデント」が発生しても、微塵も崩れなかった。

 

…その芝居のレベルは、阿良也の域に届いている、とさえ思った。

 

「景。あんた、うちの連中が今後の練習で、受かるようになる可能性はあると思う?」

「…あ、あるに決まっているわ!」

 

 

 

ここから何故か夜凪の力説が始まった。

七生の前に駆け寄ってきて語り始めた夜凪。

その周りに他の劇団員もわらわらと集まってきた。

 

…夜凪は大いに語った。

 

身振り手振りを交えながら、自信たっぷりに「可能性」について述べた。

夜凪は、劇団天球が有能集団だと知っている。

必然、言葉に力が入る。

 

劇団天球メンバーの実力が如何に高いか。

客の意識を舞台に集中させる雰囲気作り。演者から滲み出る心情のコントロールの巧さ。抑揚の変化のさりげなさ。見る者の心を揺さぶる絶妙な表情作り。稽古における役作りの正確さ、等々。

そういう天球の良い部分を、「あなたたちは芝居オタクなのよ(自覚するべきだわ)」という1つ間違えば暴言になるような言葉を交えつつ語った。

 

そして、夜凪は、

 

 

「でも、テレビの前に客はいない…」

 

 

と、問題の核心を告げた。

 

テレビ画面の前にいる人は客ではなく視聴者だ。

その違いは物凄く大きい。

映画館にも客はいるが、それは限りなく視聴者に近い客だ。

テレビ画面ではなく大きなスクリーンで見たい。

映画館で映画を見る行為そのものが好き。

そういう人たちだ。

映画館が、舞台とは違う最大の要素は「同じ映画を何度も観られる」という点だ。

映像作品と舞台演劇作品は、鑑賞者の質が違う。

 

七生は、4時間ぶっ通しで色んな人の色んな役を演じて疲れているはず、という理由を添えて夜凪に休憩するように言った。

しばらく劇団員だけで今の芝居をやってみせるので、それを見ながら身体を休めてほしい、と言葉を続けた。

 

「気づいたことがあったら教えて、駄目出しとか」

「…わかったわ(ちなみにまだ疲れてないわ)」

 

七生は、何故か稽古場を歩いていく夜凪の後ろ姿を見つめた。その後ろ姿はやがてパイプ椅子へと辿り着き、夜凪はそれに座った。

(いや、監督をやれ、とは言ったわけじゃないんだよ、景)

まあ、いいか、と七生は思う。

 

劇団員たちによる芝居が始まった。

1つのシーンを通しで終えると、夜凪から「カット、OK」の声が掛かった。

 

「はい、君、合格。採用!」

「ちょ、景っ!」

 

「七生さん。オーディションは相性のお見合いの場よ。私が合格と言ったら合格なのよ」

「いや、そもそもうちの奴らは書類選考で落ちるんだよ!」

 

「……。それはっ!」

 

七生は、夜凪の「それは」の続きを待った。

だが、夜凪はしばらく固まってから「次のシーン始めてください」と声を出し、返答をあやふやにした。

返答無しかよ、と七生が思っていると、夜凪の「カット!」の声が鋭く響いた。

 

「亀太郎さん。台詞の後、睫毛に悲しみを帯びさせる感じで」

「睫毛? 眉毛じゃなくて?」

 

「スタート!」

「……。」

 

再び、亀太郎が芝居を始め、すぐにカットとなった。

 

「より悪くなったわ。演技がバラバラよ」

「すみません(睫毛に気を囚われて他が疎かになってたか?)」

 

次のテイクでOKが出た。

その後も、夜凪はどんどんシーンを進めていった。

 

「おさげを上下させて、弾むような感じで」

 

「唇は、悔しさが隠し切れない感じが欲しい」

 

という難しい指示が頻発されていた。

七生は、(まずい。もうすぐ私の番だ)、と少しビビる。

特に、おさげの上下が強烈だった。

指示を受けた千鶴は、歩行の動揺でそれを作り出す工夫を見せた。

七生は、(千鶴、上手い。おさげなんて実際はないのに、ちゃんと上下に揺れてる雰囲気が出てる)、と思った。

だが、夜凪は「ちっとも弾んでない。あと歩行が不自然」と評価した。

何度テイクを重ねてもNGになるので、夜凪が「お手本を見せる」と言って、実際にやって見せた。

千鶴が「わかりませんでした」と返事したので、夜凪はもう一度手本を見せてくれた。

七生も一度目で(さっぱりわからん。たんに楽しそうに歩いてるだけじゃん)と感じたので、二度目は注意深く見た。

 

夜凪は、歩行の動揺の隙にこっそり首の動きを挟んでいた。

 

頭と肩の動きは普通なので、全体を見れば不自然さは無い。

そして、今はロングストレートの夜凪がもし髪を実際におさげに結っていたら、あの首の動きを使えばたしかにおさげはぴょんぴょん弾む。

 

唇の、「隠し切れない感じ」、も何気に難しかった。

評価の言葉も容赦がなく、「ほんとに隠してどーするの?」「悔しく見えたら駄目」等と厳しかった。

 

七生は、ついに来てしまった自分の出番に(よしっ!)と気合いを入れ、稽古場中央に歩み出た。

1テイク目の途中でカットが入った。

 

「その微笑みは、浮かぶ感じじゃなくて広がる感じで」

 

一段と難しい注文に、七生は(ぐぐぐ…)と歯噛みした。

広がる、というのは、じわじわと領域が大きくなっていくイメージだ(たぶん)。

そう考えて臨んだ2テイク目は「カット。惜しい。広がりが足りない」と評価された。

なるほど、領域の大きさが足りなかったのか、と思い、それを実行した3テイク目でOKが出た。

 

「さっきの返事だけど、書類選考が重視されないオーディションを狙うしかないと思う」

「え、ああ…(忘れてた)」

 

「美男美女を求めるオーディションだけじゃないのよ。ようするに履歴書に箔がつけばいいだけだわ」

「…だね(別にうちはブサイク集団って訳じゃないけどな)」

 

「数を撃って、箔につながる役をものにする。そういう地道さが大事だわ」

「うん、まあ、正しいと思うよ…」

 

「というわけで、皆さんも明日の勉強会に参加しましょう」

「…は?」

 

 

 

夜凪の狙いは、5話目に数回登場するモブだ。

適当に集められることが多いモブ役は、当然まだ誰がやるかなんて決まっていない。

制作側としても人集めの手間が1つ減って助かるし、劇団天球ならモブとしては贅沢なレベルだろう。

 

「それ、配役って言わないやつでしょ。履歴書にも書けないよ」

「実はこのモブは7話目にも9話目にも出番があるのよ」

 

「だから、出番が多くても役に名前がなかったら意味ねーって言ってんの」

「名前なんて貰えばいいのよ。なんなら明日持っていく履歴書に(役名があるなら三井七子を希望)とでも書いておけばいいわ」

 

「…待った。それは、…そういうのは普通なのか?(私らは舞台専門だからテレビはよくわからん…)」

「ふっ、それを私に訊くのは愚問ね。ただ、やって損することなんてないと思うわ」

 

劇団天球メンバーの中で、明日の都合がつく11名が、アポ無しで勉強会に参加することになった。

その後、夜凪は稽古を3周こなした。

劇団員は、夜凪から受けた難しい指示のおさらいをしながらその相手役を務めた。

 

 

 

翌日、犬井邸。

黒山、雪、ルイ、レイ、夜凪、環、が集まった。

皐月は呼ばれなかった。皐月にとって、特に意義のある内容の勉強会ではないからだ。

 

劇団天球メンバーの11名は、「5話目からのモブ希望です」と言って犬井に履歴書を渡した。

犬井は、「11人か。助かるな。担当に渡しとくよ」と履歴書の束を受け取った。

 

「見学していてよろしいでしょうか?」

 

亀太郎が、すっ、と頭を下げた。

会場となったリビングはそこそこ広く、11名は窓側に並んで座って見学することを許可された。

 

勉強会の流れは、以下のような感じ。

 

夜凪が1話目から5話目までの全登場人物のすべての芝居を演じる。

その芝居を見て、チーフ監督の犬井が指示を出す。

同じくチーフ監督の雪は、犬井の隣に陣取り、自分なりに指示を出す。

黒山、ルイ、レイ、環、の4人は、ただその様子を見学するだけ。

後で、ルイとレイを除く全員で色々話し合う。

 

黒山からダブルチーフ体制の話を聞いた時、雪にはほんの少しだけ嫌な予感があった。

黒山の「今回の勉強会は遊びみたいなもんだ。気楽に楽しめ」という言い回しにも怪しさを覚えた。

また、うまいこと言って自分を大変なことに巻き込むつもりではないか?

とはいえ、映画監督になるための勉強の場としては、自分には勿体ないほど豪華な環境であることはたしかだった。

 

今朝、師匠が、「俺はスランプ中でもあるし、しばらくは弟子に色々教えることで時間を潰す。今まであまり見てやれなかった分、しっかりと鍛えてやる」、と言ってくれた。

 

これは嬉しかった。

師匠がスランプに苦しんでいることは心配すべきだが、やはり嬉しかった。

スランプのような機会でもない限り、「世界の黒山墨字」が自分のために時間を割いてくれる日々なんてもう訪れないかもしれない。

 

…貴重な日々になる。

 

雪は、(遊びと思わず、厳しく真剣にやろう)、と気合い十分の状態だった。

 

 

 

夜凪の芝居が始まった。

特に滞ることもなく、順調にシーンは進む。

雪の目から見て、夜凪の演技に修正が必要な個所はなかった。

犬井も何も言わなかった。

 

そして、1話目の全員分のすべての芝居は約20分で終わった。

 

2話目へと突入した。

やはり口出しが必要な個所はない。

役の理解は登場人物全員分が完璧だ。台詞や所作の意図と心情も正確に把握している。

たぶん、犬井も同じように判断しているだろう。

 

3話目が終わった時点で、犬井も雪も、一言も発していなかった。

ここで犬井が、

 

「黒山、聞いてた話と違うじゃねーか」

 

と、特に不満という感じでもなく平坦な声でそう言った。

黒山は、「まあ、5話目まで見ましょうよ」と答え、犬井は「いいけどな。良い物を見る時間てのは楽しいもんだ」と応じた。

 

4話目も終わり、5話目となった。

犬井が、

「せっかくだからモブに入ってもらおう」

と提案し、劇団天球メンバーの11名も芝居に参加した。

 

雪は、夜凪のチェックはもちろん、モブも厳しく見てみよう、と思う。

しかし、モブの11名は上等すぎるくらいの動きを見せるだけで、口出しする箇所はどこにもなかった。

雪は、両手指で四角を作り、演じている12名をフレームに入れるイメージを確認した。

それを見た犬井も、四角を作って芝居を覗いた。

 

「このシーン、映えますね」

「映えるね」

 

「ひたすら良いだけで、なーんにも言うところがないですね」

「ないねえ」

 

…そのまま、5話目が終わった。

 

犬井が、

「なんだ、これ?」

と言った。

 

雪も、(ほんと、なんだ、これ?)、と思った。

 

 

 

黒山が、「こうなる予定じゃなかった」と大きめの声を出した。

汗を拭いて、ふぅ、と息を吐く夜凪の元に駆け寄り、黒山は「なんで全部出来ちゃうんだよ」と口走った。

さらに、夜凪には「せめて1箇所くらいミスるだろ、普通」と言い、天球メンバー11名に向かって「お前ら、モブは普通そんな立派な芝居はしないんだ」と言った。

 

「あーあ。あれが役者に言う言葉かよ、最悪だ」

「師匠はスランプ中らしいです」

 

「そうか、大変だな」

「大変ですよ、ほんと」

 

ここで雪は、

 

「こらっ、黒山墨字っ! 役者が戸惑ってんだろ。アホか、お前は!」

 

と厳しい口調で告げた。

 

「柊、今日の勉強会はこういうことじゃないんだ」

「うん、いいから。…まず、役者さんたちに詫びなさい」

 

黒山は、まず劇団天球メンバーたちに丁寧に頭を下げて「申し訳ありませんでした」と詫びた。

次に、夜凪の前に立って、同じく「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 

               第40話「有能な者たち」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene163」となります。

夜凪が、天球の劇団員相手に監督のようなことをしました。
さぞ楽しかったことと思います。
自分の指示で他人が動き、良い物が出来上がる、そんな体験。
他人に教えることで自分の勉強にもなる典型でしょう。

そしてスランプ中の黒山。
夜凪の実力を完全に見誤ってます。
人格的にもスランプですね。
こんなヒドイ発言をする人間じゃないはずなんです。

早くスランプから立ち直ってもらいたいものです。

そして、ルイ、レイ、環、の3人はかなり暇だったことでしょう。


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第41話 「ワクワク」

「原因とか、なんか聞いてるかい?」

「大作映画初挑戦のプレッシャーと言ってましたね」

 

「あいつ映画撮るのか。そりゃ結構な話題になりそうだな」

「犬井さんは初挑戦のプレッシャーとかどうでしたか?」

 

「あったよ。でも俺は若かったからなあ。24の時だ。一気に突っ走ったよ」

「す…、黒山は8月で37歳です。もう突っ走れない歳なんですかね?」

 

「37か…。普通は突っ走れない歳だろうな。いろいろ考え過ぎて迷いまくる」

「黒山は普通じゃないんですか? 海外で賞を獲ったこととか?」

 

「そうじゃないよ。普通は業界で山ほど経験を積むんだ。頭でっかちになって突っ走れなくなる」

「なるほど。黒山は業界で仕事してませんね。ずっと海外を飛び回ってたそうです。私が下に付いてから6年ほどですが、とにかくいつもどこかに行ってますね」

 

ここで夜凪が、犬井と雪の会話に割って入り、

「もう勉強会終わりですか? 私、もう2~3周いけますよ」

と、頬を赤く上気させながら機嫌良さそうに言った。

 

「夜凪は今日、どうだった?」

「全力でやりました。気持ち良かったです。課題も難しくて楽しかったです」

 

「役者らしい良い返事だ。役者は余計なこと考えず、常に役者に全力だ。今日の芝居も良かったよ」

「ありがとうございます」

 

雪は、(犬井さん、いいこと言うなあ)、と思う。

ただ、自分としては監督の仕事の練習をもっとしたかったのが本音だ。

 

(演技を見るのも仕事だし、楽しかったけど、指示とか出したい)

 

雪は、(ダメもと)と思いつつ、天球メンバーのキネマのうたを見せてもらえないか、と夜凪に訊いた。

昨日、半日だけとはいえ、夜凪の稽古に付き合っているので「キネマのうた」の芝居もある程度は頭に入ってるはず、という読みだった。

 

「駄目です」

「いや、けいちゃん。訊くだけ訊いてみてよ…」

 

「雪ちゃん、プロでしょ。舞台と映像がどれだけ別物か知ってるはずだわ」

「でも、モブの芝居とかいい感じだったし、訊くくらいは…。お願いします…」

 

夜凪は「一応、訊いてみるわ」と言い残し、並んで座っている11名のほうへ歩いて行った。

二人のやりとりを聞いていた犬井が「無茶なお願いだなあ」と呆れたように呟き、雪は「やっぱり指示とか出したいんですよー」と本音を吐露した。

 

 

 

劇団天球メンバーの11名がリビングの中央に歩み出た。

そして先頭の七生が、

「夜凪さんから、お願い断って、と言われましたが(←七生はキッパリとした性格。そして巌同様、政治的な交渉事は嫌い)、それとは関係なく断らせてください。飛び入りで参加した立場上、リクエストに応えたい気持ちはあります。ですが、私らは舞台役者です。映像用の芝居はド素人です。無様な芝居で勉強会のお役に立てるとは到底思えません」

と、迷いなく語った。

 

雪は、ちらっと夜凪を見た。

すぐに、顔の向きを正面に立つ迫力たっぷりの11名へと戻した。

(けいちゃん、頭を抱えて床に突っ伏してた。私のせいだ…)

 

「で、ではモブ。あの5話目のモブのシーンはどうでしょうか。次は発声有りで」

「それなら、まあ…、では勉強会に協力させてください」

 

綺麗な姿勢で、七生は頭を下げた。

それぞれの立ち位置へ向かおうとする11名の背中。

犬井は、履歴書の束を取り出して束をめくり、全員分の内容に目を通した。

束を手渡された雪もそれに倣った。

 

11名が合図待ちの状態になったのを確認した雪は、隣の犬井の顔を見た。

犬井が小さく頷いたので、雪は「スタートっ!」の声を響かせた。

 

 

 

全体の動き。

不自然な動きで悪目立ちする人はいない。

そして、新要素の音声。

雪の耳に入ってくるのは、程よく小さい音量で、声量や内容に統一性のない「人の声」から生まれるざわつき。

…上手い。

大音声が標準とされる舞台役者の物とは思えない。

 

「……! カット!」

 

ぴたりと止まる人の動きと音。

雪は、履歴書を見ながら、

「横山一平さん。離れた場所にいる人に向けた大きめの声が良かったです。でも、ぎりぎりフレーム内です。一歩右にフレームアウトして声量上げてみてください」

と指示を出した。

 

テイク2を開始させようとする雪を、「待って」と犬井が留めた。

 

「今のフレームはどうやって決めたの? あと、フレームアウトさせた意味も教えて欲しい」

「えと、フレームは前回に決めました(犬井さんも両手指のフレーム作ってましたよね)。フレームアウトは、声を向けた相手との距離が近いんです。一緒に映ってたら変だし、声量もあとちょっと欲しかったんです」

 

それを聞いた犬井は立ち上がり、11名のほうへ行って色々しゃべり始めた。

犬井が雪の隣に戻ってきた時、リビング中央には4名が横列に立っていた。

 

「田井中千鶴、真波やります!」

「青田亀太郎、安田やります!」

「田沢涼子、文代やります!」

「竹原浩太、戸井口やります!」

 

犬井は、「なんとか了解してもらった。実際、彼らは映像用の芝居も出来ている。モブの芝居だけでも判るレベルだ。せっかくの勉強会だ。有意義な物にしたい。…というふうに説得してきた」、と雪に告げた。

 

1話目の真波が1人立っている状態が整うと、

「スタート」

と、雪は声を張った。

 

千鶴は、ぼーっとした雰囲気で建物内や門柱を見て、表情が突然、目の瞬きと共に星が散る、という感じの「8歳」の物に変化した。

雪が、(上手いんだけど、これは違う)と思い、カットの声を出そうとし時に、「真波役、田井中から三坂七生に代わります!」という大声が出された。

きびきびとした動きで中央に出てきた七生は、「勝手にごめん、千鶴」と言い、1話目の待機の姿勢を作った。

 

雪は、(なるほど)と思う。

4つの役の中で、「真波」は段違いに難しい。

モブの中でも七生の動きは一際上手かった。

千鶴には荷が重いと判断して、自分が出てきたのだろう。

 

11名の中でいちばん年下で小柄で童顔の千鶴は、「8歳に近づけやすい」という理由で七生に指名された。

だが、七生は知っているはずだった。

昨日も今日も、18歳で168センチの夜凪の「8歳」が見事だったことを。

 

…求められるのは見た目じゃない。

 

雪の「スタート」の声を聞いた瞬間、七生は顔は正面のまま眼球だけを「建物の上空」に向けた。

(8歳の子が建物を見上げたらこの角度になるはずなんだ)

次に、真っすぐと歩く。

ちらりと門柱の看板を見て、すぐ視線を建物敷地内に彷徨わせる。

 

「カット! 上手い。でも惜しい。真波は目がいい。チラ見のタイミングはもう少し早く。あと、看板の高さはもっと上です」

「はい!(視力のことは気づかなかった。看板の高さは単純に私のミスだ)」

 

2テイク目でOKとなり、すぐに次の真波と安田のシーンとなった。

亀太郎が七生を見つけた時、

 

「カット!」

 

と、雪の声が飛んできた。

七生は、(うおお、厳しい。でも、面白え…)と、ワクワクしている自分に気づいた。

 

               第41話「ワクワク」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene164」となります。

前日の夜凪との稽古で劇団天球メンバーは相当しごかれています。
夜凪から出されていた指示も、最高難度に該当する物です。
その難しさをどう受け取ったか?
そして雪の厳しい指示に対して何を感じるか。

私としては、とても興味深いところです。
書いていて、どうなるんだろう、とワクワクしています。


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第42話 「落胆」

ルイを股の間に置いて抱える夜凪と、レイを股の間に置いて抱える環が、壁に背を預けて座って並んでいた。

劇団天球メンバーが雪にしごかれている様子を、二人で眺めていた。

 

環は小さく、

「景ちゃん、どうやったらあんなに上手く8歳を演じられるの?」

と質問した。

 

夜凪は、眉を下げ表情を歪めて、

「…ありがとう!」

と、うるうると環を見つめた。

 

「いや、ありがとうじゃなくて、私は質問したんだよ」

「みんな私の8歳を面白がって笑うのよ…。真剣にやってるのにひどいわ…」

 

「大丈夫。私は笑わない(面白いとは思った。それはしょーがない)」

「…皐月ちゃんの真波の1年前のイメージ」

 

「7歳の真波ってこと?」

「うん。7歳でちょうどになるの」

 

草見の脚本時の真波は、8歳にしては大人びていた。

皐月が同じく8歳の割にしっかりしているので、ピッタリだと夜凪は感じていた。

 

…そして、雪が書いた8歳の真波は、きっちり「8歳」だった。

 

それはそれで構わない。

皐月が演じる時、前回より幼めのイメージを持てばいい。

今回、夜凪はそれを「皐月の真波の1年前のイメージ」と設定したわけだ。

 

昨日、劇団天球へ移動中の夜凪のラインで「勉強会」の話を知った環は、「自分も参加したい」と言い出して勉強会メンバーとなった。

環も夜凪も、「キネマのうた」の撮影に関して言えば、スケジュールがかなり楽な内容に変わっていた。

これは他の役者たちにとっても同様だ。

 

撮影スケジュールの流れが、例年通りの物に変更されたからだ。

 

大河ドラマの撮影はロケから始まる。

ロケ撮影は、「撮れる時に撮る」という方針でどんどん進められる。

予定地の天気に合わせて、ロケ撮影隊は各地を巡る。

スケジュールは、前半はロケ撮影が中心、後半はスタジオ撮影が中心。

制作側にとっても、役者側にとっても、調整が楽だとスケジュール上の負担がかなり軽減される。

毎年そのように出来ればいいが、ままならないのが現実だ。

当初の「キネマのうた」のスケジュールは、直前の大雨で予定地がことごとく好ましくないコンディションとなったため、スタジオ撮影スタートとなった。

 

この2週間の間に、「ロケ撮影スタート」が可能な程度に、各地のコンディションが回復した。

とはいえ、やはり2週間の遅れは小さくはなく、制作側はやや過密な日々を過ごさねばならない。

 

「ちょっとした旅行になるね。監督がいないこと多いし」

「私はスタジオ撮影のほうが好きだわ」

 

 

 

犬井は、天球メンバーの芝居を見て「カット」の声も「指示」の声もまだ掛けていない。

雪が指示を出したがっているから遠慮している、という訳ではない。

 

「亀太郎さん。真波を見つけるのが早い」

「はい。あの、勉強会なので、…質問もいいですか?」

 

「どうぞ」

「見つけた後、多少驚いてもいいですか?」

 

「驚く、があってもいいですが、めんどくさい、が勝ります」

「はい」

 

犬井は、雪のカットがちょっと早いかな、と少し考える。

でも、自分もこれくらいの早さの時もあるなあ、と思う。

 

次の雪のカットはなかなか掛からなかった。

犬井の目から見ても演技に駄目な個所はなかった。

そして、ようやく掛かった次のカットの後、雪の指示は長かった。

 

「田沢さん。安田と戸井口の2人と4回すれ違う時、1回目から2人に対して大きな怒りを向けないでください。あと顔の筋肉をぷるぷるさせる動きが大きいです。1回目は安田のみに怒りを向けて、怒りは小さめ。2回目は戸井口に小さめの怒り、安田に中くらいの怒り。1回目と2回目はぷるぷる不要です。3回目と4回目は2人ともに大きな怒り。ぷるぷるは、こうやって両手の指でお腹を強く押さえて、腹筋でそれを押し返してください。それで顔だけじゃなく頭ごと細かく自然にぷるぷるしてくれます。亀太郎さんは4回とも文代に対して色々細かい反応を工夫をしてました。工夫の演技が巧みだったのでもったいないんですけど、やはり4回とも無関心を貫いてください。竹原さんはすべてOKでした」

 

「…えと、私は、両手でお腹押さえるとか、そんな動きしていいんですか?」

「はい。そこは鎖骨から下はフレームの外なので大丈夫です」

 

「さりげなく混ぜたつもりでしたが、不要な物は台本で判断していいんですか?」

「いえ、今みたいな工夫は助かりますよ。窓の外を見て小首傾げたのとか正直OKにしたいレベルでしたし…」

 

雪が、「では今のをもう一度…」と言い出したのを、犬井が「待って」と遮った。

 

「安田と戸井口の違いは何なの?」

「安田は舞台衣装を着ています」

 

「あの時代は、役者も撮影所の社員なんだよ。あそこにいる人はスーツの人も衣装の人も、全員文代の憎しみの対象だ」

「それに気づき始めるのは2回目くらいかなあ、と。せっかく4回もすれ違いますし」

 

「……。ぷるぷるが不要なのは?」

「引きなので見えません。見えるくらいにやったら何かの病気の症状みたいになります」

 

「あそこ、引きなの? なんで?」

「犬井さんは寄りですか? 考え方が知りたいです。私は、見る人に意味ありげに思われるのが嫌ってのと、あそこで引いておくと、3回目4回目で、二人をフレームから出せるなあ、と思いました」

 

雪の、「考え方が知りたいです」、と言った時のキラキラした期待感たっぷりの表情を見て、犬井は(うっ)と思った。

この勉強会を相当に楽しみにしていた気持ちは、雪の態度から伝わってくる。

期待に応えてあげたいとは思う。

犬井ならこういう場合、複数のカメラを使って、Vを見た上で引きと寄りを混ぜる。

寄りを混ぜる理由は、なんとなく、という部分が大きい。

なんとなく、変化があったほうがいいだろ、という程度の考えだ。

そういうやり方に慣れている、という理由も、理由としては一応正当だ。

 

…期待されてる回答とは違うだろうな、と思いつつ、犬井は正直に答えることを選んだ。

 

「Vを見た上で決める。俺の場合は、そのほうが確実だ」

「な、なるほど、勉強になります」

 

雪は、メモ帳を取り出し、ペンを握った。

 

「引きだと、カメラは固定? ある程度追う?」

 

文字を書きながら、

「固定ですね。3人インは一瞬でいいと考えちゃいます」

と、雪は答えた。

 

犬井は、それたぶんかっこいいよ、と思う。

想像してみる。

 

固定された画面の中、人物だけが動いている。

それだけで、もう雰囲気が違う。

構図に味がある。

3人インは一瞬でいい、ということは、安田と戸井口は画面の外に捌けていくわけだ。

(絶対、かっこいい…)

文代の全身が画面に映っているぎりぎりで、ここのカットは調度終わる。

(やっぱりかっこいい。しかもコストが浮く。カメラ1台しか使わねえじゃん)

MHKでは、低コスト、中コスト、高コスト、試験コスト、とコスト別に徹底して番組編成を分ける。

大河ドラマは、実用帯の中では最上位の高コスト帯に組み込まれている。

機材も記録メディアも高価な物を使用することが決まっている。

 

3回目と4回目のアップはどうだろう。

それほど長い時間ではないが、顔だけというのは間が持たない気がする。

もう少し視聴者の意識を分散させたい。

 

「3回目4回目は、鎖骨で割ると、けっこうな寄りになるよね?」

「ほ、他に入れるべき情報があるんですか?」

 

「うん、あるよ」

「知りたいです。教えてください! あ、図々しいこと言ってますけど、こういう勉強会は私にはほんと貴重で…。お手数掛けてすみません」

 

犬井は考える。

この場面で他に必要な情報。

 

当然、すれ違っている人物が安田と戸井口という情報だ。

自分がいつもやるような引きと寄りを混ぜた映像だと、ここで二人を映さなくてはならない。

 

だが、固定カメラで一度たっぷり見せていたら、もう二人を映す必要はない。

二人の足音だけでいい。

(てか、安田と戸井口の映像、要らん)

そもそも1回目2回目の寄りが要らん。

視聴者が見ちゃうだろ。

見て欲しいのは文代の態度なのに、寄ったら二人のほうも見ちゃうだろ。

見られたら、せっかく無関心な演技をさせてるのに、「わざわざ映す」という存在しないはずの「監督の意図」を深読みさせちゃうだろ。

自分なら深読みする。

 

いや、そもそも、…と犬井は歯を食いしばる

 

表情筋のぷるぷるは自分が「キネマのうた」で排除しようとしている紛い物の演じ方だ。

 

(気づけよ。そんで、腹筋押して小刻みに震わす演じ方が薬師寺真波が発案した本物のほうだよ。そっちを使うんだよ)

 

「固定の引き」から開始したら、その後の構図も自ずと全部決まる。

その場合、この場面で他に必要な情報は無い。

雪がなかなかカットを掛けなかったのは、「繋がり」に意味があるからだ。

考え無しにカットを頻発するタイプではない、ということだ。

 

(そういえば、鎖骨から上って、どアップだよなあ…)

 

画面にあるのは文代の顔だけだ。

 

 

…どアップで薬師寺真波の芸術的小刻みの素晴らしさを見てもらう。

 

 

再び、犬井は歯を食いしばる。

何故自分はこんな大事なことに気づけなかった?

 

「ごめん、もう1回通しで見させて」

 

メモ帳を構えていた雪は、

「…え? はい…」

と、睫毛を伏せた。

雪は、あれこれ質問するのは図々しいかな、としょんぼりした気分になっていた。

 

 

 

犬井は、立ち上がってリビングの中央へと歩いて行った。

 

両手指で四角形を作り、

「俺を空気だと思って、気にせず芝居して。邪魔にならないよう気をつけるから」

と、亀太郎、田沢、竹原の3人に告げた。

 

固定の引きの位置で姿勢を整えた犬井は、雪のほうへ顔を向け、頷いて見せた。

 

雪は、顔色に、ぱーっ、と明るい元気を取り戻し、

「では4回すれ違うところ、通しで」

と、大きく声を張った。

 

「スタート!」

 

犬井は、指フレームの中の3人を見つめる。

いきなり構図に味がある、と犬井は思う。

フレームから捌けていく安田と戸井口の姿も良い。

やはり、かっこいい。

 

文代が指フレームぎりぎりまで来た時、

「カット、もう一度」

と、犬井は声を上げた。

 

是非ここは比較してみたい、と犬井は3名のほうへ近づいた。

そして、「通しで」と自分で言ったくせに、勝手に芝居を止めてしまったことに気づいた。

 

止めてしまったものは仕方がない、と自分に言い訳をし、「寄りの正面」となる位置に立った。

先と同様に頷きの合図を出すと、雪から「スタート」の声が出された。

 

やはり寄りは駄目だ。

せっかくの役者の演技が台無しな上、構図も悪い。

引きと混ぜるとしても、映像が濁るだけだ。

Vチェックで良さげな部分を拾って、それらを繋げるのは楽だ。

でも、こういう澄んだ映像にはなってくれない。

 

「カット!」

 

雪の声が飛んできた。

 

「田沢さん。怒りが弱くなっています。さっきまでの感じでお願いします」

 

「あ、俺のせいか…。ごめんよ。俺の存在は無視して、虚空を睨んでくれていいよ。俺は空気だから」

 

「わかりました」

 

「では、今のシーン、もう一度」

 

「待って、柊さん! ごめん、次は通しで見させて。もう勝手にカット掛けないから…」

 

その言葉を聞いた雪は、

「…はい」

と、ちんまりしょぼくれた。

 

またしょんぼりさせてしまった、と犬井は自分の我儘ぶりを反省する。

 

黒山から雪についていろいろ話を聞かされている。

雪は、現場での経験が皆無で、撮影現場全体を管理することが出来ない、とのこと。

現場の管理のコツならいくらでも教えられるのに、と犬井は思う。

 

               第42話「落胆」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene165」となります。

黒山が「犬井さんも俺と同じ思いをすることになる」と言っていたことが起きようとしています。
雪の才能は、細長くとても尖った石、のような形をしています。
まず、リアルなフィクションへの造詣の深さです。
あくまで「リアルなフィクション」であり「リアル」ではありません。
なので、雪はドキュメンタリーは好物ではありません。
「フィクション」なのに「人物のリアルさが伝わってくる」ということが大事であり、その「大事さ」を語らせると大変なことになります。

創作物において「リアルであること」が「正義」ではない、という面倒臭い力説を始めるタイプです。

興味が薄い人にとっては、「言ってることが矛盾してないか」という話になります。
雪の中では、そこに矛盾など無く「何故この大事さが分からないんだ?」という話になります。

草見はついていけませんでした。
黒山もおそらくついていけません。

とにかく尖っているわけです。
今回の勉強会において、雪は「リアルさ」なんて微塵も気にしていません。
ひたすら、「リアルさが伝わることの面白さ」を追求しています。

映画監督を志す雪は、構図についてはかなり勉強しています。
連続ドラマに比べ、映画は構図の比重が高く、フレームに関する美意識を磨く勉強をしなければなりません。


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第43話 「厄介な坂」

環は、ルイとレイに向かって、尖らせた唇に人差し指を当てる(シーッ)の仕草を見せ、同じ仕草を夜凪にも見せた。

夜凪家の3人は、こくっ、と頷いた。

念のためと、環は同じ仕草をもう一度見せた。

夜凪家の3人は、こくっこくっ、と二度頷いた。

 

B6のメモ帳を手に取った環は、(私も雪ちゃんの指示を受けたい)、と書いた。

メモ帳を手渡された夜凪は、書かれた一文の下に自分の返事を書いて環に戻した。

 

(駄目です)

 

環はメモ帳を掴む指に一度、メリッ、と力を込めてから、(なんで? 雪ちゃんの指示は面白い。私も受けたい)、と記した。

それに対し夜凪は、(私は昨日みっちり稽古したせいで何も指示をもらえなかった。環さんだけズルイ)、と書いた。

次に環は、(私はここで初めて5話目までの台本読んだ。練習なんてしてないよー。いっぱい指示もらえるよー。楽しみだわ。ププッ)と書いた。

 

(私は事務所でいつでも貰える)

(だったらズルイ言うな! けいちゃんのアホ!)

 

夜凪は、眉間を指で押さえて返事の内容を考える。(アホ!)と書かれたくらいで怒ったりはしない。

(駄目です)と書いた本心は、天球メンバーの活躍の時間を減らされたくない、ということなので、単純に返事が難しい。

 

(練習無しで見てもらうのは監督に失礼だわ。天球は昨日6回も稽古を通したのよ)

(じつはさっきのウソ。昨日話聞いてそっこー台本読んで練習した。失礼な芝居はしない)

 

(なんでそんな嘘ついたの?)

(なんで駄目って言うの?)

 

今度は夜凪の指が、メリッ、とメモ帳に食い込んだ。

でも夜凪はすぐに冷静さを取り戻す。

こういう我儘は良くないことだし、天球メンバーも政治的な画策を嫌ってる感じだった。

 

(ごめん。駄目じゃない。雪ちゃんの指示を受けてください。雪ちゃんの指示を見たのは私も初めてですが厳しいし面白いと思いました。私は何も言ってもらえなかったから羨ましいです)

 

「はい、沈黙モード終わり、小声でしゃべってよし」

「環さんが思ってたキャラと違ってて、驚いたわ(アホとかププとか…)」

 

「私は稽古とか羨ましいを漢字で書く人に出会って驚いたよ」

「出席日数ぎりぎりだから成績は上位を目指してる(学校は芸能活動の印象悪いし)」

 

 

 

犬井は、4回のすれ違いを指フレームで確認し終え、天球の3名に「良い芝居だったよ。ありがとう」と告げた。

 

田沢が、

「演技の工夫が素晴らしくて、勉強になります。腹筋使うとか思いつかないです」

と、笑みを浮かべる。

 

「ああいうのは、…日本の芝居のああいう工夫は、1人の役者によって基礎が作られたんだ。君たちが巌先生から教わった中にもたくさん含まれてたはずだよ」

「初耳です。薬師寺真波ですよね。舞台にも応用が利くような工夫も作ってくれたんですね…」

 

「当時は厳しい要求をする監督が第一線に並んでてね。NGテイクが50以上なんて珍しくなかった。真波は新しい工夫を大量に発案して要求に応えた」

 

田沢は、犬井の耳元に顔を寄せて、

(失礼なことを言いますが、私テレビを見てて役者さんの演技が上手いとか思ったことないんです。テレビにはああいう工夫が大量にあるのに、何故でしょう?)

と、囁いた。

 

「それは偽物を見せられてるんだよ。表面だけをなぞった紛い物の真波の技法だ。そんなのばっかりだよ、今のテレビは。俺はキネマのうたで真波の本物の技法の素晴らしさを伝えたいんだ」

「良いことだと思います。見るのが楽しみです(←パチパチと小さく拍手をしながら言っています)」

 

…ここで、外野から大きな声が届いた。

 

「はいっ! 私も芝居に参加したい!」

 

声の主は環。

リビング中央まで歩み出て、「大丈夫。終わるまでちゃんと待ってるから」と状況への理解を示し、待機中の七生の隣に腰を下ろした。

 

 

 

環は、夜凪の本心を察していた。

気持ちはわかる。

興業が不調気味の劇団天球の助けになりたい。

いろいろ世話になった仲間たちに恩返しがしたい。

(すごくわかるんだけど…)

顔つなぎ等の行為は、「そういうことをする人物」という評判が陰口のようにじわじわと広がり、いずれは自身が苦しむことになる。

業界に、「正直者が馬鹿を見る」に近い薄汚い競争原理が働いていることは事実だ。

だが、汚れた競争の中で勝者となった者は、引き換えに悪評の苦しみと戦い続けることになる。

避けて通れる道を歩めるのなら、それに越したことはない。

 

「環。5話目に参加しようとか考えてない?」

「…へ? 考えてないよ」

 

「うん。今回のモブは10名前後。11人は良かったが、人数が減ったらどうなるかも見たいんだ」

「わかってるってば」

 

犬井とやりとりを交わした環は、(やべえ。わかってなかったよ。5話目で参加する気まんまんだったよ)と、危機回避の動揺を隠しながらそう思う。

 

(モブか…)

 

夜凪の今回の顔つなぎは「モブの紹介」だ。

モブの意義を考えると、この話は(WIN-WIN)だ。

よくあるバラバラに集められたモブだと、役無しの出演者として名前を羅列されるだけの扱いとなる。

だが、モブ全員を1つの団体に依頼した場合は扱いが異なる。

つまり、クレジットの際に「(劇団天球)」と所属団体の表記が入るパターンが使用される。

モブの役割は、作品への関与としては正直弱い。

とはいえ、大河ドラマに団体名が表示される恩恵はけっこう大きい。

業界において、大河ドラマはそれくらい特別な代物だ。

制作側は単純に作業が1つ減るので、 WIN-WIN成立となる。

 

(景ちゃん、けっこう策士だ。でも、景ちゃんってそんなタイプには思えないんだよなあ)

 

夜凪が顔つなぎのような行為についてどの程度の認識なのか、一度ちゃんと話し合っておこう、と環は思う。

 

 

 

七生は、反省しつつ小難しいことを考えていた。

環が「参加したい」と言った時、その発言に困ってしまった自分がいた。

参加するということは、天球の誰かと交代する気だろうか?

交代するのであれば、環は「真波」をやりたがるんじゃないだろうか?

それは自分が交代させられることを意味し、せっかく(すごく楽しい)と感じられる機会を得ているのに、その楽しみを奪われるのは嫌だ。

そして、

 

(私1人の勉強会じゃない。みんなが機会を得るべき。当たり前だろ、そんなこと)

 

と、自分の未熟さを噛み締めた。

その後の犬井と環の話を聞いて、交代ではないことを知ると、(良かった)、と喜んだ。

すぐに、(だから! こういう考え方をしちゃ駄目なんだよ!)、と自分の未熟さを呪い、いっそ噛み砕く勢いで反省した。

 

(そもそも、こんなに楽しんでていいのか?)

 

七生は、さらに厄介な、そんな問題にぶつかる。

あくまで自分は舞台役者だ。

テレビドラマの芝居にこんなに強い興味を抱き、しかも一時的とはいえ、今後しばらくは映像作品に進出するというプランを立てている。

 

(私の魂は、ちゃんと舞台に帰ってこれるのか?)

 

考えすぎだ。自分は舞台に戻る。そうなるに決まっている。

だがもしその時、魂が浮ついていたら、自分は戻ってきたと胸を張れるのか?

 

そんな小難しい思考の溝の奥底に、七生は自ら勝手に落ちていた。

 

この勉強会がこんなに楽しいのがいけないんだっ!

いやいや、映像に進出するための勉強会だろ、本末転倒だ!

 

七生は、奥底から傾斜のある坂のほうへと滑り落ちる。

留まろうと必死に伸ばした手は、何故か変てこな岩ばかりを掴んでしまう。

 

そして、ようやく体育座りで隣にいる環の存在に思い当たる。

環は、名実ともにトップの女優だ。

たしか舞台の主演も何度か務めたはずだ。

そういう時、気持ちの切り替えはどうなっているのだろう?

トップにいる人は、そういう対応も心得ているからこそトップにいられるんだ。

映像と舞台の両方をこなす役者は他にもいるだろうし、そういう役者の経験談等も耳にしているはず…。

 

七生は、環のほうに身体を寄せて、耳元で(初めまして。三坂七生といいます)と囁き声の自己紹介をし、そのまま悩み事の内容を詳しく語って聞かせ、解決法について尋ねてみた。

環からすぐに、(難しい問題だからちょっと待って)、と囁きの返事が来た。

 

 

 

環には、映像と舞台の板挟みになった経験などなかった。

舞台の主演を務めた時も、稽古では「舞台の演技になってない」と散々叱られた。

なんというか、舞台の芝居に「照れ」を感じ、正面から向き合えなかった。

自分が主演を務めた舞台は、客層はミーハーな人たちだったし、演劇の内容も芸術的とは言えない浅薄な物だった。

 

七生の言葉を借りるなら、役者としての「魂」はいつも映像側に在り、気持ちの切り替えは不要だった。

 

ただ、舞台を見る時は、自分は楽しい時間を過ごせた。

見る者をぐいぐい引き込む芝居を見て、(舞台役者ってすごい)と思った。

舞台の主演の経歴を持っているくせに、実際に演じた時も他の舞台を見た時も(自分は舞台役者じゃないなあ)と感じた。

 

天球の人たちが、この勉強会で良い芝居を見せているのは真剣に稽古したからだ。

元々の地力が高いこともあるだろうが、やはり向き合う姿勢の差が大きい。

 

自分も、きっちりと真剣に舞台の稽古をやっていれば、見る人が(すごい)と感じるような芝居が出来たのかもしれない。

魅力的だし、かっこいいし、可能ならば自分もあんなふうに演じてみたい。

 

いっそ劇団天球の公演で、脇役でいいから自分を使ってくれないかな…。

 

環は、顔寄せ囁きで(明神阿良也って厳しい?)と七生に訊いた。

すぐに七生は(鬼です)と囁き返してきた。

 

鬼か…。いいなあ…。

 

めちゃ厳しくしごかれると、結果も違うよ。

私の舞台は「なんちゃって舞台」で本物じゃない。

本物の舞台は、迫力あるし素晴らしいんだ。

 

 

…はっ!

 

 

待てよ。私は舞台役者としては駄目駄目だけど「集客力」はあるぞ。

景ちゃんの思惑とも一致する。

問題は、「望まぬ客」が集まってしまうことだけど、天球の舞台なら彼らを「本来の客」に変える力がある!

 

私だって稽古して成長したら、その力の一助になれるかも!

 

環は、舞台の上で、舞台役者として素敵な芝居をする自分を想像してみる…。

環は、眉間に皺を寄せ、あえて気難しい表情を作る。

心の中に、はしゃいで興奮している自分がいる、と認識してしまったので、それを隠すための表情を作ったわけだ。

 

舞台「羅刹女」を見た時のことを思い出す。

あの舞台も、「望まぬ客」が大勢来ていたが、そういう人たちも劇の魅力に引き込まれていった。

主要4名のうち、生粋の舞台役者は阿良也のみで、他の3名は違ったというのにあの結果。

 

自分もみっちり稽古をすれば、あんなふうに魅力を伝えられるかも、…というのはさすがに楽観的か。

いや、そんな弱気なことでどうする?

環蓮は、ちっぽけな女優じゃない。

自分の実力を信じられないような、やわな役者じゃない。

 

そう、集めてさえしまえば、望まぬ客さえ演劇の力で虜にすればいい。

 

舞台「羅刹女」の出演者たちは、実際にやって見せたではないか。

あの舞台の主要4名、夜凪景、王賀美陸、百城千世子、明神阿良也。

 

(ぬっ!)

 

一瞬、環の胸に痛みが走った。

環は、(いやいや)、と呆れながら思う。

そんな痛みが走るはずがない。気のせい。気のせい。

 

(んむっ!)

 

ズキッと、あってはならない痛みが、再び環の胸を貫いた。

(うん、そもそも空想だから。私が舞台に取り組んだらどうなるかなー、という妄想だから…)

環は、自分に言い聞かせる。

夜凪景、王賀美陸、百城千世子、明神阿良也…。

だから、何? 私は環蓮。

 

その様子を見ていた七生は、(自分が厄介な質問したせいで苦しんでる…)、と心を痛めた。

 

               第43話「厄介な坂」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene166」となります。

副題の「厄介な坂」は、黒井千次の「春の道標」の本文から拝借しました。
深い意味はありません。
三坂七生の名前の「坂」とかけただけです。

七生は、巌裕次郎の教え子だけあって、芝居に対する意識が非常に高いですね。
さすがです。

そして環は自分の実力に自信を持つべき人です。
今はちょっとナーバスになってるだけ(だといいですね)。

面倒見の良いお姉さんキャラの環の芝居を、ちゃんと書いてあげたいですね。
この勉強会のうちにせめて一度くらい…。


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第44話 「間違えない人たち」

環にとって、七生の質問に答えるのはそれほど難しいことではない。

舞台と映像の両方で活躍している役者を5~6人は知っている。

そういう人たちは軸足を置いている方に「魂」がある。

映像に軸足を置く人で、自分のように舞台に対して中途半端な取り組み方ではなく、どっぷりと浸ってしまった役者も知っている。

その役者は、舞台の公演後はもちろん公演中でも、当たり前のように切り替えて映像側に戻ってくる。

逆のパターンも知っている。

舞台俳優で、映像作品にのめり込んで芝居をしていた人も、撮影が終わると当たり前のように舞台へと帰っていく。

つまり、七生に対しては「ドラマが面白いなら存分に楽しんで仕事していいよ。ちゃんと舞台に帰れるから」と答えてあげれば良い。

 

環が、「ちょっと待って」と言ったのは、この勉強会での天球の芝居を見たからだ。

身に沁みついているはずの「オーバーアクション」や「感情の強調」を、その気配すら感じさせない。

監督2人に、ただの一度も「それは舞台の演じ方だ」と言わせていない。

 

(真剣に向き合うと、たった6回の通しでここまで来れる…)

 

大河ドラマの主演も、低予算ドラマの脇役も、役者はただ十全の力で演じるだけだ。

役者は常にそうあるべきだ。

スケジュールに大きく余裕を持たせて大河の主演に備えたりするから、必要以上に「主演のプレッシャー」に苦しむんだ。

 

(真剣に向き合ってみよう。舞台の芝居で、ジョバンニが完璧に出来るくらいに)

 

私は、真波の役作りを早めに始めた。

そして既にほぼ役作りを終えた…。

早いにもほどがあるっ!

風化するっての。出番、何カ月も先だぞ。

ずっと「気分は真波」で過ごす気か?

 

環が早めに役作りを始めた原因は夜凪にある。

夜凪の頑張りに触発された、と言えば聞こえはいいが、どう考えても平常運転から逸脱した選択だった。

自分はこんなにも上手に真波を演じられる、と確認することで、安心したかっただけだ。

…環は、囁き会話で七生に話し掛けた。

 

(ちゃんと帰れるから、本気で映像に取り組んでいいと思うよ)

(そうですか。ありがとうございます)

 

(何人か両方やってる人知ってるけど、みんな「魂」はホームにあるよ)

(ありがとうございます)

 

(話変わるけど、私の「集客力」は使わせないけど、私は使って欲しい。お願いしたい。お願いします)

(意味がよくわかりません)

 

(天球の公演に出演したい)

(うちは公演やってません)

 

(私は名義を変えるし、誰にも教えない。こっそり出演したい)

(公演の予定は当分ないんですよ)

 

(私の芝居を見て天球舞台の資格無しと思ったら、はっきりそう言ってくれていい)

(どの芝居ですか? 今からやる芝居ですか?)

 

(ジョバンニ)

(うちの稽古場に来るってことですか?)

 

(そう。阿良也君や七生ちゃんが不在の時でもいい。私1人で行く)

(特に問題はないと思います。みんなに話を通しておきます)

 

環は、お礼の頷きを七生に送って、正面に顔を戻した。

七生も姿勢を戻して、天球メンバーのキネマのうたの芝居に目を向けた。

 

 

 

雪は、(犬井さん、相変わらず声を出さないな)、と考えていた。

芝居は進められていく。

途中から、七生の動きが良くなったことに気づいたが、同時に少し冒険気味な演技になったことが気になった。

そして、3話目で確信した。

 

(構図を決めつけて芝居している)

 

少女時代の真波の登場からしばらくは丁寧な芝居だった。

表情の作り方はもちろん、後ろ姿や、歩き方まで、全方位から全身にカメラが向けられていることが前提の演技だった。

それが突然、踵を浮かせて膝を少し折った姿勢の芝居に変わった。

文代との絡みの場面で、下半身はフレームの外だ。

自分の指示に癖があり、それを予想された、と雪は思う。

 

「OKテイクですが、田沢さん、三坂さんみたいに踵を浮かせて、もう一度見せてもらえますか?」

「はい」

 

田沢が演じる文代の動きが良くなった。表情も良くなった。

表情まで良くなったのは、身体の動きを気にせずに済むおかげで意識が分散しないからだ。

意識の分散の影響が出るのは、芝居に不慣れなせいだ。

 

(半日練習しただけだからなあ)

 

以後、雪は同様のお願いをしなかった。

構図の予想が出来るのは七生のみで、他の人は台本の内容を表現するのに精一杯な感じだ。

たった半日の練習で、台本の内容を漏れなく演じるだけでも十分に立派だ。

 

(けいちゃんを手本にしたのが良かったんだろうな。さっきのけいちゃん、1つも外さなかったし。あと、けいちゃん、演技指導もやったって言ってたな…)

 

七生の芝居がとにかく目立つ。

脚を大きく広げて立って、鞄を前に差し出す動き。

頭の高さと共に目線が下がってしまうことを無視して、そのまま演じる七生。

 

(うあぁ。本番の撮影では舞台板の上に立つつもりだ。凄いなぁ)

 

天球メンバーによる5話目までの芝居が終わった。

犬井によるとモブの人数は11人で確定、とのこと。

 

 

 

環の出番となった。

雪は、リビング中央で、一度髪を払う仕草を見せてから姿勢良く立つ環を見つめた。

とても参加したがっていたし、気力が漲ってる感じだなあ、と雪は思う。

 

「3話目から5話目の真波をやります!」

 

威勢よく吐き出された言葉の内容に、雪は少しだけがっかりする。

 

「出来れば、1話目と2話目の真波も見せてもらいたいです」

「雪ちゃん。そこはまだ完成度が低いんだよ」

 

「低くてもいいから見せてもらえると嬉しいです」

「…はい」

 

環による1話目の真波の芝居。

合図と共に、環の表情は不安定になった。

雪は、(うわ、上手い!)、といきなり嬉しい驚きに襲われた。

 

(そう。小さい子供の表情ってこんなふうに不安定なんだよ。愛らしいだけじゃないんだよ)

 

そこから門柱へのアプローチも、撮影所敷地内への対応も文句なし。

当然、OKテイクとなった。

 

「表情が素晴らしかったです。勉強になりました」

「いえいえ。ありがとうございます」

 

「ところで環さん。8歳から逃げましたね。1話目も出来てるじゃないですか」

「心外だなあ、雪ちゃん。私が逃げたかどうかは、3話目から5話目を見れば判るっ!」

 

環が誰かにアイコンタクトを送った。

送られた先にいたのは七生だった。

雪は、(環さん、七生さんにいいとこ見せたいのかな)、と思う。

 

ルイとレイを従えた夜凪が、力のない足取りでリビング中央へと歩いていった。

そして間近で芝居を見学している天球メンバーの列に静かに加わった。

 

「…ん? 景ちゃん、近くで見てくれるの?」

「はい、近くで見たいです…」

 

環の芝居が再開された。

8歳の愛らしい表情も問題なくこなす環。

雪は、(愛らしいほうは、けいちゃんの真波に似てる。けいちゃんからコツを聞いたのかな?)、と推測した。

NGテイクは一度もなく、3話目まで進んだ。

 

環の芝居の質が変わった。

8歳から15歳になったので、雰囲気が変わるのは当然だ。

質が変わった、というのは、演じ方の種類が増えたことに起因する変化だ。

 

(なるほど、逃げたかどうかは判る、はこういう意味か)

 

皐月が担当する真波と、夜凪が担当する真波では、台本の傍線部の数が全然違う。

問題は傍線部の数ではない。

環の芝居には、傍線部が無い部分にまで真波の技法が入っていた。

1話目と2話目では、傍線部以外には見られなかった。

これは大きな変化だ。

 

環の芝居は、構図を気にした演じ方ではない。

全方位から狙われても平気なこの演じ方は、天球メンバーにはまだ無理だ。

 

(今のは「青い草原」の薬師寺真波だ)

 

雪は、過去に真波の作品を見て独学でチェックした物以外の真波の技法を知らない。

ビデオ30巻を見ていない。

なので、1000種から選出された傍線部については犬井に任せていた。

傍線部が来る度に、(これはあの作品の技法、これは私が知らない技法)、という感じで見ていた。

 

               第44話「間違えない人たち」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene167」となります。

環の芝居を書くことが出来ました。
いや、予想以上に書くのが楽しいです。
アクタージュ原作では見ることが出来なかったので、どんな感じにしようか迷っていました。

やはり、鎌倉の合宿で見せていた環の余裕は本物であるべきだ!

と、思って、かっこいい環にしました。
思わず近くで見たいと言い出す夜凪の気持ちもわかる気がします。
いろんな意味で…。


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第45話 「監督という生き物」

犬井は、環の芝居の中でも特に真波の技法に注目していた。

さすがに環は、紛い物の演技をただの一度も見せない。

本物のほうは現時点で完成度70パーセントというところ。

もちろん撮影本番では、きっちり100に仕上げてくるだろう。

それはあくまで環にとっての100であり、真波の演技の100には届いていない。

環は、そこまでの技量を持ち合わせていない。

ただ、真波の技法自体が素晴らしい物であることを伝える域には届く。

 

真波の演技の100に届く役者など、今の業界には1人も存在しない。

 

そして、環が3話目から見せ始めた1000種以外の技法。

真波が出演した作品を相当な本数に渡って鑑賞し、その仕組みを研究してくれたのだろう、と犬井は感謝した。

 

環がOKテイクを出した後、犬井は、

「横を見る時、こっそり腰を逆に回したな。かなり難しいはずなのに見事だった」

と、褒め言葉を掛けた。

 

雪は、(「日没を待て」で使われた技法だ。肩は回さないから難しいんだ)、と感心していた。

 

環は、犬井に対して「ありがとうございます」と言った後、

「では、お二人にクイズです。今のテイクで真波の技法は幾つあったでしょう?」

と、やや意地悪な笑みで、そんなことを言い出した。

 

監督の二人は、指折り数え始めた。

 

犬井は、(傍線部が6。あとは、…3、4,5、5つだ。見落としは…無い。被りもない)、と正確にカウントした。

 

「…11」

 

「6たす4で、10です」

 

「はい、犬井さん、正解。雪ちゃん、惜しい」

 

犬井にとって、今のクイズは「間違えるはずがない物」に該当する。

そのことを知った上で、環はクイズを出したのだろう、と犬井は推測する。

この勉強会で雪に圧倒され気味だった自分を盛り立てるために、こんな出来レースのような内容にしてくれたわけだ。

 

(気を遣ってくれるのは嬉しいよ。ただ、11と10じゃあギリギリじゃねーか)

 

犬井は雪に声を掛け、薬師寺真波が出演した作品をどの程度鑑賞済みなのかを尋ねた。

雪は、自分が見たことのある真波出演作品のタイトルをすべて挙げて答えた。

 

(「能面の語り部」を見てねーじゃん。そりゃ10になるよ)

 

黒山から聞いていた話には、「過去の映像作品を研究している」などという情報は無かった。

師匠が放任主義者だから独学で大変だな、と犬井は気の毒に思う。

 

(そういえば、黒山は…)

 

犬井は、相変わらず楽しそうに勉強会の光景を見ている黒山の姿を確認した。

冒頭の「やらかし」からしばらくは、完全に放心していた。

途中から表情に楽し気な笑みを浮かべ始めた。

天球メンバーの芝居の時には、しきりに指フレームを作る様子も見られた。

 

スランプについてはよくわからないが、取り敢えず今は元気になってくれたようだ。

 

犬井は黒山から、「柊の監督ぶりを見ると犬井さんのキネマのうたへの取り組み方が変わるかもしれませんよ」、と聞かされていた。

犬井が雪の監督ぶりから感じたことは、「脚本を書いた当人だけあって、作品の細部に至るまで理解が深く、監督としての判断も的確かつ迅速」、という事だ。

 

それは、「キネマのうた」に対する自分の姿勢や考え方を変える、といった類の話ではない。

 

指示等の面で雪に遅れをとることを実感しても、犬井の取り組み方は変わらない。

 

「キネマのうた」の企画を聞いて、犬井はまず「面白い」と思った。

中嶋の「テレビ業界を何とかしたい」という思いにも共感出来た。

何より、「出演者の演技を真波の演じ方で揃える」、という部分に強い興味を持った。

 

(真波の技法を使いたい放題!)

 

そんな夢のような機会。

過去の財産に頼るのはやめよう、という風潮がある昨今の業界を考えると、こんなに美味しい企画はない。

いつもは真波の技法を禁止する方向に動く真美から、「使ってもいい」、という許可まで出ている。

 

 

…撮ってやる!

 

 

過去の財産に頼ることの何が悪い?

良い物は良い。

それだけのことだろ。

新しい物を生み出す動きの弊害になる?

新しい物を生み出す奴は、放っておいても勝手に生み出すんだよ。

ややこしい線引きをごちゃごちゃ考えるほうがよっぽど小せえ。

撮りたい物をただ夢中で撮るんだよ。

それが監督という生き物だろ。

 

犬井は、「キネマのうた」の撮影において、「自分は薬師寺真波の技法を撮ることに集中する」、と決めている。

それが自分が撮りたい物だからだ。

だから、草見の脚本の出来が悪くても、最低限の水準を満たしてさえいればそれで構わなかった。

スタジオ撮影スタートという変則スケジュールも気にならなかった。

 

ただし、役者にはこだわった。

 

真波の技法を再現するには、柔軟な対応力が求められる。

脇役にもそういう役者に集まってもらった。

主役の3人もそのつもりで選んだ。

 

皐月は自分が予想していた以上の芝居をしてくれる。

総合力の高い環には、心配する材料など無い。

やや不安に感じていた夜凪も、この勉強会では圧巻の芝居を見せてくれた。

 

あとは、ただひたすら撮るだけだ、という手応えに犬井は嬉しさを覚えていた。

 

 

 

勉強会の最後のメニューとなる「参加者による話し合い」が始まった。

立案者である黒山が、まず口を開いた。

黒山は、「失礼な発言をしてしまい凹んでいた俺だが、勉強会では実に楽しい思いをさせてもらった。だからこの話し合いで俺を腫れ物扱いしないでくれ」、と前置きしてから、話し合い開始の挨拶の言葉を述べた。

 

お茶請けとなる菓子類と数種類の飲み物があるだけの場。

話し合いをするには、それで充分だ。

 

天球メンバーが、快調に言葉を投げ合っていた。

黒山は、(舞台役者ってこういう議論が好きだよな)、と思いつつ聞いていた。

話が七生の舞台板に及んだ時、「舞台には当たり前にある物ですけど、スタジオにもあるんですか」、と亀太郎が疑問を口にした。

 

犬井が、

「あるよ。舞台板は各種揃ってる。他にも小賢しいアイテムがいっぱいあるよ」

と、回答した。

 

黒山は、

「あれは三坂だから思いつく発想だな。実際には鞄はないのに、小柄な自分(←七生は身長154センチです)が重い物を持った姿を想像したってことだ。大したもんだ」

と、やや嬉し気に褒めた。

 

わずか半日の稽古で、予定外の芝居だったにも関わらず、いざ始まってみると天球メンバーは全員が貪欲さの塊みたいになっていた。

眩しい、と思った。

そして、彼らにとっては綱渡りのような芝居の連続だったはずなのに、物怖じせずに演じ続けるその様子は、見ていて気持ちのいい光景だった。

 

「けいちゃん、どうしたの?」

 

切なそうな瞳で、指で床に「の」の字を描いている体育座りの夜凪の姿に、雪が気づいた。

 

「…私、褒め言葉を1つも貰えなかったわ」

 

犬井が、(しまった!)という顔を一瞬見せてから、夜凪のその言葉に応じた。

 

「言わなかっただけで、褒めるところはたくさんあったぞ」

「ありがとうございます…」

 

「オーディションの時の、何だって演じられるから私に役を下さい、という言葉はハッタリじゃなかったと感心したぞ。すべて高水準だった」

「そう…ですか」

 

「それと、あれだな、見違えるほど安定感があったな」

「…安定感?」

 

「見ていて、ミスする姿をまったく想像出来なかった。それほどの安定感だ。土台がしっかりした役者は高く伸びるぞ」

「あ、ありがとうございます…」

 

頬を、ふにゃあ、と緩めて、ようやく夜凪は嬉しそうに瞳を瞬かせた。

犬井と雪は、駄目出しを厳しくするほうに意識が向いていて、夜凪が良い芝居をした時に褒めるのを忘れていた、と反省した。

 

 

 

週が明けて、ロケ撮影の日。

ロケ撮影隊の車には、雪、夜凪、ルイ、レイ、が乗っていた。

その小規模隊には、本来なら参加予定ではなかった犬井もいた。

 

雪は、ただ同行するように言われただけなので、夜凪が撮影中のルイとレイのお守りが役割だ。

事実上、単なる小旅行だ。

 

現場は河原。

本流の水質が良く、水際まで敷かれている小石が綺麗な場所が選ばれた。

2週間前にはこういう場所が、水が濁り、周辺に漂流物のゴミが散見される状態だったわけだ。

 

「ロケだーっ!」

 

お日様の下、小石の地面を踏みしめた夜凪は元気に声を出した。

 

雪は、ルイとレイと手を繋ぎ、風に揺れる髪が美しい光を放つ若い女優の姿に見惚れていた。

だが、その視界は犬井の身体に遮られた。

犬井の手には10枚ほどの紙があった。

 

「次からは俺はいないから大丈夫。気楽にやれる」

「…はあ」

 

目の前にチラつかされる紙には、「7話目」「1カメ」「2カメ」、といった不穏な単語が並んでいる。

 

「ここの距離は…」

「やりませんよっ!」

 

「…え?」

「何ですかい、これは? その紙は? …私は、何もやりませんよ」

 

「もう決まったことだから、やらなきゃ駄目」

「知りません。聞いてません。だから、やりません」

 

「柊さん。じゃあ次から事前にちゃんと依頼は受けないと言って。今日のところは諦めよう」

「…犬井さん。黒山は、何故ああなんでしょう?」

 

「さあ、俺に言われてもなあ」

「そうですね。すみません…」

 

雪は両手を塞がれているので、犬井が自分で紙をめくりながら説明を始めた。

説明の言葉は雪の耳を素通りした。

 

「犬井さん、説明は後で聞きます」

 

雪は、ルイとレイの腕を引っ張って、「風が気持ちいいねえ」と大きめの声を出し、夜凪のほうへと小走りで向かった。

 

夜凪に二人を預け、「ちょっと電話してくる」と言って、雪はその場を後にした。

 

               第45話「監督という生き物」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene168」となります。

今回の話は、おそらくとても珍しい「犬井回」ですね。

黒山がこの勉強会で犬井に伝えたかったことは「撮らなければならない物を撮ると失敗する。撮りたい物を撮るべきだ」ということです。
雪の監督ぶりを見た犬井は困惑するはず、と読んだわけです。

でも違いました。
犬井は、一貫して「撮りたい物」を追っている監督でした。

黒山が雪に言っていた「勉強が足りてない」は、今回天球メンバーが見せた瑞々しさと同種の物を指しています。
まだ貪欲さをたっぷり持っている雪は、犬井の目にも「駆け出し」に映ります。
その「駆け出し」が凄い仕事をやってのける様子を見せたかったのでしょう。
「撮りたい物を撮る重要性」と「駆け出しが好きな分野で強みを見せる」は、黒山の中では同じベクトルの話です。

自分がスランプ中なので、せめて夜凪が出演する作品を良い物にする手助けを間接的にするつもりだったわけです。

結果としては、黒山の杞憂だった、という話になります。
犬井は、雪と同じベクトルで動いている人物でした。


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第46話 「ロケ撮影」

 

車道から離れた人目のない住宅地の一角、雪はスマホを片手に突っ立っている。

黒山に電話しなきゃ、と雪は思う。

 

ロケ班がいる場所からここまでの3分くらいの間、歩きながら感情の整理をした。

今ある怒りと、想像すると涙が出そうな悲しみ。

そんな感情たちを懸命になだめた。

 

(春になったらけいちゃんの定義を増やす計画。あれを前倒ししてもらおう)

 

その了承を得ないと、気分よく今日の仕事に取り掛かれない。

本番なのに、調子が出ないまま仕事するなんて嫌だ。

 

 

 

電話での応答のいろんなパターンを予想してみる。

 

黒山に「駄目」と言われたら、怒りが爆発する予感がある。

「どういうことか説明しろ」という感じのことを言われたら、喧嘩になる予感がある。

「忙しいから後にしろ」と言われたら、無言で電話を切った後に「辞表」を書いてしまいそうな自分がいる。

 

そして、(まあ、大人ですし。そうそうあっさりと早まったことはしませんぜ、私は)、と雪は自分に言い聞かせる。

でも、ここは一度はっきり声に出してもやもやを外に放出したほうがいい。

 

「何がただ同行するだけだっ!」

 

「なんでいつも説明がねーんだっ!」

 

「ルイとレイが、仕事の邪魔になってるとか思ったらどーすんだっ!」

 

そんな独り言を吐き出した雪は、「ふん」、と鼻を鳴らした。

深呼吸をして気を落ち着かせ、黒山のスマホに電話を掛けた。

 

…電話は繋がらなかった。

 

「……。」

 

事務所のほうへ電話を掛けた。

 

(はい。スタジオ大黒天)

「柊です。あの…、けいちゃんの定義の計画ってありましたよね。…あれ、前倒しとか出来ませんか? せめて家政婦の話だけでも…。必要です。すぐに、必要です…」

 

(…わかった。いくつか当たってみる)

「……。お、お願いします」

 

通話を終えて、すぐにスマホを仕舞い、雪は腕組みをした。

そして、考えた。

 

 

(選択肢に無かったパターンが来た。あのヒゲ、本格的に弱体化してるな、これ…)

 

 

過去に何度もあったような黒山流放任主義のもとに何か考えがあっての「説明なし」ということではなく、今の黒山はポンコツになっていて、ポンコツな采配しか出来ないわけだ。

 

ロケ現場へと歩きながら、(怒ったり悲しんだりしてる場合じゃない。私がしっかりしなくてはならない)、と雪は気を引き締めた。

 

 

 

現場で、雪は犬井から作業の内容を聞かされた。

カメラの配置、カメラマンへの指示等を指示書に記入する仕事。

バンの最後列座席に腰を下ろし、雪はさっそく記入を始めた。

ペンを動かしながら、(7話目だけ? もったいない。あ、けいちゃんがいるからか。この季節なら、10、33、47、にも風景は使えるのに)、等と考える。

 

夜凪とルイとレイが、バンの車内に戻ってきた。

同じシートに座ってきた3人は、黙って静かに休んでいる。

本当ならおしゃべりしたいのに、自分が作業しているから気を遣ってくれているんだ、と雪は思う。

 

「…けいちゃん。スタジオ大黒天で住み込みのお手伝いさんを雇うことになったよ」

「それは、雪ちゃんが助かりますね…」

 

そう。「定義を増やす計画」などと大げさに言ってるが、実際はスタジオ環境を充実させることがメインといった類の話だ。

そもそも定義は増えていない。

スタジオ大黒天は今でも夜凪の「定義」の1つで、その中身が多少変化するだけだ。

数が増えるわけではない。

 

用紙には役者への指示の欄もあった。

監督が同行しない場合は、別の人がその指示を撮影の参考にする。

 

(うん。役者欄も記入してしまおう。けいちゃんの回だし…。不要ならペケを付けてもらえばいい)

 

書き終えた紙を持って、犬井のところへ向かう。

記入された内容を見ながら、犬井は「この保険23話目ってのは?」と訊いてきた。

 

「それは、使うかどうか分からないカットですね」

「まあ、いいや。コピーして23話目のファイルに入れとくよ」

 

 

 

撮影が始まった。

各カメラは、雪の指示書通りに映像を収めていく。

 

「せっかく役者の欄も書いてくれたし、役者の指示も柊さんが出してみる?」

「…え? 犬井さんはどうするんですか(これ、本番ですよね?)」

 

「俺はおかしな点があったら指摘する係ということで」

「わ、わかりました…」

 

夜凪の出番が来た。

衣装は、白の長袖ブラウスに、薄くすすけた紺のロングスカート。

雪は夜凪の横を歩きながら、芝居の内容を説明する。

山を指差したり川を指差したりしながら、細かく指示を出す。

 

「雪ちゃん、6歩目であの山を見るって、あそこには何もないわ」

「山はCGになります。中腹に石の祠があります。それがあのあたり」

 

「せっかく自然の景色を撮ってるのにCG使うのね」

「うん。100年前の山とはだいぶ違うからねえ。で、石の祠はたまたま目に入った感じで、興味がない表情でお願いします」

 

「そして、3歩進んで、水面を見るのね」

「あの水中の黒っぽい石のあたりですね。あのへんの水面に石の祠がゆらゆら映ってます」

 

ここで、雪は「ちょっと待って」と告げて、犬井のもとへと走った。

 

「犬井さん。参加予定じゃなかったですよね? ロケでは真波の技法を入れないんですか?」

「俺が来れる時は入れるよ。役者のスケジュール調整だけでも難しいのに、俺のスケジュールまで合わせるのは無理なんだ。役者優先だ。今日は夜凪さんに来てもらったけど、役者の出番はもっと先。当分は景色や風景ばかりだよ」

 

「じゃあ、今日のけいちゃんに真波の技法を指導してあげてください」

「そうだな。そうするか」

 

犬井は、夜凪のほうへ歩いていった。

しばらくすると、夜凪は何度も動作の練習を始めた。

 

夜凪が所作を一通り覚えて、本番の撮影が始まった。

 

「では、けいちゃん。歩いてきてください」

 

雪がカチンコを鳴らす。

 

ゆっくりと歩いてくる夜凪。

さりげなく斜め上を見上げ、興味無さそうに視線を逸らす。

次に水面を見つめる。

考え事をしている表情が、後半やや嬉しそうな物に変わる。

視線を適当に泳がせた後、また正面を向いて歩きだす。

 

「カット! 水面を見る表情の後半、目は今のままで口角をほんの少し上げられますか?」

「やってみます」

 

2テイク目で、カットを掛けた雪はすぐにVを要求する。

カメラ2台で撮られた映像が雪のもとに届けられる。

真剣な顔つきで、じーっとVを見つめる雪の口から、「一応、これで全部撮り終えました」、という言葉が発せられた。

カメラマンが「えっ、終わり?」と声を上げ、犬井が「まだ、俺のチェックが残ってるから」と軽く諭した。

 

バンの車内で、犬井と雪によるVチェックが行われた。

 

「これ、そういう意味か。適当にあちこち見てるのかと思った」

「23話目で披露する技法のヒントは、この水面の祠ですよ」

 

「それで、保険23話目か。どう使うの?」

「水面の祠と別カメラで撮ったけいちゃんのアップを23話目に入れます」

 

「ここナレーションが入るよね。映像があったほうがいいねえ」

「しかも視聴者的には、少女時代の真波の時には全身しか見られなかった場面が、23話目で顔のアップが見られるんです」

 

「保険ていうか、もうそれ採用しようよ」

「採用しましょう。見てください、けいちゃんのアップ。…美しいっ! 可愛いっ! 女神っ! けいちゃんファンが増えること確実です」

 

「そりゃあ環のファンが怒るなあ(←犬井の冗談です)」

「環さんファンには、環さんとけいちゃんの両方のファンになってもらいましょう(←真に受けています)」

 

「そうそう。今日の真波の技法は、柊さんが知ってるやつだったかい?」

「今日のはたまたま知ってましたけど、やっぱり犬井さんが同行したほうがいいですよ」

 

「そうかあ。じゃあ俺が持ってる資料を柊さんに送るか…」

「資料だと限界があります」

 

「それは俺の資料を実際に見てから言ってほしいなあ。すぐ送るから」

「…そうですか。楽しみに待ちます」

 

犬井は、「ていうか、予定よりすげえ早く終わったぞ。皐月も連れて来れば良かったな」、と言いながら腰を上げた。

 

バンの外に出て、撮影終了の旨を叫んで伝えた。

車内に残った雪は、全49話に必要な景色等に思いを馳せていた。

 

 

 

スタジオ大黒天。

A3の封筒を49枚用意して、雪は書き上げたカメラ指示書を封筒に入れていった。

まず、風景を片っ端から撮影する。

その49話分の指示書が、封筒の中にどんどん入っていく。

風景を集めるだけなのに、雪の頭の中には作品全体の輪郭が見えるような気がした。

まだ真っ白な49話が、少しずつ塗り潰されていく感覚が楽しい。

 

(役者さん同行のロケも、案外早く始められるんじゃないかなあ)

 

スケジュール的にはまだ先になる役者同行のロケについても考えてみる。

そんなふうに楽しく空想を遊ばせていた雪の緩んだ表情に、(はっ)、と鋭さが戻る。

 

…急いで犬井に電話を掛ける。

 

(はい)

「柊です。犬井さん、12歳の真美役はどうなってますか?」

 

(まだ決まってないよ)

「夏が来たらアウトです。43話と44話にロケ撮影が要るんです。急げますか?」

 

(盛夏が駄目ってこと? 初夏でも駄目?)

「いや、今が初夏じゃないですか。初夏で大丈夫です」

 

(わかった。急ぐよ)

「お願いします」

 

雪は、(あぶねえ)と息を吐き、真剣な面持ちで49話の内容を再確認し始めた。

 

               第46話「ロケ撮影」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene169」となります。

前回、両手を塞がれた状態で犬井の説明が始まってしまいました。
雪は「チビたちが何を思うか」ということを心配したわけです。
直前に、雪自身も犬井に対して厳しい口調を使ってしまっています。

ロケ撮影は小旅行のような物です。
とげとげしさも堅苦しさもありません。
なので、これは「おねーちゃんと一緒にお出掛け」といった黒山による粋な計らいであり、自分は終始ルイとレイと手を繋いでいる役割だと信じて疑っていなかったわけです。
もしそうでないなら、自分と黒山とルイとレイがスタジオ大黒天に残るという状況が、どう考えても自然な流れなわけです。

住み込みの家政婦が来ると、スタジオ大黒天の事情も変わりそうですね。



ロケ撮影が始まり、今後はすごい勢いで風景の映像が集められます。
撮影順は放送順とは関係ありません。
撮れる時に撮ります。
最終話の撮影がいきなり実行されることもあるのがロケ撮影です。

そして、49話の巨大なパズルは、少しずつそのピースを嵌められていきます。


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第47話 「一歩前進」

ロケ撮影は天気との戦いだ。

もちろん最優先は役者のスケジュールで、その日の天気が悪かったら嘆くしかない。

 

(大河ドラマはどうなんだろう。時間の余裕はあるので、予算が許す限り日を改めて撮り直せる気もする。順序はスタジオよりロケが先なので、作中の登場人物の外見はロケで決まる)

 

雪は自分が執筆した脚本のページをめくり、役者同行のロケ撮影に相当する箇所を追った。

最後まで読んで、(良かった。季節まで問われる撮影は43話と44話の真美だけだ。そもそも役者同行のロケ撮影が少ない)、と一安心する。

 

役者の姿を思い浮かべながら、もう一巡する。

 

…やはり、気になる。

 

「キネマのうた」では役者さんの衣服や髪を乱して良いのだろうか?

 

例年、大河ドラマでは役者さんがとても綺麗な外見で登場する。

毎日入浴する習慣の無かった時代に、あんなに綺麗なはずがない。

衣服や髪にも乱れが無い。

その綺麗さには作り物の不自然さがあり、はっきり言えば綺麗過ぎる。

 

でも、あの綺麗さはあれで正解だ。

 

雪は、不要なリアリティを嫌悪する人間だ。

作品鑑賞中に、「そんなところでリアルにこだわってどーする!」と思わされるのが嫌だ。

なので、大河ドラマの武将やお付きの人が不自然なほど綺麗だと安心する。

適当な綺麗さだと「手抜き」だと感じるし、細かい汚れや髪の乱れが再現されていると「要らねーよ」と罵ってしまう。

 

…「キネマのうた」は、100年前から50年前の人物の外見が忠実に再現されるべき作品だ。

 

芸能プロダクションによっては、芸能人のイメージを殊更に大事にする。

スターズはその代表格だ。

 

 

 

翌日、犬井からバイク便で荷物が届いた。

 

(ほんとに、すぐ送ってきた…)

 

中身には数枚の記録メディアが入っていた。

メディアをPCに突っ込みクリックすると、大量の動画ファイルと文書ファイルが展開された。

 

真波の技法の動画は、番号と作品名と何分頃のシーンという情報がファイル名として記されている。

その数、約3500。

文書ファイルのほうには、番号に対応した説明文が書いてある。

 

(犬井さん、すげえな。師匠にもこれくらいの熱意があれば…)

 

動画は短い物が多く、総時間としてはそれほど長大ではない。

雪は、再生しても一瞬で終わる動画を見てみる。

番号に従って、その一瞬に関する詳しすぎるほどに詳しい説明文を読んでみる。

 

うん、とても分かり易い。

分かり易いのだが、これを見てどうしろと言うのか。

3500個をすべて頭に叩き込め、と言われているのだろうか。

何のために?

第一、雪の頭はそんなものがきっちり整理された形で入るようには出来ていない。

 

 

 

荷物を受け取った報告の電話を犬井に掛ける。

 

(はい)

「柊です。資料、届きました。ありがとうございます」

 

(そうか。使える資料だと思うんだけど、どうかな?)

「参考になるとは思いますが、使えるかと訊かれると、…私には使い方が分からないです」

 

(使い方というか、ただ丸覚えするだけでいいと思うよ)

「……。なるほど、頑張ってみます(やはりそういう話か…)」

 

(うん。頑張って)

「あと、質問があるんですが、…役者さんの顔を多少汚したり、衣装や髪を乱れさせたり、そういうことを役者さんにしてもらっても問題ありませんか?」

 

(えーと、顔を汚すってのは「金色の日」みたいに?)

「いえ、あそこまで泥だらけじゃなく、ただ100年前から50年前の人たちのリアルな外見です。不自然に綺麗過ぎない見た目でいいんです」

 

(問題ないと思うよ)

「あの、…具体的に言ってしまいますが、スターズは厳しいですよね。皐月ちゃん、問題ありませんか?」

 

(これは環から聞いたんだけど、スターズは方針を変える方向みたいだね。特に皐月は星アリサが目を掛けてるだけあって、あの歳でもう本格女優路線だ。アイドルタレント路線じゃないんだ)

「そうですか。…あの、12歳の真美も、そういう部分に問題がない子でお願いしますね」

 

(そっかあ。全然考えてなかったなあ、そんなこと)

「……。それはたしかに犬井さんが決めることですし、私が口出しすることではないんですが、…せめて顔つきは、…顔つきは皐月ちゃんとけいちゃんに挟まれても違和感のない子を選んでくれると嬉しいです」

 

(うん。覚えとくよ)

「お願いします」

 

(……。ところで柊さんは、100年前から50年前の人たちのリアルな外見って重要だと思う?)

「はい。個人的には…」

 

(じゃあ任せていいかな? そういうの多分好きだよね?)

「えっ! 好きですけど、…私がやるのは変ですよ。そりゃ口は出しましたけど、やっぱり変ですよ。重要なことは犬井さんが決めるべきですよ」

 

(柊さん、映画監督志望だよね。じゃあかなり大事なこと言うけど、真面目に聞いてくれる?」)

「…はい、伺います」

 

(俺は撮ることに集中したいんだ。他のことはそれぞれのエキスパートがやればいいんだ。この考え方は監督を目指すなら大事にしたほうがいい)

「そんなウォルト・ディズニーみたいなことを言われても…。それに私は何かのエキスパートではありません…」

 

(現状、役者やスタッフは俺含めて新しい脚本と台本と格闘中だ。今、全体がいちばん見えてるのは柊さんだ)

「それは、そうかもしれません…」

 

(だからロケ撮影は柊さんの力を借りたいと思ってる。変かな?)

「そ、それは、私に正式な仕事の依頼ということですか?」

 

(えと、正式な依頼ってのは既に黒山との間で話はついてるんだけど、…俺が言いたいのは、柊さんに任せたほうがロケはうまくいくってこと。効率良く進むし、撮影スタッフも遅れを取り戻せる)

「わかりました。…でも役者さん同行のロケは犬井さんも来てくださいよ。役者さんの外見に指示は出せても、演技の指示は私には無理です」

 

(前も言った通り、行ける時は行くよ。大丈夫)

「…はい。よろしくお願いします」

 

…電話を切った後、雪はしばらく熟考する。

 

行ける時は行く、というのは、行けない時は行けない、ということだ。

そして、それは仕方がないことだ。

行けない時は、「真波の技法を撮る」という犬井の思いは撮影現場のどこにも存在しない。

 

犬井は、基本的にスタジオ撮影で「真波の技法を撮る」にがっつり取り組むつもりだろう。

ロケ撮影における役者の「真波の演じ方」は、中途半端な物になると最初から割り切る予定だったわけだ。

犬井不在時の傍線部には、低品質な物が混じることになる。

低品質な物は、せいぜい「出演者の演じ方を真波で揃える」というコンセプトに寄与するくらいしか使い道が無い。

 

(中嶋さんの主張より、自分が撮りたい物が優先かあ)

 

案外、そういう物なのかもしれない。

周囲の思惑に振り回されて、肝心の撮りたい物が色褪せてしまったら監督としては無能だ。

犬井が言っていた「大事なこと」とはそういう意味かもしれない。

 

 

 

夜凪は、学校帰りにスタジオ大黒天へと向かった。

そして、この日は「夜凪家お泊りコース」にするつもりだ。

 

「環さんは、傍線部以外にも真波の演技を入れたのよ」

「見てたから知ってる」

 

「私も傍線部以外に入れていくべきだと思うわ。ロケで犬井さんの指導を受けたけど、とても難しかったわ」

「難しいよな、真波の技法」

 

「だから、教えて欲しいと私は言っています。教えてください」

「……。じゃあ、やってみるか」

 

夜凪は台本を開いて、傍線部以外で入れられる箇所はどのあたりかを黒山に尋ねた。

ペンを手に回答を待っている夜凪に、「傍線部はちゃんと出来るのか?」と黒山は訊き返した。

 

「勉強会で見たんじゃないの?」

「現時点で合格ラインというだけで、完成にはほど遠い」

 

まず傍線部からという話になり、夜凪は「おさげのコントロール」を披露した。

 

「動きがスムーズじゃない。あと動きの後半は肩甲骨のラインを綺麗に見せるんだ」

「肩甲骨は台本に書いてなかったわ」

 

実際に見たほうが早いということで、二人は作業中の雪のほうへ向かった。

 

 

 

雪は、ここ数日はロケ撮影に出ずっぱりで、風景や景色の映像を大量に集めていた。

それは達成感と充実感がある気持ちのいい仕事だった。

各場面の風景映像でどんどん埋まっていく作品の輪郭の姿は、雪を楽しませた。

 

そして、雪は少し焦っていた。

このペースだと、すぐに役者同行のロケ撮影が始まってしまう。

なのに、3500種はなかなか頭に入ってくれない。

 

前の台本に草見がつけていた傍線部に関する技法については頭に入っている。

作品名がわからなくても、どういう物でどういう意味がありどういう工夫なのかは理解している。

自分が書いた脚本から起こされた台本には、それに準拠する物を記述した。

ただ、長たらしくて不要な情報も多かったため勝手に推敲した。

 

そして犬井から送られた資料を見て、前の台本に草見がつけていた傍線部に関する説明文が、犬井の文章のコピペであることを知った。

 

雪はディスプレイ上にある膨大な数の技法の羅列を見つつ、「…だよなあ。私は、草見さんを手抜きと責めないよ。無理だろ、こんなの。犬井さんの熱意が異常なんだよ」、等とぶつぶつ独り言を吐いていた。

 

「柊、邪魔するぞ」

 

その言葉が耳に入った時には、不意に視界に現れた黒山の手にマウスを奪われていた。

画面をスクロールさせながら、「この番号…、ああ、作品のあいうえお順か」等と呟く黒山。

 

「けいちゃんに演技指導してるんですか?」

「そう、数が多いから傍線部の完成を優先させる」

 

墨字さんは、小津安二郎を尊敬しているだけあり、演技を見る目はとても厳しい。

小津作品に出演した岩下志麻は、「80テイクを超えたあたりからテイク数を数えるのをやめた」、と言っていたらしい。

世の中にはそんな厳しい監督がいて、黒山墨字は多分その1人だ。

 

(けいちゃん、キツイ思いをするだろうなあ)

 

やがて黒山は、「あった、これだ」と言って動画ファイルを再生させた。

その後、「こっちに同じのがある」と素早く手を動かし、別のファイルを再生させた。

 

「あ、あの、墨字さん。どうやったらそんなふうに覚えられますかねえ。何かコツとかありますか?」

「コツか。この資料は説明文から先に読んだほうが良さげだが…。ちょっと待ってろ」

 

黒山は、自分のPCデスクの引き出しからCDを1枚取り出した。

そして、「俺も重宝してる例文集だ。先にこいつを読んでおくと多分効率がいい」と言って、CDを雪の目の前に置いた。

 

 

 

夜凪は、たった1つの所作を完成させられないことに驚いていた。

動画を見て、「台本には書かれてなかったが、たしかに肩甲骨も印象的だ」と思った。

それが再現出来ない。

鏡を見るまでもなく判る。

自分はあのラインを出せていない。

 

「こ、コツとか…(教えてもらえると嬉しいのだけれど…)」

「人によって骨格も筋肉の付き方も違うからなあ」

 

…もしかして、自分の身体では再現出来ない類の所作なのでは?

 

「今、綺麗に出来てた。もう1回」

「はい」

 

自分にも出来るらしい。

だが、そのマグレのような1回は、それきり夜凪の身体に描かれない。

そのうち黒山は「もう1回」という言葉さえ使わなくなり、パン、と手を叩く音が「ストップ、もう1回」の合図となった。

 

「す、ストレッチを…(試しに少し)」

「おお、何でもやってみろ」

 

「私もビデオ30巻を見るべきじゃないかしら」

「あんなの見たら、真美のイメージが焼き付くぞ。自分のイメージの邪魔になる。今練習してるこれも真波の技法だと思うな。身体の使い方の1つに過ぎないと思え」

 

「10回中、何回成功したら会得したことになるの?」

「10回中、10回だ。当たり前だ」

 

しばらくの時間が経ち、黒山が「よし、出来るようになった」と口にした。

 

「15回連続で成功した。動作がスムーズになると勝手に現れるらしいな」

「そんな気はしてたのよ(手を叩き続けるから失敗だと思ってたわ)」

 

だが、夜凪の所作は身体の動きの再現を意識するあまり、表情が芝居と無関係な物になっていた。

次に、表情もしっかり演じた上で身体を使いこなし、それでようやく「おさげのコントロール」の「会得」となった。

 

               第47話「一歩前進」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene170」となります。

岩下志麻のエピソードは、アクタージュ原作にも使われていましたね。
私が書いた「80テイク」とは別の話ですが。

夜凪は身体の使い方の訓練をほとんどしたことがありません。
少なくともアクタージュ原作では「羅刹女編」で立ち回りを教わっていた箇所くらいしか、訓練のシーンは描かれていません。

なんというか、「すっと手を綺麗に差し伸べる動き」すら出来ないような気がします。
たくさんあるんですよ。
役者が練習して覚える身体の使い方って。

今回の「キネマのうた」は、そういう部分を補強する機会としては絶好ですね。


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第48話 「カキツバタ」

 

スタジオ大黒天。

 

「終わる気がしないわ」

「まだ3つだぞ。せめて傍線部は全部仕上げたほうがいい」

 

「傍線部だけで何日かかるか計算したくない気分だわ」

「真波の出演作、見てみるか? ビデオ30巻は駄目だけど、そっちは見てもいいぞ」

 

床にぺたりと座って下を向いていた夜凪は、目と口を開いて顔を上げた。

 

自分は以前、真波の出演作を見た。

家で1人、けっこうな本数を鑑賞した。

ただ、「キネマのうた」に登場する作品は2本しか見ていない。

その2本も今見ればかなり印象が違うはずだ。

 

「キネマのうた」に登場する実在の映画は全部で11作。

 

「11作、全部見たいわ」

「じゃあ今から借りてきてやる(ネット配信だと足りないからな)」

 

黒山がレンタルショップへと出掛けた後、夜凪はPC室を訪れた。

 

雪の机の周辺には、メモやスケジュール表や付箋みたいな物がごちゃごちゃとたくさん貼られていた。

そういえば、物書きだった父親の机もたまにこんな感じになっていた、と夜凪は古い記憶を手繰ってみる。

 

「なんだかいろいろ貼ってあるわ」

「うん、私…」

 

振り向いた雪は、口元を歪めて、

「…私、初めて正式な依頼で制作の仕事をしてるの!(6年目でやっと初仕事です)」

と、歓喜の思いを言葉にした。

 

「おめでとう」

「うん、ありがとう」

 

「話は変わるけど、黒山さんが何故か親切だわ」

「墨字さんはスランプになると親切になるみたいだね(もう別人だよね)」

 

「誰かから盗め、と偉そうに言われる覚悟だったのに、丁寧に演技を教えてくれるわ」

「やっぱり別人だねえ。今のうちにいっぱい教わるといいよ」

 

「雪ちゃんから私にアドバイスはないの?」

「……。けいちゃんは今のままでいいです。強いて言えば…」

 

「強いて言えば?」

「お肌を荒らさないようにいつも以上に気をつけてください。真波はノーメイク、真美はナチュラルメイクです」

 

しゃべり終えるとすぐディスプレイのほうを向く雪を見て、あまり話し掛けないほうがいいかな、と考え、夜凪はPC室を出た。

 

本棚に置いてある資料を眺める。

真波出演の映画のビデオを2本見つけた。

手に取って、(これはどちらも自分が見たものだ)、と思う。

独特のゆっくりしたリズムを持つ作品だった。

どちらも静かな雰囲気の映画だった。

 

戻ってきた黒山が、

「全部BDで借りてきた。ありがたいごとにどれもリマスター版じゃない」

と、機嫌良く語った。

 

「やっぱりそのままの映像で見たいよな」

「BDだとビデオより綺麗なのかしら?」

 

「個々のテープに付いてる傷や伸びがないだけの差で、映像自体は綺麗にはなってないな」

「そういうものなのね」

 

「1作品あたり100くらい真波は技法を見せている。でも、1回目は鑑賞重視で研究は2回目以降がいい」

「な、なるほど」

 

「俺は席を外すから1人でじっくり見ててくれ」

「わかった。そうする…」

 

 

 

黒山は、PC室へと入った。

自分が入ってきたことに気づかずパソコンを操作している雪を見つめる。

 

(あの日は俺が事務所でルイとレイを見ているべきだったな。家政婦とか言い出したし…)

 

黒山は、自身が陥ってるスランプの正体を知っている。

 

作ろうとしている映画が「間違った物」であることが、その理由の1つ。

自分の映画は必ず失敗作に終わる。

具体的にどのように失敗するか、はっきり見えてしまっている。

映画のコンセプトは、

 

 

…日本にも世界に通用する役者がいることを証明する!

 

 

というものだった。

そんなコンセプトで撮った映画が失敗しないはずがない。

 

それを教えてくれたのが雪だ。

 

ほぼ同時にヴェンダースの宿題も解決してしまった。

尾道でじっくり考えなければ解けないはずの難問があっさり解けてしまった。

 

小津はとことん演技に厳しい人だった。

正確無比な芝居しか認めず、役者には「完璧な演技」を求めた。

読み合わせへの不参加と別作品との掛け持ちが許されたのは、当時の俳優の中でも桁違いの存在だった杉村春子だけだ。

 

ヴェンダースは映像の美しさを追求する人だ。

その美しさは、壮大であると同時に人間の心に由来する「美」でなくてはならず、題材のきっかけを見つけるのさえ一苦労という厄介さを伴う。

見る者の心に刺さる不思議な構造を持つ美しさだ。

 

この二人の巨匠の繋がりが何処にあるのか、その手掛かりとなる糸口さえ今までの自分には捉えられなかった。

そして、現在の自分は正解に辿り着けている。

 

正解は「撮りたい物」だ。

 

小津は多分、「撮りたい物のために、役者に相当な無理をさせてしまったよ。でも、おかげでこんなに良い作品になったよ」、という感じだ。

 

ヴェンダースは、「撮りたい物を追求したらこんな形になったよ。ベルリンの街を使えばこの形になることを教えてくれたのは安二郎だよ」、といったところか。

 

スランプの出口は見える。

 

「キネマのうた」を組み上げていく雪に、自分や草見がついていけなかったのは何故か?

得意分野じゃないからだ。

その方面に強みを持ち合わせてないからだ。

 

自分の強みは「役者を見る目」だ。

 

その「目」で凄い役者を見つけて、その役者が計り知れないスケールの輝きを放つ演技をして、そんな強烈な光の中にいる役者の姿を自分は撮りたいんだ。

 

日本の役者が世界に通用するかどうか?

その証明?

どうでもいい。

少なくとも自分が取り組むべき問題ではない。

 

幸い、予定していた内容を大きく変える必要はない。

自分の姿勢を変えれば、あとは少しの調整だけでいい。

 

出口がわかってる以上、焦る必要はない。

 

だが、一度砕け散った感覚は「始める前から後悔してる」という妙な理屈に雁字搦めにされている。

それは、「やばかった」「怖かった」「事前に気づけて良かった」という数珠つなぎの鎖の縛り。

これが、スランプのメインとなる理由だ。

鎖が外れ、粉砕されて反応を示さなくなった感性が再び活性化するのを待つしかない。

 

「あ、墨字さん」

 

雪が、来い来い、と手を動かしていた。

 

「カキツバタのところ、すぐに見つけられますか?」

「真波のカキツバタはあるだろうが、真美のはないかも知れないぞ」

 

黒山は、マウスを操作して3500種を漁った。

犬井の資料には、真美のカキツバタも収められていた。

該当する番号を付箋に控え、ディスプレイの側面に貼りつける雪。

 

雪は、「それで…」と言いながら台本を開いた。

 

「このシーンで使える真波の技法ってありますか?」

「カキツバタのシーンだけど、カキツバタは関係ないだろ、これ」

 

「関係あるならカキツバタを使いますよ。関係ないから質問したんです。私には思いつきません」

「ロケ撮影か。役者の動きが少ないな」

 

黒山は、使えそうな物の番号を2つ選んだ。

 

雪は椅子を降りて床に立ち、

「演じ方、教えてください」

と、申し出た。

 

「お前に? 演技の身体の使い方を教えるのか?」

「はい。急ぎで使うことになるんです。お願いします」

 

「本人の動画があるんだからそっちを見ろ。説明するから」

「私自身が出来るようになるのと、言葉で説明出来るようになるのと、両方お願いします」

 

黒山は、「まあいいけど」と演技の講義を始める。

待つしかない状況の自分にとって、夜凪と雪に何かを教えるために時間を使うのはとても有意義に思えた。

 

「例文集、どうだった?」

「あれ、山田君が作ったやつですよね。高校の時も面白いと思って読んだんですよ。今読むと更に面白いですね」

 

「悲しみ、だけでどれだけ言い方変えるんだよ、というマニアックな一品だ。あまりに面白いから頼んでコピーさせてもらった」

「笑い、なんて100超えてました。犬井さんに必要なのはコレだと思いました。指示のボキャブラリーが少ないんですよ、犬井さん(無心で、を多用し過ぎ…)」

 

「そのCD、犬井さんに貸しちゃ駄目だぞ。俺はあの分量を使いやすいように文字を打ち直してデータにしたんだ。俺たちだけの財産だ」

「…たしかに、財産です(山田君に感謝ですね)」

 

「あの資料の犬井さんの説明文。それで翻訳したら読み易くなると思う」

「…はい。ありがとうございます。山田君のを読み終えたら試してみます」

 

 

 

劇団天球。

金髪ボブのカツラを被り黒ぶち眼鏡をかけ、普段はしない変装姿で環は建物内に入っていった。

入り口を開けてくれたのは七生で、「あ、環さん、いらっしゃい」、と言っただけで変装に対する反応は無かった。

 

環は、稽古場に阿良也の姿を確認し、(ラッキーな日に当たった)、と思う。

来訪の挨拶を済ませ、変装を解いても誰も騒がない。

 

(予想と違う。自意識過剰だったかなあ)

 

稽古場の真ん中まで進み、

「ジョバンニが出来るくらい上手くなりたいです。よろしくお願いします」

と、声を張る。

 

「出来ますよ、ジョバンニ。あなたには」

「へ? いや、私は舞台は全然で、だから稽古したいわけで…」

 

パイプ椅子に座った阿良也は、

「やって見せてください。今、そこで。俺が嘘を言ってるんじゃないって判りますから…」

と、告げた。

 

環は、(なんじゃ、この展開は?)、と思いつつ、突っ立っていた。

だが、沈黙の時間が過ぎていくだけで、どうやら自分が芝居を始めるのをみんな待っているらしい、と気づく。

 

腹を括って、

「ずっと一緒にいられると思っていた。カムパネルラは僕の側にいつもいてくれたから。ずっと一緒にいられると思っていた」

と、何度も練習した冒頭を演じてみた。

 

「思ってたのと違うな…」

「は…、すみません」

 

「弱すぎる。いや強いのか。表現が強いから芝居の力が弱い。発声の抑揚はいい。間のバランスが悪いから…、表現の強さが耳障りになる…」

「……?(あっ、独り言か。返事してしまった…)」

 

「客を引き込むんじゃなくて、客の心の隙間にゆっくり浸み込ませてください。結果的にそのほうが客は早く引き込まれます。ずっと…じゃなくて、ずっと。……。…です」

 

立ったまま環はしばらく考える。

浸み込む、てのはわかる気がする。

そのためには、手の振りを抑えたほうがいい。

言葉の強さの間に、「浸み込むのに要する時間」を用意しなきゃ客は置いてかれるのか。

 

「ずっと…一緒にいられると思っていた。カムパネルラは僕の側にいつ…もいてくれたから。ずっと一緒にいられると…思っていた…」

 

「ほら、出来た。俺は嘘は言わないですよ」

 

環は、(えっ、鬼は?)と思った。

自分は鬼にしごかれに来たのに…。

 

「でも羅刹女は今のあたには出来ない」

「……。」

 

「あれを出来るようになるには相当厳しい稽古が必要になる。やってみますか?」

 

(いや、私はジョバンニがやりたいんだ。なんで羅刹女?)

 

               第48話「カキツバタ」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene171」となります。

黒山が一時的に黒山流放任主義を解いています。
丸いですね。
こんな親切な黒山は、私的には黒山じゃありません。
早く出口に辿り着いてもらいたいです。
それには、なにかきっかけになる出来事が必要でしょう。

犬井の「無心で」は、「指示内容が理解出来たら、次は指示されたことに意識を向けず演じて欲しい」というような場合に使われます。
ちなみに、「雑念のない心情で」と指示する時も「無心で」を使います。
口にする言葉が変化に乏しいタイプですね。
雪が、メモ書きクイズの時に「(犬井さんに)ヘタクソな指示だされて、けいちゃん可哀想」というようなことを言ってました。

あと、阿良也のぶつぶつ言う独り言が個人的には好きです。


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第49話 「専用台本」

北瀬由衣は、車の中で目を閉じて息を吐く。

なかなか身体の震えがとまってくれない。

緊張しているのか。

ビビッているのか。

 

マネージャーの松川美幸が、

「由衣さん、後半の最重要キャラですよ。緊張するともったいないです」

と、声を掛けてくれた。

 

気遣いは嬉しいけど、最重要キャラってどうなの?

そこは考えないようにしたほうが緊張しないで済むのでは?

とはいえ、責任の重さを受け止めるのも大切なこと。

 

「あぁ、ふるえる…」

「由衣さん、その気合いです。武者震いキープよろしくです」

 

そして、松川は「何か追加情報がないか聞いてみます」と電話を取り出した。

 

うん、ありがたい。

とにかくわからないことだらけ。

昨日がオーディションで、今日いきなり本番の撮影。

脚本も台本もない。

共演者もわからない。

情報が増えるのは助かるね。

 

「大河ドラマ、演技力必須」ということしか教えられてないオーディションで、審査員から「12歳真美は後半最重要の登場人物です」と言われた。

 

なんだ? 最重要ってのは主役より重要ってことか? あたしの日本語力は間違ってるか?

 

電話を切った松川が、

「朗報です。キネマのうたにはお母さんの北瀬香さんが懇意にしていただいている薬師寺真美さんが出演するそうです。これは心強い!」

と、伝えてきた。

 

「…そ、そう。あたしは会ったことないけど、お母さん凄いじゃん。すっごいエライ女優さんだよ」

 

いや、待て。

「キネマのうた」は薬師寺真波の物語と聞いた。

実の娘が出演するわけか。

母親の物語ってことで真美さんはすげー力入れてるんじゃないか(おっかない人って噂も聞くし)。

そもそもうちのお母さんと「懇意」ってのが初耳だ。

 

…待てっ!

 

あたしの「薬師寺真美役」ってその薬師寺真美のことだろ。

情報少ないから、ピンと来なかったけど、どう考えてもそうだろ。

薬師寺真美の見てる前で「薬師寺真美」を演じるのか、わたしは…。

 

「松川さん。あたし、寝ます。現場に着いたら起こしてください」

 

松川は、「承知しました。朝早かったから無理もない。武者震いキープは忘れないように願います」と言って、黙った。

 

8歳役が鳴乃皐月、12歳があたし、15歳は夜凪景、だったはず。

一般的には目立つ人に注目がいく。

夜凪景は18歳で有名人だ。

目立つよ、うん。

あたしなんて、視界にも入らないのが常識。

 

あー、12歳役が最重要ってのが、不気味で駄目だー。

 

「気づいた! 物語のモデル。由衣さん! 薬師寺真美って薬師寺真美さんですよ、おそらく」

「寝てるんですよ、あたしは」

 

「…あっ、今度は本当に朗報です。監督の犬井さん、今日はいらっしゃいません。緊張の材料が減りました」

「おっ?」

 

それは本当に朗報だ。

てか、松川さん、誰と電話してんだろ?

 

「あれ? 寝るんじゃなかったんですか?」

「いや、起きてることにする。松川さん、誰と電話してるんですか?」

 

「川合さんです。宮村さんのマネの」

「……。いいの? それ…」

 

宮村雫、あたしより1つ下の11歳。最終選考の3人に残ってた。

まあ、負けた本人じゃなくマネージャーなら気にするほどじゃないか…。

 

 

 

午前7時45分、由衣を乗せた車が現場に到着した。

指定された時刻の15分前だ。

車を降りて、人が集まっているほうへと歩く。

 

車が5台もいたなあ…。

おっ、忙しく動き回っている人たちがいる。久しぶりに見る光景だね。

…3年ぶりか。

やっぱり、緊張するね…。

 

「由衣さん、コンディションはどうですか?」

「…駄目だね。ビビりまくってるよ」

 

前方から女性が1人、こちらに向かって走ってきた。

 

「本日の監督を務める柊雪です。よろしくお願いいたします。さっそくですが、あちらのテントで着替えてください」

「よろしくお願いします」

 

なんか急いでる感じだな。

テントは…、あった。あれだ。

 

テントのほうに歩き出すと、背後に世間話のような内容の松川の声が聞こえた。

 

「松川さん! 来てください」

 

急いでる空気がわからないの?

世間話とか、この世でいちばん有害な会話なのに。

 

「待ってください、由衣さん。挨拶はきっちりすることは大事です」

「待たない。松川さんも急ぎ足で」

 

「ちょっと説教させてもらいます。一旦足を止めてください」

「挨拶は大事。わかった。うん。そして世間話は不要。わかって」

 

足を止めず、すたすたとテントに向かう。

 

「失礼します」と声を掛けてテントの中に入ると、ビニールで形成されたその狭い空間にいたのは、30代くらいの女性が1人だった。

女性は、「こちらの衣装です。メイクも私がやります」と説明した。

 

由衣はすぐに着替えに取り掛かる。

用意された衣装を見て(今風のデザインだな)と感じた。

スカートを一度じっと眺めて、脚を突っ込みながら(丈がけっこう短い。ふわっとしたフォルムが綺麗だ。でも新品の服じゃない…)と思った。

次に下に置いてある靴を見た。

 

靴も中古だ。ベーシックな茶の革靴。てか、ちょっと汚れてる。

ブラウスとシャツの中間のような2色使いの長袖服は、…ハイセンスの最先端のような恰好良さ。

なんだろ、このちぐはぐ…。いや、スカートにも靴にも合ってるけど。

あ、シャツも新品ではないのか。皺もある。

 

後ろ髪にブラシをかけてくれている女性に、「衣装は、こんな今風の物で良いんでしょうか」と訊いてみた。

 

「60年代の衣装ですね。日本のお洒落の隆盛期で、子供もお洒落な服を着ていました」

「そうでしたか。勉強になりました(マジか。今、街で着て歩いても恰好良いレベルだぞ、このコーディネイト)」

 

「次、メイクいきます。といってもグロスだけです」

「お願いします」

 

テントの外から「チークも。あと眉をまだ整えていません。整えてあげてください」という松川の声が割り込んできた。

由衣は「声は無視してください」と告げ、薄く唇を開けて目を閉じた。

 

テントを出て、機材や人が集まっているほうへと歩く。

歩きながら、「鏡を見てないけどわかる。相当センスの良い女の子という感じになってる。薬師寺真美はこれが当たり前の時代に育ったのか。お母さんが生まれる前の時代だ」、等と考える。

 

おや、同じ衣装の子が2人いる。

宮村雫と柄本綺羅。

オーディションに他の役もあったっけ?

 

柄本綺羅が、

「おはよう、由衣さん。こんなところまで来てオーディションって変わってるよね。由衣さんは本番さながらの気合いで、さすがね」

と、芝居掛かった口調で言った。

 

宮村雫が、

「綺羅さん。本番は合っているのですよ。オーディションを兼ねた本番ですぅ」

と言った。

 

「……。うん、おはよう。オーディション負けないよ」

 

そう言って、由衣は人が集まっているほうへとさっさと向かった。

後ろに、「勘違いしてたくせに」「人は誰でも失敗がありますよぉ」という声が聞こえた。

 

誰だ、連絡間違えたのは?

松川さんは、ちょっとズレてるけど仕事はしっかり出来るし、優しいし、基本誠実だ。

犯人は社長か…。

 

「遅くなりました。北瀬由衣です。皆さん、今日はよろしくお願いいたします」

「やっと揃った。今日は特別。挨拶抜きでお願い。ごめんね」

 

答えたのは先刻柊雪と名乗った若い女性。

 

バタバタと追ってきた綺羅と雫は、遅れを取ったとばかりに丁寧な挨拶を始めたが、柊雪は「おはよう。3人ともついてきてください」と返事しただけだった。

 

最後に到着したくせに抜け駆けズルイとか思ってるんだろうな。

てか、あんたらあたしをからかう目的でたむろってたんでしょ。自業自得じゃん。

綺羅は「小悪魔系」で通してるから違和感ないけど…。

雫ちゃんは「おっとり純情系」なのに、あたしの勘違いをわざわざ綺羅に教えたのか。

 

あたしには何々系といった「キャラ」がない。

そのせいで苦戦してきた。

同じ6年生の綺羅、5年生の雫ちゃんの二人にはオーディションでぶつかることが多く、そして負け続けてきた。

で、やっと勝ったと思ったのは、あたしの勘違い…。

 

柊雪の後をついて歩きながら、由衣は(勘違いで、空回りでビビッて、あたしはアホだ)と思った。

 

 

 

水辺に4人が並んで、柊雪の芝居の説明が始まった。

 

え、細かい…。

いや、難しいよ、それ。あたし出来ないよ、そんな演技。

この人、監督だよね。この内容で厳しい監督だったらキツイなあ。

あ、でも実演も見せてくれる監督なんだ…。

優しい監督っぽい。

 

トップバッターは雫。

由衣は、芝居を始めた雫の姿をじーっと見る。

 

うめえ…。しかも可愛い。

カキツバタを見た後の表情変化もスムーズだ…。

 

「カット! 普通に歩いてください。癖をつけずに」

「はい、すみません」

 

テイク2が行われるかと思ったが、次の綺羅のテイク1が始められた。

放心した顔で戻ってきた雫は、由衣の隣の椅子によろよろと腰を下ろした。

小声で「すごく上手だったよ」と慰めの言葉を掛けるが、雫は「ありがとー」と気の抜けた礼の言葉を返すだけだった。

 

「カット! 顔の動きを勝手に増やさないで」

 

雫と同様に放心して戻ってきた綺羅と入れ替わりに、由衣が水辺の草道の上に立った。

 

あー、気持ちいいくらい頭の中が真っ白だなあ。

もうすぐカチンコが鳴るんだよな。

歩いて、花を見て、笑う。細かい説明は忘れた。うん、覚えてないね、あたし。

 

合図を聞いて歩き出して、花にニコッとしたところで、「カット! 動きの1つ1つを正確に」という声が飛んできた。

これどうするんだろう、という疑問は、雫のテイク2が始まったことで解消された。

 

「カット! 表情、きっちり段階踏んで」

 

「カット! 歩く時アドリブ入れないで」

 

「カット! 目を瞑る時、顎を引いちゃ駄目」

 

こんなふうに繰り返されるシステムだった。

 

由衣は、(優しそうに見えたのに、厳しい監督だった…)と、6巡目となる雫の芝居を見ながらそう思った。

これだけ繰り返すと、動きはさすがに覚えた。

でも、どこかしらでミスをしてしまう。

あと、柊監督はやたら空模様を気にする人だ…。

 

6巡目の自分の芝居を終えた時、「これで全員OKラインです」という声が聞こえた。

思わずその場に留まり、続きに耳を傾ける。

スタッフの「様にするのが精一杯って感じですね」に対し、柊監督が「これでも欲張ったんですよ」と答えた。

 

くるりとこちらを見た柊監督と目が合う。

マズイと思った由衣は、「5分後に同じ場所に集合してください。それまでお水でも飲んで休憩してください。あの2人にも伝えてもらえますか?」と柊監督から告げられた。

 

 

 

そして、5分後。

柊監督は、

「目を段階的に閉じて笑うあの演技は、弘法大師のありがたい言葉を聞いていた女性が、(難しい。うん、難しくてわからない。無理だ、諦めた)、という演技です。今この場でやってみてください」

と、無茶なことを言った。

 

1人ずつ、3人やってみた。

 

次に柊監督は、

「さっきの弘法大師の話はきれいさっぱり忘れて、何も考えずに動きだけを正確にやってみてください」

という注文を出した。

 

1人ずつ3人やってみた後、雫と綺羅だけもう一度やらされた。

 

そして、柊監督は空を見て「由衣さんだけ、花を見るシーンもう一度撮ります」と言った。

 

 

 

椅子に座った由衣はへこんでいた。

 

あたしだけ撮り直しがあった。

あたしだけ弘法大師のやつ1回だった。

また、負けたのか。あの二人に…。

 

柊監督が、ててて、と走って由衣のもとへやって来た。

 

「これ、脚本と台本です。今日はバタバタしてすみませんでした。12歳の真美は出番も多いし凄く重要な役なので、なんとかお願いします。しっかり練習してきてください。本当にお願いします」

 

そう言って、去っていった。

 

由衣が受け取った脚本には「柊雪」と記名があった。

台本にも記名があった。

それとは別に、表紙に手書きで「真美12歳専用」と記された厚めの台本があった。

 

               第49話「専用台本」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene172」となります。

北瀬由衣……小学6年生の12歳。
宮村雫……小学5年生の11歳。
柄本綺羅……小学6年生の11歳。

なんとなく役者視点で書いてみました。
これで、12歳の真美役が決まったことになります。

カキツバタが咲いている時期としてはギリギリです。
あと、陽射しが如何にも夏という感じの照り返しを見せるのも駄目です。
雪が空模様を気にしていたのはそんな理由です。


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第50話 「役者が生まれる」

由衣は、母親の北瀬香と共にスタジオ大黒天を訪れていた。

オーディションが慌しかったために出来なかった様々な伝達を行う、とのこと。

事務所には柊監督と犬井監督の2人がいた。

 

「昨日お渡ししたこれは43話の台本です。後日、他の話の台本を含め編成部からダンボール箱で資料がどっさりと送られてきます。びっくりするほど大量に送られてきますが、それらすべてを見ても分からないことを今日お伝えします」

「はい。よろしくお願いします」

 

「キネマのうたでは出演者全員が薬師寺真波の演じ方で揃えます。演技を揃えると公には言いませんが、往年の真波ファンなら気づきます。そういうサプライズ的なサービスです。台本にはこのような傍線が引かれています。ここに真波の技法が入ります。この傍線はそういう目印です」

「はい」

 

「こちらの真美12歳専用の台本ですが、由衣さんはこっちに書いてある説明を読んで芝居を…、あっ!」

 

犬井監督が手を伸ばして奪うように専用台本を持っていった。そのまま台本を読み始めて「こんなの作ってたのか」と呟いた。

柊監督は困ったような表情を少し見せた後、まあいいか、という表情に変わった。

 

「専用台本に従って芝居をしてください。傍線部にも他の役者さんとは違って真波の技法は一切入りません。すべて真美の演じ方が入ります。鳴野さん、由衣さん、夜凪さんが演じる真美だけが特別扱いとなります」

 

「もったいねえ…」

 

「なにがですか」

 

「夜凪さんは当然として、その子も真波の技法を出来るだろう。撮り直しのV見て確信したよ。なんだ、この子も出来るじゃん、て」

 

「真美はあきらめてください。あと、そこまで判るなら一昨日のオーディションで由衣さんに決めてくれたら良かったのに」

 

「だって俺、わかんねーもん。柊さんに任せたほうがちゃんと選んでくれると思ったし…」

 

ここで柊監督はこっちに向き直ってあたしを見た。

 

「えーと、昨日のオーディションは制作陣の一方的な事情であんな変則的な物になりました。申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です」

 

なんだろ。柊監督と犬井監督は仲が悪いってわけじゃないよね。

エライのは犬井監督だろうけど、なんか尻に敷かれてる感じなのかな?

あ、尻に敷かれるは意味が違うか。

 

「それで、スタジオ撮影の時も犬井さんの指示ではなく私の指示に従って欲しいんです。犬井さんがあなたに指示を出したら私が引き留めます。現場は多少混乱するでしょうが、由衣さんは混乱しないでください」

 

あの…。

混乱しないでと言われても、既に今あたしは混乱してるんですが…。

犬井監督が指示を出す。

柊監督がそれをとめる。

現場は混乱する。

いや、あたしも混乱するよ、それ。

 

「犬井さんは隙あらば真波の技法を増やそうとします。真波の技法しか見えてません。犬井さん本人がそう言っています。それしか見ないと固く決意してるそうです。他のスタッフはそのことを知りません。私しか知らないので私がとめるしかないんです。もちろん、真美の芝居は真美の演じ方で一貫したほうがいいと犬井さんも納得しています」

 

「納得はしたが、もったいねえとは今でも思ってるよ」

 

「犬井さんはこんな感じなわけで…、あ、あれを由衣さんに見てもらおう」

 

立ち上がった柊監督は「ついてきて」と言って、犬井監督を残して歩き始めた。

 

うん、ちょっと分かった気がする。

犬井監督は真波担当で、柊監督は真美担当なんだ。

真美役のあたしは柊監督の言うことを守ればいいってことだ。

多分、合ってる。

 

連れてこられた場所はパソコンが何台も置いてある部屋だった。

そして人がたくさんいた。

 

うわ、夜凪景! なんで?

知らない男の人にチビッ子2人。

男の人はここの社長かな。

 

「けいちゃん、ごめんなさい。私のパソコン、空けてくれるかな」

「はい」

 

椅子から立った夜凪景はあたしの目の前に立った。

 

「スタジオ大黒天所属の夜凪景です。初めまして。よろしくお願いいたします」

「あ、北瀬由衣と申します。よろしくお願いします」

 

そうか。夜凪さんはここの所属なのね。あたしが来たからここにエスケープしてたんだ。

 

「綺麗だわ」

 

…えっ!

 

「母親の北瀬香さん譲りだな。骨の形がいいんだ。輪郭にTライン。後頭部の形。印象的な派手さはないが女優向きの顔だ。いい部分が似て良かったな」

 

…骨? 骨が似てるの、あたしとお母さん。

 

「私が12歳の時はこんなに綺麗じゃなかったわ」

 

…いや、あたしが18歳になっても夜凪さんほど美人になる未来図は想像出来ない。

 

「肌はわからんな。気を抜くとすぐに荒れる。今後の手入れ次第だ」

 

「なに言ってるの! 肌もすべすべよ。髪も艶々でさらさらよ」

 

…肌はともかく、髪はカツラになるんじゃないかなあ。

 

「雪ちゃん、由衣さんは地毛でいってほしいわ。長さも私と皐月ちゃんと合うわ」

 

「そのつもりです。あ、由衣さん、こちらに来てください」

 

そう言われて柊監督の隣から覗き込んだパソコン画面には、何かがずらりと並んでいた。

柊監督が説明してくれた。

 

犬井監督が独力で集めた動画ファイル集。動画に対する説明文。

動画の数は3500。

スクロールを延々続けても終わりが見えない分量だ。

 

「これ。多分、作るのに5年くらい掛けてます、犬井さん」

「すごい執念ですね」

 

「その通りです。だから隙あらば真波なんです。気をつけてください」

「なるほど、納得しました。このドラマのずっと前から注目してたんですね、犬井監督」

 

「…賢い子だな」

 

「そう。由衣さん、頭がいいんです。よく見えてます。頭の中で優先順位をつけるのが上手い。真美役にぴったりですよ」

 

なんか、めっちゃ褒められてる…。

期待を裏切らないようにいっぱい練習しよう。

 

お母さんと犬井監督がいる部屋に戻る。

犬井監督はまだ専用台本を読んでいる。

一言もしゃべってないんだろうなあ。

お母さんは世間話が嫌いだから、ほっ、としただろうな。

 

そして柊監督に腕をつつかれて犬井監督が口を開いた。

 

「俺が暴走したら柊さんに従ってください。暴走中の俺のことは遠慮なく無視してください」

「は、はい。了解しました」

 

「良かった。これを直接由衣さんに言ってもらうために来てもらったんですよ。…犬井さん、不満そうな顔しないでください」

 

「不満はないよ。もったいねえと思ってるだけだ」

 

犬井監督の顔がおっかない。

あたしは勇気を出して「カキツバタってどういう演技ですか?」と質問してみた。

すると犬井監督は一気にご機嫌さを取り戻し、力説を始めた。

 

ある映画の撮影中、薬師寺真波は芝居の中に奇妙な動きを5回入れた。

周囲の者が「何やってんだろ」と不思議がっている中、カメラマンだけが平静だった。

実は奇妙な動きはすべてフレームの外で行われていて、撮影された映像は見事な物だった。

在原業平が短歌の中に「かきつはた」の5文字を巧妙に隠したという有名なエピソードに通じるものがあるということで、技法に「カキツバタ」の名が付いた。

フレーム外の動作を利用する手法を使ったのは日本では真波が第1号であり、以降は普通に使われる考え方として普及した。

昨日のロケの真美が花を見るシーンは、あの時に「次は母の眼前で技法カキツバタを使おう」と思いついた場面とのこと。

そして真波は自分の「カキツバタ」はそんなあっさり再現出来る簡単な物ではない、と対抗心を抱き、母子の戦いが始まった…。

 

うん、犬井監督、迫力ありすぎです。

現場で見たら、あたし混乱します、多分。

うまく無視できなかったらごめんなさい…。

 

「それとオーディションの時から疑問に思っていることがあるんですけど…」

「はい。どうぞ」

 

「12歳の真美は作品後半の最重要キャラと聞かされたんですが、そのあたりを教えてもらっていいですか?」

 

柊監督が両手を机に突き、下を向き、そして勢いよく上げられた顔には「よくぞ聞いてくれました」と書いてあるかのようだった。

柊監督の力説が始まった。

 

12歳の真美が面白いと思ったことが、そもそもの出発点だ。

母の演技の意味が理解出来ないのに形だけを懸命に真似る真美。

その形だけの真似が演技として一流の域に届いてしまったのが、真美が12歳の時だった。

天才的な感覚を持つ真美に追い詰められる真波。

娘は無邪気に追いかけてるだけなのに、母は敗北感とプライドの濁流に飲み込まれる。

苦しい。

我が娘が怖い。

そしてこんな自分を愛してくれる多くのファンの声がさらに自分を苦しめる。

負けられない。薬師寺真波は頂点でなければならない。

逃げ場はない。進むしかない。

そんな母子の戦いを表現するために文字を連ねていたら、脚本が出来てしまった。

草見修司の文字が1文字たりとも残っていない完全新作にして大幅内容変更の一品、意図せずそんなものを書いてしまった。

12歳の真美はそれほどまでに魅力的だったわけで、最重要キャラはけっして過言ではない。

 

だから柊監督が真美担当なのか。

脚本が本業なのか、監督が本業なのか判らない人だ。

形だけっていう弘法大師のやつが実質的なオーディションだったわけね。

あの2人に2回やらせたのは「形だけの演技が出来ないことを確認した」ということかな。

よくわからない。

よくわからないけど、あたしには出来ていたらしい…。

どうやってやったんだろう。

かなり難しいらしいのに、自分が出来た理由が見つからない。

とても難度の高いっぽいことが…、わけもわからず、無自覚で…、出来ていたらしい。

そんなふわふわしたものに期待が寄せられている…。

脚本ってかなりエライ人だ。

その人が最重要は過言ではないと言った…。

 

「ふ、ふるえる…」

 

「え、寒い? 温かい物なにか飲む?」

 

…違います。ビビッているんです。

3年間まともな仕事を獲れなかったあたしが、…突然、…こんな。

 

 

「私にはわかるわ! 由衣さんは責任の重さを噛み締めているのよ!」

 

 

…あ、夜凪さん。

 

「大河ドラマよ。ただのドラマとは違うのよ。責任を感じないはずがないのよ!」

 

あたしは涙を我慢して立ち上がり、恰好よく指差しポーズを構える夜凪さんのほうへ走っていた。

夜凪さんがにこりと微笑んで両手を広げて迎えてくれたので、その胸に飛び込んでしまった。

 

意味不明な涙がぽろぽろ出る。

 

これは「責任の重さ」からくる涙だと夜凪さんが教えてくれた。

髪を撫でてくれた。

撫でながら「皐月ちゃんも泣いてたなあ。役者の気持ちは役者にしかわからないものよ」と言葉をくれた。

 

じわじわと実感が込み上げてきた。

自分は今から多くの役者が通ったであろう門をくぐろうとしている。

歩む足にしっかりと力を込めなければならない。

大河ドラマの重要登場人物。

半端な気持ちで臨んではいけない…。

前を見続ける覚悟が要る。

胸に刻みつけて、あたしは進んでいく。

 

涙はなかなかとまってくれない…。

 

 

 

香が静かな口調で、

「由衣は滅多に泣かない子なんですよ」

と、雪と犬井に教えた。

 

「ちゃんと支えます。私が支えます」

「一度にいろいろ言い過ぎたなあ」

 

 

「犬井監督、柊監督、お二人ともどうか由衣をよろしくお願い致します」

 

 

手を突いて丁寧に頭を下げる香の姿があった。

 

               第50話「役者が生まれる」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene173」となります。

由衣の賢さは「頭の中に向き合うべき問題がある。そして新たにそれより重要な問題が見つかった。前の問題は保留(あるいは忘れるか逃げる)にして新たな問題に当たる」という感じの物です。
いちばん重要なことが見えていて、他のことは後回し、それを無自覚でやってのける。
そういう賢さってのもあると私は思います。
事務系の仕事が得意な人が並行していろんなことを処理する能力に近いです。
前回、車の中で「寝ます」と言ったのは、「薬師寺真美の前で薬師寺真美を演じる問題」は今考えてもしょうがないから、この後の撮影のために頭を休める、という選択です。

由衣が役者の道を選んだのはかなり早い段階です。
演技力は高いのに、器用に世渡りが出来ないせいで日の目を見なかったタイプです。
この日は学校を休んでのスタジオ大黒天訪問ということになります。
本気度がうかがえます。

雪との相性はいいと思います。
中身のない世間話や長たらしい挨拶を嫌悪するあたりも波長が合うところでしょう。

由衣の撮影が本格的に始まるまではけっこうな時間があります。
その間に真美の演じ方をとことん練習することになります。
真美の演じ方というのは「真美が描く真波の演じ方」を意味し、それは犬井がこだわる真波の技法とは質が異なります。
真美の演じ方は、再現が極めて困難な技法となります。

12歳の真美が最重要というのは、ドラマ後半においては事実です。
犬井が一言のためだけにスタジオ大黒天に足を運ぶ価値はあります。


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第51話 「本格的に」

 

ロケ撮影は順調にそのスケジュールを消化しており、景色や風景はほぼ撮り終えていた。

役者同行のロケ撮影も始まっていた。

 

スタジオ大黒天では、由衣が黒山から演技指導を受け、その様子を皐月と夜凪が観察する、という機会が増えた。

真美役の中心は由衣で、皐月と夜凪は「由衣が演じる真美」に合わせていく形になる。

 

「そこでゆっくり顔の向きを変える」

「はい。これ、頭の中で数を数えちゃ駄目ですか?」

 

「1、2、3、…か? リズム感に自信があるなら良い方法だ」

「やってみます」

 

由衣の演技は、土台はしっかりしているが真美のような機械じみた正確さにはまだ遠かった。

 

皐月にとっての「真美」は、役作りの対象としてはそれほど難しい人物ではなかった。

母を懸命に真似る子供。

心情に一般性があり理解しやすい。

恵まれた環境の中に身を置き、「真波の技法」を丁寧になぞることに夢中な8歳の少女。

 

皐月の中では、あとは微調整のみということになるが、アジャスト先の由衣の「真美像」がなかなか定まらない。

由衣が真美のイメージを固定させるのを待たなければならない。

 

夜凪にとっての「真美」は奇妙な位置付けになった。

前の二人は夢中で母を追うのに、夜凪のところで意図的に母を苦しめる人に急変する。

 

真美は4歳から21歳の間に32本の映画に出演している。

それらの鑑賞会も行われた。

 

 

 

夜凪は俳優連盟の建物の前に立っていた。

市街地内のそれほど大きくない白いビルで、区役所やカルチャーセンターといった雰囲気だ。

 

自分から「音量ゼロで鑑賞する」という条件を出し、黒山から鑑賞の許可を勝ち取った。

 

ビデオ30巻セットは複数用意されているらしく、受付で30巻すべてを一気に借りたい旨を告げるとすんなりと話が通った。

連盟が実施する定期鑑賞会は、椅子がたくさん用意された広い部屋で大きなスクリーンを使用して行われる。

個人が鑑賞する場合は、応接室のような部屋でテレビ画面で見る。

 

…さて、と。

じっくり見させてもらうわ。

 

黒山さんを説得する目的がなくても、音量ゼロで見るつもりだった。

見たいのは真美さんが作る映像の形。

 

鑑賞開始。まず真美さんによる真波作品の紹介。実際の映像。真美さんによる実演。そして技法の解説。

たしかにこんなものを何十時間も見続けたら「焼き付いてしまう」かもしれない。

 

音量ゼロでも、このシーンが何を伝える物なのか、どういう心情なのか、ちゃんとわかる。

具体的な細かい設定や単語は予想を外しているかもしれない。

物語の動き、人々の感情の方向、流れ、そういう予想は多分外してない。

 

形の精密さがすごい。

今の私ではまるで届いてない。

 

でも大黒天で見た作品の21歳までの真美さんなら、今の私のほうが上だ。

以前の私なら、5~6歳時の真美さんにさえ負けている。

 

立体映像を意識し始めてから、本番の撮影時や勉強会のための練習を通して私もかなり扱いに慣れてきた。

 

真波の技法ってすごいわ。

隠れているのに伝わりやすい。

見えているのに、本音が別にあったり。

 

技術の高さや美しさを追求していない。その時必要な物を必要な分だけ届けてくれる。

真波の芝居は、アートではなくエンターテインメントだ。

 

真美さんはずっとこれと付き合ってきたのね。

こんなに精確に描けるくらいに…。

 

夜凪は6本見たところでその日の鑑賞を終えた。

明日また続きを見に来よう。

明後日も、その次も、…30巻を全部きっちり見てみよう。

 

 

 

役者同行のロケ撮影も順調に進んでいた。

学校が夏休みに入り、皐月、由衣、夜凪もロケ撮影に参加する段階になった。

 

7月22日、夜凪にとっては河原での撮影以来のロケとなった。

けっこう大規模なロケ隊。

バスの隣の席には、この日が「キネマのうた」のロケ撮影に初参加となる環が座っていた。

 

「景ちゃん、舞台演劇に興味ない?」

「あるわよ(急になんですか?)」

 

「……。私が、自分の…、環蓮の劇団を立ち上げることになりそうなんだけど…。景ちゃん、出演しない?」

「出演はしたいけど、なんでそんなことになったかが気になるわ」

 

「阿良也君がねえ。なーんか、話してると、色々こじれてさあ」

「環さん。大河の準備期間に一体何をしていたの?」

 

「景ちゃんも一度天球に来てみないか! 話がまとまらなくて、こう、なんか意見を言って欲しい!」

「いいけど…」

 

バスが現場に到着した。

夜凪は9話目、環は17話目の撮影だ。

順番は、必要人数の多い環の撮影が先(出演する役者のスケジュールの都合が優先される)。

 

リハーサルを終えて戻ってきた環が怪訝そうにしゃべった。

 

「なんか、雰囲気変わってない?」

「うん、変わったと思うわ」

 

沢村秀夫、入江恭太、中里紀之介の芝居の雰囲気が変わっている。

指示の声は環にのみ掛けられる。

 

テストでもテスト本番でも環にばかり指示が飛んだ。

そして本番、テイク1。

 

「カット! 入江さん、目が強いです」

 

テイク2。

 

「カット! 環さん、首を傾けるタイミングもう少し早く。沢村さん、テイク1の演技に戻してください」

 

テイク3以降、雪の指示は環にのみ向けられるようになった。

テイク14でOKとなった。

環は、沢村や入江から「そのうち慣れるから」等と声を掛けられながら戻ってきた。

 

「景ちゃん。…雪ちゃん、雪ちゃんが、なんか厳しいよ? なんで?」

「本番だから厳しいのかしら。驚いたわ」

 

「気楽にしてるけど、景ちゃんも厳しくされるんだからね!」

「私は大丈夫(たぶん)」

 

「甘いね、景ちゃん。あのお方は1ミリの誤差も許さないね」

「それは大げさよ(ちょっと不安になるわ)」

 

雪の指示の中心にあるものは、表現の強さが想定を上回ることを禁じること。

雪が許容するラインより少しでも強いと「駄目出し」が行われ、先にロケ撮影を経験した役者たちは散々NGを食らうことでその指示方針に慣れていた。

動きや声量の正確さにおいてもズレが許される範囲がかなり狭く、全体的に厳しかった。

あと、アドリブは厳禁だった。

 

夜凪の順番となった。

頭の中のイメージを整理し、(大丈夫)と気合いを入れて初期位置へと歩いていった。

 

「皆さん。次、本番でもいいですか?」

 

夜凪以外の役者は、揃って「はい」の声を響かせた。

 

「けいちゃんはテストがあったほうがいいですか?」

「いえ、いけます。本番いってください」

 

合図を待つ夜凪は「テストって言った? リハーサルじゃなくて? そしてテスト本番は無しなの?」等と考えていた。

 

…合図が鳴った。

 

静かな歩様で戸井口のほうへ向かい、足をとめずに林を見る。

 

「ん?」

「まだ何も言ってません…」

 

「嬉しそうにしてっから。そっから何か見えるん?」

「撮影所が見えますね。…半分ほど」

 

「戸井口、真波ちゃん、大島の秘密、聞きにきたぞ。抜け出してきたぞ。眉唾だったら承知しないぞ」

 

「声、でっけ。秘密てほどじゃねぇよ」

 

「いいえ。秘密です。監督は背中を見るんです。カメラも背中を狙う」

 

「んあ、そんだけ?」

 

「大島監督は後ろ姿が多い映画を撮る人と思ってよ。落ちっから。受かりたかったら背中だ」

 

「顎をこのように突き出してしまって良いですね」

 

「叱られっよ」

 

「栄治よぉ。…真波ちゃんは、嘘言わっぞ」

 

「こっ、こうかぁ?」

 

「こぉうですよ」

「……。」

「……。」

 

「カット!」

 

Vチェックが行われた。

そして「OKです」の声が聞こえた。

 

戻ってきた夜凪は、

「怖かった。怖かったわ。雪ちゃん、1回カット掛けそうになったわ」

と、引きつりそうな声で言った。

 

「真波は歩きながらしゃべるからねえ。こぉうですよ、の直前が危なかったわねえ」

「軸が一瞬揺れたわ。石ころ踏んだのよ。危険だわ、石ころ」

 

「まあ、ワンテイクでOKで上々じゃん」

「みんな、慣れてる。いきなり本番だったわ」

 

「この後、戸井口と栄治のシーン、撮れるだけ撮るらしいよ。そのための巻き」

「撮影、順調って聞いてたのに、遅れてるの?」

 

「いや、沢村さんから話聞いたんだけどさ…」

 

環が座って休んでいると、沢村が声を掛けてきたらしい。

 

犬井がロケ撮影への同行を一切しないことに決めたこと。

そしてスタジオ撮影はすごく厳しい内容が予想されること。

雪が「犬井はかなり厳しくやるつもりだから自分で慣れて欲しい。自分より犬井のほうが厳しいと予想される。指示のポイントは犬井と自分ではほぼ一致するはず」というようなことを言った。

なので、まだ若い雪からの厳しい言葉に反発することなく、ベテラン勢もスタジオ撮影を見据えて準備している。

そして、スタジオ撮影の時間を少しでも多く確保するために、ロケ撮影が「巻き」になっている。

 

沢村は環にそんなことを教えてくれた。

 

「そういえば、雪ちゃんと犬井さん、同じ資料使ってるわ。すごい量なの、その資料」

「犬井さん、雪ちゃんに色々投げたな」

 

「あの二人が組めば絶対厳しいわ。厳しくないわけないわ」

「景ちゃん、一発OKなんて私を置いてかないで。苦労を共にして友情は育つものよ」

 

そう言って夜凪の手を握った環の両手には、ぎゅーっと力強い(共に!)の意志が込められていた。

 

 

 

薬師寺邸では、真美による皐月のレッスンが行われていた。

教えている時や皐月の芝居を見ている時の真美は終始楽しそうだった。

皐月がその理由を尋ねると、「自分の目の前で自分を演じる役者がいることが奇妙で可笑しい」という答えが返ってきた。

 

「やっぱり実際の私とはだいぶ違いますね」

「すみません」

 

「あ、違うんですよ。お芝居続けてください」

「はい」

 

「ドラマだから当たり前ですけど、子供の頃の私とは全然違うの。それが妙に可笑しいんですよ」

「そ、そういう、…んー、…もの…ですか」

 

「皐月ちゃん、しゃべりながら身体を使うの慣れてきましたね」

「まだ…難しい…です」

 

役作りは比較的簡単ではあるが、芝居自体は難しい。

挑戦しているのが本格的な真波の技法であること、それを丁寧に再現すること。

その部分でレッスンを受けられるのはありがたい。

皐月が特にありがたいと思うのは、「皐月の真波」を壊さないように気を配ってくれることだ。

 

放送では、「8歳の真波」より「8歳の真美」のほうが出番は多い。

だけど、真美は「8歳の真波」も大事に考えてくれた。

 

               第51話「本格的に」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene174」となります。

オーケストラの指揮者が他の指揮者の公演のBDを音量ゼロで鑑賞したとします。
さらに、画面の大部分を何かで覆って演奏者の姿を隠し、見えるのは指揮者のみという状態にします。
その状態でもほぼ問題なく演奏の状況が判るそうです。
今どのパートを導いているのか、指揮者の指示は「タッタッター」なのか「タータッター」なのか。
楽曲名の表示が隠れていても楽曲名を言い当てられるし、その公演の出来が良かったのか悪かったのかも判るそうです。
しかも、そんなことは出来て当たり前のことであり、難しいことでもなんでもないらしいです。

女性の指揮者は少数です。

音楽界の慣習といった側面が大きいでしょうが、「空間能力、構造的思考力」等に関わる脳の発達における男女の差異も指摘されています。



「キネマのうた」の撮影がどんどん進み始めました。
全員が、クオリティの高いドラマの完成に向けて着実に動いています。
環を除いて。
まあ環は相当な総合力の持ち主なので寄り道しているくらいが調度いいのかもしれません。


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第52話 「怖い二人」

スタジオ大黒天。

皐月は、黒山が由衣に演技を教える様子を眺めていた。

黒山は説明の仕方が上手で、由衣はきっちり理解した上で黒山が実演している身体の使い方をなぞっている。

 

皐月は真美から身体の使い方を教わっている。

真美は、「しゃべりながら身体を使う練習をすれば、自分が子供の頃にやっていた意味が分からないままの物真似と同じになる」と説明してくれた。

 

…頭の中と身体の動きを切り離すことがポイントとなる。

 

真美が「芝居の意味を理解しないままの練習だと、あなたが役作りで作り上げた真波のイメージを壊すこともないでしょう。だからしゃべりながらの練習が今のあなたには最適なんですよ」と言ってくれたことも嬉しかった。

 

皐月は、頭の中と身体の動きを切り離すことが大事だと黒山に伝えたほうがいいと考えている。

 

でも、由衣さん、ずっとおしゃべりしてる。

分かってやってるのかは判らないけど…。

数を数えたり、「ここがこーなって…こっちがこう…」と言ったり。

身体を動かしながら。

ちゃんと理想的な練習法になってる。

 

ここで夜凪が、

「黒山さんは男性だし、身体も大きいし、私が実演役をしたほうがいいんじゃないかしら」

と、そんなことを言い出した。

 

うわ、夜凪さんの真美の芝居、見てみたい…。

でも見ちゃ駄目って言われてるのよね。

 

黒山は「間に1人混じると伝達の効率が落ちる。伝言ゲームと同じだ」と難色を示し、夜凪は「体格が近いほうが伝わりやすいのも確かだわ。やってみる価値はあるわ」と応じた。

 

「私、夏休みの宿題があるからちょっと席を外すわ」

 

皐月はそう言って立ち上がった。

そして自分のバッグを持ち、PC室のほうへと歩き出した。

 

見たい。見たい。

あの流れだと夜凪さんが実演を見せることになる。

私も見たいよ。

 

皐月は、しょんぼりとPC室のドアを開け、「お邪魔します」と言って室内に入った。

作業中の雪が「どうぞ」と答えた。

皐月は雪からいちばん遠い席に座り、机の上にバッグを置いた。

 

机の上に算数ドリルを開く。

鉛筆を手に、ドリルの中身に顔を向ける。

 

真美から、夜凪を見てはいけない理由について「夜凪は特殊な演じ方をする役者だから」と聞かされた。

夜凪は、見る者に映像を伝えるような演じ方をするらしい。

 

皐月にはその特殊な演じ方に接した経験があった。

前の脚本の1話目の撮影時、「芝居を盗むまでもなく、向こうから勝手に教えてくれる」という感覚を、同じ場で芝居をしている真美から感じたことがあった。

あの感覚のことだ。

 

真美も、夜凪と同種の「特殊な演じ方」をする役者だ。

 

夜凪による「真美の演技」を見ると、真美本人から教わった「真美の演技」が崩れてしまう危険性がある。

夜凪の「別の演技」はどれだけ見ても構わない。

見てはいけないのは「夜凪による真美の演技」だけだ。

 

皐月は算数ドリルに取り掛かることにした。

夏休みの宿題を持ってきたのは、この事態に対応するためだ。

その場を離れる理由として使う夏休みの宿題。

皐月はどうせならいちばん厄介な算数ドリルから片付けてしまおうと考えて、算数ドリルを選んだ。

 

ドリルの文字に目を向けると、まずページ全体に大きく「俺に近づくんじゃねえ」と書かれた文字が見えた。

何故こんなものが見えるんだろう、と皐月はいつも不思議に思う。

こんなふうに書かれると算数ドリルに近づいてはいけない気がしてしまうではないか。

自分は算数ドリルと向き合おうとしているのに。

近づくんじゃねえ、とか…。

これでは向き合いたくても向き合えない。

何故算数ドリルは向き合おうとする者をこんなふうに遠ざけようとするのか。

 

…不思議だ。

 

皐月は、(むーん、むーん…)と唸りながら、数字や計算式を思い浮かべる。

こうしているとそのうち例の大文字は消えてくれることがある。

消えてくれなかったら潔くきっぱりと諦めるしかない。

こんな仕様になってるから算数ドリルは厄介なんだ、と思う。

 

ようやく大文字が消えて、ドリルに記された計算式が見えるようになってくれた。

皐月は、(よし、やろう)と鉛筆の先端を紙面に向けて降下させた。

 

「ちょっと使わせてー」

 

雪の声だった。

皐月は、自分の側頭部近辺の髪の毛にすりすりと雪の頬が当てられている感触を確認する。

 

「私はそういう使い方をする物ではありません…」

 

忙しそうだからわざわざ離れた席に座って静かにしていたのに。

 

「お、算数の宿題。エライねえ」

「ええ、まあ、片付けるなら早めにと…」

 

「邪魔しないから宿題、続けてね。私はしばらくこうしてるから…」

「……。」

 

すりすりとされる感触は続く。

この手の扱いを受けるのは慣れていると言えば慣れている。

 

邪魔しないと言われたが、「んー」とか「いい匂い」とか呟きが聞こえてくる。

皐月はしばらく動かない彫刻作品と化して、時間が過ぎるのを待つ。

 

ようやく離れた雪は自身の席に戻り、「よし!」と声を出して作業を再開させた。

 

皐月も算数ドリルに手をつけようとページに目を向ける。

 

…はっ! まさか!

 

こういうケースでは例の大文字が復活することがよくある。

だが、幸い今回は大文字は消えたままで、計算式はちゃんと見えていた。

皐月は鉛筆を動かし、計算問題の答えを書いていった。

 

 

 

環にとって2回目となるロケ撮影日。

だいぶ雪の指示方針に慣れてきたと、環は思う。

 

大げさな伝わりやすい表現は「駄目出し」の対象。

もちろん、普段日常で行う「完全にリアル」な素の動きを見せても「駄目出し」の対象となる。

 

あと、「キネマのうた」の芝居全体に言えることだが、無駄な間は厳禁。

 

たとえば3人のうち2人が会話するシーンで、残された1人がぼーっと突っ立っていることは許されない。

2人の会話が終わり自分の台詞の番が来るをただ待つだけでは駄目で、台詞がない間にも常に何かをしていなければならない。

 

…これが実に、実に難しい!

 

ベテランの役者は、視線を控え目に泳がせたり、なんとなく何かに気を取られたフリをしたり、といった感じの演技で上手に間を繋ぐ。

 

環は一度、「会話している片方にしゃべりかけようとして諦める」、という演技で繋ごうとした。

 

「カット! 環さん、今なにを言おうとしたんですか?」

 

会話に混ざりたいけど混ざるタイミングが見つからないことってよくあるでしょ、と説明したら、「このシーンで真波は会話に混ざろうとしていません!」と叱られた。

 

「キネマのうた」は脚本の段階で「ご都合主義的な動き」というものが、これでもかという勢いで排除されている。

 

重要な話し合いの最中、話の核心に迫ったまさにその時、「大変だ」と言って誰かがドアを開けてその場に闖入してくる、…等といった展開は皆無だ。

歩いている時に誰かのことを考えていて、丁度その誰かが少し先を歩いていて、その姿に気づいて駆け寄る、なんて出来事も発生しない。

誰かを待っている人が壁にもたれて無言で立ち、待ち人が来たら「やあ」と声を掛ける、といった手軽な「場面導入」も一切使われない。

 

その結果として、場面内に「手持ち無沙汰な人がいる」という状況は極端に少ない。

少ないとはいえ、ゼロではない。

短い時間の「手持ち無沙汰」までカウントするなら、けっこうな数がある。

そのすべてを「繋ぐ」で凌がなければならない。

 

…これはどう考えても雪の好みだ。

 

犬井はどちらかといえば細かい部分はズボラで、見せ場に力を注ぐタイプの監督だ。

 

環は、「私たち役者陣はみんな犬井と雪に騙されている」、という仮説を立て、熟考する。

 

…スタジオ撮影が始まったらどういう状況になるかを想像してみる。

 

犬井が、雪が今やっているような類の厳しい指示を出してくるとは思えない。

犬井はひたすら「真波の技法」に目を光らせるだけ。

真波の技法についてのみ、相当に厳しい指示を出してくることが予想される。

 

そしておそらく犬井の隣に雪がいる。

犬井は真波の技法しか見ておらず、他の部分はすべて雪が指示を出す。

今やっているような厳しい指示を飛ばしまくってくる。

 

(なんだよ、おい。スタジオ撮影、すげーキツそうじゃん!)

 

沢村が教えてくれた話にあった「指示のポイントは犬井と自分ではほぼ一致するはず」という部分は嘘だ。

犬井が役者陣をコントロールするために考えた作文だ。

それを雪に言わせたんだ。

 

雪は、見る者にとって「不親切」な展開や芝居を好む。

犬井は、技法そのものが優れているが故に「技法を用いるだけで雄弁」という真波の技法の再現を要求してくる。

 

(どうなるんだ、これ?)

 

見る者に伝えるべき情報を、我々役者は演技を通して伝えなければならない。

雪は、伝わりやすい手法でそれを伝えることを許さない(なんて厄介なお方だ)。

犬井は、真波の技法の雄弁さを引き出せば「伝わる」という信念を押し付けてくる(難しいんだよ、それが!)。

 

雪が書いた脚本は丁寧にじっくり読めば「伝わる」ように組み上げてある。

映像となって放送された時、視聴者が丁寧にじっくり見てくれれば「伝わる」ようにはなっているはずだ。

 

問題は、視聴者を「丁寧にじっくり見る」姿勢に引っ張り込むのは簡単ではないということだ。

 

この部分は役者の領域だ。

少なくとも「キネマのうた」においては役者に掛かる比重が大きい。

 

(ククッ。ジョバンニのように客を一気に引き込めばいいってわけか…)

 

「テレビドラマでそんなふうになるわけないだろ!」

 

環のこの突然の大声に、周囲にいた役者たちは心配そうに環のほうへ集まった。

 

今のところ間の繋ぎがいちばん得意な入江が、

「目に映った物の名前を逆から読んでます。ほどよく難しくて目線も動きます」

と、自分のやり方を教えてくれた。

 

沢村が、

「役作りが壊れない物なら対象はなんでもいいよ。俺は日本刀の銘を思い出すことにしてる」

と、アドバイスをくれた。

 

環は、入江のやり方を採用しようと思った。

 

それはそれとして…。

自分には主演としての義務がある。

役者に掛かる比重は、自分が主体となって支えなければならない。

 

客の心の隙間に浸み込む感じ、という阿良也の教えをテレビドラマに活かせないか。

 

視聴者を引っ張り込むには、…やはりジョバンニじゃないのか。

 

               第52話「怖い二人」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene175」となります。

皐月は、なんというか大人ですねえ。
算数ドリルへの苦手意識はともかくとして、気遣いが立派です。
なお、「キネマのうた」の出演者の中でいちばん準備万端なのは皐月だと思います。

皐月視点で動いたので、夜凪の「真美の演技」が書けませんでした。
ビデオ30巻で映像の形をじっくり研究した夜凪なので、かなり精度が高い物を見せたはずです。
夜凪の場合は真美の役作りが大変です。

どうしましょう。

私も決めかねてます。
夜凪が担当する真美は、母子の戦いが泥沼化している時期なので難しいんです。
視聴者から「嫌な奴」とか思われるキャラにしたくないなあ、とかなり悩んでいます。
何とか考えてみます。

環は、たぶん大丈夫です。
なんといっても主演ですし、迷走しつつも選択は間違えないのが環です。


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第53話 「キネマのうた(1)」

スタジオ撮影初日。

28話目の撮影のためにスタジオ入りした環には、初日のこの日にしか出来ない「大仕事」を抱えていた。

 

こういうことは男がやると角が立つ。

かと言って気の弱い女には荷が重い。

私のような肝の据わった女にしか務まらない役目だ。

 

環は、(女の大河主演は8年ぶり。今年は女の年だ)と自らの気合いを確認する。

 

役者間で「スタジオ撮影」がどういう状況になるかという情報を口伝てで回した。

どれくらいの人数に伝わったかはわからない。

見渡した感じ、出演する役者のほぼ全員が「スタジオ撮影」の様子を見るために来てくれている。

 

この日は1話目を中心に、計6話に渡る12のシーンが撮影される。

基本的には話数の若いシーンが優先されるが、放送日が後のシーンもバラバラに混じり込む。

5つのセットを使うこの日の12シーンの中では、環の28話目がもっとも放送日が遅い。

 

1話目シーン7、文代の家の場面。

皐月が演じる真波の撮影が始まった。

 

無感情で虚空を見る皐月。

目線が右に動き、ゆっくりと悲しさと暗さが混じった表情へと変化していく。

台詞はまだ無し。

目線の先の真美は、静かに針を動かし繕い物をしている。

 

「トーキー」

 

真美は返事をしない。

 

「お母さんの悪口…」

「……。そうだね…」

 

「カット」

 

声を出したのは雪。続いてV確認が犬井と雪によって行われた。

 

環は、(さつき、上手い。完璧、いや、それ以上? 真美さんは文句無し)、と滑り出しを評価する。

 

このテイクはOKとなった。

真美が、自分と皐月のシーンは本番から始められる物が多いと発言したため、撮影一発目からリハーサルもテストも無しとなった。

8K帯指定番組に使われるカメラは、役者の準備さえ出来ていればいきなり本番から始められる。

 

(2人のあの自信。本物だ。相当練習してきてるね)

 

吐き捨てるように投げられた「お母さんの悪口…」という台詞はゾクッとするほど上手かった。

 

「道子の弁は上手だったのにね」

「すっごく…面白かった」

 

「……。」

「……。でも悪口ばかり…。トーキー、…トーキー」

 

「カット。真美さん、繕い物に集中してる感じ、もう少し出せますか?」

「はい」

 

雪ちゃん、真美さんに指示出した。すげえ度胸。たしかにそのほうがさつきの台詞が活きる。

さつきの表情の情報量が多いせいもあって、もっと台詞を聞かせろ、という気持ちにさせられる。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」序章の抜粋。

 

昭和2年、夫との死別後に身籠っていたことを知った薬師寺道子は、その子を産むことを決意した。道子にはサイレント(無声映画)の解説者を生業にして娘を育てていく自信と覚悟があった。解説者の実入りは良く、蓄えもあった。

 

昭和3年、道子は産まれた娘に真波と名付けた。

 

翌年、日本最初のトーキー(音声映画)が上映された。トーキーは品質が低く集客力も小さかった。その2年後、字幕の普及と機器性能向上によりトーキーは流行の兆しを見せた。

その流れは予想外に速く、道子は仕事の場を唐突に失ってしまった。蓄えは徐々に減っていった。道子は複数の仕事を掛け持つことになった。

 

昭和9年、トーキーを懐疑的に見る勢力の中から独立プロダクションが立ち上がり、サイレントの上映が再び行われた。人気解説者だった道子は勢力の一員として尽力した。

小スタジオ主催のサイレントで解説する道子の姿を、文代と真波は必ず見に行った。

真波はサイレントを非常に面白がり、文代は勇ましく弁を揮う娘の姿を誇りに思った。

 

トーマス・エジソン発明のキネトスコープによる日本での映画初上映から30年あまり。

その間サイレントに魅入られていた大衆はあっさりとトーキーへと心変わりした。

サイレントの勢力は大衆から完全に見放された。道子は過労と心労により倒れ、その生涯を閉じることになった。

文代にとって、道子を苦しめた気まぐれで移り気な時勢は憎しみの対象となった。

真波にはトーキーに接する機会がなかった。

ただ母が大好きで、母が愛したサイレントが大好きだった。

 

柊雪作「キネマのうた」第1章の抜粋。

 

昭和10年、母道子を亡くした薬師寺真波は祖母のいる鎌倉に移り住んだ。7歳の時だった。

祖母と二人、裕福とは言えない静かな日々が始まった。

 

 

 

夜凪は環の隣に立ち、異様に完成度の高い芝居でOKテイクを重ねていく真美と皐月を見ていた。

 

サイレント解説者だった道子が逝去していること。

文代と真波の二人暮らしであること。

真波がトーキーが何なのかを知らないこと。

 

はっきりした情報はそれだけなのに、口数の少ない芝居から色んなことが伝わってくる。

 

「予定と違うわ。でも皐月ちゃん、ほんとに凄い」

「誤算だが、嬉しい誤算てやつだ。…素直に喜ぼう」

 

文代の家のセットを使ったシーン7とシーン36は、9テイクすべてが本番からの撮影となった。

皐月は一度もNGを出さなかった。

9つのテイクのうちワンテイクで決められなかったのは、繕い物のシーンで真美にNGが出された1回のみ。

 

1話目シーン31。松菊撮影所内のセット。

皐月が撮影所内を歩き回り、何人かとすれ違う場面の一部が撮られる。

皐月は後ろ姿を撮られ続け、柴倉が演じる安田と中里が演じる須藤は正面を向いている。

安田と須藤には台詞も動きもそれなりにあり、表情も変化する。

真波に対しての反応は極めて薄く、声を掛けたりもしない。

 

「カット! 中里、昨日の話ですよ、のジェスチャーは廊下を蹴るような足の動きから開始だ」

 

「カット。蹴る動きは、ボールを軽く蹴るくらい、だ。その歩幅で安田の視界に顔を入れる」

 

「カット。柴倉さん、鼻を鳴らす時の呼吸、つまらない、ではなく、どうでもいい、にもっと寄せられますか」

 

指示の声は皐月には飛ばない。

細かい動きや歩様の変化から伝わる心情の1つ1つを、皐月の後ろ姿は正確に語りかけてくる。

 

 

 

環は、犬井の指示の傾向を確認していた。

草見の脚本を使っていた頃は、真波の技法について妥協することは珍しくなかった。

いちいち完璧な物を要求していては時間が足りなくなることが明白だったからだ。

完璧な物として視聴者に届ける技法を最初から「限定」していた。

その技法についてはこだわりを捨てず、30テイクになると真美による演技指導が入るシステムだった。

 

今はほぼすべてに完璧かそれに近いレベルを要求している。

この調子だと、「30テイクの真美投入」を1日に数回は発動させることもやむなし、と考えているかもしれない。

犬井にとっても多用は避けたいところだろうが、真美の演技指導が入ることで間違いなく品質は向上するからだ。

 

 

柊雪作「キネマのうた」第1章の抜粋。

 

都心の騒音を避けるために、各映画会社は郊外に撮影所を作り始めた。

昭和11年、文代と真波が暮らす鎌倉の地に、松菊大船撮影所が建設された。

真波はそれが映画関連の施設であることに気づき、強い興味を持った。

サイレントが作られる現場を観察しようと考える真波。

しかし、松菊大船撮影所ではサイレントは1本も作られていなかった。

真波は初めてトーキーがどういう意味でどういう物なのかを知った。

母道子の悪口だと自分が考えていたトーキーという単語は、悪口でもなんでもなかった。

松菊大船撮影所は、新しい形式の映画である「トーキー(音声映画)」を制作するための専用施設だった。

 

 

 

環は、淡々と芝居をこなしていく皐月を見て、

「しかし、さつきには驚かされるねえ…」

と呟いた。

 

「今の窓の外をチラ見するところ、足が止まりそうで止まらないんだよ。私より上手い」

「立ち止まっちゃう、と一瞬思ったわ。あの動きだけで、窓の外に何を見たんだ? と気になってしまう」

 

「雪ちゃん、窓の外は見せてくれないんだよな」

「顔さえ見せてくれないのよ。テレビの前の人は、真波がどんな思いで歩いているのかを想像するしかない」

 

13テイク目が終わり、V確認が始まった。

環と夜凪は、その様子を現場最奥部最上段の席から眺めていた。

 

「このテイクがOKだったら行くか」

「鬼って言葉、使うのやめにしない? 揉め事になったら嫌だわ」

 

「ならないさ。景ちゃんは私が信用出来ないかい?」

「信用してるわ。…でもやっぱりちょっと怖いのよ(鬼じゃなくて神にしない?)」

 

犬井が「OK」と声を張った。

環は、「さあ」と気合いを零しながら立ち上がった。

そして、スタジオ内の様々な物音をかき消すべく(ぱーんっ)と手を叩く音を大きく響かせた。

 

 

「主演の環蓮だっ! 話を聞いて欲しいっ!」

 

 

すぐ隣にいた夜凪は、環の声の大きさに反応して耳を手で押さえた。

環は大声で言葉を続けていく。

 

「キネマのうたは、ものすごい作品になる! 理由がわかるか?」

 

「その理由の1つ目っ!」

 

「そこにいる2人の監督は鬼だっ!」

 

ここで、環はあえて一呼吸入れる。

役者陣は分かっていても、制作陣には「何事だ?」と考える時間を与えなければならない。

 

「私はこれほど厳しい撮影現場を見たことがないっ!」

 

「犬井監督と柊監督は、何故こんなにも厳しい指示を出すのかっ!」

 

「決まっているっ! 良い作品を撮りたいからだっ!」

 

「我々役者陣は、その思いに応えなければならないっ! 両監督が納得する見事な芝居を見せなければならないっ!」

 

「半端な芝居じゃ、鬼は納得しないっ!」

 

「みんなの決意は私が知っているっ! 見事な芝居をもって納得を勝ち取るっ! みんなそう考えてるだろう! それが私たち出演者の総意だろうっ! これが理由の2つ目だっ!」

 

環は、(総意だろう、は言い過ぎだ)、と心の中で呟く。

出演者の大部分に自分の考えを伝え、意思確認はしてある。

だが全員というわけではない。

環は、(総意だ、と言い切ったわけじゃないから許せ)、と思いながら次の言葉に移る。

 

「すごい作品になる。すごいクオリティになる。両監督はそういう物を作ろうとしているっ!」

 

「2人の恐ろしいまでの執着を見れば判るだろう! まさに鬼だ! そして我々はその執念に応えるんだ!」

 

「素晴らしい作品が出来上がるっ!」

 

「間違いなく素晴らしいドラマに仕上がるっ! …拍手まだだっ!」

 

一角から生まれていた拍手を環は制した。

 

「良い物を作れば、それで成功か? 作るだけで良いのかっ!」

 

「視聴者に届けなければならない。良い物がそこにあるだけじゃ駄目だっ! 視聴者を引っ張り込まなきゃ駄目だっ!」

 

「そのためにはどうすればいい?」

 

「視聴者の心をこじ開ければいいのかっ! 強引に引っ張り込めばいいのか?」

 

「キネマのうたは見る者の心をこじ開ける作品か?」

 

 

「違うだろうっ!」

 

 

「この作品にはつかみが無いっ! 強引に届ける仕掛けは用意されていないっ!」

 

「つかみが欲しいっ!」

 

「制作陣が用意しないなら我々役者が作るしかないっ。このキネマのうたに相応しいつかみをっ!」

 

「じっくりだっ! このドラマはじっくりと味わう作品だっ! じっくり見ろと我々が視聴者に教えるんだっ!」

 

「それを序盤にっ! 早い段階でっ! 1話目2話目でっ! 視聴者に教えなければならない。それがこのドラマのつかみだっ!」

 

環は、(意図せずダジャレになってしまった。誰も気づきませんように)、と心の中でクスッと笑う。

静かな口調で心の隙間に浸み込ませる語り方をすれば、人の心を引っ張り込める。

キネマのうたにはそういうやり方が合っている。

内容は静かながら、「他のドラマとなにか違うぞ、この作品」、そんな雰囲気を見る者に刷り込ませたら勝ちだ。

今日、自分や夜凪が、皐月の芝居を見て感じたように…。

 

「静かに心に浸み込ませれば、十分に伝わるっ。こじ開ける必要など無いっ! じっくりっ! 静かに! 分からせるんだっ! このドラマの良さを」

 

「私っ、主演の環蓮が登場するのは中盤からだ。最初の数話を務める役者は肝に銘じて欲しいっ! 自分たちがつかみを作るのだ、と」

 

「両監督には釈迦に説法かもしれませんが、それでも言っておきたかった。この作品は、味わい方を視聴者に教えなきゃならないタイプの作品です。そういうドラマです」

 

 

「以上っ! 環蓮でしたっ!」

 

 

スタジオ内に拍手の音が鳴った。激しい拍手ではないが、しっかりと皆が手を叩いてる空気を、環は突っ立ったまま無言で受け止めた。

手を挙げて応えることもしなかった。

黙って堂々と立っていることが自分なりの応えだ、と環は思った。

 

拍手が収まり、ドサリと座り込む環。

 

「お疲れ様。犬井さんも雪ちゃんも拍手してた」

「…良かった。確認する余裕が無かったよ」

 

「私は信用してたわ(鬼、鬼が案外良かったわ)」

「そうかい…。ありがとう」

 

ゆっくり息を吐く環の目に、犬井に近づく真美の姿が映った。

犬井と真美が話し合っている。

2~3分が経った。

まだ話し合いは続いている。

 

やがて犬井が動いた。マイクを手にした。

 

「監督の私、犬井から皆さんに報告します。1話目44シーン、2話目45シーン、計89シーンの全員分の芝居について、薬師寺さんによる演技指導が入ります。なお、鳴野については既に指導済みにつき、薬師寺さんの演技指導は入りません」

 

「あー、ざわつかないで。撮り直しはシーン31の1テイクのみです。そこから撮影を再開します。以後は先に言ったように、薬師寺さんの演技指導を受ける流れで進めます。1話目、2話目のみです」

 

環は、(ざわつくな、というほうが無理だろ)と思う。

はっきり言えば、全49話を真美の演技指導付きで進めるのがいちばんクオリティが高くなる。

真波の技法に関しては生き字引だ。

悔しいが、自分も真美の演技指導を受けたほうが、より品質の高い芝居が出来る。

だが、そんなことを頼んでも受けてもらえるはずがない。

週刊誌には悪いように書かれるし、本人の負担も大きい。

 

それが、1話目、2話目のみとはいえ実現する。

 

(私か? 私の演説に、そんなに共感してもらえたのか?)

 

つかみの難しさについて考え込んでいた環にとって、こんな破格の展開はない。

そしてシーン31の撮り直しが始まった。

真美による演技指導は「じわじわ心に浸み込む感じ」を押さえた内容だった。

環は、皐月が見せていた芝居がまさに同種の物であることに気づいた。

 

(分かってたんだ、真美さんは。さつきの演技がやたら凄かったわけだ)

 

こういう静かなドラマに合った演じ方をさつきに教えていた。

それを全員分やってくれる。

 

(いやいや、泣いてないよ)

 

頬を伝って顎から床に、ポタッ、ポタッ、と落ちる雫を見つめながらそう思う。

ちょっと感情が揺さぶられただけ。

それに涙腺がたまたま反応しただけ。

 

夜凪からハンカチを渡されると、環は肩を揺らしながら泣き始めた。

環の低く抑え込まれた嗚咽は、けっこう長く続いた。

 

夜凪は、演技指導を行う真美の姿を見つめていた。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第1章の抜粋。

 

真波はトーキーの魅力が何処にあるのかすぐに気づいた。

自分がサイレントに感じていた面白さとなんら違いは無かった。

結局は、登場人物の仕草や表情が物語に合わせて「どーん」と表現される部分に面白さがある。

声があってもそれは同じ。

 

真波は1人でこっそり練習した。驚くほど下手だと自分で思った。

撮影所で役者を観察し、それを真似る。失敗する。失敗の理由を考える。何度繰り返しても思い通りにいかない。

オマケだと思っていた発声が、自分の芝居の足を引っ張っているのが分かった。

迫力のある仕草や表情なども再現出来なかった。

 

生来、真波は気性が激しかった。

 

観察してコツを盗んだつもりでも自分の芝居には反映されない。

苛立ちが募り、観察眼もどんどん鋭くなっていった。

そして、「あの役者さん、あそこでこうすればいいのに」といった粗探しに喜びを覚えた。

 

文代は撮影所に入り浸っているらしい真波を心配していた。

やがて隠れてこそこそするのをやめ、堂々と家の中で練習するようになった真波に、文代は苦言を呈した。

「おばあちゃん。こんな面白い物、やめられるわけないでしょう」

文代はその言葉に身震いするほどの迫力を感じた。

娘はトーキーに殺されたと言っても、母を殺したのはトーキーではないと返ってくるだけだった。

 

文代が松菊大船撮影所を訪れる日がやってきた。

真波が来ても相手にしないように、芝居を教えたりしないように、とお願いするためだ。

だが、文代の予想と違い、真波の存在はあまり認知されていなかった。

たまにウロチョロしている子供。会話した者もいないし、誰かが芝居を教えた事実もない。

真波は観察し、真似をするだけ。それだけの子供だった。

 

ある日、真波は粗探しの成果を須藤に話してみた。須藤には真波の指摘が理が通った代物に思えた。

須藤は「観察眼が優れている」と真波を褒めた。

喜んだ真波はその後、須藤に助言を与え続けた。その内容が子供が言う事と馬鹿に出来る物ではなく、時には「何処からそんな発想が出てくる?」と驚かされるほどだった。

 

撮影現場を間近で見ることを許されるようになった真波は、ひたすら観察に励んだ。

真似をして芝居を練習しても上手くいかないことは分かっていたので、見ることだけに集中した。

 

文代は「真波は誰かから芝居を教わっている」と確信していた。

大人である文代は映画に関する知識を持っていた。一線で活躍する役者に求められる物がどういう物なのかも心得ていた。

自分に向かって「こんな面白い物、やめられるわけないでしょう」と言った時に醸した迫力は、それ無しでは説明がつかなかった。

真波は生来の気性の激しさを文代に見せたことが無かった。

行儀が良く、言葉遣いも乱れておらず、芝居の練習もしなくなった。

普通の子供、むしろ大人しい子供。

文代は、「見るだけ」という真波に撮影所通いをやめさせる言葉に思い当たらなかった。

自分で何度も撮影所に足を運び、色々な人たちの話を聞いても「真波は見ているだけ」という事実を裏付ける言葉しか聞けなかった。

見るだけでは役者にはなれない。役者にならないのなら安定した真っ当な人生を選べる。

これが文代の理屈だった。

 

そしてついに問い詰めることにした。

文代は「あの日、自分に見せた言動は誰かから教わった芝居だろう?」と何度も何度も問答を繰り返した。

当の真波がその日のことを忘れているので、話は噛み合わない。

根掘り葉掘り聞かれ、答えるうちにその日の出来事を思い出した真波は文代に謝った。

苛々していたこと。粗探しといった意地悪いことで喜んでいたこと。自分はそういう性分を持ち合わせていること。

すべて文代に打ち明け、疑いは晴れた。

 

真波は気兼ねせずに撮影所通いを出来るようになった。

そして、自分が芝居だと思っていた「大仰な動作」「激しい感情表現」「起伏に富んだ表情」以外にも芝居があることを知った。

あんなに他愛ない言葉が、見る者にとっては「芝居」に見える。

あの日の自分は普通の表情だった。普通の口調だった。普通の言葉遣いだった。

それを「芝居」として成立させる効果的な方法があるのではないか?

真波はその考えに没頭した。

撮影所での観察はその答えを探すことが目的となった。

 

 

 

…真美の演技指導を見つめ、夜凪は考えていた。

 

(分かってはいたけど、凄すぎる…)

 

これではすべて真美に任せれば良いという話になってしまう。

夜凪はビデオ30巻を研究し、真美の映像の形の凄まじさを思い知らされている。

 

他の役者はああいう方式で納得するのだろうか?

自分はどうだろう。

自分もおそらく納得する。

 

積み重ねてきた量が違う…。

回数を重ねたい。練習をしたい。

簡単には納得しない自分でありたい…。

 

               第53話「キネマのうた(1)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene176」となります。

副題が「キネマのうた(1)」になっています。
「キネマのうた編」がいよいよクライマックスということではなく、雪が書いた脚本の内容を紹介する部分があるので、この副題にしました。
「キネマのうた(2)」「キネマのうた(3)」と続いていきますが、それが終わったら「キネマのうた編」が終わり、ということではありません。

第二黄金時代と呼ばれた約10年間の映画ブームを支えた人物。
その半生記。
私にはどうやっても面白い想像が出来ませんでした。
私は第24話「理念」において、夜凪に「キネマのうたって、どこが面白いの?」と言わせました。
あれ、私の本音です。

苦しんだ私が見つけた一条の光。
それはコミックスに載っているキャラ紹介。

柊雪(20)
12月25日生まれ A型 156cm 映画制作 映像作家
●好物
水炊き、納豆やオクラなどネバネバしたもの。デザート全般。
●嫌いなもの
ブロッコリー、中身のない会話をする男
●特技
クレーム処理、適度なスルー
●好きな映画
「ジョゼと虎と魚たち」「(500)日のサマー」「ブルーバレンタイン」割とリアリスト。

この組み合わせしか無いと思いました。
雪の好みなら、壮大でもなんでもない人物を面白く表現できる!
というわけで雪に書いてもらったわけです。
そして雪がどんな物を書いたのか、抜粋という形で紹介していきます。
本文の中に混じり込む形で、読みにくいかもしれませんが、脚本だけを一気に載せるのも味気ないので。
関連の深そうなところとリンクさせつつ「キネマのうた」を語っていきます。
雪に書かせた「リアル志向」だと、タイトルの「キネマのうた」が物悲しく奥深い感じに変わるので、私としては気に入ってます。

夜凪の活躍が少ないですが、ちゃんと見せ場は用意しています。
かっこいい景ちゃんを書きたいです。


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第54話 「キネマのうた(2)」

スタジオ撮影初日が終わった後の夜凪家の夜。

蒸し暑い空気の中、布団に寝転がった夜凪は目を瞑っていた。

 

「きょうはエアコンの日にしよう」

 

ルイの声だった。熱気で寝付けないらしい。

夜凪は家の中でいちばんのハイテク機器であるエアコン(←ギャラで安いのを購入しました)を操作し、お休みタイマーを使ってクーラーをオンにした。

熱と湿気が徐々に消え、清涼な空気が部屋を満たし始めた。

 

(うん、これで眠れる)

 

タオルケットを身体に掛け直し、夜凪は目を閉じた。

 

環さんの演説、恰好よかった。「鬼」が悪いイメージじゃない感じになっていたのも良かった。

そういえば「なんとかの鬼」という言い方は、どちらかと言えば褒め言葉だ。

 

皐月ちゃんの芝居は、すごく引き込まれた。

私のように作品に感情移入しやすいタイプの人はたくさんいる。

そういうタイプの視聴者は、みんな引き込まれる。

あの芝居なら、そうなる…。

 

皐月ちゃんの真波のイメージが鮮やかだった。

明瞭で、しっかりと固まったイメージで、真波が表現されていた。

雪ちゃんが書いた脚本の真波は、鎌倉で3人で作った真波のイメージに近かった。

皐月ちゃん、きっちり「3人で作った真波」に合わせてきた。

私も自分の真波をイメージしやすい。

皐月ちゃんのおかげで私の真波が、より鮮明になった気がする。

これは助かる。

環さんも、これは助かる、と思ったはず。

鎌倉で合宿した甲斐があった…。

 

(あれ?)

 

布団の上の夜凪は目を、ばちっと開けた。(←寝付けないパターンです)

 

鎌倉での合宿に環さんは付き合ってくれた。築100年の家の準備とか、いろいろ親切にしてくれた。

まあ、環さんは親切な人なんだけど…。

 

あの合宿の成果の恩恵をいちばん受けるのは環さんじゃないのか?

 

役作りが上手くいく。良いイメージが出来上がる。それらは作品に反映される。

作品の成功は、主演の環さんが最重視するところ。

 

(あっ、環さん、言ってたわ…)

 

浜辺での会話で「甘く見られてるなぁ、私も」と言っていた。

黒山さんや私の狙いを見抜いた上での合宿への協力。

自信の塊のような発言だった。

そんなふうに言えるだけの実力を実際に持っている人だ。

 

(でも…)

 

皐月ちゃんを見て、私が役作りを頑張れば頑張るほど、環さんにとってはありがたい。

事実、出来上がったイメージの延長上に環さんはすごく恰好いい「真波」を作り上げた。

その「真波」が、そのまま雪ちゃんの脚本の「真波」になった。

 

(さすが主演だわ。「役者が一枚上」ってこういう時に使う言葉だわ)

 

環さんは主演としての責任と役割の重さをしっかりと受け止めている。

スタジオ撮影が厳しくなることを他の役者さんたちに伝え、準備を呼びかけた。

その意思表明として大迫力の演説もした。

 

…凄い人だ。尊敬出来る役者だ。

 

そして演説の結果、真美さんの演技指導という破格のご褒美を獲得した…。

つかみを盤石にすることは、作品の成功に大きく関わる。

 

(さすが主演だわ…)

 

真美さんの演技指導は相変わらず強烈だった。撮影の手順は増えているのに、撮影に要する時間は予定より短くなった。

役者がスムーズに芝居をこなすと、撮影も驚くほどスムーズに進む。

 

明日、私もスタジオ撮影がある。

1話目、2話目の人たちと違って、私が真美さんの演技指導を受けることになるかどうかは判らない。

ただ、可能性はある。

もし、受けることになったら、自分もただ納得してそのテイクを終えるのだろうか?

何とかして立ち向かう術はないものか…。

 

現場にいる人の中で、おそらく私にしか見えない真美さんの立体映像。

 

空間を埋め尽くす無数の旋律。

真美さんの調律により完璧な形を維持しながら動いていく旋律の集合体。

どれほどの人間離れした能力を結集させれば、あんな現象を起こせるのか。

 

音楽について勉強した。

18世紀には既にヨハン・セバスティアン・バッハによってあの現象について語られた記録がある。

現代の研究者によって書かれた学術論文もある。

でも、どうしても信じられない。

 

本当に人間にあんなことが出来るのだろうか?

私の感覚のその先にあの領域があるのだろうか?

 

そうは思えない…。

 

あんなのは超能力やSFの世界の話としか思えない。

目の当たりにして体験したというのに、…現実の出来事とは思えない。

 

バッハが大げさに言っただけじゃないのか。

学者は希望的推測としてそれっぽい言葉を並べたかっただけじゃないのか。

ヒトの身体には映像の送信機も受信機も付いていない。

 

なにがG線上のアリアだ。

弦の上で歌って見せてほしい。

そうしたら信じてもいい。

 

 

…私は実際に強い吐き気に襲われた。

 

 

ビデオ30巻の真美さんは別に怖くなかった。

音量ゼロで鑑賞したから?

 

(真美さん。まだ20代で、若くて綺麗だったわ)

 

怖いというのとは違うか。

受け入れがたいだけ。

 

夜凪にはずっと試そうかどうしようか迷っていたことがあった。

飲み込むには大きすぎる相手。クラスメイトを真似していた時のような気軽さでは試せない。

 

夜凪は目を閉じる。

1000種の映像を追いかける。

果てしなく続く映像の数々をどこまでも追いかける…。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第2章の抜粋。

 

文代の手前、見ているだけを貫いていた真波は「いつかは説得しなければならない」と考えていた。

観察し、研究し、発想しているうちに、やはり自分には役者の道しかない、と心を決めた。

 

文代からは「気性が激しいのを隠すために、動作や言葉遣いは淑女に徹しなさい」と言われていた。

そういう振る舞いが板につき、可憐な佇まいが似合うようになった真波は、15歳になっていた。

 

社員ではないのに撮影所に出入りする人間は、真波以外にもたくさんいた。

伝統芸能の役者から映画俳優に転身を考えている若者たちだ。18歳になるまでは歩合制で映画に関わる。18歳になったら撮影所の正社員となり給与をもらう身となって俳優業を続ける。

そういう手順が一般的だった。

 

既に社員になっている大人たちは全国から俳優になるために集まってきた者たちだ。松菊映画会社本社に比べると数は少なかった。

中には、わざわざ撮影所を選んで入社した者もいた。トーキーが主流の映画業界で、都心の騒音は厄介だ。

いずれ大きく伸びるのは撮影所のほうだ、という考えの持ち主だ。

 

真波も同じ考えを持っていた。

 

理屈から考えても未来が明るいのは撮影所に決まっている。なので、「本社に栄転が決まった」等と喜ぶ役者がいると内心で「馬鹿な人」と思っていた。

映画に出て活躍して本社を目指す、と公言している者には近づかなかった。

志が違う。

 

もう1つ、真波には強く感じる「映画界の未来」があった。

当時、一線で活躍していた役者はほぼすべて伝統芸能寄りだった。感情表現も動作も表情も「どーん」という感じで表現される演じ方だ。

当時の常識であり、映画というのはそのような芝居で行われるのが当たり前だった。

真波は、普通の顔で普通の声で普通の口調で伝わる芝居こそ未来の主流になると読んでいた。

 

この2つの本心を真波は隠した。明らかにこの2つにおいて自分と同じ志を持つ者以外には、そういう話を聞かせなかった。

真波の武器は「観察眼」と「発想力」のみ。伝統芸能寄りの芝居はどうやっても下手くそになってしまう。武器は2つ。志も2つ。

それだけしか持たない自分が、いつか映画界を席巻する日が必ず来る。

真波は、燃え盛る炎のような激しく熱い野心を胸に秘めていた。

 

見た目にはおしとやかで可憐な少女だ。

 

その熱い志に賛同する者とは積極的に関わった。

まだ映画出演の経験のない真波は、賛同者に助言を与えることで静かに勢力を広げていった。

助言をもらった者は皆、真波の底力を知っていた。このまだ若い少女にリーダーの素質を感じていた。

 

真波と近い年齢の伝統芸能組の少女たちは、真波のことをいちばん格下と見做していた。

マキコや恵子はもちろん、「自分は芝居が下手だ」とよく泣くたか子さえ真波を下に置いていた。

真波は同世代のそんな少女たちに負けるつもりなど微塵も無かった。

 

 

 

スタジオ撮影2日目。

演技指導を提案した真美は、いちばん早いくらいにスタジオ入りしておこうと考えていた。

通路を進み、撮影現場に着くと、制作スタッフが既に数名いるのが見えた。

犬井と雪の姿もあった。

 

(制作スタッフはさすがに早いですね)

 

5~6人が固まって話をしている。

真美の目には、何かのトラブルに対応しているように見えた。

話し合っている人たちはそういう表情をしていた。

 

真美に気づいたスタッフに(挨拶は要らない)と手でジェスチャーを送り、人が集まっているところへと歩いていった。

夜凪に寄り添って座る雪がいた。

雪は小さな声で心配そうに夜凪に声を掛けていた。

 

(夜凪さんの本番はずっと後ですよね…。それに体調が優れないのなら仮眠室に行かせたほうがよいでしょう)

 

真美は、夜凪のことをよく知らない。

自分と同じく立体音感を駆使する役者だと気づいてはいる。

メソッド演技を得意としていることは知らない。

 

真美は小声で、

「これはメソッドで深く入り込んでいる状態かしら?」

と、予想を口にした。

 

雪が真美の言葉に答えた。

こういうことは過去にもあった。

会社の同僚でもある雪は、こういった夜凪の異変を何度も見ている。

今回のは今までで最大級に入り込んでいる。

 

真美は、(別に危険な状態という話ではないわよねえ)、と思う。

ただ、本番に差し障りがあるようだと、夜凪本人も監督も他の人たちも困るだろう。

 

「本番で困るほどでしたら私が呼び戻しますよ」

 

その言葉に雪が「呼び戻す方法があるんですか」と訊いてきた。

真美は「いくつか有ります」とさらりと答える。

 

 

 

真美はかなり特殊な幼少期を過ごした人間だ。

皐月に対して「実際の自分とは全然違う」と言った理由もそのあたりにある。

 

子役時代の真美の周囲には有能な大人がたくさんいた。

その中の1人が真美の「立体音感」に気づいた。

 

昭和37年12月、真美が5歳の時、世間では「M響事件」が騒がれた。

ヘルベルト・フォン・カラヤンとレナード・バーンスタインの両巨匠に師事した小澤征爾が、日本国内で楽団員からボイコットされた事件だ。

小澤が「以後、日本国内では活動しない」と表明したことで、日本が失うことになるその「才能」がどれほどのものかを悔やむ声も大きかった。

 

そんな事件でもない限り、「この子は立体音感の持ち主だ」と言い出す人はいない。

研究論文が少ないのは、持ち主を探すのが極めて困難だからだ。

本人に自覚はない。

音楽界にいる人間については、それが生まれ持った脳の性質の産物なのか訓練で身につけた後天的な物なのか区別がつかない。

真美のように明らかに先天的な持ち主だと発覚する例はほぼ無い。

 

幼い真美は、脳科学と音楽の両方の研究所に何度も足を運ぶことになる。

 

さらに真美はアウトプットの面でも異様な能力を見せていた。

つまり、感覚で捉えた映像を形にして出力する能力だ。

こちらの能力は、音楽だけではなく、映像、建築、絵画、空間デザイン等、応用範囲が広くて有用性も高かった。

真美は、そういった方面での研究対象としても様々な施設に足を運ぶことになった。

 

そして、なんの因果か、「真波の技法」以上に研究成果の高い素材は世界のどこにも存在しなかった。

再現が困難と言われる真波の技法。

肉体で形状を再現し、真美の試験結果を解析するのに必要な多くの「付随情報」がある。

悲しみは表現されているか? 微妙な動きの面白さは出ているか? 確認するためのそんな判断材料が豊富にあった。

しかも、「真波の技法」には数えきれないほどの大量の「在庫」があった。

 

真美は自分が役者だとは思っていなかった。

もしかすると還暦を過ぎる現在に至るまで、自分が役者だったことなど一度も無かったのかもしれない。

他の役者が人生をかけて、魂を削って生み出す「芝居」を、真美は才能だけで遥か高みの「芝居」を描いてしまう。

連盟や協会の役職要請をすべて断るのはそれが理由だと言える。

 

…ただ、自分の能力を半強制的に発揮させられる場が「芝居」だったというだけだ。

 

無論、一社会人として自分が身を置く業界のことは真剣に考える。

自分が役に立てる局面では労力を買って出る。

偉大な母が多くの貢献を残した「芝居」の世界を守り、育てたい気持ちもある。

しかし、やはりそれは「役者」としてのスタンスから発揮される思いではない、と真美は思う。

 

様々な方面で学術的な見識や理論に接してきた真美は、当然芝居についても論理的解釈の知識を多く持っている。

メソッド演技に深く沈んだ者を呼び戻すには、その人の日常に関わる部分に大きな刺激を与えるのがもっとも効果的だ。

薬物等で身を滅ぼした者は、周囲に知識を持つ関係者がいなかった不運な例だ。

 

(アリサちゃんの時も私が呼び戻した。相当に重篤な状態だった。その後のアリサちゃんの決断は残念だったけれど、よほど恐ろしい体験だったのでしょう…)

 

「けいちゃん、いったい誰になっているんだろう…」

 

その雪の言葉に、真美は考えた。

「キネマのうた」においてメソッド演技の有効な活用法はない。

仮に、薬師寺真波になっているのだとして、過去の映画を見るだけで「最大級」に至るものだろうか。

 

「これは、…もしかして夜凪さんは私になっているのでしょうか?」

 

あのビデオ30巻の1000種なら、ここまで深く入れるかもしれない。

 

「カメラ、回してください。監督お二人は無言で願います。私が指示を出します」

 

「夜凪さん、聞こえますか! 3話目シーン21です! 私が15歳の真波を指導します!」

 

夜凪はゆっくりと立ち上がり、真美の前へと歩いてきた。

 

(目の光が弱いですね。でも雪さんが声を掛けても反応しなかったのに、彼女は立ち上がって歩いてきました)

 

「真波をよく知る私が本物の真波の姿を15歳の形で描きます。よくご覧になってください」

 

真美は、3話目シーン21を演じて見せる。

台詞はないが、無表情から明るい表情に変化し、細かい身体の動きも多い難しい演技だ。

真美が見せたのは、本物の真波の姿を15歳に逆算した物。

15歳時の真波は映画に出演していない。

この世の誰も見たことがない物を描くには逆算で作るしかない。

 

夜凪は、演技を行おうとせず、(もう1回)を意味する人差し指を立てて見せた。

 

真美は、(いいでしょう。何度でもお見せします)と、もう一度同じ演技を見せた。

 

 

 

夜凪はずっと音のない奇妙な空間にふわふわと漂っている心地だった。

撮影に行かなければ、という思いが意識に流れるのを感じ、スタジオまでやってきた。

何も聞こえなかった。

自分は何かを待っていること以外は分からなかった。

 

自分に声を掛ける者がいた。

どこかで見たことのある人の気がする…。

立ち上がって、歩いた。

 

声を掛けてくるが何を言っているのかは分からない。

旋律が舞い落ちてくる感覚があった。

 

…この感じ。

 

どんどん数を増やし密度を上げる旋律の舞い。

 

若くて綺麗な女性が芝居をしている…。

 

調律された旋律が周囲を埋め尽くした。

美しい光景だ。

けど芝居がくっきりと見えない。

 

…もう一度見せて。

 

あ、また芝居が始まった。

若くて綺麗な女性の動きは、真波に似ている。

それなら出来る。

 

手の動きはこう。胸の前で左右の手の高さが入れ替わって、右手だけ向きが変わる。

表情は、静かな始まりから無に至り、喜びへと変わり、最後は楽しさが弾ける。

 

上手く出来ない。

私にはすぐに出来るはずなのに…。

 

…もう一度見せて。

 

人が入れ替わった。

今度の子は15歳くらい。

この子も真波に見える。

身体の線が明確だ。旋律がきれいに並びきったんだ。

よく見える。

手の動きも、表情も真波だ。

 

今度はきっちりと出来る。

私はすぐに出来るんだから、出来ないはずがない。

 

でもこの子に教えなければ…。

本物の真波はこう演じるんだと、見せてあげないと。

芝居は誰かに見せる物だから。

 

手の動きはこう。

表情はやや艶っぽくこう。無の奥に燃える思いがあるの。

嬉しいよ。だって監督に認めてもらえたから。

楽しみに決まってる。自分の芝居をやっと見せられる日が来るんだから。

 

薬師寺真波は…。

楽しい時はこういう顔で芝居をする子なの。

 

 

これが役をもらった日の薬師寺真波の笑顔の芝居…。

 

 

あなたも映画を見にきてね。

きっと。

 

 

 

真美は二度目の指導の後、夜凪がへろへろの芝居を見せたことに驚いた。

目の光も戻ってないし、表情もまともに作れていなかった。

そして再び立てられた人差し指。

 

(何度でもお見せしましょう)

 

真美は演じながら、夜凪の高密度な映像を捉えた。

見てるだけの夜凪の姿。

ここまではっきり伝えてくるのは珍しい。

 

目が開いたのなら、よくご覧なさい。

本物の真波は15歳の時、こういう姿をしていたはずです。

 

実演を終えた真美は、立っている夜凪を見つめた。

目の光が戻っている。

立っているだけで、周辺の調律が見える。

 

…どんな「演技」を見せてくれるのかしら。

 

夜凪は静かに動きを開始させた。

 

始まり方が静かすぎる。真波はそういう感じではない。

手の動きの遊びが大きい。そこはきっちりコントロールするところ。

無表情が作れていない。わずかに滲み出る感情が、次の表情を予測させてしまう。

嬉しそうな顔…。隠し切れなかった感情の正体はこれか。

 

…あっ。

 

真波が今から笑顔を見せる…。

笑顔が、こんな愉快そうな顔が…。

15歳の真波が、あの映画が大好きな人が、こんな顔を見せるのは…。

 

 

…役をもらったのね。

 

 

眩しいほどの楽しさが伝わってくる。

辺りに光の粒を撒き散らしてるような光景。

なんて綺麗な姿。

 

…これは、芝居をする薬師寺真波だ。

 

もし、15歳の時に映画に出演する機会があったなら…。

自分が見せたような本物の真波のままであるはずがない。

芝居をするということは、自分以外の誰かを演じることだ。

 

(最初は夜凪さんも真波のままだった。立っている時はそうだった)

 

演技を始めたら、別人になった。

薬師寺真波が見せる薬師寺真波に似た別人の芝居だ。

 

(あれが、「キネマのうた」で夜凪さんがイメージする真波なのでしょう)

 

…絶対にその数が増えることがないはずの「真波の技法」が1つ増えた。

 

役者「薬師寺真波」の新しい技法だ。

自分のように形だけで高みを描く芝居じゃない。

本物の役者による重厚な訓練の末の「芝居」だ。

 

(私が見たことがない真波の技法は存在しないんですよ。初めて見せられたからには、真波の技法が1つ増えたと言うしかないでしょう)

 

美しい芝居だった。真波は15歳の時に、こんな美しい芝居をする子だったんだ…。

 

 

 

カメラは回っていたが、3話目シーン21には使えない。

衣装も立ち位置も違う。

 

「犬井さん、先ほどの夜凪さんの映像、記念にいただけますか?」

「いいですよ。俺もこれはもらっておきます」

 

雪が「私もいただけると嬉しいです…」とポソリと声を出した。

 

「では、夜凪さんを戻しましょう。多分、足です」

 

真美は、またぼーっとした状態に戻ってしまった夜凪の両膝下に親指をあてがう。

雪から夜凪のことを色々聞くと、日常のこともわかる。

ただ、真美は夜凪の足を見て、妙に鍛えられていると感じた。

駄目だったら次の手を試せばいいだけ…。

 

真美は思いきり痛くなるように膝下外側のツボを捩じりながら、グリリ、と押した。

夜凪の絶叫がスタジオに響いた。

 

「夜凪さん。足を痛めたら大変ですよ! とても困ったことになりますよ!」

「足はダメよ。新聞配達が出来なくなるわ(困るわ)」

 

「はい、おしまい」

 

 

 

夜凪は、この日の撮影を無事に終えた。

むしろ、いつもより調子がいいくらいに感じた。

なんだか、慣れるために散々練習してきた立体映像の扱いが飛躍的に上手になっている気がした。

頭の中に作る映像の形が、不思議なくらいくっきり見えた。

 

               第54話「キネマのうた(2)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene177」となります。

原作のアクタージュには「act-age」という表記が付随していました。
私はあれについて「そのままact+ageかな。それとも捻りを1つ入れてact+stageかな?」と考えたことがありました。
多分、後者が正解だと思うんですよ。「age」だとニュアンス的に浮くんですよ。
あるいはそんな深読みをするのは私の考え過ぎで、原作者的にはただ「アクタージュ」というフランス語っぽい音の響きの良さを重視して作った単語かもしれませんが。

やっぱり夜凪を書くのは楽しいです。
やっと大きく活躍する場を書けました。
かっこいいです。
夜凪はとてもいいものです。

「キネマのうた編」ではこれまでに足りなかった部分を補うような細かな活躍しか書けませんでした。
積み重ねた努力は本物です。
夜凪は今後どんどん強い役者になっていくことでしょう。


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第55話 「キネマのうた(3)」

スタジオ大黒天。

本来ならこの日8話目の撮影があったはずの夜凪は、のんびりとテレビモニタの前に座っていた。

そして、リモコンを頻繁に操作していた。

しばらくその場でゴロリと横になり、また上体を起こしてリモコンを操作する。

夜凪はその行動を繰り返していた。

 

「雪ちゃん!」

 

PC室から出てきた雪の姿を発見した夜凪は小さく叫んだ。

人差し指はテレビモニタを指していた。

 

「うん」

 

雪はコーヒーを入れるためにキッチンへ向かおうとした。

 

「雪ちゃん! …雪さん!」

 

仕方なく立ち止まる雪。

またテレビモニタを指差す夜凪は、真剣な目で「ん!」と何かを訴えていた。

 

「うん。文句のつけようのない見事な芝居です」

「本当かしら?(ちゃんと鬼になってる?)」

 

「んー、そうですねえ。やっぱり文句が入る隙は見つかりません…。頬の変化が特に良い」

「わかった。もっと研究してみるわ(じっくり見るわ)」

 

 

 

PC室に戻った雪は、コーヒーを机に置いた。

台本を開き、細かい部分の修正をメモ用紙に記してページに挟んだ。

この作業はまだ1周目で、12話までしか進んでいなかった。時間が掛かる作業だった。

 

「墨字さん、なんでこっちに逃げているんですか(脚本をなんとなく読んでるだけですよね)」

「あっちにいると夜凪がうるさいからだ」

 

「……。うるさいなんて言い方やめてあげてください」

「あいつ。俺に、真美さんの勝ちよね? …と訊いてきたんだぞ」

 

「……。聞こえてましたよ。なんで答えてあげないんですか?」

「ちょっと待ってろ、と答えておいた。その後、こっちに来た」

 

夜凪は、雪が持ち帰った昨日の映像を繰り返し見ている。

本人は研究しているつもりらしい。

だが、たまに「はあぁ…」とか「ふーぅ」とか、喜びをそのまま吐息にしたような声を漏らす。

顔色は喜色でぱんぱんに染められ、目の輝きは宝箱の宝石を映し込んだようなキラキラを放っている。

しばらく目を閉じて顔全体をふにゃーっと溶けさせたりしている。

 

「答えるために戻ってあげてください。可哀想じゃないですか」

「どう答えていいかわからん」

 

「けいちゃんの勝ち、でいいでしょう。その言葉を待っているんですから」

「柊の作業、特に急ぎの物じゃないよな。代わりに言ってきてくれていいんだぞ」

 

雪は、本心では自分が夜凪に勝利判定を出して思いきり喜ばせたいと思っている。でも、そういうことは黒山の役目ではないかと少し遠慮している。

 

「私が訊かれたら、答えてもいいですよ。でも、そもそも墨字さんが適役です」

「柊は、なんて答える気だ?」

 

「けいちゃんの勝ち。そう答えるに決まってるでしょう」

「真美は現役の役者の中でいちばん上手いと言えるレベルだぞ。特に演技の正確さにおいてはぶっちぎりだろう」

 

「演技の正確さなら、もしかして真美さんは歴代トップかもしれませんね」

「なら、なおさらだろ。そんなのに勝ったと思わせていいのか?」

 

「いいんです。墨字さんはあの戦いの複雑さを知らないんですよ」

「……。」

 

雪はコピー用紙に図解入りの説明を書き始めた。

 

真美さん(素) → けいちゃん(29歳の真美さん)

真美さん(15歳の真波) → けいちゃん(29歳くらいに見える真美さんが演じる29歳の真波)(失敗)

真美さん(15歳の真波) → けいちゃん(15歳くらいに見える真美さんが演じる15歳の真波)

けいちゃん(15歳の真美さんが演じる15歳の真波が演じる15歳の真波) → 真美さん(素)

けいちゃん(15歳の真美さんが演じる15歳の真波が演じる薬師寺真波に似た誰かが演じる薬師寺真波の芝居) → 真美さん(素)(15歳の真美さんが演じる15歳の真波が演じる薬師寺真波に似た誰かが演じる薬師寺真波の芝居をするけいちゃんが作った新しい真波の技法の確認)

 

「……。」

「さあ、わかりますか?」

 

「わざと判りにくく書いてるだろ」

「いいえ。昨日、真美さんの話を聞いた上で、正しく理解したことを正しく記述しました」

 

「……。」

「師匠…。メソッドの研究者のあなたが判らないなんて言わせませんよ」

 

「まあ、一応この図解の意味はわかったよ。たしかに夜凪の勝ちだ。拾ったような勝ちだが、勝ちは勝ちだ(手順は真美のほうが正しいのに。結果的に夜凪の勝ちか)」

「では言ってあげてください。お前の勝ちだ、と」

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第3章の抜粋。

 

松菊映画作品「其処に始まりし」の企画が立ち上がり、大船撮影所で制作されることが決まった。

真波はこの映画を自分のデビュー作品にしようと考えた。

戦時下にあった日本において、映画の主流は「士気高揚」に繋がる物となり、人気を獲得する作品はいずれもその流れを踏襲していた。

 

くだらない。

 

人々が求める物に合致しているから「人気作」になっていると勘違いしている者のなんと多いことか。「民意」や「士気」といったプロバガンダが、大衆が求めている物に合致しているわけがない。街を歩く人々を見れば判る。彼らが本当に求めている物が何なのか。

 

「其処に始まりし」は、時代の主流を大きく外したラブストーリー作品だった。

 

企画段階で難航した作品であり、制作費用も大きく削られた。だが、小規模作品になってしまうことになんら問題は無い。この映画こそ大衆を攫う大人気作品となる。

 

物語の中心になるのは「恋愛」。そして広義の「愛」へと話は及ぶ。

 

世の人々は大切な物と「別れること」、「離れ離れになること」、そして「失うこと」に心を擦り切らせている。「其処に始まりし」はそんな人々の心に響く。心を潤わせる。心を照らす。

 

真波には恋愛をした経験が無かった。

 

男性に手を握らせたことも無い。誰かを好きになったことも無い。好きになろうと考えたことすら無い。

自分に好意を寄せてくる男性はことごとく拒絶してきた。

結婚すると女は家に入らなければならない。それでは役者を続けられない。だから、自分は絶対に色事には近づかない。真波はその信念を非常に堅固な状態で抱いていた。

 

それでラブストーリーのヒロインを演じられるのか?

 

真波には自信があった。恋愛をする人を観察した経験が何度もあった。それで自分には十分だった。

 

 

 

「……。これは…嫌だな。うん、嫌だ(言いたくない)」(←まだ図解を見ています)

「……! わかりました! 私が言ってきます!」

 

PC室を出た雪は広間へとそーっと進み、忍び足で夜凪に近づいた。

まだテレビモニタを真剣な眼差しで見つめている夜凪。

その横顔の頬は上気しているようにも見えるし、ただ喜びを隠しきれてないだけにも見える。

 

「けいちゃんっ!」

「うわっ(びっくりした)」

 

雪は背後から夜凪に抱きついた。

 

「けいちゃん、私に何か訊きたいことない?」

「私に、うわ、と言わせるとはさすが雪ちゃんと思うわ(自分で自分の声に驚いたわ)」

 

「この映像、凄いね。奇跡だよ。けいちゃんだから撮れた映像だよ」

「……。すごい芝居だったとは自分でも思う」

 

「ほら、なにか訊くことない?」

「メソッド演技のたびに足のツボを押さえればいいの?(痛いわ、あれ。他に方法はないのかしら?)」

 

「アリサさんはゆっくり戻してもらったそうよ。やり方は他にもあるよ。それより質問があるはずでしょう」

「痛くない方法もあるなら良かった…」

 

「この勝負、けいちゃんの勝ちよ!(←我慢の限界が来ました)」

「……。勝負…。」

 

「真美さんとの演技バトルで勝ったのはけいちゃんと言っています」

「そ、そうかしら」

 

「墨字さんも勝利判定を下した。けいちゃんの勝ちなの」

「……。勝ち…(勝ち?)」

 

夜凪は振り向き、腕を伸ばして雪を一旦引き剥がした。

雪は、夜凪の表情が「もう隠さなくてもいい嬉しさ」に満ちているのに気づいた。

 

「喜んでいいのよ、けいちゃん」

「う、うん…」

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第3章の抜粋。

 

ヒロイン役を誰が務めるのかという争いが発生していた。年頃が合う候補は、マキコ、恵子、たか子、そして真波。マキコ、恵子、たか子の3人の争いは露骨だった。長く、醜く、争いは続いた。3人のうち誰がヒロイン役を射止めるかが撮影所内での話題となっていた。

 

真波は自分がヒロイン役になる前提で動いていた。自分の初出演にして初主演、おそらく今後の役者人生において大きな位置付けとなる映画だ。出演者は厳選しなければならない。自分と同じ方向に志を持つ者で固めなければならない。その者たちが実力で役を勝ち取れるように、可能な限り助言をしたほうが良い。

 

稽古場では、マキコ、恵子、たか子の3人が「恋する乙女」の芝居をアピールしていた。

一方の真波は、見る者に「貴女は本当にその男性を好いているのか?」と疑問を抱かせるような芝居を披露し続けた。

 

やがて、監督の大島を始め、多くの者が気づいた。

 

真波が芝居の中でごくたまにしか使わない「頬を紅潮させた顔」の甘酸っぱさ。

男性を突き放すような口調の後の「一瞬の悲痛な表情」の裏にある本気の駆け引きの迫力と切なさ。

真剣に男を陥落させることを考えている「恋愛中の女」の綱渡りのような余裕のない必死さ。

 

比べると、マキコ、恵子、たか子の3人の芝居はあざとい。伝統芸能寄りの表現は、嘘臭さが鼻につく。

これは、ヒロイン役の本命は真波かもしれない、と予想する者が現れ始めた。

 

 

 

夜凪がこの日撮影するはずだったシーンの話になった。

雪が書いた「其処に始まりし」はラブストーリーだ。

草見の脚本にあった「茜色の空」は青春友情物で、爽やかな内容の物語だった。

 

「茜色の空より其処に始まりしのほうが私には演じやすい!」

 

夜凪は自信あり気に言い切った。

少女時代の真波には恋愛経験がない。誰かを好きになったこともない。

 

「まさに私なのよ!(ぴったりの役だわ)」

「真波は観察から解決法を見つけるんだけど、けいちゃんはどうするの?」

 

「大丈夫だと思う(観察したことないけど)」

 

PC室から戻ってきた黒山が、

「高校の友人で恋愛してる奴とかいるだろ」

と助言した。

 

「いるにはいるんたけど。真波には合わないわ」

 

雪が、

「片思いもしたことないの?」

と普通に疑問に感じたことを尋ねた。

 

「あるはずがないわ。片思いするなんて真波じゃない。好きになったことすらないのが真波の強みよ」

 

「力説するところか、それ」

 

「私も人のことは言えないけど。そこに自信を持つのは違うと思う」

 

夜凪はなんだか恋愛音痴と言われたような気がして、少し悔しいと思った。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第3章の抜粋。

 

審判の日がやってきた。実際にフィルムを回して、監督の眼前で行われる一度きりの撮影テスト。オーディションに相当する工程だ。

一人ずつ、自分で選んだ作中のシーンを演じる。

 

真波が選んだのは「裁縫中の須美(ヒロインの名前)が髪を切ることを決意する」というシーン。

 

撮影テストでの真波の芝居の途中で、監督の大島が「ああっ!」と叫んだ。撮影本番ではないので叫び声が録音されても問題はない。

 

真波が演じる須美が、カツラの髪を裁縫鋏で本当に切ってしまった。

 

このシーンは座っている須美が畳に手を突いて俯くシーン、実際に髪に鋏を入れるシーン、それらが別撮りとなるはずの物だった。

別撮りには観客の意識が一旦途切れるというデメリットがある。一発撮り(編集作業でフィルムを繋がないで済む撮り方。一気撮りのこと)にしかない臨場感が消えるという欠点がある。

観客にすれば、「本当に髪を切ってしまうのか?」から「ああ、本当に切ってしまった」までを目を離す間もなく見せつけられることになる。

 

これが決め手となり、真波はヒロイン役を勝ち取った。

 

 

 

夜凪は、消えそうな小さい声で語り始める。

 

「……るわ」

「……?」

「聞こえなかったぞ」

 

「デートならしたことが…あるわ」

「…デート」

「恋愛の話として言ってるのなら続けていいぞ」

 

「街を二人で歩いたわ。その後お店で食事をしたのよ」

「私ともしてるね、それくらいなら」

「俺は芝居の助言をしたんだよ」

 

夜凪が少しだけ勇気を出して言いたかったのは、千世子と出掛けた時の話だった。

プリクラショップに行ったり、スタバでコーヒーフラペチーノを楽しんだり…。

夜凪の中で、あれはちょっぴり特別なお出掛けだ。

恋愛そのものとは違うが、恋愛っぽい何かに近い気がする、と夜凪は思う。

そんな大切な思い出の1つだ。

夜凪はそういうことを主張したかった。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第3章の抜粋。

 

何かに押されたように、背中にあったはずの髪の束が手元に落ちてきて、真波は左手で容易く髪を掴み、右手に持つ鋏を入れておさげを切断した。

真波は左肩を小さく押し上げる動きを使った。だが左肩を押し上げても、背面のおさげが前面に落ちて来たりはしない。大島から「どうやったのか?」と訊かれた真波は「押し上げるように左肩を使っただけです」と嘘を吐いた。

撮影テスト後、大島は自身がカツラを被り、左肩を使って再現しようと試みた。左肩を使っても、頭を斜めに振っても、首を鋭く捻っても、真波が見せたおさげの動きは再現出来なかった。

 

人前で真波が見せた「真波の技法」の第1号だった。

 

国内映画の製作総本数がかなり減っていたとはいえ、「其処に始まりし」は年間興行で第2位を記録した。

低予算の小規模作品が、並み居る大作映画をぶち抜いての第2位、…これは大変な快挙と言えた。

 

 

 

スタジオ撮影3日目となるはずだったこの日、撮影はお休みになった。

役者のスケジュール調整が合わなかった。

身体が空いている役者の分だけでも撮影する意味はあるのだが、犬井は「休み」にした。

以前は、大河ドラマに出演する役者は13カ月間の拘束を余儀なくされた。放送開始の前の年の9月から翌年10月までの間、出演者は他の大きな仕事を入れることは事実上不可能だった。

その頃は「役者のスケジュール調整で苦労する」などという事態は発生しなかった。

 

しかし、テレビ業界全般の不調のあおりで、各芸能プロダクションは13カ月間の拘束に対応出来なくなった。

その状況を受け、近年の大河ドラマのスケジュールは大きく変更された。

前の年の5月から翌年11月までの18カ月間が撮影期間に当てられ、「スタジオを使えるのは1日16時間まで」という上限が撤廃され24時間使用可能になった。

大河ドラマに出演する役者たちは、より長くなった撮影期間の中で、他の仕事を組み合わせる自由を与えられたことになる。

 

 

 

翌日、夜凪の8話目の撮影。

何気ない表情の中に、ちょっとだけ恋心が垣間見える場面。

 

「カット。けいちゃん、垣間見える表情が違う。もっと抑えて」

 

(イルザだと激しい恋心なのね。正解はアン王女だわ)

 

次のテイクで夜凪は、オードリー・ヘップバーンの気品を見事に表情の中に埋めた。

 

「カット。表情に変化が無かったわ。さっきの顔で抑えてみてください」

 

テイク14以降、夜凪の持ちネタが尽きる。

自分なりに恋心を表現する、という苦しい展開となる。

 

(考えてもいなかった事態になった。全部違うなんてことが有り得るの?)

 

苦し紛れに、「千世子はちょっぴり特別」、という感情を引っ張り出す夜凪。

ここで雪から、「カット。惜しい。その好きを思い出から取り出す感じで。気持ちの中に沈むんじゃなくて気持ちに浸る感じ」、とボキャブラリー全開の必死の指示が入る。

 

テイク15。

お姫様抱っこをされた時の気分に浸る感覚を表情に埋める夜凪。

 

「カット」

 

犬井と雪によりV確認が行われ、ようやくOKテイクとなる。

夜凪は、「次の8話目の撮影までは時間がある。このままだとマズイ」、と考える。

 

この日は、夜凪にとっては課題が残る撮影となった。

 

               第55話「キネマのうた(3)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene178」となります。

自分で図解を書いてみて驚きました。
正しく書くと、たしかに夜凪と真美のシーンは図解のようになるんです。
わかりづらい…。

夜凪にラブストーリーをやらせてみたいという思いがありました。
書いてみたら、案の定苦しい展開となりました。

でも役者を続けていく上で避けて通れない道です。
誰かと「コイバナ」でもすればいいんじゃないですかね、夜凪。
天球メンバーでもいいし。
環さんでもいいし。
話を聞くだけでもだいぶ違います。


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第56話 「キネマのうた(4)」

スタジオ大黒天。

夜凪は、まず雪に相談することにした。

少女時代の真波を演じるにあたり、「其処に始まりし」の内容に関わる部分の芝居に難があるかもしれない。

由々しき問題だ。

 

「けいちゃん、大丈夫です…。自慢じゃあ有りませんが、私も男にはさっぱり縁がありませんぜ」

「そういうことじゃないのよ。慰めてほしいんじゃなくて、真剣に演技について悩んでるの!」

 

夜凪は8話目のシーンを自分がどうやって切り抜けたかを白状した。

そして映画等の創作物の恋愛のイメージがことごとく通用しなかったことも説明した。

 

雪はしばらく「んー」と唸った末、事務所の本棚に置いてある私物を3冊持ってきた。

本を手渡された夜凪は、(自分は忙しいからあなたはこの本でも読んでなさい)、という意味かな、と思った。

 

夜凪はテーブルに本を置き、ソファーに凭れて読書の準備をした。

ジュースやクッキーをテーブルに置いた雪が、夜凪の背後から本を覗き見る体勢を作った。

 

(雪ちゃんも読書に付き合ってくれるつもりらしい…)

 

3冊のうち「まず、これから」と雪から指定された本のタイトルは「写真短歌部 放課後」という物だった。

読み始めた夜凪は、心を爪で引っかかれるような感覚を味わった。

 

(この本のコンセプトは判る。私には不向きだ。なのに、何故…)

 

「何故、涙が出るのー?」

「けいちゃん。私ももうぽろぽろ泣いてるよー…」

 

この本のコンセプトは「青春のノスタルジー」だ。

現役高校生の自分が高校生活を懐かしく思い出すのは変な話であり、自分はコンセプトの対象外だ。

高校3年生である自分はもうすぐこれらの物を失うことになる、という現実がポイントだろうか?

だが、自分はそもそもこういった高校生活を送っていない。

送っていないからこそ、自分が知らない世界観を埋めてくれるような内容に惹かれるのだろうか?

 

などと理屈をいろいろこねてみた夜凪だったが…。

そんな理屈はこの本の前には無力であり、掲載されている「写真と短歌の組み合わせ」は勝手に胸に響き、心を引っかいてきた。

 

読み終えて、二人して涙まみれになりながらイチゴジュースを飲み、夜凪は(もう一度読もう)と本に手を伸ばした。

しかし、本は雪に取り上げられ、「次はこれ」と別の本を指定された。

 

(さっきのと同じ作者さんだ。タイトルは「たぶん絶対」)

 

夜凪は残りの1冊も確認する。やはり同じ作者。3冊とも同じ作者だ。

 

少し緊張気味に「たぶん絶対」のページを開く。

読み進める夜凪は、先のように涙が出そうな気持ちにはならない。

代わりに、なんだか重苦しい明るさ、とでも言うべき「よくわからない何か」を感じた。

 

最後の1冊「ハッピー☆アイスクリーム」を読み始める。

「たぶん絶対」に感じた「よくわからない何か」が、形状を変え鋭い針のような物になって心に刺さってくる。

涙も出てしまう。

…剥き出しの「想いの強さ」にあてられて涙が出るんだ、と夜凪は思った。

 

雪が「締めはこれ」と指定した1冊は、最初に読んだ「写真短歌部 放課後」だった。

もう一度読もうとしていた夜凪なので、たっぷり浸ってたくさん涙を流した。

 

1周した二人が、涙がとまり気持ちの落ち着きを取り戻すまでに、けっこうな時間が掛かった。

 

「雪ちゃん、これは何なの?(なんと呼べばいいかわからないわ)」

「けいちゃん。その気持ちを言葉で表そうとしていけない」

 

雪が「今から例の8話目の芝居をやってみよう」と提案した。

 

 

 

雪は多少困っていた。

こういう時、黒山なら巧みに言葉で誘導して必要なことを伝える。

だが、自分にそんな高度な真似は出来ない。

 

「カット。けいちゃん、表情に出る感情を抑えてください」

「はい。…あと、雪ちゃん。5話目、7話目、9話目もやりたい。天球メンバーがモブで出るあたり」

 

「いいでしょう、見てあげます。でもまずは8話目から」

「はい」

 

しかし、あの8話目のOKテイクが千世子ちゃんをイメージした産物だったとは…。

それで通用するなら問題ないが、けいちゃん自身がそれでは誤魔化しきれないことを理解している。

 

恋愛小説や恋愛映画ではダメ…。

前後のストーリーや小賢しいプロットの仕掛け等の余計な物に塗れている。

だからこそ詩や短歌が良い。

詩や短歌の良さは「切り取り」にある。

人生の一瞬を切り取った物に過ぎないからこそ、純度が高く訴求力が強い。

 

「カット。方向は合ってます。あとは強度の調整です。8話目では弱い調整が求められます」

「はい」

 

けいちゃんに「それが恋愛感情だよ」と言葉にして伝えるのは簡単だ。

だが言葉にした途端に、せっかく掴んだ感覚はぶっ壊れる。

言葉で理解できないまま、回数を重ねて丸覚えさせるくらいしか私には方策が思いつかない。

 

「カット。5話目ではかなり強めに調整してください。出来ますか?」

「やってみます」

 

かなり良い感じに「恋愛」を掴んでいる。

でも、まだ一押しが足りない。

これだけではラブストーリーに対応出来る役者とは言えない。

ここから先の指導は私には無理だ。

今はけいちゃんに感覚を定着させることに専念しよう。

半日潰れることになっても構わない。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第4章の抜粋。

 

第二次世界大戦が終わった昭和20年、この終戦の年を真波は17歳で迎えた。

世界第2位(1位はアメリカ)となる年間製作本数500本という隆盛を見せていた日本において、昭和20年に製作された映画はわずかに26本。

黄金時代が完全に終焉したと言えるこの状況下、ある男が1本の映画を製作することになった。

男の名前は坂田孝志。

日本映画界ではずっと中堅以下の評価を受けていた監督だ。

 

坂田は自身の映画をアートと認識しており、そのために興行的な成功を収める映画を作ることが出来ない監督だった。

 

理想主義者にして完全主義者の坂田のアートには、絶対的な演技力を持つ役者が必要だった。

松菊本社で製作されるこの映画に坂田が求めた「役者の演技の水準」があまりにも高過ぎて、出演者の人数が足りない事態となった。

大船撮影所からの補強要員として、圧倒的な演技力の高さを誇る真波が呼ばれた。

 

系列会社とはいえ、松菊映画会社と松菊大船撮影所は別会社だ。

真波は外部からの助っ人協力者であり、「客人」という立場だ。

 

 

 

MHK撮影スタジオ。

自分の出番は無かったがこの日の夜凪は、環と由衣の芝居を見に来ていた。

 

「キネマのうた」のセットには8枠が当てられている。

現在放送中の大河ドラマ「天守の照準」のスタジオ撮影が佳境に入っているので、16枠をそちらに奪われている。

変更前のスケジュール編成では当年と翌年の撮影期間が被るのは1カ月間だった。

翌年組は大抵ロケ撮影ばかりなので問題は無かった。

変更後、被りは6カ月間となった。

 

使用するセットをどんどん「用済み」にしていく工夫が求められた。

 

大船撮影所の大部屋のセットなどは常に稼働している。

数回しか使わないセットはさっさとお役御免にしていくのが効率的となる。

由衣が今回使うセットはその「用済みセット枠」に相当する。

 

「映画での芝居」の芝居をする由衣ちゃん。

うん、正しく役を解釈してる。動きも固くない。

環さんの40歳の真波は、芝居中の恰好よさと芝居後の切なさの切り替えが巧い。

切ない、というと少し違うか。何て言えばいいんだろう。

 

次のテイクで、由衣は「自分の未来を信じる無邪気な天才」をキラキラと演じて見せ、環は険しい表情を上手く作れない「弱気な真波」を完璧に演じ切った。

そこで、このシーンの撮影は終了となった。

 

えええ!

そうか、道を歩くところはロケか。喫茶店は別のセット…。

見たいぃ…。

この続きのシーンの撮影、ずいぶん後になるだろうなあ…。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第4章の抜粋。

 

坂田の仕事ぶりを見て真波は衝撃を受けることになる。

「超絶技巧」とでも呼ぶべき「作品内への演技の配置とバランス」の見事さ。

「頭がどうかしてる」としか思えないほどの演技の正確性への執着。

坂田が思い描いている物がそのまま映画の形になったら、どれほどの名作になってしまうのか?

しかし哀しいかな、坂田の理想についてこれる役者が日本には存在しない…。

 

…自分を除いては。

 

自分だけが対応できると真波が考える理由は2つあった。

坂田の求める演技が伝統芸能からかけ離れた物であること。

真波のような「観察マニア」でもない限り、意識したことすらなかったような細かく複雑な演技が多いこと。

 

また、真波が受けた衝撃の中で大きかったのは坂田が「伝統芸能からかけ離れた物」に着目している点だった。

大船撮影所にいる真波の仲間たちは「新派」の流れを汲む役者の中でも特に先鋭的だ。

 

伝統芸能を否定する訳ではない。歴史ある立派な芸能として、いくらでも活躍してくれて構わない。

ただし、映画の世界には持ち込まないで欲しい。

 

そういう考えを持つ者たちだ。

真波の目から見て、坂田の要求に応える芝居に関しては撮影所の仲間のほうが本社所属の俳優たちより上だ。

本社所属の俳優たちは「新派」の芝居をしていても、どこかに伝統芸能寄りの演技が混じる。

演技に対する認識の上で、歌舞伎等の伝統芸能の芝居と映画の芝居を切り離していないからだ。

 

(どうする?)

 

真波は、これほどまでに飛び抜けた才能を持つ映画監督を見たことがない。

自分の芝居を見せつけることで、坂田が次回以降の映画を大船撮影所で作りたくなるように巧く誘導したい。

 

だが、今のままの坂田に大船撮影所に来てもらっては困る。

 

坂田の映画は一味が足りていない。

ほんの一味。

自分が坂田に教えるべきか。

そうすることによって、己の感性に過剰な執着を持つ坂田と衝突してしまうのではないか。

 

後の世に、国内外の映画界に広く大きな影響を及ぼすことになる映画監督坂田孝志。

後に、日本映画第二黄金時代の実質的な「王」として君臨することになる女優薬師寺真波。

 

もちろん、この時の2人に未来のことを知る術はない。

後の映画人生に大きな大きな意味を持つ決断になるなどとは思っていない。

この決断、真波は「教える」を選択した。

 

 

 

夜凪は、撮影を終えた由衣に声を掛けた。

良い芝居だったと褒めた夜凪に、由衣は「本当にそう見えましたか?」と答えた。

 

「芝居中の集中力は高いと自分でも思います。でもその集中力は逃げるための物なんです」

「……。詳しく聞かせて」

 

由衣はオーバーワーク上等で練習をしている。

練習中に熱が出ることもあるが翌日には体調は戻っている。

…気をつけている点は、

適度に休憩を入れること。

適宜、水分を摂ること。

食事をしっかり食べること。

睡眠をしっかり取ること。

運動のし過ぎで体重が減りすぎないように、就寝前にまとまった量の食事を摂ること。

…とのこと。

 

「少し間違っているわ」

 

夜凪は体調管理についての助言をした。

休憩中におにぎり等の炭水化物を摂ること(これで熱は出なくなる)。

就寝前の食事はタンパク質に絞ること(体調を戻す効果が高い)。

 

「おにぎりは多めに食べていいわ。体重も減らない」

「ありがとうございます」

 

「それと、逃げているという点はお母さんのことなんです」

 

夜凪は、由衣の話を聞いて、(北瀬香はそういう人種じゃないと思う)、と感じた。

脇役やちょい役が多く、大きな役をもらったことがない北瀬香。

大河ドラマの重要キャラなんて配役は、香の経歴から見れば数段階上の世界だ。

母親大好きっ子として由衣は、そのことでもやもやしているとのこと。

 

「由衣ちゃん。腹割ってぜんぶ話し合ってきなさい。それが最善の結果になるわ(あと香さんの女優観に興味があるわ)」

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第4章の抜粋。

 

極度の物資不足の中、フィルムの使用は最小限に抑えられた。

カメラを回すのは原則ワンテイクのみで、テストテイクを繰り返す形で撮影が進められた。

 

坂田は、「部屋の広さ」と「部屋の居心地の悪さ」を役者の演技の組み合わせで表現しようとする。

もちろん真波は「広い部屋と狭い部屋では、一歩目にどのような違いがあるのか」といった様々な対応法を心得ていた。

真波の頭の中には「人はどういう時にどういう行動を取るか」というデータが大量にあった。

 

多過ぎる坂田の注文に真波は応え続ける。

 

真波にとって、手持ちの「武器」をこれほど多く引っ張り出されるのは初めての体験だった。

ただ、坂田の過剰な要求に合わせてもなお真波の武器の「在庫」はビクともしなかった。

 

(幾らでも披露してあげる。撮影所の生え抜きの役者の力量をよく見るがいい)

 

200テイクを超えたあたりから芝居についていけない本社役者陣が外された。

真波1人をフレームの中央に据えた構図。

 

後に「坂田調」と呼ばれる特殊な映画文法の中で、「坂田といえばこの構図」と言われるほど印象的な「固定カメラによる縮尺を変えない役者正面ピン撮り」の原点はこの時に生まれた。

 

そしてやはり起こってしまった坂田と真波の衝突。

真波は指示には無い演技を混ぜた。

坂田は淡々と「指示通りの演技をしろ」と言うばかりで自分を曲げなかった。

 

機械的に「もう一度」としか言わなくなっていた坂田に我慢の限界が訪れ、

「何故役者が監督の指示に従わないのか!」

と声を荒げた。

 

「坂田先生は監督として良い仕事をしていらっしゃいます。私は役者として良い仕事をしたいだけです」

「俺は指示に従わない理由を訊いているんだ」

 

「観客は芸術を見に来るんじゃない。映画を見に来る。役者はそのために在る。坂田先生にはそこをご理解頂きたく申し上げます」

「映画が芸術であって何が悪いか!」

 

口論の末、真波は役を降ろされることになった。

降板が決まった真波の胸中には「それほどの才能を持ちながら中堅以下に甘んじるのは、その人間性のせいだ」という思いがあった。

真波は撮影所に帰る前に「次回作は大船撮影所で作ってみてはどうか」と坂田に告げるかどうか迷ったあげく、告げなかった。

 

坂田は以降、真波から一生涯嫌われ続けることになる。

そして、坂田はこの日の自分の態度を激しく悔いることになる。

 

 

 

後日、話し合いの結果を夜凪に報告しようとした由衣。

普通にしゃべって聞かせようとして、夜凪からNGが入った。

 

「お母さんの言葉は、ちゃんと北瀬香に成りきってしゃべって欲しいわ」

「わ、わかりました」

 

由衣の一人芝居が始まった。

 

「お母さんのような芯の通った女優さんになることが夢でした。今もその夢は変わりません。でも気持ちがしんどい自分がいます。お母さんは大河ような大きな役をやったことがないからです(←夜凪に、腹を割って、と言われたので、そのまま実行しています)」

「お母さんは女優の仕事が大好きなんです。好きじゃなきゃとうにやめてます」

 

「一度もやめようとは思わなかった?」

「あー、思わない、思わない」

 

「立派な役は欲しくないの?」

「欲しいに決まってるでしょう。欲しくなくなったら女優として終わりよ」

 

「ほら…、私はそれが苦しいと言ってるの」

「なにぃ? 由衣らしくない! 誰かに入れ知恵されたわね!」

 

「夜凪さんよっ!(←腹を割ってます)」

「夜凪さんはまだ高校生。女優の仕事が好きという気持ちなんて私の100分の1も無いっ!」

 

「そんなのわからないじゃない!」

「たしかにわからないが、お母さんは高校生の時には一生を女優を続けようと思っていた」

 

「それこそ夜凪さんもそうだと思うけど?」

「39歳になった今もお母さんのその気持ちは衰えてないのよ。年季が違うっ! そこよっ!」

 

「え、年季…。…年季?(←由衣は賢い)」

「まあ何時までスタート地点に立ってるんだ、何時になったら成功するんだ、って話だけど、成功してなくても幸せなくらいには女優業が好き」

 

「まあ、好きという思いは十分に伝わってきたけど…」

「あと由衣が大河を機に大成功したら、お引きでお母さんに良い仕事が来るんじゃないか、という本音は正直少しあるっ!」

 

「台無しだわ」

「台無しなもんですか。正直に言ってるの。どう? お母さんに気を遣わなくて済みそう?」

 

「まあ、凹む人じゃないのはわかった」

「よろしい。せっかくの大仕事、たくさん勉強してきなさい」

 

由衣が「こんな感じでした」と夜凪に伝えると、周囲から拍手が起こった。

いつの間にか集まっていたスタッフたちだった。

 

「似てた、似てた、北瀬さん」

 

「てか由衣ちゃん、お母さんの評価低いなあ。名脇役タイプって大抵ああいう人だよ」

 

「脇役で少しでも目立ちたいって過剰な演技する役者は使いたくないよね。北瀬さんタイプは理想だよ」

 

夜凪は由衣を抱き寄せ、耳元で、

「100分の1は当たってるかもしれない。私は好きというより楽しいタイプだわ」

小さく真面目な声でそう言った。

 

 

 

その日の夜のスタジオ大黒天。

夜凪から「由衣の一人芝居が素晴らしかった」と聞かされた黒山は、是非見てみたかった、と思っていた。

この夜は、北瀬母子が来る予定で、由衣にレッスンをつけることになっている。

 

(お願いして見せてもらおう)

 

一人芝居のクオリティによってはレッスンの内容を高度な物に変更してもいい、と黒山は考えていた。

 

               第56話「キネマのうた(4)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene179」となります。

雪の脚本内の薬師寺真波のキャラが、杉村春子と原節子を足して2で割った感じのまんまです。
実在しないからピンと来ませんが、本当に薬師寺真波のような女優がいたらまあ相当に凄いでしょう。
ここまで恰好よい女優は日本には実在しません。

しかし、そこはそれ、私の作品内の話なので、薬師寺真波には恰好よくなってもらいます。
そのように書かせていただきます。

当然、真美も恰好よく書くつもりなので、その衝突はドラマチックなことでしょう。
「キネマのうた」というタイトル。
うまくそのイメージに合わせていこうと思います。


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第57話 「キネマのうた(5)」

ある日、環は自宅にいた。

壁の掛け時計の音だけが室内に響いていた。

ソファーに座り、中空に目の焦点を合わせた環は、ひたすらにぼーっとしていた。

 

(晩年の真波って難しいよなあ。本当、すげえ難しい…)

 

メロンジュースが入ったコップのストローを、じゅーっと吸い上げ、「はーあぁああぁー」と奇声を発してみた。

 

「可笑しくもなし。女が1人…」

 

環は、「映画界一の実力者が実の娘の才能に嫉妬し、意地の張り方がわからない」という真波の心情の処理に困っていた。

 

…難しい!

 

OKテイクを貰った時も、「どうしても飲みたいワインがあるのに、買うお金もあるのに、生産数が少ないせいで入手出来ない悲しさ、ああロマネ・コンティ1990よ…」、という気持ちで演じたなんて誰にも言えない。

「日本の女優程度じゃ飲めねえか? どこかの国の王族にでもならなきゃ飲めないって話かあ?」

由衣を「あれはロマネ・コンティ1990」だと思いこむと妙にしっくりきた。

自分でも、それがどういう気持ちなのかを簡単には説明出来ない。

とにかく、難しい…。

 

(晩年の真波の撮影が本格的に始まるのはずっと先だ。それまでに何とかしよう)

 

気持ちを切り替えて、立ち上げることになるかどうか判らない自分の劇団について考えてみた。

 

環蓮の劇団で「銀河鉄道の夜」の公演が出来るのか、とわくわくしながら話を聞いていたら、阿良也が厄介なことを言い出した。

阿良也は「やるなら幕構成を増やして、あの後までやりたい」という願望を述べ、その願望に憑りつかれ、譲らなくなってしまった。

 

「誰か、あの続きを書け」

 

阿良也のその言葉に団員たちは「無理です」と即答した。

宮沢賢治は昔の人だし、「銀河鉄道の夜」はあれで終わりだと説明しても、阿良也は「あの続きが気になる。昔から気になってた」と駄々をこねるばかり。

 

環はソファーから立ち上がり、パソコンの前に座った。

ワープロを起動し、「ジョバンニは家に帰った。そして」と文字を入力した。

そこで環の手は止まった。

 

(書けるわけねえじゃん。宮沢賢治の霊を降霊させるしかないだろ、こんなの)

 

環はスタジオ大黒天に出掛けることにした。

いろいろ気が紛れる場所として気に入っていた。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第5章の抜粋。

 

真波にとって、GHQ支配下にある日本映画の在り方は歓迎すべき内容だった。

「国家主義や愛国主義、自殺や仇討ち、残忍な暴力」を禁じるというGHQの方針は、事実上の「時代劇」の禁止だった。GHQは「民主主義礼賛」を先導した。

 

追い風だった。

 

真波が早くから予想していた「未来の日本映画界」を、アメリカが強制的にもたらしてくれた。

真波にとって、アメリカの存在もハリウッド映画もどうでも良かった。

重要なのは、民主主義礼賛の名のもとに製作された映画が大衆に支持されている「事実」だった。

支持の勢いが想像以上に猛烈であることも真波を歓喜させた。

 

(強制的とはいえ、見せられて理解しただろう、大衆諸氏よ。あなた方が求めていた映画はこれではないか?)

 

アメリカからの物資供給が再開され、日本映画界は大量の作品を製作し始めた。

才能ある監督、才能ある役者がどんどん頭角を現していく。

真波は、高鳴る鼓動を抑えつけるのに苦労した。

すぐにでも映画の世界に飛び込んでしまいたい気持ちだった。

 

だが、見ておかねばならない。

 

焼け野原から驚異的な速さで日本を立て直そうとしている人々の姿を。

歯を食い縛り復興作業に尽力するその表情を。

1つ1つの歩みに対し、心から嬉しそうに見せる笑顔を。

 

昭和25年、真波22歳。

ゆっくりと静かに、真波は活動を再開した。

 

宝仙通という映画監督が目立って活躍していた。

伝統芸能と映像作品の相性の悪さに気づいた名優が何人も誕生していた。

坂田孝志の作品に純然なアートを求める観客が生まれていた。

 

追い風の中、真波は「エネルギーの塊を飲み込み、あちこちに角を伸ばしたがっている化物」のような日本映画業界の異形を見つめた。

見つめる真波の瞳には、嬉しさと興奮に漲る光が宿っていた。

 

(さあ、何処から始めようか)

 

初手は「園風座」の設立だった。

「えん」には「エンターテインメント」そして「エンジョイ」の意味を込めた。

「ふう」には「ヒューマン」の意味を込めた。

真波が初代座長を務め、大船撮影所の仲間が第1期生となる実力派集団だ。

大船撮影所としては看板が1つ増えた形となり、歓迎すべき動きだった。

 

多くの依頼が寄せられた。

映画監督の品定めでもしようかと考えていた真波にとっては嬉しい誤算だった。

一流どころも二流どころも押し寄せるように依頼を持ってくる。

国内製作本数も映画人口も右肩上がり。

なにもかも右肩上がり。

大船撮影所で作る映画はもちろん、他所と掛け持ちをしなければならないほど園風座のメンバーは多忙となった。

作品を厳選してもなお、そのようになるという隆盛ぶりだった。

 

休日など無かった。

映画の仕事と食事と睡眠だけで時間が足りなくなる日々が続いた。

真波は、豆、魚、鶏肉を中心に、大量の白米を供した豪勢な食事を用意した。

座員の健康と体力を気遣う食事だ。

 

園風座の評判は良く、特に座長の真波の芝居の評価は高かった。

座員として入門を志願してくる役者も多くいた。

真波が用意した厳しい試験を突破して入門する役者たちが増え、座の規模は大きくなっていった。

真波は「第1期生」以外に序列をつけなかった。

「第1期生」は名誉称号であり、古くから付き合ってくれた仲間への感謝の形だった。

園風座は実力主義のもとに自由競争の原理で動いていた。

 

 

 

スタジオ大黒天。

環はPC室の椅子に座り、暇を持て余していた。

雪は多忙そうに作業をしていた。

黒山は、何をしているかは判らないがパソコンをいじっていた。

夜凪は、なんと学校の勉強をしていた。

 

(景ちゃん、わざわざPC室なんかで勉強しなくていいだろうに。もっと快適な場所でやればいいのに。でもなんか理由があってここでやってるんだろうなあ)

 

(チビッ子は昼寝してるし…。だーれも私を構ってくれないなあ…)

 

「景ちゃん、勉強なんかしてると馬鹿になるよ」

「……。うちにパソコンが無いので、パソコンが必要な部分があるのでここで勉強です」

 

「景ちゃん、今度カムパネルラやってよ。私、ジョバンニやるー」

「いいですよ」

 

「それとも景ちゃんがジョバンニやる? 私がカムパネルラやるから(なんかジョバンニだと鬼のしごきが来ないし…)」

「どっちでもいいですよ」

 

静寂が訪れた。

しばらく経って黒山が口を開いた。

 

「どっちでもいいなんて軽々しく言うな」

「知ってますよ。ジョバンニは純真で、カムパネルラはエゴイストでしょ」

 

(あー、私、蚊帳の外だあ)

 

見てて恰好いいのはジョバンニだけど、難しいのはカムパネルラだよね。

エゴイストかあ。

まあ、カムパネルラは自分勝手だなあ、たしかに。

 

 

「墨字さん。けいちゃんに間違ったこと教えないでください!」

 

 

黙々と作業をしていた雪から鋭い声が飛んできた。

ここで環の天性の勘の良さが働いた。

環は何か収穫になるような話、その匂いを的確に嗅ぎつけた。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第5章の抜粋。

 

ある日、意外な人物が大船撮影所を訪れた。

坂田孝志だった。

4本の映画が人気作となり、坂田は一流半の地位にまで登ってきていた。

坂田は映画の企画の持ち込みという人気監督らしからぬ行動に出ていた。

持ち込まれたのは「都の哀歌」という映画の企画。

相変わらず、ただ自身の芸術を形にするためだけに練られた企画だった。

 

園風座の座員が集められ会議が行われた。

「都の哀歌」をどうするか?

 

坂田が提示してきた条件は以下のような物だった。

清楚な美貌を持つヒロイン「玲子」役に相応しい役者。

読み合わせへの不参加は厳禁。

他の映画との掛け持ちは厳禁。

アドリブは厳禁。

監督の指示に従わない芝居は厳禁。

必要な役者は薬師寺真波のみ。

 

この条件で坂田は「薬師寺真波さんに出演をお願いしたい」と口にした。

頭は下げず、直立のままのお願いだった。

座員たちは、真波が非礼・無礼に対して「どうでもいい」と考える人間だと知っていた。

つまり問題は、「都の哀歌」が面白いかどうか?

座長の不在が発生することと天秤をかけて釣り合うほどの価値があるか?

 

会議の結果、坂田の映画に真波が出演することに決まった。

 

「私が不在でもみんなが園風座の名を高めてくれると信じている!」

 

決め手となったのは、「都の哀歌」の内容が大衆の好みに「偶然にも合致している」と座員たちが判断したこと。

真波個人としては、17歳の時に実現しなかった「どれほどの名作になるか」という点に興味があった。

坂田の態度や提示された条件を見る限り、己のアート以外に興味はない、という人間性はあの時のままだ。

 

 

 

環はこっそりとPC室の隅っこに移動した。

息を殺して、どうせ「空気扱い」されていたこの部屋で本物の「空気」になるべく気配を消した。

そして、メモ帳を取り出しペンを構えた。

 

「カムパネルラはエゴイストではありません」

「エゴイストだろう。残される者の気持ちを考えてない」

 

「違います。それに、ジョバンニとカムパネルラは根っこは同じです」

「ジョバンニとカムパネルラは全然違うと思うわ」

 

(景ちゃん、グッジョブ!)

 

雪の解説が始まった。

「銀河鉄道の夜」には、「自分の幸い」「みんなの幸い」「本当の幸い」という3つの「幸い」が出てくる。

「自分の幸い」についてジョバンニとカムパネルラは考えが一致している。

それは自己犠牲の精神。

自己犠牲の精神を発揮することに自分たちは幸せを感じる。そして、自己犠牲の精神は「皆の幸い」に向けられるべきではないか、と二人は楽しく議論しつつおしゃべりしている。

 

「以上」

 

雪はそう言って作業に戻ってしまった。

環は(ええ、もう終わり?)と残念に思った。

 

「今の解説では納得できん。俺が嘘を教えたとは聞き捨てならない」

 

(墨字くん、ナイス!)

 

雪の解説再開。

巌が作ったジョバンニは偽物のジョバンニだ。

宮沢賢治が作ったジョバンニの人物像とは別人だ。

巌はそれを知っていたから、「蠍の火」をごっそり削った。

それは、作中の最高の名台詞である「みんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」をジョバンニに言わせないため。

 

「それ、カムパネルラの台詞じゃないの?」

「ジョバンニの台詞です」

 

「ジョバンニはそんなこと言わないわ」

「いえ、ジョバンニの台詞です」

 

雪の解説再開。

「みんなの幸い」が何であるかを知ることは大事だ。

自己犠牲の精神を向ける時に間違えないためにも。

でも、「本当の幸いとは何か?」について考えることは二人にとって、もっと大事なことだ。

「自分の幸い」と「みんなの幸い」は繋がっていて、結局は自己犠牲の精神が「自分の幸い」に回帰してしまう。

それでは何時までたっても「本当の幸い」が何なのかに辿り着けない。

 

「つまり銀河鉄道の夜の前半はカムパネルラによる問題提起、後半はジョバンニによる問題への回答という物語なんですよ。賢治は前半を書き終えたところで力尽きてしまいましたが…」

 

(こ、後半! つまり物語の続き!)

 

環は忙しくペンを動かし、懸命にメモを取る。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第5章の抜粋。

 

「都の哀歌」の撮影が始まった。

まず真波が驚かされたのは、坂田が集めてきたという3名の役者の実力の高さだった。

次に、坂田が使う「OKの1」「OKの2」という独特の判断基準だった。

 

撮影が進む中、真波は(この男、恐ろしく演技が上手い)と感心した柳田直人という50歳の俳優と頻繁に会話を交わした。

この作品で70代の老人「周一」を演じる柳田は「老人の動き」を徹底的に研究してきたと言った。

坂田の方針に対しては「自分を捨てて、機械のように演じている」と答えた。

柳田は「そうでもしないと喧嘩になっちゃうからね」と笑った。

真波は柳田から「今の演技はどのようにやったのか?」という質問をよく受けた。

坂田の要求に応えるためには必然的に大量の「武器」を投入させられる。

真波はそう答えた上で、武器の1つ1つを説明した。

ただし、特殊な身体の使い方を駆使する演技については「教えられない」と正直に言った。

 

映画「都の哀歌」のストーリーは以下のような物だ。

尾道に住む周一と千絵の老夫婦はお手伝いの玲子を連れて、東京への旅行に出る。

東京には息子や娘たちが住んでいて、老夫婦は会えるのを楽しみにしている。

しかし、それぞれに家族を持ち、東京で多忙な日々を過ごす息子や娘の家人たちは一堂に会することが出来ない。

日が限られた東京旅行。

ようやく全員が集合して始まったのは「遺産分配」の話だった。

それきり東京で息子や娘に会う機会はなく、失意のまま老夫婦は尾道へと帰った。

静かな尾道での生活がまた始まる。

そして旅行中ずっと老夫婦に言葉を掛け続けた玲子は、周一から銀時計を貰う。

 

真波は兎にも角にも難しい「玲子」という役に苦しんだ。

すべての事情を知っているが血縁者ではないという立場。

映画を見に来る観客に、出来事の傍観者として登場人物たちの内面を伝える役目。

 

この1本に真波は600以上の技法を使用した。

特殊な身体の使い方を駆使する演技も8つ投入した。

そこまでしなければ坂田の要求に応えられなかった。

玲子の挙動や台詞を通して観客に届ける「情報」が多過ぎた。

 

特に、物語の締めとなる銀時計を受け取るシーン。

玲子は、家の一軒も買えそうなそんな高価な物を貰う筋合いに無かった。

周一が家宝として、また夫婦の思い出の品として、大事にしていた銀時計。

 

真波は銀時計を受け取る場面を完成させるのに61の演技を組み合わせた。

時間にしてわずか11秒間の場面。

その11秒間に詰められている要素を真波が数えると、61という途方もない数字になってしまう。

それほどに複雑な場面。

 

このシーンの真波の撮影は、「OKの1」「OKの2」とテイク数が伸びていった。

 

(なんだOKの2とは? OKはOKではないのか。NGでないなら何故テイク数が伸びていく?)

 

この11秒間の撮影は「OKの23」で完了した。

さすがの真波も61の演技を制御するのに必死だった。

 

「都の哀歌」は興行的にも大成功を収め、坂田は一流の仲間入りを果たした。

また、役者正面ピン撮りが多用された「都の哀歌」はヨーロッパで最大級の評価を受け、坂田は日本国内より海外での評価が高い監督となった。

ヨーロッパの多くの映画監督が「都の哀歌」に影響され、オマージュ作品を製作した。

 

坂田は再び大船撮影所を訪れた。

自分が集めてきた3名の役者、その4人目として真波を迎え入れたい、という依頼だった。

 

真波は坂田のことが嫌いだった。

 

真波は、自分が坂田の映画に出演する際の条件を提示した。

読み合わせへの不参加を認めること。

他の映画との掛け持ちを許可すること。

アドリブを許可すること。

 

坂田はこの条件を呑んだ。

「都の哀歌」の完成は、真波の力量による部分が大きいことを知っていたからだ。

 

 

 

雪の解説を聞いていた黒山が反撃に出た。

黒山は「自分はあの小説を何度も読んだ。今聞かされたようなことは既に知っている」と前置きし、それが何故「カムパネルラはエゴイストではない」という話になるのか、と主張した。

 

「だからカムパネルラは本当の幸いを探す志半ばで命を落としてしまったんですよ。そのバトンをジョバンニに託すんです。何がどうエゴイストなんですか?」

「正しけりゃ許されると思ってるから」

 

「許されるなんて思ってません。本心では許されないと思ってるからこそ、許してくれるだろうか、という台詞が出るんでしょう」

「……。まあ、いいか。過ぎた話だ。……。…そういや北瀬母子とビデオ30巻を見てきたぞ。娘のほうはすごい集中して見てたな」

 

 

「良くないっ!」

 

 

雪が「良くないっ!」と言うのとほぼ同時に、環は隅っこから飛び出して叫んでいた。

 

そして、環の思考はぐるぐると回転する。

こういう時、環の頭はいつだって高速回転してくれた。

 

「景ちゃんに嘘を教えたままでいいわけがない。墨字くんにとって、まあいいや、でも景ちゃんにとっては自分が演じた役だよ」

 

 

(慎重に。じっくりだ。続きの話に無理矢理持っていってはいけない。怪しまれずに、そーっと雪ちゃんをいざなう。景ちゃんの話から、ごく自然に話題を転がすんだ…)

 

 

「雪ちゃん、要点だけでも景ちゃんに教えてあげなよ」

「そうですね。ではなるべく簡潔に」

 

「墨字くんは話を逸らそうとしたくらいだから納得してないんだ。後で多分、景ちゃんに、俺が正しい、とか言うよ」

「わかりました。では要点を丁寧に説明します」

 

雪の解説再開。

銀河鉄道の夜の前半のポイントは、「みんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」というジョバンニの台詞。

これがトリガーとなって、賢治が書けなかった後半のジョバンニの物語が始まる。

ジョバンニの物語の中で、ジョバンニの目から見たカムパネルラの人物像が浮かび上がる。

 

               第57話「キネマのうた(5)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene180」となります。

環の策士ぶりと雪の脚本の内容を合わせてみました。
まあ、だいぶスケールは違うし内容も違いますが。
脚本抜粋紹介では環が担当する真波のところまで進みました。

私が書くこの「セカンドステージ」では史実が盛り込まれますが、今回は特に多いですね。
なお、元の史実が何だったのかは知らなくていいかと思います。
映画オタクの私が趣味で放り込んでいるだけなので、本編を読むのになんの影響もありません。

銀河鉄道の夜については、夜凪に「カムパネルラはエゴイストだ」と誤解させておきたくないと思ったから入れました。
宮沢賢治が書いた「銀河鉄道の夜」は、ジョバンニとカムパネルラが「本当の幸い」について語り合う美しい物語です。

あと、園風座の座長の真波が恰好よくて気に入ってます。
自分が稼いできたお金を「座員の健康と体力」のために使うのも豪快で良いです。
戦争が終わり、映画界が動くと真波も動いてくれるので助かります。


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第58話 「キネマのうた(6)」

スタジオ大黒天。

雪は、「賢治が作った銀河鉄道の夜」と「巌が作った銀河鉄道の夜」の違いを強調した。

巌は、舞台演劇用に原作を大きく改変していた。

そして巌版「銀河鉄道の夜」は素晴らしい内容だった。

 

「どちらも素晴らしいんです。そして別物なんです」

「うん、そこまではなんとかわかった…」

 

巌は、原作の「ジョバンニとカムパネルラの根っこが同じ」という設定を変えた。

主役の二人にキャラクターの違いがあったほうが観客は楽しい。

そういう考えのもと、ジョバンニの人物像から「自己犠牲の精神」が大幅に削られた。

結果、「純真さの塊」といった見事な「ジョバンニ」が作られた。

 

一方、カムパネルラの人物像からは「本当の幸いを追求する者」という成分が減らされた。

自己の幸せばかりを追いかけていてはいけない、というカムパネルラの思いは無かったことにされた。

結果、「自己犠牲の精神」を最優先するというミステリアスな「カムパネルラ」が作られた。

 

 

「つまり、あのカムパネルラも偽物なのね…」

 

 

ふわふわした物をふわふわしたままにしておけず、はっきりした物として捉えたがる夜凪のこの姿勢に、雪は苦しんだ。

 

「偽物という言い方をやめて、巌先生流のカムパネルラ、と言いましょう」

「ジョバンニも?」

 

「偽物のジョバンニと言ったことは撤回します。どちらも本物です。賢治のジョバンニ、巌先生流のジョバンニという言い方でいきましょう」

 

環はこのやりとりを辛抱強く聞いていた。

焦ってはいけない。

このまま話が続けば、必ず「後半」の話題に発展するはず…。

 

「つまり、私が宮沢賢治の銀河鉄道の夜を読んで、私なりの解釈を賢治のジョバンニとカムパネルラに与えればいいんだわ」

「そう。それっ! さすが、けいちゃんは頭が良い。私が言ったことや墨字さんから聞いたことは参考意見でいいんです。けいちゃんがよほど変てこな解釈をするようなら指摘しますが、けいちゃんなら大丈夫です!」

 

そして、雪と夜凪は「良かった、良かった。解決、解決」とそれぞれの席に戻っていった。

 

「……。」

 

(良くねーよ…)

 

環は、「ここまでか…」と肩を落とした。

雪は解説のために「後半」に少し触れようとしていた。

だが、「前半」だけで人物の解釈の問題は解決してしまった。

今から蒸し返すのは不自然だし、多忙な雪の作業を邪魔することに繋がりかねない。

 

(誰か話を広げてくれ。誰でもいい…。今ので終わりでいいのか? まだ気になる部分があったりしないのか?)

 

「ジョバンニは最後、牧師として死ぬんですよ…」

 

他ならぬ雪の呟きだった。

 

(雪ちゃん!)

 

「なんだ、その突飛な展開は。牧師? なんでそうなる?」

 

(墨字くん!)

 

「うるさいわ。勉強に集中しづらいわ」

 

(……。景ちゃん…)

 

PC室内には一瞬の静寂が戻った。

この静寂があと数秒も続けば「ジ・エンド」だと環は思った。

 

環は祈った。

なんとか途切れないでくれ、と。

自分が何か「起爆剤」を投げれば、上手く再開させられるかもしれない。

思いつけ、思いついてくれ、私の頭。

何か効果的な起爆剤を…。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第6章の抜粋。

 

映画と伝統芸能の住み分けが完了してからしばらくの日々が過ぎた頃、日本の文化活動に対するGHQの制限が解除された。

検閲が無くなり、自由な内容で映画を作れるようになった。

時代劇や戦争映画も製作され始めた。

 

「都の哀歌」の大ヒット以降も、坂田の作品は好評だった。

後続の坂田の映画では、観客を楽しませられるかどうかは真波の芝居に依存する形になった。

坂田の後続作品は「都の哀歌」のように「たまたま大衆に受ける内容」にはなっておらず、アート路線を追求する物だったからだ。

芸術成分のみで構成された映画はやはり魅力に乏しく、真波は自身の判断でエンターテインメントの部分を補った。

 

また、真波は坂田作品に出演する際には「玲子」の役名で通した。

「玲子」の役名を固定させることは坂田の提案だった。

真波は同じ役名を続けて使うことに難色を示したが、坂田の「こだわり」に押し切られた。

 

真波にとって、宝仙通の映画に出演することは楽しい仕事だった。

 

宝仙は、エンターテインメントを前面に押し出すタイプの監督だ。

法外な費用が投入された宝仙作品は、物語のスケールも大きく、理想的なエンターテインメントと言える。

映画でなければ味わえない凄みと醍醐味が、見る者を陶酔させる。

登場人物の視点に巧妙なトリックを仕掛けた映画「天界の糸」で、ヴェネツィア国際映画祭のグランプリを獲得した宝仙という男。

 

宝仙こそ、映画の何たるかを知り尽くした監督だった。

 

宝仙は女優薬師寺真波の大ファンであり、ある日の現場で自分が用意した真波のプロマイド写真に本人の直筆サインを求めてきた。

真波は快く応じ、宝仙宛てのサインを書いた。

その光景を見ていた出演者やスタッフたちは、後日真波にサインをねだった。

多くのファンに囲まれてしまい、サインをねだられたことは何度もあった真波だが、現場の人間にねだられるのは珍しい体験だった。

 

 

 

そうか。ここは景ちゃんに話を振ればいいんだ。

会話を中断させた本人にしゃべらせれば、他の2人もしゃべりやすくなる。

そのパターンなら、静寂が挟まったほうがいいか?

長すぎると蒸し返した感じが強くなるし、短すぎると唐突感が強くなる。

よし、15秒だ。

15秒間、再開されなかったら私が景ちゃんに話掛ける。

理想は15秒の間に誰かがしゃべることだ。

 

…15秒が過ぎた。

 

誰もしゃべらなかった。

理想にはならなかったが、環は予定通り口を開いた。

 

「…景ちゃん」

「はい」

 

「……。牧師ってどうやったらなれるの? 勝手に名乗っていいの?」

「わかりませんね…」

 

「…そう。まあ、後で自分で調べるか」

「はい」

 

環、渾身の芝居。

今の流れで、雪が夜凪に教えようとしないはずがない。

 

環はもちろん正解を知っている。

牧師と勝手に名乗った者は多くいる。

中にはちゃんと教会の教師の資格を持つ者もいる。

だが、正式に「牧師」と呼ばれるのは、任命されて特定の教会に所属する者に限られる。

これは、そこそこの難問だ。

環は、ちょうど夜凪にわからないくらいの適度な難問をぶつけたわけだ。

 

「環さん。調べたら私にも教えてください(考えたことなかったです)」

 

環は、雪のこの言葉を聞いて小賢しく立ち回るのを諦めた。

日を改めたほうがいい、と判断した。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第6章の抜粋。

 

坂田は、不動の1位を走る宝仙の背中を追った。

ヴェネツィア国際映画祭から後、米国アカデミー賞、英国アカデミー賞、ベルリン国際映画祭と海外で高く評価され、日本国内の主要な賞を総なめにしていく宝仙。

 

宝仙の背中は遠かった。

 

ただ、「国内での評価は僅差だ」と坂田は感じていた。

そして、業界内での注目度は自分が上だと確信していた。

坂田のうるさすぎる注文に真波が次々と応えていくため、坂田の映画には「真波の技法」がみっしりと詰まっていた。

芸術にこだわる自分だからこそ真波の演技の真髄をこんなにも引っ張り出せていると信じていた。

以前、真波から指摘された「足りない一味」の重要性も理解していた。

 

自分が思い描く芸術を優先したい。

 

「足りない一味」に着手するのは、「芸術」をとことんやり切った後でいい。

坂田はそう考えていた。

 

真波は、坂田の映画で披露した演技の数々について方々で質問を受けた。

それらの質問に対しては、丁寧な口調で「教えられません」と答えていた。

真波が演技について教えるのは園風座の座員と坂田組の人間のみ。

自分の演技は、仲間たちと共有する貴重な財産だった。

 

 

 

「雪ちゃん。牧師になるとして、死ぬのはなんで?(死人が多いわ)」

「老衰ですよ。ジョバンニは天寿を全うするんです」

 

(景ちゃああんっ!)

 

「お爺さんのジョバンニは想像しにくいわ」

「大丈夫ですよ。最後の最後は少年に戻りますから…」

 

「どういうこと?」

「ジョバンニは教職者として生きる道を選びますが、それは答え探しです。もう一度あの銀河鉄道に乗る日が来ると確信してるんです」

 

「柊。それちょっと面白いな。聞かせろよ」

 

環は、そーっとPC室の隅っこへと移動する。

そしてメモを取る準備。

 

「だから、ラストは銀河鉄道の列車内でジョバンニはカムパネルラと再会するんですよ。他の結末なんて有り得ないでしょう」

 

「はしょりすぎだ」

 

「途中はどうなってるの?(ちゃんと聞きたいわ)」

 

(頑張れ! 頑張るのだ、二人とも!)

 

雪による「銀河鉄道の夜」の後半の推測。

ジョバンニはカムパネルラという親友を失ったことで、「自分の幸い」が大きく減じてしまった現実を知る。

そして、「自己犠牲の精神」が「自分の幸い」を満たす物であることにジョバンニはすがる。

すがる以外の選択肢が無かった。

カムパネルラの死は、すがらなければ自己を保てないほどの喪失だった。

ジョバンニは、教職者の道を歩み始めた。

心の中にはいつも「自分の幸いだけを考えていては、本当の幸いの意味に辿り着けない」というカムパネルラから託されたバトンがあった。

 

「まずは自分を救うための選択です。みんなの幸いのためになる行動をとることで自分の心の傷の治療をします」

 

「意外としっかりした出だしだな」

 

「そこからどうやってもう一度あの銀河鉄道に乗るの?」

 

ひっそりメモを取っていた環は、(そうだ。どうやって乗るんだ? 早く教えろ)と思っている自分に気づいた。

そしてそれは、雪が話す「銀河鉄道の夜の続き」が面白いことの証拠でもあった。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第6章の抜粋。

 

真波は、早川文男という脚本家志望の男に出会う。

早川は、自分のこの自信作を是非とも薬師寺真波に演じてもらいたい、と申し出た。

ただ、早川には業界に伝手らしきものを持っていなかった。

一ファンとしての立場から、真波のもとに原稿の紙束を持ち込んできた。

 

「テーマは人間の幸福」

「夫婦と家族の物語」

「倦怠期にあり離婚の危機を抱える家族なのに何故か食卓の光景の雰囲気が明るい」

「人間臭いユーモア」

「離婚問題に向き合おうとせず何のアクションも起こさない逃げ腰の夫婦」

「するりするりと離婚の危機を回避し、5年の歳月をかけて元鞘に収まる展開」

 

見る者は、夫婦の人間らしい弱さに、ハラハラさせられる。

夫も妻も、1人ずつ見れば魅力的な人間なので、この夫婦の幸福を応援したくなる気持ちが生まれる。

 

「面白い。話も深い。貴方は人の引き付け方をよく理解した上で脚本を書いていらっしゃる」

「ありがとうございます。お褒めの言葉、恐縮に存じます。ただこの物語の真価は共感を得られることで初めて発揮されるんです。その共感が難しい…」

 

「それで私の演技力に目をつけましたか。でも私だけではどうにも出来ない。作品の世界観を絶妙にコントロールする有能な演出家が不可欠です。もちろん5年の歳月に起こる出来事はきっちり配置しなければなりません。その上で、細かいコントロールを駆使するのはたしかに難しい」

「僕のような名も無い者の脚本では、坂田先生に断られるでしょうか?」

 

真波は1つの決断をする。

 

その決断が、坂田にとって悔やんでも悔やみきれない大きな打撃となる。

 

               第58話「キネマのうた(6)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene181」となります。

雪は真波の18歳から21歳の4年間を脚本から削除しました。
敗戦直後の「面白さの欠片もないエピソード」を入れるのが嫌だったこと。
真波を演じる役者が、夜凪担当から年数を空けずに突如として環担当に変わる不自然さが嫌だったこと。
雪にとって、「4年間の空白」を挟むことはその両方を解決する一石二鳥の選択でした。

なので環が担当する真波はこのように実に大人っぽい雰囲気に描かれています。
いろいろな方面に気が回る有能さも出ています。
とにかく自分の判断で、自分のためだけではなく多くの者にとって「良い方向」に物事を導こうとします。

恰好いいです。

銀河鉄道の夜のほうは、環の今後に影響しそうな話ですね。
なお、前回も今回も「環」と「雪が書いた脚本内の真波」をかなりリンクさせています。
起こっている出来事自体にはなんの関連性もありませんが。


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第59話 「キネマのうた(7)」

劇団天球。

環はいつまでも進まない「新劇団」の話を進展させるためにやってきた。

メモのコピーを全員に配って読ませた。

 

(これでどうだ!)

 

読み終えた劇団員たちから次々に言葉が発せられた。

 

「蠍の火! これ、入れちゃうの?」

 

「百ぺん灼いてもに、←トリガー ←トリガー ←トリガー、って3つも矢印が入ってるぞ(←環なりに、ココが重要、と強調したものです)」

 

「後半がスカスカだねえ。大雑把にしか書かれてない…」

 

皆の感想を聞いていた環は、

「私はこれを面白いと思った。阿良也君はどうだい?」

と、自信たっぷりに阿良也に訊いた。

 

「いいですね。ラストシーンが特にいい。環蓮一座の銀河鉄道の夜はこれでいきましょう」

「そうか、良かった(環蓮一座ってなんだよ。もっと恰好いい名前にするぞ、私は)」

 

「ジョバンニは俺がやります」

「阿良也君は演出家だね、今回は。ジョバンニをやるのは私」

 

「良かった。ずっと知りたかったんだ。あの後のこと…。ジョバンニは俺がやります」

「巌先生の跡を継いだんでしょ。演出家の経験を積もう」

 

「いや。この求道者のようなジョバンニに挑戦してみたい。俺がやります」

「我儘言うな。環蓮一座(?)は私の劇団だよ。主演は私だ! 君は演出家!」

 

天球メンバーは、今後は阿良也には役者兼演出家として頑張ってもらいたいと考えていた。

演出家の経験を積む、というのは大いに賛同したい意見だ。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第7章の抜粋。

 

土居敏夫という優秀な映画監督がいた。

彩方映画会社と契約しており、技巧派の監督として期待されていた。

3本の映画を作り、いずれもヒットしなかった。

 

土居は松菊映画会社の嘱託監督として契約したいと打診し、松菊から断られた過去を持っていた。

 

契約を断る際、松菊の社長は「坂田孝志は2人要らない」という痛烈な皮肉を土居に告げた。

松菊にとって坂田は最大戦力となる映画監督だ。

園風座のメンバーの高い演技力をきっちりと使いこなせるのは坂田だけだった。

園風座の長である薬師寺真波の実力を最大限にまで引き出せる監督は坂田だけだった。

 

土居には、園風座メンバーも真波も使いこなす自信があった。

だが、同じタイプの監督は2人要らないと言われてしまっては引き下がるしかなかった。

たしかによく似たタイプの監督だった。

さらに言えば、土居は自分が監督として目指すべき人物は坂田である、と考えていた。

 

彩方映画会社と契約して仕事をしても、そこには肝心の薬師寺真波と園風座がいなかった。

彩方にも魅力的な役者はたくさんいた。

演技派は少なく、個性派俳優として人柄や雰囲気で勝負するタイプの役者が多かった。

彩方が主軸としている方向性であり、土居の立ち位置は演技派俳優の育成の域に留まっていた。

 

そんな土居のもとに真波が訪ねてきた。

 

真波の話は、ありていに言えば「引き抜き」だった。

彩方との契約に対する違約金は全額自分が支払う。

そして大船撮影所と契約して欲しい。

そこまでするほど自分たちは土居の力を必要としている。

 

彩方の社長との交渉はすんなりと運んだ。

ただ、彩方は土居への違約金としてかなりの高額を提示した。

彩方にとっては、大した活躍を見せない土居をお払い箱にするのに抵抗はなかった。

最後の一儲けとして「特約事項」を強弁し、本来の違約金の倍額近くまで数字を膨らませた。

 

「吹っ掛けましたね」

 

真波は怒るでもなく淡々とそう言い、違約金を支払った。

彩方は、この先けっこうな期間に及ぶ「土居をめぐる争い」において劣勢に立たされることになる。

数度に渡って土居との再契約を申し出る彩方を、真波はすべて撥ねつけた。

真波の了承がないことには、大船撮影所としても土居の放出は困難だった。

 

大船撮影所と契約を交わした土居は、園風座の新作となる「食卓」の監督を任された。

さらに大船撮影所は、今後の早川脚本による園風座の出演作品のすべてに関し、監督を土居で固定する方針を明らかにした。

この事に対し、坂田は松菊本社社長を引き連れて抗議した。

 

しかし、真波は万事において筋を通していた。

 

早川が脚本を担当する映画の監督は土居が務めることを、事前に坂田は了承していた。

坂田にすれば、早川なんて男はその名を聞いたことすらなく、土居については自分の「二番煎じ」と揶揄される監督という認識だった。

わざわざ自分の了解を得る必要のない話であり、強いて言うなら世間で比較対象の名に挙がる土居を使うことへの配慮と解釈した。

松菊本社には、大船撮影所の今後の予定について「園風座をメインに映画を製作する」と伝えてあった。

松菊本社にすれば、「そんなの例年のことだろう」という話であり、わざわざ親会社に報告してくる意図がわからないような当たり前の「予定」だった。

映画製作に関する権利は大船撮影所が所持しており、親会社と言えど口出しする権限は無かった。

 

抗議をするまでに発展した最大の理由は、「食卓」の内容にあった。

真波は、「今後はずっと土居で映画を撮る」等とは一言も言っていない。

だが、そうなる未来が目に見えていた。

「食卓」の内容には、それほどの力を感じさせる雰囲気があった。

間違いなく「傑作」となる内容だった。

 

 

 

なんとか阿良也が演出家で、主演は環という方向に話は落ち着いた。

天球にすれば、環の劇団の話は相当にありがたく、低調から脱するきっかけとなる希望の光であり、 阿良也の我儘が通るほうが変だった。

 

問題は環のメモだ。

大まかな内容のみで、具体的な出来事が書かれていない。

何より、台本を作る上でもっとも重要な要素となる演者の「台詞」の記述が無い。

 

七生が、

「環さん。これ、台詞等の細かい構想は出来てるんですか?」

と、当然の質問を投げてきた。

 

「これはっ! ……。実は、私が書いた物ではない…」

「いや、それはいいんですけど、書いた人は細かい部分まで作成済みなのか訊いてるんです」

 

「他の作家に頼むのは無理だし。著作権があるからね。そもそもこんなのは信頼出来る人以外に見せられないし…。盗まれるんだよ、こういう良企画は…」

「……? 書いた人がどこまで進めてくれているのかを訊いてるんですよ」

 

 

「これは、私がこっそり無断でパクった。書いた人の了承は得ていない…」

 

 

天球メンバーから「そういうのがいちばん駄目なんだ。それくらい理解してるだろ!」と一斉に責められる環。

その言葉の雨の勢いに環は打ちのめされる。

 

「違う! その人は友人なんだ。気安い関係なんだ。ちょっと順番が前後しただけで…」

「だったら順番を正してきてください。手続きは大事です」

 

「うん、まあ。そのうち、そういう手続きが必要になるんだろうなあ、とは思ったりしたよ?」

「いや、なんで、そのうち、なんですか。歯切れの悪い言い方しますね、環さん」

 

環は考える。

雪は「キネマのうた」を抱えていて、傍から見ててわかるくらい多忙だ。

友人のノリで「雪ちゃん。銀河鉄道の夜の台本書いて」等とお願いしたら、すごく嫌な顔をされそうだ(当然、無理です、と断られるだろうし)。

床に手を突いて真剣に「雪先生。どうか台本を書いてください。お願いします」と言ったところで、「多忙」を理由に引き受けてもらえないことに変わりはない。

 

(雪ちゃんが多忙じゃなくなればいいんだ)

 

環の頭脳は、そんな根本的根源的な解決法を探り当てた。

つまり、自分が雪の負担を減らせばいい。

主演である自分が「ワンテイクの環」と呼ばれるほどの活躍を見せて、スムーズに撮影を進行させればいい。

あるいは「監督要らずの環」でもいい。

総撮影時間に占める割合がいちばん大きい自分がさくさくOKテイクを連発すれば、制作陣の負担は驚くほど軽くなる。

 

(晩年の真波、難しいいぃ、とか言ってる場合じゃない)

 

私は環蓮だ。

やる時はやる女だ。

 

 

「みんな! 朗報を待て!」

 

 

環は活力に満ちていた。

「キネマのうた」の真波の芝居を完璧な物に仕上げる。

NGなんて出させやしない。

環は「さっそく取り掛かる」と言葉を残し、劇団天球の稽古場を後にした。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第7章の抜粋。

 

土居を監督に据えての「食卓」の撮影が始まった。

薬師寺真波と園風座を自分の映画に使える。

土居にとっては夢のような環境だった。

この映画が興行的な成功を収めたら違約金は真波に返そう、と土居は考えていた。

 

真波は違約金を返してもらおうなどとは考えていなかった。

自分が勝手に支払った金だ。

代わりに、土居と早川のコンビで良作を連発してもらう腹積もりだった。

日本の映画業界が盛り上がるためには、優秀な監督や優良な映画は幾らあっても困らない。

 

真波は、常に映画業界全体を見据えていた。

 

そのために自分が出来ることなら可能な限り尽力しようと心に決めていた。

もともと金銭に執着しない真波にとって、損得の基準は業界の発展に向けられるべき物だった。

 

撮影は難航した。

監督の指示を平気で無視する真波の芝居は、土居にとって許しがたい代物だった。

これが自分が使いたがっていた薬師寺真波か?

ただの我が強い女優ではないか。

そんな思いから、土居と真波は衝突を繰り返した。

 

土居は、坂田に追いつき追い抜こうという野心を抱いていた。

自分と坂田の差は環境だけだ、とずっと思っていた。

それが理想の環境を手にしたはずなのに上手く事が運ばない。

土居はついに怒りの言葉を真波にぶつけた。

 

「役者が監督の指示に従わなければ映画が作れないではないか!」

 

真波はその言葉に対し「申し訳ありません」と丁寧に詫びた。

そして、詫びたばかりで恐縮ですが、と言葉を続けた。

 

「宝仙先生の指示になら私は従います。失礼ですが、土居先生の指示は従えない物が多い。理由がお分かりですか?」

 

土居は、これは「監督としての格」といったくだらない話ではないと感じた。

だが、訊かれた理由に対する正答らしいものに思い当たらない。

 

「良ければ、お話を詳しく伺いたい」

 

真波は、宝仙と土居の違い、さらに宝仙と坂田の違いに言及した。

宝仙は、映画をアートではなくエンターテインメントとして解釈していること。

そのために必要な勉強量が半端ではないこと。

常に周囲に目を配り、周囲を正確に把握していること。

 

その例として真波は話を1つ土居に披露した。

この「食卓」と掛け持ちで真波が出演している宝仙作品での現場での話だ。

 

宝仙は現場に300本の大根を持ち込んだ。

見せ場だから多めに用意した、と宝仙は言った。

その大根が何のためのものかを真波は知っていた。

自分が演じる人物が4人の女性から次々に大根で頭を殴られるシーンがある。

大根は勢いよくパカンと割れ、真波はコミカルなリアクションで4回の殴打を受ける。

ただ、何故300本も必要なのか、についてはまるで理由に見当がつかなかった。

 

撮影が始まると、4人の女性は誰も真波の頭を大根で殴ることが出来なかった。

4人とも真波より年上で、女優としても一流の人たちだ。

遠慮なく思いきり殴ってください、と真波がお願いしても上手くいかなかった。

殴っても大根の割れ方が中途半端。

そもそも割れない場合すら発生する。

 

4人の女優は真波からあまりに多くのことを学んでしまっていた。

直接教わったわけではない。

真波が出演する映画を何度も見て、研究して、学んだ。

そして、真波の演技力に、女優としての考え方と姿勢に、その生き様に惚れこんでしまった。

 

4人は既婚者で、子供もいた。

 

真波の「片手間で女優は出来ない」という考え方に共鳴し、家庭と両立させている自分たちの甘さを嘆いていた。

 

真波は、これは宝仙によるイタズラか何かだと思い、皆に問い詰めたがそんな事実は無かった。

本当に殴れない状況だった。

必死になった真波は大根の1本で宝仙の頭を思いきり殴った。

世界の巨人である宝仙を自分のような小娘が大根で殴った、どうだ、何てことはないだろう、と説得した。

だが、4人にとっては「真波なら宝仙を大根で殴っても許される」と感想を述べた。

 

結局、OKテイクとなった時、300本あった大根は残り6本となっていた。

宝仙は「200本くらいで何とかなる」と考えていたので、多めの「保険」が功を奏した。

 

この話を聞かされた土居は困惑した。

宝仙が役者陣の気持ちまで把握した上で現場を仕切っていることは理解できた。

だから、なんだというのか。

 

「食卓」の撮影が再開された。

真波の話を聞かされたばかりの土居だったが、指示を無視して余計なアクションを混ぜる芝居にカットの声を掛けた。

 

「まだ理解出来ませんか?」

「理解できない。そのような妙な動きを入れられると画面が濁る」

 

「このほうが観客が楽しめるからです。映画を芸術だと考えるのはおやめなさい」

「それでは私が監督として表現したい物を殺すことになる」

 

「では芸術ではなく総合芸術だと考えると良い。芸術要素を入れる余地は幾らでもある。ただ役者は見る者を楽しませるためだけに存在する。そのことをよく理解した上で作品を仕上げてください」

「役者は見る者を楽しませるためだけに存在する、というのは貴女の理屈だ。私は自分の映画に不純物を混ぜたくない。役者は映画を構成するピースであるべきだ。そのために監督の指示に従うべきだ」

 

「それで観客が楽しめなくても、私に指示に従え、と?」

「そうだ。役者はそうあるべきだ」

 

 

 

「見る者を楽しませなくてなにが役者かっ!」

 

 

 

土居はこの言葉に女優薬師寺真波の信念を見る。

そして「食卓」という作品の解釈を根底から見直すことを決意する。

 

 

 

「キネマのうた」スタジオ撮影現場。

3話目の撮影が本格的に始まり、夜凪は苦境に立たされていた。

 

ラブストーリーに関わる部分で、芝居の出来が一段落ちてしまう。

 

必然、テイク数も伸びていく。

雪とともにスタジオ大黒天で繰り返した練習のおかげで何とか凌げてはいる。

だが、やはり芝居の質を押し上げたい。

 

(もっと上手く演じたい!)

 

上手く演じられるようになったら「撮り直し」のお願いをしてみよう、と夜凪は考える。

 

               第59話「キネマのうた(7)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene182」となります。

黒澤明が用意した大根300本はその数でも足りませんでした。
他の女優はどうしても杉村春子を大根で殴ることが出来ない。
300本を使い切った後、近所の畑を訪ねて回り、泥付きの大根で何とか凌いだそうです。

環は、やる気に火がついたようですね。
もう大丈夫でしょう。
ただ、ずっと感じていたのですが環って風船みたいな人なんですよ。
それでいて選択は間違えない。
よほど強力な「運命を司る星」のもとに生まれついたんでしょう。
羨ましい…。

夜凪は苦戦中です。
可愛くかっこいい景ちゃんをちゃんと復活させる予定なので、しばしお待ちを。


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第60話 「キネマのうた(8)」

 

夜凪の自宅、深夜。

雪から借りた3冊を繰り返し繰り返し読む夜凪。

 

この本が恋愛映画やドラマと違うところは顔が見えない点だ。

良いところ、と言い換えてもいい。

顔が見えている創作物から感情を取り込む時に、女性の顔も男性の顔も一緒に取り込んでしまう。

撮影で演じる際に「あの女性が好きな人とは違う相手だ」という事態になる。

 

千世子を思い浮かべてOKテイクになったのは、あれが自分の感情だからだ。

 

たとえ恋愛感情ではなくても、自分の感情というのはそれだけで威力が高い。

つまり、現実に自分が恋愛を経験してしまうのがいちばん良い。

真波が恋愛未経験という部分は問題ない。

そんなものは恋愛を知らない頃の自分を思い出せばいいだけだ。

 

…だが、相手がいない。

 

恋愛というのは、両想いにせよ片想いにせよ1人では出来ない。

 

「難しいわ…」

 

そう声に出してみた夜凪だが、何が難しいのかすら分からない。

夜凪は、自分を「恋愛音痴」だとは思っていない。

自身の思考回路の中に、恋愛を担当するパーツが見当たらないだけだ。

幼い弟と妹を養ってきた自分にとって、「恋愛」という現象は自分とは無関係な世界で起こることだった。

 

(「自分が恋愛をする」という感覚を知らないだけであって、恋愛感情が理解出来ない訳じゃない)

 

実際、自分は恋愛映画に感情移入して涙を流してしまうことがある。

ただし、それはどこまでいっても「他人の感情」だ。

 

…そして、この3冊。

 

この心を引っかいてくる爪のような物も他人の感情だ。

この本を書いた人の感情。

物語も無い。この女性の顔も見えない。相手の男性の顔も見えない。

ひたすら剥き出しの「気持ち」をぶつけてくるだけのこの3冊。

短歌の力。

良い短歌は、予想以上に心に響く。

 

(小説を読んでみよう…)

 

夜凪は、これまでずっと「小説」という存在を遠ざけてきた。

物語があって、出来事に因果があって、登場人物の背景が書いてあって、それでいて登場人物の顔は見えない。

…それが、小説。

 

翌日、夜凪は立ち読み自由を謳っている全国チェーンの古本屋に出向いた。

恋愛小説コーナーに置いてある作品を手に取り、数冊に目を通した。

 

(どれもこれも、恐ろしいほどつまらない!)

 

何故主人公が「自分はこういう人間ですよ」という自己紹介のような説明を語るのか。

何故相手となる人物は、あざとい「魅力」を主人公に見せつけてくるのか。

内容も設定も薄っぺらい。

あの3冊の短歌にあったような強い「力」が、欠片も無い。

 

(昔のエライ作家さんが書いた小説ならもっとちゃんとしているかもしれない)

 

国語の教科書に名前が出てくるような作家の本を手に取って読んでみた。

薄っぺらくもなく、くだらなくもない。

でも、恋愛小説じゃない…。

文学の上に「恋愛」が風味付けとして乗っているだけで、恋愛が主体じゃない。

 

そしてやはり、あの3冊の短歌にあったような「力」が無い。

 

夜凪は、ここまですべての小説を3分の1も読み進めないうちに、本棚に戻していた。

もっと読みたいという気持ちが生まれてくれない。

 

そして、ある1冊の小説にぐいぐいと引き込まれ、気づくと半分近くまで読み進めていた。

値段を確認すると、なんと100円(安い!)。

 

「ルイ、レイ、おうちに帰りましょう」

 

この二人には古本屋は退屈な場所だったらしく、二人ともホッとした表情を見せた。

夜凪が100円で買った小説は「春琴抄」。

最後まで読もうと思えた唯一の本。

 

帰宅し、寝転がって「春琴抄」を読み終えた夜凪は、固まって動けなくなってしまった。

仕方がないので、もう一度「春琴抄」を最初から読んでみた。

二度目の読了後でも固まって動けなくなったので、夜凪は三度目の読書を開始した。

 

(どうしよう。誰かに話したくてたまらないわ。この気持ち…)

 

三度目を読み終えた夜凪はそんなふうに思った。

 

あの小説を読んでいそうな人…、大人の人じゃないと多分読んでない。

夜凪は環に電話を掛けてみたが、「読んでない」という返事だった。

 

そうだ。雪ちゃんなら…。

 

(……。あぃ…)

「……。(ピッ)」(←無言で電話を切りました)

 

雪ちゃん、寝てた。起こしちゃった。ごめんなさい…。

 

そうだ。あの人なら起きてるし、あの小説も多分読んでる!

 

(はい)

「アリサさん。夜凪です。アリサさんは春琴抄って読みました?」

 

(読んだわよ)

「ど、どう思われましたか?」

 

(胸にずーんと来たわね。かなりショックを受けたのを覚えてるわ)

「そう。そうなんですよ。私もずーんと来たんです!」

 

(景…)

「は、はい!」

 

(読書感想会をするつもりなら、私にはそんな時間は無いわよ)

「ち、違います。ずーん、が知りたかったんです。言葉で表すなら、ずーん、だなあ、と。答えてくれてありがとうございます。お手数をお掛けしました」

 

夜凪は礼を述べて電話を切った。

寝てはいなくても、アリサも雪と同じく多忙な人間だ。

 

高校の国語教師は、学校が夏休みだから駄目。

天球メンバーは若いから駄目。

黒山は「良かれと思ってあえて嘘を教えるタイプ」だから駄目。

 

結局、時間の経過に解決を委ねるしかなかった。

この心の中のぐるぐるが治まってくれるのを待つしかないか…、と夜凪は思った。

 

 

 

環は「キネマのうた」の台本を一から見直していた。

丁寧に、慎重に、様々な角度から1つ1つの演技を見つめ直していた。

途中、夜凪から「春琴抄を読んだことがあるか?」という電話が掛かってきた。

夜凪のテンションから察するに、よほどインパクトのある小説なのだろう。

 

(なおさら今は読めないなあ。後で必ず読んでみるから。今は許せ、景ちゃん)

 

環が担当する真波には恰好いいシーンが多い。

はっきりと、ここが見せ場の1つ、と判る場面がいくつもある。

オンエアーでは、音楽や演出の効果も付けられて盛り上がることになるだろう。

 

(だが、私、女優環蓮が勝負をかけるべきシーンはここだっ!)

 

38話目の真波が頬を赤らめるシーン。

大仰な劇伴もなく、さらりと流されることになる何ということのない1コマ。

 

(真波が頬を赤らめるシーンなんて他にもたくさんある。でもそれらは劇中劇での芝居であり、プライベートで真波が頬を赤らめるのは唯一この箇所しかない)

 

劇中劇での表現とは別物にしなければならない。

台本には書かれていないが、ここはそうするべきだ。

 

…環のこの判断は正しい。

 

この4秒間の芝居に、どれだけの時間と工夫を注ぎ込んでも惜しくない。

 

特別な1コマを見抜く眼力、そこに多くの労力を割こうとする決断力と覚悟。

環の役者としての実力の高さを裏付ける非凡な解釈と言える。

 

(普通ならさらりと流されるであろう4秒間を、視聴者の心を鷲掴みにする4秒間へと変えてみせるっ!)

 

その後も環の作業は続く。

自分が演じるすべての場面について、上乗せ出来る物があれば可能なだけ上乗せしよう、と台本の余白に文字を書き加えていく。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第8章の抜粋。

 

土居は、園風座の話し合いの場に顔を出すようになる。

座員たちは多くの意見を交換する。議論する。

 

この日は、座員の1人が「見てきたばかりの歌舞伎の新作はこんな感じだった。あの素晴らしさを映像に活かすにはどうすればよいか」というお題を提示した。

土居は、新派の先鋭である園風座が歌舞伎を否定していない事実に驚かされた。

他にも、「映像論」「演技論」「芝居論」等の高度な会話が当たり前のように飛び交う。

役者とは、かくも深い考えと覚悟をもって「芝居」に取り組む人種だ、と土居は思い知らされた。

 

土居は思う。

自分の芸術をただ追いかけるより、役者たちの底力を借りたほうが映画は良くなる。

…明白だ。

自分が得意とするバランス感覚や構成力は、細部に渡り役者の力を引き上げる方向にも使える。

だからこそ「自分の力が必要だ」と大船撮影所に自分は連れてこられた。

 

…真波が立ち上がり、「はい、皆様」と演説の準備を始めた。

 

「いつも言ってるように、私は宝仙先生が理想の映画監督だと思っています」

 

座員は静かに聞いている。

真波は言葉を続ける。

 

「海外で大きな賞をいくつも獲り、評価も高く、日本国内の賞は例年総なめ。宝仙先生は自他ともに認める飛び抜けた存在でしょう」

 

真波は、やや寂しそうな声音で、

「だが、それでいいのか? いいはずがない…」

と口にし、そして次に力強く大きく声を張った。

 

 

「今年こそ、園風座が宝仙の首を獲るっ!」

 

 

座員からは拍手とともに「よっ、座長!」といった声があがった。

演説を終えた真波はゆっくりと土居のほうへ歩いてきた。

 

「今年の一番を獲る映画は食卓です。そのためには土居先生のお力が必要です」

「わ、私に出来ることなら喜んで力を貸したい!」

 

「宜しくお願い致します。我々も目一杯力を尽くします」

「はいっ! はい…」

 

土居は泣きそうになるのを堪えながら懸命に返事をした。

 

現場では「食卓」の撮影が再開された。

もちろん一からの撮り直しだった。

撮影の進行には独特のスタイルが採用された。

監督はもちろん、役者も、カメラマンも、補助スタッフも、自由に発言して撮影を中断させても構わない、という風変わりな方式だった。

 

真波からは全方位に声が飛んだ。

他の役者やカメラマンも遠慮なく声を上げて撮影を中断させた。

この一丸となった空気の中で土居が出来ることは何か?

決まっている。

必要な情報を必要な場所に必要な分量だけ正確に配置する技巧の手腕を揮うことだ。

土居も遠慮なく大きな声を出した。

 

「薬師寺! つまらなさそうな表情で目だけは希望に光らせるんだ。空気を明るくするくらい強く!」

「はいっ!」

 

土居は、我ながら難しすぎる注文だと思った。

だが真波なら演じ切ってくれると信じた。

 

土居は、当初「食卓」を「離婚の危機にある夫婦の悲哀の物語」に仕上げるつもりでいた。

だが、自分以外はこれが「コミカルな希望の物語」だと知っていた。

真波と何度も仕事をしている坂田もそのことに気づいていた。

だからこそ抗議をするほどに慌てた。

 

(坂田先生が選ばれなかった理由は、おそらく融通の利かなさが理由だろう)

 

「食卓」はエンターテインメントの結晶のような映画だ。

ただ、背景のスケールの小ささと動きの少なさを抱える内容であるため、細部で勝負するしかない。

細部を精緻にコントロールすることは自分の十八番だ。

この活力溢れる現場で、この素晴らしい作品の完成に向けて、自分は十分な戦力となっている。

 

 

 

「キネマのうた」のスタジオ撮影現場。

夜凪は3話目の撮影に臨んでいた。

 

「春琴抄」のぐるぐるは時間をかけて沈静化するまで待たねばならなかった。

そして夜凪は、短歌から受ける印象が変わってしまったことに気づいた。

心を引っかかれる感覚が強くなった。

 

感覚の正体は「恋に恋する感覚」「恋をしてみたいという願望」から来る「もどかしさ」とでも言えばいいのだろうか?

 

春琴と佐助の間には本物の愛があった。

恋に恋するといった軽い物ではなく、狂おしいほどに深い本物の愛情だ。

 

春琴の顔も佐助の顔も夜凪は知らない。

短歌において剥き出しの気持ちをぶつける女性の顔もぶつけられる男性の顔も知らない。

 

短歌に散りばめられた言葉の欠片は、本物の恋愛感情から生まれた物だ。

 

…たんなる言葉の欠片であることがポイントだ。

 

自分は春琴と佐助の愛から、ずーんと心を圧し潰すほどのインパクトを感じた。

その「ずーん」を、言葉の欠片に結び付けたい自分がいる。

結び付けることで、明確な言葉として「ずーんと来る愛」を綴ってほしいと願う自分がいる。

 

だが言葉にはなってくれない。

もどかしい。

願う気持ちの強さだけがいたずらに膨らんでしまい、どうにも出来ない。

 

夜凪は、自分に恋愛の経験がないから「恋に恋する感覚」までしか届かないのだろう、と考えた。

それにしても、身がふるえるほどの感覚の強さよ…。

恋がしたいという想いは、こんなにも心を揺らす物…。

 

この日の3話目の撮影において、夜凪は「抑えつけないと飛び出していきそうな感情」を抱えながら演じた。

表情に出してはいけない場面になると、難しさは跳ね上がった。

滲み出てしまう…、と必死に感情を殺さなければならなかった。

 

「カット。けいちゃん、今日の演技はすごく良いです。恋する乙女そのものです」

「ありがとうございます」

 

Vチェックをする場に他のスタッフも集まってきた。

みんなが口々に、「画面越しでも伝わる」「絶妙だ」「表情の輝きが昨日までと全然違う」と絶賛した。

夜凪は「お願い」を申し出た。

既に撮った3話目と8話目の撮り直しだ。

真波の芝居を追う撮影は、夜凪1人の別撮りだ。

それほど大きな我儘にはならない。

ただ、8話目に関しては使うセットが違うので日を改めなければならなかった。

 

「昨日の分は1発で決めてみせます。8話目も、セットの順番が来たらその日の朝一ですぐ終わらせます。お願いします」

 

少々のざわめきが起こった。

 

「今後の其処に始まりしの撮影も短いテイク数で決めてみせます。お願いします」

 

フィルムを繋げる時代と違い、撮り直しの再編集はそれほど大変ではない。

夜凪の申し出は許可されることになった。

 

さっそく昨日の3話目の撮り直しが行われた。

1発で決めると豪語した夜凪にプレッシャーはなかった。

 

…夜凪の姿は美しかった。

 

迷いなく演じられることで、夜凪の美貌が際立つという嬉しい副産物があった。

昨日は大きく時間を食った演技を、夜凪はすべて1発で決めた。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第8章の抜粋。

 

「食卓」は、興行成績2位の宝仙の力作「黒髪譚」を大きく引き離しての1位を獲得した。

「黒髪譚」には真波も出演していた。

真波にとっては当然「食卓」の1位が嬉しかった。

 

早川による次の脚本は既に完成していた。

ただ、脚本の完成を真波がかなり手伝わねばならなかった。

早川には才能があり、時代に合った良作を書く力がある。

それは間違いない。

とはいえ、最近まで素人だった早川には「筆が遅い」という弱点があった。

 

「食卓」の出来を見る限り、早川は心の機微を捉えるのが上手い書き手と言えた。

これまで多くの人間を観察してきた真波は、早川が自分と同様の観察を続けてきた人間だと確信していた。

真波と早川はそれぞれ「人間とは?」という意見を出しながら、脚本の構築を進めた。

知恵袋が2つになることで、早川はなんとか原稿を書き終えられた。

 

大船撮影所で製作される次の映画も土居と早川のコンビに決まった。

 

坂田は松菊本社と契約し、映画を製作していた。

大船撮影所に自分の居場所が無くなることを予見していた坂田にとっては無難な選択だった。

坂田は、自分の二番煎じと言われていた土居に負けるつもりはまるでなかった。

自分を追い抜くどころか追いつくことさえ無理だと考えていた。

自分が戦う相手は宝仙のみ。

そう思っていた。

 

自分が「食卓」の監督を務めていれば、「日本国内では宝仙の上をいく」という目標は達せられていた。

 

しかし、真波は自分ではなく土居を選んだ。

理由は、自分の芸術への執着の強さだろう。

坂田はエンターテインメント作品を作る方法に気づいており、その自信も持っていた。

ただ、それは芸術の追及に区切りがついた後にする仕事だった。

この自分の姿勢が真波に嫌われた。

 

17歳の真波に向かって「映画が芸術であって何が悪いか!」と吐いたことが悔やまれた。

今の坂田は「映画は芸術ではない」と知っていた。

監督が芸術を志向するのは構わない。

それをそのまま「映画」という形で表現したら、出来上がった「映画」は芸術でもなんでもない。

ただのガラクタだ。

だから自分は低い評価に甘んじていた。

「都の哀歌」以前に幾つかの映画がそこそこヒットした。

あれは役者の質の低さに妥協した結果、たまたま見れる「映画」になっていただけではないか?

「都の哀歌」のヒットは完全に真波の力だ。

それ以降の作品でも真波が勝手に押し込んでくるエンターテインメントに助けられていただけではないか?

 

真波は17歳にして映画の本質を理解していた。

それを自分に教えてみせた。

 

…「映画が芸術であって何が悪いか」

 

さぞ真波を失望させたことだろう。

だが、自分はこういう人間だ。

坂田孝志はそういう人間であり、芸術を諦めたら坂田孝志では無くなってしまう。

 

坂田は次回作はエンターテインメントにすると決意した。

芸術を志向する男には、芸術を武器にした戦い方がある。

芸術を軸にした映画でも、見事なエンターテインメント作品になることを証明してみせる。

 

坂田にはもう野心は無かった。

映画監督として、「自分の力」でまともな映画を作らなければならない。

その思いだけだった。

 

 

 

雪は自作の「スケジュール調整案」に修正を加えていた。

この調整案は犬井にも見せないし、現場で使用することもない。

犬井や局の編成部が毎月作成するスケジュール表の効率の悪さに我慢が出来ず、作ってしまった。

自分が「効率」に目が届くのは、脚本と台本の制作をした当人であるということ以外に理由はない。

本来なら、優秀な人たちが作成した出来の良いスケジュール表の欠点を見つけられるはずがない。

雪はこの調整案を厳重に隠している。

誰かがうっかりこんな物を現場に持っていったりすれば大変なことになる。

 

夜凪が「其処に始まりし」に関わる撮影時間の短縮を宣言し、どうもその通りに運びそうだということで調整案を修正していた。

 

「雪ちゃん。今日の演技、駄目出しが聞きたいわ(厳しいモードで)」

「……。そうですねえ…」

 

「やっぱりある?」

「無かったです。容姿の雰囲気まで変わることは初めて知りました。勉強になりました。良いお芝居、ありがとうございました」

 

夜凪は満足そうな顔を見せてから、ててて、とPC室から走り去った。

完全に去ったことを確認してから、雪は作業を再開させた。

 

               第60話「キネマのうた(8)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene183」となります。

春琴は夜凪にやらせてみたいキャラですねえ。
かなり強烈なキャラクターです。
春琴は盲目なので、夜凪は視界がゼロになるカラーコンタクトを装着しそうな気がします。
それでも抜群の芝居をしそうなのが夜凪の凄みです。

もし「春琴抄」をこの作品内で扱うなら、夜凪には「佐助役」が誰なのかも教えずにやらせてみたいです。
佐助を演じる役者さんが誰なのか知ってしまったら、佐助の顔がわかっちゃいますからね。

雪が書いた「キネマのうた」の紹介もだいぶ進みました。
第二黄金時代も終わりを迎えつつあります。
そういう時期にまで来てしまいました。

夜凪は「恋したい」という気持ちを膨らます技術を手に入れたら、今後もラブストーリーに対応できそうです。
実際に恋させるわけにはいきませんし…。
だって、相手は誰だ、という話になっちゃいますよ。
既存のキャラクターに夜凪に相応しい相手はいませんし(私の個人的な見解です)。
新キャラクターを出すのも突飛ですし。

雪はどうしましょうかね。
本人もちょっと焦ってますし、良い相手がいればいいんですが。
こちらも難しそうです。


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第61話 「キネマのうた(9)」

スタジオ大黒天。

夜凪はオフィスチェアーの背凭れに頬杖を突いて、パソコンをいじっている黒山と雪を眺めていた。

 

「雪ちゃん。私、激ムズだと思っていた真美の役作りのヒントを掴んだわ」

 

黒山と雪は身体を、ピクッ、とさせてキーボードを触る手をとめた。

ほぼ同時に二人とも夜凪のほうに椅子ごと振り向いた。

 

「その物語はこれまでに映画・ドラマ・舞台で数多く題材とされてきた。それだけ魅力的な物語ってことね」

 

「なんの物語ですか?」

 

「夜凪。人が駆け引きをする時は、悪巧みを考えてる時が多いって知ってるか?」

 

「悪巧みとは人聞きが悪いわ。私は真面目に役作りの話をしているのに…」

 

夜凪の表情には「悪巧み」に近い雰囲気が滲んでおり、それは黒山と雪の目にも明らかだった。

 

「悪巧みじゃないにしても、裏がある顔になってるぞ、お前」

 

「けいちゃん。いたずらに引っ張るのは感心しないです。なんの物語が言ってください」

 

「それは三味線の先生の物語よっ!」

 

この夜凪の言葉で、黒山と雪はこちらに背を向けてパソコン画面に戻ってしまった。

夜凪には、作品名を言い当ててほしい、という思いがあった。

当然、読んだことがない、というのは論外だった。

 

やがて黒山が口を開き、黒山と雪の二人の会話が始まった。

 

「合ってるとは言えるな。サディストだし」

「墨字さん、なんの物語か分かったんですか?」

 

「春琴抄だろ。春琴のキャラは豹変後の真美に近い」

「春琴抄、読みましたよ、私。…ちょっと考えさせてください」

 

夜凪は、(お、…お!)と喜び、自分が会話に混じれない流れをなんとかしなければ、と考えを巡らせる。

だが、黒山と雪の二人だけの会話が続く。

 

「世間ズレしたサディストという雰囲気はハマりそうですね」

「それに加え盲目だ。母を苛める真美は一時的に視野が狭い」

 

「愛する者を苛める、という根っこが同じなのは強みです」

「上手く抽出できれば、の話だがな。かなり良い物を見つけてきたと俺は思う」

 

 

「けいちゃん。役作りに目途がついたら一度見せてください」

 

 

夜凪は、「わかりました」、と返事をしながら思う。

自分は、ただ「すごいよね」「ずーんと来たよ」という感じのおしゃべりがしたかった。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第9章の抜粋。

 

多くの映画館が「食卓」をロングラン上映にすることを決めた。

人気が高く、客足が衰えない。

10回以上見に来る客もざらだった。

それまで「永遠の少女」と呼ばれてきた薬師寺真波が、初めて既婚者を演じたことも話題の1つだった。

何より、やはり作品の面白さが強く、多くの客が「笑って、泣いて、笑って、応援して、泣いて、笑って、感動する」というループを何度も味わいたがっていた。

 

松菊本社に戻った坂田は女優探しを始めた。

真波の代わりとなる女優ではない。

坂田の選定基準は、観客に好感を持たれる美貌を持ち、そこそこに高い実力がある女優。

 

…坂田は、石上嶋子という女優を選んだ。

 

ほとんど実績がなく、真波の演技力には遠く及ばないとはいえ実力もしっかりしていた。

坂田は映画「佐伝の日」を製作し、端役として石上を起用した。

石上を鍛えるためだった。

そして自分自身を鍛えるためだった。

監督としての考えを役者に伝え、演技の意味を解説し、難しい演技については丁寧に根気強く出来るようになるまで自分が役者を指導する。

 

役者の力量に助けられるのではなく「自分の力」で映画を作る。

 

その第一弾となる「佐伝の日」は、なんとか映画の形にするのが精一杯という出来となり、エンターテインメント云々以前の未熟な作品となった。

興行的にも失敗に終わった。

坂田は改めて自身の監督としての「偏り」を思い知った。

ただ、「佐伝の日」を作り上げたことは大きな前進であり、坂田は手応えを感じていた。

 

次に坂田が作ったのは「きまぐれな人々」という映画だった。

彩方映画会社の製作だ。

松菊系列以外で坂田が監督を務めるのは初めてのことだ。

 

土居を手放したことで技巧派監督が不在となってしまった彩方の指南役という形だった。

坂田は「坂田組」の面々を連れず、単身で彩方に乗り込んだ。

撮影現場には多くの制作陣が勉強のために集まった。

 

もう芸術のみを追う機会はないと考えていた坂田にとって、ご褒美のような不思議な気分を味わうことになった。

クラシック音楽を多数使用してストーリーに絡ませる「きまぐれな人々」。

画面を構築させるための演技の配置も極めて技巧的。

 

坂田はこの仕事を「楽しい」と感じながら務めた。

土居をめぐる一連の騒動に対する義理を果たすための仕事とはいえ、坂田にとっては嬉しい体験だった。

無論、エンターテインメントの要素も組み込んだ。

技巧を駆使してエンターテインメントを作るにはどういう工夫が必要かを、坂田は彩方制作陣に教えた。

 

「きまぐれな人々」はけっこうなヒット作となり、興行的にも成功を収めた。

 

 

 

環は、自宅でぼーっとしていた。

まだ、「キネマのうた」に対する集中力は途切れてはいなかった。

でも、ぼーっとしていた。

集中力が完全に途切れてしまう前に手を打たなければならない。

環は自己管理の中でもこういったコントロールが抜群に巧かった。

 

…つまり、私は自分になにかしらのご褒美を与えなければならない。

 

上手にガス抜きをし、集中力を継続させるための活力を充電する必要がある。

そのために向かう先はやはり「スタジオ大黒天」だった。

環は居心地がいいからと何度も何度も遊びに行っている。

こっそりスペアキーも作っている。

無断でスペアキーを作る(←犯罪行為なので真似しないでください)くらいの「茶目っ気」が許される程度には、みんなと仲良しになっている。

 

スタジオ大黒天に着いた環は、音を立てずに鍵穴にスペアキーを差し込んだ。

音を立てずに鍵を回し、音を立てずにドアを開けて中に入り、音を立てずにドアを閉めた。

 

(ぱっと見、誰もいない…)

 

環はそろりそろりと部屋を進む。

PC室のドアの横の壁に張り付き、聞き耳を立てる。

何も物音は聞こえない。

 

そーっとドアを開けて、PC室内を覗く。

 

黒山と雪がパソコンに向かっている。

二人ともヘッドホンを装着して、それぞれの作業に励んでいる。

 

環はゆっくりと室内を進み、黒山の作業を背後から観察した。

映像編集ソフトを使って、なんだかいろいろ動かしていた。

 

次に、雪の作業を背後から観察した。

雪は「キネマのうた」のスケジュール表と思われる紙に文字を書き込んでいた。

 

私が編成部から渡された物と内容が違う…。

独自にこんな物を作っているのか。

 

環は自分のバッグからコピー用紙を4枚取り出した。

そして、雪の机からスケジュール表を掠め取り、代わりに4枚のコピー用紙をバンと置いた。

 

びっくりして目を丸くして口をぽかんと開いて、環を見上げる雪の顔。

ヘッドホンを外し、同じ表情で再び環の顔を見つめる雪。

 

(うむ。とてもいい顔だ。雪ちゃん、素晴らしい表情だ)

 

環は無言で、ビシッ、と机の上を指差した。

指差した先にあるのは4枚のコピー用紙。

そこには「銀河鉄道の夜の後半」に関するメモがびっしりと記されている。

乱雑ではあるが、大事なことも細かいことも漏らさずにしっかりと記述されている。

 

雪は、さっさっさっ、と4枚のコピー用紙に目を通した。

書かれている内容が何であるかを確認し終え、その4枚を手に取った。

環のほうに振り返り、ぷるぷる、と震える手で紙束を返そうとした。

 

「ぷるぷるじゃないよ、雪ちゃん。それは大切な資料だよ」

「…要らない…です。私…」

 

「雪ちゃん。このスケジュール表は編成部に提出する物だね。私から渡しておいてあげる」

「あ…」

 

「まあ、聞いてくれ。私の壮大なプランを」

 

環は、自分が「キネマのうた」の撮影において大幅な時間短縮を成し遂げる自信があると告げた。

制作勢の負担は相当減ることになる。

なにしろ38話に渡ってメインを演じる主演女優がさくさくOKテイクを連発するのだから、そうなるに決まっている。

つまり、雪の負担も小さくなり、銀河鉄道の夜の脚本を書く余裕が生まれる。

環蓮の舞台初公演は大成功となる。

 

「か、書いておきますから。脚本とまでいかなくても…。書ける限りのことを、合間合間に、ちみちみ書き進めておきますから…。今は環さんにはキネマのうたに集中してほしいです」

「よかろう。私、環蓮は真波役で素晴らしい芝居を披露することを約束する」

 

「それと、その…」

「大丈夫。スケジュール表は勝手に渡したりしないよ。このことは誰にも言わないし、この紙も雪ちゃんに返す」

 

「…ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらのほうです。雪ちゃん。ゆっくりでいいから銀河鉄道の夜の後半、お願いします」

 

そして環は颯爽とスタジオ大黒天から自宅へと帰っていった。

黒山が環の存在に気づいたのは、環がPC室を出る時だった。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第9章の抜粋。

 

土居の映画でヒット作を連発する大船撮影所。

監督としても人間としても成長していた土居は、「食卓」以降も1位の座を守り続けた。

後に宝仙の代表作となり、世界各国の映画界に「激震」と言えるほどの影響を与えることになる「雇われ小隊」に対しても、国内では僅差で競り勝った。

早川の脚本は相変わらず出来が良く、園風座と土居を助けた。

ただ、筆の遅さはなかなか克服出来ず、真波との「知恵袋2つ体制」は続いた。

 

二人で脚本の作業を進めている時、唐突に早川は真波へのプロポーズの言葉を口にした。

早川は、真波が役者として大事にしていることを如何に自分が理解しているかを述べた。

家庭に入らず、片手間で女優業に臨む人間ではないことも理解していると強調した。

真波はそれがプロポーズであることになかなか気づけなかった。

早川の口から「僕と結婚してほしい」という言葉が出てきてようやく理解した。

その場では真波は、

「考えておきます」

とだけ返事した。

 

町を歩きながら、真波は早川からのプロポーズについて考えていた。

 

…受けるのも悪くないかもしれない。

 

まず、自分の仕事に理解を示しているのが大きい。

結婚しても、結婚前と変わらず自分が仕事を出来るように気を配ってくれるだろう。

大根の時の4人の女優のことも頭をよぎった。

体裁として既婚者であることは無意味ではない。

 

(受けてみようか)

 

真波はこれまでにただの一度も恋愛をしたことがない。

口説かれたことはあっても、プロポーズされたのは初めてだ。

プロポーズというのは、実際にされてみるとこんなふわふわした気持ちになるのだな、と真波は思った。

 

歩きながら様々な事を考えた末、早川からのプロポーズを受けよう、と真波は気持ちを決めた。

 

…子供が産まれたらどうするか。

 

(子供が産まれたら、鎌倉から文代を呼び寄せればいいか…)

 

この時真波は、瞬間的に自分の頬が火のような熱に包まれたことに気づいた。

通りには自分のファンたちの目もある。

真波は、赤らんだ頬を抑えつけようとした。

しかし、真波の演技力をもってしても、赤らんだ頬を完全に抑え込むことは無理だった。

 

 

 

自宅に戻った夜凪は、うつ伏せに寝転がって真美の役作りについて考えていた。

なんだかぐちゃぐちゃな物しか想像出来なくなっている自分に困っていた。

 

(でも、先のことを考えても平気な強さが必要になる時がそのうち来るわ)

 

夜凪には、まだ真波役の芝居が残っていた。

この時期に真美の役作りを考えるのは悪手にも思えた。

 

…しかしっ!

 

他の役作りのことを考えても今の役作りが壊れないくらいに1つ1つの強度を保てれば問題ない。

環を見ていると、自分にはそういう強さが足りないと思ってしまう。

環は、いろんな寄り道をしているようで、やる時はきっちりやる。

 

今、作れている真波の「役」の強度を上げなければ!

 

スマホが鳴った。

雪からだった。

 

(けいちゃん。環さんが銀河鉄道の話を始めたら、逃げて…)

「……。よくわからないけど、銀河鉄道の話が始まったら話題を逸らせばいいのね」

 

そんなやりとりをして通話を終えた。

 

(一体何をしているの、環さん…。しかし、たしかに、あの人は強い!)

 

夜凪は、真波の芝居のおさらいをした。

回数を重ねることの重要さはわかっていた。

いたずらに深く吸着させるのではなく、着脱が便利な頑丈な鎧のようになるまで繰り返す。

自分にはそういう部分で強化する課題がいくらでもある、と夜凪は思う。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第9章の抜粋。

 

坂田の次の映画は「佐伝の旬かな」という作品に決まった。

主演には石上。

芸術を軸にしたエンターテインメント。

 

石上にとっては試練の作品となる。

前回は端役での出演だった。

登場シーンは少ないのに、撮影時間は長かった。

あまりにも緻密に計算された演技の組み合わせに対し、坂田の説明を聞いて丁寧な指導を受けて、それでも必死についていくのがやっとだった。

 

…あれを主演でやるのか。

 

石上は腹を括った。

これを経験すれば今後の女優人生でどんなことにも耐えられる気がする、とまで思っていた。

坂田組の役者たちも石上をサポートすべく気合いを入れていた。

 

撮影は、坂田の説明と指導が全出演者に及び、非常に進捗が遅い物となった。

坂田は監督としてこれほどの労力を割いたことが無かった。

坂田も必死だった。

真波と早川の結婚の知らせを聞いた時も、「オメデトウ」と簡略な電報を打つのみに留めた。

とにかく撮影に時間が掛かる。

 

これまでに国内外で多くの賞を受けた。

日本を代表する監督の1人と言われる地位まで登った。

だが、この映画を完成させないことには胸を張れなかった。

映画ファンに対しても、坂田組に対しても、松菊に対しても、薬師寺真波に対しても…。

 

真波に坂田の訃報が届いたのは、雨が降る日だった。

2年近くの時間を費やした「佐伝の旬かな」が完成したことは知らされていた。

上映前の死だった。

死因は癌。

坂田はまだ50代だった。

 

葬儀には多くの人が集まった。

真波は人目が無くなった深夜に、坂田邸を訪れた。

自分に坂田を見送る資格があるのか、と真波は悩んだ。

だが、やはり別れの言葉を告げたかった。

 

坂田は生涯を独身で過ごし、家族はいなかった。

棺の間には坂田組の人間と石上だけがいた。

真波は、彼らにお辞儀をして棺の前に座らせてもらった。

 

「坂田先生、お世話になりました」

 

手を突き頭を下げた。

真波は数分間その姿勢を維持した。

別れの言葉を告げ、真波は雨の中を帰っていった。

 

「佐伝の旬かな」の上映が始まり、真波は早川を家に残して1人で映画館に行った。

相変わらずの「坂田調」だった。

町並の美しさ。

人々の細やかな動き。

真波は頬に涙を伝わらせつつ、ぷっ、と笑った。

正面ピン撮りが連続で交互に使われていた。

正座する二人が会話をするだけのシーン。

それが何故か声を発した側の人のピン撮り。

それを延々と繰り返す。

この構図は17歳の自分と坂田で作った物だ。

 

(カメラを少し引くだけで、一発撮りが出来るじゃないですか)

 

しかし、カメラは二人同時には捉えず、必ずしゃべる側の正面ピン撮り。

映画館内にも、くすくす、と笑いが起こっていた。

 

(あの構図をこんな使い方にするなんて…)

 

作品全体に流れる「ものすごく控え目なコミカル」は坂田の技巧あってこそだ。

真波は、素晴らしいエンターテインメント映画だと思った。

 

坂田のせいで自分の武器のほとんどが世に晒されてしまった。

坂田のせいで自分で場面を組み立てる苦労を背負わされた。

坂田のせいで芸術と狂気が紙一重だと知った。

坂田のせいで他の女優から大根で叩いてもらえない存在になった。

 

真波は、涙なんて流れるにまかせ、映画の画面を見つめ続けた。

坂田の最後の作品を、しっかりと見つめ続けた。

 

坂田の死は、日本映画界の節目とも言えた。

第二黄金時代の終焉だった。

宝仙の新作がヒットしても、映画人口は減るばかりだった。

年間総製作本数も落ち込んだ。

 

松菊本社は、石上を看板に据え、石上はその屋台骨を逞しく支え続けた。

大船撮影所は、費用の掛からない映画作りに絞る方針に切り替えた。

真波も園風座も土居も早川も、映画界を支える力としてまだまだ頑張らなければならなかった。

 

               第61話「キネマのうた(9)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene184」となります。

環がとてもイタズラな感じになってしまいました。
でも、ああやって雪と遊んだことで活力を取り戻し、撮影現場での芝居が良い物になります。
結果的に、雪の仕事を助けることになります。
「茶目っ気」は許してあげてください。

「佐伝の旬かな」は実在の物としては「秋刀魚の味」に相当します。
なお、イワシは英語で「サーディン(sardine)」と言い、「秋刀魚の味」の作中名を「佐伝の旬かな」にしました。
私の小細工などはどうでもいいとして、「秋刀魚の味」はとても面白い映画です。
名高い小津映画とはどんなものだと代表作の「東京物語」を見て退屈に感じた人も、「秋刀魚の味」なら楽しめると思います。
若き日の岩下志麻の美貌にしびれてみてください。

「銀河鉄道の夜」の続きについては、いずれがっつり書きます。
阿良也が「俺は続きが見たいのに! カムパネルラは死んだけどジョバンニは生きている。勝手に終わらせるな」と言っていたあの「続き」に該当します。
阿良也の期待を裏切らない物になるよう頑張って書きます。
いずれ、ですけど。


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第62話 「キネマのうた(10)」

9月。

学校の授業が終わり、夜凪は電車で渋谷へと向かう。

直行しないと間に合わないと考えて、急いで到着したMHK撮影スタジオ。

 

(「天守の照準」の撮影が延びてるわ…)

 

スタジオの広さは約200坪。

30メートル強×20メートル強のこのスタジオには、一度に多数のセットは組めない。

小さいセットなら3つ、大きいセットなら1つ。

24のセット枠のうち、8枠から12枠に増やして貰えた「キネマのうた」だが、やはり放送中の「天守の照準」が優先されてしまう。

 

茨城県に作られた巨大なオープンセットでの撮影は完了したらしく、残りはスタジオ撮影だけとのこと。

 

(でっかいのよ、いちいち…)

 

渋谷の撮影スタジオでもかなり立派なセットを組むことが可能だ。

屋内セット、屋外セット、自然の景色、昼、夜、雨、晴れ。

そして、「天守の照準」のセットは広さ目一杯の大きく豪華な物だ。

これを組むと、他のセットは組めなくなる。

撤収に時間も掛かる。

「DU-106スタジオ」は生放送用には使用されないとはいえ、大河ドラマ以外のセットも忙しく組まれる場所だ。

 

「キネマのうた」では、8枠しか貰えなかった頃から枠を塞いでいる素材を「用済みセット」として破棄出来るように集中的な撮影を駆使してきた。

今後もそういう遣り繰りを工夫しないと新しいセットは用意出来ない。

 

(なんか不公平だわ…)

 

茨城のオープンステーションには、別途に撮影スタジオも設置されている。

全部そっちで済ませれば双方とも効率が良いのに、と夜凪は思う。

 

ようやく「天守の照準」のこの日の撮影が終わり、豪華セットが撤収された。

そして「キネマのうた」の大船撮影所の大部屋のセットが迅速に組み立てられた。

 

この日は5話、7話、9話の撮影がある。

天球メンバーがモブとして参加するシーンだ。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第10章の抜粋。

 

園風座では頻繁に会議が開かれた。

駆け抜けるように過ごしてきたこの10年余り。

隆盛の極みにあった頃からの環境の変化が大きく、その落差が座員の士気に影響を与えていた。

 

彩方が倒産した。

会社を再建するにあたって、彩方は映画製作事業から撤退し、配給や芸能事業を主戦場に変えた。

各映画会社は、競争することより協力することで総製作本数を維持することに努めた。

11億人以上をカウントしていた観客動員数は半分以下となっていたが、映画の総製作本数は7割ラインに踏みとどまっていた。

 

関係者の多くは「テレビに負けて、客が減った」という見解を持っていた。

だが、真波の見解は違っていた。

真波は、常に人々を観察していた。

隆盛時の世間に流れていた「違和感を伴う空気」の存在に気づいていた。

新しく公開される映画が週に10本あり、それらを「見に行くのが当たり前」という「空気」だ。

 

…そんな空気は異常だ。

 

大衆はある種の感覚の麻痺に陥っていた。

隆盛の後半期は特に顕著であり、感覚の麻痺は大きな泡のように膨れ上がっていた。

それがはじけて、人々の感覚が正常に戻った。

 

テレビに負けたのではない。

テレビとの勝負が始まった、と言うのが正しい。

 

園風座の会議は、情報を持ち合うことで戦局の把握を共有するための場となった。

真波は、座員たちの気持ちが暗い物にならないように声を掛け続けた。

 

 

 

夜凪は天球メンバーを見つけて駆け寄った。

出演者11名と阿良也の計12名。

夜凪はまず長である阿良也に声を掛けた。

 

「みんな落ち着いてるのね。緊張とかも無いように見える」

「俺がそんな弱気を許すと思うかい? 天球は常にビビったりしないんだ。それより、夜凪。俺たちの舞台の脚本を書いてくれるのは夜凪の会社の人だよね。この現場にも来ていると聞いたので挨拶をしたいです」

 

(うわわ…)

 

逃げる暇も話題を逸らす隙も貰えずに、一気に本丸に攻め込まれた。

しかも、雪ちゃんの話はこれっぽっちも頭になかった(相手、環さんじゃないし…)。

 

…どうしよう?

 

やっぱり阿良也君は独特のペースで一気にしゃべり切る人だわ(以前からちょっと気になってたわ)。

 

ダメだ。現実逃避してる場合じゃない。

でもいきなり過ぎて何も思いつかない…。

 

「……。阿良也君。私はみんなと…少し、はしゃぎ合ったりしたい気分なんだけど…」

「ああ、そういう気分は分かるね。はしゃいでいいよ」

 

結局、夜凪は何の策も無く思ったままのことを言った。

どうやらそれが功を奏したようだ。

 

夜凪は七生に近づき、

「七生さん。七生さんとこんなところで会うなんて奇遇だわ」

と、自分でも何を言っているのか分からないようなことを言った。

 

七生は振り返り、真面目な顔で、

「奇遇ではないでしょ。今日はこういう予定だし」

と答えた。

 

「そうだけど、なんかないの? わー、とか。すごいー、とか言わないの?」

「言わないけど思ってはいるよ。凄いスタジオだ(景、変なスイッチ入ってる? そんなキャラじゃないだろ)」

 

七生の隣にいた千鶴が、

「想像を遥かに超えたゴージャス空間ですよね」

と感想を述べた。

 

「DU-106スタジオ」は特別と言える。

民放局では考えられないMHKならではの異次元のハイテク密集地だ。

最先端を追う速度に5年くらいの開きがある。

MHKには、日本のテレビ局の5年先の姿が実装されている。

 

「夜凪。そろそろいいよね。連れてって欲しいんだけど」

「……!」

 

夜凪は雪のほうを指差して、

「でも雪ちゃん。今はあんな感じよ」

と応じた。

 

「あー、あの人なのか。ずいぶん忙しそうにしてるね。手がすくまで待つ必要があるね」

「それは無理だと思うわ(←小細工が不要な内容なのでスムーズに言葉が出ます)」

 

「ずっとあの調子なの? 撮影の間、あの忙しさが続くの?」

「雪ちゃんは、ずっとあんな感じで動くわ」

 

「それは大変そうだな。スタッフの中でもいちばん忙しく見える。激務だね」

「うん」

 

阿良也が「今日の挨拶は諦める」と呟き、この話題は終わった。

実際、雪は全セクションをちょこちょこと動き回らなければならない忙しい人だ。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第10章の抜粋。

 

テレビに負けた、という話であればもっと早い段階で映画人口は減っていたはずだ。

映画の隆盛期の始まりとテレビの一般家庭への普及は、タイミングとしてはほぼ同じだ。

映画側に有利な「異常な偏り」が蔓延っていただけだ。

何かのきっかけがあれば異常が正され、映画とテレビの競争は本来の形になっていたはずだ。

何時きっかけが発生しても不思議ではない状況が、10年も続いた。

そしてそのきっかけがついに現れた。

 

…1964年10月の東京五輪。

 

過去最高の出場国数となった東京五輪は、世界から「最高級のオリンピック」と評価される豪華な大会となった。

日本としても、東京五輪を「急速な復興を遂げた新日本のシンボル」とするため、莫大な予算を計上した大規模国家プロジェクトとなった。

開催期間の15日間、人々はテレビに釘付けとなった。

特に、女子バレーボールの試合。

「東洋の魔女」と呼ばれる日本チームの圧倒的な強さに日本国民は熱狂した。

全戦全勝の日本が、同じく全勝のソビエト連邦との決戦を迎えた日、すべての大衆がテレビの前にいたと言っても言い過ぎではない。

 

たった15日間の祭典。

 

何者かが大衆にかけていた魔法が解けるには、それで十分だった。

それまで、「映画を見るために外出するのは当たり前のこと」と感じていた人々が、「なんで自分は時間が空けば映画を見に行くという日々を過ごしていたんだろう」と疑問を抱いた。

 

「だが映画が負けたわけではない! 争いが正しい形になっただけだ!」

 

真波は、業界の人間たちを鼓舞し続けた。

企業の垣根を超えて、優秀な人材を適切な場所に配置して映画を作る。

良い物を作れば、人々に受け入れられる。

この流れを助けるため、真波も園風座も方々に出張した。

 

真波は娘の真美にも期待していた。

父と母の才能をどれくらい受け継いでくれているか。

真波の仕事場には、幼い真美を膝に乗せる文代の姿が常に見られた。

 

真美は撮影所の隅っこで、文代に見守られながら芝居の真似事をしていた。

小さい身体はのんびりとしか動いてくれない。

姿勢を作ろうとしたら転んでしまう。

 

真波は、目を細めて真美を見つめた。

可愛らしい、と思った。

転んでも笑顔で立ち上がって再挑戦する様が健気だ。

作れっこない姿勢を丁寧に追いかける姿が素晴らしい。

 

家庭に入らないという信念を固持する真波だが、我が子が可愛くないわけがなかった。

 

ただ、母としてではなく一映画人として接するように心掛けた。

そういう目で見た真美は、父と母の才能をちょうど半分ずつ持ち合わせている子供だった。

どちらかを全部受け継いだほうが才能としては価値が高い。

半分ずつというのは中途半端だ。

 

真美が5歳を過ぎた頃から、真波は認識を改め始めた。

何度も繰り返し動きを覚えようとする部分は自分に似た箇所だ。

幾つもの動きが組み合わさった細かい所作を好んで調べようとする感覚は早川に似た箇所だ。

そしてそれはどちらも半分より大きい物に思えた。

 

一発勝負の舞台演劇のようには捉えていない。

芝居を、何度もやり直しが利く物として認識している。

これは映画の芝居の考え方だ。

自分はNGなど見せていないと言うのに。

 

この子は芝居が大好きだ。

だから本質に気づける。

あと、母である自分のことも当然大好きなようだ。

芝居と母親が大好き、というところは自分に似たんだろう、と真波は思った。

 

真波は多忙だった。

他の役者たちは作品を絞って芝居の質を高める努力をしてくれている。

その質の向上に寄与するために、真波は隆盛期以上に多くの映画を掛け持ちした。

主演でなくても構わない。

自分の主演作は年に数本で良い。

 

また、真波は5歳の真美を自分と共演させた。

 

まだ、未完成だ。

人様に見せられるような芝居ではない。

酷い芝居だ。

だが、周囲の者も驚いている。

これほどに正しく芝居の言葉を発せられる子役を見たことがあるか?

ないだろう?

伝統芸能の舞台子役から引っ張って来られた子供とはまるで異質の存在だ。

正しく映画の芝居をしようとする日本で最初の子役だ。

 

映画を見る目に長けた客なら間違いなく分かる。

それだけで映像に乗せる価値がある。

 

 

 

天球メンバーがモブを務めるシーンの撮影が始まった。

夜凪は、新名夏と阿笠みみと日尾和葉との絡みだ。

 

「マキコさんは正確な芝居が得意のようですね。良いことです」

「……。役を貰ったら態度が変わったねえ、あんた。以前は他人を褒めなかった」

 

「カット。新名さん、嫌味を抑えてください。日尾さん、腕組み以外で繋いでください。横山さん、背伸びはもっとだらしない感じで」

 

夜凪は、(よし、ここで鎧を脱ぐ)と決断する。

 

雪ちゃん、横山さんに細かい指示を出した。

モブに出す指示としては異例。

でも、雪ちゃんと犬井さんは勉強会で天球の実力を見ている。

いたしかたなし!

(もうちょっと…)

腕組みじゃ駄目なのか。

厳しいな。

手持ち無沙汰の繋ぎって異様に難しいよね。

(脱げたかな。多分脱げた)

千世子ちゃんは羅刹女でとてもスムーズに切り替えてた。

私もあれくらいスムーズに切り替えられるようになりたい。

(完全に脱げた!)

あとは、カチンコの前のカウントダウンを待つのみ。

「3」が聞こえたら瞬間的に鎧を着る。

間に合わなかったらごめんなさい。

 

カウントダウンが始まった。「3」「2」は発声と手振り。「1」「0」は発声無しの手振りのみ。

「0」の手振りでカチンコが鳴らされる。

カチンコの音を聞いた夜凪は芝居を開始した。

 

「マキコさんは正確な芝居が得意のようですね。良いことです」

「……。役を貰ったら態度が変わったねえ、あんた。以前は他人を褒めなかった」

 

「私は表現を褒められるんだろ? 良いこととは言われないけど…」

 

「カット。新名さん、台詞の後に安堵が見えました。完全に消してください」

「はい!」

 

夜凪は、感触を掴みつつある自身の感覚を確認した。

切り替えは完全に成功した。

それはこのシーンの「間」が長めだからだ。

テンポよく進む撮影に対応出来るほどのスムーズさにはなっていない。

 

…これは良い練習になる。

 

撮影終了後、夜凪は七生と会話していた。

その会話の内容にはおかしな情報が含まれていた。

 

「柊監督、すげえ厳しいな」

「……。うん、厳しい」

 

「あの人、私より年下だろ。すげえわ(大河の監督とか…)」

「雪ちゃんはねえ、なんて言えばいいかしら…」

 

どうすればいいの、これ。

七生さん、雪ちゃんを監督だと勘違いしてる。

というか、雪ちゃんがなんであそこに座っているのか私も理由を知らないわ。

今更だけど、雪ちゃんは監督ではない…よね?

私、間違ってないよね…。

うん、間違ってないわ。

 

「雪ちゃんは、犬井監督の、…監督の犬井さんの秘密兵器です」

 

七生は「ほお、それはそれで凄い」と感心した旨を呟いた。

夜凪は、「雪ちゃんの周囲はややこしい」、と思った。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第10章の抜粋。

 

真波は、8歳になった真美を「尋常ではない」と考えた。

自分の姿勢を保てるくらいに手足が伸びた8歳の子供。

嬉しそうに映画のワンシーンを演じてみせる真美。

 

(何故その芝居が出来る?)

 

3秒ほどの間に13の演技が詰まっている所作を真美は描いてみせる。

1つ1つは拙いとはいえ、きっちり13個の演技が収まっている。

 

真美は、「褒めてほしい」という表情は見せない。

ただ、「やった、出来た!」という喜びの表情があるだけだ。

そして、真美の芝居のオリジナルである真波のことを褒めてもらいたがる。

周囲の者が「真波の芝居は素晴らしい」と言うと、嬉しい顔を見せる。

周囲の者が「真波は綺麗だ」と言うと、瞳の光が輝くほどに嬉しい顔を見せる。

 

…私のお母ちゃんはすごい!

 

そういう自慢をしたがり、自分自身を褒めてもらおうとは考えていない。

母親の真似をするのが大好きで、1つの所作が出来るようになったら別の所作に挑戦する。

その挑戦を続けていくペースが恐ろしく速い。

 

母を見上げる真美の瞳は、「私のお母ちゃんは世界一綺麗で、世界一凄い」と語りかけてくる。

母として自分も娘を称えてあげなければ、と真波は思う。

だが、どうやって褒めていいのかが分からない。

どういう言葉を使えば、正しく評価した上での褒め言葉になのるか?

 

真波は、監督や他の制作スタッフたちに「真美の芝居を褒めるのは待って欲しい。褒めるのなら、どのような言葉を掛けるつもりなのか、まず自分の耳に入れて欲しい」と頼んだ。

迂闊な褒め方は出来ない。

子供の無邪気さを通り越している芝居に対して、普通に子供を褒めるような言葉では駄目だ。

 

真波は、「よく出来ました」「うまく出来ています」といった最低限の褒め言葉のみで対応した。

具体的に「何がどのように良かったのか」という褒め方はしなかった。

何を言っても「間違い」になりそうに思えた。

そう思うしかないほどの才能だった。

 

それが8歳の真美が見せていた才能の姿だった。

 

 

 

スタジオ大黒天。

夜凪は雪に詰め寄った。

 

「雪ちゃんは監督ではありません。そうです、と言ってください」

「……。そうです」

 

「良かったわ。どうなることかと心配したわ」

「けいちゃん。出来れば順序だてて話してください」

 

「七生さんが柊監督って言ったのよ。すごい! 厳しい! と褒めるの」

「柊監督という言い方が問題なわけですね(厳しい? 褒める?)」

 

「だって監督に見えるわ。雪ちゃんはなんであそこに座ってるの?」

「わかりません…」

 

「……。環さんと銀河鉄道の話をしてはいけない理由は何?」

「厄介なことに巻き込まれそうな気配から逃げたいんです」

 

「厄介なこととは?」

「続きを書くらしいです。環さんには脚本は書けないと言ってあるので、自分が書く物が具体的に何なのかは自分でもわかりません」

 

「阿良也君は、雪ちゃんのことを、俺たちの舞台の脚本を書いてくれる人と言ったわ」

「デマですね。私は続きを、ちみちみ、書くと言っただけです。訂正しておいて頂けるとありがたいです」

 

雪の周囲がややこしいのは、雪の態度にも問題がある、と夜凪は思う。

しかし、多忙な雪を責めるようなことを言うべきではないと夜凪は知っている。

ややこしいことが雪に災いをもたらす前に自分のところで食い止めよう、と夜凪は決意する。

 

 

               第62話「キネマのうた(10)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene185」となります。

原作アクタージュでは「キネマのうた」の設定は、「撮影所時代の日本映画界を支えた大女優である薬師寺真波の半生記」となっています。
大雑把に捉えるなら、これは「1962年に42歳の若さで映画界から去り、その後ずっと鎌倉で隠遁生活を送った原節子(95歳没)の半生記」に該当します。
当然、第二黄金時代(←撮影所時代に合致します)に多くの作品で組んだ小津安二郎が準主役級で登場することになります。
1963年の小津(60歳没)の通夜に姿を見せたのを最後に、原節子が表舞台に姿を見せることは一切無くなりました。

原作者は「キネマのうた」の内容をどうする予定だったのでしょうね。
「原節子の半生記」では、大河ドラマは作れません。
「キネマのうた」の内容には詳しく触れずに(「デスアイランド編」がそうでした)、芝居シーンを幾つか入れながら「役者とは」「監督とは」という論調にするつもりだったんでしょうか?

私が雪に書かせた「キネマのうた」の脚本で、坂田の死とともに第二黄金時代が終わりました。
ここで一度、雪バージョン「キネマのうた」に登場する実在のモデルを整理しておきます。

■人物
薬師寺真波……原節子 + 杉村春子
坂田孝志……小津安二郎
柳田直人……笠智衆
石上嶋子……岩下志麻
土居敏夫……成瀬巳喜男
早川文男……林芙美子(←女性です。雪の脚本内で性別を変えられました)
宝仙通……黒澤明

■映画
「都の哀歌」……「東京物語」
「佐伝の日」……「秋日和」
「きまぐれな人々」……「小早川家の秋」(←フランス公開のタイトルは「最後のきまぐれ」)
「佐伝の旬かな」……「秋刀魚の味」
「食卓」……「めし」
「天界の糸」……「羅生門」
「黒髪譚」……「赤ひげ」
「雇われ小隊」……「七人の侍」

■団体
松菊……松竹
彩方……東宝
園風座……文学座



夜凪は切り替えの練習をしています。
原作アクタージュ[scene104.起爆剤」で黒山が「百城、お前は起爆剤だ。しばらく夜凪の一歩先を歩いてもらうぞ」と言っていた通り、やはり夜凪は一歩遅れているんです。
切り替えをマスターした頃には、千世子は新しい武器を手にしているかもしれません。

千世子、書きたいですね。
しばらく書いてないので千世子成分が不足していますよ、私。


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第63話 「キネマのうた(11)」

夜凪は自分の撮影が無い日に環に電話を掛けた。

環もこの日は撮影がないはずだった。

 

(今? 天球だけど)

「私も行くわ」

 

雪の周辺の誤解を解かなければならない。

認識の齟齬を正さなければならない。

ただし、環は手強い。

気を引き締めて臨まないと、雪のようにコロコロと自分も環に転がされてしまう。

 

(名前が雪だからコロコロ転がされて大きな玉にされるんだわ。そのうち雪ダルマにされるのよ)

 

夜凪は、ギリッ、と険しい表情を作った。

移動中の電車の車内だった。

自分が思いついたことに自分で笑ってしまうことほど恰好悪いことはない。

 

(雪ダルマなんてなんにも可笑しくない!)

 

電車内でくだらないことを思いつくのは危険だ、などと考えつつ、夜凪は笑いそうになる吐息を噛み殺した。

 

劇団天球に到着する。

気を引き締めて、気を引き締めて、と夜凪は自分に言い聞かせる。

稽古場に入ると、七生がつかつかと歩み寄ってきた。

 

「景! あんたねえ。履歴書に役名を書けばいいって言ってたでしょ」

「……。言ったわ」

 

「環さんが、良くない事だからやっちゃ駄目って教えてくれたぞ」

「そ、それは…」

 

「景ちゃん、おいで。そのへんの認識がどうなっているのか、私はずっと前から景ちゃんと話してみたかったんだ」

 

こちらに背を向けて胡坐をかいた環が、顔だけを夜凪に向けて、先輩臭がたっぷりと含まれた声を出した。

 

…まずいわ。お説教が始まりそうな雰囲気だわ。

 

なんのっ!

先手を打ってこちらから説教を仕掛ける!

それくらいの気概で!

絶対に気圧されちゃダメだ。

 

環の正面に座った夜凪は、負けじと自分も胡坐に構えた。

この局面では先手必勝を期す!

そういう戦いに持ち込む。

 

「環さんにお話があります。よく聞いてください」

「ん? いいよ。何だい?」

 

「雪ちゃんは多忙です。脚本を書く時間はありません。本人も引き受けたつもりはないと言っています」

「そうだね。正式に引き受けてもらうのはまだ先の話だね」

 

「なので環さんは、雪ちゃんが引き受けた前提で動いてはいけません」

「引き受けて貰えたら、自由に動いていいってことだね?」

 

「雪ちゃんには時間がないと言っているのよ。雪ちゃんはキネマのうたで過密な毎日を過ごしているのよ。これ以上忙しくさせたら駄目だわ!」

「時間は私が作るっ!」

 

「……。ど、どうやって?」

「それを景ちゃんが知る必要はない。お話は終わりかい?」

 

夜凪は、次に続ける言葉を見つけられない。

苦しい展開。

だが、夜凪は自分のところでややこしいことは食い止めると決意したばかりだ。

早々とその決意をへし折られてしまうわけにはいかない。

 

 

 

「雪ちゃんは雪ダルマなんかじゃないっ!」

「いいや、雪ちゃんは雪ダルマだっ!」

 

 

 

夜凪は手詰まりとなった。

訳の分からないことを叫んでしまった上に即答されてしまった。

 

環は、何を言われても即答する腹積もりだった。

そして、今になって(何だよ、雪ダルマって。めちゃくちゃ巧い例えじゃん)などと思っていた。

 

「七生さん、なんで笑ってるの。七生さんにも言うことがあるわ!」

 

夜凪は別の「ややこしいこと」を思い出した。

環から逃げる形にはなるが、一旦話題を変えて、態勢を立て直そうと考えた。

 

「七生さん、雪ちゃんは監督ではないわ」

「へ? いや、知ってるけど」

 

「でも柊監督と言っていた」

「柊監督だろ。他になんて呼べばいいんだ?」

 

夜凪は「そうか、勉強会でそう呼んでたからか」と納得しそうになった。

しかし矛盾点に気づく。

 

「大河の監督って言ったわ。あの若さで凄い、と」

「言ったよ。でも監督は犬井さんだろ。知ってるよ」

 

「それは変よ。無理があるわ。七生さんの言い方はそんな感じではなかった!」

「あのね、景。言いたかないけど言いたくなるよ。あの現場を見れば…」

 

「……。な、何を言いたくなるの?」

「犬井さんって監督の仕事してなくね? 実は監督じゃないんじゃね? ただの真波の技法のチェック役じゃね?」

 

「……。それは…」

 

それは現場ではタブーだった。

制作スタッフたちも役者たちも暗黙の了解として、触れないようにしていることだ。

たしかに実質的に監督の仕事をしているのは雪であり、犬井は真波の技法のチェック役と言えた。

 

冗談でこっそり「犬井監督」を「監督犬井」と呼称をひっくり返す者もいた。

それまでたんに「犬井さん」と言っていたのにわざわざ「監督の犬井さん」と言う者もいた。

 

だが、犬井本人の耳には入らないように最大限の注意をしていた。

その点について現場は一枚岩となっていた。

 

七生はあの日、雪のことを「キネマのうたの監督」と認識していて、発言もそういう意図だった。

だが、環からの入れ知恵があった。

なので準備が出来ていた。

夜凪から「私も行くわ」と電話を受けた環は、「脚本のことで揉める展開」を予想していた。

環と天球メンバーは、雪に脚本を書いてもらうことについて利害が一致していた。

 

つまり夜凪が到着した時には、環・天球サイドの迎撃態勢は既に整っていた。

履歴書の話も「出鼻をくじく」作戦の一環に過ぎず、その話題で夜凪を追求するつもりは最初から無かった。

 

心の中に空虚で寂しげな風が吹く状態の夜凪は、ゆっくりと稽古場の中央に進んだ。

そして、「キネマのうた」の3話目の芝居を披露した。

周囲から拍手が起こった。

 

「環さん。ちゃんと芝居に集中しないと駄目なのよ」

「うん」

 

このやりとりの後、夜凪は駆け足で劇団天球を飛び出した。

…今日のところは引き分けね(←最後に良い芝居を見せたことで夜凪の中ではそういう扱いになっています)。

次はちゃんと勝とう、と決意を固めつつ、夜凪は駅の方へと歩いて行った。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第11章の抜粋。

 

映画業界では、「この凋落は需要と供給のバランス調整に失敗した結果」という意見も多かった。

観客動員数の推移を見れば、1960年前後から下降が始まったことになる。

つまり、「年間547本は作り過ぎだった」という考え方だ。

この考え方と「テレビに負けた」という考え方で議論された。

 

園風座は「今の数字が正常であり、映画人は作品の質の向上に専念するべきだ」という意見を発信し続けた。

 

真波は隆盛期からずっと人々を観察し続けてきた。

数字だけを追っていては駄目だ。

惰性で映画館に出向く人がいなくなった現状を受け止め、純粋に作品の魅力で勝負する体制を築かなければ、映画は世間から見捨てられてしまう。

 

自宅に戻った真波は、真美から話し掛けられた。

 

「お母ちゃん。私は東京五輪は大きく嬉しかった」

 

真波は合点する。

真美は先刻まで行われていた大人同士の話し合いの場にいた。

俳優連盟の役員たちを交えた話し合いでは、「東京五輪」という単語が頻繁に使われた。

8歳の子供が、自分なりの意見を述べようとしているわけだ。

真美が使う「大きく」は強調の意だ。

 

「どういうところが嬉しかったか?」

「私が頑張れたところです」

 

…不思議なことを言う。

 

五輪の時の真美は7歳。

各種競技のルールも見所も知らない。

せいぜい人々が大騒ぎしている雰囲気を味わうくらいしか出来ないはず。

 

「真美は東京五輪で何を頑張った?」

「バレーボール!」

 

真美は、答えた後に真波の背後上方に視線を向けた。

虫でも飛んでいるのか、と真波は振り返ったが背後には何もいなかった。

正面に顔を戻すと、真美がバレーボールのレシーブの姿勢を作っていた。

 

…なるほど。

 

頑張ったというのは、選手の動きを研究したという意味か。

 

真波は、自分が一流の運動選手の動きの真似をしたことがない事実に気づいた。

オリンピックは超人たちの祭典だ。

どの競技にも、普通の人には到底出来ない動きを見せる選手が出てくる。

 

「バレーボールの他には何を頑張った?」

 

そう言われた真美は、綺麗な直立姿勢を作り、肩の少し上の高さで両腕を大きく開いた。

 

体操…、床運動か?

 

「これはまだ私、出来ないの。出来るようになったらお母ちゃんに見せる」

「そうか。それは楽しみだな」

 

床運動の動きなど出来るわけがない。

この子は自分が出来ないことを理解している。

ただ、その理由を「自分がまだ子供だから」だと考えている。

 

「真美は運動選手になりたいか?」

 

何気なく言ったその言葉に、真美は表情を曇らせた。

真波に駆け寄ってきて抱きついてきた。

 

「私はお母ちゃんみたいな女優になりたい!」

 

泣きそうな顔で真波を見上げる真美。

真波は「そうか」と言いながら、娘の頭を優しく撫でてやった。

 

 

 

スタジオ大黒天。

北瀬母子が訪れており、黒山による由衣のレッスンが行われていた。

 

「出来る気がしない…」

 

由衣は「弱気」と受け取られそうなことでも口にするように心掛けていた。

挑戦しているのは「カキツバタ」。

 

由衣は、3人で俳優連盟に出向いた後も自分1人で何度も足を運んでいた。

一通り鑑賞してからは、実際に「キネマのうた」で使う物に絞って研究していた。

まずはこれらを頭に叩き込まねばならない。

目途が付いたら、最後にもう一度全巻を鑑賞するつもりでいた。

 

…だが、「カキツバタ」が出来ない。

 

撮影では、他の演技以上に「カキツバタ」を上手に見せなければならない。

作品の狙いの上ではそういう特別な代物だ。

 

黒山は、丁寧に指導した。

撮影自体に失敗が無いことは分かっている。

現場には真美がいるからだ。

真美の指導が入れば、由衣の演技は軽々と合格ラインに届く物になる。

だが、由衣は自力で何とかしようとしている。

この心意気を尊重したい。

 

「俺にも、他人の映像作品を見て自分には作れる気がしないと思わされることがある」

「どういう工夫を考えますか?」

 

「映像作品の場合は、作り方が分からない、と同義になる。部分的でいいから作り方を発見する。全体に到達するまでにかなりの時間が掛かる。しかもそこからが本番だ。1つ1つの作り方に対して、どういう発想をすればこの作り方に至るのかというセンスの領域に踏み込む」

「あたしの場合は本番がありませんね。時間を掛ければ可能な領域どまり」

 

「そうだな。真美の感覚を捉える必要がないのが大きい。必ずカキツバタは出来る」

「はい」

 

由衣にとって、「カキツバタ」のフレーム外の不規則な動きは捉えようのない珍妙さの重なりの産物だった。

 

…主要な5つの動きを後回しにしよう。

 

技法の「本体」となる5つの動きではなく、間にある意味の薄い動きから覚える。

時間を掛けてもいいなら、そのうち必ず全体が組み上がってくれる。

 

「小さく上がって、踵はそのまま…」

 

由衣はしゃべりながらカキツバタの脇役部分に取り掛かった。

いつか雪に言われた「弘法大師の話はきれいさっぱり忘れて、何も考えずに動きだけを正確にやってみてください」という話は、真美を演じる上での「肝」だ。

だから、しゃべりながら練習する。

カキツバタは「演技の狙い」が明瞭だ。

明瞭なだけに、「何も考えずに」が難しい。

 

「出来た! やった!」

 

それは全体の中のごく一部に過ぎない動きの再現。

しゃべりながらの練習だと「出来た! やった!」くらいしか由衣には言うことが思いつかない。

でも、よく考えるとこれは小さいながら確実な前進なのではないか。

思いついて口にするのではなく、普通に喜んでいいのではないか?

そう考えた途端、由衣は嬉しい気持ちの波に飲み込まれた。

 

由衣は、黒山と香の顔を交互に見た。

そして口を開いた。

 

「やりました。あたし、出来ました!」

 

黒山も香も優しく頷いてくれた。

 

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第11章の抜粋。

 

真美は文代と一緒に映画館に行く機会が多かった。

文代は真波が出演している映画が上映されている映画館を見つけると、そこに真美を連れていった。

真美は「都の哀歌」をとても気に入り、上映期間中には何度も自分を連れていくよう文代にねだった。

5歳の自分が出ている映画を見た時にはがっかりした。

母は素晴らしい芝居を見せているのに、自分は酷い芝居を見せていた。

 

真美は、「今日の自分から見て昨日の自分は駄目だ」、という考え方をする子供だった。

3年前の自分は目を覆いたくなる酷さだった。

 

そして、1つの事実に気づいた。

五輪選手の真似は、ずいぶん前の出来事にも関わらず「駄目」とは思わない。

上手く真似が出来ていると認識している「レシーブの動き」についても同様だ。

真美はその理由を文代に尋ねた。

 

文代は少し考えて、

「とても難しいからじゃないかしら。レシーブは真美が想像するよりずっと難しいんですよ」

と答えた。

 

真美は、その回答にすごく納得してしまう自分に気づいた。

何がどうなっているのか判らないほどに難しい物は、いつまでもそのことが気になる。

レシーブについても、真似には成功していても実際に自分がボールを受けたらボールを明後日の方向に弾いてしまう想像がついてしまう。

 

「おばあちゃんはいいことを言う」

「そうかい?」

 

「おばあちゃんは、質問に答えるのがとても上手です」

「そうかねえ?」

 

真美は自分がずっと抱えている難題について文代に聞いてみることにした。

 

「お母ちゃんのしゃべりは大きく難しい。私に出来るようになりますか?」

 

真美にとって、芝居で使う真波の口調は恐ろしく難しい代物だった。

動きよりもしゃべりのほうが難しい、とずっと思っていた。

自分の声音をコントロールすることは難しい。

喉は、手や足のように自由に動いてくれない。

 

「真波の母親の道子が難しいしゃべりを得意としていました。真波をそれを見て育ったからしゃべりが上手い。真美も真波のしゃべりを見て育っているから出来るようになるでしょうね」

「そうかあ…。おばあちゃんはいいことを言う」

 

真美が使用する「いいことを言う」は何かの芝居で使われた台詞の流用であり、真美は使い方を正しく理解出来ていない。

真美の普段の言葉には、こういった「台詞の流用」が数多く混じっていた。

 

「芝居とはしゃべることとみつけたり」

「ふ、ふふ…」

 

文代は、真波が「真美の芝居の評価」に対して慎重に接していることを知っていた。

なので、「芝居では動きもしゃべりもどちらも大切です」などと言わず、ただ笑って話を流した。

 

               第63話「キネマのうた(11)」/おわり




以上が、私なりのアクタージュ「scene186」となります。

自分で書いてみて驚いたのですが、真波と真美のやりとりが予想以上に微笑ましいです。
この8歳の真美は皐月が担当します。
おそらくすごい完成度で「真美」を演じ切ります。
かなり可愛くなりそうです。

由衣は大変ですね。
脚本家(雪)からの要求がとても高い役です。
まあ、本番までには何とかしてくれると思います。

そしてまた環がイタズラな感じになってしまいました。
健気に雪を守ろうとする夜凪は、環には勝てないのでしょうか。
そろそろ誰かが環にがっつりと説教をくらわせないとマズイ気がします。


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第64話 「キネマのうた(12)」

 

渋谷、MHKスタジオ。

休憩時間中の夜凪は通路を歩いていて、朝ドラに出演中の役者たちとすれ違った。

「キネマのうた」の撮影現場となるDU-106とはスタジオが隣同士なので、顔を合わせる機会がけっこうある。

おそらく彼らは、外の空気を吸うために建物外に向かっている途中だ。

長丁場の撮影がずっと屋内で行われるため、そういった工夫が必要になる大変さがある。

 

ロビーに設置してあるベンチで、「大変さではこちらも負けていない」と言わんばかりに加賀銀三が身体を休めていた。

加賀は「坂田孝志」を演じる役者だ。

リラックスの極致という感じで、加賀は顔も身体もゆるめていた。

 

…坂田先生のイメージが崩壊しそうな姿だわ。

 

夜凪は、ロビーの広めの空間の中で目と頭を休めたいと思ってここに来た。

疲労の色が濃そうな加賀には声を掛けず、隣のベンチに座った。

 

以前の芸能界において、「挨拶」は必要不可欠で「絶対」の行為という扱いだった。

今の芸能界にそういう雰囲気はない。

ベテランの人たちだって毎日毎日顔を合わせる度に挨拶されたら煩わしいに決まっている。

そういった「意識」の合理化が芸能界でも進んでいる。

 

やがて沢村がロビーにやって来て、加賀と同じベンチに座った。

沢村も無言で座ったわけだが、加賀が口を開いた。

 

「いやもう、キツイっすわ…」

 

独り言のようなその一言から加賀と沢村の談笑が始まった。

加賀は、草見脚本から柊脚本への改変に伴って「役」を変えられた唯一の役者だ。

 

12歳の真美役としてオーディションにより北瀬由衣が選ばれた。

出番の少ない5歳の真美役は、犬井が選んだ子役が務める。

キャスト陣への影響は、まずこの2名が増えたこと。

そして、加賀が「船橋敏夫」から「坂田孝志」に変更されたこと。

他の出演者に「役」の変更はない。

草見脚本における「山沢明夫」は柊脚本で「宝仙通」と名前を変えられはしたが、どちらもモデルは黒澤明であり、人物としては同じだ。

 

そもそも草見脚本では映画監督にはほぼスポットが当たっておらず、小津安二郎をモデルとする人物が登場しない。

 

加賀は「坂田孝志」への変更を喜んでいた。

というよりモデルが三船敏郎の「船橋敏夫」を演じなくて済むことに喜んでいた。

これは、ある意味当たり前の話だ。

 

 

どこの役者が、三船敏郎の役なんてやりたがるだろうか。

 

 

そんな役者はいない。

黒澤とコンビを組んで世界の映画シーンを席巻した超個性派俳優、三船。

クセが強く、替えが利かない。

 

加賀は「小津映画」のファンでもあった。

それは、自身が「小津(坂田)」を演じるのとは少しズレのある話ではあるが、やはり悪い気分では無かった。

 

夜凪は談笑中の加賀と沢村に声を掛けた。

 

「私、坂田先生が入ったことでキネマのうたの面白さが跳ね上がったと思うんです」

 

加賀は目を輝かせて、

「そうなんだよ!」

と答えた。

芸術に執着する男と役者の真髄を語る女の衝突はドラマチックだ、と評価した。

 

船橋役として選ばれた加賀は、その演技力の高さにおいて犬井が絶大な信頼を寄せる役者だ。

その加賀が「キツイっすわ」と言っていた。

 

「芸術に執着する男というのがキツイんでしょうか」

「いや、違う。難しいけど遣り甲斐があるし、楽しいよ」

 

「夜凪さん。キツイのは柊さんと犬井さんだよ」

 

沢村が代わりに答えた。

真波の技法に専念すると断言しただけあり、犬井は真波の技法に関わる部分に恐ろしく厳しい。

「真波の芝居を目の当たりにした坂田の反応はそうではない」という方向で細かく指示が出される、とのこと。

夜凪は別撮りなので、10話目にして初登場の坂田のシーンをまだ見ていない。

 

そして、雪がキツイとのこと。

雪は、師匠の黒山が尊敬する小津をずっと研究してきた。

なので、「坂田孝志はそうじゃない」という許容出来ないラインが、感覚レベルで作られてしまっている。

 

「まじ、キツイっすわ」

 

そう言いつつも、加賀の疲労感は心地が良い種類の物だった。

 

沢村が、

「みんな、多分気づいてる…」

と嬉しそうに呟いた。

 

 

「この調子だと、キネマのうたはすげぇ作品になる!」

 

 

ベテランには相応しくない「青臭い台詞」かもしれない。

でも、沢村は興奮を抑えられないほどの手応えを感じてしまっていた。

 

「同感ですねえ。キツイ指示上等、と思ってます」

 

「私も、私も同感です!」

 

夜凪は、出演者が良い芝居をすればその結果として作品の出来は自ずとついてくる、と考えていた。

その考え自体は今も変わらない。

ただ、今まではそこに「長さ」という要素を入れてなかった。

 

大河ドラマは長大だ。

 

「長い」というだけで、作品の性質は大きく変わる。

長いからこそ生じる「綾」はとても多い。

時間が短い作品とは全くの別物、根底から違う物、と捉えたほうが良いくらいの差異がある。

 

 

 

柊雪作「キネマのうた」第12章の抜粋。

 

真波は、

「8歳の今を映像で残すために、映画に出てみないか?」

と、真美に話を持ち掛けた。

 

案の定、真美の反応はいまいちだ。

真美は、真波やその周囲にいる人たちが何度も繰り返す「良い芝居を届けなければならない」という品質向上の話を「正しい」と認識していた。

なので、つまりそれは自分はまだ映画に出演するべきではない、という考えに向かってしまう。

 

「お母ちゃんのようにしゃべれない私が映画に映る、それはいかん」

「いかんことがあるものか。真美は映画が好きだろう。本番でしか経験出来ない嬉しいこともあるぞ」

 

「お母ちゃん、ここは考えどころだと私は思うぞ」

「考えどころ…か。…ふふっ、考えるといい。お母ちゃんは無理強いはしない」

 

これはとても難しい問題にぶつかってしまった、と真美は思った。

何気なく、廊下に落ちる自分の影を見た。

 

…お日さまの高さか。

 

お母ちゃんは、この長さの影を映画に入れるかどうかを上手に判断する。

それはとても難しいことのはず。

とても難しいは「楽しい」や「嬉しい」に繋がりやすい。

 

映画に出るか?

出ないのか?

 

難しい。

出るか出ないかが既に難しいところが、映画の魅力だと真美は思う。

 

「魅力だとは思わんか?」

 

真美は太陽に問いかける。

太陽は人より強い。

多分とても強い。

なぜあんなものが空にぽっかり浮かんでいるのか。

 

「…! おのれっ!」

 

日光の眩しさに真美は顔を逸らす。

返事もせずに、見上げた者の顔をしかめさせ、下げさせる、お日さまの卑劣さよ。

 

「おばあちゃん!」

 

真美はずかずかと廊下を歩く。

 

「おばあちゃん!」

 

「こっちですよ」

 

文代の声は外から聞こえた。

外出から戻ってきた文代は、これから玄関に向かうところだ。

 

おばあちゃん。日傘など差すとは、なんとオシャレな!

 

真美は玄関へと駆けていく。

家の中に入ってきた文代の姿を、真美はじーっと見つめる。

 

「オシャレなおばあちゃんに難しい話をする準備があります」

「いいですよぉ。ちょーっと待ってなさい」

 

文代は買ってきた物を整理するために家の中へと消えていった。

真美は玄関に文代が置いた日傘を睨んだ。

 

こしゃくな…。

傘は雨の日に使うのが決まりだ。

何処の誰が、これを使ってお日さまに立ち向かおうなどと考えたのか。

 

オシャレだから許される。

もし女の人が日傘を傾ける絵面が無様だったら、こんなものは使う価値がない。

 

「こんな綺麗な色に塗りおって…」

 

真美は日傘を広げ、デザインの美しさに悔しがる。

真美の中では、太陽に顔をしかめてしまった自分の芝居は失敗で、見事に日傘を使いこなした文代の芝居は成功だ、という解釈になる。

 

やがて、お茶を二人分用意された居間で真美と文代の話が始まった。

 

「芝居は奥が深いと思い知らされます」

「それを言うのは、真美にはちょっと早い気がするわねえ」

 

「お母ちゃんに映画に出ないかと言われました」

「いいんじゃないかい」

 

「私は負ける。みじめに。悔しく。(難しい)の(嬉しい)が消えるほどに」

「ほー、難しい話ってのはほんとに難しい話だね、それは」

 

「わかってくれますか、おばあちゃん。私の苦しさが」