War of Gastrea/Black Out (ワンちゃん二世)
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Red Out編
サンフランシスコ海戦


 
 初投稿です。


 

 

 

 

 

 

 酸素マスクのせいでくぐもった自分の荒い息使いが鮮明に聞こえる。

 

《こちらドラグーン2!そこらじゅう蟲だらけだ!》

 

《ドラグーン3、FOX2!》

 

《フェンリル3、後ろだ! 後ろに2体!》

 

《くそっ、振り切れ……あ゛あぁ!!─────》

 

《ここが正念場だ! お前ら、人類の意地を見せろッ!》

 

 キャノピー越しに見える遠くの空は、陸地の炎が反射して赤とオレンジが混ざった地獄のような色をしている。

 

 

《援軍はまだか! 防衛ラインを突破される! もう持ちこたえられないぞ!》

 

《なんて数だ……冗談じゃない!!》

 

《メーデー、メーデー! こちらフェンリル5! 制御不─────》

 

《こちらフェアリー2! 三体に囲まれている! 援護頼む!》

 

 頭上を何機もの戦闘機が轟音を響かせながら通りすぎていく。

 

 

《───ィ ──ディ ──エディ! おいルーキー! お前はフェアリー2の援護につけ。聞こえたか?!》

 

 

 野太い無線の声にはっと我に返る。ここはどこだ。もちろん戦場だ。誰と戦っている。わけのわからない生物共だ。なぜ戦闘機に乗っている。それが俺の役目だからだ。未知の怪物共を一匹残らず掃討するのが俺の役目だ。

 

 今、アメリカは、いや世界は未知の生物と戦争をしている。自分は今まで戦場に行くことはなかったが、今回ようやくそのお役が回ってきたようだ。

 

 今朝、緊急発進命令(スクランブル)が出された。未知の生物群がアメリカ西海岸沿岸に接近中とのことだ。正直な感想を言おう。

 

 

 ──未知の生物ってなんだ。SF映画か何かか?

 

 

「こ……こちらスカル4了解。フェアリー2の援護につきます」

 

《よし、それでいい。こちらスカル1。フェアリー隊、俺達が援軍だ。お前らは退避しろ。オーケー、さっきも言ったがスカル2は俺に続け。3はフェアリー4の援護だ。行くぞ!》

 

《了解》

 

了解(ウィルコ)!》

 

 先輩二人の無線を合図にスカル4ことエディ・ピアースは愛機、F/A-18E艦上戦闘機の機首を傾けた。すぐ脇を残りのスカル隊の戦闘機が抜けていった。

 

《ああ! 助かった。恩に着るぞスカル隊!》

 

 安堵の声がコックピットに響いた。フェアリー隊のリーダーの無線だ。エディはそのまま右旋回し、フェアリー2のもとへと急ぐ。下に広がる大海原を覗いてみると戦闘機だったであろう鉄くずや謎の肉塊が所々浮かんでいた。

 

 エディは言わば天才の部類に入る人種だった。パイロットになるためのアカデミーも主席で卒業し、ドッグファイトの訓練でもルーキーながら先輩を差し置いて好成績を修めていた。その才能は軍の上層部も目を見張るものであったという。足りないものは経験だけであった。

 

 そんな彼はしばらくして空母打撃群所属のエリート部隊、スカル隊に配属された。隊のキャプテンは人情にあふれ、他の隊員も彼を特別視はするが、ないがしろにはせず安定したパイロットライフを送ることができていた。だが。

 

 ──彼の初陣が、まさかこんな化け物を相手にすることになるなんて、隊員もキャプテンも彼自身も誰も想像していなかっただろう。

 

「どこだフェアリー2……どこだ……」

 

 キャノピーの端から端まで頭を動かして援護を要請した機体を探す。すると……いた。 北北西の方角、一機のF-35Cが三匹の羽虫のような化け物に集られていた。

 

「こちらスカル4。フェアリー2、貴機を目視で視認。援護につきます!」

 

《ダメだ! もう時間切れ(タイムオーバー)だ、来るんじゃないスカル4!》

 

 

 

「え?」

 

 

 

 思わず間抜けな声が出てしまった。

 

拒否する(ネガティブ)、目の前で見捨てろとでも言うのですか!」

 

《ああ、そうだ。この機体はもうもたない。翼とエンジンに酸みたいなものを吐かれたようで出力が上がらない。近くにいるとお前も爆発の巻き添えを喰らうぞ!》

 

 確かにフェアリー2のエンジン部分と翼から黒い煙が出ている。それに心なしか高度も徐々に下がっているようだ。

 

《だから俺よりも他のやつを────おい後ろ!なんだあれ、冗談だろ!!》

 

 声につられて後ろを見る。するとそこには戦闘機より一回り大きな鷲のような怪物が迫ってきていた。その圧倒的なスケールにエディは呆然としてしまった。鷲の怪物はそのままフェアリー2の左右両方の翼を巨大な足で掴む。鉤爪で翼が黒煙を吐きながら潰された。

 

《おい……まさか、やめ……グゥ!!!──────》

 

 そして間髪入れずにキャノピーをクチバシで破壊し、パイロットを丸飲みした。口に入りきらなかった腕が血飛沫と共に後方へ飛んでいく。まさに一瞬の出来事だった。

 

 にわかには信じれなかった。目の前で先ほどまで会話していた存在が、ものの数秒で命を刈り取られてしまった。エディの口や膝が脳の命令を無視して震えだした。

 

 化け物は横回転(ロール)し、フェアリー2の残骸を周りに集っていた小さい怪物と共に振り払った。呆気にとられていると、いつの間にかこちらの方向に怪物が首を向けていたようで、怪物の血のように紅い目と目が合った。頭から足の先まで悪寒が走り抜けた。心臓を文字通り鷲掴みされたようだ。

 

 考えるよりも先に手が動いたのは幸運だった。エディはとっさにアフターバーナーを点火。同時に右旋回してひとまず怪物との距離を取った。だが、それもその場しのぎにしかならず、怪物は完全にエディをターゲットとしたようでがっちり後ろについてくる。

 

《スカル4! エディ! どこにいる! 生きてたら状況を報告しろ!》

 

 キャプテンから無線が入る。向こうでも何かあったようだ。

 

「こちらスカル4! キャプテン、フェアリー2は撃墜されました。現在、鷲の怪物と交戦中! がっちり後ろにつかれています。でも振り切ってみせます!」

 

《オーケールーキー、その意気だ。こっちはスカル2と3が堕ちた。一瞬だったぜ……。フェアリー隊とドラグーン隊も全滅だ。》

 

「そんな……ローズ先輩とシンフィールド先輩が……。」

 

《ああ……。スカル隊はもう俺とお前だけだ。ルーキー、あと少しだけ持ちこたえてくれ。今すぐ援護に入る。生きて帰るぞ、エディ! 俺達はまだ負けたわけじゃねぇ!!》

 

「了解、キャプテン!」

 

 どうやらキャプテンが来てくれるようだ。仲間の死を悲しんでいる暇はない。それまでこいつの相手をしなければ。

 

「よし…… 絶対俺から目を離すなよ、化け物め」

 

 自分に気合いを入れる。ここが俺の正念場だ。エディは操縦桿を一層強く握った。

 

 スロットルを前開しまずは右に急旋回。同時にフレアを射出。これで化け物はこちらしか狙わなくなるはずだ。

 

ピィィィィィァァァァァアアアアアッ!!!

 

 化け物の甲高い金切り声がキャノピー越しに聞こえてくる。どうやらこちらに釘付けにすることに成功したようだ。流れるように次は上昇しハイ・ヨー・ヨーの機動を取る。怪物は難なく追随してくる。さらに左へ急旋回。激しい機動ばかりしていると飛行機とは速度が落ちるもので、それは今回も例外ではなく徐々に速度が落ちてきていた。それを感じ取ったのか鷲の怪物は足の指を広げ翼を掴み取る姿勢になる。

 

 ──まずい、いけるか?いや、やるしかない。

 

「ぃ……っけぇぇぇぇ!!」

 

 左右のストレーキ上にあるエアブレーキを目一杯展開し、機首を上へ跳ね上げる。機首が真上を向くことで機体全体が空気を受け止めるエアブレーキの効果を発揮、機体に急激なブレーキがかかる。いわゆるコブラ機動をする。怪物もこれには対応できず、エディの脇を通り抜けて前方へ出てしまう。エディは即座に機体を水平に戻し怪物をHUDで捉えた。

 

 上手くいった。攻守交代だ。

 

「人類の技術をナメるなよ化け物め!」

 

 そのまま迷わず機銃の引き金を引いた。機首に装備されている20mmバルカン砲が、鈍い音をたてて火を吹いた。銃口から放たれた銃弾は、回避機動を取ろうとした怪物の翼端を掠める形で命中した。少量の血飛沫が舞う。しかし、怪物は怯むことなく飛行を続けている。怪物は追撃を躱そうと右へ左へフラフラと揺れるような機動しているが、そんな狭い範囲で回避行動をとっても戦闘機の射程距離からは逃れられない。ピピピピ……とアラームがなる。ロックオン完了だ。

 

「スカル4、FOX3!」

 

 翼の下に懸架されているAAM(空対空ミサイル)が轟音とともに発射された。ミサイルは怪物へと白い軌跡を描きながら吸い寄せられていく。そしてそのまま怪物の土手っ腹に命中、爆発した。怪物の翼は片方が脱落し、怪物は()()()()回転をしながら海へと墜落していった。

 

「よし、やった! ヒャッホウゥ!」

 

 思わずガッツポーズをした。下を覗き込んで戦果を確認。鷲の怪物だった肉の塊が赤い液体を海に滲ませながら浮いていた。

 

《よくやったなエディ! 俺の心配も杞憂だったな》

 

「キャプテンがきてくれるっていう安心感があったからできたんですよ」

 

《嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。よし、これからはツーマンセルで動くぞ。エディ、俺の後ろにつけ》

 

「了解、キャプテン。エレメントを組みます」

 

 二機のF/A-18Eが鳥の親子のように合流、新たな戦火へ突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 

 どれくらい経っただろうか。もうかれこれ2時間以上は飛んでいるんじゃないか?もうミサイルもAAMが1発、それしか残っていない。機銃の弾数も半分をきった。キャプテンも無線の声からして疲れが見え始めているようだ。自身の機体も血に塗れてきている。これまで自分は蜂型の怪物を4体、羽虫型を3体、鳥型を2体撃墜した。キャプテンは「いちいち戦果は数えてられねぇ」と倒した数には無頓着な感じであったが。

 

 これまで闘ってきてわかったことが、ヤツら、機銃が効きにくいのだ。頭部に何発か当たればまだマシなのだが、胴体では数発当てただけでは怯みもしない。それどころか羽虫型に至っては機銃をぶっ放しているところに自ら突っ込んで来る始末だ。レーダーでロックオンできることだけが幸いだ。ヤツらの耐久力はほとんどの生物を凌駕していると言っていいだろう。それに、ヤツらはその耐久力を自覚しているようだ。それにそれをもとに行動する脳ミソまで備えてやがる。これが俺達を苦しめた。

 

 今、俺とキャプテンは空母の防衛の最中にいる。陸地に近い空母打撃群のいる地点まで前線が押されてしまったのだ。最初こそツーマンセルで動いていたが味方が墜とされる度にその空いた穴を埋めなくてはならなくなり、現在キャプテンとは離れてしまっている。

 

《エディ!そっちに羽虫が2体行ったぞ! 回避(ブレイク)回避(ブレイク)!》

 

「了解、回避します!」

 

 イージス艦の間をジグザグに飛行し羽虫型を振り切ろうとするが、ヤツらはしつこく粘着してくる。

 一旦空母から距離をとり、障害物のない沿岸へ出る。戦闘機の加速をもってヤツらを引き離す算段だ。

 

「くそっ、なかなか鬱陶しいッ!」

 

 バックミラーを覗き、ヤツら位置を確認。そしてほぼ同時にフレアを射出。これで少しでも撹乱できればいいが。しかし、理想通りにはいかず羽虫達はバラまかれるフレアに一切感心を持たずにこちらを真っ直ぐ睨みつけながら迫ってくる。

 

 休む暇もなく前方から甲虫型が一体ミサイルの如く突っ込んでくる。スピード的に体当たりをする気だろう。

 

「次から次へと!!」

 

 咄嗟にバレルロールで躱す。後ろへ抜ける際風圧でキャノピーが小刻みに揺れる。そのまま後ろにへばり付いている羽虫に当たれば願ったり叶ったりだがそう都合良くはいかず羽虫共も易々と回避する。

 

「あぁ、くそ!くそ!」

 

 思わず品性の欠片もない悪態が漏れる。普段からは想像できないほど焦っていることが自分でも感じられる。このままの調子では戦闘隊の全滅も目前だ。空母打撃群も壊滅するだろう。その事に薄々気がつき始めた。俺達がここでいくら戦っても敗北は避けられそうにない。さらに相手は人間ではなく知性が感じられない化け物共だ。ヤツらに敗北することすなわち死である。つまり、死への明確なカウントダウンが見えているのも同然なのだ。それに加え、正体不明の別物の焦りもあった。何か、遠くから誰かに監視されているような……。

 

 状況は好転せず、仲間は次々撃墜され、護衛艦は一隻撃沈された。俺も羽虫2匹に追われているままだ。

 

 だが、変化は突然訪れた。

 

《なんだ? ヤツらの様子が変だ》

 

 隊長の困惑したような無線が聞こえた。続けざまに別の無線も聞こえてくる。

 

《化け物達が空母から離れていく……》

 

《どういうことだ?》

 

《怪物共が退いていくぞ。何が起こった?》

 

 いつの間にか俺の背後にへばりついていた羽虫型の怪物も消えていた。空母に目を向けると怪物の群れが空母から離れ明後日の方向に飛んでいくのが見えた。

 今まで怪物側が優勢だった。こちらの全滅も目の前だった。なのに何故今のタイミングで退くのか?やはり動物は動物でしかないのか?ただの気まぐれか?

 

《助かったのか……?》

 

《あぁ、よかった……神様、感謝します》

 

《油断するなよお前ら。よし、エディ。今のうちに空母に帰っちまおう。上からの退却命令も出た。今すぐ戻ってこい。どうせ燃料ももう無ぇだろ?》

 

「了解、スカル4、帰投します」

 

 どうやら化け物共は退却したようだ。とりあえずは助かったらしい。だが、俺のなかに渦巻く不安は残ったままだ。どこかで聞いた、「安心したときが一番危ない」という言葉が脳裏を掠める。

 

 ──まさかね。

 

 もしこの退却がこれから止めを指すための第2波の準備だったら? そんなネガティブな憶測が湧き出てくるが無理やり押さえ込む。そしてとりあえず空母へ向かおうと操縦桿を傾けた。

 

 その時だった。

 

 バリバリバリバリッ!!

 

 空気の避ける音が響き、辺りが眩い青白い光で満たされた。何事かと俺は音のしたほうへ首を向けた。すると、そこには信じられない光景があった。

 

 まるで大樹のようなとてつもなく太い光の槍が空母のど真ん中を貫いていた。レーザーだ。それも規格外に大きな。光の槍は水平線の彼方から放たれていた。水平線の彼方にはいつの間に現れたのか、巨大な黒い影があった。

 

 青白いレーザーはしばらく空母を貫き続けたあと、そのまま横へ駆逐艦を巻き込みながら凪払われた。

 

ドォォォォォォォォォン!!

 

 空母が爆音と水柱と共に大爆発を起こし、衝撃で中心から真っ二つに割れた。駆逐艦も立て続けに爆発した。船の側面には横一線にレーザーの高温で融解した跡が残っていた。上半分をレーザーにまるごと切断された艦もある。まさに一瞬の出来事だった。

 

《後方より浸水!もうこの船はだめです!》

 

《だめですって言われたってどこに逃げる?! どうせ怪物共も戻ってくるぞ!》

 

《空母、壊滅! いや、撃沈を確認!》

 

《そんなッ死にたくな────》

 

 先ほどまで安堵の声があがっていた無線も阿鼻叫喚しか聞こえなくなった。

 

 そういえばキャプテンは──?

 

「スカル1!聞こえますか?」

 

《─────────》

 

『キャプテン!無事ですか?!応答してください!』

 

《──────》

 

 いっこうに返事が帰って来ない。ノイズが聞こえるだけだ。まさか、キャプテンも爆発に巻き込まれてしまったのか。

 

「くそ! こちらスカル4! 誰か、誰か応答をッ!」

 

 無線を飛ばすが誰からも応答がもう来ない。無線から聞こえるのは静寂のみ。それが表す答えは一つ。

 

 ──全滅? この短時間で?

 

 いずれは全滅していたであろう状況であったが、それでもあと1・2時間は持ちこたえれる余裕はあったはずだ。

それを一瞬で粉砕した。あのレーザーは。

それに目前の怪物達の行動も理解できた。ヤツらはこのレーザーの存在を認知しており、攻撃に巻き込まれたくないから退避したのだ。もしくはそう命令を受けたか。

 

 そもそもレーザーだなんて馬鹿げてる。人類にだってまだ開発できていない代物だ。それをあろうことか化け物が使用してくるとは。

 

 あれがあるのなら、最初から俺達に勝ち目なんてなかったのだ。何が「助かった」だ。全く逆じゃないか。

 

 ああ、水平線に黒い点がいくつも見える。あれが恐らく第2波だろう。ハゲ鷹のようにお零れを漁りにきたのかもしれないが。今度こそ終わりだ。燃料もほとんど残っていない。俺ももうすぐ死んでいった戦友のもとへ行くことになるのだ。

 

 

 

 突然、低い轟音が耳に入った。それは化け物が出す鳴き声とも違った。レーザーを放った巨大な影が発しているのかと思った。しかし違うようだ。むしろそれはエディには聞きなれた音だった。音は近づいてくるように大きくなる。そして音の正体がエディの真横を猛スピードで通過し遠くの怪物共に突っ込んでいった。

 

 ミサイルだ。それもAAM。しかし、もう味方はいないはず。一体何処から。

 

 さらに響く無数の轟音がその答えだった。灰色の機体、ステルス性向上の為に斜めに付けられている尾翼、そして鉛筆のように尖った期首と切り裂くような翼。

 

 F‐22(ラプター)。アメリカ空軍が誇る世界最強の戦闘機だ。1機だけではなく一中隊くらいの数がいる。それにF-22以外にも、空軍のF‐15(イーグル)F‐16(ファルコン)もいるではないか。海軍の壊滅を察知した空軍が助けにきてくれたようだ。そしてそのままミサイルを遠くの怪物に向けて一斉に放った。

 

《こちらAWACS(エイワックス)ガーディアン! 誰か生存者はいないか? 生きている者がいたら返事をしろ!》

 

 なんと早期警戒管制機までいるようだ。

 

「こちら……空母トマス・ジェファーソン所属スカル隊4番機、エディ・ピアースです」

 

《噂の新人か。よく生き残った!他に生存者は?》

 

「無線で呼び掛けましたが全て応答無し。全滅したものと思われます。生き残りは自分だけです」

 

《そうか…… とりあえずお前はこの空域から離脱しろ。こちらの基地までうちの機が誘導する。空中給油機も後方に待機させてある。燃料の心配はしなくていいぞ。まずは無事に帰還することだけ考えろ》

 

「了解しました。スカル4、R.T.B(帰還する)

 

 エディの両サイドに2機のF-16がつく。あとは彼らについていき基地に着陸するだけだ。

 

 キャプテンや同じ隊の先輩、そして他の隊も余すこと無く優秀な人たちだった。どんな敵にも臆すること無く立ち向かう鋼の精神を誰もが持っていた。それなのに、隊に入ってすぐの未熟な新参者だけが一人生き残った。理不尽だ。死ぬのなら自分だった。彼らではなかった。何故自分だけ生きているのか。

 

 この戦いはエディの精神に深い深い傷を残した。

 

 

 

 後にこの太平洋沿岸の戦いは「サンフランシスコ海戦」と呼ばれることとなった。

 

 水平線の彼方に居たあの影は戦いの後、空へ向けてレーザーを発射。各国の人工衛星を破壊し、文字通り人類から空を奪った。

 

 怪物との戦闘は世界中あらゆるところで行われていた。その規模の大きさはまさしく世界大戦だった。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 この戦いの1年後、人類は怪物に敗北した。

 

 怪物はガストレアと名付けられた。そしてこの怪物との世界規模の戦闘を『ガストレア大戦』と名付けた。

 

 ガストレアは地球上の生物にガストレアウイルスが感染することで誕生する。感染した生物は巨大化や皮膚の硬化や凶暴化、驚異的な再生能力を宿し人間を襲い始めた。

 

 ガストレアはステージⅠからステージⅣに分けられることとなった。ステージⅠは感染したもとの生物の原型を留めているがステージが上がっていくにつれ様々な生物のDNAを取り込むのでもともとの生物の原型を残さなくなる。そのため、完成形のステージⅣは幾つもの生物が融合した異形の姿となる。サンフランシスコ海戦のガストレアはもとの生物の判別が可能なものが多かったことから襲ってきたのは主にステージⅠ~Ⅱのガストレアだという研究結果が海戦の生存者の証言から得られた。

 

 サンフランシスコで空母打撃群を壊滅させたガストレアはステージⅠ~Ⅳのどれにも属さないステージⅤに分類、十二星座の一つ、人馬宮(サジタリウス)の名前が与えられ、同じくステージⅤに分類された11体のガストレアと共に『ゾディアック・ガストレア』として恐れられた。

 

 戦時中、人類はとある金属を新たに大量に発掘した。バラニウムである。バラニウムはガストレアの驚異的な再生能力を阻害する性質を持つ唯一の物質で、ガストレアに対する矛や盾に加工され重宝された。しかしこのバラニウムをもってしてもゾディアック達には敵わなかった。ゾディアックはバラニウムの持つ再生能力を阻害する性質の影響を受けなかったのだ。

 

 

 国連は大戦を生き残った優秀なパイロットを国籍を問わずかき集め、国連主導の対ガストレア航空部隊、「A.G.A.F(アンチ・ガストレア・エアフォース)」を結成。人類から空を奪ったガストレア、ゾディアック・人馬宮を撃滅し、人類の空を奪還することを目標に新型兵器開発やパイロットの更なる育成に尽力した。

 

 そうして結成されたA.G.A.Fは順当に各地で戦果を上げ、ガストレア掃討の象徴として同じくガストレアを掃討する各国の軍隊や民間警備会社と共に讃えられた。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 ティナ・スプラウトはニューヨークにて小道を歩いていた。次の日本での任務のために彼女は日用品などの小物をニューヨークに買いにきたのだ。もう紙袋をいくつか手にぶら下げている。

 

 幾つもの雑貨店や日用品店を巡りさあ帰ろうかと思ったとき、それは聞こえてきた。

 

 

 

『我々人類はまだ負けていません』

 

 

 

 貫禄のある、しかし、まだ若さの残る声だった。声の発生源に思わず目を向ける。それは家電量販店のテレビから発せられていた。男性ジャーナリストがとある男に取材に行った際の映像のようだった。題材の男は見た感じ、20代後半から30代前半といったところか。画面の端にある文字には『A.G.A.Fの若き隊長、エディ・ピアース』と書かれている。

 

 A.G.A.F。聞いたことがある。マスターが皮肉混じりに言っていた。今の時代、彼らほどガストレア殲滅に躍起になっている集団は無い、と。

 

『負けていない……というと?  今、人類は大戦の結果、バラニウム製のモノリスの中に閉じこもるに至っていますが、それでもまだ敗北ではないと言うのですか?』

 

『ええ、その通りです。俺は真の敗北は完全な絶滅だと考えています』

 

『絶滅……ですか?』

 

『はい。誰一人死んでしまう完全な種の絶滅です。ガストレアは所詮生物です。ガストレアは大戦の時になにか降伏条件とか提示してきましたか? 人間のように。していないでしょう? 勝ち負けをすぐ決めてしまうのは人間の悪い癖です。降伏とかが無いのなら我々がいくら負けていないと主張しようが、それは自由なのです。"負けていない(Not defeated)"それを言い続けている間は人類に敗北はありません』

 

 彼は訴えるように続ける。

 

『誰もそれを言わなくなったとき、もしくは言えなくなった時が真の敗北だと思っています。人類が皆殺され、自分一人になったとしても"負けていない"ということは言えます。その時点ではまだ負けていないのです。このカメラの向こうの人達に言います。"負けていない"これを言い続けてください。頑固な子供のように。言い続けている間は少なくとも敗北ではありません。一人一人がこれを忘れない限り敗北は無いのです。

 

 何度でも言います。我々はまだ負けていません。

 

 俺達A.G.A.Fは、この言葉を胸に必ずガストレアから人類の空を取り戻します』

 

 これを最後にテレビのチャンネルが切り替わった。

 

 ティナはしばらく動けなかった。まさか、人類が大戦に敗北していないと考えている人が未だに存在するなんて信じられなかった。ティナは遠くにそびえ立つモノリスを見る。大戦の結果、バラニウム製のモノリスの結界に閉じこもるに至った人類をまだ負けていないと言うのか、彼は。

 

 ──まあ、でも。

 

 もはや人間とは呼べない私達には関係の無い話。

 

 そう自分に言い聞かせ彼女はカフェイン錠剤を口に放り込んだ。

 

 

 

 

 




 ご意見・ご感想その他諸々お待ちしております。
 ご批判も大歓迎です。


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ジョーンズ空軍基地撤退作戦

今回ちょっと短めです


 

 

 

 

 

 ああ

 

 

 

 

 まただ。

 

 

 

 

 恐怖に染まった無線が聞こえてくる。

 

 

 

《こちらドラグーン2! そこらじゅう蟲だらけだ!》

 

《ドラグーン3、FOX2!》

 

《くそっ、振り切れ……ぐあぁ!!─────》

 

《ここが正念場だ!お前ら、人類様の意地を見せろッ!》

 

 

 

 もう止めてくれ。

 

 

 

《援軍はまだか! 防衛ラインを突破される! もう持ちこたえられないぞ!》

 

《なんて数だ……冗談じゃない!!》

 

《メーデー、メーデー! こちらフェンリル5! 制御不─────》

 

 

 

 やめろ。やめてくれ。頼む。

 

 

 

 

 

《エディ── エディ── エディ! おいルーキー! お前はフェアリー2の援護につけ。聞こえたか?!》

 

 

 

 

 聞こえない。俺には何も聞こえない。

 

 

 

 

《生きて帰るぞエディ! おいエディ!》

 

 

 

 

 もうよしてくれ。頼むから。

 

 

 

 

《エディ! 聞こえるか?返事しろ! エディ!》

 

 

 

 頼むから。もう───

 

 

 

「エディ!!!」

 

 

「うおぉ!!」

 

 ひときわ大きな声に俺ことエディ・ピアースはベッドから跳ね起きた。

 

 

 ゴンッ

 

 

「ヴッ!」

 

 

 

 同時に頭部に鈍い音と共に激痛が入った。

 

 

 

「イッテテテ……おい大丈夫か? ずいぶんうなされてたみたいだが」

 

 起こしてくれたのは俺が新しく配属された隊の同僚、スチーム隊2番機のジェイク・ウルフマンだった。見上げると、オールバックの頭を手で押さえつけている。どうやら飛び起きた拍子に彼の頭と俺の頭が激しくキスをかましたらしい。

 

「ああ、大丈夫……大丈夫です。 多分」

 

「まぁ、夢見が悪くなるのも仕方ないよな。俺は噂でしか聞いたことないがヒドかったんだろ? サンフランシスコ。ホントよく生き残ったよ」

 

「…………そうですね。もうあんな初陣はゴメンだ」

 

 俺は目頭を揉んだ。しっかり睡眠は取ったはずなのにどうもまだ疲れが取れていない。

 

 あの海戦からもう1ヶ月が経っている。あれから俺は急遽空軍に移籍することとなり、アイダホ州にあるジョーンズ空軍基地のスチーム隊に配属された。その時スチーム隊は5機編成の隊だったが3番機が諸事情により欠けており、俺はその穴を埋める形で所属することとなった。

 

 ジェイクは実とは軍のアカデミー時代の先輩後輩の仲であり、彼とは2、3年ぶりの再会となった。おそらくスチーム隊に配属されたのは、顔見知りである彼の存在があったからかもしれない。

 

 澱みが未だ多くを占める俺の脳ミソにひとつの疑問が浮かんだ。現在の時刻は午後1時過ぎ。次の訓練までまだ2時間もある。なぜ彼は俺を起こしたのだろうか?

 

「とりあえず何で起こしたか言うとだな。急遽任務が入った。すぐにブリーフィングルームまで来い、ってさ」

 

「任務? どんなですか?」

 

「それを確かめに行くんだろ」

 

 「ほら行くぞ急げ」と俺の肩を叩いてそのまま俺の寝ていた仮眠室から出ていってしまった。

 

 まだ頭も痛い。眠気も取れていない。最悪の目覚めであった。

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 小走りながらブリーフィングルームに到着すると、他の隊員はもうすでにほとんど席についていた。プロジェクターのスクリーンの右側の列にジェイクらスチーム隊のメンバーが座っており、ジェイクが自身の後ろの席に手招きしていた。

 

 手招きに応じ席に座ろうとするととジェイクの隣の席に座っていた、大きなシルエットが特徴のスチーム隊隊長、ジェイソン・ハンプソン大尉が横目に俺を見ていることに気がついた。

 

「遅いぞ。寝坊か? また目覚まし時計が壊れてたのか? お前の場合は壊れてるのは体内時計か?」

 

 隊長の軽口にジェイクも他の隊員もニヤニヤし始める。「プラスドライバーが2本ほどあれば直るんじゃね」という言葉も聞こえてくる始末。勘弁してくれ。

 

「申し訳ありません。最近寝付けが悪くて」

 

「言い訳するな。確かにお前は少々特殊な境遇にあることは認めるがそれと寝坊はなんら関係ない」

 

 手厳しい。にべもなく項垂れながら席に座るとほぼ同時にブリーフィングルームの扉が音を立てて開いた。

 

 基地司令やそれに続く地位のお偉いさん方が大股で歩いてくる。そして中央の壇上に陣取った。その表情は酷く険しいものだった。

 

 その不穏な雰囲気を感じ取ったのか、さっきまで聞こえてきていた微かな私語も()()を潜めた。

 

 司令が壇上に立ったはいいが、なかなか喋りださない。命令を下すのを躊躇っているのだろうか。何度か口を開きかけることはあるが声はそこから出てこない。

 

 しばらくそれを繰り返した後、遂にその重苦しい口から声が発せられた。

 

 

「えー、諸君。あぁ……おはよう。いや、『こんにちは』かな。えー、総司令部より諸君らに新たな命令が下った。結論から言うと、この基地を放棄せよとのことだ」

 

 

 

「放棄? 冗談だろ」

 

「マジか」

 

 その発言に僅かに言葉を溢す者もいたが、我が隊のメンバーは全員黙ったままだった。特に隊長は表情すら変わることがなかった。まるで事前に知っていたかのように。

 

 基地司令は続ける。

 

「この指令については多少驚くことはあれど、我らの動揺を誘うほどでもない。だが、問題はここからだ。心して聞いてほしい」

 

 基地司令はまたも言いよどんだ。しかし次の瞬間、覚悟を決めたように言葉を紡いだ。

 

「この基地より西北西の方角、及び50マイルほどの地点にあの怪物どもが集結しているのを基地のレーダーで捉えた。昨夜のことだ」

 

 室内が不快なざわめきに満たされる。が、すぐに司令の「静かに!」の声でそのざわめきも消失してしまう。

 

「幸い、現在もヤツらに目立った動きは確認されていない。だが、ヤツらがここを標的に前進し始めるのも時間の問題だろう。そこで──」

 

 

「撤退──ということか。ヤツらが動く前に」

 

 思わず口に出してしまった。予想以上に俺は動揺していたようだ。サンフランシスコの悲劇が脳裏をよぎる。

 

 ふと前の席を見るとジェイクと隊長がこちらを見ていた。それはまるで何かを観察でもしているかのような目付きだった。

 

「そういうことだピアース中尉。だが恐らく、今から撤退の準備を開始したとしても、ここを離れる頃には怪物どもは目と鼻の先まで迫っているだろう。ヤツらも流石にこちらの撤退の準備が完了するまで待っているとは思えない。そこで……」

 

 ここまで言って、基地司令は大きく息を吐いた。まだ何かあるのか。

 

「総司令部が出した結論は、合理的だが非常に冷酷だった」

 

「それは一体どういう……?」

 

 中央の最前列に座っていた同世代くらいの隊員が堪えきれず聞いた。

 

「あぁ、それについても含めてハンプソン少佐。説明を」

 

「はい」

 

 なんと、ここで隊長にバトンタッチをした。意味がわからない。なぜここで隊長なのか。そしてなぜジェイクも他のみんなも何も言わないのか。

 

 隊長は基地司令に変わり壇上に上がる。そしてバリトンの声をブリーフィングルーム内に響かせた。

 

 隊長の話は撤退の主な手順についてだった。まず3機ある各輸送機ごとにA班・B班・C班の3つに班を分け、各各々別方向に移動するとのことだった。そしてA班にはゴースト隊、B班にはスキップ隊、C班にはウルフパック隊がそれぞれつくことになった。

 

 隊長の話の中にスチーム隊の名前が出てくることはなかった。

 

 

 ブリーフィングが終わり室内にスチーム隊のメンバーしかいなくなった頃合いに早速隊長に聞いてみた。しかし、帰ってきた返答は俺の予想の範囲外だった。

 

「ああ、言い忘れてたがお前はC班のウルフパック隊についていけ。それか輸送機に乗せて貰え」

 

 は?

 

「……? それは一体どうゆう……?」

 

「察しろよルーキー。このスチーム隊にもうお前の席はねーんだよ」

 

 隊長の横にいた4番機のリッキーが煽るように言った。

 

「そうそう、今日も寝坊してさ。なまじっか腕があるからって生意気なんだよ」

 

 後ろから5番機のサムが続く。

 

 俺は助けを求めるように振り返ってジェイクの顔を見た。だが彼はとっさに顔を背けてしまった。おいマジか。

 

「でも……、そ…そうだ! 隊長、隊長達の任務は何なんですか? ブリーフィングでも名前が出てこなかったのですが──」

 

 ぽんっ、と右肩に手が置かれるのを感じた。振り返ると手を置いていたのはジェイクだった。

 

「悪いなエディ。そういうことだ。もうお前にそれは関係ない」

 

「先輩……」

 

「それに隊長も何も言ってないことは隊長も同意見ってことだよ」

 

「そんな……、隊長……本当ですか?」

 

「俺からは何も言うことはない」

 

 終わった。完全に見放されてるようだ。

 

 しかしそんな前触れはブリーフィングの前まで全くなかった。それが少し違和感がある。昨日まではみんな優しく、よく気にかけてくれた良い先輩方だった。

 

 ふと、一つの可能性が浮かんだ。

 

「もしかして…… あの怪物共に突っ込むつもりですか」

 

 その瞬間自分以外の全員の顔が苦々しいものに変わったのを確かに俺は見た。どうやら当たりだ。

 

 先ほど基地司令は今から撤退の準備をしても間に合わないかもしれないと言っていた。なら、怪物を来させないようにすればいい。いや、時間稼ぎが出来ればそれで十分だ。しかし、怪物の量から察するにここの基地の全戦闘機が迎撃してもこちらが圧倒的敗北を喫し大損害を被ることになるのは想像に難くない。

 

 そこで基地一番のエリート部隊であるスチーム隊に白羽の矢が立ったのであろう。1部隊のみなら損害を最小限に抑えられる上に彼らの腕があれば怪物どもを減らすことも可能かもしれないと上層部は踏んだのだ。

 

 だが、生還するのはほぼ不可能な任務である。基地司令の言っていた「合理的だが非常に冷酷」の意味がやっと分かった。

 

「俺はまだ若いから……まだ先があるから参加させないんですか? 俺だってもうスチーム隊のメンバーなんですよ! 何で俺だけ仲間外れにするんですか?!」

 

「エディ……。何で3番機が空いていたか知ってるか?」

 

 隊長は子供を諭すように言った。

 

「いえ……」

 

「それはな、殉職だよ。歳もお前くらいだった」

 

 俺は言葉が出なかった。

 

「あの怪物の1匹にやられたんだ。俺達はアイツが怪物に絡まれているのを見てることしかできなかった。思えば人類で初めて怪物に襲われたのはアイツだったかもしれないな」

 

 聞いたことがある。内陸部にある基地の新人が正体不明の怪物に襲われたと。そこから同じような報告が増え始めたと。まさかその隊がスチーム隊だったとは。

 

「俺は、いや、()()はもうお前みたいな若い芽が目の前で消えてくいくのを見たくないんだよ」

 

「でも、俺は。俺は……」

 

「しつこいぞルーキー。分かるだろ、ここにいるみんなお前には生きてほしいんだ」

 

「でも…… おかしいです。生き残るべきは経験を積んだあなた方だ。俺みたいなヒヨっこじゃない。俺が行きます」

 

「一人でか?それはな、犠牲でもなんでもない。ただの自殺だ。とりあえずまだ駄々をこねるならこちらにも考えがあるぞ」

 

「考え?」

 

 隊長が後ろに目配せをした。そのとたん後ろにいたジェイクから羽交い締めにされる。

 

 

 

「えっ、ちょ。え?」

 

 

 

「すまない」

 

 

 

 俺の腹に硬い、硬い拳が沈み込んだ。

 

 俺は腹に走る苦しい痛みとともに意識を手離した。

 

 

 

 

 

 

「墜ちたか?」

 

「ええ、もうぐっすりです」

 

「よしジェイク。エディをぐるぐるに縛って輸送機に放り込んどけ。他は出撃準備だ」

 

「了解」

 

「了ー解」

 

「了解」

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 目を覚ますとそこは狭い狭い空間だった。身動きが取れない。体を見るとガムテープでミイラ男のようにぐるぐる巻きにされていた。恐らくジェイクの仕業だろう。彼はアカデミー時代からこういうイタズラはどこまでも本気でやる先輩だった。

 

 部屋を見渡せばどうやら飛行機の中の仮眠室に寝かされているようだ。飛行機の中。ということはもう基地を飛び立っていることだろう。

 

 そして、彼らはもう……。

 

 

 また。

 

 まただ。

 

 

 また俺は……。

 

 

 

 

 

 

 屍がまた積み重なる音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

 

 同時刻、アイダホ州ルイストン上空。

 

 4機のF-15CがV字編隊で飛行していた。

 

 尾翼にはWWの文字と赤い機関車のエンブレム。ジョーンズ空軍基地所属のスチーム隊の機体だった。

 

 

《今頃アイツは輸送機のなかで夢でも見てる頃ですかね》

 

《ジェイク、ちゃんと縛ったよな?》

 

《ああ。まさに、エジプトのミイラだぜ》

 

《うわ、ヒデェ》

 

 無線内に明るい笑いが起こった。隊長であるジェイソンも思わず笑みを溢す。およそこの後に全滅が決まっている者達の会話だとは思えなかった。

 

 ジェイソンの機体のレーダーに幾つもの点が写り始める。ようやくお出ましのようだ。

 

「スチームリーダーより全機、聞こえるか? おいでなすったぞ」

 

 その言葉に無線内を支配していた笑い声も引っ込んでしまう。

 

「おいおい、これは確かにミッションだが同時に俺達最後の晴れ舞台でもあるんだ。もっと賑やかにいこうぜ」

 

《……分かってます。でも……》

 

《…………もっと地上の空気吸ってくるんだった》

 

《フッ、ジェイクらしいな》

 

「確かに」

 

 怪物共が目の先の空に黒い点で見えてくる。案外移動が速かったようだ。

 

「こちらスチームリーダー、最期くらい派手に散ってやろうや。全機──」

 

 コックピット内の空気をありったけ吸い込み、そして吐く。覚悟はもう決まっている。戻るつもりはない。

 

「──俺に続け。やってやるぞ!」

 

《了解!》

 

《了ー解》

 

了解(ウィルコ)

 

 

 

 

 

 4機の鋼鉄の(イーグル)が白い尾を引きながら翼を持った禍々しい怪物共に突っ込んでいった。

 

 我々はミサイルだ。そう叫んでいるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エディがスチーム隊全滅の報せを聞いたのは、移動先であるユタ州のヒル空軍基地に到着してすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「里見くん、『A.G.A.F(エイガフ)』って知ってるわよね?」

 

 

 

「え、えいがふ?」

 

「ん、何なのだそれは?」

 

 木更さんがそんなことを聞いてきたのは、太陽がちょうど真上に浮かんでいる休日の真っ昼間のことだった。

 

 蓮太郎、木更、延珠の3人は今、事務所でコンビニ弁当を食べながらガストレアに関する情報収集をしているところだ。ちなみに延珠だけはソファで漫画を読んでいる。全く羨ましい限りである。

 

「里見くん…… 座学で習ったでしょ」

 

「知らねぇよ。座学は寝てたしな」

 

「えぇ……」

 

「木更! その()()()()とやらは一体何なのだ?」

 

 延珠がソファに寝転がりながら聞いてくる。学校をやめてから何だかいつも以上にだらしなくなった気がしてやまない。

 

 木更はコホンッと咳払いをした。

 

「A.G.A.Fというのはね、『アンチ・ガストレア・エアフォース』といって言わば『対ガストレア専門航空部隊』のことよ。肩書き上は国連主導にってことなってるわね」

 

「肩書き上は?」

 

 蓮太郎がすかさず聞き返した。肩書き上"は"と強調しているあたり、実際は違うのか。

 

「ええ。国連はガストレア大戦の時に手酷くやられちゃってるらしくてまともに機能していないみたいなのよ。だから最近はA.G.A.Fだけ国連から組織ごと独立して自由に活動してるっていう話らしいわ。言わば"作ったのだけは国連"って感じかしら」

 

「へぇ。で、そのエイガフがどうしたんだ?」

 

「いやね里見くん。今読んでる記事によると、A.G.A.Fがどうやらイニシエーターを導入したらしくてね」

 

 木更はパソコンを蓮太郎の目の前まで机づたいにスライドさせる。蓮太郎はその記事を覗き込んだ。

 

 その記事には20代後半から30代前半くらいの男性と延珠と同世代くらいの銀髪の少女が写っていた。2人は向き合いながらそれぞれ敬礼をしており、服装はどちらも戦闘機のパイロットが着るような厚手の服装を身に纏っていた。

 

「えっ、これってイニシエーターも戦闘機に乗るってことか?」

 

「どうやらそうみたいなのよ。その記事によるとイニシエーターにレーダー士官? っていう役割を任せるつもりらしいわ」

 

「レーダー士官って何だ?」

 

「知らないわ。私、そういうのは詳しくないし」

 

 そう言いながら木更は弁当の鮭を丁寧に口に運んだ。

 

「そういえば蛭子影胤事件の時にも彼ら、東京エリアに来てたわよ」

 

「へぇ。初耳だな」

 

「そりゃあほぼ極秘だったし。聖天子様が要請したのよ」

 

 木更は事件の時に諸事情により聖天子やその他大臣がいる作戦本部にいた。そのため聖天子がどのような判断を下したかも知っているのである。

 

「やっぱり、スコーピオンか?」

 

「えぇ。彼ら、里見くんが『天の梯子』でいろいろ準備してる間、ずっとスコーピオンの注意を引いてくれていたのよ。直接的にとは言えないけど一応貴方、彼らに借りがあるのよ?」

 

「……作戦でそのエイガフはどうなったんだ?」

 

 ステージ5のガストレアであるスコーピオンには通常兵器がほとんど通用しない。ヤツらの前に多くの人類が命を散らしていった。例え熟練の軍人でも結果は同じだろう。

 

 

 

「彼らは最後まで任務をやり遂げて、そのままの足で自分達の基地にすぐに帰っていったわ」

 

「生き残ったのか!?」

 

「それどころか損害はほぼゼロらしいわ。凄いわよね。4機小隊で来てたんだけど確かに1機も欠けてなかったわ」

 

「……世の中にはすげぇ人達もいるんだな」

 

「……貴方も人のことは言えないと思うけどね?」

 

 延珠が読書に飽きたのか事務所に備えつけてあるテレビの電源を入れた。テレビは与えられた役割をきっちり果たし、とある画面を映し出した。それはドキュメンタリー番組のようで画面の左上には『A.G.A.Fの若き隊長、エディ・ピアース』と書かれている。どうやらたった今話の話題に出ていたA.G.A.Fの隊長を取材した番組のようだ。

 

「あら、噂をすればじゃない」

 

「記事の写真に写ってたの隊長だったのか」

 

『───降伏とかが無いのなら我々がいくら負けていないと言ようがそれは自由なのです。"負けていない(Not defeated)"それを言い続けている間は人類に敗北はありません。──』

 

 テレビから聞こえる彼の声は、さながら街頭演説のように事務所内に響き渡った。普段うるさい延珠も黙って彼の言葉を聞き入っていた。かくいう蓮太郎も弁当を食べる手を止めてテレビを見入っていた。

 

「不思議よね、人って」

 

「え?」

 

 木更が突然話し始めた。その言葉は、テレビの演説風の音声よりもはっきりと凛々しいものに感じた。

 

「テレビに写ってるあの隊長さんも、里見くんも、延珠ちゃんも、私も、状況によっては簡単に人が変わっちゃうわよね。今の里見くんも蛭子事件の時とは全く別人みたいよ。あの時の里見くんからは想像もつかないくらい。この隊長さんもきっと空を飛んでる間は全く別人の顔をしてるわ」

 

 確かに、と蓮太郎は思った。今ソファでぐぅたらしてる延珠もガストレアを前にしたら今のだらしない雰囲気はどこかへ消えてしまい、世界一頼りになる相棒に早変わりするだろう。テレビに写るA.G.A.Fの隊長も戦闘機のイスに座った途端、ただの広告塔ではなく百戦錬磨のエースパイロットとして空に飛び立つことだろう。

 

 人は立場と状況次第では、いくらでもその人物像を変えてしまう。

 

 

 

 ──アンタも大概、人のこと言えねぇぜ。

 

 

 

 蓮太郎はそう言いそうになった自分の口を、大きな紅鮭を使って無理矢理ふさいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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オグデン防衛戦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからざっと3週間。

 

 俺はユタ州オグデンにあるヒル空軍基地に到着後、そのままウルフパック隊に5番機として基地に配属された。

 

 ウルフパック隊は主にF-16Cを運用している部隊で、三匹の狼が月をバックに遠吠えするエンブレムが垂直尾翼に描かれている。

 

 ヒル空軍基地周辺には現在、大規模な難民キャンプが形成されており、各地から逃れてきた民間人で溢れ返っている。

 

 俺が以前いたジョーンズ基地周辺は既に怪物共に占領されており、その怪物共の進行速度から予想するとジョーンズ基地があったアイダホ州のほとんどがもう怪物の占領下にあるだろう。

 

 つまり、怪物共は今俺達がいるユタ州のすぐ横まで迫って来ている。しかし基地の周りに大規模なキャンプが生成されている以上、今までのようにすぐに撤退という訳にはいかない。

 

 

 

 ここで軍が選択した手段は単純だが無謀だと言えるものだった。

 

 

 

 

「ブリーフィングを始める」

 

 会議室に響いた基地司令の声にハッと我に返る。最近どうもボーッとしてることが多く、新しい隊のメンバーからも心配の声(からかい半分)があがっていた。俺もこのままではいけないと思っていたのだがまたやってしまっていたようだ。

 

「現在、アイダホ州方面から怪物共がこの基地に向けて進行中との情報を得た」

 

「その情報は確かですか?衛星が死んでいるのにどうやってその情報を得たのです?」

 

 ウルフパック隊2番機のハリーが記者のようにすかさず質問する。

 

「……偵察部隊の決死の偵察の賜物だ。残念ながら、つい先ほど通信が途絶。彼らが再び我が基地の滑走路に着陸することは叶いそうにないようだ」

 

 室内を暗い湿った空気が包み込む。それがただ気候のせいなのか俺達の心がそう感じさせたのかは分からない。基地司令はそんな空気はお構い無しに続ける。

 

「怪物共が迫って来ているからと言って今の基地の現状を見るとそう簡単に撤退も出来ないだろう。そこで我々は防衛戦を行うことを決定した」

 

 ざわめきが室内の湿った雰囲気を中和した。中和したといっても諦めが不安に変化しただけだが。

 

「防衛戦?」

 

「そうだ。実際はほぼ撤退戦みたいなものだが。諸君らには難民の避難が完了するまでの間、怪物共の進行を抑えてもらいたい。基地には幸い古い巡航ミサイルが残ったままなはずであるからそれを使えば諸君らも生き残れる。さらに首都から新兵器も輸送途中とのことだ。到着次第それも使用する。この戦いは先程までの敗走劇をまた演じるものではない。我々がこの戦いより戦争の潮目を変えるのだ」

 

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 ユタ州とアイダホ州の州境付近。

 

 緑の混じった荒野の上空をウルフパック隊の5機のF-16Cとオウル隊の4機のF-15C、そしてディーラー隊の4機のF-35AがそれぞれV字編隊で飛行していた。

 

《こちら管制室、コールサイン"バックラー"。全機、状況を報告せよ》

 

 

《こちらウルフパック1、ウルフパック隊準備完了(スタンバイ)

 

《こちらオウル1、準備完了(スタンバイ)

 

《オウル2からオウル4、準備完了(スタンバイ)

 

《こちらディーラー1、ディーラー隊準備完了(スタンバイ)

 

《こちらバックラー、準備完了確認。指示を待て》

 

《こちらウルフパック1、了解。ウルフパック1から各機、聞こえるか?新入りの言った戦法でやってみるぞ》

 

了解(コピー)、ウルフパックリーダー》

 

了解(ラジャー)、ウルフパック1》

 

《了解した》

 

了解(ウィルコ)、キャプテン」

 

 新入り──つまり俺の提案した戦法とはこうである。

 

 まず、フレアや機銃で怪物を牽制し、注意を引き付けわざと後ろにつかせる。それを数回繰り返し数匹集まったところを別の機がミサイルでまとめて撃墜する。

 

 単純だと言う声も上がった。だが、相手は所詮動物であり、機動力では戦闘機は怪物に劣るが戦闘機のジェットエンジンには怪物も勝てないので割りと有効なのではと俺は考えた。基地の考えていた作戦も同じようなもので、戦闘機で怪物共をなるべく一ヶ所に誘導し、ある程度集まったところに巡航ミサイルを撃ち込むという方法を提示した。

 

 この戦法には高い技量が求められる。しかし、話を聞いていた者のなかで文句を言う者は誰一人としていなかった。それどころか皆、獰猛な目をギラつかせ口角を上げている始末。ここの基地には戦士が多いようだった。

 

 

 

 

《こちらバックラー、レーダーに感あり。ヤツらだ。距離およそ13マイル》

 

 

 

 ついに怪物共が現れたようだ。

 

 俺にとってこの戦いは様々な意味を持つ。2回目、守る戦い、そして仇討ち。ヤツらはアイダホ州方面からやって来た。すなわち俺がかつて一時的に所属していたスチーム隊を殺した集団と同じだ。決して楽に殺してやるものか。

 

《距離およそ10マイル。全機、目視出来次第交戦を許可する。各隊リーダー機に続け》

 

《こちらウルフパック1。全機、なるべくツーマンセルで動け。ウルフパック3は俺と組め。ウルフパック2と4と5でエレメントを組み迎撃しろ》

 

《こちらウルフパック4了解。エディ、ハリー、よろしく頼む》

 

 こちらの機体のレーダーにもまばらに点が映り始める。その数、50以上。とんでもない数だ。

 

「了解。ウルフパック4の後ろに付きます」

 

《こちらも了解。同じくウルフパック4の後ろに付く》

 

 指示に合わせて編隊を変える。ウルフパック4を先頭に後ろに2が付きその隣に俺が並ぶ。ディーラー隊とオウル隊も同じく編隊を変え、それぞれ二つずつのグループに分かれた。

 

《距離8マイル。諸君、この基地を頼んだぞ》

 

 敵を目視で視認。遠くの青い空に無数の黒い点が見え始める。

 

 

 ──見ておけよ怪物共。人類はまだまだ終わっちゃいない。

 

 

 前方を飛ぶ隊長のF-16が加速し主翼の端から雲を引きながら突っ込んでいく。俺も他の隊もそれに続いて加速する。

 

 

 

《ウルフパック1、交戦(エンゲージ)!》

 

 

 それが開戦の合図だった。

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 状況は正しく乱戦だった。

 

 怪物の進行自体は何とか押し止めることに成功しているものの、こちらが不利な状況には変わりなかった。

 

 前方を飛行する機体の後ろに何匹もの羽虫型の怪物がへばり付いており、それをミサイルでロックオンしようにも自身も怪物に追われている始末なのでそれも簡単には出来ない。よく周りを見渡してみると、飛行している戦闘機の殆どに怪物共が群がっている状態だった。

 

 空を戦闘機が四方八方に飛び交う姿はまるで流星群のようだ。

 

 

《ウルフパック2!後ろに……5体!5体くっついてます!》

 

《了解!エディ、頼めるか?》

 

《了解》

 

 前を飛行するウルフパック2のF-16の真後ろに蜂を想起させる怪物が金魚の糞のように追随している。彼が急旋回や急上昇を試みるも昆虫由来の機動力で難なく追跡を続ける。だが、速度は戦闘機が圧倒的に速いので追いつくことはない。

 

《ウルフパック5、FOX2》

 

 エディは群がる怪物共をロックオンし、そのまま操縦桿のボタンを押す。翼の端に備え付けられたサイドワインダーミサイルが白い煙を吐きながら蜂型の怪物の群れへ突っ込み、爆散する。怪物共は炎に包まれながら地上に落下していった。

 

《ナイスショット!やるなぁエディ!》

 

 ウルフパック2は背中が軽くなったのか一度横回転した。

 

 先程からこの作業の繰り返しだった。これでサイドワインダーは使いきり、残りはアムラームが片側3発ずつ。数は墜としているはずだが、まるで減っている気がしない。

 

 突如、アラームがコックピット内に響き渡った。

 

 これはミサイル接近中のアラート。

 

《巡航ミサイル接近!全機、当該空域から離れろっ!》

  

 キャプテンの張り裂けんばかりの無線が聞こえてくる。

 

 レーダーに赤い円状の枠が表示された。この枠内が危険空域だ。逆に言えばここに怪物を誘導出来れば一網打尽に出来る。

 

 エディは操縦桿を傾けた。

 

《おいウルフパック5、なにやってる!そっちはミサイルの弾着空域だ!巻き込まれるぞ!》

 

 誰かの無線が聞こえてくるがそんなことは今は無視。

 

 エディはすれ違う怪物の殆どに機銃を撃ち込み何とか数匹注意を自分に向かせる。すると、いつの間にかエディの背後には7体ほどの蟲の怪物が連なっており、エディは怪物共を引き連れたままレーダーの赤枠のど真ん中へ突っ込んでいく。

 

 キャノピー越しに基地の方面からトマホークが迫ってきてるのを確認。このスピード、このタイミングならイケる。

 

「ついてこい、畜生共め!」

 

 スロットルを全開にし、急加速。コックピットの背もたれに身体が押さえつけられる。

 

 アラームがいっそう激しさを増し、別のサイレンまでなり始める。うるさい。黙ってろ。

 

 機体が赤枠の中心を通過。一気に離脱に掛かる。そして赤い枠から機体がもう少しで出るという瞬間、背後で轟音が鳴り響いた。

 

「くっ…!」

 

 機体が爆風で小刻みに揺れる。エディは操縦桿を強く握りしめた。警告を告げるアラートがひっきりなしに鳴っている。

 

 やがて揺れは収まり、アラートが消えた。後ろをみると爆発で出来た煙の塊から炎で包まれた怪物だったものが落ちていくのが見える。どうやら成功らしい。

 

《ウルフパック5、エディ無事かっ!》

 

 ウルフパック2、ハリーの声だ。彼はエディがウルフパック隊に配属されてから何かと面倒を見てくれる先輩で、歳もそこまで離れてなかった。なので隊のなかで一番最初に親しくなった。

 

「こちらウルフパック5。機体や計器類に異常無し。無事です」

 

《全くお前は無茶しやがって。だがお前のお陰でヤツらの数を減らせる方法が確定したな》

 

《そうだな。新入りと同じことをやれば間違いなく数が減る。ただ少々難しそうだがな。だが手段を選んでる暇はこちらには無い。こちらウルフパック1、全機に告ぐ。出来る者は新入りと同じことをやってみろ。危険は伴うが相応の効果も期待できるぞ》

 

了解(ウィルコ)

 

《了解した》

 

 隊長の無線に皆、了解の無線を飛ばす。

 

 エディは周りの怪物を引き付けるために横回転しながらフレアを撒く。機体後部から小型花火のような物が複数射出された。怪物共はその光に釣られてエディの後を追う。他の戦闘機も同様に次々とフレアを撒き始めた。

 

《オウル3!後ろに4体へばり付いてるぞ!》

 

《分かってる!ってそっちも5体に追われてるじゃねぇかオウル2!》

 

《こちらディーラー2!後ろに6体!これ以上は手に負えない!》

 

《無理するなよ!限界だったらへばり付いてるヤツを撃墜してもらえ!》

 

《了解!──うわっ!前からも来t───────》

 

 

 

《ディーラー2、応答しろ!ディーラー2!くそっ!こちらバックラー。ディーラー2撃墜(ロスト)!》

 

《くそっ!》

 

「ちぃっ……」

 

 思わず顔が歪む。殆ど自分の考案した作戦で死んだようなものだ。

 

 更に2回、爆裂音が聞こえてくる。その直後、管制室から悲鳴にも似た無線が響いた。

 

《更に2機撃墜(ロスト)!オウル4と……これはウルフパック3か!》

 

「そんな…くそっ!キャプテン、そちらの状況は?!」

 

《今巨大昆虫の大群に追われてる!》

 

 大体11時の方向、動きが秀でているF-16の後ろにハエに似た虫が大群を作りF-16を追い回しているのが見える。

 

《エディ!隊長を助けるぞ!俺に続け!》

 

「了解!ウルフパック2!」

 

 ウルフパック2がキャプテンの元へと突っ込んでいく。それに続く形でエディも猛スピードで突っ込んでいった。更にその後ろにウルフパック4も続いた。

 

《大丈夫だ!このままミサイルが来るまで引き付けてやるさ!》

 

《こちらバックラー、トマホーク発射確認。全機、備えろ!》

 

《言ったそばからいいねぇ!──っ!おいっ!お前ら前から来るぞ!回避(ブレイク)しろ!》

 

 前をみると、真っ黒な外殻を持ったカブトムシのようなものが高速で迫ってきていた。あれに体当たりされたら機体が粉砕するだろう。

 

 エディは反射的に敵ミサイルを回避するときのようにフレアを撒きながら機体をひねって回避。他2人もどうにか回避したのを確認。しかし、フレアを撒いたのが原因か、カブトムシ達はエディのみにターゲットを絞ったようで、ターンしてこちらへ戻って来る。

 

 スロットルを全開、アフターバーナーも点火する。同時にレーダーに赤い枠が写し出される。

 

 そっちがその気ならこっちも徹底的にやってやる。

 

「隊長、付いてきて!枠の中心へ!」

 

《よぅしわかった!》

 

 右旋回し、レーダーに示された赤枠の地点へ全速力で突入する。その後ろに隊長のF-16が続き、更に後ろに羽虫や蜂などの虫型の怪物が列を成して続いた。

 

 ミサイル接近のアラームが鳴り始める。だが、スピードは緩めない。隊長も付いてきている。ここでヒヨったら全てが終わる。

 

 機体は既に赤枠に入った。危険空域の警告アラームも鳴り始める。ミサイルアラートも激しさを増す。

 

 

「《イッケぇぇぇぇぇぇぇ!!!》」

 

 

 自身の叫びと隊長の雄叫びが奇しくも重なった。

 

 機体はそのまま追い風に押されるように危険空域外を目指す。そしてレーダー上の赤枠から離脱できた瞬間、背後で巡航ミサイルが炸裂。先程から後ろに連なっていた怪物共を巻き込み特大の爆炎の花を咲かせた。

 

 少し遅れて爆風がエディの機体を襲う。ガタガタとコックピットが音を立て、異常を知らせるアラートが鳴り響く。

 

 だがそれも一瞬で収まった。後方をみれば今までへばり付くように追ってきていたカブトムシ達はいなくなっていた。ミサイルが生成した爆煙の中から隊長のF-16が飛び出してくる。同じく後方に怪物の影は見えない。今度も上手くいったようだ。

 

《ヒャッホウ!成功だ!ヤツらもあらかた落とせたんじゃないか?》

 

 周りを見渡すと、確かに最初と比べて圧倒的に少なくなっている。他の機が上手く墜としてくれていたようだ。

 

 このまま順調にいけば、ひょっとしたら戦争が始まって以来の善戦になるかもしれない。

 

 

 

 だが、そう上手くはいかないのが世の常である。

 

《警告!ボギー10出現(インバウンド)!速いぞ!それに高い!高度約8000mから降下してくる!気を付けろ!》

 

 管制室の絶叫が鼓膜の奥を震わす。

 

 上を見ると、太陽の中から複数の平たい影が浮き出てきているのが見えた。その影達はどんどん大きくなり、明確な形となり始める。

 

 それは鳥だった。大きさはおそらくF-16よりも一回り大きい。

 

 猛禽類特有の曲がった嘴。鋭い爪。そして何より目につくのは、その二対ある大きな翼だった。

 

 容姿といい、大きさといい、インディアンに古くから伝わるサンダーバードを思わせる。どうみてもこの上ない脅威である。

 

《全機、回避(ブレイク)回避(ブレイク)!》

 

 隊長の無線を合図にエディは操縦桿を右に傾ける。機体も右に傾き、その瞬間サンダーバードがすぐ真横を通り抜けた。

 

 斜め前でオウル隊のF-15がサンダーバードの体当たりをもろに喰らい、翼で縦に真っ二つに切り裂かれた。

 

《ぐわぁ!!!────》

 

 接触時間はほんの一瞬であったのに、硬い鋼鉄の機体をいとも簡単に真っ二つ。

 

 まるで昔テレビで見たニッポンのサムライのような一刀両断。そんなの聞いてない。ふざけないで欲しい。

 

《くそっ!オウル2の撃墜(ロスト)を確認!》

 

《今の見たか?!翼が4つあった!》

 

《分かってる!コイツらは今までのとは違う!各機警戒しろ!》

 

 巨鳥達はそのままターンし、上昇していく。ヤツらは一撃離脱戦法を得意としているようだ。

 

 巨鳥が身を翻し再度降下してくる。徐々にスピードを上げ翼から白い線を引き始める。

 

 狙いは5の数字が描かれたF-16。すなわちエディの機体。

 

 巨鳥は真っ直ぐ突っ込んでいき、そのまま鉄のボディを硬化した翼で切り裂く────はずだった。

 

 エディは衝突の瞬間、バレルロールを実行。機体を捻り間一髪巨鳥の突撃を避ける。そしてそのまま通り抜けた巨鳥を追い降下を開始。巨鳥もそれに気づき身を捻る。そして両者はそのまま下降しながらローリングシザースの機動に移行する。

 

 螺旋を描きながら下降をしていく両者。しかし、地面が近づき巨鳥が地面スレスレで身体を振り上げ何とか衝突を回避。まだ若干高度に余裕のあったエディはそのまま機体を上げ追跡続行。この時、エディの身体に地上の4倍ほどのGがかかり、コックピットに身体が沈みこみ視界が真っ暗になりかけるがエディは一切うめき声も出さずに状態を維持。

 

 空の王者と科学の結晶の対決。どちらが勝利してもおかしくはない。

 

 巨鳥は身を横回転させたり急旋回を試みるが、後ろにいる空飛ぶ鉄の塊は難なく付いてくる。

 

 一方エディは巨鳥のロックオンを完了していた。ピピピ……と、もはや聞きなれた音が鳴り、そのまま操縦桿のボタンを押す。

 

「ウルフパック5、FOX3!」

 

 翼の下に吊り下げられていた2発のアムラームミサイルが翼から切り離され、そのまま後部のロケットを噴射。そして前方の巨鳥目掛けて突っ込んでいく。

 

 巨鳥は咄嗟に左に回避行動をとるがもう間に合わない。ミサイルは巨鳥の胴体に直撃。ド派手な音を響かせて爆散した。巨鳥は赤い地煙と肉片を撒き散らしながら落下していく。

 

 自然対科学の対決はこの瞬間は科学の勝利に終わった。

 

《こちらバックラー、ウルフパック5が1体撃墜!》

 

《ナイス!》

 

《よくやったウルフパック5!》

 

《だが他は少々状況がよろしくないな。そんな諸君らにここで朗報だ!新兵器が基地に到着し今発射の準備を進めている!出来次第発射するからそれまで持ちこたえてくれ!》

 

 発射、というくらいなのだからおそらくミサイルだろう。これは期待ができそうだ。

 

「ウルフパック5了解。これより援護に入ります」

 

《エディ、すまんがこっちに来てくれ!ウルフパック4が鳥野郎2匹に追われてる!》

 

 ハリーの無線だ。声の焦り具合から相当深刻な状況と予想出来る。

 

了解(ウィルコ)

 

 エディは機体を傾け、右旋回。ウルフパック4のもとへと急ぐ。

 

 10時の方角にウルフパック4を確認。巨鳥2匹にしつこく追い回されている。後ろのウルフパック2が援護しようてしているようだが、彼らの多彩な機動に付いていくのに必死で援護が出来ていない様子。

 

 エディはウルフパック4の進行方向に先回りする。そして真っ正面の位置につき、そのまま加速。

 

「ウルフパック4、合図で右に回避を」

 

《はぁ?なに言って──── なるほど。分かった、合図で回避する。ハリーも備えとけ。来るぞ!》

 

 エディはアフターバーナーを点火。全速力でウルフパック4に突っ込んでいく。

 

 

「合図、3── 2── 1─── 今ッ!!」

 

《フンッ!!!》

 

 正面のウルフパック4のF-16が右に急旋回。すると、その後ろで彼を追い回していた巨鳥達の姿がエディのHUD越しに現れる。エディは臆せずそのままヘッドオン。

 

 赤目の巨鳥は突然現れたエディに驚き、翼を目一杯広げて急ブレーキ。だがそれは悪手。ただ的が大きくなるだけ。HUDのレティクルが絞られ2匹ともロックオン完了。貰った。

 

「ウルフパック5、FOX3!」

 

 翼の下に懸架してある残り4発のアムラームミサイルのうち、2発を発射。それぞれ巨鳥のもとへと白い線を描きながら飛んでいき容赦なく突き刺さる。同時に爆発した。

 

《ウルフパック5が2体撃墜!よくやった!!》

 

《WHOOOOO!!グットキル、エディ!!》

 

《ナイスだエディ!》

 

 エディは近くにヤツらがいないことを確認し、ふぅ、と息を吐く。だが、それ以上の安息を許して貰えなかった。

 

《こちらバックラー、敵の第二波と思われる反応を感知!多いぞ。全機今すぐ退却だ!民間人の避難もたった今完了した。および新兵器の発射も確認。繰り返す!新兵器発射!危険空域から離脱せよ!先程よりも大きいぞ!》

 

 レーダー上に赤い枠が出現。その大きさは戦闘空域のおよそ半分ほどを覆うほど。ほとんどの機が赤枠の内側だ。トマホークとは比べ物にならない。

 

《こりゃ期待できそうな新兵器だ。こちらウルフパック1、全機、潮時だ。編隊を組め。撤退するぞ》

 

了解(ラジャー)

 

《了解です》

 

《こちらディーラー1了解》

 

了解(ウィルコ)、キャプテン」

 

 指示に従いキャプテンの斜め後ろに位置つく。続いて隣にウルフパック2、更に後ろにウルフパック4が並ぶ。他の隊も同じようにV字編隊を組んでいく。

 

 全機、アフターバーナーを点火。マッハ2の速さで空域を離脱していく。その速さに怪物共も付いていけていない。

 

 エディはレーダー上の赤い枠の外に出るのを今か今かと待っていた。ずっとレーダーを気にしていたからこそ気づけた。

 

 レーダー上に点が一つ、我々と同じ地点に出現する。エディは周りを見渡すがレーダーに映るようなものは無い。疑問に思いながらもエディは今度は真上の煙がかった空を見上げる。

 

 そして目を見開いた。

 

 先程俺達を直上から襲った巨鳥が1匹急降下してきていた。

 

 新手?群れからはぐれていたのか?そんなことはどうでもいい。問題は誰を狙っているのかと、自分以外誰も気づいていない点だ。

 

 嘴の角度から予想すると────標的は自分じゃない。そのとなり。ウルフパック2、ハリーだ。

 

 エディは声を張り上げた。

 

「ハリー!!上から来るぞ!回避!!」

 

《ああ?上?───うぉ!マジか!》

 

 ウルフパック2のコックピット内でハリーが同じく首を上に向けるのが見える。しかし、そんな動作をしている余裕はない。巨鳥はスピードを上げてハリー目掛けて突っ込んでいく。

 

《くそっ!間に合わな──》

 

 

 

 

 

 エディの手は脳の命令を無視して勝手に動いた。それは咄嗟の行動であり、ほぼ無意識だった。

 

 エディはそのまま操縦桿を倒し、ハリーの機体の上に覆い被さるように機体を移動させる。

 

《────っ!エディ!!よせっ!!!》

 

 

 

 

 

 その瞬間、エディの機体に赤目の巨鳥が無慈悲に突き刺さった。

 

 機体は翼を脱落させ煙を吐きながら回転し急降下する。巨鳥も頭から突っ込んだからか、血のようなものを吐きながら落ちていく。

 

 刹那、機体のキャノピーが弾け飛び、コックピットから勢い良く何かが飛び出す。

 

 エディだ。彼は機体と共に落ちるのではなく脱出を選んだらしい。

 

 白いパラシュートが開く。ひとまず彼は生きているようだ。

 

 だが、それで終わらなかった。

 

 

 

 

 ハリー達の上空を背後の危険空域に向かって何か高速の細長い飛翔体が通りすぎる。

 

 管制室が言っていた新兵器とはあれのことだろう。これで怪物共に大打撃を与えられるはずだ。

 

 だがエディは───?

 

 エディはその空域にパラシュートで浮かんだままだ。

 

「そんな……よせ──」

 

 ハリーの口からか細い声が漏れる。

 

 ミサイルは勢いを緩めることなく爆発地点に到達。そして───

 

「よせぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 空域全体を轟音と共に真っ黒の爆風と爆煙で台風のように覆い尽くした。

 

 彼の白いパラシュートも巻き込みながら。

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

────────────────

 

 新兵器の実証実験は成功。

 

 基地に迫っていた怪物の第二波は、巡航ミサイルに搭載された粉末バラニウムの煙に妨げられアイダホ州方面へ撤退した。

 

────────────────

 

 

 この戦闘で4人死亡、1人が行方不明となった。

 

 しかし、この犠牲は戦争が始まって以来最低の数字であった。

 

 この戦闘で考案された戦法は"オグデン戦法"と名付けられ、世界各地に広まっていった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎は延珠と一緒に勾田大学病院の地下室に来ていた。

 

 先日行われた東京元首の聖天子と大阪元首の斉武宗玄の非公式会談の帰り途中に聖天子様が狙撃された件について、勾田高校で生徒会長で司馬重工の令嬢である司馬未織に話を聞いていた。そしてその帰りに勾田大学病院の地下室の女王である室戸菫に延珠共々呼び出されたのだ。

 

 そこで聞かされた話は蓮太郎の予想を越えていた。

 

 室戸菫が四賢人と呼ばれる天才の1人だったこと。四賢人のメンバーのこと。そして四賢人がそれぞれ作った機械化兵士のこと。

 

 蓮太郎自身も彼女の施術により誕生した機械化兵士だが、彼女がどんな存在なのかは結局曖昧なままであった。それを今回明確に教えられた訳である。

 

 

 

「……つか先生、アンタそんな凄ぇ奴だったのかよ」

 

「なに、大したことないさ。君や延珠ちゃんが一冊の本を読むように、私は一つの図書館を読んでいく。違いはそれだけさ。簡単だろ?君は私のことを検死官くらいにしか思っていないかもしれないが、本来私に専門分野というものは存在しない。全てが私の専門分野だ。──あぁ、そうだ」

 

 菫は何かを思い出したかのように机の上を漁り始めた。積み上げられた書類を掻き分け、ようやく取り出したのはテレビのリモコンだった。

 

「もう一つ、機械化兵士に関して面白い話をしてやろう。君はテレビを見るか?」

 

「まぁ、たまに」

 

「では彼を知っているかもしれないね」

 

 そう言って菫は部屋のすみにあった黴びたテレビを点けた。そしてリモコンを操作し何かの番組の録画を再生する。

 

 その番組は、蓮太郎達が事務所でたまたま見たドキュメンタリー番組だった。画面の左上には前と同じように『A.G.A.Fの若き隊長、エディ・ピアース』と書かれている。

 

 延珠が黄色い声を上げた。

 

「あ!この男なら事務所のテレビで見たぞ。確か……アイサフ?ってところの隊長さんじゃなかったか?」

 

「延珠ちゃん、少し惜しい。彼はA.G.A.F(エイガフ)の隊長さんだ」

 

「おぉ、エイガフか」

 

「先生。この隊長がどうかしたのか?」

 

「機械化兵士というのはさっきも言った通り大抵が秘匿されていて大戦のあとは民警などの戦闘職に就いた者が多い。口外はしないで欲しいが──実は彼もその一人なんだ」

 

「なッ──!」

 

「ほぉー」

 

 蓮太郎は目を見開いた。

 

「だ、誰が作ったんだ?」

 

「それについてだが、もちろん私ではない。エインでもないしアーサー・ザナックでもない。かといってグリューネワルト翁が施術したわけでもない。聞いて驚け。彼を施術したのはアメリカ中の名も無き医師達さ」

 

「名も無き医師……?」

 

「そうだ。彼は大戦初期にガストレアとの戦闘で瀕死の重症を負い結果的に両足を失った。彼は若いが並外れた腕を持つパイロットだったから軍も彼を死なせたくなかったのだろう。軍はアメリカ中の医師を集めてどうにか彼を蘇生したんだ。バラニウムの義足もつけてな」

 

 蓮太郎はヒドい話だと思った。菫の話だと彼は瀕死のところを軍の都合で無理やり生かされたようなものではないか。

 

「彼の義足のスペックを見たことがあるが、殆ど義足としての役割しか果たしてなかった。まぁ、アメリカ中の医師を集めても我々には敵わなかったということかな。しかしな、戦闘機のパイロットにとって足を義足にするというのは非常に大きな意味を持つんだ」

 

「大きな意味ってなんなのだ?」

 

「君たちは"ブラックアウト"って知ってるか?」

 

 蓮太郎は首を横に振った。

 

「いや……」

 

「じゃあそこから説明していこうか。ブラックアウトというのは言葉の通り飛行中にパイロットの視界が真っ暗になることだ。」

 

 菫は傍らにおいてあったホワイトボードを引き寄せて、なにか人体の図のようなものを描いていく。

 

「主な原因は戦闘機が旋回する時などにかかるGだ。身体に地上の何倍ものGがかかれば当然それは身体の内部にも影響がある。そしてそれは血液も例外じゃない」

 

 ホワイトボードに描かれた人体図を囲うように赤いペンで線を描く。

 

「身体にGがかかることで血液もGの影響で下に下に押されていってしまう。すると脳に送られる血液量が減り、同時に送られる酸素の量も減る。そして結果的にブラックアウトだ。ひどいときは失神もしてしまう。そこで現代のパイロット達はそれを防ぐために対Gスーツを着ているんだ」

 

 菫は人体図の脚部を赤いペンで塗りつぶした。

 

「対Gスーツは下半身を締め上げることで下半身に血液が集まることを軽減するものだが今はどうでもいい。さて、そのパイロットを悩ませるブラックアウト。実は対Gスーツを使わずにそれを極力防げる方法があるんだ。蓮太郎君、もうわかるだろう?」

 

「……まさか」

 

「そういうことだ。血液が集まる足を無くしてしまえば、多大な重力が襲ってもブラックアウトせずに耐えられるという理論だ。まあこれでは逆のレッドアウトは防げないがな。つまるところ、彼はエースパイロットを約束された男なのさ」

 

 人体図の足をクリーナーできれいさっぱり消してしまった。

 

「蓮太郎君。これがガストレア大戦だ。どの国もガストレアを倒すためならなんだって行ってきた。もちろん日本も。機械化兵士計画もその端くれに過ぎない」

 

 確かに蛭子影胤事件の時に千寿夏世も言っていた。大戦で『奪われた世代』の世道人心は乱れ、ただ殺戮能力に特化した兵器が大量に開発されたと。天の梯子もその一角に過ぎないと。最も、それに関しては目の前のマッドサイエンティストに聞いたほうが早そうだが。

 

「ちなみに各国の機械化兵士計画は彼の施術を契機に発足したと言っても過言ではない。だから言うなれば彼は人類最初の機械化兵士さ。そして、君の大先輩だ」

 

 蓮太郎は力が抜けたようにスツールにへたりこんだ。

 

 今日はものすごい話を聞いてしまった。自分がいかに大海を知らないのかということを目の当たりにされた。

 

 機械化兵士は自分や影胤しかいないと思っていたわけではないが、まさかテレビの向こう側のあの人までそうだと思わなかった。もしかしたら木更さんも実は機械化兵士かもしれない。

 

 だが、木更さんが所属を名乗るのを想像してそのシュールさに思わず口角があがってしまう。気が抜けて油断してしまっていた。

 

 

 

「蓮太郎君、君は何をニヤニヤしてるんだ?」

 

「へ?いやっ、これは…」

 

「まさか、人が話している時に話も聞かずにエッチなことでも考えてたのか?ホントに変態だな君は」

 

「っ!そうなのか、蓮太郎!」

 

 延珠は目を輝かせながらこちらを見つめてくる。

 

「ちょ!違ぇよ!先生延珠もいるのに変なこと言うな!」

 

「じゃあなぜニヤついていたか言ってみろ」

 

「いや……それは……」

 

 まさか木更さんのことでニヤニヤしていたとは言えない。

 

「ほらな?やっぱりエッチなことだ」

 

 そこでなにかに気づいたのか、菫がニタァっと笑った。

 

「なあ前から思ってたんだが、君は昼間は学校、放課後は木更と事務所、家では延珠ちゃんと一緒だよな?健康なオスとして溜まったものをいつ処理しているんだ?聞かせてくれ」

 

 

 

 この後、蓮太郎は菫に延珠の目の前で散々弄られた。

 

 

 

 

 

 

 




ご意見、ご感想、その他諸々お待ちしております。


しやぶ様、誤字報告感謝します。


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オズワルド研究所 605号室

 遅くなりました。申し訳ありません。

 さらに言うと今回戦闘描写無いです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 咄嗟の行動だった。

 

 身体が勝手に動いたと言っても良いかもしれない。

 

 ともかく、無意識の行動だった。

 

 操縦桿を傾ければ、自分がどうなるか分かってたはずなのに。

 

 ほぼ100%生きては帰れないと察することができたのに。

 

 身体が。本能が。逃げることを許さなかった。

 

 だが、死ぬことも許さなかったのだと思う。

 

 機体が翼を失い、回転しながら落ちていく中で俺は反射的に両足の間にあるレバーを力一杯引いた。

 

 キャノピーが飛んでいき、俺は操縦席ごと空中に投げ出された。

 

 操縦席が身体から離れ、自分の身体も重力に従って落下を始めたとき俺はパラシュートを開いた。

 

 頭上で問題なく開いたのを確認し、ホッと息を吐いたの束の間。このまま地上に降りても、下は怪物に埋め尽くされている可能性が高いことに気づいた。

 

 こうしてゆったり風に揺られているうちはまだ生きていれるが、地上に着いたら漏れなく怪物の餌食となるだろう。

 

 正しく死へのカウントダウンだった。

 

 

 

 基地のあるであろう方角から、眩く光る何かが白い線を空中に引きながら迫って来ているのが見えた。

 

 戦闘中に飛来してきた巡航ミサイルとは大きさが異なる。巡航ミサイルよりも一回り大きい。

 

 

 

 嫌な予感がする。とてつもなくマズい状況に陥っている予感がする。

 

 俺は慌ててパラシュートの左右にある紐を引っ張りどうにかパラシュートを操縦して一刻も早くここから離れようとするが気流のせいなのかまるで移動している気配がしない。

 

 ──ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 

 あれは基地の狙い通りこの空域で爆発するだろう。そうなれば今度こそ俺は爆発に巻き込まれて死ぬだろう。

 

 一旦冷静になったことがいけなかったのか、今まで一切感じなかった死への恐怖が芽生え始めているのを感じた。

 

 ──死にたくない死にたくない死にたくない!

 

 俺の心の叫びと反比例するように俺とミサイルの距離は狭まっていく。

 

 そして。

 

 

 ミサイルは当初の予定通り、真っ黒の煙を大量に撒き散らしながら爆ぜた。

 

 俺の真横で。

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 テキサス州オズワルド研究所。

 

 カリフォルニア州にある某テーマパークの約半分もの敷地を有する特大の研究所。

 ここは主に軍事的な研究を行っている研究所で、新兵器の開発や新戦術の考案などが期待されている施設である。そのため他の研究所とは違い、敷地内に航空機用のハンガーやおよそ3,500mの滑走路が設置してあるのが特徴である。

 

 そんなオズワルド研究所の事務室の一つ。

 

 そこでこの研究所の職員であるトレーシー・カールトン教授はコーヒーを飲みながら雑誌を見ていた。雑誌と言っても戦争が始まる前に刊行されたものだが。

 

 この雑誌は好きだ。私の趣味であるカメラについてユーモアを混ぜながら丁寧に解説してくれるのでおよそ10年は読んでいる。ただ、もう新刊が期待できそうにないのが玉に瑕だが。

 

 

 

 先々週、ある一人の男の手術を行った。男は軍人で作戦を遂行中に瀕死の重症を負ったのだという。自分も男の状態を見たがほとんどの医者が現代医学ではほぼ蘇生不可能と診断するくらいの重症具合だった。

 

 そう、蘇生不可能。実際彼はほとんど死んでいた。

 

 片足は根本から千切れ、背骨も砕け、腹には太い木の枝が刺さっている始末。なぜ心臓と瞳孔が動いているのかがまるで分からなかった。

 

 だが、運び込まれた以上見殺しにはできない。どうにかして助けなければならない。

 

 しかし、現代医学では治療不可能。この矛盾。どうしたものか。

 

 

 

 その答えは割りと単純だった。

 

 現代医学で無理なら、新しいものを使えばいい。新しい方法を試せばいい。最近研究が進められているバラニウムという黒い金属。それを使った義肢の試作品が確かオズワルド研究所にあったはずだ。オズワルド研究所はバラニウム研究の最先端と言っていい施設。そこを頼れば可能性はある。そして私はオズワルド研究所所属でもある。決まりだ。

 

 そこからは早かった。彼をオズワルド研究所に運び、プランを構築次第すぐに手術を開始した。

 

 手術時間は12時間を越えた。アメリカ中の様々な方法を試して、失敗して、試して、失敗してを繰り返した。アメリカ医学の技術と誇りを懸けた手術だった。その間、彼は黙って耐えてくれた。私達が手術を成功させるのをまるで今か今かと待つかのようだった。

 

 

 

 かくして手術は成功した。失った足は合成バラニウムを使用した義足を使用し、木の枝が刺さって潰れていた内臓は同じくバラニウム製の内臓に置き換えることで決着がついた。

 

 彼はアメリカの医学を、いや人類の医学を発展させる土台となった。

 

 

 

 いや、正直に言おう。彼はモルモットのようなものでもあった。破棄寸前だった『機械化兵士計画』なんてモノを無理矢理引っ張り出して、バラニウム製の義肢は強力なのか、バラニウムの代替内臓は正常に機能するのか、など途中から救命よりも体のいい実験手術となってしまっていた。施術をする過程で手術の本来の目的から逸れていってしまっていたのだ。本当なら義足もバラニウム製にする必要は無い。内臓も背骨も同様に。しかし、新しい素材であるバラニウムを使用することでバラニウムがどれほど有能か、どんな用途で使えるかを証明することができた。

 

 結果的に手術は成功したが、私達は彼からマッドサイエンティストと罵られても仕方の無いことを行った。だが、手術に携わった皆、「未来の医学のため」とその事実から一旦目を背けていた。

 

 術後の彼の身体は大幅な変化を遂げていた。()()は真っ黒に染まり、腰からお腹にかけて黒い代替内臓が皮膚を透けて見えており、背骨も蛇腹になったバラニウムが透けて見えている。

 

 この醜態は私達の罪であり、同時に人類の希望だ。

 

 

 

 手術に参加した数多くの医者達の多くが手術が成功したのを見届けて自分の持ち場へと帰っていった。手術に参加した医者でこの研究所に残っているのはもはや私しかいない。まあそれも当然か。彼の身体が変貌を遂げたきっかけは私がこの研究所に運ぶと提案したからだ。なら、彼の今後を見届ける義務も私にあるはずだ。

 

 

 

「親父ぃ~。アタシのカップラーメンどこ~?」

 

 突如、事務室に快活だがどこか気の抜けた声が届いた。声に少しビックリしてコーヒーを溢しそうになるがなんとか堪える。

 

 扉を開けて入ってきたのは、白衣を着た背の高い女性だった。

 

 ケイシー・カールトン。私の自慢の娘だ。

 

「棚の隣だけど……お前食い過ぎじゃない?」

 

「いいじゃん別に。その分運動してるし」

 

 彼女はそうボヤきながら棚の脇を漁り始める。

 

「いやそういう問題じゃなくてな──」

 

 

 

 

 

『うおぉぉぉぉぉぉおお!!??』

 

 

 

 

 

 私が言いきる前に、誰かの絶叫が部屋の外から聞こえてきた。そして10秒後、部屋に響く甲高いブザー音。

 

 それは病室の呼び出しブザーだった。パソコンのモニターに一つの部屋番号が映し出される。

 

 605号室。例の患者の部屋だ。しかし、今は昏睡状態の彼以外部屋にはいないはず。つまり────

 

「──目覚めたッ!彼が目覚めたんだ!」

 

「えっ!?」

 

 ケイシーが目を見開き聞き返す。そして手に持ったカップラーメンを放り投げてそのまま部屋から出ていってしまった。行き先は言うまでもないだろう。

 

 しまった。先を越された。

 

「ちょっ!待ってケイシー!先に主治医が────あぁったく!」

 

 私もそれに続きロッカーから白衣を引っ張りながら扉に小走りで向かった。

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

 

 目をゆっくりと開くと、そこは狭い狭い空間──というわけではなく、白に埋め尽くされた部屋だった。

 

 口に付けられた酸素マスク。脇の点滴。そしてベットを隠す白いカーテン。ここは病室だろうか。

 

「……ぅ……」

 

 声も少しだが出る。手も指先だけなら動く。

 

 つまり、俺は生きている。俺の身体は本当に死ぬのを許してくれないようだ。

 

 ミサイルの爆発に完全に飲み込まれたはずだがどうやって生き残ったのだろうか。もし飲み込まれた段階では死んでいないとしても────。

 

 

 

 ……ダメだ。考えがまとまらない。何か考えようとすると途中で思考が止まる。

 

 俺は無駄な思考をやめ、まずは自分の身体がどうなっているか確認することにした。

 

 最初は手から。どれくらい寝てたかは知らないが、それなりの時間はグッスリだったようで腕にうまく力が入らない。

 

 やっとの思いで手を顔の前に持ってくる。試しに手のひらを開閉してみるが少々傷が残るぐらいで特に問題はない。

 

 続いて足。先ほどから思っていたがどうも足に違和感がある。言葉にしがたい、経験したことのない違和感。

 

 とにもかくにもまずは動かしてみない限りは進まない。

 

 なので俺は右足を上げ────

 

 

 

 その時、足に被さっていた布団が上に吹っ飛んだ。

 

 そして布団を吹っ飛ばして出てきたのは────天井に足の裏を向けて真っ直ぐ上に突き出された足。

 

 

 

 それも真っ黒の。

 

 

 

 真っ黒の。

 

 

 

 真っ黒。……真っ黒?

 

 なんで?え、なにこれ。なになになになにこれ

 

 え?真っ黒、え?なんで真っ黒?なんで脳の命令無視して布団吹っ飛ばした?

 

 えちょっとまってまってまてまてまて

 

 え?え?ぅぅぅえ?

 

 え??、うぉぉ え?うぉ、う、うぉ、うぅ─────

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉおお!!!???」

 

 

 

 絶叫した。そしてしばらく固まった。

 

 そりゃそうだ。

 

 確かに無傷であることは正直期待していなかった。だが、これは誰が予測できただろうか。

 

 目覚めたら、足が真っ黒になっていただなんて。

 

 予測外過ぎて脳が理解するのを拒んでいる。情報が衝撃的すぎて混乱する。

 

 少なくとも寝起きに見ていいものじゃなかった。

 

 とりあえず天井に向けて反り立つ足を無理やりベットに押さえつけ、壁に設置してあるナースコールらしきものを押す。

 

 ナースコールを押せば流石に職員が来るだろう。そうして来た職員にこの状況を説明してもらおう。自分一人ではおそらく理解しきれない。

 

 しばらくして廊下からドタバタと荒い足音が二人分聞こえてくる。

 

 そして病室のドアが勢い良く開かれた。

 

 ドアを開けたのは看護婦……ではなかった。女性であることは同じだが服装が少し違う。

 

 ジーパンを履き、上は青いタンクトップに白衣を羽織るという独特なファッションだった。

 

 背も高く、大きな瞳の彼女。何より目立つのは綺麗に切り揃えられた金髪のショートカットだった。

 

 女性はズカズカとベットの傍まで歩みより、そのまま俺の顔を両手で鷲掴みした。

 

 お互いの顔の距離が一気に近くなり体温が上がっていくのを感じる。この女性は遠慮や恥じらいがかなり欠如しているようだ。

 

「……あの……ちょっと……」

 

「……うん。ちゃんと息してる」

 

「へ?」

 

「いや、なんでもない」

 

 女性は手を顔から離し、腰に当てる。その動作から拭いきれない若さが滲み出ていた。歳は案外同じくらいかもしれない。

 

「ケイシー……速い……ちょっと……」

 

 新たな男性の声がドアから聞こえてくる。声の主は膝に手をつき肩で息をしている。相当ダッシュしてきたようで完全に息が切れていた。

 

 男性はくたびれた灰色のスーツに白衣のいかにも医者という服装で、髪は女性と同じく金髪でクシャクシャの天然パーマ。歳は顔の皺の様子から大体50~60歳くらいだろうか。

 

「親父、遅い」

 

「オッサンの、体力、ナメないで、もらえる?」

 

 ふぅ、と息をつき男性はベットへ歩いて来る。そして俺の目の前に手を差し出した。

 

「初めまして、私はトレーシー・カールトン。一応ここで医者兼研究員みたいなことをしているよ」

 

「どうも……エディ・ピアース准尉です」

 

 差し出された手を握り返しこちらも名前と階級を告げる。

 

「で、後ろのが娘のケイシーだ」

 

「よろしく」

 

 ケイシーが壁にもたれかかりながらこちらに向けて指先で軽い敬礼をする。

 

「あ……ああ、どうも」

 

 トレーシーは壁まで飛ばされた布団と俺の黒い足を交互に見た。

 

「……じゃあ、まずその足を調整をしようか」

 

「はいお願いします」

 

 即答だった。

 

 

 

 

 

 数分後、足の細かい調整や体調などの質疑応答を終えて一段落したところで早速切り出した。

 

「あの……」

 

「ん?」

 

「足なんですが……」

 

「あぁ……。んーとね、何から話せばいいか……」

 

 

 

「ねぇ、エディ……だっけ?」

 

 先ほどから黙っていたケイシーが急に口を挟む。

 

「はい。そうですが」

 

「ここに運び込まれた時のこと記憶にある?」

 

「全くないです」

 

「そう……。じゃあ契約書のことも記憶に無いと」

 

「契約書?」

 

「これ」

 

 ほい、と机の上にあった書類をバインダーごと投げ渡される。それを上から流し読みすると、ただのカルテではなくどうやら俺の手術に関するものが書いてあるようだった。

 

「『機械化兵士計画』?」

 

 その言葉に応じたのはトレーシーだった。

 

「あぁ、そうだ。まだ仮の状態だからほぼ非公式だけどね。君はその計画の第一被験者に選ばれたんだ」

 

 もちろん初耳だ。

 

「私のもとに運び込まれた直後の君は本当に酷い状態だった……。左足は見当たらないわ腹には太い木の枝が突き刺さってるわでなぜまだ心臓が動いているか不思議だったよ」

 

「そうだったんですね。──え?左足?」

 

 おかしい。俺の足は今両足が義足の状態である。だが、今の話だと俺は怪我で片足しか失っていない。

 

「あー、そうだ。ここからがこの計画のミソなんだ。君は戦闘機のパイロットだから"ブラックアウト現象"は知ってるよね?」

 

「はい。何度か経験しています」

 

「ではそのメカニズムも知っているね?」

 

「大まかには」

 

「なら詳細な説明は省くけど"ブラックアウト"は脳に送られる血液の量が減って結果的に脳の酸素不足で起こるわけだ。だから血液が下半身に集まらないように切除させてもらった」

 

「……は?」

 

「君は覚えていないだろうけど手術をする直前、君は若干意識があったんだ。だから私はこれ幸いと君に問いかけた。「君はまだ空を飛びたいか」とね。意識のある本人の承諾なしに手術をするのは流石に不味いと思ったし」

 

「……なんて俺は答えたんですか?」

 

「『飛ばせてくれ』と。ほぼ即答だった。そう言われてしまえばこちらもそれに応えるしかないからできる限りのことをした。これがその結果だ」

 

「俺の残ったもう片方の足をブッタ切るのがその結果?」

 

「君はそのお陰でブラックアウトしない究極の身体となったんだ。ついでに少しの内臓と背骨も人工物に替えたからGにも肉体的に強くなった。君はエースを約束されたんだ。これ以上のことはないだろう?もうあとは飛んでヤツらを叩き落とすだけさ」

 

「…………」

 

 エースを約束されたってなんだ。確かに俺は空を飛びたいと言ったかもしれない。けど戦い続けたいと言っているわけではない。もちろん復讐心はある。怪物を見かけたらすぐにでも20mmの弾丸で穴だらけにしてやりたい。ただ、強制的に怪物を殺し続けたいかと言われたらそれは否である。

 

 最も、この身体になってしまった時点でもう拒否権は無さそうなのだが。

 

「もちろん申し訳ないことをしたと思っている。マッドサイエンティストだと罵っても構わない。だけどね、それが許されるほど時間が残ってないのも事実だ」

 

 ということはつまり、人類滅亡へのカウントダウンはもうとっくに始まっている。俺がここで寝ている間にも。おそらくもう1ヶ月ほどぐうたら寝ていたらこの研究所もヤツらの巣窟だろう。

 

 本来ならば俺はゆっくりと療養をして、ゆっくり確実にリハビリをして、完璧な状態で退院しなければならない立場である。しかし、状況がそれを許さない。

 

 今俺に求められるのは、素早く回復し、素早くリハビリに励み、それでいて空を飛べる身体を短時間で作ること。

 

 

 

 

 もう受け入れるしかなさそうだ。そうしなければ人類は全員死ぬ。

 

 目を閉じ、気分を切り替えるために一度大きく息を吸い込み、深く吐く。

 

 次に目を開いた時には患者の目ではなく、兵士の目をしていた。

 

「……今アメリカはどうなってるんですか。俺はどれくらい呑気にここで寝てたんですか?」

 

 トールマンがニヤッと口角を上げる。

 

「大体2週間とちょっと。今アメリカは東海岸ほうまでかなり押されている。ガストレア共に蹂躙し尽くされるのも時間の問題だろうね」

 

「ガストレア?」

 

「ああ。君は知らなかったね。ヤツらの名称だよ。先週くらいに正式に発表されたんだ。面倒だからこれからはヤツらのことは私はガストレアって呼ぶよ」

 

 それで、とトールマンは一言置きこちらの目を見つめる。

 

「もちろん、アメリカが滅ぶという最悪の状況は君が戦わなければの話だがね。どうする?やってくれる?」

 

 

 

 答えはもう決まっている。

 

 

 

「分かりました。俺、もう一度飛びます。ただし──」

 

「ただし?」

 

「3週間下さい。その間に全力で療養とリハビリをして飛べる身体に戻します」

 

「……いいだろう。こちらも全力でサポートしよう。身の回りの世話はケイシーにやって貰おうか。それでいいよね?」

 

「うん、いいよ」

 

 彼は振り返り後ろの娘に是非を問う。ケイシーは頷き親指を立てる。

 

 そしてもう一度こちらを見つめ、言葉を連ねた。

 

 

 

 

「君はこれまで十分国の為に尽くしてきたと思う。それを承知の上で聞く。────今度は人類に尽くしてみないか?」

 

 

 

 

 

「もちろんです。人類の為なら何度だって甦ってみせます。これからも」

 

 

 

 

 

 

 英雄(ACES)が正式稼働するまで、あと──3週間。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 片桐民間警備会社のボスである片桐玉樹は、カップ麺やポテトチップスのゴミが散乱するボロい事務所内で、机に足を投げ出しながら三角椅子に座っていた。

 

 もちろんただ座っているわけではない。彼は新聞を読んでいた。

 

 ちなみに現在の時刻は午後4時にもうすぐ差し掛かろうかというところ。通常の職業に就く人々ならまだ仕事の真っ最中である。だが、事実、彼は事務所で新聞を読みふけっている。彼が民間警備会社という通常の職業とは言えないものを経営しているとしても少々異常である。いくら民警でも依頼が来るのでほとんどの民警が仕事の真っ只中のはずなのだ。

 

 では、なぜ玉樹はだらだらと新聞を読むことができているのか。

 

 答えは簡単。依頼が来ないのである。

 

 というよりも民警は自分で依頼を引っ張ってくることも多いので"依頼が来ない"よりも"依頼を持ってこない"と言ったほうが実は正しかったりするのだが。

 

 長い間依頼が無く、暇で暇でしょうがないので挙げ句の果てには「欠伸を噛み殺すことなく、大きな口を開けて、豪快にしながら流し読む新聞のなんと平和なことだろう」というよく分からない考えまで浮かんで来る始末。

 

 

 

 そうしてついに、彼の金髪の頭が船を漕ぎ始めた頃。事務所の扉が『元気100%』と熱烈に主張する声と共に豪快に開かれた。

 

「兄貴ぃ! ただいまぁー!」

 

「フゴッ!?」

 

 微睡みに落ちかけていた頭が一気に覚醒する。そしてようやく自分が新聞に涎で大きなシミを作っていることに気づく。

 

「うわっ、最悪。新聞に涎かけないでよ!」

 

 部屋に入ってきた彼女、妹の弓月は兄である玉樹から新聞をもぎ取り「まったくもう」とプリプリ怒りながら折り畳む。

 

「なんだよ…… 今いいとこだったのに……」

 

「何が『いいとこ』よ! まさか涎で新聞に文字書いてたとか言うんじゃないでしょうね!!」

 

「そんなわけねェよ、マイスウィート」

 

 玉樹はそのまま上に向かって背伸びをする。背中や腰からコキコキッと気持ちのいい音が鳴る。

 

「んで、学校どうだった?」

 

「別に。普通よ」

 

「えぇ……もっとこう……なんかねぇのか?」

 

「しょうがないじゃない。ホントに普通だったんだから」

 

 弓月は学生であり、イニシエーター(呪われた子ども達)ながら普通に小学校に通っている。一般人は民警の仕事と学業を両立できるのかと疑問に思うだろうが滅多に依頼が来ない彼らにとってその疑問は存在しないに等しい。

 

 弓月はふと眼下の新聞に目を向ける。そこには一枚の写真と『A.G.A.Fにイニシエーター導入』と書かれた記事があった。写真には30代に届くかどうかといった男性と自分と同世代ほどの少女が向き合って敬礼をしている。

 

 A.G.A.F? 聞いたことあるような…… ないような……。

 

「兄貴、ちょっと」

 

「あぁ?」

 

「A.G.A.Fってなんだっけ?」

 

「ああ、A.G.A.F(エイガフ)か。アイツらはガストレア専門の航空部隊だ。『アンチ・ガストレア・エア・フォース』つってな、ガストレアの襲撃にのみ出撃するどこの国にも属さない特別な部隊らしいが、オレっちから言わせて貰えばアイツらは民間軍事会社(PMC)の延長系みたいなモンだ」

 

「へぇー」

 

「アイツらはどこの国にも属さない代わりにどこの国にも存在している。東京エリアにも駐留してるって話だ。噂じゃ所属するときに『お前は国を捨てられるか』って質問されるらしいぜ。アイツら、国同士の戦争には介入できないからこその質問だろうが、正直イカれてるな」

 

「イカれてる? なんで?」

 

「だって考えてみろ。生まれた国が不当な攻撃されてるときにA.G.A.Fに所属してるってだけで指を咥えて見てることしか許されねぇんだぜ? オレっちならまだいいが、普通のヤツなら耐えられねぇだろうな」

 

「確かに……」

 

 玉樹は突然何かを思い出したように「あ、そういえば」と呟き足を机から降ろした。

 

「なぁマイスウィート。実はな? この前、お前が寝てる間に東京エリアのA.G.A.Fの基地にこっそり潜入したことがあるんだがこの話聞きてぇか?」

 

「いや、いい」

 

「なんでだよッ!?」

 

 身振りで大袈裟に不満を訴える玉樹。しかし、正直話の展開が予想できている弓月にとってその様子は滑稽でしかなかった。

 

「どうせ敷地内に入る前か入った直後に何もできずに摘まみ出されたんでしょ? 分かってるよそんなこと」

 

「ヴッ……」

 

 男、片桐玉樹。図星である。

 

「で、でも何もできなかったわけじゃねぇぜ! 写真を一枚撮ってきた」

 

「写真?」

 

「ほら」と玉樹が一枚の写真を手渡してくる。しかし、残念ながら写っているものが暗過ぎて何が写っているかよく見えない。

 

「兄貴…… これ暗すぎてよくわかんない」

 

「ナぁぁ!? もっとよく見ろ弓月。うす~くシルエットが見えるだろ?」

 

「えぇー?」

 

 写真を顔に目一杯近づけてもう一度よく見てみる。ここでようやく兄貴の言ううす~いシルエットを理解することができた。

 

「何これ。飛行機? 宇宙船?」

 

「そう、それだ! それがアイツらの主力戦闘機、『F/A-45』だ。いやぁー撮影するのに苦労したぜ」

 

 少々角のついた印象ではあるがそれでいて流線形を維持したボディ、後部の備わった板のような翼。そして……ボディの下部に存在する4()()()()()()

 

 ん? タイヤ?

 

「あ」

 

「ん?どした弓月」

 

「これ飛行機じゃない。車よ。スポーツカーじゃないの?」

 

「は、はぁ!? そんなわけあるかッ!」

 

 玉樹は妹から写真をひったくり改めてよく観察する。

 

 玉樹の目に映ったもの。それはやはり4つのタイヤだった。

 

 彼の手から写真が滑り落ち、本人は膝から崩れ落ちる。

 

「ホォォリィィシィッッッット……!! オレっちの…… オレっちの苦労は一体何のために……」

 

「その……兄貴、ど……ドンマイ」

 

 

 

 弓月が膝を付いて項垂れる玉樹の肩に手を置いた、まさにその時のことだった。

 

 

 

 始まりはゴーーーッという低い、低い轟音だった。

 

「あん? 何だこの音」

 

 玉樹もそれに気づいたようで静かに立ち上がり、窓を開ける。

 

 轟音は徐々に激しさを増し、近づいてくる。

 

 そこら一帯に響くその音は、東京エリアの住人を動かすのに十分だったようで、周りの住宅から続々と住人が窓から頭を覗かせ始める。

 

 弓月がどんどん大きくなる轟音に堪らず耳を塞いだ時に()()()エリアの空を横切った。

 

 真っ黒のボディを持った飛行機。先端が尖り、後部は尻すぼみ。翼はブーメランを彷彿とさせる独特なシルエット。旅客機ではない。それよりウンと小さい。

 

 戦闘機。しかし東京エリアが保有しているはずの支援戦闘機とは形が大きく異なる。

 

 

 

 戦闘機が突如、後部から白いスモークを吐き出し始め、東京エリアの空に白い線を描き始める。

 

 それを合図に始まったのは、1機のA.G.A.F機による突然のエアショーだった。

 

 

 

 

 1機の戦闘機はスモークを吐き続けながら、まずは大回りに宙返りしてみせる。空に白いサークルが出来上がる。

 

 戦闘機は宙返りをした後、一度モノリス付近まで飛んでいき、旋回をしてまた戻ってくる。

 

 しかし、先ほど速度が明らかに違う。戦闘機の前部に白い盾のような膜が出現し、そのままこちらへ突っ込んでくる。猛スピードで飛行する戦闘機はまるで黒い弾丸のよう。

 

 玉樹達のすぐ真上を通りすぎた瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの爆発的な轟音が鳴り響く。

 

「うわっ! ビックリした……」

 

 弓月が思わず小さく悲鳴をあげるが、戦闘機はお構い無しに飛行を続ける。

 

 次に戦闘機は旋回の後、まるで螺旋を描くような機動を取り始める。この機動は玉樹も見覚えがあった。

 

 バレルロール。樽の胴をなぞるように螺旋を描くことから名付けられた機動。

 

「すげぇな……」

 

 同じ大きさの螺旋を描く美しい機動に傍らの玉樹も思わず感嘆の声を漏らす。

 

 その後も戦闘機は数々の機動を行った。

 

 インメルマンターン、スプリットS、ナイフエッジ、そしてコブラ。

 

 大空を縦横無尽に飛び回るその姿は、檻から解き放たれた鳥のよう。何の束縛にも縛られず、自由に空を(かけ)ていた。

 

 まるで、『この空はオレのものだ』とでも言うように。

 

 この唐突なショーの目的は分からない。ただ玉樹は、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と感じた。なぜなら、東京エリア全体に見せたいのならば同じ場所を往復するのは非常に効率が悪いからだ。

 

 誰に見せようとしているのかは分からない。ただ、そんな些細な疑問など吹き飛んでしまうような演舞だった。

 

 数分後、戦闘機は満足したのか自らが来た空へと消えていった。

 

 後に残されたのは空を切り裂いた白いスモークのみ。

 

 東京エリアが抱えている邪念や憂鬱な空気も一緒に吹き飛ばしたようでもあった。

 

 

 

「凄かったね兄貴……」

 

「あぁ……」

 

「兄貴…… 写真撮った?」

 

「いや…… でもそんなのもういらねぇんじゃねぇか?」

 

「……そうね」

 

 

 

 

 兄妹の声は周囲から鳴り始める重機の音と混ざり合い、溶けていった。

 

 

 

 

 

 1機の戦闘機が産み出した白昼夢は、こうして突然始まり、突然終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 F/A-45C/D 汎用戦闘攻撃機

 スウェーデンのJAS39グリペンをベースに数々の改修・改良・改造を施したA.G.A.Fの主力戦闘機。Cが単座型、Dが複座型。グリペン特有のカナード翼はそのままに、しかし大きなデルタ主翼は取っ払われ、代わりにかつて米軍で開発されていたX-29のV字前進翼を採用。エンジンノズルにはX-31と同等の推力偏向パネルが3枚取り付けられ、これらの改造により機動性が大幅に上昇。さらに機体も若干大型化され、それに伴い燃料タンクの容積向上にも成功。短距離離着陸や低速域の運動性などのグリペン譲りの性能をそのままに、航続距離の改善や全体的な機動性の向上などを実現した。しかし、ステルス性能は完全に度外視されることとなった。
 基本武装は20mバルカン砲が2門、左右のエアインテークの下部にそれぞれ取り付けられている。その他ミサイルや爆弾、増槽に加え、機体下部中央のパイロンに追加でガンポッドも装備できるようになった。










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オズワルド研究所 格納庫

 大変お待たせしました。

 申し訳ありません。

 次回もおそらくこのくらいの期間を空けての更新になりそうなので、先に謝罪致します。

 本当に申し訳ありません。




 

 

 

 

 

 

 

 あれからざっと1週間。

 

 義足や代替内臓も大分身体に馴染み、歩行も杖を使えば可能な段階まで回復した頃。

 

 

 

 A.M. 10:00

 

 

 

 エディはトレーシーの研究室に来ていた。

 

「君はこれを見たことがあるかな?」

 

 部屋に来たエディを椅子に座るよう促した後、そう言ってトレーシーは隅に設置してある大型の白い機械から手のひらサイズの黒い岩石を取り出して見せた。

 

「えっと……黒曜石?」

 

「ハズレ。これはね、バラニウムというんだ」

 

「バラニウム?」

 

 聞きなれない言葉に思わずオウム返しをしてしまう。

 

「そう。最近発見された新しい金属さ。まあ研究自体はもう結構進んでてすでに実用段階まで来てるけどね」

 

「え?早ッ……え?新しい金属なんでしょう?」

 

「そんなに驚くことかな?新しいと言っても化学史で捉えたらの話さ。実際はもう何年も前に見つかってたんだ」

 

「あぁーなるほど」

 

 何か変なところに敏感になってしまっている気がする。連日の訓練やリハビリのせいだろうか。いや、自分で「やります」と言ったのだ。それのせいにするのはやめよう。

 

「まあいいや。で、なんでこれを見せたのかというとね。この金属には特殊も特殊、他の金属には見られない特異な性質があるんだ。それを知って貰いたくてね」

 

「特異な性質?……他の金属より黒い……とか?」

 

「ハハハハッ、まさかね。まあこればっかりは実際に見て貰ったほうが早いか」

 

 トレーシーは机のデスクトップを起動し、ひとつの映像をファイルから取り出して再生ボタンをクリックする。

 

 そうして動き出した映像にエディは目を見開いた。

 

 

 

 白い立方体の部屋に、忌々しい赤い目を持った怪物がまるで動物園の猛獣のように収容されている。

 

 見たことがある羽の付いたヤツとは違い、六本足の蟻のような見た目ではあるが。

 

「これ……は……ガス…ガス()()ア?」

 

「ガス()()ア」

 

「あ、あぁ。でも……捕獲なんてできるのか……」

 

 思わず敬語を忘れてしまうほどの衝撃にエディはただただ呟くことしかできない。

 

「もちろんこれ一匹捕まえるのに何人もの研究員が犠牲になってしまったがね……。でも可能だった」

 

 しばらくして、白い空間の一角が扉のように内側に開き、そこから白衣を着た研究員2人とアサルトライフルを携えた兵士4人が入ってくる。研究員は台座を押して運んでおり、その上にはそれぞれ1枚ずつSFで見たような黒いモノリスのような板を立てて乗せている。

 

「さぁ、ここからが見物だ」

 

 研究員はガストレアに臆することなく台座をガストレアの傍まで押し進める。兵士も銃口をガストレアに向けながらそれに続く。

 

 すると突然、蟻のガストレアは研究員が運んでいる黒い板から遠ざかるように後退りし始めた。腰(?)が完全に引けてしまっており、誰がどう見ても怯えているようにしか見えないだろう。

 

 ガストレアはそのまま後退りを続け、四つ角の隅まで追い詰められる。もう逃げ場は無い。2枚のモノリスはガストレアを完全に包囲し、ひとつの小さな部屋を作るように囲う。

 

 ガストレアは足を曲げ、身体を丸め、小さく震え始める。エディが戦場で見たはずの獰猛で狂った姿はそこには影も形も無かった。

 

「これってまさか……」

 

「あぁ」

 

 続いて兵士が黒い板の隙間からライフルの銃身をねじ込み間髪入れず発砲。弾はガストレアの硬いはずの身体をいとも簡単に貫き、銃創から紫の気色悪い体液が吹き出す。

 

 そのままガストレアはピクリとも動かなくなった。

 

 映像はそこで途切れた。

 

「先生、このバラニウムってやつはもしかして……」

 

 エディは思わずトレーシーの持っている黒い岩石を見つめる。

 

 今見た映像が示すもの。それはエディの予想が正しければ、この岩石はこの戦争の潮目を変える、いや今後の世界の行く末を左右する超重要物質であるということ。

 

「ああ、君の想像通りだ。このバラニウムにはね、ガストレアを弱らせる、ガストレアの身体の再生を阻害する性質があるんだ」

 

「そんなバカな……」

 

「あぁ、確かに馬鹿げてる。こんなピンポイントな性質がある物質なんて地球上どこを探してもこれしか見つからないだろうね。でも、バラニウムがガストレアに有効だとわかった以上、使わない手はない。そうだろう?」

 

「えぇ。これならヤツらを根絶やしにすることだって可能でしょうね」

 

「そのとおり。そして、このバラニウムを使って作られたのがこれ」

 

 トレーシーはデスクの引き出しを開け、何か黒い金属製の細長い棒のようなものを取り出す。先端が尖っているそれはエディにとってとても馴染み深いものだった。

 

「これは……20mm?」

 

「そう。戦闘機用の弾丸、20mmバラニウム弾。近々アメリカ全土、そして世界へ順次配給される予定だ」

 

「いつの間にそこまで……」

 

「極秘だったからね。君達が知らなかったのも当然さ。むしろ知られてたら困る」

 

「え、なぜですか?新しい金属の研究なんて日常的に行われていることでしょう?」

 

「いやそうなんだけども、バラニウムに関して言えばガストレアがいなければただの黒い塊でしかないでしょ?そんなものに無駄に費用を投じて研究してるなんて世間にバレたら大バッシング間違いないからね」

 

「あぁーー、なるほど」

 

 府に落ちたようにエディは思わず息を吐く。

 

 そりゃその通りだ。バラニウムはガストレアが存在して初めて意味を成すもの。ガストレアがいなければただの岩石、言わばゴミ。そのゴミに何百万もの金を注ぎ込んでいると一般市民に知られたらそれはもうお察しの通りである。

 

 ふと窓に目を向けると実験機用の赤と白の塗装が施されたF-16が滑走路を飛び立つのが見える。

 

 戦闘機の轟音が隅々まで響きわたる今日の研究所は、青い青い大空と爛々と照りつける太陽の下でいつものように生きていた。

 

 

 

  ◇  ◇

 

 

 

 P.M. 13:00

 

 

 

 エディは杖を鳴らしながらトレーシーに連れられて格納庫に繋がる通路を歩いていた。

 

 先ほど映像を見た後にトレーシーは「せっかくだしいいものを見せてあげる」と言ってエディを半ば強引に椅子から立たせて今ここにいる。

 

「先生、いいものって?」

 

「もうすぐわかるから急かしちゃダメ」

 

 数分、果てしなく長い一直線の通路を進んで辿り着いたのは、両開きのドでかい無機質な鉄扉。

 

 端から見たらただの扉にしか見えないだろう。実際、ただの扉なのだからそれは当然だ。

 

 しかし、エディにはこの扉は別のものに見えていた。

 

 

 門。それもとてつもなく分厚い。

 

 この扉を越えたらもう戻って来れないような、引き返すことを許されないような、そんな予感が彼の中にあった。

 

 少なくとも、エディにとってはただの扉ではなくひとつの境界の役割を果たしていたことは確かだった。

 

「さぁ、開けるよ」

 

 そんな軟弱者の心中をトレーシーは察しているはずもなく、彼は止まることなく扉に手を掛ける。

 

 

 金属が凹むような音と共に重たい門は開かれる。

 

 意を決してエディは向こう側に一歩、足を踏み出す。もう後戻りはできない。

 

 

 境界の向こう、そこには1台の真っ黒な戦闘機が鎮座していた。

 

 二枚の斜めに取り付けられた特徴的な垂直尾翼。平行四辺形型のエアインテーク。

 

 今まで3機の戦闘機に乗ってきた俺にとって、最も馴染み深いと言える戦闘機。

 

「これは……ホーネット?」

 

「そう。でもただのホーネットじゃない」

 

 確かに、よく見ると通常のホーネットとは異なる点がある。

 

 エンジンはF-22を彷彿とさせる推力偏向ノズルがついており、コックピットの両サイドには後部の尾翼にかけて少し盛り上がりがある。中東のF-16によく見られる追加燃料タンクであるコンフォーマルタンクが装備されているようだ。

 

 そして、機体下部。そこには丸みを帯びた長方形の箱のようなものが懸架されている。大きさは大体従来の追加燃料タンクである増槽と同じくらい。これはなんだろうか。

 

 以前の面影を色濃く残し、それでいて新しくなったホーネット。

 

「F/A-18Xハイパーホーネット。これが君が操縦するこの機体の名前さ」

 

「ハイパー……ホーネット」

 

「そう。主な変更点としては、コンフォーマルタンクの追加や推力偏向エンジンの搭載。それから機体の裏側に吊るされてるそれ」

 

 トレーシーはエディがちょうど気にしていた機体下部に懸架されている謎の箱を指差す。

 

「これはガンポッドならぬステルスミサイルポッドさ。発射時には箱の下側が開いてミサイルを発射する。アムラームミサイルが4発入るように設計されてたかな」

 

 トレーシーの解説は止まることなくまだ続く。

 

「ホントは新型戦闘機は二案提案されてたんだけどね。見ての通り片方は無事ボツ。今は別の格納庫に眠ってる。……これが我々の技術の結晶を最後の一欠片まで削りとった結果さ。どうだい?」

 

「……スゴい。凄いです」

 

 これが、俺の新しい機体。人類の希望の塊。

 

 これがあればヤツらとも戦える。これがあればアイツを──

 

 心中に様々な思いを巡らせ始めたそのときだった。

 

 

 

「あ、親父」

 

 

 

「うん?」

 

「ん?」

 

 突然聞こえてきた女性の声に二人は目を向ける。

 

 声の発生源には、金髪の彼女がいつものように涼しい顔をして立っていた。しかし、服装が普段の白衣とは違う。なんと、首から足先まで深緑の分厚い耐Gスーツに覆われている。これはどういうことだろうか。

 

「あ、ケイシー。ちょうどよかった。今、彼に新しい機体の紹介をしていたところでね」

 

「ああ、そう。ねぇ、私はどれに乗ればいいの?」

 

 ───乗る?え?乗る?

 

「え?ケイシー……さん。戦闘機に乗るんですか??」

 

「えぇ、そうよ。親父から聞いてない?あと敬語じゃなくていいって前に言ったよね?」

 

「あぁ……うん。先生からは何も聞いてない」

 

 ケイシーはトレーシーに抗議の視線を向ける。

 

「あぁ、うんごめんケイシー。忘れてた」

 

「親父……」

 

 ゴホンッとトレーシーはひとつ咳払いをして気を取り直す。

 

「エディ君。単刀直入に聞くけどトップガンは君も馴染み深いよね?」

 

「? えぇ、はい。そこ出身ですし……」

 

 トップガン。正式名称アメリカ海軍戦闘機兵器学校。

 

 未来の戦闘機パイロットを育てるために作られた海軍の戦闘機パイロット養成アカデミーである。

 

 ちなみに俺はサンフランシスコ海戦のおよそ2ヶ月前にここを主席で卒業している。

 

「ケイシーはね。実はトップガン卒業生なんだ。しかも主席。君の一期前かな」

 

「えぇ!?」

 

 トレーシーが我がことのように鼻を鳴らす。

 

「いやぁ、当時は話題になったんだよ?聞いたことないかな。『空舞う女王』なんて呼ばれてたんだけど」

 

「ちょっと親父……そこまで言わなくても」

 

 聞いたことあるような無いような……、と俺は首を傾げる。しかし、もうトップガン時代の細かいことなど卒業直後の出来事のせいで思い出せない。

 

「で、なんでトップガン卒のケイシーがここにいるかと言うと、私がトップガンに声をかけたんだ。『実験機のパイロットがほしい』ってね。そうして結局私の身内で実力もあるケイシーがここに配属されたってわけ」

 

「なるほど……」

 

「もっと言えば、君は新しい部隊でケイシーと組んで貰う予定だ」

 

「は!?」

 

 唐突な発表に思わずすっとんきょうな声を出してしまう。

 

「いやいや!え?!俺が、ケイシーと?」

 

「うん。そもそもここに戦闘機のパイロットなんて君とケイシーしかいないしね。拒否権はないよ」

 

「えぇ……」

 

 戸惑いを隠せないエディ。それを見てトレーシーは「うーん」と唸りながら娘のほうを見た。

 

「ケイシー、ちゃんと彼と会話してる?」

 

「一応話しかけてはいるんだけど……正直業務的な会話しかしてないかも」

 

「ちょっと!もっとコミュニケーション取ってよ。なんの為に彼の世話係頼んだと思ってるのさ!この一週間何やってたの?!」

 

「なんの為って……あのねぇ、会って数時間の人と会話弾ませろって言ったって無理があるわよ!それに向こうも全然話しかけてこないし!」

 

「それくらいどうにかできるでしょ!トップガンで何やってたの?」

 

「周り野郎ばっかで誰も話しかけて来なかったわチクショー!」

 

「ちょ、ちょっと喧嘩は……」

 

 父娘間の雲行きが怪しくなったのでとりあえず止めに入ってみる。しかし──

 

 

 

「「黙ってて!」」

 

 

 

 ………あえなく撃沈。

 

 

 この先いろいろ大丈夫だろうか、と今後に不安を感じざるを得ないエディだった。

 

 

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 

 

 また五日ほど過ぎた。

 

 最新科学というものは全く凄いもので、エディはもう松葉杖を卒業し自足歩行ができるまで回復していた。

 

 そして今、エディがどこにいるかというと──

 

 

《エディ、気分はどう?》

 

「……えぇ、最高ですよ」

 

 ノイズが若干混じった無線にエディは酸素マスクの中で声をくぐもらせながら応える。

 

 狭いコックピットまで聞こえてくる主張の激しいエンジンの轟音。

 

 キャノピー越しに見える雲ひとつ無い美しい青空。

 

 そう、ここはオズワルド研究所2000m上空。

 

 エディは今、研究所所属の機体であるT-38練習機で飛行訓練を行っていた。

 

 T-38はアメリカとスウェーデンの企業が共同で開発した機体で、大きさはF-16と同じ程度。今回エディが搭乗している機体には新型ホーネット同様、真っ黒の塗装に背中に一直線に青いラインが入った迷彩が施されていた。

 

 そして、エディの機体のすぐ右脇には同じ迷彩のもう一機。

 

《ケイシー、そっちの気分は?いい?》

 

《そうね。経過良好ってとこかしら》

 

 無線から聞こえてくるのは透き通った黄色の声。トップガン卒で現在オズワルド研究所所属の女性パイロット、ケイシー・トールマンだ。

 

《なら良し。それじゃ最初は編隊飛行から。では──始めッ》

 

 トレーシーの無線越しの合図でエディとケイシーの2機はお互い近すぎず遠すぎない距離まで接近し、ケイシーが先頭でその左斜め後ろにエディという陣形を作る。

 

 オズワルド研究所に戦えるパイロットが2人しかいない以上、その2人で連携を取らないという選択肢は存在しない。よって今2人は2機の連携を駆使した戦術の構築とお互いの信頼を築くためにこうして2機で飛んでいる。

 

 青空に浮かぶ黒い2つの影は陣形を乱すことなくオズワルド研究所上空を一刀両断する。

 

 ほどなくしてトレーシーから次なる指示が入った。

 

《次はループだ。編隊を崩さないように気をつけて》

 

《了解》

 

「了解」

 

 エディたちはそう応えた後、すぐに急上昇を開始する。

 

 エディの身体は重力にバカ正直に従ってコックピットに押さえつけられる。

 

 ベルトが肩に食い込み、耐Gスーツが身体を圧迫するこの感覚。本当に久しぶりだ。

 

 悦に少し浸っているとトレーシーから咎めるような無線が入った。

 

《エディ、編隊を乱しちゃダメだ!ケイシーが君の旋回に追随できてない!》

 

 ハッと周りを見渡す。するとケイシーの機体が遥か後方に見えた。

 

「す、すいません!」

 

 エディとケイシーでは "機械化兵士" と "生身の人間" というように身体に大きく違いがある。よって耐えられるGにも違いが生じる。エディはそこを意識していなかったために旋回半径がケイシーとずれてしまい、結果エディの機体がケイシーの機体を追い越してしまった。

 

《いや親父、問題ない!アタシがアイツに付いていけばいい!》

 

《いやいやケイシー!エディとケイシーじゃ耐えられるGが格段に違う!彼がお前に合わせるしかないんだ!》

 

《でもそれじゃアタシが足引っ張っちゃうじゃない!》

 

《これは仕方のないことだ!聞き分けてくれ!》

 

《……分かった》

 

《……よし。エディ、編隊を組み直してくれ。ループのやり直しだ》

 

「りょ、了解」

 

 無線の先で繰り広げられた波乱にエディは萎縮するしかなかった。

 

 そもそもこの会話もエディがもっと周りに気を配れば起こらなかったはずなのだ。思い返せば今までの戦いでもエディはスタンドプレーが目立っていた。

 

 身体はもう変わった。次は心を変えるべきなのだ。

 

 

 

 ──それなのに、情けない。

 

 

 

 その日の飛行訓練は編隊を乱さずに飛行する訓練に終始した。

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 訓練が終わり、研究所の一室。

 

 エディは自動販売機で買った缶コーヒーを片手に雑誌を読み更けっていた。

 

 今日はもう訓練は無い。後は筋トレや足のリハビリなどの身体作りを行うのみである。

 

 『オススメのバイク10選!』

 

 雑誌の一番上にはそんなことがデカデカと書かれている。

 

 今は縁遠くなってしまったとは言え、エディの好みが変わるわけではない。エディは昔からバイクが好きでトップガン時代もアカデミーにバイクで通っていたほどだった。

 

 彼がバイクを好きになったのは父の影響だ。彼の父は飛行機乗りで、またバイクが大の好みだった。飛行場までバイクで通う父の背中を見て彼は育ったのだ。

 

 エディは雑誌を見ながら自身の過去を思い返す。部隊の本格稼働まで時間が迫る中でもこうして趣味の時間が存在するのは彼にとって非常にありがたいことだった。

 

「あ、こんなところにいた」

 

 しかし、その貴重な時間も今日はもう終わりのようだ。

 

 ケイシーだ。今はいつものように白衣を羽織って、ドアにもたれ掛かっている彼女。

 

 正直、エディは彼女が苦手だった。

 

 エディは元来、人前では寡黙で冷静を演じ、一人の時や親しい友人の前では少々粗っぽくなるという二面性を持った性格をしていた。

 

 だが、ケイシーの前ではどういうわけかその性格が空回りしてしまう。ケイシーに自分の裏側の粗っぽい性格を見られているような、そんな気がしてならないのだ。

 

 そのためケイシーの前ではどうも萎縮してしまい、会話を切り出すこともできず事務的な伝達に終わってしまっているという状態だった。

 

「いい加減ちょっと話そうよ」

 

 しかし、そんなエディの心の内を知らない──もしかすると知ってて無視しているのかもしれないが──彼女はお構い無しにエディの隣の席に座る。

 

「バイク好きなの?」

 

「えぇ、まあ」

 

「ふーん」

 

「……」

 

「……」

 

 なんともぎこちなく、気まずい。一言で言ってしまえば、ひどい。

 

「……そういえば前から聞きたかったことがあるんだけど」

 

「……?なんでしょう?」

 

 ケイシーは事前に手に持っていた缶コーヒーのプルタブを開ける。

 

「瀕死のアンタがここに運ばれて来たとき、アンタは『まだ飛びたい?』っていう問いにYESって応えたそうじゃない。なんで?」

 

「なんでってそりゃあ、まだ飛びたいと思ったからです」

 

「だからなんで?あの時点で既に空はガストレアに蹂躙されたも同然だった。もう人間の飛べる空じゃなくなってた。それはアンタにも分かるでしょ?」

 

 ──あぁ、そういうことか。

 

 確かに、とエディは合点がいった。

 

 彼女の指摘通り、空はもうガストレアの国と化している。アメリカの約半分もの土地も同様だ。同族のいない、目につくもの全てが自分に向けて牙を向けてくるような場所になぜ行きたがるのか疑問に思うのも分かる。

 

「──見てしまったんです。空の美しさってヤツを」

 

「空の美しさ?」

 

「そうです。子供の頃、父の操縦するセスナに乗ったことがありましてね。その日は白い雲が空を覆ってました。父は飛行機乗りでしたから自前のセスナを持っていました。今思えばそれは普通じゃなかったんでしょうね。……地上から離れたセスナはぐんぐん高度を上げてそのまま雲海に突っ込んでいきました。そして雲海を突き抜けていった先に見えたのは───」

 

 エディは背もたれに沈み込み、天井を仰ぐ。その眼差しは無機質な天井を貫通しているかのようだった。

 

「……どこまでも続くあの蒼い蒼い世界でした。あの絶景はもう一生忘れないでしょう」

 

 ケイシーはエディの昔話をコーヒーを時折飲みながら静かに聞いていた。

 

「その時思ったんです。この世界にいつまでもいられたらって。今だけで終わりは嫌だって。あの日ほど空飛ぶ鷲が羨ましいと思ったことはありません」

 

 エディは目を細めて少し恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「……ふぅーん」

 

 一通り昔話をして帰ってきた反応はそれのみ。

 

 ──やはりこの人は苦手だ。自分の感情を声に出さなすぎる。

 

 エディがそんなことを思っている最中、ケイシーは缶コーヒーを逆さにして中身を飲み干す。そして見本のようなフォームで華麗にゴミ箱へシュート。

 

 エディはケイシーが苦手だ。主に性格面で。だが、だからといって対話を放棄するという選択をしてはいけない。何事も前に進まねば状況は変わらないのである。

 

 なので、彼も今回は思いきって口を開いた。

 

「……そちらは?」

 

「え?アタシ?」

 

「そうですよ。俺だけ昔話をするのは不公平でしょう。ケイシーはどうして戦闘機に乗ろうと思ったんですか?」

 

「そうだなぁ……アタシは──」

 

 

 突如、部屋の扉が開かれる。突然の出来事に当然ケイシーの言葉も止まってしまう。

 

 扉を開けたのはトレーシーだった。

 

「あぁ、いたいた。いや唐突にごめんね。どうしても伝えたいことがあってね」

 

「伝えたいことですか?」

 

 トレーシーは小走りで来たのか若干息が荒い。ヨタヨタと空いている席まで歩いていき、「ふぅーー」と脱力しながら座り込んだ。

 

「そう。君達の部隊名とエンブレムが決まった。ついさっき」

 

「へぇ、決まったんだ。──ていうかいつの間に決めてたの?こっちにそんな話は来てなかったけど?」

 

「そりゃ、1秒でも長く君達には訓練に勤しんで欲しかったからね。余計な考え事は省きたかったんだ」

 

「それで……どんなものに決まったんです?」

 

「よし、じゃあ発表しよう。君達の隊の名前は

 

 

 

──『ブラックアウト隊』だ」

 

 

 

「『ブラックアウト隊』……」

 

 エディは心臓が熱く(たぎ)るのを感じた。

 

 ケイシーはニヤリと笑い「へぇ」と小さく溢した。

 

「何か由来みたいのはあるの?」

 

 ケイシーの質問にトレーシーは「よくぞ聞いてくれた」とでも言わんばかりに大きく首を縦に振る。

 

「もちろんあるよ。……今はさ、世界は陸も海も空もあのガストレアの真っ赤な目に染まってる。言わば "レッドアウト" 状態さ。君達にはそれをバラニウムを使って真っ黒に塗り潰して欲しい。ガストレア共を『ブラックアウト』させて欲しいんだ」

 

 トレーシーは今の人類の悲願を代弁していた。ガストレアに全て奪われ、蹂躙され、略奪の限りを尽くされた人類の悲願。それはガストレアを一掃する事。全てを奪った(ケダモノ)を根絶やしにすること。

 

 このブラックアウトの名前にはその願いが込められている。そして、人類の希望を背負っている。

 

 

 ──それを察して心が滾らない人類がどこにいるだろうか。

 

 エディの顔も獰猛な笑みに変化していた。

 

 

 

 ──へぇ、コイツこういう顔もするんだ。

 

 ケイシーはエディの顔を覗いて意外に思った。エディは彼女のことを感情を声に出さないという評価をしていたが、それはお互い様でもあったのだ。

 

 

「そしてエンブレムは……これ」

 

 トレーシーが肩に下げていた鞄から1枚の印刷紙を取り出す。

 

 そしてエディ達の目の前に印刷紙に描かれている黒いエンブレムを掲げた。

 

「これは……」

 

「ほぉ」

 

 描かれていたのは──黒い白鳥。すなわち、ブラックスワン。

 

 黒鳥が蒼い湖に羽を閉じて浮かんでいる。そしてその鎌首は漆黒の翼にもたれ掛かり、蒼い眼光は真っ直ぐこちらを睨んでいる。

 

「黒鳥……ですか」

 

「そう。君達は『ブラックスワン理論』を知っているかな?」

 

「確か……従来の常識に囚われて果ての無い予測を立てると予想外のことが起こったときに対応出来ずに甚大な被害を被るだろう、ていうヤツだっけ?」

 

「ケイシー、当たり。……そうだ。今、ガストレアは勢いに乗っている。もう人類には反撃する力は無いと思っているだろう。まあ奴らに知的思考が出来るかは分からないけど。だから……君達には彼らの予想外(ブラックスワン)にもなって貰いたいんだ」

 

 つまるところ、この『ブラックアウト隊』には二つの意味が込められている、ということだろうか。

 

 ガストレアを一掃して欲しいという願いと、その象徴。

 

「以前まではガストレアが我々のブラックスワンだったことは認めざるを得ない。実際多大な被害を被ってるしね。でも、もうヤツらは十分暴れまわったと思わない?世代交代の時期だと思わない?」

 

 目の前の2人は小刻みに頷く。

 

 

「えぇ、思います。ヤツらはやり過ぎた。もう我慢できない」

 

「右に同じ。もうヤツらの時代は終わった。次はアタシ達の番」

 

 その言葉に今度はトレーシーが口角をつり上げる番だった。

 

 

 

「その通り。次のブラックスワンは君達だ。ヤツらにこの世に生まれてきたことを後悔させてやるんだ」

 

 

 

 トレーシーの宣言は、言葉そのものは静かなものだったが、眠れる黒鳥二羽を奮い立たせるには十分だった。

 

 

 

 

 

 この会話の数日後、遂に彼らの反撃は開始される。

 

 

 

 

 




 次回は幕間になりそうです。

 しやぶ様。誤字報告感謝します。


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オズワルド研究所 滑走路

 

 次回は幕間だと言ったな。あれは嘘d(ry


 はい、申し訳ありません。もう一話通常回を挟むことになりました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 固い路面を滑るように舞う砂。

 

 人工の爆風に葉を震わせる雑草。

 

 そして、この場の全てを支配するジェットエンジンの音。

 

 

 エディは今、滑走路脇の格納庫にて目視で機体のチェックを行っていた。もちろん専属のメカニックは存在する。が、自分が乗る機体を自身で確認するという行為は技術的にも精神的にも重要なことだった。

 

 そしてついに明日、ブラックアウト隊は出動である。

 

 この2週間という期間をエディは非常に有意義な時間にできたと感じていた。

 

 戦闘機を操縦できる身体を改めて作ったという意味でももちろんだが、この期間で得られたものが多すぎた。

 

 新たなパートナーに始まり、戦術、そして技術。

 

 ここに運び込まれる前と今とでは比べ物にならないほど自分は多方面でパワーアップしていることだろう。

 

 

 結局、隊のフォーメーションはエディが1番機、ケイシーが2番機ということで落ち着いた。実戦経験の豊富なエディを先頭に立たせた方が戦いやすいというケイシーの判断だった。

 

 そう、実戦。

 

 よく考えてみればケイシーは実戦経験を積んでいない。いくらトップガン元主席で凄腕とはいえ実戦経験の無い兵士を特殊部隊に加えたりは普通しないだろう。

 

 つまり、そこまで人員が不足しているのだ。

 

 そこまで追い詰められているのだ。アメリカは。

 

 

 凄腕の()()に頼らざるを得ないほどに。

 

 

 ただ、ケイシーは『新兵』という単語が醸し出すはずの『不安』をこちらに全く抱かせない。それほどよく飛び回る。無人航空機(UAV)を敵役とした戦闘訓練でもエディには一歩及ばずとも一般パイロットの平均的な実力をはるかに上回るほどの結果を披露していた。なるほど、トレーシーがあれだけ自慢するだけのことはあるとその時は思った。

 

 しかし、だ。

 

 当たり前だが実戦は訓練とはまるで違う。訓練通りに事が進むはずがない上に想定外の事も荒波のように何度も押し寄せる。いくら期待度の高い新兵であってもそれに上手く対応できそうかと言えばベテランのパイロットは皆首を横に振るだろう。 

 

 

 正直、エディは不安で仕方がなかった。

 

 

 エディはこれまで幾人もの仲間を失った。

 

 スカル隊の面々から始まり、スチール隊。そしてウルフパックやオウルなどのオグデンで出会ったパイロット達。

 

 皆、勇敢で活気に溢れた人達だった。食堂で馬鹿騒ぎをしながら酒をガブ飲みしてた光景を昨日のことのように思い出すことができる。サンフランシスコで通過儀礼と称して隊長とアームレスリングをした時の彼の凹凸の激しい手の感触も、まだ残っている。

 

 そんな彼らは、もういない。

 

 スカル隊は自分以外全滅。スチール隊はアイダホの大地に散り、オグデンのメンバーも半数がガストレアの餌食となった。

 

 この凄惨たる結果。全て自分が所属していた隊の末路である。まるで自分が死を振り撒いているかのよう。

 

 このままではこのブラックアウト隊も、正確にはケイシーも死んでしまうのではないか。目の前で炎に飲まれてしまうのではないか。そう思えて仕方がなかった。

 

「何辛気臭い(ツラ)してやがる」

 

 マイナスに振り切ったような思考に目の前が覆い尽くされていると、機体の背面でミサイルポッドの整備をしていた専属のベテラン整備士──ゴードンに声を掛けられた。どうやら遠目でも分かるほど悩みが顔に出ていたらしい。

 

「いえ……ただ、やっぱり不安で」

 

「不安?フン、不安か。まあそれが普通だ。本番目前の癖にあれだけ元気よく飛び回れるあの娘(ケイシー)がおかしいんだ。──どうだ、少し時間もあることだ。この老骨(ロートル)に向かって吐けるだけ吐いてみろ。おめぇの不安ってヤツをな」

 

 そう言ってゴードンが機体背面から這い出て正面のベンチに座るよう手で促した。

 

 

 

   ◇

 

 

 

「──俺と関わった人間はどうやら死ぬみたいなんです」

 

「なぁに言ってんだおめぇ」

 

 ゴードンは既に皺が刻まれている眉間にさらに皺を追加した。

 

 オズワルド研究所の昼下がり。こうして始まったのは退役間近の老整備士と先行き長い新人操縦士の束の間のコーヒータイムだった。ゴードンは自前のカップでブラックを、エディは自動販売機で買った微糖をそれぞれ手に持っている。

 

「サンフランシスコでは俺以外全員死んでしまったし、アイダホのジョーンズ基地でも俺を置いて隊の全員が逝ってしまった。『新人だから』という理由で俺だけ生かされた……」

 

 エディはうつむきながら語る。ゴードンはそれを遮らず時々カップに口をつけながら静かにそれに耳を傾けていた。まるで何かを思い出すかのように。

 

「これ以上誰かを(うしな)ったらもう俺、どうなるか分かりません。怖いんです。怖くてどうしようもない。ゴードンさん、俺はどうしたらいいですか?」

 

 目をほんのり赤く腫れさせながらゴードンに訴える。それに応じてゴードンもゆっくりと口を開いた。

 

「おめぇな、それは──」

 

 しかし、湯気を吹かしながら開いた口から出てきたのはエディ期待したような答えではなかった。

 

 

「諦めるしかねぇ」

 

 

「へ?」

 

 エディの頭をその一単語が貫いた。

 

「そんな、え?」

 

「あのなおめぇさん、今は相手が人間じゃないとはいえ戦争中だこの国は。戦争ってのは互いの力のぶつかり合いだ。そりゃぶつかった分削れちまうところもある。その削れちまったところにいちいち感想を述べてたら何もできねぇぞ?」

 

 ゴードンの人を人だと思わない極論主義的な発言にエディは開いた口が塞がらない。だが、その次の言葉で口は閉ざされることとなる。

 

「結局、割りきって生きてくしかねぇんだ。その削れちまった奴らのためにもな。喪う怖さも「世界はそういうもんだ」って無理矢理受け入れるしかねぇ。だってしょうがねぇんだ。どう足掻いたって死ぬ時は死ぬんだ。俺も湾岸戦争とアフガンでみんな喪った。愉快で痛快で何十年べっとりでも飽きそうにない奴らだったのになぁ……」

 

 今や現役の兵士を援助する側の彼も当たり前だが以前は兵士だった。エディと比較しても兵士としての経歴も経験も違う。そんな彼が今のエディと同じ心境に至っていないはずがなかった。

 

「みんな、みぃんな砂に埋もれてピクリとも動かねぇんだ。気づいたらな。そんでいつの間にか俺は白い十字架の前に花持って立ってんだ。どうやって戦場から帰ったのか記憶にねぇ」

 

「…………」

 

 エディはゴードンの話を聞きながらも彼の黒い瞳から目を離さなかった。いや、離すことができなかった。

 

「諦めるって……、やはり一生引きずったまま生きていくしかないのですか。この生き方を受け入れるしか……、それが兵士の運命ですか?」

 

「ちげぇ。()()()()んじゃねぇ。()()()。『引きずる』ってのは重石みてぇに嫌でも前まで()()()()()()()ことを言う。対して『背負う』ってのはバックパックみてぇに自分の意思で前に()()()()()ことを言うんだ。まあこれは俺の時の隊長の受け売りだがな。おめぇは若いがパイロットだ。全部背負ってただただ前へ飛べ。それがおめぇに託された使命だ。幸いおめぇにはその脚がある」

 

 そう言ってエディの脚を黒ずんだ指先をつついた。

 

「使命……ですか」

 

「ああそうとも。いいか、喪うことを怖れるのは当たり前だ。誰だって通る道だからな。俺だってそうだ。問題はそこから前に進めるかどうか。──新兵。俺の真似だけはするなよ」

 

 最後にそう言い残しエディの背中をポンッと叩いた後、カップのコーヒーを飲み干して立ち上がるゴードン。そしてそのまま整備に戻ることなく格納庫奥の扉に消えていった。

 

 その時エディは見てしまった。彼の服の隙間から見える、首から何重にも下げられたドッグタグらしき物を。

 

 同時に理解してしまった。彼の最後の言葉の意味を。

 

 

 

 

   ◇  ◇

 

 

 

 

 明くる日。

 

 

 風もなくこれ以上ないほど雲の晴れたオズワルド研究所。

 

 

 

 この日の研究所は今までにないほど活気に溢れていた。

 

 滑走路脇ではスタッフが忙しなく行き交い、誘導員もほとんど配置につきつつある。

 

 

 そして、そこに鎮座するのは二機の漆黒のホーネット。

 

 機首付近では整備士が機首に備え付けられた蓋を開け、ハンドルを差し込んで黒い銃弾を装填している。

 

 そんな中エディはあろうことか自身が搭乗する機体の左翼付近に畑の案山子のように突っ立っていた。

 

 着ているのは機体と同じく黒い耐Gスーツ。両手で抱えているのは黒いフライトヘルメット。出で立ちだけは今すぐにでも空を飛べそうだ。

 

 しかし、未だにエディは尻込みしていた。

 

 もう後戻りは出来ないところまで来ていることはエディも散々自覚している。が、このヘルメットを被った瞬間、本当の意味で逃げることが許されなくなる。故にこれまで幾度となく経験してきた『ヘルメットを被る』という至極簡単なミッションを前に腕が全く動かない。

 

 すぐ真横に駐めてある2番機。その機首付近にいるケイシーを見てみると、ちょうど父親であるトレーシーと涙ながら熱い抱擁を交わしているところだった。

 

 それほど辛いなら主任特権みたいなものを使って娘を意地でも飛ばせなきゃいいのに、と何の需要も生まない考えが頭を(よぎ)るが努めて(おもて)に出さないようにする。

 

 抱擁もほどほどにトレーシーと別れたケイシーは、目を擦りながらこちらに向かって歩み寄る。

 

「……どうしたの?なんか浮かない顔してるけど」

 

 険しい顔面のエディの顔を覗き込むケイシー。エディはどうにも感情が顔に出やすいタイプの人間らしい。

 

「いや……なんでもない」

 

 頭を軽く左右に振って気を紛らわす。

 

 訓練の最中、流石に彼女と敬語無しで会話できるほどには打ち解けることができた。……できたはず。

 

「いよいよだね」

 

「……ああ」

 

 赤く充血した瞳を輝かせながら呟くケイシー。

 

 

 

「……また、ここに戻ってこられるよね?」

 

 

 

 その消えかけの蝋燭のような呟きを聞き、エディは思わず目を見開いた。今までの葛藤が全て吹っ飛ぶほどの衝撃が彼の胸中を撃ち抜いた。

 

 

 ──何が『もう逃げられない』だ。何で俺はこんな寸前まで自分のことしか考えていないんだ。

 

 このままでは本当に何もかも喪ってしまうというのに。

 

 思い出せ。何の為の2週間だ。何の為のこの脚だ。

 

 何の為に()()()()()

 

 ゴードンさんは言っていた。全部背負って飛べと。それが使命だと。そう言われただろう。

 

 なら全部背負えよ。研究所の皆の命もケイシーの命も俺の命も。アメリカの命を。

 

 全部背負って帰ってこよう。母なる大地へ。

 

 

 

 いい加減ヒヨるな。覚悟を決めろ。俺。

 

 

 

 

 エディはヘルメットを頭突きで叩き割るかのように勢いよく装着した。

 

「え? ちょ、エディ?」

 

 エディの突然の奇行にケイシーは彼は遂に気が触れてしまったのかと思った。が、エディの貫くような眼光を見て考えを改めた。

 

 違う、彼は覚悟を決めたのだと。

 

「あぁ、絶対生きて帰る。お前も生きて連れ帰る。()()()()()()()

 

   同時に化け物(ガストレア)共も絶滅させる」

 

 覚悟を決めたエディはまるで別人のように勇ましく宣言する。

 

 ──もう戻るとか喪うとか考えるな。飛ぶことだけを考えろ。

 

「だからケイシー、意地でも付いてきてくれ。君が付いてくる限り俺は絶対君を死なせない。──なぁ、グーを出せ」

 

「え、グー?」

 

「あぁ、いいから出せ」

 

 ケイシーは突然の命令に困惑しながらも右手を握り込んでエディの前に突き出す。

 

 そしてエディはそれに応えるように自身の右手の握り拳をドンッと衝突させた。

 

 それは覚悟と決意と使命の全てを乗せた拳だった。

 

 

「これは俺達流──俺が前に所属していたスカル隊流の誓いの証だ。『絶対やってやる』って意味のな。だから、俺達もやってやろうぜ。必ず」

 

 エディの誓いにケイシーも金髪を乱しながら大きく頷き、誓う。

 

「もちろん、奴らに目にものを見せてやる。それで戻ってくる。必ず、故郷(ここ)へ」

 

 

 

 

 彼らが地上で会話したのはここまでだった。

 

 しかし、それで十分だった。

 

 

 

 

    ◇   

 

 

 

 

 エディはホーネットのコックピットに乗り込むと、機首に立つ誘導員の指示に従い左から順に数個のボタンを素早く押していき目の前のHUDやレーダーなどの画面を起動させる。

 

 次に手を添えるのはエンジンのレバー。しっかり感触を確かめるように握り、徐々に前へ前へと押していく。同時にコックピット内は甲高い独特の大音量に満たされる。

 

 そして右に位置するボタンを押し込み風防(キャノピー)を下ろす。同時に酸素マスクも装着。

 

 その後各機能や翼などの動作確認を入念に行い発進準備完了。誘導員及び管制塔の指示を待つ。

 

 

 

《こちら管制塔、コールサイン『パビス』。エディ、君のコールサインは『ブラックアウト1』だ。復唱せよ》

 

 聞こえてきたのはトレーシーの声。先ほど行ったブリーフィング通り彼が全体の管制を勤めるようだ。

 

「ブラックアウト1、了解」

 

《よし。ブラックアウト2の準備もたった今完了した。ブラックアウト隊、誘導員に従い順次滑走路へ侵入せよ》

 

「了解、パビス」

 

《ブラックアウト2、了解》

 

 無線機からケイシーの声。いよいよ準備は整った。

 

 正面の誘導員が敬礼をして腕を大きく動かし滑走路へ誘導を始める。それに応じこちらも敬礼を返し機体をゆっくりと動かす。

 

 滑走路へ続くレーンに差し掛かる時、ちらりと後方を見る。そして問題なくもう一機の黒いホーネットも同じように後ろに付いてきているのを視認する。

 

 二機は一定の速度を保ったままレーンを進んでいき遂にエディから順に滑走路に侵入する。

 

 

 

 その姿はまるで番の鳥のよう。

 

 

 

 オズワルド研究所が誇る国内最大級の滑走路。終着点がボヤけて見えないほど長く、奥のほうでは陽炎が揺らめいでいる。

 

 

 その入り口に並列に佇む二羽の黒鳥(ブラックスワン)

 

 その名が生まれてからおよそ1週間。ようやく飛び立とうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

  U.S. AIR FORCE OSWALD LABORATORY SQ

      BLACK OUT 1

       (EDDIE)

 

 

  U.S. AIR FORCE OSWALD LABORATORY SQ

      BLACK OUT 2

       (CASEY)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こちらパビス。ブラックアウト隊、離陸を許可する。Good luck(幸運を)

 

 

 

 来た。俺達を大空に放つ号令。

 

 ケイシーとアイコンタクトを取り、同時にヘルメットのバイザーを下げる。

 

 さぁ、準備は整った。

 

 

 

「了解パビス。ブラックアウト1──」

 

 

 

 息を吸い、地上までの俺と別れを告げ、叫んだ。

 

 

 

「──発進!」

 

《ブラックアウト2、発進!》

 

 

 

 

 二羽の黒鳥は空気を切り裂くような唸り声を上げて同時に青い空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 




 次回こそ幕間です。

 

 4月の下旬に紅銀紅葉さんがブラブレ短編杯2を開くようです。詳しくはこちらをどうぞ。↓

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=254286&uid=198071






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幕間:One day, One girl.

幕間です。


 

 

 

 

◆   ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 春の暖かい空気は徐々に夏らしい蒸し暑さへと変わり、まだ本格的に気温は上昇してはいないものの、夏の気配がすぐそこまで迫って来ている。

 

 そんなある日の午後、蓮太郎は街へ財布片手にショッピングに繰り出していた。

 

 先日、ひと悶着ありながらも正式にティナが天童民間警備会社の一員になった。

 

 木更さんの突然の「雇っちゃった♪」には思わず天を仰いだが、何はともあれ勤め先が賑やかになるのは喜ばしいことなので結果的にはこの状況に非常に満足している。

 

 ただ、それで終わらないのが会社というもの。

 

 社員が増えればその分、社内の物資も増やさなければならない。それは例え新しい社員が10歳の女児だとしても変わらない。

 

 蓮太郎は今日、その買い出しを任されていた。

 

 ちなみに、木更や延珠、件のティナは今度編入する外周区の青空学校の下見に出掛けている。

 

 青空学校の生徒はそのほとんど、いやほぼ全員が外周区に産み落とされた『ガストレアウイルス保菌者(呪われた子供たち)』なので性別は全員女子である。そのため編入する本人含め女性陣のみで話し合った方がいろいろ進めやすいと考えてのこの布陣だった。

 

 決して俺だけ仲間外れにされたわけではない。蓮太郎はそう自分に言い聞かせながら街を歩くこと10分弱。ようやく見えてきた。

 

 到着したのは中型でアーケード式の商店街。

 

 煙草の吸殻が側溝に溜まり、約半数の店のシャッターが下り、ガラス張りの天井を支える柱は塗装が剥げている、どこか寂れた印象の商店街だ。

 

 何年も前からこの状態だが、なかなか閉じない。かといってリニューアルするという情報もない。どうやって今の今までこの寂れた状況を保ったままやってこれたのか正直謎だ。

 

 しかし、蓮太郎などの貧乏人にとってこの閑古鳥が鳴いている商店街の存在は非常にありがたかった。

 

 何せ売られているほとんどの品が他のどの店よりも安いし、状態さえ気にしなければほとんどの生活必需品がここで手に入るからである。さらに稀に食料品のタイムセールも行っているので、この商店街では少ない給料の蓮太郎でも容易に食料を手に入れることができるのだ。

 

 蓮太郎は煙草の吸殻やビニル袋を避けながら商店街へ歩みを進める。

 

 今日買う予定のものは主にティナが使う筆記用具である。あとお菓子も少々。

 

 店先に出されているカゴに無造作に詰められた靴や鉄パイプに掛けられた中古の服に時々立ち止まりながらも蓮太郎は奥へ進んでいく。

 

 目的の文房具屋に入り、レジの店員と二、三言挨拶を交わしたあと、店内を物色する。そしてそのまま無難なデザインのボールペンやノートなどをササッと購入しそそくさと店を出る。

 

 さぁ、このまま入り口に戻りながら菓子類でも探すか、と破れた垂れ幕が天井から垂れ下がっている商店街の入り口に体を向けたその時。その入り口から一人の少女がこちらに向かって走って来ているのが見えた。

 

 歳は延珠やティナと同じくらいだろうか。ただ、出で立ちが特徴的過ぎてすれ違う人のほぼ全員が振り返っている。

 

 肩程の長さで切り揃えられた銀髪、サファイア色の瞳、そして、その蒼い瞳からは一筋の涙の跡が天窓から射し込む太陽の光で宝石のように煌めいている。さらに服装は、上にミリタリー調のパーカー羽織り、下も同じくミリタリー調の細いパンツというかなり偏ったファッションだった。

 

 普通の状態でないし、おそらく一般人ではない上にそもそも日本人かすら疑わしい。そんな彼女のことを気にしないという選択肢を蓮太郎は選ぶことができなかった。彼女が目の前を通りすぎる時も彼女から目が離せないでいる。

 

 それよりも、蓮太郎は彼女のことをどこかで見たことがあるような気がした。それがどこかは思い出せない。ただ、割りと最近のことであるような気がした。

 

「なぁ、おい」

 

Yes?(はい?)

 

 少女は涙を拭いながら振り返る。返事は英語だった。しまった、と蓮太郎は声を掛けてしまったことを早速後悔した。蓮太郎は英語など喋れない。

 

「あぁ、えっと……すいません!」

 

 そんな蓮太郎の胸のうちを知ってか知らずか、彼女はわざわざ日本語に訂正して謝罪し、そのまま商店街の奥へと走り去ってしまった。

 

「あっ、お、おい!」

 

 頭をボリボリと()きながら銀髪の揺れる背中を見送る蓮太郎。

 

 さすがにもう放っておくべきだろう、と蓮太郎は今度こそ帰路に就こうと足を一歩踏み出す。が、同時に延珠だったら全力で追いかけるだろうな、とも想像してしまい一歩踏み出したきり動けなくなる。

 

 ティナの時もそうだったが、延珠のことを考える俺は弱いな。と、自分に呆れ返りながら、蓮太郎は踏み出した足をそのまま真後ろに持っていった。

 

 

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 

 

 営業していた店が入り口側に固まっていたこともあり、商店街の奥は心なしか薄暗く、酷く閑散としていた。

 

 目に入る全ての店のシャッターは下ろされ、落ち葉やプラスチックゴミなどは隅で山を作っており、目を凝らしてみれば店と店の間の通りをゴキブリが行き来している。

 

 その錆びたシャッターの前に置かれたベンチに彼女は座っていた。

 

 まるで気力がガス欠を起こしてしまったかのように項垂(うなだ)れており、特徴的な銀色の髪の毛が前方に垂れ下がり顔を隠してしまっている。

 

「おい」

 

 蓮太郎が声を掛けると、少女はビクッと体を震わせて蓮太郎の方を振り向く。

 

 そして再度項垂れた。

 

「……なんですか。散々逃げてきてやっと落ち着けると思ったら今度はストーカーですか。ホント今日はアンラッキーデイですね」

 

「いやストーカーじゃねぇよッ! ただの通行人だ」

 

「なら無様な私を嗤いにでも来たんですか?どうせ『幼女が泣いてるの見っけた笑笑笑』とかコメント付けてSNSにアップするんでしょう?」

 

「んなわけねぇよッ! 目ぇ赤く腫らしながら走ってる子供みたら誰だって心配になるだろ」

 

 蓮太郎がそう指摘すると、彼女は今さら気がついたように目元の水滴を拭う。そして口元だけ機械的に笑みを浮かべた。

 

「……フフッ、基地で銃向けられて、鉄パイプ振りかざした市民に追っかけられて、挙げ句の果てにストーカーにだらしない姿を晒してしまうなんて……私も墜ちたものですね」

 

「おい待て、なんの話だ。しかもストーカーじゃねぇって。おい」

 

 会話の雲行きが怪しくなっているのを感じて蓮太郎は少女の言葉を遮るが、彼女の声は止まらない。

 

「……なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか。みんなを信頼してただけなのに……」

 

 彼女の目頭にまた水滴が溜まる。心なしか声も震えている気がする。

 

「……なぁ、俺で良ければ相談に乗るぞ?」

 

 

 

 ──これがいけなかった。いや、蓮太郎にはどういうミスをしたかなんてまるで分からなかったが、少なくともこの言葉がトリガーになったことは確かだった。

 

 

「──ストーカーに、話すことなんてありませんッ!!!」

 

 

 少女はカッと目を見開くと、蓮太郎に向かって飛び蹴りを放つ。それは十歳前後の少女が出したとは思えないほどの威力と速度を備えており、同時に彼女の瞳は紅く染まっていた。

 

 ──まるでガストレアのように。

 

「ッ! イニシエーター!?」

 

 蓮太郎は顔面へ向かってくる蹴りを咄嗟に右腕でガードし、彼女を体ごと後方へ()なす。その結果、少女は勢いを失うことなく後方の店の錆びたシャッターへ突っ込む。その拍子に文房具を入れていたレジ袋が袖からずり落ちる。静寂に満たされていた商店街に強烈な破砕音が鳴り響き、蓮太郎の眼前で砂煙が舞った。

 

 数秒後。少女はバラバラになったシャッターを掻き分けて砂煙の中で立ち上がり、長年追ってきた仇のように蓮太郎を睨む。

 

 いやなんて目で見てやがる。

 

「……もう全部どうでもいい! こうなったら墜ちるところまで墜ちてやるッ!!」

 

「それただの八つ当たりだろ!」

 

「うるさい! さっさとサンドバックになれストーカー!!」

 

「だからストーカーじゃねぇって!!!」

 

 さっきまで保っていた敬語口調はどこえやら、今ではただの怒れるガキんちょ。さっきまでの気品のある雰囲気は見る影もない。

 

 少女はイニシエーター特有の脚力を生かして素早く間合いを詰め、蓮太郎の顔面目掛けて右ストレートを放つ。それに蓮太郎は体を捻らせて回避することで対応。蓮太郎と少女の位置関係が逆転する。

 

「ハァッ!!!」

 

 間髪入れずに今度は掛け声とともに薙ぎ払うように飛び蹴りを繰り出す少女。イニシエーターの生み出す強大な脚力と自身の体重を乗せた一撃。しかし、これも蓮太郎はスラリと巧みに往なす。

 

 その後も攻撃と回避・防御を繰り返す両者。少女が自身の持てる技をフル活用して攻撃するのに対し、蓮太郎は最低限の動きだけで対応する。その様子はスペインの闘牛とそれを操る闘牛士を彷彿とさせる。

 

 戦っていて蓮太郎はひとつの可能性を導き出した。

 

 恐らく彼女は対人戦闘があまり得意ではない。

 

 戦闘自体は恐れることなく果敢に立ち向かっているのだが、攻撃のひとつひとつが大雑把で軌道を読みやすい。もしかすると、彼女の保有する因子は肉弾戦向きではないのかもしれない。それ故に普段は射撃や兵器の操作を任されている。そんなイメージだ。

 

 少女と蓮太郎の距離が広がった時、蓮太郎はそれまでの簡略的な構えを解き、別の構えを作る。

 

 それは天地が永久無限の存在であることを意味する、天童式戦闘術の基本とも言える攻防一体の型。

 

 ────『百載無窮の構え』。

 

「いい加減、頭冷やせ。お前」

 

 少女は場の温度が2~3度下がったような錯覚を覚えた。目の前の青年も先ほどと様子が違う。さっきまではそれこそただの民間人だったが、今は一人の武人に見える。

 

 少女は歯噛みし、次なる攻撃を加えるべく姿勢を低くする。蓮太郎はそれには反応せず、ただ静かに待つ。

 

 商店街に数分ぶりの静寂が訪れる。すきま風に吹かれる枯れ葉の音まではっきりと聞こえるほどだ。

 

「ハァァァァッ!!!」  

 

 先に静寂を壊したのは少女だった。彼女は大きく一歩踏み出すとおぼつかない縮地法で距離を詰める。

 

 しかし、蓮太郎はこの行動を待っていた。

 

 天童式戦闘術二の型十六番──

 

「──『隠禅・黒天風』」

 

 蓮太郎の、間合いを入念に計算して繰り出された回し蹴りは、迫り来る少女の側頭部を正確に捉える。そして、少女の咄嗟のガードをも貫通し、そのまま彼女を地面に叩きつけた。

 

 少女は臆せずすぐに立ち上がろうとするが、脳を激しく揺らされたため足元がふらつき、上手く立ち上がれずにまた顔から地に伏してしまう。

 

 蓮太郎は構えを解くと少女の顔の前に上着から取り出した民警のライセンスを掲げる。

 

「俺は鉄パイプ持ったクソ野郎でもなければストーカーでもねぇ。れっきとした民警だ。これでもお前くらいの歳のガキの扱いは慣れてるつもりだ。もう一度言うぞ。何か相談ありゃ乗るぞ?」

 

 少女は蓮太郎のライセンスを睨み付けた後、再び脱力して、こう絞り出した。

 

 

 

「このペド野郎……」

 

「だからなんでそうなるんだよッ!」

 

 

 

 

    ◇

 

 

 

 

 改めてベンチに座り直す少女と蓮太郎。あれから少女の頭も無事に冷えたようで、出会ったときの敬語口調もようやく帰還を果たした。

 

「ねぇ、ペドさん」

 

「俺は小児愛者(ペドファイル)じゃ……もういいよめんどくせぇ」

 

 少女はフフッと微笑むと少し下を向きながら話し始めた。

 

「──信頼っていうのは、時に一方通行らしいんです」

 

「と、言うと?」

 

「信頼してたのは、どうやら私だけだったってことですよ。やっと好きになれるものを見つけて、それが手の届く距離まで近づいて、結果、多くの友人もできました。でも……友人だと思ってたのは私だけでした。彼らは私のことをただの監視対象としか思ってなかった……!」

 

 彼女の身に起こったであろう出来事は彼女が『呪われた子供達』である以上避けられないものだ。この世界はまだ彼女達が生きていくには辛すぎる。それが現実だった。

 

「私は悔しいです。彼らよりもこの事実にまるで気が付かなかった自分に腹が立ってしょうがない!民警さん、私はこの気持ちをどこにぶつければいいのか、誰を信用していいか、どうやって生きていいのか。もう何も分かりませんッ!」

 

 少女の嗚咽混じりの叫びが錆び付いた商店街に木霊(こだま)する。

 

 彼女の切実な訴えは今の社会の汚点を一切濁さずに表しているようだった。

 

 蓮太郎はそんな彼女の頭にポンと手を乗せる。

 

「大丈夫だ。そのために俺達がいる」

 

「……へ?」

 

「民警ってのは未熟なイニシエーターを教え導くのも仕事の一つだと俺は思ってる。……そうだな、本当に友人全員がお前のことを監視対象って思ってたのか?」

 

 少女はいまいちピンときていない様子。

 

「つまりだ。一人くらいはお前を心の底から友人だって思ってるヤツいるんじゃねぇのか?」

 

「……いません」

 

 少女は首を振る。しかし、蓮太郎は気づいた。これは否定ではない。拒絶だ。

 

「嘘つけ。誰か一人はいるはずだ。思い出してみろ。誰とどこでどうやって出会ったのか」

 

「……無理です。もう思い出せない」

 

「違う。それはお前が思い出そうとしないだけだ。ゆっくりでいい。順番に、誰がどんなヤツだったのか、頭に思い浮かべるんだ」

 

「………………」

 

 少女は目蓋を閉じる。そして数十秒後、彼女は水滴とともにハッと目を見開いた。

 

「────隊長」

 

 蓮太郎は「な?」と少女に笑いかける。

 

「どんな状況でも必ず一人は助けてくれそうなヤツはいるもんだ。それをよく覚えとけ」

 

「でも……私は一度逃げた身なんですよ。正直戻りづらいです。それに、他のみんなと今後どう接すればいいか……」

 

「そこだよなぁ……」

 

 蓮太郎は艶の入った自身の黒髪を掻きむしる。

 

「ま、頼れそうな人がいるならソイツを通して解決するしかないな。時間を掛けて」

 

「そんな時間はありません」

 

 ──時間はない、ねぇ。

 

 蓮太郎は先程から気になっていたことを尋ねた。

 

「……なぁ。さっきから思ってたが、お前って一体何者なんだ?聞いてた感じ民警じゃねぇだろ」

 

「あれ、言いませんでしたっけ? 私は──」

 

 突然、携帯電話のものらしきコミカルな電子音が商店街に鳴り響いた。少女は蓮太郎に軽く断りを入れてポケットから携帯電話を取り出し、通知を確認する。どうやらメッセージが届いたようだ。

 

 

 そして、空間を震わす低い大音量も同時に蓮太郎の耳に届いた。

 

 

 蓮太郎は轟音の発生源を探そうと辺りを見渡すが、音を発せられそうなものは周囲にない。つまり、商店街から発せられている音ではない。外からだ。

 

 ふと横を見ると、先程まで会話していたはずの少女がいなかった。思わずぎょっとして少女を探すと、商店街の入り口に向かって走っている姿を見つけた。しかもかなり入り口に近い。

 

 しまった、いつの間に。

 

「あ、おいッ! あぁ~〜クソッ!」

 

 蓮太郎は傍らに置いていた購入した品々を入れたレジ袋を手に持って急いで後を追った。

 

 

 

    ◇

 

 

 

 蓮太郎が少女に追い付いた時、彼女は空を見つめたまま微動だにしていなかった。轟音も鳴り止む気配がまるでない。

 

「おい、なに見てるんだ?」

 

 少女は空に向かってオベリスクのように人差し指を向けることで蓮太郎の疑問に応えた。

 

 蓮太郎もそのまま釣られて空を見上げる。

 

 

 ちょうど、その時。

 

 

「あ──」

 

 

 漆黒の鳥が一羽、モーセのように白いスモークで東京エリアの空を割った。

 

 

 黒い鳥は白い尾を吐きながらぐるりと大きく宙返りし、スモッグで霞んだ青空に巨大な円を描く。

 

 それを皮切りに始まったのは、ほぼ全員の東京エリア市民の目を奪った空前のアクロバットショーだった。

 

 戦闘機は、物が音速を超えたときに発生するソニックブームを形成しながらエリアを横断してみせ、爆発音にも似た音をエリアに轟かせる。

 

 そして、螺旋を描くような機動で飛行する『バレルロール』。機体を左右に傾けて、ジグザグに飛行する『シザーズ』。そして、機首を跳ね上げて90度の角度で姿勢をしばらく維持する『コブラ』を易々とやってのける。

 

「スゲェな……」

 

 蓮太郎は無意識に少女の顔を覗き込んだ。

 

 するとどうだろうか。

 

 彼女は、なんと泣いていた。

 

 それはもうボロボロと。

 

 ダイヤの宝石を落としているのかと見間違うほど大粒の涙を幾つも流していた。

 

 彼女がどういう心境で泣いているかは蓮太郎には分からない。しかし、今しがた行われているエアショーは、彼女にとってただならぬ意味を持っていることは明白だった。

 

「なあ、お前のことを大切に思ってるヤツ。いたみたいだな」

 

「……う゛ッ……は゛い゛ッ!」

 

「よかったじゃねぇか。これで正面から堂々と帰れそうだな」

 

「はい。……ありがとう、ございましたッ!」

 

「礼を言うなら俺じゃねぇ。上で飛んでるヤツに言ってやれ」

 

 少女は涙を腕で派手に拭い取り、蓮太郎が見たなかで最高の笑顔で応えた。

 

 

 

「もちろんです!」

 

 

 

「──あ」

 

 ここで蓮太郎は思い出した。この少女を最初に見掛けた際のことを。

 

 彼女を最初に見たとき、どこか見覚えがある気がしていた。その時は結局どこか見たことがあったかを思い出すことはできなかったが、今は違う。

 

 そうだ。思い出した。春の終わり頃、聖天子からの依頼を受ける前。

 

 ネットの記事だ。とある組織がイニシエーターを導入したという海外の記事。その記事に彼女の写真が載っていた。

 

 そう、彼女は────

 

 

 

A.G.A.F(エイガフ)か……」

 

 

 

 その微かな呟きは、A.G.A.F所属の戦闘機が発する火山の噴火にも似たエンジン音にほとんどかき消された。

 

 

 

 

 

◇   ◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 






 しやぶ様、誤字報告感謝します。



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