四天王の重要任務 (プレイズ)
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第1章:稀少資源ギラテアイトを奪取せよ
プロローグ①


ここはネオアルカディア本部。都市の中枢部にある高い塔の上層部には、民を統べる最高機関が存在している。

機関に在籍しているのはネオアルカディア四天王と呼ばれる4人の優れたレプリロイド達だ。彼らはそれぞれエックスの遺伝子を元に作られており、皆秀逸な能力を秘めている。各々はまだ若く年季は浅いが、四天王達が治める統治内政は支持されており、人民・レプリロイド民の双方から人気が高い。

 

ここはその塔上階にある会議用のとある一室。現在、中央の円卓を囲んで四天王達が会合を開いていた。

議題は“特殊エネルギー源の確保”についてだ。

以前まではレプリロイド達の生存反映に必要不可欠な一般用エネルギー資源が不足しており、故にエネルギー資源の確保が早急な懸案事項となっていた。しかし科学者シエルによる革新的なエネルギーシステム[システマ・シエル]の発明により、現在はその懸案事項はほぼ解消されている。

 

だが、それで問題の全てが解決されたわけではなかった。一部の特殊なエネルギー機構を持っている稀少型のレプリロイドの存在だ。彼らは一般的な多くのレプリロイド達とは異なりシステマ・シエルの生成エネルギーでは生き長らえる事が出来ない身体を持っている。人間の私利私欲を叶えるため生み出された希少種である彼らは、その特殊な動力機構のためにエネルギー適合が難しく、現在もエネルギー資源の困窮に飢えていた。彼らの困窮を解消すべく、新たな特殊エネルギーの確保が急務だった。

 

「さて、特定指定異種レプリロイド138に適合可能なこの特殊エネルギーについてたが、名称はギラテアイト。現在郊外の南西40kmほどのライズ地区に存在が疑われている」

ヘッド両端に縦に伸びた緑のパーツを誇る若人が指し棒を持って画面上の1地区を指し示す。

彼は賢将ハルピュイア。四天王のリーダーを務めるまとめ役だ。

生真面目ではあるが、プライドが高く若干キザな面もある。

目で視認できないほど速く移動する事が出来、そのスピードを持って相手を圧倒する。

風と雷を自在に使いこなし、空を滑空する事も出来る。

「へえ、んじゃそこに早速行って手っ取り早く取ってきちまおうぜ」

「待て。わかっているのはあくまでライズ地区にあるというおおまかな事だけだ。ライズ地区はひとえに1地区といっても広大な面積を誇る。1人がピンポイントで行って短時間で回収できるような容易なものではないんだ」

「なんだ、場所の細かな特定までは出来てねえのか。ちぇ、それじゃあいちいちどこにあるか探し回って掘り当てなきゃいけねえ。面倒な探索は嫌いだぜ」

ハルピュイアの返答にウザったそうに言う赤いがたいのいい男。

彼もまた賢将と同じく四天王の1人だ。赤い色そのままに暑苦しい感じさえうける。彼は闘将ファーブニル。

熱のある闘気を持つ闘いの好きな漢だ。その陽気さから類い稀な戦闘資質が有り、手持ちの武具ソドム・ゴモラから連弾して炎を打ち込む。武器による遠距離攻撃だけでなく拳を使っての直接攻撃も得意。パワー・高い跳躍力など身体能力が高く、荒事などの鎮圧任務などに向いている。反面固い事務作業などは苦手で真面目に取り組まない事も多々あるようだ。

「また戦闘馬鹿はすぐそうやって面倒くさがる。私達の任務は敵との直接戦闘だけじゃないの。こういう地道な作業も大事な仕事なんだから、いい加減四天王としての自覚を持ちなさいよ」

「へえへえ、うるせえな。そんくらいわかってるんだよ背伸びスイーツ娘」

「なんですって!」

「こらファーブニル、お主は何故そう余計につっかかる。レヴィアタンの指摘はもっともだ」

闘将の減らず口に憤慨する少女と、それに賛同する黒衣の忍び。

彼らもまた四天王であり、前述の賢将・闘将と対等な間柄だ。

両の手を机に押しつけて思わず立ち上がったのは妖将レヴィアタン。青い綺麗なボディを持ち、ヘッド部両端にはハルピュイアとは逆方向にヒレパーツが伸びている。彼女は水中でも行動しやすい特性を持っており、流麗に泳いで活動する事が可能だ。その手に持つフロストジャベリンと氷を使った多彩な技は見る者を魅了し、また殲滅する。華奢な身体からは想像のつかない強さも持つ少女だ。細かな探索や事務作業などの地道な職務もテキパキと取り組み進められる。思考力も良く、さぼりがちなファーブニルをよく注意している。

「わかったよ、ちっとは真面目に取り組むか」

「ふん、全くガキなんだから」

「わかればよい。レヴィアタン、お主もそうかっかするでない。今は冷静に議論を進めるとしよう」

2人をなだめて仲裁役になっているのは隠将ファントムだ。

落ち着いた物腰と冷静な目を持ち、4人の中で一番精神年齢が高い。喋り方や格好含めて忍者風の男だが、そのままの通り彼は影の四天王で忍びの属性を持っている。闇に紛れて敵を闇討ちしたり多彩な分身が可能。他にもクナイや手裏剣を使ったまさに忍者のような戦闘スタイルをとる。

他の3人の仲裁役をする事も多く、4人をまとめるために彼の物腰は必要不可欠だ。寡黙で忠誠心に熱く、主であるエックスに害をなす者には容赦なく鉄槌を下す。以前のゼロとの戦闘ではその強すぎる忠誠心から自爆までし、命を落として絶命していた。

 

彼以外の残りの3名も、以前オメガの爆発からゼロを庇った事で全員一度は命を落としている。

だが彼らのメモリーチップは実は別にコピーが存在しており、四天王達が身体を充電中などに定期的に情報が転送され同期されていたため、そのコピーメモリーチップにより再構築が可能だった。元のメモリーチップと遜色ない記憶データを持つメモリーを使い、新たに賢将・闘将・妖将・隠将のボディが修復され、新生ネオアルカディア四天王として復活する事に成功している。

 



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プロローグ②

「んじゃあどうやってギラなんちゃらエネルギーを探し出すんだ?」

それじゃ地区内のどこにあるか細かな特定が出来ないじゃねーか、とファーブニルがハルピュイアに問う。

「ギラなんちゃらではなくギラテアイトだ。とりあえず現状ではまだ大まかな場所しかわかっていないが、いくつかめぼしい地点はしぼられている」

「我ら残影軍団が隠密を活かして探りを入れたのでな。既に4つの候補地を見つけている」

「フフ、さすがファントムの残影軍団ね。さぼりの戦闘馬鹿と違って役に立つわ」

「何だと!おら…!」

妖将の軽口に今度はファーブニルがつっかかる。

だが当の彼女は涼しい顔をして笑顔で言った。

「じゃ、あとはその4つの候補地を手分けして探せばいいって寸法ね」

「うむ、その通りでござる」

「ただし候補地におけるエネルギー探索においては、配下の部下には任せず我ら四天王が直々に向かうのがいいだろう」

「あん?何でだよ。そのままエネルギーも部下に探させればいいじゃねえか」

抗議を華麗にスルーされた闘将がばつが悪そうに尋ねる。

確かに探索なら頭数が多い方がいいし彼の言う事は理にかなっていた。

「普通に考えれば多くの者達を投入して探した方がいい。だが今回の目的は“特殊エネルギー”の採集だ。このエネルギーは特定の指定レプリロイド限定に効能があるという特性から希少価値が非常に高い」

「故に他の敵対勢力が狙っている可能性があるのでな。部下に任せるのは少々心許ない部分がある」

隠将の言う敵対勢力とは、ネオアルカディア外部の未開の土地に存在している勢力の事である。

ここネオアルカディアは人間とレプリロイドが共存繁栄し、お互いが協力して平和に生活している。

だが都市の“外”はそうではない。

ネオアルカディアのように統治が行き届いた高度な都市ならば人間・レプリロイドの間に秩序が保たれているが、外の世界にはそのような常識が通用しない荒れた地域が未だ多数点在している。秩序が保たれていない場所に住む存在は、共存繁栄を掲げるネオアルカディアからすれば敵対勢力と言える。

今回の対象地区であるライズ地区もその例に漏れず治安の悪い場所だった。

「まあ粗悪な地区、というだけならば何も我らが直々に出向く必要はない。部下のボス級レプリロイドで十分対処できるだろう。だが、こと特殊エネルギーに関しては事情が異なる」

ハルピュイアは指し棒を再び電子画面に向けた。

「これら4つの候補地のどこかにはおそらくエネルギーが“貯蔵されている”はずだ」

「貯蔵?地中に資源として埋まっている、ではなくて?」

「左様。我ら残影軍団の調査によるとライズ地区の者によってギラテアイトが内密に産出され、地下の機密施設に保持して管理下に置かれているとの情報が複数入ってきているでござる」

途中のフレーズに違和感を覚えたレヴィアタンにファントムが説明する。

どうやらライズ地区に巣くう勢力が特殊エネルギーを内密に掘り出しどこかに貯蔵している事は確かなようだ。

ちなみに[内密に]というのはネオアルカディアにエネルギー採掘の許可を申請していないからである。

ライズ地区はネオアルカディアの郊外にある地区だが、都市区域内であり、ネオアルカディアの法の管理下にある。

そのため無許可で特定稀少資源の密漁は法により禁じられていた。しかし遠方の郊外であるが故、ネオアルカディアの管理が行き届いておらず、管制当局の監視の目をすり抜けて採掘されてしまっていたらしい。

 

「あー、そういやここの地区はまだ謎が多いんだったよな」

「ああ。使途が不透明な施設がいくつかある地区でな。こちらの管理の目が薄い故に施設内で何をしているか把握できていない」

「ふぅん、もしかしたら何か危ない実験や研究をしているかもしれないってわけね」

「我らの調べた限り、その可能性は一定数あるとみて間違いないだろう。故に部下の手に任せておくわけにはいくまい」

現在この地区では大量破壊兵器開発などの危険な企みを企てている事が危惧されていた。そして、そのような重要機密案件を執り行っているという事は、敵対勢力の中でも上官が関わっている可能性が高い。

「なるほど、親玉に強えー奴がいるってわけか。んじゃあ部下にはやらせられねえな」

「確かにそれならスタグロフやカムベアス達じゃ心許ないわ。あちらにある程度レベルの高い奴が控えてるなら私が出ないと駄目ね」

幹部格の者が施設に構えているとなると、配下のボス級レプリクラスではおそらく逆に倒されてしまうだろう。

そのため、ネオアルカディア四天王が直々に候補地に出向いてミッションを行う必要があるのだ。彼ら四天は他のレプリロイド達とは一線を画す存在。知能・戦闘力・美しさ・索敵能力など特別に優れたパラメータを保持している。配下のボス格レプリロイド達と比べてもそれら総合能力の高さは群を抜いていた。特別な4人の精鋭達だからこそ彼らはネオアルカディア四天王と呼ばれ、時に闘い、時に統治し、時には笑顔を民衆に振りまき、人民から慕われている。今回は彼らが直々に出向いた上で、目的物の採集、場合によっては敵勢力との戦闘・奪取が必要になる事案だ。

「確定でござるな。では我ら4人がそれぞれの候補地に出向くとしよう」

「ええ、じゃあ今からそれぞれどこの“施設”に向かうか決めましょ」

「怪しい施設の数は調度キリよく4つらしいじゃねえか。どんな場所だ?」

「地下研究所・紫硝子の城・ライズ空港・陽光の森だ」

四人はしばしどの場所に行きたいか考えた。

数刻の後、一番早く手を上げたのは紅一点のレヴィアタンだった。

「あ、じゃあ私、紫硝子の城で!綺麗そうだし」

「はっ、綺麗かどうかなんてミッションで関係ねえだろ」

「何よ、どうせなら景色も楽しみたいじゃない」

「(そういうとこがスイーツだっての)んじゃ俺は陽光の森にするぜ。明るくて熱いとこのがいい。ジメジメしたとこは嫌えだからな」

「あんただってシチュエーション重視じゃない」

「うるせえな、気分のノリに関わるんだよ」

「では我は地下研究所に出向くとするか。ジメジメした所は落ち着くし過ごしやすい」

「「ファントム…………」」

隠将の発言に2将が何ともいえない様子で見つめた。

「な、なんじゃ、お主ら。ジメジメした所が好きで悪いか……?悪いのか……!?」

「う、ううん、別に。いいんじゃないかしら」

「そ、そうだよな、ファントムらしくていいと思うぜ」

「主ら………」

「ファントム、そう気落ちするな。気持ちはよくわかる」

肩を落とす忍男の肩にすかさず手を回す賢将ハルピュイア。彼も自らの言動(主にキザ発言)で闘将・妖将達には幾度もいじられているためシンパシーを感じるのだ。

「さて……俺は、残ったライズ空港に行くとしよう」

やれやれと息を吐き、ハルピュイアが最後の候補地を選んだ。

これでそれぞれの行き先が決定したため、早速彼らは転送装置へと向かう。

 

「じゃ、さくっと行って特殊エネルギーを回収してくるとしますか」

「俺は強え奴とやれるのが楽しみだぜ」

「お主は戦闘の事しか頭にないのでござるか」

「まあファーブニルだからな」

「そりゃ戦闘馬鹿ですものw」

「んだと!うるせえぞレヴィ……!」

ちょっと調子に乗ってる軽口に応戦しようとした闘将の言葉が途中で遮られる。

転送装置の転送が開始されたためだ。

4人の将達はそれぞれの行き先へ向けて飛び立っていった。



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闇に潜む者達

* * *

 

???「ほう、どうやら侵入者のようだな」

とある一室で、覆面を被った何者かが会合を開いていた。

議題は機密資源“ギラテアイト”の密輸・エネルギー利用についてである。

彼らはギアテライトを秘密裏に保有し、その利益を不正に享受している組織だった。

覆面を被った男達は、奥のモニター画面を見て何やら騒がしい。

???「何やらお客さんがやってきたようだぞ。それも4人も」

???「何…?どこの誰だ?あいつらは……」

???「あれは……もしや――」

モニターには4つの場所が表示されている。

それは、それぞれギラテアイトが隠されている隠蔽場所の拠点映像だった。

その絶対機密の各地点に、謎の侵入者が現われたのである。

そこには4人の者達が映し出されていた。

それは他でもない、ネオアルカディア四天王の面々であった。

???「もしや彼らはネオアルカディア四天王達ではないか?」

???「何だと?まさか、こんな辺境へ都市の最重要幹部である四天王が来るはずがない」

???「しかし、どうやら間違いではなさそうだぞ。これを見ろ」

一人の者が映像の横に資料画像を表示させる。

そこにはネオアルカディア四天王の写真データが載っており、各ポイントに現われた者達の容姿と一致していた。

???「なるほど……確かに、一致するな」

???「四天王達がこんな所へ何故……?」

???「決まっておろう。バレたのだよ。ギラテアイトを隠している事が」

???「!それで押収しに来たというわけか……」

???「これは、ちとまずいのう」

覆面の者達は不穏な表情を見せる。

このままでは四天王達によって自分達が不当に保有しているギラテアイトを没収されてしまう。

そればかりか、そこからルートをたどわれてこの上層部までたどり着かれ、自分達まで罪を問われて拘束されてしまうだろう。

???「それは何としても回避せねばなるまい」

???「しかしどうする?このままじゃみすみす奴らにブツを奪われるだけだぜ」

???「ギラテアイトを4つに地点に分けておくのはまずいじゃろう。ここは1カ所にまとめておくのが吉じゃな」

???「1カ所にまとめる?何故そんな事を。そこを突破されたら一気に全部奪われちまうじゃねえか」

???「四天王4人を全て相手にするのは不可能じゃろう。ならば、3箇所は外れにして4人の内3人は回避してしまえばよい」

???「なるほどな。あえてターゲットを1人に絞って単個撃破するってわけだ」

彼らは対抗するための策を考えていた。

4カ所に点在しているギラテアイトを1カ所にまとめる事で、四天王1人だけを相手にして応戦しようというのだ。

ちなみにギラテアイトは転送装置を使えば拠点間を自由に移動させられる。

???「よし。だが誰とやり合う?四天王は全員べらぼうに強いぞ」

???「そうだな。誰とやりあっても簡単にはいかないだろうよ」

???「各地の拠点には“スカウター”を保持した戦闘員がおる。まずはそれで戦闘値を調べさせてみるかの」

 

* * *

 

彼らが各地の部下達に指示を出してから数分。

すぐに現地からのデータが彼らの本部へと転送されてきた。

しかし、あちらからの音声通信は途絶えている。

???「データは送られてきたが……何故音声通信が切れている?」

???「おそらく全員四天王達に倒されたのじゃろう」

???「ちっ……計測員全員やられるとは。四天王め、何て奴らだ」

スカウターでの計測を指示した戦闘員が全て倒されてしまい、彼らは表情を歪める。

???「じゃが貴重なデータが手に入った。四天王全員分の戦闘値はちゃんと計測出来ておるぞ」

???「よし、よくやった。お前達の尊い犠牲は無駄にはしねえ」

???「数値はどうなっている?」

 

計測データ

賢将ハルピュイア 戦闘値75000

闘将ファーブニル 戦闘値78000

妖将レヴィアタン 戦闘値69000

隠将ファントム  戦闘値80000

 

???「これは……!何て高数値だ……」

???「流石にズバ抜けておるのう。並の戦闘員では相手にならんはずじゃ」

???「こんな奴らを相手にギラテアイトを保守できるのか?」

表示された四天王達の戦闘値データに驚きを隠せない覆面達。

この男達は組織の中でも上位の者達だが、それでも戦闘値は1~2万程度がいいところなのだ。

???「これは確かに強敵じゃな。じゃが全く勝機が無いわけでもない」

???「それは本当か?どいつもこいつも化け物揃いだと思うが……」

???「全員が猛者なのは間違いなかろう。じゃがこの中に1人、まだ組しやすそうな者がおる」



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闘将の任務①--陽光の森を踏破せよ--

「ったくよ。弱すぎるぜこいつら」

手応えの無さにファーブニルがため息をついた。

つい今し方、彼はここに着いた所なのだが、到着して早々に彼は2人の敵を見つけていた。

しかし戦力差は著しく、5秒もかからずに彼はそれらを片付けてしまった。

「つまんねえ。雑魚じゃ歯応えがねえぜ」

彼は戦闘好きだが、それは強者相手の戦いだ。

弱い者とのバトルは彼の感性を揺さぶらない。

 

快晴が広がる青空の下、闘将ファーブニルは前方の目的地を視界に仰いだ。

辺りには新緑の木が生い茂っている。ここはあまり開発が進んでいないらしく、周囲に明確な道と呼べるものは無い。

陽光に照らされた木々が光を反射して煌めきを帯びている。

ここはその名が表す通りの[陽光の森]。太陽の光が森の葉を貫き彩りを与えていた。

「おーっなかなか良い陽気じゃねえか。俺好みのテイストだぜ」

明るい熱さを帯びたこの森に彼は好印象のようだ。

しばし周囲の環境を味わって見渡した後、闘将は懐から端末を取り出した。

「これがねえと特殊エネルギーの場所がわからねえからな。ええと、電源を入れて探査ボタンを押しゃあ使えるんだよな?」

ハルピュイアから説明を受けた内容をおぼろげにだが思い出し、彼は端末を操作する。

数秒の後、すぐにレーダー機能が作動し始めた。この端末はいわばエネルギー探知機だ。

設定した種類のエネルギー反応が近くにあれば、探知して知らせてくれるという優れものである。

「これで即ヒットしてくれりゃあちょろいもんなんだけどよ。とりあえずちょっとこの辺を探してみっか」

彼はレーダー端末を片手に木々の間を縫って歩を進めた。

 

 

それから約30分が経過。

しかし戦果はボウズである。

「ちくしょおおお!何で見つからねえんだよっ!」

この手の地道な作業が得意でないファーブニルは上空に向かってウザそうに叫んだ。

レーダーの探査画面には一向にエネルギー反応が出る気配がない。

「あーっむしゃくしゃするぜ!だからこういうまどろっこしい仕事は嫌えなんだ!」

文句を吐くものの、だからといって反応が出るわけでもなく――――。

地道にコツコツ探し続ける他にやりようはないのであった。

 

 

それからさらに1時間が経過。

「うぜえ、うぜえウザすぎるぜまったくよっ」

悪態を吐きつつファーブニルは木々の根っこを踏みしめて踏破する。

ここは舗装された道がロクにないため、どこを見渡しても木々、木々、木々ばかり。

歩いて進もうにも木の幹や枝によって阻まれ、その間を縫って行かなければならない。

面倒くさいことこの上ない手間であった。

「ちぃ、ミスったなこりゃ。陽光って単語につい選んじまったが、めちゃ歩きにきいし、めぼしそうな怪しい何かも見つからねえ。ほんとにここにエネルギーがあるのかよ」

彼はこの場所はもしやスカでエネルギーは無いのではないか、と疑念を抱き始める。

ここは4つの怪しい候補地の1つではあるが、目星のブツが無い可能性がないとは言えなかった。

実は外れで始めからそれが無いという可能性ももちろんあるのだ。

それを思うと彼のモチベーションは下がり始める。

「もしかして俺は元から何も無い場所を無意味に探し回ってるんじゃねえか………?」

レーダーの反応は相変わらず微塵もない。めぼしそうな建物も見当たらない。

基地めいたものが無いとするなら、そもそも密猟者がエネルギーを貯蔵しておく場所が存在しないということになる。

「いや待てよ……?それじゃおかしいじゃねえか。隠す場所がないのに獲物を貯蔵出来るわけがねえ」

そう、考えてみればおかしいのだ。もしこの森がエネルギー秘蔵地ならば、その貯蔵スペースが必要不可欠。

ここまで1時間以上探した限りでは、そのような場所は見当たらない。

「って事はマジで外れか……?何もないってこたあ……」

彼は徒労感を抱き失望しそうになる。

と、その時。

足下の地面から何かが姿を現した。

「!」

彼はおっと足を止める。

不意の出現者に、しかし彼は冷静だった。武具のソドム・ゴモラを向けてもいない。

足下の土から現れたのは野生のハリネズミだった。殺気も何も感じられなかったのでわざわざ武器を向ける必要などないと彼は無意識に判断していたのであった。その辺の“勘”に関しては意外に彼は鋭い。

「何だ、ハリネズミかよ。ったく気をつけろよな」

彼は小さなおさわがせ者にやれやれとしつつ、歩を進めようとした。

「いや、待てよ………?今こいつ地面から………」

ちょっとした違和感に彼は気付いた。このハリネズミは今地面の土を掘り起こして出てきたのだ。

この森は一見では何もないように思えるが、土の下ならばどうだろうか?

もしやすると何かが埋まっている可能性も………。

「ワンチャンあるかもしれねえな。いや待て、そもそもレーダーに何の反応もねえんだ。埋まってるならレーダーにかからないはずはねえ」

このレーダー端末は普通の端末ではなく、高度な最高技術が組み込まれた特性機である。よって目的のエネルギー反応を探知する事においては絶対的な精度を誇る。見逃す、などという事はありえない。

しかし、それはあくまで半径50m以内に近付いた場合の話だ。それより遠ければ、いくら端末の精度が高くともレーダーには感知されない。

「ってことはだ。地面の下に実は隠し通路か何かがあって、そこを通っていけば密造基地か何かに繋がってるって可能性もあるか……?」

彼は一つの可能性に行き当たる。この木々の下に広がる土砂。その下に、実は何かが隠されているのではないか………と。

「よし、じゃあそれを探すとすっか。確かこのレーダーはエネルギー探知以外のもんも探せるんだよな」

ハルピュイアの説明によれば、この端末は設定さえすればエネルギー以外の実個体に関しても探知する事が可能だという。

例えば、ある程度の質量を持った金属反応も検知する事ができる。それが例え土の下に埋まっていたとしてもだ。

早速ファーブニルは端末を操作し、探査対象物を一定レベル以上の質量を持つ金属物に設定してみた。

「これで設定は出来たぜ。あとはもう一度この辺を歩いてみっか。これで何も反応がなけりゃ………俺はもう帰っからな!」

むかつきを声に出して吐きつつも、彼は探索行動を再開する。

レヴィアタンによく言われる『あんたは地道な作業をもっとちゃんとすべきよ。そういうコツコツした雑務だって四天王としての大事な責務なんだから』という言葉をしぶしぶだがわきまえて実行していた。

 

 

そしてまた30分後。

ついにレーダーが反応を示した。

「うおっ、来やがったぜ!」

待ちに待った探知反応に彼はようやく息を吹き返した。正直もう無いよなあ、と思っていたところなのだ。

彼は反応があったポイントまで歩を進める。すると、そこは何の変哲も無い土であった。

だが、よく見ると土の色が他の場所のものと少し違っているようだ。

「もしかして誰かが上から埋めやがったな……?」

怪しいと睨んだファーブニルは調べてみる事にする。

彼は軽く上空に飛び上がると、拳を地面目がけて振り下ろした。

「おりゃあああっ!」

 

ド  ン  !

 

重い地響きが轟き、拳に殴られた地面が揺れた。

次いで土砂が弾け飛ぶ。

闘将の強烈な打ち下ろしによって衝撃波が起こったのだ。

周囲の砂利や土がその余波を受けて飛散する。

 

「へえ、どうやら当たりみてえだな」

すっかり土砂が無くなった場所を見てファーブニルが呟いた。

覆っていた土が消えた下には、何とハッチが存在していたのだ。

四辺が2mほどの取っ手付きの扉が、土に埋められるように隠されていた。

「こんな見つけにきいとこにこんなもの隠してやがったとわな。だがこれで苦労の甲斐があったってもんだ」

手がかり、いや特殊エネルギーに繋がりそうな大発見をしたと言っていいだろう。

してやったりな顔を見せたファーブニルは早速ハッチを開けて中へと入っていった。



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賢将の任務①--空港を探査せよ--

一方、その頃ハルピュイアは手応え有りという目でとある場所を見つめていた。

こちらはライズ空港。彼もまた候補地の1つであるポイントにやってきている。

今し方彼はちょっとした戦闘を終えた所だった。

 

空港のゲート内に転送されてから早々、彼は敵の視線を察知した。

振り返ると2名のパンテオンがおり、何やらこちらを伺っているようだった。

気付いた彼が接近して間合いを詰めると、彼らはバスターを打って攻撃してきたため、彼は迎撃して迎え撃った。

しかし敵はパンテオンなため、四天王ハルピュイアの前では無力。一瞬のうちに彼は敵を成敗する。

戦等兵を処理した後しばらく、彼は施設内を探索して回っていた。

ここライズ空港は郊外の外れ都市であるライズ地区と外界を繋ぐ玄関口。もっとも、大都市ネオアルカディアからの定期便はなく、周辺にある小都市からの便がいくつか行き来する程度のものなのだが。

規模は小さいものの、ここはれっきとした発送路のある空港なので施設自体はしっかりとしている。

 

ハルピュイアはレーダー端末を片手にしばらく周回したのだが、残念ながら反応が鳴る気配はなかった。

しかし彼は真面目なのでやる気を失せさせる事はなく、その後もひたすら空港内を時には歩き、時には飛び回りながら探し回った。

そして1時間ほどが経過した頃、彼は一つの可能性に思い至る。

(……こうしてただ闇雲に探し回っても意味がないかもしれない。もしここに目的のブツがあるとするなら、表面上見つけられるような所に置いておくと思うか?俺が密猟者の立場なら、レーダーで探知が行き届かない場所へ保管しておくだろう)

レーダーの探知範囲は半径50m以内に限定される。仮にその“範囲外”に離しておいたとしたら、もちろんレーダーには引っかからない。

(施設内のどこかに隠し部屋や通路が隠してあるかもしれないな)

彼は端末の探知対象をエネルギー以外の対象に切り替えて探索をまた再開した。

今度はもし壁の奥や床の下に何かの入り口や通路が隠されていてもレーダーで探知する事が可能となる。

ただし、その探知レーダーは空港施設内の表立った建造物(ドア・扉・金属物など)には反応しない。あくまで“表出していない隠された一定の質量を持つ物質”にのみ反応する。この端末には高性能レーダーが内蔵されており、隠されている物にだけ反応する優れた仕組みになっているのだ。

彼は視界に映らない場所にある手がかりを求めて探索を続行した。

 

 

……しかし、その後また1時間ほど探してみたものの、レーダーに探知反応が出る事はなかった。

残念ながら徒労に終わり、ハルピュイアはため息をつく。

「ふう、念入りに探してみたが成果なしか。ここは外れかもしれん」

少し気分的に疲れた彼は、気分転換に外のテラスへと出てみる事にした。

この場所は空港のため、この施設以外のものは周囲にはなく、周りの視界は開けている。

辺りを見渡せばなかなか壮観な景色が広がっていた。

「いい眺めだ。今日は快晴とみえる」

太陽の日差しがよく照っており、風通しもいい。

思わず彼は上空の晴天を見上げていた。

「………………」

 

ふと、彼は思い至った。

この空の上には何も無いのだろうか………と。

もちろん上空には何か建造物があるわけでもないから、物を隠しておける場所などない。

そう思って彼は半信半疑で上を見上げてみた。

「む………」

何も無い上空。

と思っていたのだが、一つの異物が彼の視界に映った。

「あれは……飛行船か?」

上空に僅か米粒ほどの小さな点だが、空に何かがとんでいるのがわかった。

彼の目はなかなか良いため、それがすぐに飛行船であると気付いた。

たまたまこの辺りを飛んでいる航空便だろうか?

だがこの候補地の真上を飛んでいるとなると怪しい可能性がある。

「さて、ものは確認だ」

すぐさま彼は背中のホバーを作動させた。

僅かな可能性も看過しない監査気質の性が発揮され、彼は大空へ向けて飛翔する。

飛行船のある高度は地上20kmほどのようだが、空を自在に飛び回れる彼にとっては関係なかった。

ホバーの動力を持って彼の身体はグングンと上昇する。

 

 

と、しばらく飛翔した所で上空から何かが降りてきた。

おそらく上の飛行船から下降してきたものと思われるが、その数は3つほど。

姿をよく見てみると、それらはどうやらパンテオン型のレプリロイドのようだ。

「……ほう、敵襲か」

彼は迫り来る対象を“敵”と認識。

何故なら降りてくる彼らはバズーカのような武器を手にしていたからだ。

明らかにこちらを狙って皆獲物を構えている。

ドンドン!と発射音を響かせてバズーカから弾丸が放たれた。

拳大の大きい弾が賢将へ向けて接近する。

「ふん、つまらんな」

しかし彼は鼻で笑って旋回回避していく。

ホバーの威力と翼の傾きの操作により彼の身体は滑らかにスライド移動した。

次いで今度は上昇軌道へ進路を変更。瞬く間に高度を上げて敵パンテオンへ接近する。

「ぐぎっ!」「げっ!」「ごふっ!」

3体のパンテオン達の身体が切り裂かれた。

賢将の振るうソニックセイバーの薙ぎが決まったのである。

短い呻き声を漏らし、3体の装甲は機械部を露出させて破壊された。

次いで小爆発が起こり、地上へと落下していく。

 

「なるほど、これであの飛行船はブツを積んでいるとみて間違いなさそうだ」

彼は確信めいた手応えを得てしたり顔を浮かべた。

わざわざこちらに向けて敵襲を放ってきたという事は、中にバレるとまずい代物を隠し持っている事に他ならない。

都市の監査者としての経験からハルピュイアはそれを把握していた。

「さあ、では“押収”させてもらうとしよう」

不敵な笑みを浮かべて彼は飛行艇へと上昇を再開する。

翼の動力機構のブーストをかけ、スピードを加速させた賢将の身体はまさにハヤブサのようだった。



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妖将の任務①--鏡の城を調べよ--

カツカツ、と小気味いい足音が城の通路に淡く響く。

床に敷き詰められた紫硝子の面にヒールの踵が触れる反響でこの音は鳴っていた。

音の主は四天王のうちの誰か?それはこの状況証拠だけで推理する事が可能だ。

何故なら音の元であるヒールを身に付けているのは4人のうち1人だけだからである。

「フフ、私が思った通り凄く綺麗な所。紫硝子の廊下なんて洒落てるじゃない」

楽しそうに微笑む少女の声は偽りなく本心を語っていた。

彼女は美しいものを好む習性があり、美の感性に感銘を受けると嬉しそうにそれを褒めるのだ。

すらっとした細い脚を止めて青き四天王が改めて辺りを見渡す。

「気に入ったわ。この紫硝子の城って所、凄く良い場所ね」

満足そうに笑う彼女の名は妖将レヴィアタン。氷を操る美の四天王だ。

唯一の紅一点でもあるため、他の3人に比べてこういう要素には敏感である。

少しでも小汚い汚れが目につくと彼女はあからさまに不快な表情を見せるほどの綺麗好き。

その彼女の目を持ってして、この場所は美しいと誇れる格式があるようだ。

「でも残念ね。折角こんなに綺麗なお城なのに、汚い雑魚の残骸が目障り」

彼女は脇に転がっている残骸を見てため息をつく。

そこには倒された敵が身体をえぐられて転がっている。

ついさっき、彼女は一戦闘終えた所だった。

 

到着して早々に彼女は真後ろから視線を感じた。

振り返ると、パンテオンエースが2体おり、こちらを伺っていた。

伺っていた、といっても近い距離からではない。

優に50m近くは離れていたのだが、彼女は鋭敏な警戒心で察知し、遠距離からの気配でも感づいたのだ。

彼らは振り返った妖将に一瞬驚いたが、すぐに攻勢へと転じる。

ホバーを使って上空へと飛び、彼女へと迫った。

しかし彼女は慌てず、ホーミング弾の連弾を発射。

パンテオンエース達はその間を縫って躱そうとするが、一部かすってダメージを負ってしまう。

そして、躱し切った所でさらに間髪入れず、追撃の氷の輪が放たれた。

レヴィアタン得意のミサイル&氷の連技である。

これは流石によけ切れず、彼らはモロに喰らってしまう。

そして数秒後にはとどめの切っ先が首元を貫いていた。

 

「まったく嫌になっちゃうわ。この私に変な目を向けるなんて。こんな弱くて汚い連中なんかに興味はないのよ」

ふう、と吐き捨てて彼女は彼らの顔を見つめた。

「でも、おかしいわね。なんでこいつら変なゴーグルみたいな物つけてるのかしら」

レヴィアタンは違和感に気付いていた。

倒された彼らは目に何かのパーツをつけている。

パンテオンエースはパンテオンが強化された個体だが、通常こんな補強パーツは標準装備されていないはずだ。

(もしかして何かを調べるための機具……?)

彼女は不審な装備に疑念を抱く。

だが、別段それほど気にも止めない。

(ま、別にどうでもいい事だわ。こんな雑魚が私をサーチした所で相手にもならないもの)

くるり、と踵を返して彼女は歩き出す。

気を取り直して彼女はまた城内散策を再開する事にした。

 

ここは紫硝子の城。

その名の通り、紫の硝子で作られたお城だ。

壁や床は紫硝子と紫水晶が織り交ぜられており、歩くだけでその美しさを実感する事が出来る。

「本当に素敵な場所。やっぱりここにして正解だったみたい」

フフ、と楽しそうに微笑むレヴィアタン。

己の美意識に相応しいこの城を彼女はすっかり気に入っていた。

どこを見ても綺麗でつい見入ってしまうほどだ。

「でも景観に感心してばかりもいられないのよね。さっきからずっと探してるんだけど、未だに何の反応もないのは困りものだわ」

はあ、と頬に手を当てて彼女は憂いた顔を見せる。

ここはライズ地区に昔からある中世のお城らしく、部屋数が結構あった。

階段や廊下も所々に存在しており、なかなか探索も一苦労であった。

「ふぅ、意気込んで私一人で来ちゃったけど、失敗したかしら。これなら1人よりもスタグロフ達を連れてきて探させた方がよかったかも」

まるで要塞、とまでは大げさだが、この紫硝子の城は結構な広さがある。

それに比例して作りも凝っており探し場所もたくさんあるのだ。

怪しそうな小物も色々あるため、どこから探していいものか迷うくらいである。

「ま、でも地道に進めていきましょ。これでももう1/3は終わったしね」

既に1時間ほど経ったが、彼女は城全体の35%ほどを調べ終えていた。敷地面積の広さを考えれば十分なスピードを持って探せているといってよいレベルだ。

彼女はこの手のコツコツとした地道な細かい作業は得意な方なため、効率よく探す事が出来る。

レーダーをかざしながらの根気のいる作業だが、彼女は淡々と作業を遂行していった。

 

 

 

それから約1時間30分が経過。

彼女は音を上げることなく黙々と探索を続けていた。

レヴィアタンは一度集中すると例えなかなか成果が出なくても飽きっぽくはならず、集中力を持続させられる長所がある。

これはぜひともファーブニルに見習ってもらいたいところだろうか。

 

「PiPiPi………!」

「あっ………」

不意にレーダーの探知音が鳴った。

端末の画面には目標物のエネルギー反応が出ている。

これは付近50m以内に特殊エネルギーが存在しているという事だ。

「ビンゴだわ。この近くにそれがあるのね」

彼女は目当てを引いて嬉し気に微笑む。

辺りを見回し、怪しそうな物がないか周囲を確認した。

ここはちょうど部屋のドアの前である。

ドアの周囲や後方には特に何も物はなく、ただ紫硝子の廊下と壁があるだけだ。

という事は、目の前のドアを開けた先に何かある可能性が非常に高い。

「ゴクリ」

あえてわざとらしく唾を飲むレヴィアタン。

この先にある未知の存在にドキドキしつつ、その実ワクワクもしていた。

彼女は念のため室内に“敵”が潜んでいる可能性に備えて武器のフロストジャベリンを構える。

この武具は槍として鋭い突きを見舞う事も出来れば、氷を発現させて様々な技を繰り出す事が出来る便利な武器である。十の光る武具の一つであり妖将愛用の相棒だ。

『ガチャリ』と僅かにドアノブの音をさせ、レヴィアタンは部屋の中に足を踏み入れる。

 

無音。

 

室内は幸い誰もいないようで、敵の気配も殺気も感じられなかった。

部屋内には物はあまりなく、必要最低限の物だけが備えられている感じだ。

机と椅子のセットが一脚とクローゼットがある。それと壁に大きな鏡が1つかけられているくらいか。

(どうやら敵はいないみたいね。気になるといえば、このクローゼットかしら)

机の右横に鎮座している小さなクローゼット。

両扉は閉じられているため、中は確認できない。

クローゼットの中にエネルギーが保管されている、とは考えにくいが、その可能性は少なくない。

何せこの部屋の中に反応の元があるのはまず間違いないからだ。

「……………」

再び彼女はフロストジャベリンを構える。

中にあるのはエネルギーかもしれないが、敵が潜んでいる可能性もある。いやむしろそっちの可能性の方が高いか。

敵が飛び出してきても即戦闘に入れる体勢を整えて彼女は気を見計らう。

数秒待ってから、彼女はクローゼットのとってに手をかけて勢いよく開けた。

 

 

「…………なーんだ残念。スカみたいね」

扉を開け放った中はもぬけの殻であった。

クローゼットだというのに衣服の1つすらも入っていない。

拍子抜けしたレヴィアタンは息を吐いて扉を閉める。

「うーん、でも変ね。この部屋にアレがあるのは間違いないはずなんだけど」

レーダー反応を鑑みればこの部屋の中にブツがあるのは間違いなかった。

しかし、このクローゼットがスカとなると、残る隠し場所は見当たらない。

「…………まさかこの鏡、じゃないでしょうし」

壁にかけられている大きな鏡が妖将の目にとまる。

紫のフレームで覆われたアンティーク風情の鏡。

古めかしそうな年代物らしく、サイズも相まってなかなか不思議な感じを抱かせる鏡だ。

「綺麗ね……流石このお城の調度品って感じ」

一見異様ではあるのだが不思議な魅力を纏う大鏡に彼女は少し見入った。

部屋内の隠し場所として考えられるのは、残すはこの鏡くらいしかないのだが、この鏡にエネルギーが隠されている事はまず考えづらい。

無意識に怪しい警戒心を緩めてレヴィアタンは鏡の美しさを鑑賞する。

昔はこの部屋に住んでいた住人がこの鏡の前で髪をときながら化粧をしていたのだろうか……などと考えつつ彼女は自身の顔をまじまじと見つめた。

 

「フフ、私ってやっぱり可愛い顔してるわよね」

無意識に彼女の口から感想が漏れる。

自然に出た、率直な言葉だ。

これは驕りではなく自然な本心であった。

妖将、と呼ばれているだけあって彼女は容姿のレベルが高い。

客観的に見てもそうなのだが、彼女は主観的に見てもそのように思っていた。

「さすがは私、妖将レヴィアタン。我ながらうっとりするわ」

のろけ気味になり彼女は自分に酔う。

陶酔、と言っていい行動だが、彼女は羞恥心を捨てて頬に手を当てて酔っていた。

こんな傍目から見て恥ずかしい言動を取れるのは周囲に人目が無く、ここが外から隔離されているからだった。

人が見ている前ではもちろんこのような醜態行動は彼女はしない。

 

しかし、緩んでのろけているのはまずかった。

彼女は僅かな時間ではあるが、自分が今特殊エネルギー探しをしている事を忘れていた。

そのエネルギーが大変稀少で価値がある事。

つまりそれを保持している者はかなり慎重にブツをわかりにくい場所に隠しているという事。

目に見えない場所―――。

それは、何かで覆っているとか、壁で遮っているとか、床下に隠しているとか、死角の真上に保管しているとか、物理的にどうにか隠すとかいう場合だけに限定されるわけではない。何も、物理的に隠さなくてもやりようはあるのだ。

例えば影の力を使って闇の中に紛らわせるなど。それならば物理的には無理でも特殊能力で隠す事が出来てしまう。

この部屋の場合も同じ事だった。

 

これがもし闇に紛れる事を得意としている陰将ファントムならば、状況は違っただろう。

おそらくここの違和感を見逃さずに目ざとく気付いたはずだ。

だが、運悪くこの部屋に当たったのは妖将。彼女は美の意識が高いが故に、そちらに気が削がれてしまった。そのために危険な兆候を見逃していたのである。

 

いつの間にか、鏡面に波紋のような揺らぎが生まれていた。

僅かな変化だが、鏡の映写をゆらりと揺らす拍動。

(あら……?今、一瞬何かぶれたような)

ようやく彼女は異変が起こっている事に気付いた。

しかし、のろけていた分察知が遅れてしまう。妖将が違和感に気が付いた時には既に手遅れであった。

大鏡の奥から、何かがすっと音もなく表出した。

気配もなく、ほんの一瞬の出来事。

鏡から出てきたのは大きな腕であった。

「え」

 

ガシり

【挿絵表示】

【挿絵提供はりこのま様】

 

彼女が気付いた時にはもう大きい腕に手が捕まれていた。

(しまった――!)

そう思った時には足が宙に浮いていた。

次の瞬間、レヴィアタンの身体が強い力で引っ張られる。

強烈な磁石に引き寄せられたように妖将の身体は鏡に吸い込まれた。

「なっ!ひゃァ……!?」

抗おうとするも時既に遅し。

完全に両足が地面から離れ、踏ん張る事も叶わない。

引っ張られるがままに妖将の身体は大鏡の中へとダイブした。



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隠将の任務--地下研究所を攻略せよ--

妖将が紫鏡に取り込まれている頃、隠将ファントムは既に地下研究所を“攻略”していた。

当該拠点を完全に調べ尽くし、既に一仕事を終えていた。

 

彼がこの候補地に降り立つとすぐに、例によって何者かの気配がした。

真後ろには誰もおらず、それは上からこちらに視線を向けていた。

天井の梁に身を隠して、パンテオンが見ていたのである。

が、その“死角”からの視察にも、彼は一瞬で見抜いてしまう。

間髪入れずに手裏剣を飛ばし、彼は敵を床へと落とした。

慌てたパンテオンが3体ほど彼に向けて襲いかかってきたが、ファントムはリーチの短いクナイを軽くひゅひゅんと振った。

そして、それだけで彼らは倒れ伏した。

急所に最小限の手数で攻撃を当て、それだけで仕留めたのだ。

「つまらぬ奴らよ。口ほどにもない」

倒した者達を見下げ、彼はすたすたと歩き出す。

(今の連中は何やら“スカウター”のような物をつけていたが、拙者の戦闘値でもしらべていたか?)

彼はパンテオン達が計測用の機具を身に付けていた事を見抜いている。

そして、その意図も。

(となれば、それを指示している上の者がどこかにいるのであろう。そ奴らがおそらくギラテアイトを密売・不正保有している輩とみて間違いない)

 

その後、彼はこの地下研究所のほぼ全てを調べ尽くしていた。

彼は闇の忍者でもあるが故に怪しい場所には勘が効く。レーダーに頼ってばかりいなくとも、探査を自分なりの手はずで進められる能力を彼は持っていた。

何かが隠されているとおぼしき場所には独特の臭いが漂っている。もちろん常人にはわからないレベルなのだが、極意を極めた忍者であり隠将でもある彼なら違和感に気付けるのだ。

地下研究所は結構入り組んでおりハシゴで降りる箇所が多数あった。一部足場が悪い所や飛び移らないと行けないような所もあったのだが、彼は器用な身のこなしからしらみつぶしにそれらの場所を調べ上げていった。以前ゼロと相まみえた工場施設で様々な場所に爆弾を仕掛けていたように、彼は足場の難しい難所だろうと巧みな移動術で乗り移り闊歩していける。

この地下研究所も施設構造はあの時の工場と似たようなものだったため、彼は手際よく瞬進で飛び移りながら各所を見て回った。結果は、残念ながら特殊エネルギーは1つも発見できなかった。

「無念。こちらは外れポイントでござったか」

持ち場の候補地を攻略して捜査完了したものの、隠将の表情は冴えない。

折角ならば自らの手でレア資源を回収したかった所だ。

「しかし愚痴をこぼしても特殊エネルギーが湧いて出てくるわけでもあるまいか。仕方なしと受け入れるしかないでござるな」

彼はもどかしさを飲み込んで自分を納得させる。

忍者たるもの成果が出なくとも耐え忍ぶ我慢も必要だからだ。

 

手持ち無沙汰になった彼は、この地下研究所の空気をようやく味わって吸ってみる。

探査中は感知に集中していたためゆっくりする暇がなかったためである。

「うむ、やはりこの手の場所は落ち着くでござる」

ほっとしたようにファントムは安堵して頷いた。

彼はこういう薄暗くジメッとした場所が好きで落ち着けるようだ。

さっきはそれで闘将・妖将からは変な目で見られたが。

「うぬぬ……彼奴らめ。我がそういう所を好むのがそんなにおかしいというのか」

ファントムは納得いかな気にふてくされた顔を見せる。

彼は精神年齢は大人なはずなのだが、時にはこういう顔も見せるようだ。

 

「さて、ではどうするか。このまま本部に帰るのもいいが、まだいささか時間が早すぎる。他の3人は今頃どうしているでござるかな。既に目当てのブツを見つけている者がいてもおかしくはないが」

この4つの候補地のどれかに特殊エネルギーが貯蔵されているのは間違いない。

彼としては真っ先に1番乗りでボウズで帰省するのもなんなので、何とか成果を挙げたい所なのだが。

「さて。もう少しだけ、この場所を探してみるでござるかな。拙者に見落としなどないが、もしやという事もあるかもしれぬ」

彼は、自分が探した場所をもう一度探し直してみる事にした。

念には念を入れての、2週目である。

再度深く探ってみる事で何か発見があるかもしれないからだ。

しかし――。

残念ながらそれは無駄な行為だった。

何故なら、ここには既にギラテアイトは無かったからだ。

彼が来てまだ探索中の間に、それは何者かによって外部へと運び出されていた。



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闘将の任務②--怒りの咆哮--

あれから30分が経った。

地面の土砂の下に隠されていた非常口ハッチ。先刻、その取っ手を持ち上げてファーブニルは中へと潜入を試みた。

ハッチを通った中はハシゴがかけられており、そこから下に降りれるようになっていた。

梯子づたいに彼が降りていくと、しばらく行った先には部屋のような空間が存在していた。

「なんだ、こりゃ?随分とメカメカしい場所だな」

彼が降り立ったのは、機械設備が整備されているラボのような場所だった。

机の上にはパソコンやモニター画面がいくつも置かれている。

ビンに入った液体や固形の成分を計測する大型の機具も備え付けられていた。

さしづめここは何かの研究室といった所だろうか。

「へへ、怪しい場所を見つけたぜ。こりゃあ多分ここで研究してやがったんだろうな。ギラなんちゃらってやつをよ」

ファーブニルはチャンスとばかりに周囲を見回してみる。

ここが稀少資源ギラテアイトの研究用ラボだとすれば、このどこかにそれがある可能性が高いからだ。

彼は探査レーダーを取り出し、反応がないか探ってみる。

「…………」

だが、辺りを調べてみてもエネルギー反応はhitしない。

しばらく周囲を歩き回ってみたが、いくら粘ってみてもレーダーが鳴る事はなかった。

ここがそれの研究室なら現物があるはずである。

しかし一向にそれは見つからない。

「んだよ、何で反応が鳴らねえんだよちくしょー!」

しびれを切らした彼は憤慨して叫んだ。

どうもおかしい。

“ブツ”があるならレーダーはもとより、彼の嗅覚が反応するはずだった。

闘将としての彼は細々した探索は得意ではない。

だが、ハンターとしての本能か、危険性の高い危ないブツや秘匿品などのレア物に対しては鋭い嗅覚を発揮して気付く事がままある。

まさに野生の勘という奴だ。

だが、その彼の野生の嗅覚を持ってしても、琴線に触れるものがない。

「ちっ……何もそれっぽい感覚を感じねえ。どうやらここは外れかもしれねえな」

本能を信頼している彼は、その結果を疑いなく悟った。

おそらくここにはギラテアイトはないと。

あれば、何かしら彼は感づいているはずだからだ。

「……ん?こりゃあ……」

ふと、彼は機具と機具の隙間に何かを見つけた。

そこには何かを固定するための置き台のような物があった。

置き台と思しきそれには、何かを収めるための凹んだへこみがあり、周囲を固定するためのベルトが備えられている。

台の寸法から見て、対象物の大きさはダチョウの卵くらいのサイズだろうか。

「匂うな……ここから」

ピクっと彼の目が野性味を帯びる。

置き台から、何かの違和感を彼は感じていた。

つい先刻まで、ここに何か特別な物が収まっていたかのような気を――。

「間違いねえ。こりゃギラテアイトだな」

彼は直感したように断定した。

鋭い彼の嗅覚がそう言っているのだ。

「ほんの10数分前までここにブツがあったんだ。現物を取っ払っても俺のこの感覚はだませねえぜ」

自信を持って彼は言い放つ。

おそらくこの置き台には直前までギラテアイトが置かれていた。

しかし、彼がやって来る少し前に誰かが持ち去ったのだ。

「持ってかれてからまだそれほど経ってねえ。持ち出した奴はまだ近くにいるんじゃねえか……?」

彼はラボの周囲を見渡す。

だが、この部屋は既に一通り探しているため、ここにはもう誰もいないだろう。

ちっと舌打ちして、彼はラボから外に出た。

 

何者かに持ち去られた、という事はこちらの存在に感づかれたという事だ。

実力者である闘将の彼が現われた事で、敵組織の人間が彼を嫌ってブツを持って退散したという事か。

「何で俺がこの拠点へ来たって気付かれたんだ……?いや、待てよ」

彼はある事に思い至った。

ここへ来て早々に、雑兵のパンテオンを2体ほど倒した事を。

「そういや着いてすぐに雑魚を殺ったっけか。だが特に連絡とかしやがった様子はなかったが……」

パンテオン達の気配に気付いて振り返った時には、彼らは手に持つバスター以外は丸腰だった。

特に連絡用の端末などは持っていなかったはずだ。

「いや、待てよ――」

ビビッと彼の脳裏に記憶が蘇る。

彼らは確か目に何かをつけていた。

望遠レンズのような物だと思って彼は気にしなかったのだが。

「まさかあれが連絡用の端末を兼ねてたってわけか……?」

些細な事だと気にも止めなかった彼は、しまったと舌を打った。

あれでこちらの存在を他の人員に伝えていたかもしれないからだ。

「ぬかったぜ。あいつら雑魚のくせに目ざとく俺の事を上の連中に報告しやがったんだ。それであそこにあったブツが俺が到着する前に外部へ運び出されちまったってわけだ」

くそっ!と地面を殴りつけるファーブニル。

雑魚相手だと安易に去ってしまったのは軽率だった。

折角のギラテアイト押収の機会を、その雑魚の働きによって潰されてしまったのである。

「舐めた真似してくれるじゃねえか。俺に無駄足を踏ませやがったなあ!!」

彼は怒りの咆哮を上げ、上空へ向けてファイヤーショットを連射した。

ドンドンドン!と打ち上げられた大粒の炎弾が雲を切るように上空へ舞う。

隠将に続き闘将ファーブニルもまた、ギラテアイトを外部へ持ち去られて外れを引かされてしまったのだった。



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賢将の任務②--敵襲成敗--

賢将の身体は高い高度に位置する飛行船へ向けて接近していた。

もう目と鼻の先ほどまでに距離は近付いている。

「PiPiPi……!」

「む……!レーダーの反応有りか」

半径50m以内に入った事で、レーダーの探知機能が効くようになった。

反応が出たという事は“当たり”という事だ。

「やはり俺の読みは正しかったようだな」

確信を得てハルピュイアの目が鋭く光る。

彼はソニックブレードを構えて一気にブーストをかけて加速した。

飛行船の入り口を見つけると、彼はそちらに巧みに旋回して降り立つ。

「ここが搭乗口だな。早速開けさせてもらうぞ」

言うが早いかソニックブレードが一閃される。

ロックがかかっているのもお構いなしに入り口のゲートは切り開かれた。

 

「何奴!?」

船内に入って早々、来客が現れた。

顔を黒ずくめのナプキンで覆った賊のような輩が。

手にはバズーカを所持している。

しかしそれを見ても狼狽する事など微塵もなく、ハルピュイアは逆に質問を投げかける。

「俺か?言わずともわかるだろう」

「何……?………!?き、きさまは」

賢将に指摘されて初めて黒ずくめの男は潜入者をよく見てみた。

すると、時間差ラグの後、ようやくそれが誰だかに気付く。

「け、賢将ハルピュイア……様、、!」

「理解したか?ならば道を開けよ」

「く、、!は、ははあ………!」

バズーカを放とうとするも苦悶の表情を浮かべた後、彼はひれ伏した。

ネオアルカディア四天王の権威はここライズの地にも轟いており、賢将ハルピュイアの名を知らぬ者はいない。

彼がそれを認識した時点で反抗するなどあり得ない選択肢であった。

 

一般兵クラスの賊を素通りし、ハルピュイアは船内を歩いて進み始める。

他にも同じような賊が銃を向けていたが、彼の正体を理解した事で先の者と同じように戦意を喪失して皆頭を垂れていた。

最初の部屋を過ぎ、彼は次の号室へ入る。

そこでもさっきのデジャヴのように賊が襲ってこようとしたが、彼は同様に黙らせるとまたも頭を垂れさせた。

まさに四天王の威厳による無言の圧力である。

 

さらに長い廊下を進み、次の扉を開けるハルピュイア。

そこからは階段になっていて上に上がれるようになっている。そのまま階段を上ると、視界が開けた。

そこは少し様相が異なっており、天井は無く天空が覗いている。

部屋というより飛行船の上部に作られた外に面したテラスといった所か。

「ほう、ここでブツを保管しているわけか」

ハルピュイアの視界は奥のボス格の男を捉える。風貌・そして目に見えない“気”で彼が大将格であるとハルピュイアは察して話しかけた。

 

「こ、これはこれは賢将ハルピュイア様。よくぞお越しくださいました」

奥に立っていた初老とおぼしき男のレプリロイドが、彼に向けて挨拶する。

黒いサングラスに葉巻をふかした、見るからにボス風情の男だ。

だがその態度はへこへこしていて威厳は感じられない。

「お前が責任者か?」

「へ、へい。あっしがボスのピラギアでさ」

過度にへりくだった様子で彼は賢将に尋ねる。

「こんな辺境のライズに来られるとは、きょ、今日はどういったご用件で……?」

「皆まで言わせないとわからないか?ここに“ギラテアイト”があるだろう」

ソニックブレードの刃先を彼に向けてハルピュイアが詰問する。

「そ、そんな物、、持ってやしません」

「ほう?しらを切るというのか」

「、、いや、だってそんな物ありゃしませんから」

男はたどたどしい口調で弁明した。

「先程私の持つ探知レーダーに反応があった。嘘を言っても通用しないぞ」

「そ、そんなに仰るなら探してみたらいかがで、、?」

「何?」

ギロリ、と賢将の目が睨む。

「ヒィっ……!」

「いいだろう。ではそれが出てきたらお前らは監獄行きだ」

おののくピラギアを尻目に彼はレーダーを再び取り出した。

そしてもう少し詳細な場所を調べようとする。

音が大きくなるほど近くに対象物があるという事だからだ。

「む……?」

しかし、彼はおやっとなった。

レーダーが一切反応を示さなかったからだ。

音一つ鳴る気配がない。

(どういうことだ?さっきは反応していただろう)

彼はレーダーの調子が悪いのか、と思った。

だが距離的にはさっきより近付いているはずで、反応が遠くなるはずはない。

何より、ネオアルカディアの技術部が作成した最新鋭の機具だ。壊れて反応が切れるなど考えにくい。

 

「お前達、ブツをどこかへ持ち去ったな?」

「へっ……!」

ビクウ!とピラギアの肩が跳ねる。

リアクションの態度からするに、どうやらそのようだ。

「な、何を言ってなさるんですかね。そんな事するわきゃないでしょう」

「正直に言え。さもなくばここで始末するぞ」

「ヒィぃ!」

ブレードの切っ先を彼の鼻面に突きつけるハルピュイア。

嘘である事はもうわかっているのだ。

 

「あ、あなた様が飛行船に乗り込む直前に、上官が転送装置を使って外部へ運び出したんでさあ」

「なに……?」

賢将の恫喝に負け、彼は白状した。

どうやら彼が飛行船内に立ち入る寸前に何者かがギラテアイトを持って外部へ持ち去ったらしい。

(なるほど。それでさっきはレーダーが鳴っていたのに今は反応しないわけか)

「やはりな。で、その転送装置を使ってそいつはどこへ行った?」

「そ、そこまでは知りやせん。向こうもいきなり転送装置でおいでなすって……。『強敵の四天王が近くに来ている。今すぐにここにあるギラテアイトを移動させる』とだけ言って、そそくさと回収して行っちまいやした」

「ほう。本当に行き先は知らないんだな?」

「へ、へい…!」

凄まれた彼は尻込みした。

彼の話を信じるなら、下っ端の彼らには詳しい情報までは教えられていないのだろう。

 

(しかし、妙だな。私の接近に気付いてから転送装置で逃げるまで、間に合うとは思えんが)

ハルピュイアは疑問を感じた。

飛行船に乗り込む直前に上から降りてきた雑魚を片付けたが、それからここに乗り込むまでには2分とかかっていない。

もっと前の時点で気付いていないと、ブツを回収しにやって来てそこから再度転送で逃げるのは難しいはずだ。

(もしや、もっと前の段階で気付かれたのか?)

彼はとある可能性に気付く。

ここへ近付くよりももっと前に察知されたのではないか。

(……まさかとは思うが)

ここへ来て早々に、彼は2体のパンテオンを片付けている。

その者達を通じて連絡が行ったのかもしれない。

(連絡する暇など与えなかったはずだが。どうやって――)

気配を察知してすぐ、彼はパンテオンを切り倒している。

敵は連絡端末なども持っていなかったはずだ。

(もしや、あの目につけていたパーツか……?)

はっと彼は違和感に思い至る。倒した彼らは目に補助器具のようなパーツを付けていたのだ。

もしかすると、単なる補助器具ではなく外部との情報通信機能があったのかもしれない。

(ちっ……つまり、俺は到着早々に敵にそれを知られてしまったという事か)

ギリ、と彼の眉間に皺が寄った。

雑魚相手とは言え、その可能性を失念して放置してしまった。

もっと早く気付いていれば、みすみすギラテアイトを持ち逃げされる前にここへ押し入って防げていただろう。

 

己の不始末に苛立ちつつ、彼は気を取り直して眼前のピラギアに言った。

「そうか。状況は理解した」

「へ、へえ。で、ではあっしはこれで」

「待て」

立ち去ろうとする彼の肩をハルピュイアが掴む。

「っ!な、何でさあ……?」

「まさか何もお咎め無しと思っているのか?」

鋭い眼光で彼は男を射貫く。

「貴様らには監獄へ連行して詳しい話を聞かせてもらう」

「ま、末端のあっしらは、上からは何も知らされてやせん……!聞いても何も出やせんぜ」

「確かに機密の最重要情報までは知り得ないだろう。だが、多少のやりとりはあったはずだな。今も上からの伝達でブツの移動に立ち会っている」

「ぐ……!」

「お前達は立派な幇助罪だ。大人しくお縄についてもらう」

賢将によってジャッジが降された。

この飛行船における関係者達は密売人であり、特殊エネルギーの無断保有・無断売買・虚偽をしている罰則対象であると。

「ぐううう、、!」

「貴様らを独占禁止罪の疑いで一斉検挙する。ネオアルカディアのプリズンへ強制収監だ。いいな?」

四天王によって断罪され、逮捕が決定された。

強制収監、という命令を受けてしかしあちらのボスであるピラギアは様子が変わる。

 

「へへ………バレちまったか。こうなりゃ仕方ねえ、監獄行きは困りやすぜえ」

男は片手を高く頭上にかざした。すると、背後から舎弟達が姿を現す。

1人、また1人と現れ、その数は増していく。

いつの間にか20体ほども手下達が集まっていた。

彼らは皆バズーカを構え、ハルピュイアの周囲を取り囲む形で包囲している。

「おめえら、よーく見てみな。あいつは賢将じゃねえ。よく似た格好で擬態しているだけの影武者にすぎん。恐れる事はねえ。あれは所詮偽物の軟弱者よ。俺たちの商売にケチをつけてきやがったあのろくでなしを許すな。であえであえ!蜂の巣にして撃ち殺しちまいな!」

本性を現したピラギアはマフィアの顔を覗かせる。

彼らは闇組織の一派であるブラックホーネスト。

裏世界の闇商売で希少価値の高い特殊エネルギーを秘密裏に取引し、無断で保有・売買を企む悪の組織だ。

その闇商売の隠蔽・極秘進行のために、空港の上空にて死角となる飛行船内部にて船腹し企みを進めていた。

しかし今回賢将の茶々入れによりその企てが明るみに出てしまう事になり、それではこれまでのやりくりが水の泡になってしまう。

それを阻みたいピラギアはこの飛行船内で賢将を暗殺してしまおうと考えたのだ。

ここは高度20kmの上空であり、外界からは完全に隔離されている。ここで賢将を殺しても犯行がバレる恐れはないと言っていい。

だからこそ彼らは賢将相手でも強気になれた。

「愚か者ども。悪事が判明してもなお荒事に臨もうか」

「悪人に悪事を改めて更生させようなど所詮綺麗事よォ。この場を見られちまった以上、もはや貴様を生かしてはおけねえ。ここで散りな!!」

ボスであるピラギアの合図と共に、一斉にバズーカの引き金が引かれた。

無数の弾丸が賢将の身体を襲う。

「どこを狙っているんだ」

次の瞬間、いつの間にかハルピュイアの身体は20mほど左に移動していた。

つい今し方までいた場所からは忽然と姿が消えている。

放たれた幾多の弾丸は虚空を通り抜けて外れた。

「なに、いつの間にあんな所に……!?」

「馬鹿な!たしかに今そこにいたはず…!」

舎弟達は目で認識できないほどの早さで動いた賢将のスピードに対応出来ず面食らった。

所詮はヤクザのごろつきである。四天王の1人である賢将と同じレベルの景色など認識できるはずもない。

「今のですら“見えない”のか。話にならんな」

呆れたように言い残し、またハルピュイアの姿が消えた。

今度はさっきと違い、他の場所にも姿が見えない。

「ま、また姿が見えなくなりやがった」

「ど、どこへ行きやがった!?」

「わからねえ、どっかに消え――――」

舎弟の1人が言葉を最後まで言えず倒れた。

「ど、どうした!?き、気絶してやがる……!」

「いったい何が………ぐあっ!?」

続けざまに別の舎弟も呻き声をあげて崩れた。

後ろから一瞬のうちに殴り倒されたのだ。目にも止まらぬ速さで。

 

 

「ハ、ハルピュイアか………!」

10秒ほどで舎弟達はようやく事の状況が理解できてきたが、それが出来た頃にはもう8割の船員が倒されていた。

「く、くそ……!何という強さだ……!」

「あれが賢将の真の力か……!」

圧倒的な力差に畏怖する舎弟達に、しかし賢将は冷めた様子で言った。

「この程度は5割の力にも満たん。お前達など切り伏せるのもおこがましい」

その言葉が終わったが早いか残る4人の手下達も後頭部を殴られて卒倒する。

見る間に全ての舎弟達は賢将によって戦闘不能を余儀なくされてしまった。

 

「ぐぐううう…………」

残ったのはボスのピラギアただ1人。

「どうだ。これで理解出来たか?大人しく観念して投降しろ」

お前達にはエネルギーの密売情報に関して色々訊きたい事が山ほどあるのでな、とハルピュイアは言った。

ピラギアはこの状況でもなお反逆の意思がある。

たとえ1人でも奴さえ殺せればこの犯罪は明るみにならず、まだまだ闇商売が続けられるのだ。

上からの信頼もいっそう増し、彼には多くの返礼が送られる事だろう。

しかし賢将を前にしたこの場を上手く切り抜けるビジョンは彼には全く描けない。

あまりにも戦力差が違いすぎる。ピラギアは彼らのボスとはいえ、あくまで彼らの中での長というだけ。

“ヤクザ風情”では戦闘に長けたレプリロイド相手には無力と言ってよかった。たとえバズーカを撃っても軽く躱されてしまうだろう。

「ぐ、くそ、くそおぉお」

彼は跪いてバズーカを落とした。

勝ち筋が見えず、勝機を失ったのだ。

ハルピュイアの前では、ピラギアの力では抵抗しても敵わない。それを否が応でも彼は理解させられた。

 

こうして闇組織ブラックホーネストのボスは降伏し、このライズ空港でのミッションは終了した。

特殊エネルギーの回収という目的は達成できなかったが、末端の者達とはいえ関係組織の情報源を得た。

「さて、あとは本部まで転送してすぐに帰還したいところだが。あいにくこいつらを全員移送しなければならん」

まだ彼にはブラックホーネストの団員達をネオアルカディアのプリズンまで届ける任務が残っていた。

彼らを個別に転送する事はできないため、このまま飛行船を操ってネオアルカディアまで向かう事になりそうだ。

気怠そうな顔を見せるハルピュイアだが、四天王のリーダーとして疎かにするわけにはいかない。

ため息をつきつつ賢将は飛行船の舵を取り、ネオアルカディアへ向けて運転を開始した。



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妖将の任務②--鏡の世界--

そこは不安をかき立てる場所。

まるで外界から隔絶されたような肌寒い世界。

ほの暗い暗闇に覆われた岩肌が周囲一面に広がっている。

虚無と焦燥感を感じさせる、どこか不可思議な場所だ。

一つ言えるのは、現実世界とは明確に趣が違う事。

そう、ここは鏡の世界――。

 

「キャア!」

 

【挿絵表示】

 

ドスン!と鈍い音を立てて彼女は転落した。

上から無造作に落とされたため、受け身が取れず身体に衝撃が走る。

痛みを感じて彼女は悶えた。

だが、すぐに体勢を立て直して彼女は反転して立ち上がる。

突然の不意打ちで崩されてしまったが、良い反射神経をしている彼女はリカバリーが早い。

慌てる精神をなだめ、彼女は周囲を見渡した。

見た所、敵らしき者の姿は見えない。

辺りは少々暗がりになっており、あまり遠くの方までは視認できなかった。

「誰……!」

暗がりの先に向かって彼女は叫ぶ。

いきなり不意打ちの奇襲を受け、鏡の中へ取り込まれてしまった。

何者かが自分へ向けてタチの悪い攻撃を仕掛けてきたのだ。

彼女は無礼極まりない行為に怒りを感じていた。

だが、敵からの理不尽な攻撃は何もおかしな事ではなかった。

彼女はギラテアイトを押収しに、そしてそれを違法保持する者達を摘発しに来たのだ。

敵の立場からすれば、それをみすみす許容できる道理はない。

(くっ……ぬかったわ。敵陣での探索中なのに、つい気を緩めちゃった)

彼女は己の不始末により、敵に寝首をかかれた事を悔いる。

いくら自分の容姿に酔い痴れたとはいえ、流石に気を抜きすぎだった。

 

「へえ、この私とやろうってわけね。どこの誰だか知らないけど、怖い物知らずの馬鹿は痛い目を見るわよ」

相変わらず姿が見えない敵に対し、レヴィアタンは挑発するように声を投げかける。

油断から少々不覚を取ってしまったが、彼女としては不敬な輩との戦闘は望むところだ。

“四天王”に対しての身の程を知らない蛮行はその身を持ってわからせてやらないといけない。

 

周囲は薄い霧がかかったように見えづらかった。

だが、ある程度は視認可能なため位置関係は把握出来る。

地面は岩肌となっており、先程までいた場所と変わらない。

ただし明らかに違う点として、所々に光る何かが点在している事だ。

(これは何……?)

怪しく発光している物体を彼女は訝しむ。

それはまるでワームホールのような、異空間へと繋がっているホールのようにも見えた。

もしや、ここへ入れば元の場所へと戻れるのかもしれない。

 

 

「やめておいた方がいいぜ。そこは亜空間へと通じているからな」

「!」

不意に後方から声がした。

暗がりの奥からだ。

気配を消した足音が近付いてくる。

 

「ようこそレヴィアタン、鏡の世界へ」

「……!」

レヴィアタンが振り向くと、そこに居たのは人型の男だった。

その者はピンクの表皮に紫色を帯びた肌をしている。

一見するとゴブリンのようにも見える風貌だが、体型は細く人に近しい容姿をしていた。

「何者……?」

「察しはついてるだろう?あんたと敵対する存在さ」

「ってことは、私の不意を打ったのもあなたってわけね?」

チャキ、と彼女はフロストジャベリンを彼に向ける。

「その通り。いきなり驚かせて悪いな」

「一応だけど理由を訊いておこうかしら」

「くく、既にわかっているだろう?お前にギラテアイトを押収されるのを防ぐためだ」

「ああ、そうなんだ」

フウ、と妖将がため息をついた。

「って事は、やっぱりここで間違いなかったみたいね」

「そうだ。だが、みすみす渡すわけにはいかないぞ。ここであんたには消えてもらう」

言って、彼はいきなり前方にジャンプした。

地面を蹴って一気に跳躍し、彼女の眼前に迫る。

そしてそのままの勢いで拳を突き出した。

「おッ!?」

だが、それより1秒早く、レヴィアタンは体裁きによって攻撃を回避していた。

不意打ちからの高速攻撃だったのだが、彼女は好反応でかわしてしまう。

「私に対して顔を狙うなんて、命が惜しくないみたいね」

ひゅん、と半転した彼女はカウンターを放つ。

腕が空を切った事で、男は前にバランスを崩していた。

妖将のフロストジャベリンによる薙ぎが、隙が出来た彼の後頭部を打つ。

「ぐあっ…!」

打撃を喰らって、男は数m吹っ飛んだ。

かなりまともに当たったため、彼はそのまま地面に突っ伏す。

「フフ、この私にそんな子供だましな打撃は通用しないわよ」

振るった武具を後ろ手に斜めに下げて、レヴィアタンが微笑んだ。

彼女にはあのようなパワー押しの攻撃は通用しない。

頭を使った戦闘をしなければ、妖将にダメージを与える事は難しいと言えた。

「ちっ……痛っててぇ」

「…!」

倒れ伏した彼だが、しかしゆらりと立ち上がる。

首元を抑えると、彼はゴキゴキと頭を手で揺らした。

まるで外れた関節を戻すように。

「へえ、まだ意識があったのね。てっきり今ので気絶したものだと思っていたわ」

「へへ、今のはなかなか効いたぜ。だが俺の意識を刈るには不十分だ」

薄笑いを浮かべて男は彼女を振り返る。

「あんたはなかなか腕が立つようだ。だがパワーが足りない。今俺を一撃で仕留められなかったようにな」

「生意気な口を利くわね。この私を誰だと思ってるの?」

「もちろん知ってるぜ。四天王の妖将レヴィアタンだろ。あんたは相当強いのは事実だ。だが四天王4人の中では一段落ちる」

「何ですって?」

ピク、とレヴィアタンの顔色が変わった。

「四天王の中で私が一枚落ちる?」

「それはデータにも表われている」

「……?データですって?」



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妖将の任務③--妖将VS炎鬼ズィール--

「データですって?それはどういう意味……?」

「あんたがここへ来た事は監視カメラで認識していたからな。すぐに配下の者に調べさせたのさ。スカウターを使ってあんたの戦闘値をな」

「!」

彼女は思い出す。

紫鏡の城に到着して早々パンテオンエース達と遭遇した事を。

「まさか、あいつらが私の事をサーチか何かで調べていたってわけ?」

「そうだ。まあすぐに気付いたあんたにやられちまったのは誤算だったがな。まさか強化版パンテオンであるエース達があそこまで早く倒されるとは思わなかった。女とはいえ流石は四天王だ。だが、ちゃんとデータは取れたぜ。うちの組織のスカウターは超速で対象のパラメータを解析・サーチ出来るからな」

やっぱりあれはただの望遠レンズではなく、何か特殊な機具だったんだ、と内心でレヴィアタンは口惜しむ。

あの機具にはおそらく通信機能が付いていたと思われるため、あの時いち早く壊しておくべきだった。

だが彼女はさして気にとめずそのまま放置して立ち去ってしまった。

「あれがスカウターだったとは思わなかったわ。って事は、あいつらは私のパラメータを勝手にサーチしてたってわけね」

「それで合っている。既にあんた、妖将レヴィアタンのデータは取得済みだ」

「よくも無断でそんな事をしてくれたもんだわ」

キッと彼女は男を睨む。

「くく、そんなに怒る事か?俺達は敵だぜ。こちらが有利になる事ならするに決まっているだろう」

「そうだったわね。あんた達は私の敵だったわ」

今更ながらそれを明確に認識し、彼女はため息をついた。

そう、ここの連中はギラテアイトを無断で保有し密売などをしている者達なのだ。

正々堂々、などというやり方をするわけがない。

「あなた、何か戦闘馬鹿に似てる気がしたけど違ったみたい」

「あん?戦闘馬鹿?」

「こっちの同僚の話よ。そいつは馬鹿だけどこんな卑怯な真似はしない奴だったわ」

彼女は戦闘馬鹿ことファーブニルの事を思い出す。

彼は暑苦しい漢だが、戦う際に決して卑怯な真似はしない。

それと目の前の男を比べると、両者には明確な違いがあると彼女は思ったのだ。

「ああ、そりゃもしかして“闘将ファーブニル”の事か?」

「さあ、どうかしら」

「確かに奴は戦闘スキルに秀でているな。何せ戦闘値があんたより10000近く多い78000もあるんだから」

くく、と笑って男が言った。

ピクリと妖将が反応する。

「何ですって…?」

「あいつは強いよ。パワーと火力には目を見張るものがある。流石に奴を相手にするにはこっちのキャパじゃしんどい」

「私より1万近く多い…?何でそんな事があなたにわかるのよ」

何故かファーブニルの戦闘値まで知っている男に彼女は怪訝な顔を浮かべた。

「ああ、言っていなかったな。他の拠点にやってきた四天王達も同様にしてスカウターでデータを取らせてもらったのさ」

「……!まさか、」

「信じられないか?まあお前はその目で見たわけではないから仕方あるまい。俺がでまかせの嘘を言っている可能性もあるからな」

「…………」

レヴィアタンは無言で彼を見やる。

確かに彼のでまかせな可能性もある。

だが多分そうではないと彼女は感じていた。

何故なら、彼が言ったファーブニルの戦闘値、そしてそれより1万近く低いと言われた自分の戦闘値が正しく一致していたからである。

彼女は自分自身はもちろん、他の四天王の戦闘値もよく把握しているからだ。

「……それが事実だったとして、何なのよ?」

「確かに四天王は皆化け物級に強い。あんたもその例に漏れずな。だが」

こちらを薄笑いで見て男は言った。

「あんたは他の3人に比べれば、まだつけいる隙がある」

「……は?」

カチン、と彼女は彼を睨む。

 

「どうやらあんたはファーブニル達と比べると戦闘値が一段落ちるようだ。まあその辺りは男女の性差といったところだろう」

「私が他の連中より弱いって言いたいわけ?」

「データでそう明示されているからな。女という点を鑑みれば他の男達より劣るのも自然な理だ」

「……フフ」

彼の発言にレヴィアタンの口元が三日月に曲がった。

「女だからって舐めない方がいいわよ?」

 

ヒュン

 

一陣の、風切り音が響いた。

タイミングを外して、彼女が男に飛びかかったのだ。

鋭い突きが手先から伸び、男の喉元を襲う。

しかし槍は空を切った。

男は不意打ちにも動じず、反射的に身体を捻って上手く避けていたのだ。

 

「あら」

「不意打ちするなんて、やってくれるじゃねえか」

男は避けた動きからそのまま流れるように攻撃に転じる。

身体を反転させて彼女の足下目がけて回し蹴りを放った。足払いだ。

だが、レヴィアタンはその動きを予期しており、ジャンプしてかわす。

「マリンスノー!」

彼女は空中で小さな氷の塊を発生させて男へと打ち放った。

綺麗な氷に見えるが、それらは機雷だ。当たれば威力を持って爆発する。レヴィアタンの得意技である。

「こんな子供だましが通じるかよ!」

彼は口を大きく開けて、何かを吐き出した。

それは両手大の火球だった。

口の中から射出された火の玉が氷の機雷と接触する。

 

シャリリィ!

 

小気味いい音を立ててマリンスノーが飛散した。

危険な氷の機雷も炎とは相性が悪いため、当たれば溶けて破壊されてしまう。

「へえ、あなた炎使いなのかしら」

少し驚いたような目をしてレヴィアタンが男に目を向ける。

彼はどうやら炎属性らしく、火の玉を放って彼女の氷技を迎撃したのだ。

「そうさ。俺の通り名は“炎鬼”ズィール。その名の通り炎の鬼だ。だから氷使いのあんたには負ける気がしない」

余裕気に男がそうのたまった。

炎属性を彼女は苦手としている。

敵側もそれを踏まえての人選のようだ。

 

「フフ、私を相手にそれは楽しみな文句だわ」

彼の言葉に、しかし妖将の顔が楽し気に微笑む。

「確かに炎は嫌いよ。でも炎使いだからってだけじゃ私には勝てない」

レヴィアタンは再度眼前に氷の機雷を発現させる。今度はさっきより数が多い。

こちらはマリンスノーの応用版だ。

「行きなさい」

彼女の発令と共に、幾多の氷機雷が男の周囲を包み込む。

逃げ場が一瞬でなくなった彼だが、しかし慌てずに対処した。

「ファイアブーメラン!」

炎の刃をブーメランとして飛ばし、機雷が爆破射程に入る前に撃ち落として破壊する。

さすが氷をカモとする炎使いだけあって、氷技への正確な対処方法がわかっているようだ。

「今度はこっちの番だぞ」

不敵に笑うと彼は全身を炎で包み始めた。

彼の周囲から炎の柱が現れ、彼に向けて放たれていく。

炎の照射を身に受けた彼は、ダメージを受ける事はない。

逆に炎のオーラを体に纏って鎧を形成していく。

「キルフレイム・コート」

殺傷力の高い炎の鎧を身に纏った彼は、大きな火の塊りとなりレヴィアタンに攻撃を開始する。

彼はドドドとその身のまま直接突撃してきた。

「やっ、やっ、やっ!」

レヴィアタンはホーミング弾3発でこれに対処。

追尾弾はその内2発が男の体躯を捉えた。

しかし、走ってきた男にはクリーンヒットはせず、かすった程度だ。強烈な炎のオーラが鎧の役割も果たし、彼の被弾ダメージを抑える。

「おっと」

間近に迫った男の突進を彼女は横っ飛びでかわした。

攻撃が少々外れても彼女は簡単には慌てない。

「ちっ、かわしたか。ちょこまかとすばしっこい奴だ」

「あなたのパワーだけで頭の悪そうな攻撃なんて喰らわないわ」

「頭が悪いだと……?ならばこれはどうだ」

彼は軽く上空にジャンプした。

次の瞬間、壁を蹴って高速移動を開始する。

「っ……!」

意外な俊敏な動きにレヴィアタンは虚を突かれた。

頭上をかなりの速さで炎の塊りと男が通り過ぎる。

一瞬のうちに彼女の背後を取った彼は、炎の巨躯を振るった。

レヴィアタンは剛腕の薙ぎ払いを身に受けて吹っ飛ばされ――――

 

いや、砕け散った。

 

 

パリィィン

 

 

氷の破片が粉々に砕かれ、妖将の形をとっていたものが崩れ去る。

彼が攻撃したのは氷で造られたレヴィアタンの偽物だった。

「な、なにィ!?ハリボテだっただと…!」

攻撃を外してしまい、彼は慌ててレヴィアタンの本体を探す。

しかしどこにも見当たらない。

「ど、どこだ…!」

「ここよ」

すぐ傍で彼女の声がし、男はそちらへ目を向ける。

すると、”真後ろに”彼女はいた。

「フフっ」

「なっ、に……!?」

彼は再び薙ぎ払おうと腕を振るおうとした。

しかし遅かった。

既に鋭い刃が突き刺されていたからだ。

 

 

ザシュリっ!

 

 

フロストジャベリンの槍部分が的確に男の急所を刺していた。

首元の、炎のオーラの薄い箇所を。

彼女はあの短い動き合いの中で彼の纏う炎の各部位を正確に分析把握していた。

その弱点が首元だという事も。

「ぐ……な、、、そ、そんな、。この俺が負けるなど、、、」

「私に勝とうだなんて、100年早かったわね」

彼女は口元を三日月に歪めて言った。

「じゃあ、サヨウナラ」

「あ、、、ぐ、ぁああああ!!!」

彼の断末魔と共に、炎の鎧が爆発霧散した。

身に纏っていたキルフレイム・コートが爆発で四散していく。

だが、レヴィアタンは寸前で飛びすさって退避しており、爆発に巻き込まれる事はなかった。

 

 

「フぅ、ひとまず片がついたわね」

敵の男との一戦を終え、彼女は軽く息をついた。

相性的に苦手なはずの炎タイプの敵との対戦だったが、それでも彼女は勝ってしまう。

妖将と言われる彼女の強さは伊達ではない。

「ほほ、ズィールがやられたか。炎使いじゃから奴1人でも何とかなるかと思ったが。この辺りは流石に四天王の1人と言えるかのう」

「!」

不意にまた声がし、彼女ははっとなった。

声のした方に彼女は目を向ける。

声は上の方角からしたようだ。

「なかなか良い動きじゃった。これが四天王の力か」

「誰……!」

天井の光のホールから顔だけがのぞいていた。

老人と思しき男が、こちらを見ている。

「お初にお目にかかる。ワシはゾルベームグ。さっきの男、ズィールの仲間じゃ」

「………」

名乗った老人、ゾルベームグは彼女に薄く笑んでみせる。

「仲間って事は、敵ね?」

「さよう。今しばらくお主を観察させてもらった」

「観察…?ずっとそこから見ていたっていうの?」

「うむ。どうやらお主は奴との戦いに夢中で気付かんかったようじゃがの」

彼は天井の光のホールからこちらを伺って見ていたらしい。

それもしばらくの間。

翁に指摘された通り、彼女はそれに気付いていなかった。

「……無断でのぞき見なんて、気持ち悪い事をするのね」

「ふぉふぉ、戦略的偵察といってほしいの」

ふがふがと笑って、翁は言った。

「じゃがおかげでお主のデータの精度は上がった。ズィールの犠牲も無駄にはならなかろう」

「……?データの精度?」

気が付くと、彼は目に眼鏡のような物をはめている。

まさか、と彼女ははっとした。

「それ、もしかしてスカウター……?」

「そうじゃ。今のバトル中ずっとこれを通して見せてもらったぞい。数分足らずとはいえ、配下のエース達の初期サーチよりも詳細なデータが取れたわい」

くく、と不気味に笑んで翁が目を細める。

「お主はネオアルカディア四天王の紅一点だそうじゃの。こんな華奢な小娘がと思っておったが、今のバトルは珠玉じゃった。流石に戦闘値が69000あるだけはある」

「……!あなたも私の戦闘値を知っているのね」

「ふぉふぉ、これは部下の初期サーチの時点でわかっていた事じゃよ。そして今の戦闘でさらに詳しい事がわかった」

「………」

「知力値、スピード値、パワー値、そしてキュート値がな」

妖将を不敵に見やるゾルベームグ。

彼女は怪訝な顔で聞き返した。

「キュート値…?」

「くつくつ。キュート値はそのままの意味じゃよ。ワシの目では推定100000はあるかのう」

「………」

 

 

 

「……クスっ」

 

「いいわ、お礼にあなたは盛大に殺してあげる」



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妖将の任務④--妖将VS老練ゾルベームグ--

「ふぉふぉ。いいのう。強い女子と戦うのは楽しみじゃ」

不敵に笑って翁、ゾルベームグは彼女へ見やる。

「そうじゃ、戦う前に一つ教えてやるとするかの。お主は“稀少資源”を探しに来たそうじゃな」

「……?それがどうかしたかしら」

「ここにそれがあるのは知っておるかの?」

「ええ。既にレーダー反応で存在は確認しているわよ」

「うむ。ではさらにいい事を教えてやろう。お主が探知した物の他にもまだここには別のギラテアイトがある」

「え…?」

翁の発言に彼女は小首を傾げる。

「他にもある?」

「ワシらが他の地点から持ってきた物があるでな。少し前にこの鏡空間のどこかに隠しておいた」

「………」

「お主がワシに勝てれば、それもお主の物となろう」

「へえ、ゲームのつもりかしら?」

「ふぉふぉ、そうじゃな。妖将とのお遊戯と言ったところかの」

「ジジイのふざけた遊びに付き合う気はないわ。さっさと殺して冥土へ行かせてあげる」

レヴィアタンは彼を蔑称を用いて卑下した。

「ほーっほっほっ、女の子がそんな汚い言葉遣いをしない方がいいぞい?折角の美少女が台無しじゃて」

にたり、と笑って彼は光のホールに身を沈めた。

顔だけ出ていた彼の姿は完全に見えなくなる。

(……!どこに行ったの)

姿だけでなく気配も消え、彼女は翁の姿を探した。

だがどこにも彼の姿は見当たらない。

(あの光はどこか亜空間に通じてるって、さっき倒した奴が言ってたわね)

今翁が消えた事を考えると、あの光のホールはどこか別の場所に通じていると思ってよさそうだ。

彼女は辺りを見回してみる。

光のホールと思しき物はそこそこの数で点在しており、キラキラと魅惑的に光っている。

このどこかのホールから彼が出てくるのかもしれない。

 

「はっ…!」

ピクンと反応して、レヴィアタンは身をかがめた。

そのすぐ上を細い針が過ぎ去る。

それはそのまま奥にある紫水晶の壁へと突き刺さった。

「っ……!」

驚いた彼女は後方を振り返った。

すると、地面の光のホールから翁が顔をのぞかせていた。

彼の口には吹き矢のような道具がある。

「ふぉふぉ。よくよけたの。流石の察知力と反応スピードじゃ」

「後ろから不意打ちってわけ…?出てきて正々堂々と戦いなさいよ」

「生憎それをする気はないのう。お主ほどの実力者を相手にするにはそれでは分が悪い。こうして有利な環境設定をして陥れるのが1番効果的じゃ」

「ふん……悪知恵が働くじゃない。その辺は年配者の功って所かしら」

「お主じゃて立場が違えば同じじゃと思うがのう。強敵とやり合う時は無策で正面からぶつかるかの?」

「………」

確かに、と彼女は思った。

もし自分がやっかいな相手と戦うとしたらどうするか。

少しでも有利な状況を作って戦おうとするだろう。

例えば、足場に大量のトゲを配置したり、水を投入して得意の水中戦闘を相手に強いたりである。

それと同じ事を敵もやっているだけなのだ。

「ウザいジジイだわ」

吐き捨てるように彼女は言った。

「ふぉふぉ、酷い言い草じゃの。油断して鏡に取り込まれたお主が悪いのじゃぞ?」

「黙りなさい」

彼女はホーミング弾を1発飛ばした。

だがすぐに翁は顔をホールに沈める。

攻撃は敵には当たらず、その光ホールの中に弾は消えてしまった。

「くっ、また隠れんぼってわけ?」

不満を顔に出して彼女は辺りを見渡す。

すると、視界の端に何かが見えた。

ホーミング弾だ。

「えっ…?」

彼女は意表を突かれる。

さっき自分が撃った物が、全く別の場所から出てきたのである。

弾は彼女へ向かってくる事はなく、そのまま目標物を失ったように漂って、そして壁に命中した。

飛散音がして、壁の一部が損壊する。

(今のは……どういう事?)

不可思議な現象に彼女は怪訝に思った。

まるで別の場所の光のホールと繋がっていたかのようである。

 

「くつくつ」

「!」

端から出てきたホーミング弾に一瞬気を取られた瞬間、彼女の足下から気味の悪い笑みが聞こえた。

気が付くと、すぐ傍の地面にも光のホールが出現していた。

翁の不気味な顔と、手が出ている。

彼女は片足を掴まれていた。

「あっ…!」

「ふぉふぉ、集中を欠いてはいかんのう。そいっ!!」

間髪入れず、ゾルベームグは腕を大きく上へと振り上げた。

同時に、掴まれていた彼女の脚も一緒に持ち上げられる。

バランスを崩された彼女はたまらず転倒した。

 

【挿絵表示】

【挿絵提供モメ男様】

 

「キャアッ!」

ドスン!と尻餅をつく形でレヴィアタンは地面へ倒れ込む。

翁に足を大きく取られてしまい、重心を崩されたのだ。

しかし、彼女は倒れつつも反撃していた。

投げを喰らうと同時にホーミング弾を一発放っていたのである。

「ぐむぉ…!」

ゾルベームグが呻き声を挙げる。

翁の肩口にそれは命中し、小爆発が起こっていた。

痛みに顔を顰め、彼はすぐさま足下の光ホールへと退避する。

 

 

「……フフ、どうやらあなたの方も気を緩めていたようね」

体勢を立て直した彼女は起き上がりながら微笑んだ。

だが幾分か機嫌は損ねている。

「よくもやってくれたじゃない。私を乱暴に転ばせた罪は、今の傷程度じゃ釣り合わないわよ」

手荒く転倒させられた所行に、彼女は静かに青い炎を燃やしていた。

妖将は氷属性だが、内心にはちゃんと燃える炎を宿している。

ただ、今彼女の心に灯っているのは青い炎だった。

これは卑劣な手を使ってくる相手に抱く軽蔑の感情である。

(苛つくわ。でも、厄介。これじゃどこの光ホールから出てくるかわかったもんじゃないもの)

周囲に点在するホールを見回して考え込むレヴィアタン。

これらの光は全てどこか別のホールへと続いているらしかった。

どのホールから翁が出現し、攻撃を仕掛けてくるかわからない。

さっきのようにわざと別のポイントから陽動して隙を狙ってくる場合もある。

(とりあえず足下のホールには注意しないと。さっきみたいにすっ転ばされちゃたまらないわ)

彼女は眼下からの不意打ちに警戒した。

対処策として、足下にあまりホールがない場所へと歩いて移動する。

だが、ホールとホールとの間は2~3mほどしかあいていないため、この程度の距離なら相手の攻撃が届く危険があった。

(これじゃ敵の攻撃を完全には無効化出来ないわね。何か効果的な打開策は――)

思考を巡らせている彼女の、そんな隙を狙って敵は動き出した。

頭上の死角から、ハンマーが投げ込まれたのだ。

ブウン、と回転を帯びてそれは妖将の頭へと飛ぶ。

しかし、彼女はそれを避けた。

軽く体を裁くと、回転ハンマーがその脇を通り抜けていく。

「!」

そのハンマーが落下点にあった光ホールに吸い込まれて消えた。

そして今度は地面のホールから出現する。

彼女は床のホールからは距離を取っていたため、ハンマーの出現をすぐに感知出来た。

「たあっ!」

フロストジャベリンを薙いで彼女はそれを跳ね飛ばす。

ただし、ホールのない壁に向かってだ。

ドグシャ!という衝突音と共にハンマーが壁に当たって止まった。

こうすれば、厄介なランダム攻撃を止める事が出来る。

しかし、敵の攻撃はこれで終わりではなかった。

頭上の光ホールから今度は“腕”が伸びてくる。

眼下のハンマーに意識が行った妖将の隙を狙って、ゾルベームグが死角から不意を打ったのだ。

「むう…!」

だが、その腕は障害物によって阻まれた。

綺麗な氷の固形物が翁の目に映る。

「これは、機雷か――!」

「フフ、残念。予想済みでした」

レヴィアタンが楽し気な微笑みを翁に向けた。

次の瞬間、マリンスノーが爆発する。

ドカドカドカ!と連続して機雷が破裂した。

彼女は上からのハンマーを避けると同時に、死角となる天井側の光ホール先に複数のマリンスノーを放って置いたのだ。

もし敵がこちらの隙を狙って死角から出てきたとしても、迎撃するために。

その思惑は見事に的中していた。

「ぐ、ううう――!」

腕にもろに爆発を受け、ゾルベームグが呻き声を挙げてホール内に引っ込んだ。

今のはかなりのダメージが入ったようだ。

「さあ、あと一押しかしら」

痛んだ相手にほくそ笑むレヴィアタン。

おそらく敵はまた隙を狙ってくるだろう。

だがもう怖くない。

種が割れてしまえば、対処にも余裕が生まれる。

 

 

レヴィアタンはそのまま再び翁が仕掛けてくるのを待つ事にした。

こちらからわざわざ何かをする必要は無い。

相手が出たところを対処し、カウンターをお見舞いすればそれでトドメを刺せる。

「………」

シン……と静まり返った空間は静寂に包まれる。

神経を研ぎ澄ませている彼女は、今ならどこから不意を打たれようとすぐに反応できる自信がある。

「………」

30秒経っても何も変化はない。

ゾルベームグはなかなか次の攻撃をしてこなかった。

さっきまでの調子に乗った先手必勝は鳴りを潜める。

「………」

さらに30秒経った。

しかし攻撃の気配はない。

周囲に煌めく紫水晶が、まるで時間がゆっくり流れているかのように魅惑の光をキラキラと放っている。

「………ウザい」

さらに1分が経過した辺りで、レヴィアタンがぼそりと吐いた。

数分間相手はだんまりを決め込んだらしい。

こちらがカウンター狙いな事に気付き、闇雲に攻撃するのを控えたのだろう。

(ウザったいわね。折角対処法を思いついたのに)

内心で彼女は苛立つ。

こちらが自分を打破するやり方を意図したのを把握した敵は、そうはさせじとそれにまた対処してきた。

時間稼ぎをして状況を好転させる事を目論んでいるようだ。

(倒されたくなくて隠れてやり過ごす気?ジジイのくせに臆病な奴だわ)

年の功、もとい老害の頭を持つ敵に彼女はイライラする。

しびれを切らしたレヴィアタンは、戦法を変える事にした。

チャキ、と彼女は前方にフロストジャベリンを構える。

そして、くるんと回してそれを回転させ始めた。

高速に速めて武具を回し、新たな技を発動する。

「はぁっ!」

回転されたフロストジャベリンから氷の輪が放たれた。

白水色の氷の機雷が輪っか状になって拡散する。

それは綺麗な氷の煌めきを周囲に振りまくように、広がった。

そして、それらは個々に光りホールの元へ送られる。

レヴィアタンは光ホールそれぞれに氷の機雷を打ち放ったのである。

氷の輪は本来防御型の技だ。敵からの攻撃を盾の役割を果たして防ぎ、そしてカウンターとして相手に氷の輪をぶつけるもの。

しかし、彼女はそれを応用して進化させ、氷の輪を広げて打てるようになっていた。

機雷を拡散させる事でターゲットへの標的範囲を増やす事が出来る。

今彼女はそれを先手を取る形で使用し、空間に散在している光ホールそれぞれに氷機雷を送ったのだ。

「さあ、結果はどうかしら?」

周囲に散らばる氷のあられを見ながら妖将が呟く。

もちろん、全ての光ホールはカバーし切れないので、確実に決まるわけではない。

撃ち漏らした光ホールに翁がいれば外れに終わってしまう攻撃だ。

だが、もし奴がこちらに攻撃を当てようと思っているなら、こちらの近くに通じているホールに潜んでいるはず、と彼女は見当をつけていた。

ならば、この氷の輪の機雷量なら当てられる可能性が高い――。

そして、その予測は的中した。

「ぐげえ!」

呻き声がして、後方の上から何かが落ちてきた。

ドサっと重い音を響かせて敵が地面にぶち当たる。

振り返った彼女の口元が三日月に笑った。

「ウフフ。ビーンゴ♪」

可愛く笑んで、妖将はフロストジャベリンを翁の頭に向けた。

彼女が眼前に居る事に気付いた彼は、うっとしてそちらを見上げる。

「や、やめぬか…!今のは不意打ちじゃて」

「あら?あなたがそれを言うの?」

不思議そうに彼女は首を傾げる。

「さっきは散々私の不意を打とうとしていたじゃない」

「そ、それは……ワ、ワシが悪かった!見逃してくれえ!」

翁は頭をついて彼女に土下座した。

もはや勝機無しと見て、降伏したのだ。

「フゥ……負けるとみたら即降参ってわけ?」

「お主がまさかここまで強いとは思っとらんかった。これ以上戦ってもワシがやられるだけじゃ」

「私の戦闘値が69000とわかって、他の四天王男3人より勝てそうだとか言ってなかったかしら?」

「そ、それは思い上がりじゃった…!こちらの有利な環境で戦えば勝てると踏んでおったんじゃ。じゃが、お主は不利にも関わらずすぐにカラクリに対応してみせた。さらにこちらのアドバンテージを逆手に取った戦法で攻撃を決めてくるなど……全てがワシの想像以上じゃった」

「今頃気付いたのね」

「お主は数値での強さはもちろんじゃが……数値だけでは測れぬ強さがあった。不利にも即座に対応する知力、こちらの攻撃を瞬時に察知して回避する洞察力、そして技に応用を利かせるアレンジスキル……お主の力量評価を誤った」

「四天王を舐めるとどうなるか、これでわかってくれたかしら?」

「は、ははあ…!」

情けなく諸手を上げる爺に、彼女はため息をつく。

「呆気ない事。まあ、いいわ。大人しく負けを認めて投降するなら命だけは見逃してあげる」

「ほ、ほんとうかの……!」

彼女はゾルベームグの命までは奪おうとは思わない。

何故なら、彼にはギラテアイトの隠し場所を吐かせないといけないからだ。

この鏡世界のどこかにブツを隠しているらしいが、このまま倒してしまうと後で探す手間がかかってしまう。

それを防ぐためのとりあえずの保険である。

「あ、ありがとうございまする……!」

「その代わり、隠してあるギラテアイトの在りかを全て吐いてもらうわよ?」

「は、ははあ…!そのくらいお安いご用で御座います…!」

完全に土下座する形で平伏するゾルベームグ。

それを見てレヴィアタンは呆れつつも軽く肩の力を抜いた。

拍子抜けするくらい抵抗なく白旗を上げられたので、少し気が抜けたのだ。

 

しかし、その瞬間、伏せられた翁の顔が僅かに笑っていた。

妖将が戦闘から意識を逸らすのを、彼は待っていたのだ。

張り詰めた空気が一瞬緩んだその刹那、彼はレヴィアタンに向けて飛びかかる。

鋭い爪をサーベルのように伸ばして、彼は豹のごとくジャンプして切りかかった。

「!」

だが彼の切りつけは空を切る。

レヴィアタンが身体をさばいてかわしていたからだ。

少し気を抜いても、彼女は万が一の敵の不意打ちをちゃんと考慮に入れていたのである。

「やってくれるじゃない」

不服さを隠さない目つきで妖将が反転する。

そして、間髪入れずに今度は翁の眼前に切っ先が迫った。

彼女がカウンターの突きを放っていたためだ。

ヒュ!と風切り音がし、彼の頭部を槍の矛が貫く。

しかしズブリという感触はしなかった。

彼が咄嗟に首を折って躱したからだ。

「ほほ…!これはすこぶるお速い」

寸手の所で危険な突きを回避し、彼は肝を冷やす。

妖将は想像以上に俊敏な動きだった。

一撃目が躱されても、しかし彼女のキレは止まらない。

続けざまにジャベリンを薙ぎ、連続切りつけを見舞う。

「はあ!や!はっ!」

流れるような多段乱れ薙ぎ。

キレのある美しきまでの流麗舞がゾルベームグの身体に振るわれた。

彼は両の腕をクロスして薙ぎの連打を受ける。

盾となった腕を妖将のジャベリンが削っていく。

攻撃を受け切ったものの、翁の腕は相当に傷ついてしまった。

「ぎぃっ……!ぐ、なんと隙のない連突きよ、、!」

「今のでもう白旗?これはほんの“慣らし”よ」

痛むゾルベームグに軽く笑う妖将。

さすがに翁と彼女では強さの格に差があるようだ。

初手こそ隙を突かれた不覚から鏡の中へ捕らわれてしまった彼女だが、本来はネオアルカディア四天王の1人に数えられるだけの精鋭である。

いくら相手が不可思議な鏡能力の使い手であろうとその実力に遅れは全く見えないばかりか完全に上回っていた。

「フフ、お次はこれよ。マリンスノー!」

彼女の声と共に氷の機雷がジャベリンの先に発生する。

そして妖将が一笑を見せたのを合図に、機雷は真っ直ぐゾルベームグの元へ向かって流れた。

「むっ……!これは、」

彼が不穏な物体の接近に気付いた時には既に起爆圏内。

白い綺麗な氷片を弾けさせて機雷は派手に爆発した。

 

「ぐ、ぐむう……ッ」

氷片の爆風煙が止み、晴れた靄から翁の姿が現れた。

その身体は氷の破片で所々傷ついており、既に彼は息を乱している。

「くあ……!こ、これは想定外……本当に、とてもお強いですな……」

「このくらい普通よ。まだ初歩の技しか出していないのにもうバテちゃうわけ?」

戦闘が始まってまだ3分と経過していないが、既に勝負は見え始めていた。

予想よりあっけなく、逆に妖将の方は拍子抜けだ。

隙を突かれたからとはいえ、自分を鏡の中に捕らえてしまった者達が相手だけに、彼女は相当警戒してこのバトルに臨んでいた。しかしいざ戦ってみると、気に病んでいたのが馬鹿らしく思えるほど力に差があったようだ。

これでは自分が必要以上に警戒していたのが独り相撲のようで逆に恥ずかしくなる。

「なーんだ、その程度なの?てっきりもっと歯応えがあると思っていたんだけど」

「ぐう……そ、そこまで言われると、さすがに黙っていられませんなぁ、、!」

なじられた彼は顔を紅潮させると、地面を蹴って妖将に向けて飛びかかった。

今度は両方の手からサーベルを生やし、クロスさせる事で彼女の身体を切り裂くつもりだ。

「フフ、全然遅いわよ」

彼女は鼻で笑って笑顔を向ける。

彼女の身体は向かってきたゾルベームグの頭上を蝶のように舞っていた。

彼の突進は見切られていたのだ。

「なにィ……!」

「やあッ!!」

完全に背中を見せた翁に向けて妖将の強烈なスピアが炸裂する。

真上から急降下で槍を立てて突き刺し降ろす技だ。

 

ジュグゥ!!!と肉に刃が刺さる感触が響く。

翁の背中は妖将の振り下ろした鋭い切っ先に貫かれていた。

「う゛っ、、が、、グギャァアーーー!!!!」

体内の中枢肉を串刺しにされ、ゾルベームグの凄まじい悲鳴が鏡の中をつんざく。

まるで遠方にまで響き渡る雷鳴のように翁の叫びが轟きうなっていた。

 

 

ゾルベームグが致命的なダメージを受けたことで、鏡内世界が揺らぐ。

鏡の波紋がぶれるように動き出した。

「フフ、どうやら効いたみたいね」

鏡の中に明らかな異変が起き始め、レヴィアタンは手応えを得る。

 

 

「ぐっxx、、、うォ、オ゛、、!」

背中から腹まで槍でつんざかれ、翁は苦悶の声を上げる。

完全に急所を討たれており、致命傷であった。

「くフフ、痛いかしら?ど、う、?」

「ごっ、、がッギャアアアアアッ!!!!」

遊ぶように微笑むと彼女は刺した槍をねじ回した。

傷口をえぐられ、翁の口から今度こそ本当の叫び声が上がる。

痛み、などではない甚だしい痛覚が爆発していた。

「あはっ、いい悲鳴だわ。私を好き勝手してくれた報いはちゃんと受けてもらわないとね」

彼女は風貌の少女らしい見た目とは裏腹に残酷な愉悦の感情を持って微笑んだ。

自分を鏡に閉じ込め、鏡世界に幽閉したこの翁を彼女はただ倒すだけではなくズィール同様に末梢する気でいた。

本当ならギラテアイトの場所を聞き出すために翁は生かそうかと思っていたのだが、先程の不意打ちは彼女の心境を変えさせるに十分な無礼だった。

「折角さっきは見逃してあげようかと思ったのに、平気で攻撃されちゃね。私の手心を無為にしたあんたにはもう一切容赦しないわ」

もはやゾルベームグを殺さないという選択肢は彼女の中にない。

反動で最初に鏡に引き釣り込まれた一見も思い起こされ、彼女は内心ふつふつと怒りを抱いていた。

あの醜態のけじめはただこらしめるだけでは足りず、やはり壊滅的に壊して滅しなければ清算が取れない。

それほどまでに彼女は根に持っていたし、翁を忌み嫌っていた。

「フフ、女の恨みは怖いのよ。調子に乗った愚かな愚行を懺悔しながら醜く死になさい」

「グウ……ご、、フゥッ……!!」

レヴィアタンの挑発めいた言葉にももはや翁は返答できない。

口から血に相当するエネルギー燃料が吹き出し、喋る事もままならない。

彼の命はもう幾ばくもなく尽きようとしていた。

 

 

 

「おろっ、何だ取り込み中かよ」

 

不意に後方から、切迫感のない声が聞こえた。

喧嘩中のところにたまたま通りかかった通行人のような雰囲気の声が。

若い男の声とおぼしきそれは心なしかどこかで聞いた事のあるような音色をしている。

レヴィアタンは声のした方を振り向いた。

すると、そこには見知った顔があった。

「……えっ?」

赤い体軀に暑苦しいまでの熱気。

筋肉質の装甲を誇る、闘いの猛者。

身体とは裏腹に頭の方は馬鹿で、事務仕事は一切駄目な困った男でもある。

目の前に表われたのは、よく見知った同僚の将仲間、闘将であった。



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エピローグ

* * *

 

ここはネオアルカディア本部。

都市の中枢部にある高い塔の上層部には、民を統べる最高機関が存在している。

機関に在籍しているのはネオアルカディア四天王と呼ばれる4人の優れたレプリロイド達だ。彼らはそれぞれエックスの遺伝子を元に作られており、皆秀逸な能力を秘めている。各々はまだ若く年季は浅いが、四天王達が治める統治内政は支持されており、人民・レプリロイド民の双方から人気が高い。

 

ここはその塔上階にある会議用のとある一室。現在、中央の円卓を囲んで再び四天王達が会合を開いていた。

議題は“特殊エネルギー源の確保結果”についてだ。

 

「さて、では改めて本日のミッションの総括をしようと思う」

リーダーを務める賢将ハルピュイアが皆に向けて口を開いた。

「皆ご苦労だった。では各自結果報告と行こう」

トントン、とレポート用紙の束を叩いて整える。

チラ、と彼は脇のファーブニルを見やった。

「へいへい、俺はスカでしたっと。色々探してみたけどよ。どこにもブツは無かったぜ」

「どうやらお前の所は外れだったようだな」

そっぽを向く闘将を見て賢将が言う。

続いて隠将が口を添えた。

「まあ仕方あるまい。拙者の所も何も見つからなかったでござるからな」

「ファントム。わかるぜ。スカを引かされるってツレーよな」

ファントムも闘将同様にしてブツは見つけられなかった。

ファーブニルは他にも仲間がいた事で、少しだけ慰めになった。

「俺の所は少しの成果はあった。空を飛ぶ飛行船にギラテアイトの情報を持っていた者がいてな」

ふう、と息をついて賢将が言う。

「奴らは残念ながらギラテアイトは持っていなかったが、その情報は貴重なものとなる。全員拘束してプリズンへと連行しておいた」

「うむ、それはなかなかの収穫だったなハルピュイア」

「まあ最低限といった所だがな」

「けっ、じゃあボウズだった俺たちゃどーなるってんだ」

淡々と述べるハルピュイアを皮肉るファーブニル。

「フフ、まあ落ち着きなさいよファーブニル」

クスっ、と微笑してレヴィアタンが言った。

賢将にくってかかるファーブニルが、けっとなって彼女を向いた。

「ふふ、レヴィよ。お主はお手柄だったでござるな」

「ああ、お前だけがブツを手に入れてきたからな。それも大量に。大きな成果と言っていいだろう」

レヴィアタンは目的だったギラテアイトを見事押収し、本部へと持ち帰って来ていた。

さらに、悪事に通じていた敵の中枢幹部も捕虜として確保していた。

「お主はギラテアイトの確保に加えて裏組織の重要幹部まで捕らえてきた。これで密売ルートの割り出し・撲滅に大きく前進出来るでござる」

「けっ、まさかお前が1人結果を出すとはな。癪だが、ブツを確保して敵の幹部も連行したんだ。認めるしかねえ」

「フフっ、まあ上々の結果が出せて良かったわ」

四天王3人からの評価に彼女は嬉し気に微笑んだ。

「まさか鏡の中に隠してあるとは思わなかったけどね。念のためにと手を入れてみたら、鏡面の中に沈んだからびっくりしたわ。それで鏡の中に入っていって稀少資源を発見したってわけ」

彼女はブツを見つけた際のいきさつを説明する。

ただし、最初に油断をして敵に強制的に鏡に引っ張り込まれてしまった点については伏せている。

「そこで見つけたわけなんだけど、押収させじと敵が襲いかかってきたの。だから迎撃してやったわ。で残った1人を連行して捕虜として確保」

「うむ、なかなか見事な手際でござる」

「ああ。冷静に状況判断が出来ていたな。隠し場所の発見から戦闘、確保に至るまで」

「ちっ、俺も敵とやり合いたかったぜ」

「もう、あんたってばほんとに戦闘しか頭にないんだから」

相変わらずの闘将に彼女は呆れて失笑した。

だが機嫌はかなり上々のようだ。

(男共を出し抜いて成果を挙げる私……フフ、良い気分だわ)

彼女の内心は今、かなり高揚していた。

普段彼女は自分が女である事に少々引け目を感じているだけに、彼らに先んじて物事を達成したいという欲求が高い。

今回はそれを願望通りに実行出来たのだから、気分は最高だ。

敵の幹部らに戦闘値の事を言われたが、彼女自身その劣等感は感じていた。

彼女は他の四天王達の戦闘値も知っているからだ。

そんなに決定的な差ではないとはいえ、自分が1番強さの面で劣っているのはわかっていた。

だからこそ、彼女は男共を出し抜いて驚かせてやりたい……という欲求に駆られるのである。

本来ならば、都市に重要なエネルギー資源が得られた事の方をより喜ぶべきなのだが、彼女は前述の方の理由で内心ガッツポーズをしている。

「だがよ、その大量のギラテアイトはここまで俺が運んできてやったって事を忘れんなよな」

「ああ、そうだったわね。そこはちゃんと感謝してるわ」

不服そうなファーブニルにレヴィアタンがクスりと笑った。

実は今回の撤収作業には闘将も関わっているのだ。

終盤に彼女がゾルベームグを倒した際、何と彼がひょっこり鏡世界に現われたのである。

最初は何故ここにファーブニルが!?と思った彼女だったが、わけを聞いて納得した。

彼は自分の持ち場の探索を終えたのだが、結果は残念ながらスカだった。

それで口惜しがって本部へ帰ろうとしたのだが、その時に敵基地の中でとある鏡を見つけたらしい。

「成果0で帰るのも何だからちょっと辺りを調べてから帰ろうと思ってよ。研究所の中を色々物色したんだ。そしたら壁に僅かに隙間光が入ってる箇所があった。そこをパンチでぶち抜いたら隠し部屋が見つかったぜ。で、そこの壁に大きな鏡が据え付けられててよ。その鏡面が何か揺らいでやがったんだ」

「それで違和感を覚えたお主は思い切って中に入っていったわけだな?」

「おう。そしたら何か薄暗い紫の世界で面食らったぜ。多分あれが鏡の世界って奴なんだろうが」

「そ。で、調度敵の幹部格を倒した私と鉢合わせたってわけ」

おそらくそれは敵が通ったルートであった。

陽光の森からギラテアイトを持ち出した幹部格が鏡を通じて鏡世界へ移動したというわけである。

本来ならばその“ゲート”は閉じられているはずなのだが、多分に敵は急いでいたらしく、ゲートを繋いだまま放置してしまったらしい。

その鏡がある場所は隠し部屋として隔離してあるため、まさか見つけられるとは予想していなかったと思われる。

「その後お前はレヴィアタンに話を聞いて、共にギラテアイトを探してきたわけか」

「ああ。それで結局ブツの方はレヴィアタンが見つけたわけなんだが、帰りに荷物持ちをさせられてよ」

「だって大量にあったんだもん。私1人じゃ持ち帰れないわ」

「へっ、そんで見つけたギアテライトの大半を俺が持って、そんでレヴィアタンに半殺しにされた爺さんもついでに背中にしょって帰ってきたってわけだ」

ファーブニルは荷物持ちをさせられる傍ら、敵の幹部格も1人連れ帰って来ていた。

それは瀕死の状態まで追い込まれたゾルベームグである。

彼はまだとどめを刺されておらず、辛うじて息があった。そこで彼を“捕虜”として連れ帰る事にしたのだ。

「ほんとはあそこで殺したかったんだけどね。でもそれだと密売保有に関する情報が聞けないし」

「確かに奴は敵幹部格だからな。本部で情報を洗いざらい吐かせた方が有用なのは間違いないだろう」

「うむ。その判断は正しいな」

「爺さんはとりあえず本部の医務機関へ送っておいたぜ。今はまだ治療中だが、回復次第取り調べを始めさせてもらうつもりだ」

現在はとても話が聞ける状態ではないため、まずは医療機関にて治癒させ、その後で彼から色々と聞き出す算段だ。

それによってギラテアイト密売に関する様々な情報が明らかになる事だろう。

 

「今回はレヴィのおかげで稀少なエネルギー資源が手に入った。技術部に早速ブツを解析させるでござるよ」

「うん、これで都市のエネルギー問題解消に一歩前進ね」

「けっ、いい気になるんじゃねえぜレヴィアタン。今回は手柄は譲ったが、次は俺が成果を挙げるからよ」

「俺もだ。リーダーとして劣るわけにはいかんからな」

闘将と賢将が妖将を向いて言った。

だが、彼女は優美に受け流した。

「フフ、別に私はあんた達と競ってるわけじゃないから。私はあくまでネオアルカディアのために最良の結果を出すだけよ」

「……。ああ、まあそうだな」

「けっ、燃えねえ奴だぜ」

男達の気勢をさらりとかわしていなすレヴィアタンに男2人は渋い表情になった。

そしてそれを苦笑しながらファントムが見ている。

 

ネオアルカディア本部で、こうして長い1日が終わった。

四天王達は今日も皆、それぞれの想いを胸に都市の発展のために邁進していくのであった。

 

-FIN-



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あとがき

ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。

素人の書く駄文になりますので、お目汚しになってはいないかと不安です(爆)

今作はアクションゲームであるロックマンゼロの二次創作SSになります。

その中でも四天王にスポットを当てているお話です。

原作では1でファントムが自爆して死に、3ではハルピュイア達3人がラストのオメガの爆発からゼロをかばって死んだ事にされたため、4では1人も四天王の顔を拝めないという事態になってしまいまして(爆)

個人的にはそれが不満だったので、今回全員に復活してもらってお話を作ってみました。

彼らは皆メモリーチップに個人データが格納されていますが、あれだけ科学技術が発達した世界なら当然どこかにコピーデータがあるはずなんですよね。なのでそのデータを使って再構築されて復活した、という設定にしました。

原作の方もこれでいいので5を出してくれないかな~って思ってます(笑)

 

お話の方は、稀少資源ギラテアイトを四天王達が探して直々に出向くって形になっております。

ネオアルカディアではエネルギー不足問題がまだ一部で残っており、高いエネルギーを内包した稀少結晶は非常に重要な資源となります。原作ではシステマシエルという画期的なエネルギー生成システムがシエルによって発明されていますが、今作では一部の特殊なレプリロイド達はそのエネルギーでは生き長らえる事は出来ず、エネルギーに困窮しています。その解消のため、四天王達が新たな特殊エネルギーの探索・確保を目指します。

 

3のラストではゼロ達と四天王達は協力する形となり、それによって現在は互いの組織の関係は修復しています(私の中ではそういう設定です)が、完全に馴れ合うまでにはまだ至っていません。馴れ合いはしないが、自分達にとって利益があるのならば一時的に手を組む、っていう感じでしょうか。その辺はまた書く機会があれば書くかもしれません。

 

さて、今回は四天王達それぞれが各自ミッションに臨む形です。

闘将は苦手な探索に苦戦しながらも勤しみ、賢将はその観察気質を活かした探査追跡と三下の制圧、妖将はちょっとした油断から敵の罠にかかってしまい幹部格との戦闘、隠将はずば抜けた忍びのスキルを発揮して工場を短時間で攻略、という展開です。

何か振り返ると結構格差が酷いような(苦笑)

 

ですが、ファントムは稀少資源を結局見つけられず、ファーブニルも色々苦戦してようやく怪しい場所を見つけたと思ったらボウズ。

ハルピュイアは資源は逃すも三下の捕虜は確保、レヴィアタンは罠にかけられて狙い打ちされ、少々手を焼くも見事幹部格に勝利して資源を得ておまけに捕虜まで獲得。

こう書くと意外とバランスは取れてるかな……?いや、でもファブ君は踏んだり蹴ったりですね(ごめんファーブニルw)

 

レヴィアタンは今回結構ピンチに陥りますが、持ち前の頭の良さと実力を発揮して見事敵幹部達を撃破。彼女は自分が女である事で舐められるのを嫌っています(その辺は原作の台詞からも感じ取れます)。

敵陣営も今回彼女を少々舐めてかかっており、その結果倒されてしまうという結果に。彼女は最近X DIVEというスマホゲームにもゼロと共に選抜されて参戦していますが、実力と人気を兼ね備えていますね。

ちなみに今作中では彼女にはパワーが足りないと敵評で表現していますが、X DIVEでは全然そんな事ありませんでした(苦笑)

ウォーターサークルを陸上でも自在に繰り出し、直接攻撃で敵にかなりのダメージを与えています。おそらく体内でエネルギーをブーストする事でハイパワーの回転切りを放っているのでしょう(ただし連発は出来ず少々溜めの時間が必要)。

彼女は水中戦特化で陸上ではそこまでの強さではないんじゃないか、って勝手に思っていたので、良い意味で意外でした。

 

さて、ではここまでお読みくださりましてありがとうございます。

四天王達のお話は今後も続編を考えていますので、いずれまた新しい話を書くかもしれません。その時はまたよろしくお願いいたします。

あ、もし感想などいただけると作者として嬉しいです。やる気アップにも繋がりますのでどうぞお気軽にコメントしてやってください。厳しいコメントでも短いコメントでも何でも(w)何でもOKです!

 

※1章目はひとまずここで終わりますが、続きまして2章目も書いていこうと思います。



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第2章:敵本拠地を急襲せよ
急襲①


今回から2章目を書き始めていきます。


ここはネオアルカディアの一角にあるK-1地区のビル街。

今この場所に一人の男がやって来ていた。

移動用のジープから降りてきた彼は、軽く膝を叩いて活を入れる。

「さあて、始めるとすっか」

威勢よく言って、闘将ファーブニルが前方の奥を見やった。

彼の目的はこの先にあるテナントビルだ。

そこにはとある悪事を働いている者達が居ると予想された。

これは先日のミッションで仲間が得た成果による情報で得たものだ。

部下を派遣する手もあったが、敵の本拠地と思われる以上、また“厄介なボス格”がいる恐れがある。

一定以上の力量を持ったボスが相手では、部下のミュータントレプリロイドではいささか心許なかった。

もし敵に敗れる事があれば、折角発見したアジトから敵幹部が逃げ失せてしまう事になる。

「ま、レヴィアタンの話じゃそこまで強ええ奴らじゃねえみたいだけどな」

そう呟いて彼は視界を天空に向けた。

空には太陽がさんさんと輝いている。

今日は雲一つ無い快晴のようだ。

太陽光が闘将の赤い装甲に反射し、煌めきを帯びている。

「あいつは2人の幹部格とやり合ったらしいが、強さはさほどでもなかったって言ってたな。まあ時間稼ぎされて鬱陶しかったみてえだが」

へへっと笑んで思い出すように彼は独りごちる。

彼は事前にレヴィアタンから前回のミッションでの結果報告を聞いていた。

2週間程前、彼ら四天王は共同でギラテアイトの探索・確保ミッションに取り組んでいた。

そこで候補地の中から妖将が当たりの場所を引き、ギアテライトを発見したのだ。

しかしそこでは敵の幹部格が待ち構えており、彼女との戦闘となった。

だが四天王であるレヴィアタンの前では大した脅威にはならず、ネオアルカディア側が無事ギアテライトの奪取に成功。

――という大まかな経緯を彼は彼女から聞かされていた。

『ま、弱い連中だったわ。でもあの手この手で逃げ戦法を取られてちょっと苛々させられたけど』

肩をすくめて妖将はそう言っていた。

ファーブニルとしては前回外れを引かされる事となったのだが、それを聞いて逆に安堵していた。

「そいつらと当たらなくてよかったぜ。俺は強え奴とやり合いてえからよ。弱い上にちょこまかと逃げ回る奴なんざごめんだ」

へへっと笑って彼は言う。

「そういう小賢しい奴はレヴィアタンが相手をするのが調度いいぜ。俺はもっと熱くなれる強者と戦うからよ」

 

 

 

+++++++

 

 

 

ここは、発展したビル街にある一角。

都市で建築された様々な建物が建ち並んでいる。

その中の一つにあるのがこのダイヤモンド・ビルだ。

中には各フロアにそれぞれテナントが入っており、まさに都心の発展を象徴するような建物である。

一見、ビル内には色々な会社が間借りして入っているように見える。

だが、その実態は秘密組織"ミラーアルケミー"のアジトだった。

このダイヤモンド・ビル内全てが組織の物であり、中で勤務しているのも全て彼らの構成員である。

様々なテナント会社で分かれているように見せかけて、その実体は全て同じ組織の者達。

これはネオアルカディアの監査を逃れるためにカモフラージュしているためであり、その裏ではギアテライトの秘密裏の保有・密売業務を行っていた。

構成員の大半はパンテオン型の末端兵であるが、彼らは主に事務雑務等の業務を執り行っている。

ギラテアイトの管理・裏取引の実務を担っているのはほんの一握りの幹部達だ。

ビルの最上階にあたる階層に、その組織の上層部達が居る。

テリトリーであるその空間で、今数人の幹部格の男達が集まって会議を開いている所だ。

彼らはモニター画面を囲み、表示される画像を見ながら会話を交わし始めた。

「皆も知っての通り、先日我々が保有していたギラテアイトが奪われてしまった。ネオアルカディア四天王の介入によってな」

「おかげで貴重なレア資源が全て水の泡だ」

「ギラテアイトは我らにとって資源ビジネスにおいてなくてはならない商品だったんだぞ!」

「あれは相当な儲けを得る事が出来たまさに魔法のエネルギー結晶。それが無くなったんだ。俺達にとっては死活問題だ」

『そちらは大変なようだな。だが買い手のこちらもかなり困っているんだが、わかってるか?』

円卓を囲む幹部達の正面に1台のサブ画面が置かれている。

そこには映像で男の姿が映っていた。

おそらく1人遠方からリモート会議の形で参加しているようだ。

「ライオヌル殿……お得意様のあなた様には本当に申し訳ないと思っております」

「すみませんね。我らの不手際で商材を台無しにしちまって」

『俺達はギラテアイトを必要としている。そちらから定期的に大金をはたいて買っていただけに、それが突然無くなるのは契約違反だろう』

「しかし、こちらとしても予想外の事態だったのです」

「まさか各保管場所に四天王全員がやって来るとは」

「リスク管理はもちろんしていたんだ。だからいざという時のために鏡ネットワークを用意して、貯蔵施設間でブツを好きな場所に移動出来るようにしておいたんだが。その全ての施設に敵が、それも四天王がやってくるなど……」

「彼ら全員を相手にするのはまず不可能でした故、来襲した四天王4人の中でまず相手をする対象を1人にしぼり、ひとまずギアテライトをその四天王がいる一カ所へ移してまとめておく事にしたのです。もちろんターゲットに選ぶのは4人の内で1番何とかなりそうな1名。その四天王1人を狙い打ちして単個撃破する計画を取ったのです」

「だが、倒す事は出来ず逆にギラテアイトを奪われる形になってしまった」

『戦前にサーチアイによって各個体の戦力分析はしていたんだろう?その結果を元に"ターゲット"を定めたはずだ。なのに何故しくじった?』

「サーチデータを鑑みて、四天王の中でもまだつけ入る隙がありそうな妖将を対戦相手に選んだのですが…。しかし結果として目論見は失敗に終わりました。予想以上に強い娘だったのです」

「うちのサーチアイで計測できるのはあくまで殺傷力や筋力に寄った戦闘力だからな。その他の要素の能力値に関しては把握し切れない。その見えない部分で奴は優れていたようだ」

「流石にネオアルカディア四天王の一角か。女とはいえ少々侮ってかかってしまったな」

「我々はあの時、アジトに5人もいたのです。本来ならば全員でかかって多対個に持ち込むべきでした」

「だがあいつらが拒絶したんだ。『いくら四天王とはいえ、たかが女1人に多勢で相手をする事もないぜ』『ほっほ、そうじゃよ。女子相手ならわしら2人で十分じゃよ』ってな」

「それでやられたんじゃ世話がねえな」

「折角鏡の世界に引きずり込んで有利な条件で戦ったはずなのに」

「妖将が“女である”点を利用して上手く鏡の中に取り込んだまではよかったんだがな」

「氷属性のあちらが苦手としているであろう炎タイプのズィール。そして若い小娘を経験で遙かに上回るであろうゾルベームグを抜擢して送り込んだが……」

「結果としてその小娘に2人してやられたのだから情けない限りだ。やはり俺達5人全員で出向いて相手をすべきだった」

「気勢とパワーは強いが地頭に欠けるズィール。そして老練で悪知恵は働くが武力に欠けるゾルベームグ。双方が組む事で上手く欠点を補って相乗効果を生むと思ったが……どうやら1人ずつで1on1を挑んだようだ。あいつらを送ったこちらの判断は失策だったらしい」

「相手がメスだからと舐めたのかもな」

「それが間違っていたんだよ……。女とはいえネオアルカディア四天王の1人なんだから弱いはずがない」

「くそっ、馬鹿共が」

『お前達は後から助っ人に向かわなかったのか?』

「行こうと思っていたんですが、そうもいかなくなりまして」

「闘将がやって来たんですよ。鏡世界の中に」

『なに?何でまた。鏡に引き入れる四天王はターゲットに決めた1名だけだったはずだろう』

「それが、どうもズィールの奴がポカをやらかしたようで」

「陽光の森から鏡世界へ向かう際に使ったゲートを閉じるのをどうやら忘れてやがったみたいなんですよ」

「多分時間が無かったから慌てていたんだろうな」

『そうか……まったく、なら死んでも仕方ないな』

ズィールのヘマにモニターの向こうにいるライオヌルは軽蔑の表情を隠さない。

『おかげで闘将にゲートを使われて侵入され、邪魔されたわけか』

「ええ。まあ奴が入ってきた時にはほぼ決着はついていましたが」

「完全に妖将が優勢で、もはやゾルベームグに勝機は無かったな。闘将の合流はあの勝負の結果には影響がなかった」

「だがその後の事には影響した。奴が来た事で我々は突入に二の足を踏む事になったからな」

『何故だ?』

「本来なら残った我ら3人も向こうへ行って彼女に3対1を仕掛ける予定でしたから」

「先の2人が万が一倒された場合の第2プランだったんだが、それが闘将の登場で頓挫した。流石に奴を相手にしては3人がかりでも勝ち筋が見えない」

『そんなに強いのかその男は』

「強いですね。サーチアイでの計測によると先の妖将をも上回る戦闘値を有しています」

「だから今回奴は戦闘対象から避けたんだ。だがまさかそいつに鏡世界にやってこられては……」

「我らも介入をするわけにはいかず、首をこまねいて見ているしかなくなりましたな」

『そうか。それは惜しい事をしたな。今回はやろうと思えば四天の1人を消せるチャンスだったんだが』

口惜しそうに男が言う。

幹部2名が倒されたとはいえ、それはいずれも個人戦を挑んでのもの。

もし舐めてかからずに集団戦を仕掛けていれば、ホームの鏡世界だっただけに、もっと向こうを慌てさせられた可能性は少なくなかっただろう。

だが既に好機は潰えてしまい、敗北という結果だけが無惨に残った。

もはや済んでしまった事は仕方がない――。

 

 

『まあ今回2人がやられてしまったのは残念だが。奴らも"何の収穫も得ずに"やられたわけではないようだな』

気を取り直してライオヌルが言った。

「ええ、ゾルベームグはちゃんとサーチアイで計測していたようですよ」

「部下に持たせていた汎用サーチアイとは違い、ゾルベームグはより詳細なパラメータを解析できる特注のサーチアイを独自に装備していたからな」

「それでズィールの戦闘中はあえて加担せずに計測に回ったわけか」

「さらに自らが戦闘中も奴はサーチを継続していた。もちろんそのデータは遠隔通信で“連合の”マザーコンピュータに送られている」

『ならばレヴィアタンのデータはある程度溜まったはずだな』

「いえ、まだそれほどの量では。最初に部下にサーチさせた時に比べれば、少しは溜まったと言えますが。それでもまだ全体の15%程に過ぎません」

『何だ、まだたったのそれだけか』

「他の四天王に比べればこれでもまだ良い方ですよ。賢将、闘将、隠将の3名に関しては初期サーチのデータしかありませんからな」

『そいつらのデータ解析度は?』

「それぞれ5%程度です」

『……それだけか?それじゃまだ何もわかってないも同然だろう』

「まともに相手を出来る人員を割けませんでした故……致し方ないかと」

『はあ…それもそうか。だがお前達幹部2人を投入したのに女1人からろくにデータを取れなかったのはどうなんだ』

「ズィール達の力量ではその程度が限界って事でしょうな。あの小娘の全てを引き出させるまでには到底至らなかったと」

「まあ四天王相手という事を考えればズィール達はよくやった方か。ゾルベームグの方はまだ少しは粘ったようだしな。おかげで彼女の事が"少々"わかった」

「ひとまず今回は我々の敗北と言っていいだろう。だが四天王のデータ解析が僅かとはいえ進んだという収穫もあった。こうしてデータを蓄積していけば、いずれあちらの弱点や攻略法も見えてくるだろう」

 

「ところでストックが無くなった以上、これからは我々も積極的にギラテアイトを探して回らなければならない。そうなればおのずとまた彼ら四天王とバッティングする事が増える事が予想される」

「それは厄介だな。出来れば接触しての戦闘は避けたいところだが」

「戦う場合は今回のように上手く有利な状況に持っていくのが必須になるだろう」

「ま、それで奴らと出くわして戦闘する度に四天王達のデータ解析も進行していくから、悪い事ばかりじゃないが」

「もちろん1回や2回の戦闘データでは実用レベルのデータは得られないがな。今回の数値を参考にしても5~6回は計測を繰り返す必要がある」

「いずれ四天王達のデータ解析度が100%に達するのが楽しみだな。そうなれば例え四天王達とかち合ってももう恐れる必要はなくなる」

「まあそれまでに我々全員がやられていなければいいがな」

「おいおい、冗談はよしてくれよ。流石にそれはないぜ」

冗談めかして彼らは含み笑顔を浮かべた。

 

と、その時だった。

不意に、室内に甲高いブザー音が鳴った。

続けて警報が鳴り響く。

 

『ALERT!ALERT!侵入者デス!』



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急襲②

『ALERT!ALERT!侵入者デス!』

 

緊急事態を伝えるブザー音と共に、スピーカーを通して警告音声が流れる。

突然の事態に、男達は騒然となった。

「警告アラート…!?」

「何事だ!?」

「どうやらこのアジトに正体不明の何者かが侵入したようですね」

『敵のお出ましというわけか』

奥のメインモニターに外の様子が映し出される。

カメラの設置ポイントの1つである2階廊下において、複数の球体が稲光っていた。

おそらく誰かがランチャーを乱射しているようだ。

その砲弾が光となってカメラに映っているらしい。

「これは……」

「誰だ……!」

砲弾の主は煙幕の奥で影になっており、容姿がはっきりと見えない。

シルエットはがたいのいい男であり、ランチャーを片手で軽々扱っていた。

徐々に靄が薄れ、その姿が露わになる。

赤い装甲が、男達の目に映った。

「あれは……」

「まさか……!」

「と、闘将…!?」

明らかになった全容に、彼らは驚愕する。

そこに立っていたのは彼らが恐れている強者だったからだ。

ネオアルカディア四天王が1人、闘将ファーブニル。

戦いを生き甲斐にする、燃える闘魂の漢である。

 

+++++++

 

--数時間前--

 

ネオアルカディア本部にて、再び円卓を囲んで四天王達が会合を開いていた。

議題は新たなミッションについてである。

「では今回の敵本拠地急襲任務についてだが」

ハルピュイアが指し棒を持ってモニター画面を示した。

「ここが今回“判明”した敵のアジトだ」

モニターには敵の本拠地と思われる場所の地図が表示されている。

この結果はとある情報によってもたらされたものである。

「へへっ、これが敵さんの本拠地ってわけか」

「これも私のおかげよ。ね、ファントム?」

「そうだなレヴィ。お主の尽力の賜物であろう」

微笑む妖将が隠将に同意を求めた。

ファントムは彼女の要求に応えるように賛意を示す。

成果を評価されてレヴィアタンは上機嫌になった。

「で、今回は誰が行くんだ?」

「もちろん配下の者には任せられん。また我ら四天王が直々に行く必要があるだろう」

言って賢将が円卓の皆を見回す。

彼は各々の様子をうかがって誰に頼むか決めるつもりだ。

ただ、前回のように全員で乗り込むというわけではない。

今回は候補地が1ヶ所にしぼられているからだ。

敵本拠地への襲撃ミッションだが“1名”の派遣で十分に事足りると彼は見なしていた。

場所がしぼられているからだけではなく、前回の全員参加ミッションでのレポートを鑑みて、敵幹部格の力量を考慮に入れての判断である。

だが配下の者に任せるには厳しいレベルの実力は持っている相手なため、今回も四天王が直々に向かう事になった。

「私は今回はパス。敵を倒すだけのミッションなんて気が乗らないもの」

早々と妖将が棄権の意思を見せた。

彼女は戦いにはそれほど興味が無いため、今回は乗り気ではないようだ。

前回のミッションでは幹部2名を連続で撃破したが、あれも本来の彼女からすれば本質的ではない行為である。

女性なのもあるが、彼女は元来戦闘にはそれほど興味が無い。

……ただし、自分を熱くさせる特定の者に対しては除くが。

「お主はこの手の荒事が主目的の案件は好まぬでござるからな。それに前回1人で頑張ったのもあるし、今回は休むとよかろう」

「フフ、ありがと」

「そうか。ならばお前はどうだ、ファントム?」

「拙者でもよいが、もっと気乗りしている者が隣に居るでござろう」

是非を問われたファントムは、彼の隣にいる男を視線で示した。

そこには見るからにやる気が漲った闘将が鎮座している。

「そうだぜハルピュイア。俺が行かないで誰が行くってんだ?」

「まあわかってはいたがな」

皆まで言うな、と言いたげに賢将が頷く。

彼も荒事ミッションで闘将が立候補する事は予測済みだ。

「では今回はファーブニル、お前に任せるぞ」

「あたぼうよ!」

待ってました、とばかりにファーブニルが応じた。

 

+++++++

 

「へへ、やっぱ俺にはこういう任務の方が性に合ってんだよな」

瞳にやりがいの炎を灯して闘将ファーブニルがアジト内を邁進する。

敵地に乗り込んだ彼は、階を上がりつつ廊下の雑魚敵を一掃していた。

前回の探索ミッションが不発に終わっただけに、今回の“討伐”ミッションは彼にとってモチベーションが高い。

頭を使うちまちました任務よりも身体を動かして敵を倒す方が彼は得意としている。

その手のミッションを今回任された彼は、まさに本来の野生を取り戻したハンターのように活き活きしていた。

「おらぁ!雑魚は引っ込んでろよな!」

ランチャーを打ちまくり、彼は通路から襲ってくるパンテオン達を次々と片付けていく。

彼の前では雑兵など無力であり、時間稼ぎにすらなっていなかった。

手早く敵を倒しながら、進撃する闘将の勢いは増していく。

 

+++++++

 

「し、四天王だと!?」

「な、何故奴がここに…!」

「わかりません…!だが、どういうわけか我らのアジトがあちらにバレてしまったようですね」

まさかの四天王来襲に、幹部達がざわめき立つ。

階下で部下達が応戦しているようだが、映像を見る限りまるで相手になっていない。

部下達の戦闘力はせいぜい1000以下なため、四天王級相手に歯が立たないのは当然である。

このままでは程なくして敵は本部フロアに到達するだろう。

そうなればこの部屋に突入され、強制戦闘となる。

だが迎え撃って迎撃しようにも、相手はあの闘将だ。

先日お手並みを拝見した妖将相手でも、幹部2人がやられてしまったのは記憶に新しい。

まして、今やって来ている闘将は彼女より戦闘力において上回る存在である。

幹部クラスの彼らがかかっても倒せる可能性は高くなかった。

「どうする…?」

「まずいな……奴と戦って勝てるか?」

「いや、無理でしょう。ここはひとまず逃げるのが吉」

男の一人が壁に立てかけてある鏡を指さした。

「あそこの“ゲート”を通って外へ脱出しましょう」

「おお、そうだ鏡を使う手があったか…!」

「あれを通って移動すれば闘将が来る前に逃げおおせれるな」

彼らは“鏡”を自在に操る能力に長けたレプリロイド達だ。

鏡の中を自由に行き来出来たり、鏡を通って別の鏡から外へ抜け出たりする事が出来る。

これは組織の中でも幹部格以上の者にしか備わっていない特殊能力で、故に鏡を自在に扱える彼らはミラージュ5と呼ばれている(前回倒された2名と今回の3名を合わせた5名)。

鏡の中を行き来するなど普通では考えられない事象だが、高い科学技術によって鏡面の素子を操る事により、彼らはそれを実現するのである。

そしてその能力を応用すれば、他にも色々とやれる事もある。

例えば、対象者を鏡に引き入れて閉じ込めたりする事も可能なのだ。

先日妖将に対してゾルベームグ達がやったのもその能力による物である。

「奴を鏡に引き入れて袋にしてもいいが、それで倒せる保証がない」

「映像で見てもわかるが、強さのオーラが違うものな」

「例え我らの鏡に取り込めても、中で激しく暴れられて鏡世界自体を壊されかねない。ここは無理にやり合わず、逃げるのが得策でしょう」

男は立てかけられた鏡に指を向けて詠唱を始めた。

この詠唱で鏡に異次元穴を開ける事で、鏡の中へダイブする事が可能になる。

「む……?」

だが、男の顔色が変わった。

意図せず詠唱が途切れる。

「ん、どうした?」

「おかしい……」

「何がだ?」

「鏡に、介入が出来ない、、」

困惑した様子で男が言った。

「何だと?」

「詠唱の効果が妨害されている……」

「おい、どうなってる」

「何者かが妨害効果のある電磁波を放っている……!」

ギリ、と歯ぎしりして男が叫んだ。

「これでは鏡の中に入れません…!」

「何ぃ…!?」

「じゃ、じゃあどうするんだよ。早くしないとあいつが来るぞ…!」

何故かいつもは使えるはずの鏡能力が使えない。

異常事態に幹部達3人は途方に暮れる。

ふと、男の1人が思い出したようにサブモニターを見た。

「そ、そうだ。ライオヌル殿!あなたならこの事態に何とか出来るのでは…!」

「あ、ああそうだ、あんたならこっちに来て助けてくれるよな…!」

『………』

救援の要請に、しかしモニターの向こうの男は無言で答えない。

「我らミラージュ5よりも位が高い暴雪月花の1人であるあんたなら、闘将相手でもある程度戦えるだろ」

「是非、救援に来てください…!」

「頼む、ライオヌルさん!」

懇願する彼らに対し、モニター越しの男はこう言った。

『断る』

「は……!?」

「な、何だと」

「何故ッ!?」

無下に拒否され、追い詰められている彼らは破顔した。

『俺は厄介事にわざわざ首を突っ込みたくはないんでね。自分達の後始末は自分達でつけな』

「な、何を言うのです!今見捨てられれば我々は……!」

「3人でかかってもやられるかもしれない相手なんだぞ!?」

「お、おい早くしないと奴が――」

 

ドガああああン!!!

 

抗議の叫びをかき消すような形で、後方から轟音が鳴り響いた。

慌てて彼らが振り返ると、ルームドアが扉ごと吹き飛んで大破していた。

「へっへえ、ようやく最奥まで着いたぜ」

ジャキリ、とランチャーを構えて男が悠然と立っている。

ドアがあった部分は長方形の穴になっており、そこから闘将の姿がのぞいていた。

その顔は獲物を見つけたハンターのようににやついている。

「ぐ……間に合わなかったか」

「敵さんが追いついちまったぞ、どうすんだおい」

「仕方あるまい。我ら3人でまとめてかかるしかないでしょう」

逃げ場がなくなった男達は、目の前の闘将相手に戦いをしかける決断を下した。

各々が戦闘態勢を作り、四天王に向けて威嚇の気を向ける。

「ガぁッッ!!」

「!!?」

「!!?」

「!!?」

突然、ファーブニルが雄叫びを上げた。

気圧するような凄まじい威勢が大気を震わせて振動する。

彼らは折角作った構えを乱さざるを得なかった。

「おいおい、やけに弱気じゃねえか。ええ?」

畏怖した男達に対し、闘将は興を削がれたような顔をする。

「てめえらって幹部なんだよな?」

「…!」

「あ、ああ。そうだが?」

「へっ、そんな腰が引けてる連中でよく務まるもんだぜ」

軽蔑、とまでもいかない嘲笑に近い様子でファーブニルが吐き捨てる。

「何だと…?」

「んだよ、折角まあまあ遊べる奴がいるかもなって期待してたのによ」

「ちっ、随分と余裕なようだ」

がっかりした感情を隠さない漢に、幹部達は苛立ちを覚えた。

「どうしてここがわかった?」

「ん?」

「我らのアジトを何故知っているのかと聞いている…!」

ああ、そんな事かよ、と彼は笑って答えた。

「こないだレヴィアタンが捕まえた爺さん、何て言ったっけな」

「!」

「ま、まさか…」

「ゾル……ゲーゲル?だっけ?」

名前が思い出せないといった感じで彼は首を捻った。

闘将はいつも戦いに精を出しているので、記憶力の方はあまりよろしくない。

自分自身が戦った中で骨のある相手の名前ならちゃんと覚えているが、そうでない場合はすぐに忘れてしまう。

まして自分が戦ってもいない、他人からの情報となれば尚更だ。

「ゾルベームグがこの場所を吐いたというのか!?」

「そっ!それだよ、ゾルベームグ」

「ちぃ…何てことだ。まさか奴がそんな機密事項をゲロるとは…!」

「何かよ、殺されたくなければ何でも知っている事を吐けって脅されたらしいぜ?」

あいつもああ見えて怖ええからなー、と身震いして言うファーブニル。

「妖将に敗れて捕虜にされたあげく、無抵抗で味方の情報を話すなど。見損ないましたよ!ゾルベームグ……!」

「ちなみによ、その爺さん科学関係にも長けてるらしくて色々教えてくれたぜ」

ファーブニルが壁に立てかけられている鏡を指して言う。

「お前らって鏡の中に出入り出来るんだってな」

「!」

「な、何故それを――」

「それもゾルベームグが――!」

「そ。洗いざらい話してくれたぜ」

へへっと笑うと彼は続ける。

「んで、お前らがその不思議な能力を使えねえように、ちょっと事前に手配させてもらったわけよ」

「何だと……!」

「だ、だからさっき鏡に詠唱が効かなかったのか――!」

「爺さん鏡の能力をコントロールする電子素子の配列を色々と把握してるみたいでよ。そこでその配列を乱す電磁波を飛ばす装置を開発してもらった」

今、このビルの上空にヘリが飛んでるぜ?と彼は天井を指して告げた。

驚く幹部達。

「そんでヘリから装置を使って下方の広範囲に乱電磁波を分布。そうすりゃてめえらは得意な能力を使えねえってわけだ」

「く、くそ…!何たることだ」

「まさかこちらが対策されていようとはな」

「レヴィアタンが言ってたぜ。私を相手に好きに遊んだ借りは返させてもらうってよ」

「ぐ……まさか妖将の発案ですか。女性の恨みは怖いという事ですかねえ……!」

舌打ちして、男が前方に飛んだ。爪を鉤爪のように伸ばしてファーブニルに襲いかかる。

ガシり、とその爪は受け止められた。

闘将の大きな手によって掴まれたのだ。

だが爪の刃が彼の手の隙間を切り刻む。

「くく…!素手で止めれば肉が切れますよ?」

「あー、確かに切れてんな」

ポリポリ、と空いている手で頬をかいて彼は何ともないように言う。

動揺の見られない闘将に、男は逆に動揺した。

「な、何故平然としている?」

「ん?だってよ、こんなの全然――」

痛くも痒くもねーんだよ!!と叫んで彼は強烈なパンチを男の顔に見舞った。

ゴキュ!というめり込んだ音がして、彼の体が吹っ飛ぶ。

そのまま奥の壁に叩きつけられ、男は気絶した。

 

 

「な、ゼレアード…!」

「一撃だと……!」

恐るべきパワーで幹部の1人を打ち倒してしまったファーブニルに残った2人は戦慄する。

闘将の戦闘力は先の妖将をも上回るレベルだが、今のパンチ一発で彼らはそれを実感させられた。

「くそ……まずい、このままじゃ勝てねえぜ。おい、ボコラルス」

「ああ、デコメンド…!」

1人ずつ臨んでは到底勝てないと判断した彼らは、搦め手に打って出た。

2人が散り、異なる動きを開始したのだ。

「トーテムソイルポール!」

先に動いたボコラルスが技を放つ。

地面に向けて能力を行使し、“土のトーテムポール”を発現したのだ。

1つではなく、複数の高いポールが床から湧き上がり、ファーブニルを襲う。

これは鏡能力ではなく、別の属性を用いた固有能力のようだ。

「へえ、こりゃ面白れえ!アヌビステップみてえな技だな」

ようやく目新しい攻撃に彼の目が輝きを取り戻す。

彼の配下であるアヌビステップ・ネクロマンセスの技に近しい技を敵が放ってきたため、彼はおおっとなった。

地面から突き出てくるポールを興味ありげに観察しつつ、彼は体をさばいて横によける。

と、そのよけた彼の足場がぐらついた。

「お!?」

踏みしめた床が不意に崩れたのだ。

いや、崩れたのではなく、コンクリートに穴が空いていたのである。

まるでその部分だけ切り取られたかのように、地面に穴が出来ていた。

「うおっ!?おああああッ……!?」

足場がなくなり、ファーブニルはそのまま階下へと落下していく。

闘将には飛行能力がないため、重力には逆らえない。

降下を止められず、赤い装甲が為す術無く落ちていく。

そのまま彼は暗闇に消えて姿が見えなくなった。



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急襲③

「ふう……な、何とかやったな」

「あ、ああ。肝を冷やしたぜ」

驚異が去って2人の幹部が胸をなで下ろす。

ボコラルスが土のトーテムポールを繰り出している間に、もう1人の男デコメンドが罠を仕掛けていた。

彼の固有能力は物体を一定範囲でデリートする力。

つまり物を消してしまう事が出来るのである。

ただし生物に対しては適用出来ず、あくまで対象は無機物に限定される。

だが、上手く使えば強力な武器となる能力だ。

「奴の真下部分の床素材を全て消してやった。もちろん土台のコンクリート素材も全てな」

「つまりあいつはこのビルの底まで落ちたってわけだ」

にたりと2人の幹部が不敵に笑った。

デコメンドの能力でファーブニルの足場から下を“1階部分まで”全てデリートしたのだ。

このビルは10階建てであり、このフロアは10階にある。

闘将の身体はその遙か下まで落ちたという事だ。

「ボコラルスが目立つ技で奴の注意を引き、その間に俺が足場を消して罠に嵌めるという連携技」

「久しぶりに決まったなデコメンド。俺達はまさに相性抜群の能力だぜ」

「くく、我らは最強の凸凹コンビだからな」

「へへっ、ならその名の通りにデコボコにしてやるぜーー!!」

「!?」

「!?」

不意にいないはずの漢の声が聞こえ、彼らは驚いた。

穴の底の方から沸き立つような声が木霊する。

下を見ると、赤い装甲の姿が見えた。

かなりのスピードでジャンプしてくる。

「うわっ!?」

瞬く間に眼前に闘将が現われ、2人は仰け反った。

それを飛び越して彼はダンと勢いよく着地した。

「ば、馬鹿な…!貴様はさっき墜落させたはず」

「へへっ、ちょっと落とした程度じゃ俺はやられねえぜ」

彼らの双眸を目で見据え、ファーブニルが笑う。

「ざっと5階分くらいか?途中で壁に手をかけてよ。そこで止めて、後はジャンプして上がってきたってわけだ」

「なに……!」

「いくら途中で落下を止めようと、止めた手には相当な衝撃があったはずだ…!それにそこからジャンプでこの短時間に這い上がってくるなど、、!」

驚きに動揺を隠せないボコラルスとデコメンド。

そんな2名に闘将が言う。

「だからあれくらいじゃ死なねえって」

俺の身体は頑丈に出来てるからよ、と。

「それに俺は身体能力が高えからな。1度のジャンプで並のレプリロイドの3倍は飛べる。だからここへ戻ってくるのも壁に手をかけながら3回程度のジャンプで済んだぜ」

「なに……!」

「ば、化け物め」

「へへっ、言い残す事はそれだけか?」

ボキボキっと手を鳴らして彼の拳が組まれる。

これからやる事は敵を仕留める仕上げだ。

 

「いや、まだだ!」

咄嗟にボコラルスが空中に飛び上がり、果敢にファーブニルへと迫った。

大人しくやられるくらいなら先手必勝しようという考えらしい。

だが、飛んで火に入る夏の虫とばかりに闘将は笑った。

眼前へと接近してくる彼に、ファーブニルはそのまま拳をお見舞いしようとする。

「させるか!クロスフラーーッシュ!!」

「!」

しかし強烈なパンチが繰り出される寸前、目の前の男から光が弾けた。

突発的なフラッシュが炸裂し、激しい光が発せられたのだ。

相手が攻撃に意識を向けた、その開いた目に浴びせる目くらましである。

「ぐお…!ま、眩しいなァおい……!」

もろに間近で激しい光を浴び、さしものファーブニルも動きを止めざるを得ない。

闘将のフィニッシュにカウンターで光の目潰しを当てる、という咄嗟の策が功を奏していた。

効いているのを確認したボコラルスは勝機を取り戻す。

「よし!」

動きの止まったファーブニルの後ろに素早く回り込むと、彼は間髪入れずに打撃技を放った。

パンチの連打を赤い装甲の背中に打ち込んで痛打する。

「おらおらおらおらおら!!」

ドガガガガ!

凄まじい乱れ拳が闘将の背に浴びせられた。

強力な打撃が呻るように波を打つ。

今が好機と見た彼はラッシュを繰り出して一気に片を付けようとした。

そして、相棒のデコメンドもそれに続いた。

間合いを詰めて横合いから鉄パイプで殴りかかったのだ。

鈍器がファーブニルの頭目がけてフルスイングされる。

ゴギィ!という鈍い音がして、闘将の側頭部に振り下ろしが命中した。

手応えを感じた彼は口元をにやりとさせる。

「くく、これは効いただろう?」

「………」

俯いたファーブニルがランチャーを落とした。

ガシャリ、と音を立てて彼の手から武器が離れる。

頭を垂れた闘将に、2人は狡猾な笑みを見せた。

 

 

「今ので相当ダメージを負ったようだな。武器まで落とすとは」

「失神でもしたか?無理もあるまい。頭部にフルスイングを当てたからなぁ」

鉄パイプの先を眺めてデコメンドがにやつく。

彼の持つ獲物は硬質の固さがあり、まともに威力を持って打ち込まれれば喰らった相手はもんどり打つほどの痛みを受ける。

ましてそれを頭部に受ければ尚更だ。

さしもの闘将も膝を突いて無言になっていた。

「………」

「くく、どうやら形勢逆転のようだ」

「そうだな。へへっ、好き勝手やってくれた分今度はたっぷりお返しさせてもらうぜ」

舌を出して彼は武器を舐めた。

今から倍返しで打撃を加えて痛めつけるつもりのようだ。

「……ぃてぇ」

「ん…?」

ふと、闘将の口から僅かに声が漏れた。

「ぃってぇなぁ……」

「ほう、まだ意識があったのか」

「今ので意識を刈られないとは流石にやるな。だが」

おそらく彼は相当なダメージを喰らっており、立っているのもやっとなはずだ。

そう見て取った彼らは、余裕の様子を崩さない。

「くく、その状態で我ら2人を相手に何が出来るというのだ?」

「今からたっぷりリンチしてやるから覚悟しなぁ」

「………」

無言で俯いたままの彼に、2人は狡猾な笑みを深める。

抵抗する力ももう残ってはいない。

そう見なしたデコメンドは獲物の鉄パイプを振り上げると、再び闘将に向けて振り下ろした。

バシッ!という大きな音が響き渡る。

「……!」

だが、彼の目は驚愕に見開かれる事になった。

獲物が受け止められていたからだ。

大きな手によって完全に掴まれ、攻撃が防がれてしまった。

「な、なに……!」

「…よお、やってくれたじゃねえか」

本気のスイングをしっかりとした力で受け止められ、デコメンドは動揺する。

意識が朦朧としている者に出来る芸当ではない。

そして、闘将の瞳はやつれるどころか、むしろ活き活きとして活気づいている。

「ちょっと慢心しすぎてたぜ。さっきのはいい打ち込みだった」

「な、馬鹿な……!」

「後ろのおめえもな」

「ぐ……!」

振り返って笑みを向けられ、ボコラルスがひるむ。

先程背中を本気でサンドバッグにしたつもりだったが、彼の顔を見る限りは効いている様子があまりない。

今し方無言で俯いていたのは、ダメージで痛んだからというよりは、気持ちの切り替えという面が大きかったらしい。

それをボコラルスは闘将の表情から“理解”した。

「そういやてめえらは幹部だったな。あんまし舐めすぎるのは無礼だった」

意識を改める様に言うファーブニル。

先程の彼は三下を適当に片付ける程度のつもりで不用意に殴りに行っていた。

そこをカウンターで目くらましを受ける形となり、結果的に少々反撃を許してしまった。

その緩みを正す意味で、彼は笑みを浮かべる。

「悪かったな。手を抜いちまってよ」

「ぐ、、!ダ、ダメージの影響はないのか…?」

「そ、そんなわけあるか。あれだけラッシュを打ち込んだんだぞ。立ってるのもふらふらのはずだ」

「悪いけどよ。あのくらいじゃ俺は消耗しねえ」

にっ、と笑んで闘将が言う。

彼はその強靱な肉体と身体能力により、四天王の中でも防御力が非常に高い。

その分体力も多いため、多少の暴漢による打撃程度では大したダメージを負わないのだ。

デコメンド達にとっての連打や会心の一撃も、闘将にとってはそれほどの負荷とはならない。

2人がいくら幹部クラスとはいえ、四天王であるファーブニルと彼らの基本値はそれだけ異なっているのである。

「くそっ…!効いていないというのか!?」

「ば、化け物めえ……!」

「へへっ、んじゃそろそろ始めるか」

バシッ!と両の手を付き合わせて彼が告げた。

「さっきはすまなかった。今度はちょっと力入れてやらせてもらうぜ」

「や、やめろォ…!」

「あ、あきらめるなボコラルス!もう一度フラッシュを――!」

「もうそんな暇は与えねえッ!!」

次の瞬間、2人は視界に歪みを感じた。

目の前の視界がぶれるような、唐突な揺らぎ。

まるで時がゆっくりと流れるような感覚と共に、顔に何かが沈み込むのを彼らは認識した。

そして、そのまま意識が刈り取られた。

 

ドンッ!

 

ドゴォ!

 

強烈な打撃音が響き渡り、周囲に木霊する。

ファーブニルの傍にいたはずの2人の姿は一瞬にして奥の壁まで飛ばされた。

壁にひびが割れてめり込む形で、彼らは埋まってしまう。

闘将の80%パンチを顔面に食らったのだ。

あまりの速さ、重さに拳を目で捉える事すら叶わず――。

“一撃”で意識が刈り取られ、彼らはKOされていた。

 

「よし、これで片付いたな」

全ての幹部の戦闘不能を確認し、ファーブニルがにかっと笑った。

1人でまとめて幹部3人を相手にするも、彼は問題なく処理して倒してしまう。

彼は防御力が高いのと同様に攻撃力も高い。

その身の強靱さはただ固いだけでなく強力なパワーも秘めているからだ。

そして身体能力の高さに加え、彼には戦いに対するスピリットもあった。

そこそこの強さの集団が相手だろうと戦闘狂の彼にとっては全く無問題、むしろ燃える材料である。

より強い強者と戦いたいという渇望が彼のエネルギー源でもあるからだ。それでこそ、彼は闘将なのである。

「さあて、んじゃこいつらを回収して本部に戻るとすっか」

倒した幹部を眺め、彼は帰還準備に入る。

デコメンド達3人は全員ネオアルカディア本部へ連れ帰って捕虜とする予定だ。

彼らにはまだこれから色々と取り調べをしなければならない。

幹部格である彼らは、ギラテアイトの密売に関わる機密事項を当然知っているからだ。

ファーブニルが彼らを“殺さなかった”のもそれが理由である。

彼らから情報を聞き出して、ギラテアイトの密売流通ルートのさらなる解明、そしてギラテアイトの新たな情報等を知るのが目的だ。

 

「ん……何だこりゃ?」

伸びている幹部の回収をしようとした彼は、ふと眼下に異物を確認した。

円卓のデスクの上に、一台の小型モニターが置かれている。

一見すると会議室に常備されている会議用の端末のようだ。

その端末は電源が切れているようだが、一台だけそこに置かれているのが彼には不自然に感じられた。

「ただの小型モニターみてえだが……くせえな」

ファーブニルはこのモニターに何かの不信感を抱く。

野生の鼻が利く彼は、見逃しがちなアイテム等も察知して見つける事が出来る。

どうやらこの“ただの小型端末”にも何かの臭いを感じたらしい。

「よし、これもついでに持って帰るとすっか」

そうと決めた彼は端末を小脇に抱えて持ち帰る事にした。

そして両肩と背中に次々と気絶した幹部達をしょっていく。

彼のがたいであれば、このように重量物を抱えてもある程度平気で稼働する事が可能だ。

3人を一度に乗せ抱えて、彼は転送装置を起動させた。

そして、数秒後に彼の身体は本部へと転送されていった。



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第3章:エネルゲン水晶発掘所を攻略せよ
新たなる情報


前回、闘将の手によって見事敵本拠地の制圧が達成された。

そして、敵幹部3人を捕虜として連行にも成功した。

だが倒す際に気絶させた事によって、まだ全員が意識を失ったままである。

彼らが目を覚ますにはまだしばらく時間がかかりそうだ。

そのため、まだ3人の幹部達に事情聴取は済んでいない。

だが、この間に新たにわかった情報がある。

闘将が持ち帰った小型モニターを技術部にて解析した所、新たな事実が判明した。

端末内に重要な機密データが記録されていたのだ。

早速四天王達に再度招集がかけられ、彼らは本部の円卓席に集まって着席した。

「何か新しい情報が見つかったのね?」

「ああ、先日ファーブニルが持ち帰って来た小型端末のメモリー部分からな」

妖将の問いに答えながら、ハルピュイアが指し棒を指で引き伸ばした。

既に電源が点いているモニター画面を棒で示し、彼は説明を始める。

「この端末は先日潰した敵本拠地から回収したものだ。そこに奴らの組織の“上層部”に関する情報がインプットされていた」

「マジかよ?へへっ、俺のお手柄だなこりゃ」

「はいはい、まあ敵の特殊能力を封じる装置を開発させた私の機転のおかげでもあるけどね」

満足気に活気づく闘将に妖将が横槍を入れる。

たしかに彼女の進言により、敵は得意な鏡能力を使えなくさせられていた。

前々回のミッションで苦杯を舐めた彼女はそれを逆に封じる奇策を思いついたのである。

そしてファーブニルがミッションに赴く前にそれを実装したのだ。

ゾルベームグを半ば脅迫まがいの恫喝で脅してであるが。

「奴らがあの厄介な能力を使えていたら、制圧にもっと苦戦を強いられた可能性が高かったかもしれん」

「へっ、まあ確かに敵はかなり困ってたみてえだったな」

「うむ、レヴィの策が嵌まったのも大きかっただろう」

「でしょでしょ」

「あの爺さん半泣きになってたぜ。上手く完成させねえとお前に本気で殺されると思ったみてえだ」

「味方ながら恐ろしい限りだ」

「ちょっと!キザ坊やまで失礼な事言うわね」

レヴィアタンの脅し戦略には参謀ハルピュイアも若干引いたという。

2人の将の言い様に彼女はくってかかるが、隠将がとりあえず場を収めた。

「まあその辺にしておけレヴィ。今回はファーブニルの手柄だったのは間違いない。そしてもちろんお主のアシストあっての結果だ」

「フフ、うん、そうだと思うわ♪」

「ったくよ……普通に俺の手柄だってーの。まあ別にそういう事でもいいけどよ」

ファーブニル1人に手柄を独占させない妖将に彼は顔が引きつるが、そこは男の器量でそういう事にしておく。

多少の“わがまま”には彼ももう馴れているのでいちいちとがめる事はしなかった。

 

「さて、少し議題から逸れたが」

ゴホン、と咳払いしてハルピュイアが説明を再開する。

「今回見つかったのは敵の上層部の情報だ」

「上層部ってーと、こないだ潰した連中とは違うのか?」

「ああ。奴らは幹部格だったが、それはあくまであの支部アジトにおける幹部格だった。今回見つかったデータはその上の存在。各地の支部を束ねる敵本部の幹部格という事になる」

「へえ、じゃあこれまでのミッションで倒した奴らのさらに上位にあたる連中ってわけね」

「そういう事になるな。例えるなら我々ネオアルカディア四天王のようなものでござるか」

レヴィアタンに答える形でファントムが言う。

そう、今回情報の見つかった新たな幹部格は敵側のネオアルカディア四天王に相当する格の者達なのだ。

「そりゃ面白えな。どんな奴らなんだ?」

「今から該当データを表示する」

ハルピュイアがケーブルで接続された端末を操作すると、しばらくしてモニター画面に参考データが表示された。

そこには4つの名前と2枚の顔写真、2枚の砂嵐画像が映し出される。

「おい、映ってない奴らがいるぜ」

「端末に入っていたデータはこれだけだ。4人の内2人は情報が一部損傷していた」

「何ぶん敵の持っていた物でござるからな。管理状態が十分ではない故、情報が完全な物でないのは致し方ないだろう」

半分歯抜けになった状態の顔写真画像を見て、四天王達は口々に感想を言い合う。

「ふぅん、どっちもそこまでイケメンじゃないのね」

「っておい!ツッコミどころそこかよ!?」

「どうせなら顔や容貌が綺麗な奴と戦いたいんだもの」

「はぁ……お主は相変わらずでござるな」

面食いな彼女に困り果てたように隠将が額を押さえた。

彼女は綺麗好きな面があるため、あまりそうではない者とは戦いたくないらしい。

「まあこの前の糞ジジイに比べたらどっちもマシだけどね。あれは最悪」

「何か爺さんが可哀想になってきたぜ」

「あーあ、ゼロみたいな男だったらよかったのにな~」

両頬に手をあててレヴィアタンが呟く。

ゼロは彼女にとっての合格ラインを見事にクリアしていたナイスガイだったのだ。外見だけでなくもちろん内面(心)もである。

「よせレヴィアタン、奴の名を出すな」

「いいじゃない。まあキザ坊やはそう簡単には受け入れられないでしょうけど」

「へっ、まあ癪だが俺はどっちの気持ちも分かるぜ。熱くなれるいい男だったからよあいつは」

過去に戦ったゼロの事を彼らは思い出す。

何度も戦う中で、彼らはゼロに熱くなっていき、そして一部ではわかり合えた部分もあった。

だが、バイルとの最終決戦の最後に彼はラグナロクの爆発に巻き込まれて死んでしまったらしい。

その間は四天王達は皆まだ死んでいて復活前だったので、後から伝え聞いた話なのだが。

ドクターシエルの話では、彼のヘルメットだけが地面に埋まっている形で見つかったのだという。

「しかしどうにも信じられねえぜ」

ふとファーブニルが疑問を呈すように呟いた。

「あいつはほんとに死んじまったのか?」

「完全な破損体がない故そう思いたいのはわかるが、確かに奴は死んだのでござるよ」

ファントムが横から口添えする。

「俺達みたいにどっかに同期されてたコピーデータがあんじゃねえのか?」

「奴は我ら四天王とは違って粗末な設備しかない小規模なガーディアンベースを拠点にしていた。そんな環境では高度な技術が必要なフルコピー同期システムは使えん」

「ファントムもキザ坊やもリアリストなのねえ。ま、私はとっくにゼロの死を受け入れてるけど」

ふぅ、とあきらめに似たため息を妖将が漏らす。

同時に今は亡き彼に対しての思いを馳せた。

「でもどこかで生きていたならって思うわ。だって私の心を完全に射貫いた男なんだもの」

「ふん、お前はよくそんな事を恥ずかしげも無く平気で言えるな」

「あんたみたいにキザじゃないだけよ」

賢将が一瞬目をむくが、彼女の言葉は本心である。

彼を失って以来、彼女の胸にはぽっかり穴が空いたように寂しさが去来していた。

事実は受け入れられても、正直心のショックはまだ癒えていない。

だがそれでも受け入れようと努めている。

 

「――さて、では話を戻すでござるよ」

若干しんみりした所で、ファントムがそれを断ち切るように言った。

彼はモニター画面を指さして指し示す。

そこには敵本部の幹部格データとして【暴雪月花】という称号と共に敵の名称が表示されていた。

暴……ライオヌル

雪……ファシュロカ

月……ムーンフェイズ

花……ノッラ

暴と月の幹部に関しては顔写真も表示されており、どちらも人型のレプリロイドだった。

見た目は青年~壮年の男といったところだ。

「正直あまりオーラは感じねえが……顔写真を見ただけじゃ強さがどんなもんかはわからねえな」

「先のお前達が倒したミラージュ5に比べて実力上位の存在だ。そこから推し量ればだいたいわかるだろう」

「うーん、でも私が倒した連中はそんな大した強さじゃなかったのよね。そいつらより格上って言われても今一敵の実力が掴み切れないわ」

「俺の意見も似たような感じだな。確かに連中は俺達の部下よりは力があった。だが俺達四天王の相手じゃねえ」

妖将、闘将の2人は敵の支部の幹部である者達と最近刃を交えた経験から、敵幹部の実力を把握している。

正直なところ、ネオアルカディア四天王の前では敵ではないというのが彼らの見解だ。

「侮りは禁物でござるよ。もしや我ら四天王と我らの配下並に実力差があるかもしらん」

「ファントムの言う通りだな。気は抜かずに襟を正しておいた方がいいだろう」

隠将に続いて賢将が頷き、2人を諫める。

「はいはい、言われなくてもわかってるわよ」

「ま、幹部にすげえ強えー奴がいるってんなら俺は歓迎だぜ」

両者はそれぞれ理解した返答を返した。

彼らとしても、相手が強力ならば四天王の実力を発揮して相手をするだけである。

 

「得られた情報はこれ以外にもまだあってな」

ハルピュイアが端末を操作して次の説明に入った。

モニター画面にはマップがいくつか表示され、ネオアルカディア郊外の各地点が展開される。

地図上にはランプが灯る形でチェックポイントが点灯している。

「今回新たにギラテアイトを隠し保有している貯蔵地が見つかった」

「それも端末に入ってたデータか?」

「そうだ、内部のメモリーチップを解析して判明した」

「へへっ、そりゃあいいぜ。これでまた他のギラテアイトをぶん捕りに行けるってわけだ」

「ちなみに今回見つかった貯蔵地は先の暴雪月花なる幹部の傘下にある施設らしい」

「なら、そこを叩けばそいつらも黙ってはいられないでしょうね」

「うむ、各地の貯蔵施設が攻略されていけば自ずと奴らも追い込まれるだろう。そうなれば幹部が直々に出てこざるを得ぬ」

四天王達がそれぞれ含み笑顔を浮かべた。

ここに載っている“敵地”の基地施設を潰していけば、いずれ上の層も炙り出されるはず。

 

「では、早速これからミッションを開始しようと思う」

「次は誰に頼むつもりだ?」

「また私でもいいわよ?」

レヴィアタンが不敵に微笑んで言った。

前回の討伐任務では難色を示した彼女だが、今回は乗り気らしい。

「戦闘メインの任務は嫌なんじゃねえのかよ?」

「この前のはただ倒すだけだったじゃない。今回はギラテアイトの探索・採取も含まれるから。それに施設を攻略する事で敵の親玉を焦らせて炙り出せるなら意義も大きいわ」

「確かに、傘下施設への派遣とはいえ重要な任務である事は間違いない」

「フフ、なら今回は私が――」

「いや、先方は拙者に行かせてもらおう」

横から隠将が横槍を入れてきた。

あら?と意外そうな顔でレヴィアタンが振り向く。

普段は一歩引いている彼が割って入ってくるのは珍しい。

「ほう、お前が行くというのかファントム」

「ああ。ここ最近はレヴィにファーブニルと手柄を上げているのでな。そろそろ拙者も貢献せねばなるまい」

「へえ、ファントムもしかしてちょっと焦ってる?」

「そのような事はない。ただ拙者も四天王の一員としてあまり水をあけられるわけにもいくまい」

「(それってやっぱ焦ってんじゃね?)」

ファントムの言い様に内心でツッコムファーブニル。

だがとりあえず口には出さずにとどめておく事にする。

「では今回はファントム、お前に任せよう」

「了解した。任せておけ」

まず最初の施設を攻略に向かうのは隠将に決まった。

郊外のドリスボン地区にあるエネルゲン水晶発掘所が目的地だ。



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in the dark①

荒野の一角に物々しい工場があった。

澄んだ夜の空気もその周辺だけは排気ガスで淀んでおり、環境に悪影響を及ぼしている。

施設から放たれる電灯の明かりが闇夜を消し去るように輝いていた。

屋内では、大勢の採掘員がツルハシで土砂を掘っている。

地中深くに埋まっている資源を掘り出す作業を彼らは皆行っているのだ。

ここはエネルゲン水晶発掘所。

レプリロイド達にとってのエネルギー源となる資源を発掘する施設である。

「はぁはぁ」

「ぜえぜえ」

「ひーひー」

苦しそうに息を吐いて何人かの労働者がツルハシを置いた。

既に丸3日間働きづめで休憩も一度も取らせてもらえていない。

レプリロイドである彼らは人間と比べて体力の消耗度合いが少ないため、何十時間と続けて労働をする事が可能なためだ。

しかし、そうはいってもエネルギーが無限に続くわけではない。

途中で専用器具と接続してエネルギーをチャージする必要がある。

そうしなければエネルギー不足で機能停止に陥ってしまうのである。

「つ、つかれた……」

作業を止めた労働者は、後方にあるエネルゲンチャージャーに向かった。

装置のコード類を手に取り、自分の身体の腕にある端子蓋を開ける。

その部位には接続端子があり、チャージャーと接続出来るようになっていた。

コードを自分の身体に繋ぐと、彼らは装置を起動させてチャージを開始する。

 

ブウウウン

 

装置が立ち上がり、充填がスタートした。

ようやく“一息”つき、労働者達は息を吐く。

「くあ~~~生き返るぜえ」

ほとばしる汗をぬぐって彼らは天井を仰いだ。

壁面には岩肌が続き、途中からは工場のコンクリートが覆っている。

ここは鉱石を内包した岩肌が豊富な場所だった。

そこに目を付けたある企業が一角に工場を建設し、資源の採掘を開始したのが半年前の事である。

ここは表向きはエネルゲン水晶の採掘所という事になっている。

しかし、実際はエネルゲン水晶など掘ってはいない。

ここで採掘されているのは稀少資源“ギラテアイト”であった。

「おい!!いつまで休んでいる!!」

「ひっ!?」

チャージ中の労働者らに向けて、不意に怒声が飛んだ。

彼らの視界の先には大柄な男が機嫌の悪そうな顔で立っている。

「チャージに10分もいらないだろう!早く持ち場に戻れ!!」

「は、はいっ!」

慌てて返事をし、全員が装置との接続を切ってコードを外した。

まだ数分しかチャージが出来ていない。

これでは微力ほどしか回復が完了しなかった。

だが、このチーフはそれ以上のエネルギー補給を許さない。

最低限の回復でより長時間の労働を強いているのだ。

「ぐ、ま、まだ全然エネルギーが足りてねえぞ……」

「仕方ないよ、チーフに逆らったら待っているのは死だもの」

「くそっ、何で毎日毎日あたい達がこんな目に……!」

渋々持ち場に戻り、彼らは嘆き節を言い合う。

もちろんチーフには聞こえない場所でだ。

「もう何日になる?俺達がここで強制労働させられ始めてから…」

「3ヶ月、4ヶ月……軽く半年は超えてるわよ!!」

「もう気力も体力も限界だ…!!いくらレプリロイドとはいえエネルギーは無尽蔵じゃねえんだぞ!!」

先程のようにチャージ休息もろくに取らせてもらえない状態がこの数ヶ月間続いていた。

本当は逆らって反旗をひるがえしたいが、それは既に2度行っている。

しかし、チーフ率いる“支配部隊”が立ちはだかり、反逆者達を鎮圧したのだ。

部下のパンテオン兵達を駆使して抑え込み、さらに抜けた強さを持つチーフ、クロウペリオンが幾人もの労働者達を屠ってきた。

この半年の間に労働者達の人数は元いた数の半分にまで減っていた。

「このままじゃ死ぬまで働かされちまう」

「遅かれ早かれそうなるのは避けられないだろうな…」

「もう嫌だよぉ……」

残った者達の精神は既にかなり疲弊していた。

彼らは元はこの付近の荒野に集落を作って住んでいた住人である。

ここはネオアルカディアからは離れた郊外にあり、田舎だが平穏で暮らしやすい地区だった。

しかしある日、突然クロウペリオン率いる部隊が現われ、彼らの集落を襲ったのだ。

襲撃により一気に彼らの住処は無茶苦茶に壊された。

抵抗もむなしく、少なくない者達が餌食となって死んだ。

数人を殺した敵は、残った者達に向けて言った。

 

殺されたくなければ我々に従えと。

 

そして彼らはこの工場へと連行され、そこで強制労働させられる事になったのだ。

「あれからずっとここで働かされてきた……もうこんな生活を続けたくない」

「これ以上酷使されたらもう精神の限界だ。。。」

「ねえ、このまま殺されるなら、いっそ死んじゃわないかい?」

「「「「えっ!?」」」」

1人の女性労働者が彼らにこう告げた。

「どうせ逆らっても鎮圧されちまう……。この先ずっと死ぬまで働かされるくらいなら、自ら死を選ぶ方が――」

「ば、馬鹿野郎!希望を捨てるな…!!」

「そ、そうだよルチャブ…!死ぬなんて言わないで」

「そうだぞ、自死なんて愚かな真似はやめろ。このまま耐えていけば、いつかどこかから救世主が来るかもしれない。それを信じて耐えるんだ」

「救世主?誰だいそりゃ……」

冷めたような目で彼女はうんざりした。

「そんな都合のいい存在なんてこの世にいやしないよ。私にゃ神に対する信仰心なんてものはないんでね」

「……だが、そうでも思わねえとやってられねえのさ」

「皆、あきらめないで。希望を持とうよ……」

「お、おい…!!口を閉じろ!チーフがこっちに来るぞ」

1人の労働者が声を潜めて皆に言った。

奥に居たチーフ、クロウペリオンがしかめっ面でこちらへと歩いてくる。

彼らは慌てて黙り、採掘作業に集中した。

「貴様ら、今何を話していた」

「!? い、いえ、別に何も――」

「しらばっくれるな!!!」

チーフが激高して怒鳴り散らした。

労働者達が気圧されて萎縮する。

「どうやらまた“反逆”を企てているようだな」

「え!?いや、そんな事は話していません…!」

「嘘をついても無駄だ。このクロウペリオン様の地獄耳は誤魔化せん」

くっく、と彼は愉悦を帯びた顔を向けた。

そして、爪を“一振り”した。

ザシュリ!!

「きゃああっ!」

目の前に居た女性労働者が切り裂かれた。

鋭利な刃が容赦なく彼女の胴体をえぐったのだ。

「マ、マリン!?」

「ひ、ひぃい…!!」

彼女の身体は深々と刻み込まれ、一撃で致命傷を負った。

倒れたそのまま意識がシャットダウンし、事切れてしまった。

まさに数秒の出来事。

塵を払うように屠られた仲間に、他の者達は戦慄した。



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in the dark②

「ぁ、ぁぁ、、!」

「ひぃ……!」

無惨に刻まれたマリンの身体が地面に転がっている。

もはや彼女には動力が通っておらず、機能停止していた。

つまり、死んだのと同じだ。

すぐ目と鼻の先で起こった残酷な光景に、他の者達は皆固まっていた。

「これは見せしめだ」

絶望に染まった労働者達に向けてクロウペリオンが言い放つ。

「くだらぬ反逆を意図した愚か者へのな」

嘲笑を内包した顔を見せ、彼は近くに居た労働者を指さした。

「おい、そこのお前」

「………」

「おい!!!」

「――っ、は、はい!!」

大声でどやされて初めてルチャブは我に返った。

彼女は倒れたマリンの姿に衝撃を受けており、すぐに反応出来なかったのだ。

「ったくどこに耳をつけていやがるんだ。これだから低級レプリロイドは…!」

「………」

クロウペリオンはミュートスレプリロイドであり、並のレプリロイドよりも上位の存在だ。

ルチャブ達労働要員はあくまで普通の一般レプリロイドにすぎないので、当然彼とは強さに明確な差がある。

その分彼は自分の優位さを誇示しており、常日頃から労働者達を見下す発言をしていた。

「おい、そこの“ゴミ”をダストスペースに片付けておけ」

「…わ、わかり…ました」

彼は今殺したところのマリンをさっさと捨ててくるように命じる。

ダストスペースとはようするにゴミ捨て場の事だ。

ただし、そこに捨てられているのはただのゴミだけではない。

これまでに死んでいった仲間達も、そこに捨て置かれているのである。

機能停止した死体は放置すると邪魔になるため、普段使わない場所に集める事になっている。

ゴミ捨て場と同時に死体置き場も兼ねているのだ。

 

+++++++

 

それから彼女はマリンを背負ってダストスペースに向かった。

普段の採掘場からは少し離れた場所にあるため、彼女はそこまでしばらく歩いていく事になる。

「………」

仲間の理不尽な死。

これでもう何回目だろうか。

その度に彼女は同じように死んだ仲間をおぶってこの道を歩いてきた。

ここでは命があまりにも軽い。

(マリン……あたいをいつも励ましてくれていた優しい子だったのに)

先程自分が投げやりになった時もそうだった。

彼女の優しさにルチャブはいつも救われていたのだ。

それが、こんな突然に、まるで塵でも払うかのように殺された――。

(もう、やっていられないよ……あたい)

絶望を通り越し、虚無感が彼女を支配していた。

寂しさなどとうの昔に無くしている。

それだけ、命の尊厳がない環境で長期間働かされてきたのだ。

 

しばらく歩いて、彼女はダストスペースにたどり着いた。

辺りには腐敗臭が漂っている。

既に何人もの“屍”が穴の中に捨て置かれており、その周りを小蠅が飛び回っていた。

「ごめんよ、、マリン」

既に魂がない彼女に耳元で呟くと、ルチャブは遺体を穴の中に倒して寝かせた。

本当はもっと綺麗な形で葬ってやりたい。

だがこの採掘場には他に適した場所がなく、この置き場を綺麗に整備する事も許されていなかった。

以前何人かが交渉を試みたが、“口答え”と見なしたクロウペリオンによって全員惨殺されてしまったのだ。

「……ぅ、ぅぅ」

目を閉じたまま開かないマリンの姿に、今になってルチャブの目に涙が溢れてきた。

これまでずっと共に苦難を耐えてきた仲間だ。

まして同じ女性同士で普段から話もしやすい間柄だった。

寂しさはとうに捨ててきたと思っていた彼女にも、やはり情というものがある。

やり場のないやるせなさ、怒りがルチャブの心を埋め尽くしていた。

「もう、たくさんだ」

拳を地面に叩きつけて彼女は嗚咽を漏らした。

その目から涙がこぼれ落ちる。

「こんなところ、すぐにでも出て行きたい」

何度も何度も、拳を地面に殴りつける。

「でも、あたい達の力じゃ奴には敵わない……!」

怒りの矛先がひたすら土砂に向けられる。

だが、僅かに砂地が沈むだけで何の気休めにもならなかった。

いくら土砂を殴っても状況が変わりはしないからだ。

この苦境を打破するには、障害となっている張本人を何とかするしか方法はない。

「どうにかして、クロウペリオンを倒せれば……!」

忌避すべき対象の顔を思い浮かべて彼女は叫んだ。

だが、その行為は少々浅はかだった。

声に出した事で、他の者に聞かれてしまったからだ。

「キサマ、今クロウペリオンサマをブジョクシタナ!」

「!」

不意に背後から言われ、ルチャブは肩を震わせた。

まずい。もしや奴の部下に聞かれてしまったか――。

振り返ると、危惧した通りパンテオンが銃を構えて立っていた。

クロウペリオンは配下に多くのパンテオン兵を従えており、彼らは採掘場の各場所に配置されている。

先程のショックでつい普段の警戒を怠ってしまったが、監視のため1人パンテオンがつけられていたようだ。

その監視役に今の愚痴を聞かれてしまった。

「テキタイコウイトミナシ、ハイジョスル」

「くっ…!」

クロウペリオンに刃向かう者は容赦なく強制排除する。

この命令は配下のパンテオン達にもプログラムとして組み込まれており、今の些細な愚痴も例外ではない。

彼は上官の尊厳を傷つけられたと判断し、ルチャブを“排除”しにかかった。

(ど、どうすれば……!)

敵は銃を構えている。

応戦しようにもこちらには飛び道具がない。

手元にあるのは腰に下げたツルハシだけだ。

これではリーチに差がありすぎて対処できない。

「ショブン――」

「……!」

咄嗟に目をつぶったルチャブは、打たれる事を覚悟した。

だが、銃弾が放たれる事はなかった。

「………」

恐る恐る目を開けた彼女の前に、1人の男が立っていた。

その後ろ姿はまるで漆黒の影。

「危ないところだったでござるな」

振り返った彼は淡々と言ってルチャブの目を見つめた。

奥にいたパンテオンはいつの間にか床に倒れ伏している。

眼前の彼は手元にクナイのような物を持っているようだ。もしやこれで倒したのだろうか。

「あ、あ、」

「ん?」

呂律が回らず、ルチャブはまともな発音が出来ない。

「あ、あ、あなたは……?」

ようやく絞り出すように彼女は訊いた。

「拙者か?我は――」



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in the dark③

「いつまでちんたら掘ってんだ!もっとペース上げろオラア!!」

採掘スペースに怒号が鳴り響く。

労働者達に向けてクロウペリオンがまた怒鳴り散らしていた。

だが別段彼らの採掘ペースが遅いわけではない。

疲労を考えれば労働者達はさして遅延せずに頑張って労働作業をしていると言えた。

だが、クロウペリオンはそれでも良しとしない。

採掘自体は出来ていても肝心のギラテアイトの産出量がかんばしくないからだ。

ただでさえ稀少な鉱石である故、産出量は採掘量に比例しない。

しかも、ここで採掘を開始してから半年以上が経過しているため、当初の産出量に比べて地中の堆積量が減ってきている。

既に一定量のギラテアイトを発掘した影響で残存量が残り少なくなっているのである。

そのため、いくら労働者達が頑張って掘っても最近はなかなか産出量が増えないでいた。

「オラア!もっと気合い入れて掘れ!ゴミども!!」

苛立ちを露わにしてクロウペリオンが叫び散らす。

だが労働者達はうんざりしていた。

(いくらてめえがどやそうとそうそう出てこねえに決まってんだろ……もうこの辺りのギラテアイトはあらかた掘り尽くしたんだぞ)

(思うようにいかないからって当たり散らすんじゃないわよ。ブサイクな虎男の分際で)

内心で睥睨の目を向けつつも彼らは黙って採掘に勤しむ。

ちなみにこのクロウペリオンは虎をモチーフにして作られたミュートスレプリロイドだ。

山吹色の体躯を身に纏い、鋭い爪を保持している。

その一撃は強力で、並のレプリロイドならば一振り喰らっただけでも致命傷となってしまうほどだ。

虎をモチーフにしてはいるものの、彼は普段は普通に直立して二足歩行で行動している。

だが本気の戦闘態勢に入ると四足歩行になりスピード重視で動けるように変化させる事が可能。

「ちっ、折角の俺様のヒゲが曲がってやがる」

ふと、彼は自分の手鏡を見てぼやいた。

見た目に気を使っている彼はヒゲのセットに毎日手間をかけているため、少しの乱れが気になるのだ。

「これじゃイケメンのご尊顔が台無しだ。おい、専用クリームを持ってこい」

部下に命令し、早速彼はヒゲのセット用品を取ってこさせる。

そして手鏡を見ながら自分でトリートメントをし始めた。

(また始まったぜ。こいつのきめえ毛づくろいが)

(自分をイケメンだと思ってるのが痛すぎるわね。あんたなんか容姿の醜い中年のおっさんでしかないのよ)

ヒゲの手入れをするクロウペリオンを見て労働者達は内心で嘲笑っていた。

彼の容姿はお世辞にも美しいとはいえず、逆に醜い方に属する。

だが自らは顔面偏差値にプライドがあるらしく熱心にヒゲのセットにこだわるのだ。

そして、この毛づくろいが始まると少しの間彼の怒り散らしは鳴りを潜める。

セットに集中している間は、労働者達への意識が散漫になるらしい。

(ふう、これでようやく少し休めるな)

(容姿を勘違いしてるこいつは痛いけど、おかげでこの時間は私達も手を抜けるのよね)

ボスの気勢が削がれたのを確認した彼らは自分達も少々手を緩めて休息する。

もちろん体面上はバレないようにしっかり身体を動かしてはいるが。

掘る力の加減はかなり緩めてパワーダウンしている。

上手く手を抜きながらやらないと、いくら彼らがレプリロイドといえども身体が持たないからだ。

「うーむ、ここのヒゲだけがくせっ毛で曲がってやがる」

なかなか整わないヒゲにクロウペリオンは首を捻りつつ苦戦している。

この分だとしばらくはそちらに夢中になってくれそうだ。

 

バチっ

 

「ん?」

不意に、何かが弾けるような異音がした。

電気がショートするような、不自然な音が。

場違いな異音に気付いたクロウペリオンが立ち上がった。

「おい、何だ今の音は!」

毛づくろいから意識を戻した彼は労働者達に向けて叫ぶ。

だが労働者達は皆困惑した顔をしていた。

突然の事で誰も状況が把握出来ていなかったのだ。

そして、次の瞬間、異変が起こった。

室内の電灯が全て消えたのだ。

「えっ?」

「な、ま、真っ暗…!?」

急に辺りの明かりが消え、周囲を暗闇が包んだ。

「きゃあ!?な、なにっ!?」

「あ、明かりが消えた!?」

「おい、何だこれは!すぐに明かりをつけろ!!」

クロウペリオンが大声で叫ぶ。

いきなり電灯が消えて停電状態になったのだ。

今は夜なため外からの光も入らない。

この状態では視界がはっきりしなかった。

 

ザシュ

 

ドシュ

 

ザンッ

 

「!?」

「な、何だ…!?」

暗闇の中、どこかから斬撃のような物音がした。

突然の異常事態に労働者達を恐怖が襲う。

 

カカカカッ

 

ドン

 

ザシュリ

 

「ひっ!?」

「な、何が起き…」

「伏せろ!!」

不意に、誰かの叫び声が轟いた。

クロウペリオンのものではない。

これまで聞いた事のない男の声だった。

言葉を聞いて彼らは咄嗟に頭を伏せる。

 

ヒュン

 

その頭上を何かが通り抜けた。

同時に呻き声が聞こえる。

どうやら傍にいたパンテオン達の呻き声らしい。

何者かに攻撃を喰らったようだ。

そして、その数秒後にようやく明かりがついた。

「……!!」

「な、、!」

「う、嘘でしょ」

視界が戻った彼らが一斉に驚きの声を上げた。

そこには大量のパンテオン達が倒れ伏していたからである。

他の労働者達は皆怪我も無く無事であった。

ただ敵のパンテオン達だけが倒されていた。

「こ、これはいったい…!?」

「ふふ、どうやら上手くいったようだねえ」

奥の方からした声に彼らが振り返ると、そこにはルチャブが立っていた。

どうやら彼女がブレーカーのスイッチを上げたらしい。

「ル、ルチャブ…!」

「今何が起こったんだ…!?」

「なーに、ちょっと闇討ちさせてもらっただけさ」

彼女はしてやったりという笑みで言った。

「お前、まさか何かやったのか?」

「ええ。ちょいとブレーカーを落とさせてもらってね。暗がりで敵が慌てている所を襲撃させてもらったよ」

「す、凄い…!ルチャブ1人で…!?」

「いや、私は手下のパンテオンを数人殺っただけさ。だから私はほとんど敵を倒してないんだけどね」

「え?じゃ、じゃあ誰が……」

「彼さ」

問いに対して彼女は奥を目線で示す。

そこには一人の男が立っていた。

「あの人は……?」

「凄腕のお役人様だよ」

「ルチャブ、あまり詳しく語るでない」

振り返ったファントムが彼女に釘を刺す。

その顔を見た皆はどよめいた。

「あ、あのお方は……もしや!?」

「ま、まさか、ファントム様!?」

「かの隠将様……!?」

仮面のようなフェイスメットをつけた黒衣の忍。

まるで忍者のような出で立ちの寡黙な男。

その見た目は静かながら、しかしその威光はこの辺境の地まで轟いていた。

皆、当然のように彼の事を知っていたのである。

「ほう、拙者の事を知っているのか」

「と、当然です…!!貴方の事を知らない者なんていませんよ」

「あなた様の評判は田舎の奥地まで行き届いております…!」

「かのネオアルカディア四天王の1人で影を自在に操る凄腕の忍!そしてイケメンでかっこいい殿方!!キャー!」

「………」

女性労働者から黄色い声援が飛び、ファントムはリアクションに困った。

「あまり騒ぐでない。まだ確実に息の根を止めた確認をしておらぬからな」

冷静に言って彼は奥へと歩いていく。

隠将の視線の先には倒れ伏したクロウペリオンの姿があった。

首元にはクナイが突き刺さっている。

「女に褒められてものろけず寡黙な男……素敵」

声援にも意に介さないファントムに女性労働者が鼓動を高鳴らせる。

続けて男性の労働者が言った。

「いやーありゃもう倒したっしょ。あそこにあれが刺さってりゃ致命傷ですよ」

「!いや、、」

ぴたりとファントムが足を止めた。

眼前の“虎”が動いたからだ。

「まだ奴は生きている」

「えっ!?」

「い、いや流石にもう死んでるでしょ」

「全員拙者の後ろに下がれ!」

気が緩んだ者達に向けて隠将が叫ぶ。

彼が叫ぶと同時、クロウペリオンがゆっくりと上体を起こした。



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in the dark④

「き、貴様……よくもやってくれたな」

ゆらりと立ち上がったクロウペリオンが隠将を睨みつけた。

彼は首に刺さったクナイを掴んで思い切りよく引き抜く。

バチバチとショートした火花が飛ぶが、ダメージはそこまで大きくはないようだ。

「な、なんであいつまだ生きて……!」

「奴はミュートスレプリロイド。それも強化タイプのようだ」

ファントムが顔を敵に向けたまま話す。

「故に通常のレプリロイドに比べて“固い”。クナイを1本喰らった程度では耐えれるようだな」

「そ、そんな……!」

「くく、そういうことだ。俺はこの程度では死なんぞ」

にちゃり、と獰猛に笑んでクロウペリオンが牙をむいた。

「どこぞの狼藉が乱入してきたかと思えば、まさかかの隠将とはな」

「拙者は無駄な殺生は好まぬ。主が大人しく投降するなら、命までは奪わぬぞ」

「たわけ!!!」

咆哮を上げるように大声が飛んだ。

その威圧に労働者達が震え上がる。

だがファントムは微動だにしない。

「俺を誰だと思っている?」

「はて?1ミュートスレプリロイドという事くらいしかわからぬが」

「くくく。隠将ともあろう者が俺の名を知らぬとは、無知もいいところだ」

彼は侮蔑の意思を含んだ笑顔を隠将に向ける。

「俺は暴雪月花の1人ムーンフェイズ様に仕える1番部下、月下の牙クロウペリオンだ」

「ほう、それは初耳でござる」

初めて聞いたという様子でファントムが言った。

嘘ではなく、事実として彼はその通り名を知らなかった。

「ちっ、不敬な野郎だ。いいだろう、貴様はここで俺の手で血祭りにあげてやる。そしてその後は……俺に反逆したゴミどもを盛大にいたぶってやろう」

「「「ひっ!?」」」

ファントムの後ろに下がっている労働者に向けてクロウペリオンが獰猛な目を向けた。

ファントムを殺したあかつきには彼らを殺戮して粛正するつもりのようだ。

その殺気を受けて皆が恐怖する。

「心配はいらぬ。拙者がこやつを倒して主達を解放する故」

「ファ、ファントム様…!」

「お、お願いします!私達を助けて…!」

この恐ろしいボスに抗う術はもはやファントムにすがるしかない。

労働者達は皆、隠将の背中に祈っていた。

「ぐはは!笑止千万だ。どうやらこの俺に勝てると思っているらしい」

「念のため訊いておくが、主は拙者が誰かわかっているか?」

「もちろんよく知っているぞ。だがそっちの肩書きなんざ関係ねえ。“隠将”だろうと俺の力の前では地を這う事になるからな」

殺意を秘めた牙を向け、クロウペリオンが動いた。

前方の隠将に向けて突進をかける。

彼は先程までの二足歩行から一変、四足歩行になりスピードが一気に増した。

「速い!」

格段に上がった素早さにファントムが感嘆の声を上げる。

だが敵の突進は彼に当たらなかった。

ファントムも素早い身のこなしで横にステップし、見事にその攻撃をかわしていたのである。

「ふん、俺の飛びかかりをよけるとはそれなりにやるようだな」

「それなり、どころではない」

ひゅ、とさらに反転してダッシュし、ファントムが一気にクロウペリオンの背後に回る。

忍者のごとき素早さで敵との間合いが詰められ、見る間にゼロ距離に。

不意打ちで先手を取ったはずの彼は次の瞬間には隠将に後ろを取られていた。

「なに…!?」

「隙あり」

 

ザシュ!

 

得意の闇駆けが背中に決まり、クロウペリオンがよろめいた。

「ぐおおっ!?」

だが、同時にカウンターで彼は腕を後方に薙いでいた。

後ろにいるファントムを敵の豪腕が襲う。

「!」

しかしその腕は空を切った。

反撃を予期していたファントムが頭を伏せてかわしたからである。

「その程度の腕では拙者にダメージは与えられぬぞ」

「うるさいぞ黙れ!」

悪態を吐いて、クロウペリオンが両腕を大きく広げた。

そして技を繰り出す。

「ニードル・ラウンドダンス」

伸ばした両腕の先から爪が切り離されて発射された。

合計10本の鋭い爪が空中を危険な凶器と化して飛翔する。

手から切り離された事で、爪には回転がかかり、規則性の無いランダムな方向へ飛んでいく。

爪が壁に当たって跳ね返り、不規則にバウンドして空間を飛び交った。

「ふん」

ファントムはクナイを使って幾つかを弾き、そして残りは体裁きで回避した。

乱反射の飛翔攻撃にも彼は落ち着いて対処する。

「うわああ!?」

「きゃああ!!?」

「ひぃぃ!」

だが、彼の後方から悲鳴が上がった。

ファントムの背後にいた労働者達の元にも“凶器”が襲ったのである。

鋭い刃先が空中をどこにでも向かって飛翔しているのだ。

これでは室内の誰に当たってもおかしくはない。

「ぬう、小賢しい真似を」

「ふはは!お前だけが標的だと思うなよ!」

狡猾に言ってクロウペリオンがさらなる攻勢を仕掛ける。

彼の手には爪が再装填され、再び攻撃が可能となっていた。

一度爪を発射しても10秒ほど経てば彼は新たな爪を生やす事が出来るのだ。

「さあて、第2撃と行こうか」

続け様に彼は追撃の2撃目を放った。

先程と同様に鋭い爪が高速回転して空中を不規則に飛んでいく。

「これ以上勝手な真似はさせぬ!」

これに対応するためファントムが新たな技を繰り出した。

彼は懐から大手裏剣を取り出すと、それを投げた。

そして自らがそれに飛び乗る。

手裏剣に乗った彼は空中を縦横無尽に高速で移動した。

そして宙を飛翔している爪を弾き落とす。

「なにっ!?」

空中を手裏剣で滑空する隠将にクロウペリオンが驚きの声を上げる。

だがファントムはさらに技を繰り出した。

「鋼吹雪!」

高速移動する手裏剣からさらにクナイが複数打ち出される。

十字方向、そしてX字方向にクナイが飛ばされ、宙を乱舞した。

それらの“二次クナイ”がクロウペリオンの回転爪に空中衝突し、次々と打ち落としていく。

敵の厄介な飛び道具に対し、隠将はクナイを空中乱舞させる事で対応したのだ。

20もあった凶器が、一気に数を減らされ始めた。

「ちぃ!俺の爪を…!」

業を煮やしたクロウペリオンは標的を再びファントムに定めた。

手裏剣に乗って滑空する彼を強引に仕留めようとする。

「喰らえ!」

移動する彼が近くに寄ってきた所を狙ってクロウペリオンがジャンプして飛びかかった。

爪を伸ばして大きな腕を振るう。

だが、その斬撃が届く前に隠将は手裏剣から飛びすさっていた。

空を切る形で薙ぎがよけられ、その彼の背後にファントムが着地した。

「ぐっ…!」

死角を取られたクロウペリオンは慌てて振り向いた。

斬撃を喰らわないように両腕でガード体勢を作る。

だが、隠将は攻撃する代わりに別の絡め手を打ってきた。

「朧舞・空蝉」

ファントムの姿がぶれて、4つに分身する。

隠将と瓜二つの個体が何と複数現われたのだ。

1体だったはずの彼が増え、クロウペリオンは困惑した。

「な、何だこれは……!?」

「くく、どれが本物の拙者かわかるでござるかな?」

戸惑う敵に対して忍が不敵に笑った。

その余裕にクロウペリオンは苛立つ。

「俺を舐めるなよ!!」

殺気だった彼は手当たり次第に分身を攻撃することにした。

1番近くにいた個体に彼は爪を振るう。

 

ボン!

 

「なに!?」

だがそのファントムは爆発し、霧散した。

同時に頭上から“本物”が振ってくる。

 

ザシュリ!

 

「ぐああっ!」

「カカカ」

偽物を切りつけたクロウペリオンにファントムが嘲笑う。

頭上からの本物の彼が斬撃を見舞っていた。

敵が慌てて腕を振り回して薙ぐが、隠将は軽くジャンプしてそれをかわす。

もはや彼には相手の動きが完璧に読めていた。

「ぐおお、、!よ、よくも」

痛んだ身体を押さえ、クロウペリオンが息を乱す。

いくら強化型で耐久力があるとはいえ、ダメージの蓄積が溜まり、そろそろ追い込まれてきた。

「!」

間髪入れずにファントムがまた朧舞・空蝉を行使する。

再び分身が出現し、本体と見まがう4体の隠将が現われた。

「ま、また分身か…!」

「さて、次は当てられるでござるかな」

「この野郎……!」

余裕の物言いにクロウペリオンのプライドが傷つけられる。

自分は上級のミュートスレプリロイド。

並のレプリロイドとは違い、尊敬と畏敬の念を持って見られるべきだ。

それが、今は好きなように翻弄され劣勢に立たされている。

こんな事が本来あってはならない。

だが、生憎相手の隠将の実力は本物だ。癪だがこのまま普通にやり合っても勝ち目は薄いだろう。

ならば――。俺は、プライドを捨てる――。

「きゃああ!?」

「ぬっ!」

突如、クロウペリオンが後ろにジャンプして飛びすさっていた。

そして、下がって見ていた労働者の内の1人を掴んで爪を突き付けた。

女性の労働者を人質に取ったのだ。

「こいつを殺られたくなかったら俺への攻撃をやめろ」

「……貴様」

「聞こえねえのか!!言う通りにしろ!!」

労働者の首元に爪を突き付けてクロウペリオンが呻った。

ファントムは内心でしまったと思った。しくじった、と。

優位に立っていた事で後ろの労働者達の事を一瞬意識から外してしまった。

その隙に敵に人質を取られてしまったのだ。

「無駄な抵抗はやめぬか!」

「うるせえ!」

敵は興奮しており、ファントムの言う事に耳を貸さない。

いや、明確に敵対している時点でこちらの言う事など聞き入れないだろう。

「武器を置いて両手を上げろ。そのまま丸腰でこっちまで来い」

「………」

ファントムはどうすべきか悩んだ。

言う通りにすれば接近した所を攻撃されてしまうだろう。

これまでの優位に立っていた状況が逆転してしまう。

「さあ、早くしろ!この女が殺られてもいいのか!」

「く…」

一瞬の逡巡。

だが、クロウペリオンは爪の切っ先を女性労働者の首筋に若干刺し始めている。

たまらず人質が声にならない悲鳴を上げた。

「ぁ、あ゛あ、、!」

「ちぃ!」

今にも突き刺しかねない状況に、ファントムは意を決した。

クナイと手裏剣を手から下に落とす。

ガシャン

彼は武器を捨てて丸腰になった。

「よーし、それでいいんだ。そのままこっちへ来い」

「………」

敵からの誘い。

大人しく応じれば人質は解放されるだろう。

しかし彼はファントムをそのままでは返さないのは明らか。

さっき散々やられた倍返しをしてくるはずだ。

「………」

無言のままファントムはクロウペリオンを見据える。

が、決心がついたように、歩を前へと進めた。

「へへっ」

降参したとも取れる行動に、クロウペリオンが笑みを漏らした。

このまま目の前まで来たら、そのまま爪であいつを刻んで報復する。

向こうが丸腰な状態ならばいくらでもやり様はあるのだ。

「………」

ファントムが彼との射程圏に入る。

逃げるそぶりは、どうやらないようだ。

「………」

さらに2歩隠将が前進する。

「よし、お前はどけ!」

「きゃ!?」

ここでクロウペリオンが人質の女性を解放する。

だが手荒く乱暴に横へ突き飛ばしていた。

「…!」

同時に、ファントムが後方へ飛ぶ。

捨てた武器をもう一度手に取るためだ。

「させねえよ!!」

しかし、それを見越していたクロウペリオンが先んじる。

完全に射程圏に入っていたファントムを巻き込むように腕を薙ごうとした。

ここで爪を振るえば、奴が退避しようがかわし切れずに確実に深手を負わせられる。

 

ザンッ!

 

切り結ぶ斬撃音が響いた。

だが、隠将の身体には傷はついていなかった。

「ぐ、お、、!?」

呻き声はクロウペリオンの喉元から上がっていた。

気が付くと、彼の喉元から刃が突き出ていたのである。

困惑した彼が、後ろを、振り向く。

「き、貴様、、、!」

「残念だったね。ゴミムシ」

すぐ傍の背後に立っていたのはルチャブだった。

己のツルハシをクロウペリオンの喉元目がけて打ち下ろしていたのだ。

既にクナイの突き刺しを受けていた箇所に向けて。

「が、、ば、か、、な……!」

硬質な彼の装甲も、一度ファントムの攻撃を受けた事で皮質が弱まっていた。

そこにピンポイントでツルハシの刃先を穿たれ、刃が貫通した。

彼にとって首は貫かれれば急所である。

敵は隠将だけだと見なしていたために、彼はルチャブの強襲を感知出来なかった。

「殺されたマリン、皆の仇討ちだ。罪に報いて地獄に落ちな」

「く、そ、ぉおおおお……!!」

せめてもの悪あがきに彼は腕を振ってルチャブを道連れに刺そうとする。

だが、それは叶わなかった。

 

ザシュリ!

 

「がっ!?」

「往生際が悪い。さっさと逝くでござる」

ファントムが彼に斬りかかっていたからだ。

敵がルチャブに気を取られているうちに、床に置いた刃を手に取って隠将がとどめを刺しに来ていた。

僅かな隙を逃さない立ち回りに、クロウペリオンはやられる事となった。

「ち、ちくしょおおおおーーー!!」

断末魔の叫びと共に、クロウペリオンの身体は爆発四散した――。

 

+++++++

 

激しい戦闘の後、採掘場に平和が訪れた。

ボスであるクロウペリオン、配下のパンテオン達はファントムによって倒され、もう労働者達を強制労働させる者はいなくなったのだ。

「かたじけない。先程は助かった」

「いいってことさ。あんたが来てくれなきゃ、今頃あたい達はあいつに全員殺されてた。だから、あんたはあたい達にとっての救世主だよ」

頭を下げてくる隠将に、ルチャブは清々しい顔で首を横に振る。

彼女としても、最後に油断したクロウペリオンに一矢報いる事が出来た。

これも、全てファントムがチャンスをくれたおかげなのだ。

 

パンテオン兵に打たれそうになった時、彼女の前にファントムが現われ、敵を討って助けてくれた。そして、彼からこの施設の詳細を訊かれた彼女は、彼に洗いざらいこれまでの経緯を話していた。半年前に突然居住区が襲撃され、彼らによって強制連行された事。この採掘所に連れてこられて強制的に労働させられ、身体を壊しかねないレベルの労働を長期間強いられた事。異を唱えた仲間が反逆者と見なされ容赦なく惨殺されてきた事――。

それらの話を聞いたファントムは、彼女に敵の討伐と仲間達の解放を約束した。

討伐にあたり、彼はそのまま襲撃するよりも闇討ちした方がやりやすいというので、ルチャブがある提案をしたのだ。それは、採掘場の明かりを消して停電を引き起こし、その混乱に乗じて敵を倒すというもの。

これまでは戦力が不足していたため実行に移せなかった作戦だったが、隠将ほどの実力者がいればそれが可能になる……とルチャブは考えた。そして、その予測は的中した。

ボスのクロウペリオンは流石に一筋縄ではいかなかったものの、彼女の機転もあり、見事に討伐を成したのだ。

「ルチャブよ。これでお前達は自由だ」

「うん、これでようやく落ち着けるってとこかねえ」

戦いが終わったのを告げるように、外からは朝日が差し込んでいた。

彼らにとっての、ここでの長い長い夜が明けたのだ。

「死んでいったマリン達にも……これで、少しはいい供養になったと思う」

犠牲になった仲間達を想い、彼女は両手を合わせて祈りを捧げる。

ファントムも目を閉じて亡き者達へ鎮魂の想いを馳せた。

(ねえマリン。あたい達、やったよ……。あんた達の仇も…討った)

仲間達を塵のように殺したボス。その仇を討ち、彼女は弔いを果たした。

死んでいった者の命には当然代えられないが、それでも残った者達の解放という大義は達成したと言えるだろう。

「さて」

一息ついた彼女は、休息を取っている隠将に礼を言った。

「本当に…本当に…ありがとうよ。あんたのおかげで、私達はこれからも希望を持って生きていける」

「そうか」

「そうだぜファントムさん!あんたは俺達の英雄だ!」

「ええ、私達にとっての救世主様よ!」

「そうだわ、かっこいいし素敵!!」

「寡黙でクールだけど、強くてイケメンで優しくて悪を討つ…!まさに私達にとっての王子様よ!!キャー!」

「………」

また女性陣から声援が飛び、隠将はむせぶように咳をする。

「ふふっ、隠将さんも意外とシャイだねえ」

「な、何を言うか。あまり調子に乗るでない」

彼は咳払いし、表情を隠すように後ろを向いた。

その様子を見てルチャブは可笑しそうに笑った。

こうして、エネルゲン水晶採掘場でのミッションは無事成功に終わったのであった。



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第4章:水没した図書館を攻略せよ
水中花①


前回ファントムの活躍により、最初のミッション地であるエネルゲン水晶採掘場が攻略された。

あの採掘所では表向きはエネルゲン水晶を採掘していたが、その実体は稀少資源ギラテアイトを秘密裏に掘り出す工場だったのだ。

労働員達は強制的に連れ込まれ、そこで過酷な労働を強いられていた。

ミュートスレプリロイドであるクロウペリオン率いる実行部隊が彼らを拉致・強制労働させ、ギラテアイト発掘を行わせていたのである。

その事実はこれまで完全に隠蔽されており、外部に漏れる事はなかった。

彼らが元々住んでいたのは小さな集落であり、そこの全員が拉致されるか殺されたため、外部にSOSを伝える事が出来なかった。

連行された施設内で彼らは当初反抗したが、強力な力を持つボス、クロウペリオンに粛正されてしまい、全て鎮圧されてしまった。

そのため、これまで過酷な強制労働に耐え忍ぶしかなかったのだ。

だが、あの日ファントムが採掘場へやって来た事で、状況が一変した。

ネオアルカディア四天王の1人である凄腕の実力者によって、敵の実行部隊は全滅させられたのだ。

そして、つらい日々に耐えてきた労働者達は皆晴れて解放されたのである。

 

+++++++

 

「流石ファントム。首尾よくさくっと解決してきたみたいね」

「ま、おめえにかかれば朝飯前って感じか」

「いや、そうでもないでござるよ。少々彼らに助けられた部分もある」

妖将・闘将の声に隠将が若干否定した。

彼らに助けられた、とはルチャブ達労働者の事である。

「それに彼らは採掘場から産出されたギラテアイトの貯蔵場所も後で教えてくれてな。おかげで手間をかけずに回収が出来た」

「お前の働きのおかげで今回一定量のギラテアイトが手に入った。よくやってくれたなファントム」

ハルピュイアがファントムの成果を評価した。

「だがそのブツの量は微量だったみてえだな。ずっと工場でブツを採掘してたんならもっとあるだろうと思ってたんだが」

「おそらく長期間採掘し続けたために、徐々に地中にある堆積量が減っていったのだろう。採掘を始めた当初はもっと産出量は多かったはずだ」

「そうみたいね。帰還した子達の証言によると、最初の頃はもっとたくさん資源が取れたらしいわ」

あの場所はクロウペリオン達が目をつけた採掘ポイントであり、その目論見通り地中にギラテアイトが一定量埋まっていた。

しかしその周辺を長期間掘り続ければ、当然資源は枯渇してくる。

労働者達から聴取した話によれば、もう地中の資源残存量は残り少なくなっていたようだ。

産出量が減った事で実行部隊は業を煮やし、より労働者達を糾弾した。

「それでさらに上からの圧力が厳しくなり、現場が紛糾するギリギリの状況だったらしいな」

「あと1日遅れていたらヤケになった上官が労働者達を皆殺しにしていたかもしれないわね」

「それを考えりゃ、助けられた奴らにとっちゃお前は救世主かもな」

へへっ、と闘将が快活な笑みを隠将に向ける。

「救世主などと、そんなたいそれたものではござらん」

「ふふ、相変わらず謙遜しいなんだから」

「まったくだぜ。俺だったらぜってー喜ばしいけどよー!」

「お前はもう少し謙遜する事を覚えろ」

「そうよ。あんたは調子に乗りすぎ。もっとわきまえなさい」

賢将・妖将の2人からツッコミされ、ファーブニルがずっこけそうになる。

「けっ、うるせえ…!俺だってガキじゃねえしクールになる時はクールに決めらァ」

「あーはいはい」

「ふ、まあよせ。とにかく先方の役目が果たせてよかったでござるよ」

いつものたわいない喧嘩に隠将が苦笑しつつも頷く。

とりあえずこれで最初のミッション地点は見事クリアしたわけだ。

次は第2ミッション地点である。

「さて、早速だが次のミッションに移ろうと思う」

「今度はどんな場所なんだ?」

「解析の結果、判明したのはこちらだ」

ハルピュイアが指し棒を持って新たな探索地点を指し示す。

そこには水の中に遺跡のような建物が映っていた。

「ここは?」

「どうやら旧時代の図書館の遺跡のようだ」

「図書館?それにしちゃ随分と水浸しじゃねえか」

「昔は陸上にあったのだろうが、歴史を重ねる中で水没してしまったらしい」

「ほう、それで水中に沈んだ形になっているわけか」

ここはかなり古い時代に作られた施設と思われる。

道中には本棚が随所にあり、中に書物が置かれている事から、図書館として使われていた事は間違いないだろう。

「へえ、水没した図書館なんて珍しわね。なら、今回の担い手は決まったようなものだわ」

水で溢れた映像を見て、妖将が微笑んだ。

水中のミッションとくれば彼女の出番である。

「レヴィアタン、やはりお前が行くか」

「うん、水の中なら私に任せなさい」

「ちぇっ、俺が行きてえところだが、水中は流石に動きにきいからな」

闘将も行きたそうにしているが、水に潜るとなると彼からすれば少々やりにくい。

ここは水中行動を得意としている妖将に任せるのが最善と言えた。

「そうか、ならば今回はレヴィに任せるとしよう」

「この図書館には様々な有用データが保管されているらしい。今回はそのデータ回収がミッションになる」

「もしかしたら敵幹部に関する情報が手に入るかもしれねーな」

「わかったわ、じゃあさっそく行ってくるわね」

一任されたレヴィアタンは早速現地に向けて転送装置で向かう事にした。

 

+++++++

 

彼女が舞い降りたのは全体の半分が水没した遺跡。

水の中に浸水した本棚がどこかしこに点在している。

既に本来の施設の機能は失われているように見えた。

ここは旧時代に作られた図書館の遺跡と思われる。

時代の変遷と共に徐々に地盤が沈下し、今のように水の中に水没してしまったようだ。

「何だかもったいないわね。まだまだ使おうと思えば使えそうだけど」

水没した図書館を見渡して彼女は言った。

確かに古い年代物の雰囲気は感じるが、整備すればまだ使えそうに見えなくもない。

「それに、思ったよりも水が綺麗。もっと水質が悪いと思っていたわ」

水面に手を入れた彼女はその水の綺麗さにいささか驚いた。

古い水没遺跡だけに、水が濁っていたりするのではないかと思っていたからだ。

「よかった、汚い水の中を泳いでいくのは好きじゃないもの」

綺麗好きの彼女は懸念していた不安がなくなり気をよくした。

これなら水質環境に不満を抱くことなくミッションに臨めそうだ。

早速彼女は遺跡内を進み始める。

 

「!」

進み始めて早々に、天井から敵が現われた。

2体の雑魚敵が彼女へと飛んで向かってくる。

だが、彼女は落ち着いてフロストジャベリンを薙いだ。

一振りで雑魚敵は倒される。

「やっぱり敵さんもいるわよね」

綺麗な図書館だが、当然敵の実行支配下にある施設なため敵の配下レプリロイドが存在している。

予め理解していたものの、ふうと彼女はため息をついた。

「折角の綺麗な図書館なのに、お邪魔な連中だこと」

どうせならこの珍しい図書館の景観をゆっくり見て回りたかったのだが、これではそういうわけにもいかない。

少々不満を顔に出しつつ、彼女は敵に注意を払いながら図書館の奥へと進んでいく。

 

 

 

しばらく進むと、完全に水没している箇所にさしかかった。

水がかなりの深さにまで達しており、普通に歩いて進む事は不可能だ。

だが彼女は躊躇する事なく水に入っていく。

水中行動が得意なレヴィアタンは水の中の移動を苦にしない。

「さあ、行くわよ」

ヘッドパーツにブーストがかかり、気泡が放出される。

頭部に付いたヘッドパーツがヒレの役割を果たしているのだ。

彼女はその力で可動補助を得ると、巧みに水をかき分けて泳いでいく。

 

「あれは何かしら」

しばらく進むと、底の方に本棚がいくつか存在しているのが見えた。

やはり水没した事で施設の設備もろとも水底に沈んでしまったようだ。

レヴィアタンはそこまで潜っていく。

本棚の所まで来ると、彼女は中がどうなっているか見てみた。

当然ながら、棚の中には書物が入っている。

しかし水の中に浸水している影響で完全に紙がやられてしまい、ボロボロになっていた。

「残念、これじゃもう本としては使えないわ」

折角の貴重な書物がこれでは閲覧できない。

水没した図書館は幻想的ではあるが、本達にとっては紙に毒でしかないのだ。

ため息をついて彼女は本棚に本を戻す。

この様子では水の中の書物は皆同様になっている可能性が高い。

諦めて彼女は先へ行こうとするが、その時ふと彼女の目に一冊の本が止まった。

「あら、これは……?」

本にクリアケースのようなカバーがかけられており、その本だけ他の物とは装丁が違う。

手に取ってみると、少々分厚いカバーのようだ。

彼女はその本の中を開けて中を見てみた。

「……!」

そこには光り輝く物があった。

きらきらとした石がケースに収まる形で入っていたのだ。

一瞬、もしやギラテアイトかと思ったが、どうやら違うらしい。

ギラテアイトであれば彼女が持つ専用レーダーが反応するはずだ。

しかしその手の反応は見られない。

「もしかして、これは何かの宝石かしら」

見たところ明らかに普通の石とは異なる。

魅惑的な色彩を誇るそれは、おそらく宝石の類いと思われた。

それを理解した彼女は目を輝かせる。

「うわぁ……綺麗」

黄色い鮮やかな瞬きを彼女は恍惚に眺めた。

女性からすればこの手の宝石類には興味をそそられる。

どうやらこの図書館は書籍だけではなく、宝石も紛れて貯蔵されているらしい。



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水中花②

「何で本の中に宝石が…?それもこんな水の中に」

彼女は水没した本棚に思いもしない物を発見して驚いた。

ギラテアイトが隠してあるのならまだわかるが、宝石が収めてあるとはまさか思わない。

「もしかすると、敵はギラテアイト以外にも貴重品を隠し持っているのかもしれないわね」

人差し指を顎に当てて、レヴィアタンは推測する。

敵がギラテアイトを秘密裏に保有しているのは、それを売りさばいて儲けを得るためである。

ならば、高値で売れる物なら他にも隠し保有している可能性がある。

この宝石もその内の1つになりうるだろう。

(なるほど。だからわざわざ水の中に手を込んで収めてあるのね)

頷いた彼女は、今一度その宝石を見つめた。

美しくも妖しい光がきらきらと瞬いている。

「これはコハクかしら?シトリン?それともトパーズ…?」

この宝石が何の宝石かを彼女は考え始めた。

黄色い光を放っている所からすると、おそらく彼女が言った物の中のどれかだと思われる。

「フフっ、それにしても綺麗……」

しっかりカットして磨かれている宝石に彼女はうっとりする。

魅惑的な光沢が妖将の関心をくすぐり、将は無意識に表情を崩していた。

こういう煌びやかな宝石の類いに彼女は弱く、ついその輝きに見入ってしまう。

「はう……素敵……欲しい」

 

「――はっ」

 

「……だめだめ、今は任務中よ」

我を忘れそうになった所で、しかし彼女は邪心を断ち切った。

前回のミッションでの“失態”を彼女は忘れてはいない。

パタンと名残惜しそうに本を閉じて、レヴィアタンはそれを本棚に戻した。

この宝石は是非本部へ持ち帰りたい所だが、今探しているのはギラテアイトだ。

稀少資源を持ち帰る事が最優先であり、今余計な荷物を身体に抱えてはギラテアイトを持ち帰るにあたって不都合が生じかねない。

どうせミッションが完了すれば、後から部下の者達がここを訪れてくまなく調べる事になる。

「もし“他にも”宝石が本に収められているなら、後から派遣される部下達に持ち帰らせればいいわ。名残惜しいけど今はギラテアイトの探索が先よ」

気持ちを切り替えて、彼女は改めて本棚を見渡す。

今の所、持っている探査レーダーに反応は見られない。

この周辺の本棚にはギラテアイトは隠されていないようだ。

「じゃあ、もっと先に進んでみましょうか。おそらくこの先にデータ類もあるんだろうし」

ふわりと身体を上昇させた彼女は、施設の奥へと進出を再開する。

足を滑らかにバタ足させて彼女は水をかき分け始めた。

ヘッドのヒレパーツからブースト気泡が送り出され、彼女の前進を補助する。

レヴィアタンの身体機構は水中での移動に適した設計のため、巧みに水の中を泳ぐ事が可能だ。

水中にも関わらず動きが緩慢になる事はなく、むしろ陸上より速いのでは?と思わせるスピードで彼女は遊泳していく。

 

「ここで一度陸に上がりましょうか」

しばらく水中を泳いだ彼女は行き止まりに突き当たった。

上を見上げると陸地では先が続いているようだ。

彼女は敵に警戒しつつ水面から顔を出す。

周囲に敵の存在はない。

安全を確認すると、レヴィアタンは素早く水から上がった。

今度は陸地の上を歩いていく事にする。

いつでも迎撃できるようにジャベリンを構えながら、彼女は施設の先へと進んでいく。

 

「!」

しばらく進むと、前方に敵の姿が見えた。

ちょうどまた水面に入らなければいけない箇所であり、陸地の切れ目の場所だ。

水中に入るには敵をやり過ごすか倒さねばならない。

アヒル型の敵が水面の上に陣取る形で彼女を待ち構えている。

「!」

が、視線が合うやいなや、アヒル型の敵は“電撃”を放ってきた。

体内から電流を放電し、水面を伝わせて攻撃してきたのだ。

電流は水面を通って陸地まで到達する。

そのままレヴィアタンの足下にまでそれは迫った。

「たぁっ!」

だが反射神経の高い彼女は接触するより早くジャンプして回避する。

そのまま敵の上空まで移動した彼女は槍を真下に向けて突き降ろした。

「やっ!」

 

ドシュリ!

 

鋭い切っ先がアヒルの頭部を刺す。

たまらず敵はもんどり打ってひっくり返った。

甲羅を上にする形で反転し、頭部を水面に隠す。

それによって電撃もストップした。

同時に、反転した甲羅の上に足場が出来る。

スタンとそこに彼女は着地した。

「なるほど。頭が弱点ってわけね」

どうやら頭部を攻撃すると怯んで反転し、甲羅を上にして水中に隠れるようだ。

その間は電撃攻撃もしばらく止むらしい。

今のワンターンだけでそれを見抜いたレヴィアタンは、早速前方にいる2体目に向かった。

甲羅から飛び上がって彼女が進撃を開始する。

またアヒルと目が合った所で、敵が電撃を打ってくる。

だがもはや無意味な攻撃だ。

「たぁっ!」

水面に着地するよりも早く妖将の薙ぎがアヒル敵の頭部にヒットしていた。

頭に攻撃を受けた途端、アヒルは怯んで電撃を中断する。

そして頭を水中に隠して裏返る。

その甲羅の上に舞い降りるレヴィアタン。

あっという間に彼女は2体目を攻略した。

しかし、前方にはさらに3体目がいる。

今度は距離があるため、1回のジャンプでは敵までは届かない。

途中でどうしても一度水面に降りる事になる。

そうなるとその隙を狙った敵に電撃攻撃を喰らわされてしまう危険があった。

これが身体能力の高いファーブニルなら、1度のジャンプで10m先の敵にも優に到達出来るだろう。

ハルピュイアなら飛行能力を使って地に降りる事なくそこまで到達するだろう。

ファントムならば手裏剣に乗って飛んでそこまで到達するだろう。

では、レヴィアタンはどうだろうか。

彼女には飛び抜けた身体能力も飛行能力もない。

離れた場所まで行くにはどうしても少々手間がかかる。

代わりに水中移動に特化した力があるが、その水面は今敵の電撃攻撃によって封殺されている。

これでは打つ手なしか?

「や!」

だが彼女は簡単にアンサーを返して見せた。

槍の先から一発飛び道具を放ってみせたのだ。

放たれたのはホーミング弾。

これは小型のミサイルであり、彼女が狙った対象をホーミング(自動追尾)する機能がある。

もちろん敵が遠くにいようが関係ないため、遠距離の敵に有効な技だ。

「ギ!」

弱点の頭部目がけてミサイルが飛び、アヒル敵が反応する。

しかし距離があるため敵は首を逸らしてかわそうとした。

「ギイ!?」

だが、弾は外れた軌道を修正して敵の頭部を追尾していく。

このホーミング弾は一度定めた標的を追い続けるのだ。

かわしたはずがしっかりと“ホーミング”され、敵の頭部に弾が命中した。

「ギイイ!?」

慌てたアヒル敵が反転して水中に頭を隠した。

裏返った敵は完全に防衛体勢に入り、放電がストップした。

それを確認した彼女は前方にジャンプ。

 

ザブン

 

彼女のジャンプ力では1度のジャンプでは敵まで届かず、そのまま中間の水面に着地する。

だが電撃は既に止まっているため彼女が攻撃を喰らう事はなかった。

そこから素早い泳ぎで進出した彼女は再びジャンプしてアヒルの甲羅の上に降り立つ。

「フフ、じゃあ先に行きましょうか」

余裕の表情で彼女はアヒルのトラップエリアを突破した。

対応力の高い彼女の前ではこの程度の小細工は障害にはならないのだ。

 

さらに先へとしばらく泳いでいくレヴィアタン。

すると、少し開けた場所に出た。

「ここは……」

前方に何やら大きなコンピュータ端末がある。

そしてその奥に大画面モニターが設置されていた。

これはこの施設の管理制御装置だろうか。

「ちょっと触ってみましょう」

彼女は警戒しつつも、端末のキーボードを操作してみる。

電源スイッチが作動し、モニターに画面が表示された。

『どのデータをサーチしますか?』

説明文と共に、いくつかのデータ名が出てくる。

『ファシュロカのデータ』

『ノッラのデータ』

『???のデータ』

『ギラテアイトのデータ』

「該当するデータが4つ……」

彼女はとりあえず1つ選択してみた。

すると、モニター画面にどこかの場所が映し出される。

「もしかしてここがそのデータがある場所なのかしら?」

ふうん、と頷いて彼女は順に各データの場所を表示させていく。

そして4つ全て確認し終えると、彼女はそれを短時間で頭にしっかりとインプットした。

「よし、全部覚えたわ。じゃあ先へ行って探してみましょうか」

レヴィアタンはゲートをくぐってモニター室から先へと進む。

前方は入り組んだ道になっており、彼女は壁蹴りやジャンプを駆使して進んでいく。

当然途中には雑魚敵がいたが、

「はぁ!」

彼女の槍捌きによって軽く瞬殺されていく。

敵が遠くから豆弾を打ってきても、上手くタイミングを計ってかわして接近し薙ぎを見舞う。

数体の雑魚敵は全く彼女の障害にならず破壊された。

「!」

そこへ、さらなる敵が現われる。

彼女の上方からパンテオンが現われた。

通常のパンテオンより身体が大きく、パワーがありそうな個体だ。

死角である上からの登場に、彼女は間合いを取るため後方に飛びすさった。

「!」

だが、そこにも敵が待ち構えていた。

いつの間にか後方からも同様のパンテオンがやってきていたのだ。

大柄の強化パンテオンがハンマーのような武器を振り上げる。

そしてそれを後方にジャンプしてきたレヴィアタンへ目がけて一閃した。

 

ガキイ!

 

金属音がして、振り下ろしが止められる。

フロストジャベリンを盾にして彼女が攻撃をブロックしていた。

だが敵は腕力があり、その一撃は重い。

「ぐっ…」

細腕の彼女では受けただけで少々反動がある。

相手のパンテオンは普通の個体ではなく、パワーが3割増しで増強された強化型だ。

通常の雑魚パンテオンのようにはいかない。

「!」

不意に、ガードした彼女の身体が少々沈み込んだ。

パンテオンが腕の筋力をさらにパワーブーストさせ、無理矢理ねじ伏せにきたのだ。

レヴィアタンも踏ん張って抵抗するが、相手のブーストパワーの方が僅かに上回っている。

徐々に彼女の身体が沈み、強化パンテオンがハンマーを彼女の方に押し込んでいく。

「ぐっ」

苦手としている力勝負に持ち込まれ、彼女は顔をしかめた。

彼女の筋力はそれほどではないので接近戦の押し比べは不得手としている。

女性な分どうしてもパワーでは劣ってしまうのだ。

そこへ、間の悪い事にさらに新手が現われた。

先程反対側の上から振ってきたもう一体のパンテオンが加勢してきたのだ。

押し込んでいるパンテオンの逆側から妖将へとハンマーを振り下ろす。

 

ドギャ!!

 

「「!?」」

だが、パンテオンは吹っ飛ばされた。

それも1体ではなく2体ともが。

レヴィアタンは槍を弧を描くように一回転させ、強力な回転薙ぎを繰り出していた。

彼女の得意技の1つ【ウォーターサークル】だ。

これはただの回転切りではない。

先程パンテオンがやったように体内でパワーをブーストさせた一撃である。

細腕の彼女はどうしても筋力面で劣るが、この技ではそうではない。

体内で一時的にパワーブースターが作動し、瞬間的に男顔負けの強力な打撃技が打てるのだ。

これは今のような苦手とするパワータイプ向けとして実装されているもの。

レヴィアタンはそれを見事に使いこなしていた。

「はあ、私をあんまり舐めないでよね」

鬱陶しい雑魚共なこと、と彼女は気怠げにため息をつく。

今の一撃で2体のパンテオンは奥まで吹っ飛ばされ、壁に衝突していずれも大破していた。

レヴィアタンのまさかのパワー攻撃の前に彼らは粉砕されたのだ。

その残骸を見て彼女は爽快そうに笑みを見せる。

「さ、じゃあ先に行きましょ」

彼女はさらに奥へと進出を再開した。

さらに先へと進むと、途中からまた水没しており、水中へと入る。

水の中を泳いで彼女は進む。

すると、少し先に大きな部屋を見つけた。

扉がいくつもあり、どこかへと通じているようだ。

「なにかしら、ここは――」

不思議な部屋構成に彼女は怪訝な顔をする。

だが、すぐに合点がいった。

「ああ、さっきモニターで見た場所ね」

先程のモニター室で表示されていた画面。

あれはまさしくこの扉だらけの部屋を指していたのだ。

おそらく、この扉群のどこかにデータが隠されていると思われる。

「まずは……ここね」

彼女はさして迷う事なく、1つの扉を開けた。

室内に早速入るレヴィアタン。

すると、すぐに彼女は目当ての物を見つけた。

「これかしら?さっき書いてあった“データ”は」

そこには四角いメモリーに収められたデータがあった。

彼女は見事に一発で隠し場所を当ててみせたのだ。

先程、あのモニター画面に表示されていた場所は各データの収められてある部屋の場所である。

だが、ちょっと見ただけではすぐに扉の場所を覚えるのは難しい。

しかしレヴィアタンはあの短い時間に1回見ただけで各場所を完璧に頭にインプットしていた。

そのため、こうして1発回答で正しい場所を当てられたのだ。

だが決してこれは誰にでも出来る芸当ではない。

記憶力と空間認識能力に長けた彼女だからこそ出来る事であり、普通のレプリロイドであれば何度もモニターで場所を確認して迷っては時間を食う羽目になる。

これも賢い妖将だからこそ出来た事なのだ。

【ファイルナンバー425917--ファシュロカ--】

【ネオディストピア四天王の一人】

【彼はとあるレプリロイドを元に作られており、類い稀な氷を操る能力に長ける】

【その威力が苛烈な様から凍将と呼ばれる】

【彼の容姿はかなりのイケメンである】

「……これは、敵のデータかしら?それも、敵の四天王の」

データを読み上げ、彼女は思慮する。

敵側の四天王のデータのようだ。

ファシュロカという名前も以前小型端末で見たデータと一致する。

「へえ……“ネオディストピア”なんて皮肉の効いた名前ね。組織名か何かかしら。それに氷を操るって、私の能力と被ってるじゃない」

あまり快く思わない表情で彼女はデータを眺めた。

「でもイケメンっていうのはちょっと気になるかも。ふふ、私の目を満足させられるレベルの顔なのかしら?」

悪戯ッ子のような笑みを浮かべて彼女は苦笑した。

「まあいいわ。とりあえず次のデータを探しましょ」

ひとまず読み終わったので切り替えて彼女はデータを懐にしまう。

そしてすぐに次のデータを探しに向かった。

 

ほどなくして、彼女は2つ目のデータも見つけ出した。

先程のモニター画面に映った場所を彼女はほぼ完璧に覚えているため、場所を外す事がないのだ。

「よし、これで2つ目ね」

またしても一発回答で発見してみせた彼女は嬉し気に微笑む。

【ファイルデータ512286--ノッラ--】

【ネオディストピア四天王の一人】

【とあるレプリロイドを元に作られており、様々な花を操る能力を持つ】

【その美しさから華将と呼ばれる】

【艶やかで華のある様はネオアルカディア四天王の妖将に勝るとも劣らない】

「………」

彼女は無言でデータを見つめる。

「ふうん、花を操る……ね」

「っていうか、私の名前が出て引き合いに出されてるじゃない」

「美しさで私に勝るとも劣らないですって…?」

「フフ、面白いジョークだわ」

データを読んだ彼女は不敵に笑った。

“妖将”である自分に美しさでためをはろうとは片腹痛い。

自分のそれにプライドのある彼女は、内心でも実際にも笑ってみせた。



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水中花③

2つ目のデータを得たレヴィアタンは、すぐさま次のデータを探しに向かった。

そして3つ目のデータに関しても、彼女はすぐに見つけ出してみせた。

やはり先程のモニター画面映像を完璧に脳裏に暗記しているため、彼女は部屋を間違える事がない。

「フフ、3つ目も見つけたわ」

微笑むと彼女は早速中身を閲覧してみた。

【ファイルデータ100128--???--】

【ネ##ィ#ト##四##の生##親…】

【かつ#栄#を誇#た……英#…】

【#精#争にて……数々の殊#を上#る】

【その#……#りにつくが……##年後……#ク#ー#エ#の#によ#て、再#目##る】

【激し##闘#末……##ガやバ##を倒し…】

【#類と#プ#ロ##にと#て多くの成#を上げ#】

【#イ#を倒#た後に#亡##が……とあ#技術に#って復#した……】

「何これ……所々字がつぶれてて読めないわ」

閲覧出来るデータは綺麗な文章ではなかった。

歯抜けになった不完全なものであり、これでは読み取れない。

どうやらデータが一部壊れているらしい。

「仕方ないわ。本部に持ち帰って技術班に修復してもらいましょ」

今はデータが不完全で読めないが、本部の技術班に任せれば、おそらく読めるように直してくれるはずだ。

彼女はひとまずこのまま壊れたデータを持ち帰ることにする。

 

「さて、これであと1つなわけだけど」

4つのデータのうち、残るはあと1つ。

ミッション達成は目前だが、彼女はふと疑問に思った。

これまでデータがあった部屋に関してである。

見た所どの部屋も殺風景で物が置かれていない。

室内の“地形”は微妙に異なっているものの、見通しがよくて邪魔な物が何一つ置かれていないのだ。

彼女は少々訝しみつつ、改めて部屋を見渡してみる。

今居る場所の傍の床には一箇所穴のような空洞が空いていた。

そして天井にも一箇所穴が空いている。

さらに、両サイドの壁にも同様の穴がそれぞれ空いていた。

これは、実はこの部屋だけではない。

さっき2つのデータを見つけた各部屋でも同様だったのだ。

(この不自然に空いてる穴は何なのかしら…?3部屋続けて同じように部屋の四方に穴が空いているなんて)

違和感をぬぐえない彼女は不信感を抱く。

これは、もしかすると何か意図があるのかもしれない。

彼女は警戒心を強め、いつでも戦闘態勢に入れるように心づもりをした。

 

部屋を出たレヴィアタンはすぐに4つ目のデータも探し当ててみせる。

またしても1発回答で正解の部屋を当ててみせた彼女は、部屋の奥にデータを見つけた。

「はい、これでコンプリートね」

造作もない、といった顔をして彼女は最後のデータの中身を閲覧した。

【ファイルデータ444649--ギラテアイト--】

【システマシエルではエネルギーを補えない一部のレプリロイドに対してエネルギー補給が出来る稀少エネルギー鉱石】

【利用価値は一部のレプリロイドに対するエネルギー供給に留まらず、様々な用途へのエネルギー供給に活かされる】

【活用されるのは表社会だけに限らず、裏の社会における各種武器へのエネルギー供給にも転用される】

【このエネルギーの価値は非常に高く、各界から需要が高い】

【裏社会からの依頼も含め、取引によって多額の利益を得ることが可能】

「……ギラテアイトの価値が書かれているわね。裏社会からの依頼、ね」

やはりこの稀少エネルギーは利用価値が高いため、様々な闇組織からも目を付けられているようだ。

それらの組織と不正に売買する事で、所有者は利益を得ているようである。

「このエネルギーは困っているレプリロイド達にとっての貴重な資源よ。あくどい連中のためなんかに使わせてなるもんですか」

不快な顔を見せてレヴィアタンが吐き捨てる。

と、そこへ上から気配がした。

「!」

瞬間気配を察知した彼女はバックステップで後方に飛びすさる。

 

ダム!

 

その直後、1秒前に居た場所に上から打撃が加えられた。

頭上から敵が降ってきたのである。

敵の“尾っぽ”が鞭のように振り下ろされ、地面を叩いていた。

だがレヴィアタンは反射的な反応でそれを避けてみせる。

「……だ……誰だ……オレのなわばりに……来たヤツは……」

少し怯えたふうに眼前の敵が言う。

ウナギのようなフォルムをした外観は、明らかにそれまでの雑魚とは違う敵だ。

おそらく、この敵がこの図書館のボスだろう。

 

「あら、私を知らないのかしら?」

軽く挨拶がてらに彼女は問いかける。

「この“妖将レヴィアタン”を」

「……レ……レヴィアタン……!ひっ……ひひっ!そうか、オマエか……ひひっ!」

怯えながら笑い、彼は言う。

「オレは…暴雪月花の1人ノッラ様に仕える1番の部下…ヴォルテール・ビブリーオ」

「あらっ?あなたってたしか」

レヴィアタンはおやっと思った。

何故なら彼の名前には聞き覚えがあったからだ。

「“バイル八神官”の一人じゃなかったかしら?ヴォルテール・ビブリーオっていう名前は確か聞き覚えがあるわよ」

「ほう……俺の名を、知っているのか」

「まあ顔も能力もよく知らないし、あなたの名前だけだけどね。あの忌々しいバイルの手下の一人って事は認識してるわ」

彼女は思い出す。

自分の愛するネオアルカディアがバイルによって一時実行支配されていた事を。

奴は四天王を幹部の座から降ろしたあげく、コピーエックスを騙して葬った。

ダークエルフ確保のために人間の市街地にミサイルまで落とした。

目的のためなら他の犠牲も顧みない残虐な男であり、彼女にとっては相当な敵意を抱く対象だ。

「…オレはもうバイルの手下じゃねえ」

「どういうこと?」

「オレはかつてゼロに倒された…だが、ネオ・ディストピアのおかげでこうして復活できた」

「………」

「…今は敬愛するノッラ様に仕えている」

かつてゼロに倒されたという事は、完全に破壊されたという事だ。

だが、どういうわけか彼は一度倒された後で再修復されて復活したらしい。

「…完全に身体が無くなった状態で、どうやって復活したの?」

「それをあんたが言うのかい…?あんただって一度死んだって聞いたぜ」

「…まあ、そうね」

確かに、レヴィアタンもかつて命を落とした過去がある。

ハルピュイア、ファーブニルと共にオメガの爆発からゼロを庇った事で彼女は一度死んだのだ。

だが、彼女達のメモリーチップはネオアルカディア本部のサーバーに適宜同期されており、コピーが残されていた。

そのデータを使ってこうして再修復され、復活を果たしたのだ。

当然身体の方もデータが残っているので、設計図を元にまた元通りに作られた。

結果、元の彼女と寸分違わぬ見た目・精神でこうしてこの場に存在しているというわけである。

だが、もちろんすぐに復活できたわけではない。

彼女のような知能の高い、能力の高いレプリロイドは再修復するのにかなりの時間を要する。

これが通常のミュートスレプリロイドならば、思考回路も単純なためさほど時間をかけずに復元が可能だった。

だがネオアルカディア四天王ともなればそうもいかないため、彼女の再修復には実に1年を要した。

(ま、あなたは普通のミュートスレプリロイドだから修復も容易でしょうね)

ヴォルテールを見て彼女は内心でそう思う。

だが、疑問も浮かんだ。

「あなたが復活しているって事は、他のバイル八神官も復活しているってこと?」

「…いや、復活してもらったのはオレだけだ」

「本当かしら?何故わかるのよ」

「…ノッラ様に聞いたからだ。オレだけが特別に再修復してもらったってな」

ヒヒっ、と笑って彼は自惚れる。

「…オレの生真面目で忠誠心の高い気質がお気に召したらしい」

「へー」

「…何だ、その顔は」

全くこちらに興味がなさそうな彼女に、ヴォルテールは興を削がれる。

「ちっ……ま、あんたがどう思おうが関係ねえ。ノッラ様はオレをちゃんと評価してくれているからな」

「その“ノッラ様”ってのは何なの?あなたの上官?」

「ああ……オレを死の世界から救い出してくれた尊いお方だ」

彼はノッラを想うように言う。

「…あのお方は美しく、気高い。この図書館もノッラ様の命で綺麗に整備し直したのさ」

「へえ…?だから水没した状態にもかかわらずこんなに手入れが行き届いてるのね」

「そうだ……」

全てはあの方の素晴らしさのおかげ、と言うヴォルテール。

「…あんたはネオアルカディアで妖将と言われてるらしいが……」

「……?」

「…ノッラ様の方が、あんたよりもさらに美しいな」

「………」

ヴォルテールの放った一言に、彼女の顔色が変わった。

「ふーーん、それは面白いジョーダンね」

「…冗談などじゃねえ。本心さ。あの方の美しさにはあんたですら劣る」

「……フフッ」

完全にカチンときたレヴィアタンは妖将としての血が騒ぐ。

「いいわ。あなたはこの場で丁重に殺してあげる」

「…逆切れかよ……。…ん、?」

やれやれと肩をすくめ、彼はふとレヴィアタンが小脇に抱えている物を見た。

「なんだ…その手に持っているものは…」

「ああこれ?あなた達組織の大切なデータよ」

「なんだと……」

 

「おい……」

 

「そのデータ……かえせ……かえせぇぇぇっ!」

レヴィアタンの持つデータを見た途端、彼は豹変して激高する。

彼はどうやらこの図書館でデータを管理している立場のようだ。

「フフ、残念だけどはいそうですかって返すわけにいかないの」

ボスの怒りなど全く意に介さず、彼女は先手を打つ。

くるりと槍を回すと、彼女は得意技を放った。

「やっ、やっ、やっ!」

槍の先から3発のホーミング弾が発射。

小型の追尾ミサイルがボスのヴォルテールを襲う。

「ギッ!?」

まだ動き出す前だった彼は出鼻をくじかれ、面食らった。

ドカドカドカ!と連弾が腹に命中する。

「ギイイ!」

開幕でダメージを喰らってしまったヴォルテールは苦悶の声を上げるが、即座に反撃に打って出た。

軽くジャンプして浮き上がると、水中を前方に泳いで突進する。

「ヒヒヒっ!」

だがレヴィアタンは身をかがめて体当たりを回避した。

そしてボスが過ぎ去った後ろから攻撃を当てようとする。

「!」

だが、ヴォルテールは壁に空いていた穴の中に入っていく。

そのまま完全に姿が消えて見えなくなった。

この部屋には天井、床、壁の左右の端に大きめの穴が空いている。

そこを隠れ蓑にして敵は姿を隠したようだ。

「どこへ行ったの……」

戦闘が開始して早々に姿をくらまされ、彼女は周囲を見回して敵を探す。

四方の空いているどれかからボスは出てくるはずだ。

「ヒヒっ」

「!」

後ろから声がし、レヴィアタンは振り返った。

すると、振り向いた先の壁の穴からヴォルテールの顔がのぞいている。

「やっ、やっ、やっ!」

彼女は再びホーミング弾を3発発射した。

連弾がヴォルテールの顔目がけて飛んでいく。

「ギイ!?」

すぐに攻撃が飛んで来ると思わなかったのか、彼は回避が間に合わずにまた被弾した。

またしても彼は苦悶の声を上げる。

「フフ、そんなんじゃ私には――あぅ!」

敵に向けて笑いかけたレヴィアタンだったが、その顔が苦痛に歪む。

背後から打撃を受けたからだ。

驚いて彼女が振り返ると、肩にスパークが生じていた。

接触部位にビリビリとした痺れが走り、軽く焦げている。

(こ、これは……?)

ボスを攻撃している間に、どうやら背後から攻撃されたらしい。

感触からすると何かの電撃を当てられたようだ。



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水中花④

不意に背後から何らかの電撃を受けてしまったレヴィアタン。

彼女の肩にビリビリとした痺れが走る。

だが幸い受けた電撃の威力は大した事はなく、ダメージは少しで済んだようだ。

(まさか、あえて顔を見せて私が攻撃するのを誘発したっていうの?)

今のワンターンで彼女はこうなった原因を思考して推察した。

(攻撃を当てた私に隙が出来た所を、背後の“穴”から狙い撃って電撃を当てたってわけね)

この部屋には四方に穴が空いている。

ボスが出てきた穴にこちらの意識が向いている間に、逆側の穴から攻撃されれば完全に死角となってしまう。

おとりに引きつけられている内に攻撃を当てられてしまったのだ。

だが、彼女は過去にこれと似たような経験をした事があった。

(へえ……小賢しい真似をしてくれるじゃない。まるでこの前のデジャヴだわ)

彼女は思い出す。

前回のミッションで糞ジジイこと“老練ゾルベームグ”とやり合った時の事を。

あの敵はワームホールを駆使して雲隠れし、隙をついてくる厄介者だった。

今回のヴォルテールもそれと戦法が似通っているため、奴と同系統の敵と言える。

 

「ヒヒヒっ!」

「!」

彼女の思考を遮るように、ボスの奇声が響いた。

見ると反対側の壁の穴からヴォルテールの顔がのぞいている。

「出たわね!」

レヴィアタンはそこまで泳いで向かう。

そして彼に槍を突き刺そうとした。

「グャ!?」

だが、槍が命中する前にボスが被弾した声が上がった。

まだレヴィアタンは攻撃を当てていない。

彼女は声がした天井の方を見てみた。

すると、天井の穴から青い尻尾のような物が出ている。

ボスに近付く前に念のため“発声なし”で上の穴に1発放っていたホーミング弾がヒットしたのだ。

この尻尾はおそらく敵の身体の部位だろう。

尻尾の先を使って小さな電撃を放っていると思われる。

先程レヴィアタンが喰らったのがそれだ。

「ヒヒっ、悪いがそんなものは俺に効かない」

尻尾にホーミング弾がヒットしたヴォルテールだが、しかし彼は平然としていた。

どうやらダメージを受けた様子は無い。

「やっやっやっ!」

彼の顔に向けて、レヴィアタンはホーミング弾を3発放つ。

だが、次の瞬間敵は穴の中に頭を引っ込めてしまった。

ホーミング弾はそのまま穴に入ったが、敵に命中する事なく、ほどなくして霧散した。

暗闇の穴の奥で敵は姿をくらましてしまい、対象を見失ったホーミング弾は敵に当たる前に爆発してしまった。

「!」

技を打つと同時に、彼女はもう一度天井を見てみた。

すると、眼前に電撃を帯びた球体が迫っていた。

先程と同じように敵の尻尾の先からスパークが放たれていたのだ。

「くっ」

素早い反応で、彼女はその球体をかわす。

だが、かわしてもスパークは追尾して彼女を追ってきた。

どうやらホーミング機能があるらしい。

(追尾してきた…!このスパーク、ホーミング機能があるのね)

彼女はスパークから距離を取り、危険を回避する。

だが球体の速度自体は遅いため、見えていればかわすのはさほど難しくない。

(さっきホーミング弾が当たったのはあいつの尻尾のはず。でも被弾したのに効いてないみたい)

今し方敵の尻尾に攻撃を当てたはずだが、相手はダメージを受けていなかった。

おそらく尻尾には攻撃が通らない仕様になっているのだろう。

「!」

不意に、彼女は前方の壁から気配を感じた。

次の瞬間、長い何かが出てくる。

敵の尻尾が、彼女に向けて振るわれていたのだ。

レヴィアタンは反射的な体裁きで攻撃をかわす。

「あぐッ!」

だがかわしきれず、少々肩にかすってしまう。

バシッ!と衝撃音が響き、彼女のすぐ横の地面を尾っぽが勢いよく叩いた。

まるで鞭のような攻撃だ。

(痛いっ…!くっ、なかなか速いわね)

壁からは結構な距離があったはずだが、敵の尻尾は長いためリーチがある。

離れた距離でも敵に十分届かせる事が出来、それもかなりの高速で可能らしい。

彼女の反射神経を持ってしても避けきれなかったのだ。

敵から距離をとっていてもそれで安心とはいかないようである。

(尻尾に攻撃が通じないなら、頭部かボディに当てる他ないわ)

再び戦略を練り直すレヴィアタン。

だが、敵が出てくるのは四方の穴のどれか。その全てをカバーするのは難しい。

いくら泳ぎの速い彼女とはいえ、部屋の上下左右の4箇所に移動するのではどうしてもロスが生じてしまう。

その間に敵が穴に潜り、他の穴へと移動してしまうのだ。

(なら簡単な事よ。“あの時みたいに”氷を利用すればいいんだわ)

しかし彼女は慌てる事なく、くるんとフロストジャベリンを一回しした。

そして水中をふわりと浮き上がると、次の瞬間高速で遊泳を開始する。

彼女は突然、部屋を縦横無尽に泳ぎ回り始めた。

「フフフ」

妖しく微笑みながら妖将が室内を泳いで上下左右に横断していく。

だが、特に攻撃を放つ素振りはないようだ。

彼女はただ、室内を広く泳ぎ回っていく。

 

(ヒヒっ……あの女、さっきから何をやっていやがるんだ?)

穴の奥から様子を伺い見たヴォルテールは、妖将の行動に疑問を浮かべた。

彼女はただ周囲を泳ぎ回っているだけで、何かしてくる兆候は無い。

(…どうやら俺に対して打つ手なしってわけか。それで泳ぎ回って俺の気を引こうって腹らしい)

痺れを切らしてこちらが穴から出て行くのを彼女は待っているようだ。

それを読んだヴォルテールは、内心でほくそ笑んだ。

(…ヒヒっ、ならば俺は出て行かないぜ。このまま穴の中に入れば奴は俺に攻撃する術がないんだからよ)

妖将相手に今優位に立っているのは自分だ。

ならばとことん引きこもってじらせてやろう。

そして向こうが痺れを切らした頃に穴から顔だけ出て行って、また尻尾で“騙し討ち”してやればいい。

そうして少しずつ攻撃を当てて削っていけば、妖将相手の勝利も夢ではない。

(ヒヒッ、四天王とはいえ所詮は小娘。たいしたことはない)

彼は少々気を抜いて穴の奥でしばらく“休む”事にした。

 

一方その頃、レヴィアタンは着々と準備を整えていた。

部屋の天井周辺を泳ぎ回り、周回する。

そして、下準備をこしらえていく。

既にほぼ9割方のセットが完了していた。

(そろそろ頃合いかしら)

敵が隠れている間に上手く部屋の一帯にとある物を配置させる事が出来た。

彼女は口元を緩める。

どうやら敵はまだ気が付いていないらしい。

おそらく穴の奥でしばらく待ち、機会をうかがっているのだろう。

(やっぱりこの前のゾルベームグと同じタイプの奴だわ。こちらはもう準備完了したわよ)

部屋の天井隅に陣取ったレヴィアタンが下方を見下ろす。

くるん、とフロストジャベリンを回して彼女は切っ先を斜め下へと構えた。

そして機は熟したと号令をかける。

「フフ、さあ逃げ切れるかしら?行きなさい、私の氷達!」

 

【挿絵表示】

【挿絵提供めざしごはん様】

 

妖将の合図と共に、大量のマリンスノーが一斉に舞い散った。

まるでみぞれのように、彼女がバラ撒いた氷粒が拡散して降り注いでいく。

それらは部屋の四方に向かって飛んだ。

その先にはボスの出入り口である穴がある。

大量のマリンスノーが部屋の各穴の中へと送り込まれたのだ。

彼女の必殺技の一つ“マリンスノー”。

機雷の作用がある氷を生み出し、自由に操ることが出来る。

今回はそれを大量に設置し、一挙に操ってみせたのだ。

設置時間がかかってしまうのが玉に瑕だが、今は幸いボスが“怠けて”いる。

この期を彼女は逃さず、素早く仕掛けを施して技を発動させたのだ。

 

(ん…?)

穴の中でヴォルテールは異変に気付いた。

キラキラ光る何かが穴の中へ送り込まれてくる。

(…何だ、あれは……?)

レヴィアタンが何かの技を打ってきたらしい。

だが彼は慌てる事はない。

穴の“奥”へと逃げ込んでしまえばいいからだ。

(…ヒヒっ、だからそんなもの効かないって――)

穴の奥へ向かおうとした彼だが、その後ろから大量の氷が流入してくる。

淡い水色の氷群が、彼を襲った。

氷の機雷は穴の中を“埋め尽くすように”送り込まれており、彼が穴の奥へ逃げ込んでも、行き場が無くなってしまう。

(な、何……!どこもかしこも氷だらけじゃねえか!?)

いつの間にか、穴通路の中を氷の機雷が大量に占有していた。

妖将は数の暴力によって穴の中を氷で一斉攻撃する作戦に出たのだ。

ヴォルテールは氷を避けようとするが、あまりに数が多く、どうしても身体に当たってしまう。

「ギャアアーー!!」

マリンスノーが接触し、彼はダメージを喰らった。慌てて彼は氷で満たされた穴の中から脱出する。

「ち、ちくしょう!」

穴から這い出てきたヴォルテールが地面に這いつくばる。

まさか穴の中の空間全てを埋め尽くす攻撃をされようなど、彼は思いもしなかったのだ。

「フフ、ようやく出てきてくれたわね」

「!」

彼が顔を上げると、斜め前方にレヴィアタンがいた。

微笑んで見下げるようにこちらを見ている。

「クス、やっとまともに喰らわせる事が出来たわ」

戦法が上手くいき、妖将が微笑みを見せる。

そして這いつくばるボスを見て、彼女はある事に気付いた。

「どうやらあなた、氷が苦手みたいね」

彼の身体には全身に氷が張っており、1/3ほど凍結していた。

彼は身体を振って張り付いた氷を払い落とす。

「…ちぃ…!…よくもやってくれたな…妖将」

「あなたが穴の中で怠けているからよ。おかげで下準備がしやすかったわ」

彼女は立ち泳ぎしながら愉し気な笑みを浮かべる。

それを見たヴォルテールは憤った。

「…俺をあんまり舐めるんじゃねえぞ!」

「フフ」

「…てめえ――グエッ!?」

彼はレヴィアタンにまた尾っぽを振るおうとした。

だが、彼女に攻撃を繰り出す前に、彼から悲鳴が上がった。

彼の背後にある穴から、先程打ったマリンスノーの1つが命中したのである。

1度穴の中に送り込んだマリンスノーのいくつかを、まだ彼女は制御していた。

あえて爆発させずに置いておき、時間差で操って敵の背後から当てたのである。

「ギャアアーー!!」

氷の機雷が爆発し、ボスにダメージが通る。

同時に、また彼の身体が凍り付いた。

ヴォルテールの動きが鈍り、数秒ほど氷が張る。

「…ぎィ!よくもやりやがったな…!」

怒った彼はレヴィアタンへと“突進”する。

素早い動きで彼の身体が一気に妖将へと迫る。

だが彼女は落ち着いて横に素早く回避してかわした。

水中なので普通なら動きが鈍る所だが、彼女はヘッドパーツの補助機構により水の中でも滑らかな動きが出来る。

むしろ、水中こそが彼女の本領発揮。

 

(ふぅん、氷が苦手なのね。なら、これからあなたをもっと凍らせてあげるわ)

フフフ、とレヴィアタンの顔が愉しげに笑む。

まるで玩具を見つけた少女のような顔だ。

(じゃあお次はこの技よ)

チャキン、と槍を構えるレヴィアタン。

そして高速で回転させ始める。

キャンディーの柄のような柄を持つ槍を、彼女はくるくると回していく。

そして見る間に綺麗な氷がリング状に連なって輪を形成した。

「ハァッ!」

小気味いい発声と共に氷の輪が放たれる。

氷の輪がみるみる拡散し、部屋中に伸びた。

「…ぐお…ッ!」

迫る氷の機雷に慌てるヴォルテール。

だが、穴の中に逃げ込む事は出来ない。

先程レヴィアタンが打ったマリンスノーがまだ残っている危険があるからだ。

どうにかしてこの場で回避するしかない。

しかし、彼の身体は縦に長い。氷の輪の隙間をくぐり抜けるにはいささか無理があった。

 

バチッ

 

身体の一部が機雷と接触する。

1秒後には、氷の輪が連鎖して爆散していた。

氷属性の技を受けた事で、彼は再び全身に氷が張る。

身体が硬直した事で、彼は動きが鈍ってしまう。

「くそお…!…俺をまた凍らせやがって!」

慌てて彼は身体を振って凍結を振り解こうとする。

だが妖将がその好機を逃すはずはない。

「無駄よ!」

彼女は間髪入れずに二の矢を放った。

くるんとフロストジャベリンを回して、真打ちを放つ。

「出ておいで!」

彼女のかけ声と共に、大きな氷の龍が生み出された。

突然どこかからワープでもしてきたかのように、氷のドラゴンが現われたのだ。

「…な、何だコレは……!?」

いきなりの強烈な氷龍に、ヴォルテールが慌てる。

距離を取ろうにも、レヴィアタンの攻撃が速かったためそんな時間はない。

「…ぐ、ちくしょおう!」

だが彼は悪足掻きを見せる。

水中で身体をくねらせると、彼は方向転換して右に曲がったのだ。

氷龍の進行方向から横に逃げたのである。

「…ヒヒっ!かわせれば何てことはないぜ…!」

「フフ、無駄だって言わなかったかしら?」

「!」

妖将の余裕の笑みが彼の目に映った。

一瞬、彼女の方に気を取られた彼が、再び氷龍の方に視線を移す。

すると、氷龍も彼と“同じように”右に曲がっていた。

「な、何……!?」

彼の目が驚愕に見開かれる。

何とこの氷龍にもホーミング機能が備わっているらしい。

これでは進路を変えてもついてこられてしまう。

「う、うわあああーー!?」

迫力のあるドラゴンの顔が眼前に迫り、ヴォルテールが破顔した。

既にゼロ距離であり、回避は不可能だ。

 

ドシャアアアア!!

 

轟音が轟き、氷龍の突進がヴォルテールにまともに当たった。

「グギャアアアアーーーーッ!!」

断末魔のごとき叫び声が上がる。

苛烈な氷が全身に張り、加えて強力な衝撃を受けた事で彼は致命的なダメージを負ったのだ。

一気にHP残量が0を計時し、彼は絶命した。

そして、まるで花火のように彼の身体は爆散したのだった。

 

「フフ、綺麗な氷花火だったわ」

敵の最後の断末魔を見て、レヴィアタンが愉しげに微笑んだ。

 

ボスとの戦闘に勝利したレヴィアタンはジャベリンをくるくると回す。

そして、背中ごしに斜めに下げて格好を作った。

「逃げ切れる?」

勝利の効果音が聞こえてきそうな決めポーズで妖将がのたまう。

ヴォルテールは既に逃げ切れずに攻撃を喰らって絶命したわけだが、その意趣返しでもあった。

何にせよ、ボスを倒した事でこれでこのステージは完全攻略となった。水没した図書館を完全にクリアーしたわけだ。

「これでミッション達成ね。ま、ギラテアイトが無かったのは残念だったけど」

残念ながらこのステージには目当てのギラテアイトは見つからなかった。

彼女が携帯している探知レーダーには、半径50m以内の圏内にギラテアイトがあれば、サーチ音が鳴るように作られている。

だがステージの最後まで来たが、ここまで探知レーダーには全く反応がなかったのだ。

「ふぅ……残念だわ」

彼女は憂いた様子で口惜しがる。

だが、その代わりに敵の貴重なデータを4つも手に入れる事が出来た。

「敵のデータは色々手に入ったし、一定の収穫はあったかしら。まあよしとしましょう」

ギラテアイトは見つからなかったものの、彼女は確かな収穫を手に入れた。

懐のデータを確認し、彼女は微笑む。

「じゃ、本部に帰りましょ」

転送装置を起動させたレヴィアタンは、ふわりと軽くジャンプした。

そして、そのまま本部へと転送されていった。



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奪われたデータ

※※※2021.7/10(土):この27ページ目を一部修正更新しました。

ノッラの性格を真面目調から今回の性格に変えました。

キャラ名ホワイトマンをファシュロカに変更しました(過去のページでもキャラ名ホワイトマンの箇所をファシュロカに修正しました)。

台詞内容も一部修正して変えています。

 

 

+++++++++

 

 

???「やられちゃったかー、残念残念残念ねーん」

残念そうな顔で1人の少女がため息を零した。

どうやら彼女の部下が倒されてしまったらしい。

???「ヴォルテールもなかなか頑張ったのになー。ま、流石に四天王だしあっちの方が強いか」

敵に倒されたのは、ヴォルテール・ビブリーオ。ミュートスレプリロイドでそこそこの強さを持っていたが、“ネオアルカディア四天王”の前ではあえなくやられてしまった。

???「せっかくの出来た子だったのに………」

???「残念だったなノッラ」

横からもう1人の声がかかる。

現われたのは紫の体躯を持つ青年だ。

顔はイケメンであり、鎧のようなメイルパーツを身に纏っている。

紫色のメイル装飾に加えて体色も紫なため、少し禍々しさも感じさせる。

醸し出す雰囲気の通りに彼は紫の妖気を帯びており、実力者のオーラがある。

???「ファシュロカ……僕らの貴重なデータが敵に取られちゃったー」

???「またネオアルカディア四天王の仕業か。先日もムーンフェイズの所のギラテアイト発掘所が制圧されたばかりだというのに」

憂い顔をするノッラと同様に、彼も少々顔を顰めた。

同僚であるムーンフェイズの管理下にあったギラテアイト発掘所が、先日隠将ファントムの手によって潰されたのは記憶に新しい。

そして今回立て続けに、またネオアルカディア四天王の手によって、彼らの実行支配下にある施設が無力化されてしまったのだ。

「先日の件に続き、これで2件目だな。今回はギラテアイトの被害は無かったものの、我々の貴重なデータが盗まれてしまった」

「まったくーこれで連ちゃんだよ、連ちゃん」

ファシュロカに同調するようにノッラが不満顔になる。

彼女は銀色の長い髪を靡かせて、頬に手を添えてため息をついた。

さらりと流れる髪先は美しく、女性らしい。

髪の中から覗く容姿は可憐であり、相当な美しさを持っている。

ため息をつくその姿はそれだけで絵になっており、免疫の無い男ならつい見惚れてしまうレベルだ。

「さて、これはどうしたもんかなー」

彼女は、傍にあるモニター画面に視線を移す。

そこにはネオアルカディア四天王の1人、妖将レヴィアタンが映っていた。

調度ボスのヴォルテールと戦闘中の所であり、彼女は手に持つ武器を駆使して攻撃を仕掛けていく。

『ハァッ!』

威勢良い発声と共に、彼女の回転させたフロストジャベリンから氷の輪が打ち出された。

幾つもの氷の機雷が少し広がって回りながらボスの眼前に迫る。

そして避けきれずに接触したヴォルテールは身体の1/3が凍り付き、大きくダメージを受けた。

『くそお…!…俺をまた凍らせやがって!』

ボスの憤った焦り声がスピーカーから聞こえてくる。

これはリアルタイムの映像ではなく、数分前の映像だ。

ヴォルテールの目を通して撮った映像データを再生しているものである。

「しかし、この娘はなかなかのくせ者だな」

モニター画面に映る妖将を見て、ファシュロカが言う。

「見た目は可愛らしい小娘だが……相当動きがいい。実力は流石に四天王といった所か」

「うん、なかなかやるねー。この子はあっちの四天王の中で紅一点らしいけど、女とはいえあなどれない実力者だと思っといた方がいいだろうね。……ま、僕の方が全然強いけどさ」

レヴィアタンの動きを見て彼らは一定の評価を与える。

水没図書館を短時間で攻略し、ノッラの1番部下であるヴォルテールをさほど時間をかけずに倒しているのだ。

敵とはいえ、四天王相応の実力がある事は認めざるを得ないだろう。

それに彼女は、以前にも彼らと提携関係にあった組織“ミラージュ5”の幹部を2人も倒している。

女とは思えぬ相当な実力者である事は既に周知の事実となっていた。

「……だが、今回また“データ”も溜まったんだろう?」

「うん、もちろん多少の“収穫”はあったよ」

ファシュロカの問いに応えるように、ノッラが端末を操作して画像を切り替える。

すると、画面に棒グラフの図が表示された。

そこには各四天王のデータ蓄積度を示す数値が表されている。

【現時点のデータ取得率】

・賢将ハルピュイア 3%

・闘将ファーブニル 10%

・妖将レヴィアタン 32%

・隠将ファントム  12%

「初回サーチと比べると少しは溜まったかな。でもまだ参考になるほどデータが足りたとは言えないねー」

「そうは言うが、今回また妖将のデータが一定量取得できたのは朗報だろう。新たに取れたのは17%に過ぎんが、それでも前進だと思うぞ?」

「まあヴォルテールはよくやったと言っていいだろうね。実力差がありながら、ある程度の善戦はしたしー」

「我々がまだ知らない技も出させたしな」

彼らは今回取得した妖将のデータについて会話を交わす。

そう、実はレヴィアタンは敵によってデータを取られていたのだ。

今回は前のゾルベームグのように敵が道具としてサーチアイを付けていたわけではない。

だが、彼女はしっかりデータをサーチされていた。

それはサーチアイはあの形状の物だけではないからである。

以前捕らえたゾルベームグは様々な種類のサーチアイを開発しており、その中には内部に埋め込むタイプの物もあった。

ボスの体内に埋め込む形でサーチ装置を実装出来るのだ。

そのため、見た目にはわからなくてもボスの眼球の奥にはサーチアイにあたる装置が内包されている事がある。

その場合は、そのボスの目を通して対象をサーチする事が可能というわけだ。

そしてもちろん、今回のヴォルテールにはその“特製サーチアイ”が眼球内部に仕込まれていた。

「今回妖将には我々のデータを取られてしまったが……ふふ、まさか彼女自身もデータを取られていたとは思うまい」

知らず知らずの内に、彼女はヴォルテールとの戦闘を通してその動きや技をサーチされていたのだ。

もちろんサーチしたデータは遠隔通信で彼らのアジトのメインコンピュータに送られている。

そのため、例えボスを倒しても採取したデータはしっかりと彼らの保有する端末内に残るのだ。

ちなみに今回のヴォルテールだけではなく、前回のミッションでファントムと戦ったクロウペリオンにも同様に眼球内部に特製サーチアイが埋め込まれていた。

そして、その前のミラージュ5の3人には流石に眼球サーチアイを実装させてはいなかったが、その代わりにリモート会議でライオヌルが使用していた小型モニターから音声を拾っていたためそこから幾らかのデータを取得出来ている。

よって、レヴィアタンだけでなく、ファントムやファーブニルのデータもボスとの戦闘によって一定量採取する事に成功していた。

「ふふ、これで彼らに悟られずして、四天王達のデータを一定量得る事が出来ちゃったねー。まあ、まだまだ参考になる数値には足りないんだけどね」

「それでも確かな前進と言っていいだろう」

「だねー。それに、今回はステージの道中にも所々に隠しカメラを設置しておいたからー。そこからの映像を通しても参考になるデータが取れたし上々だよー」

水没図書館の道中には、わかりにくい場所に点在した監視カメラが取り付けられていた。

大事なデータの管理施設という事でノッラが特別に設置していたものだ。

それらのカメラを通しても、映った対象の動きを分析して解析する事が出来る。

その分、今回は前回のミッション時よりも幾分か多く妖将のデータが取得出来ている。

「レヴィアタンが今回道中でどう行動したかもしっかり撮って残してあるよー」

「ほう、ではその映像を見せてくれ」

ノッラによって端末が操作され、再び画面が切り替わる。

すると、レヴィアタンがステージを走って進んでいる姿が映った。

『たぁっ!』

小気味いい発声が室内に響き渡る。

妖将がフロストジャベリンを振り下ろしてアヒル型の敵の頭部を突き刺していた。

そして裏返った敵の背中に見事に飛び乗っていく。

「こうして明瞭にデータが残るわけ~」

「なるほどな。しかしやはりいい動きだ。水中に鎮座するトリッキーなエネミーを苦も無く倒していくとは」

映像の中の彼女は的確に相手の弱点を見抜き、キレのいい動きで水場の敵を打破していく。

その様子にファシュロカは純粋に感心した。

普通のレプリロイドならこうも手際よくあのエネミー達を片付ける事は出来ないからだ。

映像の中のレヴィアタンは遅延無くどんどんステージの先へと進出していく。

敵を倒す動きには一切の無駄が無い。

 

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「流石に四天王の1人だねー。なかなかお強いじゃ~ん」

「あの華奢な見た目からは想像がつかんが、実力は確かなようだな」

敵を次々と倒していく彼女に、こちらの“四天王”2人の視線が集中する。

そして、映像の中で強化型パンテオンが彼女に襲いかかった。

最初は力押しに苦戦するレヴィアタンだが、背後から2体目が迫るとジャベリンをギュンと一回転させる。

『ハァッ!』

威勢のいい発声と共に、2体の強化型パンテオンが吹っ飛ばされる。

そして壁に当たった敵が大破した。

かなりのパワーを帯びた攻撃のようだ。

「最初は劣勢に見えたが……こんなパワー攻撃も持っているのか」

「当初押されていた所を見るに、彼女自身はパワー型じゃなくて非力な方なんだろうねー。おそらく体内で一時的にエネルギーをブーストすることで、瞬間的にハイパワーの攻撃を出せるんだと思う~」

「なるほど、理にかなっている仕組みだな」

妖将の戦い方を見て彼らは冷静に分析する。

「しかしなかなか強いな。いくら相手がボス格ではないとはいえ、女でこれほどとは相当なものだ。敵ながら男顔負けな実力があると言っていい」

「ふふ、でもちゃんと女の子らしいところもあるみたいだよ~」

ノッラが含み顔で笑う。

端末を操作して、再び映像が切り替えられた。

すると、そこにはレヴィアタンの顔が映っていた。

先程までの映像よりも至近距離からの映像だ。

何かのガラスのような物を通して彼女の顔が映っている。

妖将の表情はうっとりしており、何かを食い入るように見つめている。

おそらく“カメラが埋め込まれている物”を手に持って眺めているらしい。

「これは何をしているんだ?」

「あの図書館には書籍の中に宝石をしまってあってさー。多分それを見つけたんじゃない?」

彼らの言う通り、レヴィアタンは水没した本棚の本の中からある宝石を見つけていた。

黄色い魅惑的な光を放つそれに彼女は恍惚となり、つい見入ってしまったのだ。

これはその時の映像である。

「ほう……つまり、見つけた宝石に目を奪われているというわけか」

「どうやらそうみたいだねー」

この宝石の“内側”には実は隠しカメラが仕込んであった。

宝石を盗まれた場合に備えて予め内部に実装させていた物だ。

だが、意外な所でその備えが効果を発揮する事になった。

『綺麗……』

半分呆けた顔で妖将が宝石を見つめる。

レヴィアタンからはカメラは見えていない。

何故なら宝石には特殊な反射加工が施してあり、外側からは内部が透けないようにされていたからだ。

『素敵……とっても……』

まさか中に隠しカメラがあるとは思わず、レヴィアタンは宝石の前で緩みを晒してしまう。

普段は冷静沈着な妖将も、この手の誘惑には弱いところがあるようだ。

『はう……綺麗……欲しい』

それを見つめる彼女の顔は陶酔しており、我を忘れている。

無意識に頬が緩んで綺麗な宝石のとりこになっていた。

「はは、これは随分と食い入っているな」

「妖将もこういう物に興味があるんだねー。ま、私も同じ女だから気持ちはわかるけどー」

『……はっ!い、いけないわ。……今は任務中よ』

しばらく見入っていた彼女だが、ふと正気を取り戻した。

どうやら自分が今任務中だという事に気付いたらしい。

「ふふ、ようやく我に返った~」

「なかなかいいものが撮れたな」

映像の中の妖将を見て凍将・華将の2人が含み顔で微笑んだ。

「俺は男だから女の子の感覚はよくわからんが。ああいうのってやっぱり好きなのか?」

「もちー。私もとっても好き~。女は綺麗な宝石に惹かれるものだから~」

気になって尋ねてくるファシュロカににやけ面でノッラが答える。

“彼女も”同じ女性なため、妖将の心情が理解出来るようだ。

「そういうものか。妖将もなかなか可愛気があるじゃないか」

「うんうん、敵にしておくにはもったいない女の子だよねー」

「くく……なかなか気に入ったぞ」

モニター画面に映るレヴィアタンを眺めながら、ファシュロカが狡猾に笑った。

まるで獲物を品定めしているかのような表情だ。

「おっ、この子は君のお目にかなったのかにゃ?」

「ああ、かなりいい。是非俺のコレクションに加えたいね」

「また君の氷人形が増えるねー」

不敵に笑みを浮かべるファシュロカを見てノッラが苦笑した。

「でもこの子も四天王の1人だしねー。そう簡単に“収集”出来るかな~?」

「もちろん簡単にいくとは思ってないさ。だが考えはある」

モニターの妖将を見つめながら彼は既に戦略を練っている。

いくつかの映像データを見て対レヴィアタンのイメージが描けているようだ。

「ふふ、君が上手くこの子を持って帰って来れるか楽しみにしてるよー」

「ああ、上手くやるつもりだ。本部に帰還後はお前の能力も使用機会があると思うから、その際は頼むぞ」

「オケー」

彼は“収集後”の事を既に意図してノッラに軽く言付けする。どうやら彼女の力も少し借りる予定のようだ。

「ふふ、次に君が現われるのが楽しみだな」

モニター画面に映るレヴィアタンを眺めながら、ファシュロカは狂気を隠し切れない笑みを見せた。



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第5章:スカイビルでの戦い
新たなるエネルギー①


*********

ここはネオアルカディアの一角に位置するとある都市。

その都市内はあまり隆盛を誇ってはおらず、市街地は所々で廃れている。

ここは以前は栄えていた都市であった。

しかし、バイルによって強力なミサイルを市街地に落とされ、甚大な被害を被った。

あの事件によって多数の犠牲者を出し、建築物の大半が崩壊した。それによって完全に興廃したのだ。

その後、徐々に復興の道を辿った都市だったが、未だ完全に元の状態には戻っていない。

「………」

興廃した都市の一角に、1つの高層ビルがそびえ立っている。

一際高く立てられたその施設は都市の新たなシンボルであり、その周囲は未だ再建途中なため遠目からは異物のようにも見える。

「どうしました、ミスター・ハルピュイア」

「いえ、少し外を見ていただけです」

背後から声をかけられ、ハルピュイアと言われた青年が振り向いた。

緑の装甲が窓からの陽光に若干反射して輝いている。

「ご覧の通り、未だこの都市の復興は道半ばです。現状、そこから見える景色の通りですな」

同席していた関係者が賢将に向けて呟いた。

窓の外には未だ再建途上の少々廃れた市街地が広がっている。

ミサイル落下による都市のダメージはあまりに大きく、一帯は当時焼け野原となった。

その爪痕は深く、月日が経った今でも克明に眼下に刻まれている。

「あれは忘れもしない、甚大な“人災”でした」

「…………」

関係者が言葉を続け、ハルピュイアが無言でそれを聞く。

今、この高層ビルの最上階にて、とある会合が営まれようとしていた。

議題は興廃した都市の再建状況の報告、そしてエネルギー問題で“未だ”困窮に苦慮している一部のレプリロイド達についてだ。

都市の人間の代表者数名と、当該レプリロイドの代表者が数名。

そしてネオアルカディア統括府を代表して賢将ハルピュイア。加えてエネルギー部門の科学者代表が出席していた。

「我々はあの日を忘れもしません。おぞましきバイルの手によって同胞が傷つけられた日を」

「私はネオアルカディアを統括する立場にいながらエックス様の命令で……職を立ち退かざるを得ませんでした。そしてみすみすバイルの強行を許してしまった。何と言って詫びればいいか、言葉がありません」

彼に対して苦悶の表情でハルピュイアは頭を下げた。

本来ならバイルを止めれる立場、止めなければいけない立場にあったはずなのだ。

しかしコピーエックスによって四天王の職から降ろされ、統括支配に口を出せなくなってしまった。

そしてバイルによるミサイル投下が引き起こされてしまった。

彼は直後に現地に駆けつけたが、時既に遅く、市街地は凄惨たる状態になっていた。

周囲一帯は全てが吹き飛び、相当な数の犠牲者が出た。

あれから約1年弱。

この高層ビルを始め一定の復興は成したものの、まだ街の半分以上は崩壊したままだ。

「貴殿が当時置かれていた状況は理解しますが、それでも貴方への心情は到底穏やかにはなれませんな」

「貴方の立場ならば、エックス様にバイルの本性を告げるなりしてもう少し何とか出来たのではありませんか?」

「本来悪人のバイルが都市の治政の中枢に関わっていた事自体、今思えばおかしいのですよ。違いますか?」

「……申し訳ありません」

参加者達が立て続けにハルピュイアへ向けて不満の声を述べる。

当然、彼もエックスにその手の進言はしていた。

しかし当時のエックスはバイルへの絶対的信頼を置いており、その彼を下げるような意見を言っても同意されずに否定されてしまった。

そればかりか、結果としてハルピュイア達3人は四天王を降ろされる形になったのだ。

その結果悲劇が起こってしまった。

「まあまあジョゼフさん。確かに“言いたい事”は山ほどありますが、ひとまず今回は置いておきましょう」

「そうですね。今回のメインの議題は稀少資源を必要とするレプリロイド達についてなのですから」

ここで、別の参加者が話題を変えてきた。

今回の会合の目的は都市の復興についての議論だけではない。

それに関しては進捗状況の確認と、再建において何か懸念事項がないかの確認程度である。

その途中で、かつてバイルを止められる立場にいた賢将に対して一部の参加者から不満が出てしまい、しばし会議が中断していた。

本来の主題はこの後話し合われる事に関してである。

この世界には、稀少資源がないとエネルギー補給ができない特殊なレプリロイド達が存在する。

その彼らについてこれから話し合いが行われるのだ。

「では、本日の本題に入りましょう。既に皆さんご存じかと思いますが、レクトル・ディンマ代表のステアラー様です」

「紹介にあずかりました、ステアラーです。本日はお集まりいただきありがとうございます」

レクトル・ディンマとは稀少資源を生命エネルギーとして必要とする特殊レプリロイド達が加入している組織の名称である。

特殊レプリロイド達がエネルギー不足によって生命を脅かされないよう、彼らの生存権を守り、そして不当に差別されないよう保守するための組織団体だ。

その代表が彼、ステアラーである。

実年齢はまだ20歳前後だが、堂々とした立ち振る舞いで人間達相手でも気後れする事なく発言する事が出来るリーダーだ。

「ネオアルカディアには既に【システマ・シエル】という画期的な永久無限エネルギー供給システムがあります。しかし、我々はその恩恵に預かる事は出来ません」

マイクを通して彼は長机の周囲に座る参加者達に語りかける。

「システマ・シエルは夢のような新エネルギーですが、“どんなレプリロイドにも適用できるエネルギー”を生み出せるわけではない。あくまで一般的なレプリロイド達にとっての有用なエネルギーを得られるシステムなのです」

約1年半前、ドクターシエルによって開発された新機構システマ・シエル。

それはエネルギー問題に苦しむネオアルカディアからすれば画期的な発明であり、それは困窮するレプリロイド達にとって革新的なシステムとなった。

バイルが死去した後、シエルが率いるレジスタンス達はネオアルカディアに帰還を果たした。

もはや無実のレプリロイド達をイレギュラーとして糾弾する者はいなくなったからである。

バイルに替わって都市の統括治政を担当する事になった新たなリーダーの元、ネオアルカディアは新体制でスタートを切っていた。

その上層部と掛け合い、シエルはレジスタンス達を都市の住人として受け入れてもらえるように交渉し、そして了承されたのだ。

彼らの住人としての権利が認められたのは、それまでの不当な糾弾が無くなったのもあるが、シエルが発明したシステマ・シエルの存在が大きかった。

ネオアルカディアでエネルギー不足問題に苦しむレプリロイド達にとって、それはまさに夢のようなエネルギー生成システムだったのである。

その功績が認められ、シエルとその仲間であるレジスタンス達は都市に受け入れられた。

しかし、ステアラーが言う様に、システマ・シエルは万能ではなかった。

このシステムが生み出すのはあくまで一般的なレプリロイドに適したエネルギーである。

だがその“通常のエネルギー”では生命を維持できない特殊なレプリロイドもこの世界には存在していた。

それが、ステアラーを代表とするレクトル・ディンマに所属する者達である。

彼らは、人間によって造られた際に特殊な内部構造で製造されており、動力エネルギー源にも汎用物ではなく稀少資源が使われていた。

そのため、エネルギー補給の際は普通のエネルゲン水晶などでは回復する事ができない。

稀少資源には特有の素因子配列、DNA構成があり、それらを満たしたエネルギー体でなければ彼らの身体に適応させる事が出来ないのだ。

彼らが必要とする稀少資源は、同じく稀少資源とされるギラテアイトという鉱石でカバーする事が可能である。

ギラテアイトは他の稀少資源のどれにも共通するエネルギー素因子、DNA構成を備えており、それらの代替品として使う事が出来る。故にその商品価値は非常に高い。

しかしその分自然界に存在する量も少なく、産出できるのは極一部の地域で稀少量だけである。

ネオアルカディアでの産出量は非常に僅かであり、そのため市場の価格も釣り上がっている。

「このギラテアイトはシステマ・シエルでは生成できない特別なエネルギーであります。故に自然界の産出物に頼るしかないのが現状です」

「しかし、市場にはあまり出回っておらず、価格も簡単に手が出る値段ではない。我々が日々の生活でエネルギーを補給するには困難を極めます」

ステアラーの言葉には重みがあった。

彼らの仲間は皆、毎日の日常生活においてネオアルカディア政府から支給されるギラテアイトによって何とか生き長らえている。

しかし産出量が低い関係で、支給される量は極僅かしかない。

「そのためエネルギー補給も最低限しか出来ず、満足な生命活動を送れるレベルにないのが現状です。このまま行けば、いずれ暴徒化してイレギュラー化してしまう者がますます増えるでしょう。我々としてもそれは本意ではありません」

既に実際にイレギュラー化した者も現実として出ているのだ。

ここ数ヶ月の都市のイレギュラー発生率が最も高いのが、この特殊レプリロイド達である。

彼らがイレギュラーになった理由は明白だ。

エネルギー補給を長期間満足に受けられなかった事によるメモリー回路のエラーが原因である。

「組織の上層部である我々のように高い役職に就いている者、又は潤沢な資金を持っている者ならば、まだ一定量のギラテアイトを確保する事が出来ます。しかし、他の多くの庶民層の特殊レプリロイド達はそうではない……」

一般市民として暮らす層の特殊レプリロイド達は、それほどお金を持っていない。

故に市場で高額なギラテアイトを買い付けるのは不可能だ。

そうなると、政府から支給される“最低限”(実際は最低限にも満たない極小な量である)のギラテアイトしか頼みの綱がない。

しかしそれではあまりにも不十分であり、レクトル・ディンマに所属する会員達からは常日頃から不満の声が上がっていた。

「賢将ハルピュイア殿、現状我々の末端である庶民達には十分な量のギラテアイトが行き届いておりません。今の支給分では到底足らないのです。今後は何としても供給量を増やして頂きたい」

ステアラーがハルピュイアに公開の場で申し立てする。

あえてこの公開会議の場で表明したのは、非公開の場でするよりも効果が高いからだ。

今のハルピュイアは再びネオアルカディアの四天王に復帰し、4人の代表として統括役を務めている。

その彼にとって、公開の場でレクトル・ディンマの代表者達を蔑ろに扱えばマイナスイメージがつくのは必至。

世間のイメージを落とすような真似は簡単には出来ないだろうという意図が彼にはあった。

「現在、我々四天王がギラテアイトの収集に動いています」

ハルピュイアがステアラーに対して答える。

「一連のミッション活動によって一定の成果がありました。少量ですがギラテアイトを確保する事に成功しております」

これまで行ってきたギラテアイトの探索ミッションの成果を報告するハルピュイア。

「これまでの活動で得られたギラテアイトは一部を研究開発に回し、残った分はレクトル・ディンマの方々に配給するつもりです」

「有り難い話ですが、報告書を見る限り分量が十分とは言えませんね」

ステアラーの隣に座るレクトル・ディンマの副代表が眉根を寄せて言った。

四天王達の尽力で幾らかはギラテアイトが手に入ったが、レクトル・ディンマの全員に支給するには数が不足している。

「申し訳ありません。あなた方全員に行き渡らせるには現状では量が足りておりません」

「それでは困るんですよ!レクトルの加入者達は今日もエネルギー不足でいつ動力停止になるやもしれぬと怯えているのですよ」

「………」

副代表の鬼気迫る言い様に、ハルピュイアが無言になる。

これまでのミッションで一定の成果は上がったものの、それでも彼ら全員に行き渡る量までの稀少資源は得られていない。

「このままでは、我々の皆の動力がいつまで持つかも知れません。機能停止すれば、それは即ちレプリロイドとしての死を意味する。そうなったらどう責任を取ってくださるおつもりですか?」

「それは……」

「待ってください」

ハルピュイアが一瞬回答に詰まる。

その時、彼の横から白衣を着た女性が立ち上がった。

「今私どもの科学部署にて、あるプロジェクトを進行中です」

発言してから、彼女は副代表に向けて軽く会釈する。

そして顔を上げると、凜々しい瞳で前を見据えた。

年齢は15歳前後だろうか。おそらくまだ未成年であろうこの女性はかなり若い。

白衣を着た出で立ちで、科学者のような見た目をしている。

少女を見た副代表は怪訝な顔を見せた。

「君は誰だい?ハルピュイア殿の部下か何かかね」

「副代表、彼女は――」

「申し遅れました。私はネオアルカディア本部所属の科学者、シエルといいます」

ハルピュイアが紹介しようとするのを抑えて、少女は自ら名乗って自己紹介した。

「シエル……?」

「まさか、あのシステマ・シエルを開発した科学者の……!?」

「はい、私が製作者です」

「なにっ!?ほ、ほんとうかね…?ハルピュイア殿」

「ええ、彼女の言う通り、システマ・シエルの開発者はこのドクターシエルです」

ハルピュイアの言葉に会場は騒然となった。

画期的なエネルギーシステムであるシステマ・シエルの発明者がこの場にいる。

彼らはシステマ・シエルの名前は知っていても、製作者の顔までは知らなかった。

まさかこんな未成年の少女が開発者だとは思わなかったのだ。

どよめく会議室の雰囲気をよそに、シエルは話を続けた。

 

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【挿絵提供しょうが@お仕事募集中様】

 

「今私は本部の科学部署にて新プロジェクトを進めています。それはシステマ・シエルⅡの開発です」

「システマ・シエルⅡ……?」

「システマ・シエルはこれまでの物とは全く違う新しいエネルギーです。しかし、万能ではありませんでした。あなた達レクトル・ディンマのようにエネルギーの恩恵を受けられない方々も存在する。それでは全ての方達を救う事が出来ない――。そう考えた私は、システマ・シエルに改良を加えてさらに発展させる事にしたんです」



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新たなるエネルギー②

※27話目【奪われたデータ】の本文内容を一部修正しました。

他に敵四天王の名称をホワイトマン→ファシュロカに変更しています。

それとノッラの台詞の口調を変更しました。以前は敬語調で書いていたのですが、それだと魅力に乏しい感じがしたので修正しています。

27話目以外のページでも敵四天王の名称の部分でホワイトマン→ファシュロカに修正した箇所がいくつかあります。

 

---------

 

「――以上がシステマ・シエルⅡの概要です」

シエルが一通りの説明を終えて席に着いた。

彼女の口から明らかとなった新たなエネルギー生成機構の開発。

それは他の参加者を驚かせるのに十分な内容を持っていた。

「な、なんという事だ」

「まさかそんな革新的なエネルギー生成システムが構想されていたとは」

「しかし、今話された構想の実現のためにはかなりの資金と研究設備が必要なはず。ドクター・シエル殿はそんな潤沢な環境をお持ちなのですか?」

「はい、有り難い事にネオアルカディアが私の研究を全面的にバックアップしてくれていますから」

横に居る賢将を流し見てシエルが言った。

それに応じるようにハルピュイアが口を開く。

「彼女は既にシステマ・シエルを開発した実績があります。その成果は誰もが知るところ。システマ・シエルのおかげで都市のエネルギー枯渇問題は大きく改善し、それによって治安も以前に比べ飛躍的によくなっています」

シエルが生み出したシステマ・シエル。

それまでエネルギー不足が死活問題にまでなっていたネオアルカディアにとって、その機構は革新的な発明だった。

多くのレプリロイドに最低基準以上のエネルギーが提供されるようになり、その結果イレギュラー化する者が大幅に減少したのだ。

これまではエネルギー不足からメモリーにエラーをきたす者が後をたたず、それによって一部の地域では治安も悪かった。

だがシステマ・シエルの登場によってネオアルカディアは潤った。

“多くのレプリロイド達にとって”生命活動に支障をきたさない最低限のエネルギー供給が保証されるようになったからである。

「都市の発展に大きく貢献した彼女の功績は多大。その実績を鑑み、我々としても彼女の新たなエネルギー機構開発には協力を惜しみません。十分な予算を用意して資金と設備の支援を行っています」

「おお……ネオアルカディア四天王のお墨付きとは、これは期待できますな」

ハルピュイアの発言でネオアルカディアは全面的にシエルに協力している事が明らかになった。

その事実に参加者は驚きと同時に期待感を得る。

システマ・シエルは革新的な発明だったが、全てのレプリロイドのエネルギー需要をカバー出来るわけではなかった。

あくまで“多くのレプリロイド達にとって”満足たるエネルギーを生み出す機構である。

もちろんそこから“あぶれる”者達も存在していた。

それがここに参加しているステアラーら率いるレクトル・ディンマに所属する面々である。

彼らは自分達がエネルギーシステムの恩恵を受けられない事に不満を持っていた。

満足な支援が受けられない現状がこれ以上続けば、同胞からイレギュラー化する者が増えて彼らの安全が脅かされる懸念がぬぐえないからだ。

故にこうして会合に臨み、“統治者”である賢将に直談判を切っているのである。

ちなみにコピーエックスやバイルが健在であった以前であれば、統治者に対してこのような物言いをするのは考えられない事だった。

意に反する事を言えば即無礼な言動と見なされ、イレギュラーとして殺処分されてしまうからだ。

しかし先の抗争によってネオアルカディアの統治は大きく変わった。

弾圧的な恐怖支配をやめ、民衆の意見に耳を傾ける体制に変わったのである。

ハルピュイアがこうして民衆や特殊レプリロイドの代表の意見を聞く場を設けているのもそのためだ。

故に、レクトル・ディンマの面々も賢将に対して忌憚のない意見を言えるのである。

 

だが、ドクター・シエルの登場が彼らを動揺させた。

まさかあのシステマ・シエルの開発者が同席しているなどとは皆思いもしなかったのである。

それも、彼女はシステマ・シエルに改良を加えて新たなエネルギーシステムを開発しているという。

その機構ならば、現在システマ・シエルの恩恵を受けられないレプリロイド達にも適合したエネルギーを生み出す事が出来るらしい。

彼らからすればそれは喜ばしい事だが、妄想を喋るだけならば誰にでも出来る夢物語である。

責められているハルピュイアを見て庇うためにシエルが嘘八百を言っている、という可能性も十分あり得た。

しかし、先の彼女の説明はシステムの具体的な構想であり、十分に期待を抱かせる内容であった。

それ故に、彼らは困惑しているのである。

怒りの矛をぶつけにきたはずが、その切っ先を逸らされた形だ。

まさか自分達の不満を解消する可能性がある返答がくるとは予想していなかったのである。

「だ、だがねえ。その新システムとやらはいったいいつ完成するんだい?」

「そうですな。確かに話だけ聞けば魅力的なエネルギー機構構想だが……。完成に何年もかかるようなら我々の切迫した困窮には寄与しない話だ」

「完成までの期間は1年もかからないと断言します。“半年以内には”システムを完成させて実用化まで持って行くと約束しましょう」

「な、なにっ!?」

「は、半年で実現させるだと……!?」

シエルの回答にレクトル・ディンマの面々がどよめく。

年内に、それも半年以内に完成させて実用化を達成するというのだ。

これだけの革新的なエネルギーシステム開発をである。

にわかには信じ難い事だった。

「そ、それは本当かね……?」

「この場を切り抜けるためにでまかせを言っているのではないだろうな?」

「いえ、そんな事は断じてありません。この科学者ドクター・シエルに一切の二言はないと約束します」

代表者達に対し、彼女は毅然として断言する。

「ほう……では、それが実現出来なかった時はどうしてくれるんだね?」

「口だけの約束で済ませるのは大人の世界ではあり得ないんだよお嬢ちゃん」

「そうですね……。ならばこうしましょう。」

シエルは横に居るハルピュイアに目配せした。

すると賢将は脇に控えていた屈強なガードマンからアタッシュケースを1つ受け取る。

机上にそれを置いた彼は鍵を挿してケースを開錠した。

開かれた中を見たレクトル・ディンマの面々がざわめく。

「こ、これは……!」

「何て大金だぁ……!」

アタッシュケースの中には大量の紙幣が敷き詰められていた。

優に彼ら全員を合わせた年収を上回る額である。

「こちらを全てあなた方レクトル・ディンマの方々に差し上げましょう」

「こ、この大金を全て我々にだと……!」

「これがあれば、高額なギラテアイトを購入する事も可能になる……!」

「もちろん無条件で譲渡するわけではありません。こちらの金を譲渡するのは半年後の期限までに新エネルギーシステムが実用化に至らなかった場合です。それは忘れないでおいていただきたい」

大金に沸くレクトル・ディンマ達にハルピュイアが釘を刺した。

「あ、ああ。了解した。しかし本当に半年の期限を守ってくれるんだろうね?」

「はい、ネオアルカディア正規の契約書も用意していますので、今ここでサインさせていただきます」

シエルが再びハルピュイアに目配せすると、彼は懐から契約書を取り出して机の上に広げてみせる。

それは真っ当な契約書であり、半年間の期限を守れなければこの大金を全てレクトル・ディンマの面々に譲渡すると文章で約束されていた。

これに双方がサインして印を押せば契約書の効力が発生して契約締結となる。

早速代表のステアラーが席に着き、契約書に目を通して調印する。

同様にネオアルカディアの科学部門代表であるシエルも着席し、契約書を確認して調印。双方が同意した事で契約締結となった。

「これで、我らにとって大きなメリットとなる契約を締結出来ましたな」

「ええ、ネオアルカディア側が新システムの構想を実現しようが出来まいが、我々にはこれで何かしらのメリットが発生する事になる」

「しかしよかったのですかな?我々には得しかないが、そちらにとっては負担にしかならない契約なのでは?」

レクトル・ディンマの幹部の1人がシエルに尋ねてきた。

「いえ、これでいいんです。この新システム構想はあなた達のような長年不利益を被ってきた方々への贖罪でもありますから」

シエルは科学者として出来る限り皆が平等に利益を受けられるようになる世界を創造したいと思っている。

実際彼女が開発したシステマ・シエルは多くのレプリロイド達を救い、たくさんの利益を生んできた。

しかし彼らレクトル・ディンマのようにその恩恵に預かれない者達も少なからず存在しているのだ。

彼女はその事に心を痛めており、生み出してしまった格差を出来る限りなくしたいと考えていた。

今回のレクトルとの契約はその意志の表われでもある。

「…ドクターシエル、あなたのその優しさは光だ。だが、寛大すぎる嫌いもある」

脇に控えているハルピュイアが彼女にだけ聞こえる声で言った。

「全ての者達を平等に扱う精神……私はその考えを否定はしないが、無謀な部分も多々あると思っている」

「ごめんなさいね、無理を言って。でも、この新システム構想だけは、絶対に実現させたいと思っているの。レクトル・ディンマのような方達をなくすために」

科学者としてはもちろん、私個人としてもね、と彼女は付け加えた。

ハルピュイアとしては、革新的なエネルギー開発を可能にするシエルの意志は尊重したいものの、一部のイレギュラー化を避けられない稀少種族まで全て救おうとするシエルには正直無謀さを感じてもいた。だが彼女は本気でそれを実現する気らしい。

この感覚はかつてゼロに対して抱いていたものと少し似ている気がする。

不可能に思える無理難題でもそれに挑み、可能にしてしまう――。

「…どうしたの、ハルピュイア?」

「――いや、何でもない。ではこれで会談は終了だ。そろそろ撤収の準備をしよう」

会談の主目的はひとまず終えたため、彼はここから帰還する準備を始める。

 

しかし、その時だった。

突如、部屋に轟音が轟いた。

エネルギー弾が奥の壁に撃ち込まれたのだ。

 

ドオン!!

 

爆音が響き、壁に大穴が開く。

突発的に起こった事態に周囲の参加者達は動揺した。

「う、うわーっ!?」

「な、何だ今のは!?」

「これは、何事だ…!」

騒然となる室内に、喧噪がこだまする。

刺客による襲撃が今、始まろうとしていた。



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新たなるエネルギー③

室内に激しい衝撃音が鳴り響いた。

参加者達に動揺が走る。

見ると奥の壁には大きな穴が開いていた。

「何事だ!」

レクトル・ディンマの副会長が机を叩いて叫んだ。

いったい何が起きたというのか。

会議室の入り口ドアは特に壊れた様子はない。

そして部屋の窓も一枚も割れてはいなかった。

つまり外部からの攻撃ではないということだ。

「くくく、ふざけた会議だったな」

参加者達の中から1人の男が笑いながら前に進み出た。

その手にはショットガンが握られている。

どうやらこの男が銃弾を撃ったらしい。

「ムラトゥス!お前何を……!」

「ステアラー会長。あんたには失望したぜ」

驚きに目を見張るステアラーに男は侮蔑の意志を向けた。

彼はレクトル・ディンマの組員だった。

「しっかり交渉決裂させると思ってたんだがなあ。まさかネオアルカディアの上層部と仲良く手を組むとは。こいつらがこれまで俺達をどれだけ迫害してきたかわかっているのか?」

「何を言うんだ……!それは過去の話だ!現体制は我々レクトルを蔑ろにはしない。その姿勢を感じたからこそ私はこの会議に出席したし、今回の契約を結んだのだ」

銃を構えるムラトゥスに向けてステアラーが憤る。

だが彼が納得する様子はない。

「現体制は生まれ変わっただと?それでイレギュラー化して死んでいった俺達同胞が報われるとでも?」

憤怒の表情でムラトゥスが言う。

「それでこれまでの所業をチャラにしてくださいってか?ふざけるな!!!」

 

ドオン!!

 

再びランチャーからエネルギー弾が放たれた。

それは真っ直ぐにハルピュイアの元へと飛んだ。

だが彼はソニックブレードを薙いで弾を弾く。

起動を変えられたエネルギー弾が壁に当たり弾けた。

再び壁に大穴が開く。

「褒められたやり方ではないな」

強行の刃を向けられた賢将は、だが取り乱す事なく言葉を向けた。

「このような手荒なやり方ではあなたはイレギュラーと変わらん。武力を持って言う事をきかせようというのは到底賛同出来ない手段だ」

「うるさいぞ!お前はネオアルカディアの現トップだろう?ならば俺達に過去してきた数々の弾圧行為の責任を負うべきだ」

「確かに過去の体制があなた方に取ってきた対応は酷いもの。だからこそ、それはこれから我々が償わせていただきたい」

ハルピュイアはムラトゥスを非難するだけではなく、一定の理解を示した。

過去の体制……バイルが都市を牛耳って統治していた時期はもちろんの事、それ以前のコピーエックスが指揮を取っていた時も、レクトルに対しては真っ当な人権が認められていなかった。

一般的なエネルギー源が身体に適合しない彼らは通常のレプリロイドの範疇から外れた"日陰者"として忌み嫌われてきたのだ。

本来ユートピアであるはずのネオアルカディアから彼らは長年迫害されてきた。

 

当時ハルピュイアは幹部としてその統治に関わっていた。彼自身もその迫害を容認してきた事実がある。

以前の彼は力なき者を格下と侮り蔑視してきた。レクトルに対しても、エネルギーをろくに身体に適応できない取るに足らない者達として見下していた。

だが同じく見下していたゼロとの度重なる戦いの中で、彼の心境にも徐々に変化があった。

侮っていたゼロに幾度もしてやられて敗北を喫した事で、彼は簡単に他者を蔑む事を改めるようになっていった。

そして、それは一度死んで再修復された後により顕著になった。

かつての記憶を蓄積して保持したメモリーチップはちゃんと生きており、それを元に彼は復活を果たしている。

記憶のチップをロードした時、彼は過去の自身の差別意識を悔い改める事になった。

その償いから、彼はこうしてレクトル救済の会議を開催して自身も参加しているのである。

「ちぃ……わかったような口をききやがって…!」

気勢を外されたムラトゥスは歯ぎしりするように叫んだ。

こちらの実力行使・非難に対しては向こうがもっと見下して高圧的に出てくるものだと考えていたからだ。

だが同時に理解も示され、怒りの矛を突き刺すやり場を失ってしまう。

「そうです、私からも謝罪させてください」

それまで黙っていたシエルが立ち上がった。

彼女は男が銃弾を放った行為を見ても取り乱したりせず、冷静に黙って見ていた。

これまでにレジスタンスとして幾度も危険と隣り合わせで暮らしてきた彼女からすれば、銃弾が飛び交う光景は日常だったからである。

「これまでにネオアルカディアがあなた達レクトル・ディンマにとってきた扱いは許されるものではありません。こちらが今更態度を改めてもそう簡単には納得できなくて当然でしょう」

ですが、とシエルは続ける。

「私達はもうあなた達を迫害したりしない。ここでシステマ・シエルの開発者である私と最高権限者のハルピュイアが約束します」

ムラトゥスの目を真っ直ぐに見つめてシエルが意志を伝える。

ネオアルカディアの中枢を担う2人に誠意を示され、彼は動揺を露わにした。

しかし彼の心には尚憎悪が燻っていた。

ムラトゥスからすれば、言葉づらだけで理解を示されても返って半端にあしらわれているように感じてしまう。

それは返って彼の態度を頑なにさせてしまった。

「あー、うぜえ。どれだけ口で都合のいい事を言おうと所詮はネオアルカディアの手先連中。とりあってられねえなあ!」

彼は右手をすっと頭上に掲げた。

そしてパチンと指を鳴らす。

「さあ頼むぜ、助っ人の軍勢さんよお」

 

バリイン!!

 

バリイン!!

 

バリイイイン!!!

 

「!?」

「な、何だ…!」

「う、うわああああ!」

いきなり外の窓ガラスが割れた。

それも1つではなく全ての窓が。

何者かが外から砲撃を打ち込んだのだ。

「これは…!まさか襲撃か……!?」

「こ、この会議の情報が漏れていたのか…!?」

「へっへっへ」

パニックになる参加者を尻目にムラトゥスが笑う。

「参加者である俺には今日この場にネオアルカディアのトップが来る事がわかってたからなあ。“始末”するにはまさに絶好の機会ってわけだ。適任な連中に協力を依頼させてもらったぜ」

「お前、まさか」

「ムラトゥス、貴様……!」

彼は不敵な表情でレクトル・ディンマの組員達を嘲笑う。

今日このスカイビルでトップ会談が開かれる事を知っていた彼は、ネオアルカディア上層部を殺すために予め別組織に襲撃の依頼を打診していたのだ。

まさか内部の者が内通して襲撃者に依頼をかけていたとは思わず、レクトルの面々は面食らった。

「ムラトゥス、何故こんな事を……!」

「さっき言った通りだ。あんたら上が許してもなあ、俺は過去に俺達を迫害したこいつらネオアルカディアを許さねえ。そして今更こいつらが謝罪した所で絶対に許さねえ。この悪辣極まる連中に対しては――ただ“抹殺”あるのみだ」

困惑と憤りが混じったステアラーの非難に彼は悪びれた様子もなく答えた。

既に彼は復讐魔と化しており、元からネオアルカディアと和解などするつもりがない。

所属しているレクトル・ディンマがその協議に臨むなど彼は到底認められるわけもなく、ぶち壊しにするための襲撃を企てたのだ。彼単体では雀の涙で無力に等しいため、相応の力を持った組織に依頼する形で。

 

ドオン!

 

ドオン!

 

「うわあああ!」

割れた窓の奥からさらに砲弾が打ち込まれる。

会議室の壁や床が着弾の衝撃で弾けた。

直撃すれば大怪我、もしくは命を落とすレベルの危険な攻撃だ。

「ムラトゥス!貴様我々まで巻き込む気か…!」

「あんたらはネオアルカディアと和議を結ぶなんざふぬけた事しやがったからよお。だから奴らと同罪さ。ここでまとめて死んでもらう」

「な、何だとお…!?」

 

「クククク、獲物はこいつらか」

窓の外から声が向けられる。

レクトルの参加者達がそちらを見ると、大きな羽を持ったレプリロイドが空中に浮いた状態でこちらを凝視していた。さらにその後ろには複数の配下と思しき飛行型レプリロイド達が同じく宙に浮いて控えている。

「あ、あの連中は何だ……!」

「俺が呼んだ助っ人さんさあ」

「我は暴雪月花の1人ライオヌル様に仕える1番部下、飛翔の貴公子ケツァールだ」

敵集団の中心に陣取っている男が口を開いた。

緑と赤のコントラストが鮮やかな体躯が空に栄えている。

鳥形のレプリロイドである彼は、その見事な羽を優雅に羽ばたかせてホバリングをしている。

「暴雪月花……ライオヌルだと?」

男が呟いた単語にハルピュイアが眉根を寄せた。

その名には覚えがあるからだ。

以前ファーブニルが持ち帰って来たデータ端末に保存されていた敵幹部の1人と一致する。

「ククク、そこにいる男は賢将ハルピュイアだな?俺の脳内メモリーにあるチップがそう認識している」

「そうだ。それよりも、貴様今暴雪月花のライオヌルに仕えていると言ったか」

「いかにも。我が崇高なる暴君ライオヌル様は我が主。それがどうした?」

「今我々はお前達の組織をマークしていてな。調度いい、貴様を捕らえて情報を引き出してやろう」

ケツァールの素性を把握したハルピュイアが不敵に笑む。

彼はケツァールをここで倒すのではなく捕虜として捕らえ、情報を吐かせるつもりにしたようだ。

「ハッハッハ!片腹痛し!この私を捕らえようなど!」

だが賢将の言い様に対して彼は嘲笑する。

「我はかのライオヌル様の一番部下ぞ?その私を捕らえる?クヒャーッハッハッ!」

彼はハルピュイアに向けて高らかに嘲笑う。

自分の戦闘力に対し、かなりの自信があるようだ。

「なら試してみるか?」

「いいぞよ?好きにかかってくるがよい――ぐあっ!?」

突然、ケツァールの台詞が遮られた。

同時に彼から呻き声があがる。

見ると彼の左上腕部から煙が上がっていた。

どうやらケツァールの真横から誰かが彼を攻撃したらしい。

「な、何奴……!」

「随分と主に対して無礼な物言いをしてくれたな」

ケツァールから100m程離れた宙に、1体のレプリロイドが鎮座していた。

彼と同じく飛行形態で空に滞空している。

「私は四天王ハルピュイア様のご命令でこのビルを警護しているアステファルコンだ。主に代わって貴様を粛正する」



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新たなるエネルギー④

「貴様…不意打ちとは卑怯なり!」

「私はこのビルの警護を任されているのでな。守護するためなら手段は問わない」

損傷した左上腕部を押さえ、アステファルコンを睨みつけるケツァール。

だがアステファルコンは気圧された様子はない。

彼はハルピュイアから事前にこのスカイビルを守るよう命じられていたのだ。

襲撃してきたテロリストを討つのは当然の役目であった。

「随分と遅かったな」

上空の端にアステファルコンの姿を捉え、ハルピュイアが言葉を向ける。

だがその声は幾分か不満の色を帯びていた。

会議室には既に砲撃が撃ち込まれ、床が所々破損し窓硝子は粉々に割れてしまっている。

本来であればそれを未然に防ぐ形で敵を討たねばならないところだ。

「申し訳ありません。敵の移動スピードが視認出来ない程に速く、迎撃が間に合いませんでした」

至らぬ警護にアステファルコンが平伏する。

数刻前、彼はケツァールがスカイビル周辺に現われた事を認識した。

彼は駆逐するためそちらに向かおうとしたが、その彼の視界から“消える”形でケツァールは姿を消してしまった。

敵を見失ったアステファルコンは急いで周囲を探したが、再び彼を見つけた時には既に会議室に向けての攻撃が始まっていた。

今の迎撃はケツァールがハルピュイアとの会話に意識を逸らされている隙を狙っての不意打ちであった。

「全く護衛役ともあろうものが情けない。お前はそれでも俺の部下か?」

「…弁解の言葉もありませぬ。しかし、今の失態はこ奴を“粛正”する事で晴らしてみせましょう」

「ほう?ではこいつの相手はお前に任せていいんだな」

「は……!ハルピュイア様に恥をかかせぬよう必ずや打ち倒してみせましょう」

彼はハルピュイアに敬礼する形で応える。

ネオアルカディア現筆頭である賢将の部下である事は、ステータスであると同時にそれ相応の強さと品格を求められる。

その責務を果たそうと彼は意志を滾らせていた。

「部下風情がこの私の相手をするというのか?」

「貴様も同じくボスに仕える部下だろう。ならば地位は同じ。今から貴様を国家反逆罪で粛正する」

「同じだと?笑わせるな」

次の瞬間、ケツァールの身体が“ブレた”。

アステファルコンが意表を突かれる。

辺りを見回すが奴の姿はどこにもなくなっていた。

「ど、どこに消えた……!」

「お前の後ろぞ」

「!?」

突然背後からケツァールの声がし、彼は驚いた。

急いで振り返ろうとするが、

「遅い!」

「ぐおお!!?」

羽によるぶちかましを見舞われ、アステファルコンは吹っ飛ばされた。

超速移動からの背後からの死角打ちだ。

目にも止まらぬ速さで彼の目は敵の動きを認識出来なかった。

「あまり調子に乗るな」

体勢が崩れたが、彼は両翼でバランスを取って空中旋回する。

そして反転攻勢に出た。

「喰らえ!」

彼は上に飛び上がると、斜め下方向に三本の矢を発射する。

エネルギー弾が矢の形状になった攻撃がケツァールに向かって飛んだ。

「クカカ、単調な攻撃よのう」

飛んで来る矢にも浮かべるは余裕の笑み。

彼は背に生えている羽を前方へ向けて羽ばたかせた。

すると矢の軌道が曲がり、ケツァールへ到達する前に地面へと急降下していく。

ケツァールの羽が起こした強風により、矢の進行が煽りを受けて外されたのだ。

「ちぃ!小細工を」

「貴様ごときでは我には勝てぬ」

舌打ちする相手に彼は手に持っていたライフルを向ける。

そして嘲笑って引き金を引いた。

「死ぬがよい!」

ライフルから大口径の弾が放たれる。

喰らえば高いダメージを受ける危険な銃弾だ。

だがアステファルコンはそれに対応する。

自らの腕を“開いて”吸引を開始したのだ。

開かれた腕内部から強い吸い込みが発生する。

その間に銃弾は彼の腕にヒットするが、弾ごと外に弾かれてしまいダメージは通らない。

吸引を行っている時の彼は腕が硬化して強靱になるのだ。

「ぬう…!」

アステファルコンの開かれた腕からは強力な吸引が行われ、ケツァールの身体もそちらに引き寄せられていく。

踏ん張ろうとするが、吸引力が強く引き寄せを止められない。

「いくら貴様が速かろうとも私の吸い寄せ効果の中では自由に動けまい」

「小癪な技を使う……だが!」

吸い寄せられていくケツァールだが、尚も不敵な笑みを見せる。

彼はまたしても羽を羽ばたかせ、強力な強風を生み出した。

その風は今度は自らに向かうように向けられており、引き寄せる吸引と反作用にかち合う。

そして吸い寄せられる動きを停止させる事に成功した。

「クハハ!残念だったな、貴様の浅い技など我には通じぬ」

「果たしてそう言い切れるか?」

だがアステファルコンの顔は笑っていた。

そしてこの瞬間、彼はケツァールの背後を取っていた。

「何!?(今の引き寄せ合いでこっちの意識が削がれた所を狙って――!?)」

「粛正を受けよ!」

0距離となった所を逃さず、彼はケツァールの胸ぐらを掴んで自らの膝を立てた。

そしてその膝目がけて奴の頭部を叩きつけた。

 

ゴガ!

 

「ぐああ!?」

頭に強烈な一撃を喰らい、ケツァールが苦悶の声を上げる。

アステファルコンは攻撃を単発で終わらせず、掴んだ胸ぐらを放さずに続け様に連打した。

 

ゴガ!

 

ゴガ!

 

ゴガ!

 

「う、うぐぉおおお!!」

強烈な膝蹴りを頭部に複数回受け、ケツァールは大きくダメージを受ける。

連打が決まった事でアステファルコンは勢いづいた。

「どうだ、これが賊の部下に過ぎぬ貴様と賢将ハルピュイア様の部下である私との“差”だ」

「差だと……?お前ごときと、この我が……?」

 

 

「ふざけるでないぞォぉ!!」

 

 

憤怒の表情で気勢を上げると、ケツァールがアステファルコンの腕を振り解いた。

瞬間的に強烈なパワーを出し、掴まれていた手を取っ払ったのだ。

「ぐお…!」

「低俗な一配下の分際で無礼千万である!本来の実力差をとくと見よ!」

荒い力で腕を払われてアステファルコンは体勢を崩した。

その隙をケツァールは一気にたたみかけた。

一気に羽力と脚力のブーストをかけて超速移動を見舞う。

再び敵の姿がアステファルコンの視界から消える。

「ぬっ!?どこだ…!」

「死ぬがいい」

「っ!?」

真後ろから声がした。

ぎょっとして彼は背後を振り返る。

だがガードしようとした腕は空を切り、彼の頭部をケツァールの羽が殴打した。

「ぐあっ!?」

「おらおらおらおら!!」

羽を巧みに振りしばき、ケツァールは羽の強力な殴打を放つ。

パワーのある高速連打を0距離で受け、彼は瞬間的に高い負荷を受けた。

「図に乗るな!!」

反撃しようとアステファルコンが腕を薙いで応戦した。

しかし彼の腕はまたしても空を切る。

ケツァールが攻撃を読んで先に超速移動をしていたからだ。

再び敵が視界から消え失せて彼は動揺する。

「くそ、また消えるか……!」

 

ドゴ!!!

 

「ガはッ……!」」

彼の頭部に苛烈な一撃が直撃した。

いつの間にか真後ろに陣取ったケツァールが両手を組んで振り下ろしていたのである。

そして立て続けに両手での振り下ろしが繰り返された。

 

ドゴ!! ドゴ!! ドゴ!! ドゴ!!

 

後頭部に強力な打ち下ろしが何発も見舞われ、アステファルコンの意識が朦朧とする。

「ぐ、お、ぉ………」

彼がよろめき始めた所でケツァールは彼を奥へ突き飛ばした。

そして最後のフィニッシュとばかりにケツァールは両の羽にオーラをチャージする。

「クハハ、この技を見れた事を光栄に思うがいい!冥土のみやげにするんだな!」

高笑いを浮かべ、彼は決め技を打ち放った。

「シャワーブースターオーロラ!」

上空に舞い上がった彼の羽が大きく羽ばたかれる。

その羽からはあまたの矢が放たれ、眼下へと降り注いだ。

その様はまるでオーロラのシャワーのようであった。

「もはや、これまで……」

迫り来る多数の矢を見ながらアステファルコンは死を悟った。

死ぬのはこれで“2度目”となるが、またしても主の期待には応えられなかったと彼は悔やんだ。

出来る事なら、勝って期待に応えたかった――。

 

「クキャーッキャッキャ!やっとくたばったか、三下風情が!」

矢の雨が降り注いだのを確認し、ケツァールは勝利に浸る。

彼からすれば“同じ部下同士”などと並べられる事は我慢ならなかったのだ。

彼が仕えるのは暴雪月花の実力者ライオヌルである。

その1番部下と自負している彼はプライドも高い。

片やハルピュイアに仕えているとはいえ、アステファルコンは1番部下でもない。

そもそもハルピュイアに関してもケツァールはライオヌルよりも下だと見なしている。

それほど高く評価していない賢将のさらに部下である者など取るに足らない存在だ。

その“三下”に同格呼ばわりされるなど、彼からすれば言語道断な事だった。

今こうして勝利する事で格の違いを見せつける……という目的を彼は達したのだ。

 

「さて、この勝負はひと区切りついたようだな」

「!」

矢が降り注いだ周辺は着弾の衝撃で煙が舞っていた。

その煙幕の奥から、1人の男の声が届けられる。

ケツァールは目をむいた。

「賢将、ハルピュイア……!」

煙が晴れた場所にはハルピュイアが立っていた。

アステファルコンの前で盾になる形で。

彼にガードされる形になったアステファルコンは彼の後ろでどうやらまだ生きているらしい。

「ハル、ピュイア……様……!」

「お前の負けだ。情けない戦いをしやがって」

呆れた様子で彼は部下を見下げた。

「何故私などをお庇いに……!」

「弱くても部下は部下だ。私がお前の尻拭いをしてやろう」

そう言って彼は一歩前に進み出る。

眼前で上空に滞空しているケツァールに目を向けた。

「部下が世話になったな。ここからは私が直々に相手をしてやる」

「何……!」

突然割って現われた賢将に彼は内心動揺していた。

さっきまでは離れた会議室内に居たはずだ。

それがいつの間にこれだけ近い距離に、“間合い”にまで入ってきたというのか。

彼は気付く事が出来なかった。

(そういえば、我の部下達は何をしている……?邪魔者が入ってきたというのに何故攻撃をしていない……?)

彼は後方に複数の部下達を控えさせている。

今はアステファルコンとのタイマンだったため手出しはさせなかったのだが、他に闖入者がいるのなら話は別だ。

排除すべき対象として攻撃のむしろにするのがしかるべき流れである。

だが誰も攻撃してこない――。

「……!?」

彼はようやく気付いた。

誰も攻撃をしていないのではない。

そもそも自分の部下達が誰一人として背後に控えていなかったのだ。

「おい……あいつらはどこに行ったんだ?」

「既に俺が片付けたが。気付かなかったか?」

「な、何だと……!?」

大量にいた彼の部下達は、全て賢将によって始末されていた。

彼はアステファルコンとの戦闘に意識を向けていたのもあるが、まさかその間に部下が全員倒されてしまうとは思うだにしなかっただろう。

それだけ速技で、それも気配も悟らせずにハルピュイアは片付けてしまったのだ。

「な、何を馬鹿な……はったりもたいがいにしろ!!」

「信じられないか?ならば今からわからせてやろう」

チャキリ、とソニックブレードを鞘から抜いて彼は構える。

動揺しているケツァールは、刃を向ける賢将を睨みつけた。

「貴様1人で我を倒そうというのか?さっきの部下の醜態を見ていなかったのか?」

「ああ、奴は情けなかったな。あれでは警護役としては務まらん」

溜め息をつきながら、彼は続ける。

「だが何一つ寄与しなかったわけではない」

「何…?」

「お前は何度か被弾していたな」

「……!」

「俺の部下相手さえ完封出来ない軟弱者が俺を相手に出来ると思っているのか」

ハルピュイアは彼を上から見下げた。

その目で格下に見られているとわかり、ケツァールは感情を怒りに転化させる。

「貴様……その言葉、覚悟があって言っているのであろうな?」

「何の覚悟だ?まさかお前に殺られると思っているという事か?」

ハハハ、と賢将がわざとらしく笑った。

「片腹痛いな。なかなか悪くないジョークだ」

「おのれ、許すまじ…!」

挑発されて一気に苛立ちをつのらせるケツァール。

顔を紅潮させた彼は一気に賢将へとダッシュして間合いを詰めた。

そして眼前で羽を打ち付けるように薙ぐ。

「死ねえ!!」

だが、羽が当たった感触はなかった。

ハルピュイアにかわされていたからだ。

羽が接触する寸前までその場にいたはずが、まるで身体を透過したかのように打撃がすり抜ける。

(当たらぬ……だと!?)

完全にヒットしたと思った殴打がすり抜け、ケツァールは前へ体勢を崩す。

そこを背後から緑の斬撃が襲った。

いつの間にか背後に回っていたハルピュイアがソニックブレードを振るっていたのだ。

死角からの攻撃に彼は対応できず、そのまま一閃を喰らった。

「ぐああッ!」

背中を切り裂かれ、ケツァールが苦悶の声を上げる。

今の彼のダッシュは“超速移動”である。

初手からいきなりブースト全快で相手に特攻をかけたのだ。

しかしその本気の足を使った攻撃は賢将にさばかれてしまう。

(馬鹿な……!我の俊足が見切られるだと!?)

だがすぐ様反転すると、彼はもう一度ハルピュイアに特攻する。

(まぐれだ…!この我の素早さについてこれるはずがない!)

一気に羽力と脚力のブーストをかけて、再び超速移動を見舞う。

ケツァールの姿はその場から消え失せた。

少なくとも半端な実力者から見ればそう見えただろう。

だがそうでない者から見れば、そうではなかった。

「中途半端だ」

「グゃっ!?」

ケツァールの頸椎目がけて蹴りが叩き込まれる。

ハルピュイアが右足を横薙ぎに振るい、敵の首元後ろに回し蹴りを決めていた。

完全にトップスピードの状態で攻撃をかわされ、あげく強烈な一撃を喰らった彼は前のめりにつんのめった。空中なので地面に顔が打ち付けられる事はなかったのがまだ幸いか。

しかし彼のプライドは傷つけられた。

(そ、そんな馬鹿な……!我の本気の動きが通用しないだと……!?)

「お前は素早さに自信があるようだな」

「!?」

内心の動揺を知ってか知らずか賢将が彼に言葉を向けてくる。

「だが俺からすればせいぜい中の上と言った所か。その程度なら俺を撹乱するレベルにはない」

「な、何をォ……!」

見透かしたように言われ、彼は紅潮して羽を激しく羽ばたかせる。

すると彼の背に生える両翼から風の流れが巻き起こった。

それは苛烈な小嵐のようにうねりを上げて暴風と化す。

羽の動きに呼応するように、前方のハルピュイアへ目がけて鋭い風撃が飛んだ。

だがそれは一瞬の出来事だった。

ハルピュイアがタイミングよく上空高くに飛んだ。

その下を暴風が通過する。

強力な攻撃だが、冷静に見れば練度の低い猪突猛進な攻撃だ。

飛行能力がある者ならば、風の影響が届かない高さまで飛んで避ければいいだけである。

「くそ!ちょこまかと……!」

「お前は何もかもが“浅い”」

こちらに苛立つように叫ぶケツァールに賢将が簡単に感想を述べた。

ハルピュイアからすれば、奴程度の能力でいきれる事がそもそもレベルが低いと言わざるを得ないのだ。

焦る相手を尻目に、彼は上空を滑空しながら斜め下方向に衝撃波を放つ。

鋭角に軌道を描いてソニックブームが敵へと飛んだ。

「うおぁっ!?」

避けづらい高さから斬撃が向かってくる。

ケツァールはダッシュして下を回避しようとしたが、彼の大きな羽では当たらずによけるのは難しい。

案の定ソニックブームが羽の先端に当たった。

「ぎゃああああーーー!!」

羽の上端が損傷し、彼から大きな呻き声が上がる。

羽ユニットは彼にとって生命線と言ってもいい部分だ。

空中に飛ぶのはもちろん、ダッシュの際の機動力にも直結する。

それが損傷しては影響が出るのは避けられない。

「お、おのれぇ……!」

「詰みだな。これでお前は何も出来なくなった」

気が付けばハルピュイアが正面に立って見下げていた。

上から見下すように彼を見ている。

「ま、まだ…!まだだぁ……!」

吐かれた言葉を受け入れられないケツァールはいきり立った。

ケツァールは身体を気張ると両の羽にオーラをチャージする。

すると高い出力エネルギーが彼の両翼に纏った。

「クハハ、我を貶めた事を後悔するがいい!塵の藻屑にしてやるぞ!」

自信を取り戻したかのように高笑いを浮かべ、彼は上空高く飛び上がった。

羽が損傷した影響であまり速くも高くも飛べないが、技を放つに十分な高さまでは何とか飛べるようだ。

この間に隙はあったが、ハルピュイアが攻撃をする様子はない。

好機とばかりに彼は決め技を打ち放った。

「喰らええ!シャワーブースターオーロラ!」

空中に静止した彼の両翼が大きく羽ばたかれる。

その羽からは大量の光の矢が放たれ、眼下へと降り注いだ。

その様は技の名の通り、オーロラのシャワーのようであった。

 

ジャバババババ!!!

 

あまたの光矢が着弾した。

その瞬間、緑の剣閃が幾重にもほとばしった。

両手に持ったソニックブレードが周囲を目にも止まらぬ速さで一閃、五閃、十閃と切りつけていく。

「なに!?」

ケツァールの目が驚愕に見開かれる。

百を超える矢の嵐が捌かれているのだ。

それも2本の剣の薙ぎだけで。

一切動きに無駄の無い正確な、そして尚且つ超速な剣捌きを持って。

それは天賦の才とでも言うべき剣技だった。

「ば、馬鹿……な、ぁ、、、!」

風の力も使わずに剣だけで自分の最大奥義を防がれる。

そんな信じがたい光景を目にしてケツァールは心を折られていた。

 

30秒後。

全ての矢は尽き、攻撃の嵐は止んでいた。

ケツァールは上空から元の高さまで降り、愕然と前方を見つめている。

賢将はいまだ同じ場所に立っていた。

その身体には傷一つない。

あれだけの数の矢を受けたにもかかわらずだ。

その全てを己の剣閃だけで彼は捌き切ってみせたのである。

(そんな……あまりにも、“差”がありすぎる、、、、、)

賢将と自分との実力差を彼は思い知らされた。

正直戦前は相手がネオアルカディア四天王とはいえ、そこまで脅威には感じていなかったのだ。

自分も暴雪月花の一角である“暴君”ライオヌルの1番部下である。

その自負がある彼は、たとえ賢将相手でも互角以上に戦えるだろうと踏んでいた。

だが、それは驕りであった。

「理解したか?」

「!?」

こちらを見た状態でハルピュイアが呟く。

まるで彼の精神的敗北を見透かしたように。

「お前と俺との間には絶対的な壁がある。それは努力や小細工などで覆せる程度のものではない」

「ぐ……!」

「この勝負はお前の負けだ」

見るまでもなく明らかな結果を告げられ、ケツァールは拳をわななかせた。

だが反論する気は起こらない。

悔しいが、ハルピュイアの言う事は何一つ間違ってはいなかった。

自分と賢将との間には絶対に越えられない格差がある。

今の戦いで彼はそれを精神的に悟ってしまった。

「ふ……何ということよ。この我がここまで無様に敗北を喫するとは」

「恥じる事はない。お前はそれなりの強者ではあった。こちらがより“高い位置”にいたにすぎん」

「ぐ……つくづく癪に障る男よ」

賢将のナチュラルな台詞に彼は敗北も早々に呆れ果てた。

だがその通りなのだ。

彼は元から住む世界が違う存在だったのである。

「くく、だがよいのか?そちはここで油を売っていて」

「どういう意味だ」

「お主がここに来ているという事は、今あの会議室は無防備な状態ぞよ」

ケツァールは思い出したようにスカイビルの方に目をやった。

そう、今あそこの会議室には守り手がいない。

最大の戦力である賢将が単身でここに来ているという事は、今あちらは戦える者がいないということ。

「ああ、そういえばまだ賊が1人残っていたか」

「そうだ。奴はネオアルカディアに恨みを持っている…!そしてお前達に協定を結んだレクトル・ディンマの上層部にもな」

くくく、と余裕を取り戻したケツァールがせせら笑う。

「だからこそ奴は我らに上層部の抹殺を依頼してきた。こうして軍勢を率いて赴いたのもその依頼を成すためよ」

「ほう、お前達はさっき反逆の意志を示したレクトルの者に協力を依頼されたという事か」

お前達の台詞からだいたいの予測は出来ていたが、これで大まかな流れは把握出来た、とハルピュイアが頷く。

「お前達は何故奴に協力した?金が理由か?」

「そうぞ。最初はそうだった。だが今は単に金を得るため、というだけが理由ではなくなった」

「どういう事だ?」

「先程お前達の科学者が新たなエネルギー生成システムを構築すると言っていたな。つまり、エネルギービジネスの大きな変革が起きるという事になる」

「そうか、お前達は確か“ギラテアイト”の密売をして利潤を得ていたな」

「そうだ。我らにとっては現システムではエネルギー享受が満足に受けられぬ稀少型のレプリロイド達が飯の種。ギラテアイトという稀少鉱石はそれら稀少型レプリロイド達にも合う特殊なエネルギー属性を持っている。だからこそ高値で売買が出来、我らは儲けを得ているのだ。しかしシステマ・シエルⅡとやらが完成すれば、その恩恵は霧散してしまう。稀少型レプリロイドだろうと問答無用で適合させられるエネルギーを際限なく自由に生み出せるのだからな」

「なるほどな。それがお前達にとっては認められない事態というわけか」

「その通り。故に我らにとってもこの暗殺依頼は願ったり叶ったりというわけだ」

くくく、と彼は不敵な笑みを見せる。

「お主を殺せなかったのは残念だが、どうやら主以外の主要要人は始末が叶いそうだ。あそこにはまだ“依頼人”がいるからな」

彼が言う依頼人とは、先程最初に反逆の意を示したレクトル構成員の男である。

彼はミュートスレプリロイドであるケツァールと比べれば戦闘能力は大幅に落ちるが、軍隊に所属しており軍の戦闘訓練を受けている男である。

並の一般レプリロイドを殺害するくらいであれば問題なく行える力を持っていた。

レクトル・ディンマの面々は会長のステアラーも含めて戦闘力は全く高くない。

一般レプリロイドとそう変わらない凡レベルでしかないのだ。

そしてネオアルカディアの科学者シエル。

彼女は科学者としては稀代の天才少女だが、戦闘力に関しては0に等しい。

レジスタンスとして修羅場をくぐってきた経験はあるが、それでも武力に関してはどこにでもいる普通の少女でしかないのだ。

「故にムラトゥス1人でもあの場の者を十分に皆殺しに出来るだろう」

「なるほど、お前の自信はそれが理由か」

「そうぞ。我は少しでもここでお前を足止め出来ればよい。今頃あやつが仕事を終えている頃ぞ」

「それはどうかな」

「何…?」

余裕の笑みを浮かべるケツァールに、しかし賢将は焦った様子はない。

「お前は1つ忘れている事がある」

「忘れている事だと?」

「ここに居るはずの男がいないのに気付かないか?」

ハルピュイアが含み顔で微笑する。

ケツァールはすぐにはその答に思い至らない。

「それは誰の事だ…?ん、、、、」

数秒して彼はようやく気付いた。

そういえばさっき倒した男はどこに行ったのか。

奴は先程打ち負かしたが、殺し切ってはいなかった。

寸でで賢将が割って入ったためにとどめを刺せなかったのである。

「ぬぉ…!?まさか――!」

彼は慌ててスカイビルの会議室内部に目をやった。

そこに立っていたのは――。

 

――ハルピュイアに仕える部下、アステファルコンであった。

 

「あ、あやつめぇ……!!」

アステファルコンは既にムラトゥスを縛って拘束していた。

戦闘力では完全にミュートスレプリロイドの方が上なため、彼は1人の暗殺も叶わず為す術無く捕まってしまったようだ。

アステファルコンはこちらに目をやった上官に対し、敬礼を作って応じる。

『ハルピュイア様。こちらの賊は確保致しました。私の尻拭いをしてくださり感謝致します』

「うむ。まずは最低限だな。後は要人達を安全に下まで送り届けろ」

『はっ!』

無線通信でこの後のやりとりを話すハルピュイア。

それを聞いたケツァールはがっくりと膝をつく。

「くそ、くそぉ……!まさかあのような三下に暗殺計画をつぶされるとは……!」

「そういう事だ。俺の部下を甘く見た貴様の負けだ」

憤るケツァールにハルピュイアが当然だろうというふうに言う。

「あいつが後を引き継いだ俺の戦闘をただ傍観しているだけと思ったか。無防備になっている要人達の守護に向かうのは警護を任された者として真っ当な判断だ」

「ぐ……!」

「さて、これで貴様達の計画は失敗に終わったわけだが」

もはや武功を一切成せないケツァールに向けて、見下げた顔で賢将が述べる。

「これから貴様はネオアルカディアのプリズンに連行する。そこで洗いざらい貴様の組織の事を吐いてもらうぞ」

「ほ、捕虜というわけか……?」

「そうだ。大人しくしていれば命の保証はしてやろう。情報を多く話せばそれに応じてプリズンでの処遇も優遇してやる」

「そ、そうか」

捕虜として連行されるという今後の方針を聞き、ケツァールは任務失敗の失意から少々立ち直った。

ここで賢将に殺される、もしくは帰った先で上官に殺されるのどちらかは避けられないと思っていたからだ。

彼の仕えるボス、ライオヌルは暴君である。

その名の通り、任務を失敗した者には残虐なやり方で死を与える。

それは1番部下のケツァールに対しても例外ではない。

だが、ここでハルピュイアが捕虜として収監してくれるというなら、死から逃れる道が開けたと言っていい。

彼とて死ぬ事は恐ろしい。まして残虐なやられ方で惨い死に方をするなど真っ平ごめんだった。

彼にとっては死ぬ事よりもどんなやり方であれ生き残る方が望ましいのだ。

「わ、わかった。ではお主達の元で捕虜として洗いざらい話そう」

「そうか、賢明だな。では早速貴様をプリズンまで移送する」

ハルピュイアがケツァールの捕虜収監を決めたその時だった。

ケツァールの胸元から異音が聞こえ出した。

 

カチカチカチカチカチ

 

「ん…?何だ、、、、?」

 

カチカチカチカチカチ

 

何かのカウントを刻むような音が彼の胸の中から聞こえてくる。

それは何か不安感を与えてくる音だった。

 

カチカチカチカチカチ

 

「おい!貴様の中にはまさか――」

「あ……?」

ケツァールはその音の意味する所を理解していなかった。

それは上官が予め部下の身体に組み込んでいた仕掛け。

もしも“敵に寝返った場合”に発動するようプログラミングしていた起爆装置だった――。

 

ドガアアアアアアア!!!!

 

身体の内部から閃光が炸裂し、爆発が起こった。

ケツァールの身体は粉々に吹き飛び、辺りには爆風が吹き荒れた。

ハルピュイアは咄嗟に後ろに飛び、何とか爆発の影響を避けた。

だが、ケツァールは生還叶わず、爆発四散して命を散らした。

 

***

 

「あーあ、かわいそー。何も殺す事なかったのに」

モニター画面に映る黒煙を見ながら少女が振り返った。

銀髪の長い髪がさらりと流れるように舞う。

「任務を失敗したあげくに俺を裏切ったんだ。当然の報いだろう」

まあ大人しく帰ってきてもどの道殺してたがな、と背後にいた男が吐き捨てる。

彼はケツァールの上官であるライオヌル。

暴雪月花の1人で“暴”を司る。

見た目は25歳前後の青年だ。

部下が爆発死したのを目の当たりにしても、悲しむそぶりは微塵も見られない。

「君も相変わらずだね~。僕は君の部下じゃなくてよかったよ」

「お前のように性格に難があり、無駄に超常的な力がある女は下に置きたくないな。こちらから願い下げだ」

「あ、ひっどーい!そんな事言うなら君でも殺しちゃうんだからね」

ライオヌルに向けて非難する目を向けて少女がむくれっ面をした。

そんな彼女を別の男が諫める。

「まあまあその辺にしておけやノッラ。それ以上は冗談では済まなくなるで」

「はいはーい、わっかりましたー」

「まったく。これだからガキの相手は疲れるんだ」

うざったそうに辟易してライオヌルがモニター画面に目を戻す。

ちなみに今彼女を止めたのはムーンフェイズという男性だ。

彼は暴雪月花の“月”を担当している。

なまり混じりで話す男で3枚目風の風貌を持つ。年齢は25歳前後。

そして不満顔を見せつつも頷いたのはノッラという少女。

彼女は暴雪月花の“花”のポジションである女性だ。

年齢は15歳前後でこの中では一番若い。

銀色の長い髪を持ち、美しい容姿と可愛らしい容姿の両方を持ち合わせている。

「しかしこれは少々厄介な事になったで」

「ああ、まさかネオアルカディアが新たなエネルギー生成システムを開発しているとは」

彼らはケツァール、そしてムラトゥスが持っていた録音無線マイクを通して会議の会話をこの部屋で聞いていた。

会談の途中で出た“システマ・シエルⅡ”開発の話も当然耳に入っている。

その情報は彼らにとって重大な懸念事項をもたらした。

「これではギラテアイトの稀少価値が失われかねない」

「ってか十中八九そうなるでしょー?何かどんなレプリロイドにも適合する千差万別のエネルギーを生み出せるらしいし」

「ドクターシエルという科学者は天才やとは聞いていたけど、まさかそんな事が実現出来るとは思えへんで」

「でもでも彼女は実際に開発したんでしょ?システマ・シエルを」

「その通り。既に彼女は現実に画期的な発明を成している。まあ現システムは完全無欠ではなく穴のあるエネルギーシステムだがな。その綻びのおかげで我々はギラテアイトビジネスを営めているわけだ」

また別の男性がノッラに答える。

彼は暴雪月花の“雪”を務めるファシュロカという男だ。

年齢は20歳前後で顔立ちの整ったイケメンである。

「しかし、その穴を埋められる新システムを作られるとなると話は変わってくる。こちらにとっては死活問題だ」

「完成までにはまだ半年はかかるようやが、それでも予想以上に速い開発スパンや。早急に手を打っておかねばならへん」

暴雪月花の4人は先程得た情報を元に今後の対策を練り始める。

当初はレクトルのムラトゥスから高額の依頼金と引き替えに暗殺を依頼され、金のために暗殺に協力し部下を送ったに過ぎなかった。

だがそこでの会議で盗聴した会話からネオアルカディアが新たなエネルギーシステムを開発しているらしい事を彼らは知った。

汎用エネルギーが身体に適合しない特殊型レプリロイド達を相手にギラテアイトビジネスで利潤を得ていた彼らにとって、それは看過出来ない事態であった。

「ギラテアイト確保のために邪魔になる四天王達はいずれ始末する予定だったが。本来それはもっと奴らのデータが集まってからにするつもりだった。しかし」

「今回の情報でそう悠長な事も言っていられなくなったよねー」

「期限は半年しかあらへん。あの天才科学者なら必ずその期間内に開発を実現させてしまうやろ」

「それは断じて容認できないな。システム開発を中止させるにはあの科学者を早急に殺すのが最善か」

「そうだね~、邪魔なメスガキちゃんには死んでもらおっか」

「メスガキのお前が言えた台詞か」

「ああ゛ん?」

「やめろや、今は我々で殺し合いをしている場合やない」

不穏な空気が流れ始めかねない空気にムーンフェイズが仲裁に入る。

じゃれているだけに見えるが、このまま放っておけば本気の争いに発展しかねないのを彼は知っていた。

「とにかくだ。科学者シエルを殺すにはネオアルカディア本部をある程度攻略する必要がある」

「あの科学者は今はネオアルカディアに所属しているそうだからな。本部内に構えた専用の研究施設に住んでいるようだ」

「そこへ侵入するには本部へ侵攻してネオアルカディアの軍勢を少なからず突破しなきゃならんか」

「我々の戦闘値を考えれば中ボス格や四天王配下のボス程度なら問題なく撃破できるだろう。問題は四天王だ」

モニター画面に4つのサムネイル画像が表示される。

そこにはネオアルカディア四天王の面々が映っていた。

「賢将ハルピュイア、闘将ファーブニル、妖将レヴィアタン、隠将ファントム。この4人が強力な障害になる」

「これまでこの4人とは部下達が1通りやり合ったわけだけど。どの子も滅茶強だったよねー」

「先程俺の愚舎弟が賢将と一戦交えたが、先のアステファルコンとはレベルの違う強さだった。やはり配下のボスと四天王とでは明確な格差があるのは間違いない」

「だが我々の戦闘力も四天王と比べて大して引けは取らんで。まだ十分な量とは言えんけど、1通り四天王全員分のデータもスカウティング済みや」

「まあ、僕達が本気で臨めば4割ぐらいは勝機あるんじゃない?僕らは僕らで部下とは実力に雲泥の差があるしね」

彼らはネオアルカディア本部に侵攻し、襲撃する計画を立てていく。

各軍団の兵達を倒しながら内部に潜入、そして障害となる四天王達をも討つ手筈だ。

ただ、相手も強力な敵故に確実に倒し切れるとは言い切れない。

そのため、殺せない場合はその他の手段で彼らの妨害を無効化しなければならない。

そうして強敵を切り抜けた後、本題である科学者シエルの暗殺を実行に移す。

ネオアルカディア本部襲撃計画が、今着手されようとしていた。



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第6章:四天王VS暴雪月花
迫り来る襲撃者達


スカイビルにて行われたトップ会談は、一騒動あったもののひとまず無事に幕を下ろした。

途中、一組員の1人がクーデターを起こし、武装したテロリスト達に会場は襲われた。

だが四天王ハルピュイアとその部下アステファルコンの活躍により、犠牲者はなく切り抜ける事が出来た。

戦闘の結果、敵リーダーのケツァールは自爆により死亡。レクトルを裏切り反乱を企てたムラトゥスはアステファルコンにより身柄を拘束された。彼はプリズンに送られて調べを受け、然るべき処罰を受ける事になるだろう。

会議に参加した参加者達はアステファルコン、そしてハルピュイアに護衛されながら無事ビルから降り、地上まで生還した。

ここでの会談は混乱もあったが無事一定の成功を持って終了した。

ネオアルカディアを代表してシエルが、レクトル・ディンマを代表して会長ステアラーがエネルギーシステム契約書に調印した。

その意義は極めて大きい。

だが、その事をよく思わない者達も確かに存在していた。

 

スカイビルのトップ会談から1ヶ月後――。

【ネオアルカディア本部科学棟】

ここは本部の中に建てられた専用施設。

科学分野に関する研究所だ。

科学者達が研究に明け暮れるに十分な設備環境が揃っている。

今、このラボでは大勢の科学者が研究に勤しんでいた。

それは、とあるエネルギーシステムの開発のため。

「シエルさん、第4フェーズのエネルギー生成データが解析完了しました」

「ありがとう。すぐに確認するわね」

研究員から解析結果の報告を受け、シエルが頷いた。

彼女はこの科学棟でシステマ・シエルⅡの開発に取り組んでいるところだ。

開発に取りかかってから今で3ヶ月。

期限まではあと5ヶ月である。これは先月のスカイビル会談にて決まった。

彼女自身が半年以内には完成させると宣言したのだ。

「うん、いい感じね。前回よりも多岐に適合できるエネルギー成分が生み出されているわ」

上がってきたデータを見てシエルは満足そうな笑みを見せる。

「はい…!この分なら次のフェーズに進めそうですね」

「そうね、そろそろ第5フェーズの段階に入れそう」

システムの完成までにはいくつかのフェーズをパスしなければならない。

全部で10ある内の4段階目までをこれで達成した事になる。

多少の足踏みはあるが、今の所開発は順調に進んでいた。

『ピロリロリロ』

「あら、お客さんかしら」

室内のチャイムが鳴り、来訪者が来た事を告げた。

備え付けのモニターを見ると、見知った顔が映っている。

微笑んで見せると彼女はドアロックを解除した。

 

「シエル、ちょっとお邪魔するわよ」

「レヴィアタン、いらっしゃい」

研究室のドアを開けて1人の少女が入ってきた。

四天王のレヴィアタンである。

「研究の首尾の方はどうかしら?上手くいってる?」

「うん、今の所概ね順調。このペースなら納期には問題なく間に合いそう」

シエルの回答に彼女は肩をすくめてみせる。

「流石天才科学者。正直あと半年で完成させるなんて厳しいと思っていたんだけど」

「ふふ、私だって無謀な期限を設定したりしないわよ。既に開発に取りかかっていたし、このラボの優秀な研究員達の協力があれば十分に達成できると判断したの」

ここ科学棟にはネオアルカディアが誇る優れた科学者達が集められている。

能力の高い人材はハイクオリティに富んだ研究成果に欠かせない。

故にこの施設には選りすぐりのメンバーがスカウトされていた。

シエルも当然その1人である。

過去に、レジスタンスに所属しながら彼女はレベルの高い研究をしてきた。

そしてシステマ・シエルという画期的なエネルギーシステムを開発した。

バイル政権崩壊後、レジスタンスはネオアルカディアと和解。

研究成果が認められた彼女は晴れてネオアルカディア本部に招聘されたのだった。

「もちろん研究員達の質の高さは否定しないけど。でも私はやっぱりシエルの貢献が大きいと思うわ」

「そうかしら?」

きょとんとした顔でシエルが小首を傾げてみせる。

謙遜しているのか、自分ではその凄さをあまり自覚していないのか。

やれやれと再び妖将が肩をすくめた。

「これも天才の性というやつかしら」

シエルは言うまでもなく天才科学者である。

いくら研究員達のレベルが高いとしても、シエルのそれは飛び抜けていた。

若干16歳にして、彼女はプロジェクトリーダーに抜擢されている。

彼女がいなければシステマ・シエルⅡは理論から成り立たず、開発も実現出来なかっただろう。

「ふふ、ありがとう。素直に受け取っておくわね」

おべっかなどではなく、真っ当に評価してくれている。それを感じた彼女はにこりと笑ってレヴィアタンに微笑みかけた。

「半年という期限は私が責任を持って宣言した期間だから。今も困窮で苦しんでいるレクトルの人達へ、1日も早く新システムを完成させて実用化させるつもりよ」

シエルは確かな意志を持った眼差しで決意を新たにした。

 

『ALERT!ALERT!不法侵入者デス!』

「!」

「!」

その時、不意に室内に警報が鳴り響いた。

危険なALERTを告げるブザーが科学棟中に木霊する。

「な、何……?」

「どうやら本部の施設に許可を受けていない部外者が侵入したようね」

警報内容を聞いて妖将は瞬時にその内容を理解した。

シエルの方はそこまで警備システムには精通していないためすぐに理解は出来なかったが。

「だ、大丈夫なの?」

「ええ。心配しないでシエル。ちょっとした“賊”がやってきたみたいだけど、無問題よ」

不安そうにするシエルの肩に手を置き、彼女は微笑んで見せる。

「その程度なら私達の部下が片付けるし。もし万が一敵が強い奴だったとしても、私達四天王が守ってあげるわ」

「そ、そう。なら安心ね」

妖将に励まされてシエルは少し笑顔になった。

 

「じゃ、私は本部に戻って状況確認をしてくるから。警備の者を手配しておくけど、シエルはこの科学棟から出ちゃ駄目よ?」

「わかったわ」

警報ALERTの詳細確認のため、レヴィアタンは一度本部に戻る事にする。

彼女は連絡端末を取り出すと、部下に命令を出した。

「スタグロフ。今すぐ科学棟まで来なさい。もしここに賊が来た時のために守護を任せるわ」

『むふー、レヴィアタンさまのお頼みとあらば』

急な呼び出しにもスタグロフは二つ返事で引き受ける。

彼、ブリザック・スタグロフはレヴィアタンの部下である。

レヴィアタンさま一の子分と自称している彼は妖将からの頼みならば内容を問わず従う。

言うが早いか彼はそれから1分と経たずに科学棟前まで到着した。

苛烈な身体能力を持っているスタグロフはかなり遠くまで大ジャンプで一気に飛ぶ事が出来る。

そのリーチの広い広範囲移動を駆使し、彼は短時間で遠距離の地点まで到達可能なのだ。

「よし、来たわね」

いつもながら早い到着に彼女は頷くと、彼に改めて命令を出す。

「あなたは賊が排除されるまでこの科学棟を守ってなさい」

「むふー、了解しやした」

「ここにはシエルが居るんだから、絶対に敵を通すんじゃないわよ」

「御意。お任せをー」

馬鹿っぽい言動をする彼だが、レヴィアタンの命令とあれば適当に流さずに遵守する。

スタグロフが任務を理解したのを確認すると、レヴィアタンは本部へ向けて一度戻る事にした。

 

「ねえ、さっきのALERT警報は何なの?」

「おお、来たかレヴィよ」

会議用のモニタールームに彼女が到着すると、既に他の3人の四天王達は着座して雁首を揃えていた。

「遅えじゃねえかレヴィアタン」

「何よ、ちょっとシエル達の護衛の手配をしてただけよ」

「なるほど、それで少し遅れたわけか。だがそれは良い足労だ」

ファントムが納得したように頷いた。

「今シエル達科学者選抜チームは大事な研究をしている所でござるからな。もしもの事があってはならぬ」

「ええ、それに個人的にもシエルは大事な友達だから」

シエルはシステマ・シエルⅡの開発という一大案件を手がけている。

それだけで護衛対象として十分な理由だが、レヴィアタンとしてはそれ以前に一個人として大切な存在でもあった。故に本部へ戻るより早く真っ先に警護の手配をしたのだった。

「では、今わかっている侵入者の情報を話す」

彼女が着席したのを確認すると、ハルピュイアがモニター画面を指し棒で示しながら話し出した。

画面上にはそれぞれ別の画像が映っており、まず1つ目の映像には多数のレプリロイドの軍勢が映っていた。

ネオアルカディアの神殿前に敵襲と見られる軍勢が押し寄せており、パンテオン兵達が応戦している。

「ここはネオアルカディアの神殿前だ。先程、敵の軍勢が襲撃を仕掛けて押し入ってきたそうだ」

「おいおい、やけに大量にいやがるな」

「見た所汎用レプリロイドのようだが、敵の数はそれなりにいるようだ」

「多勢で押し入って乱闘まがいな事をするなんて、野蛮な連中だこと」

「今ネオアルカディア配下のパンテオン兵達で迎撃させているが、敵が大量にいるため対処に少々時間を要している。だがこちらはそこまで意識する事はないだろう」

ハルピュイアは敵の思惑を見透かしたように言う。

「これはおそらく陽動だ。こちらの意識を神殿前に集中させるためのな」

「ほう、という事は他に本命がいるという事か」

「そうだ。神殿前が襲撃を受けた直後に別の地点でも侵入者を確認した」

他の3つのモニター画面を彼は指し示した。

そこにはそれぞれ単身の男が映っていた。

「こいつらが本命の“賊”か?」

「そうだ。許可なくネオアルカディア本部の“各神殿”に侵入した男を3名ほど確認した。我らの管理下にある神殿敷地内を闊歩し、歩兵達を殺しながら進軍している」

賢将によると、神殿前が軍勢に襲撃を受けた直後、3名の男がネオアルカディア本部管轄の神殿に潜入したとの報告が上がってきたらしい。

映像に映る男達はランチャーを乱射しながら神殿内をそれぞれ進んでいるようだ。

パンテオン兵達が迎撃しようとするが、まるで歯が立たず難なく倒されていく。

「私達の神殿に勝手に不法侵入して荒らすだなんて、こいつらは一体何が狙いなの?」

「今の所奴らの目的は不明だ。単なるクーデターなのか、それとも別の目的があるのか」

「クーデターか。神殿前の軍勢を覗けばこやつらはたったの3人しかおらぬ。それだけの戦力でネオアルカディア本部を落とせると思っているということか」

「へへっ、面白えじゃねーか。ゼロの時を思い出すぜ」

かつてゼロが単身で攻め入ってきた時の事を彼は思い出していた。

あの時はまさかたったの1人相手に次々と塔内を突破され、最深部のXまで到達されるとは思わなかったものである。

「ま、確かにデジャヴだしあいつの事を思い出さないでもないけど。こいつらにゼロと同じ事は出来ないわ」

「うむ」

だがレヴィアタンとファントムが即座に否定した。

彼は“特別な存在”だった。

ゼロだからこそ普通なら不可能な事も可能にしてしまったのである。

それは彼と幾度も直接刃を交えてきた自分達だからこそよくわかっている。

「暴雪月花だかしらないけど、これまで倒してきた雑魚連中の親玉ってだけよ。ゼロとは比べるのもおこがましいわ」

「敵を侮るのは禁物だ。だが、あやつのような男は早々いるものではない」

「まあ言われてみりゃーな。そう簡単にゼロと同レベルの奴が出てくるとは思えねえ。だがよ。俺は期待したいんだぜ?こいつらが俺を燃えさせてくれる存在かもしれねえってな」

3人の四天王達がそれぞれ私見を述べた。

全員がゼロの事を意識しており、そして敵にその彼を少し重ねてもいた。

だが、その存在と同列視は出来ない。

ゼロは彼らの中では今も特別であり、唯一無二の存在だからだ。

「ふん、くだらん」

ハルピュイアが吐き捨てた。

「いつまでも死んだ奴の幻影を見るなど無為な事。今は敵の殲滅、ただそれだけを考えればいい」

四天王筆頭として賢将が他3人の気持ちの歪みを引き締める。

戦闘を前に四天王たる者が他の事に意識を逸らされるのを彼は嫌った。

「へっ、別に無駄じゃねえ。俺の中であいつはずっと燃えたぎってるぜ」

「はいはい、相変わらずストイックな坊やだこと」

「幻影を見るのは必ずしも悪い事とは限らぬ。思いを馳せるのも時には必要であろう」

だが3人は彼の言う事を鵜呑みにはしない。

あの男はそうおいそれと忘れられるような存在ではなかったからだ。

そして、諫めた彼自身も心の奥底では明確に意識していた。

口で言い放つことで表面上でも思い出さないようにしているのだ。

 

「ふむ、こやつらの内2人は見覚えのある顔でござるな」

モニター画面に目を戻したファントムが、何か思い至ったように言った。

「青年~壮年の男2人か。拙者の記憶が正しければ――」

「俺も覚えがあるぜ。確か俺が持ち帰った端末にデータが入ってた連中だよな」

「ほう、お前にしては記憶力がいいな。その通りだ」

「お前にしてはっ、て何だよ!俺は普通に記憶力いいっつーの」

賢将の言葉に食ってかかるファーブニル。

まあこれはいつもの事だ。

「3名の内2人は暴雪月花で判明している2名だと思われる」

「暴を司るライオヌル、月を司るムーンフェイズ。この両名で間違いないでござろう」

既に過去に解析した端末データにより2人の顔と名前は割れている。

どちらも青年~壮年の男性で、強力な敵である暴雪月花の2名だった。

ライオヌルは風の神殿に、ムーンフェイズは炎の神殿に侵入しているようだ。

「残る1人は特にデータがないけど、強い奴なのかしら」

「さあな。こいつらの部下かもしれん。その場合は他2人よりも劣るだろう」

「けどよ、もしかしてこいつも暴雪月花の1人かもしれねえぜ」

「確かにデータがないからといって部下クラスだとは限らぬ。他2人と同格の可能性もあるだろう」

四天王達は残る1人の敵について注視する。

見た所、3人の中では1番若そうな男だ。

年齢は13歳前後だろうか。少年のような風貌をしている。

その者は氷の神殿に侵入し、出くわす敵をショットガンで撃ち殺しながら奥へと進出していた。

「ただ、私が以前持ち帰ったデータに載ってた情報とは一致しないのよね」

「あん?どういうこったよ」

「私が水没図書館で見つけたデータがあったでしょ?そのデータの情報に残る2人の暴雪月花のデータが入ってたじゃない。顔写真は載ってなかったけど、花を担当しているのは女性らしいのよ。だから映像の彼とは違うから除外。他に雪を担当しているのはファシュロカっていう男だと書いてあったわ。氷の能力を使う“凍将”と呼ばれていて、イケメンの男だって。モニター映像を見る限りこの男はイケメンっていう感じじゃないわ」

「イケメンて、おい」

「事実データにそう書いてあったのよ。でも、映像の彼はイケメンの男っていうより“この子”って感じの子なのよね。どっちかというと可愛い系って感じじゃないかしら」

「イケメンだの可愛い系だの、敵の判断基準そこかよ」

「いいの!私の勘は確かよ。この子はおそらく暴雪月花ではないわね」

「ふむ、レヴィが言うならそうなのであろうな」

「まあいい。どの道、部下だろうと頭だろうと倒すべき敵なのは変わらん」

ハルピュイアが一度話を切るように言った。

今はとにかく本部施設内に討ち入っている敵に対処しなければならない。

「まさかあちらの最上位に位置する者達が本部を襲撃しに来るとは、解せぬな。何故今ネオアルカディアの中枢機関へ急襲を仕掛ける必要がある?何か魂胆があっての狼藉か」

「さあな。理由はわからん。だが許可無く我らのテリトリーに侵入し、歩兵達を殺して回っている時点で粛正すべき賊だ」

彼らは早速この侵入者達を処理する事にした。

しかし、いきなり彼らが出張る事はない。

「まずは部下達を行かせる」

「俺達が行かなくていいのかよ?内2人は暴雪月花の連中だぜ」

「構わぬ。まずは部下を当てて“どの程度のものか”小手調べしてみるとしよう」

「お手並み拝見ってわけね」

ここは彼らの本拠地であるネオアルカディア本部である。

部下のボス勢が控えており、何も四天王が即向かう必要はない。

これがギラテアイト奪取のミッションならば成功率を上げるために彼らが直々に出向くところだが。

「バーブル・ヘケロット」

「アヌビステップ・ネクロマンセス6世」

「ポーラー・カムベアス」

四天王達がそれぞれの配下ボスに指示を飛ばす。

「今すぐ侵入者の元へ向かえ。お前はライオヌルの所へ」

「おめえはムーンフェイズの元へ」

「カムベアス、あなたは残り物の坊やの所へ行きなさい」

無線通信を通じて彼らは命令を送った。

『ケロー!了解致しました、ケロ!』

『我が主様、ご命令招致しました』

『ボファー、かじごまりまじだレヴィアタンざま』

3体のミュートスレプリロイド達がそれぞれ命を受けて現地へ赴く。

今、ネオアルカディア本部における襲撃者達との戦いが始まろうとしていた。



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蹂躙する襲撃者達

---風の神殿---

パンテオン兵をマシンガンで次々と倒しながらライオヌルが進軍する。

彼は一人の部下も連れず単独で、このネオアルカディア本部へ攻め入っていた。

この風の神殿は四天王ハルピュイアが司る神聖なる場所。ネオアルカディア本部の中枢施設である。

彼はそれをわかっていてあえてここに襲撃をかけた。

「さて、今のところ無風といったところか」

突然押し入ってパンテオン兵達を銃撃した彼に、当然パンテオン兵達は応戦した。

しかしライオヌルは巧みなマシンガン射撃で兵達を撃ち殺していく。

単身で乗り込んできているだけあり、彼は相当な実力者だ。その辺の歩兵ごときでは太刀打ちできるはずがない。まだ何一つ固有能力を使わずして、彼は風の神殿の中程まで到達した。

 

「ケロっ!そこまでだケロ!」

「ん?」

そこへ、頭上から何かが降ってきた。

声で気配を察知した彼はマシンガンを上方へと乱射する。

弾のあられが何かに当たった感触がした。

「外れたか」

ライオヌルが軽く舌打ちした。

彼の足元に落ちてきたのは大きな虫であった。さっきの声の主ではない。

弾が当たった事で虫はやられているが、彼の足元で不気味に蠢いていた。

「………」

周囲を見回すと、いつの間にかたくさんの木々が辺りに生い茂って存在していた。

上方には葉が無数にあり、今声を放った主はその奥に隠れているようだ。

だが、敵は完全に気配を消していてこちらからは位置をつかめない。

 

ガサガサ

 

「!」

手をこまねいていると、上からさらに何かが落ちてきた。

それはまた少し大きな虫であった。

ライオヌルの前後を挟むように、地面に落下してくる。

虫はまだ生きており、不気味に動きながら彼の方へ迫ってきた。

「邪魔だ虫けらどもが」

うざったそうに彼は吐き捨てると、マシンガンを虫に向けて放った。

弾の乱射を受けた虫はあっさりとその身を弾けさせて潰れる。

所詮はボスの生み出した雑魚らしく、体力は僅かしかないようだ。

「ケロン!」

「ぐっ!?」

だがそんな彼を強撃が襲った。

上方から鞭のような何かが振るわれていたのだ。

上を見ると、いつの間にかカエル型のレプリロイドが姿を現していた。

そのカエルの口は大きく開かれており、長い舌が下方へと伸びている。

それがそのまま鞭のようにライオヌルを殴打していた。

ライオヌルが地面を蠢く虫に意識を向けている隙を狙い、頭上の葉の奥から姿を見せて眼下の彼を狙い撃ちしたらしい。

「おい。やってくれるじゃねえか」

「ケロケロ!上手くカウンターが決まったゲロ!」

頭上のカエルがケロケロとせせら笑う。

「貴様は何者だ?」

「ワスの名前はバーブル・ヘケロットだ、ケロん!ハルピュイア様の命によりここでお前を討つケロケロ」

カエル調の言葉で彼と会話するヘケロット。

その口調にライオヌルが眉をつり上げる。

「気に入らねえ喋り方をするカエルだ。……貴様はハルピュイアの部下だそうだな?」

「ふふふ。そうだ、ケロ」

「俺はお前のような雑魚に興味はない。ボスのハルピュイアを早く出せ。すぐに出てこないというなら、手下の貴様から血祭りにあげてやるぞ」

「ケロケロ!出来るものならやってみろ、ケロ!」

挑発するように嘲笑うヘケロット。

ライオヌルがその笑いカエルに向けてマシンガンを放った。

しかしそれを予期した彼は手早く上にジャンプし、木々の葉の奥に姿をくらます。

「何だ、まともに勝負するつもりはないというわけか」

早々に逃げの手に出た相手にライオヌルは呆れた顔になった。

おそらくまた虫を落として注意を引き、隙を見て舌で急襲してくるつもりのようだ。

そして、これでは攻撃してもすぐにまた上方の奥に逃げられてしまう。

だが、彼からは余裕が漲っていた。

既に相手の大まかな攻撃パターンは見えている。それさえわかっていれば対処も容易だ。

 

ガサガサ

 

また葉っぱの揺れる音がした。

それを聞いたライオヌルは、芋虫に備えると同時にある場所を見ていた。

上方で天井を覆っている木の葉だ。今その上ではヘケロットが芋虫を落とそうとしているだろう。

「ケロッ!?」

そのヘケロットから驚いた声が上がる。

下方を塞いでいた木の葉を貫いて何かが飛んで来たからだ。

ブーメランのような獲物が彼目がけて放たれていた。

ライオヌルは木の葉の動きからヘケロットのいる位置を正確に把握したのである。

飛来したブーメランはそのままヘケロットのボディに直撃した。

「ぎャああ!!?」

もろに喰らった彼は木の枝から足を踏み外して落下する。

そのまま階下の地面に彼は落ちてしまった。

「それで隠れているつもりか、あ゛?」

「ゲ、ゲロぉ…!よ、よくもやったなケロ!!」

怒ったヘケロットは舌を口から伸ばした。

だがその攻撃した先はライオヌルではなかった。

地面に落としていた芋虫を3匹ほど舌で絡め取ったのである。

「ケロケロぉ……パワーアップだゲロォ!!」

芋虫を食べた彼は身体のサイズが大きく太く増していく。

この芋虫は彼にとっては即効性の苛烈な成長剤のようなものなのだ。

食べるとパワー値が大幅に上昇する。

「ほう、随分と図体がでかくなったな」

「ゲロゲロ、これでお前は終わりだゲロ。一ひねりで潰してやるゲロ」

ライオヌルの4倍ほどに大きくなった彼は腕に力を込める。

身体のサイズ比の通り、通常時の4倍の筋力を彼は得ていた。

パワーと怒りを込めた一撃が振るわれる。

 

ドン!!!

 

轟音が轟いた。

だが、パンチはライオヌルに通っていなかった。

彼が片手で受け止めていたからである。

「ゲ、ゲロ…!?」

「むず痒いなあ、おい」

拍子抜けという顔をしてライオヌルが言った。

「ただでさえでかくなってスピードがのろくなっているというのに。肝心のパワーまでこれでは話にならんぞ」

「な、何故平然と受け止めていられる……ゲロ!」

「お前のパワーなど俺にとってはそよ風程度だ」

では覚悟はいいな?と彼は問う。

「調度掴めた事だし。これで存分に屠れるな」

「や、やめろ…!何をする気だゲロ……!」

「引き千切ってやるのさ。お前の四肢をな」

ヘケロットの顔面が引きつる。

反対にライオヌルの顔は三日月に笑んでいた。

 

ブチイ!!!

 

「ぎゃあああああーーー!!!!」

カエルの右腕が乱暴に引き千切られる。

ライオヌルが腕を引いただけでヘケロットの関節は肩から断絶してしまった。

荒々しく、むしり取るように。

激痛に彼から叫び声が上がる。

だがライオヌルは手を止めない。

千切った腕を放り捨てると今度は彼の左足を掴んだ。

 

ブチイ!!!

 

「ぎゃああああああああ!!!!」

またしても鈍い音が響き、足が引き千切られた。

再度ヘケロットの叫びが上がる。

まさに残虐非道の所行だ。

その後もライオヌルは彼の残った手足全てを同様に引き抜いていった。

 

「…………」

後には床に倒れ伏すヘケロットの姿があった。

両手足を千切られ、もはや丸いダルマと化している。

あまりの激痛に既に彼の意識はなかった。

「何だ、もう終わりか。歯応えのないカエルだった」

虫ケラを始末したかのように軽く彼は言ってのける。

ヘケロットの痛々しい惨状を見ても罪悪感の欠片もないようだ。

 

「おい、貴様」

「お。やっとお出ましか」

不意に、上空から声が届いた。

彼が上を見上げると、緑の身体をした1人の男が空中からこちらを見下ろしている。

「賢将ハルピュイア。お前が出てくるのを待っていたぞ」

「ヘケロットをゴミのように屠るとはな。部下を派遣したのは俺の判断だが、どうやら間違いだったようだ」

ハルピュイアの顔は怒りに歪んでいる。

ヘケロットを無惨にも殺され、頭に血が上っているようだ。

しかしそれでも彼は冷静さを失わない。

「お前はここで討つ。無謀にも単身で乗り込んで来た事を後悔させてやろう」

「くく、いいねえ。強者と戦えるのは歓迎だぞ」

ライオヌルは憤怒の賢将にもたじろがない。

彼はそれだけ実力があるのだ。

「一応自己紹介しておこうか。俺は暴雪月花の1人、暴君のライオヌルだ」

「そうか。お前達の組織にはこれまで色々とギラテアイトの事で被害を被っている。頭の貴様を殺す事で組織を壊滅させてやろう」

「そりゃあ楽しみだ。せいぜい期待してるぜ?」

獰猛な笑みを浮かべたライオヌルが宙に浮く賢将を見上げている。

今、2人の強者が激突しようとしていた。

 

 

 

---炎の神殿---

ムーンフェイズは既に敵と相対していた。

傭兵として送り込まれたアヌビステップが彼の前に立ちはだかっている。

「われはアヌビステップ・ネクロマンセス6世。ファーブニル様の命で貴様を排除しに来た」

「さっそくボス格のお出ましでっか。まあそろそろやろて予想はしてたで」

なまり口調で彼はアヌビステップを見上げた。

相手は杖を持って空中に浮いて静止している。

どうやら少々やっかいな能力を持っているらしい。

だが彼は暴雪月花の1人である。

4人の中でも月の力を司る彼からすれば、少々の異能など恐るるに足らない。

「ま、肩慣らしには調度ええやろ。お手柔らかに頼むわ」

「我は砂漠の王ぞ。己が身の愚かさを知るといい」

言ってアヌビステップは杖をかざし、その身にオーラを込めた。

すると、ムーンフェイズの足元の傍から何かが沸き上がる。

「!」

それはパンテオン兵であった。

それも、直前に彼が屠って殺した兵達である。

死んだはずの歩兵達がゾンビのように起き上がり復活していた。

その数は10体前後はいるだろうか。

「こらたまげたわ。死者蘇生が出来るんか」

「言ったはずだ。我は砂漠の王である」

にちゃり、とアヌビステップが笑みを溢してみせる。

だがムーンフェイズに動揺はない。

蘇ったといっても所詮はパンテオン兵だ。

瞳の奥に装備しているサーチアイで見ても戦闘力は生前と大差ない矮小さ。

「まあええわ。とりあえずやろか」

彼はウォーミングアップよろしく戦闘体勢に入った。

 

3分後

 

「くはぁ、はあ……!!」

アヌビステップは地に這いつくばっていた。

既に特殊能力を使う魔力は残っていない。

ムーンフェイズとの戦闘で予想以上に体力を疲弊させられていた。

「何や、もう終わりかいな?」

何という事はない、という様子でムーンフェイズが言った。

彼はほぼ最小限の動きだけでアヌビステップを翻弄していた。

相手も相当な異能の持ち主なのだが、彼はそれをさらに上回ってしまったのである。

「ぐ、、、ば、化け物が……!」

「そらあ褒め言葉でんなあ。なら化け物らしく締めたげまひょか」

ムーンフェイズは腕を上げて指を1本立てた。

「暗転の三日月」

次の瞬間、辺りの景色が闇に包まれる。

アヌビステップの視界は何も見えなく真っ暗になった。

「何も……見えん、、!?」

周囲の状況が確認出来ず、彼は動揺した。

そしてそこへ斬撃が襲った。

 

ザシュザシュザシュ

 

「ぐあ゛あ゛ァあ゛…!!」

鋭利な刃がどこからともなく飛来して彼を切り刻んだ。

その刃はまるで鋭い三日月のようであり、恐ろしい凶器と化した。

本来彼は直接攻撃を受けてもそうそう大きなダメージは負わない。

自身のボディにナノマシンを搭載しているので、動力源となる箇所が致命傷を受けていなければ何度でも復活できるからだ。

しかしムーンフェイズの攻撃はそれが通用しないかのように彼の体力を的確に削ってきた。

まるで理を無効化するような不可思議な攻撃。

「さ、これで仕舞いや」

さらにもう1つ刃が飛来してきた。

それは寸分の狂いもなくアヌビステップの首元を切断した。

「ぐはあ゛ア」

切り離された彼の生首が宙に飛ぶ。

それは斬首で斬り落とされた首のようだった。

恐ろしい三日月の円舞が彼の命を刈り取ったのだ。

 

倒されたアヌビステップの身体は泥が土に染みこむように崩れ落ちて崩壊した。

その光景を見てムーンフェイズが軽く息をつく。

「よし、これで1丁あがりや」

ボスを1体倒し、彼は肩をこきこきと鳴らした。

そこへ声がかけられる。

「よお、なかなかやんじゃねえか」

「あん?誰やあんた」

前方から赤い体躯を誇るがたいのいい男が近付いてきた。

その姿は明らかに強者の雰囲気を纏っている。

「アヌビステップをあそこまで翻弄するとはな。正直見くびってたぜ」

「てことはあんたは今の奴の親分さんか何かか?」

「おうよ、闘将ファーブニルって言やあわかんだろ」

「まあな。知ってるわ。ちょっととぼけただけでんがな」

ムーンフェイズは闘将を見て織り込み済みというように頷いた。

「ってか面白え喋り方すんなおめえ」

「そうでっか?生憎生まれつきなんでな」

彼は肩をすくめて見せる。

「自分の名はムーンフェイズ。暴雪月花の月を担当しとる」

「知ってるぜ。こっちもデータをちっと持ってるからよ」

「へえ、こりゃあ困りましたわ」

あちゃーと嘆いて彼は頭をかいた。

「でもまあええわ。わいがここであんたを倒したる」

「へへっ、そうこなくっちゃな」

バシッと拳を付き合わせてファーブニルが笑う。

「随分と楽しそうやな。これから殺し合いをするっちゅうに」

「俺は強え奴と戦えれば燃えるからよ。最高に楽しみだぜ」

「けったいでんなあ。わいはとてもそんな気分にはならへんで」

おかしな者を見るようにムーンフェイズが闘将を見た。

「ノリが悪いなあおい。もっと燃えてこうぜ!」

言うが早いか、敵へ目がけてファーブニルの体躯が突進した。

 

 

 

---氷の神殿---

「ぜえぜえ………ボ、ボファー、、!」

ポーラー・カムベアスは肩で息をしていた。

既に片腕はなく、満身創痍の状態だ。

先刻、侵入者の迎撃に来た彼は早速敵の少年に攻撃を仕掛けた。

しかし、敵だと思ったそれは実は氷で出来た偽物であり、氷の破片となって粉々に砕け散った。

そして驚く彼の隙をつかれて背後から反撃を喰らったのである。

少年は氷で作られた鋭利な剣を腕から直接生やしており、その"アイスソード"を振るった。

カムベアスはパワーの馬力こそあるもののスピードは緩慢だ。

その弱点を突かれる形となり、彼は片腕を両断された。

「おでを舐めるなど!!」

まだ年端もいかない子供に手傷を負わされ、彼は怒り狂った。

残った片腕に力を込めてエネルギーをチャージする。

だがチャージ中は無防備になるため、少年が攻勢を仕掛けてくる。

「ただでさえ肥満体なのに、おじさんは隙がありすぎ」

「ヴォ、ファあ……!」

アイスソードを小気味いいスピードで振るわれ、カムベアスはさらにダメージを受ける。

氷の剣による攻撃は手数が多く、さらに高速であり隙がない。

動きのとろい彼からすれば捌くことは容易ではなかった。

身体を切り刻まれ、体力ゲージが赤を表示する。

「ばぁ、ばぁ……!よ、よぐもやっでぐれだど……、だがやっど準備がとどのっだ」

息を切らしながら、しかし彼は起死回生の笑みを浮かべた。

満身創痍ながらようやく片腕のチャージが完了したのである。

彼はスピードは遅いがその分パワーが物凄い。

一撃の攻撃力の高さは四天王の部下達の中でもトップクラスだ。

「喰らえど!」

彼は溜めた氷の冷気を一気に解き放つ。

「ウォールクラッシュ!!」

天井まで届くかという氷の壁を彼は作り出す。

そしてそれを少年に向けて剛力で飛ばした。

氷の壁で少年を壁に挟み大ダメージを負わせる算段だ。

さらに氷の破片を拡散させての二段攻撃も意図したEX技である。

少年は諦めたかのように迫り来る氷壁を見つめた。

いや、見つめたのは一瞬の出来事だった。

瞬時に技の発展性、意図を見抜いた彼は素早いダッシュジャンプで前進する。

氷の壁に密着する所まで来ると、その身のアイスソードを空中から振り下ろした。

 

ザン!

 

そして続け様に流れるような剣撃を氷壁に見舞う。

 

ザン!ザン!ザザン!!

 

目にも止まらぬ速さで氷の壁が切り刻まれていく。

その細かい打撃は効果覿面であり、氷の壁はものの見事に破壊された。

その際に飛び散った氷の破片も全て少年の剣により捌かれていく。

「ば、ばがなどォ……!」

自分の最大必殺技が完全に防がれ、カムベアスの瞳が驚愕に見開かれる。

既にチャージで溜めたエネルギーは使い切り、すぐに反撃できるパワーは残っていない。

その隙を少年が逃すはずがなかった。

「これで終わりだね。不細工な熊のおじさん」

「ボ、ボファーぁ!」

迫り来る少年にカムベアスはせめてもの悪あがきと片腕の巨腕をぶん回した。

だが大降りは返って隙を晒すだけだ。

簡単にかがんで下をくぐられる。

「じ、じまっだど、、、!」

「グッバイおじさん」

とどめの一撃が振るわれる。

頭から斜め下に袈裟斬り一閃。

カムベアスの身体は綺麗に両断された。

 

ドドオオオ!!

 

爆音を響かせて氷刃の熊将が大破した。

彼は少年にほぼ完封される形であえなく散ったのだった。

 

 

「さて、これでまた先に進めそうだね」

カムベアスを片付けた少年は何でもなかったように踵を返した。

辺り周辺はカムベアスのパワー攻撃の影響で壁や地面にヒビが入っている。

だがそんな激戦だった事など微塵も感じさせないほどに彼は落ち着いていた。

手傷もほとんど負っていない。

「この分だと氷の神殿は比較的容易に制圧出来そうかな」

「ふふ、それはどうかしら」

「!」

 

前に進もうとした少年に、どこかから声がかけられた。

彼がはっと気が付くと、次の瞬間に異変が起こる。

いきなり大量の水が流れ込んできたのだ。

「これは、水……!」

まるで川が決壊したかのように、通路の奥から勢いよく水が流入してくる。

瞬く間に彼はその中に飲み込まれ、水中へ入る形となった。

 

「く……まさかこんな仕掛けがあるとはね」

予想外の水攻めに彼は少々意表を突かれる。

だが水の中でも彼は行動不能になったりはしない。

高度な機体性能を誇る彼の身体は水中でも行動可能な設計になっているからだ。

だが陸上よりは若干能力が制限される事は否めない。

「悪いわね。いきなり驚かせちゃって」

気が付くと、いつの間にか少年の前方に1人の少女が現れていた。

彼の目線よりやや上を立ち泳ぎしながら、直立で一定の位置を維持している。

彼女はこちらを興味ありげに見ていた。

「お姉さんって、まさか」

「私はネオアルカディア四天王が1人、妖将レヴィアタンよ」

 

【挿絵表示】

 

ストンと地面に舞い降りるレヴィアタン。

軽く自己紹介すると、彼女は少年に質問する。

「ところであなたは何者?」

「僕は、名も無き兵さ」

「へえ?面白い冗談ね」

少年の返答にレヴィアタンがふふ、と微笑む。

「ただの無名がカムベアスを圧倒出来るわけないでしょ」

「別に。大した事じゃないよ」

謙遜するように少年は首を横に振った。

「それよりも僕はお姉さんの方が驚きだな」

「どういう事?」

「妖将の名は知ってたし、それが女性だという事も知っていた。でも、実際に見てみると綺麗な人でびっくり」

妖将の風貌に意表を突かれたように少年が言った。

「へえ……?それはおべっかのつもりかしら」

「ううん、本心だよ」

彼はレヴィアタンの顔をまじまじと眺めつつ頷く。

どうやら嘘は言っておらず本音のようだ。

「お姉さんみたいな可愛くて美しい人が、まさかこれから倒さないといけない敵とはね。正直動揺してる」

「そ、そう………?」

「さっき倒した部下はデカブツで不細工なおじさんだったから。そのボスがこんな綺麗なお姉さんだなんて」

少年が純真な感情を吐露する。

その様子にレヴィアタンは少々ペースを乱される。

「…ふふ、なかなか殊勝な子じゃない。ま、私を褒めてくれるのは光栄だけど、だからといって容赦はしないわよ、ボク?」

「もちろん。僕もいくらお姉さんが優秀なレプリロイドでも手加減するつもりはないからね」

カチカチカチ、と彼は腕から氷の剣を生やした。

先程も使っていたアイスソードだ。

「あなた、見たところ氷タイプなのかしら」

「まあね。“妖将”のお姉さんにだって負けてるとは思わないよ」

「ふぅん、それは楽しみだわ」

四天王の自分相手にも臆した様子のない少年に、彼はなかなかの大物かもと彼女は思った。

彼は可愛さの残るあどけない見た目通りおそらく自分よりも年少である。

それでいて堂々とした立ち振る舞いと確かな実力を持っている。

しめていく必要があるわと彼女は認識した。

「じゃあそろそろ殺らせてもらうけど。悪く思わないでねお姉さん」

「ふふ、こちらを気にかけてる暇なんてあるのかしら。でないとそっちが死ぬわよ?」

不敵に笑ってみせるレヴィアタン。

その笑みを受けて少年も狡猾な笑みを持って返した。

今、少年と妖将の静かで熱いバトルが始まる。



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