鬼神の世話役〜青年と少女の記録〜 (誠家)
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第1話 出会い

ドタバタコメディとか言っときながら第1話ちょっと暗めです。すんません


建物を、重い足を上げながら進んでいく。

ここ最近の任務で、俺の肉体に疲労はかなり溜まっていた。

だが、それでも仕事は舞い込む。

 

「部隊長!クレイ部隊長、報告であります!」

「アァ?ンだよ。」

「違法薬を取り扱っている集団のアジトを突き止めました!摘発に向かうべきかと!」

「…そうかよ。」

 

俺はまた歩き出す。

 

「如何致しますか。」

「今すぐ部隊の全員を武器庫に招集。さっさと潰すぞ。」

「ハッ!」

かけていく部下を尻目で見ながら、俺は無意識にため息。空を仰いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふむ、奴らは西側の過激派の集団か。これで今月に入って3つ目の摘発。悩み事は多いな。」

「…」

「とりあえず、第3部隊の活躍、とても感謝している。報告お疲れ様。戻っていいぞ。」

「ハッ!」

「…失礼しやす。」

「…ああ、部隊長は残っててくれ。少し話がある。」

「…ウィッス。ミゼル、書類関係は頼んだ。」

「…分かってますよ。」

「アァ?なんだその嫌そうな目ェ。何のために現場から遠ざけてると…」

「ちょ、分かりましたから短剣しまってください!」

 

部隊長と呼ばれた青年は、後ろの部下に声をかけた。部下は少ししかめっ面を作ったものの、短剣を突きつけられた途端すぐに下がっていく。

 

「相変わらずだな」

「フンッ、妻子がいて戦闘から遠ざけてんのに、書類整理にまで文句言われてちゃやってらんねェよ。」

「そう言ってやるな。お前も家庭を持ったらどうだ?多少は気持ちがわかるかもしれんぞ?」

 

「ハッ、冗談は社交の場でしてくれ。…俺にそんな相手いるわけねぇだろ。あんたみたいな、軍の最高幹部サマとは違ぇんだよ。」

「そんなことは…いや、いい。本題はそれじゃないんだ。…少し座らないか。」

「おぉ、お言葉に甘えて。」

 

2人は部屋の端にあるテーブルに、向かい合う構造で座る。

 

「単刀直入に言うとね。君に、もう1人部下を付けたいと思ってる。構わないか?」

「アァ?またかよ…これで何人目だ?」

「元々君のやり方が乱暴だから抜けていくんだが…?」

「細けえこたァいいんだよ。それで、なんでまた入れるんだ。今でも十分回ってんだろ。」

 

「いや、まだ十分とは言いきれない。なぜならダメージを負うこともあるのだから未だ改善の余地はある。」

「…まぁ、俺頭悪ぃからそこら辺はミゼルの野郎に任せてるからなァ…いいぜ、歓迎してやる。続くかどうかは別として、な。」

「ああ、それでいい。…今夜の8時辺りに向かわせるから。対応はそちらに任せたぞ。」

「アァ、了解した。…話はそれだけか?戻るぞ。」

「ご苦労さん。引き続き頑張ってくれ。」

「アァ。」

 

白髪の男性の言葉に、クレイはそう言うと、席を離れて、扉の方に向かう。しかし、数歩歩いて立ち止まると、また話しかけた。

 

「…にしても、そこまで気にすることかァ?」

「…?何がだ。」

 

()西()()()()()()()()()()()だろ。1年も前によォ。休戦協定が結ばれたってのに、随分と殺気立ってんだな。」

 

「…フッ…」

「アァ?なんか可笑しいことでも言ったか?」

「いや、その通りだなと思っただけだよ。…休戦協定なんて結んでも、結局は疑心暗鬼なんだ。…分からんもんだな、人も。」

「ハッ、知らねえよンなもん。俺ァ小難しいことは苦手なんだ。そういうのはそっちでやってくれ。」

 

「なァ、大将サンよ。」

 

「じゃあな。」

 

部屋から出るクレイを、白髪の男性は見送り、その後おもむろに卓上の受話器を持ち上げた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「来ねェ。」

第3部隊専用の大部屋。

そこの少しデカい席に座りながら、クレイはボヤく。彼はもう一度時計を確認する。

見ると、時間は8時を優に越えており、今や9時になろうとしていた。

それを確認してから、クレイのこめかみがピクピクと動き怒りを示す。8時に向かわせると言っておきながら全くもって来訪者が来ない。

その様子を見ていたミゼルはため息をつく。

 

「からかわれたんじゃないですか?あの人なら普通に有り得ますし、それに大概退職者の多いうちに割く人員なんてそうそういませんよ。」

 

「アァ!?じゃあ何かァ!?俺はあのジジイのクソどうでもいい茶番に付き合ったおかげでこんな時間まで待たされたとそう言いてぇのか!?」

 

「そう言いたいというかそうでないかと。」

「ハァ!?マジざけんなよあのジジイ!次会ったらあの白髪全部引き抜いてやる!もしくは服全部引き裂いてやる!」

「やる事が何とか一定のラインに収まってますね。」

「っるせえ!帰って寝る!」

「はい、鍵閉めはしとくんで、お気をつけて。僕もすぐ帰ります。」

「知るか!勝手に帰れ!」

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「ああー、イライラするぜ…!」

 

人通りの絶えない長い一本道。

彼の帰路である、その道を歩きながら、彼はブツブツとボヤく。やがて、少し離れたところに歩く少年が声を上げる。

 

「ママー、あの人…」

「しっ、やめなさい!」

 

クレイを、指さしている事をやめさせると、少年の母親は少年を抱えて走り去っていく。

 

「…ったく、聞こえてるっつーの。」

 

誰にも聞こえない音量で呟くと、クレイは頭を掻きむしった。

見ると、彼の周りには一定の隙間があった。

これは、たまたまこうなっている訳では無い。いつもこうなのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

かつて、一年前まで繰り広げられていた西と東の戦乱。これにはあらゆる武勲をあげるもの達がいた。

その中でも、侵略、撃墜に関して多くの武勲をあげたのが、クレイだった。

 

その話題は、瞬く間に市民中に広がった。

国民はそれを称えた。

 

…たが、それも、長くは続かない。休戦協定が締結された後、国民はすぐに気づいた。

 

『彼は、いったい何人の人を殺したのか』

 

そう思い出すと、溢れる疑念と恐怖を抑えきれなかったのだろう。人々は次第に、彼を避けだした。

彼を称えていたもの達はその口を閉ざし、国史上最凶の《大量殺人鬼》の話題はまったく上がらなくなった。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「ま、元から慣れてたけどな。」

 

元々、劣悪な環境で育ち、軍の中でも異端として扱われていたクレイにとって、それは苦行ではなかった。

所詮、今までと同じこと。周りからチヤホヤされる方が何か気持ち悪い。

それよりも…

 

「クッソあのジジイに一杯食わされたってのが1番ムカつくなァ…!」

 

歯がギシギシと鳴り、クレイは足早に帰路を急いだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「ア?電気点いてんじゃねえか。」

 

家の前に到着したクレイは、そうボヤく。

彼の家は、住宅地にある2階の一軒家。

正直ここまで大きなものにするつもりはなかったが、およそ数ヶ月前、今の軍の大将に命令されて、仕方なく購入したものだった。

実際、ものの置き場所が多いのはいいが、掃除なんかはまったくやっていない。

まあ、アパートですらやることは無いのだが。

しかし、電気が点いているというのはどういうことか。

 

「…ま、大方俺が消し忘れたんだろ。」

 

そう結論付けて、彼は鍵穴に鍵を差し込んだ。

 

「…開いてる。」

 

そこで、微かな警戒心。

彼はそのままドアを開けた。

 

「……」

 

しばらく注意を払うが、何も起きない。

どうやら待ち伏せということは無さそうだった。いつもと変わらない玄関を見ながらドアをくぐると…

 

「アァ?」

 

…予想外のものが、リビングのドアから姿を現した。

ヒョコリと顔を出し、こちらを見つめる青い瞳。薄汚い肌に、髪は長い金髪。しかし手入れはあまりされていないのか所々跳ねていた。体はクレイと比べると棒のように細く、その体は簡素な服に包まれていた。

そして、暗い、湖のような瞳でクレイを見ながら、少女は呟く。

 

 

「…おかえりなさい、ご主人様…?」

 

 

クレイはしばらく固まっていたが、やがて顔を手で覆って、ため息つき、天を仰いでから…

 

「…クソジジイィィィィィイイイイイ!!」

 

そんな怒号が、こだました。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

『おお、クレイじゃないか。どうした?』

「どうした?じゃねえだろジジイ!何勝手に俺の家にガキンチョ連れ込んでんだ!テメェの趣味はテメェン家で発散しろ!」

『おいおい誤解をするな。別に私は幼女は好きじゃない。どちらかというと大きい方が好きだ。胸も尻も。』

「いらねえよその情報!」

『大声を出すな、電話が壊れる。』

「んな事より!マジでなんで俺ん家にガキがいるんだよ!絶対ぇあんたの仕業だろ!」

『決めつけは良くない。まあ、事実だが。』

「ならすぐ認めろや!」

 

『それに、私は言ったぞ。「お前に部下を付ける」と。』

「ハァ!?それこのガキンチョのことかよ!悪ぃが俺もそんな趣味ねえぞ!」

『知ってる。というかお前は女にあまり興味がないだろ。』

「第一、部下って言いながらガキだし、俺ん家に呼ぶなよ!呼ぶなら部隊室に呼べよ!」

『何を言う。その子は部隊に入れんぞ?子供をそんなところに巻き込むわけなかろう。』

「…あんた、18の俺をスカウトしなかったか?」

『18は大人だ。…その子は部下は部下でも部隊の部下ではない。』

 

『お前専属。身辺世話係として雇った。』

 

『ま、執事やメイドに近いかな。』

「アァ!?ンなもんいらねえ…」

『言っただろ。お前はたまにではあるが負傷する。かつて戦場で鬼神と呼ばれたお前がたかだか素人集団に手傷を負わせられるということは、それだけ体に負荷がかかっているわけだ。それは十分な休憩が取れていないからだろう。』

「ンなことは…」

『最近はまともな飯も食ってないだろ。』

「グッ…」

 

言い淀むクレイに、ため息をつく。

 

『お前のことだ。国民に避けられているからなるべく外出しないようにしてるんだろ。おかげで外食もせず、インスタントで済ませてるんじゃないか?』

「…お見通ってか。チッ、ムカつくぜ…」

『元々、こうなったのは我々上層部がお前の功績を国民に大々的に報じたからだ。その責任は私も感じてる。』

「それがなんでこのガキに変換されんだよ。」

『その子は掃除、食事の家事全般でかなりの腕を持っている。お前のいい世話人になると思ってな。』

「ざけんな!なんで俺が子守りまでしなきゃなんねえだ!ドアの前に置いとくから迎えを…!」

『その子は、捨て子だ。』

「アァ…!?」

『しかもタチの悪い、倫理的概念が形成された後に…一定期間成長した後に捨てられた最悪のケースだ。おそらく少女の中にトラウマもあるだろう。…そんな子を、お前はまた捨てるのか?』

「…ンなの、そのクソ親のせいだろうが。俺は…」

 

『なら捨てろ。迎えの車を出そう。凍える少女に、怯える少女に罵声を投げつけ、外に放り出せばいい。その後彼女がどうなっても知らないと、お前は言うんだな?』

 

「…ッ…」

 

蘇る、記憶。

彼の中に鮮明に刻まれた、忌々しい記憶。

悪夢のような日々。

それと同じことを、俺は…

 

『…どうする。』

 

問いかけに、クレイは息を落ち着けた。

 

「…この偏屈ジジイ。卑怯にも程があんだろ。」

『卑怯でなきゃ、この地位に居らんよ。』

「クソが…」

 

唸り、チラリと少女に視線を送り、またもため息。

 

「…わぁーったよ。あんたの策略に乗ってやる。何考えてるか知らんがな。」

『それは良かった。丁重に扱ってやれよ。』

「やり方は俺なりで行くからな。」

『ああ、それじゃ。』

 

ガチャリ。

受話器を置き、少女を見る。

少女はそれに気づくと、ソファを降りて頭を下げた。

 

「なんなりとご命令を、ご主人様。」

 

その歯の浮きそうなセリフに、クレイはしかめっ面を作る。

 

「ご主人様はやめろ気持ち悪い。」

「…?なら、どう呼べばよろしいですか…?」

「俺はクレイ。名前で呼べ。」

「旦那様…?」

「頭悪ぃのか。クレイでいい。」

「…クレイ様。」

「様は要らん。呼び捨てにしろ」

「…クレイ…」

「いいか、普通に生活してもいいけど、俺の命令には従え。それが最低限だ。」

「…了解、しました。」

「あと、敬語も使うな。気持ち悪い。」

「…分かった。」

「よし、まずは…」

 

「お前風呂入ってこい。汚すぎる。」

 

「…お風呂?」

「…まさか入ったことないなんて言わねえよな。」

「…入ったことはある。…と思う。ただ、入り方忘れた。」

「チッ、マジかよ…どんだけクソ親だったんだ…」

「あの…」

「もういい。こっち来い。」

「え…?」

 

クレイは少女の手を掴んで引っ張る。そのまま入ったのは、浴室。

彼は蛇口を捻ると、温度を確認して、少女に向き直る。

 

「風呂ってのはここに湯を張ることだ。それはわかるな?」

「…うん。用意はしてた、から。」

「アァ?用意はさせてたのに入らせてなかったのか?…マジめのクズか。」

「…えと…私…何かした…?」

「なんでもねえ。湯を張ったらここにあるお湯で体を流して、体を洗うだけだ。分かったな?」

「…どうやって、洗うの?」

「………やるしかねえか」

 

「あとは自分で出来んだろ。そこの鏡みて、綺麗になったらここにあるタオルで体を拭いて、服着て出てこい。」

「…分かった。」

 

多少体、髪の洗い方についてレクチャーして、クレイは浴室を後にする。そして襲う疲労感。

 

「…逆に疲れてんじゃねえか。」

 

本末転倒だな、と彼はボヤく。

しばらくして、少女が姿を現す。

 

「…出た。」

「あそ。なら俺は寝るから。お前も寝るなら寝ろ。2階でもなんでも使え。」

「…分かった。」

 

それだけ告げると、彼は眠った。

今日あったことが一気に疲労感として襲いかかり、彼の目を閉じさせた。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「…便所」

深夜、目を覚ます。

微かな尿意と共に覚醒した俺は、ソファから立ち上がった。しかし、背中にかかる重量。

見ると、少女が眠ったまま、俺の背中のシャツを握りしめていた。

そして、開かれた口から漏れる言葉。

「…おと…さ…ん…」

いったい、どんな夢を見ているのか。

俺の事を、親父だとでも思っているのか。

大体、自分を粗雑に扱った人間にまだ未練があるのか。それがほとほと謎だった。

 

「…ったく…面倒臭ェ…」

 

そんな呻きと共に、俺は少女の手を払った。




次からホッコリ出来ますように


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第2話 少女の家庭と決意

…主人公の性格安定させんのやっぱムズい。


「クレイ、クレイ。起きて。」

「ん…アァ…?ンだよ…まだ5時じゃねえか…も少し寝させろよ…」

「そうはいかない。許可とレクチャーをくれなきゃ、朝ご飯作れない。」

「レクチャーならする必要ねえだろ…たく…」

クレイは欠伸をしながらキッチンまで移動すると、棚を開けた。

「調理器具なんかはここにあるもん使ってくれたらいい。火はここ捻りゃ出るから。水はそこの蛇口使え。あと今日はパンがあるから朝飯はいらん。飯作んのは今日の夜からでいい。」

「…分かった。」

「…じゃ、俺は寝る。」

「…うん、分かった…」

 

「ふぁ…あ…」

昼。

大きなあくびに、隣に座っていたミゼルが反応する。

「おや、寝不足ですか?」

「アァ、ちぃと面倒な案件が昨夜舞い込んで来てな。それの対処に追われた。」

「へえ、隊長が苦戦するということは、総指揮官からの書類整理ですか?」

「どちらかというと身辺整理に近ェ。ガキの子守りを任された。」

「ふむふむ。……ええ!?」

「…ッせぇな。耳元で大声出すなよ。」

「す、すみません…ただ、隊長にそんな趣味があるとは…」

「ぶっ飛ばすぞ。」

「そう言いながら拳を準備しないでください。」

キリキリと握りこまれる拳に、恐怖の目をミゼルは向ける。

ハァとクレイは背もたれに背中を預けた。

「ガキの面倒なんざ見たこともやった事もねぇからやり方が分かんねえ。」

「ええ、僕も子供の世話には苦労して…」

「その話なら何回も聞いた。」

「釣れないなー…せっかくの幸せエピソードを…」

「聞いて欲しいならバリエーション増やしてこい。」

「おや、今度はどこに?」

「大将サマに呼ばれてるんでちょっと離れるぜ。任務あったら無線で呼んでくれ。」

「了解でーす。」

 

「やあ、よく来たな。」

「昨日の電話ぶりだな、大将サン。」

「ははは。ま、座りたまえ。」

総指揮官のススメに、クレイは昨日の座った席に座る。

昨日と同じ構造で、総指揮官は両者の前にコーヒーを置いた。

クレイはガムシロ多量とミルク多量をそれぞれ入れる。

「相変わらず、甘党だな。」

「糖分取らなきゃやってらんねェよ。…で、今日は何の話だ?」

「いや、昨日のことについて少しね。…すまなかった。正直に言うと君は頭ごなしに否定し、受け入れないと思ってな。」

「ま、今もまだムカついてはいるが、俺にも落ち度はあったからそこはさほど気にしてはいねぇよ。…ただ、なんで突然あのガキを引き取った?んで、わざわざ俺に預けた理由はなんだよ。」

「…彼女は、軍人の娘だった。軍人の父と主婦の母。両方から虐待を受けていた。父は母と子に暴力をふるい、母は子に暴力をふるった。…先月亡くなった、二番隊の副隊長を覚えてるか?」

「覚えてねえ。確かミゼルが愚痴ってたってェことぐらいしかな。」

「ま、お前はそうだろうな。ここで言うと、同僚からの苦情が絶えず、いくら処分を下しても、全く動じない。そんな奴だ。…アイツはあの子の父親だった。どうやら妻に殺されたようだ。そして、その妻も夫を殺した後に…」

総指揮官は、首を振った。

クレイはしかめっ面を浮かべる。

「で、自殺したと。…胸糞悪ぃ。」

「いやまったくその通り。…おかげでその現場を見ていた少女は、精神的ストレスで感情を無くしたかのようになった、という訳だ。いやはや痛ましい。」

「俺からすりゃ、浅ましいもんだけどな。」

「…そんなわけで、軍としての失態と上層部は見ている。これを解消するためには、何としても、あの少女を真っ当に生きさせなければならない。」

「つまり、クソみたいな親と軍の尻拭いを俺がしなければならねェと。そう言うことか?」

「理解が早くて助かる。…私からも頼む。これは、重要なことなんだ。」

「悪ぃが、受けようにも俺には子育てなんて言う知識はない。俺が持ってんのは言葉に筆字、多少の軍事知識と、人の殺し方ぐらいのもんだ。…真っ当な生き方をさせたいなら、もっと適任な奴がいる。それでもか?」

「…ああ、それでも、私はお前に頼みたい。…出来るか?」

「…拒否権はねぇんだろ?なら、やるしかねぇ。…めんどくせぇが、これも仕事だ。」

「…感謝する。それなら大丈夫だろう。」

「ハッ、勝手に納得してんじゃねェよ、クソジジイ。…まだ、どうなるかもわかんねぇんだからな。」

もう言って、クレイは部屋を出て、後にする。

残った総指揮官はコーヒーに口を付けて、天井を仰いで、ため息をつく。そして、呟いた。

「大丈夫だよ、お前なら。」

 

ーー弱さと痛みを知ってる、お前なら、な…ーー

 

 

時刻は午後7時頃。

クレイはペンや短剣などを片付ける。

「お、もう帰宅ですか、隊長?」

「アァ、気になることがあってな。先失礼するぜ。」

「えぇ、大丈夫ですよ。」

「…他の奴らは?」

「今日は仕事ないから先に帰らせましたね。基本的に僕らは無線で報告しあってるんで大丈夫でしょ。」

「そりゃそうだ。」

「…ねえ、隊長。」

「ア?ンだよ。」

「女の子襲っちゃダメです…」

シュビッ ストッ!

「悪い手が滑った。壁に刺さったそのペン片付けといてくれ。」

「…ひゃい。」

 

人々を縫わずに、クレイは通りを進んでいく。相変わらず勝手に出来る隙間はこういう時楽でいい。

「らっしゃいらっしゃい!揚げたてのコロッケだよ!美味しいよー!」

「…」

今日ぐらいは飯を買って帰るかと考えるが、そう言えば少女に朝の内に調理器具の場所なんかは教えてあるんだったと思い至る。

「…あのガキ大丈夫かァ?」

台所自体(一応)クレイが使う前提で設計されているため、少女には少し高いだろう。

それに、もしかしたら逃げているという選択肢もある。自分のような粗雑なものと一緒にいたいと思うものは、そうそういないだろう。

「ま、それならそれで仕方ねぇがな。」

彼はいつもの歩調で通りを歩いた。

 

「…電気は点いてねえ。」

家の前で彼は呟く。

見ると、昨日点いていたリビングなど全ての電気は消えていた。空を見ると、夕焼けの赤色はほぼ無くなっており、黒が占領しているため、電気を使わない時間帯はとうに過ぎている。

つまり、結論はかなりの確率で一つに絞られるだろう。

「…ま、元の生活に戻るだけか。」

正直、決意を多少固めてきたクレイにとっては少し肩透かしというか、拍子抜けな話ではあったが。

それを少女が決めたなら、別に追い回すことでは無い。

「…パン余ってたっけなぁ。」

そうボヤきながら、ドアを開ける。

開いていたということは、鍵を閉めずに出て行ったということだ。それもそうだ。彼女に合鍵は渡していない。

「ま、あのガキが逃げたなら当たり前か。」

彼はドアを開けて、くぐる。

…しかしそこで、違和感。

暗い家の中。しかしリビングにあるひとつの気配。

彼は数多の戦闘において、近くの部屋の《人の気配》を読み取れるようになっていた。

勿論勘違いの時もあるが、しかし彼はドアを閉めると、玄関の電気をつけずにそのまま腰に装備していた短剣の柄に手を添えた。

そのまま猛然とダッシュし、電気のスイッチを入れる。灯りが着いた途端、照らし出されるリビングの状況。

…そこに居たのは、金髪の少女だった。

「…ンだよ、いんじゃねぇか。」

少女は首をコテンと傾げる。

「駄目…だった…?」

「別に駄目でもねえし、攻めもしねぇが…ただお前、何してんだ、ソファの上で。」

「…?クレイを、待ってた。」

「まあ、それなら良いけど…なら、なんで電気付けねぇんだ?暗くて何も見えねえだろ。」

「…つけていいって、言われなかった。」

「ア?誰から。」

「クレイに。」

「俺に?いや別に俺から許可を貰う必要なんざ…」

そこでふと、クレイは気づく。

朝の会話を思い出して、少女に問う。

「なあ、ガキンチョ。お前なんで家のドアの鍵閉めなかったんだ?お前1人じゃ危ねぇだろ。」

「…?クレイに、言われなかった、から…?」

その瞬間、ああなるほど、と彼は腑に落ちる。朝の許可という言葉。そして彼女の奇妙な行動。

『…こいつは、人から()()()()()()()()()()()ようになってんのか。…いや、そう育てられたのか。』

ひとつの仮説と共に、クレイは少女にもう一度問う。

「おいガキンチョ。今から少し嫌なことを質問する。答えたくねえなら答えなくていい。いいな?」

「…うん。分かった。」

「お前、前の家で勝手に電気つけたら何された。」

「『お前が電気代を増やすな』って酔ったお父さんに殴られた。」

「ドアを勝手に閉めるとどうされた?」

「『娘が親を閉め出すな』って、同じように殴られた。」

「…母親にはどんな時に殴られた?」

「少しだけおねだりしたら『そんな余裕はない』って殴られた。」

「…それが、どのくらいあった?」

「…?お父さんは優しい時以外は毎週私とお母さんを殴った。お母さんは優しいから数日に1回くらい。」

「なるほどねぇ…」

案の定、いや想像以上のクズだった。

特に父親。元二番隊の副隊長っていうのは鼻で笑いそうになるが、そもそも俺が真っ先に殺すレベルのクズだ。まあ、生きてればの話だが。

母親はまだ救いがある。大方夫の暴力に耐えられずに手を出してしまった口だろう。まあ、それでもクズはクズだ。同情はしてやるが肯定はしてやらない。

「ま、いいや。そこら辺の小難しい対処はミゼル達の仕事だ。俺の案件じゃねぇ。」

「…?」

「いや、こっちの話だ。お前にゃまだはえぇことだよ。…それより、お前なんで逃げなかった?普通なら、こんな男の元去ってくもんだろ。」

「…よく分かんないけど、クレイの元を去るって選択肢はなかったよ。」

「ア?なんで。」

「だってクレイ、朝ご飯くれた。一緒に寝てくれた。色々教えてくれた。…それに、私はクレイに買われたんでしょ?なら、出ていく理由は、ひとつもない。」

彼女は、一切表情を変えず、そう言い切る。

その言葉に、クレイは少しだけ硬直していたが、やがて「ククッ」と喉から笑い声を出す。腕を組み、肩をふるわす彼は確実に笑っていた。

「…なにか、おかしなこと言った?」

「いや、なに…おかしな奴も世の中にはいるもんだなと、そう思っただけだよ。」

「…?どういうこと…?」

「知らなくていい事だ。ンなことより、飯だ飯。用意出来てんだろ?」

「うん…あっちのテーブルに…」

「じゃ、さっさと食うぞ。そんで風呂入って寝る。」

「…うん、分かった。」

「あと、俺ァお前を買ったんじゃねえ。お前を《雇った》んだ。お前は奴隷でもなけりゃ売春婦でもねえ。ただのガキンチョってことは忘れんなよ。」

「うん…でも、未成年の雇用って犯罪だよ…」

「あー、知るか知るか。小難しいのは嫌いなんだよ。ほれ、行くぞ。」

 

 

 

2人の生活は、ここからようやく始まった。




最後はちょっとホッコリした…かなぁ…多分。


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第3話 第3部隊

ほっこりコメディていうの訂正します。

完全にラブコメになりましたわ。


《第3部隊》

それは、クレイの所属する、軍のひとつの部隊の名前である。

そこは、軍の中でも《異端》として扱われてきた。

と言うのも、国法の第12条・銃使用禁止を彼らは()()()()()()()()で破ることが出来る。

それだけ上層部からの信頼も厚いのだ。

 

「信頼ねえ…」

「どったの、隊長?」

クレイの呟きに、隣にいた少女が首を傾げる。クレイはため息をついた。

「いや、何でもねェ。…で、ミゼル。目標についたが、情報頼む。」

『了解です。』

クレイの声に、メンバー全員の耳の無線から声が出る。

『ひとまず、相手組織の人数は34人。根城の建物は二階建てのコンクリ作り。部屋自体は多くないですが、中の部屋7つに大部屋が2つ。』

「副長。武器の情報はありましたか?」

『ちょっと待って。…武器は旧式の猟銃とナイフ。情報だけならそれだけらしいけど…』

「まあ、他の物も持ってるでしょうねえ。」

「だな。そこは各自対応ってことでいいなァ?」

「はーい」

「了解です」

「了解。」

 

遅れた。ここで人物紹介と行こう。

まず最初にクレイに反応した少女。

黒髪を右側でとめた、青い目をした少女。

名前はユキナ・アズマ

出身は東洋。

次にミゼルへ武器の情報を求めた青年。

藍色の髪に、黒く細い縁の眼鏡男子。

名前はシン・アンドリュー

超真面目。

そして、最後。

長い赤色の髪に、少し暗い赤い目の女性。

名前はカレン・キャンベル

いわゆる大人の女性。

 

「さて、おめェら、武器の調整はちゃんと終わってるか?」

「もっちろん」

「愚問ですね。」

「ええ。」

三者三様の、しかし同一な答えに、クレイはニヤリと笑う。

「じゃ、こっからは分かるな?」

それには、3人とも笑みで答える。

 

「掃除の時間だ。」

 

 

「おじゃましまーす」

「おいユキナ、あまり大声を出しては近所迷惑だろう。」

「どこに配慮してんだテメェは。」

「真面目ねー♡」

まるで緊張感のない突入。

それと同時に、最初の横の部屋で声がする。

「おい、誰だテメェら…」

ダァンッ!!

クレイの、引き抜かれた銃口から発射される弾丸。

それは見事に男の頭を貫く。

横にいたもう1人も慌てて銃を構えるが、その時には既にカレンの弾丸が発射されていた。

「がはっ…」

「あ、ずるいよ2人共!抜け駆け禁止!」

「早い者勝ちよぉー」

「こういうのは後出しの方が強ェんだよ。」

そう言いながら、進む足はとめない。

「大丈夫だユキナ。どうせさっきの銃声でゴキブリ共は寄ってくる。」

「それもそっか。よーし!みんなで競争だね!」

「する気もねェし、するメリットもねェだろ。」

「一応戦果は上がって金は貰えますね。」

「あら、私はお金好きよぉ。イケメン君にあげるお金が増えるわあ。」

「ボクも隊長とのお出かけで使うお金増えるなら大歓迎!」

「お前と出かける予定はねェよ。」

そう言いながら階段を上る4人。

その上に3人の男が立ちはだかる。

「止まれ!止まらんと撃つ…」

ダァンッ!ダァンッ!ダァンッ!

「それ言う前に撃ったら?」

脳天を撃ち抜き、笑顔で告げるユキナ。

屍をなんの動揺もなく飛び越える。

「未だにあんな脅しが効くと思ってるんですかね?」

「この組織下っ端だから俺らのこと知らねェんだろ。にしても不用心だがな。」

「ていうかこいつら殺していいの?」

「情報取るために1人2人は生かしとけ。あとは始末しろ。」

「りょーかいっ!」

「分かりました」

「分かったわぁ」

4人の前に2つに分かれた通路が現れる。どうやらこの先に2つある大部屋があるらしい。

「右か左か。2択ですか…」

「多分どっちかにボスがいるんだろうねー…いた方が給料アップ?」

「まあ、戦果としては上がるんじゃない?」

「どうでもいいだろンなこたァ。…俺は右に行く」

「じゃ、ボクも。わーい隊長と一緒〜」

「やめろ暑苦しい。」

「なら、俺とカレンさんは左に…」

「あら、シン君にエスコートされるの?良いわねー。」

「いえ、一本道ですが…一生懸命やらせてもらいます。」

「うへぇ、相変わらずクソ真面目。」

「君はもう少し真面目にしろ。ユキナ。」

「いいから行くぞォ。いいか、ボスは白髪でくせっ毛跳ねててグラサンのやつだ。そいつとその横にいるやつは殺すな。」

「「「了解」」」

 

彼らは、人を殺すことに、躊躇しない。

というか、躊躇するような人材はその部隊ではやっていけないのだ。

彼らがこなす任務の標的は、その全てが《薬》の売人や過激な組織などの《裏組織》。つまり、人を殺すことをなんとも思ってないヤツら。

 

そう、躊躇ったら、《殺られる》。

だから、躊躇うものはいられない。

 

この部隊には、先の戦乱で一定以上の功績をあげたものが配属される。

だが、その者達の中には、人を殺すことで錯乱した者や、人を殺しすぎて兵役を退いた者達もいる。

だからこそ、自然とこの隊は少数になり、今のこのメンバー達に落ち着いているわけだ。

 

ガヤガヤガヤガヤ

街中の酒場。

賑わうそこで席に座る、4人の男女。その中で、赤髪の女性がグラスを傾けた。

「ブハー!!」

「ちょ、カレンさん…飲み過ぎですって…!」

「やー!仕事の後の1杯は最高だねー!!」

「でーたよ、この酔っぱらい。」

「あんまり飲みすぎて、明日に持ち越さないでくださいよ、カレンさん」

「もー、ミゼル君も真面目ねー。良いじゃない、こんな日くらい。」

「いつもそう言ってるじゃん。」

「今日思いっきり平日だしな。」

「明日普通に仕事もありますからね。」

「んもう!釣れないわね三人とも!」

「あーあー…こんなおばさんとじゃなくて、隊長と飲みたかったなー…」

「誰がオバサンよ、このガキンチョ!!」

「ムカッ!ボクはもう20歳だよ!!三十路の呑んだくれ!!」

「なんですってキィー!!」

 

「騒がしいなぁ…」

避難した2人の片方。ミゼルはそう言って笑う。

「だいたい飲みに来た時はあんな感じですけどね、カレンさんは。」

それにもう一度笑うと、ミゼルはポケットから棒付き飴を取り出して、口に咥える。

「…副長、いつもそれ口に入れてますよね。好きなんですか?」

「んあぁ?いや、タバコの代わり、かな。禁煙してから、どうも口が寂しくてな。」

「結婚してから、やめたんでしたね。」

「ああ。嫁さんも妊娠してたし、いいヤメ時かなって。」

「子供、何歳でしたっけ。」

「7歳。俺が18の時にはもう妊娠してたからな。俺の誕生日の前の月に産まれたんだ。」

そう言って夜空を見上げるミゼルの横顔は、何処か大人びたものがあった。それこそ、シンと5つしか違わないのに。

「どした?」

「…いえ、なんでも。…そういえば、隊長は相変わらず飲みに来ませんね。」

「ま、あいつはあいつなりに気ぃ使ってんだよ。」

「それは…俺たちにですか?」

「それもあるし、国民にもだよ。」

ミゼルは、まるで煙を吐くように、飴を取り出して息を吐いた。

「あいつの大戦での功績は、それこそ他と比べても圧倒的だった。兵士としての役割は十二分に果たしてる。…ただ、軍はそれを利用した。」

「圧倒的な戦果を上げ…凄まじい数の人間を殺したことを国民に晒すことで、《軍》への恐怖を、《人》への恐怖に急転換させたんだ。」

「それによって、軍部は未だ讃えられているのに、《1番の功労者》は未だに日の目を見ていないわけですね。…発想がクズすぎる。」

「同感だ。…ただまあ、クレイ自体はあんまり注目されんのはいやらしいから、あいつにとっちゃ結果オーライなのかもな。」

「…だといいですけどね。」

 

11月の秋空の下。

もはや秋から冬へと変わるこの季節。

クレイはゆっくりと道を歩く。

「さっむ…」

ポツリと呟き、周りに誰もいないまま、上着にくるまって、しかし急ぎもせず歩を進める。

今や時刻は8時過ぎ。

いつもは活気づいている通りも、露店はしまっているためいつものような活気はない。ただ、酒場の前を通るとかなりの音量のどんちゃん騒ぎが聞こえる。

「…」

ああいうのは、2回だけ経験したことがある。

軍部に入りたてのころ。まだ軍の奴らが俺のことをあまり知らなかったころ。

絡みがウザかったのもあるが、そこそこ楽しかったのは、今も覚えてる。

ただ、その後は、誘われる事どころか近寄られすら無くなったが…

「だァー、やめだやめだ!」

そう言って自身に出てきたよく分からない感情を切り捨てる。

この道を選び、あの戦場に赴いたのは、誰でもない彼の決断なのだ。なら、後悔することほど惨めなことはない。

やがて、彼の住まう家に着く。

その家の電気は、点いておらず。

そしてその光景に、クレイは小さくため息をついた。

()()()()()()()()()扉をゆっくりと開けて、家の中に入る。

玄関の電気をつけて、鍵を閉める。

やがて、近くの扉から1人の少女が姿を現す。

パタパタとスリッパを鳴らして、少女は近づく。

「おかえりなさい、クレイ…」

「あァ。悪ィ、遅くなった。」

「ん…ご飯、出来てるよ?」

「おう。」

そう言って、クレイは腰を下ろして靴紐を解いて靴を脱ぐ。

「ああ、そうだ。()()()。」

「…?なに?」

「お前、また電気付けてなかったじゃねェか。それに、ドアの鍵も閉めてなかったし。」

「あ…ごめん。忘れてた…。」

「ったく、気ィつけろよな。俺だっていつも助けに行けるとは限らねェんだからな。」

「ん…」

そして、サフィはゆっくりとクレイの持つ手提げカバンを持ってリビングに戻りかけるが、ピタリと足を止めて、クレイを見た。

「アァ、どうした?」

「…助けてくれるの?」

「何が?」

「…私が困ってたら…クレイは、助けてくれるの?」

キョトンと。

首を傾げて、聞く彼女に。何処か羨望の眼差しにも似たそれを向けてくる彼女に。

クレイは少し黙って、軽くため息をついた。

腰を上げて彼女に近づいて、ポンと頭を軽く叩いて、言う。

「俺ら軍人ってのはな、相手がどんな野郎であろうと《善良な一般市民》を守らなきゃなんねェ。そこに血縁関係なんてもんは関係ねェし、老若男女なんてもんも勿論関係ねェ。」

そしてわしわしとサフィの頭を乱暴に撫でる。

 

「お前が《善良な一般市民》で居続けるなら、俺らはいつだって助けてやるよ。」

 

クレイの言葉に、一瞬驚いた顔をしたが、やがてサフィは少しだけ笑う。

「…うん。」

「…ようやく笑ったな。」

「…ぇ?」

「お前と会ってから2週間。クスリともしなかったくせによ。まあ、相変わらず目は死んでるけどな。」

「…そう?」

「まあいい。とりあえず飯頼む。腹減ってしょうがねェからよ。」

「ん。分かった。」

頭を掻きながら歩くクレイをパタパタとサフィは追いかけた。




すみません、少し路線変更してしまいましたが、出来るだけお付き合いお願いします。

もうしないんで。絶対。


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第4話 膝枕

素材は浮かぶけど文章にするのがムズい


ガチャリ

 

扉をあけて、クレイはある部屋に入る。

その部屋の奥。置かれてある椅子に座るのは、白髪で、髭を蓄えた男性。

クレイは部屋に入り、最低限の敬意を示そうと、ピシリと手を横に体に沿って伸ばし、背筋もしっかりと真っ直ぐに固定。

「何かお呼びですか、御老公。」

「ああいや、今日はプライベートで呼んだだけだから、そんなお堅くする必要は無いぞ。」

「あらそうですか、と。」

2人はそう言いながらいつもの席に座る。

「…にしても、さっきのはどういう意味だ…?」

「何が?」

「その、御老公と…」

「ああ、なんか東洋の歳とったお偉いさんの呼び方らしい。本に書いてあった。」

「…いや、私はそこまで歳とってないぞ?」

「御歳六十四のおじいちゃん年齢のくせに何言ってんだ。そろそろ引退したらどう?そろそろ余生を考える頃じゃねェ?」

「お気遣いありがとう。先日5人目孫が産まれたからな。その子が大きくなるまでは頑張ろうと思ってる。」

「ふーん…長ェな…」

「そうでも無い。歳を取れば時間は早くなるものさ。…それより、お前も読書をするようになったか。成長したじゃないか。」

「ん?いや、あれはサフィのやつが言ってたのを聞いただけだよ。本は嫌いだ。文字がクソみたい並んでるの見ると吐き気がする。」

「…前言撤回だ。それより、お前もあの子を名前で呼ぶようになったんだな。」

「当たりめェだろ。そっちの方が呼びやすいからな。おかしなことでもねェだろ。」

「ああ、いや何。どんな形であれ、親交が深まるのはいい事だ。…どうだ、あの子と暮らしてもう3週間目だが、感想はあるか?」

それに、クレイは苦笑した。

「感想としちゃァ、大変ってことかな。前のクソ親のせいで、色々おかしな点がある。」

「おかしな点?」

「玄関の鍵かけなかったり、部屋の電気一切つけなかったり、風呂の入り方知らなかったり。大まかな人間生活はできるが、所々で抜けてるとこがある。」

「なるほどね…」

「文字の書き方や言葉も独学らしいぜ。よっぽど頭良かったんだな。その分1度教えたらすぐできるから楽なもんだ、そこは。」

「そうか…まさかそこまで酷いとは思わなかったな…それで、どうだ?」

「あ?何が?」

 

「もう、ウンザリしたか?」

 

「…」

「元々、お前の負担を減らし、身体的回復を速めるための策のひとつであったが、もうこのまま続けるのは苦しいと言うならあの子は軍部で引き取るが、どうだ?」

「…」

クレイは、少し黙り、卓上に置かれた皿から焼き菓子を取り、2つ頬張る。咀嚼、嚥下してから、苦笑。

「聞き方に少し悪意ねェか?」

「そんなつもりは無い」

「ならいいけど。…まあ、俺の意見としては…」

「うむ」

「別に、今のままで問題ねェよ。」

 

「確かにあいつは色々と欠落したスゲェめんどくせェ奴ではあるけどさ、その分いてくれることで助かってんのも確かなんだ。体調も前よりは良くなったし。それに…」

 

「ここで決めんのは、早計じゃねェか?」

クレイが笑いながらそう言うと、白髪の男性は、苦笑。

「…確かにな。…まあでも、これは抜き打ちテストみたいなものだった。お前が『もう嫌だ』と言おうものならすぐさま取りやめた。お前は我々の大事な《戦力》なのだから、丁重に扱う。」

「《コマ》の間違いじゃねェか?」

「そう言うな。これでも私はお前達《三部隊》には感謝してるんだ。」

「お世辞をどーも。…そんだけか?俺ァ戻るぜ。」

そう言って、クレイは立ち上がる。

白髪の男性もそれと同時に立ち上がると、自身のデスクの引き出しから封筒を取り出す。

「クレイ」

「んん?…っと」

パシッ

男性の投げた封筒を危なげなく受け取る。

「次の《目標》だ。動くタイミングはこちらで指示する。それまでに全員に周知しといてくれ。」

「あいよ。じゃな。」

そう言って、クレイは部屋を後にした。

 

「隊長ー暇だよー。」

「…ユキナ、そういうことを言うな。俺とミゼルさんは真面目に書類整理してるんだから。」

「そーだぞ、俺らは副長殿と優等生の恩恵に浸ってる身ィなんだからな。」

「出来れば浸って欲しくないけど…」

「私達が書いて二度手間になるよりマシでしょぉ?」

「なんで書き直し前提なんですか。」

「なら逆に問うけどなんで俺らが書けると思う。」

「…そんなドヤ顔で言われてもな…」

「悪いと思ってるよ。ただ、誰も彼も()()()みてェに万能じゃねェの。」

「それに、うちに書類整理なんて仕事回ってくんの大してないし、楽でしょ。」

「…まあ、それはそうだけど。」

「ならだいじょーぶ。問題なーい問題なーい。」

「ったく…しょうがない奴らだ。」

「ミゼルさん、この書類終わりました。」

「ああ、ありがとう。じゃあ次は…」

 

「ふぅ…」

数十分後、一息つけたのか手を止めたミゼルがゆっくりと息を吐いた。そして、彼の上司に目を向けた。

「隊長、終わりましたよ。」

「あい…よっと。」

組んでいた足を解き、立ち上がったクレイは全員に体を向けた。

「つーわけで、次の標的についての情報だが、一応おめェらのそれぞれの机に置いてある。目ェ通してくれ。」

その言葉に、メンバー全員が1枚の紙をそれぞれ持ち上げて、目を通す。

全員が視線を上げたと同時に、クレイは喋り始める。

「目ェ通したな?次の標的は見ての通り、《カレス》の傘下の売人どもだ。」

 

カレス。

それは、ある闇ルート組織の名称。

薬の売買だけでなく、武器や人身売買などあらゆる外道なことに手を出すゲスな集団。

その影響力は広い地域にあり、東西両方に大きなコネクトがあると言われている。

 

「でも隊長、これこいつら潰したとしてもこういうのってまた出てくんでしょ?トカゲのしっぽみたいにさ。」

「だとしても詰んでおいて損はねェ。こういうのはほっとけばほっとくほど広がりやがるからな。ゴミは1つずつ拾うもんだろ。」

「あー、それもそっか。確かにねー」

「…にしても、私も慣れてきたわね。」

「え、何にですか?」

カレンの言葉に、シンが反応する。

それに彼女は微かに笑って答えた。

「隊長が標的を容赦なく人扱いしないことよ。私なんて最初は隊長の言い分に少し引いてた覚えが…。」

「ボクとシンは元々隊長と同じ施設の出だから、慣れてるけどね。」

「…小さい頃からこんな感じだったの?」

「ええ。…僕らは基本的に一緒にいたので、驚かなくなりませんでしたね。というか、隊長のこの考えに賛成してますし。」

「はえー…最近の若者は怖いわねー…」

そう言って、何処か感心したような、呆れたような声を出す。そして視線は、ミゼルに向く。

「ミゼル君はどう?軍部では1番交流のある君も、最初は少し驚いたんじゃない?」

それに、ミゼルは少しの笑顔で返した。

「…まあ、確かに…最初はこの言い方に驚きや恐怖もあったと思いますけど…今となっては、何も思いませんね。こいつなりに色んなことがあってこうなってるって知ってますし。」

「キャー、良いわねぇ。この信頼しきってる感じ。イケメンとイケメンのコラボはお姉さん大好物よぉ。」

「おめェらうるせェよ。黙って聞け。…そんな訳だけど、まだアジトに突入するって訳じゃない。まだ相手戦力も把握出来てねェしな。そこら辺は諜報員なんかに任せるが、俺らは情報と指示が入り次第そこに向かい、《殲滅》する。長期戦になるかもしれん。今まで通り非番もとっていい。ただ、出かける時は必ず装備はしっかりして、いつでも出動出来るようにして、無線もいつもつけておくこと。深夜帯の突入の時は前もって教えられるから寝る時は付けないでいい。これはいつも通りだ。それに、小さな任務なら入るかもしれんからそれも頭に入れとけ。…質問は?」

クレイの言葉に、反応するものは誰もおらず。

それに彼は、1度頷いた。

「相手はクズだ。人の人生をどう踏みにじろうが厭わない、クズ野郎共だ。そんなヤツらが命乞いをし、自身の家族のことを口に出してきても気にするな。容赦なく撃ち殺せ。いつも言ってるが、それだけのことを奴らはやって来てるんだ。じゃねェと俺らの標的にはなんねェ。いいか、決して()()()()()()()()()()()()。以上だ。」

「「「「了解」」」」

 

「…クレイ、最近忙しいの?」

「アァ?なんで?」

任務後。

家に帰ったクレイがサフィと共に晩飯を食べていると、唐突に彼女が口を開く。

「…目のクマ。…なんだか深くなってる。」

「ん…あー…」

机に置いてあった小さめの鏡を取って彼は自身の顔を確認すると、納得したように言葉を零す。

最近は、こうしてクレイの異変に気付くことも多くなってきた。

「…まー、最近あまり寝れてねえなぁ。どーも早くに目が覚める…」

目元を触りながらクレイはそう呟いた。

なにか最近、いつも通り寝ていても、すぐに目が覚めてしまう。ただ、別に悪夢を見るということも、体調が悪いということも無い。

「…どうせすぐ治る。あまり気にしなくていい。」

クレイはそう言うと、先程と同様にスプーンを動かし始めた。

そう、彼にとってはよくある事だった。

わざわざ、気にすることでもない。

「……」

 

基本的に、2人の入浴順番は決まっていない。クレイの気分次第で変わる。

今日はサフィが先に入浴した。

「…クレイ、お風呂空いたよ…」

「んー…」

サフィの言葉にクレイはどこか気だるそうに浴室へと足を進める。その足は、やはりどこか覚束無い。

いくら大戦の英雄とはいえ、それはただの人間。疲労に勝てない。

「…よしっ…」

サフィはキュッと小さな拳を握った。

 

「ふあぁ…」

欠伸を噛み殺しながら、クレイは浴室からリビングへ向かう。

髪を拭きながら彼はリビングに足を踏み入れた。

「出たぞォ。風呂の湯抜いといたから…」

「…ありがとう。」

髪をタオルで拭きながら、クレイが告げると、サフィは何やら小道具をカチャカチャしながら礼を言った。

「…おめェ、何してんだァ?」

「…クレイの疲れを取ろうと、思って…」

そういうと彼女はなおもカチャカチャし続け…

「…よしっ…」

と、少しため息をついた。

 

「…それじゃ、クレイ。」

ポンポン

「…なんだ、その太ももを叩くジェスチャーは…」

コテン…

「…膝、枕…」

 

「いやいや…大丈夫だって言ったろォ?わざわざそうする理由は…」

「…こうやって、人肌に触れると、一定のストレスは解消できる…らしい。本に書いてた。」

「断る。」

2人は口々にそう言い切って、少しの静寂が訪れる。数十秒ほどその状態が続いていたが…

「チッ…わァーったよ。」

ずっと見つめてくるサフィの静かな圧力に負けたのか、観念したようにタオルをのけて、彼女の膝に寝転がる。

乾いて少し冷えた髪が当たったことで、サフィの体はピクリと震えるが、やがて恐る恐る問うた。

「…どう?」

「お前痩せすぎ。普通なら柔らかい場所なのに骨の硬さしか感じねェ…」

「…ごめんなさい。」

「まあでも…」

 

「…あったけェな。」

「…なら、良かった。」

 

「とりあえずクッション1枚挟んどくか。」

「…うん。」

「…この小瓶なんだよ。なんかいい匂いするけど…」

「…アロマオイルっていう、安眠用の小物らしい…」

「ほーん、油か…そいや、ミゼルの嫁さんが好きだったな。」

「…クレイはさ、」

「あん?」

「…今の職場、楽しい?」

「それ今の状況関係ねェだろ。ていうか俺のこと聞いて何に…」

「…ちょっと、知ってみたいなって、思って。」

その言葉に、クレイは少しだけ黙る。

こうして、彼女が何かをしたい、聞きたいと欲求を自身から出したのは初めてだった。

この数週間で、彼女も変わり始めているということか。

「…職種が職種なだけに、何も言えねェよ。必要があれば殺しも厭わねェし、殺られる可能性だってあるからな。」

「…」

「けどまあ、退屈はしねェから…そこはいい点だと思う。」

「…なら、私とは…?」

「ン?」

「…クレイは、私と暮らすのは、楽しい…?」

それに、その質問にクレイは、何も言わない。今まですぐ返した反応を、この時は少しだけ口ごもった。

そして…

「さァな。…どっちでもいいだろ、ンな事。」

「…そう、だね…」

そう、答え合ったのだった。

 

「……」

パチリと、入ってくる陽射しにクレイは目を開ける。どうやら、眠ってしまったようだ。

「アァ…もう朝か…」

微妙に、昨日の記憶が曖昧だった。

確か、サフィに膝枕をされて…

「その後、どうなったんだっけ…」

いつもより少し低い位置の視点に疑問を抱きながらも、彼は体を起こした…

 

トスッ

「アァ?」

 

それと同時に何やら彼の頭にかかる重さ。

サラリと、彼の顔に金色の何かがかかる。

反射的に上をむくと、そこには小さな白い肌の可憐な顔。サフィだ。

そして、彼の下にある生暖かな何かは、彼女の足。

どうやら、あの膝枕のまま眠ってしまったらしい。

「…チッ、ちと無警戒過ぎたな。」

自身の意識の低さを咎めつつ、彼はそのまま彼女の四肢の間をすりぬけるように立ち上がると、パスパスと彼女の背中を叩く。

「おい、起きろ。もう朝だぞ。」

「…ん…」

彼女はそれに反応して目を開けると、パチパチと瞬きをしてから、クレイを見上げた。

「あ…おはよう、クレイ。」

「アァ。…起こしゃ良かったのによ。そのまま眠るなんてな。」

「…起こすのも悪かったし、それに…」

 

「安心して寝てるクレイが、可愛かったから。」

 

唐突なその言葉に、クレイは少し押し黙る。そして、バツが悪そうに頭を掻くと…

「チッ、調子狂うぜ…」

そして、大きくため息をついてから…

「まあいいや。…とりあえず飯だ飯!顔洗ってくるから用意しといてくれ。」

「あ、うん…」

そのままサフィは立ち上がろうと…

カクンッ。トサッ。

何やらおかしな行動をして、そのまま床に寝転がった…というか倒れ込んだ。

「アァ?どした?」

「…足、動かない。」

「ア?」

「…痺れて、動かない…」

それに、彼は気付く。

いくらクッションを1枚挟んでいたとはいえ、彼程の体重の者を、彼女の筋力や肉体で支えていたのだ。

身体的支障が出来てもおかしくない。

「…ごめん」

床に突っ伏しながら申し訳なさげに謝る彼女を見て、彼はため息をつくと…

「…ま、しょうがねェよ。元はと言えば俺の体調管理のせいだし、おめェが謝る事じゃねェ。俺ァ適当に食っとくから。」

そう言って、シリアルコーンを取り出すクレイ。しかし、サフィは未だに申し訳なさそうに俯いていた。

クレイはそれを見てもう一度ため息をつくと…

「…お前のおかげでよく寝れたよ。サンキューな。」

「…え…?」

それに。

なんて事ない感謝の言葉に。

彼女は驚いたように目を向けた。

クレイは何も無かったかのように牛乳とシリアルコーンをかきこむが。

彼は気づいていない。

一人の少女に、()()()()()かけられた言葉に。

無意識に出たその言葉は、彼女の隙間だらけの心に、静かに染み込んだのだ。




俺も膝枕されたーい(誰にとは言わんが)


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第5話 買い物

頭使い過ぎて頭痛い(本末転倒)


「え、なんだって?」

第3部隊専用の部屋。

あまり広くないその部屋にクレイの気の抜けた声が響く。

その反応にミゼルがため息をついた。

「ですから、そろそろ有給取ってください。今月取ってないの隊長だけなんですよ。」

それにクレイも「あー…」と呻く。

「そういやあったなァ、そんな制度…取らなくてもいいんじゃねェ?」

「駄目です。最近軍部では《誰もが休めるホワイトな職場》という印象を推しているので、絶対休んでください。」

「まあ、その代わり命懸けなきゃいけないけどねー。」

カレンの鋭いツッコミに、ミゼルも苦い顔をする。

「ま、まあそれはそうですけど…とりあえず、休んでください。最近忙しかったですし、体も休めて。」

「あ、じゃあボクも…」

「ユキナはこの前体調不良の休暇のときに有給使っただろ。もう残ってないぞ。」

「…うん、シンの言う通りだな。」

「ブー…副隊長とシンのケチんぼ…」

膨れっ面と共に文句を言うユキナを後目に、クレイは体重を背もたれに預けた。

「休暇か…」

 

「というわけで、休暇が出た。」

「…そう、なんだ。」

帰宅して、晩飯を食べた後。

クレイは明日の予定をサフィにそう伝える。

突然の報告にサフィも少し反応に困る。

「…えと…明日はどう、するの…?」

「それが困りモンなんだよ。俺ってこんな性格だから家ン中でダラダラすんのは性にあわねェし、歩いてる途中に見つけたコソドロ締めて回るとミゼルに怒られるし…筋トレももう飽きたし…」

「…そ、そう、なんだ…。」

自身の主の言葉に若干引く。

暇つぶしに締められて連行されるコソドロに多少は同情の念を抱きそうだ。

「…ま、明日は大人しくゴロゴロしとくかァ…」

そう言いながらクレイは大人しくゴロリと、ソファの上に寝転がる。腕を枕にして鼻歌を歌うクレイを横目で見ながら、サフィは食器の後片付けに入る。

…そして、大皿を持ち上げた所で、1枚の紙が彼女の足元に落ちた。

どうやらそれは、新しい調理器具のチラシのようであった。

数十年前に電気が発見されてからというもの、あらゆる分野で凄まじい発展を遂げている。

どうやら今回もそのようであった。

「……」

サフィはそれを少しだけ見てみるが、自身とは縁のないものだと…

「お、何だそれ?」

「…!!」

ピィッ!!

驚きに全身を震わせて背後を見ると、いつの間にかクレイが移動して彼女の手に持つ紙を眺めていた。

やがてその紙を持ち上げると、腰に手を当ててそれを眺める。

「こりゃァ…新しい電気調理器具の発売チラシか。新聞と一緒についてきたか?」

「…た、多分…そう…」

今クレイはサフィが読む用にと毎日新聞を取っていた。

「なにこれ、お前使えんの?」

「…み、見た感じだと、使える…」

「あ、そう。…ふーん、オーブンレンジってェのか、これ。」

「…説明を読んでみたけど、それひとつで、窯と同じ事が出来る…らしい。」

「そりゃ便利なのか?」

「…この家は窯が無いから…便利、だと思う。」

サフィの言葉にクレイは「ふむ」と顎を触ってから、口元に笑みを浮かべた。

「明日の予定変更だ。少し遠出してこのオーブンレンジとやらを買いに行く。」

「え…大丈夫、なの…?」

「ンだよ、心配すんな。正直ダラダラしてても時間が無駄なだけだからよ。」

「そ、そうじゃ…なくて…」

「それに、こいつ買って料理の幅が広がりゃ、俺の楽しみも増えるってもんだ。多少高くても構いやしねェよ。…ま、その代わりウチのシェフに頑張って貰わなきゃだけどな?」

そう言って、ニヤニヤとした笑みでサフィを見つめるクレイ。サフィはその言葉に…

「…分かった。…頑張る。」

小さな握り拳と共に、そう答えた。

 

「…そう言えば、今日はどうやって遠出するの?」

目深く帽子を被ったサフィは横で準備をするクレイに問う。

ちなみにこの帽子はクレイに無理矢理被せられた。

「ン?アァ…今日は俺の車で行くぞ。」

「…車なんて、あった?」

「家の横に布被ったデケェ塊あったろ。あれ。」

「…あぁ、なるほど…」

そういえばあったなそんなもの、などと考えていると、クレイは準備が終わったのか、勢いよく立ち上がった。

「さて、行くかァ!」

「…うん。」

 

ブロロロロロロ…

大きめの排気音と共にエンジンがかかる。

少しのガソリンの臭いにサフィは少しだけ顔を顰めるが、クレイは気にせずにハンドルを握った。

「こいつ乗んのも久しぶりだなァ。」

「…気をつけてね?」

「安心しろ、ちゃんと安全運転で行ってやるから。」

そう言うと、クレイは緩やかな速度のまま道路へと出た。

すこし無骨なデザインの四輪車はそのまま大きな通りに出る。そこでは同じような形の鉄の箱が行き交っていた。

その中でも、クレイが運転する車は平均的な速度で…いや、むしろ少し遅いくらいの速度で走り続ける。

「…」

「ン?なんだよ、俺の顔じっと見て。なんかついてんのか?」

「…今日は随分、大人しめなんだね。」

「なんだそりゃ。」

「…いつも感情に任せて、知能低い行動も結構するから…運転も粗雑だと思ってた。」

「アッハッハッハ。殺されてェのかクソガキ。」

笑いながらクレイは言うが、まったく目が笑っていなかった。

それにサフィは億さず続ける。

「…運転は、凄く丁寧、なんだね。」

「…ま、俺も一応軍人で、市民を守んなきゃなんねェ役どころだ。いくら道が整備されてきたとはいえ、何があるかわかんねェからな。」

そこで突然、ある男が道路に飛び出す。

そして両手を広げて高らかに叫ぶ。

「フハハハハ!和平などという欺瞞に満ちた者共よ!この私の崇高なる死を見届け、今の世界の歪さに気付くがいい!!」

哄笑しながら叫ぶ姿は、それは堂々たるものであったーー!

 

キキッ

 

クレイは何ともなく車を停止させると、ドアを開けて道路に出る。

そして尚も腕を広げ続ける男の両肩を掴むと…

ドゥムッ!!

思いっきり腹を膝で蹴りつけて失神させた。

その男を通行人に預けて車内に戻る。

「ああいう馬鹿もいるしな。」

「…なるほど。」

 

それから数十分後。

クレイは専用の駐車場所に自分の車を置いて、静かに外に出る。

それに続いてサフィも出ると、目の前の光景に圧倒された。

「…うわぁ…大きい…」

家などしか建物を見たことがなかった彼女にしては、それは正しく、《本に出てくる城》であった。とても巨大な建造物に感嘆の声を上げる。

「デケェだろ?3ヶ月くらい前にできた、建物内に店を出来るだけ詰め込んだ施設だ。ミゼルの奴は《ショッピングモール》なんて言ってたっけか。…なんにしろ、服とか雑貨、生活用品もここにある。」

クレイはそう言うと興味深げに見ているサフィの頭をわしわしと撫でた。

「いつまでも見てるだけじゃなくて、中入ろうぜ。買い物しに来たんだからよ。」

「…うんっ。」

心無しかテンションの高いサフィと共に、クレイは建物に入った。

「…ま、相変わらず目ェ死んでるけど。」

 

「わぁ…」

きらびやかな装飾に、並ぶ商品。そして、眩いまでの照明は、正しく《城》。

「…すごいね、クレイ。」

「アァ、こいつァ予想以上だ…」

クレイもそれらに何処か圧倒される。

これはかつて数度警備した王城の装飾にも引けを取っていなかった。

「…ところでクレイ…」

「ン?なんだよ。」

「…なんでサングラスと帽子つけてるの?」

サフィは質問を投げかけた。

クレイはそれにサングラスをかけ直しながら説明する。

「俺だってバレたらメンドクセェからな。俺は一応この国全土に顔と名前が出回っててな。で、俺の顔見たら全員怖がるんだわ。」

つまり、今ここにいる者たちを怖がらせないために、彼らのためにやっているわけだ。

「…クレイって、優しいんだね。」

「意外だったか?」

「…少し。」

「だろうな。」

クレイは肩をすくめると、ポンとサフィの背中を叩く。

「まァ、そんな訳だから、あまり気にすんな。…行こうぜ。」

「…ん。」

 

「んー…」

歩き出して数分後。

クレイは違和感に気付く。

どうにも彼らを見ている、他の客の視線が怪しい。なんというか、何処か卑しいものを見るような目で見つめられる。

彼は一瞬、自分の正体がバレたのかとも思ったが、そうでは無いらしい。いつも向けられる畏怖のそれとは違うものだ。

…そしてその正体は、つぎの瞬間に分かった。

ある男がサフィにぶつかり、彼女はすぐに「あ…ごめんなさい。」と謝るが、あろうことか男は、

「チッ」

舌打ちをして、当たったところをパッパッと払ってからそそくさとどこかへ消えた。

「…なァるほど…」

クレイは納得したように顎をさすると、サフィを見る。

今の彼女はクレイの元に来てから風呂には入るようになったし、櫛も髪に入れてやっている。

だが、服を見れば彼らの目の真意がわかる。

クレイは今の今まで彼女が自前で持ってきた服しか着せていなかった。その服は、かつての毒親の買い与えたものであり、ところどころ解れたり、薄汚れている。

…今この建物にいるもの達は過半数が和平というぬるま湯に浸かり、肥えたもの達だ。

彼らからすればこのような少女など、惨めなだけだろう。

サフィの方を見れば、特に気に停めた様子はない。恐らく、慣れているのだろう。

今まで彼女の近くに居たもの達は、そうやって彼女を見捨てて来たのだろうから。

「…」

クレイは何も言わずに、サフィの手を掴む。

「…クレイ…?」

少女の声も聞こえるが、彼は止まらずにすぐ近くにあった洋服屋に入店する。

「いらっしゃいませー!本日は何をお求めですか?」

元気のいい女性のかけ声の後に彼女は少し困ったような笑顔に変わるが、恐らくクレイの格好を見てのことだろう。彼は何も気にせずにサフィの頭をポンと叩く。

「こいつに合う服を10着ほど見繕ってくれ。」

「え…と…ウチはかなり質もいい服で、それなりに値も張るんですが…」

「構わねェ。金のことは気にせず、私用で使えるものを見繕ってくれりゃいい。」

「う、承りました。」

店員はそう言うと、サフィを試着室へと連行していく。サフィの目に、「私気にしてないよ」と言わんばかりの意志を感じたが、そんなことは関係ない。

なぜなら俺が気にするからだ。自身はともかく、同行人が奇異の目で見られて、いい気分の者はいないだろう。

…まぁ、今思いっきり自身のことを棚に上げているが。

 

小一時間後…

「ありがとうございました!またのお越しを!」

そんな機嫌の良さそうな、ホクホクとした顔で店員は頭を下げた。

クレイは4つの袋を両手に持ち、サフィに問う。

「どうだった?」

「…すごく疲れた…数十のバリエーションを試された…」

ただでさえ白い肌がさらに白くなっていた。

クレイは笑う。

「ま、こうして新しい服も手に入ったし良かったろ。」

「う、うん…その…ありが…」

「礼は要らんぞ。」

サフィの言葉をクレイは遮った。

「俺は雇用主として当然のことをしたまでだ。…お前が気負う事じゃねェ。」

そう言うクレイ。

その《気負う》という言葉に、ほんの少しだけ引っかかりを覚えたが、サフィは言い直す。

「…うん。…それでも、ありがとう。嬉しかった。」

「…そうかよ。」

 

帰り道。

建物を出て、クレイとサフィは駐車場所目指して歩を進める。

その道をオレンジ色の夕暮れが染め上げる。

「オーブンも買えたし、いい買い物もできたし良かった良かった。ま、予想以上に金使っちまったがな。」

「…ごめんなさ…」

「だからそういうのはいらねェって。いい買い物できたっつったろ?」

「…ん。」

クレイの言葉に、サフィはコクリと頷く。

そしてそこで、彼女の目にある光景が止まる。それは、3人の親子が仲睦まじそうに手を繋いで歩く姿。

かつての彼女にはなかったその光景は、どこか眩しく感じる。

「…親子、か。」

クレイの言葉に無意識に反応した。

クレイも同じものを見ていたのか、どこか目を細めながらそれを見つめる。

そしてそれを見て、ポツリと。無意識にその言葉は出た。

「…クレイは、ああいうこと、した事あるの?」

言ってから、しまったと思う。この質問は、あまりに踏み込みすぎた。

…だが、クレイは何の気なしに答える。

「いいや。俺は物心ついた頃には親いなかったし、入ってた施設にゃクズしかいなかったからな。あんなことする余地もなかった。」

そう、淡々と。

彼は彼女の知らない彼自身を話す。

そこで彼女は知る。

自身を受け入れてくれた彼のことを、全く知らないことに。

彼に関するあらゆることを初めて、知りたいと思った。

…いや、知りたいと思ったこと自体が、彼女にとっては初めてだった。

「…クレイはさ。」

だから、これは余計だ。

彼女の感情が、抑えきれない欲望が。

その質問を、口にした。

「家族が、欲しいと思う?」

チラリと、彼は彼女の顔を見る。

自身がその時どんな顔をしていたかは、彼女には分からない。

だが、クレイはフッと笑みを浮かべると。

「…ま、相手がいりゃ、親にはなれるかもな。」

「…そっか。」

そのまま彼は歩き続ける。

彼女はその姿を後ろで追いながら。両手の塞がった彼の、揺れる裾を。

自身の空いた左手で掴む

 

 

…直前に、スっと。

彼女は左腕を引いた。

 

夕暮れに染まる空の中、カラスの鳴き声と喧騒だけが響き続けたーー。

 

 

 





なんか、涼しくなってきましたね(そりゃそうだ)


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第6話 顔合わせ


やっぱ馬鹿話はいい。


「隊長、ショッピングモールはどうでした?」

「ア?」

ミゼルがクレイにコーヒーカップを私ながら問うた。クレイはそれに、コーヒーカップに口をつけながら答えた。

「いや、どうかと聞かれてもなァ…」

「行ってきたんでしょ?なら、少しぐらい感想あるでしょう。僕一応あそこの建設に多少関わってるんで気になるんです。」

「アー…」

クレイは頭を掻きながら背もたれに体重を預ける。

「…まあ、面白かったよ。あんだけ広い場所にあんだけの店が並んでんのは商店街しか見た事ねェから、屋根があったのに違和感覚えたな。」

「ふむふむ…真面目な感想ありがとうございます。」

「あと、あれちと照明強すぎねェか?」

「それは隊長が知覚過敏だからでしょう。普通の方からすればあれが普通ですよ。」

「ふーん…そういうもんかね。」

「そういうもんです。」

 

「で、隊長。」

「…ンだよ。」

ずいっとユキナはクレイに近寄る。

その可憐な顔を前にしても、クレイは照れることなどなく、むしろ少し顔を顰めた。

「誰と行ったの?」

「…」

ニコニコと笑い、問うて来る彼女に…

クレイは顔を押し返すことで答えた。

「近い。」

「あぅー…」

ユキナはそれによって乗り出していた体が後ろに行って机から転げ落ちた。

「誰とってそりゃ、一緒に住んでるガキとに決まってんだろ。」

「えー!隊長例の子とデートしたのー!?」

「デートじゃねェ。買い物だ。」

「それを巷ではデートって言うんだよー!」

「いやだからデートじゃ…」

「《デート》。日時や場所を定めて男女が会うこと。…確かにデートに当てはまらないこともないですね。」

「いや、会うって言うか家で一緒にいるんだが?」

「男女がお買い物してる時点でデートだよー!ね、副隊長も奥さんとデートするもんね!?」

「え?…あー、確かに最近はあまり出来てないけど…車で出掛けて嫁の服買ってやったり、日用品買ったりなんかはするな。」

「ほらー!やっぱデートなんだってー!」

「そうかァ?」

ユキナが叫ぶと、クレイは疑い深い顔で唸る。そこでカレンが「なら」と口を挟んだ。

「隊長はその子と何したの?」

「何って…あいつの服買ってやって、そのまま必要なもん買っただけだが…」

「デートじゃん!」

ユキナは叫ぶ。

「それもぉ完っ全に、デェトじゃん!」

「だから耳元で叫ぶな!」

興奮したユキナの物言いに、クレイは耳を抑えて叫んだ。

「いいなー!ボクも隊長に服買って貰いたいー!」

「知るか!自分で買えンなもん!」

「わーん!隊長に彼女が出来ちゃったー!」

「だからそんなんじゃねェ…って、離れろ暑苦しい…!」

抱きつき、泣すがるユキナを修也は顔を押して引き剥がそうとするが、彼女は断固として彼を離さない。

もはやカオスと化してきた話しに終止符を打ったのは…

カレンの一言だった。

 

「それなら、皆で隊長の家に確かめに行けばいいじゃない?」

 

 

「はァ…」

もう冬場で、太陽などなく、街灯が点灯している街道。

そこをクレイは肩を落としながら歩いていく。もちろん、肩を落としている元凶は、横にいた。

「隊長の家かー!行くの何ヶ月ぶりかなー!まあ、あの時はアパートだったけど!」

「それに凄まじく汚かったしな。」

「…ユキナもうちょい静かにしろ。近所迷惑だろ。」

クレイはため息をつくと、二人を見る。

「まさかお前ら本当に来るとは…なんの意味があんだよこれ。」

「意味は無いよ…けど、意義はある!」

「なんだそりゃ。」

「へえ、ユキナにしては難しい言葉知ってるじゃないか。勉強したのか?」

「ううん、ファッション紙に書いてあった。」

そんな会話の後、クレイは「ったく」ともう一度呻くと頭を抱えた。

「そう言えば食料は副隊長が持ってきてくれるんだっけ?」

「ああ、食料と酒はカレンさんとミゼルさんが持ってきてくれるそうだ。俺たちは『しっかりと見定めておけ』との事だ。」

「何を?」

クレイはもう一度唸ると、気付いたように2人を見る。

「…そういや、お前ら俺と少し離れて歩けよ?」

「え?なんで?喋りにくいじゃん。」

「なんですか?ご近所に《ぼっちアピール》でもしたいんですか?」

「ぶっ飛ばすぞシン。…じゃなくてな。」

 

「お前ら、俺と一緒に歩いてていいのか?」

「なんで?」

「すげえ避けられてるけど。」

「え?別にいいよ?」

「…」(コクリ)

 

「ボクたち、10年来の付き合いの幼なじみじゃない?わざわざそんなしがらみ意味無いでしょ?」

「僕達は生まれる時は違えど、最後まで共に生き、共に死ぬ一蓮托生。そんな外野からの評価なんて気にしてませんよ。」

「…シン、今度はなんの本の影響だ?」

「あ、バレましたか?東洋の《三國志》という本の中に似たようなセリフがあってかっこよかったんです。」

「似合ってなーい。」

「うるさいぞ、お転婆娘。」

「む、レディになんてこと…!」

「へー、そのレディはいったいどこに?」

「ムキー!」

そんなやり取りのあと、取っ組み合いを始めた二人を後目に見ながら、クレイは少しだけ笑った。

最近は、この騒がしさも心地いい。

「おーい、置いてくぞ。」

「あ、待ってよ隊長ー。」

 

 

クレイは自身の家につくと、そのまま鍵をさして回す。

「あ、閉めさせてるんだね。」

「そりゃ、最近物騒だからな。」

「今に始まったことじゃないけどねー」

「まあ、な。」

クレイはドアを押し開ける。

広めの玄関には明るい光が照らし出されていた。

「ンー…?」

だが、いつも出迎える少女の姿はない。

何か取り込み中なのかと思ったが…

 

プルプルプルプル…

「…」

 

暗い廊下の向こう。

壁の影に隠れて震えている少女の姿。

「…サフィ…お前何してんだ?」

クレイが唸るように呟いた…その時。

彼の横を駆け抜けて、ユキナがサフィの元に辿り着いた。

「おー、君が今隊長と暮らしてる女の子!?ボクユキナって言うんだよろしくぅー!」

「ヒッ…!」

ヒョイッ

「お、おおー?」

「お前あんまがっつくんじゃねェよ。サフィが困ってんだろ。」

「えっへへー、つい…」

「悪ィな、怖がらせて。…けどお前、モール行った時は大丈夫だっただろ?」

「あ、あの時は…クレイが近くにいたから…」

「…何か違うか?それ。」

「…ッ…ッ…」

コクコクと、少女は必死に頷いた。

 

 

「…ところで、これはいったい…」

「あー、なんかまァ、コイツら俺の同僚なんだけどよ、いつの間にか俺の家に来ることになっててな…」

「…そう、なんだ。」

「この後あと2人来るから、そいつらも出迎えねェとな。…そのふたりが食材持ってくるから、それでなんか作ってやってくれ。」

「ん…分かった…。」

「…」

「…?どうしたの…?」

「悪ぃな…」

「え…?」

「お前が初対面の大人と接するの苦手なの分かってんのに、こんなことになっちまって。」

「…確かに、最初は動揺、しちゃったけど…でも、クレイの仲間の人、ってことは…信用、出来るから…」

 

「大丈夫、だよ…?」

「…そうか。ならよかったよ。」

 

 

「お邪魔します。」

「わー、ここが隊長の家ね!イケメンの香りがするわー!」

「今すぐ帰るか?」

「やん怖い♡冗談よ?」

遅れて到着したミゼルとカレンをクレイが出迎えた。

そして、カレンの視線は彼の横に立てる、頭2つ分ほど違う少女に行く。

「…い、いらっしゃい、ませ…」

少しだけ緊張した様子でサフィが挨拶をすると…

 

ガバッ!

「…!?!?」

 

突如、カレンがサフィに抱きつき、そのまま抱き締めた。

ギューッと一通り抱き締めた後…

「やだー!何この子可愛いー!それにこのサイズ感がいいわぁ…!抱き締めやすくてしかもいい匂い…」

スパァン!!

「痛い!?」

暴走したように捲し立てるカレンの頭をクレイが丸めた新聞紙でシバいた。

カレンは頭を抑えて悶絶する。

「…ンでこうウチの女共はボディランゲージが激しいのかねェ?」

「…まあ、しょうがないっちゃしょうがないけどな。」

「ま、隊に入った時からこんな感じだしな。」

クレイは新聞紙を元に戻すと玄関に置いた。

そして、ミゼルはサフィの視線に合うようにしゃがみこんで、彼女に微笑む。

「こんばんは、はじめまして。俺はミゼル・スミス。クレイとはそこそこ長い付き合いなんだ。よろしくね。」

「…あなたが、ミゼルさん…?」

「お、知ってくれてた?嬉しいなぁ」

 

「うん…クレイが「ネチネチうるさい」って…」

 

「あはははははは。クレイ、ちょっとこっち来てくれる?」

「事実だろ。」

「だとしても10歳の女の子に何愚痴ってんだよ!?ていうかそれもこれもお前が粗雑だから…」

「ハァン!?人のせいにすんなよ!そもそもお前はいつもだろうが!」

「おぉおぉ、それは喧嘩売ってるんだな?いいよ、買ってやる。」

「上等だ、塵に変えてやらァ…」

 

「…う…えと…あの…」

「…」

「…」

 

オロオロとして困っているサフィの姿。

それを確認するや否や、2人は動きを止めた。クレイはそのまま未だ悶絶しているカレンの横にあった袋を持ち上げてリビングに戻る。

「クレイ、上がっていいだろ?」

「当たりめェだろ。早く袋もってこい。」

「え…えと…?」

 

 

「わー、何これ美味しい!」

「本当ですね。美味いです。」

「む、むむむ…」

「うん、ウチの家内の味とは少し違うけど…美味いな…」

「さらっと自分の家庭自慢入れてくんな。」

4人がサフィの作った食事を口にしながら口を揃えてそう言う。

クレイの隣に座るサフィは、少しだけ頬を染めた。

「ユキナ…お前なんでオムレツと睨めっこしてんだよ…」

「…これを食べたら、負けな気がする。」

「残したら潰すぞ?」

「隊長辛辣ゥ!!」

ユキナは嘆くと、やがて机に突っ伏して唸り出す。

…やがて、躊躇いがちにフォークを運んだ。

そして、またも突っ伏す。

「ぐぅ…美味い…」

「なんだコイツ。」

クレイが呆れたように言うと、シンとミゼルが苦笑しつつため息をついた。

「…ねえ、隊長…」

「ア?ンだよ。」

「アーンして。」

「はぁ?」

唐突なユキナからの要求にクレイは「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの視線と共に聞き直した。

「なんだよいきなり。」

「お願い!ここでしてくれないとボクは完全に負けることになる!」

「だから何にだよ。」

「してくれないとこれから1ヶ月無断欠勤するから!大丈夫、仲間なら普通のこと!」

「お前マジで何言ってんの?」

涙目になりながら訴えるユキナに対して、冷ややかに答えるものの、クレイはやがてため息をついて、ユキナのフォークで料理を持ち上げた。

「…ほれ、これでいいだろ。」

「わーい♡いただきまーす♡」

パクッ

ユキナは美味そうに頬を動かして、そして大きく息をついた。

「…はあ、幸せ。」

「そうか、良かったな。」

クレイは皿とフォークを戻すと、自身の前に置いていた酒の注がれたグラスを傾ける。

それを見ていたサフィは…

「………」

むー、と。

なんだかむくれていた。

サフィ自身、中に生まれたモヤモヤとした気持ちに疑問を抱きながら、クイッとクレイのシャツを引っ張る。

「ん?どうした?」

琥珀色の液体を注いでいたクレイはサフィに視線を向ける。彼女は目を背けながら…

「……しい…」

「ア?なんだって?」

「…私も、して欲しい…」

「何を?」

「…さっきの…」

「どれよ。」

「…アーンって、やつ…」

「はい?」

「ブッ!!」

「ユキナ汚い。」

やり取りの後、ユキナがプルプルと震えながら食べていたものを吹き出した。

そして、口元を拭きながら、彼女は喋り出す。

「…あのね、お嬢ちゃん?さっきのはお子様にはまだ早いんだよね?大人なボクと隊長だから出来るんだよ?」

「…それは、関係ない。その気になれば、赤ちゃんでも出来る。」

「いやいやいや、それとこれとは意味合いが違うから。だいたい、住み込みメイドにそんな…」

「クレイは、私はメイドじゃないって、言ってた。ちゃんとして、私を雇ったって。それに、要望があれば言ってくれって。だからこれは、その、一環…」

「いやいやいやいやいやいや。ただの世話役が雇い主にそんな…」

「これは、福利厚生でもある。」

「うぐっ…」

痛いところをつかれたのか、ユキナは仰け反り、黙り込んだ。

「…というわけで、お願い。」

「…いや、まァ…いいけどさ。」

そして、クレイはサフィのフォークを…

「あれ?お前フォークは?」

クレイの質問に、サフィは左手を背中の後ろに回した。

「さっき、落としちゃったから…洗わなきゃいけない。」

「おう。」

「…というわけで、クレイの、フォークで。」

「はい?」

いきなりの追加要求に、クレイは更に困惑した。やがて、クイックイッとサフィは彼のシャツを引く。

「…早く。」

「…いや…」

クイックイッ

「……………」

「…アー、分かったって。しょうがねェなァ…」

クレイはそう言うと、自身のフォークで料理を掬って、サフィの顔の前に持っていった。

「あ…ん…」

彼女はそれを小さな口で頬張ると、咀嚼するように口を動かす。

そして、嚥下すると、満足そうにため息をついた。

「…美味しい。…ありがとう。」

「どういたしまして。」

サフィの礼に、クレイは少し笑いながら答えた。

その様子に前に座る3人は苦笑と微笑の間のような笑顔を浮かべ…

「あ、アーンに続いて関節キスまで…負けた…」

ユキナは、そう言って倒れ込んだ。

クレイは再度グラスに酒を注ぐと煽り、サフィは…

 

 

頬を染めて、小さく笑みを浮かべた。

 




オチはない。


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第7話 ある日の出来事

クレイは活動範囲は広いのに交友関係は狭い(しょうがないけど)




「ふぁ…あ…」

薄暗い部屋の中。

窓から柔らかな日差しが差し込む。

そんな中、ソファで眠りについていたクレイは目を覚まして、ゆっくりと伸びをした。

欠伸をしながら、体を弛緩させる。

「…顔洗うかァ…」

そう言ってソファから立ち上がる。

 

グイッ

「……」

 

突如感じた重みに彼は動きを止めてため息をついた。そして背後を見る。

そこに居たのは金髪の少女。

先日モールで買った薄いピンクの寝間着に身を包んで安らかな寝顔を浮かべていた。

袖から伸びた白い小さな手は彼の体をガッチリとホールドしていた。

「……」

クレイは微かにため息をつくと、そのままホールドする手を外す。

そして空いた腕の中に、近くに置いていた新品のクマの人形を置いた。

すると気持ちよさそうに少女は抱き締めた。

クレイはそれを見ながら少しだけ笑うと、リビングを出た。

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」

寒空の下。

土が硬化した地面を蹴りながら、クレイは荒い呼吸を繰り返す。

照る太陽の日差しを浴びながら一定の速度で市街地を進む。

クレイは、仕事で遅くなった翌日や朝早くから仕事がある時以外は基本的に朝の運動を行う。体作りという名目でもあるが、それ以上に早起きするのも好きなのだ。

「あ、隊長!」

「ア?…オォ、ユキナじゃねェか。お前も朝の運動か?」

「うん、そんなとこ。ココ最近は忙しくて出来てなかったけどね。」

「だな。…にしても、その指の絆創膏なんだよ。猫にでも引っかかれたか?」

「うん?あー、これ?ボクね、最近料理始めたんだよね。」

「は?なんでまた。」

「…この前さ、隊長の家行ったじゃん?」

「うん。」

「その時にさ、気付いたんだよね。好きな人を捕まえるなら、まずは胃袋からだなって。」

「へえ、頑張れよ。()()()()()()()()()()()。」

「…隊長ってさ。」

「ん?」

 

「相変わらず鈍いよね。」

「なんかよく言われる。」

 

 

「あ、隊長。」

「おう、シン。お前もはえェな。」

「近所の清掃は僕の日課なんで。」

「相変わらずだな。」

クレイは笑うと、少しだけ速度を弛めながら彼の横を通り過ぎていく。

「じゃ、また部隊室でな。」

「今日は遅れないでくださいよ。」

「わァーってるって。じゃな。」

「はい。また手合わせお願いしますね。」

「あァ、空いてりゃ相手してやるよ。」

 

 

「お、クレイじゃん!」

「よお、メリィ。ガキンチョはまだ寝てる時間だぞ?」

「ふぅん!私はもう立派なレディなんだからね!」

「そう思って欲しかったら、もうちょい成長してから言え。」

「な…ッ!」

バッ!

「どこ見てんのよ!」

「内面的に決まってんだろませてんじゃねえガキンチョ。」

体を隠す少女を見て冷めた目で返すクレイの元に、近づく人物が1人。

「やぁ、クレイ。今日も朝の運動か?」

「よォ、ミゼル。お前こそはえェな。」

「まあな、早起きしてればそれなりの得もあるし。」

「ヘェ、そいつは考えたこと無かったな。…それより、お前んとこのガキンチョ自意識過剰が過ぎるぞ。相変わらず。」

「何よー!私学校で皆に大人気なんだからね!」

「ガキ共の趣味は幼稚いからなァ。ま、モテモテなのはいいんじゃねェ?」

「ふん!将来クレイが告白してきても相手してあげないからね!」

「あはははははは。」

「何よー!」

「やめてやれクレイ。メリィもあまり大声出すなよ。近所迷惑。」

「…はぁい。」

「いや悪い、楽しくてな。…それじゃ、俺はもう行くわ。じゃな。」

「ああ、また部隊室でな。」

「クレイ!また遊びに来なさいよね!アンタが来ると弟が喜ぶからー!」

「考えとくよー。」

 

クレイは腰に吊った円筒型の水筒を取り、蓋をのけて中身を煽る。

温かい中身にため息をつくと、ベンチに腰掛けた。

…その後、ゆっくりと背もたれに体重を預ける。少しずつ人の通りも多くなってきた街中を見ながら、白い空を見つめる。

やがて、彼の隣に座る者が1人。

その人物は軽装の腰をベンチに預ける。整える前の白髪は新鮮だった。

「…大将か。…何の用だ?」

クレイはそう言うと、老人が笑みを浮かべる。

「私も、なんの気兼ねもなくお前と話したいことはあるさ。…それに、今はいつもの呼び方でいいぞ。」

「それなら、お言葉に甘えて。…今日は随分と知り合いに会うな。」

「ほお、3部隊の連中か?」

「まあ、カレンの奴には会ってねえけどな。」

「そうなのか?」

「あいつが早起きしてたら雪が降るよ。」

「そういえばもうそんな時期か。…どうだ、あの子との生活は。」

「この前も聞かれたな。そこまで気にすることかァ?」

「言ったろう?お前の扱いは尚更気を使うと。…お前は、国家にとって大事な戦力なんだからな。」

「…俺も言ったろ?不満無くやってるよ。最近はちゃんと望みも言えるようになってきたし、本っ当に微妙にだけど、表情も増えた。…ま、目は死んでるけどな。」

「…それなら良い。これからもよくしてやってくれ。」

「そのつもりだよ。…じゃ、俺ァ行くぜ。」

「…ああ。また軍部でな。」

 

「ふぅ…」

走り込みの後、軽めのトレーニングを行ってからクレイは帰路に着く。

自宅の近くを歩きながらクレイは水筒の中身を煽る。

蓋を閉めて振り回しながら、鼻歌を歌って歩く。

「〜♪」

朝早いから、通行人もいないので他の者を気にする必要も無い。

やがて見える自身の家の煙突から煙が上がるのを見て、クレイは笑みを浮かべた。そのまま敷地内に入って、鍵を回し、ドアを開ける。

瞬間、薫る香ばしい匂いに思わず鼻を動かした。

そのままドアを閉めて、玄関で靴を脱ぐ。

リビングに入ると、卓上には既に数種類の朝食が用意されていた。

椅子の背もたれに水筒の紐をかけると、キッチンに居た少女が彼の方を向いた。

「クレイ。…おかえりなさい。」

「おう、ただいま。」

「お風呂、入るの?」

「いや、シャワーでいいや。お前も2度洗うの面倒だろ。」

「…分かった。」

そう言うと、クレイは濡れた上着を脱いで、リビングを出た。

 

「ふぃー…」

紙を拭きながら、クレイはリビングに戻ると卓上には先程のメニューに加えて目玉焼きが追加されていた。

クレイは椅子を引いて座る。

「…クレイ、卵何かける?」

キッチンから戻ってきたサフィの両手には塩とソースが握られている。

「いつものでいいや。」

「…分かった。」

クレイがそう言うと、サフィは右手に握ったソースを卓上に置いた。

クレイはそれをサッとかけるとフォークで切り取って口に運んだ。

少しして、サフィも彼の向かい側に座って食事を始めた。

しばらく静かな時間が続いたが、やがてサフィが口を開いた。

「…クレイ、今日はどれくらいに帰れそう?」

「ン?今日はいつも通りだな。細けェ任務ばかりならすぐ帰れるだろうし。」

「…そっか。」

 

 

「は?深夜突入任務?」

ミゼルが渡した書類を見ながらクレイは呻く。

「随分と急だなァ。」

「なんでも、諜報部隊の情報が漏れてしまったらしい。警戒されてることに気づいて早く動く可能性が出てきたそうだ。」

「えー、随分と珍しいミスだね諜報部隊。」

「めんどいわねえ。」

「そう言うな。彼らの情報のおかげで助けられたことも何度もあるんだからな。」

「それで、標的は?」

「ここらで大きめのテロ集団だな。武器所有も多いと思うから、全員しっかりと気をつけてくれ。」

「りょーかーい。」

「はあ…今日のお店キャンセルしなきゃ。」

「カレンさん最近行き過ぎじゃ…」

「イケメンはいつでもどこでも補充しときたいのよー。」

「……」

「…?隊長、どうかしたか?」

「ン?あァ、いや。何でもねェ。」

少しだけ悩むような仕草をするクレイに、ミゼルはため息をついた。

 

 

「……」

ベランダに出たクレイの元に、ミゼルが歩み寄る。

「電話しないのか?」

「誰にだよ。」

「サフィちゃんに。」

「…」

「ま、今思えば始めてだもんな。あの子がお前のとこに来てからの深夜任務は。」

「…まァな。」

「今までずっと任務速攻で終わらせて早めに帰ってたからな。…電話ひとつくらい入れておいたらどうだ?」

「…だな。ちょっと出るわ。」

「おう。」

 

 

ジリリリリリリリリ…

クレイの家のリビングに固定電話のベルの音が鳴り響く。

「…?」

新聞を読んでいたサフィは椅子から降りて黒いそれに近づくと、受話器を自身の耳に近づけた。

「…はい。」

『サフィ。俺だけど。』

「…クレイ?」

聞き慣れた青年の声に、少しだけ安堵する。

『今大丈夫か?』

「…うん。家事も終わってるから…」

『そうか。…今日だけどな、帰れないかもしれん。』

「え…?」

『緊急で深夜任務が入ってな。多分帰るの12時越えると思う。飯も用意しなくていいから。先寝ててくれ。』

「そう、なんだ…」

『…?サフィ、どうかしたか?』

「…ッ…ううん、なんでもない…分かった。…頑張ってね。」

『おう。…じゃ、またな。』

「…うん。」

ガチャリッ。

「…」

少女はゆっくりと、テーブルに戻った。

 

 




小学生でモテてたやつは何故か高校からモテない法則(何故だ)


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