異端児だらけの遊撃隊 (緋寺)
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異端児

 私の検査結果を見てから、その施設は非常にバタバタしていた。あり得ない、こんなもの初めて見る、どうなっているんだ、そんな言葉が行き交い、その度に私は不安に駆られる。

 

「あ、あのー」

「ごめんなさい、もうちょっと待っててください!」

 

 何が起きたのか尋ねたいだけなのに、私には伝えられないのか職員の人から突き放されるように放置された。なんというか、それどころじゃ無いという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

 そこまでとんでもないことなら、まず私に話すべきでは無いのか。当事者を放っておくほどの大事と言われてもピンと来ない。

 

「すっごく不安になるんだけどなぁ」

 

 私自身の体調は至って正常。検査といっても私が病気だからとかそういうことでは無い。とある()()をするための適性があるかどうかの検査である。

 

 10年程前から海の底から侵略者が現れた。深海棲艦と名付けられたその侵略者達は、瞬く間に海岸線を占拠していき、街を滅ぼして行った。私の家族もそれによって命を失っており、深海棲艦のせいで私は天涯孤独の身になった。私自身も大怪我を負い、そのせいでその時の記憶を殆ど覚えていない上に、まともに動けるようになるまでに半年以上かかった程である。当時5歳だった私としては、すごく頑張った方だと思う。

 その侵略者達への対抗策として人間が生み出したのが、艦娘というシステムである。何人もの犠牲を出した末に手に入れた侵略者のシステムを、()()()()()()()()()()()()()()()()というのがその実態らしく、それを使うためには何らかの『才』が無ければならないそうだ。

 私が受けた検査というのが、その『才』があるかどうかを調査するための検査。大半の人間にはその『才』が無く、あったとしてもそれを受け入れるかは本人の自由とされている。当然ながら、受け入れた場合に向かうのは命のやり取りをする戦場。検査を受けた上で恐怖を感じてそれを拒否することだってある。

 

 今のご時世、世界各地で危機に瀕しているため、適正な年齢に達した者は半強制的にこの検査を受けることになっている。突然発現する場合もあるらしいので毎年である。

 私も今日それがきっかけでここにいる。これで受けるのも5回目になるのだが、今までの4年間は『才』があるなんて言われたことが無かった。

 

「のんびり待つしか無いかぁ」

 

 軽く伸びをして、椅子に深く腰掛ける。この様子では、もうしばらく放置されそうだ。年一回受けている検査なのに、今回に限ってこれはどういうことなのだろうか。

 今まで受けた時はすぐに結果が出たのに、今回はもうかれこれ1時間。予想以上に時間がかかっている。そしてまだまだかかりそう。

 

「はぁー、なんなんだろうなぁコレは」

 

 適性検査1つでここまでの大事になるのだ。私はこの()()をするのに向いていない身体なのかもしれない。というか前例が無いことなのかも。そうで無ければ施設の全員が総出になるようなことなんてないだろう。

 世界でも発見されたことのない奇病が見つかったかのような大騒ぎに、私の不安は最高潮に。帰りたくてもこの騒ぎの原因を聞き出さなくては帰ることも出来ない。むしろそんな状況で私は帰ることすら許されないだろう。この1年で何が起きた。

 

「誰かー、私をどうにかしておくれー。放置は嫌だぞー」

 

 なんて口に出してみたものの、誰もその言葉を聞き入れてくれることはなかった。路傍の石になったような気分である。

 

「アンタかい、検査の結果がえらいことになったってのは」

 

 ちょっと不貞腐れ気味になってきたところで、ようやくあちら側から声をかけられた。放置の終わりに少しだけ安心する。

 

 その人は簡単に言えば、少し恰幅の良いおばさんだった。声からして強気そうな、見た目も自信に満ち溢れたような、そんな女性。不思議な安心感が全身から湧き立っている雰囲気だが、逆にこちらが物怖じしてしまいそうな威圧感も持ち合わせている。

 さらにその隣には側近と思われる眼鏡の少女が並んでいる。おおよそ私と同じくらいの歳に見えるが、そちらはおばさんよりは威圧感は無く、どちらかと言えば少し弱々しく感じる程だったが、芯はしっかりしてそうな雰囲気。

 

「すまなかったね。えらく待たされたそうじゃないか。あいつらはお役所仕事しか出来ないから緊急事態に弱いんだ。アタシゃそういうのをよく見てきているからね」

「提督、あまりそういうことは大きい声で言わない方が」

「自覚が無いのなら口で言って聞かせてやんないとわからないだろうに。か弱い女の子を放置するような輩には」

 

 提督と呼ばれたおばさんの言葉に、周囲でバタバタしていた職員の面々はタジタジである。当事者の私を放置した事実は消えないため何も言い返せず、このおばさんは立場が非常に上なのか恨み言すら言われない。

 今まで受けてきた中で、そんな大物が出てくることなんて無かった。余計に不安になる。

 

「アンタの検査結果はアタシが伝える。ついてきな」

「えっ、は、はーい」

 

 おばさんに促され席を立つ。スタスタ歩いて行くため追いつくのがやっと。

 

「ごめんなさい。提督はこういう人で」

「い、いやいや、だいじょーぶだいじょーぶ」

 

 側近の少女に謝られたが、いつまで続くかわからない待機が終わったのはありがたいので良し。あちらもこれはいつもの事のようで苦笑していた。

 

 

 

 慌ただしい場から離れ、静かな個室に連れてこられた。そこに座らされ、対面におばさんが座り、その隣に少女が立つ。

 

「アタシゃ提督をやってる空城(クウジョウ) 真弓(マユミ)だよ。階級は大将。大将ってのはわかるかい?」

「すごく偉い人」

「その程度でいいさね」

 

 私に話をしてくれるのは、とにかく偉い人であるということはよくわかった。そりゃ誰も文句は言えない。

 提督ということは、艦娘を取り纏めている人ということだ。艦娘となることが出来た場合、この人が上司になる可能性がある。

 

「単刀直入に言おうかね。アンタが艦娘になれるかどうかだが、正直なところ()()()()()()()。検査結果がそういうものだったんだよ」

「よくわからない……? なれるかなれないかのどちらかじゃ?」

「ああ、説明してやりな」

 

 側近の少女に話を振るおばさん。振られた少女はコホンと咳払いをし、この施設で行なわれた検査の結果が書かれた紙を取り出す。それがあるのならまず私に見せてもらいたいものなのだが、あれだけ大騒ぎになったのだから何かあるに違いない。

 

「私はすみませんが自己紹介出来る名前がありません。秘匿(シークレット)ということで、みんなからしーちゃんと呼ばれてます」

「しーちゃん……急にフランクになったね」

「戦火の中でも暗くならないようにという、提督の気配りですね」

「ガキばかりなんだ。暗くなってちゃ出来ることも出来やしないだろう。せめてアタシの鎮守府にいる時くらい笑っててもらいたいって話さね」

 

 ぶっきら棒でも、部下のことを思ってのやり方のようだ。それなら信用出来る。

 

「うちは提督であるアタシも含めて女ばかりだからね。整備員にゃ男がいるが、女所帯なら過ごしやすい方がいいだろうに。だから、しーにも気楽に仕事してもらいたいんだ」

「感謝します。お陰様で、戦火の中でも毎日が明るく過ごせています」

 

 艦娘というのは『娘』とつくだけあり、女にしか出来ないものという。私は実際に見たことないし、ニュースでもそこまで大々的に取り上げられることもないが、侵略者側も女性型が多いそうだ。

 何処かのコメンテーターが『()()()()というだけあって、女性しか受け入れられないのではないか』だなんてことを言っていたのを覚えている。味方も敵も女なのだから、それも間違っちゃいないのかもしれない。

 

「話を続けますね。艦娘になるためには同期値というものを測る必要があります。艦娘の扱う装備、艤装と同期する力のことを指すんですが、この辺りは知っていますか?」

「まぁそれくらいは」

 

 事前にその程度のことは話に聞いている。むしろ一般常識的に扱われるような内容だ。同期値なんて仰々しい言い方だが、『才』を数値化してるって思えばいい。

 0なら才能なし、1以上あれば艦娘になれる。大きければ大きいほど、艤装とのリンクが強力で、艦娘としての力を自在に扱えると言えるだろう。

 

「実はコレ、M型とD型があるんです。同期値にも2つあるということになるんですが、貴女の場合は、その片方でおかしな値が出たんです。それがこの施設を混乱させているみたいで」

 

 これは5年やっていても知らなかったこと。本来なら口外すらされないような機密らしいが、私の場合はそれが異常値のせいでどうにもならないようである。当然これに関しては他言無用と念を押された。

 M型は工廠製造(Manufacturing)型。人間が深海棲艦の技術を基に作り出した、純粋な人間製の艤装。対するD型は敵性発見(Drop of enemy)型。深海棲艦を撃破した時にその内部から発見される、ある意味原初の艤装。人によってはM型の方が同期値が高かったり、D型の方が同期値が高かったりするわけだ。基本的にはM型の方が値が高いらしいが、稀にD型の方が高い者もいるらしい。

 

 理由はわからないが、その値が私の場合はおかしいとのこと。今までまともに生活してきたつもりだが、何処かで道を間違えていたのだろうか。それとも天性の才能か。だとしたら別にもっと早く発現してくれてもいいのに。

 

「実際の数値がこれです。普通の艦娘候補は1から100、よく行っても200になります」

 

 しーちゃんが紙を見せてくれた。本来この紙は検査を受けた者に見せられることは無いが今回は特別とのこと。

 

 いろいろな項目がある中に今言っていた通りMとDという枠があり、M型の方には0とあった。つまり、人間の作った艤装を私が装備したところで、動かすことなど出来ないのだろう。そもそも装備することすら出来ないのかもしれない。

 まぁそれは大半の人間がそこに含まれるわけなのだから驚きもない。そもそもこの4年間は常にこうだったはずだし。

 

 問題はD型の値。

 

「……え、何これ。()2()7()2()3()2()!?」

「そもそもこんなデカい値が出ることも稀も稀なんだが、マイナスなんて値は出たことが無いのさ。しかも、去年までは何も無かったのに突然だ。アンタは本当に初めての事例だってことさね」

 

 こんなバカみたいな数字はさておき、マイナスというのが今までに無かったことらしい。そんな数値が出たくらいなのだから、検査結果にエラーが起きているのだろうと思うのだが、そもそもこんなエラーが起きたことすら今までに無かったのだそうだ。

 当事者の私でもこの値を見せられたら混乱する。施設の人達の動揺も納得が行った。それでも私を放置するのはどうかと思うが。

 

「つまりアンタは()()()ってことだね。しかも、他に類を見ないタイプのだ」

 

 異端児と言われて、それが褒め言葉に取れないような結果である。何せマイナス、0で才能無しでそれより下ということは、普通以上に才能が無いと考えるのが妥当では無いだろうか。お前には無理だと言われているようなものだが、ただ才能が無いと言われるより酷いと思う。

 しかし、おばさんから出た言葉は私の想像していたものとは違った。

 

「だから、アタシがアンタをスカウトしに来たんだ」

「え、スカウト?」

「アタシ以外にゃ見向きもされないだろうね。こんなわけわからないような奴、『才』があっても使おうと思わないだろうさ」

 

 辛辣な言い方ではあるものの、おばさんの言いたいことは理解出来る。私自身がスカウトの立場だとしても、こんな得体の知れない奴はスカウトなんてしない。むしろもっと細かく調査するべきだと思う。

 それでも、この人は私に何かを見出したようだった。マイナスという前例のない値にこそ価値があると、その目が語っている。

 

「だが、アタシはアンタに他に無い資質を感じたね。マイナスと言っても0じゃ無いってことは艤装も装備出来るんじゃ無いかい? しかもD型の方だからね。馴染めばM型よか強いんだ。それなら立派に艦娘やれるってことさ」

 

 ニヤリと笑って私を見つめる。振る舞い方からして自信満々なこのおばさんに言われると、そうかもしれないと思えてしまう。マイナスという値でも、何かしら役に立てると確信している。

 

「どうだい。アンタがやる気があるのなら、うちに来ないか。艤装を受け付けなかったとしても、しーみたいな事務として手元に置いておきたい」

「これは珍しいものを他に渡したくないだけなので、嫌なら嫌と言ってくれて構いませんからね」

「しーはアタシのことをよく理解しているようだね」

 

 なるほど、物珍しさから。

 とはいえ、私の進む道を作ってくれるのなら喜んで乗っかろう。こんなことを言っていても、悪い人では無さそうだ。この人の下でなら、私のやりたいことも出来るはずだ。

 

「うん、お願いします。私、おばさんのところに行くよ」

「おばさんはよしな。提督、もしくは司令とお呼び」

「じゃあ司令で。よろしくね、空城司令っ」

 

 私だって最初からなれるものならなりたいという気持ちでここにいるのだ。喜んで戦いに身を投じよう。

 おばさん、いや、空城司令の斡旋のおかげで、私は歩きたい道を歩くことが出来そうだ。そもそもの可能性が低いものだったのに、まさかこんな形で道が拓けるとは思わなかった。

 

 艦娘になることが出来ない可能性も大いにあるが、鎮守府で働くことが出来れば、私の目的をここで果たすことも出来るはずだ。

 

 

 

 家族を奪った深海棲艦への仇討ちは、この時から始められそうだった。

 




この世界では、建造艦もドロップ艦も人間です。建造で出来上がるのは艤装のみ。ドロップするのも艤装のみ。それを装備出来る人間を大本営が探しているということになります。


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決意表明

 検査の結果、艤装との同期値に前例の無いマイナスという値が出てしまったことで、空城司令の目に留まった私。艦娘になれるかはわからないものの、その意味不明な値に興味を持たれ、手元に置いておきたいと鎮守府に雇われることとなった。もし艦娘となることが出来れば、晴れて私は正式に戦場を駆けることになる。

 

 検査に手間取ったというのもあるが、何も持っていないような状況で今から向かうようなことは流石に無く、私の都合を考えて翌朝に迎えに来てくれるということで、住所を渡して一時帰宅することになった。

 私の帰る場所はとある孤児院。私のような戦災孤児を受け入れ、中学を卒業出来る年齢までは養ってくれる本当にありがたい施設である。大怪我を負った後に何とか動けるようになった5歳児の私がここに引き取られ、今までずっと暮らしてきた我が家だ。

 今でも年に1人2人は受け入れるくらいに被害が出ているが、これでも戦況は良くなっているというのだから困ったものである。最初の数年は酷いものだったから確かにこれでもいい方なのかもしれない。

 

「ただいま、先生」

「お帰りなさい。ご飯の用意手伝ってもらえる?」

「はーい」

 

 迎え入れてくれるのは、この孤児院を切り盛りしている先生。私をここまで育ててくれた人と言っても過言では無い。

 戦災孤児には国から補助金が出るため、孤児院で食うに困ることは無いのだが、勉学に関してはどうしても難しくなってしまったため、私は先生に全て教わっている。結果的に小学校にすら通っていないものの、先生のお陰で年相応の知識は持っているつもりだ。この孤児院を出て行ったとしても、生活に困らないようにしてくれた。

 こんなご時世、被害者は数え切れないほど出てしまっているために、社会全体が優しくなっている。私みたいな境遇の人間も、ちゃんと知識を持っていれば社会に適合出来る。そうなるまで育ててくれた先生には感謝しかない。

 

「検査の結果は?」

「それがね、艦娘になれるかもしれないって」

 

 例のとんでもない数値に関しては口外しない方がいいと空城司令に言われていたため、今回の検査で同期値が0では無くなっていたとだけ話しておくことにした。値が小さいから絶対艦娘になれるとは限らないが、それでも雇ってもらえることになったという感じに。

 案の定というか、先生はとても驚いていた。でも声は荒げず、すぐに呼吸を整え、そのことを祝福してくれた。

 

「おめでとう。念願だったものね」

「うん。本当に突然体質が変わったりするんだね」

 

 毎年この時期になったら検査を受けては何も無いと項垂れてきたものだった。私が艦娘になりたがっているのは、先生もよく知っていることだし、私自身がずっと公言しているくらいだ。ここに引き取られた子達の家族の仇を討つんだと、常々言い続けてきている。その願いがようやく叶ったのだ。

 だが、どうしても複雑な表情にもなる。艦娘は死と隣り合わせの過酷な仕事。当たり前だが保険も無い。そんな戦場に送り出すことが気がかりなのだろう。私だって同じ立場なら同じ気持ちを持つと思う。

 

「ここからは何人も巣立って行ったけど、艦娘になるという理由で巣立つのは貴女が初めてよ」

「そうだね。私も何人も見送ってきたけど、基本的には就職とか親族に引き取られるとかだもんね」

 

 10年もここにいると、滞在者の入れ替わりは何度も見ることになる。幸い死に別れみたいなことは一度も無かったが、いい意味でここに住む必要が無くなって出ていく者は何人もいた。

 私もそれに近い1人になる。必要が無いわけではないが、鎮守府に行くのなら基本はそこで住み込みだ。

 

「年に一度くらいは顔を見せてくれるけど、貴女もそれくらいはしてちょうだいね。忙しいかもしれないけれど、生きてることを伝えてほしいわ」

「勿論。毎日とは言えないけど、なるべく手紙書くよ。写真とかも送れるといいなぁ。あ、でも機密とかあるから難しいかな。絶対に連絡するから」

 

 当たり前だが、死ぬなんてことは考えていない。命のやりとりをする仕事ではあるが、死ぬなんてあり得ない。死ぬくらいなら私は逃げる。

 

「いつ向かうの?」

「ちょっと早いけど、明日の朝。迎えに来てくれるって」

「そう。じゃあ、今晩は送別会になっちゃうわね」

 

 急に決まってしまって本当に申し訳ないと思う。献立だって前々から決めていたものだというのに、私の送別会だということで少しだけ豪華にしてくれた。補助金が出ているとはいえ、贅沢出来ない。豪華な夕食なんて、誕生日と年度の祝い事の時くらいだ。それを今出してくれる。

 

「絶対終わらせてくるからさ。絶対に生きて戻ってくるからさ。それまで、部屋を残しておいてもらってもいいかな」

「勿論。片付けるのも面倒だもの」

「あはは、違いないね」

 

 もう10年も続いている戦いではあるが、それを終わらせてここに戻ってくる。そのためには生きていなければならない。その誓いのためにも、ここにある私の部屋はそのままで置いておいてもらうことにした。出来るかわからないが、もし休日に戻ってくることが出来たりした時、部屋が無いなんてのも悲しいし。

 先生はおちゃらけて言ってくれたが、私の気持ちを汲み取ってくれたのかもしれない。もう何度も送別会を開いているのだから、去る者の気持ちは手に取るようにわかるのかも。そういう意味でも尊敬する。

 

「頑張ってらっしゃい。私達はここから応援してる」

「うん、ありがと」

 

 その日の夕食は、他の戦災孤児の弟妹達からおめでとうと喜ばれるわ離れたくないと泣き付かれるわで大変だった。なんだかんだで私もここの最古参に等しい存在。みんなに好かれていたようで少し嬉しかった。

 絶対にここに戻ろう。せっかく帰る場所を残しておいてくれるのだから。少し長めの休みが貰える度にここに戻ってくるくらいしてやる。艦娘にそういう休みがあるかはさておき。

 

 

 

 翌朝、みんなに見送られて出向。空城司令としーちゃんもこの孤児院と繋がりを持ち、頻繁に連絡させると約束してくれた。そういったところを保証してくれる辺り、空城司令は口と態度の割には優しいところがある。

 弟妹達との仲も悪くないようで、特にしーちゃんは私と年代が近しいからか、また来てと言われるほどであった。難しいかもしれないが、またここに来てもらいたい。

 

「このまま鎮守府に向かうが、何処か寄っておきたいところはあるかい」

「あーっと、うん、行きたいところある。道草食ってもいい?」

「ああ。一度鎮守府に入ったら、なかなか娑婆の空気は吸えなくなるからね。時間は作ってやりたいと思ってるが、しておきたいことがあれば今のうちにやっときな」

「なら、花屋に寄ってほしいかな。それくらいのお金なら持ってるから」

 

 空城司令もしーちゃんも私がやりたいことを察してくれたようで、何も疑問を持たず花屋に向かってくれた。それに、その後行きたいところに関しては私が説明しなくてもわかってくれたようである。

 

 到着したのは、この界隈では一番大きな墓地。私が買った花が仏花であるというのもあり、私がやりたいこと、家族の墓参りであることはすぐにわかってもらえた。

 空城司令もしーちゃんも待っているということで、私1人で目的の墓の前へ。そこはいつ来ても殆ど変わらず、以前に私が供えた仏花が枯れ果てた状態で置かれているのみ。

 

「変な時期に来ちゃったかな。いつもは月命日の時だけだもんね」

 

 ここには私の両親が眠っている。この墓を参りに来るのは、今や私だけになってしまっている。言ってしまえば私が末代だ。親族はもう誰もいない。そのため、花を供えるのも私だけ。私が来なければ花もこうなってしまう。だからこそ月に一度くらいは来ている。

 

 私は当時のことを全く思い出せないが、父も母も遺体は酷いことになっていたらしい。当人であると判別は出来たが、私を助けるために身を挺したためか、どこもかしこもズタズタにされていたそうだ。死にかけの私が側にいたから辛うじて身元が判明出来たレベルだったとのこと。

 正直、それを思い出せないのは良いことかもしれない。両親のそんな姿が脳裏に刻まれていたら、トラウマで立ち直れなかったと思う。

 

「次はなかなか来れないかもしれないんだ。ごめんね。代わりに今日はちょっと奮発しちゃった」

 

 柄杓で墓石に水をかけながら話しかける。返答が無くても、自分の決意を言葉にするだけで不思議と落ち着くものだった。

 一通り綺麗にしたら、花を供える。うん、綺麗。奮発した甲斐があるというものである。

 

「お父さん、お母さん、私、艦娘になれるかもしれないらしいよ。そしたら、仇討ち出来るかな」

 

 墓の前にしゃがみ、独りごちる。

 大怪我をした時の前後の記憶は無いが、それより前、3歳くらいの時の記憶は朧げながら残っている。父さんはいわゆる普通のサラリーマンで、母さんは専業主婦。家庭としては裕福とは言えなくても、全く不自由のない生活が送れるものだった。それがあの日、何もかも壊されてしまった。

 孤児院での生活は嫌なものではない。むしろ楽しかった。同じような子供達と一緒に遊び、学び、生活していくことに何の不自由も無かった。先生もいい人だったし、全員が同じ傷を持っているからこそ仲良くなれたようにも思えた。

 

 それでも、両親が侵略により殺されているという事実は、いつだって付き纏ってくる。私のようにその時の記憶を失っているわけではない子ばかりだ。夜になったら寂しさで泣き出す子だっている。そもそも1人でいられないほどのトラウマを抱えてしまっている子だっている。

 そんな現状を作り出した深海棲艦を、私はどうしても許すことができない。私の両親だけじゃない。あの孤児院で出来た弟妹達の両親の仇も討ちたいのだ。

 

 だからこそ、この機会は有意義に使いたいと思う。例え同期値がマイナスであろうとも、空城司令が言うように0ではないのだから何かしら出来るかもしれない。それこそ、艤装だって動かせるかもしれないのだ。それに賭ける。

 

「私だけじゃないよね。みんなの仇討ち。私があの孤児院の代表になって、やってくるよ。でも絶対に死なないから。お父さんとお母さんのところにはまだまだ行くつもりは無いよ」

 

 死なずに全てを終わらせられますようにと、願掛けするかのように拝む。

 いわばこれは私の決意表明だ。しっかりと仇討ちが出来るまでは死ぬわけにはいかない。終わったとしても死にたくはない。仇討ちが終わった後は、真っ当な人生を送るのだ。

 

「私、頑張るからさ、あっちで見ててよね。また来るよ」

 

 充分すぎるくらいに拝んで、そこから離れる。次にここに来るのはいつになるか。せめて数ヶ月後に来る祥月命日くらいには来たいものである。その時には、もっといい報告が出来ると嬉しい。

 

 

 

「もうよかったのかい」

「うん、ありがと。ちょっと長めに使っちゃった」

「構わないよ。ここだって次に来れるのはいつになるかわからないんだからね。悔いがないくらいに拝んでおきな」

 

 少し時間を使ってしまったと思ったが、そういうところは寛容。この人だって忙しいだろうに。

 

「親御さんかい」

「うん。10年前に」

「……ああ、そういえばアンタは最初の被害者だったんだね」

 

 その辺りの素性は調査済みのようだ。今から鎮守府の一員となる者が何者であるかくらいは事前に調べておくのは当然か。前科者とかは艦娘にするわけにはいかないだろうし、病気持ちなどには無理強い出来ない。

 私の場合は、深海棲艦が現れた時の一番最初の被害者という見解となる。事前知識の無いままに蹂躙された街の生き残り。

 

「志望動機は復讐ってことでいいのかい」

「その気持ちが無いとは言わない。親の仇討ちのつもりで考えてるから」

「あまりその気持ちに呑まれない方がいい」

 

 少し雰囲気が怖くなる。表情も態度も殆ど変わっていないのに、空気がピリついたような気がした。そのせいか、私はほんの少し震えてしまった。

 

「脅かすつもりは無いが、そういう輩が深追いして命を落とすところを何度も見てる。復讐心で突っ込むんじゃないよ」

「わかってる。私は死ぬつもりないから」

「ならいい。もし命懸けで事を成そうとしたら、アタシがぶん殴って止めてやるから肝に銘じときな。そもそも上司に逆らうなんてさせないがね」

 

 空城司令の考え方の一端がわかったような気がした。命の尊さを知り、被害者を出さないように戦う。これが芯にある。

 この人に逆らってまで命を懸けようだなんて思ってはいない。生きて終わらせることに意味がある。私だって死にたくない。

 

 この人の下なら、私は事を成すことが出来そうだ。この人に見初められてよかった。

 




主人公は15歳。10年前の深海棲艦初侵略の際に、当時5歳の彼女が大怪我を負っています。大本営の艦娘適応者調査の適齢は10歳から。ちょっと説明が足りなかったようなので、補足させていただきます。


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その名は

 両親の墓参りも終わり、私は空城司令の治める鎮守府に到着した。今日からはここが私の居場所となる。

 昨日のうちにあらゆる手続きは終わっており、私の部屋も既に用意された状態。孤児院から持ってくるものは私服数着やちょっと大事なものがあればそれくらいでいいと言われたが、基本的には何もかも揃っているそうだ。生活には何も困らないようにされているというのが、艦娘という仕事の利点とも言える。

 

「まずは艤装との同期をしてもらうよ。そもそも艦娘になれるかどうかを調べなくちゃならないからね」

 

 到着するや否や、またしてもズンズン進んでいく空城司令。荷物が少ないからいいものの、初めて来る建物の中を容赦なく進まれるととても困る。しーちゃんがいてくれるからまだ何とか追いつけるが、そうで無かったら迷子になっていそう。

 

 鎮守府というのに来るのは当然ながら初めてだ。艦娘達の拠点であり、ここで鍛え、学び、時には命懸けの戦いを挑む場所であることは知っているが、具体的に何をしているか何て皆目見当がつかない。そもそも艦娘と深海棲艦の戦いがどういうものかというのも、ニュースとかでは一部しか紹介されないのだ。倫理的にまずいシーンが多いからというのもあるが、それにしては秘密主義な気がしないでもない。

 あとは元々が人間であるというのもあり、ボランティア活動をしていることも知っている。主に海上護衛のような、艦娘としての在り方を利用出来て且つ普通では出来ないような仕事だ。それがあるから艦娘は一般人とも仲良くやっていける。

 

「ちょくちょく視線を感じるよ」

「多分皆さんここに所属している艦娘ですよ。あとは妖精さんですかね」

 

 空城司令についていきながら、しーちゃんに説明される。新人故か誰もこちらに話しかけてくることは無いが、部外者である私に興味津々である。

 妖精さんというのは、鎮守府で活動している人間以外の作業員だ。手のひらサイズの人型実体とテレビでは言われていた。実際に見るのは当然初めて。一般人の前に出てくる方が稀。

 

「いい子達ばかりですから、すぐ仲良くなれると思います」

「いきなりハブられても嫌だしね」

「それは絶対にありませんから、安心してください。貴女の住んでいた孤児院に空気は似ていると思いますから」

 

 それなら安心だ。仲良くしてもらえない空間に所属とか、それだけで気が滅入る。

 

「他の連中は後から紹介するよ。今はこっちが重要なんでね。夕張、いるかい!」

「はーい、ちゃんと用意してますよー」

 

 到着したのは工廠と呼ばれる施設。艦娘が装備する艤装を整備するための施設である。基本的には妖精さんが作業するのだが、一部の人間もそこに加わり、迅速な整備を心掛けている。

 その中で、空城司令に呼ばれたのは私よりも少し年上な女性。周りの作業員と同じように作業着を着たその人、夕張さんは、油臭さを隠さずにこちらにやってきた。

 

「貴女が本日就役の新人さんね。私は夕張よ」

 

 すごく気さくな人。握手をしようと手を差し出してきたが、今の今まで作業をしていた手のせいでやたら汚れていたため、握手はまた後でと苦笑しながらゴシゴシ拭いていた。

 この人もまた艦娘であり、それでありながら工廠でも働いている珍しい人らしい。そういう人もいないわけではないようだが、なかなかにレアな存在なのだとか。

 

「この子の艤装は上がってるんだったね」

「ちゃんとやっておきましたよ。祖父もとい整備長がそれはもう熱心に。勿論私も手を出しましたけど!」

 

 夕張さんの後ろから何やらとてつもない音を立てて機材が運び込まれてきた。それ専用に造られているであろう車を運転しているのは、この夕張さんが祖父と呼んだ整備長その人だろう。夕張さんと同じ作業着を着ている辺り、もしや親バカか。

 

「KC-KG01-D、こいつで良かったかい真弓ちゃん」

「その呼び方はやめろって言ってんだろクソジジイめ」

 

 憎まれ口を叩きながらも、やたら信頼しているようなやりとり。長い付き合いなのか、お互いにニヤニヤしている。

 

「こいつが、アンタの艤装だ」

「これが……」

 

 まだ装備出来るかもわからないのに準備万端である。

 その艤装は、いわゆる駆逐艦と呼ばれる艦娘のための艤装だった。おそらく腰に装備するであろう大きなところと、そこに繋がれたマジックアーム。これで武器を掴んで扱うのだろうか。見ただけではさっぱりわからない。

 

「さすがにそのまま装備するのはまずいね。しー、あれを渡してやりな」

「はい、準備してますよ」

 

 空城司令に合図され、しーちゃんに渡されたのは服一式。下着まで入っていて流石に驚く。上から下まで完全に包まれなくてはいけないと。

 艦娘というのは基本的に専用の制服を着ているというのは知っている。私の知る艦娘は大概何かしらの制服を着ていた。それと同じようなものが私に与えられたわけだ。

 

「中に入っているものを全て身に着けてください。これだけでも貴女の身を守ってくれる役割がありますので」

「そうなんだ。私、制服とか着るの初めてなんだよね。ちょっと嬉しい」

 

 学校に通ったことが無いのだから、制服を着ることだって初めてだ。ましてや艦娘用の制服なんて以ての外。

 触ってみると、確かに私が今着ている私服とは肌触りとか色々なものが違う。お金がかかってるというわけではなく、なんというか、私を守ってくれるという()()を感じる。

 

「それじゃあ、着替えてきまーす」

「更衣室に案内するわね。ちゃんと女性用だから安心してね」

 

 工廠組の更衣室があるらしく、そこでささっとお着替え。今回はここで着替えたが、基本的には毎日この制服を着て過ごすことになるということで、朝に自室でこれを着ることになるわけだ。私服なんて使う余裕は無いかもしれない。

 

 与えられた制服を着て、全身鏡で自分を眺める。まるで生まれ変わったかのような感覚。

 カッターシャツにブレザーベスト、ミニスカートにスパッツと、孤児院で過ごしていた私には縁のない服を身につけることになり、少し気分が昂揚する。胸元のリボンだけはそもそもつけたことが無いため、夕張さんに教えてもらいながら身に着けた。

 

「うんうん、サイズもピッタリ! さすが妖精さん仕立て。いい仕事してるわぁ」

「そっか、検査受けたときに身体測定もしてるし、服くらいちょちょいのちょいなんだ」

「そういうこと! 似合ってる似合ってる」

 

 最後に白い手袋をつけて準備完了。これが艦娘としての私の姿なわけだ。手袋の辺りがそれっぽくて良い。

 

 その姿で工廠に戻ると、先程以上に艤装周りが準備されていた。当然武器なんてまだ怖くて備え付けられてはいないが、それ以外は全て準備済み。台座に載せられ、接続部分が私の腰の辺りに来るようにセットされている。

 まずはしっかりと同期出来るかを確認する。これでやってみて動かせませんだったら意味がない。ただでさえ同期値マイナスというイレギュラーだ。それすらもあり得る。そのためか、艤装にはいろいろな装置がつけられ、私が装備した時の数値を計測するようだ。

 

「それじゃあお嬢ちゃん、そこに背中と腰をあてて」

「はーい」

 

 整備長に言われるがまま、接続部に身体を当てがう。専用の車で持ってこなくてはいけないくらいなのだから、これはとんでもなく重たい物。万が一潰されでもしたら、その時点で私は帰らぬ人になってしまう。

 今は当てがっているだけなので何事もないと思うが、ちょっとだけ緊張。

 

「そうしたら、その艤装は自分の身体だって思い込むの。リンクするって感じだからね。一度リンク出来れば後は簡単だから」

 

 そこからは夕張さんが説明してくれる。この艤装は自分の身体である。艤装と一心同体となることで、人間の枠組みを越えて艦娘に至る。そんなイメージか。

 適性が無いとこのイメージが出来ないとかそういうことなのかもしれない。もしくは、イメージしたとしても艤装が応えてくれないとかか。そこで私はマイナスの値を叩き出したわけで、イメージしても反応どころかむしろ壊れてしまわないか心配。

 

「イメージ、ね」

 

 わかりやすくするために目を瞑り、こう、自分の中に艤装の一部が流れ込むような、それでいて自分の何かが艤装の中に流れ込むような、そんなイメージをしてみる。すごく抽象的でふわふわしているが、我ながらかなりいい感じの考え方をしていると思うのだが。

 

「……おいおいおい、どんな子連れてきたんだ」

 

 整備長の慌てる声。私のリンクで何かしら異常値が出たのだろうか。

 

「お嬢ちゃん、もう大丈夫だ。動いてみな」

「えっ、あ、はいはい」

 

 言われるがままに一歩。イメージはわずか数秒。それなのに、艤装は私の背後に貼り付いているかのように移動した。重みなど一切感じず持ち上がり、艤装にくっついたマジックアームも意のままに動かせるようだった。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これが艤装とのリンク。艦娘なら誰でもやっていること。同期値がマイナスでも、空城司令が言っていた通り艤装が動かせてしまった。原理はわからないが、0でないなら動かせるというのを私が実証してしまった。まぁマイナス値というのは後にも先にも私しか出ないような気がするが。

 

「わ、う、動いた動いた!」

「おめでとさん。これでアンタは正式に艦娘としてうちで登録させてもらうよ」

 

 空城司令に言われ、改めて艦娘になれたのだと実感する。念願叶ったからか、歓喜に身体が打ち震えた。

 だが疑問も一つある。整備長が言った言葉。私の存在に何か思うところがあるのだろうか。

 

「いや、私も驚いたわ。初期化の同期が数秒で終わるって」

 

 夕張さんも目を丸くしていた。あちらにしか見えない計測値は、普通ではないらしい。

 

「お前、何分だったっけか」

「私は2分半。確かそれが普通って言ってたと思うけど」

 

 整備長と夕張さんの会話的に、私の同期の速さは本当におかしなことのようだ。

 通常では、速くても分単位の話になるとのこと。同期値が普通ではない値の者が同じことをやったとしても、最速でも1分かかったのだとか。それが私の場合は、言ってしまえば一瞬だった。イメージした時には同期が終わっていたと言っても過言ではない。

 

「真弓、本当にこの子はどうなってんだ。流石にこれはずっとここで働いてきた俺でも驚くぞ」

「ああ、伝えてなかったかい。この子、D型の同期値がマイナスなんだよ」

「はぁ!? んなもん聞いたこと無ぇぞ!?」

 

 整備長が声を荒げるほどのことらしい。イレギュラー中のイレギュラー。故に、こんな前例の無いことが起きてもおかしくないということだ。

 空城司令としては、ここまでとは思っていなかったが、艤装が動かせないとは思っていなかったらしい。だからスカウトしたわけだし、何の躊躇いもなくしっかり整備した艤装を用意しておいてくれた。

 

「0じゃないなら動かせるだろって思ったが、読み通りだね。マイナスかもしれないが、実はオーバーフローしてるだけなんじゃないのかい?」

「重要なところを符号付きで管理すんなってんだ。それでも同期値がそんなバカでかいのは初めてだけどな」

 

 ちょっと何言ってるかわからないが、とにかく、私は艤装を動かすことが出来て、今後は艦娘として活動出来ることが確定したわけだ。

 

「よし、じゃあアンタの登録名だが、この艤装の名前をコードネームにすることになってる。艦娘として活動する場合は、本名禁止だ。アタシゃ全員の名前を把握してるが、仲間同士でも知らないってのが当たり前なんだ」

「そうなんだ……渾名で呼び合うみたいな」

「似たようなもんだ。すぐに慣れてもらうよ」

 

 本名で呼び合うと、面倒なことが起こりかねないので原則禁止だそうだ。軍規でそう決められているのだから従うしか無い。

 で、艤装の名前となると、確かさっき整備長が言っていたKCなんたらかんたらになるんだと思うが、さすがに覚えられそうに無い。夕張さんもその名前はコードネームで本名は別にあるようだし、似たような感じになるか。

 

「私は何て名乗ればいいのかな、かな」

 

 渾名を付けてもらえるとか孤児院でも無かったこと。初体験として少し興奮気味。どうせなら艦娘らしくカッコいい名前がいい。

 

「こいつの名前は『陽炎』だ。陽炎型駆逐艦1番艦、陽炎。栄えある陽炎型のネームシップだよ」

 

 艤装をポンと叩きながらその名前を教えてくれた。

 陽炎。妙にしっくり来るような感覚。私の本名に使われている文字が含まれているからかもしれない。

 

「陽炎、ね。オッケー」

「ああ。改めて、アタシの鎮守府はアンタを歓迎するよ。これからよろしく、陽炎」

「うん、よろしくねっ」

 

 この瞬間から、私は艦娘陽炎としての道を歩き出す。戦いの道は過酷かもしれないが、私のやりたいこと、孤児達の仇討ちを果たすために。

 

 ここがスタート地点だ。

 




艤装には型番が振られています。今回の場合はとてもわかりやすいですね。KC(駆逐艦) - KG01(陽炎型1番艦) - D(D型)となります。あえて駆逐艦をKCとしている辺りが日本人的考え方。1YB(第一遊撃部隊)みたいなこともありますから。


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異端の仲間

 同期値マイナスというイレギュラーでも艤装の装備をすることが出来たため、改めて鎮守府に所属することが決定した。私は今後、駆逐艦陽炎の名を使って活動することになる。

 まずは名前と鎮守府に慣れる必要があるだろう。それに、そもそも艦娘としての在り方もわかっていない。今まで一般人だった私が、今日の明日で戦えるとは到底思えないのだから、訓練とか勉強とかは確実に必要である。

 

 装備した艤装を下ろしたら、すぐに整備長と夕張さんが元の位置に戻してくれた。私がリンクしたことで、さらに最適化させるために整備をしたいらしい。今は動かすだけだったが、これが今後の私の生命線なのだから、より一層力を入れると宣言してくれた。

 2人とも目をキラキラさせていたところを見ると、本当にこの仕事が好きなんだなと思う。夕張さんに至っては艦娘になってからも仕事を続けているくらいなわけだし。

 

「訓練やら勉強やらは明日からでいいさね。今日はこの環境に慣れることから始めな」

「ん、そうさせてもらうね。鎮守府がどんなところかもわからないし」

「新人ってのはそんなもんだよ。まぁここは比較的小さい鎮守府だから安心しな。今のうちに他の連中と交流しておきな。改めて後から紹介はするがね」

 

 そもそも鎮守府は、全国各地いろいろな海沿いに設立されている。深海棲艦は海という海全てが出現場所であるため、領海というのを決めてそれを網羅できるようにしている。そのため、鎮守府1つに入る艦娘は多くても50人がせいぜい。

 この鎮守府も御多分に洩れず、領海内の侵略者を確実に殲滅するために動いている。他と違うのは、所属している人数に比べて、その領海がかなり広いということらしい。それでも海の平和を守れているのだから、この鎮守府が相当強いことが窺える。空城司令も大将というのだから理解が出来る。

 

「中にはアンタと同じ()()()もいる。アタシが集めているからね。他の鎮守府にゃ手に余る子でも、うちの鎮守府じゃ主戦力さ。当然、アンタもだよ陽炎」

 

 ここに所属するのは私と同じような異端児が少しはいるそうだ。マイナスというのは私だけだが、プラスでも普通に見られる値から大きく離れた異常値を叩き出している者。

 検査の結果どうするんだと思われていた者を、空城司令が全国各地から片っ端から集めたという。直にスカウトに来たのは私だけらしいが。

 

「ほら、そこにいるのもその異端児だ。わかってんだよ、夕立! こっちに来な!」

 

 工廠の隅。頭だけをひょっこり出してこちらを見ている艦娘。さっきまでは自分のことに手一杯で存在がわからなかった。

 空城司令に呼ばれて、トテトテとこちらに駆けてくる。まるで小動物のような仕草だが、多分私と同い年。背丈も似たようなものに見える。

 

「ぽーい。新人さん?」

「ああ、新人だ。やっとアンタに後輩が出来たね」

「ずっと夕立一番新人だったから、後輩来てくれるの嬉しいっぽい!」

 

 ニパッと笑ってすかさず私に握手をしてきた。何この社交性の塊みたいな子。こういうところも小動物、というか、愛玩犬のような雰囲気。人懐っこさが普通じゃない。孤児院にもここまでの子はいなかった。

 制服が私と違うから、型としては私とは別の駆逐艦なのだろう。そういうところもよくわからないので、しっかり覚えていきたい。

 

「この子は夕立。アンタと同じ駆逐艦で、D型の同期値が異常値を検出したからここに所属してもらっている異端者だよ」

「夕立っぽい! よろしくね」

「ん、よろしく。私は陽炎」

 

 私が返すと、さらに笑顔が強くなる。なんて明るい子なのか。すごく眩しい。ぽいぽい言ってるけど、これは口癖なのだろうか。確定事項にもぽいぽい付けてそう。

 

「夕立、1つ任務だ。陽炎は新人だからね。鎮守府を案内してあげな」

「了解っぽい!」

 

 なんだか先輩風が吹いているようだが、私が一番の後輩であることは紛れもない事実。空城司令の任務でもあるし、ここは夕立に任せて鎮守府がどんなところかを知ることにしよう。

 

「また改めて全員の前で紹介はするがね。アタシは今から忙しいんだ。それまでの間は夕立にいろいろ教えてもらいな」

「りょーかい。出来るだけここに慣れるよ」

「ああ、そうしておくれ。その間に、アンタを艦娘としてこの鎮守府の一員にしておくからね」

 

 そうか、今まではまだ艦娘になれるかわからなかったため、ちゃんとした手続きが出来ていなかったのか。確信はしていたとしても、確定では無かったためにお役所仕事は後回しにしていたわけだ。そりゃ最初にここに連れてこられるわけである。

 

「じゃあ行こー!」

「はいはい」

 

 夕立に手を引っ張られ、工廠から出て行くことになる。こんな展開になるとは思っても見なかったが、初対面からここまでの始まり方は、幸先がいいのでは無かろうか。

 

 

 

 そこからは本当にただただ案内してもらうだけとなる。もう私もここの一員なのだから、どの場所にも自由に出入りしていいわけだが、まずは場所を覚えるところから。

 工廠から始まった鎮守府案内は、まずいきなり食堂に入るところからだった。ただただ夕立が甘いものを欲しがったというだけなのだが、ここの食堂は絶品だとずっと言っていたので、楽しみではある。

 

「間宮さーん、アイスくーださーい。2つ!」

「2つ? って、あら。新人さんかしら」

 

 食堂の切り盛りをしているであろう割烹着のお姉さん、間宮さん。そういえばこの人はニュースでも見たことがある。ある意味鎮守府の広報にもなれる、確か戦闘員ではない艦娘。

 艦娘だからといって全員が全員戦うわけではない。こうやって食堂で仲間達に食事を振る舞うのが役目という非戦闘艦というのも存在している。間宮さんはそのうちの1人。

 

「陽炎よ。よろしくねっ」

「はい、よろしくね。私は給糧艦間宮。鎮守府の食堂を任されてるの。あとちょっと奥にいるのは伊良湖ちゃん。あの子も給糧艦ね」

 

 言われてみれば確かに、調理場の奥にもう1人いた。おそらく夕立が頼んだアイスクリームを準備しているのだろう。それ以外に人影が見えないので、たった2人で鎮守府全体の料理をしているのかと思うと、恐ろしいほどの手際の良さなのかなと想像出来る。

 私自身も料理を手伝うことがあったが、孤児院の人数の比ではないだろう。しかも食堂、献立固定というわけではないだろう。定食メニューくらいで終わりだとしても、デザートとかもあるのなら毎回てんやわんやな気がする。

 

「はい、間宮アイス2つです。新人さんということで、伊良湖最中もおまけしちゃいます!」

「ありがとうございます」

 

 艦娘の戦意昂揚に使われるという間宮アイスと伊良湖最中。夕立は最中までついてきたことに大喜びである。私の鎮守府案内任務の報酬みたいなものだ。

 

「んー♪ いつ食べても美味しいっぽーい!」

「うわ、本当に美味しい。レシピ知りたいなぁ」

「残念だけど、企業秘密なの。ごめんね」

 

 ただのバニラアイスなのに極上の一品に蕩けてしまいそう。最中も絶品である。本人曰く、デザートの方が得意とのこと。得意分野のそれなので、この美味しさも頷ける。

 

「あ、ちょうど良かった。おーい、磯波ー」

「ふぇっ、あ、夕立ちゃん、そちらは……」

 

 夕立が不意に呼びつけたのは、このタイミングで食堂に入ってきた艦娘。私よりは少し幼いイメージだが、おそらく同じ駆逐艦か。

 突然呼ばれたからか大きく反応した上に一瞬怯えたような表情をしたものの、相手が夕立であることにすぐに落ち着きを取り戻したようだった。小心者なのだろうか。

 

「新人さん来たっぽい! しかも、異端児なんだって!」

「あ、そうなんだ……。仲間が増えたね」

 

 その口振りからして、この磯波という子も異端児なのかもしれない。

 

「磯波と申します。よろしくお願いいたします」

 

 小さく微笑みお辞儀された。お淑やかな雰囲気。明るく無邪気なイメージの夕立とは正反対に見えるものの、その性質からか仲がいいようだ。飼い犬とそれに振り回される飼い主みたいに見えてきたが、それは口に出さない方がいいだろう。

 

「陽炎よ。仲良くしてね。お仲間みたいだし」

「あ、ああ……異端児ですしね。私も……はい、私も異常値を出してしまって、提督に拾われたんです」

「夕立もすっごい数値が出たんだよね。だから提督さんが異端児って言ってたっぽい」

 

 そうやって聞くと、どんな数値が出たのか気になるものである。私は前例が無いと言われたが、前例のある異常値とはどんなものなのか。少なくともマイナスでは無いのはわかるが。

 

「磯波ちゃん、ご注文は?」

「あ、そうでした……最中をお願いします」

「はい、どうぞ」

 

 間宮さんに最中を受け取った磯波と交流を深めるために相席してもらうことにした。どうせ食べるためにここに来たのだろうから、せっかくだしここで仲良くなっておきたい。異端児仲間だし。

 

「そうだ、聞きたいんだけど。異端児って呼ばれてるけど、2人はどんな感じだったの? すごい数値ってのはわかったけど、具体的に」

「夕立、D型の数値が8000くらいだって聞いてる。確か、大きくても200くらいなんだよね。すごい数値よねー」

 

 夕立は私と同じくD型の同期値がとんでもない値のようだ。リンクしすぎて困るということだろうか。でも確か空城司令はD型の方が馴染めばM型より強いと言っていた。なら、夕立は最初から相当強いということなのかも。

 

「私は……M型もD型も両方1000に近いくらいだって」

「どっちもってのは磯波しかいないんだって!」

 

 それは確かに凄い。何を装備しても異常なリンクをするということだ。どちらも数値が高いということは、何をやらせても卒なくこなせそうなイメージ。磯波はそんな子な気がする。

 

「陽炎は?」

「私も夕立と同じでD型なんだけど、なんかマイナスだったんだって」

「ま、マイナス!?」

 

 物静かな磯波が声を荒げるほどに驚いた。夕立の8000という数値でも相当驚いたらしいが、それ以上の異質な値。

 

「でも、艤装は動いたんだよ。さっき工廠でやったんだけど」

「リンクするのにどれだけかかったっぽい? 夕立、1分かからなかったから最速って言われてたんだけど」

「私も速い方でした……それでも1分ちょっとでしたが」

「数秒だったと思う。イメージしてみろって言われたら、すぐにもういいって言われたし」

 

 ついには言葉も失った。騒がしい夕立すらも、何も言えなくなっていた。それだけ私が特殊ということを思い知る。

 異端児という通称もわかる気がした。正統から外れた者。本来とはかけ離れた者。その中でも特に外れているのだろう。異端児からも異端として思われてしまう程に。

 

「すごいすごい! 陽炎すごーい!」

「驚きました……絶対抜かれない記録ですよ」

「あはは、素直に喜んでおこうかな」

 

 誇っていいのかどうなのかはわからないが、私の特に外れた特異性を簡単に受け入れてもらえたのは嬉しいところ。

 

「他にも異端児ってのはいるの?」

「いるっぽい」

「駆逐艦では私と夕立ちゃんともう1人。他の艦種にチラホラという感じです。でも、その、戦力としては他の人達と似たようなものなんですよ」

 

 なるほど、異端と言っても数値上なだけであり、実際艦娘として戦っていくとなるとそこまで大差無いということか。普通の艦娘よりリンクや自在に動かせるようになるのが早いだけなのかも。いくら異端でも、それに胡座をかいていたら落ちこぼれになるわけだ。

 逆に努力さえすれば本当に異端となり得るのかもしれない。何せ他より艤装との馴染み方が違うのだ。

 

「そっか。じゃあ私も頑張らなくちゃ。よろしくお願いします先輩方」

「ふっふっふー、任せるっぽい後輩」

「訓練とか勉強とかは、私達もお手伝いすると思います。異端児とかそういうの関係無しに、ここではみんなで手を取り合って生きていくのが当たり前ですから」

 

 だから仲間意識も強い。なんというか、私の住んでいた孤児院の延長線上みたいに思えた。それならここでも過ごしやすそうだ。

 こういう生活は憧れでもあった。学校にも通うことが出来なかった戦災孤児の私としては、こんな学園生活のような空間は手が届かないもの。戦場を軽んじるわけではないが、こういう友人関係はとても嬉しい。

 孤児院での生活が嫌なわけではない。あれはあれで本当に楽しかった。これはまた別の次元の話。

 

「こうなったらそのもう1人も早く知りたいなぁ。同じ異端児として仲良くなりたいよ」

「そろそろここに来るかと思いますよ。さっき訓練していましたから」

 

 磯波がそんなことを言ったタイミングで、本当に1人食堂に入ってきた。訓練していたというだけありクタクタであると全身で表現している。

 

「疲れました……」

「お疲れ様。今日は誰が?」

「木曾さんの雷撃訓練……すごくハードでした……」

 

 トボトボと歩いてきたその子と目が合う。そして硬直。私も言葉が出なかった。

 

「ん? どうかしたっぽい?」

 

 夕立が心配そうに顔を覗き込んでくるが、私としてはそれが気にならないくらいに動揺していた。

 

 

 

「えっ……ひーちゃん!?」

「おっきー!?」

 

 私はその子を知っている。こうやって顔を合わせるのは実に数年ぶり。ある意味、感動の再会。感動より驚きが勝っているが。

 




空城鎮守府にいる駆逐艦の異端児は陽炎含めて4人。夕立、磯波、そして最後に出てきたおっきーなる者になります。


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旧友との再会

「えっ……ひーちゃん!?」

「おっきー!?」

 

 私はその子を知っている。こうやって顔を合わせるのは実に数年ぶり。ある意味、感動の再会。感動より驚きが勝っているが。

 

「わ、わ、すごく久しぶり! 5年前くらいだよね、お婆ちゃんに引き取られたのって!」

「そう! うわー、こんなところでひーちゃんに会えるなんて思わなかったよ」

 

 驚きも然ることながら、まずは再会を喜んだ。

 

 その子は私と同じ孤児院出身の子。私のように10年前の始まりの日の被害者では無いのだが、私が孤児院で過ごし始めて3年経ってからやってきた、私と同様の戦災孤児だ。確か年も私と同じである。

 そこから2年ほど一緒に生活をしたところで、祖母が迎え入れることが出来るようになったと引き取られて行った。そこから会っていないので、今この時を迎えるまでおおよそ5年は顔を合わせていない。

 

「お婆ちゃんの家が遠いところで、あっちでもこっちでも少し忙しかったんだ。連絡も出来ずでゴメンね。先生は元気?」

「元気元気。全然衰えてないよ。そっちも元気そうだね」

「うん、お婆ちゃんが本当に良くしてくれて」

 

 親族に引き取られて、そこで虐待を受けるという事件も無くはないが、この子はそういったこともなく元気に過ごしていたらしい。

 そのお婆ちゃんがとてもいい人で、なんと学校にも通わせてもらえたとのこと。そこでも何事もなく過ごせたそうなので、親族に引き取られたことで順風満帆な生活を送っていたようだ。

 

「あの時からちょっと変わってるね。なんか髪の毛の色おかしくなってない? 染めたの? いや、染めたにしては妙な色だけど」

 

 顔を見てすぐに相手が私の知る者であることはわかったのだが、その時から随分とイメージが変わったところがあった。それが髪の色である。

 外側はさておき、内側がピンク色に染まっているという普通ではなかなか見られないような色合いになっていた。私の知っている髪色とはまるで違う。

 

「ああ、これ。艤装とリンクしたら染まっちゃったんだ」

「そんなことあるの!?」

「結構あるよ。夕張さんには一番最初に会ったと思うけど、最初からあの色だったと思う?」

 

 言われてみれば確かに。あの人の髪は染めるにしてもなかなか無いような緑がかった銀髪。血が繋がっているであろう整備長とは似ても似つかない色合いだった。

 あれは艤装とのリンクにより身体に出た影響だとのこと。異端児だろうがそうでなかろうが、なる時はなるそうだ。夕張さんは異端児では無いようなので、ただただ艤装に染められただけ。この子も同様のようだ。

 

「ひーちゃんは……染まってないよねコレ」

「みたいだね。何も変わってないからそういうことがあるなんて気付かなかったよ」

「中には真っ赤とか真緑になっちゃう人とかもいるらしいよ」

 

 それは恐ろしい。この陽炎という艤装が髪にまで影響を与えてくるタイプじゃなくて本当に良かった。真っ白とかでもすごい違和感なのに、パステルカラーになったらどうしていいのかわからなくなる。

 いや、そうなってしまった人達のことを卑下するわけではなく、個人的にちょっとなぁと思うだけで、むしろパステルカラーな髪色が似合う人も中にはいるだろう。夕張さんの銀髪は違和感がないくらいに似合っていたし。私にはそういうの似合わないよなぁと。

 

「沖波、陽炎と知り合いっぽい?」

 

 私達だけの世界になりつつあったところで、夕立に尋ねられた。私とこの子の関係性に興味津々。目をキラキラさせている。

 この子はここでは沖波という名前を貰ったようだ。こちらも本名に近い音が使われているようである。艦娘というのはもしかしたらそういう縁のようなものがあるのかもしれない。本名の考察はそれこそ軍規に抵触するだろうから控えるとして。

 

「あ、はい、前に話したと思うんですけど、私孤児院にいた時期があって、その時の友達です。幼馴染みと言えばいいでしょうか」

「そうそう。私はおっきーが引き取られた後もずっとそこで暮らしてて、今日そこからここに来たってわけね」

 

 本名禁止という軍規はあれど、自分がどう生きてきたかくらいは話してもいい様子。それ以上に踏み込んだところはよろしくないようだが、これくらいは。

 まぁここで実は物凄い財閥の生まれだとか、上層部の親族だから逆らえないとか言われても知ったこっちゃない。拒否権があるのに自ら志願したのだから、その時点で自己責任。家のことを振りかざされても困る。空城司令はそういうこと関係なしに動きそうだが。むしろ捻じ伏せそう。

 

「初めてですね。そういう意味で顔見知りがいるって状況。姉妹とかはたまにあるらしいんですが」

 

 磯波が呟く。鎮守府に顔見知りがいるといえば夕張さんと整備長が該当するのだが、あれはあくまでも親族、血縁関係で一緒に工廠で働いているだけだ。こちらはお互いただの友達。孤児で無ければ出会うことすら無かったであろう仲である。

 

「艦娘になれるのってすごく稀なのに、友達が同じ場所にいるなんてすっごくレアなんだ」

「そうですね。さらにはどちらも異端児です。沖波ちゃん、確かM型で異常値が出たって」

「あ、そうです。私、M型の同期値が2000近く行っちゃって」

 

 相当大きな数値なのはよくわかった。そして、それだけ数値が大きくても訓練を必死にしないと追いつくことが出来ないということも。

 いくら天性の才能を持っていたとしても、それに託けて何もしなければ凡人以下になる。私達異端児はそのタイプなのかもしれない。鍛え上げれば他より伸びやすいとか。

 

「ひーちゃんも?」

「私はD型の方がマイナスだったんだよね」

「ま、マイナス!?」

 

 磯波と同じ反応。今後話すたびにこういう反応されると思うと、ちょっと気が滅入る。前例が無いというのはそれだけでもなかなかに面倒なことのようだ。

 

「でも何でそんな数値になっちゃったんだろうね。私ら、何か共通点あるのかな」

「私とひーちゃんは同じ場所にいたっていうのはあるけど……夕立ちゃんと磯波ちゃんは孤児じゃないですもんね」

「うん、夕立は実家あるっぽい」

「私も……ですね」

 

 戦災孤児だから異端児になるというわけでは無いようである。流石に家庭環境で同期値が変わるとは思えないが。ストレスとかが影響しているとしても、私は孤児院で順風満帆に生活していたのだから、そこまで気にならない。

 まぁそこは今深く考える事ではないだろう。艤装が動かしやすい。それだけで充分。仲間意識が強くなるだけ。特異体質というのは突然現れてもおかしくない。

 

「はい、沖波ちゃん。疲れた時には、甘いもの」

「あっ、間宮さん、ありがとうございます」

 

 談笑していたところに間宮さんが最中を持ってきてくれた。ここに来たということは甘味目当てだったとしか思えない。私と話している間に疲れは飛んだようだが、本来の目的はここでやっておかなくては。

 訓練で本当に消耗していたようで、甘いものを食べては目を細めて喜ぶ。余程ハードだったのだろう。私もそのうち()()()()()()のだと思うとちょっと怖い。

 

「昔のお友達と会えたっていうのはとてもいいことよ。別にこの場所がアウェーってわけじゃないけど、顔見知りがいるだけで生活しやすいでしょう?」

 

 私達の会話を全て聞いていたようで、間宮さんにも言われた。確かに、周囲の者が全員知らない人というのはそれだけでも緊張感があるもの。夕立のように人懐っこい子もいるだろうが、そうでない人というのは仲良くなるまではどうしてもいろいろありそう。磯波とはこれでもう良さそうだけど。

 それが薄れただけでも、この再会は喜ばしいものだった。私の新たな生活が、より明るいものとなる。

 

「沖波ちゃん、本名に繋がりそうだからひーちゃんはやめましょうか」

「あっ、そ、そうですね。ごめんねひーちゃん」

「禁止事項」

「あう」

 

 確かに艦娘をやっていない時の渾名というのは軍規的にあまりよろしくないか。少し他人行儀になってしまうが、今回貰った艦娘の名前が新しい渾名ということで。

 

「えーっと、沖波?」

「陽炎ちゃん……だったよね。なんか変な感じです」

「私も。顔見知りなのにね」

 

 これは慣れるまでに時間がかかりそうだ。顔見知り故の弊害と言えるだろう。

 

「じゃあ呼びやすい渾名付けちゃえばいいっぽい」

「例えば?」

「陽炎だからぁ……じゃあゲロちゃん」

 

 夕立が発言した瞬間、磯波が破裂したかのように吹き出した。沖波もゲホゲホ噎せ、間宮さんは苦笑するのみ。食堂ではあまり聞いてはいけない言葉だろうそれは。

 あまりにも聞こえが悪すぎる。渾名というより蔑称だと思う。悪気はないし実際今の私の名前の読みにその部分があるとはいえ、流石にそれは私だって拒否する。もう少し何か無いのか。

 

「磯波、笑いすぎ」

「だ、だって、それは流石に、ひど、酷い」

 

 顔を伏せて震えている。完全にツボに入ったらしい。

 

「渾名は保留で……陽炎ちゃんで慣れます」

「えー、可愛くない? ゲロちゃん」

 

 2度目の発言で磯波が再び決壊。顔は伏せていても、もう隠さないレベルで笑ってしまっている。笑いすぎで過呼吸を起こしかけているため、沖波が背中を摩ってあげていた。

 

「ひっ、ひっ、ゆ、夕立、ちゃん、それは、やめて、あげてっ」

「それだと、ほら、ちょっと汚いもの思い出しちゃうでしょ」

「……ああ、ああー、確かに、確かに。配慮に欠けてたっぽい」

 

 気付いていなかったのか。口に出す前に気付くと思うのだが。

 

「じゃあ、陽炎だからかーちゃん」

 

 3度目の決壊。磯波の腹筋が保たない気がする。こんなくだらないことで陸で沈むなんて勘弁してもらいたい。

 

 まだ短い間だが、夕立の性格は理解出来た。これは基本的にノリで動いてる。思ったことをあまり考えずにすぐに口に出すのみ。多分嘘も吐けない性格なのだろう。

 

「そういえば夕立ちゃん、ただアイス食べに来ただけなの?」

 

 間宮さんに問われ、一瞬思考停止。本来の目的は、私に鎮守府を案内すること。空城司令に直に通達された任務である。やらなくてはいけないことを思い出した途端、そうだったと思い切り立ち上がる。

 

「あー! ゴメン陽炎、忘れてたっぽい!」

「そんなことだと思ってたよ。でも、ここに最初に来れたのはよかったかな。磯波と沖波にも会えたし、アイスも最中も美味しかったし。これは最初に知っておいてよかった」

 

 順序が違ったらこんなに上手いこと異端児の駆逐艦と出会うことも出来なかっただろう。最終的には確実に顔を合わせることになるが、同じ何かを持つ者同士、すぐに交流出来たのは良かったと言える。

 それに、いきなりこの鎮守府の良さを知ることが出来た。コンディション維持のための甘味がここまで美味しいとは。企業秘密のレシピというのも、いつか聞けたら嬉しい。

 

「間宮さん、ご馳走様でした。すごく美味しかった」

「ふふ、それは良かった。朝昼晩のご飯も私と伊良湖ちゃんの仕事だから、そっちもお楽しみに」

「楽しみだなぁ。デザートがこれだけ美味しいなら、ご飯も絶対美味しいよ」

 

 間宮さんに礼を言って立ち上がる。片付けは間宮さんがやってくれるというので、お言葉に甘えて食べ終えた食器を渡しておいた。

 

「磯波、沖波、また後で。まずはここのことちゃんと知らないとね」

「うん、そうだね。これからは仲間だもんね」

 

 未だ笑いが治まらずビクンビクン震えている磯波も、伏せながら手を振ってくれた。これはしばらく再起不能な気がする。磯波は沖波に任せておこう。

 

「沖波とは積もる話もあるしね」

「だね。孤児院のこと、教えてほしいな。私が引き取られた後どうなったか」

「どうってことないけどね。平常運転でさ。後から話せるだけ話そうね」

 

 ここの生活習慣がどういうものかはまだよくわからないが、夜更かしとかは出来ないだろうし、夜のフリーな時間とかにでも話そう。数分でも時間があれば楽しめそうだ。

 

「よーし、案内任務再開っぽい!」

「調子いいんだから。じゃあ、お願いね夕立先輩」

「この夕立先輩に任せるっぽい!」

 

 この性格にしては意外とある胸を張って宣言し、自信満々に手を引っ張られた。このコミュ力は凄まじい。時々ちゃらんぽらんなところが垣間見えるが、小動物的な性格でそれを打ち消している。

 おそらく夕立は特殊なレベルだと思うが、この調子なら鎮守府の全員と仲良くなることも不可能では無さそうだ。見た感じ消極的そうな磯波もすぐに私と仲良くなってくれたし。

 

 早速出会えた異端児の仲間は、同類だからというのを置いておいてもすぐに仲良くなれた。同じように他の人達とも仲良くなりたいものだ。

 




夕立:D型8000
磯波:M型D型共に1000
沖波:M型2000
陽炎:D型-20000

陽炎だけ酷い値。これがどんな意味を持つのか。


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緊張感

 磯波と沖波と別れた後、鎮守府の要所を案内してもらった。食堂からまず一度あてがわれた私室に荷物を置いた後、今後よく使うことになるが今は使うことの無い大浴場と資料室を経由し、そのまま作戦室などの戦いに関する場所を見て回る。

 念のため静かに前を通ったが、今は緊急の任務などは無いため、打ち合わせをしているようなことは無いようだ。見て回った部屋は基本的に誰もいない。ここが使われる時は鎮守府内もバタバタしてる時だと説明される。

 

「夕立もまだあんまり使ったことないっぽい。ここに来て日が浅いから」

「でも、実戦に出たことはあるんだ」

「うん。MVPは取れなかったけど、ちゃんと深海棲艦を撃沈したっぽい」

 

 大体1ヶ月くらいは訓練を詰め込んで、実戦投入と同時に訓練期間が終了とのこと。別に頻繁に戦いがあるわけでは無いのだが、深海棲艦は神出鬼没。何日も連続で出現する時もあれば、何日も姿を見せないことだってある。訓練期間は人によってまちまち。

 私、陽炎はどれくらいになるかはまだわからない。その時の戦況による。今はみっちり訓練して、その時を待つことになる。

 

「運が良かったのかな。訓練の方が大変って思ったっぽい」

「まぁ死なないようにするためだし、仕方ないと思う」

「ぽい」

 

 訓練は戦場で死なないようにするためのもの。戦場よりも激しい訓練に耐えられるようで無ければ、戦場で命を落とす可能性は上がってしまう。

 

「じゃあ次はその訓練場っぽい。ルート的にそれが近いっぽいからね」

 

 今度はその足で訓練場へ。鎮守府の近くの海を訓練の場として扱い、実戦訓練やらで己を鍛える場だ。今の時間は訓練している艦娘の姿も見える。激しい音と動きの中、実戦訓練のように2人の艦娘が戦っていた。

 

「おぉー、ちょうど訓練してる人いるっぽい。戦艦の人2人がガチタイマンでぽいぽいぽーい!」

「うわ……すごくハード」

 

 鎮守府の中でも最も攻撃力が高い戦艦の人達が、持てる力を全て使っての演習中。訓練といえども手を抜くことはせず、本気で相手を沈めるつもりで戦っている。流石に撃っている弾は殺傷能力が無いペイント弾のようだが、音からしてあれが直撃したら普通に痛そう。

 

「あれ……怪我しないの?」

「する時はあるけど、普通はしないっぽい。あ、もしかして陽炎知らない? 艤装つけてると身体が頑丈になるんだよ」

 

 生身の方も普通の人間とは比べ物にならないくらい頑丈になるらしい。例えば、ナイフのような刃物が通らなくなったり、激しい動きをしても骨が折れなくなったり。さらには今着ている制服がそれをより強化してくれる。

 だからといって無茶は禁物。敵の攻撃が直撃したら、勿論死んでしまう可能性は普通にある。頑丈を上から乗り越えて、それこそ本来の人間の如く容易く吹き飛ばされることだってあり得る。当たり前だが、やっていることは命のやり取りなのだ。

 

「あの眼鏡の人が霧島さん、相手してる角の人が陸奥さん。うちの鎮守府でも屈指のすごい(ヤバイ)人っぽい」

 

 どういう意味ですごいのかはあの訓練を見ていればわかる。ここから表情を確認することは出来ないが、命のやり取りを意識して真剣に取り組んでいると実感し、少しだけ緊張した。

 あの2人の訓練は若干楽しそうにやっているように見えてしまったが、死ぬことは無いものの痛い目を見るのは当たり前。そしてそれを実践に移したとき、命の危機すらも付き纏うわけだ。

 

 私は明日以降あの場に立つ。最初はあそこまでやらないかもしれないけど、それでもそのうち同じことをやることになる。それを想像したら、ほんの少しだけ手が震えた。

 

「陽炎、怖いっぽい?」

 

 そんな私を見て、夕立が尋ねてくる。食堂では年相応というか、何処か抜けてる感じだったのに、戦闘が関わると途端にその雰囲気が消える。私の感情が見透かされているような感覚。

 仇討ちを目的に艦娘になることを承諾し、実際になれるとわかったときにも念願叶ったと喜んだというのに、いざ目の当たりにしたら尻込みしてしまうなんて情けない。

 

「あー、うん。ミスったら死ぬんでしょ」

「そりゃ、殺し合いだもん。こっちが殺すんだから、あっちに殺されることもあるっぽい。うちの鎮守府はまだお葬式したことは無いっぽいけど」

 

 空城司令の立案する作戦が的確であり、ガンガン行こうぜより命大事にを優先しているおかげで、怪我はするものの死者はまだ出ていないらしい。それでも敗北していないのだから、空城司令の大将という階級も理解出来る。

 鎮守府の中で私が来るまでは一番の新人であったという夕立は、つい最近訓練期間を終えたばかりであり、実戦経験も数回しか無いらしい。それでも、戦場で味わう命のやり取りという恐怖は知っているはずだ。それでこれが言えるのだから、相当肝が据わっている。

 

「死ぬのは怖いよ」

「夕立も死ぬのは嫌だよ。でも、怖くは無いっぽい。だって、戦うために艦娘になること選んだんだからね」

 

 フンスフンスと鼻息を荒くして熱弁。夕立の言いたいことは理解出来る。死ぬリスクを背負ってでも艦娘になる道を選んだのだ。怖いのなら最初からこの道を選ばなければいい。リスク回避は生きていく上で最善手。

 だが、それでも私は艦娘という道を選んだのだ。なりたいと最初から思って。念願の道を選んだのだから、怖がるのは違うのでは無いか。

 

「怖がるのは間違っちゃいないぞ。むしろそれが普通の反応だ」

 

 演習を眺めながら夕立と話していると、突然第三者の声。声のする方を振り向くと、そこには私達よりも歳上であろう艦娘が笑みを浮かべて立っていた。その姿を見て夕立がビクンと震えるのがわかった。

 

「キャプテン!」

「その呼び方するのお前だけだぞ。言いたいことはわかるけどな」

 

 夕立がキャプテンと呼ぶその人は、どう見ても海賊のそれだった。眼帯と黒マントに剣みたいなものまで腰に携えたイケメン。何処か厨二病が入ってるように見えなくも無い。

 

「お前が今日入ったっていう新人か。提督に聞いたぜ」

「陽炎よ。よろしくね」

「おう。俺は木曾だ。先に言っておくが、俺は異端児じゃないからな」

 

 さっき沖波の口から聞いた名前だ。確かハードな訓練をする人。雷撃というのが何かわからないが、人に教えられるほどここでは高い位置にいるのだろう。私が異端児であることは既に空城司令から聞いていたようだ。

 

「さっきの話だけどな、怖がるのは間違っちゃいないからな。だから生き残りたいって思えるんだからな。怖くなくなったら、無謀に突っ込みかねない」

「夕立は突っ込まないっぽい! 死ぬの嫌だもん!」

「それでも十分だ。死ななきゃ次があるもんな」

 

 夕立の頭をポンポンと叩くように撫でてニヤリと笑う。夕立は少し心地良さそうに目を細めた。撫でられて喜ぶ感じが小動物なのだが、戦いに恐怖を感じていない辺りにどちらかといえば狂犬なイメージがついてしまう。

 死にたくないというのも、()()()()()()()()()()()とかそういうことを考えているのではなかろうか。

 

「でもまぁ、戦場で足が震えて動けないなんて言われるのは困るけどな。怖いなら怖いなりに動けるようになっとけ。夕立ほど開き直る必要は無い」

「こればっかりは実際の戦場に立ってみないとダメかも」

「そりゃそうだ。その前にお前は訓練をしっかりやっておかないとな」

 

 夕立に続いて私も撫でられた。夕立では無いが確かに心地いい。子供の頃に先生に撫でられた時のことを思い出した。なかなかこういうことをされたことがないので、私の中では新鮮なのかもしれない。

 

「その訓練だが、明日は俺が見ることになった」

「え゛」

「なんつー声出してんだお前」

 

 木曾さんのことは沖波から聞いていたということと、その沖波が疲れ果てた顔をして食堂に来たことを話すと、なるほどと苦笑していた。

 

「心配すんな。昨日の今日艦娘になったばかりの奴にあそこまでの訓練はしない。まずは艦娘がどういう身体なのかちゃんと知るところからだろ」

「まぁ確かに」

「まともに海の上で動けるようになってから武器だ。うちの提督はそういうところは慎重だからな」

 

 沖波の場合は大分慣れている駆逐艦だからこそ、次の段階に行くためにハードな訓練を施していたが、そもそも艦娘がなんたるかを知らないくらい初心者も初心者の私にそんなことをされても、あっという間に潰れるのがオチ。

 ゆっくりとやっていくとは言わないが、堅実に確実に進めるという方針。それを決めているのは外でも無い空城司令である。私のデータから木曾さんに任せる方向で決定したようなので、これが最高最善なのだろう。

 

「あ、じゃあ、明日はよろしくお願いします」

「ああ、即戦力にしてやるよ」

「キャプテン普通にスパルタっぽい。夕立も初心者の時にキャプテンに特訓されたけど、結構容赦無かったっぽいよ」

 

 夕立の言葉に一気に不安になる。即戦力になるということは、当然それだけの経験を積まさせられるということ。短時間でそうなるためには、スパルタ訓練以外に手段は無いと思う。

 木曾さんは夕立に、余計なことを言うんじゃないと頭をスパーンと叩いていた。

 

「スパルタじゃない。お前が勝手にバランス崩しまくっただけだろ」

「何度も水没させられたっぽい! おかげで服いっつもビショビショだったし!」

「それはお前、一番最初が下手くそだったからだろうが。沖波は最初は早かったもんだぞ。2日で乗りこなしたからな」

 

 なんか言い合いになり始めたが、多分これ本気で喧嘩しているわけじゃ無いのだろう。夕立はぷんすかしているが怒っている顔には見えないし、木曾さんは尚更。これも()()()()の一種。

 なら不安に思うことは無いだろう。難しいことをやらなくてはいけないかもしれないが、みんな通ってきた道なら大丈夫。努力でどうにかなることはちゃんとどうにかしよう。

 

「陽炎、最初の訓練は水着着て行った方がいいっぽい。夕立それで散々な目に遭ったっぽい。ビショビショスケスケっぽーい」

「まぁ念のために着てくるのは普通にアリだな。戦場で水浸しになることは気にしてられないが、訓練中くらいは中に仕込んでおくのも悪くない」

 

 何でも、用意してもらっている私室には、制服を使いたくないときの運動着や水着、さらには寝間着まで最初から用意されているらしい。艤装のチェックの時に着替えさせられたが、それと全く同じ制服も何着か用意されているそうだ。

 その全ての衣服は、制服と同じように妖精さん仕立ての特殊なものらしいので、訓練に使っても安心。簡単には破れないし、破れたところで替えが利く。至れり尽くせりすぎるので、オススメされたのならそうしておこう。

 

「おっと、勝手に引き止めて悪かったな。夕立、鎮守府の案内は終わったのか?」

「大体終わったと思うっぽい。食堂行って、お風呂(大浴場)行って、図書館(資料室)行って、戦いに関係あるところ一通り回って今ここっぽい」

「ならそろそろ終わりだな」

 

 案内任務もおしまい。鎮守府の在り方は大体わかったと思う。

 戦いに挑むため、念入りに準備をする場所。でも殺伐としているわけではなく、殆ど女ばかりであるこの環境で明るく過ごせるように甘味処も作られ、戦いのないときは和気藹々としているのがここだ。

 それも空城司令がそのようにこの鎮守府を作り上げているからこうなっている。戦いも気持ちの問題。内面を最善に保つことが戦果を最大級に取れる秘訣だと。

 

「なら今はゆっくり休んでおけ。明日からはハードになるだろうからな」

「やっぱりハードなんだ……」

「初めてやることってのは大概ハードなんだよ。今までに使ったことのない筋肉とか使うことになるからな。筋肉痛は覚悟しておけよ」

 

 忠告されることでまた緊張感が戻ってきてしまった。

 

「大丈夫っぽい。みんな通ってきた道っぽい!」

 

 それは慰めの言葉にならないのでは。とはいえ仲間意識は出てくるか。心身共に鍛え上げ、真に鎮守府の一員となるべく頑張らなくては。

 

「夕立、お前もな。お前突っ込み癖があるから、もっと主砲の扱いを良くしろ。俺が見てやるから」

「お手柔らかにお願いするっぽーい」

「よし、スパルタな。甘っちょろいこと言えないくらいにしてやる」

「ぽいー!?」

 

 仲がいいようで何より。鎮守府内の艦娘達はみんなこんな感じらしい。それなら本当に過ごしやすいだろう。

 

 新人として、艦娘としての生き方は明日から正式に始まる。緊張感もあるが、少し楽しみになってきた。筋肉痛は怖いが。

 




鎮守府の面子が少しずつ見えてきました。主力戦艦は霧島と陸奥。木曾は既に改二の状態です。


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初めの一歩

 その日の夜、何処か懐かしい()()を見た。

 

 5歳の私が、両親と共に幸せに過ごしている夢。浜辺を散歩している時の夢だった。右には父さん、左には母さんがいて、私は2人と手を繋いで笑いながら歩いていた。

 浜辺を散歩するのは、小さい頃の私の楽しみでもあった。波打ち際で海を感じたり、砂浜に落ちている貝殻を拾ったり。暑い時には泳いだりもした。それを両親とするというのが特に楽しかった。だから私は海が好きだった。

 

 だが、それをぶち壊されたのだ。あの侵略者達に。

 

 その日もいつものように両親と共に浜辺を歩いていると、水平線の向こう側に見たこともない()()()()がいた。人のような形もあれば、化け物のような形もあった。とにかくそれは、陸地に向かってきていることがわかった。

 あれは何と指差しながら、私は父さんに問う。それを見た父さんは嫌な予感がすると私を担ぎ上げ、すぐにそこから退避した。父さんがそんなことをし出したから、慌てながらも母さんもそれに追従する。私は訳もわからず、楽しみの時間が突然失われたことに泣き出した。

 

 そのすぐ後だった。私達がいた浜辺が爆発したのは。私の住む街が侵略を受けたのは。

 

 夢はここで途切れる。これが私の、1つの終わりの日。幸せだった家族との生活は破壊された日の記憶。

 

 

 

 目を開くと慣れない天井。昨日までは孤児院の自分の部屋だったが、今日からは鎮守府に与えられた自分の部屋。

 

「……あの時の夢だ……」

 

 私の頭からすっぽり抜けていた、10年前のあの出来事。侵略者により両親の命を奪われ、私自身も大怪我を負った時の記憶だ。ずっと忘れ続けていたのに、今になって何故突然思い出したのだろう。ここに来たからだろうか、それとも艦娘として戦えるようになったからだろうか。

 そうだとしても、私がずっと忘れていたことの断片を思い出したのは紛れもない事実だ。両親を殺された時の始まりを思い出したことで、深海棲艦への復讐心が刺激されたかのように思えた。仇討ちをしなくてはと、変に力が入った。

 

「父さん……母さん……ううん、クヨクヨしてらんないよね」

 

 酷い夢を見たため、涙目になっていたようだ。寝間着の袖でぐしぐしと目元を拭き、顔をパンと叩く。今日から訓練が始まるのに、いきなりこんなでどうする。

 昨日の夜は歓迎会まで開いてくれた。同期値マイナスの件で誰もが驚いたのは言うまでもないが、その時に鎮守府の全員が私を即座に受け入れてくれたのだから、悪夢如きで潰れるわけにはいかない。

 

「よし、やるぞー!」

 

 気を取り直してベッドから飛び起き、すぐに着替える。いつもと違うクローゼットの中には、昨日のうちに聞いていたいろいろな服が所狭しとかけられていた。昨日着ていたものと全く同じ制服を取り出しつつ、同じところにかけられた水着に目が行く。

 

「念のため着た方がいいって言ってたよね」

 

 今日の訓練は、艦娘としての第一歩、海の上での移動。人間には絶対に出来ない()()()()()()という特殊な行動を出来るようにする。失敗したら当然水没。夕立が言っていたように、ビショビショになることが確定。

 そこは夕立の忠告を守り、用意されていた水着を着ることにした。さすが鎮守府の用意してくれたもの、飾りっ気の一切ない実用性一辺倒の競泳水着。しかもサイズは完璧。検査の時にスリーサイズまできっちり測るだけのことはある。

 

「こういうのは着るのも初めてだなぁ。初めて尽くしだ」

 

 その水着の上に制服を着ていく。胸元のリボンも昨日夕張さんに教えてもらったからバッチリ。下着ではなく水着を着ていること以外は昨日と同じに出来た。

 ちょっとした身体への締め付けも、気を引き締める要因となり得た。気合が入るというものだ。これなら今日からの訓練にも全力で取り組める。

 

 

 

 朝食後に執務室へ呼び出される。今日からの訓練のことを話されるのだろう。

 中に入ると、案の定木曾さんも待ち構えていた。昨日のうちに聞いていたので、これからの訓練を見てくれるというのは知っている。

 執務室に入るのは当然初めてなのだが、中は別段何もないというか、結構雰囲気ある机と周辺の海の地図に大きなソファがあるくらい。多分よくある執務室。あとはしーちゃんが書類の中に紛れ込んでいる感じがしてちょっと面白かった。

 

「言っていた通り、今日から艦娘としての訓練を始めてもらうよ」

「はーい。よろしくお願いしまーす」

 

 新しいことをするというのは楽しいものだ。それで痛い目を見るかもしれないが、私にはこれが念願だった。

 

「昨日聞いていたろうが、訓練は木曾に見てもらうよ。何をするかも聞いているね」

「まずは海の上に立つこと!」

「そうだ。それが出来なきゃ艦娘じゃないからね」

 

 艤装を装備したら何でも出来るというわけではないことは理解している。霧島さんと陸奥さんの激しい訓練を目の当たりにしているし。強くなるために訓練はするし、強くなったって訓練は続ける。そうしなければ艦娘としての自分が維持出来ないのだと思う。

 

「まぁ最速でも今日中ってとこだろ。誰が一番早かったっけか」

「アタシが記憶している限りでは霧島の初日だね。何回か水没はしてたが、あの子は意地だけでどうにかしちまった」

「単純にすげぇよ霧島さんは」

 

 霧島さんとも歓迎会の時に話をさせてもらった。訓練の時のような苛烈さは何処へやら、とても話しやすい礼節を重んじる人で安心したのを覚えている。いつかあの人の下で働くこともあるだろう。あれなら従いやすい。

 

「一応中に水着着ておいたよ。夕立がビショビショスケスケになるって言ってたから」

「賢明だね。制服を着てきているのも間違っちゃいない。実際に戦場に立つ姿で訓練するべきだ」

 

 今回の選択は間違っていないようだ。事前に警告してくれた夕立にも感謝。

 

「ちなみに聞いておきたいんだが、陽炎、アンタは泳げるかい」

「うん、元々海の近くの街に住んでたからね。その時から泳げるよ。ここ最近は海に出れてないけど、大丈夫だと思う」

「なら万が一のことが起きてもいいね。稀にいるんだ。カナヅチの子が」

 

 この訓練で水没した時に泳げなかったら大変なことになる。私は大丈夫だが、訓練中に艦娘が溺死なんて目も当てられない。

 

「じゃあ、行ってきな。工廠のジジイと夕張が、アンタの艤装をきっちり整備してくれているからね」

「はーい」

 

 これより艦娘としての活動が始まるのだ。ワクワクしながら、私は訓練に向かった。

 

 

 

 最初の訓練の場所は工廠。いきなり海に出ることなんてするわけがないとは思っていたが、まさか工廠でそのまま始めるとは思わなかった。工廠は海と繋がっているため、ここでも訓練場と同じことは出来る。

 というのも、万が一艤装側の問題で海の上に立てないということが無いように、木曾さん以外にも夕張さんが訓練を見ることになっているからだ。緊急時に即整備してもらえるのというのは、なかなかの安心感である。

 

「はい、陽炎の艤装。初リンクの時のデータ使って、さらに馴染むように調整しておいたからね」

 

 今回は整備長はおらず、夕張さんだけが対応。昨日と同じように専用の車で持ってきてくれた。

 整備長は別件で他の艤装の整備をしているとのこと。他の整備員の人達や妖精さんも、せかせかと働いているため、工廠はいつも忙しいように見えた。

 

「じゃあ、前と同じようにリンクしてね。一度やってるから、イメージも簡単よ。使いたいと思えばすぐに使えると思うから」

「はーい」

 

 今回は台座に置かれることもなく、ちょうど腰の部分に接続出来る高さに持ち上げてくれているため、そこに背中を合わせるようにしてすぐにリンク。確かにあの時とは違って、これは自分の身体だとか思い込まなくても、自在にコントロール出来そうだ。

 艤装に取り付けられたマジックアームを動かして装備出来たことを確認し、艦娘としての私が出来上がる。だが、海の上に立たなければ艦娘とは言えない。

 

「バリ、俺の分も頼む」

「ちゃんと用意してあるよ。ちょっと待ってて」

 

 木曾さんも私の横に立つために艤装を装備してくれる。まるで自転車や水泳の練習のように、手を繋ぎながらの訓練になるらしい。

 やることはローラースケートやアイススケートと同じだ。脚だけでバランスをとって直立。そこからは滑るように移動するそうなのだが、スケートとは当然違う。

 

「よし、じゃあ俺が先に降りる。手、貸せ」

「う、うん、ちょっと緊張しちゃうなぁ」

 

 艤装を装備した木曾さんが先に海に入り、こちらに手を伸ばしてきた。それを握らせてもらって、私も慎重に1歩踏み出す。

 本来なら足は沈んでいくのが当たり前だ。人間が海の上に立てるわけがない。それを実現するのが、今私の背中にある艤装だ。足の裏が海面についた瞬間、()()()()()()。まるで地面に足をつけているかのような感覚。言ってしまえば、波打つ地面。

 

「うわ、うわっ、なんで!?」

「なんでと言われてもな、それが艦娘ってもんだ」

 

 もう片方の足も海に下ろして、両足で海を踏み締める。木曾さんの支えがあるにしても、本当に海の上に立っている。

 とはいえ、支えてもらいながら立つだけなら誰でも出来ると言われる。大苦戦して酷い目に遭ったという夕立も、ここまではすぐに出来たそうだ。そこから調子に乗ったことで水没したらしいが。

 

「移動もイメージだ。自分が海の上を滑走しているイメージをすることで、艤装が汲み取ってくれる。そのアームを動かすみたいにな」

 

 どういうシステムかは知らないが、装備している者の考えを読み取って、それを実現するのが艤装なのだそうだ。だから、動けと思えばそのように動く。アームもそうだし、移動もそう。

 動けと思えば動くわけだが、そのスピード調節が難しいということなのだろう。いきなり最高速が出てしまって身体が置いていかれるとか、水没を怖がってゆっくりしか動けないとか。そもそもバランスを取るのはイメージでどうにかなることではない。

 

「まずは手を離す。支え無しで立てるかどうかだ。ダメなやつはここでまずこける」

「ちょ、ちょっと怖いね。でも頑張る」

「なら俺からアドバイスをやろう」

 

 手を離す前に、木曾さんからのアドバイス。

 

「いいか、イメージしろ。艦娘ってのは艦船、つまり船だ。船は海に浮かんでいるものだろう。今のお前はそれなんだ」

 

 私は船である。船とは海に沈まず浮かぶもの。形は違えど性質は同じ。なら沈む道理は無い。何もしなければその場で浮かび続けることが出来る。錨が無ければ流されるかもしれないが、少なくとも沈むことは無い。

 

「そしてお前は人間だ。地に足付けて生きる人間だ。人間はただ立っているだけでは倒れないだろう」

 

 私は人間である。人間とは地に足付けて立つもの。まさにそれなのだから倒れる道理は無い。何もしなければその場で立ち続けることが出来る。風があれば押されるかもしれないが、少なくとも倒れることは無い。

 

「人間であり船である。それが艦娘だ。()()()()()()()()

 

 すっと、木曾さんが私から手を離す。支えの一切無い状態にされた。

 私は船だ。海に浮かぶことが出来る。私は人間だ。その場に立ち続けることが出来る。それこそ、()()()()()()こなせるのがそれだ。

 

「ほらな」

 

 気付けばしっかりとそこに立つことが出来ていた。バランスを頑張って取っているわけでもなく、さも当然のように。これが艦娘。人間と船をどちらも成立させるもの。驚きよりも先に納得が来た。

 

「いや、これすごく早いよ。初っ端から普通に立てたのって誰がいたっけ」

「少なくとも俺は無理だったな。バリもだったか」

「うん。どうしても自分は人間だーってのが強くなるから、どうしても最初は沈んじゃうのよね。もしくはバランス崩して倒れるか」

 

 夕張さんも少し驚いていた。訓練初日、しかも1発目に即座に直立出来たのはなかなかいないらしい。

 

「私、筋があるのかな、かな?」

「調子に乗るとこけるぞ」

「気を付けまーす」

 

 波打つ地面に足を付けて立つだけ。そんなに難しくは思えなかった。何というか、全てが綺麗に()()()()()ような感覚だ。今の行為がさも当然であると思えるほどに。

 

「じゃあ次は移動だ。さっきと同じだが、俺は意識を船側に寄せる。船はそのままの姿勢で前に進むだろう。お前もそれだ」

「ここで人間と明らかに変わるから、苦戦する子が多いのよね。夕立もここからが長かったの覚えてる」

 

 移動は船寄り。そのままの姿勢で動く。まずはゆっくりと、そして少しずつ速度を上げる。船とはそういうもののはずだ。遠目に見たことがあるだけだが、そのように動いていればいい。

 そういうイメージをした瞬間、私の足下は地面を滑るように動き出す。まるで足の下にローラーでも出来たかのようにスムーズに。しかし、足だけが先行してしまう。つまり、思い切り転ぶことになった。

 

「あっ、そういうことね!?」

 

 足は意識せずに海から離れ、体勢が嫌でも崩れ、背中から着水。艤装は完全防水のため、こんなことになっても故障なんてしないが、私はずぶ濡れになってしまう。夕立の言っていたことを実感した。

 下に水着を着てきて本当に良かった。私のカッターシャツは白なので、少し濡れただけで肌に貼りつき、下が透けてしまう。

 

「理解出来たようで何よりだ。誰でも1回は濡れるもんだからな」

「洗礼を受けた気分……」

「そいつはいい。身体で覚えてる感じがして身につくだろ」

 

 ケラケラ笑う木曾さん。夕張さんもわかるわかると頷いている。これが艦娘みんなが通ってきた道だというのなら、逆にやる気が出るものだ。

 

 艦娘としての生活は、いい一歩目になったのでは無いだろうか。経験出来ることは全て経験していかなくては。

 




陽炎はその場でサマーソルトキックした感じになりました。足下だけ急激に動いて、背中から落ちるように回転したので。


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先達の敷いた道

 午前中は海の上での移動を訓練し続けた。足だけが先に行ってしまって引っくり返ったり、警戒しすぎて生まれたての子鹿のように震えたりと、割と散々な目に遭っている。とはいえ、最初はみんなこうだったと木曾さんに慰めの言葉を貰っているため、落ち込んではいられない。焦りも禁物だ。

 一度失敗するごとに、いろいろとイメージを変えながらやっているものの、まだまだそれが足りない気がする。自分がうまく移動出来ているイメージはあるものの、それに身体が追い付いていないというか。そもそも人間が出来ないことをやろうとしているのだから、上手くいかないのは当たり前といえば当たり前である。

 

「そろそろ昼飯時だな。一回休憩するぞ」

「はーい。なかなか上手くいかないなぁ」

「そんなもんだっての。焦るなよ」

 

 木曾さんに支えてもらいながら、無事陸に生還。何度も何度も水没したため、濡れていないところなど無いというくらいに濡れている。制服が貼り付いて気持ち悪いし、重くて動きづらい。

 

「風呂に入ってこい。そのままだと風邪引くからな」

「そうさせてもらうね。夕張さーん、艤装戻すー」

「はーい、すぐ行くからね」

 

 夕張さんにお願いして艤装を外した途端、濡れ鼠だからか一気に寒気が来た。思わず身体が震える。

 

「艤装の排熱のおかげで寒くなかったんだろう。そういう意味でも、海から戻ったらすぐに風呂に入るようにな」

「わっかりましたー。これは確かに風邪引く」

「身体は頑丈になっても、中身は変わらない。そういうところはしっかり人間だ。体調管理はちゃんとしておかないと痛い目見るぞ」

 

 排熱で寒さを紛らわせることが出来たということは、夏になったら地獄なのでは。ただでさえ金属の塊を背負っているのだから、嫌というほど熱くなりそう。

 あとは日焼けが心配。まだ両親と暮らしていたとき、身体が真っ黒になるまで日焼けした覚えがある。夢のおかげでその辺りも思い出した。

 

「着替え取ってこないと。うえ、靴の中にも水入ってる」

「替えの服は妖精さんに頼んでおいてやるから、さっさと行け」

 

 妖精さんはそんなことまでしてくれるのか。鎮守府の万能事務要員なだけある。後から御礼を言っておいた方が良さそうだ。通じるかはわからないが。

 

 

 

 木曾さんに言われた通り、大浴場へ。ビショビショになった服を籠に入れると、すぐに数人の妖精さんがそれを運んでいってくれた。

 

「妖精さん、ありがと」

 

 御礼を言うと、軽く振り返って親指を立てた。まるで『これが自分達の仕事ですから!』と言わんばかりにいい笑顔で。鎮守府の陰の主役と言っても過言ではない。お風呂から上がったら同じ場所にバスタオルと一緒に替えの服が置かれているようなので至れり尽くせりである。

 

「わ、貸切状態だ」

 

 中には誰もおらず、湯船に私1人という状態。本来何人もが同時に入ることが想定された銭湯のような場所だ。1人だと持て余す程に広い。

 

「はぁー……どうしたもんかなぁ……」

 

 湯船に浸かって考えるのはさっきのこと。午前中いっぱいを使っても、コツすら掴めなかった海上移動。立つことは出来てもそこから動くことが出来なければ意味がない。ただの的にされるだけだし、そもそも戦いの場に向かうことすら出来ない。

 艦娘になれたというのに、艦娘としての活動が出来ないのは悔しい。焦っちゃいけないのはわかっている。みんな通ってきた道だ。ここに来て初めの一歩はいきなり苦戦の連続だったわけだ。

 

「みんな通ってきた道だもんね。頑張らなくっちゃ。でもなぁ……他の人にも教えを請うかなぁ」

 

 自分は船なのだとイメージして、海面を滑るように進むという木曾さんの説明も間違っちゃいないはずだ。だが、それ以上に私は人間の形をしているわけで、バランスがうまく取れない。

 

「あら、マイナスちゃんだわ」

 

 などと考えていると、私を見た誰かの声。私のことをそんな風に呼ぶ人間なんてそうそういない。昨日の歓迎会の時にただ1人からその呼び方をされた。

 

「陸奥さん、その呼び方はちょっと」

「ゲロちゃんとどっちがいい?」

「どっちも勘弁。特にゲロちゃんの方は磯波の腹筋が今度こそ壊れちゃうからもっとやめて」

 

 それはこの鎮守府の最高戦力の1人、戦艦の陸奥さん。鎮守府屈指の力を持つその人は、掴み所のないお姉さん。なんというか、同性の私から見ても艶っぽいというか、とても蠱惑的な雰囲気の人。

 

 そしてその後ろからもう1人。

 

「陸奥、あまりそういう渾名は良くないわ」

「霧ちゃんはお堅いわねぇ。そんなんじゃハゲるわよ」

「相手の嫌がってることはするなって言ってるの」

 

 最高戦力のもう片方、霧島さん。お風呂なので眼鏡をかけていないからか、少しどころか大分睨み付けるようになってしまっているが、本来はこんなに人相の悪い人ではなく、真面目なお姉さん。

 陸奥さんと霧島さんはおおよそ同年代だろうが、性格が正反対に見えた。だからだろうか、戦艦同士の演習を繰り返すくらいのライバル関係であり、言い合いはするもののお互いに良き理解者というイメージが強い。こういうのを()()と呼ぶのだろうか。

 

 軽く身体を流した後、2人が私の真横に腰掛けた。美女2人に挟まれる形になり、少しドキドキする。2人ともスタイルいいし。

 

「調子はどう? 今日から訓練を始めたんでしょう」

「順調とは言えないかなぁ。海の上に立つのはすぐ出来たんだけど、進むことが難しくて」

「あらあら。なんだか懐かしいわね」

 

 2人はこの鎮守府の中では古参の方らしい。私が今通っている道は、2人に取ってはもう何年も前に通った道なのだと思う。

 

「霧ちゃん、最速記録持ってたわよね。何かアドバイス無いの?」

「アドバイス……感覚的なものだから教えにくいというのはあるのよね」

 

 艤装を動かすのはイメージの力。自分なりのやり方みたいなのもあるのだと思う。霧島さんには霧島さんのやりやすい方法というのがあって、それが綺麗に噛み合った結果が、この鎮守府の最速記録に繋がっているのだろう。

 説明しづらいというのもあると思うが、そもそも教わった方法が私と噛み合うかもわからない。自分なりの方法を編み出すのがこの訓練の一番の攻略法なわけだ。

 

「私の場合は、出来る出来ると思い込んでクリアしたから、参考にならないと思うわ」

「うわ、本当に参考にならないわね」

「貴女ね、聞いておいてそれは無いんじゃないの」

 

 霧島さんについては空城司令も意地でどうにかしてしまったと言っていたくらいなのだから、ものすごく独特な方法なのだろうとは思っていた。イメージの力が反映するのなら、思い込みだって何かしらの影響があるのだろう。霧島さんはそちら方面が強いのかも。

 

「そういう貴女はどうなのよ。結構長々とやってたらしいけど」

「長々と言っても3日くらいかしらね。初日は立つだけで精一杯、2日目で濡れることが無くなって、3日目に乗りこなしたわ。その時の私は正直見せられたものじゃないけど」

 

 理想的な流れだと思う。見せられないくらいの姿になるのも仕方ないこと。確かに立ち上がってはズッコケというのは、今の陸奥さんからは想像が出来ない。

 私の場合は幸いなことに立つことはあっさり終わったが、その次の段階で行き詰まっている。日程的には前倒しにしているようなものなのだが、コツが掴める見通しが立たないために少しだけ不安になっている。

 

「陸奥さんはどういうイメージを?」

「私? 私は結構堅実よ。自分を客観的に見て、こうやって駆け抜けたらバランスがいいんだろうなーなんて思いながら艤装とリンクしたの」

 

 船寄りではなく、あくまで人間として自分を考えてイメージしたと。それはそれで確かに良さそうだ。

 あの時は木曾さんが船側に寄せると話していたし、私も納得していたから、そのイメージでずっとやっていた。だが、陸奥さんはあえて真逆にイメージしていたようだ。午後は試しにそれもやってみよう。やれることは全部やるべき。

 

「姿勢制御とかはきちんと考えた方がいいわ。陸奥の言う客観的なイメージ、俯瞰で見ることは大事なこと。わかりづらかったら、人がやってるところを見るのがいいかもしれないわ」

「確かに。一度木曾さんに見せてもらうのがいいかもしれない」

「そうね。イメージが作りやすくなると思うわ」

 

 そういえばお手本というのを見せてもらっていなかった。艦娘が海の上で移動しているところというのはテレビで少し見たことがあるくらいで、実際に見たことなんて当然無い。それを実際に見ることが出来れば、よりイメージがしやすいだろう。

 

「ありがとうございます。すごく参考になった。いろいろな手段がわかったから、いろいろ試してみるよ。出来る出来るって思い込むのもね」

「あら、それも採用してもらえるなんて光栄ね」

 

 イメージの力を使うのなら、自信満々に自分なら出来ると思い込んだ方がいいだろう。それだけでも成功率とか変わってくる気がする。

 さすが先達者。私の歩かなくてはいけない道を先に歩いているだけあり、話してもらうこと全てが大体参考になる。

 

「こういうところは異端児がどうとか関係ないものね。努力は女を美しくするの。頑張ってね」

「美しくするかはさておき、私も応援してるわ」

 

 2人の先達者からの応援に、やる気が漲るようだった。これなら今日中のクリアも目指せそうだ。霧島さんでは無いが、自信を持って挑むことで成功率が上がる気がする。

 

「それじゃあ今からは裸の付き合いね。歓迎会では聞けなかった貴女のこと、詳しく聞きたいわ」

 

 急に陸奥さんに抱き寄せられる。歓迎会のときならまだしも、今は湯船の中、お互いに全裸。私が持たない豊満な()()が腕に押し当てられた。うわ、柔らかい。肌綺麗。すごい。大人の女を感じる。

 

「陸奥、陽炎が困ってるから、抱くのはやめときなさい」

「スキンシップよスキンシップ。文字通りね」

「司令に叱られた事あるでしょうに。貴女は子供には刺激が強すぎるの」

 

 私は子供ってほど子供では無いのだが、これは刺激が強い。

 孤児院の性質上、陸奥さんのように若々しい大人の女性というのは殆ど会ったことが無いし。先生が私を引き取ってくれたときが陸奥さんくらいだったと思うが、そんな小さい頃に感じた肌の感触なんて覚えていないし。

 

「残念。でも、お話はしましょ。女子会みたいなものよ。お風呂だけど」

「それはまぁ賛成かしらね。仲良くなるためには話し合うのが一番でしょうし」

 

 陸奥さんから引き剥がされ元の位置に戻された。もうちょっとあの感触を愉しみたいと思ってしまった。良くない道に行きそうだったので正気に戻る。

 

 そこからは時間が許す限り話をさせてもらった。あまり浸かっててものぼせるだけなので、ある程度頃合いまで。

 陸奥さんと霧島さんとはこれでとても仲良くなれたと思う。私が戦場に出られるようになったら是非随伴艦として一緒に戦ってほしいとまで言ってもらえた。これはとても嬉しいことだ。

 

 

 

「海上移動訓練、どんな感じ?」

 

 昼食の時に沖波に聞かれる。やはり幼馴染みというだけあって、この鎮守府の中では一番話しやすいのは沖波である。

 

「さすがに初日だから大変だね。立つことは出来たんだけど動けなくてさ」

「あー、わかるわかる。あれだよね、足だけ先行して引っくり返るっていう」

「そうそう。背中から思い切り水没しちゃったよ」

 

 あれは誰でも通る道のようである。沖波も全く同じことをしたらしい。

 

「沖波はどんな感じでクリアした?」

「私? 私は……あれ、自分は船だって思ってゆっくり進むところから始めて、どんどんスピードを上げていった感じかな。木曾さんに教わった方法なんだけど」

 

 沖波も私と同じで最初は木曾さんに教わったようだ。その縁もあってか、沖波の訓練は木曾さんに見てもらうことが多いのかも。木曾さん、人に教えるの楽しそうだったし。

 先達者の言うことだから、おそらくどれも正しい。その人にはその人のやり方があり、それで成功しているのだからそれが正解。そしてその教えが沖波に合っていたと。私には誰の方式が合うのだろうか。

 

「さっきお風呂で陸奥さんと霧島さんにも聞いたんだよね」

「わ、大先輩だ。どうだった?」

「いい話が出来たと思う。逆に人間の形を意識して客観的に見るーなんて言われたよ。一度他の人がやってるところ見ながらイメージをするっていうのも」

「なるほど、人それぞれだよね」

 

 これだけ教えてもらえたのだ。どれかは私に合っているだろう。午後からも同じように訓練するのだし、せめて今日中にコツを掴まなければ。

 

 だが焦りは禁物。堅実に、確実に、一歩一歩踏み出そう。

 




陸奥と霧島、正反対な性格だけど、そのおかげか奇跡的な噛み合い方をしている最高戦力。性格に反して、陸奥は努力を怠らず、霧島は直感で成し遂げてしまうタイプ。


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陽炎の特性

 午後からも海上での移動訓練に勤しむ私、陽炎。午前中は海の上に立つことは出来たものの、そこから動くことは一切出来なかった。だが、昼食前のお風呂で陸奥さんと霧島さんにアドバイスを受けたことで、いろいろな方法を知ることが出来たため、午後からは違う方法を試してみることにする。

 

 早速工廠で艤装を装備した後、木曾さんに1つだけお願いをした。一度イメージをより良いものにしたいということで、木曾さんが海上を滑走しているところを見てみたいと話すと、確かにそれは必要かもしれないと快諾してくれる。

 

「こんなもんでいいか?」

「うん、ありがとう。イメージしやすくなった」

 

 注意深く見ていたが、それだけでもいろいろとわかることがあるものである。

 木曾さんや沖波は自分のことを船だとイメージして移動をしていると聞いたが、実際客観的に見たら人ならではの動きが所々に散りばめられている。姿勢制御と言えばいいか、別に直立のまま進んでいるわけではなく、若干の前傾姿勢。脚を動かさずに走っているというか、テレビで見たスピードスケートの体勢を緩くしたような、そんな感じ。

 

「ちょっと考え方変えてみる。さっき陸奥さんや霧島さんにも話を聞いたんだ」

「へぇ、それはいいかもな。詰まったら違う方法にした方がいい。どういう手段でもいいから、出来ることが最優先だからな」

 

 手段問わず、目的が達成出来れば良し。海上を移動出来なければ艦娘としての活動が出来ないのだから、まずはどうであれこの訓練を終わらせなくてはならない。

 

 というわけで、陸奥さんに聞いた人間寄りのイメージで訓練を再開することにした。私は人間であり、さっきの木曾さんと同じように滑るように海を駆け抜けるイメージ。

 そして、霧島さんからのアドバイス、自信を持って事に当たる。この方法なら出来る。私には出来ると強くイメージして、私は前に進み出す。

 

「おっ、行ける、行ける!」

 

 今までよりは進めてる。まだスピードは出ていないかもしれないが、バランスを崩さずに前へ前へと進んでいる。だが、

 

「あ、これはダメだね」

 

 体勢を前にし過ぎて、今までにない前方への転倒。艤装に押し潰されることはないにしろ、顔面から海面に叩きつけられ午後一発目の水浸しに。

 そうそう上手くいくことは無いか。そんなことで一発で上手くいったら、最速記録がどうという話は出てこない。

 

「痛た……でもコツ掴んできたかも」

「自転車の練習みたいなもんなんだよ。慣れちまえば失敗が無くなる。ただ、そこに辿り着くまでがな」

「うわぁ、すごくわかりやすい。じゃあ補助輪とか無いかな」

「おかしな癖が付くからやめとけ」

 

 無いとは言わない辺り、本当にダメだったら補助輪が出てくるのだろうか。それはそれで見てみたい。

 もう一度やるためにその場で立ち上がり、次のチャレンジへ。ああもう服がグショグショ。どうせ濡れ続けるのだから最終的には気にならなくなるが、一発目はどうしても気持ち悪さを感じる。

 

「とりあえず思い付くことは全部やってみよう」

「ああ、そうしておけ。時間をかければいつかはやれる。ちなみに一番てこずったのは夕立の1週間な」

 

 一番最初が下手というのは本当のようである。それ以外はやたら早かったようだが。

 得手不得手というのはあると思うわけで、夕立はそこが苦手だっただけ。木曾さん曰く、戦闘に関わることは覚えがやたら早いが、ただの移動にはてこずったとのこと。まさに狂犬。

 

「お前はどれくらいかかるかな」

「なるべく早くがいいなぁ。沖波が2日だったっけ。それくらいで行きたい」

「その意気だ。お前には素質があるからな」

 

 何処を見てその言葉が出たのか。訝しげな顔をしたら、木曾さんは私が無自覚であることを察し、見解を話してくれる。

 

「お前、移動出来ない割には、()()()()()()()()()()()()。さも当然のように」

「……そういえば」

 

 まるで意識してなかった。今考えてみれば、午前中からそうだった気がする。沈むたびに自分の足で立ち上がり、また移動しようとして失敗して沈む。

 訓練の間、私はずっと()()()()()()()()()()()普通に立ち上がっていた。木曾さんは私の訓練をただ見ていただけである。

 

「多分だけどな、俺達とお前は逆だ。イメージしないでやった方がいいのかもしれない。無意識で全部出来ちまうパターンかもしれない。意識してやろうとするから出力がおかしくなるんじゃないか?」

「そんなことあるの……?」

「少なくとも俺はそんな奴見たことないな。だが、出来るに越したことは無いだろ」

 

 これも異端児の特性なのかと言いたいところだが、少なくとも夕立と沖波はそんなことは無かったはずだ。木曾さんが言うには私が初めてのパターンなので、参考に出来る前例が無い。

 力んでしまっているのなら上手くいくものも上手くいかない。引っくり返るのもわかる。

 

「意識するなって言われると、余計に意識しちゃうよね」

「まぁそうだな」

「とりあえず、イメージの方向で訓練していくよ。それでも上手くいくかもしれないし」

 

 木曾さんの見解が正しいとは限らない。今は前例があるパターンで訓練を続けていこう。それで出来るようになれるかもしれないし。

 その間に木曾さんが何かいい手段を考えてくれるそうだ。とはいえまだ初日。じっくり腰を据えて挑んでもいい時期である。

 

 

 

 それからしばらくして。何度も何度も引っくり返ったところで木曾さんが一時的に席を外す。何かしら思い付いたのか、別件か。木曾さんが席を外している間は、夕張さんに見てもらっている。

 

「確かに力んでるように見えるね。足に力が入っちゃってる」

「うーん、やっぱり? でもイメージするとこうなっちゃうんだよなぁ」

「船は力まないよ。ちょっと流れに身を任せてみたら?」

 

 力ばかり入れてるからよろしくないと、今度は力を抜く戦法。深呼吸をして目を瞑り、全身から力を抜く。ギリギリ立っているくらいの力加減にして、波に身を任せる。

 工廠内の海面は、そこまで波打ってはいない。それでも少しは流れがある。そこに係留されたボートのようなイメージで。

 

「それだと倒れないんだよねぇ。なのに、移動を意識すると力むと」

「うん。なんでだろう」

「リンクが強すぎて、ちょっとのイメージで出力がおかしくなるのかな。そういうところがマイナス同期値の特殊性なのかも」

 

 あまり意識していなかったが、私特有のマイナス同期値がこんなところで足を引っ張っているのかもと夕張さんは言う。

 私のリンクの後に、私にさらに馴染むようにメンテナンスをしてくれたはずなのだが、整備工としても想定外のことが起きてしまっている可能性が出てきた。前例が無いために対策方法は0からの調査。かなりしんどい。

 

「一回値取ってみた方がいいかもしれないね。なんだかデバッグしてるみたい。ただでさえ最初のリンクの時に……」

 

 夕張さんが何か口走ろうとした時、不意に工廠の入り口に視線が向いた。さっき出ていった木曾さんが戻ってきたのだろうと思って私もそちらを向いたら、そこには木曾さん以外の艦娘もついてきていた。だが、そこから想定外のことが起きる。

 その艦娘、駆逐艦よりも小さい艦種である海防艦の占守(しむしゅ)は鎮守府指定の競泳水着を着ていた。だからだろうか、突如私に向かって猛ダッシュを仕掛けてきたのである。

 

「うおーっ! しむしゅしゅしゅーっ!」

「うえ、ええええっ!?」

 

 そして岸に着いた途端にダイブ。完全にフライングボディプレス方式で私に突撃。上半身に抱き着く形となり、不意打ちだったせいでそのまま押し込まれそうになる。

 これはよろしくない。私は艤装を装備しているが、この子は何も装備していない生身。下手に私が押し潰すような状態になったら、ただでは済まない。最悪な場合、命の危険すらある。

 ならば、倒れるわけにはいかない。この子を受け止めたまま、バランスを崩すことなく衝撃を吸収する。こういうことは孤児院にいた時に子供達にやられたことがあるため、多少なり慣れている。

 

「おっととととと!」

 

 その子を抱きしめたまま、うまいこと移動やらステップやらを繰り返して、何とか崩しかけたバランスを取り戻し、大分不格好にはなったものの倒れずに済んだ。抱き付かれているために思い切りガニ股で姿勢を整えたが、まぁこれは仕方ない。

 

「あっぶないなぁ! 訓練中に飛び付くのは良くないよ!」

「陽炎おねーさんなら支えてくれるって木曾おねーさんが言ってたっす!」

 

 なるほど、木曾さんの差し金。それにしてもこれは危険なのでは無いだろうか。私が上手く受け止められたから良かったものの、出来なかったら大惨事になっていたかもしれないだろうに。

 

「木曾さんちょっと!」

「悪い悪い。とりあえず占守をこっちに寄越してくれ」

 

 ゆっくりと岸まで歩いてきた木曾さんは、ニヤニヤしながら手招きしてきた。ちょっとイラッとしたが、私をしっかりしがみついている占守を岸まで運んだ。

 

「うひひ、ありがとっしゅ!」

「はいはいどういたしまして。で、木曾さん、何か言うことは」

 

 軽く睨み付けるが、木曾さんはニヤニヤをやめない。

 

「ほらな、無意識ならやれるんだよ。もうお前、海上移動出来るだろ」

 

 言われてみれば確かに。今は占守の身を守るために必死になっていたからか、何も考えることなく姿勢制御をしていた。地上で活動しているようでいて、しっかりと艦娘ならではの滑走も出来ていた。

 海上に立ち上がるのと同様、無意識ならば私は出来てしまうらしい。変に力を入れず、考えもせず、咄嗟の行動をしたことによって身体にそれが染み付いた。

 

「これはちょっと意地が悪いんじゃないの?」

「目的のためには手段を選ばないって言ったろ。それに、これは提督の許可も貰ってる。あと、事前に教えてた方が占守が危ない」

「言い返せないなぁくっそー……」

 

 今からやられると言われていたら、しがみつかれた時に体勢を崩して大変なことになっていたかもしれない。咄嗟だったから全て上手く行っている。

 木曾さんはここから離れている間にいろいろと手を回していたわけだ。空城司令に私の現状を話し、今回の案を出し、占守にその件を伝え、今に至ると。占守もよくこれを受け入れたものである。

 

「よし占守、もう一回陽炎に飛び掛かれ」

「らじゃーっす! 陽炎おねーさんにダイブっしゅ!」

「ちょっ!?」

 

 木曾さんの指示に目を輝かせた占守が再び私に飛び付いてきた。今回は事前にわかっていたことなのでしっかりと受け止める。

 無意識のうちに出来るようになった海上移動はしっかりと身につき、占守を抱えながらの移動も難なく出来るようになっていた。艤装を装備しているおかげで、占守の重さは全く気にならない。これならずっと運び続けることが出来るだろう。

 荷物運びの任務というのもあるらしく、そういうときはこんな感じに物を運んだりするだろうし、それをいち早く体験出来たのは良かったかもしれない。そういう任務に私が出るかはわからないが。

 

「占守役に立ったっすか?」

「まぁ、うん、そうだね。すごく驚いたけど、占守のおかげで海上移動をモノに出来たよ。ありがとね」

「うひひ、どういたしましてっしゅ!」

 

 おそらく適性検査の適齢最年少で艦娘になれたのだろう。見た目と同様やたら子供っぽい占守に、どうしても孤児院の弟妹達を重ねてしまう。そのため、あまり強く文句は言えない。全部木曾さんが悪いんだから、占守には何の罪もないし。

 

「そういえば夕張さん、さっき何か言いかけてなかった?」

「ん、何にも無いよ。海上移動出来るようになってよかったね」

 

 何か隠したように思えたが、今は先に進めたことを喜ぶことにしよう。

 本当に危ないことならその場で教えてくれていたはずだ。何も言わないということは、取るに足らないことなのだろう。

 

「なんか今まで教えてもらったこと全部無駄にしちゃった感じで申し訳無いなぁ」

「そんなもんだ。人には人の得手不得手ってものがある。お前の得手は他と全く違ったってことだろ。気にするな」

 

 他と全く違うというのがどうにも気になる。そういうところもマイナス同期値の影響なのだろうか。なんでそんなことになってしまったかはわからないが、私はそういうものなのだと納得するしかないか。

 

「まぁこれでお前は次の段階だ。最速記録だな」

「あ、そっか。霧島さんよりも早いことになるんだ」

「おめでとっしゅ!」

 

 占守にも祝福されて、私は次の段階に行けるようになる。海上移動が出来るようになったのだから、次は戦闘訓練だろう。

 

 一歩一歩艦娘としての道を進むことが出来ている。両親の仇討ちに出られる日は近いかもしれない。

 




前作、前々作とついぞ出すことが無かった海防艦、今回は登場します。まず1人目は占守。


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艦娘の心得

 なんとか海上移動の訓練を終えることが出来た私、陽炎。最後はかなり強硬手段ではあったものの、鎮守府の最速記録になる早さでの攻略だったので、少し気分がいい。

 水浸しであるのでお風呂に行った後、早速訓練が終わったことを空城司令に報告する。木曾さんが事前に進捗と解決方法を伝えていたので、私が直に行ったことで上手く行ったのだと察してくれた。

 

「1日で終わらせられた子はかなり少ないからね。アンタはなかなかに優秀なようじゃないか」

「あはは、なんか他の人達と違う考え方したら上手く行ったんだよね。木曾さんのアドバイスのおかげだよ」

 

 本当にこれ。木曾さんに私は無意識の方がやれるんじゃないかと言われてなければ、今でも力みすぎて水没とかしてそうである。

 とはいえ、占守を突撃させるという割と無茶な手段は焦るのでやめてもらいたい。

 

「なら明日からは戦闘訓練だ。最初は主砲から始めてもらうよ」

 

 海上での移動が出来るようになったため、明日からはついに艦娘としての活動をするための戦闘訓練となるだろう。命のやり取りに関わる一番重要な訓練だ。緊張感は海上移動の訓練など足元にも及ばない。

 

「先に言っておかなくちゃいけないね。陽炎、心して聞くように。これは新人全員に言っていることだ。脅かしてるわけじゃあ無い」

 

 突然真剣な雰囲気。

 

「アンタが明日から持つ物は、()()()()()()だ。それだけは絶対に忘れちゃあいけないよ」

 

 当たり前だが、艦娘が扱うことの出来る主砲は、人間に撃てば簡単に命を奪うことが出来る兵器。使い方を間違えば自分だって命を落としかねない代物だ。軽い気持ちで扱っていいものではない。それこそ、ハサミや包丁と同じ。使い方次第では自分を危険に陥れる。社会的にも。

 

「いいかい、陽炎。アンタ達艦娘ってのはね、侵略者を殺して回るのが仕事なんじゃない。世界を守ることが仕事なんだ。命を奪う存在じゃない。命を守る存在なんだ。これだけは肝に銘じておくように。わかったね?」

「うん、わかった。心に刻む」

 

 明日から私が手にする力は、簡単に立場を引っくり返すことが出来るもの。しっかりと学び、正しい心を持って引き金を引かなければ、それこそ私達の倒すべき侵略者と同じになってしまう。

 空城司令の言う通り、私達艦娘は世界を侵略者から守るのが仕事。そりゃ仇討ちは私の中で優先順位は高い。だが、艦娘として成すべきことをしたら、その目的は達成されるのだ。ならば、正しいことをするのが正解に決まっている。

 

「そうしとくれ。アンタ達が問題を起こすと、アタシにも面倒事が降りかかってくる」

 

 そっちが本音なのでは、と思ったが、これは空城司令なりの冗談なのだろう。

 実際、空城司令が真面目にやってきても、私達が不祥事を起こしたら、責任を取るのは全て空城司令だ。流石に私はそんな()()()()になった覚えはない。定められたルールはちゃんと守る。

 

「海防艦の子供達にもしっかり教育していることだ。あの子達よりも歳が行っているアンタがわからないわけないだろう?」

「勿論。それこそ孤児院で育ってきたんだから、子供達の手本になる大人にならなくちゃ」

「それならいいさね。仇討ちなんていう動機もわからなくはないし、アタシゃそれを否定するつもりは一切無い。それでも()()()()()ってのをいつも念頭に置いてくれればいい」

 

 艦娘の心得、つまり自分は破壊者ではなくて守護者であるというもの。これだけは絶対に忘れるなと、空城司令は言う。

 これは今まで他の艦娘達にも口がすっぱくなるほど言い続けてきたことだそうだ。幸い誰もそれを踏み躙るようなことをしてはいない。これからもそれが続くはず。

 

「じゃあ、今日はしっかりと休んで、明日に備えな」

「わかった。今日は早めに寝るよ」

「艦娘といっても、艤装が無けりゃただの人間だ。疲れないわけじゃあ無い。特にアンタは今日からやり始めた素人だ。筋肉痛は覚悟しておくんだね」

 

 怖いことを言ってくれる。だが、既に若干脚が痛いので、いろいろと覚悟した。普段使わないような筋肉ばかり使っているのだから仕方ないか。

 

 

 

 翌日、案の定全身筋肉痛に苛まれながらの朝。ギシギシと身体が軋む中、艤装を装備するために工廠に集合。

 主砲の訓練なのだから、やることはおそらく的当てか何かだと思う。適当に撃っても意味が無いし、少なくとも止まった状態で的に当てられなければ、戦場で命中させることなんて出来やしない。

 

「身体痛い、全身ギシギシ言ってる」

「でも昨日だけで済んだんですよね……早いです」

 

 その訓練に便乗してくれるのは磯波。同じ異端児ということで、お手本を見せてくれるとのこと。私よりも先に来ていたからか、既に艤装は装備済み。

 1人で訓練している海上移動とは違って、戦闘訓練は基本的に相方を誰か置くことになるそうだ。今日はたまたま磯波だっただけで、明日はまた別の子になるのではとのこと。

 

「磯波さ、私も夕立みたいにタメ口でいいよ。同じ駆逐艦だし、同年くらいでしょ。むしろ私より歳上だったり……」

「あ、わ、私は14歳で……」

「私15歳ね。別に一個下くらいなら気にしないよ。むしろタメ口じゃないと嫌だ」

 

 同年代の仲間に敬語を使われるとか私にはちょっと耐えられない。しかもお互い異端児という共通点まであるのだ。仲間ならもう少し友達感覚で。夕立相手にタメ口なのだから尚更。もっとお互いフランクに。正直もっと馴れ馴れしいくらいでもいいくらいだ。

 

「……ん、わかった。じゃあ……改めてよろしくね?」

「はい、よろしくっ」

 

 これでちゃんとした仲間として見れるようになっただろう。磯波との関係を一歩進めることが出来たのは嬉しい。

 

「ごめ〜ん、待たせちゃったかなぁ」

 

 などと話している間に今回の訓練を見てくれる艦娘が到着。訓練はそれが得意な人に見てもらうというのが定石なので、今回も勿論得意な人。

 軽巡洋艦の阿賀野さん。最新鋭軽巡と名乗りつつも、何というかちゃらんぽらんな雰囲気が漂っているが、私達と同じ異端児の1人。何でもD型の同期値が500ちょっとという値が出たらしい。私の知る異端児の値で考えると少し小さめな値ではあるが、本来想定されている値からは大きく外れているため異端児扱いである。

 

「今日は主砲訓練で〜す。陽炎ちゃんは初めての訓練だから、阿賀野が手取り足取り教えてあげるね〜」

 

 軽い。すごく軽い。今から命を懸けるための武器の扱い方を教えられるというのに、まるで主砲をオモチャか何かと勘違いしているのではないかという軽さ。大丈夫かこの人。

 

「陽炎ちゃん、この人普通に凄い人だから」

「そうなの?」

「ビックリする程()()()人だから」

 

 磯波が言うくらいなのだから、本当に凄い人なのだろう。見た目や態度に惑わされてはいけない。

 

「それじゃあ、定番の的当てをやりま〜す。陽炎ちゃんはまずは当てられるまで撃ってみようね〜」

 

 的は磯波が用意してくれるということで、私はまず阿賀野さんと共に艤装の装備から。今回は夕張さんではなく整備長が準備してくれた。

 整備長が持ってきてくれた艤装は昨日までとは違う。マジックアームの片方には、明らかに弾を撃ち出すもの、主砲が接続されていた。イメージで動かす艤装なのだから、おそらくこの主砲の引き金も私のイメージである。

 

「陽炎ちゃんは、艤装に備え付けの主砲と、手持ちの主砲、2基使うのよね〜。阿賀野の主砲は艤装に備え付けのだから、そっちは教えやすいと思うな〜」

 

 形状や威力は違えど、やることは同じ。備え付けの主砲ならば、その砲門を的に向けて、放つ。ただそれだけ。手持ちの主砲だってそうなる。

 

「こいつが陽炎型の主砲だ。わかってると思うが、取扱注意。お前さんのミスで工廠が吹っ飛ぶ可能性があることを忘れないようにな」

「空城司令にも念を押されたよ。これは命を奪う兵器なんだって」

「わかってりゃいいんだ」

 

 さらに持ってきてくれた手持ちの主砲は両手持ちのもの。ネックストラップが付いているということは、首からぶら下げて持ち運びをするわけだ。

 だがその主砲、整備長の力では持つことが出来ないくらい重いらしい。しっかりと艤装を装備してから持たなくては、私の首が折れる。そういうところからも慎重に取り扱わなければならない。

 

「阿賀野からもアドバイス〜。冗談でも人に向けちゃダメよ。多分これ訓練用のペイント弾が入ってると思うけど、それぶつけられただけで人間だったら大怪我だからね」

「わかった。本当に取扱注意なんだね」

 

 水の衝撃も馬鹿にならない。一度にどれくらいの量が飛んでいくかは知らないが、例えば野球のボールくらいだったとしても、直撃したら骨なんて簡単に砕いてしまう。

 艦娘ならまだ無傷かもしれないが、それは艤装による強化の賜物だ。生身で受けたらひとたまりもない。

 

「阿賀野ちゃんの艤装も用意してるから、ちゃっと装備してくれ」

「は〜い」

 

 私が艤装の感触を確かめている間に、阿賀野さんも艤装を装備。

 他人の艤装というのをマジマジと見ることはあまり無く、昨日の木曾さんのものくらいしかよくわかっていないのだが、阿賀野さんの艤装は結構ゴテゴテしていた。さっき言っていた通り、主砲は全部艤装に備え付けられ、そのトリガーが掴めるように両サイドに伸びている。

 備え付けという意味では私の主砲と同じ感じだが、やはり要所要所違うのはわかる。大きい分、私のものよりも小回りが利きづらいとか、そもそも設置位置が違うとか。

 

「あ、昨日の筋肉痛が無くなった」

「艤装装備中の身体能力強化のおかげだな。治ったわけじゃないから、無茶はしないようにな」

 

 艤装を装備したことで、ギシギシ言っていた私の身体が悲鳴を言わなくなった。無理矢理ブーストされてるように思えて怖いが、艤装装備中はそれだけ私が普通とは違う身体になっているということが理解出来る。

 

「的、用意出来ました」

 

 私達の準備が出来たところで磯波が戻ってくる。遠くの方の海の上にはわかりやすく二重丸な的がプカプカ浮いていた。完全に固定されているわけではないので、初心者の私には最初から難易度が高く感じる。

 だがこれもみんなが通ってきた道。敵には意思があるのだから、的と違って避けるのだ。そもそも避けない的に当てられなかったら、戦場では絶対に当たらない。

 

「よ〜し、それじゃあ行ってみましょ〜」

 

 早速海へ。昨日までは木曾さんに支えてもらいながら陸から離れたが、今日は違う。それこそ本当に無意識に、さも当然のように着水。何というか、それが当たり前だとわかると簡単に出来てしまう。意識しない方がやれるという木曾さんの分析は間違ってなかった。

 

「それじゃ〜、陽炎ちゃんにはまずお手本を見せるね〜」

 

 所定の位置に着くと、早速阿賀野さんの実演。磯波が言うビックリする程()()()人なところを見せてもらいたい。

 

「的に身体の向きを合わせて撃つだけで当たっちゃうからね〜」

 

 遥か彼方にあるように見える的に向かって身体を向けた途端、トリガーを引く。ドンと空気が震えたと思ったら、撃ち出されたピンク色の弾丸が的目掛けて飛んで行ったかと思うと、見事に的のど真ん中に直撃。穴が空くわけでは無いが、それが狙った場所に命中していることは遠目にもわかる。

 阿賀野さんの言った通りだった。身体を向けて撃つだけ。たったそれだけでコレ。

 

「陽炎ちゃん……あんな簡単に出来るの、阿賀野さんだけだから」

「そうなの?」

「威力がある主砲を撃った時、その主砲ってどうなると思う?」

 

 弾を前に放つということは、その衝撃が後ろに行くということ。あれが輪ゴム鉄砲ならまだしも、命を軽く奪うことが出来るほどの威力なのだから、私に掛かる負担だって相当なものになるはずだ。撃った時点で体勢が崩れて、狙いがまともにつけられない。

 それを阿賀野さんは、艤装の性能とかもあるのかもしれないが、それでも撃った反動を全く感じさせなかった。

 

「え、マジで?」

「そういうこと」

 

 飄々と撃つが、そうなるまでにどれだけ努力したのだろうか。それとも真の天才なのだろうか。ともかく、この1回の砲撃だけで阿賀野さんの実力がわかった。

 

「それじゃ、やってみよっか〜。とりあえず手持ちの方が狙いやすいと思うから、そっちを撃ってみようね」

 

 簡単に言ってのける。だが、やらなければ始まらない。

 身体を的に向け、両手持ちの主砲の砲門で狙いを定める。私の目では直線上に並んでいるはずだ。そのまま撃てば当たる。

 

「じゃあ、行きまーす!」

 

 引き金を引いた瞬間、真正面から体当たりを喰らったかのような衝撃を主砲に受け、思わず後ろに傾いてしまった。たったそれだけで照準はブレ、狙っていたはずの的から遥か遠くに弾が落ちる。

 なるほど、これを全くブレ無しで撃っているようなものなのか阿賀野さんは。なるほどなるほど。とんでもないなこの人。

 

「……あ、ああー……なるほど、うん、わかったわかった」

「初めて撃って倒れなかっただけマシよ〜。じゃあ、当たるまでやろっか」

 

 まずはこの衝撃をどうにかしなくちゃいけないだろう。これもまたコツを掴む必要があるようだ。

 ならば無意識でなら普通にやれるかもしれない。無意識に敵を撃つとかどうかと思うが。

 

 砲撃訓練は始まったばかりだ。まだまだ先は長い。

 




阿賀野型の中でも一番それらしくない子が長女ってのもどうかと思うんですが、ここの阿賀野は異端児。さらには普通ではない力の持ち主。


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異端児の会合

 砲撃訓練を開始した私、陽炎なのだが、1発目から上手くいくわけもなく、まずは大きく逸れたところに飛んでいってしまうところから始まった。砲撃した時の衝撃は思っていたよりも強く、その場で体勢を崩さないでいられる阿賀野さんがおかしいということがわかる。

 その後からはずっと1つの的に対して同じように撃つ訓練を続ける。1発撃っては阿賀野さんにいろいろと触られ、姿勢がこうだとか力を入れるところはここだとか教えられた。それでそんな簡単に行けば苦労はしないのだが、案の定すぐにクリアすることは出来ない。

 とにかく主砲の反動がキツい。1発撃つたびに身体を持っていかれるのではないかという衝撃に襲われ、そのせいで砲身がブレブレ。

 

「ちなみに、これの最速記録は?」

「夕立ちゃんが3発目くらいでモノにしちゃったかな〜。あの子、戦闘の申し子みたいな子でしょ〜?」

 

 納得。木曾さんからも聞いていたが、海上移動にてこずっただけで、戦闘行為に関してはやたら早かったのだとか。主砲の扱いもすぐさまモノにしてしまったようである。とはいえ3発目って。

 

「ほら、磯波ちゃんの砲撃も見てみて〜。重心が安定してるでしょ〜?」

 

 必死な私から少し離れたところ。私と同じように磯波も砲撃訓練中。

 磯波は肩がけの主砲を使っているようだが、両手持ちの主砲を使う私と違って、片手持ち。代わりにもう片方の手で主砲を支えて撃っている。私とはシステムが違うが、身体の使い方は似たようなもの。むしろ私の方が安定して然るべき。

 しっかりと身体を的に向け、支えることで砲身のブレも無く、腰を落として構えている。これに関しては客観的に見るのがわかりやすい。撃った瞬間に脚や腰に力が入っているのもわかるし、ブレたとしても誤差範囲内程度。しっかり的に当てている。

 

「ほうほう、腰を落として……しっかりと支えて……」

 

 的に向けて主砲を構え、どっしりと腰を落とし、しっかりと狙いを定めて、撃つ。反動が身体を駆け抜けるが、構え方を変えたおかげか、さっきよりも激しいものでは無かった。無いとは言わないが。

 

「おっ!」

「いい感じよ〜。さっきよりブレなくなったね」

 

 的の端を掠めることに成功。今回の場合は、見たことでしっかり成功のイメージが出来ていた。相変わらず力んでしまっていたかもしれないが、そのおかげで先程よりは照準のブレが小さかった模様。

 これを無意識にやれれば、さらにブレが無くなるのでは無かろうか。いや、砲撃を無意識とか物騒この上ないのだが。

 

「木曾ちゃんから聞いたよ〜。陽炎ちゃんは意識しない方が上手くいくって。でもでも、砲撃は意識しないでやることなんて出来ないよね?」

 

 まさに今考えていたことである。

 

「だから、練習あるのみだよね。阿賀野はここで見ててあげるから、頑張れ頑張れ〜」

 

 突然の放任主義。とはいえ、これは私のこと。砲撃に関しては自転車に乗る練習とは訳が違う。海上移動は日常生活の延長線上と紐付けすることが出来たが、これは絶対にやらない行動だ。

 空城司令から言われたことを思い出す。私が持つものは命を奪う兵器だ。常に緊張感を持ってやらなければ、最悪な事故に繋がりかねないものだ。しっかり使いこなせるようになるまでは実戦になんて出られないだろう。

 

「よーし、目指せ今日中!」

「その意気その意気。それでも大分早い方だからね〜」

 

 イメージが力になるのなら、目標を立てればそこに向かいやすくなるだろう。無茶なゴールを設けているわけでもない。これならやれると思いながらやる。これもまた霧島さんのやり方を模倣している感じになるか。

 手持ちの主砲で命中させられるようになっても、また艤装に備え付けられた主砲もある。その後は移動しながらもあるし、的が移動しながらもある。まだまだ道のりは長いが、一歩ずつ進まなくては。

 

 などと意気込みながらの午前中は、命中までは行かなくても大分いい線までは来た。掠めて掠めてを繰り返し、徐々に主砲の反動に慣れてきたという感じ。最初に比べればブレは随分と小さくなったものである。

 

「いっくら艤装があっても重たくなってきたでしょ。お昼だし休憩しよっか」

「はーい……やっぱりしんどいや。なんか腕痺れてきた気がする」

「最初はそんなものだよ〜」

 

 艤装により強化されている身体でも、ずっと撃っていたためか痺れのようなものを感じる。反動を受け続けたせいだろう。これはもしかして艤装を外した時が怖いのでは。

 一応鎮守府に所属しているもののほぼ全員が通って来た道。移動訓練のときの水没のような洗礼の1つと考えれば、こらもまた艦娘になるための過酷な通過儀礼だと納得出来る。

 

「磯波ちゃ〜ん、訓練一旦おしまいで、お昼だよ〜」

「的はどうしますか」

「午後からもやるからそのままでいいよ。陽炎ちゃんは丸一日砲撃訓練だからね〜」

 

 磯波の方を見ると、的がペイント弾で満遍なく塗り潰され、むしろ空いてる部分が無いというくらいだった。つまり、撃った弾が一切外れずに当たり続けたということ。全弾命中とか、私にはまだまだ先の話か。

 ずっと静かに、冷静に、ひたすらに精度を落とさずに撃ち続けている。異端児だとかそういうの関係無しにすごい集中力。たまに私の砲撃を阿賀野さんと見てくれていたというのに。

 

「すごいね磯波。全部当てたの?」

「う、うん、ここに来て長いから、これは慣れてて」

 

 砲撃に慣れるということは、この鎮守府で大分戦ってきているということなのだと思う。もしかしたら鎮守府の中でも結構な古参なのかも。

 

「陽炎ちゃんは午後からもここで砲撃訓練ね。阿賀野も一緒だから安心してね。磯波ちゃんもだっけ?」

「はい、今日1日は陽炎ちゃんのお付きというか、阿賀野さんと立ち位置的には同じです」

 

 初心者の私についてくれるのだから、その技術を全て盗むくらいで無くては。さっきも言った通り、目指せ今日中のマスター。

 

 

 

 工廠に戻り艤装を外すと、案の定腕がジンジンと痺れていた。手を握ることもままならず、これではご飯を食べるのも四苦八苦しそう。箸を扱うのは難しそうなので、スプーンで食べられるカレー辺りにするのが無難か。

 さらには脚の筋肉痛が舞い戻ってくる。艤装を外してただの人間に戻ったことで、全身が軋むかのようだった。思わず動きが鈍くなる。

 

「あらら、もしかして全身筋肉痛かな?」

「うぎぎ……元々痛かったけど、腕がもっと酷くなった……」

「どうしても力んじゃうからね。初めてなんだし、耐えるしか無いかな〜。でも、全部終わったら湿布くらいは貼ろっか」

 

 そうさせてもらえると助かる。それこそ最低限の体調で訓練しなくては、大変な目に遭う可能性だってある。

 

「温めるといいと聞きますし、今からお風呂に行くことになりますから、そこでしっかりマッサージとストレッチをしたらいいと思います」

「あ、そうだね。じゃあ阿賀野が揉んであげる! 最新鋭軽巡の先輩に任せなさ〜い☆」

 

 最新鋭だの軽巡だのはさておき、先輩に後輩がマッサージされるというのがいいのかどうか。好意には甘えたいところではあるが。

 

 ということで大浴場。昨日のようにずぶ濡れだからという理由ではなく、訓練の後はみんな必ずお風呂で身体を流すことになっている。だから昨日は陸奥さんと霧島さんが入ってきたわけだ。

 お風呂での裸の付き合いというのはこういう団体生活では切っても切れないことだと思う。何もかもをさらけ出して話せば、仲もより良くなるだろう。

 

「あ、陽炎だー!」

 

 今回は先客。夕立と沖波が湯船に浸かっていた。私達が訓練している裏側で、あちらはまた別の訓練をしていたようだ。私は自分のことに必死で周りが見えていなかった。

 せっかくなので夕立と沖波に便乗して肩を並べて湯船へ。湯の温かさが身に染みるようだった。全身の筋肉痛が刺激されて解されるような感覚。普通にお風呂に入るより格段に気持ちが良かった。

 

「あ゛あ゛あ゛〜……効くわぁ〜」

「陽炎おっさんっぽい」

 

 痛烈なツッコミに、磯波が決壊しかけた。この子、思った以上に笑い上戸。特に天然な夕立にやられる時が多い。夕立自身が笑わせようとして言っているわけじゃないので、それがより磯波にダメージを与える。夕立の独特なセンスは、磯波の腹筋にはあまりよろしくない。

 

「全身痛いんだっての。私は主砲なんて使うの初めてなんだから」

「あー、わかる。私も初日は酷い目に遭ったなぁ」

 

 沖波もそれに関しては同情してくれた。この筋肉痛もみんなが通る道とは聞いているが、沖波もかなり酷かったらしい。

 

「初日は左腕上がらないくらいだったよ。主砲の反動で痺れてるっていうか、力が入らなくなるっていうか」

「わかりすぎて辛い。むしろ今それが全身に襲いかかってきてる」

「陽炎ちゃんはみんなと違う両手持ちの主砲だからね〜。はい、マッサージマッサージ」

 

 阿賀野さんが二の腕を揉みしだいてくれる。まだまだ若いと思っていたが、そうされて心底気持ちよく感じる辺り、私の身体は相当に疲労しているのではなかろうか。

 揉みにくいからと私の背後に回り込んで、包み込むように抱きかかえて腕を揉んでくれているのだが、こう、背中にとても柔らかい感触がして気が気でない。同性だけど。阿賀野さんもすごくスタイルがいい人なので落ち着かない。同性だけど。

 

「阿賀野はこういうの無かったからなぁ。手持ちの主砲じゃないから」

 

 阿賀野さんは完全に艤装に備え付けられているために私達のような筋肉痛は無かったらしい。代わりに姿勢制御で胴体が酷いことになったらしく、しばらくは笑うだけで腹筋が痛むという地獄に苛まれたとか。それを聞くと、腕で済んでよかったんじゃないかと思える。

 

「じゃあ夕立が脚を揉んであげるっぽい!」

「助かるわぁ……うあ、すごい効いてる。解されてる」

 

 阿賀野さんと夕立に全身を揉み解され、筋肉痛が少し緩和する。多分正式なマッサージではなく適当に揉んでいるだけなのだが、しっかり効いているように思えるのは、それ程までに私の身体が疲労しているということでは。

 簡単に治るわけではないにしろ、午後からの訓練に支障がないレベルには治療されているように思える。

 

「ここのお湯、温泉みたいな効能があるの」

「そうだったんだ。血行促進とか?」

「そんな感じ。人間にもちゃんと効く、()()()()()が入ってるって提督が言ってたよ」

 

 非常に聞こえが悪いが、艦娘になる子達の身体をケアするために開発された、最新鋭の薬湯というものらしい。毒というわけでもないので、こうして浸かっていても何の影響も無い。さらには子供がそれに浸かっても問題ないというのなら尚更高性能。

 だが一般流通させることは出来ないくらいの代物。生産コストの問題か、はたまた成分の問題か。わざわざ()()という言葉を使うのは怪しさを感じるものの、国に認められた艦娘のための薬なのだから良しとする。特に、あの空城司令が推奨しているのだから不安もない。

 

「陽炎、主砲訓練どうだった? どうだった?」

「なかなか難しいね。的に掠めることは出来るんだけど、直撃はまだまだだよ」

「ふふーん、夕立はすぐだったっぽいからね!」

 

 自慢げに胸を張る。こいつめ、それを言いたいだけで話を振ってきたな。

 

「艤装リンクの時間とか海上移動出来るようになるまでの時間で遅れを取ったけど、ここからは夕立が全部記録保持者っぽい!」

「はいはい、わかってるわかってる。すごいすごい」

 

 こういう自信家なところがあるからすぐにでも出来るのかもしれない。イメージは力。戦いのイメージが出来てるからこそ、戦闘行為への慣れが凄まじく早いのでは無かろうか。

 何故そんなことがすぐに出来るかはあえて聞かないでおく。夕立にだって何かしらの事情があるかもしれないし。

 

「崇め奉ってもいいっぽいよ!」

「んなことはしないよ。でも、お互いを高め合う戦友としてならいくらでも付き合っていきたいね。それこそ、陸奥さんと霧島さんみたいな関係ならさ」

「んふー、それいいね。陽炎は夕立のライバル! 抜きつ抜かれつぽいぽいぽーいよ!」

 

 ライバル認定されたがそれでもいいだろう。喧嘩とかは嫌だが、競い合うことは悪いことじゃない。どっちが強い弱いとかではなく、褒めて伸ばすことも大事。

 こういうこと言う割には、夕立は他人の褒めるべきところはしっかり褒めるかれ憎めない。

 

「夕立ちゃん、霧島さんに師事してるからね」

「親分は夕立の心の師匠っぽい!」

 

 この発言により磯波が破裂。磯波のツボにまた入ったようである。確かに霧島さんのような大人で知的な女性を親分呼びはどうかと。

 

「ひっ、ひっ、夕立、ちゃん、その呼び方、やっぱり」

「親分は親分っぽい。凄いんだよあの人!」

 

 こうして楽しいお風呂タイムは続く。その間も阿賀野さんのマッサージのおかげで身体は随分と楽になった。

 

 

 

 楽しい仲間達とこうして過ごしていくのも悪くない。だが、やっているのは命のやり取り。緊張感もしっかり持って、艦娘としての誇りを胸に進んで行こう。

 




阿賀野に抱きかかえられながら腕を揉まれ、夕立に正面から脚を揉まれるとか、陽炎どんなハーレム状態だよって感じですね。


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露呈する異常性

 阿賀野さんと夕立によるマッサージで、多少は身体が楽になった。お薬の入った湯というちょっと聞こえが悪いお風呂の効果もしっかり出ている。これなら午後からの訓練も元気に出来そうだ。

 

「やっぱりお昼ご飯食べた後は眠くなるね〜」

「気が気でないから眠気なんて全然来ないよ……」

 

 少し眠そうに欠伸しながらいろいろと準備してくれる阿賀野さん。まぁ食べた後っていうのはそんなもんだろうとは思うが、私、陽炎としては、命を奪う兵器の訓練なのだから緊張感が勝っているため、眠気なんて一切感じない。器が大きいのか、それとも最初の印象通りちゃらんぽらんなのか。

 

「磯波ちゃんもそう思わない〜?」

「話を振られても……」

 

 この振られ方は困る。私も苦笑するしかなかった。

 

 午前中と同じようにやっていたらまた筋肉痛で酷い目に遭いそうなので、今回は訓練前にしっかりとストレッチ。身体は比較的柔らかい方だと思うので、伸ばせるところは伸ばしておく。大股開きになるが、幸いなことに私の制服はスパッツがあるので気にならない。

 

「お〜、いいと思うよ〜。しっかり準備運動しておこうね〜」

「またマッサージのお世話になるのは嫌だからね」

「いい心がけだと思うよ。身体壊れちゃうのはダメだもんね」

 

 せっかくだからと阿賀野さんも手伝ってくれる。使わない筋肉ばかりを使うので、伸ばされていくのが痛気持ちいい。まだ若いのに背骨がバキバキ言った。

 

 一通り終わらせて、改めて艤装を装備。さっきまでは腕が痺れているような感覚もあったが、お腹とマッサージと艤装による強化で健康体になったかのようだった。痛みも何も感じない。また外した時が怖いものではあるが。

 

「手持ちの主砲もだけど、備え付けの主砲も訓練しなくちゃなんだよね。陽炎ちゃん、2つ持ちだから」

 

 確かに。私は他の駆逐艦とは違って手持ちと備え付けの2基を同時に扱う。これは私の名前を冠する陽炎型の一部が共通らしく、他にこういう艤装を使う艦娘というのはいないらしい。そもそもマジックアームがある艤装というものがレアだそうだ。

 使えるものは全て使う。それが戦いの中では一番大切なこと。この備え付けの主砲のおかげで、私は他の艦娘よりも火力が高いと言えるわけだし。他にやらないといけないことがやれないとしても、使いこなせるようにしておかなければ意味がない。

 

「あんまり掠りばっかりになったら、一回そっちやってみよっか。それなら阿賀野と似たようなものだから教えやすいからね〜」

 

 備え付けの主砲のみを扱う阿賀野さんだから、こちらは手持ちの主砲よりはわかることも多いと。あの無反動のような砲撃の秘訣とかわかるととても嬉しい。

 手持ちの主砲であまりにも苦戦するようなら、一旦やめて備え付けの方を練習してみるというのは普通にアリだと思う。気持ちを切り替えてみれば、何か別の何かが見えてくるかもしれない。それは今、私にしか出来ない手段。

 

「まずは進めてみよう。磯波のも参考にさせてもらうからさ」

「うん、主砲の形は違うけど、私が役に立つなら」

 

 磯波は片手持ちの主砲であるものの、その姿勢制御などはしっかり参考にさせてもらっている。一緒に訓練してくれているだけでもありがたいし、先達者が見せてくれるのはそれだけで見習うべき場所がいくつも見つかる。

 

 心強い仲間のおかげで先に進めるはずだ。私が不器用ならアレだが、自分としてはそこまででは無いと思う。孤児院では料理の手伝いもしてきたし、運動だって普通にこなせた。

 まずはやってみる。それが一番だ。まだ初日なのだから、出来なくても当然なのだから。夕立が異常なだけ。人のことは何も言えないだろうけど。

 

 

 

 それから小一時間ほど的に向かって撃ち続けた。磯波はその間も全て的に当て続けてペイントを上塗りし続けていたが、私の弾は的の真ん中()()を一切ペイントしていない。それはそれで器用だと阿賀野さんも変な笑いを溢していた。

 

「私ここまで下手とは思わなかった……」

「いや、これ下手とかじゃないよ。逆に凄いよ」

 

 素直に喜べない。確かにおおよその弾は的に当たっているのだが、それなら1発くらいは真ん中に当たってくれてもいいと思うのだが。

 これはこれで海上移動訓練の時と同じように、意識しすぎて力んでしまっている部分が出ているのかもしれない。変に力が入っているせいで、反動を受けたときに上下左右に砲身が動いてあんなことになっているのかも。そういう意味では、最初の狙いはちゃんと出来ているということになるが。

 

「言ってた通り、備え付けの方にしてみよっか。気分転換気分転換」

「気分の入れ替えは大事だよね。余計なことになるかもしれないけど、一回こっちやろう、うん、そうしよう」

 

 艤装に備え付けられている主砲は、私の腕の力とか一切関係ない。艤装をコントロールするのと同じため、完全にイメージの力。マジックアームも動けと思えば動くので、それと同じ。

 狙いを定めるのも、引き金を引くのも、全て私の頭の中で行なわれる。海上移動みたいに無意識にやるようなものではなく、ちゃんと考えなくてはいけないことだ。

 

「はい、じゃあ狙いを定めてー」

 

 イメージ。主砲がどういう形をしているかは頭に入っている。こうやったら的に向けられるというのは考えればその通りになる。

 ガチャガチャと音を立てながら主砲が私の後ろから真ん中だけが塗られていない的に照準を合わせた。私の視線からはそれがどうなっているかは見えないのだが、目に見えているものとイメージを合致させる。今はこれでど真ん中に照準を合わせられていると思う。

 備え付けられていようが、これも手持ちの主砲と同じで反動はある。阿賀野さんがおかしいだけで、反動は私の背中と腰に大きな負担をかけるだろう。それも意識して。腕の次は腰が壊れるとか恐ろしい。それが起きないようにするためにもストレッチはしっかりやってきたのだ。

 

「あれを敵と思って、よ〜し、じゃあ、()ぇ〜☆」

 

 阿賀野さんの合図と同時に引き金を引くイメージ。的を敵だと思えというのは物騒な感じはするが、あながち間違っていないため、ペイント弾だろうがアレをぶち抜くイメージのままに撃ち放った。

 正直、実際に引き金を引いているわけでもないのに砲撃が実行されたことに驚いた。心で引き金を引くだなんて漫画みたいなことが実際に出来てしまった。

 瞬間、後ろから大きく引かれるような反動。案の定背中と腰に大きな衝撃を感じる。正面から押し込まれたわけではないので内臓が震わされていたわけでもないが、それでも負荷は凄まじい。ビクともしない阿賀野さんが本当におかしいと実感する。

 

「反動キッツ……弾は!」

 

 反動に気を取られて自分の放った弾がどうなったかが確認出来ていない。撃って当たるまでなんてほとんど一瞬の出来事だ。目を瞑って開いたらもう当たっていると言っても過言ではない。

 

「うっそ〜……」

 

 阿賀野さんが茫然としていた。私の放ったペイント弾は、あれだけ当たらなかった的のど真ん中を撃ち抜いていた。

 手持ちの主砲があれだけ当たらなかったのに、備え付けの主砲に切り替えた途端に1発目で成功してしまった。

 

「いや、これはまぐれでしょ。反動凄い感じたし。まぁ手持ちのことを知ってたから多少は覚悟しながらやれたけどさ」

「じゃ、じゃあ、もっかいやってみよっか〜」

 

 今まで手持ちの方でやってきたノウハウのおかげだと思う。反動の軽減の方法も手持ちで知っていたからこれで済んでいるだけだろうし、照準の合わせ方も午前中延々繰り返していたことがあるから上手くいったに過ぎないだろう。

 

「じゃあ、もっかい!」

 

 同じように照準を合わせ、引き金を引くイメージ。的の中心をしっかりと見据え、放つ。反動は一度体験しているので、どちらかと言えばブレないことを意識して腹に力を入れて。

 

「……当たってるね」

「当たってるね」

 

 先程塗った的のど真ん中を上塗りするようにペイント弾が直撃した。先程をリピートするかの如く、全く同じスピードで的に向かって飛んで行ったのを、スローモーションのように眺めていた。

 正直自分でも信じられない。初めてならば偶然、まぐれである可能性もあるが、2発目も当たると話が変わる。

 

 念には念をと3発目。今度は少し距離を離して、難易度を上げて。それでも的は私の視野にしっかり入っているし、そのど真ん中を視認することが出来ている。

 この頃には反動に関しても随分と緩和出来ている気がしていた。当然まだまだ初心者なのでブレはする。

 

「……当たってるねぇ」

「なんか反動も上手いこと抑え込めてる気がする」

「どんどん上手くなってるねぇ」

 

 しっかりと同じところにぶち込んでいた。手持ちとはまるで違う使いやすさというか、私のイメージがダイレクトに伝わってくれるからか、本当に思い通りに何もかもが動いてくれた。放たれた弾までもが、行ってほしいところに見事に。

 

「これは予想外だなぁ。手持ちはダメで、備え付けはあっさりなんだ〜」

 

 阿賀野さんが心底困ってる声を上げる。そもそもどちらも使うタイプがいないためにこういった事態が起きたことが無かったようだ。完全に想定外である。私も同じ気持ち。

 その後、何回撃っても備え付けの主砲で撃った場合はしっかりと的に命中していた。たまにど真ん中ではないところに当たるものの、外れるということは無い。それこそ、磯波の砲撃のような精度。

 

「ど、どうしようね。ひとまず手持ちの方に戻ってみよっか」

「そ、そうだね。で、行き詰まったらまた備え付けの方やってみる」

 

 手持ちの方は掠らせることしか出来ないのだから、こちらでもちゃんと当てられるようにしなくては。どちらでも命中させられる方が、戦場では有利になるに決まっているのだ。どちらもマスターしてこそ、陽炎と言えるだろう。

 

「阿賀野、ちょっと今のこと提督さんに話してくるね。その間はちょっと訓練してて〜」

 

 と、阿賀野さんは一時的に離脱。完全に想定外のことが起こったので、一旦空城司令に報告という形を取った。確かにその方が堅実だと思う。そもそも私自身がこんなに上手く行くと思っていなかったのだ。

 やはりマイナス同期値が何かしらの影響を出しているのだろうか。海上移動も妙にあっさり終わったし。とはいえ手持ちの主砲に関してはまだまだ上手く出来ないのだから、しっかり訓練しなくては。

 

 

 

 しばらくして阿賀野さんが戻ってきた。それまで手持ちの主砲を撃ち続けたが、やはりというか、ど真ん中を撃ち抜くことは出来ず。磯波にもいろいろとアドバイスを貰ったのだが、なかなか身にならなかった。初めてなんだから仕方ないと言ってくれるものの、ならば備え付けの方は何なのだという話にもなるわけだし。

 

「陽炎ちゃ〜ん、訓練は一旦終了だって〜」

 

 これは少し予想外だった。みっちりやるかと思っていたが、何か都合が悪くなったか。

 

「提督さんがね、ちょっと陽炎ちゃんと艤装を調べたいって」

「艤装だけじゃなく」

「うん、やっぱりマイナス同期値が何かあるんじゃないのかって」

 

 思い当たるところなんてそれくらいしか無い。何処かおかしいにしても、初めてやることがこう何度も即座に出来るようになるのは疑問が生まれる。

 私が艦娘になるために生まれたかのような天才である、だなんて言われたらまだしも、去年までは同期値がM型D型共に0だった私が、突然こんなことになるのは流石におかしい。自分でもそう思えるのだから。

 

「なんか凄く不安になってきた……」

「だ、大丈夫だよ。私達も何処かおかしかったから。初日でここまで出来たのは夕立ちゃんくらいしかいないけど……私や沖波ちゃんも結構早く出来たんだよ?」

 

 同じ異端児だからこその磯波の言葉。心に泌みるようである。天使かな? 

 

「今は準備中らしいから、さっとお風呂に入って執務室に来てくれ〜だって。阿賀野はこのまま磯波ちゃんの訓練を続けろって」

 

 ここからは1人か。もしかしたらあちらで待っている人がいるかもしれないが、ちょっと寂しい。早いところ検査を終わらせたいと思えてしまった。

 

 

 

 同じ異端児がいたとしても、私にしか持ち得ない特性、マイナス同期値が、この砲撃の精度の違いに何の影響を与えているというのだろうか。むしろ私は一体どうなってしまったのだろうか。

 考えてもキリがない。自分でわかることなら、もう自覚出来ているはずだ。まずは空城司令の下でいろいろ調べてもらうしか無い。

 

 私も私のことがもう少しちゃんと知りたい。

 




マイナス同期値の異常性が少しずつ見えてきました。他にない特性にどんな影響があるのか。


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負の同期値の謎

 砲撃訓練中、私、陽炎の異常性が判明した。手持ちの主砲を使っても妙に命中率が低かった砲撃が、艤装備え付けの主砲を使ったら1発目からど真ん中命中を見せてしまったことである。

 

 それを調査するため、訓練は一時中断。艤装と私自身の調査に乗り出すこととなった。いきなり砲撃を命中させるというのはいないわけではない。戦闘絡みでは屈指のスペックを見せている夕立という前例がいるため、驚くべきことではなかった。

 だが、手持ちと備え付けで命中率が変わるというのは謎が多すぎる。そのため、訓練を止めてでも早いところ調べる必要があると考えたようだ。今後の艦娘としての活動にも影響があるだろうし。

 

「艤装は整備長と夕張さんが調べてくれてるので、その間に陽炎ちゃんの診察をしますね」

「よろしくお願いしまーす」

 

 と、私の身体について調査してくれるのは、この鎮守府唯一の補給艦と呼ばれる艦種の人、速吸さん。

 

 戦場では侵略者を撃滅するために艦娘が駆り出されると思っていたが、こういうサポート専門の艦娘というのもいる。それがこの速吸さんである。

 私達艦娘が使っている艤装は、使い続ければ燃料や弾薬が減っていく。何処にそんなにあるんだってくらい撃てるのは訓練で理解しているが、いつかは弾切れを起こすし、燃料切れで動けなくなる場合もある。それを戦場で解決してくれるのが補給艦の仕事だそうだ。壊れた艤装を修理するというわけではないのだが、艤装の中身が全回復するようなもの。

 

 給油やら何やらでサポートしてくれるということで、誰が呼んだか『艦隊のマネージャー』。制服も制服らしくなく、白いジャージだし。下は体操服らしいし。運動部のマネージャーというイメージ。私は学校を知らないが。

 

「とはいえ、速吸が出来るのはちょっとした検査だけですからね。一応医学部出身ですが」

「わぁ、じゃあ結構歳上……」

「あ、私二十歳過ぎてますよ。見えませんよね。童顔ってよく言われますし、お酒とかも飲めませんし。制服もこんな学生みたいな感じですしね。コスプレしてるのかなって思っちゃいますよ」

 

 正直同い年くらいに見ていましたごめんなさい。身長は似たくらいで、制服がそれだから。まぁ確かに女性のシンボルは結構大きいけれども、夕立もそうだから大人なイメージが感じられなかった。心の中で謝罪する。

 

「じゃあ、服脱いでベッドに寝てもらえますか。艦娘側の検査は工廠で出来ないので、速吸が一任されてるんです」

「はーい」

 

 相手も女性なので脱ぐことについては戸惑いは無かった。工廠で脱げと言われたら流石に文句くらいは言うが。

 

 制服をさらっと脱いで、言われた通りにベッドで横に。全裸になるわけでも無いので恥ずかしさも無い。どうせここで用意された下着を身につけているだけだし。下は相変わらずスパッツだし。流石にもう下に水着を着ることはしていない。

 

「ちょっと装置をつけますね。くすぐったいかもしれないですが、我慢してください」

 

 艦娘の適性検査をされるかのように、全身にいろいろと貼り付けられる。頭や素肌の部分にも貼られるので、急に冷んやりしたものを押し当てられて声を上げかける。危なかった。そっちの方が恥ずかしい思いをすることになる。

 これでどういうことがわかるかは私には理解出来ない。もしかしたらまた同期値を測ったりしているのかもしれない。

 

「……これはまた……凄いですね」

「不安になるんだけど!?」

 

 私の検査で出ている値を見ながら目を丸くしている速吸さん。今出た値と、適性検査で出た値を見比べているようだ。

 私達には同期値しか伝えられていないが、それ以外の値というのも勿論存在する。今速吸さんにやられたような検査もやっている。だから、その時の値と比べることで何かしらの変化を見るようだ。

 

 しかし、速吸さんの次の言葉にまた驚くことになる。

 

()()()()()()()……」

「え、それはいいことじゃないの?」

「いやいや、これは異常ですよ。だって、普通艦娘になった……というか艤装と一度でもリンクした子というのは、何かしら身体に反応が出るんですから」

 

 速吸さん曰く、艤装とリンクした時点で体内のとある『因子』的なものが反応を起こして、それに付随する部分の値が上昇するらしい。特に強く変化が出るのが脳波。イメージで艤装を動かしているのだから、それに合わせた変化が発生するのが当たり前となる。

 例えば先程まで一緒に訓練していた磯波はM型艤装を使っているのだが、それをリンクした時点で脳波の特定の値が倍近くに跳ね上がったそうだ。人間は潜在能力の10%しか引き出せていないなんて言葉があるが、それが20%くらいになると考えればいいのだとか。

 

「つまり、私は艦娘になる前から何も変わっていないってこと?」

「そうなりますね。それでも艤装が動かせてるということは……最初からこの辺りが異常値になっている……?」

 

 値自体がリンク前の人間の値に近しいということは、私はどうやって艤装を動かしているというのだ。事実、艤装はしっかり動いているし、主砲だって撃てた。その命中率が意味がわからないというだけで。

 

「もしくは、この機材じゃ計測できない部分の値が変化しているのかもしれませんね」

「怖い怖い……私の身体どうなってんの……」

「謎ですね。そうとしか言えないです。さすがマイナス同期値、あらゆる部分が特別です」

 

 これは本当に褒められてる感じがしない。私の特異性が意味不明であると遠回しに言われているようなもの。

 

「速吸にはちょっとわからないです。艤装側の調査を待つべきですね。あちら側の結果と突き合わせて考えてみましょう」

「そうだよね……なんかどんどん不安になってきたんだけど」

 

 じっと手を見る。この15年見続けてきたいつもの手だ。何も変わってない。私は私のまま生きてきたはずだ。艤装を装備したからといって、私が何かおかしなものに変化したとは思えない。

 

 

 

 制服を着直して少し待つと、工廠からもお呼び出しがかかったため、速吸さんとそちらへ赴く。そこでは整備長と夕張さん、そして空城司令としーちゃんまでもが待ち構えていた。

 整備長達だけならまだしも、執務室の2人までいるとなるとすごく大事に思える。もしかしたら私の艦娘人生に関わる大惨事なのか。

 

「速吸、そっちの検査の結果は」

「謎です。本来上昇しているはずの値がそのままでした。艤装を身につける前後で何も変化していないです」

 

 ふむ、と腕を組む空城司令。本来なら有り得ない艦娘となってしまっているため、空城司令も口を噤んでしまっている。

 

「私の身体、やっぱり何かおかしいの?」

「結論から言や、そうなるね。アンタの身体は他の艦娘とはまるで違う。順を追って説明しようか」

 

 腰を落ち着けて話そうと、工廠の奥にある別室に全員で入る。6人でギリギリの休憩室。本来なら工廠で働く整備員の人達が妖精さんと共に休憩する部屋なのだが、緊急事態ということで少しの間立ち入り禁止とした。

 私が座ると、その目の前に空城司令が腰掛け、しーちゃんと整備長がその隣に。夕張さんや速吸さんは隅で立っている。

 

「速吸の結果が、本来なら変化していなけりゃいけない値が変わってないってことだったね。なら、あの装置で測れないところが変わってるって考えるのが妥当だ。そうでなきゃ艤装は動かない」

 

 これは私自身も速吸さんと話したことだ。よくわからないところの値が変わっているせいで、私達には理解が及ばないことになっている。

 

「で、だ。艤装の方だが、夕張教えてやんな」

「はい、陽炎、心して聞いてね」

 

 夕張さんは以前に何か口走ったようなことがあったが、何でもないとはぐらかされた。実はその時点で私の身体に対して何か知ってたのではないか。

 

「本来、艤装を装備した場合は、艤装が人間側に干渉して艦娘としての変化をさせるの。意思を持ってるわけじゃないんだけど、そういう性質があるのね。それはわかるかな」

「まぁ、今までのことを聞いてれば。脳波の値がどうとか速吸さんが言ってたし」

「陽炎の場合は数値だけで見たら()だったの」

 

 これが昨日に夕張さんが口走りそうになって隠したことか。そんなこと言われても私が混乱するから。

 数値が逆とはどういうことか。同期値がマイナスだから、本来プラスであるところがマイナスで、マイナスであるところがプラスだったとかか。

 

「私と整備長が見てたのは、その時の値ね。艤装から艦娘に対してどれだけ干渉したかとか、リンクの安定性とか、本当にいろいろな値だから説明は省くけど、その値がね、本来増えるものが減ったの。逆もあった。それなのに安定性の値だけはしっかり通常通りっていうね。事実、艤装は動いたからその値は正解だった」

 

 全て逆というのなら、()()()()()()()()()()()ということになるだろう。どういう原理でそんなことが起きたかは全くの不明。マイナス同期値と同じで前例一切なしの現象。前例がないのだから、説明のしようがない。値の増減が逆だとしか言いようがないだろう。

 

「オーバーフローじゃなく本当にマイナスだったっつーことかい。こりゃあとんでもない逸材が来ちまったな」

「嬉しそうにすんじゃないよクソジジイ」

 

 私の特異性を見て整備長が喜びを隠し切れていない。私の艤装を弄りたくて仕方ないという顔。夕張さんのお爺さんなのだから歳もそれ相応なのだが、今だけはとても若々しく見えた。

 

 だが、それが私の主砲の関係と何が関係するのだろうか。

 

「で、本題だ。ここからは憶測になるんだが、陽炎側から艤装に干渉してるんだから、艤装が自由に扱えるに決まってるんだ。馴染んでるんじゃない。()()()()()()()()()

「思い通りに……!?」

「人間が艤装を乗りこなしてるんじゃない。()()()()()()()()()()()ってことさね」

 

 意思の無い艤装が私に従うという意味がわからないが、とにかく、私がやりたいようにやってしまうというのが私の艤装らしい。だから狙いを定めて砲撃したら、思い通りに的に当たる。そんな馬鹿なと思ったが、出来てしまっているのだからそうなのだろう。

 

 普通の艦娘なら艤装を()()()()という感覚なのかもしれない。訓練を重ねて馴染ませ、最終的に思い通りの行動が出来る様になる。

 しかし私は手懐けるのではなく()()()()ため、私がやれと言えば正確無比にやってしまうのだろう。艤装側が。理解出来ない。

 

「ならなんで海上移動訓練が最初で上手くいかなかったの? 従ってくれるのなら、私びしょ濡れになる必要なかったと思うんだけど」

「まぁ当然の疑問だね。これも憶測だが、艤装から人間への干渉が馴染むように、アンタから艤装への干渉が馴染むまでに時間がかかったんじゃないかい?」

 

 無くは無い仮説か。あの飛び込んできた占守を助けようとしたときに完全に馴染み、以降は艤装が完全に私に従うようになったと。

 

「……もしかして、私が無意識に命令しちゃったからとか……」

「有り得るね。木曾の案で占守を使ったが、その時に艤装に対して無意識に『動け』と指示したんだろう。それで艤装を……まぁ()()しちまったと考えるのはおかしな想像じゃあ無いね」

 

 馴染むとかそういうレベルではないわけだ。それが起点となって、今の艤装が出来上がってしまったと。

 

「手持ちの主砲が妙に当たらないのは?」

「艤装に直接接続されてないからだな」

 

 今度は整備長から説明してくれた。

 手持ちの主砲は艤装に接続されていないから手持ち。艤装からの命令を受け付けていない、純然たる私の力量のみで動いているもの。艤装の力で身体が頑丈になっているお陰で、あんな強烈な反動もあれだけに抑えこめているだけ。

 故に、単純に私の実力が無いというだけになる。手持ちの主砲も艤装に接続出来たら話は変わるかもしれないと言うが、狙いを定めるのも引き金を引くのもイメージではなく私の腕だ。私が上手くならなければ一生当たらないだろう。

 

「手持ちを艤装に繋ぐってのはかなり面倒な上に取り回しが難しくなるからやめておいた方がいいな。お嬢ちゃんが実力をつけてくれ」

「おおう……そういうところだけはまともで良かったかな……」

「それ以外がまともじゃあ無いからな」

 

 ケラケラ笑う整備長を空城司令が張っ倒す。

 だがこれである程度はわかった。艤装経由なら自在に扱える。それ以外なら私の実力に左右される。それがわかったことは、今後に繋がるかもしれない。

 

「訓練は続けてもらうよ。まずは手持ちをちゃんと当てられるようにしな。それは、アンタの実力なんだからね」

「了解。それは訓練あるのみだもんね」

 

 訓練は続けていく方針。明日から気を取り直して砲撃訓練に勤しむことにしよう。

 

 

 

 謎は多少解けたが、なら何故私がそんな身体になったのかというのはまだ確証が持てないということで今は説明されず。

 余計なことを知ってしまうと訓練に差し支える可能性もあるので、今は忘れておくことにした。

 




童顔女性速吸。見た目と年齢が合ってないパターンはここで。人間が艤装を装備して出撃するのだから、そういうこともあるよねっていう例。


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秘匿の者

 私、陽炎の特性であるマイナス同期値により、艤装の扱いが他と違うということが判明した。艤装を手懐ける本来の艦娘とは逆に、艤装を()()()()という私の性質があり、イメージさえしっかり出来れば艤装がそれを確実に実行してしまうらしい。

 手持ちと備え付けの主砲の精度の違いはそこにあることも理解出来る。手持ちの方はつまり、私がただ下手だからというところに落ち着いた。明日からも砲撃訓練を繰り返すことになるだろう。実力でやらないといけない部分なのだから、訓練あるのみである。

 

 私の性質については、あまり大っぴらに公表されることは無かった。艦娘として活動する上では、現状そこまで重要視することでは無いだろうと判断されたためである。

 訓練の段階が変わったりする程度で、アレが出来てコレが出来ないというわけでもなく、質が違うだけで艦娘としては何ら変わらない。この体質だから艦娘がやれないというわけでもないのだから、普段通りの生活を続ければいいだけだ。

 

「あれが正解だったんだ」

「みたい。マイナス同期値の特性だってさ」

 

 夕食の時に磯波には説明した。あの時一番近くで見ていてくれたのは阿賀野さんと磯波だ。その2人には説明しておく理由がある。

 夕食はたまたま異端児駆逐艦4人で集まれたので、その場を借りて磯波に話しておいた。夕立と沖波も私の話を聞くことになったのだが、それはもう驚いていた。同じことをやっているのに根っこの部分が違うのだからこうもなろう。

 

「結局手持ちの主砲は私のヘタクソだっただけっていうね」

「そんな事ないよ。あれはあれで器用だし……」

 

 あれには磯波も苦笑以外が出てこないようである。今日の訓練では結局最後まで真ん中()()を撃ち抜けないというおかしな命中精度で幕を閉じている。明日はもう少し真ん中に寄ってくれればいいのだが。

 

「手懐けるじゃなく従わせる……なんか凄いね」

「ホントねー。陽炎もしかして女王様っぽい?」

 

 艤装を従わせるのだから女王と来たか。無意識のうちに支配するだとか、自分のやりたいようにコントロールするだとか、どんな暴君か。

 相変わらずの夕立の言葉選びセンスに、磯波が破裂しかける。今回は何とか耐えられたようだ。食べてる途中に噴き出されたら、正面に座っている私がえらい目に遭う。

 

「配下の艤装にあれやれこれやれーって命令するっぽい」

「さすがにそこまで横暴じゃないと思うんだけど……」

 

 沖波がフォローしてくれるが、海上移動に成功したときは命令してしまっていたかもしれない。何せ無意識、意図せずに支配をしてしまったのではないかという仮説も挙がっているくらいだ。

 正直な話、このことがわかってから自分が何なのかがわからなくなってきた。去年まで何も無かったのに突然現れた特異性が、普通の艦娘とは一線を画しているのは自分でも怖い。

 

「でもでも、だからって陽炎がめっちゃくちゃ強いってわけじゃないよね? まだまだ夕立の方が強いっぽい!」

「そりゃあ私は一昨日艦娘になったばかりのド新人だし、戦闘経験も無いヒヨッコだからね」

「ふふーん、なら夕立の勝ちっぽい! 先輩だもんね。まだまだ後れは取らないっぽい!」

 

 こうやって夕立が私のことを対等に見てくれているのがとても助かる。自分に対する恐怖心が薄れるようだ。

 

「あはは、ならすぐに追い抜いてやらないと」

「簡単には追い付かせないっぽい!」

 

 いいライバルに恵まれた。こうやって多少競い合うくらいの方が成長出来る気がする。目標が設定しやすい。

 まずは夕立と並び立てるところにまで行かなくてはいけない。時間はかけてもいいとは思う。焦らずじっくり訓練していく方がいい。だが、あまり遅くなると夕立が増長しそうなので、なるべく早く終わらせたいところ。

 

「私も応援してる。また一緒に訓練する時があると思うから」

「勿論私も。手伝えることがあったら手伝うからね」

 

 磯波と沖波もサポートしてくれると言ってくれた。本当にありがたい。持つべきものは友である。

 

 

 

 お風呂に入って後は寝るだけ。夕食の後にそのまま一緒にお風呂に行ったからか、夕立が相変わらずマッサージを施してくれたおかげで、筋肉痛もお風呂で大分緩和された。

 一日中砲撃をし、途中からは検査やら何やらで精神的にも疲労しているため、大分眠気が来ていた。海上移動訓練を丸一日やっていた昨日よりも疲れているのは、やはり自分の特性がわかったからだろうか。

 

「ふぁあ……眠い眠い」

「本当に眠そうだね」

 

 沖波に苦笑された。今はお風呂上がりで、食堂で少し休んでいるところである。

 就寝時間まではまだまだ時間があるため、誰かと暇な時間を過ごすのが定番なのだが、その場所は大概が食堂。間宮さんと伊良湖さんもこの時間だと業務が終わっており、談話室代わりに開放されていた。私と沖波以外にもちょくちょく使っている人はおり、思い思いに雑談に花を咲かせている。

 

「気疲れしちゃってるんだと思う。いろいろありすぎてさ」

「そうだよね……ここ数日、大忙しだもんね」

 

 マイナス同期値が判明し、翌日にここに所属出来たかと思えば、トントン拍子で艦娘の道を歩いている。午前も午後も動きっぱなし。その分、身になっているとは思うものの、疲労は着実に蓄積されているのだと思う。

 

「お疲れ様です、陽炎さん、沖波さん」

「あ、しーちゃん、お疲れ様ー」

 

 机に突っ伏すようにうだうだしていると、空の食器をトレーに載せて持ってきたしーちゃんが食堂へ。ちょっと行儀は悪いが、そのままの体勢で手を振った。

 未だに制服姿なところを見る限り、ついさっきまで秘書業務をやっていたようである。お風呂もまだなのはわかるが、もしかして夕食も食べていないのだろうか。片付ける手際がいいところを見ると、こういうことも日常茶飯事なのかも。

 

「しーちゃんさん、ご飯はここじゃないところで食べたんですね」

「はい、おかげさまで。間宮さんが執務室に運んできてくれました。提督もその時一緒に食べていますよ」

 

 その空城司令は整備長と話をすると工廠に行ったらしい。話をすると言っても、業務的なことはそこそこに晩酌をするというのが本音だそうだ。しーちゃんはそういう場には付き合うことはないようで、このままお風呂に向かうとのこと。

 だがその前に、これも何かの縁だと思いちょっとしーちゃんと話をすることにした。しーちゃんも快諾してくれたので嬉しい。流石にこのままなのはどうかと思ったので、身体を起こして姿勢を正す。

 

「陽炎さんとはこうやって顔を突き合わせて話すのは初めてですね」

「だね。適性検査の時にちょっと話しただけだもんね。あの時も業務的な話だったし」

 

 もう仕事が終わっているからか、しーちゃんも雰囲気が軽い。若干疲れた顔をしているが、丸一日仕事をしていたらこうもなるか。私達と違ってデスクワーク専門なのだから、疲れ方が違うだろうし。眼鏡もそのせいじゃ無かろうか。

 

「やっぱり提督秘書って忙しい?」

「そう……ですね。やることは多いです。うちの提督は優秀ですから」

 

 笑顔で語るしーちゃんからは、空城司令への信頼がこれでもかと伝わってきた。他人の感情なんてわかるはずが無いのだが、これだけはすごくわかる。心酔しているというほどではないが、秘書として寄り添うことを苦と思っていない、むしろ喜んでいる表情である。

 

「しーちゃんさんの主な仕事って、デスクワークですよね」

「そうですね。艦隊運営の書類整理、艦娘のデータの取りまとめ、データ入力は提督がパソコンが苦手だからという理由で全て私がこなしています。あとは鎮守府外部とのやり取りも全て私がやってますね。それと時間管理も。あまり根を詰めるとお体に障りますからね」

 

 つらつらと出てくるが、正直その仕事量は普通じゃないように思えた。戦場に出なくても、そこは戦場。空城司令もしーちゃんも、私達とは違うところで戦っている。主に内部、私達の手が届かない場所で。

 

「すごいね……この鎮守府が出来てからずっとそうなの?」

「基本的にはそうなりますね。私が外部とのやり取り、提督が艦隊運営を1人で。艦娘全員の命が提督の手の上にあるんですから、緊張感は私の比ではないでしょうし」

 

 確かに。実際戦うのは私達かもしれないが、その作戦を立てるのは全て空城司令。私達の命を優先し、最大限の戦果を得るための最高最善の策を練ることは、私達とは全く違う方向で多大なストレスに繋がっているだろう。

 私達を生かすも殺すも空城司令次第。たった1人で全員分の命を背負うという提督業は、生半可な人間には出来やしない。私には到底無理な話だ。孤児院で子供達と生活していても手綱が握れない時の方が多かったというのに。

 

「今は陽炎さんのことの調査もしていますよ。不安になるんじゃないかと提督が話していました」

「不安かぁ。うん、やっぱり少しはね。私しか無い力っていうのは自分でもちょっと怖いし」

「前例が無いことであるのは確かですが、原因究明は必要ですから。いろいろと過去の資料を漁っているところです」

 

 自分でもわからないことを調査してもらえるのは嬉しいことである。私もその当時の記憶が無いせいで詳しく話せないし。

 強いて言えるのは、昨日見た夢。深海棲艦に襲われる瞬間の記憶が蘇ったことくらい。とはいえ、両親と逃げ出そうとした瞬間に夢は終わってしまったため、まだわからないことだらけだ。あれが全て思い出せたらまた変わってくるだろうか。

 

「安心してください。提督なら必ず原因を突き止めますし、何事もないように事を運びます。陽炎さんはこの鎮守府の一員ですから、提督は必ず手を差し伸べます」

「うん、頼りにしてる。私も何かあったら必ず話すから」

「はい、当事者の言葉が一番信頼性が高いですから。協力してもらえると助かります」

 

 今は私だけかもしれないが、同じようなマイナス同期値の艦娘が他に現れないとも限らない。普通の異端児とは違うのだから、私という前例を作っておきたいのは確かだ。

 それなら私も協力しよう。私自身も私のことが知りたいし。

 

「お仕事の話はやめにしましょう。もう業務は終わっていますしね。というわけでちょっと世間話を」

 

 ここからはただの雑談。しーちゃんがどういう人かを知るいい機会である。

 

「とはいえ、私から話せることなんて何も無いんですけどね。毎日ここにいて、提督の秘書を続けているだけですから。それに、私自身の立場として話せることも大分限られています」

 

 秘匿(シークレット)という理由からしーちゃんと呼ばれているだけあって素性は不明。聞くのも少し憚られるところである。深追いしたらそれこそ軍規に触れそうだし。艦娘と同じで本名禁止なのだろうと勝手に思う。

 

「なので、他の人の話を聞くのが好きなんです。私は外の世界をあまり知りませんから、いろいろと聞きたいです」

「そっか。じゃあ今日は私の住んでいた孤児院のことでも話そうかな。沖波も5年前まで住んでてね」

「ああ、幼馴染みなんですよね。滅多に無いことですよ。鎮守府でそういう相手と出会えるなんて」

 

 そこからはずっと孤児院のことを話した。沖波との思い出なんかも交えながら。

 しーちゃんはそれはもう楽しそうに話を聞いてくれるので、こちらも話が止まらなくなる。何というか、相槌が上手いというか、話していて気持ちがよかった。

 

 

 

 しばらくして、しーちゃんはお風呂に行かなくてはと退席。沖波と2人残される。

 

「なんか不思議な人だね、しーちゃん」

「だよね。艦娘じゃないんだけど、なんて言えばいいのかな、()()な感じがするよね」

 

 沖波の言いたいことはなんとなくわかる。話を聞く限り、しーちゃんは私達とは違うただの人間。同期値もM型D型共に0で艤装も動かすことが出来ないとのこと。なのに、仲間というイメージがすごく強い。

 秘匿されている部分にその辺りの謎が詰め込まれているのかもしれないが、先程も思ったように深追いは禁物。そもそも調べるといってもどうやればいいのかわからないし。資料室で調べられるようなことではないだろう。

 

「実は引退した元艦娘とかだったりして」

「あはは、そういうのもあるかもね」

 

 憶測が飛び交うが、そのどれもが確証のないただの想像だ。どれであってもしーちゃんはしーちゃんだし、仲間であることは変わらない。

 

「ふぁあ、じゃあ寝よっか。しーちゃんと話が出来たからいろいろスッキリしたけどね」

「それはよかった。じゃあ、おやすみ、ひーちゃん」

「ん、おやすみ、おっきー」

 

 周りに誰もいないことを確かめて、ちょっとだけ禁止事項。これなら気持ちよく眠れそうだ。

 




しーちゃん艦娘説はありますよね。実は信濃の『し』だったりしないかなって。まぁ信濃はイラストもあるのであの子ではないですが、眼鏡だし。


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学ぶべきこと

「阿賀野ね、陽炎ちゃんの手持ちの主砲、そのままの精度でもいいと思うの」

 

 翌日の訓練の始め、先んじて呼び出された私、陽炎に連日で訓練を見てくれる阿賀野さんから提案が伝えられる。

 私の主砲2つは、精度の高い備え付けと精度の低い手持ちの2種類ある。そのうちの後者、精度の低い方は、どうしても的の中心を撃ち抜くことが出来ずに困っていたところである。

 それを阿賀野さんは、訓練せずにそのままでいいのではと言い出した。当たらない砲撃に何か意味があるのだろうか。

 

「え、でも当たらないんだよ?」

「掠めることは出来るでしょ? 的は動いてるんだから、そっちの方が当たるんじゃないかな〜って☆」

 

 言われてみれば確かに。それに、当てる対象は的よりも大きな物である可能性はある。むしろ、備え付けの主砲がやたらと当たってくれるので、そちらを本命にして手持ちを牽制に使う方が戦い方としてはいいのかもしれない。

 掠めることに特化した逃げ場を無くす手持ちと、確実に敵を仕留める備え付け、それをしっかりと使い分けることが出来るようにした方が良いのではないかと言われた。

 

「うん、その方がいいかもしれない。私はそういう戦術の方がいいってことだよね」

「阿賀野はそう思うな〜」

「それ、阿賀野さんが思いついたの?」

 

 目を逸らされる。なるほど、助言をしてくれた人がいるわけだ。

 

「勿論当てられた方がいいと思うけど、多分陽炎ちゃんは実戦の中での方が覚えられるんじゃない? って提督さんが言ってたんだよね〜」

 

 私の実情を一番わかってくれているのが空城司令だ。その人の助言なら、何も考えずに従うのが良さそうである。下手をしたら私よりも私がわかっているかもしれない。

 当たり前だが一昨日海上移動が出来るようになり、昨日砲撃性能に特異性があることが見つかって、もう実戦訓練なんてことはまず無い。怒涛の展開である。

 

「と、いうことで〜、陽炎ちゃんは今日から実戦訓練だから頑張ってね☆」

「了解。頑張りまーす」

「2対2のチーム戦でやるから、他の子が来るまで待っててね。も少ししたら来るからね〜」

 

 この説明があるから私は少し早めに呼び出されているため、少しだけ待機。早いと言っても十分程度のため、ちょっと待っていればすぐにやってくる。

 

「あ、来た来た、こっちだよ〜」

 

 阿賀野さんが呼んだのは私に合わせてか全員駆逐艦。そのうちの1人は夕立である。戦闘のセンスが駆逐艦随一であることはさんざん聞かされているため、初めての実戦訓練にとんでもない奴をぶつけてきたのと舌を出しかける。チーム戦ということなので夕立が味方になってくれることを少しだけ祈る。

 そして残りの2人は異端児ではないが、私や夕立とは比べ物にならないほどこの鎮守府に貢献し続けてきた古参の2人であった。

 

「チーム分けは、夕立ちゃんには菊月ちゃん、陽炎ちゃんには五月雨ちゃんがついてもらうね〜。良かったかな?」

「構わぬ……この菊月が夕立を出来る限り手綱を握ろう」

「は、はい、大丈夫です! 陽炎ちゃんはお任せください!」

 

 夕立につく菊月は、火力が低い代わりに燃費の良さを売りにするという駆逐艦。とはいえこの鎮守府では熟練者だ。素人の私ではおそらく足元にも及ばない。喋り方がアレなのはまぁそういうお年頃だからと考えておこう。艤装の影響で髪が白銀に染まったことを隠れて喜んでいたという話も聞いているし。

 私についてくれる五月雨は、艤装の型番としては夕立の妹にあたるらしい。そして、この鎮守府の最古参である。立ち上げ当初からこの鎮守府を支えており、そのおかげか駆逐艦トップクラスのレベルなのだが、ドジも多いとのこと。本人は否定しているものの、そこが少し不安。

 

「こんなに早く陽炎と勝負出来るなんて思ってなかったっぽい」

「お手柔らかに頼むよ。私、まだ素人だからさ」

「ちょっと聞けないっぽい。夕立結構楽しみにしてたからね」

 

 本当に好戦的な性格。これが元々なのか艤装の影響なのかはわからないが、少なくとも素人の私にも全力で向かってくるらしい。堪ったものでは無い。

 

「夕立、お前が突っ込みたがるのは理解している。ならばこの菊月がその道を拓いてやる」

「さっすがお菊ちゃん、夕立のことよくわかってくれてるっぽい」

「お菊言うな。何処かの人形みたいだろうに」

 

 あちらは分担まではっきり出来上がっているようである。対してこちらは、そもそも戦闘のせの字も知らない私。作戦やら分担やらは五月雨に任せるしかない。

 

「どうすればいいかな」

「そうだね……うーん……多分夕立ちゃんは陽炎ちゃんを集中して狙うだろうから、手持ちの方で牽制しながら狙い撃つしかないと思う。私が菊月ちゃんを抑え込めればまだ……」

 

 何とも弱気。少なくとも私は動きながらの砲撃が初めてになるので、その辺りはサポートしてもらいたい。

 

「それじゃあ、阿賀野が合図したら始めるから、準備してね〜」

 

 今回はチーム戦。お互いに通信出来るインカムまで用意してもらえた。なんだか少しワクワクする。初めてやることというのは緊張感も激しいが、それ以上に楽しさも感じてしまうものだった。

 

 

 

 艤装を装備した後、所定の位置に立ち合図を待つ。インカムには阿賀野さんの声も聞こえるようにされているため、全員に一斉に通知が届くという仕組み。私の声は五月雨にしか聞こえず、その逆も然り。夕立と菊月の声は私達には聞こえない。

 

 ルールは簡単、チームの両方が沈んだ判定になった時点で終了。武器は主砲のみというルールまで付けられた。魚雷は私が訓練していないためである。そして、時間判定は一切無し。決着がつくまでやり続ける。

 当たり前だが、主砲に装填されているのは昨日的当てに使っていたペイント弾。艤装で身体が強化されていても、当たれば結構痛いとのこと。

 

『はい、じゃあ位置についたかな?』

 

 阿賀野さんの声が耳に響く。緊張感が高まる。訓練は訓練でも相手のいる訓練。楽しみだなんて言いながらも、しっかり筋肉は強張っている。

 

『陽炎ちゃん、深呼吸深呼吸』

「そ、そだね。すぅー……はぁー……」

 

 五月雨に言われて呼吸を整えた。落ち着けるわけではないが、幾分か頭の中は冷えたと思う。

 

『それじゃあ、始め〜』

 

 緊張感の無い阿賀野さんの合図で、緊張感しかない実戦訓練スタート。阿賀野さんに言われた戦法をぶっつけ本番で試してみる戦い。上手くいくかはわからないが、今私が出来ることで全力でぶつかるしかない。

 主砲を握る手が汗ばむのがわかるが、手袋のおかげでグリップが滑るとかそういうことは無い。いつでも100%の力が出せるはず。それが命中しないという精度なのだが。

 

『やっぱり突っ込んできた』

 

 先程聞いていた通り、夕立が真正面を突っ切ってきた。それを追うように菊月が主砲を構えてこちらに向かってくる。

 私の両手持ちの主砲は珍しいのか、夕立も菊月も片手持ち。砲身が夕立は2つだが菊月は1つ。差はそれくらいか。五月雨も持っている主砲は夕立と同じもの。当たれば当然酷い目に遭う。

 

『陽炎ちゃんは夕立ちゃんを迎撃』

「はいよ、当たるかわからないけど!」

 

 手持ちの主砲を夕立に向けて構え、砲撃。昨日さんざん撃ってきたのだから、反動には多少慣れている。狙いは夕立の腹の辺りだが、当たり前のようにそこからブレ、ペイント弾は腕に向かう。

 そんなところへの砲撃なんて、身体を傾ければ簡単に回避出来るだろう。夕立はニコニコしながら回避し、そのタイミングでこちらに主砲を向けてきた。撃つ方は訓練していても避ける方は初めてだ。とにかく逃げるしかない。あんなスタイリッシュに回避出来るのなら最初からやっている。

 

「うっへ、そりゃ避けなくちゃダメだよね!」

『焦らず行こ。止まり続けたら的になるだけだから、ずっと動き回って!』

「了解ー!」

 

 ただでさえ動きながらの砲撃をやったことが無いというのに、昨日の今日でコレとは。命を懸けているわけではないとはいえ、当たりたくないという気持ちは常に駆け巡る。

 夕立の砲撃は咄嗟の判断で回避することが出来た。撃った後はどうしても動きが止まってしまうため、もう少し軽やかに砲撃がしたい。

 

『菊月ちゃんも来たよ!』

 

 そこに菊月の砲撃まで重なってきたからさあ大変。1つなら見てから避けることが出来ても、2つ目となると目が追いついていかない。避けられるイメージを瞬時に想像して、その通りに動く必要がある。これに関しては無意識も何もない。ちゃんと考えないと動きようがない。

 

「初心者に! 寄ってたかって!」

「戦場では誰もそんなことは聞いてはくれぬ。お前の都合などお構いなしに撃ってくるだろうさ」

「お菊ちゃんの言う通りっぽい!」

 

 あちらの声が聞こえる程にまで近付いてしまっているため、避けるのも一苦労ではある。

 幸い2人とも私の視野に入っているため、全速力で逃げ回れば砲撃を喰らうことはない。直線上に立たないようにジグザグに動きながら、回避に専念。素人の私でも回避くらいは出来るらしい。こんなでもあちらさんは手を抜いてくれている可能性も否定出来ないが。

 そもそもみんな初心者の時代があるというもの。初めての実戦訓練なら、みんなこうなって然るべき。あの夕立にだってこういう時代があったはず。出来ないのは私だけじゃない。

 

「ええい! 離れてくれないかな!」

 

 手持ちの主砲で夕立をまた狙い撃つ。正確には咄嗟に撃ったのでまともな照準ではないのだが、多少は動きを止めることは出来るはず。

 

『援護するよ』

 

 そのタイミングで五月雨も撃ってくれた。私が処理出来ない菊月に牽制。おかげで菊月は徐々に夕立から離れていき、私への砲撃がしづらくなっている。チームなのだから相方に頼るのが手っ取り早い。

 五月雨は残しておいて私に集中砲火を浴びせるというのが相手の作戦のようなので、五月雨は基本フリーになっている。私は回避に専念して、時間を稼ぎつつ五月雨に撃ってもらうというのも良さそう。それだと私の砲撃訓練にはならないが。

 

「サミーはホント上手っぽい! なら、夕立1人でも陽炎やっちゃうよ!」

「やめてくれないかな!」

「嫌だっぽーい!」

 

 菊月からの援護が無くなったことで、夕立の砲撃が一層激しくなる。本当に戦闘のセンスが異常であることを身を以て体験させられた。私の回避のパターンをどんどん覚えていき、逃げ道が次々と失くされていく。私が必死に撃っているにもお構いなしに、超速で学習している。

 

「なら……!」

 

 最初に阿賀野さんに言われていた戦法をここで使う。今は考えてから使うので回避が疎かになりそうだが、やれる時にやらないと訓練にならない。

 少しだけ回避行動をやめ、向かってくる夕立に手持ちの主砲の照準を合わせる。本当なら動きながらそれが出来ればいいのだが、今はこれでもいいからやってやる。

 

「当たらないっぽい!」

 

 撃つ前に対応してきた。引き金を引く瞬間には既に照準からズレており、当たらない場所からこちらに狙いを定めている。

 そのタイミングを見計らって、今度は備え付けの主砲を動かす。夕立が回避した方向は()()()()理解した。その時には備え付けの主砲は常に夕立の方を向いている状態となった。

 

「当たって!」

 

 手持ちの主砲を撃ち放つと同時に、備え付けの主砲も放つ。これまでに無い反動が身体を襲い、ちょっと吐きそうになったが何とか堪えた。

 手持ちの一の矢を避けさせ、備え付けの二の矢を当てる。拙いながらも戦略としては出来上がったる気がした。

 

「んふー、甘いっぽい!」

 

 しかし、それも避けられる。結局のところ、今いる位置に照準を合わせただけなので、撃った後の位置は考えていない。的が動き続けているのだから当たるわけが無かった。

 

「でも凄いよ陽炎! 初めてでここまでやれるんだもん!」

 

 2撃同時の反動で動きが鈍くなっているところを狙われる。あ、これは避けられないなとすぐに理解出来た。だがそれを受け入れるわけにもいかない。訓練でも足掻いて足掻いて、勝利を掴み取る。

 

「この……!」

「終わりっぽい!」

 

『陽炎ちゃん、ちょっとバック』

 

 不意に五月雨の声が耳に響く。私と夕立の戦いを外から見ている五月雨だ、これは指示のままに動いた方がいい。そんなに頭に血を上らせたら、勝てるものも勝てなくなる。

 このほんの一瞬の判断が功を奏した。言われた通りに下がった瞬間、夕立の胸元にペイント弾による花が咲いていた。

 

「ぽい!?」

「この演習はチーム戦だからね。悪いね夕立」

 

 私が夕立と小競り合いをしている間に、五月雨が菊月を抑え込んでいたようだ。さすがは最高レベルの駆逐艦、技術が半端では無い。

 

 これにより初めての実戦訓練は勝利で終わった。全て五月雨のお陰ではあるものの、学ぶべきことが沢山見つかったのは嬉しいところ。これからの自分に活かすことが出来そうだ。

 




空城鎮守府の初期艦は五月雨。菊月も初期の段階で建造された艦娘となります。戦闘中はドジをしないドジっ子サミーと、厨二っぽさが漂うお菊が、この鎮守府の駆逐艦としては重鎮になりますね。


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好戦的の理由

 手持ちの主砲の命中精度は修正せず、そのままの状態で実戦訓練を開始した私、陽炎。初めての訓練では、相方として戦ってくれた五月雨のおかげで勝利することが出来たが、私は砲撃を一切当てることが出来ず、ただただ逃げ回るしか出来なかった。動いている相手に当てれるようにならなければ、戦場ではある意味がない。

 

 そこからは同じチームやらチーム内を変えて実戦訓練を繰り返した。夕立や菊月ともチームを組んで、今自分が出来ることを身体に叩き込む。

 いくら照準を合わせたら確実に当てられるからといっても、的が動いているのだからその動きを予測しなければいけない。それを予測するのは、当然私だ。結局のところ、私が強くならなければこの力も宝の持ち腐れとなる。

 

「陽炎、ホントに当たらないね」

「こっちは頑張ってるんだって」

 

 夕立にすら苦笑される始末である。回避に関しては実戦も交えて身体に叩き込まれているため、割とどうにかなっているのだが、それでもガムシャラに突っ込んでくる夕立と違って、菊月と五月雨の砲撃は的確に私を撃ち抜いてきた。私のクセももう見抜かれてる気がする。私がわかっていないというのに。

 おかげで、今の私はペイント塗れである。私のチームの敗北は、大概が私の轟沈判定のせい。初心者だって言っているのに集中砲火が酷い。私が穴であることは私自身が理解しているとはいえ、もう少し手心というか。

 

「備え付けの方は凄いね。ちゃんと意識しないと狙い撃たれちゃう」

「でも動いてたら当たらないっぽい。陽炎、その時の位置にしか撃たないんだもん」

 

 暗にちゃんと次の行動を予測してから撃てと助言してくれている。出来たら苦労しない。

 

「陽炎、お前は目に頼り過ぎている。心の眼で見るのだ。その場ではない。次の次を読め」

 

 菊月の助言は少しわかりづらいが、言いたいことは夕立と同じだ。こちらが動いているのと同じであちらも動いているのだから、先を読めと。

 

「夕立的には手持ちの方が厄介だと思ったなー。備え付けの方は動いてれば当たらないけど、そっちは何処に飛んでくるかわかんないもん」

 

 手持ちの主砲による牽制も、今はあまり役に立っていない。動きながらだと尚のこと照準がブレる。そのおかげで物凄く弾が()()()。予測不可能な挙動をするせいで回避が追いつかなくなり、結果的にとても大きな動きで回避しないといけなくなるらしい。

 乱れる手持ちと正確な備え付けという組み合わせは、自分で考えていた以上に有効な戦術に思えた。あえて精度を直さないというのは何とも言えないし、戦っている内に精度も良くなっていくかもしれないが、今はこのままで行こう。

 

「じゃあ午前中は終了で〜す。お風呂入ってご飯食べてね〜」

 

 阿賀野さんに言われ解散。ペイント塗れの私は一刻も早くお風呂に入りたかった。別に匂いがするとかそういうわけでは無いのだが、ちょっとドロドロして気持ち悪い。海上移動訓練でびしょ濡れになるのとはまた違った不快感。

 私だけでなく全員が何処かしらにペイントがへばりついていた。一番少ないのは五月雨だが、よりによって腰よりも長い髪に付いてしまったため、私以上にお風呂を希望していた。

 

「もっと鍛えないとなぁ……」

「陽炎ちゃん、頑張って! 私も手伝えることは手伝うから!」

 

 五月雨の応援が嬉しい。涙が出そう。さすが最古参、心遣いがありがたい。そもそもが心優しい子なのだろう。

 

「その前に髪洗うの手伝おうか」

「あっ……うん、それはホントお願い。自分で伸ばしておいて言うのはアレだけど、こうなると結構大変で……」

 

 だからといって切る気は無いらしい。これはこれでトレードマークだそうで。艤装の影響で青い髪に染まっているが、それがまた綺麗なものである。ここまで長い髪すらも染め切ってしまう艤装の影響というのが少し怖い。

 

「乾いてはなんだ、早く行こうか」

 

 菊月に促され、私達はそのままお風呂へ直行。いつも以上に時間がかかったものの、いつもとは違う経験が出来て楽しいものだった。何度か髪を切れと思ったのは仕方ないと思いたい。

 

 

 

 午後も午後で同じように実戦訓練を繰り返す。参加しているメンバーは変わらないため、何かしら変化してきてもいいと思うのだが、なかなか上手くいかない。回避に気を付けると砲撃出来ず、砲撃に気をつけると回避が疎かになる。

 

「だぁー! 上手くいかない!」

 

 午後の敗北回数が2桁を超えた辺りで一旦休憩とされた。今度はおやつ休憩と言いたいところだが、本当にちょっとの休憩。15分後に再開。

 さっきお風呂に入ったというのに、もう至るところがペイント塗れである。塗る場所が大分少なくなってきたと言えるくらい。

 

「ま、まぁ、初日だし仕方ないよ。私だってそうだったもん」

「ああ、この菊月も過去そうだったのだ。初日で出来れば選ばれ過ぎというものだろう」

 

 今までこの鎮守府で、実戦訓練初日からしっかり動けて勝ちを掴んできたような者は1人もいないらしい。夕立すら、戦闘センスが抜群でも最初はペイント塗れになっていたという。それに、戦場に出るまでに1ヶ月かかったというのだから、こうなって当たり前。

 センスと経験は違う。どれだけ天才的な技術を持っていたとしても、実際に戦場にいた時間があまりにも差が開いている。

 

「も少し軽い気持ちでやった方がいいね〜。焦っちゃダメダメ、最初はみんなそういうものだよ☆」

 

 阿賀野さんも同じことを言う。むしろ最初の方がトントン拍子で行き過ぎなのだ。連続で最速記録を塗り替えたことで、私自身も調子に乗っていたのかもしれない。

 

「阿賀野さん、客観的に見て私の何処に問題があるかわかる?」

 

 こういう時は素直に聞こう。自分でわからないのなら他人ならわかるはず。それに、訓練に参加していたみんなならいざ知らず、完全に外から様子を見続けていた阿賀野さんなら何かしらヒントをくれるはずだ。

 

「ん〜、阿賀野的には、経験少なすぎててんやわんやっていう風にしか見えないかな」

 

 ごもっともである。さっき自分で考えたことを、そのまま口にされた。誰が見てもそう見えるのだから、私が思っている以上にそうなのだと思う。

 

「いろんな人と訓練して、いろんなことをやってみるべきなのかもね〜。陽炎ちゃん、やれることいっぱいあるんだよ? 魚雷もそうだし、爆雷も対空砲火もあるからね」

「索敵もあるよ。電探は難しいから早いうちに覚えた方がいいかもしれないね」

「タービンによる加速も学ぶべきだろう。最速で海を駆け抜ける愉しみを知るといい」

 

 覚えることがいっぱいだ。艦娘としてまだ一歩しか進んでいないということを実感する。

 

「今日はこのまま続けてもらうけど、明日からは違う訓練も取り入れてもらおっか。木曾ちゃんの雷撃訓練とかね」

「それ確か沖波がハードって言ってたやつ」

「そうかもね〜。木曾ちゃんそういうの大好きだから力入れちゃうんだよね〜。でも流石に初心者に物凄くハードなことしないよ。多分」

 

 不安になる言い方ではあるが、砲撃訓練とはまた違った訓練になるはずなので、新鮮な気持ちで挑めるだろう。

 砲撃訓練でスランプに陥っているというのなら、別の訓練で気持ちを切り替えることは大事だ。手持ちの主砲が当たらないから備え付けの主砲の訓練を始めたときのようなもの。そもそもやることそのものを変えてしまえば、大きく気分転換出来るだろう。気分転換先でもスランプに陥ったら目も当てられないが。

 

「はい、じゃあ休憩おしま〜い。陽炎ちゃん、頑張って経験積んでね〜」

「頑張るよ。自分で選んだ道だからね」

「その意気その意気☆」

 

 その後もみんなからボコボコにされたのは言うまでもない。特に夕立。ここぞとばかりにバカスカ狙ってきて、本当に余すところなくペイント塗れにされた。

 

 

 

 夕食前のお風呂に入る前に、あまりにもペイントでベタベタだったせいで、工廠で一度洗浄されるレベルだった。ペイントで足跡が付くほどだったのだから仕方のないことだろう。流石にこれには夕張さんも苦笑。

 実戦訓練を始める最速記録にもなったようだが、ここまでベタベタにされたのも記録的とのこと。名誉なことの後には不名誉なことも付けられる。

 

 阿賀野さんは事後処理があるらしく、駆逐艦4人でお風呂へ。即座に私の洗浄が始まる。なんかすごく迷惑かけてる気分。

 

「ホント容赦なさすぎ……」

「陽炎が弱いのが悪いっぽい」

 

 悪びれなくニコニコしながら言い放つ夕立。一番私に砲撃してきたのはやはり夕立である。同じチームの時以外は確実に私を狙ってきた。

 

「仲間として戦ってよくわかったけどさ、アンタ普通に天才だわ」

 

 チームとして菊月と五月雨を相手にしている時によくわかった。夕立は天才のそれである。私のために砲撃しか攻撃手段を用意されていない実戦訓練だったが、それでもその立ち回りは熟練者のようなそれだった。

 センスと経験は違うと考えたものの、夕立はセンスで経験を凌駕しようとしていた。何しろ伸びがおかしい。経験トップの五月雨も、1対1に持ち込まれると突如として拮抗し始める。見たことを即座に覚えるというか、勘が良すぎるというか。それでも五月雨に軍配が上がる辺りはまだまだなのかもしれないが。

 

「ふふーん、陽炎が来るまでは記録保持者だからね」

「主砲は3回で慣れたんだっけ?」

「ぽい! 魚雷も1日で覚えたっぽい!」

 

 恐ろしい成長速度だ。戦闘に関しての天才なのがよくわかる。

 

「だが、索敵が弱すぎる」

「お菊ちゃんそれ言わない!」

「本当のことだろうに。電探を覚えるまでにどれだけかかった」

 

 菊月に言われてぐぬぬと苦虫を噛み潰したような表情になる夕立。電探とはさっき言っていた索敵のことか。敵が何処にいるかとかを探す装備だったか。

 あれは戦闘に関係ないといえば関係ないか。誰かに探してもらって、そこに突撃するというのが夕立のスタンスのようである。自分で探せるようにしておけと。

 

「タービンと缶使った速力アップの訓練も苦戦してたよね」

「ぽいー……誰にだって得意なのとそうじゃないのはあるの!」

 

 海上移動に苦戦していたというくらいなのだから、あれが速くなったらまたコントロール出来なくなるのもわからなくはない。自転車には乗れるようになったけど、だからといってすぐにバイクに乗れるわけではないみたいな。

 

「とはいえ不思議だ。異端とはいえ、夕立のその戦闘に特化した才能は何処から来ている。正直羨ましい」

「お菊ちゃんそういうの好きだもんね。特別な能力みたいなの」

「うむ。選ばれし者、カッコいいじゃないか」

 

 やはり厨二か。歳としては届いてないくらいだと思うが。

 

「んー、でも、夕立の場合はここに来るまでの生活が影響してるかもしれない」

「そうなの? それって話せること?」

「気にしてないし、話しても大丈夫だと思うから」

 

 そういえば他人の裏事情って殆ど聞いていない。沖波のような幼馴染みならまだしも、夕立はここで出会った赤の他人だ。それに鎮守府という空間自体が秘密主義な部分もあるし。本名禁止というくらいなのだから。

 

「夕立ね、7年前くらいに大怪我したんだよね。深海棲艦に襲われたの」

「襲撃に遭っていたのか」

「うん。その時にママも死んじゃって。で、パパに育ててもらったんだけど、その、ね。ママが死んだことでパパもすごくストレス溜まっちゃってて、その後はお察しっぽい」

 

 私のような孤児ではなく片親が残っていたが、その親と襲撃の余波でおかしくなってしまったということか。ストレスから来るお察しと言われて思い浮かぶことなんて1つしか無い。()()だ。

 夕立のこの天才的な戦闘のセンスがその影響で芽生えたものなのだとしたら、何とも皮肉なもの。好戦的な性格も、そんな過去が作り上げたものだと思うと少し悲しいものに思える。

 

「なんやかんやあって、ママの方のお爺ちゃんに引き取られて今に至るっぽい。ここに来る前までは学校にも通ってたし、お友達も沢山いたっぽい。パパがちょっとアレだっただけ」

「……ごめん、なんか聞いちゃいけないことだったかも」

「気にしてないって言ったでしょ。だからいいよ」

 

 そんな話をしても笑顔のままでいられる夕立を、私は尊敬した。私もいろいろあったが、夕立ほどではない。孤児院で楽しく暮らしていたのだから。

 

「しんみりした話はおしまいっぽい! へいへいゲロちゃんマッサージは如何っぽい?」

「ちょっ、変なところ触らないでよ!」

「女同士だから気にしなくていいっぽい。あ、ゲロちゃん意外とおっぱいあるよね。夕立の方があるけど!」

 

 空元気というわけでは無いようである。後ろ暗い過去があっても、夕立は今を明るく楽しく生きているのだから、こちらがマイナスに見るのは間違っているだろう。

 

 みんなで楽しく生きていけるのなら、過去なんて今は振り返らない方がいい。だが、艦娘をやるための原動力でもあるので難しいところである。

 




夕立って改二になる前はいいとこのお嬢さんに見えるので、両親のことパパママ呼びしてそうという浅はかな考え。


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忘却された過去

 翌日から私、陽炎は砲撃訓練ではない新たな訓練を始めていくこととなった。阿賀野さんの案で、砲撃訓練だけでなくいろいろな訓練をして経験を積んでいく方針になったからだ。

 こんなに早い段階からいろいろやっていくということがまず無い。1つのことに集中してマスターしていくというのが本来の訓練のやり方なのだが、私の場合は特殊すぎる。艤装がイメージ通りに動き過ぎるため、知識と経験を優先させた方がいいと判断されている。阿賀野さんの思い付きだったが、空城司令が正式に受諾したようだ。

 

 そのため、朝食後にまず執務室へ。本来なら何も考えずに工廠で砲撃訓練の続きなのだろうが、やることが変わるために聞いておかなくてはわからない。

 

「わかっていると思うが、今日は砲撃訓練では無いことをしてもらうよ。まずある程度経験させた方がいいと聞いているからね。狭く深くより、広く浅くの方がアンタにはいいようだ」

「なんかごめんなさい。普通の足並みにならないみたいで」

「アンタを一番効率よく使える方法がこれだったってだけさね。アタシらも納得してるから気にするんじゃないよ。ガキは大人に甘えときな」

 

 ケラケラ笑う空城司令。空城司令が言うのだから、素直に甘えさせてもらおう。

 

「前例が無いことをやってくってのは、提督冥利に尽きるってもんさ。アンタは一流の艦娘に鍛え上げてやるから覚悟しときな」

「うん、よろしくお願いします」

「まずは経験だ。学ぶことは多いよ」

 

 勉強が嫌いというわけではない。孤児院でもいろいろ教わったし、子供達に教えることもあった。あの頃とは全く違うとは思うが、私個人としてはここでの勉強は楽しみだったりする。眠くなることはあるかもしれないが。

 

「で、本題だ。今日の訓練だが……今日は休みにするよ」

「へ?」

「何素っ頓狂な声出してんだい」

 

 訓練するつもり満々でここに来たのだが、突然の休み。こんな声だって出る。意気込みが変な方向に飛んで行ってしまった。

 

「アンタはここに来てから連日訓練してるだろうに。艦娘と言っても人間なんだ。休日くらいあるに決まってるだろうに」

「そりゃそうだけど、えらく突然過ぎて」

「3日に1回は休みを与えるよ。精神的なコンディションも万全で無くちゃ戦えないだろうに」

 

 疲れ果てた状態でなんて戦いにならないだろう。悩み事とかがあってもよろしくない。今日1日を休日にあてて、心身共にしっかりと休ませて明日からの訓練に挑めと、空城司令は言っているわけだ。

 とはいえ、鎮守府で休むとはどうすればいいのだろう。当然だが、鎮守府は最前線に立つ艦娘達の拠点。最高の状態で戦えるようにコンディションを整える場ではあるのだが、娯楽施設なんて存在しない。

 

「休日って何するの……?」

 

 素直な疑問。なんかワーカホリックみたいな物言いになってしまったが、ここでの休日がわからないという意味で。

 

「そうさね、例えばアンタの幼馴染みの沖波なんかは、資料室で本を読んでいるね。資料といっても、あそこは図書室のような場所だ。みんなで持ち寄ったり取り寄せたりで娯楽誌が増える一方だよまったく」

 

 なるほど、そういうのもあるのか。確かに本を読むのはいいかもしれない。

 孤児院では1冊の本を回し読みしたりするのが常。男の子と女の子で欲しい本が違ったりするから結構大変だった。私も少年漫画や少女漫画を読んだりしたものである。

 

「磯波なんかは、鎮守府の中に花壇を持っていてね。花を育てているよ」

「そういうところ、磯波に似合ってるなぁ」

「休日だって言ってんのにトレーニングしてる奴もいる。心の休息なんだって言ってたから許さざるを得なくなっちまった」

 

 休日の楽しみ方は人それぞれ。鎮守府の敷地内でなら何をやってもいいわけだ。それが戦いに関わることだって構わないと。

 

「休日は好きに過ごしゃいい。アタシゃ余程のことが無い限りは咎めないよ」

「そっか、わかった。じゃあ適当に休むよ」

「ああ、そうしとくれ。明日の訓練はその間にこっちで帳尻合わせておく」

 

 というわけで突然の休みとなってしまった。鎮守府に来て初めての、完全にフリーな時間。どうやって過ごそうか。

 

 

 

 まず思い付いたのは、最初に空城司令に言われた資料室とは名ばかりの図書室。夕立に案内してもらった時にさらっと流されたくらいなので、中を見るのは初めて。多分夕立はこういうところが苦手なのだと思う。

 少し大きめな両開きの扉を開くと、独特な雰囲気の空間。本棚が所狭しと並び、奥にそれを読んで過ごすための座り心地が良さそうな椅子が配置されていた。

 

「こんないっぱいの本見るの初めて……」

 

 田舎者のようにキョロキョロ見ながら中を散策する。

 基本的には資料室という名前の通り、今までの深海棲艦との戦いを纏めた資料が本棚にギッシリ詰まっている。それこそ、10年前の始まりからつい先日にあったような戦いの記録まで細かく区分されていた。探そうと思えば、私が巻き込まれたあの始まりの襲撃の資料もあるかもしれない。

 

「……もしかしたら……あるのかな」

 

 興味が出たので、始まりについて探してみる。夢で本当の一番最初、海の向こうにいる群れくらいは思い出したが、それ以外は夢を辿ってもまるで思い出せない。ならば、資料を読めば何かピンと来るものがあるかもしれない。

 別に完全に思い出したいわけではないのだ。両親が侵略者に殺されたという事実があるのだから、詳細はいらない。だが、今日は休みだから時間的に余裕がある。本当に興味本位。

 

「……これ、かな」

 

 年代別に分けられていたため、始まりを見つけるのは簡単だった、その中でも一番端にあるようなもの。深海棲艦という言葉が世界に知れ渡る前の段階の資料がそこにあった。

 10年も前の資料だからか、本そのものが大分古い。それでも丁寧に使われているのか、装丁に傷一つ無かった。それに倣って私も懇切丁寧に扱う。

 

「私の住んでた街のこと、書いてあるのかな……」

 

 破らないように丁寧に、それでも普通よりは速く、ペラペラとページをめくっていく。私の受けた仕打ちが、何かしらここに書かれていることを望んで。

 本当に始まりの襲撃なのだから、本の中でも最初の方に書かれているだろうとタカを括っていた。そうしたら案の定である。

 

「あった……!」

 

 当時の深刻な状況が記載されている項目を発見した。私の住んでいた街以外にもいくつかの街が襲撃されていたらしく、そのうちの1つとして。

 当時は当たり前だが想定外の襲撃であるため、詳細な写真などは残されていなかった。書かれているのは被害の大きさ程度。当時のニュースや新聞でも大々的に取り上げられたはずなのだが、その当時は解析すら出来ない未知の生命体による侵略だったため、今ほど詳細なことは書かれていない。

 

「まぁそうだよね……あの時は大混乱だっただろうし」

 

 ただ一方的に破壊されたのだ。残せる資料すら燃え尽きてしまっているかもしれない。どんな深海棲艦が侵略しに来たかすらも残っていなかった。

 わかるのは被害地域と被害者の数。私の住んでいた街はというと、

 

「……生存者1名……」

 

 勿論これは私のことだ。それ以外は全員が殺されてしまった。私の両親も、当時の友人も、近所のおじさんやおばさん、お兄さんやお姉さん、何もかもが。幸せだった日々がこの1日で全て消し飛ばされてしまっている。

 何が辛いって、この記事などを見てもその時のことが全く思い出せないことだ。自分で記憶に蓋をしたとしても、自分で蓋がこじ開けられないのはどういうことだ。夢として断片的に思い出していくしかないのだろうか。

 

「……ぐすっ」

 

 それが一番悲しかった。忘れていたいと思ったことかもしれないが、いざ思い出したい時に思い出せないのは辛い。艦娘になったことで知っておきたかったが、今の私には無理のようだ。

 溢れそうになった涙を手で拭き、心を落ち着かせる。溢れ出る感情は、悲しみ以上に怒りだった。どんな理由があるかは知らないが、理由があったところで虐殺は許せない。その被害者として、最後の生き残りとして、私は仇を討たなくちゃいけない。

 そして問い詰めたい。人の言葉を話せるのなら、何故侵略しているのか、何故何もかもを破壊しようとしているのかを、直に聞きたい。

 

「ダメダメ、しんみりしたら出来ることも出来なくなっちゃう」

 

 心を休めるための1日でいきなりストレスを感じてどうする。余計に気疲れしてダメになってしまうだけだ。

 どうせならもっと身になる資料を読んだ方がいい。戦術書みたいな今出来ないことが出来る様になるような本とか。あとはそれこそ心を休ませるために娯楽誌を読むか。

 

「あら、先客ですか」

 

 などと独りごちていると、資料室の扉の方から声が。

 

「陽炎ちゃんでしたか。おはようございます」

「おはよう天城さん」

 

 正規空母の天城さん。この鎮守府ではまだ比較的新しい方の配属らしいが、それでも相当な実力者らしい。

 その天城さんも異端児。私や夕立と同様にD型の同期値で異常値を叩き出したことにより空城司令に拾われた経歴を持っている。阿賀野さんのように僅かに上回る程度らしいのだが、異常値は異常値。

 

「どうかしましたか? 目元が……」

「えっ、あ、ううん、なんでもないよ」

「なんでもなくは無いですね。……なるほど、過去の資料を」

 

 慈悲深い笑みを浮かべて私を抱き寄せる。私がどういう気持ちかわかっているかのように撫でてくれた。この歳になってこんなことされたことは無いので、なんだか気恥ずかしい。

 

「辛いことを思い出しちゃったようですね」

「……ううん、逆。思い出せないことが辛い」

 

 おおよそ戦闘に向かない着物姿の天城さんだが、その豊満すぎる()()がやけに目立っている。抱き締められれば、嫌でもそれに触れることになるわけで。お風呂で触れた阿賀野さんや、積極的に触れてくる夕立、あとは一度お風呂で一緒になった戦艦の2人とは比べ物にならない母性の象徴が、私を包み込むようだった。

 

「父さんと母さんが殺されたときのことが、全然思い出せないの。資料を見ても、何も思い出せないの」

「そうですか……それだけショックだったんでしょう」

 

 いいこいいこと私の頭を撫でてくれる。それだけでとても落ち着く。こうされているからか、何故だかつらつらと心が口から出て行くようだった。私は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。天城さんはそういうところが話しやすいように思えた。

 

「すごく思い出したいわけじゃないの。でも、いざ思い出せないと辛くて……」

「無理しない方がいいです。あまり考えすぎると、心が押し潰されてしまいますからね。でも、忘れろとは言いません。心をしっかり持ちましょう」

 

 より深く抱き締められる。着物越しでも柔らかさがわかり、まるで赤ん坊に戻されたみたいに落ち着く。

 

「うん、今は思い出さないようにする。まだまだ私は弱いもん。もう少し強くなったら思い出すために頑張ってみる」

「それでいいでしょう。もし何か悩み事があったら、私が話を聞きますよ」

 

 まるで先生のような包容力。これは異性どころか同性にもモテそう。

 

「ありがと。なんか恥ずかしいところ見せちゃった」

「いえいえ、陽炎ちゃんはまだ子供なんですから、大人に頼ってください」

「それ空城司令にも言われたよ。ガキは大人に甘えろって」

「あの人らしいですね」

 

 気分が落ち着いたため、天城さんから離れた。少し名残惜しいと思ったのは気のせいだと思いたい。

 

「天城さん、元は先生か何かだった? すごく話しやすい」

「前歴は保育士をしていました。そこで見初められてこの世界に。保育士も艦娘も、子供を守るための仕事ですからね」

 

 命懸けになるのは二の次になっているのが恐ろしい。だが、子供好きであることはよくわかった。信念がそちらに向いている。

 

「すごいね、私とは逆の信念だ」

「陽炎ちゃんは……その、復讐ですか」

「その気持ちが無くは無い」

 

 天城さんが少しだけ悲しそうな表情に。そして離れたところを引き戻されてまた抱き締められる。またあの豊満なそれの感触。

 

「あまり心を引っ張られないでくださいね。そういう気持ちは無茶を呼びますから」

「わかってる。死ぬ気は無いから」

「それならいいですが……さっきも言いましたけど、何かあったら私とお話ししましょう。私はお休みをいただいた時、比較的ここにいますから、悩みがあったらここに来てください。私から行ってもいいですから」

 

 やけに心配してくれるが、それは子供全員に向けての感情なのだと思う。

 

 

 

 結果的に午前中は天城さんと資料室で読書という形の休みになった。1人でいたらもっと落ち込んでいたかもしれない。近くに人がいるというのはこうも落ち着けるのかと、改めて実感した。

 




そんな天城さんも、戦闘中はキャストオフ。それを見た時陽炎は何を思うか。


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記憶の断片

 突然休日が手に入った私、陽炎。午前中は資料室で適当に読書して過ごすという少し優雅な半日だった。資料室では飲食禁止且つ持ち出し禁止だったため、ティータイムがてらの読書なんてことは出来なかったものの、充実した半日だったと思う。

 一緒に付き合ってくれた天城さんとは、ここで少し親しくなった。あちらはあちらで娯楽誌、特に恋愛小説なんてものを読んでいたのが少し意外だったものの、いくつかオススメを教えてもらった。読んでみたが、なかなかにのめり込める。次の休日はこの続きから読んでいきたいと思う。

 

「いきなり休日になったんだよね」

「そうそう。ちょっとビックリしちゃった」

 

 昼食は沖波と。資料室で本を読んでいたという話をしたら食い付いてきた。天城さんと休日が重なった時は、沖波も一緒に読書に耽けるらしい。

 

「沖波ってそんな文学少女だったの?」

「引き取られた先のお婆ちゃんがそういうの好きでね。読み漁っちゃった。おかげで視力が酷いことになっちゃったけど」

 

 私の知っている沖波は眼鏡なんてかけてなかった。眼鏡も艦娘となった影響かと思っていたが、天然で目が悪いらしい。

 

「じゃあ、午後からも資料室?」

「ううん、午後からはまた別のことをするつもり。ここでやれることは知っておきたいしさ。あとは、出来れば孤児院に連絡しようかなって」

 

 まだここに所属して1週間も経っていないのだが、少しホームシックっぽい感じになっている。当然ながら孤児院からこんなに離れたことは無い。毎日のように会い、声を聞いていた。姿が見えないのは仕方ないにしても、電話が出来るならしておきたい。それに手紙を書くのもいいだろう。

 

「司令官にお願いしたら電話くらいさせてくれるよ。私もちょっと声聞きたいな」

「じゃあ、ご飯食べたらすぐに行こうよ。沖波は午後から何かあるんだよね?」

「うん、午後からは近海哨戒任務があるんだ。領海の見回りのことね」

 

 そうやって自分達が守れる範囲を定期的に監視することで、深海棲艦による突然の侵略を事前に防ぐ。そうやって私や沖波のような被害者をこれ以上増やさないようにしているわけだ。そういうことなら私も早く参加したいものである。海の平和を守るために戦う艦娘のメインの仕事なのだから。

 とはいえ、私はまだまだその段階に立てていない。せめて実戦訓練である程度認められるくらいにまで成長しなくては、ただの見回りにすら参加させてもらえないだろう。万が一深海棲艦を発見した時に、即座に戦闘出来なければ、哨戒の意味がない。

 

「私も早く参加したいよ」

「気持ちはわかるけど焦っちゃダメだよ?」

「うん、大丈夫。さんざん言われてるから」

 

 確実に進むためには焦りは禁物。一歩一歩着実に艦娘の道を歩いていきたい。そのためには、みんなに頼るくらいしなければ。

 

 ご飯の後、沖波と一緒に空城司令にお願いして、孤児院への連絡をさせてもらった。久しぶりに聞く先生や子供達の声で、心が癒されていくのがわかった。沖波が一緒にいると話すと、先生は驚くと同時にとても喜んでいた。連絡出来なくてごめんなさいと平謝りしている沖波が少し面白かった。

 この電話、仕方ないとはいえ空城司令としーちゃんの監視下で行なわれた。電話が執務室にしか無いというのもあるが、機密を外に漏らさないようにするためでもある。それならと、ついでにしーちゃんも電話に出てもらった。私を迎えに来てもらった時に子供達に好かれていたため、おっかなびっくり話している姿は微笑ましいものだった。空城司令も温かい笑みをしていた。

 

「はい、これなら問題ありません。また電話をかけたい時があったら教えてください」

「うん、ありがとね」

「私も先生達と話せてよかったです。じゃあ、近海哨戒任務に向かいますね」

 

 沖波はその足で工廠に向かい、そのまま任務を始める。なんでも、その時空いているもので部隊を組んで出て行くらしい。哨戒くらいなら完全ランダムだそうだ。

 

「陽炎、身体は休めてるかい」

 

 沖波が出て行ったことで残された私に、空城司令が問うてきた。初めての休日がちゃんと出来ているかは気になるのだと思う。

 

「おかげさまで。午前中は資料室で読書してたよ。午後は何しようかな」

「好きに過ごしてくれて構わないよ。だが、休みってことは念頭に置いてほしいね」

 

 何しようかと考えていると、ふと思い立つ。そういえば、夕立には鎮守府内を案内してもらったが、鎮守府の外というのは案内してもらっていない。適当に散歩するのもいいか。都合の良いことに今日はとてもいい天気だ。午前中はインドアだったが、午後はアウトドアというのも良いかもしれない。

 

「じゃあ、午後はちょっと散歩でもしてくるね。鎮守府の外ってあまり知らないし」

「ああ、そうしな。わかってると思うが、敷地内から出るのだけはダメだからね」

「はーい、電話させてくれてありがと」

 

 私も執務室から出る。孤児院に電話出来ただけでも充分に癒されているが、午後はさらに癒されることにしよう。知らないことを知るというのは、それだけでも楽しくなるものだ。

 

 

 

 鎮守府の敷地自体は高い塀で囲われているため、外に出ることなんて出来やしない。海経由なら外に出られるかもしれないが、艤装が無いのだからそんなことは無理だし、泳いで行くというのはもっと無謀。

 塀の方の出入り口のところには憲兵のような人が常駐している。初日はあの憲兵さんに挨拶をして入ってきたのを覚えている。そこから一直線に鎮守府に入ったため、外のことは本当に知らない。

 

「じゃあ、ブラブラするかぁ」

 

 軽く伸びをした後、適当に歩き出した。行く当てなんて無く、外がどうなっているかを確認するように。磯波の花壇とか見させてもらおうか。

 

 ざっと見た感じ、遊具のない公園というイメージが一番説明しやすい場所。短く切り揃えられた芝と、そこを通る小道が建物をグルリと一周しているような感じだ。

 海に近付くと流石に堤防になっているが、それまでは緑で覆われていると考えていい。ちょくちょく植木もされているので、本当に公園である。

 その芝の隅の方に、割と大きな規模で磯波の花壇が存在していた。色とりどりの花が植えられ、見るものを癒す。磯波も見ることと育てることのダブルで癒されているのだと思う。

 

「なるほどなぁ。こういう趣味もいいねぇ」

 

 花壇そのものが手製に見える。磯波、そういうところ拘りそう。失礼な話かもしれないが、ジャージに軍手で作業している姿が容易に想像ついてしまう。

 

「んー、こういうところもいいなぁ」

 

 快晴の空の下、ポカポカ陽気の中、のんびりと過ごす。艦娘として戦いの日々に向かおうとしているとは到底思えない。明日からはまた訓練だというのに。

 適当に見つけた植木の木陰に腰を下ろし、ただただ潮風を感じる。いつにも増して気持ちよく感じた。こうも気持ちいいと眠くなるというもの。

 どうせ時間があるのだし、ここで少しくらい眠ってしまっても構わないだろう。なんて考えた瞬間に、私の意識は眠りに落ちた。自分ではこんなに疲れているとは思っていなかったのだが、慣れない環境、慣れない訓練で、身体は疲れていたようだ。

 

 

 

 またあの時の悪夢を見た。私の生活が一変した、始まりの侵略。

 

 5歳の私が父さんに担ぎ上げられ、母さんがそれに追従する。浜辺から退避した瞬間に、そこが大きく爆発した。綺麗でお気に入りだった海岸線は見るも無残な形にされ、その奥からは()()()()が押し寄せてきた。

 後に深海棲艦と呼ばれるようになる侵略者が、初めて陸を侵略したときのことだ。誰も知らない生命体が、誰も知らない方法で侵略を始めた。私の住んでいた海沿いの街は、その狼煙にされたのだ。

 

 逃げ惑う中、私だけは泣きじゃくりながら海の向こうを見ていた。担ぎ上げられたことで進行方向とは逆側を向いていたため、侵略者の姿をその眼に焼き付けることが出来ていた。

 腕が鉄砲のようになった女、下半身がジェットスキーのようになった女、刺々しい盾を持った女、頭に大きなエイリアンのようなものを被った女。それに、人間とも思えない化け物達が、それこそ水平線を埋め尽くしているのではないかと思えるほどに群れをなしていた。

 

 その中でも一際目立っていたのが1人。一面真っ黒な中でもたった1人だけおかしな女がいたことが、幼い私の脳裏に焼き付いていた。

 

 何故これを今まで忘れていたのだろう。あんなにもわかりやすい、黒に交じる()を。

 

 

 

「おねーさん、陽炎おねーさん! 大丈夫っしゅか!?」

 

 占守の声で目を覚ます。目を開くとかなり近い位置に心配そうな占守の顔があり、少し驚いた。

 この鎮守府に来て2度目の悪夢。今回は資料室で私の思い出せない記憶の記載されているであろう資料に触れたことが原因だろうか。結局何もわからず終いだったのに、こういう形で効果があるとは。

 

「ん、あ、ああ、大丈夫大丈夫」

「すっごい魘されてたっすよ。嫌な夢見たんしゅか?」

「うん、ちょっとね……」

 

 占守だけではない。その後ろには占守と一緒にいたであろう他の海防艦の子供達もいた。私が普通では無い魘され方をしていたようで、泣きそうな顔でおろおろしている松輪と、目が覚めたことに安堵している大東。占守と同様、この鎮守府の最年少であり、小学生故にまだまだ子供。

 そしてそのさらに後ろ、海防艦達を管轄しているであろう空母の大鷹が2人を宥めていた。私と殆ど同い年ではあるが、駆逐艦よりも高度な護衛空母という少し特殊な空母の役割を貰っている。

 

「心配させちゃったね、ごめんごめん」

 

 その場に立ち上がる。疲れを取るための睡眠が、逆に疲れを増す羽目になるとは思わなかった。

 どんな夢を見たかは伏せておく。子供には少し刺激が強いかもしれない。さらに言えば、松輪は異端児だと聞いている。過去に苦しい思いもしているそうなので、そこを刺激しないように。

 

「占守達は何でここに?」

「海防艦のトレーニングっす! 占守達はちっこいから、しれぇが体育の時間を作ってくれたんしゅ!」

 

 先程までは起きたばかりだから気に留めていなかったが、占守達海防艦はいつもの制服ではなく運動着とも言えるTシャツとショートパンツ姿だった。大鷹もジャージ姿。

 なるほど、基礎体力を鍛えるために子供達のための運動の時間を作っているわけだ。大鷹が先生をしつつ、3人の子供を遊ばせたりしてストレス解消もさせてあると。

 大鷹の姿が孤児院にいた時の自分にダブって見えた。私も子供達とこうやって遊びながら体力作りをしたものである。

 

「よーし、迷惑じゃなかったら私も参加してあげよう。大鷹、大丈夫かな」

「はい、構いませんよ。というか私1人だと3人の体力についていけなくて」

「わかる。子供の体力なめちゃダメだよね、うん」

 

 松輪は大人しい子なのでそうでもないようだが、占守と大東がとにかく落ち着きがないらしく、大鷹も手を拱いている様子。今でこそ私が魘されていたことで大人しくしているものの、いざ体育の時間となると手綱が握れないこともあるらしい。

 なら、多少分散させるために私が手伝ってあげよう。言っては悪いが、数日前まで似たようなことをしてきたわけだし、そもそもそれを長年やり続けてきた。海防艦より幼い子の面倒だって見てきたのだ。一日の長があるというもの。

 

「みんな、陽炎さんが一緒に遊んでくれるそうですよ」

「えっ、マジ!? やったー!」

「なら鬼ごっこやるっす! 陽炎おねーさんが鬼っしゅ!」

 

 私が大丈夫とわかった途端、目の色を変えて遊びに集中する。松輪はまだ少し落ち着いていないようで、大鷹の側から離れられそうになかった。

 そういう意味でも私が手伝う意味はありそうだ。それに、松輪がこうなってしまったのはわたしのせいでもあるし。

 

「松輪、私はもう大丈夫だから、泣き止んで」

「ひぐっ、ひっ、だいじょうぶ? ほんとうに?」

「大丈夫大丈夫。ほら、元気いっぱいだよ。見てて」

 

 松輪の頭を撫でてやり、そのまま走り出した占守と大東を追いかける。鬼ごっこだって手慣れたものだ。子供達の動きなんて大体想像つくから、ここからは単純に体力勝負になるだけ。負けるつもりは無い。

 少し鬼ごっこをしている姿を見せたら松輪も落ち着きを取り戻し、参加出来る程にまではなった。3人を1人で追いかけ回すことになるが何も問題ない。1人捕まえては思い切りくすぐるなどして、力いっぱい楽しませてもらった。

 

 

 

 だが、まさか昼寝をしている最中に悪夢を見ることになるとは思わなかった。

 あの夢の最後に見た、黒の中に交じる()()深海棲艦は何者だったのだろうか。

 




大鷹は空母の中では見た目が若干幼いため、あえて陽炎と同い年くらいということにしておきました。あの子15歳くらいに見える。


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心優しき子供

 午前は読書、午後は子供達と遊びを交えた体育と、充実した休日となったと思う。これなら明日からの訓練に向けての英気も養えただろう。午後は結構疲れたが、心地よい疲れなので良し。お風呂に入ってゆっくり休むだけで疲れは取れるくらいだ。

 あれのおかげで海防艦の子達とも仲良くなれた。占守は海上移動訓練の時に助けてくれたことがあったが、松輪と大東は大きく関わるのは今回が初めて。遊びを通して仲良くなるのは、孤児院で長く生活していた私、陽炎にはお手の物である。大鷹と同じくらい懐かれたのではないかと思えた。

 

 だが、どうしても1つ気がかりな部分が出てきた。体育に付き合う前に昼寝をしてしまったのだが、その時に見た悪夢。黒い軍勢の中に交じった、()()()()()()の存在である。

 つい最近まで一般人だった私に深海棲艦の知識はそんなに無い。侵略者であることしかわかってないと言えるくらいだ。ぶっちゃけてしまえば、黒いの以外いるなんて知らない。

 

「で、アタシのトコに来たってわけかい」

 

 本日3回目の執務室。夢を見たというだけではあるのだが、一応空城司令に報告しておこうと思った。馬鹿馬鹿しいと相手にされなくても構わない。話を聞いてもらうだけでも少しは落ち着けると思う。

 

「その夢、見始めたのはいつからだい?」

「艤装を装備した次の日かな。で、2回目がさっき」

「……そうかい」

 

 少し考え込む仕草。私の曖昧な夢についても真剣に考えてもらえるのは嬉しいことである。

 

 1回目は艤装に私が接続されたことによる影響、2回目は資料室で始まりの襲撃の資料を確認したことで何かが刺激されたからではないかと勝手に考えている。空城司令もそれはあり得ると頷いてくれた。

 髪の色が変わったりする程度には艤装が人間に干渉してくるのはわかっている。私はそれが逆で、艤装を従わせているらしいのだが、それでも何らかの影響があってもおかしくはない。

 

「赤い深海棲艦か。他に何か特徴はあったかい?」

「それが思い出せなくて。ぼんやりと赤いヤツってことくらいはわかった程度なの。多分それが一番思い出したくないところなんだと思う」

「そりゃあアンタの一番深い傷だろうからね。今まで思い出せなかった最悪な記憶が、艦娘になっていろいろ海のことを知り始めたことで刺激されてるんだろうさ」

 

 このまま艦娘を続けていたら、何かにつけて悪夢を見るようになるかもしれない。そうやって封印していた記憶を少しずつ少しずつ紐解いていき、両親の最期を思い出していくことになるか。

 天城さんにも吐き出したが、思い出せないことが辛い。あの時に何があったのか、何処まで覚えているか私にもわからないが、出来る限り全てを思い出したいものである。今の私ならその記憶に耐えられるはずだから。

 

「アンタの言う赤いヤツが何者かはまだわからない。だが、アンタがそう言ってくれたのなら、こちらでも調べておく。今までに発見されているのか、アタシらの知らない新種なのかくらいの切り分けはしておきたいからね。その時が来たら協力しとくれ」

「うん、了解」

 

 敵の姿とかも資料室にあったりするのだろうが、今日はそこまで見ていなかった。あの後に天城さんと会っていなかったらもしかしたら探し出してでも確認していたかもだが、結果的にまだ赤い深海棲艦についてはわからず。

 空城司令に提示してもらえば、ちゃんと答えられるようにしておく。私よりも詳しいにきまっているし、夢で見たからといって独断先行するのもどうかと思うし。

 

「じゃあ、夕飯食ったら休みな。午後は大鷹のところで子供の面倒を見てたんだろ。疲れてるんじゃないかい」

「疲れてはいるけど、これくらいなら慣れてるから。でも、明日のためにすぐに寝ることにするね」

「そうしな。疲れが取れてなかったって訓練でギブアップされても困る」

 

 そんなことで弱音を吐くつもりはない。明日から何を始めるかはまだ伝えられていないが、何が来ても問題ないくらいにコンディションを万全にしておきたいところ。

 

「また夢を見たらアタシに言いな。自分だけで抱え込むんじゃない。前にも言ったが、ガキは大人に甘えな」

「そうさせてもらうよ。司令はホント頼りにしてるから」

「ああ、アタシゃここのトップだからね。頼りな頼りな」

 

 ケラケラ笑う空城司令の頼もしさといったら無い。この人なら全て解決してくれるのではという圧倒的な信頼が生まれている。これくらい自信満々なら、失敗もしないのだろうなと感心する。

 

 

 

「今日は早く寝よう。うん、そうしよう」

「休日だったのにまだ寝足りないっぽい?」

 

 お風呂上がりに決意。一緒に入っていた夕立に言われてしまうが、私はこの休日もそれなりに身体を動かして疲労している。寝ようと思えばすぐさま落ちることが出来るだろう。というか夕立は休日どんな生活してるんだ。

 身体を拭きながらそのことを説明すると、羨ましそうにこちらを眺めてくる。

 

「海防艦の子供達と遊んでたの? 夕立も1回だけ付き合ったことあるっぽいけど、あの子、松輪にちょっと怯えられてて」

「アンタ何したの」

「何もしてないっぽい! ちょっと本気で鬼ごっこしただけ」

 

 ああ、多分容赦なく本気で追いかけ回したんだろう。夕立そういうことやりそうだし。似たような占守と大東はそれでも楽しんでいるかもしれないが、大人しい松輪には刺激が強すぎるかもしれない。

 子供と遊ぶときは同じ目線に立って、たまにはあちらに勝たせるくらいでないとダメだ。しかもそれがわざとであることを気取られないように。

 夕立は性格的にそういうの向いてないと思う。妙に負けず嫌いだし、子供相手でも手を抜かないようなイメージがある。本人が子供っぽいからだろうか。

 

「でもゲロちゃん、大人のお姉さんの次はお子ちゃま誑かしてるっぽい?」

「誑かすとは失礼な。たまたまだよ、たまたま。あとゲロちゃん言うな」

 

 まだここに来て日は浅いが、次々と関係が持てているのは嬉しいものではあるが。上は陸奥さん霧島さん天城さんといった大人の女性、下は海防艦という幅広い層と友好関係が持てているのは、ここでの生活がしやすくなるためありがたいことである。

 

「あ、あの……」

 

 などと話していると、急に声をかけられる。まだ下着すら身につけていないのでアレだが、素直に声のする方へ。私を引き留めたのは、少し意外な人物。

 

「どうしたの、松輪」

 

 それは、今日の午後に一緒に体育として遊んだ海防艦の1人、松輪。お昼寝で悪夢を見たとき、一番私のことを心配してくれた心優しい子供。後ろには大鷹含めた海防艦チームが勢揃いしているが、先頭に立っているのは松輪。もうあちらもお風呂に入った後なので、可愛らしいパジャマ姿。

 すごく幼く見えるのだが、艦娘の適性年齢は10歳からのはずだ。成長が遅いのか、何か事情があってそれよりも早くここにいるのかは定かではない。

 

「かげろうおねぇちゃん……またいやなゆめ、みますか?」

「どうだろう。何かきっかけがあれば見るかもしれないけど、一度見たから夜は見ないかもしれないし、連続で見る可能性も無くはないね」

 

 あの時の魘され方が余程堪えたか、私のことが今でも心配のようである。眠ったら苦しむと考えているのだろう。

 

「こわいゆめ……まつわもたまにみます……だから、たいようおねぇちゃんと……いっしょにねるようにしてて……またみたらいやだなっておもって……」

「そうだね。怖い夢を見たときには、誰かに傍にいてほしいよね。小さい頃にあったなぁそういうこと」

 

 そもそも海防艦は全員、かつ大鷹も込みの4人で1部屋を使っているとのこと。まぁあれだけ幼いのなら、1人部屋は難しいか。大鷹は完全に海防艦の管理人と化しているようである。

 海防艦の中で一番年上に見えるのは占守なのだが、その占守も誰かと一緒に寝るくらいはしていそう。組み合わせ的には大東と一緒か、大人がいなくても、同年同士で一緒にいれば楽しいもの。いざとなれば大鷹がいくらでも動いてくれるだろう。

 

「か、かげろうおねぇちゃんも……だれかといっしょにねれば……こわいゆめをみても、さみしくない……です」

 

 なるほど、私も今日は仲間に加わった方がいいと、松輪は言っているわけだ。酷い夢を見たのだから、眠るのが怖くなるのではないかと、松輪はさらに心配してくれている。

 怖いというよりは、トラウマを抉られているような夢。外部からの刺激でその記憶が紐解かれていき、実際にあったことを回想している。その度に魘されるのは確かに堪ったものではないのだが、だからといって誰かに添い寝してもらう程でも。

 だが、松輪が心配してくれているのは嬉しいことだった。その好意は素直に受け取っておきたい。なら今日だけでも松輪の期待に応え、気持ち良く眠れるようにするのもアリか。

 

「じゃあ今日は松輪が私と一緒に寝てくれる?」

「えっ、あ、ま、まつわでよければ」

 

 パァっと表情が明るくなる、これが言ってほしかったのだろうなと表情から窺えた。

 

 そういえば、孤児院にいた頃もこんなことがあった。私よりも小さな子が怖い夢を見たらしく、それを翌日になっても引きずっていたため、私が添い寝してあげるなんてことが。

 それと逆だ。私が悪夢を見たから子供の松輪が心配してくれている。子供なりに周りをちゃんと見ているんだなと。

 

「大鷹、いいの?」

「構いませんよ。ベッドは人数分ありますから。それに、松輪ちゃんが自分でしたいと言い出したことですし」

 

 完全に先生と同じ目をしていた。海防艦を受け持っていることで保育士の才能が開花している気がする。

 

「夕立ねーちゃんも一緒に寝ようぜー!」

「そうっしゅ! ここで会ったが百年目っしゅ!」

「それ多分違う言葉っぽい」

 

 占守と大東が夕立を引き込もうとしているが、松輪としては大丈夫なのだろうか。さっき怯えられていると言っていたが。

 

「松輪、あんなことになってるけど大丈夫?」

「おねぇちゃん達がいるなら……まつわはへいき……です」

 

 やはり少し怯えているようにも見えるが、私や大鷹がいれば大丈夫だと主張。それに、夕立がいるとか関係なしに、私のことを心配して誘ってくれたことだ。怯えていても耐えられないほどではないようである。

 

 

 

 そして海防艦部屋へ。大鷹の言っていた通り、私達の使っているものと同じベッドが4つあるため、普通の部屋よりもかなり広めに造られている。団体の子供部屋というイメージだ。その一角は大鷹のプライベートな場所になっているようだが、それ以外は海防艦3人で使う場所。

 孤児院は、小さな子供は私も含めた比較的大きな子供と相部屋にされたり、寝るときだけ一緒になるということはあったが、大部屋にみんなでということは無かったため、少し新鮮。

 

「いらっしゃいっしゅ!」

「ゆっくりしていってな!」

「ホント何処で覚えてくるのそういうの」

 

 占守と大東は夕立を引っ張り込み、私は松輪と一緒に部屋の中へ。ちゃんと片付けられているのは大鷹の教育の賜物だろうか。

 

「あのさ夕立、一応子供と寝るんだからさ、もう少し節度ってのをさ」

「夕立、寝るときは何も着ないっぽい。これでも譲歩してるんだけど」

 

 ちょっとしたパジャマパーティー感覚なのだが、夕立の恰好には少しだけ苦言を呈しておく。いつもは全裸で寝ているというのは置いておいて、パジャマとかそういうのも無しに、大きめなシャツ1枚でここに来てしまった。多分あの下何も身につけていない。

 風呂上りにやたらラフな恰好で部屋に戻ると思っていたがここまでとは。部屋についた途端全部脱いでるんだろうなとしみじみと思った。

 

「時間は……まだ消灯時間までありますね。どうしますか?」

「夕立お姉さんとお喋りするっしゅ!」

「おー! 今日は3人で寝るぜー!」

 

 あちらはあちらで徒党が組み上げられているようである。ならこちらはこちらで。

 

「松輪、もうおねむかな?」

「……まつわも……かげろうおねぇちゃんとおはなし、したいです」

「そっか。じゃあ眠くなるまでお喋りしようか。大鷹もね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 6人がちょうど2組に分かれたような感じに。流石に1つのベッドを使って私と大鷹で松輪を挟むことは難しそうではあるが、ギリギリまで一緒にいて、最後は一緒に寝てあげよう。

 

 

 

 その日は悪夢は見なかった。一度昼に見たから連続で見ることは無かったようである。何かしらの記憶を刺激するような出来事があったらまた見るかもしれない。そのトリガーは何かわからないが。

 




松輪ってものすごく人見知り激しそうに思えるんですが、陽炎にはすぐ懐きました。無意識に同類であると感じ取っているのかもしれません。


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新たな経験

 丸一日貰えた休日で充分に休むことが出来た私、陽炎。歓迎会の時にくらいしか話すことが出来なかった仲間達の一部と交流出来たのも良かったし、その中でも海防艦の子供達が懐いてくれたのは特に良かった。怖がられるより全然マシ。朝イチに夕立が占守と大東の手により大変なことになっていたが、それは忘れることにする。

 自分の部屋では無いところから1日が始まるのは初めてのこと。また別の人の部屋にお泊りなんてのも良いなと思えた。異端児駆逐艦でパジャマパーティーというのもいいかも。夕立にはいろいろと自重させて。

 

 次の日からは砲撃訓練ではない訓練が開始されることとなった。手持ちでも備え付けでも動いている的に当てられないのだが、実戦訓練に入る前にもっと経験を積んだ方がいいという判断をされたからである。

 そしてその初日。今日経験するのは魚雷。いわゆる雷撃訓練というものである。初日に沖波がハードだったと話していたことで、砲撃より緊張しながら準備を始めることに。

 

「雷撃訓練っつったら俺だからな。ビシビシ鍛えてやるから覚悟しておけよ」

「よろしくお願いしまーす」

 

 案の定、この訓練を見てくれるのは木曾さん。そして一緒にやってくれるのは沖波。今回は初心者の私が参加するということで、そこまで激しい訓練はしないということを前置きされ、早速訓練を開始すると海に出る。

 私の艤装のマジックアームには、魚雷を発射する装置、発射管が接続されていた。放てる魚雷は勿論殺傷力の無いダミー。前使っていた主砲とは逆のアームを使ってるということは、主砲と併用も視野に入れているということだろう。最初からこちら側にセッティングすることを前提にした訓練のようだ。

 

「魚雷は駆逐艦のメイン武装だ。主砲よりも大事になってくる場面が多い。なんでかわかるか?」

「うーん、初心者目線で考えてだけど、主砲よりもでっかいから?」

「概ね正解。主砲の弾より確実にデカいダメージが与えられるからだ。主砲でぶち抜けないくらい硬い装甲だろうが、魚雷なら吹っ飛ばせる。そいつは一撃が戦艦の主砲並みに火力が出るからな」

 

 それは確かに重要だ。駆逐艦の主砲だって大事な武器だろうが、本当に硬い敵を相手にした場合は意味をなさない場合も考えられる。そういう時こそ魚雷を使ってその硬いところをぶち破るというわけだ。

 

「と言っても、陽炎は今日が雷撃初めてだな。まずはしっかり的に当てるところから始めるぞ」

「魚雷も的当てなんだ」

「ああ。主砲とは操作性が変わってくるからな。まずは確実に当てられるようになってから、今度は自走式の的に当ててもらう」

 

 主砲の場合は撃ったらかなり早いタイミングで的に当たるが、魚雷は着水してから自走するというタイムラグがあるとのこと。主砲よりもタイミングを図るのが難しいようだ。

 主砲で動いているものに当てられない私としては、余計に苦戦しそうである。まぁまずは止まっている的に当てられるようにして、魚雷がどういうものかを知っておく必要がある。

 その的はさくっと沖波が用意してくれた。主砲の訓練の時とはまるで違う位置。やたら低いところにあるのがわかる。

 

「頑張ってね、陽炎ちゃん。私はそういう形式の魚雷じゃないから、助言出来るかはわからないけど」

「一緒にいてくれるだけでも心強いよ」

 

 沖波の発射管は太腿にセットしたもののため、私とは感覚が大分違うようだ。さすがに発射は艤装側に接続しているため、イメージで引き金を引く、さらに言えば木曾さんも同じ形式のものと、艤装備え付けの発射管の重装備。備え付けと言っても、私のマジックアームとは違う接続の仕方。

 何でも木曾さんは普通の艦種ではなく、重雷装巡洋艦という特別なものらしく、魚雷のスペシャリストだそうだ。そんな人なら教えるのも上手いだろう。

 

「じゃあ、早速撃ってみるか。やってみなきゃ始まらないからな」

「よぉし、じゃあ、イメージ!」

 

 多分これも主砲と同じで、的に向けて真っ直ぐに向けるべきなのだと思う。主砲よりも大きなそれは、私が狙いを定めると同時にガシャンガシャンと音を立てて動く。

 

「身体を横にした方が狙いやすいぞ。ボールを投げたことくらいはあるだろ。それと同じだ」

 

 なるほど、その方がイメージしやすいか。発射管は私から見て左側のマジックアームに接続されているのだから、身体の左側を前に向けて構える。どうせなら狙いを定めやすい方がいいから、左手で的を指差した。あそこに向かえと指示するように。

 

「じゃあ撃つよ!」

 

 魚雷を発射するイメージというのは難しいが、主砲と同じように引き金を引くように考える。

 すると、主砲とは違う反動と共に、発射管から魚雷が4本放たれた。ズボッと筒から大きなものが抜け出るような感覚がする。そして放たれた魚雷は着水直後、速度を上げて的に一気に向かった。一直線に脇目も振らず、私の思った通りの場所に進んでいき、綺麗に的に直撃。

 

「うわっ、すごい音!」

 

 ガインと金属同士が強くぶつかった音が鳴り響く。4本同時に一直線だったため、的に当たったのは1本だけ。とはいえ、点の攻撃である主砲とは違う線の攻撃なため、どれかが当たれば大ダメージという結構大味な一撃だ。むしろどれかが当たればいいくらいなので、正直主砲より狙いやすいまである。

 そんな私を見て、木曾さんは少しだけ驚いていた。

 

「当たった当たった!」

「全然ブレなかったな。普通なら初めてやった時は発射の反動で少なからず身体がブレるはずなんだが」

 

 確かに重たいものがズルンと抜け出したのだから、主砲とは違った重たい反動が身体に伝わってきた。だが、撃った時の姿勢が良かったというのと、主砲の時の反動を知っていたおかげで、あれくらいなら耐えられる。

 いきなり魚雷から始めていたら、あの反動ですっ転んでいたかもしれない。他の知識はこういうところで活かされるものである。

 

「陽炎、もう一回やってみろ」

「おっけー。もう1発ね」

 

 今と同じように構えて、同じようにイメージ。そうするだけで、1回目と同じように魚雷が放たれ、同じように的に向かって進み、同じような大きな音を立てた。

 ブレのことを言っていたが、今回も反動は抑え込めていた。勿論何も感じなかったわけではない。しっかりと身体に伝わってきている。だが、来ることが分かっているのだからキッチリと支えたというイメージ。

 

「お前、艤装経由なら大概が思い通りに行くんだっけか?」

「主砲の時はそうだったね」

「初めてでここまで反動軽減出来てるのは流石だな。いくら砲撃訓練の後と言っても、ここまで簡単に行くもんじゃないぞ」

 

 初めての発射で的にしっかり当てているのは、なかなかいないらしい。

 今一緒にやっている沖波も、今でこそ止まってる的には確実に当てられるが、太腿から発射するせいで安定性が最初は全く無く、放つたびに身体がブレブレだったそうだ。4本同時に放ってもあらぬ方向に向かっていくのがデフォルト。

 やはり主砲と同じで、艤装に直接セット出来る恩恵は計り知れない。特に私の場合はそれが如実に表れている。艤装に接続されているのなら、発射の挙動すら()()()()。完全にイメージ通り。

 

「陽炎、試してみたいことがある。()()()()()()()()を的に当ててみろ」

「え、指定? りょ、りょーかい。4本撃てばいいの?」

「ああ、出来るならその魚雷だけでもいい」

 

 少し訝しげな顔をしたが、私のやりたいようにやれということなので、右側1本だけの発射にチャレンジ。

 

 4本のうちの1本だけを放つイメージ。人差し指だけを動かす感じに集中し、そして放つ。魚雷は私のイメージ通り、そして指示通り一番右側に格納されている魚雷だけが放たれ、真っ直ぐ的に向かっていき、そして直撃した。止まってる的には命中率100%。備え付けの主砲と同じだ。

 木曾さんが目を見開いていた。沖波も手を止めて私の魚雷発射を見届けている。口が半開きになってるが大丈夫か。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

「撃つときはオールオアナッシングなんだよ。4本全部撃つか、1本も撃たないかのな」

 

 艦娘の扱う魚雷発射管の仕様というのがそういうものなのだそうだ。むしろ魚雷を1本だけ放つとか、命中率などを加味してもやる必要が無い技。線の攻撃をわざわざ点にして、しかも主砲と違って海の上に上げられないような一撃を放つとか意味がない。

 当てられる確率を極限まで上げる一撃必殺が魚雷の強みだ。それを捨てるこの行動は、やれてもやらないのが吉。

 

「艤装に接続してるからか。武装までお前の思い通りだ。本来やれないことまでやれちまった。マジで暴君だな」

「それ誰から聞いたの」

「夕立から。陽炎は女王様だって言ってたぞ」

 

 アイツめ。次に会ったら苦言を呈しておこう。

 

「じゃあ、後はお前の腕しかないな。艤装は言う通りに動いてくれてんだ。指揮官が無能だと意味がない」

「う」

「動いてる的に当てられない。そもそも艤装に接続されてない主砲がまともに扱えない。それはお前の腕が足りないからだ。理由は簡単だな。経験が足りなすぎる」

 

 経験に関しては当然のこと。それ故に、あらゆることをやっていき、どんどん身につけていくことで経験とする。今回の件も、先に主砲をやっていたから上手くいった部分が大きい。経験が身になっていると思える。

 

「今日は丸一日雷撃訓練って決まってるからな。いや、まさかこんなに早々に次の段階に行けるとは思わなかった。暴君様々だ」

「暴君って呼ぶのやめてくれない……?」

「いいじゃないか。カッコいいと思うぞ。菊月辺りは確実に食いつくな」

 

 厨二センスはよくわからない。私には暴君という呼び名は蔑称以外の何物でもないと思うのだが。それを喜ぶ者もいるかもしれないが。

 

「沖波と同じ訓練に移るか。自走する的に当てろ、以上」

「あ、やっぱりそうなっちゃう」

「当然だろ。敵は止まっちゃくれないぞ」

 

 ごもっともである。沖波も苦笑していた。

 

 そこからは動いている的への雷撃。あの的、ラジコン式で木曾さんが操作出来るらしい。なんとコントローラー付き。夕張さん手製だそうだ。

 準備が出来たということで早速スイッチオン。すると、それなりの速度で的が動き出した。木曾さんが動かしているからか、割と不規則な動き。あれは一応深海棲艦らしい動きを再現しているとのこと。

 

「ヤツらは知性がある。普通に魚雷を避けようとするからな」

「あんなバケモノみたいなヤツでも?」

「本能なんだろうよ。どんなヤツでも死にたくはない」

 

 確かに。私達だって死にたくないから避ける。頭が良かろうが悪かろうが、命の危険が及ぶことは、避けられるものなら避けるだろう。わざわざ直撃を受けたがるとか何処のドMか。

 そういう意味ではヤツらも私達と同じで生物なのだと実感出来る。そんなヤツらが侵略しに来ているかと思うと気分が悪いが。

 

「よし、じゃあやるぞ。沖波、手本見せてやれ」

「はい」

 

 私にはイメージの力を培う必要があると、まずは上手くいっている場面を見せてくれる。

 動き回る的に沖波自身も動きながら狙いを定め、的よりも少し離れた前方辺りに発射。的は急ブレーキをかけるが、そのせいで4本の魚雷のど真ん中で立ち止まることとなり、回避不能となって1本が直撃した。

 

「まぁこれがレベル1ってところだ。不規則だがズルい動きはしていない」

「なるほど……少し前の方を撃つってわけね」

「進行方向を予測するんだ。それに俺達もそうだが、深海棲艦は急に止まらない。ブレーキかけて次の進行方向を考える時間ってのがある。今はこうやったが、急加速して擦り抜けるなんてヤツもいるからな」

 

 沖波がうんざりした顔を見せていた。この前ハードだったと言っていたのは、このレベルが高いものに当てるというヤツだ。不規則且つズルい動きでちょこまか動く的に命中させると。

 

「頑張って。木曾さん結構ズルい動きさせてくるから」

「うん、さっきの口ぶりからして何となくわかる」

「おいおい、俺はお前らに育ってほしいだけだぜ?」

 

 ケラケラ笑うが、この訓練が過酷なものになるのは既に想像がついていた。

 

 結果的に、午前も午後も動く的を追いかけ回して魚雷を当てるという訓練で敷き詰められる。当てたらレベルアップして、より小狡い動きを足していくという感じ。

 沖波がハードと言っていたのがよくわかった。当たるまで終わらない。そして当てさせる気が一切無い。訓練が長引くのは仕方ない。

 

 それでも強くなっていくのが理解出来る。私の艦娘人生は充実しているだろう。

 




陽炎の魚雷発射モーションはアーケード準拠。指差した先に魚雷を飛ばす感じがとても可愛い。


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艦娘の素質

 経験を積むためにあらゆる訓練をしていくことになった私、陽炎。砲撃訓練から一時的に離れ、まずは雷撃訓練をこなした。木曾さんの教え方がいいのか、丸一日かけた自走式の標的に命中させる訓練のおかげで、魚雷に関してはかなりコツを掴んでいる。

 このコツを砲撃に活かすことが出来れば、備え付けの主砲は勿論のこと、手持ちの主砲もそれなりの命中率になるのでは無いかと思う。要は、ちゃんと敵の動きを見て、次の動きを予測しようねということだ。

 いくら艤装を私の支配下に置いているのだとしても、予測やら何やらは私が自力でやらなくてはならない。艤装が周りを見ているわけでは無いのだ。私が見て、その情報を艤装に送り、イメージして実行する。ただそれだけ。それが難しいわけだが。

 

「お疲れさん」

「うん……本当に疲れた」

「お疲れ様、陽炎ちゃん」

 

 沖波と一緒に疲労困憊で訓練終了。木曾さんホント容赦ない。おかげで動いている的相手にある程度の確率で当てられるようになった。私にはそれくらいスパルタで身体に叩き込んだ方が身につくのかもしれない。艤装との連携もより強く出来るようになったようにも思える。

 

「これなら主砲より上手く使えるようになったんじゃないか?」

「かもしれない。このノウハウを砲撃に持って行けたらいいかなぁ」

「だな。何でも経験するってのはいいことだ」

 

 この案を出してくれた阿賀野さんに感謝。何事も経験である。

 

「明日は何やるんだ?」

「明日は確か潜水艦対策のヤツ。海防艦の子達とやるって聞いてる」

「ああ、対潜か。あれは逆に大変だぞ。目じゃないところ使うからな」

 

 潜水艦は海の中にいるため、目では見えない。故に、音を聴いたり、電波を飛ばしてその反応で場所を調べたりになるらしい。しかも潜水艦への攻撃は艤装とか関係が無い、手で投げるという原始的な方法。おそらく私が一番苦戦するであろう訓練である。

 そこは海防艦の子達に懇切丁寧に教えてもらうことにしよう。ああいうのは年齢とか関係ない。知る者に聞くのが一番の近道。

 

「じゃあ、明日に備えてしっかり休めよ。やることが変われば疲れ方も違うからな」

「うん、そうさせてもらうね。今日はありがとうございました」

「おう、またシゴいてやるから覚悟しとけよ」

 

 本当に覚悟が必要な気がする。体力も付けないといけないと実感。ただの女子高生では普通に耐えられない運動量な気がする。さすが世界を守る仕事。やることがやることだけに、世界レベルの体育会系にも思えてきた。

 

「お、ちょうど哨戒部隊も帰ってきたみたいだな」

 

 終わり際に工廠から見える海の向こうに一部隊が帰投するところが見えた。午後イチに出て行った6人の艦娘、本日の哨戒部隊である。

 訓練に必死だったため今の今まで気付かなかったが、遠目でもわかるくらいに黒煙が上がっていたので何事かと思った。深海棲艦を発見した哨戒部隊のうちの1人が被弾したようだ。

 

 それを事前に報告されていたか、帰投のタイミングに合わせて空城司令もしーちゃんを引き連れて工廠に現れる。

 

「さくせんがかんりょうしたとぃぅほぅこくが……くかー」

「加古、寝るんじゃないよ!」

 

 哨戒部隊の旗艦である重巡洋艦の加古さん。帰投するや否や、艤装も下ろすことなく眠ろうとしたため、空城司令が思い切り張り倒す。艤装を装備しているため、ビンタを受けても痛くも痒くも無いのだが、眠気覚ましにはなったようで、眠気を隠さず欠伸をしながら状況報告。

 

「みっけたのは……あー、何だったっけ?」

「重巡2体と軽巡1体、あと駆逐艦3体ね。旗艦なんだからしっかりしてよ」

「だぁからあたしが旗艦はダメなんだって。そういうのはガサにやらせりゃいいのさぁ」

 

 加古さんの補佐のように立ち回っているのは同じく重巡洋艦の衣笠さん。加古さんと違ってとてもしゃんとしている。何故か衣笠さんでなく加古さんが旗艦なのには、空城司令なりの考えがあるのだと思う。

 ちなみに衣笠さんはM型の異端児である。私もそうだが、異端児だからといって外見や内面に何かあるようには見えない。普通の艦娘だ。

 

「ちゃんと逃さず倒しといたよー。D型のドロップは無し」

「そいつは仕方ないね。で、怪我人は」

「あっち」

 

 黒煙が上がる艤装はすぐに整備員の人達が回収。艤装は滅多なことでは爆発しないらしいが、完全に被弾しているため慎重に運ばれていった。

 艦娘と違って整備員はただの人間だ。もし間近で爆発しようものなら、艦娘以上に危険。艦娘だって艤装を装備していない状態で巻き込まれたら大怪我は免れない。これはこれで恐ろしい職場である。

 

 その艤装の持ち主は、先日訓練に付き合ってくれた菊月。何でも、重巡洋艦の敵から不意打ちを喰らったらしい。

 いくら古参の熟練者だからといっても、砲撃を喰らってしまえば経験など関係なしに怪我を負うことになる。それに、深海棲艦も馬鹿ではない。人型に近付けば近付くほど、高度な知能を有するのだとか。真正面から突っ込んでくるだけの獣とは違う。

 

「しくじった……この菊月が手傷を負うとは……」

「艤装の状況から見て中破ってところだね。菊月、骨は」

「そこは大丈夫だ、だが、腕の肉を抉られてしまった。骨が見えるほどではないが、血がどうしても止まらない」

 

 説明を聞いているだけで緊張感が漂う。菊月は私よりも長くここにいるとはいえ、私よりも歳下。なのに既に戦場に出ており、今は肉が抉れるほどの怪我を負っているという。それなのに、飄々と現状報告をしていた。

 

 艤装を装備しているからその程度で済んでいるというのは理解している。無かったら腕そのものが無くなっていただろう。それに、過剰過ぎる痛覚は一時的に遮断される仕組みにもなっているらしい。そうで無ければ戦場で動けなくなる可能性まであるため、命を守るための機能である。

 しかし、今は艤装を下ろしているため、徐々に痛みは戻ってきていることだろう。艤装を下ろして艦娘から人間に戻るまでは、おおよそ5分程の猶予はあるとのこと。その間に治療なり何なりを始めるのが一般的。

 至れり尽くせりだが、酷使を許容しているようなシステムだとは思った。やろうと思えば限界を超えて働かせることも出来てしまう。空城司令は絶対にそんなことしないと信用出来るが。

 

「ドックの使用を許可する。すぐに治してきな。女が傷を持ってちゃいけない」

「傷は戦場を駆けた証だと思うが」

「随分と余裕そうだね。ならドック無しで治すかい?」

「やめておこう。そろそろ余裕が無くなってきた」

 

 余計なことを言うのはやめて、そそくさと工廠の奥の方へと向かった。腕の痛みが完全に戻ってくる前に治療に入りたいのだろう。

 治療するための施設、ドックというのはまだ私も見たことが無いのだが、要するに超再生治療を実行するカプセルみたいなものらしい。中に入っている間はまた艦娘としての身体となり、妖精さんが()()()()することで傷痕1つ残らずに完治するそうだ。

 

「他に怪我人はいないかい。擦り傷程度ならさっさと薬を使うんだよ。痛い目見たくないならすぐにやんな!」

 

 この薬というのも、使えば即座に痛みと傷が消えるという、聞くだけだとどんな成分使ってるんだと勘繰ってしまうような逸品だそうだ。

 多かれ少なかれ全員が傷を負っている。我先にというわけではないが、バタバタとみんなで工廠の奥に向かった。やることをやったらそのままお風呂という流れらしい。

 

 私もそのうちああなるのだろうと考えると、私の中に1つの感情が膨れ上がってきた。

 

「怖いか」

 

 木曾さんに言われて、私は無言で頷くしかなかった。

 

 戦場に身を置くというのはそういうものなのだ。敵も味方も命を張って勝利をもぎ取ろうとしている。勝てば生き、敗ければ死ぬのが摂理というもの。敗走という形で命からがら救われることもあるだろうが、怪我をすれば当然だが痛いし苦しい。

 訓練しかしていない私には、まだそんな痛みはわからない。だが、そのうち実戦に出て、同じように怪我をして、死ぬような思いをする。それを今、他人のものとはいえ実際にみてしまったことで、どうしても怖くなる。手が震え出したのが自分でもわかったので、ギュッと拳を握る。

 

「それが普通の反応だ。勢い勇んでこの世界に足踏み入れて、実際戦場でブルっちまって動けないって奴は何人でもいる。なぁ沖波?」

「はい……私も初陣で足が竦んでしまったのを覚えています」

 

 苦笑しながら沖波が話してくれた。今だからこそ笑えるのかもしれないが、当時は吐きそうなほど怖かったそうだ。

 

「訓練したことがまともに出来なくて、敵の砲撃をもつれる脚で必死に逃げて、あの時は半狂乱だったと思います。挙句に艤装は破損するし、みんなから慰められて散々でした」

 

 今の私のように事前に()()()()()()()()を見ることが無かったというのもあり、覚悟が足りなかったのだと沖波は言う。事前にこうなるとわかっていれば、先に恐怖を感じ、それを乗り越えて初陣に挑むこともできよう。

 そういう意味では、私は運が良かったのかもしれない。覚悟の時間がこれで出来た。しかし、まだ震えは止まりそうにない。覚悟にも時間は必要。

 

「木曾さん、ちょっとだけ耳塞いでてもらえますか?」

「耳? まぁいいが」

 

 沖波に言われて素直に耳を塞ぐ木曾さん。

 

「大丈夫だよ、ひーちゃん」

 

 私の震える拳を包み込むように握ってくれる。ああ、なるほど、これはあまり聞かれたくない言葉。私のために禁止事項を犯してくれたわけだ。

 

「みんな怖いし、今でも怖いよ。出撃って言われたら内心ヒヤヒヤしてるもん。もしかしたらこれで死んじゃうかもしれない、そうでなくても怪我するかもしれないって」

「おっきー……」

「でも、私達がこの世界を守ってるんだもん。やらないと他の人達が死んじゃうかもって思ったら、力が湧いてくるの」

 

 私達がもし戦場で志半ばで散ってしまったとして、そうなったら次はどうなるかと言われれば、当然陸に住む人達が被害を被ることになるだろう。死ななくてもいい命が散り、壊されなくてもいいものが壊される。それは確かに許せない。

 私と同じ境遇の子供を増やすのも良くないことだ。それが止められるのなら、私が命を張るのは嫌ではないと思う。当然命を散らすなんて考えてはいないが。

 

「覚悟出来ないなら今からでもやめるっていうことは出来るけど……ひーちゃんはそんな人じゃないよね。少しの間一緒に暮らしたんだからわかるよ」

「あはは、おっきーにそんなこと言われたら、逃げられなくなっちゃった」

「言わなくても逃げないくせに」

 

 自然と震えは止まりつつある。たったこれだけ話し合っただけなのに、心の奥では覚悟が出来始めている。

 

「もういいか?」

「あ、はい、大丈夫です。おかしなこと言ってすみません」

 

 耳を塞いでいた手を下ろした木曾さんが、いきなり私の肩を組んでくる。急なことで驚いたが、木曾さんはニンマリと笑って頭をぐしゃぐしゃと撫で回してきた。

 

「覚悟決まった顔してるな。お前、()()()()()あるぜ」

「素質?」

「おう。赤の他人を守るために命を張れる奴だ。本質がわかってるじゃねぇか。俺達は命を奪う存在じゃない。命を守る存在なんだってことをな」

 

 空城司令が話していた艦娘の心得だ。破壊者ではなく守護者。命を守るために命を張る。それが私達艦娘だ。

 これで覚悟は決まった。恐怖を感じないわけではないが、それを乗り越える力は心に出来たと思う。今の心持ちなら、敵を目の前にしても足が竦むことはないはずだ。きっと。

 

「よし、じゃあさっさと風呂に入ってこい。俺も後から追う」

「うん、わかった。なんかいろいろありがとう」

「後輩に叱咤激励するのは先輩の仕事ってな。それに、沖波の禁止事項は目ぇ瞑っといてやるから」

 

 耳を塞いでいても聞こえはするか。少し戸惑うが、木曾さんの優しさに感謝しつつ、私は沖波とお風呂へ向かった。この頃には手の震えは完全に止まっていた。

 

 

 

 死と隣り合わせの戦場が怖くない人間なんていない。いくら昂揚していても、いくら強くなっても、そんな命の終わりは見たくないに決まっている。それを引き起こさないためにも、私達は訓練して強くなり、深海棲艦を倒しているのだ。

 それを改めて自覚して、私は次のステップへと足を進める。世界を守るため、私は強くならなくてはいけない。

 

 木曾さんの言う艦娘の素質というものが、私にしっかり芽生えたと思う。心得と共に、決して忘れないようにしなければ。

 




15歳の女の子が命懸けの戦場に行くんだから怖くないわけがないんですよ。あ、夕立は例外ね。


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一歩ずつ確実に

 翌日以降も多種多様な訓練を繰り返すことになった私、陽炎。

 

 まず翌日は木曾さんにも話した通り対潜訓練。占守筆頭の海防艦の子供達に教わりながら、またもや夕張さん謹製の潜水艦ラジコンに向けて、ダミーの爆雷を投げるという訓練となった。それを見てくれるのは海防艦だからというのもあり大鷹。

 私は初心者というか本当に初めてのため、ソナーという装備の使い方から開始。その時に使ったのは音で感知するタイプらしく、砲撃や雷撃とはまた別のベクトルの難易度の高さだった。

 

「よくこれでわかるね……」

「慣れっしゅ!」

「慣れだぜ!」

「なれ……です……」

 

 子供達に一斉に言われたため、これも慣れるしかないと実感。音で感知した後に、次の場所を予測し、爆雷の沈んでいくスピードまで加味して、的確な位置へと爆雷を投げ込む。考えることが格段に多い。

 海防艦という艦種はそこに特化されているらしく、この艤装を装備した時点で、その影響によりある程度耳が良くなっているらしい。そういう艦娘もいると知る。

 

「かげろうおねぇちゃんは……まつわがおしえますね……」

「うん、よろしくお願いね。ちょっと私、前途多難だわ」

 

 少し自信が無さげな松輪も、今は私の大先輩である。慣れと言うだけあって、大鷹が操縦する潜水艦ラジコンに対して器用に爆雷を当てていた。いつもの少し後ろ向きな態度は何処へやら、手早くその位置に近付いて対潜行動を繰り出す姿は、子供とはいえ戦場を駆ける艦娘である。

 

「すごいね。今の私にはまだ難しいかも」

「だいじょうぶ……です。おねぇちゃんも、できるようになります」

 

 ニパッと笑顔で激励してくれる。先日の夜もそうだったが、この子は本当に笑顔が可愛いのだから、もう少し自信を持ってもらいたいものだ。松輪こそ、外出出来るのなら孤児院に来てもらいたいかも。友達が増えればよりいっぱい笑顔を見せてくれそうだし。

 

「まずはじっくり見て覚えるかな。魚雷の時とかもそうだったし」

「じゃ、じゃあ、まつわのを……もういちどみててください」

 

 同じことをもう一度やってもらうのだが、やはり軽やか。ソナーを使って私にもある程度の潜水艦の場所はわかるのだが、それを目で追うことは出来ない。

 それを松輪は私よりも早く発見し、ほとんど真上に陣取った後にその動きを予測して爆雷を投下。場所も落下速度も完璧なタイミングで、海中の潜水艦にコツンと当たった。本来ならここで大爆発を起こして潜水艦を一撃の下で沈めるのだろう。

 

「お見事。なるほどね、真上に立ちつつ、移動の方向に投げるのか」

「まつわは……そのほうがやりやすくて……」

 

 対潜行動も千差万別。松輪はこの方法が一番自分を出しやすいということだ。占守は遠目に場所を把握した後、爆雷を思い切りぶん投げるし、大東は殆ど追いかけっこのように向かっては真下に向けて叩きつけるように投げる。爆雷自体もその艦娘ごとに爆発する時間とかが設定されているようだ。

 

「かげろうおねぇちゃんは……かげろうおねぇちゃんで……やりやすいやりかたをみつけてください」

「うん、ありがと。私は松輪のやり方が一番わかりやすいと思ったよ。丁寧で、確実。でも、技を感じた。すぐには真似出来ないだろうけど、必ずモノにするよ」

「は……はいっ」

 

 私に褒められたことを心の底から喜んでいるように、満面の笑みだった。なら、今度は私がちゃんと出来ているところを見せて笑顔にしてやらなければ。すぐには無理でも、なるべく早く。でも焦らず。

 

「よーし、じゃあ私も! 大鷹、お願い!」

「はい、では参ります」

 

 大鷹に合図を送り、潜水艦ラジコンを操作してもらう。ソナーでその位置を頑張って把握し、その近くまで移動。そしてそのまま爆雷を投げる。松輪に倣って次の位置を予測した少し前への投下だったのだが、ソナーで音を聴く限り、爆雷は潜水艦ラジコンの遥か後方に沈んでいったようだった。

 

「あ、あの……もうすこしまえです……せんすいかん……いがいとはやい……」

「なるほど、速度を見誤ったか。よし、次!」

 

 その日は松輪に徹底的に教えてもらい、何とか対潜というものが何たるかを知ることが出来た。爆雷を命中させられる確率は低い方だが、出来なくはないという程度にまではなったので、初めての対潜訓練としては上々だったと思う。

 松輪も私が初めて潜水艦に爆雷が当てられた時は、飛び上がるくらいに喜んでくれた。偶然ではなく、命中させようとして命中したのだから、私も声を上げそうになったものだ。

 

 

 

 さらにその翌日は防空訓練。空母の飛ばす戦闘機を撃ち墜とす訓練。空母の人に飛行機を飛ばしてもらって、それを高角砲という主砲とはまた違った武器を使って訓練。さらにはソナーと逆で空を見る電探というものまで使うようで、これに関しては対潜訓練の後で良かったと思った。

 

「艦載機は私が飛ばしますね。初月ちゃんは陽炎ちゃんにいろいろと教えてあげてください」

「了解だ。陽炎、よろしく頼む」

「うん、よろしくね」

 

 戦闘機を飛ばすのは空母である天城さん。そして、防空訓練そのものを教えてくれるのは、私と同じ駆逐艦である初月。防空駆逐艦という特殊な駆逐艦で、今からやる対空砲火のスペシャリストになる艤装を身につけているそうだ。

 それ以上に気になったのは、その艤装に接続されている高角砲。どう見ても生きているのだが。

 

「こいつは長10cm砲。相棒だ」

「うん、まぁ、うん。それはいいとして、その子はその、生きてるのかな」

「生きているという考え方があっているかはわからないが、意思は持っている。僕と接続していなくても、自律的に活動出来る武装だ」

 

 艦娘の扱う武器の中でも特に特殊な部類に入るらしい。普段は初月の部屋に住んでいて、たびたび工廠でメンテナンスされつつ、初月が出撃する時になったら今のように接続されるとのこと。

 

「こいつのことは今はいい。陽炎は防空訓練が初めてだろう。ここでしっかり覚えてもらう。僕に任せろ」

「頼りにしてるよ」

 

 当然初めてであるが故に、電探の扱い方から始まり、高角砲の撃ち方や狙いの付け方などなど、こちらも覚えることが多い。でも対潜よりはマシかなと思えてしまう辺り、あちらは本当にやることが多かった。撃つのが艤装経由なだけで相当楽。

 

「今日中に1機くらいは墜とせるようになってもらおう」

「だね。私もそれくらい行きたい」

 

 焦らず、だがなるべく早めに。覚えることが沢山あるのだから、1日で出来る限り詰め込むイメージで。昨日の潜水艦と対潜行動もそうだが、空母が飛ばす艦載機というものだって初めて見る。

 何をやるかは何となくわかる。防空、空を防ぐと書くのだから、飛んでくる飛行機をこの高角砲で撃ち墜とすわけだ。

 

「まずはお手本見せてもらっていいかな」

「ああ、その方が覚えがいいんだったな。話は聞いている」

 

 私の訓練の仕方はもうみんなに広まっているようである。まず見る。そしてイメージする。艤装に接続されている部分は、それだけで全て実行可能。高角砲を撃つだけなら、おそらく見ればすぐに出来ると思う。空に止まっているもの相手なら百発百中にすらなり得る。

 

「天城さん、いつものを頼む」

「はい、じゃあ初月ちゃん用のをまず見てもらいましょうね」

 

 天城さんが持っている旗の付いた棒、旗竿を軽く振ると、その表面に描かれている紋様が浮き上がるように飛行機へと変化していき、そのまま空へと飛び立った。今は訓練用ということでその数は5機程度。

 まるで魔法使いのような行為に驚いてしまった。思えば、発射管には1つしか装填されていないように見えるのに何発も放てる魚雷だって魔法みたいなものなのだが、これはそれ以上。布から飛行機が出てくるなんてどんな手品だ。

 

「陽炎、よく見ていてくれ。あの艦載機を撃ち墜とす」

「うん、よろしく」

 

 初月がその戦闘機に向けて構えると、激しい音とともに長10cmが真上に向けて砲撃。重力に逆らって弾を放つのだから、その分主砲よりも大きな衝撃になる。明らかに主砲とは違う真下への反動が身体を襲うようだが、初月は腰を落として構えてその反動を軽減しつつ、狙いを一切ブレさせていなかった。

 

「む……2機残したか。さすがだな天城さん」

「こちらも熟練度は上げていますからね」

 

 私には今の攻防がどれだけのレベルのものかは理解出来なかったが、どちらも相当な使()()()なのだろう。

 

「陽炎、今からこれをやってもらう」

「まずは艦載機1機からにしますから、ゆっくり慣れていきましょう」

「了解。お願いしまーす!」

 

 そして自分でやってみて、先程の応酬がかなり高度なものであることを理解した。天城さんはたった1機、さらには初月相手のものとは明らかに手を抜いているのがわかるのに、掠めることすら出来ない。

 おそらく狙いも間違っていないし、反動軽減も上手く出来ていると思う。艤装経由だから思い通りに動いているはずだ。だが、空に向けて撃つというだけで勝手が大分違う。いつも以上に遠い的がいつも以上に速く動いており、雷撃や対潜の時のように次の動きを予測したつもりがまるで違うところに飛んで行った。

 

「これはまた、難易度高いね」

「いや、噂には聞いていたが筋がイイ。初めてで倒れずに撃てたのなら充分だ」

 

 今までと違う方向からの反動のため、体勢を崩すのがザラなのだそうだ。それが1発目で倒れなかったというのはなかなかいいことらしい。

 ちなみにここから数発で艦載機にしっかり当てることが出来たのは夕立くらいだそうだ。何なんだアイツ。

 

「じゃあ、もっと続けていこう。天城さん、よろしくー!」

「はい、では次々行きましょうか」

 

 そこからは首が痛くなるほど上を向き続け、艦載機と睨み合い続けた。結局今日は1機と戦い、一度も撃ち墜とすことは出来なかったものの、艤装との連携で反動軽減は完全にマスターしたと言える。これには初月も驚いていた。

 相変わらず艤装に接続されていれば覚えるとかそういう過程をすっ飛ばしてマスター出来てしまう。マイナス同期値の特性なのだろうが、少しだけ怖い。

 

 

 

 そんな訓練ばかりの生活を繰り返して1週間。毎日違うことをやり続け、経験を積んで行った。

 おかげで、動いている的の次の位置を予測して撃つという芸当も多少なりモノになったかと思う。大体が木曾さんによる雷撃訓練のスパルタの賜物。それが影響して対潜も爆雷を当てられる頻度が増え、防空も1機だけなら高確率で撃ち墜とすことが出来るようになった。

 手持ちの主砲のブレはまだ残っているものの、動いている的には当てられるようになってきたのは大きい。阿賀野さんも私の成長を喜んでくれた。

 

 まだまだ初心者の段階から抜け出せていないと思うが、中級者への道は拓けていると思う。

 

「ゲロちゃん、大分頑張ってるっぽい?」

 

 疲れ果ててる夕食の時、ニコニコ笑顔の夕立が相席。最初は控えられていたその呼び方でもう定着してしまっているのか、磯波の破裂も最近は控えめ。慣れられて困る渾名ではあるが、もう諦めた。

 暴君と呼ばれるよりはまだマシだと思う。そっちを出された時は磯波が笑い過ぎて過呼吸を起こしたので夕立も控えた様子。

 

「おかげさまでね。みんなが優しくて助かるよ」

「なら、そろそろまた実戦訓練するっぽい! 成長した陽炎見てみたいな!」

 

 本当に好戦的。後輩の成長を楽しんでいるかのようだ。早く追いついてもらいたいけど、抜かせるわけにはいかないと豪語しているかのようにドヤ顔。

 

「あの時のようにはいかないよ。というか寄ってたかって私ばかり狙うんだからさ」

「穴を狙うのは戦場では当然のことっぽい」

「初心者狩りはやめれ」

 

 とはいえ何かと気にかけてくれるのも夕立だったりする。肩を並べて戦う仲間の動向というのは気になることなのかもしれない。この1週間でいろいろと付き合いが増えたが、何だかんだ毎日顔を合わせて話をしているのは異端児駆逐艦である。

 でも夕立はアドバイスはしてくれない。自分で考えてやれの一点張り。身体に教え込まなくてはいけないのだからそれも間違っちゃいないとは思うが、もう少し手心というものを。

 

「なら提督さんに打診するっぽい。実戦訓練入れとくからね」

「オッケー。何処までやれるかわからないけど、少なくとも度肝抜かせちゃる」

「楽しみっぽい! ゲロちゃんが強くなるの、ずっと待ってるんだからね」

 

 これだけ好戦的でも、私に対しては信頼している視線を向けてくれる。これも懐かれているという認識でいいのか。

 

 

 

 一歩ずつ確実に艦娘の道は歩くことは出来ているだろう。実戦訓練もこなしていけば、初陣の時も近い。

 




現状登場した艦娘は、これで陽炎含めて20人です。最初の方に書いた通り、この世界は各所の鎮守府に艦娘をバラつかせて配置しているという設定ですので、そろそろ登場人物は出揃います。
比率として駆逐7、軽巡3、重巡2、空母2、戦艦2、海防3、特務1となっていますが、あと空母1人軽巡1人の予定です。


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強くなるための道

 夕立と実戦訓練をすると話した少し後。私、陽炎がこの鎮守府に配属されておおよそ3週間近くが経とうとしていたその日。これまで充分な経験を得たとして、実戦訓練に再度挑むことになった。

 以前の実戦訓練は、阿賀野さんが見ている中で2対2という形式で執り行われたが、おそらく今回も同じ。さすがに1対1で夕立の相手をするのはまだ自信が無い。成長しているにしても、まだようやくコツを掴んだという程度。同じ場所に立てているわけでも無い。

 そりゃ勝ちたいが、胸を借りるくらいの気持ちで相手をしてもらおう。緊張していたら全力も出せないし。何であろうと全力で。

 

「今回も砲撃だけでやってね〜。いろいろあったらわちゃわちゃするよね?」

「うん、今は1つのことしか考えられないかなぁ」

 

 ルールは前回と同じ、主砲のみでの訓練。高角砲や爆雷が要らないのは当然として、魚雷も無しにすることで考えることをなるべく少なめにしてもらえる。それでも私は主砲が2種類あるので、普通よりは少し考えることが多いのだが。

 

「で、今回も2対2にするね〜。さすがにまだ陽炎ちゃん1人でやってもらうのは怖いだろうし」

「まぁね。そうしてもらえると助かる。それと、それはまた司令が?」

「そうそう。提督さん、意外と陽炎ちゃんのこと見てくれてるんだよ〜」

 

 執務室に篭っているだけでは無いことくらいは知っていたが、私の訓練の様子も見ていてくれたらしい。必死だったからか全然気付かなかった。おそらく初のマイナス同期値だから気にかけてくれているのだろうとは思うが、空城司令の目には、私はどう映っていただろう。

 今回の実戦訓練の件も、夕立が空城司令に直談判して、頃合いが来たらやらせるという流れだったらしい。そして、その頃合いというのが今。

 

「相手は熱いリクエストがあったから夕立ちゃんね。で、相方なんだけど、条件は前と同じがいいかなって」

「そうだね。ということは、五月雨かな」

「そうなるよ〜。で、あっちには菊月ちゃんで〜す」

 

 初めての実戦訓練と同じメンバー、同じ相方。状況は全て同じのリベンジマッチだ。

 あの時は五月雨に全て任せ切った戦いになってしまった。夕立にもさんざん避けるのが簡単と言われている。菊月には穴と考えられて夕立との集中砲火を受けた。

 

 次は同じようにはいかない。今まで歩いてきた道の、今の集大成を見せる時。もしかしたらこれも空城司令が何処かで見ているかもしれない。そうならば、しっかり見てもらおう。私はここまで成長したんだと。

 

 

 

 前と同じように準備する。今回も備え付けと手持ちの2つ。こちらもまた訓練をし、ブレ弾はそのままに照準だけはしっかりと定められるようにはした。百発百中の精度の備え付けと、当たらない代わりにランダムにブレる手持ちの二段構えで、私の戦術を確立させる。

 

「ふふん、今回もしっかり勝つっぽい!」

「ああ、この菊月が今回も援護をしよう」

 

 あちらのコンビはもうやる気満々。

 

「よろしく、五月雨」

「うん、今回もサポートするね」

 

 前回と同じように菊月を抑え込んでもらう間に夕立と一騎打ちをし、隙を突いて倒してもらうというのがベストな戦い方なのだと思う。だが、それでは何も変わらない。

 今回は私の力も含めて均衡に持っていく。1対1を2つやるのではなく、2対2なのだ。私を五月雨がサポートしてくれるように、五月雨を私がサポートする。

 

「ゲロちゃんにはまだまだ負けないよ。サミーには前に不覚を取ったけど、もう負けないから!」

「お手柔らかに。私はまだまだ中級者になり切れてないんだからさ」

「勿論それは聞けないっぽい! 前よりも楽しみなんだからね」

 

 ニコニコ笑顔の夕立。そんな笑顔のままこちらに向かってくるのだから堪ったものではない。生粋の戦闘狂。仲間なら頼もしく、敵なら脅威にしか思えない。

 

 準備が整ったところで所定の位置へ。五月雨と並んで、一息深呼吸。実戦訓練はあのボコボコにされた時以来なので少し緊張気味だが、出来る出来ると自分に言い聞かせて落ち着かせる。霧島さん直伝のこの方法は何かと役に立つ。

 訓練はさんざんやってきたのだ。あらゆる訓練がこの砲撃にも影響を与えるはず。照準の合わせ方、反動の抑え方、位置取りの仕方まで、経験が全て集約される。

 

『準備はいいかな〜?』

 

 インカムから阿賀野さんの声。おそらく私が一番落ち着いていないのだろうが、気分として大丈夫。むしろ早く始まってほしいと思えるほどだ。震えも緊張ではなく武者震いの類に変化している。

 戦うのが楽しいとかそういうわけではないが、自分の今の実力が何処まで届くのかは知りたい。それが楽しみではある。

 

『それじゃあ、始め〜』

 

 阿賀野さんの合図により、実戦訓練開始。前回はすぐさま夕立が突っ込んできて、それを菊月が援護するという戦術だった。夕立の性格からして、今回もそれを選択してくる気がする。

 そしてそれは案の定だった。余計な小細工はせず、真正面からぶつかってくる。そうやって私を()()()()としているわけだ。

 

 ならば迎撃するしかあるまい。避けるのが簡単と言われた私の砲撃の成長を、骨の髄まで味わってもらわなくては。

 

「五月雨、私が夕立を迎え撃つ」

『ん、わかった。じゃあ菊月ちゃんを抑えるね』

「任せた」

 

 今の状態では前と同じで、私に対して夕立と菊月が集中砲火。一度見ているのだから、それは私にだって回避出来る。

 そこへ五月雨の横槍。菊月を夕立から離すように砲撃を入れる。私もあちら側の砲撃を避けながら手持ちの主砲で砲撃。ブレ弾を夕立と菊月の間に入れるように撃ってみたが、以前よりも格段に精度が上がってくれた。

 

「ゲロちゃん、夕立と一騎討ちっぽい?」

「そうなるんじゃないのコレだとさぁ!」

 

 結果的に前回と同じ。菊月を五月雨に任せて、ジグザグに動きながら夕立と相対する。

 

「まだ前と同じっぽいよ。それじゃあまだまだ」

「度肝抜かせることは出来ないと思うけど、多少は戦えるようになってるからさっ」

 

 備え付けの主砲による砲撃。今回は予測せずに今いる位置へ放つことで、夕立を()()()()()。右に行くか左に行くかで、次の行動を予測する。

 

「何も変わってないよ。避けやすいお手本みたいな砲撃っぽい!」

 

 当然軽々と避けるだろう。避けた方は私から見て右。利き手側。

 

「そりゃどうも! 基本やれなきゃ応用出来ないでしょ!」

 

 その方向から次を予測して手持ちで砲撃。進行方向よりさらに前を狙った。そのまま回避し続ければ直撃コース。さらにはブレ弾なので、より回避しづらい位置のはずだ。

 

「おっと!」

 

 それを夕立、私が撃った瞬間に急加速することでさらに前方に回避。ブレ弾の挙動を確認するわけでもなく、ただ当たらない場所へと直感的に移動した。

 正直驚いてしまったが、それで止まっていてはダメだ。すぐにそれに対応しなくては。と考えた瞬間に、備え付けの主砲が夕立を追うように砲身を回す。常にロックオンしているような挙動は、私のイメージを絶えず再現してくれている証。

 

「まだまだ!」

 

 さらにその先へ砲撃を繰り返す。訓練ではあまりやっていない連射のため、身体への反動は激しいものになるが、照準だけはしっかり定められていた。さすが私の艤装。無茶なイメージにも追いついてきてくれる。

 しかし、夕立は一筋縄ではいかない。私自身が経験不足というのもあるが、夕立は経験不足を才能で補ってしまっているため、その連射も軽々と回避していった。

 

「大分いい位置っぽい! でも、まだまだっぽーい!」

 

 回避しながらでもしっかり狙いを定めて反撃してくる。同じ条件なのだからあちらだって攻撃してくる。それを回避しながらの攻撃に。紙一重で避ける羽目になるのだが、幸いなことにまだ直撃は無い。

 当たり前だが照準がブレる。備え付けの主砲だとしても、本当に狙いたい位置とは違う場所に弾が飛んでいく。反動の軽減も普段通りとはいかない。

 

 そして忘れてはいけないこと。それは、この訓練がチーム戦であるということ。

 

『陽炎ちゃん、狙われてる!』

 

 夕立の砲撃を回避している最中に、不意に通信による五月雨の声が響く。私の視界の外からの砲撃を事前に知らせてくれた。五月雨は五月雨で菊月を食い止めてくれているが、それでも菊月はこちらへと砲撃を放つらしい。

 私は人間なのだから、視野は正面にしかない。そしてそれは、ほぼ夕立で埋まっている。菊月がいる方なんて向くことは出来ないし、それをした瞬間に夕立から猛攻を受けるだろう。

 あくまでも夕立を視野に入れながら、菊月の砲撃を回避したい。ジグザグに動いてもそれには限度があるだろう。ならば、やることは1つ。

 

「五月雨、当たったらゴメン!」

『大丈夫!』

 

 今までとは逆に手持ちの主砲で夕立を狙いつつ、備え付けの主砲を菊月がいるであろう方向に向けて放った。狙いも定めておらず、牽制になるかもわからない砲撃でひとまず対応。

 おかげで私の視野の外から飛んでくる砲撃は、私の目の前を通り抜けるに至った。牽制は運良く上手く行ったようだ。だが油断ならない。五月雨に頼りきってはダメだ。

 

「今度はブレ弾っぽい? 当たんないよ」

「そりゃそうだろうけど、こっちはこれしか無いんだっての!」

 

 どうせブレるのなら、もっとブレてしまえと言わんばかりに、反動軽減を放棄しての連射。照準を合わせていてもこれだけブレれば夕立にも予測は出来ないはずだ。

 

「もーう! 何処に飛ばしてるの!」

 

 流石にこれだけやれば前進することでの回避はしてこないだろう。大きく移動することによる回避で、そもそも私の視界から外れるはずだ。私ならそうする。

 これも訓練中に聞いたことだ。自分ならどうするかというのも考えて、相手の次の行動を予測する。むしろ予測なんて自分の経験からしか出来ない。

 

 この隙に菊月の位置を確認。夕立から視界をわざと外し、菊月を視認する。真横からこちらを狙いつつも五月雨の砲撃を回避している。今の1発は五月雨の隙をついての1発だったようだ。ならまた少しの間はこちらに来ないはず。

 

「なら、また専念する!」

 

 すぐに夕立に視界を戻す。この瞬間だけでかなり近付かれていたことには驚いたが、まだ大丈夫だ。菊月は五月雨が抑えていてくれる。次狙われるタイミングは先のはずだ。

 ならば全力で。ブレ弾と同時に備え付けの主砲も撃ち放った。これは前回の実戦訓練でもやった同時砲撃だ。だが、その時よりも精度は上がっており、回避出来る場所を極端に減らせた。

 

「うわお!? 前とは違うね、ちょっとビビったっぽい」

 

 砲撃の隙間でまさかの急停止。移動方向を予測した備え付けの主砲による砲撃は夕立の前方を、ブレ弾は夕立の後方を擦り抜けるように飛んでいった。

 

「マジかーい!?」

「ゲロちゃん、強くなってるっぽい。よくわかったよ。でも、夕立は先輩だからね。まだまだ負けないっぽい」

 

 そしてその隙間を潜り抜けるように私に突撃してくる。恐怖を感じていないと言っていたが、まさにそれを表すかのような猛攻。即座に備え付けの主砲で照準を合わせるが、その時には夕立の主砲も私に照準を合わせていた。

 避けなくては。と考えた瞬間には引き金を引かれていた。近付かれているせいで先程よりも着弾までの時間が短い。距離を保っていればまだ回避出来ただろうが、これはダメだ。

 

 ならば、一矢報いる。私の持つ2つの主砲を、撃った隙を突くように放った。

 

「ぽい!?」

 

 備え付けの主砲の弾は回避されたが、ブレ弾が夕立の予想していない方向にブレたか、主砲を持つ腕に直撃。だが同時に、私の胸に夕立の砲撃が直撃。これにより私は轟沈判定となってしまい、訓練から離脱することになる。

 残してしまった五月雨は、菊月といい勝負をしていたが優位に立っていた。そこに夕立が入ってしまったことで押し潰されてしまい、チームとしては私達の敗北となる。初めての実戦訓練とは逆になってしまった。

 

 

 

「ゲロちゃん凄い凄い! すごく成長してるっぽーい!」

 

 訓練終了と同時に、夕立が小動物のように抱きついてきた。私の胴体はペイントをモロに受けているため、夕立にもそれがついてしまうが気にもしていない。戦闘中とは性格が変わったのでは無いかというくらいのテンションである。

 

「でもまだまだっぽい。夕立の方が強いっぽい!」

「次は勝つよ。いろいろわかったからさ」

 

 今回の実戦訓練でいろいろと掴めるものはあったと思う。まだ視野が狭いと実感出来たし、動きの予測がもう少し精度が欲しい。これは訓練あるのみだ。

 強くなるための道が見えたのだから、今はひたすらその道を歩いて行こう。それを示してくれたみんなに感謝である。

 

「まだやろ! 時間あるでしょ?」

「じゃあ次はまたチームを変えて。阿賀野さん、いいですかー?」

「ん〜、おっけー☆」

 

 この後は時間が続く限り実戦訓練を続けた。少なくとも前回よりはいい結果を残せたと思う。身体中ペイント塗れになったのは言うまでも無いが。

 




夕立の壁はまだ高く。ですが、手は届きそうなところへ。あと夕立も完全に懐きましたねコレ。


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鎮守府の外へ

 実戦訓練をした日からさらに10日程。私、陽炎が鎮守府に配属されてから、ついに1ヶ月の時が過ぎようとしていた。

 

 その間はみっちりと訓練を行い、コツも掴んできた。砲撃訓練や雷撃訓練では移動しながらでも大分当たるようになってきたし、対潜訓練は海防艦の子供達とまでは言わないが随分と命中精度が上がってきた。防空訓練も今では3機までなら撃墜出来る。

 空城司令の方針として、3日に1度くらいのペースでお休みを貰い、その都度所属している艦娘との親交も深めている。やっぱり一番付き合いが多いのは、私と同じ異端児である駆逐艦の3人。他の全員とも多かれ少なかれ話をしたりしている。

 

 そして迎えた1ヶ月目の朝。一応休日とされているのだが、朝イチに空城司令に呼び出され、執務室へと出向いた。表情からして、少し上機嫌のようにも見える。しーちゃんも笑顔で出迎えてくれた。

 

「陽炎、そろそろ哨戒任務に出てみるかい」

 

 つまり、私は戦場に出られる程度には成長したと、空城司令のお墨付きが貰えたというわけだ。

 哨戒任務ということは、領海を警戒するだけの任務。とはいえ近海に突然深海棲艦が現れる可能性もあるため、かなり重要な任務だ。その任務で以前、不意打ちを受けて菊月が怪我を負っているところを見ている。油断出来ない仕事である。

 

「いいの?」

「早い段階ではあるんだがね。ここ最近は海が静かだ。一度戦う場所ってのを知るのもいいだろうと思ったのさ」

 

 ここ1週間近くは、哨戒でも深海棲艦の姿を見ていないらしく、穏やかな海が続いているそうだ。今なら初心者の私が出ても問題無いのではと判断された。万が一深海棲艦と遭遇しても、私抜きで対処出来るような面子を揃えてくれるらしい。

 初めては必ず哨戒任務。そして比較的危険では無いタイミング。それが今。

 

「じゃあ、行きたい。私がどんな世界を守るのか、この目で見ておきたい」

「ならそのように手配しておこう。明日の朝だ。構わないね?」

「了解。ちょっと緊張するけど、遅かれ早かれ行くことになるんだから早いに越したことはないよね」

「ああ、それで覚悟が決まるって子もいるもんだからね」

 

 訓練はあくまで訓練。死ぬことが無いように配慮されているため危険ですら無い。そりゃ痛いことはあるし、疲れは尋常では無い時もあるが、それはあくまでも本番では無いのだ。

 ならば、本番もあり得る戦いの場に出向くというのはなるべく早くやっておきたいところ。覚悟を決める意味でも、それを頭の中に入れておきたい。

 

「陽炎、最後に1つだけ思い出すように。艦娘の心得は」

「私達艦娘は、命を奪う存在じゃなくて、命を守る存在」

「いい子だ。それだけは絶対に忘れるんじゃないよ」

 

 これだけはさんざん言い聞かされている。誰もがその胸に艦娘の心得を宿して、覚悟を決めて海に出るのだ。破壊者ではなく守護者として、私は明日、ついに海を駆ける。

 

 

 

 翌朝、朝食後に工廠に向かうと、今回の哨戒任務の面子が揃っていた。

 鎮守府に所属している艦娘は少数ではあるが、哨戒任務には可能な限り出撃するようにされている。多過ぎても鎮守府の消耗が激しくなるし、少なすぎると万が一遭遇した時に敗北を喫してしまうため、6人という編成となった。

 

「今日はこの衣笠さんが旗艦だよ。陽炎が初陣なんだよね?」

「うん、初めてなんで、よろしくお願いします」

「うんうん、初々しいね。みんな通る道だから、気を張らないようにね」

 

 旗艦は衣笠さん。前は加古さんがやっていたのを見たが、今日は休日らしく部屋から出てこないらしい。何でも休日はずっと寝ているんだとか。休日に起きているのを見る方がレア。

 

「気軽に行こうな気軽に。今は静かなもんだし、何も無い無い」

 

 肩をバンバン叩いて激励してくれるのは、軽空母の隼鷹さん。静かだからこそ万が一を考えて、艦載機による周囲の警戒も入れてくれた。これにより、不意打ちの可能性が極端に低くなる。

 うちの鎮守府は正規空母の天城さん、護衛空母の大鷹、そして軽空母の隼鷹さんで成り立っているとのこと。空母は戦場でもかなり重要な位置を占めるらしいので、そんな人が編成されているというのはそれだけでも安心。

 

「何かあったら守ってあげるからね。ねっ」

 

 そして軽巡洋艦の由良さん。D型の異端児であり、哨戒任務では常連とのこと。手慣れている人が一緒に来てくれるのは本当にありがたい。

 軽巡洋艦も多種多様のようだが、木曾さんが重雷装巡洋艦という特殊な立ち位置であり、夕張さんが工廠からなかなか出てこないため、実質阿賀野さんと由良さんで回しているようなもの。レベルも高いらしい。

 

「で、駆逐は磯波と沖波ね。妥当っちゃ妥当かな?」

「安定していると思います。陽炎ちゃんの初陣にはちょうどいいかなと」

 

 駆逐艦は毎回2人から3人は置くようにしているらしく、今日は私の他には磯波と沖波。夕立が駄々をこねたそうだが、今日は我慢してもらうことに。

 

「あらら、あたし以外全員異端児じゃん。まぁいっか」

「異端児だろうがそうじゃなかろうが、戦力に大した差は無いんだし、気にすることでもないでしょ」

「ちょっと疎外感。こりゃ酒飲まないとやってらんないねぇ」

 

 言われてみれば、隼鷹さん以外は全員異端児である。だが衣笠さんの言う通り、異端児だからといって何か変わるわけでもない。むしろこの中では隼鷹さんが一番強いまであるとか。

 何かにつけてお酒に走ろうとするのはこの人の癖。ただの呑兵衛ということは聞いているため、はいはいと誰もが相手にしない。そうなることがわかっているため、隼鷹さんもすぐに気を取り直す。

 

「じゃあ、哨戒任務、行きましょっか」

「うーい。いつものコースでよかったかい」

「そうね。西に向かってからのグルッと一周ルートよ」

 

 その距離がどれだけかはわからないが、午前中全てを使っての任務だそうなので、かなりの距離を駆け回ることになるのだと思う。艤装の推進力で進むのみではあるが、大分疲れそうな任務。

 だが戦うよりは全然マシなのだろう。精神的な疲労がまるで違う。なら、あまり見たことのない風景を楽しみながらでもやっていきたい。

 

 

 

 海に出ると、やはり今までとは違う感覚がした。

 今までも訓練という形で海に出ていたわけだが、そこから見える風景は鎮守府が必ず視界に入るような位置である。だが今は違う。西に向かって海岸線を疾っているため、見たこともないような風景がずっと続き、私としてはとても新鮮で楽しい。

 

「こっちの方は初めてかい?」

「うん、小さい頃は海沿いに住んでたけど、ここまでは来たこと無かったよ」

 

 隼鷹さんに聞かれ、素直に答える。私が元々住んでいた街は、うちの鎮守府の領海とは別のところになるため、今どうなっているかを確認することは出来ない。そのため、今日の哨戒で見て回る海は全てが初めての場所だ。

 

 今の海沿いに人の住んでいる形跡は無くなってしまっている。私の街の二の舞になってはいけないと、人間は全員、海から離れて生活するようになってしまった。

 それでも、海に人がいないわけではない。陸路だけでは賄えない物資輸送や、どうしても海沿いで作業しなくてはいけない業種は、今でも人間の手で行なわれている。海沿いの工場などは、国が定めたルールで領海内に1つだけとされており、艦娘はその護衛をすることもあるそうだ。複数あったら手が足りない。

 

「今日はこの景色を覚えとくんだよ。何度も何度も、それこそ飽きるほど見ることになるからね」

「敵が出なければ飽きるかもだけど」

「あっはは、違いない。ただただのんびり見回りしてりゃいつか飽きるわな。でも、そんなことになんないのがこのご時世なんだよねぇ」

 

 隼鷹さんが手持ちの巻物を広げると同時にそこを紙が滑走したかと思うと、それが艦載機へと変化して飛び立っていく。天城さんの旗竿からの発艦も驚いたものだが、こちらも負けず劣らず不思議だ。

 隼鷹さんの制服は何処か()()()のようなもの。こんな艦載機の扱い方をするせいで、本当にそれなのかと思えてしまう。指先から火のようなものが立ち昇る時もあるし。

 

「お、今日はおっちゃんがいる日か。ちょっと寄ってくかい?」

「ああ、稼働日だっけ。なら挨拶していきましょ。陽炎の紹介しておきたいしね」

 

 艦載機からの定期報告で何かを見つけた隼鷹さん。敵がいたならすぐに警戒態勢に入るが、何でも顔見知りの姿を見つけたようだ。

 哨戒コースとして、海沿いで作業している工場の近くを通るらしい。本来なら用が無い限り立ち寄ることはないのだが、今回は私がいるということで、軽く立ち寄って話をすることにした。

 

 しばらく進むと、海沿いに大きな建物が見える。海洋資源を採掘したりで、鎮守府を助けてくれている工場である。そのため、鎮守府との付き合いも長い。

 先程隼鷹さんが言っていたおっちゃんというのは、ここの工場長のこと。私達が工場付近を通りかかろうとする時、外に出てきてくれていた。

 

「おーう、精が出るねぇ」

「そりゃあ毎日やんないとおっちゃん達の命がいくつあっても足んないだろう?」

「がはは、違ぇねぇ」

 

 隼鷹さんと顔を合わせるや否や、豪快に笑いながら出迎えてくれた工場長。少し足を悪くしているようで杖をついているが、そんなこと気にならないくらいに元気なおじさんである。

 

「お、知らないお嬢ちゃんがいるじゃねぇか。衣ちゃん、その子は新人かい?」

「ええ、今日が初陣なんだ。これからはこの子も哨戒メンバーに入るから、顔を合わせてもらおうかなって」

 

 由良さんに背中を押されて前に出る。値踏みされるように上から下まで見られるが、そこまで嫌な気持ちにはならなかった。工場長の人柄が見た目に出ているからか、嫌味がない。

 

「新人の陽炎。よろしくね」

「おう、よろしくな」

 

 ガシッと手を取られて力強く握手。

 

「お前さんらのおかげで、オレ達は仕事してられるんだ。頼りにしてるぜ、艦娘」

「うん、私はまだまだひよっこだけど、ちゃんと海の平和を守るから」

「その意気だ。子供に頼らなくちゃいけねぇのは不甲斐ない限りだが、その分全力でサポートするからな」

 

 出来ることなら自分の手で深海棲艦を撃退したいと工場長は語る。しかし、奴らは人間の手で撃退することがかなり難しく、艦娘のシステムがあるから均衡を保てているに過ぎない。

 それを悔やむ人というのはやはりそれなりにいるらしい。工場長もその1人。故に、自分が出来ないことをやれる私達を強く支援することにしたそうだ。実際にここで発見された海洋資源は鎮守府で大いに役に立っている。

 

「ん? お前さんの艤装、もしかしてアレか、KGうんたらかんたらっていう」

「あ、うん、確か整備長がそんなこと言ってた」

「そりゃあここで拾った艤装だ。資源と一緒に海の底からサルベージしたんだ」

 

 海洋資源は艤装そのものも含まれているらしい。それこそレアメタルとかそういうものの比ではないくらいにレアらしいが、前例が無いわけではないのだとか。今までにこの工場では3つの艤装が見つかっているのだとか。

 その艤装は鎮守府で製造したわけではないのでD型艤装扱い。事実、D型の同期値があるものにしか使えなかったらしいし、それも当然のことか。

 

「へぇ、いい具合に磨いてやがる。完璧な整備じゃねぇか」

「そうなんだ。私が見たときは最初からこれくらい綺麗だったから」

「アイツだろ、整備長って言われてるオヤジ。オレのツレでな」

 

 なるほど、そういうところでも繋がりが。空城司令と整備長が友人のような関係だったが、ここにもそういう関係の者がいるから鎮守府はより良く成り立っているわけだ。

 

「あんまり引き留めてちゃいけねぇな。哨戒任務なんだろ」

「また今度一杯やろうよ。おっちゃんと呑む酒は美味いからさぁ」

「んなこと言ってこっちに奢らせるんじゃねぇよ高給取りがよぉ」

 

 ゲラゲラ笑う隼鷹さんと工場長。鎮守府と工場がとてもいい仲であることが窺える。

 

「由良達はこういう人達を護るために艦娘をやってるの。陽炎ちゃん、しっかり覚えておいてね」

「うん、すごく励みになるね」

 

 人間と艦娘の仲がいいのはそれだけでも戦いやすいことだ。護るべきものの姿をこうやって目に焼き付けておけば、艦娘の心得を忘れることも無いだろう。

 私は破壊者ではなく守護者。この工場長みたいな人間を護るべく、海を駆けるのだ。艦娘という仕事に俄然やる気が出るというものである。

 

 哨戒任務は始まったばかりだが、幸先のいいスタートを切れた。こういう付き合いは私も大事にしたい。

 




鎮守府メンバー最後の2人、空母の隼鷹と軽巡の由良。隼鷹はクセが強いですが、その分扱いやすいっていう。
あと、隼鷹の進水日が作者の誕生日と同じというのもあって、少し思い入れが。


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さらに一歩

 初めての哨戒任務を絶賛遂行中の私、陽炎。その中で、艦娘として護るべき人間が後ろにいることを改めて実感することが出来た。破壊者ではなく守護者、命を奪う存在ではなく護るということを理解した。

 護るべき存在がどういう人達なのかを知って、私は今海を駆けている。あの工場長はとてもいい人だ。絶対に死なせるわけにはいかない。勿論他の人々だって。

 

「陽炎ちゃん、工場長と会っただけでまたイイ顔になったね」

「そ、そうかな」

 

 由良さんに言われ、ちょっと恥ずかしくなる。そんなに顔に出ていただろうか。由良さんの言葉に磯波や沖波もうんうんと頷く。

 

「いやぁ、やっぱりああいう人に会うと艦娘の自覚ってもんが芽生えるってもんだよ」

「ふふ、ちょっとわかるかも。後方支援の人の応援って、すごく力になるから」

 

 みんな同じような気持ちで艦娘をやっているらしい。声援は力になる。

 私の根底にはどうしても復讐がついて回るが、私も艦娘の端くれなのだから、それを二の次にしてでも人々を守らなくては。そうだ、私は艦娘なのだから。

 

「覚悟は決まったよ。まだ戦ったことも無いペーペーだけど、ちゃんとやり遂げてみせる」

「その意気だよ。現場に出ると心待ちが変わるのは当然のことだもの」

 

 緊張感はまだ残っているものの、熱い何かが湧き上がるような感覚。これが本当に覚悟を決めた感覚なのかもしれない。

 

 

 

 工場を離れてしばらく行くと、水平線の向こうに陸地すら見えなくなる。ここまで沖に出るのは初めてのこと。周囲の何もかもが海のみとなる。

 こうなると頼りになるのは太陽の位置と空母の艦載機、そして旗艦の持つ羅針盤のみとなる。基本的には羅針盤1つあれば帰れないなんてことはあり得ない。何せこの羅針盤は妖精さんまでついている特別製。迷うことが決して無い。

 

「それでもやっぱりここまで来るとちょっと怖い」

「うん、気持ちすごくわかる。私もそうだった」

 

 沖波が側に来てくれる。陸が見えないというのはそれだけでも不安になるもの。艦娘として活動していくのなら、こんなこと日常茶飯事になるわけだが、初めての私にはなかなかクるものがある。

 深海棲艦はその名の通り海から現れるわけで、陸の上なら海側を警戒しておけばいいのだが、こんな状態だと突然真後ろから来る可能性まであり得てしまう。

 

「ちょいと飛ばすよ」

 

 一旦ここで停止し、隼鷹さんが艦載機を飛ばす。定期的に飛ばして周囲を確認し、深海棲艦が現れていないかを確認しているわけだ。先程もやっていたが、今回は今まで通ってきていない海の向こうのみを確認するために向かう。

 

「哨戒っていつもこんな感じなの?」

「うん、これで午前いっぱい使って領海全域を回るの」

 

 進んでは停まり、周囲を確認。終わればまた進むというのを何度も何度も繰り返し、周辺に何も無いことを保障するのが哨戒任務の目的だ。駆逐艦である私達は、ソナーを使って海中の調査を行なう。

 何人も使ってやることではないので、今回は沖波が筆頭として確認。私が対潜訓練で使っていた音で感知するものではなく、電波で感知するちょっと強めのもの。哨戒は私達だけではなく、この界隈の人間全員を護るための任務のため、装備はなるべく強いものを与えられている。

 

「潜水艦の反応はありません」

「こっちも何も無いね。先進んでオッケー」

「了解。じゃあ次のポイント行きましょ」

 

 沖波と隼鷹さんのOKが出て、飛ばした艦載機が戻ってきたら次の停止するポイントまで移動。空母がいなくても、防空訓練で使っていた電探を使うことで近しい確認は出来るとのこと。

 電探の確認の方が早く終わるが、空母が見た方が正確に確認出来る上に、電探で確認出来る範囲の方が狭い分停まる回数が増えるため、時間としてはトントンらしい。

 

「こんなに速く動いてるのに、なんの負担もないんだね」

「それが艦娘だもん。眼鏡も飛ばないよ」

 

 領海全域を見て回るのに午前中全てを使うというのもわかる。私達自体が結構なスピードで動けるため、フルマラソン1周分は余裕である哨戒コースもそれくらいで終わるらしい。

 少なくとも自転車で走る以上、下手をしたら車並みの速度で空を切るため、私自身にも結構な負担がかかりそうだが、艤装のおかげでその辺りは何も感じないという不思議仕様。相変わらず艤装を装備している時に限り、人間を辞めてるんだなと実感する。

 

「結構気持ちいいって思えるんだけど、陽炎ちゃんはどうかな」

「あー、確かにね。元々海の近くに住んでたってのもあるから、潮風が気持ちよく感じるよ」

 

 こんなに海を身近にして過ごしているのは、あの始まりの襲撃以来だ。街そのものが失われてしまったというのもあるが、孤児院が海から離れた場所にあったのもそれに繋がる。孤児院で暮らし始めて鎮守府に配属されるまでの約10年間、海に近付くこともしていなかった。

 そういう意味では、私は海が好きなのかもしれない。潮風を浴びながら駆け回っているだけでも、こんなに心穏やかになれる。これで深海棲艦が出なければ最高なのだが。

 

「次の地点だよ。ストーップ」

「あっと、そうだった。海上散歩してるわけじゃないんだった」

「休日でもそれはやれないからね。満喫するのはいいけど、気を抜かないように」

 

 衣笠さんに苦笑され、ちょっと反省。覚悟を決めたりした割には、こういうところで気を抜いていては意味がない。ただでさえ、今は手に主砲を抱えているのだから、そんな気持ちで突然戦闘が始まったら全力も出せないだろう。

 程よく緊張感を持って、それでいて気を楽にして、哨戒任務を進めていきたい。

 

 隼鷹さんが艦載機を飛ばし、沖波がソナーで海中の確認。その間は潮風を感じながら周辺警戒。人間の視力で見えるところなんて高が知れているが、やらないよりはマシだ。勿論何も見えないが。

 

「潜水艦の反応はありません」

 

 沖波は相変わらず。近海というのは潜水艦が近付いてきていることが割とあるらしいが、最近は静かというだけあって、そういったものもあまり見えないようである。

 

 しかし、隼鷹さんの方に異変。

 

「んー……何か見つけたみたいだねえ」

 

 その言葉と同時に警戒態勢。何もないとしても、何かあった時のことを考えて行動を起こす。

 今までの穏やかな空気は一変し、緊張感が走る。私も主砲を握る手に力が入る。何も無ければいいのだがと、口には出さずに考える。

 

「敵機発見。駆逐3だね」

「了解。殲滅します」

 

 残念ながら私の願いは届かなかった。初めての哨戒任務は初陣となることが確定した。

 ここで発見した深海棲艦を野放しにしておくと、さっきまでいた工場の方に向かってしまい、大惨事を引き起こしかねない。あそこで働く人達を護るためにも、私達はここでしっかりと殲滅しておかなければいけない。

 

「縮こまるんじゃないよ陽炎。まずはあたしが先制攻撃決めっから、その撃ち漏らしをあんた達が叩くんだ」

 

 哨戒のための艦載機が戻ってきた後、指先に炎が灯り、巻物を撫であげた。すると、不思議なことに記載されている絵柄がガラリと変化。

 さっきのが哨戒用だとしたら、今は戦闘用。遠くの何かを確認するためではなく、遠くの敵を攻撃するためのものだ。防空訓練の際に爆撃を避けながら上空に撃つということもやったが、その時は実戦訓練と同じようにペイント弾だった。だがこれは()()だ。

 

「じゃあ、パーッと行こうぜ!」

 

 そして発艦。確かによく見れば、哨戒のために飛んで行ったものとは別物であることがわかった。

 それは同じように隼鷹さんの下から飛び立つと、一気に水平線の向こう側まで飛んで行く。その少し後に明らかに何かが爆発した音が鳴り響いた。

 

「うし、1体はやった。2体残ったけど、片方は中破だね」

「了解。それじゃあ、追撃戦に入るよ」

 

 その艦載機が飛んで行った方へと私達も向かう。ここから先に行けば、敵の姿を見ることになるのだ。

 妙に鼓動が速くなる。ついにと言っては何だが、私は仇討ちとなる戦場に一歩足を踏み入れる。緊張感の中に、少しだけ()()()が混ざっていることに気付いた。

 

「陽炎ちゃん、怖いなら一番後ろから……っ」

「ううん、大丈夫。怖くない」

 

 磯波が少し息を呑んだように思えたが、気にせず衣笠さん達の後を追った。少し行けばすぐにわかる、爆撃により撃沈されたであろう深海棲艦から立ち昇る黒煙。

 

 そして邂逅。

 

「あれが……深海棲艦……!」

 

 悪夢の中でも見た、数ある化け物の中の1体に酷似していた。忘れてしまっているあの時の記憶にもいたヤツだ。ならば、アレも私の仇の1体。

 駆逐艦と言っていたが、私達とはまるで違う化け物。まるで黒い金属のような外装を纏った大型の魚のような、見ていて気持ちのいいものではない外見。大きさ的には全長1mくらいか。テレビで見た市場で売っている極上のマグロくらい。

 そして、その大きな口の中には、私の持つ主砲の砲身のようなものが見え隠れしていた。それで私達と同じように敵を殲滅するわけだ。

 

 手が震える。それは恐怖で震えているのか、それとも()()()()なのかは判断出来ない。だが、あれは斃さなければ、壊さなければ、殺さなければという気持ちが膨れ上がる。

 

「陽炎ちゃん、落ち着いて」

 

 由良さんに注意される。

 

「いい、陽炎ちゃん。深呼吸。敵は目の前にいるけど、落ち着いて。ね?」

 

 言われた通りに呼吸を整える。手の震えはまだ治らないけど、少しだけは落ち着けたと思う。

 

「先制する!」

 

 姿を視認した瞬間に、衣笠さんが主砲を撃ち放った。駆逐艦である私とは威力が違うその主砲は、まだ傷を負っていない駆逐艦に直撃。当たりどころもよく、その一撃で撃沈までは行かないまでも行動不能に陥らせるほどにはダメージを与えた。

 しかし、中破状態の駆逐艦が口内の主砲をこちらに向けていた。その照準は私に合っている。これは訓練ではない、命を懸けた戦場だ。いくら敵が中破状態でも、当たれば重傷は免れない。

 

 正直怖い。失敗したら死ぬ可能性がある。だが、そうならないために私は今まで訓練してきたのだ。

 

「回避……!」

 

 実戦訓練で撃たれる側のことも理解している。何処でどう動けばその砲撃を回避出来るかは身体に文字通り痛いほど教え込まれているのだ。イメージすれば、無意識にでも回避出来る。

 あちらが撃つ時にはその直撃ラインからは大きくズレていた。訓練の賜物。

 

「この……!」

 

 備え付けの主砲で反撃。あちらは動きが鈍く、回避行動もうまく出来ていないようだ。そのため、私の一撃は殆ど先読みしなくてもうまく直撃してくれる。その一撃のおかげで中破状態の敵駆逐艦は撃沈。

 

「もう1体も!」

 

 同じタイミングに沖波がもう片方の駆逐艦を撃ち抜き、そちらも撃沈。

 

 あっという間に戦闘は終わったし、手負いだったとはいえ1体撃沈することが出来たとはいえ、主砲を向けられたときの恐怖は忘れられそうにない。

 

「お疲れ様。初陣で1体撃沈は凄いことだよ」

「い、いや……あれは無傷じゃなかったし……」

 

 衣笠さんに称賛されるが、正直気が気で無かった。先んじて攻撃してもらい、手負いにしていたから何とかなっただけで、無傷の深海棲艦と1対1で相対したら、こんなに上手くいくとは限らない。

 とはいえ、初陣で勝利を収めることが出来たのは身体は喜んでいた。変に昂揚する。敵を撃ち抜けた時に僅かだが喜びが湧き上がった。

 

「勝ちのイメージが出来るっていうのは、これからに繋がるから。初陣で怪我したりするとすごく引きずることになるんだよ」

 

 まるで実体験のように話す磯波。古参なのだから、今のように戦力が整った状態でもないだろう。人数だって少なかったかもしれない。

 実際、今ここで怪我をしていたら、昂揚よりも恐怖が上回っていただろう。今後の戦闘に支障が出るくらいに。主砲を向けられただけでも動けなくなる可能性だってある。

 

「だから、喜べとは言わないけど、自信は持って。ね?」

「うん、そうする。勝ててよかった」

 

 素直に喜ぶことにした。仇討ちの一歩を進み出せたとして、これを足掛かりにして先に進もう。

 

()()たことを今後の()にするよ」

 

 冗談を言ったつもりではないのだが、そうなり得る言葉を言ってしまったことで磯波が破裂。お腹を押さえて震えていた。いや、笑いのツボ浅すぎだろうコレ。

 

 

 

 初陣は勝利に終わった。幸先がいいとは思うが、これが続くとは限らない。さっき感じた恐怖については忘れず、慢心しないようにこれからも歩いていきたい。

 




陽炎の初陣は勝利に終わりました。駆逐艦3体と戦うということは、1-1〜2の辺りですね。過剰戦力。


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海の底の巣

 哨戒中に深海棲艦を発見し、私、陽炎の初陣となってしまった。その時は同じ部隊にいた隼鷹さんの艦載機による爆撃や、旗艦衣笠さんと沖波の砲撃により殆どの敵を撃沈し、残った手負いの1体を私が撃沈することに成功。初陣は勝利という形で幕を下ろした。

 1体は私の手で倒すことが出来たのはとても大きな経験となった。勝利のイメージが身に付いたことにより、今後の活動に自信がつく。

 

 その後の哨戒では深海棲艦の出現は無かった。一度出現したということで、隼鷹さんが念入りに哨戒機を飛ばしたが、何の反応も無し。1体現れたら何体も現れるという可能性も懸念していたが、今回は無し。

 だが、それは今だけで後から現れる可能性もあるため、鎮守府経由で工場の方にも連絡してもらい、緊急時に備えてもらうことにしたらしい。それが命を守る一番の方法だろう。

 

「鎮守府が見えたね。これで午前中の哨戒はおしまいだよ」

 

 水平線の向こうに見覚えのある建物が見えてくる。その存在が目に入ると、ホッとするような感覚。出て行ったのだから帰ってくるのは当たり前のことなのだが、命懸けの戦場から居場所に戻ってこれたことに心底安心出来る。

 

「陽炎、お疲れ様。いい初陣になったんじゃないかな」

「うん、ホントに。工場長に会えたことも良かったし、戦いに勝てたのも良かったかな」

 

 衣笠さんに聞かれたため、素直な気持ちを言葉にした。おそらく悪いこと無しだ。

 

「今日は私達が哨戒当番って形になってるから、午後も同じメンバーでもう一周するよ。同じ方向でね」

「ん、了解。今からお昼休み挟んでもっかいってことね」

「そゆこと。お風呂も使っていいからね。お昼はガッツリ食べておいた方がいいよ」

 

 戦闘を経験したということで、思った以上に消耗していると脅された。今は艤装の効果で空腹も最小限にしか感じないが、いざ外したら一気に感じるとのこと。戦闘中に邪魔になる感覚を一時的に薄めているというのは痛覚や疲労だけではないらしい。

 

「お帰り。じゃあ衣笠と隼鷹、ちょっと来な」

 

 工廠に戻ると、先日のように空城司令が待ち構えていた。戦闘があったことを事前に聞いているため、その状況確認をするためだろう。旗艦の衣笠さんと、艦載機で確認している隼鷹さんが呼び出されたのだからその考えは間違っていなそう。

 艤装を置いた衣笠さんと隼鷹さんを連れて奥の部屋に行く前に、初戦闘となった私の方へ。

 

「陽炎、哨戒中に戦闘になったようだね。どうだった、素直に言いな」

 

 真剣な顔で問われた。もし嘘をついた場合は殴られるのではという威圧を感じる。そんな状態で私は隠し事なんて出来ない。隠すことなんて1つも無いが。

 

「……正直、最初は怖かったし、あいつらを斃さないとって気持ちでいっぱいになった。そのままにしたら工場の人達が危ない目に遭うわけだし、それに……私の仇みたいなものだし」

「ふむ……そうかい」

「けど、由良さんに落ち着けって言ってもらって、深呼吸して、冷静になれたと思う。手は震えてたけど、訓練を思い出してちゃんと戦えたんじゃないかな。怖かったけど」

 

 私の回答は、満点とは行かないまでも空城司令には満足出来るものだったようで、ニンマリ笑って頭を撫でられた。

 

「その怖いって気持ちは絶対に忘れるんじゃないよ。乗り越えるんじゃなく、()()()()んだ。いいね?」

「……了解。怖いから命が大切って思っていられるんだよね」

「そうだ。死ぬくらいなら逃げればいい」

 

 恐怖を忘れるなと、空城司令直々のお言葉。忘れたら無茶無謀もやってしまいかねない。艦娘として、それが一番ダメだ。命懸けでも命を捨ててはいけない。

 

「よし、じゃあ今は身体を休めることだ。風呂と昼飯で回復出来る」

「うん、そうする。午後も頑張るよ」

「ああ、頑張んな」

 

 空城司令の激励はそれだけで元気になるような感覚だ。精神的な疲労が掻き消えた。そしてその分、空腹感が倍増する。艤装も外したことで、腹の虫が鳴いてしまった。磯波が若干危険になりかけたが、生理現象であるためにツボにハマることは無かった。笑われても困る。

 

 

 

 昼食後、改めて午後の哨戒が開始される。コースは午前中と全く同じとは行かず、少し大回りするルート。領海ギリギリまで進み、入念に調査される形になった。一度戦闘を行なった場所は特に入念に。

 まずはあの工場の前をチラッと通るのだが、警戒態勢を要求されたからか人の気配が無いように思えた。危険を回避するために半ドンとなっているのかも。

 

「うん、あれなら安心だね」

「おっちゃんとは一緒に呑むのは楽しいんでね。路頭に迷わさせるわけにはいかないさぁ」

 

 動機は少し不純ではあるものの、どんな理由であれ人を守るには変わりない。むしろ復讐よりは余程明るい内容かもしれない。褒められたものであるかはさておき。

 そもそも一度倒したのだから、諦めてここに出なければいいのだ。二度と来なければ、工場の人達が危険な目に遭わなくなるのに。

 

「ちょいと念入りに確認するんだったね。じゃあ飛ばすぜぇ」

 

 艦載機を飛ばすが、午前中よりも少し多め。万が一近くに深海棲艦の()のようなものが出来上がっていた場合、それを完全に潰すまで戦いが続くことになる。

 

 深海棲艦に巣があることは、一般人にも浸透している事実。巣の主も当然深海棲艦。巣自体は陸上というか島として海面に突き出ているものもあれば、名前通り深海に存在しているものもあるそうだ。

 化け物のような深海棲艦は、単発で現れる『野良』と、巣の主がコントロールする『斥候』の2種類に分かれる。前者ならさっき倒したことでもう何も起きないのだが、後者だった場合は困る。同じ場所に何度も何度も現れることが確定し、巣そのものを壊滅させなくては止まることを知らない。

 酷いことに、巣の発生はランダム。何か法則性があるのではと研究されているらしいが、まだ答えは出ていない状態。そもそも島となった巣ならまだしも、海底の巣は調査することも難しいのだ。巣そのものが移動するという噂もあるくらいである。

 

「海の中は見えないからねぇ。少なくとも突然出来た島みたいなもんは無いね」

 

 海底に巣が出来たというのなら、それこそ発見は困難だ。まずは近場で何度も深海棲艦を目撃したりすれば、近辺に巣があると見て間違いが無くなるのだが、今回はここいらで1回目の遭遇。野良か斥候かの判断は難しい。

 

「うちに潜水艦が居れば一発かもしれないけどね」

「そりゃあ無い物ねだりってやつだねぇ」

 

 鎮守府にはいない潜水艦という艦種の艦娘で巣を探すとなると、相当危険な任務になるのだろう。

 潜水艦というくらいなのだから、ダイバーか何かだろうか。実際に見たわけでは無いのでどんな人達なのかはわからないが、もしかしたら艤装を着けていたら無限に潜れるとか、水圧を受けても身体に影響が無いとか、そういう人達なのかなと思う。

 

「だから、整備員の人達がこういうの作ってくれたんでしょ」

 

 そこで衣笠さんが手に取ったのが、小型の深海探査艇。艤装にくくりつけてあったのだが、それは海防艦達と対潜訓練をしたときに使っていた潜水艦ラジコンに酷似していた。

 なるほど、潜水艦がいない鎮守府だから、こういう形で巣を探すわけだ。潜水艦にやってもらうよりは安全な気がするのだが。攻撃が出来ないため即座に巣を潰すということが出来ないので一長一短かも。

 

「それじゃあコレ潜らせるから、周辺警戒よろしくね」

 

 対潜訓練で使ったそれと同じように、ラジコンのように操縦しながら海中を調査していく衣笠さん。深海探査艇からの映像を見なくてはいけないため、衣笠さんは殆ど目隠し状態。海の真ん中なのに視界を潰しているため、もしこの状態で確認している外から敵が現れようものなら、集中砲火を受けてしまう。

 私達は衣笠さんを守るために周囲を回りながら警戒。若干緊張感が漂うが、まず隼鷹さんが艦載機で周囲を見てくれているため、敵が来ていないことは先んじてわかっている。

 

「うーん、今見てる感じ、午前中の奴らは野良っぽいね。巣っぽいものは見当たらないよ」

 

 しばらく調査をしたが、巣らしきものは見つからないようだ。その巣がどういうものかはわからないが、哨戒の熟練者がそういうのだから、私には信じるしか無い。

 

「近場を念入りに見ていこう」

 

 今度は午前中の戦場を通過して哨戒ルートを進んだ後、さらに海中を調査し続ける。その間、私達は常に周辺を警戒し続ける。

 改めて周りを見ても、本当に何もない。見晴らしもいいし、周囲全てが水平線に囲まれているというような場所だ。戦闘中は必死だったが、こうやって見ると思ったより癒されるような風景だ。仲間達が周囲にいるが、世界中に私達しかいないような錯覚を抱く。それがいろいろな感情を沸き立たせる。

 

「異常は無いねぇ。やっぱ野良っぽいかね」

「海中も異常無しかな。何の痕跡も無いよ」

 

 衣笠さんと隼鷹さんが確認したことで今回は野良であったと結論づけて調査を終了することになる。この調査が行なわれたことで、哨戒の時間は既に倍近くになっているわけだが、これは仕方のないこと。

 とはいえ、定期的に念入りな調査は必要だと思う。今この周辺には巣が無いというだけであって、領海内に何かしらの痕跡が残っている可能性はあるし、見過ごしたところで巣が出来てしまうなんてこともあり得る。それに、巣はさらに遠いところにあって、わざわざここまで足を延ばしてきた、なんてことだって考えられるだろう。

 

「よし、じゃあここからはまた午前と同じように進んでいくよ」

 

 本来の哨戒任務に戻る。ここからはただただ何も無い海を眺めるだけの任務。それはそれで心が穏やかになる。戦闘さえなければここまで静かな海。

 

 私達は、こんな風景を誰もが見える世界を取り戻すために戦っているのかもしれない。

 

 

 

 鎮守府に戻ると、また衣笠さんと隼鷹さんが空城司令に連れて行かれた。今回の調査結果を理解しているのはこの2人。私達は周囲を警戒していただけなのだから、何も見えていない。

 故に、私達はそのままお風呂に行くことになった。今回は戦闘をしていないため、艤装を下ろしても大きな疲労は無かった。疲れていないわけではないが。

 

「あ、帰ってきた!」

 

 ちょうどそこで夕立とかち合う。ちょっと不機嫌そうな顔をしているのは、今回の哨戒に参加出来なかったことが不服であることを表しているのだろう。行けないことで駄々をこねたと言っていたし。

 

「夕立も行きたかったっぽい!」

「司令が決めたことなんだから諦めなよ」

「うー、ゲロちゃんの初陣に参加したかった!」

 

 拳をブンブン振って感情を露わに。私と同い年だとは思うのだが、言動が子供っぽいのは夕立の可愛いところなのだろう。裏にいろいろありそうで触れるのが怖いが。パパとのあれそれが関わってそうだし。

 それに対して、由良さんが頭を撫でながら宥める。飼い主とペットみたいに見えるのは流石に伏せておく。いくら夕立相手でも失礼な話になるので。

 

「はいはい、夕立ちゃん、今からお風呂行くから一緒に行こうね。ね?」

「むー……それで勘弁してあげるっぽい」

 

 由良さんに言われて、お風呂に便乗することでとりあえず落ち着いてもらうことに。まだ少しご機嫌斜めなようだが。

 

「今日はゲロちゃんの部屋で寝る。今日の戦闘のこと細かく教えてもらうっぽい」

「まぁいいけどさ……パジャマパーティーみたいなことしたいってことでいい?」

「それでいいっぽい」

 

 それで機嫌を治してくれるならいいか。私を犠牲にすることになるが、まぁそれで被害があるわけでもあるまいし。

 

「磯波と沖波も集合。4人で夜通し遊ぶっぽい!」

「遊びはしないけど……パジャマパーティーは参加してもいいよ」

「私も。夜通しもダメだよ? 明日休日じゃ無いんだし」

 

 結果的に磯波と沖波も巻き込まれた。自分だけハブられたというのが気に入らないのだろうから、異端児駆逐艦4人で集まれば夕立だって楽しくなれるだろう。

 

「パジャマパーティーなんだから、何か着てきてよ」

「ん、夕立そういうの持ってない」

 

 だが、また裸同然の姿で来られても困る。海防艦部屋で占守と大東にいろいろされてしまった事を忘れたか。私達はそんなことしないが。

 

「ならこの前みたいにシャツ着てきなよ。私のスパッツとか貸したげるから」

「締め付けがあると寝づらいっぽい」

「丸出しで寝られる方が嫌だっての」

 

 結果的に、その日の夜は私のスパッツを貸し与えることで一緒に寝る方向に持っていった。結構ギリギリまで抵抗したが、いざ穿かせたらこれはこれでと少し満足したようなので、私としては安心。胸以外は私とサイズも似たようなものだったのが幸い。

 

 今度の任務では夕立も行けるように頼んでおこう。毎回これだと困る。

 




今回の深海棲艦は、巣を作るということになります。姫はその巣の主人、つまり女王蜂みたいなものですね。


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進んだ悪夢

 その日の夜、あの時の悪夢を見た。

 

 鎮守府に来てから度々見るようになった悪夢だが、今まではずっと同じような夢だった。

 真っ黒な水平線の向こう側、一際目立つ赤い深海棲艦の姿を、私は泣きじゃくりながら目に焼き付けていた。父さんに担ぎ上げられているためすごい揺れの中、涙のせいでその姿はボヤけているが、あの赤いのだけはしっかりと判断出来た。

 

 だが、今回は夢の内容が更新されていた。

 

 黒い軍勢から大きな魚のような化け物が近付き、口の中から弾を撃っては浜辺を爆破していく。そんな中、父さんと母さんはそこから必死に逃げていた。何かを叫んでいたようだが、何を言っているかはわからない。とにかく生きるために必死だった。

 そこに目を付けられたのか、化け物とは別の人型の深海棲艦までもが近付いてきた。魚のような化け物よりも近くを撃ってきた。その爆風に足を取られても、振り返りもせずに走り続けた。

 

 近付いてくるのは、赤い深海棲艦もだった。何かに興味を持ったように、()()()()()()()()()。顔がよく見えないため表情はわからないが、明らかに私のことをどうにかしようとしている。

 何かを持っている手をこちらに向けたかと思うと、飛行機のようなものが私や両親目掛けて飛んできた。今なら知識があるからわかる。奴の艦載機が、父さんを殺そうと猛スピードで近付いてくる。

 

 そして……殆ど真上で何かが落とされた。あれは爆弾だ。砲撃は何とか逃げ続けられたが、艦載機から直接の爆撃は免れることが出来ない。

 

 母さんが何かを叫んだ。そして、その直後に私の世界が爆炎に包まれたのだ。

 

 

 

「ゲロちゃん! ゲロちゃん!」

 

 夕立の声で目が覚める。そうだ、昨晩はパジャマパーティーと称して初陣の話を夕立に話しつつ、そのまま眠くなるまでお喋りしていたんだった。夕立は私のベッドで一緒に寝ると言い、それを受け入れて添寝状態だった。磯波と沖波は消灯時間に部屋に戻ったため、今はここにいない。

 そんな状態で私が悪夢に魘されていたのだから、焦りで私を起こそうとするのも無理はない。まだ薄暗い部屋で、私は涙を流しながら荒い息を吐いていた。

 

「ご、ごめん……酷い夢見てた……」

「もしかして、松輪が言ってたヤツ?」

「……うん。アレの続き」

 

 涙目を腕で拭う。まだ心臓がバクバク言っている。あの夢、夕立が起こしてくれなかったら、母さんが死ぬその瞬間まで進んでいた気がする。

 赤い深海棲艦が放った艦載機による爆撃が、浜辺を母さん諸共吹っ飛ばす瞬間だったのだから。身元がわからないくらいにまでズタズタになっており、身元判明も私がいたから出来たというレベルなのも頷ける。

 

「夕立も経験あるっぽい。酷い記憶って変に夢に出てくるよね」

「私はその辺りの記憶が無いんだけどね……ここに来てから夢って形で思い出すようになってきてさ……」

 

 夢が更新されるきっかけになったのは、やはり哨戒中の戦闘か。手負いだったとはいえ、私の手で深海棲艦を撃沈させることに成功した影響で記憶が戻ってきたというのも、あながち間違いでは無さそう。

 撃沈したことというよりは、()()()()()()()()()()()がきっかけか。今回撃沈した駆逐艦の化け物も、夢の中に出てきたのだから。

 

「お水でも飲みに行く?」

「……そうだね。夕立は寝ててもいいよ」

「乗り掛かった船っぽい。艦娘だけに」

 

 ここに磯波がいたら軽く破裂してたかも。

 起床時間まではまだ少し時間があるものの、あんな夢を見てしまったせいで眠気は妙に覚めてしまった。それに、喉がカラカラだ。落ち着くためにも水一杯くらいは飲んだ方が良さそう。冷や汗でビッショリな顔をタオルで拭いてから、私は夕立と部屋を出た。

 

 こんな時間に食堂に行くのは当たり前だが初めて。まだ誰も起きていない時間のはずなので、大きな音を立てないように静かに向かった。

 いつも騒がしい夕立もこの時ばかりは静か。だが、いつもはやらないようなことなので、眠気も飛んだか満面の笑み。

 

「薄暗い食堂って初めて。夜も来ないし」

「夕立も!」

 

 用は水を貰うだけなのでさらっと終わらせることに。食堂には備え付けのウォーターサーバーがあるので、変に食器を出すようなこともなく水分補給が出来るからありがたい。

 カラカラの喉が潤うまでグビグビと飲んでようやく落ち着く。これならもう一眠りしてもいいくらいだ。眠気は覚めているが。

 

「ふぅ……」

「ゲロちゃん、ホントにもう平気っぽい?」

「大丈夫。連続であの夢を見たことは今までに無いから」

 

 一番短いスパンの時では2日くらいしか間は無かったが、基本的に眠るたび見るような悪夢では無い。一度見たら少しの間は何事もなく眠りにつくことが出来るので、それだけは安心している。

 おかげで鎮守府に配属してから1ヶ月、睡眠不足などに悩まされたことは今のところ無い。酷く疲れて目を覚ますことはあっても、二度寝すればある程度はスッキリ出来た。

 

 しかし、あの悪夢も少しずつ核心に触れようとしてきている。あの記憶が全て蘇った時、私はどうなってしまうのだろう。

 

「なら部屋に戻るっぽい?」

「そうだね。付き合わせちゃって悪いね夕立」

「ん、大丈夫っぽい。さっきも言ったけど、夕立にも経験あるから」

 

 夕立は私よりも壮絶な過去を持っているのだから、こんな悪夢だって度々見ていたのかもしれない。

 

 ふと、気になることがあったので、いい機会だし聞いておこう。壮絶な過去に踏み込む行為のため少し抵抗はあるが、どうしても知りたい1つのこと。

 

「夕立、嫌なら言わなくてもいいんだけどさ」

「ぽい?」

「夕立も昔深海棲艦に襲われて怪我をしたって言ってたでしょ。その深海棲艦、どんなのだったか覚えてる?」

 

 もしかしたら私と同じものかもしれない。あの空城司令もすぐに答えが出せなかった赤い深海棲艦のことも何か知っているかも。

 

「んー……なんか真っ黒な群れだったよ。で、その中に頭張ってる奴がいたっぽい」

「そいつのこと、何か覚えてる?」

「ちょっとだけかな。そいつは全身真っ黒で、なんかデッカイ人形みたいなの使って攻撃してきたの。夕立はそれくらいしか覚えてないんだよね」

 

 夕立も私と同じように、怪我をした当時の記憶が頭から抜け落ちているようだ。自分で言うのも何だが、子供の頃にあんなものを見たら、その部分だけでも自分で封じ込めるものだろう。

 夢で見るなんてことはなく、普通に自分の体験として覚えてるらしい。そもそも夕立は私と違って10年前の始まりの日に怪我をしたわけではなく、その数年後に怪我を負ったに過ぎないらしいし。

 

「私のとは違うんだ……ん、ありがと」

「ゲロちゃんはどうなの? 始まりの襲撃なんだよね」

「そうだよ。夢でさ、そいつが出てきたんだよ、顔は全然思い出せないんだけど、とにかく赤いってことしか」

 

 あとは艦載機を扱ってきたということくらい。それは今回の悪夢で思い出したことではあるが。

 

「赤いのは夕立も見たことないっぽい。ほら、基本深海棲艦って黒でしょ?」

「まぁ確かに」

 

 だからこそあんなに印象的なのだが。赤くて、人間のような形を取った深海棲艦なんて、多分私の見たそれくらいしかいないのではないだろうか。

 

「今は気にしなくてもいいっぽい。それを見つけたらぶっ壊せばいいだけだし」

「そりゃそうだけど、もう少し言い方ってのが」

「夕立間違ってる?」

「何にも間違ってない」

 

 極論だが、夕立の言っていることは一切否定出来ない。両親の仇、復讐の相手なのだから、そいつを見つけたらこの手で沈めたいと思う。

 だが、復讐とかそういうの以前に、私は艦娘。命を奪うより、命を守ることを優先しなければならない。目の当たりにしても理性を失わないように努めなくては。

 

「それは今措いといて、ゲロちゃん二度寝しないの? まだ時間早いっぽい」

「目が冴えちゃったよ。今日はもうこのまま起きてる。夕立は自分の部屋に戻って寝てもいいよ」

「んー、なら夕立はそうさせてもらうっぽい」

 

 私が落ち着いたことで眠気が戻ってきたか、夕立は大欠伸をしていた。二度寝すると言っても、もう1時間も無いくらいなのだが。いやまぁそれくらいが一番気持ちよく眠れるくらいなのかもしれないが。

 休日に惰眠を貪るところから始めているみたいなので、早起きはあまり得意では無いのだろう。今だってまだ日が昇る前だ。

 

「これ、このまま借りてもいいっぽい?」

 

 シャツをめくり上げて見せてくるのは、寝る前に貸し出した私のスパッツ。素っ裸で寝られても困ると私が貸し与えたものだが、最初は否定していたのに妙に気に入った様子。

 とはいえ、あまりそうやって見せるのは良くないと思う。今は私しかいないからいいが、海防艦がいるところとかではやるべきではないだろう。松輪は心配ないが、占守や大東が真似したらどうする。

 

「いいよ。後から返してくれれば」

「ありがと。なんかこの締め付けが癖になってきたっぽい」

 

 夕立はそういうところが変にオープンなので心配になる。お風呂で人の胸を揉んできたり、やたらスキンシップが過剰だったり。

 

「それじゃあおやすみっぽい。また後からね」

「うん、おやすみ」

 

 そして夕立は自分の部屋に帰っていった。夕立は寝付きもいいし、戻ってベッドに入ったらそのまま寝息を立てていることだろう。

 

 1人残されたわけだが、さっき夕立にも言った通り、もう眠気も無く目が冴えてしまっている。だからと言って誰もいない食堂で寝間着のままウロウロしていても仕方ないので、自分の部屋に戻ることにした。そこで眠気が来るのなら二度寝すればいいし。

 

「あら? さっき夕立ちゃんの姿を見たけど、陽炎ちゃんもいたのね」

 

 などとウダウダしているうちに、食堂に間宮さんが入ってくる。

 朝食の準備のために、誰よりも早く目を覚まして食堂で作業を始める給糧艦娘なので、ここで顔を合わせるのも当たり前。というか、なんだかんだでもうそんな時間だったか。

 

「ああ、ごめんなさい、間宮さん」

「もう起きちゃったの? 朝ごはんの準備は今からだから、すごく時間がかかるけど」

「酷い夢を見て喉がカラカラだったから、水を飲みに来たんだ」

 

 そう、とにこやかに返すと、そのまま厨房の方へと入っていった。今からこの鎮守府にいる全員分の朝食を作っていくのだから、これだけ早くから準備するのも仕方ないこと。

 私も孤児院で子供達の朝食作りを手伝うために早起きすることがよくあったが、それでも結構大変だった。鎮守府はそれ以上の人数だし、そもそも戦場に出る者のための食事を作るのだからカロリー計算やら量の配分やらが完璧に管理されている。

 それを、伊良湖さんもいるにしろ、一手に引き受けている間宮さんは正直恐ろしい。手際の良さも然ることながら、これを休みなく毎日こなしているのだから。

 

「落ち着かないのなら、ご飯が出来るまでここにいてもいいわよ? あ、でも寝間着のままというのはちょっとやめた方がいいかもしれないけれど」

「あはは、大丈夫。水飲んで落ち着いたし。でも、気持ちはすごく嬉しい。ありがとう間宮さん」

「どういたしまして。じゃあ、もっと気分が晴れるようにちょっとだけサービス」

 

 冷蔵庫の中から何やら取り出して私の前に置いた。いつもの間宮アイスや伊良湖最中とは違う、黒い塊。

 

「切れ端で申し訳ないんだけど、秘蔵の一品、間宮羊羹。落ち着いてるかもしれないけど、甘いものは摂ってもいいと思うわ」

「あはは、じゃあ遠慮なくいただきます」

 

 切れ端というだけあって1口で終わるサイズではあるため、摘んで口に放り込む。普通の羊羹とは違って甘さは控えめだが、上品な味と言えばいいのか、とても心が安らぐ感覚を覚えた。これが極上の物であることがすぐにわかる。

 

「美味しい……」

「それはよかった。若い子はアイスの方をよく食べてるから、こっちは少し生産量が控えめなの。提督やしーちゃんはおやつに食べているのだけどね」

 

 もしかしたらアイスよりも好きかもしれない。私だって普通に女の子しているので間宮アイスも毎日のように食べるほど甘党ではあるが、これはそれと違う理由で好きになりそう。

 何かで焦るようなことがあったら、これを食べる方がいいかもしれない。疲れには間宮アイスや伊良湖最中、精神的なものには間宮羊羹。今後はこれで行こう。

 

「ありがとう間宮さん、すごく落ち着いた」

「どういたしまして。私は戦場に出ないから、こういうところでサポートしなくちゃね」

 

 こういう人が後ろにいるだけで本当に助かる。そして、人間以外でも護らなくてはいけない存在だと理解する。艦娘のモチベーションのためにも、間宮さんと伊良湖さんは、ここにいてもらわなくてはならない。

 

 

 

 嫌な夢を見たが、今は随分と落ち着いた。これなら今日一日も乗り越えられそうだ。

 あの赤い深海棲艦が何者かは早く知りたいが、焦りは禁物。だが、空城司令には伝えておく方が良さそうだ。手掛かりは何でも知っておいてもらいたい。

 




赤い深海棲艦への記憶が追加。何かを持っており、艦載機を使うこと。そろそろ何者かはわかってくるかもしれませんね。答えは言いませんが。


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空への憎しみ

「悪夢が更新された?」

 

 朝の執務室。悪夢を見た時は言えと空城司令に言われていたため、律儀にそれを話しに来た私、陽炎。今までに見たことのないところまで夢として思い出してきたため、その辺りも伝える。おそらくは深海棲艦との戦闘を経験したことが原因だろうとも。

 空城司令としては納得はしているようである。私が艦娘としての道を一歩ずつ進むにつれ失われた記憶も蘇ってきているのだから。

 

 私の見た深海棲艦は、赤いとだけしか言えなかった。だが、今回の夢ではそこが更新され、少しだけ先に進んでいる。その深海棲艦は何かを持っていた。そして、艦載機を使っていた。そしてその爆撃で。

 

「艦載機による爆撃……確かに、アンタのいたっていう街は、砲撃だけでなく爆撃も受けているような痕跡はあったらしいね。空母の艦爆じゃないかと思っていたが」

「私もそう思ってる。あの群れの親分が空母なんじゃないかなって」

 

 私も、あの群れを率いていたのは、天城さんや隼鷹さんのような空母なのではないかと推測している。それ以外に艦載機を使う艦種を知らないというのもあるが。

 速吸さんも艦載機を使えるらしいので補給艦という線もあるのだが、言っては悪いが補給艦があの群れの中心にいるとは少し考えづらい。

 

「1つ聞きたいんだが、その赤い深海棲艦ってのは、どう赤いんだい。全体が赤いのか、一部が赤いのか、それとも赤く感じる()()を持っていたか」

 

 一番最後のは、深海棲艦特有のオーラ的なもののことを指している。今のところ私は見たことが無いのだが、強力な深海棲艦はオーラを身に纏っており、普通のものとは違って赤や黄、青に淡く発光しているらしい。

 だが、私が見たものはそういうものではなかった。赤い、全身真っ赤というわけでは無いが、ぱっと見で赤いと思えるくらいのもの。

 

「全体が赤く感じた。その時は泣きじゃくってたから、どうしてもボヤけて見えてたんだけど」

「全体的に赤く、艦載機を使う深海棲艦か……。しー、何か思い当たる奴はいるかい」

 

 今までに出現した深海棲艦はデータが纏められ、資料室に置かれている。私も休日を使って一通り目を通したが、写真があるものと無いものがあるため、私の知識量ではさっぱりわからなかった。

 赤い深海棲艦というのもいくつかはあったものの、私がピンと来るようなものはいない。データとして存在しているにしても、写真が残されていないような()()()な深海棲艦になるのかもしれない。

 

「その艦載機が何かというのもありますが、艦種は絞れますね。空母、航空戦艦、水上機母艦、あとは一部の重巡洋艦や軽巡洋艦でしょうか」

「その中で赤いのは」

「私も直に見たことがあるわけでは無いので、資料の文面頼りになります。群れを統率する巣の主となると、頻繁に現れる空母棲姫や戦艦棲姫以外だと写真もなかなか残されていませんし」

 

 やはり。そもそも写真なんて撮っている余裕がないのが戦場だ。私が資料室で見たデータも、ピントが合っている写真の方が少ないくらいだった。イラストのものまである程である。諜報活動を生業にしている部隊がどうにかデータを掻き集めているらしいが、それでも手が足りないのが現状。

 そもそも、巣の主が同型で現れるというのもよくわからない。倒したと思った姫が別の場所で当たり前のように活動していたとか、同じ姫が3体同時に現れたとか、深海棲艦の生態があまりにも意味不明であることが如実に現れている。

 

「こちらで諜報部隊にコンタクトを取ってみます。もしかしたら陽炎さんの証言から何かを導き出してくれるかもしれませんから」

「ああ、頼んだよ。だがその前に。陽炎、それは思い出したいことかい」

 

 あの時の記憶を取り戻した場合、私は忘れてしまっている両親が死ぬ瞬間まで思い出してしまうことになるだろう。あの悪夢も、母さんが吹き飛ばされる瞬間で終わっている。あれが続いていたら、まず間違いなく私の目の前で母さんが死ぬ様を見せつけられることになるだろう。

 それを思い出して私はどうなってしまうのだろう。悪夢から目覚めた時でも大きく消耗したのに、核心に迫ったのならあの程度では済まないのでは無いだろうか。

 

 だが、休日に天城さんにも話したが、思い出せないことが辛いのだ。なら、思い出したい。両親の仇の姿を。決着をつけるために。

 

「うん、思い出したい。全部」

 

 決意し、空城司令を見据えて言った。それを聞いて、空城司令は満足げに、だが少し悲しそうに微笑んだ。

 

「いいだろう。後悔もしないようだしね」

「後悔なんてしないよ。父さんと母さんの仇の顔を思い出したいんだから」

「復讐に呑み込まれるんじゃないよ」

 

 耳が痛くなるほど言われているが、そのおかげで艦娘の心得はしっかりと身に付いている。それに、命を投げ出してまでする復讐の方が親不孝になるということだって理解しているつもりだ。

 私の目的は復讐。だが、この鎮守府にいるのだから、そのルールに則った復讐をしていく必要がある。それに私は艦娘だ。復讐より優先しないといけないことが沢山ある。

 

「理解してるならそれでいいんだ、その気持ちを忘れずに、今日の訓練に行ってきな。今日の予定は何だい?」

「今日は防空訓練。初月とだね」

 

 都合がよかった。悪夢の中で母さんを吹き飛ばそうとしていた艦載機を撃ち墜とす訓練だ。私の仇の攻撃手段を削ぐための技術なのだから、俄然力が入るというものである。力が入りすぎていつものようにいかない、なんてことが起きないように、ちゃんと落ち着いて訓練しなくては。

 

 

 

 防空訓練。艦載機は天城さんが発艦し、それを私と初月が撃ち墜とすという、初めてやった時から基本的には変わらない訓練内容。だが、哨戒任務を開始したということで若干のバージョンアップ。それは、艦載機からの爆撃が追加されることである。

 今までは飛んでいるだけの艦載機だったが、あちらからの攻撃も来るようになったことで、回避も一緒に訓練することになる。上から降ってくる爆弾は当然ダミーのものではあるのだが、本物と同じように爆発し、周囲にペンキをバラまく特別製。

 

「本来はこれが当たり前なんだよね」

「ああ。仲間達への空襲を防ぐのが僕達の仕事だ」

 

 爆撃の怖さは悪夢で理解している。あんなものを喰らったら、いくら強化されている艦娘と言えども致命傷になりかねない。生身の人間なら尚更だ。()()()()()()()

 あの瞬間を思い出し、手に力が入る。訓練だというのに実戦のような感覚に陥る。昨日までは何とも思わなかったのに、今は艦載機に憎しみすら感じるようになってしまった。

 

 爆撃を回避しながらの対空砲火は、割と上手くいった方だった。爆撃を回避しきれずにバラまかれたペンキが身体の一部に付いてしまったが、飛ばされた3機の艦載機はしっかりと撃ち墜とすことが出来た。

 回避という追加の行動があったものの、照準を定めることが出来れば艤装がしっかりと当ててくれるので、撃墜自体にはそこまで影響は無かった。

 

「陽炎、何かあったのか?」

 

 しかし、初月には何か思うところがあったようで、訓練終了と同時に訝しげな表情で尋ねてくる。

 

「何かって?」

「前に見た時より、対空砲火が荒かった。回避しながらだから多少は雑になってもおかしくはないが、それとは別のものを感じた」

 

 艦載機に対する感情が対空砲火に表れてしまったらしい。別に今までがスマートに出来ていたわけではないのだが、それ以上に今回は雑になっていたと言う。私にはそんなつもりが無かったが、客観的に見ればそうなのだろう。特に防空に精通している初月だからよくわかると。

 

「……うん、まぁ、ちょっとね」

「話せるなら話した方がいい。楽になるだろう」

 

 意外とグイグイ来る。天城さんも合流して私が話す流れになっていく。

 隠すことでもないので、掻い摘んで説明することにした。私が悪夢に悩まされていることは鎮守府内の誰でも知っているようなことだし、それが私が封じた過去の記憶であることも理解してもらえている。その話だと言えば納得してもらえるだろう。

 艦載機により親が殺されたことを思い出したと端的に説明した時点で、天城さんが悲しそうな顔に。初月も複雑な表情をしている。

 

「そうか……陽炎()僕と同じなのか」

「初月も?」

「ああ。仕事に出ていた父がな、深海棲艦の空襲でやられた」

 

 初月も深海棲艦の手で片親の命が奪われている。艦娘になる動機にもなり得ることだ。

 

「僕も父を奪った艦載機が憎い。だが、だからといって自棄になったらまず間違いなく破滅する」

「……うん」

「僕らのこの対空砲火の力は、みんなを守るための力だ。憎しみを晴らすためのものじゃない」

 

 何というか、達観している。初月も私よりは当然長く艦娘をやっているわけで、そういうことを考える時間は沢山あったのだろう。この考えに行き着くまでにどれだけ時間を使ったかはわからないが、少なくともこの考えは間違っていない。

 艦娘の心得をしっかりと胸に刻む。何度も何度も刻む。私は守護者。破壊者じゃない。艦載機を壊すために対空砲火をしているわけじゃない。その爆撃によって被害者を出さないようにするため、みんなを守るためにするのだ。

 

「……やっぱり思い出したその時はブレブレになっちゃうね」

「ああ。そういう時は誰かに話せばいい。話しやすい人は何人でもいる。天城さんみたいにな」

 

 悲しそうな顔をしていた天城さんも、すぐに気を取り直して慈悲深い笑みをしていた。資料室で話をしたときと同じ。元保育士の包容力をまたもや発揮しそう。

 

「陽炎ちゃん、私で良ければまた甘えてくれて構いませんからね。撫で撫でしてあげましょうか?」

「あはは、じゃあお願いしていいかな」

「ふふ、いいですよ。それで落ち着けるのなら」

 

 抱き寄せられて、頭を撫でられる。相変わらず豊満なそれに顔を押し当てることになり、やけに落ち着く。海の上で無ければそのまま眠ってしまいそうなくらいに。

 事実、悪夢のせいで普段よりも早く目を覚ましているというのもあるので、いつもよりは睡眠時間が短い。眠気が来るのも当然なのかもしれない。

 

「ありがとう天城さん。落ち着けた。このままだと多分寝ちゃう」

「そうですか。訓練中に居眠りはよろしくないですね」

 

 苦笑されて身体を離される。気合いは入れ直した。これなら訓練により身が入るだろう。今度はちゃんと守るということを意識して。

 

 だが、不意に初月が全く別の方を向いた。鎮守府とは逆方向、水平線の向こう側だ。

 

「何かあった?」

「陽炎、電探で確認してみろ。()()()()()()()

 

 言われてすぐに電探で空を確認する。目視で見えないところまでその効果範囲を広げると、初月の言う通り知らない()()の反応が確認出来た。サイズ的にも艦載機のそれ。

 

「敵機だ! 陽炎、実戦訓練に移行するぞ!」

 

 私も初月も、今は訓練用のペイント弾しか使えない。だがやらないよりはマシだ。

 そのまま進ませたら鎮守府の方に飛んでいく。そこで爆撃でもされたら、今鎮守府の中にいるであろう人達全員が危険だ。それは絶対に回避しなくてはいけない。

 

「天城さん、制空権取れるか!」

「こちらもダミーですが、制空権くらいなら取れるでしょう。敵機は何機ですか」

「反応からして1機だけだ!」

「なら、すぐにでも」

 

 緊急事態であるということで天城さんも本気。旗竿を振る動きも訓練の時とはまるで違う高速。即座に艦載機が発艦し、敵機1機に向けて猛烈に突き進んでいく。

 その頃には目視出来るくらいの位置に艦載機が確認出来た。天城さんの取り扱うものとは形状がまるで違う黒いそれは、そこまでのスピードは出ていないものの確実に突き進んできた。

 

「陽炎、対空砲火!」

「りょ、了解!」

 

 天城さんの艦載機の攻撃をヒラリヒラリと回避する敵機を墜とすため、私と初月の共同で対空砲火。ダミーとはいえ、当たれば何かしらの反応はあるはずだ。

 

「今だ、撃て!」

 

 あちらは爆撃とかが無かったため、回避行動をすることなく撃つことが出来た。結果、私の攻撃は当たらなかったものの初月の攻撃が翼を掠め、バランスを崩して落下。着水と同時に消滅した。

 天城さんの牽制のおかげで行動を抑制し、対空砲火を当て易くしてくれている。空母との連携は必要不可欠。

 

「消えちゃった」

「敵機はそういうのもある。ということは、今のは攻撃のための機体じゃ無かったな」

「そういうものなの?」

「ああ。こちらを監視するための艦載機だろう」

 

 だからか。あの艦載機が墜落するとき、やけに視線のようなものを感じたのは。あの艦載機は最後、確実に()()()()()()。意思があるかはわからないが。

 

 

 

 このことはすぐに報告され、哨戒部隊にも連絡された。しかし、飛ばしてきたものは結局不明という形で幕を下ろす。

 ある意味これが私のこの後の運命の始まりだったのかもしれない。

 




ここからが、本当の始まり。


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領域外の敵

 翌日、謎の艦載機の出所を探すための哨戒任務が開始されることになった。鎮守府に飛んでくる艦載機というのは別に無いわけでは無いのだが、今回は妙な感じがすると空城司令が考えたからである。言ってしまえば勘なのだが、確かに1機だけがこちらを調査するためだけに飛んできたというのは何かおかしい気がする。

 それにもう一つ。私、陽炎が視線を感じたこと。艦載機が墜落するときに私を見つめていたように思えたからだ。たまたまなのか意図的なのかはわからないが、とにかく私を見ていたのは確かだ。こちらの艦娘をそこまでしっかり見つめるようなことはあまり無いらしく、そこも空城司令が怪しく感じているところ。

 

 哨戒任務に抜擢されたのは、その艦載機を確認した私と初月、そして天城さん。そこに戦闘に入ってしまった時のことを考えて戦闘力の高いメンバーとして霧島さんと加古さん、そこにかなり遠いところまで行くことを考えて速吸さんが参戦。補給艦ではあるものの、天城さんと同様に艦載機を使えるらしく、戦闘力自体も無いわけではないとのこと。

 

「昨日の飛んできた方向から考えた方へ向かいます」

「了解。旗艦をよろしくお願いしますね」

 

 旗艦は天城さん。しかし霧島さんが先陣を切る状態。いざというときに即座に戦闘行為に移れるように、最も火力のある戦艦を先頭にしている。その後ろには加古さんと天城さん、さらに後ろに私と初月、そして最後尾に速吸さん。

 陣形としては少し変形している複縦陣といったところ。陣形なんて話にくらいしか聞いたことないので、私は成り行きでやっている。

 

「陽炎は私と加古で守ります」

「うーい。初心者にこんな任務行くなんて無いからねぇ。ボチボチやりますよーっと」

 

 哨戒任務というか任務というもの自体が2回目の私には、なかなかに重荷。訓練で戦闘力は鍛えられているつもりだが、実際の戦闘はまだまだ。

 故に、私にはサポーターが付いてくれる。部隊の中での最高戦力である霧島さんと加古さんが守ってくれるというのなら安心だ。だが、自分の身くらいは自分で守らなくては。

 

「それでは行きましょう。旗艦天城、出撃致します」

 

 前回の哨戒任務とはまた違う緊張感。艦載機の持ち主探しということは、あの時の戦闘よりは確実に強力な深海棲艦と相対することになる。駆逐艦とは比べ物にならないだろう。それ相手に私は通用するのか。

 

 

 

 鎮守府から離れてしばらく進む。本来の哨戒コースとは全く違う方向であり、さらには速さも違う。あっという間に鎮守府は水平線の向こう側へと消えていき、周辺が海一色になった。

 

 私達の鎮守府の領海が何処までかというのは羅針盤の妖精さんが教えてくれる。少なくともまだまだ先までは行ける。領海の端まで行くためにはかなりの時間を要するため、昨日の哨戒では流石に端まで行くことは無かったそうだ。

 今回はそこまで行くため、補給艦まで動員した。そうでもしないと、消耗した状態での戦いを強いられる可能性があるからだ。

 そもそも今回は午前中で終わらせるつもりもない。丸一日使っての長期の哨戒遠征といったところ。そんな任務に抜擢されるのは、運がいいのか悪いのか。

 

「遠いねぇ。哨戒じゃあまずここまで来ないとこじゃんよ」

「だからこそしっかり確認する必要があるの。あちらも頭を使うタイプだとしたら、簡単には手が届かないところに巣を作るものでしょう?」

「確かに。あたしも誰にも邪魔されず寝てたいからそういう考えになるねぇ」

 

 加古さんがボヤく通り、前の哨戒任務ならもう半分近く進めた時間をかけて、まだ片道にも満たない。しかも、今回は立ち止まっての確認などもやっていない。ただただ真っ直ぐ、延々と駆け続けている。

 

「ここまで何の姿も無し……艦載機も飛ばしていますが、反応は何も無いようです」

「なら方向が違うとか?」

「その可能性も無くはないと思います。もしくは海中に隠れているかですね」

 

 一応例の潜水艦ラジコンも持参しており、それは速吸さんが運んでいる。あまりにも見当たらない時は、それを使って海底の巣も探す予定だ。まずはそれを実行する場所、領海の端まで辿り着かなくてはならない。

 

 そしてまたしばらく進んだところで、一旦ストップ。羅針盤の妖精さん曰く、ここが領海の端のようである。

 当たり前だが周りには何もない、一面海だけの風景。水平線の向こう側には空と雲しか見えない。こんなことをする日に持ってこいのいい天気である。

 

「こんな見晴らしのいい場所でも何も見えないということは、海中に潜んでいるか、そもそもの方向が違うかになりますね」

 

 というわけで、速吸さんの持つ潜水艦ラジコンが始動。海中に潜らせて何かないかを探っていく。

 

「真下には何もありませんね。巣の痕跡も見当たりません」

「ならここよりも前か、違う方向になるか……ですね。いや、ちょっと待ってください。アレは……」

 

 天城さんが見ている方向の空。水平線の近くに、小さな小さな黒い点が見えた。鳥のようにも見えたが、動きがそれではない。

 ならば間違いなく、私達が今求めているもの。鎮守府を監視しようとしていた艦載機の仲間で間違いないだろう。こんなところで見かけるのは普通はあり得ない。

 

「あっちって、アレじゃね? ()()()()()()()()()()()

 

 加古さんの言葉に、心臓が跳ねるように鼓動が激しくなる。

 

 方角だけで言うのなら、それは確かにそうかもしれない。あの襲撃が何処から生まれた深海棲艦が引き起こしたものなのかは、10年経った今でも不明なのだから明確な位置はわからない。わかってたら私達の鎮守府、もしくは何処かの鎮守府が対処に当たっているはず。

 しかし、あの艦載機の持ち主が私の両親の仇である可能性が無いわけではない。昨日私と初月で撃墜した艦載機は、悪夢で見たものとは別物だったように思えたが、この10年で何かが変わっているのかもしれない。

 バクバクと波打つ心臓を止めるために胸を押さえる。そんなことで、この煩いほどの鼓動がゆっくりになってくれたらありがたいが、そんな簡単に行かないのはわかっている。

 

「陽炎、どうした。具合が悪いのか?」

「顔色が悪いです。いったん休みますか?」

「だ、大丈夫。大丈夫」

 

 初月と速吸さんに心配されたが、この海のど真ん中でどうやって休めと。

 ひとまず心を落ち着けるために深呼吸。今から私の復讐の相手に出遭うかもしれないとしても、冷静にならないとみんなに迷惑がかかる。私1人が暴走して、結果的に艦隊全滅なんて引き起こしたら目も当てられない。

 

「私の滅ぼされた故郷の方って言われたから、ちょっと緊張しただけ。大丈夫だから、行こう」

「キツイならちょっと下がってなよ。きっかけ作っちゃった手前、あたしがしっかり守ってやっから」

 

 ニカッと笑う加古さん。いつも寝てるから寝たいと訴えるくらいはぐーたらしてる感じがするが、戦場ではイケメンになるタイプか。こういうのがギャップ萌えとかいうやつなのかも。

 

「あの艦載機の出所を探ります。陽炎ちゃんは無理せずついてきてください」

「了解。ちゃんとついていくから、普段通りでいいよ」

 

 まだ鼓動は速いままだが、ついていけないわけではない。むしろ足止めしている方が良くないだろう。無理しているわけではないし、今は進んでほしい。

 私もあの正体を一刻も早く知りたかった。私の復讐の相手なのかそうでないのか。それが判断出来ればまだマシ。

 

 

 

 小さな艦載機を確認した地点まで移動。私達が向かう間にその艦載機は姿を晦ましてしまったが、すぐに天城さんが周囲を確認し、速吸さんが潜水艦ラジコンで海底を調査。この下に巣があれば破壊を考えなくてはならないし、無いのならまた別の場所を調査しなくてはいけない。

 

「あのタイミングで艦載機があの位置……そこから飛んだ方向は陸の方ですが……形状からしてまた爆撃するようなタイプじゃ無かったです。昨日と同じ、深海の哨戒機のようなものでした」

「すぐに姿を消した辺り、私達でいう彩雲のようなものかしら」

「はい。哨戒というか偵察ですね。何を偵察しているかはわかりませんが」

 

 陸の偵察をしようとしているのなら、侵略の算段を立てているというのが妥当な線。しかしそれだと気になるのが、私を見つめていたことである。

 

()()()()()()ってのは?」

「あり得ますが、深海棲艦がそういう性質を見せることは今までにあまりありませんでしたよね。侵略以外の明確な目的があるのかも」

 

 あまりということは、今までにも無かったわけではないようだ。深海棲艦がこちらまで艦載機を飛ばして何かを探すとか、理由がわからない。

 

 深海棲艦は未だに生態系すら解明されていない謎の生命体だ。こちらに攻撃的であり、侵略行為をやめないということくらい。まともな意志を持っているかも不明である。少なくとも化け物の方は意志なんて持たない野生の動物みたいなものに思える。

 それが明確な目的の下、何かを探しているとなったら話が変わる。私の悪夢にも出てきた人間の形をした深海棲艦は、その形故に意志をハッキリと持っているのかもしれない。

 

「巣はありません。遠くから飛んできた方向からして、領海の外……ですかね」

「そうなると管轄が変わるわね。いや、誰の管轄でもない海域の可能性もあるわ」

 

 領海は本当に海全域を確保出来ているわけではない。艦娘が行って帰ってくる限界というものがあるため、本当に奥の海域は手が届かない海としてさらに謎が多い場所になっている。

 しーちゃんが言っていた諜報部隊というのは、そういう海を調査する仕事もこなしているらしいので、日々未開の海は開拓されているらしいが、それでもまだまだ手が追いつかないそうだ。それ程までに海は広い。侵略により広げられているとも言われている程だ。

 

「領海の外にいるとしても、あの偵察は不思議です。あんな超長距離を飛ばせる艦載機があるのも不思議ですが、そこまでして何を探しているのか」

 

 話している内に突然視線を感じ、悪寒が走った。ジッと見られているような寒気。それが真後ろから。

 普通ならあり得ない。今だって速吸さんが潜水艦ラジコンで海中を調査しているし、天城さんが艦載機で周囲を偵察し続けている。話をしていたため目視による周辺警戒が若干疎かだったかもしれないが、それでも調査を潜り抜けたとしか思えない。

 

 恐る恐るその方を振り向くと、海の上に長い黒髪の女の顔が半分だけ浮き出てきてこちらを見つめていた。心臓が飛び出るかと思った。完全にホラーの類。

 

「ぎゃあ!?」

「えっ、潜水艦!? 対潜行動!」

 

 初月は防空駆逐艦であるが故に対潜のための装備はしてきていない。駆逐艦故に簡易爆雷くらいは持っているが、威力はお察し。牽制くらいにしか使えないだろう。

 対して私はある程度の対潜装備はしてきている。爆雷も正式なもの。ソナーも念のため持ってきているが、今は潜水艦ラジコンによる調査のために起動していなかった。完全に私の落ち度だ。

 

「この……!」

 

 訓練でやった通り、爆雷をその潜水艦に対して放る。海上に頭が出ている状態なんて想定していないが、やれることはやる。

 しかし、その潜水艦はトプンと海中に潜ると、爆雷の効果範囲外まで一気に潜航。ソナーを起動するが、その時には反応は手が届かない位置まで移動していた。

 

「な、何あれ……」

「あんな潜水艦初めて見るねぇ。タイプは何だっけ、カ級だっけ?」

「そうね。あれは潜水カ級。だけど、あんなに素早く動くタイプは今までに見たことが無いわ」

 

 敵潜水艦なんて初めて見たが、あんなに恐ろしいものとは思わなかった。現れ方があんなだったからというのもあるが、まだ心臓がバクバク言っていた。ホラー耐性があるわけではないので、和製ホラー映画みたいな登場の仕方は心臓に悪い。

 

「ご、ごめんなさい……ソナー起動してれば対処出来てたかも……」

「いや、ありゃ仕方ないわ。ラジコン動かしてる時はソナーは控えるもんだしさ。つーか、ラジコンの視界も潜ってきたってのなら、アイツは普通じゃない」

 

 だがこれで、この周辺に何かを探している深海棲艦がいることが確定した。先程の潜水艦も、ジッと見つめるだけでこちらに攻撃してくるような素振りは無かったのだ。

 そしてその視線は、昨日の艦載機と同様に私を見つめていた。他の仲間達には見向きもせず、私だけを見つめていた。一体何だというのだ。私に何の用があるというのだ。

 

 結果的にこれで今回の哨戒任務は終了となる。ここからは先程の謎の潜水艦のことも調査対象にしていくことになるだろう。

 




陽炎達の住むのは勿論日本(らしき国)。島国故に周囲は海ばかりです。どうしても届かない場所というのは存在します。そこが領海外の未開の海域ですね。


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見つかる課題

 謎の艦載機の謎を解明するために、長距離哨戒任務に参加している私、陽炎。領海のギリギリまで駆け抜けたことでもうお昼というくらいだが、まだ片道行ったくらいである。ここからさらに入念に調査してから帰るため、鎮守府に帰投するのはもう暗くなった時くらいになるだろう。

 そんな中、たった1体だが潜水艦の急襲に遭う。その潜水艦は、攻撃するでもなく私のことをジッと見つめた後に潜航し、すぐに手が届かないところまで逃げてしまった。対潜装備を持っていたのは私だけだというのに、逃してしまったのは情けない。

 

「一旦休憩にしましょう。もうそろそろ太陽が直上ですから」

 

 流石補給艦。そういう部分の補給もしっかり気にかけてくれていた。大袈裟なものは持ってこれないにしろ、1人1つの戦闘糧食(おにぎり)とちょっとしたオカズくらいは用意されている。水筒からお味噌汁まで出た時は流石に苦笑した。遠足気分になってしまいそう。

 

「わ、このお漬物美味しい!」

「自家製なんですよー。糠床からお手製です!」

 

 周りは海ばかりという場所でも、楽しく美味しく昼休みが取れるのはよかった。座れないくらいではあるが、艤装のおかげで疲れは今のところ感じない。戻ったら痛い目を見そうではあるが。

 

「ここから少し領海の外を確認しましょうか。長居は出来ませんが、やはりさっきの潜水艦は気になるところです」

「そうね。出来ることなら早く素性を知っておきたいものね」

 

 旗艦の天城さんと霧島さんは、少しだけでも先程の謎の潜水艦を調査したいと言っている。

 それは私も同じ気持ちだ。私を見つめていた潜水艦なんて気分が悪い。しかも頭半分だけ出てきているとか、完全にホラーだった。せめてもう少し外見が良ければいいのだが、よりによって黒髪ロングとか、何処かのホラー映画かと。

 

「夜になるまでに帰ることが出来ればいいんじゃね? 提督にちゃんと連絡しときゃさ」

「僕も賛成だ。あんなものがいるとわかってしまった以上、すぐにでも対処した方がいい」

 

 全員の意思として、もう少しここを調査したいということになった。昼休みが終わり次第、潜水艦が逃げたほうに調査の手を拡げる。哨戒ではなく調査としてもう少しここに居座ることに。

 逃げた方向はギリギリのタイミングでソナーを使った私のみのため、先頭に立つわけではないが、調査しながら向かう方向を私が指示する形になる。一番の後輩が後方指示とか少し緊張する。

 

「2回目の哨戒任務にして、長距離な上に臨時旗艦の真似事なんてね」

「緊張するから言うのやめてほしい」

 

 ケラケラ笑いながら言う加古さんに苦言を呈する。ただでさえ、ここで色々あったというのに、そこでさらに精神的に追い詰められるのは勘弁してほしい。

 

 昼休みを終えた後、時間の許す限り探し回ったが、何の収穫も得られず。これ以上続けたら、帰投する内に夜を迎えてしまいそうな程の時間に。

 私もソナーを使って周辺警戒し続けたが、あの時の潜水艦は勿論のこと、新たに現れるようなことも無かった。基本的にあった反応は、速吸さんのコントロールする潜水艦ラジコンのみ。

 

「もう帰らないとまずいですね。引き揚げますか」

「ええ、今回は仕方ないわ。領海の外に出ているのに見つからないんだもの」

 

 潜水艦が逃げていった方に向けて、鎮守府の領海の外、未開の海にまで足を延ばしたのだが、痕跡すら見つからなかった。少なくともこの辺りに巣は無く、あるのならさらに遠いところにあるという結論となった。

 このことは天城さんが先んじて鎮守府に連絡済み。領海外に出るのも許可を貰ったから出来たことである。何も得られなかったようなものだが、現状()()()()()()()()()()()()()()ことはいいこと。

 

「では、帰投します。ここから真っ直ぐ戻りますね」

「了解。何もわからないのは残念だなぁ」

 

 とにかくホラーな感じに見つめられていたのが気になったし、あの時の視線は簡単には忘れられそうにない。というか、ぶっちゃけかなり怖かった。女の子の出す声じゃない悲鳴が咄嗟に出たくらいである。

 それが対処出来なかったことは少し悔しい。時間があるのなら見つかるまで調査しているところなのだが。

 

「今見つからないのなら、また来りゃいい。あたしゃとっとと帰って早く寝たいね」

 

 加古さんに頭をポンポンと叩かれた。私に若干の焦りがあることを見ぬかれたかのようだった。

 

「時間かけてしっかりと追い詰めていくわ。あんな登場の挙句にジッと見つめられるなんて怖いのはわかるけれど、焦りは禁物よ」

 

 霧島さんにも言われてしまった。余程態度に出ていたようだ。

 一息深呼吸して、少しだけ気持ちを落ち着ける。今は指示通り帰らなくてはいけないわけで、私はそれに背こうだなんて思っていない。解決出来なかったのは残念だが、加古さんの言う通り、また来ればいいだけだ。長い時間をかけてでも探し出せればいい。

 

 

 

 念のため追われていないことを意識しつつの帰投。あの場所まで行くよりは遅くなってしまい、結果的に夕暮れを超えて薄暗いくらいの時間になってしまった。

 工廠では空城司令としーちゃん、そして私達が戻らなくては仕事が終わらない整備班の人達が待っていた。遅くなる旨は帰投中に伝えてあるため、誰も嫌な顔せずに引き取ってくれる。

 

「っあ」

 

 艤装を外した途端、今までにない疲労で身体が重くなり、意図せずフラついてしまった。艤装のおかげでこれだけの疲労を無視出来ていたのだと思うと、本当にありがたいのと同時に、恐ろしさも感じる。

 

「大丈夫かい陽炎」

 

 それを空城司令直々に支えてくれた。私のような子供なら片手で支えられるようである。

 

「ご、ごめんなさい、すごい疲れがドッと」

「無理もないね。まだ経験不足の艦娘が、領海の外まで哨戒に行ったんだ。慣れていても疲れくらいあるさね」

 

 哨戒でこれなのだ。戦闘まで入ったら何処まで消耗してしまうのだろう。考えるだけでも抵抗を感じる。

 

「夕飯の前に風呂に入ってきな。ある程度は疲れも飛ぶだろう。アンタ達もだ。腹は減ってるだろうが先に風呂、その後飯。任務中の話は後から詳しく聴かせてもらうよ。明日でも構わない」

 

 こういうところで優しさが滲み出ている。お言葉に甘えて、まずはお風呂に行かせてもらおう。とはいえ疲労で自分の足で向かうのにも一苦労。初月と速吸さんに支えられつつ、ほとんど引きずられるようにお風呂へ直行した。

 

 服も手早く脱がされ、湯船に入った途端に一気に癒される。例の薬湯のおかげまで、疲れが一気に抜けていくような錯覚を起こす。代わりに相変わらずおっさん臭い声が口から漏れ出てしまった。

 

「お゛あ゛あ゛〜……」

「お疲れ様でした。慣れていないのにあんな長い時間というのは大変だったでしょう」

 

 そのまま崩れ落ちてしまいそうな私を、天城さんが支えてくれた。哨戒任務で疲れすぎたことによるお風呂での溺死とか笑えない。

 

「陽炎はもう少し体力をつけた方がいいわね。今後はこれよりハードな任務もあり得るもの」

「面目次第もございません……」

 

 苦笑しながら霧島さんに言われる。つい先月まで普通の女の子として生活していた私には、ここまでの疲労なんて感じたことのないものだ。そもそも基礎体力が艦娘の基準にまだ足りていないのかもしれない。そういうところの訓練も必要かも。

 今回の哨戒任務で私の足りない部分がいくつもわかった。咄嗟の対潜行動は空振りするわ、今のように帰投してからの消耗が激しすぎるわ、そもそも敵に驚きすぎてるわ。いや、最後のはあんなの見たら誰だって悲鳴を上げるとおもうのだが。

 

「もう少し海防艦との体育とかもお手伝いしようかな……疲れすぎかも」

「トレーニングなら私達もやっているから、機会があれば一緒にやる?」

 

 これは嬉しいお誘い。これだけハードな哨戒任務をこなした後でも、霧島さんはケロッとしているため、相当なトレーニングをこなしてきたのだと思う。時間をかけてここまでのものにしてきたというのもあるとは思うが、そもそものトレーニングが的確だから力を手に入れているのだろう。

 

「ちなみに戦艦のトレーニングってどんなものなのかな」

「私達は筋トレと体幹トレーニングが基本ね。ほら、戦艦の主砲は他の子達とは比べ物にならないくらいに反動があるから」

 

 私だって今でも手持ちの主砲はブレるくらいに反動が来るのだが、戦艦の主砲の反動はその比ではない。とんでもない火力を実現するためには、大きな弾を撃つ必要があり、大きな弾を撃つということは、その分力がいるということ。それが艤装を通して身体に来るのだから、艤装のパワーアシストがあったとしても、基礎体力や体幹がしっかりしていないとまともに撃つことも難しい。

 それを可能にしているのだから、霧島さんは相当鍛え上げているはず。見た目は背も高くてスタイルもいい綺麗なお姉さんだが、あの下には筋肉が隠れているのかもしれない。

 

「速吸も少しプラン練りましょうか? スポーツ医学も少し齧っているので、お手伝いすることは出来ますよ」

「あら、それはいいわね。陽炎でも耐えられるくらいのプランから徐々に基礎体力を上げていくのはいいことよ」

 

 それはありがたい。いきなり戦艦のトレーニングに参加するのは耐えられるかもわからないが、私基準のトレーニングプランを与えてくれるのなら、それをこなしてより強くなっていける。

 

「課題はいろいろわかったけど、まずは体力作りだなぁ……今後はこれよりももっと疲れることがあるんでしょ?」

「勿論。まともな戦闘が始まったらこれじゃ済まないわ。私だって倒れることがあるんだもの」

 

 霧島さんが倒れる程の戦闘とはどんなものなのだろう。巣の主との戦いとかか。

 私が見たことのある、というか相対したことがある敵は、駆逐艦と潜水艦だけ。こちらにいる艦種は敵側にもいると考えるべきなのだから、戦艦だっているだろうし空母だっているだろう。それと戦うとなったら、駆逐艦相手なんて比にならないほど疲れそう。

 

「陽炎は今後、酷いことに巻き込まれる可能性がすごく高いと思うわ。なるべくなら急ピッチで鍛え上げた方がいいと思うの」

 

 言いたいことはわかる。艦載機や潜水艦に見つめられたという事実は、私の今後に関わる何かの可能性が高い。それこそ、近日中にとんでもない戦いに巻き込まれるかもしれない。

 その時にしっかり立ち回れるように、普通以上に努力しなくてはいけないだろう。そもそもは自分の命を守るため。動けなければ自衛すら出来ないのだから。

 

「空城司令にもちゃんと話しておく。自分の今後がわかったと思う」

「それがいいわね。手伝えることがあれば言ってくれればいいわ。陸奥も貴女のこと、気にかけてるみたいだから」

「うん、よろしくお願いします」

 

 戦艦2人に気にかけてもらえるなんて幸せな身分になったものである。仲良くしてもらえるのならありがたい。

 

「そういえば、加古さんがやたら静かだけど……」

 

 一緒にお風呂に入ってきたはずの加古さんが何も言葉を発していないことに気付く。初月もだ。

 気付くと2人とも思い切り寝息を立てていた。初月は稀に危ないタイミングがあるので速吸さんが支えていたが、加古さんに至っては慣れたものなのか、驚異的なバランスでグッスリである。

 

「ああ、いつものことですから。加古さんはいつも眠そうにしていますからね」

 

 あの天城さんですら放置するくらいなのだから、本当にいつものことなのだろう。

 

「加古ちゃん、一度起きてください。寝るのならご飯を食べてお部屋で寝ましょうね」

 

 とはいえ大分長湯になってきたので、そろそろ出ることに。天城さんが加古さんを揺すって起こした。

 寝るのはいいが、このままだと逆上せてしまうだろう。そんなことで体調不良とか笑えない。空城司令も確実に怒る。

 

「うぁ〜……眠たいんだよぉあたしゃ……」

「せめて自分の足で部屋まで戻ってくださいね」

 

 戦場でのイケメンっぷりは何処へやら、今の加古さんはぐーたらなやる気のない人にしか見えなかった。

 一方初月はビクンと震えた後、目を擦りながらも何とか目を覚ました様子。寝てない寝てないと言い訳する様子は少し可愛らしかった。

 

 

 

 その日の夜は夢すらも見ずにグッスリ眠ることが出来た。例の悪夢は元より、夢に出るんじゃないかと思えるほどに恐怖を感じた潜水艦のアレすらも見ず。余程疲れていたのだろう。

 しかし、あの潜水艦は何だったのだろうか。敵だというのに攻撃してこなかったのは何なのか。今の私には何もわからない。

 




陽炎の今後の課題は体力作り。本来女子高生である陽炎に、いきなり戦場とか普通は耐えられません。


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鍛錬の時

 長距離哨戒任務でわかった私、陽炎の課題は、単純に体力が無いこと。普通の艦娘としての訓練も重要だが、基礎体力が必要であることを理解した。この1ヶ月で鍛えてきたものの、まだまだ全く足りない。同じような時間で戦場に出たという夕立がまともに戦えてるのが信じられない。

 ということで、夕食後、寝る前に空城司令にその件を話しておく。私の勝手な言い分なので、ダメと言われても仕方ないこと。体力作りは休日に時間を作ってやることにする。

 

「生き残るための訓練になるのなら、アタシゃ何も文句は無いさね」

 

 体力作りの訓練のことは、空城司令も快く許可してくれた。生存性能に直結しているのだから、自発的に鍛えたいというのなら許すと。

 鎮守府にジムとかそういうのは無いため、器具を使ったトレーニングは出来ないとのこと。昨日それをオススメしてくれた霧島さんは、そこにあるもので何とかしているのだとか。例えば工廠で出た端材をバーベル代わりにしたり。そもそも体幹トレーニングは器具が無くたって出来る。

 

「すぐにやれることは高が知れてるだろうね。速吸にプランを組んでもらうというのも聞いてるよ」

 

 哨戒の結果を話す時に、霧島さん経由で私のことも伝えられていたそうだ。明日でもいいという話だったのに、お風呂上がりにそのまましっかり伝えたらしい。真面目な霧島さんらしい行動である。

 

「でもいいの? 艦娘としての訓練ほっぽって」

「体力付けるのも艦娘の訓練だってことさ。アンタは自分で艦娘として無いものを見つけたわけだろうに」

 

 確かに、私は艦娘をやっていく上で、一番足りないのは体力だと痛感した。だから進めていきたいと思って進言したわけで。

 

「それに、別にアンタだけじゃないんだ。体力作りに時間割いたのは」

「え、そうなの?」

「そもそも海防艦には体育の時間使ってるだろう。それに、駆逐艦は大概通ってる道だよ」

 

 それなら少し安心。私だけ特別というわけで無いのなら負い目も無い。

 

「速吸も張り切っていてね。明日からトレーニングするんだって言っていたよ。プランが組まれているだろうから楽しみにしておきな」

「うん、協力してもらえて嬉しい」

「前にも言ったが、甘えればいいんだ。特にアンタはまだ新人なんだからね」

 

 それに、と何かを言いかけたが、何でもないと話を切った。言いたいことは何となくわかる。潜水艦に見つめられていたことに繋がるだろう。

 もしかしたら私という存在を狙ってきているのかも知れない。そうなると、自衛の手段をいくつも用意した方がいい。体力作りがそこに繋がるのだから、否定する理由もない。

 

「今までと違って今回は自分で決めたことだ。しっかり成し遂げな」

「うん、勿論。もっと強くなるよ」

「その意気だ。頑張んなよ」

 

 空城司令も応援してくれるのならやる気も出るというものだ。どんなトレーニングでもかかってこい。

 

 

 

 翌朝。しっかりと朝食を摂った後、速吸さんに呼び出される。運動をするための服装で、鎮守府の外に集合と。まるで体育。海防艦達と一緒にやるのではないかと想像するが、その辺りはどうなのだろう。

 本来ならいつもの制服の方がいいと思うのだが、運動するとわざわざ言われているため、かなりラフな姿で出向くことに。ガッツリ身体を動かすことになるのだから、Tシャツとスパッツくらいで大丈夫だろう。スポーツタイプの下着などなどもしっかり取り揃えられている辺り、私のような訓練は意識されているようである。

 

 以前休日に歩いた小道の方へ行くと、準備万端な速吸さんが待ち構えていた。いつもの制服がジャージなのでそのままで来るかと思いきや、私と同じようなラフな姿。一緒に体力作りをするのだろうか。

 

「速吸もトレーニングは必要な身体ですし、一緒にやっていきましょう。午後からは霧島さんと陸奥さんも合流しますからね」

「はーい。基礎体力ってくらいだし、まずはランニングとか?」

「そうですね。持久力アップのために鎮守府外周をランニングしましょう」

 

 やはりその辺りは来ると思っていた。短距離ならいいが、長距離となるとあまり経験が無い。孤児院にいた時は歩いて買い物に行くこともよくあったものの、それを走ってこなしていたわけではないし。

 

「ああ、あと他にも参加者がいますから」

 

 おそらく私が一番体力が無いのだと思うのだが、そこに追加で付き合ってくれる人がいるらしい。速吸さんと1対1でやることに抵抗があるわけでは無いのだが、人数が増えれば増えるほど楽しくなるとは思うのでありがたい。

 

「ぽーい、夕立も参加しまーす」

「基礎体力はつけた方がいいし、他ならぬ陽炎ちゃんのことだしね」

「うん、私達も一緒に」

 

 やってきたのは夕立に沖波に磯波。まさかの異端児駆逐艦全員集合である。全員が私と同じラフな姿なのだが、夕立はさておき沖波と磯波がこういう格好をしているのは少し新鮮だった。特に磯波。ジャージとか着込んでそうなタイプなのに、私と同じTシャツにスパッツとは。夕立と磯波は髪が長いのでポニーテールにまでしていた。

 みんな同じ格好なので、私達はそういうチームみたいになっている。一致団結もしやすい。こういう組織に属しているため、仲間意識は大事。

 

「競い合うわけではないですが、ランニングは人数いた方がやりやすいですから」

「うん、ありがたい。心細いわけではないけど、仲間が多い方が続けやすいよね」

「そういうことです。ではまず、鎮守府の周りを3周くらいしてみましょうか。自分のペースでいいですからね。無理してやっていきなり身体壊すとか笑えませんから」

 

 鎮守府って結構な規模あると思うのだが、それを3周って最初からかなり飛ばしてる気がする。

 

「では行きましょう。私が先頭を走りますから、ついてきてくださいね」

 

 速吸さんが先導するランニングが始まった。そのスピードはおそらく普通よりも遅い。だが、ゆっくりでも走り続けることに意味があるらしい。長く走れればその分鍛えられるわけだし。

 夕立は焦れったそうにするものの、私としてはこれはありがたい。これだって楽というわけではないのだから。

 

 そこそこの時間をかけて鎮守府外周3周終了。案の定私が一番体力がなく、ゼエゼエ言いながらぐったりしてしまった。沖波と磯波も疲れを感じているようだが、私ほどでは無い。速吸さんと夕立は息を切らしてもいない。

 トレーニングが必要な身体と公言したものの、速吸さんも尋常ではない体力の持ち主のようである。あの戦場で周りをサポートする補給艦なのだから、他より使う体力が違うのだろう。

 

「10分休憩しますね。そこから今度はストレッチで身体をほぐした後、プランクで体幹を鍛えていきますからね」

 

 プランクって確か話には聞いたことあるけどかなりキツイっていうやつじゃなかったっけ。いろいろなトレーニングを詰め込むものだから、本当に全身が鍛え上げられるわけだ。

 

「はぁ、さ、最初から、はぁ、結構、飛ばすなぁ」

「少なくとも艦娘になった影響というのがありますから、これくらいならすぐに慣れますよ」

 

 艤装を装備することで、髪の色が変わるくらいに人体へ影響があるわけだが、それにより体力作りもサポートされるらしく、こういった鍛錬の影響は人間とは比べ物にならない早さで身につくそうだ。

 私はマイナス同期値のせいで艤装側に影響を与えてしまうわけだが、その辺りは他と同じなのだろうか。同じであってほしい。

 

「ゲロちゃん体力無いっぽーい」

「アンタが、はぁ、異常すぎんの、ひぃ」

 

 汗一つかいていないというわけではないが、疲れを一切見せていないのは流石としか言いようがない。古参の磯波ですら軽く息切れしているというのに。

 

「陽炎ちゃん、お水」

「あ、ありがと、沖波、ひぃ」

 

 ペットボトルの水を沖波がくれたので、がぶ飲み。潤されてまたどっと汗が出る。まだ訓練開始からそんなに時間が経っていないのにこの消耗。10分で回復出来るかはさておき、もう暑いと思えるほどに身体が火照っている。運動がしっかり効いている証なのかはわからないが、訓練してるって気持ちにはなる。

 汗のせいでシャツが湿っていろいろと透けてくるが、まぁ今は女しかいないような場所だから羞恥心とかはそこまで感じない。どうせ下に着けているのはそういうためのものだし。

 

「はい、では今度はストレッチですよ」

 

 もう10分経ったのか。休んだ気にならないが、ストレッチで身体をほぐしていけばまた休まるだろう。

 

 そこから午前中は基礎的な部分を延々とやり続けた。テレビとかで見たが、あのプランクとかいうのは本当に身体に来るものがある。外でやらずとも寝る前とかに部屋とかでもやれると聞いているので、今日から毎日やろうかと思う。

 

 

 

 午後は聞いていた通り戦艦2人も参加。つまり、筋トレ絡みになるようだ。それを裏付けるように、霧島さんが運んできたのは鉄アレイ。しっかり人数分取り揃えてあるのが流石。

 なんでもこの鉄アレイ、工廠の整備員の人に頼んで、艤装整備の際に不要になった端材を加工して作ってもらったらしい。妖精さんも手を加えているそうなので安心設計。鉄というのも少し違うのかも。

 

「うわ、これ見た目より重い!」

「艤装の一部を集めたものなんだもの。私や霧ちゃんはずっと使ってきてるから軽々だけど、初心者のゲロちゃんには辛いかもしれないわね」

 

 陸奥さんにまでゲロちゃんが浸透しているのはもう諦めた。夕立め、覚えてろよ。磯波も破裂することが無くなるくらい聞き慣れてしまっているし。

 

 そんな陸奥さんも霧島さんも、いつもの制服とは違うスポーツウェア。元より露出度がかなり高い制服の陸奥さんはさておき、霧島さんは制服が巫女服のような和服のため、動きやすいピッチリしたウェア姿はすごく新鮮である。さっきから新鮮しか言ってない気がするが、本当にそうなのだから仕方あるまい。

 

「親分! これでいいっぽい?」

「上出来。本当に身体を使うことは得意よね夕立は」

 

 そんな鉄アレイもモリモリ上げたり下げたりしているのが夕立である。霧島さんが言う通り、身体を使うことは万能。おそらくそれ以外はボロボロ。

 あと親分呼びにより磯波が破裂。ゲロちゃんは聞き慣れているが、こちらは聞き慣れていてもダメらしい。女性にいう渾名ではないな確かに。霧島さんがまるで否定しないところもツボに入るようである。

 

「この子、腹筋だけはやたら鍛えられてるのよね。笑い上戸だからかしら」

 

 破裂した磯波を後ろからやんわり抱きかかえた陸奥さん。磯波のシャツをめくり上げてお腹を撫でる。別に腹筋が割れているとかそういうのではないのだが、引き締まっているのは確か。駆逐艦の中で一番なのではないだろうか。

 

「む、陸奥さん、触り方がいやらしいです……」

「あらごめんなさいね。でも貴女、腹筋(シットアップ)とかすごく得意でしょ」

「ま、まぁ、はい、確かに……人よりはやれるかもですが……」

 

 鉄アレイの次は腹筋なのだが、陸奥さんの言う通り磯波はやたらそこの持久力があった。あの夕立にも勝つレベルで。夕立が悔しがったのは言うまでもない。

 

「うぎぎぎぎ……」

「女の子がしていい声じゃないわよー」

 

 鉄アレイを支えにした腕立て伏せ(プッシュアップ)。普通の腕立て伏せよりも深く下ろすことになるため負荷がヤバい。しかもそれをゆっくりやれと言いだしたのでこんな声も出る。いくら艦娘といえどもこれはキツい。沖波や磯波もこれは相当キツいらしく、悲鳴すら上がらなかった。

 そんなことを言う陸奥さんは、私の苦労を他所に片手で腕立て伏せをやっていたりするので何も文句が言えない。わざわざ自分で負荷を上げて同じことをやっているのだから、相当鍛え上げられている。

 

「ゆ、夕立も、これは結構キツいっぽい」

「駆逐艦は手で主砲を持つのだから、上半身の鍛錬は他より重点的にやらないとダメよ。というか全身が必要ね」

 

 霧島さんも陸奥さんに負けず劣らず凄まじいトレーニングっぷり。倒立してからの腕立て伏せまでやってしまっている。あんなの真似出来ない。

 

「うあー! もう暑いっぽい!」

 

 腕立て伏せを終えた夕立がシャツを脱ぎ捨てた。下にちゃんと見せてもいいものを着けているからいいが、女所帯でもそれは控えた方がいいと思う。今の時間にここに現れることは無いだろうが、一応整備員には男性もいるわけだし。だが暑い気持ちはすごくわかるので、私も力いっぱい脱ぎ捨てた。

 

 

 

 ここからさらにトレーニングが続くのだが、終わった頃には疲労困憊。いつも以上に筋肉が悲鳴を上げているのが痛いほどわかる。

 だが、これが強くなっている証だと思えば苦ではない。むしろ気持ちいい疲れだ。今後もこれを続けていこう。自分のためにも。

 




三つ編みの長さからして、ポニーテール磯波はかなり似合う気がします。というか今回の磯波はぱっと見磯波には見えませんね。スポーティーな磯波、新感覚。


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遠方の部隊

 体力をつけるトレーニングも訓練に取り入れ始めてから数日。毎日プランクやら腹筋やら腕立て伏せやらをやって少しずつでも強くなろうと努力している私、陽炎。早朝のランニングとかもいいかもしれないなんて考えつつ、日々訓練や哨戒任務で艦娘としての活動を続けている。

 ここ数日中に変わったことは今のところ無い。私を見つめる艦載機や、私を見つめる潜水艦が突然近場に現れるようなことは無くなっている。ただ無いだけなのか、あちらがタイミングを図っているのかは定かでは無い。

 

 そんな中、珍しいことに鎮守府に客が来ることになった。それを朝食後に発表され、少し騒がしくなる。

 私がここに所属してから1ヶ月ちょっと。その間に外部から誰かが来ることなんて無かった。ある意味閉じたコミュニティなので、そういうのが基本とのこと。稀に外部の鎮守府と演習なんてことをするらしいが、今のところ私はそれを体験していない。

 

「陽炎、アンタは客に会ってもらうよ」

 

 突然言われて流石に驚く。新人のお披露目でもするつもりなのだろうか。

 

「え、新人だから挨拶必要とか?」

「それもあるがね。今日来る客は、前に話題に出したと思うが諜報部隊だ。()()()でアンタが必要ってわけさね」

 

 例の件とは、悪夢の中で見た赤い深海棲艦のことだろう。あの姿を知っているのは私だけ。それがまだ思い出し切れていないとはいえ、あちらが持っている情報と照らし合わせた結果、姿を思い出すことが出来るかもしれない。

 

「了解。どんな人達が来るかは知らないけど、面と向かって話をするよ」

「ああ、これについては拒否権が無いからね」

 

 ですよねー。私の精神的な部分にも関わるが、実際この情報は今後の深海棲艦との戦いに役立つ情報である可能性が非常に高い。最初に襲撃をしてきた深海棲艦がどれかとわかれば、それを叩けば以降の深海棲艦の発生などの調査がしやすくなる。

 

「午前中に来るって話だから、陽炎は今日の訓練は休みだ。急で悪いね」

「あ、そうなるんだ。結構時間かかる感じかな」

「かもしれないね」

 

 もしかしたら丸一日使った話し合いになるかもしれない。すぐに終わる可能性もあるが、長丁場は覚悟しておいた方がいいだろう。

 

 

 

 その後少しして、来客登場。事情が事情なので陸路である。むしろ海路なんて使っていたらどれだけ時間がかかることやら。艦娘だけで来るのなら海路の方が早かったかもしれないが、司令官同行となるとどうしてもこうなる。そのため、艦娘の方は制服姿ではあるものの艤装無しのただの人。

 何でも、この鎮守府とは真反対の場所にあるため、陸路でも数時間かかるという苦行だったらしい。真っ暗なうちからあちらを出て、ようやく今到着のようだ。それでも迅速に動いた方なのだとか。

 

「お久しぶりです空城大将」

「ああ、遠路遥々よく来てくれたね」

 

 あちらの司令官、物部(モノノベ) 洋治(ヨウジ)少将。うちの司令と比べて随分と若い。それに結構なイケメン。

 

「恐縮です! 諜報部隊の青葉ですぅ!」

「同じく秋雲さんだよ!」

 

 その後ろの艦娘、重巡洋艦の青葉さんと駆逐艦の秋雲。青葉さんは何処となく衣笠さんに似た制服に見えるが、スカートではなくショートパンツなのが特徴的。秋雲の方は沖波と同じ制服。もしかしたら夕立と五月雨のように、艤装的な姉妹なのかもしれない。

 

「そして本艦が艦娘諜報部隊隊長の神州丸であります。ここまで皆を送ったのも本艦であります」

 

 そして最後にここに現れたのが、かなり異質な何処かの星で戦争をしてそうな黒いフードの女性。この人は運転手としてここに来たらしいが、揚陸艦という補給艦などと比べるとさらに特殊な艦種らしい。陸に揚げると書くくらいなのだから、荷物でも運んだりするのだろうか。

 

「お久しぶりです物部提督。応じていただいてありがとうございます」

「久しぶりしーちゃん、ここでは上手くやれているみたいだね」

「はい。空城提督には本当にお世話になっています」

 

 しーちゃんの手でコンタクトが取れるくらいなのだから、元々の顔見知りのようだ。本当にしーちゃんは謎の存在である。調べたところで何もわからなそうだし、おそらくそこまで考えなくてもいいようなことだろうから、今は深追いしないことにする。

 

 諜報というので、深海棲艦の情報を秘密裏に探りを入れるための部隊なのだろうが、どうもそんな感じがしない。艦娘3人が3人、何処となく面白キャラなイメージがある。そんな後ろ暗さを感じさせないのは好感触。

 

「この子が例のですか?」

「ああ、始まりの襲撃を一部始終見ている最後の生存者だよ」

 

 マイナス同期値とかそういうのではなく、あの街の最後の生存者ということで紹介されているようである。

 やはり始まりの襲撃はどの界隈でも調査したい内容のようで、知り得ることは何でも知りたいというのが実情。封じられているとはいえ。

 

「陽炎よ。よろしくね」

「あ、じゃあ秋雲さんのお姉ちゃんってことになるのかぁ」

 

 少し予想外な反応。どう見ても私とは似ても似つかない。

 

「沖波の姉妹なんじゃないの?」

「制服だけ夕雲型なんだよね。秋雲さんは陽炎型の末っ子なのさ。つーわけで、よろしくねゲロ姉」

「その呼び方はやめて」

 

 制服は沖波と同じなのに、私と同じタイプの艤装を持っているらしい。何とも複雑な生まれで本人も少し気になるようだが、だからといって活動に何かしら影響があるわけでもないので、考えないようにしているようである。

 あと陽炎だけにゲロ姉というのは定番なんだろうか。夕立といい、秋雲といい。

 

「外で長話も何だから、ここからは中で話そうかね」

「あ、すみません、ありがとうございます」

 

 やってきた物部司令と艦娘3人を連れて鎮守府内に入り、そのまま真っ直ぐ会議室へ直行。私はこの部屋に入るのは初めて。任務の話も工廠でさらりと話される事ばかりなので、会議室を使うまでも無かった。今回の話がかなり真面目な話になりそうなので、少し緊張する。

 着席したところですぐに話が始まる。青葉さんが鞄からメモ帳を取り出し、この話の議事録を残していく。なんだか新聞記者みたい。

 

「早速だが、協力してもらいたい。この子が悪夢という形で当時の記憶を思い出しかけているんだ。赤い深海棲艦だったと言っている」

「赤い……ですか」

 

 早速本題からしてこの反応。私が知る限り、そんな深海棲艦は知らない。知っているけど思い出せないというのが正しいか。いくら諜報部隊といえど、そんな深海棲艦は見たことが無いのかも。

 

「青葉、秋雲、赤い深海棲艦は見たことがあるかな」

「そうですねぇ、青葉は諜報活動を始めて今年でもう4年目になりますが、赤い深海棲艦なんて……いや、1度だけありますよ」

 

 目を見開いてしまった。一番望んでいた回答だが、来ないと踏んでいたというのもあり、実際にあると言われたら驚いてしまう。

 

「秋雲ちゃんも一緒に見ましたよねぇ、その時。神州丸さんは別方向見てて確認出来なかったっていう」

「あー、そうだったそうだった。あのちょこっと姿を見せてすぐに姿消した奴っしょ。青葉さんが写真撮れなかったーってすごく悔しがってた奴」

「なるほど、思い出した。本艦が見られずに悔しい思いをしたものだ。半年前辺りでありますか」

 

 長く諜報活動をやっていると、一度だけ見て姿を消してしまった深海棲艦というのも何体かあるらしい。そしてそれが後日姿を現すなんてこともざら。

 そういう時に、事前に見ていたという事実があれば、多少なり対策が出来るというもの。武装や他の仲間とかまでわかればベスト。最高なのは諜報部隊がそれそのものを沈めることではあるが。

 

「陽炎、アンタの夢ではどんなやつだったか教えてやんな」

「う、うん……」

 

 諜報部隊が見たという深海棲艦と、私の頭の中に思い描いている深海棲艦が同一であるかどうかを確かめるため、悪夢で見た赤い深海棲艦について話せる限り詳細に伝える。私自身がまだ朧げというのもあるため、細かいと言ってもかなり抽象的。赤い、何かを持っている、そして艦載機を操っていたということ。

 

「青葉達が見たのも、何か持ってましたよ。何でしょうアレ、扇子? 棒?」

「雛人形のお内裏様が持ってるヤツみたいなのだったよ。秋雲さんには卒塔婆にも見えたけど」

 

 赤い深海棲艦の情報が次々と。それが私の悪夢に出てきているのと同じなのかはさておき、私の出せるほんの少しの情報から次々と情報が溢れ出る。

 

「写真が無いのが惜しいですねぇ。秋雲ちゃん、あの時のヤツ、イラストに起こせますか?」

「ん、出来るよ。念のためスケブ持ってきててよかったーっ!」

 

 秋雲は秋雲で持ってきた鞄の中から出てきたのは、スケッチブックと鉛筆。写真が撮れなかったものに対しては、秋雲がイラストにして残しておくらしい。しかし、赤い深海棲艦に関しては、見たのが一瞬だった上にその辺りの調査をしても何も無かったため、その場では描いたが表には出していないのだとか。資料として全鎮守府に渡されるのは、ちゃんと確認したものだけ。

 

「確かこんなだったよねぇ。チラッとしか見てないから、秋雲さんも曖昧なのさぁ」

「あ、そうそう、そんな感じですぅ。青葉も一瞬でしたからねぇ」

 

 秋雲がさらさらとスケッチブックに筆を走らせ、見たものを簡単に描いていく。持っていたのが黒の鉛筆だけのため、赤い深海棲艦でも黒くなってしまうのは仕方ない。しかし、形を的確に表現する。

 

「相変わらず、秋雲は絵が上手でありますな」

「ちっちゃい頃からずっと絵ばっかり描いてきたからね。最近は同人活動もやったりしてるし。イベント行けないのは残念だけどさ」

 

 などと話しているうちに、ラフ画が完成。

 

「こんなだったよね。かなり遠かったけど、秋雲さん的には渾身の出来さぁ」

 

 スケッチブックをこちらに見せてくる。

 

 その深海棲艦は、正直なところ普通ではない外見だった。

 まず服を着ていた。そういう深海棲艦がいることは資料を見て理解している。前にちょろっと名前を聞いた戦艦棲姫や空母棲姫も資料室で見てみたが、前者は真っ黒なネグリジェのようなワンピース、後者はボロボロに破れたセーラー服と、まぁ何となくわからなくもない姿をしていた。

 しかし、秋雲が描いたそいつは、異質すぎた。振袖のような長い袖口なので和服。真正面から見たわけではないみたいだが、青葉さんも言っていた通り何か棒のようなものを持っている。そして特筆すべきは、背中の()()()。夢の中のそれにはあったかも定かでは無いのだが、あまりにも目立つそれは、仏様の像のようにも見えた。

 

「記憶力はいい方なんだよね。でもこれ、初めて見たら深海棲艦に見えないっしょ」

 

 私の封じられた記憶を激しく刺激されるような錯覚を生じる。忘れているだけで、この外見のそれを見た経験があるのではないだろうか。

 

「見たことのない深海棲艦だね。というか何だいこの光背は。自分は神だと言いたいのかねぇ」

 

 空城司令もその姿を見るのは初めてだという。こんなに目立つ外見なのに。

 

「陽炎、どうだい。見覚えは」

 

 話を振られるが、正直それに返答出来るような心境では無かった。指先がカタカタと震える。ただのイラストなのに、本人が目の前にいるわけでもないのに、こうまで震えるのはどう考えてもこれが10年前に現れた深海棲艦、両親の仇であることを裏付けているものだった。

 記憶にはない。だが身体が覚えている。両親を殺された怒りと、何もかもを奪われた悲しみと、それに対する恐れ、怖れ、畏れが私の頭をグチャグチャにかき混ぜていくような感覚。

 

「陽炎、おい、陽炎!」

 

 空城司令に大声で呼ばれ、ハッと我に返る。顔は冷や汗でビッショリ。なのに喉はカラカラ。震えは止まることなく未だに続き、秋雲の描いたイラストを直視出来ない。

 

「ご、ごめんなさい……多分……コイツ。私が10年前に見たのは……コイツだよ」

 

 痛いほど渇いた喉でどうにか搾り出したが、それだけ言うのがやっとだった。息も荒くなる。指先の震えは身体に伝播し、脚までもが震え出してしまった。ここが会議室で良かった。正直今は立てる気がしない。

 

「体調が悪くなったのなら休むかい」

 

 言葉が出せそうには無かったが、この話はもう少し聞いていたい。そのため、首を横に振る。

 

「なら簡単に説明しますね。この深海棲艦は半年前、割とこの鎮守府の近場で発見したものです。数日かけての遠洋航海で未開の海を調査している最中でした。今思えば、あれは始まりの襲撃の海域だったかと思います」

 

 ならば、10年前からこの辺りにずっと潜んでいたということになる。最初からずっと。鎮守府の目が届かないところに。

 

「こちらの視線を感じたのか、少し高い波が立ったと思ったらその場から消えていました。もう船幽霊の類ですねコレ。何をするでもなく、陸の方を見ていたかと思います」

 

 わかるのはそれだけだと。本当に一瞬の邂逅だったようだ。

 

 だが、それだけでも私はいろいろと感じるものがあった。最初の艦載機、2回目の潜水艦と同じように、この赤い深海棲艦はおそらく、()()()()()()()()。目で見ているのではない、感覚的に。

 ならば、私にはヤツにわかるようか何かがあるのか。と考えた時点で思い当たることはある。マイナス同期値。

 

 私の謎が少しずつ紐解かれていく。私は一体何者なのだ。それがわかるのも、もしかしたらそう遠くないのかもしれない。

 




もう赤い深海棲艦の正体はわかりましたね。名前はまだここでは付いていませんが、そのうちその名前が付くと思いますのでお待ちを。


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奴の言葉

 遠くより諜報部隊として活動している物部司令率いる艦隊が客として鎮守府を訪ねてきた。私、陽炎の知る始まりの襲撃の中心核、赤い深海棲艦の情報のためだ。

 私が悪夢の中で見ていた深海棲艦は、諜報部隊は一度だけ目にしていたということが判明。その姿を写真に収めることは出来なかったが、記憶を頼りにさらさらとイラストにしてくれる。そのイラストを見た途端、私は酷い動揺と恐怖に襲われることになった。

 

 赤い深海棲艦の姿を見た青葉さんは、陸の方を見ていたと言っていた。おそらくそれは私のことを見ていたのだと思う。半年も前から、私は両親の命を奪った仇にロックオンされていたわけだ。艦載機といい、潜水艦といい、何故かはわからない。だが、あちらにとって私は何か()()()()()なのではないかと思う。

 

「まだ名前も付いていない新たな深海棲艦ですから、この辺りはちゃんと調査しなくてはいけませんね。始まりの襲撃に関わっているというのなら尚更です」

 

 私の証言から、この赤い深海棲艦については定期的に調査が必要だと考えたようだ。まずは上にしっかり話をしてから、改めてガッツリ調べるとのこと。

 本来の鎮守府からは大きく離れた場所のため、出張という形でこの鎮守府に滞在まで考えているらしい。流石に物部司令は鎮守府に戻るが、今すぐに調査しなくてはいけないこともないようで、それでも鎮守府が成立するのだとか。

 

「正式に許可を得てからになりますが、3人を少しの間ここに置いてもらっていいでしょうか」

「ああ、構わないよ。1週間くらいかい」

「そうですね。その海域に案内してもらって、調べられることを全て調査するという形になるかと思います。その時はよろしくお願いします」

 

 この流れなら、少ししたら3人が一時的に鎮守府の仲間になるだろう。あの海域にまた出向き、調べられることを調べたのちに報告して帰投。長期の任務と考えればよさそうだ。

 あくまでも滞在させてもらうという形なので、作戦指揮は物部司令経由。余程おかしな事が無い限りは、()()()というイメージになる。早朝から調査に出向くこともあるだろうし、夜まで戻ってこないなんてこともあるだろう。

 

「神州丸、隊長として管理をよろしく頼む」

「お任せを」

 

 これはこれで楽しくなりそうである。

 

 ここで私の体調が一気に悪化。秋雲のイラストで敵のことが理解出来たことが原因だと思う。吐き気などは無いが、いろいろと渦巻く負の感情から気分が悪い。目眩までしてきた。最初からずっと指先は震えたままだし、冷や汗はかきっぱなしだ。

 

「陽炎、大分顔色が悪いが大丈夫かい。話を聞きたいのはわかるが、無理をするのは良くないよ」

「……うん、ここまで聞くことが出来れば大丈夫……ごめんなさい、ちょっと部屋に戻るよ……」

「しー、部屋に送ってやんな」

「はい。陽炎さん、行きましょう」

 

 もう声も出せなかった。首を縦に振ってそこから立ち上がろうとしたとき、不意に力が抜ける。緊張が限界に達したらしい。

 私は意図せずにその場で気を失うことになってしまった。こんなこと、今まで生きてきた15年で初めてのことだ。それほどまでにヤツはトラウマになっているのだと実感しながら、意識は暗転していった。

 

 

 

 そして私は悪夢を見た。つい先日更新されたばかりなのに、今回もまた。仇がわかったことが影響しているのだと確信する。

 

 赤い深海棲艦が近付いてくる。秋雲のおかげで思い出せた姿で。涙目でボヤけていても、今ならハッキリわかった。

 赤いが、ただ赤いわけではない。よくわからない和服と、手に持つ棒のようなもの。そして、背中の輪っか。神々しさまで感じるが、あんなもの神様でもなんでもない。私にとっては悪魔以外の何者でもなかった。

 

 母が叫んだ瞬間、私の世界が爆炎に飲み込まれた。目の前が真っ赤に染まり、母さんはそれに巻き込まれていた。私を抱きかかえる父さんも、その爆発の衝撃で吹き飛ばされた。私を守ろうと身体を張ってくれたのに、それが意味をなさないくらいに。

 強く叩きつけられ、私は痛みでさらに泣きじゃくった。父さんはそんな私を強く抱きしめてくれていた。それでも泣き止むことが無かったのは、子供ながらに絶望を感じていたのだと思う。何せ、赤い深海棲艦がこちらに向かってくるのと同時に、ズタズタな肉袋と化した母さんの姿をありありと見てしまっていたのだから。

 

 赤い深海棲艦が迫っている。そうだ、私はこれだけ近い位置でヤツを見ていたんだ。だから姿をイラストに起こしてもらえれば、それが本人と一致しているかがわかる。

 その能面のような顔のそいつは、目だけがギョロリとこちらを向き、私を見つめていた。その目からは、殺意は一切感じなかった。理由はわからない。

 

「……〜〜〜……〜〜……」

 

 何かを呟いている。あの深海棲艦は人間の言葉を話せるらしい。何を言っているかがわからない。怖くて怖くて、涙が止まらない。

 

「我ハ、日。貴様ハ、我ガ熱ニテ現レル、()()()()()

 

 声が聞こえるほどに近付かれたことで、その一言だけはハッキリと聞き取れた。それほどまでに私に刻まれた言葉なのだと思う。10年も前に聞いた言葉なのに、ここまで完璧に覚えているだなんて。

 

 そして、赤い深海棲艦は私に骨のような指を向ける。何かされる、そう思った時、夢が終わってしまった。

 これが私に刻まれた記憶。今までと合わせれば、8割は思い出せたのでは無いだろうか。一番重要な部分は思い出せずとも。

 

 

 

「っうわあああっ!?」

 

 今までで一番酷い目覚め方だった。叫びながら飛び起きるだなんて初めてのこと。

 あの後誰かにここまで運んでもらえたようで、目が覚めたのは自分の部屋だった。寝苦しさを解消するために制服も脱がされており、運動する時のような格好。制服のカッターシャツとスパッツだけとかそれはそれでマニアック。

 

「っはっ、はぁ、はぁっ」

 

 それも私の冷や汗でしっとりと湿ってしまっていた。上も下も肌に貼り付いて少し気持ち悪い。逆に喉はカラカラに渇き切っていて痛いほどだった。

 だが、夢のせいか身体は火照っている。風邪でも引いたのかと思えるくらいに熱い。ストレスがかかりすぎて身体がおかしくなっているのだろうか。

 

「最後の……何……」

 

 今までとはまた違った夢。()()()()()()()が頭の中で反響しているようだった。『陽炎となれ』と、奴はそう言っていた。確かに今の私は艦娘陽炎。おそらくそういう意味では無いとは思うのだが、妙に今の私と噛み合っている。

 それともう一つ。奴は自分のことを『日』と言った。太陽であるとか自分に絶対的な自信があるとしか思えない。事実、私の住んでいる街を壊滅させたのだから、それほどの力があるのだと思う。

 

「あの後……何があった」

 

 母さんはもう死んでいた。だが、父さんはまだ死んでいなかった。あの悪夢には続きがあるはずだ。さらに私を最悪に落とし込む続きが。

 

「……っ、思い出せない、続きが思い出せないっ」

 

 ベッドを殴り付けるように腕を振り下ろす。悪夢による消耗が激しく、そんなことをしても小さな音が立ち、少し埃が舞うだけだった。

 手の震えはまだ治っていない。なんで震えているのかもわからなくなりそう。怒りなのか、恐れなのか。

 

「っあ、あぅぅっ」

 

 むしろそんなことよりも、母さんの死に目を思い出したことで精神的に最悪だった。思い出せたことは良かったと思えるのだが、あんな酷い死に方し、無残な亡骸にされたというのが本当に辛い。子供だった自分が今の今まで記憶を封じ込めるのもわかる。

 ボロボロと涙が溢れ出す。あの時に訳がわからなかった分、今泣いてしまっていた。元々酷い状態だったとは聞いていたが、あんなに残酷に殺されていたなんて。

 

「なんか凄い叫び声が聞こえたっぽい!」

 

 私の声を聞き付けたのか、夕立が部屋の中に突撃してきた。その後ろからは磯波と沖波も。その手に軽めだがご飯を持っていたため、私はお昼ご飯時に目を覚ましていたらしい。

 

「ゲロちゃんどうしたの!? また嫌な夢見たっぽい!?」

 

 私のボロボロな姿を見た途端、飛び付くようにベッドの傍に来てくれる。

 

「だ、大丈夫、だから。夢を見たのは、そうだけど」

「酷い顔してるよ。はい、タオル」

 

 沖波がすぐにタオルを取ってきてくれた。涙と冷や汗でグチャグチャな顔を拭いて、呼吸を整える。みんなが周りにいてくれることで、少しは落ち着きやすくなったようだ。こういう時に仲間がいることのありがたさを実感する。

 

「……母さんの死に際を……思い出したの」

「えっ……それじゃあ、始まりの襲撃の記憶が……」

「うん。半分以上は思い出してる」

 

 諜報部隊の人達と話をさせてもらったこと、赤い深海棲艦のことがわかったことを伝えると、何とも複雑な表情をしていた。

 思い出せたのは喜ばしいことだが、思い出したことで苦しんでいるとなると、こんな顔にもなろう。夕立ですら言葉が出せないようである。

 

「と、とりあえずご飯食べられるかな。もうお昼時だから、間宮さんがお粥作ってくれたの」

「うん……食べる。なんか熱っぽいし、お粥は助かるかな」

 

 これを見越して気遣ってくれたようだ。間宮さんに感謝。

 未だ震えが止まらないため、磯波が食べさせてくれる。何だか恥ずかしいが、手に力が入らないようなものだから諦める。

 

「おいし。あとから間宮さんに御礼言いに行かなくちゃ」

「今日は部屋から出るなって、提督からのお達しだよ」

 

 やはり私の体調不良が気にかけられている。風邪を引いているわけではないのだが、近しい状態にはなってしまったので助かる。少なくとも脚にも力が入らないので立ち上がることも難しいかも。そんなフラフラな状態で出歩かれても困るとか、あの司令なら言ってそうだ。

 

「諜報部隊の人はどうしたの?」

「一度帰るって。秋雲ちゃんがよろしくって言ってたよ」

 

 艤装的には妹扱いなので、少しだけ気にかけてくれたらしい。むしろ、自分のイラストを見せたことで体調を崩したとでも思っているかもしれない。今度会った時にはその辺りは気にしないように言っておかなくては。

 

「うわぁ、ゲロちゃん身体がしっとりしてるっぽい。着替えた方がいいんじゃない?」

「ああ、さっきまで汗だくで」

 

 ご飯を優先してもらったが、冷や汗をかき続けてきたようなものだから、夕立にも指摘された。体力作りの訓練の時ほどではないが、カッターシャツにうっすら浮かび上がるくらいには湿っている。このままにしておくと、本当に風邪を引いてしまいそうだ。

 

「身体拭こうか? 手に力入らないみたいだし、私やるよ?」

「あー、じゃあ、お願いしようかな。ベタベタで気持ち悪い」

 

 今度は沖波に身体を拭いてもらうことに。服すらまともに脱げなかったので、そこは夕立にお願いした。少し雑だったが、脱ぐだけなのでそこまで気にしない。出来れば下着を引っ張るのはやめてほしかったが。

 裸を晒すのは別にそこまで苦ではない。いつも一緒にお風呂に入っているようなものだし、艦娘は女所帯の共同生活なのだから。

 

「これはお洗濯っぽい?」

「そりゃあね。乾かしてもう一度着るとかは流石に無いよ。後から持っていってくれると助かる」

「お任せっぽい!」

 

 何だかすごくお世話されている感じ。孤児院で風邪を引いた時とかもこんなだったとしみじみ思う。心配してもらえるというのは嬉しい。

 

「じゃあ身体拭くね。痛かったら言ってね」

「うん、お願い」

 

 そうこうしている内に、沖波が身体を拭いてくれる。強くもなく弱くもなく、程良い力加減。たまに妙な声を上げてしまいそうになるが、そういうところは我慢。せっかくやってもらっているのに、変な空気にするのはよろしくない。

 

「ゲロちゃん、なんか香水とか使ってるっぽい?」

 

 突然夕立が妙なことを言い出した。

 

「いや、それは流石に。共同生活なんだから、そういうの使ってる人いないことくらいわかるでしょ」

「うん、でも今のゲロちゃん、ちょっと()()()()がするっぽい」

 

 夕立の発言に、今一番私の近くにいる沖波は首を傾げる。当然私もわからない。

 

「あ、私もそれは少し思ってた。ほんの少しだけど、いい匂いがするというか」

 

 磯波まで。私は自分の匂いのことだからよくわからないとしても、一番近くの沖波が感じないものを何故2人が言い出したのか。

 最初からそうなら、出会った時からそういうことを言われてもおかしくないし、似たような状況なら体力作りの訓練の時にも起きているはずだ。今この時になってそんな風に感じるとなると、流石に気のせいだと思う。

 

「うーん、気のせいじゃないと思うんだけどなぁ。磯波も言ってるし」

「でも私は感じないよ?」

「沖波は鼻が詰まってるんじゃないの?」

 

 無茶苦茶な言い分に磯波が破裂。夕立の言動に振り回されっぱなしである。

 

 最悪な夢の後には、仲間達の心遣いが見えて精神的にも休まった。残りの半日は体調不良を無くすためにもジッとしておこう。

 しかし、赤い深海棲艦の最後の言葉は一体何なのだろう。私が陽炎として艦娘をやれているのに何か関係しているのだろうか。わからない。

 




深海棲艦で人間の言葉を使うのは鬼級姫級のボス格とヲ級だけ。ヲ級はファミマでバイトしてたこともありますからね。


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看病の休日

 私の復讐の相手のことがわかり、体調を崩してしまった私、陽炎。その状態で気を失ってしまったことでさらに悪夢も見る羽目になり、余計に体調がおかしくなってしまう。

 目が覚めた後、異端児駆逐艦の仲間達に介抱されたことで今は多少は楽にはなったが、今度は夕立と磯波からおかしな発言。私からいい匂いがすると言い出した。夕立に至っては香水を使っているのかとまで。そんなわけがないのに。

 

 私の身体は、何かどんどんおかしくなっているような気がする。それも全て悪夢を見始めてからだ。何なんだ一体。

 

「夕立達は今から訓練っぽい。誰か側にいてもらった方がいい?」

 

 昼休みも終わりというところで夕立が言う。さっきまで着ていた服は洗濯に出すということで持っていってもらうが、それに対しても夕立は鼻を利かせているような気がして仕方がない。脱いだものの匂いを嗅がれるのは流石に勘弁してほしい。

 

「……そうだね。ちょっと酷い夢も見たし、1人でいるのは心細いかも」

「今日お休みの人に声をかけてくるね。体調が悪い人なら、みんな気にかけてくれると思うから」

 

 度々というわけではないのだが、艦娘とはいえ人間、身体が強化されていても風邪くらい引くものはいる。私のような艦娘になって間もない者なら尚更だ。そういう時は、その日が休日の者などが看病してくれるのが暗黙の了解になっているらしい。そういうところも孤児院に近いかも。

 今日休日を貰っているものは、海防艦達と由良さんとのこと。大鷹は別件で任務に出ているらしいので、由良さんが海防艦のお守りをしているそうだ。その中に私も含まれるということに。

 

「訓練が終わったらまた来るよ。夕飯もここで食べることになるだろうし」

「また3人で持ってくるっぽい!」

「うん、ありがと。ホント心強いよ」

 

 持つべきものは友達だと実感する。こういう時は本当に助かる。

 

 

 

 3人が出て行った後しばらくして、何やら外がバタバタ言い出した。足音的には小柄。大体誰が来たかわかる。

 

「陽炎おねーさん、大丈夫っしゅか!?」

「ねーちゃん、風邪引いたってホントか!?」

 

 ノックも無しに飛び込んできた占守と大東。そんなことだろうとは思ったが、私が寝ていたらどうするつもりだったのだろう。

 その後ろからおずおずと顔を出す松輪と、苦笑しながら入ってくる由良さん。占守と大東はどうしても手を焼く存在のようで、少し目を離すとコレらしい。体育の時間に遊ばせておく大鷹のやり方は実は的確なのかも。

 

「うん、風邪っていうか、体調は悪いかな。だから、少し静かにしてもらえると助かる」

「静かにするっしゅ!」

「静かにするぜー!」

 

 舌の根も乾かぬうちにもう喧しい。これくらいの子供に静かにしろと言う方が酷かもしれない。

 

「かげろうおねぇちゃん……いやなゆめをみたんですか……?」

「ああ、うん、またね。ちょっと今回は深いところまで見ちゃって、かなりキツイ」

「そう、ですか……また、まつわもいっしょにねますか?」

 

 以前は外で昼寝をした時に悪夢を見てしまったことで子供達に心配されたが、松輪に添い寝してもらった時は悪夢は見なかった。続けて見ることがないのはわかっていたが、松輪の気持ちに応えたことでより見なくなった気はする。

 1人で寝ることが心細いと思ったのは、子供の時以来かも知れない。あんな酷い夢を見た後に1人でいると、頭の中が悪い方向にしか向わなくなる。なら誰でもいいから近くにいてもらいたいと思ってしまう。

 

「そうだね、今日も一緒に寝ようか。また怖い夢を見ても、松輪が一緒にいてくれれば気が楽かもしれないしね」

 

 パァッと松輪の表情が明るくなる。むしろ松輪が私と寝たいのではと思ったが、それを口に出すのは憚られる。

 嫌われているよりも、怯えられているよりも、懐かれてるのは普通に嬉しいこと。特に松輪は人見知りとか激しそうなタイプだし、一度怯えられたらしばらくは後を引きそうに思えた。最初に好感触なのは良かったと思う。

 

「でも、私は今日は部屋から出ちゃダメって司令に言われてるんだ。松輪に来てもらうことになるけど大丈夫?」

「あ、は、はい……たいようおねぇちゃんにおねがいして……よるにきます」

「そっか。なら安心だ」

 

 まだ力の入らない手で頭を撫でてあげた。くすぐったそうに、だが嬉しそうに目を細める。

 

「あー、松輪ズルイっしゅ! 占守も占守も!」

「あたいも撫でてくれよー!」

 

 子供はこういうところを対等にしてもらうことを望むのは経験アリ。はいはいと2人の頭も撫でてやる。満面の笑みで受け入れる2人に癒された。

 

 と、ここに来て無言だった由良さんが一言。

 

「陽炎ちゃん、アロマとかやってる?」

「えっ、いや、そんなことはしてないけど」

「なんだかうっすらと()()()()がするの。気のせいなのかな」

 

 夕立や磯波と同じことを由良さんまで言い出した。海防艦の3人は何も感じていないようで、由良さんの言葉に首を傾げるのみ。

 匂いなんて目に見えないものを言われてもよくわからない。今日から突然言われるようになったことだから尚のこと不明。

 

「それ、夕立と磯波にも言われたんだよね……」

「そうなんだ。でも悪い気分じゃないし、大丈夫かな」

 

 匂いのことで何かを言ってきた3人の共通点と言ったら何かと考えを巡らせる。

 熱っぽいので考えがあまり纏まらないが、少なくとも全員が異端児だ。だがそれなら沖波や松輪も反応するのではなかろうか。

 ならそれ以外だと、と考えたところで1つピンと来るものがあった。

 

「由良さん、D型で異常値出たんだっけ」

「うん、そうだね。由良はD型の同期値が800くらいになったんだったかな」

「じゃあ、使ってる艤装もD型?」

「そうなるね」

 

 共通点はそこだ。夕立もD型がとんでもない値になったと言っていたし、磯波はM型とD型どちらも異常値を叩き出していると聞いているが、使っている艤装は確かD型。()()()()()()()()()()()だ。

 それが影響しているとしか思えない。私は違うが、艤装は艦娘側に影響を与えるという話だ。沖波や菊月のように髪の色を変えるほどの影響力を持つものだってある。由良さんもそれで髪が変色しているとしか思えないピンク色の髪をしているくらいだ。

 なら、D型艤装を使う異端児のみが、私の匂いを感じ取っていると考えるのが妥当。どうしてかはわからないが、私の変化に気付けるのはその条件を満たしている人だけだ。なら、前に聞いた限り、同じ条件に当てはまるのは阿賀野さんと天城さんか。

 

「いい匂いがするだけ? 他に何もない?」

「そうだね、何もないよ。何かあるの?」

「私にもわからない。今日から突然言われるようになったから……すごく汗かいたから汗臭いのかなって思ったんだけど、いい匂いって言われるとは思わなかったし」

 

 考えるのはここまでにしておきたい。これ以上考えると、余計に体調が悪くなりそうだ。ただでさえ熱っぽいのに、知恵熱が出てしまいそう。

 今は看病という建前で遊びに来てくれた海防艦達に心を癒してもらいつつ、体調不良を治していこう。余計なことを考えたら体調不良が長引くだけだ。

 

「この時間は何をしてるの?」

「丁度ご飯も食べた後だし、休日だからお昼寝の時間かな。あまり長い時間寝ちゃうと夜寝られなくなっちゃうから、程よくかな」

「そっか。ならみんなでお昼寝しよう。松輪、嫌な夢見ないように今からもお願いしていいかな」

「は、はいっ」

 

 満面の笑みで近付いてくる。占守と大東が羨ましそうにしていたが、そちらは由良さんが面倒を見てくれるようで、うまいこと私の部屋に布団を運んでくれた。床に直接敷いたら身体が痛くなりそうではあるが、違う環境で寝るというだけでも楽しそうにしており、あっという間に寝落ち。私も由良さんも苦笑。

 松輪も私が抱きかかえてあげたら安心したのかすぐに寝息が聞こえてきた。これくらいの歳なのだから、今はよく食べよく寝てよく遊べばいい。それが世界を守るための戦闘行動なのだとしても、ここで育てば悪い大人にはならないだろう。むしろそんなことにはさせない。

 

「何だかすごく癒される」

「ね。この子達の未来を守るためにも、由良達は戦ってるんだなって思うの」

 

 天城さんに見たような慈悲深さを由良さんから感じる。本当に優しい人なんだろう。

 

「さ、陽炎ちゃんもしっかり休んで、英気を養ってね。ねっ」

「うん、ありがとう。寝させてもらうね」

 

 結果的にお昼は悪夢を見ることなく、気持ちよくお昼寝となった。松輪の子供体温のおかげで気持ちよく眠れたと思う。松輪自身も私と一緒に寝ることは嬉しかったようで、いつもよりグッスリ眠れたそうだ。

 

 

 

 夕食も昼と同じで、夕立率いる異端児駆逐艦3人が持ってきてくれた。夜にも松輪が来てくれると話すと、それなら大丈夫そうだと安心してくれる。

 この時には手の力は多少は戻ってきていたため、食べさせてもらうということは無かった。ここまで回復したことに喜んでもらえて何より。これならもう一晩眠れば全回復まで行けるだろう。

 

「ゲロちゃん、お風呂は入れそうっぽい? 提督さんが入れるなら入っておけって言ってたの」

 

 昼に身体をふいてもらったものの、一度お風呂でさっぱりしたいというのはある。着替えさせてもらったものの、一度汗ばんだ身体で一日中いたわけだし。一緒に寝た松輪は何も言わなかったが、もしかしたらいい匂いとか関係なしに汗臭かったかも。

 

「ああ、そうだね。お昼寝したおかげで随分スッキリしたし、熱っぽさも無くなったかな。汗を洗い流したいからお風呂行きたいかも」

「なら、ご飯食べたらお風呂行くっぽい! みんなで行けば何かあっても手が貸せるしね」

 

 1人で入るよりはマシか。体調不良がぶり返してしまった時も安心である。

 

 そしてお風呂。幸いなことに、湯船に浸かってもそういう熱っぽさがぶり返すようなことはなく、気持ちよく身体を綺麗に出来た。寝るのも気持ちいいが、お風呂も気持ちいい。昼にあれだけ寝たのに、湯船の中でまた眠れてしまいそう。

 温かい湯の中なのだから、少し汗ばむのも仕方ないこと。だから気になることを聞いてみた。

 

「夕立、磯波、まだ私からいい匂いってする?」

「するよ。ね、磯波」

「うん、私は薄らだけど、ここでもちゃんと感じるかな」

 

 汗ばんでいると匂いがするのだろうか。そして相変わらず沖波は首を傾げるのみ。

 

「2人が何を言ってるのか全然わからなくて」

「実は、お昼の間に由良さんにも言われたんだよね。でも海防艦の子達は沖波みたいに何もわからなくて」

 

 その時に私が感じたことも話しておく。D型艤装の影響を受けた異端児にしか感じられない匂いなのではないかということを。夕立も磯波も、それを聞いて素直に納得していた。

 でも何故かという話になると、誰も理由は思い浮かばない。何故突然そんな匂いを私が発するようになったのだろうか。いくら悪夢が進んだからって、流石におかしな話だ。

 

「ふーん、よくわかんないっぽい。でも、気分悪い匂いじゃないから夕立的には別に気にならないよ」

「私も。どちらかといえば落ち着く匂いだし」

 

 いい匂いというくらいなのだから不快感には繋がらないみたいだ。それならまだマシか。だが、夕立の距離は今までより確実に近い。

 

「何度聞いても私にはわからないんだよね」

「多分、D型艤装を使ってる異端児にしかわからないんだと思う」

「あ、なるほど……でも何だか疎外感」

 

 ちょっと気にしている沖波に、私の辿り着いた答えを説明しておく。沖波は異端児でもM型艤装を使っているのだから感じ取れないのだと伝えると、ちょっと安心したようだが、やっぱり残念だとその気持ちを露わにした。

 これに関しては知らないなら知らない方がいいような、そんな気がする。匂いのことを指摘されるのは、それが不快感でないにしろあまりいい気分ではないし。

 

「今は気にしなくてもいいと思うよ。嫌な気分じゃないから」

「ならいいんだけどねぇ」

 

 夕立はともかく、磯波がそう言うのだから、今は気にしないことにする。とはいえ、身体への異変なのだから空城司令には伝えておいた方が良さそうだ。体調も良くなったし、明日の朝にでもこのことは話そう。

 とはいえおそらく、いや、確実に前例の無い事象。一度またいろいろなところを検査してもらった方がいいかもしれない。それこそ、艦娘になるきっかけとなる同期値検査から全部やり直すくらいに。

 

 おかげさまで随分と体調は良くなった。寝る時も松輪が来てくれたことで、グッスリと眠ることが出来た。

 謎は深まるばかりだが、考えれば考えるほど私自身がおかしくなってしまいそうなので、今は自分で考えることを放棄することにした。また体調が悪くなるくらいなら、気楽に行きたい。

 




抱き枕松輪は陽炎の癒し要員となりつつあります。占守と大東は、手がかかるものの無邪気で癒される存在。つまり、海防艦は癒し。


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陽炎の謎

 翌日、体調が良くなった私、陽炎は、空城司令にもう一度検査をしてもらえるようにお願いした。夕立をはじめとしたD型艤装の異端児からいい匂いがすると言われるようになったからである。夕立だけならば別にと思ったが、そういう冗談を言うことがない磯波や由良さんにまで言われてしまっては流石に自分自身を怪しむ。

 匂いがどうのこうのの件は空城司令も聞いていたらしく、私に対しての検査の必要はあると考えていたらしい。私の方から話を振らなくても、今日はそれに時間をとるつもりだったそうだ。私も不安だが、空城司令的にも少し不安になったようである。

 

「記憶を取り戻すごとに、アンタは何かの段階が進んでいるように思えるね。自分で意識出来るところに何か変化はあるのかい」

「今のところは何も。昨日は体調崩しちゃったけど、今はすこぶる元気だし。外見も変わってないでしょ?」

「ああ。今のところは何もないようだね。今はそのままにしておくが、何かあったらすぐに言うんだよ。アタシにもよくわからないことになってんだアンタは」

 

 空城司令にもお手上げ状態らしい。私のことは私にしかわからないということか。

 ひとまずは再検査をすることで、何かしら変化があることがわかればいいのだが。

 

「もう一つ聞いておきたい。昨日見た悪夢ってのはどんな内容だった。話したくないのなら話さなくていい。嫌なことを思い出させる可能性もあるからね」

 

 母さんが殺された後の夢。思い出すだけでも気分が悪い。だが昨日のように体調が悪くなるようなことは無かった。耐性がついたのか定かではない。

 今回の夢で一番印象的だったのは、やはり赤い深海棲艦が何か意味不明な言葉を呟いていたこと。あそこまで近付かれた記憶は、当然今回が初めてのこと。

 

「なんか喋ってた。妙に聞き取りづらい声だった」

「なんて言ってたかわかるかい」

 

 おかしなことを言っていたのは覚えている。その言葉の意味はわからなかったが、断片的にでも頭に染みついている言葉がある。

 

「我は日って言ってた。あと、陽炎となれとも」

「ふむ……意味がわからないね。独特な言い回しをする輩もいるってのは知っているが、そいつは特におかしな奴のようだ。始まりの襲撃をするような奴だし、普通とは違うことはわかるが」

 

 私にも意味はわからない。特に後半。陽炎になれとはどういうことなのか。今の私は陽炎ではあるが、私がこうなっていること自体が、奴が仕組んだことみたいに思えてしまう。

 

「とにかく、今日は検査を受けてもらう。その言葉の真意はこちらでも調べてみよう。物部にも話を通しておく」

「うん、了解。検査は速吸さんでいいのかな」

「ああ、それでいい。艤装は整備班に任せる」

 

 私の身体に影響があるのはわかるが、艤装側からの何かの可能性も考慮して、どちらも調べることになった。艤装の方は整備長と夕張さんが徹底的に調べ、私本人の方は速吸さんに隅々まで調べてもらうことに。

 

 

 

 身体のことは相変わらず速吸さんに調べてもらう。以前にしてもらった以上の調査となるため、上から下までやれることは全て。体臭とかも測れるのなら測りたいところなのだが、その辺りはどうにもならないためパス。念のため身体測定までされた。

 なんだか最近は制服を着ている時間の方が短い気がする。2日間は訓練も出来ていないし、鈍っていなければいいのだが。

 

「身体測定の結果として、少し言いづらいけど体重が増えてます。これは単純に筋肉がついたことで起きることなので何も問題はないです」

「ドキッとするなぁ」

「艦娘になりたての子は大概こうなりますよ」

 

 その辺りはまぁ仕方ないこと。あれだけ運動しているのだから、腕やら腹やらに筋肉がついてもおかしくない。いろんな訓練が身になっている証拠でもあるので、危機感を覚えるようなことではない。

 

「で、ですね。同期値の再検査をさせてもらいました。以前の値が、M型が0、D型がマイナス……3万弱というとんでもない数値でよかったですか?」

「うん、それで大丈夫。細かい数字は忘れたけど、そんなだった」

 

 27000だかなんだかって言われたのは覚えているが、細かくは覚えていない。とにかく大きな値とだけは覚えている。

 

「今回ですが、M型は相変わらず0でした。それはいいです。問題はD型の方ですね」

「どうなってた?」

「あー……心して聞いてくださいね」

 

 真剣な顔でこちらを見据えてくる。ここの値が変わっていると言っているようなものだ。

 

 同期値は艦娘となってから多少変化することはあるらしい。艤装を装備したことの影響なわけだが、だからと言って異常値ギリギリの者が艤装を装備したことにより異常値になる、なんて変動は無い。誤差範囲の変動だそうだ。

 だが、心して聞けというほどだ。前例が無い値になってしまっているのでは無かろうか。4万くらいにまで行ってしまっているのでは。

 

()()()()です」

「……え?」

「ですから、計測不能です。測定器がエラーを出しました。こんなことは前代未聞です」

 

 まさかの数値すら無し。測定器で測れる範囲を超えたということか、それとも全く違う理由なのか。

 

「それと、それ以外は何も変わっていません。ただただ同期値がわからなくなりました。それだけです」

「え、怖い怖い怖い」

「速吸もすごく怖いです。だって、測定で見えない部分が変化しているようなものですよ。脅しているわけじゃないですが、誰も見えないところが変わってるとしか思えません」

 

 本来艦娘となるために調査出来るあらゆることを調査しても、同期値がふざけたことになっていること以外は何も変わっていない。以前に艤装を装備したら変わるであろう場所も何も変わっていないと言われているため、ますます不安が大きくなるばかりである。

 何もわからないところ、全く見えないところばかりが大きく変化しているとなったら、止めようがないということでもある。

 

 前にも速吸さんに同じようなことを言われたが、相変わらずそこばかりが変化しているようだ。そこを検査出来る装置というのは開発してもらえないのだろうか。私だけのためになるが。

 

「速吸にはそうとしか言えません。力及ばず、です」

「そ、そっかぁ……私一体何なんだろうね」

「艦娘であることには変わりないですよ。数値が見えないのは怖いですが、心持ちが変わったわけではないですよね」

 

 それは勿論だ。

 母さんの死に際を思い出したことで、あの赤い深海棲艦に対しての憎しみはより増した。だが、私は艦娘であるということも自覚している。心得は刻まれ、捨てることなどしていない。匂いがどうこう言われても、()()()は何も変わることはないだろう。

 私は艦娘をやめようだなんて思っていない。どんな結果が出ようとも、それは変えるつもりは無かった。

 

「怖いかもしれませんが、陽炎ちゃんは陽炎ちゃんです。いつも通りの生活を続けましょう。もし精神的に辛いなら、そういうのに効く薬を用意してもらいますよ。精神安定剤みたいなものですが」

「や、やめとく。まだそこまで追い込まれてるわけじゃないし」

 

 薬を使わなくてはいけないほど消耗はしていない。眠れないのならまた松輪に手伝ってもらうし、普段の生活には全く支障が無いのだから。今だって昨日の体調不良が嘘だったかのようにピンピンしている。

 本格的にダメになったらお願いしよう。そして、その時は来ないと信じている。

 

「最後に一応問診という形にもなるんですが、身体に異常を感じますか?」

「今のところは何も。夕立達がいい匂いがするって言ってきたくらいで」

「その件は速吸も聞きました。速吸には感じることが出来ないのに、D型艤装適応者である異端児にしか感じられない匂いがあるんですよね」

 

 それに関しては速吸さんもお手上げらしい。今回の検査でもその原因になりそうな部分は見当たらず、体質変化は数値上では無いと判断されている。

 やはり本来確認出来ないところが確認出来るようにしていただきたい。私の心の安寧のために。

 

「体調が悪いわけでもなく、ただいい匂いがする……謎ですね」

「本当に。自分が何者なのかわからなくなっちゃうよ」

「さっきも言いましたが、陽炎ちゃんは陽炎ちゃんです。誰も付き合い方は変えません。何かあったら速吸を頼ってくださいね。こんな見た目でも大人ですから」

 

 体力作りの訓練といい、この医療関係といい、本当に頼りになる人だ。見た目は同い年くらいだけど。

 

 

 

 速吸さんの検査の後は、そのまま工廠へ。身体の検査中に、艤装の検査も徹底的にやってもらっている。

 とはいえ、そもそも私側が艤装を支配するという体質上、何かしらおかしくなっていることはあっても、私の体調に関わるようなことは見当たらないと思う。艤装から何かが私の方に来ることは無いようなものなのだし。

 

「あ、来た来た」

「おう、お嬢ちゃん、待ってたぜ」

 

 私が工廠に来るのを待っていた整備長と夕張さん。そこには一度バラして調査し、綺麗に磨き上げられて元に戻された私の艤装が鎮座していた。つい最近まで使っていた時より綺麗になっている。

 

「頼まれてた通り、中の隅々まで調査と検査をしてみたよ。D型艤装だから少しだけM型とは仕様が違うけど、一通りはやったから安心して」

「ありがとう。で、どうだったのかな」

「全く異常なしだ。中身も普通のD型艤装と何ら変わりねぇよ」

 

 つまり、今回の件は私がただただおかしくなったということになる。これに関してはある程度予想はついていた。

 

 悪夢を見始めたのは、艤装を装備出来るようになり艦娘となったその日の夜からだ。普通なら艤装がきっかけと考えてもおかしくない。しかし、私の場合は艤装から干渉されるのではなく、艤装側に干渉しているために、その可能性は他より少ないわけだ。

 とはいえ艦娘となったこと、艤装に触れたことがトリガーにはなっているだろう。影響を与えられたから始まったのではなく、影響を与えるようになったからいろいろと始まった。何故かは不明。そこが一番怖い。

 

「艦娘がやれないわけじゃない。そこはお前さんの心持ちだが」

「やめるつもりは無いよ。同じこと速吸さんにも言われたけど、私は艦娘を続けていく。せっかく念願叶ったんだから」

 

 その根幹にある理由はさておき、私は選ばれたのだ。なら、この力をそのために使っていかなくては。

 

「んなら人生の先輩からのアドバイスだ。挫けそうになったらすぐ他人に頼れよ。ここにいる連中はお人好しばかりだからな。悩みがあれば聞いてくれるし、手を貸してほしいなら確実に手伝ってくれる。最初からここにいた俺が言うんだから間違いないぜ」

 

 それは何となく感じ取れた。体調不良の者がいれば、休日の者が看病するのが暗黙の了解となっている時点で、ここにいる者全員がお人好しというか優しい心根を持っているということがわかる。加古さんや隼鷹さんのようなおちゃらけている部分が目立つ人だって、根幹にはその優しさがあることだって。

 なら、頼れる部分はどんどん頼るべきだ。それこそ空城司令が言っていた通り、子供は大人に甘えればいい。そして頼られたら出来ることを手伝えばいい。持ちつ持たれつがいい関係を長続きさせる一番の方法。

 

「艤装のことなら私達を頼ってくれればいいからさ。整備班一同、好きでこの仕事やってるんだからね」

「好きすぎて、うちの孫娘は艦娘になっちまった。こいつは戦場でも頼りになるから、甘えまくってくれ」

「たまには私も戦場に出るから、その時は頼ってくれていいよ。兵装実験軽巡夕張は伊達じゃないからね」

 

 頼もしい限りだ。これから何度も折れるようなことがあるかもしれないが、私にはこんなにも頼れる仲間がいる。みんな優しくて泣いてしまいそう。

 私の謎が解けなくても、そんなことお構いなしに関係を続けてくれるのは本当に嬉しい。

 

「うん、よろしくお願いします」

「素直でいい子だ。孫娘が増えたみたいに思えちまうねぇ」

「艦娘全員にそれ言ってるでしょそれ」

 

 ケラケラ笑う整備長と夕張さんを見ていると、私の心も躍るようだった。周りが明るいと私も明るくなれる。暗いよりは明るい方がいいに決まっている。

 

 今は気にすることはないのだ。あんな夢を見て、あんなよくわからないことを言われたとしても、私は私、艦娘の陽炎だ。信念は変わらないし、心得も忘れない。

 まだ本格的な戦いに身を投じたわけではない新人も新人だが、私はこれ以上変わらない。明るく楽しいこの鎮守府で、自分の道を一歩一歩進んでいく。

 




結局謎はわからずですが、周りの明るさに陽炎は前向きに歩き出しました。いい匂いがするだけの普通の艦娘、今はそれでいいのです。


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同年の妹

 数日後、物部司令のところの諜報部隊が正式に鎮守府に滞在することが決定した。始まりの襲撃に関わる深海棲艦の存在が確認出来たことは大本営としても重く見ているようで、重点的に調査をする必要があると考えたらしい。

 その調査に、私、陽炎も参加することが決まった。今は何処を探してもいない、始まりの襲撃の一部始終を知る者として、出来ることなら自分の目で見てもらいたいということだ。

 

「陽炎、アンタには拒否権もある。上はああ言っているが、倒れる程のトラウマだ。また体調を崩す可能性だってあるだろう」

 

 空城司令にはそう言ってもらえた。最終決定は当事者である私にあると。もし私が拒否した場合、空城司令がどうにか理由を作って私の参加を取りやめさせるとのこと。

 やはり秋雲のイラストを見ただけで倒れたのは大きかった。その日中看病を受けた程だし、それがきっかけでD型艤装の異端児に匂いという異常性を指摘されるようになっている。

 

 真相に近付けば近付くほど、私の身体はおかしくなっているようにも思えた。だが、近付かなければ決着もつけられないというジレンマ。

 

「私は行きたい。自分の目で確認したい。諜報部隊が見たヤツが私の両親の仇なのか」

「……そうかい。だが」

「艦娘の心得は忘れない。私は壊す者じゃなくて護る者。そいつがいたら他の人に迷惑がかかるっていうなら、私はみんなを護るために戦うよ」

 

 仇討ちはしたい。それは私の根幹だから不動のものだ。だが、今はそれともう一つ、艦娘としての信念がある。

 あんな奴が闊歩していたら、また私のような被害者が生まれるだろう。私の両親のように命を奪われるものが増えるだろう。それはもう見たくない。二度とそんなことが起こってはいけない。

 

 私の思いを聞いた空城司令は目を丸くしたあと、ケラケラと笑い出した。私がちゃんと心得を覚えていたことをとても喜んでいるようだ。

 

「いいだろう。ならそう伝えておく。アンタは良き協力者としてね」

「うん、まだ新人だから役に立てるかわからないけど、頑張るよ」

「ああ、頑張っておくれ」

 

 私の決意は空城司令に伝わった。すぐに奴が見つかるとは限らないが、因縁に決着をつけるためにはまず自分で動かなければ始まらない。

 

 

 

 その日の昼には諜報部隊が到着。艤装を運び入れる必要もあったので、神州丸さんが運転する大型のトレーラーでの登場。憲兵さんにもしっかりと許可を取り、3人分の艤装の搬入を早急に行なった。

 私は一度顔合わせをしているし、私が倒れた後に他の鎮守府所属の者達とも挨拶をしているようで、翌日から先日の現場に向かうということになっている。

 

「ゲロ姉お久ー。あの後大丈夫だった?」

「あの時は悪かったね。丸一日寝込んだけど、今は大丈夫」

 

 軽い雰囲気で挨拶に来た秋雲を出迎える。今日から1週間は鎮守府の仲間ということで、姉妹艤装の私が多少なり縁を持つことになる。私はそれもあって訓練は午後休み。

 青葉さんは同じように姉妹艤装である衣笠さんと、神州丸さんは特務艦というところから速吸さんと縁を持つ。神州丸さんも見た目に反してそれなりに歳を召されているようで、速吸さんとは超高速で友人関係になったとのこと。同じ苦労を持っているからかも。

 

「明日からよろしくね。調査の方に一緒に来てくれるんでしょ」

「うん、私しか現物見てないんだしさ。私の意見も欲しいと思って」

「マジ助かるわー」

 

 艤装は妹かもしれないが、秋雲は私と同い年である15歳。そんな相手から姉と呼ばれるのはくすぐったいのだが、まぁそういう渾名だと思えば許せる。秋雲の軽すぎるくらいの人柄がそれを良しとさせている感じもする。

 だが、陽炎だけにゲロというのはそろそろ勘弁してほしい。夕立や陸奥さんのせいで慣れてきてしまっているのは確かではあるのだが。

 

「秋雲は艦娘になってから長いの?」

「諜報部隊に入ってからは1年くらいかなぁ。イラスト技術見染められてね、写真撮れなかった時の保険みたいな感じだったんだけど、思ったより仕事が多いのさ」

 

 あの赤い深海棲艦のイラストからして、秋雲の力は理解出来た。写真よりは信憑性は低いにしても、要所要所はしっかり掴めていたために私のトラウマが刺激されてしまったわけだし。

 

「まぁ年月とか関係ないよ。秋雲さんより後に入った子でも強い子はいるしさ。自分に出来ること極めるのが艦娘ってもんよ。秋雲さんはイラストで諜報部隊やってくってのが本筋だからね。それなら誰にも負けないのさ」

 

 自分のやれることを最大限にやっているわけだ。長くやってるだけあり、秋雲は私よりしっかり艦娘というものを理解している。

 出来ることをこなして、この世界の平和を守る。秋雲の場合は諜報部隊というだけ。誰が何をしても、それが平和に繋がるのなら何も問題はない。

 

「私も頑張んないとなぁ」

「新人なんだから今は重く考えなくてもいいっしょ。そりゃあ親御さんの仇討ちってのは重要だけどさ、焦って失敗するよかのんびり進んだ方が楽よ楽。〆切前に焦って描いてもいい漫画にはならないみたいなもんだよ」

 

 例えはよくわからないが、とにかく焦るなと秋雲は言ってくれているわけだ。実力もつけてない内にラスボスは倒せないのだから、そのためにはしっかりと準備も必要。今の私はまだまだ準備期間だ。諜報部隊の調査任務にはついていくが、万が一戦いとなった場合はすぐさま逃げる。諜報部隊だって逃げを選択するだろう。

 

「まずはみんなを守れる力を手に入れないとね。仇討ちはそこからだよ」

「お、イケメンなセリフ。今度の新刊はゲロ姉主役で描かせてもらうね。今日からラフ切っていこうかなー」

「人様を漫画の題材にしないで」

 

 何処からともなく取り出した手帳に何やらさらさら。今のやりとりをメモしてるらしい。いつでも何処でも漫画のネタを探しているようだ。鎮守府内で起きたことは機密も機密だが、それをうまくアレンジして漫画にしているらしい。題材にされた方はたまったものじゃない気がする。

 

「あ、陽炎おねーさんっす!」

「陽炎ねーちゃんこんちはー!」

 

 秋雲とタラタラ歩いていると、前から占守と大東が現れた。服装からして、今から体育の時間のようである。その後ろから松輪と大鷹もついてきている。

 

「はい、こんにちは」

「そちらの人は今日からの人っしゅ?」

「そうだよー。諜報部隊の秋雲さんさー。短い間だけどよろしくね子供達」

 

 人懐っこい占守と大東はそれだけで秋雲と仲良くなっていたが、人見知りの傾向が強い松輪は大鷹の陰に隠れるようにこちらを見ている。いくら私がこの場にいても、秋雲のテンションは慣れない様子。大鷹もそれを理解しているため苦笑である。

 ノリとしては夕立に近いかもしれない。だとしたら松輪には少し苦手なタイプになるか。

 

「うちの鎮守府さ、海防艦いないんよ。だから、ちょっち描かせてくれると嬉しいなぁ」

「なに、いない分ここで資料作ってくってこと?」

「さっすがゲロ姉、察しがいいねぇ。子供は子供見ながらでないと、ほら、躍動感とかさ!」

 

 別に鎮守府を全部案内するとかそういうわけでも無し、時間はまだまだ有り余っているようなもの。海防艦の体育に付き合うのも悪くない。

 休みにされたとはいえ、体力作りは比較的急務でもある。今までのトレーニングの成果を確認するいい機会かもしれない。だが夕立のように調子に乗るわけでもなく、遊び感覚で且つあちらを引き立てるように。

 

「大鷹、今日もちょっと手伝うよ。秋雲が見たいみたいだし」

「助かります。松輪ちゃんも大丈夫?」

「か、かげろうおねぇちゃんがいっしょだと……まつわもうれしい、です」

 

 相変わらず懐いてくれていて何より。また悪夢を見たら添い寝してもらおう。本当に気持ちよく寝られるし。

 

 

 

 そのまま外に出て、海防艦の体育に参加。また今回も鬼ごっこである。別の遊びでもいいとは言ったものの、持久力を楽しくつけるのはこれが一番いいらしい。私達ほどハードなことをやってしまうと、辛くて投げ出してしまう可能性が高いから、やりたいことをやらせるのが一番。

 私は制服のままではあるが、いい具合のハンデになるし、ある意味実戦さながらになるのはいいこと。海の上ではないが、相手の動きを先読みする力などは鬼ごっこでも養える。

 

「どんどん鍛え上げられてる気がするんだけど!」

「いつまでも同じな占守達じゃないっすよ!」

「あたいらだって強くなってんだからさー!」

 

 言うだけあって、占守と大東は本当に手強い。前回やったときよりも確実に成長している。直線距離でのスピードは私の方が上でも、小回りやすばしっこさで私の手を逃れる。艦娘として成長している証だ。

 そして松輪は、さらに手強かった。怖がりが逆に危機回避能力アップに繋がっている。鬼ごっこという遊びの中にもそれが活かされ、他の2人以上にタッチするのが難しくなっていた。捕まえようとすると悲鳴をあげられるのは少し辛いが、私相手だからかそれでも楽しそうではある。

 

「すごいね3人とも。ホントに翻弄されてる。驚いたよ」

 

 陸の上だからというのもあるかもしれないが、前に私を見つめていた挙句に逃げた潜水艦よりも素早く感じた。なら、これを軽々と捕まえられるようになれば、あの時の潜水艦もどうにか出来るかもしれない。

 今でもタッチするくらいなら可能なのだが、それだけではあの潜水艦を倒すことは出来ないだろう。追いついて、次の行動を予測して、爆雷を投げて当てる。爆発までにはタイムラグもあるのだから、その辺りも予測しなければならない。

 

 予測する力を鍛えるのが海防艦の体育の真の目的だ。あちらも私の行動を予測して回避している。やってることはお互いに同じ。相手の予測を上回らないと、勝てるものも勝てないわけだ。

 

「いやぁ、いい絵が描けた! 普段無いことが見られるとインスピレーションを刺激されるねぇ!」

 

 この訓練を遠目に見ながら、わざわざスケッチブックを持ち出してまで絵を描いていた秋雲が声を上げる。私が子供達を追いかけ回しているところを描いていたようだが、どんな絵になったのだろう。

 

「うわっ、すげー!」

「秋雲おねーさん、めちゃくちゃ上手いっす!」

 

 見せてもらったが、本当に上手だ。まるで私達が楽しんでいるところを写真みたいに切り抜いたようなイラスト。今回は遊びの場であるというのもあってコミカルな感じになっているものの、みんなの要所要所を的確に表現しているため、誰が誰だかがすぐにわかる。

 松輪も目をキラキラさせて絵を見ていた。内向的な松輪にとっては、運動よりもこちらの方が好きなようなので、秋雲にもすぐに懐くことが出来そうだ。

 

「描き上げるのも本当に早くて驚きました。諜報部隊のイラスト担当と聞いて納得出来ます」

 

 私が子供達と戯れている間に、大鷹が秋雲の様子を見ていたようだが、秋雲の手の早さに驚いていた。

 赤い深海棲艦のイラストを描き上げたときも思ったが、これは普通では無い才能だと思う。瞬間的に情景を切り抜く力と、それを紙の上に再現する画力。これぞ諜報部隊の実力ということなのだろう。私には到底真似出来ない力だ。

 

「あ、あの……」

「ん、何かな?」

「ほかのえも……かけますか?」

「描けるよー。秋雲さんは漫画家だからね。同人だけど」

 

 絵に食いついた松輪。リクエストを受けて、さらさらと鉛筆を走らせる。あっという間に描き上げたのは松輪の似顔絵。それを貰ってさらに目をキラキラさせる松輪。

 それを見て当然ながら自分も欲しいと占守と大東が騒ぎ出す。仕方ないなぁと描き始める秋雲は、とても嬉しそうにニコニコしながら次々と描き上げていった。

 

「絵で喜んでもらえるってのは、やっぱり嬉しいねぇ。秋雲さんは絵で世界を守ってるわけだからさ」

「諜報部隊の仕事って意味?」

「そうそう。青葉さんが写真撮れないことってのは結構多くてさ。だから秋雲さんがその瞬間をイラストとして切り抜くのさ。それがあるから、他の鎮守府が戦えることもあるわけでしょ? この仕事はすごく重要な場所にあるって実感してんのよね」

 

 本来やりたいこととは離れているかもしれないが、それでもやりたいことを仕事に出来て、しかもいろいろな人にそれを望まれているのだから、秋雲的にはやりがいのある仕事なのだと思う。

 

「本業は同人作家だけどさ。あ、エロは無いよ。秋雲さんまだそういうの描ける歳じゃないから」

「殴ってでも止めるわそんなもん」

「練習はしてるけどね」

 

 とりあえず引っ叩いておいた方がいいかもしれない。

 

 

 

 そんなこんなで一時的に仲間になった秋雲はどんどん鎮守府に馴染んでいく。子供達から懐かれるのが最初というのは良かったかもしれない。

 




健全なのか健全じゃないのかわからない諜報部隊秋雲。瞬間記憶能力と画力による活動で、実は青葉より優秀かもしれないという同人作家。


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再びあの海へ

 私、陽炎が秋雲といろいろしている裏側で、同じ諜報部隊である青葉さんと神州丸さんも鎮守府内で活動していたようで、夕食の時には最初から鎮守府に所属していたのではないかと思えるほどに馴染んでいた。

 うちの鎮守府の重巡洋艦達は、艤装的に青葉さんと縁があるらしく、そういう意味でも仲良くなりやすかったらしい。神州丸さんはミステリアスな雰囲気ではあるのだが、何処かおかしなところもあるので、誰も警戒しなかったようである。仲が良いのならその辺りはどうでもいいこと。

 

 夕飯の後、調査に向かう部隊の最終確認として執務室に呼び出された。場所が場所だけに、明日は早朝から出撃だ。朝に任務の説明をしている時間は無く、朝食すらも簡単に終わらせて海上で逐一補給するという手段を取る。

 

「悪いね、風呂に入る前に呼び出しちまって」

「ううん、明日早いんだし、今やるのは当たり前だよね」

 

 空城司令もしーちゃんも当たり前のように業務と同じような振る舞いではあるが、本来なら業務外となる時間だ。私もこれが無ければそのままお風呂に行ってから寝るだけという段階だった。

 

「陽炎は諜報部隊に同行してもらうわけだが、それ以外にも同行者を用意した。陽炎は諜報部隊の一員とするが、他の子は随伴部隊になる」

 

 執務室には諜報部隊である3人の他に、その調査に一緒に参加することになるであろう艦娘達が揃っていた。

 

 万が一、調査中にあの赤い深海棲艦と遭遇してしまった場合、調査どころではなくなる。その場で対処出来るかどうかはさておき、ある程度交戦出来る部隊である必要はあるだろう。

 諜報部隊も当然戦力としてはカウントされているが、調査するための機材なども当然使うわけで、全てが全て戦闘力に割けるわけではない。故に、戦うための部隊を私達で用意したわけだ。

 

「アンタ達は諜報部隊の護衛だ。万が一の時は頼むよ」

「了解。得体の知れない敵が出てくる可能性があるんだもの。最大戦力を使わないとね」

 

 旗艦は陸奥さん。そこに隼鷹さんと衣笠さんを添え、さらには夕張さんまで出向いていた。バランスよく、且つ、高火力な面々ということらしい。そこに戦闘には一番慣れているであろう五月雨と、新人ながらも高水準な夕立。これで6人。

 夕張さんも出撃するというのは先日聞いているが、こんなに早くついてきてもらえるとは思わなかった。

 

「神州丸、よろしく頼むよ」

「了解であります。我ら諜報部隊で出来ることをやらせていただく」

 

 期間は1週間。その間に見つからない可能性だって充分あり得る。その間にやるべきことはやると。

 その間は私も早朝から遅くまでを外で過ごすことになるだろう。だがそれでも構わない。

 

 

 

 翌朝、日の出と共に出発。間宮さんと伊良湖さんがそのための朝食を用意していてくれたおかげで、早急に鎮守府を出ることが出来た。ご飯としては物足りないかも知れないが、昼食の前に食べられるちょっとしたものや、ここに帰る前にも摘めるようなものなども用意してくれているため安心。

 その辺りの荷物は、以前の哨戒任務では速吸さんが持っていてくれたが、今回は神州丸さんが運ぶ。揚陸艦という特殊な艦種のため、戦力としては少し違うらしい。隊長のために指揮はするが、戦うのは少し苦手という変わった人である。

 

「向かうべき場所は把握している。では行こう。みんな、頼むぞ」

「うーい」

「今回はシャッターチャンスありますかねぇ」

 

 なんだか軽い諜報部隊。意識が低いとかそういうわけでは無く、余計な緊張をしないように戦場に向かうのが上手いのだと思う。

 秋雲は1年と言っていたが、青葉さんは4年この仕事をやっていると言うし、いちいち出発の時に緊張することもないのだろう。まだまだ私は新人だと実感する。

 

「ゲロちゃん、緊張っぽい?」

 

 夕立がちょっかいをかけてくる。一応部隊としては私は別なのだが、ちょっと人数が崩れた連合艦隊みたいなものなので、みんなで纏まって動いている。そのため、あちらの部隊も諜報部隊と相談しながらの進行。夕立は基本私の近くにいてくれていた。

 正直助かっている。夕立はまぁいろいろあるせいで戦場に向かう緊張というのを感じていないようだが、私はガッツリ感じているわけで。

 

「そりゃあね。私はまだ出撃自体が3回目だからさ」

「敵が出てきたら撃つ、撃たれたら避ける。訓練通りだし、それだけだよ?」

「簡単に言ってくれるねアンタ」

 

 この空気を読まない感じが夕立の良さだとは思う。どんな時でも明るく元気。見ていてこちらが明るくなれる。何処か()()()()()()()()()雰囲気が無くも無いが、緊張感が緩和するとは思う。

 

「本格的にまずいのが来たら、私達に任せていいよ」

 

 夕張さんがその辺りを保証してくれる。いつも工廠でのツナギ姿しか見ていないので、艦娘としての制服姿はすごく新鮮。お腹丸出しのセーラー服とかぱっと見結構凄い姿ではあるが、それ以上の露出度の陸奥さんもいるしそこまで違和感はない。

 

「バリちゃんは本当に強い子だから、頼り切っちゃっていいわよ。整備班の皮を被った万能戦力だもの」

「それ褒められてるのかな」

「褒めてるわよ。私の艤装任せられるのも貴女くらいなんだから」

 

 陸奥さんも夕張さんの実力には太鼓判を押している。本当に頼りになるようだ。工廠でも活躍し、戦場でも頼りになる、真の万能戦力。

 

「気楽に行きゃいいさ気楽に。あたしらがしっかり守ってやっからさ」

「戦えるのなら戦えばいいと思うけど、無理した方が絶対悪い方向に行くからね。衣笠さん達に任せなさいな」

 

 隼鷹さんと衣笠さんも励ましてくれる。みんなが私のことを気遣ってくれていると思うと、ありがたいと思うと同時に申し訳なさも感じてしまう。

 

「大丈夫。陽炎ちゃんは今まで努力してきたんだから。冷静になれば全部上手く行くよ」

 

 最後に五月雨が手を握ってくれた。ここまでの流れで緊張は霧散し、いつもの調子に戻れた。環境は違っても、周りの仲間達は何も変わらない。普段通りに行動し、任務をこなして帰るだけ。万が一赤い深海棲艦が現れたとしても、私だけの戦いでは無い。力を合わせて戦うだけ。

 今までの2回はあくまでも哨戒任務の最中に想定外に現れた敵だ。だが、今回は前以て覚悟した状態で向かう。ならば多少なり冷静になれるはずだ。現れた時には驚くと思うが、暴走するようなことはないはず。

 

「ホント、持つべきものは仲間だね」

「どんどん頼っていいっぽい! 夕立が深海棲艦なんてボッコボコのギッタギタにするからね」

「夕立も比較的新人でしょうに」

 

 衣笠さんの呆れた声。自信満々で戦闘に関しては本当に天才的な才能を発揮するとはいえ、夕立だって私と1ヶ月程度しか変わらない新人。私に先輩風を吹かすのはいいとしても、他の人達に迷惑をかけるのはよろしくない。

 

「仲がいいでありますな。()()()()()()()()()というものか」

「うちも似たようなものじゃないですかねぇ。やっぱりワイワイ楽しむ方がいいと青葉は思いますよ」

「そうだよねぇ。いつもギラギラしてるよか、全然マシだよね。後からラフ切ろーっと。ゲロ姉新人時代の思い出っつってね」

 

 諜報部隊の3人も、私が囲われているのをしみじみと眺めている。なんだかやっぱり恥ずかしいものではあるが、悪い気分ではない。

 

 

 

 日が大分高くなったかというところで現場に到着。私達の鎮守府的には領海の外。私を見つめる潜水艦を発見し、それを追って向かった方向に近い。

 一旦ここで腹拵えをしてから調査に入るということになった。神州丸さんが預かっている軽食を配られる。前回の哨戒任務と同じようにおにぎりと漬物。数は少なめでも、また少し進んだら昼食となるのだからこれで良し。

 

「本艦達が赤い深海棲艦を確認したのはこの辺りであります。そうだったな、青葉殿、秋雲殿」

「はい、ここからさらに向こう側ですねぇ」

 

 青葉さんが指差す先には、当たり前だが水平線が広がっているだけ。というか四方全てが水平線である。

 以前ここでやったのが、潜水艦ラジコンによる海底調査。しかしそれでは巣は発見出来なかった。もっと遠くにあると考えるのが妥当だが、巣を巧妙に隠しているという可能性も無くはない。

 

「陸奥殿、そちらの哨戒では何処まで見たのか。今日はそれよりも奥に行こうと思っている」

「霧ちゃんから聞いてる分には、もう少し領海の外に行ったらしいわ。その時の羅針盤の妖精さんも連れてきてるから、道案内してもらいましょ」

 

 陸奥さんの艤装の隙間から妖精さんが飛び出してきた。羅針盤なだけあって、こんな目印も無いような場所でもその位置を把握出来ているそうだ。私には何処も彼処も同じにしか見えないのだが。

 

「んー、ちょい待ち。艦載機が嫌なこと言ってる」

 

 先んじて艦載機による哨戒をしていた隼鷹さんから不穏な発言。

 

「敵機発見。深海の艦載機だね」

「ふむ、やはり近場に何者かいるのでありますな」

 

 初めて遭遇したような艦載機の可能性はある。あの時は一切攻撃せず、私をただただ見つめるのみで終わった敵機。

 

「かーっ、すばしっこいね。あたしの艦載機を潜り抜けてきやがった!」

「夕立ちゃん、対空砲火!」

「ぽーい!」

 

 まだその姿を目視出来ているわけではないが、五月雨が夕立に合図して高角砲を構える。今回は私が対潜、五月雨と夕立が防空と役割を分けているので、艦載機に関しては任せる。

 

 少しして、目視出来る位置に艦載機が現れた。前はたった1機が鎮守府の近くまで飛んできていたが、今回は数がかなり多い。哨戒機ではなく、こちらを攻撃する目的で飛んできている。つまり、爆撃や射撃もあるわけだ。

 隼鷹さんの艦載機が多少は撃墜しているらしいのだが、それでもそれなりの数がある。まずはアレからの攻撃を全て回避しなければ。

 

「来た! 撃ちまーす!」

「ぽいぽいぽーい!」

 

 対空砲火と同時に、あちらからも雨のような爆撃が降ってきた。実戦でそれをやるのは当然初めて。当たれば死まで見えるその攻撃を必死に避ける。

 対空砲火にも性格が出るようで、夕立は数撃ちゃ当たると言わんばかりに乱雑に撃ち放つことで広範囲に撃墜し、その撃ち漏らしを五月雨が的確に撃ち抜いた。これにより全機撃墜することは出来ずとも、回避はかなりしやすくなる。

 

「っ」

 

 そんな中、また視線を感じる。撃ち漏らしの艦載機の内、何機かが一斉に私を見つめてくる感覚。私がここにいることを確認したかのような挙動。2人の対空砲火をも潜り抜けた挙句、私を舐めるように見た後に撤退。

 鼓動が高鳴るようだった。ここまで来たら流石に否定が出来ない。あちらの目的は()()()()だ。

 

「また見られてた……!」

「あっちはゲロちゃんがどうしても気になるみたいね。何かあるのかしら」

 

 さりげなく私の盾になる位置に移動してくれた陸奥さん。海の向こうを睨み付けるように眺めているが、口元には小さく笑みが。余裕を持って事に当たることが出来るくらいには精神的な余裕がある様子。

 

「艦載機が飛んできたってこたぁ、それを飛ばしてきた奴らってのが来るってことだね」

「それじゃあ、今度は私達の出番ね」

 

 陸奥さんが艦載機の撤退した方へ向く。その側には衣笠さんと夕張さんがついた。

 航空戦の後は、砲雷撃戦。深海棲艦そのものとの戦いに移行する。私は駆逐艦と潜水艦しか見たことがないわけだが、艦載機が飛んできたのだから空母のようなものもいるのだろう。

 

「敵機索敵出来たけど、割とヤバイかもね。()だ」

 

 普通の深海棲艦とは一線を画した存在、姫。この海域に現れる姫なんて限られてくる。それこそ、私の見た赤い深海棲艦である可能性だってある。

 心臓がバクバクと言い出す。鼓動が嫌でも速くなる。因縁の相手を目の前にする可能性から、震えが止まらない。

 

「姫1、軽空母2、軽巡2、駆逐1。割と面倒な部隊だよ。陸奥、頼んだぜ」

「任せなさいな。諜報部隊はやることやってちょうだいね」

「心得た。青葉、秋雲、本艦は海底調査を開始する。周辺調査を頼むぞ」

「了解です! シャッターチャンス、待ってますよぉ!」

 

 神州丸さんの合図と共に、諜報部隊が動き出す。神州丸さんは大型のソナーによる海底調査。青葉さんは偵察機を使っての周辺調査。そして秋雲は目視による調査。

 ここから戦いが始まるというのなら、青葉さんと秋雲によるデータ収集が必須となる。写真が撮れるのならそれでよし、ダメなら目視による瞬間記憶に頼らざるを得ない。

 

「会敵! 何だいあの姫は」

 

 目視出来る場所にまで敵部隊が現れた。隼鷹さんが言っていた通り、6体の深海棲艦がそこにいた。

 そのうちの1体、明らかに人の形をしているそれは、赤いオーラを纏う女性。だが、あれは、

 

「あれは違う。()()()()()()()()()

 

 赤い深海棲艦とは違う、別の赤い深海棲艦が現れたのだ。秋雲に描いてもらったそれとは似ても似つかない、オーラが赤いだけの白い深海棲艦だった。殆ど全裸で、二つに結んだ髪で胸を隠すようなぶっちゃけ痴女。

 私の知る奴との関係性は不明だが、関係者であることは間違いないだろう。その姫は私の姿を見て、ニヤリと笑う。やはり目的は私だ。

 

 

 

「我ガ姫ノ、陽炎ナリシ者ネ。()()()ハマダカ。ナラバ、少シ遊ンデアゲマショウ」

 




5-5で世話になるアイツ。


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化け物の姫

 始まりの襲撃を仕掛けたであろう赤い深海棲艦の調査を開始した鎮守府。遠方の諜報部隊を招き入れ、私、陽炎もその部隊に参加することとなった。

 そしてその海に来たところで、本当に深海棲艦が現れた。最初は艦載機のみで、案の定私を見つめていたが、その後に本隊が出現。その内の1体、赤いオーラを纏った痴女が、私を見ながらよくわからない言葉を言い放つ。

 

「我ガ姫ノ、陽炎ナリシ者ネ。()()()ハマダカ。ナラバ、少シ遊ンデアゲマショウ」

 

 深海棲艦が人間の言葉を使うことは知っている。実際私はそれを10年前に耳にしているのだから。悪夢の中でも私に何かを呟いていたのはわかっている。あの時は確か、

 

 姫の陽炎なりし者と私のことを呼んだ。確かに私は陽炎、艦娘陽炎ではあるが、あちらのお姫様の陽炎では無い。私は私だ。意味がわからない。

 それに今、『目覚め』と言ったか。私に何か仕込んでいるかのような言い分。確かに仕込まれていてもおかしくないような終わり方だったようか気がするが、そこの記憶がまだ戻ってきていないため、その辺りはさらに見当が付かない。

 

「アンタ、私をどうしたいのさ」

 

 痴女と話が通じるかを確認。私が目的なら、会話くらいは応じるのではなかろうか。周りの仲間達が驚いたようだが、青葉さんはその中でも恐ろしい速度でメモを取る。

 おそらく深海棲艦と対話を試みた者はいないのだろう。周りの反応からしてそれはわかる。だが、ここで私のまだ思い出せていない部分がわかれば御の字。

 

 私からのコンタクトに、あちらも少し驚いたような表情をしたが、すぐにニンマリと口角が上がり、小憎たらしい笑顔に戻る。

 

「私ノ仕事ハ、アナタヲ()()スルコト。目覚メテイナイノナラ、ソレデイイノ。時間ハイクラデモアル」

 

 それは、自分達がこんなところではやられないと公言していると考えていいのだろうか。私達には敗けないと。

 その態度に少し苛立ちを感じた。ただでさえ相手は私の復讐の相手の仲間みたいなものだというのに、私をただ観察して嘲笑う態度。これで腹が立たないほど私はデキた人間ではない。冷静でいなくてはいけないとわかっていても、つい声を荒げてしまう。

 

「私は一体何なの!? アンタ達、私に何かしたわけ!?」

 

 少し焦りも出してしまったが、敵の口から目的が聞けるのなら聞いておきたい。それを信じるかどうかはさておき。

 だが、私の切羽詰まった言葉に耐えられなくなったか、顔がより醜く歪み、高笑いまで始めてしまった。私が焦る姿が本当に楽しいのだろう。顔どころか性格も歪んでいる。

 

「アッハハハ! 何モ覚エテイナイノネ」

「教えなさいよ!」

「自分デ思イ出シナサイ。ソウスレバキット()()()()()……アッハハ!」

 

 私の必死さが余程楽しいのか、腹を抱えて笑っていた。私を観察するために来ている割には、私を小馬鹿にするような態度で。判断力を鈍らせようとしているのかもしれない。

 落ち着かなくてはいけないのに、拳に力が入る。自分のことがわからないなんて普通では無いことだ。それがまた焦りと苛立ちを呼ぶ。

 

「教エテアゲタイノハヤマヤマダケレド、自力デ思イ出シテチョウダイ。ソノ方ガ、アナタノタメニナルワ。シッカリ染マッテ、()()()()()()()()()()トナッテネ。ッフフフ、ハハハハハ!」

 

 また訳の分からないことを言う。染まるとは何だ。日天とはどういう意味だ。理解出来ないことがさらに苛立ちを加速させる。

 

「よく喋る深海棲艦ね。顔はいいのに中身は不細工なのね」

 

 私の苛立ちが限界に達しようとしていたとき、陸奥さんがボソリと呟いた。まるでゴミを見るような目で奴を見ている。その視線に正直恐怖を感じた。

 その視線を受けて、奴の眉がピクリと動いた。私をおちょくっているところに横槍を入れられたからか、若干苛立ちを感じたかのような表情に。

 

「ああ嫌だ嫌だ。笑い方が下品で。聞くに堪えない声よね。ただでさえ聞き取りづらいのに、耳障りが過ぎるわよ」

 

 そこに陸奥さんが罵声に次ぐ罵声で畳み掛ける。いつもおっとりとしつつも艶っぽいお姉さんなイメージだった陸奥さんが、今は艦娘の顔。敵を見る目で、敵意を持った言葉で相手を罵る。

 あの痴女も陸奥さんの物言いに気分を害したようで、私よりも優先して陸奥さんを睨み付けるようになっていた。

 

「喧嘩ヲ売ッテイルノカシラ」

「ええ、むしろ売られたから買ったの。うちの新人を弄るのやめてくれない? アンタみたいなのに潰されたらいい迷惑なの。せっかく可愛い駆逐艦が仲間になったってのに、ホント空気読めないわよね」

 

 一触即発の空気。旗艦同士の睨み合いで、どうしても空気がピリつく。

 こんな戦闘が初めての私は、その場から動けそうになかった。緊張や苛立ちで主砲を持つ手がまだ震えている。恐怖は無いにしても、この空気にはまだ慣れていない。

 ただの喧嘩では無い。命の取り合い、殺し合いが始まる空気なのだ。普通では無い緊張感で、あっという間に喉がカラカラになった。

 

「でもまぁ、空気が読めないのはこっちにもいるから」

 

 突然の爆音。陸奥さんと敵の痴女が話している間に、夕立が動き出していた。一切の恐怖を感じず、このピリピリした空間でもお構いなしに、一番近くにいた敵駆逐艦を撃ち抜く。私と演習をしているときとはさらに違う、狂気をはらんだような笑みを浮かべ、その一撃により1体を粉砕した。

 防空特化の装備だというのに、海上の敵にも当たり前のように当てている夕立のセンスが相変わらず恐ろしい。

 

「ぽい! 夕立が一番槍っぽーい!」

「開戦よ。1匹残らず、沈めてやりなさい!」

 

 夕立の一撃が開戦の合図となり、各々が独自に動き出す。連携なんてあってないようなもの。その時々で考え、最善の動きを選択する。

 うちの鎮守府はそれが戦い方らしい。各々の力を高め、その瞬間に出来ることを即座にやる。まるで遊撃隊である。

 

「陽炎ちゃん、こっちお願い!」

「りょ、了解!」

 

 五月雨に呼ばれ、動き出した敵軽巡洋艦の対処に乗り出した。まだ緊張はあるが、戦いの最中に置かれたことで苛立ちは消えた。敵の痴女の意識が私から陸奥さんに向いてくれたこともその理由の1つ。

 当たり前だが敵軽巡洋艦を見るのは初めて。人間の腕や身体はあるように見えるが、その殆どが機械に覆われた異形。下半身があるようにも見えない。

 

「この……!」

 

 その砲撃は五月雨を狙っていたため、それを阻止するべく備え付けの方の主砲を放つ。対潜特化の装備でも、艤装側のマジックアームには空きがあるおかげで主砲は積めるから、主砲は常に装備出来る。私の艤装ならではのありがたい仕様。

 おかげで直撃とまではいかなくても、敵の身体に生えているような砲身は破壊出来た。本体はまだ力を失っていないようだが、攻撃手段を削げたのは良し。

 

「ありがとう陽炎ちゃん!」

 

 そしてその隙を突いて、五月雨がその軽巡洋艦の本体を砲撃。五月雨も夕立と同じく防空特化だが、うまく高角砲の角度を操作して敵を狙いすましている。当たりどころが良かったか、その一撃により沈んだ。

 やれることをやろうとして、自然と連携になっている。仲間意識の強さが功を奏しているのだろう。それに、今までさんざん刻み込まれた艦娘の心得もある。壊すことより護ること。それは同じ戦場にいる仲間達だって含まれる。

 

 同じように、もう1体の敵軽巡洋艦は夕張さんと衣笠さんがその場で連携して沈めていた。衣笠さんの強烈な主砲で傷付けながら位置を固定し、夕張さんの魚雷により撃沈。私や五月雨よりも万能に立ち回れる分、苦もなく沈めていた。

 

「売ラレタ喧嘩ハ、シッカリ買ウワヨ」

 

 反撃と言わんばかりに、敵の痴女が腕を包む異形の艤装を構えていた。赤黒く光るそれが狙い定めるのは、当然陸奥さん。

 以前に戦った敵駆逐艦がそのまま主砲になったかのような艤装を、殴り付けるように振るった瞬間、聞いたことのないような爆音と共に砲撃が放たれていた。そしてそれを左右交互に連射。まるでボクシングのようである。

 一撃一撃が致命傷となる威力であり、その流れ弾は私達の方にすら飛んでくるため、一時的に回避に専念。そこにあちらの軽空母2体が併せて空襲まで仕掛けてきたため、余計に回避に必死になる。

 

「ウザいったらありゃしないねぇ! 防空班、撃ち墜としな!」

「ぽいぽーい!」

 

 駆逐艦を沈めた夕立が即座に反応し、隼鷹さんの指示に従い対空砲火。五月雨もそちらに加わる。私は高角砲を持っていないため、防空には参加出来ず。むしろ回避に必死でそれどころではない。

 出来ることが無いわけではないのだ。こういうことをやっている間にも、もしかしたら潜水艦が近付いてきているかもしれない。あちら側で周辺調査を続けている神州丸さんが大型ソナーで探っているところだが、それに私が加わればよりいいのではなかろうか。

 

 動きながら海中に意識を向ける。ソナーの反応に精神を集中する。潜水艦は……いない。今はいない。

 

「全く、中身が不細工なら行動にも表れちゃうのね。雑で、自分の火力だけでどうにかしようとしてるわ」

 

 敵の攻撃は全く止むことは無いが、その攻撃の仕方について難癖をつけ始める陸奥さん。あの痴女に冷静さを失わせて攻撃をさらに雑にしようという魂胆だろうか。

 こちらと対話が出来ることがわかれば、そういう心理戦を仕掛けることだって出来る。陸奥さんはこの場でそれをやってのけているわけだ。

 

「私達は人間の未来を護る艦娘なんだもの。人の前に立つのだから、そんな雑な攻撃なんてしないわ」

 

 言うだけあって、陸奥さんの砲撃は綺麗だ。流れるような動きで照準を合わせ、敵の動きを予測して放つ。まるで舞っているかのような一連の流れ。その火力が鎮守府最強のものなのだから凄まじい。一撃一撃が空気を揺らす。

 

「イクラ美シクテモ、弱ケレバ意味ガ無イノヨ」

 

 しかし、あちらは本当の化け物だった。陸奥さんの砲撃を物ともせず、少しくらいの被弾はノーダメージと言わんばかりに砲撃をやめない。いや、実際にノーダメージなのだろう。直撃こそしていないが、擦ればそれなりに衝撃や傷が付くはずなのに、それが一切無い。

 それを見た陸奥さんは、あらあらと呟きながらも攻撃の手を緩めなかった。何度も撃ち込めば攻撃は届くはず。だが、それすらもお構いなしに突き進んでは、殴りつけるような砲撃を繰り返す。

 

「私達ハ弱肉強食ノ世界デ生キテイルノ。アナタノヨウナ同胞ハゴマントイルワ。ソレノ上ニ立ツノダカラ、アナタニハ負ケナイノ」

「あら、自信満々じゃない」

「伊達ニ姫ノクラスデハナイワ。デモ、我ガ姫ハコレ以上ヨ。私ハ()()デシカ無イモノ」

 

 当たったらまずい陸奥さんと違って、当たってもほぼ無傷な痴女では話がかわる。真正面から突っ込まれては、誰もどうにも出来ないようなもの。それほどまでにあの痴女は強い。

 ならば、あの赤い深海棲艦はどうなるのだ。アレが前座と言うのなら、それ以上の何かであることは間違いないだろう。それはまずい。

 

「陽炎以外ニハ用ガ無イノ。我ガ姫ガソレヲ望ンデイルカラ。デモ、仲間ガ死ネバ目覚メルカシラ。少シ強メノショックガ必要カモシレナイワネ」

 

 痴女の猛攻がさらに激しくなる。背中の艤装も動き出し、そこら中の主砲が四方八方に向けて放たれ始めた。あんなもの私達艦娘が使おうものなら、反動だけでも身体がグチャグチャになってしまいそう。

 本当に全方位への砲撃のため、陸奥さんだけでなく仲間達全員が危機に曝される羽目に遭う。さらにはアレだけの滅茶苦茶な砲撃なのに、味方の軽空母と()()()はその照準から外れていた。雑な中にも器用さが入る。

 

「諜報部隊も回避して!」

 

 未だに周辺調査を続けている諜報部隊だが、こうなっては調査をし続けるのも難しいだろう。近場にいた衣笠さんがそちらの防衛に入りつつ、撤退、もしくはこの戦いへの参戦を促す。これでは調査どころでは無い。

 

「仕事を中断させられては困るが……。青葉、写真は」

「充分に撮れました! あの全裸の人もバッチシ!」

「秋雲さんもこの辺は覚えたよ。帰ってイラスト描きたーい!」

 

 周辺の調査はまだ途中ではあるが、背に腹はかえられない。今は回避が最優先である。

 

「見たところ、我々の今の装備では()()()()()()であります。陸奥殿、撤退が得策では無かろうか」

「まぁそんな気がしてたわ。あれは本当の化け物よね。せめて徹甲弾が無いと砲撃が通らないわ。それに霧ちゃんも欲しいかしら」

 

 あれだけの問答を繰り返してはいたが、陸奥さん的にもあの痴女には現状太刀打ち出来ないと判断していたらしい。今はまだ誰も傷付いていないのだから、この間に一度撤退して準備し直す方が勝ち目があるだろう。

 命を張るより、確実に勝つ方法を。この痴女は私の観察が仕事だというのだから、このまま陸への侵略に向かうことは無いはずだ。それにここは領海の外。援軍すら見込めない微妙な位置。

 

「アンタ、名前は?」

「ハ? ソンナモノ、ソチラノ文化デショウ」

「私は陸奥よ。覚えておきなさい。私を殺さない限り、陽炎はアンタには渡さないからそのつもりで」

 

 顔面に向けて砲撃。流石にその一撃は当たってはまずいと考えたようで、両腕の艤装を使ってガード。その瞬間にこちらから完全に視線が逸れる。

 

「最大戦速で撤退! 殿(しんがり)は私が務めるから、すぐに動きなさい!」

「おまけだぜ。逃げる時間くらいは稼がせてもらうよ」

 

 隼鷹さんもさらに艦載機を発艦し、雨のような爆撃の雨を降らせた。あれで奴を倒せるとは思っていないが、撤退する時間くらいは出来るだろう。

 

「ムツ、ソウ、ムツネ。覚エテオクワ。今日ハ逃シテアゲル。陽炎ノ目覚メマデハ、アナタニ預ケテアゲテモイイカモシレナイワネ。ッハ、アッハハハハ!」

 

 高笑いを背にして、私達は出来る限りの速度で戦場を撤退した。

 

 

 

 意味がわからない。私の目覚めとは一体何なのだ。奴は何を知っているのだ。

 




対痴女戦は陸奥ですら攻撃が通らず撤退。しかし、確実に陽炎に何かを刻み込んだでしょう。


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不安を乗り越えて

 赤い深海棲艦の発見地点で、別の深海棲艦と遭遇した諜報部隊。その痴女のような深海棲艦は赤い深海棲艦の前座と自ら名乗り、私、陽炎のことを観察する仕事だと言った。さらには、『目覚め』がどうたらこうたら言われたことで、余計に訳がわからなくなってしまった。

 私はアイツらに何かされている。これだけは確信出来る。だが、それが何かまではわからない。それが怖い。

 

「本当に追ってこないわね……随分と余裕があるようで」

 

 殿(しんがり)を務めていた陸奥さんが逐一後ろを確認しながら撤退していたが、追ってくる姿が無いどころか砲撃すら飛んでこなかった。軽空母も沈めたわけでは無いのに、艦載機も見えない。本当に見逃されたということになる。

 隼鷹さんも戻ってきた艦載機を自分の手に収め、哨戒自体を終了した。これで真に戦線離脱出来たことになる。常に警戒態勢ではあったが、ここまで来たら最大戦速での航行もやめて、通常の速度に。調査も一旦ここで終わり、少し早いが鎮守府に帰投することになった。

 

「……私は一体何なの……わからない、わからないよ……」

 

 戦いから離れたことで、不安がより大きくなってきた。私は何をされたのだ。悪夢の最後のアレが、その何かなのはわかる。だが、それが思い出せない。それに、自分で思い出したら目覚めるとまで言われてしまっては、記憶を探ることすらも怖い。

 私はどうなってしまうのだ。このまま艦娘を続けていいのだろうか。わからない。何もわからない。

 

「ゲロちゃん、あんまり俯いてちゃダメっぽい。上手く行くことも上手く行かなくなるよ」

「そうだぞー。ゲロ姉の可愛いお顔が台無しじゃん」

 

 余程酷い顔をしていたのか、夕立と秋雲に慰められる。2人とも、心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 

「帰ったら間宮さんに甘いもの貰おうね。多分コレ、解決しちゃいけない内容でしょ」

 

 秋雲の言う通り、これはおそらく深追いすればするほどまずいことになる件だ。それこそ、目覚めの時が近付いてしまうのかもしれない。そうなった時に私がどうなるかはわからないが。

 

「気にするなとは言えないけど、あんまり考えないようにするっぽい。今は打倒裸の奴!」

「夕立ちゃんの言う通りだよ。あれは今まで見てきた中でもレベルが違ったもん。今の実力じゃあ、多分勝てない。弱気なのはダメなのわかってるんだけど」

 

 夕立だけならまだしも、一番鎮守府に長くいる五月雨すらもそう言ってしまうのだから、あの痴女は本当にまずい敵なのだろう。あの深海棲艦を打倒しなければ、今後常に危険がついて回ることになる。

 とはいえ、今は私の目覚めを待つだなんて言って慢心しているおかげで、こちらに時間をくれているわけだ。その貴重な時間を、不安に押し潰されていることで無駄にするわけにはいかない。

 

「……うん、私もあんな奴らにいいようにされたくないし、もっと強くなりたい。思い通りになってたまるかっての」

 

 まだ気持ちの整理はつかないが、気持ちを強く持たなくては最悪なところへ行ってしまいそうだった。あの痴女の裏側にいる本当の敵はそれを望んでいるのだろう。そいつの思い通りになることの方が気に入らない。

 気合を入れ直すために、強がりでもいいから思いを口に出す。不安が取り除かれないにしても、言葉にしておけばそれが気持ちに伝わるような気がした。

 

「その意気その意気。大人だったらパーッと呑んで忘れちまえって言えるんだけどねぇ。嫌なことがあったのならやけ食いでもすりゃあいいのさぁ」

 

 隼鷹さんにバンバン艤装を叩かれた。こうやって元気付けてくれているのはすぐにわかる。

 

「帰ったら特訓する。あんな奴、ボコボコにしてやるんだから」

「なら衣笠さんが鍛え上げてあげましょう。というかみんな協力してくれるよ。目覚めとかはよくわからないけど、強くならないと打開は出来なそうだからね」

「なら私は艤装の改修かな。そろそろ改造も大丈夫だと思うし、身体も艤装も強くならなくちゃね」

 

 衣笠さんと夕張さんも私の特訓を手伝ってくれると言ってくれた。夕立も絶対参加すると意気込みを露わに。

 

「なら、陸奥お姉さんもしっかり鍛えてあげる。トレーニングはもう一緒にやってるものね」

 

 陸奥さんにはお世話になりっぱなしだ。体力作りや筋トレもそうだが、今回の戦いは旗艦として何とかしてくれた。感謝しかない。

 

 あの深海棲艦の言葉は全員聞いている。私が狙われているということも、私に何かがあるということも、全員がわかっている。その上でこんなにも気を使ってもらえるのだから、最高の仲間だ。

 思わず涙が溢れ出てくる。不安と喜びが綯交ぜになってしまって、感情がおかしな方向に向かってしまっていた。

 

「ああもう、泣かないの」

 

 海の上だというのに陸奥さんに抱きしめられる。艤装がガチャガチャと音を立てるが、器用に引き寄せ胸に顔を埋める形に。

 

「殆ど戦ったことがないのに、妙な奴に因縁つけられて、挙句何か仕込まれてるなんて言われて辛いのはわかるわ。お姉さん達に任せなさい。大丈夫、アイツらの思い通りになんて絶対させないから。一緒に頑張りましょうね」

 

 少し恥ずかしい姿を見せてしまったが、一度泣いたことで気持ちの整理が出来た。まずは鍛えよう。身体も心も。不安を感じていたとしても、震えることなんてないように。精神的にも成長しなくては。

 

 

 

 鎮守府に到着した時は、もう夕方。私が少し足止めしてしまったのもあったが、暗くなるまでには帰ってくることが出来て安心。調査結果は物部司令の諜報部隊が全て話してくれるとのことで、その防衛のためについていった部隊と私は、ここで業務終了となる。

 

「陽炎、大丈夫かい。精神的に参っていると聞いているが」

 

 工廠で待っていた空城司令にも心配される。やはり事前に連絡が行っていたようだ。

 ここに帰ってくるまでにさんざんみんなから心配され、一時的とはいえ泣き、気持ちの整理がある程度は出来ている。だから自信を持って言えた。

 

「大丈夫。みんなのおかげで落ち着いたよ」

「そうかい。だが、無理だけはするんじゃないよ。前にも言ったが、ガキは大人に甘えりゃいい。ここにいる時は好きにすりゃいいんだ。わかったね」

「うん、ありがとう。明日でいいから、また相談させてほしい」

「ああ、それでいい。アタシもアンタのことはちゃんと考えてるからね」

 

 これだけでも心強い言葉だ。安心からまた涙が出そうになるが、そう度々泣くわけにはいかないのでグッと堪える。

 

「さ、艤装を下しな。アンタは特に早く休んだ方がいいんだからね」

「うん、そうする」

 

 艤装を下した途端に膝から崩れ落ちるかのように力が抜けた。身体が重い。脚が震える。疲れ方が普通じゃない。心身共に大きく消耗している。体力が無いことを痛感する。

 

「っは……まだまだ新人だなぁ……いろいろ足りないよ」

「よくわかってんじゃないか。尚更無理するなって話なんだよ」

 

 脚が震えているのは疲れだけでは無いようにも思えた。あの場では気丈に振る舞わなくてはいけなかったし、帰投するまでは迷惑がかけられないと気を張っていたのもあった。だが、ここまで帰ってこれればもう気兼ねなく倒れることが出来てしまう。

 安心感から疲れと共に恐怖心までぶり返してきたのでは無かろうか。やはり命のやり取りをする戦場というだけで疲労は桁違い。私が死ぬのも嫌だが、仲間が死ぬのも嫌だ。それが精神的な疲労を加速させている。

 

「ゲロちゃんホントに体力無いよね」

「アンタがありすぎなんだっつーの」

 

 そんな私を見かねてか、夕立が引き起こしてくれた。1ヶ月しか差がないのにこの体力。震えどころか疲れている素振りすら見せない。元々が凄まじいとしか思えない。

 ただ、密着した状態で匂いを嗅ぐのだけは勘弁してほしい。例の異常性から現れる()()()()を堪能しようとしているのはわかるが、一応私も女の子なわけで、こんな疲れた状態だと汗臭さも絶対にある。

 

 そしてそのまま夕立に引きずられてお風呂へ。服も手早く脱がされ、湯船に入れられたことでようやく一息ついた。

 薬湯が身体に染みる。いつものようにおっさんのような声が出そうになったが、二度も三度も醜態を晒すわけにはいかないので我慢。

 

「ゲロちゃん、今日は一緒に寝るっぽい。嫌な夢見そうでしょ?」

「あー……うん、そうだね。ちょっと今、1人で部屋にいるのは辛いかも。一緒にいてくれると助かるよ」

 

 多分今1人になったら、嫌なことばかり頭を巡ると思う。それで落ち込んでまたテンションが下がり、挙句悪夢なんて見ようものなら私はガタガタになる。再起不能とまでは行かなくとも、しばらく引きずることにはなるだろう。不調のままだと、何をやっても失敗して、また落ち込んでの負のループに陥る。

 ならそんなことにならないように、仲間を頼ろう。夕立もこう言ってくれているし、今日は夜まで楽しませてもらいたい。

 

「みんな呼んでさ、パーッと遊ぶっぽい! で、疲れてグッスリで嫌なことぽいぽいぽーいよ」

「あはは、それはいいね。前やったパジャマパーティーの続きでもやろっか。今日は布団も持ち寄ってさ、一緒に寝ようよ」

「それがいいっぽいね!」

 

 改めて、持つべきものは仲間である。いや、ここまで来たら友人、親友とも言えるだろう。

 

 

 

 そしてその日の夜、異端児駆逐艦4人で集まる。私が心地よく眠れるようにするためという目的は、夕立の方から公表されたらしい。だからだろうか、磯波も沖波もやたら心配してくれた。

 

「酷い夢見るんでしょ? 危ないと思ったらすぐに起こすからね?」

「添い寝は夕立ちゃんに任せるけど、私達もちゃんと見ておくよ」

「なんだか病人みたいだなぁ」

 

 みんなが揃ったというのに、すぐに寝ろと言わんばかりにベッドに押し込まれた。

 身体は疲れ切っていても、眠気はあまり無いというのが現状。眠ること自体が少し怖くなっている自分もいる。あの悪夢を何度も何度も見るのは堪える。

 

「また悪夢が更新されるかもしれないからね……そうなったら嫌だなぁ」

「思い出しちゃダメだからね。忘れるためには、頭思い切りぶん殴ればいいっぽい?」

「勘弁して」

 

 そんなことされたら、忘れるとかそういう問題じゃ無くなる。

 

「どうしたら気持ちよく寝られるかな……あったかい方がいいのかな」

「熟睡出来る方法とか試してみる?」

 

 沖波がいろいろと調べてきてくれたようで、寝る前のホットミルクとか、部屋の温度の調整とか、出来ることは全部やってみようということになった。疲れていても不快ならダメだ。

 あとは、とにかく安心出来る環境ならいいと思う。今の状況は私としては喜ばしいことではあるのだが、眠気はまだ来ず。

 

「前に松輪を抱き枕にして寝たらすごく気持ちよく寝られたんだよね」

「えーっ! ずるいっぽい! 夕立、海防艦の子達とそんなこと出来ないのに!」

「してたじゃん。占守と大東にひん剥かれてさ」

 

 松輪の子供体温を抱きながら寝た時は、夢すら見ずにグッスリだった。あれはあれで良さそうなのでまた試してみたいと思う。今日は4人がついていてくれるので、明日くらいに海防艦の部屋を使わせてもらおうか。

 

「夕立ちゃん、海防艦の部屋に裸で行ったの……?」

「ちゃんとシャツ着ていったっぽい」

「下に着ろっつってんの」

「今は着てるっぽい!」

 

 おもむろにシャツをめくりあげる。確かに今は私の貸し出した、というか私が貸し出したことでハマったため、妖精さんに作ってもらったという自分用のスパッツを穿いている。上の方もチラリと見えたが、スパッツと揃いのスポーティーなそれを身につけているようだ。

 

「夕立はこれくらいが一番気持ちよく寝られるんだよね。寝る時はシャツ脱いじゃうけど」

「まぁ全裸よりはいいか……。体力作りの訓練の時と似たような格好だし」

「でしょでしょ? ゲロちゃんもこっちの方が寝やすいかもよ?」

 

 私はパジャマでいいから。

 

「私達がついてるから、安心して寝ていいよ」

「オキの言う通りっぽい! 悪い夢なんてぽいぽいぽーいよ」

 

 沖波のことも渾名で呼ぶようになったようである。本名に繋がりかねないから言うのを躊躇っていたものの、まぁこれは艦娘の名前を捩っているわけだし大丈夫か。

 仲良くなった証でもあるし、気分の悪いものでもない。陸奥さんすら近しいことをやって咎められていないのだから、これくらいがいいか。

 

「そうだ、磯波も渾名で呼ばなくちゃ」

「えっ」

「じゃあねぇ、磯波だから……ソナー」

 

 酷い渾名である。磯波が破裂するのは考えるまでもなかった。お腹を押さえて丸まり、ブルブル震えている。

 

「ふ、普通に呼んで、ね、お願いだから、ね」

「えー、ソナーいいでしょソナー」

 

 追撃。磯波の腹筋がさらに鍛えられていく。

 

 

 

 そんなこんなで夜は更けていく。

 




持つべきものは友である。夕立はどんどん懐いているように思えますけどね。エロ方面に。


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改めて決意を

 翌日、相変わらず先日と同じ悪夢を見て目が覚める私、陽炎。母が死に、赤い深海棲艦に近付かれ、意味がわからない言葉を呟かれて手を伸ばされたところで夕立に揺すり起こされた。周囲を見ると、磯波と沖波も心配そうな顔でこちらを見ている。まだ外は暗いため、私が魘されたことでみんなを起こしてしまったらしい。

 ゼエゼエ言いながらも、3人の姿を見たら少しだけ落ち着けた。ここで独りだったら余計にダメだったかもしれない。

 

「ゲロちゃん、やっぱり魘されてたっぽい」

「タオル用意してるから、顔拭いた方がいいよ」

 

 沖波がタオルを用意していてくれたので、汗びっしょりになった顔を拭く。身体も汗でしっとりと濡れてしまっている。

 

 案の定、寝る前に言っていたことが現実になってしまった。トリガーとなったのは、あの痴女にさんざん言われた私に仕込まれた謎のことだと思う。悪夢自体は進まなかったのでまだマシだが、トラウマを刺激する要因になったのは確か。

 今後敵と戦って余計なことを言われるたびに悪夢を見るかもしれないと思うと萎える。

 

「陽炎ちゃん、お水」

「ありがと」

 

 磯波が事前に水を用意していてくれたおかげで、カラカラの喉がすぐに潤せた。息切れも多少は落ち着く。

 

 眠ったことで身体自体は休まっているのだが、気疲れが酷い。夢とはいえ、何度も何度も母さんの死んだ姿を見るのは辛い。

 どうしても手が震えるため、誰でもいいから手を握って欲しかった。一番近くにいたのは夕立なので、夕立の手を取る。

 

「ごめん、ちょっとこのままでいさせて」

「大丈夫っぽい」

 

 息が落ち着き、震えが止まるまで数分、ずっと手を握っていてもらった。辛い悪夢ではあるものの、一度見たことのある夢のおかげが、落ち着きを取り戻すまでの時間は前回よりも短かった。嫌な言い方ではあるが、2回目ともなるとあの夢に()()が出始めているのかもしれない。

 

「いてくれて本当に助かったよ。ありがとうみんな」

「どういたしまして。頼ってくれていいからね」

「うん……私達も力になるから」

 

 困ったことに、今の私の精神状態では1人で寝ることすら出来ないらしい。今後しばらくの間、せめて悪夢を見てもここまで取り乱さなくなるまでは、誰かについてもらわないとダメかもしれない。

 

 この後、湿ってしまった服だけは着替えて二度寝することに。布団そのものも汗で少ししっとりしてしまったがまだマシな方。

 結局震えが止まった後も、夕立には手を繋いでもらっていた。おかげで今度は熟睡出来たと思う。人の温もりが一番熟睡出来る方法なのではなかろうか。

 

 

 

 翌朝、昨日に話していた通り、空城司令に相談することにした。多分適当に話すだけでも多少は何か掴めると思う。

 

「で、何が相談したいんだい」

「……私って何者なのかなって」

 

 昨日の間に諜報部隊から報告を受けているため、私が敵に言われたことも伝わっている。加えて、私が夢で聞いた赤い深海棲艦の言葉も伝えている。そこから私が思うことを打ち明けた。今日もまた悪夢を見たということを含めて。

 

 正直な話、私が艦娘としての陽炎になったのも仕組まれたことなのではないかと思っている。何かを仕込まれたから突然マイナス同期値なんてわけのわからない数値が出ているのでは。

 調査したのは1ヶ月ほど前でそこで初めて判明したわけだが、諜報部隊が赤い深海棲艦を見たのが半年前。調査していなかっただけで、半年前に私の同期値はおかしくなっていたのでは。それならいろいろと納得が行く。私の同期値がおかしくなったことを嗅ぎつけ、赤い深海棲艦はあの場所から私を見ていたというのが妥当。

 そしてその同期値はついに計測不能。D型異端児にしか感じられない匂いといい、目覚めへの段階は着実に進んでいるのではなかろうか。

 

「アンタは陽炎だろうに。同期値が壊れちまったことは速吸から聞いているが、()()()()だろう」

 

 だが、空城司令は私が打ち明けたことなど一切気にせずに、腕を組みながら素っ気なく言い放つ。何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかり。

 

「それだけって言うけど、それがとんでもないことで……」

「アタシにゃアンタは可愛い部下で、自分のやれることを頑張っている艦娘の1人にしか見えないがね」

 

 どうしても私がウジウジしてしまうので、空城司令は立ち上がると私の側に立った。そして、いきなり私の頭を掴むように撫で回してくる。あまりにも乱雑で、髪がクシャクシャにされてしまった。

 

「深海棲艦にあんなこと言われちゃ不安になるのもわかる。すまないがアタシらも解決策なんてすぐにゃ出せない。だけどね、何かあっても必ず救ってやる」

 

 そしてそのまま抱き締められた。

 

「いいかい陽炎。アタシも含めて、鎮守府にいる奴らは全員アンタの味方だ。何があっても見捨てないし、最悪なことがあっても離れない。これは全員が全員に対して考えていることだ。アンタはもし誰かに何かあったら見捨てるかい?」

「そんなこと絶対にしない。私が出来ることをやる」

「いい子だ。それでこそこの鎮守府の艦娘だ。だから、アンタがどんな奴だろうが関係無いんだ。また不安になったらアタシのとこに来な。同じことをしてやるさね」

 

 さらに撫で回された。心地良さまで感じ、思わず顔が綻ぶ。長らく忘れていた母さんの温もりに近しいものを感じた。自分でも信じられないくらいに心が落ち着いている。ずっとこうしてもらいたいと思ってしまうほど。

 

「あとはまぁ、強くなった実感が薄いから自信があまり持てないんだろうと思うんだアタシゃ。まだ戦いを3回しか経験していないのに、初陣は勝てたにしても2回連続で敗けてるだろう。2回目のさっさと逃げた潜水艦はともかくとして、3回目は馬鹿みたいな力を持つ姫だ。そりゃ引っかかることもあるってもんだよ」

 

 確かに、私には勝ちの経験が殆ど無い。実戦訓練でもボコボコにされ、他の訓練でも私自身がしっかりやれたということの方が少ない方だ。周りが経験者ということもあるため、追い付くのがやっと。足を引っ張っているのでは無いかとすら思える。

 

「まずは強くなることだね。アンタはまだまだ伸び代があるんだ。鍛えて鍛えて、奴らの目論見なんて蹴散らしちまえ」

 

 そうだ。昨日撤退しているときに、特訓するんだと意気込んだのだ。悪夢で落ち込んでそのことを忘れてしまっていた。

 空城司令の温もりと共に、改めて決意する。私は強くなる。心身共に強くなる。そして艦娘として、世界を護るために働く。

 

「昨日気持ちを整理させたつもりだったのに、悪夢のせいでまたガタガタになってた。私、もっと強くなる。身体も心も、強くなるよ」

「その意気だ。アンタなら強くなれるだろうさ」

 

 空城司令のお墨付きがあるのなら百人力だ。本当にみんなが背中を押してくれている。その期待にも応えたい。

 

 

 

 気分も晴れやかに、今度は空城司令としーちゃんも一緒に工廠へ。強くなる第一歩として、昨日夕張さんが言っていた艤装の改修が実施されていた。

 実はこれ、私以外の全員がされているものらしく、その時点で性能差というものはついていたそうだ。故に、実戦訓練でもボコボコにされるのも無理はないとのこと。最初からそれを言ってくれれば良かったのに。

 

「つーことで、KC-KG01-DR、陽炎改だ。今までになく気合が入ったってもんよ」

「予算超えていないだろうね」

「俺ぁその辺りはキッチリやるぜ真弓ちゃんよ。限られた予算と工数で、最高最善の改修を施してんだ。これがプロの技ってもんだろ?」

 

 私が昨日ここに戻った後、遅くまで残り且つ今日も朝早くから作業していたという整備長が言うには、今まででも渾身の改修らしい。鎮守府にいる艦娘の艤装の改修を引き受けてきた整備長のノウハウを全て盛り込んだようなもの。

 私の今までの訓練の結果を反映させ、それを最大限にまで活かせるようにした至高の逸品と自信満々に言い放つ。

 

「じゃあ、お嬢ちゃん。早速装備してもらえるか」

「うん、わかった」

 

 言われるがまま、いつも通りに背中に押し当てて装備。改修されていたとしても、これは今まで私が使っていた艤装だ。改めてリンクし直すとかそういうのはなく、スムーズに装備が出来る。

 だが、改修されているというだけあって、感覚的にこれが大きく変わっていることが理解出来た。いろいろなものの動きがスムーズであり、私に与えてくれる力もより大きくなっているような気がする。

 

「全体的に出力が上がってるからな。多分、海を疾るのも速くなってると思うぜ」

「テストした方がいいかな」

「ああ、それで不具合が見つかったらすぐに教えてもらいたいからな。その辺を軽くグルッと回ってきてくれ」

「了解」

 

 海の上に立った時点で感覚が違う。身体が軽い。これなら今まで以上に素早く動くことが出来そうだ。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

 軽く流してみた感じでも、小回りがやたら利く。回避性能も上がっているか。

 今まで以上に私の思い通りに艤装が動いてくれるように思えた。今は武器を装備していないが、各種スペックがしっかり底上げされているのが今の時点でわかった。

 

「みんなが私を後押ししてくれてる。ここの人達は本当にいい人ばかりだ」

 

 少し沖に出たことで誰からも聞こえないところに来たので、独りごちた。

 仲間は空城司令や艦娘だけじゃない。整備班や妖精さんみたいな、この鎮守府にいるみんなが私のことを強くしてくれる。いろんな人の手を借りて、私は強くなっているのだ。なら、その人達のことを護らなくちゃいけない。恩を仇で返すわけにはいかない。

 

「勿論、アンタもだよ」

 

 本来の在り方とは変えてしまった、私が支配してしまったという艤装に向けて呟いた。無機質で感情もない機械かもしれないが、私の一番身近にいる、私を守ってくれる相棒だ。私の思い通りに動いてくれるからこそ、私はより高みへと向かえる。

 

「一緒に行こう。艦娘陽炎として、ねっ」

 

 空を仰ぐと、雲一つない晴天。その空と同じように、私の心は澄み渡っている。悪夢を見て魘されたことも嘘のように、穏やかな気持ちだった。

 私は艦娘としてまた一歩進めたのではないだろうか。艤装を改修してもらって強くなっただけじゃない。艦娘としての在り方が、次のステージに進めたのだと思う。

 

 その後、近海を適当に駆け回り、艤装のスペックアップを大いに実感したところで工廠に戻る。不思議と疲れもそんなに感じていないような気がする。普通これだけスペックが上がっていたら燃費も悪くなっていて然るべきだと思うのだが、そこは気の持ちようかもしれない。

 

「どうだったよお嬢ちゃん」

「うん、すごいね。使いやすくなってる。悪いところなんて見つけられないくらいだったよ」

「そいつぁよかった。俺の最高傑作だからよ」

 

 渾身の自信作が気に入ってもらえてよかったと、ニコニコしている整備長。実際、昨日まで使っていたものよりも数段上の力を発揮しているように思えた。海を駆けるだけでコレなのだから、武器もそれ相応に強化されているのだろう。

 

「今までのデータが貯まってたからな。武装も全部お嬢ちゃん専用にチューンナップしてるから期待してくれ」

「わ、楽しみ! 整備長、ありがとう!」

「おう、どういたしましてだ。あと、武装のフルチューンは俺じゃなく整備の若い奴らがやってるからか。アイツらにも礼を言ってやってくれ」

 

 工廠の裏側で、若い人達がみんな手を振っていた。あの人は主砲の、その別の人は魚雷の、また別の人は高角砲の、と担当する武装も千差万別。そのスペシャリスト達全員が、私の成長に貢献してくれている。

 海の上でも感じたみんなの力をまた実感出来て、感無量だった。これだけ大勢が後押ししてくれているのだから、ウジウジしている余裕なんてない。

 

「ありがとうみんな! 私、もっと強くなるから!」

 

 拳を突き上げて、整備班のみんなに向けて宣言した。私の叫びに、工廠が沸いた。

 みんな私の事情は知っていることだろう。それでもお構いなしにここまで尽くしてくれるのだ。本当にありがたい。

 

 

 

 まだまだ私の進む艦娘の道は中盤にすら差し掛かっていないだろう。でも、今の私なら足取り軽やかに進むことが出来そうだ。

 私が前に進むための力は、私だけの力じゃない。みんなが後ろから押してくれるから進めるのだ。

 




今回の鎮守府は、提督以外の非艦娘雇用者が結構多いです。そちらにスポットが当たることもあるかもしれませんね。整備班の若い兄ちゃんが陽炎のことを……みたいな。


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成長の実感

 艤装の改修により、さらに強化された私、陽炎改め陽炎()。今までよりも艤装の動きが良く、全体的にスペックアップされたことにより、私は大きく強くなれたという。

 だが、今はまだ動きを確かめただけ。午後からは武装のチェックである。艤装を動かした感じ、武装もかなり強化されていると思われる。何せ、整備班のみんなが私に力を貸してくれたのだ。

 

「なんか久しぶりな感じだよね〜。午後は阿賀野が担当するよ〜」

 

 初っ端はやっぱり砲撃訓練。駆逐艦として重要な武装はいくつもあるが、一番使っていくのは当然主砲。ただでさえ私は手持ちと備え付けの2基を使っていくのだから、早いところそれに慣れていく必要があるだろう。

 それを担当してくれるのは勿論阿賀野さんである。私に主砲を教えてくれたのは阿賀野さんだし、一切の無反応で放てるという誰もが目指すべき場所にいるのも阿賀野さん。少しちゃらんぽらんなところもあるが、頼れる先輩の1人には変わりない。

 

「じゃあ、今回もアレやっとこっか。実戦訓練!」

「いやいやいや、まずは的当てなんじゃないの!?」

「え〜、だって今まで充分訓練してきたじゃないの〜」

 

 チューンナップしてもらったことで、武器の取り回しや威力などは上がっているだろうが、だからといって使い方が変わったわけではない。今までやってきたことはそのままに、それがどれだけ変化しているかを確認するのがこの訓練。

 なら的当てでもいいと思うのだが、あえてここで実戦訓練を放り込んできたのは何か意味があるのだろうか。午後からやり始めるのだから時間の節約と言われればそうかもしれないが、それでも順を追ってやるべきでは。

 

「陽炎ちゃんはもう初心者じゃ無いんだから、いきなり実戦で大丈夫だと阿賀野は思うなぁ。というか、実戦感覚をもっと覚えておかないとまずいんじゃなぁい?」

 

 阿賀野さんが言ってることもわかる。敗戦多めの3回だけとはいえ、私は実戦経験をしているのだから、改修された武装の慣らしくらいなら、実戦で済ませる方がいいかもしれない。

 私も今は強くなるためにやれることならやっておきたい。そして、実戦経験が足りないのは一番の課題だ。鎮守府の仲間達と演習という形で実戦経験を増やすことは、確実に必要なこと。

 

 なら、阿賀野さんの意見を聞いておく方が良さそうだ。私よりもはるかに経験が多いわけだし、経験者に従うことが成長に繋がる。

 

「ん、わかった。ここは先輩の意見を聞くよ」

「ありがとぉ陽炎ちゃん。いい匂いがするだけあるね」

 

 そうだった。阿賀野さんもD型異端児だった。私の匂いとやらがわかる人。これが何かは未だに不明だが、匂いくらいなら気にしないことにした。嫌な匂いじゃないならまだマシ。

 

「じゃあ、準備して〜。相手は用意しておくからね〜」

 

 その相手というのは大体誰だかわかる。私の実戦訓練には定番のメンバーが来てくれるのではなかろうか。そうなると、因縁の相手は夕立になるわけで。

 そろそろ自分の力で勝ちたい。というか良いところまで行きたい。焦りは禁物ではあるが、負けが込んできているのは自分としても早く抜け出したいところ。

 

 

 

 主砲が接続された私の艤装を装備し、改めて可動を確かめる。すごい、いつも使っている時よりも迅速に丁寧に動く。角度の変更も自由自在。これは凄い整備だ。

 主砲の方は、整備により威力が上がった代わりに反動も大きくなっていると、この主砲を整備した人直々に説明してくれた。とはいえ艤装の性能も上がっているのだから、反動制御もいつもより強くなっているとも。それなら感覚的にはあまり変わらないと考えても良さそうだ。

 

 改めて整備班の人に御礼を言い、実戦訓練へ出陣。そこで待ち構えていたのは、予想通りの奴。

 

「ふふん、待ってたっぽい!」

「まぁ夕立だよね。わかってた」

 

 やはり相手は夕立。今までの実戦訓練では散々な目に遭ってきた因縁の相手。今日は五月雨と菊月が哨戒任務の方に行っているため不参加。他の駆逐艦も全員が何かしらの予定が入っており、勿論諜報部隊はまた近海の調査に向かっている。結果、主砲の慣らしのはずなのに初めての1対1(タイマン)である。見ているのは阿賀野さんただ1人。

 

「今回も勝つからね。しかも今回はサミーとお菊ちゃんもいないから、ゲロちゃんオンリーでやってもらうっぽい!」

「私も艤装改修が入ったから、スペック的にはトントンだよ。ここで自力で勝ちをもぎ取らないと、今後もズルズル負け続けるだろうし、今までのようにはいかないから」

 

 いつもは初心者だからとちょっと後ろ向きだったと思う。だから、今回は夕立相手でも強気で。

 

「じゃあ、いつものようにお願いね〜」

 

 阿賀野さんに言われ、2人で所定の位置へ。たった1人で向かい合うのは初めてのことだ。訓練の時はいつもとなりに誰かいる。そういう意味では、訓練もある程度出来たのだから独り立ちの時と考えてもいいかもしれない。

 いずれこんな戦いをするときが来るかもしれない。仲間が周りにいない状態で、たった1人で戦うことも無くは無いだろう。

 

『はい、じゃあ位置についたかな?』

 

 遠目でも、夕立は自信満々な不敵な笑み。あのテンションと自信が夕立の強みなのだと思う。どういう心持ちで戦闘に出ているのかはよくわからないが、負けないと思い込み続けているのではないかと思う。流石は霧島さんを師事しているだけある。

 私もそれくらいの心持ちでいた方がいいかもしれない。相手が誰であろうと勝つという気概を持ち続けて、戦場に立ちたいものである。

 

『それじゃあ、始め〜』

 

 相変わらずの緊張感のない合図で実戦訓練開始。やれることなんて1つだけ。まずは突っ込む。そして、回避しながら当てる。今回も主砲しか使わない訓練なのだから、出来ることなんてそれしかない。

 ただし今までと違うのは、私の艤装が改修されていること。全てのスペックが上がっているのだから、初見の夕立なら計算が狂うはずだ。とはいえアイツのセンスは普通と考えてはいけないので、即座に対応してくる可能性も少なくない。ならば、出来ることをして翻弄するしかないだろう。

 

「先制……!」

 

 備え付けの方の主砲で狙いを定める。やはりその速度と精度は今までとは段違い。考えた時には既に夕立に狙いが定まっている。

 私用の改修だからか、この伝達速度が格段に速くなっている。私がこうしてほしいと()()()する前に、艤装側が私の意思を()()()()()かのような反応速度。見たところに主砲が向いている程だ。

 

「てぇっ!」

 

 そして砲撃。言われていた通り、反動は以前と比べると大きくなっていた。艤装が改修されていても軽減しきれない程に。だが、私だって伊達にここまで訓練を積んできていない。初めての反動でもキッチリ抑え込み、なるべく身体がブレないように努める。

 とはいえ、砲撃は夕立の真正面からのものだ。威力が上がり、弾の速度が上がっていても、少し逸れるだけでこの砲撃は避けられてしまう。そういうことろは次の動きを予測するとかそういう話では無いように思える。

 

 そしてお返しとばかりに砲撃を返された。こちらが正面なのだから、あちらも真正面からの砲撃となるため、同じように避ければいいだけなのだが、夕立のことだから回避に合わせてもう一発を考えているだろう。

 なら、二発撃っても問題なく回避できるように、一発目の砲撃そのものを引き付けてから回避する。

 

「回避!」

 

 引き付けて引き付けて、ここで避けると言うところでキッチリ回避。そして案の定二発目が飛んできたのだが、一発目を大分引き付けてから避けたので、二発目を避ける余裕はその分出来ている。二発目も悠々と回避。

 回避性能そのものも大分上がっていることがわかった。砲撃と同じように、私が考えたときにはもう動けるほどに。

 

「なら、こっちはどうよ!」

 

 手持ちの主砲による砲撃。こっちは備え付けの主砲とは違って、私の力による反動軽減になる。事前に言われている通り、威力が上がっている分、反動もそれ相応になるはず。

 引き金を引いた途端、以前とは違う大きさの衝撃を受けた。おかげで、自分で考えていた以上のブレ弾となる。夕立も想定していなかったようで、思っていたよりも大きく回避行動に出ている。

 

 連射をすればするほどおかしな方向に飛ぶ上、その着弾の場所が撃っている私でもわかっていないため、夕立からしても大きく回避する以外の手段が無いようだ。

 

「これは、凄いなっ」

 

 想定外の弾を連射することで、夕立を回避一辺倒にしていく。速射性能も随分と上がり、今までよりもかなり速い。その代償に反動が激しいのだが、それがブレをさらにランダムにしていくのだから、功を奏してると言える。

 こんなめちゃくちゃな戦い方は普通はしないと思うのだが、今は慣らしなのだからやれることは全部やっていく。丁寧で慎重な戦い方もすれば、乱雑で感情任せな戦い方もする。それに耐え得るかのテスト。

 

「ぽーい!」

 

 だが夕立はそのブレ弾の中でも臆さず突っ込んでくる。しっかり回避している辺り、流石としか言いようがない。完全なランダムでも、何をどうして判断しているのか、回避の移動量をどんどん減らして最適化してくるのだから困ったもの。これがあれか、味方だと頼もしいけど敵だと厄介極まりないというやつか。

 

 そういう輩のためにあるのが備え付けの主砲だ。ブレ弾を回避する方向を予測して、命中精度がさらに上がった主砲を叩き込む。回避されるが、今までよりも紙一重になっている分成長が自覚出来る。

 

「回避しながらこれはっ、結構キツイねっ」

 

 それでも身体への反動が極力抑えられているのは整備班の人達のチューンナップの賜物だろう。普段通りの反動になりつつあり、それでも以前より格段に動けるのだから。

 

「速くなったし強くなったけど、まだまだまだまだ!」

「わかってるっつーのそんなこと!」

 

 夕立の方の命中精度もガンガン上がっている。私の動きに慣れるスピードが異常過ぎる。持ち味を全て使ってきているのがわかる。

 

 ならば、出来ることを全部やろう。夕立の足を止めることが出来ればいいだけだ。

 と、考えた瞬間、備え付けの主砲が夕立の足下に照準を合わせた。私が無意識に考えたことすらも汲み取って、それを実行に移していく。

 

「ぽ」

 

 備え付けも手持ちも一時的に夕立本人を狙わなくなった代わりに、回避方向を完全に封じた。故に、即座に備え付けの主砲が照準を合わせたときには、夕立は足踏みしてしまっていた。

 いつもやらないことをやったことで、一瞬だけ頭の中がバグったのだと思う。この判断がすぐに出来るようになったのも、艤装の反応速度と主砲の調整がより高まったことが起因になっているのだから、整備班には感謝しかない。

 

「ぽい!」

 

 だが夕立はここで戦闘狂の本質を見せてくる。やられるくらいなら死なば諸共。回避出来ないと判断した途端、あちらの主砲も私に照準を合わせていた。相変わらず意味がわからない判断力。

 

 結果的に、私の砲撃は夕立の右肩に直撃。同時に、夕立の砲撃が私の左肩に直撃。勝敗判定としては、相打ちとなった。勝ちか負けかでは言えない終わり方。

 とはいえ、私としては大きな前進だ。1対1で夕立と相対して、ここまで全然出来たのは上出来。さらには課題も見えた。最高の実戦訓練となっただろう。

 

 

 

「悔しいっぽい! もっと完封するつもりだったのに!」

 

 訓練終了と同時にムキーッと悔しさを全身で表現してくる。勝利以外が納得出来ないようだ。引き分けも許せない。

 

「私としても、まだまだだなって思ったよ。でも、もう夕立にドヤ顔させないから」

「何をーっ!」

 

 今いい勝負が出来たのだから、今後もいい勝負が出来る。いくら夕立の成長速度が異常だとしても、私が追いつけないスピードではないはずだ。

 

「陽炎ちゃんは本当にいい動きしたね〜。艤装の改修がすっごく効いてるし、陽炎ちゃん自体も成長してるよ」

 

 阿賀野さんも褒めてくれた。第三者の目から見ても、私はしっかり成長出来ているみたいだ。

 

「もっかい! もっかいやるっぽい! 次は勝つから!」

「阿賀野さん、まだやれる?」

「うん、だいじょーぶだよー。時間いっぱいまでやっちゃってやっちゃって〜」

 

 結局、私と夕立は日が暮れるくらいになるまで延々と実戦を繰り返した。結論から言えば、おおよそ同点。今のような引き分けが量産され続け、勝ちも負けも無い結果となった。

 夕立はすごく悔しそうにしていたが、最後はお互いの健闘を称えあうことになる。今まで以上に仲良くなれたとも思えた。

 

 みんなの力で成長出来ていることを実感する。この調子でどんどん進んでいきたい。

 




対夕立、ようやく手が届きました。これでも夕立は陽炎に次ぐ新人ですからね。センスが頭おかしいだけで。


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敵の視線

 夕立との有意義な実戦訓練を終え、まったりとお風呂に入る私、陽炎。今回は肉体的な疲れは酷かったものの、満足行く戦いが出来たことで精神的な疲れはあまり酷くは無かった。むしろ、夕立といい勝負が出来たことで、一切暗い部分が無い。

 しかし、これで慢心してはいけない。いい勝負が出来ただけで、勝てたわけでは無い。負けなかっただけだ。それに、これで満足していたら夕立にまた引き離されるだろう。それは嬉しくない。

 私はまだまだだという気持ちを忘れず、これからも訓練を続けていきたい。実際、今のままではあの痴女どころか普通の深海棲艦にすら苦戦を強いられることだろう。もっと強くなりたい。

 

「ゲロちゃんすっごく強くなったよね。夕立も負けてられないっぽい!」

「みんなのおかげだよ。私だけじゃこんなにすぐに強くなんてなれないしさ。特に司令と整備班の人達のおかげかね」

 

 一緒にお風呂に入っている夕立からもそう言ってもらえるのは嬉しい。阿賀野さんは空城司令に今回の訓練結果を報告しに行ってるのと、私達がペイント弾でドロドロだったため、先に入らせてもらっている。後から来るのだとか。

 今まではいろいろと落ち込むこともあったけど、周りの力添えが理解出来たことで吹っ切れることが出来ている。決意も新たに進み出せたのは、私は私、艦娘陽炎であると言い聞かせてくれた空城司令を始めとした仲間達のおかげだ。

 

「夕立にだって感謝してるよ。夜とかさ、すごい助かってるんだから」

 

 そこには勿論、夕立だって含まれている。夜に一緒に寝てくれて、魘されているところを心配してもらえるというのは、それだけで心落ち着ける存在だ。

 

「ゲロちゃんは夕立のたった1人の後輩だからね。強くなったら夕立が育てたって言ってやるっぽい」

「あながち間違っちゃいないんだよなぁ。結構頼りにしてるんだから」

「んふー、もっと頼っていいっぽいよ!」

 

 胸を張ってドヤ顔。この自信家なところも夕立の強みであることはわかる。ちょっと前までの私のように自分を見失いかけるようなこともなく、いつでも前向きにいられるのは一種の才能だ。

 

「次は負けないから」

「こちらのセリフっぽい。また引き離すから」

 

 ニンマリ笑って拳を突き合わせた。夕立とは今後も仲間として、友人として、ライバルとして一緒に進んでいければいいと思う。

 

「阿賀野さん遅いね」

「報告することいっぱいあるっぽい? ゲロちゃんこんなに強くなったよーって」

「なのかな。なら別にいいんだけど」

 

 あんまり待ちすぎるのものぼせてしまうので、ある程度時間が経ったらお風呂から出ることにする。それまでは夕立とさっきの実戦訓練の反省会となった。

 お互いに切磋琢磨し、一緒に成長していくことが、今は何よりも楽しかった。夕立とはそういうところで気が合う。

 

 

 

 結局阿賀野さんはお風呂には現れず、先にお風呂から出る。と、そのタイミングで哨戒部隊と諜報部隊が帰投したらしく、工廠の方が少し騒がしかった。

 

「帰ってきてるっぽい! ゲロちゃん、行ってみよ!」

「あ、夕立!」

 

 相変わらず感情の赴くままに行動する夕立に手を引かれて工廠に入ると、ちょうどみんなが艤装を下ろしながら空城司令に結果を大まかに説明してるところだった。

 空城司令が工廠に出向いていたというのもあり、阿賀野さんもそこにいる。私達の姿を見たら、笑顔で手を振ってきた。

 

「少数の部隊と交戦し、撃退したであります。その際、彼奴らの旗艦であろう者がこちらを()()()()()()()()()()ことを確認したのであります」

「ふむ、部隊に陽炎がいるかどうかを確認したと見るのが正しいだろうね」

「ええ、本艦もそう思ったであります」

 

 諜報部隊はまたもや交戦したらしい。あの痴女はいなかったようだが、こちらの部隊を確認したということは、やはり野良ではなく奴の配下の斥候であることがわかる。

 私がいないことを確認した後、即座に戦闘行動に移ったらしいし、目的はわかりやすい。あちらとしても領海があって、その中に入った者を確認した後、私じゃなければ沈める。

 

「こちらでも深海棲艦が出てきたよ。諜報の奴らよか強くは無かったろうけど、おんなじだったね。こっちをやたらめったら見てきた」

 

 今回の哨戒部隊の旗艦、加古さんも、敵部隊がこちらを確認してきたと言う。その発見した地点というのが、私の初陣の場、あの工場の近海である。

 あの時は海底の調査もして巣が無いことを確認し、野良で現れたのだと結論付けたのだが、実は巣が相当遠くにあってそこから来た斥候なのではないかという疑惑が浮上した。

 

 方向としては真反対の位置に向かったはずなのだが、同じ反応をしたということは、裏では奴らと繋がっているということなのでは無いだろうか。

 そうだとしたら厄介だ。巣が何処にあるかはさておき、行動範囲が非常に広い。ある意味、この鎮守府の領海を包囲出来るということにまで考えられる。

 

「で、どちらも敵部隊と交戦したんだね」

「ああ、こっちは勝ってきたよ。殲滅した。こっちは軽巡1の駆逐3とかだったからすぐ終わったかな」

「我々は戦艦やら空母やらも来たので苦戦はしたが、陸奥殿と霧島殿が叩いてくれたおかげでどうにかなった。明らかにこちらが本陣でありますな」

 

 離れれば離れる程、深海棲艦の質自体は落ちているようだ。加古さんの行った方、工場の近海の方が弱くて安心した。

 

「複数の巣が固まって大規模になってるかもしれないね。調査と哨戒の範囲を拡げる必要がありそうじゃないか」

 

 今までもそういうことは何度かあったらしい。たった1つでも処理するのが大変な深海棲艦の巣が2つ3つと折り重なったことで、さらに面倒くさいことになるという。

 数十キロ離れた場所で同時に確認された深海棲艦が同じ行動をしたとなると、その可能性を疑うのは当然のこと。

 

 万が一のことを考えると、どちらもしっかりと確認しておかなければ安心出来ないだろう。特に工場側。敵が弱いからと言って疎かにしていると、突然強敵が雪崩れ込んできて壊滅なんてことまであり得てしまう。

 さらに言えば、本来とは逆方向にあるかもしれない巣が、あの赤い深海棲艦や痴女と関連しているかどうかも知りたいところ。全く無関係で同時発生という可能性も無くはない。それならこちらのことを舐めるように見るとかはしなそうだが。

 

「提督殿、本艦ら諜報部隊は、後日逆方向の調査をしたいと進言する。よろしいか」

「ああ、その方がいいだろう。あちら方面の未開の海の調査を頼むよ。裏で繋がっているとなると、奴らの勢力がとんでもなく大きい可能性が出てくる。アタシらだけではどうにも出来なくなるかもしれないからね」

「心得た」

 

 流石にそこまで大きな巣となると、私達の鎮守府だけでは押し潰されてしまうだろう。そうなる前にしっかり調査し、出来ることなら鎮守府の力だけでそれを対処したいところ。

 

「丁度いい。陽炎、アンタにまた諜報部隊の手伝いに行ってもらうがいいかい」

 

 私が工廠に来ていることはわかっていたため、今の話の流れから私に振ってくる。

 私としてはそれは万々歳だ。真反対のところの深海棲艦まで私の動向を気にしているというのなら、私の方から出向いてやるのが解決を早くする。私を見て同じ反応を示すのなら、赤い深海棲艦の仲間であることが確定するわけだし。

 

 だが、そうする場合に懸念点もある。私の存在が確認出来た場合、あちらを焚きつけることになって頻繁に同じ場所に出現される可能性だって出てくる。そうなった場合に危険なのはあの工場だ。

 

「私はいいけど……大丈夫なのかな。あの工場に迷惑かけることにならないかな」

「アンタの姿を見た奴らは、執拗に追いかけてくる可能性もあるね。アタシもそれは考えた。だが逆に、それで工場から引き剥がすことが出来るかもしれない。アンタの存在を逆に使えないかい」

 

 ある意味、私を餌として使うわけだ。上手く行くかはさておき、工場には狙う者は無いぞと知らしめて、視線を私に向けさせることで逆に工場の被害を減らす。その深海棲艦が奴らの勢力であれば、それも出来るかもしれない。逆に、一切関係ない場合は工場に危険が及ぶ可能性が上がるかもしれないが。

 

 とはいえ、空城司令がそう言ってくるのだから、何かしらの算段があると考えるのが自然だ。

 私はあくまでも艦娘、司令の部下だ。私も意見は言うが、最終的には司令の指示が絶対。

 

「わかった。司令がそう言うなら従うよ。私は艦娘だから」

「すまないね。何かあった場合、責任はアタシが取るから安心してくれればいい」

 

 逆に緊張するのだがそれは。

 

「提督さん、夕立も夕立も!」

「それは後から考えるからちょっと待ってな」

 

 案の定駄々をこねるが、それは突っぱねられた。私としては夕立が一緒に来てくれるのは心強い。というか全員心強い。1人で行くわけではないので、頼れる仲間の力も使って、空城司令の作戦を遂行する。

 

「明日は諜報部隊も休みだ。次の調査は明後日だから、それまでに次の部隊を考えておく。いいね」

「ぽーい」

 

 素直に引く夕立。駄々はこねるが言うことは聞くのはいいこと。

 

「さぁ、風呂入って休んできな。細かいことはまた後から聞く」

「明日じゃダメぇ?」

「加古は起きないだろうに。今からさっさとやるよ」

 

 あれだけ普通に話していたのに、気が抜けた途端いつでも寝られると言わんばかりのトロンとした表情になっている加古さん。こういうのはちょっと不安になるが、それでも旗艦を任されているのだから、優秀なのがわかる。

 私も出撃の時に戦場での姿を見ているが、ここでのダルンダルンな態度がわからなくなるほどに戦場でイケメンになるので、そちらを見た旗艦なのだろう。

 

「陽炎、ちょっといいかい。いいところに来てくれたもんだ。聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「しつこいようだが、身体に異常は無いかい」

 

 目覚めの件から少し敏感になっているのだろうか。あの後の実戦訓練は初めてなので、訓練後の異常が無いかを聞いてきているのだろう。

 

「大丈夫、今のところ何も無いよ」

「そうかい。阿賀野がちょいとね」

「勘違いだったのかな〜」

 

 何を言っているかはわからないが、私の動きに違和感を覚えたのは阿賀野さんのようだ。夕立との実戦訓練を全て見ていたのは阿賀野さんなわけだし、第三者の目は阿賀野さんしか無かった。

 

「陽炎ちゃん、ちょっと出力が普通より上がり過ぎに見えたんだよねぇ。身体に負担かかってないかなって思って〜」

「いや、むしろ絶好調って感じで」

 

 まぁ確かに艤装の改修のおかげで大分強くなれたのは確かだ。普通以上に動けたと思うし、反応速度が上がっているのも確か。だが、他の目から見てそう見えたというのは、やはり何かしら不思議な力が作用しているというのだろうか。

 目覚めが一因だというのなら不安になる。とはいえ、身体に異常は感じられないため、今は様子見でいいのでは無いだろうか。

 

「いい匂いが強くなるとかも無いしねぇ」

「うん、夕立もそれはわかるっぽい。ゲロちゃんはいい匂いするんだ」

 

 空城司令もこの発言には首を傾げるしか無い。D型異端児にしか感知出来ない匂いと言われても意味がわからないだろう。張本人である私にもわからないくらいだし。

 この匂いについては本当にわからない。ただ匂うだけ。私としてはこれが一番の不安要素だったりするのだが。

 

「とにかく、何かあったらすぐに言うんだよ。目覚めとやらもあるんだからね」

「勿論。悪夢が更新されたらすぐに言うし、ちょっとでもおかしなことがあったら必ず話すから心配しないで」

「ああ。それに、他の連中がアンタについて気付いたことも話すように言ってあるからね」

 

 匂いのように、私にはわからない私の異変も周りが勘付いた時点で通達が行くようになっているのなら少しは安心だ。今回の過剰出力のこともそれがあるからすぐに話が行ったのだろう。

 艤装については整備班にも逐一話が行っているようなので、異変の放置は無い。いつも通りに生活をするというのが今私に出来る唯一のことである。

 

「じゃあ、明後日に諜報部隊と一緒に出撃してもらうことは確定だ。それまでは普段通りに過ごしておくれ」

「了解。明日は改修された武装のテストと体力作りだから、うん、普通だね」

「ああ。何かあったらすぐに言うんだよ」

 

 やたら心配されているように思えるが、それも空城司令の優しさだと思う。

 




陽炎に出ている今の異変は、敵からの視線、D型異端児にのみ感知出来る匂い、そして艤装の過剰出力(阿賀野の勘違いの可能性あり)の3つ。


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初心者からの脱却

 私、陽炎を探すような深海棲艦が現れたと諜報部隊とは別方向に向かった哨戒部隊の方から聞いたことにより、次の調査に私も連れて行かれることになった。私を一種の餌とし、その深海棲艦達をその海域から離れさせることが目的。

 その深海棲艦が発見されたのは、よりによって私の初陣の場、協力してくれている工場の近くである。そのままのさばられると工場に危険が及ぶ可能性があるため、私を使ってそこから引き離す作戦である。

 

「夕立も行きたいっぽーい」

「決めるのは司令だから我慢して」

 

 夕飯の場でも夕立が駄々をこねていた。部隊に選出されるのは私が確定しているだけで、他のメンバーはまだ一切決まっていない。前回の調査の時には夕立は参加しているため、また便乗したいと言う。好戦的もここまで来ると行き過ぎな感じがしてならない。

 

「どういう選出だろうね。調査部隊だから、やっぱり万が一の時のことを考えての強い部隊なのかな」

「それだと……私達はお呼びがかからないかもね。戦艦の人とか、空母の人とかが優先されると思う」

 

 沖波と磯波が言う通りになる可能性は高め。今日の諜報部隊について行った部隊は、あの痴女と交戦したときのことを考慮して陸奥さんと霧島さんが両方向かったくらいだ。今回もそれがあり得る。

 逆に、私を餌にその場所から離すというのなら素早い部隊にする可能性もある。小回りが利く部隊となると、駆逐艦主体になったりするかもしれない。そうなれば、この鎮守府にいる駆逐艦の半数を連れて行くなんてこともあるかも。

 とはいえ、諜報部隊も一緒にいるのだから、前者の方が確率的には高いだろう。私と諜報部隊の秋雲以外に駆逐艦はいないとかまであり得る。

 

「まぁ明日中にはわかるでしょ」

「ゲロちゃんは決まってるからいいよね。夕立達はまだわかんないんだから」

 

 ブーブーと文句まで言う夕立には苦笑しか無い。沖波も磯波も私と同じように苦笑していた。

 

「危険な任務になるかもしれないから……陽炎ちゃん気をつけてね」

「ありがと。餌役だからね、戦わずに逃げるまであるよ」

「それがいいかもしれないね」

 

 命の方が大事なのは充分に理解している。ダメだと思ったら当然逃げるつもりだ。仲間を置いて逃げるなんてことはしないが。

 

 

 

 翌日、午前は改修された武装のテスト。艤装に接続される魚雷や高角砲は、その効果が顕著に出るだろうから、時間は短くなるかもしれないが2つとも一気にやってしまうことになった。

 

 まず魚雷。私は艤装のマジックアームに接続するわけだが、備え付けの主砲と同じでやたら精度が高くなり、タイミングを見計ったかのように放たれるそれは狙いを定めた場所に的確に向かい、私の思った通りの結果をもたらしてくれた。

 この精度には木曾さんも目を見張る程だった。自分でも驚いたくらいである。相変わらず私にしか出来ないという()()()()も綺麗に当てられる。的に当てているだけなのだから実戦ではどうなるかはわからないが、それでもこの精度は私としても自信になる。

 

「いつ見ても凄まじいな。俺も試してみたが、なかなか出来ない。まぁ戦場でやる必要は基本無いんだが」

 

 1本しか魚雷を使わないなんてことは基本的には必要ない。纏めて撃った方が命中率は高くなるに決まっているわけで、わざわざ回避しやすい攻撃とかしても意味はないのだ。

 だからこの技能はあったところで使わない。コントロールが普通ではないということだけがわかったのみ。一種の曲芸みたいなものと考えればいい。

 

「今度からは実戦に組み込んでもいいぜ。今のお前なら充分使えるだろ」

「あ、じゃあ免許皆伝かな?」

「調子に乗らないようにな。身近で爆発したらひとたまりも無いんだ。主砲より取り扱い注意だぞ」

 

 それに関しては肝に銘じている。主砲だって危ないことは理解しているが、魚雷はそれに輪をかけて危ない。万が一足下で爆発しようものなら、下半身がえらいことになる。

 幸い私は艤装に備え付けとなるとはいえ、むしろそこで爆発したら背中が抉れるまであるのだから、細心の注意を払っている。

 

「今後は雷撃訓練も実戦形式にしていく。いいな」

「はーい。ちょっと怖いけど、やっていかないとね」

「怖いって思えるなら充分だ。お前はよくわかってる方だな。夕立には爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」

 

 怖いもの知らずの夕立は確かに危なそうである。

 

 高角砲の方も魚雷と同様艤装に直接接続するため、命中精度が格段に上がっており、天城さんに飛ばしてもらった艦載機を次々と撃墜することが出来た。一緒に見ていてくれる初月も、これには驚いていた。

 

「凄いな、改修されるだけでこうも変わるものか」

「なんかみんなに言われてるけど、違うものなの?」

「多少は良くなるが、陽炎の場合は上がり過ぎている気がするんだ。その分反動も強いみたいだが」

 

 初月の言う通り、高角砲の反動は魚雷ほどでは無いにしろかなりキツイもの。加えて上空に撃つ都合上、他の反動制御とは違う力の入れ方になるため、今までよりも疲労感が強め。それでもしっかりと当てられたことは良かった。

 阿賀野さんも言っていたが、初月にも何か感じるものがあるらしい。出力が上がりすぎとか何とか。私にはそういう実感が何もない。改修の成果だとしか思えない。

 

「まぁいいか。何も不調が無いのなら、それが陽炎の実力なんだろう。防空は護りの要だから、出来る奴が増えるのは僕としても嬉しい」

「あはは、まだまだ素人に毛が生えたくらいかもだけど、そう言ってもらえると私も嬉しいよ」

 

 今後は駆逐艦ならではの小回りの利く戦力として戦っていけるだろう。こうやって訓練してみると、駆逐艦はやることが本当に多い。

 

「陽炎ちゃん、防空の基礎はおおよそマスターですね」

 

 ここで天城さんも合流。私の対空砲火を絶賛してくれる。おおよそと言うのは、やはり実戦経験の少なさ故に臨機応変に動くことが出来ないことからだろう。今まではこちらに攻撃してこない艦載機を撃墜する訓練ばかりだったし。

 実戦では相手の爆撃や射撃、さらには空母以外の攻撃も回避しながらの防空だ。今後はそういうところも覚えていかなくてはならない。

 

「次回からは、もっと実戦らしくやった方が良さそうですね。横槍を入れられながらの対空砲火とかにチャレンジしてもらいましょう」

 

 雷撃訓練と同様に、こちらも実戦形式の訓練に移ろうと天城さんが提案してくれた。空母直々にそれを言ってもらえたことで、私が着実に成長していることが実感出来た。

 

 結果的に私は、初心者から中級者にランクアップしたと言えるだろう。上級者の道はまだまだ遠そうだが、着実に進めているのはいいことである。

 艤装に接続しない手持ちの主砲と対潜兵器に関してはまだまだ訓練あるのみではあるが。

 

 

 

 

 午後は体力作り。艤装の扱いが中級になったとはいえ、身体はまだまだ未熟。基礎体力をしっかりつけなくては、うまく扱えるようになった各種武装も宝の持ち腐れになりかねない。

 以前と同じ通り、異端児駆逐艦4人が集まっての訓練となるおかげで、多少しんどい筋トレなどもやっていて楽しい。夕立発端で競争になったりすることもあるが、それも精神的には効率がいい。楽しく鍛えられるのなら長くやっていられる。

 

 そして今回は少しだけ訓練の環境に変化があった。それが、

 

「いいねいいねぇ。創作意欲が湧くよねぇ」

「広報誌に使っていいですかね。艦娘の訓練風景、一般市民にも見せていいと青葉は思うんですよぉ」

 

 休日で暇を持て余している諜報部隊がそれを見学していることである。秋雲はスケッチブックに私達を描き、青葉さんは写真に収める。そして神州丸さんはそれをぼんやり眺めているだけ。

 諜報部隊だって何かしらの訓練はしているらしいが、今の私達のような学校の体育的な運動では無いとのこと。実戦に実戦を重ねて、自然と体力が身についている的な。

 

「普段とは違う艦娘の裏側、努力の現場を独占取材、みたいな」

「いいですねぇ。ここの司令官に許可貰いましょうか!」

「私達がいいと言うとでも思ってんの?」

 

 とりあえず文句だけは言っておく。こういう一面があるというところを知ってもらうのはいいことかもしれないが、わざわざ写真を撮ってまで広報誌に使われるとか、ちょっと勘弁してほしい。肖像権とか。

 

「うん、夕立もやめてもらいたいっぽい」

「あら意外。そういうの興味ないと思ってた」

「だってその広報誌、広報って言うくらいだから誰でも見られるんでしょ? 夕立、()()()()()()()()がいるっぽい」

 

 あっ、と諜報部隊以外は察した。私達は夕立の過去の話を聞いているため、その見られたくない人というのが誰かがすぐにわかる。誰もそれについては何も言わなかった。

 

「そうですか。ならやめておきます。取材相手の人権を守るのはジャーナリストの基本ですからね。嫌々やらせるのは人として間違ってますから」

「ありがとっぽい」

 

 夕立の普段とは違う物言いに深刻な雰囲気を感じたか、食い下がるわけでもなく素直にやめた。青葉さんは記者の鑑。

 艦娘という存在は、それ自体に機密が大量に含まれている。孤児院に電話するにしても、しーちゃんの監視の下でなくてはいけないとかあったくらいだ。それを顔写真までありにしてしまうと、いろいろと良くないことが起こりかねない。

 

「あー、でもこれホント捗るわぁ。普段の艦娘とは違う風景、絵になるよねぇ」

「秋雲、さっきの会話聞いてた?」

「あったりまえじゃんよ。いろいろと伏せて、元ネタ察せなくするくらいに加工することくらい、秋雲さんにはお手の物よ」

 

 どんな本を描くつもりだコイツは。エロの方も練習しているとか言っていたが、まさかそっち方面に使うわけではないだろうな。

 

「でも、ゲロ姉結構鍛えられてるよね。プランクだっけ、その時の安定感凄かったよ」

「見てわかるもの?」

「秋雲さんにはお茶の子さいさいよ。デッサン力が鍛えられてるからね。筋肉とかスケスケ」

 

 それは過剰表現だとは思うが、見てどれくらい鍛えられているかわかるというのはあるかもしれない。小さい頃から絵を描き続けてきたという秋雲の目だからこそ出来ることらしい。

 実際、秋雲の言う指摘はおおよそ当たっていた。足りている部分と足りていない部分を的確に言い当てられるため、次に重点的に鍛える場所がわかってありがたい。速吸さんも秋雲のその言葉にはうんうんと頷きながら次のトレーニングメニューの参考にすると言い出したほどだ。

 

「秋雲の目は我々も頼りにしているのだ。だが、稀に仲間を下卑た目で見ることがあるのは困ったものでありますな。その度に折檻されているが」

「下卑たとは失礼な。一作家の目だよ?」

「全国の作家に謝れ」

 

 神州丸さんもその被害者。今もフードまで被るかなり厚着な制服に隠れているが、確かになかなかの物をお持ちのようで、秋雲的には最高のデッサン素材らしい。そしてその度に秋雲が痛い目を見ているようだ。いい加減懲りた方がいいのでは。

 

「でもほら、いつも制服の艦娘がこれよ。いつもギッチギチに身を固めているのに、訓練の時はこんなにラフな格好って素晴らしくない? ゲロ姉やだっちゃんのムチッとふくよかなお胸もいいし、波波コンビのスレンダーに引き締まったスタイルもそそられるじゃんよ!」

「青葉もそれは同意ですねぇ。文学少女のスポーティーな一面は読者ウケ良さそうです。ギャップ萌えってやつですかねぇ」

「だよねー。いやはや、汗ばんだゲロ姉とかすごく魅力的よ? ゲロ姉ならぬ、エロ姉なんつって」

 

 そんなことを言われると途端に恥ずかしくなるし、意識してしまう。確かに最初は磯波のこんな姿を見て珍しいものを見たと思ってしまったが。あと秋雲はそろそろいい加減にしてもらった方が良さそう。

 

「とりあえずグモアキは殴っとけばいいっぽい?」

「本艦が許可するであります」

「ストップ! ストーップ!」

 

 夕立が秋雲を追いかけ始めたので、その間にこちらも訓練再開。あちらの鎮守府ではこれすらも日常的なところらしく、神州丸さんも青葉さんも無視していた。

 夕立は充分鍛えられているので、今は秋雲と遊ばせておけばいいだろう。秋雲への折檻も必要だと思うし。

 

「さ、こっちはこっちで続きを始めましょう。陸奥さんと霧島さんから鉄アレイ預かってきてますから」

「出た……これキツいんだよね」

「キツいからこそ、身体に効いていると思いませんか?」

「言えてる」

 

 ここからさらにハードになるトレーニング。だが充実していた。

 

 最終的に秋雲は夕立に捕まり、痛い目を見ていたのはいうまでもない。

 




多分秋雲は「前が見えねぇ」とかなってる。


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真反対の敵の巣

 夕飯終了直後の夜、執務室に呼び出される私、陽炎。おそらく明日の諜報部隊と共に向かう部隊の発表なのだと思う。私は餌として向かうため確定なのだが、他のメンバーが誰になるかがようやく決まったと考えるのが妥当。時間としては普通なら業務時間外ではあるが、明日の朝からのことなので緊急招集。

 それくらい空城司令でも悩んだのだろうか。明日向かう場所は、本来の調査場所とは真逆の位置にある海域。だが、そこで同じような挙動をする深海棲艦が現れてしまったのだから仕方ない。

 

「勘付いているとは思うが、アンタ達が明日の随伴部隊だ」

 

 私の他にいたのは、少し予想から外れて軽量部隊。木曾さんを筆頭とし、由良さんと、私も含めて駆逐艦4人。私、夕立、沖波、磯波。この6人が随伴となる。

 昨日の話では、現れた深海棲艦もかなりの軽量部隊だったようで、こちらも小回り重視としたようである。それ以上のボスが現れてしまった時は、誘き出して援軍待ち。

 

「アンタ達なら敵を倒しながら引き付けて撤退も出来るだろう。重巡より手早く動ける方が事を早く起こしやすい。第二陣は鎮守府に用意しておくから、万が一の場合はすぐに連絡しな」

「了解だ。俺が旗艦でいいんだよな」

「ああ、それでいい。木曾なら大物食いも出来る。今回はアンタが一番妥当だと考えた」

 

 重雷装巡洋艦という雷撃特化な艦種なだけあり、一撃一撃の火力が普通ではない。私達では届かないであろう大物食い、戦艦や空母のような強い敵でも、一撃の下に沈めることが出来る。

 私達も魚雷は持っているが、それに特化している木曾さんとは雲泥の差だ。私が4本発射しているときには、木曾さんは10本以上を同時に発射しているのだから、その強力な火力がわかる。

 

「駆逐艦4人は少し考えがあってこのメンバーを選ばせてもらった。異端児の駆逐艦を4人同時に運用した時のシナジーを知っておきたい。由良は木曾のサポートをしつつ、駆逐艦の()()()を頼むよ」

「了解。お守りかどうかはさておき、水雷戦隊の旗艦のように振る舞わせてもらいます」

 

 木曾さんが一番上に立ち、その下に由良さん、そして駆逐艦4人がさらにその下という布陣になるのだろう。まだまだ実戦経験が少ない私にとっては、どんな作戦でも新鮮で緊張感のあるものだ。

 これがただの哨戒任務になる可能性だってあるが、それならそれでいい。

 

「あと最後に。夕立、木曾と由良の言うことはちゃんと聞くんだよ」

「もう提督さん、夕立のこと信用してなさすぎっぽい」

「指示を無視して突っ込むから言ってんだよ。木曾、由良、そのバカの手綱はちゃんと握っておいておくれ」

「ああ、任せてくれ。出来れば首輪が欲しいな」

 

 冗談に聞こえない首輪発言ではあるものの、それくらいしないと夕立が奔放に戦いすぎるのが目に見えているので、誰もが納得してしまった。夕立はブーブー言っていたが、それが笑いになっているのだからまだいい方か。

 

「じゃあ、明日はよろしく頼むよ」

「了解」

 

 囮作戦というなかなか緊張する任務だ。今日眠れないかもしれないなんて考えたものの、艤装テストと体力作りでの疲れが効いたか、夢も見ずにぐっすり眠ることが出来た。

 

 

 

 翌朝、予定通り出撃。諜報部隊を護衛するような形で、以前の調査とは逆方向への出撃。神州丸さん、青葉さん、そして秋雲を中央に据えて、私達が囲うような陣形で工場へと向かう。ルート的には工場経由でそのまま沖に向かうパターンになるらしい。

 私の今回の装備は主砲と魚雷。防空は沖波、対潜は磯波に任せている。夕立は私と同じ。

 

「工場が見えてきたな。じゃあここから沖に出るぞ」

「了解であります」

 

 おおよその場所は聞いているため、すいすいと現場に向かう。工場の付近では外からは人の姿は見えなかったのが少し残念だったが、別に退避しているわけではなく中で作業中ということのようなので、たまたまタイミングが合わなかっただけらしいので、少しだけ安心。

 

「絶対にここには誘き寄せちゃダメなんだよね」

「おう。流石に工場を護りながらの戦いは誰にも無理だ。どうしても流れ弾が当たっちまう」

 

 敵が私に食いついた場合、あくまでも陸には戻らずに誘き出すのが今回の作戦。陸に連れて行ったら、それこそ工場に危険が及ぶ。陸に被害が無いようにしなくてはダメだ。

 撤退経路はこの時間の間に念入りに調査しておいた。私がその中心になる可能性が高いため、本来旗艦しか持たない羅針盤の妖精さんを私も持たされている程である。

 

「妖精さん、頼むよ。大回りでもいいから一番誰にも被害が出ないルートね」

 

 任せろと言わんばかりに親指を立てる妖精さん。こうやって妖精さんを連れて出撃するのも初めて。いつか旗艦をやるようなことがあったら、これも日常茶飯事になるのだろうか。

 

 しばらく進み、領海の端に辿り着いた。哨戒の時にはここまで来ていないというほどの位置であり、ここに来るまでにかなり時間をかけている。もう太陽が大分高い位置に来ていた。

 前回便乗した調査の時とは本当に真逆に進んだと言える。ここで私を見つめる深海棲艦が現れたら、確かに相当まずい気がする。

 

「よーし、そろそろだ。諜報部隊、頼むぜ」

「うむ、では青葉、秋雲、いつも通りに周辺調査を開始する」

 

 私が便乗した時と同じように、大型のソナーによる海底調査がスタート。

 今のところは四方を囲む水平線から何か来るようなものは見えないが、何があるかわからないのがこの海域なので、青葉さんも大型の電探を使って周辺警戒。秋雲も目視にはなるが、周辺を見回しながら少しでも異変が無いかを探る。

 

 こうなると私達も似たようなことをするしかない。対潜を任されている磯波がソナーを使って海中を警戒し、沖波が電探を使って空を警戒。

 ここで発見された深海棲艦は軽巡洋艦1体と駆逐艦3体と聞いている。また出てくるのがそれだとしたら、空の警戒は必要ないかもしれない。だが、私が前に出たことによって敵部隊も強くなってくる可能性がある。

 今回は空母がいないが、対空砲火で出来る限り被害を減らすつもりだ。沖波はそれを一手に引き受けることに。

 

「由良も艦載機、飛ばしますね。ねっ」

 

 そんな中、由良さんも艤装から小さな飛行機を飛ばしていた。空母が扱っているような攻撃したり空を護ったりするような艦載機ではなく、水上偵察機という、その名の通り周囲を偵察するために使うようなものらしい。

 駆逐艦は使えないが、軽巡洋艦は使えるという有用な装備。木曾さんは性に合わないという理由から使っていないようだが、そもそも魚雷満載だから装備するような場所も無いだろう。

 

「徐々に領海の外へ向かうであります。本艦はソナーに集中するため、曳航を頼む、秋雲」

「ほいほい、いつも通りねいつも通り」

 

 やんわりと押しながら、領海の外へ踏み出しそのままさらに奥へ。あまり早く動いてもソナーの反応が鈍るだけなので、ここからは極端に遅くなる。止まっているわけではないので先には進めているわけだが。

 

 ここからはのんびり進む。調査している諜報部隊には悪いが、この間に軽めのおやつ。スティック状の栄養菓子をモフモフ食べながら、青葉さんと共に周辺警戒。

 

「前にこの辺りで調査した時は巣は無かったんですよね?」

「らしいぜ。あん時はうちのラジコンで確認しただけだから、ここまで大規模な調査では無かったんだけどな。調査自体も領海の中だったしよ」

 

 青葉さんのインタビューのように木曾さんが話をする。そういうところもジャーナリストなのだろうか。

 私がここに来た時は、衣笠さんがラジコンを使って調査をしていた。一昨日のその深海棲艦が現れた時はどうしたかは知らない。少なくとも領海の中に巣がない事は確認している。

 

「ふぅむ、なら領海の外しかあり得ませんねぇ。そこからここまで来るということは、何らかの目的があるとしか思えませんし。その目的というのが」

 

 私が見られる。まぁどう考えてもその目的は私の存在だろう。今のところそれ以外には考えられない。私以外にも探しているものがあるのならわからないが。

 

「とびきりの()がここにあるんですがねぇ」

 

 あちらから見れば私はとびきりの餌。垂涎物の大好物になるだろう。

 

 領海の外は未だに未知の部分が多い。今調べているところも勿論、大規模な調査が行き届いていない海域である。巣があってもおかしくは無い。

 その結果、神州丸さんのソナーに何らかの反応が見えた。

 

「潜水艦であります」

「うへ、やっぱりいたってこと?」

 

 同じようにソナーを使っていた磯波にはまだ反応が無かったということは、大型ソナーでしかわからないような位置にいるということ。

 

「より領海より離れたところよりこちらに近付いてきている。海上艦では無いということは、かなり遠距離からこちらを確認出来る装備をあちらが持っているということだろう」

 

 あの赤い深海棲艦は、陸からは到底見えないようなところから私を見つめていたというのもある。もうそれは目で見ているわけでは無いように思えるがどうなのだろう。

 

「由良殿、空はどうか」

「何かいる感じには見えないかな。水偵からの連絡は無いから」

「ならば、相当遠方でありましょう。もしくは我々でも感知出来ない程の高高度からの監視か」

 

 例えば雲の上。その時点で少なくとも目視は出来ず、電探でも届かない位置となる。今も沖波が電探で空を確認しているのだが、未だに何らかの反応があるようには言ってこないので、空だとしたらお手上げ状態。

 

「こちらでも確認出来ました。数は3体」

 

 磯波が対潜の準備。3体くらいなら磯波と神州丸さんの2人で処理が出来るということで、少しだけ位置取りを変える。

 潜水艦が来たということは、その後普通の艦も来る可能性がある。そちらに向けて、私の姿をより強めに見せておく。餌なのだから、相手をしっかりと引き寄せなければ。

 

「対潜行動に移る。皆、少し離れよ」

 

 大型ソナーを使いながら、器用に爆雷を投下。磯波もそれに合わせて爆雷を放っていく。流石に最古参、素人の私にはまだまだ真似出来ないような手早い対潜行動により、1体ずつ確実に仕留めていく。

 爆雷が爆発するたびに、海が揺れるような振動が足下で起きた。それにより倒せたかは定かではなく、それがわかるのはソナーを使っている2人のみ。

 

「2体撃沈。残り1体」

「……えっ。急浮上!」

 

 3体のうち、残り1体が浮上してきた。雷撃などを警戒するために一時的に陣形を崩して全員がバラける。

 しかし、魚雷が発射されるようなことは無く、突如私の目の前に姿を現した。

 

「げっ!?」

 

 そして、長い黒髪の奥にある濁った瞳で私の姿をジッと見つめてきた。私が私であることを確認するように、手早く上から下までしっかりと。

 怖気が背筋を伝うような感覚だったが、何度も動揺なんてしていられない。海中という絶対的アドバンテージを捨ててまで海上にまで浮上してきたのだから、それ相応の接待をしてやらなくては。

 

「この……!」

 

 備え付けの主砲が即座に反応し、その潜水艦に向けて放たれる。狙いは完璧だった。だが、撃った瞬間に海中に潜ってしまい不発。海上での回避の先読みはさんざん訓練しているが、()()()()()は考えていない。

 

 だが、最後。あの潜水艦は確実に()()()()()。私を確認出来たことで目的が達成出来たのか、声こそ聞こえなかったが確実に喜んでいた。

 

「ごめん、逃がした!」

「逃がしません!」

 

 そこへ磯波が爆雷を投下。小さく振動し、海が静まり返る。

 

「3体目も撃沈、戦闘終了です」

 

 現れた潜水艦はこれで終わり。しかし、本当に現れた。そして私の存在も気付かれた。

 ならば、敵の後発組も考えられるだろう。殊更に警戒しながら、陣を組み直す。

 

「ゲロ姉大人気だねぇ。潜水艦が浮上してくるなんてさ」

「全く嬉しくはないね。ちょっと私魅力的過ぎ?」

 

 秋雲にちょっかいをかけられるが、それに対して私も軽く返しておく。軽口を叩いておかなくては、気が気でない。

 正直な話、目の前に急に潜水艦が現れるのは心臓に悪い。ただでさえ外見がホラー映画みたいな奴なのに、それに狙われているとか余計に怖い。

 

「第二波の可能性はある。調査を続行するため、警戒を厳にせよ」

「了解」

 

 引き寄せるための敵艦隊はまだ来ていないため、それを誘うためにも調査は続行。あわよくば巣まで発見したいところである。

 

 

 

 だが、本陣とは真反対のところにも私を狙うものがいるという事実はこれにより確認出来た。敵の巣が大規模なのか、それとも点在するのか。それはまだわからない。

 




突然潜水艦が目の前に出てくるとか、それはそれでフリーホラーゲームみたいな流れ。追われるでも無くただただ見られるのもそれはそれで怖い。


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病みに潜む姫

 私、陽炎を餌に使った調査任務中、予想通り深海棲艦が現れた。前回ここで見られたという海上の艦ではなく潜水艦が3体現れたが、元々対潜装備をしていた磯波と神州丸さんが的確に対処したことで逃がすことも無かったのだが、最後の1体は急浮上した挙句に、私を確認してから沈んでいった。

 案の定、ここで現れた深海棲艦も赤い深海棲艦に関係していることがわかる。そうでなければ、わざわざ私の間際に来たというのに一切の攻撃をせずに撤退しようとなんてしない。あそこまで近付いたのだから、敵対しているのなら私に雷撃していてもおかしくないのに、それをしなかった。

 

 戦闘が終了したことで、本来の目的を再開。海域調査と共に、敵の誘き出し。

 

「最後、アイツ笑ってた」

 

 あの潜水艦、最後に笑って沈んでいった。私の姿を見たことが喜ばしいのか、むしろその先があるのか。私の不安を煽ることに特化しているような行動である。死にゆくものが笑顔というのはそれだけでも怖い。

 

「気にすんな。深海にはそういう奴らもいる。高笑いしながら死んでいく奴なんてのもいるくらいだ」

「うわ、それ見たくないなぁ」

 

 木曾さんはそういう輩も見たことがあるらしい。特に姫ではないところの深海棲艦、いわゆるイロハと言われる連中は、そういう傾向があるのだとか。笑いながら戦闘し、笑いながら沈んでいく。生理的に嫌悪感を与えてくることに特化しているような連中。

 最後の笑顔はそのうちの一種なのかはわからないが、今は気にしない方がいい。これから戦っていく相手は毎回こんなのばかりだと思うと、これを意識してしまってはまともに戦えなくなる。それはよろしくない。

 

「全く、私にトラウマでも植え付けたいのかな」

「潜水艦がわざわざツラ見せてお前に圧かけに来た理由はわからないが、今は忘れとけ。誰も傷つかなかった。それでいい。割り切れよ」

「うん、そうする。あれは多分、私に対してお前を見ているぞって言ってるんだと思うから、あっそで済ませるくらいで」

 

 簡単に無視出来る問題ではないが、今は木曾さんの言う通り忘れよう。夜眠れなくなるのなら誰かを頼ろう。幸い、添い寝要員は沢山いる。

 

「これだけで終わるとは思えないからな。周辺警戒、お前もしっかりやっとけ」

「了解。今日の私は餌だからね。ちゃんと引き付けないと」

「ああ、頼むぜ。下手したら姫とか出てくるかもしれないからな」

 

 それはあまりにも大物が釣れすぎなのでは。

 

 

 

 調査しながら領海の外を進むうちに、太陽は天辺を越えた。さすがに諜報部隊も休憩は必要なため、ここで昼食。速吸さんが持たせてくれたおにぎりと手製のお漬物に舌鼓を打ちつつ、今後の方針を相談する。

 今は電探を動かしつつの休憩。海底の調査もせず、由良さんの水偵も手元に戻ってきている。

 

「おそらく今いる位置が、先の潜水艦がソナーに引っ掛かったところでありますな。方向的にはこちらであっているはず」

「なら、もう少し外まで行きますかね。離れすぎても戻れなくなりますし」

「暗くなったら写真もスケッチも難しいからねぇ」

 

 夕方になるまでなんて言ってると、夜の暗闇の中動くことになる。それは出来ることなら避けたい。そのうちそういう戦いもあるかもしれないが、今はわざわざそれを選択する理由がない。

 そもそも夜にやる調査なんて精度が低くなる。秋雲が言うように、データを残す事も難しくなるため、そんな時間にやるくらいなら後日に回した方が後々のためになる。

 

「あと2時間程度で撤収するであります。それまで皆、よろしく頼むぞ」

 

 全員が昼食を食べ終えたことを確認し、早速調査再開。行けるところまでは行くということで、どんどん未知の海域を進む。

 ずっと代わり映えの無い風景が続いているわけなのだが、私としては意外と楽しかったりする。緊張感はあるものの、こうやって潮風を受けているのは好きな方。戦いさえなければこんなにも楽しいのに。

 

「こっちの方は海ばっかりなのかな」

「確か島とかは無かったはずだよ。()()()()()()、しばらくは海しかないんじゃないかな」

 

 こういうことに詳しい文学少女の沖波に説明してもらう。小説だけでなく、そういった海図とかまで目を通しているとは。文学少女というか、本そのものが好きなのだろう。私の知っている時から随分と読み込んだようである。

 

 この辺りには無人島とかそういうものも無いらしく、何処まで行っても海一色らしい。深海棲艦が出現する前の地図ではそうなのだとか。

 ただし、未知の海域になってしまっているため、変動がある可能性は大いにある。それこそ、深海棲艦が現れたことにより、本来無いはずの島が現れたりしているかもしれない。それが拠点になってるなんてことも。

 

「島が現れるっていうのもあるんだよ」

 

 古参の磯波はその辺りも知っている。むしろ戦ったこともあるらしい。

 深海棲艦には私達のような艦の者もいれば、島そのものが本体というとんでもない輩もいるのだそうだ。資料室でも種別のところに『陸上施設型』という不思議な項目があったが、本当に何も無いはずの海の上に新たな島が出来ているのだそうだ。艦娘とは比べ物にならない規模の話である。

 代わりにそういうのは侵略の仕方が独特らしく、あまり行動的でも無いようで、準備をしっかり整えてから立ち向かうことが出来る分少しだけ安心。島が巣でもあるため、そこのボスを倒してしまえば巣も滅ぼせるという一石二鳥な相手。

 

「こっち側にはそういうのがいる可能性もあるってことか」

「かもしれないね。爆雷はともかく、魚雷とかも全然効かなくなっちゃうから、そうなったらすぐに撤退かな」

「そうか、魚雷が島に当たっちゃうから意味が無いんだ。それはそれで厄介だなぁ」

 

 こちらの巣のボスがそういうタイプの場合、まず木曾さんが機能不全を起こす。斥候などは沈められるが、ボスそのものには一切のダメージが与えられない。正直それで無いことを祈るしか無い。

 なんて言っているとフラグを立てている気がしてならないので、なるようになれである。何も無いが一番いいのだが、あの潜水艦の時点でそれは無いし。

 

「水偵から反応。今度は海上艦の部隊が来たみたい」

 

 潜水艦の次は海の上。ソナーで調べていた2人は気付くことなく、電探を常に動かしていた沖波も気付かず。より遠方にまで飛ばせる水偵が一番最初というのも仕方のないことである。

 

「ならばまだ遠いということか。それがわかっただけでも今回の調査は上々でありますな。では、迎撃をよろしく頼む」

「あいよ。どんな奴らか知らないが、陽炎狙ってんのならお帰りいただかないとな」

 

 一斉に迎撃準備。その間も由良さんが水偵から情報を聞き続ける。

 

「……ちょっと厄介かも。準備が足りないかもしれない」

「敵部隊は?」

「姫がいるみたい。あと駆逐艦2体と、()()()が3体」

 

 案の定である。先程の潜水艦から連絡を受けたのか、まだまだ見当たらない巣から、姫が直々に来てしまった。あの痴女と似たようなもので、わざわざ私の姿を見に来たということだろうか。

 だが、聞き慣れない艦種が聞こえた。そして、それを聞いて夕立以外の全員が顔を顰めた。

 

「夕立、小鬼ってわかる?」

「わかんないっぽい。艦でもないよね」

「ぶっちゃけ姫より面倒くさいぞ。こっちにはそういうのがいるのかよ」

 

 木曾さんも舌打ちしながら対処法を考えている。

 

「小鬼群っていうのは、魚雷艇っていう深海棲艦なの」

 

 簡単に言えば、やたら小さく素早い敵の軍隊みたいなものらしい。3匹で1体分であり、大きさは3匹纏まってうちの海防艦と似たようなものくらいというので、動き回る赤ん坊みたいなものか。それはそれで恐ろしい。

 そいつらの一番厄介なところは、すばしっこいこと。とにかく避ける。これに尽きるとのこと。

 それだけ聞くと、確かに姫より面倒くさい。姫の方にもあの痴女のように当たっても傷一つ付かないという面倒くさいものがいるが、そもそも当たらず、ちょこまか動き回り、何よりそれが姫と共にいるという状況が厄介。

 

「うわぁ……それはホントに嫌だなぁ」

「むしろ、ゲロちゃんなら戦いやすいんじゃないの? 精度凄いし」

「予想出来れば当てられるかもしれないけどさ。そもそも初めて見る敵が凄く速いってなったらどうすりゃいいのさ」

 

 備え付けの主砲なら動きが読めれば当てられるかもしれないが、全員が顔を顰めるくらいなのだから余程なのだと思う。

 だが、弱気になっていてはいけない。そんな敵でも初見で撃破出来るくらいにならなくては。

 

「来たぞ! 戦闘態勢!」

 

 水平線の向こう、確かにやたら小粒な敵部隊がこちらに向かってきていた。

 駆逐艦は私が前に見たような魚の化け物みたいな奴だったが、その前にいるのがさっき言っていた小鬼群という奴らだろう。鬼のような仮面を被った赤ん坊みたいなのが3匹1組で蠢いていた。よく見ればへその緒のような艤装を持つ奴もいる辺り、本当に赤ん坊なのだと思う。

 

 そして、姫。病的な色白なのは同じなのだが、以前の痴女より見た目は若く、私や夕立と同い年くらいに見える。スカートすら無いボロボロのセーラー服をみるかぎり、あれは駆逐艦の姫なのかもしれない。

 何より目立ったのは艤装。どう見ても筋肉質な腕が生えていた。深海棲艦というのは異形が多いというのはわかっていたが、私達と同じような外見でアレだと流石に感じるものがある。

 

「噂ニハ聞イテイタケレド、本当ニイタワ。()()()()()()()()()

 

 ニチャッと気味の悪い笑みを浮かべながら私を舐め回すように見つめる。今までの深海棲艦、特にさっきの潜水艦と同じ視線を感じた。怖気が背筋を走るような感覚だが、怯んではいけない。

 相変わらず私のことをはっきりと陽炎と呼んでくる。痴女もそうだった。なんだっけか、日天の前を疾る陽炎だったか。そしてこちらは日の下に出ずる陽炎。まるで、太陽があるから私がいるかのような呼び名。

 

「アンタもあの赤い深海棲艦の仲間なわけ?」

「アア、会ッタコトハアルワ。()()()()ノコトネ」

 

 夢の中で自分のことを日と言っていたが、この姫にも太陽と呼ばれている辺り、自他共に認める存在なのか。

 つまり、私はあの赤い深海棲艦がいるからここにいると言っているわけだ。気に入らない。

 

「私ハネ、夜ガ怖クテ怖クテ仕方ナイノ。ダカラ、太陽ガ大好キ。私ノ恐怖ヲ払ッテクレル太陽ガ。貴女モ近シイ存在ナンデショ? ネェ、陽炎?」

 

 濁った瞳で見つめてくる。

 

「私ハ、貴女ガ欲シイノ。近クニ置イテオケバ安心デキル、ソウ思ウノ。ズット日ノ下ニイタインダモノ。早ク、早ク()()()()。目覚メレバ貴女ハ、()()()()()ナンダカラ!」

 

 そうなんじゃないかと薄々思っていたが、コイツの発言でよくわかった。私の中にある何かが目覚めた場合、私は深海棲艦と同じようなものになる。それこそ、深海棲艦そのものになってしまうかもしれない。

 そんなことになってたまるか。深海棲艦は私が憎むべき存在だ。殲滅すべき存在だ。侵略者になんてなるものか。

 

「嫌だね。私は艦娘の陽炎。そんな厨二くさい言葉の陽炎じゃないっつーの」

「フフフ、ソンナコト言ッテイラレルノモ今ノウチ……()()()()()()ガスルワ。心地良イ、()()()()()、ハァア、堪ラナイ」

 

 心底気持ち悪いと思ってしまった。私を見て恍惚とした表情まで浮かべ始めている。そうか、これが俗に言うヤンデレというヤツか。そんな輩は無縁だと思っていたが、目の当たりにすると嫌悪感が凄まじい。

 

「ソノタメニハ、周リノ邪魔者ヲ始末シナクチャイケナイワ。陽炎ハ私ガ手ニ入レルノ。ズット傍ニ置ク。アッハハ、ソレガイイワ。日ノ下ノ陽炎ガイルンダモノ、夜モ怖ク無クナルハズ。フフフ、ハハハ」

「初めて会ってるのにそこまで言う奴は気持ち悪いだけだよ」

 

 そしてこのタイミングで空気の読まなさに定評のある夕立が、姫に向かって主砲を放った。会話なんてクソ食らえ、今までは情報を聞き出せるかもしれないと我慢していたようだが、我慢も限界に達したようだ。いいぞ狂犬、それでこそ夕立。

 しかし、夕立の砲撃は艤装から伸びる太い腕に阻まれる。見た目通りの剛腕。直撃しても傷一つ付いていない。

 

 その姫は夕立を睨み付ける。私に向ける視線とは真反対の、侵略者の顔。敵意剥き出しの怒りと憎しみを含んだ瞳。

 

「私ト陽炎ノ邪魔ヲスル奴ハ全員殺スワ。マズハ貴女ネ、犬ッコロ」

「心底気持ち悪いっぽい。さっさと沈んでよヤンデレストーカー」

 

 戦いの幕は切って落とされた。ここでこのヤンデレ姫を何とかしないと、今後が大変そうだ。

 

 こんな奴にモテたくはなかった。もう少し普通な女の子の人生を歩けると思ったのだが、そんな事はなかったようだ。

 




駆逐艦の見た目と艤装から伸びる太い腕、そして夜嫌いということで、この姫がどちら様かはわかると思います。主人公が陽炎の時点で切っては切れない存在ですしね。妹の現し身みたいな奴ですし。


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姫たる所以

 諜報部隊と領海の外を調査中だった部隊の前に現れたのは、まだ調査の範囲に入っていない巣からわざわざやってきた姫だった。私、陽炎の因縁の相手、赤い深海棲艦と面識があり、私に施された『何か』のことまでしっかり把握していた。

 その施された『何か』が目覚めてしまうと、私は赤い深海棲艦と似たような存在、むしろ深海棲艦そのものになってしまう可能性が出てきた。奴が言うには、既に私からは深い海の匂いがすると言っている程だし、困ったことにその目覚めの時は近いのかもしれない。そんなこと絶対にさせないが。

 それを待ち望む敵の姫は、随分と私に固執、いや、()()しており、私が目覚めたときは傍に置くと躍起になっていた。初めて顔を合わせた私に対して恋愛感情を持っているかのような振る舞い。ヤンデレストーカーな気質に、素直に嫌悪感が湧いた。

 

「私ト陽炎ノ邪魔ヲスル奴ハ全員殺スワ。マズハ貴女ネ、犬ッコロ」

「心底気持ち悪いっぽい。さっさと沈んでよヤンデレストーカー」

 

 そのヤンデレ姫に対し、真っ先に喧嘩を売ったのが夕立である。会話もそこそこに空気を読まず砲撃をかましたが、艤装から生えた剛腕に一撃は阻まれる。

 そしてそれがこの戦いの火蓋を切る一撃だった。敵を殲滅しようと一斉に動き出す。

 

「由良と沖波は駆逐艦をやれ! 陽炎は秋雲と小鬼だ! 磯波は神州丸と対潜警戒! 青葉、俺と夕立とあの姫をやるぞ!」

 

 木曾さんがこの一瞬で全員に指示。さすが旗艦、適材適所を見極めて配分した。

 

 夕立はヤンデレ姫に喧嘩を売ったため、おそらく照準を定められ続けている。戦闘センスが桁違いだとしても新人のうちだ。火力の高い木曾さんと青葉さんでサポートする。

 沖波は防空装備なので、それでも処理出来る駆逐艦へ。由良さんもそこに入っているのだから心配はいらない。磯波は対潜特化のため今は戦闘に入りづらい。同じく神州丸さんも相当厳しいため、この戦いからは一歩引いて、外部からまた潜水艦が来ないように警戒に努める。

 

 そして私と秋雲は、あの厄介な小鬼群の処理である。2人で3組を撃沈する必要があるのだが、本当にちょこまかと動いているため、狙いが定めづらい。

 

「秋雲、こいつらと戦った経験は!?」

「あるけど、今の装備じゃあちょいとキッツイかな。上手いこと狙い定めて撃って! 秋雲さんにゃ見張員ちゃんがいるけど!」

 

 秋雲の肩には見覚えのない妖精さんが立っていた。諜報部隊の調査隊ということで周囲を見張るための妖精さん、その名もそのまま見張員妖精。秋雲はその妖精さんの力により、命中率を底上げしているらしい。

 私にはそれが無いので、結局は目視。手持ちの主砲では狙いを定めても次の瞬間に別の場所というのがザラ。非常に鬱陶しい。

 

「ああもう! 違う人狙うんじゃないよ!」

 

 怒り任せに撃っても当たらないため、冷静にならなくては。だが、私が当てられないと他の人に被害が行ってしまう。

 困ったことに、あちらの深海棲艦はあのヤンデレ姫の考え方が全て行き渡っているのか、私に対して全く攻撃をしようとしてこない。小鬼群は秋雲一点狙いで確実に始末しようと動いている。稀に魚雷が木曾さん達の方へ向かうため、あちらの戦いも邪魔して本当に面倒くさい。

 

「ゲロ姉! そいつら割と動きわかりやすいから! ただ速いだけ!」

「んなこと言われたって、さっ!」

 

 小鬼群の1体に狙いを定め、備え付けの主砲を放つ。しかし、それはヒラリと躱され、挙句にこちらに向けてケタケタ笑ってきた。挑発のつもりなのか、遊んでもらっていると思い込んでいるのかはわからないが、とにかくこちらに対して冷静さを失わせる行為しかしてこない。

 

 いや、これは今こそ私の本来の戦術を試すときだ。思い立った瞬間、手持ちの主砲を小鬼群に向ける。3体いるのだ。その中心に向けて放てば、ブレ弾になるお陰でどれかに当たるのではないか。そうでなくても、大きく回避する必要が出てくる。なら2撃目が当てやすくなるだろう。

 

「行けーっ!」

 

 3体1組のど真ん中を狙うように手持ちの主砲を放った。私が意図しない程に見事に弾が荒ぶり、回避方向に困った小鬼群の1体がギリギリ回避。そのタイミングで備え付けの主砲で撃ち抜く。瞬間、沈んでいきながら霧散。1体やられたことで機能がおかしくなったか、動きが悪くなったため、そのまま備え付けの主砲で残りの2体も沈めた。

 今まで何度も訓練してきたこの2撃必殺が、こんなに役に立つ時が来るとは思わなんだ。小鬼群のためにあるんじゃないかと思える。

 

「グッジョブゲロ姉! 初見で小鬼群やれるなんて最高だよ!」

 

 言いながらも秋雲は器用に1組を沈めていた。見張員妖精さんの効果は絶大らしく、素の状態でやるより数倍狙いやすくなるそうだ。

 これで残り1組。相変わらず私の方を狙いもせず、秋雲の方にばかり向いている。私としてはありがたいかもしれないが、そこまで嬉しくもない。私ばかり無傷で周りが傷付いていく姿は見たくない。

 

「さっさと片付けて、木曾さんのヘルプ入るよ!」

「オーライ! ゲロ姉ブレ弾!」

「オッケー!」

 

 初めてとは思えないくらいの連携が出来ていると思う。私がブレ弾で小鬼群を翻弄し、秋雲がその隙を突いて1体沈める。そして残った2体を平等に分け合って撃沈。2人で小鬼群3組の処理に成功した。

 たったこれだけかもしれないが、私にとっては大きな進歩。他の艦娘達が面倒くさいと言う敵を自分の手で撃破出来たのは自信にも繋がった。

 

 この時には由良さんと沖波も駆逐艦を沈めた後。私達が苦戦しなかったので、すぐさまヤンデレ姫の方に向かうことが出来た。

 幸いなことに、新たに潜水艦が来るようなこともない。神州丸さんと磯波は常にソナーを使っての対潜警戒中だが、反応も無いようだ。

 

「周りのはやった!」

「いいぞっ! あとはお前だけだぜ」

 

 順調に進んでいたためか、ヤンデレ姫は未だ無傷。それと戦っていた3人も無傷ではあるのだが、3人がかりでも傷一つ付けられないとなると、やはりアレは性格に難があっても姫は姫。周りが小粒でも本人が尋常で無いのなら巣も安泰なのだろう。なんて酷い在り方。

 

「コイツ、言うだけのことはあるっぽい。強い……!」

「駆逐艦らしからぬスペックですねぇ。あの背中の腕、どうなってんでしょうね!」

 

 夕立も青葉さんも間髪入れずに主砲を撃ち続けているが、それを物ともせずに艤装の両腕で弾き飛ばしていた。駆逐艦の主砲ならまだしも、重巡洋艦の主砲すらも軽々と受け止めるこの異常な硬さ、深海棲艦ならではの艦種詐欺。

 

 私の姿が目に入った途端、他の仲間達が目に入っていないかのように笑顔でこちらを向いてきた。相変わらず瞳は濁りに濁っている。その間も夕立は撃っているのだが、邪魔者を排除するかのようにその剛腕に直付けされた主砲を放っていた。

 その場から動くのは木曾さんの魚雷が放たれた時だけ。それすらも自分に辿り着く前に主砲で破壊している。3人がかりでも攻撃が全く届かず、逆にその攻撃量で押し返される程である。

 

「陽炎、私ノ方ニ来テクレタノネ」

「アンタが仕向けた奴らは全部沈めたよ。私の仲間はやらせはしないから」

 

 由良さんと沖波も合流。これで7対1。本来ならこれで集中攻撃をすれば、苦労せずに倒せるだろう。()()()()

 

「マダ目覚メナイノ? コンナニ濃クテ、イツマデモ嗅イデイタイ匂イガスルノニ。弱者ヲ踏ミ躙ル快楽ヲ知ッテモマダダメ?」

 

 奴の言い分から考えるに、私が深海棲艦を沈めれば沈めるほど、目覚める可能性も高くなるような感じなのか。勝利の喜びそのものが、蓋を開ける1つのきっかけになりかねないと。

 そんなことで私があちらに倒れるわけ無いだろう。深海棲艦を沈めるのは、この世界を護るため。あちらが来るのだから、こちらも抵抗しているだけだ。沈めることに快感を得るようなサイコパスでは無い。

 

「私は目覚めないよ。アンタより仲間の方が大事だから」

「ヤッパリ他ノ連中ガ邪魔ナノネ。ソレシカ無イワヨネ。デモネ陽炎、貴女ハ私ダケヲ見ルヨウニナルワ。太陽ノ姫ニモ渡サナイ。目覚メタラ陽炎ハ私ノ伴侶ニナルノ!」

 

 行き過ぎた妄想を垂れ流し、自分の言葉に酔いしれて恍惚とした表情に。私と添い遂げる妄想に浸り、ビクンビクンと震える程に。軽く息を荒げているようにすら見える。

 私の意思など関係なく、自分の願望が必ず叶うと思い込むその姿が、心底気持ち悪かった。あちらは快感で震えているが、私は怖気で震えそうだった。

 

「ソノタメニハ、早クコイツラヲ殺サナクチャ。仲間ガ無残ニ死ヌ姿ヲ見レバ、目覚メルカモシレナイモノネ。見テテネ陽炎、私ガ全員殺スカラ」

「気持ち悪い。沈むのはアンタだよ。私の仲間を嘗めるな」

 

 雷撃1人、砲撃2人の状況で全てガードし続けつつも反撃が出来ていたわけだが、その人数が単純計算で今までの倍だ。私は新人で、夕立はセンスだけの中級者ではあるが、それだけ人数がいれば押し込むことだって出来るはず。

 

「陽炎ガ見テクレテイルンダモノ。本気デ行カナイト失礼ヨネ。ッフフフ、アッハハハ!」

 

 私が見ていなかったからやる気が出なかったと言わんばかりに高笑い。

 

「マズハ貴女ッテ言ッタワヨネ、犬ッコロ!」

「ぽい!?」

 

 未だ砲撃をやめない夕立を睨みつけ、その剛腕を海面に叩きつける。見た目に違わぬその衝撃により、姫を覆い隠すほどの水飛沫が巻き上がった。それでもそこにいるのは変わらないのだから、夕立は構わず撃ち続ける。

 しかし、それを見越して今の行動をしたに決まっているのだから、そのままにしておくわけにはいかない。水飛沫の中心に向けて、全員が一斉に砲撃を開始した。

 

「ッハハ、見テテネ陽炎、私ガ蹂躙スルトコロヲ!」

 

 その水飛沫がさらに弾けたと思った瞬間、夕立の真正面に姫が突っ込んでいた。砲撃すらも放棄して、その剛腕が届くような位置に。

 砲雷撃戦がメインであり、こんな近距離にまで敵が近付くことなんて想定していない。それ故に、夕立も対応が遅れる。

 

「マズハ、1人目……♪」

「ぽっ……!?」

 

 その拳が夕立の腕にめり込んだ。アレほどの水飛沫を立ち昇らせる一撃を放てる拳が打ち込まれたことで、夕立は海面を滑るように吹き飛ばされた。主砲を持つ腕はその衝撃で折れてしまい、再起不能の状態。艤装のおかげで一撃で死ぬようなことは無かったが、殆ど瀕死と言っても過言では無い状況に持っていかれてしまった。

 

「次ハ誰ガイイカシラ。ドウセ全員殺スケド。ア、陽炎ハ殺サナイカラ安心シテネ。ミンナ殺シタラ、イッパイ愛デルノ。フフフ、キスナンテシチャッタリ、ソノ先マデ、フフフフフ、私ノ手デ悶エル陽炎、可愛イワヨネ、キット! アハハハ!」

 

 ヤバイ、本能的にコイツはヤバイと告げている。私が見えているようで見えていない。妄想に取り憑かれ、私と添い遂げる理想だけを延々と呟き続けている。

 

「ま、まだ……まだ動けるっぽい……! 夕立はまだ、負けてない……!」

「無理しちゃダメ。退避しなさい」

 

 由良さんが夕立に駆け寄り、追撃を警戒しつつ戦場から離れる。意思はあれど、あれではもう戦えない。

 

「次ハ貴女カシラ。魚雷、鬱陶シインダモノ」

「俺かよ……!」

 

 すかさず魚雷を放っていたが、それを()()()()()木曾さんに掴みかかっていた。もう砲撃なんて考えていない。その手で蹂躙するだけ。そしてそれを、私に見せ付ける。

 

「頭ヲ握リ潰シタラ死ヌワヨネ。頑丈ナ艦娘トイエドモ!」

「させるかよ!」

 

 ここで腰に差していた軍刀を抜き、ヤンデレ姫の一撃を受け止めた。正直飾りだと思っていたその近接武器により、致命傷を抑えることには成功。しかし、あの剛腕はそれだけでも相当な質量のある物体。艦娘といえど、細腕で且つ軍刀1本では抑え切ることなど出来ず、衝撃で吹き飛ばされた。それにより軍刀も粉々に砕け散る。

 

「全部、全部壊セバ、陽炎ハコチラニ来ルワ!」

 

 踊るように跳び、今度は青葉さん。そちらには拳ではなく主砲をばら撒いた。回避出来るくらいの密度ではあるものの、猛烈に接近しながらの砲撃のため、圧で行動が鈍くなってしまう。

 

「か、勘弁してもらえませんかね!」

「ダァメ。陽炎ノタメダモノ。貴女ノ命ガ目覚メノキッカケニナルカモシレナインダカラ、大人シク死ンデネ?」

 

 砲撃の回避方向を見越したかのように跳び、青葉さんにもその拳が叩き込まれる。私のところにまで骨が軋む音が聞こえた。

 

「な、なんなの、アイツ……」

「アハハハハ、陽炎ガ私ヲ見テクレテルワ! モット見テ、ソシテ好キニナッテ、愛シテ、愛シテ、ドロドロニ蕩ケ合イマショウ!」

 

「そうはさせないわ」

 

 刹那、強烈な火力の砲撃がヤンデレ姫を襲った。さすがの奴もこれには回避行動。

 

「誰? マタ私ト陽炎ノ仲ヲ裂コウトスルノガ来タノ?」

 

 砲撃の飛んできた方を振り向く。そこには、私達の待ち望んだ姿。

 対潜警戒をしながら神州丸さんが呼んだ第二陣。うちの鎮守府の主力部隊である。

 

 

 

「うちの子達を虐めてくれたみたいだけど、貴女、どうなるかわかってるでしょうね」

「夕立が世話になったみたいだから、頭が出てきてあげたわ。親分なんて呼んでくれるんだもの。部下のケジメは私がつけなくては」

 

 陸奥さんと霧島さんを筆頭とした部隊が、この戦場に到着した。

 




ヤンデレ姫は書いていてとても楽しい。


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鍛錬の賜物

「うちの子達を虐めてくれたみたいだけど、貴女、どうなるかわかってるでしょうね」

「夕立が世話になったみたいだから、頭が出てきてあげたわ。親分なんて呼んでくれるんだもの。部下のケジメは私がつけなくては」

 

 陸奥さんと霧島さんを筆頭とした部隊が、この戦場に到着した。

 

 既に夕立と青葉さんは戦闘不能。特に青葉さんは横っ腹を強くやられたか、気を失ってしまっている。木曾さんも咄嗟に軍刀で受け止めたが、ヤンデレ姫の剛腕を受け切れずに軍刀を叩き折られると同時に吹き飛ばされており、戦闘不能では無いにしろ怪我をしているような状態。

 その状況を見て、陸奥さんと霧島さんが冷たい表情でヤンデレ姫を睨み付ける。鎮守府にいる時にあんな顔は見たことが無い。

 

「お、親分……夕立、まだ……まだ戦う……」

「その怪我じゃもう無理よ。夕立、今は退避しなさい。貴女の無念は私がちゃんと晴らすから」

「……ぽい」

 

 霧島さんに言われてしまったら従うしかない。それだけ慕っているのだから、夕立も素直に諦めた。涙目だったが、触れることは出来ない。悔しくて悔しくて堪らないのは、私、陽炎を始めみんながわかっている。だが、今のまま無理して戦っても、命を落としに行くようなものだ。

 

「イッパイ来タワネ。デモ全員殺スワ。ミンナ殺シテ、陽炎ヲ私ノモノニ……ッフフ、アッハハ!」

「向こう側の痴女も大概だけど、こっちも大概ね。おかしなのにモテてるわねぇゲロちゃんは」

「嬉しくも何ともないよ」

 

 援軍は、超火力の陸奥さんと霧島さんに加え、空襲のための天城さんと隼鷹さん、そして衣笠さんと加古さん。鎮守府で出来る限りの最大の火力と万能性が実現した部隊だ。

 たった1人の姫に対して過剰戦力に見えなくもないが、7人で囲った状態でも3人が何も出来ずにやられてしまっているのだから、これでも下手をしたらやられかねない。

 

 弱気になってどうする。勝てないなんて思う方がダメだ。命を懸けるわけではないにしろ、ここで私達がやられたら今度は陸がダメになると思わなければ。

 

「駆逐艦達は怪我人を運んで退避。磯波は対潜警戒は神州丸に任せて夕立を。沖波は木曾、秋雲は青葉について」

 

 現状から新たに指揮を執る霧島さん。だが、ヤンデレ姫からは視線を逸らさない。常に睨みつけたまま、あちらが動くのを待つかのようだった。

 ヤンデレ姫の方はというと、陸奥さんや霧島さんに睨み付けられているのも素知らぬ顔で、私を舐めるように見ながらやはり恍惚とした表情を浮かべていた。今の状況が脅威とはまるで思っていない程に余裕。

 

「コンナニ集マッテ、私ト陽炎ノ門出ヲソノ命デ祝ッテクレテイルノヨネ。フフフ、ソウシタラキット陽炎ハ目覚メルワ。全員ノ死ヲ以テ、貴女ハ目覚メ、二人ノ門出ニシマショウネ」

「アンタさ、私の意思を何にも考えてないけど何様なわけ?」

「大丈夫、目覚メレバ全部変ワルカラ。フフ、可愛イ可愛イ私ノ陽炎ナンダモノ。ソノ時ガ来タラ私ノ言ッテイルコトガ全部ワカルワ」

 

 私に対しては笑顔を絶やさない。それが歪んでいなければまだ可愛げがあったかもしれないが、言動からの嫌悪感でその辺りは何も感じない。ただただ気持ち悪い。これが多分変態というものなのだと思う。

 息を荒げながらモジモジしている仕草は変質者そのもの。私という存在が近くにあるだけで悦んでいるようにすら見える。夜が嫌いだから太陽が好きというのはわからなくもないが、私はどうなってもそんな存在ではない。

 

「御託はいいわね。じゃあ沈みなさい」

 

 奴の言動を最後まで見届けた霧島さんが容赦なく主砲を撃ち放った。今までとは比ではない程の火力により、とんでもない轟音と共にヤンデレ姫に向かっていく。

 夕立や青葉さんの主砲は、艤装から生えた剛腕により弾き飛ばしていたが、戦艦主砲の超火力は流石に同じことは出来ないようで、また回避を選択。魚雷を跳び越えながら向かってくるときの速度と同じで霧島さんへ一気に近付こうとする。

 

「あらあら、野蛮な子。美しくないわ。あっちのおバカもそうだったけど、顔はいいのに中身は酷いものね。赤い深海棲艦と繋がりがある子は全部こんなのばかりなのかしら」

 

 その突撃を食い止めるかのように、陸奥さんも主砲を発射。こちらは霧島さんの一撃より輪をかけて威力が高く、耳をつんざく程の爆音を戦場に鳴り響かせた。

 凶悪な一撃を前に、ヤンデレ姫も直撃を免れるために回避しながら、それでもこちらに近付こうとしてきた。

 

「気持ち悪い女だねぇ。ありゃあ死なないと治んないかな」

「あんな深海棲艦もいるんだね……ちょっと引くわ」

 

 さらに違う方向から加古さんと衣笠さんの砲撃。先程青葉さんの砲撃はその剛腕に弾かれてしまっていたが、戦艦2人の砲撃を回避しながら、軸を90度ズラしたところからの砲撃になったおかげで、こちらの砲撃も回避せざるを得なくしていた。

 

「障害ガ多イ方ガ陽炎ハ燃エルノカシラ。邪魔バカリデモ、キット私ハ貴女ヲ目覚メサセルワ! 私ノ伴侶ニナッテクレルンダモノ!」

「誰が伴侶か。鬱陶しい!」

 

 私も由良さんと共にまた違う軸での砲撃。正面、真横と来て、斜め前からの砲撃を加え、回避方向を次々と失わせる。

 先程までは火力が足りず、ただただ弾かれていたが、戦艦2人が加わったことでそれを覆し、そこに増えた中火力な重巡の砲撃でさらに余裕を失わせ、私の微々たる火力でも思考を乱す。

 

「忘れてもらっちゃあ困るぜ。天城、やるぞぉ!」

「了解! 最初から、全力で!」

 

 主砲による攻撃が回避されるというのなら、今度は軸を変えた攻撃を追加。隼鷹さんの号令で、空母2人がかりの集中的な空襲が始まる。今回は最初から全て爆撃機にした高密度の空爆。回避方向すら消し飛ばす広範囲の縦軸攻撃である。

 これにより3軸全ての方向からの攻撃となる。巣が海底にあるのだから回避のために海中に潜ることは出来るかもしれないが、そんな余裕すら与えない。いくら潜ったとしても、あの爆弾の豪雨からは簡単には逃れられない。

 

「本当ニ邪魔バカリ! デモイイワ、陽炎、見テイテネ。私ハコイツラヨリ強イッテトコロヲ! ソウシタラ私ノコト、惚レ直スワ!」

「元より惚れてないっつーの気色悪い!」

 

 空爆に巻き込まれ、ヤンデレ姫を中心に次々と爆発を起こしていく。さらにその爆発の中に全員分の砲撃が飛び込んでいき、爆発の規模がどんどん大きくなっていった。

 あの近寄りがたい程の大爆発の中心にいるのだから、奴も無事では済まないはずだ。普通の深海棲艦ならまず間違いなく沈んでいる。

 

 過剰とも言える攻撃だが、誰も気を抜いていない。本当に潜り抜けてくるのではないかと内心戦々恐々としているからだ。

 

「ッハハハハハ!」

 

 案の定、この爆炎の中を突き抜けて霧島さんに突っ込んでいた。身体の所々が焼け焦げ、服も半分近くは燃えていたがお構いなし。身体そのものは多少の傷しか付いていないというインチキ。代わりに艤装は破損が見えていた。

 重巡洋艦の主砲を受けても傷が付かなかった艤装も、戦艦2人がかりの砲撃に加え、空母2人による空爆まで受けてやっとコレ。同じ駆逐艦だとしても性能が段違いすぎる。

 

「貴女ガアノ犬ノ飼主ナラ、責任トッテクレル!?」

「犬って夕立のことかしら。あの子は犬は犬でも狂犬よ。今はアレでも、そのうち貴女の喉元を喰いちぎるわ。でもその前に」

 

 夕立や青葉さんを一撃の下で粉砕したその剛腕を、霧島さんに振りかぶっていた。いくら戦艦でも、アレの直撃を受けたらひとたまりもない。艤装によりパワーアップしているとしても人間は人間。怪我は免れない。

 そして、接近戦を想定している艦娘なんていない。だから意表を突かれてやられてしまった。交差点を曲がったらトラックが突っ込んできたようなもの。しかも爆炎を抜けて既に射程範囲内だ。奴はスピードも普通ではない。

 

 だが、霧島さんは全く怯んでいなかった。まるで()()()()()()()()()()かのように冷静沈着。冷ややかな視線を向けたまま、一切下がることもない。

 

「私が貴女を沈めてやるけど」

 

 瞬間、艤装が音を立てて()()した。盾のように艤装に貼り付いていたパーツが前方へと回転すると、大きく真っ二つに開いて鋏状へと変化。それを突き出してヤンデレ姫の首筋を狙いに行った。艤装の大きさからして、あちらの剛腕よりも長い。霧島さんに拳が届く前に、鋏がヤンデレ姫の首をちょん切る。

 霧島さんだけは、接近戦をする深海棲艦の存在を意識していたのだ。そのために艤装を改造して、それに対応出来るようにしていた。鎮守府でたった1人の、遠近対応だった。

 

「貴女も人型なら、首が無くなれば沈むでしょう」

「ナッ、コノ……!」

 

 しかしヤンデレ姫も往生際が悪かった。その鋏の動きに反応して、剛腕を鋏に挟ませる。自分を守るために先に艤装を破壊しようとした。砲撃を受けても傷付かない腕による一撃なのだから、鋏でも破壊することは難しい。むしろ火花を散らしてお互いがギチギチと傷付いていく。

 さらにもう片方の腕を振りかぶるが、先んじて霧島さんももう片方の鋏で挟み込んだ。右も左も同じような状態になり、まるで艤装で社交ダンスをするかのように本体が接近。お互いにその手に主砲を持つことはなく、霧島さんは鋏、ヤンデレ姫は腕に主砲が備え付けられているため、砲撃すらままならない。そして近すぎて私達も手が出せない状況。

 

「生身同士の戦いになったわね。そうなった場合、貴女達深海棲艦よりも、人間の方が優れているの。それは理解してもらおうかしら」

 

 接近戦以上に近い状態で、先に動いたのは霧島さん。ヤンデレ姫の襟首を掴んだかと思うと、思い切り引き寄せて顔面に生身の拳を叩き込んだ。

 身長差として、霧島さんがヤンデレ姫より頭1つ分は高いため、振り下ろすかのような拳。

 

「ッア!?」

「見た目通り、生身は華奢ね。その艤装の腕を封じてしまえば、ただの子供よ」

 

 その子供に対して、胸ぐらを掴んで顔面を殴り付ける様は少し怖い。殆ど無表情でそれを決めていくので、余計に怖い。

 それに対してあちらも負けてはおらず、1発はまともに貰ったが2発目はそれをガードしつつ、霧島さんの脛に向けてローキックを決めた。眉をピクリと動かしたものの、霧島さんはびくともしない。

 

 こういう時のために、トレーニングを積んでいたとも言える。体幹を鍛えて艤装の取り回しをより上手く出来るようにするためだけではなく、万が一の接近戦に向けてのトレーニングだったわけだ。

 こんな戦いが何度もあるとは思えない。むしろこの1回で二度と来ないかもしれない。それでも、備えるに越したことはない。

 

「ッノ、私ガコウイウコトヲスルノハ、陽炎ダケナノニ! 仕方ナイワ。今日ハコレデ終ワリニシテアゲル」

 

 負け惜しみのようにも聞こえる言葉の後、突如艤装の剛腕が質量を増した。まさかと思った時には、その拳に備え付けられた主砲諸共爆発。身近にいた霧島さんには堪ったものではなく、鋏による拘束も解けてしまった。

 それなのにその爆心地にいたヤンデレ姫は、焦げてはいたもののまるで物ともしていない。自分の爆発なのだから自分にはノーダメージと言わんばかり。しかし武装が無くなったことで、ヤンデレ姫は撤退を余儀無くされた。

 

「陽炎、今度ハ私カラ迎エニ行クワ。ソレマデニ目覚メテイテネ。ンフ、フフフ、次ハ一緒ニ帰ルノ。ソウシタラ、イッパイ愛シアイマショウネ! ドロドロニ蕩ケルクライニ、イッパイイッパイ愛シアウノ! アハハハハ!」

 

 気持ち悪い捨て台詞の後、そのまま海中へと沈んでいった。そのまま撤退するわけでもなく、おそらくダイレクトに巣に向かったのだろう。

 最後まで酷かった。私を見ているだけでも快感を覚えているかのような恍惚とした表情。怪我をしているからではなく、私との妄想を繰り広げながらビクンビクン震えて姿を消した。

 

 

 

 これにより戦闘終了。今だけは静かな海が戻ってきた。ここから奴を追って巣を探したいところではあるが、怪我人が出てしまったので一度撤退した方がいいだろう。時間も時間だし、これ以上深追いすると、鎮守府に戻るときには夜になってしまう。

 

「すぐに撤退しましょう。霧ちゃんもさっきの爆発に巻き込まれたでしょ」

「ええ、最後自爆に近いことされるとは思わなかったわ。眼鏡にヒビが入ってるじゃないの……また整備班の人にお願いしなくちゃ」

 

 怪我人も出てしまった今回の戦闘。一筋縄ではいかないのはわかっていたが、これでも下手をしたら軽い方なのかもしれない。改めて艦娘という仕事の恐ろしさを実感したようにも思える。

 




変態ヤンデレ姫戦はA勝利で終了となりました。最後まで動く18禁みたいになってましたが、再登場があるかと思うと楽しみですね。


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天才の葛藤

 ヤンデレ姫との戦闘後、すぐに鎮守府へ帰投。怪我を負った中でも特に重傷だった青葉さんと夕立は、すぐにドックでの治療に回される。青葉さんに至っては気を失っており、鎮守府に到着するまでに結局目を覚ますことはなかったため、整備班の人達が力を合わせてドックへと運んでいった。

 艤装を外した時点で人間に戻るわけだが、最悪な場合それで身体が耐えられずに命を落とすというケースも無くはないと聞いた。そんなことが無いようにするために、大急ぎで治療を開始する。

 夕立も主砲が持てなくなるくらいの重傷を負っていたため、急ぎでドックへ。酷く落ち込んでいたものの、今は傷を治さないとどうにもならない。爆発を喰らったことで治療が必要な霧島さんに連れられて、工廠の奥へと消えていった。

 

「陽炎、ちょっといいかい」

 

 空城司令に呼び止められる。

 

「今回の姫のことは神州丸から聞いた。大丈夫かい」

「あはは……まぁ、今までとは違う意味で衝撃的だったかな」

 

 狂った好意をぶつけられ続け、さらには15歳の私には相当刺激の強い行動の数々を目の前で見せつけられたのは、大きなショックだったと思う。そりゃあ私だって年頃な女の子なのでそういう知識くらいは持っているが、それを人前でああやってやらかすのは、おかしいとしか言いようがなかった。

 ある意味トラウマになりそうなものを見たので、空城司令はそこを心配してくれているのだろう。

 

「大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、大丈夫じゃないけど、今は気にしてる暇もないかも」

 

 当然ショックは受けている。私がようやくトントンくらいになれた夕立が一撃の下にやられてしまったのを目の当たりにしたのだ。あの時奴は私を相手としても見ていなかったが、もし戦うことになったら今の私では100%負ける。そうなった時のことを考えると怖くて怖くて仕方がない。

 だからこそ、まだまだ鍛えなくてはいけない。焦ってはいけないとは思うが、なるべく早く強くなりたい。何せ、今度は自分からこちらに来ると言っていたのだ。それまでに、私でも撃退出来るくらいにはなりたかった。恐怖を払拭するためでもあるが、それ以上に自らの手でアレをどうにかしたい。

 

「精神的に折れているような事はないんだね?」

「それは無い……と思う。嫌な夢は見そうだけど、大丈夫。私、もっと強くなりたいもん」

 

 少し驚いたような表情を見せるが、すぐにそれをやめて笑顔でグシグシと頭を撫でられる。

 

「また落ち込むかと思っていたが、十分強くなってるじゃないか。子供の成長ってのは早いもんだ」

「怖いよ、すごく」

 

 何度も負けて、酷い目に遭って、悪夢まで見て心が擦り切れかけたけど、今は少しだけ自信がついてきた。これもみんなのおかげ。訓練に付き合ってもらったり、眠れない夜を一緒に寝てもらったり、艤装の改修をしてもらったりで、私は以前よりも格段に強くなれただろう。

 心身共に鍛えて、私はもっと強くなりたい。まずはあのヤンデレ姫を、私の手で追い返すことが出来るくらいにまで強く。

 

「目覚めがどうとかさんざん言われたけど、そんなことになって堪るかっての。私は私、陽炎のまま、アイツらをぶっ飛ばしてやるんだから」

「その調子だ。なら、アタシもアンタをもう一段階上に上げられるようにしてやらないとね。強くなりたいって願い、叶えてやれるかもしれない」

 

 強くなれるならいくらでもバッチコイだ。今以上にハードな訓練だってやってやる。

 そこで、と空城司令が私に向き直り話してくれる。

 

「アンタの艤装には、もう一段階の改装があるんだ。通称、改二だよ」

「改二……」

 

 今の私は陽炎改、つまり一段階目の改装が終わったところである。そこにもう一段階の改修を施すことが出来るらしい。改装をすればするほど艤装そのものが強化され、延いては私自身が今以上に強くなれるのだ。それは願ってもないことだ。

 しかし、改まって言うくらいなのだから、何かしら問題点があるのだろう。改装を施すこと自体に抵抗があるような言い方。

 

「改二は選ばれた艤装にのみあるリミッターを外すような行為だ。ある程度練度を上げて、心身共に鍛えてからでないと出来ない。艤装の影響を受ける普通の艦娘はその影響が段違いに上がっちまう。鍛えておかないと身体が耐えられないんだ」

 

 例えば既に改二改装が施されているのは木曾さん。普通ではない量の魚雷を放つことが出来、屈指の雷撃能力を手に入れているが、加古さんや衣笠さんも改二のようで、それ故に旗艦に選ばれることが多い。

 それに至るまでは相当な努力を積んでいるという。血の滲むような努力であの力を手に入れたのだそうだ。そうでなくては、艤装の影響で身体が壊れてしまうのだとか。

 

 私の場合は逆、影響を受けるのではなく与える方なので、改二でどうなるかわからないが、鍛えておかないと耐えられないというのは同じの可能性がある。むしろ、他よりもさらにハードルが高くなってしまっている可能性がある。

 

「その辺りは工廠の整備班が調べてくれている。アンタはそこに辿り着けるように鍛えてもらう。他の連中も、出来ることなら全員そのレベルに達してもらう必要があるんだ。構わないね」

「勿論。絶対強くなる。やれることは何だってやるよ。そうしないと、あんな変態ヤンデレストーカーにめちゃくちゃにされちゃう」

 

 私をどうこうするというのもあるが、あんなのを野放しにしていたら護るべき世界がめちゃくちゃにされてしまう。私は艦娘なのだから、私への被害よりもそちらの方が心配である。

 

「よし、なら明日からは改二改装のための訓練をしてもらう。いいね?」

「了解!」

 

 より強くなるため、私は新しい道を提示された。その道を避ける理由はないため、喜んで歩いて行こう。それが荊棘の道だとしても、一向に構わない。

 

 

 

 夕立の治療は、夕食後には終わるということなので、迎えに行くことにした。今日は私ではなく夕立に添い寝が必要な精神状態な気がしたからだ。それこそ私ではなく夕立が悪夢に魘される可能性だってある。

 夕食後に異端児駆逐艦総出で工廠に迎えに行くと、ちょうど夕立の治療が終わったらしく、どんよりとした空気の中俯いた夕立がトボトボと歩いてきていた。しっかり折られた腕も動いているため、治療は成功したようだ。相変わらずここの技術は凄まじい。

 

「夕立……」

「あ、みんな……夕立治療終わったっぽい」

 

 声からしていつもの雰囲気と違う。あの時の敗北を嫌でも反芻してしまっているらしく、笑顔もなく目を合わせることも出来ない。

 

「夕立ちゃん、大丈夫……?」

「……大丈夫じゃない。悔しい。すごく悔しい」

 

 やっぱりヤンデレ姫との戦闘による敗北を物凄く気にしていたようで、思い返すだけで泣きそうになっていた。

 声をかけた磯波も、それだけで口を噤んでしまった。あまりにも悲痛で、いつもと違う雰囲気に言葉も出しづらい。沖波に至っては何も声をかけられなかった。

 

「夕立、あんなにあっさり負けたの初めてだった。まるでゴミみたいに殴り飛ばされて、それだけで戦うことが出来なくなって」

 

 話しているうちに、床にポタポタと涙が溢れ落ちていた。

 

 天才の夕立は、今までも殆ど負けたことが無いのだと思う。鎮守府内での訓練では、新人ということもあって勝ったり負けたりを繰り返していたのだろうが、初陣から今までの実戦では負け無し、もしくは撤退したとしても自分は無傷ということばかりだったのだろう。私が知る限りでは、今回以外で夕立が傷付いているのを見たことがない。

 それが、今回は一番最初に想定外の攻撃を受け、本人の言う通りあっさりと退場。その後トドメを刺されるわけでもなく放置。まだやれると言っていてもどう考えても復帰は難しく、由良さんや霧島さんにやめろと言われてしまった。

 

 夕立の自信を叩き折るのにはそれで充分だった。ちょっと自信過剰で、何をするにもドヤ顔を見せていた夕立が、今ではとても小さく見えた。

 

「みんなは夕立よりいっぱい戦ってきてる。ソナーもオキも、夕立からしたら先輩だもんね。夕立はみんなより経験が無いけど、センスがあるからって追い付いてきた。自分でもそう思ってた。でも、センスだけじゃダメって、今日嫌なくらい思い知った」

 

 俯きながら話す夕立の腕は自然と震えていた。

 

「夕立、バカだったんだと思う。調子に乗って、あの変態ヤンデレストーカーのこと完全に嘗めてた。あんな気持ち悪い奴より、夕立の方が絶対強いんだって、自分でも思ってた。それでこれだもん。みんなもそう思うでしょ。バカみたいだって」

 

 いきなり話を振られても正直困る。夕立の独白が悲痛で、なんて言ったらいいかわからない。磯波も沖波も、黙ってそれを聞いていた。

 だが、夕立相手には私自身を取り繕う必要は無いと思った。思ったことを口にしてやればいいのだと、直感的に導き出した。

 

「バカじゃ無いでしょ。知らなかっただけで」

「でも……」

「いいじゃん、夕立。今回で今まで知らなかったこと知れたんだよね。負けて悔しいって気持ちがさ」

 

 ちょいちょいと招き寄せる。おずおずと近付いてくる夕立の手を取ると、引き寄せて抱きしめた。身長は同じくらいだが、引っ張ったことで少しつんのめったので、夕立の顔は私の胸の中に。

 孤児院でもこういうことはあった。そのときは先生や私がこうやって抱きしめて、泣き止むまで頭や背中を撫でてやる。そうすれば自然と落ち着いていくものだ。今回は背中で。

 

「別にさ、夕立は何も悪くないよ。何事も経験でしょ。何処で聞いたかわからない言葉だけど、死ななきゃ安いよ。しなやすしなやす」

 

 私の胸に顔を埋めてブルブル震えている夕立。さっきももう泣き出していたが、悔しさが耐え切れずに今はもう本気で泣いてしまっている。静かではあるものの、肩がずっと震えている。

 泣くことは恥ずかしいことじゃない。むしろ感情を抑えている方がストレスになって心が疲れてしまうだろう。夕立はそういうところは無意識に弁えているような気がする。いつでも感情的だから、こういうときはボロボロに泣いてしまうのは無理もない。

 

「夕立ちゃん、次に勝てばいいんだよ。今回は負けちゃったけど、死んでないんだから」

「うん、死ななきゃ安いよ。鍛える時間はあるんだから、みんなで頑張ろ。ね?」

 

 磯波と沖波もそれを囲うようにして夕立を慰める。それで完全に決壊したか、声を上げて泣き出してしまった。元々少し幼い感じの夕立だったが、今は輪をかけて幼い。まるで海防艦の子達くらいにまで子供になってしまったかのように、感情的にワンワン泣いた。

 

 

 

 少ししてようやく泣き止んだ夕立。私の服は涙やら何やらで濡れてしまったが、今からそのままお風呂なので問題は無い。夕立も夕食は後回しにして一緒にお風呂に入るということにしたようだ。

 

「ほら、夕立。お風呂行こ」

「……もう少しこのままで」

 

 だが、泣き止んでもまだ私の胸から顔を離そうとしない。おそらく酷い顔になってしまっているのが恥ずかしいとかだと思う。あれだけ泣いたのだから、目元は腫れぼったくなっているだろうし、誰が見てもさっきまで泣いてたなとわかる顔になっているだろうから。

 むしろ、顔をさらに押し付けるようになってきた。そういえば、と夕立の過去を思い出す。あまり甘えられることもなく、虐待まで受けていた経験があるのだから、今だけは私に思い切り甘えているのではなかろうか。それならそれで構わないが。

 

「ゲロちゃん、たまにこうさせて。何だかすごく落ち着くの」

「はいはい。今日辛いだろうから、また一緒に寝ようか?」

「……うん。いつもと逆だけど、一緒に寝てほしいっぽい。夕立が魘されたらゴメンね」

「いいよいいよ。私も魘されるかもしれないからさ。いつもとは違う悪夢になるかもしれないけど」

 

 あのヤンデレ姫の夢を見てしまいそうで怖い。いつもの悪夢を塗り潰すほどのトラウマになりかけている。狂った愛情を敵から向けられるというのは、それだけでキツイ。

 

「磯波と沖波もまた付き合ってもらえる? 2人揃って魘されるとかあったらさ」

「うん、いいよ。私達もあの現場見てるし……」

「あれはトラウマになってもおかしくないよ。私も怖かったもん。変態ってああいうのなんだね」

 

 私だけでなく、あの戦場にいた全員に何かしらのショックを与えたのかもしれない。そういう意味では普通以上に難敵な気がしてきた。

 多分またあの姿を見たら、トラウマを呼び起こされるだろう。むしろトラウマを更新される可能性だってある。

 

 ストレスはみんなで乗り越えていきたい。精神的な部分を鍛えるのは難しいのだから。

 




ヤンデレストーカーは戦場の者全員にトラウマを刻んでいったようです。


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さらに進む悪夢

 その日の夜、案の定悪夢を見た。あのヤンデレ姫のせいで、今回は悪夢が()()()()()

 

「我ハ、日。貴様ハ、我ガ熱ニテ現レル、陽炎トナレ」

 

 あの赤い深海棲艦のよくわからない言葉。その後、私に骨のような指を向けた。以前はここで終わっていたが、今回は違う。さらに先へ。

 

 怖くて怖くて泣きじゃくっている私の胸元に、赤い深海棲艦の指先が突き刺さらんとしていた。しかし、まだ動ける父さんがそれを阻止してくれていた。爆発で身体を強打しており、下手をしたら骨だって折れているかもしれないのに、私を守るために必死に動いてくれていた。

 おそらく、娘に手を出すな的な言葉を赤い深海棲艦に叫んでいたのだと思う。震える手で骨のような指を掴み上げていた。だが、そんなことお構い無しにさらに近付いてくる。怪我をしているとはいえ、大人の男性の力でも一切止まることがない。むしろ軽く払われるだけで父さんはその場から退かされてしまった。

 

 これにより、涙が止まらない私と赤い深海棲艦は目を合わせで相対する形になっていた。怖い。辛い。痛い。助けてほしい。あらゆる負の感情が次々と溢れ出してくる。

 赤い深海棲艦はさらに近付き、もう手が届くところに来ていた。父さんが必死に止めようとするが、全く止まる気配が無い。逆に私は腰が抜けていて動くことも出来なかった。逃げればいいのに、立ち上がることすら出来ない。

 

「貴様ハ、陽炎」

 

 そして、その指先が私の胸元に突き刺さった。だが、不思議なことに痛みは無かった。

 

()()()()、執リ行ワン」

 

 何かが注がれるような感覚だった。これがおそらく、私がされた『何か』だ。得体の知れない『何か』が、私の中に入れられた。

 

 ここで夢は終わる。やはり始まりの襲撃で私は赤い深海棲艦に身体を弄られているのは確定した。今までの敵の物言いからして、それくらいはわかっていたのだが、この悪夢でしっかりと自覚出来た。

 

 

 

 翌朝、普通に目が覚めた。悪夢を見たというのに魘されていなかったらしく、冷や汗や涙などの感覚は無かった。こんなことは初めてだ。何事もないのなら素直に起きよう。

 しかし、目が覚めても身動きが取れなかった。添い寝した夕立が、しっかりと私の身体を抱き枕にして眠っているからである。ガッチリとホールドされているため、私の片腕は夕立の胸に押し付けられ、下半身は蟹挟みのように抱きつかれている。

 

 おそらく夕立も悪夢を見ていたのだと思う。しっかりと掴まれた私の腕、その袖の二の腕辺りは、涙で濡れていた。誰も気付かず静かに魘されていた可能性がある。もしくは、早い段階で魘され終わって、今は落ち着いているか。

 それだけ夕立にはトラウマだったのだろう。昨晩もかなり落ち込んでいたし。私達が慰めていてもまた泣きそうになっていたし。

 

「夕立、朝だよ。早く起きな」

「……ぽいぃ……もう朝ぁ?」

 

 眠そうに私の腕で目を擦りながら大欠伸する夕立。それに合わせて磯波と沖波も目を覚ます。

 昨晩は夕立を慰めるために少し遅くまで起きていた。そのツケが回ってきている。私も悪夢を見たこともあり少し眠い。

 

「もう少しこのままがいいっぽい」

 

 腕だけでは飽き足らず、顔を胸の方にまで持ってきた。私の胸の弾力を感じつつ、クンカクンカと匂いまで嗅いでいる。これはこれで変態っぽいのでやめていただきたい。あのヤンデレストーカーに近しい存在になってしまう。

 パジャマなので制服の時よりは素材が薄く、夕立の頭の感触が割と強めに感じられる。まだ少し辛そうに、小さく震えていたため、早く起きなくてはいけないことはわかっていても頭を撫でてしまう。

 

「嫌な夢、見てたんでしょ」

「……うん」

 

 予想通り。私達が起きてしまうほどに酷い魘され方はしなくても、寝ている間もトラウマを刺激されてしまったことで、また雰囲気が暗くなりつつあった。

 甘えたければ甘えればいい。

 

「あの時の夢?」

「……ぽい。あのヤンデレストーカーにボコボコにされる夢。すごくムカつくけど、ゲロちゃんの匂いがあると落ち着くの」

 

 D型異端児にしか感じ取れない匂いにそういう作用があるのかは知らないが、それで精神状態が安定するのならいくらでもやればいい。

 だが、今は時間がよろしくない。普段と同じくらいの時間に目を覚ましているが、このままズルズル行ったら朝食を逃すことになりかねない。

 

「しばらくこうしてあげたいのはやまやまだけど、早く起きないと朝ご飯食べられないよ」

「それは困るっぽい。ゲロちゃんのおっぱいもう少し感じてたかったけど、今日はこの辺にしておく」

 

 もう少し言い方というのがあると思うのだが。

 

 と、ここで少しだけバタバタしてしまったからか、夕立だけならず布団を畳んでいる磯波も周囲の匂いを感じ取っていた。クンと鼻を鳴らすと、少しだけ疑問を感じたような表情に。

 

「あれ……陽炎ちゃん、匂いが少し強くなったみたいに思えるよ」

 

 私の匂いなのに私が気付かないこの件。磯波が言うのだから間違いない。夕立が真正面から匂いを嗅いできたのはそれもあるからだろうか。磯波もなんだかうっとりしているような表情に見えた。

 勿論沖波はそれを感じ取ることは出来ないため、相変わらず怪訝そうな顔をする。ちょっと羨ましがっていたが、私としては匂いだのどうなの言われるのは恥ずかしくもある。

 

 匂いが強くなった理由なんて1つしかない。悪夢を見たことだ。

 

「実はね……悪夢見てたんだ。魘されるほどじゃ無くなったみたいなんだけど。その内容も更新されてたから、そのせいかもしれない」

「えっ!?」

 

 悪夢の更新は目覚めに近付いているのと同様なのかもしれない。そう思うと、みんなの動揺は仕方ないことに思える。

 しかし、それでまた落ち込んでいては前に進めない。私は私、陽炎だ。ギリギリまで向かってしまっても、目覚めなければいいだけ。それに、みんなが味方なのだから不安は無い。

 

「聞いていいことかわからないけど、どんな夢だったの?」

「……そうだ、ちょっと待って」

 

 夕立が私から離れたところで、夢に出てきたことを確認したくなった。あの赤い深海棲艦は、私の胸元に指先を刺している。何かしら痕がついていてもおかしくない程に。

 あの時から10年経って、その間に私は自分の身体を見続けているのだから、そんな痕が無いことくらいは理解している。それでも確認だけはしておきたい。あんな夢を見たら不安にもなる。

 

 パジャマを思い切り脱ぐと、自分の胸元を見る。

 普通。どう見ても普通。傷や痣なんて何処にもない。色が違うなんてこともない。昨日まで見続けている私の身体だ。お風呂の時に誰からも何も指摘されないのだから、見慣れているこれが一般的なもの。触れても膨らんでいるとかそういうのは無かった。

 

「いきなり脱ぎ出すとか、ゲロちゃん大胆っぽーい」

「ま、まさかあの変態の影響を受けちゃったとか……」

「それはない。絶対に無い」

 

 奴は戦場でも悶えるくらいの真性のヤバい奴ではあるが、私はそう言った嗜好は持ち合わせていない。

 

「夢の中で、あの赤い深海棲艦の指先がここに刺さったんだ」

「さ、刺さった!?」

「うん、確かにここだった」

 

 胸元、今で言えば谷間の一番上の辺り。

 

「何もおかしなところは無いけど……」

「だよね。私だってもう15年付き合ってる身体なんだから、おかしなことがあったらわかるはずなんだけどさ」

「私も5年前に見てるけど何も無かったよね。その時から変わってないし……サイズアップはすごくしてるけど」

 

 沖波とは子供時代に一緒にお風呂に入ったこともあるが、その時から何もなく、今も当時のままの肌だ。サイズアップというところに若干力が入っていたのは気にしないことにする。こればっかりは個人差としか言えない。

 まぁ今は気にしていても仕方がないか。何かされているのはわかっていたことだし、刺されたというのがわかった分進展はしたようなもの。何をされたかはわからないままだが、一生わからないままの可能性だってあり得るのだから、そこまで深刻に思わないようにしよう。

 

 ただ、奴は気になる言葉を残していた。最後の最後、私に指を突き刺す直前の言葉。

 

「分霊の儀……とか言ってたんだよなぁ」

 

 これは空城司令にしっかり説明しておこう。当事者の私にも理解が出来ないところにある。

 

 

 

 朝食後、悪夢が更新されたことについて空城司令に説明する。覚えている限りのことを全て洗いざらい話すと、ふむと一息ついたあと深く考える素振り。

 

「分霊と来たかい。ますます奴は自分のことを神とでも思っているようだね」

 

 私には意味がわからなくても、空城司令にはわかることのようだ。

 

「分霊…… 神の神霊を分けたものを指す言葉ですね。新しく神社を建てたりする時に聞く言葉ですが」

「そこから考えりゃ、陽炎は赤い深海棲艦の()()()()()()()()()って考えるのが妥当さね」

 

 私に埋め込まれたのは赤い深海棲艦の一部、その魂。それが今は目覚めていない状態。赤い深海棲艦そのものが分け与えられたようなものなのだから、それが目覚めたら私は奴と似たようなものになるというのも頷ける。

 

「身体に何の影響もないのかい」

「うん。朝に改めて確認したけど、傷とか痕とかは何も無かった。今日から突然出てきたってことも無いよ」

 

 改めて見てもらうため、上を少しだけはだけて肌を見せる。はしたないかもしれないが、証拠を見せるためにもこれは仕方ない。

 席を立って私の胸元を見に来る。しーちゃんもこれは確認しておくべきと2人して胸を凝視されることに。

 

「綺麗なもんだね。女の子の柔肌だ」

「少し触れますね」

 

 しーちゃんがその場所をそっと触れた。触ったところで普通の人間の肌だと思う。さわさわと撫でられるような触れ方なので少しくすぐったい。

 

「違和感は何もありませんね。魂というだけあって、形のないものが入れられているのかもしれません」

「注がれてるって感じだった。何処かで眠ってるなら形があってくれてもいいんだけど」

「そういう概念からは離れているのかもしれませんね」

 

 ありがとうございましたとしーちゃんが離れたので、服を正した。身体的な変化はやはり見られない。内面的な部分に集中している。

 

「磯波から、匂いが強くなったっていうは聞いてる。やっぱりまた進んじゃったのかな」

「匂いは見えないからアタシらにゃわからんが、磯波が言うんだから間違いはないだろうね。目覚めとやらにまた近付いたのは確かだろうさ」

 

 前までならまた不安に押し潰されていたかもしれない。だが、今は違う。私は私、艦娘の陽炎だ。それに、この鎮守府のみんながついていてくれる。私が思い、周りが思ってくれるのだから、折れる要素は何処にもない。少しは強くなれたかなと思えるようになった。

 

「大丈夫、もう不安に押し潰されたりはしないよ。私は強くならなくちゃ」

「ああ、いい子だ。その調子で今後も頼んだよ、陽炎」

 

 最後に頭を撫でられた。空城司令に撫でられると、何処か安心する。

 

「じゃあ、今日から改二を目指す訓練だ。哨戒任務や他の任務にも参加してもらう。構わないね?」

「うん、大丈夫。むしろバッチコイだよ。あの変態ヤンデレストーカーをぶっ飛ばさないといけないからね」

 

 当面の敵は奴だ。あちらから迎えに来るとまで言っているくらいなのだから、この鎮守府近海が戦場になる可能性は大いにある。

 逆に、本来の目的である工場から視線を逸らすことには成功したといえる。あちらが私に依存してくれているおかげでどうとでもなった。被害は最小限に食い止められるだろう。

 

「2日3日で改二に耐えられる身体を得られるなんてことは無いがね。長い目で見なくちゃいけない。だが、強くならなくちゃいけないのは確かだろう。アンタはやたらめったら狙われているからね」

「うん、自分の身体は自分で守れるようにしなくちゃ。だからもっと強くなりたい」

「いいだろう。訓練のメニューはこちらで決めておく。今日は体力作りだろうから、速吸に一任してるよ。あの子に従ってくれ」

 

 全ての訓練がハードになると宣言された。それは一向に構わない。私は強くならなくちゃいけないのだから。

 

 

 

 悪夢は更新されたが、まだ異変らしい異変は起きていない。なら、その間に出来ることは全部やっていこう。まずは鍛えて鍛えて鍛えまくる。身体が強くなければ耐えられるものも耐えられない。

 私に魂を分け与えたことを後悔させてやる。両親の仇であることには変わりないのだから。そのためにも、私は強くなるのだ。

 




何処とは言いませんが、異端児駆逐艦4人の比較は夕立>陽炎>>>沖波≧磯波です。陽炎って中破グラ見ると思ったより小さめに見えるんですが、この世界線では大きい方という設定。


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改二に向けて

 近々鎮守府にまで襲撃してくると宣言した深海棲艦の姫を撃退出来るようにするため、更なる訓練を積むことになった私、陽炎。どうやら私の艤装にはさらなる改装、改二というものが実装されているらしく、それに耐え得る身体を作る必要があるらしい。

 改二というのは艤装からの影響が今まで以上に大きくなるため、心身共に成長しないと艤装を装備することすら出来なくなってしまうらしい。私の場合は影響を私側から与えてしまうので、改二となった場合どうなるかわからない。余計に鍛えておかないと怖い。

 

 今日は早速体力作りから開始する。今までやってきたことをさらにハードにしていくとのこと。それを管理するのは勿論速吸さんである。流石マネージャー、準備万端でいろいろ用意されている。

 

「強めの訓練が必要だと伺っているのは、陽炎ちゃん、夕立ちゃん、沖波ちゃんです。奇しくも全員異端児の駆逐艦ですね」

 

 私含むこの3人は、今はまだでも改二が実装されている艤装を扱っているとのこと。磯波が含まれていないのが残念である。空城司令が選ばれた艤装にのみあると言っていたので、残念ながら選ばれなかったということになるか。

 

 だが、今回の訓練は磯波も参加していた。むしろ駆逐艦全員が参加。本来なら部外者である秋雲ですらでこの場にいる。

 今日の哨戒任務は軽巡洋艦以上の人達が受け持ってくれたとのこと。こういう形で駆逐艦が集まるのは初めてなので、少しワクワクする。

 

「人数がいた方がいろいろやりやすいですし、いっそ全員でやった方がいいでしょう。来ることがわかっている脅威に打ち勝つため、みんなで力を合わせて鍛えることが早く上達する近道でもありますから」

 

 ある意味みんなが私達ハード組に付き合ってくれているとも言える。

 ズラリと並んだ駆逐艦は、私も含めて同じ格好。運動しやすいラフな服装でというのはわかるが、全員がTシャツにスパッツとコーディネートも同じ。いつも制服で肌を一切見せない初月すらそれなので、とても新鮮である。五月雨と菊月もポニーテールだし。

 

「秋雲も参加するんだ」

「たまにゃあ運動しておいた方がいいからねぇ。諜報部隊って、割と身体が鈍ること多いのよ」

 

 資料をまとめるためにデスクワークで1日使うなんてすることもあるらしく、身体を動かしたくなる時も結構多いらしい。今回はその時間に当てるとのこと。実際、軽く肩を回すだけでゴキゴキと骨が鳴っていた。大分凝り固まっているのかも。

 

「それに、この光景眼福だからね。しかも運動続ければ汗かくじゃん。そしたらシャツが透けてさ、確実にいいもの見えるでしょ。それをこの目に焼き付けておこうかなって」

 

 コイツめ、下心もあったか。あのヤンデレストーカーよりはマシだが、みんなを話のネタにするのは勘弁してもらいたい。

 

 

 

 そして始まる体力作りの訓練。ストレッチからランニング、体幹トレーニングといつもの流れなのだが、1つ1つの密度が凄かった。ランニングも周回回数が倍になっていたり、体幹トレーニングもより身体を痛め付けるようなハードな内容になっていた。いくら艦娘だからすぐに身になると言われても、なかなかにキツい。

 最初の頃に比べれば、確かに格段に体力はついていた。まだこの訓練を始めて1ヶ月も経っていないのに、体力も筋力も段違いに上がっていると思う。もう並の人間からは離れているようにも思えた。

 

「っへぇ、キッツイねぇ」

「これは、なかなか、堪えるね……」

「ぽーい……夕立も結構疲れちゃったっぽい」

 

 息荒く休憩中。既にいろんな場所が悲鳴を上げているような気がする。これでもやれる時は毎夜プランクくらいはしているのだが、まだまだ足りないようだった。

 今回の訓練は本格的にハードだったらしく、誰もがゼエゼエと息を切らしていた。それでも改二になるためのハードな訓練というのだから、これでも喜んで続けよう。辛いけど。

 

「はい、皆さんお水ですよ」

 

 速吸さんが全員にタオルと水を配って歩いていた。ほぼ全てに便乗して同じようなことをしていたと思うのだが、ピンピンしているのが恐ろしい。汗一つかいていないというわけではないが、息の乱れを感じさせない。

 これが大人の力なのだろうか。結局のところ年齢を聞くのは怖いのでやめているが。

 

 配られた水をガブ飲みしつつ、タオルで顔を拭く。まだ午前中も終わっていないのに汗だくである。秋雲の思惑通り、みんなシャツが汗で透け始めていた。

 

「眼福眼福」

「そういう目で見ないでよ秋雲」

「作家魂に火がつくんだよう」

 

 そう言う秋雲も同じように汗だく。だが、あまり疲れを見せていない辺り、鈍っていると言いつつも相当鍛えられているのがわかった。敵陣に潜入して情報収集をする諜報部隊の一員なのだから、それなりの力を持っていてもおかしくはないわけだ。

 今回ばかりはスケッチブック持参というわけにはいかないようだが、今の光景をその目に焼き付けているようである。こういうときの瞬間記憶は厄介極まりない。後からイラストに起こすのだろうか。

 

「汗止まらないよ」

「ゲロ姉体力無いねぇ」

「まだ艦娘になって1ヶ月ちょっとなんだから仕方ないでしょうに」

 

 こういうところは艦娘歴が如実に現れている気がする。最古参であり、鎮守府所属の駆逐艦の中ではトップの実力を持つ五月雨や、駆逐艦の中でも古参になる菊月は、既に回復し終わっており、ストレッチを始めているくらいだ。

 

「さすが最古参。復帰早いね」

「こういうこと、もう何年もやってるからね」

「うむ……我々も力をつけるために試行錯誤したものだ」

 

 さすがこの鎮守府を最初から支えてきた者達。長年艦娘をやっているのだから、体力も勝手についてくるというもの。2人にも改二があればとっくに改装出来るくらいの鍛えられ方はしているようである。私もいつかああなれるといいが。

 

「私達だけで出来ることって、最初はあまり多くなくてね。毎日マラソンとか筋トレとかしてたんだよ。提督やしーちゃんにアドバイス貰いながらね」

「おかげで持久力には多少自信がある。全て戦いには必要なものだ」

 

 ごもっとも。私はいきなり艤装をコントロールする手段の訓練から入ったが、まだ手探り状態だった最初期はそういうところから初めていたわけだ。どれも重要なことばかりである。

 持久力に自信があると言うだけあって、もう汗も引いているようだった。私はまだ止まらないというのに。水を飲んだからかと思ったが、それは五月雨も菊月も条件は同じ。

 

「何かコツみたいなのない?」

「日々精進のみだ。この菊月とて、一朝一夕で手に入れた力ではない」

 

 いくら艦娘と言えど、技術とは違う基礎的な部分を鍛えるのは時間が必要ということだ。勿論普通よりは身につくスピードは速いだろうが、それでもじっくり腰を据えてやっていくしかない。何処かに1日入ったら1年分鍛えられる部屋みたいなのがあればいいのだが、それは漫画の中の話である。地道な努力が一番。

 

「さ、続きやりますよ」

「あーい」

 

 休憩時間はこれでおしまい。汗が引くことは結局無かったが、多少は疲れが取れたため、ここからもガッツリ鍛えていこう。

 

 

 

 午後からは今までに無かった訓練、水泳。全身運動になるため、鍛えたいところが身体の全てという私達には持ってこいの訓練である。今までそれをやってこなかったのは、いざ近海に深海棲艦が現れた時に出撃がしづらくなるからだとか。今回はそれでもあえて解禁したとのこと。

 いざというときは水着で艤装を装備して出撃することになる。それはそれで新鮮だが、危険度は当然制服を着ているときとは段違いである。

 

「泳げない人はいないと思いましたが、大丈夫ですか?」

 

 そもそもスタート地点に立てていない者はいない。艦娘という職業柄、万が一の場合は泳いで鎮守府に戻る必要も出てくるだろうから、泳げないわけにはいかない。

 私も泳ぐことくらいは出来る。遠泳とかになると何処まで出来るかはわからないが、必要最低限は大丈夫。

 

「いやもうホント眼福。潜水艦以外の水着姿なんて滅多に見られないからね」

「オッサンか」

 

 秋雲の言う通り、今私達は全員水着姿。速吸さんだけは念のため艤装を装備し、海上から指示する形をとる。

 着ているのは勿論、海上移動訓練の時に着ていた実用性一辺倒の競泳水着である。さっきの運動着以上にスタイルが表に出るため、秋雲がそういうことを言うせいで少し恥ずかしくなる。

 

「それでは、どんどんやっていきましょう。全速力で泳いでくださいね」

 

 堤防から沖へと泳ぎ、また戻ることになる。折り返し地点には速吸さんが待機し、ついでに目印の旗を立ててくれているのだが、それがあるのが水平線のギリギリ。バラエティ番組で見た覚えがあるのだが、確か水平線までは約5kmだという話なので、往復10kmの遠泳。それを全力でやれと。これは鍛えられる。

 

「速吸さんは全力と言っているが、適度に力を抜いた方がいい。力むと溺れるからな」

 

 そう説明してくれるのは初月。なんでも艦娘になる前はこういうことをよくやっていたのだとか。遠泳も経験ありのようで、もしかしたらこの中でも唯一の経験者かもしれない。

 実際、泳いでみると一番フォームが綺麗だったのも初月。見ていて惚れ惚れするような泳ぎっぷりだった。あれは一朝一夕のものではない。艦娘になる前から泳ぎ込んでいるのがよくわかる。

 

「これは、す、すごいね、ひっ、陸でやるより、数倍キツイ……」

「ぽい……ぽい……」

 

 1周終了で殆どの者がへばっていた。それだけでも数時間かかっているわけで、その間殆ど休憩も出来ずに泳ぎっぱなし。全身がおかしくなるんじゃないかというほどに痛い。普段使わない筋肉まで総動員した結果だと思う。それでも誰も溺れなかったし、遅かれ早かれリタイヤ無しで全員ちゃんとやり切っているのはさすが艦娘と言ったところ。

 唯一まだ動けるのは初月のみ。ふぅと息を吐き、もうストレッチを始めている。私達は動くことすら出来ない。正直すごい。

 

「大丈夫か? ゆっくりでいいから身体を解した方がいいぞ?」

「わ、わかってる、けど、まだ息が、整わなくて」

 

 陸ではすぐに回復した五月雨と菊月も、こちらでは大きく消耗。初月とは逆という結果。これは慣れとかそういう問題なのだろうか。どちらでもへばっている私達には無縁の話だが。

 今ばかりは秋雲も黙っていた。水も滴るなんとやらと言いそうだったが、諜報部隊でもここまでのトレーニングは無かったようで、すぐに息が整わない様子。

 

「だから言ったろう。適度に力を抜くんだ。これは戦場でも同じだぞ」

「肝に銘じておく……」

「そうしてくれ」

 

 泳ぐときに力を抜くというのがどうすればいいのかわからなかったため、全員こうなっているのだと思う。常に全力を出し続けてしまっているために全身筋肉痛。疲れも数倍。

 初月の言う通り、戦場でも適度に力が抜けるのはいいことかもしれない。ずっと気張っていると、それだけで疲れてしまう。戦っている最中でも、抜けるところは抜いておいた方がいい。長く戦うためにはそういうところが大事だ。

 

「今回の訓練は少し早いですがこれで終わりましょう。やれるときはまたこれをやっていきますからね」

 

 速吸さんも陸に到着。これで今日の訓練は終了となる。初月以外は立ち上がることも出来ないが。

 

 

 

 そしてそのまま全員でお風呂へ。歩けるようになるまで十数分の時間がかかったが、何とか全員で辿り着けた。湯船に入った途端、全員が全員声が漏れるほど。

 

「これで改二が近付いたのかな……」

「ぽい。すっごく鍛えたって感じするよ」

「私も。疲れが普通じゃないから、身になってる感じがする」

 

 改二候補の3人で、今日の訓練の実感を話す。ハードにするとは言われていたが、ここまでハードとは思っていなかった。今までのトレーニングとは比べ物にならない程。

 

「急ピッチに鍛えるってのはこういうことなんだろうなぁ」

「艦娘だから出来ることだよね……」

 

 そうで無かったら何日もせずに身体が壊れてしまうだろう。あれだけハードでも許可が降りているということは、身体を壊すことがないギリギリを攻めているからだ。

 

「でも、これは毎日続けないと。明日は砲撃訓練で、明後日は雷撃訓練で……」

「うん、夕立も頑張るっぽい! お休み返上っぽい!」

「それは司令が許さないよ。適度に休まないと潰れちゃう」

「ぽい……夕立早く強くなりたいっぽいよ」

 

 こういうところでも焦りは禁物。時間をかけるわけにもいかないが、確実に成長しなくては。

 

 薬湯のおかげで筋肉痛は比較的緩和したが、夜に身体がバキバキだったのは言うまでもない。

 




深海棲艦が現れる海で遠泳とか自殺行為なんですが、鎮守府近海は管理下に置かれていますから、ここでは大丈夫。速吸も折り返し地点から艦載機飛ばしていたことでしょう。


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咄嗟の判断力

 改二になるための訓練を開始した私、陽炎。初日の体力作りではハードになると言われていた通り、今までにない疲れを体感することになった。私の他にも夕立と沖波が改二候補であり、それに伴って駆逐艦全員が付き合ってくれたのは嬉しいことだ。本当に持つべきものは仲間である。

 その日の夜は酷い筋肉痛に苛まれたものの、疲れが異常だったためにすぐにグッスリ眠ることが出来た。ここまで充実した疲れだと、悪夢どころか夢すら見ることなく朝まで直行。いわゆる爆睡である。

 

「すごいなぁ薬湯の効果。寝る前まであんなにガタガタだったのに、ガッツリ寝たらちゃんと疲れ取れたよ」

「昨日あれだけハードな訓練したのにね」

 

 朝食の時間、食べながら沖波と昨日の訓練を思い返しながら駄弁る。ああいう詰め込み訓練のようなことはあまりやらないようで、沖波としてはやるのは勿論のこと、見るのも初めてらしい。

 ただでさえ10km遠泳とか普通の人間じゃ耐えられない。それを当たり前のように訓練に組み込んできた速吸さんも怖いが。

 

「今日は砲撃訓練だけど、ハードになるってどんな感じになるんだろ」

「うーん……やっぱり実戦訓練じゃないかな。体力も必要だけど、技術も必要だと思うし」

「だよねぇ」

 

 ここ最近はいつもやっている主砲のみの実戦訓練。それの延長線上になると思う。個人戦もチーム戦もやってきているが、それ以上に変わったことがあるのかも。

 

 改二になるためには艤装の影響に耐えられるようにするために身体を鍛える必要があるわけだが、空城司令は『ある程度練度を上げて、心身共に鍛えてからでないと出来ない』と言っていた。

 そのうちの1つ、練度を鍛えるのが実戦訓練だろう。戦いの経験を多く積み、臨機応変に立ち回れるようにすることで練度を上げる。的当てだけでは学べないことばかりだ。

 

「より実戦に近い訓練をするとか。やれるのなら他の鎮守府と演習っていうのもやってみたいけど」

「秋雲達に頼んでみるのは」

「本来のお仕事とは違う事だからダメそうだよね」

 

 諜報部隊は今日も近海調査。片方は痴女、もう片方は変態と酷い状況ではあるが、ではどちらでもない真ん中の海域はどうなっているのかというのがまだ調査出来ていないため、今日はそれをすることになるそうだ。秋雲も本業はそれなのだから当然それに向かう。

 だが、臨機応変を学ぶのなら知らない艦娘達と演習というのはいい刺激になると思う。経験はいくらでも積みたいものだ。

 

「ぽーい……おはよう……」

「夕立ちゃん全然起きなくて……」

 

 疲れ果てた顔の磯波が、髪の毛ボッサボサの夕立と共に食堂に現れた。今の今まで寝ていたらしい。当たり前だが、今日は休日ではない。私と沖波と一緒に改二になるための訓練である。

 私がこうなのだから、夕立も疲れは取れているはずだ。でも理解は出来る。目覚ましのおかげで起きれたが私も爆睡していたのだから、夕立ならこういうこともあり得そう。休み返上でって言ってたくらいだし、もしかしたら昨日は寝る前に部屋で運動とかしていたかもしれないし。

 

「ほら、今日も訓練だよ。さっさと目を覚ましな」

「ぽーい……あ、いい匂い」

 

 まだ寝ぼけ眼ではあるが、朝ご飯の匂いでどうにか目を覚ますことが出来たようである。

 

 

 

 そして砲撃訓練。私を含む改二候補の3人は、しばらくは同じ訓練を受け続けることとなる。

 だがそこで少し予想外のことが起きた。いつもなら阿賀野さんに見てもらっていたのだが、今日はお休み。それなら由良さんとか、重巡洋艦の2人とか、そちらが来るかと思いきや、まさかの人だった。

 

「今回は私が見ます」

 

 そこにいたのは霧島さん。しっかりと艤装まで装備してである。

 

「司令の指示で、貴女達をみっちり鍛えることになったわ。改二候補の3人と、磯波ね。貴女には改二は実装されていなかったと思ったけれど」

「私も提督に指示されていまして。同じ異端児駆逐艦ということで、今後もこの4人で組ませる可能性があるからと」

「なるほど、それなら問題無いわね」

 

 私の訓練に誰かしらが付き添ってくれたように、磯波は異端児駆逐艦最後の1人として私達の訓練に付き添ってくれるそうだ。一緒に強くなれれば嬉しい。

 改二が実装されていなくとも、訓練による底上げは誰にだって必要である。特に今回は、いきなり格闘戦を仕掛けてくるという想定外過ぎる敵が相手だ。鍛えられるところがあるのなら、徹底的に鍛えるべき。

 

「で、霧島さんが見てくれる中、何をやるのかな。4人いるし、2対2のチーム戦とか?」

「いえ、今回は深海棲艦の姫と戦う想定の訓練をしようかと思うの。見たでしょう、あのとんでもない強さを」

 

 嫌な思い出を掘り返されたか、夕立が身震いした。ギリッと歯軋りまで聴こえてくる。

 

 私達と同じ駆逐艦であろうあのヤンデレ姫は、艦種詐欺とも言える強さで次々と私の仲間を倒していった。夕立も、木曾さんも、青葉さんも、その艤装の剛腕により一撃でやられている。そこに主砲や魚雷まであるのだから、手強いことは理解しているつもりだ。

 しかし、それを想定した訓練とはどうやるつもりなのだろうか。ここには私達駆逐艦と、戦艦である霧島さんしかいない。

 

 え、まさか。

 

「なので、私が相手をします」

 

 霧島さんがここにいること自体が驚きだったが、その訓練方法はさらに驚きだった。駆逐艦が戦艦相手に戦いを挑むことになるらしい。

 私だけならず全員が驚いていた。夕立すらも、トラウマに触れられたことを忘れたかのような表情に。

 

「お、親分と戦うの!?」

「ええ、今度の敵は駆逐艦でありながら火力が戦艦に匹敵するんだもの。なら、戦艦が相手をするのが妥当じゃないかしら」

 

 何も言い返せないが、それは極論すぎやしないだろうか。親分発言を聞いても磯波が破裂しないくらいにまで動揺している。

 

「1対1、何でもあり(バーリトゥード)で行きましょうか。緊急事態への対応力を鍛えましょう」

 

 勿論主砲に装填されているのはダミーの弾だと言われたが、当たり前のことを言わなくてもいい。それですら直撃したら私達がどうなるかわからないというのに。

 さらには()()()()()を強調してきた感じ、やれることは何だってやればいいということ。砲撃訓練のつもりだったが、これは完全に演習だ。自分の手段を駆使して霧島さんを倒す。それが目的。

 

 ここに来た初日に陸奥さんと訓練をしている姿を見ているが、それはもう激しい戦闘だった。戦艦同士の戦いなのだから、一撃一撃の威力が桁違い。ハードとかいうレベルを超えている気がする。

 

「では、時間が惜しいので早速始めましょうか。最初は……陽炎、貴女で」

「うぇえっ!?」

 

 最初の()()()は私ということに。今3人がホッとしたのが手に取るようにわかった。あの好戦的な夕立ですらそれってどうなってるんだ。

 

 

 

 戦場で向かい合う私と霧島さん。他の3人はそれが見渡せる場所で訓練がどのように執り行われるかをしっかりと確認する。

 最初というのが一番緊張するというもので、霧島さんの出方がわかっていないというのが非常に大きい。さらには先日の戦いを目の前で見ているので、霧島さんの恐ろしさが理解出来ているのが緊張に拍車をかける。

 

「あの姫を想定した動きをするから、こちらも最初から出していくわね」

 

 霧島さんの艤装が変形し、盾のようなパーツが鋏の形状に。訓練とはいえ、あれに挟まれたら死ぬ。絶対に死ぬ。なので、攻撃に使ってくるにしてもそこまではしてこないだろう。だが、鋏であって盾でもあるのだから、私の砲撃はあれに阻まれるだろう。

 今回は何でもありというだけあって、艤装には魚雷も備え付けられている。当たり前だがダミー。当たったら痛いだけで殺傷能力はない。爆発しても空気が爆発するだけで、艦娘へのダメージが抑え込まれている妖精さん特製の一品である。

 

「勝てるイメージで向かってきなさい。私の動きを先読みして、防御の隙間を見極めるの」

 

 無茶を言う。だが、相手が霧島さんだからといって、最初から勝てないと考えていたら、勝てるものも勝てなくなってしまう。せっかく何でもありと言ってきているのだから、出来ることは全てやる。

 むしろこの訓練は、私が今出来ることを把握するためでもあるのかもしれない。何が出来て何が出来ないかがわかれば、そこを重点的に訓練出来る。

 

「じゃあ、始め!」

 

 爆音轟かせた砲撃が開戦の合図だった。私目掛けて飛んでくる戦艦の砲撃は即座に回避するが、同時に霧島さんは突撃してきた。

 格闘を最初から視野に入れた接近戦。掴まったら死。そうでなくても回避がよりしづらくなる。ならば近付けさせなければいいだけの話。

 

「この……!」

 

 早速備え付けと手持ちの同時砲撃。備え付けの照準は、あの動きを止めるために霧島さんの顔面に定めた。目を潰せば動きは止まる。人間ならそういうものだ。

 しかし、その砲撃は盾に阻まれた。攻防一体のその兵装は、突撃にも理にかなっているものだ。並の砲撃、特に一番威力が無いであろう駆逐艦の主砲なんて目もくれず、勢い殺さずに突っ込んでくる。

 

「なら!」

 

 基本的には足止めが必要だと私は考えた。故に、今度は魚雷も織り交ぜた。あの盾も足下までは防げないだろう。

 ここで私にしか出来ない技能を使ってみる。4連装の魚雷のうち、右の1本だけをピンポイントで発射。狙いは突き進む霧島さんの足。

 

「1本だけ……? 木曾に聞いてはいたけど、本当に器用なのね」

 

 当然そんなものさらりと避けられる。そこに回避した方向を加味した2発目。次は残りの3本を纏めて。真ん中の魚雷が霧島さんに当たるように調整。

 この咄嗟の判断もしっかり再現してくれる艤装に感謝する。私が従わせ、今では察する程にまで反応速度が速くなっているおかげで、これも実行に移せた。

 

「ふむ、なかなか考えた攻撃。回避方向を定めた後により当たりやすい攻撃ね。でも、3本しか無いのだから、これも簡単に回避が出来る。それに魚雷は()()()()()()()わ」

 

 仲間がいれば、その跳び越えた後の着地を狙った魚雷なんてことも出来るのだが、残念ながら今は私1人しかいない。なので、着地狙いの攻撃は主砲による砲撃になる。

 盾の届かない範囲を見極めて、備え付けの方で砲撃。そしてさらには、万が一盾がその砲撃に届いてしまうことを加味して、胴に向かってのブレ弾。2点同時の砲撃なら、片方は当たってくれるはずだ。

 

「上手。この短期間でよく考えられるようになってるわ。なら、あちらはこういうことをやってくるということも覚えておきましょうね」

 

 着地の瞬間に狙いを定めたものは、体勢を低くすることで盾によるガードが届くようになっていた。さらにブレ弾に対しては、逆に砲撃を放つことで相殺。

 あんなこと戦艦でないと出来ないだろう。威力がより高い砲撃だからこそ、私の砲撃は霧島さんに届かなくなった。

 むしろその砲撃が私に向かってきていたので、必死に回避する。戦場での動揺は死に繋がるのだから、予想外のことをされても心を落ち着けておかなくてはいけない。

 

「そんなのアリ!?」

「深海棲艦はこういうこと平気でやってくるわ。本能的にわかってるのかしらね」

 

 その間にかなり近付かれていた。手が届く程とまでは言わないが、ここで撃たれたら回避が非常に難しいという距離。

 

「お疲れ様。ちゃんと被弾しないと訓練は終わらないから、覚悟してちょうだいね」

 

 そして爆音。放たれた砲撃は私の胸に直撃。本来なら即死だがペイント弾のため、強烈な圧となって吹っ飛ばされた。

 

「うわばっ!?」

「女の子がしちゃいけない悲鳴になってるわよ」

 

 そんなこと言われても。

 激しい衝撃で肺の中の空気が全部吐き出すことになってしまい、一瞬呼吸困難になりかけた。すぐに何とかなるものの、胸をやられたというのはかなり苦しく、ぶっちゃけ潰されたかと思った。

 

「ひ、酷い目に遭った……」

「いえ、ちゃんと成長が理解出来たわ。貴女は咄嗟の判断力が優れているわね。この調子で行きましょう。貴女は強くなれるわ」

 

 起き上がれない私に手を差し伸べてくれた霧島さん。その手を取り立ち上がる。

 胸にはベットリとペイントがへばりつき、傍から見れば致命傷を受けているかのような見た目に。何故ペイントを赤にしたかな。

 

「では次、沖波。来なさい」

「は、はい!」

 

 私のやられっぷりを目の当たりにしたため、若干萎縮してしまっている沖波。磯波も顔が引き攣っていた。唯一夕立だけはやる気満々で鼻息荒く待ち構えていた。

 

 

 

 結果的に午前中の訓練では霧島さんに傷一つつけることは出来なかった。4人が4人、ペイント塗れにされる羽目に。

 それでも、自分が急成長しているのは実感出来る。回を重ねる毎に、動きが洗練されているようにも思えた。

 

 この調子で突き進んでいきたい。

 




霧島親分のかわいがり。少し大きめな設定の陽炎の胸に、ダミーとはいえ戦艦主砲の衝撃が直撃したら、これ呼吸困難になるのでは無かろうか。


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異端児の天使

 霧島さん主導による実戦訓練に参加する私、陽炎。異端児駆逐艦4人で参加させてもらっているそれは、戦艦である霧島さんに対して1人で立ち向かうことで、自分より強い者と戦う経験を得ることになった。

 練度を上げるという目的であるため、あらゆる戦闘の経験は必要だ。今までは駆逐艦同士の実戦訓練しかしていなかったが、こういうのも悪くはないとは思う、いくらダミーのペイント弾とはいえ戦艦の主砲をモロに受けるのは恐ろしいものを感じた。

 

 午後からは2人がかりのチームプレイを取り込み、霧島さん1人に対して誰かと組んで立ち向かう。相方次第で立ち回りが変わるため、それはそれでいい経験となる。

 やはり相方が変われば戦い方が大きく変わる。夕立が相方の場合は、それをバックアップするような形に、沖波と磯波が相方の場合は、私が前に出る形になる。

 

「くっそー! 結構いい感じだと思ったんだけどなー!」

「ええ、本当にいい感じだったわ。ちょっと危なかったもの」

 

 霧島さんに褒められたのは、私と磯波のペア3回目。私の主砲2つによる砲撃と磯波の砲撃がドンピシャで交差したことで、霧島さんのガードが崩れかけたタイミングがあった。盾を両方使わせつつ、強引な回避を選択させたのは大きな進歩。

 結果的に私の砲撃をどうにかするためにまたもや砲撃されたことで、それの直撃を受けてこの訓練は終わってしまったのだが、今までにない噛み合い方をしたのが実感出来た。

 

 ここで夕立沖波ペアと交代。あちらが訓練中は休憩になる。その間にさっきのことについて磯波に聞いておこう。

 私が合わせたわけではない。個人技に頼ろうとしていたわけではないが、連携はまだ難しい。そこに最高のタイミングで砲撃が飛び込んできたのだから、惜しいところまで行けたのは磯波のおかげだ。

 

「凄いね磯波。私の撃つタイミングわかったの?」

「うん、陽炎ちゃん、ちょっと撃つ前にクセがあるから」

 

 全然気付かなかった。多分反動を軽減しようとして身体が傾いたり力んだりしているのだと思う。それこそ無意識に。それを後ろから見て、僅かな変化を見逃さなかったわけだ。

 

「もしかして、みんなのクセがわかってたりする?」

「えっ、う、うん。覚えてるところ。私はサポートをすることが多いから、そういうところで役に立ちたいなって」

 

 なんていい子なのだろう。自分は裏方であると自覚しつつ、努力を怠らないその姿勢、見習うところばかりではないか。

 磯波は今までも主力のサポートに徹することが多かったのだろう。そしてそこに自分の居場所を見出している。磯波に背中を守ってもらえれば安心と思えるほどに。

 

「私は特徴が無いのが特徴だけど、みんなの力になれるのならなりたいんだ」

「凄いなぁ。私はまだ自分のことだけで手一杯なのに」

「そ、そんなことないよ。私も生きていくのに精一杯で」

 

 うーん、謙虚。磯波がもっと自分に自信が持てるようになったら大化けに化ける気がする。

 

「陽炎ちゃんの方が凄いよ。まだここに来て1ヶ月ちょっとなのに、こんなに動けるんだもん」

「私は本当に自分の力か疑問だけどね……」

 

 そもそも私が艦娘をやれているのは、赤い深海棲艦に分霊されているからという可能性が高い。むしろそうとしか思えない。9年間何も無かった理由はわからないが、10年目の今に突然目覚め始めたから艦娘として活動が出来ているだけ。私の実力の部分がどれだけあるのかはわからない。

 だが、磯波はとても優しい顔で私に微笑みかけてくれた。それだけでも不安が取り除かれるような感覚。

 

「全部陽炎ちゃんの力だよ。艦娘になれたのは、その、目覚め始めたせいかもしれないけど、そこからは陽炎ちゃんの努力の成果だと、私は思うな」

「あはは、磯波にそう言ってもらえると、何だかすごく自信が持てちゃう」

「私の言葉で自信を持ってもらえるのなら、私も嬉しい、かな」

 

 なんだこの天使。周りを笑顔にさせる力でも持っているのだろうか。

 

「あ、夕立ちゃんが……」

 

 そうこうしている内に、霧島さんの砲撃をモロに喰らった夕立が吹っ飛ばされていた。相変わらず霧島さんがやたらめったら強い。私達がまだまだというのもあると思うが、それ以上に艦種の差が大きい。

 案の定、霧島さん本人には掠ってもいなかった。当てられる隙を見ながらの攻撃だったが、痺れを切らした夕立が無茶な突撃をしたようである。結果、回避しきれずにアレである。沖波も苦笑するしかない。

 

「夕立、もう少し落ち着きを持ちなさい。急いては事を仕損じるとも言うでしょう」

「うー、だってぇ!」

 

 これはもう性格の問題だと思う。人の話を聞かずに、話している最中でも攻撃を始める夕立は、そういうことが待てない。短気というわけではないだろうが、好戦的な性格がそうさせているのだと思う。

 センスはあるし、あらゆる戦闘行動に対しての順応が早いのだから、そこは待って相手の動きを見たほうがより勝利に近付けると思うのだが。

 

「沖波は判断が遅いわ。夕立に振り回されるのはわかるけれど、常に教科書通りとはいかないわ」

「は、はい、わかりました」

 

 対する沖波は本好きという性格からか、教科書通りの動きしか出来ていないらしい。今まではそれでも充分戦えていたのだろうが、今回の姫連中は想定外の動きをやたらしてくる。そこから考えると、もっとアバウトに、臨機応変な対応力が必要になるだろう。

 

 そこからまたしばらくチーム戦を繰り返し、大分疲れが溜まってきたところで霧島さんが訓練を止める。

 

「さて、これで全員の課題は上がったんじゃないかしら」

 

 この辺りで訓練は終了。私達は余すとこなくペイントで塗りたくられているような状態。対する霧島さんは艤装以外は綺麗なものであった。

 休憩時間は挟んでいたものの、数時間戦い続けてコレ。さすがは鎮守府の主力戦艦である。

 

「夕立、貴女は落ち着きを持つこと。勝ちたいのなら、ゆっくり腰を据えて考えることも大事。実力を過信しているような素振りは無くなったようだけど、稀に無謀な突撃があるからそれを控えなさい。それだけでかなり良くなるわ」

「ぽーい……」

 

 夕立は基本的に精神鍛錬が必要なのではと思う。戦えるのに妙に先走ろうとするから悪い方向に行くだけ。早く終わらせたい気持ちはわかるが、もう少し落ち着こう。

 

「沖波はさっき言った通りね。基本に忠実なのはいいことだから、次は応用に移りなさい。深海棲艦も日々進化しているようだから、それに即対応出来るようにすること」

「はい。アドリブ力をつけます」

 

 沖波は本人の言う通りアドリブ力。その場その場で最適な行動を決定する力が不足していると判定された。それさえ身につけば、沖波は攻めにも守りにも配置出来るだろう。

 

「陽炎はやっぱり経験ね。咄嗟の判断は出来ているから、それを活かせるように私以外にも鍛えてもらった方がいいと思うわ。ある意味、沖波と逆ね。基礎が浅いからどうしても応用に影響が出てしまってる」

「経験を言われると辛いなぁ」

 

 私はやはり経験不足が響いている。夕立のように類稀なるセンスで賄えているわけでも無いため、地道な努力が必要不可欠。時間が足りない時に時間が必要なところを指摘されるのはなかなかに辛いものであるが、こればっかりは仕方ない。

 

「磯波は……正直あまり言うことが無いのよね。自分の役割を理解して、それに対する動きも出来ているもの。強いて言うなら、1人で戦う時に折れやすいというところくらいかしら。その辺りもキチンと鍛えておいた方がいいと思うわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 これだけやって、霧島さんにボコボコにされたものの、磯波はほぼ指摘無し。個人戦になると途端に脆くなるものの、艦隊はチーム戦。個人戦になることの方が少ない。万が一の時のために、1人でも戦えるようにした方がいいとは思うが。

 

「以上。今日はお疲れ様。しっかり身体を休めてちょうだいね」

 

 これにて霧島さんからの訓練は終了。身体はボロボロになりながらも、心は充実していた。

 

 

 

 訓練後はそのままお風呂へ。この4人で行動するのも慣れてきたものだ。

 

「落ち着く、落ち着くってどうすればいいっぽい?」

 

 霧島さんからの課題で頭を悩ませる夕立。今までが直情的に感性のままに戦ってきて上手くいっていたから、その辺りがよくわかっていないのだと思う。戦闘なのだから昂揚するのはわかるが、それを常にしてしまうと、いざという時に冷静になれない。

 

「心を静かにすること……かな」

「でも戦闘中って頭の中熱くなるっぽい。カーッてなって、敵をボッコボコにしたくなるよ?」

「気持ちはわかるけど……冷静に、冷静にね」

 

 磯波が簡単に説明するが、夕立には難しい様子。戦闘中に冷静になれという行為自体が、夕立の中には無い概念のようだ。

 

「心を落ち着ければいいから……そうだ、陽炎ちゃんの匂いを感じたら落ち着くんだよね……?」

「うん、寝る時とかだけど」

「その時の気持ちを思い出せばいいよ。私も落ち着けるし」

 

 またもやD型異端児特有の発言。夕立も言っていたけど、その落ち着ける匂いというのは何なのだろう。

 

「私には感じ取れないんだけど、どんな匂いなの?」

 

 それがわからない沖波が問う。私も知りたい。

 

「とにかく落ち着けるっぽい! 最近はその匂いもちょっと強くなってて、今もするんだよ?」

「理屈はわからないけど……アロマみたいなものなのかも。表現は出来ないけど落ち着けるというか」

 

 それだけ言われてもわからないものはわからない。以前に由良さんにもアロマと言われたが、そういう感じに落ち着ける匂いなのだろうか。表現出来ない匂いがアロマになるとか聞いたことが無いし。概念的に落ち着けるということで考えればいいか。

 

「パジャマパーティーの時とか、すごく気持ちよく寝られるの」

「夕立は悪夢見たけど、でもすぐに落ち着けたよ。毎日ゲロちゃんの匂い嗅いでたいくらい」

 

 言いながら夕立が抱きついてくる。お風呂なのだから当然全裸なわけで、夕立の豊満なそれがやたらと押し付けられることに。首筋の辺りでクンカクンカと匂いを嗅がれて、正直複雑な気分。

 今までのことから考えると、この匂いも赤い深海棲艦から分霊された影響と考えるのが妥当。なら、赤い深海棲艦もそういった匂いを漂わせていると考えるのが良さそうである。もしかして、感じ取れる方がまずいのでは。

 

「とにかく、夕立ちゃんはそうやってでも落ち着いた方がいいと思うよ」

「でも戦闘中はそんな余裕ないっぽい。戦いたいし、火薬とかの匂いでいっぱいだし」

 

 戦闘中に抱きつかれるわけにはいかないし、常に同じ場所で戦っているとも限らない。私がいないと落ち着けないと言われても困る。

 

「……ハンカチか何かを借りるとか?」

「ゲロちゃん、汗の染み込んだハンカチちょうだい!」

「変態か!」

 

 それは流石に倫理的によろしくない。そんなのあのヤンデレ姫に近い変態になってしまう。そんな夕立は見たくない。磯波もよくそんな案が出たものである。

 そう説明したら、あんなのと同じになりたくないと嫌悪感を露わにした後に拒否した。危ない危ない。

 

「私に頼らず1人で落ち着けるようになってよね」

「ぽーい……オキやソナーはどうやって落ち着いてるの?」

 

 自分で出来ないのだから他人に頼るというのはいいことである。

 

「私は……艦娘の心得を思い出す……かな。熱くなってたらみんなを護ることは出来ないって思って」

 

 いやホント磯波は天使すぎる。自分のことより他人のことを考えて動いていそうなので若干危うさもあるものの、その優しさは艦娘として絶対に備えていなくてはいけないものだ。それで心を落ち着けることが出来るのだから、磯波は艦娘になるべくしてなったとさえ思える。

 とはいえ異端児なのは気になるところではあるのだが。優しすぎて異常値出してしまったのだろうか。異常値が出る理論がわからないので何とも言えないが。

 

「あ、私もそれ。磯波ちゃんから教わったんだよね」

「うん……最初の頃にね」

 

 なるほど、なら私も変に頭に血が上ってしまった時には、同じように艦娘の心得を思い出すようにしよう。私達は破壊者ではなく守護者であると。

 

「わかった。夕立もその方針で行くっぽい」

「うん、それでいいと思う」

 

 なんて言いながらもとりあえず落ち着くために匂いを嗅ぎ続けているのはやめてほしかった。それでなくても犬みたいな夕立が、余計にそういうものに見えてしまう。

 

 結果的に夕立も心を落ち着ける方向を見出したようで何よりである。それも磯波のおかげだ。

 磯波は今後も良心として燦然と輝き続けてくれるだろう。サポーターとしても完璧だし。

 




磯波は天使。少し内向的ですが、周りのことをずっと見ているサポーター向きの子。個人技は苦手でも、戦場ではそういう子の方が重要だったりします。


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幼馴染み

 砲撃訓練の翌日、雷撃訓練かと思いきや、ここ最近休日を取っていなかったため、丸一日休みということになった。異端児駆逐艦の4人は突然のお休みとなる。あれだけハードな訓練をしてきたので、尚のこと休日は大事だと空城司令に諭された。

 実際、身体がガタガタになるくらいの体力作りと、痛みが残りそうなくらいの実戦訓練をこなしてきたのだから、薬湯だけでは疲労が抜けていないかもしれない。知らず知らずに蓄積されている可能性だってあり得る。ガッツリ休む1日があってもいいだろう。

 

 夜のうちに休みを通達されたためか、夕立は目覚ましもかけずに爆睡。朝ご飯の時間にも起きてこなかったが、休日はいつもこんな感じなのか。昨日も磯波に起こされてなんとか来たくらいだし。まぁ昨日の霧島さんの訓練は相当キツかったのは理解出来る。休日返上とか言っていたのが嘘みたい。

 磯波は久しぶりに花壇の手入れをすると言っていた。そのままにしていても基本的には何もないのだが、定期的に愛でたいと言っていた。花壇の拡張までは考えていないようだが、自分で植えた花の成長を楽しむことで癒されるのだとか。心の休息を優先した様子。

 

 そして私、陽炎はというと、沖波と一緒に資料室に来ている。勿論、ここの資料を読むためだ。

 昨日の霧島さんからの教えで、浅いと言われた基礎の部分を資料で埋めたいと思っていたのだが、それを基礎が完璧な沖波に相談したところ、自分は資料室でいろいろ調べた結果を体現したのだと教えてくれた。

 それを自分の身で実行するというのがそもそも技術がいるわけだが、知らないより知っておいた方がいいだろう。それに、ここ最近は資料室に来ることもなかったので、また読書で休日を過ごすのもいい。

 

「結構あるね、そういう指南書」

「うん、やっぱり知識から入れてくって人はいるからね」

 

 本好きを公言するだけあって、なんだかイキイキしている沖波。本棚に並ぶ本を見ているだけでも楽しそう。知らない間に誰かが持ち込んだという新しい本が増えていることもあるので、私に指南書の場所を教えてくれた後はそれを探しに部屋の奥に向かった。

 

「さて……と。じゃあ、読んでいきますか」

 

 自分に必要そうな指南書を何冊か手に取り、読書スペースでパラパラと眺めることにした。とりあえず午前中はこれに使おう。午後からは身体を休める方向で。

 

 指南書というだけあって、なかなか奥が深い。基礎を知るために読んでいたが、そこからまるで漫画のような技術まで掲載されているところまで見つけた。これやれるの何人いるんだ。技術だけ書かれていて実現させられる艦娘はいないのではというのもある。

 それでも接近戦のことは書かれているものはないので、霧島さんが独自であの考えに辿り着いたということがわかった。

 

「はぁー……凄いなぁ」

 

 結果的に漫画を読んでいるような感覚に。最終的には実際にやってみないとわからないものである。今の自分どころか、今後の自分でも出来るかどうか。

 

「どう? 結構いい本が揃ってると思うけど」

 

 本を何冊も抱え、ホクホクな笑顔の沖波。いわゆる乱読というヤツなのだと思うが、ジャンルがバラバラ。小説やら漫画やらが手当たり次第積まれている。本が好きと言ってもこれはまた凄い。これを全部読むつもりか。

 

「私の知らないことも書いてあって面白いよ。でも、読むだけじゃ身にはつかないよね。知識として持っておくのはいいと思うけど」

「まぁそうだよねぇ」

 

 隣に腰掛けて、一番上の本を手に取りめくる。どう見ても少年漫画の類である。興味があって読んでいるのか、そこにあったから読んでいるのかは定かではない。

 そして読むのがやたらと速い。秋雲の持つ瞬間記憶とは違いそうだが、速読で次々と本をクリアしていく。あれで内容が理解出来ているというのなら凄いことだ。

 それでも、ニコニコしながらページをめくる様子は、読書という行為そのものを楽しんでいるように見えた。これが沖波の癒しの時間なのだろう。休日だからこそ心が休まる1日を送る。

 

「その読んだことを、自分がやってる風景としてイメージしてみるのがいいよ。それで身体が動いてくれれば万々歳だし」

「確かに。霧島さんも出来る出来るとイメージして乗り越えるって言ってたし、木曾さんもこうやりたいってイメージして実行するって言ってたなぁ」

「だから、そういうの覚えておけば役に立つよ。現に私が役に立ってるもん。記憶の隅に置いてあるだけで、咄嗟の時に引き出せる時もあるからね」

 

 指南書に書かれていることを覚えておいて、実戦で活用する。常に何かしらイメージをしつつ、それを実現する。私の艤装ならそれもやってくれそう。

 

「まぁ結局のところ、私自身が強くならなくちゃダメなんだけどね」

「それは……うん、当たり前のことだね」

 

 苦笑された。艤装が再現してくれるのなら、それに応じられるように私も強くならなくては。私に力が無ければ、応じてくれている艤装に振り回されることになる。反動制御とかその辺りで、実際やりたいことがやれなくなるとなるのは流石によろしくない。

 普段やっていない姿勢で砲撃するだけでも身体への負荷がとんでもなくなる。そればっかりは自分の身体次第だ。

 

「でも、基礎は覚えておきたいから今日はガッツリ読むよ。とりあえず午前中は覚え込んでいこうかな」

「うん、いいと思う。休めるかはわからないけど」

「午後はしっかり休むよ。全部勉強に使ってたら休めるものも休めないからね」

 

 そこからはお互い、静かに読者タイム。集中して読んでいるからか、物凄く静かな時間を過ごしていた。資料室は防音になっているのか、外の音が全く聞こえないというのもあって、より深く集中出来た。

 合間合間に沖波が指南書の解説をしてくれたりするものだから、私の基礎知識は劇的に増えたと思う。1人で本を読んでいるよりも確実に勉強になった。

 正直、今すぐにでも実践に移りたいと思ったが、今日は休日。おそらく空城司令も許してくれないだろう。今覚えたことをしっかり反芻して、やれるのなら明日以降に実践してみる。寝て起きたら忘れてるなんて無いように、しっかりと読み込んだ。

 

「ふぅ……有意義な時間だった」

 

 そして沖波は、私に説明しながらでも積んでいた本を全て読み終えていた。漫画だけでなく小説もあるのだが、それにすら目を通したというのか。

 あまり見たことのない、満足げな笑みを浮かべているため、本人の言う通り有意義な時間だったのだろう。

 

「あ、もうお昼時なんだね。時間が進むのも早いや」

「それだけ集中してたってことでしょ。ホントに本好きなんだね」

「うん、大好き。特に小説が好きかな、舞台を想像しながら読むのが楽しいんだ」

 

 なるほど、だから指南書を読んでいても、それをイメージして実現させることが出来るわけだ。元よりそういう形で想像力を鍛えていたようなもの。本好きには一番いい鍛え方になっているのだ。

 

「この戦いが終わったら、自分で書いてみるのもいいかなって」

「沖波、そういうのって死亡フラグなんじゃないの?」

「あ……い、今の無し!」

 

 戦いの後のことを口走るのは良くない。実現しなくなる確率がグーンと上がる気がする。なので即座に撤回。これで立ったフラグが下りればいいのだが。

 とはいえ、夢を持つことはいいことだ。戦いが終わった後のことを考えるのも、命を大切にする理由になる。

 

 私はこれが終わったら、一体どんな生活をしているだろう。今はなかなかピンと来ないものだ。

 

 

 

 昼食の時に、ようやく目を覚ました夕立と、花壇の手入れをしていた磯波と合流。もうこの4人で集まるのが当たり前になってきた。今の訓練のメンツでもあるし、同じ異端児ということで何だかんだ一番仲の良いメンツだ。パジャマパーティーをやるくらいだし。

 

「お腹ペコペコっぽーい」

「朝も食べずに昼まで寝てるからでしょ」

 

 そうそう起きないとは思うが、緊急事態が起きたらどうするつもりだ。起きる暇もなくそのまま、なんて事だってあり得るというのに。空腹状態でまともに戦えないとかになったら目も当てられないと思うのだが。

 

「今日はやっぱり、資料室に篭るの?」

「それでもいいんだけど、新しく入ってた本は全部読み終わったんだ。だから、午後からは身体の方をしっかり休めようと思う」

 

 沖波だって私達と同じ訓練をしているのだから、同じように疲労が蓄積されていてもおかしくないのだ。本を読みたい気持ちの方が先走ったようだが、今までとは違う程の疲れを感じていてもおかしくない。

 

「ならお昼寝っぽい? ぽい?」

「夕立ちゃん、まだ寝るの……?」

 

 呆れるものだが、私達はそれでもいいかもしれない。読書で心を癒して、昼寝で身体も癒す。休日としては完璧ではないか。眠たいというわけでは無くとも、目を瞑れば自然と眠れるような気がする。

 

「本を読んで目も疲れてるし、目を休めるためにもお昼寝でいいかも。陽炎ちゃんはどうする?」

「私もそれでいいよ。午前中は勉強で使ったからね」

 

 私の場合は頭も疲れているかも。せっかくの休日なのだから、ちゃんと休まなくては。別に寝足りないというわけではないのだが、寝ることが一番の癒しだと思うし。心身共に休むのが休日。

 頭脳労働の疲労は、身体が疲れるよりも後々に影響しかねない。ここでしっかり休んでおいて、明日に備えよう。夕立ほど寝続けることは無いとは思うが。

 

 ということで、昼食後はお昼寝となり、以前私がうたた寝した外の木陰に来ることに。日陰で涼しく、潮風が気持ちいい。前はここで座っていただけでも眠りに落ちたものである。

 夕立は私の匂いで落ち着きたいと言いながら真横に座った途端に即落ち。騒がしいと思ったらすぐに静かになり、3人で苦笑。昼になるくらいまで寝ていたというのに、まだ寝足りないか。自由気ままにも程がある。

 そして磯波もそのままうつらうつらとしていた。こちらも私の匂いで落ち着いたのだろう。午前中はずっと花壇の手入れをしていたから、それでまた疲れていたようだし。昼寝のためにここに来たのだから、そのまま眠っても誰も咎めない。

 

「孤児院の時もこういうことあったよね。いい天気だから外でお昼寝しようって」

 

 2人だけが起きている状態になり、ポツリと沖波が溢す。

 

「あったあった。ビニールシート敷いてね」

「ちょっと背中が痛くなっちゃったけど、気持ちよかったよね」

 

 沖波とは幼馴染み。その時の記憶が蘇るようだった。

 

 孤児院で一緒にいた時、5年前までだから私達はまだ10歳よりも小さい。おそらくここの海防艦よりも幼いくらいだ。孤児院のみんなはたまにケンカするけど基本的には仲が良く、私と沖波もいい仲だったと思う。

 やることというのは大概みんな同じこと。勉強はみんなでやるし、遊ぶこともみんなでやる。先生1人に子供沢山という共同体なので、管理のためにも同じことをしてもらうというのが一番なのだろう。だから、昼寝も一緒にしていた。

 

「なんだか懐かしいよ。こうやってひーちゃんと外で並んで寝るなんて」

「だねぇ。おっきーが出て行った後は寂しかったよ。卒院ってのは毎回寂しくなるけどさ」

 

 思わず艦娘とは違う呼び名が出てしまっているが、気にしないことにした。今は誰も聞いていないし、ちょっとした禁止事項も大目に見てもらう。

 仲間の1人が抜け落ちるというのは、それだけでも寂しいものだった。誰だって例外は無い。もしかしたら今の孤児院にも、私が抜けたことで寂しがってる子がいるかもしれない。

 

「お婆ちゃんに引き取られた後もね、何度も孤児院のこと思い出したよ。みんな元気かな、また遊びに行きたいなって」

「来たくても来れなかったんでしょ」

「うん。前にも言ったけど、ちょっと向こうでも忙しくて」

 

 学校に通わせてもらったというのもあり、勉強やら何やらで忙しかったんだと思う。あとは眼鏡をかけることになるほど本を読んでいたようだし、そもそもが場所がそれなりに離れた場所。孤児院まで来るのにだって時間がかかるだろう。

 卒院した人達はやはりそういう人が多い。今生の別れになりかねないこともある。だからこそ、こんな場所で再会出来たことを大いに喜んだ。

 

「さっきのフラグじゃないけどさ、戦いが終わったら孤児院に顔を出したいなって思うよ」

「大丈夫? 次々とフラグ乱立して」

「いいのいいの。それを叶えるために頑張って行こうって思えるんだから」

 

 もう開き直っていた。死ななきゃいいのだから、前向きに生きた方がいい。

 

「じゃあ、私達も寝よっか」

「だね」

 

 その日のお昼寝は悪夢も見ず、気持ち良く寝ることが出来た。

 

 沖波と一緒にいると落ち着ける気がする。幼馴染みという存在が、私の心を落ち着ける一因になってくれている。

 




陽炎と沖波って史実では一切関係ないんですが、ここではこんな組み合わせに。そういうことしてもいいのがこういうお話の醍醐味。


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一抜け

 休日を終えた次の日からはまた改二になるための訓練に勤しむ私、陽炎。次は雷撃訓練。木曾さんと由良さんの2人がそれを受け持ってくれており、その雷撃を躱しながら、こちらも雷撃を決めていくという、こちらも実戦形式の訓練となった。

 おかげで終わったあとは上から下までビショビショ。事前に水着を中に着てこいとも言われていなかったため、大変に恥ずかしい思いをすることに。多分一番えらいことになってたのは磯波。

 その姿を写真に収めようとしていた青葉さんは、木曾さんと由良さんからお叱りをうけていたようだが、詳細は知らない。諜報部隊はゴシップ誌か何かか。

 

 その翌日は哨戒任務。訓練ばかりでは練度は上がらないということで、あらゆる経験を積むために任務に参加。戦闘が無いとしても、海上を動き回る経験になる。

 旗艦衣笠さんと阿賀野さんに連れられた異端児駆逐艦4人は、結果的に交戦もせずに哨戒は終了。事前に諜報部隊が調査していたというのもあるが、現状では領海内で深海棲艦の発生を確認していないとのこと。敵は全て領海外である。

 ある意味不完全燃焼になったからか、夕立は残念そうな顔をしていた。戦えないことが残念というのはあまりいいことでは無いと思うが、実戦経験が積めなかったのは少しだけ残念かも。

 

 そしてさらにその翌日。改二候補の訓練が始まって、休日含めて5日目。練度の上がり具合を検査したところ、嬉しい通達があった。

 改二候補駆逐艦である3人が執務室に呼び出され、それを話される。空城司令も少し嬉しそうにしていた。

 

「沖波は改二改装に耐え得る練度になったようだ。今日中に改装するよ」

「ほ、ホントですか!?」

「ああ、ギリギリ届いたようだね。おめでとうさん」

 

 沖波はついに改二への改装に至ることになった。昨日の任務が最後の一押しになったようである。その通達に、沖波は驚きと同時に大喜びだった。辛い訓練から解放されるからだろうか、心の底から感情を露わにしたように見える。

 

「夕立はあと少しってとこだそうだ。陽炎はまだまだ遠いね。頑張んな」

「それは新人なんだから仕方ないね。早く追いつけるように頑張るよ」

「ああ、奴と交戦してそろそろ1週間だ。いつ鎮守府を襲撃してもおかしくはないからね」

 

 それに向けて訓練や任務をこなしているのだから、早いところ成果として改二になりたいところだ。一番最後になることも致し方ないこと。

 

 で、沖波の改二のこと。艤装の改修を午前中にするため、訓練はお休み。その間に制服すらも変わるらしく、採寸やら何やらが始まるそうだ。人によっては大分様変わりすることもあるらしく、沖波はもしかしたらそういう系統に含まれるのかもしれない。

 

「いいないいなー。オキ、一番乗りっぽい」

「あはは、私には元々の積み重ねがあったから」

 

 元々改二改装待ちの異端児駆逐艦の中では一番の古参。最初から練度に差があったというのはあるが、ここ最近のハードな訓練が後押しになっていた。

 確かに私も実感出来るレベルで成長している。ほんの少しだけだが、身体の至る所の筋肉が育ってきているようにも思えた。見た目はそんなに変わらなくとも、同年代とは雲泥の差になっているのではなかろうか。

 それでも、時間という壁は簡単には越えられない。沖波の積み重ねは、私や夕立とは違う。ましてや同じ訓練をしていたのだから当然だ。

 

「沖波は工廠で待機。妖精達に採寸してもらいな。陽炎と夕立は今日はまた体力作りだ。速吸が待ってるよ」

「また遠泳なんだよね……っし、頑張るぞ!」

「ぽいー……でも強くなるためだもんね。夕立も頑張るっぽい!」

 

 こちらは沖波の改二改装を待つ間に1回訓練を挟む。今の時間からしたら、おそらく午前中いっぱいを使うことになる水平線までの遠泳だ。

 確実に身体がガッタガタになることが確定しているものの、沖波の改二が確定したことで私も夕立もやる気満々だった。

 

 

 

 案の定疲れ切った状態でお風呂に浸かり、ある程度回復したところでお昼ご飯を食べに食堂に入ったところ、既に採寸が終わって改二制服を着ている沖波がみんなに囲まれていた。

 

「あ、みんな、お疲れ様」

「制服変わってるね。それが改二用?」

「うん、すごく変わったってわけじゃないけど、やっぱり新しい制服って気が引き締まるね」

 

 沖波を除いた異端児駆逐艦3人でその様子を見に行くと、手を振って出迎えてくれた。

 色合いは全く変わっていないのだが、ボレロのようなジャケットが追加されていたり、タイツがニーハイソックスになっていたりと、本人が言う通り以前と近しい制服ではあるものの、要所要所が変化している。

 

「一応これはフィッティングってものらしくて、実際に艤装装備してからまた変わるかもしれないんだって。改二が身体に影響与えちゃって、ちょっと変わるかもしれないそうだから」

「そんなことあるの!?」

「うん、衣笠さんにいろいろ聞いたんだ」

 

 実際は衣笠さんではなく加古さんがそうだったらしい。衣笠さんと話をしたのは、同じM型異端児の改二だからのようである。

 

 加古さんは今でこそセーラー服の下に真っ黒なサラシのような帯を巻きつけているようなスタイルなのだが、元々は身体を覆うようなインナーの予定だったらしい。しかし、改二になった時に艤装の影響で身体が急成長してしまい、それが着れなくなったことで今のスタイルになったのだとか。

 そんなこともあるのかと驚く一方、髪の色にダイレクトに触れてくることも考えると身体そのものに影響を与えるのもあるかと納得できる。木曾さんとか片方の目だけ金色に変色していたくらいだし。

 

 ただでさえ艤装側からの影響で髪の色が変わってしまっている沖波だ。可能性としては無くはない。急成長なんてこともあるかもしれない。それこそ、今着ている服のサイズが合わなくなることだってあり得る。

 

「そこまでのはあんまり無いらしいんだけどね。いろいろと覚悟はしとけって言われちゃった。変化は無くても、結構身体に負荷がかかるらしいし」

「じゃあ、この沖波が見られるのは最後になるかもしれないんだ」

「かもしれないってくらいだけどね」

 

 それが喜ばしい変化かどうかはわからないので、やってみるまでは緊張感がある。ただでさえ、何事もなくても身体に負担がかかると言われたら緊張もする。

 

「改二になったらどれくらい強くなるんだろうね」

「なんか、主砲とかも大改造されてるらしいよ。全部パワーアップしてるって思えばいいんだって」

 

 それだけでも沖波は私達の中で一段階先に行ってしまうように思えた。羨ましいという気持ちも無くはない。

 そもそもこの鎮守府では初めての駆逐艦改二。いろいろと期待も大きい。古参を飛び越えてしまっているのを少しだけ気にしつつも、今の敵を倒すためには強くならなくてはと決意もしている。

 

「私達も頑張らないとね」

「ぽい!」

 

 沖波に早く追いつきたい。夕立はあと少しと言われていたが、私はまだまだだ。それでも焦らず、確実に成長していきたいと思う。

 

 

 

 午後、訓練の前に沖波の改二改装の最終段階、艤装装備となる。これは大きなイベントのようで、全員が見守る中で装備することになった。諜報部隊もそれを見に来たようで、青葉さんはカメラを構え、秋雲もしっかりスケッチしようとしている。

 そのせいで妙に緊張してしまっている沖波。空城司令もそれを察したようで、散れ散れとある程度の者を残してその場から撤収させた。で、選ばれたのは駆逐艦全員。秋雲は一応許された。

 

「アンタは初回で影響を受けているからね。多少は慎重にならざるを得ないんだ」

「ですよね。髪の色が変わるくらいですから、今回も何かしらあるかもしれません」

「危ないと感じたらすぐに言うんだよ。こちらでも数値は見ながらやるがね」

 

 勿論、整備長と夕張さん監修での改装である。艤装そのものの出立も少し変化しているため、最初にやるリンクと同じようなことをする必要もあるようだ。1回目の改装とは訳が違う。

 

 沖波の艤装はリュックサック形式。背中に接続されるものの、さらにバンドを肩に通して固定するタイプ。おそるおそる接続部分に背中を押しつけて背負うと、目を瞑って集中。そして、イメージ。

 

「っあ」

 

 ピクンと身体が震えた。今までとは違うリンクのされ方に、沖波の身体が反応したようである。そして、艤装側からの影響が一気に入り込んだ。何度か震えているところを見ると、艤装側からの影響はかなり大きい。リミッターを外していると空城司令が表現しているだけある。

 やはり改二というのはそれだけ身体に負担がかかるということだ。最初のリンクにかかった時間と同じだけ、その負担を感じ続けることになるようだ。

 

「秋雲、ネタに使おうとか思ってないよね?」

「嫌だなぁゲロ姉、秋雲さんだって弁えますぜ」

 

 今の沖波の様子をスケッチしている秋雲に釘を刺しておく。体力作りの時もあるので信用ならない。

 

 そうこうしている内に、艤装から沖波への負担が終了。おおよそ1分強。

 

「うっ、んん……大丈夫です、少しピリッと来ましたが、気分が悪いとかは無いです」

「段違いの影響だが、ちゃんと練度も達しているからね。余程のことが無い限り大丈夫さね。それに、最初と同じで1回やりゃ後はもうそんなことになる心配は無いよ」

 

 装備した状態で動いてみるが、今までとは同じように動けている。艤装は変化しても、しっかりとリンクが出来ているようで安心。

 

「身体も何も変わっていませんね。制服もそのままで大丈夫です」

「そいつは良かった。じゃあ次は武装の方だ。持ってきてやってくれ」

「はーい、ちゃんと持ってきてますよ」

 

 夕張さんが運んできたのは改良された主砲。沖波専用にチューンナップされた手持ちの主砲らしく、以前使っていたものからさらに火力やら何やらが強化されているらしい。

 

「改二になりゃあ、反動軽減能力も上がってるはずだ。それも加味して、うちの若い衆がチューンした傑作だからよ。沖ちゃん、しっかり使ってやってくれい」

「ありがとうございます。早速使わせてもらいます」

「おう、文句があったらバシバシ言ってくれていいからな」

 

 性能向上は整備長からもお墨付きが貰えているようだ。それくらい完璧な整備が出来ている。

 艤装を装備している間に、海上に的が用意されていた。撃ち心地を見るために今回はただの的。初めて砲撃訓練をした時と同じ状態。1つ違うのは、装填されているのが実弾であること。

 

「では、撃ちます! てぇーっ!」

 

 普段と同じように構え、普段と同じように砲撃。しかし、主砲から発する音は今までと格段に違う。威力が上がったことを示すように轟音を鳴り響かせた。反動もそれ相応だったようだが、姿勢制御が出来ている沖波はほんの少しブレたくらいで狙いが崩れることは無い。

 的は見事に撃ち抜かれたが、私達の主砲では出来ないくらいに粉々に砕け散っていた。それを見た一同、感嘆の声。

 

「す、すごい、これだけ威力が上がっているのに、姿勢制御は今までよりもやりやすかったくらいです!」

「うちじゃ初の駆逐艦改二ってことで、みんな張り切っちまってなぁ」

「皆さんありがとうございます! 使わせていただきますー!」

 

 奥の整備班の人達も大盛り上がり。改二の改装があるたびにこんな感じに盛り上がるそうだが、今回も例に漏れずだったようだ。

 

「よし、改装も上手く行ったようなら問題無いね。沖波、アンタはこれで改装の訓練から卒業になるわけだが」

「いえ、陽炎ちゃんと夕立ちゃんが改装されるまでは付き合わせてください。より高い練度にしておいても損はありませんから」

「そうかい。ならしばらくは一緒に行動してもらうよ」

 

 全員が追い付くまでは一蓮托生。改二としては一抜けかもしれないが、訓練から抜けることは無いと言ってくれた。あれだけ過酷な訓練にもしっかり付き合ってくれる沖波、なんていい子なのだろうか。

 

「じゃあ、これで終わりだ。アンタ達、午後からの予定をこなすんだよ。解散解散!」

 

 これにて沖波の改装式は終了。この戦力増強には期待が高まった。今だけ見れば、沖波は駆逐艦のエースになり得る力を持っているだろう。実際は経験の差から伯仲しているとは思うが、それでも。

 

「早く追い付かないとね」

「ぽい! 夕立もあれだけ強くなれるってわかったから、やる気満々っぽーい!」

 

 私も夕立も、努力すればあの力が手に入るということがわかり、変な昂揚感を得た。今向かっている先に沖波がいる。辿り着く場所の明確なイメージを見せてもらえたことで、訓練への意欲もより上がったと言える。

 




ちょっとだけオリジナル設定。加古改二は古鷹改二と同じスケベティックインナーの予定だったが、改二の影響をモロに受けたせいでままならぬ事になり、加古からの希望で今の形になっています。お腹が直接掻けないからとかそんなのありましたね公式4コマで。


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嵐の前

 沖波が改二となったことで俄然やる気が出た私、陽炎と夕立。それでも焦らず、しっかりと地に足をつけて改二への道を踏み出していきたい。

 ここで変に急いでしまったら、本来よりも遅くなってしまう可能性もある、そういうことを管理している空条司令が日程を組んでくれているのだから、素人の私達が口出しなんて出来やしない。

 

 その翌日。諜報部隊が任期満了となったという報告を受けた。元々ここでの滞在は1週間という話を聞いていたので、実際は当初の予定から少しオーバーしているくらい。

 その間に鎮守府の領海外をある程度調査することは出来たようだ。片や異常な硬さと攻撃力を持つ戦艦の痴女、片や異常な執着心を持つ駆逐艦の変態ヤンデレストーカー。言葉にすると気持ち悪いことこの上ないが、今のところはそれ以外の敵は見つかっていないとのこと。

 

「領海外はある程度調査することが出来たであります。巣まで明確にすることが出来なかったのは残念でありますが……」

「いや、よくやってくれたよ。巣はこちらでもどうにか調査するさね。いざという時は潜水艦を派遣してもらうつもりだ」

 

 巣は完全に領海外にあり、簡単には見つからないところにありそうである。うちの鎮守府には潜水艦がいないため、本当に詳細な調査というのは出来ないというのが一つの難点。

 故に、別の鎮守府からまた足りない艦種を派遣してもらう予定のようだ。そうやっていろんな鎮守府で力を補っていくのもいいことだと思う。今回の諜報部隊のように。

 

「今回調査したことは、すぐに纏めて各鎮守府に届けたいと思うであります。始まりの襲撃に関わることならば、どの鎮守府も手を貸してくれましょう」

「ああ、物部提督にもよろしく言っておいてくれ」

「お任せくだされ」

 

 ビシッと敬礼をして、諜報部隊は鎮守府を離れることになる。また会える時も来るとは思うが、1週間以上も何だかんだ一緒にいたのだから、それなりに寂しいものだ。

 特に秋雲とは姉妹艤装というのもあり関わりも多く、毎日何かしら話をしていた。諜報部隊の仕事で丸一日外に出ていったとしても、夕食の時とかには顔を合わせる。

 

「ゲロ姉、また来るわ。そん時は改二になっといてよ」

「当たり前でしょ。ちゃんと強くなるから」

「楽しみにしてる。その時にはゲロ姉漫画、ある程度ラフ切って見せるからさ」

「人を主人公にした漫画を本人に見せるとか羞恥プレイか何か? 描くこと自体やめて」

 

 なんて冗談しかないような言葉を交わし合うことが出来るくらいには気が許せる仲だ。

 この鎮守府所属ではない艦娘では初めての友人ということになる。閉ざされたコミュニティなので外部の友人というのはとても重要。いざという時に頼れる相手というのはいくらでも作っておきたい。

 

「空城提督殿、我々はこれで失礼するであります」

「またよろしく頼むよ。諜報部隊は頼りにしているからね」

「そう言っていただければ、我々の上司も喜ぶでしょう。それでは」

 

 ニッと笑って帰っていった。次に会う時はちゃんと強くなった姿で。その前にあの変態が襲撃してくる可能性も高いが、それもしっかり対処してやる。

 

 

 

 3人が本来の居場所に戻ったことで、ほんの少しだけ鎮守府が静かになったように思えた。鎮守府を空けていることの方が多いというのに、3人が3人、かなりキャラが濃かったと思える。

 

「秋雲おねーさんの絵、お部屋に飾ってるっしゅよ!」

「あたいらのこと描いてくれてたもんな。額に入れてるぜ!」

 

 今日の訓練は対潜訓練。鎮守府から少し離れた領海内で、海防艦の子供達と一緒にみんなで訓練中。大鷹操縦の潜水艦ラジコンは当たり前だが1台しか無いので、個人戦である。1人やっている間は6人休憩になってしまうため、その間にちょっとした雑談。ちなみに今は夕立が大鷹に翻弄されているところ。

 

 占守と大東はあの時の似顔絵がいたく気に入ったらしく、自分のベッドの壁にしっかり飾っているのだとか。松輪も例外ではない。確かにあの時の秋雲の絵はよく描けていた。素直にすごいと思えるほど。私には真似出来ない。

 

「あきぐもおねぇちゃん、あのあともえをかいてくれました……ぜんぶたからものです」

「そっか。秋雲もそういう風に思ってもらえてるなら喜んでるよ」

 

 イラストで子供達の心を掴んだ秋雲は、そういう意味では人気者だ。この子達の近くでよろしくないイラストを描くようなことが無かったので安心している。その時だけスケッチブックが少し違ったのは見逃していないが。

 

「また、あきぐもおねぇちゃんにあえますか」

「また来るって言ってたよ。いつになるかわからないけど、事が進んだら諜報部隊も来るんじゃないかな」

「……たのしみ、です」

 

 待ち望まれているのだから、何があってもまた来てもらわないと困る。子供達の笑顔のために。

 

 そんな中、夕立は対潜訓練に大苦戦中。夕立がああなっているところを見る事がないため、結構新鮮。待機組もわちゃわちゃしている夕立を見て、何処が悪いか研究するようになっている。

 戦闘行為へのセンスが尋常ではないのが夕立なのだが、それすらも翻弄する大鷹が凄い。ずっと子供達の保護者をしているだけあり、教える側のスペシャリスト。

 

「ぬあー! たいよーズルい動きばっかりっぽい!」

「そうでなければ訓練にならないでしょう。皆さんには特にハードでと、提督にお願いされていますから」

 

 あの夕立でも苦戦するくらいにコントロールが上手いらしい。子供達の相手をずっとし続けているからこその腕前。こういうときの大鷹は先生らしくちょっと強気。

 さらには今回は特別仕様らしく、そのラジコンから小型だが魚雷まで飛んでくる始末。回避の瞬間に雷撃をされるせいで、狙いを定めるのも難しいようだ。

 

「夕立ねーちゃんおっせぇぞー!」

「次は占守っすから早く終わらせてほしいっしゅ!」

「わかってるぽい!」

 

 子供達からの野次まで飛ぶようになり、精神鍛錬の場にもなっていた。いくら夕立でも流石に子供に対して文句を言うわけにもいかず、出来ないことの苛立ちで尚のことドツボにハマっているようにも見える。

 こういうところで落ち着くことが出来れば、夕立としては完璧。例えば集中して周りの音が聞こえなくなるようになるとかしてしまえば、霧島さんから出された課題もクリアできるだろう。

 

 だが、その訓練中に突然、夕立が動きを止める。

 

「たいよー、ラジコンって1つだけだよね」

「勿論。今日は1つしか持ってきていませんよ」

「ソナーの反応、1()()()()()()()()()

 

 訓練中に突然反応が増えたと言い出した。すかさず大鷹もラジコンではなく待機させていた自分の艦載機を飛ばした。

 大鷹の艦載機は少し質が違い、私達がソナーで確認するような潜水艦の行動を調査し、さらには対潜攻撃すら出来るもの。その熟練部隊なのだそうだ。それを鷹匠のように腕から発艦させた。

 

「こんな近海で潜水艦の反応なんて! 皆さん、訓練は中断、実戦です!」

 

 大鷹のかけ声と同時に、海防艦の子供達が一斉に動き出した。よく統率されている。松輪もこの時だけは別人のようにキビキビと動き出していた。

 私達は少しだけ遅れてしまったものの、みんなと同じようにソナーで海中の状況を調べる。まだ大鷹のコントロールするラジコンが残ったままではあるが、それとは別にいくつも反応が確認出来た。

 

「います。全部で6体!」

 

 思ったより数が多い。しかし、そんなことを気にするまでもなく、すぐに爆雷を投げ始めたのは松輪。以前に見た、敵の真上に行ってから落とす方式ではなく、敵がいるであろう場所への投下。

 海防艦のような対潜技術に長けた者が使えるという先制対潜攻撃。それを今繰り出した。占守と大東も松輪に続いて放っている。

 

「やっべ、外しちまった! 思ったよか素早い!」

 

 大東の爆雷は回避されたようだが、占守と松輪の爆雷は敵を仕留めたようで残り4体。流石は対潜特化型、私達より幼くても関係無い。それに関しては誰よりもスペシャリストである。夕立でも追いつくことが出来ない。

 

「あちらの雷撃、来ます! 全員回避!」

 

 あちら側からも魚雷が放たれたため、攻めから一転、回避行動に移ることに。雷撃訓練の時に魚雷の回避はさんざんやったが、今回は海中からの発射のため、放った瞬間がわからない。故に、ソナーの反応から回避方向を判断する必要がある。

 狙いはかなり上手いが、幸いにも連撃は無い。さらにはあちらも一斉に放ったようで、横一列の魚雷群。ならば、1回跳べば回避は可能。

 

「跳んで!」

 

 大鷹の号令と共に、全員が一斉にジャンプ。放たれた魚雷は私達の足下を通過していった。回避成功、全員無傷。

 だが、それが向かう先には鎮守府がある。それがそのまま向かったところで鎮守府が倒壊するほどの爆発が起こるわけがないのだが、被害が無いわけではない。小さな地震のようなことくらいは起こってもおかしくない。

 

「まっ、まつわが、いきますっ!」

 

 同じことを考えたであろう松輪が、誰よりも先に動き出していた。魚雷の進行方向から到達点を即座に計算し、的確な場所に爆雷を投下。1つの魚雷を爆発させたあと、そのまま誘爆させ、ある程度の魚雷を一網打尽に。

 だがまだ足りない。いくつかは鎮守府に向かっている。それに雷撃はこれで終わりとは限らない。

 

「敵の処理はお任せします。あちらは私が! 松輪ちゃんも本体をやって!」

「はっ、はいっ」

 

 飛ばしていた艦載機を魚雷側に向かわせた大鷹。そちら側に付きっきりになるので、海中に潜む残りの潜水艦の処理を私達に一任してきた。

 

「任せるっしゅ!」

「すぐに蹴散らしてやるぜぇ!」

 

 指示に従い、子供達が目の色を変えて潜水艦を処理していく。敵潜水艦もかなりの手練れのようだが、訓練に訓練を重ねた子供達の掌の上。一度外した大東は殊更にやる気満々で、まるで害虫を駆除するかの如く手早く爆雷を放っていく。

 

「私らも手伝うよ!」

「せっかくの実戦なんだから、身にするっぽーい!」

 

 それに負けじと、私達も潜水艦を処理。子供達には少し劣るかもしれないが、専用装備に身を包んでいるのだから出来ないわけではない。特に沖波は、改二となって対潜能力も飛躍的に上昇したようで、私達の中ではトップの性能で撃沈していく。

 そうであっても、あちらからの魚雷は簡単には止まらない。ソナーで確認し、すぐに回避行動に移り、それに向けて爆雷を投げるというのはかなり頭を使う行動だ。全神経を集中して、敵の処理に専念。

 

「えっ……1体が急浮上!」

 

 しかし、予想外のことが起きる。1体、また1体と潜水艦を処理している中、最後に残った潜水艦が爆雷を潜り抜けて浮上してきた。この光景、以前にも見たことがある。

 その潜水艦は狙いを澄ましたかのように私の眼前に浮かび上がってきた。やっぱり、この潜水艦は変態ヤンデレ姫の配下の潜水艦。以前と同じように私にニチャッとした笑みを見せた後、()()()()()()()()()()周囲に魚雷をばら撒いた。

 

「離れろっつーの!」

 

 今は主砲も持っていない。爆雷をこんなところで爆発させたら私が危ない。結果、その潜水艦を蹴り飛ばすことで距離を取る。格闘戦なんて絶対にやる事はないと思っていたが、覚えておいたらそれはそれで役に立つかもしれない。

 私の渾身の蹴りは潜水艦の顔面に食い込んだが、その潜水艦は私に蹴られたことを()()()()()()()身悶えて、再び海中に潜っていく。変態の配下は変態なのか、正直ゾッとした。ヤンデレストーカーなだけでもアレなのに、さらにドMとか褒められるところが1つも無い。

 

「二度と来んな!」

 

 その潜っていった潜水艦に向けて爆雷を投下。見事に命中し、それがこの戦闘を終わらせる最後の一撃となった。

 

「アイツ……あのヤンデレのとこのヤツだ」

「じゃあ、そろそろ襲撃するっていう合図……!?」

「かもね」

 

 夕立が震えたように見えた。雪辱を果たす時がそろそろ来るとわかり、武者震いが止まらないようである。

 

「戦闘終了。対潜訓練は終了しましょう。提督にこのことは話しておく必要があると思いますので」

「だね」

 

 結局横槍が入ったことで対潜訓練はここで終わりになった。それは仕方あるまい。

 

「最後の潜水艦、何だったっしゅかねー」

「陽炎ねーちゃんのことめっちゃ見てたよなー。あれかな、陽炎ねーちゃんのこと大好きなんじゃね?」

 

 冗談でもそれは勘弁してほしい。あの変態の気持ち悪い仕草を思い出してしまう。

 

 今の連中は嵐の前の波。ここからさらに大勢が押し掛けてくるかもしれない。もしかしたら午後からにでも襲撃があるかもしれないと思うと、気が気で無かった。

 




ついにヤツの再登場が来そうです。


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夕立の願い

 改二になるための訓練中、変態(ヤツ)の配下であろう潜水艦が襲撃してきた。都合よく対潜訓練中だったため、誰も怪我をせずに事なきを得たものの、このタイミングで領海にまで入り込んできたということは、近々襲撃するぞと挑発されたようなもの。

 最後の潜水艦はまた私、陽炎の眼前に現れた挙句に私以外を攻撃した上に、私が撃退するために顔面を蹴り飛ばしても笑みを浮かべ悦びながら身悶える程だった。正直なところ、気持ち悪いしか感想が出てこない。

 以前邂逅したときよりも気持ち悪いレベルが上がっているのではないかとさえ思えてしまう。戦いたくないとさえ思ってしまった。

 

 戦闘後、大鷹と私ですぐにそれを空城司令に報告。他の者達には後片付けなどを頼んでおいた。海防艦の子供達を休ませるのにも保護者は必要だ。

 

「よく撃退してくれた。訓練中だったのに上手く出来たもんだ」

「はい、ダミーの爆雷でも当たりどころが悪ければ大きなダメージになりますので」

 

 あの時は訓練だったため、爆雷はダミー。本来殺傷能力が無いものなのだが、仕留めることが出来た。ダミーとはいえ爆発はする。それが例えば眼前で爆発しようものなら鼓膜は破れるだろうし、爆雷そのものの破片で致命傷になる場合だってあり得る。

 実際の潜水艦相手では無いからそれくらいのものを訓練に使っているようで、今回はそれが功を奏したようだ。あの場では一応反応は無くなっていたし、子供達の練度は相当なものだとわかる。

 

「近々ここに来るってことだろうね。アンタを狙って」

「だよね……まだ鍛え切れてないけど、今の状態で倒すことも考えておかないと」

 

 今の段階での戦いになることを視野に入れて戦術を考えなくてはいけない。訓練のおかげである程度は強化されているとは思うが、まだ始めて1週間足らず。奴を倒せるまでに成長出来ているかはわからない。

 

 少し空気が重くなってくる。だが、それをぶち壊すようにバタバタと慌ただしい音。執務室の前で止まったかとおもうと、ノックも無く扉が開け放たれた。

 

「提督さん! 夕立を改二にして!」

 

 執務室に飛び込んできたのは夕立。切羽詰まったような表情で、余裕が一切ない。今すぐにでも強くなりたいという気持ちがありありと伝わってくる。

 だが、報告中に割り込んで突っ込んでくるのは良いことではない。すぐに空城司令が叱る。

 

「喧しいよ! ちったぁ落ち着きな!」

「こんな時に落ち着いてなんかいられないっぽい! アイツが、あのヤンデレストーカーが来るんでしょ!? だったら夕立が決着つけなくちゃダメなの!」

 

 子供が癇癪を起こしているかのようにジタバタと暴れて、自分の思いをぶつける。

 

 夕立の気持ちは私にだってわかる。あの時は本当に何も出来ずに一撃でダウンさせられた。悔しいに決まっている。プライドを傷付けられたというのもあり、雪辱を果たしたいのだろう。

 霧島さんだって、夕立が奴の喉元を喰いちぎると保証していたくらいだし、改二になれば奴と対等な程にまで強くなれるはすだ。だから焦ってしまっている。

 

「提督さん言ってた! 夕立はあと少しって! ならもう大丈夫でしょ!」

「そう思ってんならせめて検査してから出直してきな! いきなり直談判なんて聞けるわけないだろうに!」

 

 うーっと唸りながら、涙目で執務室から駆け出して行った。すぐに検査するために速吸さんを探しに行ったのだと思う。改二のために必要な練度は整備班に調査してもらっているが、その練度に達しているかどうかの検査は速吸さんに一任されているからだ。

 突然のことで茫然としてしまっている私と大鷹だったが、静まり返ったところで空城司令がコホンと咳払いをすることで、空気を元に戻す。

 

「そもそも、今改二になれるだけの練度があったとしても、艤装の改装に時間がかかるんだ。早くても夜中、いや、明日の朝になるだろうね」

「だよね……沖波も朝イチに報告受けて午後だったし」

 

 夕立の願いが叶うのは、どうやっても今すぐではない。明日改二になれるとして、今から艤装の改装を始めたとしても、万が一今日に奴が襲撃してしまった場合は夕立は戦えない。より不完全燃焼な状態になってしまう。

 

「私は夕立の側にいるよ」

「ああ、そうしてやっておくれ。アンタのそのD型異端児しかわからない匂いってのがあれば、多少は落ち着けるんだろう?」

「みたい。多少は大人しくなってくれると思う」

 

 改二になれる練度に届いているとしても、艤装が完成するまでは慌ただしいだろう。そうで無かったら尚更だ。暴れかねない。

 なら、せめて少しでも落ち着けるように私が側にいるべきだろう。自意識過剰な発言にも思えるが、私の持つ匂いで落ち着けると本人も言っていたことだし、こういう時に利用しなくては。

 

 

 

 まだ昼食まで時間があるので夕立の行方を探したところ、案の定速吸さんを捕まえて検査をしていた。あまりの剣幕に押されたか、苦笑しながら事を進めている。

 そんな時でも夕立は落ち着かない様子でうーうー唸っている。懸命にやってくれている速吸さんにその態度はよろしくない。

 

「夕立、改二になれるっぽい!?」

「もう少し落ち着いて待っていてください。検査の結果が出るのだって多少は時間がかかるんですから」

 

 いてもたってもいられないのはわかるが、速吸さんの言う通り落ち着くべきだ。急いだからって結果がすぐに出るわけでもないし、急かしてミスしても困るだろうに。

 

「夕立、ちょっとは落ち着きなよ。霧島さんも言ってたでしょ。急いては事を仕損じるって」

「だって、だって!」

「ちょっと強硬手段に出るよ」

 

 一緒に寝る時のように思い切り抱きしめてやった。あの時よりは厚着だが、さっきまで訓練と戦闘があった上に、報告が先になったことでお風呂にも入れていない。いつもよりも匂いは強めになってしまっているかもしれない。汗臭いと言われたら本当に申し訳ない。

 だが、思惑通りに夕立は少し落ち着いたようで、私の身体に手を回してきた。匂いを享受しようと、顔をしっかり押し付けてくる。まるで子供である。いつも言動が少し幼いと思っていたが、こういうところで顕著に現れる。

 

「落ち着きなって」

「……だって、すぐにでも変態(アレ)が来るかもしれないんでしょ……リベンジしないと。夕立が決着つけたいんだもん」

「すぐに準備出来ないことくらい理解出来るでしょ」

 

 子供をあやすのは慣れたものだ。孤児院での経験が活きる。同年に対してこういうことをしたことは無いが、まぁ似たようなもの。頭を撫でながら話す。その間に速吸さんには確実に検査を進めてもらおう。

 アイコンタクトで速吸さんに合図を送ると、口パクでありがとうと礼を言われた。これくらいならお安い御用である。

 

「悔しい思いをしたのも知ってる。でもさ、焦ってたら上手くいくものも上手くいかなくなるよ」

「ぽい……」

「それに、夕立が努力してるのも私達はちゃんもわかってるからさ。もし改二がダメでも、すごく強くなってるよ」

 

 訓練では霧島さんに手も足も出なかったかもしれないが、あの人が強すぎるだけで夕立は充分に成長している。少なくとも、あの変態にやられた時よりは今の夕立は格段に強いはずだ。それは私だって保証出来る。

 だから焦っちゃダメだ。十全の力を発揮するためには、みんなから言われているように落ち着きを持つことが大事。戦闘中ではない今ならこうやって落ち着かせることは出来るのだから、あとは戦闘中だけ。

 

「今は待とう? そろそろお昼ご飯だし、甘いものでも食べて一回落ち着こうよ。それでも難しいなら私が側にいるからさ。匂いがあれば落ち着けるんでしょ」

「……わかった。頭に血が上ってたっぽい」

 

 それでも私の胸から顔を離さない辺り、まだまだ落ち着きが足りないのだと思う。それでもこれでジッとしていてくれるのなら良し。

 

「そんな夕立ちゃんに朗報ですよ」

 

 私が夕立をあやしている間に、速吸さんが検査を終えたようだった。朗報ということはつまり、そういうことなのだろう。

 

「ギリギリ基準値に到達していました。今なら改二になれると思います」

「ほ、ホント!? 夕立、改二になっていいっぽい!?」

「はい。ですが」

 

 と、朗報と言う割には不穏な流れ。

 

「夕立ちゃんはD型の異端児で、しかも同期値がとんでもない数値でしたよね」

「うん、確か8000くらいって」

「そこまで大きな値の同期値で改二のリンクをするわけですから、何かしらの身体への影響は覚悟した方がいいかもしれません」

 

 ここにいるD型異端児で改二なのはたった1人、由良さん。それでも夕立ほど大きな値ではなく、規定値を多少超えているくらいの異端児。

 人の手で作り上げたM型と違い、原初の艤装であるD型からの影響というのはM型よりもかなり大きく、リンク1回でかなり激しい影響を受けていたそうだ。改二というのはそれだけ違うものだと。

 

 先日の沖波がリンクで喘いでいたのを思い出す。最初のリンクとは違いリミッターを外しているようなものなのだから、影響によってああなるのも仕方ないこと。それがD型の場合はさらに激しくなるということだ。加古さんのような身体の急成長というのもあるわけだし。

 沖波からは結局聞いていないため、あの時の影響でどんな感覚を得たのかはわからない。痛みなのか、快感なのか、全く違うものなのか。

 

「夕立、改二になるっぽい。そんなことでへこたれる夕立じゃないよ!」

 

 そんな脅しにも似た忠告を聞いても、夕立は折れていない。強くなるためには多少の苦痛くらいは必要と。本当にしっかり考えたかはさておき、さっきまでの焦りは見当たらなかった。

 

「わかりました。ではこちらでいろいろと手続きをします。艤装の改装は午後に始まるでしょうから、早くても夜……いや、明日と思っていてください」

「ぽい!」

「改装を始めると、艤装は使えません。ですから、午後の訓練は無しにして、改二になるための準備を進めていきましょう。時間が空いたら体力作りですね。練度ギリギリですし、時間までは訓練しましょう」

「ぽいー!」

 

 念願が叶うことがわかったため、夕立のテンションは最高潮。話を聞いているのか聞いていないのかはわからないが、喜びを全身で表現していた。

 

 これで残すは私だけとなる。このペースで行くと、あの変態の襲撃までには間に合いそうにないが、だからといって無茶してはいけない。焦らずに自分のペースでやっていこう。

 

 

 

 昼食もそこそこに、夕立は笑顔で工廠に駆け出していった。改二になれることが余程嬉しいようだ。今日中になれるかもまだわからないのに。

 

「良かったね。夕立ちゃん、改二が間に合いそうで」

「それでもギリギリかもしれないけどね。今からアレが来たら難しいかも」

 

 残された私達は、ゆっくりお昼を続ける。夕立の勢いに押し負けそうになったが、いなくなったらいなくなったで静かすぎると思えるようになっているのは、夕立の存在感を物語っているように思えた。

 

「そうだ、沖波に聞きたいことがあったんだよ」

「聞きたいこと?」

「艤装をリンクした時に、影響で負担がかかってたでしょ。あれってどんな感覚なのかなって」

 

 夕立もそうだが、私も通ることがわかっている道。事前に知っておけば、その辺りの覚悟も出来るというもの。

 

「あ、あー……あれ、アレね。うん、アレかぁ……」

 

 途端に言い淀む。困ったような笑みを浮かべるものの、その先の言葉が出てこない。言いづらいことなら言わなくても大丈夫なのだが。

 

「強いて言えば、痛くは無いよ。なんで言えばいいのかな……身体の中に力が駆け回って、モゾモゾするというか、ね。艤装のところを中心に、どんどん漲っていくっていうか……」

 

 明確な表現をあえて外しているような言い方。実際に味わわないと理解が出来ない不思議な感覚と考えればいいか。

 

「どちらかと言えば、()()()()()()感じかな。で、それが治ったら物凄く力が漲ってるみたいな」

「なるほどね……よくわからないけど、沖波が喘いでた理由はよくわかった」

 

 全身がくすぐったいのならあんな反応になってもおかしくないか。もしくは痒いのに手が届かないような感覚。妙に艶っぽくなるのも致し方ない。

 沖波でそれなら、D型な上に同期値がとんでもないことになっている夕立と、同期値がバグって計測不能になってしまっている私はどうなってしまうのだろう。喘ぐどころの騒ぎではないかもしれない。

 

「いろいろ覚悟しておく。私はまだまだ先だけど、いつかは来るしね」

「うん……覚悟しておいた方がいいよ。すごいから」

 

 ここまで言うくらいなのだから相当なのだと思う。少しだけ改二改装が怖くなった。

 




次回、夕立は改二となります。沖波がああなっていたのですから、夕立もあられもない姿を曝け出すことになるんでしょうね。


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狂犬の進化

 夕立の改二改装の準備は午後いっぱい使うということで、午後からの訓練は欠席。その間に残された私、陽炎含む異端児駆逐艦は、沖波の時と同様に夕立抜きでの訓練を続けていくことになる。

 午前中は対潜訓練をやっていたが、子供達に丸一日同じ訓練をやらせると飽きるということで、午後は体育の時間にしているらしい。流石に私達ほどの過酷な訓練はやらせていないため、私達は別行動。

 今日のメニューは戦艦組監修による、身体を痛めつけるような筋トレ。持久走や遠泳とは違ったハードな訓練に、身体の節々が悲鳴を上げ続ける羽目に。

 

「夕立が改二ね、何だか感慨深いわ」

「結構最初から霧ちゃんは目をかけてたものね」

 

 その筋トレを見てくれている霧島さんと陸奥さんも、夕立の改二改装の報告を受けて何やら思うところがあるようだ。特に霧島さん、親分と呼ばれているだけあり、霧島さんも夕立とは深く関わっている様子。

 私の知らない夕立の新人時代に、霧島さんから訓練を受けていたようだ。本当に何も知らない状態からあのセンスを発揮していたのだから、嫌でも目に留まると思う。

 

「親分なんて言われて最初は驚いたけど、今ではもう慣れたわ」

 

 その発言により筋トレ中の磯波が破裂。不意打ちだったようでブルブル震えていた。より腹筋が鍛えられていると思われる。

 霧島さんをそんな風に呼べるのは後にも先にも夕立だけだろう。大人の女性に付ける渾名ではない。

 

「成長してくれるのは嬉しいのだけれど、あの子は同期値がとんでもない値になってるから、正直心配なのよね……」

「ああ、改二の影響ね。普通の値でもアレだものね」

 

 うちの鎮守府の戦艦2人はどちらも改二。異端児ではなくても、そのときの身体への影響は経験済み。身体中がくすぐったくなるような感覚というのは、年齢関係無しに感じたくないものだろう。

 それをそのうち私も受けることになると思うと気が滅入りそう。痛みや疲れといった苦行とは別方向の苦痛になる可能性大。リンクと同じ時間なら私は一瞬で終わるが、そうとも限らないし。

 

「ゲロちゃんも改二予備軍よね?」

「うん……でも話聞いてると怖いんだけど」

「まぁ覚悟しておいた方がいいわね。霧ちゃんや加古みたいなこともあるけど、あそこまでは稀だから」

 

 加古さんの話は聞いていたが、霧島さんもとは知らなかった。なんでも、霧島さんも背が高くなったらしい。確かに女性としては長身な方だとは思う。

 

「背が高くなることはいいことだと思うし、胸が大きくなることはもっといいことだと思います!」

 

 ここで沖波の熱弁である。改二になって何も変化が無かったことが悔しいのだろうか。変わらなければ変わらない方が安心だと思うのだが。

 なんて口に出したら沖波が傷付くだろうからやめておく。こういうことは思うだけで留めた方がいい。

 

 

 

 幸いにも午後は敵の襲撃は無く、ここまで来たら明日で確定と言える状況となった。つまり、夕立の改二は奴の襲撃に間に合ったということになる。夜中に来たら話は変わるが。

 訓練を終えてお風呂に入った後、私達に工廠に来るようにとお呼びがかかった。まぁなんとなく理由はわかる。その時が来たのだろう。

 

「もしかして、ついに?」

「ぽーい! 夕立、改二の時!」

 

 大きくピースしながら満面の笑みで待ち構えていた。沖波の時のようにそれを見学する人数はなるべく少なめにされていた。私達異端児駆逐艦の他には、夕立が慕っている霧島さんが参加。後は工廠なのだから夕張さんはそこにいる。霧島さんも夕張さんも艤装を装備しているのは少し物騒だが、おそらく念のため。

 夕立も沖波のように制服がちょくちょく変わっていた。裾の部分や袖口の装飾だったり、指抜きのグローブが追加されていたりと微々たる変化ではあるが、それだけでも夕立は喜びがいろんなところから出ていた。

 

「早く、早くリンクやろっ。夕立、強くなるっぽい!」

「わかったわかった。だが、速吸から聞いているかもしれないがどうなるかわからないよ。アンタの同期値は普通と違うんだからね」

「うんっ!」

 

 話を聞いているのか聞いていないのか。整備長が持ってくる艤装もキラキラした目で見つめていた。

 

「夕立のお嬢ちゃんのために、整備班フル稼働で間に合わせたぜ。急いだからってミスも無いから安心してくれい」

「わっはー! お爺ちゃんありがとっぽーい! みんなもありがとー!」

 

 この時間まで全員が夕立の艤装に取り組んでいたため、この時間で仕上がったようである。夕立が今か今かと待ち望んでいたのは誰だって知っていることなので、整備班の心は一つになっていたようだ。

 その艤装も今までとは様変わりしていた。特に目立つのが取り付けられた帆。まるで機関部が止まっても風力で突っ込んでやると言わんばかりである。艤装側にも主砲が取り付けられるようになっていたり、魚雷発射管がゴツくなっていたりと、全体的に火力増し増しなイメージ。狂犬がより狂犬になっていた。

 

「んじゃあ、やるかい」

「ぽい!」

 

 全員の見守る中、艤装のリンクが始まる。

 整備長が運んできて台座に載せた艤装の接続部に腰を押し当て、目を瞑ってイメージ。本当に楽しみだったようで、ずっと笑みを浮かべた状態だった。

 夕立は初めてのリンクが私が来るまで最速記録を出すほどの速度で終わらせている。沖波の時もそれなりに早かったし、激しい影響があるにしても手早く終わると思われていた。

 

 だが、思惑は外れる。

 

「んふぁあっ!?」

 

 妙な声と共にビクンと夕立が震えた。沖波の時よりも反応が大きい。ガタガタと震えだし、瞑っていた目は見開く。想定以上の衝撃に、夕立自身も驚きが隠せていない。

 空城司令や霧島さんが危惧していた問題が起きているのかもしれない。大きすぎる同期値のせいで影響が普通よりも格段に大きく、まともに耐えることが出来ない程の衝撃に夕立は襲われていた。

 

「あっ、うあっ……!?」

 

 少なくとも苦しいようには思えない喘ぎの中、突然のおかしな音。メキリメキリと骨が鳴るような音がしたかと思うと、夕立の外見に変化が訪れていた。

 ピッタリに作られていたはずの改二制服が、少しずつサイズが合わなくなっている。少ししたらヘソが見えてしまうくらいになり、胸の部分がパツパツに。身長と共にスタイルまで変化させられているようだった。

 

「アンタや加古よりは控えめか。だが、子供の身体にこれは負荷が大きいね」

「それだけで済めばいいのですが……」

 

 心配そうな霧島さんがいつ手を出そうかと手に汗握っている。衝撃が激しすぎて暴れ出しそうになった場合は、霧島さんが艤装の力も借りて取り押さえるつもりのようだ。夕立も艤装を装備しているのだから、この状態で暴れられたら工廠が酷いことになる。

 今のところは暴れるようなこともなく、だが身体の痙攣が止まらないようで息も荒い。自分の身体の変化には気付いていないようだったが、ビクンと大きく震えたかと思うと、その度に骨が軋むような音がする。

 

「ひうっ!?」

 

 今までの喘ぎとは違った反応。歯を食いしばり、瞬きもせず涙目で目を見開いていたが、その反応と同時にさらにおかしな変化が起きる。夕立の瞳が()()()()()()、さらには髪の先も同じように紅く染まっていった。

 身体への影響で髪が染まるというのは沖波を見ればわかるし、瞳の色が変わるというのは木曾さんの片目で知ってはいるが、それが目の前で繰り広げられると驚きが隠せない。

 

「だ、大丈夫なのコレ……」

「大丈夫だと思うけど……なんかすごい……」

 

 見ているこちらも複雑な気分になる。沖波は既に一度自分でやっているため、夕立が感じているそれに対して一定の理解を示しているものの、ここまで激しいとは思っていなかったためにしっかり凝視。磯波も顔を真っ赤にしながらも今後自分がこうなる可能性が無いとは限らないと食い入るように見つめている。

 そして、次は私もこうなるかもしれないと思うと恐怖すら感じた。力を得るための代償が、この痴態。身悶えて喘ぐ夕立の姿は、何か()()()()()()を見ているかのようである。

 

「っあっ、あっ、ふぁああっ!?」

 

 最後に一際大きく震えた後、髪の一部がピョコンと跳ね上がり、犬の耳のような癖っ毛が出来上がった。そして一気に力が抜けて艤装にもたれかかるように崩れ落ちる。

 事を済ませた夕立は息も絶え絶えで、相当に消耗しているようだった。とても長い時間乱れていたように思えたが、実際は1分ちょっと。

 

「っは、はふ、お、終わったっぽい……?」

「ああ、終わったろうね。今まで見てきた中で一番酷い有様だったよ」

 

 最初から全員の改装を見届けてきた空城司令がこう言うのだから、本当に酷かったのだろう。沖波はここまででは無かった。消耗はしていたかもしれないが、疲れを表に見せない程度。しかし、夕立は今は立ち上がれないと言わんばかりの疲れ。

 

「しんどいっぽい……あと服がキツキツっぽいぃ……」

「アンタも大分身体に影響があったみたいだね。だがねぇ……同期値が大きすぎるってのがここまでになるとはアタシも思っちゃいなかった。本来ならもう少し練度を上げてから改装した方が良かったかもしれない」

 

 身体自体は改二改装に耐え得るところまで来ていたものの、異常な同期値のせいでここまで酷いことになってしまっていた。もっと練度があれば変化も抑えられたかもしれないが、こうなってしまっては仕方がないこと。

 夕立も自分が何処まで変化したかを理解出来ていないので、ひとまず艤装を外してからお風呂で確認することにした。出る頃には妖精さんによる服の調整も終わっていることだろう。

 

「っとととと……うまく立てないっぽいぃ」

 

 だが消耗は予想以上のようで、艤装を外した途端に足がもつれてしまったようだ。都合よく私が近い位置だったので抱き留めてやる。

 

「おっとと、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ちょっとフラついた……だけ……」

 

 余程疲れているのかと思ったが、何か様子がおかしい。支えるために抱き締めている私に対して顔を押し付けてきたかと思うと、思い切り息を吸った。

 

「ゲロちゃん……いい匂いっぽい……改二になる前よりもいい匂いに感じる」

「そういうところまで変化したってわけ?」

「わかんないっぽい……」

 

 それこそ本当に犬のように私にじゃれついてきた。疲れで力が抜けているため、私に完全に全てを預けてきている。身体が成長してしまっているのでそれなりに重く、支えるのに手一杯。今までは同じくらいだった身長も、改二改装による変化で伸びていることで、夕立の方が少し大きい。そのせいで押し潰されかねない程に。

 

「夕立、少しは自分の足で立って」

「ぽいー……力入らないっぽい」

「えっ、ちょっ、ぎゃあっ!?」

 

 言いながらも私の胸に顔を押しつけて匂いを堪能しようとしていた。そのせいで今度は私がまともに立っていられなくなり、押し倒されてしまう形に。工廠の床は硬い。背中を打ち付けてしまい、鈍い痛み。

 子供が大型犬に押し潰される動画とかを見たことがあるが、私と夕立の今の状態はそれに酷似していると思う。夕立に尻尾があったら引きちぎれんばかりに振られているだろう。だがお互い人間なので見た目がとても悪い。海防艦の子達には絶対に見せられない。

 

「夕立! さっさと風呂に行きな!」

「ぽぃ、ゲロちゃん連れてってぇ」

「だったらまず退いて!」

 

 結局霧島さんに引き剥がしてもらうことで事なきを得た。あのままだと本当にまずいところまで行ってしまっていたかもしれない。夕立の名誉のためにも、あそこで止められて良かったと思う。

 武装のテストは明日改めてということになった。改装でここまで消耗した者もいないようなので、これは仕方のないことである。

 

 

 

 さっき入ったばかりだが、夕立に便乗する形でまたお風呂。まだ体力が戻っていないということで私達が協力して薬湯に浸けることに。

 

「疲れが飛んでいくっぽい」

「こっちはどっと疲れたよ……」

 

 言いながらも私から離れようとしない。完全に匂いの虜。先程と違って全裸でのこれなので、全体的に成長してしまった夕立のそれを堪能させられることになる。二の腕が谷間に挟まれるとか滅多に無いことだと思う。

 その光景を見て、沖波がジト目になっていた。理由がわかってしまうのが悲しい。

 

「私は成長しなかったのに……改二は最後の希望だったのに……」

「ま、まぁ、ほら、それは人それぞれだから」

 

 それを慰める磯波。磯波はそういうところを気にしている節は無いため、沖波の理解者といえるかはわからないが。

 

「とにかく、無事……無事? 無事に改二改装が終わってよかったよ」

「うん、明日からは新生夕立をお楽しみっぽい! これであの変態クソヤンデレをぶっ飛ばしてやるっぽーい!」

 

 どれほどまでに強くなったかはまだ未知数だが、沖波の時のことを考えれば、夕立も相当強化されているだろう。これならば、念願も叶う。まず当面の敵を倒して、先に進んで行こう。

 

 夕立のトラウマが払拭されるのも、時間の問題だ。

 




これで磯波が改二でバインバインになったら沖波はハイライト完全に消えると思う。強く生きて。


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奴の再来

 夕立の改二改装が執り行われ、無事……と言えるかはわからないが、それを終えることが出来た。夕立は艤装からの激しい影響により身体に著しい変化があったものの、痛みなどの不具合はなく過度な疲労のみ。そしてそれもお風呂に入ることで回復することが出来た。

 お風呂あがりに用意されていた制服は、今の夕立を考慮したサイズに仕立て直されており、妖精さんの早技が窺える。

 

「ふふん、どうっぽい?」

「すごく狂犬って感じがして似合ってるよ」

「夕立犬じゃないっぽい!」

 

 以前までは何処となく育ちの良さみたいなのが見えた夕立なのだが、改二となってからは荒ぶる狂犬というイメージが格段に上がっていた。

 おそらくそれは、改二の影響で出来上がった犬の耳のような癖っ毛のせい。今までも犬っぽい仕草が多かったものの、外見にまでそういうところが出来たことで、より一層犬っぽく感じる。

 

「でも、ゲロちゃんの匂いクンクンしてる時だけは犬っぽくなっちゃうかも。今だとすごく強く感じるんだよね。ものすごくいい匂いなんだよ」

 

 などと言いながら間髪入れずに抱きついて来る。今度は力加減も理解してもらえたようで、倒れるほどに強烈なタックルでは無かった。

 匂いが強く感じられるようになったということはどうしても気になるところ。あの変態も私からは深海棲艦の匂いがすると言い出していたが、夕立が感じ取っているのはおそらくそれ。それを強く感じられるということは、夕立は深海棲艦っぽくなってきているということだろうか。元は深海棲艦のものであったというD型艤装の影響がそこまで強いと。

 

「あのヤンデレストーカーからも、匂いが強いとか言われたんだよなぁ」

「あんな奴と一緒にしないでほしいっぽい。夕立は無理矢理ゲロちゃんを自分のモノにするとかゲスいことしないから」

 

 抱きついている時点で説得力皆無である。沖波も磯波もそれについては何も言えず。

 とはいえ、人様との妄想で痴態を見せながら悦ぶアレとはまるで違う。夕立はあくまでも戯れている範囲内に収まっている。これくらいならまだ可愛いものだ。

 

 

 

 そして翌日。私、陽炎はまだ改二にはなれていないものの、昨日の潜水艦による襲撃の時点で、奴が来ることは時間の問題となっているため、こちらから打って出ることになった。

 鎮守府近海で戦うことの方が迷惑だし、何より奴を他の者、特に海防艦の視界に入れたくない。情操教育に良くない存在だ。ただの変態以上に酷い奴なわけだし。

 

 その戦いの詳細を説明するということで、鎮守府所属のほぼ全員が作戦室に集まる。まず確実にその部隊に組み込まれることがない海防艦達も、話を聞くだけはするようだ。子供だとしても、今はこの鎮守府所属の艦娘。全員が平等。

 この場にいないのは、念のため近海に哨戒機を飛ばしている空母組のみ。今回は大鷹もそちらに参加している。そのため、海防艦の保護者は由良さんが受け持っていた。

 

「あまり関係ないことだが、まず先に伝えておく。諜報部隊から連絡があってね。奴の呼称は『駆逐水鬼(クチクスイキ)』となった。今後はこれで説明していく」

 

 基本的に深海棲艦には名前がなく、同一個体が現れたりした時のために何かしらの名前をつけておくらしい。前にちょろっと聞いた気がするが、あまり覚えていない。

 そして、あのヤンデレ姫につけられた名前が駆逐水鬼。駆逐艦の水鬼、鬼ということでこの名前のようである。私にはどこまで行ってもただの変態ヤンデレストーカーなわけだが。

 

「さて、と。じゃあ説明していくよ。今日決着をつけるつもりで行く。巣も叩き壊すつもりでね」

 

 駆逐水鬼を撃沈することが出来れば自ずと巣は消えていくと思ったが、そうではないらしい。ボスである姫を沈め、その上で巣をしっかりと破壊する必要があるようだ。

 それを行うためには、専用の装備を使うとのこと。本来ならば潜水艦がいる方がやりやすいらしいが、そこは無いものねだりなので、相変わらずの整備班の発明品のようである。

 

「そのための部隊はもう決めてある。夕立が間に合ったからね。だが武装のテストだけは必要だ。よって、出撃はそれが終わってからとする。構わないね」

「ぽーい! すぐ終わらせるから!」

「焦ってポカをやらかすんじゃないよ」

 

 少し遠いという難点があるが、一直線に向かえば数時間というところ。昼から行っても、行って帰るだけなら暗くなる前後には戻れるだろうと思われる距離。

 そのため、夕立の武装のテストをちゃんとやってからの出撃となる。早めに終わらせて、昼食も食べずに出て行くことになるだろうが、そこはしっかりと準備して。

 

「やたら硬いのは報告を受けている。よって、連合艦隊で押し潰す。それに、奴にも随伴がいることは聞いているからね。特に厄介なのが潜水艦と小鬼だ。それの対策はしっかり積ませてもらう」

 

 部隊としては2つになるだろう。1つが駆逐水鬼本体を叩く部隊。もう1つが随伴艦を全て処理する部隊。

 今まで相手にしてきたのは、ちょくちょく現れる潜水艦と、奴そのものに引っ付いていた小鬼群。特に後者は、こちらの攻撃をやたら避けるというのが非常に面倒くさい。あの時はうまく処理出来たが、同じことがまた出来るとは限らない。

 

「よし、じゃあ部隊を発表する。まず第一部隊、姫をやるのが……」

 

 と、空城司令が話し始めた瞬間、鎮守府内に警報が鳴り響いた。これが出来るのは、現状外で哨戒機を飛ばしている空母組だけ。突然の大きな音に、数人はビクッと驚く。私もその類。こんな警報が鳴るなんて聞いていなかったし。

 鎮守府が危険に晒されることは実際は稀なのだが無いわけではない。その時のためにこういう警報装置などが用意されているようだ。そしてそれは、外部の者が作動させることが出来ると。哨戒部隊が鳴らせなかったら意味がないし、考えてみればそれも当然か。

 

『まだ作戦会議中かい。空母組の隼鷹だよ。わかっちゃいると思うけど、《奴》の姿を哨戒機が見っけた。鎮守府に接近中って話だよ。準備の時間を作るために、今から空襲を仕掛ける』

 

 警報が止まると同時に響き渡る隼鷹さんの声。このタイミングで警報が鳴らされた時点で、誰だって《奴》が来たのだと察しただろう。私だってそう思った。

 私の隣に座る夕立から、怒気のような熱を感じた。悪夢を見るほどのトラウマを植え付けられ、倒すためにここまで努力してきたのだ。手も足も出なかった時とは違う。

 

『追加情報。敵部隊は結構厄介だね。部隊自体は()()んだけど、小鬼がかなりいる。あと大鷹が言うには潜水艦もいるみたいだよ。そのように用意して』

 

 放送で逐一戦場の状況を伝えてくれる。軽いということは、姫を除く随伴艦が小型の艦種ばかりと思えばよさそうだ。だが、小鬼が多いというのだから相当厄介。駆逐艦より小さくとも、意味がわからない回避性能で生存能力が非常に高い。

 追加で潜水艦の存在まであるとなると、厄介極まりない。個別にしっかり対策しないと、あちらがどれだけ小粒でも押し潰されてしまう。

 

「もう来ちまったのかい。ならすぐに出撃しないと鎮守府が危ないね。だがすぐに出撃出来る人数も限られてる。時間を稼ぐか……陽炎!」

「は、はいはい!」

「新人のアンタにこんなこと頼みたくは無いんだが、ある程度出撃出来るまで時間稼ぎ出来るかい」

 

 奴は私に依存と言えるほどの執着をしている。他の仲間達には敵意むき出しだが、私には常に満面の笑みなくらいだ。会話による時間稼ぎくらいなら可能かもしれない。その間にみんなに準備をしてもらい、押し潰そうとしてきた奴らを逆に押し潰す。

 おそらく私にしか出来ない仕事だ。ならばやるしかない。後々のことを考えれば、この時間稼ぎはかなり重要。空城司令が直々に頼んでくるのだから、これが最善の手。

 

「了解。多分私にしか出来ないもんね。やるよ。アイツと話するの気持ち悪いけど」

「すまないね。すぐに準備を頼む!」

 

 作戦会議はそこそこに、まずは私が部屋を出て工廠に駆け出した。後から何人もこれを追ってくることになるだろうが、その道を拓くのは今回は私だ。

 まだまだ新参者なのに、こんな重要な立ち位置に置かれるだなんて、嬉しいやら悲しいやら。この戦場があまりにも特殊すぎるというのもあるが。

 

 

 

 既に用意されていた私の艤装を早々に装備すると、軽く整備班の人達に礼を言って出来る限りの最高速で戦場へ。工廠から少し出たところでおそらく大鷹の艦載機が私を待っていたため、現場に案内してもらう。

 空母組は空襲であちらの足止めをしてくれているのだが、その艦載機は次々と墜とされてしまっており、枯渇も時間の問題。奴の随伴は軽いとは言っていたが、防空は異常な性能を持っているのかもしれない。言うなれば、あちらの部隊全員が初月みたいな。

 以前の戦いでは戦艦2人の砲撃と空母2人の空襲を纏めて受けても、駆逐水鬼は殆ど無傷だったため、防空が万全の今は足止めにすらなっていないかもしれない。

 

「おう、来たかい陽炎!」

 

 艦載機についていった先で隼鷹さん達の姿を発見。全力で空襲を続けているが、近くで見てもあちらの軍勢は減っているようには見えなかった。

 空母3人に対してあちらは倍以上の数とはいえ、艦娘と違い化物の魚の外見なのに初月以上の対空砲火。密度が私達とは段違いすぎる。

 

「あの駆逐艦、新型じゃんさ。あたしらの空襲全部抑えやがって」

「あれほどの防空性能を持つ駆逐艦は初めてです。単純にスペックが異常と考えるべきでしょう」

「対潜の艦載機まで墜としてくるだなんて……」

 

 正規空母と軽空母2人の空襲が全て抑えられるのは正直想定外。ある意味、こちらの高火力の一部が完全に抑え込まれているようなもの。

 

「空城司令からの指示。私が時間稼ぎする。アイツは私の話だけは聞くから、みんなの準備が整うまでどうにかする。空襲、一回止めてもらってもいいかな」

「あー、了解。無駄弾になりそうだったから助かるぜ」

 

 空襲を一時中断。あの防空性能のせいで届かないというのなら、これ以上やっても資源の無駄になってしまう。

 足止めは私が引き継ぎ、一旦空母の3人には少しだけ退いてもらう。私が到着するまで延々と攻撃を続けてくれていたのだから、休憩してもらいたい。

 

 そして、私が戦場に到着したことを向こうも理解したか、その中の1人が先頭に躍り出てくる。誰だなんて考える理由もない。奴だ。

 

「アハ、アハハハ、陽炎、久シブリ。会イタカッタワ。寂シクナカッタカシラ。私ハトッテモ寂シカッタワ。デモ、今日ヨウヤク添イ遂ゲルコトガ出来ルンダモノネ。待ッタ甲斐ガアッタワ!」

 

 相変わらず私相手だとテンションがやたら高い駆逐水鬼。私の姿を濁った目で見つめながら、昂揚を隠さずにクネクネモジモジしていた。

 だが、それは前から知っていることなので気にならないが、気になることが幾つか。そのうちの1つは、奴の艤装だ。霧島さんの拘束から逃れるために爆破した剛腕は綺麗に元通りになっており、より力強く変化していた。主砲も魚雷もしっかり修復済み。

 

 それともう1つ。どうしても嫌悪感が出てしまうもの。駆逐水鬼の()()である。以前は深海棲艦特有の牙のような意匠が目立つボロボロのセーラー服と、スカートすらなくパンツ丸出しなイメージだったが、今は違う。

 

「ンフフ、陽炎ト()()()ニシテミタノ。似合ウカシラ」

 

 深海棲艦特有の意匠は残されているが、明らかに()()()()()()()()になっていた。

 深海棲艦がどのように服装を作り上げているかは知らないが、わざわざ私と同じものにしてきた辺り、奴の私への執着心が表されている。それでもスカートだけは無いようで、パンツではなくスパッツ丸出し。スカートを穿かないというポリシーなのだとしたら、何処まで変態なのだ。

 

「陽炎ニ包マレテイルミタイデ、トッテモ気分ガイイノヨ。全身ニ触レラレテイルミタイナノ。イズレ陽炎ガ自分ノ意思デ私ヲ撫デ回シテクレルト思ウト、ハァア、堪ラナイワァ。最高ォ!」

 

 またもや妄想だけでビクンビクンと震えている。もう周りが何一つとして視界に入っておらず、この海には私と自分しかいないとでも思っていそう。

 

「何度も言わせないでくれないかな。私はそちらには行かない。目覚めてもいない」

「時間ノ問題ヨ。デモ、トリガーハイルカモシレナイワネ。貴女ノ今ノ居場所ヲ壊シテ、私ノ側ニ置ケバイイワ。今ハ嫌カモシレナイケド大丈夫、陽炎モワカッテクレル。私ノ行動ニ感謝シテ、愛シテクレルヨウニナルワ。アッハハ!」

 

 もう嫌悪感しか湧かない。私を陥れるために、私の周りを破壊しようとここに来ているのだから気分が悪い。そんなことやらせて堪るか。自分の欲望のために私の意思も考えずに滅茶苦茶しやがって。

 

「アンタはここで沈めるよ。まだ2回目だけど、そろそろいい加減にしてほしい」

「ンフフ、マダ目覚メル前ダケド、先ニ愛デテモイイカシラ。陽炎ハ何処ガ気持チヨクナル? ソコモ私ト同ジカモ。アハ、私ト陽炎ハ相性最高ダモノ。アハハハ!」

 

 もう一挙手一投足が気持ち悪い。一言一言に悪寒が走る。違う意味で戦いたくない。

 

 だがそれももう終わりだ。少しだけだが時間稼ぎは出来ている。たったこれだけでも、あの子はここに間に合う。

 

 そのために改二になったのだから。

 

 

 

「っらあああっ!」

 

 会話中でもお構いなく、真ん中を突っ切って駆逐水鬼の真正面から突撃。主砲を連射しながら肉薄するのは、勿論夕立だ。

 

 夕立のリベンジマッチはこれにより幕が開く。夕立のことだ、二の舞にはならない。私もその手助けが出来ればと思う。

 




今の夕立はまだあのマフラーを身につけていません。制服を新調しただけですからね。


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煽り煽られ

「っらあああっ!」

 

 会話中でもお構いなく、真ん中を突っ切って駆逐水鬼の真正面から突撃。主砲を連射しながら肉薄するのは、勿論夕立だ。

 この時のために鍛え、努力し、新たな力を得た。最後の詰め、武装のテストだけは出来ていないが、それはもう実戦でどうにかしていくつもりのようだ。やってはいけない無茶かもしれないが、今ここでやらなくてどうする。

 

「アハ、アノ時ノ犬ジャナイ。何モ出来ズニ這イツクバッタ犬ガ、今更何ノ用ナノカシラ」

 

 夕立の砲撃は全てその剛腕によりガード。相変わらず滅茶苦茶な硬さ。もしかしたら修復した時に更に硬くしているかもしれない。

 それでも夕立は止まらない。以前よりも格段に速く、獰猛に駆逐水鬼の首を狙う。目の光が以前と違うことを察したか、駆逐水鬼も少しだけ夕立に意識を向けた。

 

「アイツヲ止メナサイ。私ハ陽炎ト話ガアルノ」

 

 周りの駆逐艦と小鬼に命令し、夕立の進攻を止めようと動き出す。敵の駆逐艦は先程まで空母の空襲を全て止め続けていた新型。小鬼は言わずもがな異常な回避能力を持った小粒達。どちらも厄介極まりない随伴艦である。

 それが纏まって夕立の前に立ち塞がった。サイズはそれほど大きくなくとも、持っている武装は当然殺傷能力を持っている。むしろ駆逐艦とは言うがそれ以上の火力を持っている可能性が非常に高い

 

「邪魔ぁ!」

 

 だが、夕立はそんなことでは止まらない。駆逐艦の砲撃や、小鬼が繰り出した魚雷を全て回避し、時には駆逐艦を踏み付けて跳び越え、駆逐水鬼に肉薄。

 主砲を構えつつも接近戦をしようとしている。これは以前に接近戦でやられたことに対する意趣返しとも言える。恐ろしいことに夕立がこの戦術を使うのは初めて。

 

「アラ、前トハ違ウッテコトカシラ。陽炎、チョット待ッテテネ。アイツヲ貴女ノ前デ血祭リニスルカラネ。ソウシタラ目覚メテクレルワヨネ!」

「アンタは夕立を嘗めすぎ」

 

 ニィッと歪んだ笑みを浮かべた後、夕立を見据える。たった今完全に私から意識を離した。

 これならば随伴を少しでも減らせるかと思ったが、夕立が敵の群れを掻い潜っている最中のため、なかなか撃つタイミングが掴めない。撃ったら夕立に当ててしまいそう。空母組もあそこまで近いと空襲が出来ず、私と同じように戸惑ってしまっていた。

 

「今度ハ握リ潰シテアゲル!」

 

 その剛腕を夕立に向けて突き出し、夕立の頭に掴みかかろうとした。夕立はちょうど跳んだところ。いくら改二とはいえど、空中で体勢を変えることは不可能。

 

 しかし、夕立は一味も二味も違った。策も無く跳ぶなんてことはしない。

 自信満々で若干慢心気味だった今までとは違う。一度の大敗から大きく学んでいる。接近戦も強く意識していた。

 

「どうせそんなことだと思ったっぽい!」

 

 掴みかかろうとする腕に対して強引に砲撃。それで傷付くことは無かったのだが、砲撃による爆風と駆逐水鬼本人の風圧を艤装に備え付けられた帆がまともに受けたことで、夕立が一気に減速した。

 おかげで夕立に掴みかかろうとした駆逐水鬼の腕は空を切ることになり、大振りだったことで大きな隙が出来上がる。すかさずそれに合わせて主砲を構えたが、グルリと回ってもう片方の剛腕がそれをガードした。

 

「……チッ」

「行儀ノ悪イ犬ッコロネ。ソンナニ私ト陽炎ノ仲ガ羨マシイノカシラ」

 

 着水と同時に潜水艦からも狙われていたが、踊るようにその攻撃を躱しつつ、すぐに下がって間合いを取った。自分が狙われないようにあえて私の側に来る辺り、頭に血が上っているわけでもなく周りがちゃんと見えている。

 先程の肉薄の際、随伴の深海棲艦を沈めるようなことが出来ていない。ただただ回避して駆逐水鬼に一直線に向かっただけ。故に、戦力差はまだそのまま。

 

 今の間に私が撃っていれば多少は減らせたかもしれないが、夕立があまりに近かったために撃つのを躊躇ってしまった。備え付けの方ならまだしも、手持ちのブレ弾に至っては流れ弾で夕立を撃ってしまいかねない。

 ここで撃てる程の腕前と度胸が欲しい。そうすれば、今の戦いはより優位に立てたと思う。そこが悔しかった。

 

「デモ、犬ガ私ノ陽炎ト並ビ立ツノハヨクナイワ。ウウン、モシカシテ私達ノペットニナリタイノカシラ。ドウシテモッテ言ウナラ、私ト陽炎デ飼ッテアゲテモイイワヨ」

「寝言は寝て言うっぽい。変態クソヤンデレ」

 

 間髪入れずに太腿にセットされた魚雷発射管が動き出し、一斉に放たれる。今は周りに誰もおらず、夕立が引っ掻き回したことで大分同じ場所に集まっている状態。そこに魚雷が撃ち込まれれば、どれかには当たる。狙いは勿論駆逐水鬼だが。

 

 しかし、すかさず敵潜水艦がガードに入る。姫を守るために自らの命を散らすことに全く躊躇が無い。死ぬことすら厭わないドMなのだからそれもあるのか。いや、無い。気持ち悪い。

 敵潜水艦2体が駆逐水鬼の真正面に浮上し、魚雷が直撃した瞬間、その姿が完全に隠れる程にまで水柱が立った。1本2本ではない魚雷が同時に爆発したせいで、完全に視界が塞がれてしまう。

 

「ッハハハハハ! マタコレ? 同ジコトノ繰リ返シヨ!」

 

 その水柱をぶち破るように突撃してきた。やはり速い。本体が隠れていたため、遠近感が滅茶苦茶になっている。

 既に拳を振りかぶった状態で夕立に手が届く位置にまで接近していた。あんな艤装を身につけていながら、私達の誰よりも素早い。深海棲艦のインチキスペックを嫌というほど感じる。

 

「こっちのセリフっぽい。同じことばっかり、馬鹿の一つ覚え?」

 

 しかし、同じことを何度もやられる夕立ではない。またもやその風圧を利用して、帆を使った後退。攻めにも守りにも使える、夕立にしか使えない戦術である。それを初っ端で決めていくのは、流石夕立としかいえない。

 この咄嗟の判断により、駆逐水鬼の振り抜いた拳を紙一重で避けることに成功。返しで一撃入れられれば良かったのだが、剛腕のせいで攻撃に転じることは出来ず。

 

 そして、ここまで時間を稼いだのだから、増援はもう準備が出来ている。先行してくる者だってしっかり選出されているはずだ。

 真っ先にこの場に来るものなんて、最初からわかっていた。駆逐水鬼と因縁があり、夕立の成長を喜んでいた者。

 

「うちの子分が世話になってるわね」

 

 夕立が下がったところを見計らって、駆逐水鬼の真横にいたのは霧島さんだ。既に艤装を鋏状に変形させて、容赦なく首を刎ね飛ばすために振りかぶっていた。

 

「犬ノ飼主!」

「ご機嫌よう、駆逐水鬼。今日が貴女の命日よ」

「ソンナワケ無イワ。ダッテ、陽炎ガ見テイテクレルンダモノ。私ノ陽炎ガ、ッハハ、ソノ視線ガアルダケデ昂ブルワ!」

 

 戦闘中であろうとお構い無しにビクンと震えて、恍惚とした表情をしながら霧島さんの一撃を大きく回避。そしてそれと同時にまだ残っている潜水艦から霧島さんに向かって魚雷が放たれていた。

 戦艦は潜水艦に対してはなす術が無く、私も夕立も対潜装備はしていない。この魚雷に対しては回避行動以外の選択肢が無い。そのせいで間合いは勝手に開いていく。

 

「すぐに片付けます!」

 

 ここで動き出したのは大鷹。対潜仕様の艦載機を発艦させることで潜水艦の処理に乗り出す。

 しかし、そこに被せるように敵駆逐艦も対空砲火を再開した。今までは空襲そのものを止めていたためにあちらも動きを止めていたが、こちらが再開するのならあちらも再開する。

 

「大鷹、援護する!」

 

 そこならば私が援護出来る。あの新型駆逐艦というのがどれほどのものかはわからないが、叩かなければ先に進めない。

 私の砲撃はブレ弾も備え付けも共に直撃してくれた。だが、傷付いているものの一撃で沈めることは出来ず。さらに嫌なことに、魚の化物だというのに、私の一撃が入った瞬間にニチャアと笑みを浮かべたかのように見えた。奴の配下は全員あんななのか。

 

「足りない……!」

「なら、足らせるまでだぜ」

 

 そこへ今度は増援の木曾さん。新型駆逐艦を沈めるために、ありったけの魚雷を放ってくれる。主砲がダメでも魚雷なら火力が足りているはずだ。先程は駆逐水鬼狙いだったために潜水艦が身を挺してガードしに来たが、今回は個別に狙っているのだからそうはならない。木曾さんの雷撃は見事に直撃し、大きな爆発と共に駆逐艦が沈んでいく。

 魚雷なら効くとわかったのだから、私もそちらにシフト。一撃で行けるかはわからないが、確実性のある攻撃を選ぶのが妥当だ。

 

 しかし、それを邪魔してくるのが小鬼群である。駆逐艦とは違い、魚雷はまず当たらない。その上向こうも魚雷を放ってくるのだから腹が立つ。こちらの照準を確実に狂わせ、あわよくば直撃を狙ってきている。

 

「小鬼処理班到着ですーっ!」

「任せよ。小粒には小粒だ」

 

 そこに割り当てられたのが、五月雨と菊月による小鬼処理班。いつもの主砲ではなく、より反動が無く命中精度の高い機銃を装備した五月雨と菊月が、1体ずつ確実に撃ち抜いていく。2人の精度は目を見張るもので、百発百中に小鬼を処理していった。

 そして潜水艦。大鷹1人ではどうにも出来ない数が潜んでいそうなため、対潜部隊も欲しい。そこでやってきたのが、まさかの人選。

 

「行くぜ行くぜ行くぜー!」

「潜水艦は占守達にお任せっしゅよー!」

 

 確かに対潜のスペシャリストではあるが、あのド変態のいる戦場に子供達を送り込むのは苦渋の選択だったと思う。だが、最速で潜水艦を終わらせるのなら、海防艦が一番速い。おそらく終わらせたらすぐに撤退させるつもりなのだと思う。

 

「たいようおねぇちゃん……しれぇからのでんごん……です。せんすいかんがおわったら」

「貴女達を連れて撤退ですね。わかりました。では皆さん、すぐに終わらせてください!」

 

 大鷹の号令でより力が入る子供達。混戦の中を潜り抜けて潜水艦だけを的確に沈めていく。昨日の時もそうだが、いつもはぼんやりしている松輪も対潜の時だけは占守や大東と同じで素早く的確な爆雷投下を繰り出していた。

 

 駆逐艦は私と木曾さんが、小鬼は五月雨と菊月が、潜水艦は大鷹率いる対潜部隊が、駆逐水鬼の随伴艦を次々と沈めていく。奴が丸裸になるのも時間の問題だ。

 そしてその駆逐水鬼は、未だに夕立と霧島さんのみで相対している。途中の潜水艦による横槍で大きく間合いを取る羽目にはなったが、未だにお互い無傷のため、戦闘がそこまで進んでいるわけでもない。

 

「陽炎ニ見テイテモラエナイ……全部貴女達ノセイヨネ」

「貴女が随伴艦連れてきているからでしょう。そこまで人のせいにしないでほしいわ」

 

 私は駆逐水鬼の方を見ている余裕はない。夕立と霧島さんが戦いやすくなるように、少しでも早く随伴艦を沈めなくてはいけない。

 それを自分が見てもらえないと憤っている駆逐水鬼はどんな神経をしているのだろうか。自分のせいなのに相手のせいに出来るとか。

 

「貴女達ガ死ネバ、私ヲ見テクレルワヨネ。アッハハ、ソウシタラ陽炎モ目覚メルワ。仲間ノ死ナンテ最高ノトリガーニナルデショウ。()()()()()()……フフフ、ソウヨネ、仲間ガ死ヌノガ一番ヨネ!」

 

 何か意味深なことを言っていたようだが、今は気にしている暇は無い。駆逐水鬼も本気で2人を殺すことに専念しようとしている。

 

「貴女達ヲ生贄ニシテ、陽炎ヲ目覚メサセル! ココデ目覚メレバ、ココノ連中ヲ陽炎ノ手デ皆殺シニシテクレルワ!」

「ゲロちゃんがそんなことするわけないでしょ。馬鹿なの?」

 

 心底くだらないものを見る目で駆逐水鬼を見つめる夕立。まだまだ余裕そうな表情の駆逐水鬼に苛立ちを覚えつつも、冷静に次の戦い方を考えている。人の話も聞かずに突撃していた改二になる前とは違う。

 

 だが、次の発言はある意味爆弾の投下。

 

「そもそも、なんでゲロちゃんがアンタのモノなの。()()()()()()()()()()()()()

 

 ピクリと駆逐水鬼が反応。

 

「一緒ニ寝タ……?」

「仲間だもん、それくらいするっぽい。アンタ達のせいで悪夢を見ちゃうのを慰めるためにね。体調崩したゲロちゃんの看病もしたし、一緒にご飯も食べてる。夕立はゲロちゃんのスパッツ借りたりもした。どちらかと言えば、アンタのじゃなくて夕立のモノっぽい」

 

 私は誰のものでもないのだが、夕立の発言は駆逐水鬼の理性を焼き尽くすには充分だった。完全に煽っている。

 

「私ノ陽炎ト寝タ? 犬畜生ガ? フザケナイデ。穢ラワシイ野良犬風情ガ!」

「夕立、ちょっと焚き付けすぎよ」

「これでいいっぽい。キレてた方が雑になるのは自分でもわかってるから」

 

 駆逐水鬼の理性を崩し、冷静にいさせないようにする作戦。それを引き起こそうとしている夕立は、やはり改二に至ったことで大きく成長している。

 

 ここから第二ラウンド。私もなるべく早くあちらに参戦したい。増援はまだまだ来るはずだ。時間をかければかけるほど、こちらは有利になるのだから。

 




夕立の言ってることは間違ってないんだけど、誤認させるように言い回し変えている感じ。『ゲロちゃんと寝た』って言われたら、駆逐水鬼のヤンデレ脳だとそういうカタチに変換されてもおかしくない。


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狂犬の意地

 ヤンデレ姫、駆逐水鬼との戦いは第二ラウンドへ。奴の随伴艦は私、陽炎含めた鎮守府の面々が引きつけ、駆逐水鬼本人との戦いは因縁のある夕立とその親分の霧島さんに任せた。ここから戦いが長引けば長引くほど、鎮守府からの増援は増える。随伴艦の処理はより早く終わり、駆逐水鬼を追い詰めることが出来るはずだ。

 どうせなら夕立に決着をつけさせてあげたい。だが、万が一のことがあると、次に危ないのは鎮守府だ。それだけはあってはならない。故に増援もおそらく鎮守府の半数の艦娘で終わるだろう。鎮守府そのものの防衛も必要なのだから。

 

「やっぱり硬いなぁもう!」

「焦んな。魚雷ならしっかりダメージを与えられる」

 

 私が担当している敵駆逐艦はやたらと硬く、主砲では少しの傷しかつけられない。そのため、今は援軍の木曾さんと共に魚雷メインで戦うことになっている。その魚雷も、直撃でなければ効果は薄い。

 奴らの意味がわからない防空性能を抑え込めば、こちらも空母が働けるようになるはずだ。少なくとも今は対潜のために大鷹が動けるくらいにはなっている。

 

「俺が追い詰める。お前は確実に狙っていけ。出来るだろ?」

「大丈夫。1体ずつちゃんと沈めていくから!」

「上出来だ。さっさと沈めて、夕立の援護に回りたいからな」

 

 魚雷の個別撃ちも駆使し、1体1体確実に狙いを定め直撃させていく。あちらからの砲撃もあるため狙いは定めにくいものの、嫌なことに私はあまり狙われないため、どちらかといえば木曾さんが大変。

 そういうところで贔屓されるのは気分が悪い。敵なのに、私を生かそうとするやり方に腹が立つ。絶対に奴らの仲間になんてなって堪るか。

 

「木曾さん、そっち小鬼行きます!」

「おいおい勘弁してくれ。俺は雷撃特化でそいつら対処出来ねぇんだ!」

 

 五月雨の声と共に、木曾さんに向かってくる小鬼群。雷撃はことごとく回避されるので、木曾さんには天敵のような存在。

 ならば私が護るのが筋というものだろう。処理班として来ている五月雨と菊月よりは精度が落ちるが、少なくとも撃退くらいは出来る。それに、以前はそれで沈めることも出来たのだ。その時と同じように。

 

「木曾さんは私が護るよ!」

「悪いな、頼むぜ!」

 

 手持ちと備え付けの主砲の連携で、以前と同じように各個撃破。3体1組となった小鬼群も、それにより機能不全に陥らせる。1体潰れれば後は楽になるのは経験済み。

 

「五月雨、敵の雷撃が来るぞ」

「潜水艦もいるんだもんね! 回避ーっ!」

 

 海の上ばかり見ていると、海の中が疎かになってしまう。それを狙ったかのように、小鬼群を処理している五月雨に対して潜水艦が雷撃。足下からの攻撃はどうにか回避出来るものの、それに対する攻撃は駆逐艦の面々は誰も持ち合わせていない。

 

「そっちかよう! なら、あたいが行くぜぇ!」

 

 そのための海防艦だ。五月雨が狙われると同時に動き出していたのは、一番近場にいた大東。魚雷を飛び越えるとすかさずその持ち主に向けて爆雷を投下。海中で爆発して一撃で粉砕。

 

「よし、大分防空が減ってきたね。ならまた仕事すっかい!」

 

 敵駆逐艦の数が減ってきたことで、隼鷹さんが空襲を再開。魚雷と同等かそれ以上の火力により戦場を蹂躙していく。最初の足止めの段階で艦載機をかなり失っていたものの、その火力は健在。

 

 このペースで行けば、すぐにでも随伴艦は全滅させられる。そうすれば、ここにいる者全員が駆逐水鬼に対して攻撃出来るようになるだろう。

 

 

 

 駆逐水鬼と相対する夕立と霧島さん。夕立の煽りとも言える発言により、駆逐水鬼の理性は簡単に焼き切れていた。

 

「私ノ陽炎ト寝ルダナンテ、絶対ニ許サナイ!」

「ホント気持ち悪いっぽい。ゲロちゃんはアンタのモノじゃないよ」

 

 怒り任せに海面を殴り付ける駆逐水鬼。以前に夕立を殴り飛ばした時に使った戦法だ。水飛沫の中、距離感を狂わせて真正面から突撃し、砲撃をさせる間も無く殴りつけるという厄介な技。

 初見ではまず突っ込んでくるなんて考えなかったため、夕立はやられてしまったわけだが、今回は2度目だ。今の夕立ならばすぐに対応出来るはず。

 

「貴女ハ犬ダト思ッテイタケド、私カラ陽炎ヲ奪ウ泥棒猫ダッタノネ。ナラ、コノ場デ去勢シテアゲルワ! 跡形モ無クナルカモシレナイケド!」

 

 接近戦で来るかと思いきや、まずは砲撃。駆逐艦であるはずなのに、その威力は戦艦並みに思えるほどの激しいもの。水飛沫を爆散させるように夕立に直撃コースの弾丸が飛んできた。

 視界が晴れたら目の前に弾丸となったら、そう簡単には避けられない。直撃を免れたとしても、掠めるだけで大きなダメージになってしまいそう。

 

「当たらないっぽい!」

 

 それを夕立は紙一重で避けた。爆風まで加味しての紙一重。少し袖口が焦げたように見えたが、致命傷どころか肌に傷すらついていない。

 おそらく読んでいた。ここであえて砲撃が来るのではないかと。いや、むしろどちらが来てもいいような回避方法を選択した。砲撃を予期して下がるのでは無く横へ、腕を振り抜けるのを見越して回避距離を大きく。

 

「今度はこっち!」

 

 砲撃の隙を突くように今度は夕立からの雷撃。主砲はあの剛腕に弾かれるのだから、基本は雷撃で攻めるべき。

 

「ソンナモノ、喰ラウワケ」

「主砲、全門斉射!」

 

 そこに間髪入れずに霧島さんからも主砲。魚雷を避ける道の片方を封じるような射線で駆逐水鬼の回避する方向を固定化。戦艦の砲撃もあの剛腕でガードすることが出来るかもしれないが、そちらはさらに行動を固定化出来る。

 以前の戦いで戦艦2人の砲撃と空母2人の空襲を集中して受けていても、少し焦げている程度で終わったくらいだ。防御性能が尋常ではないことは確か。この砲撃すらも効くかわからない。

 

「喰ラワナイト、言ッテイルデショウガ!」

 

 ある意味悪い予想が当たり、霧島さんの砲撃も無理矢理ガードして弾き飛ばす。剛腕には傷が付いたものの、本体は傷一つなく、夕立の魚雷もしっかりと跳び越えている。

 単純に駆逐水鬼は並ではなく強い。単純に艤装も強力であり、戦い慣れもしているように見える。それだけ今まで侵略してきたことなのかもしれない。

 

 砲撃を弾き、魚雷を跳び越えた駆逐水鬼は、そのまま夕立へと肉薄。それこそお返しと言わんばかりに猛烈な突撃で威圧し、また手が届く距離へ。

 

「貴女カラヨ、泥棒猫!」

「させないわ!」

 

 その手が夕立の腕を掴もうとしたその時、霧島さんの艤装が勢いよく変形して駆逐水鬼の剛腕を無理矢理挟んだ。夕立に届く直前だったが、間一髪のところで食い止められる。

 結果的に駆逐水鬼には大きな隙が出来た。それを見逃すわけもなく、夕立がすぐさま頭に向けて主砲を構える。そのまま撃てば一撃で行けるはずなのだが、駆逐水鬼の剛腕は腕だけにもう一本ある。トリガーを引く前にそちらの剛腕が夕立を殴り飛ばそうと振り回された。

 

「親分!」

「それもっ、させないわ!」

 

 夕立はそれを察してすぐに砲撃をキャンセルし、バックステップ。それでも回避しきれないことを考慮し、霧島さんが片方の腕を挟んでいる鋏を無理矢理引き寄せ、駆逐水鬼の体勢を強引に崩す。

 

「ナラ、貴女ガ先ヨ飼主!」

 

 逆側のフリーな剛腕を霧島さんに向けるが、すぐにそちらも鋏を使って食い止める。

 この状況、以前の戦いと同じ。まるで社交ダンスのように本体同士が接近。あの時はここから霧島さんが素手で殴りに行ったが、駆逐水鬼も学習していた。霧島さんが動くより先に襟首を掴むように腕を突き出し、首に何かを絡める。

 

「かっ……!?」

「飼主ニダッテ、紐クライ着ケテモイイデショウ。ソノママ絞メ殺シテヤルワ」

 

 その手に持っていたのは青色の紐。同じように接近戦が出来る者がこちらにもいるということを理解し、こうなることを予期した上でこの手段に出た。

 歯を食いしばり、紐が食い込むことを極力抑えようとするが、全力で絞めあげられているせいでガッツリ喉に入ってしまっている。

 

「親分から離れるっぽい!」

 

 それを助けるためにも、夕立が霧島さんに当たらないような角度から狙撃。接近戦をされると敵味方の距離が近すぎて撃つのを躊躇ってしまうが、夕立にそれは一切無い。むしろ霧島さんも、窒息の危険がある中で夕立のサポートをするために、駆逐水鬼が避けられないように自分を絞めあげる本体の腕を掴む。

 

「離サナイノハ、飼主デショウガ!」

 

 それは流石にまずいと感じたか、霧島さんの腹を蹴ることで拘束から抜けようとする。首を締めたことで艤装側の拘束も若干緩んでしまったせいで、その一撃で駆逐水鬼は霧島さんから離れることに成功してしまった。代わりに霧島さんの首に食い込んでいた紐も解け、窒息の危険は失われた。

 イメージの力が艤装の稼動に影響を与えるが、霧島さんの場合はそれがモロに出てしまうタイプのようだった。追加の腕と同じようなものだし、本人のコンディションが直結しているのだろう。

 

「ゲホッ……主砲……斉射ぁ!」

 

 そのタイミング、僅かに出来た間合いを見透かし、霧島さんが主砲斉射。ろくに狙いも定めていないが、真正面に撃つという信念だけがあれば、今の今まで眼前にいた駆逐水鬼の何処かに当たるはず。

 

「私ノ陽炎ヲ手ニ入レルタメニモ!」

 

 体勢が少し崩れる中でも、その砲撃はしっかり弾いてきた。恐ろしい執念。

 しかし、鋏に挟まれ押さえ付けられ、戦艦主砲を弾くのも2回目。そろそろガタが来始めてもおかしくはない。

 

「だから、ゲロちゃんはアンタのモノじゃ無いっぽい!」

 

 そこへ夕立が滑り込むように急接近。剛腕を潜り抜けたその先、本体を直接撃ち抜くために海面スレスレで突撃。掬い上げるような向きでの砲撃で駆逐水鬼の頭を狙う。

 最初のように剛腕で海面を叩き付けるようなことをされたら夕立は一巻の終わり。だが、霧島さんの主砲を弾いていたことですぐにそんなことが出来るような状況では無い。危険度は最上級に高いが、最も的確な攻撃だとも言える。

 

「コノッ、駄犬ガァ!」

 

 だが、その砲撃を紙一重で避けてしまった。最高の角度とタイミングだったのだが、姫というだけあって何もかもが強い。

 

「陽炎ハ私ト愛シ合ウノヨ! 大嫌イナ夜ヲ一緒ニ乗リ越エ、貪ルヨウニ求メ合ウ、私ノタメノ()()()()()ナノ!」

「ゲロちゃんはそんなわけのわかんないものじゃない! 艦娘で、人間で、夕立の仲間なんだから!」

 

 すぐさま剛腕を叩きつけようと振り下ろすが、夕立はその隙間を縫って接近し、駆逐水鬼本体を蹴り飛ばした。反動で飛び退いたところで剛腕はギリギリのところを通過。

 昨日改装されたばかりでテストもしていないのに、夕立は完全に改二を使いこなしていた。沖波の時もそうだったが、夕立は輪をかけて強化されている。本人のセンスもあるだろうが、駆逐艦とは思えない程のスペックだ。

 

「ゲロちゃんは絶対に渡さない! アンタみたいな気持ち悪い奴なんかに!」

 

 そして魚雷まで放つ。かなり近い位置にいるため、夕立自身が危険ではあるが、むしろ確実に命中させられる一撃でもある。今は随伴艦によるガードも無い。

 

「フザケルナァ! 犬如キガ、私ノ陽炎ヲ語ルナァ!」

 

 それすらも剛腕によるガード。海面を叩きつけた反動で魚雷を爆破し、本体へのダメージを極力軽減。焦げるくらいはしても、まだ稼動に支障が無いまで来た。どうなっているのだ。

 逆に夕立は自分の魚雷の爆発のせいで髪が焦げるくらいの火傷。風圧を使った帆でのバックステップも完璧。

 

「陽炎、私ヲ見テ! ソレダケデ私ハ負ケナクナルワ! 陽炎、私ノ陽炎!」

「貴女の随伴艦が邪魔で貴女のことは見られないそうよ。自分のせいね」

 

 ここまでやれば霧島さんだって復帰出来る。夕立に被害が無いように、突撃からの格闘。鋏を突き出し本体を狙う。

 またもやそれは剛腕に阻まれるが、ここでようやく今までの攻撃が響いてきた。霧島さんの格闘も砲撃も受け止め、無茶のような殴り付け、海面を叩くような振り回しも何度も行ない、トドメはさっきの魚雷の処理だ。今のガードの瞬間に妙な音がした。

 

「ナッ……」

「硬いでしょうけど、何度も何度も使えば脆くもなるわ。全てそれで受けていたんだもの。勿論、私達はそれを狙っていたわけだけど!」

 

 全力で鋏を閉じた瞬間、剛腕の片方が鋏と共に粉々に砕け散った。その爆発に巻き込まれて霧島さんも軽い火傷を負うが、その程度では止まらない。

 もう片方の鋏も駆逐水鬼に向け突き出し、それを剛腕が受け止めたところで思い切り閉じる。同じように剛腕と鋏が同時に破壊される。

 

「ソンナ……ソンナコト!」

「貴女の艤装はその腕に全て割り当てられているのよね。それが無くなれば、主砲すら使えないただの生身。艤装を持たない艦娘と同じ」

 

 攻撃の手段を失った駆逐水鬼は、この時確実に狼狽えた。

 

「想定外の接近戦がわかれば、私達でも充分に通用する敵だったということね。代償は私の艤装だけれど、一向に構わないわ。ねぇ、夕立!」

「ぽーい! 誰も死なずに勝てれば、それで良し!」

 

 霧島さんの艤装を登るように跳び、駆逐水鬼の上へ。今までなら剛腕に掴まれるなり撃ち落とされるなりで散々な目に遭いそうだが、今はそれもない。

 

「陽炎、私ノ陽炎! 私ハ……!」

「煩いっぽい。これで、終わりっ!」

 

 夕立の砲撃は、駆逐水鬼の胸に直撃。私に似せた制服を焼き払い、その戦いに終止符を打つ。

 




霧島の鋏艤装は勿論AGPリスペクト。盾が鋏になるとか斬新。


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生まれ変われたら

「随伴はもうすぐ終わるぞ! 増援来てないか!」

「おーう、大丈夫だね。ここにいるだけで終わりさぁ」

 

 駆逐水鬼の随伴艦を処理している私、陽炎。基本的には木曾さんと共にやたら硬い駆逐艦を処理し、数が減ってきたところで空襲も含めて全て終わらせる。

 周りをちょこまかと動き回っていた小鬼群は、五月雨と菊月が的確に処理。稀にこちらにも小鬼群が向かってきたので、木曾さんを守るために私が頑張って処理した。

 特に厄介な潜水艦は、大鷹が号令する海防艦達により駆逐して行った。子供とはいえスペシャリスト。全員が無傷で終わらせることが出来たのはいい出来。

 

「夕立どうなった!」

 

 私達がこちらに気を取られている内に、あちらの戦闘はどうなったか。

 と、私が夕立の方を見た時、主砲を駆逐水鬼の胸に直撃させる瞬間だった。

 

 自ら放った砲撃の爆風を帆で受け、撃ちながらも駆逐水鬼から間合いを取っている。霧島さんも、剛腕を失った駆逐水鬼から飛び退く形で離れた。

 

 

「勝った! 勝った勝った勝った!」

「ええ、これで終わりでしょう」

 

 戦いを自分の手で終わらせたことを喜ぶ夕立と、攻撃を受け止め続け疲れ果てたような霧島さん。夕立も火傷やら何やらがあったが、霧島さんの方は艤装も壊れてしまっているため、今から戦うことは出来ないだろう。

 戦いが終わったことで2人とも疲労がピークに達したか大きくふらついた。ずっと全力疾走してきたようなものだ。どれだけ鍛えていたとしても、消耗が激しくてもおかしくない。夕立に至っては膝をつく程に消耗している。

 

「陽炎、もうこっちは大丈夫だ。夕立んトコ行ってやれ」

「了解!」

 

 木曾さんに言われ、もう立ち上がることも出来ないであろう夕立に肩を貸すべく、私はその側へと駆け寄る。向かってくる私が見えたからか、ニパッと笑った夕立が力なく手を振ってきた。

 

 だがそれは、夕立と霧島さんが倒した駆逐水鬼の近くに寄るということにもなる。

 

「カ……陽炎……見テ……私ヲ……」

 

 駆逐水鬼はまだ完全に息絶えていなかった。胸に砲撃が直撃してもまだ沈んでいない。浅かったわけではないだろう。単純に、他の深海棲艦よりも()()()()()すらも強靭なのだと思う。致命傷を受けても簡単には沈まない。

 艤装を破壊され攻撃の手段を失い、身体も半ば破壊されて動くことも出来ず、だが執着心のみで私を求めて手を伸ばしていた。その目に私が映っているかはわからないが、私に向けて、震える手を。

 

 深海棲艦は私達の敵だ。駆逐水鬼だってその中の1体。さらに言えば、私の両親の仇である赤い深海棲艦の仲間。私を目覚めさせることを念頭に置き、仲間達を殺すつもりで動き続けていた、それだけで、私はこいつに対して敵意しか無かった。

 だが、ここまで来ると可哀想に見えてきた。同情というわけではないが、刻み付けられた恐怖心を払拭するために私を求め、それが行き過ぎてしまったに過ぎないとも考えられる。

 

「……あのさ」

 

 相手は敵だ。むしろまだ沈まないのなら、追撃でトドメを刺した方が良いのだろう。しかし、そんなことをしたら、人としてどうかと思ってしまった。弱い者いじめや死体蹴りの類だ。

 私達艦娘は、破壊者ではなく守護者。敵を完膚なきまでに倒すのが艦娘ではない。相手がどんな相手でも、ある程度は礼儀を持った方がいい。ここで攻撃したら、それこそ深海棲艦と同じようなものになってしまいそうだ。

 

 だから、最期は私から話しかけた。

 

「陽炎……ヤット私ヲ見テクレタ……」

「最期くらいは看取ってあげる。あと、こんな時に言っても意味がないかもしれないけど……アンタはやり方が悪かったよ。仲間を傷付けるのはダメ」

 

 今更言っても意味が無いだろうが、死の間際になってようやく話が出来そうになったので、一応。

 

「陽炎……私ノ陽炎……私ハモウ終ワリダケド……貴女ハ……」

「目覚めないよ。ずっと、絶対に。だから、アンタは最初からこんな手段じゃなく、真正面から友達になってくださいって来てくれれば良かったんだ。それでも私は抵抗するかもしれないけど」

 

 もう少しやり方が違えば、私も違う感情を持っていたかもしれない。深海棲艦に対していい感情は持てないと思うが、気持ち悪い一色の感情くらいは無くなっていたと思う。深海棲艦から友好関係を求められたら驚くとは思うが。

 

「何もしなかった私が言うのもなんだけど、もし生まれ変わることが出来たなら……アンタも艦娘になって私の仲間になりなよ。そしたら考えてあげる」

 

 駆逐水鬼相手に戦いもしていない私が何か言うのは間違っているかもしれないが、私に執着しているのだから私が声をかけてもいいと思った。

 少し危険かと思ったが、伸ばした手も取ってやった。そういえば、駆逐水鬼と触れ合ったのはこれが初めてか。最初で最後の触れ合い。指先に毒が仕込まれているとかだと目も当てられないが、一応私は手袋を着けているので多少は大丈夫。

 

「陽炎……目覚メタクナイナラ……思イ出シチャダメ……分霊ノ最後ハ……絶対ニダメダカラ……思イ出ソウトモ……シナイデ」

 

 やはりあの記憶が戻ったら終わりだと。駆逐水鬼が言うのだから、それが正解だ。

 詳細を話したらまず間違いなく思い出してしまうから、知っていることを何も話さずに沈んでいこうとしていた。一矢報いるとかしてこない限り、本当に私のことを想っていたのだ。

 

「わかった。肝に銘じておく」

「ア……アア……陽炎ノ温モリ……光ガ……見エル……」

 

 今までとは違う、嫌味のない綺麗な笑顔を見せて息絶えた。指先から塵になっていく。随伴艦は破壊した形そのままで沈んでいき海中で消滅するが、人の形を持つ姫の死はこうなるのか。

 

「ゲロちゃん、優しすぎ」

「最期くらいはいい夢見させてやりたいでしょ。あの赤い深海棲艦の仲間ってのが気に入らないけど、あんなでも私のこと好いてくれてたわけだし。それに、夕立だってトドメ刺そうとしなかったじゃん」

「死体蹴りは無礼っぽい。介錯でも無いのに」

 

 夕立だって艦娘。破天荒なやり方をするものの、心得はしっかり刻まれていた。死にゆく者に追い討ちなんてしない。

 

「霧島さん、姫って倒したらどうなるの? このまま消えていく感じ?」

「ええ。あとはD型艤装をドロップする可能性がかなり高いわ。一緒に沈んでいくから、後から回収が基本ね」

 

 こんな近海で姫との戦闘をしたことなんて無いので、回収作業も一苦労しそうだと呟いた。鎮守府でD型艤装のサルベージ作業は出来ないため、業者に頼むことになる。それがあの工場なわけだ。

 今は私がここにいるので、沈む前に艤装を掴んでおけば、サルベージに手間をかける必要も無くなるだろう。私の力で持つことが出来ればだが。

 

 しかし、今回は不測の事態が発生しそうだった。塵になっていっているはずなのだが、私の手には普通に感触が残り続けている。つまり、駆逐水鬼の亡骸が()()()()

 いや、正確には塵になってはいくのだが、人の形を残したままなのだ。艤装も沈んでいくことなく、そこに在り続ける。私が持っている駆逐水鬼の手も、その感触はそのまま。つまり、塵ではなく()()()()()()()()()ということになる。

 

「えっと……これどういうこと?」

「いや、こんなもの初めて見るわ。どういうことなの……?」

 

 霧島さんですら初めて見る光景。基本的には姫の亡骸というのは残らず、艤装だけ残して消滅するという。しかし、一向に無くならない。塵にはなっていっているのだが、どうも何かが違う。

 息絶えていないのなら、そもそも塵は現れない。息絶えているようなら、全てが塵となって消え去る。これはそのどちらでもない状況だ。

 

「げ、ゲロちゃん、ちょっとその塵、払ってみてもらえるっぽい?」

 

 夕立が何かに気付いたようで、少し震えながら指を差す。今まともに動けるのは私くらいだ。何かありそうなのでやってみる価値はある。

 

「ま、まさかね。まさか……」

 

 ささっと払っていくと、そこにいる者は誰もが目を見開いた。

 

 その塵の中から、()()()()()()()()()

 

 

 

 戦闘終了後、すぐに鎮守府に帰投。勿論、駆逐水鬼の亡骸から出てきた女の子も運んで。

 

「どういうことだいこりゃ。姫から人間が出てくるなんて聞いたことないよ」

 

 困ったことに、駆逐水鬼からドロップしたであろうD型艤装は、その人間の背中にしっかりと接続されてしまっていた。人間が現れたというよりは、艦娘が現れたという感じ。全国の鎮守府設立から見ても初めての事態ではないかとまで言われている。

 

「息はあるのかい」

「あるよ。ちゃんと心臓も動いてること確認した」

 

 ここまで運んできたのは私。その間に鼓動があることも確認済み。小さな寝息も聞こえる。

 その女の子は見た目はおおよそ私や夕立と同じくらい。スタイルは割と良く、顔は何処となくだが駆逐水鬼に似ていた。

 

「なんか、変態ヤンデレストーカーが人間になったって感じに見えるっぽい」

 

 ヘトヘトだった夕立も、この現象で疲れが吹き飛んでしまったくらいに驚いた。私が肩を貸すまでもなく自力で工廠に戻ってくることが出来る程にまで。

 だが、地に足をつけ、艤装を外した瞬間に気を失いかける程の疲れに襲われていた。霧島さんもそうだ。最後まで駆逐水鬼相手に奮闘した2人なのだから、ここまでになっていてもおかしくはない。

 

「夕立と霧島はドックでの休息を許可する。怪我もしているだろう」

「火傷を少し……小破程度ですが、私は艤装をやらかしてしまいまして」

「霧島はそれがデフォだろうに。整備班が何とかしてくれるだろうから、アンタはさっさと休みな」

 

 工廠で待機していた面々が2人をドックの方に運んでいく。ここまで来るともう自力では歩けなかったようで、霧島さんは陸奥さんが、夕立は磯波が担いで行った。

 そして、残された駆逐水鬼の亡骸から出てきた女の子なのだが、空城司令もどうしたものかと頭を抱えている。対応力の有無も提督の素質だとは思うが、これはそういう問題を超えてしまっている。

 

「一度ドックで寝かすか。艤装が接続出来ているということは、艦娘の類なんだろうさ。誰か、この子の艤装を剥がしてやってくれ!」

「はーい、すぐやりまーす!」

 

 夕張さんがすぐに対応するためにいろいろと機材を持ってやってきた。

 気を失っている艦娘から艤装を外すということは無いわけではない。過酷な戦闘で瀕死の重傷を負ってしまった者というのは意識を失うことはよくある。無理矢理剥がすと本人にさらに怪我を負わせることになりかねないため、ここは慎重にやる必要が出てくるわけだ。

 

 どうせなら助けてあげてほしい。この子が駆逐水鬼の生まれ変わりなのか、それとも全く別の理由でここに現れたのかは定かではないが、せっかく人間としてここで助かったのだ。どうせなら助かってもらいたい。

 目を覚ましたら結局変態ヤンデレストーカーでしたとなったら心が折れそうだが、大丈夫だと信じて。

 

「陽炎、アンタも休みな。戦いの後なんだからね」

「……うん、でもこの子がちょっと心配で」

「気持ちはわかるが、今は無理するところでもないよ。それに、この子の治療は時間がかかる。風呂に入ってくる時間くらいはあるよ」

 

 確かに、ただただずっと待っていても、この子に関してはすぐには終わらないようなことだ。そもそも目を覚ますかもわからない。今がまだ午前中なのだから、下手をしたら目覚めは明日ということにもなりかねない。

 

「わかった。今は身体を休めることにする」

「それでいい。治療が終わったらちゃんと連絡する。今日の午後はアンタは休みでいい」

 

 巣の破壊に乗り出すのは、今回鎮守府防衛のために戦闘に参加していないメンバーで行なうとのこと。巣に行ってももう駆逐水鬼はいないのだから、比較的危険度は少ない任務になるはず。距離がかなりある場所で、まだ巣の明確な位置が判明していないので、今日のところは巣探しから始まるとは思うが。

 

 艤装を外すと、私もどっと疲れに襲われた。夕立と霧島さんほどの激しい戦いはしていないはずなのだが、気疲れとかもあるのだと思う。

 

「うん、休まないとダメだねコレ」

「だろう。万全な状態であの子を迎え入れてやんな。まぁ……アンタにはキツイ結果になるかもしれないが」

 

 前例のないことなのだから、目覚める保証だってないのだ。艤装を外した瞬間に息絶えることすらもあり得る。最悪を想定しておく必要はあるだろう。

 

 

 

 駆逐水鬼との戦いは終わったのだが、新しい問題が出てきそうである。この女の子は一体何者なのか。そもそも目を覚ますのか。

 




駆逐水鬼は沈みましたが、新たな問題が現れそう。


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先の被害者

 駆逐水鬼を撃破したかと思いきや、中から人間の女の子が現れてしまった。今までに前例の無い事象であり、空城司令もどうしたものかと悩んだ結果、ひとまずは治療のためにドックに入れることとなった。治療完了がいつになるかはわからないし、そもそも目覚めるかもわからない。だがやらない理由もない。

 午後からは休息の時間とされた私、陽炎は、正直気が気で無かった。別人だとは思うものの、あれは私に執着していた駆逐水鬼から出てきた子だ。目が覚めたらまた駆逐水鬼と同じような行動を取られる可能性だってある。深海棲艦ならまだしも、今後仲間として扱われる可能性のある子からストーカー行為をされるのは流石に辛い。

 

「うー……あの子どうなってんのかな……あのままだったら嫌だよ」

「まぁ、うん、そんな感じになっちゃうよね」

「気負っても仕方あるまい。ドンと構えて待つがいい」

 

 一緒に休息の時間となった五月雨と菊月が相手をしてくれている。夕立は入渠中。沖波と磯波は巣探しの哨戒任務。初月は念のための周辺警戒に入っているため、構ってくれる駆逐艦はこの2人しかいない。

 間宮さんから甘いものを出してもらって精神的にも落ち着こうと思っているものの、あれは流石に気になりすぎる。

 

「悪の組織の幹部が味方になるとは、なかなか熱いじゃないか。昂揚しないか」

「漫画やアニメじゃ熱い展開かもしれないけど、これは現実なんだよなぁ」

「でも、こういう救われ方もするっていうのは良かったかも。本当に初めて見たもん」

 

 最古参の五月雨と菊月も、当然こんな現象は見たことが無いという。空城司令が初めて見たと言うのだからそれも当然か。

 

「今までも姫って倒したことあるんだよね?」

「うん、ここで働き始めてから何回もあるよ。それでも姫を倒して女の子が出てくるってことは無かったなぁ」

「D型艤装のドロップは毎度あったがな」

 

 艤装だけならまだしも、それを扱う艦娘ごとというのはわけがわからない。そうなった理由はまた逐一調査していくことになるだろう。

 

「今は甘いもの食べて休もうね。せっかく貰えた休みなんだし、部屋でお昼寝でもいいと思うよ」

「かもね。海防艦の子達も休みだし、一緒にお昼寝でもいいかも」

 

 結果的にその案を採用。この後は戦闘後で疲れていた子供達と一緒にグッスリ眠ることにした。悪夢を見なければいいのだがと思っていたが、別の悩み事があったからかこの時は悪夢を見ることが無かった。

 

 巣の方は残念ながらまだ見つからず。だが、領海外の探索はかなり進んだとのこと。明日には巣を見つけられる事も出来るだろう。これで駆逐水鬼との戦いは本当に終わることになるはず。

 

 

 

 夕立と霧島さんの入渠も終わり、夕食も終了。ここで空城司令からお呼びがかかる。

 

「陽炎、医務室に来てもらえるかい。()()()だ」

「了解。すぐに行く」

 

 例の件ということは、駆逐水鬼から出てきた子の治療に進展があったということだろう。どうなっているかはとても気になっていた。入渠後に医務室まで移動してもらったようだが、普通に歩いて行けたようなので身体はピンピンしてそうである。

 医務室の前には空城司令としーちゃんが待っていた。他には誰も呼ばれていないのは少し意外。私が呼び出されたのは割と理由としてわかりやすい。

 

「あの子が起きたってことだよね」

「ああ、治療の甲斐あって全快した。話も出来る状態なのは確認済みだ」

 

 そのまま医務室の中へ入ると、体調を検査するために速吸さんが中で作業中。装置を見る限り、同期値などを測っているのだと思う。

 私達の目の前に現れた時に艤装が装備されていたのだから、艦娘としての活動が可能なのは確定。本人の意思はあると思うが。それが異端児に属するかはこの検査で確認する。

 

「陽炎を連れてきたよ。話がしたいんだろう」

「ありがとう……ございます」

 

 口調も比較的しっかりしている。聞いた感じ、駆逐水鬼とは近しいような違うようなという感覚。あの少し聞き取りづらいような反響が無くなっているおかげで、人間らしさも出ている。

 私の姿を視界に入れた瞬間、ほんの少しだけ震えたような気がした。それもそうだろう。あれほどのことをした記憶が残っているのなら、私に対していろいろ思うところがあるはずだ。

 

「陽炎さん……まだ目覚めていませんよね……?」

「うん、大丈夫。最後の記憶はまだ思い出してない」

「よかったです」

 

 やはりそこは気になっていたようだ。まぁ今の私の姿を見れば、目覚めていないことはわかるだろう。念のための確認。

 

「目覚めると、あのときの私のようになってしまうと思います。私は……全て覚えていますので」

「ああ、やっぱり……。なら、もしかして私と同じなのかな」

「はい、おそらく。なるべく陽炎さんを刺激しないように話をしたいと思いまして」

 

 私に全く伝えないというのもあったとは思うが、それだと私の心構えが出来ない。知れることがあるのなら全て知っておきたいというのもある。そういうところを考慮してもらえたのは嬉しいものだ。

 そして、私が目覚めた場合、確実に深海棲艦になるということが判明した。この子はある意味、私の()()()()()を先んじて体験してしまった被害者とも言える。何かしらのトリガーを引かれ、結果的に深海棲艦へと変貌し、あれほどの力を手に入れると共に人類の敵となったわけだ。

 

 何が私の目覚めのトリガーになるかわからない。だからこそ、ある程度は知っておく必要がある。そしてその子はそれを知っている。

 

「私があの姿……駆逐水鬼と呼ばれているんでしたか、アレになったのは、今から5年前です。その時からずっと潜伏していました」

「5年前……この鎮守府が出来上がって間もない頃だ。戦力も少なかったから、救いきれない街もあった。申し訳ない」

「いえ……大丈夫です。過ぎたことですし……いろいろありましたから」

 

 少し悲しそうな顔をする。私とそこまで同じだというのなら、住んでいた街を滅ぼされ、自分だけが生き残った。この子はそこに少し補正が入る。

 

「だが、その時に赤い深海棲艦がいたのなら、目撃情報くらいはありそうなもんだがね」

「私は直接太陽の姫にあの姿にされたわけではないんです。あの姿になってから、太陽の姫に出会っています」

 

 なるほど、なら太陽の姫の斥候か何かに、私と同じようなことをされたことによって、この子は目覚めさせられたわけだ。私のように10年越しに目覚めるわけではなく、即効性のある何かをされて。

 それでも、間接的に太陽の姫がこの子を深海棲艦に変えたことは間違いない。私と同じような被害者である。

 

「ああなってからは、ずっと太陽の姫の指示の下、あの海を監視し続けていました。いつか会えるであろう太陽の姫の分霊のことを想って、ただひたすらに潜伏し続けていました。そうしたら、ついに陽炎さんが現れた」

「だから、襲いかかってきたわけだね」

「はい……興奮が抑えきれなくなって」

 

 そこからは初めての戦闘のところになる。随伴艦達と共に襲撃し、私が目覚めていないことを確認すると、仲間達を殺すことで私のトリガーを引こうとした。

 あの時の駆逐水鬼の言葉も辻褄は合う。『噂には聞いていた』とは太陽の姫に伝えられたということ。『太陽の姫に会ったことがある』というのはそのまま。変化させられて、その後のことだ。

 

「アタシゃ、少し疑ってはいたんだ。アンタ達の話から聞いていた駆逐水鬼は、妙に()()()()なとね」

 

 海で生まれた姫が、2人の門出だとか私の伴侶だとか泥棒猫だとか、妙に恋愛小説のような人間臭い言い回しを使っていたのも、本来人間だったからその辺りの知識が普通にあると言われれば疑問に思わない。流石にこれはこじつけが過ぎるかもしれないが。

 

「結果的に私は敗北し、そのおかげで人間へと戻ることが出来ました。ありがとうございます」

「礼はまた後からでいいから夕立と霧島に言ってやんな。アンタが強かったおかげで、アイツらは打倒アンタってことで努力したんだ」

「はい……親分さんと子分さんには、感謝しか無いです」

 

 その呼び方はあまりしないであげてほしい。どちらと言えば磯波のために。

 

「私が変化したトリガーについては陽炎さんには話さないことにします。それで陽炎さん自身のトリガーを引いてしまう可能性がありますので」

「わかった。なら後でアタシとしーだけに話してくれればいい。それも辛いなら無理しなくていいからね」

「はい……ありがとうございます」

 

 気遣ってもらえてありがたいが、無理だけはしてもらいたくない。せっかく解放されたのだから、今は自分の生きたいように生きてもらえればと思う。

 私と同じ境遇になってしまっているというのなら、両親ももういないのだろう。なら、私のいた孤児院を紹介してもいいだろう。

 

「今の頭ん中はどうなってんだい。全部覚えてるとは言っているが」

「はい……あのときの感情も痴態も全部覚えていますが、敵意はもうありません。あれはあの身体だったから湧き上がっていた感情だと思うので」

 

 それなら安心だ。人間なのに頭の中は深海棲艦と言われたら一番面倒くさい状態だ。叛逆者ではあるが、被害者でもあるため、拘束するのも躊躇われる。

 だが、後ろから撃たれる心配が無いわけでもないのが困ったところ。突然豹変する可能性だってあり得るわけだし、何かがきっかけでまたあの姿に変わってしまう可能性だって考えられてしまう。

 

「ですが……」

「何か問題でもあるのかい」

「5年間あんなことをし続けてきましたので……身体が変に覚えてしまっているんです。特に一番強い感情を……私が変えられる前に持っていなかった感情すら、残ってしまっています……。それは確実に皆さんの迷惑になるのではと……」

 

 染み付いてしまった習慣は、身体も心も人間に戻ったとしても影響を与えてしまうもののようである。一度死んでいるようなものなのだが、記憶を持っているのならそれは仕方のないことなのかもしれない。後にも先にもそれを実感することは無いと思うが。

 で、その感情とは何か。すごく嫌な予感はするものの、聞かなければ先に進まない。他人に迷惑をかけるかもしれない感情なのだから、事前に知っておく必要もあるだろう。すごく嫌な予感はするが。

 

「で、その感情ってのは」

「……陽炎さんへの()()()……です……」

 

 あれだけの痴態を人目を憚らずに晒し続けていた駆逐水鬼の大き過ぎる感情だ。私に合わせて服まで変えて、太陽の姫すらも出し抜いて私を手に入れようとした程なのだから、元に戻ってもそれが残っていると言われても納得が出来てしまう。それほどまでに強すぎるもの。

 なら、私を見た時に震えたのは、駆逐水鬼の時と同じと考えてもいいのかもしれない。それはそれで確かにまずい。だが、駆逐水鬼を見ていたときの気持ち悪いという感情は湧かず、可哀想という気持ちでいっぱいになった。ある意味最悪な後遺症である。

 

「私がああなっている5年間……ずっと陽炎さんを待ち望んでいました……身近に太陽が手に入るその時を夢見て……私は……」

 

 だんだん顔が赤くなっていったため、それ以上言わなくていいと話を止めさせる。だが、私の顔を見てまたもや軽く震えた。これは相当にまずいのでは。

 

「メンタルケアも必要だろうね。速吸、アンタその辺りは出来るのかい?」

「うーん……少し専門外ですね。一番の治療法は陽炎ちゃんと一緒にいることな気がしないでも無いんですけど、より悪化する可能性もありますから」

 

 私から離したらそれはそれで酷いことになりそうだし、近づけ過ぎたら治るものも治らない。相当に難しい状態。

 

「なら、一応スカウトさせてもらおうか。言い方は悪いが、アンタは唯一無二の検体であることには変わりない。近くに置いておきたいという気持ちはあるからね。艦娘として戦うことが出来ないとしても、出来ることなら鎮守府にいてもらいたいと思うんだが、アンタはどうだい」

 

 それが一番妥当か。艦娘として活動出来るのならそれはそれで良し。そうで無くても監視下に置きたいだろう。突然の暴走がある可能性を考えると尚更。投獄とかまでするつもりは毛頭無いが、鎮守府内での軟禁みたいなものだ。

 

「私はそれで構いません。……行くところもありませんし」

「なら決まりだ。少しの間かもしれないが、よろしく頼むよ」

 

 身体の検査も必要だろうし、さっきも言っていたがメンタルケアが必要だ。一番落ち着ける場所が無いのだから、ここから動かずにいろいろと済ましていった方が安心だろう。

 自分で言うのも何だが、私がいる場所にいる方が心が安定するというのならその方がいいと思うし。

 

 これが今後どういう影響を与えるかはわからない。だが、いい方向に進む手段があるのなら、それを全部掴み取りたいものである。

 




陽炎への気持ちはまだ少し残ってしまっているというのは、普通に生活に支障が出るのでは。作者は訝しんだ。


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新たな妹

 駆逐水鬼の中から出てきた女の子は、私、陽炎が今向かっている破滅への道の成れの果てとも言える者だった。私と同じように、だが少し違う間接的な分霊を受けたことで深海棲艦と化し、5年もの間、あの巣の場所でこちらを監視していたのだ。

 そうなった時のトリガーについては私には話されなかった。それを知ってしまった瞬間に私の記憶が戻ってしまう可能性が高いため、気を遣ってくれている。私としてもそれはありがたいことだ。

 

 だが、人間としては成立しているものの、今まで深海棲艦として生きる羽目になった弊害というのも存在していた。その長い年月の間、深海棲艦という身体に堕ちていたせいで、私への執着心は後遺症とも言えるくらいに身に染みてしまっており、どうしても身体が反応してしまうらしい。

 私に近過ぎるとその要素が嫌でも出てしまい、私から離れると禁断症状のようになりかねない。どうしてもメンタルケアが必要になる。

 

「ひとまず、各種手続きは明日やらせてもらう。待たせるようで悪いね」

「いえ……私は特殊な経緯ですから……」

 

 やはり少し落ち込んでいた。人間に戻ることが出来たとはいえ、もう家族も友人もいない、天涯孤独の身となってしまっている。それこそ、そういうところも私と同じ。

 

「部屋と服は今妖精が用意している。明日改めて、皆にアンタのことは伝えよう」

「……はい」

 

 ならせめて、これからの人生は楽しいものにしてもらいたい。人として死に、深海棲艦として死に、また人として戻ってこれたのだから、孤独を感じないようにこの鎮守府で笑顔を取り戻してもらいたいものである。その痛みと辛さを私は理解しているのだから、尚更手伝ってあげたい。

 

「まだ体調が大丈夫なら、陽炎に話せないことをアタシらに話してくれるかい。なるべく知っておかなけりゃいけない事なんだろう?」

「はい……お話しします。えぇと……司令、でしたか。よろしくお願いします」

「ああ、アタシらを頼ってくれりゃいい。これからのことも話していこうか」

 

 ここからは私抜きで。検査をしていた速吸さんも退室することになった。このことは空城司令としーちゃん以外には知られないようにするとのこと。変に知って意識するくらいなら、速吸さんも別室で検査の続きをすると部屋を出た。

 

「メンタルケアには陽炎ちゃんにも手伝ってもらうかもしれません。構いませんか?」

「大丈夫。あの子は私と同じだから、気をかけていきたいなって思ってた」

「陽炎ちゃんもあまり気負わないようにしてくださいね。ストレス感じるなら安定剤とかありますから」

 

 さすが元医療従事者。その気持ち、ありがたく受け取ろう。もしまた体調を崩すほどのことが起きたら頼らせてもらいたい。

 

 

 

 翌朝。戦闘をしたことで刺激を受けたが、悪夢の更新は無し。それでも分霊の悪夢を見たので、少し気分悪く起床。魘されて飛び起きるようなことは無くなったのは喜んでいいのか悪いのか。みんなに心配をかけないようになったのは素直に喜ぶべきだとは思うが、魘されないくらいに慣れてしまったことを心配されそうでそれは良くない。

 

「……はぁ、憂鬱な朝だ」

 

 魘されてはいなくとも、涙は流していたようで、グシグシと目元を拭い身体を起こす。若干の気怠さはあったものの、悪夢を見たときは毎度こうだから気にならなくなっていた。やはり慣れちゃいけないことに慣れている気がしないでもない。

 

「んっ、よし! 気合入れて行こう!」

 

 頬をパンと叩いて気合を入れ直した。今日からは救出されたあの子も鎮守府に加わるのだから、暗い雰囲気でいるのはよろしくない。あの子の方がきっと辛いんだから。

 

 手早く着替えて部屋から出ると、ちょうど真正面の部屋の扉がゆっくりと開いた。この鎮守府は廊下に対して向かい合う形で部屋が並んでいるのだが、私の部屋の真正面は空き部屋だったはずだ。なのでそこから人が出てくることはないはず。

 

「あっ……」

 

 そこからおそるおそる出てきたのは昨日救出された子だった。そういえば昨日、私と速吸さんが退出する前に部屋を用意されていると言っていた。それがここだったわけだ。

 

「あー……よく寝られた?」

「そ、それなりに」

 

 ギクシャクした会話になってしまった。お互いに落ち度があるわけではないのだが、何となく顔を合わせづらいのが私達である。特にあちら。

 私の顔を見るだけで身体が反応してしまうという酷い後遺症のせいで、今も少し顔が赤い。最悪な場合、あらぬ妄想まで駆け巡ってしまうのかもしれない。深海棲艦と違って理性はちゃんとあるため、いきなり行動に移すようなことはしないが、悪化したらそれも時間の問題かもしれない。

 

「あれ、その制服」

「あ……その、妖精さんが用意してくれたのがコレで。なんでも、艤装が陽炎さんの物と同じようなものだったらしくて」

 

 その子が着ていたのは、私と殆ど同じ制服。この子が自分から望んだわけではなく、何も言わずとも用意されたのがこれだそうだ。私と違うのはスパッツが無いことくらい。

 理由はとても簡単で、この子が救出された時に最初から装備していた艤装が、まさかの陽炎型。つまり、私と同じ艤装だったからである。駆逐水鬼の艤装から生えた剛腕が、私の艤装に備え付けられているマジックアームに変化したような、そんな感じ。

 

「なので、艤装から名前も貰いました。今日から私は、陽炎型駆逐艦17番艦の萩風となります。陽炎さんの艤装姉妹ということになるみたいです」

「そっか、妹2人目だなーって17番艦って言った? 私艤装姉妹で言ったら妹16人もいるの!?」

「そう……なんですかね?」

 

 いや、確か秋雲が陽炎型の末っ子とか言ってたから、最低でも17人いるということか。孤児院にいた頃でもそこまででは無かった。

 実際は秋雲が19番艦であり、妹が18人いることを知るのはまだ先の話。

 

「なので……その、姉さんと、呼ばせてもらえると嬉しいです」

「あはは、それくらいなら大丈夫。先に1人いるからさ。好きに呼んでよ」

「ありがとうございます、陽炎姉さん」

 

 少しだけ表情が明るく。ただでさえこの子、萩風は残念ながら私と同様に天涯孤独の身。私がそういう形で心許せる場所になるのもいいことだと思う。

 だが、萩風はあまり距離を詰め過ぎると後遺症が悪化しかねない。メンタルケアに支障が出る可能性もある。その辺りは速吸さんと相談が必要かも。

 

「……姉が出来るというのは少し嬉しいです」

 

 少しだけモジモジしていた。姉妹という形で距離が近くなったことで、やはり後遺症として残ってしまった私への執着心が反応してしまっている。

 

「大丈夫? 相当重いんでしょ?」

「は、はい、大丈夫です……陽炎姉さんと一緒にいると、自分で考えている以上に幸福感があるんです。これがいいことなのか悪いことなのか……」

「すごく複雑かなそれ……」

 

 執着心が満たされているのだと思う。特に今は廊下とはいえ私と2人きり。駆逐水鬼が望んでいた状況を簡易的に作り出せている状況。あの時に叶わなかった理想が今出来上がっていることに幸せを感じてしまっているのではなかろうか。

 

「と、とにかく、今後ともよろしくお願いします。一応艦娘()()()として、この鎮守府に所属することになりましたので」

 

 見習いとついているのは、萩風としての艤装の適応者としてここにいるだけであり、正式に戦闘に参加出来るかどうかはまだ不明だからだそうだ。

 空城司令の言っていた通り、艤装は持っていても艦娘として戦うことが出来ない可能性だって無くはない。戦場がトラウマになっているかもしれないし、萩風自身の思いもあるだろう。そこは強要しない。

 

「そうなんだ。じゃあ、よろしくね萩風」

「はい、よろしくお願いします。陽炎姉さん」

 

 不意に握手なんてしてしまったものだから、萩風が大きく震えてしまった。声を上げなかったから良かったものの、これは本当に重症。本人の意思なくこうされているのが残念でならない。

 とはいえ、友好的に接してくれるのはまだマシかと思えた。あれだけのことがあったのだから、私に対しても嫌悪感とかがあってもおかしくないと思っていたし。仲間なのだから、明るく楽しく付き合っていきたいものである。

 

「ところでさ、1つ聞きたかったんだけどさ、萩風って今いくつなの? 艤装姉妹で私が姉ってことになるかもしれないけど、敬語とか使われる方が余所余所しくて苦手なんだよね」

 

 この話題を出したら途端にまた震えた。これは今までのものとは違う、あまり聞かれたくないことを聞かれたときの反応か。

 

「あ、話したくないのなら別に」

「いえ、これは一応話しておきます。私、正確には2()0()()です」

 

 ちょっとどころかかなり意外だった。学生にしか見えない大人の速吸さんタイプか。成人しているとなると、この鎮守府では軽巡洋艦や重巡洋艦も通り越して、どちらかといえば年長組に入ってしまいそうな勢い。

 

「あ、あの、そういうことじゃなくてですね……その、深海棲艦にされる前に15歳だったんです。それで……深海棲艦は()()()()()らしくて……」

「あ、あー……そういうこと。実年齢20歳ってことか。身体は15歳で止まっちゃってるんだ」

「はい……なので、同い年みたいなものです」

 

 なら尚更余所余所しさは無くしてもらいたい。磯波だって私とタメ口で話すようにしてくれているわけだし、そういうところから仲を深めていきたいものだ。

 

「でも、私は前からこんな感じでして……ゆっくり、ゆっくりいきませんか」

「あはは、萩風がそう言うなら、ゆっくり行こう」

「はい、そういう方向で」

 

 元々の性格をねじ曲げろとは流石に言えない。私としてはもう少し馴れ馴れしくしてもらいたいものではあるのだが、難しいのなら無茶はさせられない。

 その馴れ馴れしさが後遺症を悪化させるというのなら尚のことまずいし。

 

 

 

 朝食の後、萩風は全員に紹介された。実際は朝食の時間から見慣れぬ艦娘がいるといろいろとちょっかいをかけられていたが、正式に人前に出たのはその時。

 駆逐水鬼の中から出てきたということもしっかり話され、さらには異端児であることも説明された。D型艤装の同期値が計測不能となってしまっていたようで、そういうところも私の辿り着いてしまう終点にいたことが理解出来た。

 私は先に聞いているが、艦娘としてやっていくかは今のところ考えていない。艦娘の適性があるとしても、本人の気持ちの部分もあるし。私としては無茶はしてもらいたくない。

 

「萩風には、巣の破壊に協力してもらうことになっている。これは昨晩に本人から申し出があった」

「はい……私はまだ場所を覚えていますので、せめてもの罪滅ぼしをさせてください」

「罪だなんて考えるんじゃないよ。アンタは利用されていたに過ぎないんだからね」

 

 昨日の今日なのだから、表情が暗くなるのは仕方ないこと。気にするなという方が無理。身体のことも含めて、時間をかけてゆっくりと癒されてもらいたいものである。

 

 それはそれとして、萩風は元駆逐水鬼というだけあり、自分の拠点の正確な位置はまだしっかり覚えているらしい。そういうところまではっきり覚えているから苦しんでいるわけなのだから、一長一短である。

 

「萩風はまだ海上移動が出来ないと思うからね。大発動艇で現地に向かってもらう。そこで巣を破壊して早々に撤退だ」

 

 非戦闘員を戦場に連れて行き、護りながらの戦いになる可能性もある。少し難易度は高いが、この戦いを確実に終わらせることが出来るのだから、これは是非ともやっておきたい任務だ。

 幸いにも、巣の周辺の深海棲艦の情報まで全て出揃っているため、対策も用意出来る。想定外は無いと言っても過言では無い。故に、駆逐艦と潜水艦、そして一番厄介な小鬼群の対策さえとれば、あの海域は攻略可能だろう。

 

「距離があるからね、今からすぐにやってもらうよ。萩風、アンタにも念のため艤装だけは装備してもらう。構わないかい」

「はい、大丈夫です。それで皆さんのお役に立てるのなら……」

「気負うなと言ってんだろうに」

 

 あの場所に戻るのだって、萩風としては苦痛を伴うことなのかもしれない。それでも自分から協力してくれるというのなら、その思いを無下にしないようにしなくては。

 代わりにさっさと終わらせて、萩風の気持ちを楽にしてやりたい。あの場所が無くなれば、吹っ切れることは出来ずとも、心の余裕も少しは取り戻せるような気がする。

 

 新たに加わった仲間、萩風の明るい道は、私達が照らしてやらなくては。

 




元駆逐水鬼、萩風。陽炎と共にいるとどうしても身体が反応してしまう酷い後遺症持ち。感情の方はあまり表に出していませんが、混沌としたものの可能性もアリ。


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破壊による決着

 駆逐水鬼から救出された女の子は、萩風という名を貰って鎮守府所属となった。しかし、艦娘として活動するかは未定。それは本人の心持ちに任せることになる。そして萩風は私、陽炎の艤装姉妹。良くも悪くも私の身近な存在となった。

 その萩風は記憶を全て有したまま。それ故に、駆逐水鬼の巣の位置も覚えている。そのため、姫を失っても残り続けている巣の破壊に協力してくれる運びとなった。場所さえわかれば後はこちらで全てやる。なので道案内だけしてほしいと。

 

「こ、これに乗っていくんですか」

「大丈夫、もしかしたら水飛沫で濡れることくらいはあるけど、沈むことは無いから」

 

 そして萩風が乗せられたのは、大発動艇という物資輸送用の小船みたいなもの。人1人と艤装を載せたら、スペースの半分近くが埋まってしまう程の大きさなのだが、安定感は抜群で転覆の心配は無いらしい。

 本来なら人を乗せること自体が稀らしく、基本は妖精さんがこの船の中で働いているのだとか。今回も萩風の周りには、大発妖精さんがせかせかと動いていた。

 

「ただ、念のため立ち上がるとかはしないでね。ねっ?」

「は、はい、わかりました。ジッとしておきます」

 

 大発動艇をコントロールする由良さんが萩風に念を押していた。これを扱える人は由良さんと夕張さんしかいないらしく、今回は由良さんがそれを担当。

 海防艦のような子供達は喜びそうではあるが、これはそれなりに怖そうである。萩風もしっかりと縁を握りしめた。

 

「敵は小型ばかりと聞いているからね。役割はキッチリ分けたつもりだ。だが、サポートが出来そうならその場で考えて行動してくれて構わない。アンタ達は遊撃隊みたいなもんだからね」

 

 今回は2つの部隊で構成されている。

 1つは巣を破壊するための専用兵器の運用。その兵器を取り扱う夕張さんが旗艦となった任務遂行部隊。由良さんと萩風もそちら側。萩風の防衛というのもあるため、ちょっとだけ堅めに衣笠さんと加古さんがそこに加わる。

 もう1つは周辺警戒兼残党処理。私含めた異端児駆逐艦4人はそちらに組み込まれている。私は磯波と共に小鬼退治担当。夕立と沖波が駆逐艦処理。対潜はさらに海防艦3人を加えた形となる。そのため、結果的に大鷹も便乗。

 

「それじゃあ夕張、頼んだよ」

「了解。巣を破壊したらすぐ撤退ですね。残党狩りは後日で?」

「ああ、今回はあくまでも巣を破壊することだからね」

 

 巣さえ破壊してしまえば、半無限に湧いてくることも無くなる。そうなれば残党狩りをして綺麗な海に出来るわけだ。

 そこにまた巣が出来ることもあるかもしれないが、少なくともしばらくの間は安泰になる。あの場所はそれなりに遠いとはいえ、まっすぐ行けばあの工場に辿り着いてしまうような場所。ちゃんと終わらせて、平和な海にしておきたい。

 

 

 

 時間をなるべくかけないように、巣まで最短距離で向かう。海の上で方向なんてパッと見ではわからないものなのだが、萩風が道案内をする先には明らかに巣を守っていると思われる深海棲艦が姿を見せ始めた。

 現在、領海から出て昨日の段階での調査地点は越えたとのこと。まだ領海内に敵が入ってきていないことは安心した。

 

「小鬼多いねここ」

「それに……前より攻撃的になってるように思えるの」

 

 特に多いのが、あの厄介な小鬼群。担当している私と磯波がメインとなり、夕立と沖波にも少し手伝ってもらいながら淡々と処理していく。

 萩風に被害が行かないように処理をしていくのだが、どうも前とは感じが違う。磯波の言う通り、以前よりも攻撃が激しく、荒々しいように思えた。それもそのはず、私を狙わないという駆逐水鬼の考え方が薄れているようで、巣はあるものの野良のような動きになっているからだ。

 

「頭がいなくなったから、野生に戻ったっぽい?」

「あり得るかも。陽炎ちゃんも狙ってきてるし」

 

 やはり気のせいじゃない。前とは違う敵と思った方がいいかもしれない。別に私の今の立場にあぐらをかいていたわけではないのだが、より一層気を引き締めなくては。

 

「姫の考え方は部下に行き渡ります……巣にも多少はその念が残っているとは思いますが……私がいなくなったことで、少し薄れているのだと思います」

 

 張本人の萩風が言うのだから間違いない。どういう原理で上下関係が出来ているのかは知らないが、巣の主である姫のやり方に反発する斥候はおらず、性格的にもそちらに合っていくわけだ。本能的に動く斥候達の思考回路を強制的に支配下に置いているようなもの。

 普通の姫は普通の深海棲艦と同じような思考回路をしているので、()()()()()にはならない。あの駆逐水鬼が余程普通ではなかったのだと理解出来る。なんてことを口にしたら萩風が傷付くと思うので心の中に留めておく。

 

 とはいえ、変に頭を使ってくるわけでもなく、真正面から本能的に向かってくるのみなので、戦いやすいとも感じる。執着心が薄れ、侵略という闘争本能が増しているのなら、動きは単調だ。小鬼群は逆に回避性能が上がっている気がしなくもないが。

 しかしながら、駆逐水鬼の教えは深く深く刻み込まれているようで、沈んでいく深海棲艦は何処か()()()()()ような表情を見せる。正直堪ったものではない。

 

「対潜は大丈夫?」

「だいじょーぶっしゅ!」

「あたいらに任せてくれよな!」

 

 頼もしい子供達である。海上で私達が奮闘する中、潜水艦をいち早く察知し、次々と処理していく。鎮守府近海での戦闘でもそうだったが、こと対潜に関しては本当に頼りになる存在だ。今後も頼ることになりそう。

 潜水艦は特に表情豊かに沈んでいくため、浮上してこなくなっただけでもマシ。あんな表情で沈む深海棲艦のことは、子供達に説明のしようが無い。

 

「はー、こりゃあ結構遠いねぇ。よくもまぁ鎮守府まで襲撃に来たもんだよ」

 

 加古さんがボヤいていたが、それくらい遠いところだった。私は勿論初めて来るような場所だ。こんなところに5年も潜伏していたわけで、これは鎮守府でも確認が出来ない巣と言われても納得が行く。

 

「そろそろです……」

「りょうかーい。それじゃあ巣を壊す準備するから、護衛よろしくお願いしまーす」

 

 萩風の言葉と共に艦隊は一旦ストップ。ここからは海底にあるという深海の巣を破壊するための行動に移る。

 この場所はやはり嫌な思い出になるか、少し体調悪そうに俯く。ある意味一番はっちゃけた場所、人類の敵として活動していた拠点である。萩風のためにも、早々に破壊してあげたいところ。

 

 少し重武装だった夕張さんが準備するのは、海底に向けて投下する大型の爆雷。その数3つ。私達駆逐艦や現在進行形で取り扱っている海防艦が使っているものとは全く違う大きさの、それこそドラム缶1つ分の大きさほどある砲弾のようなもの。これが狙われるのもまずいため、防衛が必須。

 私達では到底扱える代物では無く、普段使いするわけにもいかないもの。使える者自体を限らせているほどの代物である。おそらく夕張さんしかこれは扱えない。霧島さんなら投げ飛ばせるのではと想像してしまったが、失礼なのでそこでやめておく。

 

「海底に辿り着いたところを確認して着火するから、まず場所の確認で潜水艦ラジコンを使ってーっと」

 

 さすが整備班、瞬く間に準備をしていく。ラジコンの扱いも鎮守府イチであり、工廠仕事が無ければ毎回遠征の旗艦に抜擢されるレベル。

 

「あ、ホントにあった。でも潜水艦も結構いるかな。対潜装備の皆さん、よろしくお願いしまーす!」

「了解です。みんな、お仕事追加ですよ!」

 

 巣というものは見ればわかるものらしい。まぁおそらく深海棲艦が生まれてくる穴みたいなのがあるんじゃないかと思う。爆雷で破壊するくらいだし、ホールインワンでも狙うのだろうと勝手に解釈した。

 夕張さんに呼ばれ、大鷹さん率いる対潜部隊が夕張さんの周囲を陣取り、巣に群がっているらしい潜水艦を次々と処理していく。

 

「周りも群がってくるな。おーし、バリの邪魔させないようにするぜぇ」

 

 そうこうしているうちに、巣を守ろうと海上の深海棲艦も群がってくる。これを邪魔されては、今後こちらが不利になりかねない。小粒でも集まられたら押し潰される可能性だってあるのだ。だから今のうちに根本から断つ。

 

「萩風ちゃん、大丈夫ね?」

「は、はい、ある程度は飛ばしていただいても!」

 

 唯一の非武装である萩風は、由良さんのコントロールする大発動艇に掴まっていた。激しく動くそれから振り落とされないようにするのに必死だ。

 由良さんも器用なもので、自分では主砲で攻撃しながら、萩風のことまで気を遣って行動している。この人も哨戒任務常連だし、こういうことも手慣れているのかもしれない。

 

「オッケー、妨害が無くなった! 投下するから撤退!」

 

 対潜部隊の奮戦もあり、巣の破壊の準備が出来たようで、夕張さんが大型の爆雷を海中に投下。中に火薬がパンパンに詰まったドラム缶が海中に沈んでいくようなもの。あんなものが爆発する真上にいようものなら、海底から爆発しても何かしらの影響がありそうだった。

 そのため即座に撤退。海上の深海棲艦をある程度沈めつつ、投下地点から離れていく。爆雷が海底に到着するまでにも大分時間はかかるが、形状で沈んでいく速度を調整しているらしい。

 

「海中から深海棲艦って出てくるんだよね……今この場でいきなり出てきて爆雷の妨害するとかって」

「それどころか、海上の深海棲艦だって巣に戻ろうとして海中潜るからね。深海棲艦って、深い海に棲むって書くんだから」

「じゃあ全部潜水艦なんじゃないそれ」

「大丈夫大丈夫。あれ、自走するように作ってあるから」

 

 なら今の爆雷だって妨害される可能性は充分にあるということだ。邪魔しそうなものはおおよそ処理はしたが、最後まで気が抜けない。

 

「よし、辿り着いた! 爆破!」

 

 夕張さんが手に持っていたスイッチを押した瞬間、ほんの少しだけ海面が揺れたように感じた。流石に海面にまでその威力が伝わってはこないかと思ったが、巣が破壊された影響か、投下地点に突然渦潮が発生。撤退したのはこれに巻き込まれないようにするためだったようだ。

 

「よーし、巣の破壊成功! 今回はこれで撤退します!」

 

 これにより、巣の破壊任務は完了となる。今はまだ倒しきれていない深海棲艦などもいるが、後日残党狩りとしてまたここに来ることになるだろう。あの渦潮が治まるまではあの辺りには近付きたくないというのもある。万が一のことを考えると、今でも危ないくらいなのだ。

 

「萩風、大丈夫?」

「……大丈夫です。これで私のしがらみが全部無くなったんですから」

 

 それにしては少し浮かない顔。やはり今まで自分のいた場所が破壊されるというのは辛いものがあるのだと思う。しかし、これがあってはならないものであることも理解しているので、複雑な心境なのだろう。

 そういう意味では、萩風は自分の全てを2度失ったことになる。1つ目は人間としての全て、そして2つ目は深海棲艦としての全てだ。残されたのは後遺症とも言える私への執着心のみ。不幸に不幸が重なっているようにしか見えない。

 

「しっかりするっぽい! ハギィは夕立達の仲間になったんだから!」

 

 そこにいい意味で空気を読まずに突撃してくるのが夕立である。戦闘後でも疲れた顔1つ見せずに、萩風の境遇なんて忘れてしまったかのように接する。早速渾名まで付けて。

 夕立のトラウマ、敗北の記憶を刻んだのは紛れもなく駆逐水鬼であり萩風だ。だが、そんなことお構い無しにズカズカと心の中に入り込もうとするのが夕立のいいところでもあり悪いところでもある。

 

「あの変態クソヤンデレはハギィじゃないでしょ。終わったことだし気にしちゃダメっぽい!」

「……でも」

「デモとストも無いっぽい! ハギィはハギィ、アレは別物、そうじゃないの? そうじゃ無かったら夕立がハギィのことボコボコにするけど」

 

 過激な発言だが、夕立なりの思いやりだ。萩風に対して、とにかく気にするなと元気付けるように叱咤激励。それで簡単に気を取り直すことが出来れば苦労はしないが。

 だが、次の発言で萩風の表情が変わる。

 

「ウジウジしてると、ゲロちゃん夕立のモノにしちゃうからね」

「誰がアンタのモノか」

「それは困ります!」

 

 執着心に火をつける一言に萩風が途端に声を荒げた。それがダメな感情とわかりながらも、夕立に刺激されたことで突如燃え上がった。だがすぐに我に返ったようで頬を赤らめながら俯いていく。

 

「よし、ハギィ、今晩ゲロちゃんの部屋に集合。異端児駆逐艦でお話ししよ。間宮さんに甘いもの用意してもらうから」

「え、えっ」

「パジャマパーティーっぽい! 言いたいこと全部言って、やりたいこと全部やって、パーッと気晴らしするっぽい!」

 

 なんか勝手に決められていくが、それくらいしないと萩風が明るくなることはないかもしれない。巻き込まれた磯波と沖波は苦笑するしかないみたいだが、否定的ではない辺り、心遣いが見て取れる。

 

「夕立ちゃん、あんまり近付かないでね。大発が沈んでパジャマパーティーとか出来なくなっちゃうから」

「あっ、ごめんっぽーい」

 

 由良さんに窘められて笑顔で離れていった。萩風も少しだけ表情に変化があったように思えた。

 

 巣の破壊はこれで終了。駆逐水鬼との戦いは完全に終わった。これでこちら方面に太陽の姫の関係者はいなくなったと信じたい。

 




夕立の空気の読まなさはいい具合に働きます。


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萩風の鬱憤

 駆逐水鬼の巣を破壊したことで、後顧の憂いを断つことが出来た。後日残党狩りをする事で、その海域は静かな海を取り戻すことになるだろう。

 しかし、この一件により、萩風は今まで持っていたものを全て失ったことになるためか、誰が見ても落ち込んでいるように思えた。存在してはいけないものでも、それが今まで自分の居場所として機能していたものなのだから、複雑な感情が渦巻いても仕方ない事。

 

 それを見兼ねたのか、夕立が叱咤激励するように夜に集まることを提案。割と勝手に巻き込まれた私、陽炎含む異端児駆逐艦だが、萩風に元気になってもらえるのならそれくらい問題無い。

 後遺症のこともあって過度な接触は悪化に繋がりそうなのだが、今の萩風を見ているとそれくらいの集まりはした方がいいと思う。これからの人生を明るく歩けるようにするために、鎮守府が楽しくなった方がいい。

 

「巣の破壊、完了しました! 後は渦潮が引いた後に残党狩りをしたらおしまいです」

「ご苦労さん。怪我人はいないようだね」

 

 無事鎮守府に帰投し、夕張さんが空城司令に報告する中、大発動艇から降りる萩風は少しだけふらついていた。慣れない航行に加え、戦闘に巻き込まれたことで疲れも激しいようだ。

 

「大丈夫っぽい?」

「えぁ、だ、大丈夫です。すごく疲れちゃってて……」

「ハギィも体力無いっぽいね。ここにいる間にみんなと体力作りするといいよ。ゲロちゃんもやってるしね」

 

 それを支えたのは夕立。なんだかんだで積極的に仲良くなりに行こうとしている。それが夕立のいいところだと思う。軽口も夕立の性格を理解していれば一切の悪意が無いことがわかる。

 萩風と駆逐水鬼を同一視している者は誰もいない、私だってそうだ。萩風とはみんなが仲良くしたいし、落ち込んでいるなら慰めたい。一番槍が夕立になっただけで、みんな同じ気持ち。私は少し手が出しづらい立ち位置にいるだけ。

 

「萩風、ご苦労さん。初仕事がこんなことになって悪かったね」

「いえ……お役に立てたのならよかったです」

 

 少し疲れた笑みを浮かべた。まだ心にしこりがあるような雰囲気。吹っ切れるのには時間がかかるか。満面の笑みを取り戻すことは出来るだろうか。

 

 

 

 夜、夕立の言っていた通り、異端児駆逐艦が私の部屋に集まることになった。萩風が来る前から何度もやっていることではあるが、今回は今までと少し違い、お菓子まで用意されている。寝る前の甘いものとか乙女の身体にあまり良くなさそうなのだが、こういう時こそパーッと気晴らしが必要。甘いものはストレス解消には持ってこい。

 

「お、お邪魔します」

「主役の登場っぽーい!」

 

 おずおずと入ってくる萩風を出迎えるのを、夕立が手を引っ張って引き摺り込んだ。

 パジャマパーティーだと言われていたのだから、当然全員寝間着。夕立だけは少しアレだが、まぁ寝るときの姿なのだから問題無い。萩風も例に漏れずしっかりとパジャマである。

 

「まぁほら、これからはみんな仲間なんだからさ、一番身近になるだろう私達から慣れていってよ」

「は、はい」

 

 私の顔を見て身体を震わせるのはもう仕方のないこと。なるべく刺激しないように少しだけ慎重に。

 

「はい、お菓子と飲み物。ジュースで良かったかな」

「えっ、は、はい、ありがとうございます」

 

 沖波に渡されてジュースに口をつけている。まだまだ緊張感が抜けきれていないようだが大丈夫だろうか。

 

「もしかしたら陽炎ちゃんみたいに悪い夢を見ちゃうかもしれないし、今日一晩は一緒にいることにしました。昨日の晩は大丈夫でしたか?」

 

 磯波が心配そうに話しかける。昨日はなんだかんだで部屋を与えられた後にほぼ誰とも顔を合わせずに夜を迎え、そのまま就寝したと思う。悪夢を見たとしても誰を頼ることも出来ず、ただただ魘されるのみというのは確実に辛い。私がそうだったし。

 今朝顔を合わせた時にはあまり違和感はなかった。眠れなかったとかは無さそうだったし、涙目なこともなかった。だが、何かしらあったかもしれない。

 

「……夢、見ました。あのときの夢です。私が駆逐水鬼として敵対しているときの記憶が……」

 

 どんよりとした表情になり、俯いていく。私のような失った記憶を思い出していく悪夢ではなく、今までやらされていた行為を省みる悪夢なのだから、余計に辛いだろう。

 自分の意思でもないのに罪悪感に苛まれ続け、最悪な目覚めを体験している。それを表に出さなかったのは、素直に感心した。出来れば出してもらいたかったのだが。

 

「ハギィは多分溜め込みすぎっぽい。鬱憤ストレス全部ぽいぽいぽーいしよ! 夕立達が全部聞いたげるから」

「そうです。愚痴を聞くくらいしか私達には出来ませんから、いくらでもどうぞ」

 

 夕立と磯波の距離が妙に近い。悩める萩風を心配してグイグイ行く。逆に萩風の方がタジタジ。

 そもそもこの集まりは、萩風の気晴らしがメイン。言いたいことを言って、やりたいことをやって、が目的。当事者が強制的に参加させられたことを除けば、今回は萩風のオンステージである。

 

「そんな、愚痴なんて……」

「意思関係なしにあんなことやらされたんだからさ、文句の1つや2つあるでしょ。私にだって腐るほどあるのに」

 

 こういう場だからこそ、自分を出してもらいたい。羞恥心とか罪悪感とかでそれが出せないのなら、何かしらの呼び水を与えてやる必要がありそうだ。

 なら、私がきっかけを作ってあげてもいいか。私だって鬱憤が大分溜まっているし。

 

「そもそも何で私らが選ばれたんだって話よ。何が目的か知らないけど、人様の人生壊しておいて何様のつもりだっつーの。ねぇ?」

「まぁ……はい」

 

 なんだか酔っ払いの絡みみたいになってしまっているが、気にしたら負け。

 

 だが、少し口にしたら愚痴という愚痴が出るわ出るわ。そういえば今までこういうことを表に出したことって殆ど無かったように思える。話を聞いてくれる空城司令にすら、ちょっとした泣き言くらいしか言ったことが無かったのではないだろうか。

 萩風の愚痴を引き出すために始めた私の愚痴がどんどん激しくなるのは正直申し訳無かったが止まらなかった。そしてそれを誰も止めなかった。

 

「ああもうホント腹立つわ。なーにが日天の前を疾る陽炎だっての。あの厨二病痴女め。今度あったらケチョンケチョンにしてやりたいわ!」

「陽炎ちゃんも溜まってるねぇ……」

 

 沖波にジュースを注いでもらったところを一気飲み。喋り倒して喉が渇く。

 

「そもそも太陽の姫だかなんだか知らないけど、さっさと表に出ろってのよ。やることやってその時が来るまで隠れてるとか日和ってんじゃないよホントに」

「あの姫は表舞台に出たがりませんから……」

「じゃあ最初から出てくるなって話だよね。10年前からすっこんでろって思うわけよ私は。侵略始めておいて後は他に任せるとか都合良すぎでしょ。萩風、そう思わない?」

 

 自分でも止められなかったが、いい感じに吐き出す雰囲気になってきている。だからこそ、このタイミングで萩風に振ってみた。今なら思いの丈を吐き出してくれると信じて。

 悶々とし続ける方が身体に毒だ。ただでさえ常に罪悪感に苛まれるのなら、定期的に吐き出す方が断然いい。その1回目が今になればいいと思う。

 

「……私もそう思います。たまに出てきたら人を陥れてから後ろに引っ込むだけですから」

 

 やはり太陽の姫には思うところがあったようだ。ポロリと本音が出始める。幸せな人生を全て破壊されたのだから、怒りや恨みの1つや2つがあってもおかしくない。

 

「あの人何言ってるか全然わからないんです。話し方が古風というか、言い回しがおかしくて」

「そう、それそれ! 夢の中の話だけど、私もそうだった! 最初に自己紹介するときも『我ハ日』だからね。何が我よ、神様気取りでさ」

「指示もこちらで意図を読み取らなくちゃいけなくて……だから私は暴走したんだと思います。聞き取れたのが日ノ下ニ出ズル陽炎とか、陽炎さんのことばかりなので」

 

 他にもいろいろ指示していたのだろうが、とにかくわかりづらい表現のせいで私の存在のことくらいしか理解が出来なかったようである。

 

「夜が怖くなったのも太陽の姫のせいです。あの人が眩しすぎるせいで、暗いのが怖くなったんです。そうしたら陽炎姉さんも太陽の化身だとか言うので……」

「なるほどね、それが5年間も溜まりに溜まったらああもなるか……」

 

 結果、私の存在のことが深く深く刻まれてしまい、そのまま私への執着心へ変化して今に至ると。ろくなことしないな太陽の姫。

 

「今でも残ってるっぽい?」

「……はい。あそこまでの暴走はしませんけど、悶々と残ってます。5年間溜めに溜めたものなので」

「だったら発散しちゃえばいいっぽい!」

 

 突然萩風の背中を押す夕立。あまりに不意打ちだったせいで体勢を崩し、私の方にもたれかかることになってしまった。お菓子や飲み物が無かったため部屋が大惨事になることはなかったものの、萩風は顔面が私の胸に押し込まれるような形に。

 

「あ、これまずいんじゃ……」

「ストレス溜めるよりも思いっきり出しちゃった方がいいっぽい。だからって誰もハギィのこと軽蔑したりしないでしょ? 変態クソヤンデレみたいに気持ち悪くないもん」

「だけどさ……」

 

 その萩風は、私の胸に押し付けられた顔で何か色々堪能してしまっている。むしろ自分から押し付けに来ている。

 

「ふぁ、か、陽炎姉さんの温もりが……()()()()身体が望んでいた何もかもが……っっ!?」

 

 ビクンと大きく震えた。植え付けられた執着心が激しく刺激され、駆逐水鬼としてやりたかったであろう行為がやれてしまっていることで、大きすぎる満足感が身体を駆け回っているようである。

 突き放すのも何か違う気がするし、受け入れるのも萩風のためにならない気がした。故に、私の視線は助けろと言わんばかりに沖波や磯波の方へ。その2人もどうしたものかと手を拱いてしまっている。

 

 だが、震え方が変わった。()()()()震えではなく、泣いているような震え方。私の胸にも少しだけ水の感触が伝わってくる。

 

「なんで……なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか……普通に平凡に暮らしてただけなのに、全部壊されて!」

 

 この体勢になり幸福感に包まれたことで、いろいろと感情の枷が外れたのだろう。聞いた通り、萩風は私達と同年に見えて実際は5つ歳上。少しだけ大人な分、そういうのに対して我慢してしまう気質があったのだろう。それが外れたことで、心の奥底に溜め込んでいた鬱憤が、あれよあれよと溢れ出てくる。

 

「お父さんもお母さんも死んで! 友達も死んで! 帰る場所も無くなって! 私が一体何をしたって言うんですかぁ!」

「萩風……」

「何なんですかこれ! 何で私が独り身になるんですか! なんで私を選んだんですか!」

 

 誰も何も言えない。多分選ばれたのはそこにいたからとかそういう適当な理由なのだと思う。あの太陽の姫に深い考えがあるのかは私達にはわからないが、なんとなくそれだけは当たっているように思えた。

 

「なんで! なんでなんでなんで!」

「吐き出しな、今日は受け止めてあげるからさ」

 

 今だけは好きに言えばいい。誰も咎めないし、むしろ同情してくれる。

 萩風の止まらない鬱憤をみんなで静かに聞いていた。吐き出すだけ吐き出せば、その分スッキリ出来るだろう。夕立が言った通り、鬱憤ストレスぽいぽいぽーいの時間だ。夕立すら少し神妙な表情だった。

 

 しばらく泣き続け、溜まった鬱憤を吐き出し、幾分かスッキリしたように思えたので今度はこちらから。

 

「萩風……今まで大変だったね。もう苦しまなくていいからさ、私ら頼ってよ。今日から生まれ変わった新しい人生を歩き始めるんだって思ってさ」

 

 軽く頭を撫でてやるが、これは逆効果だったかもしれない。一撫でする毎にビクンと震える。最初の1発よりは控えめかもしれないが、幸福感に震えていた。

 

「そうです、みんな仲間ですから。辛いことも一蓮托生です」

「うん、悩みがあったらすぐに相談してくれればいいし」

「ぽい! 憂さ晴らしなら夕立が付き合うっぽい!」

 

 三者三様だが、みんなが萩風のことを思って近付いてくれていた。そう、この鎮守府は全員が全員を支え合うくらいの一蓮托生な空間。みんなが仲間だ。頼りたいときに頼ればいい。

 

「はい……はい……よろしくお願いします……私の、萩風の新しい人生を……支えてください……」

「任せなよ。私らは全員、萩風の味方だからさ」

 

 もう一撫ですると、一際大きく震えて体重を私に預けてきた。そして泣き疲れたかそのまま眠ってしまった。張り詰めていたものが切れたようである。これで少しでも明るく生きられるようになってくれると嬉しい。

 

 これならきっと大丈夫だ。萩風は吹っ切れることが出来る。

 




萩風って嫌なことでも周りに言わずに溜め込んでしまいそうなイメージがあります。ストレスで倒れそうな艦娘の中でもかなり上位にいそう。


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新しい人生

 全てを失った後、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すことで眠りについた萩風。言いたいことが全部言えたかはわからないが、みんなが味方であることは理解してもらえたと思う。これで翌日からは多少なり吹っ切れてくれると信じている。

 

 私、陽炎に抱き付いたまま眠ってしまったため、そのまま私のベッドに寝かせようとしたのだが、私に掴まる腕力が少しどころか全力だったために、全く離れる気配がない。いわば抱き枕状態である。

 

「起こすのも忍びないしなぁ……」

「そのまま寝ちゃえばいいっぽい。お互い抱き枕になっちゃえばいいっぽい!」

 

 泣き疲れて寝ているのだが、それはそれは気持ちよさそうに眠っているため、わざわざ起こして引き剥がすわけにもいかない。夕立の言う通り、このまま寝るのが手っ取り早いか。

 だが、眠っているにもかかわらず、時折身体が少し震えるのは少し怖い。無意識でも後遺症が外に現れてしまうというのは困ったもの。あと胸にか細く呼吸がかかるのがくすぐったい。

 

「でもハギィちょっとズルいっぽい。夕立もゲロちゃん抱き枕で寝るっぽーい!」

「いやいやいや、ベッドに3人は流石に狭いって」

「ゲロちゃんの匂いをクンカクンカしながら寝たらすごく落ち着けるの。だから、問答無用っぽい!」

 

 改二になってから犬要素が余計に強くなっている気がする。今まで以上に本能に忠実というか、感情に素直過ぎるというか。

 これもD型同期値が異常値な状態で改二になったことが影響しているのだろうか。改二艤装のリンクもとんでもないことになっていたし、身体の変化も相当なものだし。

 

「い、磯波、沖波、助けてくれないかな」

「私もどちらかといえば夕立ちゃんと同じだし……」

「それは流石に助けられないかな……萩風ちゃんが起きちゃう」

 

 そうこうしているうちに、夕立が真後ろに回り込んで抱き付いてきた。前の萩風、後ろの夕立。ぶっちゃけすごく暑い。夕立は言わずもがな、萩風もかなりスタイルが良い方なので、弾力に挟まれて圧力が凄い。萩風は身体が少し熱っぽいし。

 

「っ、ぁ、姉さん、そこは……はぁ……」

「なんつー寝言言ってんだこの子はぁ!」

 

 駆逐水鬼が抜けてないんじゃないのかこの子は。寝言もそうだが寝返りのように身体をクネクネさせるし、たまに痙攣するように身体を震わせるし。

 

「ゲロちゃんも寝るっぽい。みんな、おやすみしようね」

「あはは……陽炎ちゃん頑張ってね」

 

 一緒にいてくれるのはありがたいが、沖波も磯波も他人事である。万が一誰かが魘されたら無理矢理にでも起こしてもらわなくてはいけないので、ここにいてくれるだけでもマシだとは思うが。

 だが、今回は悪夢の心配は無いと思う。私は昨日見たし、夕立はトラウマを払拭した。萩風に至ってはこの調子である。今日は手を借りることは無いだろう。

 

 

 

 翌朝、予想通り悪夢どころか夢すら見ずに熟睡して朝を迎えた。先々日は駆逐水鬼本人との戦い、先日は巣の破壊のための出撃と、私自身はあまり仕事が出来ていないにしても連続で出撃しているには変わりないため、それなりに疲れ果てていたようである。

 私よりも激戦を繰り広げ、同じように出撃していた夕立は起きる気配すらない。休日は昼まで寝てるような子だし、私がこれなら夕立はもっと酷いとは思っていたが、案の定である。

 そして萩風。精神的な疲れからか、夕立と同じくらいの爆睡である。昨晩は酷い寝言を披露してくれたが、今は大分静か。可愛らしい寝息を立てて、私の胸にしがみついているような寝相。

 

「おはよう、陽炎ちゃん」

 

 いの一番に起きていたのは磯波。トレードマークとも言える三つ編みを結んでいるところだった。眠りが浅かったわけではなく、規則正しい生活をしっかり送っていることで自然と目が覚めたのだと思う。

 隣の沖波も、ボンヤリした表情で身体を起こしてから、こちらを見て手を振ってきた。半分寝ていると思うが、少ししたら放っておいても覚醒するだろう。

 

「おはよう。これどうしよう」

「どうしようと言われても……起こすのなら軽く揺すってあげればいいんじゃないかな」

 

 それしかないか。夕立は多少雑にしてもいいが、萩風は少し慎重に。寝て起きたら私の真正面という状況に耐えられるか。最悪な場合、大きく震えた拍子に、頭が私の顎にクリーンヒットすることがあり得る。それだけは警戒しつつ、少しだけ顔を引き気味にして起こしてあげよう。

 

「萩風、朝だよ。起きな」

 

 ポンポンと背中を叩いてやると、小さく呻いた後に身体を震わせて目を開ける。そして私と目が合った。来るかと身構える。

 

「おはよう萩風」

「あ……お、おはようございます……」

 

 身体が小さく震えたが、それでおしまい。これくらいの後遺症は仕方ないだろう。激しい震えじゃなくてよかった。

 

「おら、夕立、起きろー」

「ぐえ」

 

 その返しで背中で押し潰しておく。なんかカエルが潰れたような声が聞こえたが気にしない気にしない。

 

「よく寝られた? 悪い夢は見てない?」

「はい、大丈夫です。悪い夢()()無かったです」

 

 そう言って頬を赤く染めてから目を背ける。悪夢は見ていないが別の夢を見たとでもいう表情。寝言からしてどういう夢を見ていたかは容易に想像がつくため、深追いするのはやめた。私が事故りそう。

 

「昨日はすみませんでした……言うだけ言って勝手に寝てしまって」

「いいのいいの。それだけ参ってたってことでしょ。吐き出せたから少しはスッキリしたかな?」

「おかげさまで、寝覚めがいいです」

 

 それならよかった。昨日より顔色も良くなったように見えなくもない。

 だが、まだまだ鬱憤は溜まっているだろう。昨晩のように吐き出す時間は定期的に作ってあげたいものだ。5年間の蓄積というのはそれくらい酷いもの。

 

「あの……またお願いしていいですか」

「鬱憤晴らし? 添い寝?」

「……どちらも」

「いくらでもいいよ。好きな時に好きなだけどうぞ」

 

 まだ目を合わせてくれそうにないが、そういうことが自分から言えるのならいい方に向かっていると思う。私達に抵抗が無くなってくれれば嬉しいし、甘えてくれるなら姉冥利に尽きるというものだ。萩風の方が実際は歳上ということは今は忘れるとして。

 とはいえ、あまり近付き過ぎると後遺症は悪化する。より私に依存するようになりかねないため、難しいところである。依存した方が幸せとかだと、それはそれでまた面倒なことになりそうではあるが。

 

「ハギィもゲロちゃんの添い寝で落ち着ける人っぽいね」

「あ、そ、そうですね。今日は本当に気持ちよく寝ることができました。愚痴を言ったからでしょうか……」

「ゲロちゃんのおっぱいまくらのおかげだと夕立は思うな」

 

 なんて事を言うんだコイツは。

 

「……あながち間違いじゃないかも」

「えっ!?」

「い、いえ、そういうことではなく、陽炎姉さんが近くにいると、すごく落ち着けるんです。これが後遺症であることは自分でも理解していますし、植え付けられてそのまま残ってしまっている感情なのも自覚してます。でも……でも、ここが一番落ち着ける場所なのは間違いないです」

 

 起きなくてはいけないのに、より強く抱きしめにきた。まるで夕立のように私の匂いを堪能するかのような行為。今の夕立と違って正面からなのだが、一切の躊躇いなく胸に顔を押し当ててくる。

 

「空っぽになった私が新しい人生を楽しむためには、陽炎姉さんは一番重要な位置にいるんだと思います。いつまでもウジウジしていたくないという気持ちもありますし、もっと頼らせてもらってもいいですか?」

「いいよ、好きにすれば。ただ、依存し過ぎるのも良くないからね?」

「はい、程々に。もう少し健康的な()()()()()がしたいです」

 

 その『お付き合い』というのがどの方面なのかは今は聞かないでおく。言葉とは裏腹に私から離れようとしないし。

 

「萩風、そろそろ着替えないと。離れてね」

「あっ、そ、そうですね。ごめんなさい」

 

 慌てて私から離れるが、充分堪能したと言わんばかりに表情は明るい。ずっと思い詰めた表情をしていたが、昨日いろいろと吐き出せたことでスッキリしているように見えた。やはりストレスは良くない。

 

 

 

 朝食後、私と萩風が執務室に呼び出された。おそらく萩風の今後についての話だろう。私が呼び出されたのは、選んだ道次第では私が先輩として教えることがあるからか。

 

「アンタは今、艦娘見習いって形でこの鎮守府に在籍してるんだが、今後どうしていきたいか一応聞いておきたくてね」

 

 どのような道を選んだとしても、空城司令はそれを全力でサポートしてくれるだろう。

 選べる道は沢山ある。艦娘として戦うのもいい。しーちゃんと一緒に事務仕事をしてもいい。間宮さんと伊良湖さんの手伝いで食堂に入ってもいい。極端な話、整備班に属するのもいいだろう。艤装に適応しているからといって、絶対艦娘をやらなくてはいけないわけではないのだから。

 

「考える時間はまだあるが、そのうち決めなくちゃいけないことだ。まぁ、()()()()だと思ってくれりゃいい」

 

 私としては、一緒に戦っていければと思う。だが、萩風にはそれを拒絶したくなるくらいの記憶がある。今までが今までなのだから、海そのものを嫌いになっても仕方ない。

 誰かに選んでもらった道はそれはそれでよろしくない。やりたくもないことをやらされるなんて、挫折が早まるだけだ。だから、自分で道を掴み取ってもらいたい。

 

「アタシはアンタをスカウトはしたが、あれはアンタの意思があまり無いものだった。今回はアンタの意思を尊重する。ここを離れたいというのなら、何かしらの居場所は提供しよう。それこそ、陽炎の住んでいた孤児院に入るのもいいだろうしね」

 

 以前空城司令は萩風のことを唯一の検体だから近くにおきたいという理由で鎮守府に置いていたが、その時は追い詰められていたというのもあって萩風の意思なんて殆ど無かった。

 だが、少し時間が経ったので萩風も若干余裕が出来ただろう。ここで一旦今の意思を聞いておきたいと話を持ちかけたわけだ。

 

「萩風、どうしたい。まだ時間が欲しければ答えを出さなくてもいいよ。強要するわけでもないからね。ここに置いておける時間も、アタシがなるべく延ばしてやるさね」

 

 もう少し考えさせてほしいというのも覚悟して、空城司令が萩風に問う。

 それに対して萩風は、少しも悩むことなく強い意思を見せた。まるで、この問いを待っていたかのようだった。

 

「私は、艦娘としてここに置いていただきたいです」

「いいんだね?」

「はい。昨日の戦いの後からずっと考えていて、まだ決断が出来ないでいましたが、今朝心が決まりました。私、正式に艦娘として頑張っていきたいと思いました」

 

 今朝ということは、あの私の部屋でいろいろあった後だ。鬱憤を晴らして、私にいろいろと意思を示したことで、艦娘の道まで決めていたようである。

 複雑な感情が渦巻いているのはすぐにわかる。私と同じ両親の仇討ちというのもあるだろうし、人生を壊されたことに対しての恨みもあるだろう。動機としては負の感情が多いと思う。それでも、自分の手で決着をつけたいという意思は尊重したい。私だってそうなのだから。

 その中に私と一緒にいたいという気持ちが混ざっているのも少し考えものではあるが、今は何も言わないことにした。萩風の門出に水を差すのは良くない。

 

「わかった。ならアンタの意思を尊重して、正式に鎮守府所属の艦娘として登録しておこう。だが無理だけはするんじゃないよ。アンタは少し特殊なんだ」

「はい、大丈夫です。改めて、よろしくお願いします」

 

 見習いではなく正式な艦娘として、萩風は仲間となった。すぐに私達と並び立つことは無いかもしれないが、こういう形で一緒にいられるのは悪くないだろう。

 死の恐怖がついて回る戦場ではあるが、心の支えがあるのなら戦える。そもそも死ぬようなことにはならないようにするのがこの鎮守府だ。

 

「じゃあ、早速今日から艦娘としての訓練を始めていこうかね」

「はい、頑張ります」

 

 また少しだけ表情が明るくなったと思う。自分で歩く道を自分で決め、それを公表したことで、さらに前向きになれたようだ。ずっと落ち込んでいるよりはストレスは溜まらないだろう。

 違う方向でストレスが溜まりかねないが、それに関しては私や他の仲間達が発散させてあげることも出来る。

 

 いろいろあったが、ここから萩風の新しい人生が始まる。その道の先に何があるのかはまだ見えないが、信じて進めば悪いようにはならないだろう。私達が悪い道にしないようにするだけだ。

 




見習いは取れて、正式に艦娘となることを決めました。少しずつ明るくなっていくでしょう。


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次の戦場は

 萩風が正式に鎮守府所属の艦娘として登録される運びとなった。かなり特殊な出である萩風はいろいろと面倒な手続きが必要らしいのだが、その辺りはしーちゃんが全部やってくれるらしい。一体何者なのだろうか。

 親族がいない私、陽炎も少し面倒だったらしいのだが、萩風はそれに輪をかけて大変なのだそうだ。何せ、5年前に行方不明になった子供であり、そのまま死んだ扱いとなってしまっていたからである。天涯孤独とはいえ、ちゃんと戸籍のある私とは雲泥の差。

 

 本名があっても、今のこの国には()()()()()()()()()ということになってしまうらしい。故に、何もかもを失ったというのはそこまでに及んでいた。

 

「終戦後も生きていけるように出来るから安心しておきな。名前も変えることにはなるがね」

「そう……ですか。改めて聞くと、私は本当に悲惨な運命なんですね」

「今までは、だよ。ここからは胸を張って生きればいい。生きてりゃ丸儲けだからね」

 

 悲しい話ではあるが、萩風は今生きている。生きていればきっといいことはある。例えば、ここで仲間に出会えたことだってそれだ。深海棲艦として死んでいくだけなら、こんな運命は待ち構えていないのだ。

 空城司令の言う通り、生きていれば丸儲け。まだまだやり直しが利く。艦娘という道を選んだが、この鎮守府でなら死に別れなんてこともそうそう無いはずだ。

 

「少し嫌なことを言うようだが、アンタの立ち位置は相当微妙だ。大本営の、()()()()()()()がこぞってアンタを欲しがるだろう。だがね、当然だがキッパリと断る。ここがアンタの家だからね」

 

 世の中には知られていないが、当然艦娘や深海棲艦を研究する人達というのも存在するだろう。そういう人達からしたら、萩風なんて特殊な存在は喉から手が出るほど欲しいのではないだろうか。

 だが、そんなところに連れて行かれたら、萩風がどうされてしまうのかなんて容易に想像がつく。最悪な場合、人間としても扱われずに解剖なんてこともあるかもしれない。それはよろしくない。

 だからこそ、それから守るために空城司令が萩風を守ってくれているわけだ。定期的な検査などは続けていくだろうが、確実に人権は約束されている。

 

 仲間として受け入れられ、明るい道が拓けたと実感出来たのだろう。失ったものは大きすぎるくらいだが、それを少しでも補えるものが手に入ったことで、表情も明るい。昨晩の鬱憤晴らしと添い寝が大分効いているのかも。

 

「じゃあ、すぐにでも訓練出来るようにこちらで日程を組むよ。早くても午後からだから、それまでは自由にしていてくれ」

「わかりました。重ね重ね、ありがとうございます」

「いいんだよ。アンタは明るく生きてくれなきゃアタシが困る。せっかく救われたんだから、生きたいように生きな。アタシゃ止めないからね」

 

 艦娘として一緒に戦っていくのも萩風が自分で決めたことだ。自分で決めた生き方なのだから、空城司令も全力で支援してくれるだろう。それが自分に関わることなのだから尚更。

 萩風の艦娘人生は始まったばかり。私もしっかり応援していこう。後遺症が心配なので、なるべく付かず離れずで。

 

 

 

 駆逐水鬼の巣を破壊し、残党狩りを数日続けることで一掃出来れば、あちらの海域はおしまい。次に狙うのは逆方向にて待つ厨二病痴女となる。諜報部隊からの連絡により、呼称は『南方棲戦姫(ナンポウセイセンキ)』とされた。

 なんでも、南方棲鬼という深海棲艦が以前に発見されているらしく、その姿に酷似した部分が多いため、そこから少し捩った名前が付けられたそうだ。ちなみに棲鬼の方は痴女ではない。

 

「残党狩りが終われば次はアイツよね。アレは私が因縁つけたし、私の手でケリをつけたいわ」

 

 今日の改二に至るための訓練はハードな筋トレ。異端児駆逐艦全員が付き合ってくれているのでありがたい。監修は陸奥さん。霧島さんは残党狩りに向かっており、速吸さんは医療系の内容で空城司令とお話中。

 その陸奥さんが今後のことを考えながらボソリとボヤいた。南方棲戦姫に対して口撃で喧嘩を売っている。それに名前を教えているほどだ。深く因縁をつけ、自分からターゲットになりにいこうとしていたのは理解出来た。

 

「萩ちゃん、アレとの面識があるのかしら?」

「えっ、あ、はい。一応は」

 

 午前中が空いてしまったので、萩風はこの筋トレの見学をしている。今後自分がやっていくであろう訓練がどんなものかを知っておくのはいいこと。主砲や魚雷などは遠目で見ることしか出来ないが、筋トレならむしろ自分でも体験することも出来て都合がいい。

 故に、萩風も今回は私達と同じ服装で、ちょっとしたストレッチに参加している。チラチラと私を見てくるのは、執着心が出ている証拠だろう。視線の位置はわかってるぞ。あまり胸や尻を見るのはやめなさい。こちらはいつもより薄着なんだから。

 

 あまり駆逐水鬼時代のことについて触れてほしくはなかったが、萩風自身がそこまで嫌がっているように見えなかったため、今回は止めなかった。何かあれば会話を中断してもらうしかあるまい。

 こうやって話しかけている時も、陸奥さんは片腕立て伏せ中、何故普通に話が出来るのだろうか。今まで鍛えてきた分があるからか。

 

「どんなヤツだった?」

「……それはどういう意味ででしょう」

「戦力的なところで。バカみたいに硬いし、砲撃の火力も異常だったことはわかってるんだけど、ほら、性格とか戦術とかでどう戦うか」

 

 事前に知っておくことで対策も考えておこうとしているようである。霧島さんもそうだが、戦艦の2人は大人の女性だからか、頭も良く、しっかりとした戦略を立ててから事にあたろうとするようだ。

 結果的に霧島さんは最後力押しに持っていかれるが、陸奥さんはもう少し突き詰めている。なるべく傷付かず、確実に勝てる方法を模索しているわけだ。だから撤退にも抵抗がない。命あっての物種。

 

「あの人は力押しの人です。戦略なんてありません。その時その時で撃つだけです」

「はぁ、やっぱり。なんかそんな感じしたのよね。そうじゃなきゃあんな雑な戦い方しないもの。優雅さが足りなすぎよ」

 

 何か思惑があってあんな戦い方をしているわけではなく、ただただ自分の高い性能を前面に押しつけてくるようなゴリ押し戦法。何もかもが高水準に収まっているからこそ出来る戦い方だ。

 あんな戦い方は艦娘ではやれない。肉体の性能そのものが何処かおかしい深海棲艦だからこそやれるような戦い方だ。駆逐水鬼も艤装で海面を殴り付けるだけで目眩しになる水飛沫が上げられた程なので、そもそも人間と同じと考えること自体が間違っている。主砲の直撃を受けて、胸を貫かれなかったことでもそれはわかる。

 

「性格も好戦的です。でも弁えているというか……」

「自分のことを前座なんて言うくらいだもの。割と賢いみたいよね。戦いは雑だけど世の中は知っているってことね。ふぅん……」

 

 アレほどの力を持つ南方棲戦姫が、自ら前座と言ってのけるのだから、太陽の姫はどれほどのものなのだろうか。神であるような振る舞いからして強大な力を持っていることはわかるが、そもそも私達で太刀打ち出来るレベルなのか。

 

「アレも人間が変えられた深海棲艦なのかしら」

 

 萩風がそうだったのだから、他にいないわけがない。太陽の姫自身はどうか知らないが、南方棲戦姫は同じ系統かもしれない。太陽の姫に分霊され、何かしらのきっかけと共に深海棲艦と化してしまった人間。もう普通にあり得る話だ。

 もしそうだったとしたら、倒し方も考えなくてはいけない。萩風は五体満足で人間に戻れたが、倒し方に失敗した場合、生きて戻れるものが戻れない可能性すらある。

 

「そう……かもしれません。私の方が後輩なので何とも言えませんが」

 

 流石に知っているわけがないか。駆逐水鬼は常にあの海域に潜んでいたというし、今現在の巣の位置は真逆。顔を合わせたといっても数度というくらいだろう。

 少しだけ萩風の表情が曇りかけたので、陸奥さんが慌てて取り繕う。

 

「あ、ごめんなさいね。萩ちゃんのことも考えずにこんな話しちゃって」

「い、いえ……大丈夫です。事を終わらせるためには、私の記憶も役に立つと思いますし」

 

 艦娘としては勝利に貢献するために、少し辛いが記憶の開示はやっていきたいと萩風は言う。

 忘れたい過去であることは変わりないので、それで弄るなんてことは絶対にしないが、駆逐水鬼であった過去が戦いに役に立つことは少なくないだろう。萩風が耐えられるのなら、少しだけその時の話を聞いてもいいか。

 

「貴女も大変だったわね。何か悩み事があったら話してくれてもいいからね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「ここの子達はみんなお人好しばっかりだから、頼れる時にいっぱい頼っておきなさいな。損得勘定無しに話は聞いてくれるわ」

 

 鎮守府辺りの所属人数が限られているからか、すごくアットホームな雰囲気があるのは確か。どうしても関わり合いが少なくなる人も出ては来てしまうものの、まだ数ヶ月にも満たない私ですら全員と話をする機会はあったし、訓練や哨戒任務を通して仲良くなれた。

 まだまだ日が浅い萩風でも、すぐにこの環境に慣れることが出来るはずだ。その筆頭が、私達異端児駆逐艦になる。

 

「すぐに追い付くこと出来ないと思いますが、頑張ります」

「ええ、頑張って。出来ることがあれば何でも手伝ってあげるわ。訓練から私生活まで、むっちゃんにお任せよ」

「はい、頼らせてください」

 

 茶目っ気を出して緊張感を薄れさせた。萩風もクスリと笑ってそれに応じた。こういう形で関係を拡げていけばいいと思う。ここで暮らしていれば勝手に拡がるし。

 

「むっちゃんさん、あの痴女と喧嘩するっぽい?」

「そうね。喧嘩も散々売ったし、買ってもらわなくちゃ。こちらも売られたわけだしね」

「なら夕立も援護するっぽい! みんなでボコボコにしちゃおう!」

 

 正直アレは駆逐水鬼よりも強力であり凶悪なスペック。駆逐艦の主砲では傷一つ付けられないレベル。魚雷でなんとかなるかという程度。そのため、夕立も自ら援護と言い切っているくらいである。

 流石の陸奥さんでも、1対1でどうにか出来る問題ではないだろう。殴り付けるような砲撃の威力は並ではなく、掠めただけでも重傷を負いそうなもの。駆逐艦だとひとたまりもない。真正面からの撃ち合いは得策ではない。

 

「そのためには、いっぱい作戦を練る必要があるわ。提督とも話すつもりだけど、確実に勝つための作戦をしっかり組まなくちゃ」

「ぽい! 夕立そういうの苦手だから提督さんに任せる!」

 

 自分の得手不得手をちゃんと把握しているようで何より。夕立は本能で戦うタイプなので、作戦とか確実に苦手。真正面からぶっ飛ばすを地で行くのだから仕方ない。

 筋トレしながらでもそういうことを考えている辺り、陸奥さんはこの鎮守府の中でもエースなのだなと理解出来る。霧島さんとのツートップか。

 

「でもその作戦を作るためには、ゲロちゃんには改二になってもらわないとね。基本的には今回の戦いは貴女がキーパーソンだもの」

 

 ニッコリ笑ってダンベルの重りが足された。いやまぁ鍛えなくてはいけないのはわかるが、急激に増やされたら出来るものも出来ないと思うのだが。

 というか今普通に片手で重り持ってきたように見えた。もしや陸奥さん、綺麗な顔して思ったより脳筋なのか? 

 

「あちらがゲロちゃんを狙っているのなら、貴女自身が返り討ちにするくらいでないとね。さ、もっともっと鍛えましょっか」

「ちょっと待って。これは流石に持てない」

「持てるようになりましょうね。はい、頑張って頑張って♪」

 

 あ、これスパルタだ。持ち上げられるようになるまで帰れないみたいなタイプ。

 やたら楽しそうに言うが、こちらは堪ったものではない。だが、これが出来るようになれば私はまた改二に近付けるかもしれない。やれることはやらなくては。

 

「や、やったらぁ!」

「その調子その調子。すぐにでも改二になれるくらいまでビシバシ鍛えていくから頑張ってね。勿論、他の子達もよ」

 

 夕立はやる気満々だが、磯波と沖波は顔が引き攣っていたのは言うまでもない。

 

「萩ちゃんもやってみる?」

「あ、あー……程々でお願いします。まだ訓練も始まっていないので」

「そうね。じゃあストレッチからしっかり始めましょうか。ふふ♪」

 

 また磯波相手にやっていたねっとりしたボディタッチが繰り広げられるようである。

 

 

 

 だが、みんなわかっていた。今回一番気合が入っているのは陸奥さんだ。南方棲戦姫との再戦は、陸奥さんが中心となって執り行われるだろう。

 私達はそれを全力で援護する。そのためには力が必要だ。

 




厨二病痴女改め南方棲戦姫。5-5攻略の際にはながむつタッチを使う人も多いと思いますが、この鎮守府では陸奥しかいないので、陸奥を中心に戦いは進むことになります。


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力を抜いて

 午後からは予定通り、萩風の艦娘としての訓練が開始された。最初は勿論、海上移動訓練。いくら駆逐水鬼の記憶を持っているとしても、萩風という艦娘として成立してからは当然初めてのこと。訓練を見ているのは相変わらず木曾さんである。

 私、陽炎の時もそうだったが、最初は誰でも木曾さんから海上移動の訓練を受けることになるらしい。木曾さんだけに基礎を任されてるみたいなことを言ったことにより、磯波が見事に破裂したのは言うまでもない。

 最初は私が萩風の訓練をやることになるかもと思っていたが、ここで少し距離を置くようにすることでメンタル面の訓練も兼ねているそうだ。確かに萩風がここに所属してから、何かと私が側にいた気がする。後遺症による依存を治す必要もあるのだから、少しは私が離れた方がいいだろう。

 

 その間に私は別件。午前中は筋トレをしていたわけだが、午後からは実戦訓練となる。

 私に今、圧倒的に足りないのは実戦経験だ。訓練ばかりやっていてもそこが伸びることは無い。ここ最近の戦闘には参加させてもらっているがそれだけだ。まだまだ足りない。

 

「前回は霧島さんにコテンパンにされる訓練だったけど、今回は何かな……陸奥さんだったりして」

「無くは無いよね。次の相手が戦艦だし、戦艦相手を慣れておく必要はあると思うよ」

 

 相変わらず一緒に行動してくれる異端児駆逐艦。沖波も私と同じように考えていたようだ。

 次の相手、南方棲戦姫は戦艦。その駆逐艦では簡単には届かないスペック差を体感するという訓練は霧島さん相手にやらせてもらっている。あの時は本当に手も足も出なかった。その時にも私には経験が足りないから、いろんな人と戦えと言われている。あの時からあまりやれていないのは残念であるが、それを今回やれそうだ。

 

「うーい、今日はあたしだよー」

 

 と、やってきたのは加古さん。いつもは哨戒部隊を基本としているが、今の力を手に入れるために訓練だってしているはず。むしろそれなりの頻度で旗艦に任されるくらいの力を持っているのだから、かなり頼られている人だ。

 

「あたしゃこういうことやるような人じゃ無いんだけどねぇ。提督があたしがやれっつーもんでさぁ。程々に頼むよー」

 

 なんとも気の抜けた始まり方である。話しながらも大欠伸。お世辞にも真面目には見えない。

 何度か哨戒任務で一緒させてもらったが、戦場ではイケメン、普段はダルンダルンという二重人格かと思わせるような変貌を遂げる人。今からは訓練とはいえ戦いなのだから、イケメンな部分が出てきそう。

 

「んじゃあ、1対1(タイマン)でやるってことでいいかいね。メインは陽炎だったっけ?」

「うん、そうなるね。よろしくお願いします」

「じゃあ最初は陽炎な。気楽にやろうぜ訓練なんだからさー」

 

 加古さんはちょっと気楽すぎる気がするが。

 

「実戦経験増やしたいっていうわけだし、ま、頑張んなさいよ」

 

 ちょっとスイッチ入ったように、表情がキリッとし始めた。常にこれの方がいいと思うのだが、すぐにダルンと力が抜けた。それも加古さんの魅力というわけだろうか。

 

 

 

 今回のルールも霧島さんの時と同じで何でもあり(バーリトゥード)。そのため私は主砲2基と5連装の魚雷を装備したいつものスタイル。

 対する加古さんも主砲と魚雷。あちらは主砲3基と私より多い。あと気になるのは肩に装備された電灯みたいなもの。あれも加古さん専用装備らしい。

 

 同じような訓練かもしれないが、霧島さんを相手にした時の緊張感とは少し違う感覚。別に加古さんを嘗めているわけではない。戦艦と比べて重巡洋艦の威圧感というのはどうしても小さいもの。それに加え、頭を掻きながら大欠伸というやる気が微塵も感じられない仕草である。

 

「そんじゃ、始めっかい」

「了解。なら早速、行かせてもらうよ!」

 

 先制攻撃と言わんばかりに、備え付けの主砲による精密砲撃。回避が間に合わなければ直撃で終了。回避したとしても手持ちの主砲でさらに狙う方向で。

 

「いやホント結構な精度よな」

 

 それをヒラリと避けられたため、次の手。ブレ弾ではあるが回避した方に向けて砲撃。当たる確率はこちらの方が低めだが、相変わらず牽制にはなる。小鬼群にも効いた私ならではの戦術。

 

「直に見るとマジでブレッブレだねそれ。何処に来るかわからないのは厄介だ」

 

 牽制のつもりだったが、しっかり見据えて避けられてしまった。正確には避けたのではなく、ブレた方向に進まなかったという方が正しい。

 

「よし、今!」

 

 だが足が止まった。このタイミングなら、精密砲撃がうまいこと当てられるはずと考え、加古さんの少し後ろを狙って砲撃。ブレーキをかけたのだから前に出るより後ろに下がる方が早い。だからそちらを狙った。

 今までの経験則、特にあの厄介な小鬼から得た教訓で攻撃している。ブレ弾を回避させ、そこを狙って二の矢を放つ。今回は三の矢になっているが、命中率が徐々に上がるのなら何発でも撃てばいいと思う。

 

「そんな簡単に終わったらつまんないっしょ」

 

 しかし、それすらも躱された。当たり前だが、深海棲艦なんかとは全く違う。本能に任せた行動ではなく、知恵を持っての戦術。私と加古さんの距離はそこそこあるため、()()()()()()()も出来ないわけではない。

 

「避けるのそれ……」

「当たったら終わり、掠っても痛い目を見るのが戦場だから、そりゃあ回避が上手くなるのは当たり前ってもんだ。そこが経験の量だね。いっそ回避訓練にしてみるかい。命を守るために一番必要なこった」

 

 反撃のために、左腕側に接続された2基の主砲が同時に私に照準を合わせてきた。そして間髪入れずに同時に砲撃。片方は私の右側へ、もう片方は私の左側へ。

 回避方向を固定化する砲撃と、回避方向を封じる砲撃は似たようなものだ。今回放たれたのは後者。最初から当てるつもりはなく、次の砲撃で仕留めるという意思。だからかまともに照準は定めておらず、適当に撃ったようにすら思えるためか砲撃の速度が異様に速い。

 

「どうやって避けるのさ!」

「自分で考えるのが訓練ってもんだろ」

 

 加古さんからちょっとずつイケメン要素が入り込むうちに、3基目の主砲も放たれる。今は見た時点でわかった。砲門と完全に目が合った。つまり、狙いは顔面だ。容赦なさすぎでは。

 顔面を狙ったということは、当たれば一撃轟沈判定。実戦では首から上が無くなるような大惨事。訓練では顔がペイント塗れになって酷い目に遭う。

 

「う、後ろ!」

 

 撃ったらすぐに当たるわけではない。弾の速さが違うとか言われたらお手上げだが、見たところ3基全てが同じ仕様の主砲なので大丈夫、だと思う。

 故に、被弾するタイミングを少しでも遅らせるために、出来る限り速く加古さんから離れる。自分の砲撃も当たらなくなるが、そんなこと言ってられない。

 

「お、下がるかい。いいんじゃないの」

 

 3発目が放たれる。これだけ離れていれば、見てから避けるが私にも出来る。それに、離れたことで私を狙っていない2発と狙った1発の間の隙間が拡がっているため、その隙間を縫えば回避出来る。それに、顔を狙った3発目は離れたことで当たりどころが変わり、より回避しやすくなる。

 結果、掠めることもなく無事に回避成功。今までにないくらい離れているおかげで、動向が見やすくなった。

 

 今までは敵から距離を取ろうとする行為が疎かだったかもしれない。敵の目的が目的だけに私が狙われないというのもあったが、そのせいで回避行動が誰よりも下手とも考えられる。今回はそれを意識していこう。

 別にすぐ決着をつけなくてもいいのだ。最終的に勝てれば、時間はいくらかけてもいい。むしろ時間をかけた方が敵も痺れを切らせてムキになるかも。なら、早く早くと焦るよりものんびりやった方が心にも負担がかからない。

 

「だけどなぁ、私のも当たらなくなるんだよなぁ!」

 

 当然弊害はある。私が避けやすくなるということは、あちらも避けやすくなるということ。だから隙を見て接近しなくてはいけない。もしくは回避出来なくなるくらいに連射か。

 仲間がいれば他にやってもらうという手段があるが、今は1人だ。だからこそ焦らず、じっくり時間をかけて戦う。

 

 霧島さんを相手にしているときとは考え方が変わる。あの人は突撃までしてきて強引に距離を詰めてくる。格闘が出来て盾まで持っているため、回避をあまり考えていなかった。というかあの人は回避自体をしなかった。

 夕立との個人演習とも少し違う。あの子は回避しながら突撃してきた。私から大きく離れるなんてことはせず、むしろ徐々に間合いを詰めながら必要最小限の回避を織り交ぜるイメージ。

 加古さんは自分から近付こうとしない。どれだけ時間がかかってもいいから、確実に安全に戦う手段を使ってくる。早期決着をまるで考えていない。

 

「今度は近付く方法を考えてみ」

 

 加古さんの当てるつもりがない砲撃が続く。進路妨害が基本となり、私の行動範囲を狭めていくのが目的なのはすぐにわかった。離れていても、動きが悪くなればそのうち当たる。それ狙いでのんびり戦っているわけだ。

 常に緊張感がある突撃とは違う、心に余裕のある戦い方。なるほど、これは参考になる。状況次第かもしれないが、こういう戦い方を常に心がけておけば精神的にも余裕が出来る。おそらく少し短気な夕立には出来ない。

 

「なら少し真似させてもらおう」

 

 模倣も力をつけるためには必要な技術。今やられていることをそのままやり返してみる。当てるつもりなしで、加古さんの足下や進行方向を狙って進路妨害。重巡洋艦よりは威力が少ないため、妨害にしてもそこまでのものとは思う。

 だからいろいろな手段を織り交ぜるわけだ。今回は何でもありで、魚雷だって使える。ならそれを使わない理由はない。

 

「私にしか、出来ないこと!」

 

 5本の魚雷を1本ずつ、タイミングをずらして放って行った。海上だけでなく海中からも進路妨害。

 

「うわ、噂には聞いてたけどすごいなそれ。跳びゃいいってわけじゃないか」

 

 同じところに2本とかも出来るため、普通の回避はさせない。むしろ跳んだら跳んだで狙い撃ちしやすくなるから大歓迎。

 しかし、加古さんはそれに対して、()()()()()()()()()ことで対応してきた。魚雷は加古さんに届く前に爆発して、大きな水飛沫となり、それに巻き込まれて後ろの魚雷も爆発。連鎖反応で私の視界から加古さんが消えた。

 

 おそらく今が近付くチャンス。しかし場所がわからないからどう突っ込んでいいものか。

 などと考えているうちに、水飛沫を突き破って加古さんが突撃してきた。ビショビショになることも厭わず、確実に当てられると考えて。

 

「いやぁ、いいんじゃないかな。出来てる出来てる。それをもっとやれるようになろうな」

 

 そして即座に砲撃。加古さんの行動に驚いてしまったことですぐに動けなかったせいで回避が遅れ、その砲撃は私の腹に直撃。モロに体勢を崩し、その場に倒れ伏す羽目に。

 ペイントは洗い流されるかもしれないが、加古さんとは違った形でビショビショになってしまった。

 

 

 

「ほい、お疲れさん。初めてにしては結構考えられてる方だと思うよ」

 

 倒れた私を引き起こしてくれた。ケラケラ笑う加古さんは、水飛沫を浴びたことで制服スケスケ。黒いサラシのような帯が全身に巻かれていることが見えてしまっている。濡れた髪をかきあげる仕草とかもイケメン。

 

「まぁ自分でやったことなんだから、予想外の突破されて足踏みしちゃあダメだな。うん、それくらい。あたしが教えたいことはわかったかい?」

「無理に突撃しないで、勝てるタイミングを待てってことかな。つまり、焦るなと」

「おー、よくわかってんじゃん。勝てりゃいいんだから、時間なんて気にすんなってことよ。むしろ力を抜いてたっていいから。適度にサボれば精神的にも楽だからさ」

 

 適度にサボる。これは結構重要なことかもしれない。常に緊張感を張り巡らせていると、それだけで動きが鈍くなってしまいそう。あと疲れるのも早くなる。焦っていたら尚更。

 

「え、加古さんサボってるの?」

「人聞きが悪いなぁ。あたしゃ定期的に力抜いてるだけ。サボってるわけじゃないから」

 

 言い繕っているようにも感じたが深追いしないことにする。これが加古さんのやり方なんだろうし。

 

 だが、加古さんが定期的に哨戒部隊の旗艦に選ばれる理由がわかった気がする。適切な判断を確実に出来るからだ。旗艦が焦らないというのは大きなアドバンテージ。

 これはこれで参考になる。サボるというのはどうかと思うが。

 




加古はイケメン枠。改二のイケメン具合は半端ない。でもあのサラシはどうかと思う。やっぱりスケベティックインナーの方が良くない?


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確実な成長

 加古さんとの実戦訓練に勤しんだ私、陽炎。今まで私が1対1で相手をしてきた面々とは違う、ある意味本来の砲雷撃戦での実戦により、回避を主にした訓練になっている。じっくりと時間をかけて、焦らずに確実に勝利を掴む方法のため、私としては新鮮な戦術。

 訓練終了までで私は全身真っ赤なペイントでグチャグチャ。海上移動訓練のときと違って下に水着を着ていないが、色がついているおかげで大惨事は免れている。それでも最後は加古さんに掠めることが出来るところまでは来れた。連戦に次ぐ連戦で加古さんに疲れが来ていたというのもあるので素直に喜べないが。

 

「ぶー、夕立には合わないっぽい!」

「押せ押せの夕立にゃあ合わないだろうねぇ。だけど、全部知っときたい陽炎には必要だったんだなぁコレが」

 

 どれが自分に合っているかを模索するためにも、いろいろ知っておく必要がある。それが練度上昇に繋がるわけだし。

 夕立は好戦的な割には長々と戦うのが嫌なようだ。加古さんと戦っているときも、だんだんとイライラし始めているのが遠目でもわかるくらいだったし。そのせいで夕立は私についでペイント塗れ。

 

「私はこちらの方が得意ですね」

「私も。戦況把握は大事です」

 

 磯波と沖波は前のめりではなく耐久型のこちらの戦い方の方が性に合っているようだ。多分これは性格の問題だと思う。おかげで2人のペイントは私よりは控えめである。

 

 私はどちらだろうか。やりやすさでいえば今回の方がいいかなと思ったが、行けると思った時には突っ込んだ方がいいかなと思う。やはり臨機応変にどちらの戦術も使うというのがベストか。

 

「陽炎はじっくり選びな。やりやすい方をやりゃいいよ。まだまだ相手はいるんだし」

「そうだね。私としてはどっちもやれるようにしておきたいと思ってるけど」

「欲張りだねぇ。どっちも出来れば最高だろうな。戦場で確実に役に立つから」

 

 ケラケラ笑うが否定はしてこないところが寛容。誰にだって得手不得手はあるものであるが、どちらもやれれば言うことは無い。一歩引いた戦術だろうが、前のめりに突っ込む戦術だろうが、被害無く敵を倒せるのなら誰も文句は言わないのだから。流石に仲間に迷惑をかけるような戦術はやるつもりはないが。

 

「あー、あたしゃもう眠いよ。風呂で寝ちゃったら運んどいて」

「叩き起こすから安心して」

「乱暴は嬉しくないよぉ」

 

 イケメンモードはここいらで終了。訓練も終わったから、風船から空気が抜けるようにダルンダルンに。

 

「そういえば萩風の海上移動訓練、どうなっただろ」

「意外と一発だったりして」

「逆に大苦戦とか……無くは無い、よね?」

 

 訓練終了で帰っていく先には、萩風が木曾さんに教えられている現場がある。

 記憶の中ではスムーズに動けていたのだから、訓練しなくても一発で上手く出来ている可能性もあれば、その記憶とはいろいろと勝手が違うため大苦戦している可能性もある。

 

 で、工廠に到着。萩風はと探してみたら、ビショビショで制服の中の水着がスケスケになりながらも、コツを掴んだかゆるゆる海上を移動出来ているところまで来ていた。今までの最速である私が丸一日かからなかった程度というのに対し、萩風は午後のうちに終わらせたので、結果的に鎮守府の中で最速記録となる。

 ずっと萩風の訓練を見てくれていた木曾さんも、午後のうちにここまで来れたことに驚きつつも感心していた。深海棲艦であった時の記憶が悪影響を及ぼして、海上移動すら出来ないくらいの心の傷になっていることも考えられたからだ。

 

「おう、お疲れさん。コテンパンだな」

「いや普通に加古さん相手は辛い。最後掠めること出来たよ」

「そりゃあ上々」

 

 帰ってきた私達を見て手を振ってくれる。それに気付いた萩風も一旦止まってこちらを見てきたが、ペイントとはいえ大惨事な私を見て大いに驚いた。

 

「えっ、ね、姉さん!?」

「これダミーのペイント弾ね。簡単に洗い流せるやつだから」

「そ、そうですか、よかった……。流石にそこまで血塗れだったら自力で帰ってこれませんよね」

 

 そりゃそうだ。私は今上から下まで真っ赤みたいなもの。制服が肌に貼り付くほどビショビショになっているのだから、これが全部血だったら私は流石に瀕死の重傷である。こんな飄々と話なんて出来ない。

 

「よし、萩風、お前はもう海上移動訓練はクリアだ。これで艦娘として一歩踏み出せたわけだな」

「ありがとうございます。木曾さんのおかげですぐに進むことが出来ました」

「これはお前の実力だぜ。イメージが記憶と直結したからな。コツさえ掴めば割とあっさりだったじゃねぇか」

 

 やはり駆逐水鬼の記憶が影響を与えたようである。今回はいい方向に影響したようで何より。辛い思い出だが、明るい未来の糧に出来ているのなら、今のところは心配は要らなそうだ。

 

「ひとまずは陽炎と同じ進め方で行くつもりだ。提督にもちゃんと説明しておくから、お前は風呂入ってこい。最初の水没の分があるからな。そのままにしておくと風邪引くぞ」

「あっ、そ、そうですね。重ね重ねありがとうございました」

 

 ちょうどいい。早々に洗い流したい私達と一緒に行けばいいだろう。

 別に一緒にお風呂に入るくらいは、萩風がこの鎮守府に所属してから毎日のようにやっていること。流石に私の裸体にも慣れつつある。初日は大変なことになりかけたが、もう大丈夫。

 

 なんて危ないフラグを立てたものの、萩風だって成長しているのだ。他のみんなもいたことだし、酷いことにはならずに済んだ、私を見てくる視線は午前中の筋トレの時と同じように痛かったが。胸と尻ばかり見てくるんじゃありません。

 

 

 

 翌日は残党狩りに参加。こちらで深海棲艦相手の実戦経験を伸ばす。相手が小型艦でも、戦って勝つという経験は確実に練度に繋がるのだから、なるべく参加しておきたい。

 そこでは巣を破壊したときのように駆逐艦やら小鬼やらが徒党を組んで彷徨いていた。巣が破壊されたことで斥候は野良へと変わっていき、もう当たり前のように私も狙ってくる。駆逐水鬼の影響も、3日目ともなると以前見たとき以上に抜けていた。

 

「前より動けてる気がする!」

 

 加古さんとの実戦訓練は、確実に身になっていた。焦らず、冷静に戦況を判断して、今の最善を掴む。野良の深海棲艦は単純思考なのか、生存本能から回避は妙に上手いが、逆に砲撃がかなり回避しやすい。正面からの砲撃にはもう当たらない。

 そこに、回避方向まで考えての砲撃を当てるだけ。それだけで、致命傷に近いダメージを与えることが出来た。急所らしい急所はパッと見ではわからないが、タイミングが掴めれば装甲の上からの破壊も可能。

 

 倒したら一旦脱力。適度にサボりを入れて緊張感を緩和させる。そうすれば体力も長続きするものだ。攻撃が無いとわかったところで小さく深呼吸。

 今回の戦いでは昨日加古さんから学んだことを早速活かして戦ってみたが、意外と自分に合っているように思えた。精神的な疲労もそこまで感じないし。

 

「わ、陽炎ちゃん凄いね。もしかしたら今日のMVPかも!」

「ありがと。訓練してくれてるみんなのおかげだよ」

 

 五月雨からもそう言われ、素直に嬉しかった。さすが最古参、そういうところは見てわかるものなのか。

 だからといって調子に乗ってはいけない。慢心は事故の元。私がダメになったら、背負っている人々の生活に危機が訪れる可能性も少なくないのだから。最後まで気を抜かずに戦闘を続けていく。

 

「とりあえず見える分は全部だよね?」

「そうそう、今ここにいるのは1体残らずお願いね。ねっ」

 

 この部隊旗艦の由良さんに言われ、俄然やる気を出していく。1回で現れる数はそこまで多くないのだが、倒しているうちに突然浮上してきたりするので、見た感じで全部終わったとしても、まだ終わりではない可能性はある。

 海中に潜む残党は、潜水艦と共に対潜部隊が確認している。今回の対潜部隊も勿論海防艦達。普段あまり出撃しない分、こういうときは出ずっぱり。代わりに残党狩りが終われば数日はお休みとなるそうだ。子供達にこれは少し荷が重いとは思うし、それが丁度いいくらいか。

 

「潜水艦の感じ、しないっしゅね」

「海の中に何にも無い感じがするぜー」

「もう……おわったのかも……?」

 

 もう何体も沈めて、反応自体は感じ取れなくなったらしい。後から突然ということが無いように、出来るもの全員で念入りに調べてはいるが、小さな反応も読み取れないようである。

 海の上にもようやく見当たらなくなってきた。全員がかりで360度抜け無く目視確認をしているが、今のところは見当たらない。ひとまず今は静かな海。

 

「艦載機により確認しました。周辺の深海棲艦も今は見当たりません」

 

 対潜と制空の両方を担う大鷹も、敵が全滅したことを確認。これでここに外から入ってくるようなものもいないことが確定。

 

「今日のところは一旦おしまいですかね」

「そうだね。一旦帰投して、時間を置いた方がいいかも」

 

 本能的に行動する深海棲艦ではあるが、その本能により危険を察知する輩というのも少なからず存在する。私達がここにいることで表舞台に出てこないものは、一度撤退して気を緩ませる必要もあるだろう。

 そこまでしても、明日姿が見えないなら残党狩りはこれでおしまいだ。戦い、全滅させ、翌日に現れないことを確認することが今回の任務の最終地点。

 

「では少し予定より早いですが帰投します。皆さん、お疲れ様でした」

 

 帰投が終わるまでが任務なのでまだ緊張感は抜けないが、敵からの襲撃の危険性が一旦拭えたのでここでまた大きく深呼吸。

 

「今日のMVPは陽炎ちゃんだね」

「たまたまだよたまたま。今回は私の近くに出てくることも多かったし、当たりどころが良かったしね」

「ちゃんと敵の動きが見えているということだからね」

 

 訓練による成長が確実に私を強くしてくれている。足りなかった経験が満たされていくような感覚である。それと、やっぱり褒められるのは嬉しい。強くなったと認められる感覚は、いつでも喜ばしいものである。

 

「これなら改二も近いかもしれないね」

「だね。私としては早くなりたいところだけど、焦ったら遠退きそうだし、うん、気長に頑張るよ」

「ふふ、その調子。加古さんの訓練が余程効いたのかな?」

 

 そうかもしれない。あの方針は今後も使わせもらおう。長期戦が出来る戦い方というのはかなり戦いやすい。

 

 なんて話していた次の瞬間、強烈な視線を感じて身震いした。

 

「っえっ!?」

「ど、どうしたの陽炎ちゃん」

 

 私の反応を見て驚いた五月雨が駆け寄ってくる。心配そうに海防艦達までこちらへ。

 今までの比ではない視線の力。艦載機に見られているとか、潜水艦に見られているとか、そういうものとは段違いの悪寒に、私は金縛りにあったかのように動けなくなった。

 

「い、今誰かに見られてるような感覚がした……」

「ここの視線の元凶はもういないはずなのに……どっちの方から?」

「あ、あっち」

 

 私が指差す方は、陸からは大きくかけ離れた場所。そして領海の真反対の場所である。

 あちらにあるものといえば、南方棲戦姫と戦った場所、だったはず。周りに目印があるわけでも無いので確証は持てないが、多分そっちの方面。

 

「真反対の領海外……南方棲戦姫がいたっていう場所だね。いや、それよりももっと領海から離れてるかな」

 

 事実そうだったとして、そこからここまでどれだけ離れている。数kmでは利かない、水平線のもっともっと向こう側だ。このまま真っ直ぐ突き進んでも数時間はかかるような距離。

 そこから視線を感じるとかどういうことだ。むしろ、誰がそんなことを……と考えたところで、すぐに答えが出た。こんな長距離でも私の動向を確認しようとするものなんて1人しか思いつかない。

 

「太陽の……姫……!」

 

 陸からは大きく離れたところからでも、私のことを見ていたと思われる太陽の姫。あのときは視線なんてまるで感じなかったが、私が成長したことでついにそれすらもわかるようになってしまったのかもしれない。

 おそらく視線といっても直接見ているわけではないのだろう。艦載機とかそういうものがあるわけでもない。分霊たる私の場所は、どれだけ離れていても把握出来るということなのではなかろうか。

 

 それなら駆逐水鬼が倒されたことも気付いていてもおかしくない。次の敵を差し向けてくる可能性だって出てきた。それこそ、南方棲戦姫が直接鎮守府を襲うようなことだってあり得る。

 

「早く帰ろう……ちょっと嫌な気分になっちゃったよ」

「だね。陽炎ちゃんはすぐに休んだ方がいいかも」

 

 残党狩りは終わりそうだが、また次の戦いはすぐに始まりそうである。

 

 あと怖いのは、悪夢の更新。こんな視線を受けたら、嫌でも先に進んでしまいそう。

 




駆逐水鬼の海域の奪還はもうすぐ終わります。次は南方棲戦姫になるわけですが、太陽の姫も少し動き出したようです。


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苦痛と悦楽

 駆逐水鬼の巣の残党狩りを終えた帰り道、私、陽炎は今までとは比べ物にならない強烈な視線を感じた。当然周りを見てもその視線の主はいない。故に、それが誰のものかがすぐに理解出来た。太陽の姫だ。

 意図はわからないが、とにかく今の段階で私を遠くから見つめていたのは確実。そのせいで私は非常に嫌な気分で鎮守府に戻ることとなった。震えるほどの悪寒もあり、帰路の途中から体調も悪くなってきている。吐こうと思えば吐ける。名実ともにゲロちゃんになるわけにはいかない。

 

「かげろうおねぇちゃん……だいじょうぶですか……?」

「陽炎おねーさん、顔色めちゃくちゃ悪いっす!」

 

 フラつきはしないが、子供達にわかるほどに私は酷いことになっているらしい。笑顔を返したが、空元気であることも悟られていそう。

 

「あはは……あまり大丈夫じゃないかな。帰ったらすぐに休ませてもらうよ」

 

 ここまで酷いことになったのは、秋雲に太陽の姫をイラストで描いてもらった時以来だ。そういう意味では、核心に触れた時に私の身体はおかしくなるらしい。前回は記憶に大きく触れたから。今回は張本人にちょっかいをかけられたから。奴が絡むとこうなるのかも。

 

 気がかりなのは、前回酷い体調不良に襲われたときは、悪夢が更新されたこと。今回もそれがありそうである。これ以上思い出したら、本当に行ってはいけないところに行ってしまいそうで怖い。

 そしてもう一つ、私はあの体調不良の後から、夕立筆頭に()()()()()()()と言われるようになり、同期値が計測不能になった。同じような変化がまたあったら、私はどうなってしまうのか。

 

「よる……またまつわたちのへやに……きますか」

「そうだね。風邪だったら移しちゃうかもしれないけど、ただおかしいだけだから。うん、今からは一人で寝るけど、調子が良ければ夜はお願いしていいかな」

「はい……!」

 

 嬉しそうにしている松輪。こうやって懐かれているのはありがたいことだ。それに、松輪を抱き枕にすると気持ちよく寝られるのは実証済み。子供体温は癒し。

 他の子達も歓迎してくれるようで、大鷹も許可を出してくれた。まずは帰って一休みしてから、夜はまた癒してもらおう。

 

 視線を感じたのはあの時の一瞬だけだったおかげで、そこからは何事もなく鎮守府に帰投完了。

 しかし、鎮守府が視界に入った瞬間にドッと疲れが出て大きくフラつく。まだ倒れるわけにはいかない。倒れるなら、せめて艤装を下ろしてから。こんなところで倒れたらいろんな人に迷惑がかかる。

 

「陽炎、大丈夫かい!」

 

 ゆっくりと戻ってきたところで、工廠にいた空城司令が心配してくれていた。ここに帰ってくるまでに、由良さんが鎮守府に連絡しておいてくれたらしい。

 正直なところ、さっきまでは大丈夫だったのだが、今は全く大丈夫じゃない。空城司令は前回私が倒れた時のことを知っているため、万が一倒れた時のことを考えていろいろ準備してくれていた。

 

「大丈夫……じゃないかな……」

 

 それもあっただろう。安心したのも束の間、力が抜けて海上に倒れることになってしまった。気が抜けた瞬間だった。海防艦の子供達の叫び声や、整備班の人達のバタバタとした足音が響いた。

 自分で思っている以上に、私への影響は強かったようである。これも太陽の姫の思惑なのだろうか。本当に勘弁してほしい。

 

 

 

 案の定、悪夢を見た。今回は今までと違う、太陽の姫による直接のちょっかいだったからか、最悪なことに夢は()()()()()

 

「貴様ハ、陽炎」

 

 太陽の姫の骨のような指先が、私の胸元に突き刺さる。痛みは無い。

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

 

 子供の私には一体何が起きているかはわからなかった。太陽の姫の指を中心に、私の身体に何かをされているということしかわからなかった。だが、確実に私の身体には影響が出ていた。息が苦しい。身体が動かない。抵抗が出来ない。

 頭の中にも影響が及んできていた。恐怖に支配されているところに違うものが混じってくるような違和感と嫌悪感。頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような苦痛。それに対して何も出来ない絶望感。

 

 それを見た父さんはそれをやめさせようと太陽の姫に縋り付き、胸に突き刺さる指を抜くために渾身の力で抵抗するが、まるで動かず気にも留めずに分霊を続ける。だが途中から鬱陶しくなったのか、人型の深海棲艦が父さんを太陽の姫から引き剥がした。

 

「貴様ハ、我ガ分霊ヲ受ケ入レ、()()()()()()()()トナル。ソレコソガ、我ガ熱ニテ現レ、我ガ前ヲ疾ル陽炎ナリ」

 

 太陽の姫が私の胸から指を抜いた。吐き気がするような時間が終わったかと思うと、今度は身体中を熱が駆け回るかのように熱くなった。それこそ、目の前の太陽に焼き尽くされるのではないかと思えるほどに熱く、今までとは違う理由で涙が溢れ出た。

 熱い、熱い、熱い。身体がおかしい。声なき声を上げながら、意味がわからない感覚に苛まれてジタバタと暴れ回る。手や足に傷がつくことも厭わず、この苦しみを取り払いたかった。

 

 だが、突然感覚が変わった。痛みが無くなった。熱が無くなった。だが、頭はぼんやりしていた。また意味のわからない感覚に翻弄されていた。

 そして、自分の意思に関係なく身体が大きく跳ねた。頭が真っ白になるような感覚だった。それは理解出来ずとも、抗いたいようなものではなかった。今まで与えられてきた苦痛とは真逆。だから、受け入れてしまった。

 

「馴染メ、馴染メ、馴染メ」

 

 仮面のような微動だにしない顔にもかかわらず、その表情は邪悪にも神聖にも見えた。私の今までを愚弄するような、私の今からを祝福するような。

 

 それこそ、まさに()だった。

 

 

 

「んぁっ!?」

 

 変な声で目を覚ましてしまった。ベッドの上で激しく跳ねる酷い目覚め。

 気を失った後、また誰かに部屋に運んでもらえたようだった。今回はしっかり制服を全て脱がされてシャツとスパッツだけ。下着も新しいものに替えられている。戦闘の後だったし、そうしてもらえたのはありがたい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 以前と同じように風邪でも引いたかのように身体が火照っていた。汗もビッショリ。疲れ果てて身体を動かすのも億劫になる。

 

「何あれ……馴染ませてたってこと……!?」

 

 のたうち回る程の熱量に、思考にまで染み込んできた何か。頭も身体も初めての感覚に襲われ続け、最終的には身体が跳ねるほどの衝撃になった。苦痛が取り除かれてから感じたそれは、子供には確実に理解が出来ないもの。

 二次性徴も迎えていないその時の私にはわからなかったが、それは確実に()()()()()。太陽の姫の魂が私に馴染み、理解していなくても私の身体がそれを()()()ということだ。

 

 あんなもの、太陽の姫に私の魂が強姦されたようなものじゃないか。私の意思に関係なく、精神的に屈服させられ、知らない感覚に翻弄され、挙句の果てには支配されることを無理矢理快感にさせられたのだ。

 

「っ、うぶ……」

 

 猛烈に吐きそうになった。今までに感じたことのない嫌悪感に、身体が耐えられそうに無かった。

 今吐いてしまったらベッドの上が大惨事になってしまう。どうにか耐えて、せめてトイレへ。部屋にトイレが備え付けられていればよかったのだが、残念ながらトイレは共用である。

 

「が、我慢……」

 

 フラフラと部屋を出て、出来る限り最高のスピードでトイレへ駆け込み、思い切り吐いた。胃の中が空っぽになるまで延々と。何度も吐き、咳き込み、胃液まで出したせいか涙まで溢れてきた。

 

「最悪……なんなのアイツは……なんでこんな目に遭ってんの私は……」

 

 萩風と同じ言葉が出てきた。平々凡々に日常を過ごしてきた、何の変哲もないただの幼児だった私が、何故あんな目に遭わなくてはいけなかったのだ。誰でも良かったというのなら、別に私でなくても良かったろうに。

 なのに、私が選ばれてしまった。理由は恐ろしくくだらないことなんだと思う。最初に目が合ったとか、ちょうど海にいたとか、そういう短絡的思考。たまたま巫女が欲しくて適当な人材を探していたら私がいたというだけだろう。

 

 だからこそ、余計に悔しい。まるで無差別殺人犯に殺害されるくらいの不条理。

 

「ね、姉さん、大丈夫ですか」

 

 気付かない間に萩風が後ろにいた。私が吐いている声が微かに聞こえたため、トイレの前を陣取って他の人達を入れないようにしてくれていたようだ。

 切羽詰まっていたため周りすら見えていなかったが、外は暗くなってきており、訓練が終わった後くらいの時間。大分深く眠っていたようである。

 

「あんまり……大丈夫じゃない」

「今沖波さんと磯波さんが司令や速吸さんに声をかけに行っています。具合が悪いようなら休みましょう」

「うん……ありがと」

 

 正直、一眠りしたのに身体は寝る前より悪化しているレベルだ。むしろ前回の体調不良よりも酷い。これでは海防艦の部屋で松輪抱き枕にお世話になることも出来なそう。後から謝っておかなくては。

 

「……目覚めの時が近いです」

 

 絞り出すように萩風が呟いた。一度経験し、最後まで行ってしまっている萩風だからこそ、私の現状を把握出来ているのだと思う。おそらく誰よりも理解してくれるだろう。

 その萩風が言うのだから間違いない。また私はその時に向かって足を進めてしまった。

 

「やっぱり……?」

「はい。でも、すんでのところで止まっていると思います。人の身体に戻れたことで、そういうところを明確に判断することは出来なくなってしまいましたが……」

「ううん、大丈夫。萩風が言うことは信じるよ。自分でもそうなんじゃないかなって思ったし」

 

 ひとしきり吐いたからか、幾分かスッキリはしてきた。だが身体に力が入らない。素直に空城司令と速吸さんを待った方が良さそうである。

 

「私は……『何か』を身体に入れられました。その後、身体を何かが這い回るような熱量と……頭を掻き混ぜられるような不快感……のたうち回る程の苦痛を経て……弾け飛ぶ程の()()を与えられました」

 

 私と殆ど同じだ。萩風の場合は今の身体でそれを受けているため、もろもろ理解した上で、それを上回る体験をさせられたのだと思う。

 

「そして……いえ、これがおそらく最後のトリガーです。姉さんはそれを忘れてしまっているから今の段階で留まっていられるんだと思います」

 

 萩風の考察ではこうである。

 

 私はそのトリガーは引いてしまっている。故に、その時に全ての段階を終えて、深海棲艦に変貌していてもおかしくはなかった。しかし、幼い思考では耐えられないほどのショックのせいで意識を手放し、そこでやらかしたことを全て忘れてしまったために、今もまだ人間でいられるのではないかと。艤装もそうだが、イメージの力が大きく影響する。そのイメージそのものが私の頭から全て抜け落ちているのだから、変化しないのも必然なのかもしれない。

 だが、私の中に馴染まされた太陽の姫の魂は、長い時間をかけて私を蝕み、つい最近同期値という形で発露したわけだ。おそらく太陽の姫にも想定外なのではないかとまで言う。10年もかかるなんて思っていなかったのではないかと。

 

 萩風はある程度の知識がある状態で同じことをやったため、気を失うことなくそのまま最後の段階まで迎えてしまい、一切合切忘れることなく駆逐水鬼へと変貌してしまった。それは施されたその場でだ。

 そうでない私はやはり、何処かおかしな部分があるということ。子供ならではの自己防衛本能が働いたのかもしれない。これが萩風のように最初から今の歳だったら、耐えることすら出来ずに巫女にされていた可能性が高い。

 

「絶対に思い出さないでください。深く追及もしないでください。頭にチラつかせることすらしないでほしいくらいです。私の二の舞にならないでください」

 

 心底心配そうに私の手を取って訴えてきた。駆逐水鬼のときでも忠告してきたくらいだ。この時ばかりは後遺症も出ず、真剣に私を見据えてきた。

 当然だ。私だって今の生活を手放したくない。そもそも太陽の姫は私の両親の仇だ。奴の思い通りになんてなって堪るか。私は奴を滅ぼすまで絶対に負けない。

 

「わかってるよ。私は私、艦娘陽炎だ。それを手放そうなんて絶対嫌だね」

「ならよかったです。少し安心しました」

 

 力強く応える。身体はガタガタだが、心は折れていない。絶対に目覚めてやるものか。私は私のままで奴を倒すんだ。

 

 

 

 だが、今後悪夢を見るときは毎度あれを見る可能性があると思うと気が滅入る。魂を強姦される夢とか何度も見たいものではない。

 今以上に癒される手段を用意しておいた方がいいかもしれない。それが何かは私にもわからないが。

 




太陽の姫による魂の強姦。聞こえは悪いけど、言いたいことはわかるかと。


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求められる癒し

 悪夢が更新されたことにより、身体がガタガタになってしまった私、陽炎。あまりの嫌悪感で、トイレで吐けるだけ吐いた後、磯波と沖波に呼んできてもらった空城司令と速吸さんに2人がかりで運ばれ、検査も兼ねて医務室へ行くことになった。

 こんなことになるのもこれで二度目。私としては全くありがたくない。いつになく苦しい体調不良で気分が滅入る。

 

 医務室に到着したところで、速吸さんが用意してくれたスポーツドリンクを一気飲み。胃酸が出なくなる程吐いてしまっているため、水分補給が必要ということで。食欲は無かったが、喉は渇いていたし、口の中の気持ち悪さを洗い流すのにはちょうど良かった。

 そうしてる間に簡単な診察をしてくれる。体温を測ったり、首元に触れられたり。口の中を見られたりもした。

 

「ストレス性の体調不良ですね」

 

 結果、予想通り。風邪とかは当然引いていないので少し安心。

 

「精神安定剤は必要ですか?」

「ううん、まだ大丈夫。寝足りないくらいに疲れてるけど、心が折れたわけではないから」

「そういうのがストレスに繋がるんだがね」

 

 空城司令に呆れられるが、比較的元気でいられるのだから良しとしてほしい。そりゃあ夢のせいで私が太陽の姫に何をされたかは思い出した。普通なら心が折れるほどの衝撃を受けるだろう。

 それでも、まだ私の心は折れていない。あんなことをされたことでより恨みが強くなった。私は私のまま、艦娘陽炎として太陽の姫を討ち倒したいと心の底から願うようになっている。両親の仇であり、私の魂を凌辱した恨みを晴らしたい。

 

 今の私は復讐心を原動力にしているようにも見えた。そういう時こそ、艦娘の心得を思い出さなければ。私は破壊者ではなく守護者。命を奪う存在ではなく、命を護る存在。復讐心に呑まれすぎないようにしなければ。

 

「明日は休みにしておく。いいね?」

「うん、了解。こんな時間にこんなことになっちゃったしね。明日はゆっくり休むことにするよ」

「そうしておくれ。倒れられたらこちらも困る」

 

 言葉の割にはこちらを心配してくれているのが痛いほどわかる。空城司令に苦労をかけるわけにはいかないため、素直に言うことは聞いておこう。そもそも上司と部下なのだから反抗なんて出来ないし、そもそもするつもりもないが。

 改二が遠退いてしまうが仕方あるまい。これはどちらかと言えば私の落ち度だ。その元凶は太陽の姫になるので、復讐心という火に油を注ぐ結果になってしまうわけだが。

 

「何かあったらすぐに相談するんだよ。アタシにゃアンタ達の受けた仕打ちを理解することは出来ないが、年の功ってのがあるからね。多少なり参考になることは話せるかもしれない」

「話を聞いてもらえるだけでもスッキリするよ。その時はよろしくね」

 

 また何かあれば相談させてもらおう。溜め込むよりは吐き出した方が、ストレスは溜まらない。

 

「とりあえず、何か腹に入れときな。全部出しちまったんだろ」

「食欲無いんだけどなぁ」

「栄養不足で体調が戻るのが遅くなるのはよろしくないですね。間宮さんにお願いして、適した食事を作ってもらいますから、ちゃんと食べましょうね」

 

 空城司令以上に速吸さんに念を押された。空城司令よりも圧があったため、否が応でも言うことを聞く流れに持っていかれる。まぁでも確かに食べないよりは食べた方がいいのは理解出来る。

 腹が減っては戦が出来ぬとも言うことだし、早く復帰するためにも、少し無理してでも規則正しい生活をした方がいいだろう。これで食べた端から吐くような症状が出たら、その後に考えればいい。いいことでは無いが。

 

「で、どうする。部屋に戻るかい」

「そう……だね。ここで一晩明かすのもいいかもしれないけど、今日は海防艦の子達と一緒に寝る約束をしてて。あっちの部屋に行くのは難しいけど、私の部屋に来てもらうくらいはいいかなって」

「ふむ……まぁ風邪を引いてるわけでもないから、それくらいはいいか。面会謝絶ってわけでもないからね。なら夕飯は誰かに持っていかせるから待ってな」

 

 まだ身体はガタガタだが、ここではなく部屋に戻ることにした。医務室だと変に緊張してストレスが溜まりそうというのもある。それにさっき言った通り、海防艦の子達との約束もある。目の前で倒れてしまったから心配をかけているかもしれないし、多少は調子が戻ってきたことを見せておいた方がいいだろう。

 

「夕立、そこにいるね。陽炎を部屋に送り届けてくれるかい」

「ぽーい。任せて任せて」

 

 医務室の外から夕立が入ってきた。こうなった時に私を部屋まで運んでくれる者として、検査が終わるのをずっと待っていてくれたらしい。

 

「じゃあゲロちゃん、夕立と一緒に戻るっぽい」

「悪いね夕立」

「歩くのも億劫でしょ。なら、夕立がしっかりがっつり運ぶっぽい」

 

 そう言いながら何をするかと思いきや、完全なお姫様抱っこである。確かにこれならフラフラな私に歩きを強要する必要が無くなるし、だからといって背負ったりすると腹に負荷がかかるため、最悪また吐きかねない。

 だからといってこれはなかなか恥ずかしいものである。今は改二改装のおかげで夕立の方が背が高いし、今までの数々の訓練で筋力も付いている。私くらいなら簡単に持ち上げられ、さらには負担も少ない。他意があろうがなかろうが、今の私の身体に一番いい運ばれ方になるか。

 

「あれ、ゲロちゃんの匂い、また強くなってるっぽいよ」

「えっ」

 

 前回倒れた時から始まった匂いの話。これまでも悪夢が更新されると匂いが強くなるという時があった。今回もそれだと思う。

 流石にこの言葉には空城司令が反応。速吸さんも首を傾げる。この中で私の匂いを感知出来るのは夕立しかいない。当人である私にすらわからないのだから。

 

「夕立、陽炎を運ぶ前に聞いておきたいことがある」

「ぽい? 提督さんなぁに?」

「その匂いってのは、陽炎からしか感じないのかい。同じ境遇の萩風や、それこそ敵の姫からは」

 

 空城司令からの問いかけに、私を抱えながらも頭を捻る。そして、少しだけ時間を使った後にすぐ答えを出した。

 

「無かったっぽい。ハギィからも、いっちばん近付いた変態クソヤンデレの時も、こんな匂いは無かったっぽい」

 

 つまり、私特有のものと。私と萩風の違いといえば、太陽の姫に直接分霊をされたかどうか。萩風は駆逐水鬼となってから太陽の姫に出会ったと言っていたし、直接されたら匂いを放つようである。

 ならこれは何なのか。D型異端児だからこそ感じ取れるというのがミソな気がする。D型異端児といえば、深海棲艦からドロップした原初の艤装を扱い、さらには同期値が普通より高すぎるので影響も激しい。それがこの匂いを感じ取ることが出来る理由になりそう。

 

「陽炎、アンタは理由を考えなくていい。今は何も考えずに休むことだけに専念しな」

「うっ、司令は心を読めるの?」

「顔に出てんだよ。萩風に深追いするなと言われなかったかい。そういうことを考えるだけでも、トリガーを引く可能性はあるんだ」

 

 太陽の姫の核心に迫ろうとすると悪夢が更新されるというのは確かにある。何故こんな匂いがするのかというのも、太陽の姫を知ろうとする行為なので、何が起きるかわからないだろう。

 なので、空城司令の言う通り、これ以上考えないことにした。いずれ誰かが解明してくれる。するのは私じゃない。なら私のいる場で夕立に聞かなくてもいいと思うのだが。

 

「夕立、運んでやんな」

「ぽーい」

 

 そのまま夕立に運ばれて医務室を後にする。とりあえずはグッスリ眠るところから始めよう。身体はそれで休まるはずだ。

 誰かが近くにいてくれれば、余計なことを考えずに済む。今日は海防艦の子達が来てくれるだろうし、それで癒されようと思う。

 

 

 

 部屋の前が既に騒がしかった。私が倒れたことで心配していた海防艦の子供達が待ち構えていたのである。勿論その保護者の大鷹も。

 私が眠っている間にも度々部屋に来ていたようだが、まだ起きていないなら撤退、またしちゃ来訪と繰り返していたそうで、今回はその隙間時間に私が目を覚ましていたことで、次に来たら部屋がもぬけの殻。戻ってくるのを萩風の部屋で待っていたようだ。

 

「かげろうおねぇちゃん!」

 

 涙目で駆け寄ってくる松輪。初めて聞くかのような大きな声だった。

 

「ごめんね、心配かけちゃったね」

「だ、だいじょうぶ、なんですか」

「大丈夫大丈夫。ちょっと疲れが溜まりすぎちゃって」

 

 夕立に下ろしてもらう。ここまで来ればもう自分の足でも部屋に戻れるはずだ。

 地に足をつけた途端にフラついたため、壁に手をつきバランスを保つ。その姿さえも松輪には不安にしかならないようで、私が倒れないようにするためか、足にしっかと掴まってきた。その方がバランスが崩れかねないのだが、流石にそれを口に出すのは野暮というもの。

 

「おねーさん、本当に大丈夫っしゅか? どう見てもフラフラっす」

「なー。マラソンやった後のまつみたいにヘロヘロだよなー」

 

 子供達の目から見ても私は芳しくないようである。自覚出来るくらい体調が悪いのだからそうもなるか。

 

「ガタガタなのは確かかな。だから、残された時間は部屋でゆっくりするよ。部屋に行く約束だったけど、ごめんね」

「しゃーないっす! 病気の人に来いっていうほど、占守達は鬼じゃないっしゅ!」

「でも、部屋に来るのはいいだろー。今日は陽炎ねーちゃんの部屋で寝るぜー!」

 

 元々そのつもりだったのだから、その提案も難なく受け入れる。騒ぎ立てる占守と大東もそうだが、それを一番望んでいたのは松輪のようだった。今も私を掴んで離さないし、2人の言葉に自分も賛同するかのように顔を押し付けてきていた。

 甘えん坊なのはわかっていたが、不安がさらにその要素を引き立ててしまっているようだ。こんな子供に対して離れろとは流石に言えない。

 

「私は大歓迎だから、松輪も来てね。今は本当に癒されたいから、また抱き枕やってくれる?」

「は、はい、まつわ、おやくにたちます……!」

 

 涙目でも満面の笑み。多少なり安心させることが出来たか。実際、松輪に抱き枕をやってもらうと、とてもよく眠れる。むしろ私が強く望んでしまうわけで。

 

「私は何かあったときのために萩風さんの部屋に泊まらせてもらいます。子供達をよろしくお願いしますね」

「任せて……と言いたいところだけど、私はこんなにフラフラだからなぁ。むしろ大鷹と萩風2人とも私の部屋で寝る?」

 

 1人部屋に6人とか鮨詰め状態になりそうな気がするが、この前は私と同い年5人で雑魚寝出来たくらいだし、子供3人なら許容できるだろう。

 それに、子供1人に保護者1人の方が子供達には楽しいだろうし。私が松輪を受け持つから、大鷹と萩風に占守と大東を割り当てるみたいな。私が帰るまでに大鷹と萩風は仲良くなっていたようであるが、今後の対潜訓練のことも考えて、もっと仲良くなっておいた方がいいと思うし。

 

「じゃ、じゃあ……よろしくお願いします」

「やったー! 萩風おねーさんも一緒っす!」

 

 既に子供達からもある程度懐かれているようである。私の前で無ければ普通の生活は送れるわけだし、今は子供の前だからか後遺症も表に出さないようにしているようだし。ひとまずは萩風も安心出来るだろう。

 

「じゃあ、陽炎おねーさんのご飯とかも持ってくるっしゅ! かんびょーするっすよー!」

「間宮さんに聞きゃいいんだよな! お粥くれーって!」

 

 時間的にはもうそれくらいの時間か。それまでも子供達が準備しようとしていたが、流石にそれは危ないと判断したか、駆け出そうとした占守と大東を夕立が取り押さえた。

 

「もうソナーとオキがやってくれてるから、子供達は大人しくしておくっぽい。はいはいゲロちゃんの部屋に入るよー」

 

 これ以上バタバタしても何も変わらないし、子供達には部屋で大人しくしておいてもらおう。私達が相手をしておけば部屋からでていくこともないだろうし、布団とかも用意してもらわなくては。

 

 

 

 そこからは看病されながら一晩を過ごすことになる。お風呂に行くのもしんどかったため、濡れタオルで身体を拭いてもらったりもしたが、こういうことを手伝うだけでも子供達は楽しいようだった。

 子供達とこうやって付き合っているだけでもとても癒される。まるで孤児院で生活している時のようだった。

 

 明日も休みだし、久しぶりに孤児院に電話するのもいいかもしれない。今は身体よりも心を癒すべきだと思う。先生や子供達の声を聞きたいものだ。

 




子供達と遊べばストレスも解消出来るでしょう。陽炎は身体を動かしていた方がストレス発散出来るような性格な気がします。


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護るべき者

 海防艦達が一緒に寝てくれたおかげで、爽快な目覚めとなった私、陽炎。悪夢も見ることなく、身体も随分とスッキリしており、昨日までの体調不良が嘘のようだった。

 それでもぶり返してはいけないので今日1日は休暇となる。心身共に休めるのが今日の任務だ。あまり良くないことを考えないように、ひたすらに楽しいことをし続けるだけ。ベッドの上でずっと過ごすわけではない。

 

「熱は無いですね。食欲はどうです?」

「戻ってきたよ。もう今お腹ペコペコで」

「昨日殆ど食べてませんからね」

 

 朝イチ、朝食前に速吸さんに検査してもらい、体調不良では無いことを保証してもらえた。自覚症状も無く、数値上でも問題ないということで、今日は好き勝手しても良いと許可が出る。

 

「でも、朝は控えめにしてくださいね。胃がビックリしちゃいますから」

「はーい。その辺りはいつも通りにしておくね」

「それがいいですね。また具合が悪くなったら言ってください。胃腸薬とか処方しますからね」

 

 こういう時にそういう心得のある速吸さんがいるのは助かる。空城司令も医学関連は一任しているみたいだし、検査をする時にもここの鎮守府の全員を受け持っているらしい。

 

「夜にまた検査をしますから、一応安静にしておいてください。元気だからと海防艦の体育に参加したりしちゃダメですからね」

「了解。ちゃんと身体を休める」

 

 言ってしまえば、今の私の存在は完全に()()。何がきっかけで爆発するかわからない爆弾のようなものだ。最悪な記憶に触れるような出来事があれば、それがトリガーになりかねない。

 そんな私にも、誰も臆すことなく普通に接してくれる。それこそ昨日の夕立や海防艦のように、鎮守府の全員がである。それだけでも嬉しいもの。心配されるということは、見捨てられていないということだ。

 

「誰にも迷惑はかけないよ。私は目覚めない。最後の記憶は忘れたままでいいんだから」

「そうですね。今日は何も考えず、気楽にしていてください。安静にさえしていれば何をやってくれてもいいので」

 

 とりあえずやることは1つ決めている。朝食後くらいに孤児院に電話して、先生達の声を聞こう。それだけで充分に心が安らぐ。

 

 

 

 宣言通り、朝食後に孤児院に電話をかけさせてもらった。前と同じように空城司令としーちゃんの監視下である。こればっかりは仕方ないことなのだが、背中に視線が突き刺さるような感じがして少しだけ緊張するのが玉に瑕。

 

 久しぶりに聞いた先生の声は何も変わらなかった。私が元気そうにやっているのを喜んでくれたし、危ない橋を渡っていないかと心配もしてくれた。私も笑いながら話が出来る。

 子供達も我先にと受話器の奪い合い、なんだかんだで全員と話をすることが出来た。誰も欠けておらず、だからといって増えることもなく、怪我をしたり病気になったりもなかったようで何より。

 

「また連絡するね。うん、それじゃあね」

 

 予定よりも長い時間になったが、有意義な時間だった。声が聞けるだけでも癒し。私の帰る場所が健在であるということが知れたことで、安心感も得られた。

 

「ありがとう、ちゃんと声が聞けたよ」

「そいつは良かった」

 

 空城司令の母性溢れる笑み。私が家に電話をしている光景は、あちらも癒していたらしい。

 この時だけは戦いから完全に隔離された空間だった。私もいろいろと忘れられた。本当に辛くなったら、いの一番に孤児院に連絡するのも悪くないかもしれない。

 

「この後はどうするんだい。速吸にも念を押されたろう」

「どうしよっかな。資料室で読書とか、食堂で甘味でも食べるとか、あとは疲れない程度に散歩かな。要するに気分転換しろってことなんだろうし」

「自覚出来ているならいいよ。何かあったらアタシらにも言いな」

 

 空城司令になら安心して相談出来るだろう。萩風からどうなってしまうのかは聞いているはずだし、私が自由に行動しても良いと判断できるということは、今のところこの鎮守府に私の最後の記憶を呼び起こすようなことが起きないと確信出来ているからだ。

 私が深く考えなければ、私から無理に紐解こうとしなければ、私は目覚めることはないだろう。それこそ、私の最後の記憶を太陽の姫本人に伝えられない限り。

 

「とりあえず散歩にでも行ってくる。身体が動かしたい気分だからさ」

「ああ、程々にするんだよ」

 

 まるで風邪を引いた翌日のお母さんである。それだけ言われるのなら、ちゃんと言いつけは守らなくては。

 

 

 

 適当に散歩する午前。以前に散歩した時は、ブラブラと歩いたところで見つけた木陰で昼寝をし、悪夢に苛まれるという苦い経験をした。今回はそこを通過して堤防の方へ。

 体力作りの時にこの辺りでランニングしているため、風景自体は見慣れたものだ。あの長距離遠泳で海の中にも入っているし。それでも、気分を落ち着けるには充分な風景。見慣れていてもいい風景というのはいい風景である。

 

「いい天気……風も気持ちいいね」

 

 潮風を受けながら歩く。海では訓練が行われており、その中には必死にみんなについていこうとする萩風の姿も見えた。便乗しているのが磯波で、それを見ているのが阿賀野さんという、本当に私と全く同じ道を歩いている。

 やっているのはもう今では少し懐かしく思える的当て。まだ始めたばかりの萩風は、反動を抑えきれずに的にすら当たらない。同じ陽炎型だからか、形状は違えど備え付けと手持ちの2基の主砲を使っているようだが、駆逐水鬼とは勝手が違いすぎるために大苦戦中。

 

「私もあんなだったのかな。客観的に見るといろいろわかるもんだなぁ」

 

 脇が締まってない。踏ん張りが利いてない。照準がズレている。遠目で見てもまだまだ素人とわかる。私も通った道だ。今は私が近くにいないのだから、後遺症の影響も無いだろう。今なら十全の力が発揮出来るのだから、頑張れ頑張れ。

 

「おっ、お嬢ちゃん、こんなところで珍しいな」

 

 萩風の訓練風景を眺めていたら、突然声をかけられた。珍しい男性の声、この呼び方からして、整備長である。

 

「こんにちは整備長。今日はお休みもらったから、気晴らしに散歩をね」

「そいつは結構。昨日ぶっ倒れた時ゃ慌てたもんだが、楽にはなったみたいじゃねぇの」

 

 片手にはタバコ。どうやらここにタバコを吸いに来たらしい。整備の休憩中なのだろう。

 1本いいかいと聞かれたので、どうぞどうぞと快く許可。私の都合でタバコ休憩を邪魔するわけにはいかない。それでもちゃんと風下に立ってくれる辺り紳士。

 

「鎮守府に喫煙所とかないの?」

「工廠は火薬取り扱ってるから、溶接もすげぇ気にしながらやるくらいの場所でな。余計な面倒事増やしたくないから他の火気は厳禁なんだ。それに女所帯の居住スペースにタバコの煙なんて持ってくわけにゃいかねぇよ。海防艦みたいなガキもいるんだしな」

 

 結果、鎮守府から少し離れたここになったわけだ。整備班には他にも喫煙者はいるようだが、全員がこの辺りで吸ってるのだとか。整備長を始め、ここにいる喫煙者は全員携帯灰皿も持参しているとのこと。この辺りに吸殻とかも落ちていないし、喫煙者のお手本みたいな人達である。

 

「萩風の艤装はいい動きしてるな。俺も含めて、うちの若いのが誠心誠意整備した甲斐があるってもんだぜ」

 

 私と一緒に萩風の演習を遠目で見ながら呟いた。砲撃は当たらなくとも、しっかりと稼働していることはこんなに離れていてもわかるものらしい。

 戦場には出ない完全な非戦闘員である整備班でも、艦娘と同じような目を持っている。そうでなければ整備なんて出来ないのだろう。整備長は孫がいるくらいの高齢ではあるが、眼鏡もかけていないような超健康体。

 

「D型艤装ってやっぱり整備しづらかったりするの?」

「そりゃあ多少はな。M型は人が作ってんだから人が弄りやすいもんだが、D型は原初の艤装だからな。弄り方もガラリと変わるんだ」

 

 それがまた苦労するらしい。同じタイプの私と萩風の艤装はまだマシなようだが、例えば夕立のものは全然違う造りをしているし、磯波のも別物。駆逐艦だけでそれなのだから、艦種が変わるとさらに大変。特に魔法のような発艦をする天城さんの艤装は難産だったらしい。

 それを可能にしているのが、この整備班の練度である。萩風の艤装は、手に入れてから翌日には仕上がっていたのだからそれがよくわかる。

 

「それでもみんな楽しんでやってんだぜ? 俺も楽しいからこんな歳でもやっていけてんだ」

「すごいなぁ」

「それに、俺達にも()()があるんだよ」

 

 それは、艦娘の力を十全に引き出すことである。

 

 整備班がいなければ、私達はまともに戦うことすら出来ない。それなのに、一度の出撃で大破させるなんてことすらあり得る。そんなことが起きても、翌日にはしっかり直してくれているのがこの人達だ。

 それが誇りなのだと整備長は話す。自分達が力を込めれば込めた分、艦娘が強くなれるというのが嬉しくて仕方ないと。自分達の力が艤装に、艦娘に宿っていると考えるならば、鎮守府にいながらも戦場に出ているように考えられるのだ。

 

「嬢ちゃん達は、文字通り俺達を()()()()()って思ってくれや。期待してんだから」

「うわ、艤装が突然重くなっちゃった」

「全世界の命背負ってるようなもんだ。俺達ゃ近い場所にいるってだけだな」

 

 ケラケラ笑うが、命懸けの艦娘にそんな緊張感を与えてどうする。

 それでも、こんな人達を守るために私達は働いているんだと思うと、力が湧いてくるような感覚を得た。工場長の時もそうだが、護るべきもののビジョンが明確に見えているというのは、後押しになってくれる。艦娘の心得も刻まれるというもの。

 この状況を壊さないためにも、私は目覚めるわけにはいかない。太陽の姫の巫女になんてなってしまったら、容赦なくこの人達も殺してしまうのだろう。そんなの困る。

 

「なんか悩み事があるってのは聞いてるが、まぁ気にすんな。お前さんがもしぶっ壊れても、俺達が必ず救ってやんよ。男手が戦えないってのは何とも情けない話だけどな」

「ううん、心強い。私達だって、整備班がいないと戦えないんだから」

「お互い様ってわけだな。頼むぜ陽炎」

 

 拳を突き出してきたので、多分こうしたらいいのかなと私もそこに拳を小さくぶつかり合わせる。なんだか少年漫画のような友情の確かめ方だが、何故だろう、とてもチーム感が出て嬉しかった。

 

「おう、こそこそ見てんじゃねぇぞお前ら」

 

 この様子を他の整備班の人達が陰から見ているのを今更気付く。全員喫煙休憩だったようだが、私と整備長が話していたせいで、間に割り込むことが出来なかったらしい。そりゃこそこそ見るしか無くなるだろう。

 

「あいつらもお嬢ちゃんには期待してんだ。まぁ誰にだって同じ気持ちではあるけどな」

「あはは、贔屓するなんてことしないよね。みんな仲間なんだし」

 

 みんなの方に向く。

 

「みんなありがとね。みんなのおかげで私は戦えるよ。最悪なことにならないように頑張るから、ずっと応援しててね」

 

 みんなの応援があれば、私はこれ以上酷いことにならないはずだ。万が一記憶を思い出してしまっても、壊れてなるものか。私が護りたい人達は、こんなにも沢山いる。

 今日孤児院に電話したのも良かったかもしれない。護るべき者を自覚し直して、気合を入れることが出来た。艦娘の心得も改めて刻んで、破壊者ではなく守護者としての誇りを再び手に入れることが出来た。

 

 そこからは整備班の人達と仲良く談笑させてもらった。そういえば、こうやって改まって話すこともそんなにない。こんなにも深く繋がっているのに、表側と裏側のせいでしっかり話すことがなかなか出来なかった。

 話すと言っても本当に世間話。話せる限りと人となりとか。それだけでも頭からは今の悩み事が消え、十分に楽しい時間を過ごすことが出来た。

 

「おら、休憩はおしまいだ。仕事に戻るぞ野郎ども」

 

 整備長の号令で全員がゾロゾロと工廠に戻っていった。時間としてはたった十数分のことではあるが、休憩時間としては長すぎるくらいだと整備長が溜息をついている。

 しかし、整備班全員の士気が上がったと御礼も言われるくらいだったので、短い時間でも無駄にはなっていなかったようだ。帰っていくみんなは疲れが飛んだように笑顔を見せていたくらいだし。

 

 私にもこの時間は無駄ではなかった。気分転換にもなったし、心身共に癒されたと思う。いい休日になったものだ。

 




これで整備班の中に陽炎に惚れちゃった人もいるのでは。罪作りな女だぜ陽炎ちゃんは。


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傷付けない戦い

 昨日に悪夢の更新がされたことで体調を崩してしまった私、陽炎。大事をとって丸一日休みとされ、そのうちの午前中は身体を動かしたいというのもあり、鎮守府の外を散歩することで費やした。途中、整備班の人達と話す機会もあり、心が大きく癒されたと自分でも思う。

 食欲も戻ってきているため、昼食はガッツリ食べさせてもらった。朝はいつも通りだったが、昨日お粥くらいしかお腹に入れてなかったため、いつもよりも多めに、カロリーも高めに。

 

「さっきちょっと聞いたんだけど、残党狩り終わったんだって」

 

 一緒に食べている沖波からの情報提供。午前中のうちに駆逐水鬼の巣の跡地へと向かっていた部隊から連絡があり、今のところ周辺で深海棲艦を見ることが無くなったらしい。

 昨日の段階で見当たらなくなり、今日の段階でさらに見当たらないのなら、もうそこには深海棲艦はいないと判断するようだ。ただでさえ領海外のことなので、今日いっぱいは探索をし続けるようだが、おおよそ終わったようなものとのこと。

 

「そうなんだ。じゃあ、次からは打倒南方棲戦姫かな」

「多分ね」

 

 わかっている限り、太陽の姫に関連している深海棲艦は今のところ南方棲戦姫だけ。直接太陽の姫を倒したいところだが、その居場所すらわからないのだから、まずやれるところからやっていくというのが妥当。それ以外にもいるというのなら、そちらも叩かなくてはいけないし。

 結果的に、太陽の姫はラスボスとなる。手近なヤツから片付けていき、最後の黒幕に辿り着くとか、どんなゲームだって話だが。

 

「その前に陽炎ちゃんは改二だけどね」

「そうだ、そっちが先だ。今どれくらいになったんだろ」

 

 今まで何のために頑張ってきたかといえば、改二への改装のためだ。南方棲戦姫との戦いの前に、せめて改二になっておかなくてはいけないだろう。改二になったところで、あまりにも堅牢な奴の装甲を撃ち抜けるとは思えないのだが。

 駆逐水鬼との戦いの後も筋トレやら実戦訓練やら哨戒任務やらで練度をひたすらに上げ続けていたのだから、もうそろそろ行けるのではないかと思っていたり。沖波や夕立のことを考えれば流石に早すぎるか。

 

「明日からまた頑張らないとね」

「うん、一緒に頑張ろ」

 

 すぐにでもやりたいところなのだが、今日のところは休むことが任務なので、明日からまた練度を上げて行こう。

 

 

 

 午後は急遽全員を集めての打ち合わせの場が設けられた。休日であろうが関係なしに連絡することなのだから、先程沖波が聞いたという残党狩り終了の件だろうと思う。

 その部隊はまだ鎮守府に戻ってきてはいないが、どれだけ調査しても見つからないとなれば、そこにはもう深海棲艦がいないと考えられる。ならば、事態を先に進めるのが吉だ。

 

「話を聞いた子もいるだろうが、駆逐水鬼の巣を破壊後の残党狩りも今日で終わりになりそうだ。なら次は、南方棲戦姫との戦いに備える必要があるだろうね」

 

 やはり。次の戦いについての話だ。すぐに出撃する必要は無いかもしれないが、段階を進めていることを全員で共有するべき。

 

「南方棲戦姫については多少はこちらでもわかっていることがある。情報提供は萩風だ。すまないね、トラウマを穿り返すようなことばかり聞いちまって」

「い、いえ、お役に立てるのなら」

 

 陸奥さんも筋トレの時に軽く聞いていた内容を、空城司令も聞いていたようだ。

 

 元々あちら側であり、少しだけでも奴と面識がある萩風なら、何かしらの情報を持っていると考えるのは自然なこと。ただし、その記憶が忘れたいくらいの過去であるため、聞くのも躊躇われる。

 それでも萩風はちゃんと話してくれた。それが戦いを終わらせるために必要なら協力は惜しまないという態度でいる。

 

「奴は純然たるパワータイプだそうだ。その異常なパワーを惜しみなく使い、力押しで踏み潰してくる。それを念頭に置いてもらいたい」

 

 簡単には傷付かない陸奥さんや霧島さんが、その火力による力押しをしてくるようなもの。個人戦での実戦訓練をさせてもらったが、手も足も出なかった。それが殺意まで乗せて突っ込んでくるのだから手が付けられない。

 

「だが、頭脳戦を仕掛けてくる可能性もあるだろう。目的が陽炎の監視と言っていたそうだが、力押しならさっさとこの鎮守府を落としに来りゃいいんだからね」

 

 それに、力押しではあるものの本人に知性があるのも考えものである。ただただ真正面から本能のままに突っ込んでくるのならまだ対策が出来るだろう。今はそういう戦い方で全て壊せているだけで、頭が使えないわけではない可能性だって充分あり得る。

 

 普通の深海棲艦と違い、妙に人間味が溢れている深海棲艦だった。何故なら、あの南方棲戦姫も萩風同様に、()()()()()()()()()()()()()()である可能性が非常に高いからだ。空城司令曰く、人の言葉を知りすぎていると。

 故に、戦い方はさらに慎重にせざるを得なかった。前例が萩風しか無い分、何がどう作用してくるかがまだまだわからない。

 

「で、だ。南方棲戦姫を撃破する際、1つだけ念頭に置いてもらいたいことがある。奴の身体には極力傷をつけないことだ。頭を吹っ飛ばしたりするのは、今回は極力抑えるつもりで行ってもらいたい」

 

 これはもう仕方のないことだと思う。そもそも撃破したら必ず人間に戻るかもわからないのだが、戻ったとしても傷をそのまま引き継いでしまう可能性があるからだ。

 萩風の場合、夕立の砲撃が胸に直撃したものの貫通などはしていなかった。服は焼け飛んだし、身体にも死ぬほどの衝撃を与えているものの、萩風自身に傷が残っているかと言われればそうではない。

 

「なら黙らせるために()()()()()のは出来ませんね」

「頭吹っ飛ばせば終わりだと思ってたっぽい」

 

 この親分と子分は相変わらず言うことが物騒である。とはいえ言っていることはわかる。首を刎ねれば誰だって死ぬのだから、それによる一撃必殺を狙うのは必然。ああいう輩に長期戦を挑むのは間違っている。

 そのためには触れられる程までに近付かなければならないのだから、難易度は異常に高いが。

 

「身体を傷付けずに殺すとはどうすればいいのだ。呪術か」

「はっはは、そりゃいい。(まじな)いで殺せりゃ俺達も出撃する必要が無くなるな」

「この菊月も多少は齧ったが、それをするには奴の髪の毛がいる。近付かないといけないな」

 

 菊月と木曾さんは変な盛り上がりを見せていた。艦娘という存在自体が超常現象の類を扱っている兵器なので、呪いをかけるとかも出来ないことはないのではと本気で思えてしまう。何も無いところから艦載機が出たりするくらいだし、呪いの1つや2つ。

 しかし、それが出来たら苦労はしない。藁人形を作って丑の刻参りしたら敵が倒せるというのなら、もう全国にいる鎮守府がやっていることだろう。神社の御神木は藁人形だらけになってそう。

 

「多少の爆発くらいならいいのよね。それに、多少削れてても死んでなければドックで治せるんじゃないかしら」

 

 陸奥さんも思ったより過激な発言。首を刎ねるのは流石に致命傷も致命傷だが、生きていられる程の大怪我なら妖精さんがどうにかしてくれるのでは無いかという考え。

 

「限度はありますが、ある程度は可能です。時間さえかければ、失われた腕を復元したという報告もあります」

 

 そこを説明するのはしーちゃん。全国の鎮守府の情報を一手に引き受けているので、そういうデータもあることは知っているようである。

 死者の蘇生は出来ないが、瀕死の重傷は可能ということだ。つくづくとんでもない環境で戦っているものだ。そういう形で死を回避しようとしてもらえるのはありがたいものであるが。

 

「なら、魚雷で足を止めるのは有効でしょ。あとは空爆……は頭を吹っ飛ばしかねないから危ないかもしれないわね。戦艦の主砲を本体に叩き込むくらいでちょうどいいんじゃないかしらね」

 

 一番因縁をつけた陸奥さんは、今までずっと南方棲戦姫を倒すことを考えてきたらしい。萩風のことも鑑みて、如何に最大限のダメージを与えつつ、()()に傷を負わせないか。これが今回の戦いの鍵。

 

「それについてはちゃんと作戦を練る。今すぐには答えが出ないだろうが、最善を取るようにするさね。陸奥と霧島は時間を貰えるかい。早速作戦会議だ」

「了解。艦隊の頭脳として、司令のお役に立ちましょう」

「まぁ私達よね。アイツ、火力が無いとどうにもならなそうだし」

 

 ここは年長者且つ作戦立案に長けた2人の戦艦に任せることにしよう。私達は枝葉のようなもの、戦場では臨機応変に立ち回る必要があるかもしれないが、作戦の根幹を組み立てる程の力は持ち合わせていない。

 言われたことを言われた通りにやるわけではないが、本筋だけは作っておいてもらいたいというのが本音。考えることを放棄しているわけではないので悪しからず。

 

「今は策を練る時間だ。出撃の日程が決まり次第、追って伝えるよ。今回は以上だ。時間を貰って悪かったね」

 

 打ち合わせはこれにて終了。次の戦場への準備がこの時から始まったわけだ。私はまず改二になるところからスタートである。

 

 

 

 その日の夜に速吸さんに再度検査をしてもらった。言いつけを守って安静にしていたので、体調不良のぶり返しは無く、身体も健康そのもの。食欲だけちょっと増した程度である。

 そのついでに、練度も測ってもらった。今どこまで来ているかを知っておけば、今後の訓練にも何かしら活かせるかもしれないし。

 

「改二まであと少しですね。明日くらいには達成出来ると思いますよ」

「わ、もうそこまで来てたんだ。ガムシャラに頑張ってきたからかな」

「努力の成果ですね。ちゃんと身になっているということです」

 

 あと1日訓練したら達成出来そうな程にまで私は成長していたらしい。短期間で詰め込んだ感はあるものの、身体がそこに追いついてくれたのは嬉しい限りである。

 

「ただ、脅すわけではないですけど、陽炎ちゃんは改二でも安心出来ませんからね。普通と違う艤装とのリンクがありますし、それでも身体に負荷がかかる可能性はあるんですから」

 

 夕立の改二改装を思い出す。激しい衝撃と身体の変化で、あの夕立が息も絶え絶えな状態に陥っていた。それに妙に艶っぽい声も上げていたため、艤装側からの影響が激しい快楽を伴っているようにすら見えた。

 私は他の子と比べると全く逆な性質を持っているということは知っている。影響を受けるのでは無く、影響を与える側。艤装を支配する暴君であると。それが改二になった時にどうなるか。それでも身体に影響をもたらす可能性は無くはない。

 

「覚悟だけはしておく。でも、通らないといけない道だしね」

「そうですね。改二がきっかけで何か酷い目に遭うとか、そういうことは無いと思います。強いて言うなら、ちょっとした()()()()()()くらいで」

「それ一番重要じゃないかな!?」

 

 髪や目の色が変わったり、背丈やスタイルすら変化してしまっている夕立以上になるかもしれないと考えると、ちょっと怖い。痛いのか、苦しいのか、気持ちいいのか、考えるだけで不安になる。

 だが、これをやらなければ私はより強くなれないのだから、避けては通れない道である。覚悟をしなければ。

 

「同期値は相変わらず計測不能ですし、本来値に変化があるであろう場所には変化はありません。やっぱり少し異質ですね」

「分霊だからなのかなぁ」

「おそらくは。萩風ちゃんも似たような感じでしたから」

 

 だが、萩風には匂いが無い。私だけのものである。これが直に巫女にされるか間接的に堕とされたかの違いなのだろう。この匂いに何があるのかはさておき。

 

「検査は終了です。明日からは訓練再開が可能と提督さんに伝えておきますね」

「うん、ありがと。頑張るよ」

「無理はしちゃダメですけどね。あとは、また悪夢を見て体調が悪くなったら教えてください。必要なら精神安定剤も出しますから」

 

 至れり尽くせりである。本当に頼りになる人だ。

 

 

 

 これで明日からはまた通常通りの生活に戻る。そして、すぐに改二への改装だ。やることは多いが、艦娘人生としては充実していると言えるだろう。

 不安もまだまだ多い。だが、期待にも満ちている。何事もないことを祈るが、何かあったところで乗り越えてしまえばいい。仲間達もついていてくれるのだから。

 




陽炎改二も近々となりました。沖波のハイライトが消えることなく改装を終えることが出来るか。


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練度を高めて

 翌朝、気持ちいい目覚め。辟易していた悪夢を見ず、そろそろどころか頑張れば今日中くらいに改二になれる可能性が見えてきたことで、寝起きから少しテンションが高い私、陽炎。昨日は体調不良のぶり返しが無いようにガッツリ休んだため、心身共に完璧に癒されている。

 

 今度は打倒南方棲戦姫。小型艦で取り揃えていた駆逐水鬼とは違い、あらゆる艦種を使ってくる強敵だ。本体も当然インチキ級のスペックを誇り、戦艦主砲が掠める程度では殆どノーダメージというくらいに堅く、火力も尋常では無い難敵。

 しかもそれをなるべく欠損なしで倒したいということになっている。萩風(駆逐水鬼)と同様に、倒した後から元にされた人間が助かった場合、首とか刎ね飛ばしていたら助けられるものも助けられない。

 

 その辺りは空城司令と戦艦2人が作戦会議中。なるべく最善最高の作戦を練り上げて、勝率を限りなく上げて実戦に向かう。

 私達はまず、それを待つことになる。それまでに改二になれればベスト。

 

「追い込みですね。思い切り鍛えましょうか」

 

 そこに放り込まれた訓練が、天城さんと隼鷹さんの2人がかりで行なわれる防空訓練である。

 

 今までは基本的に天城さん1人にやってもらうものだったのだが、そこに隼鷹さんの姿が見えた時、これは本当にヤバい訓練だと腹を括った。一緒に来てくれた磯波も顔が引き攣っている。沖波と夕立は萩風の砲撃訓練に便乗しているため不参加。

 最後の追い込みは基本的に私だけ。今までは萩風がいなかったため、全員が私に付き合ってくれていたが、今は他にも見ておくべき子がいる。ならそちらを優先してくれればいい。

 

「陽炎、僕もこれはあまり体験したことがない。楽しみだな」

 

 沖波と夕立の代わりと言ってはなんだが、防空特化の初月が便乗してくれることになった。その初月も、2人がかりの空襲をどうにかする訓練など、数回しか無いらしい。数回でもやったことがある上に、楽しみとまで言い放つとは恐ろしい。

 

「これ見りゃわかると思うけど、あたしら2人がかりの空襲を1人で処理してもらうよ。被弾したらそれで終わり。いいかい?」

「了解。次の奴らは空母とかも引き連れてたもんね」

「そういうこったね。あんときゃ軽空母が2体しかいなかったけど、それ以上に出てくる可能性も全然あるからね。あたしらのくらい耐えてもらわなきゃ困るわけよ」

 

 ケラケラ笑いながら訓練の説明をしてくれるが、やる側としては堪ったものではない。

 とはいえ、これ程のことをやれば練度は確実に上がる。今日中の改二改装も夢では無くなることだろう。そう考えればやる気は無限に湧いてくるというものだ。

 

「ではやりましょうか。それとも、まずは初月ちゃんにお手本を見せてもらいますか?」

「その方向で!」

「いいだろう。僕がまずやるところを見てくれればいい」

 

 まずは防空に自信のある初月の実戦を見て参考にさせてもらおう。強くなるためにはまず模倣というのも全然あり。何も間違ってはいない。

 

 

 

 一通りの流れを見せてもらって、私は開いた口が塞がらなかった。初月ですら当然大苦戦する、圧倒的な数の暴力。全て墜とし切る前に被弾してしまい、結果的には()()()()()()()()()という訓練になってしまっている。

 これを敵がやってくる可能性はゼロではなく、むしろ頻繁に仕掛けてきてもおかしくはない。太陽の姫だって使ってくるのだ。これくらいは軽く対応出来るようにならなくては。

 

「くっ……7割は削れたと思ったんだが……僕もまだまだだな」

「1人であれだけやれれば充分だと思うんだけど。戦場では仲間もいるんだし」

「だが、この被弾は致命傷だ。実際の戦場でこんなことがあったら僕は死んでいる。それだけはダメだ」

 

 確かに、今回の初月の被弾箇所は肩から胸にかけてだ。ペイントだからこれで済んでいるが、実弾なら腕を捥ぎ取られた挙げ句に絶命しているだろう。訓練でもそんな傷を受けないようにしなくてはと、初月は一人反省会みたいなものを脳内で繰り広げていた。

 

「よし、なら次は私。磯波、何か変なところがあったら後から教えてね」

「うん、ちゃんと見ておくから、安心して行ってきて」

 

 一瞬『散ってきて』に聞こえてドキリとした。ちょっと緊張し過ぎなのかもしれない。

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 所定の位置に立ち、手を上げながら声を出す。それが聞こえたか、天城さんの持つ旗竿が大きく振られた。初月の時にもあった、今から始めるという合図である。ここから過酷な防空訓練の始まりだ。

 

 私の高角砲は艤装への備え付け。私の意思を察するかの如く、思い通りに照準が定められる。艦載機相手でもそれは変わりない。反動とタイミングが主砲と違うだけだ。

 艦載機の動きは、先にやってくれた初月のおかげで少しはわかっている。密集しての編隊飛行、アクロバティックな方向転換、それと急降下爆撃。

 

「よーし、まずは回避を確実に……!」

 

 上を見ながらの回避行動なので、少しだけ勝手が違う。微妙な波に足を取られる時もある。そんなタイミングで爆撃が来ようものなら、ほぼ確実に直撃。実弾なら頭をかち割られてそのまま死亡。そうでなくても正面で爆発して大火傷か、艤装を破壊されて死を待つ状態にされる。それだけは避けなくてはいけない。

 故に、足下を見つつ、対空砲火のタイミングも計らなくてはいけない。特にタイミングは非常に重要。これは事前に初月に教えられているが、直撃させるのではなく少し前に置くようにするのがいいようだ。何故なら、艦載機は停止したりバックしたり出来ないのだから。

 

「って、数多すぎ!」

 

 だが、そんなこと言ってられないくらいの数が一斉にこちらに向かってきた。今までは3機とか5機とかの爆撃を回避しながら対空砲火というのが基本だったが、今回は2人がかりのほぼ全力。あれは100は優に来ている。

 先程初月がやっているところを見ているのだが、見るのとやるのでは体感が全く違った。天井が押し寄せてくるような圧力に、変に力んでしまいそうになった。これではダメだ。

 

「ふぅ……」

 

 軽く力を抜き、深呼吸。まだ艦載機が私のところに辿り着くまでには時間がある。その間に、加古さんの教えを思い出す。

 勝てればいいのだから、時間なんて気にしない。適度にサボれば精神的にも楽。長々とやることになっても焦らず、多少サボるくらいの気持ちで。

 

「よしっ、行くぞー!」

 

 早速対空砲火を開始。まだ爆撃は始まっていないが、初月に教えてもらった通り、艦載機の進路に弾を置くような感じで放った。

 相変わらず反動は主砲よりもキツイ。艤装は私のイメージを完璧に再現してくれるが、それに私がついていけないのなら意味がない。撃つたびに腰に力を入れて強く踏ん張り、軸がブレないように心掛ける。

 

「連射出来ないのがキツイけど、ある程度は速く!」

 

 撃っては次弾装填、撃っては次弾装填と繰り返し、なるべく最速で空に向けて撃ち続けた。思惑通りに艦載機の進路を妨害することは出来ており、一部の艦載機はそれにより撃墜。

 墜としたと言っても当然訓練なのだから、破壊ではなく撃墜判定。ペイントがまともについた艦載機は、空母の元に戻ってそこからは発艦しないルール。

 

「減った感じしないんだけど!?」

 

 いくつか墜とせたとしても、あの圧の一部が減ったくらいで殆ど変わっていなかった。

 

 そしてそのまま私の上空へ。見てわかるレベルで一斉に爆弾を投下。大量の艦載機のほぼ全てが同じタイミングで投下したため、回避出来る場所が極端に狭められていた。だが避けられないことはない。

 対空砲火を一時的にやめ、その爆撃を回避するために全速力で真正面へ。あの爆撃を正面から潜り抜ける作戦だ。むしろ回避方向はそこにしかない。

 

「き、ギリギリっ!」

 

 やれるものなら、降ってくる爆弾を対空砲火で撃ち落としたい。着水する前に空で爆発させれば、真下にあるものの被害はカケラが降ってくる程度になる。だが、私にはそんなことは出来ないため、必死に回避するしかない。

 

 点ではなく面で降り注ぐ爆撃は、並の敵ならそれだけで簡単に押し潰されるものなのだろう。範囲も広く、回避に専念しない限り確実に被弾するような圧力。

 だが、一度潜り抜けてしまえば脅威は少しの間先延ばしに出来る。艦載機は前にしか進めないのだから、その後ろさえとってしまえばいい。

 

「後ろから狙うって難しいなぁ!」

 

 初月はそれも軽くやっていたが、私にはなかなか難しい。遠退いていく艦載機に向けての対空砲火は、向かってくるものや真横に向かうものに当てるより数倍難しいと実感。

 さらには、一部の艦載機がアクロバット飛行をして即座に反転してきた。これも一度見ているため過剰に驚くことはしないが、やはりそれを相手取るとなると感覚がまるで違う。

 

「ちょっ、ちょっちょっ!?」

 

 潜り抜けたと思った艦載機の群れは、あっという間に進行方向を逆転させて私の真上へ。そして数機が急降下爆撃の態勢に入っていた。面での爆撃の中に交じる点での攻撃。しかも、下に向けて爆弾を放り投げるようなものなのだから、着弾自体もタイミングが早くなり、さらに私に向かって突っ込んでくるのだから命中率が他の艦載機とは比較出来ない程に上がっている。

 艦載機側が狙われやすくなるリスクはあるものの、そこは熟練者。私の対空砲火をいとも簡単に回避して、乱暴だが正確に私を狙ってきている。多分あれは隼鷹さんの艦載機だ。

 

「っぶな!?」

 

 それを何とか回避。しかし、他への対空砲火が疎かになったところを見逃されるわけもなく、回避方向がその中心となるように、面の爆撃が繰り出されていた。急降下爆撃してきた艦載機は、味方の爆撃に当たるはずもなくヒョイヒョイ避けながら上と合流している。

 

「ま、マジかーいっ!」

 

 分の悪い賭けではあったが、その爆弾を狙って対空砲火。自分のいる場所だけでも爆撃の脅威を払えれば、まだ先がある。

 真下から狙えばまだ当てられることがわかった。艦載機よりも小さい爆弾であろうが、見て狙えば何とかなるものだ。

 

 数が無ければ。

 

「ですよねーっ!?」

 

 その圧力に押し潰され、爆撃の雨で私はペイント塗れにされる羽目になった。掠るとかそういうレベルではない。上から下までグッチャグチャである。結果的にそれにより立っていることすら出来なくなり、海面に倒れ伏すことになってしまった。

 

 

 

「ひ、酷い目に遭った……」

 

 この1回だけで余すとこなく塗り潰され、さらには衝撃で息も絶え絶えである。倒れ伏した後も喰らったことで、本来喰らっていなかった背中にまでペイントが回ってしまっている。

 

「そりゃあ一発で上手く行かれちゃあ、鎮守府の空母隊としては嬉しくはないわなぁ」

 

 すごい笑顔で隼鷹さんがこちらへ。天城さんも私の有り様に申し訳なさそうな顔。

 

「やりたいことはやれていると思いますよ。練度が足りないだけで」

「手厳しいなぁ……」

「でも、新しいことをやるということは、その分練度が上がるということですよね」

 

 確かに。今までやったことがないようなことをやって経験を積んでいけば、その分大きな練度の上昇が見込めるはずだ。あと少しで改二になれるくらいの練度に来ているのだから、ここでこの訓練をこなしていけば、きっと改二の練度に辿り着けるだろう。

 そう考えれば、この今のペイント塗れで倒れ伏す私も、今後のためになるのではなかろうか。こういう経験をしたからこそ見えてくる道があるのでは。

 

「磯波、何かわかったことはある? 初月と比較してとかでいいんだけど」

「回避のタイミングが初月ちゃんより遅いかなって思うよ。初月ちゃんは終始動き回って艦載機の次の位置を予測してたからすぐに切り替えが出来たけど、陽炎ちゃんはその……行き当たりばったりみたいな」

「僕もそれは思っていた。まだわからないかもしれないが、艦載機のクセをもう少し知った方がいい」

 

 2人に言われてしまっては立つ瀬がない。専門家とはスペックが違うのは仕方ないとして、行き当たりばったりなところは正直あったかもしれない。もう少しいろいろなことを知らなければ。観察と実戦で経験をどんどん積んでいくべき。

 

「っし、じゃあもう一回見たい! その後にまたやらせて!」

「お、いいねぇやる気満々じゃあないの。隼鷹さん、そういうの好きだぜぇ」

 

 この発言のせいで火をつけてしまったか、私の時は多種多様な技が織り交ぜられた爆撃に見舞われることになった。既に余すとこなく塗り潰されていたペイントは上書きに上書きを重ねられ、服の中までグッチャグチャになるまで続けられる。それこそ、ペンキで満たされた湯船に頭から沈んだかの如く。

 

 それでも練度が上がっていくことは実感出来た。私は強くなっている。改二も近い。

 




隼鷹改二と天城改の搭載数は、合わせて135(66+69)。それが全て艦爆で、たった1人に対して全部飛んでくるとか悪夢でしかない。


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陽炎の進化

 午前中の訓練は終了。天城さんと隼鷹さんによる強烈な空襲を耐える防空訓練によりボロボロにされた私、陽炎は、余すところなくペイントに塗り潰されていた。本当に頭のてっぺんから爪先まで真っ赤に染められているため、遠目から見た私はおそらく人にも見えないかもしれない。

 

 工廠に戻ると、ちょうど萩風側の訓練も終わっていた。流れとしても私と比較的同じ方向性でやっているようで、早速夕立や沖波と共に軽めの実戦訓練をしていたようだ。

 私の時のように五月雨と菊月のような古参ではなく、同じ異端児を使っての訓練なのは、萩風の精神状態を鑑みて、より仲間意識の高い者達を選出したようである。

 

「ね、姉さん!?」

 

 案の定私の姿を見て大いに驚いていた。萩風自身も結構な量のペイントが塗りたくられていたが、今の私には誰もが劣る。

 

「えっ、そ、その、大丈夫……ですか?」

「大丈夫に見える?」

「全く見えませんが……え、えぇ……そこまでやられるものなんですか……」

 

 驚きの後には呆然、そして複雑な感情を含みながらビクンと震えた。私が近いから何か良くない考えが頭を駆け巡ったのだろうか。こんな姿の私に何か思うところがあるとでも。あの駆逐水鬼なら『ドンナ姿デモ陽炎ハ可愛イ』とか言いそうではあるが。

 萩風と一緒にいた夕立はケタケタと笑い出し、沖波も顔を伏せて笑いを堪えていた。今の私の姿はそれほどまでになっているのだろう。鏡を見なくてもわかる。

 

「はいはいどいてー。陽炎ちょっと我慢してね」

「ふぎゃあ!?」

「ね、姉さーんっ!?」

 

 そこにやってきた夕張さんに思い切りホースで水をかけられた。洗車するレベルの衝撃で水をかけられたことで、肌に付いたペンキは少しずつ落ちていってくれた。それくらいされないといけない程の汚れだったようである。ちょくちょく顔面にもかけられるため、私はえらいことになっていたと思う。

 ある程度落としてもらい、さらにはタオルも持ってきてもらって鎮守府内を歩ける程度にまではなったため、トボトボとお風呂へ向かい、細かい部分を洗い流す。湯船に入るまでにも一苦労。どれだけ爆撃を受けたんだ本当に。

 

 そしてある程度洗い流したことで今度は速吸さんのところへ。一応小まめに練度は調べていく方針にはなっていたため、今回のハードすぎる防空訓練のおかげで届いたかどうかを確認。

 

「はい、練度達成です。午後からは改二改装で問題ありません」

「ホントに!? やったぁ!」

 

 本当にあと少しのところだったようだ。それに、防空訓練は少なめだったからか、覚えることが多くて練度の上がり方も他と違ったのかもしれない。

 

「艤装の改修がありますので、午後はお休みで。制服のフィッティングもありますから」

「了解!」

 

 今までの努力が身になった瞬間である。これからもハードな訓練をやっていくとは思うが、1つの目標は達成されたことで、より精神的に余裕が出来た。

 これで次の戦いでもより強い力が発揮出来るというものだ。意気込みも新たに、私は次の道を行く。

 

 

 

 艤装の改修は夕立の時のように午後いっぱいを使うほどに留まった。状況次第では明日の朝イチかもと考えていたが、整備班の人達が夕立の時の以上に張り切ってくれたらしく、夕方には殆ど仕上がっていたらしい。

 

 その時には私も制服の変更が完了。とは言っても、私は沖波や夕立の時とは違い、制服のデザインが変わるようなことは無かった。なんでも、私の制服は殆ど完成形みたいなものらしく、陽炎型の長女としての基本となっているのだとか。なので、残念ながら衣装からの心機一転は無いようである。

 代わりに、手袋が今までから変わって指抜きグローブになっていた。主砲の握りがよりやりやすくなり、手持ちによる砲撃のブレが多少は緩和されるだろうとのこと。あとはリボンの色が変わった程度。

 

「制服はなんだかあっさりだけど、艤装はとんでもなく変わっちゃった?」

「ああ、お嬢ちゃんのデータを汲み取った結果がこれだ。割と無茶させてる部分があったからな、こいつで熱が篭らないようにしたんだぜ」

 

 そもそも形状自体が変化しており、煙突みたいなものがついたりしていた。出力が高くなったことで排気量がどうのこうのと言っていたが、イマイチ掴めなかった。

 この変更のおかげで、今後私がどんなことをやっても艤装側から悲鳴が上がらないと言われたので安心。私の扱い方は、普通とは違う負荷のかかり方をしていたらしい。

 

 変更はそれだけではなく武装の接続まで。今まではマジックアームに接続されていた主砲と魚雷発射管が、艤装に殆ど直付けにされていた。これも煙突並みにかなり大きい変化。

 

「あのアームは悪いが廃止にした。お嬢ちゃんの扱い方からして、アームへの負荷が大きすぎる。なら、艤装に近付けた方が砲撃がもっと安定するだろうよ。それと、基本は魚雷発射管にした。主砲も接続出来るから安心してくれ」

 

 武装の扱い方もどうしても変わってしまうらしい。これは艤装のリンクをした後に改めて訓練した方がいいだろう。

 

 それもこれも、私の扱い方に問題があるからである。艤装に従わせ、察する程の反応速度に対応しようとすると、艤装側に大きい負荷がかかる。

 よくここまで頑張ってくれたものだ。これからもよろしくとなってしまうのだが、あまり無茶をさせないようにはしたい。無茶が利くような改修がされてしまったとはいえ、あまりやりすぎると破損の一因になる。

 

「説明は聞いたかい」

 

 空城司令がしーちゃんを引き連れて工廠に到着。これで準備万端。あとはリンクするのみ。

 今回のリンクも周りに人は少なめで、異端児駆逐艦の私除く4人と陸奥さんがいる程度に収まった。陸奥さんは艤装まで装備した状態であり、私に万が一のことがあった場合に押さえ付ける役を買って出てくれた。

 

「アンタは今までで一番特殊だ。艤装の影響を受けず、艤装を従わせ、リンクも一瞬で終わった。だが、改二改装はそうもいかないかもしれない。覚悟はいいね?」

 

 ここまで来て怖気付くわけにはいかない。みんなが手伝ってくれて辿り着いた目標だ。こうなるためにここまで来たのだ。痴態を晒すことになろうと関係ない。いや、それ以上のことだってあり得る。

 

「勿論。私はここで改二になって、もっと強い力を手に入れて、あの太陽の姫の思惑を潰すんだ」

「そうかい、なら一思いにやりな。アタシらはここで見届けてやるさね。何かあったらぶん殴って止めてやる」

 

 心強い言葉だ。だからこそ、やらないという選択肢が無くなる。

 

「よし、じゃあ始めるよ!」

 

 初めてのリンクの時と同じように、この艤装は自分の身体であるとして、自分の中に艤装の一部が流れ込むような、それでいて自分の何かが艤装の中に流れ込むような、そんなイメージをしてリンクを開始した。

 

 その瞬間だった。今までに感じたことのない衝撃が身体を疾る。

 

「はぁん!?」

 

 思い切り声を上げてしまったのが恥ずかしいが、一気に余裕が無くなった。イメージ通り、私の中に艤装の一部が流れ込んでくるような感覚が全身に拡がっていた。

 沖波が身体中がモゾモゾすると言っていた意味がわかった。接続部を中心に()()が拡がり、くすぐったさが駆け回るようなもどかしさを感じた。

 

「んくっ、あっ、ぐっ」

 

 声を抑えたくても抑えられない。夕立は抑えるつもりがなかったのだろうからあんなことになっていたようである。これは我慢しなくてはいけないものだ。

 嫌でも身体が震える。身体が熱い。力が漲る。気を抜いたら本当にやらかしてしまいそうな感覚。

 

「っああっ」

 

 身体中の熱が薄れた瞬間に、身体に大きな衝撃が疾る。それにより、私の身体は大きく震え、身体中が敏感になったかのように錯覚した。

 この感覚は耐えようがないと理解したが、これ以上の痴態を晒さないようになんとか歯を食いしばる。先に夕立のそれを見ていたおかげで、その気持ちだけは手放さずにいられた。

 

 しかしこの感覚、何処かで味わったことがあるような気がした。一定の箇所から流れ込むその奔流により、身体が熱くなり力を得ていく感覚。こんな余裕のない状況でも、それが何かに簡単に辿り着いてしまった。それが本来嫌悪するものなのだから。

 

 これは、()()()()()()()()()だ。

 

 私の艤装はD型艤装。つまり海で手に入れた原初の艤装だ。改二改装によりその影響力が強まるということは、()()()()()()()()()()()()と同義。この艤装にそんな意思があろうが無かろうが、その時と同じ感覚が戻ってきてもおかしくはない。

 同期値が膨大な数値をマークした夕立が、あれだけ悶えたのも理解出来た。この身体を駆け巡る感覚は、どう考えても快感である。同期値が大きければ大きいほど、この快感は酷くなるのだろう。本来マイナス、現在計測不能の私の同期値の場合では、こんなにも凄まじい影響を及ぼしてしまう。

 

「っうっ!?」

 

 今度は骨がメキリと音を立てた。どうやら私も身体に若干の変化があるらしい。

 制服が少しだけサイズが合わなくなったかのように感じる。単純に私の身体が成長している。夕立ほど過剰な変化ではないものの、全体的に()()()()()()ようだった。誤差範囲内だと思うが。

 

 そして、トドメと言わんばかりに一際大きな衝撃が身体を駆け巡った。これ以上の痴態を晒さないように覚悟していたが、その衝撃は半端なかった。

 何とか声を上げなくて済んだものの、もう息も絶え絶え。影響が失われたことで力む必要が無くなり、結果そのまま脱力して艤装にもたれかかる形に。

 

「お、終わった、みたい」

 

 時間にして1分もかかっていなかった。初期のリンクが数秒で終わっただけあり、改二改装のリンクもそれなりに早め。だが、私にはそれ以上に長い時間に感じた。

 

「お疲れさん。無事では無いみたいだね」

「うん……リンクの時と同じかと思ってたから驚いた。数値的にはどうなのかな」

「前と同じで、お嬢ちゃんが艤装に干渉してるな。その値も飛び抜けてた」

 

 整備長の話でも、やはり私は変わらず艤装側に影響を与えているらしい。なら何故私の身体にここまでの影響が出たのだ。

 私が影響を与えているのなら、艤装から私に影響を与えていないと考えるのが妥当。だがそんなことはなく、力いっぱい私に干渉してきた。

 

「見えていない値の増加か。そこが一番妥当だ。本来の艦娘では触られないところが影響を受けて、陽炎は艦娘として成立しているわけだが、そこの値が増幅したことであれだけの影響が出たようだね」

 

 やはり私は本来の艦娘とは別の立ち位置にいるらしい。それはおそらく萩風も。分霊の影響でこうなっているのなら、私は艦娘として活動しているものの、実際は深海棲艦に近しいものなのかもしれない。考えたくもないが。

 

「サイズが合わなくなっちまったみたいだね。制服やら何やらを全部直してもらいな」

「うん、そうしてもらう。その前にお風呂行くよ。その間に直してもらえたりするかな」

「ああ、それでいいだろうね」

 

 艤装を外すと一気に力が抜け、その場に膝をついてしまう。足がおぼつかないくらいに疲労困憊。

 

「ご、ごめん、誰か肩貸して……」

「夕立が貸すっぽい!」

 

 前回の夕立に私が肩を貸したからか、今度は立場が逆転。立ち上がらない私を夕立が担ぎ上げてくれた。肩を貸せと言ったのに相変わらずお姫様抱っこである。

 

「ゲロちゃんの匂い、もっともっと強くなってるっぽい。ふぁあ、堪らないっぽぃい」

「ちょ、夕立!?」

 

 抱き抱えながらも、私の身体に顔を押しつけてくる。動けないのだから拒否が出来ず成すがまま。

 匂いが強くなるというのは今まででもよくあったが、夕立がここまでしてくるのは初めてなので、流石に戸惑ってしまう。

 

「ゲロちゃんすごいよ。甘い匂いっていうか、ずっと嗅いでたい匂いなの。抱き枕にしたら絶対よく寝られる。というか夜に抱き枕にする。ゲロちゃん今日は嫌な夢見るかもしれないから近くにいた方がいいよね」

「だ、誰か助けて……」

「はいはい夕立離れなさいな」

 

 陸奥さんが夕立を引き剥がしてくれた。艤装は流石に外していたが、それでも私達とは力が違う。いくら強化された夕立でも簡単に剥がされ、今度は陸奥さんにお姫様抱っこされる形に。

 

「むー、むっちゃんさんズルいっぽい!」

「事が先に進まないでしょうに。一緒にお風呂に来ることはいいんだから、今はまずゲロちゃんのこと考えてあげなさいね」

「ぽーい……」

 

 こうして私の改二改装は終わる。さらなる力を得たことで、私はより戦えるようになったのだ。

 

 だが、別の方向でなんだか身の危険を感じてしまった。何事も無ければいいのだが。

 




陽炎改二実装。陽炎も改二になると若干頭身が上がる子なので、ほんの少しの成長ということにしました。安心してくれおっきー、あそこは変わっていない。


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暴君の素質

 ついに改二へと改装された私、陽炎。改装の際に痴態を晒してしまったが、なんとか強化が完了したことで、新たな力を得る事が出来た。

 

 だが、どうしても気になる事がある。改二改装で感じた感覚は、私が太陽の姫に分霊された際に感じた感覚とあまりにも似ていた。そのせいで、正直夜が怖い。悪夢の更新がほぼ確定な気がする。

 今の状況から悪夢が更新されると、もうそれはゴールな気がする。知ってはいけない記憶まで掘り返すことになり、それは私の目覚めのトリガーだ。それは困る。

 

「今日はゲロちゃんを抱き枕にするっぽい。悪夢の更新なんて絶対させないから」

「私も部屋に行かせてください。姉さんを私と同じ目に遭わせるわけにはいきません」

 

 改二改装の事後処理も終わった夕食の時間、夕立と萩風が早速言い寄ってきた。

 私のことを心配してくれているのはわかるのだが、夕立は先程私の身体に顔面を押し付けてくるくらいになってきているので若干怖く、萩風は逆に私が心配になるくらいに後遺症が残ったままで、本当に一緒にいていいのか戸惑うレベル。

 特に萩風は、私の改二改装が終わった時、顔を真っ赤にしながら俯き、何度も何度も震えていたのを私は見ている。その余韻が残っていそうな今の状態で一緒の部屋で一緒に寝るとか大丈夫か。

 

 とはいえ、今1人で寝るのは正直怖かった。誰かに側にいてほしいという気持ちは大きい。

 

「ん、よろしく。私がおかしくなったらどうにかして」

「了解っぽい! まずおかしくなる前に引っ叩くから!」

「まぁ、うん、それくらい強引でもいいよ。おかしくなるより痛い方がマシだから」

 

 そもそも抱き枕が悪夢で魘され始めたら、夕立も眠れなくなるだろう。その時点で起こしてくれればいい。無理に起こすことになるので申し訳ないのだが。

 一度止めてもらえれば、更新された悪夢はそこまでになってくれるというのなら助かるのだが、まだその辺りはわからない。万が一のことがあった場合を考えると、しばらくは誰かが側にいてくれる方がいいと思う。

 

「沖波と磯波はどうする? 無理にとは言わないけど」

「今日は初日みたいなものだから人数多い方がいいよね。なら、私も便乗するよ。他ならぬ陽炎ちゃんのことだし」

 

 沖波は参加してくれるようだ。確かに何かあった時には人数がいてくれると助かる。

 

「磯波ちゃんは……あれ、磯波ちゃん?」

「えっ、あ、ご、ごめん、少しボーっとしてた。私も便乗させてもらうね」

 

 何処か心ここにあらずという感じで、沖波に声をかけられてハッとしたように反応した。具合が悪いようには見えないのだが、夕食を摂る手もいつもより遅い気がする。

 

「磯波、何かあった? 具合が悪いならもう寝た方が……」

「ううん、大丈夫。本当に少しボーっとしてただけだから」

 

 ニコッと笑って食事を続ける。何事もないのならいいのだが、ちょっと心配。逆に同じ部屋で寝ることで調子を見ておいた方がいいかもしれない。

 

「いつも狭い部屋に詰め込んじゃってごめんねホントに」

「そういうのも楽しいから大丈夫だよ。寝られないわけじゃないし、疲れが取れないわけでもないしね」

「うん、私も大丈夫」

 

 結果的に4人が4人、私に協力してくれると言ってくれた。本当に、持つべきものは友である。

 

 

 

 夜、私の部屋に集まって眠くなるまで談笑する。最初は私の改二改装を祝ってもらうところから始まり、今後の方針とか愚痴とか本当にただの世間話とかで、時間が過ぎていった。いろいろ口に出せたことで、心がスッキリしていくような感覚。嫌なことを忘れて、気持ちよく寝られるようにしていく。

 こう話している間も夕立はべったりくっついてきて、何かあれば私の匂いを嗅いでくるようになってしまっているが。膝枕みたいになっているので、ちょくちょく頭を撫でるとそれこそ愛玩犬のように声を上げる。

 

 だが、どうしても気になる事があった。こうやって話している間、磯波がまたボーっとしていたことである。

 元々発言が多い方では無い子ではあるが、こんなことは今までにあまり無かった。相槌は打つし、合いの手は入れるし、自分の意見を言うことだってある。それが今日に限って少なすぎる。

 

「磯波、やっぱり具合が悪いんじゃないの? またボーっとしてた」

「うんうん、夕立でもそう思ってたから、ちょっとおかしいっぽいよ?」

 

 失礼だが割とそういうことに鈍感な夕立ですら、磯波がちょっとおかしいのではないかと思っていたらしい。

 

「えっ、な、何でもないよ」

「何でも無くないよね。いつもと違うよ」

 

 何かあるのなら話してほしい。具合が悪くないと言うのなら、何か悩み事でもあるのか。磯波は誰にも話さず溜め込みそうな雰囲気があるし、こういう機会に思い切り吐き出してほしいものである。この場はそういう場でもあるのだし。

 

「……その……引かないでくださいね?」

「引くわけ無いでしょ。改二改装で痴態晒した私に怖いものないぞ」

「ぽい、夕立もだぞ」

 

 ガッと肩を組んで親指を立てた。こういうことで妙に笑いのツボに入るかなと思ったのだが、残念ながら不発。逆に恥ずかしい。

 そういうところで私と夕立の友情は深まっている。整備班の皆さんに申し訳ない気分になる程、酷い声を上げてしまっているのだから。

 

「……私も陽炎ちゃんの匂いがわかるって話したよね」

「D型艤装使ってるもんね。数値的にもそれなりに高かったって聞いてるけど」

「うん……多分この鎮守府のD型異端児の中だと、夕立ちゃんの次に高い数値だった」

 

 私と萩風は例外。測れないのだから上も下もない。そうなると、夕立が越えられない程に離れているとはいえ2番手は磯波ということになるのか。

 

「その匂いが強くなったことも……私にはわかってるの」

「そうなんだ。夕立がこれだし、D型の人達はみんなわかってるんだろうね」

 

 残りのD型異端児は阿賀野さん、由良さん、天城さん。改二になってから近付いてはいないが、近付いたら何かしら反応があるかもしれない。

 とりあえず言えるのは夕立ほど顕著じゃないということ。これは夕立の持つあまりにも大きすぎる同期値が改二改装によりさらに膨れ上がった結果と、私が改二改装したことで匂いが強くなったことが重なり合ったせいだろう。

 

「……その、ね? わ、私も、私も()()()()()()()()()()()()()!」

 

 おっと、これは予想外。いつも物静かで真面目な磯波にしては、今までにないくらいに欲望を出してきたような気がした。曝け出したからか、ふんすと鼻息荒く私に向き直る。

 なるほど、夕食の時やさっきボーっとしていたのは、私の匂いに()()()()()()からなのか。すごく困る。

 

「最初はうっすらって感じだったけど、だんだんその匂いが強くなってきてたけど、いい匂いだなって思ってたくらいだったの。でも今は違う……夕立ちゃんが羨ましいって思えるくらいなの!」

「お、オッケー、落ち着いてね磯波。夕立、ちょっと膝枕やめよっか」

「ぽ、ぽい」

 

 磯波の勢いに押され、夕立もタジタジである。普段やらないような者がそういうことをやるから、普通よりも圧が強く感じる。目力も強い。

 引くというよりは、驚きが隠せなかった。今まで一度も見たことのない強すぎるくらいの意思をぶつけられて、私もタジタジである。いつものこともあるし、この願いは叶えてあげた方がいいと思う。私に出来ないことではないし、私にしか出来ないことだし。

 

「あー、わかったわかった。磯波、ちょいちょい」

 

 手招き。一切の抵抗なく磯波が近付いてくる。

 

「これでいい?」

 

 夕立がさっきまでやっていたように膝枕。夕立と同じように私の腹に顔が向くようにである。磯波相手にこんなことすることになるなんて、昨日までの私は絶対に考えない。

 磯波はというと、私にも聞こえるくらいの音でスーハーと息を吸っていた。ここまで来るともう別人に見えてしまった。磯波の属する吹雪型は陽炎型程ではないけど姉妹がそれなりにいるらしいし、あの中の他の1人に置き換わってしまったのではと思えてしまう。

 

 だが、磯波のこの姿を見て、何かピンと来るものがあるのか萩風が反応を示した。

 

「萩風、どうかした?」

「……多分なんですが、磯波さんがそうなってしまっている理由、わかります」

 

 流石元駆逐水鬼。そういった事情を先に知ってしまっている経験が活きている。そんなことを口に出したら萩風が傷付くので心の中で留めておくが。

 

「姉さんのその匂い……太陽の姫からもした匂いなんです」

「あー……そうなんだ。匂いが強くなってるってのは、私が太陽の姫に近付いてるって証拠だ」

「はい……そしてその匂いの効果は……()()()()()()()()()()()です」

 

 これも萩風の憶測ではあるが、実体験を基にした考えであるので信憑性は比較的高い。

 

 深海棲艦の姫として活動していた萩風(駆逐水鬼)は、その姿に変えられた後に太陽の姫と出会っているが、その時にこの匂いを嗅いだことで敵対心が薄れたどころか従うべき相手だと認識したらしい。結果的に欲望が優って私を自分のモノにしようと画策したわけだが、それでも最初の方向性を決めたのは太陽の姫の匂いだと言う。

 つまり、この匂いは仲間を従わせるための『フェロモン』みたいなものなのだろう。性別種別関係なしに、誰もが太陽の姫を好くように。離叛の可能性を極限まで減らすように。それでも駆逐水鬼が暴走したのは、欲望があまりにも大きすぎたせいか。手綱をつけなかった太陽の姫が悪い。

 

 だが、その匂いが磯波の豹変と何が関係あるのか、と考えた時点で答えは出ているようなもの。D型異端児は他の艦娘よりも()()()()()()()ということなのだろう。改二でより影響を受けた夕立ならともかく、練度が高いとはいえ改二でもない磯波がここまでになってしまったということは、私の匂いは相当強くなっている。

 

「艤装の次は仲間にまで干渉しちゃうとか嫌なんだけど……」

「匂いは抑えられませんから……太陽の姫は抑える必要が無いとも考えていそうですし」

「あー……うん、だろうね。なんかアレ、深海棲艦の頂点に立ってるみたいな立ち振る舞いだったし」

 

 自分を神であるとでも思っているようなヤツだった。何せ、『我ハ日』である。

 

 一方こう話している間も磯波は私の匂いを嗅いでいる。膝枕のつもりだったが、もう顔面がお腹にくっついてしまうくらいに近付いていた。私の匂いは磯波をここまで豹変させてしまうくらいに強化されてしまったらしい。

 なら、ポワポワした阿賀野さんや、おっとりとした由良さん、慈悲深い天城さんにもコレが効いてしまうのだろうか。特に由良さんは改二であり、D型艤装からの影響は強め。

 

「スー……ハー……ん、んん、ありがとう陽炎ちゃん。満足しました」

 

 なんだか肌がツヤツヤした感じの磯波が私から離れた。今まで溜め込んでいたモノを解き放ったからか、ストレス解消した感じに清々しい笑顔。ここまでの表情を見るのは初めてかもしれない。

 そしてここで正気に戻ったのだろう、今まで自分がやっていたことを思い返してどんどん顔が赤くなっていく。物凄く恥ずかしいことをやっていたと理解し、アワアワした挙句に布団を被った。

 

「わ、私、なんてことを……」

「大丈夫大丈夫、磯波もストレス溜め込むタイプなんだなぁって」

「うわぁぁぁ……恥ずかしい、恥ずかしい……」

 

 一過性のものだったようだが、定期的にこうなってしまう可能性も出てきている。夕立ほどベタベタしてくるわけでもなし、磯波の人柄からしてこれくらいなら別に平気だ。羞恥心が残っているのなら尚良し。

 この程度なら別に定期的にやってくれても構わない。夕立みたいに抱きつくわ揉むわとしないだけでも充分である。

 

「なんだろう、やっぱり匂いわからなくてよかったなって思えちゃった」

「沖波は最後の希望だから」

「そっか、影響を受けない異端児駆逐艦、私だけなんだ……わかった、いざという時は私が頑張る」

 

 萩風は違う理由でまだ難しいので、このメンバーで一番正気を保っていられるのは沖波ということになる。故に、最後の希望。万が一のことがあったら、沖波に頼らざるを得ない状況である。

 

「でも、ゲロちゃんこれは女王様の素質っぽい。ぜーんぶ自分の思い通りで、こっちの意思はぽいぽいぽーい」

「いやいやいや、勘弁してよ。女王様だの暴君だの、完全に不名誉でしょ」

「ゲロ様の方がいいっぽい?」

 

 布団を被った磯波が破裂した。ゲロちゃん呼びにはもう慣れていたが、ゲロ様は流石にまずい。私はそういう関係を求めているわけではないのに。

 

 

 

 しかし、この匂いは夕立の言う通り暴君の素質なのかもしれない。太陽の姫のせいで、私の人生はこの辺りからグチャグチャになっていく。

 




一時的に磯波すらも夕立っぽくなってしまいました。今後たびたび崩れる可能性あり。夕立と萩風に次いで陽炎の身の危険要因にならないことを祈るしかありません。


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仲間の助け

 その日の夜、私、陽炎は悪夢を見た。案の定、その内容は更新していく。

 

 太陽の姫により分霊の儀を執り行われた私は、猛烈な熱に苛まれた。だが、それが覚めた瞬間に強烈な快感。何も知らない幼女の私は、わけもわからず身体を震えさせ、苦痛が抜けたことでそれを受け入れてしまった。

 

「馴染メ、馴染メ、馴染メ」

 

 太陽の姫の言葉が身体に染み込んでいくような感覚。一言馴染めと言われるたびに私の身体は跳ね、全身が漲るような感覚で満たされていく。だが、最初に与えられた苦しみと違うために、簡単に受け入れてしまう。

 このまま死んでしまうのではと思えてしまうほどに心臓が高鳴る。ぼんやりする頭に太陽の姫の言葉が染み込んでいく。子供心にそれは恐怖以上の何物でもないのだが、それ以上に心地よさまで感じてしまっていた。

 

「貴様ハ、我ノ巫女、陽炎。ソノ姿、心、全テヲ我ニ捧ゲヨ」

 

 一際大きな衝撃が全身を駆け巡り、恐怖と快感が綯交ぜになったその瞬間、太陽の姫に刺されていた胸元を中心に、何かよくわからない()が込み上げてくる感覚に支配された。

 大きく胸を突き出し、その力の奔流に身を任せ、喉が壊れんばかりに叫び続ける。痛みは一切ない。それどころか、もっともっと欲しいとまで思えるほどに、それはとても()()()()()ものだった。そのせいで、私の中から恐怖が消えていった。

 

 知らず知らずのうちに、私は太陽の姫の巫女としての自分を受け入れようとしていたのだ。

 すぐそこに深海棲艦に捕らえられている父さんがいるというのに、その姿すらも見えなくなり、今の感覚をより感じるために力を抜いた。この後に何が起こるかも知らずに。

 

「目覚メヨ、我ガ巫女」

 

 太陽の姫のその言葉と共に、私は何かに包まれていくような感覚を得た。子供ながらに少しだけ理解した。私は何か違うものに変えられている。

 でも、気持ちいいからいいかと全く抵抗せず、それを全て受け入れていた。後のことなど一切気にせずに私はその変化の快感を享受し続け、そして……。

 

 

 

「姉さん! 起きてください姉さん!」

 

 萩風の声で目を覚ます。私の周りには一緒に眠ったはずのみんなが心配そうな顔をして囲んでいる。特に萩風は切羽詰まった表情で、後遺症すら表に出すことなく私を揺すっていた。

 まだ外は暗かったが、部屋は誰かが電気を点けてくれたようで明るい。目を開くと同時に、溜まっていた涙がドバッと溢れ出た。今までの魘され方と違って冷や汗は比較的少なめなのだが、身体が異常に火照っている。

 

「酷い魘され方でした……」

「めっちゃエロかったっぽい」

 

 夕立はもう少し言い方を考えた方がいいと思う。だが、見ていた夢が夢なので表側の私がそうなっていてもおかしくはないか。幼児の私にはわからないものでも、今の私にはそれが何かがわかるのだから。

 そのせいか、オープンな夕立はおろか、ついさっきから歪み始めてしまった磯波と何の影響もない沖波すら少し顔が赤い。

 

「陽炎ちゃん、お水用意しておいたから」

「汗かいてるみたいだから、タオルも用意しておいたよ」

「起きれる? 夕立が支えてあげるっぽい」

 

 3人が甲斐甲斐しくお世話してくれる。寝たはずなのに身体が随分と消耗しているようで、夕立に支えてもらわないと身体も起こすことが出来なかった。

 まだ深夜のようでもう一眠り出来るくらいの時間は余裕である。眠り始めで早速悪夢に魘されていたようだ。

 

「ありがと……あのまま行ってたらヤバかったかもしれない」

 

 起こされたからあの段階で止まっていたのだと思う。そうで無ければ、私はあの後も変化を続けて何かしでかしていたかもしれない。

 

 いや、まずそこがおかしくないか。あの場で変化していたら、どうであれ私は人間で無くなっているのでは無いのだろうか。だが、今の私はれっきとした人間だ。何かあって人間に戻ったのか、それとも変化していると思っていても何も変わっていなかったのか。

 夢の中だったとはいえ、私は自分の視点で全てを見ていた。自分の姿がわからない。変化も感覚的なものでそう感じただけの可能性もある。

 

「なんか……変わっていく感じがした。あのまま行ってたら私、バケモノになってたのかもしれない……でも今の私はバケモノじゃないよね?」

「勿論だよ。私は5年前まで一緒にいたんだし、その辺りは保証出来る。陽炎ちゃんは人間だよ」

 

 幼馴染みが保証してくれるのだから心強い。今もそうだが、小さい頃も一緒にお風呂に入ったような仲だ。当然今の孤児院の子達もだ。何かがおかしかったら絶対に指摘されている。子供なのだから、歯に衣着せぬ物言いをしてもおかしくない。

 

「最初は変化はしません。トリガーを引いたら変化します。少なくとも私はそうでした」

 

 萩風が淡々と話す。今まではこの話ですら私のトリガーを引きかねないと控えていたみたいだが、ここまで来てしまったので話してくれる。でも深くは話さない。

 

「……多分、私はそのトリガーを一度引いてるんだろうね。でも深海棲艦になってないってことは……」

「忘れているから……いえ、その()()()()()()()()()()()大丈夫なんだと思います。あとは……幼過ぎて身体が変化についていけなかったというのもあるかと。なので、思い出しちゃダメです」

 

 確かに、そういうこともあり得るか。一度萩風と同じように深海棲艦になろうとしたが、身体が耐えられずに人間のままに留まり、さらにはそのショックで記憶を失ったとも考えられる。身体が耐えられなかったのなら、私が重傷を負っていてもおかしくはない。

 そんな状態だから、時間をかけて私の身体に再度馴染んでいったのだろう。10年という月日は経ったが、太陽の姫は何処まで視野に入れて私を監視しているのだろう。そうなると思ってなかったとかだと、ただのドジっ子になりかねないのだが。

 

「話はここまでにしましょう。姉さんに何か悪影響があっても嫌なので」

「うん、ありがと。私も深追いしたくないから」

 

 いろいろと繋がってくるが、最も重要なところだけはどうにか触れないように話を進めてくれている。私も考えないようにしているし。

 

 用意してもらった水をガブ飲みして一息ついた。萩風と話せたことで心もある程度落ち着いてきてくれたので、もう一眠り出来そうである。汗で湿っていたパジャマも替えたが、夕立や萩風がそのパジャマを凝視していたのは見逃していない。磯波が堪えていたのも。

 この頃には身体の火照りもある程度落ち着いていた。一過性のものなので、体調不良にまではならず。多少なり覚悟していたことが功を奏したか。このまま悪夢を見ずに寝ることが出来れば、翌朝はスッキリと目覚めることが出来るだろう。

 

「みんなゴメンね」

「大丈夫っぽい。ゲロちゃんがおかしくなったら困るしね」

 

 パジャマが替わったため。夕立が改めてガッツリ抱きしめてきてまた私を抱き枕にする姿勢である。湿っているときは控えていたようだ。私としてもそうしてもらえると嬉しい。ネチャネチャするし。

 

「また悪夢を見たらよろしく」

「見ないでくれるのが一番なんだけどね」

「違いないんだよなぁ」

 

 自分で制御出来ればいいのだが、まず無理。連続で見ることがないので今からの睡眠は熟睡出来そう。突然の例外ということもあり得るが。

 

 目を瞑ったらそのまま睡魔に襲われる。魘されていたこともあり、身体の疲れはまだ取れていない。普段よりは短い時間になってしまうが、その間だけでもガッツリ熟睡することにしよう。悪夢を見なければ、ではあるが。

 

 

 

 翌朝、寝る前の心配を余所に、悪夢を見ることなく朝まで行けた。みんなが一緒にいてくれたというだけでも癒され、気持ちよく眠ることが出来た。

 

「姉さん、今度は大丈夫ですか」

「うん、夢も見ないでグッスリ。一晩で2回も見たらノイローゼになっちゃうよ」

「それなら良かったです」

 

 毎回こうであってくれれば嬉しいのだが、そうはいかないのだろう。起こしてもらわなければ先に進んでしまうとなったら困る。

 

「しばらくは誰かと一緒に寝た方がいいのかな。安心出来ないよね」

「かもしれません……司令に掛け合う必要はあると思いますが」

「なら夕立が毎日添い寝するっぽーい!」

 

 身体をぎゅうぎゅう押し付けてくる夕立。起きたばかりなので髪の毛ボッサボサだが、元気なものである。イメージとして夕立は寝起きが良くない方に思えたが、私を抱き枕にしたことで随分とスッキリ眠れたらしい。それもあってか、添い寝を立候補してきた。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「わ、私も……立候補していいかな」

 

 私のパジャマの袖を摘んできた磯波。控えめながらも自分の欲をしっかりと表に出してきた。眠っている間に私の匂いを受け続けた結果、また昨晩のようになっている。正気に戻るのはいつだろうか。

 

「しばらくはこのメンバーで夜を過ごした方がいいんじゃないかな。まだ私達に何の影響も無いし。これで寝不足とかになったらメンバーを変えるとかしたらいいと思うよ」

 

 ここで唯一冷静な沖波の意見。1人だけが常に側にいてくれるとなったところで、万が一の時に抑えきれない可能性もある。今回は4人いてくれたから迅速に対応出来たと思うし。特にある意味この事態に精通している萩風が側にいてくれるとありがたい。しかし萩風だけだと私ではなく萩風側に不安要素が多いのもある。

 ならば、4人全員が一緒にいてくれるのが私としてはありがたい。磯波のように匂いを受け過ぎて何かが歪んできてしまう可能性は一度置いておいて。

 

 海防艦の部屋で今と同じ状態になるのは流石によろしくないと思うので、しばらくは松輪を抱き枕にするのは控えた方がいいだろうか。だが一番癒されるのはあれなので、今の私のストレス的には定期的に使いたい。悩ましいところ。

 

「難しい問題だから、司令に話してからにしよ。私達だけじゃ判断出来ないよ」

「ですね……その方がいいと思います」

 

 この意見にはみんな納得してくれた。それでも夕立は駄々をこねそうだが。

 

「さ、一日が始まったんだから、準備しよ。うだうだしすぎて朝ご飯食べられないとか嫌だからね」

 

 時間が無いわけではないが、もう外も普通に明るい時間帯だ。あんまりもたもたしていると、これ以降のことを急ぎでやらなくちゃいけなくなる。朝から忙しないのはあまりよろしくない。

 

「ぽーい。ゲロちゃん、その前にちょっといい?」

「ん、どした?」

「堪能するっぽーい」

 

 思い切り胸元に顔面を押し付けてきてグリグリとしてくる。匂いにやられたのは磯波だけではない。最初からオープン過ぎてわからなかったが、夕立だってどんどんおかしくなっているのは確か。ここまでしてくるのは初めてだし、改二になってから強くなってしまった匂いのせいで、夕立はさらに積極的になってしまっている。

 

「んふー、やっぱりいい匂いっぽい。一日の活力が生まれるっぽい」

「夕立ちゃん……ず、ズルい!」

 

 磯波までそんなことを言い出してしまっててんやわんやである。

 夕立については元々の性格もあるし諦めがつくが、磯波が豹変し始めると物凄く罪深いことをしてしまっているのではないかと思ってしまう。私が悪いわけではなく、私をこんな身体にした太陽の姫が全面的に悪いのだが。

 

「そろそろ離れてくれないかな……着替えられない」

「ぽい、仕方ないなぁもう」

「それはこっちのセリフだっつーの」

 

 夕立を引き剥がす。磯波は正気に戻ってくれたようで、自分の発言に羞恥心を感じて悶絶していた。

 

「ほらみんな着替えてきな」

「ぽーい。また後からね、ゲロちゃん」

 

 一晩添い寝した挙句、今も思い切り嗅いだからか、物凄くツヤツヤしていた。

 

「姉さん、後から私も一緒に司令のところに行きます。2人で話す必要があると思うので」

「うん、よろしく。助かるよ」

「私も被害者ですし、姉さんとはそういうところでも仲間ですので。私の二の舞になっちゃダメですからね」

 

 勿論、そんなことになるわけにはいかない。私自身が深海棲艦に恨みを持っているのに、それそのものになるなんて考えたくもない。私は私、人間であり艦娘である陽炎だ。仇討ちも達成出来ていないのに、今の状態を手放したくないに決まっている。

 意地でも太陽の姫の思惑通りにはいかないようにしてやる。私は負けない。負けて堪るか。

 

 

 

 最初から前途多難な始まりをした改二ではあるが、みんなの手助けで私は何事もなく生きていける。それを壊そうだなんて微塵も思わない。

 太陽の姫への恨みがさらに増したと思う。自分の手で決着をつけたいと思えるほどに。

 




幼児に変化は耐えられないとありますが、じゃあ何で太陽の姫は幼児を選んだのかって話はありますよね。


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混乱を招く者

 悪夢が更新されたが、大事に至る前に萩風に起こしてもらったおかげで事無きを得た。消耗はしたものの、その後にもう一眠りしたことで体調不良もなく、改二改装された艤装のテストもやっていけるだろう。

 その前に私、陽炎は、萩風と共に空城司令に昨晩の件を伝えることにした。朝食後、テストの前の空いた時間を使って詳細に説明すると、さすがの空城司令も困った表情をする。

 

「悪夢自体はギリギリで止まったわけだ」

「うん、萩風のおかげでね。今後はまだどうなるかわからないけど、少しの間は誰かと一緒に寝ていいかな」

「ああ、それは許可する。アタシが添い寝してやりたいくらいだが、生活のリズムが普通とは違うからね。同じ艦娘に見てもらった方がいいだろう」

 

 司令に添い寝してもらうとか艦娘として大丈夫かと思えてしまうが、そこは残念ながら無し。空城司令は正直どのタイミングで寝てどのタイミングで起きているかもわからないような不規則な生活をしているため、艦娘とはどうしても合わない。

 結果的に、私達が勝手に決めていた今晩からもみんなで一緒に寝るが正攻法になりそうである。これからも迷惑をかけそうだ。

 

「アンタの状況は理解した。匂いの方は少し様子を見てみようか。あまり酷いようなら考えるべきだろう」

 

 悪夢が進んだこともそうだが、大きな観点になったのは磯波の豹変である。

 とんでもないことになったわけではないのだが、物静かな磯波が夕立に似た積極性を見せたというだけでも結構えらいこと。しかも私に抱き付いた挙句に鼻息が聞こえる程の嗅ぎ回しを見せてしまっている。あの後すぐに正気に戻っているが、朝にはまた積極性を復活させていた。

 あれは私も匂いがD型異端児に対して影響を与えているものだ。今まではただただいい匂いというだけだったのが、それ以上の何かを発揮してしまっているのだから要注意とされてもおかしくはない。

 

「方針は決まりだ。今日は予定通りに動いてくれるかい」

「了解。私は木曾さんに雷撃訓練をしてもらう予定です」

「私は改二艤装のテストだね。誰に見てもらうのかな」

「艤装のことだから夕張だね。あとは由良が付き合う予定だが……」

 

 ここで少し空城司令が顔を顰める。由良さんはD型異端児。つまり、私の匂いに何かしらの影響を受ける可能性があるということ。

 

 磯波ほどガッツリ顔を突き合わせるような関係ではないものの、同じ空間で朝食を摂っていたり、お風呂で一緒になることは多々ある。

 それこそ、鎮守府の人達というのは毎日顔を合わせるような仲なのだから、昨日から発現してしまったこの特性は何かしらの影響を与えそうである。

 

「由良の同期値は異端児ではあるが、夕立はさておき磯波ほど大きくはないから、それに対してどういう影響を与えるかは知っておいた方がいいだろうね。何かあったらすぐに報告しておくれ」

「ん、了解。何事もないかもしれないしね」

 

 改二とはいえ由良さんなら何事もなくただいい匂いっていうだけで終わってくれるのではないかなと淡い期待があったりした。駆逐艦である夕立と磯波とは違い、軽巡洋艦なのだから耐性が高いとかあるかも。

 これが艦種問わずだとお手上げである。何かしらの対策を考えなければならない。

 

「アンタのその特性については、しーがいろいろ調べている。万が一の時の対策もね」

「わ、そうなんだ。しーちゃんホントにありがとね」

「いえいえ、こういう時にこそ私が動かなくてはいけませんから」

 

 事務担当なのだからデスクワークは任せてくれと言わんばかりである。萩風の戸籍のこととかまでやれるのだから、私の特性への解答も見つけてくれるのではないかと思える。期待は大きい。

 

「じゃあ、今日もよろしく頼むよ」

 

 そんなこんなで1日が始まる。改二となった私の、ある意味心機一転の始まりである。

 

 

 

 工廠にて、夕張さんと由良さんが見守る中、新たな艤装での砲撃訓練が開始される。夕張さんは艤装の性能チェック、由良さんは私の砲撃姿勢などをチェック。

 

 最初は魚雷が備え付けられていたが、有事の時を考慮してそちらにも主砲を接続した、いわゆる()()()()()()でのテスト。私の扱い方が悪いからマジックアームへの負荷が大きいということでその辺りが廃止されており、砲撃の反動がかなり変化している。

 だがそこは最新型で整備班の技術の結晶、私の身体には反動が殆ど感じられない。さらには艤装の従い方が以前に増して極まっており、察するどころか完全に意思通りの砲撃になっている。命中精度は以前も変わらないどころか、綺麗にど真ん中を撃ち抜いた。

 

「すごいねこれ。威力も精度も全部上がってる」

「陽炎仕様のC型砲ってヤツね。今までの戦闘データから陽炎に一番使いやすくなるように最適化した結果だよ」

 

 夕張さんが説明してくれた。つまり、今までの私のデータからいろいろと計算して、私にとって使い勝手がよくなるように改良してくれたわけだ。艤装の形状変化で取り回しそのものが変化しているのだが、クセまでもデータに入っているおかげでそこすら考慮されている。

 加えて、艤装そのものが私に完全に従ってくれているのだから、当たらない道理が無いという状況である。止まってる的には百発百中。テストなのでペイント弾なのだが、撃ち抜いた場所にさらに撃ち込むなんて芸当まで出してしまった。

 

「今まで以上だよ。さすが私の相棒。今後もよろしくね」

 

 艤装に向けて声かけ。ここまで従ってくれるのだから、意思があろうが無かろうが、この子は私の相棒なのだから今後も持ちつ持たれつで行きたい。私はイメージを、艤装が実行をするという意味では、私の中では対等の関係だ。主従ではない。

 

「相変わらず艤装側はすっごい精度。イメージ通りに動くってのは基本的なことなのに、艤装が艦娘を()()()()()みたいに動くんだよねぇ。実際は陽炎自身のイメージに補正かけてるだけなんだけどさ。いくら備え付けで思考制御出来るにしても、そこまで動くならやっぱり負荷が激しいんだろうなぁ」

 

 私の砲撃訓練を見ながら一人で納得していく夕張さん。整備員としての視点で確認しているので、私ではなく艤装を見ているわけだ。

 逆に由良さんが私側を見てくれているわけだが、ここに来て声を聞いていない気がする。とても嫌な予感がするのだが、当たらないでほしい。

 

「うん、陽炎ちゃんの砲撃、全くブレも無くていい感じだね。手持ちの方は未だにブレ弾みたいだけど、それは個性だから問題ないかな。でも、主砲が手持ちだけになった時のことはちゃんと考えておかなくちゃいけないね」

 

 よかった、ただジッと私の砲撃を見ていてくれただけのようだ。昨晩の磯波のように匂いにやられてボーッとし始めているのかと思ってしまった。やはり同期値が大きすぎることが豹変のポイントになっているのだろうか。

 まぁ今は私がこういうことをするのもあり、間近にいるわけではなく少し離れた位置である。磯波のときのように至近距離で向かい合うようなことはしていない。実はそれが問題点となったら困る。

 

「改二改装の時に大変だったって聞いてるから少し心配だったけど、ちゃんと成長してるみたいで良かったね」

「ね。アレはまぁ陽炎の名誉のために内緒にしておくよ」

「そんなに凄かったんだ……由良も酷かった方だから、なんだか同情しちゃう」

 

 由良さんもかなり激しかったと聞いている。私でまだ3人目ではあるが、D型異端児の改二全員影響が大きいということが実証されてしまった。今後私達と同じような被害を被る者がまた出てくるかもしれない。

 

「よーし、主砲はその辺でいいよ。次は魚雷にしてもらうから、一度戻ってきてー」

「はーい」

 

 砲撃のテストはこの辺で終了。今日中に私が出来ることを全て見ていくのだから、少しだけ巻きで。今度は魚雷なので、一度艤装を下ろして接続する武装を変える必要があるため、一旦海から陸に上がる。

 その間に由良さんが私の撃った的を片付けてくれるのだが、その時にチラッと通り過ぎた瞬間に由良さんの動きが止まる。おそらくこの瞬間が一番私と由良さんが近付いたタイミング。

 

「陽炎ちゃん、また匂いが強くなった?」

「あ、うん。そうみたい。改二になってからまた」

 

 わざわざ足を止めてまで私の匂いを嗅ぎに来た。磯波のように抱きついて鼻を私の身体に付けて嗅ぐようなことは無いが、かなり近いことは確か。今はテスト中であるため、少し汗ばんでしまっている。それもあってか、こうされるのは物凄く抵抗がある。

 

「あ、あのー、由良さん?」

「なんだかずっと嗅いでたい匂い……アロマみたいな、気分が落ち着く匂いっていうのかな、部屋に置いておきたい匂いなの。わかってくれるかな。くれるよね。ねっ」

 

 これ、磯波くらいになっているのでは。目が血走っているとかでは無いのだが、いつもの雰囲気が少しずつ薄れてきて、顔がどんどん私に近付いてくる。

 少し怖いのは、私は武装を替えるために艤装を下ろしているが、由良さんはまだ装備中ということ。このまま押さえ付けられたら身動きすら取れなくなってしまう。最悪な場合、私は()()()。物理的に。

 

「由良さん、タンマ。とりあえず的を片付けてきてもらえると」

「えっ……あ、ご、ごめんなさい。由良ったらうっかり」

 

 本来の仕事を思い出してもらうことですぐに正気を取り戻してくれるが、今止めなかったらずっと嗅ぎ続けていたと思う。それこそ、あの時の磯波の時のように満足するまで。

 だが、由良さんすらも歪めてしまった事実は変わらない。磯波よりは正気に戻りやすいのかもしれないが、言わなければ戻らないという時点でいろいろと困った話である。

 

「どうかした?」

「あ、あー……うん、ちょっと」

 

 まだ私の特性については周りに報告されていないため、簡単にだが説明しておく。由良さんは的を片付けてくれているためこの場にはいないが。

 話を聞いていくにつれ、夕張さんは呆れつつも笑うしか無くなったようである。今までにそんな特性を持つ艦娘なんて見たことがないのは当然のこと。整備班としてもかなり興味深い存在になってしまっているらしい。とはいえ艤装は一切関係ないため、何か変えることが出来るかと言われれば答えはNoなのだが。

 

「速吸さんと相談して、その匂い抑え込める装備とか考えてみよっか。消臭剤とかになるのかな」

「すっごく聞こえが悪いんだよなぁ」

 

 だが、どういう形であれ匂いが抑えられると私としては嬉しい。自分が壊れるならまだしも、周りを壊すのは後ろめたい。完全に巻き込み事故みたいなものだし。

 

「気をつけてどうにかなるものじゃないのなら、対策をどうにかして作るか、受け入れて生活していくかしかないからね」

「今しーちゃんがいろいろ調べてくれてるんだ。それを待つしかないかな」

「しーちゃんが? なら期待出来そうだね。あの子、何処からかとんでもない情報手に入れてくることあるし」

 

 流石秘匿(シークレット)の名を持つだけある。素性とかそういったものがまるでわからないが、裏とのコネが凄まじい。もしかしたら空城司令よりも手広くサポート出来ているのでは。

 

「的、片付けたよ。魚雷用のも出してきたからね」

「ああ、ありがと由良」

 

 由良さんが戻ってきた途端、スンと鼻が鳴り、ゆっくりと私の方を向いてきた。近付いた時点で効果が出てしまっているように見える。

 それを見た夕張さんはすごい悪い顔をしたように見えた。説明してしまったことを後悔したのも束の間、ニッコリ笑って由良さんの手を取る。

 

「由良、ちょっと実験させてー」

「えっ、何を……!?」

 

 思い切り引っ張ったことでつんのめり、由良さんの顔が私の胸へ。

 

「ちょっと夕張さん!?」

「いやぁどうなるのかなって思って。話を聞く限り結構興味深いことだし、いろんな例があった方がいいんじゃない?」

「そういうことじゃなくて! ゆ、由良さん大丈夫……?」

 

 私の胸に顔を埋めた由良さんが動かない。本当に大丈夫かと思った瞬間、すごい勢いの息遣いが聞こえた。昨晩の磯波と同じ。しかも手を腰に回してきて、離れないようにガッチリホールドまでされた。

 

「うわ、ホントだ。こりゃ凄いや。由良とはそれなりに付き合い長いけど、こんなに理性吹っ飛ばしたところ見るのは初めてかもしれない」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 由良さん離れて離れて!」

 

 ここまで効いてしまうとは正直思っていなかった。クンクン程度で済むと思っていたのだが、今の由良さんは夕立くらいの積極性で貪欲に匂いを嗅いでしまっている。

 

「はふ……大満足……あ」

 

 ツヤツヤした表情の由良さんが我に返った途端、顔がだんだん赤く染まっていき、手のひらで顔を覆う。

 

「わ、忘れて、なんか由良おかしかったの。ごめんね、ねっ!?」

「大丈夫、大丈夫だから。ちゃんと説明するから!」

 

 説明をしても納得出来るかと言われれば簡単には出来ないものである。艤装テストの間、由良さんはずっと頭を抱えていた。

 

 私のこの特性は、鎮守府に混乱を招くものなのではないだろうか。早いところどうにか対策を取りたいものである。

 




由良までもが陽炎の特性に囚われてしまいました。残りは阿賀野と天城ですが、あちらは改二ではないのでまだマシかも?


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平和な海

 午前中のうちに改二艤装のテストは終了。全ての項目が大幅に強化されていることが実感出来た。今までとは違う形になっている備え付けの武装も、扱ってみたらマジックアームよりも使いやすかったりしたので、私、陽炎にとっても大きい強化と思える。

 その訓練中に由良さんに対して匂いが影響してしまったこともあったが、改二としての私は概ね良好。この調子で次の戦いに向かいたいと思う。

 

 午後からは哨戒任務に参加させてもらうことで航行機能のテストも兼ねた出撃。領海内をグルッと回るいつもの哨戒の午後の部になる。

 艤装自体のテストは殆ど終わっているようなものなので、これが正式な実戦投入のようなもの。野良くらいは出る可能性があるので、哨戒はいつも通りとなる。

 

「なーんか疲れた顔してんね陽炎。まだ哨戒は始まったばかりだよ?」

「改二になってからいろいろあって……」

 

 加古さんに冷やかされるが、そう返すしかなかった。艤装テスト中の由良さんもそうだが、昼食中に阿賀野さんにも絡まれたからである。食べてる途中で後ろから抱きつかれて頸筋の匂いを嗅がれるとか、どういう状況であっても驚く。

 

「まぁ今だけは安心して任務に専念しなよ。提督が気ぃ利かせて異端児0で組んでくれてんだから」

 

 加古さんの言う通り、今回の哨戒任務のメンバーは私以外に異端児がいない。M型なら別に問題ないのだが、そこはなんだかんだで。旗艦は加古さん。随伴が私の他に隼鷹さん、木曾さん、五月雨、菊月とわかりやすい。

 南方棲戦姫の巣の方にも向かいはするが、今回は領海の外にまで向かうことはない通常の哨戒。万が一そこででも南方棲戦姫が現れてしまった場合は基本的には逃げの一手になるのだが、どうにか撤退と時間稼ぎが出来るように木曾さんのような火力持ちが採用されている。

 

 あと、私が疲れた顔になってしまっている理由はそれだけではない。南方棲戦姫の巣の方に向かうということは、太陽の姫に近付くということでもあるのだ。何が起きてしまうのではないかと不安になる。

 

「今度もまた太陽の姫の視線に晒されることもあるだろう。気分が悪くなったら、この菊月に言ってくれ」

「すぐに撤退出来るようにするから。任せてね」

 

 以前の残党狩りの時に、太陽の姫の視線を感じることもあった。今回それがないとも限らない。それを受けたら私は体調を崩すというのがほぼほぼ確定している。

 なら最初から哨戒任務になんて参加するなと思われそうだが、正直何処にいても変わらない。真逆の海域にいたのに視線を感じたのだから、領海内全域が奴の視界だ。鎮守府の中でも逃げ場は無さそう。なら、今私が出来ることを全てやっておきたい。

 耐えられるなら多少は進むが、耐えられそうにないなら護衛退避という形で撤収させてもらうことになった。それを協力してくれるのが菊月と五月雨。なるべくなら世話にならない方向で行きたい。

 

「この中ではド新人なんだから、何かあっても先輩を頼れ。俺達はお前を見捨てるようなことはしないんだからな」

「そうそう。あたしらがついてんだから、なーんも心配はいらないさ」

 

 木曾さんと隼鷹さんも後ろから押してくれた。これだけ揃っていると不安も吹き飛ぶものである。

 

「いやぁもうホントみんな頼りにしてる。私も負けないようにするからさ」

「その調子その調子。ほら、あたしが教えたじゃんよ。普段でも適度にサボるのさぁ」

「気を張るなってことね」

 

 少し忘れてしまいそうになってしまうが、緊張しすぎると最大のパフォーマンスが発揮出来なくなるから、適度にサボって力を抜くことが重要であることを加古さんから学んでいるんだった。

 意識してしまったら意味が無いとは思うが、深呼吸でもなんでもいいからして、一度落ち着くべき。

 

 今は何事もなく終われることを祈ろう。野良との戦闘くらいならまだいい。

 

 

 

 哨戒コースを半周。工場方面から回って進んだ中間地点に到着。時間としてはおやつ時というくらいか。

 今は駆逐水鬼の巣と南方棲戦姫の巣のど真ん中の辺り。以前諜報部隊が哨戒をしてくれた時に、領海外にも何も見つからなかったところではある。今移動していると言われればそれまでだが、他よりも比較的安全であることは間違いない。

 

「平和な海だねぇ。天気もいいし、こんな時は昼寝がしたいもんだよ」

「加古はいつもそれ言ってるねぇ。あたしゃこんないい天気の時はくぅーっと一杯やりたいねぇ」

「隼鷹さんもそればっかりじゃーん」

 

 加古さんと隼鷹さんはのんびりしたものである。哨戒というかなり重要な任務をやっている最中だというのに、適度にどころかガッツリサボっているように見えてしまう。とはいえやることはやっているので何も文句はない。

 私は改二艤装のテストも多少兼ねているため、今日は主砲メイン。防空や対潜はあまり考えていないため、立ち止まると少し暇になる。水平線を目視確認したり、哨戒機を飛ばしている隼鷹さんの護衛をしたりで任務を全うしていく。

 

「潜水艦はいませんね。海中は静かなものです」

「じゃあ問題はこっちだね。まだ連絡来てないからちょいと待ってて」

 

 いち早く終えたのは五月雨が行なっていた海中の調査。駆逐水鬼も南方棲戦姫も潜水艦を使ってこちらを監視してきたこともあったため、その辺りは割と強めに調査しているが、今回は見つからず。

 言ってもここは巣から大分離れた位置だ。南方棲戦姫の斥候がここまで来ているかと言われるとわからない。駆逐水鬼の斥候が鎮守府にまで来たくらいなのだから、行動範囲は姫の考え方次第だとは思うが。

 

「よし、何事も無し。次行こうぜ」

「じゃあここからは南方棲戦姫の巣に近寄るから、警戒はちょい強めね」

 

 残り半分は未だ敵が確実にいることがわかっているエリア。駆逐水鬼以上の難敵である南方棲戦姫の縄張りの近くに入る。

 しっかり作戦を立ててから正式に攻め込むまでは、なるべく刺激せずに近くを通って、逆に監視するのが哨戒の目的だ。何かやろうとしているのなら、作戦を前倒しにしてでも止めなくてはいけない。

 

「陽炎ちゃん、まだ何もない?」

「うん、おかげさまで。あの時もこっちの方から視線を感じたからね」

 

 今向かっている方は、比較的私の住んでいた街に近い方になる。始まりの襲撃が起きた場所に近付いているわけだ。

 私も哨戒任務には何度か参加させてもらっているが、こちら方面に来るとどうしても緊張感が増す。近々戦うであろう南方棲戦姫がいるからとか、太陽の姫がいつ現れてもおかしくないからとか、いろいろ思うところがあるからだ。

 

「ほい陽炎、深呼吸しな。顔が強張ってっから」

「りょ、了解。すー……はー……」

 

 加古さんに指摘され、思い切り深呼吸。航行しながらでも肺の中の空気を総入れ替えするくらいに深く呼吸をした。多少は落ち着くが、頭の中から奴らのことが消えることは無い。

 

「安心しろ。この菊月がついているではないか」

「だね。頼りにしてるよ」

「大船に乗ったつもりでドンと構えていればいい。艦だけにな」

 

 相変わらず自信満々な菊月。緊張感のある場でもこれが維持出来ているのなら充分すぎる。私もこれくらい強い気持ちでいられるといいのだが、なかなかそうもいかない。

 深呼吸で呼吸を整え、私は艦隊の後ろの方で航行。常に側に菊月がついてくれる状態。今回の菊月は防空特化にしてあるため、もしもの場合は私が菊月を護ることもあり得る。その前に気分が悪くなるかもしれないが。

 

「緊張を解くのは難しいかもしれないが、自分が負けるとはカケラも思わないようにする。敗北を想像するだけで身体が強張る」

 

 菊月の言う通りである。わざわざ負けに行くわけでも無し、そもそも目覚めてやるものかと気合を入れているのだから、もしものことは今は後回しにするべき。負の感情をなるべく取っ払うことが出来れば、精神的な疲労も今は感じない。

 これだけ仲間がいて、その全員が私に取っては大先輩だ。先程の木曾さんではないが、先輩を頼ることで気持ちを落ち着けるのが後輩には一番手っ取り早い。

 

「菊月はどういうこと考えてるの?」

「ん? ああ、どれだけ華麗にカッコよく勝つかなどを考えている。負けなどは頭の片隅にも置かない」

 

 時に厨二病気質というものは前向きになれる秘訣にも繋がるようである。上手く行く行かない関係無しに、こうやれば敵を倒すことが出来る、こうやれば()()()()()()などと考えれば、自然と負け戦なんて頭から離れていくもの。

 

「はは、そういうのも悪くないね。漫画の主人公になったみたいな」

「ああ」

 

 秋雲が私を主人公にした漫画を描くとか言っていたが、それを意識してダサい場面を作らせないように立ち回れれば最高だろう。そこに敗北などなく、それこそ華麗に決めてこそ主人公。なるほど、確かに多少は緊張感が抜ける。

 

「だが、想像と現実はなかなか噛み合わん」

「いやそれ当たり前」

 

 そんな簡単に実現出来たら困る。むしろそんな漫画みたいな危機的状況に置かれたくない。

 

 などと話しながら航行しているうちに、大分領海の端の方までやってきていた。やはり領海の外に向かうよりは全然早い。

 ここから哨戒機を飛ばしすぎると、南方棲戦姫に見つかりかねないので慎重に。以前はソナーを使っていなかったタイミングとはいえ気付かないうちに潜水艦が間近にいたこともあったので、五月雨も集中して海中を確認している。

 

「今のところは何もいません」

「そうさねぇ。哨戒機も何も見つけちゃいないみたいだねぇ」

 

 この辺りでも今のところは動きは見えず。あちらが静かなのはいいことでもあり悪いことでもある。陸に向けて侵略をしようとしていないのならまだマシだが、何を考えているかわからないというのもあって不安。

 だが、そういうこと関係無しで来るものもある。それが、あの()()

 

「っ……来た、見られてる」

 

 悪寒が走り、すぐにそれを口に出す。周辺を確認している隼鷹さんと五月雨除く3人が私の周囲に来てくれた。私を隠すような陣形ではあるが、感じ取れる視線は何も変わらない。私だけをジッと見つめている。

 これは確実に太陽の姫の視線だ。心が騒つく。嫌でも冷や汗が出てくる。前回はすぐに撤退したが、今回は負けてなるものかとその視線に対して睨み返した。

 

「人気者は辛いな、陽炎」

「ホントに。敵味方から取っ替え引っ替えだよ」

 

 木曾さんに茶化されるものの、未だに続く視線に気が気でない。私の心臓を鷲掴みにするような威圧。この状態から直接私を目覚めさせてくるようなことはしないようだが、今回は前と違って長々と見てくるようだ。

 前回と違い、今回の私は改二になっている。それを加味して、私が改めて太陽の姫の巫女となれる器になったと確認しているようにも思えた。

 

「陽炎、体調は」

「大丈夫。一度味わってるからかな、多少は耐性出来てる」

「ならば良い」

 

 幸いにも、気分が悪くなるようなことはなかった。視線を感じるかもしれないという覚悟があったのも作用している。威圧感に倒されそうではあるものの、今までの教訓で気が引き締まっているおかげで倒れずに済みそうだ。

 

 こう見られている間も哨戒は続いていたが、今回はただ見られているだけで終わってくれるのか。

 

「ん? ちょい待ち。何か現れた」

 

 哨戒機からの連絡で隼鷹さんが途端に真剣な表情に。このタイミングで現れるとなると、これは野良ではなく南方棲戦姫の斥候である可能性が非常に高い。それが陸に侵略しに行くようなら絶対に食い止めなくてはいけないため、動向を確認している。

 

「……まずい、これはダメだ。加古、撤退しよう」

「何が出てきた?」

()()だ。これはまずい。まずすぎる」

 

 その名前が出ただけで、私以外の5人の顔色が変わった。

 名前からして姫とかではないようなのだが、先輩達のこの表情からして、本当にまずい相手であることは私にも感じ取れた。

 

「南方棲戦姫はそんな奴も飼いならしてんのかよ! 撤退すっぞ!」

「そ、そんなにやばい奴なの!?」

「やばいとかそういうレベルじゃない! アイツは()()()()()()()()()だ! 備えもないあたしらには太刀打ち出来ない!」

 

 稀に現れるというとんでもない深海棲艦。それが戦艦レ級。とにかく性能が高すぎるらしく、1体現れるだけでも酷い目に遭うレベルらしい。

 つまり、バケモノであると。それはよろしくない。哨戒で戦闘があってもいいように武装をちゃんと装備してきていても、そういうことでは無いくらいの敵であるため、一時撤退が推奨されている。

 

「いいか、脇目も振らずに鎮守府に撤退する! もしかしたら撤退戦になるかもしれないから注意だけは怠るな!」

 

 突如慌ただしくなった哨戒任務。熟練の先達達がここまで言うのだから、私はその指示に従って全力で撤退するしかない。

 

 

 

 だが、そのレ級が陸に侵略しに行くようなことがあったらどうする。そうなった場合は、撤退なんてしていられないのではないのか。

 撤退するだけして、すぐに再出撃するなんてこともあるだろう。何事もないことを祈るしかない。

 




平和な海がずっと続くとは限らない。


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最凶の追手

 改二艤装のテストの一環で哨戒任務に参加していた私、陽炎。終わりがけまでは平和な海を航行していたのだが、後半、南方棲戦姫の巣に近い領海を哨戒した時に、深海棲艦が現れた。隼鷹さんがレ級と呼ぶそれは、姫よりも強い深海棲艦と呼ばれているらしく、今の状況なら勝ち目が無いという。そのため、突如最大戦速での撤退となった。

 

「そ、そのレ級って何なの!?」

「とにかくヤバい奴なんだ! 戦艦と空母と雷巡を足して3で()()()()()()奴だと思ってりゃいい!」

 

 多少は後ろを気にしながらも木曾さんが説明してくれた。いつも、むしろさっきまで余裕な表情をしていたのに、レ級の名前が出た途端に切羽詰まったものになっていた。木曾さんだけではない。みんながだ。

 

 聞いただけでとんでもないことがわかる。一部例外はあるものの、そもそも戦艦が持たないものを沢山持っているというインチキ深海棲艦らしい。戦艦の火力、空母の航空戦、重雷装巡洋艦の雷撃、その何もかもが意味不明な火力を誇っているわけだ。

 そんな奴と現状でまともにやり合うのは、死にに行くようなものである。とにかく戦力が足りない。それだけ強いというのなら、最低限戦艦のどちらかが欲しいところ。駆逐艦では手も足も出ないのではないか。

 

「隼鷹さんレ級は!?」

「やっべぇ、こっち追いかけてきやがった!」

 

 隼鷹さんは哨戒機を飛ばしながらの撤退になるのだが、それもあってか若干航行速度が遅い。それをどうにかするために、加古さんが無理矢理引っ張りながらの撤退になっている。

 しかし、あちらはこちらを追いかけてきているらしい。最悪なことに、スピードはあちらの方が上とまで来た。何処までインチキな性能なのだ。

 

「敵はレ級だけなんだが……ちょいとまずいね。加古、鎮守府にゃ連絡してんだよな?」

「あったりまえでしょうが! あんなもん6人がかりでもしんどいっつーの!」

 

 こうしている間にも増援を呼び寄せたようだが、領海の端から撤退しているので、どれだけ早くても数十分は合流までに時間がかかるだろう。それまではどうにか耐えなければ。合流出来れば尚良し。

 

「うわ、マジか。アイツ発艦してきたぞ!」

 

 哨戒機からの情報を逐一受けている隼鷹さんが叫んだ。こちらに向かいながらも艦載機を飛ばしてきたらしい。今は正直対空砲火なんて言っていられない。それで足を止めたら確実に追い付かれる。

 深海棲艦の艦載機は艦娘の使うそれとは段違いにスペックが高いが、レ級のそれも例外ではない。その上、一度に出てくる量が普通の空母よりも多いと来た。隼鷹さんも艦載機同士で迎撃しているとはいえ、防空装備をしているのは菊月だけなので、確実に手が足りない。

 

「回避だ回避! 絶対に止まるな!」

 

 こちらも遠退いているというのに、敵艦載機の姿が見えてきてしまった。そもそも艦載機のスピードは艦娘の最大戦速よりも速いものではあるが、これはそのスピードすら何かがおかしい。しかも爆撃機。真上を陣取ったところで一気に爆弾の雨を降らしてきた。

 以前の空母2人がかりの防空訓練を思い出す。あの時はダミーの爆撃で全身余すところなく塗り潰されたが、今回は直撃がそのまま死に繋がる空爆。全力で回避に繋げる。

 

「多少は潰す!」

 

 全力で駆け抜けながらも菊月が身体を反転し、スピードを維持したまま対空砲火を放った。撃った反動があっても体勢は崩さず、1機また1機と確実に墜としていく。しかし、それでも微々たるもの。艦載機の数は減ったようには見えず、爆弾の雨はまるで変わらない。

 

「ならば、この菊月の必殺技をお見せしよう! 初月仕込みの対空砲火だ、受けてみるがいい!」

 

 同じように対空砲火を放つのだが、今回の狙いは艦載機ではなく()()()()()()()()()()()()。回避ではなく撃ち落とし、空中で爆発させることで周りに誘爆まで狙って空爆の密度を下げていく。

 

「ナイスだ菊月! これで多少は抜けやすく」

「すぐに散って! 今度は撃ってきたよアイツ!」

 

 空爆の次は主砲。まだ水平線の向こう側に姿も見えないのに、こちらに向けて砲撃を放ってきた。哨戒機の連絡のみでそれを先読みしているのだが、こちらがあちらの挙動を理解していると同時に、あちらもこちらのことを把握しているのだと思う。回避は可能だろうが、上と横からの同時攻撃で神経を擦り減らされる。

 すぐにある程度散らばったところ、砲撃が部隊のど真ん中を通過した。隼鷹さんが言わなかったら誰かがやられていた可能性がある。命中精度もとんでもない。向こうからちゃんと見えていないのに。

 

「こ、これ1体でやってんの!?」

「そうだよ! 魚雷まで来るからな!」

 

 海上も海中も空までもを1体で制覇してしまっている。それはもうズルなのでは。私達がこれだけ人数を揃えてやってることをたった1体で。滅茶苦茶すぎる。

 

「くぅ、数が減らぬ……!」

「まずいね。こりゃあジリ貧だ。迎撃も覚悟した方がいいかねぇ」

 

 なるべく死を遠ざけるための行動を優先した結果、最大戦速では無くなってしまっていた。そのせいで、振り返ればもう水平線の向こうに何者かの姿が確認出来る程にまでなっていた。

 人影程度であるため、まだどんな奴かはわからない。だが、たった1体であることはわかる。人影とはいえ遠目でも異形に見える辺り、やはりアレは深海棲艦。

 

「くっそ、もうあんなとこかよ。ギリギリまで逃げっかい」

「いや、こりゃあもう無理だ。完全に射程圏内だろ」

 

 諦めたような木曾さんの言葉で撤退はおしまい。ここまで来たら、撤退戦よりも迎撃戦の方が生き延びられる確率が上がるだろうという判断。

 

 今までは背中を見せながら隼鷹さんの哨戒機頼りで回避行動をとっていたが、この距離ではもう背中を見せること自体が危険。だからといってバックしながらでの撤退戦は、バランスを崩して狙われる可能性もあって危険極まる。

 ならば、増援が来るまでの時間を稼ぐため、死なないように私達が足止めをするしかあるまい。

 

「あちらさんも止まるつもりは無いみたいだ」

「ど、どうしよう、私対潜装備なんですけど」

「五月雨はやれることをやってくれればいいよ。無茶だけはしないでよね」

 

 五月雨は直接攻撃する手立てが無い。故に、回避しながら状況を見るしか無くなっている。相手は潜水艦では無いのだから、ソナーと爆雷は残念ながら使い物にならない。

 

 そうこうしている間に、敵の姿が詳細にわかるくらいになっていた。

 その姿は、どう見ても私達と同い年か少し下の女の子でしかない。黒いフードの付いたコートを着込み、首にストールを巻いた色白の人間と言われても遜色が無かった。そういう意味では姫に近いか。

 だが、艤装がとんでもなかった。尻から生えたそれは、それ自体が女の子の上半身に匹敵するほどの大きさを持つ大蛇のような形状。海なのだしウミヘビとかウツボとかに形容した方がいいか。

 

「姫じゃ無いんだよね!?」

「一応な! だから、言葉とかは話さねぇし、こっちの言ってること理解してるかもわかんねぇ!」

 

 人間の形をしている獣だと思えばいいとのこと。意思や理性など無く、本能のままに殺戮を繰り返す最凶の深海棲艦。こうして近付いてくる間も攻撃の手は一切緩めず、ただただ破壊活動が楽しいと言わんばかりに歪んだ笑みを浮かべていた。

 さながら、腹を空かせたライオンの檻に入れられたような感覚。私達は全員、狩りの対象とでも言わんばかりである。

 

「私も狙ってくる……南方棲戦姫の斥候じゃないの……?」

 

 レ級の攻撃は完全に見境無し。今までの敵と違って私にもしっかり照準を合わせてきている。理性のない力任せな砲撃のため比較的回避しやすいものの、掠るだけで死ぬのではないかという威力をこれでもかと連射してくるため厄介極まりない。

 動きだけ見たら野良だ。視界に入ったもの全てが敵であると言わんばかりに、まるで疲れすらも見せずに激しい攻撃を繰り出してくる。正直回避するだけでも精一杯。

 

「なんてスピードだよクソが! 魚雷が当たらねぇ!」

「滅茶苦茶すぎんだろ! 砲撃も効かないとかさぁ!」

「空爆も全部避けんのかい! かぁーっ、インチキだねぇ!」

 

 撤退戦をやめた時点でこちらからも攻撃を始めているが、こちらの攻撃は全く当たる気配が無かった。いや、言い方が違う。()()()()()()()

 木曾さんによるとんでもない密度の雷撃は、飛び越えたり大きく迂回したりで完全に回避。私や加古さんによる砲撃は、ウミヘビのような艤装で跳ね返したりまでしてきた。隼鷹さんの空襲は、自分の艦載機で拮抗させつつ、被害を最小限に食い止めている。

 

「魚雷来るぞ! 避けろ!」

 

 今度はあちら側からの雷撃。あのウミヘビのような艤装が真上に立ち上がると、その口から理解出来ない量の魚雷が吐き出された。戦艦だというのに、木曾さんと同じくらいの密度の雷撃である。

 幸いにも全てが横並びになって向かってきたため、飛び越えることでどうにか回避は出来るだろう。しかし、そうしている間は他の攻撃への回避が出来なくなる。

 

「私が処理します! 出来るか、わからないけど!」

 

 そこに動き出したのは、今一番攻撃がしづらいであろう五月雨。出来ることは爆雷の投下くらいなのだが、それを魚雷目掛けて投げまくった。私達に辿り着く前に爆発させてしまえば回避する必要は無くなる。

 微々たるものでも効果的に作用し、魚雷同士の密度が高いおかげで1つが爆発したら次々と誘爆してくれる。爆雷の爆発もそれを助長しているが、それでも限界はあるため、それは回避しなくてはならない。

 

「それなら私も!」

 

 ならばと、私も魚雷に向けて砲撃を放つ。艤装に備え付けられた方の主砲ならばピンポイントで狙うことが出来るはずだ。魚雷の動きはさんざん訓練で見てきた。突然曲がるわけでもあるまいし、直進するものくらいなら動きは予想出来た。

 

 だが、魚雷が一度に大量に爆発したことにより、夥しい数の水柱が立ってしまったことで、レ級の姿が全く見えなくなってしまう。これでは誰が狙われるかもわかりづらい。

 これは駆逐水鬼の時にもあったことだ。あの時も水飛沫で視界を塞がれたことでその間に接近を許してしまって、本来あり得ないような近接戦闘を挑まれてジリ貧となってしまった。レ級もそういうことをやってくるのではないか。

 

「動き続けろ!」

 

 こちらはあちらを見ることが出来ないが、あちらは尋常ではない数の艦載機を飛ばし続けることで上空からこちらを監視しているのだ。止まっていたら狙い撃ちにされる。とにかく動き続けて、狙いを定めさせないように努めるしかない。

 

 しかし、ここでまた想定外の動きをされた。

 

 水柱が無くなるよりも前に、私達の部隊のど真ん中に()()()()()()()()。もしや、あの場所からただ跳んだだけでここまで来たというのか。

 最悪なことに、レ級の視界の真正面にいるのは私だ。ニチャリと笑みを浮かべたレ級が着水と同時にさらに海面を蹴り、私に向かって突撃してきた。

 

「嘘……っ!?」

 

 この動きの速さには誰も追いつけなかった。私も砲撃をしようと思った瞬間には首を掴まれて押し倒された後。

 

「かはっ……!?」

「陽炎!?」

 

 そのまま尻尾のような艤装を振り回して、仲間達を私に近付けさせないように砲撃を繰り出した。これでは助けを求めたくても求められない。仲間達は手が届かない場所に行ってしまう。

 私が近くにいすぎるせいで攻撃も出来ず、近付こうにも砲撃のせいで近付けず、私は完全に孤立させられた。

 

「なんの……つもり……!?」

 

 首を掴むレ級の腕をどうにか引き剥がそうと、私自身が砲撃を繰り出そうとするが、それを見越したかのように私の主砲が殴り飛ばされて手から離れてしまった。艤装に備え付けられた主砲は近すぎてレ級を狙えない。

 するとレ級は、私の胸元に顔を押し付けて匂いを嗅ぎ始めた。深海棲艦なのだから、私の匂いはわかるはずだ。それが太陽の姫の特性と同じならば、萩風が言っていた通り深海棲艦を従わせる匂い。もしかしたらこの状況を打開出来るかもしれない。

 

「フヒ、ヒヒヒ、ハハハハハ!」

「なっ、なに!?」

「オマエダ。オマエダ。コノニオイ、()()()()()()()()()()、イワレテイタヤツダ!」

 

 普通に人の言葉を使っているではないか。姫とは違いかなり片言ではあるが、子供くらいの知性はあるような話し方。しかし、私の匂いを嗅いでうっとりしたような表情を浮かべる辺り、本能に忠実なのも窺える。

 

「オマエハコロサナイ。コロシチャダメダッテイワレテル」

「ならどうするのさ!」

「ツレテカエル。アジトニモッテイク。ヒメニワタス」

 

 そんなことされて堪るか。今すぐ拘束を解かないとどうにもならない。ジタバタと暴れるが、レ級はビクともしなかった。あまりにも強すぎる。だが、抵抗はやめない。

 連れて帰られたら私がどうなるかなんて一目瞭然だ。確実に目覚めさせられる。記憶を取り戻し、深海棲艦へと覚醒させられる。そんなのは嫌だ。そんなことあって堪るか。

 

「アバレルナ。オマエハツレテカエル」

「放しなさいよ……!」

「ジャマナヤツハコロスケド、オマエハコロサナイ」

 

 

 

「いいや、放してもらうわよ」

 

 

 

 突然レ級が吹き飛んだ。元々ここにいた仲間達への砲撃と私の拘束に専念していたからか、ここまで近付く者の影に気付いていなかった。私も気付いていなかったくらいだ。

 その人はたった今、レ級の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばしたのだ。渾身の力を込めて、破裂させるくらいの勢いで。戦艦の力があれば拘束くらい外せるらしい。

 

「援軍到着。ゲロちゃん、大丈夫?」

 

 その人は陸奥さん。私達の仲間の最高戦力。今の私には救世主に見えた。

 




今回のレ級は原始人のような言動になっています。


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知恵を得た獣

 哨戒任務中、最凶の深海棲艦、戦艦レ級に襲撃された私、陽炎の属する部隊。撤退戦を優先するも、その尋常ではない強さにより追い詰められ、そのまま迎撃戦へと移行。改めて攻撃の姿勢になってもまるで歯が立たないという状況の中、私は不意に隙を作ってしまい、首根っこを掴まれて捕らえられてしまった。

 本来言葉を介さないはずのレ級が姫の配下であることを告げ、私をアジトに連れて帰るとまで言い出したその瞬間、援軍が到着する。私を捕まえていたレ級の頭を蹴り飛ばし、その拘束を解いてくれた。

 

「援軍到着。ゲロちゃん、大丈夫?」

 

 その人は陸奥さん。私達の仲間の最高戦力。今の私には救世主に見えた。

 

「ッヘッ、ゲホッ、た、助かった……」

「げ、ゲロちゃん大丈夫っぽい!?」

「ああもう、首に痕がついちゃってるわね。帰ったらお風呂で治しなさいね」

 

 陸奥さんと一緒に援軍として来た霧島さんに引き起こされてなんとか姿勢を戻す。

 

 レ級が相手と聞いて、ここに来たのは攻撃力特化のパワープレイ部隊。陸奥さんと霧島さんから始まり、足りない部分を補うために航空戦の天城さんと万能型の由良さん、さらには駆逐艦最高戦力となりつつある夕立と、レ級の艦載機を封殺するためにやってきた初月。

 これにより、私達はたった1体の深海棲艦に対して連合艦隊12人で挑むことになる。それほどまでにレ級はまずいという認識のようだ。ならば、それを飼い慣らしている姫はどれほどだというのだ。南方棲戦姫の配下なのか太陽の姫の配下なのかは知らないが、これを下に付けることが出来るほどの実力ということなのだろう。

 

「ごめんなさいね。確実に過剰戦力だと思うけれど、貴女はそれくらい厄介なの。用心に用心を重ねた方がいいわよね?」

 

 なんて、言葉なんてわからないかと溜息をつきながら倒れているレ級に語りかける陸奥さんだが、あのレ級は普通と違う。私と会話が出来ている。少ないながらも知能がある。一切油断ならない。

 

「ヒヒヒ、イタイ、イタイ、アタマガイタイ。ヒハハハハハ!」

 

 跳ねるように起き上がり、その反動を使って陸奥さんに突撃してくる。私が側にいるからか主砲は使わず、その巨大な尻尾を振り回すかのように身体を回転させて。あれだけの渾身の蹴りを喰らって痛いで済むらしい。頑丈すぎる。

 

「それは駆逐水鬼で似たようなものを見ているの。当たらないわよ。というか喋るのね。下品なことこの上ないわ」

 

 極太の丸太を振り回されているようなものなのだから、直撃なんてしようものなら艤装により強化されているにしても致命傷になりかねないため、即座にバックステップで範囲外に退避。

 からの主砲斉射。撃つ方向にレ級以外の仲間がいるものの、余程のことが無い限り当たることはないため、容赦なく放った。

 

「ヒヒヒヒ! アタラナイ、アタラナイ!」

 

 殆どゼロ距離からの砲撃だったというのに、しかも尻尾を振り回して体勢が崩れていたというのに、当たり前のようにステップを踏んでその砲撃を回避。ケダモノのような四つん這いの姿勢になり、尻尾が真上に立ち上がる。

 直後、四方八方に魚雷が撒き散らされた。さっきの量の比ではない。全方向に高密度の弾幕のようなもの。さらには吐き出し終わった後に艦載機まで溢れ出てきた。海中と上空、2方向からの膨大な攻撃が開始される。

 

「初月、我々の出番だ!」

「ああ、ここでやらなければ防空駆逐艦の名が廃る」

 

 魚雷の数はもう置いておいて、今すぐ出来ることをやるために、防空担当である菊月と初月が、あの意味がわからない量の艦載機に挑む。

 菊月1人では爆弾を空中で爆発させることで被害を最小限に食い止めたが、初月が加わったことで攻撃に打って出ることが出来るようになった。初月専用装備の長10cm砲がガチャガチャと音を立てて動き、上空の爆撃機に狙いを定めた。

 

「天城、いいタイミングで来てくれたよ」

「はい、相手がレ級と言うのなら、私と隼鷹さん2人がかりでも制空権が取れないでしょう。ならばせめて拮抗を狙います」

「助かるねぇ。防空の子供達を手伝うぜぇ!」

 

 防空駆逐艦の対空砲火だけではあの密度を打開することはほぼ不可能だ。故に、空母の航空隊の力も借りて、強引に制空拮抗に持っていく。艦載機1つに対して艦載機1つをぶつけ、足りないところに対空砲火。これで理論上拮抗。子供の計算じゃあるまいしと思うものの、現状はこれが最適解になってしまう酷い戦場である。

 

 これで後は魚雷。それは先程と同じように私達駆逐艦が処理していけばいい。ただし、誘爆させると視界を封じるという先程の二の舞になりかねない。こちらも必要最小限に留めたいところ。

 少なくとも防空班の足下だけは安全な状態にしておきたい。上だけに専念してもらいたい。

 

「こっちはこっちで避けるから、あの子達をサポートしてあげて」

「了解。五月雨ちゃん、由良と行きましょう」

「了解です! 爆雷でも魚雷は処理できることは証明済みですから!」

 

 あちらには由良さんが五月雨を連れて向かった。これならきっと大丈夫。安全な対空砲火が出来るはずだ。

 残った私達がレ級退治に専念する。艦載機からの空爆が無くなれば、立ち回りも多少は楽になるはずだ。それでも6人がかり。うち戦艦2人。酷いものである。

 

「じゃあ改めて。霧ちゃんよろしく」

「後のことは知らないわよ」

 

 陸奥さんの合図により、霧島さんが海面に向けて主砲を放った。駆逐艦が処理するのとは雲泥の差である威力で、いくつかの魚雷を纏めて薙ぎ払う。そしてその爆発が他の魚雷と誘爆し、次々と水柱が立っていった。

 

「この状態で勝てないと、南方棲戦姫には勝てないでしょう。レ級は前座の前座よ。本当なら余裕を持って勝ちたいんだけれど、ね!」

 

 その水柱を掻き消すかのように陸奥さんの主砲が撃ち込まれた。水飛沫の向こう側にレ級がいることはわかっているのだから、当たろうが当たるまいがお構いなしに1発。

 

「ヒハハハハハ!」

 

 まるで陸奥さんのそれを読んでいたかのように、その砲撃に砲撃をぶち当てるという神業みたいなことを目隠し状態でやってのけた。おそらくたまたまであり、狙ってやれるようなことでは無いのだが、目の前でそれを見せつけられると驚きが隠せない。

 空中でぶつかり合った砲弾はその場で拮抗して爆発。水柱だけでなく、爆炎でまた姿が見えなくなる。()()()()()

 

「後ろはガラ空きじゃねぇか!」

 

 逆方向に向かった魚雷を避け切った木曾さんが、お返しと言わんばかりに魚雷を放っていた。密度はレ級より少なくとも、精度はレ級以上。数の暴力という力押しではなく、回避方向まで視野に入れたピンポイントの一撃。

 あれを回避するには、撃ち抜くか跳ぶしかない。だが、レ級はそれすらもエグい。砲撃は言わずもがな、回避も一跳びで部隊の真ん中に襲来してくるほどの身体能力だ。

 

「フヒヒヒ、ムダムダ!」

 

 案の定、驚異の身体能力を発揮して跳躍し、木曾さんの雷撃を軽く回避。さらには、その跳躍により木曾さんに大きく接近。重力を無視しているのではと思えるような俊敏な動きで、眼前に着水した。

 そんなところにいる敵相手に魚雷を放とうものなら、爆発に巻き込まれて自分の方が大惨事になりかねない。雷撃特化にしてあるため、主砲すら持たない木曾さんには、ここまで接近されるとなす術が無い。

 

 はずだった。

 

「アホみたいに近付いてくるんじゃねぇよ!」

 

 すかさず腰に差していた軍刀を抜き、何かされる前にレ級の顔面に向けて一太刀浴びせる。

 

 駆逐水鬼の件があってから、木曾さんも近接戦闘を視野に入れていた。いくら深海棲艦とはいえ、生身の部分は斬れるはず。それこそ全身が艤装で覆われていない限り、軍刀は効く。

 私達の鎮守府では木曾さんしか持たない唯一無二の力があれば、戦況を打開出来る可能性が格段に上がるのだ。ならばと木曾さんも喜んで訓練していた。

 

「フヒ!」

 

 それを上半身を反らせることで緊急回避しつつ、股の下から潜らせるように尻尾を前方に伸ばしてきた。

 軍刀を振るっているということは、相当に近い位置にいたということ。その尻尾の一撃は海面に擦り付けながらのおかげで多少は威力が落ちていたものの、喰らったら小さくない被害を受けるだろう。

 

「やらせねぇっての!」

 

 そこに今度は加古さんの砲撃。木曾さんには当たらないように殆ど真横から、レ級の身体を狙って。

 回避がかなりしづらい場所だ。大きく動かない限りはほぼ確実に被弾する。被弾を避けるのなら、回避するにしてもガードするにしても木曾さんへの攻撃は不発になるはずだ。

 

「ヒヒヒヒ!」

 

 想定通り、自分の身を守るために身体を捻り、砲撃側に尻尾を向けてガード。急激な尻尾の移動で風圧が生じ、最も近い位置にいた木曾さんは軽く押されてしまったものの、未だに無傷で闘えている。

 

「まず脚止めるよ」

 

 さらに夕立の追撃。尻尾が届かないギリギリの位置まで突撃しての脚への砲撃。あれだけすばしっこい動きが出来るのは、わけのわからない身体能力を支えている脚があるからと考えたようだ。ならば、そこを潰せばおおよそ全てが終わる。

 

「キヒッ、イヤダネ!」

 

 体勢が滅茶苦茶にもかかわらず、そこからでも尻尾が足下に伸びて夕立の砲撃をガード。柔らかそうな素材に見える尻尾の肌の部分は、それでも殆ど傷付いていない。

 

「なら私も足止めだね! 夕立、手伝うよ!」

「ぽーい!」

 

 それなら足止めの砲撃を2方向から。私も夕立と同様にレ級の脚を狙って砲撃。自分ならではのブレ弾と精密射撃の交叉砲撃でより命中率を上げ、木曾さんと加古さんも含めた4方向からの攻撃により確実に仕留めていく。これなら回避が出来ないはずだ。上以外は。

 さっきと同じように跳んでくれれば、余計に回避が出来なくなるはずだ。そこを狙い撃てば、多少なりダメージは与えられる。

 

「キヒヒヒッ! オマエハコロサナイ、コロサナイケド、ウットウシイ!」

 

 しかし、それも力業でどうにかしようとしてきた。尻尾を大きく振りながら主砲を乱射し、私達の砲撃を邪魔しながら全ての攻撃をガードしてしまった。

 木曾さんは近付けなくなったことで軍刀も使えなくなり、飛び退きながらも魚雷を発射したが、それは私達がやったことと同じように砲撃により破壊。

 

「痛ぇっ、なんなんだアイツは!」

 

 さすがにそこまで撃たれると嫌でも被弾する。致命傷には至らないものの、砲撃の密度が高いせいでみんなが多かれ少なかれ傷を負っていった。私も主砲を持つ腕が火傷するくらいに。一番近かった木曾さんは、自分の魚雷の爆発もあったためにマントが焼け焦げ、腕や脚に血が滴るほどになってしまった。

 

 姫より強いというのを嫌というほどに実感してしまう。傷付かないように若干後ろ向きな戦いになってしまっているかもしれないが、こうまでダメージが与えられないと焦りそうになる。

 

「ならここよね、霧ちゃん」

「ええ。あれは捥いじゃいけないなんてないもの。陸奥に付き合うわ」

 

 ここで私達4人がレ級から間合いを取ったことで、戦艦2人の射線が完全に開いた。レ級は未だに尻尾を振り回し続け、私達に絶え間なく砲撃を繰り出してくるが、雑な力押しのおかげで回避は出来ている。

 そのタイミングを見計らって、2人が同時に主砲を構えた。さらには陸奥さん先頭での突撃姿勢。

 

「戦艦陸奥、突撃するわ! 主砲一斉射! てぇーっ!」

 

 そして、強烈な砲撃をしながらの突撃。

 戦艦の主砲を放ちながらの突撃なんて、身体にかかる負荷が尋常では無いだろう。今までの戦い方からして、砲撃は自身をその場に固定しての連射がギリギリだったと思う。

 だが、今回は違う。身体への負荷なんてお構いなしに、命中させることを念頭に置いた危険な必殺技である。

 

「ヒヒヒ、アタラナイ、ソンナモノ、アタラナイ」

「当たるのよ。当てるまで撃つんだもの」

 

 さらに陸奥さんのやや後ろから霧島さんも突撃しながらの砲撃。戦艦同士だからこそ出来る連携技で、レ級の逃げ道を確実に減らしていく。

 砲撃が激しすぎて、右にも左にも回避が出来ず、ご自慢の尻尾でのガードもままならない状況を作り上げた。どれだけ素早くても、ここまで強引な砲撃を前にしたらレ級と言えども即座に対応は出来ない。それこそ、先程の私達の目論見のように上に跳ぶくらいしか。

 

「アタラナイッテ、イッテルダロ!」

 

 やはり跳んだ。砲撃の全てを回避するため、唯一の逃げ道である上へ。

 

「当てるまで撃つって言ったでしょう?」

 

 それすらも見越した陸奥さんが、射軸をさらに強引に上へ引き上げた。砲撃の角度が急に変化し、空中で姿勢を変えることが出来ないレ級を完全に狙い撃ちにした。

 

「ああ、もう。なるべくならコレはやりたくなかったんだけど、やらないと南方棲戦姫倒せないものね。実戦投入は初めてだったけど、いろいろとわかったこともあったわ。ありがと。それじゃあ、バイバイ」

「ヒッ、ヒヒヒッ、ハハハハハッ!」

 

 その砲撃に呑み込まれ、レ級は空中で見事に爆散することになった。けたたましいほどの笑い声と共に。

 




トドメは陸奥の特殊攻撃【長門、いい? いくわよ! 主砲一斉射ッ!】(正式名称)。戦艦2人いるんだもの。使うよね。


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脅威は終わらず

 戦艦レ級による襲撃の迎撃は、援軍として来てくれた陸奥さん達による一斉射により決着。跳んだことで砲撃の的になり、戦艦主砲による猛烈な砲撃の直撃を受けたことで見事に爆散することとなった。

 言語を介し、知能を持った獣は、最期高笑いを残して消滅。他の姫ではない深海棲艦、イロハ級と同じように消えていった。亡骸も残らず、チリとなった。

 

「追加で援軍が来るかもしれないわ。怪我人は撤退してちょうだい。残った艦娘で哨戒を交代するわね」

 

 今の戦闘で多からず傷を負うことになった者もいたため、そちらはすぐに撤退。動けない程の大きな怪我人はいなかったため、行動に支障は無い。怪我人だけでは危ないということで、護衛をつけてもらいつつの撤退となる。怪我人は木曾さん、加古さん、夕立、そして私、陽炎である。

 私は腕に火傷を負う程度で終わっているが、一番酷い木曾さんは血が流れるくらいの被弾をしてしまっている。骨が折れているとかそういったことは無いようだが、おそらく戻ったらすぐに入渠ドックに入ることだろう。あれがいわゆる中破という段階か。

 

「ゲロちゃん、大丈夫っぽい? 火傷もそうだけど、首にもガッツリ痕残ってるよ」

「ああ、大丈夫。ありがたいことに痛くは無いよ。思いっきり掴まれたからかな」

 

 私には見えないが、レ級に掴まれた首筋の痕がクッキリと残ってしまっているらしい。これは援軍に来た直後の霧島さんにも言われている。

 鎮守府のお風呂に入れば消えるとのことなので心配はしていないが、やはりこういうのはあまり嬉しいものではない。

 

「帰ったらさっさとお風呂に入るよ。火傷もヒリヒリするし」

「なんなのアイツ! 何も考えないで尻尾ブンブン振り回してさ!」

 

 夕立もご立腹のようである。勝てなかったとかで拗ねるように機嫌を損ねるようなことでは無いようだが、あの戦い方には物申したいようだ。本能のままに戦うのは夕立だって近しいと思ったのだが、本人の中ではそういうことではないらしい。

 

 私の改二としての初陣は散々なものになった。ただの哨戒で終わってくれればいいものを。

 

 

 

 鎮守府に到着し、そのままお風呂へ。予想通り、木曾さんだけは入渠という形になった。

 専用のお風呂でしっかり身体を休めた結果、首筋につけられた痕や、腕に負った火傷は綺麗さっぱり無くなってくれた。女の柔肌に傷を残すわけにはいかないということで、こういうことには他よりも強く力が使われているとのこと。私としてはとてもありがたい。

 

 その頃には、私達の代わりに哨戒をするために残っていた部隊も戻ってきていた。あの後に援軍が来るわけでもなく、ただただレ級が襲撃に来ただけだったようだ。少し安心。

 

「じゃあ、そのレ級は普通に言葉を話したんだね?」

「普通では無かったけど、言葉は使っていたわ。普通のレ級よりは賢かったと思うわね。まだお子様並みだったみたいだけど」

 

 戻ってきた陸奥さんは、空城司令に今回のレ級のことについて伝えていた。あれは明らかに異質だったため、すぐに報告しなくてはいけないようなものだ。私達は優先的にお風呂に入れられたが、本来なら最初に交戦した私達がちゃんと話さなくてはいけないこと。

 

「私をアジトに持っていくって言ってたよ。姫に渡すとも」

 

 話の最中ではあったが、陸奥さんが知らないことを私が知っているため、それをすぐに話した。これは確実に重要な情報。知性のない深海棲艦だと思っていたものが、明確に私を判断していたということは前例が無いはずだ。

 

「首を掴まれて押し倒された後、匂いを嗅がれてから、殺しちゃダメだと言われてるって」

「なるほど、なら奴らの仲間であることは確定だ。イロハ級に知性を与えることすら出来ると思えばいいのかい」

「現状を見るに、そう考えるのが妥当でしょうね。人型限定とかはあるかもしれないけれど」

 

 確かに、あのレ級は完全に人間の形をしていた。姫でもないのにその形を取っている奴というのは何体かいるらしいが、その全てが人語を介することなく、本能のまま、もしくは上司である姫の命令に従って行動をする。駆逐水鬼の時も、比較的人型だったPT小鬼群や潜水艦がいたが、やはり人語は介さなかった。小鬼群はケタケタ笑っていたがそれくらい。

 何かしらの力を加えた場合、そういう常識も関係なく、どんなものにも知能を与えることが出来るのかもしれない。レ級の場合はいろいろと足りなかったようだが、会話が出来るくらいの知能はあった。そうだとしたら、とんでもなく恐ろしい力だ。

 

「考えるってことは、それだけでも姫みたいなもんだ。本能のままに動くからまだ対処がしやすかったってのに」

「本当にね。知性があるってことは、狡い事もしてくるってことだものね。姫がそこにいなくても」

 

 そうやって聞くと相当厄介である。指示が無くても独自に状況を見てその場で行動を考えるような、まさに()()()()()()深海棲艦が今以上に現れたら苦戦は必至である。事実、それが姫であるため、巣の破壊は基本苦戦するわけだが。

 

「しかもレ級だものね。イロハ級なんだから、アイツ多分1体じゃないわよ。あんなのが何体もいる可能性があるんだから」

「南方棲戦姫のところにゃ1体以上残ってると考えた方がいいだろうね。あれだけじゃない。むしろ、アレより賢いのがいる可能性だってある」

 

 2体同時に出てきた例もあるらしく、複数体で現れる可能性も考えておいた方がいいとのこと。まるで害虫じゃないか。あんな強烈な力を持つ深海棲艦が群れのように押し寄せてきたら、どうにもこうにもならない。1体でも総動員だったというのに。

 だが、常に最悪を考えた方がいいだろう。南方棲戦姫の巣の破壊には、レ級という最大級の障害がいることを視野に入れた方がいい。そして、それを突破出来たとしても、それ以上の存在である南方棲戦姫が立ち塞がることも。

 

「こいつは難儀だね。アタシらだけじゃしんどいかもしれない」

「そうね。これは支援が必要かもだわ」

 

 つまり、他の鎮守府から応援を募ると。鎮守府の艦娘総動員で行くにしても、それですらどうにか出来ない可能性がある。それこそレ級が1体ならず2体3体と出てこようものなら、押し潰される可能性はさらに高くなるのだ。

 ならば、人員をさらに増やして、こちらが押し潰す方向で考えた方がいい。南方棲戦姫との直接対決は私達がやるにしても、その随伴の足止めを誰かにしてもらう必要はある。

 

「よし、なら大本営に掛け合ってみるかい。そもそも人語を介するレ級が現れたってだけでも連絡するに値するんだ。萩風の時と同じくらいのスクープだろうよ」

 

 レ級のことについては全ての鎮守府が知っておくべき事情。すぐにでも上に連絡して、全鎮守府に通達してもらうようだ。

 そうすれば、何処かが対策を考えてくれるかもしれない。我こそはと支援に来てくれるかもしれない。

 

「アンタ達は今は自分のやれることをやっておいておくれ。戦いは任せるが、そこに至る道はアタシが作ってやるさね。なるべく綺麗に舗装された道をね」

「ええ、よろしくお願いね、提督。頼りにしてるわよ」

「大船に乗ったつもりで訓練に励みな」

 

 なんて心強い。姫でもない強敵の存在を聞いても、次のステップにすぐに切り替えていく度胸。それに、多少はマイナスな言葉を出したとしてもすぐに前向きな言葉しか出さなくするのは本当に強い。

 これだからみんなが空城司令についていく。この人となら勝てると信じられる。

 

 

 

 今日の日程はこれで終了。予期せぬトラブルでまさかの実戦になってしまったものの、改二艤装は良好に動くことがテスト出来た。明日からは正式に改二として活動していくことになるだろう。

 とはいえ、今日こんなことがあったのだから、昨日に引き続きまた悪夢を見ることは必然と言える。夜も同じように、みんなにいてもらうことで悪夢を乗り切りたいと思う。

 

 その日の夜、悪夢から回避させてもらうために集まってくれた異端児駆逐艦達。寝るまでは適当な雑談で時間を潰して精神的な癒しを得るのだが、今晩の話題は専ら、哨戒中の戦いのことだ。

 

「知性を持つレ級……ですか」

 

 もしかしたら知っているかもしれないということで、萩風にもあのレ級のことは話しておいた。太陽の姫との面識が少ないために何も知らない可能性はあるが、作戦に何か役立つ情報があればどんな小さな情報でも欲しいもの。

 

「私にはわかりませんね……そんなもの与えられませんでしたし」

「駆逐水鬼の斥候は小型のが多かったもんね」

「はい……私が駆逐艦だったからか、周りに生まれるのは小型のものばかりでした。それ自体が仕組まれたものかどうかはわかりませんが……」

 

 確かに駆逐水鬼の周りは駆逐艦と潜水艦、そして小鬼群しかいなかった。意図してそれを生み出していたわけではないのなら、巣の主によって斥候として生まれる深海棲艦は固定化されるとかあるのかもしれない。

 南方棲戦姫はあらゆる艦種の斥候が出てきたので、何か実力とかそういうものが関係していそうである。レ級自体も南方棲戦姫の巣だからこそ生まれた可能性もある。

 

「そっか。ごめんねまたほじくり返すようなこと聞いちゃって」

「い、いえ……私の記憶がお役に立てるならよかったんですが」

 

 顔が赤くなっていき、そして大きく震えた。私が頼りにしたことで妄想が捗ってしまったのだろう。後遺症はまだまだ重い。

 

「ゲロちゃん治ってよかったね。やっぱりあんな痕あるのは良くないっぽい」

 

 夕立が私の首筋を撫でてきた。不意打ちだったので声を上げそうになったが、なんとか我慢。

 

「ホントだよ。首を鷲掴みにされるとか初めてだし」

「腕も火傷してたんだよね……痣とか残らなくてよかったね」

 

 腕の方は磯波が撫で回してくる。相変わらず匂いにやられてしまっている模様。

 夕立も少し怪我をしていたが、今では綺麗さっぱり無くなっていたので、ここのお風呂の効果は偉大だと改めて実感する。それだけ効き目が強いのだから多用は禁止だろうが。

 

「むっちゃんさんと親分がぶちかましてくれたから倒せたけど、あんなのインチキっぽい。堅いし速いし気持ち悪いし!」

「レ級はどうしてもね……」

 

 磯波は古参なため、レ級のことは多少知っているらしい。戦ったことはないようだが、ここの艦娘の一部は戦闘する羽目にもなったらしい。

 

「野良のレ級が現れたことがあるの……たった1体で」

「ここの領海であんなのが!?」

「知性は無くて本能のままに動くのだけどね。その時も陸奥さんや霧島さんがどうにかしたんだけど、酷い戦いだったよ」

 

 あの時の部隊のみんながレ級の名前を聞いて顔を顰めたのは、過去の経験があったからか。私以外は結構古くから鎮守府に所属しているような人達が多かったし。

 だが、その経験があったからこそ、今回は知性を持っていたとはいえあの押し込みが出来たのかもしれない。そこまで賢くなかったことが功を奏したか。

 

「沖波はレ級って知ってた?」

「知ってたって程度だけど。今の磯波ちゃんの話は、私が所属する前のことみたいだし」

「うん……沖波ちゃんが所属する何ヶ月か前の話だから……」

 

 私や夕立が知らない話。1年以上前の話で、完全なイレギュラーだったらしい。レ級とは存在そのものが結構レアなもののようである。あんなのにバカスカ出てこられても困るが。

 故に、どんな状況であれ、レ級というのは何処の鎮守府でも忌避されているような深海棲艦なのだとか。むしろ姫よりも危険視されているまである。

 

「次は絶対勝つっぽい! あんなのでも、夕立の攻撃が通らないわけじゃないっぽいだろうし!」

「1人じゃ無理でも、連携が出来れば私達でも立ち向かえるかもしれないからね。今回でどんなことしてくるかは私達もわかったし」

「ぽい! 夕立とゲロちゃんとみんなでボッコボコのギッタギタにしてやるっぽーい!」

 

 押し倒すかのような勢いで抱きついてきた。危なく体勢を崩しそうになるが、そろそろ夕立の行動も予想出来るようになってきたため、しっかりと踏ん張って倒されるのは耐える。

 

「わ、私も頑張る。部隊に入れるかはわからないけど……!」

 

 夕立を見て対抗心を持ったか、磯波すらも抱きついてきた。そして思い切り匂いを嗅ぐ。

 私といる時だけはもう曝け出してきているような気がする。あまり躊躇しなくなってきた。

 

「勿論私も。せっかく私も改二になれたんだし、力を使わないとね」

「だね。もしかしたら総力戦になるかもしれないんだし、みんなが意気込んでおくことが一番だよ」

 

 沖波は匂いにやられていないので抱きつくなんてしてこないが、軽く拳を突き合わせる。

 

 

 

 異端児駆逐艦は一致団結している。またあのレ級が襲撃してくるようなことがあっても、心は折れていない。立ち向かうことが出来る。

 その前にまずはこの夜を乗り越える必要があるが。悪夢の更新だけは避けたい。

 




5-5上ルートでは最大3体(ボス前1体ボスマス2体)のレ級と戦う羽目になります。今回のお話もそれがあり得るということですね。そして5-5は道中支援と決戦支援が出せる海域でもありますので、外部からの支援も期待出来るということに。


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あの人との再戦

 翌朝、案の定ガッツリ悪夢を見たものの、途中で止めてもらえたおかげで事無きを得た私、陽炎。これから毎日のようにこの恐怖と隣り合わせになると思うとげんなりする。前回はまだ寝始めくらいだったから良かったが、今回はみんなが熟睡している中での悪夢だったので、少し寝不足気味。

 介護されているようで申し訳ない気分になる。これの解決策が見つかればいいのだが、どうにかならないだろうか。私の中に入っている太陽の姫の分霊を抜くとか。

 

「ふぁあ……おはよう……ごめんね夜中に起こしちゃって……」

「大丈夫だよ。陽炎ちゃんがおかしくなる方が嫌だし、私達は助け合いが基本だから」

 

 にこやかに言ってくれる沖波が本当に眩しい。時間もあってまるで朝日のよう。異端児駆逐艦唯一の希望。全部私のせいとはいえ、たった1人冷静に物事を見てくれるのは頼もしい。

 いや、私のせいじゃない。私をこんな身体にした太陽の姫が全面的に悪い。私も被害者だ。罪悪感もあるが、それを作るキッカケとなっているのは太陽の姫が私に分霊したからだ。全部太陽の姫のせい。

 

「私が元に戻ればこんなことにもならないんだけどねぇ……」

 

 目を覚ましても、夕立にガッチリホールドされて身体を起こすことが出来ない。私を抱き枕にして寝ると毎晩言っており、それを実行するのは別に構わないのだが、朝こうなるのはあまりよろしくないと思う。

 それを引き剥がそうと萩風と磯波が奮闘してくれているのだが、改二になってから生身の腕力も強くなっているのか、一筋縄ではいかないようである。以前は私が身体を押し付けて潰したが、今回はそれをやれないように足まで絡めてきているせいで本当に動けない。

 

「抱き枕は別にもう諦めたけど、起きないのは勘弁してほしい」

「あ、あはは……」

 

 もう笑うしかなかった。

 

 結果的に、最後は磯波が夕立の尻を叩いたことでどうにか起こした。寝不足にさせたのは申し訳ないのだが、時間になったらサクッと起きてほしい。今日は私が休みというわけでは無いのだから。

 

 

 

 昨日で改二になるための訓練は終了となったため、今日からは平常運転。異端児駆逐艦が纏まって訓練をするとかそういうことは無くなった。

 代わりに、次は鎮守府総動員で南方棲戦姫を打倒するという任務が始まる。昨日の哨戒と襲撃の件から、まだ複数体のレ級がいることを視野に入れた状態での作戦立案となるため、誰でもその部隊に入れるように全員の力を底上げする必要があった。

 しかし、そこまで時間があるわけでもない。万が一のことを考えると、なるべく早く片付けたいという気持ちはある。南方棲戦姫は私を観察することが仕事だと言っていたが、まかり間違って陸に襲撃を始めたら大変だ。あのわけのわからない力を振るっての侵略行為は簡単には止められない。

 

「まだまだ強くならなくちゃいけないんだね。改二になったから終わりってわけじゃないや」

「しばらくゴールは無いと思うよ。基礎も大事だし、今よりも強い力を手に入れないとね」

 

 同じように改二になってからも努力を続ける沖波と今日はコンビで活動する。夕立は今日も萩風についてくれており、磯波は哨戒で鎮守府を出て行っている。

 沖波と何をやるかというと、コンビプレーの訓練だ。もっと連携が出来れば、駆逐艦でも戦艦を倒すことが出来る力が手に入るだろう。それこそ生身を的確に狙うための戦術を編み出すわけだ。

 

「私の訓練でもあるから、本気でかかってきてちょうだいね」

 

 そして相手は霧島さん。以前の訓練のリベンジである。

 あの時は磯波と組んでいるときにいいところまで行けたというのがあるが、結局のところ一度も勝つことなど出来ず、身体に弾を掠らせることすら出来なかった。盾を使わせることが出来ただけでも充分に成長出来たとあの時は思ったが、今後のことを考えればそれで止まっていてはいけない。

 

「私も、複数人を同時に相手にする訓練を何度かしておきたいの。戦場で私が雑魚を引き受けることもあるでしょう。囲まれても打開出来る技を得たいのよね」

「あの時は敵わなかったけど……私達で訓練になるのかな」

「ええ、あの時は貴女達2人は改二でも無かった発展途上だったでしょう。今なら苦戦するんじゃないかしらね」

 

 確かにあの時と比べれば大分成長出来ていると思う。私も沖波も改二になっているし、あの訓練の後も鍛え上げている。駆逐水鬼との戦いも終えているので、心持ちもまた成長しているはずだ。

 それに、今回は最初から2対1。沖波との連携はあの時以来は出来ていないとはいえ、心通わせることは常にしているようなものだ。なら戦える。

 

「勿論、私も最初から本気で行くから」

「鋏も使う感じで……?」

「前もそうだったでしょう。あのレ級は尻尾を使った近接戦闘もしたのだから、それを意識してもらいたいもの」

 

 前回は駆逐水鬼を意識した接近戦だったが、今回はレ級を意識した接近戦。霧島さんの鋏はレ級の尻尾と扱われ方は違うものの、()()()()()()()()というのは何も変わらない。

 それにこれは霧島さんの訓練でもあると言っているのだから、霧島さんも持てる力を全て見せてくるはず。

 

「了解。私と沖波で、霧島さんに勝つよ」

「リベンジだね。頑張ろ」

 

 沖波と拳を合わせて意気込む。霧島さんもその様子にとても満足げだった。

 

 

 

 戦いの始まりは以前と同じ。ルールは勿論何でもあり(パーリトゥード)。装備は以前と変更し、私も沖波も主砲寄りにしてある。代わりに今まであまり使っていなかった水上電探を装備した。武装を選択しているときに、夕張さんからアドバイスを貰ったからだ。

 対空砲火の時に扱う対空電探や、対潜攻撃の時に扱うソナーのように、この水上電探を使うことで砲撃を当てやすく出来るらしい。それこそ、人間では感知出来ない視界の広さになるようなもの。

 

「なるほど、こういうことね。これは便利かも」

 

 戦いが始まる前に試しに電探を起動してみたところ、少し後ろにいて視界に入っていない沖波の、位置が理解出来た。表情とかはわからないにしろ、そこにいるとわかれば、備え付けの主砲が狙いを定めてくれる。私とは非常に相性がいい。

 

「それじゃあ、準備はいいかしら?」

「陽炎、おっけー!」

「沖波、問題ありません!」

 

 相変わらず霧島さんが相手となった時の威圧感が凄まじい。味方でよかったと改めて思える。

 

「では、始め!」

 

 訓練開始の合図として、砲撃された。先制攻撃を取られたとして考えればこの始まり方もおかしくはない。レ級だってそういうことをやってくるだろう。視界に入った瞬間に撃つ。

 だから、私も沖波もすぐに回避。距離は遠くなったものの、連携は身近にいないと出来ないものではない。アイコンタクトと首の振り方くらいで意思疎通をしていく。

 

「せっかく2人でやらせてくれるんだから!」

 

 私は右から、沖波は左からで、霧島さんを同時に砲撃。霧島さんを中心としたクロスする射線でまずは牽制。

 霧島さんには盾があるため、この程度なら簡単に防いでしまうだろう。むしろ防ぎながらこちらを攻撃してきかねない。何せ、盾の根元に主砲が設置されているのだ。こちらの攻撃を食い止めつつ、その主砲で同時に攻撃してきてもおかしくない。

 

「1人に対して別の方向からの攻撃は無難なところ。3人の場合は回避も必要か」

 

 それを盾で同時にガードし、さらに同じタイミングでの砲撃。ぶつぶつと呟きながら次の行動を頭の中で組み立てて、その場で最善の行動を計算してから即実行しているようである。さらに不利な時のことまで考えて。

 その計算は私の予想とドンピシャ。最初から回避を考えて撃っているため、その砲撃は掠ることもない。

 

「同時に相手取るのは辛いか。なら、片方を追い詰めるのが吉、ね」

 

 突如霧島さんの視線が私のみを捉える。沖波からの攻撃だってあるだろうが、先に片方を終わらせた方が後々の戦いが楽になると判断したのだろう。

 先にいなくなるといいのがどちらかとか考えていない。()()()()()()()()()という単純思考だ。あの艦隊の頭脳は突然直感任せの力押しになるので、その方が怖いという。

 

「斉射!」

 

 そして猛烈な連射。陸奥さんとの同時攻撃の必殺技、一斉射の1人バージョン。つまり、強烈すぎる1方向への物量攻撃である。

 レ級は2人がかりの斉射を上に避けるという選択をしたが、私にその選択は不可能。ならば、一気に駆け抜けるしかなかろう。

 

「っぶなぁ!?」

 

 放たれた瞬間に全速前進。辛うじて斉射の範囲外に飛び出すことが出来たが、攻撃も出来ずに回避一辺倒にされた。今のは本当にギリギリ。

 今までの訓練で瞬発力も上がってくれていたおかげで判断がすぐに出来たし、改二になってから速力が上がってくれていたおかげで回避出来る程にまで移動することが出来た。

 

 改めて私はみんなのおかげで強くなれていると実感する。だが、これだけでは勝てない。

 

「それはわかってるわ、沖波」

 

 私に専念したことで沖波が完全にフリーになったわけだが、殆ど背後から放った砲撃を知っていたかのように盾でガード。その方向すら見ていない。

 なるほど、私がさっき確認したのと同じで、霧島さんも電探を使っているわけだ。それも、私が今持っているものより高性能な。私達が駆逐艦だからそれで間に合っているというのもあるか。戦艦主砲相手ならガードなんてしていられないだろうし。

 

「ならこっちも!」

 

 斉射をした後は少しだけ間が出来てしまうようなので、そこを狙って力いっぱいの連射。霧島さんの斉射の真似事になるが、威力は段違いに低い。代わりに小回りを利かせ、ちょこまかと動きながら撃ち続けた。手も足も止めず、出来る限り霧島さんが攻撃に転身出来ないように、動きを封じるかのように。

 私がそれをやり始めたことで沖波も察してくれていた。私よりも状況判断力が優れている沖波は、磯波よりは前に出るが後方支援に向いている方だと思う。私が率先して前に出て、それを援護してもらう形がおそらく一番合っている。

 

「挟んでの斉射、これは回避しかないわね」

 

 これはガードではなく回避を選択。当然回避した方向に連射の向きを変えていくが、霧島さんにはなかなか当たらない。というか思っている以上に素早い。駆逐艦よりも身体も艤装も大きいのに。

 

「なら次の段階」

 

 今度の手近は沖波になったようで、視線があちらを向く。そのため私がフリーに。それならさらに猛攻を仕掛けるべきだ。撃て撃て撃て。

 

「止めながら、避けながら、()()()

 

 沖波の砲撃は盾でガード、私の砲撃は回避。それを繰り返しながら沖波に徐々に接近していく。その圧力で沖波が押され始めている。

 これはまずいと真後ろから私も接近。電探を使って回避方向を決めているのかもしれないが、近ければ近い方がこちらの命中率は比例して上がっていくはず。ゼロ距離で撃てば必ず当たるのだから、これは間違っていない。

 

 それでも当たらないのが霧島さんである。本当にゼロ距離まで近付かないとまともに当てられないのではと錯覚してしまいそう。勘弁してくれ。もっと近付かないといけないのか。

 

「近付き過ぎるのは不用意よ陽炎」

 

 ここまで沖波を追い詰めておきながら、急に反転して私に対して斉射。1人で戦っているのだから切替も自分のタイミングで出来てしまう。

 近付きすぎているので、この砲撃は最大戦速でも回避不可能。霧島さんのように盾を持っているわけでもあるまいし。ならば被害を最小限にするために動くしかない。艤装を盾にするように背中を向けて、私自身に対してのダメージを極力軽減した。

 

 だが、これが功を奏した。霧島さんが私に主砲を向けた瞬間、沖波が霧島さんの懐に潜り込んでいた。盾の内側に入ってしまえば砲撃も回避出来ない。改二になったことで沖波もかなりのスペックアップを果たしている。

 

「あら……少し見誤っていたわ」

 

 そして砲撃。ギリギリで回避したが、脇腹をえぐるようにペイントがついた。そして私は大変なことになった。

 

 

 

 ある意味、私が囮になり身を犠牲にした結果、かなり強引に勝利をもぎ取った形になる。1人の犠牲で1人を倒すというのは、私達としてはあまり良くない勝利。

 

「今のは私達の負けだよ。あれは私が死んでるもん。倒したうちに入らない」

「どっちも生きてる状態で勝たないと意味がないよね……陽炎ちゃん大丈夫?」

「後頭部に当たっちゃってるんだよね……一応大丈夫。せめてもう少し身を屈めないと」

 

 あとは艤装にも心の中で謝っておく。盾にしてゴメンと。実弾だった場合、艤装も木っ端微塵になっていた可能性がある。その上で私が死んでいたらお話にならない。

 

「良い心がけね。なら、一切の被弾無しで勝てるようになるまでやりましょうか。勿論私も。もう懐に潜り込ませるなんてことはさせないのでそのつもりで」

 

 あ、これ沖波根に持たれたかもしれない。あんな形でも当てられると思っていなかったのではなかろうか。

 

「さ、じゃあ少し反省会をしてから次の戦いよ。今回は貴女達に付きっきりでいけるから、確実に底上げしてあげる。レ級にも2人で勝てるくらいにね」

「うん、よろしくお願いします!」

 

 そこからの霧島さんとの実戦訓練は熾烈を極めることになる。それでも楽しいと思えた。

 




誰も死なないように戦うのがこの鎮守府のやり方。元が人間なのだから、死んでもらいたくないと考えるのが親心というもの。


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現れた援軍

 午前中は霧島さんとの訓練に勤しんでいた私、陽炎。沖波とのコンビプレーはそれだけでも磨かれていき、霧島さんに掠らせることくらいは出来るようになっていた。それまでに沖波共々ボッコボコにされたのは言うまでもなく、身体の至るところがペイント塗れ。防空訓練のときよりはまだマシというレベルではあるものの、似たようなものにされた。

 訓練も終わり工廠に戻ると、何やら騒がしかった。誰かが怪我しただとか、新しい艤装が出来たとかそういうのでは無さそう。どちらかといえば倉庫を片付けているような慌ただしさ。

 

「何かあったの?」

「あ、お帰りー……って、また派手にやられたねぇ」

 

 近場にいた夕張さんに聞いてみると、何と午後から支援艦隊が鎮守府にやってくるらしい。そのために、艤装を置く場所を作っているのだそうだ。

 

 昨日のレ級の件を大本営に報告した結果、トントン拍子に支援艦隊が援軍として来てくれる運びになったらしい。知性を持つレ級なんていう例外は、増えてもらっても困るため、早急に片付けなければならないと判断されたようだ。

 そしてその支援艦隊というのが、かなりの大型の部隊らしい。つまり、戦艦や空母の混成部隊である。私達の鎮守府は、どう頑張っても戦艦2人に空母3人。空母も2人は軽空母であり、大鷹は少し性質の違う護衛空母である。全く足りないとは言わないものの、力及ばずとなる可能性も確実にある状況のため、そういう形の援軍は実にありがたい。

 

「大型艦ということは、艤装も大きいということだからね。別に片付いていないわけじゃないけど、ちゃんと別個に置いておかなくちゃいけないし。それでこんなにバタバタしてるってわけよ」

「なるほどなぁ。どんな人が来るか楽しみだね」

「艤装弄らせてもらえるかなー。ここにはいないような人達が来るらしくてさぁ、すっごい楽しみなんだよねー」

 

 整備は出来るかもしれないが、改造は無理だと思う。

 

 それがどんな人かは知らないが、まずは仲良くなりたいものだ。せっかくの仲間なのだし、ギスギスした状態で戦いたくない。諜報部隊の時くらいにフランクならいいのだが。

 

 

 

 そして午後。支援艦隊到着。相変わらず大型のトレーラーが鎮守府の外に到着したようで、次々と艤装が搬入されてくる。予想通り、私達のものとは違う大きな艤装ばかりだ。1つは陸奥さんのものと同じほどに大きい。

 出迎えは空城司令としーちゃんだが、私達は野次馬根性で遠目からそれを眺めていた。支援艦隊受け入れのために午後は少しバタバタしており、訓練もそれが終わってからという話になっていたからだ。諜報部隊の時以上に、今回の援軍にはみんな興味津々で、ほぼ全員がその姿を一目見ようと集まっている。無論、私も例外ではない。

 

「まさか、アンタが来てくれるとはね」

「知性を持つレ級と聞いちゃ黙っちゃおれんさ。俺にも一枚噛ませてくれ」

 

 空城司令と話をしているのは、あちらの司令官。呉内(クレナイ) 周一郎(シュウイチロウ)大将。うちの空城司令も恰幅がいいが、呉内司令もなかなかのもの。対等な会話をしているが、年齢的には呉内司令の方が空城司令の一回りは下らしい。そう考えると、かなりデキる人なのではなかろうか。

 

「で、そいつが噂の?」

「ああ、うちの秘書艦だ」

Buongiorno(こんにちは). クージョー提督。秘書艦を担当している航空母艦Aquila(アクィラ)です」

 

 呉内司令の隣にいた外国の人も艦娘のようである。挨拶は母国語であり、人名は若干(つたな)いようだが、見た目とは裏腹に流暢な日本語だ。もしかしたら、ここでの生活も長いのかもしれない。

 

「相手が相手だ。うちの精鋭を連れてきた」

「そいつはありがたい。ということは、あの子もいるのかい」

「ああ、一番張り切ってるだろうよ。おう、こっちだ」

 

 その後ろからゾロゾロと現れる呉内艦隊の面々は、その誰もが外国の人である。艤装の影響で変化したわけでは無い、私達の国の人間とは別物の顔立ちのお姉さん達ばかり。

 あととにかくスタイルがいい。というか美形。ビックリするほど形が違う。同じ人間なのか疑問に思えるほど。同性でもドキッとしてしまう人達ばかりである。

 

「レ級の1体や2体ならこれで押し潰せるだろう。こちらには何度か戦った経験もある」

「さすが、レ級との交戦経験がある部隊ってだけでも心強いもんだ」

 

 確かに、経験が多い部隊が手伝ってくれるというのは助かる。私達よりも確実に手慣れているだろうし、知性を持っているにしても根本的な部分は同じはずなので、最初から多少は有利に戦えるだろう。そうでなくても、経験を活かして立ち回ることが出来るはずだ。

 

「今日明日でここの環境と艦娘に慣れてくれりゃいい。こっちにも慣れる時間がいるだろうさ。その間に作戦会議をしたいもんだが」

「問題ない。俺もそのつもりでここに来たからな。南方棲戦姫……だったか、そいつの巣を壊すまでは協力しようじゃないか。あまり長居しすぎるのも考えちゃいないがな」

 

 司令同士が話している最中、その部隊の艦娘達の視線がこちらに向いた。私は確実に目が合っただろう。

 そこでニンマリと笑った1人がのっしのっしとこちらへやってくる。司令官の側にいなくてはいけないとかそういう考えはまるで無く、ここに到着してしまえば個人プレーのようだ。

 

「貴様達がここの艦娘か。これからよろしく頼むぞ」

「うん、よろしく。えっと貴女は……」

「ああ、すまない。自己紹介がまだだったな。余はNelson(ネルソン)級1番艦、ビッグセブンの一角、Nelson(ネルソン)だ」

 

 聞き慣れない単語があったものの、名前はわかった。何というかいろいろと規格外な感じがする。特に一人称。()なんて小説の中でくらいしか聞かないのだが。この人は王族か何かなのか。

 このネルソンさんの行動がきっかけになって、他の艦娘達もゾロゾロとこちらへ。呉内司令は呆れ顔だったが、好きにしろと言わんばかりに空城司令としーちゃんに連れられて鎮守府の中に入って行った。

 

 作戦会議も確かに必要だが、艦娘同士の交流も大事だ。第一印象もあるし、短い間だが寝食を共にする仲間になるのだ。ここでまずしっかりとお互いを知っておくのがいい。

 だからどちらの司令も止めなかったし、ここに置いて自分達だけで話をしている。アクィラさんは秘書艦という立場上、呉内司令について行ったが、結構名残惜しそうにしていた。こちらに来たいとウズウズしているようにすら見えたし。

 

「秘書艦はアクィラだが、艦隊旗艦は余が務めている。我が必殺のNelson Touch(ネルソンタッチ)で、レキューを始末してやろう! 頼りにしてくれればいい」

「それをやるには私らが必要だろ。お前が威張ってどうすんだ」

 

 次、ネルソンさんに悪態をつくのはまた変わった髪の色をした戦艦の人。これは確実に染めてるだろっていう色合いだが、沖波や夕張さんのような例もあるので断言は出来ない。しかり、頭に星が描かれているとなると、さすがに自分でやったとしか思えない。

 

South Dakota(サウスダコタ)だ。ここにキリシマっていうヤツがいるって聞いたんだがどいつだ」

「私ですが、何か御用?」

 

 ちょうど霧島さんもどんな仲間が増えるかと見に来ていたため、名指しで呼び出されて表に出てくる。喧嘩を売られているわけではないので険悪な雰囲気というわけではないのだが、少し警戒して。

 その顔を見たサウスダコタさんは、上から下まで舐めるように眺めた後、子供のような笑みを浮かべて手を差し出した。

 

「深海にガチの格闘戦を仕掛けたと聞いて、いつか会いたいと思っていた! キリシマ、是非ともアタシのトモダチになってくれ!」

「え、ええ、仲間だもの、それくらいならいくらでも」

「Thanks! 見ろネルソン、キリシマはいいヤツだ!」

Brilliant(素晴らしい)! 仲間として迎え入れよう!」

 

 あの霧島さんが押されている。前向きな者は多くいても、あそこまで押せ押せな人はいなかったかも。悪く言えば一切弁えない人。良く言えば分け隔てない友好関係を築き上げる人。

 ネルソンさんもサウスダコタさんも物凄くクセの強い戦艦の人であることがよくわかる。だが、レ級との交戦経験もあるという猛者だ。何というか、佇まい、オーラが違う。

 

「次は私ね。Essex(エセックス) class(クラス) CV-11 Intrepid(イントレピッド)よ。よろしくね」

 

 次、この中でも特に豊満な女性、イントレピッドさん。アクィラさんと同じく空母。ネルソンさんやサウスダコタさんと違い、かなり柔らかい雰囲気である。うちの天城さんもそうだが、空母というのはこう、包み込むような母性があるような気がする。空()というくらいだし、そういったところはあるのかも。隼鷹さんは……いや、頼もしいよ。

 

「私はこの子(サウスダコタ)と同郷なの。で、艦娘になる前からの知り合いなのよ」

「学友ってヤツだな」

「そういう子と同じところで戦えるって、素敵よね」

 

 なるほど、私と沖波のような関係か。あちらは艦種すら違うが、同じ国の出身ということならそういうこともあり得るのかもしれない。

 

「あともう1人同郷がいるのよ。ほらアト、こっち来なさいな」

「……防空巡洋艦、Atlanta(アトランタ)

 

 今までの人達とは打って変わって物静か。もうこれはダウナーと言ってもいいくらいである。見ただけで人付き合いが得意ではないと態度で示しているようだった。

 防空巡洋艦と名乗ったので、初月と同じような性能を物凄く特化した存在なのかもしれない。だからだろう、早速反応したのは初月。

 

「防空巡洋艦……! 僕の上位種みたいなものが海外にいるとは聞いていたが、まさか会えるとは思わなかった。初月だ。よろしく頼む」

「……防空駆逐艦のハツヅキ。あたしのお仲間か」

「ああ、是非学ばせてほしい。レ級の膨大な艦載機を全て墜としたいんだ」

 

 初月があそこまで前に出て行くのもなかなか無い。アトランタさんも既に何処か嫌そうな雰囲気を出していたが、こういう場に出てきているのだから諦めてもらおう。

 

「そして、シンガーリは私! 重巡Prinz Eugen(プリンツ・オイゲン)!」

「我々の中では一番古株だ。ここの文化にも詳しい」

 

 最後はまた飛び抜けて明るい重巡の人、プリンツ・オイゲンさん。長いのでプリンツと呼ぶのが一般的のようだが、こちらの言葉で王子様的なニュアンスらしく、本人としては複雑なようである。とはいえノリがいいので簡単に受け入れた模様。

 

「ここにアクィラを加えた6人が支援艦隊として所属させてもらう。よろしく頼むぞ貴様達!」

 

 2人しかいない戦艦枠にネルソンさんとサウスダコタさん、2人がかりても圧倒されかけた空母枠にアクィラさんとイントレピッドさん、それでも足りないと防空枠にアトランタさん、そして小回りの利く火力増強としての重巡枠にプリンツさん。本当に足りないところを補強してくれる援軍である。

 レ級の異常すぎる性能を上から叩き潰すため、そしてそのまま南方棲戦姫まで押し潰すため、ここまでの戦力を整えてくれた。大本営と呉内司令に感謝である。

 

 

 

 支援艦隊の人達は、早速与えられた部屋に荷物を置いたあと、空城司令からこの鎮守府での戦いについてのレクチャーを受けており、その後からはまた私達といろいろと交流することになる。

 あのテンションを見ている限り、支援艦隊の人達とはすぐに仲良くなれそうだった。アトランタさんだけは物凄く引き気味だったものの、どうせすぐ染まる。初月が早速懐いているし。

 

「なんか、すごい人達だったね」

「ね。歴戦の猛者って感じがあったよ」

 

 午後の訓練開始前に沖波と話す。話題は専ら、あの支援艦隊の人達一色。同じように準備してくれている霧島さんもその話題に乗っかってきた。

 

「いきなり友達になってくれは驚いたわ……」

「あはは、でも気は合いそうなんじゃないかな」

「多分。でもあの子は頭で考える前に手が出るようなタイプでしょう。私が手綱を握った方がいいかしらね」

 

 霧島さんも結構近いぞと言いそうになって、それを喉で止めることに成功。危なかった。

 考えた結果、最後は直感みたいなところがある霧島さんとは、サウスダコタさんはかなり相性が良さそうに思えるのだが。

 

「また実力は見せてもらいましょう。まだ時間はあるんだもの。外の部隊と連携をするのなら、力を見せ合う必要はあるわけだし」

「だね。どれくらいなのか楽しみだよ」

 

 おそらく明日くらいに演習なりすることになるだろう。外の部隊と一戦交えるなんて初めてのことだし、私がそこに参加するかはわからないが楽しみである。

 

 




支援艦隊なのに駆逐艦いないじゃないかという意見は野暮なので見逃してください。名前は支援ですが、別働隊みたいなものです。


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海外艦の実力

 知性を持つレ級という厄介な敵が南方棲戦姫の斥候として活動している可能性を考え、別の鎮守府から支援艦隊がやってきた。

 呉内司令率いる海外艦のみで構成された部隊は、レ級との交戦経験があるだけではなく、こちらの鎮守府に足りないものを埋めてくれるという最高の援軍。少しキャラのクセが強いものの、こちらとも仲良くやってくれそうなので一安心である。

 今日のところは現状と今後の説明で終わり、本格的な活動は明日から。すぐに出撃するわけではなく、ある程度作戦を立ててからの出撃となる。その間に交流をして、親交を深めて連携も完璧にしていきたい。

 

 翌朝、今回は悪夢を見ることなく、誰にも迷惑をかけることなく気持ちのいい目覚めとなった私、陽炎。何かしらのきっかけが無い限りは悪夢も見ないようで何よりである。

 私が熟睡出来たということは、異端児駆逐艦のみんなも起こすことなく熟睡出来たということ。私を抱き枕にしている夕立も、一切起きることなく爆睡していた。

 

「昨日の夜は何も無かったようですね。毎日じゃなくてよかったです」

「ホントにね。そろそろ南方棲戦姫との戦いになるだろうし、そんな時に悪夢なんかで躓かされても困るよ」

 

 一番心配してくれている萩風も、夜中に起きることが無かったことを喜んでくれた。多分一番嬉しいのは私。なんだか久しぶりに気兼ねなくグッスリ寝られた気がする。

 

「今日は演習なんだっけ。あの支援艦隊の人達と」

「だね。私達が参加出来るかはわからないけど、今日は交流会って流れだったはず」

 

 交流会が戦闘というのはどうかと思うのだが、知らない相手との戦闘というのはそれだけでも大きな経験になる。見ているだけでもいろいろと知ることが出来るだろう。強くなるためにはやれることを全てやらなくてはいけない。

 もうこれが南方棲戦姫戦に対する練度上昇の大詰め。ここで得た力を携えて、戦場に出ることになるだろう。ならば、全力で挑まねば。

 

「よーし、今日も頑張ろう! というわけで、夕立起きれ!」

「ぽいーっ!?」

 

 背中で思い切り押し潰して起こしてやった。今日もいい1日になればいい。

 

 

 

 準備万端整った状態で、全員が集まった。今まで決めていた日程は全て変更し、全員が演習に参加する流れに。とはいえ海防艦は活躍出来るような演習では無いため、保護者の管理の上で見学という形になっている。今回は大鷹も空母として演習に参加するため、保護者は基本的にしーちゃんになる。

 

「せっかく来てくれたんだ。胸を貸してもらおうってわけだが、異存は無いね」

「ああ、構わないぜ。そちらの実力も知っておきたいんでな」

 

 今回の支援艦隊6人の部隊に対して、空城司令の選んだ6人をぶつける。その部隊は南方棲戦姫の巣を破壊しに行くための部隊というわけではなく、組み合わせをいろいろと考えるための戦術研究の一種。

 支援艦隊には何度も演習をしてもらうため、途中休憩を挟みつつ進めていく。こちらは人数がいるのにあちらは6人しかいないのだから、基本的にはあちらが主体になる。

 

「ネルソン、タッチは使って構わない」

「ほう、いいのか?」

「こちらの手の内を知ってもらわなけりゃ、連携もクソも無いだろう。お前達も全部見せてやればいい」

 

 昨日も話していたが、ネルソンさんにはNelson Touchという必殺技があるらしい。それがどんなものかは知らないが、陸奥さんの一斉射とどちらが強いだろう。

 

「キリシマ! お前はまず出てこい!」

「それを決めるのはうちの司令」

 

 サウスダコタさんはもうこの時点で霧島さんと戦いたくてウズウズしているようである。余程格闘戦を仕掛けた艦娘というのが気になるのか、遠足に行く直前の子供のような表情をしている。あの人、見かけより幼い。夕立タイプか。

 それに対する霧島さんは、少し冷めた雰囲気。だが笑みが溢れている辺り、サウスダコタさんのことを嫌っている節は無いようだ。

 

「最初は対等な部隊をぶつけた方がいいだろう。陸奥、霧島、天城、隼鷹、加古、初月。この6人から行こうか」

 

 艦種もなるべく揃えた6人が選出される。うちにはアトランタさんに対応出来る防空巡洋艦はいないため、同じ立ち位置になるであろう初月が選出された。

 それ以外の者は遠くから見学となる。見づらければ使えとオペラグラスまで渡された。

 

「なんだか観劇みたいになってるね」

「交流会だし、多少は気楽にやれってことかな」

 

 だが、この演習を見学させてもらうことで、私に取り入れられるものがあれば取り入れていきたいところである。

 

 

 

 海上で向かい合う2つの部隊。そういえば、艦娘同士の戦いをこうやって客観的に見ることは初めてだった。初めてここに来たときに陸奥さんと霧島さんの演習を見たが、ちゃんとした部隊による演習は初めてだ。自分でやるのも2対2だったし。

 各々好きな場所での見学になるが、私達異端児駆逐艦は案の定一緒に行動。見やすいかはさておき、堤防の辺りを陣取って演習を見守る。

 

「磯波、ああいうことってよくやることなの?」

「全くやらないってことは無いんだけど、ここ最近はやれてなかったかな」

 

 何処の鎮守府も自分達の領海を守ることが優先なのだから、他の鎮守府に援軍に駆けつけるということ自体、余程のことが無いと起きないようなイベントらしい。そもそもが多めの鎮守府に艦娘を小分けにして置いているのだから、何人か離れると領海が大変なことになる可能性もある。

 呉内司令はそれでもこちらを優先してくれたのだから、余程自信があるということになる。鎮守府に残った人員だけで、鎮守府並びに領海全ても護り切ることが出来るのだろう。

 

「ふぉお! 親分頑張るっぽい! みんな勝つっぽーい!」

 

 まだ始まってもいないのに、夕立のテンションは最高潮。次は自分があの場に立つんだと拳を握り締め、少しでも詳細な情報を手に入れようとオペラグラスで戦場を凝視。

 

 それに倣って私もオペラグラスで確認。陸奥さんと霧島さんは最初から一斉射を狙っているような表情。天城さんと隼鷹さんもそれに合わせて一気に発艦の構え。サポートするように加古さんが後ろを陣取り、初月はあちらの航空戦の状況を見ての行動となる。

 対するネルソンさん率いる支援艦隊は、最初からやることは決まっていると言わんばかりに相談すらしていない。いつでも自信満々な表情。最初から敗けなんてないと信じて止まない強者の構え。

 

『準備は整ったようだね』

 

 全員に聞こえる空城司令の声。そろそろ演習を始めるとわかり、観客である私達も気が引き締まる。

 この演習は一挙手一投足すら見逃してはいけない。うちの鎮守府トップと、外の強者とのぶつかり合いは、確実に私の成長にも繋がるだろう。

 

『これはお互いの実力を見合う演習だよ。手は抜くな。その方が相手に失礼だからね』

『どちらがやられても恨みっこ無しだ。何かあったら後から反省会でも開いてくれ』

 

 呉内司令の声も聞こえる。2人はおそらく同じ場所にいるのだろう。お互いにお互いの部隊を見合って、今後の作戦立案に活かしていく。むしろこの演習を見ながら作戦を完璧にしていくまである。

 

『それじゃあ、もういいね』

 

 ついに始まる。ざわつきも無くなり、海の上がシンと静まり返る。本来の戦場とはまた違った緊張感。生死をかけた戦いでは無いが、プライドをかけた戦いではある。恨みっこ無しでも勝敗は出るのだから、どうせなら勝ちたい。

 

『互いに、全力でぶつかり合いな。始め!』

 

 演習開始の合図と同時に、互いの空母が艦載機を発艦。まずは制空権の取り合いから開始。

 

 隼鷹さんの陰陽師のような発艦や、天城さんの旗竿を使った発艦を見慣れているからか、あちら側の発艦は物珍しいものに見えた。

 イントレピッドさんは猟銃なのかなんなのかわからないが銃を放つことで弾丸が艦載機へと変化し飛び立つ。アクィラさんは弓。なんだかロビン・フッドみたいに矢を放つと、その矢が艦載機へと変化していく。

 

「うわ……なにあの量」

「レ級と同じくらいっぽい?」

「だね……やっば。あれ押し潰されそう」

 

 驚くべきはその艦載機の数。イントレピッドさんのものだけで隼鷹さんと天城さんのものを塗り潰さんばかりの数が飛んだ。そこに加えて、アクィラさんの艦載機が追撃に入るため、制空権は完全に奪われてしまっている。

 遠目で見ていてこれなのだから、戦場だともっと威圧感があるだろう。レ級の時と同じくらいの艦載機の数に匹敵している。

 

 それをどうにかしようと動き出すのが初月だ。防空駆逐艦の意地と誇りにかけ、その数を少しでも減らそうと対空砲火を繰り出す。

 そしてそれはこちらだけに限ったわけではない。あちらにも防空の専門家、アトランタさんがいる。何処かぼんやりした表情で艦載機を眺めたかと思ったら、小さく空を指差した。瞬間、猛烈な対空砲火が撃ち出され、こちらの艦載機は次々と撃墜されていく。

 

「隼鷹さん、もう笑うしかなくなっちゃってるよ」

「うん……あれだけされたらそうなっちゃうよね……」

 

 繰り出した艦載機が次から次へと失われていくのは、苦笑以外何も出てこない。あの対空砲火は、艦載機側の熟練度とかそういうものを一切考えずに行なわれている。数も関係ない。

 

 そうなると今度は砲雷撃戦側へ。制空権が取られて圧倒的不利な状況下での撃ち合いになるわけだが、陸奥さんは速攻を仕掛けようとしていた。霧島さんと並び立ち、真正面のネルソンさんとサウスダコタさんに向けて一斉射を仕掛けた。あのレ級すらも粉砕した渾身の一撃を、開幕直後にお見舞いする。

 だが、一筋縄ではいかないのがあの艦隊だ。盾があるわけでも無いのに余裕綽々と言わんばかりに突撃。一斉射にある僅かな穴を潜り抜けるように突き進むと、なんとネルソンさんの艤装が()()()()。両サイドにあった艤装が前へと伸びるように折り畳まれ、まるで本物の艦になったかのような形状。

 

「えっ、何あれ!?」

「かっこいいっぽい! お菊ちゃんとか絶対反応してるっぽい!」

 

 わかる。菊月は目をキラキラさせながらあの艤装を見ているだろう。何かいろいろとロマンが詰まっている。

 その変形はロマンだけではない。いわゆる突撃姿勢というもので、そのまま陸奥さんと霧島さんの中を割るかの如く砲撃しながらの突撃。砲撃の中を突き抜けてくるため、その圧力に気圧されそうになっているが、それを食い止めるためにさらなる猛攻を仕掛ける。

 

「あれ、被弾無しで潜れるの?」

「無理だよ……あんなの滅茶苦茶な戦術だよ」

 

 磯波が唖然としていた。砲撃に突っ込むようなその戦法は普通ではない。だが事実、ネルソンさんは魔法でも使っているのではと思えるくらいに無傷で距離を詰めていく。

 そしてそれに追従するようにサウスダコタさんとプリンツさんが縦に並び、各々が陸奥さんと霧島さんに向けて砲撃していた。縦一列の突撃姿勢に圧倒されたか、中央から分断されてしまう。

 

「2人を分けて各個撃破する突撃戦法……ネルソンタッチってそれだったんだ……」

 

 誰がどう見ても無茶苦茶な戦い方だが、自信満々に突撃するものだから、その戦術が最善手に見えてしまった。それもこれも、ネルソンさん達の練度が異常に高いから成せる技なのだが。

 

 分断してからはやりたいようにやるのが向こうのやり方のようだった。当たり前のようにサウスダコタさんは霧島さんの方に向かい、星条旗はためくマストのような棒で格闘戦を仕掛けていた。なるほど、霧島さんに大きく反応していたのは、戦い方が近しいからか。

 ネルソンさんとプリンツさんは陸奥さんの方へ。後ろに控えていた加古さんもそちらへ突っ込み、2対2を無理矢理作りに行く。しかし、制空権が取られているということは、こちらには空爆の危険性も常に孕んでいるというわけで、正式にはあちらの方が数が多い。

 

「うわぁ……あの陸奥さんが押し潰されてく……」

「単体の練度は同じくらいなんだろうけど、空が取られてるからすごく不利なんだね」

 

 勝敗は制空権で決まったと言っても過言ではないだろう。圧倒的な物量と、的確すぎる対空砲火によって成す術が無くなっていた。こうしている間も、アトランタさんが常に撃墜し続けているのが大きすぎる。初月も負けず劣らずなのだが、最初の量が違いすぎた。

 

 そしてそのまま圧殺。あちらが無傷というわけでは無いのだが、こちらの方が傷が多すぎることにより、完全に敗北。

 多分互角に戦えていたのは、最終的に完全な個人戦になっていた霧島さんだけだろう。1対1ならトントン。だが2人になられると一気に均衡が崩されるという典型的な例だった。

 

 

 

 世の中にはまだまだ強い相手がいるというのを、まざまざと見せつけられた。

 




演習で一斉射とネルソンタッチをやるとか正気では無いんですが。


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鷲の目

 支援艦隊との演習、午前の部が終了。あちらは戦いっぱなしで流石に疲れたと一度ブレイクタイムとなった。お風呂で身体を休め、昼食で腹を満たし、改めて演習再開となる。その間にこちらもしっかりと身体を休めて、午後の部に挑む。

 私、陽炎も午前の部で戦わせてもらったが、それはもう完膚なきまでに負けた。霧島さんとの演習と同じ程に塗り潰され、ネルソンタッチも空襲もどちらも喰らっている。やはり、見るのとやるのではまるで違った。

 

 それだけやられて、特に酷かったのは回避だった。無茶をしているつもりは無いのだが、演習だからという理由でいろいろと試したくなり、結果的にボコボコにされている。私が狙ったのは、ネルソンさんの足止め。

 駆逐艦の火力では装甲をぶち抜くことは出来ない。故に本体をダイレクトに狙いに行くのが一番手っ取り早い。しかし、実行するためには近付かなければならない。そのためには爆弾の雨と飛び交う弾幕を潜り抜ける必要がある。それが上手くいかない。

 

「ありゃ大変だなぁホント」

 

 足を止めるのが一番確実な回避方法だった。むしろ下がる。そうすることで爆撃の危機から免れることが出来る上に、砲撃からも避けやすくなる。

 しかし、それはこちらの砲撃も当たらなくなるということに繋がる。ただでさえ遠退いたら威力的にもダメージが小さくなっていくというのに、さらに当たらなくなるのなら、ぶっちゃけいる意味すら無くなる。強いて言えば、本命を通すための囮か。それはよろしくない。

 

「近付けば空襲は無くなるけど、砲撃が避けられなくなるし……中途半端な距離だと空襲にやられるし……遠いと当たらない上にダメージ無いし……」

 

 湯船に浸かりながら考える。私に出来ること、仲間の力を借りて出来ること、それらを駆使して打開出来るか。まぁそんな簡単には思い浮かばないのだが。

 

「あらあら、悩める子がいるわね」

 

 うんうん唸っている私の隣に腰掛けたのはアクィラさん。

 あの演習の中でも、あくまでもイントレピッドさんのバックアップに徹していたかのような動きだった。初月が対空砲火でガンガン撃墜していく中、アクィラさんの艦載機だけはヒョイヒョイと避けていたように見えた。

 

「あはは……あれだけボッコボコにされたから、どうやったらああならずに済むかなって」

 

 隠すこともなく素直に話した。貴女達の倒し方を教えてくださいと聞いているようなものなので、自分で考えろと言われても何も文句は言えない。

 

「そうねぇ……例えばネルソンは、ネルソンタッチのところで隙があるのよ。艤装が変形するときは無防備ね。というか、戦艦は砲撃と砲撃の合間にそれなりに隙があるわよ? そちらのムツやキリシマも」

 

 予想外にも普通に教えてくれる。

 

「ダコタは結構直情的で、ちょっと応用が利きづらいかな? 想定外が来ると少し動きが止まるの。ピッドは艦載機の数に気を取られると思うけれど、爆撃って垂れ流しに出来るわけじゃないし、当然隙はあるのよね。あ、それを埋めるのが私の役目なんだけど」

「ちょ、ちょっといいかな」

 

 あまりにもペラペラ話してくれるので、逆に私からストップをかけてしまった。そんなに教えていいのだろうかと不安になってしまう。

 

「い、いいの? そんなに情報流して」

「勿論。だって仲間なんだもの。長所も短所もちゃんと知っておかなくちゃ」

 

 にこやかに話すアクィラさん。確かに今は、というか同じ志を持つ艦娘同士なのだから、良いも悪いも全て知っておくべき。演習という形で戦い合う状態とはいえ、明日には背中を預け合う戦友である。

 

「えぇと、カゲローよね。カゲローはちょっと前に行こうとしすぎて焦ってないかしら。ネルソンに近付くにつれ、動きが硬くなってたわ」

「げ、マジ!?」

「戦艦に近付くなんて緊張することかもしれないけれど、それだと貴女の全部が出せないわよね」

 

 味方の情報を提供するどころか、私の悪いところまで指摘してくれた。なるほど、回避が上手くいかないのは、無意識のうちに緊張していたからか。

 自分よりも大きな相手に立ち向かうジャイアントキリング的なことをしようとするのは、嫌でも不安を感じるものがある。失敗したら木っ端微塵。実弾なら生か死かの大きな賭けみたいなもの。そりゃ身体が嫌がるのは無理もない。

 

「そっか……力を抜けって言われてるのに、それが出来てなかったんだ」

「あらあら、そういうことを言ってくれる人がいたのね。なら大丈夫、意識してやれば身体は応えてくれるわ」

 

 よしよしと頭を撫でられた。急に子供扱いされて気恥ずかしい気分になる。アクィラさんから見れば私は子供なのだろうが。しかも今はお風呂。裸の付き合いでこれなので、余計に恥ずかしかった。

 

 それにしても、アクィラさんは戦場のことをよく見ている。長く一緒に戦ってきた仲間達の癖などならまだしも、昨日初めて会って、今日初めて戦う姿を見せたにもかかわらず、私のよくない部分を即座に指摘してくれた。

 

「驚いちゃった。すぐに私の悪いとこ教えてもらえるなんて、思ってなかったよ。すごく目がいいんだね」

「うーん、そうねぇ。私は頑張って頑張って頑張ったからこういうことが出来るようになったのよね」

 

 少し懐かしいものを思い出すような表情に。

 

「私の艤装、つまりAquilaなんだけど、あれは空母の中でもすっっっごく弱い方の艤装なの。もしかしたら最弱かもしれないわね。軽空母に劣る正規空母なんて嫌な言われ方もあったくらいにね」

 

 そんなこと言われてもまるで実感出来ない。普通に強力な空母なのだという認識である。

 確かにイントレピッドさんが扱う艦載機の数がとんでもないせいで陰に隠れてしまっているかもしれないが、相手をしている限りアクィラさんの援護は恐ろしく的確だったし、演習中にも被弾しているようなところは見ていない。

 

「だけど、うちの提督はそんな私でも拾ってくれたんだもの。恩を返したくなるじゃない?」

「確かに」

「だから私、い〜〜〜〜っぱい努力しちゃった。私そういうキャラじゃないんだけどね」

 

 茶目っ気たっぷりの笑顔で話しているが、その裏側では血の滲むような努力をしているのだろう。それを表に出さないようにしているだけで。

 

「そのおかげでね、周りを見る力()()は身についちゃったの。私は基本的には前に出ないのよ。ちょっと当たったら大破しちゃうし、そもそも空母って前に出たらダメだしね」

 

 その結果、手に入れたのがとんでもない観察眼。うちの磯波を数倍強くしたものと考えればいいか。

 あの子も後ろからみんなを支えるために、仲間の癖などを見て覚えているが、アクィラさんはパッと見で看破していくタイプ。弛まぬ努力が生み出した力の結晶。

 

「後ろを陣取ってみんなに戦ってもらうのって、なんだかアレみたいよね。スケサーン、カクサーン、やっておしまいなさぁい、みたいなね」

「あはは、それみんなに怒られないかな」

 

 ちょくちょく冗談みたいな言動も入れてくるため、その指摘にも嫌味がない。聞いていてもなるほどと全部納得させられる。

 だからこそ、ネルソンさんを始めとした仲間達はアクィラさんの指摘などを嫌な顔せずに聞くだろうし、改善していくのだろう。それでも隙が出来るのは仕方のないこと。それは仲間がコンビプレーで解消したら良い話。

 

「話を戻しましょっか。カゲローは駆逐艦でしょう。なら、もっと駆逐艦の良さを出していきましょう。はいではカゲロー君、駆逐艦の長所は?」

 

 そこにない上にそもそもかけていない眼鏡を上げるような仕草をしながら、突然先生みたいに質問をしてくる。海外の人とは思えないくらいである。

 それはさておき、駆逐艦の特徴といえば、わかりやすいのは小回りが利くところだろう。戦艦より艤装そのものが小さいのだから、それを活かしてちょこまか動く。私達に対しての小鬼群みたいなことが出来るのではなかろうか。ということは。

 

「回避性能が高い?」

「正解! 全部避けちゃえばいいの。そしたら負けないでしょう?」

 

 それは当たり前の戦法ではある。当たらなければ負けない。相手が相手なら、それでムキになって私に引き付けられる。そしてそれも全て回避し続ければ、その間だけは誰も狙われない。その隙に誰かにやってもらうなんてことも出来る。

 そうだ、勝つ戦いではなく、()()()()()()をしたらいいのだ。これは艦娘の心得、破壊者ではなく守護者にも繋がるところである。負けなければ護り続けられる。勝つことも大事だが、無理に狙うことはない。

 

「つまり、力を抜いて全部避ける……でいいのかな」

「極端なことを言えばそうなるわよね。力まずに自然体で、無理せず避け続けるの。そうしたら、100%のprestazione(パフォーマンス)で戦い続けられるわ」

 

 簡単に言ってくれる。それが出来れば苦労はしない。だが、念頭に置いておく必要はあるだろう。

 せっかく加古さんが教えてくれた適度にサボる戦術も、戦艦を前に身体が忘れてしまっていたのだ。だったらもう、常にサボるくらいの勢いで行かないと力み続けるのでは。

 

「なーんて、実はこれ、あの人の受け売りなのよね」

「あの人?」

「私達の提督よ」

 

 ああ、なるほど。あの人なら言いそうだ。

 

「とにかく、午後からはそれを念頭においてやってみてね。敵の真ん中で居眠りするくらいでいいんだから」

「そんな勇気は無いなぁ。ていうか、寝たら死ぬよね」

 

 とはいえ、参考になる意見が聞けたのは良かった。これが活かせるように戦っていければと思う。

 

 

 

 お風呂の後は昼食。午後の部に向けて英気を養う時間。なんだか今日はいつもよりもみんなの食欲が増している気がする。それに加えて人数が増えたというのもあり、間宮さんと伊良湖さんがてんてこまいであった。

 かくいう私もオカズを一品増やしているくらい。新しいことを全力でやるということで、普通より身体がカロリーを欲している。頭も回しているため甘味も欲しい。

 

「み、皆さんいっぱい食べますね」

 

 それを見て唖然としているのが萩風。一番の新人であるということで今回の演習は殆ど見ているだけだった萩風なので、みんなほど疲れてはいない。食欲も普通。

 私だけではなく、みんなが大食い中である。夕立だけならともかく、沖波や磯波すらもちょっと量を増やしているレベル。萩風が驚くのも無理はない。

 

「なんだかお腹空いちゃって。あれだけ動き回ってるから太ることも無いだろうし」

「ぽい。いっぱい食べて、いっぱい育つっぽい」

「覚えることが多くって、頭が疲れてて……」

「わかる。やりたいことがいっぱい出てくるんだよね」

 

 みんなが私と同じだった。いろいろ試して、そしてこっ酷くやられるというのが午前中の流れだった。

 

「さっきアクィラさんにアドバイスされたから、午後からはそれに倣ってやってみるよ。戦場のど真ん中で力を抜けって」

「私には出来てるようにも見えたけど……」

「ネルソンさんに近付くごとに動きが硬くなってるんだってさ。完全に無意識だったよ」

 

 磯波にはわからない程度のものだったらしく、アクィラさんの目の良さを改めて思い知った。味方でこれなのに、演習の場では敵として振る舞っていたアクィラさんにそこまで見透かされたのだから、これはホンモノ。

 

「わ、私もアクィラさんくらい、みんなを観察出来るようになれるかな」

「磯波なら出来るよ。でも、一度話を聞いてみるのもいいかもしれないね。コツとかあるかもしれないし」

「うん、演習が終わったら聞いてみる。むしろ今から聞いてみる!」

 

 磯波にしてはものすごく積極的に動いていた。自分のやりたいことの先の先に行く者がこの場にいるのなら、話を聞きたくなるのもわかる、

 

「あれだけやって一度も勝てなかったの悔しいっぽい! 午後は絶対勝つんだから!」

「だね。せめて一矢報いたいよ」

 

 そのためには、まずアドバイスを実現させなければ。私の全力を戦場で出せるように、力を抜いて。今までのみんなからの教えを全部取り入れて。

 

「じゃあ、その前に英気を養うっぽい。ゲロちゃん、覚悟するっぽーい」

「ちょっ、食べてる途中!」

 

 そして突然のハグである。匂いを全力で嗅ぐために体当たり気味に腹に突撃して、クンカクンカと音が聞こえるほどに行為を実行。もう夕立にそれをされるのも慣れてしまった。

 

「ふぁあ……やっぱり落ち着くっぽい。もっと下の方嗅いでいいかな。前にソナーがやってたやつ」

「今ここでするのはやめれ」

 

 頭を叩いて無理矢理引き剥がした。せめてやるなら夜にしてくれ。

 

 

 

 そして午後の部に突入する。今度こそ、何かしら結果を残したいものだ。

 




Aquilaとはイタリア語で鷲を意味する単語なんですよね。なら、鷲の目(イーグルアイ)を持っていても違和感は無さそうじゃないですかね。ゲームでは天然キャラですが。


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陽炎の如く

 支援艦隊との演習、午後の部。まずは見学から始まった私、陽炎。昼食前のお風呂でアクィラさんに聞いていたことが本当かどうかを確認してみる。

 戦艦の砲撃の間の隙、艦載機からの爆弾投下の隙、その他諸々。実際遠目に、客観的に見ているとわかることがある。

 

「ホントだ……ネルソンタッチの変形で隙がある。その隙をプリンツさんが埋めてるんだ。すごいなぁ……」

 

 アクィラさんがあれだけ言えるのだから、それが全て仲間達に伝わっているのは当然のこと。それでも埋められない隙は、仲間が埋めているというわけだ。あとは個人のテクニック。眼前にいるものにその隙を悟られないように、見えないところでやったり別事で気を紛らわせたり。

 空爆はアクィラさんが言っていた通り、イントレピッドさんの爆撃の隙に合わせるように、アクィラさんの艦載機がタイミングよく追加の爆撃をすることで隙を埋めていた。

 

 それでもよく見ればタイミングが合いきらないところもある。そこが攻撃する絶好のタイミングなのだと思うのだが、遠くから見ているのと現場で戦うのとでは雲泥の差。その圧と緊張感で、隙が見えなくなってしまう。

 だからこそ、戦場のど真ん中で居眠り出来るくらいに力を抜けと言ってきたわけだ。緊張感を払拭して、圧を受け流す。

 

「とんでもない相手と演習させてもらってるって思っちゃう」

「だよね。あれは一朝一夕でどうにかなるものじゃないよ」

 

 一緒に見ている沖波も、あの戦いを見学しながら感嘆の声をあげる。何度見てもすごい。あれならレ級どころか南方棲戦姫にも対抗出来そうだ。

 そして、あれと対等に戦えるようになれば、私達でもそれだけの戦果が上げられるだろう。短時間でそこまでいけるかはわからないが、せめていいところまでは行きたいものだ。

 

「磯波、どう?」

「うん……教えてもらった通りだね。癖がわかってきたかも」

 

 口伝ではあるが、事前に磯波にもアクィラさんから聞いたことを教えておいた。見れば見るほどのめり込んでいく。

 

「次こそは一矢報いなくちゃ。午前はコテンパンだったからね」

「だね。せめて何処かに1撃入れたいよ」

 

 夕立は今現場にいるのだが、どんどんその場で学んでいき、被弾率が下がっている。それでもまだ当てられていないのだから相当だ。才能の塊でも苦戦するくらいなのだから、私達が苦戦しないわけがない。

 せめて次は。教えられたことを全てこなして、そして最高の出来が見せられるように。

 

 

 

 少しして私の番。いろいろな部隊で試しているが、今回は哨戒中に会敵したパターンを想定しているため、戦艦無し部隊での戦い。さすがに武装は哨戒仕様では無いにしろ、小型と中型の艦娘のみになっている。私の他には、衣笠さん、木曾さん、由良さん、五月雨、磯波。如何にもありそうな部隊編成である。

 最大火力は木曾さんの雷撃。その次が衣笠さんの主砲と言ったところ。駆逐艦3人で受けなくてはならない難易度の高い演習である。狙うのは本体。もしくは艤装の隙間となる。

 

「なるほどな、意外と隙はあるわけだ」

「聞いただけで、打開出来たら苦労しないけどね」

「知ってるってだけでも大分楽なもんだぜ」

 

 この場でも教えてもらったことを披露しておいた。木曾さんの言う通り、知っているのと知らないのとでは、心持ちが大きく変わる。

 

「んなら、俺と由良でネルソンタッチは抑え込めるかもしれないな。その隙に魚雷を叩き込んでみる」

「まず間違いなく邪魔されるだろうけどね。空襲が止まらないよ」

「私も最低限対空砲火しますけど、全部抑えるのは無理ですよね……」

 

 今回はあちらの空襲を対処する手段が無いと言っても過言では無い。一応五月雨が防空装備ではあるものの、初月ほどのスペシャリストでは無いので限界がある。初月ですら押し潰される数だというのに。

 

「その場その場で連携していくしかないな。駆逐艦は基本固まって動け。小型で連携とった方がいいだろ」

「だね。じゃあ私は基本磯波と行動する。五月雨は対空砲火に専念?」

「うん。一番危なそうなのだけ墜とすようにする。必要最小限でね」

 

 というわけで、私は磯波との連携であの部隊をどうにか対処する。木曾さんは由良さんと雷撃により牽制。当てられれば御の字。衣笠さんと五月雨は単独行動。五月雨は対空砲火で要所要所の艦載機を撃墜し、衣笠さんは全体的に戦場を見て必要なところに加わる。各々の鍛えられる場所が決まったようなものだ。

 

「磯波、今回もよろしく」

「うん、頑張る。さっき癖の件も教えてもらってるし、午前よりは動けるようにするよ」

「オッケー。私もみんなからのアドバイスをちゃんと活かせるように頑張ろう」

 

 今回の課題はとにかく落ち着くことだ。無意識のうちに身体が強張るところを、意識して力を抜く。うまく出来ないならまずは深呼吸だけでもいい。とにかく力むのをやめたい。恐怖心が払拭出来れば尚更。

 

「っし、じゃあやるか。健闘を祈る」

「了解。今回は勝つ戦いじゃなくて、負けない戦いってのをやってみる。演習なんだもん、試せるのは全部試さなくちゃ」

 

 出せるものは全て出す。試せるものは全て試す。それで敗けたら次を考える。

 

 

 

 演習が開始した瞬間、イントレピッドさんとアクィラさんの艦載機発艦と同時に、木曾さんと由良さんが魚雷を発射。艦載機は発艦した直後なのだから、空襲が届く前に魚雷があちらに届く算段である。これにより、開幕1発目、空襲前のネルソンタッチを防いだ。

 そういう戦い方をすることは午前中にもあったため、用心に用心を重ねていた。ネルソンタッチはやられるだけでも本当にまずい。トンデモ火力による突撃で圧もあり、回避したくても身体が強張って動けなくなる。

 

「ネルソン、()()全部叩き割るぞ!」

「うむ、任せるぞ」

「ああ、Open fire(放てぇ)!」

 

 それに対してすぐさま対応してくるのがサウスダコタさん。海面に向かってそのトンデモ火力を撃ち込み、激しい水飛沫と共に正面からやってくる魚雷を一掃。

 これも午前中に見た。先制雷撃を砲撃で破壊し回避する力業である。私達の中でもそういうことをやる者は何人かいるが、サウスダコタさんのそれは豪快且つ()。強烈な火力による一撃で誘爆すら誘発し、その1発で全てを吹き飛ばす。

 サウスダコタさんだからこそ、何も考えずにその選択を取る。直情的と聞いていたが、あの攻撃自体は想定外でも何でもないようだ。一度見ているわけだし。

 

Intrepid squadron(イントレピッド航空隊), attack!」

 

 その間に、イントレピッドさんの艦載機が私達の真上に来ていた。航空隊が届く前に魚雷を届かせる算段だったが、その魚雷が破壊されたことで、ここまでやってくる時間を作ってしまった。

 ネルソンタッチ要員の3人の姿はまだ見えておらず、空には確実に塗り潰されるであろう数の艦載機に陣取られた状態。最初から制空権は投げ捨てている戦いだったが、実際こうなるとなかなかに怖い。

 

「一回下がるよ」

「うん、その方がいいよね」

 

 流石にこの状況で突っ込むのは得策じゃない。ちゃんと見るため、磯波と共に一旦後ろへ。これは全員が同じ考えになったようで、前のめりな気持ちは一度抑えた。懐に入るくらいでないとダメージは通らないだろうが、今はその時じゃない。

 アクィラさんの助言のおかげで、午前よりも冷静でいられた。やっぱり焦っていたのだろう。早くアレを止めないと被害が拡がると、戦いを急いでしまっていた。

 

「来た来た来た!」

「まずは、私のお仕事です!」

 

 爆撃が開始されたところを見計らって、一番前に出たのは五月雨。レ級の時の菊月と同じように、降ってくる爆弾に向けて対空砲火を行なうことで誘爆を誘い、必要最小限の範囲に被害を抑えていく。

 

 これも今回の訓練の課題だった。全部止めようとするからかえって被害が大きくなる。故に、()()()()()()()()()()()()()()ことをあえて選択して、自分への負担を抑えることにした。

 雨はどうやっても止めることは出来ないが、傘をさせば自分は守れる。それと同じだ。その範囲が少し大きいだけ。海全域を守ろうとしたらその前に潰れるのがオチだ。だから、まずは見える範囲だけを守る。

 

「それじゃあ、衣笠さんもちょいと援護だよ! 三式弾、斉射!」

 

 そこへ衣笠さんが援護。空中にばら撒かれる花火のような弾、三式弾でイントレピッドさんの航空隊を撹乱する。

 対地戦闘、拠点破壊に多く使われる三式弾も、実際の用途は対空砲火。ただし命中率はお察し。とはいえ、あれだけの数がある航空隊に対してならば、普通よりも効果的だろうという判断である。事実、数は減らせていないが空爆の質自体は若干落ちていた。

 

「ああもう、叩き落とせ。Fire!」

 

 そしてその三式弾すらも墜とすべく、アトランタさんが対空砲火。対空砲火に対空砲火をぶつけるとかどういう理屈なのかはわからないが、空はこれで大きく混戦。

 

 おかげで、多少意識を上に持っていくだけで回避しながら行動出来るくらいになってくれた。

 

「連打だ!」

 

 そこへさらに木曾さんが雷撃。水飛沫が晴れる前に追加で魚雷を撃ち込むことで、より命中率を上げた状態になる。いわば見えない魚雷。

 

 しかし、あちらはそんなことお構いなしだった。見えていないわけではないのだ。真上にアクィラさんの艦載機がある。よく見たら、攻撃しているのはイントレピッドさんの艦載機だけ。アクィラさんの艦載機は完全に()()()()()()だ。

 つまり、こちらがやろうとしていることは筒抜け。木曾さんの追加の雷撃も、五月雨と衣笠さんの対空砲火も、場所から何から全て見られている。あの観察眼を持つアクィラさんのそれなのだから、もうそれだけで脅威になり得た。

 

Feuer(撃て)Feuer(撃て)!」

 

 水飛沫を突き破るように放たれた、プリンツさんの砲撃。追加の魚雷すら、殆ど見えていない状態で撃ち抜いていき、水飛沫が新たに作られていく。

 これはまず先にアクィラさんを止めないとダメだ。監視カメラの下で動き続けるなんて、その時点で大きな不利。というか制空権を取られているのだから、空母を抑えないとこの不利は延々と続く。

 

「磯波、空母の方行くよ!」

「りょ、了解。突っ込むの!?」

「それっきゃ無いでしょ。今動けるのは私らだけ。空母は近付けば攻撃の手段無いから、行こう!」

 

 幸い、空襲そのものは避けやすいくらいにまで散らされている。なら、ちょこまかと動ける駆逐艦(私達)が懐に入り込むのは今だ。

 別に急いでいるわけではない。このタイミングが的確だと判断したから向かう。まだ気持ちは落ち着いている。

 

「Nelson Touch」

 

 しかし、プリンツさんの砲撃で守られたネルソンさんの艤装の変形が終わっていた。追加で立ち上った水飛沫もあり、隙も完全に塞がれていた。

 ということは、ここから水飛沫もお構いなしにネルソンタッチが実行されるということ。あれは止められない暴走列車のようなものだ。連射しながらど真ん中を突っ切り、私達の陣形をグチャグチャに乱した挙句に各個撃破を狙う技。

 

「由良が止めるからね。ねっ」

 

 それを見越して由良さんがあえて真正面へ。

 ネルソンタッチは突撃技。急に方向を変えることは出来ない。そのため、正面からの魚雷には弱いはず。午前の部ではそれすらも跳ね返されて大変な目に遭っているのだが。

 故に、ちゃんと考えて魚雷を正面で発射した時点でその場から退避。そうしながらも砲撃を続けて牽制。突撃だから横からの攻撃が多少効きやすくなっている。

 

「衣笠さんにも、お任せ!」

 

 そして衣笠さんも。三式弾を撃ちつつ、主砲はネルソンさんの方に向けてその動きを止める砲撃を放っていた。

 

「逃さんぞ! Shoot(撃て)!」

 

 それでもやはりお構いなし。突撃を無理矢理の敢行。それこそがネルソンタッチ。正面に放たれた魚雷はしっかりプリンツさんが処理し、水飛沫をぶち破るかのようにネルソンさんが突撃していた。後ろからは当然プリンツさんと……。

 

「サウスダコタさんがいない!?」

「呼んだかカゲロー」

 

 しまった。ネルソンタッチはネルソンさん、プリンツさん、そしてサウスダコタさんの3人による突撃戦法だと思っていた。だが、今あそこで突撃しているのは2人だ。サウスダコタさんは、()()()()()()()

 空母が、鷲の目(アクィラさん)がやられることの方が問題と考えていたのだろう。ネルソンタッチの攻撃力を下げる代わりに、こちらを確実に沈めに来た。

 

 多分これもアクィラさんの指示。誰か1人寄越せとでも伝えたんだろう。結果がこれだ。

 

「悪いが、こっちはやらせんよ。アクィラの目は私らには必要なんでな」

 

 間近で主砲を構えられた。これはまずい。直撃コースだ。

 

 だからこそ、()()()()()()()。強張っていたら避けられるものも避けられない。適度にサボることで、最大限の力を発揮するのだ。加古さんに続きアクィラさんにも助言を受けているのだから、実行しないわけにはいかない。

 避けるでもなく、その場で身体から全ての力を抜いた。そのまま倒れてしまいかねないくらいの脱力。居眠りするなんて言わないが、あちらの砲撃が当たらないのならあえて倒れ伏してもいいかもなんて考えていた。

 

 それが、私の最善の動きであることに気付くのは少し後。

 

「fire!」

 

 サウスダコタさんから放たれる砲撃。

 

 瞬間、私の身体は風に乗るかのようにヒラリと砲撃を避け、前に進んでいた。無意識に近い。脱力していたから無駄な力もかかっていない。

 

「消え、た!?」

 

 サウスダコタさんからはそう見えたらしい。目の前にいた的が、突然その場からいなくなったと。

 

「ああ、そうか、ここか」

 

 フワリと進んで、サウスダコタさんの懐へ。想定外のことが起きたため、動きが少し止まっていた。アクィラさんの助言通りである。

 あちらからしたら、私が突然目の前から消えたと思ったらまた戻ってきたようにしか見えなかったらしい。

 

Heat haze(陽炎)……かよ……!」

 

 ゆらゆらと揺らめく陽炎の如く、その攻撃をすり抜けた私は、サウスダコタさんの本体に砲撃を喰らわせた。

 

 

 

 私の戦法、陽炎としての戦いが確立した瞬間だった。

 




陽炎覚醒の時。でもまだ目覚めない。


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人馬一体

 演習の真っ只中、助言を活かして取った行動が最善の動きだった。眼前で放たれたサウスダコタさんの主砲を避けつつも接近し、懐に渾身の砲撃を放っていた。その砲撃は綺麗にサウスダコタさんの腹に直撃。吹っ飛ばすことは出来なくとも、実弾であれば致命傷であるダメージを与えた。

 私、陽炎自身も正直なところ予想外だった。戦場のど真ん中で、その場で倒れ伏してもいいと思うくらいに力を抜いた瞬間、殆ど無意識に近い状態で、ユラリと名前の通り陽炎の如く行動していた。

 

 この時だけは全員の動きが止まった。ここで私がサウスダコタさんに一太刀浴びせたのは、誰もが想定外だったのだろう。演習中だというのに、戦場がシーンと静まり返ったと思う。

 これは完全な大番狂わせ(ジャイアントキリング)。午前中ならあのまま私が吹っ飛ばされて退場だったのに、それをひっくり返したのだ。

 

「お、おお!? カゲロー、お前今何した!」

 

 その静寂を破ったのは、撃たれた側のサウスダコタさんである。

 正直なところ、今までは霧島さんとくらいしかまともな戦いが出来ていなかったサウスダコタさんだが、私が初めてしっかりと身体にペイントを付けたことに驚き半分()()()()という表情。

 単純に私が急成長したようなものだからか、それが楽しくて仕方ないという態度で私に掴みかかってきた。これは単純に私もターゲットにされる予感。

 

「アクィラさんの助言の通りに、ヤバイと思った時に力を抜いただけだよ。そしたら、なんていうか、フワッと動けたというか」

「この私に傷をつける駆逐艦とは大したヤツだ! 気に入ったぞ!」

 

 肩をバンバン叩かれる。感情を露わにするほどの大喜び。戦闘狂か何かなのか、強い者と出会えると嬉しくなるタイプのようである。それなら霧島さんといろんな意味で相性がいい。おそらく夕立とも気が合う。

 だが、今はそういうことをしている場合じゃない。演習とはいえ戦闘中。みんなが動きを止めてしまったとはいえ、次の瞬間にはまた敵対の状況である。艦載機だって私達の真上を巡回中。なんだかんだみんなが空気を読んで演習が滞ってしまっているだけ。

 

「あ、あのさ、今演習中……」

「ああそうだったそうだった。私はこれで轟沈判定だ! 健闘を祈るぞカゲロー!」

 

 最後まで豪快というか何というか。それでも気に入られたのは悪いことではない、後々何度も突っ掛かられそうなのが怖いが、それはそれ。

 

 ここから演習は仕切り直し。サウスダコタさんは素直にこの場から退場し、改めて戦闘続行。そこからは午前中と同じようにタコ殴りに遭う展開にはなってしまうのだが、確実に空気は変わった。私が一矢報いたことにより、確実に他の仲間達に火がついていた。

 

「こん中で一番新人の陽炎がやれたんだぞ。俺らだって!」

「後を追わないとね!」

 

 たった一度の小さな勝利が全員を鼓舞したことにより、普通以上のパフォーマンスを見せるようになっていた。

 午前の部で圧倒的な力の差を見せつけられ、延々と敗け続けたことで、みんな無意識のうちに気落ちしていたのかもしれない。外部の恐ろしく強い部隊とはいえ、ここまで手も足も出ないのかと。それを打開したのが、私の一撃だったわけだ。

 

 結局その演習では勝つことは出来なかったものの、午前中よりはいい戦いが出来る様になっていた。相変わらずアクィラさんには傷一つつけることが出来なかったものの、ネルソンさんを中破まで追い込み、艦載機も半分近く撃ち墜とす快進撃。

 誰もが前向きに戦えていたと思う。勿論私も。その先導者になれたのは嬉しい。

 

 

 

 そして午後の部も終了。午前の部の疲れも溜まっていたので、少し早めに終わりにすることとなった。ここからは各々反省会となる。

 私達異端児駆逐艦も反省会としてまた集まり、演習での成果と今後の課題をお互いに話し合う。だが、話題に上がったのは当然、私のあの時の戦果である。

 

「ゲロちゃん凄い! 凄いけど、なんか納得出来ないっぽい! 今度演習するからね!」

「わかったわかった。私もあの戦法は完全に使いこなせるようになりたいし、演習付き合ってよ」

 

 夕立にはより強いライバル心を持たれる。改になった時にほぼ引き分けにまで持ち込むことは出来たが、お互い改二になった状態で1対1(タイマン)の演習はまだやっていない。今の状況でどうなるかはちょっと楽しみである。

 

「一番身近で見てたのが磯波ちゃんだったよね。陽炎ちゃんの動き、見ててどうだったの?」

「確かに全身の力が抜けていたように見えたよ。砲撃された瞬間に……ゆらりと身体が揺れて。そうしたら、砲撃がもう通り過ぎたところにあって……サウスダコタさんの懐に飛び込んでた」

 

 沖波に聞かれたことで、あんな状況でも私のことを観察してくれていた磯波に話を聞いていた。実際あの瞬間は客観的に見たらどう見えるのか私も知りたかった。

 やはり、あの瞬間だけは攻撃を一切気にせずに前へ進んでいたようだった。だが、癖を見つける磯波ですら、それがどういう原理で起きたかがよくわからなかったという。

 

 元々私は無意識でやった方が上手くいく方だった。海上移動の訓練の時も、突発的に占守が突っ込んできたことで身体が勝手に動いたわけだし、今回もそれに似たようなものなのだと思う。

 脱力したことで余計な力と思考が抜け、最善の行動を導き出し、身体が勝手に動いて行動を起こした。あの時はただ一つ、()()()()()()()ことを身体が優先したのだ。自分で言ってて物凄いオカルト臭がする。

 

「今までの努力を身体が覚えてたから、あれが出来た……とか?」

「経験はみんなよりも少ない方だよ。何せ、まだまだ新人だからね」

 

 まだ艦娘となって2ヶ月前後。新人の域を越えないのが私だ。経験の数を問われると、まだまだ足りないという答えしか出せない。

 

 とはいえ、ここまで来るのにいくつもの経験をしてきている。実戦としてみれば、霧島さんや加古さんを相手に実戦訓練したのが大きく効いていた。そこで覚えたことは、しっかりと身についていると自覚出来ている。

 そう考えれば、無意識にあの行動を選択することもあり得るのではないか。こうしなくてはを汲み取って、それを実現する。無意識だからこそ、身体が伸び伸びと動いてくれる。

 

「なら……艤装の方かな。陽炎ちゃん、艤装を従わせるって言ってたよね」

「数値ではそうだったね」

「だから、もしかしたら艤装が陽炎ちゃんが脱力した時に『こう動かせ』って命令されたと思って、陽炎ちゃんの身体を動かした……なんてことがあったり」

 

 割と辻褄が合うから困る。そういう意味では、あの時の私は真の意味で艤装と心通わせ、艤装を私の意のままに操り、艤装()()意のままに操る。その意が私の指示ではあるのだが。

 最初は従わせ、改で察する程になり、改二となった今は私自身を動かすまでに。私の意思を汲み取り、私が脱力した時点でコントロールが利くようになったわけだ。それなら納得が行く。

 改二改装の時に私にもガッツリ影響を与えてきたわけだし、そういうことが出来てもおかしくない。あれだけの痴態を晒す羽目になったのだから、そういうところで艤装との意思疎通も出来たか。意思があるわけではないが。

 

「あー、だからあんな滅茶苦茶な動きが出来たのかもしれないね。明らかに自分で意識した動きじゃなかったし」

「前から無意識の方が上手く行ってたみたいだし……最初からその素質はあったのかもしれないね」

 

 確かに。あの時は艤装も装備していない占守が海に飛び込んできたため、完全に無意識で動くことが出来た。海上移動訓練の時からその兆しはあったのだ。

 ある意味人馬一体。お互いにお互いを乗りこなす感じがそれ。どっちが人でどっちが馬かわからなくなってきてしまったが。いや、さすがに私が人でありたい。

 

「なら、もっとマスターしないと。南方棲戦姫との戦いには間に合わないかもしれないけど、太陽の姫との決戦までには形にしたいね」

「ぽい! いくらでもやるっぽい!」

 

 当たり前のように夕立が抱きつこうとしてくるが、とりあえず頭を押さえて寸止め。手をジタバタさせるが、そろそろ夕立の扱い方がわかってきた。

 

「みんなで手伝うよ。司令官にもそうやってスケジュール組んでもらおうね」

「だね。こりゃ忙しくなりそうだ」

 

 なんて話していてもずっと静かだったのは萩風。萩風が静かだと、私の今の状況がまずい方向に向かっているのではないかと不安になる。

 

「萩風、どしたー? 何か気になることでもあった?」

「えっ、い、いえ……名は体を表すようなことがやれると……それは太陽の姫の思惑なのかなと……どうしても勘繰ってしまって」

 

 太陽の姫は、私に対して『陽炎となれ』と言って分霊をしている。まさにゆらゆらと揺れる陽炎のような回避を今回の演習で見せたのだが、それすらも太陽の姫の意図通りの結果だとしたら。萩風はそう考えてしまったようだ。

 

「うーん、そうだったとしても、もうこれは私のモンよ。太陽の姫がどうのこうのは関係無し。私が私でマスターして、むしろこれで太陽の姫をぶっ飛ばしてやるって。私に力を与えたことを後悔させちゃる。だからさ、心配しないでよ」

 

 少し俯いていた萩風の頭をポンポンと撫でてやった。その度に身体が跳ねたり小さく吐息も聞こえたが、今回はもうお構い無し。

 

「むしろ不安がってる方が太陽の姫の思うツボかもしれないからさ。私は前向きに生きるよ。その方が目覚めない気もしない?」

「……そうですね。トリガーは、良くない感情に起因しますから……明るく楽しく生きる方がいいと思います」

「でしょー?」

 

 それならば、今以上に前向きに生きていこう。幸いにも頼れる仲間は沢山いる。

 良くない感情が起因となるというのなら尚更だ。私はもっと明るい道を歩いていきたい。

 

「私も……もっと前向きに生きたいです」

「さらけ出してもいいよ。私が受け止めてあげよう。もう今は何も怖くない」

「私が困るんです」

 

 クスリと萩風が笑う。私の前向きな生き方が萩風にも伝播してくれるのなら嬉しいものだ。みんなで仲良く、前向きに歩いていこう。

 

 

 

 夕食前に少し工廠へ。私に陽炎の力をくれているかもしれないと磯波が提示してくれたことで、今まで以上に愛着が湧いた艤装を見に来た。

 演習の時についたペイントは、すっかり綺麗に洗い流されていた。演習前のピカピカな状態でそこに鎮座している。何の用が無くても見るくらいならいつでも出来るのがここの工廠のいいところ。

 

「アンタのおかげで私は戦えるみたいだ」

 

 艤装を撫でて呟いた。それくらいにもうこの艤装は仲間として考えている。元々声がけはしていたものの、ここまでハッキリと面と向かって話しかけるのは初めてかも。

 見る人によっては滑稽かもしれないが、私がこうしたいのだから誰にも文句は言わせない。

 

「アンタには意思があるのかな。あるのなら話がしてみたいもんだよ」

 

 まぁそれは叶わない夢だろうが、希望を口に出すくらいはいいだろう。

 私の艤装はD型艤装、原初の艤装だ。深海棲艦に近いものなのだから、意思くらい持っていてもおかしくはない。そもそも私の意思を聞き取ってくれるのだから、まず間違いなく何かを持っているはずだ。

 

「アンタの力をしっかり引き出せるように、もっと強くなるからさ。背中は任せたよ。相棒」

 

 タンと機関部を叩いて、工廠を後にした。

 

 仲間は艦娘や整備の人達だけじゃない。艤装だって仲間の一員だ。今後もずっと一緒に、私を艦娘として成立させてくれる相棒として戦っていきたい。

 




艤装が意思を持っているとこ普通にあり得ますからね。ただでさえここの鎮守府には初月の長10cm砲がありますし。


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好敵手への挑戦

 支援艦隊との演習も終わり、翌日。支援艦隊の方々が鎮守府に来てから3日目。

 昨日の演習の一部始終を見ていた司令2人が今日中に作戦を組むということで、明日か明後日くらいに南方棲戦姫との決戦が迫っている。

 私、陽炎がそのメンバーに抜擢されるかはわからないが、いつでも出撃出来るように体調なども万全にして向かいたい。そして出来ることなら編み出した戦法ももう少し扱えるようになりたいところ。

 

 そして今日の日程。本来ならまだ支援艦隊の方々との演習になるはずだったのだが、夕立がどうしても個人演習がしたいということで、午前中は私と夕立だけは1対1となる。一昨日からずっと演習をやっている気がするが、全ての強化をしていくのなら演習が一番手っ取り早い。その時その時の判断力を鍛えるのには特に使える。

 そろそろ連続での勤務日数が危ないことになってきているので、演習は午前中だけに抑えておいて、午後半休とかにしておいた方がいいかもしれない。その辺りは空城司令に聞いておいた方が良さそう。

 

「うわ……なんかすごく見学者がいる」

「艦載機も飛んでるっぽい。すっごい見られてるね」

 

 どうも私のアレが気になる人が多いようで、昨日の演習の如く私達の演習を眺めている人が多い。それこそ、昨日も使ったオペラグラスまで使って凝視している人まで。艦載機はまず間違いなく鷲の目(アクィラさん)

 演習するはずだったところにこんな申し出があってそれを通してしまったものだから、支援艦隊の方々は全員が私達の演習に注目していた。近くで見るためか、全員が艤装まで装備して海の上での見学である。尚のこと緊張する。

 

「夕立も味わってみたいっぽい。ダコタさんがやられた時、夕立も見てたけど意味わかんなかったし」

「うまく行くかはわからないよ? なるべく使っていくつもりではいるけど」

 

 重要なところで脱力。これが発動の鍵。常に使い続けるのは多分良くない。艤装に私の身体を動かしてもらうというのが正解なら、艤装側にとんでもない負荷がかかっているはずだ。やりすぎると壊れてしまいかねない。

 とはいえ、限界がどれくらいかを知っておきたいというのもある。艤装(この子)を何処まで使っていいのか。だが、酷使しすぎるのも可哀想。昨日から余計に相棒として見ているから、まるで生きているものに見えている。

 

「最初は夕立が完勝したっぽい」

「改になった時に大体互角になったかな」

「で、今はお互いに改二。また夕立が勝つよ」

「このペースで行けば私が勝つでしょ。というかいい加減ちゃんと勝ちたい」

 

 こういう時には私の匂いとかは関係ないらしい。好戦的な夕立には、戦場ではそういう感情は吹き飛んでしまうようである。さすが夕立。

 そもそも匂いを使って勝とうなんて思っていないが、それを理由に勝敗をどうこう言われても困るし。

 

「よし、じゃあやろうか。午前中は付き合ってもらうよ」

「当たり前っぽい。勝っても負けても続けるから」

 

 夕立とはこういう形で友情を育めているように思える。ライバルというのは、いても悪いものではない。お互い切磋琢磨して、高みを目指すのは気分がいいものだ。

 

 

 

 所定の位置についたところで、今回の審判をやってくれると名乗り出たネルソンさんが前へ。演習そのものを無くしてしまったせいで、そんなことまでやってくれるらしい。ノリがいい人だとは思っていたが、ここまでとは。

 

「AquilaはEagle eye(鷲の目)で忙しいのでな、余がこのBattleを見届けさせてもらう。貴様達はこの鎮守府でも要注目の駆逐艦と聞いているぞ。ならば、余にその実力を示してくれ。見込みがあるのならNelson Touchの一員に組み込みたいものだな」

 

 多分これは建前でもあり本音でもある。ネルソンタッチの新たな一員というのもあるだろうが、おそらく目の前で戦いが見たいだけ。後ろの方でサウスダコタさんがズルいぞネルソンと叫んでいるのが聞こえてきたくらいだし。

 それだけ注目されているのはわかった。獰猛に勝利を掴もうとする夕立と、見たこともない力を得た私。どちらも間近でどんなものかを見ておきたいという気持ちが溢れている。

 

「では準備はいいようだな。Admiral(提督)達が見ていないのは惜しいが、存分に戦うがいい。では」

 

 静まり返る。何度もタイマンでやっている夕立が相手でも、この瞬間だけはどうしても緊張してしまうものだ。勝っても負けても恨みっこなし。むしろ勝っても負けても2戦目以降があるのだから関係ない。負けたら次は勝つ。勝ったら次も勝つ。戦いは終わらない。

 

「始め!」

 

 ネルソンさんの合図と同時に突撃。改二となった夕立は、艤装に備え付けられた帆まで使った回避システムを使ってくる。戦場の風まで扱うとなるとかなり厄介だ。

 

 今回は主砲2基と魚雷発射管1基。夕立は主砲1基と魚雷発射管2基。火力は夕立の方が上かもしれないが、私にはブレ弾と精密射撃の二段構えがある。見た目は互角か。

 だが、使いこなしているのは確実に夕立。私は艤装に()()()()()()()()()部分も多いので、真の意味で自分の手足のように扱っている夕立には敵わない部分もある。

 

「先制っぽい!」

 

 早速夕立が砲撃。まだ始まったばかりで間合いがある状態なので、放った直後に横に避ける。そしてお返しと言わんばかりにブレ弾による反撃。

 何処に飛ぶかわからない、回避しづらい砲撃であるはずなのだが、夕立には何度も見せているため、どう避ければいいのかは完全に理解されている。今回はほとんど真正面からの砲撃のため、大きく真横に跳んだことで軽々と回避。

 

「そこっ!」

 

 ならば着水に合わせる。ブレ弾と精密射撃のコンビネーションは今までに何度も訓練で使ってきているのだから、私も手慣れたものだ。艤装もかなり早いタイミングでそれを察したか、そこに撃ちたいとイメージした瞬間に照準を合わせていた。さすが相棒、空気を読んでくれる。

 だが、夕立は帆を使った動きで()()()()()()()()()()という荒技をやってのける。帆を使うなら着水は遅くなり、使わないなら想定通りの速度に。それが完全に二択。

 

「ぽい!」

 

 そこを三択に変える行動をしてきた。自らの魚雷を着水地点に放ったかと思いきや、それを自ら撃ち抜くことで爆破。その風を帆で受けて方向転換してしまった。結果、私の精密射撃はあらぬ方向を撃つことに。

 自由過ぎるにも程がある。艦娘が空中戦をこなすとか意味がわからない。夕立だけに与えられた技能なのはわかるが、ここまでするかと。いや、駆逐水鬼相手の時も、爆風を使った大きなバックステップとかしてたみたいだし、これくらいなら朝飯前なのか。

 

「ホントそれインチキくさいねまったく!」

 

 魚雷を爆発させられたことで軽めの視界妨害にもなっている。その間に着水を許し、その水飛沫の逆側から急旋回して突っ込んでくるのがチラリと見えた。それと同時に魚雷が発射されたことも。

 魚雷を撃ち抜くことは、精密射撃の方を使えば私にだって出来る。だが、それは自ら視界を塞ぐことにもなる。夕立はむしろそれを狙ってるのではないかと思えるので、ここは回避を選択。

 

「夕立突撃するっぽーい!」

 

 私が雷撃を回避したところを見計らって、一気に距離を詰めてきた。

 当たり前だが、誰だって近ければ近い方が命中率は上がる。私だってそうだ。その中でも夕立は特に当ててくるので、近付かれることは死を意味するのだが、ここはあえて立ち向かうことにした。避けてばかりでは決着がつかない。

 

「脱力……」

 

 全身の力を抜く。自分の身体が支えられない程にまで脱力して、その場に倒れ伏すつもりで。サウスダコタさんの時と同じように、前のめりに。

 結果、夕立の砲撃を潜り抜けて、こちらから急接近。ゆらりゆらりと紙一重で全てを回避して、夕立の真正面に抜けた。

 

 普通なら正面から相対するのも難しい弾幕でも、人1人抜けられる隙間があればおそらく抜けられる。過信は禁物だが、艤装のおかげで私の回避性能は一瞬だけでも極限にまで達していた。

 

「ぽい!?」

 

 反応からして、夕立の目からは私がおかしな動きをしたように見えたのだろう。動揺で砲撃が一瞬途切れた。そこで脱力解除。今度は私の脚で踏ん張って姿勢を正し、夕立に向けて雷撃。

 近付けば砲撃以上に命中率が上がるのが雷撃だ。しかし、私自身にも被害が出る可能性があるため、そこは慎重に。

 

「な、何今の」

 

 それですぐにやられてくれる夕立ではない。私の魚雷は簡単に飛び越えられて、さらに近付いてくる。今の距離で当たらないなら、さらに近付いて撃てば当たるのではと判断したのか。もう目と鼻の先と言えるほどにまで近付いている。

 ここから撃たれたら、さすがに回避する間もなく直撃してしまうだろう。だからこそ、再び脱力。今度は真横に倒れるように力を抜いた。

 

「っ……」

 

 そこから導き出される最善の選択。砲撃される前に、ゆらりと夕立の眼前に移動していた。回避するだけではなく、単に妙な動きによる接近になる。

 私からしたら揺れる動きで近付いただけなのだが、夕立からしてみれば目の前にいた私が眼前から消え、即座に近い位置に現れたように見えたらしい。

 

「ぽいぃ!?」

 

 そのため、撃つのが遅れた。私に照準を合わせようとした時、逆に私が照準を合わせ終わっていた。手持ちの主砲も、備え付けの主砲も、どちらも夕立を真正面に捉えていた。

 夕立だって相当な回避性能を持っている。かなり近い位置で撃っても紙一重で回避して攻撃に転じてくる。しかし、今回はそういうレベルとは違うところにいた。これで外したら怒られるレベル。

 

「っっ!」

 

 そして砲撃。脱力からの復帰直後だからか、砲撃の姿勢制御が少しだけ上手く行かず、若干フラついたものの、私の砲撃は夕立の胸を見事に撃ち抜いた。

 

 これにて勝敗は決する。大敗から始まり、今まで何度やってきても引き分けくらいまでしか行けなかった夕立との個人演習に、初めて勝利という決着をつけられた。

 

 

 

 演習初戦は私の勝利。今の演習でわかったのは、脱力を2回連続でやった場合は、2度目で姿勢制御が甘くなったこと。2回連続でこれなら、3回連続となったらもっと酷いことになっていたかもしれない。

 力を抜きすぎて復帰出来ないとか戦場では絶対にあってはならないことなので、ここは要改善ポイント。これに関しては私の筋力とかの問題なので、また陸奥さんや霧島さんに筋トレを教えてもらうか。

 

「悔しいっぽい! 悔しいっぽい!」

「やっと勝てたよ。それだけ夕立は強いんだから、たまには勝ちを譲ってよね」

「うー」

 

 駄々を捏ねるように悔しがる夕立。今回は私のアレを相対して見る初めての演習だったので、見慣れない技に対応しきれずに敗北を喫したというイメージ。夕立のことだから、あと数回見せたらキッチリ対応してきそうで怖い。

 それでも、これは私しか持たない唯一無二の力。こちらも簡単には突破出来ないように鍛え上げ、もっともっと使いこなせるようにしていきたい。

 

「次は負けないから。今目の前で見たし。初めて見たから驚いただけだし」

「アンタそれで本当に対応してくるから怖いんだよ」

「ゲロちゃんは夕立の宿命のライバルだからね。抜きつ抜かれつでいいっぽい!」

 

 悔しさは滲み出ているが、満面の笑みで拳を突き出してきた。なんだかんだで私をそういう目で見てくれているのは嬉しい。その拳に私も拳を打ち付けた。

 

「カゲロー、すまないが調べたいことがあるのでな。ジッとしていてもらえないか」

 

 ここまで演習を見ていてくれていたネルソンさんが不意に私の脚に触れてきた。この演習の最中に何か感じるものがあったらしい。

 触れられたのは主に膝から脹脛の辺り。そして足首まで。つまり、関節を重点的に見た後、それを繋ぐ場所を確認された。

 

「余としては、貴様の技は多用はやめておけと言わざるを得ない。脚へのDamageが考えられる。抜いた力をいきなり入れれば、嫌でも負荷はかかるだろう。最悪、回避の途中で()()()()()

 

 ゾクッとしたが、薄々気付いていたことだ。やはり下半身の筋トレは必要そうである。出来るようになった今はまだ諸刃の剣に近いようであるが、これをしっかり鍛え上げれば、負荷が気にならない超絶回避性能に進化させることが出来そうだ。

 

「だが、いい戦いだったぞ! カゲロー、ユーダチ、貴様らもNelson Touchに組み込んでいいものとしよう! 鍛錬を重ねるがいい! ハッハッハッ!」

 

 高笑いしながら去っていった。演習を見るのはこれで終わりとでも言わんばかりに。呆気に取られそうになったが気を取り直して。

 

「っし、ならもう少し演習やろうか。次も負けないから」

「ぽい! でも脚がおかしいってなったらすぐにやめるっぽい。脚が痛いから負けたとか言われたら、夕立気持ち良くなれないからね」

「了解。まだやれるようになって間もないからね。上手く付き合っていかなくちゃ」

 

 

 

 新しい戦術はこうしてより洗練されていく。ネルソンさんからの忠告も守りつつ、私は強くなっていくのだ。

 南方棲戦姫との戦いまでに何処まで強くなれるかはわからないが、出来るところまでは全力で駆け抜けよう。脚を壊さない程度に。

 




力を抜いたところに一気に力を入れたら、そりゃ負荷がかかって脚がおかしくなるに決まってるわけですよ。艤装ちゃんだってそこまで考慮は出来ません。


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その時に向けて

 午前中の訓練、夕立との演習はここで終了。私、陽炎も夕立も身体中ペイント塗れで工廠に戻ることとなった。

 ネルソンさんから多用はやめた方がいいと忠告を受けていたため、本当に必要な時に使うという方針で演習を続けたところ、夕立とはおおよそ五分五分か少しこちらの負けが多いくらい。あの回避方法があってようやく勝てるところに行けるので、やはり下半身のトレーニングが必要であると実感した。

 

「あー、まだ足りないね。膝が痛むようじゃダメだよホント」

「まだ目が慣れないっぽい。ゲロちゃんのアレ、夕立でも厄介って思えちゃうし、すごいと思うよ」

 

 夕立にそこまで言われるとなると、私の回避技は本格的に強みになりそうだ。艤装を使わずにアレが出来るようになれば完璧なのだが、おそらく今の比にならない程に脚に負担がかかる。戦場でポッキリ行って再起不能とか目も当てられない。

 

「アンタのアレは何なのさ。空中で方向転換」

「夕立の艤装にしか帆は無いからね。思いっきり使ってみたっぽい!」

「それでもアレは無茶苦茶過ぎるよ。たまにちょっと下がったでしょう」

 

 自分で放った魚雷を即座に自分で破壊というだけでもとんでもないのに、その爆風を使って空中で動きを変えるのはもう神業レベルだと思う。あんなの夕立にしか出来ないだろうに。

 相変わらず私達が出来ないことをすぐにやってしまうのだから、夕立の戦闘センスには脱帽する。真似をしようとも思えないような技なのも拍車をかける。

 

「ま、お互い頑張っていこうよ。今の技を極めたいとこだね」

「ぽい。ゲロちゃんが強くなったから夕立も張り合いがあるっぽい」

 

 夕立が私のことをライバルとして見てくれているのは結構嬉しかったりする。競える相手がいるから、私も強くなっていけるだろう。こういう付き合い方は戦友って感じがしていい。殺し合うような仲じゃないのも喜ばしいことだ。

 

 

 

 司令2人の作戦会議が終わったようで、午後イチに全員が集められる。会議室は満員御礼。

 

「全員集まったね。理解していると思うが、南方棲戦姫の巣の破壊を実行する時が来たよ」

 

 わかっていたことではあるものの、どうしても緊張感に包まれてしまう。誰がその部隊に選ばれたかというのが大きい。

 私としては、その戦いには出撃したいと思っている。太陽の姫が絡んでいる都合上、どの戦場も私には関係性のあるものになる。だが、その戦場に出ることによって私の記憶が刺激されるというのもあるので困ったもの。今でこそみんなに起こしてもらっているとはいえ、それすらも間に合わなくなるくらいになる可能性は否定出来ない。

 

「俺の部隊は全員出てもらう。そのために来たんだからな」

「基本的にはレ級の足止めをしてもらうつもりだ。出てこない可能性だってあるが、最悪を想定するべきだろうからね」

 

 これは当然のこと。何のためにここに来たんだという話になる。

 秘書艦はアクィラさんでも、旗艦はネルソンさん。呉内司令からの指示を受け、鼻息荒く自信満々に頷いた。ドヤ顔も崩れない。

 

「うちからは連合艦隊で行ってもらう。南方棲戦姫を沈めるのはこちらの部隊になるからね」

 

 レ級よりも強敵であることが目に見えている南方棲戦姫を相手取るのは、支援を望んだ私達の仕事である。あくまでも領海で起きたことなので、対処するのはその領海を管理している鎮守府だ。領海外の敵とはいえ、一番近いのがこちらなのだし、あちらの目的が私である限りは、もう切っても切れない関係性である。

 

「前にも言ったが、少し時間が経っているから1つだけおさらいだ。奴の身体には極力傷をつけないことだ。頭を吹っ飛ばしたりするのは、今回は極力抑えるつもりで行ってもらいたい」

 

 萩風の時と同様に、南方棲戦姫も()()にされている人間がいる可能性は非常に高いのだ。そちらの命を奪わないようにするためには、ダメージは与えて息の根を止めるまではしなくてはいけないが、本体を過剰に傷つけることはなるべく控えなくてはいけない。首を刎ね飛ばしたり、心臓を貫いたりは以ての外。

 

 しかし、空城司令の次の言葉で一転。

 

「だが、沈めるつもりでやってもらう。手を抜いてやられるくらいなら、手を抜かずに沈めることだよ。アンタ達に業を背負わせる可能性はあるが、そうなった場合はアタシが全部責任を取る。あまり重く考えるんじゃないよ」

 

 手加減をしたことで部隊全滅なんて起きたら目も当てられない。被害は更に拡がる一方になる。まず少なくとも私は目覚めさせられるだろう。

 息さえあれば、最悪な場合は入居ドックでどうにか出来る。火傷などは構わないが、死ぬほどの衝撃などで仕留めなくてはいけないのが難易度が高い。四肢欠損もかなり危ないところか。

 

「それじゃあ、編成を発表するよ。覚悟して聴きな」

 

 より強い緊張感が会議室を支配する。ざわつきそのものが無くなった。

 

「南方棲戦姫との直接対決をする第一艦隊は、陸奥、アンタに引っ張ってもらうよ」

「了解よ。アイツには私が思い切り喧嘩売ってるもの。私が出ないわけにはいかないわ」

 

 ここも想定通り。ただでさえ防御力がとんでもない南方棲戦姫なのだから、その防御力を上から殴り飛ばせるくらいの火力が必要。戦艦の火力というのは必要不可欠になる。レ級が多く出てきてしまった場合にも、対処のために火力は絶対に必要、

 よって霧島さんも必然的に第一艦隊へ。一斉射は戦艦でなくては効果を発揮しない。暴力的な超火力を叩き込む。うちの戦艦は2人しかいないのだから、選択肢は無い。

 

「艤装は硬いかもしれないが、本体は軟らかい可能性はある。駆逐水鬼みたいに駆逐艦の主砲くらいなら衝撃だけ与えて身体は火傷で終わりという可能性もある。故に、今回は雷撃よりも砲撃をメインにしていく」

 

 魚雷は脚そのものを吹っ飛ばしてしまいかねないので、今回はパスということになった。中に人間がいるなんて知らなかったら、平気で最高火力で押し潰すなんてことを考えただろうが、こうなっては仕方あるまい。

 砲撃そのものは、駆逐水鬼のように直撃しても大火傷で済む可能性はあるにはあるが、万が一を考えるのなら腹とかを狙うべき。

 

「加古、阿賀野、アンタ達に任せる」

「あいよー。1人は多少は火力がある重巡がいいもんねぇ」

「阿賀野選ばれちゃった!? い、いいよぉ、頑張っちゃう!」

 

 加古さんは知性を持つレ級との戦闘経験があるから。阿賀野さんは無反動砲撃の副次効果で得られた回避性能を買われてである。

 今回の敵は一瞬の隙すら死の可能性に繋がるような暴力があるため、それを少しでも軽減したいと考えられたのだろう。

 

「で、だ。駆逐艦の枠として、夕立と陽炎。アンタ達に行ってもらう」

「ぽい! りょーかい!」

「そ、そっか、私が。いいんだ」

 

 正直驚いた。出撃出来たらしたいとは思っていたが、本当にそうなるとは考えていなかったのだ。

 

「午前中の演習の件、アクィラから全てのデータを聞いている。アンタ達なら接近しての攻撃が可能と判断したんだ。呉内と考えた結果の採用だよ」

「ああ、俺から見てもお前達は戦場に適応出来ると判断した。当然事前の準備は怠らせねぇ。生きて帰られるように最善を尽くす」

 

 喜ぶべきかはわからないが、手に入れた力を早速使う場が今後の私の道を左右するかもしれない場となると、心が躍るようだった。

 夕立もここで選ばれたことに対して喜びを露わにしていた。さすが戦闘狂。

 

「第二艦隊は露払いが基本だ。あらゆる艦種が現れると聞いているからね。万能な戦力を配分させてもらった」

 

 前回、南方棲戦姫と邂逅した時は、軽空母や軽巡洋艦が出てきているし、私の監視に潜水艦も使われた。それなら、その全てに対応出来るような部隊を用意するべきだろう。

 第一艦隊が南方棲戦姫に専念することになった時、敵随伴艦は全て第二艦隊にやってもらいたい。

 

「旗艦は隼鷹。そこに衣笠、木曾、五月雨、初月、磯波。この6人で行ってもらうよ」

「お、あたしかい。なら、気合入れていきましょうかね」

 

 これだけ揃えば、どんな不規則な部隊が来たとしても対応出来るだろう。航空戦と対空砲火で空を、雷撃で戦艦のような大型艦を対処し、駆逐艦が3人もいれば対潜にも割ける。

 いくら潜水艦が出るからと言っても、あの場に海防艦の子供達を連れて行くのは危険すぎる。駆逐水鬼の時のように、潜水艦まで連れて鎮守府に攻め込んでくるならまだしも、領海の外まで向かうのは流石に危険が過ぎる。

 

「残りは万が一の時の追加部隊だ。基本は鎮守府防衛でここに残ってもらうからね」

 

 今回向かう部隊以上の戦力が欲しい場合は、随時来てもらうことになるだろう。基本的にはそうならないように立ち回りたいものだが。何が起こるかわからないのがこの戦場だ。援軍が必要になるかもしれないし、鎮守府に流れてきた敵を倒す必要が出てくるかもしれない。

 残されるものは、そのどちらにも対応出来るようにしてもらう。その中に天城さんや衣笠さんが含まれているのがありがたいところ。異端児駆逐艦では沖波もここの組に入るし、背中を任せるには充分だ。

 

「作戦開始は明後日の朝だ。部隊に選ばれたものは、それまで休息を取ること。万全な態勢で出撃出来るように、体調管理をしっかりしておくように。もし今でも何かあるようなら、速吸に言っておきな」

 

 残り1日半が突然休暇となったが、ある意味都合が良かった。司令の指示なのだから、これはありがたく休ませてもらおう。

 幸いなことに体調不良などは何もなく健康体そのものだ。強いて言えば毎晩の悪夢が怖いところではあるものの、こればっかりは防ぎようがない。また見てしまった時は仲間達に頼るしかないだろう。今日の夜に見て、明日の夜は見ないというのがベスト。

 

「じゃあ解散だ。各々、ベストを尽くしておくれ」

 

 ここからは心身共に休むことが任務だ。昼寝でもいいし、お茶会でもいい。とにかく、心を落ち着けるのが一番。

 

「か、かげろうおねぇちゃん……すこし……いいですか……」

 

 解散してパラパラと艦娘が会議室から出て行く中、松輪に声をかけられる。

 ここ最近は悪夢の更新のせいで松輪抱き枕に頼ることが出来なかった。万が一のことを考えると、松輪には、というか海防艦には荷が重い。それに、いろいろな証言からして海防艦には見せられない姿を見せることになるので自重していた。

 

「おねぇちゃん……あさって、たたかいにいくんですよね」

「うん、そう決まったね。だから、今からはお休みだよ」

「ま、まつわたちはいまから……おひるねのじかん、です」

 

 なるほど、だから一緒に寝ないかとお誘いに来てくれたわけだ。最近一緒に寝ていないというのもあるし、松輪は松輪なりに私のことを心配してくれている。

 ここで断るほど私は悪い奴じゃない。子供にまで気を使ってもらったのなら、その思いはしっかり受け入れる。だが、どうしても()()だけは不安。ちゃんと大鷹辺りに相談しておいた方がいいか。

 

「よし、じゃあ私も身体を休めるためにお昼寝しようかな。松輪、付き合ってもらうよ。抱き枕があれば嫌な夢見ないだろうしね」

 

 松輪の表情がパァーッと明るくなる。どうやらお望みの解答が出来たようだ。

 

「よかったなー。ずっと気にしてたんだぜー」

「松輪は陽炎おねーさんのこと大好きっしゅからね」

 

 大東と占守に言われ、恥ずかしげに顔を伏せる松輪だが、別に困っているとかそういうのでは無さそうなので良し。

 

「悪いね大鷹、またお世話になるよ」

「いえいえ、こちらはいつでも大歓迎ですよ。たまには違うこともあった方がいいですしね」

「嫌な夢を見ないことを祈るだけだよ。でも、松輪がいてくれれば見ないかな」

 

 松輪の頭を撫でてやる。身をよじるでもなく、もう即座に受け入れるようになっただけ、松輪は本当に私に懐いてくれているとわかる。子供に嫌われる方が辛いし、これは嬉しいものだ。

 

「大鷹には後から説明しておく。嫌な夢を見たらどうなるか」

「はい……あまり子供達に見せられない姿になると、萩風さんから少しだけ聞いています。いざという時は私が起こしますから安心してお昼寝してください」

「助かるよ。ホント持つべきものは仲間だね」

 

 結局、その日のお昼寝では悪夢は見ずに済んだ。やはり松輪抱き枕、性能が非常に高い。これを使えば悪夢は一切見ることが無いのでは。

 

 

 

 明後日、南方棲戦姫との決戦。それに勝利することで鎮守府としても勢いに乗りたいところ。

 それの裏にはまだ太陽の姫がいるのだ。本命に勝利しなくてはいけないのだが、前座に苦戦するわけにはいかない。

 




南方棲戦姫との決戦の日時が決まりました。あとは戦って勝つだけ。


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魂の匂い

 南方棲戦姫との決戦の日時が決まり、その部隊に選ばれた私、陽炎。私が加わる第一艦隊は、南方棲戦姫と直接戦う本隊。陸奥さんを旗艦に置いた決戦部隊である。2人の司令からその戦場に適応出来るというお墨付きも貰っているため。当日に全力を出すだけである。

 

 部隊参加が決まった翌日、決戦が翌日に迫るその日、私はお休みを貰っていた。参加メンバーは全員がお休みとされており、心身共に万全にしてから挑むことになっている。

 それに加えて、深夜にまた悪夢でみんなを起こしてしまったというのもあり、朝もいつもよりは少し遅め。沖波と萩風は今日もちゃんと訓練があるので、そそくさと部屋を出て行ったようだが、夕立と磯波は私と一緒に休みなので、敢えて二度寝に入ろうとしている。

 

「結構いい時間になってんだけど」

「ぽーい……もっと寝るっぽーい」

 

 いつも起きる時間から1時間は経っている。休みだからといって、ここまでダラけるのはどうなのだろうか。こうなる理由を作ったのは私かもしれないので申し訳ないのだが、夕立に完全にホールドされているので全く動けない。

 

「い、磯波、助けて」

 

 目は開いていた磯波にヘルプを頼んだのだが、その磯波も寝惚け眼。たまの休みなので少しくらい遅くまで寝てもいいというのもあるだろうが、一晩嗅ぎ続けた私の匂いにやられているのもあり、いつもの磯波とは違う雰囲気まで見えてしまった。

 夕立は相変わらず私を後ろからホールドしているため、真正面がガラ空き。のそのそと這ってきたかと思いきや、私の腹目掛けてダイブ。

 

「ちょっ、磯波ーっ!」

「んん……もう少し寝てもいいんじゃないかな……」

 

 ツッコミ不在の恐怖。夕立はさておき、磯波もこうなってしまうのが困る。後から絶対後悔して悶絶するのに、今だけは理性が焼き切れてしまっているじゃないか。

 この体質で一番厄介なのがコレだ。D型異端児の理性を吹っ飛ばしてしまうのは本当に良くない。

 

「ゲロちゃんいい匂いっぽい。ソナーは前から、夕立は後ろから、クンカクンカするっぽい」

「今日はちょっと我慢出来ないかも……明日の決戦に向けて、英気を養うね」

 

 結局、さんざん匂いを嗅がれてから解放された。やりたい放題した磯波は、後に正気に戻り、顔を真っ赤にして布団に自ら簀巻きになりに行ったのは言うまでもない。夕立は平常運転である。

 

 

 

 翌日の決戦のために心身共に休めるというのが今日の名目上、訓練に関係することは基本的には禁止。疲れをより一層取るために寝たり、心を癒すために甘味に舌鼓を打ったりなど、やりたいことをやりたいようにやっている。隼鷹さんはお酒に走ろうとして止められたらしいが。

 夕立はもう少し惰眠を貪ると今度は自分の部屋に向かって行った。磯波は久しぶりに花壇の手入れがしたいとジャージに着替えて外へ。2人ともわかりやすく自分の趣味を満喫している。

 

 私はというと、正直やることは無かった。資料室で読書をするか、散歩をするか。実際は下半身強化の筋トレがやりたいところなのだが、それで身体を壊してしまったら休息とは何だったのかとなってしまうため、残念ながら控えるしか無かった。陸奥さんとか霧島さんとかは普通に筋トレやってそう。

 

「何しようかな……寝るのは控えるとして」

 

 周りに誰もいない状態で寝るのはやめておく。昨晩に悪夢を見ており、連続で見ることは殆ど無いとはいえ、悪夢の脅威は去ったわけではない。起こしてもらえなかったらそのまま目覚めという可能性がある以上、1人でいる時は寝るわけにはいかなかった。幸い眠くも無いし、昼寝は不採用。

 そうなると、読書も地味にまずいかもしれない。本を読むのは好きだが、読んでいると自然と眠くなってくるもの。読書仲間の天城さんや沖波が一緒にいるのなら何も心配はいらないが、2人とも部隊参加では無いので別件がある。わざわざ誰かについてきてもらってまで自分のやりたいことを押し通すのもどうかと思うし。

 

「よし、歩くかー」

 

 こうなると甘味か散歩くらいしか選択肢が無かった。甘味は出来ればおやつの時間にしておきたかったので、なんだかんだで散歩以外の選択肢が無くなる。

 考えてみれば、それだけでも多少は下半身のトレーニングになりそうだし、今はそれが必要なのだから都合がいい。散歩だから訓練では無いと言い張れるし。以前はそうやって歩いていたら、整備長とかち合った挙句、整備班の人達まで交えて談笑に興じた。今回もそういうことがあれば楽しい。

 

 なんて考えていると何もイベントが起こらないもの。こういうのも物欲センサーに引っ掛かっていると言えるのだろうか。さらりと歩いて、途中で萩風の訓練を眺めつつ、何事も無く鎮守府にゴール。途中、花壇の手入れが終わった磯波と合流したくらいである。

 

「なんだか磯波、すごい充実してたって顔してるね」

「そ、そうかな。やっぱりやりたいことがやれてるからかな」

 

 土弄りをしていたのでところどころが汚れてしまっているし、外で活動していたので薄ら汗ばんでもいるが、磯波はいつになく癒された顔をしていた。戦闘ばかりとなるとどうしても荒んでくるものだが、合間合間にこうやって癒しが入ることで長続きするとよくわかる例。

 

「陽炎ちゃんも……癒された?」

「んー、まぁね。萩風が頑張ってるところ見たりとかしたから、散歩もなかなか楽しいものだよ」

 

 少しずつ距離が近付いているのは、やはり匂いにやられてきたからか。私も散歩という形で軽めの運動をしているのだから、自覚出来ないくらいに汗ばんでいるかもしれないし。

 朝も酷いものだったが、これは本当にどうにかしたい特性である。そういえば、対策が無いかとしーちゃんが調査してくれていると言っていたが、どうなったのだろう。やはり前例のないものなのだから、対策もしようがないのだろうか。

 

「あ、陽炎さんに磯波さん、お帰りなさい」

 

 噂をすれば何とやら。しーちゃんが出入り口で待っていた。何でも私に用があったらしい。このタイミングでしーちゃんが私に用となると、私の体質のことに他ならないだろう。

 

「分霊の影響による匂いの件、対策をいろいろと用意しましたので、試してもらってもいいですか?」

 

 やっぱり。考えていた時に来てくれるという最高のタイミング。

 

「うん、大丈夫だよ。お風呂に入ってきてからでいいかな」

「そうですね。あといいところにいたので、磯波さんにもお願いします。私達にはその匂いというものがわかりませんから」

「は、はい、わかりました」

 

 ある意味、私を使った実験というわけだ。投薬とかそういうので無ければ何でもいい。この状況を打開出来るのなら、喜んで試そう。

 

 

 

 お風呂に入った後、しーちゃんの待つ工廠へ。その対策は工廠で作り上げられた何かによるものなのかもしれない。

 工廠で作られるものとなると、艤装や武装、その絡みになるだろう。こうやってただ生活しているときには艤装を装備するなんてことはしないのだが、アクセサリーか何かならアリかも。

 

「協力ありがとうございます。調査に時間がかかってしまってすみません」

「ううん、対策してもらえるだけでも嬉しいよ。ほらこれ見て」

 

 磯波の距離がすごく近いことを見せる。お風呂上がりからずっとこれ。完全に私の匂いにやられてしまっている。しーちゃんも苦笑するしか無かった。

 

「普段の生活でそれだと、陽炎さんもそうですが磯波さんも大変でしょう。なので、こちらで考えた対策が上手く行くかを確かめてみましょう。実は、私の思いついたのはコレになります」

 

 しーちゃんから渡されたのは、何やら服が入った紙袋。中を見てみると、少し大きめな黒い布。ちゃんと広げてみないとわからない物体。

 そして広げてみたら何かわかった。多分これ、初月が制服の下に身に着けているようなインナーだ。首から下を全て埋め尽くすそれは、生活のことを考えてちゃんとセパレートタイプ。全身タイツだとトイレもままならないし。

 

「見解は後から説明しますので、まずは着てみてください」

「ん、了解。ちょっと着替えてくるね」

 

 言われるがまま、更衣室で与えられたものを着てみる。しっかり私のサイズに合わせて作られているため、ピッタリ身体を埋め尽くす。肌という肌に貼り付くような感覚。胸の下の方もしっかり貼り付く辺り、私のスタイルを完全に熟知したものの技。

 あと、これだけピッチリ貼り付けば、暑さくらい感じるものなのだと思うのだが、そういうものが一切感じられない。通気性とかそういうのを超越している気がする。これは普通のものではない。

 

「ピッタリすぎて怖いんだけど」

 

 その上にいつもの制服を着てしーちゃんの前へ。このインナーの上からスパッツを穿くわけにもいかないので、それは袋に入れて持ってきている。

 今までとは大きく一新された私の姿に、磯波は少し驚いていた。インナーを替えただけなのだが、やはり今まで見えていた肌が全く見えなくなったというのは印象が全く違う。

 

「妖精さん謹製の特殊インナーですから。初月さんの物とも違う、陽炎さん専用のものになります」

「通りでやたら着やすいと思った」

 

 なるほど、妖精さんの手によるもの。こんなものが作れるのは、一般的な服飾品では無理だろう。指先まで隙間なく埋め尽くされているわけだし。薄い皮膚が追加されたような感覚である。

 

「で、どうでしょうか。磯波さん、匂いを感じますか?」

 

 しーちゃんに促され、やたら近くまで寄ってきて鼻を鳴らす。そこまでしたらそのまま抱きついてきてもおかしくないのだが、今回は少し違った。

 

「いつもの匂いは……感じませんね。あ、肌が出ている顔の辺りからは感じますけど、大分薄いです」

 

 そのまま顔が上がってきて首筋の匂いを嗅いでくる程に。夕立ならまだしも、磯波すら大型の犬のような行為をしてしまっている。これも正気を失っている証拠なのだろうか。後からまた頭を抱えることになるかも。

 

「よかった、私の考えが当たっていたようで」

「すごいね……どういう仕組みなのこれ」

「結構オカルトなんですが、太陽の姫がオカルトみたいなことをしてきたのでそれにぶつけてみようかと思いまして」

 

 しーちゃんの想定とは、私のこの匂いが『魂の匂い』と判断したこと。

 

 萩風もちょろっと言っていたが、私の持たされたこの匂いは、太陽の姫も持っているという深海棲艦を従わせる匂い。それは体臭とかそういうのではなく、()()()()()()()()()()と考えたようである。そうなると消臭剤とかそういうのでは絶対に抑え込むことが出来ない。

 匂いが消せないのなら、閉じ込めてしまおうとしたのがこのインナー。魂がどうのこうのというのに繋がるかはわからないが、艦娘と艤装のリンクは精神的な干渉もあるのだから、その繋がりの部分を利用してこれが作られたとのこと。

 詳しい仕組みは妖精さんクォリティということでお茶を濁された。多分説明されても理解が出来ない。ただ1つ理解出来たのは、相手が太陽なのだから、それに対するもの、つまり()()()が感じられるものがいいとなったこと。初()のインナーであるのはそれが理由になる。その辺りがオカルト。

 

「ついでになんですが、脚の部分はサポーターも兼ねています。昨日の訓練の時に、アレを使いすぎると脚に大きな負担がかかると言っていましたよね。そこも多少緩和しているつもりです」

「わぁ、至れり尽くせりだ」

 

 膝と足首、そこを繋ぐ骨などのことを考えると、下半身全てを包み込むサポーターを身につけるのが一番妥当とも考えられたようで、これにはそのシステムも組み込まれているらしい。

 つまり、このインナーを使えば、あの回避方法を使っても多少は脚への負担が抑えられると。匂いを抑えつけつつ、戦いもしやすくなるとは、ありがたい新装備である。

 

「とはいえ、制服に合わせるものですから、夜とかはいつも通りです。それに、それを着ているからと言って悪夢を見ないとかそういう効果は無いと思います。あくまでも匂いを抑える機能だけですので」

「いやいや、十分だよ。ありがとうしーちゃん」

「いえ、秘書として鎮守府に貢献するのが私の仕事ですから」

 

 本当に何者なのだろう。コネとか技とかがいちいち人間技じゃない。

 

「ところで……磯波さんは大丈夫なんでしょうか」

「あまり大丈夫じゃないかも。磯波、悶絶する前にやめときな」

 

 私の後ろから抱きつき、首筋の匂いを嗅いでいる磯波をそろそろ引き剥がす。絶対後悔するから。名残惜しそうだったが、後から私に感謝するだろう。

 

「もっと確実で簡単な対策が出来ればそちらに移行していきましょう。今はそれでお願いしますね」

「うん、ありがとね」

 

 

 

 決戦前に心機一転、匂い対策まで出来て戦いやすくなった。まぁこれで敵の随伴艦からも狙われるようになるだろうが、そんなことは関係ない。艦娘陽炎として活動するためには、今はこれが必要なものだ。

 




スパッツじゃない陽炎なんて……と思うかもしれませんが、2018年カレンダー12月のイラストでは、陽炎はスパッツではなく黒タイツです。大丈夫大丈夫。


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前夜の緊張

 しーちゃんのおかげでD型異端児を狂わせる匂いを抑え込むことに成功した私、陽炎。それを実現するため、普段の制服が大分様変わりし、ほぼ肌を見せない初月インナーを纏うことになる。

 このインナー、ありがたいことに脚への負担を軽減してくれるという追加の効果もあるため、今後の私の戦法を嬉しいくらいにサポートしてくれていた。今後の戦いにとても役に立つものである。

 

 ただ、着慣れない服なので普段の制服以上に慣れが必要。全身に貼り付いている感覚は今までにない感覚である。今までが半袖にスパッツと脚もさらけ出しているような方針だったため、見た目が大きく変わる。本当に首から下が全て真っ黒。艦娘になる前だってこんな格好したことがない。

 出来ることなら、この状態で一度夕立辺りと演習したいところだが、今はあくまでも明日の決戦に向けての休息時間。ぶっつけ本番は流石にまずいので、午後は訓練にならない程度に身体を動かすことにしよう。海防艦の体育を手伝うとかが妥当か。

 

「ホントだ。匂い全然しないっぽい」

 

 惰眠から起きてきた夕立がすぐに抱きついて匂いを確認してきた。いつもならこのまま押し倒される程の勢いで嗅がれるのだが、今はインナーのおかげで殆どシャットアウト。肌がさらけ出されている首から上の匂いが抑えられていない件は黙っておく。

 磯波で効果はわかっていたが、それ以上に反応していた夕立がこう言うのだから、この効果は完璧と言えるだろう。これで由良さんのような被害者を増やすことは無くなった。

 

「んー、ちょっと物足りないっぽい。でもぱふぱふはそのままだし、すごく触り心地いいし、これはこれで夕立的には癒されるっぽい。匂いがあれば完璧」

「匂いにいい思い出無いから勘弁して。夜寝るときはこれ着ないから、それで我慢してよね」

「じゃあ夕立は夜に堪能しまくりっぽーい」

 

 本当に酷い場合は夜用のインナーも作ってもらう必要があるかもしれない。だが磯波はその状態でも首筋に吸い付くような嗅ぎ方をしてきたので安心は出来ないが。

 

「ん、萩風どした?」

 

 そんな中、萩風は少し俯き気味。先日前向きに生きたいと宣言したものの、早速後ろ向きになりそうになっている。

 さらけ出してもいいと私が伝えたものの、しっかり自制しているので、ストレスが溜まってしまっているのだろうか。

 

「い、いえ……そのですね、後遺症が」

「それはいつものことでしょ」

「普段と違う姉さんを見てですね、すごく、その、想像(妄想)が加速してしまってですね」

 

 事あるごとに小さく震えるのは、つまり()()()()()()なのだろう。駆逐水鬼だったらまず酷いことになっているだろうから、萩風も例外ではない。そのせいで直視出来ないとのこと。

 それを直接口に出せるようになったのは、前向きになった証拠なのかもしれない。ほんの少しだけでも気にしなくなったのなら、今までよりも生きやすくなったのではなかろうか。

 

「が、頑張って慣れます」

「そうしてもらえると助かるかな……」

 

 全員救いたいところだが、マイノリティ側にまで手を伸ばすことが出来ないのが今回の件である。萩風には申し訳ないが、早いところ新しい私には見慣れてもらうしかない。

 

 午後はインナーに慣れるためにちょっとした運動。やってるかなと思って見に行ったら、案の定海防艦の体育が開催されていたため、大鷹に理由を話して参加させてもらった。おかげで半日で今の状態での動きには慣れることが出来た。ついでに脚への負担が軽減されているのも、走り回って実感出来た。

 松輪はさておき、占守と大東にはやたら弄られ、引っ張られたり撫で回されたりしたものの、破れる気配が全く無かったのも良かった。本当にいいものを作ってもらえた。

 

 

 

 その日の夜、あとは寝るだけという状況。つまり、寝て起きたら決戦である。

 

 駆逐水鬼のときは、そういうタイミングも与えられず突発的に襲撃を受け、あれよあれよと決戦という体裁になった。知性を持つレ級との戦いもそうだ。想定外の出現で、なんとか戦闘するに至った。

 しかし、今回はあちらがドッシリと構えているため、どうしてもこちらから向かわなくてはならない。準備を続けてはきたが、それで絶対大丈夫と保証出来ないのが戦争。流れでどうにかなるものでも無い。

 

「ゲロちゃん、緊張してるっぽい?」

 

 勝手に私の膝枕を堪能している夕立に指摘された。多分脚が震えたんだと思う。

 

 そう、私は緊張しているのだ。大きな敵に対して、日程を決めて討伐するということが初めて。今までの戦いは緊張する暇も無かったが、今回は別格である。

 明日の戦いで南方棲戦姫との戦いは決着がつくはず。勝てばあの海域の平和を取り戻せるだろうが、敗ければいろいろと大惨事が起きる。仲間が死ぬかもしれない。私が目覚めてしまうかもしれない。そう考えると、今更ながら緊張してくる。

 

「明日は南方棲戦姫との戦いなわけでしょ。流石に緊張するよ。部隊に選ばれるとも思ってなかったしさ」

「日程決めての戦いは、陽炎ちゃん初めてだもんね……」

 

 磯波や沖波は当たり前だがその辺りは経験済み。夕立も今回が初めてなのだが、性格上そんなことで緊張するほど繊細では無い。

 

「2人はさ、こんな時どうしてた? 緊張で寝られないなんてこともあったりした?」

「私は……初めての時どころか、ずっと緊張してるよ」

 

 磯波がオズオズと話してくれる。古参なのだから、こうやって日程を決めて深海棲艦殲滅任務に出撃することもそれなりに経験している。それこそ、一度や二度では利かないくらいに。その都度、緊張に苛まれて眠れない夜を過ごすことになっていたらしい。その日どれだけ疲れていても、変に目が冴えてしまうと。

 そしてそれは今もだと言う。磯波は明日の決戦には参加する予定。敵が強大であることがわかっているため、怪我を負ってしまうかもしれないし、下手したら命を落としてしまうかもしれないという不安で、どうしても眠れなくなる。

 

「私も磯波ちゃんと同じかな……戦いの前はどうしても緊張するよ。意識しないようにする方が無理だしね」

 

 沖波も似たようなものだと話してくれた。今回の沖波は部隊には組み込まれておらず、万が一の時の鎮守府防衛に就く。いわば、直接戦闘に関わりが無いところでの待機だ。それでも、仲間が失われるかもしれない、もしかしたら自分のところまで敵が来るかもしれないという不安がどうしても尽きない。

 自分だけではなく他人のことでも不安になってしまうのは、この業界ならではの話だろう。生死をかけた戦場に送り出すのは怖い。

 

「ホットミルクとか飲んで、安眠法みたいなのは全部試すかな。今日はみんなと一緒に寝るから少しは安心出来てるし」

「私も……陽炎ちゃんの匂いが戻ってきてるから」

 

 戻ってきているという表現はアレだが、今はあのインナーを身につけていないのでありのまま。夕立だけでなく磯波も距離は近い。

 確かに、周りにみんながいる状態で寝るのは不安が解消される。悪夢に苛まれても起こしてもらえる保証があるというだけでも安心だし、今回のことに関しては、同じ思いをしている者が身を寄り添うという安心感もある。

 

「とりあえずホットミルクの案は採用。気持ちよく寝るためにちょっと食堂行こっか」

「ぽい! おやつっぽい!」

「食べないから。ちょっと飲むだけだから」

 

 それでこの緊張感が取り払えるとは到底思えないが、みんなで一緒に行動するということである程度の安心感が生まれるものだ。決戦前夜の心の安寧のためにも、私はみんなを頼ることにした。

 

 

 

 5人でゾロゾロと食堂に行くと、まだ普通に電気がついていた。時間で考えればもう暗くてもおかしくない時間。私達と同じように、ここで身体を落ち着かせに来た者がいるのかもしれない。

 先客は誰かと確認してみたら、正直意外な人物だった。

 

「え、呉内司令?」

「ん……ああ、お前らか。眠れないのか」

 

 椅子に座ってお酒を飲んでいたのは、支援艦隊の長、呉内司令。それに付き合っているのか、イントレピッドさんも私達の姿を見て手を振ってくれた。

 2人ともいつもの制服というわけではなく寝る前といった感じ。ここで飲み終わったらすぐにでも寝るつもりなのだろう。

 

「貴女達はMinors(未成年)だし、Hot milkでいいかしら。Liquor(お酒)はまだダメだものね」

 

 そう言いながらイントレピッドさんがサクサクと私達の飲み物を作ってくれる。こちらが何も言わずともやってくれる辺り、すごく面倒見がいい。まるでお母さんのような振る舞いである。

 

「夕立はお酒でもいいっぽいよ?」

「ガキが背伸びするんじゃねぇよ。ミルクでも飲んでとっとと寝ろ」

 

 口はあまりよろしくないが、こちらのことを思っての言葉である。嫌味が無い。だからか、夕立も反抗的な態度を取ることなく素直に従う。

 

「呉内司令も眠れないの?」

「まぁ……そんなところだ。明日はデカい戦いだろう。その前の夜ってのは、嫌でも目が冴えちまう」

 

 歴戦の猛者でも、決戦前夜は緊張すると話してくれる。今回もそうだし、うちの空城司令だってそうだが、司令官というのは私達の命をその手に置いて、作戦指揮だけして後ろから見守る者。指示のミス一つで艦娘が沈むことだってあり得るので、責任感も私達以上に大きい。それが上に立つ者。

 だからここで少しのアルコールを入れているらしい。程よく使えば気持ちよく眠れるとのこと。未成年の私達には無縁な話ではある。

 

「お前らもか」

「うん……やっぱり命を張りに行くのは怖いよ。艦娘なのにね。命を張るのが仕事だってのに」

「んなことは無いだろ。むしろその緊張感は大切にしておけ。怖がってる奴の方が長生き出来るからな」

 

 呉内司令も勝ち負けより生き死にを大切にする人のようだ。だからここまでの実力を持っているのだろうし、部下がついてきてくれる。支援艦隊の誰もが、この呉内司令を信頼しているように見えた。

 

「人間誰だって死にたくは無いんだ。むしろこれで緊張しない奴は何処かおかしい」

「あれ、夕立ディスられてるっぽい?」

「お前、緊張してないのか。だったら何処かおかしいな。死に急ぐなよ」

 

 夕立にここまでハッキリ言ってくれる人も珍しいので、呉内司令はそれだけでも信用に値した。

 

「はい、Hot milkよ。これで温まって、グッスリ眠ってね」

 

 話しているうちに準備が出来たようで、イントレピッドさんが人数分のホットミルクを持ってきてくれた。

 ちょっと熱くてすぐには飲めなかったが、ちびちびと飲んでいくと身体がポカポカと温まる感覚が広がる。

 

「イントレピッドさんも緊張とかするの?」

「勿論。私だって不安で仕方ないもの。制空権取れなかったらどうしようーってね。明日は特に危険なEnemyなんだから。私もLiqueur(お酒)に逃げちゃったわ」

「お前はいつも俺に付き合ってくれるからな」

 

 そういう形ででもよく眠れる手段を持っているのは悪いことではないと追加する。不安は誰にだってあるのだから。

 

「そう考えると、ネルソンやプリンツは豪胆だな。不安があってもすぐに寝ちまう」

「そうねー。ネルソンは体調が万全で無ければNelson Touchが上手くいかないってもう寝ちゃってるものね。プリンツは……まぁちょっと抜けてるところあるし、不安があってもグッスリかナ?」

 

 何というかその辺りは少し予想通りである。特にネルソンさん。あの人には怖いものがないように思えた。決死の戦場に向かう前夜でも、一切関係無しに爆睡してそうな雰囲気。

 

「何だっけ、プリンツに仕込まれて、ネルソンも冗談みたいなこと言ってたわよね」

「……ああ、あれはやめろって言ったんだがな。『今日はもう寝るそん』っつって部屋に戻っていった」

 

 磯波破裂。あのネルソンさんがそういうことを言ったという事実で上乗せされている。ミルクを口に含んでいない時で本当によかった。崩れ落ちた後、ずっと震える羽目に。

 

 

 

 そこからは軽く雑談してから、程よく眠くなったところで部屋に戻って就寝。緊張感が無くなったわけではないのだが、それでも眠れないということは無くなった。

 呉内司令のおかげで、少し心が落ち着いたように思える。おかげで、悪夢も見ることなく翌朝に行くことが出来た。万全な態勢で戦いに赴くことが出来そうだ。

 




そろそろバレてるとは思いますが、今回の人間キャラの名前の法則は、苗字が某有名映画タイトル、名前がその映画の主人公声優の名前になっています。


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鬨の声

 決戦の日の朝。スッキリとした目覚め。だが、今から私、陽炎は、苛烈な戦場に向かう。駆逐水鬼からの襲撃や、知性を持つレ級からの撤退戦とはまた違った、南方棲戦姫が待ち構える巣に対しての攻撃である。今までに無かった、()()()()()()()()という任務。何事もなく終わらせたいところだ。

 

「っし」

 

 昨日から与えられたオカルト仕様の初月インナーを着込む。指先までしっかりと入れ、首から下が全て黒く染まったかのようになった。程よい締め付けで気も引き締まる。これで匂いは失われて、かつ負担が大きい脚のサポートもしてくれる。これからの戦いで自分の力を十全に発揮出来るようにしてくれる最高の装備だ。

 昨日のうちにこれの使い心地はしっかり身につけた。海の上に出るのはぶっつけ本番になってしまうが、身動きに支障が出ることは無いため、今までと同じ、むしろ今まで以上に動けるだろう。

 

「気合充分っぽい! ゲロちゃん、今日はコンビでやるっぽい!」

「だね。基本は2人で動いた方がいいかもしれないね」

 

 今日ばかりは夕立も目覚めがいい。今日の決戦に対し、自分で言うように気合充分である。さすが戦闘狂、緊張感すら感じさせずにいつも以上に元気いっぱい。

 私と夕立は第一艦隊、南方棲戦姫との直接対決の方だ。南方棲戦姫の堅牢な装甲をぶち抜けるとは正直思えないが、夕立とならあの力業な砲撃を掻い潜って本体を狙うことも無茶では無いだろう。

 

「私は援護を頑張るね。多分、対潜とかを受け持つと思うから」

 

 磯波は露払い担当の第二艦隊。私達が南方棲戦姫と戦う最中に邪魔が入らないようにしてくれる部隊だ。その援護があってこそ、私達は何も気にせず戦えるようになる。磯波達の戦いにも期待する。

 

「私と萩風ちゃんは鎮守府防衛だね」

「わ、私は防衛出来るほどまだ力がありませんが……」

 

 そして沖波と萩風は今回お留守番。万が一のために鎮守府で準備を整えておく。待っている者がいるのなら、より気合を入れて戦いに向かえるというもの。2人の存在も、私達の後押しになる。

 

 さぁ、戦いの時間だ。次にここに戻ってくる時は、勝利してからだ。笑顔での帰投を望み、私達は決戦に向かおう。

 

 

 

 朝食をしっかり食べた後、工廠にて最後の準備。艤装も昨日の休息の間にガッツリ整備されていたようで、ピッカピカに磨かれていた。何もかもが最高最善にチューンされ、ミスは一つも無い完璧な状態に仕上げられている。整備班の人達も全力を出してくれていた。

 今回の私の武装は、今までで一番使ってきている主砲2基と魚雷1基の組み合わせ。最も慣れ親しんだスタイルが、今回の戦場では一番役に立つ。魚雷なら装甲を破壊出来る可能性もあるので、使わない理由は無い。

 

 いつになく緊張感が漂う工廠だ。騒がしさも少し違う。少しだけピリピリしているような、それでいて活力が満ち溢れているような、そんな雰囲気。

 

「みんな、準備は出来たかい」

 

 空城司令の声がしたことで、一気に静まり返る。全員の準備が整ったことで、いよいよ出撃の時が迫っていた。

 

「これでまだ前座ってのが辛いところだが、ここで勝てなきゃ太陽の姫にゃ勝つことは出来ないからね。気合入れて行きな」

「俺達も心配はしてないからな。お前らならやれると思って今回の部隊を決めたんだ。キッチリ勝って、しっかり帰ってこい」

 

 2人して割と簡単に滅茶苦茶言っている気がするのだが、私達のことを信頼しているところから出ている言葉だ。緊張感はどうしても高まるものの、やる気は漲る。司令2人共々、自信を持って私達を送り出すのだ。その期待に応えなければ、艦娘では無い。

 

「陸奥、第一艦隊旗艦、頼んだよ。いざとなればアンタが全部決めな」

「ええ、指揮権は私が貰ってるんだもの、一番いい手段を選ぶわ。作戦は『いのちだいじに』でいいわよね?」

「ああ、それでいい。生きて帰ってくるのがアンタ達の最優先事項だ」

 

 あくまでも死なないことを優先する。これは常々言われていることだ。死ななきゃまたやれる。勝つ戦いより負けない戦い。これまでの艦娘生活の中で、私にもしっかりと刻み込まれている心得となった。

 

「隼鷹も頼んだよ。露払いは考えることが多いが、アンタなら出来るね?」

「あたぼーよ。陸奥達の邪魔は誰にもさせないからさ、任せなって」

 

 あちらの部隊も勿論、信念は同じ。露払いなんて、もしかしたら第一艦隊よりも危険な戦いになるかもしれないのだから、より慎重に行かなくては。

 

「ネルソン、旗艦はいつも通りお前だ。相手はわかっているな」

「勿論だ。我々のEnemyはレキュー。何体いようが、余のNelson Touchでウミノモズクにしてやろう」

「藻屑な」

 

 このやりとりで磯波がまたもや破裂。ネルソンタッチがまず磯波の腹筋をえぐる。決戦前にこんなでいいのか。いや、だがこれで緊張感が抜けるのならいいか。

 

 程良く緊張感が抜けたところで時間となった。ついに出撃の時。

 

「よし、じゃあ行ってきな」

「了解。期待して待っていて頂戴ね」

 

 ニコッと笑って海の方を向く。陸奥さんのそれに合わせて部隊の全員が同じように海の方へ。

 

「戦艦陸奥、抜錨! 出撃します!」

「よーし、隼鷹さんも出撃しちゃうよー! 抜錨!」

「支援艦隊旗艦Nelson、出撃するぞ! 各艦、遅れるな!」

 

 三者三様に宣言し、そして一気に海に出る。随伴艦の私達も、それを追うように駆け出した。

 ここから先は戦場。どんなタイミングでも気が抜けない、命の遣り取りをする場だ。

 

 

 

 海を駆けて、それなりの時間が経過。そろそろ領海の端に辿り着く。私が含まれる第一艦隊が先頭で、その後ろに第二艦隊。私達の横に支援艦隊が隣り合っている状況で常に進んできたが、ここまで何も妨害無し。野良の深海棲艦すら出ず、全く消耗無くここまで来ることができた。

 しかし、南方棲戦姫の巣は明確な位置がまだわからない。領海の外の、それなりに離れた場所にあることくらいはわかるのだが、それが何処なのかは、調査部隊が出向している時でも判明しなかった。

 

「ここからは慎重に行くわ」

 

 陸奥さんが指示した瞬間、また私は強烈な視線を感じ取った。これで三度目になる、太陽の姫からの視線である。私がここまで来たことを察知したか、また私にもわかる範囲で見つめてきていた。

 相変わらず何処にいるかは皆目見当がつかない。しかし、見られているという感覚は拭い去れないもの。

 

「見られてる。前にここに来た時と同じ」

「了解。隼鷹、哨戒機をお願い」

「あいよ。前はこの辺りでレ級を見つけたんだよな」

 

 陸奥さんの指示で隼鷹さんが艦載機を飛ばす。確かにこの辺りは知性を持つレ級からの襲撃を受けた場所だ。

 

「アクィラ、鷲の目も出そう」

「そうね〜。じゃあ、アクィラ艦載機隊行っちゃって〜」

 

 ここでアクィラさんからも哨戒機発艦。数としては隼鷹さんより少ないくらいではあるが、より高高度での全体監視。隼鷹さんのものが先に哨戒範囲の端にまで辿り着く分、全体的な視野を拡げているのがアクィラさん。

 今までは演習で敵としての相手だったが、今回は鷲の目も味方。戦いの前段階から心強いものである。

 

「巣のおおよその位置って見当ついてるんだっけか」

「ううん、まだ何処かもわかってないわね。だから、前のレ級の発見地点と方位からある程度計算しつつで向かうわ。霧ちゃん、計算出来る?」

「前の諜報部隊の件と、現在地からするに……まだまだ向こう側ね。水平線より向こう」

 

 計算上ではあるが、巣まではまだまだ遠い。巣の位置がバレないように先制を取ろうとしてきていたとも考えられるが、こういうところが面倒。

 

「進みながら巣を探すわ。あちらもそうでもしたら炙り出されるでしょう。ボスを倒しちゃえば後は楽なものだし、それでいいわよね」

 

 全員異論無し。手っ取り早い方がいい。それに、どうせ南方棲戦姫との戦いは避けられないのだ。こちらが向かうことで誘き出した方が幾分か楽。その分危険度も上がりはするが、今日は仲間が多い。不安は少ないと言える。

 

 今までとは打って変わってゆっくりとした航行。領海の外に出たことでより慎重に。緊張感はついて回るが、早く終わらせたいという気持ちも無いわけではなかった。太陽の姫の視線もまだ感じ続けているし、それを早く払拭したい。

 

「焦っちゃダメだよ〜」

 

 そんな私の気持ちを読み取ったかのように、阿賀野さんが頭を撫でてきた。インナーのおかげで突然抱きついてくるようなことはないものの、阿賀野さんだってD型異端児。匂いに惹かれるのは無理もないこと。

 

「そうだぞ陽炎。適度にサボるんだよ適度に」

 

 まだイケメンのモードに入っていない加古さんにまで言われてしまった。やはり何処か気が急いていたのかもしれない。戦闘中ではないので、こういう時こそしっかり深呼吸。

 

「だよね、うん、焦らずちょっとサボるくらいでないと」

「そうだぞー。あたしなんて今でもダラダラしてんだから。戦いの時だけ気を引き締めるくらいがちょうどいいんだって」

「わかるわかる〜。阿賀野もそんな感じだよぉ」

 

 それくらい力を抜く方がいざ戦闘となったときに最大の力が発揮出来るのかもしれない。

 

「っと、じゃあそのサボりはもうおしまいな。哨戒機が何か見つけたぜ」

 

 なんて話している内に隼鷹さんの緊張走る言葉。このタイミングで何かを発見したとなれば、それはもう答えが出ているようなもの。

 

「こちらの視界にも入ったわ。でも、うーん、これは困ったわねぇ」

「だよな。こりゃあ困った」

 

 アクィラさんの鷲の目にもその何かが入ったようだ。しかし、その言葉からして結構まずい様子。

 

「敵部隊、こちらに向かってきてるわ。向かってきてるんだけど……ちゃんと言った方がいい?」

「当然だ。勿体ぶらずに言え」

 

 困ったような笑みを浮かべたアクィラさんが敵部隊の詳細を話す。

 

「南方棲戦姫と、レ級2体」

 

 レ級2体の時点で誰もがうわぁって顔した。私もそうだった。最悪な予想というのは得てして当たるものである。そのどちらもが知性を持つレ級である可能性は高い。

 

「あと軽巡のツ級だったかしら。あの空母キラー」

「アトランタの真似事をする奴か」

「あんなのと一緒にしないで」

 

 アトランタさんが文句を言うが、こちらとしては戦々恐々である。アトランタさんの真似事ということは、空母が機能しなくなるレベルでの対空砲火が飛んでくるということ。ただでさえレ級2体となると艦載機の数がとんでもないのに、それと拮抗するための材料を撃ち墜とされるとなるともう笑えない。

 

「後はいろんなのがそれなりって感じかな。戦艦から駆逐艦まで取り揃えてんな。滅茶苦茶な数ってわけじゃないが、露払いだけでなんとかなるのかありゃあ」

「何とかするんだろ。それだけ俺達は用意してきてんだ」

 

 第二艦隊だけでどうにか出来る数かどうかは不明ではあるが、やるしかないというのもある。こちらもかなり人数を揃えてきたが、それでもあちらの方が圧倒的に数が多い。巣に近いというのはそういうところもある。

 だからこそ南方棲戦姫はここで待ち構えていたのかもしれない。わざわざ襲撃せずとも、本来の目的はドッシリ構えてこちらを監視すること。動こうが動くまいが、目的は達成出来る。

 

 水平線の向こうに敵部隊が見えてきた。埋め尽くすとかそういうものでは無かったが、遠目でも威圧感が凄かった。特にその部隊の真ん中。久しぶりに見るあの痴女と、つい先日見たレ級が2体。あの3体だけでも苦戦しそうなのが辛い。

 そのレ級の尻尾が空に向かって伸ばされたかと思うと、その口から止め処なく艦載機が吐き出された。

 

「ピッド、攻撃隊!」

「OK! Intrepid squadron, attack!」

 

 イントレピッドさんも対抗するように発艦。それだけではレ級2体分の艦載機には追いつかないものの、制空権争いに圧倒的な敗北というわけでは無くなる。そこに隼鷹さんとアクィラさんも哨戒機から攻撃隊に変更して発艦させたため、より拮抗に向かう。

 しかし、先程アクィラさんが言っていたツ級が対空砲火を始めたことにより、次々とこちら側の艦載機が撃墜されていった。アトランタさんの真似事というのも理解出来てしまう。

 

「アト、対空砲火お願いね!」

「了解。ハツ、アンタも来な」

「了解だ。僕はこちらの露払いを先決する!」

 

 防空班としてのアトランタさんと初月が早速対空砲火を開始。これを抑え込むことが出来れば、ある程度は戦いやすくなるはずだ。だが、結果的にこれで何とか拮抗と言えるほどに。既にこちらは5人出しているようなもの。

 

「それじゃあ行くわよ。ここで決着をつけるわ!」

 

 陸奥さんの鬨の声と共に、一斉に突撃。砲撃を交えつつ、先制攻撃を放つ。だが、そう簡単には当たらないのがあの痴女の強さ。余裕そうな顔でこちらを眺めている。

 

「久シブリニシテハ、イイゴ挨拶ジャナイカ。ムツ、ダッタカシラ?」

「名前、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」

「興味ハ無イケレド、セッカク名乗ッテクレタンダモノ。記憶ノ片隅ニクライハ置イテオイテアゲタワヨ。チャントココデ殺シテアゲル。ソシテ、我ガ姫ノタメニ、陽炎ヲ目覚メサセルワ」

 

 

 

 もうここからは命の遣り取り。生きるか死ぬかの戦場だ。

 




痴女との戦い開始。最初は厨二要素抑えめ。


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真の技

 南方棲戦姫と2度目の戦いが始まった。1度目は準備不足、というか諜報部隊との調査中に現れてしまったので撤退する羽目になったが、今回は違う。最初から準備万端整えてきた状態からのスタートだ。あちらの戦力が前以上であろうと、その辺りも考慮して部隊が組み上げられている。私、陽炎もその一員として参加していた。

 それに対するあちらの部隊も、困ったことに前回よりも強化された部隊である。レ級が2体も存在し、さらには空母対策か対空砲火が強力な軽巡ツ級もいるというかなり厳しい状況。

 

 航空戦は対空砲火も込みでギリギリ互角。これにより私達は陸奥さんを先頭に南方棲戦姫に突撃する。先制攻撃を狙った初撃は残念ながら回避されてしまったが、こちらの勢いは止まらない。

 

「霧ちゃん、早速行くわ」

「了解。一斉射ね」

 

 突撃の勢いそのまま、陸奥さんと霧島さんが主砲を全て南方棲戦姫に向けた。知性を持つレ級も、一撃で粉砕した合体技、一斉射。身体への負担は大きいが、最初から惜しみなく使っていくようだ。

 

「私ノ前ニ、コノ子達ヲ相手シテチョウダイ。我ガ軍勢、精鋭モ精鋭ヨ。行キナサイ」

 

 しかし、それも見越したかのように不敵な笑みを浮かべた南方棲戦姫が少し下がると、即座に壁になるかのようにレ級2体が前に躍り出た。航空戦をしているはずなのに、一度発艦したからお構いなしに動き回ってくる。

 

「ヒヒヒ、来タナ」

「姫様ノ言ッテイタ通リダ」

 

 前回のレ級より、話し方が片言ではなく少しだけ流暢になっている。ということは、さらに知性が高くなっていると考えた方がいいかもしれない。

 まるで双子のように、全く同じ動きで現れたかと思ったら、鏡写しのように尻尾を構える。蛇のような頭はどちらも陸奥さんの方を向き、明らかに一斉射を止めてやるという魂胆が見え見え。

 

「陽炎ダケ生カセバイイ」

「陽炎以外ハ殺シテイイ」

 

 そして乱射。冗談のような威力の戦艦主砲による砲撃が、2体同時に撒き散らされる。あんなことを言いながら、私にだって普通に当たるような砲撃の嵐だ。自分達の前方にいるのなら見境無しという滅茶苦茶さ。さすがにこれを受けては一斉射はキャンセルせざるを得ない。

 南方棲戦姫含む敵艦がレ級の後ろ側にいるため、同士討ちなんていう一番残念な決着なんてことは無いのだが、あまりに容赦なさすぎてあちらも前に出づらくなっている。だからだろう、敵艦も一斉に砲撃を始めた。南方棲戦姫はその攻撃に参加せずニヤニヤしながらこちらを眺めているが、おそらくこの砲撃を抜けたものを狙い撃つつもりなのだろう。

 

 幸いなことに密度はそこまで無いため回避は出来るのだが、近付くことは簡単には出来ないような砲撃速度。しかも撃ち続けて止まらない。今は撃っているだけかもしれないが、突然違う動きをする可能性も残っているのだから油断ならない。

 

「アクィラ、隙はあるな!」

「勿論。威力はあるけど、使ってる子がちょっとおバカさんみたいだから、タッチの隙はあるわ。でも、ちょっと露払いしてもらった方がいいと思うの!」

 

 さすがアクィラさん。こんな悲惨な状況でもしっかり上から全てを見ていた。

 攻撃しない視界のみを意識したアクィラさんの鷲の目は、レ級の艦載機とツ級の対空砲火を掻い潜り、()()()()()()の性能を遺憾無く発揮していた。攻撃しない代わりに回避性能だけ群を抜いている。その上、イントレピッドさんの艦載機やアトランタさんと初月の対空砲火がそれを確実なものにしている。

 

「露払い頼んだよ! あたしゃ制空権争いで忙しいからね!」

 

 今度は隼鷹さんが叫び、第二艦隊が一斉に動き出す。敵はまだまだいるのだから、ここから動いてもらわなくては出来ることも出来ない。

 既に第二艦隊の内の2人は制空権争いに駆り出されてしまっているが、残り4人はまだまだフリー。今のところ海上にしか敵艦は見えないため、効かない攻撃は無い。そうなれば、最も火力が出るのは魚雷。

 

 いの一番に駆け出したのは、やはり木曾さんだった。雷撃のスペシャリストは、ここで一番槍を務める。

 

「デカいのから潰す! ガサさんも頼む!」

「はーい! まずは戦艦からね!」

 

 レ級の流れ弾はあちらにも飛んでいってしまっているのだが、私達よりは若干遠いところにいたおかげでより避けやすい状態にはなっている。

 そこですかさず雷撃を開始。連射をするのはいいが、海中にまで気は回らないだろう。結果、雷撃は現状最も適した攻撃になった。衣笠さんも魚雷は1基装備してきているため、木曾さんの補助をするように雷撃を被せた。

 おかげで敵戦艦は一撃で致命傷を受けて消滅。1本でも戦艦主砲に匹敵する火力を発揮する魚雷なのだから、いくら戦艦とはいえひとたまりも無い。

 

「っし、1体撃破! どんどん行くぞ!」

「主砲も入れてくよ!」

 

 木曾さんはそのまま雷撃を続け、衣笠さんは主砲による砲撃も織り交ぜ、小型な敵を着実に減らしていった。

 

「よし、私は……狙えるかな! やってみよう!」

 

 砲撃を掻い潜りながら少しだけ敵艦隊に近付いていたのは五月雨。予想外な行動を取る夕立と違う、長い時間で培われた回避性能は駆逐艦随一。レ級の無差別砲撃などお構いなしに突っ込む。

 狙いは敵艦隊の中でも今一番厄介なところにいるもの、ツ級である。南方棲戦姫やレ級を直接狙わないところが五月雨らしい。ここでツ級が抜ければ、制空権争いが有利になる。

 

「そこっ! たぁーっ!」

 

 ツ級は完全に対空砲火に専念しているため、五月雨の砲撃は見えていない。つまり、回避が疎かということだ。

 しかし、周りの敵駆逐艦が身を挺してツ級を守ってしまう。それだけ今回の戦いの対空砲火が重要だと認識しているようだ。しかもその駆逐艦が思ったより硬く、五月雨の一撃を耐えた。

 

「多分周り全部倒さないと、対空砲火終わらないですぅ!」

「五月雨も俺達に加わってくれ! 磯波、そっちは!」

「現状潜水艦はいません! 私もなるべくそちらに加わります!」

 

 磯波は対潜装備での参戦。以前に潜水艦が現れたこともあったので、今回もそれがある可能性を見ていた。今の段階ではそれを逆手に取られてしまっているが、戦闘中に現れる可能性だってあるのだから、随時ソナーで海中の反応を調査し続けている。

 いない時は手が空くかと言われればそうではなく、爆雷を駆逐艦に直撃させるなどして牽制していた。海中で爆発して潜水艦が一撃で葬れる程の威力なのだから、海上の艦にもそれなりのダメージが与えられるはず。

 

「今!」

「了解だ。皆の者、準備はいいな!」

 

 この露払いのおかげで、多少弾幕が緩くなった。アクィラさんが合図を出す頃には艤装の変形を終えていたネルソンさんが、未だに乱射を続けるレ級2体に狙いを定めた。ネルソンタッチの随伴艦は、勿論サウスダコタさんとプリンツさん。

 

「Nelson Touch! 主砲、1番! 2番! 行くぞ!」

「任せろ! キリシマ、ちゃんと私の活躍、ちゃんと見てろよ!」

「行っきますよぉ! Feuer! Feuer!」

 

 敵随伴艦の砲撃がある程度止み、レ級の砲撃の隙間を突いた渾身の突撃。その勢いも然ることながら、そのタイミングを導き出したアクィラさんの手腕も光る。

 

「ヒヒヒ!」

「突撃シテキタ!」

「狙イ撃ツ、狙イ撃ツ!」

 

 それをしっかりと見据えてきたのがレ級である。連射をこの瞬間だけ止め、2体同時に尻尾をネルソンさんに向けた。

 

 ネルソンさん自体も激しい砲撃をしながらの突撃であり、その後ろからサウスダコタさんとプリンツさんが同じように前方へ砲撃しながらの追従。一直線上に並んでいるのだから、ネルソンさんを狙った砲撃は基本的には誰かに当たる。

 しかし、そこはネルソンさん達の練度がモノを言う。陸奥さんと霧島さんの猛攻すら掻い潜りながらの突撃が出来たのだから、横槍さえ入らなければ当たり前のように突っ込んでしまうのがネルソンタッチ。

 

「貴様らには()()Nelson Touchを披露してやろう! 光栄に、思え!」

 

 レ級2体がかりの砲撃もなんのその、ほぼ無傷で潜り抜けたネルソンさんはさらに距離を詰める。

 本来ならここで敵の部隊を二分して各個撃破と行くのだが、今回はそれでもない。2体の内の片方に向けて、一切のブレーキを踏まずに突撃し、前方に突出するように変形した艤装を()()()()()()()()()()。いくらレ級でも、あの質量の艤装が生身の方に直撃したら嫌でもダメージになる。

 

「続け!」

「おうよ!」

「追撃しまーす!」

 

 そこにすかさずサウスダコタさんとプリンツさんが集中砲火。あまりにも滅茶苦茶すぎて、直撃を受けたレ級は何も出来ずにその砲撃を受け、悲鳴すら上げることなく爆散。

 本来分断に使う突撃の火力を、一点集中させてぶち込む真のネルソンタッチ。分断したのは部隊ではなく()()()()()だったということだ。演習でなんて出すことが出来ない、裏技みたいなもの。

 

 あまりのことにもう片方のレ級は顔が引き攣ったようにも見えた。知性を持つということは、本能的な動きに自分の考えが混ざり込んでしまい、想定外を突きつけられた瞬間に思考がバグってしまうこともあり得る。それがたった今引き起こされた。

 誰だってあんなことを目の前でやられれば動きが止まる。あの南方棲戦姫も、このネルソンタッチを見たら目を見開いていた。これが知性を持った弊害だ。手を加えていないレ級ならこんなことにならなかっただろう。

 

「何ボーッとしてるっぽい?」

 

 その隙を見逃すはずもなく、もう片方のレ級には夕立が迫撃していた。猛烈な砲撃が一時的に止んだことで、ある程度好き勝手動けるようになった。

 

「ヒ、ヒヒヒヒヒ! スゴイナ、オ前ラ。面白イ、面白イ!」

 

 しかし、今ので接近されることがまずいと()()してしまったのだろう。即座に身を切り返し、尻尾を大きく振り回すことで夕立の迫撃をその場で食い止め、さらには大量の魚雷を吐き出して他の者にも牽制。

 一番近くにいたネルソンさん達も流石に魚雷はまずいと回避行動に移った。プリンツさん先導で魚雷を撃ち抜きつつ、すぐに駆け抜けてその間合いの外へ。

 

「もう片方も余が沈めてやろう。ムツよ、道は拓いたぞ!」

「ええ、ありがと! みんな、行くわよ!」

 

 残り1体なら支援艦隊が引き付けてくれるだろう。この隙にレ級を任せて南方棲戦姫に突撃。

 これで第一艦隊は南方棲戦姫1体に集中出来るようになる。流れ弾などは気を付けなければならないが、少なくとも今までより戦況は良くなったと言えるだろう。

 

「フフ、ソレハ予想外ダッタワ。面白イ仲間ヲ連レテキタノネ」

「でしょう。私も驚いてるわ」

 

 改めて面と向かい合う陸奥さんと南方棲戦姫。レ級2体という強烈すぎる壁があったため、ある程度余裕があったのだと思うが、いきなりこの場を作られたことで笑顔が消えていく。

 

「陽炎、マダ目覚メテイナイノ? トイウカ、随分ト様変ワリシタヨウネ。似合ッテイルトハ思ウワ」

「私は目覚めないよ。このままで太陽の姫も沈める」

「ソレハ無理ネ。我ガ姫ハ、()()()()()ニイルオ方。ワカルデショウ」

 

 それは痛いほど理解している。分霊なんてことをしでかすくらいだし、今でも奴の視線は感じ続けている。まるでこの戦いでの私の結末を見届けようとしている視線だ。

 やっていることがいちいち神様のような行動。姿形も他の深海棲艦とは一線を画しているし、外側にいると言われても納得せざるを得ない。

 

「ソノ太陽ノ姫ニ見初メラレタコトヲ、何故光栄ニ思ワナイノカシラ。太陽ノ巫女ニシテ、神ノ現シ身。日天ノ前ヲ疾ル陽炎」

「勝手に見初めておいて何言ってんの。こっちのことも考えてよ」

「神トハソウイウモノヨ。貴女モイズレワカルワ。背徳ト従順ノ悦楽、心地ヨサノ中デ、貴女ハ我ガ姫ニ感謝スルデショウ。()()()()()()()()()

 

 やはり、南方棲戦姫も元々は人間だ。私や萩風のように太陽の姫に姿と心を変えられ、今に至っているわけだ。

 ならば助けなければならない。萩風のように。

 

「御託はいいかしら。一応アンタの話に付き合ってあげたけど」

「エエ、別ニ今スグニデモ陽炎ヲ目覚メサセルコトハ出来ルノダケド、ヤッパリ自力デナッテホシイモノ。貴女達ノ血肉ヲ以ッテ、太陽ノ巫女生誕ノ生贄トシテアゲルワ!」

 

 南方棲戦姫の背中側の艤装も迫り上がり、完全な攻撃態勢に移行した。

 

 

 

 ここからが本当の戦いだ。周りは仲間達が抑え込んでくれている。私達は南方棲戦姫に集中しよう。

 




南方棲戦姫本領発揮。


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学習する獣

 南方棲戦姫との戦い。レ級2体の内1体は、ネルソンさん率いる支援艦隊の荒技、ネルソンタッチにより粉砕し、2体目の撃破に移っていた。敵随伴艦も第二艦隊が引き付けつつ、こちらに被害が及ばないように抑え込んでくれている。私、陽炎が属する第一艦隊は、今回の撃破対象である南方棲戦姫と向かい合う

 

「別ニ今スグニデモ陽炎ヲ目覚メサセルコトハ出来ルノダケド、ヤッパリ自力デナッテホシイモノ。貴女達ノ血肉ヲ以ッテ、太陽ノ巫女生誕ノ生贄トシテアゲルワ!」

 

 南方棲戦姫の背中側の艤装も迫り上がり、完全な攻撃態勢に移行した。両腕に接続されている主砲だけでも普通の戦艦以上の威力を誇るのに、それが両腕と背中で合わせて4基というとんでもないスペック。それを殆ど無反動で振り回し、殴り付けるような砲撃により強烈な弾幕を張ってくる。

 

「陽炎、太陽ノ巫女、貴女ハコチラニ来ナサイ」

「お断りだっつーの。しつこい女は嫌われるよ」

「貴女ハ逃レラレナイノ。見初メラレタ時点デ」

 

 この期に及んでまだ私を勧誘してこようとしてくる。私は絶対に目覚めない。奴は今すぐにでも目覚めさせることが出来ると言っているが、それをしてこない時点で私はまだ前に進める。自力で目覚めるなんて絶対にしてやるものか。

 

「もう能書きはいいわ。ここで確実に仕留めるから覚悟しなさい」

 

 最初の砲撃はやはり陸奥さんからである。先頭にいたし、因縁をつけているのだから、一番ここで決着をつけたいと思っているのは間違いなく陸奥さん。火力の差は歴然としているが、こちらには人数差がある。立ち向かうのも無茶では無くなった。

 

「ムツ、貴女ヲ生贄ニシマショウカ」

 

 その砲撃を紙一重で回避した後、腕の艤装で弾き飛ばす。前回もそうだったが、あまりにもいい加減な装甲の強度である。掠ったところも、傷一つ付いていない。

 萩風には申し訳ないが、南方棲戦姫は駆逐水鬼と比べると完全に別格だった。私をあらゆる方向から監視したかったとしても、力量があまりに違いすぎる。戦艦と駆逐艦という違いもあるとは思うが、それでも異常だ。

 

「巫女ノ贄トナレルナンテ光栄ナコトヨ。ソノ死スラ糧ニナルンダモノ。無駄死ニデハ無イワ」

「私が死ぬ前提で話を進めるのやめてくれる?」

「何故勝テルト思ウノカシラ。太陽ノ姫ノ加護ヲ得タ私ニ!」

 

 両腕による砲撃が陸奥さんを襲うが、まだ距離があるおかげで回避は可能。しかし、あんなものは掠るだけでも致命傷になりかねない。直撃なんて以ての外だ。

 

「うっへぇ、酷い火力だな」

「とりあえず、撃ち続けてみる〜?」

「だな。あたしも同じところ狙うから、やっちまえ!」

 

 そんな砲撃の中でも、自分のスタイルを崩さないのは加古さんと阿賀野さんである。撃たないよりは撃った方があちらの行動を縛れるだろうと、回避しながらもガンガン撃ち続けた。それが艤装に阻まれようともだ。

 いくら強固すぎる艤装と言えども、砲撃を受け続ければいつかは貫くはずだ。阿賀野さんは無反動での連射が出来る唯一の仲間。同じところに撃ち続けるのもお手の物だ。そこに加古さんの砲撃を噛ませることで、より艤装破壊を狙える。

 

「ぽい! ゲロちゃん夕立達は前進!」

「そうなるか。そうなるね! やったらぁ!」

 

 私と夕立の駆逐艦組は、この砲撃を掻い潜っての突撃を選択。小柄で小回りが利くことを活かした接近により、生身に直接砲撃を当てることを狙う。艤装は強固でも、生身は艦娘と同じで少し頑丈という程度だろう。なら、私達でも倒せるチャンスは十分にある。

 

「なら、私達は」

「決まってるわ。一斉射よ!」

「タイミングは私が計るわ。陸奥、準備だけはきっちりとね」

 

 そして陸奥さんと霧島さんは一斉射の準備。私達が近付こうとしているので少し邪魔をしてしまいかねないのだが、そこは何とかしてくれると勝手に信じて。それに、一斉射があれば私達がより近付きやすくなるはずなので、もう互いに自由に撃ち続けることを選択した。

 今は南方棲戦姫のふざけた砲撃を止めない限りはどうにもならない。ただでさえ腕と背中の主砲が別々に狙いを定めることが出来てしまうため、2人3組3方向からの攻撃くらいでは全てに対応出来てしまっている。

 

「艦娘ハ貧弱ヨネ。ソノ程度デハ我ガ姫ノ足元ニモ及バナイ。前座ノ私ニスラ手ガ届カナインダモノ」

「嘗めていられるのも今のうちよ。みんな鍛え上げてきたんだもの。何も変わらないアンタにはわからないでしょうね」

 

 陸奥さんと霧島さんの砲撃は回避し、加古さんと阿賀野さんの砲撃は艤装で弾き、私と夕立の接近は砲撃により潰す。6人がかりでもまだ届いていないのは確かだ。

 しかし、こちらも無傷。誰1人として屈することなく、仕掛けるタイミングを計っている。1つ崩すことが出来れば、そのまま猛攻を繰り出すことが出来るだろう。

 

 

 

 一方その頃、支援艦隊。2体のレ級の内、1体を真のネルソンタッチにより粉砕したことで、次の2体目を南方棲戦姫から引き剥がすことに成功していた。おかげで第一艦隊は余計なことを考えずに戦うことが出来る。

 

「ヒヒヒ、ヨクモヤッタナ。ヨクモ、キヒヒハハハ!」

 

 相方がやられたというのに笑顔を絶やさず、むしろ余計に狂った声を上げる。知性が高くなっているようにも見えたが、やることはそんなに変わらない本能のままのばら撒き。

 だが、やはり奴は()()()()()()。確実に距離を取り、ネルソンタッチが簡単には当たらないような位置取りを心掛け始めている。たった一度見ただけで間合いまで把握しているとなると厄介だ。

 

「ほう、ただ突っ込んでくるばかりのFerocious beast(獰猛なケダモノ)だとばかり思っていたが、考え方を改めよう。Nelson Touchを警戒するとは、面白い! ハッハッハッ!」

「笑っていられないだろ。賢いレキューとか厄介だぞ」

 

 豪快に笑い飛ばすネルソンさんに対し、ツッコミを入れるサウスダコタさん。

 この状況で笑っていられる豪胆さは見習うべきところかもしれない。切羽詰まった戦場でも、心に余裕を持ち、緊張感すらも感じさせずに立ち向かうことが出来るのは、一種の才能にすら見えた。

 

「Ah、大分良くなったわ。Air raid(空襲)仕掛けちゃう?」

 

 1体いなくなったことで制空権争いに向かってくる艦載機がガツッと減ったようで、イントレピッドさんに若干余裕が出来たらしい。

 

「そうね、半分くらい持っていっちゃって大丈夫かしら」

「Okay! Squadron, attack!」

 

 アクィラさんからの許可が出たところで、空で戦う艦載機の一部が残ったレ級に向かって急降下を始める。明らかに爆撃目的。命中率を極限にまで高めた渾身の空爆。

 レ級自身が間合いを取ってくれたおかげで、何の気兼ねなくくりだせるようである。あまり激しいと仲間まで被害を被るのが範囲攻撃だし。

 

「お、いいねぇ。あたしもやろうかね」

 

 制空権争いに参加している隼鷹さんも一部をそれに追従させる。1体に対しての空爆では無いのだが、それくらいしなくてはまずいと思える程の力を秘めているのがレ級だ。出来ることなら艦載機全てで嗾けたいくらいである。

 

「ヒヒ!」

 

 それに対し、真上に向かって砲撃。戦艦主砲を対空砲火として扱う荒技も荒技。当然反動は凄まじく、レ級自身も海面にめり込むかのように脚が沈む。それで何も異常が無いのだから、深海棲艦のスペックは凄まじい。

 

「ホント滅茶苦茶! でも、今は撃たれないよね!」

 

 尻尾が真上に向いている上に、脚が少し沈んだことで動くこと自体が鈍くなると判断したプリンツさんが、その胴体に向かって砲撃。あれならば回避も簡単には出来まいと放たれた弾は、真っ直ぐレ級に向かって飛ぶ。

 

「ヒヒャア! 効カナイ効カナイ!」

 

 しかし、レ級が振り向きプリンツさんを見据えたかと思った瞬間、自分の今の状態を省みることすらせずに身体を急激に回転させ、猛烈な勢いで尻尾を振り回す。それによりプリンツさんの砲撃は尻尾で弾き飛ばされ、さらには沈んでいた脚がもう海面に現れていた。

 

「うぇえっ!?」

「1体目は殆ど不意打ちみたいなものだったし、学習されてるみたいだから、やっぱり一筋縄ではいかないわねぇ」

 

 1体目を犠牲にして2体目を強化しているようなものだ。戦場でリアルタイムで強化され続けるとか、実は南方棲戦姫よりも厄介なのでは。知性を持つということはそういうことなのかもしれない。

 

「ならば、もう一撃だ! Nelson Touch、行くぞ!」

「おいおいおい、連続でやるのは艤装への負担がまずいだろ!」

「構わぬ! まぁ学習はされているだろうが、な!」

 

 ネルソンさんが艤装を変形させた。ネルソンタッチの構えではあるが、それは一度レ級に見せている。回避の方法も当然学習してしまっているだろう。それも、真のネルソンタッチの方を。

 それでもやろうと言い出しているのだ。ネルソンさんは分の悪い賭けでも平気でやりそうな性格をしているのはここ数日間で理解しているが、それでもあの自信満々な態度からして勝てる見込みがあってのことだ。

 

「まぁいい。旗艦はお前だからな。私は従おう。プリンツ!」

Jawohl(了解)! 突っ込みまーす!」

 

 その意気に押されたか、サウスダコタさんもプリンツさんもネルソンタッチの体勢へ。

 しかし、学習したレ級はそもそもやらせまいと行動を開始する。主砲のみならず魚雷もありったけ吐き出して、ネルソンさん達の進路を封じ込めに入った。

 ネルソンタッチは突撃技であり、進路妨害は一番の天敵。さらに言えば、砲撃自体は避けられても範囲を拡げた雷撃に関しては、基本的にはどうにもならない。

 

 だがそれをどうにかするのが随伴艦である。

 

「私は上専門なんだけど?」

 

 その雷撃を、ネルソンタッチの進路上だけ撃ち抜いたのはなんとアトランタさんだった。制空権争いを初月に任せ、今の瞬間だけ下に向けての砲撃を繰り出していたのである。

 初月の持つ長10cm砲とは違う形状をした高角砲を持っていると思っていたが、アトランタさんのそれは高角砲ではなく両用砲。防空巡洋艦とはいえ、真上以外にも当たり前のように撃つことが出来たのだ。攻撃範囲が広い、本人にとっては奥の手とも言える()()()()

 

「実にいい! さすがはアトランタだ!」

「さっさと行って。ハツヅキだけだとギリギリなの」

「ハッハー! では、行くぞ!」

 

 アトランタさんが作り上げた道をぶち抜くように突撃開始。当然砲撃だって飛んでくるが、お構いなしに突っ込んでいく。回避距離も以前以上に紙一重。ギリギリのギリギリで突撃をやめず、所々に擦り傷を負いながらもレ級に対して迫撃。

 あまりの猛進さにレ級が砲撃をやめ、全力で回避することを選択した。1体目が直撃を受けて爆散しているのを見ていたのだから、その選択は間違っていない。知性を持ち、学習した成果だろう。回避して擦り抜け際に一撃入れるという、本能と知性の中間のような行動に打って出る。

 

「回避の方向を間違えたみたいだな!」

 

 ネルソンタッチの隊列をその時点で崩した。そして即レ級に飛び込んだのはサウスダコタさん。

 

「行け!」

「当然だ!」

 

 かなりの近距離になったが躊躇いなく砲撃。

 ネルソンさんに負けず劣らない威力の砲撃を前に、レ級は爆散……するかと思いきや、それすらも本能的に回避した。それも上に。

 サウスダコタさんの後ろから、プリンツさんが回避先を狙ってしっかり砲撃をしていたからだ。横に避けられないと直感的に判断して、跳ぶことで直撃を免れた。

 

 だが、このレ級は知らない。最初のレ級は跳んだことで沈められたことを。一斉射ではないためあの時のようにはならないとは思うが、おそらくそれよりも残酷な目に遭う。

 

「もう回避出来ないな。()()()()()()()()!」

 

 そこでサウスダコタさんが手に持つマストを思い切り投擲。空中で体勢を変えられるのなんて、何処ぞの狂犬だけだ。

 それを止めようと尻尾を前に持ってこようとするが、砲撃よりも速いほどの投擲にそんなもの間に合うわけがない。サウスダコタさんの投擲したマストは、レ級の心の臓を綺麗に貫いた。

 

 

 

 最後のレ級は、死の恐怖に塗れた表情をしていた。知性が無ければ恐怖も知らなかっただろうに、皮肉なものである。

 



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南方の実力

 支援艦隊が残り1体のレ級を相手取る中、私、陽炎が属する第一艦隊は南方棲戦姫との激闘を繰り広げていた。たった1体の深海棲艦とはいえ、6人がかりでも簡単には勝たせてくれないような強敵。戦闘経験がまだまだ少ないとはいえ、今まで戦ってきた中では間違いなくトップクラスの強敵である。

 私は夕立と共に接近戦を仕掛けようと突撃している。奴は私のことを一切攻撃しようとしないが、私の攻撃は軽くあしらわれているようにも見えた。私の実力ではまだまだ届かないとでも言うのだろうか。

 

「太陽ノ巫女、陽炎。諦メテコチラニ来ナサイ。思イ出セバイイダケナノヨ?」

「ふざけんな。私は艦娘陽炎、そんな得体の知れないものじゃないから!」

「頑固ナ子ネ。見初メラレテイルノニ、神ノ御心ヲ無下ニスルダナンテ」

 

 顔面を狙った砲撃も、艤装に包まれた腕で軽く払うだけでノーダメージ。駆逐艦の主砲の火力では、直撃でも傷が付かない。

 代わりに夕立にはまるで容赦が無い。毎回直撃コースで砲撃を放ち、何とか回避するものの、背中の主砲はそれ自身が意思を持つかのように夕立を照準に合わせ続けていた。

 

「ウザいっぽい。ゲロちゃんは夕立達の仲間なの。バケモノの仲間なわけ無いでしょ」

「神ノ手ニ触レラレタ者ハ、ソレダケデ貴女達トハ別格ナノ。人ト犬ガ同列ナワケガ無イデショウ。ソレガ理解出来ナイナンテ、本当ニ哀レネ」

 

 軽率な挑発だが、夕立はそんなことでは揺るがない。内心はギラギラと燃え上がっているかもしれないが、それは絶対に表には出さない。

 

 少なくとも私が盾になれば夕立の安全が保証出来るかもしれないが、それでは何も変わらないのも事実。駆逐艦は2人がかりででも進まなくてはダメージも与えられないだろう。

 それにそれは夕立が嫌がるから絶対にやらない。プライドとかそういうのを戦場に持ち込むのはどうかと思うが、人間関係の亀裂をこんなところで作るのはくだらないこと。お互いに守り合うのは仲間として当たり前だが、守り方というのもある。

 

「ならアンタもその類ってわけ?」

「勿論。私モ陽炎ト同ジ、太陽ノ姫ノ洗礼ヲ受ケタコトデ、今ノ力ヲ得タワ。(シガラミ)カラ解キ放タレ、素晴ラシイ気分ヨ。苦痛モ、後悔モ、絶望モ、何モカモガ、太陽ノ姫トイウ偉大ナ存在ニ塗リ潰サレルノ。ソレハトテモ()()()()()モノヨ。陽炎自身、ソレハモウ理解シテイルデショウ」

 

 陸奥さんが問いただすと、ペラペラと自分の気持ちを話してきた。こんなにお喋りな深海棲艦がいるだろうか。これは元々の人間の性質が残っているのだろうか。いや、それは違うか。そうなると萩風が危ない人になってしまうし。

 こんな激しい戦闘の最中でも、当たり前のように会話が成立していることがそもそもおかしいと思う。南方棲戦姫はまだまだ余裕ありと言った感じだ。回避も、ガードも、砲撃も、全てが全く精度が変わっていない。

 

「グダグダ喧しいなホント。自分語りが好きな深海棲艦なんて聞いたことないね」

 

 ここでガードされ続けていた加古さんが猛攻を仕掛ける。今までは多少は間合いを取りながらも砲撃を繰り返していたが、ここから夕立のように前に出た。阿賀野さんはそれをよりスムーズに出来るように援護射撃。

 当然巡洋艦チームの方への砲撃は止まっておらず、加古さんも阿賀野さんも常に回避し続けながら砲撃を繰り出していたが、ここで大きく動き出す。

 

「夕立も言った通り、陽炎はあたし達の仲間なんだわ。本人も嫌だって言ってるんだし、手ぇ引いてくんない?」

「残念ダケド、陽炎ハ太陽ノ姫ノモノナノ。私ダッテ抗エナイ。アノオ方ガソウ望ンデイルノダカラ、覆シヨウガ無イノヨ。諦メナサイ」

「そうかい。ならここで死んでもらうしかねぇな」

 

 私や夕立では出せない火力による砲撃を繰り返しながら突撃する加古さん。戦闘中のイケメンモードは相変わらず、砲撃が簡単にガードされるのも構わず、同じ場所を延々と撃ち続けた。

 艤装だって金属。強度にだって限界がある。私達のそれだってダメージを受け続ければ破壊されるのだから、同じ場所だけを撃ち続ければその内そこが弱くなるはずだ。

 

「シツコイ女ハ嫌ワレルワヨ」

「鏡見てから言えよ」

 

 そしてこの時、南方棲戦姫の意識が加古さんに向いた。その隙を霧島さんが逃すわけが無い。

 

「陸奥!」

「オッケー。主砲、一斉射! てぇーっ!」

 

 合図と同時に陸奥さんと霧島さんの突撃も始まった。私達駆逐艦のそれや、加古さんのそれとは全く違う、大型艦の()を感じる。

 これだけは喰らってはいけないと直感的に判断出来たのだろう。回避行動を取りながら意識を即座に陸奥さんの方に向け、4基の内の2基、一番自信があるのだろう両腕の主砲を陸奥さん1人に集中させる。

 

「ゲロちゃん、夕立達も!」

「当然!」

 

 そしてそれは私達駆逐艦組からより意識が外れるのと同じ。突撃するなら今しか無い。一斉射に巻き込まれないよう、しかしこの勢いを止めずに立ち向かう。

 

 これで3方向からの突撃になる。誰も犠牲になるつもりはなく、あちらの砲撃はしっかり回避しながら距離を詰めていく。誰か1人でも近付くことが出来れば、本体にダメージを与えることが出来るかもしれない。

 それが誰になってもいい。南方棲戦姫を倒すことが出来るのなら、手柄なんて誰も考えていない。

 

「ソレハ避ケザルヲ得ナイワネ。デモ、ソレハ美シクナインジャナイカシラ。タダ突ッ込ンデ撃ツダケナンテ」

「そうかしら。駄々を捏ねるような砲撃よりも、美しく優雅だと思わないかしら?」

 

 南方棲戦姫の殴り付けるような砲撃よりは、艦娘らしい綺麗な砲撃だとは私は思う。主観もあるかもしれないが。

 

「当たるまで撃ち続けるわよ。もう逃がさない」

「ソウ、デモ、ソレハ無理ネ」

 

 3方向からの突撃でも、それを的確に対処してくるのが南方棲戦姫である。砲撃により突撃を食い止めつつ、何か艤装がおかしな音を立てたように聞こえた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 両腕による砲撃が突如止んだかと思いきや、新たに放たれたのは()()()()()。空中に吐き出したと思いきや、それを殴り付けるかのように陸奥さんに向けて撃ち出したのだ。

 

 戦艦が魚雷を放つなんて聞いたことが無かった。勉強不足なのかもしれないが、少なくとも私の知る戦艦の艦娘はそんなことを出来る人はいなかった。破天荒な行動をする支援艦隊の人達にもそんな人はいない。

 今の今まで南方棲戦姫は主砲による砲撃しかしてこなかったため、『戦艦は主砲で攻撃するもの』と固定観念が出来上がっていたのか。それも全員が。

 

「雷撃……!?」

「ソレダケジャナイワヨ」

 

 さらにはその両腕を私達と加古さんに向けてくる。砲撃かと回避しようとしたら、今度は()()()()()()()。腕1本から3機ずつと数はかなり少ないものの、その発艦速度は普通ではなく、砲撃かと思えるほどの速度で向かってきた。艦載機なのに爆撃でもなんでもなく、()()()()である。

 突撃をしている陸奥さんと霧島さんには、それの足止めをする魚雷。それよりも軽めな私達や加古さんには艦載機による直撃。その勢いを止めるには充分過ぎた。

 

「うおっ!?」

「ぽい!?」

 

 加古さんはその直撃を受けてしまい、突撃の勢いまであったため大きく吹っ飛ばされてしまった。殆ど交通事故のようなもので、ダメージもそれ相応と言える。折れてはいないようなので少しだけ安心。

 夕立は持ち前の戦闘センスによる直感で紙一重での回避。しかし突撃の勢いは完全に殺され、攻撃もキャンセルされてしまった。

 

「陽炎、少シオイタガ過ギルワ。少シ痛イ目ヲ見ナイト理解シテクレナイミタイネ」

 

 艦載機は私に対しても放たれており、死にはしないがダメージは受ける。殺しはしないが、痛めつけるくらいには考え方が変わったらしい。その方が私も目覚めやすくなるとでもいうのだろうか。なら、その思惑を全て無にしてやるしかない。

 

 ここで脱力。艦載機の直撃を免れるため、倒れんばかりに全身から力を抜いた。

 その瞬間、向かってくる艦載機をすり抜けたかのように回避し、今まで届かなかった程の南方棲戦姫の近くにまで移動する。脚への負担は感じられない。まだ1回目なのだからいつも通りだが、インナーの効果はおそらく絶大。

 

「ナッ……」

「通った……!」

 

 備え付けの主砲で南方棲戦姫の本体を狙い撃つ。手持ちの主砲ではブレるだろうから、確実性のある方を選択。

 

「ダメヨ陽炎。マダ届カセナイ」

「充分!」

 

 その砲撃は腕の艤装によりガードされる。だが、上出来だ。これで今だけは4基の内の1基からの砲撃を止めることになる。

 

「ぽーい!」

 

 第二の矢、夕立。自分の真後ろに魚雷を放ったかと思いきや、自らそれを撃ち抜くことで爆発させ、その風圧を艤装の帆で受けて急加速。砲撃が少しだけ止んだ今だからこそ、夕立ならではの爆発を背にした突撃。

 この急加速は南方棲戦姫も予測出来ていなかったようで、ほんの少しだけ顔が歪んだ。いくら火力の低い駆逐艦とはいえ、その行動が何を引き起こすかはわからない。

 

「貴女ガ1人目ノ贄ニナリタイノネ!」

 

 急加速に追い付く速度で背中の主砲が旋回。夕立に狙いを定める。

 

 はずだった。

 

 その主砲は、夕立に狙いを定める前に不自然な音と共に動きを止めた。どう見ても突然の故障。深海棲艦の艤装がどのように整備されているかは知らないが、今までスムーズに動いていたものが動かなくなるのだから、南方棲戦姫はより顔が歪む。

 

「ふっふーん、見えちゃった見えちゃった♪」

 

 その犯人は阿賀野さんだった。艤装の限界強度を狙って同じところを撃ち続けていたのだが、それが功を奏したわけではない。私と夕立を止めるために多少体勢をこちらに寄せた瞬間を狙い、若干背後に回っていたのだ。

 そこで脚などの本体を狙うわけでもなく、あえて背中の艤装の()()()だけを狙い撃った。無反動だからこそ成せる、驚異の命中精度。結果、背中の主砲は本来動かしたい位置まで動くことなく、動作不全を起こしたわけだ。本体を狙うより効果的に、確実な動揺を誘う一撃。

 

「コノ……ッ」

 

 私の砲撃をガードした腕をそのまま振り上げ、夕立の猛進を食い止めようと砲撃。そんなことをやらせるわけにはいかない。

 

「夕立!」

 

 今度は私が魚雷を夕立の少し横へ放って、私自らで撃ち抜く。備え付けの主砲ならその精度でも砲撃は可能。そして即座に脱力して、自分の魚雷の爆発を陽炎の如くゆらりと回避。艤装との連携により実現したそれは、タイミングが完璧。夕立を急遽真横に持っていく爆風を作り出した。

 私の行動の意図を察した夕立は、その爆風を受けるべく身体を横へ。するとすぐさま帆がそれを受けて緊急回避。南方棲戦姫の砲撃は夕立に当たることなく通過。代わりに夕立はあまりに急なことだったので、少しだけ痛みに顔を歪めた。だが、生きているので良し。

 

 私が南方棲戦姫自体を狙うことも出来たであろうが、そうしたら夕立は確実に砲撃の直撃を受けていた。それではダメだ。全員が命を落とすことなく戦いを終わらせなければならない。だから、チャンスであったかもしれないが、私は夕立を助けることに注力した。それが艦娘だから。

 

「陽炎、何故ワカラナイノ。貴女ハ逃レラレナイ。ナラヨリ気持チヨクナレル道ノ方ガイイデショウ。抵抗ガ馬鹿ラシクナルワ。モウ知ッテイルデショウ。アノ快感ヲ、太陽ノ姫ニ身ヲ委ネル心地良サヲ!」

 

 知ってしまったからこそ、拭い去りたい。夢で何度も何度も見せられて、それに屈したらどうなるかを理解しているからこそ、それを嫌う。

 私は艦娘だ。侵略なんてしたくない。仲間を殺すなんてしたくない。破壊者じゃない、守護者だ。

 

「気持ちよくなれるだの、心地良さだの、ただの変態野郎だなお前!」

 

 吹っ飛ばされたものの何とか復帰してきた加古さんがさらに突撃。一瞥したかと思うと、夕立の時と同じように背中の主砲、機能不全を起こした方ではない主砲を旋回させる。

 が、勿論それも機能不全を起こした。動き出した瞬間に、その関節部を阿賀野さんが狙い撃った。本来合わせたい照準まで行くことが無くなったため、加古さんの突撃は止まらない。

 

「貴女モ、神ノ御心ガ何故ワカラナイノカシラネ!」

「神かゴミか知らないけど、無理強いするのはどんな奴であれクソだっつーの!」

 

 その隙にさらに進み、確実に本体が狙える位置から砲撃を繰り出す。ならばと夕立の時と同じようにもう片方の腕でそれをガードし、返り討ちにするかの如く砲撃。直撃を免れるために緊急回避をするが、どうしても風圧だけは受けてしまい、またもや吹っ飛ばされる羽目に。

 

 だが、ここまでやったことで大きな隙が出来た。左右同時に攻撃して、それを回避したということは、一番大事など真ん中が筒抜けになるということだ。砲撃も魚雷も艦載機も、両腕の艤装が取り扱うというのなら、今は完全に攻撃が出来ない状態。

 その隙を見逃すわけがない。だからこそ鎮守府の最高戦力になるのだ。

 

 

 

「主砲、一斉射!」

 

 雷撃を躱しきった陸奥さんの叫びと共に、霧島さんと同時に一斉射が繰り出された。

 



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最愛の者を

 南方棲戦姫との戦いも佳境へ。私、陽炎も含めた6人がかりの総攻撃でどうにか隙を作り出したことで、渾身の一斉射が決まった。こちらの戦艦2人の砲撃が吸い込まれるように南方棲戦姫に向かい、そしてそのまま爆炎に巻き込まれる。それだけでは足らないと、まだ撃ち続けている程だ。追撃に追撃を重ねた。

 元々人間であることがわかっている南方棲戦姫にここまでやるのも、今までの強さを見てのことだった。これくらいやらないと、全てあの強固な艤装に阻まれてしまうのではないかという恐れすらあったからである。

 

「ってぇ、どうなった!」

 

 この隙を作る総攻撃の際に吹っ飛ばされていた加古さんも、かなり疲れが見えるが復帰。普通とは違う戦艦主砲による砲撃をギリギリのところで回避した影響で身体に大分ガタが来ているみたいだが、動けないわけではないようである。よかった。

 

「警戒は怠らないで! まだわからないわ!」

 

 さんざん撃ち込んだところで砲撃をやめる。少なくとも爆炎の中から回避してくるような姿は無かったし、念のため回避行動を続けたが、砲撃はおろか、魚雷や艦載機も飛んでこなかった。生きているにしても、完全に防御を徹底していたと思われる。

 それでも、ここで勝ちを確信してはいけない。それだけやっても無傷なんてことだってあり得るのだ。奴は陸奥さんと霧島さんの砲撃だけは徹底して避けていたが、それは当たったらやられるからとは限らない。()()()()()()()()()だけとも考えられる。

 

 今は猛攻を受け続けたことで姿が見えない。爆炎が晴れ、そこに倒れ伏していてほしい。出来ることなら四肢欠損などが無い状態で。いっそ既に人間に戻っていることを強く強く望む。

 

「ッアアアアアア!」

 

 突如爆炎から咆哮が轟き、強烈な風と共に爆炎が晴れた。爆炎のその先で4基の主砲を同時に放ったことで全て吹き飛ばしたのだ。その砲撃は見えていないが故の完全に狙いをつけない乱射だったため、擦り傷を負うくらいはしてしまう。

 陸奥さんが指示していなかったら直撃まであったかもしれない。それだけは本当に感謝。擦り傷ならすぐに治る。

 

 中から現れた南方棲戦姫は、一斉射を全て受け切っていたことにより艤装も本体も傷だらけ。特に本体は殆ど全裸の痴女であるため、生々しい傷がいくつも出来ていた。それでまだ行動してこようとしているのが恐ろしい。

 

「マッタク……ヤッテクレタワネ」

 

 ピンピンしているとは言い難い姿ではあるのだが、まだ戦えると言わんばかりに立っている。傷だらけではあるが艤装はまだ稼働しているようだし、死には届いていないようである。堪ったものでは無い。

 

「陽炎ハトモカク、他ノ連中ハココデ沈メナイト気ガ済マナイワ。私ガココデ散ロウトモ、貴女達ダケハココデ!」

 

 陸奥さんに主砲を構えた瞬間、腕に接続されている艤装が大破。それは、突撃するまでに加古さんと阿賀野さんが撃ち込み続けた成果だ。延々と同じところばかりにダメージを与え、一斉射で限界ギリギリになり、最後の自らの砲撃がトドメとなったようだ。

 今まで見たことの無かった南方棲戦姫の生身の腕は、艤装が破壊されたことでズタズタになっていた。あれではまともに動くことも無いだろう。

 

 その時、私達とは違うところで激しい戦闘音の後、レ級が消滅したことが確定した。支援艦隊の人達も終わらせてくれたようである。

 さらには、随伴艦も軒並み処理されていた。私達が戦っている間も巣の方から増援が来ていたみたいだが、それも全て処理してくれていた。衣笠さんや木曾さんは大型艦を対処していたため相当消耗していたが、全員無事にいてくれた。

 

「ソウ……全員ヤラレタノネ」

 

 これで南方棲戦姫を守るものは何も無くなったはずだ。仲間もやられ、艤装も破壊され、反撃の手段は大分限られている。心が折れるには充分なはず。

 

「マダ私ハ……終ワッテイナイワヨ……」

 

 もう片方の腕の艤装を陸奥さんに向けた。こちらは私と夕立に対して使っていたもの。砲撃を防御するにしても、加古さんと阿賀野さんのものとは火力が違う。まだ破壊まではいかない。つまり、まだ機能するということである。

 故に、ボロボロの身体でも当たり前のように撃ってきた。最後の奉公といえど、それは流石に当たらない。そして数発の砲撃の後、その衝撃で艤装が軋んだのも確認出来た。おそらくもう撃てない。

 

「もう無意味よ。アレだけのダメージが入ったんだもの。アンタももうおしまい」

「……フフ、ハハハ、ソウミタイネ。ナラ……私ニ出来ルコトハ1ツシカ無イワ。我ガ姫ノ、私ノ神ヘノ、最後ノ奉公ヨ」

 

 駆逐水鬼の時と同じように、死に体を攻撃するようなことはしない。以前夕立が言っていた通り、介錯を望まれていないのなら死体蹴りは無礼。

 しかし、最後に何かしでかそうとしていた。それが何かはわからないが、何事も無いように全員が警戒する。いざという時には、すぐに前言撤回して死に体にすら攻撃が仕掛けられるように。

 

「陽炎……思イ出シナサイ……貴女ハ一度太陽ノ巫女ニナッテイルデショウ……何ヲシテソウナッタカ……」

 

 私を案じるような事を言い残した駆逐水鬼とは違う、最後まで陥れようとする言葉を放つ南方棲戦姫。

 結局欲望のために太陽の姫のことなんてお構いなしになった駆逐水鬼とは違い、太陽の姫を心酔しているような南方棲戦姫なので、命の灯火が消えようとしている今でも、その役に立つ事をしようとしているわけだ。

 南方棲戦姫はすぐにでも私を目覚めさせることが出来ると言っていた。だが、おそらく太陽の姫の方針からして、それをやらないように言われているのだろう。だから、直接ではなく私にきっかけを与えることを言ってくる。

 

 これ以上喋らせるわけにはいかない。だが、死体蹴りに抵抗があることで、少し動くのが遅れた。

 

「貴女ニハ染ミ付イテイルンダモノ……()()()()()()()()

「余計なこと言うな!」

 

 何かを言いかけた瞬間、南方棲戦姫が最期の言葉を言い始めたくらいから動き出していた夕立が、大きく跳んで南方棲戦姫の頭を蹴り飛ばした。この空気の読まなさは本当に助かった。撃たない分、大分譲歩している。

 あの言葉は本当に私を目覚めさせに来た言葉だ。最後のその言葉は嫌でもこびりついてしまう。

 

()()()()()

 

 これは絶対に深く考えてはいけない。考えた時点でドツボにハマり、そのまま目覚めまで一直線に向かってしまう。

 忘れたい。忘れたいけど、刻まれてしまっている。だからといって誰かに殴ってもらうとかして気絶しても、まず間違いなく悪夢を見る、そうしたら確実に取り返しのつかないことになるだろう。

 

「陽炎、気にしない方がいいわ。どうせ『最愛の人を失った悲しみ』とか、『最愛の人に先立たれた寂しさ』とか、そういうものよ」

 

 思考を巡らせる前に、霧島さんに先んじて言われる。そうだ、多分その辺りだ。私が分霊を受けた時というのは、最愛の者(父さんと母さん)を目の前で失った時の負の感情がトリガーになっているのだろう。

 だから、仲間が死んだことがトリガーになると何度も言ってきたのだ。今は抑えつけられているものの、今目の前で誰かが命を落としたら、あの記憶が一気に蘇ってしまいそう。

 

「ッカ……ハ、ハハハ、残念……モウ……無理ネ……」

 

 夕立の最後の蹴りは確実にトドメとなり、立ち上がることも出来なくなった。元々限界だったようで、ここで諦めたようだ。

 こうした後でも、余計な事を言わないように夕立が近くで待機しているくらいなのだから、諦めざるを得ない。

 

「太陽ノ姫……我ガ姫……神ノ如キオ方……私ハ……」

 

 最期まで太陽の姫の事を考えながら息絶えた。神に見初められ、歪められ、心酔するまでに壊された姫の末路である。

 そして指先から塵になっていく。これも駆逐水鬼と同じ。本来ならこのまま全てが霧散するのだが、この塵の中から人間が現れれば救出完了。

 

「割と容赦なく撃ち続けたから、欠損とかあったかと思ったけど、頑丈さに助けられたわね」

 

 終わったことが確認出来たため、陸奥さんも大きく息を吐いた。同時に、艤装が大きく煙を上げ始めてしまう。

 一斉射は艤装に大分負担をかけるらしい。演習の時ならまだしも、今回は実弾をありったけ、限界以上の速度で撃ち込んだようなもの。戦いが終わったからまだしも、アレでまだ南方棲戦姫が倒れていなかったら、対抗する術がかなり限られていただろう。

 

「ムツ! こちらも終わったぞ!」

「ええ、レ級の処理、ありがと」

「構わぬ。それが余の、我々の仕事だから、な!」

 

 レ級を沈めた支援艦隊とも合流。ネルソンさんの艤装が陸奥さんのものと同様に煙を上げてしまっている。聞けば、ネルソンタッチを連続使用したことによる弊害らしい。今のネルソンさんも言ってしまえば戦力外。

 それ以外にも多かれ少なかれ傷付いている者はいる。こちらで言えば加古さんの消耗が激しいし、随伴艦の処理に追われていた第二艦隊も大分消耗していた。この状態で新しい敵でも現れようものなら、苦戦は必至。

 

「すぐに撤退するわ。南方棲戦姫の亡骸は誰かが運んで。私の艤装、結構悲鳴あげちゃってるの」

「なら私が運ぶわ。サウスダコタ、手伝ってちょうだい」

「おう! キリシマがそういうのなら手伝ってやろう!」

 

 未だ塵になり続けている南方棲戦姫は、霧島さんとサウスダコタさんが2人で担ぎ上げる。その瞬間、纏わりついていた塵が払われ、駆逐水鬼の時と同様に女性の姿が現れた。

 2回目だから驚かないが、本当に元人間であることが実証されたことになる。萩風だけではない。ならば、太陽の姫の配下達は、全員元人間であると考えるのが妥当そうである。知っている限りではこれで終わりだが。

 

 

 

 なんとか鎮守府に帰投。萩風の件で知っていたことで準備万端だったこともあり、南方棲戦姫の中から現れた女性はすぐに入渠ドックに運ばれていった。それ以外でも、消耗が激しい者は次々と休息に入る。入渠する者もそれなりにいた。

 艤装が酷いことになっている人も多数おり、今度は整備班の戦いが始まるようだ。特に陸奥さんの艤装とネルソンさんの艤装。破損はしていなくとも未だにモクモクと煙を上げており、最悪な場合爆発してしまうのではないかという恐れまである。

 

「全員すぐに休みな! 艤装は下ろしてその辺に転がしておいてくれりゃいい!」

 

 空城司令の声が工廠中に響き渡る。無事に帰ってこれたことを喜ぶ前に、やることをやらなくてはいけない。喜ぶのは全て終わってから。南方棲戦姫の亡骸から現れた女性が目を覚ましてからだ。

 

 私も艤装を外した瞬間に崩れ落ちるほどの疲労に襲われた。回避技の連続使用の弊害で、疲れがとんでもない。ただ、インナーのおかげで脚に痛みや熱があるわけではないので助かっている。これは本当に有用だった。

 

「陽炎ちゃん!」

「姉さん!」

 

 鎮守府で待っていてくれた沖波と萩風が駆け寄ってきた。私はほぼ無傷なので安心してほしい。

 

「ぽ、ぽい……夕立、こんなに疲れたの初めて……」

 

 夕立も立ち上がるのに苦労しそうなくらいに消耗していた。お風呂で回復は出来そうだが、そこまで行くのには手助けが必要だろう。比較的消耗していない磯波が、夕立に肩を貸していた。

 

「お疲れ様。あの時咄嗟にやったけど、身体大丈夫?」

「ちょっと身体が軋むっぽいけど、大丈夫大丈夫。あれが無かったら夕立死んでたかもしれないし、ゲロちゃんすごいよ」

「判断出来て良かったよ」

 

 あの時の技は本当に咄嗟に思い付いたものだ。何度も夕立のあの空中移動を見ていたから出来ただけであり、本当にギリギリだったと思う。お互い殆ど無傷なのだからそれでいい。

 

「姉さん、南方棲戦姫から変なことは言われませんでしたか」

 

 萩風としてはそれが一番心配だったようだ。私の目覚めのトリガーを知っているのだから、それをすぐに知りたがるのも無理はない。

 

「『最愛の者を』って言われたけど、全部言われる前に夕立が蹴り飛ばしたからそれだけ」

「……そうですか、そのあと、何もなっていませんか」

「大丈夫。ただ、ちょっと夜が怖いね。いろいろ刺激されちゃったし」

 

 その言葉にも萩風は思い当たる節があるようである。だからか、それ以上追求はしてこなかった。

 萩風だって、おそらく目の前で家族や友人が殺されている。それがトリガーになって駆逐水鬼へと変わり果てているのだから、その恐怖は全て知っているはずだ。それが私に起こらないように、細心の注意を払ってくれている。

 

「今は休もう。夕立もしんどいでしょ」

「しんどいっぽーい。ゲロちゃんの匂いで癒されたいから早く脱いで」

「言い方!」

 

 ひとまず戦闘はこれで終了だ。今までがトントン拍子で行けているのだから、このペースで太陽の姫まで撃破したいところである。

 




南方棲戦姫戦、終了。最後に残した言葉の真意は如何に。


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最悪な夢

 南方棲戦姫との戦闘は終了。案の定元人間であったため、撃破した亡骸の中から女性が現れた。ちゃんと息があったため、現在は入渠中である。

 見た目は成人済みの大人だったからか、入渠が終わるのは萩風よりも長いのではないかと噂されている。もし目が覚めたら、まずは空城司令や呉内司令、あとはしーちゃんが確認してから、表に出していいのなら出すという形に。

 

 で、結果的に夕食後もまだまだ入渠は終わらずということになり、お披露目出来るのなら翌朝ということになった。呉内司令率いる支援艦隊は、その女性が目覚めた後、安全が確認出来てから帰投するとのこと。

 

「やっぱり気になるよね……あの人のこと」

 

 私、陽炎の部屋にはいつも通り異端児駆逐艦が集まってくれているのだが、話題は専らあの女性のことになっている。萩風に引き続き現れた、太陽の姫の犠牲者だ。目を覚ましたら、艦娘として私達の仲間になってくれるかもしれないし、トラウマなどでこの鎮守府にいることも拒むかもしれない。

 

「……後遺症、きっと残っていると思います。私よりも長いので」

「そっか。萩風よりも長く深海棲艦にされてたんだ。なら後遺症もきっと深いよね……」

 

 萩風が心配しているのはそこ。長く深海棲艦として活動させられていたことによる後遺症である。

 

 萩風は未だに駆逐水鬼だった頃の一番強かった感情、私への執着心が残り続けている。その上身体まで反応してしまうくらいの後遺症だ。今だって目と目を合わせるだけで震えるくらい。5年間溜めに溜め続けた欲望なのだから、そうなってもおかしくはないのかもしれない。

 入渠中の女性に一番強かった感情となると、太陽の姫への忠誠心。心酔、()()とも言える程の忠義だろう。そうなると、人間へと戻ることが出来ても、心は深海棲艦のままであるなんて可能性も無くはない。その場合、救出された今の状態でも、私を陥れようとしてくる可能性がある。まるで悪魔崇拝とかの狂信者だ。

 

「姉さんはまず会わない方がいいと思います。もう本当に限界ギリギリなところにいると思うので……」

「だね。安全が確認出来たら面会させてもらうよ」

 

 こればっかりは仕方ない。他人の前では普通でも、私が目の前に来た瞬間に壊れる可能性だってあるし。自分の身を守るためでもあるし、あちらの身を守るためでもある。

 万が一裏切り行為をしようものなら、今までの被害者だったとしても処罰は確定。どうなるかわからない。それは実によろしくない。

 

 そしてそろそろ就寝の時間なわけだが、今度は私の問題が浮上する。

 

「みんな、申し訳ないけどよろしくね。夢を見てると思ったらすぐに起こして」

 

 今回の戦闘により、本格的にまずいところまで来ていると思う。深海棲艦との戦闘がそもそも刺激になり記憶を取り戻していく流れになっているのだが、今回はそれ以上にまずいものがある。南方棲戦姫の最期の言葉だ。『最愛の者を』という言葉は思っている以上に私に引っかかっている。

 これはまず確実に悪夢の更新に貢献してしまう要因だ。気にしたくなくても気になってしまうような言葉なのだし、他のことで気を散らすくらいしか今は手段がない。

 

「ぽい。じゃあ報酬は前払いってことで」

 

 腹に顔を突っ込んでくる夕立。前払いとか言いつついつもやってることなので何も変わらない。

 

「お昼ははっつんインナーで匂いが無くなってるから、今はここでしか嗅げないもんね。堪能するっぽーい」

「はいはい、好きにして好きに」

 

 自分の発言に後悔した。まず無言で磯波にも突っ込んでこられ、夕立に至っては脱がして地肌から行こうとしてきた。磯波はいいとしても、夕立のそれは流石に許されざること。思い切り叩いて引っ剥がす。

 

 だが、こういうてんやわんやなことが起こってくれたおかげで、一時的にでもあのことを忘れられた。これはしばらくは1人になれないのではないだろうか。

 こうやって異端児駆逐艦と一緒にいるのもいいし、他の人、例えばいつもの癒しである海防艦の子供達もいい。とにかく、どんな形ででも精神的に癒され続けて、頭の片隅からでも()()()()を無くしたいところだった。

 

 

 

 その夜、悪夢が更新された。正直こうなるだろうと覚悟はしていたが、今回はそもそもの始まりが大分進んでいた。

 

 すぐそこに深海棲艦に捕らえられた父さんがいるというのに、その姿は目に入らず、太陽の姫に施された分霊の快感に身を委ねてしまっていた。脱力し、その全てを享受し、何度も大きく身体を震わせる。

 

「目覚メヨ、我ガ巫女」

 

 太陽の姫の言葉と同時に、私の身体は何かに包まれるような感覚に襲われた。当時5歳の私にも、自分が何か得体の知れないものに変えられていると理解出来た。

 それがまた心地良く、後のことなど何も考えず、その感覚を全面的に受け入れてしまっていた。変化の快感を受け入れ、私は人間とは別の何かに変化していく。

 

 ここでようやく父さんの顔が見えた。深海棲艦に両腕を取り押さえられ、怒りと悲しみが綯交ぜになった形相で、私に向かって叫び散らしていた。身動き一つ取れない程に拘束されてているため、何をしても届かない。

 そんな父さんを見て、私は正気を取り戻しかけた。だが、それをさらに塗り潰す変化の奔流に呑み込まれ、ついには私は得体の知れないものに生まれ変わってしまった。

 

「ソノ身ハ、我ガモノトナッタ」

 

 太陽の姫もご満悦のようである。鏡があるわけでは無いので、私がどうなってしまったのかは全くわからない。だが、少なくとも自分で見えるもの、例えば手は、病的に白く染まり、チラチラと視界に映る自分の髪も、白く染まっていた。まるで、周囲にいる深海棲艦の如く。

 子供心にはそれでもよくわかっていないのだが、それが何故だか嬉しく感じてしまっていた。こうなれたことに喜び、身体が震える。全てが破壊出来そうな程に力が湧き上がるような感覚も、その喜びをより強くするには十分なものだった。

 

「アトハ心ノミ。受ケ入レヨ、我ヲ。我ガ命ニ従イ、事ヲ成セ」

 

 何を言われても受け入れてしまいそうな程に心に響く。父さんや母さんからの言葉よりも、身体に染み渡る。

 

 そして、私はその言葉に対し……。

 

 

 

「ゲロちゃん起きるっぽい!」

「ぎえっ!?」

 

 かなり強引だったが、夕立に押し潰されて目を覚ますことになった。以前とは違うところまで行ってしまっていたので、このタイミングで起こしてもらえたのは本当に助かった。

 すぐさま自分の手を見る。当たり前だが人間のままの肌の色。そして髪を見る。いつもと同じ色。どちらも白くなんて染まっていないことが確認出来たことで、心の底から安心出来た。安心感からドッと汗が噴き出し、全身を濡らす。

 

「……今何時……」

「もうすぐ朝です。少しだけ外が白んできています」

 

 なら、それなりにグッスリは眠っていられたのだろう。夢のせいで少し消耗してしまっていたが、昨日の疲れは取れている。今日は最初からバスタオルやら着替えやらが用意されていたため、すぐに汗を拭いていった。じっとり湿ったパジャマはすぐに脱がされ、新しいものへと着替えさせられる。

 

 そうしている間もどうしてもあの時の夢が頭の中で巡り続けた。あの時だけでも生まれ変わってしまった身体のことを。

 あまりにも不安で、何度も何度も自分の手と髪を見てしまう。まだ艦娘の、人間のままだとわかっていても、目を離した瞬間にまた色が変わっているのではないかと不安になる。

 

「……身体が変化させられたところまで見てしまったんですね」

「うん……」

 

 身に覚えのある萩風には、私の今の言動でどんな夢を見たかがわかってしまったらしい。一応まだ目覚めていないことは見てわかるため、現状が寸止め状態であることも。

 本当にダメなのが、おそらくあの夢の次に私がやる行動だ。太陽の姫の言葉もトリガーになっているだろう。本当にギリギリ、背中に触れられているくらいのところまで来ている。

 

「何度でも言います。絶対に深追いしないでください。もう浅くても手が届いてしまいそうですが、考えないでください。心が崩れたらもう終わりですから」

「わかってる。わかってるよ。でも……大丈夫って言えないよ……」

 

 すごく手が震えていた。まだ心は折れていないが、大分危険なところにまで足を踏み入れているのは理解している。あと1歩で落ちるくらいの崖っぷち。

 落ちたら最後、人類の敵。目の前の仲間も何もかもに対して、私は()()()()()()を持つことになる。それが本当に嫌だ。せっかく出来た仲間を、友達を、太陽の姫の思惑で全て捨てさせられるのが気に入らない。

 

「ゲロちゃん、大丈夫。夕立達がちゃんと起こしてあげるっぽい。今回で起こすタイミングわかったから」

「起こし方もわかったね。多少強めで行けば起こせるし」

「陽炎ちゃんには申し訳ないけど……痛いくらいで行くね、叩き起こすから」

 

 寝ている時の安全はみんなが保証してくれると言ってくれた。それは本当に嬉しいことだ。おそらく一番無防備なのが寝ている時の悪夢。今だって起こしてもらえなければ記憶の道を突き進み、最後の知ってはいけないところにまで辿り着いていたことだろう。

 だが、平時でも何かしらの想像を巡らしてしまいかねない今、それだけではもう足りない。自分で言うのはアレだが、南方棲戦姫の最期の言葉のせいで大分情緒が不安定になりそうだった。

 

「私も今は1人でいるのが怖いですから。嫌なことばかり思い出してしまいます。お昼も誰かについてもらえるようにしましょう」

 

 萩風は私よりも酷いはずなのだ。だが、思い返したところで今の私のように堕ちることはもう無い。萩風は私の落ちようとしている崖の下から私を眺めていることになる。

 これに関しては、どちらがいいかとかそういうものは無いだろう。萩風は5年間もの時間を無駄にされ、今や世界から消えてしまった、存在していない人物だ。それでも、こうやって私のことを思って慰めてくれる。

 

 なら、それに応えたいと、私は思う。

 

「うん……諦めないよ。大丈夫なんて言えなくなっちゃったけど、私はまだ私だから、艦娘の陽炎なんだから」

「そうだよ。陽炎ちゃんは深海棲艦なんかじゃない、艦娘なんだから」

 

 沖波も震える手を握ってくれた。自然と手の震えは治まっていく。幼馴染みの温もりが、身体に染み渡るようだった。

 

「ゲロちゃんは夕立の友達で、ライバルなんだからね! こんなことで夕立の不戦勝とか許さないんだから」

「はは、夕立の勝ちになっちゃうんだ。それは困るなぁ」

「でしょ? だから、負けないでよね。ゲロちゃんはそんなに弱くないんだからさ。むしろ夕立が引っ叩く番になるよ」

 

 夕立も逆側の手を握ってくれた。より震えは無くなっていく。夕立は友達筆頭として、私を心配してくれている。軽口でも、今の私には一番効いた。

 

「みんなが陽炎ちゃんのことを思ってくれてるからね。1人じゃないよ。私達も側にいるから。絶対見捨てないから。ね?」

 

 もう場所がないと苦笑しながら、優しく語ってくれる磯波。そういう言葉が、思いやりが心に染みる。自然と涙目になっていた。

 

「ありがとうみんな。私、負けないから。絶対に負けないから」

 

 ここまでしてもらえたのだ。負けて堪るか。太陽の姫の思惑通りになんて絶対してやらない。

 解決方法は全く見えないが、私がこのままでいることが出来れば、それだけでいいのだ。むしろ私を選んだことを後悔させてやる。

 

「よし、もう起きちゃおう。どうせそんなに時間は浮いてないでしょ」

「そう……ですね。あと1時間も無いですし、今日は早起きしたということにしてしまうのもいいんじゃないでしょうか」

「だよね。パジャマ1枚無駄にしちゃったかな。そのまま制服に着替えればよかった」

 

 決意も新たに、私は立ち上がる。みんなの思いやりを胸に、私は前進していくのだ。踏み外したら真っ逆さまな道かもしれないが、みんなが支えてくれるならきっと大丈夫。私は踏み外さない。

 

「あ、じゃあ制服に着替える前にー、堪能っぽーい!」

「今日は私が前側で」

「な、なにー!? ソナーもなかなかやるっぽい!」

 

 着替えたら匂いが感じ取りにくくなるからと即座に抱き付いてきた夕立と磯波に苦笑しつつも、着替えの邪魔だと引っ剥がした。

 磯波に対してこういうことをやることになるなんて、ここに来た当初は思いもしなかった。過去に戻って私に伝えても、きっと信じないだろう。

 

 

 

 私は少しだけでも前向きになれた。あんな夢を見た直後でも、仲間達がいればここまで立ち直れる。この鎮守府でなら、私は崩れることは無いと信じられる。

 

 本当に酷いことが起こらない限り。

 




当時5歳の陽炎が、身体だけでも一時的に深海棲艦化したのなら、その姿はほっぽやもっぽに近いものになるんですかね。


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冤罪の贖罪

 悪夢に苛まれ、本格的にまずいところまで来てしまった私、陽炎。夢の中の幼女な私は、一時的にでも完全に深海棲艦と化していた。今は何処からどう見ても人間なのだが、何故今そうなっているかは現状不明。何かがきっかけで人間に戻ったのだろうが、それが何かはわからない。

 しかし、それを深追いしようとすると、思い出してはいけないところまで思い出さなくてはいけなくなるため、謎は謎のままで置いておくことにした。今は南方棲戦姫の最期の言葉の件もあるため、尚のこと考えないことにしたい。

 そのためには、仲間達と楽しく生きていくのが一番簡単。楽しければ嫌なことは忘れられるし、別事でてんやわんやになればそんなことには構っていられなくなる。

 

 南方棲戦姫との戦いが終わった今、最優先なのは、そこから現れた女性が目覚めることである。昨日は入渠が終わらず、目が覚めていたとしても私達が寝静まった後。そしてそれを司令2人が確認してから、お披露目出来るかを判断するとのこと。

 

「昨日救出した子は、昨晩に目を覚ました。今は医務室にいる」

 

 朝食後に集会が開かれ、そこであの女性のことが語られる。就寝時間近くに入渠が終わり、今では怪我ひとつ無いピンピンとした状態らしい。萩風の時もそうだったが、目覚めた女性はまず医務室に運ばれたとのこと。見た目だけは健康体といえど、精密検査をしてみないとわからないので、ひとまずは医務室というのが通例になりそうだ。萩風もそうなったし。

 

「さっきも見てきたが、今は比較的精神的にも落ち着いている。朝飯もちゃんと食えていたみたいだしな」

 

 呉内司令も確認したようで、2人が見た感じでは人間らしい精神状態にはなっているようだった。会話も出来るし、食欲もあるとのこと。

 しかし、まだ油断出来ないところはある。萩風のような後遺症が残っている可能性は高いのだから、取り扱いはどうしても慎重になってしまう。特に思考、人間的な考え方がちゃんと出来ているかは重要。

 

「午前中はいくつか尋問、もとい問診をしていくつもりだ。ここに置いておけるかどうかは俺達で判断する」

「そういうわけだから、医務室にはなるべく近付かないようにしておくれ。まともに見えても中身がどうなっているかはアタシらにも判断つかないからね。速吸だけは手伝ってもらえるかい」

「了解です、精密検査ですね」

 

 この忠告はしっかりと守ることにした。特に私は万が一を考えると絶対に近付けない。ここはちゃんと自衛しておかなければ。やることはないが。

 それでも速吸さんはその医療知識を買われてお呼び出し。診断は上から下まで全てを行なうようだ。

 

「大丈夫なら午後に何人か面会してもらうよ」

「その時にゃ、俺達は帰投する。全員、準備だけはしておけ。もしかしたら俺達がそいつを連れていく可能性もあるからな」

 

 支援艦隊は今日の午後で帰投となった。まだ巣の破壊は出来ていないものの、予定だった知性を持つレ級と南方棲戦姫の撃破までは行けたので、ここにいるべき任務は完了となる。

 少し名残惜しいが、帰る場所があるのだから仕方あるまい。演習で鍛えてもらい、私はアクィラさんに教えてもらえたことで力を得た。その感謝は忘れることは無いだろう。

 

「ならこれで解散だ。今日は全員休みということにしておくれ。巣の破壊については明日から始める」

 

 明確な巣の場所がわからない以上、無駄に動いても意味がないだろう。聞けるのなら、目覚めた女性から聞き出したい。そうでなければ、またあの領海の外に出て巣を探さなくてはいけない。時間がかかるのは明らかなため、またしっかりと準備を整えて向かう必要がある。

 方針がまだ決まっていないため、一時的に全員が休息ということになった。戦いが終わって昨日の今日ということで、それでも構わないだろう。

 

 実際は、全員を鎮守府に留めることで、目覚めた女性に何かあった場合に対応出来るようにするというのが目的のようだ。誰がどのように適応出来るかわからないし、緊急時にすぐ呼び出せるようにしておくことは大事だ。

 

 

 

 私達が休日を満喫している裏側で、医務室では問診が続けられている。当たり前だが、調べられるところは全て調べるべきである。速吸さんが取り仕切る精密検査も、今頃順調に進められていることだろう。

 数値としては、おそらく私や萩風と同様に、D型の同期値が計測不能ということになるだろう。それ以外は普通な人間となっているのではなかろうか。

 

「どうせなら仲良くしたいよね」

「そうですね……せっかく助かったわけですし」

 

 食堂で甘味をつつきながら萩風と話す。降って湧いた休日だったため、夕立は二度寝すると部屋に戻り、沖波と磯波は資料室へ読書しに向かった。そして私は萩風とこれ。ちょっとしたデートみたいになっているため、萩風がまず大きく反応したのは言うまでも無い。

 今回の件は私や萩風に強く関与している内容。出来ることならその問診にも参加したいくらいである。そこで変なことを口走られたらおしまいなので、迂闊に近付くことも出来ないのだが。

 

「こそっと見に行けたらなぁ」

「ダメですよ。私が許しませんから」

「わかってる。冗談だよ冗談」

 

 後遺症はあっても萩風が私の側についているのは、うっかり私にダメな情報が入りそうになった時に、すぐに対策するため。

 今回の件、当事者だったこともある萩風が当然一番詳しい。私のトリガーのことだって知っているくらいなのだから、頼りきるのが手っ取り早かったりする。そして、私のことを一番心配してくれてもいる。

 

「あの人は、艦娘になるのかな」

「どうでしょう……」

 

 南方棲戦姫は戦艦だったため、おそらく艦娘として活動するとしても戦艦になるだろう。亡骸から現れた時、萩風と同様にドロップした艤装を装備した状態だった。その艤装はかなり大きく、どう見ても戦艦とわかるくらいだったし。

 もし仲間になってくれるのなら、これはとんでもない戦力強化だ。多いか少ないかで言えば少ない方である戦艦戦力の補充になるため、今後の戦いで確実に役に立つだろう。

 

「心が深海棲艦のままだったら、武器を渡すのはよろしくないですよね」

「そうだねぇ。いきなり叛逆なんてことがあり得るわけだもんね」

 

 しかし、本人にその意思が無ければ意味はないし、重要なところで後ろから撃つなんてことまで考えられる。

 それは一番あってはならないことだ。艦娘の叛逆なんて笑えない事件があった場合、最悪な場合鎮守府運営にまで影響が出てしまいそう。

 

「ここは慎重に行くしか無いかな。決めるのは司令だけど」

「ですね。私達は座して待つしか無いです」

 

 こんなことを話していたところで、決定権があるわけでは無い。どういう結末になるかは司令頼りになる。きっと最善を掴み取ってくれるだろうから心配はしていないが、万が一は覚悟しておいた方がいい。

 

「あ、ここにいたんですね。陽炎さん、萩風さん」

 

 ちょうど甘味も食べ終えたというところで、食堂にパタパタと入ってきたのはしーちゃん。確か司令2人と一緒に女性の問診に付き合っていたはずだ。そのしーちゃんが私達を探していたということは、問診が終わったということか。

 

「提督からお呼び出しです。2人とも医務室に来てもらえますか」

「ん、了解。それって、あの人が私達に害が無いってことでいいのかな」

「今のところは、ですね」

 

 不穏な言葉ではあるものの、指示は指示なので断る理由はない。大丈夫だと考えての呼び出しなんだろうし。足取り軽やかとは行かないが、私達はしーちゃんについていくことに。

 私だけでなく萩風もというのは、やはり深海棲艦に変えられていた仲間ということで精神的に安定するかもしれないからだろうか。

 

 

 

 医務室に到着。中が騒がしいとかそういうことは無いようなので、こちらの調査には比較的協力的のようである。諦めているという可能性もあるが。

 

 中に入ると、萩風の時と同じように速吸さんが作業中。だがそれ以上に目を見張ったのは、救出された女性が()()()()()()()()()である。

 萩風の時は医務室だったということもあり検査着だったが、女性はそれでもない()()()。検査自体は終わっているため、しっかりと両腕の拘束をされている。

 

「えーっと、これは」

「ああ……この子が自分でこうしてくれと言ったんだ」

 

 その自ら拘束を選択した女性は、神妙な面持ちで目を瞑り、ベッドに腰掛けていた。見た目だけなら物凄く真面目だが、その内面がどうなっているのかは見ただけではわからない。

 

「これは()()()だ。私はとんでもないことをしでかしてしまった。この程度でも足りない。それに、今でも私の中には太陽の姫への忠誠心が渦巻いているのだ」

 

 口を開いたかと思えばこれ。やはりこの人の後遺症は、太陽の姫への信奉。しかし、人間に戻れたことにより思考自体は人間に寄ったため、それが問題ある思考であることを自覚している。

 忠義を尽くす相手が敵であると理解した上で、相反する思考の葛藤の末にこの姿を選んだらしい。余計なことを言ってしまわないように口すらも拘束を望んだようだが、問診の邪魔だと司令が却下した。

 

「君はあの時の駆逐艦か。私と同じように人間に戻ることが出来たんだな」

「はい……無事とは言い難いですが」

「君の後遺症の話はこの人達から聞いている。辛い思いをしているだろう。私は力になれないが、強く生きてほしい」

 

 南方棲戦姫と違って、本当に生真面目な性格に思える。何処か武人然とした態度に、仲間になってくれたら心強いなと思うのだが、この人はおそらく自分が納得しないだろう。頭の中の葛藤のせいで、おそらく戦闘にすらならない。

 深海棲艦には撃てるかもしれないが、いざ太陽の姫が前に現れた時、そのまま屈して敵対する可能性だってあり得てしまうのだ。私達ですらこう考えるのだから、司令達がその考えに至っていないわけがない。

 

「太陽の姫の巫女……君には何と言えばいいか」

「大丈夫。まだ目覚めてないから」

「……すまない。私の発言で取り返しのつかないことになりそうだ。発言は控えることにする」

 

 そこまで自覚が出来ていても、不意に太陽の姫への忠義が表に出てしまい、あの時の言葉の続きを口走ってしまうことを恐れている。萩風以上にまずい後遺症。

 もう私とは関わらない方がいいのだろう。少なくとも今のうちは。自ら拘束を選ぶようでは、艦娘として、仲間として活動するなんて選択はしないだろうし。残念だが、他人の選択を変えられる権利を私は持っていない。

 

「私はどうすればいい。どんな罰でも受ける。死罪と言われても無理もないことをしていたのだ。私の身柄は貴女達に全て任せる」

 

 萩風のような不安定な雰囲気は無いのだが、覚悟を決め過ぎていて逆に不安になる。自分の命を蔑ろにしすぎ。

 

「アンタの身柄はアタシが預からせてもらう。呉内、それでいいかい」

「ああ、構わない。これに関しては任せた方がいいと思うんでな。俺の管轄からは大きく外れ過ぎている」

 

 萩風を引き取った時点で、こういう特殊なケースはうちの鎮守府が受け持つことになりそうである。萩風を許してくれているのだから、大本営はこの人についても一任してきそうだし。というか、こんな面倒な案件は誰も手元に置きたくないと考えるだろう。

 

「アンタが罰を受けたいというのなら、罰を与えようか」

「ああ、頼む。私を罰してくれ」

「陽炎と仲良く出来るように努力することだ。その葛藤で苦しむことが贖罪になるだろう」

 

 女性が目を見開いた。それでは償いにはならないと訴えようとしていたが、そんなこと言わせずに空城司令はまくし立てる。

 

「太陽の姫への忠誠心が後遺症だというのなら、どうにかしてでも振り払いな。そのテストのために、定期的に陽炎とは話をしてもらうからそのつもりでいること。いいね」

 

 勿論、余計なことを言いそうならぶん殴ってでも止めるから覚悟しろと。

 

「艦娘の力は与えない。だが、事務か整備くらいは手伝ってもらいたいね。贖罪だからと言っても、何もしないで三食用意してもらえるなんて思っちゃいないだろ。どうだい、いい提案だと思うんだが」

 

 もう何も言えずにキョトンとしてしまっていた。

 そもそも罪と思わないでもらいたいのだ。この人だって自分の意思で太陽の姫に屈したわけではないだろうし。今でこそ植え付けられてしまった忠誠心も、結局のところは作られた感情なのだから。

 

「……今は貴女に従おう。私には反発する権利もないからな」

「よろしい。なら、今日からはここでの名前で生活してもらうよ。アンタはこの世にいない人物だ。新しい名前で、心機一転人生を歩いてくれればいい」

 

 萩風の時と同じように、解析されたあの艤装から名前をもらうことになる。そして、その名は。

 

「アンタは今日から、長門と名乗るんだ。いいね」

「……ああ、わかった。この長門、贖罪のために生きよう」

「重く考えるんじゃないよ。まったく」

 

 

 

 仲間とは言い難いが、鎮守府の新たな一員として、長門さんが加わった。前途多難ではあるものの、ここから開き直ってもらいたいものである。

 




南方棲戦姫から現れたのは長門でした。艦娘として働くことがあるかはわかりませんが、鎮守府の新たな一員となります。


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長門の苦悩

 南方棲戦姫の中から現れた新たな鎮守府の一員、長門さんは、後遺症として太陽の姫への忠誠心が残ってしまっていた。それでも人間としての思考も持ち合わせているようで、何をしでかすかわからないと現在自ら拘束着を着用している状態。

 空城司令は長門さんに対して、贖罪という形で後遺症を克服するように指示を出している。その一環として、まずは鎮守府の雑務を担当しながら慣れていき、定期的に私、陽炎と会話をするというところに落ち着いた。どういう形であれ、罪の意識を晴らしてもらうのがいい。

 

 長門さんが目を覚まし、一応はこの鎮守府で引き取ることが決定したため、支援艦隊はこれで任務完了。予定通り、帰投することとなった。

 

「助かったよ。また援軍を頼むこともあるだろう。その時はいいかい」

「ああ、今回は通用したようで良かった。これ以上の強敵と戦うこともあるだろうから、そのときはまた力を貸そう」

 

 この数日で元々ここにいたのではと思えるほどに馴染んでいた支援艦隊の6人。別れも少し寂しいものである。だが、あちらも鎮守府を空けてここに来てくれているのだから、いつまでも引き留めておくわけにはいかない。名残惜しいが、ここでお別れだ。

 だが、これが今生の別れでは無い。それこそ太陽の姫との最終決戦の時にはまた手を貸してもらう可能性は高いだろう。私達よりも強い艦隊なのだから、頼りたくなるときはきっとまた来てしまう。

 

「キリシマ! 私はまた来るからな!」

「はいはい、わかったから。その時はまた演習でもしましょう」

「OK! 確かに聞いたからな! 次はタイマンだ!」

 

 特にここは仲良くなっているようだ。最初から物凄くテンション高めだったが、徹頭徹尾このスタンスを崩さなかったサウスダコタさんは、それはそれで凄いと思う。

 

「カゲロー、ちょっといい?」

 

 アクィラさんに呼ばれる。私の戦術を決める助言をしてくれたアクィラさんは、私にとってはもう大先生と言える程の恩人。

 

「私の助言をあんな形にしちゃうなんて、とってもビックリしたわ。それが貴女の戦い方なのよね」

「うん。本当に感謝してる。アクィラさんのおかげだよ」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。お話した甲斐があるわよね」

 

 よしよし、と頭を撫でられる。確かあの時のお風呂でも撫でられた。アクィラさんは多分これが癖なのだろう。恥ずかしさはあるものの、悪い気分では無い。

 

「カゲロー、貴女はきっと今よりも酷い目に遭うでしょう。でも、貴女は強い子だから、きっと乗り越えられるわ。()()()の分析だもの、自信が持てるでしょ?」

 

 ニッコリ笑顔で、それでいて茶目っ気もたっぷり。アクィラさんにそう言われるのが自信に繋がる。あれだけ人間観察が得意なのだから、この助言もきっと私の役に立つはずだ。

 酷い目に遭うというのも、それはもう決まっていることだ。ここまで悪夢も更新してしまったし、太陽の姫との戦いもまだ残っている。だが、それを乗り越えることが出来ると保証してもらえたのなら、そのように出来るだろう。アクィラさんの期待にも応えなくては。

 

「うん、ありがと。絶対に乗り越えるよ」

「よしよし♪ それじゃあ、Ci vediamo dopo(また会いましょう)!」

 

 これでひとまずの別れ。だが近々また会うことになりそうな気がする。その時にはいろいろと心配をかけないようにした状態で再会したいものだ。

 

 

 

 支援艦隊が帰投したことで、ここからは私達のみで戦っていくのだが、まずやらなくてはいけないのは南方棲戦姫の巣の破壊。南方棲戦姫を倒した今、大きな障害はもう出てこないだろう。知性を持つレ級が出てくる可能性が無いとは言わないが、2体も3体も纏めて出てくることはもう無いだろうし、今の状態ならここの最高戦力を出せば撃破は可能。

 目下の問題は、その場所である。駆逐水鬼の時もそうだったが、巣の場所は未だ明確になっていない。障害が無いにしろ、調査は必要なのである。

 

 そこで、今回も元々そこにいた者に力を借りることにした。本人は拒むかもしれないが、話を聞かない理由が無かった。

 またもや私と萩風が呼び出され、長門さんがいる医務室へ。直近の被害者がいれば心が休まるかもしれないという配慮。やはり同類がいると何処かしら落ち着けるものである。私の便乗はちょっとどうかと思ったが。

 

「最初の仕事なんだが、覚えていたらでいいんだが()()()()()の位置を教えてもらえるかい。それを破壊しなけりゃ戦いは終わったことにならないからね」

「ああ、構わない。私に抗う理由はない。無いはずだ」

 

 構わないと言いつつも表情が曇るのは、太陽の姫への忠誠心が意思に反しているからだろう。あそこを破壊してしまえば、残るは太陽の姫本陣のみとなる。それは()()()()()()()()()()避けるべきこと。

 それでも、長門さんはその相反する思考に苦しみつつ、私達に対して友好的に接してくれようとしてくれた。自分が間違っていることが理解出来ているからこそ苦しいはずなのに。

 

「艤装もないただの人間のアンタを領海の外に連れて行くことになるからね。萩風の時もそうだったが、万全の態勢で向かうから安心してくれりゃいい」

「……そうか、わかった。それも償いになるのならな」

 

 萩風も罪滅ぼしなんて言っていたが、深海棲艦に変えられて私達と敵対していたのは、本人の意思では無いところなのだから、罪と思わないでもらいたい。言い方は悪いが、太陽の姫をこれでもかと言うほど恨むべきだ。そんなことをさせた奴に対してなんて、ありったけの負の感情を全てぶつけるくらいが丁度いい。私のように。

 

「何度も言うが、まずは気負うんじゃない。ここの奴らとは仲良くするんだ。今は希望を受け入れて拘束しているが、すぐにでも自由に動けるようにする。アンタは人間で、対等の関係だからね。いいね」

「……善処する」

 

 やはり萩風以上に罪悪感が酷い。まだ目覚めて間もないというのもあるが、ずっと浮かない顔をしている。私とは目を合わせることも出来ない。

 

 おそらくこの人は、身体も心ももっと強い人なのだと思う。話し方からしてもっと凛とした、カッコいい女性なのだろう。すごく美形だし、背も高い。スタイルまでいい。

 なのに、今はすごく小さく見える。罪悪感に震え、人との関係を極力持とうとしない。本来持っていたであろうこの人の良さが、全て壊されてしまっている。それが私としては残念だ。全部太陽の姫のせい。

 

「任務は明日からだ。部屋と服を用意させるから、今は休んでいてくれ。勿論、鎮守府の奴らと交流するのが一番だが」

 

 交流は難しそうではあるが、おそらく何も考えずとも何人かは突撃するだろう。長門さんはそれを躱すことも出来ず、嫌でも交流する羽目になる。贖罪というのなら、これも耐えてもらわなければならない。

 私達はあくまでも、長門さんと仲良くしたいのだ。それが長門さんにとっては苦しみになるかもしれないが、罪悪感を払拭するためには受け入れてもらうしか無いだろう。

 

「長門さん、大丈夫です。ここの人達は本当に優しい人達ばかりですから。みんなと付き合っていけば、きっと気が晴れます。私だってそうなので」

 

 ここで前に出たのは萩風だった。同じように太陽の姫に利用され、同じように救出された、長門さんとは本当の同類。抱える問題は違えど、境遇も何もかもが同じである。

 

「だが……私にそんなことが出来る資格は」

 

 そんな萩風の言葉なら届くかと思ったが、長門さんの心の傷は思った以上に根深い。開き直ることなんて簡単には出来ないことは理解している。だからといってずっと後ろ向きでは何も変わらない。

 

 そんな様子を見て、空城司令が何かを思いついたようにニヤリと笑みを浮かべた。まるで悪戯を思いついた子供のようだったが、長門さんにとって害になるようなことは決してしないだろう。

 

「長門、アンタには雑務を与えると言ったが、何をするか今決めたよ」

「……何を求められるのだろうか。どういう形で償えばいい」

「アンタは今日から間宮と伊良湖の下について食堂に入ること。そこで、ここの艦娘全員と顔を合わせて、交流を深めることだ」

 

 これは少し予想外だった。しーちゃんの手伝いで事務をしたり、整備班の一員になって力仕事をしたりと予想していたのだが、あえてここで食堂とは。

 

 事務も整備も、ここにいる艦娘と顔を合わせることが極端に少ない仕事ではある。整備の方は積極的に行こうと思えば顔は合わせられるが、やはり棲み分けはされているので、付き合いは難しい。

 しかし、食堂なら朝昼晩と必ず顔を合わせることになる。ある意味接客業みたいなものだし。それに、この人数分の食事をたった2人で回している間宮さんと伊良湖さんに助け舟を出せるというのは素敵なことである。

 

「わ、私が、食堂で……!?」

「まぁリハビリみたいなもんだ。よし決めた。拒否権は無い。今日の晩飯からよろしく頼むよ。さっきも言った通り服も用意しておく。しー、間宮と伊良湖に伝えといてくれ」

「了解しました。すぐにでも伝えておきます。きっと喜びますね。給糧艦はどうしても増えませんし、一時的でも仲間が増えることは」

 

 長門さんが何か言い返す前に、とんとん拍子に話が進んでいってしまった。呆気にとられているうちにしーちゃんは医務室から出て行き、空城司令も長門さんの拘束着を勝手に脱がしていく。

 

「わ、私は料理の経験なんて無いぞ!?」

「間宮も伊良湖もその辺りを考慮して仕事を振るだろうよ。それに、出来ない出来ないで人生は回んないんだ。ここいらで花嫁修行とでも思って覚えてみるのはどうだい。アンタはまだまだ先があるんだからね」

 

 それなりに歳を召されている空城司令の言葉だからこそ重たい言葉である。長門さんが何歳かは知らないが、少なくとも今からはまだまだ長い人生が待っているのだ。先のことを見据えて動くのも悪くは無い。

 

 

 

 結局、空城司令の押しには勝てず、長門さんは一時的に食堂に配置されることになる。

 

 妖精さんの用意した服は、艦娘の制服などではなくどう見ても普段着。元から凛々しい長門さんにとてもよく似合っているシャツとズボンに、何やら船のイラストが描かれたエプロン。スタイルがいいのでこんな恰好でもやたら様になっていたが、どう見ても艦娘では無い。

 

「い、いいのか私は、こんなことをしていて……」

「いいのよ。間宮食堂はアルバイトでも来てもらえるのは喜ばしいことだから」

「私も後輩が出来るなんて思っていませんでしたから嬉しいです!」

 

 ニコニコしている間宮さんと伊良湖さん。給糧艦というのは早々増えるものでは無いようで、もうこの戦いが終わるまで2人で食堂を切り盛りし続けるのだと考えていたらしい。だが、一時的とはいえ3人目が入ったのは予想外も予想外。心底喜んでいるようである。

 

「私達は、戦えない代わりに皆さんを食という形でサポートする艦娘。私達の働き次第で、仲間達のコンディションが左右される大事な大事な仕事なの。長門さん、その辺りはちゃんと念頭に置いてね?」

「う、うむ……」

 

 まだ戸惑いが無くならないようであるが、これが司令からの指示なのだ。受け入れてもらうしか無い。

 

「長門さん、料理の経験は」

「無い。無いのだが、練習をしようと思ったことはある。結局何も出来なかったが……」

「なら、そのように仕事を振るので任せてね。そのうち料理の方にも手を出してもらうからね」

 

 結局最後まであたふたしていた長門さんだが、今日の夜からはこんなおかしな形で鎮守府に馴染まされることになった。

 食堂の新人というのはそれだけでも目立つもの。嫌という程絡まれることになり、その都度長門さんは困惑し続ける羽目になる。

 

 

 

 この空城司令の采配は、後々になって効いてくるのだろう。その時が楽しみだ。

 




給糧艦長門爆誕。メンタルケアには人付き合い。



本作『異端児』も、今回で100話目となりました。今後ともよろしくお願いします。


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根深すぎる傷

 南方棲戦姫から解放され人間に戻れたのは良かったのだが、後遺症として太陽の姫に対する忠誠心が残ってしまっている長門さん。艤装を装備させるわけにはいかないということで、現状は食堂で手伝いをするという形に落ち着いた。給糧艦である間宮さんと伊良湖さんは大喜び。長門さんは贖罪のつもりで鎮守府に軟禁されるつもりでいたようだが、こんな形で活動させられるとは思っていなかったようである。

 結果的に夕食の時間で鎮守府の全員と顔を合わせることとなり、なんだかんだで全員と交流することになる。案の定、占守と大東からはさんざん弄られ、呑兵衛の隼鷹さんからも絡まれていたものの、長門さん自身が生真面目な性格だったため、与えられた仕事はしっかりとこなしていた。

 

 だが、やはり浮かない顔をしていたのは事実である。こうして交流した艦娘達に対しても、長門さんの頭の中では()()()()()()()がチラついてしまっているのだ。大人だろうが、子供だろうが。これだけやっていても、一度たりとも笑顔を見せなかったようだし。

 初日でいきなり慣れろという方が間違ってはいるか。萩風もそんな感じだった。夜に思い切り鬱憤を晴らしたことで少し良くなったくらいである。

 

「長門……ねぇ」

 

 その姿をボンヤリ見ているのは陸奥さん。因縁をつけた深海棲艦が人間になるというのは複雑な気分なのだろうか。萩風に対してすぐに仲良くなりに行った夕立が凄まじいだけなのかも。

 

「陸奥さん、どうかした?」

「ん、いやね、長門って……艤装的には私の姉になるのよ。ゲロちゃんと萩ちゃんみたいな関係ね」

 

 まぁ今まで殴り合っていた相手が突然姉ですと言われれば戸惑いもするか。私はそこまででは無かったが、陸奥さんは意外とそういうものを気にする人なのかもしれない。

 

「別に姉が出来るのは構わないのよ。私が2番艦ってことは元々知ってたし、もしかしたらいずれ来るかもって覚悟はしてたから。まぁほら、やっぱりあそこまで落ち込んでると、妹として心配になるのよ」

 

 心配はしているが、あまり近付けないというのもある。陸奥さん相手には特に不安定になりそうだからだ。

 

「ゲロちゃんみたいに、夜に面と向かって話でもしてみようかしら。それでスッキリしてくれればいいし」

「それ、結構効果的だからオススメ。でも長門さんが抱えてるのって」

「太陽の姫への忠誠心だっけ? つまり、私を殺そうとしてくる可能性もあるわけよね」

 

 極端な話、そんなことだってあり得る。長門さんを信用していないわけではないが、常に葛藤しているようなものなのだ、眠っている間に襲われる可能性だって捨て切れないのだ。一緒に寝ていたら翌朝冷たくなっていたとか笑えない。

 

「でも、話が出来るならしてみるわ。ありがと」

「ううん、私と萩風みたいなものって聞いたら、アドバイスくらいしたいなって」

「また何かあったら相談に乗ってちょうだいね」

 

 似たような問題に直面した私なら相談に乗れるだろう。長門さんの方が萩風よりも精神的なダメージが重たいものの、やることは最終的には変わらないはず。ここは協力出来ることは協力したい。

 萩風も長門さんにはとても協力的だし、そもそも鎮守府全体がそういう雰囲気なのだ。きっと長門さんも吹っ切れられるときが来るだろう。

 

 

 

 お風呂上がり、飲み物を貰おうと食堂に向かった私、陽炎。今は初月インナーを身につけていないので、D型異端児に効く匂いを振り撒きつつの移動になってしまっているが、お風呂上がりなのだから基本的には仕方ない。

 私を1人に出来ないという理由で便乗してくれるのは夕立。他の3人は先に私の部屋に向かい、布団などを用意してくれている。もう、1つの部屋を5人で使うのが当たり前になってしまっていた。

 

 で、食堂の前に来ると何やら話し声が。以前はもう少し遅い時間に呉内司令と話をしたものだが、今回は雰囲気が違う声。あの時は緊張とかばかりだったが、今回は和やかな雰囲気。

 

「お疲れ様でした。明日は朝からでいいのかしら」

「……おそらくな。提督の指示だ。私は従うしかない」

 

 そこでは、食堂の仕事を終えた長門さんが、間宮伊良湖ペアと共に少し遅めの夕食を食べていた。いわゆる賄い料理というヤツ。

 食堂の人達は、行動する時間帯が私達と比べると大分ズレているのは知っていた。普段の夕食の時間は私達に付きっきりで、その全てが終わったところでようやく一息つけるわけだ。

 

 長門さんのことを思うと少し食堂の中に入るのを躊躇ってしまったが、勿論空気を読まない夕立が突入。そうなると抵抗もする必要が無くなるため私も中へ。

 私達の姿を見て長門さんがギョッとしたのがわかる。この時間は他の艦娘が来ないと踏んでいたのだろう。申し訳ないが、例外は付き物である。

 

「間宮さん、伊良湖さん、飲み物欲しいっぽい!」

「もう食堂は閉じてるから、勝手に持っていっていいわよ」

「ぽい! ゲロちゃん、何にするー?」

 

 いやはや、本当に空気を読まない。長門さんが視界に入っていないのではないかと思えるほどである。実際は空気を悪くしないように明るくしているだけなのだとは思うが。

 長門さんはといえば、なるべくこちらを見ないように黙々と食事を進めていた。ここにいても誰かと顔を合わせる可能性があるのなら、早急にここから立ち去りたいという気持ちがありありと伝わってくる。

 

「すぐに戻るから、気にしないでね長門さん」

「……ああ、好きにしてくれて構わない」

 

 長門さんのためにも、さっさと飲み物を貰って食堂を出ようと思う。普段ならここで飲んで片付けまでしていくのだが、今回は部屋まで持っていくことにしよう。

 夕立と適当に飲み物を選んでそそくさと戻ろうとしたのだが、そこに更なる来客。間宮さんも伊良湖さんも、こんなに終わった後の食堂に人が来るのは珍しいと笑う。

 

「ごめんなさい、まだ食事中だったかしら」

 

 それは、陸奥さんだった。あちらもお風呂は終えた後で、もう寝間着と言った感じの、かなりラフな格好である。

 

「お酒でしたら持ってきましょうか?」

「ううん、今日はそっち方面の用じゃないの。まだここにいるんじゃないかなって来ただけだから」

 

 明らかに視線が長門さんの方へ。長門さんはそれに合わせて目を背ける。

 艤装姉妹として、早速行動に出たようだ。夜に話をする、思いを洗いざらい話してもらう。それだけで大分変わるはず。

 

「長門、夕食が終わったら、私に時間を貰えないかしら」

「……何故だ」

「話をしたいの。私達、なんか姉妹になっちゃったみたいだし」

 

 その辺りは空城司令から聞いていたらしく、突然出来てしまった妹に対して、そこまでの驚きは無いようだった。

 しかし、長門さん(南方棲戦姫)としては、陸奥さんという存在そのものに思うところがあるはず。萩風のように、後遺症が敵対の気質でなければそういう感情は芽生えないとは思うが、長門さんはガッチガチにそちら側。

 

「ダメ……かしら」

「……すまない。今日は1人にしてほしい」

 

 陸奥さんとも目を合わせられない。罪悪感と太陽の姫への忠誠心から孤立を選んでしまっている。無理矢理与えられた食堂での作業は、提督からの指示、()()だったからこそ、ある程度はこなすことが出来たようだが、今のような完全に自分の時間となると、どうしても意識してしまう。

 これを見ると、萩風は後遺症があるとしてもかなり軽症なのではないかと錯覚する。最初からかなり友好的だったし、今の長門さんのように嫌でも湧いてくる敵対の意思なんてものは無い。私への執着心が振り払えないだけなら、まだマシとすら思える。

 

「1人でいるほどドツボにハマると思うのだけど」

「頭の中を整理する時間をくれ……」

 

 こればっかりは仕方ないか。解放されてまだ丸一日という程度なのだから、今はまだ余裕が無いと言われても納得出来るし。だが、1人でいると嫌な気持ちが頭の中で駆け巡るだろう。

 今でこそ私には基本誰かがついてくれているので、()()()()を反芻するようなことが少なくなってきているが、長門さんはこれまでの年月全てをリフレインしてしまう。その度に苦悩し、さらには後遺症が刺激され、鎮守府の者に対する敵対心が増すことだってあり得る。

 そう考えると、長門さんを1人にするのは私と同じくらいに憚られた。だからこそ食堂勤務にしたというのもありそう。夜以外は大体間宮さんと伊良湖さんがいるわけだし。

 

「本当に1人で整理出来る? 嫌な感情ばかりが渦巻く気がするんだけど」

「頼む。今は……今だけは関わらないでくれ」

 

 相当重症である。無理もないとは思うが、ここまで後ろ向きでいられると、一生治らないのではないかと思えるほど。

 

「そう……なら落ち着いたら話をしましょ。明日は出撃だし、ゆっくり休んでちょうだい。艤装も無い生身の人間を連れていくことになるから私達も緊張するけど、萩ちゃんの時に大丈夫だったし、長門も大丈夫よ。それじゃあね」

 

 今は諦めたようで、小さく溜息を吐いた後、陸奥さんは自室へと戻っていった。その後ろ姿を眺めながら、長門さんもあまりいい顔をしていない。

 

「ながもんさん、追いかけなくていいっぽい?」

 

 ここで夕立から一言。自分から突っ撥ねているが、それを後悔しているような顔に見えたのは私もである。そこは人間側の感情が働いてしまっているのだろう。

 負の感情ばかり動いてしまうのは、感情を持つ者の宿命とも言えるかもしれない。1人でいるときは楽しかった思い出よりも辛い思い出の方が頭を巡ってしまうものである。

 

「……今の私には、何をどうすればいいのかわからないんだ。だから、1人で考えを纏めたい」

「1人で纏められるっぽい?」

 

 痛烈な言葉に、長門さんは俯くばかりである。言葉も失ってしまった。

 私はおそらく、纏めることなんて出来ないと思う。纏まったとしても、それは相反する感情の葛藤の中で生まれた答えだ。悪いことばかり考えている状態で纏まったところで、それはいいものとは到底思えない。

 

「長門さん、萩風は最初から私達を頼ってくれたんだ。夜もみんなで集まって、鬱憤晴らしの愚痴大会みたいなの開いてね。そこで言うこと言ったから、萩風はすごくスッキリした感じだったよ。長門さんもやってみたらどうかな」

「……しかし」

「頼れる人ならいっぱいいるんだし、さっきは陸奥さんの方から関わりに来てくれたんだから。そういう人は貴重だよ」

 

 まだ前向きにはなれないようだが、少しくらいは心が動いたのでは無いだろうか。言葉は出なくなってしまったが、今この場でも考えを巡らせているようだった。

 

 今すぐ吹っ切れろとは言えない。そんなもの無理だ。根深いものであることは誰もが理解しているわけだし。それを吹っ切れやすくするために、私達仲間がついているわけであって。

 これはもう1人で解決出来る問題では無いだろう。だから、すぐにでも私達を頼ってほしい。落ち込んでいる姿を見ていると、こちらも気分が沈む。

 

「ゲロちゃん、夕立達はもう部屋に戻るっぽい。みんな待ってるし」

「そうだね……このまま話していても続かなそうだし」

 

 取り付く島も無いため、私達は食堂から出ることにした。間宮さんと伊良湖さんにこの長門さんを任せるのは荷が重いかもしれないが、大丈夫と笑顔でジェスチャーしてくれたので、少しだけ安心して部屋に戻ることが出来た。

 

「うーん……根深いねぇあれは」

「夕立達のこと、まだ敵だって思っちゃうんでしょ? だったら仕方ないかもしれないけど、人間なんだから仲良くしたいよね」

 

 鎮守府の仲間達全員と仲がいい夕立のコミュ力を以てしても、今の長門さんは難関のようである。太陽の姫への忠誠心が本当に邪魔。酷い後遺症を残してくれたものである。

 

「ハギィと話してもらった方がいいかもね。おんなじところにいたんだし」

「かもね」

 

 元深海棲艦同士なら、真の意味で仲間になるので、話し合いが出来るかもしれない。お互いに愚痴しか出てこなそうだが。それでも、吹っ切れるきっかけになるのならいくらでも言えばいいと思う。先日の萩風のように、泣き叫んで疲れて眠ってしまうくらいでも充分だ。

 

 

 

 長門さんの傷は相当根深い。簡単には治療出来ないが、ここにいればきっと、人間としての長門さんに戻れるはずだ。

 




長門はまだ立ち直ることが出来ません。萩風のときのように、巣の破壊が終わった後が勝負所。


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本質を見抜く子供

 翌朝、悪夢を見ることなく目覚めることになった私、陽炎。ああなってしまったことで毎日見る羽目になるかと思ったが、そうでも無かったらしい。これは本当にありがたかった。

 

「今日は気持ちよく寝られたねぇ」

「良かったですね。毎日あんなシーンの悪夢を見せられたら、確実にノイローゼになりますよ」

 

 全貌を知っている上に体験している萩風が言うと、その重さがハッキリとわかる。私としても、自分の身体が深海棲艦になる瞬間の夢なんて毎日見たいものでは無い。見るたびに謎が残るから変に勘繰ってしまうし。悪夢を毎日見続けるとか、百害あって一利なし。

 そもそも、悪夢を見たらこの部屋にいるみんなを起こしてしまう。私の悪夢がみんなに迷惑をかけてしまうのだから、悪夢を見なかった日の朝はそれだけで気分がいい。

 

「とはいえ1日飛ばしで見る可能性はあるんだよね……。これからもよろしくしていいかな。全員じゃなくてもいいから」

「ここまで来たらみんなずっとこのスタンスで行くんじゃないかな。陽炎ちゃんが心配無くなるまでは」

 

 沖波がそう言うと、みんなが力強く頷いてくれた。今まで何度も思ってきたが、つくづく持つべきものは仲間である。

 誰か1人、いや2人いてくれれば私も安心して寝られる。特に夕立は私を起こすタイミングがわかったと言っていたくらいだし、本当に安心。熟睡しすぎて反応に遅れるという心配もあるかもしれないが、夕立はそういうところに物凄く敏感なのでありがたい。動物的勘みたいな。

 

「ここまで来たら……乗り掛かった船だからね」

「艦娘だけに」

 

 磯波破裂。自分の発言に対して夕立が被せてきたのは完全に不意打ち。朝からいきなり蹲る羽目に。着替えの途中だったため、正直あられもない姿である。

 

「ま、まぁ、私達は姉さんの味方ですから」

「ありがと。ホント助かる」

 

 みんながいるから私はギリギリを維持出来る。足を向けて寝られない。

 

 

 

 今日の鎮守府としての予定は、南方棲戦姫の巣の破壊、および残党狩りである。

 知性を持つかはさておき、レ級がいる可能性は大いにあるため、残党狩りも大規模な部隊で向かうことになっている。さらにはそこに、巣の位置を知っている長門さんを連れて行くというのがあるので、かなり慎重な部隊編成になる。

 

「以上が今回の部隊だ。すぐに準備しておくれ」

 

 その部隊の中に、私は入っていなかった。今回はお留守番である。理由はとても簡単な話で、長門さんが便乗するからである。食堂の仕事はそこそこに、今回の任務に参加してくれることになった。

 完全な非武装どころか艤装そのものを装備していない長門さんであっても、私が一緒にいるときに後遺症による太陽の姫への忠誠心が表に出てしまった場合、部隊に何かしらの不利益がもたらされる可能性がある。特に私は、たった一言で綱渡りなバランスを崩される可能性があるのだから、それが司令の目の届かないところで起きてしまっては困るのだ。

 

 だから、最初から私は一緒に出撃ということは無いことになった。それは賢明な判断だと思う。私自身もその方がいいと思うし。

 

「しっかり縛ってくれ。()()()()()()()()()()()()

「あまりキツくすると、肌に傷がついちゃいますから」

「それくらいの方が今の私にはちょうどいい」

 

 出撃となると、長門さんは例の拘束着を使う。その状態で大発動艇に乗ることになるので、さらに雁字搦めに。まるで貨物を載せるかのようになってしまっていた。身動きが取れない者を運ぶのだから、万が一の転落防止のためにここまでする必要はあるといえばあるか。

 この申し出には大発動艇を操る由良さんも困惑気味だが、空城司令からも渋々許可されたことで、長門さんを()()として大発動艇に載せた。ある意味、南方棲戦姫の巣にのみ反応する電探のようなものである。

 

「協力してくれるなら、もう仲間でしょ。罪悪感はもう無しにしてちょうだいよ」

「……そうはいかない」

 

 陸奥さんに言われても、目を合わせることは無い。こうやって協力してくれていても、相反する感情に葛藤しているのは今でも続いたままだ。巣の場所を教えるのも、縛られるのも、何もかもが贖罪であると言い聞かせている。

 

「まぁいいわ。まずは巣を破壊しないと始まらないもの。ちゃんと教えてよね、()()()

「……姉と呼ぶのはやめてくれ」

 

 これはもう常に絡み続けるつもりだろう。陸奥さんは完全に長門さんを気にかけ続けるつもりだ。私と萩風のような関係になりに行くため、構えるところは全部構う。長門さんは少し嫌そうにしていたが、大分力業に出ようとしている。

 その方針に対して誰かが何か言うわけでもなく、ただ見ているだけ。まだ出撃する前なので空城司令もその様子を見ているが、何も言わないということは容認していると考えてもいいだろう。

 

「その辺りにして、さっさと行ってきな。領海の外なんだ、時間がかかれば戻ってこれなくなるだろうに」

「そうだったわね。じゃあ、出撃するわ。今日は巣の破壊まででいいのよね」

「ああ、いつも通りなら渦潮のせいでどうにもならないだろう。後日残党狩りだ」

 

 というわけで、巣の破壊部隊が出撃。

 今回はレ級対策も必要なため、大型艦メインの連合艦隊。陸奥さんが旗艦で戦艦と空母は総出であり、大鷹も対潜の兼任で出撃である。そこに夕立が加わって第一艦隊。

 第二艦隊は旗艦としての衣笠さん、大発動艇運用の由良さん、例の巣を破壊する大型爆雷のために夕張さん、駆逐艦からは対空の初月、対潜で磯波、小回りの利く火力として菊月という合計12人となった。

 

 

 

 残りの者は鎮守府で待機。休みではなく、近海警備やちょっとした訓練をしながら過ごすことになる。

 私はというと、本来保護者をやっている大鷹や、臨時の保護者をよくする由良さんが出撃してしまっているため、海防艦の保護者を一任されていた。萩風もそれに便乗してくれている。

 

「萩風、大丈夫?」

「大丈夫ですよ。訓練も続けてきたので結構体力ついてきました」

 

 今回任されたのは海防艦の体育なので、萩風と一緒に走り回ることになった。なので、子供達と同じように私達も運動着。私は久々に初月インナーをやめて、シャツにスパッツと軽装。萩風も同じ。だからだろう、後遺症のせいで萩風の視線が少しだけ怖い時がある。だから脚をジロジロ見るな脚を。

 汗ばんではいるが、確かに息は上がっていない。艦娘として活動し、常日頃から訓練を続けてきたところが如実に出ていた。体力面では大分良くなってきたので、実戦の訓練をもう少し重ねれば、初任務も近々という感じ。姉として喜ばしいものである。

 

「子供達と戯れてると、嫌なこと全部忘れられるんだよね」

「ですね。鬼ごっこ、結構必死で追いかけますし」

 

 やることは毎回似たようなことではあるのだが、やるたびに子供達は成長しているため侮れない。内向的な松輪ですら、タッチするのに苦戦したりする。

 子供達にタッチするためには少し頭を使わなくてはいけないため、今思い返したくないことを忘れることが出来て、なかなか楽しい。これも思った以上に体力作りになるし。

 

「あ、そうだ。長門さんにもこれやってもらう? 嫌なこと忘れられるなら、もしかしたら吹っ切れられるかも」

「いいかもしれませんけど、もしやってる最中に後遺症が出てしまったら……」

「あー……怖いことが起きるかもしれないね」

 

 追いかけている時に子供達に対してすら敵対心が芽生えてしまった場合、そのまま手にかけてしまう可能性も無くはないという恐怖。

 長門さんは戦艦なので普通に大人。対する海防艦の子供達は、言ってしまえば一番()()()()()存在。

 

「長門おねーさんは優しい人っすよ」

 

 萩風との話に休憩中の占守が入ってくる。そういえば昨晩の夕食の時、食堂でガッツリ絡んでいたのを思い出す。

 

「長門おねーさん、占守達の頭撫でてくれたっしゅ!」

「な。あのねーちゃん、あたい達に暴力振るうとかは絶対しねーよな。こっちくんなーって感じには思えなかったし」

 

 大東も占守と同じように、長門さんに相当絡んでいた1人だ。食事中ということでいろいろと咎められたようだが、敵対心のようなものを感じることは無かったようである。

 そういうことに人一倍敏感な松輪はどう感じているのだろうか。占守や大東と違って、それを遠目で見ているだけだった気がするが、何か感じるものはあっただろうか。

 

「松輪、長門さんのことどう思った?」

「……ながとおねぇちゃんは……そんなにこわくなかったです」

 

 松輪にこれを言わせるということは、本当にその類。

 

「よくわからないですけど……まつわたちといっしょにいるのがつらそうで……いやなのかなっておもいました。でも……なんだかやさしいひとにも……みえました」

 

 松輪は長門さんの本質を感覚的に見抜いているのかもしれない。雰囲気で長門さんの葛藤を感じ取っているような。

 艦娘という一種の極限の状況に立っている子供だからこそ、そういうところに敏感なところはあるかもしれない。敵味方の判断が的確というか、自分に害をなさない者を見抜く力があるというか。

 

「そっか。じゃあ長門さんは悪い人じゃないね。もし長門さんとこうやって遊べるなら遊ぶ?」

「やりたいっしゅ! すごい強そうっすよね!」

「あたいもやりたいぜ! ねーちゃん達より手強いんだろうな!」

 

 占守と大東は好奇心旺盛なために、仲良くなれそうと思えば積極的に突き進む。それに、新しい人材となれば興味も湧くだろう。それが昨日の夕食の時だったわけだし。

 対して、消極的な松輪はそうなってもすぐには前に出ない。子供ながらに思考を巡らせて、どうしたものかと考える。とはいえ優しい人と見ているようだし、おずおずとだが長門さんとも遊びたいと手を挙げた。

 

「なら、陸奥さんに話してみようか。遊んでもらえるように掛け合ってみるよ」

「よろしくっしゅ!」

 

 上手くいけば、長門さんのストレスを解消することも出来るかもしれない。子供達との戯れては、思った以上に効果的である。

 

 

 

 お昼も終わり、午後も同じように海防艦の保護者をしていたところで部隊が帰投した。誰も欠けることは無いが、今回は怪我人がいた。あそこの海域は、敵の艦種も多種多様。小型から大型までバリエーション豊富。故に、どうしても不意をつかれやすかったようである。

 見た感じでは、霧島さんと夕立から血が見えた。あの親分子分コンビはどんな状況でも前のめりだし、ああなってしまうのは仕方ないのだろうか。もう少し自分の身を大事にしてもらいたい。

 それ以外にも小さな傷を負った者は多く、無傷の方が少ないと言える。対潜で出ていった磯波や、対空に専念している初月も、お風呂で治る程度の擦り傷は負ってしまっていた。

 

「巣の破壊はおしまい。案の定レ級が出てきたわ。あの時みたいに知性は持ってないみたいだったけど」

「そうかい。それでここまで無事なら大したもんだよ。怪我人はすぐに休みな!」

 

 今回は大規模な部隊で行った甲斐があって、しっかりと制圧した上で巣を破壊出来たということで、任務としては勝利と言える。

 長門さんの情報は正確なものだったらしい。南方棲戦姫への忠誠心があれど、贖罪の気持ちがこの時は強く、嘘の情報を話すことは一切無かったようである。

 

「長門さん、拘束を解きますよ。もう大丈夫ですよね? ねっ?」

「ああ……」

 

 由良さんが積荷(長門さん)の拘束を解いていく。あんな運ばれ方をしたら、自分で望んでいても酷く疲れるもの。それでも長門さんはしっかり無傷で、埃すらついていない。由良さんが長門さんを守りながらの戦いを続けてくれたおかげだ。

 

「アンタも風呂に入ってきな。まさかそれは拒否なんてしないね?」

「……ああ、潮風と汗でいろいろと酷い」

「ならぁ、私と裸の付き合いね♪」

「ちょっ」

 

 拘束が解かれるや否や、陸奥さんが長門さんを引っ捕まえてお風呂へ引き摺って行った。なんという強硬策。脱がしてしまえば逃げ場もないということか。

 長門さんも最初は抵抗を見せていたが、思った以上に鍛えられている陸奥さんの腕力には敵わず、最後は抵抗もしなくなった。ここからどういう展開になるかは見ものである。

 

 

 

 これで南方棲戦姫との戦いは完全に終了。ここからは残党狩りをしていくことになるが、駆逐水鬼の巣と同じなら数日で終わるだろう。

 それからはようやく本陣、太陽の姫との戦いだ。これまで以上の激戦になると思うが、負けるわけにはいかない。

 

 だが、それよりも前にやらなくてはいけないことは沢山ある。当面は長門さんのメンタルケアが優先されるだろう。開き直れるかどうかは、本人次第か。

 




ここの長門は、俗に言う『ながもん(ロリコン)』ではありません。それだけは念頭に置いておいてください。子供好きとアレは別物。


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艤装姉妹

 南方棲戦姫の巣は無事破壊が完了。残すは残党狩りとなり、それも近日中に終わることだろう。ここからは次の戦いに向けての準備を始めることになる。長門さんのことについても重要なので、2つのことを並行して行なっていく。

 長門さんのメンタルケアに関しては、艤装姉妹である陸奥さんが率先して関わり合いを持ちに行こうとしているため、そちらは任せることにした。姉妹とか関係無しにしても、南方棲戦姫に因縁をつけた陸奥さんだからこそ関わりに向かっているように見える。

 

 私、陽炎は、海防艦の保護者役をここで終え、磯波のお風呂と夕立の入渠終了を待つことに。別件の近海警備を終わらせた沖波も合流し、3人で食堂に入る。

 お風呂はすぐ終わるだろうが、入渠はそこそこ時間がかかる。

 

「長門さん……吹っ切れられますかね」

 

 やはり同じ境遇なため、萩風は常に長門さんのことを気にかけていた。萩風自体がまだ完全に吹っ切れることが出来ていないというのに、他人のことを心配するとは。

 

「どうだろう。萩風とはタイプが違うもんね」

「私は……太陽の姫への忠誠心とかありませんから。残ってるのは姉さんへの執着心ですし」

 

 最期もそうだったが、駆逐水鬼は太陽の姫への忠誠心は普通に低かったと思う。私という存在に欲望の全てを注ぎ込んだ結果、忠誠心よりも執着心が成長してしまったのだから。夕立の言葉を借りるなら、変態クソヤンデレ。私以外はどうでもいいというレベルにまでになってしまっていたことにより、萩風の中の罪悪感が多少小さくなっていたことが功を奏していた。

 あの駆逐水鬼も、私への執着心以上に太陽の姫に忠誠心を持っていたとしたら、萩風は今でもここまで立ち直れていなかったかもしれない。艦娘になるなんてことも言い出さず、それこそ長門さんのように食堂手伝いをやっていたかも。

 

「陽炎ちゃん、もしあっち側に行っちゃって、うまくこっち側に戻せたとしたら、長門さんみたいな苦悩を待つことになるかもしれないね」

「脅かさないでよ」

 

 だが、そうなってしまう可能性が無いとは言えない。長門さんは長い年月のせいで生まれた後遺症だが、私の場合は太陽の姫の巫女というやたら繋がりの強い立ち位置にされるが故に、忠誠心が異常に高くされるかもしれないのだ。

 長門さんのことを否定するわけでは無いのだが、私もああなるかもしれないと思うと怖い。周りのみんなが敵にも見えてしまうというのは、考えるだけでも震えてしまいそう。

 

 長門さんはそんな恐怖を今もずっと感じ続けているのだ。ああなっても仕方ないかもしれない。

 

「あ、磯波。お疲れー」

「うん、お疲れ様」

 

 ここでお風呂上がりでホッコリした磯波が合流。お風呂に入る前に負っていた小さな傷はもう塞がっており、疲れもあまり見えないくらいにまで回復していた。

 

「なんだか陸奥さんがすごかった。長門さんにずーっと話しかけてたんだよ」

 

 長門さんをお風呂に拉致していった陸奥さんは、あれからずっと仲良くなろうと話しかけているらしい。お風呂の中でもそれは止めず。それは長門さんからしてみれば鬱陶しいとすら思ってしまいそうなものだという。

 事実、長門さんは陸奥さんの話に対して、目を合わせることもなく、相槌を打つこともなく、じっと聴いているだけだったらしい。無視しているというか、とにかく無反応。そこまで来ると、今度は陸奥さんが可哀想に見えてしまう。

 

「一筋縄ではいかないね」

「力になってあげたいんですが……難しいですね」

 

 こればっかりは諦めるわけにはいかない。せっかく解放されたのだから、ここからは新しい人生として幸せに暮らしてもらいたい。

 

 

 

 入渠が終わった夕立が合流した夕食時。長門さんは先日と同様に食堂手伝いとして働いている。間宮さんと伊良湖さんから指示を貰いつつ、注文を運んだり片付けをしたり。喫茶店の接客みたいなもの。

 そして今日も、席に近付くなり何かしら絡まれる。一言二言の会話くらいだが、長門さんは1度相槌を打つだけで席を離れてしまうため、会話が盛り上がる試しがない。まぁ長門さん自体が別の仕事をしている最中なのだから、仕方ないことではあるが。

 

 しかしここで、ちょっと気になることがあった。

 

「ねぇ、長門さんの顔色、ちょっと悪くない?」

 

 最初に気付いたのは私だった。今日の朝見たときと比べると、幾分か赤い。まるで上気しているかのようだった。目元も何処か寝起きのような、まだ起きていないという感じに見える。

 それともう一つ、少しだけだが動きがおかしいように見えた。疲れが溜まっているというよりは、体調不良なのではと思えるような。

 

「言われてみればそうかも……」

「ゲロちゃんが風邪引いた時に似てるっぽいね」

 

 磯波と夕立の保証が貰えたのなら、私の思ったことは間違いじゃ無かったようだ。特に夕立の言った、私が風邪をひいた時のもの。

 秋雲に太陽の姫のイラストを描いてもらったときや、初めて海上で太陽の姫の視線を受けた時のヤツ。風邪というよりは、過剰なストレスで体調を崩した時だ。

 あの時と同じというのなら、長門さんは同じことが起きている可能性が高い。相反する感情の葛藤により生まれたそれは、確実に長門さんを蝕んでしまっていたのだ。

 

「長門さん、長門さん」

 

 ちょうど近くを通ったので、注文があるわけではないが手招きで呼び寄せた。私の顔を見た途端ギョッとした顔をするのだが、仕事なのでいかにも渋々といった感じで私達のテーブルに来てくれた。

 

「……追加注文か?」

「何か頼むわけじゃなくて申し訳ないんだけど、長門さん顔色悪くない? 体調とか大丈夫かなって」

 

 境遇とかそういうことは一切関係なく、長門さんを1人の人間として心配している。体調が悪いのに無理して働いているとか、その方が良くないだろう。作業効率も落ちるし。

 

「……私は別に」

「無理しても贖罪にはなんないでしょ。むしろ無理させてるって思ったら、こっちの方が罪悪感あるよ。そういうのは素直に言った方がいいと思うんだけど」

 

 うぐっと声が詰まるのがわかった。図星ということがすぐにわかった。

 こういうのは今日が乗り越えられたとしても明日動けなくなるのがオチ。だったら今のうちにゆっくり休んでもらいたい。

 

「なに、体調が悪いの? ならすぐに部屋に戻って寝た方がいいわ」

 

 そこにすかさず陸奥さんが割り込んでくる。この夕食の空間でも常に長門さんに気を向けていたようで、異変を感じたら飛んでくるくらいの瞬発力。艤装姉妹とはいえシスコンかと思える程の瞬発力。

 

 私が思うに、長門さんの体調不良を引き起こしているのは、陸奥さんが大きな割合を占めていると思う。罪の意識から他人との関係そのものがストレスになってしまっているところに押せ押せで突撃してくるのだから、普通以上にストレスを感じてしまってもおかしくは無かった。

 体調不良に加え、ほんの少しだけ苛立ちまで感じられた。昨日からずっと関わり続けているのだから、おそらく長門さんが陸奥さんに対して持っている感情は()()()()以外に無くなってきている。

 

「……しつこいぞ。私は大丈夫だ」

「どう見ても大丈夫には見えないんだけど? ゲロちゃんも言ってたけど、無理してるところ見せられてもこっちが困るわ。ほら、私も間宮さんと伊良湖ちゃんに掛け合ってあげるから。今日は休みなさいな」

 

 甲斐甲斐しく姉に関わろうとする陸奥さんだが、ここでついに長門さんに限界が来てしまった。

 

「しつこいと言っているだろう! なんなんだお前は!」

「妹が姉の心配をすることの何が悪いのよ」

「妹というのなら姉の言うことを聞け! 私に関わるな!」

 

 食堂の真ん中で声を荒げてしまったことで、それはもう注目の的になる。何があったとザワザワし始めるが、一度溢れ出した鬱憤はそんなことでは止まらない。ずっと俯いていた長門さんが、陸奥さんの胸倉を掴んで睨みつける。

 

「鬱陶しいんだよ! 咎人(とがびと)の私に関わってくるな!」

「人生を潰されて意思も関係なくやらされていたことを、全部自分が悪いみたいに思うっておかしなことよ。姉さんは何も悪くないじゃない。悪いのは全部太陽の姫でしょうが」

「お前達に殺意を持っているのは私だ! ()()()()に仇なす者を敵と思ってしまうんだぞ! そんな私に(とが)が無いわけないだろうが!」

 

 後遺症が露見した瞬間だった。やはり太陽の姫への忠誠心は未だに健在。そしてそれが持ってはいけない感情であることを理解していることも。だから太陽の姫のことを()()()()なんて呼んでしまうし、その感情を持つことを(とが)なんて言ってしまうわけだ。

 敵まみれのこの鎮守府にいるだけでストレスになる。それに加えて、敵の中でも因縁のあった陸奥さんから積極的に関わられるのだ。結果がこの体調不良。

 

「じゃあ何、悪いこと考えたらもう犯罪者なわけ? だったら世の中全員犯罪人よ。そんなわけないでしょうが」

「私はこの手でお前達を攻撃している! 殺すためにな! この危険な考えを実行に移しているんだ!」

「私達を攻撃してきたのは南方棲戦姫であって姉さんじゃ無いでしょ。そこはちゃんと切り分けなさいよ」

「その記憶も感触もしっかり覚えてるんだ! ならそれは私の罪だろうが!」

 

 長門さんはより熱く、逆に陸奥さんは冷ややかに。口喧嘩は加速していく。長門さんは今にも手を出してしまいそうだが。

 

「そもそものうのうと食堂の手伝いをしていること自体が間違っているんだ! 何故私を罰しない! 死罪と言われてもおかしくないだろ! 指示だから従っているが、こんなこと間違っている!」

「何度でも言うけど、姉さんと南方棲戦姫は別物なの。南方棲戦姫は私達が倒した、殺したわ。そうしたら姉さんが出てきた。それはもう別人でしょ。死んだ奴は生き返らないんだから。それにこれは贖罪じゃないわ。うちの提督、罪を償うために食堂で働けなんて言ったの?」

 

 空城司令は長門さんに罰を与えるとは言ったが、それは私と仲良くなれるように努力することだ。相反する思考に葛藤することを贖罪とすると。

 雑務の割り振りは贖罪には全く関係無い。ただ鎮守府にいるだけで三食貰えると思うなという理由で割り当てられた作業であり、食堂勤務は交流を無理やりにでも深めるためだ。あくまでもリハビリという表現をしている。罪とは関係ない。

 

「姉さんはただ逃げてるだけじゃない。自分は元々深海棲艦だからって。治ろうとする努力もせず、人付き合いを避けて。本当に罪が償いたいなら、もっと私達に関わりあいなさいよ。葛藤が贖罪になるなら、1人でいようとしないで」

 

 長門さんが初めて言葉に詰まる。

 

「償う償う言いながら、その機会を自分から避けてるわよね。何が咎人よ。そもそも死罪に匹敵するから殺せとか、死んで逃げようとしてるだけよね。償う度胸が無いから、葛藤の苦しみから早く解き放たれたいだけ。本当に罪だと思っているのなら、逃げずに立ち向かいなさいよ」

 

 陸奥さんの言葉が突き刺さる。しかも食堂で、鎮守府に属する艦娘がほぼ全員がいるこの場で、妹から説教されるという環境。普通以上に精神的なダメージが大きい。

 

「今の姉さんは、言葉ばっかりのただの臆病者なの。自分は悲劇のヒロインとでも思ってるのかしら。罪とわかっていても償わず、吹っ切れることも出来ず、ただただいじけてるだけのお子様ね。態度で示しているように見えて、ただのポーズだもの。内心ではこうしておけば許されるくらいに考えてるんじゃない?」

 

 苦虫を噛み潰したような苦しそうな表情を浮かべている長門さん。何も言い返せず、陸奥さんの言葉を刻み付けるように聞いているのみ。

 

「そもそも私達は姉さんに罪があるとは思ってないの。だから、さっさと開き直りなさいよ。贖罪も何も無い。南方棲戦姫の記憶を持っているだけの、真っ白な人間なんだから」

 

 胸倉を掴む手をゆっくりと引き剥がす。体調不良は余程なのか、あまり力を入れずともその手は陸奥さんから離れた。

 

「今日一晩は関わらないであげる。その間に体調も治して、考えを纏めなさいな。それでも逃げるなら逃げてもいいけど、それならここにいてもらっても困るから鎮守府から出て行って。逃げないのなら自分から私達と関わり合いを持って。姉さんにはもうこの2択しか無いと思うわ」

 

 最後に軽蔑したような視線で一瞥した後、陸奥さんは食堂を出て行った。長門さんは茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 

 衆人環視の中での姉妹喧嘩。これが長門さんの今後にどう影響するか。

 




長門と陸奥では、長門の方が背が高いというイメージ。なので、胸倉掴んでるところは迫力がすごい。でもここの陸奥はすごい鍛えられているので、長門の腕を簡単に引き剥がすことが出来ます。長門が全力でも、陸奥はさらっと返してしまうでしょうね。


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葛藤する心

 夕食の時間、体調が悪そうな長門さんに陸奥さんがまた甲斐甲斐しく関わろうとしたことで、長門さんに限界が来てしまった。ほぼ丸一日、しつこく面倒を見ようとしたせいで堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。

 そこから食堂という衆人環視の中での姉妹喧嘩に発展し、長門さんは熱く、陸奥さんは冷ややかに口論。

 

「今日一晩は関わらないであげる。その間に体調も治して、考えを纏めなさいな。それでも逃げるなら逃げてもいいけど、それならここにいてもらっても困るから鎮守府から出て行って。逃げないのなら自分から私達と関わり合いを持って。姉さんにはもうこの2択しか無いと思うわ」

 

 最後に軽蔑したような視線で一瞥した後、陸奥さんは食堂を出て行った。長門さんは茫然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 食堂はすごい空気になっていた。私、陽炎がこの鎮守府に所属することになってから、ここまでガッチガチの喧嘩は見たことが無かった。多少の小競り合いくらいはあるだろうが、今のは一触即発とも言える程だ。殴りかかってもおかしくなかった。

 シンと静まり返った中、真っ先に動き出したのは速吸さんだった。陸奥さんの言葉から長門さんの体調不良の件を把握し、すぐに医務室に連れていこうとする。

 

「長門さん、確かに体調に支障をきたしています。流石にこれは放置出来ません。医務室へ連れて行きますから」

「……私は別に」

「問答無用です。文句は後で聞きます。指示に従ってください」

 

 いつになく速吸さんが強気に長門さんを連行していく。アレだけの喧騒があったので、間宮さんと伊良湖さんも長門さんの連行に許可を出していた。

 長門さん自身も今の姉妹喧嘩によって余計に体調が崩れたようで、渋々ではあるが速吸さんに連れられて食堂を出て行った。少しだけ足元がおぼつかないようだったが、その場で倒れるようなことは無い。

 

「陽炎ちゃん、萩風ちゃん、ちょっと頼まれ事いいかしら」

 

 静まり返った食堂で、間宮さんに声をかけられる。

 

「頼まれ事?」

「ええ。あとから長門さんに夕食を運んでもらいたいの。多分、今一番傍にいられるのは2人かなと思って」

 

 話しやすさならおそらく私と萩風が一番だろう。特に同じ境遇の萩風は、近くにいるだけで安心出来るくらいの存在の可能性がある。代わりに私は陥れようとした張本人のため、長門さんが持ち合わせている罪悪感を刺激することになるかもしれない。

 しかし、空城司令からの贖罪は私と仲良くすること。そういう意味では、私との対話も必要である。今日は巣の破壊任務があったことでゆっくり話すことは出来ていない。先程顔色が悪くないかと尋ねた程度である。

 

 だが、長門さんが体調不良という名目で、私が聞いてはいけない言葉を言ってしまう可能性が無いとは言えない。

 長門さんが抱えてしまっている太陽の姫への忠誠心は、姉妹喧嘩の中でもその一端が現れてしまっていた。忠誠心があるのなら、こんな状況でも私を目覚めさせようとしてくるかもしれないのだ。余裕が無くなれば無くなるほど、表に出てきてしまうのかもしれない。今は頭も回らないだろうから、自重が出来るかどうか。

 

「私は……長門さんと話をしたいです」

 

 その長門さんのために動こうと、萩風はやる気満々だった。萩風自身はほとんど救われているようなものだから、同じ境遇の長門さんを自分と同じように救いたいと考えるのは至って普通。

 

「姉さんに余計なことを言いそうだったら、引っ叩いてでも止めます。姉さん、一緒に行きましょう」

「い、いいけど、なんか萩風、変わった?」

「あんな長門さんの姿を見て……いろいろと思うところがありました。一歩間違えば私もああなっていたので」

 

 後遺症として残った感情が、鎮守府全体に全く被害のないものだったのが萩風である。ある意味、長門さんと逆。故に気になるところもあるようである。

 

「わかった、私も行くよ。萩風、私を守ってもらえる?」

「任せてください」

 

 心強い妹である。ある意味戦場に向かうようなものだった。萩風の2つ目の戦場は、鎮守府内となってしまった。

 

 

 

 あれから少しして、速吸さんが長門さんの診察を終えて食堂に戻ってきた。診断結果は私が以前にかかった症状であるストレス性の体調不良である。ゆっくり眠り、身体を休ませれば復帰が出来るだろうとのこと。今は医務室では無く与えられている自室に運ばれている。

 回復するためには腹に何か入れておいた方がいいということで、先程間宮さんから頼まれた内容を実行する。用意してくれたお粥とちょっとしたおかずを持って長門さんの部屋へ。

 

「長門さん、萩風です。夕食を持ってきたので入れてもらっていいですか」

 

 萩風が部屋の中に声をかけても無言。中にいることはわかっているし、部屋に鍵なんてかかっていないので、割と容赦なく部屋の中に入っていった。その積極性に少し驚く。

 

 部屋の中では長門さんがベッドに寝かされていた。先程よりも浮かない顔で、天井をボーッと眺めている。体調不良で思考能力が低下しているのかもしれないが、そんな状況でもいろいろと思考を巡らせているのだろう。私達が部屋に入って初めて、その存在に気付いたくらいだった。

 

「っ、お、驚いたぞ。いつ入ってきた」

「たった今です。長門さん、夕食がまだですよね。間宮さんにお願いされて運んできました」

 

 料理を持つ私を見て顔を一瞬顰めたが、私のことが嫌なわけではなく罪悪感が刺激されたからに思える。

 

「身体、起こせますか」

「ああ……少しはマシにはなった。食欲は無いが、何か入れておかないといけないのは私でも理解出来ている。いただこう」

 

 萩風相手だと長門さんも話しやすそうで、陸奥さんに向けていた敵意のようなものは感じられなかった。境遇が同じというのはそれだけでも心強いようだ。深海棲艦のときにあまり対面はしていないらしいが、それでも仲間であるという認識はあるようだし。

 しかし、それ以外。萩風以外は全員が敵としても認識してしまうのが後遺症。この鎮守府にいるだけでも完全にアウェーである。ストレスが溜まるのも無理は無い。そこに陸奥さんのお世話だ。体調が崩れるほどのストレスになったのは無理も無いか。

 

「……私は逃げていたんだろうか」

 

 食べている途中にポツリと溢す。

 ボーッと天井を眺めながらも考えていたのは、あの時の口論で陸奥さんに言われた言葉だった。贖罪を望むのに、それが出来る状況から逃げていると。

 

「いきなりやれというのは難しいと思います。後遺症は長い年月で作り出されたものですし。私も5年間のせいで、常に姉さんのことを考えてしまうくらいの執着心がありますから」

「……そうだったな。君は太陽の姫の巫女を手近に置いておきたいという欲望が膨れ上がってしまったんだったか」

 

 流石は同類。萩風の事情も手に取るようにわかるらしい。

 

「……7年。私は7年だ。それだけの間、あのお方に尽くしてきた。故に、今でも(こうべ)を垂れてしまうだろう。それが人として間違っていると理解していても、身体が、()()覚えてしまっている。君と同じようにな」

「そうですね……でも、私も太陽の姫と面識はありますが、私は執着心の方が上回りました」

「私の巣は巫女の居場所に比較的近かった。それもあってか、頻繁にあのお方と顔を合わせてきたからな。それが原因だろう」

 

 長門さんは萩風よりも長い年月を深海棲艦として過ごしている。駆逐水鬼と違うのは、その年月の間に何度も何度も太陽の姫と対面し、そのたびに忠誠心を増幅させられたことだ。会えば会うほどその存在が神格化され、結果がこれである。逆らってはいけない者という認識が、魂レベルで根付いてしまっていると。

 萩風が私への欲望を滾らせることが出来たのは、太陽の姫との対面の回数が少なかったからなのだろう。直面している時間が多ければ多いほど狂うというのだろうか。とんだ邪神もいたものである。

 

「皆、私を思って行動してくれたのだろう。あの陸奥だって、頻度がしつこいくらいに多すぎたが、私を気遣ってだ。だが、私の中ではそれが疎ましくもあった。()()()()とも感じてしまうんだ。素直に仲間だと感じられるのは君と巫女だけだ」

 

 陥れる対象の私と、元々仲間だった萩風にだけは素直に心が開けるということ。今でも長門さんの中では、私も萩風も深海棲艦の一種としての認識なのだろう。私はまだその段階まで行っていないが。

 

 相反する思考というのは本当に厄介で、仲間意識と敵対心が同時に現れてしまう。私達は救出や保護のつもりでも、長門さんからしたら鹵獲や捕虜に感じてしまうわけだ。ここから抜け出したい気持ちも出てくるだろうし、迷惑をかけたくないという気持ちも出てくる。

 何もかもが、植え付けられた太陽の姫への忠誠心が問題である。それがあるから艦娘を敵だと思ってしまうわけで、それさえ無くなれば何もかも気にならなくなるはずなのだが、どうしたものか。

 

「長門さんは、それ(忠誠心)を無くしたいと思ってる?」

「人間としての私は払拭したいと思っている。だが、()()()()()()()()私はそれを避けている。あのお方こそが崇拝する対象とな。だが、それは邪神であることも把握しているんだ。間違っているということも」

 

 言葉だけでも、長門さんの頭の中はグチャグチャになっているとよくわかる。やりたいとやりたくないが同時に出てくるのだから、最終的には思考が止まってしまうだろう。全く噛み合わない歯車みたいなもの。止まったそれを無理して回そうとしたら壊れてしまう。

 

「長門さんは人間なんだから、こっち側に来るべきだよ。みんなと仲良くなってほしい。陸奥さんとも」

「わかっている。わかっているとも。だがな……そう簡単に出来たら苦労しないんだ。さっきだって諍いを起こしてしまった。私の中では、陸奥は特に()なんだ」

 

 その認識はどうしても拭えない。拭わなくてはいけないのに。

 一番の敵が妹になってしまったことで、混乱に拍車をかけていた。長門さんが陸奥さんを妹と認識してしまうような、今とは逆だったらまた話が違ったのだろうが。

 

「さっき、陸奥さんに選択肢を突きつけられてたけど……どうするの。交流するか、出て行くかって」

「……人間としての私は交流を望んでいる。深海棲艦としての私は出て行きたがっている」

 

 そして思考停止。厄介極まりない後遺症だ。

 

「長門さんは人間なんですか。それとも深海棲艦なんですか」

「それは……」

「どちらもという解答は求めていません。0か1かでお願いします」

 

 ここで萩風が少し強めの一言。まずはここの認識が大事だ。人間と言ってほしい。だが、思考は深海棲艦が混ざっている。どちらが強いかをこの段階で知っておきたい。

 万が一、自分はまだ深海棲艦のつもりだと言われてしまった場合、ここでの扱われ方も変わってしまうだろう。それこそ、保護ではなく捕虜になりかねない。

 

「……君はどうなんだ」

「私は人間です。太陽の姫は私の人生を滅茶苦茶にした仇敵という認識が出来ています。それに、姉さんをどうこうしようとする敵でもありますから」

 

 力強く答えた。やはり忠誠心が無いようなものなのは大きい。

 

「私は……私は人間として戻りたい。自身が深海棲艦であるという認識も残っているが、望みとしてはそれを振り払いたいと思っている。思っているんだが……」

 

 震える手を握りしめて葛藤している。どちらが正しいのかは、私達からしたら一目瞭然なのだが、長門さんの中では答えが出せない問題なのだ。

 本来なら自分で答えを出してもらいたい。だが、それだとおそらく一生答えが出ない。自分で考えられなくなるのも後遺症の一種だろう。なら、誰かが導いてあげる必要はある。

 

「長門さん、太陽の姫は貴女の()()()()()()()()()()()()()()()。それなのに、崇拝するんですか」

 

 長門さんが目を見開いた。今まで思い出そうともしていなかったようなことなのかもしれない。人間としての思考には最も重要な部分なのに、忠誠心を失わないために触れないようにしていた部分。

 私は両親を殺されている。萩風も家族や友人を失っている。同じ境遇なら長門さんだって同じことが起きていてもおかしくない。それを意図的に思い出せないようにされていた。

 

「……そうだ、そうだ。あのお方は……()を……」

 

 深海棲艦にされる前の長門さんには恋人と言える人がいたようで、その人が失われている。それを思い出したことにより、長門さんは見る見るうちに怒りと憎しみが顔に現れるようになった。

 萩風は少しだけハラハラしている。おそらくここが、余計な一言が生まれる場所。確かに、南方棲戦姫は最後『最愛の人を』と言ったのだから、恋人が絡んでいてもおかしくない。ここが私にも関わってくる。

 

「ストップ。長門さん、それ以上は姉さんの前で言わないでください。トリガーを引きかねません。私から振っておいて申し訳ないんですが」

 

 少し強引に口を押さえて発言を止め、ついでに呼吸を整えさせる。これ以上は本当にまずかったらしい。やはり知っている萩風がついていてくれたのは助かった。私だけなら今この場で目覚めていた可能性がある。

 

「……すまない。巫女を目覚めさせるわけには行かないんだったな。これ以上は確かに良くない」

「わかっていただけてよかったです」

「今日はこれで勘弁してくれ。一晩で考えを纏める。明日決着をつける」

 

 

 

 先程までとは違い、長門さんの表情は少し晴れやかになっていた。吹っ切れるきっかけが生まれたのかもしれない。

 




深海棲艦になる前の長門は、実は彼氏持ちだったという真実。


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人間として

 長門さんの話を聞いた後、1人で考えたいということで退出。食べ終わった夕食の食器を片付けるため、私、陽炎と萩風は食堂へ。今の時間ならまだ間宮さんも伊良湖さんも食堂に残っているはずだし、そうでなくても自分達で片付けるくらいは出来る。

 実際行ってみるとまだ電気はついており、誰かがいることはわかった。美味しそうな匂いもうっすら漂ってきたので、おそらく執務を終えた空城司令としーちゃん辺りだろう。執務室で食べることも多いが、こういう時間なら誰もいない食堂で食べることもあるらしいし。

 

「間宮さん、長門さんの食器持ってきたよー」

「ありがとう陽炎ちゃん萩風ちゃん。置いておいてくれれば片付けておくわ」

「はーい」

 

 食堂には予想通り司令としーちゃんの姿が。少し遅めの夕食を間宮伊良湖ペアと食べていたようである。

 間宮さんから夕食時の姉妹喧嘩の話は聞いていたらしく、少し神妙な顔をしていた。食堂で交流を深めることを指示した手前、その場が騒然とする事態に発展してしまったことに心を痛めているようでもあった。司令だって人間だ。こんな前例のない事例なのだから、間違いだって起こしてしまう。

 

 ちょうど良いタイミングだと思い、先程長門さんの部屋で話したことをそのまま伝えた。陸奥さんの献身は、忠誠心のせいで疎ましくも思っていたが、その気遣いも理解していたと。それに、この忠誠心を払拭したい気持ちは持っていることも。

 

「萩風が発破をかけてくれたのかい」

「同じ境遇ですので、ある程度は気持ちがわかるつもりです。それが良いことかはわかりませんでしたが」

 

 大切なものを奪われたことを思い出させることで、忠誠心を払拭させるきっかけを与えた。そんなことが出来るのは、ここで唯一全てを知っている萩風しかいない。

 私のいる場所でそれをするのは危険な賭けだったようだが、今回はそれに成功したわけだ。すぐに止めたので私にも被害は無い。

 

「アタシらには出来ない方向から長門に近付けるのはアンタだけだ。これからも頼んでいいかい」

「はい、勿論。せっかく戻れたんですから、長門さんにも新しい人生を歩んでもらいたいと思います」

「頼んだよ。陸奥も気に病んでいたからね。近付き方を間違えたってさ」

 

 あれは陸奥さん本人もやりすぎだと反省していたらしい。甲斐甲斐しいといえば聞こえがいいが、気にしすぎてストーカーレベルになってしまったようである。お風呂に拉致したくらいだし、確かに気遣いが行き過ぎていたかもしれない。

 結果的に衆人環視の下での姉妹喧嘩に発展してしまったことで、長門さんがより復帰が難しくなるのではないかと悔やんでいる。そして、最後にかなり滅茶苦茶な選択をぶつけたのも気にしていたそうだ。

 

「長門さん、どう答えるんだろう」

「ああ、陸奥が突き付けたっていう選択肢かい。少なくとも、出て行くなんて言ってもアタシがふん縛るがね。萩風と違って、長門はまだ戸籍が出来ていない」

「手続きにはもう少し時間がかかりますね。出て行かれても困ってしまいます」

 

 微笑みながらしーちゃんが言うが、一体どういうコネがあれば本来存在しない人間の戸籍が用意出来るのだろうか。

 

「アタシとしては、交流を選んでもらいたいもんだ。萩風の言葉で吹っ切れる道が見つかったのなら、そうしてほしい」

「私もです。私や姉さんとは比較的普通に話せるので、他の方とも同じようになってもらえれば」

 

 すぐには難しいかもしれないが、自分から私達を避けずに、ゆっくりとでもいいから近付いてきてもらいたい。

 

 

 

 翌朝、例の悪夢を見たために朝が少し眠たい。みんなに迷惑をかけての目覚めで、相変わらず平謝りで1日が始まる。相変わらず夢の中では私は深海棲艦と変貌を遂げているが、その後に向かう前に起こしてもらえたおかげで何事も無し。

 

「今日も無事1日が始まって良かったっぽい。というわけで、まずは一嗅ぎ」

「いつものことでしょうが」

 

 今日は真正面から嗅ぎに来た夕立。腹ではなく胸。谷間に顔を挟み込むように押し付けてくるのも、もう慣れてしまった。どうせパジャマの上からだから、お風呂で直に来るよりは全然マシ。

 

「なんかこの辺りの匂いが一番強いんだよね」

「分霊されたとき、そこに指を刺されたからなんじゃない?」

「じゃあ、ゲロちゃんの匂いの元はここからっぽいね」

 

 着替えられないから引き剥がした。そしてこの光景を磯波が次は自分とやり出しそうになり、沖波がそれを止め、萩風がいろいろな感情がこもった視線で見つめてくるというところまでが、毎朝のルーティンになってしまっている。

 唯一何の影響も受けていない沖波が本当に癒し。私達に何かあったら頼むと冗談で言い続けてるくらいである。異端児駆逐艦最後の砦。

 

「そういえば、長門さんって今日どうするのかな」

 

 着替えながら不意に沖波が話題に出す。当たり前だが、あの姉妹喧嘩の現場にはみんないた。体調不良を起こしたことから、陸奥さんに選択を迫られたことまで、何もかもが筒抜けである。

 

「部屋から出てこないなんてこと……あるかも……?」

「体調不良が治らなかったらそれもあるかも。でも一晩考えるって言ってたみたいだし」

「食堂のお手伝い、出来るのかな……」

 

 本来の予定なら、今頃もう食堂で手伝いをしているだろう。しかし、体調を崩してほとんど時間が経っていない。今日1日は休むという可能性だってある。

 

「まぁなるようになれでしょ。関わり過ぎるとまたストレスで体調不良起こしちゃうかもしれないし。萩風は司令に頼まれてたけどね」

「私は同じ境遇ですから、何かしら力になれると思います。長門さんには開き直ってもらいたいので、時間があるときは距離を保ちつつ仲良くしていきたいです」

 

 今日からは訓練や哨戒任務、残党狩りもあるので、毎日のようにつきまとうようなことは誰にも出来ない。実際はいい感じの距離感が保てるのではないか。少なくとも、しつこいと思われない程度に気にかけるというのが大事であると、陸奥さんが身を以て教えてくれたわけだし。

 陸奥さんは今後どのようにして気遣っていくかはわからないが、萩風は萩風なりに長門さんのケアに参加すると決めたようだ。それこそ、現状唯一の仲間なのだから。

 

「じゃあ一応様子見に行く?」

「そうですね。少し顔を合わせる程度で」

 

 着替え終わり、みんなでゾロゾロと長門さんの部屋の前へ。食堂の手伝いをしているのならもう部屋にはいない。そうでないならまだ寝ているかもしれない。そのため、萩風先頭でなるべく静かに扉をノック。

 

「長門さん、いらっしゃいますか」

 

 反応無し。ゆっくりと扉を開けて中を確認すると、どうやら誰もいないようである。ということは、食堂の手伝いに向かったようだ。

 体調不良は治ったと考えられるのでそこは素直に喜べるのだが、あれだけのことがあった後に交流の場に出られるのだろうか。食堂のキッチンから出てこないとかはあり得るが果たして。

 

 

 

 朝食のために食堂に入ると、何やらいつもよりも騒がしい。時間が特別早いわけでもないので人がいるのは当然なのだが、それにしては物々しい雰囲気。

 

「一晩考えたのよね。じゃあ、答えを教えてもらえるかしら。ここに残ってみんなと仲良くするか、それとも逃げてここから出て行くか」

 

 食堂の手伝いをしている長門さんに、陸奥さんが昨日の選択の答えを問い詰めている。昨日あれだけのことを起こしてしまっているため、陸奥さんも引っ込みが付かなくなっているのは一目瞭然。

 対する長門さんは、視線が泳ぐようなこともなく陸奥さんをしっかりと見据えていた。本当にこの一晩で考えを纏めたようである。体調不良で思考が鈍る中でも、それだけはちゃんと答えを出そうと必死に考えていた。

 

「……私の中にあるあのお方への忠誠心はまだ払拭出来ない」

「そういう後遺症なんだものね」

「それに……お前達が敵であるという認識も残ったままだ」

 

 7年もの年月、人間と艦娘は太陽の姫に仇なす敵であるという認識を与えられ続けていたのだから、これはもう仕方のないことだろう。5年の萩風がこれなのだから、それより長い長門さんに昨日の今日で吹っ切れろというのは無理な話。

 

「だが……()()()()()()()()()という感覚が、私の中に芽生えた」

「へぇ?」

 

 それは、昨晩の萩風の発破。大切な者を奪った相手を崇拝することが出来るのかという問い。それに対しての答えは出たということ。

 ちらりとこちらを見て、私がこの場にいることを確認した。つまり、私に聞かせられないことは言わないように説明すると。それだけ、長門さんのその話は私の目覚めにも重要なことなのだろう。濁してくれるならありがたい。

 

「私はあの時、添い遂げるであろう彼を失ったのだ。その絶望により、深海棲艦へと転じた。他ならぬ、あのお方の意思でだ。深海の私はそれこそが当然であると感じてしまっていた。だが、そんなわけない。私の大切な人を奪われて、それが当然なわけがない!」

 

 感情を露わにしていくが、そこには悲愴感も漂う。

 

「それにようやく気付けた。それだけ私が狂わされているということを理解した。そこからだ。あのお方、太陽の姫への怒りが湧いてきたのは」

 

 強く拳を握る。怒りと悲しみに震え、そしてそれでも忠誠心が拭えないことに苛立ちまで感じて、長門さんは泣きそうな顔で陸奥さんを見据える。

 

「彼の仇が討ちたい。そのためにどうすればいいのか考えた。私自身は忠誠心のせいであのお方には手も足も()()()()だろう。敵として認識出来ているにしても、身体がそれを受け付けない。だが、お前達なら……やってくれるのではないか」

「当たり前でしょ。私達はアレをこの世から消すために戦ってるんだもの」

「ならば……私の答えは1つしかあるまい」

 

 昨日と同じように衆人環視の中、今度は自分の意思を示す。それはもう決意の一種である。

 

「戦場で戦うことは出来ずとも、ここでお前達をサポートしたい。例えそれを敵として認識してしまうとしても、私は逃げずにここで見届けたいんだ。だから……だから、私を仲間として、ここに置いてもらいたい」

 

 絞り出すようにその言葉を口にして、震える手で握手を求める。

 

 長門さんの頭の中では、まだ葛藤を続けているのだろう。敵と手を取り合うなんてどういうことだと。だが、その感情自体が()()()()に植え付けられたものなのだと理解しているのだから、震えながらも振り切ることは出来た。

 今すぐその手を取らなくては、長門さんが潰れてしまうかもしれない。まだ吹っ切れるまでは遠いかもしれないが、吹っ切れるきっかけが出来るのは確実に今だ。

 

「何言ってるのよ。私達は最初から姉さんを仲間として見てるわ。そうでしょみんな?」

 

 わっと声が上がる。みんなが同じ思いだ。長門さんは共に戦う仲間であり、一緒に歩いていける存在だ。艦娘として戦うことは出来なくても、意思はちゃんとみんなが引き継いでいる。

 

「そうか、そうか……ならば、もう逃げない。まだぎこちないと思うが……私は皆と少しずつでも接していきたいと思う。ゆっくりと頼む」

「そう、よかったわ。なら改めて」

 

 差し出してきた長門さんの手を取る陸奥さん。ガッチリと握手して、むしろ力強く引き寄せて抱きしめる。

 

「その決断をしてくれたことが嬉しいわ。人間としての自分を取り戻す1歩目だもの」

「……ああ、そうだな。私は人間だ。深海棲艦じゃない、人間なんだ」

 

 それがキッカケになり、みんなが長門さんに詰め寄る。ここ一応食堂なのだが、こんなときにそのツッコミは野暮というもの。物理的にも距離を詰め、改めて長門さんを仲間として迎え入れることとなった。

 

「というか姉さん、ちょっと気になったことがあるんだけど」

「な、なんだ」

「彼氏いたの? 添い遂げるってことは、結婚前提にお付き合いしてたってこと?」

 

 境遇を話す上ではどうしても言わなくてはいけないことだったのかもしれないが、そこに食いつかれて途端に顔を赤くする。あれ、凛々しいイメージな長門さんが途端に可愛らしく。

 

「姉さん、今晩覚悟しておいてね。その辺りきっちり教えてもらうから。恋バナとかこの業界ではとんでもなく少ないんだもの。女としてもっっっっの凄く興味あるわ」

「か、勘弁してくれ。嫌な思い出にも繋がるんだ」

「そういえばそうよね……でも、聞きたいことは山程あるんだから!」

 

 姉妹の仲違いはこれにて終了。どうしてもギスギスしてしまう長門さんの存在は、これにより明るいものへと転じた。

 ここからは食堂手伝いのお姉さんとしてやっていくことになるだろう。それだけではない。雑務とかも少しずつ手を出していき、鎮守府の全員と交流していくことだろう。

 

 

 

 南方棲戦姫との戦いは、ある意味これで本当に決着が付いたと言える。長門さんの明日は明るい。

 




長門はまだ完全に吹っ切れたわけではありませんが、今回の騒動で明るくはなります。食堂のお姉さん長門。3人目の給糧艦として少しの間は鎮守府で活動することになりますね。


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狩りの中で

 まだ完全に吹っ切れたわけではないが、長門さんは鎮守府の一員としてみんなをサポートさせてほしいと願った。まだぎこちないかもしれないが、深海棲艦ではなく人間として、そう言ったのだ。ゆっくりと慣れていってくれればいい。食堂のお手伝いも、今までよりはやりやすくなるだろう。

 朝食の時間からそれは早速発揮され、まだ抵抗はあるものの、長門さん自身から歩み寄るような形を取るようになった。勿論こちらからはズンズン歩み寄る。表情は硬いが、会話を避けるようなこともしない。

 

「まだまだ笑顔が足りないわね。もっと表情豊かに」

「喧しい。私は元よりこういうタイプなんだ」

「笑ったらもっと綺麗なのに」

 

 陸奥さんとの絡みも、言葉とは裏腹に喧嘩腰ではない。姉妹喧嘩は完全に終息したと言える。ああいうスタンスで話が出来ている感じは、ある意味姉妹らしい姉妹とも言えるかもしれない。昨日までは一触即発だったが、今では微笑ましい光景に見えた。

 だが、長門さんの中には陸奥さんを筆頭とした艦娘に対する敵対心は残ったままだ。あまり軽口ばかり叩いていると、また昨晩のように喧嘩になりかねない。そこだけは陸奥さんも注意してもらわなくては。

 

「定期的に私は長門さんと話をしてみます」

「だね。私も司令に言われてるし、これからも長門さんと話をしていこう」

 

 私、陽炎と萩風は、長門さんとの会話を推奨されている。萩風は同類であるが故。そして私は、長門さんに対する贖罪という体裁を取る行いのため。

 生真面目な長門さんは罪を償うという行為を求めている。それが一番感じやすいのが私相手。おそらく太陽の姫による被害者の中で最も酷い目に遭っているのは私で、今尚その脅威に晒されているわけなのだから、そう考えるのも仕方ないことかもしれない。

 

「今度はながもんさんも一緒に寝てみるっぽい?」

「さすがにもう部屋が狭いよ。今ですら1人部屋に5人入れてるんだよ? そりゃあ私のせいでもあるけどさ」

 

 夜通し話をしてみるというのもアリかもしれないが、長門さんへのストレスが酷くなり、また体調不良を起こしかねない。せめて夜くらいはそっとしてあげたいものである。陸奥さんが突撃するようだが。

 それに、こうなってしまえば長門さんを放っておく者はいなくなるだろう。特に海防艦。まず間違いなく保護者に祭り上げられる。占守や大東だけならともかく松輪も長門さんに対して抵抗が無いため、長門さんさえ大丈夫なら心配はいらない。

 

「でも、みんなで話をするのもいいよね。この鎮守府にはすぐに馴染んでほしいしさ」

「迷惑じゃなかったら……お話ししたいかな。花壇とか興味あったりするかな」

「本とかどうだろう。長門さん、読書する姿とかも似合いそうだよ」

 

 こういう会話が出来ているだけでも、もう長門さんは鎮守府の一員なんだなと実感する。みんな新人を受け入れる速度が半端ない。私もそのうちの1人であると思うと、胸が熱くなるというものである。

 

 

 

 今日の日程は残党狩り。南方棲戦姫の巣は破壊出来ているので、そこに残る深海棲艦を一網打尽にして終了。なんだかんだで数日かかったりするので、目安は3日くらい。

 

 今回は私もそこに参加させてもらう。あの場所にはレ級がいるため、どうしても重たい編成になってしまい、巣の破壊が終わったため、由良さんと夕張さんが木曾さんと阿賀野さんに、衣笠さんが加古さんに交代している程度で昨日と殆ど同じメンバー。他の艦種は人数が少ないのでローテーションが難しいところ。

 人数が多い駆逐艦は持ち回りが可能。昨日は夕立、初月、磯波、菊月と参加しているため、うち3人を入れ替え。萩風が出撃可能なら総入れ替えだったが、さすがに実戦はまだ早い。

 

「で、初月が居残りね」

「ああ、残党には空母も出てくる。なるべくみんなの負担を減らしたい」

 

 うちの鎮守府で最も防空性能が高いのが初月だ。空母が出てくるのならどうしてもいてもらいたい存在である。他の駆逐艦も対空砲火は訓練しているが、初月は追随を許さない。

 

「レ級が出たら、私と霧ちゃんで仕留めるわ。みんなは他の連中をお願いね。昨日は怪我人も出ちゃってるけど、今日は無傷で行きたいわね」

 

 旗艦は陸奥さんなのだが、やけに上機嫌である。なんというか、キラキラしているようにも見えた。やはり、長門さんがある程度前向きになれたことは嬉しいようである。

 このコンディションなら、レ級が現れたとしても難なく突破してしまいそうだ。こういう時はいい流れが来ていると思うし。

 

「陸奥さん、今日はやる気満々だね」

「帰って姉さんの恋バナを聞かなくちゃいけないんだもの。やる気も出るってものよ」

 

 どういう形であれ、意欲があるというのはいいことなのだろう。それが下心だろうが、鎮守府には帰る目的があるのならそれを達成しようと頑張れるし。

 

「ここってそんなに縁もゆかりもない? 整備班の人達、男の人多いけどさ」

「それが意外と無いのよ。こういうところに配属される人だから、変な気を起こさないようにされてるの。既に相手がいる人が多いし、歳とかもあるでしょう?」

「あー……私達には歳上過ぎるしなぁ」

「だから、結果的になかなか縁が無いのよ。元から相手がいる状態で艦娘になる子っていうのも少ないしね。艦娘が機密みたいなものだから、合コンとかも出来ないし」

 

 現地に向かうまでは時間がある。陸奥さんのテンションが高いため、その間も結局恋バナに花を咲かせることになった。孤児院で過ごした私としては、そういったことに本当に縁が無かったので、割と興味深い話ではある。恋愛なんて小説の中だけの話。

 意外と喰いついたのは、私と同じように本の世界でしかそういうことを知らなかった沖波だった。やはり年頃の女の子である。

 

 

 

 元々巣のあった海域に到着したところで残党に遭遇。昨日の段階で大分片付けていたようで、数はそこまで多い感じがしなかった。南方棲戦姫と戦っていた時の随伴艦よりは確実に少ない。

 レ級はまたいたが1体のみ。さらには知性無しという個体のため、陸奥さんと霧島さんが速攻で片付けた。先にやっておけば、後々も楽である。昨日も片付けていたようだし、レ級退治もこなれたもの。

 

 ここまで来ると流石に太陽の姫の視線は感じていた。私の戦いをしっかりと見ている。見ていることをこちらに伝えるほどに。

 これももう何回目かなので、視線を受けながらの戦闘も普通に出来た。初回は体調不良を起こしたが、これも私が成長した証なのだろうか。嫌な成長である。

 

「ふぃー、ひとまず敵影は無くなったかな」

「潜水艦もいないみたい。これで全部片付いた……?」

 

 しばらく戦い続けたことで、周囲から深海棲艦は消え失せた。私も駆逐艦を数体沈めたが、ありがたいことにほぼ無傷。やはり昨日よりも数が少なくなっているため、被弾率は大分落ちているようだ。それでも初月インナーの一部が破れてしまっているため、擦り傷はどうしても受けてしまっていたようだ。意識すると少し痛いという程度。

 他の仲間達も、擦り傷はあれどダバダバと流血するほどの怪我人はいない。一番突っ込んでいった陸奥さんと霧島さんも、今日は擦り傷で終わっている。あとは服が汚れているくらい。

 

「はい、お疲れ様。見る限りでは今日はこれで終わりね。まだ潜んでいるかもしれないから、警戒だけは怠らないでね」

 

 全て終わっても周辺を見回して本当に何もいなくなったかを確認。特に私は、ここに来るまでに太陽の姫の視線を感じたりするのだから、より入念に確認した。こうしている間も視線は感じ続けているし、ここは長門さんの証言からして、太陽の姫の居場所に近い場所のはず。何か起きてもおかしくはない。

 

 私は特に視線の方向に対して警戒していた。何かあるとしたら、そちらから来てもおかしくない。

 例えば、太陽の姫の刺客。駆逐水鬼、南方棲戦姫と撃破してきたが、今まではその2体が表に出てきていただけで、他にも配下の姫がいてもおかしくない。

 

「……ん?」

 

 水平線の向こうに何かが見えた気がした。望んでいるわけではないのに、本当に新たな刺客がいるとでもいうのか。

 

「あっち、何かいない?」

「えーっと、何も見えないけど……」

 

 近くにいた五月雨にも見てもらったが、その時には私にも何も見えなかった。気のせいとはしたくないので、もっとよく見てみる。水平線ギリギリのところだから、波がそう見えただけかもしれないし。こういう時に双眼鏡とかあればもっとはっきりわかるのだが。

 私の発言から、駆逐艦4人でそちらの方向を凝視する。何かいたら一大事だが、何もないならそれだけ。安心を得るためにしっかりと確認。

 

「見間違いだったのかな……」

「それだといいんだけどね。せっかく南方棲戦姫を倒したんだから、ここでの戦いは終わりにしたいよ」

 

 私だってそれは同意。ただでさえ視線は感じ続けているのだから、終わりとみなして早く帰りたいものだ。

 だが、そうは問屋が卸さないらしい。

 

 ゆらりと、人影が見えた。

 

「今何かいた!」

「私にも見えた!」

 

 私と同時に五月雨も叫ぶ。2人が見えたならそれは見間違いではない。こうなったらそちら方面への警戒を厳とするしかなくなる。

 

「どんな奴が見えたの」

「いや、ホントにチラッと見えただけだから、人影ってことくらいしかわからなかった。人型の深海棲艦かもしれない」

 

 遠いから色合いすらもわからないし、体型なんて以ての外。人型であるということしかわからない姿なので、深海棲艦ですら無いかもしれない。しかし、ここは領海の外なので深海棲艦以外がいる可能性は極めて低い。それこそ諜報部隊がこちらに関係なく調査しているくらいでなければ。

 これだけ見ていれば向こうも気付くはずだ。深海棲艦だった場合はそのまま戦闘になる可能性が高いので、警戒を強める。

 

「見えた。確かに人影」

 

 全員でゆっくりとそちら方面へと近付いていくと、ゆらりと見えた人影がハッキリと見えるようになっていく。私や五月雨だけでなく、部隊の全員がその姿を視認した。

 あちらもこちらを意識してか、ゆっくりと近付いてきていた。色合いすら見えなかったそれは、()()()()であることがわかった。

 

 どう見ても普通では無い。明らかな人型なのだが、人間や艦娘とは明らかに違う部分がある。この海の上で、何かに腰掛けていた。雲のようなクッションだろうか。その状態でこちらに向かってきている。

 

「初めて見るタイプね……諜報部隊がいないのが残念だわ」

「あちらから攻撃してくる感じはしないけど……」

 

 近付くにつれ、その姿が明確になっていく。今まで見てきた深海棲艦の姫とは大分違う。変態(駆逐水鬼)痴女(南方棲戦姫)が特殊すぎるだけかもしれないが。

 ツノの生えた帽子や、やたら長い2つの三つ編みが特徴的な少女の姿。見た目だけは私と同い年くらい。駆逐水鬼と似たような感じだし、艦種としては駆逐艦か。服装もドレスのような豪奢なイメージだが、チラリとスパッツが見えたので活動的にも見える。

 

 だが、一番気になったのはその両腕である。骨のようとは言わないが、指先は太陽の姫のように尖り、他者に突き刺すことが出来るような形状をしていた。まるで、()()()()()()()()()()()指である。

 

「ハイハァイ、初メマシテ陽炎」

 

 攻撃もなく、微笑みをたたえながらこちらに話しかけてきた。こちらは武器を構えて警戒するが、あちらはそれを気にも留めていない。

 

「ギリギリデ、耐エテイルノネェ」

「悪いね。そっちの思い通りにはいかないよ」

「無理シチャッテ……オバカサン」

 

 微笑みは崩さず、私達を小馬鹿にするような態度。これはまた他の連中とは違ったタイプ。

 

「今日ハ顔合ワセニ来タダケ。次ハ私カラソチラニ行クワネ」

「逃すと思ってんの?」

 

 夕立のように空気を読まずに主砲を放つ。備え付けの方だから精度は高く、殆ど不意打ちなため避けることだって出来やしない。

 

 だが、その深海棲艦に直撃する直前、()()()()姿()()()()()。そして気付けば一歩どころかさらに前へ。これは私の回避方法と殆ど同じもの。陽炎の如く力を抜いた回避と同じように、殆ど自動回避と言える程の動きを見せつけられた。

 

「私ハ『雲』。日ヲ隠シ、守ル者。陽炎、貴女ノ次ニ分霊サレ、貴女ヨリ先ニ目覚メタ()()()()()。ヨロシクネ」

 

 そして、その名の通り雲のように消えていった。正確には海中に隠れてその場から撤退しただけなのだろうが、私達には霧散したように見えた。

 

 

 

 新たな敵、雲。まだ太陽の姫に辿り着くまでには障害があるようである。

 




太陽の姫が何者かは皆さんもうわかっていると思いますが、雲が誰かは……まぁわかりやすいですね。同じイベントで出てきた深海棲艦は極々少ないですし。


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太陽の傍の者

 南方棲戦姫の巣を破壊した後の残党狩りを終えた後、新たな深海棲艦が姿を現した。『雲』と名乗ったそれは、私達を攻撃することもなく、今日は顔を合わせるだけと挑発的にその場から消えた。

 その『雲』は、私、陽炎と同じ太陽の姫に分霊された、太陽の巫女であると言っていた。私以外にも巫女にされた者がいるなんて知らなかったし、ここでそれが現れてくるなんて予想もしていなかった。

 

「ある意味私の先輩になっちゃうのかな……」

「ある意味後輩でもあるんじゃないかな……」

 

 鎮守府へと戻る最中、どうしても話題はあの『雲』のことになる。私も沖波と奴について少しだけ話をしていた。

 私の次に分霊されたと言っていたからある意味後輩、だが先に目覚めているのだからある意味先輩。いや、先輩になってもらっては困る。私はまだ目覚めていないし、これからも目覚めるつもりはない。

 

「アレが本当の私の成れの果て……ってことかな」

「そうなのかもね。目覚めたらああなるってことかも」

 

 もしあの夢が先に進んでしまったら、私はおおよそあんな形に変貌を遂げるということなのだろう。全く同じでは無いだろうが、真っ白な髪や肌は夢の中でも見たものだし、あの長く伸びた爪などは太陽の姫との共通点もある。夢の中の私はあんなものは持っていなかったが、今はどうなるかわからない。

 

「アレのこと、萩風や長門さんは知ってるのかな」

「どうなんだろ……そういう話は聞いてないけど、知らないことは無いよね。もしかしたら、陽炎ちゃんの目覚めに関わるから話してなかったとか」

「うわ、あり得る」

 

 他にも太陽の姫の巫女がいると知った場合、私にどんな影響が出るかわからない。確実に記憶を掘り返す刺激になるのは自分でもわかる。もうこれ以上進むことは無さそうではあるが、念には念を入れてくれていてもおかしくない。

 萩風はそういうことは基本的に私に隠すようにしてくれているので、知っていても話さないというのはあり得る話だった。長門さんもなんだかんだ細かく話すような人では無いので助かった。

 

「ん、ちょっと待って。アレって太陽の姫の巫女ってことは、私と同じもの持ってるんだよね」

「だね」

「D型異端児に効く匂いも……」

 

 それに気付き、今のメンバーの中にいるD型異端児、阿賀野さんと天城さんを見る。あの時はそこまで近くは無かったし海上という開けた空間なので、強く匂いを感じることは無かったとは思うが、何かしらの反応があってもおかしくない。

 

「んー、確かにいい匂いしたねぇ。でも、陽炎ちゃんと比べると薄らって感じかなぁ」

「そうですね。私もそういう感覚です。もっと近付かれたらどうなっていたかはわかりませんが……」

 

 私よりも薄いみたいな言い方だが、間近まで接近された場合、私が初月インナーを使っていない時のような大惨事が起きていたかもしれない。私に抱き着こうとするくらいならまだしも、アレは敵だ。匂いに反応させた後に殺される可能性もあるし、あえて殺さず人質にされる可能性もある。

 戦場で匂いによる弊害が無いように私が抑え込んでいるのだが、あちらは全力でそれを使ってきそうなのだから笑えない。D型異端児は『雲』と戦えないと考えてもいいかもしれない。

 

「でも、違う匂いに浮気したくないし、帰ったら陽炎ちゃんの匂いで上塗りしてもらおうかな〜。どうせ一緒にお風呂に入るからねぇ」

「私は……まぁ控えめに。念のため、念のためですよ」

 

 阿賀野さんはこういうところオープンなのであまり気にはならない。夕立ほどでは無いが、食堂で堂々と嗅いでくるくらいだ。天城さんはその辺りで強い理性が利いているので、これと言った暴走は今のところ見ていない。

 D型異端児全体で見た場合、天城さんが唯一の癒しかもしれない。由良さんも夕張さんのせいで一度理性がトンでしまったし。密着したらどうなるかわからないが。

 

 

 

 鎮守府には無事帰投。『雲』のことについては旗艦である陸奥さんが空城司令に話す。私も艤装を下ろしながらそれに便乗した。

 

「新たな太陽の姫の巫女……だと?」

「ええ、力を見せつけるみたいなことをして、さっさと何処か行っちゃったけど」

 

『雲』の姿は全員で見ているし、その時に何を話していたかは全員が聞いているが、奴と言葉を交わしたのは私だけ。なので、自分に向けられた感情などが一番理解出来るのは私くらい。

 正直なところ、『雲』から感じたものは仲間としての意識。私が撃ったところで気にせず私と同じ回避方法を披露し、小馬鹿にするようにこちらを一瞥した後、次はあちらから来ると言い残して消えただけ。案の定、私に危害を加える気は無いと言わんばかりだった。

 

「駆逐水鬼に続いて、また鎮守府を襲撃しようってことかい」

「今度は私を迎えに来るみたいな言い方に聞こえた」

「だろうね。にしても『雲』かい。陽炎に雲……太陽に因んだ名前ばかりを与えているみたいだね」

 

 日の前を疾る陽炎に引き続き、日を隠す雲。洒落の効いた名付けをするようだが、こちらとしては普通に笑えない。私に至っては艦娘としての名前もドンピシャになってしまったし。

 私と『雲』以外に巫女がいるかは知らないが、あと来るとしたら何になるだろうか。

 

「まぁそれは置いておく。問題は『雲』のことだ。鎮守府を襲撃されても困るね。そいつがどんな奴か、ちゃんと知っておかにゃいけない。都合の良いことに、明日からまた諜報部隊が出向してくることが決まったからね」

 

 それはいいことだ。元々次は太陽の姫の巣を探す必要があるわけだし、南方棲戦姫の巣が失われた今、その先に進み、本陣を調査することも出来るようになる。

 だがその前に、『雲』についても知っているか確認出来る。太陽の姫は1度だけ確認されているが、太陽を隠す者として存在しているのなら、『雲』はそれ以上に確認されていてもおかしくはない。

 

「ひとまずアンタ達は風呂に行ってきな。詳しい話は後からにしよう」

「そうさせてもらうわ。長距離の任務は髪が傷むのが嫌ねぇ」

「阿賀野さん待たせてるし、私もお風呂行こっと」

 

 この件は迅速に対応する必要はあるかもしれないが、やはり初めて見るような個体であるために慎重に行く必要もある。戦い方はこちらで考えようがないため、司令に任せるしかない。

 その間に私達は体調を万全にしておくことが重要。ただでさえ、今回もあちらから襲撃すると宣言されているのだ。いつ来られても迎撃出来るようにしておかなければ。

 

 

 

 お風呂で阿賀野さんにさんざん嗅がれ、天城さんすらもおずおずと匂いの更新をした後、風呂上がりにお呼び出し。後からするという詳しい話の打ち合わせだろう。

 全体で会議をするわけではなく、まずは『雲』がどんな奴かの認識合わせのために、少数が呼び出された。そのため、場所は執務室。そこには萩風と長門さんの姿が。

 

「トラウマを掘り起こすようなことをしてすまないね。萩風、長門」

「いえ、このメンバーで呼び出されるということは、()()()()()()だと思いますので」

「ああ……太陽の姫絡みだろう。贖罪として、説明責任は果たす」

 

 忠誠心のせいで抵抗がある長門さんもこれに参加してくれたのはありがたい。諜報部隊と合流する前に話が聞ければ、対策を立てるのも早まる。

 

「陽炎が『雲』と名乗る太陽の姫の巫女と遭遇した。何か知ってることはあるかい」

 

『雲』という呼称が出た途端、2人は硬直した。明らかに知っていると言わんばかりの反応。

 

「太陽の姫の意思を伝達する者だったはずだ。私は太陽の姫と直に会う機会が多かったから、その隣に必ずいた覚えがある」

「私は太陽の姫と殆ど会えなかった代わりに、『雲』が伝達役として私の巣に来ていました。でも、姉さんと同じ太陽の姫の巫女とは思っていませんでした。私達と同じ、ただの姫なのかと」

 

 見た目だけでは、それが太陽の姫の巫女かどうかなんてわからない。名乗られて初めてそういうものだとわかる。

 

「とはいえ、ただの姫としては異質なものを感じました……」

 

 少し抵抗がある内容のようで言い淀むが、息を吐いた後、決意したように言葉を紡いでいく。

 

「私は……『雲』からの分霊で深海棲艦にされています」

 

 確かに萩風は太陽の姫に直接分霊されてはいないと聞いていた。なら、何らかの手段を使って太陽の姫が表に現れずに配下を増やすなりしていたとは思っていた。

 しかし、太陽の姫の巫女そのものに分霊の力を与えられているのは少し予想外。あの長い爪は太陽の姫と同じ力があったということか。

 

「私もだ。詳しいことはわからないが、少なくともその時だけは『雲』にも分霊の力があった。陽炎はもう覚えがあるだろう。胸に指を突き刺されるアレだ」

「うん、そこまでは思い出しちゃってる。夕立からは、そこからの匂いが一番強いって言われたし」

 

 匂いと聞いて、長門さんは少し思案。『雲』からも薄らとなら匂いがするというのは阿賀野さんから聞いている。私よりも薄いというのは何か意味があるのかは知らないが。

 

「匂い、か。『雲』も薄ら匂いがしていたが、私は特に違和感は覚えなかった。太陽の姫の匂いが移った程度にしか思わなかったな」

「私もです。今の姉さんほど濃くは無かったので」

 

 魂の匂いが移るとかあるのだろうかと思ったものの、その時にはそうは考えないか。匂いがするというのは基本的には体臭と考えるのが普通だし。

 というかやっぱり萩風と長門さんも私の匂いには反応しているのか。既に一度深海棲艦となっているので、夕立や磯波のような過剰な反応はしないというだけのようだ。

 

「つまり、だ。『雲』は太陽の姫の側近で、普通の姫とは別物と考えりゃいいんだね?」

「それで大丈夫だと思います。ただ、私は『雲』の実力は全くわかりません。私の街を滅ぼした時、後ろで見ていただけでした」

「……私の時もだ。あくまでも自分の手は汚さないというイメージだな。最後の最後に現れ、選ばれてしまった私に分霊を施した。だからだろう、奴の部隊には他の姫もいたな。それは私達のように()()()()()()()していないと思うが」

 

 怖い表現だが間違っていないか。そんな何人も人間を犠牲に姫を量産されても困る。

 

「なら、鎮守府への襲撃は姫を伴ってくる可能性もあるってことかい。それこそ街を滅ぼすくらいに」

「はい……ですが、あちらの狙いは姉さんの目覚めです。そちらの方が注意しなくてはいけないことだと思います」

「ああ、陽炎が目覚めたら、相当まずいことになるだろう。最悪、陽炎にも分霊の力が与えられる」

 

 そうなってしまった場合、私は本当に取り返しのつかないことを引き起こしかねない。そうなった時のことなんて考えたくないが。

 おそらく襲撃のときは私は鎮守府の中に引き籠るのが一番手っ取り早いのだと思う。そもそも『雲』の前に出なければ、私を目覚めさせるなんてこともしてこないし、私も目覚めることはない。敵を前に耐えろというのが辛いが、それが鎮守府のためになるというのなら、それを受け入れるしかないだろう。

 

「わかった。ならそれを考慮していろいろ組み立てていこう」

 

 近日中にこの戦いが執り行われるだろう。早ければ明日の可能性すらある。

 明日からは諜報部隊が出向してくれるので、そこと力を合わせることだって出来るだろう。戦力が増えれば、また作戦が変わってくる。

 

「陽炎、諦めるんじゃないよ」

「わかってるよ、大丈夫。ここにいれば目覚めなんてしないよ」

 

 これだけは自信を持って言える。この鎮守府はそんなに柔じゃない。

 

「私も姉さんを護ります。ここまで訓練してきましたから、それを初陣にしてもいいと思っています」

「人員が足りないと思ったら、萩風にも出てもらうさ。充分訓練は積んでいるからね」

「はい、それまでは私も鍛錬を怠りません。目標も出来ましたから」

 

 私を護るという目標で、萩風もやる気満々である。鎮守府の中では1番の新人であろうが、艦娘としての心得は充分に刻まれていた。

 

 

 

 次の戦いは、運命を決める戦いになりかねない。『雲』の襲撃は必ず食い止め、太陽の姫の思惑を確実に潰してやらなければ。

 




まずは諜報部隊の受け入れから。久しぶりにあの子達がこちらへやってきます。


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彼女達の再来

 南方棲戦姫の巣の残党狩りを進めつつ、新たに現れた太陽の姫の巫女、『雲』への対策を考えていく必要が出てきた。あちらから襲撃してくるという発言もあることから、全員が万全な状態を維持しつつ、迎撃が出来るように力を蓄えていく。

 早ければ翌日には襲撃されかねないので緊張感はあるものの、だからといってコンディションが悪くなっていたらお話にならない。普段通りに生活して、訓練や任務で練度を上げて、その時に備えるのだ。

 

「で、明日は諜報部隊が来ると」

「久々だよね。秋雲ちゃん達がまた来るんだ」

 

 夜、いつものように私の部屋に集まる異端児駆逐艦だが、話題は専ら諜報部隊のこと。支援艦隊とは違って一度面識がある面々が再び来てくれるということで、久しぶりに会える喜びが大きい。

 特に秋雲は私、陽炎と艤装姉妹。私を主人公にした漫画を描くとか言っていたが、アレはどうなったのだろう。本当に持ってきたら引っ叩いてしまいそうだが。

 

「あ、そうだ。萩風、今度来る秋雲って子、私の艤装姉妹だからさ」

「そうなんですか。じゃあ、私とも艤装姉妹ということですね」

「ちょっとヤバイ奴だけど、いい奴だからさ。仲良くしてあげて」

 

 前回と違うのは、太陽の姫の配下として活動していた深海棲艦の2体が、倒されたことにより人間へと戻っていること。人員が増えているため、そちらの紹介が必要になるだろう。

 

 長門さんはこの鎮守府の艦娘でさえもまだ抵抗が残っているのに、外の艦娘なんてもっと厳しいだろう。今は食堂のお姉さんという立ち位置にいてもらうのが一番だ。事情も話しておけば大丈夫のはず。

 萩風は前向きになっているため、是非とも秋雲と仲良くなっていただきたい。弄られる可能性は非常に高いものの、()()()()()()()()()と理解してしまえば、あのノリも苦では無い。むしろ、戦場であのテンションが維持出来るのならいい方だ。

 

「残党狩りの合間に調査も進むみたいだし、『雲』が襲撃する前に太陽の姫の本陣見つけてくれたりして」

「それだと太陽の姫とその『雲』とかいう奴の集中砲火受けるっぽい。来てくれるなら来てもらった方がめんどくなくていいと思うっぽい」

 

 夕立のいうことも一理ある。近海で戦うことが出来るのなら、その場所に行くまでの消耗は無いし、部隊を組んで行くとかもないので、容易に総動員での対処が出来る。何かあった時にすぐに工廠があるのも魅力的。

 だが、あちらの部隊が酷い量だった場合、鎮守府が防衛しきれない可能性もある。それこそ、空母がわんさか来てしまったら、空襲だけで鎮守府がえらいことになるだろうし。そこは難しいところ。

 

「作戦は提督にお任せするしか……無いよね」

「だね。私達はそれに合わせて戦うだけだよ」

 

 そこは私達が考えても仕方ない。戦場に出て会敵してからは自由に動き回ることになるが、そもそもの方針というものは司令頼りである。そこは私達が独断で考えることは出来ない。

 

「そこはなるようになれっぽい! 勝てば何でも同じっぽーい!」

 

 結局はそれである。誰にも被害無く勝てばいいだけ。多少の怪我は仕方ないにしても、死ななければいい。

 

 

 

『雲』との邂逅で刺激されたことにより悪夢は見たが、いつものところで起こしてもらえて一安心。今日も仲間のおかげで夜を乗り切れた。2日連続だったため、外的要因があれば連日悪夢に苛まれるということがわかった。困ったものである。

 で、今日も残党狩りなのだが、昨日よりは人員削減。昨日の段階で大分減らすことは出来たため、もう終わった可能性すらもある。それでもレ級対策の大型艦運用だけで向かうことになった。連合艦隊ではなく通常艦隊となる。

 

 そうなると残りの者達は通常業務になるわけだが、私と萩風は諜報部隊への説明のために待機。それが終われば訓練の方に移る。私を護るのだとやる気満々の萩風に、空城司令もそれならばとハードな訓練に移行していく旨を伝えている。

 

「久しぶりだね、アンタ達」

「お久しぶりであります、空城提督殿。諜報部隊隊長、神州丸外2名。本日より数日の間、再び出向させていただくのであります」

「ああ、よろしく頼むよ。今回は戦いもあるかもしれないからね」

 

 到着したのは相変わらずの3人。神州丸さんに、青葉さん。そして、秋雲である。私の姿を視認した途端にニヤッとした笑みを浮かべて、うちの司令への挨拶もそこそこにこちらへ近付いてくる。

 

「おーおー、ゲロ姉お久ー。何それ、予想以上に変わってんだけど」

「しーちゃんが用意してくれてさ、これのおかげでD型異端児が匂い感じなくなるんだよ。しかも脚はサポーター付き」

「マジで!? ただの全身タイツにしか見えないんだけど、すごいねぇ」

 

 まぁ私もこの初月インナーの効果はすごいと思っている。オカルトが効くということを実証した物なわけだし、今後もガッツリ使っていくことになるだろう。

 しかし、秋雲の視線はそれだけではない。なんだかねちっこい視線で私の上から下まで舐め回すように眺めて、フンスフンスと鼻息を荒くする。

 

「いやはや、ゲロ姉それはエロいっスよ。スパッツの健康的なおみ足のエロさも良かったけど、それは純粋にヤバイ。ただでさえスタイルいいのに、強調してるようなもんよ。あとからスケッチしたいから、制服()()脱いで描かせてね」

 

 とりあえず同じものを使っている初月に謝れ。

 

「お断りだっつーの。ホント変わんないねアンタ。いや、随分と変わってるか」

「お、気付いちゃった?」

「それに気付かなかったら流石に目が悪すぎると思う」

 

 ドヤ顔で見せ付けてくる秋雲は、前回とは違う制服を着ていた。色は違うし、ところどころアレンジっぽいものが加わっているが、デザインは今の沖波と同じものだ。つまり、秋雲も改二。

 

「秋雲改二よん。前よりも戦闘能力まで上がっちゃったから、期待しててよね」

「そりゃ楽しみだ。時間があったら演習でもやってみる?」

「いいねぇ。で、そちらのお嬢さんは?」

 

 このノリで萩風の方に視線を向けた。制服の形状からして、私の艤装姉妹であることは一目瞭然だと思う。それでも話を振っていく感じ、コミュニケーション能力にステータスを過剰に振っている感がすごい。

 

「萩風です。陽炎姉さんの艤装姉妹で」

「ということは、この秋雲さんのお姉ちゃんになるわけだね。よろしくハギ姉」

「よろしくお願いします、秋雲さん」

 

 陽炎型艤装姉妹では必ず末っ子になるということで、萩風も姉扱い。あのノリをガッツリ見せた後ですんなりと受け入れることが出来るのは、秋雲の人柄故か。

 秋雲のことだから、萩風が元々駆逐水鬼であることくらいはわかっているだろう。だが、あえてそれをこの場で聞かない辺り、萩風がどういう考えの持ち主なのかを測っているのではなかろうか。最初から距離感が近いものの、本当に踏み込んでいいところをちゃんと考えているのはさすが。

 

「んじゃあ、今までのこといろいろ話してもらおうかな。ゲロ姉漫画の続きをどうすりゃいいのか聞かなくちゃいけないからさ」

「アンタ、マジで描いてんの? 勘弁してよ……」

 

 積もる話は後からとして、今からは仕事をしなくては。こう話している間も空城司令を待たせているようなものだし。

 

 

 

 会議室。今回の打ち合わせは、私と萩風、そして先んじて部屋に待機していた長門さんが参加する。長門さんは一歩引いた位置に立っていたが、この場にいてくれるだけでもありがたい。

 空城司令の口から今回の件が説明された。その時に萩風と長門さんの正体も語られたが、事前にそういう存在がいると聞いていたため驚くことも無い。批判的な目が無いだけでも、2人はこの場に居やすいだろうし、これからも生きていくのが苦しくなくなるだろう。

 

「で、だ。『雲』と名乗る深海棲艦が現れた。アンタ達は見たことはないかい」

「雲でありますか。外見の特徴を教えていただけないか」

 

 それを細かく説明できるのは萩風と長門さんだ。私も1度見ただけなので、詳細までは語れない。どうしても敵対心が出てきてしまう長門さんに説明は難しいため、萩風が上手いこと説明してくれた。

 

「ふむ……その深海棲艦は噂になっていたものでありますな。青葉、確か取材で話を聞いていたな」

「ですねぇ。街が襲撃される時に稀に姿が見られると、他の鎮守府でも話を聞きました。救助された一般市民からも聞いてます。青葉達はその姿を見たことは無いんですけど、割と複数の場所で目撃情報があったので、それではないかと」

 

 太陽の姫とは違い、ちょくちょくその姿は確認されているようだ。しかし、姿は見られていても、戦いになることなくその姿が消えているというのが常とも。

『雲』が出てきていることで太陽の姫の存在が隠蔽されている。雲のように太陽を隠し、雲のように掴めない。名前通りである。太陽の姫はそういう存在が欲しいから『雲』を作り上げたのだろう。

 

 襲撃の現場にいるのは、分霊する人間を見繕っていると考えるべき。最近では艦娘側も力を付け、街が全滅する前に被害を最小限に抑えることが出来るようになったため、『雲』は活動がしづらくなっているようだ。鎮守府の存在が間接的にも被害を食い止めているわけだ。

 

「外見とかそういうところになると、最近青葉はあまりお役に立てていませんねぇ。そういう輩は写真にはなかなか収められないんですよぅ」

「となると、やっぱり秋雲さんの力が必要ってわけだね。オッケーオッケー、じゃあ特徴からイラストに起こしてみましょっかね」

 

 直に見たわけではないので、以前に描いてもらった太陽の姫のイラストほどに精度の高いものは描けないと先に念を押し、そこからサラサラとペンを走らせていく。

 萩風が説明した特徴を完璧に再現した結果、多少の差異はあれど、あの時に見た『雲』とかなり近いイラストが完成した。その速さと画力に、一歩引いていた長門さんも驚いている。

 

「此奴の目的は、やはり陽炎殿ということでよろしいか」

「ああ、それでいいだろう。次はここに襲撃すると宣言されたらしいからね。それは陽炎を()()()()()と考えるのが妥当だろう」

「難儀なものですな。陽炎殿、モテ期というヤツでは」

 

 嫌な奴らからモテるものである。全員フって戦いを終わらせたいところだ。

 

「今回、諜報部隊に頼みたいのは2つ。1つ目は太陽の姫の巣の調査だ。南方棲戦姫の巣を破壊した今、本陣の場所を探さない限り戦いは終わらない。2つ目は『雲』の迎撃。これは想定外だったんだが、出向中に襲撃がある可能性は無いとは言えない。その時には力を貸してもらえるかい」

「無論、そのつもりで我々は艤装も整備していますので。特に秋雲は戦力としても成長しているので、ご期待ください」

「ハードル上げないでもらえるかな!」

 

 少しでも人員が増えれば、迎撃がしやすくなるだろう。裏側ではまた呉内司令に声をかけているらしいし。

『雲』は他の姫を率いて襲撃をすると聞いているため、強力な艦娘が多ければ多い方がいいに決まっているのだ。

 

「残党狩りはもう終わるはずだ。今日は待機で、明日から調査に出てもらいたいんだが、良かったかい」

「了解であります。その間に襲撃を受けるようでしたら申し訳ありませぬが」

「それは仕方ないことさね。どちらも重要なことだ」

 

 巣の調査と『雲』の迎撃は同時に出来ない。優先順位は太陽の姫の巣を探すことだが、タイミングが合えば迎撃にも参加してもらうということで。

 

「じゃあ、また短い間だがよろしく頼むよ」

「お任せください」

 

 空城司令と神州丸さんがガッチリ握手。これにより、一時的にまた仲間が増えることになった。どれくらいの期間になるかはまだわからないが、3人ともここの鎮守府は初めてでは無いのだからストレスも無い。

 

「よし、じゃあゲロ姉、デッサンするから脱いで」

「脱ぐかバカ」

「減るもんじゃないっしょ」

「減るわバカ」

 

 このノリも久しぶり。もう鎮守府のみんなに馴染んでいるようなものなのだから、受け入れもすぐだろう。まずは海防艦の子供達に絵でも描いてもらおうか。松輪が喜ぶだろうし。

 

 

 

 諜報部隊の再参入で、戦いは終わりに向かっていくはずだ。早急に太陽の姫を追い詰めていきたいところである。

 




秋雲は萩風ともすぐに仲良く出来る超強いコミュ力を持っているので、この鎮守府でも安心。


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萩風の戦法

 諜報部隊が鎮守府に到着し、太陽の姫の巣を調査する方針が決定した。今日は待機という形で身体を休め、翌日から任務に出てもらう。

 現在、その海域は南方棲戦姫の巣を破壊した後に残った残党狩りの真っ最中。おそらく今日で終わるのでは無いかとは思われるので、明日からの任務に支障が出ることはないだろう。

 

 打ち合わせも終わり、ここからは各自自由。私、陽炎は萩風の訓練に付き合う日程になっている。

 

「ゲロ姉、今日の予定は?」

「諜報部隊の迎え入れの後は、萩風の訓練に付き合うくらいかな。司令、私はそれでいいんだよね」

「ああ、予定通りでいいよ。萩風もやる気だしね。今日は付き合ってやんな」

 

 私を『雲』の手から護るという目的が出来たことから、昨日からやる気満々である萩風。私が改二になるためにやってきたハードな訓練も厭わないというくらいのやる気。

『雲』自体、いつ来るかわからないような状態。さらには作戦もしっかりと立てることが出来ていない状況である。ならばと、いつでも戦えるように毎日鍛えていきたいという考えのようだ。私のために頑張るというのも、後遺症による執着心が働いた結果かもしれない。

 

「私も早く前線に立てる方がいいと思うので」

「無理だけはするんじゃないよ。倒れたら意味が無いんだからね」

「勿論。それで姉さんを心配させてもダメですしね」

 

 最初に比べれば随分と明るくなった萩風ではあるものの、後遺症自体は払拭されていない。今でも何かあったら突然震えてしまうこともあるし、私に何かがあると何かしらの想像が巡ってしまうとも自白しているし。

 とはいえ、毎日のように一緒にいるのだから執着心は満たされ、姉妹愛に転化されているような気もする。

 

「おー、愛されてるねぇゲロ姉」

「まぁ嫌では無いけどさ」

 

 愛されていると言えるのだろうか。まぁ言えるか。

 とにかく、ここからは萩風の訓練を見るという方向で。確か早速夕立や五月雨との実戦演習だったし。頑張るのはいいが、相手は天才的なセンスを持つ狂犬と、鎮守府最古参の経験者である。ボッコボコにされて自信を失わないようにしてもらわなくては。

 

「なら秋雲さんはそれを見学させてもらおうかな。ハギ姉、オッケー?」

「私はいいですけど、スケッチはしないでくださいね」

「チッ、先に手を打たれたか……」

 

 魂胆見え見えだっつーの。

 

 

 

 私と萩風が打ち合わせが終わるまで待っていてくれたようで、工廠では万全な状態で夕立と五月雨が待ち構えていた。ちなみにその実戦訓練を見てくれるのは由良さん。

 先程言っていたように秋雲は私達に便乗。青葉さんは艤装姉妹である衣笠さんが残党狩りに向かっているため、ここに残っている人達に取材活動。神州丸さんは隊長として司令の下でいろいろと相談をするとのこと。それはあまりお休みではないのでは。

 

「あ、グモアキー! 久しぶりっぽい!」

「おひさー。だっちゃんも改二になってんじゃん。わんこがもっとわんこになってる」

 

 全員と面識があるので、秋雲も明るい。初対面の萩風相手でもお構いなしなのだから、面識があればもっと気を許すか。

 由良さんや五月雨も、秋雲の存在は否定しない。ここに私達と一緒に来たことは少し驚いていたが、簡単に受け入れた。

 

「秋雲さんにもハギ姉の訓練を見せてくれないかい。今日は待機だから暇でねぇ。御礼にみんなの筋肉とかその辺りしっかり観察しておくからさ」

「グモアキが言うと下心丸出しに聞こえるっぽいんだよね」

「そ、そんなことねーし。訓練の役に立ちたいだけだし」

 

 うーん図星。秋雲はこんな見た目をしているが中身はオッサンくさい。

 

「何処の訓練が足りないかを見ていてもらえるのは助かります」

「でしょー? ハギ姉の許可も得たことだし、ほら、見せて見せて」

「なんだかなぁ」

 

 結局、由良さんも許可を出したため、秋雲の参加は認められた。

 まぁ秋雲がいようがいまいがやることは変わらないので、放っておいた方が良さそうだ。スケッチだけはするなと念を押しておいたが。これはフリじゃないともしっかりと言い聞かせて。

 

 萩風の実戦訓練ということで、まずはお手柔らかにと五月雨が相手をする1対1(タイマン)。ここまで近くにいる状態で戦う萩風を見るのは、なんだかんだ初めてになるか。

 

「夕立から見て、萩風はどう?」

 

 戦う萩風を眺めながら夕立に聞く。私としては、最初はこんなものかと思っているが、他人の目から見た萩風を知っておきたかった。

 

 萩風はどちらかと言えば受動的なタイプの戦い方をしていた。相手の攻撃を見てから回避し、その隙をついて攻撃をする。艦娘の心得を強く意識していることと、私を護るという目標が生まれたことで、堅実であり()()()()()()を念頭に置いているかのようだった。

 五月雨に翻弄されている萩風ではあるが、その砲撃に対してちゃんと対応出来ており、回避行動も悪くない。しかし経験者にはどうしても劣ってしまうのが新人であるため、攻撃に転じることがなかなか出来ずにいた。堅実に戦えてはいるが、あくまで今は負けていないだけであり、どう見てもジリ貧。

 

「んー、なんか姿勢が変に見えるっぽい」

「姿勢?」

「うん、姿勢。駆逐水鬼の時のクセが取れてないっぽい」

 

 夕立が言うには、萩風には駆逐水鬼であった頃のクセがそのまま残っているように見えるらしい。

 

 駆逐水鬼は近接戦闘までこなしてしまうわけのわからないものだった。両腕は常にフリー。艤装から生えた剛腕で、殴ることも、主砲を撃つことも、魚雷を放つことも、敵の砲撃を防ぐことまで全てこなしてしまっていた。

 だが、今の萩風は当然そんなこと出来ない。艤装のマジックアームの強度がそこまで高いわけがないので殴ることは疎か防御だって以ての外。そこを変に意識してしまってか、動きがぎこちないようだ。

 

「あー、確かにね。距離感とかもあるんじゃないかな。腕とアームなんて長さすら違うし」

 

 秋雲もそこは看破していたようである。一応一度は駆逐水鬼を見ているわけだし、その辺りは違和感のようなものを覚えたか。

 

「いっそのこと、ハギ姉はもっと駆逐水鬼みたく戦えばいいんじゃないかな」

「それはなに、トラウマを抉れと」

「いやいやいや、敵の力を自分のものに取り込むっていう漫画的展開っすよ」

 

 いっそそのクセを作った原因に自分から寄せていくと。なら、あの時の戦い方を再現してしまえば、今よりもうまく戦えるとでもいうのだろうか。

 萩風は艦娘であって深海棲艦ではない。記憶は持っているし身体は覚えているが、それそのものではないのだ。何かしら不具合が起こると思うのだが。

 

 などと話している間に、五月雨の一撃が萩風の胸に直撃。回避が追い付かなくなったというより、回避方向を読まれてそのまま敗北という感じ。そういうところは五月雨は特に強いので仕方あるまい。

 

「萩風、ちょっといい?」

「は、はい、なんでしょう」

 

 ちょうどいいのでこの小休止の間に先程の話を萩風にも伝えておいた。本人が嫌がるならやらなければいい。

 話が進むたび、だんだんと複雑な表情になっていく。出来ることなら忘れたい過去が穿り返されているようなもの。黒歴史の発掘はそれだけでも精神的な苦痛に繋がるだろう。

 

「……演習とはいえ、戦っている時はどうしても()()()()()を思い出してしまいます。砲撃訓練や雷撃訓練とは違いますね」

 

 砲撃訓練とかの的に対して撃つだけならちゃんと出来ているが、咄嗟の判断がモノを言う実戦訓練ではどうしてもそういうクセが出てしまうもの。萩風に至っては、既に戦っている記憶があるせいで、演習といえども駆逐水鬼であった時の自分が重なってしまうようだ。

 

「無理しなくていいよ。ただ、そういうクセがついちゃってるって2人が言ってるだけだからさ。順当に訓練を続けていけばクセも無くなると思うし」

「いえ、自分でも少し思っていました。あちらの方が慣れているのは間違いないんです。無理して艦娘の戦い方をするより、まずは慣れ親しんでいる戦い方をしてみるべきなのでは無いかと」

 

 これはいい方向なのか悪い方向なのかわからない。萩風がやりたいというのならやってもいいとは思うが、そのせいで深海の性質に引っ張られるとかになると、引っ叩いてでも止めなくてはいけない。

 とはいえ、やってみなければ正しいかどうかなんてわからない。それで萩風がまた駆逐水鬼になってしまうなんてことは無いと思うが、中身だけそちら側になってしまうなんて大惨事だけは避けなくては。

 

「由良さん、どう思う?」

 

 監督役に聞いてみる。責任転嫁と言われてしまえばおしまいなのだが、こればっかりはみんなの意見が必要。

 

「そうね……難しい問題だけど、萩風ちゃんの意思を尊重するのがいいと思う。それで悪影響が出ちゃったら、拒んでも止めるっていうのが一番いいかもって、思うかな」

 

 私は少し抵抗があるのだが、萩風自身がやる気になっているため、本当にまずいと思ったら止める方向で行く。

 

「じゃあ、もう一度私が相手するね。もっとやりたいようにやってみよう」

「了解です。一度何も考えずに思ったように戦ってみます」

 

 小休止もここで終わり、もう一度萩風がチャレンジ。少し怖いことをやるわけだが、ここでコツを掴むことが出来れば、戦力として格段に進歩する。結構心配。

 

 そして始まる2度目の演習。すると、今までとは打って変わって萩風は一直線に突っ込んでいった。

 堅実を捨てたように見えるその戦い方は、艦娘というよりは深海棲艦の戦い方。護るために負けない戦いをする艦娘とは逆の、侵略するために勝つ戦い。あまり褒められた戦法では無いなと思う。

 

「わ、突っ込んだ」

「素人の突撃はあんまり良くないんだけどねぇ。でも、()()()()()()があるねハギ姉は」

 

 初めてやるのにこなれている。記憶の中にある駆逐水鬼の戦い方を再現し、身体が覚えているために無意識にでも最善の力の入れ方が出来ていた。

 だからだろう、普通では考えられない戦法も使い始める。五月雨の砲撃を紙一重で躱した瞬間に、マジックアームに接続された主砲を()()()()()()()()。駆逐水鬼の時の全身を覆い隠すほどのものとは行かないが、それでも目潰しくらいの水飛沫は出来上がる。

 

「あー、変態クソヤンデレもああいう戦い方だったっぽい。水飛沫でこっちの視界塞いで、その間に突っ込んできて殴るってヤツ」

「でも今回は流石に殴るなんて出来ないから」

 

 その水飛沫に合わせるように砲撃と雷撃を繰り出した。その前に一歩二歩と引いてから撃ったので、水飛沫が出来る前とは距離感が変わっている。

 夕立なら自分で放った魚雷を自分で破壊するという形で水飛沫を作り上げていたが、萩風はさらに強引。普段の性格からは考えられない超力業。

 

「あんまり褒められた戦い方ではないね」

「だよねぇ……」

「艤装が傷んじゃう。整備の人達にもっと頑丈に作ってもらうくらいしないと、あの戦法はちょっと難しいかな」

 

 由良さんも隣で分析中。確かに、本来ならやってはいけないくらいの戦術。主砲に海水が入ったら機能不全も起こりかねない。波を被るとかそういうレベルじゃないし。それに、マジックアームにも私の時以上の負荷がかかるだろう。演習なのにボッキリ折れてしまいそうで怖い。

 しかし、萩風の動きは初戦と比べると格段に良くなっているのは確か。今まで訓練してきた分で砲撃の安定性は出来ているし、先程とは違って攻撃にも転じることが出来ている。

 

 今の性格とは裏腹に、萩風は押せ押せの戦い方の方が得意なようである。攻撃は最大の防御とよく言ったものだが、まさにそれ。私の前に立ち、私より先に突っ込むことで、護るための攻撃に転じる。

 

「わ、すごい。サミーに肉迫したっぽい!」

「今主砲でガードしなかった? 実弾だったらアウトでしょ」

「それでも突っ込んだのはすごいっぽい!」

 

 水飛沫を何度も繰り出し、距離感をおかしくしながら接近していく萩風。今までにない戦法のため、五月雨も経験の更新に少しだけ時間がかかっているように見える。

 だが、そう簡単には行かない。これはもう当てられるというところで、五月雨の砲撃が顔面に直撃。近付けば当てられるかもしれないが当たる確率も上がるわけで、ただただ突撃するだけは自殺行為に等しい。

 

「気持ちのままに戦ってみましたが、艦娘の身だと間違った動きになりますね……」

「要所でやれるようにしたらいいんじゃないかな。距離感おかしくなるのは結構辛かったし」

 

 実際いい動きは出来ていたのだが、艦娘の身体と艤装では追い付かないところがあるのだろう。それさえ克服出来れば、萩風は一層強くなれるはずだ。それこそ、私を護ることが出来る程に。

 

「この戦い方、今の私にあった形に昇華して、必ずや身につけてみせます。そうすれば、姉さんを護ることも……!」

「あはは、期待してるよ」

 

 私の声援とともに大きく震えた。表情も若干緩んでいたのがわかる。その瞬間を秋雲が見逃すはずもなかった。

 

「あー、そういうとこも駆逐水鬼の気質が残っちゃってるのね。オッケー理解。なら、もっとアレに寄せればそれっぽく戦えるかもね。例えば、スカート脱いでみるとか」

「するって言ってもさせないから心配すんな」

 

 そこまで駆逐水鬼に寄せたら、萩風は多分帰ってこれなくなる。

 

 

 

 その後は何度も演習を繰り返し、萩風にあった戦法を見出してもらうことに専念した。

 最終的にはかなりいいものになりそうだったのだが、その前に萩風の身体がペイントにより余すとこなく塗り潰されていたのは言うまでもない。

 

「夕立、容赦なさすぎ」

「手加減は失礼っぽい」

 

 気持ちはわかるが。

 




萩風も日々成長しています。愛する姉を護るため、駆逐水鬼の戦い方すらも身につけようと躍起に。


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夜だからこそ

 午後になり萩風の訓練が一段落ついたくらいの頃、残党狩りに出ていた部隊が帰投した。残党自体は昨日の段階でほぼ殲滅が終了しており、今回はおおよそ何も無いことを確認するのがメイン。しかし、昨日は残党狩りが終わったところで『雲』が現れているため、残党狩り部隊に何かあるかもしれないと若干不安ではあった。幸いなことに何事も無かったようで一安心。

 まぁ何かあれば見つけた時点で撤退が命じられていたため、『雲』に余程のことが無い限りは何事もないはずだった。

 

「残党狩りはおしまいって考えていいわね。深海棲艦の姿は無し。『雲』も現れなかったわ」

「そうかい、お疲れさん。ゆっくり休んでおくれ」

「そうさせてもらうわ」

 

 部隊はそのまま休息へ。おそらく明日は休日となることだろう。

 

 これにより、一応あの海域は今までよりも調査しやすい海域となった。予定通り、諜報部隊による調査は実施される。『雲』の存在は気になるため、勿論諜報部隊だけであの場所に行くことはない。すぐに撤退出来るように小回りの利く軽量部隊がメインになる。

 私、陽炎はその部隊には選出されることは無いと先に言われている。万が一『雲』とそこで遭遇した場合、最悪な事態が想定されるからである。何かあったとしても、司令の目が届くところにいた方がいいため、『雲』の件が片付くまでは基本的には鎮守府勤務になるだろう。

 

「萩風は随分と酷い目に遭ったようだね」

「おかげさまで……でも、これだけやれば何か掴めたような気がします」

 

 午後からも夕立や五月雨に揉まれ続けたことで、戦い方も洗練されてきた萩風。駆逐水鬼のクセが抜けないのなら、それを主体にした戦術にしてしまえばいいという逆転の発想で演習を続け、みんなの意見を取り入れていくうちに、何かしらのコツを掴んだらしい。今回は相手が悪かったというのもあるが、最初に比べれば格段に上達しているのは目に見えていた。

 それもこれも、目標が明確になったことが大きな理由だろう。どれだけ演習で打ちのめされてもへこたれないくらいに気合が入っていたし、誰よりも勉強熱心に演習を続けていたくらいだ。

 

「そうかい。明日も続けていくかい?」

「はい、よろしくお願いします。私、もっともっと強くなりたいです」

「何度も言うが、無理だけはするんじゃないよ」

 

 司令すら萩風の勢いに押されかけている程だ。やる気があるのはいいのだが、この勢いを維持し続けるのは難しいだろう。焦らず確実に一歩ずつ進んで行ってもらいたい。

 

 

 

 明日からの諜報部隊の任務に配置されるメンバーが発表され、異端児駆逐艦からは、夕立と沖波が出ることになった。火力が申し分ない夕立と、万能戦力である沖波なら充分すぎるくらいに活躍してくれるだろう。

 

 夕食後、お風呂に入る前という時間帯に駆逐艦同士でも明日の日程を話し合う。夕立と沖波は明日の部隊の方で日程の流れを聞くことになっているため、萩風と磯波がグループに。いつも通りの異端児駆逐艦である。

 

「じゃあ、明日も私が萩風を見るよ。磯波も?」

「そう……だね。明日は対潜訓練だっけ……?」

「みたいです。全部やれるようにならないと、姉さんは守り切れませんから」

 

 実戦訓練以外にも意欲的。今までの傾向からして、海に出た場合は潜水艦も脅威だ。いきなり私の目の前に現れ、そのまま引き摺り込まれるなんてことだってあり得てしまう。それを考えれば対潜訓練は重要。

 そういう考えに至ることが出来るのは、駆逐水鬼の時の戦い方を記憶しているからだろう。あの時は潜水艦による視察もあったし、鎮守府襲撃の際にも潜水艦は使われていた。それを対策するためには、出来ることを全て出来る様にしておいた方がいい。

 

「今の私は海防艦の子供達には遠く及ばない対潜性能ですから、ここでしっかりと覚えておきたいです」

 

 言ってしまえば私達の誰もが海防艦には敵わないのだが、萩風はそこに追い付くくらいにまで頑張りたいと意気込んでいた。目標は高い方が頑張れるだろうが、対潜1本に特化し続けている海防艦に、万能戦力として頑張る駆逐艦ではなかなか追いつくことは出来ないだろう。それを突き付けるのは不躾というものだろうが。

 

「やる気があるのはいいけど、空回りしないようにしなよ。焦ったら進むどころか下がっちゃうかもしれないんだから」

「わかってます。ストレスを感じないようにして、身体も休めて、しっかり前に進みたいと思います」

 

 そろそろ練度も上がり、艤装の改装もされるとのこと。その際に、今回の戦い方に相応しい強化もしてもらえるよう頼み込んでいた。

 夕張さんは最初は困ったような顔をしていたが、今までに無い改装の希望ということで、だんだんとテンションが上がっていった。技術者の血が騒いでしまったらしい。

 萩風が改となった暁には、マジックアームを振り回すような戦い方にも、艤装は追いついてくれるようになってくれるかもしれない。

 

「よし、じゃあお風呂行こうか。そろそろ大丈夫だよね」

「ですね。夕立さんと沖波さんは……」

「部屋で待ってたらすぐに来ると思うよ。私達は先に入らせてもらった方がいいんじゃないかな」

 

 話している内にお風呂の時間。今日という1日が終わっていくのを実感する時間。そして、ここからは初月インナーが失われるため、違う理由でハラハラする時間である。

 磯波もそのタイミングを狙ってきているような気がする。夕立は寝る前とかまで容赦なく匂いを堪能してくるが、磯波はそういうところはまだ控えめ。しかし、虎視眈々とその隙を狙ってくるところもある。そして今は絶好のタイミングだろう。

 

「……あれ?」

 

 そのお風呂に向かう途中、外にキラリと光るようなものが見えたような気がした。海沿いの窓から見えたので、遠くの方に何かあるのかと気になる。

 

 今は夕食も終わっているのだから、外はもう真っ暗。深夜とまでは言わないが、日が暮れてそれなりに時間が経っている。電気が無ければ外も出歩けないような状態だろう。

 そんな時間に、外から何かしらの光が見えたとなったら、考えられることは2つ。1つ目はただただ月の光が反射しただけ。2つ目はこんな時間に()()()()()()である。

 窓際に立ち空を見てみると、たまたまだが今は月が雲に隠れていた。つまり1つ目は無い。そうなると来客と考えるのが妥当になるのだが、一度キラリと光るだけで今は見えないとなると、その線も薄くなるようだ。本当にこちらに来ているのなら、ずっと光をつけっぱなしにするのが普通だ。

 

「今、何か外で光らなかった?」

「えっ、ちょ、ちょっと見てなかったなぁ……」

 

 夜で無かったらまだわかるのだろうが、今は水平線が辛うじて見えない時間帯だ。むしろ、こんな時間だから遠くの光がわかったとも言えるか。

 しかし、すぐに考えが甘かったと理解させられる。こんな時間に来客なんて普通ならあり得ないのだ。

 

 近くの海が破裂するように爆発した。

 

 鎮守府には何も被害は無かったが、その爆発により少しだけ揺れた。大きな地震というわけでもないため、ふらつく事もなかったものの、鎮守府内は騒然となる。

 光って、爆発して、揺れる。それだけで何が起きたかなんて一目瞭然だった。水平線近くからの砲撃により、近海を攻撃されたわけだ。おそらく長距離の砲撃。

 

「な、何!?」

「夜の襲撃……ここしばらく無かったから失念してた……」

 

 古参の磯波なら経験はあるだろう。戦いは日の出ている時だけではないと。

 深海棲艦は元来、本能のままに侵略するもの。時間帯なんて気にせずに現れては破壊行為に至るを繰り返していた。姫という巣の主がいて統率が執れているとしても、野良の姫自体も本能のままに動くのが当たり前。こちらの時間なんて知った事ではない。

 

 私が艦娘となってからは、戦いはいつも日が出ているときばかりだった。こちらから向かうにしても、襲撃されるにしても、必ず朝から昼間。こんな夜に戦ったことなど1度もない。それが太陽の姫のやり方なのではと錯覚する程に。

 太陽と銘打つだけあって、日の出ている時にしか活動しないなんてことがあってもおかしくはないのだが、現実はコレだ。所属する艦娘全てが鎮守府にいるこの時間に、あえて襲撃してきた。

 

「こんなの、誰が来たかなんてわかるよね」

「『雲』でしょうね。太陽の姫は夜にはあまり活動しませんから。野良だったらいいんですけど……」

「野良だったら鎮守府に当ててくるよ……」

 

 思考を巡らせる。襲撃するとは言っていたが、何故このタイミングなのか。何か目的があってだとは思うが、こちらの戦力が全て揃っている状態を狙ったのは何故か。まとめて皆殺しに出来るからか、それとも。

 少なくとも、奴らの目的は私だ。先程の砲撃だって、容赦なく鎮守府に撃ち込んでも良かっただろうに、私に当たることを危惧して威嚇射撃に留まっている。

 

 この辺りから鎮守府内は大きな警報音が鳴るようになっていた。今までにない緊迫した空気。

 

『襲撃だ! 全員工廠に集まれ!』

 

 警報音と同時に空城司令の放送も響く。自室のある生活空間よりも工廠の方が強固に造られているため、万が一の時にはそちらの方が安全だ。命を優先するために、工廠に集められる。

 指示を仰ぐために工廠に向かうと、そこはもうてんやわんやの大騒ぎだった。駆逐水鬼の襲撃の時でもここまでのことにはなっていなかっただろう。

 

「整備班、探照灯の装備早くしな! 照明弾の装備も忘れんじゃないよ!」

 

 工廠では空城司令の激しい指示が飛んでいた。先程まで流れを打ち合わせしていた明日の任務に就く面々は、既に艤装の装備が完了済み。いつでも出撃出来るという状態で出撃の指示を今か今かと待ち構えている。

 

 夜なのだから昼より慎重にならなくてはならない。視界は当然塞がれ、通常よりも戦いづらいはずだ。あちらも同じ環境とは到底思えないため、基本的には圧倒的に不利。

 それを覆すために、夜間戦闘用の装備である探照灯と照明弾を用意しているわけだ。戦場が明るくなれば、昼までとは言わないまでも戦いやすくはなる。その分、光を放つ者は集中砲火を受けかねないが、そこは技量と相談。

 

「早く、早く出るっぽい! 鎮守府壊されちゃう!」

「だからといって1人で出たら蜂の巣だろうに! もう少し我慢しな!」

 

 気が逸る狂犬(夕立)を空城司令が抑えるが、私も早く迎え撃った方がいいのではとハラハラしている。確かに暗がり故に相手の戦力は未知数だ。先程『雲』だろうと話していたものの、その姿をこの目にしているわけではないので確定ではない。『雲』指揮下のただの深海棲艦である可能性だって無いわけではない。

 だが、それが姫の大群だったらどうなるか。『雲』は自分で戦わずに姫を指揮するようなことを萩風や長門さんから聞いているため、その可能性だって普通にあるわけで。そうなったら、鎮守府から出た瞬間に蜂の巣。1人で出たら尚更だ。

 

「準備出来たよ。アレが姫でもぶちかませる」

 

 そこに来たのが、夜戦装備を満載にした加古さん。肩には探照灯が装備されているのだが、普通とは違い稲光が走るようにバチバチと音を立てていた。その後ろに立つ衣笠さんや、諜報部隊から青葉さんも同じように探照灯装備で対策済み。

 夜の戦は戦艦よりも巡洋艦の方が得意らしく、それに倣って主力は重巡洋艦の3人。そこに軽巡洋艦の面々も加わったことで準備万端となる。駆逐艦からも、打ち合わせに出ていた夕立と沖波、そして秋雲も出撃態勢。

 

「夕立、待たせて悪かったね。これならいいだろう。奴らに一泡吹かせてやりな!」

 

 これだけ揃えられれば迎撃も可能だ。あれがどれだけの部隊かはまだわからないが、成す術もないなんてことは無いはず。激戦になるのは必至だが、大惨事にはならないだろう。

 

 しかし、このほんの少しだけの時間でも、あちらのやりたいことというのは出来てしまうだけの時間だったようである。

 

 

 

「ハイハァイ。皆サンオ揃イミタイネ」

 

 

 

 工廠の中、外に出るために面した海の上、既に奴がいた。雲のようなクッションに腰かけた真っ白な深海棲艦、『雲』である。周りには誰もいないため、完全に単独行動。おそらくさっき撃ってきた奴は離れた位置で待機しているのだろう。

 もうこんな間近にいるだなんて想像していなかったため、その声が聞こえた時点で一気に静まり返った。

 

「陽炎ヲ迎エニ来タワ。元々私達ノモノナンダモノ、イイワヨネェ?」

 

 私が工廠にいることが確認出来たからか、ニッコリ笑って言い放つ。一体私を何だと思っているのだ。

 

「お断りだ。連れて行きたきゃ力ずくでやりな」

 

 それに対して、キッパリと断る空城司令。敵が目の前にいても関係なしに、自分の態度は全く崩さない。それでこそ、鎮守府を任された司令官というものである。

 

「アラアラ、仕方ナイワネェ。ジャア、ゴ希望通リ……」

「当然、こちらも力ずくでアンタを潰す」

 

 瞬間、一切の空気を読まずに夕立が跳んでいた。同時に加古さんを筆頭とした重巡洋艦達も突撃。

 

 

 

 工廠の中という危険な環境ではあるが、私としては初めての夜の戦いが始まった。

 




この作品では初めての夜戦。でも工廠内だから夜戦とか関係なく、明るい環境下での戦いになりますね。


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雲の襲撃

 夜、『雲』による襲撃。奴はたった1人で鎮守府に乗り込んでくるという恐ろしい真似をしてきた。おそらく鎮守府の外には随伴艦が待機しているのだろうが、少なくとも工廠に乗り込んできたのは『雲』1人である。

 私、陽炎を迎えに来たとのたまう『雲』に対し、こちらも勿論抵抗する。夕立を筆頭に、夜戦のための装備を身につけた重巡洋艦3人が突撃。力ずくでここから追い出そうと攻撃を開始した。

 

「残念ダケド、私ハ貴女達ニ用ガ無イノ」

 

 それを纏めて、()()()()()()()。私が扱う脱力回避とほとんど同じ。

 攻撃を喰らったかと思いきや、既にその直撃コースからいなくなっており、既に先に進んでいる。まるで砲撃が雲を突き抜けてしまったかの如く、何事も無かったようにこちらに向かってきた。

 

「殺スツモリハ無イワ。タダ、陽炎ガコチラニ来テクレレバ、ココデ戦ワナクテモイイトスラ思ッテルクライナンダカラ」

「そこで止まるっぽい!」

 

 躱されたタイミングを狙って夕立が連射するものの、またもやすり抜けるかのように躱され、その動きが全く止まらない。深海棲艦のスペックで繰り出されているせいか、私のそれよりも素早く、精度も高い。

 連射を避けるとなると、私なら脚への負担が危惧されるが、『雲』はあのよくわからないクッションみたいなものに座った状態で同じことを繰り出している。

 

「この……!」

「援護するよ!」

 

 ならばと加古さんが、衣笠さんの援護を背に突撃。撃つから避けられるのでは無いかと考え、衣笠さんの砲撃を回避した瞬間を狙って本体そのものを拘束しようと手を伸ばすが、それすらもまるで闘牛士のように回避。どうであれ回避性能は酷いらしい。

 

「デモ、ソチラハ力ズクデヤレト言ッタワヨネェ。遠慮無ク行クワネ」

 

 工廠の中だから自重するとか、そんな考えはあちらにはあるわけがない。今一番近くにいる加古さんに向けて主砲を構える。かなり強引な急速旋回のようだが、負荷など全く感じていないようだった。

 奴の主砲は背中から脇腹の辺りに伸びたものであり、多少は自由に動くようだが比較的自分の向いている方にしか放つことが出来ないように見える。だからか、完全に加古さんの方へと身体を向け、そして砲撃を放つ。

 

「そういうの良くないですねぇ」

 

 それを食い止めるために青葉さんが砲撃。しかし、直撃を狙うためにほとんど背後から撃っているのだが、それすらもふわりと回避。

 そのおかげか、砲撃がブレてくれた。そのまま撃たれていたら、加古さんは回避がかなり難しかっただろう。それが紙一重でもない大きな回避が出来るくらいに間が出来た。

 

「背後からもダメですかぁ」

「じゃあ同時攻撃っぽい!」

 

 体勢を崩していた加古さんを省いた3人が同時に砲撃。さらには工廠への被害を気にしつつも魚雷まで放った。1人2撃、6つで回避方向を全て埋めるような猛攻である。

 いきなりこんな攻撃を受けたら、基本的には回避出来ない。いくら無意識下での回避とはいえ、逃げ道が自分でわからないのだから、避けようがない。

 

「アラアラ、コレハ困ッタワ。ジャア」

 

 だからだろう。即座に夕立の放った魚雷を撃ち抜いたかと思いきや、そこに出来上がった道を通るように、ふわりとすり抜けた。結果的に夕立の眼前に現れる形に。

 

「ぽい!?」

「一筋縄デハ行カナイノ、私ハ」

 

 そして、夕立に向けて砲撃。あまりにも近すぎるため、夕立の持つ戦闘センスでも回避し切るには至らなかった。直撃しなかったにしても思い切り掠めてしまう。

 駆逐水鬼のように艦種詐欺とも言える砲撃の火力では無かったが、それでも駆逐艦とは到底言えない威力。掠めたくらいで千切れ飛ぶようなことは無かったが、それでも二の腕が抉られることになってしまった。無理は禁物な怪我なのは間違いない。

 

「っぐぅぅ……滅茶苦茶っぽい……!」

「夕立ちゃん!」

 

 ここで沖波が戦場へ。『雲』を夕立から引き剥がすため、砲撃しながらの接近。幸いなことに、これにより夕立から間合いを取ってもらえた。

 工廠の中のため、何人もが出撃することは出来ない。戦艦の2人も、こんなところで主砲をぶちかますわけにはいかなかった。先程の魚雷だって際どい程である。回避された魚雷は、体勢を立て直した加古さんが工廠に被害が無いように破壊しているくらい。

 

「何なのアレ……」

「『雲』の実力は初めて見ます……まさかアレ程だなんて……」

 

 この戦闘を陸地から見ている私は唖然としてしまっていた。『雲』のことを知る萩風も、戦闘をしている姿を知らなかったので冷や汗をかき始めている。

 

『雲』の回避性能に関しては追随を許さない。今まで戦ってきた姫達、駆逐水鬼や南方棲戦姫とは全く違う異質な存在。今ですら手を抜いているのが目に見えていた。そうでなければ、回避しながらみんなを撃っていてもおかしくないからだ。なのにそれをしない。

()()()()()()()()()()()()()()かのように、誰の命も奪わない。夕立への砲撃も、回避出来ることを見越したような撃ち方だった。まるで私をここから連れ去ることを全員に見せたいとでも言いたいようだ。

 

「姉さん、ここから離れましょう。『雲』の狙いは姉さんです。ここにいる方が危険ですから」

 

 萩風のアドバイスは素直に聞いておいた方がいいだろう。私がここにいるのが問題になる。工廠から出て、自室にまで引っ込んでおいた方がいい。

 私はまだだが、萩風はドサクサに紛れて艤装を装備してきてくれている。いざとなれば私を守るために前に立ってくれるとのこと。心強いが、命を捨てるようなことだけはしないでもらいたい。

 

「だね。司令、ごめん逃げる!」

「ああ、その方がいい! ここから離れな!」

「ダァメ。ココカラ離レナイデチョウダイネ」

 

 害を被らないように安全なスペースに退避している空城司令に向けて叫び、工廠から出ようと動こうとした瞬間、『雲』からの砲撃。主砲が突然私の真横に放たれる。本当にこちらに攻撃したいわけではなく、あくまでも私を迎えに来たという意思を見せるために、誰もいない場所が撃ち抜かれた。

 勢いよく動いていたら、あの砲撃が直撃していただろう。そうならないことを見越してああ撃ってきたとは思うものの、私が進むのに躊躇ってしまうには充分過ぎた。

 

「貴女ハ私ノ目的ナンダカラ、ココカラ動イテモラッチャ困ルノ」

 

 攻撃を回避しながらでも、こちらに話しかけてくる余裕があるらしい。しかも、回避しながらジリジリと陸地に近付いてきている。夕立が怪我を負ったことで、素早い猛攻が若干失われたことが原因か。

 

「姉さんに近付かないでください!」

 

 それを食い止めるため、陸地からでも萩風が迎撃し始める。私に向かってきているのだから、一番進行を防げるのは萩風であろう。それも当然のようにその砲撃すら回避しているのが笑えない。

 

 あの回避性能をどうにかする手段が全く見当たらないのが困る。強いて言うなら魚雷だけは自らの手で破壊していたので、足下が弱点の可能性は高いが、工廠だから多用出来ないというのが辛い。すり抜けられると、砲撃も鎮守府側に飛んでしまうし。

 数的有利があっても、攻撃に抵抗がある場所で戦っている時点で、本来出せる力が100%出せない状況。もうここまで入り込まれた時点で苦戦させられる羽目になっているわけだ。

 

「貴女、ソウイエバ元ニ戻ッチャッタノネ。元々貴女モコチラ側ダッタンダシ、今ナラ見逃シテアゲルワ。陽炎ヲ渡シナサイ」

「断ります! 姉さんは目覚めさせない!」

「アンナニ躍起ニナッテタノニ。陥レテ自分ノモノニスルンジャ無カッタノカシラ」

「私は、人間として姉さんの側にいます。それでいい!」

 

 何度撃っても当たらない。進行が止まらない。海に出ている面々は、方向的に鎮守府内を破壊してしまう角度になっているため、砲撃に躊躇してしまっている。故に、まだ海に出ておらず、艤装を装備した者が防衛に来てくれていた。

 幸いにも『雲』は整備班の方に砲撃をするということはしておらず、近い者から次々と雪崩れ込んで艤装を装備していく。戦場に出られないにしても、装備しておけば後々役に立つ。

 

 私自身も艤装を装備したいのだが、なかなかそのタイミングが作れない。今私がいる位置は、整備班から少し離れた場所。動こうとするとそれを阻害するように撃たれ、私の位置をここで固定しようとしてくる。何が目的なのか。

 

「陽炎ちゃんを護るよぉ。由良ちゃんもいいよね?」

「勿論。他ならぬ、陽炎ちゃんだからね。ねっ!」

 

 防衛に来てくれた筆頭が、阿賀野さんと由良さん。匂いにあてられた経験のあるD型異端児である。萩風と一緒に、3人がかりで私の盾になってくれていた。

 私を『雲』の視界から隠すように並び、3人同時に砲撃を始めるが、同じ方向からの攻撃だからか難なくすり抜けて近付いてくる。

 

「ミンナニ好カレテイルノネ、陽炎。デモ、貴女ハ本当ニソンナ価値ガアル子ナノカシラ」

 

 回避しながら、今度は私に対しての揺さぶり。価値とかそういうことは私が決めることでは無い。

 

「ネェ、陽炎。貴女ハモウコチラ側ナノ。早ク思イ出シナサイ。()()()()()()()ヲ」

 

 私のしたことと言ったか今。

 私は何もしていない。された側だ。始まりの襲撃で街を滅ぼされ、父さんも母さんも太陽の姫に殺され、私も大怪我を負った。悪夢の中では一時的に深海棲艦にされてしまっていたが、今の私は人間だ。私がしたことなんて何もない。

 

 そうこうしている間も砲撃を潜り抜け、私の盾になっていることをいいことに、阿賀野さんと由良さんを退かすために砲撃まで繰り出してきた。

 勿論殺さない程度の手加減していた。主砲を破壊し、艤装を破壊し、多少の怪我をさせるくらいで終わらせている。それほどまでに力に差がついてしまっている。

 

「何言ってんの。私は何もしてない。アンタ達に何もかも奪われただけだ!」

「思イ出シナサイ、陽炎。貴女ハモウコチラ側。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何を言っているのだ。血塗れの手とはどういうことだ。

 

「姉さん、聞いちゃダメです!」

「貴女ハ黙ッテイナサイ」

 

 ついには陸に上がってしまった。腰掛けていた雲のようなクッションは、陸に上がった瞬間に霧散し、その足で近付いてくる。

 阿賀野さんと由良さんは先程の負傷はあれど砲撃を繰り返してくれているが、陸でもあの回避性能はそのままであり、全く当たる気配が無い。

 

「思イ出シナサイ、陽炎。貴女ハ、()()()()()()()()

「それ以上は言わせぬ」

 

 ここで飛び込んできたのは神州丸さんだった。『雲』の発言を遮るように拳を振るい、あわよくば殴り殺すつもりでの一撃。

 しかし、これすらも回避。加古さんが捕まえようとしたのを回避出来るのだから、これもやはりダメだったか。

 

「海の者が陸に上がって、()()()に勝てると思うな」

 

 いや、それだけでは終わらない。神州丸さんの攻撃は止まらない。回避方向に向かって即座にステップ。ついに『雲』の腕を掴んだ。誰にも手が付けられなかった『雲』の回避を、今この時、神州丸さんだけが乗り越えてしまった。

 神州丸さんは他とは全く違う艦種、揚陸艦。戦うのが苦手とは言っていたが、それは()()()()()()()()()()という、本当に特殊なものだった。陸ではこれである。

 

「ッ……貴女ハ……」

「魚が陸に上がり、まともに戦えると思うか。本艦は人間、陸の者。ここでは深海の者に後れは取らぬ」

 

 そして、掴んだ腕をそのまま絞めあげ、全力で投げ飛ばす。地面に叩きつけ、受け身すらさせない。

 

「フフフ、ソンナノモイルノネ」

「まだまだ余裕か。だが、もう余裕など与えぬ」

「近イノダカラ、貴女モ避ケラレナイデショウニ」

 

 当たり前のように砲撃。ゼロ距離で撃つようなものなので、神州丸さんにも被害は出てしまうだろう。砲撃が掠ったことで脇腹が抉れたようだが、そんなこと気にせずに首を絞め上げる。

 

「ック」

「もう何も言わせない。このまま絞め落とす」

 

 傷付けずに倒すことで人間に戻せる可能性があるのだから、一番手っ取り早いのは窒息死。首を絞めるという攻撃そのものが最善。

 

 

 

 だが、言葉を全て封じることは出来なかった。

 

「陽炎、陽炎、思イ出シナサイ。貴女ハ!」

「ダメです! 姉さん、耳を塞いで!」

 

 泣き叫ぶような萩風の叫び。だが、それは間に合わなかった。

 

 

 

「サイアイノモノヲ、()()()()()()()()コトヲ!」

 



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分霊の真相

「サイアイノモノヲ、自ラノ手デ殺メタコトヲ!」

 

 

 

『雲』の言葉が耳に入ったが、私、陽炎はその言葉の意味がわからなかった。私は自分の最愛の人をこの手で殺している。『雲』はそう言っている。確かにそう言った。

 最愛の者、私にとってそれに当たるのは、当然両親だ。私の目の前で死んだ父さんと母さんは、太陽の姫に殺されている。私の手で死んでいるわけがない。

 

 だが、悪夢の中ではまだ()()()()()()()()()()()()

 

 母さんは太陽の姫の空爆によって命を落とした。それは思い出している。ズタズタの肉袋となってしまった母さんがその目に焼き付いている。

 だが、父さんはずっと深海棲艦の1人に捕縛され、私が太陽の姫に分霊される様子を見せ付けられていたはずだ。私の一時的に変わり果てた姿も、命を落とすことなく一部始終見ていた。

 

「えっ、なんで、まさか……」

「姉さん、考えちゃダメです!」

 

 萩風が何か言っているようだったが、今の私には届かなかった。考え始めてしまったらもう止まらなかった。私が何をしでかしたか。あの時何があったか。

『雲』の言い分が本当ならば、私が変わり果てるまで生きていた父さんは、()()()()()()()()()()。そんなバカな。そんなわけがない。私がそんなことをするわけがない。

 

 しかし、そんな時にあの悪夢の続きが、私の頭の中で駆け巡った。眠ってもいない。ただただ()()()()()()()。あの後に、いつもみんなが止めてくれていた悪夢の先に何が起きたのか。

 

 

 

 私はあの時、確かに一度深海棲艦へと変じていた。太陽の姫直々による分霊により、私は確実にその身を堕としていたのだ。病的に白く染まった手や、今とはまるで違う真っ白な髪。あの時近くにいた深海棲艦と同じように。

 

「ソノ身ハ、我ガモノトナッタ」

 

 太陽の姫のその言葉に身体が震える。この変化が何故か嬉しく感じた。全てが破壊出来そうな程に力が湧き上がるような感覚も、その喜びをより強くするには十分なものだった。

 この時の私には、一度確認出来た父さんの顔がまた見えなくなっており、私を()()()()()()()太陽の姫の方を向いていた。子供心に、感謝しか感じなかったのだと思う。

 

「アトハ心ノミ。受ケ入レヨ、我ヲ。我ガ命ニ従イ、事ヲ成セ」

 

 何を言われても受け入れてしまいそうな程に心に響く。父さんや母さんからの言葉よりも、身体に染み渡る。

 そして、私はその言葉に対し……

 

 深く、頷いたのだ。

 

 この時の私は、もう太陽の姫の言うがままだった。何を言われても肯定出来る程に、全てを受け入れてしまっていた。受け入れろと言われたから受け入れる。従えと言われたから従う。そして、事を成す。

 たった今出会ったばかりの、さらには母さんを殺した張本人だというのに、その言葉は至上のものだと感じてしまうのだ。それこそ、神の如きお方であると、そういったことを知らないのに無意識に跪いてしまう。

 

「貴様ノ真ナル目覚メノタメ、残シテオイタ。貴様ノ手デ、憂イヲ断テ」

 

 どうすればいいのかは言われずともわかった。この時の私に憂いと思えるのはたった1つ。深海棲艦となるための障害となる父さんの存在だ。

 本来なら絶対にこんな選択はしない。最愛の者である父さんを殺すのはおろか、怪我をさせるなんて考えもしない。だが、今のこの身体に引っ張られた心に加え、太陽の姫直々の指示となれば、()()()()()()と考えてしまうのは必然だった。

 

「我ガ巫女、力ヲ求メヨ。ソレダケデヨイ」

 

 太陽の姫の言葉通り、力を求める。すると、身体が変化する時と同様の感覚が身体中に走り、背中からズルリと艤装が生えた。腕や脚にまで纏わり付くように現れ、着ていた服すら突き破るように変化した。

 金属が生えるだなんて普通ではないのだが、子供心にはわからない快感と、太陽の姫の命令を聞く幸福感で、何の疑問も持たなかった。

 

 今この時は、私は誰がどう見ても深海棲艦だっただろう。父さんも驚愕の表情で私を見ていた。

 

「力ヲ振ルエ。貴様ハ我ガ巫女、(シガラミ)ナド要ラヌ。自ラノ手デ、ソレヲ捨テヨ」

 

 得た力を振るいたくて仕方なかった。この時の私は艤装まで手に入れたことで、脳内麻薬が溢れ続けていたのだろう。壊したい。消したい。殺したい。何もかもを滅茶苦茶にしたい。そんな気持ちしか頭の中に無かった。

 そしてそれを、太陽の姫が後押ししてくれた。ならやってもいい。壊してもいい。滅茶苦茶にしてもいい。そう考えてしまったことで、意図せずに強大な力を持つ主砲が火を噴いた。

 

 それにより、私の父さんは命を落とした。無残な形だった。母さんと同じように、ズタズタの肉袋と化してしまった。

 

「見事ナリ」

 

 仮面であるため無表情ながらも、私が太陽の姫の巫女として事を成したことを仮面の向こう側では喜んでいるように見える。巫女としてそれを私も悦んでしまった。

 

 瞬間、まだ残っていたであろう人間の心が拒絶反応を起こしたのだろう、今までにない衝撃が駆け巡った。今までも変化で何度も何度も子供には理解出来ない感覚が駆け巡り続けたのだから、ガタが来ているところにトドメを刺されたようなもの。

 父さんを殺したという事実に耐えられなかった。失ってはいけないものを失ってしまった。そんな衝撃が子供に耐えられるわけもなく、この時に私は再起不能な程に壊れた。

 

 そうだ、私はここで壊れたんだ。だからあの時の記憶が全く無くなってしまった。自己防衛のために。

 だが、人間に戻っていた理由はわからない。太陽の姫により弄られたとしか思えないが、その理由は何かがわからない。まだ利用価値があるとでも。

 

 

 

「全部……思い出した」

 

 父さんを殺したその瞬間まで、ハッキリと思い出してしまった。私の手で、父さんをズタズタにした。息の根を止めた。物言わぬ肉の塊にしてしまった。

 

「父さんを殺したのは……私だったんだ……」

 

 頭の中で絶望が拡がる。目の前が真っ暗闇になっていくような感覚。恐怖を感じて身体が震える。その場に立っていられなくなり、脚から力が抜けたように膝をついてしまう。寒気すら感じ、自分を抱きしめる。

 焦点が合わない。涙すら溢れ出る。真実を知ってしまったことで、私はどうすればいいのかがわからなくなってしまった。

 

 父さんを殺してしまった罪悪感。そうするように指示した太陽の姫への嫌悪感。罪を受け入れる恐怖。改めて両親を失ったことに対する悲しみ。ありとあらゆる負の感情が、頭の中を駆け巡る。

 

「私、私は……父さんを……嘘でしょ……」

 

 嘘だと思いたい。思い込みたい。でもダメだった。10年前のその感覚すらも思い出してしまっている。私がこの手で殺した感覚。そしてその時の感情も。

 太陽の姫の思惑通りになったことを、父さんを自らの手で殺めたことを喜んでしまった自分が許せない。

 

「そんなの……そんなの……嫌だ、嫌だ……」

 

 また私が壊れようとしているのがわかった。今までの信念、両親の仇討ちという私の柱が、この時にボッキリと折れてしまっていた。

 違う、これは太陽の姫のせいだ。私のせいじゃない。私は操られただけだ。私の意思じゃない。そんな風に今まで萩風や長門さんに語ってきた言葉も、いざ自分に降りかかるとそんなことが考えられない。全て自分のせいだ。そう思ってしまう。

 

 父さんは私が殺した。その事実は消えない。いくら幼い頃のことだとしても、護るべき人間を護るどころか殺してしまうような血塗れの手の私には、艦娘の資格なんて無いのではなかろうか。

 

「っあ……っ!?」

 

 突然、久しぶりの衝撃が身体を疾る。10年前の始まりの襲撃の時に感じた、私自身が変化する感覚。

 私のドン底にまで落ちた絶望がトリガーとなって、分霊された魂が脈動を始めたのだろう。鼓動に合わせて、暗い力が身体中に回っていく。血管を通って、隅々へと浸透しようとしてくる。

 

「っんぁっ、っぐっ、ぎッ」

 

 強烈すぎる衝撃に、身体の震えが止まらない。改二の時に同じような感覚だと思ったが、受けてみれば比ではない程の衝撃だった。一切痛みは無く、心を屈服させるための快楽である。

 骨格が変わるわけでも無く、私自身が人間とは違うモノに変化していく。それがただただ気持ちいい。絶望により折れた心に染み渡るような力の奔流を、私は受け入れたくないのに受け入れざるを得なかった。

 

「っあ、イッ……あ、アアッ!?」

 

 膨れ上がる多幸感。何度も何度も痙攣し、チラリと見えた自分の髪が白く染まっていることがわかった。

 仲間達の目の前で、私は深海棲艦へと転じようとしている。みんなが私をどういう目で見ているかが確認出来ない。驚きか、怒りか、蔑みか。どうであれ、私のこれはもう止められない。

 

「姉さん! しっかりして、自分を持って!」

 

 戦闘中にもかかわらず、萩風が駆け寄ってきた気がする。とても声が近い。だが、何も止められない。

 

 萩風もこんな感覚を体験していたのか。萩風にとっての最愛の者は誰だか知らないが、私のように自らの手で殺めて、その絶望により駆逐水鬼へと転じたのだろう。この絶望感と多幸感の中で。

 こんなもの、普通なら狂う。私だってこれだ。冷静に、だが確実に、私はおかしくなっている。身体に引っ張られるように、心もおかしくなっている。10年前もそうだ。身体を変えられ、それに引っ張られて心も冷え切り、太陽の姫の命令に気持ちよく従ってしまった。

 

「ック、アッ……ッアッ、アァアアアッ!?」

 

 一際大きな奔流が身体を駆け巡り、頭が真っ白になるような衝撃で、身体が何度も何度も痙攣した。

 これで私は完全に変わり果てたのだろう。手は初月インナーに包まれているために判断出来ないが、少なくとも先程も見たように髪は染まってしまっているのはわかっている。

 

「ッア……アフ……」

 

 奔流が止まる。10年前もそうだった。今の私の身体は、もう太陽の姫のものになってしまったのだろう。

 父さんを殺した私にはお似合いの姿だった。長門さんの気持ちが痛いほどわかった。最愛の者を殺した咎人としての姿だと思えば、妙に納得出来る。

 

「ね、姉さん……姉さん、心は、心だけは負けないで、負けないでください」

 

 萩風の震える声が聞こえる。ここまで変わり果てた私に対しても、こんなことが言えるなんて、とても優しい子だ。普通なら見捨ててもおかしくない。艦娘としてなら、深海棲艦が相手なのだからそのまま撃ってきても誰も文句は言えないのだ。

 他の艦娘達もそうだった。目の前で私が変わり果ててしまっても、誰も私を撃つなんてしなかった。代わりに、戦場だというのに恐ろしく静かになっていた。

 

「ック……ハ……萩風……」

「姉さん、お願いです、お願いです。心だけはそのままでいてください。これ以上はダメです。止められるなら止めてください。身体はそれでも、心が陽炎姉さんなら、まだ大丈夫なはずです。だから……」

 

 私だってそのままでいたい。だが、心が身体に引っ張られる。私は咎人、最愛の者を殺した咎人だ。自暴自棄になるわけではないが、この罪悪感と恐怖に心が耐えられない。

 自分でもわかった。ミシリミシリと心にヒビが入り、そこに太陽の姫に屈する多幸感が染み込んでくるのが。命令により父さんを撃ったときのように、萩風を()()と感じ始めてしまっていた。

 

「萩風……」

「姉さん、耐えて、耐えて……!」

 

 私の震える身体を抱きしめるようにもたれかかり、どうにか食い止めようとしてくれる。その間も、私の心にはヒビが入る。それを多幸感が埋めていく。

 

 捨てたくない。だが、身体に捨てることを促されている。

 諦めたくない。だが、身体に諦めることを命じられている。

 屈したくない。だが、身体に屈することを抵抗出来なくされている。

 

 ここまで来てしまったら、もう嫌だと思う気持ちすら薄れていく。私は咎人。私は深海棲艦。そして私は……。

 

「萩風……」

「姉さん、姉さん!」

 

 

 

「邪魔」

 

 

 

 思い切り殴りつけ、萩風を退かした。不意打ちだったからか、艤装を身につけていたとしても吹っ飛ばされた。艤装も無いのに力が溢れ出す。いや、おそらく艤装はあるようなものなのだろう。表に出ていないだけで。

 力を求める。10年前のあのときのように。それだけでいいと言っていた。

 

「ンッ、ハァアンッ」

 

 やはり身体が変わる時と同じような感覚が身体中を走り、快楽の中で艤装を得た。

 

 背中から生えた艤装は、深海の駆逐艦のようなグロテスクなもので、大きな口が私の隣まで伸びてきてガチガチと歯が音を立てる。頭頂部には父さんを殺した主砲が備え付けられ、一撃で誰もを粉砕することが出来るだろう。

 両腕は『雲』と同じような長い爪を備えた薄い装甲が貼り付いた。これで私も分霊出来るのだろうと思うと、心が震えるような気分だった。

 しがらみとなるであろう艦娘としての制服も、艤装が現れると同時に吹き飛び、内側から艤装の一環とも言える新たな衣装、身体にピッタリと密着するレオタードのような装甲がまろび出た。

 

「ッハァア……」

「ね、姉さん……嘘……ですよね。屈してしまったんですか……姉さん……!」

 

 萩風の叫び声が聞こえる。だが、それはもう微風のようなものだ。私は屈した。屈したからこそ、この快楽が得られた。今までのものを捨て、諦めたことで、私はたった今、新たな生を()()()()()()()

 

 

 

「私ハ太陽ノ姫ノ巫女……日ノ前ヲ疾ル者、『陽炎』」

 



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堕ちた陽炎

 屈してしまえば、苦しみなんて1つも無かった。嫌だ嫌だと駄々を捏ねていたと理解出来た。心が折れ、ヒビが入る矢先に、()()()()への感情がそのヒビに染み渡り、新たな感情を作り上げていく。黒く暗く昏く染まることに、何の抵抗も無くなる。ただただ心地よく、快楽の中で堕落し、そして私は巫女となった。

 

「私ハ太陽ノ姫ノ巫女……日ノ前ヲ疾ル者、『陽炎』」

 

 陽炎から『陽炎』へと至り、私は深海棲艦へと生まれ変わった。内も外も、今はあのお方のモノである。

 この姿に変えてくれたことへの感謝と、この姿に変わることを拒んでいたことへの謝罪。在るべき形へと変われた歓喜と、これほどまでに時間をかけてしまった悲哀。ありとあらゆる正と負の感情が綯交ぜになったが、最後はあのお方への奉公の気持ちでいっぱいになった。

 

「姉さん……元に、元に戻ってください」

 

 萩風が力無く呟く。絶望を感じ、涙ながらに私に訴えてくる。その顔を見ていると、不思議とゾクゾクとした背徳の快楽が私を駆け巡った。

 

「萩風、コレデ元通リナンダヨ。私ハ巫女、定メラレタ運命、逃レヨウノナイ事実。アノオ方ニ逆ラウコトガ、無意味ダッタンダ」

 

 生まれ変わった私を祝福するような潮風を感じ、同時に()仲間達の絶望的な視線に身体が震えた。子供の頃はわからなかったこの快楽も、10年も経てば嫌でもわかる。刺激的な背徳の快楽に、口角が上がる。

 

「コウナルベクシテ、私ハ十年ヲ生キテキタンダ。何トナク、理解出来タ。アノオ方ハ、ワザト私ヲ人間ニ戻シタンダヨ。子供デハ耐エラレナイ力ノ奔流ヲ呑ミ込メルヨウニナルマデ、私ヲ()()サセタンダ」

 

 幼い身体ではこの過剰な快楽は耐え切れない。あの時は父さんを殺したことでトドメが刺され、頭の中が焼き切れたのだろう。それならそれで捨て置くかと思いきや、何の気紛れかあのお方は私を見初め、治療し、改めて分霊を施したのだ。その際に身体は大怪我を負ったようだが、生きているのだから問題ない。

 その際に、一時的に人間へと戻った。しかし、またその場で目覚めたところで、壊れるのがオチ。結果、記憶を封じ込められ、耐えられるようになるまで待つことにしたのだ。10年経ってもこの戦いが終わらないことを予測し、その時が来ることを期待して、私を寝かせたというわけだ。

 

「話ハオシマイ」

 

 今は萩風と話している暇はない。私をこうしてくれた御礼を『雲』に言わなくてはいけない。

 その『雲』は未だに神州丸さんに絞めあげられている。あれから解放してあげなければ。『雲』はもう()()()()()

 

「ドイテアゲテ」

 

 神州丸さんにのみ当たるように主砲を放った。艦娘の時に扱っていたそれとは雲泥の差。戦艦主砲もかくやという火力で放たれたが、その反動は微塵も感じなかった。なるほど、深海の身体、駆逐艦と言えども異常なスペックであることは駆逐水鬼のときからわかっていたが、使ってみるとこうも使いやすい。

 

「くっ……」

 

『雲』をより押さえ込むという選択はせず回避を選んだようで、『雲』を放してその場から飛び退いた。脇腹からドクドクと血が流れているようだが、まだ戦闘力としてはそこまで落ち込んでいないらしい。敵に回すと厄介な力を持っている。

 放たれた砲撃は行き場を失い、工廠の外に飛んで行き、着水した瞬間にとんでもない水飛沫が舞い散った。あれが艦娘に当たったらと思うと、また身体が震える。

 

『雲』はというと、絞められていた首を摩り、少し息苦しそうにしていたものの、私の姿を見て満面の笑みを浮かべていた。今まで見せていない子供のような表情に少し和む。さっきまでは憎たらしいとまで思ったものの、今の私には可愛い姉妹のようなもの。

 

「目覚メタノネ。フフ、トテモ似合ッテル。巫女トシテノ姿、トテモ素敵」

「アリガト。撤退デイイノ?」

「エエ、貴方ガ目覚メテクレレバソレデイイノ。アノオ方モオ喜ビニナルワ」

 

 すぐに立ち上がると、先程の二の舞にならないように海へと飛び込んだ。その場で雲のクッションも生み出され、普段のスタイルに戻る。ああなれば全ての攻撃が回避出来るだろう。

 残るは私。まだ陸の上。誰もが呆然としているので、悠々と海に向かって歩き出す。邪魔をする心境でも無いようだ。目の前で仲間が堕ちる瞬間を見たら、誰だってそうなるもの。

 

「ゲロちゃん、目を覚ますっぽい!」

 

 そんな中でも、夕立だけは勇壮に立ち向かってきた。工廠の中という場所にもかかわらず、当たり前のように撃ってきた。後の被害よりも私のことを考えたのは素晴らしいと思う。いい仲間を()()()()()と思う。

 だが、今の私には余計なお世話だ。私はもう屈した。艦娘であることを捨て、巫女である道を選んだ。夕立だって、私の道を塞ぐ障害でしか無いのだ。

 

「私ハモウ目ヲ覚マシテルノ」

 

 その砲撃は、脱力からの回避で軽く避ける。身体が軽い。今の薄いレオタードのような装甲のおかげか、制服の時以上に動きやすい。南方棲戦姫がほぼ全裸を選択していた理由がわかった気がする。駆逐水鬼がスカートを穿かなかったのも。

 初月インナーなんて無くても、深海の身体なら関係無い。むしろあの時よりも身体が動くほどだ。負荷も何も感じない。内側から外側まで何もかもが人間や艦娘を超越している。

 

「コレガ本来ノ私。諦メテ」

 

 お返しに私からも一撃。どうせ当たらないとは思うが、私が海に辿り着くには充分だろう。

 案の定、夕立は私の砲撃を軽々と回避。何も考えずに単発で撃っただけなのだから、当たるわけがない。夕立の実力を痛いほど知っているのだから、それくらい撃った時点でわかっていた。その代わり思惑もしっかり通り、私は海に近付く。

 

 しかし、まだ障害はいなくならない。先程まで『雲』を苦しめていた神州丸さんが、今度は私の前に立ち塞がった。陸上なら無敵とまで言える格闘術を扱う難敵。

 

「陽炎殿、ここを通すわけにはいきませぬ。お覚悟を」

「神州丸サン、ダメダヨ。邪魔シナイデ」

 

 タンッと踏み込む音と同時に、その手が私の腕を掴もうとしてきた。この人のことだ、私がどう避けてもそちらに対応してくる。そうで無ければ『雲』を捕らえることなんて出来やしない。

 だが、時間をかければかけるほど消耗していくだろう。脇腹の血は止まっていないようだし。今でこそこれだけのスペックを発揮していても、そのうち息切れする。

 

「私ハ目ガ覚メタノ。サッキモ言ッタヨ。コレガ本来ノ私」

「否。貴様は艦娘陽炎である」

「今ハ太陽ノ姫ノ巫女『陽炎』ダヨ。邪魔ヲスルノナラココデ死ンデ」

 

 その手を脱力回避した後、さらに掴もうとしてくる動きをキャンセルさせるため、容赦なく何度も何度も撃つ。近付かせなければいいというのはわかっている。

 この砲撃のど真ん中を突き抜けてくる可能性はあるかもと考えたが、神州丸さんは一歩引いた。1発なら突撃があったかもしれないが、乱射なら退くことを優先するか。

 

 私は進まなければならない。ここから出て、巫女として太陽の姫に会わなければならない。邪魔をするのなら、かつての仲間であろうが関係ない。別にここで全員を殺してもいいのだ。最終的に障害になるのは目に見えているし。

 そう考えたら行動はすぐだった。撃てるだけ撃つ。鎮守府なんてどうなってもいい。全部壊せばそれでいい。あのお方も最終的にはそれを望む。それに、これはちゃんとした決別にもなるだろう。憂いを断つためには、ここにいるものは誰1人として生きていてはいけない。一度父さん相手にやったことなのだから、抵抗なんて何処にもない。

 

「フフフ、愉シソウネ」

 

 ボソッと『雲』の呟きが聞こえた。私は愉しんでいるのだろうか。だが、今までの居場所が破壊されていくところを眺めていると、何故だろう、突き抜けるような快楽が身体を駆ける。

 深海棲艦は侵略者。太陽の姫も例外ではなく、その巫女たる私もそれに準ずる。だからだろう、私の行為により阿鼻叫喚が生まれることが、この上なく愉しかった。理性があっても多幸感が刺激される。なるほど、ようやく深海棲艦の気持ちが理解出来た。

 

「提督さん、ゲロちゃん攻撃するよ! 死ねば元に戻るんでしょ! だったら、ぶっ殺してやるっぽい! いいよね!?」

 

 夕立が滅茶苦茶なことを叫んでいた。確かに萩風や長門さんは、深海棲艦の状態から命を落としたことで元に戻った。それは私にも当て嵌まるのかもしれない。分霊からの分霊だから元に戻るのであり、あのお方直々の分霊は該当しないという可能性は考えないのだろうか。

 

「許可する! 工廠はどうなってもいい! その馬鹿娘の目を覚ましてやんな!」

 

 空城司令の声も戦場に轟いた。今この時から、私は鎮守府の敵として認識された。

 わかっている唯一の方法がそれなのだから、今はそれに頼るしかないのだろう。だから、私を容赦無く殺しに来る。司令の声は鬨の声となって、戦えるものが一斉に私を睨み付けてきた。私を殺すために。

 

 そんな目で見られたら、昂ってしまうではないか。早くもあのお方のためになる破壊行為が出来るのだから。

 

「『雲』、撤退ハモウ少シ後デモイイカナ」

「イイワヨ。ドウセナラ私モ一緒ニ戦ッテアゲル。『陽炎』ノシガラミ、一緒ニ無クシテアゲルワ。アノオ方モ、ソレヲ望ムデショウカラネ」

 

 同じ経験がある『雲』は理解してくれる。しがらみを無くすことは最優先だ。

 

「ジャア、全部壊シテカラ帰ロウ」

「エエ」

 

『雲』も今まで抑え込んでいた侵略の衝動を解き放つかの如く、周囲に向けて撃ち始めた。『雲』もこの破壊活動を愉しんでいる。

 駆逐水鬼も南方棲戦姫も、この悦びを知らずに人間に戻ってしまったのかもしれない。勿体ない。こんなにも気持ちいいのに。

 

「こんなゲロちゃん見たくなかったよ。だから、友達の夕立が止めてあげる」

「異端児駆逐艦の友達として、絶対に食い止めるから!」

「幼馴染みの暴挙はここで止めるよ!」

 

 鬨の声が発せられ私に即座に立ち向かってきたのは、夕立と磯波、そして沖波だった。

 沖波はともかく、夕立と磯波はあれだけ私の匂いにやられていたのに、勇ましいものである。今だって匂いを感じているのではないだろうか。それでも攻撃出来るということは、余程の信念があると見える。しっかりと回避して3人を見据えた。

 夕立は肩も抉られているというのに大したものだ。だからこそ、私は元友人として敬意を表する。そして、死ぬより()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも考えた。

 

 ここからは工廠のことなんてお構いなしに次々と雪崩れ込んでくるだろう。戦艦の2人が砲撃をするかもしれないし、こんな狭い空間でも艦載機が飛んでくるかもしれない。

 なら、こちらの()()も増やしておくべきだ。ずっと2人で戦うより、さらに仲間が増えた方がいい。元々手駒だった2人がいなくなったのだから、補充も必要だろう。これもあのお方が望むことかも。

 

「夕立、友達ナラ私ト一緒ニ来ナヨ。分霊、今ノ私ナラ出来ルヨ」

「冗談も休み休み言って。いくら気持ちいい匂いしてても、今のゲロちゃんは見るに堪えないよ。絶対元に戻すから、覚悟するっぽい」

 

 流石に交渉だけではダメか。ならば力ずくで。それに、やれる相手は()()()()()()()

 おそらくD型異端児は分霊がしやすい。元より深海の気質が若干強めなので、そこに反応させやすいだろう。私の目の前にいる夕立と磯波はその該当者。磯波はどちらも異常値を出していたと話していたが、D型の方が強いのはわかっている。なら可能だろう。

 

「ジャア、死ンデイイヨ。私ノ邪魔ヲシナイデ」

「お断りっぽい! それに、ゲロちゃんの敵は夕立達だけじゃないよ」

 

 3人が突然左右に散った。その瞬間、それを掻き分けるように盾が変形した鋏が私に襲いかかってきた。ちょん切られることは無いにしても、あの一撃はいろいろへし折れるため、脱力回避で横へ。

 霧島さんの突撃は何度か見ているため、横に行くにしてもなるべく遠くへ。そのまま横薙ぎにされても当たらない位置なら良し。

 

「あら残念」

 

 回避しながら霧島さんに向けて砲撃。反動が無い分、すぐに回避を選択させることに成功。そちらには夕立もいるため、夕立を引き剥がすことも出来ている。

 そしてそれは、もう1つの私の策略でもあった。私が回避した方向には()()()()()。あれだけのやる気を見せても、磯波はやはり私に撃つのに抵抗を見せていた。夕立や霧島さんほど割り切れていない。

 

「きっと、助けるから!」

「ダメダヨ磯波、ソレハ当タラナイ」

 

 磯波の砲撃を脱力回避して一気に突撃。砲撃すらせずに磯波の眼前に立った。涙目の磯波だったが、目の前過ぎて砲撃が遅れた。だから、私は次の一手が即座に放てる。

 

()()()()()()()()()

「ひっ!?」

 

 再度の砲撃も回避し、その瞬間に私の指を磯波の胸元に突き立てた。思ってた以上にスムーズに指が入っていくと、磯波は驚愕の表情を浮かべる。痛みは無いはずだ。私がそうだったのだから。

 

「やらせねぇよ!」

 

 だが、注ぎ込もうとした段階で、それを強制的に中断させられた。私の腕を断ち切ろうと振り下ろされた木曾さんの軍刀は、流石に喰らうわけにはいかない。脱力回避により磯波から間合いを取る羽目になった。

 近接戦闘が出来るのは霧島さんや神州丸さんだけではない。木曾さんもその軍刀による戦闘術をマスターしていた。流石は厨二病。それすらも戦力に転化してきたか。

 

「お前にゃそれ以上やらせねぇ。元々仲間だとか関係無ぇ。四肢を捥いででも止めるぞ」

 

 軍刀を突き付けられる。木曾さんの目は、私を完全に敵として認識していた。

 

 

 

 私の前には強者が並ぶ。そしてこれからは更に増えるだろう。私をそれだけ脅威に思っているのか、それとも大切に思っているのか。

 

 まぁどちらでも構わない。全て壊すだけだ。

 



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絶望の連鎖

 太陽の姫の巫女として覚醒した私、『陽炎』は、元いた鎮守府を破壊することで憂いを断ち、あのお方への手土産として帰還を果たすことを画策した。『雲』もそれを手伝ってくれるということで、全てを薙ぎ払うべく破壊をしていく。

 だが、かつての仲間であり今は敵である艦娘達が私の前に立ち塞がる。私を元の人間に戻すため、一度殺してしまおうという苦肉の策に出てきた。ならば迎え撃つのが礼儀というもの。殺しに来るのならこちらから殺しても文句はあるまい。

 

「私一人ニ何人使ウノサ」

「それだけ愛されてんだよ。良かったな、お前は俺達の仲間だ」

 

 一番近かった木曾さんが軍刀を振るってきた。手加減などなく、私を一刀両断にしようという算段だろう。上と下が分離するような深い斬り払いはしないまでも、命に届くレベルの斬撃は狙っている。

 そんなもの喰らうわけには行かないと、脱力回避で間合いを取り、主砲を放つ。避けられても工廠が破壊出来て一石二鳥。ここでの戦いは、撃つだけでも気持ち良くなれる。

 

「磯波ちゃん大丈夫!?」

「だ、大丈夫……だけど、少しだけ何か()()()()()()()があったの……」

 

 胸を押さえて小さく震える磯波に駆け寄った沖波。私の分霊は最初の段階で妨害されたが、ほんの少しだけは磯波の中に入った。僅か1滴とも言えるそれだが、磯波にはそれだけでも影響があったようだ。分霊が完了しなければ仲間にはなってくれないが、堕ちる快楽の一端を知ったはず。

 ならば、もう少し入れてやりたいところ。せっかくだし、ここで仲間(手駒)は増やしておきたい。最初のターゲットはやはり磯波としておこう。きっと気に入ってくれる。仲間だったんだし、私が目覚めた後でも仲間となってほしい。それが私なりの敬意だ。

 

「オラオラァ! 余所見なんてさせねぇぞ!」

「勿論、私もやらせてもらうわ」

 

 木曾さんの斬撃に加え、霧島さんの格闘まで繰り出された。どちらも当たれば一撃必殺級。

 木曾さんは素早いとはいえ範囲が狭いため回避はしやすく、霧島さんは範囲が大きい分動きは木曾さんよりは遅いためやはり回避はしやすい。しかし、同時に繰り出されたら話は別だ。どちらかに当たってしまいかねない。

 

「危ナイナァ。デモ、当タラナイヨ」

 

 だが、今の私には関係無い。脱力回避は艦娘だった頃よりも洗練されている。斬撃と打撃の隙間を縫うように潜り抜け、無意識でも2人の後ろ側に回り込める。近付けばそうなることくらいわかるだろうに。

 そして、あちらが振り向いたときにはもう遅い。こちらも大振りに艤装を振り回した後、主砲を連射。当たらないにしろ、私から離れるくらいは考えるだろう。

 

「隙ありっぽい!」

 

 ここで第三の槍、夕立。私が2人を潜り抜けることを見越して、その先を撃つように突撃していた。私も以前にそんな戦術を考えた覚えがあるが、2方向以上の攻撃はどうしても疎かになってしまう。普通なら回避は出来ないだろう。

 

 普通なら。

 

「ダメダヨ夕立、今ノ私ニハソレモ効カナイノ」

 

 そこで即座に脱力。夕立の砲撃も潜り抜けた。全く負荷を感じない。やればやるほど洗練されて行く。

 回避した瞬間に夕立に対して主砲を向けた。突撃してくるくらいなのだから回避はするだろうが、直進はさせない。近付いてもらっては困る。

 

「ならば!」

「怪我人ハ黙ッテ下ガッテナヨ。ドウセ殺スケド、今ジャナクテイイ」

 

 そこに第四の槍、神州丸さん。この中では最も近距離になるが、陸上では無敵という特性上、一番厄介な相手。早く海に向かいたいのだが、誰もがそれを邪魔してくるため、すぐには叶わない。全部壊したいのに、なかなか壊れてくれない。

 神州丸さんの腕は打ち払うように殴り付けた。彼女相手に真っ向からの格闘戦なんて無謀極まりないし、いくら目覚めた私でも勝てるとは思っていない。

 

 だから、どうしても間合いが取りたいと思わせることにした。爪を立て、神州丸さんの胸元を狙いに行った。

 先程、私が磯波にやろうとしたことは見ていたはずだ。分霊の構えは、絶対に受けてはいけない攻撃だと認識させるには充分。

 

「っ……」

 

 流石の神州丸さんもこれには及び腰になってくれるようで、即座にバックステップ。こちらが分霊をやる気が無くても爪で胸元を狙うだけでこうも簡単に怯んでくれる。

 それほどまでに嫌がることか。いや、こうなる前の私はこうなるのが嫌で嫌で仕方なかったのだし、同じように考えるのは当たり前のことか。なってしまえばこうも心地良いのに、勿体ない。

 

「無視すんなよ!」

「シテナイヨ。強イコトハ誰ヨリモ知ッテルンダカラ」

 

 軍刀の薙ぎ払いは大きく回避。さらには跳躍して主砲を放つ。これで追撃を封じつつ、沖波が庇う磯波の側まで近寄ることが出来た。

 

「沖波、チョット退イテネ。後カラ相手シテアゲルカラ」

「あぅっ!?」

 

 そしてそのまま強めに蹴り飛ばした。幼馴染みだろうが関係ない。やれるものならちゃんと後から分霊してあげるから、今は邪魔をしないでもらいたい。

 ここまで近付いたのに砲撃が遅れたのは、磯波と同じで私を撃つことに抵抗があるからだろう。だから、私は動きやすい。優しい者ほど、陥れやすい。

 

「そこから離れなさい!」

 

 追撃に霧島さんが突撃してきた。あれは本当に当たってはいけないもの。磯波だけを避けて、私だけを吹っ飛ばそうとしているのは、火を見るより明らかである。

 今は誰にも近付いてもらっては困るため、私を中心に主砲を周囲にばら撒くように連射。霧島さんは盾があるが、私の主砲の威力での激しい連射の前には下がらざるを得ないだろう。この乱射を回避しながら突撃出来るのは、私か『雲』くらいのはずだ。それくらいの密度でばらまいた。

 

「磯波、アンタモ撃ッチャダメダヨ」

 

 台風の目にいる磯波も、震えながらも私を撃とうしてきたが、先んじて主砲を蹴り飛ばした。これで攻撃の手段も失ったはず。つまり、もう回避出来ない。

 今回はちゃんと周囲も確認した。誰も近付いていない。ならもうやってしまおう。

 

「や、やめ……っ」

 

 念のため磯波の腕を掴み、抱き留めるように密着。これで誰も近寄れまい。今の磯波は人質みたいなものだ。その人質も、今すぐ私の仲間になるわけだが。

 どうせ私は殺せば元に戻るかもしれないが、今の磯波はただの艦娘。死んだら戻ってこない。諸共殺すなんてことは出来ない。これなら悠々と事を起こせる。

 

「改メテ、分霊ノ儀、執リ行ワン」

「ひんっ!?」

 

 邪魔者がいなくなったところで、磯波の胸元に改めて指を突き刺し、そして()()。一度指を刺したことでさらにやりやすくなっており、注ぐのも気持ちよく出来た。

 磯波の髪と肌が白く染まって行く姿を見ていると、背徳の快楽が身体を突き刺すように襲ってくる。分霊が進むにつれ、ビクンビクンと震えながら変化に身を委ねていく磯波を見ていると堪らない気分になる。これが分霊の快感か。

 

「ッアッ、ハァァンッ!?」

 

 一際大きく震えた磯波から、装備していた艤装が剥がれた。これで艦娘としての磯波はいなくなったようなもの。抵抗する手段を失い、私の分霊を完全に受け入れたのだ。さすがD型異端児、馴染むのがとんでもなく早い。私の時よりも格段に早く事が済んだ。妨害させる暇すら与えない。

 私の腕の中でまだ震えている磯波だが、身体の変化に心も引っ張られているのは一目瞭然だった。私の匂いを思う存分嗅いで恍惚とした表情になっているし、溢れる力に昂揚しているのもすぐにわかる。

 

「磯波、力ヲ求メルノ。私ト一緒ニ戦ウ力ヲ、ネ」

「力……アハァアッ!?」

 

 再び大きな声を上げ、快楽の中で艤装を得る。私もこうなっていたのかと思うと、興奮が抑えきれない。

 

 磯波の新たな艤装は私のものとは全く違うモノではあった。腰から生え、深海の駆逐艦のような頭部が両サイドに。ガチガチと歯を鳴らしながら主砲と魚雷発射管を生み出した。

 腕には私のような爪は現れなかったが、代わりに主砲が。腰の主砲も含めて暴力的に。磯波に生まれた攻撃性が表に現れたのだろう。それもまた変貌を象徴するようで堪らない。

 そしてしがらみとなるであろう艦娘の制服は私と同じように吹き飛び、艤装の一環とも言える新たな衣装、私と揃いのような身体にピッタリと密着するレオタードのような装甲に包まれた。私とは違い、脚にもニーハイソックスのように装甲が纏わり付く。なんとも磯波らしい、露出度を抑えたデザイン。スタイルはモロに出ているが。

 

「ハァアア……」

 

 うっとりとした表情で変わり果てた自分を眺める磯波。ゾクゾクとした快楽を感じ、もう一度大きく震えた後、私に並び立った。邪悪な笑みを浮かべて。

 

 深海棲艦としての磯波が、みんなの前で生まれ堕ちた瞬間だった。それが私にも堪らなく嬉しかった。私の手で人間1人を堕としたのだ。あのお方のように。なんて充実した気持ちなのだろう。これが太陽の姫の巫女としての最初の仕事。『雲』がやっていたことを私もやれた。

 

「アハ……変ワッチャッタ……」

 

 私にしなだれかかる。分霊の分霊、すなわち私の仲間であり、部下であり、手駒だ。私の初めての分霊である磯波が愛おしかった。

 その姿を見た元仲間達は、私の時と同様に苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。私のみならず、磯波まで深海棲艦になるだなんて想定してなかったのだろう。それに、それを食い止めることが出来なかったことも。その表情、とてもイイ。

 

「後ハ、シガラミヲ捨テルダケ。ワカルヨネ?」

「ウン……私ノシガラミ……アハハ、ミンナ壊シチャエバイインダ!」

 

 生まれ変わったことを示すかの如く、全ての主砲をぶっ放す。何もかもを破壊するかのように、私を除いた全てに照準を合わせて、ただただ撃ち続ける。

 

「愉シイ! スッゴク愉シイシ、気持チイイノ! 全部、全部壊レチャエ! アハハハハ!」

 

 深海棲艦となって随分とはっちゃけたようだが、そんなものだろう。萩風も長門さんも、深海棲艦の時は大分性格が違ったし。磯波もそのパターンなのだと思う。

 侵略衝動と破壊衝動に身を委ね、暴力的な性格に生まれ変わった磯波は、ただただ目の前のものを全て破壊するために砲撃を繰り出す。

 

「ああもう! ゲロちゃんだけでも面倒なのにソナーまで! どっちもぶっ殺せばいいっぽい!?」

「いいんだろうが、アレだと近付けねぇぞ!」

 

 私よりも若干威力が足りない代わりに、主砲そのものの数が多いのが磯波の特徴だ。連射力が違う。私の時にあったであろう隙が、磯波には無い。代わりに磯波にある隙は、私がしっかりと埋めよう。

 

「アハハハハ! ミンナ、ミンナ壊スノ! 早ク死ンデ! 死ンジャエ! 死ネ!」

「愉シンデルネ、磯波。モット気持チヨクナッテイインダカラネ」

「ワカッテルヨ! コンナ最ッ高ナ気分、今マデ感ジタコト無カッタモン! 陽炎チャンノ、ウウン、()()()ノオカゲダヨッ!」

 

 そこまで屈してくれるのなら、それはそれでいいか。様まで付けられるとこそばゆいものであるが、それだけ磯波がこちら側に来たのだから悦ぶべき。

 

 あれだけの乱射を前に、あちら側は動くことが出来ないようだが、たった1人、そんなことお構いなしに動き始めた。艤装に盾がある霧島さんだ。威力がない乱射なら、盾さえあれば近付いてこれるということか。

 なら、そこに私が重ねればいい。霧島さんに近付かれるわけにはいかないのだから。

 

「ダメダヨ霧島サン。磯波ハヤラセナイ」

「なら止めてみせなさい」

「言ワレズトモ」

 

 盾を突き破るために私からの乱射。磯波と被せたことで、より威力は上がり、霧島さんでも抑え込めないくらいの衝撃になったようだ。吹っ飛ばすことは出来なかったが、一歩二歩と下がっていく。

 

「陸奥! こっち来れない!?」

「オッケー。ゲロちゃんに一斉射するのね。任せなさい!」

 

『雲』を相手取っていた陸奥さんがこちらに来てしまった。一斉射は流石にまずい。南方棲戦姫並みの火力と防御力があれば話は変わるが、私達は所詮駆逐艦。回避出来ない程の質量はどうにもならない。いくら私達でも、あの火力の暴力の前には屈せざるを得ない。

『雲』は苦戦こそしていなかったが、先程まで私を防衛していた由良さんと阿賀野さんまで加わった殆どの巡洋艦と、こちらに来ていない駆逐艦が詰め込まれたことで、私達の方を見ている余裕は無いようだ。しかし、やられる気配はなく工廠をことごとく破壊しているようなので安心。

 

「ぶちかまして、さっさと『雲』に戻るわ……って、磯波!?」

「陽炎にやられたわ。纏めて叩きのめすしか無い」

「ったく、厄介極まりないわね太陽の巫女ってのは!」

 

 2人が揃ったことで、あちら側は一斉にその後ろに退避していく。射線上に立ったら巻き込まれるのが目に見えているため、私達だけが呑み込まれるようにポジションを変えてきた。

 

「ヤラセルワケ、無イデショ!」

 

 それを見て私よりも早く動き出した磯波。撃ちながらも駆け出し、一斉射の範囲外に逃げようとした沖波を捕縛した。撃って殺すわけでもなく、あえての捕縛。沖波の持つ主砲を捻り上げるように腕を拘束し、強制的に私の側に連行してきた。

 私だけなら動けなかった。2人になったらこうも捗る。深海棲艦と化したことで身体能力も上がっているため、この辺りの目算は誰もが出来なかったようだ。私も出来なかったし。

 

「沖波チャン、貴女モコッチニ、ネ」

「放して! 私はそっち側には行かないんだから!」

 

 私が磯波でやったように、磯波が沖波を人質にしたことで一斉射キャンセル。私と磯波だけなら纏めて葬り去るなんてことが出来ただろうが、これであちらは手出し出来ないだろう。我ながらズルいと思うが、これが戦場。

 

 では、磯波に続いて、2人目の分霊と行こう。仲間が増えることはとてもいいこと。これで減った分の補充も出来るわけだ。

 

「沖波、コレカラモ友達ダカラ」

 

 誰も攻撃出来ない状況を作り上げた挙句、その目の前で沖波の胸元に指を突き入れた。

 

 

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

「いやぁっ!?」

 

 そして注ぐ。一度磯波でやっていることなので、もう手慣れたものだった。手早く終わらせ、沖波もこちら側へ。

 



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世界の選択

 磯波に分霊を施したことにより、こちら側に引き込むことに成功した。こちらの戦力の増強とともに、あちらの戦力を削る最大の一手が成功したことで、私、『陽炎』は強い快楽を得ることになる。

 こちら側に2人立ったことで、今度は陸奥さんの一斉射により纏めて叩きのめす算段に出たようだが、今度は磯波が沖波を捕縛。手出しを出来ないようにした。そして、これは分霊のチャンスでもある。2人目が追加されればさらに戦いやすくなる。それに、沖波の堕ちた姿を見たい。

 

「沖波、コレカラモ友達ダカラ」

 

 誰も攻撃出来ない状況を作り上げた挙句、その目の前で沖波の胸元に指を突き入れた。

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

「いやぁっ!?」

 

 そして注ぐ。一度磯波でやっていることなので、もう手慣れたものだった。手早く終わらせ、沖波もこちら側へ。

 

 

 

 だが、注ごうとした瞬間、私の指は沖波の胸から弾き飛ばされ、分霊が強制的に終了させられた。

 

 

 

「ナッ……!?」

「えっ!?」

 

 何故出来ない。指は入ったのに、何故弾かれる。相手によって出来る出来ないの差なんてあるのか。そんなバカな。意味がわからない。

 驚いたのは私だけでは無かった。沖波を拘束していた磯波も、それを見せつけていた周りの元仲間達も、むしろ張本人である沖波ですら、この状況に驚いていた。完全に戦場の時間が止まった程だった。

 

「っああっ!」

 

 その止まった時間を動かしたのは、他ならぬ沖波だった。あり得ないことが起きたことで力が緩んでいた磯波の拘束を振り払い、今まで使えないようにされていた主砲で思い切り殴り付けた。

 横っ面から殴り飛ばされた磯波は白目を剥きそうになっていたが、ギリギリで踏み止まった。艦娘の時代にはまず見せないような眼光で睨み付けていたが、その時には沖波は一斉射の範囲外へと撤退しようと駆け出していた。

 

 このままだと一斉射をモロに喰らうことになる。それだけは避けなくてはならない。司令の指示が『工廠はどうなってもいい』なのだから、あの猛烈な砲撃を100%の力でぶっ放す。それに巻き込まれたら、如何に力を得た私と磯波でもひとたまりも無いだろう。

 

「磯波!」

「ワカッテル!」

 

 一斉射をさせないように、撤退した沖波をすぐに追う。近くにいれば一斉射は使えない。仲間を巻き込んでまで撃つわけがない。

 身体能力の向上により、陸でもある程度は動けるのは実証済み。ただの艦娘に後れは取らない。

 

 沖波に分霊出来ないのは惜しいが、それならここで死んでもらうしかないだろう。せめて私達の盾になってもらわなければ困る。

 

「オキはやらせないっぽい!」

「一斉射封じはわかるけれど、突撃は愚策じゃないかしら!」

 

 そこに立ち塞がるのは親分子分コンビ。接近戦でもバカスカ撃ち続ける子分と、一撃必殺の格闘が恐ろしい親分。鎮守府の中でも厄介な2人。格闘なんてしたことがない私達には、手練れか素人かというだけでも実力差が出てしまう。

 

 しかし、夕立は今は手負い。最初に『雲』に腕を抉られており、艤装の効果で痛覚やら何やらが補正されているにしても、それなりに時間が経過している。神州丸さんと同じで、血の流し過ぎで消耗しているはずだ。

 それに、夕立はD型異端児。さらには磯波よりも値が高い、むしろ鎮守府イチの値を誇る異端児だ。誰よりも深海に近いのなら、分霊も磯波以上に早く終わるのでは無かろうか。それこそ、指が刺さればおしまいというレベルで。

 

「夕立、ヤッパリコッチ来ナヨ」

「何度も言わせないで。深海棲艦になるくらいなら、夕立は死んだ方がマシ。ゲロちゃんこそさっさと戻ってくるっぽい」

「私ハ戻ッタ結果ガコレナノ。最初カラ、アンタトハ違ッタンダヨ」

 

 超近距離での撃ち合いになるが、脱力回避により軽々と避ける。やはり手負いの夕立はいつもよりも精度が低い。動きはそのままでも消耗が実感出来る。それを補うために霧島さんがいるのも。

 しかし、こちらにはもう磯波がいる。磯波もこの近距離で全主砲を撃ち放つ過激な方法を取るようになっているのだから、混戦は間違いない。これだけ近ければ陸奥さんは手出しも出来ないだろう。火力が高すぎるのも考えもの。

 

「霧島サン、陽炎様ノ邪魔シナイデモラエマス!?」

「元に戻ったら卒倒しそうね。気の毒だけど、今はそうは言ってられないわ」

 

 近距離の乱射も盾で食い止めてしまうのだから困る。代わりに攻撃に転じさせないでいられるが、この至近距離でも平気で撃ちそうなのが霧島さんだ。黙らせられるなら黙らせたい。

 この2人だけに構っているのも問題だ。殆ど爆心地みたいな戦いになっているが、それを打開するために動き出す者もきっと出てくる。

 

「オラァ!」

 

 案の定、この爆心地に怪我すらも惜しまず突っ込んでくるのが木曾さん。無傷では済まないだろうが、致命傷は確実に避け、自分に当たりそうな弾は()()()()()()()()、私ではなく磯波を狙ってきた。

 私は回避するが、磯波は攻撃を最大の防御として撃ち続けるのみ。回避されて懐に入られたらかなり辛いところだ。痛み分けまで狙われると回避が途端にしづらくなる。

 

「アッハハハ、肉袋ニナリタインデスカァ!?」

「なるのはお前だこの野郎!」

 

 身体中を傷だらけにしながら、夕立の砲撃すら身に浴びて、磯波を手が届く範囲に捉えてしまった。このままだとまずい。私の手駒なのだから、私が守ってやらなくては。失うのは惜しい。こんなにも可愛くなったのに。

 いくら深海棲艦の硬い装甲だとしても、私と磯波が身に纏うレオタードのような装甲は薄い。木曾さんなら一刀で斬り裂いてしまってもおかしくない。せめて刀が届かない位置まで離さなければならない。

 

「磯波ニ何シテンノサ!」

 

 脱力回避の応用をこの場で編み出した。無意識下の移動は、身体への負荷が大きいがとんでもない速度を作り出す。ということは、だ。私は高速戦闘が出来るわけで、全てを回避しながら瞬間移動紛いなことが出来るのではないか。

 そう考えた時点で身体は実行出来る。飛び交う砲弾を全て回避しながら、木曾さんの懐に潜り込んでいた。軍刀が擦りかねなかったが、お構いなし。鳩尾を蹴り飛ばして磯波から突き放す。

 

「ぐぁっ!?」

「木曾っ」

「霧島サァン、余所見ハ良クナイデスヨッ!」

 

 吹っ飛ばされた木曾さんに一瞬気を取られた霧島さんを見逃さず、磯波が乱射を集中砲火に変えて霧島さんに襲い掛かる。これだけ近ければ、盾でガード出来たとしても下がらざるを得ないだろう。

 そこに重ねて私も砲撃。威力の高い私の一撃が入れば、さらにのけぞる。ここから一時的にでも離れてくれればいい。ほんの少しだけでいい。

 

「こんのぉ……!」

「夕立、モウイインダヨ。ヨク頑張ッタ」

 

 木曾さんに出来たことなのだから、瞬時に次の動きへ。同じように高速で移動し、夕立の眼前へ。回避と移動を兼ねた高速戦闘は、身体の至るところに多大な負荷をかけることになるだろうが、幸い私はまだそれを感じない。多用も出来そうだ。

 ここまで近付けたのだから、後は突き刺すのみ。夕立もこちら側に来れば、この気持ちよさがわかるだろう。磯波がコレなのだから、夕立はもっと暴れてくれる。それが見たい。

 

「分霊ノ儀」

「夕立ちゃん我慢してぇ!」

 

 私が夕立の胸に指を突き刺そうとした瞬間、夕立を押しのけて沖波が割り込んできた。私の指は夕立ではなく沖波の胸に突き刺さり、そして先程と同じように謎の力によって弾き飛ばされる。

 

「コノッ!?」

「私には効かないってことがわかっただけでもいいよ! 身を挺してでも分霊から守れるんだから!」

 

 何故沖波には分霊が出来ない。何が違う。沖波だって人間であり艦娘だ。何も変わりはしない。M型異端児であるだけでそれ以外には。

 

 そうか、M型か。D型異端児は深海の何かに関わっていそうだから、分霊が効きすぎるくらいに効く。これは磯波で実証済み。

 人間は何にも耐性がないため、時間を多少かければ効く。私を含めた救出されたもので実証済み。

 しかし、M型異端児は人間由来の艤装を扱うための同期値がバカ高いことで生まれている。それは、()()()()()()()()というところに繋がってくるのか。

 

 私だけじゃない、あのお方に対する、最大の天敵は沖波だったのだ。あのお方に選ばれた私とは真逆、沖波は()()()()()()()()()

 

「ゲロちゃん目を覚ませぇ!」

 

 沖波に弾かれたことで体勢を崩しかけているところに、同じく倒れかけていた夕立が私に向けて砲撃を繰り出してきた。今の体勢からだと脱力回避はかなり難しいため、強引に身を捻ることで夕立の砲撃を艤装で受けた。

 艤装の強度だって、深海棲艦となったことで増している。駆逐艦の砲撃くらいでは簡単には破壊されない。だが、傷が付かないとは言えない。結果的に、当たりどころがよくなく、主砲周辺を傷付けられてしまった。

 

「硬ぁ! そういうとこまで駆逐艦辞めなくていいっぽい!」

 

 体勢を立て直し、分霊を邪魔した沖波に対して砲撃。今の夕立の砲撃で傷付けられたことで、威力が大幅に落ちてしまっていたが、それでも駆逐艦主砲以上の殺傷力はある。沖波にはもう少し遠くに行ってもらいたい。

 

「うぅっ、夕立ちゃん、警戒して!」

「モウ遅イヨ」

 

 沖波が砲撃で離れ、霧島さんは磯波が抑えてくれている。木曾さんは私が吹っ飛ばしたことで戦線復帰は遅れた。あと危惧しなくてはいけないのは神州丸さんだが、あちらも傷のおかげで動きが遅くなっている。ならば今しかない。

 夕立に突撃し、周りに砲撃をばら撒きながら腕を掴んだ。いつもの夕立ならこれも回避していそうだが、腕の傷での消耗が大分来ている。なら、このチャンスを有意義に使わせてもらおう。

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

「ぽっ!?」

 

 私の指はしっかりと夕立の胸元に突き刺さった。もう誰にも妨害されない。

 

「お、親分ごめんなさい、夕立もすぐに殺して……んひゃああっ!?」

 

 最後に言葉が紡げたのは流石夕立と言ったところ。しかし、予想通りD型同期値がとんでもない数値を記録しているだけあって、分霊そのものが高速で終わっていく。そしてその分快楽も強いようで、夕立はあられもない表情を見せながら髪と肌を白く染めた。

 身体が変化していく内に、抉られた腕の傷も治療されていく。分霊をした場合、身体を十全の状態にまで持っていってくれるらしい。私もそういえば傷付いていたが分霊で何も無くなっていた。なんて素晴らしい力だ。これがあれば傷付いたものも救われる。

 

「ンファアアア!?」

 

 一際大きく震え、装備していた艤装が剥がれ落ちる。これで夕立も艦娘をやめた。後は身体に心が引っ張られればおしまい。

 これは耐えられるようなものではない。磯波と同じように、溢れる力に恍惚とした表情を浮かべ、私の匂いを堪能している。もう敵意すら感じない。

 

「夕立、力ヲ求メテ」

「欲シイ、力、欲シイッ、ハァアアンッ!?」

 

 悲鳴にも似た喘ぎとともに、深海の艤装を得ていく。この光景、何度見ても堪らない。私もそれに釣られて強烈な快感を得ていた。背徳の快楽は、何度受けても気分がいい。

 

 夕立の得た艤装は、磯波と殆ど同じもの。腰から生えたそれは、相変わらずガチガチと歯を鳴らしながら主砲と魚雷発射管を備える。腕に現れた主砲も磯波と同じものだ。今までの使い慣れたモノに近いため、夕立のセンスを遺憾無く発揮出来るだろう。

 そしていつも通り制服は吹き飛び、こちらは私とも磯波とも違う、セパレートタイプのレオタードに似た装甲が張り付いた。下がスパッツ状になっているのが実に夕立らしい。眠る時のTシャツの下がこんな感じだったか。私のものを使っていたことが気に入ったのか、こういうところにまで影響が出ていた。

 

「クフゥゥ……アハッ」

 

 生まれ堕ちた自分の姿を見たことで強い興奮を覚えたのか、自分の身を抱きしめながら変化の快感に何度も震えた後、先程まであれだけ敵対していた私に対して小動物のような瞳で笑みを浮かべてきた。磯波と同様に、私に対しての感謝の気持ちが溢れている。

 

「最高ッポイ。拒ンデタノガ馬鹿ミタイッポイ! アリガト、ゲロチャン、ウウン、()()()ァ」

 

 すぐに抱きついてきて、身体を私に擦り付けてくる。それすらも快感を得ているようで、ハッハッと犬のように心地良さそうな吐息を漏らしていた。私の2人目の分霊、とても愛おしい存在だった。

 一頻り私を堪能したあと、この光景を見ていることしか出来なかった沖波の方を向く。とても意地が悪い表情をしながら、ニタリと笑って沖波を見つめた。

 

「オキ、残念ッポイ。コンナニ堪ラナイ気分ニナレルノニ、効カナイナンテ」

 

 一度は身を挺して救えたのに、すぐにダメになったことで絶望を感じている沖波の顔は、とても()()ものがある。夕立もそれを理解しているのか、変わり果てた姿を沖波に見せつけるようにしている。

 

「絶対、絶対救うから……!」

「オキニ何ガ出来ルッポイ? 何スルノ? ネェ、ネェネェ」

 

 より子供っぽくなったか、虫を虐める幼子のようにネチネチ沖波を責める。

 

 この戦場において、私に敵対している者達は、まだまだ沢山いる。しかし、陸奥さんは自分の火力が強すぎて手が出せない。霧島さんは格闘戦を磯波に封じられたまま。木曾さんは強引に磯波を斬ろうとしたところを返り討ちにしてやったことで消耗が激しい。神州丸さんもだ。

 まだまだ裏にはいるかもしれないが、『雲』の方にも向かっていることで戦力をなかなか割けないようだ。空母は範囲が広すぎて味方を巻き込むし、そもそも工廠は狭い。海防艦の子供達なんて戦力にすらカウント出来ない。その状態で私1人でも苦戦し、磯波が加わったことでより悪化し、トドメは夕立。盤石である。

 

 慢心してはいけないが、勝利は確信していた。この戦果を持ち帰れば、あのお方もさぞかし喜んでくれるだろう。私そのものが戦果だし、減った配下が補充されたのだ。

 

「沖波、悪イケド、モウオシマイ。友達ダカラサ、一思イニ殺シテアゲル」

「ポイ! 友達ダモンネ、スグニ殺シタゲル!」

 

 沖波は早々に終わらせておきたい。それが終わった瞬間に陸奥さんが撃ってくる可能性も考えて、慎重に行くべきだ。

 

 しかし、この後の展開は私には予想出来なかった。さっきも考えた通り、ここからこの戦場に裏から出てくるのは空母が海防艦くらいだ。そう思い込んでいた。

 

 

 

「では、今度は私達が相手をしましょうか」

「はい、しっかりお務めを果たします!」

 

 

 

 聞こえるはずのない声が聞こえた。海防艦の子供達以上に戦場に出てくるはずが無い者。鎮守府の非戦闘員。

 

 

 

 間宮さんと伊良湖さんが、知らない艤装を身につけてこちらに向かってきていた。

 



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鎮守府の守護者

 磯波に続いて夕立にも分霊を施すことに成功した私、『陽炎』。沖波はM型異端児の特性か分霊が出来ないようなので、残念ながらここで死んでもらうしかない。友達ではあるが、後々確実に面倒なことになる存在だ。今ここで消えてもらうのが、あのお方にとっても必要なことであろう。

 だが、ここで新たな妨害者。私の考える限り、確実に戦場に出てこない2人がこの場に現れた。

 

「では、今度は私達が相手をしましょうか」

「はい、しっかりお務めを果たします!」

 

 間宮さんと伊良湖さんが、知らない艤装を身につけてこちらに向かってきていた。

 

 そもそも2人は給糧艦。戦闘要員では無いし、そもそも艤装を装備しているところすら見たことが無かった。だが、艦娘という定義上、艤装は持っていて当然だし、やろうと思えば海上移動も可能なのだろう。

 しかし、毎日のように食堂で働いているだけの人が、こんな戦場に出てきたところで自殺行為だろうに。いくら艤装を装備したからといっても、何も変わらないのでは。

 

「何シニ来タノ。食堂ノオ姉サンガ出テクル場所ジャ」

「こういう時だから来たのよ?」

 

 笑顔を崩さない間宮さん。対して伊良湖さんは少し緊張をしているのか表情が硬い。

 最終的には皆殺しになるのだが、真っ先にやってくる給糧艦とはなんなのか。こんな状況でも自信満々に見えるのも気になるところ。先に潰しておかないと後々面倒になるパターンか。そういう意味では戦闘力は未知数だし。

 

「っああっ!?」

 

 ここでついに磯波が霧島さんに押し勝った。乱射が激しすぎて防御一辺倒になっていた霧島さんだが、磯波の乱射は今まで一切止まらなかった。おかげで盾はズタズタ、鋏の部分も損傷が激しい。これなら近接戦闘はもう出来ないだろう。

 それでも盾は機能しているため、自分の身を守りながら撤退。磯波はそれをジリジリと追い詰めていく。

 

「アッハハ! 霧島サァン、モウオシマイデスカァ!?」

「磯波ちゃん、こちらが話しているから、ちょっと黙っていてちょうだいね」

 

 間宮さんが艤装の隅に装備されていたであろう主砲を1発撃ち込む。こっちを向いたまま、磯波の脳天を撃ち抜くような精度で。たかが給糧艦が。

 流石にそれは回避したが、感情を露わにして憤慨する。

 

「チョッ、誰デスカ、邪魔ヲスルノハ!」

「ちょっと、黙ってなさい」

「ハ? マ、間宮サン!?」

 

 笑顔は崩さず、話し方も変わらない。だが、普段食堂にいる時とは全く違う()()を感じた。磯波も間宮さんのそんな姿を見るのが初めてなのか、驚きを隠せていない。

 その間に今まで殆ど棒立ちに近かった陸奥さんが霧島さんの元へ。一斉射を封じた挙句、基本的に接近戦を続けてきたおかげで、陸奥さんに仕事をさせなかったのは大きい。やはり戦艦は出てきてもらっては困る。

 

「はい、よろしい。仕切り直しが出来ましたね」

「何ナノサ。仕切リ直シタッテ、給糧艦ガ何出来ルワケ?」

「出来るわよ。私達2人で、貴女達を懲らしめるくらい」

 

 スタイルとしては食堂で見かけた姿そのまま。だが、いつもと違うのは艤装。給糧艦の艤装なのかもしれないが、通常の艦娘の物とは別物に見えた。

 間宮さんの艤装にはクレーンらしきものが備え付けられ、それ以外は駆逐艦に近しい低火力な主砲や機銃があるのみ。伊良湖さんに至ってはもっとシンプルで、主砲1門を握っているだけ。言ってしまえば、こうなる前の磯波よりも装備が少ない。

 

「話トカ聞ク必要無イッポイ!」

 

 その言葉に苛ついたか、夕立が空気を読まずに突撃。深海棲艦化したことにより身体能力は格段に上がり、磯波とほぼ同じ艤装のおかげで連射力もある。すぐさま間宮さんを肉袋に変えるために、全主砲総動員で間宮さんを押し潰そうと動き出した。

 霧島さんでも押し負けた乱射だ。盾すら持たず、駆逐艦以下とも言える装備の間宮さんくらいならこれだけで終わらせられる。鎮守府初の死人として、私達の戦果になってもらおう。

 

 だが、次の瞬間に考えは変わる。

 

「そうなっても空気は読まないのね、夕立ちゃんは」

 

 間宮さんの艤装が音を立てたかと思った瞬間、夕立の持つ主砲が全て()()()()()。手に持つものも、腰の両サイドのものも、全て。しかも、夕立は一切の無傷。武装だけをピンポイントで狙い撃った。間宮さんはその場から一切動かずにだ。

 夕立は普通に撃っていた。当然だが威嚇射撃なわけがなく、全弾を間宮さんに当てるようにだ。それすらも全て弾かれていた。間宮さんの砲撃によって。

 

「ポイ!?」

「給糧艦の私達にも武装くらいはあるのよ?」

 

 そうかもしれないが、今のは確実におかしな動きだ。いや、当人はその場から全く動いていないのだが。表情すら変えない。

 砲撃を砲撃で撃ち落とすなんて神業、偶然でしか出来ないだろう。戦艦同士の撃ち合いで砲撃同士がぶつかり合うなんてことはあったが、今のは確実に身を守るために意図的にやったこと。しかも夕立に傷を付けずにである。空襲の爆弾を撃ち落とすのとはわけが違う。

 

「私も伊良湖ちゃんも、戦うなんてこんな時にしかしないの。私達は()()()()()()()だから」

「普段は食という形で鎮守府を守っているけど、有事の時には戦いますよ。こういう風に」

 

 少し目を離した隙に、伊良湖さんがそこから消えていた。そう思った矢先に磯波が吹っ飛ばされていた。

 

「ナッ、エッ!?」

「私達は貴女達のように大きな世界を守る力は持っていません」

「代わりに、鎮守府だけは手が届くようにしているの。鎮守府だけは必ず守りきるわ」

 

 浮かされた磯波が間宮さんに狙い撃ちにされる。それはまずい。回避出来ないタイミングで撃たれたら、いくら威力が無くても致死量のダメージを受ける可能性が高い。

 それをさせないように、磯波自身が体勢を立て直して砲撃。だが、同じ芸当など到底出来るわけもなく、致命傷だけは避けることが出来たが、磯波はこれだけで傷だらけになってしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()なの。代わりに明日から少しの間、食堂は開かなくなっちゃうわね」

「貴女達を取り戻して、キッチンに立ってもらいますから大丈夫でしょう」

 

 限定かもしれないが、これはあまりにも滅茶苦茶すぎる。オーバースペックにも程がある。なら、時間制限とかあるはずだろう。

 

「あ、時間制限があるかとか考えましたか? 勿論ありますよ。あと5分程度です。そんなにも無いかも」

「準備に時間がかかるのに、引き出せる時間がそれだけなのよね。使い勝手が悪いでしょう?」

 

 言いながらも止まらない。伊良湖さんは縦横無尽に動き回り、傷だらけにされた磯波を陸に叩き落としていた。それと同時に間宮さんも砲撃を始めており、ピンポイントで夕立の艤装を破壊していく。私だって砲撃しているのだが、それすらも砲撃で弾きながらだ。

 威力が駆逐艦の主砲並みなら、艤装は傷つかないくらいのはずだ。なのに何でこんなに効いてしまう。まさか、艤装の隙間を狙っているとでもいうのか。夕立だって躱そうと動いているのに。

 

「ナンデ、ナンデッ!?」

「何でかしらね」

 

 伊良湖さんが超高速による接近戦、間宮さんが超精密射撃。これはおそらく確定だ。タネがわかれば回避くらい出来るはずなのだが、深海棲艦と化した私達でも追い付くことが出来ないくらいのスペックを叩き出している。

 ほんの少しの時間に燦然と輝く代わりに、その後に倒れるという完全なリミッター解除。いや、この2人の艤装は元よりそういうシステムか。装備した時点でタイマーが動き、時間切れまでフルパワーで稼働し続ける。おそらく身体への負荷も相当。タイムオーバーで2人も負荷がかかり過ぎてダウンとかそういうものなのだろう。

 

 残り5分耐え切れば私達の勝ちが揺らがなくなるのだが、開始数秒で磯波と夕立がここまでボコボコにされるとか考えてもいなかった。これはまずい。せめて私だけでも耐え切らないと、取り返しがつかないことになる。

 

「反撃は受け付けてるわよ。させるつもりは無いけれど」

「コノ……ッ! イイ加減ニィ……!?」

 

 脱力回避の要領で力を抜き、そこからの高速移動で間宮さんから片付けようと考えた。だが、力を抜いた瞬間にはもう伊良湖さんが私の懐に潜り込んでいたのだ。動きまで予測されているかのようなタイミング。

 前に進み出そうとした脚を止めるように、膝の上を思い切り踏み付けられていた。これでは前に進み出せない。ここから回避することすらもままならない。

 

「それ、バレバレですからねっ!」

 

 そして、その脚を軸にして蹴り。速すぎて見えない攻撃に成す術が無かったが、ギリギリのところで手が出せたので腕でガード。それでも勢いはとんでもなく吹っ飛ばされる羽目に。

 給糧艦とは到底思えない脚力。これも限定仕様のオーバースペックの力か。たった数分、これの後のことを考えていない諸刃の剣。

 

「陽炎様ヲ足蹴ニスルナンテェ!」

「磯波ちゃん、相手は私達だけじゃないのよ?」

「エッ」

 

 そうだ。間宮さんと伊良湖さんの異常過ぎるスペックに翻弄されたが、ここには他にも敵はいるのだ。それこそ、さっきまで磯波が相手取り、押し勝った霧島さんだっているし、まさに今このタイミングを見計らって主砲を構えていた陸奥さんだっている。

 伊良湖さんが吹っ飛ばしたことで、磯波だけは私達から少し離れた場所にいた。それは他の者からも離れた位置。つまり、遮るものも、巻き込むものも、何もない。

 

「ありがと伊良湖ちゃん。磯波だけ離してくれて」

「察してもらえて光栄です! やっちゃってください!」

「了解! 磯波、死ぬほど痛いわよ!」

 

 立ち上がって私を救援しようとした瞬間に、陸奥さんの砲撃が磯波に放たれてしまった。もう回避出来ない。

 

「イヤ、イヤダ……」

「痛みはごめんなさいとしか言えないわ。恨まないで」

 

 強烈な砲撃に呑み込まれ、磯波は散って行った。殆ど爆散に近く、爆炎が晴れた後には息絶えた磯波の姿しか無かった。もう指先から塵になりつつある。

 

 私の分霊の1人が、こうも呆気なくやられてしまった。『雲』もこんな怒りを覚えていたのかもしれない。その気持ち、痛いほどわかった。この上なく怒りが込み上げてくる。

 

「ソナーヲヨクモヤッタナ!」

 

 主砲はおろか艤装そのものも相当破壊されてしまったが、それでも夕立が陸奥さんに飛び掛かろうと駆け出した。素手でもある程度は戦えるのが今の状態。殴り付ければ艦娘を殺すことくらいは出来るかもしれない。

 だが、今やるのは得策ではない。磯波を失ったことで、より理性を失ってしまっているのはわかる。私だって今すぐ全員を殺したい。だが、今はダメだ。間宮さんも伊良湖さんも時間切れがまだ来ていない。迂闊に動くと返り討ちに遭う。

 

「夕立、ヤメナ!」

「もう遅いわ」

 

 夕立の理性を失わせることが目的で、先に磯波をやったのではないかと思えてしまう。

 陸奥さんに突っ込む夕立を待ち構えていたかのように、霧島さんが半壊した鋏を突き出していた。ボロボロとはいえ辛うじては動く状態。それこそ、挟むことが出来てしまう。

 

「ソンナノ、飛ビ越エッ」

「貴女の艤装はもう壊れているでしょ」

 

 ここで間宮さんの砲撃が効いてくる。艤装を壊し続けたことで夕立のスペックは大幅にダウンしており、飛び越えることすらままならなかった。

 結果、霧島さんの鋏が夕立の腹を挟み込む。夕立のそこには装甲が無く生身。一番狙われてはいけない場所を、一番狙われてはいけない人に掴まれてしまった。

 

「カハッ!?」

「……子分の不始末は親分が片付けるわ。ごめんなさいね夕立」

 

 一気に締め上げると同時に酷い音が響き、夕立が血を吐いた。そのまま腕がブランと垂れ下がり、磯波と同じように指先から塵へと変化していく。あの一撃で夕立は圧死したのだろう。

 

 磯波に引き続き、夕立も失ってしまった。せっかくの分霊がこうも簡単にやられるだなんて。それもこれも、鎮守府の守護者、給糧艦の2人が戦場に現れたからだ。許せない。許せない。せめてこの2人だけはこの場で殺さなければ。

 時間もそろそろ切れる頃だろう。そうなったら終わりだ。誰でもいいから分霊してしまえば形勢逆転になる。速攻で堕とすのならD型異端児。現在『雲』と戦っている由良さんと阿賀野さん、後は空母故に表に出てきていない天城さんの3人。その内の1人でもこちら側に持って来れれば。

 

「悪いこと考えてるわね、陽炎ちゃん」

 

 いきなり右腕が撃ち抜かれた。爪の装甲があるため千切れ飛ぶようなことは無かったが、骨がミシリと音を立てたのがわかった。

 

「ッグ……私ハ、マダ」

「分霊を増やそうとでも考えたんでしょう。ダメですよ」

 

 もう片方の腕も撃ち抜かれた。同じように骨が軋み、もう持ち上げるだけでも激痛が走る程に。

 

「もう終わりましょう……っあ」

 

 トドメを刺そうとしたであろうタイミングで、間宮さんがフラついた。伊良湖さんも急に消耗をしたように膝をついている。まさか、ここで時間切れか。まだ5分も経っていないように見えたが、あれだけの動きを見せ続けたのなら限界が早々に訪れても疑問ではないか。

 私にもここで運が向いてきた。腕は上がらないが、多少無理をすれば動かないわけではない。大丈夫だ。こういう時こそ落ち着いて。

 

「ッハ、ハハハ、モウオシマイ、オシマイナンダネ。ココカラハ、モウ!」

 

 主砲を間宮さんに向ける。これで終わりだ。給糧艦の2人さえいなくなれば、私を阻むものはいなくなる。磯波と夕立は惜しいことをしたが、本来の目的である撤退を選択すれば、次がまだある。

 私はまだあのお方に会えていないのだ。この状態で会って、10年間の清算を……。

 

 

 

「もう、終わり」

 

 気付けば、私は腹を撃ち抜かれていた。

 

 泣きそうな顔の沖波が、私に主砲を向けて立っていた。

 

 

 

「沖波……アンタ……!」

「ごめん、不意打ちみたいになって。でも、もうやめよう、やめようよひーちゃん。ひーちゃんは深海棲艦じゃない、艦娘、人間だもん。元に、元に戻って!」

 

 追撃のもう1発。両腕をやられ、腹にも入れられた私には回避するだけの力も残されておらず、その一撃は吸い込まれるように胸に飛んできて、そして直撃。

 貫かれはしなかったが、このダメージは甚大だった。一瞬心臓が止まったと思った。いや、おそらくこのまま止まるんだと思う。

 

 死の匂いがした。

 

「私……モウ終ワリナノ? 嘘……マダ、マダ何モ、成シ遂ゲテナイノニ……」

「私も業を背負うから。ひーちゃんを殺したっていう業は、私が背負うから、だから」

 

 ダメ押しの砲撃。もう回避出来ない。脚が動かない。

 

 

 

「ごめんね、ひーちゃん」

 

 私の目の前は真っ暗になった。何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。私の鼓動がどんどんと小さくなっていく。

 全てが失われていく感覚。私自身が無くなる感覚。泣き叫びたくなるくらいに怖い。だけど、それすらも出来ない。

 

 

 

 これが死か。

 



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あの戦いの後

『陽炎』は息絶え、陽炎は蘇る。

 

 深海棲艦としての私は沖波の手により殺され、そのおかげで私は人間へと戻ることが出来るようだ。心臓が止まるその瞬間までの記憶はある。痛みも何もかも、そして、短時間とはいえ太陽の姫の巫女として活動したその悪行も全て覚えた状態で。

 それは悪夢のように私の中でグルグルと回り続けた。磯波と夕立を自身の部下として生まれ変わらせ、意思すらも塗り潰し、尊厳を踏み潰した。そしてそれを快楽として認識していた自分自身に怒りを覚え、それが一番の苦痛だった。

 

 勿論、私がこうなったきっかけ、父さんを殺した瞬間も思い出している。悪夢を見てももう深海棲艦になることは無いとは思うが、それでもあの時の記憶が常に残っているというのは、それだけでも辛かった。忘れていた日常が幸せだと思えるほどに。

 忘れたいと思ったが、忘れてはいけないとも思った。故に、『陽炎』としての私の悪行と共に、悪夢として私を苛む。

 

 父さんを殺した時の悪夢が終わると、鎮守府を破壊し殺された時の悪夢が始まり、それが終わるとまた父さんを殺した時の悪夢が始まる。罪の意識がそれを呼び込んでいると理解した状態で。これからは眠るたびにこうなる可能性が高い。

 私は耐えなくてはいけない。罪を償うために。私は咎人だ。長門さんの気持ちが痛いほどわかった。これでは人付き合いを嫌がるのもわかる。合わせる顔が無い。このまま目覚めない方がいいとすら思う。

 

 だが、そんなことは世界が許さない。私は目を覚まし、みんなの前で罪を償わなくてはいけない。深すぎる心の傷を抱えて、誰にも許されなくても、生きていかねばならない。

 

 

 

 目が覚めると、そこはガラス張りの筒の中だった。初めて入った入渠ドックの中。生きてさえいればあらゆる傷を治療し、健康体にしてくれる魔法の機械。妖精さん達が何をしていたのかは知らないが、ともかく私は全くの無傷となっていた。

 しかし、心の傷は治療出来ない。悪夢でさんざん見せられたあの光景は、何も考えていなくても頭の中に残り続ける。指先には磯波と夕立の胸元に刺した時の感覚は残っているし、その時の快感も覚えている。

 

「起きたかい」

 

 空城司令の声が聞こえるが、身体が動いてくれなかった。痛みとか疲れとかそういうのは無く、あまりにも不甲斐なくて顔を見ることが出来ない。涙が溢れ出る。

 さっきまでは、空城司令だって殺すべき敵であるという認識をしていた。太陽の姫に逆らう愚か者であり、侵略されるべき無力な人間だと。そんなわけないのに。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 自然と謝罪の言葉が出た。この鎮守府を滅茶苦茶にしたこと。私がしでかしたこと。全てに対して、私の今の気持ちを表現するには、この言葉しか無かった。

 許してほしいとは思っていない。むしろ許されてはいけない。それだけのことを私はやっている。

 

「謝るんじゃないよ。アンタにゃ罪は無いさ。全部太陽の姫のせいだろうに」

「でも、手を下したのは私。磯波と夕立があんなことになったのも、私の悪意のせい。全部、私がやったことだよ……」

 

 そうだ、磯波と夕立はどうなった。というか鎮守府はどうなったんだ。私が壊したことで機能すらしていないとかあるのではないのか。

 入渠ドックはちゃんと動いているようだが、私のせいで誰かが痛い目を見ている可能性があるのではないのか。疑問が尽きない。

 

「現状を教えておく。その前に、着替えられるかい」

 

 入渠すると全裸にされるらしく、今の私は何も着ていない。このまま話を聞くのは私だけで無くいろんな人に迷惑がかかる。入渠ドックを占領しているのも良くないだろう。

 正直辛いが、今はここから出ることにする。渡されたのは、萩風や長門さんも着ていた検査着だった。この後に速吸さんに検査をしてもらうのだろう。制服を着るよりは楽ではあるため、素直に袖に腕を通す。

 

 私には身体にも後遺症が残っていることに気付いてしまった。()()()()()()()()()()()()()()()()。深海棲艦となった時の変化が、髪に残ってしまった。こういう形で業が残るだなんて思ってもみなかった。

 外見にあるのはそれはそれでいいか。私が咎人であることを明示的に表してくれるのはありがたい。罪を忘れることが無くなる。

 

「これが私の代償……」

「中身には無いのかい?」

「うん……大丈夫。今は大丈夫だと思う」

 

 今のところ気付けるところには無いと思う。司令も含めて、ここにいる人達のことを敵だとは思わないし、だからといって太陽の姫を支えるべき主と感じることもない。

 まだわかっていないだけで、何かあるかもしれないが、今はわからない。それだけで追求は置いておく。

 

「アンタが一番最後だ。他の連中はもう目を覚ましてる。あの戦いから、丸一日経ってるからね」

「磯波と夕立は……」

「アンタや他の分霊と同じで、死んだことによって元に戻ってるよ」

 

 着替えながらでも話を進めてくれる。まずは他の者の治療の状況について。あの戦いは夜に始まったが、外は明るい。それで丸一日ということは、私は戦いの翌日を全て治療に使われ、さらに朝になったということになるのだろう。それだけ時間があれば、他にドックが必要な者達の治療は終わって然るべきか。

 萩風や長門さんよりもかかったのは、太陽の姫直々に分霊された弊害か。いろいろなところに重篤な被害が起きていたからこそ、時間が必要だったとも言える。

 

「『雲』だが、アンタがやられたことを確認したら、すぐに戦場から消えたよ。鎮守府の外に待機していた奴の部隊もね。その時点で戦闘は終了した」

 

 あくまでも私が目的だったということか。外にいた連中は護衛か何かで、余計な動きをしたら撃つという形で包囲していたのみ。事が済み、作戦が失敗したのだから撤退したと考えるのが正しい。

 そのまま押し込んで鎮守府を完全に破壊するわけでは無かったのには何か意味があるのだろうか。こうなったとしても、まだ私を狙っているとか。

 

「工廠は修復の目処がついているから安心しな。それなりに時間はかかるが、業務に支障は無いよ。戦闘の揺れで部屋が一部散らかったところもあるが、大惨事にはなっちゃいない」

 

 この入渠ドックも工廠の端にある別室。ここには4つのドックが鎮座しているが、他のドックは今は使われていないようである。

 さんざん破壊してしまったが、それが元に戻っていっているのならまだ良かった。それで私のやったことが帳消しになるわけでは無いのだが。

 

「……磯波と夕立は……どうしてるのかな」

 

 着替え終わったところで、今一番気になっていることを問う。私の一番の罪である2人の現状を知りたかった。

 短時間とはいえ、2人も私と同じように鎮守府に敵対したのだ。罪悪感を持っていてもおかしくない。それこそ立ち直れていないくらいになっているかもしれない。私のせいで。

 

「……磯波は今、部屋に引き篭もってる。沖波と萩風がついているところだ」

 

 やはり。私のせいで立ち直れないくらいの傷を負ってしまった。特に磯波は優しい子だ。性格まであんなに変貌させ、暴れに暴れたあの時の磯波は、トラウマ以外の何物でもないだろう。

 あの時に私の()()()()()被害を受けていない沖波と萩風が磯波を慰めているようだが、1日では立ち直る事が出来ないようだった。

 

「夕立は……あの子のことは何となくわかるんじゃないかい」

「気にしなさそうだもんね夕立……」

「ああ、空元気に見えなくはないがね」

 

 夕立は治療が終わった時点で普通に復帰したとのこと。

 いくら一度鎮守府を敵と認識してしまったとしても、それは自分のせいではないと吹っ切れることが出来る強さを持っているのが夕立だ。

 それに、夕立自身は価値観が逆転したくらいで性格も何も変わっていなかったように見える。それも立ち直りやすい要因かもしれない。

 

「ただ、あの短時間でも萩風や長門のような()()()()()()は残っちまった。前の2人程は重くないんだがね。ちょっとしたもんだ」

「そう……なんだ」

 

 やはり、そういうところに何かがある。深海棲艦への変化は、人間には重すぎるのだ。私にだって、今はわからないだけで何かしらの後遺症が残っていてもおかしくない。身体側にも残っているのは、太陽の姫に直に分霊されているからだろう。

 その後遺症は、敵対心や執着心ではなく、思考に若干の影響を与える程度の軽いものと聞いて少しだけ安心した。それを見て私はショックを受けるだろうが、私だけなら別に構わない。

 

「陽炎、あまり気にしないようにするんだ。誰もが声を揃えてアンタに言うはずだからね。アタシが先に嫌と言うほど言っておく。アレはアンタのせいじゃない。全部太陽の姫のせいだ。アンタの意思じゃない」

 

 面と向かって言われる。目と目を合わせて、私に刻み付けるように。

 

「アンタをああしたのは太陽の姫だ。アンタの意思で深海棲艦に成り下がるなんて考えないだろう。抵抗していたのはみんな知っている」

「……うん」

「誰もアンタを責めない。被害者だろう夕立と磯波も、アンタのことを恨んでいるなんて一言も言っていなかったよ。むしろ心配していたくらいだ。罪悪感で引き篭もっている磯波すらね」

 

 私のことを誰も恨んでいないというが、罪自体は私のものだ。いくら太陽の姫の意思が私に引き金を引かせたとしても、私が磯波と夕立を蘇ったとはいえ死に至らしめたことや、嬉々として鎮守府をボロボロにしたこと、そして私が父さんを殺したという事実は何も変わらない。

 いくら許されることだと言われても、私自身が私を許す事が出来ない。太陽の姫の呪縛から逃れられた確証も得られないのだから尚更だ。記憶が全て蘇っても何も起きないとはいえ、何がきっかけでまたあの姿に戻ってしまうかわからない。

 

「一度検査を受けてもらうよ。速吸に準備をしてもらってる。医務室に移動するからね」

「……うん」

 

 もう私は自分が怖い。一度おかしくなったことが二度起きないとは限らないのだから。

 

 

 

 医務室へ向かう間に誰とも会わなかったのは良かった。おそらくしーちゃんが手を回してくれていたのだと思う。正直、今は誰とも顔を合わせたくない。合わせる顔が無い。

 医務室では、既に速吸さんが検査の準備を終えていた。入ったところですぐに始まる。

 

「同期値は相変わらず計測不能、それ以外の値も、()()()()前から何も変わってません。陽炎ちゃんは、元に戻ったと考えるのがいいと思います」

「そうかい、そりゃ安心だ」

 

 数値だけで見るのなら、私は巫女となる前の状態と同じであるとのこと。つまり、また変化する寸前に戻ったとも言える。

 

「匂いについてはD型異端児の子に試してもらうしかないので何とも言えませんが、もう大丈夫でしょう」

「そんなことないよ……何がきっかけで変わっちゃうかわからなくなっただけだよ……」

 

 父さんを殺した記憶まで取り戻して何の変化も現れないが、次のトリガーが変わっただけとも考えられる。それこそ、太陽の姫に対面した瞬間に汚染されるかのようにあちら側になってしまうとか。

 そういう意味では何もかもが怖い。自分が信用出来ない今、何がきっかけでまた鎮守府に叛旗を翻すかわからないのだ。

 磯波が引き篭もるのもわかる。植え付けられた感情とはいえ、自分の中にあんな暴力性があるなんて思っていないだろうから、自分が怖くなるのなんて当たり前のことなのかもしれない。

 

「陽炎、ならアンタをせめて安心させるための物を整備班に、夕張辺りに作らせる」

「何を……?」

「単純に言えば()()()()さね。それがあれば落ち着くんじゃないかい?」

 

 司令が言うのは、私の首下に装着する小型の爆弾。私がもしまた深海棲艦となってしまった場合、即座に爆破することで私の息の根を止めるということだ。私の命を鎮守府に預ける。私自身の生殺与奪の権を司令に握ってもらうということ。

 それなら少しは安心かもしれない。死ねば元に戻れるかもしれないし、今度こそ命を失うかもしれない。だが、どちらにしろ死ななければ意味がない。なら、そうしてもらった方が私の心の安寧に繋がるだろう。

 

「……そうしてほしい。私の命をいつでも奪えるようにしてほしい。ボタン1つで死ぬ物を私にちょうだい」

「わかった。アンタがそれで安心出来るのなら、苦肉の策だがそれを用意しよう。だが、それを使うことは無いだろうね。アンタはもうあんなことにはならない」

 

 自信を持ってそう言ってくれるが、私自身がそれを信用出来ないのだから、それくらいしてもらわないと今後動くことも出来ない。

 

 

 

 元に戻れたのはいいが、開き直ることは出来ないだろう。重過ぎる罪を背負い、私は償うために生きていくことになる。

 




陽炎は元に戻りましたが、中身が戻ったとは言い切れないくらいの傷を持ったことになります。後遺症も外見に出てしまいましたし。


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残された感情

 深海棲艦と化したが無事艦娘へと戻ることが出来た私、陽炎。しかし、後遺症として外見にも出てしまっており、髪は深海棲艦の時と同じ白い髪が交ざるメッシュ状になってしまった。

 また、蘇って目覚めるまでの間に、今までの嫌な記憶が悪夢としてリフレインし続けるという、眠るのが嫌になる程のものまで残っている。それ以外にも見えていないだけで何かしらあるかもしれない。

 

「検査は終了です。お疲れ様でした」

「制服も持ってきてある。これでみんなに目が覚めたことを見せてやってくれ。アンタを心配してないヤツなんて誰もいない」

 

 私にそんなことしてもらう価値は無いのに。恨まれこそすれ、心配されるなんておこがましいとすら思えてしまう。どれだけ慰められても、私から罪悪感が晴れることは無いだろう。

 罪の意識に押し潰されないように、誰にも迷惑をかけないように、私は今後を生きていきたい。私がやったことは本来許されないものなのだから。

 

 萩風や長門さんと違い、私は艦娘という立場から深海棲艦へと堕ちて鎮守府を破壊している。それは基本的に軍規とかそういうものに反するものになるのでは無いだろうか。艦娘なのに人間にその力を振るったなんて重罪中の重罪。そしてそれを磯波と夕立にも強制してしまった。

 一時の長門さんではないが、私は死罪でもおかしくないくらいの重罪人だ。父さんを殺したという事実もそうだが、本来人間の守護者となる艦娘がやらかした事件なのだから。

 

「陽炎、何度でも言うと言ったね。全部太陽の姫のせいだ。わかるかい。未だに太陽の姫に忠誠心を持ってしまっている長門だって、そこに気付くことが出来たんた。アンタも気付ける」

 

 確かに母さんを殺したのは紛れもなく太陽の姫その人だ。だが、父さんに関しては違う。私の手で、私の意思で殺している。

 しがらみを捨てろという一言だけで父さんを殺すことを選択してしまったのだ。そのように誘導されていたとしても、そんな自分がどうしても許せないのだ。

 

「アンタはまず、萩風や長門と話すことだ。あの子達のことも、もう知っていい」

「……うん。いつも私に抑えて話してくれてたもんね。知る権利はあるかも」

 

 同じ境遇の2人なのだから、私の気持ちはわかってくれる。特に長門さんは添い遂げるはずの彼がと言っていたが、私と同じように自分の意思で彼を殺してしまったのだろう。そんなの、私と同じくらいに辛いはずだ。

 2人とは話がしたい。愚痴も言いたい。傷を舐め合いたい。だが、私は萩風にも合わせる顔が無い。対面するのが怖い。

 

「……その前に勘付かれたな」

 

 小さく溜息をついた空城司令。と同時にドタドタと足音が聞こえた。おそらく1人。一直線に医務室に突っ走ってくる音。

 

「陽炎、覚悟だけはしてほしい。後遺症は……」

()()()ぁ! 起きたっぽい!?」

 

 覚悟をする前に夕立が医務室に突っ込んできてしまった。ちょうど着替え終わった直後の私の姿が目に入った瞬間、殆ど低空飛行のように私の腹に向かって体当たり。

 今は初月インナーのため匂いがあっても外に漏れない仕組みにはされているが、そんなことお構いなしに私に力一杯抱きついてきた。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。今夕立は私のこと何と呼んだ。ゲロ様と呼んだか。

 

「夕立、陽炎は病み上がりだ。離れてやんな」

「わっ、そうだった。ごめんね()()()

 

 また言った。つまり、夕立の後遺症というのは。

 

「……後遺症は、()()()()()()()だ。重くは無いが、まぁ、今の感じで大体わかるだろう」

 

 察した。私との接し方はこうなる前と何ら変わらない。だが、様を付けて呼ばれるということは、私のことを自分よりも上に見ている証拠でもある。

 

「あ、あのさ、夕立。様はやめて……あの時のこと思い出しちゃう」

「えっ、あ、そ、そうだよね。なんか癖みたいになっちゃって。意識しないで言っちゃったっぽい」

 

 それにもう1つ、深海棲艦化の影響が残っている部分が1つ。ああなる前には身に着けていなかったスパッツを制服の時にも穿くようになってしまっていた。おそらくこの制服の下は、深海棲艦として変化していた時に身につけていたものがそのままあるのだと思う。妖精さんに無理を言って作ってもらった可能性は高い。

 これも私への忠誠心が残ってしまった影響だ。あの時の姿をしたいと本能的に考えてしまったことがここに繋がる。

 

 後遺症として残っているのはかなり弱目かもしれないが、そういう視点が生まれてしまったのは紛れもなく私のせいだ。あの時に夕立を深海棲艦にしていなければ、こんなことにはなっていない。

 

「……私が夕立を壊しちゃったんだね」

「壊れてないっぽい! ゲロさ……ちゃんは、何も悪くないっぽい!」

 

 慰めてくれるものの、やはり私の心には痛みが走る。私のしたことが、夕立の心の何処かを壊してしまったのだ。取り返しのつかないことをしてしまったのだと実感する。

 じゃあ、磯波も同じようになってしまったと考えるのが妥当。数分の差ではあるが夕立よりも長い時間あの姿でいたわけだし、違うところに後遺症が残っていたとしても、心の何処かが壊れているのが予想出来る。

 

「提督さん、ゲロさ……ちゃんをソナーのとこ連れてっていいっぽい?」

「磯波のところにかい? まぁ、遅かれ早かれ顔を合わせることになるからね。あまり刺激しないようにするんだよ」

「ぽい! 行こ、ゲロちゃん」

 

 私としてはまだ抵抗があったが、磯波にはすぐにでも会わなくてはいけなかった。最終的にはみんなの前で土下座なりなんなりするつもりだが、磯波と夕立は、それ以上に謝らなくてはいけない。

 どう罵られてもいい。殴る蹴るも大歓迎だ。怒りの丈をぶつけてもらいたい。

 

 

 

 夕立に手を引かれ、磯波の部屋の前。ここ最近はずっと私の部屋でみんなが寝ていたため、他の部屋に来るのも久しぶり。むしろ初めてと言っていい。

 ここまで来て手が震える。怖い。なんて言われるか想像も出来ない。夕立のようになっていても怖い。全部怖い。

 

「ゲロちゃん、すごい震えてる」

「……磯波にもすごく悪いことしたから」

「ソナーはゲロちゃんのこと、怒ってないよ」

 

 覚悟を決める前に夕立が部屋の扉を開いてしまった。中には予想通り、磯波の他にも沖波と萩風が待機していた。

 

 工廠が修復中ということで、鎮守府の運営は規模縮小中。訓練自体は行われておらず、哨戒任務程度に抑えられている。諜報部隊がいるため、現在は太陽の姫、ならびに『雲』の行方を探している最中。

 そこに参加していないものは全員が鎮守府で待機している。その時間を使って、沖波と萩風は酷く落ち込んでいる磯波の側にいてあげているようだ。

 

「陽炎ちゃん、目が覚めたんだね」

「うん……沖波、ありがとう。私を止めてくれて」

 

 沖波は笑顔で迎え入れてくれる。私が目を覚ましたことを素直に喜んでくれているものの、私を殺すという業を背負ってくれた親友には顔を合わせづらい。深海棲艦を沈めるのとは精神的なダメージが違う。それこそ、私のために手を汚してくれたようなものだ。申し訳ない気持ちでいっぱいに。

 

「姉さん……髪が……」

「……うん。私の後遺症は外見に出ちゃってるみたい」

 

 萩風は心配そうに後遺症に触れてくる。萩風が奮闘してくれたというのに、私は結局呑み込まれてしまった。あんなにも頑張ってくれたのに、最後は邪魔者のように思い切り殴り付けてしまった。

 

 そして磯波。ストレスにより体調を崩してしまったか、今はベッドで横になっていた。私が入ったことで身体を起こしたようだが、あまり顔色がいいようには見えない。

 

「磯波……」

「私は気にしてないから……」

 

 気にしていないのならこんなことにはなっていないだろう。私のことを許せないと言ってくれた方が気が楽だ。だが、磯波は私のことを責めることは無かった。疲れた顔ではあるものの、微かに笑みを浮かべて私に話をしてくれる。

 

「気にしないで……大丈夫だから。あんなことになったのは……全部太陽の姫のせい。私は……ちゃんと理解してる。()()()のせいじゃないよ」

 

 後頭部をガツンと殴られたかのような衝撃だった。夕立に引き続き、磯波にも私への忠誠心という後遺症が残ってしまっていた。

 あの時に一番強い感情といえば、いろいろあったと思う。磯波には植え付けられた暴力性というのもあった。だが、それを上回ったのが私への忠誠心。それが、私には一番辛い。

 

「すごく罪悪感は残ってる……霧島さんに合わせる顔は無いし……陸奥さんの主砲を見たら吐きそうになった……でも、陽炎様のせいじゃない……私をこんなにしたのは太陽の姫だから……」

「そうっぽい。ゲロ様は何も悪くないっぽい。夕立があんなに調子に乗ったのも、親分にブチッとされたのも、全部太陽の姫のせいっぽい」

 

 違う。違う。違う。

 太陽の姫の手は私にしか付けられていない。磯波も夕立も、私が陥れようと考えてああなったのだ。だから、お願いだから、私に怒りをぶつけてくれ。

 

「ごめん……ごめん……みんなごめん……私のせいで心を壊しちゃって……居場所を壊しちゃって……本当にごめん……。全部、全部私のせいだ。私のせいで滅茶苦茶になったんだ……」

「陽炎ちゃん……」

「だから……もっと怒ってよ。私がおかしくしたんだから、私を責めてよ!」

 

 責められることが償いになるとは到底思えないが、みんなに残るストレスを私にぶつけてもらえれば、少しはみんなのためになるかと思っていた。捌け口になったところで罪は消えずとも。

 

「なんで怒る必要あるっぽい?」

 

 本当に理解出来ないという顔で夕立が首を傾げる。

 

「夕立が気に入らないのは太陽の姫だけっぽい。自分で動かないで姿も見せずだもん。やり方が陰湿っぽい。自分で動きたくないからゲロ様とかあの『雲』とか使ってるんだよね」

「……私もそれ……かな。自分の手を汚さないようにするために私達が利用されたんだよね……。道具にされただけだし……」

 

 だとしても、私達が手を汚そうとした事実は変わらないのだが。

 

「立場としては……私達も陽炎様も同じところにいるんだよ。太陽の姫のせいで滅茶苦茶にされた。それだけ。だから……私は太陽の姫だけが()()()()()()()

 

 普段の磯波からは考えられない、攻撃的な言葉。虚空を睨みつけるように眉を顰め、力なく拳を握る。強めな言動ではあるが、トラウマは全く払拭出来ていないのは丸分かりだった。

 それでも、私を励ますために無理をしているというわけではない。自分を奮い立たせるために、わざとこう振る舞っているのだ。ガラでも無いのに。

 

「姉さん……姉さんの気持ちはわかります……。だから私達は姉さんのことを責めることなんて出来ません。権利すらありません。私が責められなかったんですから」

 

 萩風だって長門さんだって、鎮守府のみんなは責めることをしない。私だってしなかった。

 だが、それとこれとは違うだろう。私は萩風や長門さんと違い、周りを巻き込んでいるのだ。私のせいで不幸になった2人がいるのだから、心持ちが全く違う。

 

「……ひーちゃん」

 

 みんなが前向きに進み出そうとしているのに1人ウジウジしているところに、沖波が私の前に立つ。

 

「沖波……」

「歯、食いしばって」

 

 言うが早いか、沖波から強烈なビンタが飛んできた。それはそこまで力が無いものではなかったが、思いがこもっていたように思えた。ジンジンと痛みが拡がる。

 

「私はみんな程酷い目に遭ってないけど、ひーちゃんを責めるっていう業は私が全部背負うから。だから私はひーちゃんを殺したんだから。ひーちゃんが望んだから、1発だけ。これでおしまい」

 

 その沖波だって、泣きそうな顔をしていた。私が沖波を悲しませていると思うと、余計に罪悪感が強くなる。

 

「もう自分を責めろとかそんなこと言わないで。罪のない人を殴るのは、こっちの方が痛いんだから」

「……ごめん……でも……」

「言い訳しない! 全員が無罪だって言ってるんだから、ひーちゃんは無罪なの!」

 

 肩を掴まれ、物凄い剣幕で叱られた。いじけている私を奮い立たせるためか、ガタガタと揺すられる。

 

「私達はひーちゃんのこと絶対に責めないから。辛くても、絶対に責めない。誰も責めない。みんな前と同じように接する。太陽の姫の巫女である『陽炎』はもう死んだの。私が殺した。この手で殺したの。ここにいるのは別人、艦娘陽炎でしょ!」

 

 そんな簡単には開き直れない。吹っ切れることなんて出来ない。どれだけ言われても、私の心はガタガタだ。太陽の姫の侵食が無くなっただけで、ヒビが入ってしまったのは変わらないのだ。

 

「同じ立場になったようなものですから……もっと私を使ってください。私は、私達は姉さんの味方です」

 

 萩風からも慰めの言葉。夕立も磯波も、その通りだと首を縦に振る。

 

 

 

 私は思い切り泣いた。羞恥心とかも何も感じず、ただただ泣いた。それでスッキリなんてしなくてもいい。

 

 心のヒビに、仲間達が染み渡っていくような感覚がした。

 




開き直れるまではまだ遠いでしょうが、一歩目を作ってはもらえそうです。沖波が業を背負いすぎている感じはしますが……。


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仲間達の心

 夕立と磯波には、私、陽炎への忠誠心という後遺症が残ってしまっていた。物凄く強めの残り方ではないのだが、それでも私のことを様を付けて呼んでしまっているのが、私の心に大きくダメージを与える。友人の在り方をねじ曲げてしまったのだと実感させられたからだ。

 そんな中、沖波が私には罪がないと言い聞かせるように叱ってくれた。ワンワン泣いてしまったし、それで開き直る事が出来るわけではないのだが、ほんの少し、1歩だけ進むきっかけが貰えたかもしれない。

 

 酷い顔では無くなった辺りで、時間としてはお昼時。丸一日入渠で眠っていたことで、今更ながら空腹を感じることになった。人前に出るのには抵抗があるものの、謝罪をするのなら食堂が一番やりやすい。全員が揃っている。

 1人で顔を出す勇気が無かったが、夕立が一緒に行くと私の腕に抱きついてきたのでついてきてもらうことにした。磯波はまだ体調が優れないということで、部屋での食事としており、沖波と萩風は引き続き磯波につくとのこと。

 

 この夕立の行動も私が植え付けてしまったのだと思うと、申し訳ない気分になる。元々人懐っこい性格だった夕立ではあるが、ここまででは無かった。匂いを嗅ぎに来るくらいがちょうどいいと思えるほどである。

 

「食堂……今どうなってるの」

「みんなでお手伝いしてるっぽい」

 

 私達を食い止めるために、鎮守府の守護者である間宮さんと伊良湖さんが力を発揮した。その代償として、数日間は食堂を開けられなくなるなんて言っていたが、食堂そのものはやっているらしい。

 私達をキッチンに立たせるとも言っていた。私はこんなにも眠ってしまっていたのだが、その間に一体どうなってしまっているのだろうか。

 

「ああ……陽炎と夕立か。適当なテーブルを使ってくれ」

 

 出迎えてくれたのは長門さん。食堂手伝いはそのまま、以前よりは少し忙しない感じだった。哨戒任務で出て行っているのが少数のため、鎮守府に殆どの艦娘がいるというのも忙しさの原因の1つかもしれない。

 

 キッチンには給糧艦代理として料理が出来る者、天城さんと由良さん、そして大鷹がみんなの料理を作っていた。当然3人だけでは手が足りないため、そこに数人が手伝いに入っているような形。給糧艦2人がどれだけ食の面で鎮守府を支えていたかを痛感する。

 率先して手伝っていたのが海防艦の子供達である。大鷹がやっているからというのもあるし、こういうことをお手伝いしたがるお年頃でもあるだろう。3人が3人楽しそうにお手伝いをしていた。

 

「あ、陽炎おねーさんっしゅ!」

 

 その内の1人、占守に見つかった。お手伝いをしている最中でもこちらに目が行ったようで、私を見つけた瞬間に声を上げた。それはそれは大きな声で。

 長門さんに声をかけられた時は何も無かったが、占守の声は食堂の全員に聞こえるほど大きく、一気に注目を浴びるようになる。

 

 視線が怖い。幸いみんなのことを敵として見てしまうような感情は私に残ってはいなかったが、この全員を敵にしてしまったことは事実だ。いきなり殴られても文句は言えないし、罵られても受け入れる。みんながみんな、異端児駆逐艦と同じとは限らない。

 

「おう、陽炎。こっち空いてるから来い来い」

 

 手招きするのは木曾さんである。磯波を斬ろうとしたところを止めるため、再起不能にするくらいの一撃を入れてしまった。あの時の感触、足蹴にした時の感覚はまだ覚えている。

 文句を言われるのなら木曾さんが筆頭だろう。私が直接手を下してしまった。今でこそピンピンしているが、相当なダメージだったはず。

 

「さて、俺はお前に言っておきたいことがある」

 

 座った途端に目と目を合わされる。視線を外すことが出来ない。睨まれているわけでは無いが、感情が読めないような表情。

 ふっと私に手を伸ばしてきた。胸倉を掴まれても受け入れる。そのまま拳が飛んできてもいい。それだけの覚悟は私にもある。歯を食いしばるように目を閉じ、木曾さんのやりたいようにしてもらうつもりで待ち構えた。

 

「次はアレをマスターするぞ。近接戦闘が出来るってのはそれだけでも強みだ。ああ、だが膝に負担がかかるかもしれないか。まずは下半身強化がいいかもしれないな」

「……え?」

 

 頭をポンと叩くように撫でられ、そんなことを言われた。その言葉の意味がさっぱりわからなかった。

 

「俺に入れたヤバイ蹴りだよ。よくわからない移動と同時に突っ込んできたアレな。あの一撃だけで、内臓が少しと骨が数本イカれてたらしいぜ。いやぁ、アレは効いた。クソ効いたぞ陽炎」

 

 頭の後は、勇ましい笑みとともに肩をバンバン叩かれた。私がやったことをステップアップの素材としてしか見ていない。やらかしたことなんて忘れてしまったかのように豪快。

 

「次はアレも避けられるようにしてやるから覚悟しておけよ。返り討ちにしてやるからな。俺もまだまだ伸び代あるぜ」

「ちょ、ちょっと待って」

「なんだよ。不服か? もしかして俺がぶん殴るとでも思ってたか?」

 

 図星である。無言で首を縦に振る。手を伸ばされたらそう考えてもおかしくないと思う。私は割と真剣に悩んでいるのだが、それを見た木曾さんはゲラゲラ笑い出した。

 

「んなわけあるか。じゃあお前は、例えば意思も持たないような誰かが操っているロボットが攻撃してきたら、何処を恨むよ。そのロボットが悪いって思うか?」

「……それを操ってる人」

「だろ。お前は人形(それ)だっただけだ。表現が悪いかもしれねぇけど、ここの連中は、あの時のお前のことをそういう感じに思ってると思うぞ」

 

 気付けば周りに人が集まっていた。当事者となった私は、鎮守府の中で一番心配されていたようで、五体満足でこの場に現れたことが本当に喜ばれた。丸一日入渠で眠るということ自体が相当稀なことらしく、そこから復活したのだと大いに祭り上げられた。

 

 今までの2人、萩風と長門さんは、ああなる前の人間性がわからないからみんな慎重だったわけだが、私はこれまでの数ヶ月でずっと交流をしている。余程のことが無ければ中身が完全に切り替わるなんてことは無い。

 だから、私にはみんな今まで通りに接してくれる。私の()()()()は一切関係無しに、以前の私として、艦娘陽炎として扱ってくれている。それがまた嬉しい。嬉しいのだが、素直に喜んでいいのかがわからない。

 

「陽炎ちゃん、何か困ったことがあったら、速吸に教えてくださいね。必ず力になりますから。トレーニングからカウンセリングまで任せてください。カウンセリングは素人ですけど」

「……う、うん……」

「話をするだけでも気は楽になりますから、毎日話しましょう。楽しいことを考えるのもいいと思います」

 

 速吸さんからは今後のためのアドバイスを貰えた。精神的な部分のケアは頼らざるを得ない。

 自分が当事者となって痛いほどわかった。メンタルの面は、1人では絶対に回復出来ない。1人になるとネガティブに拍車がかかる。もう心配は無いとしても、毎晩誰かに側にいてほしいくらいだ。頼まなくても夕立や磯波は率先して部屋に来そうではあるが。

 

「頼れる仲間は沢山いますから、ここぞとばかりに全員使っちゃいましょう。皆さん喜んでお手伝いしてくれますよ」

「……わかった……」

「言質、いただきました。皆さんの前での発言ですから、撤回は出来ませんからね」

 

 悪戯っ子のように笑う。私が首を縦に振ったことで、今後関わられることが拒否出来なくなったわけだ。

 

「白のメッシュか……良いわね」

「白髪交じりなイメージにならない?」

「こういうのが良いのよこういうのが。いい感じのオシャレになるわ」

 

 陸奥さんはすぐに私の髪に触れてきている。内面に後遺症が今のところ見えない私にとって、深海棲艦となったことを如実に表した唯一の後遺症。それも今の私の美点として、陸奥さんは扱ってくれている。

 私としてはこれは受け入れ難いものだった。いつでも見られる私の悪行の証なのだから。罪を忘れたいわけではないのだが、いざそれがいつも見える状態というのは心に来る。

 

「気になるなら染めちゃえばいいと思うわ。いい美容院紹介してあげられるけど」

「髪の問題ならいくらでも解決出来るものね。外見の問題は解決しやすいわ」

 

 確かに、嫌なら染めてしまえばいいとは思う。だが、それは自分の罪から逃げていることになるのではないだろうか。償いたいのなら、逃げてはダメだ。辛くても、髪はそのままの方がいい。

 見えていれば罪悪感に襲われ、見えなくなったら逃げに思える。我ながら面倒くさい性格である。

 

「なんかおかしくなったことは無いか? ああなって戻ってきたってことなら、改二じゃなくなってるとかあり得ると思うが?」

「夕立が大丈夫だから、ゲロ様も大丈夫っぽい」

「そうか、ならすぐにでも訓練に入れるな」

 

 一度死んで蘇っているようなものなのだから、練度のリセットもあり得た。だが、夕立が改二のままであるということで、その辺りの心配はいらないらしい。やろうと思えばすぐにでも戦場に出られるとのこと。

 しかし、今の私は戦場に出ていいのだろうか。またああなってしまう可能性だってあるというのに。戦場に出るのは、せめて自爆装置が出来上がってからがいいだろう。

 

「陽炎、食事の注文なんだが……」

 

 群がられていたので本来の目的を忘れかけていた。ここには昼食を食べに来たのだ。長門さんが注文を聞きそびれてヤキモキし始めていたので申し訳ない気分に。

 食堂にいる全員が集まってしまっていたから、長門さんもなかなか近付けなかったのだろう。対人の面に関しては、長門さんは私よりも酷い。

 

「海防艦の子供達がだな……勝手に用意をしてしまった。良ければ食べてあげてもらえないか」

「子供達が……?」

 

 などと言っている内に、まだ注文していなかった私の昼食が運ばれてきた。子供達が用意したというそれは、どう見ても子供達が好きなものばかりを詰め込んだコストやカロリー度外視の皿。

 子供達が考えた()()()()()()()()を提供することで、私が喜ぶと考えたのだろう。これを食べれば私が元気を出すと信じて。

 

「陽炎おねーさん、美味しいもの食べれば元気出るっす!」

「美味いもんばっかりにしたからさ! 陽炎ねーちゃん食べてくれよ!」

 

 占守と大東の笑顔が眩しすぎた。私がやらかしていたところも見ていたはずだろう。なのに、そんな事実は無かったと言わんばかりに接してくれる。

 感受性だけで言えば、子供には嫌われて然るべきだろう。今の居場所を破壊した私なんて、敵以外の何者でも無い。なのに、この2人は前と変わらず接してくれる。

 

 じゃあ、松輪は。海防艦3人の中で一番消極的な松輪は私に対してどういう感情を抱いているのだ。あの戦場で何処に隠れていたかは知らないが、私が変わり果て、悪逆の限りを尽くしたあの戦闘を見ていたはずだ。怖がっていてもおかしくない。

 

「かげろうおねぇちゃん……」

 

 占守と大東の後ろからおずおずとやってくる松輪。その手には間宮さん手製であろうアイスクリームが。

 

「おねぇちゃんは……もとにもどってますよね。あのときはすごくこわかったけど……おねぇちゃんがいなくなっちゃったっておもったけど……いまはやさしいおねぇちゃんです」

 

 長門さんの時も、数回接したくらいで本質を見抜くようなことを言っていた。今の私に対してもそういう発言なのだと思う。松輪はこの3人の中でも特にその傾向が強いように見えた。その松輪からこう言ってもらえるのは、私の心の安寧に繋がる。

 

「……またよるにまつわといっしょにねてください……さいきん……なかったので……」

 

 悪夢を止めてもらわなければ最悪な状況に持っていかれていたため、ここ最近は異端児駆逐艦だけで固まって眠っていた。だが、一度ああなってしまった以上、おそらくもうその心配は無い。確認は必要だと思うが、悪夢を見ても変化が無いのなら、海防艦と一緒に眠ることも出来るだろう。

 癒しのために、是非ともご一緒させていただきたい。松輪を抱き枕にした時は、本当に気持ちよく眠ることが出来るから。

 

「……うん、ありがとう松輪。久しぶりにお願いしたいかな……大丈夫だってわかったら……また一緒に寝ようね」

「はい……っ」

 

 パァッと眩しい笑顔を見せてくれる。余程一緒に寝たかったのか、目に見えて明るくなった。

 

「海防艦部屋で待ってるっしゅ!」

「いつでも来てくれよな!」

 

 こんな私でも懐いたままでいてくれる子供達は、子供の好きなものてんこ盛りの昼食を置いて、また食堂の手伝いに戻って行った。松輪も手に持つアイスクリームを机に置いた後、お辞儀をして2人を追う。

 私の周りに集まってくれていたみんなも、その様子を見てほっこりしていた。子供達が頑張っている姿は、それだけでも心を温かくしてくれる。

 

 

 

 これもまた、ヒビ割れた心に染み込んでいくような気分だった。

 




空城鎮守府の艦娘達のメンタルは割と化け物じみてる気がする。


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諜報部隊の誇り

 午後も今日は鎮守府待機となっている。私、陽炎は入渠が終わったばかりというのもあり、身体と心を休めることを優先するように言われていた。体調が悪いわけではないのだが、精神的な問題で疲れが酷い。

 食堂でみんなと話したことが原因だと思う。癒しの要素もあったものの、やはり負担がかかってしまうのは否めない。みんなと話をしたが、罪悪感が半端なく、以前のように会話することは出来なかった。それでもみんなは普段通り接してくれる。私の罪のことなんて何も知らないとでも言わんばかりに。

 

「……みんな優しいね。こんな私にも普通に接してくれて」

 

 布団に入ったところでボヤく。どうしても卑屈になってしまうのが今の精神状態。みんなが私は悪くないと言ってくれるが、私の中の罪悪感は晴れない。気が緩むと泣いてしまいそうになるくらいガタガタだ。

 あれだけのことを言ってもらえたのだから、少しだけでも前向きにならなくてはいけないと思い始めてはいる。道をみんなに示してもらえているのだから、私が一歩踏み出せばいいだけ。だが、その勇気がなかなか出ない。

 

「ゲロ様は何も悪くないからだよ。悪いやつだったらこんな風に一緒にいないし」

 

 付き添いは引き続き夕立。磯波は体調不良がまだ治っていないため、沖波と萩風の付き添いのもと、しっかりと身体と心の休息を続けてもらう。私のせいでああなってしまったのだから私が看病をしたいのだが、私の姿自体が負担になりかねない。今は少しだけ距離を置いておいた方がいいと思った。

 

「ゲロ様と夕立は友達なんだから、もっと頼っていいっぽい」

「……ありがとね」

 

 その気持ちを無下にするわけにもいかない。友達と言ってくれるのなら頼らせてもらおう。結局様付けは直らなくなってしまったが、対等に扱ってくれているのならまだマシ。

 夕立だってあの時の記憶が残っているだろうに。私と一緒にいて苦痛を感じてもおかしくないと思うのだが、心が弱い私と違ってもう開き直っているようである。本当に強い。夕立には勝てない。

 

「……ちょっと……寝させてもらうね」

「ぽい。ヤバイなって思ったら、すぐ起こすから」

「うん……ありがと。お願いね……」

 

 目を瞑るとすぐに眠気に襲われた。自分で思っている以上に心が疲れていたらしい。

 

 その眠りでは、悪夢は見なかった。仲間達の温かさが、悪夢を退けたのかも知れない。少しオカルトみたいな言い分ではあるが、何だか久しぶりに深く深く眠れたような気がした。

 悪夢を見ないようにするためにも、罪悪感をなるべく振り払うように仲間と接した方がいいのかもしれない。悪夢を見なかったという事実が、私を少しだけでも前向きにするきっかけを作ってくれた。

 

 

 

 一眠りしたら、もう外は夕方になっていた。この頃に諜報部隊がちょうど帰投したようで、現在工廠で結果は報告中。罪悪感はまだまだ残っているが、その話を聞くために私も工廠に向かった。勿論夕立が付き添いである。

 

『雲』の行方を追っていたのだが、相変わらず痕跡すら見つからなかったらしい。名前通り、完全に()()()してしまったとのこと。『雲』の居場所がわからないということは、太陽の姫の居場所はもっとわからない。

 諜報部隊としての仕事でここに来ているのに、成果がまるで出せていないと神州丸さんは悔しそうにしていた。ここまで空振ることもなかなか無いらしく、そもそもの調査の方法から変えなくてはいけないのでは無いかと頭を捻っている。

 

「申し訳ないであります……昨日といい今日といい、こうまで姿を見せないとなると、増援がいるやも知れませぬ」

「増援かい?」

「ええ。我々の調査だけでは見えないとなると、あと足りないのは()()()()であります。潜水艦娘を派遣することを視野に入れようかと」

 

 今までは3人の海上艦の目で調査していたが、あまりにも見えないとなると、違う視点が必要になるかもしれないと考えたようだ。

 それが、この鎮守府にはいない潜水艦の目。普段使っているラジコンと比べると、格段に視野が広く速度も雲泥の差であり、意思を持つお陰で臨機応変に事が運べるという逸材である。

 

 なら最初から使えばいいのにと思うところではあるが、使わないのには当然理由がある。

 海底を本拠地としている深海棲艦の巣に真っ向から立ち向かうことになるのだから、危険度は海上艦の数倍。しかも、海上艦からも目の敵にされているかのように集中砲火を受けるらしく、熟練の技を持っていたとしても被害なく掻い潜るのは至難の技なのだそうだ。

 故に、なるべくギリギリまで出さないというのが、諜報部隊でも暗黙の了解となっているらしい。今回のような、皆目見当がつかないようなときに初めて、その手を借りると。一度の任務でのストレスが尋常では無いというのもある。

 

「ただの戦いでは無いからか。よし、ならまずは物部と相談してみるかい。諜報部隊のやり方にアタシみたいな素人が口を出すのはナンセンスだろう」

「ありがたいのであります。早速提督殿に連絡を」

 

 休憩もなく、神州丸さんは空城司令と執務室へ。残された随伴艦達は、各々艤装を下ろして休息に入る。今日の業務はこれで終わりになるだろうし、張り詰めていたものが切れたくらいのダラダラである。

 

「あ、ゲロ姉じゃん。身体は大丈夫なん?」

「うん……まあまあかな……」

 

 今の話を聞きにきた私に気付いたようで、秋雲が早速絡みに来た。この段階から、秋雲が私の悪行を全く気にしていないことが窺えた。鎮守府の外の人間なのに、鎮守府の仲間達と同じ態度である。

 秋雲のコミュニケーション能力が振り切れているからこれで済んでいる気がしてならないが、艤装姉妹といえど本来は許容出来ないくらいのやらかしだ。何があってもいいように覚悟だけはしておく。

 

「この前の戦闘はなんかゴメンよ。改二になって戦力も上がってるはずなのに、何の役にも立たなかったや。何なのさあの『雲』とかいう奴。結局誰も一発も当てれなくてさぁ」

 

 相変わらず、こちらの心境をしっかり理解しての話し方である。私自身のことには触れず、あの時の戦いには触れる。

 

「アレはちゃんと分析しないとなぁ。あの戦闘は全部()()()()()()()()()()から、『雲』のやり方はじっくり見た方がいいね」

「ろ、録画……してたのアレ……」

「そりゃあね。今回は会敵した時からどんなものか記録しておきたかったから、一部始終青葉さんが録画してるよ。360度、目が届かないところまで全部」

 

 言っていることは間違っていない。未知の深海棲艦なのだから、もし戦うことになったら、交戦するにしても撤退するにしても全てを記録するべきだ。秋雲のイラストでもいいのだが、実際に動いている映像があれば尚いい。

 結果、青葉さんは艤装にそういうシステムを仕込んでいたそうだ。偵察機にもカメラを仕込み、戦場の全てを記録していたわけだ。

 

 つまり、私が変化するその時も、私が磯波や夕立に分霊した瞬間も、悪行の全てが記録されている。

 

「私の……アレも……」

「あー、うん、そりゃ画角に入っちゃってるからねぇ。敵にはそういう力があるっていう証拠にもなるし、深海棲艦の資料としては必要不可欠なモノになっちゃった」

 

 みんなの記憶の中だけではなく、知らない人にも知られることになってしまった。そりゃ必要なのはわかる。太陽の姫撃破のためには、分霊の危険性を知ることが一番大事だ。最悪、戦闘中に分霊されて敵対する可能性だってあるのだから。

 太陽の姫の脅威は私達の鎮守府だけではない。それこそ太陽の姫の巫女はどれだけいるかもわからない。『雲』だけではない可能性だってあるのだ。それがここだけではない全世界に分かれているかもしれない。

 それを知るためには、今回の戦闘の資料を全鎮守府に送る必要がある。こんな深海棲艦がいるという事実を知らしめなくてはいけない。

 

「……見ず知らずの人にも……私の悪行が……」

「ゲロ様、だから悪行じゃないっぽい。ああなったのは太陽の姫のせいだから」

「そうだよー。ゲロ姉は被害者of被害者っしょ。周りから孤立させられるために組み立てられてる気がするくらいだし。秋雲さんもあれは同情しかないもんよ」

 

 秋雲すら苦笑しか出来ないようである。それだけあの時の私は酷かったと言える。

 

「プライバシーのこともあるから、青葉さんが上手いこと編集してくれると思うよ。うちらはゲロ姉が完全な被害者ってわかってるけど、他の鎮守府の連中はどうかわからないからさ。特定されるのは避けなくちゃ」

「……私、後遺症が外見に出てるんだけど」

「そ、そこはさ、染めるなり何なりしてもらうってことで」

 

 そうしてもらえるのはありがたいのだが、世に出回るという時点で頭を抱える案件である。私もそうだが、磯波も卒倒しかねない。体調不良が余計に悪化しそうだ。

 ちなみに磯波はその件をまだ知らないらしい。話すべきなのだが、体調が戻った後の方がいいと思う。

 

「だっちゃんもちゃんと隠しておくから安心して。確か外に顔は見せたくないんだよね」

「ぽい。何かの間違いで外に出たら嫌だし」

「了解。青葉さんにちゃんと言っておく。万が一の時にも誰が当事者になっちゃったかってのはわからないようにしてもらうって。というかそもそも外に出たら重罪だから。秘匿事項の漏洩だからね。コンプライアンス的に首が飛ぶレベル」

 

 鎮守府内で留まっていなくてはいけない内容なのだから、情報漏洩なんてしようものなら大惨事だ。私が艦娘になるまで鎮守府の内情を知らなかったくらいなのだから、それが当たり前のこと。外に電話をかける時に監視が置かれるくらいだし。

 

「とはいえ、普通の人間だって変えられちゃうっていうのがわかってんだよなぁ。オブラートに包んで、名前も出さず、そういう事実があるってことだけは公表するかもしれない」

「……だよね。一般人にも脅威になっちゃうし」

「そうそう。そうすればさ、襲撃受けてるのに写真撮ってSNSに上げようなんていうアホはいなくなるでしょ。いや、自分も深海棲艦にしてくれーとかいう新興宗教とか出てきそうだなぁ。うわ、難しい問題だぁ」

 

 本当に扱いが難しい案件だ。世間が知るべきか知らざるべきか。それを選択するのは私達ではなく大本営なわけだが、もし公表するとしたら、その代表例が私になってしまうのが怖い。顔も名前も隠されているとしても、何かの間違いでバレてしまう可能性も無いとは言えないし。

 

「とにかく、ゲロ姉に悪いことにならないようにする。約束する。悪いことになったら木の下に埋めて貰っても構わないよ」

「……あはは、何それ。それだけ自信がある約束ってこと?」

「勿論。漫画家の秋雲さんも、マスコミの青葉さんも、人のプライバシーは守ると決めてるのさ。艦娘は守護者かもしれないけど、諜報部隊の使命は艦娘を護ることにもあるんだよ」

 

 自信ありげなドヤ顔。任せろと言わんばかりである。これまでの言動から冗談のようにも聞こえたが、今回ばかりは信じてほしいと目から感じた。

 

「……わかった。太陽の姫撃破に役立つなら……使って。顔も名前も絶対隠すっていう条件で」

「ゲロ様がそう言うなら、夕立も許すっぽい。でも、何かあったらグモアキ殺すからね」

「うっす、任せてほしいっす! 死にたくないっす!」

 

 態度はおちゃらけているが、諜報部隊としての誇りを感じる。なら信用するしかあるまい。それを疑うのは誇りを傷付けるとか以前に、仲間として信用していないことに繋がってしまう。それは良くない。

 

「それに、あの映像は絶対流出出来ないっすわ。あれは性癖歪む」

「……秋雲?」

「何でもねーです。秋雲さんはお風呂にドボーンしてきまーす」

 

 最後に不穏な言葉を残していきやがったが、まぁ休息はしなくちゃいけないのはわかっているので追わない。夕立も制御しておいた。

 

 

 

 私のやらかしは全鎮守府にばら撒かれることがほぼ確定した。特定されないにしても、それは少し怖いことだった。

 




世間に公表するかどうかっていうのはなかなかの問題でしょう。陽炎や磯波のプライバシーもあるけど、それ以上に一般市民がどう考えるかが読めない。


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少しでも前向きに

 その日の夜は、いつも私、陽炎の部屋に集まっていた面子をそのまま磯波の部屋に移して就寝することにした。今まではみんなが私の悪夢による目覚めを危惧して監視してくれていたが、今回は磯波の心の安寧のために一緒に寝る。

 今日のところは体調不良でずっと部屋にいた磯波だったが、丸一日を使ったことで多少なり安定していた。私が外で活動している間に沖波や萩風と話をしたのが功を奏したようである。

 

「ご迷惑おかけします……」

「迷惑なんて思ってないっぽい。いつもと場所違うだけでしょ」

 

 すごく消極的になっている磯波に対し、夕立は普段通り。重く捉えている磯波と、殆ど開き直っている夕立と対照的になった。私は磯波寄り。

 

 夕立の言う通り、今回は場所を変えただけだ。ベッドの主が磯波になり、私が別のところになったのみで、それ以外は何も変わらない。部屋の造りも似たようなものなので、風景はそこまで変わっていない。

 それでも、自分の部屋以外で寝るというのは新鮮な気持ちになる。特に、磯波の部屋でこういう交流をすること自体が初めてなので、少しだけ楽しかったりした。楽しんでいいものなのかはわからないし、その資格があるかはもっとわからないが。

 

「明日からは部屋の外に出ようと思ってるの……」

「大丈夫? また体調崩すかもしれないけど」

「うん……そんなこと言ってたらずっと出られないかもしれないし……私がずっとこんなだと……陽炎様も気にしちゃうと思うから」

 

 磯波からの様付けが一番堪える。夕立からのそれは冗談半分にも聞こえるため、まだ耐えられるのだが、磯波からのそれは重症としか思えない。そのように私が歪めてしまったのだと嫌でも実感する瞬間だ。

 

「無理しちゃダメだよ磯波……私もなるべく無理はしないようにするから」

「うん……ありがとう陽炎様。でも、少しでも前向きにならないと……復讐出来ないから」

 

 太陽の姫への憎しみは、磯波の中では大きく膨れ上がっているようだった。太陽の姫のことを考えると、あの磯波の表情が途端に冷えたものへと豹変した。

 与えられてしまった後遺症の原因は全て太陽の姫が起因であり、奴のせいでこんな嫌な思いをしているのだと怒りを募らせ続けている。拳を握り、太陽の姫をこの手で沈めたいとまで考える程に。

 

「私がこんな思いをするのも……陽炎様が苦しむのも……全部太陽の姫のせいなんだから……少しでも前向きになって戦場に出るよ。だから、明日からはリハビリじゃないけど……みんなと交流して行こうかなって」

 

 元々がとても優しい子だから、こんなにも重たい後遺症になってしまっている。言動の端々に見受けられる私への忠誠心と、太陽の姫への深い憎しみは、どちらも元々は無かった感情だ。

 それでも前に進むために頑張ろうと躍起になっている磯波の姿が、私には眩しかった。それが薄暗い光だとしても。

 

 磯波がこれなのだ。私が奮い立たなくてどうする。いつまでもウジウジしていてはいけない。仲間達が私のことを思って接してくれているのだから、もっと前を向かなくては。

 

「磯波……私も頑張るよ。今日はいろいろあったけど……うん、もっと前向きになる」

「……一緒に頑張ろうね、陽炎様」

 

 薄くではあるが笑みを浮かべてくれた。負の感情に支配されきってはいない、でも悲壮感もある笑顔だった。

 

「ゲロ様、これはソナーを激励してあげる必要があると思うっぽい」

 

 ここで夕立が突然何か言い出した。激励と言われても何をしろと。今普通に話をしているわけだし、これ以上に磯波を励ますために何があるのか。

 

「ゲロ様、起立」

「……?」

 

 磯波のベッドの隣に立ち上がる。夕立の言動に誰もが頭に疑問符を浮かべていた。だが、沖波がいち早くその後の展開に気付いたらしく、ヤバイという顔をした瞬間、夕立にいきなり背中を押される。

 ベッドの隣にいるわけだから、その勢いでいわゆる壁ドンみたいな形で磯波に倒れ込む羽目に。なるべく痛みがないようにとどうにか身体を支えたが、私の胸に磯波の顔面がめり込むような形になってしまった。

 

「ゲロ様の匂い、落ち着いてるけど無くなったわけじゃないっぽい。だから、今日はソナーに譲るっぽい」

「あのさぁ夕立……これはちょっと強引すぎじゃないかな……」

 

 匂いの件、そういえばまだ調べていなかった。ついさっきまでは初月インナーがあったので匂いについては話題にも上がらなかったが、今は寝る前でありパジャマである。魂の匂いは解き放たれたようなもの。

 夕立曰く、匂いが残っているのは確かである。それが残り香なのか魂は侵食されたままなのかは不明。何かのトリガーでまた深海棲艦へと堕ちる可能性は消えたわけではない。堕ちないことが確定したとしても、この匂いは染み付いてしまったもののためもう落ちないという可能性もある。

 

 魂の匂いとは一生付き合う必要はあるのかもしれない。それを感じ取れる者が極々少数であるというところが救いか。

 

「磯波、大丈夫……!?」

 

 声をかけようとした瞬間、力強く抱きしめられ、さらに顔面を押し込むようにしてくる。そして、腹に鼻息を感じた。最初はスンスン程度だったが、今はスーハースーハーと聞こえるレベル。ずっと無言で一心不乱に堪能しているかのようだった。

 表情が見えないので何とも言えないが、息遣いからとても喜んでいることが感じ取れた。もう離さないとでも言わんばかりに抱き着く力は強くなる一方。

 

「え、えーっと、沖波、萩風、助けてくれると……」

「たまにはいいんじゃないかな。磯波ちゃん、すっごく溜まってるから」

 

 沖波はニッコリ笑顔である。今日丸一日一緒に過ごしていたことで、磯波に対していろいろな感情が生まれたのだと思う。磯波は沖波に対しても負い目を感じていただろうが、時間を使ってそういうところも見えなくなっていたし、友情をしっかりと深めたのだろう。

 

「姉さん、今日は許してあげてください。磯波さん、本当に溜まっているので」

 

 萩風すらコレである。磯波がよっぽどストレスを溜め込んでいたということだ。2人が同じことを言うくらいだし、この1日で愚痴やら鬱憤やらが止め処なく出続けたか何かか。

 

「はぁ……そういうことなら、いいよ」

 

 そのまま頭を撫でてあげた。私も以前にあったストレス性の体調不良なのだろうから、こういう形でストレス解消出来るなら万々歳だろう。何も手間は必要なく、私の身体1つで労えるなら安いものだ。

 沖波と萩風は、磯波を一切止めない代わりに今にも飛び付いてこようとウズウズしていた夕立を羽交い締めにする。夕立が提案したことなのに、自分が邪魔してどうするのだ。

 

 しばらくそうしている内に、磯波は安心したのか眠ってしまった。これ知ってる。萩風の時と同じ。全力で掴んだ状態で抱き枕にされているため、引き剥がすことも出来ないヤツ。

 以前夕立が私の匂いを嗅ぎながら寝るとすごく落ち着けると言っていたし、おそらく一番重い後遺症になってしまっている磯波には、今晩は落ち着いて眠ってもらいたい。これはちょうど良かったかも。

 

「そんなに溜め込んでたんだ……」

「うん、1日話をしてたけど、磯波ちゃんも相当いろいろなことがあったみたいで」

 

 なんでも、磯波も子供の頃に深海棲艦の襲撃を受けて大怪我を負っていたらしい。親族を失うようなことは無かったようだが、今でも後遺症が残るほどの怪我をしているらしく、そもそも深海棲艦に対して怒りや憎しみを持っていたそうだ。

 それが今回の件でさらに膨れ上がり、爆発したようなもの。物静かな磯波が溜め込んでいた鬱憤は私達の比では無かったのかもしれない。感じ方は人それぞれ。

 

「そういうのを相談する相手もいなかったみたいだし、今日初めて全部吐き出したって感じだったんだ」

「なるほどね……磯波、全部自分で抱え込んじゃいそうな子だもんね……」

 

 吐き出せるときに吐き出した方がいい典型的なパターンである。

 

「夕立とは真逆っぽい。言いたいことあったら言った方がいいっぽい」

「アンタは隠し事出来ない質だもんね」

「ぽい。ストレス溜めたくないもん」

 

 境遇を多少聞いているため、夕立のこの言葉には少し闇が含んでいることが理解出来る。両親の件でいろいろあったみたいだし。

 

「姉さんは後遺症はどうなんですか? 外見はわかりましたけど、内面は……」

「ありがたいことに今は無いみたい。そのうち出てくるんじゃないかなって思ってるけど……」

「その時は……私達を頼ってくださいね。力になりますから」

 

 萩風の視線が磯波を羨ましそうに見ているのはすぐにわかった。萩風にも後遺症はあるのだし、その欲求はまた今度晴らしてあげたいと思う。

 

「じゃあ、もう寝よう。磯波も寝ちゃったしさ」

「ぽい。夕立はゲロ様の後ろからー!」

「ダメだよ夕立ちゃん。今日の陽炎ちゃんは磯波ちゃんに全部渡すの」

 

 私の後ろから来そうな夕立は、沖波がしっかりとガード。今日の私は磯波の抱き枕。安心して気持ちよく眠れるようにしてあげなくては。あんまり強く抱きしめたら息が出来なくなりそうだが。

 

 

 

 そして翌朝。今回も悪夢を見ることなく、気持ちよく目覚めることが出来た。

 

「ありがとう陽炎様……昨日は何だかいい夢が見られたよ」

「そっか、良かった」

 

 私を抱き枕にしていた磯波も随分とスッキリした表情。私の匂いを使ったことで、嫌な夢も見なかったようだ。そのせいで余計に私への忠誠心が強くなってしまいそうだったが、そこは自重してもらう。

 

「体調も良くなったから……今日からは外に出るね」

「うん、それがいいよ。私も頑張るからさ……一緒に進んでいこうね」

 

 少しだけでも前向きになれたのはいいことだ。誰かが側にいないと安定しないということもあるかもしれないが、それだけで人前に出られるのなら安いもの。今は私だってそうなんだし、お互いサポートしあうのもいいと思う。

 

「で、ちょっと気になってたんだけど……夕立それ何で穿くようになったの」

 

 話しながらも朝の準備。着替えているわけだが、やはり気になったのは夕立。昨日から制服の下にスパッツを穿いている。これも後遺症としか思えないのだが。

 

「んー、何だかこうしないと落ち着かなくて。()()()と同じ格好だけど、これが無いと何というか、ムズムズするっぽい」

「……そっか」

「ゲロ様のせいじゃないからね? 夕立が勝手に選んだだけだから」

 

 スカートをピラピラして見せてくるのはやめた方がいいと思う。わかった、わかったから。

 その話をしていると、磯波が少しだけ俯いた。

 

「どうかした?」

「……私もね、夕立ちゃんみたいに……落ち着かなくなっちゃって……妖精さんに用意してもらったの」

 

 そう言って身につけているのは、ああなる前には持っていなかったニーハイソックス。これも深海棲艦化したときに纏わり付いた装甲と殆ど同じものである。

 夕立に続いて磯波も、()()()の姿を模したいという気持ちが出てきてしまっていた。おそらくそれは私への忠誠心が残っている影響なのだと思う。私が施した姿だからこそ、その姿になりたいという欲。

 

「前はこんなこと無かったのに、今はすごくしっくり来るというか……」

「ぽい。夕立もおんなじ」

 

 後遺症を受け入れてしまっている危険な思考な気がしないでもないが、それで落ち着くなら否定するわけにもいかない。

 

「これだけだから。これがあれば前を向けるから」

「わかった。それに何やかんや言うのはナンセンスだよね。うん、いいと思う。似合ってるしね」

「ありがとう……陽炎様」

 

 昨日よりも前向きな笑顔を見せてくれる磯波。夕立はここぞとばかりに抱き着いてくる。着替えてる途中だからやめてくれ。

 

「ハギィもいいんだよ? 今だから夕立にもわかるもん。あの時と同じ格好したくなるんだよね?」

「は、はいっ!?」

 

 ここで夕立からのキラーパスである。他人事のように着替えを進めていた萩風だが、突然振られて顔を真っ赤に染めた。

 あの時と同じとなると、駆逐水鬼の姿、つまりスカート無しの下丸出し状態。萩風からはそんな感じはしないのだが、振られた時の反応が図星っぽく見えてしまった。

 

「ハギィ、自分隠すのやめよ? 大丈夫大丈夫、ここまで来たら誰も何も言わないっぽい」

「萩風ちゃん……カミングアウト……してもいいんだよ……?」

 

 磯波まで詰め寄る。これはあまりよろしくない方向なのでは。磯波もそういう方向で吹っ切れるのは良くないと思うぞ。

 

「はいはいそこまでそこまで。萩風も何も言わなくてもいいから」

「は、はい……助かりました……」

 

 忠誠心ではなく執着心が後遺症として残っている萩風なのだから、間違った方向で吹っ切れると、中身が駆逐水鬼のようになってしまいかねない。萩風は今のままでいいから。そのままの君でいて。

 

「……確かに私も姉さんのスパッツは欲しいなって思ったことはありますけど……」

「萩風!?」

「な、何でも無いです。何でも無いですから!」

 

 危ない。引っ張られかけてる。

 

 

 

 こうして磯波も少しだけ前向きになれた。今までと同じように接するのは簡単にはいかないかもしれないが、鎮守府の仲間達は優しいのですぐ受け入れてくれる。

 

 だから私も前向きになろう。きっと元通りになれるはずだ。

 




磯波の後遺症がかなり重めですが、陽炎と一緒にいたら前向きになれるというのなら、今はそれでいいんじゃないかなと。とはいえ天使は少しだけ堕天使要素も取り入れてしまいました。


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海中の目

 諜報部隊が全力を挙げて調査をしているのだが、太陽の姫と『雲』の行方は未だにわからず。私、陽炎が復帰するまでの2日間では、その痕跡すら見えなかったそうだ。

 そこで考えられたのが、より海中を見ることが出来る、潜水艦の目の導入である。いろいろと手段を使って海中の確認をしているものの、潜水艦にはどうしても敵わないのが海上艦だ。深海棲艦の巣は海中にあるのだから、ここまで苦戦しているのなら潜水艦を使わざるを得なかった。

 

 その件は朝食の後に朝礼という形で全員に通達される。昨日のうちに物部司令への連絡を終え、トントン拍子に事が運んでいったらしい。こういうところは迅速に。

 

「今頃向かっているだろう。潜水艦を使った調査は明日の朝からとする。諜報部隊は、今日のうちは到着した子達についてもらうよ」

「了解であります」

 

 鎮守府に出向してから、まだ一度も休息の時間を得られていない諜報部隊は、本日お休み。来るという潜水艦の迎え入れとともに、これまでの調査内容の説明などをする時間となる。それはまぁ仕事といえば仕事か。

 その潜水艦を連れてくるのは物部司令ご本人ということで、青葉さんが戦場で録画していたという『雲』、並びに私達の深海棲艦への変化の瞬間を見せることにもなるそうだ。正直なところ、心が痛い。

 

「あとは哨戒任務でいい。訓練は今日もやめておくれよ。工廠の修復が完了するのは今日中の予定だからね」

 

 あれだけ破壊した工廠が明日には復旧しているというのが驚きであるが、整備班と工廠妖精さんが総出になって作業しているらしく、特に妖精さんの不思議な力が作業時間を大幅に短縮しているとのこと。そうだとしても3日とは。

 

「じゃあ解散だ。明日からは通常に戻す。好きに過ごしな」

 

 今回の朝礼はこれでおしまい。だが、解散後に私達だけは司令に残される。そのメンバーは、異端児駆逐艦でしかもあの時の被害者3人ととてもわかりやすい。

 

「あー、陽炎。さっきも話したが、あの時の戦闘の映像が物部の手に渡ることになった」

「うん……秋雲から聞いた」

「なら話は早いね。当然だが、絶対に身元が割れないようにさせるから安心しておくれ。物部はそういうところは守ってくれる」

 

 諜報部隊は艦娘を護ることが使命だと秋雲が言っていた。その長たる物部司令もその信念を持ってくれているだろう。むしろ、物部司令がそうするように諜報部隊を教育しているかもしれない。空城司令もその辺りは信用出来ると言ってくれるのだから、私達が信用しないわけにはいかない。

 

「その映像も、ここで見ることになるだろう。便乗するかい?」

「……そう、だね。その方がいいかも。言い方悪いけど、無修正でだよね」

「そりゃあそうなるだろう。上に見せるときはある程度修正を入れるだろうがね」

 

 顔を知らないわけでは無いのだから、本当に見ず知らずの相手に見られるよりはマシだとは思う。抵抗が無いとは言わないが。

 

「夕立、磯波、アンタ達は大丈夫かい」

「ぽい。夕立は別に問題無いっぽい」

「……私は……いえ、私も……その場にいさせてください」

 

 夕立はともかく、磯波は大分勇気を振り絞ったことだろう。自分の悪行を第三者視点で見る挙句、それを他の者が見ている光景を見るというのは、複雑な感情が入り交じるのも当然。

 あとはまず見る人が信用出来るかどうかを、自分の目で確かめておきたいというのもあると思う。物部司令は私としても一度顔を合わせたくらいで、その時に倒れてしまったので帰投も見届けられなかった。念のため。誠実な人であるとは思うが、念のため。

 

 

 

 その後お昼前くらい、朝礼で伝えられていた物部司令がやってくる。それなりに時間がかかってしまうのは仕方ないこと。この鎮守府から遠い鎮守府で活動しているのだし、朝イチに出てこの時間というのも理解出来る。

 このまま映像を確認する可能性もあるため、大人数ではあるが被害者3人総出でお出迎え。会議室で待っていてもいいのだが、夕立が出迎えると言い出したのでこんなことに。

 

「お世話になっています。諜報部隊はどうですか」

「敵が敵だからね、苦戦しているよ。神州丸が悔しがっていた」

「そうですか……今回はそれほどの相手ということですね」

 

 司令同士が話している間に、後ろから女の子が2人。おおよそ私達と同い年くらいに見えるその子達は、()()()()()()()()()()。艦娘としては非常に珍しい双子のペアらしい。どう見ても私服で来ているため、ぱっと見一般人にしか見えないが、あの時の話の通りならこの双子が潜水艦。

 諜報部隊の一員であり、海中の目。海上は一切考えず、海の中を全て支配するもの。ある意味鷹の目(アクィラさん)と逆ということなのだと考えればいいか。それならばとても頼もしい。

 

「増員として今回から加わってもらうことになります。潜水艦の……」

「伊号潜水艦、伊14! 呼びづらいと思うから、イヨでいいよ?」

 

 磯波破裂。名前の語呂合わせの部分じゃなく、多分その後。完全に不意打ちを喰らっていた。

 そういうところで笑えるのなら、磯波は少しだけ前向きになれたように思えた。いつも俯いているより、笑っていた方が前向きになれる。

 

「で、こっちはイヨの姉貴」

「伊13……ヒトミと呼んでください」

 

 物静かな姉の伊13(ヒトミ)と、明るい妹の伊14(イヨ)。変わった名前なのは潜水艦だからだろう。海上艦とは違ったネーミングルールがありそう。

 顔はそっくりでもあらゆる場所が違うので、ぱっと見でもどっちがどっちかわかりやすい。黙っている状態で後ろ姿だと判断が難しいというくらいか。

 

「ご覧の通り、2人は実の姉妹です。今回は難関と聞いていますし、2人がかりで、かつ連携が最も得意な2人を連れてきました」

「そいつは助かる。だが、危険な作戦だ。それに『雲』は駆逐艦、対潜もあり得る。大丈夫かい」

 

 太陽の姫はおろか、その巫女たる『雲』すらも全容が掴めていない状態だ。その情報を手に入れるために来てもらったわけだが、おそらく今まででも一番と言える程の難易度になるだろう。

 そもそもが海上艦よりも危険度が高いのが潜水艦だ。今回はさらに危険。被害なく掻い潜るのも至難の技というのに、今回はより死が近い戦場だろう。

 

「んー、イヨは大丈夫。死ななきゃいいし」

「私も……大丈夫です。必ず生きて帰りますので……」

 

 まぁ同意が無ければここには来ていないだろう。イヨはニコニコしているし、ヒトミは問題なさげに首を縦に振る。2人とも戦場に出ることに全く抵抗が無い。何処か危ういような、だが自信はたっぷりというような、不思議な感覚がする2人だった。

 

 空城司令への挨拶も済んだということで、すぐにイヨは私の方に顔を向けてきた。これだけの人数が出迎えに来ていたら、気になりもするだろう。

 

「もしかして、この人達が?」

「深海棲艦にされて……人間に戻ったっていう……」

 

 すごいジロジロ見られている。物珍しさなら他の追随を許さないのが私達の存在であろう。今から動画でそれを見てもらうわけだが、内容については先んじて情報が行っているのは覚悟をしていた。そうでなければ今回の件は説明が出来ないし。

 人間が深海棲艦になり、そして死を経由して人間に戻る。そんなの目の前で見ないと信じられないようなことだ。だから私達に興味津々なのだろう。

 

「さっき言った通り、イヨだよ。よろしくね」

「ヒトミ……よろしく」

「うん、よろしく」

 

 2人揃って握手を求められた。全く同じタイミングで。ひとまず2人とも手を握っておく。

 まるで合わせ鏡のような2人。利き手も逆みたいだし、動きも性格も綺麗に真反対。でも外見は殆ど同じ。

 

「そこで笑い転げてるのは」

「気にしないで。物凄くツボが浅いだけだから」

 

 何かに気付いたのか、未だ少し引きずっている磯波にコソッと近付くイヨ。耳元でボソッと

 

「イヨでいいよぉ?」

 

 再起爆。磯波はその場で蹲ってプルプル震えているだけになってしまった。また腹筋が鍛えられてしまう。

 磯波の様子を見てニコニコしているイヨをヒトミが後ろから引っ張り寄せると、頭を思い切り引っ叩いた。流石姉、物静かでも妹の管理はしっかりしている。

 

「話を進めましょうか。空城大将」

「ああ、戯れあっていても進まないからね。神州丸達が会議室で準備をしてくれているから、そちらに来てもらうよ」

「了解です。ヒトミ、イヨ、行くよ」

 

 まさか出迎えだけで磯波がやられるとは思わなかった。とはいえ、空気が緩んだのは間違いない。取っ付きづらかったらどうしようかとは思っていたが、今ので大体のキャラはわかった。とりあえずイヨには気を付けよう。

 

 

 

 会議室で今回の件を大まかに説明。延々と調査を掻い潜り続けている敵という今までに無いタイプの敵ということで、お調子者なイヨも真剣に話を聞いている。

 この任務は少しの気の緩みでそのまま命を奪られる可能性すらある危険なものだ。慢心なんてしていられない。自信がなさ過ぎるのも良くないが。

 

「なるほどねぇ……確かに海の中を隈なく探さないとまずいかも。神州丸さん達で全然見つからないんでしょ?」

「尻尾を掴むことも出来ぬ」

「じゃあ巣で隠れてること確定だよね。なんで隠れてるかは知らないけど」

 

 姿を現さないのにも何かしら理由があるかも知れないというのはあるが、深い意味が無い可能性もある。力を溜めているとかもあるかもしれないし、活動出来る時間が限られているなんてこともあるのかもしれない。

 太陽の姫はオカルトのような存在だ。相手が太陽だからということで、月の名を冠する初月のインナーを使ったら魂の匂いが抑え込めたりしたわけだし、そういうところに当て嵌めたら意外と足取りが掴めるのかも。

 

「探してるのって、当然お昼だけだよね」

「うむ。夜は我々の目では辛いものがある。それに、()()の姫であるからして、日中にしか姿を見せないのでは無いかと思っていた」

「だよねぇ。前にチラッと見たって言ってたのもお昼だったよね」

 

 意外にも打ち合わせではどんどん切り込んでくるイヨ。さっきの態度は何処へやら、任務に対しては真摯に向き合っているようだ。

 

「……『雲』が表にいる限り……日は見えない……?」

「あー、姉貴の言う通りかも。オカルトが罷り通るなら、そういう概念的なモノが正解なのかも」

 

 ボソッとヒトミが呟いたのも真に迫るような発言だ。それが正しいかはさておき、今までの状況からして、そうやって考えるのも間違っていないかもしれない。

 考えられる理由は全て並べ立て、それをローラー作戦で全部潰すのが良さそうである。短期間で何処までやれるかはわからないが。

 

「で、これが『雲』ですぅ。短時間でしたが、少しだけ編集しておきましたよぉ。顔は隠せてなくて申し訳ないですが」

 

 ここで例の動画がついに出される。磯波の身体が強張るのがわかった。私も震えてしまう。この動画を見て、私達のことをどう思うのだろう。

 

 青葉さんがノートPCを取り出して、全員の前でそれを見せる。確かにあの酷い戦場の光景。『雲』もハッキリ映っている。私が言うのもなんだが、あのインチキ回避方法も動画として見えた。弾を擦り抜けるように回避している様は、第三者視点からしてみればとんでもない。

 

「うわ、何これ。そういうとこまで雲なの?」

「擦り抜けてる……」

 

 これにはイヨとヒトミも目を丸くしていた。海上艦の戦い方というのはあまり自分達には通用しないとはいえ、理解しておくことでより戦いやすくする。だがこれは理解が出来ない。使っている私ですら理解出来ていない。

 

「とりあえずこれは一度置いておこう。で、こっちなんだけど……」

 

 動画は進み、私達の問題のシーン。少し遠目な画角とはいえ、変わり果てる瞬間から陥れる瞬間まで、一部始終が記録されていた。

 改めて見ても酷い。それに生々しい。磯波は目を背けてしまっているし、夕立は拳を強く握り締めている。そして私は、歯を食いしばっていた。そうでもしないと泣き出してしまいそうだった。

 

「……なるほどねぇ。これ、もう誰も安全じゃないのかな。いや、なんか1人だけ弾いてたみたいだけど」

「沖波は分霊が効かないみたいなんだ。やった私だからわかる」

 

 これは私にしかわからない感覚。説明は私にしか出来ないし、説明する責任がある。

 M型異端児には分霊が効かないのではないかという予想を、その時の考察まで踏まえてしっかりと伝えておいた。

 

「あり得るね。なるほど、深海に選ばれたD型と、世界に選ばれたM型か。仮説としても理に適っている。だが、何があるかわからないから気をつけるに越したことは無いね」

 

 M型だから絶対効かないなんて保証は何処にも無いのだから、結局のところ気をつけるべき。D型は特に。異端児でなくても分霊は施されるのだから、結局のところ全員が気をつける必要がある。

 

「姉貴、どうしたの?」

「……ううん、なんでもない」

 

 何やらモジモジしているヒトミ。これは触れないことにする。秋雲の昨日の言葉を思い出しつつ。この映像でヒトミを少し歪めてしまったのではないかと危惧した。

 

「もうちょい分析してから対策考えますよ。せっかく動画があるんですしね。特に『雲』の回避は陽炎さんも使えますし、明日からは陽炎さん引っ張りだこですねぇ」

「……ん、頑張るよ。訓練してる方が気が紛れるだろうしね」

 

『雲』対策は私が相手する方がいいだろう。どれだけ時間があるかはわからないが、出来ることはやっておくべき。

 

 

 

 潜水艦のイヨとヒトミが合流したことで、戦いはより苛烈になっていく。

 




今回の潜水艦枠、双子の姉妹伊13と伊14。艤装の配置からして、ヒトミが右利き、イヨが左利きという想定です。性格も含めて鏡合わせの双子。


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光の双子

 諜報部隊に新たなメンバー、潜水艦の伊13(ヒトミ)伊14(イヨ)を加え、明日からさらに入念な調査任務が展開されることが決まった。最低限『雲』を、可能ならば太陽の姫の所在を確認し、最終決戦に挑む。

 

 私、陽炎はその間に、脱力回避を用いて鎮守府の仲間達との演習に勤しむことになりそうだった。『雲』と同じ技を使えるというだけで、あれへの対策が学べるという具合。そもそも木曾さんからも私の強化訓練の打診をされているし、ちょうどいいかもしれない。

 それに、訓練をしていれば嫌なことは忘れられそうだった。楽しいことや、一生懸命になれることをしていれば、思考は全てそちらに向く。余計なことは考えない。少しでも心を落ち着けるためにも、そういうところに熱心になるのもいいと思う。罪悪感はまだ一向に消えないが。

 

「午後からは自由に過ごしてくれればいい。諜報部隊は明日からはこき使わせてもらうからね。物部、アンタはどうするんだい。昼飯くらいなら食っていけばいいと思うが」

「ではお言葉に甘えて、昼食を戴いた後に帰投します」

「ああ、そうすればいい」

 

 物部司令は、ヒトミとイヨの送迎と現状把握のために来たようなもの。事が済んだらすぐに鎮守府に戻る方針。

 以前の呉内司令が少し鎮守府に滞在するということをしていたが、物部司令は立ち位置が少し違うようで、鎮守府を長く空けることは極力避けているらしい。諜報部隊ならではの規律というのがあるのかもしれない。

 

 

 

 そして午後、食事後。今日は鎮守府が全体的にお休みに近かった。哨戒任務も少数で行われ、訓練もなし。工廠からはいつも以上に大きな音がするものの、それは修復作業のためだ。それも佳境に入っているということで、今日中に修復完了し、明日から通常運用となる。

 私は自分がやらかした工廠が修復されているところを見に来ていた。あれだけやってしまったが、本当に修復が殆ど終わっている。それに加担してしまった磯波も私と一緒におり、9割は元に戻った工廠を眺めて少しだけ俯いた。

 

「……良かったね。ここまで直って」

「うん……私も大分やっちゃったから……」

 

 乱射だけで言うなら、私よりも磯波の方が激しかった。この鎮守府をしがらみと考えたことにより、変貌した性格から何もかも破壊するという手段に出てしまっている。

 この破壊は私と磯波と『雲』がやったことではあるが、おそらく半分近くは磯波の手によるもの。落ち込んでしまっても仕方ない。

 

「あれ、直ってきたからかな、新しい艤装があるよ」

「潜水艦の子達のもの……なのかな」

 

 その工廠には、潜水艦の艤装も運び込まれていた。とはいえ、私達の考える艤装とは全く違う形状。というか艤装とも思えないものである。

 そこには搬入のためにヒトミとイヨもいたわけだが、午前中に見た姿とはまるで違うものになっていた。

 

「鎮守府で待機ってことは、ちゃんと着てなくちゃいけないよね?」

「まぁ、そうなるねぇ。寒くは無いかい」

「だいじょーぶだいじょーぶイヨ達慣れてるから」

「慣れとかじゃ無いだろうに」

 

 空城司令がそう言うのも無理はない。潜水艦の艤装は私達のように身体の外部に装備する武装の他に、その制服、()()()()()()()()()()がある。どんな服でもある程度許容される私達と違って、これを着ないと出撃出来ないというのだから、普段から水着姿で生活せざるを得ない。機能していないセーラー服みたいなものも着ているが、それはお飾りみたいなものか。

 ヒトミはその上に羽織るものを着ているが、イヨはお構いなし。素足はまずいとスリッパは履いているが、それだけ。見ているだけでちょっと寒そう。

 

「イヨちゃん……身体は頑丈だから……」

「そうそう、生まれてこの方風邪なんて引いたことないからね! いぇい!」

「……おバカだからじゃないかな」

 

 ヒトミがイヨに聞こえるか聞こえないかくらいの声で毒を吐いた。この姉妹はそういう関係性なのだと思う。妹に苦労させられる姉。でもさっきの感じで考えるのなら、姉の方に力関係が偏っているイメージ。

 

「今日から……よろしくお願いします」

「ああ、よろしく頼む。工廠はあまり近付かないようにするんだよ」

「はい……気を付けます。イヨちゃん、わかった?」

「はーい。流石に作業中のところには近付かないよ」

 

 素肌見えすぎだし、それが賢明。ヒトミだって羽織ってるとはいえ生脚曝け出しているようなものだし、何かあったら怪我をしてしまう。工廠の作業中なら尚更だ。近付かなければそれが避けられるなら、そちらを優先していただきたい。

 

「諜報部隊は全員休みだ。好きにしてくれて構わないよ」

「じゃあ姉貴、いろいろ見て回ろうよ。少しの間ここで暮らすんだしさ」

「そう……だね」

 

 数日はここで活動してもらうのだから、少しでも早く慣れておいた方がいいだろう。午後の時間があれば、一通り慣れることが出来るはずだ。今は哨戒任務に出ている部隊以外は全員鎮守府に待機しているくらいだし、鎮守府の中を回れば、おそらく全員と話が出来るだろう。

 

「じゃあ陽炎さん達に案内してもらっていい?」

 

 私達が見ていたことに気付いていたように、イヨが突然こちらを向いてニッコリ笑った。ヒトミもその後ろから会釈している。

 

「は、わ、私!?」

「手近だったし、ダメかな」

 

 ジリジリとにじり寄ってくるイヨ。ヒトミも2人で回るよりは案内役がいてくれると嬉しいという意思を感じる視線。空城司令はちょうど良いとニヤッと笑った。

 罪悪感の払拭のために交流を深めていくのはとても良いことであるのはわかる。しかし、精神的に私から行くのはまだ怖い。磯波は尚更である。

 

「……磯波は大丈夫?」

「私は……私は、少しでも前向きになりたいから……大丈夫」

 

 お互いまだ積極的に人に関わることに恐怖心を持ってしまっているが、こういう機会に率先して前に進んでいく方がいいだろう。それでストレスを感じて倒れてしまったら元も子もないのだが。

 

「オッケー。私達が案内するよ」

「やった! じゃあ早速行こう行こう!」

 

 イヨに無理矢理手を引かれそうになった瞬間、ヒトミがイヨの首根っこを掴む。ギリギリと音が聞こえそうなくらいに力強く引っ張り、私から引き剥がされるように離れていった。

 

「イヨちゃん……あまり迷惑かけないの」

「いだだだだ! 姉貴、力強い!」

「陽炎さん……磯波さん……案内、よろしくお願いします……」

 

 悲鳴を上げるイヨのことなどどこ吹く風か、ニコリと微笑むヒトミ。その光景を見て、私も磯波も気が緩んだように笑いが溢れた。

 

 何というか、姉は強し。

 

 

 

 その後は2人を案内するためにいろいろと歩き回った。その度に誰かしらと出会い、雑談して次の場所へというパターンに。鎮守府もそこまで広い場所では無いため、すぐに誰かと顔を合わせる。

 

 みんなこの休日を有意義に過ごしているようで、例えば沖波は天城さんや青葉さんと資料室で読書をしていたり、夕立は萩風と秋雲を連れて海防艦の子供達と遊んでいたりした。

 そこに行っては適当に話をして、イヨが調子に乗りかけたところをヒトミが止めるというのが定番の流れとなっており、それによりみんなが笑顔になっていく。隼鷹さんと会った時にお酒がどうこう言い出した時は、ヒトミが全力で引っ叩いていたが、それはそれで笑いにはなった。

 

「これで全員と会ったかな?」

「多分ね」

 

 イヨに引っ張られる形で鎮守府内を全部回ったことで、今鎮守府にいる艦娘とは全員顔を合わせたと思う。そしてその度に、水着で出歩いて大丈夫かと心配されたり苦笑されたり。潜水艦慣れしていない私達の鎮守府だからこその反応に、イヨ自身も苦笑するほどである。

 これだけ延々と動き回っていると、磯波はちょっと疲れが顔に出るほどになっている。そんな中でもイヨはピンピンしていた。ヒトミは磯波と同様に疲れが若干見える。

 

「いやぁ、子供体力すごいね」

「あの子達も鍛え上げられてるからね」

 

 体育とかそういうわけではなく、普通にお遊びでやっていた海防艦達の鬼ごっこ。ここ最近は夕立でもそれなりに苦戦する程にまで仕上がっている。

 そこにイヨも飛び入りで参加したのだが、手も足も出なかった。ヒトミに関しては追いつくことも出来なかった。あれに関してはもう年齢差とか関係ない。慣れの問題だろう。

 

「うちの鎮守府、海防艦いないからね」

「そうなんだ」

「諜報部隊には……向いていないから」

 

 子供に調査を任せるというのは無謀か。目立たず情報を得て、確実に生きて帰るというのが諜報部隊の絶対条件だ。年端も行かない子供には荷が重すぎる。

 

「で、どうだった? 陽炎さんも磯波さんも、みんなとしっかり交流出来たっしょ?」

 

 ニッコリ笑って鋭い一撃。私も磯波も硬直してしまった。

 

「なーんかそんな感じしたんだよね。あの動画見た辺りからさ、何ていうの、周りに遠慮してる感じっていうか」

「……負い目を感じてる」

 

 今日ここに来たばかりの2人に、心境を見透かされている。

 

 実際、この案内の時間でみんなと話をすることが出来た。罪悪感はあれど、ああなる前と同じように話が出来たと思う。

 罪悪感、負い目は私達だけが持っているものであり、仲間達は誰も私達のことを恨んでもいないし軽蔑もしていない。だから普通に接してくれる。一方的に私達が怖がっているだけ。

 

「イヨ達、そういうの感じ取るの得意なんだよね」

「これでも諜報部隊……ですから」

 

 周囲に意識を張り巡らせて些細なことも気付いていくのが諜報部隊。海中で仕事中の時だけとは限らず、普段からそうでもおかしくない。いわゆる()()()みたいなもの。

 さらには、海中は私達海上艦以上に神経が鋭敏になる漆黒の世界。普段からそういうところに敏感になっていてもおかしくはないか。心を読むようなことまでしてきたのは驚きだが。

 

「……私達は工廠をああした張本人だから」

「うん、動画見たから知ってる。でも、それってやらされてたんじゃないの?」

「でも、壊すって選択をしたのは私達だから。居場所を失くされる辛さは誰よりも知ってるはずなのに」

 

 磯波は言葉も無く、俯くことしか出来なかった。罪悪感は簡単には消えない。

 

「じゃあさ、陽炎さんのそれが悪いことで、陽炎さんに罪があるとしてさ」

 

 今日来たばかりだからか、なかなかのことを言ってくる。みんなは私達に罪は無いと言ってくれているが、私達の悪行を罪として突きつけてくるのは初めてのこと。正直、心臓に悪い。

 だが、次の言葉で殴られたかのような衝撃を受ける。

 

「みんながそれ許してくれてるのにウジウジするのって、()()()()()()()()()()()()ってことになんない?」

 

 許してくれると言っているのに許されないと思っているのは、仲間達の優しさを無下にしているのではないかと突きつけてきた。

 心の何処かで無意識のうちに、みんなが私に対して怒りを抱いているのではと考えてしまっていたのだろう。あれだけ罪は無いと言われているのに、罪悪感に苛まれているせいで。

 

「……そうかも……しれないね」

「自分が良くないってのはわかるけど、せめて仲間くらい信用してみない? それが戦場では死活問題になったりするんだから。それに、そんだけ罪悪感あるんだったら、反省だってしてるんだし」

 

 ヒトミも首を縦に振っていた。

 おそらくこの2人は私よりも長く艦娘をやっている。ここまでやってくるのに、いろいろな経験をしてきただろう。その上でのこの言葉だ。

 

「なーんて、来たばっかのイヨがなに説教じみたことしてんだか。イヨは陽炎さん達と仲良くしたいよ? ね、姉貴?」

「……勿論。せっかく仲間になれたんだから……仲良くしてほしいです」

 

 ニカッと笑うイヨと、その一歩後ろで微笑むヒトミ。ここのことをまだ何も知らない2人だが、その言葉には妙な重みがあった。

 潜水艦という艦種である以上、危険な任務に出ることが多い。明日からの任務は最上級である。だから仲間達と深く繋がろうとするのかもしれない。明日死ぬかもしれないから、今を楽しむために。

 

「……眩しいねぇアンタ達」

「光の双子とはイヨ達のことさぁ。眩しかろう眩しかろう」

「あはは、何それ」

 

 2人のおかげで、今までよりもさらに立ち直れたかもしれない。罪悪感が晴れることは無いが、みんなが許してくれているのだから、罪悪感に足止めされていては失礼だ。

 

 

 

 新たに加わった2人は、私達には大きな影響を与える者だった。自ら光の双子なんて言い出したが、本当にそうかもしれない。冗談だったとしても、光明になってくれたのは間違いないのだから。

 




潜水艦の諜報部隊なのだから、些細なことにも勘付く力を持っていそうだよねっていう2人。イヨは夕立タイプの天才な気はする。


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最後の精神安定剤

「あ、陽炎、探したよ」

 

 ヒトミとイヨの案内も終えて、そろそろ夕食というところで夕張さんから声をかけられた私、陽炎。夕張さんからお呼びがかかるというのはあまり無いことなので、ちょっと驚く。

 案内が終わったことでヒトミとイヨとは別れていたが、磯波は一緒にいるまま。一緒にいても問題ないということで、その用事を共に聞く。

 

「提督に話を聞いて、工廠の片付けの合間を縫って作っておいたよ。御要望の品」

「えっと……何のことだっけ」

()()()()()()()()

 

 首をトンと指差して一言。それで察した。夕張さんが作ってくれたのは、いざという時のために私自身を止めてくれる()()()()だ。

 

 私の魂の匂いがそのままであるということは、今でもいつ深海棲艦に変化してしまってもおかしくない状態である可能性がある。分霊された状態で死を迎えたことにより、今の私は人間の状態に落ち着いているに過ぎないかもしれないのだ。

 何がきっかけかわからないのだから、戦闘中に突然()()()()に行ってしまう可能性だってあり得る。そうなってしまうのが一番恐ろしい。それを食い止めてくれるための自爆装置である。

 

「ああ……自爆装置」

 

 私が呟いたことで、磯波が目を見開いて驚いていた。私がそんなものに手を出しているなんて思っていなかったのだろう。

 自爆なんて一番命を粗末にする行為。結果はどうであれ、自ら死を選ぶ装置に他ならない。

 

「か、陽炎様、なんでそんなもの!?」

「夕張さんも今言ったでしょ。精神安定剤だよ」

 

 磯波に私の考えと空城司令の提案を伝える。そもそも自爆装置のことを考えたのは空城司令だ。それを私が心の安寧のために所望したに過ぎない。それがあればさらに前向きになれるのだから、私としては万々歳だ。

 さらに言えば、それを使うときは本当にまずい時。私が深海棲艦になるようなことが無ければいいだけである。それが自分でもわからないのが不安なのであり、最悪な時を考えたらこれが一番妥当だと思っただけ。

 

「で、でも……」

「使うつもりは無いよ。でもね、本当にまずいことが起きたときは、そういうのを使うのが一番手っ取り早いんだよ」

 

 別に私は死にたいわけでは無い。馬鹿な選択かもしれないが、万が一の時のための対策をしておきたいだけだ。それはわかってもらいたい。

 

「あー、一応ね、デザインとかも考えてあるから。まず間違いなく自爆装置なんて思われないようなものだよ。事情知らない人には、またああならないようにするための制御装置とでも言っておけばいいからさ」

 

 そういうところを配慮してくれたのはありがたい。モロに『これは爆弾です』というデザインだと、みんなが不安になるだろう。だから、この件は極少人数しか知らないことにするようだ。

 じゃあ磯波は知らない方がいいのではと思ったのだが、こういう秘密を共有する相手というのは少なからずいた方がいいというのも司令の考えらしい。なので、その案が出た時にそこにいた速吸さん以外だと、私と縁が大分深くなった異端児駆逐艦には伝えられるとのこと。深海棲艦と化したことがある者には尚更知っておいてもらいたい。

 

「そう……そっか、わかった。陽炎様がそれで安定するなら、私は止めない。前を向けるなら、手段は選んでいられないもんね」

「ごめん、わかってもらえたのは助かるよ」

 

 また後から他の異端児達には説明することになるだろうが、ひとまず今はこれで。

 

 

 

 夕張さんに連れられて工廠へ。整備班の業務時間も終了し、工廠の修復も全て完了していた。明日からは通常運転となるのも頷ける。たった3日で元通り。これで私達の悪行の痕跡は消えた。

 とはいえ私には髪の変色というわかりやすい証拠が残ってくれている。そのおかげで、私がやってしまったことは忘れることはない。それに加えて自爆装置だ。私の罪はちゃんと見える。

 

「これが例のブツね」

 

 夕張さんが持ってきてくれたのは、喉に小さな宝石のようなものが埋め込まれたチョーカー。耐水性もあるらしく、このままお風呂に入ってもいいとのこと。

 

「艤装の素材を使ってるから、簡単には壊れないよ」

「ありがとう。このまま普通に付ければいいのかな」

「うん、それでオッケー。基本的には一般的なチョーカーと変わりないよ」

 

 言われた通り、首に着けてみる。妖精さんも手を加えたものであるため、私の首回りにピッタリのサイズ。苦しくもなく、ブカブカでもない。だからといって首に密着していても違和感がない。あまりにもフィットしていて怖いくらいだった。

 初月インナーは首の方まで埋め尽くす長さだが、このチョーカーはその上にセットされる。自分で付け外し出来るのだから、それでも苦ではない。

 

「すごいねコレ」

「でしょ。で、わかってると思うけど、ココが()()だから」

 

 ちょうど喉の部分に置かれることになる、宝石のようなものが埋め込まれた部分。これが自爆の決め手。どういう仕様かわからないが、文字通り私の息の根を止める一撃を喰らわせる爆発物である。

 首が飛んだらおそらく人間に戻る事もできない。だからといって火力が低いと一撃で死なない。程よく私の()()()()()()()()火力であるらしい。これが爆発した場合、私は相当苦しんで死ぬことになるだろう。

 

「スイッチは何処に?」

「ここにあるけど、まだ電源は入れてない。何でかは、わかるよね?」

「うっかりで私が死なないように」

「御名答」

 

 遊びでも、押したら今すぐ私は死ぬ。たった一度のスイッチオンで、私はこの世からいなくなる。それが自爆装置なわけだし、そのリスクを背負うからこそ私の心はさらに安寧を得られるのだ。そしてそのスイッチは、私が持っていてはいけない。

 とはいえ、これは()()()()という行為。スイッチを押す者は、その責務を負うことになってしまう。太陽の姫の巫女としての私を殺してくれたのは沖波ではあるが、これまで預けるのは流石に酷では無かろうか。

 

「私としてはね、これは提督に渡しておくべきだと思う」

「……私もそう思ってた」

 

 仲間を信用していないわけじゃない。私が部隊に加わり出撃するときは、その時の旗艦に預けるとかしたらいいとも思った。

 だが、今は仲間達誰でもが分霊の危険性がある。そこから考えるに、もし本当に最悪な事が起きて、私ではなくその部隊の旗艦が分霊され敵に回ってしまった場合、私は艦娘のまま爆破される可能性が出てきてしまう。

 

 ならば、基本戦場にいないものに持っておいてもらった方がいい。戦場でおかしくなった場合は、その時の別の仲間に私をどうにかするように連絡するようにしてくれれば、いろいろな心配もいらない。

 

「陽炎が渡してきなよ。まだ執務室にいると思うから」

「うん、ありがとう」

 

 夕張さんに私の命のスイッチを手渡された。電源は入っていないが、これを押せば私は死ぬ。そう考えると少し怖い。しかし、これがあることで、次の最悪を食い止めることが出来るのだ。そちらの安心感の方が強い。

 

 

 

 執務室。私の申し出に対して、空城司令は受け入れてくれた。

 

「これでアンタの命はアタシが握ったことになる。一応聞いておくが、本当にいいんだね?」

 

 スイッチを手の上で転がしながら、私に問いただす。引き返すなら今だぞと暗に忠告してくれているのだろう。

 生殺与奪の権利を他人に渡すということは、私の意思とは関係ないタイミングで死ぬ可能性があるということだ。命乞いをしてももう遅い。私の命は司令の掌の上に置かれることになる。

 

「うん、構わないよ。必要無いと思えるようになるまではお願い。私の心の安寧のために」

「そうかい。なら、コイツはアタシが預かっておく。押させないでおくれよ」

「それは太陽の姫に言ってほしいかな。あちらも私の意思に関係無く、また変えてこようとしてくるかもだし」

 

 私の意思であちらの軍門に降ることは絶対にあり得ない。私の人生を滅茶苦茶にした者に従うなんて、冗談でもしない。太陽の姫に対しては怒りと憎しみしか浮かばないのだから。

 だが、私の変化のスイッチをあちらが持っている可能性だってあるのだ。あちらの思い通りになって堪るか。

 

「私は死ぬ気なんて無いよ。でも、本当に奥の手ってのは必要だと思うんだ。だからコレ。司令なら、最悪な状況でそのスイッチを躊躇いなく押してくれると信じてるから」

「必要なら、アンタの命を奪う選択だってしてやるさ。それがアンタのためになることがわかってるんだからね」

「うん、ありがと」

 

 分霊には死が救済となることは私達が嫌というほど証明している。なら、司令も容赦なくこのスイッチを押してくれるだろう。私の命を奪うことに躊躇しないはずだ。

 重たい選択をさせていると自分でもわかっている。理由はどうであれ、他人の命を奪うことに正当性を感じ始めることは良くない。

 

「私だって一度死んでる身だから、あんな思いは二度も三度もしたくないよ」

 

 沖波に撃たれたことで私は命を落としている。激痛が薄れていき、力が入らなくなり、何も感じなくなるあの感覚は、今までで最大の恐怖だった。深海棲艦としての思考を持っていたあの時ですら、私は泣き叫びたくなる程の恐怖を感じていたのだ。

 あれは二度と感じたくない感覚。私だけではない、他の者にもあんな思いをさせたくない。

 

「ならいい。これは厳重に管理する。安心してくれていい」

「うん、了解。ごめんね司令」

「まったくだ。他のヤツにこんな重荷は背負わせられないよ」

 

 その重荷を沖波が背負ってしまっている。そこは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 私と同い年の女の子に、命を奪ってもらうという今後の生活に支障が出そうな程の経験をさせてしまった。元に戻って蘇ったようなものだからダメージは小さいかもしれないが、それでも殺したという事実は変わらない。沖波は割り切れているのだろうか。その辺りも聞いておきたいところ。

 

「ついでだから聞いておきたいんだが、悪夢はどうなった」

「入渠させられたときに見たけど、今のところはそれっきり。充実してると見ないみたいだから、まだまだみんなの助けは必要かも。今日は海防艦の子供達のところにお邪魔しようかなって思ってるし」

「そうかい。ケアが必要なら仲間を頼るんだよ。この鎮守府はそういう場所だ」

 

 あんなことをやらかした私を誰も嫌っていないことが、一番の救済だ。速吸さんにも言われたが、みんな喜んでお手伝いしてくれる。ここぞとばかりに全員使えなんて言ってきたが、本当に遠慮なく使わせてもらう可能性は高い。

 

「罪悪感はあるけど……それに囚われてたら仲間に失礼かなって思えたからさ。光明が差した感じ」

「ならいいさ。アタシも相談くらいにゃ乗れる。いつでも頼んな」

 

 本当にみんな頼りになる仲間だ。司令がこういう人だから、みんなをそういう形で引っ張っているのかもしれない。環境が心に影響を与えるという典型的な例。

 私もそういう人間になれるだろうか。いや、なるんだ。

 

 

 

 夜、海防艦の部屋に行く前に、異端児駆逐艦のみんなに自爆装置について話しておいた。磯波は先んじて話を聞いてくれていたので冷静ではあったが、他の者はどうしても驚きを隠せない。特に沖波は声を荒げる程に狼狽えた。

 だが、心の安寧のためには必要なのだと訴えたら、みんな納得してくれる。使わないために頑張る気持ちは当然あるし、また死ぬというのは怖い。

 

「大丈夫、私はもう俯かないよ。これのおかげで最悪の最悪まで行っちゃっても止めてもらえることが確定したんだから」

「それでも、やりすぎだよそれ」

 

 納得はしているが不満は漏らす沖波。親友が死を選ぶという行為は気に入らないのだろう。

 だが、安心してほしい。これは使うつもりは無いものだ。あるというだけで効果を持つ抑止力みたいなもの。夕張さんの言葉を借りるなら、精神安定剤だ。

 

「オキ、ゲロ様の気持ち、夕立達はわかるんだ。だからこれは許してあげて」

「私達もまたああなってしまったらって思ったら、その場で殺してもらった方がマシだと思います」

 

 同じように深海棲艦化の経験がある夕立と萩風も、そういう形で納得してくれた。その感情が正しくないことも理解して。

 

「わかってる。陽炎ちゃんが前を向くためには必要なんだよね。補助輪みたいなものなんだよね」

「そう……だね。真っ直ぐは進めないかもしれないけど、これがあれば後ろを向くことは無くなると思う」

「じゃあ、私も許す。それがそういうものってことを私達に話してくれたのも嬉しいし」

 

 異端児駆逐艦は運命共同体だ。隠し事は無し。他のみんなには申し訳ないが、この5人は何もかもを共有していく。仲間意識は特に強いだろう。

 

 

 

 この自爆装置は絶対に使わない。使ってなるものか。何かあっても絶対抗ってやる。

 




スイッチの電源はまだ入れられていません。もしちゃんと管理されていたとしても、地震でうっかり落ちてスイッチがポチッとなされてしまった場合、意味がわからないタイミングで陽炎が死ぬ羽目になりますので。


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脱力のその先

 翌日、松輪抱き枕により心地よい眠りから目覚めた私、陽炎。久しぶりの海防艦部屋での就寝は、思った以上に癒しとなった。便乗した沖波も、充分以上に癒されたようである。ストレスが解消されたかのようにツヤツヤしている、多分私、陽炎もだ。

 またお願いと伝えると、松輪は満面の笑みで応えてくれる。占守と大東もそれを望んでいたため、定期的に使わせてもらいたいと思う。深海棲艦経験のある者は海防艦による癒しが必要だと思う。

 

「なんかすごくグッスリ寝られたよね」

「ホント助かるよ。沖波は大丈夫だった? 悪ガキ2人に絡まれてなかった?」

「占守ちゃんも大東ちゃんもちょっとやんちゃだけど、そこまで酷くは無いよ? あれくらいだったら孤児院にもいたでしょ」

 

 確かに。歳下の男の子とかはやんちゃ坊主が多かった。既視感がある。

 

「昔を思い出すから気持ちよく寝られたのかな」

「かもしれないね。今の陽炎ちゃんには癒しが必要だもんね」

「いやそれマジだよ。癒されまくり」

 

 一昨日や昨日に比べれば、自分でも笑顔が戻ってきている気がしている。会話をしていてもそんなに辛くない。

 みんなが優しく接してくれるし、ヒトミとイヨとの会話で光が見えた。そして最後の安定としての首元の自爆装置。これはまぁ本当に念のための物なのでアクセサリーみたいなものだが。

 

「今日からは訓練かな」

「だね。陽炎ちゃんは『雲』対策訓練のキーパーソンになるからね」

 

 今日からは訓練にも参加することになるだろう。『雲』と同じ回避方法を扱えるため、戦場に赴くであろう者達は私でその動きの対策を訓練する必要が出てくる。私がみんなの力になれるのなら嬉しいことだ。私自身の訓練にもなるし。

 そのため、諜報部隊の調査についていくことは無さそう。行きたいのは山々だが、私は少し控えた方がいい部分もある。太陽の姫や『雲』を発見出来たとして、そこで私が悪影響を受けないとは限らない。最終的には戦場に出るとは思うが、今は心の準備が必要だ。戦い方がちゃんと決まったら、しっかり対策を積んで出向きたい。

 

「沖波も訓練?」

「どうだろ、私は安全ってわかってるから、諜報部隊の調査に行くことになるかも」

 

 沖波には分霊が効かないということが実証されている。そこから、M型異端児は優先的に諜報部隊の護衛に入ることになるのではなかろうか。該当するのは沖波、衣笠さん、そして松輪。松輪は流石にそこに行くことは無いと思うが、潜水艦が多いようなら松輪も駆り出されるかもしれない。状況による。

 それだって確定とは限らないのだから慎重に行ってもらいたい。2回の分霊を回避したのだから大丈夫だとは思うが、それでもだ。それこそ、M型異端児対策というのをあちらが積んできていたら困る。出来るかはさておき。

 

「気を付けてよね。沖波は」

「最後の砦、だよね。わかってる。私はいろいろ背負ってるからね、陽炎ちゃんを置いて死ぬわけにはいかないよ」

 

 沖波は私の心の支え、私を殺してくれた恩人だ。二度とそんな選択をさせたくないし、勿論失いたくない。

 

 

 

 朝食後、潜水艦を加えた諜報部隊は早速任務のために出撃。工廠の修復が完了しているため、随伴部隊もしっかり1部隊投入。予想通り、沖波と衣笠さんはM型異端児だからという理由で優先的に駆り出されていた。

 調査して何かしらの結果が得られた場合、その場で戦うことなく撤退を選択するとも聞いている。そのまま戦えるのなら戦うが、対策をしない限りまた『雲』に翻弄される羽目になるだろう。まだあの回避に対して当てられる者がいないのも事実である。

 

「で、調査してくれている間に、陽炎を使って部隊の強化だ。頼んだぜ」

「了解。私ももっと強くなりたいし」

 

 そして、その対策の訓練が今から執り行われる。木曾さんが主導となり、私が相手として、仲間達と戦うことになるようだ。優先順位的には、異端児では無い仲間達が訓練を受ける。

 夕立は早くやりたいと駄々を捏ねたが、D型異端児であり、かつ一度私の手によって深海棲艦化している経験もあるため、優先順位は最下位にされていた。夕立だって、再び分霊されるようなことがあればまたあちら側に傾いてしまうだろう。夕立のことだから、そんなことにならないように対策だってしているだろうし、そもそも成長著しい。

 

 基本この訓練は1対1。その状態で一定以上の戦いが出来るのなら、仲間がいればその分勝率が上がるだろう。故に、団体を相手にすることは今のところ考えられてはいない。

 

「で、最初の訓練相手なんだが、駆逐艦には駆逐艦をぶつけることが多いことから考えてコイツだ」

「よろしくね、陽炎ちゃん」

 

 そしてその相手というのが、五月雨である。この鎮守府における、真の最古参。五月雨はこの鎮守府のことを全て見てきている。そのため、夕立すら手玉に取られる時があるほどの熟練者だ。

 しかし、長くこの鎮守府で戦ってきたとしても、『雲』のそれは想定外中の想定外。私もそれが出来るわけだが、そんな戦い方はまずあり得ないところにあるため、いくら五月雨でも対応出来ない。それをどうにかするために、率先してこの訓練に参加してきた。ひとえに、経験を得るためである。

 

「うわ、早速強キャラ」

「え、私ってそう思われてるの!?」

「そりゃそうでしょ。私、五月雨に演習で勝てた試し無いと思うんだけど」

 

 そう、それだけ強いのだ。天性の才能で動く夕立は考えないとしても、今までの経験を全て活かして立ち向かってくるため、どんな動きをしても先読みというか予想通りに動いてしまっていることになるらしい。そして結果的にボコられる。

 今回は演習でも私は全力で戦う。脚への負担も私のために作られた初月インナーのおかげで軽減されているため、ある程度は連続使用が出来るはずだ。休憩を挟ませてくれれば、今日一日は何とかする。

 

「でも、今日は負けない」

「私も負けないよ! お互い、全力で!」

「ちゃんとそれダミーの弾だよね。うっかり実弾とか無いよね」

「命に関わるドジはしないから!」

 

 普段はドジっ子で、特に食事時にヒヤヒヤさせられる五月雨だが、戦場では違う。凛とした表情と的確な動きで、私達を助けてくれる大先輩である。

 今回はあちらの強化のために私が使われるのだが、私としては胸を借りるつもりで全力で立ち向かおう。脱力回避を使っても五月雨には勝てるかわからないし。

 

 

 

 いつも通りある程度の距離を取った後に演習開始。今回は脱力回避の研究のための演習だからか、いつもよりもギャラリーは多い。駄々を捏ねた夕立も、真剣な目でこちらを眺めていることが確認出来た。

 

「またお願いね」

 

 なんだか久しぶりに装備する艤装に声掛け。この艤装のおかげで私は戦えていたのに、あの時だけは自ら生み出した艤装に浮気してしまった。そんな私がまた相棒と名乗るのは烏滸がましいかもしれないが、この子がいないと私は進むことが出来ない。だから、頼らせてほしい。

 もう太陽の姫の巫女としての私はいないが、それでもついてきてもらいたかった。今までは従わせるなり何なりと酷使させていたが、今日からは共存でいい。従えなんて言わない。手伝ってもらいたい。

 

「じゃあ、行こう。背中は任せた」

 

 五月雨からの砲撃が戦闘の始まり。まだ距離があるため脱力回避は必要ないのだが、やけに嫌な位置を狙ってくる。回避先を見越した連射や、進むことを躊躇させる手前への砲撃など、性格とは真反対な嫌らしい攻撃だ。

 これが今までの経験から生み出された戦法。最古参の力。

 

「進むよ!」

 

 あちらもいろいろ試してくるのだと思う。下を狙われたら脱力回避はしづらいというのもあるし、先んじて回避先が無くなれば無意識下での移動で直撃する可能性もある。

 だが、私だって成長しているのだ。一度間違った道を進んでしまったが、それだって経験。

 

 萩風がわざわざ深海棲艦時代の技を使おうとしていたのだから、私だってそれに倣ってもいいだろう。ならば、あの時に編み出した技、木曾さんもそこを訓練しようと言っていた脱力回避の()()()を使う。

 五月雨には大分近付いているため、牽制の砲撃ではなく私自身を狙う砲撃を繰り出してくるだろう。そのタイミングが勝負。

 

「来た……!」

 

 両サイドを撃ち抜いた瞬間に私狙いの砲撃が繰り出された。横への回避方向を潰しつつ、直進もさせない最善の一撃。だがそれは、私以外にだ。

 

 ここで脱力。完全に力を抜いた瞬間、身体は無意識に動き出す。さらに前へ、陽炎の如く。

 

「うわっ!?」

 

 五月雨の小さな悲鳴。逃げ場を失わされた私だが、その全てを潜り抜けて前進し、五月雨の眼前まで来ていた。速度は私が出来る限りの最大。艤装も私に応えてくれている。いや、むしろああなる前よりも精度が高いレベルだった。

 もしかして、私の艤装が前の艤装を()()()()()()のだろうか。自分の方が私にうまく使われるんだぞという意思表示にすら思えた。意思は無いのだが意思表示とはこれ如何に。

 

「蹴りはしないけど撃つよ!」

 

 木曾さんに決めてしまったあの蹴りは、ほとんど不意打ちの状態でスピードを乗せた一撃のため、ガードさせる時間も与えずにダメージを与える。演習で弾がダミーだったとしても、関係なく相手にダメージを当ててしまう。最悪死ぬまであるので演習では使えない。

 だが、直前で止まって即座に撃つなら関係無い。回避する時間すら与えずに渾身の一撃を放つことで、五月雨の腹に直撃を狙った。

 

「ちょっ、待って!?」

 

 しかし、紙一重で回避。今までの経験から回避方向を選択してギリギリ躱してきた。

 

 ならばと、回避など関係無しに脱力。五月雨の回避方向に向かって突撃。身体はなく体当たりならまだ酷いダメージにはならないだろう。ダメージをもっと軽減するために、強く抱きしめるような体当たり。

 

「うわっ!?」

 

 脱力回避を連続で繰り出すというのは、私の脚に大きな負荷をかけるのだが、ありがたいことにまだ大丈夫。初月インナーのサポーター効果もあるだろうし、艤装が少し手加減してくれたのかもしれない。

 ともあれ、これで五月雨の動きは完全に封じた。本来ならこれでゼロ距離射撃や、渾身の格闘戦に入るのだろうが、演習故にここで終了。もう艦娘としての戦い方からは逸脱しているような気がするが、こんなことを艦娘が言っては何だが『勝てば官軍』である。ズルいことをしているわけでも無し、文句を言われることもない。

 

「なんとかなるもんだね」

「いやいやいや、これは避けられないよ。いきなり目の前だよ!?」

 

 五月雨でもこの反応。そういえば、脱力回避をまともに仲間の前で披露することってそんなに無かったか。()()()は考えないとして。

 

「と、とりあえずどいてもらえる?」

「ああ、そうだね。ごめんごめん」

 

 ずっと抱き締めているのもアレなので、五月雨を引き起こしつつ自分も立ち上がる。

 

「本当に見えなかった。ゆらっと揺れた感じ……かな。名前通り、陽炎というか蜃気楼みたいになったというか」

「『雲』も似たようなものだから、訓練にはちょうどいいかもね」

 

 五月雨からのお墨付きも貰えたため、『雲』対策の訓練としては完璧かもしれない。あの時は回避しかしてこなかった『雲』も、今の私のように攻撃に転じてくる可能性は高いわけで、私が出来ることは全部やれるようにして、さらにはそれをみんなに共有しておくべきである。

 

「じゃあ、私は1回これでおしまい。次の人に交代するね。陽炎ちゃん、脚は大丈夫?」

「そう、だね。まだ大丈夫。さすが初月インナー、これくらいならまだガタが来ないよ」

「なら、まだまだ演習出来るね。あはは、人気者だ」

 

 笑顔で手を振り五月雨は次の人へと交代。

 人気者と言われると若干引け目を感じるが、やはりみんなが私のことを許してくれており信用してくれていることを実感出来た。より前向きになるには充分な材料となってくれる。

 

 

 

 これ以降も取っ替え引っ替えされながら私は演習を続けていく。脚にガタが来そうになったら少し休憩し、また演習をと繰り返すことで、仲間も私も洗練していくのだ。

 

 それがまた楽しく感じた。やっぱり、周りを壊したり陥れたりするより、仲間達と切磋琢磨する方が楽しい。もっとこれを続けていきたい。

 




脱力回避のその先をマスターすることで、最古参の五月雨をも越える力を手に入れたことになります。ですが、今回の訓練はその対策をみんなに考えてもらうこと。結果的に、陽炎は負けるまでやらされるということに。


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潜水艦の戦果

 午前中の訓練は終了。私、陽炎は延々と脱力回避による演習を繰り返すことにより、みんなの『雲』対策に貢献し続けた。途中、脚がガタついてきたら休憩し、マッサージなどで回復。そしてまた訓練。自分でも酷使しているとわかるほどである。訓練終了時のお風呂が染み渡るように感じたのは久しぶりかもしれない。

 初月インナーのサポーター効果は絶大だった。あれだけやっていたら疲労骨折してもおかしくないという速吸さんからのお達しがあり、合間合間のケアがあるから午前中耐えられただけではとまで。

 そう考えると『雲』は自分の身体を酷使せずに同じようなことをしていたわけで、あの雲のクッションの性能が高すぎるのではと感じる。そうで無くても使える辺り、やはり『雲』は難敵だ。

 

「ぶー、ゲロ様に1発も当てられなかったっぽい」

「私も……」

 

 食堂で昼食中、膨れっ面の夕立と、苦笑気味な磯波。萩風はまだそちらの訓練には参加していなかったが、2人の様子から何があったのかは理解した様子。

 夕立相手にも何度かやったが、今回は圧勝させてもらった。忠誠心とかそういうところは関係無しに真正面から突っ込んでくる戦闘狂の夕立であるが、以前以上に洗練されてきた脱力回避でどうにか返り討ちに出来た。

 磯波もいろいろ考えて立ち向かってきたが、若干躊躇を感じた。主砲を連射するという行為が、()()()を思い出してしまうものにもなっているため、戦闘という行為そのものにまだ抵抗があるのかもしれない。これは慣れてもらうしか無いだろう。

 

「午後もやるからね! 次は1発は当てるから!」

「うん、受けて立つよ。私も強くなりたいからね」

 

 切磋琢磨してお互いに強くなっていくのがベストだ。今の状態で当てられるのなら、当てられないように私が強くなる。それで当たらなくなったのなら、仲間達は当てられるように強くなる。いい循環だ。

 

「間宮さんと伊良湖さんに聞けば何かわかるっぽい?」

「わかったとしてもアレは再現出来ないでしょ」

「……ぽい」

 

 間宮さんと伊良湖さんも食堂に復帰している。私達のせいで酷い目に遭わせてしまっているのはとても申し訳なく、勿論しっかり謝らせてもらった。笑って許してくれた辺り、本当に頼れるお姉さんである。

 私達を止めてくれた2人に何か参考になることを聞きたかったが、少なくとも今は忙しそうなので聞くことは出来ないだろうし、もし聞けたとしてもそれを自分の身体でやれるかと言われればNOである。間宮さんの超精密射撃も、伊良湖さんの超高速戦闘も、まともに出来るのは当人だけだろう。

 

「自分なりの方法を考えていくしかないよね……私も頑張ってみる」

「ぽい。ソナーも絶対ゲロ様に膝つかせようね」

「うん、そうしたら……あの『雲』にも手が届くもんね」

 

 2人がやる気満々のようで何より。挫けないというのはそれだけで才能だろう。

 

「そういえば……諜報部隊は今頃どうしてるんでしょう」

 

 不意に萩風が話題に出す。いつもの異端児駆逐艦の中で、沖波だけがそちらに参加中の、今一番重要な任務である調査任務のことだ。

 

 午前中から出て行っているが、場所が場所だけに帰ってくるのは夕暮くらいになるだろう。ヒトミとイヨが加わったことで、調査の効率が格段に上がっているが故に、あちらでも時間をかけて念入りに調査しているのでは無かろうか。

 こちらからあちらの近況がわかるのは司令達だけ。余程のことがあれば、すぐに私達にも伝えられるだろう。何も無いということは、あちらは順調と考えればいい。まだ何も掴めていないという可能性が高いのが残念だが。

 

「今のところはいいも悪いも何も無いんじゃないかな」

「そう……ですよね。今は慌てず騒がず待っているべきですよね」

「そうだよ。何かあったら必ず連絡してくれるはずだからさ」

 

 不安になるのも仕方ないことだ。今探しているのはラスボスの本拠地。私はともかく、萩風だって『雲』から分霊を受けて駆逐水鬼にされていたわけで、ある意味因縁の相手だ。その行方が早く見つかってほしいと思うのは自明の理。

 だが焦りは禁物。当事者でない私達が焦るなんて以ての外。今やれること、『雲』対策の訓練を続けていくのが最優先だ。

 

 

 

 午後も訓練が続く。午前中と同じように脚がガタつくまで訓練しては休息でマッサージしてもらうというのを繰り返した。

 艦娘という身体のおかげで、こんな負荷が激しい動きをしていても、それが成長に繋がるから凄まじい。普通の人間なら間違いなく脚を壊しているだろう。 

 

「今日はこれくらいにしておくか。陽炎も大分疲れが溜まってるだろ」

「うん……そうしておく。ふくらはぎとかパンパンだよ」

 

 木曾さんに言われて訓練はここで終わる。訓練参加者は全員大分疲れた顔をしていたが、私はそれに輪をかけて疲労を感じていた。

 たびたびマッサージをしてもらい、お昼にはお風呂に入っているとはいえ、丸一日脚に負担をかけ続けていたのだ。痛くは無いのだが、熱を持ってしまっているようだった。むくんでいるのが触らずともわかる。

 

「いつもはグッチャグチャだが、今日は綺麗なもんだな」

「全部躱したもん。代償がこの脚のむくみなんだから」

 

 訓練を実施したものの中で、私が一番綺麗な状態。ダミーの弾を使っているが、いくつか掠った程度で直撃は無し。脱力回避も板についてきたというもの。

 代わりに他の仲間達がそれなりに汚れていた。回避してからの超高速移動で突撃し、即座に急所を狙った砲撃を繰り出し続けていたおかげで、私以外は思った以上にドロドロ。ちなみに木曾さんも御多分に洩れずだが、疲れで言うのならまだマシというくらい。

 

「陽炎的には、誰が一番苦戦したよ」

「木曾さん。断然木曾さん」

 

 殆ど無傷で訓練を終わることが出来たが、一番手が届くところまで来ていたのは、この訓練をやろうと言い出した木曾さんだった。やはり接近戦が出来るというのはそれだけでも大きく違う。

 木曾さんは、私の突撃を細部まで予測していた。それでも当てられたのは、私自身が脚の負担を顧みずにフェイントなどを入れるようにし始めたことが理由だろう。相手の想像しない動きをすることで、脚を少し止めることができる。

 

「避けられるけど、接近戦の方が避けにくいって印象かな。やっぱり小さいものの方が潜りやすいし」

 

『雲』も同じかどうかはわからないが、少なくとも私はそう感じた。『雲』はあの戦いの時に加古さんの突撃も回避していたが、幾分か面倒だったのだと思う。

 

「休憩してから研究だな。陽炎の感じたことを全部教えてくれ」

「ん、了解」

 

 私の感じたことが『雲』攻略に役に立つというのなら、全部話すことにしよう。少し毒っぽくなるかもしれないが、心を鬼にして全部言う。

 この中では新人も同然の私が、五月雨のような最古参まで含めて指導するなんて考えたことも無かった。相談とか対等な状態ではなく、本当に私が上に立っての話だ。それはそれでなかなか緊張するものである。

 

「お、諜報部隊も帰ってきたな」

 

 訓練が終わったタイミングで、調査任務に出ていた部隊も帰投。時間的には少し早いかというくらい。

 しかし、思っていたよりも大変なことになっていた。どう見ても怪我人がいることが遠目でもわかる。黒煙が上がるほどでは無いのだが、明らかに普通の調査よりも消耗していた。初めて南方棲戦姫と戦った時よりも酷いことになっている。

 

「おいおい、ありゃえらいことになってんぞ」

「向こうで戦ったってことだよね……早く入渠してもらわなくちゃ」

 

 私達も消耗はしているが、所詮は訓練での消耗だ。ダメージらしいダメージも無いし、お風呂は欲しいがあちらが優先されるべきだ。

 

 

 

 帰投した部隊のうち、入渠が必要と判断されたのは青葉さんと衣笠さん、そして沖波。命に別状はない怪我ではあるものの、後を引きそうなものだったため、すぐに治療を開始。

 

「潜水艦達が海底で何かを発見したところで、激しい襲撃を受けたのであります。戦艦の姫級が2体同時に現れ、さらにはレ級も現れたのであります」

「さすがにその数が束で現れちゃ、ああなっても仕方ないか」

 

 全員がある程度休憩が終わったところで、神州丸さんからの説明が始まる。

 戦艦の姫だけでも相当面倒くさいというのに、それに加えてレ級まで現れたとなると、被害がアレだけで済んだだけでも良かったのでは。

 

「戦艦は今までの資料でもある戦艦棲姫でしょう。南方棲戦姫よりは下位でしょうが、複数体現れると苦戦する厄介なものであります」

「他にも細かいのがいっぱい出てきたね。秋雲さんは全部覚えてるから、後から資料に起こしとくー」

 

 秋雲の瞬間記憶がここでも役に立ったようだ。それ以外にも、青葉さんがしっかり録画済みのようらしいので、艤装修復が完了次第、それで確認も可能。

 

「今回はギリギリだったねぇ。対潜もめっちゃくちゃだよアレ」

「……レ級は万能って聞いてたけど……アレはズルい」

 

 イヨとヒトミはすぐに治る程度の怪我を負っていた。潜水艦としてあらゆる攻撃の的にされたようだが、何とか回避しきったらしい。その中でもレ級の対潜攻撃が非常に厄介だったらしく、命からがらといった感じでその場から撤退出来たようだ。

 そもそも今回の戦いは、撃破まで行かずに撤退。戦闘の可能性を考えて万全な態勢で向かったとはいえ、予想以上の戦力を投入されたため、今回は撤退を選択したとのこと。命を大事にするべきなので、その選択は正解だとは思う。

 

「アンタ達は何を見つけたんだい」

「あ、そうだそうだ、そのことだ!」

 

 イヨが大きな声を上げる。今回の調査の一番重要なところである。

 

「海の底で、()()()()()()()を見つけたんだよ。かなり遠目だけどね」

「……大分古いものだった……10年以上は前だと思う」

 

 潜水艦の2人が言うには、南方棲戦姫の巣があった場所よりももっと陸から離れた場所、周囲に陸なんて見えないような場所で、()()()()()()()()()()()を見つけたらしい。

 それが視界に入った途端、敵が溢れ出したという。どう考えてもその残骸が何かしらの影響を与えているとしか思えない。

 

「深海棲艦の巣ってのには、そういうものも使われるってのは聞いたことがある。うちの周りで現れたのでは、そういうものはなかなか見なかったと思うがね」

「そうですねぇ。不自然に凸凹してるとか、大きな穴が空いてるとかが基本ですね。深海棲艦に拠点を造る能力は無かったはずなので、そこにあるものを巣にするか、今言ったみたいに穴が空いているかのどちらかでした」

 

 巣を破壊するための巨大な爆雷を取り扱っている夕張さんが言うのだから間違いない。

 その穴に爆雷を放り込む形で完全に破壊するわけなのだが、今回は穴ではなく船の残骸。爆雷を使ったところで全てが破壊出来るかもわからなくなってきた。

 

「いつもの調査なら、その残骸を見つける前に襲撃を受けただろうね。潜水艦のおかげだ」

「役に立てたね! いぇい!」

「……私達の目が役に立てたのなら……幸いです」

 

 確かに潜水艦がいてくれたことでそれを見つけることが出来た。もう少し細かく確認したいとも思うので、あと数回は調査任務に出てもらうことになるだろう。

 その度にアレだけの部隊が来られると困るので、調査任務の部隊はより戦力的にも強めにする必要はあると思うが。

 

「よし、いい報告を受けた。今後のことに関してはまたこちらで決めたいと思う。明日、再出撃をしてもらうからね。今は休んでおくれ」

 

 第一次調査任務はこれで終了。新たに加わった潜水艦の大戦果となった。

 しかし、それが本陣なのではと思わせるような猛攻が始まったため、しっかりとした準備をしてから改めて調査をすることになる。私はおそらく参加はしないが、順調に事は進めているのではなかろうか。

 

 

 

 戦いは佳境に入ったのかもしれない。これはこのままの勢いで進みたいものだ。

 




海底に沈んでいる船の残骸。これが何を意味するか。今の段階では巣っぽいですけど。


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古参の実力

 入渠が必要だった沖波は夕食前には戻ってきた。戦艦の姫2体に加え、レ級まで現れたという戦場では、何処も彼処も砲撃の嵐に巻き込まれることになる。沖波はまさにそれで、直撃はおろか擦りもしていなかったのだが、攻撃が妙に自分に集中したタイミングがあったらしく、その時の爆風で怪我を負ったのだそうだ。

 今回怪我を負った青葉さんや衣笠さんもその類。嫌なタイミングが重なると、狙われてもいないのに自分が集中砲火を受けているように感じるとのこと。わからなくもない。あちらも本能的に一番狙いやすいところを狙っているのだろうし、それがたまたま自分に集中したというのも無くは無い。

 

「酷い目に遭ったよ……。衝撃で腕の骨にヒビが入ってたらしいし」

「災難だったね」

 

 夕食の時に愚痴る沖波の話を聞く私、陽炎。ちゃんと回避出来ていたのに怪我をするとか、誰でも嫌な気分になるというもの。

 それにしても骨にヒビとなると結構な重傷だ。それが数時間で治療されたところが入渠のすごいところ。今はヒビが入ったという腕をグルグルと回して完治していることを実感している。

 

「やっぱりあそこが本拠地なのかな。守りがすごい厚かったし」

「だろうね。ヒトミとイヨが沈没船みたいなの見つけたんでしょ?」

「うん、私は腕が痛くてそれどころじゃなかったけど、そんなこと話してたの聞こえた」

 

 南方棲戦姫の巣からさらに離れたところで見つけたという、10年以上前からありそうな船の残骸。近付けたわけではないが、遠目にその姿が見えた時点で、それを守るかのように敵がワンサカ湧いたということだと思う。それだけ見られたくない、近付かれたくない理由があるというのなら、そこが本陣であることはほぼ確定だろう。

 それがダミーの可能性が無いとは言えないが、見つかっている唯一の手掛かりなのだから、そこを全力で攻めるのが今後の作戦になるだろう。

 

「夕立達は出られるっぽい? 出られるっぽい?」

「どうだろうね。D型異端児には『雲』は天敵だし」

 

 一度深海棲艦化して戻ってきたとはいえ、D型異端児であることには変わりない。しかも、夕立と磯波は深海棲艦化の影響で同期値が測定不可になってしまったのだ。磯波に至っては、そちらも異常値だったM型同期値の値が激減するほど。

 そんな状態で再び『雲』に分霊されてしまった場合、おそらくあっという間に深海棲艦化してしまうだろう。一度なっていることで耐性が出来ているとかならいいのだが、そんなこと実験すら出来ないのだから避けるに越したことはない。

 

「そこは司令の指示待ちだよ。私達の手で決着をつけさせてくれるのかもしれないけど……そうでないかもしれないし」

「うん……私もこの手でやりたいけど……命令違反は出来ないもんね」

 

 磯波も自分を奮い立たせているのだが、独断でやることは出来ないのだ。これは指示を待つしかない。

 それに、磯波はまだ少し砲撃に躊躇いが出てしまっているので、まずはそこを治さなくちゃいけない。大変だとは思うが、私達で支えていきたいと思う。

 

「……私も……出来れば『雲』との戦いには参加したいです」

「萩風は……そうだよね。私達よりも因縁あるもんね」

 

 萩風も静かに闘志を燃やしている感じ。萩風は太陽の姫ではなく『雲』に分霊されたことで5年間という年月を潰されている。それにより、私達以上に『雲』への憎しみは強い。

 今の私達は負の感情が強くなってきている。恨み、怒り、憎しみ、いろいろと感じてしまうのだ。

 

 だからこそ、艦娘の心得を忘れてはいけない。私達は破壊者ではなく守護者なのだと。そんな資格があるかはわからないが、前向きに進むためには何度もその心構えを反芻する。罪悪感は残っているが、もう一度艦娘として戦うことを選んだのだから。

 

 

 

 翌日、調査任務は少しメンバーを替えて再出撃。昨日の襲撃を鑑みて、戦艦3体を同時に相手取ることが出来るように重めのメンバーにしている。調査も昨日とは少し違った方向から向かい、最終的に例の沈没船を違う角度で確認するとのこと。沖波は今回もその部隊に駆り出されている。

 私達D型異端児は昨日と同じように『雲』対策の訓練を実施。少しでも『雲』への勝率を上げるために鍛錬を欠かさない。私も昨日1日で下半身の強化が程よくされており、昨日よりも動きは良くなっているように思えた。

 

「大分動けるようになってきたかな」

「お前が動けるようになるたびに、俺らは苦戦させられるっていうな」

 

 脱力回避の発展系、超高速移動によるフェイントなども、昨日よりは出来るようになってきていると思う。一度の移動で1回のフェイントくらいなら、脚に負荷を感じることが無かった。速吸さんに怒られることもあったが。

 だが、私が上手く出来るようになればなるほど、仲間達はそれに追いつくためにまた頭を捻ることになる。追いついては引き離しを繰り返して、今に至った。

 

「で、一番陽炎に当てられたのが……」

「五月雨と菊月……かな」

 

 そんな中でもしっかりついてこられたのがこの2人。最古参の五月雨と、同じくらいの古株である菊月である。

 

 五月雨は昨日の段階から一気に伸びた。初めて見るものには驚きもあってかすぐに対応出来なかったようだが、昨日1日と今日の午前で私の行動の傾向を経験したことで、フェイントを1回入れるくらいでは対応されるくらいにまでになっている。

 昨日は調査任務に出ていたため、『雲』対策の演習は本日が初めてだった菊月だが、誰よりも早く私に順応してきた。おそらく私の行動を先読みしているのだと思うが、それが思った以上に的確。そういえば菊月と初めて演習した時、心の眼で見ろなんて言っていたが、菊月はそれを実現しているに過ぎないのだろう。真似出来ない。

 

「流石だなぁ古参勢」

()()()()()

 

 少しドヤ顔の菊月。本人曰く『心眼』である。脱力しているために次に向かう位置というのは読みづらいようだが、私の脚の動きとかを一瞬で判断して、次にいるであろう場所を予測しているのだとか。

 つまり、菊月は長年にわたり動体視力を鍛え続けてきたわけだ。見えないところからの不意打ちには弱いが、見えてるところからなら対応してしまうと。

 

「私もそれに近いかなぁ。今まで見てきた動きに合わせて対応してるっていうか」

 

 五月雨は経験からの選択。長くこの業界にいるのなら、少なからず該当する動きというのがあるのだろう。それが普通ではない速度で繰り出されるだけであって、それが何倍速でもやってることは変わらない。

 経験からの行動が身体に染み込んでいるレベルの五月雨だからこそ、そんな対応力を持っている。私と少し似ているかもしれないが、こう来るかもと考えたときにはそれに対応する動きを始めているみたいな。

 

「まだまだ私は『雲』に追い付けてないかもしれないけど、役に立ててるなら良かった」

「すごく役に立ってるよ。この経験は絶対に活かせるもん」

「ああ、五月雨の言う通りだ。この菊月が保証する」

 

 五月雨は満面の笑みで、菊月は不敵な笑みで、私の存在を保証してくれた。この2人のお墨付きなら、これからも訓練に精が出せるというものである。

 

「サミー、お菊ちゃん、夕立にも教えてほしいっぽい!」

「わ、私も……」

 

 夕立と磯波が2人に私の攻略法を教わりに行ったところ、どうにもお手上げ状態だったのか、訓練参加者のほぼ全員が一度2人からの教えを請おうと殺到。ちょうど休憩時間だし、私もここぞとばかりに身体を休めることにした。

 今はまだ午前。午後からはみんなが途端に手強くなるかもしれない。その方がいいということはわかっているのだが、私も早く成長しなくては。全員からボコボコにされるのは、それが目的とはいえ癪だし。

 

 

 

 そしてその午後だが、話で聞くだけではわからないということで、実演させられることになった。昼食前にお風呂で身体を休めているので、午後イチならほぼ十全の動きが出来る。

 相手は菊月。五月雨の扱う経験則からの対応は、五月雨以外がやるには時間が足りな過ぎるため、菊月の動体視力の方を参考にするとのこと。経験ではなく技術なら、誰もがそれを参考にすることが出来そうだ。

 

「実を言うとな、この菊月、伊良湖さんに1つだけ助言を貰っていたのだ」

「伊良湖さんに?」

「ああ。あの場で陽炎を止められたのはあの人だけだ。しかも、接近戦でだからな」

 

 私が深海棲艦化しているとき、脱力回避を寸前で止めた挙句に攻撃にまで転じてきたのは伊良湖さんだ。夕立も助言を求めようとしたが、あれの再現は出来ないだろうと思い、結果的に今は実力だけで乗り越えようとしている。

 その伊良湖さんに何かを聞いたらしい。それのおかげで、午前中から私に対応出来たようだ。

 

「聞いたのは、脱力回避をする瞬間のお前の挙動だ」

 

 確かに伊良湖さんは私の脱力回避を()()()()と言って食い止めた。その瞬間がわかったということだ。

 菊月の動体視力ならその瞬間が判断出来ると。だが、午前中はそれを明確にするために使っていたのだろう。訓練だからそういうことが出来るわけで、そのチャンスをしっかり使っていった結果。

 

「そんなにわかりやすい?」

「午前中を使って確認した。確かにわかりやすい。この菊月の『心眼』の前ではな」

 

 脱力回避はどちらかと言えば弱点が私への負荷だけという万能技だったりした。それを出す前に潰すということが出来るというのなら、私にも有用な情報ではある。

 そういう意味では私も伊良湖さんに聞いておくべきだった。やはりあの時の引け目がある。あの時の話題を出して会話するのを、無意識のうちに避けていたのかもしれない。そういう意味では夕立にも悪いことをしたかも。

 

「これは陽炎の成長にも繋がるはずだ。この菊月、心を鬼にして陽炎をコテンパンにしてやろう」

「本当にされそうだから普通に怖いんだけどさ」

 

 演習開始。最初は緩やかな立ち上がりで、単発の砲撃を繰り返しつつ距離を詰める。これは今までの演習でもずっとやり続けていることだ。遠くであればあるほど私は回避がしやすくなるのだから、出来る限り接近してから確実に当てる。

 五月雨と同じく、菊月も結構嫌らしい位置を狙ってくる。足りない火力を技術で補っているのがよくわかるもの。どんな小さな火力でも一撃でやれる急所や、進行方向を狙って脚を止める牽制を織り交ぜていた。

 

「それだって何度も見てるんだから……!」

 

 私だって一筋縄では行かせない。脱力回避を使わずともそれくらいなら回避出来る。

 

「ならば、嫌でも使ってもらう」

 

 以前の五月雨と同じく、私の脱力回避を誘発させるように、逃げ道を潰しつつの本体狙いの砲撃を放ってきた。脱力回避でしかまともに躱せないようなタイミングで。夕立なら飛んだり跳ねたりで回避するのだろうが、私にはそんなことは簡単には出来ない。艤装を盾にするのも控えたいところ。

 故に、望み通り脱力回避を選択。全身の力を抜き、その砲撃を潜り抜けるように回避する。

 

 はずだった。

 

「やはりな」

 

 脱力回避出来ず。私が力を抜いた瞬間に、菊月の4回目の砲撃が私の膝の上を撃ち抜いていた。そのせいで動くことが出来なくなり、その場に縫い付けられることになる。

 

「あ、ああ、なるほど」

「自分でもわかったみたいだな」

 

 理解した瞬間、菊月の砲撃をまともに喰らうことになった。この演習を開始して、初めてモロに受けた。ギャラリー達の感嘆の声が聞こえるのもわかってしまった。

 

「お前は脱力するときに必ず膝から力が抜ける。それが判断出来れば撃ち抜くことくらい造作も無い」

「人間ってそういうものじゃないかな……身体を支えてるわけだし」

「故の弱点だろう。この菊月にはもう効かないと思えばいい」

 

 菊月は『雲』対策がこれで完了したとも言えるだろう。『雲』の回避の瞬間さえ判断出来れば、あの回避は確実に止められるということになるのだから。

 その戦闘は青葉さんの動画にしっかり残っている。回避の瞬間もだ。菊月はそれを研究するだけで一番有用な存在になるだろう。

 

 

 

 逆に、私はまだまだ改良の余地があるということがわかった。その瞬間がわからないように出来れば、より強力な回避方法に昇華されるはずだ。私の訓練にもなっている。

 




『雲』対策、一番最初に乗り越えたのは菊月でした。


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狙われた沖波

 私、陽炎が『雲』対策の演習相手を受け持ち、まずは菊月に突破された。私の成長にも役立つ助言までくれたので、ここからはより面倒な相手としてみんなの前に立ち塞がろうと思う。

 その戦闘を見ていた者達は、それを参考に次々と私に立ち向かってくるが、菊月以外は今のところ苦戦はしているものの返り討ちにしている。しかし、五月雨相手だとかなりギリギリ、夕立も菊月のそれを見たことにより途端に強くなった。私は精神的にも疲労を感じるくらいに。

 

「さすがに疲れた……脚も痛いや」

「明日は休息がいいですね。マッサージとお風呂を重ねても、疲労はどうしても溜まってしまいますからね」

 

 速吸さんに脚をマッサージしてもらっても疲れが取れないところまで来てしまった。昨日と今日で朝も昼も延々脱力回避をし続けたのだから、脚にガタが来てもおかしくないだろう。

 よって、ここで司令には明日は休息ということにさせてもらい、また翌日から訓練ということにしてもらう。さすがに演習のしすぎで脚が折れるとか笑えない。

 

「大分熱を持っていますね。今日は夜に冷やして寝た方がいいかもしれません。いろいろ処置しておきましょう」

「はーい……ちょっと無理しすぎたなぁ」

「そうですね。2日でこれですから、ちゃんと休息はいるでしょうね。適切な処置をしておけば、明日には完治しますよ」

 

 さすが艦娘。さすがに演習でガッツリ入渠というわけにはいかないが、お風呂に入ってちゃんと処置すれば、明日には治っているとのこと。ありがたい限りである。

 歩くことが出来ないというわけではないのだが、疲れが溜まっているのはわかるので、まだ時間としては早いが少しフラつきながら休息に入ることにした。お風呂に入り、速吸さんにいろいろと処置してもらい、今日の残りの時間と明日は身体を休めることに専念しよう。

 

 私がダウンしかけたということで演習そのものも終了。他の者も休息に入ることとなった。私を使った『雲』対策は少しずつでも進んでいる。とりあえず菊月は質問攻めに遭っていたのは言うまでもない。

 

 

 

 その日の夕方、第二次調査任務に出ていた諜報部隊が帰投。昨日の第一次と同じように襲撃を受けたようで、編成を重くして行ったのが功を奏したらしい。見事撃退に成功したそうだが、そのままさらに調査とはいかなくなったようで、今回はそこで戻ってきたとのこと。

 

 ちょうど速吸さんの処置も終わったところだったので、私も部隊の帰投を迎えに見に行ったのだが、被害が無いわけではなかった。

 部隊の中心で戦っていた陸奥さんや霧島さんは艤装の破損や手傷を負っており、沖波はまた入渠が必要なほどの怪我を負っている程だ。昨日に引き続き今日も怪我を負うとか、沖波は少し運が無い。

 そして一番重要な要員であるヒトミとイヨも、入渠した方が良さそうなくらいの怪我を負ってしまっていた。今回は昨日に増して対潜が酷かったらしい。余程あの場所にあるものが見られたくないのだろう。

 

「痛た……入渠お願いしまーす……」

「災難だったね。すぐにドックを使いな」

 

 見た目だけで言えば、沖波の怪我は昨日よりも酷い。爆風に巻き込まれただけでは無く、艤装に至近弾を受けたことで生傷も見えた。血も流すほどの怪我は流石にすぐに入渠である。私も流石に触れられなかった。私がいることに気付いた沖波は、苦笑しつつ手を振って入渠に向かっていった。

 陸奥さんと霧島さんは入渠した方がいいくらいかもしれなかったが、今向かった3人が終わるまでは待っておくとのこと。一晩使って治療するため、今は応急処置でいいと、他の者と一緒にお風呂へと向かった。

 

「……提督殿、少しご相談が」

「なんだい神州丸」

 

 そんな中、隊長である神州丸さんだけが工廠に残っていた。今回の任務で気になることがあったらしい。少し神妙な表情をしていた。

 

「今回の襲撃、やけに()()殿()()()()()()()()()()()気がするのであります。我々を見向きもせずというわけでは無いのですが、事あるごとに沖波殿が狙われていたのです」

 

 昨日も妙に自分に攻撃が集中したタイミングがあったと言っていたが、それは今日もあったらしい。しかも、それが他の者にもわかるくらいに苛烈なものとなると話が変わる。

 別に沖波が今回の部隊の穴というわけではない。メンバーとしては順当に万能戦力として駆り出されたくらいだ。昨日も来ているからというのなら、秋雲だって狙われて然るべき。しかし、秋雲は戦場でよくある軽傷。沖波が一番酷かったのは間違いないのだ。

 

「我々には理由が皆目見当がつかず。あちらにそうされる理由を、提督殿は何か知りませぬか」

「今回のメンバーの中で、沖波だけが持っているもの、ということかい」

「ええ。何か思い当たることなどありませぬか」

 

 強いて言うなら、沖波はメンバー内では貴重なM型異端児だ。今回の部隊にも衣笠さんと一緒に編成されたわけだが、その衣笠さんは狙われているわけではない。

 ヒトミとイヨは潜水艦という特性上、狙われるのは仕方ないことだ。だが、沖波だけは本当に不明。

 

「……沖波だけ分霊が効かなかったくらいか」

「確かに。本艦もあの場にいたので覚えております。分霊が効かず、敵対することがありませんでしたな」

 

 ドクンと鼓動が高鳴るような感覚。そうだ、沖波の特異性はそこだ。私が手ずから施そうとした分霊が2度も弾かれた。私の()()()()から唯一逃れてくれた。

『雲』はあの戦場にいたのだから、その現場を見ているはずだ。そこから沖波は()()()()()()として認識されていてもおかしくない。

 

 勝手な解釈だが、沖波は世界に選ばれた者なのだろうと考えている。M型異端児の特性として、人間を辞めないというものがあるのではないかという、司令もそれなりに納得はしてくれた仮説である。

 M型異端児に近付かれることを嫌っているのだろうか。海底にあるという沈没船に、その理由があったりするのだろうか。今の段階ではさっぱりわからない。本人から説明してもらわない限り。

 

「とにかく、そんなに狙われるのなら一度部隊から外そう。危険を冒してまで出撃してもらうのはいいことじゃ無い」

「ですな。沖波殿にはこちらで『雲』対策の訓練をしていただきましょう」

 

 狙われるのなら部隊から外れてもらった方がいいだろう。1回目より2回目の方が怪我が酷かったわけだし、3回目はさらに酷いことになるかもしれない。最悪な場合、死ぬまで狙われるまであり得る。

 沖波を排除することがあちらの目的だというのなら、そうされないようにするためにも鎮守府で待機してもらった方がいい。神州丸さんが言うように、『雲』対策を学んだ方がいいだろう。まだ一度も訓練に参加出来ていないし。

 

「陽炎、脚の方は大丈夫かい」

「あ、うん、大丈夫。お風呂に入った後、速吸さんに念入りにマッサージしてもらったから」

 

 それでもまだ疲れは取れ切れていないものの、大分良くはなっている。明日しっかり休めば、また昨日のように訓練が出来るだろう。明日を使えばまた私の脚の耐久性は成長していそうだし。

 

「陽炎殿、余裕があれば本艦が手合わせしましょう。陸での体捌きを学べば、きっと役に立つであります」

「うん、よろしくお願いします。私ももっと強くなった方が良さそうだからね。もう菊月に対策されちゃったし」

 

 神州丸さんは『雲』の動きにいち早く対応出来た実績がある。陸ならば『雲』すらも打ち負かせる力は、教えてもらって損はない。神州丸さんにのみ与えられた特性かもしれないが、参考にはなるはずだ。

 

 

 

 沖波が戻ってきたのは夕食の後、私達がお風呂も終わらせた後だった。今日は磯波のメンタルケアのために部屋に集まっているところに、今日やるべきことを全て終わらせた沖波が入ってきた。

 

「はぁ……またやられちゃったよ……」

 

 昨日に引き続きということで少し落ち込んでしまっている沖波。2日連続の入渠は流石に気が滅入るか。

 

「なんか敵が沖波のこと集中狙いしてたって神州丸さんが言ってたよ」

「うん……入渠終わった時に司令官から聞いた」

 

 沖波も戦闘中からそんな感じはしていたらしい。昨日はたまたまで済んだが、今日はそんなこと言っていられなくなった。

 

「オキ、なんか気に入らないことしちゃったっぽい?」

「分霊が効かなかったことだと思いますが……」

「あぁ……沖波ちゃんだけあちらの思い通りにならなかったから」

 

 まぁそれが一番妥当だろう。思い通りにならないから集中狙いして殺しにかかるとか、傲慢な神もいたものである。いや、神なんてそんなものか。そもそも神でも無く、神を騙ってるただの深海棲艦なわけだが。

 事実、神の如き力を持ってはいそうではあるものの、やっていることは侵略である。そんなもの神と認めて堪るか。

 

「だからかなぁ……次の調査任務からは一回外すって。向こうが私のこと狙ってるみたいだから」

「うん、私も聞いたよそれ。その間に沖波も『雲』対策の訓練だって」

「ん、了解。陽炎ちゃんと演習するんだよね」

 

 これに関しては沖波も乗り気。あの『雲』を倒すための技能は誰にだって欲しいところである。

 

「M型異端児はみんなこうなのかな。私以外にもいるのに」

「『雲』の前で分霊が効かなかったところ見せたのは沖波だけでしょ。それが気に障ったんじゃないかな」

「うぅ、嫌だなぁそんな狙われ方」

 

 今までは私を狙った行動が多かった敵陣営だが、今後は沖波を狙ってくると考えても良さそうだ。引き込むために狙われる私と違って、明確な殺意を持って狙われる沖波の方が悲惨だが。

 なら、私達も出来る限り沖波を護らなくては。私がやらかしたことで特性が向こうにバレたわけだし、これは私にも責任がある。

 

「沖波は私達が護るから」

「夕立達に任せるっぽい!」

 

 夕立もやる気満々。深海棲艦化の恨みを晴らすという目的はあるかもしれないが、他者を護ることが艦娘だ。そちらを優先するならば、沖波だって護る対象。敵を殲滅するより、沖波の命の方が大事。

 それに、そういう心構えなんて関係なく、友達の命を護りたいと思うのは当然のこと。唯一深海棲艦化を知らない異端児駆逐艦ではあるが、だからこそ純粋なままでいてもらいたい。そもそも深海棲艦化の脅威は沖波には無さそうだが、それでも。

 

「死ぬって……本当に辛いことだから」

 

 ボソリと磯波が呟いた。深海棲艦化を経験しているということは、元に戻るために死を経験しているということにもなる。勿論私も、泣き叫びたくなる程の死の恐怖を知っている。

 本来ならその恐怖は人生で一度だけ知ることになり、それで終わりだ。だが、私達はその記憶も持ったまま今を生きているわけで、おそらくこの鎮守府にいる者の中でも特に死に対して敏感になってしまっているだろう。

 

「そうだよ。死ぬって本当に辛いんだよ。それに滅茶苦茶怖いんだから」

「あー、わかるっぽい。感覚が無くなっていって、心臓が止まっていくのがすごくわかるっぽい。夕立は親分に殺されてるから、内臓グチャグチャにされたし」

 

 笑って話せることではないのだが、夕立のメンタルはどうなってるんだ。私も磯波も、萩風だってこれに関しては口を噤んでいるわけだし。

 

「とにかく、沖波は絶対に殺させないから」

「うん、お願いね。私も頑張るけど、1人の力ではどうにも出来ないかもだし」

 

 磯波のメンタルケアのために集まっていたが、いつの間にか沖波が中心になっていた。少し下がる話題にはなったものの、磯波も普通に話せているのでメンタルケアにはなっていたか。友達とこうやって話すことは、それだけでも癒しになるというもの。

 実際、私もこのメンバーなら強い罪悪感を感じずに話をすることが出来る。無論忘れているわけではない。表に出さないように話せるだけだ。それでも、ああなる前に戻れているような気がして、私のメンタルケアにもなっていると思えた。

 

「夕立達は異端児の駆逐隊だからね。仲間意識は他より高いっぽい! 勿論ハギィも一員だよ」

「私は補充要員ですけどね」

「萩風も大分鍛えられてるんだからさ、一緒に出撃しようね」

 

 そう、私達は異端児駆逐隊。一緒に出撃することは最近稀ではあるが、仲間意識は高い。みんなで護り合い、切磋琢磨し、今の脅威を打ち払っていきたいところだ。

 

 

 

 沖波が狙われるという事態にはなってしまったが、やることは変わらない。まずは強くなる。みんなを護れるくらいに強くなって、『雲』を、そして太陽の姫を討つのだ。

 




あちらの次のターゲットは沖波。陽炎の分霊が効かなかったことに、何か思うことがあるようです。世界に選ばれた者は気に入らないんでしょうかね。


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向けられた視線

 翌日。相変わらず悪夢は見ず、気持ちよく目覚めた私、陽炎。しかし、疲れがまだ全て取れたわけではないことがわかった。さんざん処置してもらった脚の方は痛みも何もなく完治したようなものだが、一晩眠っても少しだけ疲れが残っているように思える。

 限定的なオーバースペックを体現したことにより、3日間食堂を開くことが出来なかった間宮さんと伊良湖さんもこういうことなんだろうなと納得した。私もおそらく普通の艦娘で考えれば充分すぎるオーバースペックなのだ。だから、あまりに使い過ぎると疲れが1日では抜けない。2日騙し騙しやり続けていたようなものだし、こうなっても仕方ないこと。

 

「姉さん大丈夫ですか? なんだか動きがぎこちないですけど」

「あんまり大丈夫じゃないかも。なんか身体がギシギシ言ってるみたい。今日が休みで本当に良かったよ」

 

 着替えていてもそれが顕著。昨日より腕やら脚やらが上がらない。今日1日あればこれも治るとは思うが、こうまで消耗しているのは初めてかもしれない。これでは海防艦の子供達と遊ぶこともやめておいた方がいいだろう。

 休日なのだから、今日は出来る限り身体を休めることに努めよう。それこそお昼寝してもいいと思うし。多分目を瞑ればそのまま寝ていける。

 

「今日は夕立とソナーは哨戒任務っぽい。ゴメンねゲロ様」

「……陽炎様の側についていてあげたかったけど……」

「私は訓練です。皆さんを護れる力を得なくては」

 

 私の訓練が無いということで、休日では無い者は普通の1日になる。夕立と磯波は調査任務ではなく哨戒任務の方へ。萩風は少しでも強くなりたいと訓練に参加することになっている。

 今日1日は私に会えないからと、ここぞとばかりに私に抱きついて匂いを堪能しようとしているので、無理矢理引き剥がした。ただでさえうまく身体が動かないのだから、今は勘弁してほしい。磯波まで夕立と同じノリで参加しそうになったが、そこは萩風が食い止めてくれた。こうなってから磯波は自分を隠さなくなっている気がする。

 

「私はお休み、かな。2日連続で調査任務に出たし」

 

 そして沖波は、私と一緒にお休み。2日連続で入渠する羽目になったので、心身共に休息を言い渡されていた。悪い流れを無理矢理カットするための1日である。スポーツなどでもあるタイムアウトみたいなもの。

 

「沖波も今日はゆっくりしなよ」

「うん、そうする。甘いものでも食べて、まったりしようかな」

「それがいいよ。私も便乗するからさ」

 

 というわけで、今日はなんやかんやで沖波と一緒にいることになりそうだ。お互いに心身共に休息が必要になったと思うし。

 残された3人が恨めしそうに沖波を見ていたが、業務放棄は出来ないので諦めてもらうしかない。萩風までそれは良くないと思う。

 

 

 

 今日の鎮守府は少し静か。諜報部隊も今日は任務に出るわけではなく、鎮守府内で昨日までの調査内容を纏めているらしい。全員が司令としーちゃんと一緒に執務室に篭っている。秋雲曰く、おそらく午前中で終わるとのこと。午後からは何かしらに付き合わされるかもしれない。デッサンさせろとか言ってきてるし。

 午前中は本当にまったりすることにした。いつもなら資料室に読書しに行くとかだろうが、気分転換が必要ということで沖波を連れ出して散歩へ。インドア系かもしれないが、たまにはそういうのもやってみてはと誘ってみたら、割とノリ良くついてきてくれた。

 

「気分転換にはちょうどいいね」

「でしょ?」

 

 いつもの海も、見方を変えれば気分が変わる。普段はその上に立っているが、今日は遠目に眺めるだけ。

 他の鎮守府はどうか知らないが、少なくともうちの鎮守府は眺めがとても良い。こうしているだけでも心が落ち着いていくように思える。私はそうだが、沖波はどうだろうか。

 

 なんて考えていたら、ポツリポツリと沖波が話し始める。

 

「やっぱりさ、深海棲艦に狙われるっていうのは怖いよ。陽炎ちゃん、ずっとこんな感じだったんだね」

「狙われる……というのはそうだね。沖波とはベクトルが違うけど、下手したら今でも狙われてるよ」

 

 巫女にされてから元に戻れたが、今でもまだ私を狙っている可能性はある。こうなってからまだ出撃していないので敵の動向はわからないが、また私だけ避けて攻撃をしてくる可能性だってある。また私を巫女にしようと画策しているかもしれない。

 そう考えると、私と沖波では狙われる理由が正反対。自らのモノにするために狙われる私と、命を奪うために狙われる沖波。どちらかといえば沖波の方が危ない。

 

「なんで狙われるんだろうね。M型異端児に近付かれることが本当に気に入らないのかな」

「どうなんだろう……例の海域に入って、イヨちゃんが沈没船が視界に入ったって言った瞬間に物凄い量の敵が出てきたんだよ」

「やっぱり近付かれたくないんだろうね。沖波に」

 

 今のところは、そうとしか考えられない。他の理由があるにしても、皆目見当がつかない。

 仮に世界に選ばれた者という解釈が正解だった場合、それが本陣だか何かに近付いたことで、あちらの思惑が崩れる可能性があるということ。そうなるなら、M型異端児は全員がキーパーソンになり得る。

 

「出撃すると危ないけど、出撃した方が攻略しやすいんだよね……なんだか酷い立ち位置になった気がする」

「だね。昨日も言ったけど、私達が沖波をちゃんと護るからさ」

 

 私も護られる側に近いが、命を狙われているわけではないので、沖波の方が優先順位は高いだろう。というか、私の心の支えみたいなところもあるのだから、死んでもらっては困る。

 沖波は私を殺すという業をわざわざ背負ってくれたのだから、その恩を返すためにも、私は沖波に尽くしたいと思っている。幼馴染みなんだし、心を許し合った親友なのだから。

 

「でも、『雲』対策の訓練は容赦しないから」

「お手柔らかにされたら訓練にならないもんね。大丈夫、明日からは本気でお願い」

「言われずとも。本気でやらないと沖波にも失礼だからね」

 

 2人で笑い合った。今は脅威の真っ只中に置かれてしまったが、そういうのを取り払ってずっとこうして話していられる毎日を求める。

 

 だが、それを崩す視線を感じた。私にとっては久しぶりのそれは、どう考えても太陽の姫の視線である。以前ほど驚きはしないが、見られているというのはそれだけでも気分の良いものではない。

 強い、強い視線だ。そこに乗せられた感情は読み取ることが出来ないが、とにかくこちらをジッと見つめている。当然それが何処から来ているかはわからない。

 

「太陽の姫に見られてる」

「……うん、私にもわかった。誰かにジッと見られてるみたいな悪寒が走ったよ」

 

 今回は沖波も視線を感じたようだ。それだけあちらの視線には力があるということだろう。今までは私にのみ一点集中で視線を送っていたが、命を狙っている沖波にも視線を送るようになっていた。

 ただ見られているだけでも気分が悪くなるそれだ。2回目以降から慣れでどうにかなったが、初めてそれを受けた沖波は大丈夫だろうか。ストレスで倒れたりするかもしれない。

 

「沖波、大丈夫? ストレス感じない?」

「すごく感じる……陽炎ちゃんが倒れたのわかるかも」

 

 少し顔色が悪くなってきた沖波。私のときと同じように、そのまま倒れてしまう可能性もある。ここにいるのは得策では無い。

 

「部屋に戻ろうか。お構いなしかもしれないけど」

「うん、そうしよう……何かあっても嫌だし」

 

 どうせ倒れるなら部屋でと、その場から離れることにした。その間もずっと視線を感じ続けたが、私にはもう効かない。代わりに沖波はどんどん顔色が悪くなってきたので、肩を貸してでも部屋に戻ることに。

 心身共に休息という話だったのに、心身共に崩されてしまった。これだと沖波は明日も休息になるかもしれない。

 

 

 

 気分転換のつもりが、太陽の姫の視線のせいで悪い方向に行ってしまった。沖波は念のため部屋で横になってもらい、私が側で看病することに。少し熱っぽさもあるし、少し身体を休める必要はあっただろう。

 幸いなことに、悪夢を見るだとか目覚めの話とかがあるわけではないので、ただ単に体調不良ということになる。以前の私のように、気を失った挙句、目覚めた直後トイレに駆け込むようなことは無い。

 

「ゴメンね……突然」

「いいよいいよ。私もこうなったことあるんだしさ」

 

 鎮守府内に入ったことで視線は失われたものの、体調不良は尾を引くもの。経験をしているのだから、私にも今の沖波の辛さはわかる。

 この地味に辛い体調不良のときは、誰かが側にいてもらいたいものだ。いつもは私がしてもらっているのだから、今回は私が側にいる。

 

「……ふふ、なんだか孤児院の時を思い出すね」

「ああ、確かにね。沖波、来たばかりの時、結構体調崩してたもんね」

 

 それはもう7年近く前。私が孤児院にも充分に慣れて楽しく生活していた時のことだ。

 沖波が戦災孤児として孤児院に入院した頃、環境の違いでよく体調を崩していた。孤児院に長くいると、そういう子がそれなりにいることがわかる。沖波もその1人だった。

 同い年の孤児が沖波くらいしかいなかった時期なので、私は親身になって面倒を見ていた。せっかく家族になれたのだから、沖波にも慣れてもらいたいという一心で。

 

「子供にはすごいストレスだったんだよ」

「そりゃあねぇ。家族が死んで放り込まれたみたいなものだし」

 

 沖波も深海棲艦により両親を失っている。その時に怪我を負っていなかったため、失意のまま孤児院に入れられたというのが実情。心も開きづらいし、ストレスだって溜まる。別に身体が弱いというわけでは無かったのだが、子供心には負担が大きかったわけだ。

 私だって入院当初は複雑な気分だった。今でこそ両親がどう死んだかを思い出せているが、当時は完全に忘れていたため、実感すらわかなかったものだ。長いリハビリ生活の後だったし。

 

「最近いいことが無いなぁ……深海棲艦に狙われるし、2日連続で入渠する羽目になるし、トドメはこれだもん」

「あはは……災難だね」

「でも、これも陽炎ちゃんが通ってきた道みたいなものだし……もっと酷い目に遭ってるんだから、何も文句言えないや。言ったら失礼になっちゃう」

 

 私以外に通らなくてもいい道なので、バンバン文句を言えばいいと思う。沖波だってストレスを愚痴という形で喚き散らしてもいいのだから。

 沖波も磯波と同じように自分で抱え込んでしまいそうなタイプだ。言う時には言うが、聞かれないと言わないような、そんな感じ。

 

「これから巻き返せばいいよ。ひとまずは訓練で『雲』をボコってやらないとね。アレだって元人間の可能性があるわけだし、ちゃんと取り戻さないと」

「だね……明日から参加出来るように、今はしっかり休まなくちゃ」

 

 ここで疲れがピークに達したか、そのまま眠りについていった。そのままだと危ないと思い、眼鏡だけは外して所定の位置に置いておいてあげる。髪の色は少し違えど、眼鏡を外した沖波の顔は、私がよく知る孤児院時代の面影を残していた。

 

「お互い苦労するねぇ……おっきーも、好きでM型異端児になったわけじゃないでしょうに」

 

 D型異端児と同じで、M型異端児だって自分の意思でそうなったわけじゃないだろう。たまたま世界に選ばれた者と考えるのが一番妥当だ。それが沖波だっただけ。衣笠さんだって、松輪だってそうだろう。どのタイミングでどう選んだかは知らないが、人によってはありがた迷惑なのでは。D型異端児はもっとそれだが。誰が好き好んで深海棲艦に選ばれるというのだ。

 

「私が、私達がついてるからさ、今はゆっくり休みなよ、おっきー」

 

 眠る沖波の頭を少し撫でて、私も隣で眠ることにした。午前中の残りの時間はそういう形で使えばいい。せっかくの休日なのだから、好きに過ごそう。

 

 

 

 自分で掴み取ったわけではない、たまたま選ばれてしまった異端児の数奇な運命は、ここよりさらに加速する。

 




M型異端児にも苦悩があります。困ったことに、誰もこちらの都合なんて考えてくれないので。


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奴を知る者

 お昼時になると、ストレスから来た体調不良も治っていた沖波。私、陽炎も一緒にお昼寝に興じていたので、昨日から残っていた疲れは全て取れていた。やはり疲れには睡眠が一番の特効薬であると実感した。

 その時には萩風が訓練を終えており、哨戒任務に出ていた夕立と磯波も帰投していた。哨戒任務は午後の部もあるので、昼食を食べた後にもう一度出撃ということになる。今はある意味休憩中。

 

「オキ、ゲロ様と寝てたの?」

「聞こえが悪い言い方しない。沖波が体調崩しちゃったんだよ。太陽の姫からの視線を受けて」

 

 昼食中、沖波のことを話題にされた。私がやたらと気にかけていたことが気になったらしい。今でこそ治っているとしても、さっきまでは酷い体調不良に苛まれていたのだから、心配になるのは当たり前のこと。

 

「陽炎様だけでなく、沖波ちゃんにも来るようになったんだ……」

「みたい。正直、すごく困る」

 

 沖波も苦笑しながら苦言を呈した。あれは本当に困る。一応鎮守府の中に入ってからは視線を感じることは無くなるが、外にいるときは全て見られているとなると、プライバシーも何もないことになってしまう。

 神にプライバシーなんてお構いなしかもしれないが、私達としては気に入らない。元々撃破対象なのだから、こちらのやる気はその分漲るようなもの。

 

「萩風はどう? 戦い方、見つかった?」

「はい、幸いなことに、艤装の強化もしてもらえまして。アームの部分を強くしてもらったので、大分使えるようになってきました」

 

 やりやすさを取り、駆逐水鬼の戦い方の模倣は続けているようだ。主砲を叩きつけるようなことはしないが、真下に向けて砲撃をした後に接近戦を仕掛ける少し雑な戦い方ではあるが、萩風はその方が戦えるようなので今は止めないことにする。

 萩風自身、訓練に対してとても充実した表情を浮かべているため、そのままの勢いで鍛えてもらいたい。無茶だとわかったら絶対に止めるが。

 

「じゃあ、ハギィは今度夕立とやろっか」

「お、お手柔らかに……」

 

 夕立は本当に容赦しないため、新たな戦法に慣れてきた萩風ですら、上から叩き潰してしまいかねない。手加減の方が失礼とは本人の談だが、自信を失わせるかもしれないのなら手加減も必要である。

 そろそろ萩風も戦闘を目的とした任務に出撃することが出てくるだろう。その時は、私達もついていきたいものだ。

 

 

 

 午後からは体調不良がぶり返さないように身体を休めることに注力する。外に出るとまた視線を受ける可能性があるため、鎮守府の中でまったり。私は2回目からは慣れたものだが、沖波はどうかはわからないし。朝に言っていた通り、甘い物を食べるために食堂でのんべんだらりとすることにした。疲れた時には甘い物。これは私達の定石。

 そしてその場には、午前中は執務室に篭っていた諜報部隊の面々も合流。神州丸さんと青葉さんは別件でまだ司令のところだが、秋雲と潜水艦姉妹は食堂へ。資料を纏めるというのは頭を使う作業なわけで、肉体労働よりも甘い物が欲しくなると満場一致で返ってきた。気持ちはわかる。

 

「甘いものが脳にキくねぇ。秋雲さん、こういうの大好きさー」

「イヨもこういうの大好きー」

 

 間宮さん謹製のアイスを食べて舌鼓を打つ秋雲とイヨ。ヒトミも無言でモフモフとそれはもう美味しそうに食べている。やはり見た目は私と同い年かそれより下。甘い物は大好物のご様子。

 今この時も、私達は休日とはいえ待機状態。無論着ているのは制服だ。つまり、イヨもヒトミもスクール水着姿。ヒトミは上着を着ているとはいえ、まだ見慣れない。

 

「聞いたよオキちゃん、あっちから狙われてんだよね」

「みたいだね……ホント厄介だよ」

 

 秋雲に問われ、愚痴る沖波。先程の体調不良もあり、太陽の姫への不満は昨日よりも増してしまっている。戦場で被弾するのは艦娘なのだから多少は割り切れるが、集中狙いは温厚でも苛つきが出てくるだろうし、そんな中で体調不良まで引き起こされたとなれば怒りも込み上がるというもの。

 このストレスも甘い物で払拭しようと、沖波はちょっと多めに頼んでいる。アイスとモナカで精神的なコンディションアップ中。

 

「あっちの目的を知ってる人とかいないかな。何で沖波が狙われるのか。M型異端児だからってことだとは思うんだけど」

「M型だと何がダメか知りたいよねぇ。詳しい人がいればいいんだけど……」

 

 と言いつつも、誰もが視線を同じ方に向けていく。その視線の先にいるのは長門さんである。ここは食堂なわけだし、勿論ここにいる。

 今は昼食も終わって余裕があるからか食堂内の掃除をしていたのだが、私達の視線に気付いたようで、思い切り眉を顰めた。人付き合いは少しずつ出来るようにはなっているが、今回は嫌な予感がしたのだろう。

 

「な、なんだお前達、私に何か」

「知ってたらでいいんだけど、教えてもらいたいことがあって……正直聞きづらいところはあるんだけど」

 

 その時点で長門さんは察していた。深海時代の時のことで聞きたいことがあるのだと。

 

「……話は聞こう。私で答えられることかはわからないが」

「こちらから振っておいて言うのはなんだけど、いいの?」

「私だって艦娘だし、あのお方は添い遂げるはずだった彼の仇と言ったろう。私には手が出せないが、お前達にやってもらえるのなら、力を貸すくらいはしたい」

 

 やはりまだ忠誠心自体は抜け切っていない。最愛の者の仇であるという認識が出来るようになったことで、太陽の姫に対して敵対の意思を持つことは出来たようだが、それでも攻撃の意思が持てないようだ。未だに艤装の装備すらやっていない、艦娘であって艦娘ではない存在。

 その代わりと、情報提供が出来るのならやってくれると言ってくれた。救出当初ならそこまでも出来なかっただろう。長門さんも着実に私達の一員へと進んでいっている。

 

「この前から沖波が急に狙われるようになったんだ。その理由、思いつくことないかな?」

 

 長門さんもここの艦娘達の素性はおおよそ知っている。沖波がM型異端児であることだって当然。そこから、何かしら思いつくことがないかを聞いてみる。

 この鎮守府にいる者の中で、一番太陽の姫について知っているのは長門さんだ。太陽の巫女の次に接することが多かったというのだから、何かしら話を聞いていてもおかしくはない。

 

「……沖波は()()()()()だろう。あのお方はその存在を疎んでいる」

 

 選ばれし者という表現はアレだが、おそらくM型異端児のことだろう。世界に選ばれているという予想はあながち間違っていないようである。

 

「その理由は?」

「いずれ自分への脅威になり得るからだと聞いた。詳細はわからない。私は巫女からの分霊、ある意味()()だからな」

 

 M型異端児が脅威になり得るということはどういうことなのだろう。詳細は不明ではあるが、世界のご加護が邪神を祓ってくれたりするのだろうか。とにかく、太陽の姫はM型異端児(選ばれし者)を嫌っているということはわかった。

 

「あのお方の言葉をそのまま言うのならば……『選バレシ者、我ガ障害トナラン。ソノ全テヲ滅セヨ』だ。私にその選ばれし者が誰かを判断する力は無かったのだがな」

 

 本人がそう言っていたのなら間違いはないか。というか一言一句忘れていないとか、それだけ強すぎる忠誠心だったということだろうか。

 

「イヨからも質問。あの沈没船について何か知ってたりしない?」

 

 今度はイヨから。長門さんとしては殆ど面識のない相手であるため、少しだけ抵抗を見せたものの、艦娘であり私達に協力してくれているのだから、それすなわち仲間として認識してもらうしかない。

 イヨの振り切れているコミュ力で長門さんともすぐさま関係を持ちに行こうとするのは、正直凄いと思う。洞察力から、長門さんが嫌がらないであろうということもちゃんと理解した上での行動。

 

 沈没船と聞いたことで、少し目を瞑って思考を巡らせる。今から7年の記憶を全て思い出そうとしているようだ。

 しかし、しばらく考えた後、少し申し訳なさそうに目を開く。

 

「すまない、それは見たことが無い。私の巣からはそういったものは確認出来なかった」

「うーん、そっかぁ」

 

 南方棲戦姫の巣までちょくちょく足を伸ばしていたようだが、自分の本陣には巫女と直属の配下である深海棲艦以外は寄せつけてもいないようだ。巫女の分霊のことをどう思っていたのかは知らないが、ある程度目をかけていた南方棲戦姫にもその場所を教えていないということは、余程秘密にしておきたいことがあるようだ。

 それこそ、太陽の姫の弱点とか。そしてそれに対してM型異端児は何かしら効果的なのかもしれない。海上艦の時点で海底に沈むモノには触れられないのだが。

 

「やっぱりアレにはどうにかして近付いて、中を調査しなくちゃだよねぇ」

「……今までで一番大変」

 

 諜報部隊の潜水艦でも難易度は極限まで高いと判断している。それはそうだろう。ようやく視認出来るくらいに近付いた瞬間に、とんでもない量の深海棲艦が出現するくらいなのだから。

 太陽の姫とはいえ、本陣の防衛には並々ならぬ力を注いでいるようだ。そういうところは私達と同じ感性の持ち主らしい。

 

「結局、アレは一体何なんだろうね。巫女や分霊みたいに元人間なのかな」

「……私が思うに、あのお方はそういう次元ではない」

 

 面識のある長門さんはそう語る。心酔していたということを無しにしても、太陽の姫は明らかにおかしな存在だと感じ取っていたらしい。それこそ、元人間の可能性が非常に高い『雲』とは比べ物にならない()()を感じたそうだ。だからこそ神聖性を感じ取って心の底から屈したのだろうが。

 なら何者なのだろうか。人間を変質させる大元だし、人間では無さそう。深海棲艦の原点とするのなら、それが何か。沈没船と繋がるのなら、単純に怨念とかの集合体とか。なんだか私もそっち側(厨二病)に引っ張られかけている気が。

 

「得体の知れない雰囲気、逆らえない程の威圧感、目が眩むほどの眩しさ、その全てが内包されているのがあのお方だ。こんなことを言ってはいけないが……()()()()()()()()

「おお……そこまで」

「対面したら、誰でもわかるだろう」

 

 脅しているわけではなく事実を言っているのだろう。私は幼い頃に周りを散々破壊された状態で対面しているので、恐怖以外の何かを感じることは無かったが、今の状態で対面したらそういう感情が生まれてしまうかもしれない。

 そんなこと起こらないように気は張っている。あくまでも奴は私の両親の仇。父さんは私が手をかけてしまったが、母さんは奴にやられているのだ。それだけでも充分に怒りの対象にはなっている。

 

「それでも戦うというのなら……心を強く持てとしか言えない。屈した私が言うのもアレだが」

「ううん、ありがとう。覚えておく。あんなのに屈したくないし」

「……そうだな、陽炎も愛する者を失っているからな。言い方は悪いが、恨みがあれば屈することは無いだろう」

 

 嫌な回避方法ではあるが、あんなのに跪くよりはマシ。

 

「沖波……君も数奇な運命に巻き込まれてしまったようだな。だが、私達よりは明るい道のはずだ。屈せずに、前を向いて歩いてほしい」

「はい、大丈夫です。みんなが護ってくれると言ってくれたので、私は折れずにいられます」

 

 既にここまでされている沖波だが、そういう軸があるのは嬉しいことだ。折れなければ戦える。そして、その沖波が太陽の姫打倒のキーパーソンになるというのなら、みんなでそれを支えていきたい。

 私だって戦える。絶対に折れない。出来ないかもしれないが、私の手で決着をつけたいくらいだ。あの能面みたいな顔を叩き割ってやりたい。

 

「私にはこれくらいしかわからない。役に立てずすまないな」

「ううん、大丈夫。参考になったよ」

 

 長門さんだって奴の真の目的などは知らなくて当然なのだ。話を聞けただけでも充分参考になった。M型異端児を全て排除していく姿勢でいることがわかったのもかなり大きい。

 

「それにしても……ながもんさんスタイルいいっすねぇ。デッサンさせてもらえないかなぁ」

「断る。私はそういうものは苦手だ」

「うーん残念! まぁ覚えたから後からさらさらっとイラストにしておこう」

「やめてくれ」

 

 そんな時でも秋雲は自分を偽らない。それが空気を緩ませてくれる。

 

 

 

 太陽の姫についてはまだ謎が多いのは確かだ。少しずつでも情報を手に入れたいところ。手っ取り早いのは『雲』を撃破することかもしれない。

 




長門も食堂手伝いが板についてきました。もしかしたら料理も少しずつ手をつけているかも。


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その時に向けて

 その日は何事もなく終了。哨戒任務でも何も無く、昨日一昨日にあった襲撃も、件の沈没船に近付いていないからか起きなかったようだ。あくまでもアレは本陣の防衛線であり、向こうからわざわざ向かってくることは今のところ無いのかもしれない。

 だが、私を迎えに来るという名目で『雲』が直接鎮守府に来たこともあるので油断は出来ない。タイミングを見計らっている感じもする。

 

 夕食後、全員が集まる場で今後のことを打ち合わせる。食堂に来ていない者はいないので都合がいい。

 

「大本営の方に今回の調査の件を報告した。物部にも全て伝わっている」

 

 2日間で行われた2回の調査の結果は、全て上にも伝えられたとのこと。沈没船を見つけたことと、近付いた時点で猛烈な襲撃を受けたことが主な内容である。

 始まりの襲撃の実行犯である太陽の姫の本陣と思われる場所だ。この場所の攻略は、今後の深海棲艦の侵攻に対する反撃の狼煙になる可能性だってあった。大本営も、この鎮守府の戦いには注目しているらしい。

 

「増援の方も現在申請中だ。本陣攻略には、我々だけでは足りない可能性が高い」

「ただでさえ戦艦の姫とレ級まで出てくるんだもの。言いたくないけど、私も手が足りないと思うわ」

 

 陸奥さんがそう言うのだからそうなのだろう。実際にその戦闘に参加していたわけだし、その戦場の苛烈さは身に染みているはずだ。なるべく安全に帰投出来るようにするのなら、増援をお願いして戦力増強に勤しんだ方がいい。

 問題点は特にレ級だ。下手をしたら戦艦の姫よりも厄介だと交戦した者達は話す。戦艦の姫がどういう相手なのかはわからないが、レ級の脅威は私も知っている。アレがいるというだけでも、戦場は相当混乱するのだ。

 

「うちに来てくれる連中は限られていそうだが、アイツらはまた来てくれるだろうね」

「呉内提督ですね」

 

 私達にとって増援といえば、やはり呉内提督率いる外人部隊である。秘書艦アクィラさんを筆頭に高練度の方々が揃った重部隊は、南方棲戦姫の時からとても心強い仲間だ。私も久しぶりに会いたい。

 その言葉を聞いて少し顔を歪めたのは長門さん。自分がやられるきっかけを作った者達なのだから、どうしても思うところが出てきてしまうだろう。あの時よりは精神的にも回復はしてきているものの、開き直り切ってはいないのだから仕方ない。

 

「……またあの子に絡まれるのか」

「いいじゃない霧ちゃん。ああいう友達も」

「私から演習は振ってるものね……」

 

 サウスダコタさんのことを思い出して頭を抱える霧島さん。まぁまず絡まれるだろう。また演習をやると約束していたし。

 それだけ騒がしい部隊ではあるが、それだからこそ私達も活力が溢れるというもの。いるだけで周囲を鼓舞するようなものだし、来てくれるのはとても嬉しい。

 

「明日とは言わないが、近日中に準備してくれるそうだ。それまではなるべく調査を進め、奴らへの対策を進めていく。陽炎の身体のことも考え、例の関連は隔日にした方がいいね」

「そうしてもらえると助かるかなー。今日は丸一日休んだし」

 

 2日やって1日じっくり休むという方向でもいいのだが、ケアがちゃんとされているからそれで何とかなっているだけだ。今後も倒れる可能性が普通にあり得るのだから、必要なこととはいえ1日置きくらいがちょうどいい。

 私も鍛えられているのはわかるが、それが実感出来る程になるまではその方向でお願いする。

 

「じゃあ、調査部隊はまたこちらで決めておく。明日もこの調子で頼むよ」

 

 増援が決まったことは単純に嬉しいことだ。あれほど心強い仲間だし、今から再会が楽しみである。

 

 

 

 そして翌日。調査部隊はいつも通り出撃。今回は少し遠回りをしてまた別の角度で確認するとのこと。そのため、少し陸寄りの航路を選んでいた。

 その部隊が水平線の向こう側に消えた後、残されている者達も『雲』対策の訓練を開始する。私は勿論、仮想敵を演じるための訓練側だ。下半身強化と技の成長も見越した、みんなとは逆の訓練になる。

 援軍を待っている間に、私達もさらなる強化が必要だ。頼り切るわけではなく、足りない部分を補ってもらうわけだし。並んで戦うためには切磋琢磨しなくてはいけない。とにかく、やれることはやろうということ。

 

「今日は、異端児全員集合って感じだね」

 

 私が相手するのはM型もD型も勢揃いというなかなか見ない光景。天城さんはD型とはいえ、あちらの火力が高いが故にどうしても調査任務に参加することになってしまうが、それ以外は全員この場にいる状態。一番の新人となる萩風や、あまりこういう場には出てこない哨戒任務担当の衣笠さんもである。

 M型異端児は太陽の姫に狙われるという情報が入った時点で、あの時は狙われていなかったとしても、衣笠さんが沖波のように狙われる可能性が非常に高い。それ故に、調査任務は異端児ではない面々で向かってもらうことに決まった。いざ戦闘となった場合はそんなこと言っていられないが、今はあくまでも調査だ。

 

「衣笠さんと萩風もこの訓練初めてだよね」

「何やってるかは知ってるよ。あの意味わからない動きを陽炎が再現してくれるんでしょ?」

「うん、そういうこと。私が完全再現出来てるかはわからないんだけどね」

 

 萩風もそれくらいはわかっていると首を縦に振る。だが、初めてでいきなり戦うというわけにも行かないので、まずは他の者がやっているのを見学して勉強したいと申し出た。それくらいならいくらでもと、まずは見ることから始めてもらうことに。

 

 やることは毎回同じだ。私も多少は頭を使うようにしているが、要は脱力回避により急接近し、一撃入れるのみ。その一撃が大概急所に当たるか、体当たりにより戦闘不能に持ち込むかのどちらか。

 そして、一度演習が終わるごとに脚のストレッチ。連続使用は私が壊れてしまうため、これで時間の限り訓練を続けていく。ストレッチでもどうにもならなくなったら、待機してくれている速吸さんにマッサージをお願いする流れ。

 

「訓練の前に打ち合わせしたいっぽい!」

「私も……上手くいかないならみんなの意見がほしい……かな」

 

 と、ここで夕立と磯波の発案で、一度ここにいる全員で対策会議をするとのこと。私はハブられることになるのだが、それでより強化されるのなら万々歳だ。

 ここに私を唯一突破出来た菊月がいれば完璧なのだが、残念ながら今は調査部隊で出撃中だ。なので、今まで何度も訓練してきた者達の所感で進められていく。

 

 私の弱点は菊月に既に露呈されているため、脱力の際に膝から力が抜けるタイミングを見計らって撃つ。それだけ。それが簡単に出来れば苦労はしないだろうが。

 人間なのだからそういう癖があってもおかしくないのだが、より強力な脱力回避に辿り着くためには、これも出来ることなら乗り越えたい。

 

 少しして、その打ち合わせも終わったようだ。今だけ私がアウェーだが、どんなことをしてくるかは楽しみ。

 

「よーし、じゃあ今日は夕立からっぽい!」

「はいはい、私もいろいろと試してみたいからね。よろしく頼むよ」

 

 脱力の仕方を変えられるかどうかのテストみたいなものだ。私だって新しい動きを取り入れていきたい。菊月に突破されたのなら、その菊月にまた勝てるようにならねばならないし。

 

「それじゃあ、早速……ッ!?」

 

 演習を始めようとした瞬間、昨日に引き続き強烈な視線を感じた。それは沖波も同じようで、私と同時にその視線の方へと顔を向ける。勿論その方向には誰もいない。ただ水平線が広がるだけだ。

 

「ゲロ様、どしたの?」

「また太陽の姫に見られてる。沖波も」

「うん……見られてるよコレ……」

 

 この視線を受けるのも2度目だからか、幸いにもいきなり体調を崩すということは無かった。この威嚇されているような感覚は慣れることが出来ないが、それで倒れなければまだマシ。

 少し気になることがあった。私と沖波の視線の先は、先程調査部隊が向かった方向とは若干違う方向。今回は沈没船に真っ直ぐ向かったわけでは無いため、そういうこともあるかもしれないが。

 

「本陣から見てきてるのかな」

「方向的には……多分」

 

 沈没船付近まで行ったことがある沖波としては、視線の向きはその方向に近いと思えるらしい。私も指でそれを伝えたら、衣笠さんもおそらくと同意してくれる。

 もう鎮守府の外に出たら私達は見られるということで間違いはなさそうだ。あちらの注目は私以上に沖波な気はするが。

 

「見られてるだけならまだマシだけどさ。あんまり手の内晒したくないよね」

「ぽい。勝ち目が薄くなるのはちょっと嫌だ」

「でも……訓練しないわけにはいかないし……」

 

 とはいえやらなければ成長出来ない。やるためには外に出る必要がある。線引きが難しいところ。というか、今までの訓練が見られていないとは限らないのだ。私達に視線が集中していないだけで。

 なら、あまり気にしないで訓練をした方がいいとは思う。やらないとどうにもならないし。

 

「もし今攻めてこられたら、ダミーの弾だから迎撃出来ないんだよなぁ」

 

 以前訓練中に潜水艦隊が攻め込んできた時があったが、その時は当てどころなどを工夫してダミーの爆雷でも撃退は出来た。だが、それは潜水艦相手だから出来ただけであり、もし『雲』が攻め込んできたとしたら撃退はまず無理。実弾でも当たらないものが、当たってもダメージにならないものではさらに不可能。

 

「一回司令に相談してみる?」

「それがいいかも。視線を感じながらの訓練は今まで無かったし」

 

 この場にいる全員が満場一致となったことで、訓練は開始前に中断され、一度指示を仰ぐことになった。これは私達だけで解決出来る問題ではない。

 

 しかし、それは簡単には行かない。

 

「ん? 今光った……?」

 

 それを最初に確認したのは衣笠さん。さすが哨戒任務に出ている回数がトップクラスなだけある。諜報部隊には及ばないかもしれないが、観察力はかなり高い。

 私達にはわからなかったため、その方向を指差してもらう。光ったということは、音は無くとも砲撃された可能性はある。少なくとも以前『雲』が襲撃してきた時はそうだった。ここに着弾されようものなら、割と酷い範囲で被害が出る。鎮守府に命中してしまったら尚更だ。

 

「一旦ここから離れた方がいいかもしれない」

 

 と言った矢先に周囲の海面が破裂するように水柱が上がる。まるで私達をこの場から引き離したくないような砲撃。

 

「なっ、なになになに!?」

「こんな時に敵襲!?」

 

 先程諜報部隊が出撃したばかりだ。すれ違っていてもおかしくないだろう。なのに、今ここで砲撃を受けた。どういう理屈でそんなことが出来る。わざわざ遠回りしてきたのか、本当に視認出来なかったのか。

 最初から私達を狙っていない威嚇射撃のようなものだったのかもしれないが、理由がわからない。沖波を殺したいのなら、不意打ちで当ててしまえばいいのに。それとも命中精度がそこまで高くないのだろうか。ステータスを回避に全部振ってしまっているだけで。

 

「ハイハァイ、オ久シブリィ」

「『雲』……!」

 

 そして水柱が消えたとき、私達の前には『雲』がいた。今回は随伴艦すら連れてきていない。たった1人。私を迎えに来た時と変わらない、雲のクッションに腰かけた『雲』は、ニコニコしながら私達を見据えていた。

 

「何しに……っ」

 

 いや、1人じゃない。その後ろ、どうやっても目に入る位置にもう1人いた。

 

 その姿を見て、全員が硬直した。動けない。その威圧感に、身体が何もかもを拒絶している。それと対峙することを本能的に恐れている。鼓動が速くなる。身体が戦うなと警鐘を鳴らし続けている。

 

()()()()()、貴様ノ存在ハ、我ガ道ニ不要」

 

 それがポツリと呟いた。それだけで冷や汗がドッと溢れた。空気を読まずに突撃するであろう夕立すら、この状況に動けなかった。手すら震えている。

 

現世(ウツシヨ)ノ選択ハ、排斥セネバナラナイ」

 

 その姿は()と言っても過言では無かった。日の光を受けて煌めく光背、禍々しさの中に神々しさも併せ持つ異形。

 私が10年前に見た姿から何も変わっていなかった。夢の中で見ていたそれは、骨のような指を沖波に向ける。

 

 

 

「我ハ日、選バレシ者、貴様ハ、我ガ手ニヨリ、現世カラ失ワレル」

 

 その邪神、太陽の姫が、こんな鎮守府近海にまで現れてしまった。予期せぬラスボスの降臨である。

 




その時が今来るのである。


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降臨した邪神

『雲』対策をしようとしていたのも束の間、まさかのご本人登場。現在演習用の装備しかしていない私達には、正直手も足も出ないかもしれない。どうにかして鎮守府に戻って戦闘出来るようにしたかった。

 

 しかし、それすらも出来ない状況に追い込まれた。『雲』だけならまだしも、私達の仇敵、太陽の姫までこの場に現れてしまったのだ。まだ遠いとはいえ、その威圧感はとんでもなかった。認めたくは無いが、まさに神と言える存在感。

 諜報部隊を護衛する目的で調査任務に出撃している部隊には、鎮守府の中でも最大の戦力が用意されている。言ってしまえば、今鎮守府に残されている者は、最低限鎮守府を防衛するメンバー。火力でどうにかすることは難しそうである。

 

「選バレシ者ヨ、貴様ハ、ココデ失ワレル」

 

 太陽の姫の興味は沖波にある。M型異端児であり、同期値も相当大きく、分霊を弾き返すという特性まで見せているのだ。目の敵にされてもおかしくはない。

 今しなくてはいけないのは、沖波の防衛。威圧感により動けないでいた私、陽炎は、どうにか魂を奮い立たせる。そうしないと、誰も何も出来ずに沖波がやられる。それだけは嫌だ。

 

「アンタが、アンタが私達の人生を滅茶苦茶に……!」

 

 何とか言葉を紡げた。私の声が聞こえたことで太陽の姫は反応し、私の方を向く。能面のような顔だが、私の姿を見て目元が笑ったように見えた。

 

「我ガ巫女、陽炎。貴様ノ意思一ツデ、再ビ此方へト招キ入レヨウ。貴様ハ、我ガ寵愛ヲ受ケルニ値スル存在。貴様コソ、()()()()()

「またアンタのところになんて、誰が行くか!」

 

 太陽の姫に選ばれたって嬉しくも何ともない。ただただ憎しみしかない。あちらが常に余裕を持っていることが気に入らない。

 私達に負けるはずが無いと慢心しているのだが、こちらは訓練用の装備であるため、勝ち目が無いのは確かなのが悔しい。まずはどうにかして鎮守府に戻り、ダミーの弾を実弾に替えなくては。

 

「主様、如何イタシマスカ」

 

『雲』が恭しく問う。あの『雲』でも、太陽の姫を前にすればこの態度。前回私を迎えに来た時に失敗に終わっているのだが、奴の立ち位置は何も変わっていないようだ。

 私に向けてきた言葉、寵愛を受けるに値する存在。巫女というのは全てがそういう存在なのだと思う。太陽の姫が直々に分霊を行い、それにより人の殻を捨てさせられて直属の配下になった者。太陽の姫としても、それは愛おしい存在なのかもしれない。

 分霊をしたことのある私だからわかる心境である。あの時は磯波と夕立がとても愛おしかった。私が直々に分霊したのだから、可愛くて仕方なくなる。

 

「目的ヲ果タス。貴様ハ害スル者ヲ始末セヨ」

「カシコマリマシタ」

 

 太陽の姫の言葉に微笑みながらこちらを向く『雲』。私も含め、ここにいるものは全て太陽の姫の目的を邪魔するもの。太陽の姫自身で沖波を葬りたいのか、沖波の方しか見ていなかった。私にも意識が向いているが、一番の目的は沖波。

 

「他ニモイルカ」

 

 M型異端児の存在を感じ取れるのか、衣笠さんにも視線を向ける。とにかくM型異端児が気に入らないらしい。

 

「貴様モ、我ガ手ニヨリ此処デ消エテモラウ」

「そんなわけにはいかないね」

 

 この状況でもジリジリと撤退戦の方向へ持っていこうとしている。『雲』もこちらを狙っているのはわかるが、だからといって動かないわけにはいかない。私達もゆっくりと工廠へと向かうように動き出した。

 ここは鎮守府近海、さすがに鎮守府に残っている仲間達も、太陽の姫がここに現れてしまったのも確認しているはずだ。最大戦力が出払っているとしても、必要最低限は残っている。撃破は出来ずとも、追い返すくらいはしたい。

 

「いい? 合図したら一斉に戻るよ」

 

 衣笠さんが小声で伝えてくる。工廠に戻らなくてはどうにもならないのは誰もがわかっていることだ。どうあれ、私達はそこにいかなくては戦う力も手に入らない。

 別に工廠が水平線の向こう側というわけではないのだ。最大戦速で駆け抜ければ数分もかからずに飛び込める。そこまで逃がしてくれるならの話ではあるが。

 

 それまでに動けるように自身を奮い立たせる。冷や汗を止めろ。震えを止めろ。恐怖に打ち勝て。私ならやれる。私達ならやれる。

 

「3……2……1……GO!」

 

 あちらが慢心してくれているため、その合図まで何も受けることが無かった。誰もが自身を奮い立たせ、最善のスタートを切った。私達の逃走が開戦の合図になりそうではあるが、そんなこと関係ない。今は逃げなければどうにもならない。

 牽制のためにダミーの弾だって撃つが、『雲』は相変わらず回避し、太陽の姫に至っては手に持つ棒を払った瞬間に水柱が立ち昇り、その砲撃が届かずに止められてしまった。

 

「何アレ!?」

「砲撃が効かないっぽい!?」

 

 ダミーの弾は弾速こそ通常と同じであっても威力がまるで違う。水柱で食い止められるのもおかしくはないのかもしれない。

 しかし、手を振っただけで突然爆発したかのように水飛沫が上がったのは何故だ。それも砲撃を止められるレベルのものが。

 

「歯向カウカ。好キニシタラヨイ。イズレニセヨ、ココデ始末スル」

 

 水柱が晴れた後に、私達は一気に工廠に近付くことは出来た。しかし、あちらはそこから動くことなく、こちらを指差していた。

 その瞬間、何処からともなく意味がわからない威力の砲撃が私達に向けて放たれていた。細かいことを言うと、私以外を狙った砲撃。私にはまだ自分の意思で太陽の姫に屈する道を示しているらしい。神らしく私にだけは慈悲があるようである。

 

「ああもう、回避回避!」

「あいつ何処に主砲付いてんの〜!?」

 

 私以外のD型異端児も完全に無視で殺意の篭った砲撃が飛び交う。必死に回避しながら撤退するが、その砲撃を掻い潜りながら今度は『雲』がこちらに突撃してきた。

 この中で一番砲撃が得意なのは阿賀野さん。無反動による砲撃でバックしながら狙い撃つが、砲撃と水飛沫による防御で、太陽の姫はどうにもならない。『雲』も当たり前のように回避してくる。

 

「主様ニ害ナス者ニハ、ココデ死ンデモラウワネェ」

 

 敵味方全ての砲撃を回避しながらの突撃のため、非常に厄介。太陽の姫の砲撃は何処から飛んできているかもわからないというのに、一切お構い無しにこちらに向かってくる。

 狙いはおそらく最後尾に近いところにある阿賀野さんだ。撃ちながら、しかもバックで逃げている時点で、誰よりも遅くなるのは仕方ない。

 

「航空隊発艦! 早く工廠へ!」

「航空隊、発艦始め! 皆さんを護って!」

 

 そこへ、この様子を見ていた待機組が出撃。速吸さんと大鷹が艦載機を飛ばしていた。それによりどれだけの牽制が出来るかはわからないが、私達が工廠に飛び込む時間だけは稼いでくれる。

 少数ながらも空襲を仕掛けることで、『雲』の動きは一時的にストップ。回避に専念しつつも徐々に前進してくるのが恐ろしかった。

 

 そして太陽の姫はというと

 

「小賢シイ」

 

 手に持つ棒を少し上に掲げクルリと回した瞬間、禍々しい形状の艦載機が爆発的に現れた。天城さんの発艦システムを大分簡略化したような発艦方法だったが、たったそれだけの動作で速吸さんと大鷹の発艦させた艦載機を一網打尽にしていく。

 あれは母さんを殺した艦載機だ。悪夢から全て思い出しているのだから、それは確実に覚えている。その艦載機にも憎しみが滾るが、今はそんなこと言っている場合ではない。

 

「全く止まらない! 誰か援護を!」

「5分だけならば」

「私達が稼ぎます!」

 

 ここで来てくれたのが、間宮さんと伊良湖さんである。たった5分のオーバースペック。勝てるかどうかはさておき、少なくとも私達が工廠に辿り着けるまでの時間は稼いでくれるとのこと。今のスピードならあと数秒で行ける。

 そんなことに2人を使わなくてはいけない状況が本当に辛いが、その5分で全員が実弾に換装することが出来れば、まだ戦える状況が作れるはずだ。その場で倒れたら終わりなので、結果的には5分よりも早く、もっと早く。

 

「主様、奴ラデス」

「ワカッテイル」

 

『雲』は2人の存在を知っており、私が巫女を辞めるきっかけを作ってくれた恩人であることも理解している。少なくとも巫女だった私は手も足も出なかった。それならば『雲』だって抑え込むことが出来るはずだ。陸ならば神州丸さんでも行けたのだが、流石にそこまで来てくれるとは思えないし、そもそも神州丸さんがこの場にいないので、無い物ねだりはやめておく。

 問題は全て太陽の姫だ。大量すぎる艦載機、何処から出しているかわからない砲撃、そして突如現れる水飛沫による障壁。攻撃も防御も異常なスペックを発揮しているのは確か。給糧艦の2人でもどうなるかわからない。

 

「あの子達のためにも、そこから動かないでもらえるかしら」

 

 何も言わせず全主砲による連射。あちらの砲撃すらも弾き飛ばす猛烈な砲撃を繰り出すが、案の定足元が数回爆発したかのような水柱が立ち昇った瞬間にその砲撃が弾き飛ばされた。まるで強大な壁にでもなったかのように全てを食い止めてしまった。

 いくらなんでもアレはおかしい。ダミーの弾でもない実弾なのに、あんな簡単に弾き飛ばせるわけがない。なのに、間宮さんの砲撃は1回も水柱を貫くことが出来なかった。深海棲艦だからといえばそうかもしれないが、それでも酷い。

 

「ならば私が行きます!」

「貴女達はすぐに換装を!」

 

 今度は伊良湖さんが突撃。リミッターを外した超高速戦闘により、水柱が立ち昇る前に蹴り込みに行くが、例の棒により軽く打ち払ったかと思いきや、伊良湖さんの真下から水柱が立ち昇ったことで逆に弾き飛ばされてしまう。そしてその内側からの強烈な砲撃により、自らの水柱を破り間宮さんを狙うほどに。

 タイミングがあまりにも完璧で、こちらの行動を全て予測しているのではないかというくらい。見ていなくても命中させるくらいの精度まで兼ね備えている。

 

「急いで!」

 

 私達はそれを見ることも出来ず、整備班のもとへと飛び込む。そこでは夕張さん含む整備班の人達が万全な準備で待っていてくれた。

 

「すぐに切り替える! 1分でいい!」

 

 整備長の号令と同時に、一斉に整備員の人達が動き出す。主砲の弾を切り替えるだけでも、どうしても手間がかかるのが艤装の欠点だ。訓練中に敵が現れるとこういう面倒事が起きてしまう。

 さらにいえば、今でこそ間宮さんと伊良湖さんが食い止めてくれているが、この換装作業は戦場の真ん前で行われているのだ。流れ弾が来てしまったら一巻の終わり。

 

「嬢ちゃん、任せとけ。すぐに終わらせて、俺らは中に引っ込ませてもらうからなぁ!」

「本当に助かるよ整備長!」

 

 私の武装を換装してくれているのは整備長。一番歳が行っているものの、一番手早く作業を終わらせてくれる。私には主砲が2基あるため、整備長がついてくれたようだ。

 他も恐ろしく手早い作業。全員が洗練されているからこそ、この危険な環境下でも焦らず丁寧な仕事をこなしてくれるのだ。

 

「ダメヨォ。ココノ人達ニハ、コノママ死ンデモラワナクチャイケナインダカラ」

 

 しかし、整備もゆっくりやらせてくれない。太陽の姫は間宮さんと伊良湖さんが食い止めてくれていても、『雲』はフリーだ。速吸さんと大鷹は、太陽の姫の艦載機と拮抗させるために航空戦で必死。あちらの進攻を止めるものが残されていない。

 そんな状態なら、武装換装中の私達を狙ってくるのも当然のこと。全て破壊するつもりでここにいるというのなら、そういう狡賢いことだって簡単に選択出来るだろう。

 

 などと思っていたのも束の間、今度はこの戦場には最も似つかわしくない声が響く。

 

「時間稼ぎなら、占守達でも出来るっしゅ!」

「あたいらみたいなガキでも、束になれば戦えるんだぜぇ!」

 

『雲』の進攻を止めるのは、なんと海防艦の子供達。『雲』の行動に合わせて、爆雷を投射しながら主砲まで放っていた。

 正直なところ、子供達が主砲を使うところなんて見たことが無かった。訓練をしているところすら知らない。扱えるのだから訓練していないわけがないのだ。隠れてやっていたとしてもなかなかの精度。

 

「アラアラ、可愛ラシイ攻撃ダコト。デモ、当タラナケレバ意味ハ無イノ」

 

 しかし、『雲』には効かない。爆雷の爆発も砲撃も、何もかもをすり抜けるように回避して突き進んでくる。やはり回避性能だけが異常すぎた。

 工廠には入ってこれないが、ジリジリと子供達に近付いているのは確かだ。砲撃まで繰り出して、子供達すら皆殺しにするために動いている。

 

 それを見過ごせるわけ無いだろう。艦娘の心得以前に、私達の仲間をやらせるわけにはいかない。

 

「っし、嬢ちゃん、換装完了だ。行けぇ!」

「ありがとう整備長!」

 

 ここで私の主砲の換装が完了。まともに戦える状態になった。時間にして5分も経っておらず、間宮さんと伊良湖さんもまだ限界に来ていない。

 だが、先に向かうべきは子供達の方だ。いくら3人がかりとはいえ、『雲』相手は荷が重すぎる。だから、まずは助けることを優先するべき。

 

 陸でやると負担は割増だが、今は時間が無い。すぐにでも『雲』を止めるため、整備長に離れてもらって脱力し、回避のその先へ。子供達を護るため、私は戦場を駆け抜ける。

 この一歩には、怒りも憎しみも無かった。だからだろう、いつも以上の力が発揮された。目まぐるしく移り変わる風景の中、私は瞬時に『雲』の眼前にまで移動していた。

 

「ありがとう子供達! お待たせ!」

 

 すかさず『雲』に砲撃し、子供達から引き剥がす。回避出来るかもしれないが、あちらの特性は理解しているのだ。当たらなくても、厄介な存在を離すことが出来れば戦いはまだ続けられる。

 

 

 

 戦いはここからが本番だ。わざわざラスボスが攻め込んできたのだから、返り討ちにしてやる。

 



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真の狙い

 太陽の姫とその巫女『雲』による侵攻を食い止めるため、調査任務に出た仲間達を抜きにした状態で抵抗している現在の鎮守府。

 よりによって訓練中に現れてしまったことで、そこにいた私、陽炎を含む異端児の面々は、戦闘力無しの状態で戦う羽目になったが、鎮守府に残る仲間達の助けにより何とか工廠に戻ることに成功。足止めしてもらっている中で武装を実弾に換装してもらえた。

 

「陽炎ねーちゃん!」

「お待たせ! アンタ達は下がって!」

「っしゅ! 海防艦、撤退、撤退っすー!」

 

 私が戦場に戻ることが出来たため、『雲』を何とか食い止めていた子供達が即座に撤退。ここからは私が『雲』の相手をする。私は即座に出てきたが、後から他にも来るはずだ。

 私1人なら勝てないかもしれないが、私には『雲』と違って信頼出来る仲間がいる。一方的な主従でもなく、崇拝でもない。その分で勝利を掴み取ってやる。

 

「かげろうおねぇちゃん、がんばって……ください!」

「おうよ! 整備班の人達と下がっておいてね!」

 

 奮闘していた松輪からも声援を貰い、俄然やる気が出る。子供達はすぐに下がって、私は『雲』と1対1(タイマン)の状況に。だが、それだけでは終わらない。私が一番最初に出れただけであり、ここからは訓練をしようとしていた異端児全員が、実弾に換装した状態でこちらにやってくる。

 本当は太陽の姫の方に行きたいが、それは仲間が揃ってから適材適所に振り分けるのがちょうどいい。そこはその場で決めるしかないとは思う。この戦いは空城司令も見ながらの戦い。その場で作戦を練ってくれていると信じて。

 

「アンタはここで終わらせてやるから!」

「陽炎、貴女ハコチラ側ガイイト思ウノ。私ガ分霊シテアゲテモイイノヨ?」

 

 私の砲撃は当たり前のようにすり抜け、私に肉迫してくる。主砲すら使わず爪を構えている辺り、私に再び分霊を施そうとしていると思われた。やはり私を殺すつもりは無いらしい。

 

 この状況になってもまだ私を生かそうとしている理由が全くわからない。一度巫女に覚醒し、そこでやられたのだからもう諦めてもいいだろう。なのに、太陽の姫自身にも、私のことを()()()()()()()()()()と未だに執着されている。また巫女にする気も満々だ。

 どれだけ私が好きなのだ。以前、神州丸さんにモテ期と称されたものの、絶対に思惑があって私を追い回している、今の私に何があるというのだ。

 

「二度とあんな姿になって堪るか!」

「似合ッテタノニ」

 

 伸ばされた手を脱力回避し、無理矢理間合いを取った後に砲撃。しかし、こちらの砲撃はすり抜けるように回避され、また距離を詰められる。それの繰り返し。

 脱力回避は無制限に出来るわけでは無い。対してあちらは深海棲艦という身体的な優位を使って殆ど無制限に回避してくるのだ。本来の戦いとはかけ離れた、接近戦による超高速戦闘に近い。お互いに回避特化のため、1対1で戦っているとお互いに攻撃が全く当たらない。

 

「貴女ハ主様ニ見初メラレテイルノ。モウ逃レラレナイ。素直ニコチラニ来タ方ガ、貴女ノタメ」

「んなわけあるか!」

 

 攻撃しては回避され、攻撃されては回避し、私は脚を酷使しながらも『雲』の動きについていく。私の艤装はフルスロットルで稼働し、『雲』との高速戦闘にもついていけている。まるで私を応援してくれているかのようだった。脚は悲鳴を上げそうではあるが。

 

「屈スル快感モモウ知ッタジャナイ。心地良カッタデショウ。マタ味ワイタクナルクライニ」

「あんなの二度とゴメンだっての!」

 

 怒りに身を任せてしまったら本来の動きが出来なくなる。落ち着かなくてはいけないとはわかっているのだが、『雲』はそれをも見透かしたかのように、私の癇に障ることばかりを口走る。

 ネチネチと精神攻撃までしてくるとは、相当捻くれた奴と見た。この戦闘中も、微かに浮かべた微笑みを絶やさず、私が必死に避けているのを嘲笑うかのように同じ動きをしてくるのだから、殊更に気に入らない。冷静に、冷静にならなければ。

 

「主様ハ寛大ナオ方ヨ。貴女ヲ失ッテ逃ゲ果セタ私ヲ、笑ッテ許シテクレタンダモノ。ソレ以上ニ重要ナ情報ガ手ニ入ッタンダカラネ」

「……沖波のことか」

「選バレシ者ガマダイルコトヲ伝エタラ、主様ハ喜ンデクダサッタワ。選バレシ者ハ自ラノ手デ滅スルト、決メテイラッシャルンダモノ」

 

 あの時、沖波が()()()()()()であることがわかったことで、『雲』はあの場から撤退していたのだ。鎮守府を自分の手で破壊するのを後回しにして、その報告を最優先にして。

 それだけM型異端児の存在は脅威なのだろう。何故、どうして、それがわからないが。

 

「ソノ邪魔ヲスルノナラ、陽炎ダッテ容赦ハシナイワ。少シ傷ガツイテモ、分霊シテシマエバ治ルコトクライ、貴女モワカッテルワヨネ? 自分デモヤッテルンダカラ」

 

 当然、覚えている。腕に手傷を負った夕立相手に分霊をし、その傷が治療されたところを目の前で見ているのだ。多少の傷なら分霊で治ることくらい承知の上。

 そしてわざわざそれを私に言ってきたということは、次にやってくることは1つしかない。

 

「痛イノガ嫌ナラ、早ク屈シテ気持チ良クナリマショウネ」

「絶対に屈しない! 私は艦娘だから!」

「フッフフ、無理シチャッテェ……オバカサン!」

 

 ここで分霊だけではなく砲撃を織り交ぜてきた。離れても撃たれ、近付いたら分霊となると、回避方向にも気を遣う羽目に。分霊を受けるくらいなら砲撃を喰らった方がマシだが、喰らえば喰らうほど回避に支障が出るためジリ貧。それに加え、まだ別の方には太陽の姫が陣取っているため、そちらにも流れ弾が行かないようにしたい。

 今でこそまだタイムリミットが来ていない間宮さんと伊良湖さんが食い止めてくれているが、太陽の姫は全く動じず、どれだけ攻撃されても全て打ち払い、さらには何処から撃っているかわからない砲撃と水柱により、むしろ2人を追い詰めてすらいた。

 ここだけでは無い。あちらにも早く援軍に行かないと、あの2人がやられてしまう。今が拮抗出来ているかもわからないのに、タイムリミットが来てしまったらそのまま終わりだ。

 

「余所見、シテイイノカシラァ?」

 

 太陽の姫を注視していたわけではないが、あちらに意識を少し向けただけで『雲』が意気揚々と突撃してくる。爪を突き立てようとしてくる辺り、狙いはやはり分霊である。それだけは絶対にやらせない。

 

「ゲロ様ぁ!」

 

 そこに飛び込んでくる夕立。私と同じように武装の換装が終わったようで、実弾により『雲』を攻撃していた。

 

「貴女ハ要ラナイノ。ダカラ、分霊ナンテシテヤラナイ。主様ニ害ナス者トミナシテ、ココデ消エテモラウワァ」

「うっさい! ここで消えるのはお前!」

 

 夕立の砲撃もしっかり回避しているが、おかげで私に向けた攻撃は一旦キャンセルされた。ナイス夕立。

 

「我ガ巫女、雲。下ガレ」

「カシコマリマシタ」

 

 夕立が戦場に再来したところを見計らって、こちらの人数が増える前に太陽の姫が『雲』を一旦自陣へ下げる。

 

「貴様ラハモウイイ。()ネ」

 

 そして、太陽の姫の猛攻が途端に激しくなった。その中心にいたのは間宮さんと伊良湖さんだ。まだタイムリミットが来ていなくとも、今までの倍以上の砲撃と水柱により近付くどころか回避すら困難になりつつある。

 太陽の姫を中心とした、まるで後光が差すような砲撃の流れ弾がこちらに飛んでくるため、私と夕立はどうにかして回避する。密度は酷いものの、私達はまだ遠かったので避けられないものではない。『雲』を下げたのは、この流れ弾に当てないためか。『雲』自身もそれを回避しながら戦えるだろうが念のためと。

 

「ごめんなさい、私達は下がります!」

「リミットが近いの!」

 

 その猛攻から何とか逃げ延びた間宮さんと伊良湖さんは、リミットが来る前に戦場から撤退。あの場でリミットを迎えて倒れるよりはマシだろう。ギリギリ限界まで戦って散るのは、私達の理念に反する。生きていることに意味があるのだから、これは最善の策だ。

 おかげで私達の換装は完了した。100%勝ち目が無い訓練用装備の状態から、ようやく戦える状態になったのだ。2人の身を挺した奮闘は、次に繋ぐためのバトンとなっていた。そのバトンは私達がしっかりと引き継ぐ。

 

 残ったのは私と夕立。そして次々と異端児達が換装を終えて戦場に集結していく。間宮さんと伊良湖さんも離脱出来たようでそこは安心。

 今鎮守府を護ることが出来るのは私達だけだ。たった5分の最大戦力はリミットを迎え、空襲可能な空母達の艦載機は太陽の姫の艦載機に全て持っていかれている。

 

同胞(ハラカラ)ノ血ガ滲ム者共モイルヨウダナ」

 

 おそらくD型異端児のことを言っている。深海に選ばれし者、D型異端児は、太陽の姫にとっては同胞の一部として認識出来るようである。特に私達D型異端児駆逐艦は、一度深海棲艦化しているせいでその質が強いと見た。

 集結したものの、その威圧感の前に私達はまた冷や汗を流していた。神の御前にいると感じさせられ、魂を奮い立たせないと膝から崩れ落ちてしまいそうな程。よくこの状況でさっきは逃走出来たと思う。

 

 いや、沖波と衣笠さんはそんな様子が無い。これはD型異端児に対してのみの威圧感だ。太陽の姫には逆らってはいけない、何も考えずに跪くのが正解であるという感覚に襲われている。衣笠さんがさっき指揮出来たのは、私達の感じているこの威圧を感じていないからなのだと理解する。

 先日の長門さんの言葉を思い出していた。得体の知れない雰囲気、逆らえない程の威圧感、目が眩むほどの眩しさ。間近に立たれて嫌と言うほど実感させられた。勝てる気がしないというのも、意味がわかってしまった。

 

「選バレシ者……二ツ。ソレハ消サネバナラヌ。我ガ道ニ貴様ラハ不要」

 

 集結したことで、太陽の姫の視線は沖波に向く。衣笠さんも大分危険な状態だ。私達を無視してでも狙ってくるだろう。困ったことに、それが出来るだけの力もある。

 能面のような顔でも、目元で感情がわかる。沖波に対しての感情は、怒りや憎しみなどでは無い。ただただ厄介者を消そうという気持ちのみ。私達が部屋の掃除をしている程度にしか感じていないのだろう。それ程までに、私達は奴にとってはちっぽけな存在。

 

 しかし、次の言葉に驚愕する。

 

 

 

「故ニ……貴様ラモ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 軍門に迎え入れると言ったか。沖波と衣笠さんを。そんなこと出来るわけがない。沖波は分霊が効かないことが実証されているのだ。

 

「陽炎、貴様ノ考エテイルコトガ手ニ取ルヨウニワカルゾ。選バレシ者ニハ分霊ガ効カヌト」

「……そうだよ。私が実際にやって出来なかったんだ。沖波はアンタに屈するわけがない!」

「ソレハ、貴様ラ()()()()()ダカラデアロウ」

 

 確かに、その時は私は巫女、分霊されたことで分霊の力を手に入れたに過ぎない。その力は本来、太陽の姫の力だ。巫女とはいえ、その力は一部だったとでも言うのか。

 

「我ガ分霊ハ、()()()()()()()()()()()()()()デアル。コノ雲ヤ、陽炎、貴様ノヨウニナ」

 

 ちょっと待て。私が選ばれし者とはどういうことだ。私はM型の同期値が0であり、選ばれし者とは程遠い存在だろう。

 だが、少し考えたら繋がった。太陽の姫のせいで、私の身体がこうなったことに。

 

「陽炎ちゃんは、()()M()()()()()()()()……!?」

 

 由良さんが呟く。私と同じ考えに辿り着いていた。

 

 10年前、太陽の姫が初めての襲撃をする以前から、私は今で言うM型の同期値が異常値だったのだ。それこそ、太陽の姫に目を付けられる程に。どういう理由かはまだわからないが、M型異端児の力は太陽の姫には不都合があるのだろう。だから、あの襲撃があった。私を潰すために。

 太陽の姫の分霊は、M型の同期値を失わせ、D型の同期値を爆発的に増やすような力なのだろう。巫女では出来ない、太陽の姫だけの力。

 

 しかし、私はその結果、同期値がマイナスになっていた。それは私の同期値やら何やらが理由なのだろうが、そこは今は置いておく。

 今の問題は、選ばれし者の排除の方法が、()()()()()()()()()という最低最悪な方法であるということだ。分霊さえしてしまえば、選ばれし者は消える。命を奪わずにその存在を消す。

 

「理解シタカ。ナラバ、モウイイナ。跪ケ、ソシテ、屈セヨ」

 

 

 

 太陽の姫の真の狙いがわかってしまった。沖波の身柄は絶対に渡さない。

 



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絶望の空へ

 太陽の姫の目的が、沖波の始末ではなく分霊であることが判明した。選ばれし者、M型異端児を滅するというのは、殺して滅ぼすというわけではなく、自分の配下とすることで世界から消すということである。

 私、陽炎も元はM型異端児であったが、10年前の始まりの襲撃によって太陽の姫に分霊され、私自身の性質を変化させられていたことが判明した。子供だった私のその力をいち早く感じ取り、前以て対策されたのだった。

 

「跪ケ、ソシテ、屈セヨ」

 

 異端児の部隊として集結した私達に対し、手に持つ棒を向ける。その瞬間、足下から水柱が立ち昇ったことにより、磯波がかち上げられた。近くで壁にするだけじゃないのか。既に深海棲艦としての攻撃を超えている。

 そもそも、水柱だけで何故あそこまでコントロール出来るのだ。それこそ、神の起こす超常現象だとでもいうのか。

 

「磯波!?」

「私のことは気にしなくていいから! 沖波ちゃんを!」

 

 その後の追撃を防ぐため、空中でありったけの火力を太陽の姫に放つ。まるで深海棲艦化した時のような乱射ではあったが、今はそんなことを気にしていられない。これも当たらないかもしれないが、出来る限りのことはしてくれていた。

 

「愚カナリ」

 

 だが、空中ということは夕立で無い限り方向転換が出来ない。つまり、狙い撃ちされるということだ。磯波の砲撃は別の水柱により止められ、その内側からあの強烈な砲撃が磯波に集中して放たれてしまった。

 咄嗟の判断で艤装を盾にしたものの、砲撃をまともに受けてしまいそのまま大きく吹っ飛ばされてしまった。命に別状は無いかもしれないが、艤装は大破し、磯波自身も酷い怪我を負ってしまっている。そのまま命中していたら間違いなく死んでいた。

 

 水柱でかち上げてから主砲で狙い撃つとか、普通に効率の良いことまでやってくる。確実に1人葬るための一撃を、自らの手で全てやってのける超高スペック。

 

「この……滅茶苦茶っぽい!」

「夕立ちゃん、合わせて!」

 

 それを見ても心を奮い立たせ、夕立と由良さんが同時に雷撃。砲撃が水柱で防がれるというのなら、魚雷なら。

 などと考えたものの、それすらもお構いなしに魚雷が打ち上げられた。太陽の姫に命中するまでもなく無効化され、空中で魚雷そのものが爆発。これも届かない。

 

「無駄ダ」

 

 そしてその水柱を突き破るように放たれる主砲。こちらには目眩しにすらなってしまっているため、その砲撃の射線が見えず、回避方向もわからなくされる。

 夕立は持ち前の野生の勘が働き、放たれると同時に由良さんに体当たりをするように突撃し、強引にその射線から退かせた。瞬間、元々由良さんがいた位置を撃ち抜くように弾が走り、海面を爆発させる。直撃していたらひとたまりもない。

 

「なら、接近戦をっ!」

 

 その水柱に合わせて今度は萩風が突撃。殴り付けるように主砲を振り、水柱に対してゼロ距離の砲撃をぶちかます。だが、水柱が晴れるだけで砲撃は太陽の姫には届かず、新たな水柱に阻まれる。

 

 いくらなんでもこれはおかしい。何度も何度も強固過ぎる水柱を上げることなんて可能なのか。原理がわからない。

 そもそも()()()()()()()()()。神なわけではない、深海棲艦だ。何かしらの艦種があるはずである。艦載機を使っているのだから空母かとも思ったが、主砲も扱っているのでそれは違いそう。航空戦艦というものなのかもとも思ったが、そう思える要素が何処にもない。謎が多過ぎるのだ。

 

「貴様ハ元々コチラ側デアロウ。背信ハ死デアル」

 

 水柱を突き破る一撃。近付きすぎた萩風に回避出来る余裕はなく、それを助けるだけの速さを誰も持たない。

 ここで咄嗟に出たのは主砲。駆逐水鬼と同等の反応速度で防御に打って出たが、あの時とは強度が違い過ぎる。アームまでひん曲げられる羽目になり、そこから大きく吹っ飛ばされた。致命傷だけは避けたようだが、磯波よりも重傷。爆風を受けて大火傷も負ってしまっている。

 

「萩風ちゃん!?」

「選バレシ者、貴様ハ逃サヌ」

 

 萩風を心配した沖波の隙を突くかのように一歩、また一歩と近付いてきた。特別速いわけでは無いが、その威圧感に気圧されそうになる。そんなことでは沖波を救うことは出来ない。身を挺することは出来ないが、決死の覚悟でその場から離さなくてはいけない。

 

「沖波、そこから離れて!」

 

 脱力回避からの高速移動で沖波の側まで駆け寄ると、その手を引いてすぐに離れようとした。

 しかし、私達の真後ろに水柱が立ち昇り、逃げ道を封じられる。先程と同じならば、砲撃すらまともに通らない。ならば、

 

「ちょっと我慢して!」

「えっ!?」

 

 沖波を抱きかかえて、あえて()()()()()()()。わざわざ撃つわけではなく、身体そのものをぶつけに行く。何が効くかがわからないのだから、全部試す必要があるだろう。壁にぶつかる可能性もあるが、逃げられる方に賭ける。

 

「うぁっぷ!?」

「うぇええっ!?」

 

 ビショビショになりながらも水柱を突き破り、逃げ道を無理矢理作り出した。砲撃すら受け止めるそれでも、人間そのものの体当たりには耐えられないらしい。少し安心した。

 しかし、その直後に足下が盛り上がったかと思いきや、新たな水柱によりかち上げられる。先程の磯波と同じ状況にされたことで、身動きが取れなくなってしまった。

 

「ちょっ!? っらぁっ!」

 

 沖波だけは絶対に逃さなくてはいけない。かなり強引だったが、その水柱よりも向こう側へ、沖波の身体を投げ飛ばす。空中なのでそれこそおかしな体勢にはなったものの、私の思惑はとりあえず上手く行った。

 しかし、私は完全に無防備。この状態で撃たれたら、磯波の二の舞になってしまう。私には帆なんて無いが、夕立の真似をしてどうにかするしかない。

 

「こんのぉ!」

 

 空中で魚雷を発射した後、自らの砲撃でそれを破壊。爆発を起こしてその爆風でその場所から離れる。

 帆を使わず、自分の身体をうまく使って移動出来るかと考えたものの、想像以上に威力が大きかったのに移動距離は小さかった。それでも危険な領域からは離れられたと思う。初月インナーはズタズタになってしまったが、奴に近付かれるよりはマシ。

 

「ああもうどうしたらいいの〜!?」

 

 そのタイミングで阿賀野さんが突き破った水柱の隙間から太陽の姫を狙い撃つが、状況は全く変わらない。水柱が撃ち破れず、隙間を縫ったとしても新たな水柱が現れ、こちらの砲撃は全く通りそうに無かった。

 そして、それを突き破っての後光のような砲撃。『雲』がしっかりと下がっているので、何も考えずお構いなしにぶっ放してくるのが厄介極まりない。

 阿賀野さんが叫ぶのも理解出来る。これは本当にどうしていいのかわからないパターンのヤツ。先程、その身を使って無理矢理通過することは出来たが、あくまでもそれだけ。

 

「ソノ身ヲ死ニ委ネヨ。諦メ、我ニ(コウベ)ヲ垂レルダケデヨイ」

「何ふざけたこと言ってくれてんのさ!」

 

 その物言いに衣笠さんが砲撃。単純な砲撃であるが故に、それも水柱で食い止める。

 

 と、思いきや、太陽の姫は水柱を使わずに回避を選択していた。初めてまともに戦闘をしたかのような行動である。

 

 今まであれだけ全てを受け止めていたのに、衣笠さんの攻撃だけ回避。つまり、M型異端児の攻撃は受け止められないということなのではなかろうか。

 というか、ここまでオカルトが関わってくるのか。あちらが太陽だから月の名を持つものは抑え込めるという感じで、世界に選ばれし者の攻撃だけが太陽の姫に通るとか。

 そうなると、私達では絶対に敵わず、沖波と衣笠さんしか戦えないということになってしまう。そりゃ真っ先に潰したくなるのもわかるというもの。自分のモノに出来るのなら、それを選択して脅威を排除するのは妥当かもしれない。

 

「貴様ハ後ダ」

「うわっ!?」

 

 もう何度目かわからない水柱に衣笠さんがかち上げられた。そのまま狙い撃たれてもおかしくないのだが、M型異端児は取り込むつもりでいるためか、衣笠さんは狙われない。

 代わりにその水柱により目眩しされた阿賀野さんが狙われた。駆逐艦よりも大きく硬い艤装ではあるものの、あの砲撃の直撃を受けてしまったらひとたまりもない。何とか艤装を盾にしたが、阿賀野さんも吹っ飛ばされてしまった。

 

「いい加減にするっぽい!」

「コチラノ台詞ダ。抗ウナ」

 

 そして夕立も同じように水柱でかち上げられるが、あの子はまだ空中で体勢を変えることが出来る裏技的な技がある。即座に魚雷を真後ろに放ち、それを撃ち抜いて爆発させることで帆に風を受け、その勢いで太陽の姫に突撃する。

 しかし、またもや水柱により夕立そのものが受け止められた。先程の私の突撃とは違う挙動。前に進めず弾かれてしまい、さらにはそこに砲撃を合わせられたことで夕立も酷い傷を負うことに。

 

「選バレシ者、ソノ時ガ来タ」

 

 そうしながらも沖波には近付いていた。私が無理矢理投げ飛ばした後も、水柱を駆使して沖波の進路をことごとく妨害し、私が護りに向かっても砲撃の流れ弾を使って道を塞ぐ。沖波は完全に孤立させられていた。

 そして、沖波の眼前まで来てしまっていた。再度水柱を突き破っても、新たな水柱でかち上げられ、沖波も消耗させられていた。動けないわけではないだろう。諦めてもいないだろう。だが、もう避けられない場所。

 

「や、やめ……」

 

 沖波の表情が、恐怖に染まり切っていた。もう逃げられない。私達も同じように消耗させられ、沖波を助けることが出来ない。

 

「貴様ハ、我ガ光ニテ染マル、空トナレ」

 

 

 

 沖波の胸を、太陽の姫の爪が貫いた。

 

 

 

 それはまさに、分霊と同じ状況。私の時は注ごうとした瞬間に弾き飛ばされた。だが、太陽の姫の爪はその様子がない。

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

「ひぃっ!?」

 

 その言葉と同時に、沖波の身体が跳ねた。巫女の分霊では起こり得なかった反応。爪は弾き飛ばされることなく、ドクンドクンと何かが注がれている。たびたび沖波の身体が震える。

 爪を抜こうと抵抗するが、その腕を掴んだところでまた跳ね、沖波の表情が緩むのが見えてしまった。改二改装の時とは比べ物にならない衝撃に、あの沖波すらも徐々に屈し始めてしまっている。小さく喘ぎながら、太陽の姫の腕を掴む手から力が抜けていた。

 

「沖波を放せ!」

「見テイルガイイ」

 

 私の砲撃程度では、結局水柱すらも突破出来ない。太陽の姫の力があまりにも強大すぎて、成す術が無かった。

 

「コノ者ハ、現世(ウツシヨ)ニ選バレシ者。ナラバ、我ガ手中ニ置キ、選択ヲ排斥スル。我ガ巫女トシ、選バレシ者ヲ消スノダ」

 

 さらに沖波の身体が跳ねた瞬間、髪と肌が白く染まっていく。その時の沖波は、完全に屈して惚けた顔をしてしまっていた。親友の見たこともない表情に、歯痒い気持ちしか浮かばなかった。

 動けない自分が情けない。助けられない自分が恨めしい。力を持たない自分が悔しい。目の前で変えられていく沖波を、ただただ見ているしかないだなんて。

 

「ッアッ、イッ、ハァアアアッ!?」

 

 一際大きな沖波の声と同時に、装備されていた艤装が剥がれ落ち、海に沈んでいった。艤装が無いのに、身体は沈んでいかなかった。

 この瞬間を以て、艦娘沖波は私達の前から消失した。だが、諦めたくない。まだ自分を持っている可能性だってある。沖波は世界に選ばれている存在なのだから、私の時とは違う場合だってあり得るのだ。それを信じるしかない。

 

「沖波、沖波! しっかりして!」

 

 私の声が聞こえているかはわからないが、必死に呼びかける。まるで私が目覚めてしまった時の萩風のような行動。海の上であり、沖波は太陽の姫に抱きかかえられているため、近付こうにも近付けない。

 だから、自分で振り払ってもらうしかないのだが、その沖波は変化の衝撃で息も絶え絶えになっている。表情は緩んだまま。涙は流れていたものの、薄く笑みを浮かべてさえいるのが一番辛い。

 

「目覚メヨ、我ガ巫女」

 

 言葉を聞いたことでビクンと震えたあと、艤装も装備していないのに沖波は海の上に立つことが出来ていた。深海棲艦として目覚め、その快楽の奔流に苛まれつつも、太陽の姫の言葉に幸福を感じながらそこにいる。一度体験しているから私はそれがわかってしまう。

 

「ソノ身ハ、我ガモノトナッタ。力ヲ求メヨ」

「……カシコマリ、マシタ……ンハァアンッ!?」

 

 また大きく身体が跳ね、快楽の中で艤装を得る。沖波がそうなってしまっているという事実が、私を絶望で包む。

 

 沖波の新たな艤装は、背中から何本も生えた主砲。駆逐艦の身体らしからぬ大きなものから、その身体に見合った小さなものまで数本。火力は見た目通りとは到底思えない禍々しいモノ。

 腕には巫女として手に入る長い爪を備えた薄い装甲が張り付いた。沖波すらも分霊が可能な巫女と成り果てたことをありありと見せつけてくる。

 そして衣装。制服は弾け飛び、私の時とは違うスタイルをハッキリと出すようなワンピースドレスが現れる。脚周りには黒いタイツのような装甲まで張り付き、身体の全てが深海のそれに包まれた。さらには頭に角のようなモノまで現れてしまい、異形感が増した。

 

「ッハ、ハァアアアッ」

 

 身体が締め付けられるような快感を得たようで、自分を抱きしめながら何度も震えて膝をつく。ビクンビクンと震え、その力の奔流に身を任せて、溢れる力を体感して悦ぶ。

 

「お、沖波……うぅっ」

 

 諦めたくはないのだが、一度私も経験しているのだから、沖波の今の状況が理解出来る。もうあそこまで来たら戻れない。自分の意思として、心の底から太陽の姫に屈している。忠実なる(しもべ)としての在り方に切り替わっている。

 

「アフ……フゥゥ……」

 

 何度か震えたあと、笑みを浮かべながら立ち上がった。心まで侵食され、艦娘であった時の振る舞いすらも失われていた。

 

 

 

「私ハ太陽ノ姫ノ巫女……日ノ光ニテ染マル者、『空』」

 

 宣言しながらもまた震える。私達の目の前で、私達を捨て去り、今の立ち位置を迎え入れた背徳の快楽を感じ、沖波とは思えない程に邪悪な笑みを浮かべてこちらを見据えていた。

 



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堕ちた沖波

 太陽の姫の猛攻は、止められるようなものでは無かった。次々とやられていく仲間達。致命傷は何とか避けていたものの、戦場にいても戦えなくなるほどに傷付く者達が多い。磯波、萩風、阿賀野さん、夕立と倒れていき、私、陽炎も沖波を護るために奮闘したのだが、届かず。そして……。

 

「私ハ太陽ノ姫ノ巫女……日ノ光ニテ染マル者、『空』」

 

 太陽の姫による分霊が施されてしまい、沖波は太陽の姫の巫女、『空』として生まれ変わってしまった。最悪な展開だ。太陽の姫の思い通りに事が進んでしまっている。

 すっかり変わり果てた沖波は、その変化の快楽でビクンビクンと震えながらも、私達のことを無視するように太陽の姫の方を向き、恭しくスカートの裾を摘んでお辞儀した。

 

()()()、尊キオ方。人トイウ愚カナ枷ヲ取リ払ッテイタダキ、誠ニアリガタクゾンジマス」

 

 あれ程までに敵対していた太陽の姫を、仕えるべき者として認識し、心の底から跪いていた。

 もうあの沖波は私の知る沖波ではない。太陽の姫により、その存在そのものを書き換えられた、似た姿をしている深海棲艦なのだ。あれを倒さなければ、沖波を取り戻すことが出来ない。一度死を迎えさせることで、元に戻すことが出来る。だが、一筋縄では行かない事くらい、やる前からわかっている。

 

「ンッフフ、仲間ガ増エタワ。主様ノ素晴ラシサヲ知ッテモラエテ、私モトテモ嬉シイ」

「フフ……拒ンデイタノガ馬鹿馬鹿シクナル清々シサデス。今マデゴメンナサイ、雲。コレカラハ私モ、巫女トシテ我ガ神ニ尽クシテイキマスネ」

 

 あの沖波が『雲』とも仲良くしている姿が歯痒い。今までの友好関係などもう忘れてしまったかのように、こちらに視線を合わせもせずに楽しんでいる。

 

 もうあの沖波は一度殺すしか無い。私の時のように。この先の罪を犯させるわけにはいかないのだ。元に戻れたとしても取り返しがつかなくなる。私であれだけ苦悩したのに、沖波が耐えられるかわからないのだ。

 絶望に打ちひしがれているだけじゃダメだ。私が奮い立たなければ状況は好転しない。ただでさえ、今この戦場にある仲間達が次々と倒れているのに、まだ動ける私が動かないでどうする。

 

「っ……沖波ぃ!」

 

 奮い立たせて沖波を狙い撃つ。私の方を無視しているのだから、卑怯だろうが関係無い。隙だって突くしズルいことだっていくらでもやってやる。

 

「……煩イナ。我ガ神ト話シテイルンダカラ、黙ッテテクレナイカナ」

 

 しかし、こちらをチラリと見た瞬間に背中の主砲の全てが私に向き、一斉射。私の撃った弾をも呑み込んで、私に全てが放たれていた。明らかな殺意が乗った砲撃は、親友だったことも何もかも忘れたかの如く、力の限りを撃ち尽くして私を滅ぼそうとしてきた。

 その時の視線は、至福の時間を邪魔する者として、完全に軽蔑する目。元の沖波からは考えられない、他人を見下す視線。私には怒りや憎しみすら乗っていそうな程に鋭い視線だった。

 

 沖波からの砲撃は脱力回避により全て回避する。しかし、前に進むことが出来ないくらいの密度で撃ち続けられたため、嫌でも下がらざるを得なかった。

 その時にはもう私に興味を失ったように鼻で笑い、再び太陽の姫に向き直っている。言い方は悪いが、媚びるような表情で太陽の姫に寄り添う。

 

「我ガ巫女、空ヨ」

「ハイ、何ナリト御命令ヲ、我ガ神」

「貴様ノ真ナル目覚メノタメ、貴様ノ手デ、憂イヲ断テ」

 

 私の時と同じだ。最愛の者を自らの手で殺めることにより、巫女として完成する。しがらみを全て取り払い、不安要素を全て取り払うつもりだ。ああなっても後ろ髪を引かれるようなことがあっても困るのだろう。だから、自ら決別させて全てを捨てさせる。

 私の場合は父さんだった。沖波の場合はどうなる。おそらくそのために誰も殺していないのだろうし、ここで仲間を皆殺しにさせる算段か。

 

「力ヲ振ルエ。貴様ハ我ガ巫女、(シガラミ)ナド要ラヌ。自ラノ手デ、ソレヲ捨テヨ」

「カシコマリマシタ、我ガ神。シカシ、私ノ一番ノ憂イハ……貴女様ノ巫女トナリ得ル者、陽炎ナノデス」

 

 ここにいる最愛の者として選ばれたのは、私だった。おそらく一番関係が深いのは私になるだろう。幼馴染みだし、ここ最近は私の側にいてくれることも多かった。私を元に戻すために、業を背負ってくれたのも沖波だ。

 だからこそ、今の沖波にはとっては私という存在が一番のしがらみになっている。私を消すことが完成に近付ける。それを太陽の姫が許すかはわからない。理由はわからないが、奴は私も欲しがっている。

 

「貴女様ノ御慈悲ヲ否定スル愚カ者ヲ、コノ手デ八ツ裂キニシタイノデスガ、ヨロシイデショウカ」

 

 それ程までに私の存在を憎んでいる。私は太陽の姫に見初められているのに逆らう者。泣いて喜ぶ程の栄誉を踏み付けるのだから、死んで然るべきとなっている。それだけ太陽の姫を心酔するように変えられてしまったのだ。それが堪らなく悲しい。

 私だってあの時はおかしくなっていた。皆殺しすることが太陽の姫のためになると思い込んでいたくらいだし、今の沖波も同じ感情を持っているはずだ。陥れることが愉しくなっている。しかも、私の時とは違って今は太陽の姫の前なのだから、漲るほどにやる気満々だろう。

 

「痛メ付ケル程度ニスルガイイ。奴ハ()()ナノダ。殺スノモ良イガ、出来ル限リ手駒ニ置イテオキタイ」

 

 しかし、太陽の姫の解答はコレである。あくまでも私は生かしておきたいらしい。特別とは何だ。私自身がわかっていないところで何が起きている。

 

「ソウデシタカ。出過ギタ真似ヲシテ申シ訳御座イマセン。陽炎以外ハ全テ排除致シマス。全テガシガラミデスノデ」

「構ワヌ。モウ一人ノ選バレシ者ハ、我ガ堕トス。他ハ貴様ノ好キニセヨ」

 

 太陽の姫の次の狙いは衣笠さんだ。衣笠さんもM型異端児、つまり世界に選ばれし者。殺すのではなく引き込む方向で事を進めようとしている。むしろ殺しては面倒なことになると言わんばかりだ。

 自分が狙われていると理解しているため、この間にも衣笠さんは重傷の磯波と萩風を拾って工廠方向に撤退していた。自分の身の安全もそうだが、磯波と萩風はすぐに入渠しなくてはいけないくらいに危険だ。

 つまり、今この戦場に残されている中で、まだ戦えそうなのは私と由良さんだけ。阿賀野さんと夕立は酷い怪我ではあるがまだ立ち上がっている。しかし、そのまま戦闘をしては危険な状態であることは変わらない。

 

「我ガ巫女、雲ヨ。奴ラヲ追エ」

「了解デス、主様。選バレシ者ヲ献上致シマショウ。他ハ排除デスネ」

「ソレデイイ。分霊モ好キニシロ」

 

 撤退する衣笠さんを追うため、下がっていた『雲』が動き出す。私達のことなど放っておいて、工廠に向かってしまった。沖波も大事だが、あちらも重要だ。未だに『雲』の対策がしっかりと組み上がっていないのだから、為す術も無くやられる可能性だってあり得てしまう。

 

「行かせるか!」

「貴女ノ相手ハ私。我ガ神が痛メ付ケテイイト仰ッタンダカラ」

 

 私が『雲』を追おうとした瞬間、沖波が私に向けてありったけの砲撃を放ってきた。全てが並ではない火力であり、掠るだけでも大ダメージを受けてしまいそうな程。

 まだ脚の方は大丈夫だ。初月インナーは破れてしまっているため、サポーター効果は半減してしまっているが、痛みはまだ無い。その砲撃は全て回避して『雲』に向かおうとしたが、進行方向に太陽の姫による水柱が立ち昇ったことで妨害された。奴はあくまでも私と沖波の戦いが見たいらしい。

 

「沖波ぃ……!」

「私ハ『空』。ソノ名前デ呼バナイデクレル? 吐キ気ガスルノ」

 

 私の接近に対応して魚雷まで放ってきた。回避方向を突発的に変えなくてはいけないので、脚への負担が激しくなる。流石は親友、私の弱みをよく理解しているじゃないか。腹が立つ程に。

 

「アンタは! 私の親友の沖波でしょうが!」

「元、デショウ。貴女ナンテ友達デモナンデモナイ愚カ者。アア、マタ我ガ神ノ巫女トシテ屈シテクレレバ、友達ニ戻レルカモネ」

 

 回避しながら砲撃に打って出るが、紙一重で避けられる。全てがそれだ。私の脱力回避、陽炎の揺らめきのような回避でも無ければ、『雲』の扱う雲隠れ、擦り抜けとも違う。『空』と名乗るだけあり、攻撃は()()()()

 巫女にはその名に因んだ回避能力が与えられるように思えたが、沖波もそうだった。すり抜けるような回避では無いが、とにかく当たらない。

 

「屈シテヨ、私ノタメニ。マダ友達デイタインデショ。太陽ノ姫ノ巫女、『陽炎』」

「私は艦娘陽炎だ! 太陽の姫の巫女じゃない!」

 

 撃てども撃てども全てが空を切る。そしてあちらの砲撃は脱力回避によりすり抜ける。戦いは進まないが、私は消耗させられる一方だ。ジリ貧なのは自分でも理解している。

 しかし、一縷の望みに懸けて回避し続ける。必ず逆転の一手が隠されている。万能な戦力なんてあり得ない。

 

「っぽい! 夕立はっ、まだやれるからぁ!」

 

 その回避合戦に横槍を入れてくれたのは、傷だらけの夕立である。太陽の姫からの砲撃を喰らったことで艤装は半壊し身体中も血だらけだが、気力だけで立ち上がって沖波に向けて砲撃を入れてくれている。勿論私には当たらないように。

 これで戦力増強と言いたいところだが、夕立は限界が近い。それに、何かあったら太陽の姫が動き出しかねない。今は沖波の動きを見ているようだが、何をしでかすかわからないのが太陽の姫だ。突然分霊に動き出すなんてことだってあり得る。それだけは確実に避けなくてはいけない。

 

「貴女ガ先ニ死ニタイノカナ、陽炎ノ犬メ」

「っはは、オキ、夕立のことそんな風に思ってたっぽい? そういうの聞けるの結構嬉しいかな」

「何余裕ブッテルノ? ソンナ血塗レデ、何ヤッテモ当タラナイクセニ」

 

 深海棲艦化により性格が変わってしまうのはわかるが、沖波に関してはこれが本音かどうかもわからないため何とも言えない。わざと煽るような嫌味でネチネチ責めているようだが、夕立はそんな言葉を聞いてもお構いなしに砲撃を繰り返す。

 しかし、消耗は歴然としていた。いつもの夕立の精度ではないし、連射能力も落ちているのは確か。血を流し続けているせいで、常に命を消費し続けてしまっている。入渠せねば、このまま死まで見えるほどに。

 

「阿賀野もぉ、まだまだやれるんだよねぇ!」

 

 その逆側からは阿賀野さんの砲撃。本来持つ主砲の1基は破壊されてしまっている上に、基部すらバチバチと火花が散っているが、残っている分で応戦してくれていた。

 まだやれるなんて嘘であることがすぐにわかった。身体もまともに動かない可能性だってある。それだけのダメージを受けてしまっている。

 

「貴女モ邪魔ヲスルンダ。死ニ体デ何ガシタイノ」

「何ってそんなの決まってるでしょ。悪い子にぃ、お仕置き!」

 

 艤装が破壊されていても無反動で撃ち続けているのは流石としか思えない。長く続けているからこそ、身体が完全に覚えている。

 そして、阿賀野さんも沖波を()()()()()()撃っていた。絶望なんてしていない。殺せば治るとわかっているのだから容赦もしない。

 

「ッチッ、イイ加減、鬱陶シイ! マトモニ戦エナイノニ、シャシャリ出テコナイデ!」

 

 2人からの砲撃を回避しながら私に攻撃していたが、それがそろそろ癇に障ったようで、舌打ちしながら感情的に周りにばら撒いた。回避するのも一苦労な乱射に、私はどうにか脱力回避で何とかするが、夕立と阿賀野さんにはかなり厳しい状況である。

 

「夕立ちゃんは由良が助けるから!」

「了解!」

 

 そのタイミングでまだ無傷に近い由良さんが動いてくれていた。近い夕立を引っ張ってくれたため、私が阿賀野さんの救出へ。無理矢理にでも回避させるしかなく、スピードに任せて射線から押し出すくらいしか出来なかった。

 その衝撃だけでも阿賀野さんは消耗を重ねてしまうのだが、まだ死んでいないのだからマシ。しかし、そろそろ撤退をしなくては、本格的に命に危険が及ぶ。艤装のおかげで痛みは最小限にされているが、体力の消耗はどうにもならない。

 

「阿賀野さん、退いて!」

「いやぁ、退きたいんだけどねぇ……実は海の上にいるのが精一杯だったりするんだよね。航行はギリギリだけど、逃がしてもらえるかなぁ」

 

 タハハと笑いながら言うが、笑い事ではない。ダメージが大きすぎる。余裕そうな表情とは裏腹に、出ている血の量がまずいことになっている。

 これは退避してもらわなくては困る。いるだけで巻き込まれてしまうのだから、少しでもここから離れていただきたい。それこそ太陽の姫に邪魔されそうだが。

 

「ドウセ動ケナインデショ。ナラ死ンデ。ココデ死ンデ。今スグ死ンデ。私ノシガラミ達ハ、ココデ消エテモラワナクチャ」

 

 そんなことさせない。誰も死なない。必ず沖波を救うんだ。私のために業を背負ってくれた沖波を、私の手で救うんだ。恩を返すんだ。

 

 

 

 その時の私は気付いていなかった。私の中に小さく、本当に小さく、()()が鼓動し始めたのを。

 



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訪れる限界

 太陽の姫に分霊を施されてしまったことにより、太陽の姫の巫女『空』となってしまった沖波との戦闘は続く。まともに動けるのは私、陽炎と由良さんのみ。夕立は傷だらけで、阿賀野さんは動くのも難しいかもと言い出してしまっている。

 

「マズハ死ニ損ナイノ阿賀野サン、貴女カラ殺ス。何ガオ仕置キダ。動ケモシナイデ口バカリ」

「へっへへ、やれるもんならやってみなよ」

 

 強がりであることは一目瞭然である。今すぐにでも撤退してもらわなくては、入渠でも手遅れになりかねないほどの怪我だ。航行自体は出来るにしても、ここから退くのはかなり難しい。

 なら、私が守りながらでも撤退してもらうか。しかし、太陽の姫は沖波のことを見ているだけでそこにはいる。沖波の手が足りなくなった時、何かしらのちょっかいを出してくるかもしれない。事実、衣笠さんを追う『雲』を私が止めようとした時、水柱によって妨害されたのだ。

 

 間髪入れずに阿賀野さんに向けて全砲門による砲撃を放った。沖波も動くことが難しいことを理解して即座に狙っている。考えるまでも無く、一番簡単だからだ。

 

「やらせるかっての!」

 

 脱力回避による高速移動で阿賀野さんの側へと駆け寄り、強引に突き飛ばす。位置がちょうど良かったか、撤退ルートの方に押し出せたのは良かった。

 代わりに私がその砲撃の射線上に立つことになったが、さらにもう一度脱力回避をすることで全て回避。そこから前進して沖波の眼前まで突っ込み、一撃必殺の砲撃を放つものの、やはり空を切る。

 

「『陽炎』、貴女ハ早ク諦メテ我ガ神ニ屈シナヨ。友達ニ戻リタインデショ? 馬鹿ジャナインダカラ、考エレバドチラガ自分ノタメカワカルコトナノニ」

「ふざけたこと言ってんじゃないよ。誰がこんなクソ能面の下につくか馬鹿」

 

 本人の前での侮蔑で、沖波が明らかに苛立ったのがわかった。やはり、深海棲艦化させられたことによって太陽の姫への忠誠心が異常に高められているのがわかる。奴から直の分霊である巫女なのだから、そうなってもおかしくはない。私だってそうだったのだから。

 だからこそ、そこを突く。巫女とて元は人間。沖波に至ってはついさっき変えられたばかりだ。人間らしさは他よりも残っている。故に、精神攻撃が効くと見た。

 

「アイツは私の親を殺してる仇なんだ。そちらこそ、馬鹿じゃないんだから、ちょっと考えればわかるでしょ。私が従わないことくらい」

「本当ニ愚カ。蜘蛛ノ糸ヲ垂ラサレテルノニ自分デ千切ルナンテ。寵愛ヲ受ケル価値ナンテ無イ」

 

 こうなると沖波の相手は私だ。あちらは私を痛め付けることが目的。太陽の姫的には死んでも別に構わないくらいで言っていたものの、出来る限り手駒にしたいとも言っていた。

 あの沖波のことだ。あんなことを言いながらも、太陽の姫の言葉を忠実に守り、私を半殺し程度で留めるつもりだろう。太陽の姫に反発する私は、沖波の中では敵以上に気に入らない存在だろうから、痛め付けるのも苦ではないし、もしかしたら気持ち良くなってしまうかもしれない。

 

 これ以上やらせたら、戻って来れなくなる可能性がある。ただでさえ短時間の深海棲艦化でも忠誠心という後遺症が夕立と磯波に残ってしまっているのだ。沖波を元に戻せたとしても、酷い後遺症が残る可能性は充分にあり得る。

 すぐにでも救いたい。あの心優しい沖波に戻ってもらいたい。業を背負ってくれた沖波だからこそ、私の手で救いたい。沖波を殺す業は、私が背負えばいいから。

 

「あのクソ能面からの寵愛なんて、こっちからゴメンだ! かかってこい沖波ぃ!」

「……気ニ入ラナイ。我ガ神ノ寵愛ヲ無下ニシテ、ソノ態度。ヤッパリ私ノ一番ノ憂イハオ前ダ! 陽炎!」

 

 わざと大振りに砲撃をし、沖波には私しか見ていない状態にする。太陽の姫を罵りまくって怒り狂わせれば尚良し。私も大分消耗しているが、夕立や阿賀野さんよりは全然マシだ。まだ戦える。

 この間に由良さんに他の2人を運んでもらいたかった。戦場に私1人になってしまうが、ここにいる方が危ないというのなら私がここで食い止めてやるしかない。太陽の姫の横槍さえ無ければ、すぐにでも向かえるはずだ。

 

「逃サヌ」

 

 だが、私の思惑は太陽の姫には筒抜け。由良さんの足下から水柱が立ち昇り、かち上げられてしまった。今まで何度も見せられていたが、あの原理だけは意味がわからない。

 さらには後光のような砲撃。空中でどうにか出来ないのは由良さんも同じであり、その状況だと艤装を盾にして被害を最小限にするしかなくなる。だが、今までそれを受けてきた全員が、最小限を目指していたにもかかわらず、全員が大怪我を負ってしまっているのだ。

 

 しかし、由良さんは一味違った。これまでの怪我人の行動を教訓にしていたのだ。

 

「由良だって、ここの艦娘なんだからねっ! ねっ!」

 

 空中で身を切り返した瞬間、太陽の姫の砲撃に対して砲撃を放った。()()()()()()()()()()()()()()

 由良さんは今までの傾向を全て見ていたのだ。太陽の姫の砲撃は殆ど一定。タイミングなどはあるかもしれないがその全てが一斉射であり、喰らった4人からの統計だけでそれが容易に読める程に。故に由良さんは最初から決め打ち出来ていた。

 結果的に、由良さんの砲撃は太陽の姫の砲撃に擦り、致命傷となる方向から少しだけズレた。無傷とまではいかないが、今までのように再起不能になるほどのダメージは受けていない。そして見事に着水し、近かった夕立の側へ。

 

「夕立ちゃん、逃げられる!?」

「夕立はだいじょーぶだからっ、あがのん引っ張ってあげてほしいっぽい!」

 

 夕立だって消耗は激しい。だが阿賀野さんよりはマシと判断して、夕立は自力で撤退する。阿賀野さんは本格的にまずいため、由良さんの介助でその場から何とか撤退。

 それをさらに邪魔しようとしたようだが、由良さんはその都度うまく回避して、阿賀野さんを戦場から離してくれた。そこまで離れたら興味が無くなったようで、太陽の姫は邪魔をやめる。

 

「ゲロ様ぁ! 後からまた来るから耐えるっぽい!」

「あいよぉ! 私ゃ、この馬鹿をここで元に戻してやるから!」

 

 太陽の姫は私と沖波の戦いに手出しはしてこないだろう。沖波のしがらみを消すことと、特別らしい私の行く末をここで見届けるだけだろうから。神故に傍観。絶対的な力を持つからこそ、下々の小競り合いはただ見るだけ。

 私達の戦いが終われば、どう転ぼうが太陽の姫はそのまま鎮守府に攻め込んでしまうのだろう。選ばれし者(M型異端児)には分霊、それ以外はしがらみを消すために皆殺し。

 

 沖波に殺されてしまったらそれでおしまい。沖波に半殺しにされたらまた分霊を施され、陽炎から『陽炎』へと変えられる。私がギリギリで勝てたとしても、太陽の姫が動き出して分霊を施される可能性がある。

 だから、私は負けるわけにはいかない。どのような形であれ、負けはそのまま終わりを意味する。ギリギリの勝利もあまりよろしくない。2度目の深海棲艦化とか反吐が出る。

 

「元ニ戻ス? コノ私ヲ? ソコマデ消耗シテ?」

「そうだよ。アンタは私を殺すって業を背負ってくれたんだ。今度は私が背負ってやる。アンタを殺して、沖波を取り戻す!」

 

 幸いにもこちらの艤装は万全な状態だ。消耗しているのは本体の私だけ。ならばやれる。

 手持ちのブレ弾、備え付けの精密射撃、そして魚雷まで組み合わせれば、どうにか出来るはず。身体も使って頭も使って、最善手を全て掴み取る。たったそれだけでいい。

 

「私の全部、くれてやるよ! クソ能面についたこと、後悔させたらぁ!」

 

 第一の矢はブレ弾。全て空を切るだろうが、私にだってどうブレるかがわかっていないのだから、大きく回避せざるを得なくなるはずだ。沖波とだって演習をしたことがあるのだから、それくらいあちらも理解している。

 

「ソックリソノママ返シテヤル! 半殺シジャ足リナイ! ココデ死ネ!」

 

 逆に沖波は回避しながらも全ての主砲を私に向けていた。私よりも多く、密度も火力も高い砲撃を連射してくる。私の砲撃すらも呑みこみ、私の行動を全て無にする程の攻撃である。

 あちらの攻撃は当然ながら知らないものではあるが、脱力回避で何とか回避しきれてはいる。擦りもしない代わりに、脚への負担はガンガン積み重なっていくが。

 

「このっ」

 

 ブレ弾が呑み込まれるのは仕方ない。だから、回避した直後に第二の矢、精密射撃。空を切り、回避された方に瞬時に照準を合わせて撃ちまくる。それすらも回避されるが、そこへブレ弾を交ぜることで、タイミングを崩していく。

 

「効カナイ!」

 

 しかし、そんなことお構いなしに乱射を続け、あちらのペースに持っていかれる。火力の違いがあまりにも顕著。沖波とは思えないくらいに強引で雑な攻撃だが、だからこその隙が見つかるはずだ。

 そしてそこにぶち込む第三の矢、魚雷。沖波からの砲撃を起爆剤にして、目潰しにするかのように空中で爆破。

 

「コノ……ッ! 小賢シインダヨ!」

 

 爆風を吹き飛ばす程の乱射。ああなってしまっても、沖波は沖波、接近戦は無い。代わりに本来以上の火力を手に入れてしまってるのだからタチが悪いが。それでも、隙は作れる。

 あちらは出来なくても私には接近戦が出来る。脱力回避の応用、そのままダイレクトに蹴り込む渾身の一撃。沖波の砲撃を全て回避して潜り込み、その鳩尾に向かって一気に踏み出す。

 

「甘イ! オ前ノヤリ方ハ全部知ッテルンダカラ!」

 

 それすらも空を切る。さすが沖波と言ったところか。私のやりたいことは、()()()()()()()予測されてしまっていた。脱力回避も全て見せているのだから、わからないはずがない。

 だが諦めない。沖波を救うためには、もっと無理をしなくてはいけない。それに時間をかければ援軍はきっと来る。それまでは私が全力を出し続けなくてはいけないのだ。

 

 だから、避けられた瞬間を狙って、もう一度踏み込んだ。その速さを維持しながら、逆側へと跳ぶ。陽炎の如く、揺らめいた後にもう一度揺らめく。

 

 

 

 しかし、それは叶わなかった。二度目の踏み込みの瞬間、()()()()()()()()()()()

 

 

 

「嘘……でしょ……」

 

 沖波と戦い始めてから、常に脱力回避を使い続けていた代償だった。そうなる前に初月インナーが破れてしまっているため、脚のサポーター効果は期待出来ない。そんな状態なのに、必要以上に使い続けてしまったのだ。私の脚は限界を既に超え過ぎていた。

 踏み込むことすら出来ず倒れ込んでしまい、何も出来ず終いだった。脚が熱い。ジンジンと痛み、少しでも動かすと激痛が走るレベル。折れているとは思わないが、ヒビは入っているかもしれない。

 

「……何ソレ。アレダケ(ノタマ)ッテソレ?」

 

 撃つわけでもなく、ゆっくり近付いてくる。脚の負荷のせいで、立ち上がることすら出来なくなった私の側まで来た沖波は、徐に私の脚を踏みつけた。艤装のサポートがあっても、その激痛は酷いものだった。

 

「っぎっ!?」

「大方、何度モ『陽炎』ヲ使ッタセイデ負荷ニ耐エラレナクナッタンデショ。艦娘ノ、人間ノ身体デ、崇高ナル我ガ神ニ与エラレタ力ヲ、使イコナセルワケガ無イ」

 

 何度も何度も踏みつけられ、ヒビだけでは止まらず、確実に折れた音がした。もう本当に立ち上がれなくなった。

 

「分霊サレレバ傷ハ治ルンダカライイヨネ」

 

 一番小さいであろう主砲が私に向き、そして放たれた。それでも巡洋艦の主砲くらいの火力はあり、私の艤装は半壊。浮力を失ってしまったところを、髪の毛を掴まれて無理矢理起こされた。手を離されたら水没が確定した状態。脚も折られたため、自分の身体を支えることすら出来ない。

 むしろ艤装が半壊したことで、本来抑え込んでくれている痛覚が戻ってきてとんでもない痛みになっている。だが、絶対顔に出してやらない。それこそあちらの思う壺。

 

「素直ニ従ッテイレバ、コンナコトニナラズニ済ンダノニネ。ヤッパリ馬鹿ハオ前ダヨ陽炎。正シイノハ全部我ガ神」

 

 心底侮蔑して嘲笑してくる沖波。こんな顔は見たくなかった。

 

「モウオシマイ。陽炎ハ再ビ『陽炎』ヘト至リ、私達ノ仲間ニナッテクレル。今マデノ行ナイヲ後悔スルダロウネ。ソウシタラ私モ、恨ミッコ無シデオ友達ニナッテアゲル」

 

 そのまま私の身柄は太陽の姫の方へと運ばれる。援軍はまだ無い。この戦場には私しかいない。期待出来るとしたら、変えられた瞬間に首の自爆装置を起動してもらうことくらいだ。

 

「オット、忘レテタ。私ニ教エテタモンネェ。マタ変エラレタラ、容赦無ク殺シテモライタイッテ。ソレハ許サレナイ。深ク深ク反省シテモラワナクチャ」

 

 徐に私の首筋に手を伸ばしたかと思いきや、チョーカー(自爆装置)を千切り取られた。分霊のための鋭利な爪の前では、これすらも容易く破壊されてしまう。

 これにより、私が救われることも無くなったわけだ。かつて無いほどの絶望感に苛まれる。

 

 いや、まだだ。私は諦めない。こんなことで、私達の友情が終わるなんて嫌だ。業を背負ってもらった結果がコレだなんて、なんて因果だ。

 もう太陽の姫なんてどうでもいい。怒りも憎しみも二の次だ。こんなにも哀れな姿に変えられてしまった沖波を、とにかく救いたかった。もうそれだけしか私の頭の中に無かった。救うんだ。絶対。

 

 ギシギシ言いながらも主砲が動き、沖波の方を向く。撃てるかもわからない。それに、これだけ音が鳴っていればあちらにも気付かれているだろう。

 

「マダ懲リナイノ?」

「……懲りる懲りないの問題じゃあ、無いんだ。私は、アンタを……『沖奈(オキナ)』を……救いたいだけだからね……」

 

 不思議と笑みまで溢れた。対する沖波は、明らかに怒りが顔に滲み出た。そりゃそうだろう、今の姿になって沖波という名前にすら嫌悪感を覚えているのに、()()()()()()()()で呼んでやったんだから。

 

「……我ガ神、陽炎ヘ分霊ヲ。コノママデハ、私ガ耐エラレソウニアリマセン」

 

 神の御前だから何とか耐えているようである。このまま面と向かって話をしていたら、太陽の姫の思惑を沖波の手で潰してもらえると思ったのだが、残念である。

 

「ヨク抵抗シタ。我ガ巫女、陽炎。貴様ノ力、シカト見セテモラッタ。ヤハリ貴様ハ特別。我ガ手元ニ置カネバナラヌ」

 

 やっと動いたと思った主砲はしっかりと破壊された。これで対抗する術が無くなる。本当にこれで終わり。艤装は動かない。身体も動かない。痛みで感覚も薄れてきた。

 私が死ぬ前に分霊が施されるのだろう。そうなれば、ここまでの怪我も全て治り、再び人類の敵としての私が生まれてしまう。そんなのは嫌だ。

 

 何より、沖波をこのままにしているのが一番嫌だ。救いたい。せめて目の前の親友だけでも。

 

「貴様ハ再ビ、我ガ熱ニテ現レル、陽炎トナレ」

 

 その長い爪が伸びてきて、そして、

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

 

 私の胸へと突き刺さった。

 

 

 

 私の中の鼓動が、私にも気付くことが出来るくらいにまで大きくなっていた。

 



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女神の加護

 沖波を救う戦い。他の仲間達が戦場からの撤退に成功し、残るは私、陽炎だけとなる。私がここでギリギリまで耐えて、援軍を待つ算段だったのだが、その前に私の脚に限界が来てしまった。

 そこに追い討ちをかけるように沖波からの攻撃を受けたことで、本格的に行動不能にまで追い込まれた。艤装も半壊し、海上に立つことが出来る浮力すら発生しなくなっており、主砲も全て破壊された丸腰状態。

 そんな状態で捕まえられ、身動きすら取れない状況で太陽の姫の眼前まで運ばれてしまった。何をされるかなんて考えるまでもない。私にとっては二度目の分霊である。

 

「貴様ハ再ビ、我ガ熱ニテ現レル、陽炎トナレ」

 

 太陽の姫の長い爪が伸びてきて、そして、

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

 

 私、陽炎の胸へと突き刺さった。耳元で沖波の舌打ちが聞こえたような気がしたが、私はそれどころではない。

 しかし、まだ諦めない。沖波を救うために、私はこんな分霊なんかに屈するわけにはいかないのだ。私まで屈して、それでも元に戻してもらえたとしても、壊れかねない程の最悪なトラウマが残ってしまう。それだけはダメだ。必要最低限で抑え込まなければ。

 

 だが、ここで私すら想定外なことが起きた。

 

 

 

 注がれようとした瞬間、私の胸から太陽の姫の指が弾き飛ばされ、分霊が強制的に終了させられたのだ。

 

 

 

「……ナニ?」

 

 これはM型異端児である沖波に、巫女だった私が分霊しようとした時と同じ状況。太陽の姫ですら、この状況は予想していなかったようで、能面の顔が少し歪んだ。

 

 私の中の鼓動が、私にも気付くことが出来るくらいにまで大きくなっていた。私の中に何かが目覚めようとしているような、不思議な感覚だった。それが何かはわからないが、少なくとも悪いものではない。太陽の姫の侵食すらも跳ね飛ばすその何かは、着実に私の中で大きくなっているのがわかるのだ。

 ほんの少しでも私の中を知った太陽の姫は、すぐに考えを切り替えたようだった。分霊が出来ないというのなら、ここですぐに始末してしまえという考えに。

 

「我ガ巫女、空ヨ。陽炎ヲ沈メヨ」

「カシコマリマシタ」

 

 掴んでいるのは沖波だ。そして、掴まれていない限り私はもう立ち上がらない。手を離されたら沈んでいくしかない。

 

「終ワリダヨ陽炎。セイゼイ苦シンデ死ネ」

 

 掴んでいたのを離すだけでは飽き足らず、顔面から水没するように海中に投げつけられた。機能しない艤装は錘となってしまって浮かび上がることは出来ない。泳ごうにも脚は折られているため無理。腕だけで自分の身体を浮かび上がらせるのは不可能だ。

 さらにはそこに砲撃まで重ねられた。力を振り絞ってそれを艤装で受けるが、半壊だった艤装はさらに破壊されてしまい、私本体にも大きなダメージになる。背中の骨にまで負荷がかかり、浮上は絶望的となった。

 

 私は為す術無く海中へと沈んでいく。ここまで消耗しているのだから息も続かない。艦娘が溺死だなんて笑えないが、実際こういう死に方もあるのだと思う。艤装が破壊されたことにより、浮くことが出来なくなってそのまま、なんてことが。

 

「っ……」

 

 私が沈んでいく姿を、海上から忌々しげに見つめる沖波。その顔は、心底毛嫌いする表情。あの表情を私の手で元に戻せなかったのが一番の後悔だった。

 こんな状況でも、諦めきれなかった。私はどうなってもいい。だが、沖波はダメだ。あんな哀れな姿で仲間達を攻撃するだなんて、私は許さない。沖波が救われたところを見なければ、死んでも死に切れない。

 

「がぼっ!?」

 

 肺から抜ける息。遠のく海面。見えなくなる沖波の足。暗くなる視界。失われていく感覚。薄れていく意識。死を実感する要素で埋め尽くされるが、死の恐怖よりも沖波が心配で仕方なかった。

 私がここでいなくなった後、ちゃんと救われるだろうか。元に戻った後、酷いトラウマに苛まれないだろうか。私が死んだことを自分のせいにしないだろうか。そんなことばかりが頭を過ぎる。

 

 瞼が重い。とてもとても眠い。そして、私は意識を失う。二度と目覚めることのない、暗い暗い眠りへ。

 

 

 

「まだ、諦めていないでしょう?」

 

 

 

 何者かの声により、失われた意識が覚醒した。そんなギリギリな意識の中でもハッキリと聞こえた。聞いたことがあるような無いような声。

 重たい瞼を必死に開く。そうだ、私はまだ諦めちゃいない。諦めてはいけない。沖波を助けるまでは、私は死ねない。無様でも、私はもがき続ける。

 

 私の眼前には見知らぬ妖精さんがいた。鎮守府では見たことのないタイプだった。工廠妖精さんのような作業員とも、空母のみんなが使っている艦載機妖精さんのような戦闘員とも違う、特殊なタイプの妖精さん。

 先程の声がこの妖精さんの声だったとしたら、それこそ本当に特殊なタイプだろう。何せ、妖精さんと言語による意思疎通は出来ないのだから。しかも今は沈んでいる真っ只中。尚更声が出せるわけでもない。

 

「大丈夫。私が貴女を治してあげる。戦えるように、護れるように、救えるように。でも一応聞きたい。貴女は諦めていないでしょう?」

 

 体力は消耗しているが、出来る限りの力で深く頷いた。心だけでは無く、態度で示した。貴女の言う通り、私は諦めていない。沖波を救いたい。

 

「うん、なら治すよ。それが今の私の使命だもの」

 

 その小さな存在は私にふわりと近付くと、額に手を当てた。普通の人間の指先にも満たない、小さな小さな手のひらから、じわりと滲み出るように力を感じた。そのおかげか、海中なのに全く苦しくなかった。呼吸せずとも生きていられる状態に。

 同時に、私の中で目覚めた()()の鼓動が、より激しく、より力強く脈打ち始めた。温かく、優しい力の奔流だ。侵食による暴力的な快楽とは正反対の、私を包み込む慈しみを感じる力。

 

 私を治療するには少しだけ時間がかかるということで、この妖精さんは知っていることを全て話してくれると言う。私としてもそれは聞きたい。話す前にこれは他から聞いた話だと前置きもされた上で、つらつらと話してくれる。

 

「貴女は選ばれし者。()()()()()()()()。大きなマイナスの力が生まれる時、世界の均衡を保つため、対等なプラスの力が同時に生まれる。それに選ばれたのが、貴女だった」

 

 私が元々M型異端児であったことは、太陽の姫の発言から予想が出来た。世界に選ばれた者を配下にするために分霊し、その存在を生かしながら消している。それでも、既に消えていた私に執着し、改めて分霊を施そうと思っている時点で、私は何処か違うのだとは思っていた。

 この妖精さんが言うには、私はこの世界に現れた初めての選ばれし者なのだという。だから、太陽の姫は私の街を壊滅させ、艦娘という存在が出来上がる前から私に対策を取ったのだ。

 

「なんで自分が選ばれたんだって思うかもしれない。太陽の姫に一番近い位置にいた、一番()()()()()()だったんだよ」

 

 正直な話、許可も得ずに選ばれたのは迷惑この上無いと思ってしまった。そもそも選ばれなければ、街は滅ぼされなかったし家族も死ななかったのでは。

 とはいえ、元はと言えば何もかも太陽の姫のせいではあるのだが。奴が生まれなければ巻き込まれることは無かったわけだし。私が選ばれていなかったとしても、街が滅んでいた可能性はかなり高いし。

 

 だが、もし自分がそういうの関係無しに艦娘として活動出来るとしたら、やはり志願していただろうと思う。恨み辛みなど無くても、世界の平和を守るためならこの道を選んでいた。

 

「故に、太陽の姫(大きなマイナス)貴女(対等なプラス)を潰しに来て、実際に貴女からその力は消えた」

 

 そうだ。私はつい最近までM型の同期値が0。太陽の姫の分霊のせいで完全に消え去っていた。D型の同期値がマイナスだったのも、D型の艤装が扱えるのも、もしかしたらそれがあったからなのかもしれない。

 実際に巫女としても目覚めさせられ、今でも身体に後遺症が残るほどになっている。M型異端児としての私がいなくなっていたのだから、あちらの思惑通りだろう。

 

「だけど、貴女は終わっていなかったんだ。本来の力が太陽の姫に抑え込まれていたけど、失われていたわけじゃない。貴女の強く正しい想いによって、その力を取り戻そうとしている。いや、その時よりも強い力が目覚めようとしている。自分でもわかるんじゃないかな」

 

 私の中を駆け巡る、優しい力の奔流のことだろうか。これがM型異端児の、選ばれし者の力というのなら、そうかもしれない。太陽の姫の侵食とは正反対の感覚なのだから。

 太陽の姫の分霊を跳ね返したのも、その力のおかげなのだろう。一度は屈したが、同じことを二度も受けるわけにはいかない。みんなを救うためにも、屈するわけにはいかない。その想いが、それを実現させた。

 

「貴女は世界が定めた太陽の姫の抑止力だからね。だから、私がここに来ることが出来た。さぁ、どうかな。身体、痛くないんじゃない?」

 

 治療が終わったようで、妖精さんは私から離れる。痛くない。脚も曲がる。恐ろしいことに艤装すらも完璧な修復されている。こうなる前の状態に戻っていると思える。制服だけはボロボロのままだが。

 だが、力が全く違う。優しい力が私を包み込み、今までにない力を感じる。身体そのものも何か別のモノに変化しているような錯覚をする程だ。もしかしたら、この力のおかげで脱力回避がやりやすくなっているかもしれない。

 

「力を取り戻した、今の貴女の望みは何かな」

 

 勿論決まっている。沖波を救うことだ。太陽の姫を倒すのはもう二の次。私の親友、幼馴染みの沖奈を、太陽の姫の魔の手から救い出すのだ。一度殺さざるを得ないかもしれないが、その業は私が背負う。元に戻った後は、私が側にいてあげるんだ。

 この力はそのための力とさえ思う。みんなを護るために、みんなを救うために戦う力だ。それを思うことで、より強い力を感じた。

 

 艦娘の心得そのものじゃないか。私は破壊者ではない、守護者だ。護るためにこの力を振るう。

 

「うん、やっぱり貴女は選ばれるべくして選ばれてる。無意識にその選択が出来るんだから。それなら私も安心した。託して()()()()

 

 その妖精さんの姿が薄くなっているのがわかった。私の治療を終えたことで力を使い切り、存在そのものが消えようとしている。

 

「最後に名乗っておく。私は『女神』と呼ばれている妖精。艦娘の命を、自身の存在を使って治療する妖精だ」

 

 じゃあ、この妖精は私のために命を散らしたということになるじゃないか。せっかく救ってくれたのに、そんなの死ぬために生きていたようなものじゃないか。そんなの良くない。

 

「優しい子だね。でも、いいんだ。女神は未練ある魂が世界に選ばれ、自分の意思でこの姿に転生した結果だからさ。私は元々死んでいて、自分の意思でこの姿になってる。そんな私の存在は、今を生きる艦娘の命を救うために使われた方がいい」

 

 ニコッと笑う女神。それは未練も何も感じない、清々しい表情。私の死を回避させたことを心の底から喜んでいる、眩しいくらいの笑顔だった。

 

 あれ、この笑顔、何処かで……。

 

「それに……私の存在が貴女に使えてよかった。私は()()()()()この姿への転生を望んだんだからね」

 

 本格的にその姿が薄らいだ。もう言葉を紡ぐのも限界が近いだろう。妖精さんは高らかに指を上に掲げる。

 

「行って、幼馴染みを救ってくるんだ。みんなを護るんだ。それが貴女の意思ならね」

 

 その言葉を最後に、もう目を凝らしても妖精さんの姿が見えなくなってしまった。でも、最後の声だけはハッキリと聞こえた。

 

「行きな、『陽向(ヒナタ)』……私はずっと見守ってるからね」

 

 これで本当に消えてしまった。姿も声も何も無い。使命を全うし、この世界から消えた。さっきの発言から考えれば、成仏したと言うのが正しいか。未練も何も無くなったことで、この世界に留まる必要が無くなったわけだ。

 

 あの妖精さんは、()()()()()()()()()()。なら、正体はもうわかったも同然だった。あの笑顔だって知っているに決まっている。声だって、聞き覚えがあって当然だ。

 助けてもらった恩と、こんな少しだけの時間再会出来た喜びを胸に、私は海面を見つめる。私が行くべき場所、やらなくてはいけない事を成し遂げるために。

 

 

 

「行ってくるよ、()()()。私がみんなを救うから見ててよね!」

 

 この漲る力で海面を目指す。世界に選ばれし者として生まれ変わった私は、もう誰にも負けやしない。この力を使って、沖波を救うんだ。

 



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対となる者

 女神(母さん)の力により、死にかけの状態から完全復活を遂げた私、陽炎。今の私は本来の力、世界に最初に選ばれた者としての力が蘇り、太陽の姫の抑止力として覚醒している。今なら負ける気がしない。

 だが、太陽の姫は二の次だ。この力で私は、沖波を救う。親友を取り戻すために全力を尽くすのだ。

 

「何処だ……何処だ……!」

 

 浮力を取り戻した艤装で急速浮上していく。艤装を破壊されたことで随分と沈んでしまったようだが、全く苦しくない。これも女神(母さん)が施してくれた治療の賜物かもしれない。この海中での呼吸は今だけの特典みたいなものだとは思うが、このチャンスは活かしていかねば。

 

「……いた!」

 

 最後に見た沖波の足を確認出来た。多分さっきよりも鎮守府に近付いている。太陽の姫は動いていない。私が本当に始末出来たかの確認のために留まっていた。神の割には用心深い。

 私自身が太陽の姫の対となる者なのだとしたら、奴がそう考えるのも無理はないか。私だけは確実に終わらせておかねばならない存在として、徹底的に魂を凌辱することで配下に据えるか、存在そのものが消滅するまで消すかのどちらかになるはずだ。前者がダメだったから後者を選んだようだが、残念ながら私は蘇った。

 

 私の行動は太陽の姫に筒抜けかもしれない。だが、そんなこと知ったこっちゃない。太陽の姫より沖波の方が大事なのだ。沖波が鎮守府で痴態を晒す前に、私が決着をつけてやらなくては。

 

「沖波ぃ!」

 

 勢いよく海面に飛び出し、その背に向けて主砲を構える。突然の登場で沖波は驚愕の表情を浮かべたが、そのまますぐに嫌悪感を露わにしてきた。

 

「何デマダ死ンデナイ!? 何デ艤装ガ元ニ戻ッテル!?」

「私ゃまだアンタを救ってないんだ! まだまだ死ねないね!」

 

 私の砲撃は空を切るが、私は止まらない。力が漲る。沖波を救うために、私は今まで以上の力が発揮出来る。

 

「ナラ、マタ殺シテアゲル。許シテクレト言ワレテモ絶対ニ許サナイ。後悔ノ中死ネ!」

 

 背中の主砲が私に向けられた。集中砲火ではなく、逃げ道そのものを全て消し飛ばす一斉射。潜ることが出来ないように足元も、横に回避出来ないように両サイドも、全て埋め尽くすように。さすが親友、対策はしっかり考慮済みだったわけだ。

 私の脱力回避、陽炎の如き動きは結局のところ、力を抜くことで艤装のサポートを最大限に受け、超高速で動く技。だからその移動方向を抑えられると途端に回避が出来なくなる。それが伊良湖さんや菊月にやられた回避キャンセルだ。だから、沖波は私の進路となりそうな場所を全て潰してきた。普通より主砲を大量に持っているから出来る裏技みたいなもの。

 

 さっきまでは最低限生かして分霊するという大義名分があったため、沖波自身も手を抜いていたところがあるのだと思う。だが、今は太陽の姫が直々に私を沈めろと言っているのだから、手を抜く必要は無い。全力の殺意を私にぶつけてきた。

 ならば私も全力で沖波を殺すしかない。死ななければ救われない。そして死ねば、元に戻れるのだから。死の恐怖を知ることになるが、巫女として生きていくよりはマシだ。それに、異端児駆逐艦は全員がそれを知っている。慰めることだっていくらでも出来る。

 

「もう死なないよ。私はアンタを救うために、元の沖波に……ううん、『沖奈』に戻ってもらうためにここに立ってるんだ」

「ソノ名デッ、呼ブナァ!」

「それに、母さんが見てくれてるんだからさ、もうカッコ悪いところは見せられないんだよね!」

 

 脱力。自然体の私となり、一気に全身から力を抜いた。菊月に指摘された脚から抜けるというのも、今この時に修正が出来ていた。腕も、脚も、身体も、全ての力を抜いたことで、私は満たされた()()()となったような錯覚を覚えた。

 

「死ネェ!」

 

 爆音とともに全砲門から放たれた。当たればひとたまりもなく、避けることも出来ないくらいの密度。だが、それは私にはもう効かない。私はその名の通り陽炎。ゆらりとゆれて、誰にも触れられない者。深海に選ばれし者としての力であり、世界に選ばれし者としての力でもあった。

 力を抜いたことで、選ばれし者の力が何たるかを理解出来た。今までの比では無い揺らぎ。そして、それはもう潜るとか躱すとかそういうレベルでは無くなっていた。それこそ、『雲』のすり抜けに近い。

 

「残念でした」

 

 その場にいると思って撃った時には、私はもう別の場所。沖波の隣。

 

 おそらく沖波は私を撃ったつもりでいた。でも、私には全く違う場所を撃ったように見えた。力を抜いた時点で殆ど無意識に、その場所まで移動していたからだ。

 艤装のアシストもこれまで以上だった。女神(母さん)の治療と同時に修復された艤装は、今の私に対応されている。もうM型とかD型とかそういう話ではないのかもしれない。私だけの艤装タイプ。だから、ここまでの無茶が平気で罷り通る。

 

「エッ……!?」

 

 沖波の知る脱力回避とは性質が変わっている。ただ無意識に速く動くだけじゃない。()()()()()()()と錯覚させる、陽炎、いや、『蜃気楼』の動き。

 

「アンタを殺す業は、しっかり私が背負う。アンタが私を殺した業を背負ってんだから。それが親友ってもんだよ」

「何勝ッタツモリデ」

「勝つんだよ。ここで、必ず」

 

 即座に砲撃。今の沖波のスペック的に、どのタイミングで撃っても全てが空を切るのだろう。必要最低限の動きで、全てを紙一重で避ける。砲撃なんて基本的には直線で単調なものだ。その方向さえわかれば、誰だって避けられる。沖波の場合は、それが極端に早いだけ。トリガーを弾いた瞬間にはもう回避が終わっていると見てもいい。しかも、それがどんな攻撃でも、どれだけの数でも。

 そう考えれば、おそらく沖波は私や『雲』よりも当てやすい相手だ。砲撃を潜るなんてこともしてこないし、ましてやすり抜けてくるようなこともない。

 

 だから、当て方だって思いついている。そしてそれは、今なら出来る気がするのだ。不思議と自信がある。

 

「私ハオ前ノコトガ手ニ取ルヨウニワカルンダ。忌々シイ記憶ダケド、一緒ニイタ時間ガ長イカラ。ダカラ、ソンナ攻撃ハ当タラナイ。ソノ前ニ殺シテヤル。我ガ神ガソウシテイイト言ッタンダカラ!」

 

 主砲があらゆる方向を向き、また私の逃げ道を潰しつつ、一斉に砲撃を放つことで私をどうにかしようとしている。先程よりも範囲が広く、より回避がしづらくなっているだろう。1発1発が致命的な火力であるため、その全てをちゃんと回避しないとどうにもならない。

 私がたった1人で立ち向かっているから、こんな雑になっているのだと思う。狙い撃つなんてしていない。そこら中に撃ちまくって、どれかに当たれば終わり。それで戦いが終わると思っているのだろうか。私の煽りで怒りが頂点にまで達しているのでは。

 

 それはそれで戦いやすくていいが。

 

「イイ加減ニ死ネッ」

「そういうわけにはいかないんだよ」

 

 その時には既に眼前。元々いた場所に私の姿を残しつつも、私の本体はもう移動した後。

 あれだけの主砲を備えていても、手が届く位置まで近付くと射程範囲外になる。内側にまで砲塔が旋回しないから。

 

「マタ……!?」

「孤児院の頃、こんな喧嘩はしたこと無かったよね。すごく新鮮だけど、残念だよ」

 

 勢いそのままに、力いっぱいビンタ。流石にグーで殴る勇気は無かった。殺す必要はあるのだけど、とりあえず1発。それだけでも相当な威力があったのだろう、大きく吹っ飛ばされて海面を転がる。

 沖波をこういう形で引っ叩くのは、出会ってから初めての事だ。孤児院の時にも一度も喧嘩をしたことがない。それだけ仲が良かったのだ。数少ない同性の同年だったし、とにかく気が合ったから。

 

「ッ……コノ……ッ」

「もう終わりにしよう」

 

 手持ちの主砲で砲撃を1発。今の沖波ならこんなもの簡単に避けてしまうだろう。だが、もう避けさせない。

 

「ソンナ砲撃如キ……ッ!?」

 

 回避しようとした瞬間、私の砲撃は突然、()()()()()()()()()()()()()。その弾は沖波の腕、分霊のために与えられた長い爪の装甲を抉り、血の花を咲かせる。

 

「ナンデ!?」

 

 沖波には私が何をしたかわからなかっただろう。撃つタイミングは今までと全く同じ。手持ちの主砲はブレ弾専用なのでどう飛ぶかもわからない。だから少し大きめに回避していたはず。それでも当たった。いや、意図して当てた。

 

「次、もう片方の腕」

 

 2発目。当然沖波は回避を選択。しかし、またもや回避した方向に砲撃は曲がり、もう片方の腕を撃ち抜く。これで両腕を封じた。今までやる機会は無かっただろうが、沖波から分霊を奪った。

 

「何ヲ、シタ!?」

「自分で考えな。その前にアンタを終わらせてやる。こちらに戻ってきたら、タネを懇切丁寧に教えたげるよ」

 

 3発目。今度は腹を狙って。勿論回避されそうになるが、回避した方法に曲がり、横っ腹を抉る。

 私が堕ちた時、やられた順に撃ち込んでいる。最初は間宮さんに両腕。次は沖波に腹。ここまで来たら沖波はもう瀕死だ。同じ攻撃を受けた私だから理解している。あれを受けたらもう動けない。

 

「ック、コノ……ッ!」

「我ガ巫女、空。退ケ」

 

 ここで堪らず太陽の姫からの指示。流石にここまで来たら見ているだけではいられなくなったようだ。沖波へ撤退の指示を出した瞬間に、あの後光のような砲撃が私に向かって飛んでくる。

 

「アンタは黙ってろ! しゃしゃり出てくんな! これはこっちの話だ!」

 

 だが、今までの私と違うのは奴もわかっているはずだ。そんなものに当たってやるわけがない。その砲撃をすり抜け、太陽の姫に砲撃を撃ち込む。

 今の私はM型異端児と同じ性質も持ち合わせているはずだ。そうだとしたら、衣笠さんの時と同じように、この砲撃は確実に避ける。もうあの水柱で止められるようなこともない。

 

「我ガ巫女……イヤ、我ノ()()()()()()、陽炎ヨ。貴様ノ覚醒ハ我ノ落チ度デアル」

 

 案の定、私の砲撃は回避していた。やはり、M型異端児の攻撃は、太陽の姫に対して何かしらの効果があると見た。

 

「そう思うなら今は帰れ。アンタに構ってる暇は無いんだ」

「ナラヌ。貴様ヲ野放シニシテオクワケニハイカヌ」

「ああそうかい。でもね、沖波は絶対に渡さない」

 

 足下から水柱が立ち昇る。また私の体勢を崩し、空中に浮かせてから集中砲火を浴びせようという魂胆か。そうはさせない。

 

「馬鹿の一つ覚えだねぇ全く!」

 

 足下に魚雷を放ち、跳びながらそれを撃ち抜いた。水柱が立ち昇る前に私自身の魚雷を爆発させることで、それそのものを発生させないようにした。主砲と同じで、魚雷も太陽の姫にとっては不都合な何かがあるのだろう。

 

「ここから出て行けぇ!」

 

 出鼻を挫きつつ、今度は魚雷を太陽の姫に放つ。今はこの場から離れてくれればいい。倒せるかどうかはさておき、今はとにかくこの場から消えてもらいたい。沖波を元に戻すこともままならなくなる。

 それに、今は鎮守府では『雲』が暴れ回っている可能性が高いのだ。そちらも救援したい。太陽の姫を撃破するより、仲間達のピンチを救うことの方が大事なのだから。

 

 さすがの太陽の姫も、私の暴れっぷりに一歩退いた。他の仲間達の攻撃は、主砲も雷撃も水柱で全て止めていたが、私のに関してはそれが出来ないためにそうなってしまうようだ。理由は後から考える。今はあんな奴を構っていられない。

 

「沖波、待たせたね。もう終わらせよう」

「私ハ……我ガ神ニ(ハベ)ラナイトイケナインダ……オ前ナンカニ……ヤラレテ……」

 

 太陽の姫を撃退しようとしている後ろから攻撃してくることもなかった。両腕が潰れ、腹を抉られたら、もう撃とうという意思すらも無くなってしまうものか。

 

「もうやめよう、沖波」

 

 両腕、腹と来たら、次はもうトドメ。その胸を貫くように砲撃。その一撃はもう回避すらされずに直撃した。貫通まではしなかったが、明らかに致命傷となった。

 沖波が血を吐きながら蹲る。私も知っている感覚、死の感覚だ。

 

「ごめんねおっきー。アンタを殺した業は、私が背負う。だから、今は寝てな」

 

 命の灯火がゆっくりと消えていく。もう指先から塵へと変化し始めていた。それでも意識を持っているのだから、巫女というのは恐ろしい。おそらく私も、今の沖波と同じような状態になっていたと思う。自分が塵になっていくところはわからなかったが。目の前が真っ暗になっていったから。

 

 そんな感覚を親友に与えることが苦痛だった。これが業を背負うということ。沖波は私よりも先にこの感情を受け入れて、落ち込む私を叱咤してくれたのだ。なら、私も背負わなくては。

 毅然とした態度で、だが、出そうになる涙を堪えて沖波を見つめる。この瞬間を太陽の姫に邪魔はさせない。

 

「死ヌッテ……コウイウ事……ナンダ……ナニモ……見エナクナル……ンダネ……」

「……そうだよ。私も知ってる。次に目が覚めた時は、たっぷり慰めてあげるからさ」

 

 

 

 虚な目で、そのまま『空』は息絶えた。

 

 さようなら『空』。おかえり『沖奈』。

 



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守護者の思考

 太陽の姫による分霊で巫女『空』と化していた沖波は、私、陽炎の手で命を奪った。これにより深海棲艦化は失われ、私達の知る沖波が戻ってきてくれた。短時間でもここまでやらされているので、心が壊れていないか心配である。もしそうなっていたとしても、私がきっと救う。元の沖波に戻ることが出来るように、私が力を尽くそう。

 艤装をも失ってしまったので、今の沖波には私の支えが必要。私が抱きかかえて一旦鎮守府に戻ることにした。今の沖波は亡骸から生まれ出たばかりの無防備すぎる状態。多少は身を守ってくれる制服などすらもない全裸だ。放置するわけにはいかないし、起きてもらうわけにもいかない。そもそも入渠が必要なくらいに消耗している。

 

「……我ノ対トナリシ者、陽炎。貴様ハ我ガ始末セネバ。野放シニハ、決シテ出来ヌ」

「アンタの相手は後からしてやる。黙ってそこで見てろ」

 

 太陽の姫としてはすぐにでも私を始末したいだろう。だが、私としては構っている余裕はない。後ろから何をしてこようと関係なしに、私は大急ぎで鎮守府へと駆け出す。鎮守府のみんなの方が大事だ。

 ただでさえ、今は何人も怪我人が運び込まれている上、戦闘出来る者の数が大分限られてしまっている。1人でも増援があった方がいいだろう。最悪な場合、『雲』が誰かを分霊してしまっている可能性すらあるわけだし。

 このまま鎮守府に向かったら、太陽の姫を接近させてしまうことになるだろう。現状戦えるメンバーが非常に少ない上に、今の私は眠る沖波を抱きかかえながらである。せめて工廠で誰かに預けてからでないと、まともに戦うことも出来やしない。

 

「我ガ巫女、空モロトモ、貴様ヲ葬ルシカアルマイ」

「んなことやらせるわけないだろ!」

 

 せっかく呪縛から解き放たれたのに、目覚めることなくもう一度死ぬだなんて私が許さない。だから、どうにか逃げるしか無かった。奴の猛攻を背にして、一目散に。どうも奴はそこまで速く追ってこれないように見えるため、私は出来る限りの最大戦速で駆ける。

 砲撃は絶えず放たれ、足下から水柱がバカスカ立ち昇るが、もう何度も見た攻撃方法なのだから流石に回避方法くらいわかる。沖波を抱えながらの脱力回避は殆ど無理であるため、ここは由良さんの戦法を使わせてもらう。

 

「アンタの思い通りになんてなって堪るかぁ!」

 

 備え付けの主砲による超精密射撃なら、奴の砲撃にこちらの砲撃を当てることだって出来る。掠らせるようにぶつけて方向を僅かにズラし、私達への致命傷を回避する。

 水柱は先に魚雷を放っておけば掻き消すことが出来る。()()()()()()()回避が出来ていないと見た。選ばれし者の攻撃というのは、それだけで太陽の姫の技を崩すことが出来るらしい。だから衣笠さんの砲撃も避けたのだろう。これもオカルトの類か。

 

 選ばれし者(M型異端児)とはつまり、世界が選出した奴の天敵なのだ。そして私は、その中でも特に強く選ばれた、奴の対となる者。だから、私の攻撃は奴の存在そのものを対消滅させるように働く。今はそれが本当に助かっている。

 

「沖奈、もうちょい待ってて。すぐに入渠出来るかはわからないけど、絶対に救うからさ!」

 

 声をかけても目を覚ますことが無い沖波。やはり死を越えた先にいる状態は入渠しなくてはどうにもならないようである。

 

 もう工廠付近で何が行われているかもわかるくらいに近付いている。『雲』による猛攻を、由良さんと衣笠さん、整備を放棄した夕張さん、そして応急処置だけされた夕立が何とか耐えている状態。幸いにも工廠の中ではなく付近で止まってくれているおかげで、外見には多少傷が出来ていても中が破壊されているようなことは無かった。

 太陽の姫の艦載機に悪戦苦闘していた速吸さんと大鷹は、今は工廠内に引っ込んで怪我人の応急処置に徹している。リミットが来てしまった間宮さんと伊良湖さんの介抱は最優先事項。沖波の件で太陽の姫が艦載機を使わなくなったため、そちらに移ったようだ。正直、その方がありがたい。

 

「アイツ、工廠に直に撃ち込んでくるよなぁ……でも、沖波をどうにかしなくっちゃ」

 

 私がやれることは、沖波を誰かに預けてすぐに『雲』との戦いに参戦すること。夕立がかなり無茶をしているというのもあって、早いところ救援が必要だと思う。

 そもそも『雲』はそれなりの時間があったというのに無傷である。3人がかりの猛攻を全て避けながら、さらには砲撃まで繰り出しているのだから手が付けられない。

 

「ごめん! 沖波引き取って!」

 

 由良さん達の戦闘を尻目に工廠に飛び込んだ私は、すぐに目についた大鷹に沖波を引き渡した。身体は無傷ではあるものの、消耗が非常に激しいこと、さらには全裸であることからいろいろと察してくれた。おそらく、先に戻ってきていた夕立から全て聞いているはず。

 

「ドックは1つ空いてますから、すぐに入れておきます!」

「よろしく!」

 

 沖波を運び込む前に怪我を負っていたのは4人。磯波、萩風、阿賀野さん、それに夕立。そして鎮守府の入渠ドックは4つ。本来なら埋まってしまっていたのだが、その内の1人である夕立が、怪我を押してでも『雲』との戦いに参加しているおかげでドックが空いている。

 夕立がわざわざドックを空けておいてくれたのだ。沖波を私が助け、元に戻してここに運んでくると信じて。

 

 そうこうしている間に、太陽の姫はもう工廠内でも目視確認出来る程の距離にいる。すぐにでも追い返さなくては、あの砲撃を工廠内で放たれてしまうだろう。私や『雲』が砲撃をばら撒くのとは訳が違う。今度こそ倒壊しかねない。

 しかし、『雲』と合流されても厄介極まりない。1人にここまで苦戦させられているのに、それを遥かに凌駕する2人目が入られたら勝ち目が一気に薄くなる。ならば、私の選択肢は1つ。

 

「援護を優先する……!」

 

 私は守護者だ。誰も死なずに戦いを終わらせることを優先したい。鎮守府を護り、仲間を護り、世界を護るために最善だと思った行動は、4人がかりでも倒せない『雲』をこの場で終わらせること。

 特に夕立が危ない。入渠ドックもこれで埋まってしまったのだから、これ以上夕立に傷を負わせるのは本当に危険信号である。応急処置とはいえ、艤装を外したら倒れるレベルの怪我なのは間違いない。

 

「っし、行くぞぉ!」

 

 もう沖波も心配は無い。これにより、身体も心も軽くなった。すぐにでもあの戦場に出向くことが出来る。

 全身から力を抜き、流れに身を委ねるように海へ跳んだ。着水と同時に蜃気楼の動きが発揮され、仲間達を潜り抜けて『雲』の眼前へ。

 

「サッキヨリ速イ……!?」

「初めて驚いた顔を見せてくれたね」

 

 そのスピードをそのままに蹴り込む。普通なら回避出来ずにその蹴りが直撃するはずなのだが、そこは『雲』、この超高速な蹴りですら擦り抜けた。しかし、ほんの少しだけだが、()()()()()()()()。私はついに『雲』を捉えた。

 何かしら法則があると思うのだが、私と同じなのか、それともまるで違うのか。確か陸でも同じ動きをしたものの、神州丸さんにはそれが効かなかったというくらいか。とにかく、『雲』自身が追いつけないくらい速ければ、掠めるくらいは出来そうである。

 

「夕立、大丈夫!?」

「まだまだ行けるっぽい。ちょっと血が出すぎちゃってるけど」

 

 それは大丈夫とは言わない。だが、退けと言っても退かないだろう。本当に限界が近かったら引きずってでも撤退させるが、見立てだけならば本当にまだ行けそう。応急処置様々である。

 だが、心配なところもあった。由良さんが少し息を荒くしている。消耗のしすぎかとは思ったが、様子がおかしい。胸を押さえているところを見ると、まさか。

 

「陽炎、由良が刺されてる! 分霊は途中で止められたけど、これヤバイんじゃないの!?」

「げっ、マジ!? 途中で止めるとかはよくわかんない!」

 

 夕張さんの少し切羽詰まった声。由良さんもD型異端児であるが故に、分霊の完了が普通より早い。刺されてすぐに全員で『雲』を引き剥がしたことで、最悪なことにはなっていないようだった。

 だが、由良さんの様子からしてあまり芳しくない。反動で消耗させられているだけかもしれないが、時間経過で分霊が完了してしまうかもしれない。ゆっくりと回る毒のようなものの可能性もあるのだ。()()()の私でも、こればっかりはどうなるかが全く見当がつかない。

 

「由良は大丈夫だから……今は撃退を優先して」

「ダメだと思ったらぶん殴ってでも止めるから」

 

 今はまだ大丈夫として戦闘は続けてくれるようだが、また刺されたらアウトになる可能性は非常に高い。それだけは避けなければ。沖波を取り返したのに、今度は由良さんが奪われたら堪ったものではない。

 

「我ガ巫女、雲ヨ。下ガレ」

「カシコマリマシタ、主様」

 

 太陽の姫の言葉と同時に、『雲』は戦闘をやめて即座に移動。これだけやっても、『雲』に明確なダメージは与えられておらず、こちらが消耗させられたのみ。最後に私が掠らせただけ。

 

「貴様ハマダ使イ道ガアル故、失ウワケニハイカヌ」

「主様ノ御慈悲ニ感謝イタシマス」

 

 太陽の姫としては、最初から使い続けている『雲』には何かしらの愛着があるのかもしれない。使い道というのが何かは知らないが、少なくともここで失ったら後々不都合なことがあるようだ。

 私の覚醒は、『雲』にとってもまずいものなのか。確かにさっき、スピードだけで擦り抜けに追いついた。分霊もされない私は、おそらく『雲』では止められない。正直、このままの流れで『雲』も救いたいくらいだ。

 

「対トナル者ノ覚醒ヲ止メラレヌ我ノ落チ度デアル」

 

 能面の表情に悔しさが滲み出ているように思えた。あの邪神としては、私が対等なモノにまで上り詰めてしまったことが余程堪えているようである。

 一強だったものの牙城を崩されるのはさぞ気に入らないだろう。正直私もいろいろと予想外なことはあったが。

 

「我ガ巫女、雲ヨ。撤退ダ」

「ア、主様、ソレデハ陽炎ガ」

「構ワヌ。ココデ始末シタイガ、()()ガアチラニアル以上、口惜シイガココデ断チ切ル」

 

 要は、このままやってもノッてる私達には苦戦しそうだから、一度撤退して態勢を整えたいと言っているのだ。確かに気の流れというか、勝ちの目は私に向いているように感じる。

 さっきもそうだが、あの邪神はここぞというところで堅実な策を選択する。手が届かないほどの力を持っていても慎重に事を進めようとするのだ。それこそ、まるで()()()()()()()()と感じるほどに。まさか、太陽の姫も元人間なのか。あり得ない話ではないが。

 

 いや、今はそんなことを考えている余裕は無い。正直なところ、これ以上戦うのは辛い。私だけがピンピンしている状態では意味がないのだ。

 何も考えずに戦うのなら、このまま流れで太陽の姫にも致命的なダメージを与えることは出来ると思う。しかし、それはこの鎮守府の存在まで脅かすことに繋がるだろう。非戦闘員も数多くいるここで、私以外の全員が被害を受ける可能性がある戦いは極力避けたい。

 

「コレホドマデニ足掻クトハ思ワナンダ。ヒトトハ、ナカナカドウシテ、ヤルデハナイカ」

 

 微かにだが、能面の奥で微笑んだようにも思えた。この戦いが面白くなってきたとでも言うのか。

 こっちは何も面白くない。仲間達は傷付き、沖波は心を抉られたのだ。私にはむしろ怒りしかない。だが、ここで怒り狂っては流れがまたあちらに行ってしまいかねないので、グッと堪える。帰ってくれるならもうそれでいい。

 

「コノ戦イ、貴様ニ預ケヨウ、陽炎」

 

 直後、水柱がいくつも立ち昇り、太陽の姫と『雲』の姿を隠し、それが晴れた時には2人の姿は無くなっていた。

 

「……終わったっぽい……?」

「今は……ね」

「……ごめん、もう無理」

 

 気が抜けたのか、夕立はそこで白眼を剥いて倒れてしまった。限界に限界を重ねて戦い続けた結果がこれだ。ドックが空いていないのが辛い。

 

 

 

 太陽の姫との初戦闘は、ここで一度終わりを迎えた。強大すぎる力の前に圧倒されたが、まだ負けたわけではない。私は覚醒し、対等かもわからないが力を得た。

 次に戦うときは必ず倒す。それがみんなを、世界を護ることに繋がるのだから。

 



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新たな力

 太陽の姫直々の襲撃は、あちら側の撤退という形で幕を閉じた。私、陽炎の覚醒によりこちらに流れが来ていたため、それを危惧して強引に流れを断ち切る方向だったようだ。あの邪神はそういうところは妙に人間臭かったのは気になるところ。

 

「夕立ちゃんを応急処置します! すぐに連れてきて!」

「了解!」

 

 戦いが終わった直後、消耗しすぎた夕立はその場で倒れてしまった。今は入渠ドックも空いていないため、その場で出来ることをするしかない。

 今鎮守府にいる中で、怪我人の治療をすることが出来るのは速吸さんだけだ。誰もが速吸さんの指示を聞く。戦いが終わったことで状況整理をするために工廠に来た司令ですら、今は速吸さんの指示に従って行動するレベルだった。

 

「この鎮守府も長くやってるが、ドックが足りなくなったのは初めてだ。あの能面、滅茶苦茶すぎやしないかい」

 

 的確に処置をしながらボヤく司令。戦えない代わりに全ての責任を持つ司令であっても、この惨状は予期せぬものだったらしい。

 ボロボロな艤装が剥がされた夕立を司令が抱きかかえると、ゆっくりと寝かせる。ドックの床のため、あまり良い環境では無いものの、緊急事態であるのでやむを得ない。

 

「すまないね。アタシゃ戦えない上にこれくらいしか出来やしない。指揮が取り柄の提督がこのザマだ」

「あんなの誰も予想出来ないよ。よくわかんない力持ってるラスボスが鎮守府に突っ込んでくるなんて」

「正直、自信無くしちまうよ」

 

 そんなことを言いながらも、賢明な処置を続けてくれる。軍服が血で汚れるのも厭わず、速吸さんと一緒に夕立の傷を確実に治療していく。最終的に夕立は、全身包帯が巻かれた状態で眠らされることに。応急処置をしている間に、整備班の人達が簡易ベッドを作ってくれたので、今はそこに寝かされた。

 ひとまず安心とも言えない状態ではあるので、速吸さんが夕立につく。ドックが空いたと同時に次の入渠が出来るように、念のため艤装まで装備して待機。

 

「他に誰か治療が必要な子はいるかい!」

 

 司令が声を上げると、おずおずと向かってくるのは由良さんだった。夕張さんに肩を借り、未だに胸を押さえながら、高熱を出しているかのように息が荒い。消耗しているのは確かなのだが、それとは別に様子がおかしい。

 やはり中途半端な分霊を施されたのがこれを引き起こしている。深海棲艦化もしていないし、思考変化も起きていないようだが、分霊の反動で極端に消耗しているようだった。

 

「由良は分霊されかけてるの。途中で私達が食い止めたからどうにかなったけど……」

「何だって!? 由良、何かおかしいことは無いかい」

「今のところは……高熱が出てるみたいな辛さがあるくらい……かな」

 

 これは入渠で治るものかもわからないが、ドックが空いたところで入渠してもらうしかない。緊急事態を考慮すると、それが終わった後は診察した後に一旦待機となるか。

 時間経過で分霊が進んでいき、最終的に深海棲艦化してしまうというのなら、待機どころか拘束が必要かもしれないが、どういう状態なのかもわからない。

 

 と、ここで閃いた。もしかしたら、今の私なら何か出来るかもしれない。役に立てるかもしれないと。

 

「そうだ、由良さん、今の私なら何かわかるかも!」

「どういうことだい」

「後から詳しく話すけど、私は太陽の姫の抑止力なんだって。対となる者って、太陽の姫も言ってた。今の私はその力に目覚めてるって」

 

 太陽の姫の対となる者だというのなら、私にも奴と同じ、もしくは近い力が備わっていてもおかしくないはずだ。それこそ、奴とは逆にD型をひっくり返してM型に変えてしまう分霊とか。

 しかし、それをやってしまったら太陽の姫と同じになってしまう。魂を凌辱し、私の思うがままになる部下、いわば()()()()()を作り上げてしまうかもしれない。そもそも出来ないかもしれないが、危惧するべきことではあるだろう。

 それでも、検査になるのなら試す価値はある。勿論、分霊はしない。触れて、現状を把握するだけ。

 

「やれることは全部やってみりゃいい。由良、それでいいかい」

「うん、大丈夫。陽炎ちゃん、お願い……出来るかな」

「任せて。まだ自分の力だって全然わからないけど、試す価値はあるよね」

 

 何も出来ない可能性だってあるが、やってみなければ始まらない。やってみて出来たら御の字。出来ないならそりゃそうだでおしまい。

 困ったことに、私は分霊のやり方は知っている。一度ならず二度までもやっているのだから、感覚的にもしっかり覚えている。今の私は太陽の姫の巫女なんかでは無いが、それと同じようにしたら由良さんの身体に何かしらが出来るはずだ。

 

 少し精神を集中して、由良さんの胸に指を押し当てる。あの時のようにグッサリと刺すようなことは出来ないため、ただ触れるだけ。

 

「えっ」

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この光景に全員が目を丸くした。私も驚いている。

 由良さん自身は痛みを感じていないようで、まさに分霊と同じ状態。このまま()()()()()()()由良さんは分霊が施されることになるだろう。そんなことをするつもりは毛頭ないが。

 

「は、入った!? 由良、痛みとかは」

「ぜ、全然無い。『雲』にやられてる時と一緒……」

 

 奴らは長い爪のような装甲を腕に纏っているため、突き刺さってもそれらしく見えるが、私の場合は生身の指がダイレクトに入ってしまっているため、違和感がとんでもない。まるで経絡秘孔である。

 グリグリと掻き回すわけにも行かず、注ぐのも躊躇われる。由良さんの中で『雲』の分霊がどうなっているかくらいは調べられないだろうか。指先に集中して調査。

 

「うー……出来ちゃったのはいいけど、よくわからない……」

 

 まだ覚醒したばかりだからか、指が突っ込めたところで中がどうなってるかとかはわからない。分霊は出来そうなのが直感的にわかってしまうのだが、それをやったら意味がないし。ちょっと注ぐとかも由良さんがどうなるかわからない以上、やりようがない。

 これに関しては試してみようが出来ないのだ。取り返しのつかないことになりかねないことなのだから、慎重に動かなくては。

 

「ゆ、由良は、陽炎ちゃんになら……分霊されてもいいよ」

「ダメ。絶対ダメ。私と由良さんは仲間なんだから、元に戻せるかもわからない上下関係が出来ちゃうようなことはしたくない」

「でも……何もしなかったら由良も深海棲艦になっちゃうかもしれないし……由良的にはそっちの方が嫌だから」

「かもしれないけど、分霊だけはダメ。それは最後の手段だよ」

 

 結局何もせずに指を抜く。もう少し使いこなせれば、こう言ったことをされた者を治療出来るかもしれないのだが。例えば、『雲』に対して私が分霊することで、太陽の姫の呪縛から解き放つことが出来たり。代わりに私の呪縛に絡め取られる可能性があるのだから目も当てられないが。

 そう考えると、分霊という行為をされた時点で、今のところ死しか解放される手段が無い。あまりにもよろしくない力だ。

 

「もう少し使いこなせるように頑張るから、由良さんも耐えてほしい。なるべく早く自分の力を知るから」

「……わかった。でも、陽炎ちゃんに頼らせてもらうからね。ねっ」

「うん、絶対由良さんを治すから」

 

 どうにかして自分の力を知らなくてはいけない。対となる者としての私は一体何が出来る。太陽の姫としては私は天敵であることは確かなのだが。

 

「陽炎ちゃん……本当に()()()()()()に変わったんだね。ほら、由良も陽炎ちゃんの匂いがわかったでしょう」

「そうだね」

「その匂いがね……前と違うの」

 

 そういえば今は制服がボロボロになってしまっているから、魂の匂いは抑えられていない。由良さんには私の匂いが毒になりかねなかったが、今は大丈夫なようだ。

 

 私に植え付けられた魂の匂いは、太陽の姫の巫女としての深海棲艦を従わせる匂いだ。だから深海棲艦の要素が強めなD型異端児にはそれが感知出来てしまい、さらには従わせるように思考を狂わせることがあった。

 由良さんが言うには、それが今は違う匂いに感じるという。対となる者として覚醒したときに、私のD型同期値はM型に反転したと思っていた。そうなれば、魂の匂いそのものが失われてもおかしくはないだろう。それがまだ感じるというのは何故だ。D型異端児でもあるのだろうか。これは調査してもらうしかない。

 

「あまり思い出したくないけど、陽炎ちゃんの匂いに狂わされた時があったよね。あの時とは違って、強制してこないというか……()()()()()に感じるんだ」

「そうなんだ……無くなってるかと思ってたけど、染み付いちゃってるのかな」

「かもしれないね。由良はこの匂い、前より好きだよ」

 

 一度狂わされたのだから、対となる者に覚醒したとしてもその辺りの体質はそのまま残ったままなのかもしれない。髪のメッシュもそのままだし。それを考えれば、匂いがそのままというのも頷けるか。

 M型の同期値がもう消せない匂いを変質させて、当たり障りのないものにしてくれているというのなら安心だ。初月インナーからは卒業の可能性が出てきた。

 

 この身体になったのは、死にかけの私を治療してくれた女神(母さん)のおかげだ。こういうところも、もしかしたら母さんが何かをしてくれたおかげかもしれない。

 

「ひとまずはこのままにしておくしかないんだね」

「うん、悔しいけど」

 

 司令も一部始終を見ていたことで、私が何かおかしなことになっていることは理解してくれた。そもそも人の指が当たり前のように胸に入っていくとか普通ではないし。

 入り口には立てたが根本解決にまで至れなかったのは悔しい。由良さんはしばらく苦しむ可能性すらあるのだから、なるべく早いうちに解決策を編み出したいところだ。

 

「アンタ達は今は休むんだ。調査部隊もまだ戻ってきていないからね。早く終われる方は終わっておいた方がいい」

「了解。みんなが起きるまで、私は休むよ。心配だし、速吸さんと一緒にいることにする」

「ああ、全員、くれぐれも無理するんじゃないよ」

 

 ここで一旦、お風呂で休息。体調万全な状態でなければ、みんなが目覚めたときに迎えることが出来ない。私は私でちゃんと回復して、次に向かおう。

 

 

 

 女神(母さん)に治療してもらったおかげか、私は少しお風呂に入った程度で回復。ボロボロの服も着替えて工廠にもう一度向かった。

 匂いの件が少し変化したため、一時的に初月インナーはやめ、本来のスタイルにした。あちらも良かったが、私としてはこちらの方がしっくり来る。

 

「速吸さんも休憩行ってきて。今は私が夕立のこと見ておくから」

「ではお言葉に甘えて。すぐに戻ってきますから」

 

 速吸さんだってあの戦闘中は航空戦に参加したり応急処置に走り回ったりと疲れているはずだ。今すぐにでも休んでもらいたい。いくら大人だといっても、体力には限界がある。

 

 速吸さんが離れたので、私は工廠の隅で眠っている夕立と2人きりに。整備班の人達は常にバタバタしており、作業音が絶えず鳴り響いているのだが、消耗しすぎた夕立はそれでも目覚める兆しが無い。このままもう目覚めないのではとまで思ってしまう程に静かだった。

 あのいつも騒がしい夕立がこんなにも静かなのはあまり無い。眠っていても抱きついてきたら匂いを嗅がれたりとやんちゃをしてくるような子なのに、今はピクリとも動かない。少し心配になって口元に手をやると、ちゃんと息をしていることは確認出来たから安心。しかし、そのままスッと息を引き取るなんてことも無いとは言えないので、細心の注意を払う。

 

「異端児駆逐艦が全滅するなんてね……酷い目に遭ったね」

 

 反応が返ってこないことを知りながらも独りごちる。ピンピンしているのは私だけだが、一度死にかけたところを治療してもらったからだ。結果的には全滅。沖波は少し違うが、入渠しているのだから同じようなもの。

 

「でも、誰も死ななくて良かったよ。アンタも目を覚ますだろうしね」

 

 死ななければ回復は出来る。今だけ耐えてくれれば、みんな元通りだ。心の問題は今は二の次にしてしまっているが、きっと大丈夫。

 

「アンタも手伝ってよね。沖波は……すごく落ち込むだろうから」

 

 

 

 

 心に深刻なダメージを受けるであろう沖波は、私達が支えて行こう。夕立の明るさは、絶対に役に立つ。だから、しっかり身体を治してから、みんなで出迎えよう。

 




対太陽の姫1回戦は、殆ど敗北に近い状態で幕を閉じました。一番の心配事は沖波。


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沖波の後遺症

 結局、夕立の入渠など全てが終わるまで、午後全てという程の時間を使うことになった。入渠が最初に終わったのは磯波で、そこからすぐに夕立を入渠させ、さらにはそこから調査部隊も帰ってきて怪我人を治療。

 調査でかなり深入りしたという潜水艦姉妹がまた怪我を負っていたが、その時には萩風と阿賀野さんの入渠が完了していたのですぐに入渠が出来た。他の怪我人も応急処置で耐えてもらい、ドックが空き次第入ってもらうという形に。そういう意味では、今の鎮守府は酷い有様である。

 

 その間に、おおよそ全員に今回の戦いの状況が知れ渡ることになった。太陽の姫が直々に襲撃してきたこと。沖波が分霊されてしまったこと。由良さんの分霊未遂による体調不良。そして私、陽炎の覚醒。

 今後のことを決めていく必要もあるが、今は全員休息が必要であることは確かだ。結果、何もかも明日に回すことにした。諜報部隊の調査結果も重要だが、今は誰もが消耗している。とりあえず今は全部後回し。司令としーちゃんは今回の件を上に報告しなくてはいけないようで、まだ休めないらしいが。

 

「沖波ちゃんの入渠が終わるの、明日になりそうだって……」

「だよね。一度死んでるわけだし、私もそうだったし」

 

 夜、いつも通り私の部屋に異端児駆逐艦が集まったのだが、沖波はいない。夕立はつい先程入渠が終わったところ。

 

 沖波の入渠はまだまだ時間がかかると聞いている。巫女にされた私の入渠も丸一日かかっているので、沖波も同じくらい時間が必要だろう。そうなると、明日の午後くらいになるか。

 太陽の姫の巫女から元に戻るのは、分霊の分霊から元に戻るのとわけが違うようである。身体に負担がかかりすぎだ。沖波も私のように髪に影響が出るなりしているかもしれない。

 

「沖波さん……大丈夫でしょうか」

「大丈夫じゃなくても、私達が支えてやんないとね。私を支えてくれたんだから、沖波だってきっと開き直ってくれるよ」

 

 萩風の心配もわかる。私もドン底の状態だったわけだし、沖波は特に優しい子だ。あの振る舞いをしてしまったという事実が、心を蝕み続けるだろう。笑顔を取り戻すまで時間はかかるかもしれない。

 後遺症が心に残ってしまう可能性もあるので、そこはもう見てから考えるとしか言えない。私のように外見だけの影響であることを祈る。

 

「で、夕立は何してるわけ」

「ゲロ様の匂いが変わってるから確かめてるっぽい。由良の言ってた通り、なんかすごく安心する匂いっぽーい」

 

 夕立は変わらず私に抱きついてクンカクンカしているが、由良さんの言っていた通り、何処か安心する匂いに変化しているとのこと。今までのようなガッツクような嗅ぎ方ではなく、味わうような嗅ぎ方とでもいうか、とにかく今までよりも優しめ。

 夕立のそれを聞いたことにより、磯波もおそるおそる近付き抱きついてくる。この子は本当に遠慮しなくなった。萩風は苦笑しているだけでそこまではしてこないものの、私もしたいという視線は感じる。

 

「なんだろこの安心感、ママみたいな感じっぽい」

「そうかも……ずっと側にいたくなる安心感かな……」

 

 私自身が母さんの力添えで復活したからかもしれない。だが、同年代から母親みたいな扱いを受けるのはちょっと。

 由良さんは私が分霊出来るかもしれないというところは隠してくれている。そうでなければ、夕立と磯波は分霊を所望してくると思うから。萩風すら自重しなくなるかもしれない。そんなことされたら私だって心が折れてしまいそうになる。

 

「姉さんはもう別物なんですね。同期値検査はしたんですか?」

「まだだね。今日はほら、すごくバタバタしてたし」

 

 そこがどうなっているかは気になるところ。今まで0だったM型同期値が跳ね上がっている可能性は高い。D型同期値がどうなっているかも気になるところ。それは明日以降に調べてもらおう。

 

 

 

 そして翌朝。入渠中の沖波の側には、空城司令がついてくれている。私の時もそうだったが、まずは司令が2人きりで話をし、その間はしーちゃんが上手く手を回して誰にも会わないようにして検査を開始する。

 今の沖波は誰とも顔を合わせたくないだろう。私もそうだった。それに、私以上に太陽の姫に心酔してしまったのは、おそらく大きすぎるトラウマとなっている。その状態で殆ど殺されたも同然な私が顔を合わせるのはまだ早いと思う。

 

「沖波さんが目を覚ましました。ですが、今は刺激が強すぎると思うので、陽炎さんの面会は控えてもらいたいです」

 

 案の定である。朝食後、みんなが集まっている場でしーちゃん直々に言われてしまった。予想よりも早かったのは、元々の同期値とかが関係するのかもしれない。私はおそらく沖波よりもM型同期値の値が高かったのだと思う。

 沖波からの被害を最も受けたのは私。悪態をつかれたのも、攻撃を受けたのも私。さらに言えば、女神の存在が無ければ私はあの場で死んでいたのだ。他ならぬ沖波の手で。これは私の時にも無かったこと。幸いにも私は、巫女にされてから、攻撃こそすれ殺すようなことはしていない。だが沖波は違う。

 そういう意味では、沖波は太陽の姫の指示である『憂いを断つ』が達成出来てしまっているのだ。より深く堕ちてしまっていてもおかしくはない。心には大きなヒビが入っているだろう。

 

 そんな私と顔を合わせるなんて、精神的なダメージが大きすぎる。今まで親友とも言える幼馴染みだったのに、あれだけのことをしてしまったことで、沖波は確実に悔やんでいる。特に沖波は中から外まで変わり果ててしまっていたので、悔いが激しい。

 私は気にしていないと言っても納得出来るものではない。それは私自身が経験しているのだから、沖波の気持ちは痛いほどわかるのだ。

 

「わかった。でも、そのうち顔を合わせなくちゃいけないんだから、その時は容赦なく行くよ」

「それで大丈夫です。とにかく今は精神状態が難しいので」

 

 あの時の全ての記憶が残っているせいでかなり錯乱しているようで、自傷行為にまで走りそうになったらしい。それは流石に空城司令が食い止めたようだが、そんな精神状態で私の顔なんで見てしまったら、それこそその場で壊れてしまいかねない。

 今だけは距離を置く。少しだけでも落ち着いたところで顔を合わせる方がいい。それが沖波のためになるのなら、私はいくらでも待とう。出来ることなら、沖波から私に会いに来てくれるのがベスト。

 

「少しの間は自分の部屋で療養してもらおうと思います。なので」

「沖波の部屋には近付かない。声も聞こえないようにする。私だって沖波が傷つくところ見たくないし」

「ご協力感謝します。あと、D型異端児の方に協力してもらいたいことがありまして」

 

 沖波相手に一番当たり障りのない相手となると、磯波が適任か。磯波自身が分霊から解き放たれた時、沖波が側にいてくれたのもあるし。

 

「沖波さんの魂の匂いを確認してもらいたいんです。太陽の姫の巫女にされたということは、陽炎さんのように魂の匂いが出来上がってしまっているのではないかと思いますので」

「あ、では、私がお手伝いします」

 

 やはり磯波が前に出る。愚痴を聞いてもらった恩を返したいというのが本音の様子。少し力強く、自分の意思を出してきていた。

 磯波は磯波で沖波には大きな信頼を置いている。性格的にも相性がいいようだし。

 

「では、現在検査中なので、磯波さんは医務室に来ていただけますか」

「はい、大丈夫です」

「陽炎さんは、沖波さんの検査が終わった後に検査をお願いします。こちらから連絡しますので」

「ん、了解。私も自分の身体のことが知っておきたいからね」

 

 今日の予定は私も検査でいっぱい。世界に選ばれし者というのがどんな体質に変化してしまったのかは、私自身はともかく、今後の作戦にも影響する可能性があるもの。そこに分霊の件なども入ってくるため、早急に知っておきたい。

 

 このこともあってか、諜報部隊の調査結果はもう少し後に開示されることになる。おそらく午後。司令が先んじて話を聞いておくくらいはしていそうだが、まだまだゴタゴタしている現状、落ち着いて話すには時間が必要そうである。

 

 

 

 夕立と萩風を側に置いて自室で待機して検査の時間を待つこと小一時間、部屋の外から少しバタバタと聞こえてくる。私と沖波の部屋は比較的近い方なので、おそらく検査を終えた沖波が部屋に帰ってきたのだろうということがわかった。磯波としーちゃん辺りが部屋に運んでくれていると思う。

 本当なら部屋から出て対面したかった。何も気にするなと慰めたかった。安心させるために抱きしめたかった。だが、今の精神状態では沖波が激しく拒むだろう。錯乱して自傷行為にまで及んでしまったのだ。なら、沖波をこれ以上苦しめるわけにはいかない。

 

「姉さん、私が確認してきます」

「ん、お願い」

 

 萩風が部屋から出て行くと、すぐに沖波の部屋に入っていった音。沖波自身の声は聞こえてこなかったが、あまり穏やかでは無さそうな雰囲気。夕立も気になって立ち上がりそうになったが、さすがに引き止めておいた。この子が行くと、余計におかしなことになりかねない。今は高いテンションよりも、ゆっくり話せる相手だ。

 

 少ししてから萩風が戻ってくる。だが、沖波の現状を知ったことで、あまりいい顔はしていなかった。小さく溜息を吐いた後、意を決したように話し始めてくれる。

 

「……しーちゃんさんに聞いてきました。沖波さん、M型の同期値が0になっていたそうです」

「そっかぁ……代わりにD型同期値が測定不能になってるってことだよね」

「はい……太陽の姫に分霊されたことで、全てが引っくり返されています」

 

 深海棲艦化した者のD型同期値は全員が全員測定不能な値になってしまっている。それは元々がM型異端児である沖波も例外では無かった。私がそうだったのだから、沖波がそうなっていてもおかしくない。太陽の姫の分霊はそれだけ強力なものであり、在り方そのものに作用してしまう程。

 ということは、今まで使っていた艤装ももう使えないかもしれないわけだ。分霊されたことで海底に沈んでしまっているため、今日明日くらいでサルベージされるとは思うものの、それ自体を装備することが出来ない可能性が高い。あれはM型艤装なわけだし。

 

「外見への影響も出ていました。姉さんと同じように白髪が交じっていた感じです」

「これはアレかな、太陽の姫の力が強すぎて後遺症がここまで出ちゃってるってことでいいのかな」

 

 元々艤装からの影響で少しおかしな色合いになっていた沖波の髪だが、さらに後遺症による影響が出てしまったことで、私と同じようにメッシュが入ってしまったようだ。

 

「それと……匂いなんですが」

「うん、どうだった」

「姉さんよりは控えめですが、やはりありました。D型異端児を狂わせる匂いだと思います」

 

 太陽の姫の巫女として手に入れてしまった魂の匂いは、沖波にも植え付けられてしまっている。今近くにいる磯波はヤラれている可能性が高い。夕立も嗅ぎたそうにウズウズしていたので、立ち上がらないように押さえておく。

 相変わらず私より控えめという発言。これはもしや、素のM型同期値の値に比例しているのだろうか。そうなると、私の元々の同期値はいくつだったのだろう。

 

「じゃあさ……精神的な方は?」

「……相当参っているようです。ずっと震えていましたし、私達とは目も合わせられませんでした。磯波さんの時もそうでしたし、私もそうでしたが……深海棲艦となっている時の性格が今とあまりにも違うと、ショックが大きくて……」

 

 太陽の姫の巫女『空』は、沖波とは正反対な暴力的な性格をしていた。口調も荒々しく、人を見下すような視線を何度もしてくるような敵。沖波ならまずやらない表情ばかりだった。

 だからこそ、今は同じ目に遭った磯波が傍にいるのだろう。そういう面で慰められるのは、磯波くらいだと思う。私や夕立では触れられない傷だ。

 

「姉さんの話題は出すだけでも顔色が悪くなります……仲間を殺してしまっているという事実がどうしても……」

「ゲロ様生きてるっぽい」

「女神のおかげだからね……そうじゃなかったら死んでたよ」

 

 やはり私への行為が特に心に残ってしまっているようだ。名前が出てもダメなら、姿なんて今は絶対見せられない。

 

「今はそっとしておきたいんですが、独りにすると何をするかもわかりませんので、磯波さんが常に側にいることになりました。私も定期的に話を聞いていこうと思います」

「夕立もたまに見に行くっぽい」

「うん、よろしく。面会出来るようになったら教えて」

 

 メンタルケアは2人に任せることにした。しばらくは夜も沖波について一緒に眠るとのこと。その方がいい。私も完全に開き直れたわけではないが、覚醒のおかげで随分と精神的にも安定した。

 私に気をかけていた分、今は沖波にかけてほしい。沖波が安定するまでは、付きっきりでもいいと思う。そして、安定してきたら、改めて私が顔を合わせたい。それが今の沖波のためだ。

 

 

 

 沖波の後遺症は私達以上に酷いものになっている。これを支えていけるのは私達だけだ。

 




陽炎だけが面会出来ないという悲しい事態ですが、異端児駆逐艦の絆はそう簡単には切れないはず。


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陰と陽の姫

 深海棲艦化から解き放たれた沖波だが、その後遺症として大きすぎるほどの罪悪感を抱えてしまった。今でこそ女神の力で蘇っているが、私、陽炎を殺しているという事実が、心を蝕み続けている。その上、同期値を引っくり返されてしまったため、今までの艤装は使えない。

 そのため、しばらくの間は自室に引きこもり、心の療養に入ることになった。自傷行為にも走ってしまったため、独りにすると危ないかもしれないと判断され、常に磯波が側につく。また、萩風や夕立も定期的に顔を合わせていく方針。

 しかし、私だけは名前が上がるだけでも顔色を悪くしてしまうほどにトラウマになってしまうため、もう少し落ち着いてから顔を合わせることにした。出来ることなら早く会いたいが、壊れてしまう可能性があるのなら仕方ない。

 

 沖波の検査が終わって少ししたところで、次は私の検査ということでしーちゃんからお呼び出しが入る。一緒にいた萩風と夕立は、沖波についてもらうことにした。夕立はあまりやんちゃしないようにと注意はしておく。

 

「女神の力で蘇ったと聞いていますので、検査は少し多めにさせてください」

「ん、了解。上から下までお願い」

 

 M型からD型に変化してしまった沖波も相当念入りに検査したらしいが、私はその逆、D型からM型に変化してしまっている可能性があるため、同じくらいに検査が必要だろう。私だって細かく知りたいし。痛いことじゃ無ければ好きにしてくれて構わないという程だ。

 というか、艤装の型を変えなくてはいけないという状況自体が前例の無いこと。検査自体が細かくなるのは当然のことである。私以上に他の者が気になることでもあるだろう。

 

「由良さんの検査ってしたの?」

「はい、沖波さんが目を覚ます前にやっていますよ。D型同期値の値がかなり上がってしまっていました」

 

 分霊未遂とはいえ、そういうところに影響が出てしまっているのはまずいため、今日から毎日何回か同期値を計測し、その傾向を確認していくらしい。日に日に値が上がっていくのなら、最終的に分霊が完了してしまうかのように蝕まれていると考えられる。

 もしそうなら、どうにかしてそれを治療する手段を考えなければならない。私なら何かしら出来るかもしれないが、それこそ慎重にならなくては由良さんが壊れかねない。

 

「何かあったら力貸すよ」

「よろしくお願いしますね」

 

 縁が深かろうが浅かろうが、この鎮守府にいる艦娘はみんな仲間なのだ。誰かが倒れたら誰かが救う。その精神で私も進んでいる。

 

 

 

 検査は言われた通り念入りに行われた。出来ることは全てやり、いろいろな機材を接続されては数値を端から端まで見られる。ついでにということで殆ど人間ドックに近いことまでやらされた。

 

 女神の力により蘇るという現象は、ここ数年間運営されている空城鎮守府でも初めての事態。命の心配になるような状況にまで持っていかないような作戦を立てているし、そもそも女神という存在自体がレア中のレア。国内にある全鎮守府でカウントしても、女神による蘇生という例は片手で数えられるくらいしかないのだそうだ。

 女神の存在はそれそのものが都市伝説みたいなものであり、それがいるからという理由で命を投げ捨てるようなやり方は固く禁じられている。私は豪運を掴み取ったに過ぎない。いや、運ではないか。私を見守っていてくれた母さんが、私のために力を使ってくれたのだから、あれは必然。

 

「身体検査の項目は、基本的には変わっていないですね。そのまま治療されたと言ってもいいと思います」

 

 速吸さんが数値を見ながら説明してくれる。艦娘として死んだ場合は戻ってこれないのだが、今回は例外だった。その分、何かしらの代償みたいなものがあってもおかしくはないと思ったものの、そういうことも無い。完全な死者蘇生である。

 強いて言うなら、女神が消えてしまったことが代償。私の命は、母さんによって救われたのだ。もう二度とこんなことは無い。でも、私の中に母さんが入っているような感覚もする。

 

「同期値ですが……はい、予想通りですね。D型同期値は測定が可能になっています。0です。代わりにM型同期値が測定出来ませんでしたが」

 

 今までとは完全に正反対。まさかM型同期値まで測定が出来なくなっているとは思わなかった。

 

「太陽の姫の対となる者として、M型異端児の()となったと考えればいいかもしれませんね。太陽の姫を『陰の姫』とするなら、陽炎ちゃんは『陽の姫』とでも言いますか」

 

 分霊まで出来てしまいそうだった辺り、陰と陽の関係としても割と間違っていないかもしれない。対となる者というのは性質からして映し鏡のようになっているのだと思う。

 

「暴君だったり姫だったり忙しいなぁ私」

「姫の方がまだ聞こえはいいだろう」

「いやいや、どっちもどっちだと思うよ? 祭り上げられるみたいで緊張感すっごい」

 

 空城司令にすらケラケラ笑われてしまった。事は重大だが、あまり重く考えないようにするという配慮が見て取れる。

 以前までの私とは違うが、ここでの生活そのものは今までのままだ。だから、接し方も今までと同じ。むしろ、何かをキッカケにした爆弾の爆発を考えなくて良くなった分、前よりも軽く付き合える。

 

「失われてますが、もう自爆装置は要らないと思います。ここから深海棲艦化は無いでしょうし」

「ああ、それはアタシも思っていた。ありゃただの精神安定剤だからね。使わなきゃ使わない方が良かったんだ。無くなっちまったのなら、それでいいさね」

 

 戦闘中に沖波に千切り取られたチョーカー(自爆装置)も、今の私には不要な物となった。失われたからといって、もう1つ作ってもらう必要は無い。もうあの恐怖に苛まれることは無くなった。

 太陽の姫に直に刺されても変化しなかったというのも大きい。M型をD型に変える分霊が効かないということは、私にはもう分霊という行為が一切効かないということに繋がるわけだし、何かの弾みで深海棲艦化する心配も一切無くなったわけだし。

 

「とはいえ、沖波が要求してきそうではあるがね」

「……だよね。うん、今の沖波の気持ち、痛いくらいにわかる」

 

 以前に私が通った道を、沖波も後ろから歩いてきてしまっているのだ。状況から心境まで、全てが殆ど同じ形で。だから、沖波の苦しみは私だって理解している。

 万が一またあの姿になってしまったらという心配は嫌でも頭をよぎる。またああなってしまった時は、すぐに死にたいと考えるのが順当だった。結果、精神を安定させる意味も込めて自爆装置を身につけていたい。私が前例を作ってしまっているのだから、要求するのも必然と言える。

 

 沖波がそれを選択した場合、私は止められない。私がそうしたのだから、止める資格が無い。むしろ、沖波の意思を汲み取ってしまう。その方がいいとさえ言ってしまいそう。

 

「要望されたら渡すことにする。沖波に判断してもらうべきだ」

「うん、その方がいいよ。欲しいって言ったら渡してあげてほしい。その方が落ち着けるのは私が実証済みだから」

「嫌な実証だ」

 

 事実、私がアレのおかげで落ち着けたのだから、そうとしか言えないだろう。

 

「ということで、陽炎ちゃんの検査はこれで終わりです。結果として、同期値が完全に逆転したこと以外は、全て前のままということになります」

「そいつは重畳。あとは艤装だね。D型艤装が何故動かせていたか、だ。整備班に調査してもらってるから、行こうかね」

 

 私の艤装は元々D型艤装。工場長がサルベージしてくれたという海洋資源みたいなものだった。それが大きく破壊された後、女神の力で修復されたわけだが、私の体質が正反対に切り替わった後も当たり前のように動いてくれていた。むしろ、前よりも動きがいい。

 あの時は私だけの艤装タイプなんて考えたものだが、詳細は知っておきたい。もしかしたら、勝手が違いすぎて整備が出来ないなんてことがあるかもしれないのだから。

 

 

 

 検査が終わったため、今度は私の艤装を調査中という工廠へ。いつもながら作業音が絶えない場所である。

 今は海底に沈んでしまった沖波の艤装のサルベージ作業に、作業員の半数以上が割り当てられていた。海底にはヒトミとイヨもいるらしく、明確な位置を確認した後に引き揚げるようだ。みんなで協力して回収しようと頑張っているので、作業も早い。

 

「おう、来たか。陽炎の艤装、調査しておいたぜ」

 

 その作業から少し離れたところで、整備長が私の艤装を磨き上げていた。調査の後、出来る限りの整備をして、今は仕上げというところか。少なくとも整備長がバラせたようなので、前々から仕様そのものは変化無しのようである。

 

「どうだった」

「驚いちまった。コイツはなんつーか、M型でもD型でも無ぇや。整備の仕方がおおよそ同じだからいいけどよ、中身がガラリと変わっちまってた」

 

 私の考えた通りだった。もうDとかMとかの型という括りに縛られていない、私だけの独自の艤装。言ってしまえば()()()()となるか。太陽の姫と対を成す、原理不明のオカルト艤装。

 整備の仕方も、外して磨いて同じように接続するというだけに留まっている。余計なことをしたら元に戻せなくなるかもしれないと危惧したそうだ。D型艤装を整備するときもそんな感じになる事は多いみたいだが、私の艤装は特に顕著。

 

「俺もここじゃあ最古参だが、こんな艤装は見たことねぇな。これが噂の『女神の再構成』ってヤツかい」

「ああ、陽炎はそこからさらに選ばれし者ってヤツだそうだ。この変化はここから先、一生見られないよ」

「そいつぁ嬉しいねぇ。技術者冥利に尽きるってもんだ」

 

 余程珍しいのか、私の艤装の整備をしているとき、整備班全員が作業を止めてでも中身を見に来たレベルらしい。後にも先にも見ることは無いと言えるくらいレア。

 しかし、私の攻撃が太陽の姫に効果的である理由は、艤装からは判断が出来なかったらしい。やはりそこはオカルト要素が入ってきているようである。映画とかでたまにある、祈りのこもった弾丸が効くみたいな、そんな感じか。

 

「これ以上の改造はちょいと難しいな。変に触るとおかしくなっちまいそうだし」

「それだけ完成された艤装なんだろう。下手に触るより、このままでいた方が強いってヤツだ。陽炎、アンタはそれでいいかい」

「うん、この前これで戦った時、今までにないくらい使いやすかったから、このままでいいよ」

 

 女神の再構成のおかげで、私にとって最高最善の艤装として修復されているのだろう。ここに追加するものはないし、余分なものもない。今この状態こそが、完成されたものなのだ。

 そういうところは深海棲艦みたいだなと感じてしまった。一度なったから何となく理解しているが、深海棲艦の艤装は生まれた段階で最高最善。

 

「戦いの中で壊れちまったら、うまいこと修復する。そのためにも内部の図面を起こしてるんだが、構わないよな?」

「ああ、それは陽炎のためにも必要だろうからね。だからといって無茶されても困るが」

「しないよ。命の大切さは多分私が一番わかってるから」

 

 私はここ最近で二度も死んでいるのだ。三度目なんて絶対味わいたくない。あんなに痛くて辛くて怖い体験はもうゴメンだ。

 

「こいつはいい艤装だ。なんつーかな、()()()()()()()がこもってるような、そんな力を感じちまう。陽炎のための、陽炎にしか扱えない艤装だ。大事にしてくれよな」

「……実際そうなんだと思うよ。女神の再構成だからね。世界の想いを背負ってるって思って、これからも戦っていくよ」

 

 なんとも重たい艤装である。選ばれし者として世界の想いを背負い、対となる者、太陽の姫を必ず撃破するのだ。それに、この艤装には母さんの想いだって入っている。母さんに修復してもらったのだから。

 それなら戦っていけるだろう。いくら重たい艤装でも、今の私なら背負っていける。大丈夫、私はもう折れない。

 

 

 

 これからの私は陽の太陽の姫として、戦場を駆けることになるだろう。この世界を守るため、せめて手が届く範囲を守り切るため、私は戦っていこう。

 




対となるのなら、陽炎だって太陽の姫。そろそろあちらにも明確な名前を与えなくてはいけませんね。


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重い心の病

 昼食の時間。現在、間宮さんと伊良湖さんがリミッター解除の代償として倒れているため、私、陽炎が台所に立っている。当然1人でここの人数を捌くことは出来ないため、他にも陸奥さんと天城さんが同じように料理に勤しんでいた。

 大人のお姉さん方に囲まれて料理をすることなんてあまり無いのでちょっと緊張する。2人ともやたらと上手だし。私も孤児院でお手伝いをしていたので多少は自信があったりするが、この2人には流石に敵わない。

 

「あ……陽炎様、沖波ちゃんの分をお願いしていいかな」

「はいよー。体調とかどう? お粥とかの方がいい?」

「そう……だね。顔色が悪いし、食欲もあまり無いみたいだけど、食べておかないと余計ダメになっちゃうし」

 

 磯波が食堂に来て第一声がそれ。やはり沖波はここに出向くことは出来ない。憔悴しておりベッドの上から出てくることも出来ず、ずっと震えている程になっているらしい。側で見続けている磯波も心配そうだった。

 もしかしたら私が作ったものと聞いたら食べられなくなるかもしれないため、その辺りは内密にしてもらおう。食べられなかったら衰弱していく一方だし、もし拒んでも無理矢理食べさせるくらいしてもらわなくては。

 

「栄養があって消化のいいものにしておくよ。そういうのは得意だから」

「うん……よろしくね」

 

 沖波に引っ張られて、磯波も少しテンションが低い。側にいてもあまり会話が無いようで、正直何もしないことを見守っているに過ぎない。磯波側から話しかけると少しだけ会話になるようだが、すぐに終わる。たまに自分からポツリと言葉を溢せば、自責の念ばかりだという。

 

 私を叱ってくれた沖波は何処かに行ってしまっていた。私のことを無罪だと断じ、誰も責めていないと叱咤してくれたというのに、いざ自分のことになってしまったらここまで落ち込んでしまう。

 全て自分がやらかしてしまったと思ってしまうのは、私も実際に感じているので気持ちはわかる。どれだけそれまで強がっていても、あの経験だけは心が壊れてしまう程に強烈。私と同じで、沖波の心には大きなヒビが入ってしまっていると思う。

 

「磯波はどうする? ここで食べてくか、持ってくか」

「そうだね……持っていくよ。一緒に食べた方がいいと思うし。それで少しずつでも心を開いてくれると嬉しいかな」

「オッケー。1人で2人分持っていくのは難しいと思うから、誰かに手伝いを……」

 

 食堂内を見回すが、基本的には食事中。手が空いている者なんているわけがない。強いて言うなら、

 

「長門さん、ちょっとお願い聞いてもらっていいかな」

 

 長門さんが空いた席を片付けている程度である。その場所が終われば、少しだけ手が空きそう。なら、お願いしてみてもいいのではなかろうか。

 あの頃から時間も少し経ち、他人と話すことも増えてきた。今なら出前的なことも出来ると思う。自分から積極的に関係を持つことは出来なくとも、義務的なことなら対人関係もまだマシ。

 

「話の内容は聞こえていた。沖波に昼食を運べばいいのか」

「うん、大丈夫かな」

「ああ、それくらいなら私も手伝おう」

 

 これについては快く応じてくれた。長門さんも時間経過で随分と丸くなっている。

 それを喜んでいるのは、私の隣で調理中の陸奥さんである。この食堂の真ん中で大喧嘩したのが懐かしくさえ思えた。

 

「あの姉さんがここまで成長してくれて、妹として嬉しいわ」

「……買いかぶらないでくれ。食堂の仕事としてならやれるというだけだ」

 

 少し恥ずかしそうな顔をしたのが、その仕草はさらに陸奥さんを喜ばせていた。長門さんも日々精進している。

 

 

 

 全員の昼食を片付け、残された私達が遅めの昼食。その時には沖波の食器も返却されていた。

 少し量は少なめにしておいたが、磯波や萩風の手助けで完食だけは出来ていたようで、空の食器が届けられた時には少し安心した。本当に食事も喉を通らないというくらいにまで憔悴していたとしたら、私も全部投げ出して対面したくなるくらいに心配になる。そんな状態で対面したらトドメを刺しかねないが。

 

「姉さん、あの子の様子見たのよね。どうだった?」

 

 陸奥さんが長門さんに話を振る。私の一番知りたい情報なのも察して、且つ、長門さんと自然に話が出来るような話題作り。

 妹として、1日に数回は話をしているようだ。確実に陸奥さんから話しかけるようだが、長門さんもここ最近は嫌がらずに対話に応じるようになってきている。心を開いている証拠だ。

 

「……そうだな……随分とやつれていた。体調を悪くしているのだろうが、それ以上にな」

 

 まだ入渠から目を覚まして半日しか経っていないのだが、それでそう感じるということは相当である。検査を受けていたときはどうだったかはわからないが、磯波も顔色が悪いと言っていたくらいだし、重い病にかかってしまったような状態なのだろう。

 事実、重い心の病だ。自傷行為に走るほどにストレスを常に感じ続けているのだから、やつれるのも無理はない。

 

「私も沖波の悩みはわかる方だ。あれは仕方ないと思う」

「あら、姉さんは体調不良まではしなかったでしょ」

「たまたま頑丈なだけだ。私だって今でも気にしている」

 

 小さく溜息をついた。まるで嫌なことを思い出したかのように少しだけ俯いたが、軽く咳払いをしてから気を取り直す。

 長門さんは愛する者、添い遂げるはずだった彼を自分の手で殺させられている。沖波で言えば、私を殺したという事実と同じ。深海棲艦でいた時間はあまりにも違うが、共感出来るところはいくつもある。

 

「ずっと手に残っている感覚なんだ。人を殺すという感覚はな」

「……すごくわかる。私も父さんを手にかけてるから……」

 

 私もあの時の感覚を完全に思い出してしまっている。主砲を使って、生身の人間である父さんを撃った感覚は、もう忘れられない。記憶が戻ったことで一番辛いのはそこだった。

 その感覚がふとした弾みで蘇ってくることだってある。あの時、私はとんでもないことをさせられたのだと。私は5歳という幼児だった頃だからまだマシかもしれない。長門さんは成人してからやらされたことだ。責任感がしっかり出来上がった状態で、倫理観もへったくれもない行為をやらされたのだから、トラウマになっていて当然なのだ。

 

「沖波もその感覚が残っているんだろう。一応話は私も聞いている。陽炎は()()()()()()()()()()()()沖波に殺されていると」

「……だね。女神の加護が無かったら死んでた」

「嫌でもな、その感覚は反芻してしまうんだ。目を瞑ればその時の光景が目の前に現れる。眠れば悪夢として見る羽目になる。あのお方に見初められた時点で、それはもう逃れられない呪縛だ」

 

 ここ最近、私は悪夢を見る機会が少なくなってくれている。海防艦の部屋で眠ってみたり、みんなが周りにいてくれたりで、なんだかんだ充実しているのだろう。しかし、長門さんは今でも苛まれている。萩風も悪夢を見ていることはよくある。

 沖波は、起きたまま悪夢を見続けているようなもの。下手をしたら、あの時の自分が幻覚のように見えているのかもしれない。殆どの者は知らない、深海棲艦化したことで暴力的になった沖波を。

 

「すまない、食事時の話では無かったな」

「ううん、私が振ったんだもの。辛いこと思い出させてごめんなさいね」

「いや……あの時のことが自分から口に出せるようになったのは、私としても前に進めている証拠なんだと実感出来る。辛いが、まだ耐えられる範囲だ」

 

 当時自分が何をしたかなんて、例え相手が仲間でも話したくない。司令相手でも、親友(沖波)相手でも、父さんを殺した時のことは絶対に口に出来ない。

 それがこうやって話せるというのは、それだけでも凄いことだと思う。自分からトラウマを抉っているようなものなのだから。

 

「沖波ちゃんの様子は私も見に行ってみます」

 

 ここで天城さんも口を開いた。今までの話をジッと聞いていたが、やはり思うところはあるようである。元保育士としての血が騒いでいるような、そんな感じ。

 

「私も異端児の端くれですから、何か力になれるのではないかと」

「天城さん、沖波と仲良かったよね」

「はい。資料室でよく一緒に読書をしていましたから」

 

 この鎮守府の中では、沖波と接することも多いであろう天城さんなら、今の私よりは関係を持ちやすいか。その柔らかい雰囲気のおかげで話もしやすい。そして包容力は屈指の力。私もいいこいいこと撫でられたことがあるが、あれは短時間で物凄く落ち着ける魔法の力だ。

 

「一度お話をしてみましょう。相談でも、愚痴でも、世間話でも構いませんから」

「そうね。あの子も溜め込むタイプだし、今はそれが強くなっちゃってるんでしょ。天城ならその辺りは解きほぐせる気がするわ」

 

 私達のような同世代には話せないことでも、大人相手なら話せることもあるだろう。沖波の中にある感情がどんなものかは私にもわからない。少なくとも負の感情であることは確かだが。

 天城さんはそういうことを話しやすい相手でもある。親身になって聞いてくれるし、絶対に否定してこない。

 

「何か本を持っていってあげましょう。お休みの間にやるようなことを今やれば、少しは心も落ち着くでしょうし」

「だね。沖波ってば結構乱読家だし、読んでいれば落ち着けるっていうのはあるかも」

 

 いろいろな手段で沖波には癒されてもらいたい。本人が嫌がることをするつもりはないが、まずは心を落ち着けて、まともに話が出来るようになってほしい。

 

 

 

 昼食も終わり、一旦自室に戻る前、沖波の部屋の前を通る。通路的にこれは仕方なく、なるべく物音を立てずに通過した。と、その時突然扉が開いたので声を上げそうになってしまう。

 中から出てきたのは夕立。部屋から出た瞬間に私が目の前にいたので驚きから叫びそうになったものの、口を手で押さえて強引に言葉を封じていた。

 

「あ、危なかったっぽい……オキ、今やっと寝たの」

「そっか……精神的に疲れてるもんね。寝られる時に寝た方がいいよ」

 

 部屋の中にはまだ磯波と萩風がいる。そしてベッドには疲れ果てて眠っているような沖波。起きていたら危なかった。目を合わせていたらどうなっていたか。

 部屋の中に入ってまで様子を見るようなことはしないが、遠目で見ても長門さんが言っていた通りやつれているのが見て取れた。悩みに悩んで疲弊しているのだから仕方ない。

 

 部屋の中に小さく手を振って、夕立と共に沖波の部屋から離れた後、私の部屋に入った。静かにしなくてはいけないという息苦しさから解放されたか、大きく息を吐いた夕立は間髪入れずに私に抱きついてくる。

 

「ちょっと、夕立」

「癒してほしいっぽい」

 

 そして思い切りクンカクンカ。鼻息が大きく聞こえる程に力強く、私の匂いを嗅いできた。

 今の私は食堂の手伝いのためもあり初月インナーを着込んでいないため、匂いはモロに出ている状態だ。こうされれば100%の純度の魂の匂いを嗅ぐことになるはず。

 

「ああ〜、落ち着くっぽい〜。オキの匂いと比べると、やっぱりゲロ様の匂いの方が()()()っぽい」

「優しい?」

 

 今までとは少し違う表現。落ち着くとは何度も言われたが、優しい匂いと言われるのは初めてのこと。

 

「2人いるから比べられるようになったの。オキの匂いは、なんていうか、夕立達を()()()()()()()()匂いっぽい。前のゲロ様もそんな感じの匂いだったけど、今のゲロ様は違うよ。一緒にいてくれる匂いっていうか、やっぱり表現するならママっぽい」

 

 話しながらも、戯れてくる犬のように顔を押し付けてくる。それほど安心出来るのだろうし、沖波に植え付けられた魂の匂いにやられた後だから尚更()()のかもしれない。

 

「私の初月インナー、沖波に渡した方がいいかな」

「うん、その方がいいと思う。ゲロ様の匂いがダメなら、オキの匂いはもっとダメっぽい。前のゲロ様よりは緩いけど」

 

 そういうところまで、本当に立場が入れ替わってしまった。沖波が落ち着いたら、初月インナーのことは打診した方がいいかもしれない。

 

 

 

 まだまだ予断を許さない沖波の状態。今は何も出来ないことが悔しいが、最善を尽くすなら今は関わりを持たないことが一番。心配だけは常にして、沖波が少しでも前を向けるようになったら積極的に行きたいところである。

 




陽炎は初月インナー卒業の頃合い。またスパッツが戻ってきそう。


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魂への接触

 午後、本日2回目の由良さんの検査に付き合うことになった私、陽炎。もしも何かあった時、私の力が役に立つ可能性があるため、太陽の姫に絡んだ内容は私が同伴するべきと判断されたからだ。出来るかどうかはさておき、分霊のような力によって緊急事態を回避出来るかもしれないとなれば、手伝うのは当然のこと。

 今回はそこに諜報部隊も参加する。今までにない症例ということで、詳細なデータを取る必要があるとのこと。ここで得た情報が上に報告されると考えてもいいので、正直あまり悪いことにはならないでほしいと願っている。

 あまり人がいるのも検査の邪魔になりかねないので、便乗するのは記録係の秋雲と青葉さんのみ。自分が検査されている様子を録画されるということで、由良さんはとても複雑な表情をしていた。

 

「その、お手柔らかに……」

「おかしなことはしないのでご心配なく! 広報活動とかではなく、あくまでも今後のための資料ですので!」

「ホントは文面だけの資料だけでいいと思うんだけど、今回の件ってば初めてのことだしオカルト要素多めだしで、諜報部隊も困っちゃってるんだよね。だから、残せるものは全部残しときたいのさー」

 

 2人が言うこともわからなくは無いのだが、検査風景の映像はいるのかは少し疑問。こちらが虚偽の報告をするわけでもないのだが、証拠映像的なものはやはり必要なのだろうか。同期値上昇という異常事態であるのはわかるが。

 由良さん自体、昨日まであった体調不良は若干鳴りを潜めてはいるが、本調子でもない。確実に体内に滞留している分霊の残滓か何かが影響を与え続けている。

 

「うちの鎮守府のことだ。編集してから上に出す映像はアタシが逐一チェックする。いいね」

「了解です! むしろこちらからお願いしようと思っていました。空城司令でしたら上にも話を付けやすい方ですし、お墨付きが貰えることが一番の信用ですから」

 

 大将という地位もあるだろうが、うちの司令はその存在自体が結構強い位置にいるようだ。その下で戦う私達としてもありがたい限りではある。

 

「それでは始めますね。そこまで大掛かりなことではないのですぐ終わりますが」

 

 ここからは速吸さんが先導。医療機器が絡んだ場合はもう速吸さん無しでは進むことが出来ない。

 テキパキと事を進めていき、さっくりと同期値を検査。何をどうしたら計測出来るかはわからないが、苦痛も何も無く、ただただ機材を接続されて数値を見るのみ。大掛かりでも無ければ、時間もかからない。

 

「数値出ました。が……これはまた……」

 

 大分渋い顔をする速吸さん。数値を見せられたことで、空城司令も渋い顔をする。つまり、前回計測の時からまた同期値が上がったということだ。

 

「あの、焦らされると由良も困っちゃう」

「察してるとは思いますが、朝から値が上がっています。それも、急上昇です」

 

 由良さんはD型異端児と言っても同期値800くらい。私のマイナス値のような意味不明な値でも、夕立の8000のような異常過ぎる値でもない。800くらいと普通で考えれば異常だが、私達の中では中間くらいである。ギリギリ異端児というわけでもなく、酷過ぎるというわけでもない。

 その由良さんの同期値がいくつかというと、なんと現状5000強。朝の計測の段階で既に3000近くを叩き出していたらしく、半日かからずに前回から約2倍という上がり方をしてしまっている。最初から比べれば文字通り桁違いになりつつあるわけだ。

 

「単純計算で、明日には万を越えます」

「上がり続けるとは限らないが、止まるとも限らないってことかい」

 

 ペースが落ちていくのがわかればいいのだが、それを確認しようと時間をかけている間に取り返しのつかないところまで行ってしまう可能性がある。

 

「もし、ここから止まらず上がり続けたとしたら……」

「測定不能の値まで行く。つまり深海棲艦化だ」

 

 最悪を想定した場合は、当然それが危惧されるだろう。D型の同期値は深海の艤装との同期値であり、深海に選ばれし者としての値だ。それが上がり続けるということは、私達と同じように最終的には()()()()になってしまう。

 やはり『雲』による分霊は毒のようなもの。少し注ぎ込んだだけで由良さんの魂を侵食するかの如く拡がっている。

 

 こんなことを突きつけられたら、いくら由良さんとて平静ではいられなくなる。私に分霊を許す程に、深海棲艦化を拒んだくらいだ。今の段階でそれを食い止める手段も見つかっていないのだから、余計に混乱を招く。

 

「提督さん……由良はどうしたらいいのかな。このまま指を咥えてその時を待つしかないのかな」

 

 自分の置かれた状況が悲惨であることを自覚し、途端に震え出した。いずれ変わってしまうというのは、その場で終わった私達よりも確実に恐怖が付きまとうだろう。

 

「そんなわけにはいかない。そうなる前に治療する方法を見つけてやるさね」

 

 出来ることなら、深海棲艦となった経験は持ってもらいたくない。元に戻すためには今のところ死しかないのだし、あの時の感情は全て覚えてしまっているのだからトラウマになる。目の前の仲間達が全員敵と思える経験は二度としたくない。

 それに、由良さんは磯波や沖波と同じように、性格から豹変してしまいそうだった。元の性格がおっとりであればあるほど、正反対に持っていかれる気がする。

 

 これを救えるのは、おそらく私だけ。しかし、慎重に行かなくてはそれこそ取り返しのつかないことになる。

 分霊はダメだ。由良さんの存在を壊すことになり得る。だが、この力が何かの解決策に繋がる可能性も高い。

 

「……もう一度、チャレンジしてみていいかな」

 

 意を決して、私の力での調査を申し出た。何もしないで時間ばかりを使っていたら、由良さんがダメになるもしれない。その前に精神的におかしくなってしまうかもしれない。深海棲艦化するくらいならと自ら……なんて考えたくない。

 

「昨日と同じことをやるってことかい」

「うん。一度出来たんだから由良さんの()()()()ことは出来るはず。ぶっつけ本番になっちゃうけど、やりながら私も自分の力を知っていく」

 

 自信があるといえば嘘になる。だが、やらなくては何も始まらない。

 

「由良はいいよ……昨日も言ったけど、深海棲艦になるなら、陽炎ちゃんに分霊された方がいい」

「それで由良さんが壊れたら、多分私が立ち直れない。時間がある内にいろいろと確かめたいなって」

「うん……由良で試してくれていいからね、ねっ」

 

 人柱にしてしまうのは申し訳ないが、これにより由良さんが治れば最高。治せないにしても手掛かりが見つかれば良し。

 

「えーっと、話についていけないんだけど、ゲロ姉はどうなっちゃってるのかな」

 

 話がどんどん進んでいくため、頭の上にハテナマークが出てしまっている秋雲と青葉さん。そういえば、私がどういう存在になったかは伝わっているが、分霊まで出来そうなことは伝えていない。

 これについては上に報告する必要があるかもしれないので、簡単にだが説明する。秋雲も青葉さんも、それはそれは驚いた。もう艦娘とは言えない力を持ってしまったわけだし、それが現在最大の敵と殆ど同じモノなのだから当然と言えば当然。

 

「いやぁ、さすがの秋雲さんもビックリさー。ゲロ姉も神の類になっちゃったわけ?」

「いやいや、そんな大それたモノじゃないよ。どちらかといえばバケモノだから」

「邪神の対なんですし、正しい神様な感じはしますけどねぇ」

 

 囃し立てられると途端に恥ずかしくなるから勘弁してほしい。私だってなりたくてなったわけじゃないんだから。選ばれたからには使える力はみんなのために使いたいと思うが、そこに私の意思なんて無かったし。

 

「とにかく、もう一度由良さんの中を」

「ちょい待ち。ゲロ姉」

 

 由良さんに指を刺そうとしたとき、秋雲にタンマをかけられた。

 

「先にこの秋雲さんの中を見てみては如何かな」

「アンタの中を?」

「蝕まれてる由良さんの中と、まだ無傷な秋雲さんの中、比べてみてはと思ったのさ。由良さんのしか知らないなら、全部知っといた方がいいっしょ」

 

 確かに、その言い分は正しい。私が分霊として中を確認したことがあるのは由良さんだけだ。それでわからないとは言ったものの、中が分霊未遂によってどう変わっているかは知らないのだ。

 だったら健常者である秋雲を使って、正常を知っておくべき。秋雲は異端児でも無いため、差がわかるはずだ。

 

「司令、どう思う?」

「悪かないが、秋雲、本当にいいんだね」

「オッケーオッケー。こんなのネタにもなるし、ゲロ姉ならやらかすことないでしょ。身体張っちゃうよ」

 

 どうも軽いノリだが、本人がここまで協力してくれるのなら、お言葉に甘えさせてもらおう。

 

「なら、覚悟しなよ。痛くは無いから」

「そいつはありがたい。ゲロ姉に心臓鷲掴みにされたら困っちゃう」

 

 最後までおちゃらけてくれたので、割と軽い気持ちで指先を秋雲の胸元に添える。そして、全神経を集中して軽く押し込んだ。相変わらず当たり前のように指が入っていく。

 

「うわ、うわぁ、本当に入ってくる! 青葉さん録画してる!?」

「勿論ですよぉ! こんなの初めて見ますねぇ」

「ゴメン、ちょっと静かにして」

 

 入れられるところまで入れようとしたら、それなりに深くまで持っていけたので、そこで内部を確認。こういうのは感覚的な部分を大事にした方が良さそうなので、ざっくりと指先に感じるものを調べる。

 秋雲から感じるのは、昨日由良さんの中で感じたものよりは()()()()。M型を陽、D型を陰とするのなら、これはもしかしたらドンピシャかもしれない。M型異端児の中も確認出来たら、おそらく感覚は確定させられるだろう。今すぐ連れてくるのは難しいが。

 

「ん、良し。じゃあ次は由良さんを確認してみるよ」

「お願いね……」

 

 秋雲から指を抜き、同じ指で今度は由良さんに突き刺す。昨日同じことをしているので、こちらは驚きは無い。目を瞑り、私に身を任せているような状態。

 

 そしてわかった。由良さんの中にかなり強い()()があることが。秋雲の中と比べると雲泥の差。昨日と比べても()()()が拡がっていた。

 暗いのはわかるが、元凶が掴めない。暗いと表現しているのは、単純に視界が封じられるような感覚だからだ。中の様子が全く判断出来ない。手探りで何かないかを探り続ける。

 

「そうか……陽炎は今、()()()()()()()のか」

 

 司令がボソリと呟いた。私はそんな大それたことをしてしまっているのか。

 確かに、私や沖波に植え付けられた匂いは魂の匂いとも言える染みつき方をしている。太陽の姫や巫女の分霊も、私達の本質を穢すような行為、魂の陵辱だ。その指先で他者の魂に触れ、分霊という形で侵食するのだ。だから本質から変えられる。

 今私がやっているのはそれと近しい行為。侵食はしないにしても、指先が魂に触れてしまっている。余計に慎重に行かなければならない。無茶なことをしたら壊れてしまう。

 

「対ならさ、ゲロ姉も分霊したら対消滅起こすんじゃないの? 汚れを洗い流すみたいにさ」

 

 一理ある。太陽の姫は、私の攻撃に対して悉く回避を選んだ。あらゆることが対になっているため、ぶつかり合えば対消滅を起こす可能性がある。

 だが、その影響で由良さんの魂に影響を与えたらどうする。侵食の消えた部分が穴になって残ってしまったら、侵食と一緒に壊れてしまったら、そもそも対消滅が起きなかったら。嫌な予感ばかりがよぎる。

 

「……陽炎ちゃん、自信を持って。由良なら……大丈夫だから」

 

 由良さん本人からの言葉があっても、こればっかりは躊躇ってしまう。

 

「陽炎、思い通りになると思い込みながらやってみな。思い出してみなよ。海上移動訓練の時とかをね」

 

 イメージの力、出来る出来るという思い込み。それが取り返しのつかない事態になってしまう可能性があるとなると、誰だって尻込みするだろう。

 だが、やらなくては始まらないのも確かだ。行ける。行けるはず。秋雲の言う通り、私の分霊が太陽の姫の分霊を打ち消し合う可能性は0では無い。分霊されていない者に対して施したら、()()()()()に変えてしまうかもしれないが、由良さんは違う。不純物が混ざり込んでしまっているのだ。それを取り払うことが出来るのなら、私はやるべきだ。

 

「……ふぅ、わかった。試しにちょっとだけ()()()()()

「うん、お願い……!」

 

 中和のための分霊なので、分霊の儀とも考えない。私の力をただ注ぐ。汚れに洗剤をかけるかの如く、直感的に。

 

「んっ」

 

 由良さんが声を上げた。何かが入ってくるのを感じたのだろう。魂の陵辱と対を成す、()()()()。それをしっかりと意識したからか、分霊もスムーズに出来たと思う。

 巫女として活動し、磯波と夕立に手をかけたあの時と近しい感覚。だが、あの時の背徳の快楽は感じず、ただ由良さんを治療したいという気持ちでいっぱいだった。

 

 だからだろう、確実に変化があった。指先から感じる由良さんの魂から、確実に穢れが取り除かれた。

 

「あ、あれ……身体が少し楽になったかも……」

「すぐにもう一度検査します。陽炎ちゃん、一旦中断出来ますか」

「大丈夫。本当に少し注いだだけだから」

 

 由良さんから指を抜くと、速吸さんがすぐに由良さんの同期値を検査した。たった数分前に検査したばかりなのだから、普通なら同期値が変化するわけが無い。というか普通は変化しない。

 

 

 

 だが、私の力の結果がここで確定する。

 

「同期値……3000……!? 落ちてます!」

 

 私の分霊が『雲』の分霊を中和出来ることが判明した瞬間だった。

 




対となる者の力は、ぶつかり合えば対消滅するものと判明しました。太陽の姫も、無理に受け止めようとしないのは当然のことです。自分を消し飛ばす可能性がある唯一の力ですから。


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救済の力か

 私、陽炎の分霊により、由良さんの魂を蝕む『雲』の分霊が中和されることが判明した。時間を追うごとに上昇し続けていたD型同期値が格段に落ちたことで、由良さんの不安定だった体調も少し良くなっている。

 

「陽炎ちゃんのおかげで、由良は最悪な目に遭わなくて済みそうだね。ありがとう」

「私も役に立ててよかった」

「ひとまずは予定通り毎日検査だけはする。何か変動があったらまた頼むよ」

「うん、了解。これは私にしか出来ない仕事だもんね」

 

 この分霊に悪影響が無いことを調査するため、この回では一旦終了。夜にまた検査するらしいので、その時にD型同期値が上昇しているのならまた分霊を施すことになるだろう。魂の蝕みが鎮静化するまではこれが続く。何度もやっていいことかもわからないので手探り状態ではあるが。

 由良さんの同期値は、元々の数値から数倍に跳ね上がってしまったものの、現状はそこで落ち着いている。これ以上増えないのならこれで維持でもいい。触れる回数は少なければ少ない方がいいし。何度も分霊するとか、違う意味で由良さんが壊れてしまいかねない。

 

「秋雲さんも体調悪くなってるようなこたぁ無いねぇ。ただズップリ行かれただけだし」

「何も注いでないから安心して」

「その感覚もちょっと知っておきたかったけど、どうにかなっちゃったらいろんなところで困りそうだからやめとく。入れたり出したり出来たらいいのにね」

 

 秋雲も私の指が入った胸元をちょいちょい触れながら話す。私が指を入れた部分は全く違和感が無いらしい。確かに私も太陽の姫に分霊された時は痛みなどは無かった。何かを注がれる時にのみ、その感覚があっただけ。ただ刺すだけなら、相手側には何も影響は無いのかもしれない。

 

「ちょーっと気になったことがあるんですけど」

 

 ここで青葉さんがおずおずと挙手。

 

「もしかしてこれ……陽炎さんがいたら()()()()()()()()()()ということになります……?」

 

 言われてみれば確かに。今回は中和、由良さんの治療という形で力を使ったが、私のこの力は、同期値が一切ない一般人に同期値を与えることが出来る力だ。それこそ、太陽の姫やその巫女が深海棲艦を増やしていくように、対となる者として艦娘を増やしていくことが出来るだろう。そして、太陽の姫と同じ立ち位置にいるのなら、()()()()()となった艦娘はさらに分霊が出来てしまうだろう。

 程よく注いで異端児にしないなんてことも出来るかと思ったが、おそらく今回の由良さんのようなことになる。結果的に私の分霊が魂を侵食し、最終的には巫女となってしまうだろう。巫女からの分霊でアレなのだ。姫からの分霊は余計強力に決まっている。

 

 それは絶対にダメだ。いくらそれが太陽の姫に対する一番有効な方法であっても、私が分霊を施した結果、それがもし私を嫌っている相手であろうともお構いなしに私に従順になってしまうかもしれないのだ。やってることがあちらと一緒というのは本当に良くない。

 

「やれと言われてもやらない。治療以外に使うつもりは無いよ」

「でも、この特別な力を上に報告した結果、大本営がやれと言う可能性も無くは無く……」

 

 だんだん声が小さくなっていく青葉さん。

 

「だろうね。今でこそ同期値持ちの子にゃ選択肢を与えるようにはなってるが、なれる時点で拒否権無しにしようなんて言ってる輩もいる。戦力増強に躍起になってる鎮守府もあるだろうしね」

 

 深海棲艦による侵略を防ぐためには手段を選んでいられないのはわかる。艦娘の素質がある人間だって有限。考えたくないが、その命を散らしてしまう場合だってある。それに対してあちらは、どういう理屈かわからないが無尽蔵に現れる。こちらの方が分が悪いのはわかっていることだ。長引けば長引くほど、不利になる状況をもう数年続けているのだ。

 私の分霊はそれを打開出来る力である。言ってしまえば、この世にいる人間を全員艦娘に出来るのだから。大本営にどれだけの理性が残っているかわからないが、これを好機と考える輩はまず確実にいるだろう。実行するかはさておき。

 

「陽炎、アタシゃ断固反対するから安心しな。アンタにそんなことは絶対にさせないさね」

「司令……」

「太陽の姫と同じことをするってことだろう。そいつはダメだ。倫理的に間違ってる。アンタがやると言ってもアタシが許さん」

 

 きっぱりと言い放った。私のことを思って。

 

「報告はすりゃいい。むしろこれを隠し続けることの方が問題だ。言っちまえば、今の陽炎は()()()()()()だからね。太陽の姫の天敵、ラスボスの特攻艦だ。そんな存在を隠蔽しているなんて、軍規が許しちゃあくれない」

「ですねぇ。戦力を(つまび)らかにするというのが鎮守府の絶対条件ですから、プライバシー以外は全て報告する必要がありますぅ」

 

 すごい言われ方である。決戦兵器という異名を素直に喜んでいいものかどうか。おそらく青葉さんも今回の調査内容を報告するにあたって、私のことをそうやって書くのだと思う。

 

「だが、この鎮守府での在り方に文句を言われる筋合いは無い。誰でも艦娘になれるかもしれないと言っても、意思を潰すってのは尊厳をぶっ壊すことだろう。んなことに片棒を担がせるわけにはいかないね」

 

 本当にこの司令の下に来ることが出来て良かったと思う。正直な話、今の私は普通に手に負えない状況になっているだろう。それでも私のことを見捨てず、最後まで守ってくれるこの人には、私は一生ついていきたいとまで思えてしまった。

 

「とにかく、陽炎の力は悪いことにゃ使わせない。あくまでも治療だ。試したいことはあるんだがね」

「試したいこと?」

「ああ、一度深海棲艦化しちまった子達の同期値をある程度戻せるかね。測定不能ってのは、まだ太陽の姫だか『雲』だかの力が入ったままって可能性もあるだろう。ああ、磯波と夕立の場合は『陽炎』か」

 

 これは別にやってもやらなくてもどちらでもいいが、と司令は続ける。

 同期値が精神的な部分に影響を与えているかはわからないが、測定不能という同期値は後々どうなるかわからない危険性があるし、そんなことになっている理由が今までの由良さんと同じ症状である可能性もある。侵食は未だに続いていて、何かのタイミングで急に体調が悪化したりとか。

 少なくとも、指を入れることで魂の状態を調査する価値はあるかもしれない。そして何かしらの悪い部分が見つかった場合は、分霊により中和していくイメージ。

 

 むしろ思ったのは、沖波に植え付けられてしまった魂の匂いが消せるのではないかという考え。あれもおそらく魂への侵食の影響だ。私はそれ自体を対となる者としてのモノに昇華してしまっているが、沖波のは違う。未だに太陽の姫の力を刻まれてしまっている。

 

「測定不能ってやっぱり怖いよね。私みたいに理由が明確ならともかく」

「ああ。だから、診察だけでも陽炎にやってもらいたいんだ。由良が大丈夫ならやれるんじゃないかい?」

「やってみるよ。見えないところに()()()があるのは嫌だもんね」

 

 これは可能ならばやっておいた方がいいと私が判断した。由良さんの中で感じた澱みみたいなものを感じ取れたら、それを私の力によって中和していくという方向で。

 

 

 

 というわけで、由良さんは医務室から退場し、入れ替わりに入ってきたのは萩風である。

 

 同期値が測定不能になっていることで困っている者は今のところ誰もいないため、念のための検査ということを伝えたところ、萩風が率先して来たらしい。夕立も挙手していたが、萩風がこの座を掴み取ったのだとか。

 ちなみにこのことは沖波の耳には入らないようにしてくれている。私が何をするかまで伝えているため、何もかもが沖波のトラウマを抉ることになりそうだし。

 

「姉さんに診断してもらえるということで、ちょっと楽しみです」

「楽しいことでも何でもないよ。見てみ。周りにお医者さんとマスコミがいるっていう状況だからね」

 

 今回は一応速吸さんが検査をしながらの診察になる。結果次第ではそのまま処置を施し、同期値がどうなるかも見ておきたいとのこと。何もしない可能性だって当然あるが、やらないよりはやっておいた方がいい。

 同期値は相変わらず測定不能。由良さんより深刻な状態なのは見てわかるようなものである。

 

「じゃあやるよ。痛みとかそういうのは無いからね」

「はい。『雲』にやられているので、その辺りの感覚は覚えています。思い切りどうぞ」

 

 それなら話は早い。早速だが、分霊のために指先を萩風の胸元へ持っていき、そのままツプリと入れていく。これももう3人目。私としても熟れてきた。

 

「……本当にあちら側のようですね。変な感覚です」

「分霊はしないから安心して」

「姉さんにならいくらでもしていただいて構いませんけどね」

 

 ここに来て後遺症の執着心が増大しているような気がするのだが気のせいだろうか。自分の感情を全く抑えない夕立や、最近抑えようとしない磯波と一緒にいるからか。

 これは魂への侵食ではなく、単純に心の問題。分霊して中和したところで治らないモノだと思う。萩風もここでの生活でいろいろ受け入れてしまっているし。

 

 で、指先の反応だが、やはり澱みのようなものは見つかった。由良さんのそれとは比べ物にならない程の量であり、深海棲艦化した時点で滞留してしまっているのではないだろうか。深海棲艦として死に人間に戻ったとしても、その証として魂が穢されているとなると、分霊はあまりにも業が深い。

 

「司令、やっぱりとんでもなく澱んでる。多分『雲』の力が残っちゃってるんだと思う」

「そうかい……中和はどうした方がいい」

「どうだろう……萩風は艦娘だったわけじゃないから、中和したら戦う力を失っちゃうかもしれない」

 

 ここは何とも言えないところ。中和して澱む前の状態にまで持っていけたとしたら、萩風はおそらく艦娘でもない状態になるだろう。そうなったらもう戦うことは出来ない。この澱みのおかげで戦えている可能性が非常に高い。

 萩風からそこまで奪うのは気が引けた。襲撃で親族を失い、自分も死んだ扱いにされて5年間も深海棲艦として活動させられ、ようやく手に入れたこの生活も中和したら無くなるなんてなったら気の毒すぎる。

 

「さらに注げば戦う力が手に入るのでは?」

「それもダメ。今の艤装が使えなくなるし、萩風が萩風じゃなくなる。私の巫女になったら意味が無いでしょ」

「残念です」

 

 萩風ならその方がいいと言い出しそうだが、私がそれを許さない。萩風は今の萩風のままがちょうど良い。ひょんなことから出来てしまった妹という立ち位置の方が受け入れられる。萩風からも陽炎様なんて呼ばれたら、まず折れる。勘弁してほしい。

 

「一旦保留にしたいかな。何が起こるかさっぱりわからないのはやっぱり良くないよ」

「私は別に構わないのに……」

「アンタが構わなくても私が構うんだよ。私は今の萩風と一緒に戦っていきたいんだから」

 

 それなら、と渋々了解した。渋々な割には少し嬉しそうにしていたが。

 

 検査はこれで終了。機材は接続したが、結局何もせず。未知の力を使うというのはそれだけでも怖い。

 これは自衛でもある。おかしなことをしたら私が耐えられないし、私が分霊出来ることを上に報告するというのなら尚更だ。貴重な戦力を奪った罪人とすら思われてしまう可能性がある。

 

「でもこれ、多分沖波の魂の匂いは取り除けると思う。出来ればM型に戻してあげたいところだけど……」

「危険だね。澱みを取り払った結果が分霊をされる前と決まっているのならまだしも、それを試したら力を失う可能性があるとなれば、アタシゃ容認は出来ない」

「だよねぇ……もう戦えなくてもいいっていう分霊された人がいるのなら試してみることは出来そうだけど……」

 

 なんて口走った瞬間に、全員が同じ顔を思い浮かべた。分霊により深海棲艦化しており、それを死という形で元に戻され、しかし今は戦闘に参加しておらず、今後も戦闘が難しい者。分霊前の状態に同期値が無くても全く問題がない者。その人は、

 

「長門さん……」

 

 そう、長門さんである。同期値は測定不能だが、一切戦場に出るつもりが無い者だ。

 

「心の問題で戦闘要員じゃあ無いね。艤装はあっても艦娘としての登録もまだしていない。あくまでも救出された一般人……いや、戸籍も消えている()()()()()()()()()だ。本人の同意があれば可能だろうね」

 

 一応艤装はある。だが、本人が太陽の姫に対して攻撃が出来ないと公言しているくらいなので、今回は最後まで戦場に出ることは無いだろう。ようやく対人関係は回復してきたものの、戦闘に関しては全く触れてもいない。

 長門さんに戦うつもりがあるのなら試すことはしない。だがそうでなければ、分霊される前の、同期値の異常も何もない綺麗な人間に戻すことが出来るかもしれない。

 

「試しに打診してみようか。だが、あくまで長門の意思で決める」

「うん、それでいいと思う。強制もしない」

 

 

 

 私の分霊の試験は次の段階へ向かう。これが上手くいったら、誰もを治療出来る万能の力となるだろう。それこそ深海棲艦ですら。

 

 世界に選ばれた者の力が救済の力であることを祈ろう。

 




萩風は内心、陽炎の巫女とか美味しいポジションすぎるので是非是非と思っていたと思われます。


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心を護る力

 私、陽炎の分霊の力が、あちら側の姫の力を中和させることはわかったのだが、D型同期値が測定不能になってしまっている者達への治療が出来るかどうかは現在保留とされている。もし治療した場合、戦う力を奪ってしまう可能性があるからだ。

 そこで、万が一のことを考えて、分霊して力を失っても問題があまり無いであろう長門さんに打診することになった。精神的な問題で長門さんは戦場に出ることは出来ないが、れっきとしたD型異端児であり、同期値も測定不能。艤装だって存在している。

 

「……確かに、私が適任だな」

「ああ、アンタには申し訳無いんだが、アタシらの見解が一致した」

 

 呼び出すわけではなく、食堂に赴いて経緯を長門さんに話し、その意思を問う。同期値があっても艦娘になるかを判断してもらうのと同じで、力を失う可能性がある検査に参加するかは全て長門さんの意思だ。

 話を聞いた後に少し悩んでいる。これはすぐに答えが出せないものであることだって理解している。

 

「嫌なら嫌と言ってくれて構わない。アタシらにアンタの思いを踏みにじる権利は無いからね。アンタの意思を尊重する。遠慮なく言ってくれ」

 

 司令直々にこの言葉。強制ではない。自由意思だ。嫌なら嫌だとハッキリ言ってもらいたい。何となく嫌というのでも全く問題はないのだ。得体の知れないことをするわけだし、生理的に無理と言われたってそうですねとしか返せない。

 少し時間を置いた後、拳をギュッと握りしめて、搾り出すように言葉を紡ぐ。

 

「……私は戦えない。これだけのことをされておきながら、戦場に出ようと思えないんだ」

 

 やはり後遺症は根深い。7年もの年月を深海棲艦として生活し、さらにはその間ずっと太陽の姫に心酔していたのだ。根深く残ってしまった心の傷でもあるし、もしかしたら魂に刻まれてしまっている可能性がある。

 とはいえ、萩風の魂を見た時は穢れだけだった。傷のようなものは感じなかった。ということは、穢れを払って魂を中和したとしても、太陽の姫への忠誠心は消えないということだ。これは本当に時間をかけて治していくしかない問題。

 

「正直なところ、私としても歯痒い。敵だとは認識出来ている。彼を手にかけさせられた恨みは、私の中でも渦巻いている。あのお方は敵だ。そんなことはわかっていることなんだ。だが……」

「長い年月心酔し続けたせいで、まだ忠誠心が払拭されないんだね」

「ああ……跪くことは無いだろうが、拳を振り上げることは出来ない。自分でも嫌なんだが、その行為そのものが()()と思ってしまう」

 

 これは本当に重症である。ようやく私達との対人関係は改善されてきたのだが、根本的な部分はまだまだ遠い。太陽の姫のことを『あのお方』と呼んでしまうのはまだ改善されていない。奴を相手に戦うことはもう無理と自分でも思っているのだろう。

 他の深海棲艦と戦うことはまだ可能かもしれないが、今の鎮守府の目下の目標は奴だ。その時点で、長門さんの中に闘争本能というか、戦うための意思は生まれないようである。それがまた悔しそう。

 

「この戦いが終われば、私は苦も無く艦娘として戦えるようになるかもしれない。だが……今はおそらく無理だ。すまない……救ってもらったのに、役に立たなくて」

「そんなことはないさ。よく話してくれた。心内を明かしてくれるだけでも、アンタは充分に前に進めている」

 

 食堂でも分霊された当時のことや今の心内を話してくれたが、太陽の姫に対する考え方をここまで話すのは初めて。意思を示すことが出来ているだけでも成長。この場に陸奥さんがいたら、確実に何か言っている。

 

「今は戦えないが……私だって一矢報いたい。そう思えるようにはなっているんだ。だから……だから、私も協力をしたい」

 

 話しながらも震えていた。残ってしまっている忠誠心に叛逆するために力を振り絞っている。握りしめた拳は、今にも血を流してしまいそうなくらいになっていた。それくらいしなければ、今の気持ちを振り払うことは出来ないのかもしれない。

 

「戦えないのなら、()()()()()()()()()。私から力が失われることも構わない。そうなったら、私はここの食堂で働き続けるさ」

「いいんだね? 何度も言うが、アタシらはアンタに強要することは絶対に無いよ」

「……いいんだ。これで思いが成就されるのなら、私は皆に託す。私を使えば、あの沖波が回復する可能性もあるのだろう」

 

 こんな状況でも自分のことより仲間のことを思えるのだ。分霊をされる前の長門さんは、優しく強い人だったのだろう。それをぶち壊されてしまったことは、部外者に近い私でも少し苛立ちを感じる程。

 

「こんな私でも役に立てるのなら……喜んでこの身を差し出そう」

 

 今回の検査、治療を了承してくれた。殆ど実験みたいになってしまいかねないのだが、ここは私が慎重に事を成すしかない。

 

 

 

 医務室、長門さんに機材が接続されていき、先程までの由良さんや萩風と同じ状態にされた。私と司令以外の追加参加者は、由良さんや萩風の時と変わらず機材担当の速吸さんと諜報部隊の2人。

 今回は話が早いので、同期値が計測出来る状態になった時点ですぐに私の出番となる。今までとは少し違って、そのまま処置まで行くのだ。緊張もしてしまうものである。だが、それでは長門さんのためにならない。振り絞ってくれたのだから、私だって勇気を出さなくては。

 

「じゃあ行くよ。痛くは無いから」

「ああ、好きにしてくれ。録られるとは思わなんだが」

「すみません。諜報部隊として記録が必要でして」

 

 長門さんの胸元に指を入れる。相変わらずスムーズに入っていく様は無茶苦茶だが、もう何回目って感じなので、秋雲も青葉さんは驚きもしない。静かにこの状況を録画中。

 

「……さっきの萩風と同じだね。物凄い澱み」

 

 長門さんの魂に触れると、やはり真っ黒に澱んでいる。同じ『雲』に分霊された萩風と殆ど同じ。強いて言うなら、萩風よりも2年長い分、魂の()の黒さが違う気がした。

 由良さんは蝕んでいる途中というイメージだったが、萩風や長門さんは()()()()()()()()という感覚。だからか、魂まで若干黒ずんでいるのかもしれない。

 

「分霊の残滓かい。じゃあ、今回は」

「うん、これを中和していく。長門さん、分霊していくから、ちょっと我慢してね」

「あ、ああ」

 

 ここからが本番。あくまでも私がやりたいことは中和だ。長門さんの魂に纏わり付く澱みを、私の分霊で取り払うイメージ。これは一種の大掃除だ。由良さんの時と同じように、直感的に。

 

「っ……」

 

 明らかに我慢する息の詰まり方。由良さんの時もそうだったが、分霊と同じ感覚を味わわせている。屈服させるための快楽が基本的なモノになるだろう。

 だが、今回は屈服させるつもりなど毛頭ない。苦痛を与えるつもりも無い。せめて気持ちよく浄化されてもらいたい。

 由良さんの時と違うのは、長門さんの中にある穢れが全て取り除かれる、もしくはある程度の効果が得られた段階まで流し込むことだ。少しだけで止めることはしない。

 

「くっ……う……『雲』の分霊と殆ど同じだ……いや、それ以上か……!」

 

 分霊を知っている私としては、ゆっくりとはいえ流し込んでいるのに小さい反応で止まっていられるのが凄いと思えた。嫌でも身体が反応してしまうのが分霊なのだから、それをこの程度で済ませてしまっていることが恐ろしい。

 

「澱みが減ってきてる……速吸さん、数値は」

「まだ測定不能ですね」

 

 そう簡単には影響は与えないか。やはり、もう少し中和しなくては。

 だが焦らずに、速度を上げるようなことはしない。勢い余って過剰に流し込んでしまったら、長門さんがどうなるかもわからないのだから。

 

「……来た! 測定不能状態から変化しました!」

 

 慎重に分霊を続けていくうちに速吸さんが声を上げる。指先の感覚からして、長門さんの魂の澱みは半分近くは中和したように感じた。長門さんも息が荒くなってきており、少しだけモジモジしだしているくらい。

 

「数値は」

「現在30000ちょっとです。突然この値が出ました」

「この設備で計測出来る限界ギリギリがその値なんだろう。陽炎がマイナス叩き出した時のことを考えりゃ予想が付く」

「また下がりました。処置が進むたびに数値がしっかり下がっています」

 

 やはり中和は効果的だった。確実に澱みを無くしつつ、同期値も正常に戻していっている。

 私が感じる限り、長門さんの魂は綺麗になってきているのは確かだ。根幹の部分が黒ずんでしまっているのは、長年やらされてきたのが問題なのだと思う。穢れが取れない程に染み付いてしまっているのが、長門さんの身体に残された本当の後遺症。

 

「もう少し……もう少し……!」

 

 まだ焦っちゃいけない。ゆっくりゆっくりと分霊を施し、穢れを中和していく。穢れを魂から削ぎ落とすように、だが魂を傷つけないように、慎重に。少しでも傷を付けたら長門さんがどうなるかわからないのだから、時間をかけていい。その分長門さんが悶えることになってしまうのは申し訳ないのだが。

 

 残り2割、1割と減っていき、そして最終的に私の指先に穢れを感じなくなった。その瞬間に分霊を止め、僅かにも余分な量が入らないように注意する。これ以上注いだら逆効果になるだろう。

 

「終わった! 同期値は!?」

「D型同期値……320。異端児ではありますが、問題ない値です!」

 

 残った同期値が本当の後遺症だろう。長門さんが元々D型だったとしても異常値を出すこと自体が稀なのだし、これは長年の穢れのせいと見て間違いない。

 だとしても計測出来る値にまで落ちてくれたのは大きい。私が見ている限り、魂の穢れは全て取り除くことが出来ているわけだし。

 

「指、抜くね」

「ああ……頼む」

 

 もう息も絶え絶えな長門さん。分霊に集中していたため途中から長門さんの様子はわからなかったが、私達も知っているあの感覚を本来とは違う長々とした時間受け続けていたのだから、こうもなろう。時計を見たら本来の分霊の数倍の時間がかかっていた。

 

「……これはキツい。だが、『雲』の分霊よりは暴力的ではないな」

 

 息を整えてから立ち上がるが、余程疲れているのか直後にフラつく程だった。これでは食堂での手伝いはお休みした方がいいかもしれない。

 

「長門の場合は長年の侵食の結果で同期値が大きくなっちまってるようだね。なら、ここ最近で分霊を受けた奴らも受ける前の状態に戻ると見て良さそうじゃないかい?」

「多分そうだよ。元々D型異端児ならその値に戻ると思う。うまく計測出来ないのは、全部この穢れのせいと考えればいいんじゃないかな」

 

 空城司令も私と同じ憶測が立ったようだ。長門さんの場合はこうなっても仕方ないくらいに魂が浸けられていたようなものなのだから仕方がない、萩風もおそらくこのパターンだが、他のメンバーなら穢れを取り払えば前の同期値に戻るだろう。

 もしかしてこれは良いことしか無いのではなかろうか。萩風は戦う力を失わない。他の者は分霊前に戻る。心の問題はあるかもしれないが、全て元の鞘に収まるのでは。

 

 ならば、これを施すことで、沖波をまたM型異端児に戻せる可能性が出てきた。まだ分霊を受けて時間が経ったわけでは無い。太陽の姫直々という大きな違いがあるものの、早いうちに処置をすれば何もかも元通りに出来るかもしれない。

 

「いいことがわかったじゃないか。治療の功績が大きく見えたことはいい。後腐れを無くすためにも、全員に施してもらいたいな」

「うん、私には何も影響無いみたいだし、全員にやった方が良さそうだね。全部元に戻そう」

 

 俄然やる気が出てきた。私の力がみんなの役に立っているのは嬉しい。

 

「……少し残念だが、やはりあのお方への攻撃の意思は湧かない。その穢れとやらが心にまで影響しているわけではなさそうだ」

 

 心への影響はやはり取り払えなかったようだ。夕立と磯波に分霊を施しても、様付けは治らない。それは少し辛いところではある。

 

「それは仕方ないさね。長いこと頭ん中を弄られていたようなモンだ。簡単にゃ払拭は出来やしない。だが、穢れが無くなったのなら時間が解決してくれるだろうさ。ゆっくり行こう」

「その前に太陽の姫を倒しちゃうつもりだけどね」

「ああ……そうしよう。今後もよろしく頼む」

 

 だが、長門さんの表情は明るくなったように思えた。文字通り、憑物が落ちたかのような、そんな表情だった。

 

 

 

 私の力がみんなのために使える。これが世界に選ばれた力なのだと思うと嬉しかった。これはみんなの心を護る力だ。

 




最高の結果が出ることになりました。穢れは払われ、同期値は持ったまま。艦娘として活動も可能。しかし、思考は殆ど変わらず。


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刻まれた心の傷

 私、陽炎が長門さんに施した分霊により、魂の澱みを中和することに成功した。このおかげで測定不能となっていた同期値は測定可能な範囲にまで落ち込み、未だ異端児の値ながらも後顧の憂いは無くなったと言える。

 これが出来たことにより、鎮守府に所属する同期値測定不能の者達、つまり一度分霊され深海棲艦として活動させられた者達の治療が可能になった。考え方に影響を与えるわけではないが、澱みが無くなることは後々何かが起きる可能性が減るわけで、全員に施す必要はあるだろう。

 

「まだ時間はあるね。ある程度は早急にやっていこうか。中途半端で終わっている由良から始めて、萩風、夕立、磯波、あとは……沖波だね」

 

 果たして沖波が素直に私の前に現れてくれるかである。今のところ大きな事件を起こしているわけではないが、私はまだ顔すら合わせていないわけで、どんな状況かもわかっていない。

 最終的には顔を合わせなくてはいけないのは当然だ。そしてその時は容赦なく行くとも話してある。なら、これがその時なのではないだろうか。

 

「沖波は最後にする。それまでに、側にいた子から話は聞いておくかい。天城も確か行ってくれているんだったね」

「天城さん、沖波と仲良かったから、本を持っていってあげるって言ってたよ」

「ああ、申請は受けている。それであの子が心を開いてくれりゃいいが」

 

 天城さんも側にいてくれているが、沖波とはどういう形で接しているかはわからない。友人には話しにくいことも、やんわりと抱きしめるような雰囲気の天城さんを相手にすれば少しは弛緩するかもしれない。

 今は私がやれることをやっていくしかない。沖波は後回しになると思うが、必ず面と向かって話をしてやるのだ。

 

 

 

 その後、予定通り分霊を進めていく。ここまで来ると諜報部隊の2人も上に報告するための材料は揃ったということで撤収した。長門さんは耐えられたが、ここからは痴態のオンパレードになると思うので、そうしてもらえると助かる。

 ここからはまとめてやっていくということもあり、全員を呼んで1人ずつ処置を施す。沖波の側にはまだ天城さんがいてくれるということで、磯波も萩風も医務室に来ていた。

 

「沖波の様子は……?」

「……処置の後に話します。端的に言えば、状況が良くなったとは言えません」

「そっか……うん、とりあえず今はやれることをやろう」

 

 萩風からの言葉に少し不安を覚えつつ、全員の処置を開始する。

 

 由良さんは残り少ないため、処置自体はすぐに終わった。穢れを全て取り払えば全て元通り。穢れに埋め尽くされているわけでもないので、与えられる感覚もそこまでハードなものでは無かったようで安心。まぁ顔は赤くなっていたが。

 そして案の定、夕立と磯波は酷いものだった。私による分霊という部分も加味し、そこから得られる感覚を一切隠そうともせずにどったんばったん。夕立は声すらも抑えようとしないのが良くない。改二改装の時もそうだったが、夕立はそういうところの感覚が欠落しているような気がする。

 

「ゲロ様の分霊だから、すっごく昂っちゃったっぽい」

「同じく……」

 

 反省0である。この2人がこうなってしまったのは一部私のせいでもあるから強くは言えないのだが。

 その後の萩風は全力で声を抑えていたが、それでも耐えられずにビクンビクン震えていた。下手したら分霊よりも激しいのではと思う。でもそのおかげで澱みが無くなるので我慢してほしい。

 

 波乱の治療の結果、分霊を施した全員が穢れを取り除いたことで分霊の前の状態に戻った。夕立の同期値は見える範囲、8000に。磯波の同期値はM型の値まで戻ってきてどちらも1000辺り。萩風は長門さんと同様に長年の蓄積のせいで400という基準値を少し上回るD型異端児となった。長門さんよりも大きな値になっているのは、多分年月とかではなく相性の問題だと思う。

 

「戦う力が失われなかったのは幸いです。これで姉さんと一緒に戦い続けられます」

「だね。長門さんが前例作ってくれてたおかげで何とかなったよ」

 

 萩風は異端児のままでいられることが喜ばしいようだった。5年間もの間、魂が穢れに浸かっていたせいで同期値が異常値になったという事実には複雑な表情を浮かべたが。

 

「磯波のM型同期値が戻ってきたのは謎だが、陽炎、アンタとしてはどう思う」

「うーん……多分だけど、魂の穢れが計測の邪魔をしてたんじゃないかなぁ」

 

 磯波にしか無い、どちらの同期値も異常値という特性は、穢れを取り払うことでまた戻ってきてはいるが、その理由は正直なところ憶測でしか語れない。

 

 おそらくだが、磯波は先に世界に選ばれてM型異端児になっている。だが、大怪我を負ったことで深海の力も入り込んでしまった挙句にそちらとの相性も良く、D型異端児の素質まで生み出されてしまった。この2つは相反するものでは無いらしい。

 しかし、太陽の姫、並びにその巫女の分霊に関しては、それを上から塗り潰す形なのだと思う。こびりつく穢れが魂を包み込んでしまってM型の値を測定出来なくしているとしか思えない。

 

「じゃあ、私も……一応選ばれし者……?」

「だと思うよ。D型も混ざってるから効果的かどうかはわからないけど」

「でも……私も戦えるのは嬉しい、かな。恨み辛みも溜まってきてるし」

 

 M型異端児の要素も持っているのなら、磯波の攻撃も太陽の姫に通るかもしれない。それは今後のことも考えればいい情報である。穢れがあるままでは出来なかったことも、この治療のおかげで可能になるというのなら、私が力を発揮した甲斐があるというもの。

 

 

 

 さて、これで沖波以外の全員の治療が終わった。残すは今一番の被害者、沖波のみ。今のところ、治療するという内容も耳に入らないようにしており、ここに異端児駆逐艦を集める口実も別物。

 

「萩風、さっき保留にした沖波のこと、教えてよ」

 

 処置前に萩風が言い淀んだ、沖波の現状。それを聞いておきたい。少なくとも、私にのみ隠されていることが沢山ある。

 

「……わかりました。私から話します。司令は沖波さんのことは何処まで聞いていますか」

「アタシもあんまりだね。目を覚まして検査をする間は錯乱していたから、ゆっくり話す時間が無かった。今なら多少冷静というのなら直に聞きに行くが」

「司令なら顔を合わせられると思います。ですが、姉さんとは……おそらく難しいかと」

 

 やはり私に対して負い目を感じているのだろう。私と沖波の間には、少しだけの時間でも色々ありすぎた。

 

「姉さんは、後遺症は外見だけですよね」

「そうだね。髪の色が少し変わっちゃったけど、それだけかな。ありがたいことに心には何も」

「沖波さんは、私達のように心にも後遺症を残してしまっています」

 

 萩風なら私への執着心、長門さんなら太陽の姫への忠誠心、夕立と磯波なら小さいながらも私への忠誠心と、深海棲艦化していたときに一番強かった感情が後遺症として残ってしまっている。時間をかければ治るかもしれないが、少なくとも萩風はそれを受け入れてしまっている節があるので治る様子は無い。

 世界に選ばれし者であるおかげなのか、たまたまなのかは定かでは無いが、私は幸いにも心への後遺症が残っていない。素直に喜んでいるものの、実はまだ表に出ていないだけという不安もあるが。

 

「その後遺症って?」

「それは……」

 

 これだけ話しておいて言い淀む萩風。さらには事情を知っている磯波が顔を伏せた。夕立もいつもとは違い静か。余程酷い後遺症が残ってしまっているようである。少し緊張して、しっかりと身構えた。

 

 そして、意を決したように萩風が口にした。

 

 

 

「それは、()()()()()()()()()()

 

 

 

 耳を疑ってしまった。よりによって、それが一番強い感情だったというのか。

 

 確かに『空』と化した沖波は、普段からは考えられない暴力性を手に入れてしまい、太陽の姫に反発する私に対して全ての憎しみと嫌悪感をぶつけるかの如く攻撃してきた。ヒビの入った脚の骨を何度も踏みつけて折られ、沈めるために砲撃による追い討ちも喰らった。死の間際に心底毛嫌いしている表情もされた。

 その時の感情が、太陽の姫への信仰心よりも勝ってしまっているだなんて、思いも寄らなかった。今の沖波は太陽の姫への恨みや憎しみだってあるだろう。奴は敵だという認識も戻ってきている。長門さんとは違い、戦闘に参加することだって出来るはずだ。しかし、私に対しては言いようのない嫌悪感が残ってしまっているということなのだ。

 

「沖波さん本人から聞いています。元に戻ったことで敵対してしまった罪悪感もあるのに、それと同時に姉さんが気に入らないのだと」

「そんな……」

 

 私の名前を聞くだけで顔色が悪くなったのは、負い目を感じていたわけではなく嫌悪感の現れだった。私と顔を合わせられない、ではなく、()()()()()()()というのが正解。私の顔が見たくないのだ。

 何が私を殺したことへの負い目だ。私はどれだけ傲慢だったのか。沖波は全く違う感情に悩まされているじゃないか。巫女と化したことで、親友の心は私から完全に離れてしまっていた。

 

 私が沖波のことをまだ親友と思っていても、沖波から見れば私はもう友達でも何でもない、ただの顔を合わせるのも嫌な他人になってしまった。

 

「……私の分霊は、心は治せない。壊れた心は治せないんだ……」

 

 せっかく手に入れた心を護る力なのに、もう壊されてしまった心が治せないのが辛かった。分霊をしたらその影響すら消せるというのならいくらでもしよう。だが、注ぎ込み過ぎると、陽炎の巫女に変えてしまう可能性が非常に高い。世界を守る力で束縛するとか本末転倒。

 そもそもそんな心境で私と面と向かって分霊を受けてくれるのだろうか。眠っている間に無理矢理分霊とか、嫌がる沖波に無理矢理分霊とか、そういう案しか思い付かない。

 

「幸い、沖波さんはその感情が間違った感情であることは理解出来ているようです。長門さんと同じで、()()()()()()()()()()()()という複雑な心境のようで……」

「今は天城さんがゆっくりと慰めているところなの……時間はかかるかもしれないけど、必ずその嫌悪感を払拭してみせるって」

 

 さっきまで一緒にいた磯波も沖波の近況を教えてくれるのだが、最初は本当に危なかったそうだ。磯波が近くにいても、突然錯乱して暴れそうになったとか。

 沖波自身、今の感情が後遺症で引き起こされていることは自覚出来ている。しかし、いきなりそんな感情を持たされたら錯乱して当然だ。だから自傷行為にまで走ってしまった。おかしい自分がこの世から消えてしまいたいと望んでしまったから。

 間違った感情に振り回されているせいでそのまま体調を崩してしまった沖波は、今は天城さんに癒されているらしい。その天城さんも沖波に植え付けられた魂の匂いでやられかけているが、私よりは控えめだから耐えられているとのこと。

 

「そんなに酷かったんだ……」

「眠ったら悪夢も見ちゃうみたいで、目を覚ました直後にまた暴れたんだけど……その時はたまたまいてくれた夕立ちゃんがどうにか止めてくれて……」

「ぽい。落ち着くまで押さえ込んであげたっぽい」

 

 沖波だって太陽の姫直々の分霊を受けてしまっているのだ。普通よりも強めな後遺症が残ってしまっても仕方なかった。だが、私が外見にしか出なかったので、何処か甘くみていたのかもしれない。沖波もきっとそうだと。

 私は特別だったのだ。太陽の姫の対となる者として、そういうところにも微妙に耐性があった。一度は染まり切ってしまっても、死を経由して治った時に、また対となる者の加護が発動していた。

 

「……どうすればいいの。沖波を、私はどうすれば」

「分霊は必要だろう。同期値を元に戻してやる必要は確実にある」

「でも、絶対嫌がるよ。他ならぬ私が処置しないといけないんだもん」

 

 静まり返ってしまった。案が浮かばない。鎮守府の中で一方的な仲違いなんて初めてのことで、空城司令も困惑している。

 

 良くも悪くも、この鎮守府は仲間意識が強かった。少数での運営というのもあり、お互いに助け合うことで戦えていた。だからみんな仲がいいし、ちょっとした小競り合いはあっても喧嘩に発展すること自体が稀。強いて言えば先日の長門さんと陸奥さんの件だが、大きなものはそれくらいだったらしい。

 それがまた起きてしまった上に、今回はあまりにも根深い。罪悪感だけでなく嫌悪感まで残されてしまってはお手上げである。

 

「……今は天城さんに任せる。私が動いたら沖波が余計に傷付くから」

「すまない。アタシらが全力で動く。安心しろとは言えないが、絶対どうにかするさ」

 

 

 

 もう泣きそうだった。おそらく今までで一番辛かった。

 

 巫女にされたことよりも、辛かった。

 




第三者の干渉による仲違いとか、陰険にも程がある。


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矛盾した感情

 沖波を除く、同期値が測定不能になっている仲間達の治療が完了した。私の分霊により魂の穢れを中和し、深海棲艦化する前の同期値に戻すことが出来たのだ。私、陽炎が太陽の姫の対となる者であるために出来た、最高最善の治療法。

 しかし、すでに歪んでしまった思考の治療は出来ず、長門さんからは太陽の姫への忠誠心は取り除けず、夕立と磯波は未だに私のことを様付けで呼んできてしまう。こればっかりは、時間が解決してくれるのを祈るしかなかった。

 

 そして、その弊害が沖波にもあった。太陽の姫の巫女として変えられてしまった時の後遺症が残っていたのだ。それもとびきり大きな問題、『私への嫌悪感』である。これを治療することが出来ない。

 時間が解決してくれるかもしれないが、その間、私は沖波と顔を合わせることが出来ず、最悪部屋から出ることすら出来ない。私の存在そのものが沖波にストレスを与え、戦力外にし続ける。それが一番辛い。

 

「陽炎、今は待っていておくれ」

「……うん、お願い。今の私には何も出来ないよ」

 

 私が害を与えてしまうのなら、ジッとしておくしかない。空城司令も少し辛そうな表情を浮かべていたが、沖波を真に救うために尽力してくれると言ってくれた。

 

「魂の穢れの治療は絶対やるから。沖波だけそのままってのはまずいでしょ。その穢れのせいでまた深海棲艦化したら、今度こそ戻ってこれなくなると思うし」

「ああ、何が起こるかわからないのが穢れだろうからね。どうにかしてでも治療は受けさせる。すぐは難しいかもしれないがね」

 

 最終的にはどうであれ、沖波にも治療を受けてもらわなくてはいけない。魂の穢れをそのままにしていていいわけがないのだ。最悪の場合、大喧嘩をしてでも無理矢理治療をする必要がある。拒絶されても、容赦なく行く。

 私は沖波を救いたい。沖波が私を否定しても、私はただ救う。放置していたらもっと悪くなる可能性があるのだから。

 

 

 

 翌日、久しぶりに1人での起床。私の部屋に誰もいないのは本当に久しぶり。いつも私の部屋で眠っていた者達は、今は全員沖波の側で眠っている。その輪の中に入れないのが悲しい。少し疎外感を覚える。

 今の存在になったおかげか、もうあの時の悪夢に苛まれることもなかった。だが、沖波のことが心配で少し眠りが浅い。体調不良は治ったか、部屋から出てきてくれるのか、私以外の仲間達とは普通に接することが出来るのか、などなど、考え出したらキリがない。

 

「はぁ……どうしたもんかな」

 

 着替えながらボヤく。今日からはもう初月インナーは使わない。私の匂いがD型異端児を狂わさないことがわかったので、あれは卒業することにした。本当に役に立ったので、たまには着るのもアリかなと思う。高速移動で膝が痛くなるようなら、またお世話になろう。

 これは今度は沖波に使ってもらうつもりだ。サイズが合わないため、一から仕立て直しだとは思うが。だが、私の治療により魂の匂いが払拭出来たらそれはそれで必要無くなる。現状は保留といったところ。

 

「私が動けることなんて、一つも無いんだろうなぁ……」

 

 私から沖波に対して積極的に近寄るのはダメだ。あちらが落ち着いてもいないのに顔を合わせたら、錯乱するに決まっている。自傷行為までしている沖波なのだから、私のせいでそれを引き起こすのは良くない。

 だからといって無視し続けるわけにはいかない。触れないというのはそれはそれで関係が進展しないのだから。タイミングの見極めも重要だ。

 

「はぁ……今はみんなに任せよ。まだ私の出る幕じゃあ無いんだよね」

 

 そこに落ち着くしか無かった。不甲斐無いが、今の私に出来ることは1つも無い。自分の力不足が恨めしい。せめて心も元に戻せたら、どれほど良かったか。

 

 着替え終わって部屋の外へ。沖波の部屋は近いので、少し慎重に。こんなところで顔を合わせて台無しにしたくない。幸いにも沖波の部屋の前は静か。もう誰もいないのか、それともまだ眠っているのか。沖波が部屋から出てくることは無いと思うので、なるべく音を立てずに部屋の前を通過。だがその前に、扉の前で立ち止まる。

 

「沖波……絶対救うから」

 

 聞こえるか聞こえないかくらいの声で宣言した。沖波が私のことをどう思おうが、これだけは揺るがない。お互いのせいでいがみ合っているわけではないのだ。なら、きっと私達の関係は修復出来る。

 こんなことで疎外感なんかに苛まれてる暇はない。それならいい打開策を考えることに頭を使っていきたいものだ。

 

 

 

 午前中は哨戒任務。メンバーは旗艦加古さんに、随伴艦が由良さん、五月雨、菊月、初月、そして私。太陽の姫の陣地調査は現在休止中のため、領海内をぐるっと回るだけの通常の哨戒なのだが、正直身が入らなかった。哨戒中に野良の深海棲艦が現れなくて良かったと思う。

 鎮守府にいなくても、沖波のことはずっと心配。今この時間も誰かしらが沖波の側にいて、急な錯乱を止めてくれたりしているはずなので、心配はいらないはずではある。

 私が哨戒に出ていることがわかっているのだから、今だけは部屋の外に出ているのかもしれない。ずっと部屋に閉じこもっているのも治療の妨げになるだろうし。そのためにも私は毎日哨戒に出た方がいいような気もする。沖波のためなら、私がそれくらいしてもいい。

 

「やっぱり心配?」

 

 ぐるっと回って帰投中、話しかけてくれたのは五月雨。任務中ずっとぼんやりしている私を見兼ねたか。

 

「そりゃあね。沖波は幼馴染みの親友だし、ああなっちゃってるのは心配だよ」

「治るのに時間がかかる心の病気……だっけ」

 

 沖波の現状は、既に鎮守府内に知れ渡っている。そうでなければ、うっかり私と沖波が顔を合わせてしまった時に周りに迷惑をかけてしまうからだ。万が一大喧嘩に発展してしまったとき、事情を知っていれば必要以上の混乱は避けられるだろう。

 みんなが沖波のことを心配している。長門さんと陸奥さんの喧嘩ですら騒然としたのだから、私と沖波の喧嘩はもっと酷いものになりかねない。何事もないことを祈るが。

 

「一度顔を合わせてみるのはどうかな」

「それだと沖波が苦しむよ。後付けで嫌悪感持つ羽目になったとはいえ、嫌いな奴の顔見たい?」

「あ、あぁー……うーん……自分からは行かないかなぁ。来られても嫌かも」

 

 そう、そこだ。もし私が同じ立場にいたら、顔を合わせたくない相手に自分から会いに行くことなんて嫌だし、向こうから来られるのはもっと嫌だ。だから現状維持を望む。

 沖波からの嫌われ方がどの程度かはわからないが、話題に出ただけで顔色が変わるほどなのだから、想像すらしたくないレベルということ。そんな相手に会いに行くのは、それが嘘の感情であっても躊躇われる。

 

「沖波がどれだけ私を嫌っちゃってるのかは聞いてないんだ。ただ、想像するだけで顔に出るくらいみたいだし、結構重いのかなって」

「うわぁ、そんなに。じゃあ……確かに付かず離れずがいいかもしれないね」

「でしょ?」

 

 私の勝手な気持ちで沖波を傷付けるのは良くない。だから、今はこの距離を保ち続ける。それでも沖波がどうにかなってしまいそうなら、その時は強行手段に出るだけだ。

 

 そうこうしている内に鎮守府が見え始める。まだお昼前であり、中でいろいろやっている間にちょっど昼食時というくらいの時間。工廠ではまだ少し作業をしている者がいるくらい。今日の訓練の後片付けか何かだと思う。

 艤装を片付けている中には、夕立や磯波の姿も見える。2人は艤装を装備していないようだが、ここにいるということは沖波から離れてもいい状況になったのだろうか。萩風の姿が見えないし、何かあったのか。

 

「あ……陽炎ちゃん、ちょっと隠れた方がいいかも」

 

 五月雨が何かに気付いた。この何も無い海の上で隠れろというのは無理があるが、五月雨の言葉と同時に菊月と初月が私の前に出て工廠への視界を塞いできた。

 というか、そう言われたら察したし、隠し切れる前にチラリと見えてしまった。

 

 ()()()()()()()()()

 

 おそらく、サルベージされた艤装が本当に装備出来ないかを調査したりしていたのだと思う。M型からD型に変えられてしまったのだから、装備出来ないのは考えるまでも無かったのだが、念のため実験したのだろう。浮かない顔なのは、一瞬だけでも遠目でわかったくらいだ。

 夕立と磯波がここにいたのは、沖波に何かあったら困るからだ。ああなってから部屋の外に出るのは初めてのことだろうし、しっかりとサポートしなくては行動もうまく行かない可能性がある。

 

「沖波……」

「ど、どうしよう、どうしても面と向かっちゃうよ」

「だからってアレが終わるまで待ってる方が不審だろうに」

 

 五月雨が慌てるが、加古さんの言う通りここで留まる方がおかしい。ここはもう素知らぬ顔で工廠に戻り、当たり前のように艤装を置いて、何事もなくお風呂へ直行するのがいいだろう。

 とはいえ、これはある意味いい機会だ。もしなんだかんだで面と向かうことになった場合、沖波が私のことをどれほど嫌っているかがわかる。ぎこちなくも話くらいは出来るか、いないかのように無視されるか、理不尽な怒りで突っ掛かられるか。

 

「お、ラッキー。提督いんじゃん。哨戒任務終わったよー」

「ああ、お疲れさん。何事も無かったようだね」

 

 さも当然のように入っていけば違和感も無い。五月雨筆頭に駆逐艦3人が、さりげなく私の盾になってくれていること以外は。

 夕立と磯波はここに私がいることにしっかり気付いているが、あえて声を出さないでくれた。さも五月雨達に向けたように、こちらに手を振ってくれる。私も小さく手を振り返しておいた。

 

「太陽の姫が引っ込んだことで海が荒れるかと思ったけど、静かなもんだよ。野良も出てこないもんねぇ」

「奴らが動き出したから逆に出づらくなってんじゃないかい。こちらとしちゃ好都合だがね。嵐の前の静けさの可能性もあるんだから、気ぃ抜くんじゃないよ」

「わぁってるって。んじゃ、艤装下ろして休ませてもらうよ」

 

 哨戒の結果もそこそこに、さらりとその場から撤収していく。今のところ沖波とは目も合わせていない。私の存在に気付いているかもわからないが、神経を逆撫でするようなことはしていないはずだ。

 

 しかし、そうは問屋が卸さない。ここ最近忘れていた五月雨の特性が、こんなところで発揮してしまう。

 戦闘中や任務中はまともなのに、それが終わった途端に始まる()()()()()()である。

 

「あっ、わぁあっ!?」

「さ、五月雨!?」

 

 私を隠さなくてはいけないという緊張感で脚がもつれたようで、私を巻き込んですっ転んでしまった。海から離れたところだから良かったものの、3人が組んでくれていた盾はこれで崩壊。私の姿は沖波の目に留まることになる。そうでなくてもこれだけ大きな音を立てれば、見ていなくても目がこちらを向くもの。

 誰もがあちゃあと顔を手で覆っていた。こんな時にドジをやらかさなくてもいいのにと。

 

「あっ……」

「っ……」

 

 完全に目が合った。顔色はそこまで悪くないが。長門さんが言っていた通りやつれているように見えた。

 

 だが、五月雨に巻き込まれた私を見下ろす視線に、嫌悪感が混ざっていることはすぐにわかった。『空』にされていた時よりはまだマシではあるが、それは確実に()()()()()()()()()だ。睨み付けるような、害虫を見下ろすような、そんな目。

 だが、すぐにその視線をやめて目を逸らす。ギリッと歯軋りまで聞こえたが、その時には嫌悪感よりは罪悪感が表に出てきていた。嫌悪感が間違った感情であることを理解しているため、今の感情に対して罪悪感を覚えたようだった。

 

「沖波……」

「……」

 

 無視、ではなく、私に対して何も言えないという感覚。嫌悪感に対する罪悪感と、罪悪感に対する嫌悪感が無限ループを起こしている。矛盾した2つの感情が綯交ぜになっていることにより、沖波の顔色はどんどん悪くなっていく。

 

「お、沖波、大丈夫?」

「大丈夫じゃないから」

 

 絞り出された言葉は、明らかな拒絶。そして、その言葉の後にハッとしたような顔をしてさらに歪む。吐き気がするのか口元を手で押さえていた。

 言いたくない言葉を紡いでしまったことで、精神的に余計に追い詰められてしまった。感情が間違っていることが理解出来ていなければ、罪悪感などなく徹底的に私を嫌うことが出来れば、こんな苦しみを味わわなくてもいいのだろう。だが、沖波は両立してしまっている。

 

「……司令官、もう検査は終わりですよね」

「ああ、予想通り艤装が装備出来なくなってるからね。今のアンタは戦力外ってことになる」

「そうですか。それでは」

 

 一刻も早くこの場から立ち去りたいようで、司令に対しても端的な言葉しか使わず、逃げるようにそこから立ち去った。その時にはもう、私の姿なんて目に入っていなかった。

 

 あんな沖波は見たことが無かった。後遺症のせいとはいえ、あんな沖波を見たくなかった。

 

「夕立、磯波、沖波を追ってあげて」

「ゲロ様……うん、任せるっぽい。オキの面倒はちゃんと見るから」

「陽炎様も……気にしないでね……」

 

 夕立と磯波がいれば、沖波は気を取り直すことが出来るはずだ。私だけがその場にいなければいい。今の沖波の世界に私はいらない。だから、すぐに追ってもらった。1人にするのも良くないと思う。

 

 

 

 泣きそうだった。今まであんなに仲が良かった相手と、全く関係ない要因で仲違いしてしまったことが悔しい。

 




全部太陽の姫のせい。やっぱりあちらが陰の姫。


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同じ境遇の者

 午後からも哨戒任務だったのだが、午前以上に身が入らなかった。午前の哨戒任務終わりに工廠で沖波と対面した時のことが頭から離れないからだ。

 

 あの時の沖波の目は、私、陽炎を完全に嫌っている目だった。そして、それが間違っていることも理解した、錯乱した目。私を拒絶していたが、そんなことをするつもりは無かったとも見える態度。そして、私と同じ空間にいたくないとでも言わんばかりに、その場から立ち去られた。

 沖波が深海棲艦化していた時はこんなことを感じなかった。あれは()()()()()()()と認識が出来た。だが、艦娘の姿で同じことをされると、泣きたくなる程に辛い。『空』の時と同様に植え付けられた感情なのに、それが沖波の本心のように聞こえてしまった。

 

 正直、昼食もあまり喉を通らなかった。いつも側にいた夕立や磯波は今、沖波の側についてくれている。萩風は私の隣にいてくれたが、私が浮かない顔をしていたため、その雰囲気に呑み込まれてしまっていた。会話も出来ず、黙々と食事をするのみだった。

 あんな寂しい昼食は、この鎮守府に来て初めてだったかもしれない。私が巫女から解放された直後でもあそこまででは無かった。その時には、私を叱咤する沖波がいてくれたから。

 

「陽炎、ボーッとすんなっての! 野良の攻撃来てんぞ!」

 

 そんな心境だったからだろう、この哨戒任務ではここ最近見ていなかった野良の深海棲艦が現れた。こんな時に限って。

 軽巡洋艦1体に駆逐艦3体という簡単に処理が出来るくらいの部隊だったのだが、全く調子が出ない私は大苦戦。加古さんに叫ばれて初めて敵の砲撃が自分に飛んできていることがわかった程だった。

 

「いっ……ああもう!」

 

 被弾し、艤装が少し凹む程度のダメージ。私の腕もその爆発により大きく火傷を負う。これは入渠が必要かもしれない。

 こういう時は無意識に動くとかそういうことも出来なかった。敵の攻撃を私の不注意で認識出来ていなかったし、ボーッとしていたくせに妙に力も入ってしまっていたため艤装に動かしてもらうことも出来なかった。散々である。

 

 その後、何とか野良の部隊を撃破し、私が傷付いたため少し早めの帰投となってしまった。怪我人は私だけ。不意打ちというわけでもなく、全部私のせい。

 

「ごめんなさい……」

「まぁあんなことがあった後じゃあ仕方ないかもしんないけど、一応出撃してんだから、もうちょい気ぃ引き締めた方がいいんじゃないかな」

 

 加古さんにまでやんわりと叱られてしまい、余計に凹む。

 

「うー……あの時私が転んでなかったら……」

「五月雨は悪くないよ。遅かれ早かれああなってたと思うし。早かっただけ対策しやすいと思うから」

 

 盾をしていてくれた五月雨が沖波の前で転んだことで私の姿が露見したわけだが、いつかは対面しなくてはいけなかったのだ。早いうちにあの沖波をみんなの前で見ることが出来たのは今後のためになる。私が哨戒任務に出ている間も、あの沖波をどうにかするためにいろいろと手を打たれていると思うし。

 

「陽炎、今はシャンとしておいた方がいい。お前は選ばれし者だろう」

 

 菊月に火傷を負っていない方の肩を叩かれる。

 

「沖波のためにも、落ち込んでいるわけにはいかないだろう。今回の痛みで自覚出来たんじゃないか」

「……そうだね。痛い目見ないとわからないとか、私も重症かも」

「選ばれし者の苦悩というヤツだ。まだやり直せる」

 

 相変わらず何処か厨二病が入っている感じだが、心強い言葉でもあった。そうだ、まだ完全に終わったわけではない。私は今の沖波のことをちゃんと理解していないのかもしれないのだから。

 

 

 

 帰投後、すぐに入渠。二の腕の殆どを焼かれるような火傷だったが、入渠自体はそこまで長い時間を使わずに済み、夕食前には終了。そのまま食堂へ向かう。

 

 今回の怪我は完全に私の落ち度だったため、空城司令から気もそぞろなら休めばいいと言われてしまった。確かにその通りなのだが、そんなことすらも思い浮かばないくらいに私はテンパってしまっていたようである。

 むしろ、沖波のためなら鎮守府の中にいない方がいいかと思って哨戒任務に向かったというのもあった。私がいるから部屋の外に出られないのなら、私が出ていくことで伸び伸びと過ごしてほしいと。それで私が死んでしまったら元も子もないのだが。

 

「どうしたもんかな……」

 

 夕食を食べながらも頭を抱えてしまう。正直、食事も全く味を感じなかった。私がこんなでどうする。沖波はもっと苦しんでいるはずなのに。

 加古さんや菊月に励まされたのに、少し寝たらもうこれだった。今の私は精神的に追い詰められている気がする。こんなではいけないのに。

 

「ゲロ様、ちょっと悩みすぎっぽい」

 

 沖波の側には磯波と萩風がついているので、私の方には夕立。流石に落ち込みすぎたか、心配そうに覗き込んでくる。

 

「そりゃ悩むよ。どうすれば沖波を救えるのか」

「それでゲロ様が壊れたら意味ないよ。哨戒で入渠とかするくらいなんだからダメな方行ってるっぽい。壊れられたら、少なくとも夕立が困るから」

「アンタは私の匂いが目当てでしょうに」

 

 こういうおちゃらけも、今の私にはありがたい。重く受け止めすぎていて、上を向くことが出来なくなっているのは確かだ。午後はずっと俯いていた気がする。だから被弾なんてするのだ。

 

「オキ、あの時のことすっごく後悔してたっぽい」

「後悔?」

「うん。やっぱりオキ、正気でもあるんだと思う。ゲロ様が前にいると爆発しちゃうっぽい」

 

 あの工廠での一件の後、その足で部屋に戻った沖波は、夕立と磯波の前でとても悔やんでいたそうだ。本人曰く、私が視界に入った途端に嫌悪感が爆発してしまったとのことらしい。姿を想像するだけでもモヤモヤと嫌悪感が湧いてくる程なのだから、実物を見たらそうなってもおかしくないだろう。

 間違った感情だとわかっている分、沖波の苦痛は大きい。本心からの悪態ではないとわかったのは私としてはありがたいが、沖波からしてみれば最悪な精神病だ。私がここにいる限り起こり得る負の感情のループはそれだけでもキツい。おそらく今も苦しんでいる。

 

「ゲロ様が怪我して帰ってきたってのも伝えたっぽい」

「……なんて言ってた」

「錯乱して暴れたから押さえ付けたっぽい。多分だけど、自分のせいでっていうのと、嫌いなヤツが怪我してザマァ見ろっていうのが重なっちゃったんじゃないかな。物凄く取り乱してたし」

 

 自分で考えたくないような感情が現れてしまって、とにかく錯乱したわけだ。自己嫌悪で暴れ、結果的に自傷行為に発展しかける。誰かが側にいないと、最悪な事態になってもおかしくない。

 沖波は優しい子だ。人の怪我を喜ぶようなことなんて、今まで考えたこともないだろう。そんな強い負の感情に耐えられる心ではない。

 

「このままだとオキ、鎮守府からいなくなっちゃうかもしれない。戦力外通告受けちゃったし、事あるごとに暴れるなんて」

「それはダメだよ。きっと救えるはず。救えるはずなんだ」

「……どうやって?」

 

 それがすぐに思い付けば苦労しない。分霊をしたとしても、心はそのままだ。それでも艤装は装備出来るようになる可能性は高いから施してはおきたい。今のままで魂の穢れもそのままにしておくのはよろしくないと思うし。

 だがどうやって。顔を突き合わせた瞬間に拒絶される相手に、どうやって分霊を施す。暴れる沖波をとっ捕まえて無理矢理とか、太陽の姫と同じじゃないか。沖波の意思を無視して、私のやりたいことを貫くだなんて。

 

「おそらくだが……」

 

 そんな話をしていると、長門さんが気になることがあるのか話に加わってくる。

 未だ後遺症などで対人関係に難がある長門さんが、自分からこちらの会話に交ざってくることはかなり稀。夕立も少し驚いていた。

 

「ながもんさん、オキが気にかかるっぽい?」

「……ああ。沖波はどちらかと言えば私に近い」

 

 長門さんは残された忠誠心のせいで、太陽の姫に対抗している私達全員が敵に見えてしまうという後遺症がある。とはいえ、太陽の姫のことを敵と認識出来るようになってからは、私達への敵意は薄れているようだ。敵の敵は味方理論だろうか。

 沖波も嫌悪感という名の敵意を仲間に持ってしまうという後遺症だ。その向きは私に一点集中してしまっているものの、広義的には長門さんと似たような後遺症。沖波の現状に感じるものはあるようである。

 

「おそらくだが、それなりに無理矢理やった方が落ち着くと思う」

 

 長門さんの意見は、かなり突飛なものだった。嫌悪感を抱いているものに対して強引に詰め寄るとか、普通ならもっと拒絶されるようなことだろう。私が沖波の立場なら、絶対に嫌だ。

 だが、沖波に近い境遇の長門さんはそこから続ける。

 

「今の沖波は陽炎への罪悪感の塊でもある。昨日も聞いたが、沖波は陽炎を殺しているんだろう。その業が重すぎる」

「……それは、そうかもしれないけど」

「それなのに、陽炎に対しての嫌悪感が残ってしまっているんだ。悪循環にも程がある。それなら……一度陽炎に思い切り叱られた方がいい」

 

 そんなことしたら嫌悪感が勝り、最悪逆ギレしてこないだろうか。今の一方的な仲違いがより悪化してしまわないか。

 私の時とは違うのだ。ただ罪悪感に苛まれ、償いを求めているのとはあまりにも違いすぎる。叱って何とかなるような問題では無いのではないか。

 

 今以上に関係が壊れることの方が私は怖い。だから現状維持をして様子を見て、最善の策を探しているのだ。見つからないから困っているのだが。

 

「陽炎、君は自分でも思わなかったか。もっと怒ってほしい。もっと責めてほしい。罰を受けたいと」

 

 みんなに対してそれを口にした。罪を償うために、何をされても構わないと。

 

「今の沖波はそれだ。()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな馬鹿な。そんな仕草、何処からも感じ取れなかった。言いたくないことが口から出てしまっているのは私から見てもわかった。罪悪感を抱き続けているのも。だが、それは流石に。

 

「……そうかもしれない。暴れるだけ暴れて、落ち着いたらゲロ様の名前呟くの。ひーちゃんひーちゃんって」

 

 暴れている沖波を見たことなんて無いし、今の沖波が私の前でそんなことをするわけがないから、側にいる夕立の言葉を信じるしかない。そして、夕立は嘘を吐かないような性格だ。これは本当のこと。

 沖波自身の本心はまだ誰にもわからない。現状を打破したいのか、もう何もかも諦めてしまっているのか。どうせなら、私と同じで打開策を考えていてくれると嬉しいのだが、

 

「夕立がそれとなく探ってみるっぽい。オキ、夕立達にならそこそこ話してくれるから」

「私も手伝おう。どうせ食事を持っていくのは私の仕事だ。その時に少しくらい話しても構わないだろう」

 

 夕立はともかく、長門さんまでここまで親身になってくれるのは意外だった。今まであれだけ人との関わり合いを避けてきたのに。

 

「私としても、あまり放っておけないんだ。近しい境遇の子供が苦しんでいるところを見ると……な」

 

 少しだけ顔を伏せる。罪悪感が取り払えないからこそ、同じように苦しんでいる仲間が見過ごせないようである。食事を運ぶことも毎回やってくれて、今からも夕食を運んでくれるようだし。沖波のことは特に気にかけているようにも見える。

 

「私も別に快復したわけでは無いが、それよりも君達の仲違いは見ていられない。こんな私だが……力になりたいと思った。私でどうにか出来る問題かはわからないが」

 

 戦場に出られない分をここで使いたいと、今までで一番力強い瞳をしていた。

 

 当初は一歩どころか十歩くらい引いたところから見ているだけだったが、この食堂で働き始めたことで大分治療されている。空城司令が償うためと言ってここに配置したが、それは大正解だったようだ。

 

「……お願い。私も、沖波と元の関係に戻りたい。それだったら、私は何だってするよ」

「了解だ。君がそう言うのなら、みんなが手を貸してくれる」

 

 みんなの力を借りて沖波を元に戻す。私が落ち込んでいてどうする。もう俯かない。気もそぞろなんて言われないように、菊月に言われた通りシャンとしよう。加古さんに言われた通り気を引き締めよう。

 

 

 

 大親友の危機は、仲間達と共に解決する。大丈夫、絶対にあの時の関係に戻れる。そのためなら、私はこの命を懸けたっていい。

 




長門、動きます。


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一丸となって

 不安定な沖波の望みは私、陽炎に罰を与えてもらうことだと長門さんが言い出した。私から見た限り、沖波にそんな仕草は一切見受けられなかったのだが、ここ最近側に付き添うことが多い夕立の目から見てもそれらしき言動は見当たるらしい。そういう言動をしているにしても、嫌っている私にその姿は見せるわけが無いので、夕立の言葉は信じることにする。

 私では手がつけられないので、夕立と長門さんに沖波の本心をそれとなく探ってもらうことにした。そして、時が来たら私が動く。沖波を救うためなら手段を選んでいられない。みんなの力を借りて、最善の道を掴み取る。

 

 翌日、私は空城司令に休みを言い渡された。昨日の哨戒任務中に怪我をしたことで心配され、今日1日で一旦落ち着けと指示されたからである。

 これに関しては私の落ち度だ。ある意味、まともに艦娘としての仕事が出来なかった罰として、反省しつつ休ませてもらおう。沖波のことを思うと気が気で無いのだが。

 

「陽炎、少しいいだろうか」

 

 休息という(てい)なので部屋で待機していると、私がここにいることを聞き付けたのか、なんとまた長門さんが部屋に訪れた。昨日といい今日といい、積極的に私達の仲を取り持つことに気合が入っている。

 今は食堂のお手伝いもキリが良かったらしく、いつものエプロンもしていない。そういえば今日の朝から間宮さんと伊良湖さんも復帰していたし、長門さんも動きやすくなったのかもしれない。

 

「私も1枚噛ませてもらうわね」

「えっ、陸奥さん」

「あまり大きい声は出さないでね。沖ちゃんに聞こえちゃうかもしれないし」

 

 長門さんを部屋に招き入れようとしたら、一緒にいた陸奥さんも私の言葉を遮るように部屋に雪崩れ込んできた。確か今日は陸奥さんもお休みの日。戦艦の艤装姉妹に詰め寄られるようになり圧倒される。

 

「鎮守府内の仲違いは、仲間全員の士気に繋がるもの。ちょっと今までとは重要性が違うわ。元に戻せるならすぐに戻したいのは私も同じってことね」

「あ、ありがとう陸奥さん。でも本音は」

「姉さんがこんなに躍起になってるんだから、私も側で見届けたいの。見てよこのイキイキとした姉さん。わかるでしょ?」

 

 そんなことだと思った。長門さんも少し困ったような表情に。しかし、これはおそらく長門さんから陸奥さんに声をかけたんだと思う。協力者は多いに越したことは無い。

 陸奥さんは自他共に認める鎮守府の最高戦力であり、ある意味鎮守府の中心人物みたいなもの。その人が後押ししてくれるというのなら、その流れで鎮守府の仲間全員が沖波のために動いてくれると思ってもいい。

 

 仲違いが士気に繋がるというのも間違いではない。私と沖波のせいで空気が悪くなれば、本来出せるべき力も発揮出来なくなる。私だけがそれならいいが、そういう空気というのは伝染するもの。1人だけでは解決出来ない。

 それに、単純にみんな沖波が心配なのだ。今回の件は今までに無いくらい深刻な事情だし、今まで以上にみんなが動いている。

 

「昨日の夕食、あと今日の朝食の時に、沖波と少し話をした。食事を運んだついでにな」

「……どうだった?」

「夕立の言っていた通りだ。君に対しての言動で酷く落ち込んでいた。今日も酷い夢を見たそうだ」

 

 私以外になら普通に接することが出来るのは間違いないようで、それは関係が薄い長門さんにも当て嵌まった。むしろ、長門さんは沖波からしても話しやすい相手なのかもしれない。近しい境遇であり、おそらく沖波が長門さん自身がここまで動くようには思っていないから。下手をしたら夕立や磯波よりも話がしやすいかも。

 なんというか、沖波の言動を全て探っているという状況が少し申し訳ない気分になる。いや、ここで躊躇っていては関係修復はどんどん難しくなるだろう。探っているとバレた場合、余計拗れそうな気がしないでもないが。

 

「私と話している間は罪悪感の方が大きいように見えた。陽炎に償いたいとも話していたよ。ただ、陽炎の顔を見ると嫌な感情が表に出てきてしまうのだそうだ」

「……そっか。じゃあ、叱ってやんないといけないかな。私が沖波にしてもらったみたいに」

 

 長門さんの見立ては間違ってなかった。私に叱ってもらいたいというのは言い過ぎかもしれないが、償いの機会を求めているのは正解。それならば、私が叱咤してやらなければ、沖波の気持ちは晴れない。

 やはり心の底から嫌悪感を抱いているわけでは無い。後遺症のせいで出てきてしまうだけだ。私に悪態をついてしまったことを悔やんでいるのだから、まだ私への元の感覚も残されている。

 

「私も少し裏で手を回してるから、任せてちょうだいね。まずは諜報部隊を懐柔しておいたから」

「言い方」

「まあまあ。簡単に言うと、今回の件は報告しないでほしいってことをね。要所はいいと思うけど、艦娘同士の喧嘩のことなんて上に報告されても困るだけだし、詳細は要らないような内容だもの。二つ返事でOK貰ったわ」

 

 後遺症が残るということと、私が治療出来たという事実があれば、それまでの経緯は二の次でもいいだろうという考え。

 正直そうしてもらえるとありがたい。ここから何があるかはわからないが、良くも悪くも一気に進展する可能性が高い。沖波のことを悪く言うような報告は勘弁してほしい。沖波だって被害者だ。

 

「もう鎮守府全体が協力者よ。沖ちゃんが部屋から出てこないことをいいことに、私も姉さんも動き回ってるもの。そこに諜報部隊も加えてるから、どんどん事が進んでるわ」

 

 しかもこれ、司令が容認しているというのだから恐ろしい。沖波を治療するために、本当に一丸となって取り組んでいる。それだけ今回のことは重たいことという認識だ。こんなに大事になるとは思わなかった。

 

 夕立はそもそも気にしていないし、磯波は太陽の姫への憎しみが強くなったくらいで殆ど開き直っている。萩風は私と共に戦うという目標を得たことで吹っ切れており、長門さんは食堂での交流で対人関係の治療が進んでいる。

 しかし、沖波は回復の目処が一切ない。錯乱して暴れ、最終的に自傷行為にまで走ってしまうというのが初めての症例。復帰の目処が立たないという点では、深海棲艦から人間に戻れた者達の中でもトップクラスの問題である。だからみんながここまで動いているのだろう。

 

「とはいえ、沖波をうまく呼び出すための都合を作って、最終的には君と対面させる。そこからは君にどうにかしてもらわなくちゃいけない」

「……責任重大だなぁ」

「沖波の心に言葉が届くのは、陽炎、君だけだ」

 

 そこまで言われたら、私がやるしかない。沖波を元に戻すためだ。何でもやると決意したところなのだから、こんなところで尻込みしているわけにはいかない。

 

 

 

 午後もその時のために粛々と準備が進められていった。理想なのは、沖波の意思で部屋から出てきてくれること。私から突撃するよりは、まだ精神状態がマシになるはずだ。

 

「どうにか沖波を部屋から連れ出そうと思う」

 

 ここいらで一度纏めようということで、執務室で司令も交えた作戦会議。長門さんが中心となって話が進んでいくのだが、補佐官のように寄り添う陸奥さんはニコニコだった。午前中も長門さんが奔走していたのは私も知っている。それが嬉しいのだろう。

 参加者は私と長門さんに陸奥さん、そこにこの鎮守府の主である司令としーちゃん、そこに裏で手を回されているという諜報部隊の神州丸さん。なんでも、今は沖波のところに潜水艦姉妹を遣っているとのこと。情報は逐一最新に更新している。

 

「でもどうやって。口裏を合わせるのは出来ると思うけど」

「名目はいくらでも作れる。沖波には再検査を受けてもらう、とかな」

 

 目を覚ました時に受けてもらったっきりで、同期値がどうなっているかはわからない。もしかしたら何かしらの悪影響があるかもしれないので、再検査は必須事項である。

 さらに言えば、体調不良を繰り返しているようなものなので、普通に診察も必要。ストレスで身体の中はボロボロの可能性はあるため、薬の処方も考えなくてはいけないかもしれない。

 

「検査にも治療にも陽炎が必要だ。沖波の魂の穢れは、私達とは違ってあのお方から直に齎されたモノだ。()()が違う。陽炎はそうでも無かったようだが、沖波には悪影響がある可能性だってある」

 

 穢れの質が違うかもしれないと長門さんは言っているわけだ。私には10年間の蓄積があったからそこまででは無かったみたいだが、沖波はたった今喰らったばかりの状態。穢れが体調に影響してしまうかもしれない。

 現に由良さんが分霊未遂を喰らって体調不良を起こしたのだし、近しいことが起きていてもおかしくはないのだ。

 

「伊13、伊14両名に監視させているでありますが、やはり体調不良は治らない様子。精神的なものもありましょう」

「ストレスとトラウマのダブルパンチだ。あの子はまだ子供っつっても過言じゃない。身体に影響は出るだろうさ。そこに魂の穢れなんて得体の知れないものが入っちまえば、余計にそうもなろうさ」

 

 さらに言えば、沖波は前例のないM型からD型への転身。悪影響なんていくらでも考えられる。それこそ、もう一度深海棲艦化するなんてことだって。分霊未遂の状態で燻っているという可能性もある。

 

「私としては正直に話して私の前に連れ出してほしい。私が沖波の部屋に行っても拒絶されるだけだし。多分話にならない」

「部屋の外で、話をしなくちゃどうにもならない状況を作る。それこそ密室に2人を閉じ込めるくらいのな」

 

 でもそれをやろうとすると沖波をハメることになるだろう。騙して連れてきて私と対面させるとか、余計に拗れそうな気がする。

 

「なら、アタシが再検査の指示をすりゃいい。沖波は鎮守府所属の艦娘だ。体調管理は提督であるアタシの責務でもある」

「嫌々でも連れ出すしか無くなっちゃうか……」

「いや、その前に全部話す。検査と治療には陽炎が必要だとな。それで拒否したら、悪いが職権濫用させてもらおう。なに、言いくるめてやるさね」

 

 ここで司令が協力者であることが活かせる。上司の命令となれば、嫌でも従わざるを得ない。

 

「私も説得する。おそらく潜水艦姉妹も説得してくれているんだろう。皆と協力して、沖波は絶対に連れ出してみせる」

 

 本当に長門さんはやる気満々だ。沖波に嫌われてもいいから、私との仲違いを終わらせたいと、今までに見たことがないくらいの真剣な表情を見せてくれる。

 その姿に、陸奥さんだけではなく司令も機嫌が良さそうだった。今の姿だけ見れば、長門さんはもう復帰可能な艦娘の一員だ。仲間のことを思いやる、優しい戦艦だ。

 

 

 

 そしてその日の夜、決行する時が来た。私は指示通り医務室に待機。沖波に再検査をするという形で医務室にやってくる。説得に応じたかどうかはさておき、どういう形でもここに沖波が来る。

 ここで何が起きても、誰も騒がない。もし大喧嘩に発展しても、誰も止めない。私と沖波で決着がつくまで、全員が不干渉を貫く。それが裏で陸奥さんと神州丸さんが手を回してくれたこと。

 

「……大丈夫、私は私の本心を伝えるだけだ」

 

 沖波に何を言われようと関係ない。私が今思うことを言うだけ。その結果として喧嘩になることも予想出来るが、もうそれは仕方ない。

 私に危害を加えることが沖波の本心だというのなら甘んじて受け入れよう。そうなったとしたら、私だって手を出してしまうかもしれないが。沖波がそれを望んでいるのなら、望まれた通りにする。殴りたければ殴ればいい。その代わり、私は洗いざらいをぶちまける。

 

 待っている内に、3人分の足音が聞こえてきた。司令と長門さんと沖波。検査という名目もあるのだから、司令はその場に必要だ。長門さんはこの計画を最後まで見届けるために便乗するのだろう。

 説得に成功したのか、嫌々ながらここに来ているのかは未だ定かではない。しかし、ちゃんとここに来てくれた。私と顔を合わせたくないと駄々を捏ねるようなことはしていないようである。

 

『さっきも言ったが、アンタの身体は他の連中以上に深刻な可能性がある。遅かれ早かれ、陽炎による検査は必要だ。いいね』

『……わかっています。だから私はここに来たんですから』

 

 部屋の外で会話が聞こえる。もう目の前にいる。心臓がバクバク言い出した。

 またあの視線をされるかと思うと怖い。素っ気ない態度であしらわれるのが怖い。むしろ今回はさんざん罵られる可能性だってある。何もかもが怖い。

 

 

 

 そして、扉は開かれた。

 




長門が裏でどれだけ手を尽くしたのか。


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本当の心

 沖波を治療するために、鎮守府が一丸となって行動する現状。最後の時が今から訪れようとしている。私、陽炎にしか沖波の治療が出来ないことを沖波に伝えてもらい、みんなの協力を得て対面する機会を作ってもらったのだ。私は医務室で待機し、司令と長門さんが沖波を連れてきてくれる。

 前回の対面では嫌悪感を強く出され、睨み付けるような視線を投げかけられた後、会話もほぼ無く逃げるように離れられた。本当に辛かった。そしてまた、そうされる可能性がある。

 

『さっきも言ったが、アンタの身体は他の連中以上に深刻な可能性がある。遅かれ早かれ、陽炎による検査は必要だ。いいね』

『……わかっています。だから私はここに来たんですから』

 

 部屋の外で会話が聞こえる。もう目の前にいる。心臓がバクバク言い出した。またあの視線をされるかと思うと怖い。素っ気ない態度であしらわれるのが怖い。むしろ今回はさんざん罵られる可能性だってある。何もかもが怖い。

 

 そして、扉は開かれた。

 

「……沖波」

 

 部屋の中に入ってきた沖波は、私の姿を見るなり顔を顰めた。やはり嫌悪感を露わにし、それを隠そうともしない。心底嫌そうな表情で椅子に腰掛ける。

 

「私が出来るのはここまでだ。陽炎、後は任せる」

「うん、ありがとう長門さん」

 

 医務室の出入口は1つ。そこを司令と長門さんが押さえる。これで沖波はどうやっても逃げることは出来ない。せっかくの対面だ。みんながくれた時間は有意義に使わなくてはいけない。

 

「顔色が悪いね」

「そんなことはいいから早く治療なり何なりして」

 

 対話拒否。だがそんなことでは挫けない。話をしたいという意思表示のために、私は沖波を見据える。対する沖波は視線を合わせたくないからか、すぐに目を背けた。

 

「話くらいさせてよ。最近全然顔を合わせてなかったんだからさ」

「時間の無駄」

「そうかな。多少話をして気分を落ち着けた方が分霊しやすいと思うんだけど」

「ここにいることで落ち着かない。さっさとやって」

 

 意固地なものである。性格そのものに影響を与えているというのは大きい。嫌悪感ってこんなものなのか。

 

「じゃあ独り言。聞きたくなかったらスルーしてくれればいいよ」

「……はぁ……好きにしたら」

 

 私が折れそうに無いから、沖波も諦めたようだ。大きく溜息を吐いてから俯く。

 

 こんな態度の沖波は孤児院の時でも見たことがない。敵意剥き出し、一刻も早くここから離れたい気持ちがありありと伝わってくる。最初は睨み付けてきたが、もう視線すら合わせてくれない。

 なら、こちらから本心を伝えるしかない。こんな態度の沖波も、前と同じなら事が済んだ後に部屋で錯乱する。そうするのなら、まだ私の言葉が心に届くはずだ。だから真摯に真っ直ぐに、私の心を、想いを伝える。

 

「私を殺したことに負い目を感じてるなら、そんなこと感じなくていいよ。今の私は生きてる。沖波に罪はないから」

 

 ピクリと反応した。私には伝わらないように償いたいと溢していた沖波に対して、罪に対しての言葉だ。何かしらの反応があるとは思っていた。沖波がそうしていたことを知らない前提で、当たり障りのない言葉を選んだ。

 

「あれは全部、太陽の姫のせいだから。沖波は何も悪いことしてない。それに、私はあの時の沖波を殺してるんだ。じゃあ、おあいこでしょ。アンタが私を殺した業を背負って、私がアンタを殺した業を背負った。それで終わり」

 

 プルプルと震え出した。拳も握りしめ、私の言葉を黙って聞いているようで耐えているのもわかる。

 

「とりあえず、最低限それだけは言っておきたかった。そういう態度取ってても、沖波は優しい子だからそういうの気にしてそうだし。もう気にしなくていいよ」

 

 これは私の本心だ。私を殺したことは気にしないでほしい。今生きているのだからそれでいいじゃないか。それに私だって沖波を元に戻すために殺している。お互い様なのだ。私の悪行も、沖波の悪行も、似たようなもの。

 

 私の言いたいことは言えた。本当ならここで沖波から何かしらの反応があれば良かったのだが、やはり嫌悪感が勝ってしまい、私とは一言も言葉を交わしたくないようだった。これは残念である。今は先に分霊をして澱みを中和してあげた方がいい。

 もしかしたら中和によって精神的な部分に影響が出るかもしれない。何よりも沖波に施されたのは太陽の姫直々の分霊なのだから。それに元々は沖波だってM型異端児、つまり世界に選ばれた者。澱みが無くなれば心も綺麗になるかもしれない。

 

「じゃあ、治療を始めるから」

 

 分霊のために手を伸ばすが、その手を突然払われた。少し痛かったが、なるべく顔に出さないように。

 こういう反応が来ることも多少は想定していた。私の言葉は、今の沖波には癇に障るものばかりだと思う。嫌いな奴からの同情なわけだし。

 

「気にするに決まってんでしょ!」

 

 そして、声を荒げた。泣きそうな、歯を食いしばるような表情で震えていたかと思えば、先程以上の嫌悪感を露わにして睨み付けてきた。ここからようやく今の本心を見せてくれそうだった。

 

「なんで、なんで私を責めないの!? 奇跡が起きなければ本当に死んでたのに、何でそんなに楽観的にいられるわけ!?」

 

 言葉だけでは足りなくなったか、胸ぐらを掴んで訴えてくる。そして、嫌悪感を晴らすように、私に一方的に詰め寄ってきた。そのせいで私も押され、医務室のベッドに押し倒されかける。

 それを誰も止めない。司令も長門さんも、あえてこれを傍観してくれている。これは私と沖波の問題だ。それを解決するために、今この時間を作ってくれたのだ。

 

「こんな感情に苛まれて、嫌いじゃないのに嫌いに思わされて、ひーちゃんのやることなすこと全部気に入らなくなってるのに、なんでそんな私を責めないわけ!? それが一番気に入らない! 私はひーちゃんを殺してるんだよ!?」

 

 罪悪感と嫌悪感が綯交ぜになった結果、自分を責めない私が嫌だという結論に達しているようである。これはあまり良くない傾向だ。嫌悪感を正当化しつつある。本当に戻ってこれなくなる。

 

 なら、ここからは説教をしないといけない。さっきまでは沖波のことを責めない本心をさらけ出したが、ここからは少し攻撃的な本心。叱ってほしいのなら叱ってやる。

 ただし、私の出来る説教は、一度私自身が受けた説教だ。同じ境遇の者に対しては響くはず。それが、()()()()()()()()なら尚更だ。理解しているはずだから。

 

「それはアンタが教えてくれたんでしょうが!」

 

 力任せに沖波を押し、掴まれていた胸ぐらを解放する。やはり体調不良は完治していないらしく、沖波はそれだけでもフラついてしまった。掴んでいた割には拘束が甘い。力もあまり入っていなかったのだろう。

 だがこれだけでは終わらない。逆に私が沖波の胸ぐらを掴み、そのまま壁まで押し込む。私の力を支えきれず、沖波は壁に激突。叩きつけるような形になってしまった。

 

「私が罪の意識に押し潰されている時に、無罪だって教えてくれたのは沖波でしょ! 全員が無罪と言ってるんだから、アンタは無罪だ! 一番酷い目に遭った私が無罪だっつってんだから、開き直れ!」

「簡単に出来たら苦労しないでしょ! ひーちゃんを殺した感覚がずっと残ってるんだ! ひーちゃんは誰も殺してないからそんなこと言えるんだ!」

「私を殺したのは太陽の姫の巫女である『空』だ! アンタじゃない! んなことくらい理解出来るでしょ! 私にそうやって言ったのはアンタだよ! 自分の言葉に責任くらい持ちなよ!」

 

 沖波は一度私を叱ってくれているのだ。なのに、その時のことを完全に忘れ去ってしまっている。だからそれを思い出させてやる。

 私が気に入らないのはそこなのだ。私に対して無罪だの責めないだの言っておきながら、自分が当事者になった途端に正反対になっている。罪がある、責めろは間違っているのではないのか。他人に言うのならまず自分だろう。

 

 沖波の言葉は私の心の支えでもあるのだ。割り切ることは出来ずとも、罪の意識は多少は薄れた。同じことを沖波にも知ってもらいたい。それ自体がそもそも沖波の言葉なのだから。

 

「太陽の姫の巫女である『空』はもう死んでる。私が殺した。この手で殺したんだ。ここにいるのは『空』じゃない、艦娘沖波でしょ!」

 

 私が沖波に言われたことをそのままお返しする。私にそれで説教してきたんだから、沖波だってその意図を理解出来るはずだ。

 私を殺したのは沖波ではない。太陽の姫によって作り出された巫女、『空』だ。それは沖波ではない。その記憶を持っているにしても、それは沖波では無いのだ。

 

「割り切れるわけ、ないでしょ!」

 

 しかし、沖波はまだ折れない。私もそうだったからわかる。巫女と自分は別物と言われても、簡単に納得はいかない。悪い方向に意固地になっている。

 嫌悪感を持つ私からの言葉だからそうなってしまっているのかもしれない。なら、沖波の意思に問いかける。

 

「じゃあ割り切らなくてもいい。その気持ちは私もわかるから百歩譲ってやる。なら、それについてアンタはどうしたいんだ」

「そんな、のっ……」

「ほら、どうしたい。その罪を償いたいのか、私を殺した事実から逃げたいのか、言いなよ。今のアンタの気持ちを、ほら、ほら!」

 

 これが問題なのだ。沖波は今どうしたい。私を殺したことに対して罪の意識を持っているにしても、それをどう解消するつもりだ。

 解消すらせずに毎日を過ごしていくつもりなら、お話にならない。嫌悪感から罪を償うつもりすらないのなら、ぶん殴ってでも更生する。償うつもりがあるのなら、嫌悪感を晴らせるように力になる。沖波の気持ちを、今の気持ちを口にして欲しかった。

 

「私は……」

「何度でも言うよ。私はアンタに罪があるなんて思っちゃいない。あれはやらされたことだ。それでも割り切れないって気持ちも理解してる。じゃあそれをどうしたい」

 

 初めて沖波が言葉に詰まった。そこに私は捲し立てる。

 

「先に私の思いを伝えるよ。逃げるな。私と向き合え。嫌悪感とか知ったことか。罪が償いたいのなら、アンタから積極的に来い」

 

 沖波が震え出した。また相反する感情に振り回されている。

 

 罪悪感に苛まれている本来の沖波は、償うために私と向き合いたいのだろう。嫌悪感を抱いている『空』は、一刻も早く私から離れたいのだろう。その正反対の思考が、沖波を錯乱させる。

 自分の力で勝ってほしかった。それを乗り越えたら、沖波は太陽の姫に勝利したと言えるはずだ。沖波自身の力で振り払ってほしい。

 それはどんな小さな力でもいい。少しだけでも前向きな意思を見せてくれれば、私はそれを全力でサポートする。それが親友というものだ。

 

「私は……私は逃げたくない」

 

 ボソリと、沖波が自分の意思を示す。

 

「逃げたくないに決まってるでしょ! ひーちゃんのこと嫌いなままでいたくない! でも、でも、こうしてる間も、ひーちゃんが嫌で嫌で仕方ないんだ! 自分でももうよくわからない! なんなのこの気持ち!?」

 

 やっと、沖波としての言葉が聞けた気がする。私の前では見せなかった本心を、ついに私の前でも見せるようになった。

 

「私だってこんなの嫌だ! ひーちゃんと前の関係に戻りたい! でも、それも嫌になってる! 一緒にいたいし一緒にいたくない! 頭がおかしくなりそう!」

 

 これが私の知らない沖波の錯乱。本来の思考と植え付けられた思考がぶつかり合い、沖波を苦しめている。私が本来の思考を刺激したから、嫌悪感に塗り潰されているところに本来の思考が引き出されている。

 このまま行ったら壊れてしまうかもしれない。それはダメだ。沖波は沖波として元に戻ってもらわなくてはいけない。私も実感している心のヒビが、このままでは拡がっていく一方だ。

 

 だから、ここで私が処置をする。心に影響を与えるかはわからないが、やらない理由がない。

 

「なら、私がアンタの魂に手を差し伸べる。耐えてよね!」

 

 沖波の思いがまだ前を向いているうちに、治療を始めることにした。錯乱する沖波を押さえ付け、かなり強引だが胸元に指を入れる。その瞬間、ビクンと身体が大きく跳ねた。

 

「っああっ!?」

「声を上げるのは構わないから、受け入れて!」

 

 沖波の魂に触れる。そこは、今まで視てきた澱みとは段違いの()()だった。太陽の姫に直に分霊されたものの澱みは、染まり方も違っていた。これなら心に作用してもおかしくはない。

 私はやはり対となる者だからある程度の耐性があったのだ。何となく理解した。最初のマイナス同期値も、対となる者としての抵抗だ。塗り潰されたわけではないと、同期値からして表現されていたのだ。

 

「絶対に救うから!」

 

 そこに分霊を施し、淀みを中和していく。改二改装とも深海棲艦化とも違う叫びが沖波から発せられるが、正直聞いている余裕などない。魂から削り取るように、洗浄するように、真っ黒な心を浄化していく。

 元の綺麗な魂に戻るかはわからない。それでもやらなくては、沖波は救われない。だから、私は私で思いを込めて、ただひたすらに分霊を続ける、

 

「っはぁああっ!?」

 

 一際大きな声が上がる。そのときには、魂にこびり付いた澱みは中和されきっていた。本来の、世界に選ばれた沖波の、綺麗な綺麗な魂に戻っていた。

 ほんの少しのシミすら許さない。黒ずんだ部分は削って分霊で埋めるかのように処置を施し、輝かんばかりに真っ白な魂となる。触れていて私も嬉しくなるような、沖波の綺麗な心を象徴するような形だった。

 

「……処置完了。沖波、お疲れ様」

 

 指を引き抜く。今までで一番激しい分霊だったからか、沖波はもうフラフラだった。

 

「ひーちゃん……ごめん、ごめんね……私……」

「いいんだって。私は今生きてるんだから。一緒に生きていこう。ね?」

「……うん……」

 

 まだ心はどうなっているかわからない。だが、最後に出た謝罪の言葉は、今までと心境が違うことを表していた。

 

 

 

 分霊が精神的な部分に影響を与えていると思えた。ならきっと、沖波は立ち直れる。

 




沖波だって、世界に選ばれし者。


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元通りに

 いろいろとあったが、ようやく沖波の治療が完了した。太陽の姫により澱んでいた魂は、私、陽炎によりシミ一つない状態にまで中和している。澱みのせいで黒ずんでしまった部分は分霊を埋めるかのような処置にはなっているが、元々M型異端児である沖波には支障が無いはずだ。

 私の分霊が終わったということで、少し離れて待機していた速吸さんが医務室に到着。そのまま沖波の同期値を計測してくれる。予想ではこの処置により、D型異端児にされていた沖波はM型異端児に戻っているはずだ。

 

「D型同期値は0。M型同期値は以前より少し大きいですが、2500程で止まっていますね。元に戻ったと言っても過言ではないでしょう」

 

 私の分霊の影響でM型同期値が若干上がってしまったようだ。おそらくこれが、()()()()()()の結果なのだと思う。

 沖波の魂に、太陽の姫の断片が一部でも残っているのが嫌だった。奴の力だから、ほんの少しのシミからでも沖波に悪影響を与えてしまうかもしれないと思ったし。それでも沖波に妙な影響を与えていないようで一安心である。

 

「そいつは良かった。沖波、数値はこうだが、自分ではどう思う」

「そうですね……疲れはあるんですけど、妙にスッキリしている感じはします。ひーちゃ……陽炎ちゃんへの嫌悪感は殆ど残っていません」

 

 私の分霊では心の問題は解決出来ないのは実証済みなのだが、沖波の場合は分霊の時にいろいろあったからか、少し影響が出ていたようだ。本音をぶつけ合い、嫌悪感を持っていた状況を沖波自身が拒んだことがいい影響になったのだろう。そうとしか思えない。

 明らかに態度に出ていた今までとは違い、私を前にしても平然と出来ている。だが、()()ということは、嫌悪感が完全に払拭されているわけではないようだが、それも時間で解決出来るだろう。

 元々私達は親友同士、子供の頃はいつも一緒にいたし、今だって同じ部屋にいるくらいは出来る。この関係は自然に治っていくはずだ。それこそ、一晩グッスリ寝たら終わりとか。

 

「なら、明日の朝イチに艤装の確認もしようか。M型に戻ったのなら、今までの艤装が装備出来るはずだからね」

「はい……ご迷惑をおかけしました」

「迷惑だなんて思っちゃいないよ。陽炎も言っていたが、アンタにゃ何も罪が無いんだ。それはアタシら全員の意思だからね。気にするんじゃないよ」

 

 こればっかりはどうしても罪悪感が付き纏う。私も振り切るためにはそれなりに時間を使った。これに関しては、私達が側にいてあげることでケアしていくのが良さそうである。私の時のように。

 

「じゃあ、今日は解散としよう。長門、アンタもすまなかったね」

「いや……私としてもよく出来た方だと思う。少しだけ、対人関係に自信が持てた」

 

 今回のMVPはどう考えても長門さんだ。裏で駆け回ってくれたおかげで、ここでの作業がスムーズに出来た。最後はドタバタになってしまった感じにも思えるが、アレだけ騒いでいても誰もここに駆けつけなかったのは裏で手を回しておいてくれたおかげ。

 それもこれも、長門さんが吹っ切れ始めたおかげだ。私も感謝しかない。

 

「戦うことが出来ずとも、皆のために動くことは出来るんだな」

「ああ、その通りだ。アタシもアンタに艦娘として仕事をしろとは言わない。ここでやりたいことをしてくれりゃいいんだ。食堂の手伝いも様になってきたみたいだしね」

「まだ料理は出来ないがな」

 

 長門さんがクスリと笑みを溢したように見えた。長門さんがここに所属してから初めての表情。その瞬間に立ち会えたことが、一番嬉しかった。

 

 

 

 時間としてはもう夜。夕食を終えた後だったため、あとはもうお風呂に入って寝るだけ。医務室でのことは全て終わったので、私と沖波は先んじて撤収させてもらうことになった。長門さんは少し司令や速吸さんと話があるとのこと。メンタルケアの面で話があるとかだろうか。

 ということで、2人でお風呂。昨日まででは考えられなかった状況である。時間が少し遅い時間のため、周りには誰もおらず、大浴場に2人だけ。なんだかすごく贅沢をしているような感覚である。

 

「体調はまだ良くない感じ?」

「そう……だね。まだ気怠いかな。ストレスで熱っぽかったから、それがまだ残ってるんだと思う」

「じゃあ、今日はゆっくりグッスリ寝ないとね」

 

 沖波はスッキリしていると言っていたものの体調不良が残っているため、今晩はグッスリ眠ってもらうことにした。誰にも邪魔をされず、何事もなく熟睡出来る環境で、最後の疲れを癒してもらいたい。

 

「ひーちゃんの部屋で寝ちゃ……ダメかな」

 

 そうしたらこれである。私としては嬉しいのだが、本当に沖波はそれで落ち着けるのだろうか。ついさっきまで激しい嫌悪感を持ち、治療により大分払拭されたかもしれないとはいえ、さっきの今で大丈夫だろうか。

 

「大丈夫? 無理してない? 嫌悪感は無くなりきってないんでしょ?」

「そうだけど……今はそれが正しいって思えるから。何でだろうね……ひーちゃんに分霊してもらったからかな」

 

 私が指を突き刺した胸元に触れて、すっと目を瞑った。あの時の感覚を思い出しているのか、苦笑するかのように表情が崩れる。

 

「あれだけ嫌だ嫌だと思っていたのに、分霊をしてもらったら嫌な気持ちがだんだん薄れていったんだ。今でもあの時の気持ちは少しだけ残ってるけど……あの時とは全然違う。こうやって素直に話せるもん」

 

 まだぎこちないが、私にも笑顔を見せてくれるようになった。もう睨み付けてくることもないし、目を逸らすこともない。普通に話もしてくれる。多少の()()()は残っているとしても、明らかな嫌悪感を見せるようなことはない。

 本来の笑顔を取り戻せるまでは、私は沖波と親身に付き合っていきたい。それが沖波にとって鬱陶しいものだったら困るが。うまいこと付かず離れずで。陸奥さんみたいな揉め方はあまりよろしくない。

 

「ありがとうね、ひーちゃん。このモヤモヤする気持ち、きっと振り払うから。出来れば……側にいてほしいな」

「おっきーが望むなら、私はそれを叶えるよ。そういうのが親友ってもんだと思うから」

「……あはは、あんなことした私でも、そう言ってもらえると助かるよ。いざという時は、また分霊して。定期的に魂を見てもらえると嬉しい」

 

 それは正直やるつもりではあった。数値上では元に戻った扱いではあったが、完璧に治っているとは限らない。機械で計測出来ること以外に何かあるかもしれない。それを視ることが出来るのは私だけなのだ。みんなのためにも、この魂の確認はしていくべき。沖波はとりあえず明日の朝にでも1回やっておこう。

 

「ここだけは残っちゃったね」

「これは……うん、ひーちゃんと同じ後遺症なんだと思う。身体に出るのは勘弁してほしい……かな」

 

 ここまで治療は上手く行っているが、唯一後遺症として残ってしまった部分がある。私と同じで、髪に白のメッシュが入ってしまったことだ。特に沖波の髪は艤装の影響で不思議な色合いをしているのに、そこに新たな色が交じってしまったため、遠目で見ると少しだけ違和感がある。

 魂の洗浄は出来たとしても、肉体に表れた後遺症は取り払えなかった。それだけは申し訳ない。完全に元通りとはいかなかった。

 

「でも……大丈夫。あの時のことを忘れられなくしてくれる後遺症なら、私は受け入れるよ」

 

 私への嫌悪感が大分払拭されたことで、今度は罪悪感の方が上回ってきている。

 

「ごめんねひーちゃん……こんなことになっちゃって」

「いいんだって」

「ひーちゃんの治療のおかげでやっと謝れる。さっきまでは……なんで罪悪感なんて持たなくちゃいけないんだって気持ちもあったから」

 

 そういう方向でも今の罪悪感が刺激されてしまっているのだろう。一度私を殺しているという事実がどうしてものしかかってしまっている。

 先程までは罪悪感を上回る嫌悪感のせいで、謝罪以上に苛立ちの方が大きかった。嫌いな奴を殺したことを何故悔やまなくてはいけないのかと。だが、正気に戻った今、沖波はその全てが罪悪感としてのしかかってきている。

 

「大丈夫。奇跡があったとはいえ、私は生きてるんだから」

「でも、奇跡が無かったら……」

「もう起きた後なんだから、偶然でもなんでもなく必然なんだよ。私はあの場所で死ぬべきじゃなかったって、世界が認めてくれたんだ。生きておっきーを救えってね」

 

 だから女神(母さん)があの場に舞い降りたのだと思う。成すべきことを成すために、ここで倒れてはいけないよと。おかげで私はこうしてまた沖波と仲良く話が出来ているのだ。

 女神の前例は他に無いわけでは無いと聞いている。私以外にも同じように女神の奇跡により死を乗り越えた者がいるのだと思うと、その子達はどんな子なのかが気になるものだ。

 

「ありがとう……ごめんね」

「もう謝らないでよ。次謝ったら引っ叩くよ」

「……それは嫌だなぁ。もう痛いのはゴメンだよ」

 

 少しは冗談も通じるくらいには回復しているようで何よりである。

 

 

 

 お風呂から上がり部屋に戻ると、待ち構えていたかのように異端児駆逐艦の面々が揃っていた。沖波の部屋ではなく、私の部屋で。

 

「やっぱり、2人でこっちに来たっぽい!」

 

 その予測をしていたのは夕立のようだ。相変わらず勘がいい。

 

「みんなに御触れが出た時点で、姉さんがちゃんと沖波さんを治してくれるのだと信じていました」

「夕立ちゃんがね……絶対2人で帰ってくるからって」

 

 萩風と磯波も、私達が治療を終えて仲良く帰ってくると信じて疑わなかったようだ。そこまで信用してもらえるとは。

 

「オキ、もう大丈夫? ゲロ様のこと嫌いじゃない?」

「……うん、もう大丈夫。まだちょっとだけ残っちゃってるけど、自然と無くなっていくと思うから」

「割と強引な方法で治療しちゃったから、私としても心配ではあるんだよね。だから、明日の朝にまた沖波の魂を見せてもらうつもり」

 

 こうやって部屋に5人で集まるのは、何だか久しぶりに思えた。実際は1日2日のことなのだが、1人で眠ること自体が少し寂しく感じるくらいだったし、この環境に慣れすぎている感じもする。

 私も大分開き直ってきたし、誰かの温もりがないと眠れないとかそういうことも無くなっている。悪夢も振り払うことが出来たのは大きい。もしかしたらそれも女神(母さん)のおかげかも。

 

「じゃあ、これでまた元通りっぽいね」

「そうだね。全部元通りだよ」

 

 ここの人間関係は、太陽の姫が現れる前の状態まで戻ったと言える。感極まったか、夕立が沖波に飛び付いた。いつもは私にやってくることだが、今回は主役の沖波に。

 だが、クンカクンカと鼻を鳴らした後にスッと身体を離した。そしてもう一度顔を近付け、身体中を舐めるように匂いを嗅いでいく。

 

「オキの匂い、無くなってるっぽい」

「あ、そうなんだ……M型に戻ったからかな」

 

 そういえば、それだけは私にはわからないことだった。D型異端児にしかわからない、巫女特有の魂の匂い。つい先程までは沖波にも染み付いてしまっていたそれは、夕立曰く残り香も無いらしい。

 それを言われたからか、磯波も沖波の匂いを嗅ぎに行き、その匂いが無いことを確認した。2人に同じことを言われたらそれはもう確定事項。

 

 私の分霊で綺麗さっぱりにしたことがそこにも影響を与えていたのだろう。おそらくだが、しっかりと消した魂の黒ずみが匂いに繋がっていたのだと思う。

 長く澱みに浸かっていた長門さんや萩風の魂には無かった辺り、やはり太陽の姫の分霊はそれそのものの質が違う。巫女にされたら、死んだ後に元に戻っても魂に遺恨を残すほどに強烈で凶悪、そして厄介。

 

「本当に元通りなんだね……改めて、ありがとう、ひーちゃん」

「どういたしまして」

 

 まだぎこちない笑みではあるが、沖波は少しずつでも元気になってくれている。明日になれば体調不良も無くなるだろう。私と一緒にいることでストレスを感じてしまうようなら少し困るが。

 

 

 

 これでようやく、前に進める。沖波と一緒に。元通りの関係で、次の戦いへ。沖波をここまで苦しめた太陽の姫への憎しみは、今まで以上に膨れ上がっていた。

 




長々続いてきた沖波を巡る話はこれで終了。関係性は元に戻り、鎮守府全体としても次の戦いに進むことになります。本来の目的、太陽の姫の撃破のために。


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決戦に向けて

 翌朝、鎮守府内の心配事が片付いたおかげか、とても気持ちよく目覚めることが出来た私、陽炎。久しぶりに異端児駆逐艦が全員集合した状態で眠ったからか、悪夢なんて見なかった。相変わらず夕立は抱きついてきてるし、ここぞとばかりに磯波も私のところに来ているしで、少しだけ以前の日常が戻ってきたかのようだった。

 そして問題の沖波。スッキリと目覚められたということは、沖波も魘されるようなことは無かったようである。私が鈍感で、実は横で魘されていても気付かなかったと言われたら申し訳ないが。

 

「ふぁ、おはよぉ」

 

 私が目を覚ました時には磯波や沖波は既に身支度中である。夕立の拘束は相変わらず。今日は脚まで絡めてガッチリホールドである。少し久しぶりの添い寝になったわけなので、こうなってもおかしくないかもしれないが。

 

「おはようひーちゃん。すごくグッスリ眠れたよ。ストレスも無くなったみたい」

「良かった。その……まだ嫌悪感とかある?」

「少しだけ。でも、違和感程度になってるから大丈夫だよ」

 

 笑顔はまだぎこちないままではあるが、本人の言葉は信じる。現状維持で過ごして、私に慣れていってもらうしかない。やれることはやったのだ。ここからは良くなるだけ。悪化することは無いはず。

 

「夕立、起きな」

「ぐえ」

 

 背中で押し潰し、夕立も起こしておく。私は今からやらなくてはいけないことがあるのだから。

 

「やばいっぽい。ゲロ様の匂い、前よりも安眠効果あるっぽい」

 

 目は覚ましたようだが、私の背中から離れようとしない。むしろべったりくっついてクンカクンカと匂いを嗅ぎ回している。慣れたものだが、鼻息がくすぐったい。

 

「M型になったからかな」

「わかんないけど、なんかママに添い寝してもらってる感覚っぽい。寝ようと思えばこのまま寝られる」

「起きろ」

 

 このままだと本当に二度寝しかねないので、無理矢理振り払って拘束を解いた。夕立に抱きつかれたままでは、私も身支度が出来ない。

 拘束が解けたところで、まずは沖波の魂に触れさせてもらう。かなり強引な分霊による治療だったので、何かの間違いが無いかどうかはここで確認しておきたい。

 

「うん、私が見る限り、昨日と同じ。大丈夫、何も変わってないよ」

「そっか、良かった」

 

 昨日もそうだったが、沖波の魂は一際綺麗だ。やはり元々がM型異端児、世界に選ばれた者なだけある。特に沖波は、この鎮守府でもM型同期値がトップでもあったし、それが影響しているのだろう。

 そうなると、太陽の姫と対を成す私の魂はどんな感じなんだろうか。つい最近までは多分真っ黒だったのだろうが、今やD型の同期値は完全に0となっているし。

 

「姉さん、インナーはもう使わないんですか?」

「ああ、そうだね。匂いで他人を狂わせるようなことも無くなったし、一旦卒業かな」

 

 身支度をしていくうちに萩風に問われる。昨日もそうだったが、今日も初月インナーではなく、本来のスパッツを選択。これも太陽の姫の呪縛から逃れた証みたいなものだ。

 今までは私の魂の匂いのせいでD型異端児に迷惑をかける可能性があったが、もうその心配もない。夕立みたいに気分を落ち着かせるために嗅ぎに来られる可能性は一応考えてはいるものの、やはりこちらの方が()()()()()というもの。

 とはいえ脱力回避で脚を痛める可能性がまだあるため、そうなった時はまたサポーターという形で使うかもしれない。

 

「D型のままだったら沖波に使ってもらおうかと思ったんだけどね。その辺りも治ってよかったよ」

「そもそもサイズ合わないよ。胸とか。胸とか……」

 

 自分で言って落ち込むんじゃない。

 

 とまぁ和やかな雰囲気で朝が始まった。ようやく取り戻した、まともな関係性だ。せめて鎮守府で過ごす時くらいは、ずっとこんなやりとりをしていきたい。

 

 

 

 私と沖波のいざこざが終わったことで、改めて太陽の姫の本拠地への襲撃についてのことが再開される。その会議をするため、朝食後に全員が集められて朝礼が開かれた。

 現状では、光の双子が沈没船を発見したものの、近付くだけで猛烈な抵抗をされるということが判明している。そもそも戦艦の姫級やレ級が毎回のように出てきている時点で、あの場所に秘密があることはわかっていることだ。

 そのせいで、ここ数日は調査は一時中断。対策を考えるために諜報部隊が日々頭を悩ませている状態。今日もおそらくあちらへの調査任務は行われない。

 

「海の中も相当カッチカチだよ。いや、むしろこっちの方がしんどいかも。上から爆雷来るわ真正面から魚雷飛んでくるわ」

 

 イヨがボヤくように話す。あの海域を調査している時の一番の被害者は、沈没船に一番近付くことが出来る潜水艦である。どうしても見られたくないのだろう、レ級すらも潜水艦を排除することに専念する程だ。

 ならあれは一体何なのだろう。本拠地だろうとは思うのだが、それ以上に重要なものなのだろうか。中に何かがあるとでも。

 

「その件だが、その船が何かというのは物部にも連絡はしているが、こちらでも調べている」

「……由来とかわかれば、攻略法も見出せるかも……?」

「ああ、その通りだ。奴はオカルト要素が大きいからね。どういう存在かがわかれば、有効打が考えやすい」

 

 とはいえ、防衛線が異常なのは周知の事実である。有効打が見つかったところで、それを超える数の敵がワンサカ湧いてこられたら、勝ち目があっても届かない。結果的にジリ貧になる。

 

 やはり人数が足りないのだ。ここまで大事になる戦場なんてそうそう無いと思う。各鎮守府に艦娘を散らばらせている方針もわかるが、今回の敵は侵略者の大ボスみたいなもの。一鎮守府の力だけでは、攻略がかなり難しい。

 だからいろんなところに力を借りている。今もここにいてくれている諜報部隊もそうだし、現在準備中の呉内司令率いる外人部隊もそれだ。あちらの数の暴力には、こちらも精鋭を全力投入せざるを得ない。

 

「呉内の部隊はもう少しで準備が出来るそうだ。早けりゃ明日、遅くても数日中に来られるらしい」

「メンバーは前と同じですか?」

「今のところは替えるとは聞いていないね」

 

 それを聞いた霧島さんは少し表情が歪む。おそらくサウスダコタさんのことを思い出したのだろう。

 メンバーが替わらないということは、鷲の目(アクィラさん)が来てくれるということ。今のところ沈没船がある海域にはギリギリまでしか近付けていないため、調査もほとんど進んでいない。ならば、そこを確認してもらえることはとても大きい。

 

「潜水艦! イヨ達だけだと足りないから潜水艦追加で!」

「イヨちゃん……静かにね……」

「姉貴だって酷い目に遭ったじゃん! なら、海の中も多い方がいいって。あと対潜部隊も絶対欲しい!」

 

 最前線の中の最前線に突っ込んでいるだけあって要求は多い。情報を確実に得るためというのもあるが、当然ながら命が大切だからというのもある。

 敵の大群に対して潜水艦2人というのは、多勢に無勢にも程があるというもの。敵の攻撃がある程度分散すれば、生存確率は上がるだろう。集中攻撃したら他の者がすり抜けて本拠地に近付くのだから、攻撃がバラつくのは自明の理。

 

 そして、敵潜水艦も厄介だとイヨは言う。潜水艦同士の戦いなんて、直線的で砲撃よりも遅い魚雷が真っ直ぐ突っ込んでくるだけなので、基本は回避可能。しかし、それが四方八方から来るとなれば話は別。逃げ道確保に精一杯になり、結果的に爆雷に被雷する羽目になる。

 ならば、海上からの対潜部隊も必要だろう。ヒトミとイヨを沈没船に近付かせるためにも、その道を開くための戦いをしなくてはいけない。

 

「話はしてみるが、期待はするんじゃないよ」

「やったぁ! これで確実に近付けるよ!」

「……感謝します。その分……お役に立ちますので」

 

 まだ増員がわからないのに大喜びのイヨ。ヒトミも少しテンションが上がったように見えた。

 

「で、今後の部隊だが、現場で太陽の姫とエンカウントする可能性も大分上がってきている。そうなった場合、攻撃が通る通らないの問題が出てくるだろう。話を聞いている感じ、奴はM型異端児の攻撃だけは避けたそうだね」

「うん。衣笠さんの攻撃を避けたくらいだからね。多分そういうことなんだと思うよ」

 

 前回の直々の襲撃の際、太陽の姫がしっかりと回避したのは、私と衣笠さんの攻撃だけだ。共通点は、M型異端児であることだけ。私はあの場でそちら側になったので、途中から効くようになったというのが正しいか。

 

「M型異端児の攻撃だけが効く。だが、M型異端児は太陽の姫に分霊を狙われる。えらく危険な状態だ」

 

 沖波がビクンと震えたのがわかった。その実害を受けているのは沖波のみ。どうしても嫌なことを思い出してしまうのだろう。

 私が治療したからといって、沖波に分霊の耐性がついたわけではない。また太陽の姫に爪を刺されれば、『空』に変えられてしまう可能性は高い。そういう意味では、戦場に出られなくなるくらいのトラウマを持ってしまったと言っても過言ではない。

 

「実質、奴の天敵は陽炎ただ1人ってことでいいのかい」

「多分……そうなるのかな。私は太陽の姫の分霊が効かなかったから。やられかけたけど、跳ね返したんだよね」

「その代わりにあちらさんも陽炎を殺すことに躍起になってくるわけだ。余計危険だねぇ」

 

 効かないとわかった瞬間に沈めろと指示を出したくらいだ。今の太陽の姫にとって、私はこの世にいてはいけない存在という認識になっているはず。それはお互い様である。

 

「天敵を増やせりゃいいんだが、それはまずいんだっけか?」

「私が分霊したら誰でもM型異端児になれるんだと思う。でも、分霊が効かなくなるかはわからないし、太陽の姫の対となる者ってアイツが言うくらいだし、多分同じ感じになっちゃうよ。意思を塗り潰して私の部下っていうか、()()()()()になっちゃう。それはダメでしょ」

「ああ、さすがにそれはダメだ。誰のためにもならないね」

 

 理解してもらえてありがたい。手段を選ばないというのなら、まず確実に鎮守府に所属する全員に分霊を施すことになるだろう。だが、それで分霊が効かなくなるかどうかはわからない。私があちらの巫女を分霊により横取り出来る可能性があるのなら、その逆だってあり得るわけだし。

 そもそも、意思を塗り潰してまでやるのは良くない。元に戻せる可能性が限りなく低いわけで、事が済んだ後でも私の部下というのが本当にダメ。一時の勝利のために人生を潰すのは、それこそ太陽の姫と同じになってしまう。それは私が嫌だ。

 

「だけど、M型異端児は確実に出ないとダメだと思う。危険かもしれないけど、攻撃は通ると思うし」

「ああ、その通りだ。勿論部隊には全員組み込ませてもらう。陽炎、衣笠、沖波。この3人は決戦の要として、戦場の中心になってもらうよ」

 

 流石に松輪を前線に立たせるのは気が引ける。そのため、今呼ばれた3人が中心となる。

 沖波は今の精神的に厳しいかもしれないが、否定をしなかったので出撃したいという気持ちはあるのだろう。なら、メンタルケアをして前に出られるようにしてあげたいところ。

 

「磯波はどうなんだい。M型の同期値は異端児のはずだが」

「あの時は……その、真っ先に狙われたので……」

「ならアンタの素質も見透かされているかもしれないね。出てもらうよ」

「……はい。私も……太陽の姫が憎いので、戦場に出られるのはありがたいです」

 

 一応M型異端児の素質がある磯波もメンバー入り。世界にも深海にも選ばれている唯一の存在として、その場を引っ掻き回せるか。

 

「とはいえ、まずはあの場がどういう場かを調べなくちゃならない。無理せず、奴の正体を探ることを優先する。今回は誰も触れられちゃあいけない戦いだ。あまり時間はかけたくはないが、慎重に行こう」

 

 それが一番だ。太陽の姫に触れられたら、その場で巫女にされる可能性もある。あちらも手段を選ばないなら、手当たり次第に分霊をしてもおかしくない。

 そしてその脅威は何も太陽の姫だけではない。まだ『雲』が残っている。当然だが『雲』は救出対象だ。いつも通り撃破するか、私の分霊が効果的ならそれで、人間に戻してやりたい。『雲』だって被害者だ。

 

「今は出来ることをやっていくよ。ありがたいことに、向こうは手の内を一部見せてくれたんだ。訓練にも気合が入るってもんだろう。じゃあ、今日も1日頼むよ」

 

 

 

 ここからがこの戦いの本番になるだろう。私という対抗策が出来たことで、勝ち目が無いということは無くなった。まずは奴が何者かをしっかり調べていきたい。




戦いは次の段階へ。太陽の姫への対策を練ることと、沈没船の正体調査。鎮守府でも調査しているということで、それに触れているのは勿論しーちゃんです。


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あの経験を糧に

 最終決戦に向けた準備が再開された鎮守府。潜水艦姉妹が発見した沈没船についての調査が裏で進められていく中、私、陽炎を含むM型異端児は、対太陽の姫の要として練度を高めていくことになる。自分がそちら側に属することになるなんて夢にも思わなかった。

 

 その前に、まずは沖波が艤装を扱えるかの確認。つい最近までは同期値が反転させられてしまっていたため、装備すら出来ない状態だったが、私の治療によりM型異端児へと戻る事が出来たため、その辺りも元に戻っているかを見ておかなくてはいけない。

 これでやっぱり艤装が動きませんでしたなんて事態になったら、先にその対策を考えなくてはいけない。体質がコロコロ変わってしまったことによる弊害なんて言われたらお手上げみたいなものだが。

 

「ちゃんと装備出来ましたね。この前とは違います」

 

 先に工廠に来たのは私と空城司令、そして当事者の沖波。夕張さんに用意してもらい、みんなに見守られる中、いつものように艤装を装備した沖波。幸いなことに、そこもしっかりと治療されたようである。例外とか出なくて本当に良かった。

 

「艤装自体は先日もそうでしたが、完全にサルベージしてます。()()()()()から何も変わっていません」

「それなら、艤装関連も完治したと言えるか」

 

 夕張さんが説明している間に、沖波はそのまま海上へ。装備だけ出来て動けないなんてことはなく、私達の知る沖波と同じ動きが出来ていた。

 あの戦闘の前の状態に全て戻っている。感覚を忘れているわけでもあるまいし、劣化は無いようなものだった。

 

「どうだい沖波」

「はい、思い通りに動くみたいです」

 

 これで本当に元通り。太陽の姫の巫女『空』の痕跡は全て消滅し、艦娘沖波が帰ってきたと言える。どうしても頭の中にはいろいろな感覚が残ってしまっているが、それは私達でケアしていけばいい。

 

「体調はどう? 朝は大丈夫そうだったけど」

「うん、その辺りも大丈夫。こうしてても普通だよ」

 

 精神的な問題で本調子ではないかもしれないが、行動に支障は無いようだ。訓練も参加出来そうとのこと。

 あの時のトラウマで、攻撃という行為が出来なくなるなんてことも考えられたが、その辺りは沖波には根付いていないらしい。精神的な負荷は全て私への感情に持っていかれていたということか。

 

「それじゃあ訓練になるわけだが、沖波、アンタはやれそうかい」

「大丈夫です。私も強くならなくちゃいけないのはわかっているので」

 

 精神状態はまだ完治とは言いづらいものの、沖波は艤装が装備出来たこともあって、やる気は充分だった。

 

 実際のところ、後遺症が私への嫌悪感だけだったおかけで、長門さんのような太陽の姫への忠誠心は微塵も残っていないらしい。そのため、あんな状態でも太陽の姫に対しては憎しみを募らせていたそうだ。物騒な言い方ではあるものの、そういうところは私と同じ気持ち。

 太陽の姫の巫女にされた私と沖波は、おそらく人一倍憎しみを持っていると思う。人生そのものを滅茶苦茶にされた私より、沖波はまだ控えめだとは思うが、それでも交友関係をズタズタにされかけたのだ。しかも理由が完全に私利私欲である。巻き込まれた時点で恨んで当然。

 

「それに……もしかしたらまだやれるかもしれないので、それを早いところ訓練しておきたいと思って」

「何をだい」

()()()()()()()()を」

 

 沖波、いや、太陽の姫の巫女『空』の技である紙一重の回避。全ての攻撃が()()()()という凄まじい技ではあるのだが、それは深海棲艦の身体能力があればこそ出来る可能性がある。

 私もそうだが、身体への負担がとんでもない。私だって脱力回避を使い続けたことでその場で倒れる羽目になった。とはいえ、何処に負担がかかるかというのは事前に知っておけば対策は出来るか。そもそも使えるかというのもあるが。

 

 あの時のことを持ち出してきたからか、空城司令が少し渋い顔をしたものの、そのやる気は認めて、技のための訓練を認めた。

 

「……わかった。陽炎、今日はアンタが監督してやってくれ。相手はもう用意してあるからね」

「衣笠さんと夕立だよね」

 

 何かあった時は、私が沖波を止める役を仰せつかった。一応『空』に勝っているという実績があるし、艦娘の身でも空を切る回避方法がガンガンに使えた場合、それに対応出来るのは現状私のみ。

 大丈夫だと思うが、万が一の時のことは基本的にいつも気にしておいた方がいい。私もそうだが、絶対に何も無いとは言えないのが現状なのだ。

 

「よろしくね……大丈夫だと思うけど」

「私がいたら沖波が安心出来るってなら、監督だろうが相手だろうがやるよ」

「うん、ありがとう」

 

 嫌悪感は違和感にまで落ち着いてくれているおかげで、私が側にいても不安定では無くなっている。むしろ、違和感払拭のために今まで以上に距離が近め。今まで顔も合わせなかった分を取り戻すかのようでもあった。

 

「相手もしてほしいな……あの時に私に当ててきた()()()()()の種明かししてもらわなくちゃいけないし」

「ああ、そうだったね。戻ったら丁寧に教えてあげるって約束してたっけ」

 

 あの技はまぁ誰かと演習するときにでも見せながら種明かしをしよう。おそらく、『雲』撃破にも有効な技だ。教えれば他の誰かも出来るかもしれないし。

 

「じゃあ、訓練を頼んだよ。アタシゃ双子が発見したっていう沈没船のことを調査したいんでね。しーや諜報部隊の子達が頑張ってくれているが、手が多い方がいいだろう」

「了解。お互いにやれることをやっていく感じで」

 

 私がやれることは戦力増強だ。今はそれに専念していこう。

 

 

 

 沖波の訓練の相手をしてくれるのは、衣笠さんと夕立。M型異端児である衣笠さんは、強化最優先の人材だ。夕立は単純に駆逐艦の中でもトップクラスの実力であるために選ばれている。

 

「ふっふっふ、オキの相手はこの夕立っぽい!」

「この子が聞かなくて。気持ちはわかるけどさ」

 

 仁王立ちで待ち構えていた夕立に、苦笑する衣笠さん。沖波の相手をまずやりたいと、待っている間にずっと言っていたそうだ。

 あの時の沖波は『空』だったし、夕立自身がボロボロの状態だったとはいえ、夕立は沖波を前に撤退を選択させられているというのが心残りだったらしい。正直八つ当たりに近い気がしないでもないが、夕立はこういうことを言い出したら聞かないため、衣笠さんも手を焼いた模様。

 

「とりあえず1対1で。私は監督役頼まれてるからさ」

「オッケー。オキ、やるっぽい! 夕立としてはリベンジっぽい!」

「あの時の戦いはあんまり思い出したくないんだけど……」

 

 沖波としては辛い過去なのだが、夕立はお構いなしである。腫れ物扱いをされる方が落ち込んでしまう可能性もあるが、あまり触れすぎるのもよろしくない。沖波は多分そこまで触れない方がいいタイプだと思う。

 しかし、そんなことを言いながらもあの時に使っていた技を今でも使えるか確認すると言い出したのだから、沖波は前向きだ。私の説教が効いたかななんて自惚れたことを考えてみたり。

 

 そして演習開始。私は衣笠さんと遠目で2人の戦いを眺めることになった。監督役ということは、第三者の視点で2人の戦い方を確認して、何かしらのアドバイスが出来ればする。

 

「うわ、すごいね夕立。相変わらず真正面から容赦無いなぁ」

「沖波の手札わかってるんだもんねぇ。そりゃあんな撃ち方にもなるよね」

 

 衣笠さんが感嘆の声をあげながら観察。主に夕立側を見ているようだが、確かに凄まじい猛攻から始めている。逃げ道を無くすかのように移動先を封じる場所を狙っていた。

 沖波があの空を切る回避をしてくるという前提で撃っているのがよくわかった。紙一重になんてさせないと最初から対策済み。

 

 沖波はそれでも全て()()()()()()()()()。艦娘の身でありながら、動きだけなら『空』の模倣が出来ている。私の脱力回避とはまた違った超絶回避。隙間を縫っているというよりは、飛んでくる位置を予測して既に回避が済んでいるというイメージ。仲間からの砲撃なら尚のこと回避がしっかり出来ている。

 身体の動かし方、力の入れ方と抜き方は、あの時の記憶が残っているのだから可能だ。それに身体がついてきてくれるのなら良し。ダメなら諦めるというのが基本。沖波の場合は身体がちゃんとついてきてくれている。

 

「当たらないっぽい!?」

「出来る……ちゃんと出来てる……!」

 

 回避の力というよりは、予測の力。身体よりも頭を使っている感じか。元々冷静な沖波なら、今その場で熱くならずに全て予測することも出来るかもしれない。紙一重で避けることを知っている夕立の砲撃だからこそ、逆に予測しやすそう。

 あとは身体能力になるわけだが、紙一重ということは必要最低限の動きで終わらせるということにも繋がるわけで、体力の消費はそれなりに抑えられているように見える。実はかなり万能なのでは。

 

「わ、すごい。沖波が押し始めた」

 

 回避しながらの攻勢に出る。避けては撃ち、夕立の猛攻を少しずつ止めていく。乱射されるから余計に考えることが増えるわけで、それを止めるための砲撃をすることでさらに体力の消費を抑えていこうという算段だろう。

 その作戦は見事に上手く行き、最初の猛攻はどんどん抑えられ、夕立も回避が少し多めになってきている。攻撃回数が減れば、その分回避に頭を使わずに済むので、沖波的には効率がいいだろう。

 

「ぽいっ、ぽいっ!」

 

 しかし夕立も負けてはいない。最初から持っている天才的な身体能力で、沖波のその猛攻を確実に回避していた。あくまでも艦娘がやれる範囲での回避なので、沖波との対比がわかりやすい。

 並べて見てみると、沖波の回避が普通では無いことがわかる。撃つ前には回避が終わっているために、撃ったところで当たらない。連続使用も可能と来た。意味合いは違えど、脱力回避に近しいインチキ回避術である。

 

「あー、わかっちゃった。オキ、次は当たるかもしれないよ」

 

 だが、撃つ前に避けているようなものなので、想定外に飛んできたものには弱い。例えば私のブレ弾みたいな。

 それをすぐに思いついたようで、夕立はわざと()()()()()砲撃をし始めた。反動を抑えるのではなく、反動に身を任せた砲撃。そのせいで、本来狙っている場所とはズレた位置に飛ぶように。

 予測出来ないものには弱い。それが今の沖波の弱点。それを即座に夕立は看破していた。演習でも手を抜かず、相手がどうであれ全力で叩き潰す方針はやめない。だから自分の弱さがわかる。演習相手には最適な強敵だ。

 

「夕立ちゃん、そういうところ本当にすごいね」

「ふふん、オキもすごく強くなったっぽい。相手してて楽しいよ!」

 

 結果的に、沖波は普通の回避と『空』の回避を織り交ぜる形での戦いになる。その時その時に判断して、どちらが最適かを瞬時に判断。だがそれは、想定していたものよりも遥かに過酷な戦い方であることを身を以て知ることになったようだ。

 

「あー、あれは結構キツそうだね」

 

 先に気付いたのは衣笠さん。その後、私も気付いた。夕立の猛攻を回避し続けている間に、沖波の脚がモタモタとし始めている。その場でどちらの回避を使うかを判断するということは、予測の幅が格段に上昇しているということ。頭と身体、両方同時に使っていることにより、負荷が一段と激しい。脱力でどうにかしている私とは違い、疲れという形で如実に現れてしまっていた。

 深海棲艦の身体ならフィジカルの部分も馬鹿みたいに強化されるので、あれだけ動きまわっても消耗らしい消耗はしていなかっただろうが、艦娘の身ではすぐに消耗し切ってしまった。体力消耗を軽減するための技なのに本末転倒。

 

「オキ、体力なさすぎっぽい」

「ち、違う、これ、倍以上の疲れが」

「問答無用っぽい!」

 

 そして結局、夕立の猛攻は最後まで止まらなかったせいで、沖波は1発貰うことに。結果、その演習は夕立の勝利ということで終了となった。

 

 

 

 1回の演習でゼエゼエ言ってしまっている沖波。とはいえ、自分の弱点が如実に現れてくれたおかげで、今後の訓練方針が決まったとも言える。演習は演習で必要だが、さらなる体力作りも必要だ。また速吸さんの特訓が待っていることだろう。

 

「なるほどね、狙い撃ちタイプなら余裕で勝てるんだ。でも、お構いなしの乱射はちょっとしんどいのかな?」

「みたいです……予測出来るのは全部避けられるんですが……今の夕立ちゃんみたいに()()()()()()()()()()()()は大きく回避するしかなく……それでいつも以上に体力を使う感じです」

 

 衣笠さんと一緒に自身の特性を的確に分析し、次に繋げる沖波。あんなことがあっても、それを糧にして成長しようとしているのだ。私も負けていられない。

 




沖波の新たな技、『空』の回避。狙いを定めてくる相手には無類の強さを発揮する代わりに、下手くそ相手だと無力になるという本来とは逆の動き。


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蜃気楼と屈折

 M型異端児に夕立を加えた4人で延々と演習を繰り返し、午前中は終了。全員が勝ったり負けたりを繰り返し、ペイント塗れになっていた。

 私、陽炎も例外ではないのだが、他よりは少ない。脱力回避のさらに上、蜃気楼の動きは出来るものの、あれはいつもの脱力回避以上に脚への負担が大きい。以前よりは鍛えられたものの、繰り返しやればガタが来る。そこをきっちり狙われた。

 やはり脚には何かしらのサポーターが必要かもしれない。また戦場のど真ん中で動けなくなっては困る。

 

「ひーちゃん……脚大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。お風呂入れば治るからさ」

 

 私の脚の負傷には沖波も思うところがあるため、やたら心配してくる。脱力回避と高速移動の使いすぎで傷めたときが、まさに『空』との戦いの最中だった。そのせいか、沖波としてはどうしても気になってしまうようだ。

 あの時は本当に何も考えずに使い続けていたからダメだったのだが、今は限度を考えているし、しっかり休息も取れている。現に今、自分の脚で工廠に戻れているのだから問題ない。

 

「いやでも凄いねあの動き。膝にも負担かかるよあんなの」

「それにしっかり対応してくる衣笠さんは何なの」

「いやぁ、一応菊月に聞いてたからね。その時からまたタイミングとか変わってるから、自分なりに昇華したよ。『雲』対策も兼ねてるしさ」

 

 今回の演習では衣笠さんに一番苦戦した。事前に『雲』対策の件を菊月に聞いていたらしく、それを私に当て嵌めて演習をやっていたらしい。だからと言って、私の脱力回避を動く前に潰してくるのは菊月以来なので驚いたが。

 衣笠さんもM型異端児、勿論『雲』からの分霊は効かない。対太陽の姫だけならず、対『雲』としても中心人物になるだろう。私に対してここまでやれるのだから、本番でも期待出来る。

 

「でも、あの残像みたいなの残すのは追い付けないよ。今はちょっとお手上げ」

「まぁアレはほら、私にもそれ相応の負荷がかかってるからさ」

「それも倒せるようになれば完璧ってことだね」

 

 そうしたら私はもっと使いこなせるようにならなくてはならない。まずは脚への負担を減らすサポーターの発注。今のところは初月インナーで十分か。匂いの心配はもう無いが、脚のサポーターとしての効果は期待出来る。セパレートタイプだし下のタイツ部分だけ使うのもアリだ。午後からはそうしよう。

 ゆっくりかもしれないが確実に私達は強くなっている。太陽の姫との決戦までには完璧に仕上げたいところだ。

 

「その前に()()()()()も攻略しないと……」

「あれ、敵がやってくると思う?」

「やってこないと思う。あんなのゲロ様にしか出来ないもん。お手上げっぽい」

 

 私特有の必殺技、曲がる砲撃。約束通りちゃんと種明かしをしたが、いつも自信満々な夕立ですらこの発言。ちょっと私も満足感。

 私だってみんなのやることが出来ないものばかりなのだから、これくらいの誰にも模倣されないような必殺技くらい使わせてもらわなくては。

 

 

 

 午後からはメンバー変更。夕立は離脱し、私としては少し因縁の相手、菊月が参加する。

 当然夕立は駄々を捏ねたが、仕事として今度は萩風の特訓であると聞くと目の色を変えてそちらに向かっていった。萩風の成長も夕立としては楽しいらしい。D型異端児仲間として、後輩を面倒みたいようだ。

 

 実は菊月の参加は私がお願いした部分もある。それを望んだ理由は、みんなが納得してくれた。司令も納得してくれたので、この対戦が実現したわけだ。

 

「この菊月を使いたいとは、陽炎、何か目的があるのか」

「まぁね。()()()()をお願いしたくてさ」

 

 脱力回避の弱点をいち早く見抜いたのは他ならぬ菊月である。あの後に演習をする機会が無かったというのもあるが、私はその時点では菊月に勝てていない。今の私ならどこまで通用するかを知っておきたかった。それに、通用するにしても、すぐにひっくり返される可能性もある。

 実力を過信したくなかったため、菊月を使って私の今の力の何処に抜け道があるかを知っておきたかったのだ。それだけ菊月の『心眼』には信頼を置いている。

 

「よかろう。初見になるわけだが、見抜いてやる」

「助かるよ」

 

 ギャラリーには衣笠さんと沖波もいる。あらゆる方向から私の技を見てもらって、欠点を探してもらいたい。

 欠点が見つかって負けるのなら、今以上に成長が見込める。欠点が見つからないのならそれは完成として、次の戦術を考えられる。どちらに倒れても私のためになる。

 

「ならば加減はいらぬ。全力でかかってくるがいい」

「そうさせてもらうよ。私、菊月には勝ててないから」

「まだ譲らんよ」

 

 本当に譲られない可能性があるから困る。だが、さすがにここいらで一度勝ちをもぎ取っておきたい。

 

 いつものように一定距離を空けてから演習開始。立ち上がりはいつもゆっくり始まる。菊月からの砲撃は、相変わらず嫌らしい場所を狙ったもの。特に今回は私の手の内をある程度知っている状態からの始まりなので、最初から脱力回避を牽制するかのように足下を狙ってくる。

 脚から力が抜けるという脱力回避の弱点を初めて突いてきたのは菊月なのだから、そもそも回避をさせない方針での攻撃に出ている。それは困るが、幸い普通に避けていられるので、少しずつ少しずつ間合いを詰めていく。

 

「早速、見てもらおうかな……!」

 

 脚から脱力するいつもの回避とは違う。脚だけでなく、全身から一気に力を抜いた。全身から力を抜いた代わりに艤装から力を注ぎ込まれた力の塊になったような錯覚を覚える。

 そして、陽炎の如く揺めき、牽制のための砲撃すらもすり抜け、菊月の横へと移動した。菊月の主砲は、今の私から見れば完全にあらぬ方向を向いている状態。いつもの脱力回避とは質が違うことに気付いたようで、あの菊月も目を見開く。

 

「……『蜃気楼』か!」

「私もそう思う。陽炎も蜃気楼も近しいものでしょ」

 

 やはり、私が移動する前のところにまだ照準が残っている。残像が残っているかのように、今の一瞬だけは翻弄出来ていた。

 

「隙あり!」

「そんなものは無い」

 

 すかさず砲撃を放ったが、菊月には紙一重で避けられてしまった。撃つ直前には私の方に目が来ており、そして撃った瞬間には避ける方向を計算して、今実際に避けている。殆ど沖波の『空』の回避に近いことを、持ち前の動体視力だけでこなしてしまっている。

 沖波は予測で目で見ていないところまで避けてしまうが、予測不可能なところには弱い。対する菊月は、見えないところからの不意打ちには弱いが見えているところからなら即座に判断して回避する。あと言っては悪いが小柄だから的が狭い。おそらくそこも活かしている。

 

「この菊月に当てたければ、もっと後ろに行くんだな」

「ご忠告どうも!」

 

 返しで放たれた菊月からの砲撃は、再び脱力回避により擦り抜け。今度は蜃気楼ではなく通常版。こちらの方が負荷は軽い。初月インナーがある今なら気にならない程度にまで抑え込まれている。

 だが、こちらは菊月にはもう効かない。今回は大丈夫だったが、避けようとした瞬間に脚を狙われるという弱点も既に看破されている。

 

「それなら、もう1つを出させてもらうよ」

「全部出せ。この菊月が、全て看破する」

「頼むよ。むしろ看破して!」

 

 回避しながら菊月に向けて手持ちの主砲からの砲撃。ブレ弾ではあるが、今回は一味違う。今の存在になってから成長した私の、新たな技。

 

「ブレ弾は大きく回避すれば」

「いや、もう()()()()()()()()

 

 その時、手持ちの主砲と同時に備え付けの主砲も放っていた。手持ちよりも砲撃音が少し小さめに変化しているそれは、私の意思を艤装が汲み取って完全に再現する最高の相棒。

 その命中精度は他の追随を許さない。私が意識してしまえば、艤装がしっかりとそれを判断して確実に撃ち抜く。それが()()()()()()()()()()

 

「『屈折』」

 

 ブレ弾に精密射撃がぶつかり、そこから急激に砲撃の方向が変化し、菊月が回避した方向へと曲がった。急カーブとは言わないが、紙一重で避けようとしたら確実に直撃するであろう不意な変化。

 菊月は大きく避けようとした瞬間だったが、曲がるとは想定していなかったため、その砲撃は二の腕に直撃した。

 

「なっ……!?」

「さすがにこれは1発目には回避出来ないよね!」

 

 そしてそのまま『蜃気楼』。一撃喰らったところでもこちらを狙ってきた菊月だが、狙いを定めた先には私はもういない。2つの技で翻弄し、私は菊月に触れられる程にまで接近していた。

 

「……参った。これはこの菊月にも想定外だった」

 

 これにより菊月が敗北を認めた。もう苦笑するしかなかったようだ。

 

 

 

 演習後、今の戦いの中でわかったことを教えてもらうのだが、総じて()()()()()()()()であった。原理はわかれど、再現が出来ない。あの夕立ですらお手上げと言った、私にしか出来ない渾身の必殺技。

 

「砲撃を砲撃で捻じ曲げたのか」

「そう。手持ちと備え付けだと弾速とか砲撃音とかが違うみたいで、やれるかなって思ったらやれたんだよね。思い込みと自信は必要だねぇ」

 

 これが曲がる砲撃の正体だ。自分の砲撃に自分の砲撃を当てることにより、本来狙っている方向から別の方向に曲げる。さすがに直角に曲げることは出来ないものの、回避方向に対して曲げることくらいは出来る。

 私の腕だけでやっているとは思っていない。これは私の一番身近で頼れる相棒の力。世界に選ばれ、太陽の姫の対となる者へと覚醒した私にもついてきてくれた、私のための艤装の力を最大限に活かした必殺技だ。

 

「あれは真似出来ないよ。外から見てても意味わからなかった。撃った弾が菊月に吸い込まれるように曲がったんだよ」

 

 衣笠さんもお手上げ的な発言。主砲を2つ持っていてもそうはならないだろうというのが素直な感想らしい。現に出来ている。現実を見よう。現実離れしていても。

 初めてこれを喰らっている沖波も、疑問ばかりである。午前中に種明かしをしても、ずっとハテナマークが浮かんでいたくらいだ。

 

「もういろんな人の技の模倣みたいなものだけどね。魚雷撃ち抜く夕立とか、敵の砲撃に自分の砲撃当てて逸らした由良さんとか」

 

 私の持つ技は、この鎮守府で学んできたことを全て活かしたものだと自負している。私はこの鎮守府で戦ってきたからこんな成長を遂げられた。

 菊月に説明した通り、『屈折』は夕立や由良さんを参考にした部分が大きい。脱力回避だって本を正せば加古さんからの教えを忠実に再現した結果生まれたもの。そしてトドメは、陸奥さんや木曾さんから教わったイメージの力と、霧島さんから教わった出来るという自信。

 

「これの弱点を探すのか。骨が折れそうだな」

「頼むよ菊月。私の成長のために」

「いいだろう。直に受けたからな、次は外からの目で見たい」

 

 どんな目からでもいい。私の持つ物に何かしらの欠点が無いかは早急に知りたい。強くなるためには、自分1人だけじゃダメだ。言い方は悪いが、使えるものは全て使って、さらなる高みへ。そうすれば、あの太陽の姫にだって届く。

 

「さすがは選ばれし者ということか。もう殆ど人間離れしているな」

「全部この子のおかげだよ」

 

 そう言いながら艤装を指差し、軽く撫でる。最初は従わせてしまい、次は察してくれるようになり、巫女から解放されても異端児としての性質が正反対になってしまってもずっと私の背中を守ってくれている。最初から頼れる相棒だったが、ここ最近はますます頼れるようになっている。

 この艤装のおかげで私はここまで来れている。最後までついてきてもらいたい。私も大切に使うから。

 

「じゃあ、続けるか。選ばれし者を超えることが出来れば、この菊月にも箔が付くというものだ」

「ついこの前まで勝てなかったんだけどなぁ」

「それは今とは違う。深海に選ばれし者から世界に選ばれし者へと変化した陽炎は全くの別物だ。全く……羨ましい限りだ」

 

 厨二出てる厨二出てる。

 

 

 

 ここから午後全てを使い演習を繰り返した。今回は初見というのもあったので、菊月の目を以てしても弱点らしい弱点は見つからなかったらしい。

 出来ることなら何かしら見つけてもらいたいので、今後もお願いしようと思う。いざという時は伊良湖さんにも出張ってもらうか。

 




陽炎の新たな技、『屈折』。敵の砲撃に自分の砲撃をぶつけて回避はよくあるけど、自分の砲撃に自分の砲撃をぶつけて捻じ曲げるはなかなか無いかなって。


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沈没船の謎

 私、陽炎が演習をしている間も、その裏側では太陽の姫の調査というのは続けられていた。戦いを優位に進めるためには、奴らの情報はどうしても欠かせない。

 

 調査のための出撃は現在中断中。近付けば近付くほど、酷い数の敵が溢れ出してくることで、謎の沈没船をこちらの目から隠そうとしてくるため、戦力をさらに上げてから強行偵察に出る方針で決まった。

 そのため、援軍として来てくれることになっている物部提督の部隊到着までは、資料などであの沈没船についてを調査し続けている。司令やしーちゃん、諜報部隊が総出でいろいろなデータを漁っているが、なかなか見つからないというのが現状らしい。

 

「いやもうホントに厄介。アレが沈んだのが10年以上前って想定すると、始まりの襲撃よりも前に沈没してるってことだよね。なのに全然、痕跡すら見つかんないの」

 

 夕食の時間。相席していた秋雲が間宮さん特製アイスを頬張りながらボヤいていた。ひとまず年代から当たりをつけて沈没船の素性を調査しているようだが、全くヒットしないらしい。

 

「船が沈んだっていうなら、何か事件になっててもおかしくないんだよ。イヨ達は直に見てるけど、遠目でもそれなりに大きいかなってのはわかったんだもん」

「でも……本当に何も出てこない」

 

 秋雲と同じように頭を休めるための甘味に舌鼓を打つ潜水艦姉妹。しかし、出てくるのは愚痴が多め。探せる資料は全部目を通しているはずなのだが、該当しそうな事件がまるで出てこないらしい。

 言われてみれば確かに、どんな船かはさておき大きな船が沈没しているのなら、それが表沙汰になってもおかしくないはずだ。それこそニュースで取り上げられたり、新聞に書かれたりとされ、資料として今も残されているはず。

 

「その船ってのはどんな感じなの?」

「イヨが見た感じ、結構大きめな客船に見えたんだよね。姉貴は?」

「私も……そんな感じ、かな。豪華客船……というわけじゃないけど、貨物船では無かったと思う。でも、偽装してるとかは無くはないし……」

 

 考え出したらキリがないだろう。客船に見えたところで中身が改造されている可能性だってあるし、ただしく客船かもしれない。こればっかりは調査しなくてはわからないこと。もしくはゼロ距離まで接近して中を見るか。

 これは潜水艦にしか出来ない仕事だ。私達は海底までの潜水なんてどうやっても出来やしないのだから。スキューバダイビングとかで潜ったとしても、まず海底にまでは辿り着けない。そもそも艤装すら装備出来ないのだから、あの海域に巣食う深海棲艦に成す術なくやられるだけ。

 

「これさぁ……もしかして誰かの()()とか無いよね」

 

 秋雲が突拍子もないことを言い出した。ここまで情報が無いとなると、考えられるのは情報封鎖なのではないかと勘繰り出した。

 

「ここまで探して見つからないってのは流石に疑っちゃうよ」

「だからってその方向に行く?」

「漫画なら確実にそっち方面でしょ」

 

 とはいえ、その考え方を否定出来ないのも確かである。見つからなすぎて、誰かが故意に隠していると考えてしまうのも当然かもしれない。そして、そう考えると情報が無いことにも納得が行く。

 じゃあ今度はなんで隠してるんだという話になるわけで。何処の誰が何のために沈没船の存在を闇に葬ろうと考えるのか。沈没した理由に何かあるのか、そもそも船に何かあるのか。

 

「遠目だけど、割とその船綺麗な形だったんだよねー。船底に穴が空いただけっていうか、船体爆破みたいなことにはなってなかったんだよ」

「原形はそれなりに残ってた……よね」

 

 例えば嵐に煽られて転覆したとしても、船体が粉々になるようなことはあまり無いと思う。何処かにぶつかって座礁したとかならともかく。それでも2人の言い方としてそれなりに綺麗だったと言うくらいなのだから、沈没船の割には綺麗なのだろう。だったら天候とかの要因では無さそうか。

 それを考えるのは私の仕事では無いかもしれないが、考えてもよくわからなくなってきた。何故沈んだのかから、どうやって沈んだのかになってしまいそう。

 

「ともかく、いろいろ考えてみないとね。うちの司令にも連絡は行ってるし」

「あ、そっか。定期的に連絡してるんだっけ」

「モチのロンよ。ゲロ姉のこととかも、もう上に行ってると思う」

 

 それはそれで不安要素ではある。青葉さんも危惧していた、()()()()()()()なんていう力業を言い出す輩が確実に出てくるだろう。そうで無くとも、私という存在に対して何かしら言ってくる輩もいそうだ。

 それは司令がシャットアウトしてくれると言ってはくれている。何事も無ければ私はそれで構わないのだが。

 

「そんなことに時間使うくらいなら潜水艦送ってくれって話だよねー。あの沈没船ガッツリ調べられるってのにさー」

「……誰か来てほしいね」

 

 やはり潜水艦への負荷は高い。今回は特に重要な位置にいる。たった2人では心細いだろうし、難易度が跳ね上がるし、良いことが1つも無いように思える。

 

「陰謀がガチなら、潜水艦は厄介者として」

「怖いこと言わないでよ。ただでさえストレス溜まる仕事してんだから」

「……敵が増えるのは嬉しくない」

 

 こんなところで別方面の敵が増えるとか考えたくなかった。今は太陽の姫のことだけを考えておきたい。あれだけでも厄介なのに。

 

 

 

 翌日、今日の予定も私は演習。菊月に弱点を見つけてもらうのもあるし、単純に練度を上げていくのも必要。もっともっと強くならないと、太陽の姫を撃破するのは難しい。

 その分、仲間達と協力をしているわけだが、個人的な実力も必要である。ある程度やったら今度はチーム戦などで連携を鍛え上げていく必要もあるだろう。演習と言ってもいろいろとあるものだ。

 

 しかし、今日は朝から少し雰囲気が違った。いつもなら朝食の時は食堂にやってくる司令としーちゃんが、なかなか現れなかったからだ。

 どれだけ忙しい時でも朝だけは必ず顔を見せるのに、今日はそれが無い。そのため、私達は少し騒ついていた。

 

「私、ちょっと見てくるね」

 

 そこで立ち上がったのは最古参である五月雨。艦娘の中では空城司令と一番付き合いが長い五月雨なら、お呼びが無くても執務室やら私室やらにも気兼ねなく入っていけるらしい。

 

「あたしも行くかね。五月雨(ドジっ娘)だけじゃあちっと心配さぁ」

「隼鷹さん、私そこまでじゃないですよう!」

「いやぁ、とりあえず提督のことたまにお母さんって呼ぶのやめてからな」

 

 五月雨が顔を真っ赤にして抗議しているが、戦場ではドジをしないが、普段の生活ではやらかす傾向があるので、五月雨ならやりそうだと誰もが思ったであろう。私もそうだった。

 ひとまず司令のことは五月雨と隼鷹さんに任せておこう。みんなで押しかけても迷惑だろうし、少数で突撃するのがベスト。

 

 で、少ししてから2人は司令としーちゃんを連れて戻ってきた。大事に至ってなくて安心したものの、2人とも何処か寝不足なような顔をしているのは誰が見ても明らか。

 

「すまないね……まさかアタシが寝坊するだなんて」

「面目次第もございません……」

 

 2人してしょんぼり。いつも休み無く働いているような2人なのだから、たまにはこういうことがあってもいいと思うのだが、この鎮守府が設立されてから一度もこんなことが無かったという。

 こうしていても明らかに眠そうにしているのだから、ここは休んだ方がいいと思うのだが、鎮守府のトップがこんなことで倒れて堪るかと今日の業務も普通にこなすと言って聞かない。

 

「何があったんです? 殆ど寝てないように見えるんですけど」

 

 五月雨の疑問も当然である。ここまで具合の悪そうな司令は今まで見たことがない。

 

「いや……ね。深夜に大本営から電話があったんだよ。アタシとしーで対応していたんだが、あっちが言っても聞かなくてだね」

「大本営から?」

「ああ……陽炎のことでね」

 

 合点がいった。昨日秋雲からも聞いているが、私の力のことが上に報告されたことで、問い合わせが殺到したのだろう。

 

「やれこちらに寄越せだの、もっと細かく調べろだの、うるっさいのなんの」

「あの時間に連絡をしてきたのも、こちらが疲れているタイミングを狙ってのことでしょう」

 

 大本営の中でも末端にいるような輩らしいのだが、やはり予想通り私の力を有用に使おうとする者達から電話突撃されたらしい。しかも、疲れが溜まった業務後、全て終わった後で後は眠るだけという一番思考能力が低下しているタイミング。押せば勝てると思ってだろう。

 どんな力を持とうと、私はこの鎮守府所属の艦娘であり、空城司令の部下だ。司令があちらの言うことを聞くと判断した場合は、私の意思など関係なしにあちらに連れて行かれただろう。艦娘とはそういう立場であり、それを承知してここにいる。

 

「まったく、アタシが部下を手放すわけないだろうに。そもそも奴らは異端児のことをいい目で見ていなかったような奴らだ。そのくせ、使えると思った途端に掌を返してきやがった。そんな奴らに、陽炎を渡せるもんかい」

 

 同期値が異常となったら疑問視するのは当然だ。それこそそういう輩は、少しでもおかしなところがあったらバケモノみたいに見てくるような人間かもしれない。

 だが、私の力は深海棲艦との戦いを一気に優位にする可能性があるものだ。当たり前だが試してはいないものの、少なくとも同期値に作用する力であることは間違いない。艦娘を増やし、敵の人海戦術を上回る人海戦術が可能になる奇跡の力だ。使えるものなら使いたいと考えるのは私にだってわかる。

 

「そういう輩は、使えるだけ使った後に、今度は陽炎が危険分子だっつって排除しようとするだろうよ。それだけは絶対に許さない。だから、陽炎の身柄はアタシが絶対に守るから安心してくれ」

「私だけじゃどうにも出来ない問題みたいだし……お願いするしかないよね」

 

 私の身柄は司令がちゃんと守ってくれると保証してくれる。前々からずっとそう言ってくれているのだから、100%の信頼が持てる。

 

「ゲロ様は誰にも渡さないっぽい! ここでみんなで太陽の姫と戦うんだから!」

「そうです。姉さんはここから離れてもらったら困ります。私が護りますから」

 

 ここで声を荒げたのは夕立とまさかの萩風。連れて行かれるということは私が鎮守府から離れるということに他ならないわけで、それを嫌がって私に抱きついてきた。

 私の意思はここのみんなと同じで、この鎮守府で太陽の姫と決着をつけることだ。だから安心してほしい。

 

「何かあったら徹底抗戦する。皆、アタシの考えに賛同してくれるかい。間違っているならここで言ってくれ」

 

 戦いを早く終わらせるのなら、私の身柄を大本営に渡して、私は自分の意思も他人の意思も関係なしに指示を聞き、戦力増強をし続けるのが一番だろう。戦いの中でなら、そちらが正しいかもしれない。

 だが人としてならそれは絶対に無い。私にだって意思があるし、他人にだって意思がある。好き勝手やっていいことではない。元に戻せる保証も一切無いというのに。艦娘を消耗品として考えているのでは無いか。

 

 だからだろう、仲間達の意思は1つになっている。諜報部隊も同じだ。私はこの鎮守府で戦い続ける。大本営になんて行かない。他の鎮守府にも行かない。ここで、仲間達と共に全てを終わらせるのだ。

 つまり、全員賛同。誰もが空城司令についていくと決めた瞬間だった。

 

「これ……昨日話してたことと繋がったりしないよね。嫌だよそんなの」

 

 ボソッと秋雲が呟く。昨日話していたことといえば、沈没船の情報が全く出てこないこと。

 

「沈没船のこと?」

「ほら、もしかしたら誰かが隠してんじゃないのって言ってたっしょ。それが実は大本営でさ、証拠隠滅のために早く太陽の姫倒してほしいとか、そういうのあったりして……」

 

 シーンと静まり返った。流石にそれは突飛すぎる。漫画にしても出来過ぎな気が。

 しかし、ここで大きく反応したのはしーちゃんだった。少し考えた後、全て納得したように手を叩く。

 

「その線でも調べてみます。大本営は海を守るために活動しているという前提がありましたが、なるほどそもそもの原因が大本営の可能性があることは考慮していませんでした」

「全然あり得るじゃないか。戦いを早く終わらせようとこんな手段にまで出てこようとしてきたんだ。秋雲、お手柄だよ」

「え、えーっ、割と冗談のつもりで言ってたんだけどーっ!?」

 

 冗談が本当だったりするから怖い。瓢箪から駒とはまさにこのことである。

 

 

 

 ここから調査が別方向に進んでいくことになる。ただし、この予想が本当だった場合、前にも後ろにも敵という状況になり得る。

 ただでさえ太陽の姫だけでも厄介なのに、大本営まで敵になったら目も当てられないのだが。

 




沈没船の謎解決編へ。秋雲の考えた漫画みたいな考えが、果たして正解か否か。


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その裏側には

 大本営からの睡眠妨害により寝不足気味だった空城司令としーちゃんは、せめて午前中だけでも休んでもらうことにした。ちゃんと休んでいるかどうかの確認のため、五月雨が部屋の前を陣取るという強行にまで出ている。

 疲れた頭で何かあった場合、陣頭指揮なんて出来やしない。ましてや、今からやることは沈没船の調査だ。余計に頭を使うような内容なのだから、しっかり身体を休めていただきたい。

 

 その間は所属する艦娘も休息の時間とされた。さすがに上に立つ者が休息中に、下の者が独断で動くのはよろしくない。哨戒任務に出ることも、万が一外で何かが起きてしまった場合、誰も責任がとれないのだから、鎮守府で大人しくしておくのがベストである。

 私、陽炎はというと、突然のお休みということで身体をしっかり休ませることにした。相方は沖波。私への嫌悪感を晴らす時間にも当てているのだが、もうほとんど無いようなものなので、結果的に2人でまったりとお茶をする時間に。

 

「突然のお休みになっちゃったね」

「ひーちゃんはちゃんと脚を休めておいた方がいいよ。昨日もずっと使い続けてたんだし」

 

 そういう意味ではありがたいお休みになったかもしれない。今でこそ疲れは無いように思えるが、自分で感じていないだけで負荷は蓄積されているかもしれない。以前の『雲』対策の訓練の時も、2日続けてやり続けたことで、翌日に影響が出る程の負荷になっていたし。

 昨日は丸一日演習をしていたのだから、その時と同じようになっている可能性があってもおかしくないのだ。なら、今日はしっかりと身体を休めておくべき。また速吸さんにマッサージをお願いしてもいいかもしれない。

 

「はー、今日は青葉さんに録画してもらおうかなって思ってたんだけどね」

「ふふ、勉強熱心だね」

「そりゃあね。私の手で決着がつけられるかもしれないんだから」

 

 この鎮守府の中では、私が一番奴に因縁があるだろう。こんな身体になっているのもそうだが、そもそも両親の仇なのだ。出来ることなら私がトドメを刺したい。

 

「無茶だけはしないでね。私はひーちゃんのこと応援してるけど……だからって命を懸けるようなことは」

「しないよ。死にたくないから」

「それなら良かった」

 

 当然、生きて勝利することが絶対条件だ。仇討ちの気持ちはとても大きいし、私の人生を滅茶苦茶にした恨みもあるが、それで命を散らしてしまうのはよろしくない。生きていてこそ勝利だろう。

 それこそ、艦娘の心得。破壊者ではなく守護者。自分だって護る中に入れてもいいのではないか。というか誰だって死にたくはない。

 

「そっちはどうなの? 大分薄れてきた?」

「うん、ありがたいことに。違和感も大分無くなってる。分霊のおかげかな」

 

 すっと自分の胸元に触れる。私が分霊をした場所に触れ、噛み締めるように目を瞑る。

 魂の穢れを払うために、かなり強引な手段で無理矢理分霊を執り行った。一切の黒ずみも無くなり、綺麗な魂に戻っていることを確認している。今日の朝も念のため視たが、あの時から変わらない魂で安心した。分霊による悪化は見えない。

 

「治療は心に影響は無いんだよね」

「長門さんはそうだったね」

「でも、私には届いた……やっぱり太陽の姫の分霊は質が違うのかな」

 

 まぁそう考えるのが妥当だろう。本家本元の分霊は精神にも及ぼす穢れと考えるのが妥当。それなら尚のこと分霊で治療出来て良かった。

 

「それとも……ひーちゃんがしてくれたから、かな」

「私はおっきーのこと絶対に救うって気持ちでやったからね。思いが通じたのかもしれないね」

「オカルトだけど……うん、私はすごく嬉しい。ひーちゃんに治してもらえたこと、すごく感謝してる」

 

 やっとぎこちなくない笑顔を見せてくれた。まだ難しいかもしれないが、私の前では素直な気持ちを表に出してほしい。

 

 そんなこんなで、午前中はまったりさせてもらえた。沖波との関係は完全に修復され、むしろ大きな喧嘩をしたようなものなので、絆はさらに深まったかのように思える。

 幼馴染みであり親友である沖波と一緒にいられる時間は、私にとっては癒しの時間となった。

 

 

 

 そして午後、司令としーちゃん復活。半日でも寝れば回復するものである。随分とスッキリした顔で昼食後にみんなを集めた。何やら話したいことがあるらしい。

 

「寝る前にちょいと物部にも伝えておいたんだ。秋雲が考えた陰謀論の方針でも調査を頼むってね」

「わお、手が早ーい」

 

 寝る前にしっかりと仕事をしている辺り、流石としか思えない。今回の集会は、その調査の結果を全員に伝えるためのようだ。まだわずか半日しか経っていないのだが、それで何処までわかったのだろうか。

 

「私も、出来る限り手を回しておきました」

 

 しーちゃんはしーちゃんで何やら手を回していたらしい。失われた戸籍を新たに作ったり、太陽の姫対策の初月インナーを用意したりと、しーちゃんのコミュニティはどうなっているのだろう。しかも鎮守府から出ていないのに、そこまで調査出来る実力は一体。

 

「で、だ。これがドンピシャかもしれない」

「え゛」

 

 最初に陰謀論を唱えた秋雲が一番酷い反応を見せた。冗談のつもりだったのに、何やらキナ臭いことになってきた。

 

「まずはアタシ、というか物部の調査結果だね。半日だけとはいえ、よく調べてくれているよ。短時間の調査でわかったのは、()()()()()()だ」

 

 そもそも存在しないではなく、()()()()()()()()()()のようなものが発見されたらしい。つまり、あの沈没船は事件性があるものであると判明。その詳細はわからないにしろ、本当に何者かがその情報を消しているということが確認出来てしまったわけだ。

 現在はその事件の出元を調査中とのこと。どう調べればその辺りがわかるのだろう。自分の足で稼げる情報なんて高が知れていると思うのだが。

 

「私の方はまだ情報までは無いのですが、その手に詳しそうな協力者を募りました。まずは手近なところでは、顔が広く、我々に快く協力してくれそうな人、工場長に連絡を」

「ああ、そいつはいい。あのおっさんなら何か見つけてくれるかもしれないね」

 

 しーちゃんはここでなんと工場長の名前を出してきた。

 

 工場長といえば、私達が哨戒ルートで領海をグルッと一周する際に、必ず目に入る工場を管理している人だ。うちの鎮守府の整備長とは古い友人とのこと。

 なんでも、情報通とまでは行かないものの、その業種からいろいろなところに顔が利くらしい。別の工場とも話はするし、なんならその界隈では全員顔を知っているくらいの知名人でもあるのだとか。

 申し訳ないが、そこまでの人とは思っていなかった。ぶっちゃけてしまうと、私の中のあの人は、小さな町工場の社長さんというイメージだった。人は見かけによらない。

 

「アタシらだけじゃ限界があるからね」

「はい、私にも限界がありますし。それでもいろいろ手を出しているので、少々お待ちを」

 

 相変わらず、しーちゃんのコネは止まるところを知らない。

 

「とはいえ、隠蔽されているってことがわかっちまったんだ。最悪を考えるなら、大本営の誰かが裏で手を引いている。深海棲艦とつるんでるとは言わないが、()()()()()()()()をアタシらにやらせようとしている可能性は出てきたね」

「つまり……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてことも考えられるってことだよ」

 

 沈没船が太陽の姫の本拠地であるのは間違いなさそうなのだが、大本営が何かしたせいで沈没したというのなら、確かに因果関係はあるかもしれない。そもそも深海棲艦がどうやって生まれるかがわからないので何とも言えない。

 始まりの襲撃を受けた私が言うのもなんだが、深海棲艦という生物は、少なくとも前例が無い状態でいきなり現れた。そこからいろいろな憶測や妄想が繰り広げられ、何もかもが『諸説ある』でうやむやになっているのが現状。その全てがふわっとしたものである。

 

「アタシの憶測だが……あの太陽の姫も()()()()()()()()()()()()と思ってはいるんだ」

 

 当然この場は騒つく。特に太陽の姫を目にしている私達は、あれが人間とは到底思えなかった。

 

 持っている力とかそういうのは一旦置いておくとして、見た目がほとんど異形なのだ。骨のような両腕も然ることながら、奴には下半身が無かった。艤装に支えさせている感じはしたが、ほとんど浮いているようなもの。そんな人間この世に存在しない。

 その状態で分霊やらよくわからない水柱による防御、極め付けは後背から放たれる出所不明の砲撃。全てが一線を画している。()()()()と言っても差し支えがない。

 

「それは……確かに否定は出来ませんね。肯定もしづらいですが」

「陽炎という存在が今ここにいるのなら、対となる者も似たような存在と考えるのが妥当だ。そもそも世界が抑止力を人間から選んだってのが引っかかる。太陽の姫が突然何処かから現れたというのなら、世界も同じように生み出すんじゃないかい」

 

 確かに、あの太陽の姫が何らかの形で突如生まれた亡霊みたいなモノだったら、それに対抗するものも人間から選ぶのではなく突如生まれた守護者みたいなモノになってもおかしくない。

 太陽の姫自身も言った通り、私は奴の『対となる者』。性質は正反対としても、在り方は同じと考えるのは妥当。それこそ私と同じように、太陽の姫も『何か』に選ばれている可能性がある。天使と悪魔がいるのなら、私とは反対側の何かに。

 

「で、だ。大本営の誰か、もしくは全員が、(くだん)の船を何らかの理由で沈めたとして、その中にいた何者かが何故か選ばれ、そこで太陽の姫へと生まれ変わった。それを察した世界は、対となる者に陽炎を選択、これで均衡を保とうとした。どうだいこの仮説は」

 

 まだかなりふわふわしている仮説ではあるが、私という存在がその仮説の正当性をいくらか強めている感じはする。力を持つ人間がいるのは、あちらも力を持つ人間だから、というのは、考え方として間違ってはいない。

 

「勿論、大本営を最初から疑ってかかるのは良くない。あちらだって正義の心から戦いを早く終わらせたいと考えているだろうからね。戦いが長びきゃ、その分被害者は増える一方だ。それを食い止めるために手段を選ばないとなったら、陽炎の力に頼るのは自明の理ってもんじゃないかい」

「かもしれないけど……」

「ただし、ちゃんとした説明が無いことと、わざわざ深夜にアタシに連絡を取ってきたってのがいただけない。あちらに裏があるとしか思えないだろう」

 

 説明しないのは何か疚しいことがあるからと考えるのが妥当。そうでなければ、ちゃんと説明してくるはずだ。

 私の力を使いたい理由だって、ちゃんと順序立てて説明してくれれば多少は靡くかもしれない。納得のいく理由なら、私だって頭ごなしに否定なんてしないし。

 

「とにかく、今は調査だ。大本営に裏があるってのなら、そいつを探る。それだって太陽の姫対策に使える可能性がある情報だからね」

 

 なんだかどんどん根深いところに潜っている感覚である。

 

 

 

 ここで解散。通常業務に戻ることになる。私は演習になるのだが、先程の話が頭から離れない。

 太陽の姫も私のように選ばれてあの姿になってしまったのだとしたら、なんとも救われない者であると思えてしまう。同情すら生まれそうだった。

 

「ひーちゃん……大丈夫?」

 

 そんな私を察したのか、沖波がすぐ側に来てくれた。体調が悪いとかそういうのではなく、単純に落ち込んでしまったというのが正しい。気落ちしてしまっているというのが正しいか。

 

「うん、大丈夫大丈夫。ちょっと太陽の姫のことが気になっただけ。倒さないといけない存在なのは間違いないけど、ちょっと可哀想かもしれないって思っちゃった」

「……そうかもね」

「でも、私の親の仇であることは変わらないから。どんな理由があれど、全然関係無い人を殺して回るのは間違ってる。私は人生そのものが壊されちゃってるし。だから……だから、ちゃんと倒すよ。もしかしたら、私達と同じで死ねば元に戻れるかもしれないしね」

 

 逆に完全に手遅れの可能性だってあるのだが、そこは口に出さない。

 

「うん、わかった。私もお手伝いする。M型異端児として」

「よろしくね。多分私だけじゃ無理だからさ。私には仲間がいるんだから、全部使ってアイツをどうにかするよ」

 

 少し気持ちがブレたが、最終的な思いは変わらない。私は太陽の姫を倒す。あらゆるところに迷惑をかけている対となる者を、この世界から消すのだ。

 




しーちゃんのコネは内部外部あらゆるところにありそうです。鎮守府イチの情報網。


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司令の戦場

 太陽の姫が元々人間であり、そうなってしまった原因が大本営にあるのではないかという疑惑が浮上した。それなりに大きな船が沈んでいるのに、その情報が()()()()消されていたという事実が確認されたからだ。

 今でも諜報部隊の長である物部司令が裏側で調査してくれているし、しーちゃんが工場長などの顔が広い人物に手を回して情報収集を続けている。最初から大本営を疑ってかかるのはよろしくないが、少しでも疑問があるのならそこを突くべき。

 

 調査に関しては、いくら太陽の姫の対となる者である私、陽炎でも手が出せないため、今は出来ることをしていく。今私に課せられているのは、太陽の姫との最終決戦に向けて練度を高めることだけだ。

 新たな技である『蜃気楼』と『屈折』に磨きをかけ、その時のために私は強くなる。それがこの戦いを終わらせるために必要なことなのだから。

 

「ふぃー、おしまい!」

 

 午後の演習はこれで終了。今回は私の希望通り、青葉さんに戦闘風景を録画してもらいながらの演習となった。諜報部隊の目を使って弱点らしい弱点を発見してもらうという算段である。諜報部隊は『雲』の戦闘も研究してくれているため、いろいろと今後に役立つ情報をくれると思う。

 とはいえ、初めて見せた2つの技は、秋雲も青葉さんも目を丸くしていた。『雲』とほぼ同等のすり抜けはまだマシ。自分の砲撃に自分の砲撃をぶつけて角度を変える芸当は、これだけ情報に明るくても初めて見るとのこと。

 

「ゲロ姉、そりゃあ秋雲さん達にもいろいろしんどいさぁ」

「これの解析はちょっと骨が折れそうですねぇ」

 

 秋雲と青葉さんは引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「今はいっぱい使って洗練させればいいんじゃないの? むしろ使いまくって足腰鍛えるのが一番いい気がする」

「この菊月も秋雲の意見を推そう。その間に攻略法を考える」

 

 今回も付き合ってくれた菊月だが、こんなことを言いながらも『屈折』にそろそろ対応してこようとしてきているから恐ろしい。来るとわかっていれば避けられるかもしれないとは本人の談。なんという動体視力。

 

「オッケー。確かに下半身強化は必要そうだもんね。サポーター使ってても脚に負担が大きいし」

「そうそう。あんだけおかしな動きしてたらぶっ壊れてもおかしくないんだからさぁ。筋トレならアレっしょ、陸奥さんと霧島さんに弟子入りっしょ」

「まぁフィジカル鍛えるなら戦艦の2人だねぇ」

 

 より洗練させるのなら、足腰の筋力やらそもそもの基礎体力やらを鍛えるのが一番手っ取り早いだろう。演習は演習で必要だろうが、そういうところでも自分を鍛えていきたいところだ。

 

 

 

 夕食も終わり、後はお風呂という段階で、司令がまた全員を一堂に集める。昼食後の集会とは違い、現在調査中の内容が進んだという連絡ではなく、もう片方、むしろ本題の方が進展する連絡。

 

「少し急だが、呉内の部隊が明日来てくれることになった」

 

 それは確かに急だが、近日中に来るという話だったので、何も問題はない。緊急で来れなくなったというよりは全然マシだ。

 

「滞在期間は今回は最初から決められている。呉内自身は2日だが、艦娘は5日だ。だから、その間に強行偵察に出る。そのまま決着をつけられるかはわからないが、まず確実に今の状況を変えていくつもりだ。覚悟しておきな」

 

 力業になるだろうが、最低限本拠地のある海域の調査がある程度終わることを祈る。太陽の姫自身が現れるかもしれないし、そうでなくても猛攻は免れない。調査だけで終わってしまう可能性だってある。

 だが、今の戦況を進展させることは出来るはずだ。沈没船の謎もまだ解けていない状況ではあるものの、勝てば本来の目的は達成出来る。あの場所は何なのか、だ。

 

「増援の件だが、呉内がうまく人員を集めてくれたそうだ。イヨ、喜べ」

「えっ、じゃあ!」

「潜水艦の増員が見込める。とはいえ、出せて2人という話だ」

「充分!」

 

 念願の潜水艦の援軍。2人で辛いものを4人にして何処まで行けるかはわからないが、単純計算で2倍。やれることが確実に増える。言い方は悪いが、1人だけでも沈没船に触れられるくらいに近付くことが出来れば、今まで以上の情報を手に入れることが出来るだろう。倍になれば、成功率だって倍になるはず。

 

「対潜部隊は!?」

「そっちはうちでも用意するが、呉内が声かけしてくれたみたいだ。アタシと縁が無い鎮守府からも引っ張ってきてくれるそうだよ」

「やったー! それなら絶対上手く行くよ!」

 

 イヨ大喜び。強行偵察が成功する確率を少しでも上げるため、いろいろな鎮守府が協力してくれているとわかった。

 何せ、始まりの襲撃の中心となっている深海棲艦との戦いだ。この戦いに勝利したら、今も続いている戦いの終わりが一気に近付く可能性だってある。どの鎮守府も、この戦いは注目していることだろう。

 それに、ここまで大きな戦いなのだから、手柄が欲しいと考える鎮守府もあるのでは。部隊に1人でも自分のところの艦娘が入っていれば、おこぼれに与れるとか思っていそう。

 

「予定通り、M型異端児を中心に据えた強行偵察部隊をこちらでも考えておく。大規模作戦だ。部隊も相当数出すから、全員選ばれるつもりで考えていてくれ」

 

 前々から言われている通り、私は絶対に前線に出ることになる。まず確実に集中砲火を受けることになるだろう。あちらからしてみれば、私は最優先で排除しなくてはいけない存在だ。私達が太陽の姫を終わらせたいと考えるのと同じで、あちらは私を早く終わらせたいと思っているはず。

 それならそれで構わない。そうなってもいいように鍛え上げてきたのだから。むしろどれだけでも撃ってこいと思える程である。バッチコイ。

 

「以上。アタシらはアタシらで調査を裏側でやっていく。アンタ達は強行偵察のことだけを考えてくれりゃいい」

「こちらの調査結果がどうであれ、太陽の姫の撃破は目下の課題ですから」

 

 もしこれが大本営の尻拭いだったとしても、太陽の姫を倒さなくてはいけないことは何も変わらない。

 そんな事態を引き起こした何者かを糾弾するのは必要だろうが、それは私達のやることでは無いだろう。というか出来ない。そういうところは司令に任せるしかない。

 

「諜報部隊も、今は物部に任せて任務のことを考えておくれ。次は今までより更に危険になる可能性が高いんだからね」

「了解した。我々も戦力として働けるように尽力させていただきましょう。今度こそあの場所を調査してやるのであります」

 

 諜報部隊も意気込んでいる。特にイヨ。新たな潜水艦の増員は喜ばしいことらしく、ヒトミと一緒に笑い合っていた。

 潜水艦はキーパーソンになることが間違いないのだ。強行偵察でも、私達全員で潜水艦の調査をサポートする形になるかもしれないくらいだ。

 

「じゃあ、まずは身体を休めておくれよ。万全な態勢でやらなくちゃいけないからね」

 

 これで解散。と思いきや、五月雨が司令の方へ。

 

「今日も深夜に電話がかかってくる可能性がありますよね」

「あー……そうかもしれないねぇ。否定は出来ない」

「提督としーちゃんは別室で寝ちゃダメですか?」

 

 また無理矢理起こされて寝不足気味にされても困る。今日だって午前中に寝させたくらいなのだ。あちらの都合でこちらの運営に支障をきたされるのは流石に気に入らない。

 

「本当の緊急連絡が来た時に対処が出来なくなる。それに、あちらからの連絡をアタシが取らなかった場合、立場が悪くなるのはアンタ達だ。それは避けなくちゃいけないだろう」

「でも……」

「かまやしないさね。もし次同じようなことが起きたら、むしろあちらから切りたくなるくらいに説教してやるつもりだよ。常識も知らない奴が上に立つんじゃないってね」

 

 少し五月雨は不服そう。司令を心配するのはわかるが、本人の言う通り、ここで連絡を受けなかった場合は信用問題に関わる。そういうところも込みでやってきているのだからタチが悪いのだ。そりゃ五月雨だって嫌な顔をする。

 

「アタシらはこんなことじゃやられない。非常識な連中を後悔させてやる。むしろアタシ的には、今晩もかけてきてもらいたいくらいだよ」

「無理してません?」

「してないしてない」

 

 子供に説明するように優しい表情で、司令は五月雨の頭を撫でていた。やはり鎮守府設立からずっと付き合ってきた仲というのは深い。五月雨も臆さずズカズカと踏み入っていくし。

 

「アタシらの戦場はこっちなんだ。アンタ達は正面の敵と戦っておくれ。後ろの敵はアタシらに任せな」

「……わかりました。でも、何かあったら今日みたいに朝でも休んでもらいますから」

「そうさせてもらいたいのは山々なんだがね。明日は朝イチから呉内が」

「休んでもらいますから」

 

 かなり強めに押し込んだ五月雨。笑顔だが少し怖い。心配してのことなので、いつも以上に押しが強く、司令もタジタジ。しーちゃんも苦笑である。

 

「わかったわかった。呉内もその辺りはわかってくれるだろう」

「いざという時は、大人の方々に説明をお任せします。そういう時のために情報共有は常日頃からしているのですから」

 

 コンプライアンス的に司令が表に出なくてはいけないだけで、話をするくらいなら艦娘だけでも出来る。私達だって説明しようと思えば説明できるのだ。

 呉内司令なら、その辺りの事情は汲み取ってくれるだろう。率先して協力してくれるようなあの人は信用出来るはず。

 

「だから、アンタ達はまず身体を休めることだ。大本営に関してはアタシらに任せな。戦場は頼りっきりなんだからね」

「わかりました。提督が崩れたら私達も崩れちゃうんですからね。その辺り忘れないでくださいね」

「当然だろう。アンタ達を守るのはアタシの仕事だ。この鎮守府の責任者としてね」

 

 本当にそこは任せるしかない。だが、協力が必要なら惜しみなく力を貸そう。

 実際は私の存在が今の問題を引き起こしているので、私としてはもう少し積極的にそちらにも関わっていきたいものだが。

 

「ほら、さっさと今日を終わらせな。五月雨だって強行偵察部隊に選出するかもしれないんだ。余計な心配は無用だよ」

「余計じゃないですよう」

「アンタの気持ちは充分受け取った。アタシゃ簡単には負けないから心配するんじゃない。ここがアタシの戦場なんだからね」

 

 何も艤装を背負って深海棲艦とやり合うだけが戦いではない。司令のように、鎮守府を管理し、私達の存在を守ることだって戦いだ。だから、ここで上からの重圧に屈しないのも戦い。

 司令の戦いは、身体に痛みを伴わない分、精神的にダメージを負い続ける別のベクトルで辛いものだ。私達が代わってあげることも出来ない、司令にしか出来ないこと。五月雨がここまで強く出るのもわかる。

 

「改めて解散だ。さっさと寝るんだよ。明日からもっと忙しくなるからね」

 

 それだけやってもまだまだ強気でいられる司令は、本当に頼もしい存在だった。寝不足なんていう状態を見るのは初めてだったが、もうそんなものも感じさせない。

 この人の下なら、鎮守府も安泰だと素直に思える。大本営が余程ズルい手を使ってこない限り。いや、司令ならそれすらも乗り越えてしまいそうだ。目には目をとこちらも同等なことをやりながら、あちらに文句を言わせない状況を作って上からボコボコにしそう。

 

「ホント頼りになるなぁうちの司令は」

「何言っても全部実現しちゃいそうな勢いあるもんね」

 

 沖波も私と同じことを考えていたようである。というか、おそらくここにいる者達は全員同じことを考えていたと思う。

 そんな司令の手伝いが出来ることが私達の誇りだ。ここでなら艦娘という過酷な仕事も、気持ちよく続けていくことが出来る。

 

 

 

 結局その日の夜も、大本営から嫌がらせのような連絡があったそうだが、昨日のことも纏めて文句を言い続けて、言い返すことが出来ないくらいに言い負かしたらしい。あの司令に口で勝つことが出来る者がいるのだろうか。

 とはいえ、またあったということは、余程早く決着をつけてもらいたいらしい。もしかしたら調査していることもあちらに勘付かれているのかもしれない。

 




次回、久々にあの人達が登場します。もう寝るそんとか、ウミノモズクとか、また何か言葉を残してくれますかね。


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増援到着

 翌日、援軍到着の日。今日からは一気に忙しくなることが予想される。私、陽炎も出来る限りの訓練をし、その場で最高最善の動きが出来るように努めるつもりだ。明日に強行偵察に出るということなので間に合わない可能性は高いが、足腰を鍛えるのはギリギリまでやっておきたいところ。

 

 朝、あまり眠れていないようではあるものの、随分とスッキリした表情の空城司令としーちゃんが朝礼を開いた。深夜の連絡を完全に言い負かすことが出来たようで御満悦気味。二度とその理由で電話がかけられなくなるくらいにコテンパンにしたらしい。

 

「これで多少はあちらも陽炎のことをとやかく言ってくることは無くなっただろう。調べたいのはわかるが誰が渡すかってんだい」

「私は行きたくないしね。ここで骨埋めるつもりだから」

「そいつは嬉しいことを言ってくれるじゃないか」

 

 所属の異動というのは稀にあるらしいのだが、それは鎮守府同士の合意の上というのが前提条件である。強制的に奪い取るなんてことが出来るようになったら、強い艦娘の奪い合いになるのは目に見えている。

 それをタイミングを見計らって同意そのものを奪い取ろうとしているのだ。そんな輩が許されるわけがない。それがいくら大本営であっても、許されることではないだろう。

 

 今は私がここから離れるわけにはいかないし、離れるつもりもない。私だってそれなりの時間をここで戦ってきたのだから、ここの誰もを真に仲間だと思っている。

 そして、それは司令もわかってくれているはずだ。私の攻撃が一番効果的であることがわかっているのだから手放すわけがないし、少なくとも私のことを心配していろいろと話してくれている。

 

「こちらからも打って出てやろうとは思っているがね。そろそろ動き出せそうだ」

 

 悪い顔の司令。隣でしーちゃんも苦笑していた。この顔の司令は本格的にエグいことをするらしい。あちらのやり方が陰険なのだから、こちらも同じようなことをしてやればいい。やられる覚悟もなしにやってもらっても困る。

 

「まぁ、アンタ達は心配しなくていい。アタシが絶対に何も起こさせないからね。今は太陽の姫のことを考える方が先決だ」

 

 ここまで力強く言うのだから私達だってそれを信じて先に進むしかない。司令が言う通り、今は目の前の脅威である太陽の姫をどうにかする方が先決だ。人間同士のいざこざなんて、後回しでいい。

 

「予定通り、呉内がこちらに向かっている。前回と同じように、今日は顔合わせと現状の説明に使い、本格的な任務開始は明日からだ。それまではいつも通りに過ごしてほしい。ギリギリまで鍛えるのはいいが、疲れを明日に残すんじゃないよ」

 

 いよいよ本番が明日へと迫ってきている。少しずつ緊張感が高まってきたが、私はいつも通りで進めていこう。

 

 

 

 朝礼から少しして、ついに援軍到着。前回の6人だけではなく、潜水艦と対潜部隊の増員が来るということで、搬入される艤装も少し多め。

 私も縁があるというのと説明が手っ取り早いということで、出迎えに参加させてもらった。

 

「久しぶりだね。元気にしてたかい」

「ああ、おかげさんでな」

 

 元気そうな呉内司令。その隣に控えるアクィラさんも変わらないようで何よりである。チラリと私の方を見たとき、少し驚いたような顔をしていたがすぐに気を取り直して小さく手を振ってくれた。

 おそらく私の髪を見たことで驚いたのだと思う。私のことが何処まで伝わっているかは知らないが、前に見た時とは少し変わってしまっているのだから無理もない。

 

「おう、陽炎。話は聞いている。えらい目に遭ったみたいだな」

「うん……本当にいろいろあって」

()()()()も見させてもらった。顔や声は隠されていたが、お前さん達だとすぐにわかったぞ。若いのに、苦労しているな」

 

 映像とは、おそらく私が変わり果てる瞬間の映像。あれからそれなりに時間も経っているのだし、編集されて報告に使われたのだろう。つまり、どの鎮守府もここで起きた事件を全て知っているわけだ。

 呉内司令は面識があるから、その映像を見ただけでも私達が巻き込まれた張本人であることがすぐにわかったようだ。逆に、私達のことを知らなければ見てもわからないくらいに加工されているようで安心。

 

「カゲロー、大丈夫? また後から話を聞かせてもらえる?」

「うん、アクィラさんは話しやすいから、是非聞いてほしい」

 

 またお風呂で話を聞いてもらうのもいいかもしれない。アクィラさんはそういうところを結構気にしてくれているみたいなので、私以外にも沖波とかは話した方がいい人かも。

 

 と、ここからはゾロゾロと援軍が雪崩れ込んでくる。いの一番に入ってきたのは、それはもうこの機会を楽しみにしてきたであろうサウスダコタさん。敷地に入るなり、キョロキョロと周りを見回していた。何を探しているのかはすぐにわかる。

 

「霧島と演習したいのはわかるが、今は我慢してくれないかい。まずは説明がいるだろうに」

「キリシマとは約束したからな! 午後からは1発やらせてもらうぞ!」

「明日に響かなけりゃ何をしてくれても構わないよ」

 

 相変わらずである。でも、久しぶりにこれが見れるのはとても嬉しい。サウスダコタさんのこのテンションは、見ていて元気になれる。

 

「カゲロー! お前には一度負けているからな。キリシマの後に演習させてもらうぞ!」

「うえ、マジ……? あ、でもサウスダコタさんにも私の新技、受けてもらわなくちゃ」

「お、いいじゃないか。力試しは大好きだぞ! 次は負けないように鍛え上げてきたからな!」

 

 最後の詰めとして、殆ど戦ったことがない人とぶつかり合えるのはいいかもしれない。時間が無くても、何かがわかるかも。理解していれば、ぶっつけ本番でも意識して解決することが出来る。

 サウスダコタさんは手練れの戦艦だ。相手にとって不足なし。もしかしたら脱力回避に対しても対策を講じてきているかもしれないし。

 

「まったく。もう少し落ち着けないのかダコタよ」

「楽しみだったのはわかるけど、誰も逃げはしないわ。Relux(落ち着いて)

 

 続いてネルソンさんとイントレピッドさんが中へ。こちらも相変わらず。優雅な佇まいだが何処か抜けているネルソンさんと、母性が突き抜けているイントレピッドさん。頼りになる艦隊旗艦と、この段階では最強とすら言える空母である。

 

「お前達だってここに来ることを楽しみにしていただろう」

「それは否定せんよ。そのために我がNelson Touchもさらに磨き上げてきたのだからな」

「私達もやる気十分で来ているんだもの。それに、みんなとも会いたかったしね。I was looking forward to this day(この日を楽しみにしてたわ)

 

 強行偵察にもやる気十分といった感じ。特にネルソンさんはあの必殺技をさらに強化してきたのだと意気込んでいる。あのレ級を一撃の下に葬り去った渾身の技、ネルソンタッチをまた見ることが出来そうだ。

 

「……Long time(久しぶり)

「テンション低いよアトランタ。あ、カゲロー、Lange nicht gesehen(久しぶりだね)!」

「夜通し走ってきたようなものだから気分が悪いだけ……」

 

 そして巡洋艦の2人。対空の鬼であるアトランタさんと、ネルソンタッチの片翼であるプリンツさん。かたやダウナー、かたやハイテンションとわかりやすい2人である。

 

「今日は新しい子も連れてきたからね。しかも、片方は私の同郷なの!」

「そうなんだ。じゃあ、また外人さんかな」

「そうだよ。はい、ご挨拶してー」

 

 プリンツさんに言われてやってきたのは2人。制服ではなく私服ということは、この2人は潜水艦である。どちらも色白で、私達よりも歳下なイメージ。1人は初めて来る鎮守府に興味津々という感じでそこら中に目をやり、もう1人はその様子をハラハラとした表情で眺めている。

 静かな方とやかましそうな方、そして潜水艦。まるでヒトミとイヨを見ているようだった。あの2人ほど上下関係がしっかり出来ているわけでは無さそうだが。姉妹ではないことは一目瞭然だし。

 

「UIT-25! 愛称はウィー!」

「U-511……ユーとお呼びください……」

 

 やはり潜水艦は独特なネーミングのようである。

 

「この子達は呉内のとこの子なのかい?」

「ああ、経験は積んでいるから心配はいらねぇ」

 

 見た目によらず、この2人も潜水艦としてそれなりの手練れなのだと呉内司令は話す。それこそ歴は私よりも当然長く、危険な任務もこなしているのだとか。さすがは潜水艦、見かけによらない。

 

「今回は諜報部隊の潜水艦が何度向かっても辿り着けなかった海底の調査だ。本当に危険な任務なんだが、構わないのかい?」

「んー、危ないのはどんな時でも一緒だし、ラスボスの調査とかワクワクするし、だいじょーぶ!」

「ユーも……大丈夫です。やり遂げます……」

 

 空城司令からの質問にこの返答。危うさはあるものの、実力者であることはわかる。精神的には見た目通り幼いようだし、ここは先任である光の双子に任せた方がいいかもしれない。

 

 そして最後。対潜部隊として呉内司令が別の鎮守府から呼び寄せたという艦娘。人数はこちらも2人。

 流石にラスボスの本拠地を強行偵察すると聞いて、自分のところの艦娘を多く送り込んでくる者はいないだろう。代わりに、ちゃんとしたスペシャリストを派遣してくれたらしい。

 

「五十鈴です。対潜、対空なら五十鈴にお任せ。今回は対潜と聞いて援軍を買って出たわ」

「龍田よ〜」

 

 少し気の強そうな軽巡洋艦の五十鈴さんと、のんびりとした軽巡洋艦の龍田さん。どちらも対潜のスペシャリストであり、今回の任務にはうってつけの存在だそうだ。

 

 そして一番重要なところ、本当にこの2人が()()()()()()()()()

 実はこれ、先んじて空城司令と呉内司令が内密に連絡を取り合っている。私達の鎮守府、というか私という存在が、大本営からも変に狙われていることは、呉内司令も承知の上で別の鎮守府からの援軍を連れてきているのだ。

 その上で、この2人は連れてこられたということは、呉内司令が信頼の置ける相手からの援軍と見ていいのだろう。そうでなかったら、そもそもこんなところには来ていないだろうし。

 いや、むしろその立場を活かしたスパイの可能性は無いだろうか。最初から疑ってかかるのはよろしくないのだが、少しだけは警戒が必要である。この2人を疑うということは、呉内司令を疑うことにもなる。

 

「貴女が噂の陽炎ね。見た目はただの駆逐艦だけど、何が違うのかしら」

「そんなに話が行ってるの?」

「そりゃそうでしょ。()()()は全鎮守府に報告されてるんだもの」

 

 早速五十鈴さんに絡まれた。やはり私の存在は誰もが知っていることらしい。その力を持つのが陽炎であるというところまで。

 確か、空城司令と青葉さんが話している時に、戦力を(つまび)らかにすることが鎮守府の絶対条件なんて言っていた。私が今の力を持った時には既に上に報告されていてもおかしくなく、そしてその情報が全ての鎮守府に行き渡っていて当然。

 

「始まりの襲撃の首謀者、えーっと、確か深海日棲姫(シンカイニッセイキ)だったかしら。それと対になる力を持ってしまった艦娘って聞いてるわ。実際にどうやるかは知らないけど」

「あ、太陽の姫にも名前付けられてたんだ」

「呼称が無いと面倒くさいでしょ。資料にも残しにくいし」

 

 太陽の姫、改め、深海日棲姫。それが今後の呼称のようだが、多分ここでは太陽の姫で統一されると思う。今更変えるの面倒だし。

 

「見せることになるかはわからないけど、私も敵と同じ力みたいなの持たされちゃって」

「分霊、よね〜。施した者を自分の配下にすることが出来る力」

 

 龍田さんもズイと私に近付いてきた。詰め寄られているように見えるので少し怖い。

 

「それと、才能の無い子を艦娘に変えることが出来るかもしれないっていう力よね〜?」

「ああ、そんなこと言ってたわね。同期値を弄ることが出来るんだっけ」

「出来るけどやらないよ。その子の意思を吹っ飛ばすことになるし」

 

 少しだけ強く出る。ここでしっかり意思を見せておかないと、万が一この2人がスパイだったりしたときに厄介だ。

 

「面倒な力なのね〜」

「それは私も思う。でも、このおかげで太陽の姫のせいで苦しんでる仲間が救えたから」

「なるほどね、使いようってことね」

 

 それで納得してくれれば今はいい。

 

 

 

 これで増援は全員受け入れた。総勢10名。これだけ増えれば、強行偵察も上手く行くだろう。そのまま太陽の姫を倒すことも出来るかもしれない。

 




今回はルイでもごーちゃんでもなくウィーであり、ろーちゃんではなくユーです。まだ日本人に帰化していません。呉内司令のところは外人部隊なので。


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対潜部隊

 強行偵察のための援軍が到着。呉内提督と秘書艦アクィラさん率いる以前の支援艦隊に加え、イヨが望んだ潜水艦と対潜部隊も今回は用意されていた。

 潜水艦の2人、ウィーとユーは呉内司令の鎮守府からの増員なのだが、対潜部隊の2人、五十鈴さんと龍田さんは、呉内司令がまた別の鎮守府から迎え入れた艦娘。その司令は空城司令とも面識は無いのだが、一応呉内司令の保証付き。

 

 到着後、艤装を工廠に搬入し、そのまま今回の作戦の説明へ。その場には私、陽炎も参加させてもらう。また、海底で発見したものの説明が出来るのは、それを見たヒトミとイヨだけなので、この2人も参加。

 潜水艦2人がいることを確認した瞬間、説明会のことを忘れそうになったイヨだったのだが、ヒトミが引っ叩いて事無きを得た。そんな始まり方が空気を弛緩させたのは言うまでもない。

 

「事前に聞いていると思うが、今回は強行偵察だ。太陽の姫、深海日棲姫の本拠地である海域は、近付くだけで酷い数の軍勢が現れる。それを突破して、その場に何があるのかを調査したい」

 

 端的な説明でもわかるくらいの簡単な作戦だ。要は例の海域に行き、群がる敵を全て薙ぎ倒し、中心部に辿り着くのが今回の目的。その時に太陽の姫が現れたら交戦するし、そうで無ければしっかりと調査する。

 で、今回一番重要なのは海上より海中。私達が海上の敵を排除しながら、海中の調査を一気に進めたい。敵の対潜部隊をこちらの海上艦で片付けつつ、こちらの潜水艦隊を邪魔するあちらの潜水艦隊は、こちらの対潜部隊で片付ける。

 

「潜水艦隊はここにいる4人。それを守るために対潜部隊を組む。五十鈴と龍田にはそれに参加してもらいたい。残りのメンバーはこちらで決める」

「了解。そのためにここに来たんだもの。得意分野だから任せてちょうだい」

 

 なんでも、五十鈴さんと龍田さんの所属する鎮守府の周辺は潜水艦が多く出現するらしく、対潜掃討任務というのが頻発するらしい。やはり場所によっていろいろ変わるものである。

 むしろそういう場所出身だからこそ呉内司令が声をかけたのかもしれない。適材適所とは思うが、こうまで必要な人員がいるとは。

 

「イヨ達も潜った状態で対潜って大丈夫なのかな」

「うふふ、勿論よ〜。敵と味方の区別くらい、いくらなんでも出来るわ〜」

 

 混戦状態になると味方にも当ててしまいかねないが、この2人は当然敵味方の判別をしながらが可能だそうだ。

 そういう意味では、こちらから出す対潜部隊の方が不安になりそう。何せ、うちの鎮守府には潜水艦がいないため、混合での戦いなんてやったことがない。撃ち分けとか出来るだろうか。その前にこの2人に教えてもらった方がいいかもしれない。

 

「一応聞いておきたいのだが、その群れはどのような者がいるのだ。我がNelson Touchで葬り去る価値はあるのか」

 

 ネルソンさんからの質問。群れが現れると言われても、それが何者かを先んじて知っておいた方が戦いやすさはあるだろう。あの必殺技は一度使うと艤装に負荷がかかってしまうため、繰り出すタイミングを見計らう必要がある。

 

「陸奥からの報告では、戦艦棲姫とレ級がいることは確認されているね。勿論、それが複数だ」

「ほう、戦艦のPrincessがいるのか。それにレキューも。ならば余が蹴散らしてやろう」

 

 ネルソンタッチは頼もしい。敵の大群も宣言通り蹴散らしてくれるのではと本当に思えるくらいのそれだ。確実に頼ることになるだろう。それにこちらには陸奥さんと霧島さんの一斉射もある。2つの戦艦の猛攻があれば、本拠地に突撃するくらいの道は拓けるはずだ。

 戦艦を露払いに使うようで申し訳ないのだが、敵も大型ならこちらも大型をぶつけるのが確実なのだ。作戦らしい作戦では無いものの、勝率を上げるのはおそらくこれが一番。

 

「それと危惧しているのはもう1つ。本拠地で現れる可能性があるのは深海日棲姫だけじゃない。その巫女である『雲』、今は深海雨雲姫(シンカイアマグモヒメ)と呼称されることになる存在だ」

 

 あちらにも名前が付けられていたか。『雲』だけに雨雲姫。

 

「あの映像に映っていた深海棲艦のことね。砲撃を擦り抜けていた」

 

 その話が出たところでアクィラさんが反応。例の動画は当然全員が確認済みだが、アクィラさんはあの『雲』の動きを特に観察していたらしい。映像で見ても擦り抜けているように見えたそれは、殆ど無敵の回避方法としか考えられない。

 

「アレはカゲローも似たようなこと出来ていただろう。私との演習でかましてくれたな」

「うん、多分似たようなものだと思う」

「ならカゲローが攻略出来れば解決だな。演習だ演習!」

 

 ケラケラ笑っているサウスダコタさんだが、私としてはそう簡単に攻略されても困るし、だからと言って手も足も出ないなんて事になったら『雲』にはまず勝てないしで難しいところ。

 私の技はアクィラさんにも見てもらいたい。鷲の目なら何かしらの弱点を見つけてくれるはずだ。

 

「アレの解析は今日中にやりたいわね。諜報部隊の子達と力を合わせれば、うまく行くかしら」

「お前の目ならやれそうだな。頼んでいいか」

「ええ、任せて。もっと勝てるようにするためには、協力は惜しまないわ」

 

 鷲の目ですら助かるのに、ここで解析にも力を貸してもらえるのは本当にありがたい。見る力だけを鍛え続けたというアクィラさんが、ここでも役に立ってくれる。

 自分で最弱の正規空母なんて言ってしまっていたが、私にとってはアクィラさんが最強だと思う。戦場で強いことも重要だが、裏方で戦えることも重要。

 

「雑な作戦だが、今回は力押しも力押しだ。全力で事に当たってくれ」

 

 説明らしい説明では無かったものの、今回は空城司令が言う通り力押しである。小細工無しの真っ向勝負。あちらから来るものを全て薙ぎ倒して、やらなくてはいけないことをやり通す。

 

 

 

 説明会終了後。演習は午後からとなり、それまでアクィラさんは解析に参加するとのこと。午前中の残った時間で『雲』の弱点を見破ることが出来れば、午後からの演習にもその動きが取り入れられそうだ。私も攻略される可能性が高くなり、より研鑽出来ると思う。

 それ以外の増援の方々は、各々自由にして良しということになった。早速サウスダコタさんは霧島さんを探しに出ていき、他の人達も会議室から出て行く。

 しかし、ここが初めてである追加の4人は、どうしていいものかわからないだろう。となると、私や双子が何かしらのサポートをした方がいい。

 

「いやぁ、潜水艦が来てくれたの本当に助かったよー! 伊14、イヨだよ!」

「……伊13、ヒトミ。来てくれて……助かります」

 

 などと考えている内に、イヨとヒトミは同じ潜水艦であるウィーとユーに接近していた。

 明日はこの4人で潜り、最も重要である沈没船への突撃をしてもらうことになる。短い時間ではあるが、ここで仲良くなってもらい、明日の強行偵察も最高のコンディションでこなしてもらいたい。

 

「UIT-25、ウィーだよ。よろしくねイヨー」

「U-511……ユーです。よろしくお願いします……ヒトミさん……」

 

 やはり性格的にも似通っている気がする。賑やかな方は賑やかな方へ、静かな方は静かな方へと寄っていき、そういう組み合わせを形成。元から仲がいい友人同士なのではという一体感が、話し始めて数秒で出来ていた。ある意味バランスのいい部隊かもしれない。

 

「ああ、そうだ。陽炎、そこの軽巡2人に海防艦を紹介してやっておくれ」

「えっ、あ、うん、了解。でも海防艦ってまさか……」

「今回の対潜部隊、()()()()使()()。紹介がてら大鷹にも伝えておいてくれないかい。そうしたら後は大鷹に任せていい」

 

 さすがに耳を疑った。今度の戦場は激戦区。数回とはいえ調査任務で向かった部隊が、その苛烈な抵抗に本拠地の調査が出来ずに撤退を繰り返しているくらいの場所だ。そんなところにあの子供達を投入すると。

 しかし、この鎮守府で最も対潜攻撃に優れているのは、他ならぬ海防艦達だ。その保護者である大鷹も、空母ながら私達駆逐艦より対潜性能は高い。本気で潜水艦を根絶やしにするレベルでの対潜部隊を組むのなら必要になる戦力。

 

「あの子達だって覚悟して鎮守府に所属している。それに、『雲』の進攻をある程度食い止めた実績もある。大丈夫、あの子達は十分強い」

「まぁ、うん、確かにね。それは私もわかる」

 

 あの子達は強い。鎮守府に接近してきた駆逐水鬼の潜水艦隊も、誰も傷付かずに撃退することが出来ているし、あの『雲』に対してだって臆さずに力を振るった。本番でもあの調子を崩さずに戦えるだけの胆力まで持っているのだ。

 ならば、子供だからと留守番を頼むのではなく、最も必要な場所に投入するのが吉。あの子達が怖がって嫌だと言えばやめるかもしれないが、おそらくそれもない。

 

「それに、あの子達の目を誤魔化すことは出来ないさ」

「えっ、ああ、そういうこと」

 

 あの子達は純粋な心から人の本質を見抜く。もし五十鈴さんと龍田さんに何かあるとしたら、感覚的に警戒をするはずだ。特に松輪。子供達を利用するようで申し訳ないが、スパイかどうかの確認にも使えるわけだ。

 

「じゃあ案内するよ。あの子達は今何処に?」

「いつものように外で遊んでるだろうよ」

「了解。五十鈴さん、龍田さん、対潜部隊を紹介するよ」

 

 私と空城司令の会話を理解してかしてないか、一応素直に私についてきてくれた。私としてはこの2人から悪意というか敵意というかそういうものは感じ取れなかった。

 

 

 

 言われた通り外に来たところ、子供達は相変わらず外で走り回っていた。今回は体力作りを兼ねているためか、沖波や萩風も参加中。既に2人がゼエゼエ言っているところに目を瞑れば、とても和やかな光景である。

 ちょうど休憩中だったらしく、私達が近付いたところで占守と大東がすぐ気付く。視界が広いのか気が散っているのかはわからない。

 

「あー、知らない人がいるっしゅ!」

「ホントだ! すげぇおっぱいデカい姉ちゃん達だ!」

 

 いきなり酷い言い草だが、第一印象はそこまで悪くないと見た。というかこの2人は1発目は大体こんな感じ。怖いもの知らずにとりあえず突撃。

 

「対潜部隊として援軍に来てくれた人達だよ」

「対潜! 占守達と同じっすね!」

「じゃあ、あたいらと一緒に戦うのか!?」

 

 もう2人は五十鈴さんと龍田さんに興味津々である。私の横を擦り抜けて、もう2人にベタベタ触りに行っている。

 一方、警戒心の強い松輪は大鷹の近くから離れず、少し遠目からその様子を眺めていた。怖がっているというよりは、子供ながらの視点で品定めしているような、そんな感じ。

 

「うちにも海防艦はいるから大丈夫よ。ここまで不躾に突っ込んでくる子じゃ無かったけど」

「五十鈴ちゃんは子供の扱い上手なものね〜」

「アンタも意外と慣れてるじゃない」

 

 抱き付いてきた大東を抱き上げる五十鈴さんと、占守を撫でる龍田さん。子供相手の取り扱い方法は心得ているという感じか。

 

「大鷹、司令からの伝言。明日の強行偵察、対潜部隊として海防艦出すって」

「わかりました。そちらの方2人と、私と、この子達で6人ですね。人数的にもちょうどいいです」

 

 私は空城司令から聞いて驚いたものの、大鷹は淡々とその旨を理解していた。さすがは保護者、その戦場でもこの子達が戦えるということをしっかり理解している。

 

「あたい達も戦いに出るんだな!」

「うおー! 燃えるっしゅー!」

 

 その言葉が聞こえたからか、2人は既にやる気満々。既に戦場に出ているくらいの気合が入っている。

 やはり過酷な戦場ですら臆さない。艦娘としての心得も矜持もしっかり持っている。私よりも長い時間、ここで艦娘をやっているだけはあった。相手は歳下の子供だが、そういうところは敬意を表する。

 

「松輪、大丈夫?」

「……はい。まつわも、がんばります」

 

 まだ少し五十鈴さんと龍田さんを警戒しているようだが、対潜部隊としてあの戦場に出ることに対しては恐怖を感じていないようだ。空城司令がこの子達も覚悟していると言っていただけある。

 ここで大鷹が松輪を連れて2人に接近。大鷹だって状況を把握しているので、当然ほんの少しの警戒は持っている。

 

「海防艦の保護者をやってます、大鷹です。明日はよろしくお願いします」

「五十鈴よ。対潜……護衛空母ね。こちらからもよろしくお願いするわ」

「龍田だよ〜。空の目がある対潜部隊はありがたいから、よろしくね〜」

 

 一応好感触か。残り半日で仲良くなってもらって、明日に臨んでもらうことになる。

 

「そっちは大丈夫?」

「や、やっと、息が整ってきた、かな……」

「この子達の、体力、無尽蔵です……」

 

 未だに立ち直れていない沖波と萩風。2人の体力が無いというよりは、子供達の体力が異常というだけのようだ。松輪すらもケロッとしているのだから、日々の積み重ねが凄まじさを物語っている。

 

「なら、今度は五十鈴達が遊んであげましょ。そういう交流も必要でしょ」

「そうね〜。どれくらいの実力か見ておきたいしね〜」

「では、今からもですが、演習の時に対潜訓練を取り入れさせてもらいますね。それで力を見てあげてください」

 

 ここからは大鷹に任せていいだろう。対潜部隊は対潜部隊でまず交流した方がいい。

 

 

 

 海防艦を使うと言われた時は流石に驚いたが、当人達がここまでやる気なら問題ないだろう。危ないのなら、歳上の私達が守ってあげるくらいでなくては。

 




大東の不躾な発言で、沖波が小さく反応したのは言うまでもない。


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信頼を得るため

 対潜部隊に参加するために援軍として来た五十鈴さんと龍田さんだが、うちの対潜部隊である海防艦達とは仲良く出来ていそうだった。

 最初は警戒していた松輪も、途中からは普通に接することが出来る様になり、午前の残された時間を子供達と遊ぶことで親交を深めている。海防艦の保護者である大鷹も、今の段階では信用出来ると判断したようだ。

 

「正直嘗めてたわ……本当に体力無尽蔵かしらね……」

「本当に元気ねぇ。うちの海防艦はここまでじゃないわね〜」

 

 もう昼食という段階で遊びはおしまいとなったのだが、五十鈴さんもゼエゼエと息を切らしている程になっていた。逆に龍田さんは涼しげな顔であるが、疲れが無いとは言わない。

 私、陽炎も下半身強化のために参加させてもらったが、それなりに遊び相手をしているもののまだまだ疲れが溜まる。鍛えられていることが実感も出来るが。

 

「ここに配属されてから、ずっと遊んでますから。艦娘として鍛え続けられているようなものですよ。遊びの中とはいえ、この子達はおそらく、並のスタミナではないでしょうね」

 

 それにある程度ついていけている大鷹も正直ちょっと怖い。現に、今の大鷹は疲れは見せているものの、息が整うのがかなり早い。毎日子供達の面倒を見ているからこそ、同じようにスタミナを得てしまったか。

 

「お勉強はちゃんとしてるの〜?」

「勿論。戦いが終わった後に自立出来るように、最低限のことは全てしていますよ。年相応の学力はみんな持っています」

「それなら心配要らないわね〜」

 

 龍田さんが率先して聞いてくる辺り、あちらの鎮守府でも率先して海防艦を育てているのだと思う。この2人は大鷹と同じような立ち位置なのかもしれない。

 

 こうやって見ている感じでは、この2人はスパイとかそういう感じはしないように見える。やはり疑ってかかるのは良くない。万が一のことがあった場合は、その時に動けばいいだろう。流石に戦場で後ろから撃ってくるようなことは無いだろうし。

 今は信頼出来る仲間だ。対潜部隊は潜水艦を沈没船まで突き通すために重要な戦力なのだから、頼らなくては今回の戦いに勝ち目は無くなる。実力者なのはわかるのだから、しっかり頼らせてもらおう。

 

 

 

 午後からは援軍との演習。というかサウスダコタさんが霧島さんと戦う約束をしていたため、その流れで今の実力をお互いに見せ合うということになった。

 前回の支援艦隊の時から時間も経っているので、お互いに練度がさらに上がっている。今の実力をお互いに頭に入れた状態で、明日に臨みたいところだ。

 

「本当に1対1(タイマン)を挑んでくるとは思っていなかったわ……」

「前にそう約束しただろ。楽しませてもらった!」

 

 いの一番に霧島さんとの演習を楽しんでいたサウスダコタさん。午後になるや否や、霧島さんを引っ張ってまずやらせろ今やらせろと駄々を捏ねたため、渋々一番最初の演習に駆り出された。霧島さんも自分から約束を振った手前、その要求を否定することが出来ない。

 その結果、みんなが見守る中、1対1の演習が繰り広げられた。私は次にやるからと海の上に引っ張り出されて、審判紛いなことまでやらされる羽目に。他の者達は陸やら工廠やらでまったり眺めているような状態。

 

 そして、その戦闘がまさかの殴り合いである。霧島さんは艤装を変形させた鋏で、サウスダコタさんは手に持つマストで、砲撃を挟みつつの近接戦闘。荒っぽさが尋常では無かった。

 正直、艦娘同士とは思えない壮絶な戦闘を見せつけられた。当然ながら、近接戦闘で怪我をしないように、艤装側にもリミッターはかけられており、霧島さんの鋏に挟まれても折れたりはしないし、マストで貫くことなんて以ての外。それでも、お互いに大分消耗する程には続いていた。

 

 結果、お互いギリギリのところまで行ったのだが、僅差でサウスダコタさんが勝利。判定したのが私なのだが、どちらかに贔屓目に見るとかはしていない。ちゃんと見て、思った通りのことを言ったまで。

 霧島さんもかなり悔しそうにしていたのが印象的だった。これはもう好敵手(ライバル)と言っても過言では無いだろう。この2人は顔を合わせれば演習を望むような仲になっていると思われる。

 

「っし、次はカゲローだ! と、言いたいところだが、少し休憩したい。キリシマが粘ってきたからな」

「貴女がしつこいだけでしょうに。でも休憩は賛成。私もここまでやり合うことになるとは思わなかったし」

「というわけで、カゲローの技とやらは後から見せてもらうからな。逃げるんじゃないぞ!」

 

 逃げないから安心してほしい。いろいろな人に見てもらって、私も技を洗練させていきたいのだから。マストを振るわれるのはちょっと怖いが、近接戦闘にも対応出来るようになれば、より回避出来るようになるはずだ。

 そういう意味では、今までに受けたことのない攻撃は一通り受けておきたい。今更ながら、木曾さんの軍刀による攻撃も演習に使ってもらった方が良かったかもしれない。

 

「なら1つ提案があるんだけれど」

 

 ここで一歩前に出てきたのは五十鈴さん。工廠に待機していたのだが、演習終了を見計らってこちらに来ていたようだ。霧島さんとサウスダコタさんが休憩と言わなくても、何やらやりたいことがあるみたい。

 

「一度五十鈴と龍田の力、見てみてほしいわね。言っちゃ悪いけど、ほら、ここに来るの初めてじゃない。どんなものか、見てもらった方が早いわよね?」

「そうね〜。それに、とっても重要なポジションにつくって聞いているし、ここでの信頼は得ておきたいわよね〜」

 

 続けて龍田さんもこちらへ。五十鈴さんも龍田さんも、当然ながらこの鎮守府は初めてだ。外部の外部からやってきた艦娘ということで、いろんな意味でも実力は未知数。なるほど確かに、ここでどれほどのモノかは知っておいてもいいかもしれない。

 そうなると対潜訓練になるのだろうか。この鎮守府の対潜訓練といえば、大鷹が操る潜水艦ラジコンへの爆雷投下になるわけだが。

 

「じゃあ、その相手、イヨ達がやろっか!」

「ぎゃあ!?」

 

 すると今度は海中からイヨが姿を現した。あまりにも突然のことであり、完全なノーマークだったので大きく驚いてしまった。潜水艦慣れしていないのだから、いきなり真下からというのは勘弁してほしい。

 

 私達が演習をするというのを余所に、潜水艦隊の4人は交流を深めるために海中に潜っていたらしい。それでも海上の声がある程度聞こえるのは、艤装のスペックなんだとか。やはり海上艦とはそもそもの造りが違うようである。

 で、五十鈴さんと龍田さんの言葉が聞こえたため、いきなり浮上してきたわけだ。イヨの後からは同じような勢いでウィーが頭を出し、その後ゆっくりとヒトミとユーが浮き上がってくる。

 次々と上がってこられてまた声を上げそうになったが、そこはどうにか耐えた。

 

「対潜部隊の()とか知っておきたいの。イヨ達の避け方とかもあるしさ」

 

 潜水艦というのはそういうもののようだ。当然潜水艦だけで出撃することもあるだろうが、海上艦と連携を取りながらの出撃も普通にある。特にヒトミとイヨは諜報部隊。そういったことも多いのだとか。

 そうなった時、仲間の爆雷投下の癖とかをちゃんと知っておけば、見えないところからの攻撃も誰のものかがわかりやすいというものである。観察力が普通では無いイヨだからこその発言。

 

「あたしとユーちゃんも今日来たばっかりの新人だしさ、実力知っといてほしいんだよねー」

「それ言ったらイヨ達もつい最近来たばっかりなんだけどね」

「気にしなーい気にしなーい。だからさ、演習やろやろ」

 

 ウィーも軽いノリでイヨの案に賛成。これも確かに今知っておいてもいいかもしれないことだ。

 ヒトミとイヨの時は調査がメインだったため、そこまで重くは見ていなかった。しかし今回は強行偵察。戦闘もしっかり加味した力を知っておきたいというのはある。

 

「一度司令に聞いてみたらいいんじゃないかな。対潜部隊ってなると、子供達にも出てもらうことにもなるし、準備もいるでしょ」

「確かにそうね。ちゃんとした状態でやりましょ」

 

 ということで、対潜部隊と潜水艦隊の対決という演習が執り行われることになった。2人の司令もそれは見ておいて損はないと快く了承。むしろ対潜部隊の力を見るために、自分達もギャラリーとして交ざるとまで言い出した。

 

 

 

 そして本番。休憩中の霧島さんとサウスダコタさんもギャラリーに加わり、私も少し退いた場所から見物させてもらうことになった。海の上には対潜部隊のみ。そして私達には見えない海中に潜水艦隊がスタンバイ。

 遠目に見ることになるのであちらの会話とかは聞こえないものの、表情などは確認出来る。五十鈴さんと龍田さんは、海防艦の子供達にいろいろと説明をしながら今回の演習を勝利に導こうとしていた。

 

「秋雲から見て、あの2人どうよ」

 

 私と一緒に演習を眺めているのは秋雲。諜報部隊の一員として、五十鈴さんと龍田さんの動向を確認するために今回の演習も観察している。

 

「んー……普通に信用出来るかな。というか、疑うところが無い。違和感が何にもないし、自然体であんな感じだよあの2人」

 

 私の質問に軽く考える素振りをした後、そう答えた。

 現に今、大鷹もその場にいるのだが、何の警戒もなく2人と接している。それと一番敏感であろう松輪もだ。それだけでも信用に値する。

 

「まぁ、疑うならあの2人じゃなくて、その上の人だわね。何にも知らされずにここに援軍に来てくれてるけど、実は提督が秘密裏に何かしてるーとかね。それも呉内提督が押さえてると思うけどさ」

 

 それは確かに考えられる。思惑があるのはこの場にいない者というのはよくある話だ。なら、今ここで警戒しても仕方ないか。そういうのは司令達に丸投げ。

 

 そうこうしている内に演習が開始される。普段のラジコンを使った訓練とは違う、相手も人という対潜攻撃なのだが、うちの子供達は全く臆さず爆雷を投下していた。それも、無闇矢鱈と投げるわけでは無い。五十鈴さんや龍田さんの指示を的確に守っての攻撃。

 いつもは大鷹を中心とした対潜部隊になっているのだが、今回は対潜特化の軽巡洋艦という新たな司令塔を手に入れているため、より洗練された動きに見える。

 

「すごいねあれ。対潜訓練の時とは動きが違うよ」

 

 言ってしまえば実戦の時とも違った。

 

「でも、うちの潜水艦も一味違うよ。調査任務では数の暴力で後れを取ったけど、結構いろんな死線くぐってるからね」

 

 それだけ的確な対潜攻撃をしていても、当たったという判定は一向に発生していない。6人の攻撃を、私からは見えない4人の潜水艦は全て回避している。

 

 ヒトミとイヨもそうだが、呉内司令が連れてきたウィーとユーも相当な手練れだった。言い方は悪いが、ちょこまかと動きつつ、嫌なタイミングを狙って魚雷を真下から発射。しかもちゃっかり指揮をしている五十鈴さんや龍田さん、大鷹を優先的に狙っている。

 厄介な相手を海中から的確に判断し、4人がかりの集中攻撃で確実に倒していく作戦のようだ。上から見ていても、四方八方から集中狙いしているのがすぐにわかった。

 

「多分指揮してるの、うちのヒトミだろうね。攻撃がやたらねちっこい」

「なんかわかる気がする」

「イヨはどちらかと言わずとも雑だからね。いっぱい撃てば1つは当たるだろ精神。でもヒトミはなんていうか、魚雷を節約したいんじゃないかってくらい慎重で、1つを確実に当てていく感じ」

 

 そういうところでも性格というのは出るようだ。そしてそれは、今回からの新人、ウィーとユーにも当て嵌まりそう。

 

「お、それでも凄いね。五十鈴さん、ガツガツに狙っていってる」

「うん、あれは正直真似出来ないかも」

 

 そんな潜水艦の猛攻も物ともせず、指揮を執る五十鈴さんが一気に前に出た。足下が爆発しようがお構いなし。自分にダメージが入らないようにちゃんと調整した後、魚雷を放った瞬間を狙うかのように爆雷を投下。

 それが渾身の一撃になったか、小さな爆発音の後、それにやられたであろうイヨがプカリと浮かんできた。ご丁寧に白旗まで掲げて。

 

 それで火がついたか、海防艦の子供達も一斉に猛攻を仕掛けた。ギャラリーにはわからない戦いではあるものの、これが勝負を決める行動となったのはすぐにわかった。

 合間に魚雷によって占守と大東が痛手を負ったものの、それを他の者がしっかりとカバーし、海中から白旗を掲げた潜水艦達がプカプカ浮かび上がってきていた。

 最後の1人であるヒトミも浮かび上がってきたところで、演習終了。対潜部隊の勝利である。

 

「人数差はあったけど、それでも凄い手際だった気がする」

「いやぁ、ありゃ凄いわ。流石は対潜のために来た人達。こりゃ期待出来るね」

 

 私もこれには納得した。相当な実力者が来てくれたことに、素直に喜んだ。これは信頼出来る。

 今回の任務、対潜部隊も重要と聞いているが、あの部隊なら確実に行ける。潜水艦隊を沈没船まで導くことが出来るだろう。

 




無条件先制対潜の2人に加え、ほぼ確実に先制対潜する4人を相手に、結構粘った潜水艦隊も相当な実力者なのは言うまでもない。


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陽炎の弱点

 対潜部隊と潜水艦隊の演習が終わった後は、休憩を終わらせたサウスダコタさんがさっきよりもやる気を漲らせて演習再開を望んできた。実際、今日の午後は演習を繰り返してお互いの力をしっかり見極めるというのが課題である。

 そして私、陽炎としては、新たに得た2つの技、『蜃気楼』と『屈折』の弱点が見つかってくれると嬉しい。見つからずとも、より強い者と戦うことで洗練できると尚良い。

 

「では、余がまた貴様らの相手をしてやろう。光栄に思うがいい」

 

 演習は先程みたいな1対1ではなく、ちゃんとした部隊と部隊のぶつかり合いになる。

 

 あちらはネルソンさんを旗艦とした6人。ネルソンタッチの脅威と、全空母で見ても屈指の搭載数を誇るイントレピッドさんの空爆が恐ろしい重編成。こちらの航空隊はアトランタさんがことごとくを墜としてしまう。攻撃にも防御にも隙らしい隙が見当たらない。

 そして言うまでもなく、一番警戒しなくてはいけないのは鷲の目(アクィラさん)だ。戦場を常に空から見張り、状況を把握し続けているというのは、相手をする側からしてみれば脅威以外の何物でもない。観察能力も並では無いため、こちらの行動の看破力が半端では無いのも相まって、先にアクィラさんを倒さなくてはいけないのではと思えるほどである。

 

「こちらは……うん、ちょっと小粒だけど、今度の強行偵察の部隊だから、よろしく」

 

 こちらの部隊の旗艦は衣笠さん。随伴として私と沖波、五月雨、菊月、初月と、ほとんど水雷戦隊みたいなもの。あちらには戦艦も空母もいるというのに、火力が大分低め。

 

 これには理由があって、今回の強行偵察で『雲』が出てきた時のことを考慮している。私と沖波、そして旗艦の衣笠さんはM型異端児ということで、分霊を回避出来る。残りの3人のうち、五月雨と菊月は、『雲』対策をほぼ万全にしている状態。そして初月は防空である。道を拓いたところで空はどうにもならないため、初月に担ってもらう算段。

 磯波は太陽の姫に対して攻撃が効くかもしれないが、唯一の二重の異端児であるせいで分霊も効いてしまうため、残念ながらこちらの部隊からは外れることに。代わりに、別働隊に参加することにはなりそう。

 

「あたし、仕事潰されてるんだけど」

「それはたまたま。軽量部隊での速攻での突撃も考えてるから。諜報部隊だって一緒に行くわけだしさ」

 

 こちらに空母がいないため、アトランタさんは必然的に仕事の1つが無くなる。別に狙って空母を抜いたわけではなく、今回はたまたまこの部隊で向かうからだ。

 本番のための連携を鍛えたいわけで、アトランタさんの事情は申し訳ないが無視。ある意味作戦勝ちみたいになってラッキーとしておこう。それでもアトランタさんは普通に地上も撃ってくるのだからどっこいどっこい。

 

「まぁ構わぬ。Small sizeだろうが余は容赦しないのでな。Whatever you do, do with all your might」

「んん?」

「こちらの言い回しだと、アレだ、獅子は兎を狩るにも全力全開というヤツだ」

 

 また不思議な言い回しをしてきた。これにも磯波は反応していただろうか。

 

 とにかく、こちらが軽量部隊であろうが躊躇なく全力でやってくれるらしい。それは好都合だ。前回の援軍のときは一矢報いることは出来たものの、基本的にはコテンパンにされている。今回はそうならないようにしたい。せめて互角まで行きたい。

 

 

 

 いつものように間合いを取り、始まりの合図が出るまで向かい合う。あちらは既に先頭にネルソンさんが立ち、サウスダコタさんとプリンツさんがその後ろで構えている状態。最初からネルソンタッチしますよと言っているようなもの。

 

「うわ、アレどうする」

「どうするも何も、避けるしか無かろう」

 

 菊月の言う通りなのだが、ネルソンタッチは突撃しながら猛烈に砲撃をしてくる強烈な必殺技。以前は正面から魚雷により止めようとしたが、プリンツさんがすかさず魚雷を破壊することで進路を拓いてきた。弱点らしい弱点もないのなら、やはり避けるしか無いだろう。

 問題は避けた後。部隊を分断させて各個撃破するというのもネルソンタッチの目論見の1つである。そして、前回と同じなら、サウスダコタさんは即座に私を狙ってくる。もうそれを引き起こして、一騎討ちに出た方がいいかもしれない。

 

「僕が空母2人の空襲を食い止める」

「出来るなら衣笠さんも三式弾で援護しよう。だから、あの本隊やるのは、残った4人でお願いね」

「じゃあ私と沖波でサウスダコタさん行く。五月雨と菊月でプリンツさん行ける?」

「ん、その方向でとりあえずやってみる」

 

 一応の作戦立てはしていくが、おそらくそんなにうまくはいかないだろう。そもそもネルソンさんのことを考慮していないし、空襲だって止め切れるかわからない。そしてアトランタさんは完全にフリーなので、横槍は確実に入る。

 

「ま、旗艦がこんなこと言うのもアレだけど、みんながその時その時でやれることやっていこう」

「あはは、それしか無いよね、うん」

「我々は()()()だな。なに、演習なんだ、気楽に行こうじゃないか」

 

 その時その時で臨機応変に対応する、みたいなものか。確かにそう考えれば私達は遊撃隊と言えるかもしれない。状況に応じて標的を変え、戦術を変え、勝利を掴むために臨機応変に動く必要があるわけだ。いつもそうしている気がしないでもないが、今回は特に顕著であると考えよう。

 

「僕がやるべきことは変わらないがな」

「それは仕方ない。防空駆逐艦には期待してるから」

「緊張させないでくれ」

 

 小さい笑いも起きたことで、より気が解れた。いい感じに力も抜けたし、十全の力で演習に臨める。死が隣にいるわけでもないし、緊張感は必要ない。最低限の舞台に上がれた。

 

 そして、演習開始の合図。その瞬間である。

 

「Nelson Touch」

 

 やっぱり。合図が出た瞬間にネルソンさんの艤装が変形。本来ある隙も、開始直後にさっさと実行することによって帳消しにしてきた。そもそも艤装の変形速度も前に見た時より速くなっている。

 

「Intrepid squadron, attack!」

 

 さらに、イントレピッドさんの航空隊も同時に発艦。強力な攻撃を同時に繰り出され、まずどの行動を選択するのが得策かが判断出来なくなる。しかし、もたもたしているとネルソンタッチの直撃もあり得るので、すぐに行動に起こさなくては。

 

「沖波、行くよ!」

「う、うん!」

 

 最初は予定通り、沖波と組んで行動。突撃してくるネルソンさんを見定めて、確実に避けられるところにまで駆け抜ける。そして五月雨と菊月は逆方向へ。ネルソンタッチの思惑通りになってしまっている気がするが、もうこれは仕方の無いこと。

 それと同時にイントレピッドさんからの空爆も開始。最初から避ける道を塞がれるという、最初からネルソンタッチありきの航空隊運用。どうせ横に避けられるのだから、最初から行けないようにしてやれば当たるだろうという豪快な姿勢である。

 

「空爆は僕に任せろ!」

 

 それは初月がどうにか抑えてくれる。毎度お馴染みの降ってくる爆弾に向けての対空砲火により、致命傷だけは防ぐように頭上のものだけは確実に破壊してくれる。

 航空隊の数は減らずとも、必要最小限の労力で道を切り拓いてくれている。ならばその間にその根っこの部分を切る。

 

「ネルソンタッチを潰すよ!」

 

 衣笠さんは突撃してくるネルソンさんからあえて回避せず、真正面から砲撃を連射しながら魚雷まで発射。少しでも速度が落とせれば戦いやすくなるのは目に見えている。正面は威圧感が半端なく、すぐにでも逃げ出したくなる程だろうが、衣笠さんは臆さない。

 

「プリンツ!」

Feuer(撃て)!」

 

 案の定、魚雷はプリンツさんが処理したため、突撃は速度を落とすことが無かった。相変わらずネルソンタッチに特化した編成。簡単に止まらない暴走列車そのものである。

 前と同じならここでサウスダコタさんが単独行動をして各個撃破を狙ってくる。同じように動いてくるくらい単純な人ならまだ簡単なのだが、流石にそうは行かない。

 

「ひーちゃん回避!」

 

 しかし、先に反応したのは沖波。声と同時に砲撃音。ネルソンタッチに注目してしまうが、先程も考えた通り、アトランタさんがフリーなのだ。横槍は当然入れてくる。

 気付いた時にはもう放たれた後。沖波には『空』の回避があるのである程度は予想出来ていたのだろう。だから声をかけてくれた。ならば、ここで脱力。

 

「チッ、気付かれた」

 

 アトランタさんの舌打ちが聞こえる。沖波はしっかりと紙一重で完全回避し、私は脱力回避による擦り抜け。気付いてしまえば当たらない。それが私達だ。

 

「磨きがかかっているみたいだなカゲロー!」

 

 だが、ここでサウスダコタさんが突撃してきていた。ネルソンタッチを途中で抜け出しての各個撃破。逆方向ではプリンツさんが同じように動き、五月雨と菊月に向かっていた。ネルソンさんはそのまま衣笠さんと初月を相手取っている。

 分断後の各個撃破の段階に入っていた。1人でも2人を相手に取れるくらいの実力と自信があるからやれる戦法だ。しかもこちらにはアトランタさんまで来てしまっているのだから、やられる方は堪ったものではない。

 

「もっと出来るよ。今は沖波もね!」

 

 ならば、ここで新技披露の時間。サウスダコタさんがこちらに主砲を向けたタイミングを見計らい、脱力から更なる高速移動へ。その場に残像を残すかの如く、無意識下での移動により、既にサウスダコタさんの隣へ移動していた。

 

Heat haze(陽炎)、いや、Mirage(蜃気楼)か!?」

 

 放った時にはもう遅い。隙だらけのサウスダコタさんを真横で見ることになる。これで狙い撃てば当たるはずだ。

 しかし、サウスダコタさんは驚愕の後に笑顔を見せていた。一番最初に脱力回避を喰らっているのは、他ならぬサウスダコタさん。その弱点となり得るところだって、その時から研究しているのではないか。『雲』のことも知っているわけだし。

 

「お前の弱点はオミトーシなんだ!」

 

 ここで私が砲撃を放つ。確実に当たるルートを狙った。艤装に阻まれないように、生身の見えている腹に向けて。だが私の弱点とサウスダコタさんは言った。このタイミングで何が。

 

「駆逐艦の砲撃は、()()!」

 

 なんと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。鈍い音はしたものの、サウスダコタさん自身はそのせいで無傷。

 

 私の弱点、それは駆逐艦ゆえに火力が低いこと。どれだけ整備班の人にチューンナップしてもらっても、最大火力というのは戦艦どころか軽巡洋艦にも及ばない。故に、()()()()()()()()()()()

 それを見越していたサウスダコタさんは、最初から砲撃を受けるつもりでいた。代わりに、受けてもダメージを受けないように、マストで弾くという荒技に、文字通り打って出たのだ。駆逐艦の主砲よりも火力があったら、マストがひしゃげていたか、打ち切れずに喰らっていたかのどちらかだろう。駆逐艦の火力の低さが仇となる。

 

「悪いなカゲロー! お前の技は見破った!」

「ま、マジかぁ……ちょっと想定外」

 

 あんなもの、戦艦の膂力が無けれは出来ないことだろう。とはいえ、相手によっては私のこれは効かないというのがよくわかった。回避ではなく防御に特化しているものそのものが、私の弱点なわけだ。

 そしてサウスダコタさんは、こちらに向けてまた主砲を構えた。そのまま受けるわけにはいかないため、すぐに力を抜く。菊月の時のように、回避そのものを止められるということはない。あくまでも避けた後を見据えているのがサウスダコタさんだ。

 

「相変わらずとんでもない動きだな! だが、それがアタシに当たらなければ意味がないぞカゲロー!」

 

 ならば、打ち返せない砲撃を放つまでだ。

 サウスダコタさんの砲撃はしっかりと脱力回避をして、一旦間合いを取る。そして、こちらから反撃の一撃。いや、二撃。まずは手持ちの主砲による砲撃で回避を誘発させる。

 

Shaking bullets(揺れる弾)なのは知っている! それは回避すれば」

「『屈折』」

 

 回避した方向にねじ曲げる二撃目。砲撃同士がぶつかり合い、回避された砲撃が吸い込まれるようにサウスダコタさんの方に曲がる。

 

「ぬおっ!?」

「うっそでしょ!?」

 

 それを咄嗟に自らの艤装でガード。先程言われたように、私の砲撃は戦艦にしてみれば軽い。それが屈折させるためにぶつかり合ったことで、さらに軽くなっている。普通でも阻まれるくらいなのに、ガードされてしまったら尚更ダメージにならなかった。

 むしろ想定外にすらついてきたサウスダコタさんが恐ろしかった。『蜃気楼』ならまだしも、『屈折』は初見だ。動体視力とかそういうのとはまったく別物の何かを感じた。あれか、野性的直感か。サウスダコタさんは夕立と同じタイプかもしれない。

 

「今のは危なかったぞカゲロー!」

「普通に渾身の技なんですけど!?」

 

 危なかったで済まされては困るのだが。

 

 

 

 だが、弱点は露呈した気がする。硬い相手には敵わないという、駆逐艦なら切っても切れないところが。

 




駆逐艦故の火力不足。これが陽炎の弱点です。対応されてしまうと途端に脆くなる。


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偉大な存在

 ネルソンさん率いる増援艦隊との演習中、私、陽炎の渾身の必殺技である『蜃気楼』と『屈折』がサウスダコタさんに破られた。その原因はどちらも、駆逐艦故の火力不足である。

 

 回避技である『蜃気楼』は、言ってしまえばただ避けるだけ。その後の攻撃は普通の攻撃なのだから、完全に隙を突く一撃だとしてもそれに反応さえされれば意味が無い。実際、サウスダコタさんは私の砲撃をマストで打ち払うというトンデモ技で回避してきた。

 だが、『屈折』は回避したと思いきや当たるという類の技だ。火力の低さにより、ただガードされただけで何も変わらなかった。ある意味直撃しているのに、相手が戦艦だからという理由でダメージ軽微という結果に。

 戦艦相手でなければダメージになるかもしれないが、相手はインチキたっぷりの深海棲艦だ。あの駆逐水鬼ですら、艤装が尋常では無い硬さだった。他の深海棲艦、特に今後相手にする連中は全てがそうだろう。

 

「火力不足とか痛いところ突かれすぎなんだけどさっ!」

 

 結果的に、艤装に阻まれたことでサウスダコタさんにちょっとしたダメージしか当てられていない。駆逐艦が戦艦を喰うには、艤装を擦り抜けた本体を狙い撃つしか手段がない。前回勝てた時もそれだった。

 しかし、今回のサウスダコタさんは一味違う。最初から警戒してきている。私が()()()()()()をするものだと考慮してここに立っている。ならば効くものも効かないだろう。

 

 これを乗り越えられれば、次の戦場でも勝率がグンと上がるはずだ。なんてありがたい演習。最後の最後にこんないい経験が出来るとは。私も自然と笑みが溢れていた。

 

「お前の相手はアタシだけじゃ無いぞ!」

「わかってるよ!」

 

 勿論それはわかっている。一緒に行動していた沖波は、私にサウスダコタさんが向かってきた時点で狙いをアトランタさんに集中しているのだが、あちらは私にまで照準を合わせて撃ってきているのだ。沖波が躱した後の流れ弾もあり、私は2人からの攻撃を受けることになる。

 さらに言えば、こうしている間も空爆は終わっていない。イントレピッドさんの数の暴力とも言える膨大な艦載機と、その隙間を縫う的確な攻撃を決めるアクィラさんの艦載機は、戦場を飛び交いあらゆる場所に爆撃している。勿論私の真上にもいるわけで、流石の初月も全てを対応することが出来ていない。

 

「悪いが先には行かせないからな。今アクィラの方を見ただろ」

「うわ、バレてる」

 

 ならば鷲の目を先に潰そうと考えたものの、そこもお見通しだったようだ。というかおそらくアクィラさんの入れ知恵。こうなったら誰もが鷲の目を潰そうと考えると先に教えていたのだと思う。

 

「だが、お前には攻撃が当たらない。なら、ここで睨み合いといこうじゃないか」

「お断りなんだけど!」

 

 ここで脱力回避からの高速移動。むしろ『蜃気楼』の応用でサウスダコタさんを擦り抜けて後ろへ。今そこにいると見せかけつつ、その隣を通過した。これは菊月との演習で言われたことを参考にしている。当てたければもっと後ろに行けという言葉だ。

 火力が足りないのなら、頭を使って切り抜けるしかない。私はそういうところに関しては天性のものを持っているわけでもないのだが、仲間達の教えを全部使っていけば勝利を手繰り寄せることくらいは出来るはずだ。

 

 そして、真後ろに回ってから振り返って生身が見える隙間を探す。一瞬で判断出来るほど私の動体視力は良くないのだが、明らかに狙いやすい場所は見つけた。頭と、脚だ。それ以外の部分は、戦艦の馬鹿デカい艤装に阻まれて隙間すら見えない。

 流石に全身が艤装に包まれている深海棲艦なんていないだろう。今後戦うことになる太陽の姫も『雲』も、しっかり生身部分があった。高速移動で隙を窺いながらそこを突くのが一番の戦術になるはず。

 

「っらい!」

 

 そこで備え付けの方で砲撃。狙いやすさは脚の方が段違い。うまく当たれば転倒させることが出来るので、まずはそちら。実弾なら致命傷にもなるはずなので、狙いとしては確実にいい場所。

 

「当たるかよ!」

 

 後ろに回り込んだのに即座に回避行動に移れるサウスダコタさんは一体何なのだ。結構近くから撃ったつもりなのだが、それこそ沖波の『空』の回避よろしく、紙一重で避けている。ここで跳んでくれればまだチャンスはあったのだが、そうそう上手く行かないものである。

 ならば、もっと生身が露呈しているところから狙ってみるのはどうだ。サウスダコタさんの場合は、そう、真正面。どんな艦娘でも大概そうだが、鎧だの甲冑だので正面を守っている者はまず見たことがない。なら一番通用するのは避けない正面なのでは。

 

「ダコタ、Come back(戻ってこい)!」

 

 ここまで考えたところで、ネルソンさんからのお呼び出しがかかってしまった。単独行動にも限界有りとされたか。いや、むしろ2回目のネルソンタッチの可能性もある。

 ネルソンタッチからの各個撃破に、私達は全員耐えることが出来ていた。プリンツさんに対して五月雨と菊月をぶつけたのも大正解で、無傷とは言わずとも擦り傷程度で済んでいる。逆に衣笠さんはネルソンさんを引き受けていたので大苦戦。ギリギリ均衡を保とうとしてくれていたが、それでもダメージは受けている。

 

「悪いなカゲロー、タイマンはまた後からだ!」

 

 ここでチャンスを逃すわけにはいかないのだが、この期に及んで空襲が激しくなった。あちらが安全に集まれるように、イントレピッドさんとアクィラさんが艦載機を散らしてきている。

 集まられたら余計に厳しい。戦艦2人と重巡1人とかネルソンタッチが無くても厄介な組み合わせだ。

 

「いや、ここから逃がさない。サウスダコタさんだけでも倒しておきたい!」

 

 ここでもう一度高速移動。狙いは先程考えた、サウスダコタさんの真正面。生身を一番大きく見せている腹。

 回避技ではあるものの、これが移動の手段にも使えることは今まででさんざんやってきていること。当然負荷は大きいが、背に腹はかえられない。実際、戦場でもこれを何度も繰り出さなくてはいけない時が来るだろう。そのためにも足腰はしっかり鍛えたい。

 

「ぬあっ!? 真正面だと!?」

「これだけ近付けば、ガードとか出来ないでしょ!」

 

 もう目と鼻の先。主砲を突き付ければそのまま触れられるくらいの距離。ここまで来たら、艤装による防御なんて出来やしない。ついでに主砲が回る限界にも来ているから砲撃も無い。サウスダコタさんを巻き込みかねないから空爆も無い。

 なるほどこれが最善の一手。高速移動により手が届く程にまで近付き、一撃を入れる。これだ。

 

「させない!」

 

 だが、ここまで来て私は1つ頭から抜けていたことがあった。私の砲撃もガードしてしまうくらいに強固で大きな艤装が両脇腹の下から出ているわけで、ここでサウスダコタさんが身体を回した場合、この艤装がモロに私を薙ぎ払うことになることを。

 勿論その選択肢を採るだろう。仮に私の砲撃が直撃したとしても、艤装による薙ぎ払いは止まらない。それでは意味がない。というか演習とはいえ艤装が直撃したら普通ではなく痛い。

 

「ちょっ、それはダメじゃない!?」

 

 大急ぎで脱力回避。瞬間、さっきまで私がいた場所を唸りを上げた艤装が通過した。あんなの車に轢かれるみたいなものだ。いくら艤装を装備しているにしても、ダメージは免れない。

 

「っぶなぁ!」

「それはこっちのセリフだカゲロー! 真正面とはやってくれへぶぅっ!?」

 

 と言った瞬間、サウスダコタさんの顔面にダミーの弾が直撃していた。

 私は撃っていない。脱力回避を延々とし続けただけだ。砲撃するタイミングも今は無かった。

 

「ごめんなさいサウスダコタさん。これ、団体戦の演習なので」

 

 その砲撃を放ったのは沖波。アトランタさんの砲撃を全て回避し、合間合間にこちらをチェックしてくれていたらしい。そして、大きな隙が出来たこのタイミングを見計らい、渾身のヘッドショットである。

 

「……何やってんだアトぉ!」

「コイツ、ホント全然当たらないんだって!」

 

 私がサウスダコタさんと熾烈な攻防を繰り広げている間、沖波もアトランタさんと1対1を繰り広げていた。そして、その攻撃の全てを回避し切ったようである。流石としか言いようがない。体力消費が抑えられるとはいえ、流石の沖波も少しお疲れの様子。アトランタさんはその数倍は疲れているようだが。

 

「サンキュー沖波!」

「大丈夫! ひーちゃん今度は」

「勿論!」

 

 そこから一気に『蜃気楼』によりアトランタさんの眼前へ。いくら狙っても当たらない沖波を相手にしていたからか、少し冷静さを欠いていたアトランタさんなので、近付くことは容易だった。こうなったら小細工もいらない。

 当然反応もされる。近くであろうがアトランタさんは私に狙いを定めて砲撃を放ってきた。だが、それも脱力回避し、その砲撃を潜りつつ真横に立った。止まった瞬間にもう一度使うようなものなので脚への負荷は当然重いが、まだやれる。

 

「ちょっ!?」

「ゴメンね。チーム戦だもんね」

 

 そして砲撃。大分近かったため、回避させる余裕も与えず、横っ腹に直撃。これでアトランタさんも終わり。

 

「くっそー……2人ともインチキ回避すぎる……」

 

 ここまで来てよくわかった。弱点は仲間に補ってもらうというのが一番手っ取り早く、確実だ。自分1人で乗り越えるのが難しい。だが、2人、3人といれば容易く乗り越えられる。今のがそれだ。

 私だけならサウスダコタさんは倒せなかったが、その隙を横から突いてもらえば倒せた。今のアトランタさんもそうかもしれない。沖波だけでは回避し続けるだけだったが、そこから私が横から入ったことで一撃。

 

「っし、これで2人目……!?」

「ひーちゃんすぐに逃げて!」

 

 油断していたわけではない。だが、アトランタさんも倒したことで少し息を吐いたのも間違いなかった。その瞬間を狙われた。

 私の上の空が暗くなっていた。そこには、イントレピッドさんが発艦させた艦載機が、群れをなしてやってきていた。つまり、このまま回避出来るかわからない程の爆撃が降ってくる。

 

「まっず……!」

 

 間髪入れずに爆弾の雨が降ってきた。これは本当にまずい。着弾地点を予測する暇もないため、どうにかその爆撃の範囲から逃れるために再三の高速移動。脚への負荷は最高潮に。

 移動先は沖波の側だ。ここからはちゃんとツーマンセルで動いた方がいい。

 

「大丈夫!?」

「まだ大丈夫。折れるようなことは無いから心配しないで」

 

 やはり、あの時の戦いのトラウマか、私の脚への負担を極端に気にしている節がある沖波。だが大丈夫。大分蓄積されてはいるが、まだ動けるし戦える。

 

 イントレピッドさんの艦載機は、私と沖波を追うように向かってくる。他の者はもう見向きもせず、先にやらなくてはダメであると言わんばかりだった。それはそれで光栄なのだが、堪ったものでは無い。

 ならもう本体を狙うしかないじゃないか。と、イントレピッドさんの居場所を探したのも束の間、それを隠されるかのように私と沖波の周囲に水柱が立った。

 

「えっ!?」

「ごめんねカゲロー、弱点わかっちゃった」

 

 その声はアクィラさんだった。つまり、今の水柱もアクィラさんの仕業。私達を直接狙うのではなく、わざと外して視界を塞いできた。多分。

 

「カゲロー、移動するときにそちらの方しっかり見ちゃう癖があるのよね。なら視界を塞いだら、動けないんじゃないかしら」

 

 何も否定出来なかった。移動先がちゃんと見えていないと、『蜃気楼』どころか脱力回避すらままならない。そしてそれは沖波もだった。想定外に弱いという『空』の回避は、視界を潰されると全ての攻撃が想定外になるため、途端に脆くなる。

 強引に突き破ればいいのだが、それでもすぐに動けるかと言われれば違う。視界が塞がれたことで一瞬でも躊躇いが生まれてしまった。

 

 そしてその効果はモロに出た。水柱をぶち抜くように放たれた砲撃により、私と沖波は纏めて吹っ飛ばされる羽目に。

 

「ぎゃあっ!?」

「ひゃあっ!?」

 

 水柱が晴れた後、私に向かって砲撃を放ってきたのがネルソンさんだとわかる。あちらの仲間達をいなしながらも、しっかりこちらを狙ってきた。いや、アクィラさんからの合図があったのか。

 今までの戦闘は全て鷲の目に見られている。そのせいで隙を全て把握されていた。見事としか言えなかった。

 

「沖波、大丈夫……?」

「大丈夫じゃないかな……2人揃ってリタイアだね……」

 

 私と沖波は敗退。2人倒した後に2人抜ける状態に。

 

 

 

 結果的に、この演習は僅差で敗けることになった。だが、学ぶことも多かった。明日の強行偵察にも活かせることがいくつもあった。

 1つわかったのは、仲間の存在は偉大だということである。弱点は仲間に補ってもらおう。それでいい。

 




> 全身が艤装に包まれている深海棲艦なんていないだろう
アンツィオ沖棲姫という超例外がいることを、陽炎はまだ知らない。


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翌日に向けて

 演習終了。残念ながら僅差で敗北という形になってしまったが、色々と学ぶことが出来て大満足な一戦だった。次に繋がる敗北なら大歓迎である。

 私、陽炎は沖波と組んで動き、サウスダコタさんとアトランタさんを倒すことには成功したものの、アクィラさんとネルソンさんにやられる羽目に。2人倒した後に2人して負けるというプラスマイナスゼロという結果になったものの、個人的には悪くない戦果。

 

 私も沖波も、今回の演習で大きな弱点を知ることが出来た。視界を塞がれると途端に脆くなるという弱点が露呈したのは大きい。

 ただでさえ太陽の姫は水柱を攻防一体に使ってくる。視界を塞いでくることだってある。それが先んじてわかったのは本当に良かった。

 

「反省点いっぱいだなぁ。移動先に目が行っちゃうのか……」

「私は視界塞がれると予測出来なくなるから動けなくなっちゃう……」

 

 演習終了後の休憩中、私と沖波は即座に反省会。ネルソンさんの砲撃に吹っ飛ばされて身体がギシギシ言っているが、その程度で済んでいるのでまだ比較的元気である。私は脚が少し軋むため、休憩しながらもストレッチでしっかりケア。この辺りは速吸さんにも教えてもらっている。

 

 2人してアクィラさんに動きを止められた挙句、その瞬間に纏めて薙ぎ払われるという酷い終わりを迎えさせられているのは普通に反省案件。水柱なんかで足を止めていたら勝てるものも勝てないだろうに。

 火力不足に関しては、仲間の手助けでどうにでもなるということがわかった。弱点かもしれないが、艦種として仕方ないところもある。これは私が囮になりつつ他の人に撃ってもらうとか、その逆をすることでお互いの弱点を補うことにしよう。今回の沖波のヘルプは、そういう点で完璧だった。今後もこうやっていきたい。

 

「でも、強くなれそうだね」

「うん、この演習参加出来て良かった」

 

 沖波も私と同じように満足出来るものになったようだ。沖波にも弱点はあり、それがしっかりと露呈したことで明日に活かせる。まだ強くなれることを、心の底から喜んでいるようにも見えた。笑顔も戻ってきているようで何よりである。

 

 

 

 演習は続き、私達の次は強行偵察部隊の別働隊候補が相手をすることになっていた。

 その部隊には陸奥さんと霧島さんの他、天城さんと隼鷹さんまで名を連ねた重量編成。あちらでやたら出てくるという戦艦の姫級やレ級を視野に入れた編成である。そしてそこには夕立や磯波、萩風も候補とされている。今は夕立が参加中。あともう1人は木曾さん。

 

 D型異端児は最悪の場合、『雲』による分霊の危険性があるのだが、強行偵察の別働隊であれば参加も可能と見做されているため、誰もが部隊の候補だ。今からの演習である程度全員が演習をこなすのだろう。

 

「やるのと見るのとじゃ、やっぱり違うよねぇ」

「本当にね……。ひーちゃんサウスダコタさんと1対1とか、よくやれたね……」

「ホントだよ。艤装振り回された時、死ぬかと思ったし」

 

 演習を終えている私達は、今度はギャラリーとしてその演習を眺めている。実際にあの場に立つのと、遠目で見ているのとでは、感じ方も大きく違う。先程の弱点の反省をしつつ、取り込めるものがあれば全て取り込むという意気込みで観察させてもらっている。

 一緒にギャラリーとして眺めているのは、夕立を除いた異端児駆逐艦。磯波と萩風は次以降の早いタイミングで演習に出ることが決まっているため、演習を見る目にも力が入っている。

 

「やっぱりアクィラさんが凄いね……一番後ろから戦場全部見てる」

 

 私達の中でも特に観察力が高い磯波がボソリと呟く。こうして観察しているのも、戦場での全員の癖を覚えるためだ。常に全員分をアップデートして、サポートに役立てたいと意気込んでいた。

 流石は異端児駆逐艦の天使、いろいろ私が歪めてしまったものの、根幹は変わっていない。裏方に徹するために努力を惜しまないその姿勢は健在だ。

 

 戦場にいてもそれは思っていた。アクィラさんは基本的に一番後ろ。絶対に前に出てこないし、同じ空母のイントレピッドさんよりも後ろに控えている。

 まさに司令塔と言える立ち位置から、艦載機まで使ってこちらの動きから癖まで何もかもを見透かしていた。あれだけじっくり見ているのだから、私や沖波の弱点を見つけてくれるのも当然だ。

 

「私はプリンツさんの動きが気になってました」

 

 萩風としては、あの中でもプリンツさんの的確な身のこなしが注目ポイントのようだ。

 

 一見あの中では地味な立ち位置にいると思われるプリンツさん。戦艦より火力が無いためか、ネルソンさんのサポーターとしての動きがかなり強め。

 ネルソンタッチの一員であり、それを阻む雷撃を全て破壊することが基本的な動きのようだが、単体のスペックも普通に高い。私と沖波が参加した演習でも、五月雨と菊月の2人を相手取っていても普通に均衡を保っていた程だ。

 

「私とは戦い方がまるで違いますが……サポートをしながら自分でも戦える万能な立ち位置、憧れます」

「確かに……あの人すごいね。()()()()ってヤツかな」

「ですね。私は姉さんのサポーターを目指してますから」

 

 最近は大分板についてきたと思うのだが、まだまだ向上心が強い。プリンツさんを参考に、自分のスタイルに落とし込みたいと意気込んでいた。こちらも頼もしい限りである。

 

 そうこうしている内に、一斉射とネルソンタッチの撃ち合いが始まり、さらにはそこから分断されて戦艦同士の一騎打ちに発展したりする。

 ネルソンタッチを止めるために、木曾さんがありったけの魚雷を放ったのだが、それを的確に止めるプリンツさんが少し怖いくらいだった。

 

「木曾さんの雷撃でもダメかぁ……プリンツさん凄いなぁ」

「最低限の破壊で誘爆させてるね……運良く爆発してるのもありそうだけど、それでも凄いよ」

「もうアレ止められる人いるのかな……」

 

 そう思えるくらいにネルソンタッチの完成度が高い。雷撃で食い止めるというのがそもそもの間違いなのかもしれないが、一斉射すら潜り抜けてきた実績があるので、どう止めればいいものやら。

 とはいえ、あれは味方の技なのであって戦場での脅威ではない。あれが敵対していなくて本当に良かったと思う。

 

「うわ、陸奥さんとネルソンさん相討ち!?」

「霧島さん勝ちました! でも相当やられていますね……」

 

 一斉射とネルソンタッチのぶつかり合いは互角のようなものだったのだが、一騎打ちでも互角。お互いの最大戦力の戦いは苛烈で、流石に殴り合いとまではいかないまでも、至近距離での戦艦主砲の撃ち合いという壮絶なものとなった挙句、お互いボロボロになった状態で相討ち。

 逆に霧島さんとサウスダコタさんは、最初の演習の焼き直しのような近接戦闘へと発展。一度ならず二度も敗北したからか、霧島さんはサウスダコタさんの戦術をしっかりと学習していたため、今度は逆に辛勝。

 

「すご……やっば……語彙力失う」

「私達の演習より激しいよね……大型艦同士のぶつかり合いだからかな」

「かもしれない」

 

 そして航空戦。イントレピッドさんのとんでもない量の艦載機を、天城さんと隼鷹さんの連携攻撃でどうにか食い止めているのだが、それをアトランタさんがことごとく撃ち墜とすという酷い状況になっていた。艦載機の天敵が相手だと、空母はここまで機能を停止させられる。

 だからだろう、夕立がいの一番にアトランタさんを狙いに行った。久しぶりに見せる狂犬っぷりを遺憾無く発揮し、食い破るかの如く猛攻。結果、どうにか勝利を収めていた。

 しかし、圧倒的物量差は簡単には引っ繰り返すことが出来ず、制空権は常にあちら。鷲の目は演習中常に機能し続けていた。

 

「ああ……そのまま押し潰されていくね」

「惜しかったよね……」

 

 結果、演習は僅差で敗北。最終的にはやはりアクィラさんが無傷という結果になった。イントレピッドさんまでは行けたのだが、そこからがまた難しいという状態。

 なかなか勝てないが、いいところまでは来ている。私も含め、みんなが強くなっているのが実感出来た。

 

 

 

 ここからは次々と演習が繰り返された。私も2回目をやったりして、短期間で成長出来ている。それでも常に僅差で敗けているのは、あちらの地力が最初から相当上の方にあるからだと理解させられた。私達が戦々恐々としていたレ級相手にも臆さず突っ込むような人達なのだから、激戦の経験数も私達とは違うのだろう。

 

「はぁー、疲れた。もう脚があっつい」

「明日のこともあるから、ちゃんとケアしないとね」

 

 演習では脱力回避と『蜃気楼』を何度も使っているので、脚への負担はかなりのもの。お風呂とマッサージとその他諸々で明日に引っ張らないようにしなくては。

 

「お疲れ様。よく見させてもらったわ」

 

 夕食前の休息中、話しかけてきてくれたのは五十鈴さん。勿論龍田さんもいるのだが、そこは海防艦のみんなも一緒にいる。明日のために交流を深め続けているようだ。

 

「たはは、負け試合ばっかりだったけどね」

「充分すぎるわ。貴女のあの深海雨雲姫みたいな回避も直に見ることが出来て良かった。明日現場で遭遇する可能性があるのよね。映像と直で見るのとは全然違うもの」

 

 他の者の演習も自分の糧にしている辺り、五十鈴さんも向上心が非常に高い。

 

「ここの艦娘は実力者揃いね〜。流石は空城大将の管理下なだけあるわ〜」

 

 龍田さんも演習を見続けて感心していた。あのネルソンさん率いる外人部隊に、敗けているとはいえ僅差まで持っていけているということがそもそも凄いことだと褒めてくれた。

 

「占守達もすごいっしゅか?」

「ええ、すごいすごい。対潜部隊として、うちに欲しいくらいよ〜」

「龍田姉ちゃんに言われたら、なんか嬉しいぜー!」

 

 占守と大東はやたら龍田さんに懐いた様子。龍田さんはやんちゃな子供をあやすのがとても上手な気がする。

 逆に松輪は五十鈴さん側。龍田さんが怖いとかそういうのでは無さそうだが、気を許しやすいのは五十鈴さんだということのようだ。

 

「かげろうおねぇちゃん……かっこよかったです」

「あはは、ありがと」

 

 松輪に言われたらやる気が一気に充填される。明日に向けての力はこれだけでも増すものだ。

 

「でも、演習を見ているだけだと深海日棲姫と対となる者って感じはしないわよね。どちらかといえば、深海雨雲姫と似たような者って感じ」

「あー……まぁそっちの方が近いかな」

 

 戦力を(つまび)らかにするという事情があるため、私の素性もある程度はみんな知っている状態。とはいえ、余計なことは外に出さないようにしておく。諜報部隊もプライバシーの問題とかに重きを置いてくれているのだから、自分から表沙汰にする理由もないし。

 

「分霊は本当に限られた時、それも治療にしか使わないから、それ以外だとあっちと似たような感じになるのは仕方ないと思うよ」

「なるほどね。なら、貴女の真の力は見ない方がいいってことね」

「察してくれて助かるよ」

 

 分霊を使うことはもう無いと信じたい。強いて言うなら『雲』の治療くらいか。わざわざ殺すことなく、太陽の姫からの穢れを払う事ができれば、あの状態から人間に戻す事が出来るかもしれないのだから。

 戦場でそんな余裕があるかはわからないので、今までのように命を奪うことでの治療が優先される可能性はある。無理に分霊で治そうとして、自分が危険な目に遭ったら意味がないし。

 

「なら、これ以上は詮索しない。見せろなんて口が裂けても言えないわ」

「そうしてくれると助かる。ただでさえ、この力が大本営の耳に届いて面倒臭いことになってるってのに」

「ああ……大本営の一部ならそういうこと考える輩もいるわよね。心中察するわ」

 

 この問答から、五十鈴さんはこちらの味方だと改めて確信した。別に心が読めるとかそういうわけではないのだが、建前ではなく本心で私と苦労を察してくれているように感じたからだ。松輪が比較的懐いているというのもある。

 最初に疑ったことを申し訳なく思う。真夜中の電話で少しピリピリしていたのかもしれない。自分のことだから余計に敏感になってしまっていた。

 

「じゃあ、明日はよろしく。背中を預けるから、背中を預けなさい」

「うん、よろしく。強行偵察、絶対に成功させよう」

「五十鈴達がいるんだもの、大船に乗ったつもりでいなさい」

 

 これは期待出来る。明日が上手く行く流れになってきた。

 

 

 

 やれることはやった。あとは、明日に向けて身体を休め、当日を迎えるだけだ。

 




演習は終わり、ついに強行偵察の時が来ます。


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強行偵察

 強行偵察前夜。就寝時間はいつもよりも早めとされた。全員が一丸となって実施する戦いであり、もしかしたらこれでそのまま終わる可能性もあるのだ。緊張感もあるが、それで眠れないとかはもう無い。ちゃんと眠れるように、その辺りも考慮した夕食まで用意されていた。

 私、陽炎は演習を終えた後、出来ることを全てやっておいた。速吸さんのマッサージや、薬湯での急速回復で負担がかかっていた脚も万全。明日に疲れを引っ張らず、万全の態勢で向かう事が出来る。

 さらに、今回は緊張感で眠れないなんてことが無いように、事前にイントレピッドさん手製のホットミルクまでいただいてしまった。おかげで身体はポカポカ。気持ちよく寝られそうだ。

 

「美味しいご飯も食べられたし、アクィラさんに話も聞いてもらったし、さっきはホットミルクで身体も温めたし、眠気もちゃんとある。これはもう勝ったも同然だね」

「ぽい。そして夕立達にはゲロ様の匂い。完璧っぽい!」

 

 部屋では相変わらずの5人集合。心を落ち着かせて明日に挑むなら、いつもと同じように過ごすのがいい。それにD型異端児である3人は、私の魂の匂いによりさらに心が落ち着くというのだから、この状態で一晩明かすのが一番望ましい。

 相変わらず夕立は私のベッドに潜り込んできている。今回は磯波も躊躇なく来た。もう本当に一切の抵抗を見せない。

 

 私達はアクィラさんに話を聞いてもらい、いろいろとスッキリさせてもらった。やっぱりストレスというのは定期的に吐き出さなくてはダメだ。ただ話すだけでも、こうも気持ちが穏やかになれる。話したことがかなり悲惨な内容だったため、アクィラさんもちょくちょく言葉を無くしていたが。

 

「明日はみんなで出撃だからね。こんな大掛かりな戦闘なんて無かったんでしょ?」

「うん……艦娘の殆どが出撃するのは初めてかな……」

 

 現在鎮守府にいる艦娘の約8割が出撃するというとんでもない戦いになっていた。そのうち増援は13人。今までとはあまりにも規模が違う戦い。

 夕立は別働隊、磯波と萩風は諜報部隊に組み込まれる形で出撃することが決まった。まさかの駆逐艦総動員である。代わりに、巡洋艦の方々の一部は、鎮守府防衛のために臨戦態勢でのお留守番となっている。鎮守府防衛班は食堂の3人まで含めて僅か7人である。

 私達が出撃している間に、万が一鎮守府が襲撃されるなんてことがあったら困る。そんなことは無いと言い切りたいのだが、『雲』が今までに2回も襲撃に来ているのだから、警戒しない理由が無いのだ。それでも大分少数ではあるのだが。

 

「すごい戦いだよ。やっぱり、深海棲艦の親玉みたいなものだからかな」

「かもね。やれることは全部やるってのがよくわかるよ」

 

 それだけ人数を使って、ようやく中心部に辿り着けるというくらいだろう。それでも敵はまだいる。太陽の姫もそうだが、『雲』も残っているのだ。最低限、そのどちらかを引きずり出して撃破したいところ。

 

「これだけ準備したんですから、勝てますよね」

「当然。明日で全部終わらせるつもりで行くんだから」

 

 全員が意気込み充分。当たり前だが負けるつもりなんて無い。負ける気もしない。それだけの準備をしてきたのだ。私達は勝ちに行く。

 

 

 

 そして朝。全員が気持ちよく目覚める。あの夕立ですら、私が押し潰すまでもなく目を覚ましていた。気がはやっているわけでもなく、()()()()を感じ取って自然と目を覚ました感じ。寝不足とかでもなく、パッチリ目が開いていた。

 しっかり着替えてみんなで部屋を出ると、何というか若干ひりついた空気を感じた。ここにいる殆どの者が出撃するのだから無理もない。今までだってこちらから攻め込むことはあったが、ここまででは無かった。

 

「何だか空気が重く感じるね」

「こんなに大きな戦いは初めてだからね……」

 

 昨日は無かった緊張感。前日と当日ではここまで違うか。あの南方棲戦姫の時以上だった。

 

「今日は忙しくなるね。みんな、勝って帰ろう」

「当然っぽい。夕立はもう負けないから」

 

 だが、それに押し潰されていたら勝てるものも勝てない。むしろ緊張感を活力にして、より自分を盛り上げていく。絶対に負けない。このまま勝つ。そういうイメージをしていけば、その運命を手繰り寄せることが出来るはずだ。

 これだって霧島さんの教えを今も参考にさせてもらっている。出来る出来るというイメージは常にしておくべき。自信が無いよりあった方が周りを鼓舞することだって出来る。

 

Good morning all(おはよう、貴様達)

 

 ちょうど私達と同じくらいのタイミングでネルソンさんが部屋から出てきた。あちらも準備万端。最高のネルソンタッチのために誰よりも早く眠ると聞いているし、寝不足とは無縁の人。

 

「ネルソンさん、おはようございます」

「おはよっぽい!」

「うむ、貴様達、いい顔をしているな。今日はよろしく頼むぞ」

 

 相変わらず豪快な人だ。緊張はしているものの、普段と変わらないでいられた私達を見て笑い飛ばした。多分この人には緊張というものがない。当たり前のように出撃して、当たり前のように勝って帰るというのが日常なのだ。

 言うなれば、私が霧島さんに教えてもらった勝てるイメージを持つというアレを常に行なっているのと同じ。自信満々に生活しているから、大概のことが上手く行く。

 

「各艦がその責務を全うすることを期待する。貴様達にも、なっ」

 

 言いながら拳を突き出してくる。何をしたらいいか一瞬わからなかったが、夕立がその拳に自分の拳も打ち付けたことで、なるほどと理解出来た。まるで少年漫画のような意思疎通。闘志を表現する簡単な挨拶みたいなもの。

 ならばと私も夕立を真似て、ネルソンさんの拳に拳をぶつける。磯波や沖波、萩風もおずおずと私の真似をしてコツンと拳を当てる。

 

「よしっ! 貴様達の意志を受け取った。今日の戦場でも、余がNelson Touchを決めてやろう。貴様達は何の心配も要らない。泥舟に乗ったつもりでいるがよい!」

「それ沈むっぽい」

 

 磯波破裂。そんなに自信満々に放り込まれたら私達だって驚く。相変わらず日本語を何処か間違った覚え方をしているのは何なのだろう。多分犯人はプリンツさんなのだが。

 

 磯波が復活するまでに少し時間を要したが、それまでに緊張感はすっかり無くなっていた。まさかそれを狙ってネルソンさんはわざと言っているのでは、いや、それは無いか。本人は至って真面目だし。

 

 

 

 朝食を終えたらそのままみんなが工廠へ。今回は一斉に出撃することになるため、今までに見たことのない人数が集まることになっていた。整備班の人達も大忙し。全員が艤装を装備するだけでも一苦労。

 ギリギリまでメンテナンスしてもらった艤装を装備して準備完了。合図があればもう出撃出来るという状態。何だかいつもよりも軽くさえ思えた。そんなはず無いのに。

 

「こいつは壮観だね。工廠に全員集まることなんて早々無いよ」

「ああ、全員艤装を整備しているしな」

 

 全員の準備が出来たところで、空城司令と呉内司令が全員の前に。今回は眠たそうな顔をしていなかったので、深夜に電話がかかってくるようなことは無かったようだ。口撃で撃退しているだけある。

 というか、作戦当日まで狙ってきたら、いよいよ陰湿という言葉だけでは表現出来なくなる。この強行偵察任務が終わったら、次は大本営を相手取った戦いが始まりかねない。

 

「皆わかっていると思うが、今回の任務は偵察だ。敵本拠地がどうなっているかを確認し、あわよくば敵陣を破壊する。だが、あくまでも偵察が目的だ。いつも言っていることだが、一番重要なのは生きて帰ることだからね」

 

 今回は今まで以上に危険極まりない任務。偵察と言いつつも、ラスボスが現れるかもしれない海域だ。そのまま沈没船に引っ込んでいてくれるならまだしも、私という超弩級の邪魔者が現れるのだから、余程のことが無い限り何かしらの攻撃をしてくるに決まっている。

 太陽の姫自身が出てこなくても、『雲』が現れる可能性は非常に高い。だからこその強行偵察部隊。『雲』に効果的で、対策もしっかり積んでいる者達が選出されている。勝ちに行くために。

 

「ガッツリ調べてこいとは言わない。まずいと思ったら撤退を選択することはまずいことでも無いんだからね」

「何も成果を得られなかったとしても構わねぇ。いざとなったらまた来りゃいい。命を粗末にするよりは、手間をかける方が数倍マシだ」

 

 偉人の言葉に、帰ればまた来られるという素晴らしい言葉があるそうだ。本当にその通り。無理してちょっとした成果のために命を落とすくらいなら、帰って立て直した方が本当に欲しい成果が得られるだろう。

 

「まぁ、あまり時間はかけない方がいいね。よし、任務開始だ! 皆、気合入れなよ!」

 

 話はそこそこに、1人ずつ海へ。流石にこの大人数の出撃なので、部隊はある程度分散して出撃することになる。分散と言っても本当にバラバラに行くわけではなく、別働隊と支援艦隊が先行し、その次に対潜部隊と潜水艦隊、そしてそれを後ろから追う形で本隊と諜報部隊が向かう。

 

「では我々が先行させてもらおう。ムツよ、また貴様と肩を並べて戦えること、余は嬉しく思うぞ」

「私もよ。ネルソンタッチと一斉射で、敵を全部蹴散らしてやりましょ」

「うむ。仲間の道を拓くのもビッグセブンの務め。力の限りを尽くそうではないか!」

 

 先行部隊である別働隊と支援艦隊が出撃。重量編成で先に戦場に到着し、そこから敵陣を強引に切り開く。

 

「ゲロ様、また後で!」

「うん、そっちはそっちで頑張って!」

「ぽーい!」

 

 夕立はここに含まれているので、私達とは完全に別行動。現場でまた顔を合わせることになるだろうが、夕立は律儀にこちらに手を振ってきた。相変わらず、戦闘となると目の色を変える。

 

 まだ水平線の向こうというわけではないが、続いて対潜部隊と潜水艦隊。こんな大きな戦いに出ることになるのは初めてのようだが、海防艦の3人は震えることも臆すこともなく、まるで遠足に行くかのように海に出た。

 

「いいですか、今回の戦いは」

「潜水艦は全部吹っ飛ばすけど」

「死ぬくらいなら逃げるっしゅ」

「い、いのち、だいじに!」

 

 大鷹の号令とともに、子供3人が教えを復唱。『いのちだいじに』は絶対条件。大人が死ぬのだって大問題だが、こんな子供達が死ぬことは以ての外。艦娘という役割を得て、本人達が覚悟を決めているとはいえ、命を散らせとは絶対に言わない。

 その光景を五十鈴さんと龍田さんも穏やかな表情で眺めていた。この2人なら子供達に怪我すら負わさずに全てこなしてくれると信じられる。

 

「イヨ達には当てないでよぉ?」

「わかってるわ〜。でも、万が一の時はちゃ〜んと貴女達が避けるのよ?」

「大丈夫……です。柔な潜水艦では無いですから」

 

 潜水艦隊も潜る前に最後の声かけ。本来相対するような2つの部隊だが、今回は連携しての対潜である。そのためか、潜水艦隊と常に話が出来るように、五十鈴さんと龍田さん、それに大鷹にも、潜水艦の声が届く通信機が託されていた。

 

「じゃあ、対潜部隊出るわ!」

「潜水艦隊も出ます……ここからは潜りますので……」

 

 潜水艦一同は海の中へ。同時に、対潜部隊も出発。

 

 そして最後。私達本隊と諜報部隊の出撃の番。ここまで来ると流石に緊張感が否定出来ないが、大きく深呼吸した後、軽く頬を叩いて気合を入れ直す。

 今回、潜水艦隊と同様に重要な部隊だ。私達の調査結果が今後を左右する。

 

「なんやかんや、部隊は違えど姉妹3人同じ出撃だねぇ。ゲロ姉、萩姉、よろしく頼んまーす」

「アンタは軽いねぇ。ガチガチよかマシだけどさ」

「これくらいの気持ちの方が戦いやすいのさー。それに、諜報部隊の任務は情報を得ること。事が済んだらトンズラだって厭わないからね」

 

 なんて言いながらも、秋雲は最後まで戦ってくれそうである。武装も万全、最新鋭。

 

「ひーちゃん……生きて帰ろうね」

「当然。私はまだまだ生きたいんだから」

 

 せっかく母さんに繋いでもらった命なのだ。こんなところで粗末に使うわけには行かない。生きることでその恩を返すのだ。

 

「じゃあ行くよ! 本隊出撃!」

「諜報部隊も出撃であります。行くぞ!」

 

 

 

 これより向かうは激戦区。始まりの襲撃を起こしたラスボスの本拠地。これで戦いが終わるのか、はたまた別の問題が現れるのか。それはもう神のみぞ知る。

 




強行偵察本隊:衣笠、陽炎、沖波、五月雨、菊月、初月
強行偵察別働隊:陸奥、霧島、天城、隼鷹、夕立、木曾
強行偵察支援艦隊:Nelson、Aquila、South Dakota、Intrepid、Prinz Eugen、Atlanta
諜報部隊:神州丸、青葉、秋雲、由良、磯波、萩風
対潜部隊:五十鈴、龍田、大鷹、占守、大東、松輪
潜水艦隊:伊13、伊14、UIT-25、U-511

鎮守府防衛班:加古、阿賀野、夕張、速吸 (間宮、伊良湖、長門)


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防衛線を抜けて

 ついに強行偵察任務が開始された。私、陽炎はその中でも本隊に属し、他の仲間達の切り拓いてくれた道を突き抜け、諜報部隊と共に太陽の姫の本拠地に乗り込むことになる。

 おそらくそこでは太陽の姫が出て来ない可能性はあっても、『雲』の妨害は確実にあるだろう。それをどうにかするのが私達本隊の仕事だ。強行偵察というのだから、無理矢理にでも本拠地に行く。そのための障害は排除しなくてはいけない。

 

「移動しながらでも艦載機飛んでるね」

「前のことがあるからね。こうやって出撃中に回り込まれて鎮守府襲撃されたら堪ったものじゃないし」

 

 目的地に向かっている間、先行して進んでいる部隊の空母は全員が艦載機を発艦させていた。特にアクィラさんは念入りに飛ばし、自分の周囲に漏れが無いようにしている。

 それもこれも、以前調査部隊が向かっている最中に迂回されて鎮守府を襲撃されたということがあるからだ。その時は誰もが酷い目に遭っているわけで、警戒しないわけが無かった。潜水艦隊もしっかり海中を監視している。

 

「今回は流石に鎮守府襲撃は無いでしょ」

 

 秋雲がボソッと呟く。

 

「理由は?」

「太陽の姫が千里眼的なモノを持ってるとして、こっちの行動が全部見えてるなら、今は鎮守府よりこっち狙うでしょ。ゲロ姉だけでなく、世界に選ばれてるM型異端児が全員ここにいるんだから。自分が太陽の姫と同じ立ち位置にいるのならそうする。まず確実にゲロ姉を潰したい」

 

 ごもっともである。太陽の姫は天敵である私を一番敵視しているのはわかっている。自分の手で始末しなくてはいけないと、私自身に公言してきたくらいだ。そう考えているのなら、私のいる場所に現れるのが当然。

 私が本拠地に向かっているのなら、迎え撃つと考えるのが一番妥当か。わざわざ移動するまでもなく、()()が自分から来てくれるのだから、待っているだけで望みが叶う。

 

「そういう意味では、今から行くところはヤバいだろうね。M型異端児は皆殺しにするつもりで来るでしょ。もう分霊とかも考えないかもね」

「太陽の姫自体が出てくるかもわからないけど」

「それもあるねぇ。何か事情があって、本拠地から動けないとかね」

 

 例えば、M型異端児すらも堕とすことが出来る分霊にはやたら力を使うとか。消耗した力を回復するために沈没船の中に篭っているなんてことも考えられる。むしろそうであってほしいくらいだ。

 調査を一歩ずつ進めていくことで、着実に勝ちに近付いた方がいい。多少長引いても、慎重に行けば確実にやれるのだ。

 

 まずは沈没船の素性。これが一番大事。これは潜水艦隊に任せる。そして、こちらでも太陽の姫や『雲』が何者かがわかればありがたい。本人に聞いたところで何も話さないのはわかっているため、やはり撃破することによりそれを知ることが手っ取り早い。

 

「まぁ出てきた奴を倒せばいいでしょ。それが一番早いよ」

「ゲロ姉いつからそんなに武闘派になったの」

 

 そんなつもりは無いのだが。やっぱり恨み辛みが蓄積されているのかもしれない。

 

 

 

 しばらく進んで、以前の南方棲戦姫の巣の辺りに到着。ここで一旦休憩。渡された戦闘糧食による少し早めの昼食で腹ごしらえをして、全力で任務に当たる。

 私達が辿り着いた時、先んじてここに辿り着いていた別働隊と支援艦隊は、既に昼食を終えて出発の準備をしていた。潜水艦隊は流石に海中で食べるわけにはいかないので、海上に姿を現している。戦闘糧食も防水加工バリバリ。

 

「ここまで敵影無し。本拠地で待ち構えてるみたいね」

 

 空母全員による周囲の哨戒でも、一切の敵影は無し。アクィラさんという最高の保証があるのだから、私達の見落としで鎮守府を危険に晒すようなことはしていないようである。

 つまり、敵は本拠地の防衛に戦力を集中しているということだ。これだけの人数を揃えていても、苦戦を強いられるのは今からでも予想出来る。今まで私はこの戦場に出たことは無いのだが、鎮守府に戻ってくる仲間達の状況からして、相当な状態なのは理解出来た。

 

「では行くか」

「ええ。私達は先に行くわ。まず海上艦を蹴散らして、進路を拓いておくから、安心してきてちょうだいね」

 

 一番の重量部隊が先に戦場に向かうことで、やれる限り戦場を荒らし続ける。その後に潜水艦隊と対潜部隊が切り込み、沈没船への道を突き抜ける。そしてトドメが私達だ。それだけの道が拓いているのだから、海中だけでなく海上の状態も調査出来る。

 本拠地の真上に行くのだから、それはもう酷い攻撃を受けることになるだろう。それでも、元々いる敵防衛部隊を突破した後なのだから、多少なりは軽くなっていると信じている。

 

 2部隊が出撃して少しして、今度は対潜部隊と潜水艦隊が出発することになるのだが、今はあちらが戦闘を開始しているであろうタイミングを見計らっていた。

 激戦の中を突き抜けるのは、どんな部隊であれ控えておきたいところなのだが、それに加えて対潜部隊は海防艦を含む超軽量部隊とも言える。訓練を積んだことで、尋常ではないスタミナと子供ならではのすばしっこさを備えていても、何処もかしこもが燃え盛るような戦場では何が起こるかわからない。

 

「出来れば、戦闘の音が聞こえてきた方がいいんだけど」

「そうね〜。始まったってところから突っ切りたいわよね〜」

 

 戦闘開始直後に突っ込むことが一番危険だ。誰もが十全の力を持っている戦場なのだから、最大級のドンパチが繰り広げられるのは必然。なるべく確実に情報を取りに行くなら、少し落ち着いた後の戦場を潜り抜けるべき。

 

「始まりました」

 

 ここで、偵察のために艦載機を飛ばしている大鷹から、先行した部隊の情報を得る。どうやら防衛線との激突が始まったようだ。

 と言ったそばから一斉射であろう爆音が私達にまで届いた。防衛戦の最初に現れたものが、既に一斉射が必要なくらいの相手であると窺える。

 

「じゃあ、ここからが本番よ。子供達も大丈夫ね?」

「だいじょーぶっす! こんな音で怖がる占守達じゃないっしゅ!」

「いつでも行けるぜ姉ちゃん達!」

 

 戦場の音が聞こえてきても、占守と大東は気合が入りまくっている。松輪も、無言で自分を奮い立たせているのがわかった。

 

「んじゃあ、イヨ達も一気に行くよ。目指すは沈没船! 出来れば中まで確認!」

「せめて……素性がわかればいいね。それでは……」

Ich gebe mein Bestes(がんばります)

farò del mio meglio(がんばろー)!」

 

 潜水艦隊も頃合いを見て海中へ。目的地は沈没船。私達では絶対に手が届かない、太陽の姫の素性を明らかにする何かの元へも向かう。海中もいつも以上の猛攻になるだろうが、今回は対潜部隊という仲間も得たことで、より深いところにまで手が届くはず。

 

 これで残されたのは、私達本隊と諜報部隊のみ。全ての道が拓かれるのは、もう少し後。腹拵えももう少し。もう仲間達は全員水平線の向こう側。それでもここにまで届く戦闘音が、どうしても緊張感を高めさせる。

 最後の私達は、みんなが切り拓いてくれた道を突き抜けるのみ。露払いがあっても邪魔が入るかもしれない。それはそれで私達が蹴散らせばいい。

 

 

 

 時間だ。戦闘音は苛烈を極めているが、止まることは無い。音だけで緊張感が増していくものの、気合も充分だった。みんながここまでやってくれているのだ。私達だって追随しなくては。

 

「もう良いでありますか」

「うん、みんな大丈夫っぽいね」

 

 神州丸さんと衣笠さんが最後の打ち合わせ。これが終われば会話も難しいかもしれない。

 敵本拠地中心部に辿り着いてからやることは、海上海中同時の一斉調査。その間、私達が迫り来る敵を何もかも粉砕する。

 

「では、参ろうか」

「了解。みんな、覚悟決めてよ!」

 

 ここからが本当の始まり。休息により回復したことで、鎮守府を出たときくらいの消耗に感じ取れた。新品同様の私と言った感じだ。ここまで来るのに戦闘が無かったのも大きい。

 だからこそ、最初から全力全開で突撃出来る。そしてそれは私だけでは無い。ここにいる全員が同じだ。ならば、必ず成功する。

 

「先行は予定通り、本隊に任せる。我々は後を追う形で、戦場を駆け抜ける」

「よーし、じゃあ、突撃ーっ!」

 

 衣笠さんの鬨の声とともに、全員が一気に最大戦速にまで持っていく。ここまで来る時は温存していたので、ここまでの速度は出していない。

 目まぐるしく変わる景色の向こう側に、ついに戦う仲間達の姿を捉えた。そこはもう地獄の様相だった。話に聞いていた通りレ級の姿もあったものの、正直それはもうどうでもいい。それに交じって戦艦の姫や空母の姫まで鎮座していた。レ級よりも強敵であろう姫級が数体。人数を揃えていても苦戦は必至。

 

 陸奥さん達別働隊と、ネルソンさん達支援艦隊が、強引に敵の群れの中に道を作ってくれているのが見て取れた。多勢に無勢も覆すほどに激しい戦闘を繰り広げ、無理矢理にでも押し返している。

 対潜部隊もそこかしこに爆雷を投げ続けていた。私には見えないが、海中も悲惨なことになっていることが窺える。そこを狙われてしまうものの、そこは対潜部隊とはいえ海上用の装備だってある。大鷹の航空隊を筆頭に、子供達の奮闘を邪魔させないように保護者一同が踏ん張っていた。

 

「来たかMain force(本隊)! 今なら行けるぞ、進めぇ!」

「ネルソン余所見すんな!」

「ハッハー! わかっている。こんなに腕が鳴る戦場は初めてだ! アレだな、以前プリンツが言っていたムソーというヤツだな!」

 

 まだまだ余裕がありそうなネルソンさん。サウスダコタさんのツッコミも物ともせず、ありったけをぶちまけていた。目の前にいる敵を全て薙ぎ倒しても次々と湧いてくる深海棲艦だが、むしろそれを楽しんでいるかの如く次々と撃破していく。

 

「こっちも大丈夫よ! 貴女達には指一本触れさせないから、行って!」

「私の計算上では本拠地までは無傷で行けるわ! 突き進みなさい!」

 

 陸奥さんと霧島さんも、一斉射をしながら声援をくれた。あくまでも露払いという仕事になってしまうが、おそらく私達が今からやること以上にハードな戦いになるだろう。全方位の攻撃を全て注意しながらの戦いは、普通以上に神経を使う。

 

「キヌガサ、G.L.(神州丸)、鷲の目からの忠告! 本拠地の海は何かがおかしいわ。()()()()()()し、Whirlpool(渦潮)があるわ!」

「了解、気をつけるであります!」

「近付き過ぎたらまずいってことね!」

 

 艦載機によりいち早く本拠地の情報を手に入れてくれたアクィラさんからの忠告。それは、今まで確認されたことがない現象のオンパレードだった。海水の変色と、破壊されていないのに出来ている渦潮。これも太陽の姫の力かもしれない。あまりにも強大な力が、海そのものに影響を与えてしまっているのか。

 

「潜水艦隊も進めてるわ! だから、貴女達も!」

「ひっどい数の潜水艦もいるから、ちゃ〜んと皆殺しにしておくからね〜」

 

 龍田さんの物騒な発言もあったが、対潜部隊もしっかりとお役目を全うしてくれている。潜水艦隊が沈没船により近付けているのなら万々歳だ。

 

「よし、行くよ!」

 

 これならば全員無傷で抜けられる。そうなれば一気に本拠地だ。

 

 しかし、そう簡単には行きそうに無かった。やはり本拠地、あちらの全戦力が集中する場所。どんな敵だって現れる可能性がある場所。

 

 

 

「コレ以上、行カセルワケナイデショ」

 

 

 

 その防衛線を抜けた先、そこにいたのは『雲』。自らが最終防衛線と言わんばかりに鎮座していた。

 しかし、以前に見たときとは少し様子が違う。艤装の一部と思われる雲型のクッションや、本体そのものが()()()()()()()。それに、背中には入道雲を思わせるような、艤装なのかもわからないものが加えられていた。

 そしてもう1つ、明らかに異質な部分。胸の部分が妙に抉れ、その中身、骨や明滅する何かが見えてしまっていた。身体が溶けているかのようになっているのが、そこには色濃く影響してしまっているのだろう。

 

 私達が改造を受けるように、『雲』もあの時から何かしらのことをされているのかもしれない。私達が改なら、奴は『壊』か。身体がその力に耐えられていないような、崩壊していっているような、そんな危うい力。

 

「ココハ、主様ノオワス、()()()()。貴女達ガ足ヲ踏ミ入レテイイトコロジャナイノ。『陽炎』ヤ『空』ナラ良カッタンダケド」

 

 私と沖波の姿を見て、呆れたような笑みを浮かべた。当て付けのような言葉に苛立ちが湧き上がりそうになったが、そこはグッと堪える。

 

「アンタはここで終わらせてやる。救ってやるから」

「救ウ? 私ヲ? ……何ヲ言ウカト思エバ」

 

 鼻で笑った後、今までに無いくらいの眼で睨み付けてきた。

 

「ココニ来タコトヲ後悔サセテアゲルワ。オバカサン!」

 

 

 

 強行偵察は『雲』を倒さなければ進められないようだ。ならば、ここで叩く。ここで終わらせる。ここで救う。

 私にはその力がある。この力、深海日棲姫と対をなす力、陽の太陽の姫の力は、そういう時のために使うのだ。

 




深海雨雲姫は、壊になってからスペックアップするという偉業を成し遂げた初めての深海棲艦。ちゃんと壊れて?


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雲散霧消

 強行偵察任務中、やはりと言っていいのか、本拠地に辿り着く前に『雲』が現れた。これは出撃する前から予想していたことだから驚きは無い。

 しかし、以前見たときとは見た目が違っていた。身体や艤装が所々溶けており、そのせいか艤装そのものも一部変形している。まるで、身体がその力に耐えられていないような、崩壊していっているような、そんな危うい力を身につけてしまったかのようだった。

 

「ココニ来タコトヲ後悔サセテアゲルワ。オバカサン!」

 

 その言葉とともに、『雲』からの攻撃が始まった。今回は分霊なども考えず、ここにいる者を潰そうとしているのがわかる。私以外にもM型異端児がいるのだから、その全てはここで始末したいだろう。

 特に沖波は、一度あちら側に行ってからまたこちら側に戻れた者。『雲』にしてみれば、私と同じ裏切り者みたいなものだ。余計に気に入らない存在になるだろう。

 

「諜報部隊は突き進んで! アイツは本隊で決着をつける!」

「了解であります。この場は任せた!」

「行カセルワケガ無イデショウ。私ノ仕事ハ貴女()の始末。誰一人トシテ、主様ノ元ヘハ行カセナイ」

 

 フッと『雲』の姿が薄れたかと思いきや、既に神州丸さんの側へと近付いていた。回避行動の素早さを活かした高速移動。殆ど私の『蜃気楼』と同じ動きだった。襲撃してきた2回では見せなかった、能動的な攻撃の姿勢。

 流石の神州丸さんも会話の流れから自分が狙われるだろうと予測していたようで、この速度で近付かれてもしっかり対応し、砲撃も当たらず手も届かない場所に退避していた。

 

 今までが遊びだったというのもあるのかもしれないが、明確な殺意をここまでぶつけてきているのは初めてだ。巫女としての天命を全うしようと、本来出せる力以上のそれを出そうとしているのか。

 

「貴女ニハ借リガアルモノ。分霊モシテヤラナイ。ココデ死ンデモラウワヨ」

「それは困る。本艦はやらねばならぬことがある。ここで死ぬわけにはいかないのだ」

「ダケド、ココハ海ノ上。貴女言ッテイタワヨネ。陸ノ者ダッテ。ココハ貴女ノ場所ジャナイ」

 

 初めての『雲』の襲撃の時、神州丸さんは誰にも捉えることが出来なかった『雲』の回避能力を無視して、その腕を掴むことに成功している。ある意味『雲』の天敵とも言えた。

 しかし、それは海の上ではなく陸の上。陸の上では何者にも負けない能力を持っていても、ここではその力を発揮出来ないのだ。そうなると、神州丸さんでも『雲』には手間取ることになるだろう。むしろそこを狙ってきたか。

 

 神州丸さんがやられてしまったら意味がない。諜報部隊は必ずここで本拠地に向かってもらわなくてはいけないのだ。なら、ここで動くのは本隊。そして、今の雲に追い付けるのは、おそらく私。

 

「やらせない!」

 

 私も即座に動き出す。部隊の連携がどうとか言っていられない。動けるものが即動かなければ、大変なことになり得る。

 

「『陽炎』、貴女ハ必ズ殺セト主様ガ仰ッテイルノ。私ハ命ニ代エテモ貴女ヲ殺スワ」

 

 私の高速移動にも対応され、神州丸さんからすぐさま離れる『雲』。そのままいてくれれば、突撃から渾身の蹴りの予定だったのだが、同じ動きが出来るというのなら回避を選ぶに決まっている。

 そして、離れながらも両脇腹に備え付けられた主砲を、その場にいる私も含めた諜報部隊に向けて放ってきた。相変わらず威力がとんでもないのだが、速射力も上がっている。私はまだいいかもしれないが、回避するのにもなかなか難しい程に。避けられないわけではないが、全員逃げ惑うレベルの乱射で、一気に戦場は混沌と化していく。

 

「回避せよ! これはまずい!」

「逃ガサナイ。ココデ全員オシマイ」

 

 撃ちながらも再び姿が薄れる。まるで雲が風に乗って散っていくようにその場からいなくなった瞬間、再び神州丸さんのところに現れ、その首を掴み上げていた。元々私よりも回避性能は熟練されているのだから、あれくらい出来てもおかしくないのはわかる。

 とはいえ、その高速移動の質は私と似たようなもの。脱力回避ではなく、おそらくあの雲型の艤装がそれを可能にしているのだ。陸での回避は私と同じと見てもいいと思うが、海上では自分の持ち味を全力で使ってくる。

 

「ぅぐっ!?」

「貴女ガ最初。借リハ返スワ」

 

 主砲が全て神州丸さんに向く。そのまま撃たれれば確実に上半身と下半身が真っ二つになってしまうだろう。普通の駆逐艦主砲でも致命傷になりかねないのに、威力が駆逐艦のそれではないため、何とか回避出来たとしても掠っただけで致命傷の可能性大。

 ならばまた私が動くしか、と思った瞬間だ。私よりも早く、動き出すものがいた。それは速度でも何でもない。ただただ経験則から手が動いていたと言っても過言ではない者。

 

「そこはダメです!」

 

 神州丸さんに主砲が放たれる前に、五月雨が『雲』に向かって主砲を放っていた。狙いは神州丸さんを掴み上げる腕にピンポイントに。撃とうとした瞬間には直撃という最高のタイミングで放たれていたため、さすがの『雲』も神州丸さんを放さざるを得なかった。おかげで神州丸さんは、首は絞められたとはいえ無傷に近い。分霊もされていないようだった。

 神州丸さんをここでやれるかもわからない状態で無理矢理撃つより、回避しておいた方が確実に上手く行くと判断したようである。おそらく私でもその選択をしていた。優先順位は高い方かもしれないが、『雲』の実力からして、後回しにしても問題ないと考えてもおかしくはない。慎重に堅実を取る。

 

「貴女ハ……!」

「そうしてくると思ってました。だから先に狙います!」

 

 放れた位置すらも狙って五月雨は主砲を放つ。経験則から『雲』の行動を想像して、何処まで離れるかまで考えていた。しかし、それはいつもの擦り抜けにより回避される。

 そして、五月雨と同様に『雲』を終わらせるために即座に動く者がもう1人。五月雨と共に、鎮守府の古参である菊月である。

 

「もっと見せろ。この菊月の『心眼』で、貴様のその回避術を見抜いてやる」

 

 五月雨の砲撃を擦り抜けるように回避した『雲』を凝視。私でさんざん訓練した、脱力回避の攻略法。それに、菊月はアクィラさんからも私の攻略法を全て聞いており、さらには諜報部隊が以前に録画した戦闘の動画を何度も確認していた。

 残りは直にそれを確認することで、動体視力の範疇に収める。映像だけではわからないことが多いし、実際『雲』はあの時よりも強化されているのだ。想定以上が出て当然なのだから、ここで計算を補正する。

 

「なら、いっぱい見させたげるさー! みんなでバカスカ撃っちゃえ!」

「私も撃ちます……!」

 

 菊月の心眼のために、回避を何度もさせる。そこで動き出したのが、諜報部隊である。秋雲と磯波が2人がかりで『雲』を狙い撃ち、なるべく逃がさないように連射。

 当然だが、その砲撃は逃げ道潰しもしっかりしている連射だ。無闇矢鱈に撃っているわけではない。直接狙う秋雲と、その周囲を狙う磯波。そこに五月雨も加わって、役割分担がちゃんと出来ている。

 

「ホンット、嫌ナ子達! 私ニハ、『雲』ニハ何モ当タラナイ!」

 

 しかし、本人が言う通りどれだけ撃っても本当に全てが擦り抜け、さらには姿が掻き消えるような錯覚すら起こしながらも、一番厄介だと判断した五月雨に一気に近付く。

 2人がかり、いや、もっと多くの仲間達が集中砲火しているのに、お構いなしに擦り抜けてくる。高速移動ではなくただ回避に専念するだけで、こうまで当たらない。こればっかりは五月雨と同じで蓄積された経験だろう。

 

「貴女、一番気ニ入ラナイ!」

「速いのはわかってたけど、こんなにっ」

 

 神州丸さんの時とは違い、擦り抜けて近付いた瞬間に砲撃体勢。回避する暇すら与えず、即殺の姿勢。

 だが、これは私にもわかっていた。この状況で一番危険視するのは五月雨だと。だから、誰もが五月雨を守るために動き出す。

 

「貴女はっ、ここでぇっ!」

 

 そこに飛び込んだのは萩風だ。より自身を鍛え上げ、より艤装を強化して、私の知らぬところでも強く強く成長していた萩風は、アームの主砲で殴り付けるかのように強烈な砲撃。

 あくまでもその主砲は駆逐艦のものであるため、火力そのものが上がっているわけではない。しかし、萩風自身の勢いとタイミングが完璧だったおかげで、本来以上の威力が出ていた。火力も速度も違うその渾身の一射は、狙いも殆どブレておらず、五月雨を撃とうとしていた『雲』の腹に猛スピードで向かっていく。

 

「貴女、相当恨みを買ってるんだからね。ねっ!」

 

 さらにそこに由良さんが重なる。萩風が突撃する後ろから、五月雨を守る一撃。隙間を縫うようなその砲撃は、五月雨を狙う主砲をピンポイントで破壊するためのもの。

 

 萩風は『雲』により人生が破壊されている。由良さんは『雲』により分霊未遂を受けている。ここにいる中では、奴に対して怒りと憎しみが強い2人。

 特に萩風は、自分の全てを奪った『雲』だけは許せないだろう。治療が出来ればそれを引っ張るようなことはしないだろうが、今は張本人が目の前にいる。力任せの攻撃に転じてしまうのも無理はない。

 

「ッタク、多勢ニ無勢ネ。私1人ニ何人使ウノヤラ」

 

 その攻撃も回避しつつ、それでも五月雨に対して砲撃。経験則からその方向を予測して回避はするものの、脇腹に掠ってしまう。並の威力ではないそれが掠めただけでも、身体には大きな衝撃が走ってしまったか、五月雨が僅かに顔を顰めた。

 

「大丈夫! もっと追い込んで!」

 

 血は流れているが、五月雨は臆さない。この程度では戦意を失うわけがない。

 

「何人でも使うよ。ここで潰しておかないと、アンタはまだまだ調子に乗りかねないからね」

「ですねぇ。ここで終わってもらわないと、青葉達の仕事が増える一方なんですよぉ」

 

 回避先を狙うのは衣笠さんと青葉さんの艤装姉妹。強行偵察本隊と諜報部隊を合わせた複合部隊でも、おそらくこの2人が最大戦力になる。主砲の火力も私達とは段違い。しかし、それも当然のように擦り抜け。

 萩風による近距離の砲撃もダメ。由良さんの艤装狙いの砲撃もダメ。火力をさらに上げた衣笠さんと青葉さんの砲撃もダメ。

 

 集中砲火を受けてもその全てが擦り抜けるとなると、正直私よりも回避性能は高い。おそらく『蜃気楼』以上のものだ。雲が散り、霧のように消え去る、まさに雲散霧消の如きその回避性能。

 

「イイ加減、コチラカラモチャントヤラセテモラウワ」

 

 回避に専念しているわけでなく、回避先からしっかりこちらを撃ってきている。その狙いはとんでもない精度というわけではない辺り、基本的なスペックが回避に特化しているのだと思う。

 いわゆる生存性能だ。より長く生きてもらわなくては困るということ。私もそうだし、沖波もそうだった。太陽の姫の巫女は、やたら回避性能に特化させられている。故に、私達なら『雲』のその砲撃も全て潜れる。進みながらの回避だって出来る。

 

「っし、潜る! 沖波、行ける!?」

「行ける。行く。あれなら避けられる!」

 

 私は『蜃気楼』による直進、沖波は『空』の回避からの直進で、徐々に距離を詰めながらの砲撃を繰り出していったが、それでも砲撃性能は据え置きのため、『雲』はそれを全て回避。

 嫌なことに『雲』としては私達の行動は予測済みのようではあるが、その対策が出来ているわけではないので、お互いが当たらない砲撃を延々繰り返しているだけに。不毛な戦いではあるが、こちらには数がいる。

 

 それに、これだけ回避させているのだ。そろそろ『心眼』が覚醒する。

 

「見えたぞ。ようやく」

 

 1発だけ放たれた菊月の砲撃が、『雲』の艤装、腰掛けているクッションに直撃した。どれだけ撃っても回避されていた砲撃が、初めてハッキリとしたダメージに繋がった。

 

「ッ」

「それだけ何度も見ていれば、この菊月ならばもうわかる。貴様の動きは読み切った」

 

 直撃してもまだ艤装が失われたわけではない。クッションに直撃したとしても、軽く傷がついた程度で砲弾は弾んでから海の底へと消えていった。

 本当に残念なことに、菊月の主砲では火力がまだ足りなかった。回避性能が尋常ではないのに、艤装そのものも見た目とは裏腹に強固なせいで、ようやくダメージを与えたとしても破壊まではいかない。

 

「ダメージは無いかもしれないが、もう回避させないぞ。まだ何か小細工があるなら出してみろ」

 

 流石にこの場で種明かしをするようなことはしない。『雲』がそれを聞いて対策してきたら困る。

 

 

 

 その時、『雲』は確実に顔を歪ませた。本当の敵は、目立つ私達ではない。菊月だったのだ。

 あの擦り抜ける回避は菊月が封じてくれる。ここからは、私達の番だ。

 



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主のために

 激戦続く強行偵察、私、陽炎が属する本隊と諜報部隊は、全ての砲撃を雲が散るかの如く擦り抜ける『雲』の回避能力に苦戦していたが、菊月が類稀なる動体視力によりそのタネを見破ってくれた。

 奴に気付かれるわけにはいかないので口に出すことは無かったが、おそらく菊月の読みでは、『雲』が座る雲のようなクッションがそのタネの中心。あんな冗談みたいな形状でも、奴にとっては重要な艤装なのだろう。あの艤装のスペックのおかげで、意味がわからない回避能力を手に入れていると見ていい。

 しかし、回避しようとした瞬間に艤装を撃ち抜こうとしたのだが、その強固な守りに食い止められてしまう。傷はついたものの、ビクともしなかった。

 

「貴女ガ一番厄介ナノネ。ナラ、最初ニ始末シテアゲル」

「やってみろ。この菊月は貴様なんぞに屈しないぞ」

 

 今この時から、『雲』は菊月を一番の天敵であると見做したようだ。周りにまだまだ仲間達がいるのに、というか目の敵にしていた神州丸さんがこの場にもいるのに、最初のターゲットとして認識した。その瞬間、姿がブレる。

 しかし、先程も菊月が言った通り、高速移動をしようとした瞬間に腰掛けている艤装を撃ち抜いた。相変わらず弾かれたものの、撃ったことにより高速移動をキャンセルしている。動き出そうとした瞬間を的確に攻撃し、足止めを確実にした。

 

 そしてその瞬間を誰も見逃さない。タイミングとしては一手遅れているようなものなのだが、動き出す瞬間にブレーキをかけさせているので、それでもこちらの攻撃は間に合う。

 

「菊月さんはやらせませんから!」

 

 即座に動き出したのは萩風だった。やはり今日は一味違う。相手が相手だからか、気合の入り方が普通ではなかった。あまり良くない感情が沸き立っているようだが、ちゃんと仲間を守るという信念が一番最初に来ているのなら、何も文句はない。今も菊月を守るために先んじて攻撃を開始したわけだし。

 とはいえ、あの殴り付けるような砲撃には、怒りが込もっているようにも見えた。どうしても感情的になってしまう相手なのだから、それも仕方ないこと。

 

「邪魔ヲシナイデネ、裏切リ者」

「貴女こそ、私達の邪魔をしないで!」

 

 雲が散るような回避を菊月に止められるからか、普通の回避で萩風の砲撃をさらりと躱した。力を使わずとも、単純な回避性能が高いのは既に実証済み。むしろ力を使っていないことで攻撃に転じやすくなっているほどだった。

 お返しの砲撃を萩風は必死に躱しながら、殆ど殴り合いのような砲撃合戦。それでも菊月の邪魔はしないようにある程度の間合いは取っている。そのおかげで、『雲』は十全の力を出せずにいる。

 

「……今か」

 

 だがここで、神州丸さんが現状把握。『雲』が菊月を警戒しつつも萩風の怒りの猛攻を受け流しているということは、諜報部隊が完全にフリーになったことに気付いた。

 本来そちら側の部隊に属する萩風がこれではあるが、最低限、本来の諜報部隊である3人がこの先へ進むことが出来れば、強行偵察の任務は進められる。

 

「我々は本来の仕事に戻るぞ!」

「了解ですぅ! 秋雲ちゃん、行きますよぉ!」

「りょーかい! 諜報班だけで先行する!」

 

 神州丸さんの意図を汲み取ったか、3人が一斉にこの戦場から離れるために動き出す。今回の目的はあくまでも調査。『雲』に妨害されるのは想定していたわけだし、そのために強行偵察の本隊として私達の部隊が『雲』を完全に妨害する。

 

「初月、諜報部隊についていってあげて!」

「了解だ。ここに僕の仕事は無いようだからな。諜報部隊の護衛につく!」

 

 本隊からは初月を派遣。『雲』が駆逐艦であるが故に、防空の必要が無く、むしろここから離れて調査をしている時の方が危険である。なら、初月には諜報部隊の随伴となってもらい、先に進んだ方がいい。

 そうしても残りは8人。菊月のおかげで足止めもしやすく、『雲』をある程度縫い付けることが出来るはずだ。

 

「主様ノトコロニ行カセルワケニハ」

「行かせるんだ。貴様はここで相手をするんだよ」

 

 神州丸さんが動き出した途端に高速移動で妨害しようとしたが、当然それは菊月が対応。三度(みたび)艤装を撃ち抜く。火力が足りずとも、足止めのための攻撃は出来ていた。

 

 ついには艤装だけではなく、腰掛けていることで前に突き出た脚にまで狙いを定めている。艤装だけならダメージが無いと力押しをする可能性があるため、火力不足でもダメージが入りそうな生身を狙い始めた。これにより、さらに確実な足止めが可能になる。流石にそれは回避されたが、今までの2回以上にそこから移動させない攻撃となった。

 より嫌らしく、どうあっても先に行かせないという信念をぶつける。そして『雲』の心を揺さぶることが出来れば完璧。神州丸さん達を諦めて、ここで戦うことに専念してくれれば良し。

 

「コノ……」

 

 そこから動けないと判断した途端、一転攻勢を仕掛けてくる。攻撃は最大の防御と言わんばかりに砲撃をばら撒き、離れざるを得なくされる。この砲弾の雨の中、突き抜けることが出来るのは私と沖波だけ。

 先程は結果的に不毛な戦いを繰り広げることになったものの、流れはこちらに来ている。ならば行くしかあるまい。

 

「一撃だけでも、入れる!」

 

 ここで『蜃気楼』による高速移動から、『雲』の真後ろに回り込み、サウスダコタさんとの演習で繰り出した移動即座の脚狙い。『雲』の場合はあのクッションか。備え付けの主砲ならこの動きをしても照準は合わせられる。

 今までならまず確実に回避されていただろう。しかし、その回避をしようとした瞬間に菊月からの一撃が入る。

 

「ダメだと言っているだろう。この『心眼』の前に、貴様の力はもう通用しない」

 

 結果、私の砲撃もそのクッションに直撃。私の主砲も火力が足りないか、傷を付けるだけで終わってしまう。見た目に反して硬すぎる。

 奴を倒すには、やはり艤装を避けて本体を狙うしかない。だが、艤装も狙わないとあの回避ばかりをされて先に進まない。人数を揃えてもこれなのだから、本当に難敵。

 

「嫌ナ子……! デモイイワ。貴女達ヲ始末シテ、後カラアチラモ葬ッテアゲルワ。ソレガ貴女達ノ望ミナンデショ?」

「わかってるじゃないか。だが、貴様はいくつか間違っているな」

 

 天敵である菊月の方を向いた瞬間、ここに残った者全員が『雲』に向けて攻撃の姿勢に。勿論私も、『雲』に対して備え付けの主砲も手持ちの主砲も構えていた。

 

「我々は始末されない。あちらが葬られることもない。ここで貴様が敗北して、戦いは終わるんだよ」

 

 8人がかりの一斉射。殆ど逃げ道はなく、いつもの回避をしない限りはこの数の砲撃は捌き切れないはず。そしてその回避自体は菊月が封じている。これなら()()()()必勝に繋がるパターン。

 だが、相手は太陽の姫が長年使い続けた巫女。そして、それがさらに改造された状態。艤装や身体の一部が溶け出す程にまでなってしまっているのだから、今まで見せてきた以上の力を突然発揮してきてもおかしくない。

 

 だからだろう、『雲』からは負けが全く見えなかった。この期に及んでも、まだ更なる力を発揮出来るような、そんな雰囲気を醸し出していた。

 

「終ワラナイ。私ハ太陽ノ姫ノ巫女『雲』。最モ長ク付キ従イ、ソノ姿ヲ隠シ、オ守リスル者。ココデ終ワッテハ、ソノ名ガ廃ルワ。主様ノタメニ、マダ生キルノ」

 

 瞬間、『雲』を中心として大きな水柱が立ち昇った。私達の放った砲撃はその水柱を突き破ることになったのだが、それによって立ち消えた時には『雲』の姿はそこには無い。

 

()()……! 『雲』は潜っています!」

 

 深海棲艦として活動させられていた萩風だからすぐに察した。深海棲艦特有の、私達には絶対に出来ない力、()()()()()()()()である。

 巣が深海にあるのだから、海上艦だろうが関係なく、潜水艦のように潜ることが可能なのは、萩風が駆逐水鬼だった頃から知っていたはずだ。実際、私達の手が届かない海中に撤退していったことがあるのだから。

 

「殆ど予備動作無しで潜ることが出来るのか。萩風、深海棲艦ってどれくらいの時間潜れるの?」

「無限ではないです。でも、巣に戻るまでの時間は余裕で行けます」

 

 どれだけの速さで潜ることが出来るのかはわからないものの、ざっと考えて十数分と言ったところか。だが、その間は攻撃が出来ないようなものらしい。海上艦なのだから、その辺りは海上でしか出来ない。主砲を放ったところで何も起きず、強いて言えば魚雷が使える程度とのこと。

 つまり、戦場で潜るのは本当に緊急の手段。敵が手に負えないため撤退するか、この潜水によって()()()()()()()()()の2択。

 

「敵が突然潜るとか経験無いよ……」

「そりゃそうでしょうよ」

 

 経験則から先読みまでしてしまう五月雨も、この事態は初めての経験。何処から現れるかわからない敵に、ほんの少しだけ焦りを感じているように見えた。

 五月雨だけじゃない。こんなことが戦場で起こることがまずありえないのだから、緊張感に包まれる。

 

「神州丸さん達を追おう。出来ることならみんなで纏まって動きたい」

「あっち行ってる可能性だってあるもんね。すぐに合流しなくちゃ」

 

 ここで激戦が繰り広げられると思って先に行ってもらったが、いきなり姿を消されたらそれを疑うのが普通。私達を先に始末すると言いながらも、やはり大事なのは太陽の姫の防衛。向かえるのなら向かうはずだ。

 潜水自体は殆ど奥の手のようなものらしく、何度も使うような手段ではない。それをここで使ったくらいなのだから、最善手を選び取るに決まっている。

 

「全員、警戒しながら進むよ! 360度全部警戒して!」

「こういう時に鷲の目が欲しいなぁ」

 

 最大限に警戒をしながら、ゆっくりと神州丸さんの向かった方に進もうとした瞬間だった。

 

「先ニ始末スルト、言ッタワヨネ」

 

 いつの間にか『雲』が菊月の真横に現れていた。それこそ空に雲があるのが当たり前のように、消えたと思えば当たり前のように別の場所に()()

 そして、その爪が深々と胸に突き刺さっていた。だが、血は流れていない。まさか。

 

「分霊ノ儀、執リ行ワン」

「ぐぅっ!?」

 

 真っ先に菊月を狙ったのは『心眼』を潰すためでもあるだろうが、その力を認めざるを得なかったというのもあるだろう。ならば、()()()()()()()()()()()()()()と考えるのも妥当である。敵が消え味方が増えるというのも始末の内。

 そんなことやらせるわけにはいかない。分霊未遂で終わらせて、すぐに治療してしまえばまだ間に合う。

 

「その手を放せ!」

「コノ子ニ当タッチャウワヨ?」

 

 撃とうとした瞬間、よりによって分霊中の菊月を盾に使ってきた。この期に及んで小狡い手。それ程までに追い詰められているのか、それとも元々そういう性格なのかは定かではない。太陽の姫のためになるのなら、どんな卑劣な手段を使っても罪悪感すら無いのだろう。

 このままでは手遅れになる。私達のような苦しみを、もう他の者が知ってはいけないのだ。だから、盾なんて知ったことではない攻撃をしてやればいい。それなら、私が出来る。

 

「いい加減にしなよ」

 

 砲撃。だが、『雲』からしたらあらぬ方向へと放たれたものに思えるだろう。撃とうとしたが仲間を盾にされたため、嫌でも攻撃を逸らしたかのように見えただろう。当然、そんなわけがない。

 

「『屈折』」

 

 その砲撃は、菊月に当たらない角度から急激に曲がった。直角とは言わないが、確実に分霊をやめさせる一撃。直撃といかなくても、そのおかしな挙動を見せた砲撃は、『雲』を動揺させるには充分だった。それだけの間があれば、みんなが動ける。

 

「ナニ……!?」

「その子を早く放しなさい」

 

 曲がった砲撃の直後、冷めた表情の由良さんが、盾にされた菊月を避けるように魚雷を放っていた。意味のない攻撃に見えても、あの由良さんがやったことだ。当然意味がある。『雲』の真横を通過しようとした瞬間に、まるで夕立の如くその魚雷を撃ち抜き、大爆発を引き起こした。

 

「ウクッ……!?」

 

 そしてその爆発により立ち昇った水柱に紛れて、萩風が接近していた。水柱を突き抜けて突撃する様は、もう駆逐水鬼と同じ。トラウマを吹っ切り、自らの力へと変え、今ここでそれを活かす。

 

「早く、放してぇ!」

 

 アームを伸ばして主砲で殴り付けると同時に、そのまま撃ち抜いた。カードされていても分霊なんてしている余裕なんてない。

 菊月を捕らえている状態ではあの回避も出来ないだろう。殆ど同じことが出来る私だからわかる。あれはあくまでも自分だけが生き残るための技だ。何処ぞの漫画ではあるまいし、掴んだまま動くだなんて不可能。

 

「ッアッ!?」

 

 結果、『雲』は吹っ飛ばされることになり、菊月から無理矢理放されることになった。まだ艤装が落ちていないところから、分霊は終わりきってはいない。まだ艦娘のままだ。髪の色がアレだから何処まで進んでしまったかはわからないのが厄介だが。

 

「すぐに菊月を治療する!」

「お願いね。その間に、由良達が『雲』をどうにかしておくから」

 

 私はある意味戦線離脱。菊月の治療は最優先。侵食は進む一方なので、魂の穢れを取り払わなくては。

 



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性能のタネ

 激化する太陽の姫の巫女『雲』との戦闘の最中、その回避能力を完全に見切った菊月が分霊を受けてしまった。全方向からの砲撃を潜水で避けたと思ったら、いつの間にか菊月に近付いていたのだ。

 幸いすぐに対応出来たため、菊月は分霊され切ってはいない。なっていたら装備している艤装がその場に剥がれ落ちているはずだ。それが無いのなら、まだ未遂で終わっている。以前の由良さんと同じ状態。

 しかし、そのままにしていたら分霊は進んでしまうことも実証済みだ。由良さんの時は数日の猶予はあったが、菊月の場合はわからない。もう分霊完了ギリギリのところまで行っているというのなら、このままにしていたらそのまま深海棲艦化まであり得る。

 

「すぐに菊月を治療する!」

「お願いね。その間に、由良達が『雲』をどうにかしておくから」

 

 分霊を中和出来るのは私、陽炎のみ。今は戦線離脱して、菊月の治療に専念する。『雲』自体は菊月がやられた瞬間にみんながどうにか引き剥がしてくれたので、安全に菊月に近寄れる。

 仲間達は私が安全に治療出来るように周囲を囲ってくれた。それでも『雲』は当然目の前に現れることがあるので安心は出来ないのだが。

 

「菊月、大丈夫?」

「くそ……あんなに近付かれるだなんて思いも寄らなかった。古参が聞いて呆れる」

 

 分霊で刺された胸を押さえながら、少し苦しそうな表情を浮かべている菊月。由良さんもそうだったが、高熱が出ているような感覚がしているらしい。魂に無理矢理何かを注がれ、穢されているのだ。そんな感覚を持ってしまっても仕方ないのかもしれない。

 それに、分霊は気に入らないことに快楽を伴う。抵抗しないように、受け入れられるように、負の感情を取り払おうとしてくる。そのせいで菊月は今、身体が妙に昂揚させられているはずだ。

 

「すぐに治療する。我慢してて」

「すまない……」

 

 菊月は異端児では無いため、分霊にはある程度時間がかかるはずだ。さっきは分霊中に引き剥がすまで、そこまで時間をかけていない。それこそ、私がやらかした時、夕立や磯波の分霊が完了した程度の時間。なら、まだ大丈夫だ。

 ここは戦場のど真ん中。まだ戦闘中の危険地帯ど。だが、仲間達が私達を守ってくれる。落ち着いて治療に専念することにしよう。

 

「ふぅ……じゃあ、行くよ」

 

 小さく深呼吸した後、指先を菊月の胸に突き入れ、魂に触れる。やはり酷い穢れだった。そして、量も凄まじいし、時間経過でジワジワと穢れが拡がっているのも感じ取れた。あと一歩遅かったら、菊月はあちら側にされていたかもしれないし、治療が遅れたら穢れで染まり切ってしまう。

 ならば、すぐにこれを中和してやらなければならない。今、この場で。ここから鎮守府に戻る時間なんてない。

 

「っか……!?」

 

 分霊を始めた途端に菊月の身体が跳ねる。私の分霊だってあちらの分霊と同じ。やってることは全く同じなのだ。快楽を与え、私の力が侵食していく。だが、今の菊月の魂には()()がいるのだから、それと対消滅を起こしてもらう。それが中和だ。

 周りに何も無いような海の真ん中で、すぐそこに敵がいる状況で、どうにか落ち着いて分霊を進める。菊月は声を抑えようとしてくれているが、嫌でも漏れているのはもう仕方ない。ビクンビクンと震えているのも、艤装の力を使って押さえつける。

 慎重にやらなければ注ぎすぎてしまう。そうなったら今度は私自身の力が菊月を壊してしまいかねない。それだけは絶対にダメだ。だから、こんな環境でも慎重に慎重に進めていく。時間がかかるが、それはもう諦めた。

 

「耐えて。大丈夫だから。必ず救うから」

「たの、む……んくぅっ……!?」

 

 夕立や磯波は抑えることすらしなかったが、菊月のこれはこれで嫌な背徳感があるものだ。一応この子同年代だし。

 早く終わってくれと願いかけてそれもやめる。焦ってはいけない。それで注ぎすぎたら目も当てられない。どんな状況でも落ち着いて、落ち着いて。

 

 私が菊月を治療している間に、みんなが『雲』を対処しようと動いてくれていた。特に菊月から引き剥がすために力を発揮した由良さんと萩風は、まだまだやる気満々である。

 

「残念、アノ子ガ分霊出来タラ、楽ニナッタンダケド」

「それは失策ね」

 

 吐き捨てるように『雲』の言葉に返答する由良さん。由良さんのあんな表情を見たのは初めてだった。いつもやんわりと朗らかなイメージだったのが、今は『雲』のことを完全に冷え切った目で睨み付けていた。仲間なのに少し恐怖を感じてしまう程に。

 菊月が離脱させられたことで、『雲』はまた以前の余裕を取り戻していた。自分の天敵がいる時には感情が揺れ動いていたようだが、再び冷静になってしまっている。海中に潜ったことで頭を冷やしたのかもしれない。

 

「マッタク、コンナニ抵抗サレルダナンテネ。ヤッパリ、貴女達ハ全員ココデ死ンデモライマショウカ」

 

 分霊をしようとしたツケとして、由良さんの魚雷の爆風と、萩風の主砲による殴打と砲撃を喰らう羽目になっているのだ。もう分霊をしようとも思わないだろう。

 萩風の一撃で引き剥がされるほど吹っ飛ばされていたものの、砲撃では傷を負っていなかった。腕の装甲に傷が付いていたので、咄嗟に止めたようである。アレも艤装の内だというのなら、腕はそう簡単には傷付かないということに。

 

「アノ子ガ退場シテクレタオカゲデ、私ハマタ全力ヲ出セル。モウ当タラナイ。ココデ全員、始末シテアゲル」

 

 宣言通り、即座に姿がブレる。回避術の応用である高速移動。その狙いは私や菊月ではなく、現状たった1人の手負いである五月雨だった。

 脇腹を掠めた程度の軽傷ではあるが、血が流れるくらいの傷でもあるため、まず先に叩き潰そうと判断したようだ。抵抗が一番甘いとでも思ったのだろうか。動けない私達を狙うと見せかけたその行動は、確かに虚を衝かれる。

 

「マズハ貴女。気ニ入ラナイト言ッタワヨネ」

 

 先程と同じように、接近した瞬間に砲撃の姿勢。回避させる暇など与えない即殺の姿勢は変わらず、むしろ菊月が戦場からいなくなったことで、より顕著に殺意を沸き立たせていた。

 だが、それは()()()()()()()である。最古参の経験則で動いている五月雨相手に前回と同じ行動で殺そうとするなんて、慢心そのもの。菊月がいなくなったことで安心しすぎ。

 

「それはもう一度見せたでしょう!」

 

 砲撃に重ね合わせるように、五月雨も回避しつつ砲撃。回避方向に合わせられることすらも考慮に入れて、砲撃は主砲に対して放たれていた。今までの戦況から、艤装や武装に撃ったところで、おそらく傷一つ付かない。だが、その衝撃で攻撃の向きを変えることくらいは出来る。

 

「ダメヨ。貴女ハココデ死ヌノ」

 

 しかし、その場でまた『雲』の姿がブレた。緊急回避の連続使用でも一切負荷がかかっていないのは、艤装にそれをやらせているからか、深海棲艦のフィジカルが強すぎるからか。

 次に現れた時はもう五月雨の真横。そして砲撃の準備も完了。この状態では五月雨は回避出来ない。

 

 だが、当然五月雨は経験則で動く。目の前で回避して真横に立つというのは、『雲』対策の訓練で私が見せておいた。なら、もう戦闘経験として五月雨の中に蓄積されている。

 故に、そちらを見るまでも無く、主砲を即座に両サイドに向けていた。どちらに来るかまでは予測出来なかったにしても、この状況から横に来ることは予測済み。

 

「誰も死なないから!」

 

 さらに砲撃が重なる。『雲』の砲撃は辛うじて回避出来ているが、五月雨にはさらなるダメージに。対して五月雨の砲撃は当たる前にまた『雲』の姿がブレたことで空を切った。

 そして、次に現れた時には私の側。五月雨を経由して、本命の私達を狙いに来た。私は太陽の姫の天敵であるため確実に始末したいだろうし、菊月は『雲』の天敵なのだから早いところ終わらせたいだろう。

 

「来ると思ってましたよ!」

 

 それを遮るのは萩風である。私を護るという信念の中、人生を破壊した張本人に対しての怒りと憎しみに塗れながらも、艦娘としての使命を全うするために『雲』の眼前に立つ。

 

「姉さんは私が護ります!」

「ッフフ、姉サンネ。アレダケ執着シテイタンダモノ、ソウナッチャウノカシラネ」

 

 主砲を振り回し、『雲』を追い返すかのように砲撃をばら撒く。それでも私や菊月には害が無いようにしてくれているのは流石。

 

「デモネ、裏切リ者ニハ容赦シナイワ」

「なら2人がかりです!」

 

 そこにさらに沖波が追加。萩風がどれだけ無差別に撃ったとしても、沖波には当たらない。ならば、隣に立つことだって余裕で出来る。2人がかりで『雲』の逃げ道を潰していくことで、いくら酷すぎる回避性能だとしても追い付かなく出来るはずだ。

 

「貴女モ裏切リ者ネ、『空』」

「私は沖波! ひーちゃんに助けてもらったんだから、もうそんな名前は捨てた!」

 

 萩風の砲撃からの逃げ道。塞ぐような砲撃。しかし、『雲』の回避性能は逃げ道を塞いだところで何も変わらなかった。擦り抜けにより姿が霧散した瞬間に、素知らぬ顔でそこに立っている。何なのだあの回避方法は。

 

「っあ、陽炎……奴の回避は……()だ」

 

 分霊による中和を受けて絶え間ない快楽に苛まれながらも、菊月は近くにいる者にしか聞こえないくらいの声で『雲』の回避のタネを教えてくれた。下とは、つまり自分より下、海中に行くということ。

 

 私の脱力回避は、あくまでも海上で全てが行われる。力を完全に抜き切って、艤装の思うがままに動くような状態にした瞬間、その時に最善な経路を瞬時に計算し、無意識下でその場所を選択して回避する技だ。『蜃気楼』も同じ原理。ここに行くと決めたところに高速移動する。

 しかし『雲』はその移動経路に()()()()()()()。瞬時に潜り、瞬時に浮上する。しかも海面に波すら起こさずに。それが速すぎるため、姿がブレたと思ったら再びそこに現れているのだ。菊月程の動体視力があれば、その潜る瞬間というのが判断出来たようだが、私達にはそれがわからない。

 

「奴の艤装……腰掛けているアレが……っく、僅かにだが……()()()()()()

 

 確かに『雲』の腰掛けている雲のようなクッションには顔がある。目や鼻は無いが、二チャッと笑っているように口角を上げた牙だらけの口が付いている。それが下を向いた瞬間に、奴はあの回避性能を発揮するようだ。

 菊月はその瞬間を狙って艤装に砲撃を撃ち込み、回避をキャンセルさせていたわけだ。私の脱力回避をキャンセルさせるために膝を撃ち抜いたように。

 海中を経由するとなると、私がアクィラさんに止められた時のように水柱で視界を塞ぐとかはおそらく効かない。あの艤装を破壊しない限り、あの回避を止める手立ては無いと見て間違いないだろう。

 

「この菊月……無念だがここではもう戦えない……んぅっ、だが……受け継いでくれる者は、いるだろう……」

 

 治療が完了したとしても、菊月は十全の力で戦うのは厳しそうだ。鎮守府でゆっくり治療するわけではなく、この緊張感が支配する戦場での治療なのだ。ストレスが半端なく、ただでさえ疲れている現状がさらに悪化している。

 

「オシャベリ? 随分ト余裕ナノネ!」

 

 萩風と沖波の猛攻を軽く回避しながらも、再び姿がブレた瞬間、真反対の場所から姿を現した。直線的な動きは私の『蜃気楼』と同じだが、海中経由での直進のせいで完全な擦り抜けになっていた。砲弾どころか、()()()()()()()擦り抜けてくる。

 こんなの深海棲艦でしか出来ない技だ。私達は海中に潜ることなんて出来ないのだから、そもそもそういうことが出来るという考えに至らない。

 

「貴女達ガ死ネバ、モウ怖イモノナンテ無イノヨ! ダカラ、大人シク散ッテチョウダイ!」

「させない!」

 

 まだ仲間はいる。そこに立ち塞がるのは衣笠さん。狙いが私と菊月であることがわかっているのだから、盾になることだって出来るし、砲撃の射線もある程度の予測は出来る。前者は危険すぎるので後者で。

 だが、もう何度目かわからない擦り抜け。砲撃ではなく直接接近してきた。気付けば衣笠さんの真横。

 

「モウ分霊モシテヤラナイ」

 

 その爪が、衣笠さんの横っ腹に突き刺さっていた。分霊目的では無いため、鋭利な刃物で腹を貫かれたようなもの。深々では無いものの、五月雨の受けた傷よりは確実に深い。

 

「いぎっ!?」

「ソノママ死ンデチョウダイ……!?」

 

 しかし、それが運の尽き。衣笠さんは腹に突き刺さった腕をしっかりと掴み、もう逃がさないと捕らえた。

 

「砲撃だったら、こうも行かなかったんだよね!」

 

 そして、手に持つ主砲で顔面を思い切り殴り付けた。掴まれているのだから回避も碌に出来ず、その攻撃をモロに受けることになった。

 

「コノ、放セ……!」

 

 顔面を殴られた怒りで衣笠さんを蹴り飛ばして強引に引き剥がすが、隙は確実に出来る。回避に至るまでの思考が動く前に、衣笠さんが身体を張って作ってくれたこのタイミングを狙って、由良さんと磯波が砲撃を放っていた。

 避けられないと判断した『雲』は、自らを回転させて背中の入道雲で弾き飛ばす。新たに得たあの艤装の部分はそこまで強固なものなのか。見た目はあんななのに。

 

「ありがとう菊月ちゃん。『雲』の回避のタネ、由良達にも聞こえたよ」

「確かに言ってる通りでした……なら、もう回避させません」

「菊月ちゃんの力、由良達が受け継ぐ。だから、ゆっくり治療を受けて」

 

 タネさえわかってしまえば大丈夫と、由良さんと磯波が私達の前に立つ。顔面を殴られて少し余裕を失った『雲』を睨みつけ、ふぅと息を吐いた。

 

「終わりにします。私がもう回避させません」

 

 戦いは佳境へ。菊月の意志を継ぎ、次は由良さんと磯波が『雲』の天敵になろうとしていた。

 



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怒りを乗せて

 戦いは佳境へ。太陽の姫の巫女『雲』の異常過ぎる回避性能の正体を菊月が明かしたことで、由良さんと磯波がその意志を継いで『雲』の天敵になろうとしていた。

 私、陽炎は未だ分霊未遂を受けた菊月を治療中。戦場のど真ん中での分霊であり、慎重に執り行っているため、どうしても時間がかかってしまう。その分、菊月を長い時間苦しめることになってしまうのが申し訳ない。しかし、失敗したら菊月が壊れてしまうのだから我慢してもらうしかない。

 

「衣笠さん大丈夫!?」

「あんまり大丈夫じゃないかな……そこそこ深くやられた」

 

 私達を守るために『雲』の前に立ち塞がってくれた衣笠さんは、その際に爪で脇腹を刺されてしまっている。内臓まで行っているかは定かではないが、五月雨以上に血が流れているため、応急処置が必要である。

 だが、私は菊月から手を離せず、そもそも傷を治すような力は持っていない。分霊で巫女にしてしまえば傷が完治することは知っているが、その後のことを考えたら得策どころか失策だ。それこそ耐えてもらうしかない。

 

 衣笠さんの傷を見たことで少し動揺してしまいそうになったが、菊月の治療はまだ終わっていない。気持ちを落ち着けて、慎重に。注ぎすぎたらそれで終わりだ。だがギリギリまでは持って行かなくては。

 多少は粗めに終わらせて、鎮守府に戻ったら改めて綺麗さっぱりにするのもいいとは思うが、何が起きるかわからないのがこの力だ、なるべくならここで終わらせたいところ。

 

「ヤッテクレルワネ……」

 

 顔面に主砲を叩き付けられた『雲』だが、殴られた場所を押さえているものの、そこすらも頑丈なのか血を流すようなことは無かった。

 私達があんなものを喰らったら何かしら表に見えるくらいの怪我を負っている。少なくとも鞭打ち状態になるか、鼻の骨が折れて鼻血を滴らせるのどちらかのはずだ。胸元とか抉れて中身が見えかけているような状態なのに、普通の硬さでは無い。身体や艤装が少し溶けている理由に繋がる何かだろうか。

 

 しかし、明確なダメージを受けたことで奴の精神状態に揺さぶりをかけられたのは間違いない。回避特化の性能を持ち、今までの戦闘でも一度たりともダメージを受けてこなかった『雲』だからこそ、触れられるというだけでプライドが傷付くようなものなのだと思う、

 

「もう回避させません」

 

 そこにさらに磯波が突きつける。いつもとは違って前向きに、自信満々に。由良さんと共に、静かに『雲』を見据えた。

 

「何ガ出来ルトイウノカシラ!」

 

 回避させないという磯波の言葉を無視するかの如く、まずは砲撃を放ってきた。後ろに治療中の私と菊月がいることがわかっていて、盾にならざるを得ない状況を作り上げている。

 衣笠さんは1人だったから、より確実に決めることが出来そうな爪による接近戦を仕掛けたが、由良さんと磯波が2人で立ち塞がったことで、纏めて蹴散らそうと主砲に頼ったようである。それが由良さん相手では無かったら正解だった。

 

「回避はとんでもないけど、砲撃自体は普通なんだよね。それ、前にも見てるから」

 

 あくまでも冷静に、その砲撃に砲撃をぶつけて全て弾き飛ばした。太陽の姫相手にも繰り出した、致命傷を避けるために砲撃による砲撃逸らし。

 あの時は威力が半端無かったため強引に逸らしてギリギリだったが、『雲』の砲撃はそれよりは威力が低かった。そのおかげで、全ての砲撃が私の『屈折』とは真逆の動きで逸れていく。致命傷は確実に回避し、爆風によるダメージも軽微。

 

「ここからは全部弾く。貴女の砲撃は今日で3回目だし、解析も出来てる。回避性能のせいで苦戦したけど、それももう無いから」

 

 どれだけ撃っても全てを弾いていく。あの技だって、相当神経を集中させないと出来ないことだ。なのに、それを何度も何度も決めていく。

 治療しながら見てもわかる。あの由良さん、確実に()()()()()。自分も苦しみ、仲間も苦しんだことで、静かに煮え滾っていた。あくまでも冷静に、しかし『雲』を上から力任せに叩きつけるかのように力を見せつける。

 

「……ソウ、ナラコノ手デ」

 

 このままの砲撃は効かないと判断したか、接近戦に移ろうとしたのが見て取れた。ここで近付かれたらまた誰かが傷付く。

 しかし、磯波はもう回避させないとちゃんと忠告している。菊月からあの回避のタネも聞いているため、もう対応出来る。

 

「させないと言いましたよね」

 

 おそらく高速潜航からの急接近をしようとしたのだと思う。しかし、姿がブレるまでもなく、磯波の放った砲撃が『雲』の腰掛ける雲型のクッションを撃ち抜いた。よって、移動はキャンセル。

 磯波も菊月と同じことをやってのけたのだ。動体視力は菊月に及ばないにしても、異端児駆逐艦屈指の観察力と、徹底したサポートのための努力が、今ここに実を結んでいた。こと後衛としてのサポート能力は、他の追随を許さない。

 

 高速移動からの接近戦は磯波が封じ、砲撃は由良さんが封じた。今まで私達を圧倒していたのは、あくまでもあの回避性能が根幹にあったからだ。

 避けて避けて避けて、隙を見て攻撃する。消極的とも思えるが、自分は無傷でこちらを殲滅する方法となれば、その方が確実かもしれない。

 

「マタ……次ハ貴女ガ」

「そうですよ。菊月ちゃんの意志を継いで、今度は私が貴女を止め続けます。二度と回避はさせません」

 

 淡々と話す磯波も、由良さんの感情が伝染したか、珍しく上から目線で『雲』を威圧する。ここにいる私の仲間が、もう勝利を確信しているような雰囲気を出し始めている。

 そうされたら『雲』は気に入らないだろう。回避を潰され、攻撃も当たらず、そして雰囲気的に敗北濃厚となってきていたら、ただでさえ苛立ちが見えているのだから嫌でも怒りが沸いてくるはずだ。先程から揺さぶられ続けているのだから、その傾向はより顕著に。

 

「私ハマダ負ケテナイ」

 

 ならばと、また『雲』を中心とした大きな水柱が立ち昇った。先程は8方向からの同時砲撃を避けるために同じことをし、潜水によりその全ての攻撃を回避してしまったが、今回は回避でも何でもなく、先んじて潜ってきた。

 一度知られた手段は奥の手でも無いわけだし、使えるタイミングになったらバリバリ使っていくということだろう。コレに関しては回避方法もまだわかっていないし。

 私達海上艦の艦娘では絶対に出来ない潜水による移動。浮上も音もなくやってくるので、いつも以上に警戒が必要になる。いや、警戒だけで済むのだろうか。先程は無警戒では無かったにしても、簡単に突破されて菊月がやられてしまった。

 

 案の定、水柱を由良さんが撃ち抜いて消し飛ばしたところ、『雲』の姿はそこには無かった。海面を見ても、『雲』が何処にいるかなんてわかりやしなかった。見えないものが感じ取れるように、匂いが嗅ぎ取れたり出来ればいいのに。

 

「危ないのは磯波ちゃん。充分に警戒して」

「了解です」

 

 先程もそうだったが、自分を敗北に近付ける者を最初に処理しようとするのが奴のやり方だ。だからいの一番に菊月を狙った。そのあとは倒しやすい者や手近な者を狙うが、最初は脅威を退ける。

 それを理解しているからか、磯波は徐に魚雷を自分の真下に放った。無駄になるかもしれないが、こうしておけばいきなり近付かれる心配がある程度は抑えられるだろう。

 

「菊月、私達も警戒する。動けないから狙われるかもしれない」

「ぁ、ああ……」

 

 倒しやすい者という括りなら私達も含まれるだろう。現状全く抵抗出来ないのは私達だけ。そのため、私も同じように治療しつつも真下に魚雷を放っておいた。こうしている間に狙われるのが一番まずい。衝撃で分霊が増えたり減ったりしたら厄介だ。

 菊月に施している分霊ももう少しで終わる。魂の穢れは大分取り払われた。以前よりも頑固な汚れに思えたのは気のせいだと信じたい。本来よりは長い時間の分霊というのもあり、菊月自身が言っていた通り、これが完了しても菊月は戦闘に参加することは難しいだろう。それくらい消耗している。嬌声を我慢し続けているため、身体も力みっぱなし。

 

「……っ! そこっ!」

 

 この緊張感溢れる海上、突然動き出したのは沖波だった。音もなく波紋も立てずに現れる『雲』の動きを予測して動いた先は、私の真横。魚雷を潜らせたのに、そんなことお構いなしに私を狙ってきた。

 沖波の予測は見事に的中していた。これだけ近くにいてもやはり気付くことが出来なかった。あたかもそこに()()のが当然というように浮上してきており、私の分霊を邪魔しようとしていたのだ。

 ここは磯波からは真裏の位置。回避の瞬間を止められることも無いタイミングであるため、ここぞとばかりに『雲』は回避しつつ私を狙ってきた。

 

「隙ダラケヨ『陽炎』。貴女ハ絶対ニ始末シナクチャイケナイノ」

 

 沖波の咄嗟の砲撃は擦り抜け。そして、奴の主砲は私と菊月に向けられていた。撃たれたら死ぬ。本当にまずい状態。私も咄嗟に主砲を『雲』に向けるが、これは間に合わないと悟った。ならせめて艤装で受けて、最低限のダメージに抑えるしかない。

 即座に分霊をやめて、『蜃気楼』で回避すれば無傷で事が済むだろう。だが、ここには菊月もいる。私が回避したらまともに動くことの出来ない菊月にその砲撃が直撃することになるだろう。それだけはダメだ。まだ私が艤装で受ける方が、お互いの命は助かる。

 

 だが、『雲』の思惑は外れることになる。

 

()()姉さんはやらせない!」

 

 萩風の渾身の一撃を、『雲』は回避する事が出来なかった。もう殆ど駆逐水鬼の時と同じ動きで、『雲』の擦り抜けが終わる瞬間を狙って主砲による殴り付けをやってのけた。ある意味、沖波との連携が成功した。

 この一撃を喰らったことで『雲』は私を撃つことも出来ず、体勢を崩して倒れ伏すことになった。何が起きたのかわからないという表情。砲撃ではなく近接戦闘のダメージを受けるというのは、回避に絶対の自信があった『雲』の心を折るには充分だったと思う。

 

「ナ、ナンデ……」

「姉さんの邪魔はさせません。こんな状況、私が狙われる可能性が薄いのなら、姉さんを守ることを優先します。だから、ずっと見てました」

 

 急速潜航と急速浮上を目にも留まらぬ速さで繰り出す『雲』の回避の弱点は2つあったのだ。1つ目は菊月が看破した発動する瞬間の艤装の動き。そしてもう1つは、擦り抜けが終わった瞬間。潜航から浮上はタイムラグ無しで繰り出せるようだが、逆はすぐには無理であった。

 

 その隙はあるかないかのタイミング。その瞬間が狙えたのは、萩風がずっと私の方を見ていたことにある。それでも狙って繰り出せるというのは無理があるとは思うが、この時は萩風の心がそれを引き出したのだと感じた。

 萩風だけは、最初から私が狙われると確信していたかのような動きだった。違う、この時だけは萩風は私だけを見ていた。自分が狙われる可能性が極端に低いことを理解し、一番狙われるであろう磯波がまだピンピンしているところから見て、私だろうと。

 いや、多分違う。萩風に残された私への執着心がそれをさせたのだと思う。さっきの言葉からしても、今だけは駆逐水鬼であった萩風が思った以上に表に出てしまっている。

 

「もう逃がさない。3回目の潜水もやらせない」

 

 そこにすかさず由良さんが魚雷を放ち、クッションの艤装を粉々に粉砕した。砲撃によるダメージは与えられなくとも、その数倍の威力がある魚雷ならちゃんとしたダメージが入る。

 あの艤装が無くても、『雲』が沈むことはない。しっかり足を海面に着けることで立ち上がっていた。だが、これでもう潜水による擦り抜けの可能性は無くなった。陸に上げたようなものだ。

 

「海上艦なんだから、ちゃんと海の上で戦いましょうね。ねっ?」

 

 威圧まで含まれた由良さんの言葉に、『雲』が動揺したのを見逃さなかった。一番自信があるものを破壊されたことで、戦う手段の半分以上が奪われたも同然。

 由良さんが言った通り、回避性能が異常なだけで砲撃は普通なため、最後の抵抗で砲撃を繰り出しても、それは全て由良さんが弾いてしまった。

 

「ソンナ……コンナコト、アリエナイ……!」

「あり得るでしょ。私だって沖波だって、アンタと同じくらいの力が使えるようになったのに負けてきたんだ。アンタが負けない道理は無いよ」

 

 この時には、もう萩風が跳んでいた。最後の一撃を喰らわせるために、『雲』に接近していた。

 

「これで終わりです! これで……!」

 

 そして、主砲による渾身の一撃とともに、ゼロ距離での砲撃を生身の部分、抉れて剥き出しになった胸に撃ち込んだ。

 打撃のダメージと砲撃のダメージが同時に叩き込まれ、『雲』の命は潰えることになる。

 

 

 

「……終わったよ……兄さん」

 

 萩風が最後にボソリと呟いたように聞こえたが、それは爆風と潮風に乗って流された。

 



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錆色の海域

 回避の瞬間を狙った一撃が入ったことで、そのまま押し込むことに成功。驚異の回避能力を発揮していた艤装を破壊し、最後は萩風による渾身の一撃によって、ついに『雲』との戦いに決着がついた。

 

「……モウ……私ハダメナノカシラ……」

 

 震える手で、萩風にやられた傷口に触れる。相当な強化をされていたようだが、ガードすることが出来ずに生身の胸に喰らってしまったら、それはもう耐えられない一撃となっただろう。

 ただの一撃では無く、主砲で殴り付けると同時に砲撃も放つという二撃必殺の攻撃。元々が駆逐水鬼であった萩風にしか出来ないような、ある意味やられたことをやり返すことにもなった。

 

「ソッカ……モウダメナンダ。主様ニ……イイトコ見セラレルト思ッタノニ……残念ダワ」

 

 最後まで太陽の姫のことを思いながら、命の灯火は消えていく。最後は諦めたように萩風の顔を見た。トドメを刺した萩風は、少し複雑な表情をしていた。

 

 萩風だって私や長門さんのように最愛の者を自分の手で殺めた過去を持ち、そこから5年間を深海棲艦として生きる羽目になっていた。その原因が全てこの『雲』にある。『雲』に住んでいた街を滅ぼされ、たまたま目に留まったことで分霊を施され、最後は最愛の者すら殺すことになり、今や戸籍すら無い世界に存在しない人間になってしまっている。恨みも憎しみも人一倍だろう。

 だが、『雲』も萩風と同じように太陽の姫に利用されているだけの元人間。自ら軍門に下ったわけでもないだろう。そういうところは被害者なのだ。だから、これだけされても同情の気持ちも出てきてしまう。

 

「……私モ……貴女ノヨウニナルノカシラ」

「おそらく。貴女も元々が人間なら、私のように艦娘になるでしょうね」

「ソウ……ソウナンダ……主様ニ……迷惑ヲカケチャウカモシレナイワネ……」

 

 ふっと小さく苦笑して、そのまま目を瞑った。そしてそのまま指先から塵になっていく。

 

 その頃には、私、陽炎の菊月への治療も終了。さんざん時間をかけてしまったものの、この戦場のど真ん中でも慎重にやった甲斐があり、菊月の魂には穢れの一切ない綺麗なものへと戻すことに成功した。

 代わりに、時間をかけたことで菊月への負担はそれ相応に大きく、立ち上がれなくはないものの、少しフラついてしまっていた。菊月自身も言っていたが、以降の戦いは参加が難しいだろう。

 

「大分キツかった……皆この感覚を味わっていたのか」

「そうだね。夕立と磯波は声すら抑えなかったけど、よく我慢出来たね」

「危うい時は何度もあったが、どうにか出来た」

 

 少し顔が赤いが、これは仕方ないものとする。ただでさえ分霊未遂で高熱が出ていたような状態だったのだから、まだ余波が残っていてもおかしくない。それ以上は詮索もしない方がいいだろうし。

 

「っ……私も……限界が来ているかもしれません……」

「萩風も今は休みなよ」

 

『雲』の最期を見届けていた萩風も、不意にフラついて膝をついた。最後の動きは今の萩風の限界を超えた動きをしていたようで、戦いが終わった今になって全ての負担が襲いかかってきたようだった。

 回避の瞬間を狙う一撃や、そこからの追撃は、駆逐水鬼の時を彷彿とさせる動きを見せていた。それは艦娘のフィジカルを優に超える負荷を孕んでいる。

 

 結果的に、今動けるのは私と沖波、磯波、そして由良さんの4人。五月雨も怪我を負っているし、衣笠さんはさらに深い。菊月と萩風は消耗が激しく、ここから先に行くのは難しいだろう。

 さらにはここで『雲』が人間へと戻ったら、それを鎮守府まで運ぶ必要まで出てくる。流石にこのまま進むわけにはいかない。

 

「退路は……まだ難しいかな」

 

 私達はこの戦場に辿り着くまでに仲間達の力を借りて突き抜けてきた。そしてその戦いはまだ終わっていない。ここに来るのに無理矢理押し倒してきたのなら、ここから戻るのにも同じ手段を使わなくてはいけないのだ。

 大分佳境に入っているようだが、今この状態で突っ切るのは自殺行為に等しい。上手く行ったとしても、仲間達に迷惑をかけることになってしまうだろう。

 

 ならば、やれることは2つ。1つ目は全員でここに待機。2つ目は諜報部隊と合流。特に後者は、太陽の姫により近付いての調査だ。ここよりも危険な可能性は非常に高く、さらにはこちらよりも人数が少ない。せめて数人は迎えに行くくらいはした方がいいと思う。

 

「陽炎ちゃん、由良はここに残るから、諜報部隊の方に向かってもらっていいかな」

 

 同じことを考えたか、由良さんがまず提案してくれる。全員で諜報部隊のところに向かうのは流石に難しいだろうし、全員でここに残るのはそれはそれで不安になる。

 

「あ、なら私も残ります。陽炎様と沖波ちゃんで、諜報部隊を迎えに行ってあげてください」

 

 磯波もここに残ると言い出した。人数は多い方がいいと思うが、1人で諜報部隊の方に行くのも心許無い。結果、まだ戦える4人を半々にするのが得策だろう。

 で、一応M型異端児が向かう方が安全ではないかという考えで、磯波がここで怪我人を守ることに決めた。由良さんもD型異端児なので、あちら側は少し危険かもしれない。

 

「わかった。沖波、私達で諜報部隊を迎えに行こう。調査が何処まで進んだかはわからないけど、『雲』を倒したことは伝えておかないと」

「そうだね。じゃあ、私とひーちゃんで諜報部隊の方に向かいます。みんなをよろしくお願いします」

「うん。みんなを運ばなくちゃいけないから、無事に戻ってきてね。ねっ」

 

 由良さんと磯波は怪我人の応急処置と、消耗した者の護衛を任せることになる。衣笠さんの怪我の処置は最優先事項、ここで出来ることは高が知れているかもしれないが、やらないよりはマシだ。

 というわけで、私と沖波は手早く用を終わらせるために急いで諜報部隊の元へと向かった。調査が終わっていればすぐに撤収準備ということで。

 

 

 

 沖波と2人で進んでいくうちに、海の色が少しずつ()()()()()()()()。アクィラさんが色がおかしいと言っていたが、ここまでおかしいのは想定していなかった。まるで錆のようなくすんだ赤。

 どうしてこんな色になってしまっているのだろうと思ったが、太陽の姫が原因としか思えない。オカルトもここまで来たら驚きも無くなってきた。

 

「沖波、大丈夫? 気分悪くない?」

「大丈夫だよ。色が違うだけで普通の海みたいだし」

 

 自分達の周囲がこんな色をしていると気持ち悪くなりそうだが、沖波の言う通り、色以外は別に普通の海である。何か嫌な匂いがするとか、海水が違う質になっているとか、そういうところは見受けられない。

 

「あ、いたいた。おーい!」

 

 遠目に諜報部隊と対潜部隊の姿が見えたため、大きく叫んで手を振る。幸いにも敵がいるようには見えず、順調に調査を進めることが出来ているようだった。対潜部隊がここまで来ることが出来ているということは、海中の潜水艦隊もいいところまで来れていると考えられる。絶賛対潜攻撃中でこちらに反応する余裕は無いようだが。

 私達の声に気付いたか、護衛のために付き添っていた初月がすぐに反応してこちらに手を振り返してくれた。ここでも少し手持ち無沙汰になっていたことに苦笑する。

 

「2人が来たということは、『雲』は倒したのか!」

「うん、でも怪我人とか消耗してる子がそれなりにいて、残りは現場で待機してもらってる。調査が終わってるなら、そのまま撤収がいいんじゃないかと思うんだけどどうかな」

 

 もう足下は真っ赤な海。そして、話に聞いていた通り、すぐそこには渦潮がある。近付きすぎると引きずり込まれるため、少し離れた位置にいるのだが、その渦潮のサイズが今まで見てきたものとは段違いだった。

 巣を破壊するとそこには渦潮が出来上がっていたが、ここにあるものは壊れてもいないのにその数倍の大きさのものがある。おそらくあの渦の中心に太陽の姫の本拠地である沈没船が眠っているのだろう。

 

「調査が難航しているのであります。あの渦潮のせいでソナーの感度があまりよろしくない。海水の確保はして、撮影出来る場所は全て押さえているものの」

「偵察機で上から見ても、あまり芳しくないですねぇ。真っ赤な海の真ん中の渦潮という感じで終わっちゃいますぅ」

「まぁ海の真ん中にこれと言った特徴を求める方が間違ってんのかもしんないけど。いやまぁこれだけ赤いと、おかしいって誰でもわかるけどさ」

 

 諜報部隊からは三者三様の反応。とにかく、海上からの調査は難しいということだ。あくまでも本命は全て海底であり、この真っ赤な海水と渦潮がそれをも妨害していると見ていい。それだけ太陽の姫には沈没船が必要不可欠な存在なのだろう。

 一応対潜部隊に頼んで、爆雷を渦潮の中心部に投げ込んでもらったらしいが、海底にまで辿り着くどころか、少し沈んだ時点で爆発してしまったそうだ。爆雷でもそれなら、艦娘が巻き込まれたら目も当てられない状態になるだろう。

 結果、海上から沈没船をどうにかするのは殆ど不可能という考えに至っている。

 

 そうなると、頼りになるのは海中、潜水艦隊。今頃どうなっているのかはわからないが、沈没船に近付けていたらありがたい。渦潮を見る限り、海上は警戒しているが、海底までには届いていないことがわかる。

 しかし、その分敵潜水艦の数も尋常ではないはずだ。そもそも対潜部隊が未だに休息出来ていないところを見る限り、あちらは無尽蔵に潜水艦が湧き出ているのだろう。

 

「そちらの状況はどうか!」

「イヨが沈没船に近付けた! でも抵抗がとんでもないらしいわ!」

 

 五十鈴さんは潜水艦隊とも状況を通信出来る状態にあるので、海中の現状は逐一更新されている。その五十鈴さんからイヨの沈没船接近の報を受けたことで、海中の調査は海上よりも効果的に進んでいることがわかる。

 やはり潜水艦隊の強化は間違ってはいなかった。2人ではここまで来れなかっただろうし、対潜部隊がいなければ尚難しかっただろう。

 

「これ以上は難しいわ〜。イヨちゃんがダメになっちゃうもの」

「そうね。本格的にまずいみたい。諜報部隊、対潜部隊と潜水艦隊から撤退を進言するわ」

「うむ、皆の者、撤収準備!」

 

 ここまで来れたことで、一時撤退。これ以上は難しいと判断し、この場から離れることを優先することにした。だが、見たいものはある程度見ることが出来たとも思う。少なくとも予定通り1人は沈没船に近付けたのだから、今回の任務は勝利である。

 

 

 

 大急ぎでみんなで纏めて撤退し、待機してもらっていた本隊の仲間達と合流。衣笠さんは由良さんの手により応急処置を施されていたが、大分キツそうではある。艦娘の身体で無かったら、痛みにのたうちまわっていることになっただろう。

 

「『雲』はどうなった?」

「無事、人間に戻りました……今は磯波さんが沈まないように支えてくれています。艤装も一応そのままです」

 

 少し休憩をしたおかげで、萩風も立ち上がれる程にまでは回復している。しかし、人を支えられるほどでは無いみたいだ。

 磯波が支えている元『雲』は、今まで見てきた通り人間の姿に戻っていた。面影は『雲』に近いが、大分血色は良くなっている。身体が溶けていたのが少し不安だったが、人間に戻ったらその辺りの影響は無いと言ってもいいだろう。綺麗な身体だ。

 

「本当に人間に戻るのね……」

「直に見ると信じるしか無いわよね〜」

 

 これを初めて見る五十鈴さんと龍田さんは、素直に感心していた。こんなこと言いながらもしっかり対潜攻撃は欠かしていないのは流石だ。

 

「あの『雲』の時よりもなんで胸が大きくなってるのかな……」

 

 沖波の悲哀の呟きが聞こえたが、それは聞こえないふりをしておく。

 

「今すぐ撤退であります。怪我人は我々も手伝う故、早急にここから離れるぞ」

 

 これだけ人数がいれば、撤退も難しくないだろう。未だに激戦続く退路ではあるが、撤退しながら全員に伝えていけば、そのまま全員での撤退が出来るだろう。

 あちらはあちらで怪我人が出ていそうなので、これから鎮守府がてんやわんやになりそうだが、誰も死なずに今回の件を終わらせることが出来たのは大きい。

 

 

 

 諜報部隊との強行偵察任務はこれで終了となる。『雲』の撃破も含めれば、大きな戦果を得られたと考えていいだろう。ここまでやって太陽の姫が表に出てこなかった理由はわからないが、出てこないなら早々に撤退させてもらおう。

 

 本当の決着はまた後日。次は必ず全て終わらせる。

 




『雲』は人間に戻り、沈没船の調査はある程度出来ました。次回以降、いろいろと進むことでしょう。


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今はただ休息を

 強行偵察任務は終了。太陽の姫は結局姿を見せなかったものの、その巫女である『雲』は撃破することが出来た。さらには、海上からの調査は難航したものの、潜水艦隊が謎の沈没船に接近することが出来たため、調査は大きく進んだと言える。

 事が済んだということで、絶え間なく現れ続けた深海棲艦を蹴散らし、出撃した部隊全員が撤退のために動き出す。海上で邪魔が入らないように耐え続けてくれた別働隊と支援艦隊は、私達が戻ってくることをアクィラさんから伝えられていたのだろう、撤退準備は万全だった。

 

Retreat(撤退)だな! 各艦、準備は出来ているか!」

「退路はこっちで作るから、本隊全員早く抜けて!」

 

 ネルソンさんと陸奥さんがこのタイミングでさらに激しい砲撃をぶちまけ、行きの時と同じように敵陣のど真ん中に大きな道を拓いてくれた。こちらも消耗しているが、それでも多少急げば通過出来るくらいの隙間にはなってくれている。

 

 こちらの重量部隊ですら、数人は怪我を負っていた。戦闘で蹴散らし続けていた戦艦4人は全員血を流しており、ネルソンタッチに参加するプリンツさんもかなり厳しそう。空母4人すら無傷と言えない状況。ずっと対空砲火をし続けていたアトランタさんも、空爆の余波を受ける程に傷ついていた。そして、暴れ回っていたであろう夕立の消耗は半端ではなく、木曾さんも軍刀を使ってまで戦っていた。

 話に聞いていた通り、戦艦の姫やレ級が複数体存在している海域で、私達の方に流れてこないように耐えていてくれたのだ。凄まじい激戦だったことは間違いない。とんでもない1人を相手するのと、危険な敵を大量に相手するの、どっちが辛いかと言われれば、どちらも辛いが回答になるか。

 

「全員抜けたわね。では、撤退でーす! Ritiro(撤退)!」

 

 全員が抜けたところをアクィラさんが確認したところで、全員に声をかけて一斉に撤退開始。空母による空爆で目眩しを仕掛けつつも近場の敵を殲滅し、その隙を見て一気に海域を離れた。

 戦闘海域から完全に離脱した後も常に空母の艦載機が後ろを警戒しているが、ある程度離れてしまえば追手も来ることは無かった。これで戦闘自体は終了と言える状態になった。

 ようやく息が吐ける状態になった途端、どっと疲れが押し寄せてくる。まだ鎮守府までは遠いというのに、一気に身体が重くなったような感覚。

 

「潜水艦の追手も無くなったよー」

 

 ここまで来たらもう安全と、潜水艦隊の4人も浮上してくる。敵潜水艦隊と激しい交戦をしていたことで、4人が4人多かれ少なかれ傷を負っていた。

 おそらく一番激しい戦いを繰り広げたのは、私達の見えないところで行なわれていた潜水艦同士の戦いだ。それをこの程度の傷で済んでいるだけマシだと思わなくてはいけない。

 

「近付けたのはイヨちゃんだけだけど……今回は任務を全う出来ました……」

「もうホントすんごいんだよ海の中は」

「すごく多かったです……無限に思えました……」

 

 全員が疲れた顔。海の上だろうが中だろうが、今回の戦いで疲労がピークなのは変わりない。こんな状況でもピンピンしているのは、強いて言うのなら対潜部隊の子供達くらい。スタミナが段違い過ぎる。

 

 結局、鎮守府に戻るまで全員がグダグダだった。その間も、余裕が比較的ある者は運ばれている元『雲』を眺めていた。『雲』を撃破出来たことを喜び、救出に成功出来たことをさらに喜ぶ。

 そういう意味では、今回の任務は大勝利と言えた。太陽の姫の姿を見ていないにしても、確実に前に進めているのだから問題無い。

 

 

 

 鎮守府に辿り着いたのは殆ど夕暮れ時。そこからがまた大変だった。当たり前だがドックが足りず、入渠待ちが発生する始末。1つの鎮守府にドック4つというのは少なく感じてしまう。ここまでの戦いが他の鎮守府で行われているかは知らないが。

 真っ先に入渠が必要なのは、深海棲艦から人間に戻る事が出来た元『雲』と、何とか戻ってくる事が出来た衣笠さん。残り2枠は、ずっと戦い続けて消耗している夕立と陸奥さんが優先されることになった。残りは順次入渠することになり、それまでは応急処置で耐えてもらう。

 

「凄まじいな。これほどの戦闘はなかなか見ない」

「だねぇ。アタシは正直こんなの初めてだよ」

 

 戻ってきた艦娘達の応急処置を手伝いながら、呉内司令が呟いた。大将という役職を持つくらいに経験のある呉内司令がここまで言うのだから、今回の戦いは屈指の激戦だったのだろう。空城司令もこの大惨事には溜息が漏れている。

 

「傷が小さい奴はまず風呂に行きな! 薬湯を用意してある!」

 

 私はそちら側に属するため、そのままお風呂へ。疲れだけが大きい萩風や菊月もこちら側。怪我人はお風呂も後回しにして、入渠をひたすら待つ羽目になっている。

 

 おそらく全員が回復するのは明日以降になるだろう。それまでは艦隊運営も休止。全員が休息ということで、朝も規定の時間は設けられないとのこと。目覚まし時計すらかけずにグッスリ眠れとのお達しである。

 呉内司令の予定として、明日に一度自分の鎮守府に戻ることになっているが、一応全員の回復は見届けていくらしい。入渠待ちのメンツの中には、呉内司令の艦娘も含まれている。最低限、自分の部下が回復したところは見ていきたいだろう。

 

「ぬぁぁ……薬湯がキくなぁ……」

「ひーちゃんも頑張ったもんね」

「それを言うなら一番頑張ったのは萩風だよ」

「私は最後だけですから……菊月さんがいなかったら勝てませんでした」

 

 強行偵察本隊の面々でお風呂に浸かる。話題はどうしても今日の戦いのことになる。

 今回のMVPは、『雲』の弱点をその場で看破した菊月を措いて他にいない。菊月があそこで『雲』が海中を使った回避をしていることと、艤装が一瞬下を向くことを教えてくれなかったら、あの時にまだ翻弄され続けていただろう。最悪、誰かがやられていたかもしれない。

 

「この菊月の『心眼』が役に立ったようで何よりだ。だが、奴が分霊では無く爪で貫こうとしていたら、菊月はあの場で散っていただろう。生き残れたのは、奴の慢心もある」

 

 それは確かにそうかもしれない。菊月をあえて引き込もうとしたから、結果的に弱点を知られることになった。どの行動が正しいかなんて瞬時に判断することは難しいし、今話しているのもたらればである。

 菊月への分霊が終わる前に、3人がかりで引き剥がせたから良かっただけ。少しでも遅れていたら、動体視力トップの菊月が敵に回り、勝ちが一気に遠退くところだった。そういう意味では、あの時の『雲』の選択もあながち間違っていなかったのかもしれない。

 

 私だったら……分霊を選んでいたかもしれない。菊月が脅威であることはわかっていたし、味方に引き込みたい能力だ。

 

「だが、生きているのだから良しとしよう。気にしていても先には進めぬ。今回の経験を糧にし、我が『心眼』をより高めていきたい」

「充分だと思うけどなぁ」

「まだまだだ。全てを見透かす程で無ければ、真なる心眼とは言えぬ」

 

 言いながらもクスリと笑みを浮かべた。今回は自分の成長が実感出来たことで大満足だったと見て取れる。それでもまだ成長の余地を残し、さらに先を見ているのだから、菊月はただの厨二気質だけではない。

 

「……『雲』は人間に戻りましたが……後遺症は残ってるんですよねおそらく」

 

 萩風がボソリと呟いた。トドメを刺した後も複雑な表情を浮かべていたが、今この時でも少し心配しているようだった。

 仇討ちが達成されたことで『雲』に対しての感情はある程度払拭されたため、人間に戻った元『雲』に対しては同情の気持ちが強くなっているようだ。

 

「太陽の姫からダイレクトの分霊だからね……しかも10年近く巫女をやり続けてきたわけだし」

「相当重いよね……私がほんの少しの間だったのに心に後遺症を待たせられたし」

 

 少し忌々しそうに沖波が言う。時間にして1時間もなっていなかったのだが、嫌悪感を残されるという地獄を味わっているのだから、沖波としても元『雲』には同情の気持ちは持っていそう。

 私は例外中の例外のおかげで後遺症は残っていないが、分霊を受けた者は例外なく後遺症を残した。今でこそ普通に暮らしている沖波や萩風だって、重い後遺症に悩まされた。萩風はもう受け入れてしまっているため、後遺症とも言えないかもしれないが。

 

「我々は全てを理解しているのだから、素直に受け入れてやればいいだろう。『雲』には恨みがあっても、元『雲』の彼女を恨む理由は一切無い。菊月は仲良くしたいと思っているぞ」

「私もその口かな。今まで見てきてるし、自分も同じ立場になってるから、仲良くなれるならなりたいよ」

 

 こうなったらもう仲間として受け入れたい。その苦しみも理解しているのだから、気持ちもわかってあげられる。年月の違いはあれど、立場は同じだ。他者を陥れる気持ちも知っている私なら、より話を聞いてあげられる。

 問題はどんな後遺症が残るかだ。長門さんと同じ忠誠心だった場合は酷いことになり得る。それこそ蓄積されてきたものが多すぎるため、人間に戻れた今でも、頭の中は深海棲艦そのままの可能性はある。

 

「姉さん、分霊の治療をしてあげた方がいいんじゃないですか?」

「あー……そうだね。今は入渠中だけど、終わったらすぐにやってあげた方がいいよね」

 

 そう考えれば、入渠を後回しにして先に分霊による治療をする方が良かったかもしれない。死の淵を乗り越えて人間として戻ってきたのだから、通例通りすぐに入渠させたわけだが、起きた後のことをあまり考えていなかったのはまずかったか。

 これに関しては、お風呂から出たら空城司令に進言しておこう。今までの傾向からして、あの子の入渠完了は明日の朝くらいになると思われる。それまでには話をしておいた方が良さそうだ。

 

 

 

 そこからは次々と休息が続く。大分消耗していたが、夕立の入渠は大分早く終わったようで、夕食後くらいには戻ってきた。その頃には私達も全てを終え、明日に備えて眠る直前というくらいだった。入渠時間はおおよそ5時間ほど。

 

「ゲロ様癒してー!」

「おふっ」

 

 部屋に入ってくるなり私に飛び込んでくる夕立。癒しの匂いを求めて顔面を私の胸にグリグリと押し付けてきた。こうやってみると人懐っこい大型犬である。その衝撃で肺の空気が持っていかれそうになったが。

 

「はいはい、夕立もよく頑張ったね」

「頑張ったっぽい。レ級も戦艦の姫もむっちゃんさんや親分と一緒にぶっ殺したっぽい!」

 

 言い方が物騒。私達が『雲』と激戦を繰り広げている間、夕立はあの場所で暴れ回っていたのだ。あの激戦区の中で駆逐艦は夕立1人だけ。その腕を買われて選ばれたわけだが、想定以上の働きを見せたのだと思う。

 それだけ頑張ったのだから、労ってあげるべきだ。クンカクンカと匂いを嗅いでくる夕立の頭を撫でてやる。

 

「まだまだ工廠はフル稼働っぽい。夕立が終わった後は親分が入渠してたし」

「ホント大惨事だったね……えっぐい戦いだった」

 

 まだまだ入渠待ちはいるようで、司令2人としーちゃんは徹夜作業になりそうとのこと。そういう意味では、明日は全員がお休みの日になるのではなかろうか。調査結果の報告とかもまだ終わっていないのだが、身体を壊しては意味が無いし。

 

「そっちはどうだったっぽい? 『雲』を倒したのは知ってるけど」

 

 事の経緯を知らない夕立のために、『雲』との戦いのことを掻い摘んで説明してあげる。菊月の弱点看破のことや、萩風がトドメを刺したことまで端的に話すと、夕立は目を爛々とさせて萩風を見た。

 

「ハギィ、超強くなったっぽいね。じゃあまた演習しようね!」

「お、お手柔らかに……」

 

 夕立にターゲットにされてしまっては、萩風もタジタジである。これは逃げられなさそう。

 

「そういえば……気になることがあったの」

 

 そんな中、磯波が小さく挙手をして発言。

 

「萩風ちゃん……最後に『私の姉さん』って言ってたよね」

 

 その言葉を聞き、ビクンと震えた後に硬直する萩風。私もそれはちょっと気になった。ニュアンスはあまり考えないようにしていたが、その発言だけはちょっと駆逐水鬼を思い出させるそれだった。

 駆逐水鬼も頻繁に『私の陽炎』と言っていた。戦い方を駆逐水鬼に寄せたことで、あの瞬間だけは心の中にまで駆逐水鬼が戻ってきたのかと心配になる。元々執着心は残ったままなので、そうなる可能性はいくらでもあるというのも怖い。

 

「あ、あれは勢い余っただけで、その、他意は無いです。無いですけど……でも、やっぱり姉さんがやられそうになったから、いつも以上の力は出たような気はするわけで……」

「気持ち、わかるよ、うん。私もひーちゃんがやられそうになったからすぐに反応出来たし」

 

 沖波が共感している。これ、盛大なカミングアウトなのではなかろうか。

 

「私は姉さんを守るために頑張ってきましたから、あそこで守ることが出来たのはとても嬉しいです」

「うん、ありがとね萩風。沖波もだよ。2人のおかげで私は死なずに済んだんだからさ」

 

 夕立をちょっと退かして、2人を抱きしめた。途端に萩風は大きく震えたが、まぁそこは知ったことで無い。沖波も少しうっとりしたような表情を見せた気がしたが、そこは気にしないことにした。

 

 

 

 戦いは一旦ここで終わり。今は充分に休息し、明日に備えよう。戦いでは無いところで忙しくなりそうだ。

 




戦艦勢の入渠時間を考えると、気が遠くなりそう。


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長年の蓄積

 強行偵察を終えた翌日。まだ入渠待ちが残っている状態であり、鎮守府としてはまともな運営が出来ない状況にあった。艦娘の治療もそうだが、艤装の整備が大変なことになっている。大量の敵を処理し続けていた別働隊と支援艦隊が特に酷く、全てが終わるまでには数日はかかるとのこと。

 とはいえ、生身の方は艤装よりも先に治せるため、そこは随時進めていく。それは今日いっぱいで終わるだろう。怪我が酷い順に進められているため、現状支援艦隊の方々がそろそろ終わるんじゃないかというくらい。情報を拾ってきた潜水艦隊も怪我はしているものの、入渠は大分後の方になるとのこと。情報共有はもう少し後になるそうだ。

 

 そして、一番の問題がそろそろ出てくる。それが、元『雲』の子の入渠完了である。

 

「陽炎、少しいいかい」

 

 朝食後、私、陽炎は空城司令に声をかけられた。後ろにしーちゃんがいることもあり、いろいろと察した。

 正直、ここでついに来たと感じ取ってしまった。このタイミングで呼ばれるとしたら、もう元『雲』のことしか考えられない。時間も時間だし。

 

「勘付いてるとは思うが」

「『雲』のこと、だよね」

 

 無言で首を縦に振られる。おそらくもうそろそろ入渠が終わるんだと思う。入渠による治療がどのように進んでいるかはわからないが、何がどうあっても、起きた直後に私が側にいた方がいいことはわかっていること。

 昨日、萩風に言われた通り、お風呂の後に分霊による治療の話はしている。入渠が終わったらすぐに分霊による治療をすることは、昨日のうちから決まっていた。そこで呼ばれたのだから、もう私の出番が近い。

 

「身体はもう治る。入渠待ちがいる状況だし、すぐに出てもらう必要があるからね。分霊はドックの外でやってもらうことになるがいいかい」

「その方が都合がいいよね。出来ることなら医務室がいい。あとは、ある程度人はいると思う」

「その辺りは大丈夫だ。諜報部隊が3人ともいるし、何より今回は呉内も参加だ。念のため男手があるのは頼れるだろう。それに、長門もまた手伝ってくれる」

 

 ここでも長門さんが率先して手伝ってくれるとのこと。沖波の時と同じように、境遇が近しいからどうしても気になるらしい。

『雲』は長門さんの人生を壊した張本人でもあるのだが、その辺りは割り切っているとのこと。『雲』に対しては恨みもあっただろうが、今は『雲』ではないのだと本人が言っていたそうだ。

 

「あとは検査のために速吸だね。予定ではこれで終わりだが……」

「私も、参加させてください」

 

 萩風が前に出てくる。私達の話を聞いている間に、いろいろと考えつつも決心したようである。

 萩風にとっても『雲』は因縁の相手。その行く末を、自分の目に焼き付けたいと。長門さんと同じように『雲』と同一視はしないように心がけているとも話してくれた。自分もそうなのだから、あちらもそう見ないと失礼とも。

 

「わかった。萩風は自分から来るんじゃないかと思っていたよ。じゃあ陽炎、早速頼めるかい」

「了解。これは私にしか出来ないことだからね」

 

 事態を進展させるためにも、これは必要な仕事だ。元『雲』をちゃんと人間へと戻すために、私は出来る限りのことをする。それが私、太陽の姫の対となる者の使命だと思うから。

 

「そうだ、やっぱりだけど、『雲』は名前が無いんだよね」

「ああ。今までの連中と同じように、戸籍すら無い()()()()()()だ。だから、運ばれてきた艤装のタイプから、仮の名前を持ってもらう」

 

 萩風や長門さんのように、これから進み出すための新たな名前を付けてもらう。今までの通例通り、艤装からそれを拝借することに。

 

「なんて呼べばいいのかな」

「あの子は今後、村雨と名乗ってもらう。艤装としては、夕立や五月雨の姉ってことになる」

 

 元『雲』、改めて、村雨。名前も得たことで、新しい人生を受け入れてくれればいいのだが。

 

 

 

 工廠。未だにフル稼働中のドックの内の1つの前には、村雨の治療のために人が集まっていた。入渠後はどうしても全裸になってしまうため、唯一の男性である呉内司令は少し離れたところで待機中。空城司令が気にするなとは言うものの、むしろこういう場だからこそ気にすると離れた。紳士的な態度である。

 結果、ここで突然暴れるようなことがあったらまず長門さんが止める。それでも難しいなら、相手がどうであれ呉内司令が動いてくれるとのこと。

 

「入渠完了。ドックを開ける」

 

 緊張感が溢れる中、村雨が入っている入渠ドックが開かれた。閉じている間は常に眠っている状態なのだが、開くことで目を覚ます段階に入る。身体自体は傷一つなく、本来なら体力も回復しているため、動こうと思えばすぐに動くことが出来る。

 

 ドックが開いたことで村雨は目覚めた。薄く目を開き、こちらに視線を向けた。

 やはり『雲』の面影を色濃く残している村雨。体型は違うものの、同じ格好は簡単に出来そうなくらいである。萩風も長門さんもそうだった。もしかしたら、深海棲艦でいた期間が長ければ長いほど肉体にもいろいろ影響が出てくるのかもしれない。

 

「気分はどうだい」

 

 最初に声をかけたのは空城司令。同時にしーちゃんが検査着を渡す。服を渡されたことで初めて自分が全裸であることに気付いたようだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。村雨はまだ一言も発していないが、()()()()()()を持っていることがありありと感じ取れた。いつもなら錯乱とか、酷く落ち込んだりとか、人間なのに悪虐非道の限りを尽くしたことについて後悔する表情を見せるが、村雨にはそれが無い。

 

「……最悪」

 

 後遺症と考えてもいいだろう。長年の深海棲艦としての生活もあるが、太陽の姫から直々に分霊を受けた巫女なのだから、後遺症も計り知れない。

 あの目、私達を睨みつけるような目は、本当に短時間だったのに私に対しての嫌悪感が残ってしまった沖波の目と同じだった。10年間の蓄積により、人間に戻れたとしても思考回路は殆ど深海棲艦と同じものに変質してしまっているとしか思えなかった。

 

「今は着替えて外に出てくれるかい。入渠待ちがまだいるんでね」

「……」

 

 周囲に敵意を振りまきながらも、全裸は流石にと思ったか、そこは言うことを聞いて検査着に腕を通す。そういうところは人間としての感性が戻ってきているのか。もしくは深海棲艦の時からそういうことは気にするタイプなのか。

 本人にとっては、ここにいるのは捕虜にされているという感覚なのかもしれない。私達に敗北し鎮守府に連れてこられているというような。そうだとしたら、周りに嫌悪感を振り撒くのも無理はない。

 

「いろいろと検査をしたいが、構わないね?」

「断ると言っても、無理矢理するんでしょう。私に拒否権は無いのよね」

 

 もう敵意を隠してすらいなかった。寝起きでうまく頭が働かない状態でもこちらを睨みつけるくらいしてくるというのに、ハッキリしたらコレである。

 口調も刺々しく、こちらを突き放そうとするような態度。嫌味すら出てきているのだから、空気からして私はお前達が嫌いだと言っているようなもの。

 

「ああ、拒否されても困るね。ここから移動する。ついてきな」

「……」

「医務室に移動するよ。呉内、アンタも来てくれ」

「ああ」

 

 舌打ちこそしなかったが、明らかに嫌々ついていく。手はかからなかったが、この態度の者相手に分霊をしなくてはいけないのかと思うと、少しだけ気が滅入った。

 だが、もしかしたら分霊することでこの悪態も治るかもしれない。蓄積された魂の穢れが思考回路に影響を与えている可能性もあるのだし。

 沖波は分霊による治療もあって、今や私への嫌悪感は克服している。黒ずんだ魂を少し削り取るようなこともしているものの、巫女の穢れは明らかに質が違うものであることは、触れているからこそ理解している。

 

 だが、工廠から医務室に続く廊下に差し掛かったところで事件は起きる。

 

 工廠にいるときよりは狭い通路に入るため、医務室に向かう行列が詰まったところで、村雨が最も手近にいたしーちゃんをチラリと見た瞬間、その腕を掴んだかと思ったらそのまま引き寄せ首に腕を回した。

 

「ちょっ!?」

「動かないで。この子の首をへし折るわよ」

 

 艤装を装備しているわけではないので、一瞬で骨を折るようなことは無いが、完全に首が絞まっているため、そのままにしていてもしーちゃんが危険であることは間違いない。

 そもそもしーちゃんはこの中でも唯一のただの人間だ。日常の中で鍛えているわけでもない。事務職の人間に、人間に戻ったものの少し前まで深海棲艦として戦っていた者の拘束を抜ける術は無かった。

 

「……何のつもりだい」

「わかってるでしょ。私の身体は確かに人間に戻ったけど、()()()()()()()()()()()()。貴女達は私の敵だし、私には主様しかいないのよ。なら、あの場所に帰らなくちゃいけない」

 

 だから、しーちゃんを人質にして、自分をあの海域まで帰せと言うのか。やってることが強盗か何かと同じじゃないか。そういうのに限って、事が済んだら人質は殺すタイプ。命を天秤にかけさせた結果、自分にとっての利益を最大限に取るタイプの卑劣な手段。

 長年深海棲艦をやらされていたことで、倫理観も崩壊してしまっている。これではもう村雨自身が言う通り、()()()()()()()()()()()()とすら思えてしまうくらいだ。

 

「主様のお役に立たなくちゃいけないの。だから、最低限のことはやらせてもらう。せっかく鎮守府に拉致されたんだし、ここを滅茶苦茶に出来れば、主様はきっと喜ぶわ。『陽炎』が死んでくれれば尚いいわね」

 

 この期に及んでまだ私の命を狙うというのか。太陽の姫の天敵と言える私の存在を消すことが最優先事項であることはわかるが、こうまでしてまで任務を全うしようとするなんて。

 だが、ここでしーちゃんが死のうものなら、まず確実に村雨もやられるだろう。因果応報、命を奪えば命が奪われる。こうなってしまったら、自分の命も省みていない。一度死んだのだから、その辺りの考え方も狂ってしまっているのかもしれない。

 

「この子の命が惜しければ、私の艤装を持ってきなさい」

「持ってきたところでどうするんだい。まさか、海に戻ろうと言うのかい?」

「戻るけど、その前に『陽炎』を殺すわ」

 

 つまり、しーちゃんか私のどちらかを選べということだ。どちらを選んだところで、片方は死ぬ。そして、片方が死んだ瞬間、村雨もおそらく殺される。

 

「アタシらがしーを切る可能性は考えないのかい。しーを殺したら真っ先にアンタを殺すよ」

「出来ないでしょう? 貴女達は私のような巫女ですら救おうとしているんだもの。全ての命を救おうと考えてるはず。どちらを切っても後悔するじゃない。それに、この子を殺しても貴女達は私を殺すことはしないわね。お優しいもの。だから、私は貴女達の心にダメージを与える」

 

 よくもまぁここまで啖呵が切れるものである。だが、村雨の言っていることは嫌だが納得させられた。全員救うために頑張ってきたのに、私達自身に犠牲者を選択させるという行為自体が、心を折ることに充分だった。

 そうなってしまえば、もうガタガタだと思う。太陽の姫に勝つための力と情報を手に入れたとしても、心がそこに伴わない。十全の力を発揮することなんてまず出来なくなるだろう。村雨はそこを狙って決死の策に出てきた。

 

「そこの陸の人は一歩も動かないでもらえるかしら。そういう素振りを見せた時点で、この子の首を折る。陸上では勝てないんだものね」

 

 先んじて神州丸さんを封じてきた。一度やられた経験もしっかり覚えている。歯痒そうに拳を握りしめて、事の顛末を見せつけられる立場に置かれる羽目に。

 

「まったく……太陽の姫ってのは、余程精神が歪んじまってるらしい。それとも、アンタだけが最初から歪んでるのかどっちなんだい」

「主様は()()()()()()()()()()()()なんだもの。私からしてみれば、そちらの方が余程歪んでるわ。マッチポンプって言うんだっけ? 自分で作った敵を自分達で討伐だなんて、馬鹿馬鹿しいと思わないかしら」

 

 どういう意味でそう話しているかはまだわからないが、やはり何処かの誰かのせいで太陽の姫は生まれることになったようだ。そこにあの沈没船。何者かの怨念の塊とでも考えるのが妥当か。

 

「ほら、早く艤装を持ってきて。それとも、この子を切り捨てると決めたのかしら」

「アンタにくれてやる艤装は無いね」

「じゃあ貴女達はこの子を見殺しにすることを選択したのね。じゃあお望み通り」

 

 本当にしーちゃんを殺そうと、村雨が首を絞める腕に力を込めようとしたその時、

 

「それは良くないなお嬢さん」

 

 呉内司令が真っ直ぐ村雨に向かう。まるでしーちゃんのことなど考えないような振る舞いに、逆に村雨が目を見開いて驚いた。

 

「ちょ、貴方、私が今からやろうとしていることがわからないの!?」

「わかっているさ。だがな、人間の首をへし折るなんて一瞬では出来ん。特にお前さんは深海棲艦のままならともかく、華奢なガキだ」

 

 当然だがしーちゃんだって抵抗している。お互いの力が拮抗しているかどうかはさておき、窒息までにだって時間はかかるし、不意打ちでもないなら首を折るのも簡単にはいかない。

 

「そんなガキのワガママに付き合っていられるほど、俺達は暇じゃないんだ。さっさと放せ」

 

 村雨の腕を掴んだと思いきや、まるでプレゼントのリボンを解くかのように軽々と腕を引き剥がした。村雨だって全力でしーちゃんの首を折りに行こうとしていたはずだ。なのに、それ以上の力を簡単に発揮してその拘束を解いてしまった。

 これは男手とかそういう話ではない。呉内司令の膂力が凄まじいとしか思えない。

 

「っいっ!?」

「別にこのままお前さんの腕をへし折ってやっても構わないんだが、ようやっと人間に戻れたのにそれは酷ってもんだろう。ちょいと眠っててもらうぜ」

 

 しーちゃんがそこから離れてすぐに引き寄せたかと思うと、首筋を叩いてそのまま気絶させた。一瞬で意識を刈り取る手腕まで持ち合わせている。

 

「悪いね呉内。こういう事態はある程度想定していたが」

「構わねぇよ。これでアンタに貸しが作れたのは俺としちゃ万々歳だ」

「高くついちまったねぇ」

 

 呆気にとられてしまった。展開が早すぎる。

 

 

 

 とにかく、元『雲』である村雨は目を覚ましたものの、頭の中は深海棲艦のままであることは判明した。まだ私達に危害を加えようという気持ちも持ち合わせているところまで。

 これを治療するのは至難の技かもしれないが、やれることはやっていかなくてはいけない。

 




人間の皮を被った深海棲艦、村雨。後遺症はあまりにも酷く、本当に治療出来るのかも不明。


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魂の本質

 目覚めた元『雲』改め村雨だったが、10年間という長い年月を太陽の姫の巫女として過ごしてきた後遺症として、身体は人間に戻っているのに考え方は『雲』のままとなっていた。そのため、目が覚めた後でも鎮守府の仲間達を全員敵と見做しており、最終的にはしーちゃんを人質にして艤装を得ようとまでしてしまった。

 今は呉内司令の手により気絶させられた後、担ぎ上げられて医務室に運ばれている。分霊による治療もしやすくなったし、周囲に危険が及ぶことも無くなったわけだが、正直気の毒にも思えてしまう。

 

「しー、大丈夫だったかい」

「けほっ、はい、何事もなく。かなり力を入れられましたが、すぐに終わりましたので」

 

 息が詰まったので少し咳き込むものの、何事もなく無傷。少し撫でていたものの、首にもダメージは無かったようだ。

 

「……酷い後遺症だ。私のものよりも数倍は酷い」

 

 長門さんが呟く。未だに太陽の姫への忠誠心は残ったままだが、私達の仲間である自覚はちゃんと持っているし、奴への敵対心も芽生えているのだから、まだマシ。私達を攻撃しようとも考えたことは無かった。

 しかし、村雨は隠しもしない敵対心と嫌悪感と共に、真っ先に一番戦力として考えられないところを狙ってきている。残っているものが深すぎて、あの瞬間は、人間としての感情は殆ど消えてしまっているようにさえ思えた。

 

「姉さんの分霊である程度治るんでしょうか」

「……正直、わからない。沖波は大分緩和されたけど、あの子の場合は深海棲艦化してるのがかなり短い時間だったし……」

 

 ここまでのものだと、完治させることはまず出来ないと思う。ひとまずは魂を見てみなくては。

 

 

 

 医務室に到着し、村雨がベッドに寝かされた。本当は拘束したいくらいなのだが、ここには何人も用意されている状態。治療中に暴れ出すようだったら、無理矢理にでも取り押さえてもらう。というか、最初から押さえてもらった方がいいだろう。

 速吸さんが手早く機材を接続して、同期値を計測。考えるまでもなく、D型同期値の値が測定不可能になっていた。M型同期値も勿論0である。今まで救出した者達と、値は全く同じ。

 

「じゃあ、まずは魂を見てみる」

 

 ここからは私、陽炎の仕事だ。この中で私にしか出来ない、敵と同じ力である分霊。その前に、この指先で村雨の魂がどうなっているのかを確認する必要がある。

 呉内司令はこの治療を見るのは当然初めて。他のみんなは何度か見たことがあるものの、何度見ても意味がわからないと首を傾げる。

 

 眠っている村雨の胸元に指を突き入れ、ゆっくりと進めていく。すぐに私の指先は魂に触れたのだが、その酷さに思わず顔を顰めてしまった。

 

「何……これ……」

 

 正直、そうとしか言えなかった。村雨の魂が、とんでもなく()()()()()()()()からだ。

 

 魂の周囲に穢れがへばりついているようなのが今までのものだった。まるでドブに落ちたことでヘドロで汚れたボールのようなもの。穢れを私の分霊で中和していけば、元々の綺麗な魂が表に出てくる。これで治療はおしまい。

 太陽の姫から直に分霊を受けた沖波の魂は、それとはまた違った酷さはあった。魂そのものを昏く染めてしまい、澱み方が尋常では無かった。結果的に魂に染み付いてしまった穢れを小さく削るようにして分霊を埋めるくらいまでしている。

 

 しかし、村雨の魂はその沖波の時のものを数倍にも濃くしたもの。そもそも中和出来るであろう穢れが魂を包み込んでしまっているため、これを取り除くところから始めなければならない。

 当然それだけでも村雨には負荷がかかる。眠っているにしても、酷いことになるのは目に見えていた。

 

「まずは穢れを中和するところから始めるよ。誰か身体を押さえておいてもらっていいかな」

「ならば、腕は私が押さえよう」

「ならアタシが脚を押さえておく。一思いにやっちまってくれ」

 

 上半身は長門さん、下半身は空城司令が押さえつけた状態で、ついに分霊を開始。ここまで澱んでいるのなら、最初はある程度雑にやってもいいくらいだろう。大きく無くしてから、その後細かく調整していく方が良さそうだ。

 

「ぅ……っ」

 

 眠っていても村雨は反応してしまっていた。とはいえ、他のみんなよりはやはり反応は薄い。眠っている間にやってやれば、こうまで捗るか。ビクンと震えても、2人がかりで押さえつけられていれば、そこまで酷いことにはならない。

 一番酷いのは、治療中に目を覚ますこと。今のところその前兆も無いようなので、少し安心しつつもなるべく早く終わらせる方向でやっていく。だからといって最初以外は雑にしてはいけない。

 

「これ、穢れが強すぎ……!」

「そんなに酷いのかい」

「酷いなんてものじゃないよ。穢れに()が出来ちゃってる。長門さんの時とは雲泥の差」

 

 長年の蓄積のせいで、中和自体にも時間がかかる。使い込んだ換気扇の洗浄をしているような、頑固な汚れを剥がしている感覚。一度にガリガリ剥がれてくれればいいのだが、年輪のように刻まれているため、蓄積分を丁寧に中和していく。

 これだけでも今まで以上の時間がかかりそうだった。まだまだD型同期値は計測不能のままだし、そもそも魂の詳細すら私には見えていない。穢れの奥の魂が、未だに判断出来ない。どれだけ酷いことになっているのだ。

 

 これを丁寧に丁寧に繰り返すしていくうちに、ようやく魂が見え始めた。村雨もこの頃には汗をかく程に反応していたが、まだ目を覚まさないのはありがたかった。

 しかし、その魂を見てまた私は驚くことになる。

 

「うそ……何これ。()()()……」

 

 魂に白さがまるで無かった。上から下まで全てが黒に染まった、取り返しのつかないものになっていた。

 

 太陽の姫の言い分からして、村雨も元はM型異端児のはずだ。その同期値がどれほどのものかはわからないが最初に選ばれたくらいだし、私のような対となる者ではないにしろ相応な値を持っていたのだと思う。それこそ沖波の値2000以上の同期値が。

 そうだとしたら、今の沖波のような真っ白な綺麗な魂が、元の村雨の魂のはずだ。なのに、その面影すらどこにも見当たらない黒さである。削って分霊で埋めるとか不可能。

 

「ひ、ひとまず穢れだけは取り払う」

 

 魂にへばりついた穢れを綺麗に剥がし取り、一片残らず中和した。本来ならこれで綺麗な魂が現れて一安心しておしまいとなるはずなのだが、こんな状態ではおしまいとは言えない。

 

「速吸さん、同期値は?」

「M型同期値は依然0のままです。D型同期値は5000くらいですね。夕立ちゃんより小さいけどD型異端児のままという感じです」

 

 なら、この魂の黒ずみが同期値に影響を与えてしまっているわけだ。真っ白を真っ黒に変えてしまう程の侵食のせいで、本来の村雨の性質は全く戻ってきていない。

 流石に魂が真っ白になるほど分霊するのは躊躇われる。削って埋めることが出来るのならまだ可能性があるが、削ることが出来る部分自体が1つも無いのだ。本当に隙間なく黒。

 

 そうなると、これを治療出来る可能性があるのは、()()()()()()()になるだろう。そして、そんなことをしてしまうと、太陽の姫の巫女から陽炎の巫女に転身することになりかねない。やってみなくてはわからないが、やった結果取り返しのつかないことになる可能性が高いのなら試せない。

 

「一度ここで終わらせる。もう後は魂しかない。ここに注いだら、村雨が別方面で壊れちゃうと思う」

 

 指を引き抜く。眠ったままとはいえ、村雨の息は荒い。反応も言葉に言い表せないようなものだった。

 この状況を記録している諜報部隊は顔を赤らめており、唯一の男性である呉内司令は顔を背けて耳を塞いでいてくれている。

 

「これはネタに出来ないや。生々しすぎて」

「秋雲、やったら引っ叩くよ」

「この秋雲さんでも自重しますとも。これは流石にダメ」

 

 何でも漫画のネタにしたがる秋雲すらもドン引き。ネタにも出来ない大惨事である。不謹慎とかそういうことではなく、あまりにも生々しすぎて描くことが躊躇われるとのこと。

 しかしながら、元深海棲艦の治療風景ということで諜報部隊の資料として映像は残されることになるだろう。それがどのように上に報告されるかはさておき、(つまび)らかにしなくてはいけないという軍規があるのなら、ある程度は伝えられてしまうことになる。私達の深海棲艦化の痴態以上のモノになりそうなので不安しかない。

 

「いつ見ても酷いもんだ」

「私もそう思う」

 

 処置している私がそう思うのだから間違いない。もう少し見た目にも優しいものになってもらいたいものである。

 だが、一番敏感であろう魂そのものに触れているのだから、こうなっても仕方ないのかもしれない。痛みじゃないだけマシであると考えざるを得ない。

 

「穢れだけは取り除いたから、少しは緩和されていてくれると嬉しいんだけど」

 

 空城司令と長門さんも村雨の身体から離れる。次第に村雨の息は安定していき、ただ眠るだけの状態になった。これだけのことをしたので、着衣の乱れやらが酷いため、機材を外しながら新しい検査着に着替えさせていった。その時は流石に呉内司令には退場してもらっている。

 見た目だけは治療後で安定した姿なのだが、目を覚まさなければ()()がどうなっているかわからない。これだけやっても魂が真っ黒のままなのだから、心への影響がそのままの可能性だってある。

 

「魂は黒ずんだままと言っていたね」

「うん、他の魂も見せてもらったから断言出来る。あの黒さは普通じゃなかった。萩風や長門さんも分霊の影響で黒ずんじゃってたけど、これはそもそもの質が違う。沖波の魂で見た黒ずみ方だね……」

 

 村雨の魂と比べてしまうと、2人の黒ずみ方は黒というより灰に見えるくらいだ。それだけ村雨の魂は重症である。

 心を歪めるだけでは飽き足らず、()()()()自体を黒く暗く昏く染め抜いてしまっている。在り方そのものを歪めてしまっているようなものだ。だから人間に戻れたとしても私達への敵対心は消えない。

 

「少し考えなくちゃいけないね。まずは村雨が目を覚ますのを待つしか無い。それでもあの態度が変わっていないのなら……処分を下さなくちゃいけなくなる」

 

 村雨はしーちゃんを人質に取り鎮守府を破壊しようとする凶行に及んでいる。それだけでも罪を問われて然るべき。それが敵に植え付けられた思考回路による犯行だとしても、実際にやったという事実が残ってしまっている。これまでに何度かあったただの喧嘩とは違う。

 

「アタシとしては、この子だって救ってやりたいさ。今の治療で心まで治療されていて、さっきの行動を後悔するくらいになっているのなら、アタシらはいくらでも力になる。だがね、目を覚ましてまたあんなことをされたら堪ったもんじゃない」

 

 明確な殺意でこちらに害を成そうとしてきたのは、言い逃れのできない事実だ。普通ならそれだけでも捕まるような行為。幸い全員無傷だったとはいえ、村雨がやったのは殺人未遂のようなもの。

 最初の犯行は空城司令が無理にでも無かったことにするが、同じことをもう一度やるようなら罰を与えなくてはいけない。それこそ警察沙汰。鎮守府で起きたことなのだから、軍規に則って処分することになる。

 

「せっかく人間に戻れたのに……そんなの酷すぎるよ」

「救われない時の最後の手段だ。だがね陽炎、野放しにして鎮守府の誰かが害を被ったら、それこそ責任が取れない。艤装を装備していなきゃ、艦娘だって殆どただの人間だ。不意打ちでナイフで刺されるなんてことがあったら、簡単に死んじまう。それくらいわかるだろう」

 

 勿論理解している。選ばれし者として力を得た私だって、例えば突然村雨が起き上がって、その辺のもので殴られたら怪我をする。死ぬ可能性だってある。そして今の村雨は、それをやりかねない存在なのだ。鎮守府が爆弾を抱えているようなもの。太陽の姫のためなら、犯罪だろうが何だろうが一切厭わない。

 今の治療により、そこに抵抗が生まれてくれているのならまだマシ。しかし、そこが全く治っていないというのならもうダメだ。

 

「経過観察はする。その後に、処遇を決める。すまないが、陽炎には酷なことを言うかもしれない」

「私に?」

「ああ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、空城司令が私を見据えた。

 

「今の大本営はあまり信用出来ない。村雨を渡すのはまずい気がする。だが、このままいるのも良くない。それなら、()()()()()()()()()()()、幸せに生きることが出来るかもしれない」

「……分霊しろってこと?」

「可能性もあるってことだ。アタシは絶対にやれとは言わない」

 

 ただし、その覚悟だけはしておいてほしいと念を押された。私としては、絶対にやりたくないことだ。

 

 

 

 まずは目を覚ましてもらわなくてはいけない。これで治療されていることを祈るしかない。

 




呉内司令居心地悪そう。


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確執

 村雨の治療を進めた私、陽炎だったが、穢れを中和しきっても魂が真っ黒に染められてしまっていることに気付き、一時中断することにした。

 これを元に戻そうとした場合、今まで以上に分霊を注がなくてはならなくなる。そうしたら、村雨の心は元に戻るどころか、さらにおかしな方向に行ってしまいかねない。そうならないかもしれないが、万が一のことを考えると試すことも出来ないでいた。

 

「村雨の部屋は用意してある。今はそこで眠っていてもらうしかないね。当然監視はつけるよ」

 

 目を覚ました直後に暴れ回ったら流石にまずい。それこそ、窓から外に飛び出すようなことだってあり得る。そうでなくても、何をするかわからない者を1人で放置はしていられない。

 いつ目を覚ますかはわからないため、今からの時間をずっと監視に割り振る必要がある。幸い、現状は鎮守府そのものが休息状態。全員がフリーといえばフリーなので、誰がそこを担当しても問題ない、

 しかしながら、突然暴れ出した時に制圧出来る人の方がいいだろう。そういう意味では、実際に暴れた沖波を押さえ込んだ夕立などが適任か。あとは話しやすい相手とか。そういう意味でも、同じ駆逐艦が側にいた方がいいだろう。

 

「陽炎、アンタがやるかい」

「いいよ。同じ境遇だし、治療の結果は先に知っておきたいし。あとは押さえ付けられる子を一緒に置いてくれれば嬉しい」

「夕立をつける。というか、異端児駆逐艦で面倒を見てもらえるかい。精神的な部分を刺激しちまうかもしれないが、気持ちがわかるのもアンタ達だ」

 

 村雨と比べてしまうととても小さなものではあるが、私達も同じように深海棲艦にされ、人類の敵としての自分を持ってしまっている。特に私と沖波は、村雨と同じ太陽の姫の巫女。よりわかってあげられると思う。

 とはいえ長年の蓄積がどれほどのものかは私達にもわからない。この年月で一体どれだけの悪行をやらされてきたのか。少なくとも萩風と長門さんの街を滅ぼしたのは紛れもなく『雲』だ。私達と大きく違うのは、()()()()()()()()()()()()ということ。

 

「治療はしてるけど、私が一番心を揺さぶるかもしれないけど」

「状況判断を頼む。適している者の選定をしてほしい」

「了解。私で大丈夫そうなら、そのまま面倒見てみる」

 

 村雨も異端児駆逐艦。ならば、私達が気にかけるのも問題無いだろう。6人目の異端児駆逐艦として、私達の仲間に加わってもらえるかどうかは、私達で判断する。

 

 

 

 午前中は全て村雨に使うことになった。どうせ今は訓練も哨戒も出来ない状態なので、時間は有り余っているようなもの。強いて言うなら、艤装を使わずにやれることくらい。海防艦の子供達が相変わらず遊び回っているのと、身体が鈍らないようにと陸奥さん達戦艦組が筋トレをしているくらい。あとは各々好きに休暇を楽しんでいる。

 私達は村雨の部屋に(たむろ)することになった。今はまだベッドに寝かされている村雨だが、いつ目を覚ますかはわからないため人数を用意して見守っている。

 

「村雨、だっけ。夕立のお姉ちゃんになるっぽい?」

「艤装的にはそうなるらしいよ」

「ふぅん、でもお姉ちゃんって感じじゃないっぽいね。あ、でも実際は夕立よりも年上だから、そういうことになるのかも」

 

 萩風と同じ理論で言えば、村雨は深海棲艦でいた間は成長が止まっていたわけで、見た目よりも年齢は行っている計算になる。見た目は私達と同じくらいだし、おそらく15歳前後。なら、実年齢で言えば確実にお姉さんである。

 とはいえ、萩風もそうだが年齢的なものは深海棲艦化する前で統一する。戸籍もそのように辻褄を合わせるとのこと。

 

 村雨の眠るベッドの横には、私と夕立が陣取った。もし何かがあったときに一番動ける人材ということで選出されている。残った3人はサポートということで、いろいろと雑務をしてくれている。

 そもそも部屋に入れる人数がギリギリであるため、1人2人は部屋の外で別事をこなすという感じに。基本的には私と夕立がどうにかするイメージ。今は萩風が部屋の中である。

 

「……萩風、やっぱり村雨に思うところある?」

「無いと言えば嘘になりますが……でも、村雨さんも被害者ですから。姉さんと一部始終見ていましたが、怒りや憎しみよりも、()()()という気持ちの方が大きいので」

 

 村雨を見る目にどうしても複雑な感情が乗ってしまうのが萩風である。割り切ることは出来ないのは仕方ない。せめて反省してくれれば、多少は報われると思う。

 さっきまでの村雨は頭の中が『雲』のままであり、おそらく街を滅ぼしたことに対しても何の感情も無かっただろう。むしろ、太陽の姫に貢献する働きなのだから、滅んで当然くらいに思っているかもしれない。

 穢れを取る治療により、その辺りの感情が変わっていてくれれば。だがそうすると、罪悪感に押し潰されてしまう可能性も。

 

「……私の復讐は、『雲』を倒した時点で終わっています。村雨さんは『雲』じゃありません」

「すごいね萩風。ちゃんと割り切ろうとしてる」

「全然割り切れていないですよ。でも、割り切らないと私がここにいていい理由も自分で否定してしまうようなものですから。だから、割り切るんです。辛いですけど」

 

 萩風と駆逐水鬼は別物と切り離しているのが私達の考えだ。だから、萩風も同じように村雨と『雲』を分けて考えている。人生の全てを破壊した相手に対して、そうやって考えなくてはいないのは、きっと苦痛が伴うだろう。それなら、私が慰めてあげた方がいいか。

 

「ん……」

 

 そうこうしている内に、村雨が目を覚ます前兆。少しだけ身悶えてから、小さく息を漏らした。思ったよりは早かったか。

 

「ちょっと緊張してきた。あの時のままの可能性があるし」

「何かあったら夕立がゲロ様守るっぽい」

 

 心強いものである。夕立なら力尽くで取り押さえてくれることだろう。

 

「んん……ここは……」

 

 薄らと目を開いた村雨が周囲を見回すように首を振る。呉内司令に眠らされた場所とまるで違う場所であり、寝起きであることも相まって、記憶が混乱しているようにも見えた。

 穢れが取り除かれたことで、明確な殺意は薄れていると思われる。だが、根本的な原因が取り払えたわけではない。あの時の記憶だって残っているだろうし、感情も全てが消えたわけではないだろう。

 

「……『陽炎』……っ」

 

 私と目が合った瞬間、顔を背けた。先程は即座に敵意を露わにして悪態までついたが、今回は違う。背ける直前に、明らかに表情が歪んだのが見えた。あらゆる負の感情が混ざり合ったような表情だった。

 治療は少しだけ成功と言えるか。見た感じ、心が完全に『雲』のままということは無さそうだ。もしそうだったとしたら、この態度ではない。それこそ入渠が終わった時の反応をここでも見せていただろう。嫌悪感や殺意以外の感情は顔に出さないはずだ。

 

「私を、助けたわけ……?」

「そりゃそうでしょ。人間に戻れたんだから。分霊で治療もしておいたよ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で俯く。

 

「まだ私達に敵対心とかある?」

「……あるわよ。『陽炎』は主様のために殺さなくちゃいけないんだもの」

 

 太陽の姫への忠誠心はしっかりと残ったまま。前と違うのは、目を合わせてその意思を伝えようとしないところか。それが間違った感情であると理解は出来ているのではないだろうか。

 一時期の沖波と同じ状況かもしれない。私を見ると嫌悪感が爆発してしまうが、それは間違っているとわかっているから、私が見えなくなると正気に戻って後悔するみたいな。

 村雨の場合は、ここにいるという状況そのものが嫌悪や敵意を沸き立たせている。だから、どんな状態でもあらゆる負の感情が付いて回ってくるわけだ。

 

「なんなのよコレ……。『陽炎』は殺さないとダメなの。でも、そんなことしちゃいけないって、誰かに言われてるみたいな感覚がする。頭が痛い……っ」

 

 次第に混乱し始め、頭を押さえて顔を伏せる。歯を食いしばり、どんどん息が荒くなってきた。痛みを堪えるように震え、ギリッと歯軋りまで聞こえてきた。

 矛盾する感情が頭の中でせめぎ合って、ついには物理的な痛みへと発展してしまっていた。人間としての村雨と、『雲』としての村雨が、頭の中でぶつかり合っていた。

 

 治療した結果がこれを引き起こしてしまったというのなら、治療してはいけなかったのだろうか。

 いや、それは無い。少なくともあのままにしていたら、誰も救われない。苦痛を味わわせるために治療したわけじゃない。村雨を正しく人間に戻ってもらうために治療したのだ。なのに、こんな事態になってしまうなんて。

 

「ちょっと、大丈夫?」

「大丈夫じゃないわよ!」

 

 落ち着かせられるかはわからないが、私が少しだけ近付こうとしたところを、先んじて手を振るって動きを止められた。その時、明らかに私を睨み付けていた。

 今の苦しみを生み出しているのはお前だと突き付けられるかのようだった。お前さえいなければこんなことにはならなかったと、目で訴えられるようだった。

 

「っ……うぅ……痛い、痛い……頭がおかしくなる……っ」

 

 全て、あの真っ黒に染められた魂のせいなのだろう。深海棲艦に染まってしまった魂と、治療により少しだけ戻ってきた人間としての心が、思考をグチャグチャにしてしまっているのだ。

 

「なんで、なんでよ、なんで私がこんなに苦しまなくちゃいけないわけ!? 貴女の、『陽炎』のせいなんでしょ! 私は『雲』のまま死んでれば良かったのに、私をこんな形に戻すから!」

 

 正直、何も言い返せなかった。治療と称して穢れを中和した結果がこれなら、今村雨が受けている苦痛の原因は私にあるのかもしれない。

 少なくとも治療する前にはこんなことはなっていない。人の皮を被った深海棲艦だったのだから、あらゆる悪意を持っていたところで平然と出来ていた。しかし、今は違う。人の心を思い出してしまったことにより、苦痛を感じている。

 

「なんで治療なんてしたわけ? 私が人間だからあるべきものに戻そうってこと? 余計なお世話よ! 誰がそんなこと頼んだ!? そのせいで私はこんなに苦しんでるのに、貴女何様なの!?」

「っ……」

「後悔なんてしたくないのに、貴女のせいでこんな気持ち持たされて、いい迷惑なの! なんで殺さないのよ! 死んだらそれで終わりにしなさいよ! こんなに苦しいなら死んだ方がマシよ!」

 

 今の発言はダメだった。だが、先に動いたのは私ではなかった。

 

「ふざけないで!」

 

 私の前に立ち塞がり、村雨の胸倉を掴んだのは萩風だった。涙目で村雨を睨みつけた後、全力で引っ叩いた。

 

「っ……貴女は……」

「せっかく人間に戻ることが出来たのに、死んだ方がマシ? ふざけたこと言わないで!」

 

 もう1発。今度は胸倉から手が放れたせいで、ベッドに叩き付けられるように倒れた。

 

「私や長門さんだって、貴女に分霊されたせいで人生が滅茶苦茶にされてるのに、みんなのおかげでここまで立ち直れた! 新しい人生を歩いていく自信も出てきた! でも、それを引き起こした張本人が苦しいから死にたい!? 私はそんなこと絶対に許さない!」

「萩風やめな!」

 

 ベッドに乗り掛かり、馬乗りになろうとしたのを私が羽交い締めにして離れさせる。そのままにしていたら、村雨をボコボコにするまで止まらないだろう。萩風のそんなところ、私が見たくなかった。

 本来考えていたことと逆になってしまった。村雨が暴れるかもしれないから夕立に待機してもらっていたのに、萩風が暴れ出して私が取り押さえる羽目に。夕立はこの修羅場を前に動けずにいたくらいである。

 

「私が許そうとしてるのに、貴女だって被害者なんだって割り切ろうとしているのに、貴女がそんなんじゃ、みんなが……兄さんが浮かばれない! 反省もせずに、苦しいからただ死にたいとか、みんなが許しても私が絶対に許さないから!」

 

 さっき萩風自身が割り切れていないと話していたが、今の村雨の言動でそこが爆発してしまっていた。人生を壊した本人が、巻き込まれたもののことを考えずに死にたいだなんて言い出したら、さすがにキレて然るべきかもしれない。

 私ももしかしたらそうかもしれない。太陽の姫が私の前で死にたいとか言い出したらどういう感情を持つだろうか。同じようにブチギレる可能性を否定できない。

 

「萩風、一度部屋を出よう。夕立、お願いできる?」

「ぽい。何かしそうになったらぶん殴ってでも止める」

「そうして。ほら、萩風行くよ」

 

 これだけしても、萩風は村雨のことをずっと睨みつけていた。村雨は目も合わせず、引っ叩かれた頬を撫でているのみ。

 

 

 

 萩風の割り切ろうとする努力は簡単に打ち砕かれ、最悪な確執からスタートすることになってしまった。これで村雨が変われるかどうかはまだわからず。

 ずっと苦しみから逃れるために死を望むというのなら、本格的に何か考えなくてはいけない。

 




深海思考が少し薄れたせいで、余計に苦しむことになった村雨。それを見て感情を逆撫された萩風。この2人が仲良くなれる日が来るのだろうか。


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対の力

 分霊による治療の結果、人間の思考と深海棲艦の思考の板挟みになってしまい、余計苦しむことになった村雨。死んだ方がマシとまで言う程にまで精神状態が悪化してしまい、さらにはその言葉を聞いて怒り狂ってしまった萩風と大きな確執を持つことになってしまった。

 そのままだと萩風が無抵抗な村雨をさらに痛めつけてしまいかねなかったため、私、陽炎が無理矢理部屋の外へと引きずり出す。村雨には夕立が付いていてくれるので安心しているが、萩風には誰かがついていてあげなくてはいけない。

 

 村雨の部屋から少し離れて、私の部屋に連れ込んだ。ここでならある程度声を上げても村雨に聞こえることはないだろうし、私と2人でいれば多少落ち着けるだろう。頭に血が上っている状態ではまともに話なんて出来ない。

 

「萩風、落ち着いて」

 

 すぐに落ち着かせることが出来るのは何かと考えたところ、一番手っ取り早いのは抱きしめることと判断。今にも泣き出しそうな顔の萩風を抱きしめ、今はこれで我慢してもらう。萩風もD型異端児であるため、私に残ってしまった魂の匂いは感じ取れるのだから、これで落ち着いてくれれば御の字。

 一度大きく震えた後、少しずつ落ち着きを取り戻していった。鼻を啜るような音と、しゃくり上げて震える感覚。萩風自身も村雨にあんなことを言いたいわけでは無かったのだと思う。

 

「私は……私は間違ったことを言ったのでしょうか……。せっかく元に戻れたのに、助かったのに……死にたいとか……」

 

 これは本当に難しい問題なのだと思う。私には答えが出せない。

 

 萩風の言い分だってわかる。自分の家族を殺し、人生を壊した張本人に、反省の色が見えないと感じたのだろう。その罪から逃げるような発言がよりによって死にたいという自暴自棄のような言葉なら尚更である。

 しかし、街を滅ぼした根本的な原因は太陽の姫だ。『雲』はその命令に従ったに過ぎない。だからといって『雲』が悪くないとは言えないが、村雨は意思をねじ曲げられてやらされたという考えも出来る。

 

「ごめん萩風。私はアンタが正しいとか間違ってるとか言えない。多分、お互いに正しい部分もあるし正しくない部分もあるんだと思う。村雨の言い分も、間違ってないところはあるから」

 

 私が治療しなければ苦しまなくて済んだというのは間違っていないだろう。中途半端の治療になってしまったからこそ、異常なストレスが溜まって頭痛に悩まされる羽目になっているのだから。それこそ死にたくなるほどの苦痛になってしまっているかもしれない。

 しかし、治療せずにそのままにしていれば私達はまた害を被る可能性がある。あの時はしーちゃんが無事だったからまだ良かったものの、次はもっと悪どいことをしてくる可能性だってあった。村雨の苦痛と引き換えに、鎮守府が滅びる可能性すらあったのだ。

 

「私が村雨をちゃんと治療していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。あの真っ黒な魂に分霊していれば……」

「姉さんに罪はありません。絶対に。それだけは無いです」

 

 より強い分霊を施すということは、村雨を私の巫女に変えてしまうことに他ならない。いや、実際どうなるかはわからないのだが、どうにかなってしまった後では遅いのだ。だから私は躊躇した。

 だが、そのせいで村雨は慢性的な頭痛に悩まされてしまっているというのなら、覚悟を決めなくてはならない。当たり前だが、私は村雨を私のモノにしたいわけではない。純粋に救いたいだけだ。その力を私しか持っていないのだから、私が覚悟を決めてやるしかない。

 

「あのままだと村雨は物理的に苦しみ続ける。精神的なストレスだけならどうにか支えてあげられるけど、頭痛にまでなるとどうにも出来ないよ。薬で抑えられるものかもわからない。なら私が」

「でも、姉さんがそれをどうにか出来るかもわからないんですよね。リスクが高過ぎます。姉さんが村雨さんのことまで背負う必要は無いです」

 

 確執のせいか、萩風の口調は少し刺々しい。あの一件で、萩風の中では村雨は敵というほどでは無いにしろ、嫌いという位置付けになってしまっている気がする。

 仲良くしろとは口が裂けても言えない。ただ、村雨が何とかなったなら、その仲違いを少し抑えてもらいたい。せめて太陽の姫を倒すまではいざこざを起こさない方向で。

 

「……一度様子を見よう。司令にこのことは伝えないといけないし」

「わかりました……」

 

 今は誰も答えが出せない。何が正しいのかわからない。なので、やれることをやっておこうと思う。

 まずは最低限、村雨が目を覚ましたことを空城司令に伝えておかなくてはいけない。あとは席を外していた沖波と磯波に、私達の代わりに村雨の部屋に行ってほしいということも伝えておかなくては。

 

 

 

 空城司令は呉内司令と執務室にいた。今後の方針の打ち合わせ中だったようだが、私達が来たということでそれを中断して話を聞いてくれるとのこと。呉内司令も村雨の動向は知っておきたいらしい。

 

「今は夕立がついてくれてる。あと、ここに来る前に沖波と磯波にも声をかけておいた。3人いるから、いざという時は大丈夫だと思う」

「そうかい。それなら多少は長話が出来るわけだ」

 

 ということで、今起きたことをありのままに話す。浮かない表情の萩風からいろいろ察していたようだが、私が詳細を伝えたことで、より空気が重くなっていった。

 

「後遺症が酷くなってると考えればいいんだね」

「私としてはそう思う。治療する前は頭痛なんて言わなかったし」

 

 人間に戻れたのに頭の中が深海棲艦のままというのは最悪な後遺症だとは思うが、その時に物理的な痛みは伴っていない。それに、死にたいなんて言葉は以ての外だ。それが治療の成果だとしたら、悪化と考えてもいい。

 

「あんなに魂が真っ黒だから、今も太陽の姫への忠誠心が消えていないんだと思う。でも穢れを中和したことで、人間としての感情も少し戻ってきてて、そのせいで2つのストレスが溜まって頭痛になってるんじゃないかな」

「あり得るね。それだったとしたら、その頭痛は治らないだろう。村雨自身が開き直れるならまだしも、生きている限り一生付き纏うストレスだからね」

 

 記憶と感情、()()()()()を持っている限り、この苦痛は続くことになるだろう。罪悪感だけになればそちらのストレスだけになるので、忠誠心との板挟みなんてことにはならなくなる。そして頭痛は失われるはずだ。

 罪悪感を消すことはまず無理。私達異端児駆逐艦が今でも持っている感情なのだから、これこそ一生付き纏うもの。だが、忠誠心は消せるはずだ。長門さんだって、まだ全てを捨てることは出来ていないが、鎮守府の仲間として活動してくれているのだから。

 しかし、忠誠心が消えるまでの時間がかかりすぎる。その間はずっと頭痛を感じ続けるとなると、忠誠心が消える前に気が狂ってしまいそうだった。まず眠れるかもわからない。最悪、村雨のためにドックを使うなんてことすらあり得る。

 

「魂が浄化出来れば……村雨を元のM型異端児に戻すことが出来れば、忠誠心は薄れるはず。沖波がそうだったんだから」

 

 M型異端児とまでは言わない。あの黒ずみが無くなればいいのだ。忠誠心が薄れてさえくれれば、あの板挟み状態から少しは脱却出来る。

 魂の黒ずみを削って分霊で修復したことで、沖波に巣食っていた私への嫌悪感は薄まった。村雨にもそれは有効なはずだ。村雨の魂には削るところが無いというのが一番の問題なのだが。

 

「で、それをするためには追加の分霊ってことになるのかい」

「うん。魂に直接分霊して、中から浄化する。それで全部良くなるかはわからないけど、影響だけは与えられると思う」

 

 実際、分霊を追加でやるとしたら、村雨の魂に直接指を突き入れて、内側から一気に染め上げるなんてことをすることになる。黒が白に戻るかはわからないが、オセロのようにひっくり返すことが出来れば、村雨は確実に元に戻るだろう。

 罪悪感だけなら私達が慰められる。同じ苦痛を知る者同士、仲良くだって出来るはず。とにかく、無理矢理植え付けられた忠誠心さえ取り払えれば、村雨の体調は良くなるはずだ。

 

「それが簡単に出来りゃ苦労はしないね」

「うん……村雨を壊しかねないから、迂闊に動けない」

 

 ただ浄化するだけならそれこそ躊躇なくあの場でやっていた。だが、この力は太陽の姫と同じ相手を侵食する力であり、その理性を全て私のモノにしてしまいかねない諸刃の剣。

 

「俺にゃ何を躊躇うのかわからねぇ。村雨を救うためなら、躊躇なく分霊だろ」

 

 呉内司令がとんでもないことを言い出した。全部聞いているのなら、分霊がどれほど危険なものかわかっているはずだ。しかし、それだけ理解していて、呉内司令の見解は私とは真逆のものだった。

 

「深海日棲姫と対となるなら、お前さんの分霊ってのは縛り付ける力じゃなく()()()()()なんじゃないのか」

「……どういうこと?」

「俺の勝手な解釈だけどな。奴の分霊ってのは、他人を自分のモノにする支配の力だ。魂を穢し、染め上げ、悪意を植え付けるいわば『呪い』だろ。だがお前さんは村雨を呪いたいのか? 縛り付けたいのか? 支配したいのか?」

 

 そんなわけがない。私は、村雨を救いたいだけだ。私のモノにしたいわけではない。1人の人間として、この呪縛から解き放たれてほしい。ただそれだけ。

 

「私は村雨を救いたいだけだよ」

「なら、お前さんの力は()()()()()なんだろうよ。俺はそう思うぜ。艦娘と似たようなもんだ。イメージだイメージ」

 

 そもそも、支配の力と対になるように(もたら)された力だったら、侵食するなんてあり得ないと呉内司令は言う。

 

 言われてみればそうかもしれない。分霊という同じ力だからこそ、私の力は太陽の姫と同じことが出来てしまうと思い込んでいた。実際、相手の魂に触れ、私の力を注ぎ込むという感覚は、巫女にされたときの分霊と寸分違わない行為だった。相手に快楽を与えてしまうというところも同じ。

 だが、実際は対となる力なのだから、同じように働くことは無い。魂を穢すわけでもなく、支配なんて以ての外の、ただただ癒したいという気持ちの下で行われる行為だ。穢れで侵食するのではなく、清さで包み込むイメージ。なんか自分で考えていて恥ずかしい表現。

 

「やれると思ったらやれるんだよ。それが選ばれし者ってヤツなんじゃないのか」

「……そうかもしれない。怖がってたら進めないかも」

 

 私なら救える。そういう自信を持つことで、それを実現させる。私が手に入れた力は、そういうものなのかもしれない。

 

「リスクが大き過ぎます。万が一があったら……姉さんが押し潰されてしまいます」

 

 当然不安だってある。だから萩風がここまで食い下がってくるのだ。私の分霊のせいで村雨が私に跪くようなことがあったら、人生が二度壊れるようなことがあったら、私だって立ち直れるかわからない。

 磯波と夕立に分霊を施したことは今でも覚えている。あの時は私も太陽の姫に支配されていたため、上から下まで悪意しかない分霊だった。同じ感覚で分霊を施すのだから、今回もそうなってしまうのではないかという不安がどうしてもついて回ってくる。

 

「陽炎、アタシの見解としてはだ。呉内の言うことに一理あると思う。他人の意見に流されるようで申し訳ないが、上官としては、処置を施すことを指示したい」

 

 今の話を聞いて、空城司令も分霊を施す方へと舵を切ろうとしていた。村雨がこれ以上苦しむ姿は見たくない。ただでさえ長い年月呪縛に囚われていたのだから、もう解放されるべきだ。そう考えて。

 

 正直、長々と考えている時間はない。今でも村雨は板挟みの感情により頭痛に悩まされている。その痛みは私達にはわからないが、相当苦しそうに見えた。ずっと鈍器で殴り続けられているような、そんな苦しみが延々と続く。

 そんなの、誰だっておかしくなる。常に痛みがある生活だなんて考えたくもない。

 

「私も処置をしたい。もうあんな苦しみ方をしているのは見たくない」

 

 私が自信を持って施せば、全てが丸く収まる可能性が高いのだ。なら、やらない理由は無いはず。リスクはあるが、それを恐れていては先に進めない。

 

「姉さん……」

「萩風、わかって。あの状態を無くせば、村雨だってアンタとまともに話が出来ると思う。死にたいなんて言わなくなるだろうし、アンタの家族にしたことにも向き合えるはずなんだ」

 

 物凄く調子の良いことを言っているのは理解している。割り切れとも納得しろとも言えない。萩風は家族を失い、それが戻ってくることも無いのだから。だが、まともな状態で話だけはしてもらいたいのだ。

 

「……わかりました。姉さんを縛り付けたせいで失敗したら、私も嫌な気分になるので」

「無理言ってごめんね。でも、私を信じて」

 

 

 

 村雨に追加の分霊を施す方針で固まりつつある。それが村雨にとって良い方向に向かうかは、まだわからない。だが、やるべきことだ。

 




村雨、二度目の分霊へ。果たしてどうなるか。


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直に触れる分霊

 村雨の魂に対して、二度目の分霊を施す方針で固まりつつある。それがうまくいけば、人間の思考と深海棲艦の思考の板挟みにされている現状を打破出来るはずだ。

 真っ黒に染まった魂を浄化し、太陽の姫への忠誠心が取り払われる、もしくは薄れさせれば、精神的なストレスは確実に小さくなり、頭痛の解決に繋がる。今のままでは、ストレスで村雨が壊れてしまうだろう。その解決策に繋がるというのなら、これはやるべきこと。

 

 私、陽炎はその処置をすることにずっと抵抗があった。この処置に失敗した場合、むしろ成功したとしても、村雨自身をまた壊してしまう可能性があったからだ。それは本当に救われているとは言えないだろう。結局私が束縛しているのだから。

 だが、呉内司令から、太陽の姫の対となる力ということは、侵食して束縛する力なのではなく、解放する力なのではないかと指摘を受けたことで、分霊を施す決意に繋がった。

 

「陽炎、悪いな。俺達ゃ焚き付けるだけ焚き付けて、処置をするのは全部任せなくちゃならねぇ」

「いいよ。呉内司令のおかげで、私も決心ついたから」

 

 村雨の部屋に向かう途中、呉内司令に謝られる。周りがどれだけ言っても処置をするのは私だ。それについて申し訳なく思ったとのこと。

 私がやろうと決意出来たのは、他ならぬ呉内司令のおかげだ。ずっと躊躇っていたが、私が太陽の姫とは違うということを気付かせてくれたのは嬉しいこと。

 

「これで村雨に何かあったら、俺を恨んでくれて構わねぇ」

「アタシも流されてるからね。同罪だよ」

 

 そう言いながらも、私の失敗を一切恐れていない2人の司令。憶測なんて言いながらも確証があっての発言な呉内司令と、流されてると言いつつも近しい答えに辿り着いていたような空城司令である。

 その期待はプレッシャーとなって私を襲うのだが、村雨を救いたいという気持ちは今まで以上に高まっている。これを成功させて、萩風との確執も少しは解消してもらいたいものだ。

 

「絶対成功させるから」

 

 改めて決意し、私は陸の戦場へと赴く。

 

 

 

 みんなで村雨の部屋の前に来たところ、その扉の前には夕立が立っていた。部屋の中で村雨の側にいてくれるという話だったはずだが、これは何かしらの理由がありそう。

 

「村雨、たった今寝たばっかりなの。オキとソナーがこっち来た後すぐに、即効性の薬持ってきてもらったっぽい」

「速吸に頼んだのかい」

「ぽい。頭が痛いってずっと言ってたし」

 

 私達が部屋を離れてからそんなに時間は経っていないため、本当に即効性のある薬なのだろう。もう殆ど麻酔の類なのでは。だが、それくらいでないと、村雨は頭痛で眠ることすら出来なかったかもしれない。速吸さんの機転に感謝。

 私達が戻ってくるのを外で待っていてくれた夕立だが、身体の至るところに生傷が見えた。暴れ狂う村雨を無理矢理押さえつけてくれたのだろう。少し疲れた顔をしている程だった。沖波とは勝手が違ったか、夕立でも動きを止めるのにはかなり苦労した模様。体型は確かに村雨の方が育っているが、夕立がそこまで手こずるとは思わなかった。

 

「速吸が処方した薬なら、グッスリ眠れるだろうね。頭痛は精神的なモノが起因のようだし、痛みで眠りを妨げられるようなことは無いはずだよ」

「でも、心配だからオキとソナーが横についてくれてるっぽい。夕立もしばらくは側にいるよ。一応おねーちゃんらしいし」

 

 艤装姉妹という繋がりもあるからか、夕立は村雨のことを結構気にかけている。相変わらず割り切り方が普通ではない。

 

「治療も今のタイミングしか無いだろう。陽炎、準備はいいかい」

「大丈夫。ここで終わらせるよ。私が村雨を救うんだ」

 

 眠っているというのなら何も心配いらない。だが、なんの物音で目を覚ましてしまうかわからないので、なるべく音を立てず静かに部屋の中に入った。呉内司令は部屋の外で待つとのこと。

 今回は魂に直接指を突き刺して分霊を注入するような処置だ。おそらく魂の穢れを中和する処置の時よりも、村雨はあられもないことになってしまう。唯一の男性としては、ここにはいづらいとのこと。部屋の外で誰も来ないように見張っておいてくれるそうなので、集中して処置が出来る。

 

 部屋の中では、速吸さんがベッドの側に座り、投薬の事後処理をしていた。村雨は頭痛から解き放たれたかのように安らかに眠っている。

 

「ここにある一番強い薬を使わせてもらいました。ストレスで眠れなくなる子も寝られるくらいのものなので、即効性も高いです」

「すまないね速吸」

 

 速吸さんも怪我までは無いものの服がクシャクシャになっていたところから見て、村雨は睡眠薬の投薬の最中も痛みで暴れたのだろう。夕立はそれをジッとさせるために生傷を負う羽目になったのかもしれない。

 

「ただ、あくまでも睡眠導入剤なので、村雨ちゃんの場合はすぐに目を覚ましてしまうかもしれません」

「アンタから見てもそうなのかい」

「はい。激しい頭痛に苛まれるほどの錯乱ですから、普通のストレスではありません。この薬を使ったとしても悪夢か何かで嫌でも目を覚ますことになるかと。そうしたらまた頭痛が始まるでしょうね」

 

 短時間なら眠ることが出来るかもしれないが、すぐに悪夢から目を覚ます羽目になり、そうしたら抑えられていた頭痛が再発して眠れなくなるという悪循環になると速吸さんは話す。

 それがどれだけのスパンで行なわれるかもわからない。小一時間程で終わってしまうかもしれないし、ちゃんとグッスリ数時間行けるかもしれない。とにかく、分霊のタイミングは今しか無いと言える。

 

「今しか無いか」

 

 前回に引き続き、村雨が眠っている状態での治療になる。村雨の意思を聞くことがなく処置を施すことがいいことなのかはわからない。あの時、村雨に余計なお世話だと言われてしまったことを思い出す。今からやることも、余計なことになってしまうのだろう。

 村雨が目を覚ましていて、今から魂に分霊すると言ったら、まず間違いなくやめろと言ってくるだろう。しかし、そこでやめたら村雨は苦しみ続ける。

 

 私は決意してここに来たのだ。エゴかもしれないが、村雨を苦痛から解放するためにも、躊躇っていてはいけない。

 

「ひーちゃん……分霊で穢れは中和したんじゃないの?」

「今度は魂そのものに注ぎ込んで、真っ黒な魂を綺麗にする」

「えっ、そ、それって、村雨ちゃんを()()()()()にするってこと……!?」

 

 話の全容を知っているのは私も含めて僅かしかいない。こういう反応するのも無理はないだろう。夕立と磯波も目を丸くしていた。

 時間もあまり無いので簡単に説明すると、あまり納得は行っていないようだが、理解はしてくれた。やってみなければ村雨は永遠に苦しみ続けることになるわけだし、これにより治療が完了する可能性が高いのならやってみる価値はある。

 

「また眠っている状態で治療することになるのは申し訳ないけどね。村雨の意思が聞けない」

「……拒むだけでしょう」

 

 吐き捨てるように萩風が言う。この確執はやはり根深いものになってしまっている。

 

「村雨の意思、聞いてるっぽい」

 

 だがここで、夕立が村雨から聞いたという言葉を教えてくれる。

 

「ハギィに引っ叩かれた後、少しの間は夕立と2人きりだったでしょ? その時にね、多分アレ本音だったと思うっぽい」

「何言ってた?」

()()()()()()って」

 

 萩風の怒りのビンタで、少しだけ正気に戻っていたらしい。頭痛を訴えず、ただただ一言、謝罪の言葉を口にした。その後、また頭痛が再発して蹲ったり暴れたりだったそうだが、その一瞬だけは()()()()と言える。

 その時の言葉が村雨の本心だ。村雨だって、『雲』としてやらされていたことを悔やんでいないわけではなかった。

 

 その言葉を聞いて、私は俄然やる気が出てきた。治療して錯乱が無くなれば、萩風の前でもその言葉を聞くことが出来るはずだ。忠誠心がその言葉を曇らせているだけならば、忠誠心を取り払えば本当の村雨が表に出てきてくれる。

 

「ゲロ様、村雨のことを救えるならやってあげて。村雨、痛いとかそういうの以外でもすごく苦しんでる。本音が言えないことが多分一番苦しい」

「当然。村雨は救われて然るべきだよ。ただ巻き込まれただけでこんな酷い目に遭ってるんだからね」

 

 すぐに準備する。前回の処置の時と同じように、暴れないように夕立と空城司令に押さえつけてもらう。部屋のベッドの上なので、夕立はベッドに入って村雨を羽交い締めにし、空城司令は脚を押さえた。これなら何かあっても大丈夫だ。

 

「村雨ちゃんの気持ち、私わかっちゃうな……。ひーちゃんの前でだけ本音が言えなくなるっていうの体験してるから……」

「アイツの分霊ってのはそういうのなんだろうね。ホント気分が悪い」

 

 沖波も後遺症により本心とは違うことをやることになってしまっていた。村雨はそれがさらに酷くなっていると言える。何もかもが太陽の姫の分霊のせいだ。人の関係を壊すことに特化している気がしないでもない。何の恨みがあればここまで出来るのだろうか。

 

「じゃあ、やるよ。集中する」

 

 前回と同じように、村雨の胸元に指を突き入れ、魂に触れる。あの時とは変わっておらず、魂にへばりついた穢れは全て中和済みなのだが、魂そのものは侵食により真っ黒。まだ時間はそんなに経っていないが、また悪化しているようなことが無くて何より。

 ここからはさらに先に進む。触れるだけでは無く、魂の方にも指を突き入れる。

 

「っあ」

 

 当然ながら村雨は反応。魂の穢れを中和するのは、その外壁に触れるだけ。それだけでも過剰な反応が見られるのに、さらに内部となったらこうもなる。身体が強張るのも仕方ない。

 実際、ここまでやるのは初めてだ。分霊はあくまでも魂に触るだけの注入。今回は内部への注入。快感だけではなく、痛みすら与えてしまっているかもしれない。

 

「侵食するんじゃない。解放するつもりで、注ぐ」

 

 そして、分霊を注ぐ。イメージは、魂を真っ黒にする程に張り巡らされた太陽の姫の侵食を解き放っていくように、内側から消し飛ばすように、ゆっくりと確実に処置を施していく。蜘蛛の巣が張り巡らされた部屋を掃除していくような感覚。

 

「あっ、ああっ、はぅっ!?」

 

 少し注ぐだけで村雨の身体は大きく跳ねた。それを押さえつけてくれている夕立も必死だった。そのおかげで、私の分霊には支障が無いくらいになっている。

 しかし、眠っているのに声は抑えられない。むしろ、眠っているから我慢が出来ない状態。流石に夕立も、村雨の口を押さえることはしなかった。そんなことをしたら呼吸困難に陥ってしまう。

 

「慎重に……慎重に……」

 

 村雨の反応を気にしている余裕は無い。魂なんていう一番敏感で守りようの無い場所に触れているのだから、これは仕方ない。

 僅かにだが、魂の黒さが薄れた。私の分霊は効いている。真っ黒が、限りなく黒に近い灰色になったような感覚。時間をかければ確実に侵食を薄れさせることが出来る。

 だが、ここで焦ったら台無しになるだろう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 長期戦の様相。そうなると、私にも疲労が見えてくる。

 分霊を注ぐと簡単に言っているが、これだって有限のはずだ。無尽蔵に注ぎ続けるなんて出来やしない。私の何を注いでいるのかは私自身にもよくわかっていないが、体力やら精神力やらを使っているのなら最後は私も倒れることになる。

 分霊していて疲れるなんてこと、今までに無かった。それだけ、村雨への処置には私の力を使っている。長年の蓄積をこの短い時間で取り払おうというのだから、それだけの負担がかかっても仕方あるまい。

 

「っああっ、あああっ!?」

 

 村雨の反応はさらに激しく。その頃には、魂の色はかなり明るくなってきていた。侵食ではなく解放し、元の色に近付けているというのは感覚的にわかる。太陽の姫の分霊とは違うことが出来ていると実感出来る。

 私はどちらの感覚も知っているのだ。()()()()の感覚とはまるで違う。悪意一切無し。

 

「っはぁ……はぁ……やばい、しんどい……」

 

 まるで速吸さんの特訓で持久走やら遠泳やらをやらされていた時のような疲れ。これでは集中力が途切れてしまいかねない。だが、ここで中途半端に終わらせた場合、村雨がさらに苦しむ可能性だってあるのだ。

 今回は中途半端では終わらない。出来ることを全てやって、村雨を救う。少なくともあの頭痛の種を取り払い、まともに会話が出来るようになってもらいたい。

 

「っはぁああっ!?」

 

 一際大きく震えて、そのまま脱力した。その頃には、魂は真っ白とは言わないものの、白寄りの灰色にまで変色することが出来ていた。

 真に真っ白とまではいけないかもしれない。もしかしたらこれが限界かもしれない。限界を超える分霊を施した場合、それがいくら解放する力をだったとしても、村雨に悪影響を与える可能性がある。それに私の体力も限界に近い。

 

「ここで……分霊を止めるよ」

 

 村雨の胸から指を引き抜いた。途端に私も力が抜けて、倒れてしまいそうになる。

 

「姉さん!」

 

 それはすぐに萩風が支えてくれた。ここまで私が消耗するのは初めてのこと。

 

「ありがと、萩風。ちょっと疲れちゃった」

「無茶しすぎです……」

 

 呆れたような、安心したような、そんな萩風の声。傍から見れば、私は相当無茶をしていたらしい。だが、それで村雨が救われるのならば、私としては万々歳だ。

 

 

 

 治療が終わったかどうかはわからないが、ひとまず魂への侵食の解放は終了。これでもダメならさらに施すしかないだろう。ここはまた経過観察をするしかない。

 




分霊後、みんなは部屋から出て、いろいろな理由でお着替えとベッドメイキングがなされたという。


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三度の目覚め

 村雨への二度目の分霊が終わり、真っ黒な魂をある程度白く戻すことには成功した。しかし、眠った状態の村雨に処置を施したので、この分霊の影響がどのように出るかは、目を覚ましてからでないとわからない。そこは速吸さんが投与した睡眠薬の効果が切れるまで待つことになる。

 目を覚まして頭痛が無くなっていたら治療は半分成功。太陽の姫への忠誠心が薄れたことを意味する。しかし、分霊が効きすぎて今度は私、陽炎への忠誠心が生まれてしまっていたら、それは失敗と言えるだろう。

 とはいえ、私の力は束縛ではなく解放の力。村雨に自由に生きてもらうために、その呪いを解くように処置しているため、そこまで心配はしていない。必ず救うという信念による処置なのだから、失敗は無いと自負している。

 

 私が村雨の処置をしている間に、支援艦隊全員の入渠が終わっていたため、予定通り呉内司令は一旦鎮守府に戻ることになった。支援艦隊はそのまま残留で、あと数日は増援として一緒に戦ってくれる。もしかしたら、このままの流れで太陽の姫との戦いがあるかもしれない。

 

「それじゃあ、俺は一度戻らせてもらう。またコイツらを迎えに来させてもらうぜ」

「それまで部隊を借り受けるよ。予定では今日から3日だったね」

「ああ、そうなっている。前回と違って、こちらの海も少し騒がしくてな。俺だけは鎮守府に戻っておきたい」

 

 深海棲艦はこちらの海にしかいないわけではない。当然、呉内司令が管理する鎮守府の領海でも深海棲艦が出現することはある。今でこそ艦娘だけの運営で何とかなっているみたいだが、そういう状況下で空け続けるのは流石によろしくないだろう。

 支援艦隊として来てくれているメンバーは凄まじい戦闘力を持っているが、鎮守府に残っているメンバーも負けず劣らずらしい。そこに司令が加われば、より敵無しとなるだろう。

 

「じゃあ、任せた。村雨の件、また連絡してくれ。ここまで関わったら結果は気になる」

「勿論だ。アンタももう逃がしゃしないよ」

「おお怖い怖い。あとは沈没船の件もな」

 

 入渠待ちももう殆どいなくなったため、調査任務の結果もそろそろ全員に発表されるだろう。沈没船に一番近付くことが出来たイヨの入渠は既に終わっているため、司令2人にはある程度詳細は伝わっているとは思うが。

 流石に裏側では物部提督に調査結果が報告されているだろう。大本営に関係している可能性がある以上、秘密裏にいろいろと調査を進めなくてはいけないし、なるべく早いところ解決に向かいたいというのもある。

 

「アクィラ、艦隊のこと頼んだぞ」

Volentieri(了解). 任せてちょうだいね〜」

 

 旗艦はネルソンさんでも、任されるのはアクィラさん。そういうところが秘書艦との信頼関係だろう。

 

「それじゃあ、また」

「ああ」

 

 呉内司令とはまだ縁が続く。この戦いが終わるまでは、頻繁に会うことになるだろう。残されているのはラスボスのみだが、また力を借りることはあるだろう。

 

 

 

 昼食後、そろそろ目を覚ますのではないかということで、異端児駆逐艦全員で村雨の部屋に押しかけていた。睡眠薬はガッツリ効いているため、まだグッスリ眠っている状態ではあったが、あの処置から数時間は経過しているので起きてもおかしくない。

 空城司令はしーちゃんと共に沈没船のことについて先んじて調査を進めてくれている。そのため、村雨に関しては私達異端児駆逐艦に委任された。

 

「まだダメそうなら、夕立お願いね」

「ぽい。押さえ付けるのは夕立のお仕事っぽい」

 

 目を覚ましてもまた暴れる可能性だってある。その時は夕立に任せることにしよう。このメンバーであれば、私もそこに加勢することだって出来るはずだ。

 あの処置をしたことで忠誠心と頭痛の両方が薄まっているはずなので、暴れる要因はもう無いだろう。それでも錯乱するようなことがあるとしたら、罪悪感。

 

「……萩風ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫……です。割り切らなくちゃいけないことですし……謝るつもりはあるみたいですから……」

 

 磯波が萩風のことを心配しているが、当人はまだ複雑な表情をしていた。夕立しか聞いていない村雨の本心である謝罪の言葉。それを萩風に対しても言うかは、この時点ではわからない。

 あれだけのことがあっても、萩風は一応は割り切ろうとしてくれている。口ではこう言っているが、そう簡単にはいけないだろう。そこは私が支えていきたい。

 

「ひーちゃんは大丈夫? あの時、疲れ切ってたけど」

「大丈夫大丈夫。お風呂入ったらちゃんと疲れが取れたからね。あれだけガッツリ分霊するには体力使うみたい」

 

 私は私で沖波に心配された。午前中の分霊ではフラつく程にまで消耗してしまったが、あの後お風呂に入ったらその疲れもすっかり完治してくれた。今ではもう一度やれと言われればやれるくらいに回復している。

 実際、もう一度という可能性だってあり得るのだ。真っ黒な魂を白寄りの灰色にまで浄化出来ているわけだが、それでもまだ忠誠心が抜け切れていなかったりしたら、さらに白くしていく必要はある。そうした場合、また私の体力を使って分霊をしなくてはいけない。

 

「村雨は結局D型異端児っぽい?」

「あ、そういえば……穢れの中和した時、速吸さんに聞いてなかった。夕立的には匂いはどう感じる?」

「んー、ゲロ様みたいな匂いはするね。染み付いちゃってるから。でも、ゲロ様のほど落ち着ける匂いじゃないっぽい」

 

 夕立の言葉に、磯波も力強く首を縦に振る。魂の匂いに敏感な2人がそう言うのだから、それはそういうものと考えるしかない。私や沖波にはその感覚がわからないし。

 

 2人からしてみたら、私の魂の匂いというのは嗅いでいるだけで落ち着ける、母親のような匂いらしい。沖波は巫女であったタイミングはあってもすぐに治療されたので匂いは残っていないとのこと。

 そして村雨なのだが、私よりも少し弱めな匂いではあるが落ち着けるようなものではないらしい。やはり完全に治療し切れているわけではないため、同期値だけでいえばM型異端児までは持っていけていないのかもしれない。

 

「起きたら同期値は測ってもらおう」

「ぽい。それがいいっぽいね」

 

 そこは艦娘としての進退に関わるので、ちゃんと測ってもらうべきだ。村雨が艦娘として生きていくかはさておき。

 

「ん、んん……」

 

 そうこうしている内に、村雨が目を覚ます前兆を見せ始めた。私達が周りで話しているせいで起こしてしまった可能性も無くはない。そうだったとしたら申し訳ない限りである。

 呻き声が聞こえたことで、私達は一斉に静まり返った。特に萩風は身体が強張ったようにも見えた。磯波がついてくれているので、緊急時は部屋の外に連れ出してもらう手筈になっている。

 

「んぅ……」

 

 ゆっくりと目を開き、ぼんやりとこちらを見てきた。前回はここで私の顔を見た時点で顔が歪んだ。あらゆる負の感情が入り交じったような複雑な表情を浮かべ、苛立ちを隠さず、そして頭痛を訴えた。

 だが、今回は少し違う。敵意らしきものはあまり感じない。だが、辛そうな顔はする。痛みで顔を顰めたわけではなく、ただただ感情的に表情を変えた。

 

「頭痛、まだ残ってる?」

「……ううん、痛くない。また……陽炎が何かしてくれたの?」

「うん。また寝てる間にやっちゃったけど、もう一度分霊をさせてもらった。太陽の姫の()()は、ある程度緩和されてると思う」

 

 前と違って普通に会話が出来ている。私の顔を見て話すことが出来ているだけでも、大きな変化だ。ここまで来ると、先程までとは別人とまで思えてしまう程。これが本来の村雨なのだろうか。

 この調子なら、太陽の姫への忠誠心は大分薄れていると考えていいだろう。私を殺すべき相手として認識していたら、こんな態度は取らない。思ったより感情を隠さず直情的に突っ掛かってくるような子だから、今不満があるのなら真っ直ぐ伝えてくるはず。

 

「さっきも聞いたことだけど、あえてもう一度聞かせてもらうね。まだ私達に敵対心とかある?」

 

 直接ぶつけたところ、目を逸らした。やはり、反応が雲泥の差。

 

「……残ってないと言ったら、嘘になるかもしれない。違和感があるというか……モヤモヤするの」

 

 これは沖波の時にもあったことだ。治療した後も、私への嫌悪感が全て拭えたわけではなかった。多少の()()()を残してしまっている。私達と何度も戦い、最後は全ての行動を封じられてトドメを刺されているというのも、そのモヤモヤに繋がっているだろう。

 長年の間、太陽の姫の巫女として活動していたのだ。私達は太陽の姫の敵。それに対する嫌悪感と、自分の命を奪ったという嫌悪感が、治療後に僅かに残っていてもおかしくない。

 

「こんな気持ち……持っちゃいけないのにね……。全部私が悪いのに……陽炎達に嫌な気持ちを持つなんて……」

 

 だが、忠誠心が薄れたことで、()()()()()()()()()()()()という気持ちが生まれている。気持ちの優先順位が逆転したわけだ。先程は忠誠心の方が強すぎたが、今は罪悪感の方が強くなっている。

 頭痛が無くなっただけでも大分良くなってはいるが、激しい罪悪感で前を向けなくなっているのは確かだ。萩風や長門さんと違って、村雨は街をいくつも滅ぼしているという大きすぎる罪を持たされているのだ。それを開き直れというのは難しすぎる。

 

「……あの、さ。さっきの子……いる?」

「萩風のこと?」

「私を引っ叩いてくれた子……」

 

 震える声で萩風のことを呼んだ。萩風自身、それを聞いてビクンと震えたものの、自分の求める言葉が貰える可能性を信じて歩み出る。

 私の隣に立って、村雨の顔を覗き込む。萩風の姿が視界に入った瞬間、村雨の目が明らかに澱んだ。ただでさえ頭を駆け巡っていた罪悪感が、萩風の顔を見たことによって()()()()()()に対しての罪悪感に定められた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……貴女の全てを奪っちゃった……。太陽の姫の言う通りに……何もかもを壊すために……踏み躙っちゃった……」

 

 やっと聞けた本心。『雲』としては、萩風がどうなろうと知ったことではないというのが本心だったのだろう。太陽の姫が望んだことなのだから、むしろ光栄に思えとすら考えていたのでは無かろうか。分霊までされた選ばれし者なわけだし。

 しかし、村雨としてはそんなこと思うわけもない。同じ人間なのだから、虐げられていいはずがない。一切罪のない人間である萩風が突然滅ぼされる謂れは無い。

 

「ごめんなさい……私は言いなりだったとはいえ許されないことをしたわ……。許してくれなんて言えないし、言わない……。ずっと恨んでいてくれて構わない……。どうすればこの罪が償えるのかわからないけど……償い切れない罪だけど……私はこれを背負って生きていくから……」

 

 涙ながらに萩風に宣言する。もう逃げることはせず、罪悪感を背負って生きていくと。許してほしいとも言わない。

 それに対して萩風は、ぐっと拳を握り締めた後、大きく息を吐いた。ここに来てようやく、村雨の本当の気持ちを聞くことが出来たことで、萩風としても少しだけ受け入れることが出来そうになっている。

 落ち着くためだろう、私の手を握ってきた。それでクールダウン出来るのならいくらでもやってくれて構わない。

 

「償うつもりがあるのなら、私達と一緒に戦ってください。艦娘として、太陽の姫を貴女の手で討つ覚悟で。ここで引き篭もっていられても困りますから」

 

 言葉は刺々しいものの、割り切ろうとしているのは誰にだってわかる。私の手を握っている萩風の手が震えているのは私にだけ伝わっている。それがどんな感情から来るものかはわからないが、萩風も必死なのはわかる。

 

「……ええ……。私も太陽の姫に……全て奪われてるもの……。私に出来ることは全部やらせてもらうわ……」

 

 涙を拭って、萩風にその気持ちを示した。村雨も振り回されている者。罪悪感を振り払うことは一生出来ないだろうが、せめて前を向こうと決意した。

 おそらくここから村雨の苦難の日々が始まる。それでも、この鎮守府には仲間達がいるのだ。私だって支えてあげたい。

 

 

 

 これにより、村雨が正式に仲間になった。まだ精神的には不安定だろうが、一緒に歩いていけるのなら、それもそのうち払拭出来るだろう。

 




まだガタガタではありますが、村雨が仲間入り。確執を解決していくのには時間がかかりそうですが、ようやくスタート地点に立てたかなというところに。


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明るい道

 村雨への治療は無事成功。太陽の姫への忠誠心は取り払われ、頭痛は失われた。萩風との確執が無くなったわけでは無いものの、本人の前で謝罪の言葉が出せるほどに精神状態も変化している。罪悪感に押し潰されそうではあるものの、萩風から一緒に戦えと言われたことで少しだけでも前向きになっていた。

 

 村雨が目を覚まし、治療の甲斐あってようやくスタートラインに立てたことを空城司令に報告しに行こうと思い立った私、陽炎。しかし、すぐに向かおうとしたところを夕立に止められた。

 

「どうせなら、元気な姿を見せてあげるといいっぽい。一緒に提督さんのとこ行こう」

「え……い、いいのかしら……」

「悪いことじゃ無いでしょ。自分の口で伝えた方がいいよ」

 

 まだ目覚めたばかりではあるものの、村雨自身は動ける状態ではある。身体の治療は入渠で済んでいるし、分霊の後とはいえグッスリ眠った後なので体力も回復済み。

 それに、治療の具合はどうであれ、ここに所属する手続きは既に終わっていたりする。本人が嫌がったところで行くあてが無いのだから、ここにいてもらわなければ違う意味で危険に晒されるだろうし。

 結果、既に着替えまで用意されていた。夕立の艤装姉妹ということで、改二になる前の夕立と同じデザインの制服がクローゼットの中にしっかり詰め込まれている。勿論サイズもピッタリ。

 

「そ、それじゃあ……お言葉に甘えて……」

 

 太陽の姫への忠誠心が残っていた時とは打って変わって消極的な態度の村雨。あの時は大きすぎるくらいの敵対心もあったため、恐ろしく強気に突っかかってきたが、今はそれが払拭された代わりに罪悪感が酷いことになっている。

 それを少しでも緩和出来るように、長門さんのように率先して人間関係を作っていってほしい。まずはここの長である空城司令から。

 

「こうやって見ると、夕立ちゃんの姉妹って感じがするかも」

「ぽい。おねーちゃんだもんね」

「そ、そうなの? ちょっとよくわからないんだけど……」

 

 用意されていた制服に身を包んだ村雨を見て、磯波が笑顔で語る。同じ制服というのもあるが、たまたまだろうが体格とかまで結構似通っている。胸の大きさまで近しいため沖波からハイライトが消えかけているが、そっとしておくことにした。

 村雨も巫女にされたという御多分に漏れず、私や沖波と同じように髪にメッシュが入ってしまっているものの、差異はその程度であり、『雲』の時と違って今は髪を下ろしているのでそういうところも夕立に近い。

 

「……なんかスースーする」

「そっか、『雲』はスパッツ穿いてたもんね。夕立の貸すっぽい?」

「ううん、やめておく。あっち側を思い出しちゃうから……これで慣れていくことにするわ」

 

 夕立や磯波はある意味後遺症のようなもので深海棲艦の時の姿を模そうとしてしまっているが、村雨にとってはそれは嫌な過去を思い出す行為に他ならないため、控えるようだ。長年の慣れが無くなって違和感があるようだが、時間経過で何とかなるだろう。

 

「えっと……私は村雨でいいんだっけ」

「そう、ここでは本名禁止だからね。艤装からとって村雨だってさ」

「……私が新しく歩き出すための名前……なのね」

 

 最初は実感が湧かないとは思うが、前向きになるために与えられた名前だと考えてもらえればいいだろう。ここではその名前でしか呼ばれないだろうから、自然と慣れるはずだ。

 

「そうだ、リボン2本あるかな……髪を結んでおきたいんだけど」

「多分用意されてるよ。ほら」

 

 クローゼットの引き出しから沖波がリボンを取り出して手渡す。『雲』のようにするわけでは無いが、髪を2つに括って村雨として完成。これは別に深海棲艦の時の名残というわけではなく、人間の時からこういう髪型だったからとのこと。こうなると夕立とはまた違った印象になる。

 

「おねーちゃんって呼んだ方がいいっぽい?」

「そこまでしなくていいわ……艤装は姉妹かもしれないけれど……」

「んー、じゃあ、村雨……村雨……さめ……シャーク、シャークさんで」

 

 磯波破裂。相変わらず渾名の付け方が無茶苦茶。それは流石におかしいだろと総ツッコミ。既に定着してしまっている私のゲロ呼ばわりも最初はこんなだったとしみじみ思う。

 これには流石の萩風も顔を伏せて笑いを堪えていた。村雨も複雑な表情ではあるものの苦笑している。夕立がきっかけになって、確執が少しずつでも解消される可能性が見えてきた気がする。

 

「じゃあ、むーさん、むーさんにするっぽい。おねーちゃんだし、敬意を払うっぽい」

「まだそっちの方がいいかな……敬意は要らないけど」

 

 磯波が復帰するまで少し時間は掛かったが、滑り出しは順調かもしれない。

 

 

 

 異端児駆逐艦6人でゾロゾロと執務室へ。中では諜報部隊も含めて情報整理中である。これに関してはある程度纏まったところで全員に公表されることになるだろう。潜水艦隊が決死の覚悟で立ち向かったあの沈没船のことなども、そこで全て知ることになるはずだ。

 このことはかなり難しい内容だ。正直、政治的な部分にすら繋がる危険な情報。最悪、私達に何も知らされることなく、裏側で全て処理をする可能性すらある。正直それでもいいとは思うが、太陽の姫の弱点に繋がる何かがあれば、そこは公表してもらいたい。

 

 中に結構な人数がいたため、ひとまず私だけが中に入る。秋雲が小さく手を振ってきたので、こちらも小さく振り返しておいた。

 

「村雨が起きたのかい?」

「うん。ついでだから、ここに連れてきたよ。元気な姿を見せた方がいいって夕立が」

「そりゃありがたいね」

 

 司令の言葉は中に入れてもいいという許可の言葉だと勝手に解釈し、夕立が執務室に押し込むように村雨を司令の前に立たせた。

 ここには諜報部隊もいるので結構な人数の目に入ることになるため途端に俯いてしまうが、意を決したように司令と向き合う。

 

「ご、ご迷惑……おかけしました」

「アタシゃ迷惑だなんて思っちゃいない。アンタは救われて然るべきの子なんだからね」

 

 相変わらずの司令。席から立ち上がり、村雨に近寄る。正直、結構な威圧感。

 

「長いこと巫女をやらされてきたせいで、その記憶に振り回されて辛いだろう。愚痴でも何でもいい。言いたいことがあったらアタシに言いな。相談くらいならいくらでも乗ってやるさね。罪悪感は拭えないだろうが、口に出せば多少はスッキリするだろうからね」

 

 そして、ガシガシと頭を撫で回した。少しでも緊張が無くなるようにと、司令の心遣いが見て取れる。実際、村雨も少し救われたかのように表情が柔らかくなる感じがした。

 

「話せるようならいろいろと聞きたいことがあるんだが、構わないかい?」

「はい……罪滅ぼしのためにも……太陽の姫のことを」

「すまないね。起き抜けでいきなり聞いても、アンタのためにならないだろう。今日は鎮守府に慣れることに使っておくれ。心の準備が出来たら、話してくれりゃいい」

 

 太陽の姫のことを一番知っているのは間違いなく村雨だろう。1回目の目覚めの時に言っていた、『太陽の姫は人間に作られたようなもの』という言葉の真相は特に聞いておきたいところ。それ以外にも、攻略のヒントになり得る情報を持っていてくれるのなら嬉しい。

 

「あ……貴女も、ごめんなさい。私は貴女も殺そうと……」

 

 執務室なのだから、当然しーちゃんもいる。村雨は太陽の姫に報いるためと、しーちゃんを人質に行動しようとした。それが罪悪感を刺激している。『雲』の時ではなく、村雨として戻ってきた後にしでかしたことなので、最も近しい大きな罪とも言えるだろう。

 

「いえいえ、気にしないでください。あの時の貴女は、敵に操られていたようなもの。貴女であって貴女ではありません。それに私は無傷ですから、戯れくらいに思っていますよ」

 

 司令も司令なら、しーちゃんもしーちゃんである。やはりここにいる人達はみんな、こういうことに対してはとても寛容。

 

「失われた戸籍の方はこちらでちゃんと用意しておきますから、新しい人生を踏み出したと思って、前向きになってくださいね。過去を捨てろとは言いませんし、振り向くなとも言いませんが、みんなと一緒に歩いていくくらいはしていいんですから」

 

 相変わらずこの戸籍を用意しておくというのは不思議である。どういう権限があってそんなことが出来るのだろう。問いただすのは怖くて出来ないので、そっとしておくのが一番。

 

「……はい、はい、よろしく……お願いします」

 

 また涙目になってしまったが、司令やしーちゃんに認められたのなら、誰ももう疑いようのないくらいに鎮守府の一員だ。誰だって受け入れてくれる。割り切るかどうかは本人次第ではあるが、ここから出て行けとは誰も言わないはずだ。

 

 

 

 その足で今度は食堂へ。ここには村雨が会わなくてはいけない人がいる。

 

「あ、貴女は……」

「よかった、ちゃんと治療されたんだな」

 

 その人は勿論、長門さんである。萩風と同様、『雲』によって全てを奪われてしまった被害者の1人だ。

 回復した村雨の姿を見て、長門さんは大いに喜んだ。最初から割り切っているような顔である。そういうところは大人。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……私は……」

「過ぎてしまったことは仕方のないことだ。真の敵は君ではない。それを指示した太陽の姫であることは、私もちゃんと理解している。まだ忠誠心は拭い切れていないがな」

 

 少し微笑み、村雨に視線を合わせる。

 

「気にしていないといえば嘘になる。『雲』は私の全てを奪った。それは疑いようのない事実だ。だが、それは君であって君ではない。それは同じ状態になっていた私だから痛いほどわかる」

 

 同じように深海棲艦にされていたのだから、長門さんも理解出来ると話す。やってきたことが雲泥の差であれど、存在としては全く同じ。全てを奪われ、最愛の者を自らの手で殺し、太陽の姫のために長い年月を過ごす羽目になった。本来の意思は奪われ、都合の良いように変えられ、終わった後でも悪夢として刻まれてしまう。

 村雨は今から、長きに渡って苦しみ続けることになる。自分の意思ではないことを自分の意思のように振る舞わされたことを、ずっとずっとだ。なら、現実で活動している今くらいは、明るく楽しく生きていてほしい。長門さんはそう願った。

 

「私としては、解放されたことを受け入れてもらいたい。いつまでも下を向いていられると、私も悲しいからな」

「ながもんさんも最初は酷かったっぽい」

「それを言われると何も言い返せないな」

 

 夕立の軽口にも笑って返せるくらい、長門さんはもう回復している。自分の過去の行いを口に出せるくらいには、現状を受け入れることが出来ている。

 村雨も時間をかければここまで行けるはずだ。

 

「せっかくここに来たんだ。甘いものでも食べていくか? 特に村雨は、今まで何も食べていないだろう」

「……うん、いただきます……」

「待っていてくれ。すぐに用意しよう」

 

 そう言って、長門さんは食堂の奥へと引っ込んでいった。奥にいた間宮さんと伊良湖さんもそちらにいたのだが、慈悲深い笑みでこの光景を眺めていたようだ。長門さんの回復を喜びつつ、村雨がここに訪れたことも快く感じていた様子。

 

「みんな……優しいのね。こんな私なのに、すぐに受け入れてくれて……」

「これだけじゃ終わらないよ。ここにはコミュ力が化け物な海防艦もいるしね」

 

 それこそ海防艦だけでは収まらない。ここにいる人達は全員が全員、空城司令のようにすぐにでも受け入れてくれる人達ばかりだろう。おそらく何処にいても誰かしらが付き纏ってくるくらいに。

 今でこそ食堂には誰もいなかったが、誰かいたら即座に絡まれていたはずだ。大人だろうが子供だろうが、そのスタンスは誰も彼もが同じ。『雲』にはいろいろあっても、村雨とは初対面なのだから、まずは関係を持とうとみんなが躍起になってくる。

 こういう場所で暮らすのだから、人間関係は良い方がいいに決まっている。だから仲違いはすぐにみんなで解決しようとする。私と沖波の件や、長門さんと陸奥さんの件が顕著だった。

 

「俯いている方が失礼ですから」

 

 素っ気ないものの、萩風だって受け入れようと努力している。長門さんの態度を見て、その辺りはさらに考えるようになったようだ。

 

「……そうね。私も前を向く。前を向いて、今までやらされてきたことを償えるように、必死に生きることにするわ」

「それがいいっぽい! 夕立達と一緒に戦おうね。太陽の姫をギッタギタのケチョンケチョンにして、全部終わらせるっぽい!」

 

 夕立に抱きつかれてあたふたする村雨は、今までよりも前を向けているようにも見えた。

 

 

 

 人と関係を持てば持つほど、明るい道が拓けていくだろう。その道を舗装していくのは、間違いなく私達だ。

 




被害者の1人である長門も、最初のガタガタっぷりから考えると大きく進歩しました。食堂手伝いというのは、相当効くようです。いざとなったら村雨にも入ってもらおうか。


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受け入れられた村雨

 村雨が目を覚ましたことはすぐに鎮守府中に知れ渡り、食堂で長門さんと話した後はすぐさまいろいろな面々が顔を合わせに来ていた。鎮守府所属の艦娘どころか、諜報部隊や支援艦隊の面々まで。誰もが優しく接してくれることに少し戸惑っていた村雨ではあるものの、前を向いて生きていくと決意したことから、少しずつでも心を開いていく。

 というか、開かざるを得ないくらいに世話を焼いてきたり話をしてきたりする。あれだけのことがあってもお構いなし。『雲』に恨みを持っていた由良さんだって、村雨相手にはいつもの優しいお姉さんだし、『雲』の弱点を看破した菊月だって、村雨に対しては厨二トーク全開だった。

 そしてやっぱりと言うべきか、海防艦の子供達は容赦なく懐いてきた。松輪も村雨の本質をしっかりと感じ取ったのか、怯えるようなことは無い。これはこのまま遊ぶことになるフラグ。夕立もついていてくれるようなので、今日は倒れるまで遊んできてもらいたい。

 

「何というか、洗礼を受けた感じだね。復帰したばかりで体力無い村雨には相当しんどいかもしれないけど」

「慣れてる私達でも結構キツイもんね」

「まぁ最初の訓練としてはいい方かもしれないね」

 

 無尽蔵の体力を常にMAXパワーで振り回す子供達と遊ぶのは、楽しいものの体力が追いつかない。その分鍛えられていい訓練になるが。

 艦娘としてやっていくのなら体力は必要であるというのは本当に実感した。私、陽炎も未だにフィジカルの面で不足している部分が見当たるくらいだ。もう相当強いのにもかかわらず、筋トレを続けている戦艦組もそういうことなのだとわかる。

 

 艦娘も日々鍛錬。全てが終わるその時まで、訓練は欠かすことが出来ない。

 

 

 

 これで『雲』の件は全て終了となり、明日からは最後に残った太陽の姫の攻略に向けて全員が駆け抜けていくことになる。その筆頭として、あの沈没船についての調査を完了させることが優先されていた。

 今この時でも、空城司令と諜報部隊が集めた情報を照らし合わせているところ。村雨の報告のためにちょろっと入ったが、執務室は大忙しという様相だった。

 

「いやぁまぁ全部整理するのには時間かかるよねって感じ」

 

 ようやく作業に一段落ついたようで、少し疲れた顔の秋雲が私達のいる食堂にやってきた。他の面々も各々休息に入っているとのこと。秋雲は私の匂いを嗅ぎ付けてここに来たらしい。

 諜報部隊以外は各々自由時間ということで、思い思いの場所で休息なり筋トレなりしているのだが、私達は一旦私の部屋で適当に過ごした後、甘いもので心を落ち着けるために、残った異端児駆逐艦でお茶会みたいなものを開いていた。

 

「お疲れ様。明日から動けそうなの?」

「その辺はバッチリよ。あの沈没船の素性もわかったしね」

 

 それはまたすごいことだ。イヨが近付いていろいろと見付け出したようで、それが今までの調査内容と次々と組み合わさっていった結果、いくつかの答えが出てきたらしい。

 私達には何のこっちゃという情報が多いらしく、説明は明日ざっくり執り行われるとのこと。秋雲にも守秘義務とかそういう件であまり大っぴらに出来ない内容が多いらしい。

 

「そこからどう進めていくかは、うちらにゃ決めらんないのよ。最終的には司令の指示を仰がなくちゃね。だから、うちの司令も明日ここに来るってさ」

 

 随分と大事になってきたのがわかる。物部司令までこちらに来なくてはいけないようなことということは、今回の一件は相当根深いことだ。

 

「ま、この鎮守府がどうのこうのとかは無いでしょ。ここ潰したら、太陽の姫の対策が出来なくなるからね」

「最前線だもんね」

「そそ。それに、研究のためにゲロ姉欲しがってる大本営の輩も黙るでしょ。そもそもゲロ姉がここから離れたらおしまいだし」

 

 太陽の姫の対となる者として、この戦いのキーパーソンにされているのは間違いない。M型異端児は全員が鍵になるのだが、私は奴直々の分霊すら効かない唯一の存在だ。戦いの中心に置かれるのは当然のこと。

 そんな私を研究したいからと言って鎮守府から持っていこうだなんて、私がそもそも許さないし、鎮守府全体が反発するだろう。おそらく空城司令もそういう形で文句を言って突っぱねたはず。

 

「ひーちゃんがいないと戦いにならないかもだしね」

「そうだね……陽炎様ありきだよね最後の戦いは」

 

 なんだかこう言われると恥ずかしくなる。沖波だってM型異端児なのだから鍵だし、磯波だって半分くらいはM型異端児なのだから部隊には入れられるはずだ。この2人だって頼りにしている。

 

「姉さんをいいように扱うとか許せませんからね」

「ハギ姉、なんか言い方に他意無い?」

「ご想像にお任せします」

 

 私も研究のためとか言っていろいろされるのは嫌だ。しかも同じ人間からとか、普通に人間不信になるレベルである。

 

「とにかく、艦娘側にはあんまり酷いことにならないように進められるはずだから安心してちょーだいな」

「秋雲は言い方が軽いから安心しきれないんだよなぁ」

「それはこの秋雲さんのキャラをディスっていると見てよろしいか」

 

 こういうおちゃらけた話し方が出来るから、私達は余計な心配をせずに済む。そういう意味では、秋雲のこの軽さはすごく助かるというものだ。むしろ秋雲が深刻になったときが一番怖い。笑ってられない状況って、鎮守府存亡の危機くらいになりかねない。

 

「ところでさ、新人の村雨氏はどったの。早速みんなにたらい回しにされてる?」

「たらい回しにされた挙句、今は夕立と一緒に海防艦の遊びに付き合ってるところだと思う。そろそろ帰ってくるんじゃない?」

 

 なんて噂をしていたら、夕立と村雨が海防艦共々食堂に入ってきた。相変わらずの外でのお遊びで消耗したのだろう。飲み物欲しさにみんなで纏まってここへ。

 

「夕立ねーちゃんマジで強ぇ! あたいら結構頑張ったんだけど!」

「占守もあんなにすぐに捕まるなんて思って無かったっしゅ!」

「ふふん、ダイもシムもまだまだ甘いね。夕立も日々進化しているっぽい!」

 

 この悪ガキ3人は遊び倒してもピンピンしているようである。そう考えると夕立も相当。天才は何をやらせても卒なくこなす。体力の問題までしっかりクリアしてくるのはとんでもないが。

 

「村雨さん大丈夫ですか……?」

「大丈夫じゃ、ない、かな、これ、毎日やってるの……?」

「まぁ、そうですね。おおよそ毎日」

 

 それに対して初めて海防艦の遊びに付き合ったほぼ一般人である村雨は、顔色が悪くなっているほどに消耗していた。大鷹が心配そうに声をかけるが、息も絶え絶えといった様相である。

 大鷹も疲れていたが、それでもまだ普通に子供達を連れてこられるくらい。松輪すらも村雨を心配しているレベル。松輪も可愛い顔してスタミナ無限大なので、占守や大東と同じようにピンピンしているわけだが。

 

「むらさめおねぇちゃん……おみずのんでください……」

「あ、ありがとね、助かる……」

 

 お風呂に行く前にここに来たのは、おそらく村雨のため。疲れの前に喉を潤すことを最優先にされたからである。

 こうなることを予測していたであろう夕立に助言されたか、ちゃんと運動着に着替えているわけだが、見てわかる程に汗だくで遊び続けただろうから確実に水分不足。ちなみに運動着は夕立とお揃い。

 

「す、すごいわね、ここの子達は……」

「村雨さんにもああなってもらいます」

「もっと、時間を、ちょうだい……」

 

 萩風に茶化されるが、無理と言わない辺り村雨も前向きである。やはり、自分が一番罪悪感を持ってる者達から受け入れられたというのは、明るい道を切り開くための第一歩だったわけだ。

 それに、萩風もいい具合に砕けた態度を取ることが出来ていた。もう親しい私達相手にも丁寧なイメージだったのだが、村雨にだけはこういう口も叩く。まだ割り切ることが難しいのだとは思うのだが、それがあるからこそ逆に近しい関係になれている気がした。

 

「こりゃあこのままお風呂行って回復した方がいいね。私らも付き合おうか」

「ぽい! みんなでお風呂行くぞー」

「秋雲さんもついていきましょうかねぇ。もう肩がこっちゃったよ」

 

 そのままみんなでお風呂へ。村雨はフラフラだったが、お風呂に入ればちゃんと回復した。その中でも回復の余波であられも無い声を出してしまったり、子供達に胸を弄られたりで大変なことになっていたが、そこは触れないことにする。

 裸の付き合いでみんながまた仲良くなれたことは言うまでもない。そういう恥ずかしいところを見せてしまったことで、村雨はさらに心を開くことになったのも間違いなかった。罪悪感に苛まれつつも、最後は小さく笑みを見せるほどになっていた。

 

 

 

 夜、あとは寝るだけという状態になり、いつものように異端児駆逐艦が私の部屋に集合。

 

「せっま」

「6人だもんね……」

 

 今回から村雨も参加するものの、流石に1人の部屋に6人も入ると狭い。寝る時には私のベッドに夕立が潜り込み、磯波も自分を隠さずに正面から入ってくるため、なんだかんだで2人分のスペースが確保出来ていれば良かったのだが、3人目の参入は流石に無理。

 夜が更けるまではお喋りでいいかもしれないが、寝るとなるともう部屋を別けた方がいいだろう。

 

「なら、夕立とむーさんは今日は違う部屋行くっぽい。姉妹仲睦まじくイチャイチャするっぽい」

「イチャイチャでは無いと思うけど……」

 

 ここで夕立が率先してここから離れるのは少し想定外。一番私の匂いを堪能しようとしていた夕立が、艤装姉妹の姉が出来たことでそちらにお熱。

 同じ姉妹である五月雨にはそんなことしないのに今ここまでやっているのは、やはりこうなる経緯があまりにも複雑で不憫だからだろうか。同じ異端児であるというのも重要かもしれない。

 

「サミーも呼んで、姉妹3人で寝るのもいいね。その方がむーさんも落ち着けるっぽい」

「五月雨も私を気にかけてくれたからね……」

 

 五月雨も村雨とは話をしており、艤装姉妹というのもありすぐに仲良くなっている。何かあったら力になると力強く宣言した直後に素っ転んでいたのは、もう五月雨の優しいドジっ子な部分を全て表現しているとしか言えない。

 村雨としては五月雨に対しても負い目があった。しかし、五月雨はそんなことを忘れてしまっているかのように構ってくる。それにより、心を開くことは出来ていた。

 

「ということで、夕立とむーさんはお部屋に戻るっぽい! ゲロ様、また明日ね」

「うん。夕立もあんまり村雨困らせないようにね」

「ふふん、先輩であるこの夕立が、むーさんをしっかり導いてあげるっぽい」

 

 ニコニコしながら村雨を引っ張って部屋から出て行った。最初から最後まで振り回されている村雨は、困った表情をしながらも何処か楽しそうではあった。

 

「……多分、今日の夜は酷いことになるよね」

「うん、絶対に悪夢を見るからね。でも夕立が一緒なら大丈夫だよ。私の時もそうだったし」

 

 それが一番心配ではある。今までの悪行を夢で省みることになり、それで睡眠不足になる可能性も無くはない。

 夕立ならその辺りをうまく対処してくれるだろう。酷い夢を見ている時に敏感に反応して起こしてくれたし、その後の処置も完璧だった。

 

「村雨のことは夕立に任せておけばいいね」

「ですね。なので今日は夕立さんの場所が空いている、ということになりますね」

 

 言うが早いか、萩風がベッドに潜り込んできた。今までここまでの積極性を出してくることは無かったので流石に驚く。

 しかし、理由は何となくわかった。村雨のことを割り切れていない萩風だ。前を向いて歩こうと思っても、どうしてもストレスが溜まる。それを解消するために、今日は私を堪能しようとしているわけだ。

 

「ごめんなさい姉さん、今日はちょっと甘えさせてください」

「はいはい。よく頑張ったね萩風」

 

 匂いを堪能するために胸に顔を押し付けてきたため、それを受け入れてやるように頭を撫でた。何度か震えていたが、萩風も生活している時はこれも日常茶飯事なので慣れたもの。

 

「今日は萩風ちゃんに譲るね……陽炎様独り占め」

「そうだね。ひーちゃんの匂い、私にはよくわからないけど、それで落ち着けるなら今日はたっぷり堪能してもらった方がいいね」

 

 磯波と沖波の許可も得た事で、萩風がより一層身体を近づけてきた。ここまでしてくるのは初めてかもしれない。今日は好きにしたらいいと思う。

 

 

 

 明日からは本格的に事を進めていくことになるだろう。のんびりとするのは、今日で最後になるかもしれない。改めての決戦の日は近い。

 




もう村雨は完全に鎮守府の一員として認識されました。一緒に戦う仲間として、これからはみんなと歩いていく事でしょう。とはいえ新人ではありますがね。


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沈没船の真相

 翌朝、スッキリした目覚め。私、陽炎にしっかりと抱きついて就寝した萩風も、この朝は艶々な顔で目を覚ましていた。昨日の疲れとストレスはすっかり抜け落ち、それはもう満面の笑みで朝を迎えることに。私の匂いで随分といい夢が見れたらしい、

 

「おはよっぽーい」

「おはようございまーす」

 

 こちらが準備している間に、夕立が村雨と五月雨を引き連れて私の部屋に突撃してきた。いつも寝起きがあまりよろしくない夕立も、五月雨の前では関係無しに起こされた模様。村雨も五月雨とは昨晩のうちに打ち解けたようである。

 

「村雨、大丈夫だった?」

「すっごい嫌な夢を見たみたいだけど、夕立とサミーでどうにかしたっぽい」

「こればっかりは仕方ないことだよね。ちゃんと私もサポートするよ」

 

 五月雨も村雨のことは艤装姉妹として気にかけていた様子。案の定、夜中に目を覚ますことになってしまったようだが、今までの経験から完璧な対処をしたそうだ。五月雨としてはそういうことは初めてに近いので、夕立が率先して動くという快挙。

 夕立もそういうところは私で慣れているものである。酷い夢もキャンセルしてくれるので、後を引かないからありがたい。

 

「しばらくは私と夕立ちゃんが一緒に寝ることにするよ。毎日嫌な夢見る可能性もあるんだよね」

「あるね。私は毎日ってことは無かったけど、1日置きとかはあったよ」

「なら、艤装姉妹として、村雨ちゃんを支えるよ」

 

 五月雨がいるのなら殊更に安心である。そういう時にドジさえしなければ。

 

「サミー、夕立の時は姉妹って扱ってくれなかったのに、むーさんにはするっぽいね」

「夕立ちゃん、お姉さんって感じじゃないし……」

「不服っぽい!」

 

 何やら姉妹喧嘩みたいになってしまっているものの、微笑ましい光景ではあった。それを後ろから見ている村雨も、それを全く心配していないあたり、似たような言い争いを昨日もしたのだろう。

 そんな村雨も、こちらの顔が見えたら小さく笑みを浮かべた。昨日1日で大分打ち解けたと思う。このペースでみんなと歩いて行ってもらいたいものだ。

 

 

 

 今日は朝から全員が会議室に集められる。今回は資料を全員で見ながらの打ち合わせのため、この大人数が一堂に会した。

 この頃には物部司令も鎮守府に到着。諜報部隊との再会を喜ぶのもそこそこに、この会議のためにあちら側でも調査していた内容を全て持ってきてくれていた。

 

「わかっていると思うが、今日からは最終決戦の準備に取り掛かる。太陽の姫、深海日棲姫の撃破だ。だがその前に、奴の本拠地についての調査報告をしておく」

 

 これはあの場所にあるという沈没船のことだ。私達にはその存在すらわからず、潜水艦隊が遠目で見ている程度だったものを、強行偵察中にイヨが接近するところまで漕ぎ着けた。

 

「イヨ、本当にお手柄だよ。まさか名前まで盗み見てくるとはね」

「ああいう船って、思いっきり書いてあったりするでしょ? だから、優先してそれを確認したんだ。大正解だったね。いぇい!」

 

 船の名前がわかれば、素性もすぐにわかるだろう。それが全て揉み消されていたとしても、物部司令やしーちゃんまで含めた情報網の前には丸裸も同然。

 

「沈没船の名前は『羽裏号(ハウラゴウ)』。今から12年前に失われたであろう客船でした。客船と言っても船旅をしていたわけでは無く、まったく別の理由であの海域にいたようですね」

 

 ここからの説明は物部司令から。沈没船の名前から、その素性を調べ上げていた。当然ながらその存在自体が記録から抹消されていたらしいが、そんなことお構い無しに全てが記載されている。何処でどうやって造られたかまで。

 実際その客船は、本来の仕事である旅をする目的で使われていたわけでは無く、ある意味人を運ぶという理由だけで使われていたらしい。

 

「近くには行けたけど、中を見ることは出来なかったんだよね。船室の窓みたいなところからちょっと見えたけど、沈んで時間が経ってたせいでグッチャグチャだったし」

「12年も経てばそうもなるだろうね。原型がある程度残っていただけでも充分さね」

 

 確かに、どんな造りの船かは知らないが、海底にずっとあるのに朽ち果てていないというのは運が良かったのかもしれない。それこそ、太陽の姫が拠点にしてくれていたおかげで残っていてくれた可能性もアリ。

 

「で、その沈没船は何故沈んだんだい」

「それがですね……正直目を疑いました。()()()()です」

 

 私達が耳を疑う番だった。

 

 魂への侵食だとか、世界に選ばれし者の攻撃が弱点だとか、確かに太陽の姫はオカルト要素がやたら多いとは思っていた。海を染め上げ、渦潮を巻き起こす、天変地異を起こすような奴だし、見た目も邪神そのもの。

 だからといって、そもそもがそういう宗教的なものが関わってくるというのは殆ど頭に無かった。ならどうして深海棲艦なんてものが生まれたのかと言われたら何とも言えないのだが。

 

「それはまた……突飛なところに行ったね」

「社会の裏側で動いていたような組織で、表沙汰にもならなかったようなのですが……構成員はそれなりの数がいたようです」

 

 12年前となると、私は当時3歳。実際はもっと前になるか。そんな宗教が拡まっているなんて当然知らない。そしてそれは、ここにいる面々の誰もが知らないことだった。おそらくこの場にいる中で一番歳上であろう空城司令も、そんな話を聞いても全くピンと来なかったようだ。

 

 あの船、羽裏号だったかがあの海域にいた理由は、それこそ邪教崇拝の一環らしい。細かいところまでは流石にわからなかったようだが、その崇拝対象が海系のモノのようである。

 で、あの場所でミサでも開いていたのでないかというのが今のところの辿り着いた答え。そうでも無ければ、誰にも見つからずにあんな場所に行けやしない。まず出港したこと自体が有耶無耶にされている。

 

「沈んだ理由は……その客船を使ったミサを潰すためでしょう。何でも、その宗教団体は一般人に気付かれないように規模を大きくしていて、政界にまでその手を伸ばしていたようですので」

「なんだいそりゃ……それで船ごと沈めたってのかい」

「はい。痕跡は見つからないでしょうが、おそらく内部で工作員が動いて、そのままエンジン部分を破壊したのだと思います」

 

 その辺りはまだ憶測の域を出ないのだが、船体の残り方から考えて、どう考えても内部で皆殺しにした挙句に船の一部を破壊して沈めたとしか思えない。

 

「私からもいいでしょうか。工場長経由でそれに近しい話をいただきました」

 

 しーちゃんが挙手。裏側で自分の使える限りのコネを使って情報を掻き集めた結果、私達もよく知る工場長からの情報により宗教関係の内容は手に入れていたらしい。

 なんでも工場長が聞いた話というのは、とある人の友人が知らない宗教にハマり込んでしまったことで縁を切ったのだが、それからしばらくして音信不通になったという話だそうだ。沈没船に繋がる話では無いのだが、時期が近しいということで念のため伝えたとのことだが、物部司令の話からしてドンピシャの可能性が高い。

 

「あと、(くだん)の客船ですが、工場長はその造船に関わっていたそうです。造るだけでその後は知らないとのことですが、その時期がおおよそ12年前。信憑性のある情報ですね」

 

 あの工場長、今でこそ海沿いの工場で鎮守府の協力をしているが、今の職場の前は造船業に携わっていたらしい。何に使われているかは知らず、ただ依頼通りに船を造り上げる仕事だったようで、当時は何の疑いも無かったようだ。今になって羽裏号の話が出てくるとは思っても見なかったと驚いていたのだとか。まさかこんな形で使われていただなんて思わなかっただろう。

 

「なんでこれを大本営が早急に対処したがっているかだが……まぁ概ね見当はつくね」

「はい。大本営の誰かがその宗教の関係者、もしくは船を沈めた工作員に指示を出した者でしょう。情報の揉み消しが可能なくらいですし、最悪、()()()()()()()になりますね」

 

 尻拭いという考え方は、あながち間違っていないのではないか。その宗教団体を始末したことで太陽の姫が生まれてしまったから、自分が上に立って何も知らない正義の心を持つ者達を集めて対処しようとしているとなれば、いろいろと辻褄があう。邪教崇拝を潰すためとはいえ、やったことは倫理を無視した大量虐殺。上に立つ者としては汚点になるだろう。

 目覚めたばかりの時の村雨の言葉、太陽の姫は()()()()()()()()()()()()というのもわかる。人間が邪教崇拝をし、それを人間が死を以て失わせ、その結果で生まれたとなれば、それは人間が生み出したと考えられるか。

 

「……太陽の姫は、()()()()()

 

 ここでボソリと村雨が呟いた。一番の側近として働いていた村雨の言葉に、全員が注目した。おそらく村雨は、あの沈没船の中のことも知っている。太陽の姫の巫女なのだから、傍に立つためにも巣の中に入ったことはあるはず。

 

「根拠があるのかい」

「あの船の中に()()()()()()()

 

 依代、つまり私のような選ばれた者が、あの海底に存在しているということか。

 いや、そうでもない。依代という言葉を使ったくらいなのだ。太陽の姫の在り方は、私達とは少し違うのかもしれない。

 

「太陽の姫は、私達とは違う。私達の前に出てきているのは、依代から離れた……いわば影みたいなモノ。あの姫を倒したところで、依代がいる限り蘇るわ」

 

 確かに、太陽の姫は人間とは違った異形だった。下半身が無く、深海棲艦だというのに海面に足をつけることなく()()()()()()。それはまるで亡霊のように。間近で見たことがある私達なら、その異質感がよくわかる。

 それが依代の影だと言われれば納得出来てしまう。だが、影からの分霊で深海棲艦に変えられていたとするのなら、本体はどうなっているのだろうか。その辺りはよくわからない。

 

「まさか……沈んだ羽裏号の中に生存者がいたということですか!?」

「そこまでは私にはわからないけれど……『雲』として10年働いていた私に言えるのは、あの船の奥に依代がいるってことだけ」

 

 とにかく、あの船には依代がいる。それがいる限り、あの太陽の姫は倒れない。倒れたところで蘇る。逆に言えば、依代がいなくなれば、太陽の姫は終わる。その依代が沈没船の内部にいるから、あの異常過ぎる防衛線が張られているのだろう。それを聞いてしまっては、あの戦術というかやり方も理解出来る。

 湧いて出てくる深海棲艦達も似たような存在なら、そっちも辻褄が合う。依代は無いかもしれないが、倒したところでまた生まれる。強行偵察の時に見た無限の防衛線だ。それを攻めに使ってこないだけマシかもしれない。使えないという可能性もあるが。

 

「オカルト要素ばかりだと思ってはいたが、敵は完全に()()()()だったってこった。こりゃ堪ったもんじゃないね」

 

 お手上げとは言わないが、撃破が困難であることは間違いない。依代という弱点がわかったとはいえ、あちらはそれを守るために必死になっているのだから、一筋縄ではいかない。

 

「そりゃ陽炎を欲しがるだろうよ。自分の汚点を早急に消したいから、戦力を増やして沈没船を全部潰すって考えるのも無理はない。汚点を消したい割には自分の手を汚さないなんてクソみたいな考えだがね」

「もしかしたら、自分がM型異端児になりたいなんて考えも……」

「無いね。断言出来る。だったら最初から艦娘なんて作らずに自分を実験台にして対策を練る。それをしていない時点で、自分は命を張ろうと考えてない証拠だ」

 

 あくまでも自分の地位を守ったまま、自分の汚点だけを消したいという、力を持った既得権益者ならではの思考。巻き込まれるこちらとしては堪ったものでは無い。

 特に私は、回り回って世界に選ばれるという巻き込まれ方をしているのだ。本を正せば、その邪教崇拝だかなんだかを穏便な手段で止められなかった当時の連中が全て悪い。関係者全員がこの戦いの原因である。

 

「なら、その依代っていうのも邪教崇拝してたってことなのかしら」

 

 当然の疑問を陸奥さんがぶつけた。確かに、その依代も同じく崇拝者だと考えるのが妥当。あの船に乗っていたということは、そういうことに他ならない。

 宗教にのめり込んだ結果、あの船の中で虐殺の現場に遭遇したものの何故か生き残ってしまったようだが、その信仰心から太陽の姫の依代となっていると考えられる。

 

「それに関しては申し訳ないですが調査中としか言えません。あの船にどれだけ乗っていたかなどは、流石にすぐにはわかりませんでしたから」

「そうよねぇ。そもそも出港自体が揉み消されてるのに、乗っていたのが何処の何奴かなんて簡単にはわからないか」

 

 とはいえ、あの船が何かはよくわかった。大本営との繋がりも殆ど見えたようなものである。

 

 

 

 ここからは、それを踏まえた対策を練る必要があるだろう。私が使っていた初月インナーのように、オカルト要素盛り盛りの武装などが用意される可能性が出てきてしまった。

 




そもそも海の亡霊みたいな深海棲艦なのだから、オカルト要素が付いて回ってもおかしくないでしょう。


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彼女の決意

 物部司令も交えた、沈没船に関する調査結果の発表は終了。その内容は、普通では考えられないような内容ばかりだった。邪教崇拝に使われた客船、羽裏号があの沈没船の正体であり、それを潰すために乗客諸共沈められたのである。

 大本営にはその揉み消された事件の関係者が間違いなくいる。それについてはまだ調査中ではあるのだが、その事件の真相を知られるまでに早急に揉み消したいが故に、私、陽炎の力で艦娘を増やして全てを終わらせようとしているのだと予測された。

 

 また、その話の中で村雨の証言から、太陽の姫は沈没船に存在するという依代をどうにかしない限り、無限に蘇るということが判明。そしてその依代は、()()()()()

 未だに生きているのか、ただそこに在るだけなのかは定かではなく、その人間の素性すら一切不明。とはいえ、邪教崇拝者の虐殺に巻き込まれた結果、太陽の姫に成り果ててしまったのだとしたら、あんなでも被害者といえば被害者。

 

「では、今日1日だけよろしくお願いします」

「ああ、構わないよ。諜報部隊は撤収になるのかい?」

「ここまで来たら最後までお付き合いさせていただきます。と私が決めてしまうのも良くないと思うのですが……全員やる気満々のようで」

 

 本来の諜報部隊の仕事は、沈没船の素性が判明した時点で終わったようなものである。神州丸さん筆頭にそれなりに長くこの鎮守府に出向してきている諜報部隊は、言ってしまえばお役御免。撤収という流れでも問題は無かった。

 しかし、物部司令が言う通り、諜報部隊全員が最後までここにいると進言したらしい。元々は終了日程未定という状態でここに出向してきているようなので、太陽の姫との戦いが終わるまでここにいることも問題無し。

 

「乗り掛かった船であります。そもそもの人員が足りていないこともある故、我々の力も貸したいと思ったのでありますよ」

「調査と取材以外もやっておいた方がいいですからねぇ。敵が無限湧きとなると、これでも戦力少ないくらいですよぅ」

 

 そう言ってもらえるのなら、お言葉に甘えて力を貸してもらうのがいいだろう。空城司令もそう言ってもらえるのならと快く受け入れていた。

 青葉さんの言う通り、戦力が足りないのは顕著だ。太陽の姫だけならず、他の深海棲艦も無限に湧いてくるようなもの。全滅はさせられないにしても、『雲』との戦いの時のように足止めなどをしてもらう必要がある。

 

「私達も、提督にお願いしてもう少しここにいられるようにしてみますね〜」

 

 アクィラさんもそう言ってくれる。元々の予定では今日合わせて後3日の滞在期間の予定だったが、決着までに時間がかかりそうならもう少しいてくれるとのこと。

 呉内司令が管轄する鎮守府も領海が何やら騒がしいらしいので、緊急時はいつでも撤収の流れではあるが、そうでないのなら滞在してもらえる方向に持っていくようだ。

 

「なら、皆最後までよろしく頼むよ。攻略法をまず考えなくちゃいけないがね。あとは大本営との繋がりの部分かい」

「1日だけですが、私もここでお手伝いさせていただきます。今持っている情報を共有しましょう」

 

 裏側は司令達に任せることになる。沈没船と大本営が何かしらの関係を持っているところまでは来たのだから、そこを詰めていくのだろう。というか、私達には触れられないところである。

 

 実際それが決戦に繋がるかどうかはわからない。素性を知って弱点を見つけるというのが最初の目的だったのだが、依代という最大級の弱点の存在が判明した時点で深追いする必要は実際無い。

 だが、余計な横槍は入らなくなるだろう。もしくは横槍が苛烈になるか。空城司令のことだから、後者のようにはならないように言いくるめるとは思うが。

 あまりにも真っ黒な大本営の裏側は、ちゃんと知っておかないと後々面倒なことが起きそうである。そうならないようにするためにも、今から動いてくれるようだ。

 

「時が来るまで、普段通りに過ごしておくれ。あの強行偵察のとき以上の戦いになることは目に見えてるからね。哨戒任務も必要だろうし、せっかくだから演習をしてくれても構わないよ。艤装の修理は全員分終わっていると聞いているからね」

 

 私達は出来る限りのことをするべきだ。せっかく増援がいてくれるのだから、演習を繰り返すことも出来る。というかやる気満々の人(サウスダコタさん)がウズウズしているようなので、この後早速やることになるだろう。私もそこに参加させられることになるかもしれない。

 

「じゃあ解散だ。各々、その時を待っていておくれよ」

 

 改めての決戦の時は近い。それまでは普段の生活をしつつ、英気を養うことにしよう。心身共に完璧な状態で、最後の戦いに臨みたい。

 

 

 

「陽炎、少しいいだろうか」

 

 会議が終わってみんながバラバラと部屋を出て行くとき、長門さんに声をかけられた。今までのことを考えると、やはり長門さんから話しかけられるというのは少し嬉しかったりする。

 長門さんはとても真剣な表情だった。これは軽い話ではない。こちらも心を落ち着けて面と向かう。

 

「何かあった? 随分と神妙な面持ちだけど」

「頼みがある。私にもう一度分霊をしてもらえないだろうか」

 

 突然何を言い出すのだ。私の分霊を受けることがどういうことかわかっているのに。

 

「いやいやいや、長門さんにはもう必要無いと思うんだけど」

「村雨の持っていた、あのお方……太陽の姫への忠誠心を討ち払うことが出来ただろう。それを、私にも施してもらいたいんだ」

 

 長門さんは未だに太陽の姫への忠誠心が残ってしまっている。ようやく敵として認識出来るくらいにまでは回復し、協力者としていろいろと手を尽くしてくれるようになったのだが、手出しは出来ないと自分で言うくらいである。

 それを完全に失うことが出来る手段があるのなら、そうしてもらいたいと望んでいるのだ。今この時でも、唯一太陽の姫サイドの感情を持ち合わせてしまっている長門さんの、最後の願い。

 

 ただ、これは未だに諸刃の剣だ。村雨にはうまく行ったものの、長門さんにうまく行くとは限らない。太陽の姫直々の分霊である村雨と、巫女からの分霊である長門さんでは、分霊の質が違うからだ。

 それに、長門さんの忠誠心は穢れから来る魂の変質とかではなく、長年の心酔で出来てしまった()()()()である。分霊でどうこう出来る問題ではない可能性もある。

 それこそやってみなくちゃわからないが、うまく行ったとしても、長門さんから艦娘の力が失われたりする可能性すらあり得る。魂が黒ずんでいるからこそD型異端児の力を持っているだけで、それを綺麗にしてしまったら艦娘ですらなくなるかもしれないのだ。それは長門さんが望んでいる結末なのだろうか。

 

「……本当にいいの?」

「前に言ったろう。私も一矢報いたいと。皆が命をかけているとき、私だけは戦えないのが歯痒いんだ」

 

 敵対心は生まれても、忠誠心のせいで拳を振り上げることが出来ないと語っていた。今もまだ、その感情は残ってしまっている。徐々に小さくなってはいるが、完治はいつになるかわからない。むしろ治るかもわからない。一生抱えていくことになる可能性もある。

 

「沖波への処置ではまだ確証が無かったが、村雨への処置で出来るということがわかったんだ。だから、頼まれてくれないか」

 

 ここまで思えるようになったのだから、殆ど完治しているようなものな気はする。ここでの生活と、長門さん自身の心持ちが、ここまで道を拓いてくれたのだ。最後の忠誠心の壁は、ちょっとしたきっかけで打ち砕かれるのではないだろうか。

 今からの分霊がそのきっかけになるかもしれない。だが、道を閉ざしてしまうかもしれない。なかなか悩ましい相談だった。

 

「それ、司令には」

「勿論話してある。許可は貰っているんだ」

 

 だが、実際に処置をするのは私なので、最終的には私の意思を尊重するとのこと。司令としては、新人とはいえ戦力が増えることは願ってもないことだし、それが長門さんの立ち直る最後の一押しになるのなら尚更だと語ったという。

 

「……わかった。でも、万全の準備してね」

「すまない、恩に着る」

 

 ならば、それに応えてあげたいというもの。私にしか出来ないことなのだから、私の意思で長門さんに手を差し伸べたい。

 

 

 

 処置の場所は相変わらず医務室。流石にこの処置をするのだから空城司令としーちゃんは同伴。同期値の計測をしながらの処置がいいだろうということで、速吸さんにも付き添いをお願いしている。

 そして、長門さんのことなのだからと今回は陸奥さんが便乗。仲のいい姉妹関係が継続出来ているようで何より。最初の大喧嘩はある意味いいきっかけになったようである。

 

「姉さんのあられもない姿が見られるかもしれないんでしょ? それはもう要チェックよね」

「陸奥……勘弁してくれないか」

 

 苦笑しながら機材が接続されていく長門さん。大人の余裕というか、本来の冷静な性格がしっかり表に出てきているというか、そんな感じ。

 

「はい、これでオッケーです。陽炎ちゃん、処置をどうぞ」

「了解。じゃあ長門さん、あの時よりも酷いかもしれないけど、耐えてね?」

「ああ……覚悟の上だ」

 

 魂に直接触れるのだから、上っ面を中和するのとは訳が違う感覚に襲われるだろう。村雨の時は眠っている状態で処置したというのに、ドッタンバッタン大変なことになっていた。意識がある状態でそれを受けるのだから、それ相応の痴態を晒す羽目になってもおかしくない。それでも覚悟の上だと言うのなら、躊躇う必要は無い。

 

 早速長門さんの胸元に指を突き入れる。もう何度目かもわからない分霊治療のため、ここまでは慣れたものである。問題はこの先。

 

「っお……っ」

 

 魂にまで指を突き入れた瞬間、長門さんが息を呑むのがわかった。そして歯を食いしばったのも。余程の感覚と見える。

 

「ところどころが黒ずんでる。真っ白にすることは出来ないかもだけど、なるべく綺麗にしていくよ」

 

 そこから侵食を解き放つように分霊を始める。巫女による分霊だからか、太陽の姫の分霊と違い綺麗になる速度が段違いに早かった。そのため、より一層慎重にやらなくてはいけない。

 

「っく、くぅ……っ」

 

 それすらもしっかり耐えている長門さんの胆力が恐ろしかった。握り締めた拳は震え、顔は真っ赤になっているが、それ以上の痴態は一切見せない。だが、普通とは違う反応ではあるので、陸奥さんはその光景をやたらニコニコしながら見ている。

 

「D型同期値、少し落ちました。50落ちて270」

「陽炎、これで今どれくらいだい」

「明らかに黒ずんでるってところは大体取れた感じ。やっぱり巫女の分霊はちょっと違うみたい」

 

 太陽の姫と巫女は雲泥の差。劣化コピーと言っても良いほどだった。代わりに、蝕み方が違う。純然たる悪意によって魂を染め上げる太陽の姫の侵食に対し、()()()()()()によって壊していくような侵食。だからだろう、剥がしやすいが、跡が残るという感じ。

 余計なことをすると侵食してしまいかねないため、黒ずみを取り除いたらそのままにしておく。まだ完全に白くなったわけではないが、おかしいと思える部分はこれで失われた。

 

「一度止める。段階踏んでやった方がいいと思う」

 

 分霊を中断。指はまだ引き抜かないが、このままであれば長門さんにも余裕ができるはず。

 

「長門、大丈夫かい」

「……はぁ、はぁ……大丈夫だ。少しクラクラするが」

 

 意思を持ったままの魂への分霊だ。思考を弄られるような感覚に襲われ続けただろう。それが痛みも苦しみもなく、ただただ()()()()()という地獄。違う意味で苦しみを味わう羽目に。

 

「恐ろしくもあるな……太陽の姫への忠誠心が殆ど無い……。だからといって、別に陽炎に対してそういう感情があるわけでも無い。頭がフワフワするが……思考能力に手を加えられたようなものか」

「言い方は悪いが、()()()()()()()のようなものなんだろう。催眠治療みたいなものさね」

 

 確かに、催眠治療とはその通りかもしれない。悪い部分を取り除き、元に戻す催眠。過剰にやり過ぎるとまさしく洗脳になり得るだろうが、そこは私の力。束縛ではなく解放の力だ。そうはならないはず。

 危惧していた、分霊をしても治らないという事態も避けられた。最後の忠誠心は、この魂の黒ずみが原因だったわけだ。取り払わなかったら最後まで残り続けたかもしれない。この治療は大正解だった。

 

「なら、これで終わりにしよう」

「おふっ」

 

 指を引き抜いた。最後の衝撃で大きく身震いしていたが、それでおしまい。

 

「……すごいな。何というか、気分が晴れやかだ。罪悪感は無くならないが……奴への忠誠心はもうカケラも感じない」

「なら、姉さんも艦娘として戦えるわけね」

「ああ、今なら太陽の姫にも拳を振り下ろせる」

 

 グッと拳を握って微笑む。今までずっと苛まれていた忠誠心は今ここに失われ、長門さんは真に人としての自分を取り戻したのだ。

 

「提督、かなり遅くなってしまったが……この長門を艦娘として使ってもらえないだろうか」

「アンタの意思が強いのなら、アタシは構わないよ。だが、間宮と伊良湖が何て言うかね」

「そ、そこを言われると、少し困るな。彼女らにも恩がある。正直な話、食堂の手伝いは今後も続けていきたい」

「どちらもやれるようならやってくれりゃいいさね。それはアンタの意思だ。アタシは尊重するよ」

 

 確実に表情が明るくなっていた。罪悪感は残っていても、忠誠心が失われたことで、心は解放されている。

 

「歓迎する、戦艦長門。アンタの意思は、充分に受け取った」

「ああ、改めて、よろしく頼む」

 

 ガッチリと握手して、長門さんは()()()()()鎮守府の仲間となった。陸奥さんもそれはそれは嬉しそうにしていた。

 




戦艦長門復活。とはいえド新人になるので、村雨と一緒に基礎から猛特訓となることでしょう。決戦に間に合わせるのなら、そうなるよね。


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本来の姿ゆえ

 私、陽炎による再度の分霊により、長門さんから太陽の姫に対する忠誠心が取り除かれた。これで長門さんも改めて艦娘として鎮守府に加わることになる。戦艦という戦力が増えるのはとてもありがたく、それを特に喜んでいたのは、長門さんの艤装姉妹である陸奥さんである。

 

「姉さんと戦えるなんて、感慨深いわね。最初は()()()だったのに」

「蒸し返さないでくれ。今の心境で思い返すと恐ろしく恥ずかしい」

「あら、黒歴史ってやつ?」

 

 忠誠心から生まれる敵対心も全て取り除かれたおかげか、陸奥さんとの会話も本当の姉妹のようになっていた。最初を知っていると大きく変化したことがわかる。構われるだけで嫌な顔をしていたのが嘘のようだった。

 治療が終わった後、すぐに食堂に向かって間宮さんと伊良湖さんに話をしたところ、ほんの少しだけ寂しそうにしたものの、復帰を心から喜んでくれた。そして、とんでもないことを言い出す。

 

「なら、長門さんの特訓は私と伊良湖ちゃんで見ましょうか」

「そうですね、それがいいです。空いてる時間を使って鍛えましょう」

 

 間宮さんと伊良湖さんといえば、たった5分の最高戦力。給糧艦という本来戦闘に参加出来ない艦種でありながら、体力を前借りするような形で誰よりも強い戦力となる。深海棲艦化した私達を止めてくれたのも、鎮守府に接近する太陽の姫を食い止めたのもこの2人だ。代わりにその後の3日間は食堂が開けないほどにダウンしてしまうが。

 その2人が、直々に長門さんを鍛え上げると言い出した。それなら短時間で飛躍的に戦力が上昇するかもしれない。むしろ誰もが羨むような環境である。今までずっと食堂を手伝ってきた長門さんだからこそ、2人が最後まで付き合おうと考えたようだ。

 

「日頃から筋トレくらいはしてるもの。長門さんなら即戦力よ」

「そうか……なら、よろしく頼む。私も食堂の手伝いは欠かさない」

「ふふ、3人で給糧艦ですもんね」

「私は給糧艦では無いのだが……」

 

 ここはもうそういう組み合わせとして認識するのが良さそうである。戦艦兼給糧艦とか、ちょっと艦種がとっ散らかりすぎなのでは。

 

「姉さんのことだし、私も参加させてもらいたいわ」

「どうぞどうぞ。では、長門さんと一緒に一斉射の底上げをしてしまいましょう。しっかり強くなって、最終決戦に臨みましょうね」

 

 陸奥さんもあれ以上に強くなるらしい。2人でのコンビネーションが出来るようになれば、今度は霧島さんがフリーになれるので、より柔軟な動きが出来るようになる。そのためにも、この2人には頑張ってもらうことになるだろう。

 戦艦の艤装姉妹による渾身の一斉射、果たしてどうなるか。ネルソンタッチを超える技に昇華されるだろうか。

 

 

 

 長門さんが艦娘としての道を進むことが決まり、続いては村雨のターン。村雨だって治療によって忠誠心が取り払われ、一緒に戦っていく決意をしている。そのため、まずは艤装のチェックから始まっていた。

 

 しかし、早速躓くことになる。

 

「この艤装、D型なんだよね。でも、村雨は今はM型に戻ってるから、装備出来ないみたい」

 

 ちらりと工廠に様子を見に行くと、夕張さんが困った顔で説明していた。それを聞いていたのは村雨の他には夕立。本当に仲のいい姉妹になったものである。

 

 私の治療により、魂を出来る限り白く戻した結果、村雨は本来のM型異端児に戻っていた。同期値としては沖波よりも高く4000台。もしかしたら、本来はM型異端児側の夕立並みの値だったのかもしれない。魂を真っ白にしたらそこまで持っていけるかも。

 それはとても喜ばしいことなのだが、そのせいで元々ある艤装が装備出来なくなってしまっていたのだ。M型異端児にD型艤装は扱えないというのが普通。村雨も例外では無かった。本来の姿に戻れたが故に、村雨は戦う力を失ってしまったのだ。

 

「じゃあ、むーさんは戦えないってことっぽい!?」

「艤装が無かったら攻撃も防御も出来ないし、そもそも海にも出られないよ。だから、今すぐってわけにはいかないね」

 

 出鼻を挫かれてションボリしている村雨。罪悪感を抱えながらも前を向く決意が出来たというのに、こんな些細なことで道を閉ざされるとは思わなかった。

 

 ここで夕立が私が工廠に来たことに気付き、何か思い付いたように駆け寄ってくる。夕張さんが何か話そうとしていたが、夕立はそれに気付いていない。

 

「ゲロ様、分霊って()()()()()()()っぽい!?」

 

 何を言い出すかと思えば、そんな無茶苦茶が通るわけが無いだろう。確かに私は、D型になっていた沖波や村雨を治療しM型に戻したが、それは相手が人間だからこそ出来ること。分霊は私の力を注ぎ込む手段ではあるが、流石に無機物相手に通用するものでは無い。そもそも、指が刺さらない。

 

「無茶言わないでよ。流石にそれは……」

「試すだけ、試すだけでいいから!」

 

 腕を引っ張られ、艤装に無理矢理手を置かれる。あまりにも押しが強かったので、渋々だが夕立の望み通り、村雨の艤装に分霊を施そうとしてみる。これには夕張さんも苦笑である。

 

「とりあえずやってみるけど……夕張さん何か言うことあったんじゃないの?」

「いや、とりあえずやってみてよ。それで型が変わるなんてことがあったら、こっちの手間も省けるし」

 

 それくらいしか言うことは無いようである。

 

 艤装に触れ、指先を基部に添える。そしてそのまま、人間の魂を見る時のように指を押し込んでいった。

 が、勿論進まない。冷たく硬い金属の感触が指先に拡がるだけだった。やってあげたいのは山々だが、これ以上はちょっと無理。

 このまま注ごうとしても、うんともすんとも言わない。それが当然であり、私の力は艤装には通用しないということがよくわかった。私の艤装が特別。あれは女神(母さん)の力があってこその奇跡。

 

「うん、無理。いくらこれが原初の艤装でも、私が触れるのは魂なわけだし」

「むぅ……ゲロ様の艤装が意思持ってるみたいに言うこと聞くって言うから、むーさんの艤装ももしかしたらって思ったんだけどなぁ」

 

 そういう意味では私は特殊過ぎる。世界に選ばれた、太陽の姫の対となる者だから起きているだけ。多分同じ(ことわり)で考えてはいけない。自分でもよくわからないし。

 

「まぁこの艤装をM型艤装に改造することは出来るんだけどね。すぐってわけにはいかないけど、ちょっと時間貰えれば」

「そんなこと出来るの!?」

「内部構造を取っ替えれば、ガワはD型だけどM型ってことには出来るんだよ。というか、結構そういう艤装は多いからね」

 

 海底からサルベージした艤装なら、外見は正常でも中身がグチャグチャなんてこともあり得る。当然その逆も。パーツ取りなんてことすら。その場合、工廠で整備班が手を加えて動くようにするのだとか。

 M型だD型だというのは、全ては艦娘との接続部分だけでの区分である。見た目は何も関係ない。とはいえ、そういう改造をせずにそのまま扱った方が動きはいいのだとか。手を加えていない最初の状態というのが、艤装にとっては最善の状態なのである。

 

「そういうことは早く言ってほしいっぽい!」

「言おうとしたら夕立が聞かずに陽炎を連れてきたんでしょうが!」

 

 あの時に話そうとしていたのはこのことのようである。もしダメなら、中身を替えてどうにか出来ると。夕立がもう少し落ち着いていたら、私が無茶な分霊をしろだなんて言われなかったかもしれない。

 

「でも、ちょっと時間かかるんだよね。艤装の改造だし。これを一回バラして、D型な部分を取っ払って、接続出来るパーツ持ってきて……って感じ」

「そうなんだ……簡単には進まないのね」

「頑張ってすぐに終わらせるよ。こうなるかもしれないって予想はされてて、昨日のうちから準備だけはしてたんだ。午後の間にはスタート出来るように努力する」

 

 私の治療によって、本来のM型異端児に戻る可能性は最初から示唆されていたそうだ。だが、そうならない可能性も無いわけではなかったため、準備だけはして着手をしていなかったとのこと。始めてしまえばそれなりに早めの時間でM型艤装に改造は可能である。

 その改造の前に、まずは空城司令から許可を貰うところから始まるらしい。流石に無断で改造はよろしくない。しかも今回はD型をM型に変えてしまおうという改造だ。特に話をしておく必要があるだろう。

 

 それは夕張さんの方でやっておくということで、村雨は途端にフリーになってしまった。どうもやる気が空回りさせられている気がする。何というか、運がない。

 

 

 

 出鼻を挫かれたことで、工廠からトボトボと出ていくことになった村雨と夕立。本来だったら艤装を装備して、今からでも海上移動訓練に入っていたのだが、そのやる気が霧散させられてしまった。

 午後イチに出来るとしても、この今の時間がフワフワしてしまった。この空白の時間が一番辛い。

 

「はぁ……ままならないなぁ」

 

 すっかり落ち込んでしまった村雨。ようやく回復したのに、前に進むことを環境が阻害してくるというのはなかなか堪える。

 

「なら、今は体力作りっぽい。艦娘はフィジカルも大事だからね」

「そうだね。私達はみんな通ってきた道だよ」

 

 艤装が無くても出来ることはある。私達が改二になるためにやってきた訓練がその1つだ。筋トレ、持久走、遠泳と出来ることはまだまだ沢山ある。特に筋トレは結構大事。今後やる海上移動訓練にも影響があるはずだ。

 長く深海棲艦をやらされていたとしても、人間に戻ったら練度1。あれだけやれていた海上移動は出来なくなり、砲撃の精度もあって無いようなもの。村雨(『雲』)に至っては、海上ではあのクッション型の艤装に腰掛けていたくらいだし、その足での移動は得意では無いのかもしれない。

 

「そう、よね。うん、こんなことで挫けてたら、罪滅ぼしなんて出来ないもの。やろうって決めたんだから、やらなくちゃ」

 

 すぐに気を取り直して、次の道を拾う。前向きに生きていくためにも、こんなところで挫けるわけにはいかなかった。

 

「私も付き合うよ。下半身強化は必要だからね」

「ぽい! 夕立も一緒にやる!」

 

 私もその辺りのトレーニングは必要。『蜃気楼』の連続使用のために出来ることはちゃんとやっておかなくては。夕立はそういうことではなく、ただ一緒にいたいだけ。

 

 そういうところを鍛えるために一番手っ取り早いのは、昨日体験してもらった海防艦とのお遊びなのだが、今日はあちらが対潜訓練中。せっかく五十鈴さんと龍田さんがまだいてくれるのだからと、対潜部隊もやれることを進めていく。

 相手をするのは潜水艦隊。最終決戦ではまた沈没船に近付いてもらう必要があるのだから、より強くなる必要がある。前回ではイヨしか近付くことができなかったが、次は依代の破壊のためにも2人以上は近付いてもらいたい。

 

「速吸さんが空いてたらプラン作ってもらおう。そうでなくても持久走くらいなら誰もいなくても出来るからさ」

「手始めに鎮守府1周行っとくっぽい? 行っとくっぽい?」

「何が一番いいかは私にはわからないから、その辺りは任せるわ。先輩方の通ってきた道を、私も今から急ピッチで進まないとね」

 

 落ち込んでいたものの、次の道が見つかったことですぐにやる気を取り戻した村雨。罪を償いたいという気持ちで、今だけは何処までも前向きになっていた。

 

「むーさん、やる気満々っぽい。夕立も気合入ってきたっぽーい!」

「あはは……だって、せっかく許してもらえたんだもの。本当なら殺されても文句言えないくらいのことをしているのに、私は仲間として扱ってもらえてるんだから、その思いに応えなくちゃね」

 

 小さく微笑む村雨。まだまだ折れていない。むしろ、最初にボッキリ折れていたからこそ、芯が強くなっているのかもしれない。

 

 

 

 みんなが強くなろうとしているところで、村雨だけ置いてけぼりを喰らいそうだったが、これは今日中になんとかなりそうだった。こんな状況に陥っても、村雨自身のやる気が衰えていないのは良いこと。

 

 それなら私達も協力しよう。村雨のやる気を消すわけにはいかない。

 




沖波がD型にされていた時、やろうと思えば艤装をD型に変えることも出来ましたが、あの時は治療の余地も考えて保留にしていました。何をやっても戻れなかったら、改造されていたでしょうね。


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瘴気

 早速艦娘としての訓練を始めていこうとした村雨だったが、艤装が装備出来なかったため、思い切り出鼻を挫かれてしまった。艤装が改造され、M型異端児でも装備出来るようになってからが本番ということで、今は速吸さんに組んでもらったプランで体力作りから始めている。

 今日のプランは海上移動を見越したバランス能力と、下半身の強化を目的とした体幹トレーニング。ただし、普通以上に身体を酷使していくのには変わらず、子供達と遊ぶ以上に疲れるのは言うまでもない。

 

 私、陽炎は夕立と共に便乗。多少は慣れているため、ペースメーカーとして一緒にいてあげるのはアリかなと思う。夕立はそういうのお構い無しにやっていくので、私が引っ張っていく感じに。そういう意味では、夕立はサポーターに向いていない。

 

「た、立てない……脚が……」

 

 それでも村雨はガタガタになっていた。なるべくペースを落とし、それでもプラン通りに鍛えられるように進めてきたと思うのだが、それでも初心者の村雨には相当キツいことになってしまったらしい。

 私はまだ余裕あり。夕立は息すら切れていない。それなりの時間を戦ってきた甲斐があるというもの。

 

「まだまだ新人だしね。これは仕方ないよ」

「みんなはこんなこと、いつもしてるわけ……?」

「いつもじゃないけど、それなりにはね。演習はこれ以上にしんどいからさ」

 

 外で訓練していたため、海の方を指差す。そこでは、相変わらず霧島さんとサウスダコタさんが激しい演習を繰り広げていた。今回は霧島さんが若干優勢。前回負けているため、ここで勝っておきたいという執念じみたものを感じる。

 太陽の姫を撃破するためには、またあの激しい防衛線を潜り抜ける必要があるため、より長く戦うためにも強くなる必要がある。個人技も当然必要なため、ああいう1対1の演習も幾度となく繰り広げられている。

 勿論部隊としての演習もやっている。しかも今回は相手側が支援部隊というわけではなく、全ての艦娘からランダムに選んだ6対6。チームプレイの訓練も兼ねているため、あまり組んだことがない相手と連携をすることになる。今ここにいない異端児駆逐艦3人は、そちら側に参加しているところだ。

 

「あそこに私も参加するのね……」

「そのうちね。すぐには無理でしょ。海の上に立つことも出来ないのに」

「艤装が装備出来るようになってからよね。今日中に出来るのかしら」

 

 そこは今、裏側で夕張さんがいろいろやってくれている。午後のうちに全てが解決し、村雨も海の上に立つことが出来るようになるはずだ。問題は、まともに移動出来るようになるまでにどれだけの時間がかかるかということ。

 

「むーさんならすぐ出来るっぽい。夕立がちゃんと教えたげるっぽい」

「ありがと、夕立。すぐにでも戦いたいもの。すぐにマスターするわ」

「焦ったら酷い目に遭うから、落ち着いてね」

 

 多分最初は水浸しになるだろう。それは誰もが通る道。一発でうまく行くことはまず無い。村雨に至っては、『雲』の時にその足で海上移動していたわけでも無いので、感覚すらもないど素人。夕立や他の人達がうまく導いてあげられればいいのだが。

 

「あ、哨戒部隊も戻ってきたね」

 

 村雨の疲れを取るべく軽めのマッサージをしていると、演習よりも向こう側に戻ってくる哨戒部隊の姿が見えた。午前の部も終わりが近いということで、村雨の訓練も一旦終了。お風呂に入って午後の部に備えてもらわなくては。

 

 

 

 お風呂に入ったことで、村雨も回復。まだ多少は疲れが残っているようだが、歩くのに支障が出ないくらいにはなっていた。

 一応艤装の改造具合を聞こうと工廠に向かったところ、哨戒部隊が司令2人と話をしていた。ひとまず艤装を下ろしたが、何やら急ぎで話さなくてはいけないような事態が発生したらしい。

 

「ふぅむ……それは本当かい?」

「アクィラさんが言うから、多分間違いないと思うよ。あたしにゃよくわからなかったけど、鷲の目だからねぇ」

 

 哨戒部隊旗艦である加古さんが、少し困った顔で説明していた。というか、部隊の全員が戸惑った表情。

 

 近海の哨戒ではあるものの、また太陽の姫の本拠地周辺にまで近付くコースを通るため、念のためとアクィラさんがその部隊に便乗している。旗艦加古さん、随伴がアクィラさん、プリンツさん、青葉さん、菊月、初月。

 そして、そのアクィラさんがその海域で何かを発見したらしい。加古さんが言うには、海上ではピンと来なかったが、鷲の目だからこそそれがわかったのではないかと。

 

「多分だけれど、あの色がおかしい海域あったわよね。あそこ、()()()()()と思うわ」

 

 太陽の姫が本拠地としている沈没船の上、渦潮が発生しているあの場所は、海が真っ赤に変色していた。あの戦場にいるときからアクィラさんが忠告してくれていたことであり、諜報部隊と対潜部隊、そして私と沖波は、その真っ赤な海の上に立っている。

 渦潮を中心にそれなりに大きな範囲が染まっていたが、アクィラさんは、その範囲があの時より大きくなっているのだと言う。

 

「戦闘中だったから大体の位置でしか覚えていないし、正確にどれだけ拡がったかは何とも言えないけど、前より早い段階でおかしい色が確認出来たの。なら、拡がってるわよね」

 

 拡がっているか、()()()()()()のどちらかになる。あの変色にどういう意味があるのかはわからないが、少なくともいいことにはならないだろう。

 

「神州丸がその場所の海水を確保してきてくれましたが、無色透明でした。現場を見ていない私には、色が変わっているというのは実感出来ませんでしたね」

「青葉が映像に収めていなければ、多分誰も信じませんよぅ」

 

 ここに持って帰られた海水は、何も変わらないただの海水だったという。成分分析とかが出来たのかはわからないが、とにかくそういうのなら間違いはない。

 つまり、あの赤さは海水そのものが染まっているわけではなく、何かしらの影響で赤く見えるだけということ。

 

「おや村雨、いいところに来てくれたね」

 

 交渉に訪れた私達を見て、ちょうどいいと空城司令が手招き。拒否する理由もないので、村雨に便乗して私達もその話の中へ。

 

「村雨、あの赤い海はどういう理由でああなっているか知っているかい」

 

 ()()()()()()を穿り返すのは申し訳ないがと付け加え、何か知っていることがあればと話す。

 やはり太陽の姫について一番詳しいのは村雨だ。本拠地の沈没船のことを知っているのなら、あの変色した海域についても多少なりとも知っていてもおかしくはない。

 

「赤い海……太陽の姫の力が届く範囲が、視覚的に表れちゃってるところのことね」

「力ねぇ。奴が持っている力がどういうものかはまだよくわかっちゃいないんだが」

()()って言えばいいのかしら……あの頃の私には、ただただ心地良い空気としか感じられなかった。深海棲艦を昂揚させるものなのかもしれない」

 

 私や沖波があの海域に侵入したときは、何も感じなかった。それは深海棲艦ではなかったからだろう。あの赤い海も、色が違うだけのただの海という認識だった。

 だが、深海棲艦にとっては心地良い空気を感じると。いるだけで昂揚する空気、村雨は瘴気と表現したが、そういうのが立ち込めているというのなら、あの赤い海の上での戦闘は危険なのかもしれない。

 

「あー、確かに。青葉はあの場所、何と言うか()()()()()()の中にいるみたいに思えたんですよねぇ」

「僕もだ。何か得体の知れない空気を感じた。あの色合いから感じただけだと思っていたが……」

 

 ここで青葉さんと初月が気になる発言。私は何も感じなかったのに、青葉さんは違う空気を感じたと言う。

 

 この差は何だと考えたものの、そんなことすぐにわかった。あの場所で何も感じなかったのは私と沖波、M型異端児。対する青葉さんは異端児ではなく普通の艦娘だ。

 M型異端児には効かず、普通の艦娘や深海棲艦には何かしらの影響を与えるということは、その瘴気というのはまさか。

 

「陽炎、アンタはあの海域に入ったんだったね?」

「うん。でも、私は何も感じなかった。沖波もそう言ってたよ」

「ということは、だ。その瘴気とやらは、陽炎の言う『魂の穢れ』ってのが大気中に拡がってるってことになるんじゃないのかい」

 

 私も同じことを考えた。穢れは分霊の結果、魂に纏わり付くようなものだ。太陽の姫から直に分霊を受けるのは別として、そうで無ければM型異端児には一切効かない。それは実証済み。だが、他の艦娘にはモロに影響を与える代物である。

 あの場所に長い時間いるだけで、分霊に近い効果があるのだとしたら一大事だ。特にD型異端児。分霊の速度が普通より早いため、最悪の場合、赤い海に入った瞬間に深海棲艦化の可能性すらある。

 

「陽炎、まずは青葉の魂を確認してもらえるかい」

「だよね、うん、そう来ると思った」

「あ、青葉ですか!?」

 

 少し後退りする青葉さんだったが、最悪の事態になる前にチェックだけはしておくべきである。

 それに気付いたからか、物凄い笑みを浮かべたアクィラさんが青葉さんを羽交い締めにした。

 

「ちょっ、アクィラさん!?」

「アオバ、万が一のことがあったらダメでしょう?」

「そ、そうですけどぉ、心の準備が」

「見るだけなら何も感じないから安心して」

 

 アクィラさんが動きを止めていてくれたので、すぐにでも魂を見ることが出来た。青葉さんの胸元に指を突き入れ、魂に触れる。

 

「う、うわぁ、本当に何も感じない……見るのとやられるのでは全然違いますねぇ……」

 

 秋雲にはやっているが青葉さんには初めてだ。治療以外ならば何の影響も与えず、ただ内側を見るだけ。それだけで今回の件はわかるはず。

 そして、青葉さんの魂に触れた。おそらく青葉さんは普通の艦娘な上、扱っている艤装はM型。異端児程ではないが、真っ白な魂である。

 

 しかし、

 

「あ、これ……ほんの少し穢れがある」

 

 その魂に小さな小さな穢れらしきものが確認出来た。深海棲艦化から復帰することが出来た者よりは格段に少なく、それこそ()()()()()()程度。

 これをそのままにしておいた場合、穢れが拡がって最後は……となってしまいかねない。あの場所に居続けたらより早くなり、離れてもジワジワと蝕むような呪い。

 

「青葉さん、ちょっと我慢して」

「我慢ってもしかしおっほうっ!?」

 

 そのままにしておくわけにもいかないので、手早く中和。奇声は聞かなかったことにする。

 これで青葉さんの魂からは穢れが失われて、また綺麗な真っ白に戻った。深海棲艦化の恐れは無いと言っても過言では無い。

 

「この感覚はあまり何度も感じたいものではありませんねぇ……ジャーナリストとして自分で体験出来たのは良しとしますけどぉ」

「ごめんごめん。でもそのままにしてたら青葉さん、私達みたいになってたかもしれないんだから」

「なんですかその酷く説得力がある言葉」

 

 あの赤い海に行って、今日で2日。ずっと体内で燻り続けてあの程度の大きさなら、あの穢れが魂を侵食しきるまでにはそれなりに時間が必要なのだろう。だが、赤い海の上にいる状態なら、その速さはわからなくなる。それこそ戦闘中に深海棲艦化なんてことも無いとは言えない。

 

「赤い海が拡がってるってことは、太陽の姫に辿り着くまでに瘴気を浴び続けるってことになるわけだ。いざ戦い始めたら手遅れって可能性まで出てきちまった」

 

 調査のためにあの場所に居座った時間はそこまで長くない。1時間もいなかったくらいだ。それでこの程度の穢れの蓄積。あの海域に行くまでに赤い海を通らなくてはいけないとなったら、より大きくなる。

 さらには、深海棲艦を昂揚させる効果があるということは、その分強化している可能性もある。太陽の姫に辿り着く前に戦闘をさせられ、時間を稼がれていざ辿り着いたら穢れは大きくなりすぎているなんてことまで考えられる。

 

「巫女がいなくなったから、見境が無くなったのね……。近付く者を全部取り込んで……」

 

 艦娘だからこの程度で済んだのかもしれない。ただの人間が赤い海に触れた場合、即座に深海棲艦化という可能性すらあり得る。

 今までは『雲』という抑制装置的なものがあったからここまでしてこなかったが、それが無くなり、たった1人になったことにより、強硬手段に出てきた。

 

「アクィラ、午後からも調査を頼んでいいかい。どれくらいのスピードで拡がっているかは知っておきたい」

Volentieri(了解). ちょっと強めに見てくるわ〜」

「あと、D型異端児は哨戒から外そう。今回はいなかったからいいが、もし足を踏み入れたら最悪なことになりかねない」

 

 太陽の姫への対抗策もそうだが、赤い海の侵食についても考えなくてはならなくなった。ただでさえ厄介なのに、さらに厄介なことに。

 

「……ちょっと待て。あの赤い海に入ったのは、諜報部隊だけじゃないだろう。青葉がコレだったんだ。全員に陽炎の検査を受けてもらう必要がある」

「僕も中和をお願いしたい」

「すぐにやるよ」

 

 ここにいる者では後は初月。これはすぐにでも終わらせられる。だが、あの場にいた他のメンバーを思い返していた時、空城司令の顔が歪んだ。

 

「あとは……まずい、海防艦(子供達)が入っている。これが終わったらすぐに検査だ。もしかしたら、子供の方が侵食が速いとかあるかもしれない」

 

 それは本当にまずい。松輪はM型異端児なので心配はいらないが、占守と大東はそうではない。侵食をモロに受けている可能性がある。昨日までは正常だったとしても、今はおかしくなっているかもしれないのだ。

 

 

 

 違う方向でてんやわんやになってきた。この呪いだけは早急にどうにかしなければ。

 




海防艦の深海棲艦っていないんですよね。出てきたところでってところはあるかもしれませんけど。潜水艦でしか最短ルート通れないのに、ボスが海防艦の姫とかだったら笑うしかない。


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続く治療

 太陽の姫が本拠地としている赤い海に入った者は、M型異端児で無い限り、その時点で魂への侵食を受けるということが判明してしまった。さらにその赤い海は現在進行形でその範囲を拡げているという。

 強行偵察の際にあの海域に入った者はそれなりにいる。ひとまず今回の哨戒部隊である青葉さんと初月はその場で治療を施したが、残りも早急に治療する必要があるだろう。

 特にまずいのが、潜水艦隊とそれを沈没船に近付かせるために奮闘していた対潜部隊だ。あの中には、艦娘の中でも一番若いと言っても過言ではない海防艦が含まれている。松輪はM型異端児のため心配は無いのだが、占守と大東は影響を特に受けている可能性があるのだ。

 

 哨戒部隊は青葉さんと初月の処置が終わったため、そのまま休憩に入ってもらう。私、陽炎は訓練している対潜部隊と潜水艦隊が戻ってくることを待つ。便乗していた夕立と村雨はこの治療にも付き合ってくれることになった。

 空城司令も勿論この場に残るが、物部司令は今のうちに他の諜報部隊の面々、神州丸さんと秋雲にこのことを伝えておくと執務室へと戻っていった。治療がどういうものかを青葉さんのそれで見ているので、呉内司令の時のように少し居心地が悪くなったのだと思う。それに関しては申し訳ない。

 

「対潜部隊は今訓練中だったよね。外で見たよ」

「ああ、哨戒部隊が帰ってきたから、そろそろあちらも切り上げるだろうさ。最優先は海防艦、次が潜水艦隊だ。侵食されていなくても確認はした方がいい」

 

 私にしか出来ない治療法。空城司令の指示で、私が1人ずつ確認し、魂に穢れがこびりついていた場合はそれを中和する。

 だが、この治療には過剰な快楽を伴う。先程やったように青葉さんや初月くらいに身体が出来上がっているのならまだしも、占守と大東は本当に子供だ。凄まじい背徳感が付き纏う。

 

「何もなってないことを祈りたいなぁ」

「あの子達も艦娘だ。子供とはいえ、柔じゃないさ。信じてやりな」

 

 そうであってほしい。負担はかかるが、死ぬ程ではないはずだ。そのままにしておくよりは確実にマシ。そう思って処置に当たろう。

 

 そう話しているうちに、訓練を終えた対潜部隊と潜水艦隊が工廠に戻ってきた。見た目は至って普通。体調不良を訴えるようなことは今まで無かったようで何より。青葉さんや初月と同じように、無自覚なまま侵食されているようである。

 

「あ、陽炎おねーさんっしゅ!」

「お出迎えかしらね〜」

 

 占守は龍田さんと、大東は五十鈴さんと手を繋いでここまで戻ってきた。強行偵察の際に随分と仲良くなった様子。松輪は相変わらず大鷹と一緒である。

 この6人は松輪を除く5人が治療対象。相手がいくら援軍だとしても、これに関しては容赦なく行かなくてはいけない。

 

「もうマジで容赦無さすぎなんだけどぉ!」

「爆雷の音で耳がキンキン言ってるー」

 

 同時に海中からも潜水艦隊の4人が浮上してきた。対潜部隊にボッコボコにされたらしい。その分さらなる成長もあったようで、練度はしっかり上がった様子。

 そして残念ながらこの4人も治療対象。特にイヨは沈没船に一番近付いているため、もしかしたらこの中でも一番侵食が進んでいるかもしれない。対潜部隊と同様に、見た目と態度にはその影響は見当たらず。

 

「陽炎ねーちゃん、なんでここにいるんだ?」

「これについてはアタシが詳しく説明する。割と厄介な事態に陥っているから、心して聞いてもらいたい」

 

 空城司令の深刻な表情に、戻ってきた10人も少し真剣な態度に。子供達も普通ではない空気に少し緊張している。

 そもそも、村雨はさておき、夕立がこの状況で静かにしているというだけでも事態の深刻さがわかるというもの。冗談ではないということがヒシヒシと伝わってくるだろう。

 

「アンタ達は、太陽の姫がいる赤い海に足を踏み入れているね?」

「そうね。対潜部隊は全員がそこに入ってるわ。やたら重苦しい雰囲気だったから、嫌でも緊張感が走ったのを覚えてるわね」

「イヨ達も当然だね。踏み入れたっていうか、潜っていったけど。五十鈴さんの言う通り、こっちもなんか神妙な雰囲気感じたかな。本拠地のところだし、緊張しちゃってんのかなーって思ったけど」

 

 青葉さんと同じような証言。海中でも同様の効果があるようである。

 この2人の発言から、みんながそうだそうだと同意を示す。やはりあの場所で何かしら普通とは違う空気を感じ取っている。それが太陽の姫が撒き散らしている瘴気であることは当たり前だが気付いていないのだが。

 

「あの……まつわはそんなの……かんじなかった……です」

 

 でもただ1人、松輪だけは瘴気を感じ取っていない。私と沖波だけならさておき、松輪までもがそう言うのだから、やはりM型異端児にだけは効かないということが確定。

 

「まつわ……みんなとなにか……ちがうんですか……?」

「いや、これは予想通りだよ。松輪だけがその空気を感じ取れなかったから、ほぼ確定だった予想が完全に確定した。陽炎や沖波でも感じ取れなかったんだからね。松輪は何もおかしくないよ」

「そ、そう、ですか……よかったです」

 

 少し安心した様子。周りと自分だけが違うと言われたら、これくらいの年頃なら不安になるだろう。

 むしろ、よく勇気を出して同調せずにいてくれた。嘘をついてでも仲間外れを嫌ってもおかしくないと思うが、そこはやはり艦娘ということか。虚偽の報告は仲間を危険に晒す可能性があるのだから、必ず嘘偽りない言葉を包み隠さずに話してくれる。

 

「あの場所に長くいると、魂を穢され、()()()()に取り込まれることがわかった。最悪、深海棲艦になっちまう。少しいただけでも、魂がゆっくりと穢され続けているだろう」

 

 シンと静まり返った。分霊ならばもうみんなわかっていることだが、空気感染だなんて話は今まで出ていない。私達だって初めての事態に驚いているわけだし。

 

「ちなみに、もう実例が出ている。諜報部隊としてあの海に足を踏み入れている青葉と初月が侵食されていることを陽炎が調査済みだ。アンタ達が戻る前に治療も終わらせているがね」

 

 言葉だけなら絵空事と感じてもいいのだが、既に実例が存在し、治療すら終わっているとなると話が変わる。深海棲艦化の恐怖は私達が身を以て教えているのだから、そんなことにはなりたくないと感じるのが艦娘としては普通。

 

「陽炎さんなら治療出来るものでしたよね」

「ああ、例の分霊による中和で治療は出来る。だが、理解しているとは思うがその時に()()()()()()

 

 大鷹の言葉に、空城司令が即座に返す。すぐに治療をしてしまえば、深海棲艦化どころか敵対の恐怖も無い。

 しかし、その()()()()の部分を察することも容易である。分霊がどういうものかを知っているのだから、中和も同じことになることくらいわかること。意味がわからないであろう子供達はさておき、五十鈴さんや龍田さんすらも困ったような表情である。

 

「で、だ。いの一番に子供達の検査をしたい。身体が小さい分、侵食が速いなんて言われちゃ困るんでね」

「そうなるわよね〜。それがいいと思うわ」

「風邪とかも、子供達の方が悪化しやすいものね。その意見は賛成よ」

 

 これはやはりみんな思うことだったようで、子供達の治療は早急ということで収まる。残りは順次。

 

「まさかとは思うが、治療を受けたくないなんていう奴はいないね?」

 

 最後に念押し。少し脅すような感じになってしまっているが、ここで治療を拒むようなことがあった場合、その理由を問い詰めなければならない。既に侵食が酷いところまで進んでしまっているか、何らかの意思があるか。痴態を見せたくないというのであれば、ちゃんと個室を用意する。私と2人きりならまだマシだろう。

 どんな理由があれど、裏切り行為に繋がってしまうのはよろしくない。これは拒否しないはず。

 

「姉貴、ダメだよ。いっくら自分でも体験してみたいとか思ってたとしても」

「い、イヨちゃん!?」

「妹だからそれくらいわかんだからね。姉貴、陽炎さんの例の動画見たときからちょっと拗らせぶべっ!?」

 

 ヒトミがイヨの鳩尾に1発入れた。余計なことを言うんじゃないという渾身の一打により、イヨは蹲って黙らざるを得なくなった。

 

「大丈夫……大丈夫ですから……治療をお願いします……」

 

 先に恥ずかしい思いをさせられたことで、治療による痴態なんてもう苦でも無いとでも言わんばかりに力強くお願いしてきた。さっきのは聞かなかったことにする。他人の趣味嗜好に口を出すのはナンセンス。

 

 対潜部隊の方からも治療を拒否する者が出なかったため、そのまま治療に入ることになる。

 

「じゃあ、まずは艤装を下ろしてもらいたい。ついでに潜水艦隊は着替えてきておくれ。念のためだが、水着のままはよろしくない。アンタ達はそれ自体が艤装だからね」

「はい……戦う力は失った方がいいということですね……」

「そういうことさね。艤装を装備している状態で暴れられたらどうにも出来ない」

 

 青葉さんの時にはその場でそのまま有無を言わさず治療をしたが、本来はある程度警戒が必要だ。信用していないわけではないが、一番近付いている上に海中にいたイヨに関しては、なるべく警戒したいところ。

 

「なら、潜水艦隊が着替えている間に、対潜部隊はさくっと終わらせましょ。その方がいいわよね?」

「ああ、すぐに処置を始めよう。艤装を下ろしたら医務室に来ておくれ。あと先にトイレに行っておくんだよ。訓練の後だから、全部スッキリしてから来な」

 

 艤装を下ろすだけでいい海上艦の対潜部隊は先んじて治療をすることになるだろう。まずは海防艦の子供達をどうにかすると言っているのだから、その方がいい。

 

 

 

 医務室には私と空城司令だけが入る。村雨と夕立には、念のため医務室の前で待機してもらうことにした。

 これに関しては詳細な記録を残さない。青葉さんは自分自身が受けたので、その情報があれば充分だろう。ただ、治療を施されたということだけが報されるのみ。

 

「治療って何するんすか?」

「あれだろ? 陽炎ねーちゃんが指ズボーッてしてくるヤツ!」

「あー、あれっしゅね! 何だか楽しみっしゅ!」

 

 楽しみにされても困る。子供にあの感覚が耐えられるかどうか。

 この治療は対潜部隊全員に医務室に入ってもらって行なうことになった。子供だけでここにいるよりはいいだろう。先程工廠に戻ってきた組み合わせで保護者が出来上がっている。

 

「陽炎ちゃん、ちょっといいかしら〜」

「ん、なに?」

 

 治療の前に龍田さんにちょいちょいと招き寄せられる。近寄った途端に内緒話のように顔を近付けられる。

 

「これ、ジッとしていないと処置出来ない感じかしら」

「なるべく動かないでもらいたい。私もある程度は集中するし、暴れられて手元が狂ったらまずい」

「そうなのね。じゃあ、くすぐって笑ってる間にちょちょいというわけにはいかないのね」

 

 なるほど、別の感覚がある内に処置をしてしまえば、()()()()に集中することなく終わらせるなんてことが出来たか。だが、くすぐられる子供なんて大騒ぎするに決まっているため、おそらく処置のしようが無くなる。

 龍田さんはそこまで考えていてくれたようだ。なるべく子供に負担がかからないようにしようとする思いやりはありがたい限り。

 

「陽炎おねーさん、占守からよろしくお願いするっしゅ!」

「ジャンケンで負けちまったーっ! シムが先でいいぜー」

 

 あちらはあちらでこの治療を遊びか何かと勘違いしてそう。これからどうなるかも知らずに。

 

「じゃあ、動かないようにするわね。占守ちゃん、ちょっと我慢してちょうだい」

「はいっしゅ! 龍田おねーさん!」

 

 素直に言うことを聞いてくれるのはありがたい。やんちゃな占守でもこういうところはしっかり従順。

 龍田さんが押さえつけてくれている間に、占守の胸元に指先を突き入れた。

 

「ほ、ほあーっ、入ってる、入ってるっしゅ!」

「すげー! 手品みたいだぜー!」

 

 騒がしくなるのは我慢せざるを得ない。これは子供達に我慢しろという方が難しいと思う。何も言わないにしても、松輪だって興味津々にこちらを見てきているくらいだし。

 

「……青葉さんよりも穢れが多いね。やっぱり子供だから侵食が速いのかもしれない」

「すぐに気付けてよかったじゃないか」

「だね。じゃあ占守、今から治療をするから、我慢してね」

「了解っす!」

 

 意気込みは充分。ならすぐに終わらせてあげよう。慎重にやりすぎて長々とあの感覚を味わわせるのは酷というもの。もう一度や二度では無いくらいにこの処置をしているのだから、慎重かつ迅速に終わらせる。

 穢れ自体は青葉さんよりも数倍大きかったが、包み込むとかそういう大きさでは無いため、処置の時間自体はおそらくすぐに終わる。青葉さんでもすぐだったわけだし、占守も速攻だ。

 

「ひゃんっ!?」

 

 分霊を始めた瞬間、大きな声と震え。龍田さんが押さえ付けていなかったら、身体が大きく跳ねて手元が狂っていた。だが、固定してくれていた甲斐もあり、処置はすぐに終了。範囲が少し大きかろうが、この程度なら数秒で終わる。やはり直に打ち込まれているよりは簡単だ。

 

「はい、おしまい。よく我慢したね。えらいえらい」

「ふへ……お、終わったっしゅか……」

 

 先程の騒がしさが嘘のようにしおらしくなっていた。少し涙目で、息も荒い。

 この様子を見ていた大東まで静かになってしまった。占守の見たことのない姿を目の当たりにしたことで、唖然としているというか、驚きが強いというか。

 

「次、大東行くよ」

「お、おう! ばっちこーい!」

 

 その意気込みも、治療の瞬間に変わり果て、占守と同じようにしおらしくなってしまう。くたっと力も抜けて、五十鈴さんにもたれかかっていた。

 

 

 

 恐ろしいほどの背徳感。だが、治療しなければ深海棲艦化を免れないというのなら、心を鬼にして処置していこう。子供であろうが容赦なく、私の出来ることをしていかなくては。

 




心臓に負担がかかるようなものだからね。息は荒くなるし、涙目になるし、力が抜けちゃうのは仕方ないよね。事前に司令がトイレに行くように指示したのも、そりゃあねって感じ。


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海上と海中

 私、陽炎による、赤い海に足を踏み入れた者に対する治療が続く。一番の鬼門であった海防艦の子供達への治療をいの一番に終わらせたのだが、やはりその時の感覚があまりよろしくなかったか、いつもやんちゃな占守と大東も大人しくなってしまっていた。

 治療で受ける過剰な快楽は、()()()()()()を知っている年代でも苦しく感じるほどのもの。子供にはかなり辛い。高熱が出たかのようにぐったりしてしまっていた。

 とはいえ、この治療により危惧されている深海棲艦化の心配が一切無くなるのだ。これに関しては耐えてもらうしかない。

 

 占守と大東は少しベッドに寝てもらい、2人は松輪に見てもらっておいて、その間に残り3人の治療も済ませる。案の定、3人とも魂には穢れが僅かにこびりついていたが、子供2人よりは症状は軽め。そのため、サクッと治療を終えた。

 五十鈴さんは顔を顰めつつ少し震えたがそれくらい。龍田さんは声すらも上げず平然とクリアという無反応。そして大鷹は、こちらが見ていても少し恥ずかしくなるくらいに悶えた。声は上げずとも、その仕草はちょっと人には見せられない。松輪がここにいたが、龍田さんがしっかりガードしてくれている。

 

「こ、ここまで凄まじいとは……思いませんでした」

「ね。龍田が平然としてたのがおかしいのよ」

「あら〜、私だって感じるものはあったわよ〜?」

 

 どうなるかは事前に知っていたのに、ここまで耐えられるのはもう才能だと思う。あの長門さんですらかなり辛そうにしていたというのに。

 

「みんな……なおったんですか……?」

「うん、これで大丈夫。心配いらないよ」

「よかった……」

 

 不安そうに尋ねてきた松輪を安心させるように頭を撫でた。念のため松輪の魂も見ておいたが、一切の穢れが無いM型異端児の魂だったのは確認出来ている。ここにいる6人はこれでもう安心だ。

 

「この子達は部屋に運ぶわ。午後も訓練の予定だったけど、お休みにした方がいいわね」

「なら、お昼寝の時間にしておきます。回復は必要ですし」

「そうね。そうしてあげて。明日には回復してるでしょう」

 

 子供達は午後はお休みということに。一時的な熱のようなものなので、今からぐっすり眠ればスッキリするだろう。大鷹もついていてくれるし、身の安全も心配ない。

 

「じゃあ、治療は終わりってことでいいかしらね」

「うん、大丈夫。これで何も心配ないから、ゆっくり休んで」

「そうさせてもらうわね〜。じゃあ、運ぶわ〜」

 

 占守は龍田さんが、大東は五十鈴さんが抱え上げ、医務室から退室。治療に対して心配だった子供達の処置が何事も無く終われたのは良かった。今は熱っぽくなってしまったものの、一過性のものなのだから心配はない。

 次は治療以前の問題。最も沈没船に近付いたイヨに対しての治療だ。少なくともつい先程までは正常だった。受け答えには何の違和感も無かったし、外見への影響も何も無い。だが、魂への侵食は見てみないことにはわからない。

 

 

 

 対潜部隊が出て行って少しして、潜水艦隊の4人が医務室に来てくれた。撤収しつつ呼んできてくれたらしい。

 ここに来た直後以外は基本的に水着姿しか見ていなかったので、全員検査着姿になっているのは少し新鮮だった。

 

「海防艦の子達、なんだかぐったりしてたね。治療受けたせい?」

「子供にはちょっと影響力強くてね。アンタには大丈夫でしょ。イヨ、最初に治療受けてもらうから」

「はいはーい。なんかそうなんじゃないかなって思ってたよ」

 

 イヨが椅子に座った途端、ヒトミが後ろから羽交い締めにした。ここからどうなるかわかっている動きである。頼む前にやってもらえたのはありがたい。イヨもこうなると思っていたようで受け入れているようだし。

 私達の痴態を知っているのだから、今から何をされ、自分がどうなってしまうのかは理解しているはず。だからか、イヨも少し恥ずかしげな笑顔を見せる。

 

「いやぁ、実際にされると思うとちょっと緊張するねぇ」

「それくらいが丁度いいよ。結構激しいから」

 

 イヨの胸元に指を突き入れる。直に見るのは全員当然初めてなので、待機していたウィーとユーがわざわざ近付いてマジマジと見てくる。

 

「うわ、うわぁ、何これ何これ」

Mystiker(不思議)……ですね」

 

 かなり近いが、治療に支障は無いのでそのまま続行。イヨの魂にまで指が届く。

 

「……うわ」

「ちょっ、その声は怖いんだけど!?」

 

 占守や大東よりも侵食が酷い。おそらく強行偵察から帰投した時点で、他より穢れがかなり強めに付いていたのだと思う。

 やはり沈没船に近付いたことが大きいのだろう。海上よりも海中。もっと長く沈没船の近くで活動していたら、この侵食は最後まで進んでいたかもしれない。最悪な場合、浮上すら待たずして深海棲艦化していた可能性すらある。

 

「これは結構重症。直に分霊受けて途中で止められたくらいになってる」

「一時期の由良や菊月くらいってことかい」

「うん、それくらい。分霊喰らってないのにこれって、相当ヤバいよ」

 

 深海棲艦化を体験していないものに限れば、ここまで穢れがこびり付いているのは、分霊未遂を喰らった由良さんと菊月くらいだ。というか、症状自体は巫女からの分霊と殆ど同じ。

 太陽の姫の瘴気にやられたとしても、直に分霊されているわけでは無いため、巫女になることは無いようである。どうであれ、深海棲艦化とか最悪以外の何ものでも無いのだが。

 

「放っておいたらダメだったね。2〜3日で染まり切っちゃってたかも。あ、今も穢れが増えてる」

 

 指先にそれを感じるレベルだった。僅かにだが侵食の範囲が拡がっている。なるほどこうやって侵食しているのか。奴の分霊は束縛の力だから、じわじわと陣地を拡げて魂を包み込み、内側まで染め上げていくような感じである。

 それを見ると、私の解放の力が効くのが何となく実感出来た。包み込むのを解き剥がす、束縛を解放する感覚。より強くイメージ出来るようになったので、治療も今まで以上に出来るだろう。

 

「陽炎さん……強引にやっちゃってもいいので……」

「姉貴!? ちょっと根に持ちすぎじゃない!?」

「イヨちゃんは……お姉ちゃんのこと考えなすぎだから……少し痛い目を見た方がいい」

「見てるじゃんさ! さっき、物理的に!」

 

 小さな姉妹喧嘩が起きているが、嫌でも痛い目を見ることになるから安心してほしい。

 

「じゃあ、早いところ治療するよ」

「う、うっす、よろしくどうぞ」

 

 覚悟が出来たようなので、早速分霊。先程イメージした、束縛を解き剥がす感じに、イヨの魂にこびり付いた穢れを中和していく。これだけ大きく拡がっていても、中和しづらいとかそういうのは無く、いつもと同じように出来るようだ。

 

「ちょっ、これ、ヤバい!? にゃあっ!?」

 

 当然ながら、分霊開始とともに悲鳴とも取れない声が上がる。今まで治療をしてきた面々と違い、ただの嬌声ではなく実況までしてくれた。これはもしかして、余裕があるのでは。

 

「イヨちゃん……どんな感じ……?」

「ひっ、こ、こんなのっ、初めてでぇっ!?」

 

 ビクンビクン震えているが、ヒトミが力業で押さえ付けてくれているので、治療に支障はない。むしろ声が大きいからそっちの方が何かしらの支障になりそう。集中力が途切れてしまいかねない。だからといって口を押さえるわけにもいかず、私が頑張るしか無い。

 

「うわぁ……乱れまくってるねぇ」

「……後から……ユー達もこうなる……ですよ」

「あ、そっか。なんか嫌だなぁ。頑張って耐えてみようかなぁ」

 

 ただ見ているだけのウィーとユーは、この後自分がこうなるということに気付いて戦々恐々。痴態を晒すことは知っていたとしても、ここまでとは思わなくてもおかしくない。

 

「イヨ、もう少し声抑える努力して」

「そんなっ、ことおぉっ、言われてもおっ!?」

 

 涙目で首を振りながら中和の快楽を必死に耐えようとしているが、声は全く抑えられていない。抑えるつもりが無かった夕立や磯波よりも下手したら声が大きいかも。

 

「範囲が広いから、それなりに時間かけるよ。一気にやって勢い余ったら、それこそイヨが壊れるから」

「はっ、早くっ、早く終わらせてぇええっ!?」

 

 結局最後まで声は抑えられず、私が治療してきた中で一番喧しい処置となった。

 

 

 

 処置終了。穢れ1つも無い綺麗な魂に持っていくことが出来た。これで再び侵食されるようなことは無いだろう。明日念のため全員再チェックをした方がいいとは思うが、ひとまずは安心。

 処置を受けたイヨは、最初から最後まで騒ぎっぱなしだったこともあり、息も絶え絶えである。それでもヒトミがしっかり固定してくれていたおかげで、処置をスムーズに終わらせることは出来た。

 

「はぁー……はぁー……こんなに酷いとは……思わなかったなぁ……」

「ちゃんと綺麗さっぱりに治療したから安心しなよ。あそこまで叫ばれるとは思わなかったけど。私が悪いことしてるみたいに思われるから勘弁して」

「あれ耐えられないって! 耐えられる人がいたら化け物だよ!?」

 

 さっきの龍田さんを見せてあげたいくらいである。

 

「イヨちゃん……放すね」

「っとと……フラついちゃう」

 

 拘束していたヒトミが放した途端に体勢が崩れる。あれだけのことがあれば、疲れやら何やらで力が抜けるのもわからなくはない。

 

「全員終わるまで横になってなよ」

「そうするー……ああしんど」

 

 イヨにはそのままベッドで横になってもらい、治療を続けていくことにする。出来る限り沈没船に近付いた順ということにした方がいいと思うので、潜水艦隊にこれ以降の順番を決めてもらって処置をしていった。

 魂の穢れは全員が海防艦以上。これを見る限り、海上よりも海中の方がまずいということがよくわかる。子供の方が侵食されやすいが、現地に近い方が大きく侵食されるというのは実にわかりやすい。

 

「はい、お疲れ。これで全員だね」

 

 ヒトミ、ウィー、ユーの順に処置をし、それが全て終わる。全員ぐったりしているのは仕方ないこと。快楽の奔流というのは嫌でも疲れを伴う。今までもそうだったのだから、例外は龍田さんくらいしかいない。

 だが、その甲斐あって誰もが安心出来るくらいになった。全員綺麗な魂になっている。再調査は予定しているものの、処置した私としては再発は無いと断定出来るくらいであった。一番侵食が酷かったイヨが綺麗に出来たのだから、他の3人も問題無い。

 

「全員相当だったよ。これ多分、海の上よりも依代に近いからだよね」

「ああ、アタシもそう思う。だがこいつは厄介なことになったよ。依代をどうにかするためには、潜水艦の力が必要不可欠だ。だが、近付けばこれだけ侵食を受けちまう」

 

 ここまで処置を終えたことで今後のことを考える。潜水艦の受けた穢れのことを考えると、太陽の姫撃破はさらに難しいと思われる。

 

 村雨の証言から、依代がある限り無限によみがえる太陽の姫。そしてその依代は沈没船の中。しかし、依代に近付けるのは潜水艦のみであり、少し近付いて確認しただけでも分霊を受ける並みに魂が侵食される。依代に触れられる程に近付いたら、おそらく深海棲艦化してしまうだろう。

 つまり、今回必要なのは、赤い海の影響を受けることがないM()()()()()()()()()である。そして、それが現在存在しない。実質不可能とも言える作戦になってしまう。

 

「M型異端児が沈没船に近付けない海上艦しかいないのが辛いところだ。どうにか出来る手段を考えなきゃいけないね」

「私が使ってた初月インナーみたいなこと出来ないかな。侵食の影響を受けないように出来る装備みたいなのが作れれば」

「打診中だよ。今しーが頑張ってくれている」

 

 オカルトにはオカルトをぶつけるという名目の下、しーちゃんが作ってくれた初月インナー。太陽の力には月の力という冗談めいた理論が、魂の匂いにはしっかり効いてくれた。侵食にも同じような効果が現れればいいのだが。

 

「……M型異端児しか……ダメなんですよね……」

 

 ここで少し疲れが取れたヒトミが話に入ってくる。

 

「そうだね。でも、潜水艦にはいないからさ」

「……陽炎さんは……M型異端児を()()ことが……出来るんですよね……?」

「作れるだろうけど、やらないよ。人格を壊す可能性があるから、私は絶対にやらない」

 

 ヒトミが言いたいことがわかった。だから先にその案を却下する。少し残念そうにするヒトミだったが、そこはわかってほしい。

 

「装備でどうにか出来るように考えるさね。ただ、時間はあまり用意されていないがね」

 

 今もあの赤い海が拡がっているというのだから、時間は限られているだろう。あちらの拡げられる限界というのもあるかもしれないが、それでも今より大きくされたら、沈没船に近付くことも出来ずに全員おしまいになる可能性が高いのだ。

 

 

 

 ひとまず治療は残り2人、神州丸さんと秋雲のみ。そちらの治療もサクッと終わらせ、太陽の姫の対策を練らなければ。

 その前に村雨と長門さんの訓練もあるし、やることはまだまだ山積みである。

 




ヒトミは静かだけどイヨは喧しいってイメージはありますよね。一切我慢をしなかった夕立や磯波とは別次元の喧しさを発揮したイヨでした。


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表と裏の戦い

 潜水艦隊の治療も終わり、残りは神州丸さんと秋雲のみ。この2人の治療は、青葉さんの時のことを考えるとそこまで心配していないため、お昼前にさくっと終わらせる。

 今は諜報部隊の集めた情報を取りまとめるため、執務室で作業をしているはずだ。医務室での治療の場にいづらくなった物部司令が、2人にどういうものかを伝えられているはず。

 

 私、陽炎は、空城司令と共に執務室へ。夕立と村雨は先に戻っておいてもらう。この治療が終わったら食堂で合流するということにしておいた。

 

「おー、ついにうちらの番ですかー」

「大丈夫であります。いつでもどうぞ」

 

 私が執務室に入ったことで、秋雲が少し諦めたような表情を見せた。物部司令から治療の様子を教えられて、少し尻込みしている様子。秋雲は私が治療しているところだって見たことがある。しかし、見るのとやるのとでは感覚が全く違うだろう。

 対する神州丸さんは平然としている。この処置を受けなければ自分も深海棲艦と化してしまうと言われてしまえば、受けざるを得ない。どのような感覚が来てもしっかり耐えようと最初から覚悟していた様子。

 

「話が早くて助かる。陽炎、頼めるかい」

「了解。青葉さんと同じくらいだろうし、さっくり終わらせる」

 

 いろいろと話を進めるために、まずは2人の治療を終わらせてしまおう。ここに来るまでにもう10人近くの被害者を治療してきたのだ。治療はこなれたもの。

 まずは自分にと、神州丸さんが率先して前に出て来たので先に処置。幸いにも魂の穢れは青葉さんと同じように控えめだったおかげで、くぐもった声を出したものの大分耐えることが出来たようで、大きな声を上げることは無かった。

 対する大トリとなった秋雲だが、1発目にそれはもう大きな声を上げ、すぐに口を両手で押さえる。ビクンビクン震えるが、容赦なく分霊を注ぎ、治療完了。

 

「よし、これで赤い海に足を踏み入れたのは全員治療完了だね」

「すまないね陽炎。体力的には大丈夫かい」

「正直疲れてはいるけど、お風呂に入れば大丈夫なくらいかな。村雨に処置した時の方がよっぽど疲れたよ」

 

 魂そのものを解放するのには、穢れを無くしていくことの数倍は疲れた。神経も使うし、簡単にはいかないくらいに染み付いてしまっていたし。それを考えれば、今回の処置はまだまだ出来ると思えるほど軽い。

 

「これは実体験がネタに出来るなぁ……」

「アンタ懲りないねぇ」

「いやいや、これは確実に使わせてもらうよ。不可抗力とはいえせっかく体験出来たんだから」

 

 こんな体験をしても、それを漫画のネタにしようとしているのだから、秋雲は何というか強い。

 

「空城大将、この件も報告という形で良かったんでしょうか」

「まぁ仕方ないだろうね。このことは隠していることの方が問題が大きくなるだろうさ」

 

 治療が全て終わったということで、物部司令が空城司令に尋ねた。

 

 鎮守府の戦力は基本的には大本営に全て報告するというのが軍規にも定められている。どんなことがあったのか、攻略中の海域がどういうものなのか、敵の詳細などなど、鎮守府で発生したことというのは全て報告され、その状況が全鎮守府に報されることになる。

 深海棲艦化した艦娘がいるということも、大本営を始めこの戦いに参加している者は全て知っていること。そして、私がそれを治療出来るということも既に知られている。だから、私を寄越せという大本営からの電話が深夜なんかにかかってきた。

 

 そして、さらに先のこと。赤い海に侵入した者は、瘴気による侵食により深海棲艦化の危険が高いということが情報として加わる。赤い海の侵食を回避出来るのはM型異端児のみであること、その侵食は深海棲艦化と同じように私なら治療出来ることなども、要報告の内容である。

 本当にこれを今の大本営に伝えるべきなのかは悩ましいことなのだが、ここで隠していることの方が問題が大きくなる。それこそ隠蔽で罪に問われて何をされるかわからない。

 

「報告はこちらでもやるし、アンタにもしてもらう。それに、アクィラ経由で呉内の方にも連絡が行くだろう。五十鈴と龍田の上司にも連絡はやっておかないといけないだろうね」

「そうですね。今回の被害者は大事には至っていませんが、援軍全てに関わっています。被害を受け、治療されたという事実は報告する必要はあるでしょう」

「それで文句を言ってくる輩はいないと思いたいがね」

 

 少なくとも、物部司令は私の治療は肯定しているし、呉内司令もこの辺りは信用出来る。私のことも全て理解した上で協力してくれている。

 だが、五十鈴さんと龍田さんの司令は、顔も名前も知らない人だ。あの2人は信用に値することはわかっているのだが、その上司が信用出来るかはわからない。呉内司令とは顔見知りで、信用が置ける相手のはずなのだが、だからと言って確実に害がないかと言われれば答えはNOだ。そこから文句が出る可能性が無いとは言えない。

 

「まぁ、そこは五十鈴か龍田経由でアタシが直接話を付けるさね。出来ればこのままいい関係にしていきたいと思っているからね」

 

 大本営の方も注意が必要だが、あちらの上司となる司令の方ともそろそろ深い関係を持った方がいいだろう。せっかく援軍をくれたのだから、私達に協力しようという気持ちは少なからずあるわけだし、あの2人の活躍や今の行動を見ている限り、ただ手柄の一部を自分のものにするために参加させているわけでもなさそう。

 話せばわかってくれるような人なら、仲間としてさらに協力してもらいたい。

 

「今の問題は大本営だろうね。赤い海のことを伝えたら、まず確実に陽炎の力を使えと言ってくるだろうよ」

「M型異端児の増産……ですね」

 

 先程ヒトミが提案しようとした、M型異端児の増産。赤い海の侵食を受けることなく攻略出来るのはM型異端児のみなのだから、それを増やすことが出来るのならその方がいいだろう。そんなことはその処置が出来る私が一番理解している。

 だが、処置を受けた者が無事でいられる保証は何処にもないのだ。いくら束縛ではなく解放の力だとしても、その力に染め上げてしまうのだから、処置を受けた者は今までと全く違う者になってしまう可能性が非常に高い。それを私が望まない。

 

「人を人じゃ無くす可能性があることはやっちゃあいけない。それでもやれと言ってくるのなら、そいつは艦娘を人と思ってない連中だ。それこそ、邪教崇拝してる奴らを皆殺しにするのも厭わないような奴だろうね」

 

 つまり、ここでわざわざ鎮守府に圧力をかけてくる者が、沈没船を作り上げた張本人の可能性があるということか。

 大本営と沈没船の関係はまだまだ調査が必要かもしれないが、この件で炙り出しが出来るかもしれない。割と諸刃の剣な気がしないでも無いが。

 

「とはいえ、赤い海攻略は早急に終わらせなくちゃいけないことでもある。そのままにしておいたら、陸にまで拡がるかもしれないんだからね」

 

 そのまま拡がり続けて陸にまで到達してしまった場合、もう手が付けられなくなるだろう。極少数しかいないM型異端児だけではどうにもならない。そもそも艦娘自体が役に立たなくなる。

 本当にそうなってしまった場合、意を決して分霊しなくてはいけなくなるかもしれない。それまでに侵食を抑えられる装備とか出来ればいいのだが。

 

「今は出来ることをやっていくしか無いだろうね。調査と準備を並行して続けていく。なるべく早く、だが焦らず、確実に被害を減らす。これで行こうかね」

「ですね。微力ながらお手伝いさせていただきます」

「艦娘には負担をかけないように、大本営絡みのことは、アタシらが全部終わらせてやるさね」

 

 全員の治療が終わったのだから、ここからはまた通常運営だ。私は訓練やら何やらで力を蓄え、最後の決戦に備える。まだまだ勝ち目は見えないが、どうにか掴み取れるように準備していきたい。

 

 

 

 昼食は異端児駆逐艦で集まって。夕立と村雨は私と行動を共にしていたが、他の3人はずっと演習をこなしていた。おかげで練度も大分上がったらしい。

 

「じゃあ、戦いに行けるのって……ひーちゃんと、私と、村雨ちゃんだけ……ってことになるのかな」

「あと衣笠さんと松輪だね。村雨は艤装が用意出来てからになるけど」

 

 話題は専ら赤い海のこと。私達だけでなく、他のみんなもその話ばかりである。いつの間にか鎮守府中にこの話は行き渡ってしまっていたらしい。そりゃあ私が色々やっていたし、元気な子供達が揃って倒れてしまったのだからこうもなる。

 自分達が出撃出来ないというのはやはり悔しく、どうにかしてでも対策を練りたいとみんなで意見を出し合っているところだ。そもそもどれだけの時間その場にいても大丈夫なのかとかまで出始めているようで、長期戦じゃなければどうにかなるのではみたいな言葉まで聞こえる。

 

「夕立は出撃しちゃダメっぽい?」

「というか夕立が一番ダメだと思う。D型の同期値が大きければ大きいほど侵食が早いような気がするし」

「うー……自分の強さを呪うっぽい……」

 

 少なくとも夕立は確実にダメだ。私が分霊して深海棲艦化させた時も、段違いに早く完了していた。磯波も相当早かったが、夕立は比べ物にならない。D型同期値が深海の成分を身体に取り込んでいることで生まれた力なのだから、侵食の馴染み方が早くもなるだろう。

 そんな夕立が赤い海に足を踏み入れたら、それこそ沈没船に一番近付いたイヨと同じくらいで侵食を海上にもかかわらず受け、戦闘中に再び()()姿()に変えられてしまう可能性が非常に高い。というか、また夕立があんなことになったら、今度こそ手が付けられない。

 今ここに集まっている6人は、全員が全員、深海棲艦の姿を持っている。二度となりたくない、人生の汚点とも言える姿だ。戦いのために出向き、運が悪ければまたああなってしまうというのなら、私は確実にそれを避ける。

 

「じゃあ、戦えないってなったら、夕立の全部をむーさんに叩き込んで戦場で発揮してもらうっぽい」

「わ、私!?」

「そりゃそうでしょ。むーさんは赤い海にも入れるんだし、夕立のおねーちゃんなんだし。誰も追いつけないくらいにすぐに強くしたげるから、覚悟するっぽい」

 

 一番の新人に任せなくてはいけない状況は心苦しいのだが、数少ないM型異端児という今一番必要な戦力であることは間違いない。なんでも村雨には私達のような改二も用意されているとのことなので、数日のうちにそこまで行けるくらいのスパルタが待ち構えていると思われる。

 

「もし夕立達が入れるようになったとしても、むーさんには一緒に戦えるくらいになってもらうっぽい」

「お、お手柔らかに……」

「しませんね。私達の無念を晴らしてもらわなくてはいけないかもしれないんですから」

 

 この特訓の件は萩風も賛成のようで、夕立の言葉に自分の思いを乗せていく。ただ訓練で痛め付けたいだけじゃないだろうなと一瞬頭をよぎるが、萩風のことだからそんなことはしないと信じたい。

 

「陽炎様のあのインナーみたいなの……出来ればいいんだけどね。着てれば侵食受けないっていう服みたいな」

「だよね。というか、出来るんじゃないかな。ひーちゃんの魂の匂いを閉じ込める服だったんだから、例えば裏表ひっくり返せばあちらからのそういうのを身体に入れないようにしたり」

「確かに……沖波ちゃん賢い」

 

 沖波の言う通り、私の使っていた初月インナーをひっくり返して着れば効かないなんてことが無いだろうか。少なくとも初月自身には効いてしまっているので、その辺りのオカルトはちゃんと処置しないと効果が無いようだが。

 しかし、私の魂の匂いを封じ込めることが出来るくらいだし、同じようなことは出来ると思う。全員分を用意するのに時間はかかるかもしれないが、それさえあれば大丈夫となれば1つは安心出来る。

 

「そればっかりは実験しないといけないかもしれないね。異端児じゃない人に着てもらって、赤い海に入ってもらうっていうのが必要だよ。今すぐ効果がわかるわけじゃないし」

「深海棲艦化しなければ、私が治せるからね。すごい不安だけど」

「部隊全員が全身タイツになるっぽい?」

 

 聞こえが悪いが、つまりはそういうことか。なんだか凄い集団に見えてしまう。そうしないと侵食されるのだから仕方ないのだが。

 

「違う手段が作れるかもしれないから、そこはしーちゃんに任せよう。今は村雨の訓練でしょ」

「そうよね……私も頑張らないと。私は何も無くても出撃出来るんだし」

 

 グッと拳を握って気合を入れる村雨。ここでやる気が出せているのだから心配はいらない。あとの問題は時間だけだ。

 

 

 

 なかなか難しい話になってきたが、勝たなければどうにもならない戦いだ。出来ることは全てやっていかなくては。

 




部隊全員が初月インナーという可能性が出てきました。そう考えると凄い集団だな。


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2人の一歩目

 赤い海に足を踏み入れた艦娘への治療は全て終わったため、今の状況は大本営に報告されることになった。ここで行なわれていることを秘密にすることの方が問題になるため、むしろ直球で包み隠さず伝える方向になっている。

 これで大本営が何かしら動きを見せたら、その時に今までの調査結果をぶつけるなどして、真相に近付くとのこと。

 

 そちらの問題は司令達がどうにかしてくれるということで、艦娘は太陽の姫への対抗策として、とにかく鍛え上げることが優先された。特に重要なM型異端児、その中でもド新人である村雨の訓練は急務となった。

 これに関しては、今のところ赤い海のせいで出撃が憚られているD型異端児が猛特訓すると宣言していた。特に夕立は、自分の艤装姉妹が今回の戦いの決め手になるということで、やる気満々だった。私、陽炎も出来る限り手伝いたいところ。

 

「むーさんの艤装、出来たっぽい? 出来たっぽい?」

 

 午後イチに夕張さんを突撃。村雨の艤装の改造は夕張さんが引き受けているのだが、最初に話した時には午後の間には訓練がスタート出来る様に努力すると言ってくれていたが、さすがに午前中に全部終わらせるというのは難しいのではなかろうか。

 

「もうちょい! もうちょいだから待ってて! これ以上無いくらいに調子がいいんだけど、午前中では流石に終わらなかったんだよ」

「私はまだまだ終わってないと思ってたから、こんなに早く終わるなんて思ってなかったわ……」

 

 私も、今日中と言いつつも、なんやかんやで夕方くらいになり、まず艤装が動かせるかどうか見る程度で今日は終わってしまうと思っていた。信用していないわけではなく、艤装の中身を丸ごと入れ替えるようなものなのだから、それだけ時間がかかるものかと。

 

「実はさ、村雨の艤装、ちょっと変わった造りに出来そうなんだよ」

「どういうこと?」

「艦娘との接続部はM型だけど、中身の一部はD型のままで動かせそうなんだ。だから、改造部分を少し少なめにして、十全の力を発揮出来るようにしてんの。クセはあるかもしれないけど、気にならない程度だと思うから」

 

 まともに動かせる上に、改造時間も短縮出来るという荒技。それで村雨が戦う力を得られるのなら充分過ぎる。誰も否定しないし、むしろそのまま頼むと全員から言われるレベル。

 

「最初からそれを使うならクセとかよくわからないから、私用のチューンナップってことで」

「だね。しっかり整備しておくから、もうちょっとだけ待っててね」

 

 艤装の改造も順調。村雨が力を得るまで、艦娘として動くことが出来るようになるまで、あと僅かである。

 

「ああ、村雨もそろそろ始まるのか」

 

 私達が村雨の艤装を見に来たところに現れたのは、同じく艦娘としての第一歩を歩き出している長門さん。食堂の片付けを終わらせたようで、今度は艦娘としての訓練に入った様子。

 

 今まで見てきた長門さんは、ほとんど給糧艦と同じスタイルだったので、常にラフなシャツとズボン姿だった。あとは食堂らしくエプロンを身につけていた程度。

 しかし、今は艦娘としての制服に身を包んでいる。何処となく陸奥さんの妙に露出度が高い制服と似たようなもの。戦艦だからか、動きやすさ重視なのだろうか。とはいえ、今までとのギャップがなかなかのもの。

 

「わぁ、ながもんさん見違えたっぽい!」

「艦娘としての長門だ。陸奥もやたら騒いでいたな」

 

 その陸奥さんは後ろで満面の笑みである。ようやくこういう関係になれたということが嬉しくて仕方ないようだ。

 萩風のように、復帰してすぐに艦娘としての活動をするかと思いきや、残ってしまった忠誠心のせいで今日まで足止めを喰らっていたのだ。そういう意味でも喜びはひとしお。

 

「姉さんスタイルがいいから何着ても似合うのよね。これ、私が改二になる前の制服なのよ。やっと姉妹らしくなったわ」

「すまなかったな。だが、陽炎のおかげでこの地点に立つことが出来た。感謝している」

 

 長々と苦しんでいた長門さんが解放出来たのは本当に良かった。こんなに前向きにいられるのは、元々の性格からだろうか。

 今までは残された忠誠心のせいで性格にも影響が出てしまっていたようだが、二度目の治療が完了したおかげで、長門さんは心身共に本来の姿を取り戻したわけだ。

 

「でも、姉さん意外と制服に抵抗無かったわよね。肌モロ出しだから、少し嫌がるかと思ってたけど」

「いや、まぁ……スカートとか殆ど穿いたことが無いから、少し新鮮というのはあるがな」

 

 確かに、私達駆逐艦も含めて、ここまで肌を見せる制服を使っている艦娘はなかなかいない。言ってしまえば、潜水艦並み。極端な話、ウェットスーツ状の水着を使っているウィーやユーと比べたら、長門さんの方が肌が見えているレベル。

 それを普段着と言われたら、多少なり抵抗があってもおかしくは無いだろう。私も例えばあの深海棲艦化させられたときの衣装が普段着ですと言われたら、流石に抵抗がある。潜水艦には申し訳ないが。

 

「……私はほら、深海棲艦だった頃…… 長いこと服を着ない生活をさせられていたから、な」

「ああ、痴女」

「真正面から言われると辛いぞ。自分でもそう思えるが」

 

 南方棲戦姫は、いわゆるパンイチ。肌を出すのが当たり前。普段が殆ど全裸という痴女だった。それの影響が地味に残ってしまっているのかも。夕立や磯波と同じような()()()()()()が、なんやかんや残ってしまっていたか。

 それは忠誠心のような穢れや魂への侵食とは違うところにあるため、私の治療は通用しない。これを身につけていないと落ち着かないという夕立と磯波とは逆に、()()()()()()()()()()()()()()という後遺症なのかもしれない。今までは人間としての理性で抑えていたが、制服がこれなら羞恥心も何もなく受け入れると。

 

「そんなことはどうでもいいことだ。村雨、君も一緒に戦う決意をしてくれたのは、私としてもとても嬉しい。共に鍛えよう」

「うん、私もすぐにみんなに追い付かなくちゃ」

「姉さんはまず海の上で動けるようになりましょうね」

 

 やはりそこからのようである。長門さんは中に水着を着ていないようだが、村雨は着ておいた方がいいだろう。今のうちに万全の準備をしておいて、いざ訓練が開始出来るとなったらすぐに開始出来るようにしておこう。

 

 

 

 それから小一時間ほどして、本当に艤装の改造が完了した。いい仕事したといい笑顔の夕張さんと、ついに村雨が戦えるようになるんだと喜びニコニコな夕立。

 夕立はそのまま訓練に入れると考えて既に艤装を装備している。気が早いかもしれないが、夕張さんが呼びつけたということは、この改造は上手く行ったものだと考えていい。

 

「よし、じゃあ装備してもらおうかな」

「うん、オッケー」

 

 言われるがままに艤装を装備していく村雨。前回はそれでも持ち上げることが出来ず、接続出来ずということで終わっていたが、今回は果たして。

 

「お、行けてる行けてる。ちゃんと接続出来てるよ」

 

 数値上ではリンク出来ているようだ。今までとは少し違う改造という話だったが、村雨にはそれでもちゃんとリンクし、自分の力としているようだ。その時間も、夕立と同じように1分もかからずで終了。やはり選ばれし者、M型異端児の夕立と言っても過言ではない。

 

「よーし、リンク完了。もう動けるよ」

「じゃあ、動くわね」

 

 言われた通り、艤装を接続した状態で一歩踏み出したところ、前とは違ってちゃんと動くことが出来た。その一歩が、艦娘としての一歩になったわけだ。

 

「ふぅ、これで村雨も艦娘だね。改造も上手くいって良かった良かった」

「ありがとうございました。これで私も、みんなと戦えるわ」

 

 夕張さんにお辞儀した途端、夕立が村雨の腕を引っ張る。

 

「じゃあ、海上移動訓練っぽい! 時間は全然無いからね。すぐやるっぽーい!」

「ちょっ、まだ心の準備が」

「あっちでながもんさんもやってるから、むーさんも一緒にやればいいっぽい。今日中に出来るようになってもらうから」

 

 村雨のことなど考えてもいないように、夕立がぐいぐい引っ張って訓練に入っていった。正直私は置いてけぼりを喰らったわけなのだが、夕立がそれだけ熱心に教えたいという気持ちもわかるし、村雨も本当に嫌なら引っ張られても拒むだろう。

 村雨だってやる気はあるのだ。心の準備がどうのこうの言っているものの、艤装を装備することが出来たらすぐにでも訓練に入るのだと、意気込みも充分だった。

 

「よかったよ。村雨が前に進めて」

「だね。私も整備士冥利に尽きるってもんよ」

 

 今度は私の艤装も用意してくれる。村雨の訓練には異端児駆逐艦全員が全力で協力し、基礎から応用までガッツリ叩き込む予定のため、今からの海上移動訓練には私も参加する予定。

 もし何らかの手段を使って赤い海にD型異端児が入れるようになったとしても、村雨はM型異端児の時点で戦場に出ない理由が無い。ただでさえM型異端児の攻撃しか効かない可能性が高いのだ。手数を増やすためにも村雨は必須。そのためにも、限られた時間でやれることを叩き込む。

 

「陽炎の艤装も出来る限り整備しておいたよ。殆ど謎の艤装みたいなものだけど、私達は全員構造を頭に入れてるからね」

「ありがとう。助かる」

「陽炎は今回の決め手だからね。全部が万全で無いと」

 

 装備してみると、それこそ新品同様と言える程に動きが良かった。構造はもう通常の艤装とは一線を画しているらしいが、整備の仕方自体は何も変わっていないとのこと。

 前回の戦いで殆ど傷がついていなかったとはいえ、使っている時点で内部は劣化していくもの。出撃したら無傷でも整備が必要にはなる。私の艤装は特に気を使われている。

 

「よし、じゃあ陽炎は村雨を見てあげて」

「了解。いつもありがとね」

「整備は私の仕事だからね。戦場に出るより、こっちの方が落ち着くくらいだからさ。裏方は任せて」

 

 夕張さんには本当に感謝している。私達が出撃している間も鎮守府防衛に尽力してくれるし、帰ってきたら艤装を万全にしてくれる。整備は夕張さんだけでは無いが、二足の草鞋を履いて戦ってくれているのは夕張さんくらいだ。

 本人はやりがいのある仕事と言うものの、作業量は普通では無い。その上で一緒に戦えるくらいに練度が高いのだから恐ろしいものだ。

 

 

 

 ここからは村雨の猛特訓が始まる。長門さんと一緒に海上移動訓練を続けていき、何度も何度も水没しかけて身体に覚えさせられていった。

 長門さんは深海棲艦時代もその足で移動していたが、村雨は艤装の力で自分の足を使わずに移動していたため、余計に苦戦してしまっている。()()()()()からスケートとかそういう経験があれば話は変わるのだろうがそういうことも無いようで、最初の私を見ているかのように足だけが先行してひっくり返っていた。

 

「コツ掴むまでに時間かかりそうね……」

「頑張るっぽい! 今日中にクリア出来れば、最速記録更新だよ」

 

 現在の最速記録は萩風。確かに半日くらいで終わらせている。村雨はスタートが午後でもないので、今日中にクリア出来れば、その記録を追い越すことになるだろう。

 夕立はそういうところ結構気にするので口に出すが、だからといって村雨がやる気になるかといえば。

 

「最速記録かぁ……ちょっと興味はあるかも」

 

 意外とやる気だった。それで今日中にクリア出来るのなら万々歳だ。

 

「イメージだよイメージ。自分がスーッと動けてるところを思い浮かべれば、自然とやれるようになるからさ」

「簡単に言うけど……陽炎はどうやってクリアしたの?」

「私のは全く参考にならないよ。無意識になれば出来るからって、いきなり占守が艤装も付けずに飛び込んできた」

 

 それ以外にも私が聞いてきたことを全部教える。今までの私の経験を、全て村雨に叩き込むように。

 先達の敷いた道を歩いてきた私が、今度はその道を村雨に歩いてもらうというのは、なかなか感慨深いものである。

 

「イメージ、イメージだな。私の場合は、()()()のイメージさえ出来れば……」

 

 長門さんはもうフラフラと動けるようになりつつある。やはり元々の経験が強い。萩風もその調子で最速記録を叩き出したのだろう。長門さんは萩風よりも長く深海棲艦をやらされていたため、ここの慣れも早いのかもしれない。

 

「私はイメージしづらいなぁ……。なんであんな艤装にされたんだろホント」

 

 直立するので精一杯の村雨。ここからが大変なので、頑張ってもらうしかない。

 

 

 

 結果、長門さんは今日中に海上移動を達成。村雨はまだプルプル震えているくらいで終わってしまった。流石に午後のみでクリアは出来なかった。

 だが、やる気は失われていない。きっと明日からは戦闘訓練に入ることが出来るだろう。

 




長門並みに露出度が高い制服を使っているのは、空城鎮守府では阿賀野だけ。あとは天城だけど、ここの天城はあまり着物を脱がないのでそんな感じがしない。


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赤い海の侵食

 午後の部も終わり、村雨の訓練も今日の分は終了。結局海上で移動することは出来なかった。

 何度も横転してビショビショになってしまっているものの、夕立の誠意のこもった指導のおかげで、村雨は全く挫けることもなく訓練を続けることが出来た。

 

「明日には出来るっぽい! そしたら今度は砲撃訓練だね」

「先が思いやられるわ……でも、後ろは向かないから」

「その調子その調子!」

 

 ビショ濡れにもかかわらず、夕立が村雨に抱きつく。どうせそのままお風呂に行くからいいとしても、よくもまぁ躊躇わずに行けるものだ。

 

「姉さんは明日から砲撃訓練ね。私と間宮さんが教えることになるわ」

「ああ、頼んだ。スタート地点に立てたからな。なるべく早く、陸奥と並んで一斉射を撃ちたいものだ」

「ふふ、そうね。私もその日が来るのを待ってるわ」

 

 あちらも意気込みは衰えず、まだまだやる気満々である。時間が来てしまったからここでやめるが、そうで無かったらすぐにでも砲撃訓練に行っていただろう。南方棲戦姫時代の感覚が残っているのなら、砲撃訓練もかなり早い段階でクリアしてしまいそうだ。

 

 2人の訓練初日は、それぞれ良い方向でスタート出来ている。短期間で成長しなくてはいけないというプレッシャーはあるものの、それを物ともせずに訓練を続けられているのは良かった。

 目標はなるべく早くの改二。身体を酷使することになるだろうが、その都度ケアしていきたい。少しの間は、速吸さんもこの2人が占有することになるかもしれない。

 

 

 

 村雨と長門さんの訓練が終わった直後くらいに哨戒任務の午後の部も終了し、午前と同じメンバーが疲れた顔で戻ってきた。午前中と同じコースを回り、赤い海について詳細に調査することが午後の部の目的。

 訓練に挑んだ村雨と長門さん、それを見ていた夕立と陸奥さんはお風呂へ直行。私、陽炎はちょうど良かったのでそのまま出迎えることに。もしかしたら赤い海に足を踏み入れているかもしれないので、治療が必要ならすぐにやるためである。

 その時には空城司令が工廠に来ていた。物部司令としーちゃんは別件で動いているらしいので欠席。

 

「赤い海に入った奴はいるかい」

「そこまでは近付いてないよー。だから、今回も被害者は無しね」

 

 旗艦の加古さんが言うには、自分の目で赤い海を見たわけではないらしい。それは良かった。猛スピードで赤い海が拡がっているわけでもなさそう。

 

「細かく確認してみたけれど、やっぱり拡がってるわ。今行ったら、大体この前の戦いの敵防衛線から見られる辺りまで来ていたわね」

 

 あの戦いの時、防衛線を抜けて『雲』と戦っている時でも、赤い海は見えなかった。そこから少し行って初めて海が染まっていることに気付いたくらいだ。アクィラさんは空からそれを確認出来たから先んじて忠告してくれたが、そう考えると結構な速さで侵食が進んでいることに他ならない。

 

「あの場所からこのスピードで赤い海が拡がっているとなると、青葉の計算的には、陸に辿り着くまで2週間前後と考えますねぇ。勿論、速度が上がったり下がったりする可能性もあるので何とも言えませんけども」

 

 あの時は戦闘中だったため、私としては細かい位置関係は把握出来ていなかった。そういうところはさすが諜報部隊。防衛線を潜り抜けるときでも、『雲』を振り切って本拠地に近付いたときでも、しっかり距離なども計測していたようだ。

 そこから考えて、タイムリミットは2週間とされた。それを超えると、浜辺すらも赤く染まると。前後というのだから、短めに見積もって10日くらいと考えるのが良さそう。早まる可能性も加味しなくてはいけない。

 

「2週間か……なら、対策は1週間以内に考えたいところだね」

「ですねぇ。M型異端児以外が入ってもよくなる装備がベストですねぇ」

「それについては現在開発中だ。沖波が意見をくれてね、実験は必要ではあるが、やってみる価値はあるだろう」

 

 沖波の意見ということは、私の使っていた初月インナーを裏表ひっくり返して使ってみるというヤツのことか。それなら私の件で加工のノウハウは出来上がっているようなものなので、作ろうと思えばすぐに出来るのかも。

 だが、それが上手く行っているかを知るには、()()()()しか無いというのが辛い現状。誰かのサイズに合わせて実際に赤い海に入ってもらうしか、確かめる手段がない。私の時みたいに、ただ着ればそこでわかるというわけではないというのは残念である。

 

「実験っつっても、そもそも赤い海に入りに行くのも結構しんどいもんだよ。防衛線はまた復活してたからねぇ」

「突き抜ける必要は無いかもだけど、またあそこに行くのはキツいかも」

 

 加古さんとプリンツさんが若干苦言を呈する。アクィラさんもあまり乗り気では無いようだった。

 

「拡がるのを待つわけにもいかないし、拡がったら防衛線自体が前進してくる可能性もあるのか……そもそも実験ってのもねぇ」

 

 これには空城司令と頭を悩ませる。今回の件はこれはこれでまた面倒臭い事態である。

 

 赤い海が防衛線の近くまで来てしまっているということは、あの防衛線が赤い海の影響で昂揚しているということにもなる。あの時よりも強化されているようなもの。

 ただ装備の実験をするためだけに突撃するというのは、それだけでもリスクが高い。そもそも、人体実験という倫理的に大丈夫かもわからない手段を扱うのも難色。

 

「司令官、この菊月が実験台になろう。陽炎から一度治療を受けた者が引き受けるべきだと思うからな」

「なら僕も立候補しておこう。午前中に治療を受けているのだから、候補に入ってもおかしくは無い」

 

 ここで菊月と初月が挙手。瘴気を弾く装備を身につけ、赤い海に突撃すると言い出した。

 確かにこの2人は私が一度治療したことがある。菊月は『雲』との戦闘中で、初月はついさっきみたいなもの。この治療は何人も受ける必要がないと思えるくらいにキツいもの。なるべく被害者を増やしたくないというのはわかる。二度三度と受けるのもどうかと思う内容だが。

 

「元に戻る保証がないM型異端児の増産より、治療出来ることが確定している侵食の方が幾分かマシだと思うのだがどうだろうか。確かに侵食されきってしまったら元も子もないだろうが」

「足を踏み入れた瞬間に一気に持っていかれるということも無いだろうしな。それでも、まだ治療の道があるのならこちらの方がマシだ」

「少し考えさせておくれよ。まだ完成すらしてないんだからね」

 

 ここは難しいところだろう。いくら自分からやってくれると言っていても、その実験自体が相当に危険を伴うものだ。

 しかし、菊月の言うことも一理ある。M型異端児増産は、その処置を受けた者の人生が壊れる可能性が非常に高い。それに対して侵食を受ける()()なら、すぐに治療すれば支障が無いのだ。私がいればすぐに元通り。

 立候補が2人出ているのなら、2人のための装備としてまずは作っておけばいいかもしれない。あのインナーにするのならば、サイズピッタリで無ければならないので、使うなら全員専用装備にしなくてはならないし。

 

「ここで頭捻らせても仕方ないね。アンタ達は身体を休めな。今後のことはこっちで考える」

「うーい、哨戒部隊は上がるよー。もうあたしゃ眠いからね」

 

 今この場で考えていても仕方ない。哨戒部隊はそれなりに疲れているだろうから休んでもらわなくては。加古さんは相変わらず大欠伸をしていたし、みんな疲れた顔をしていた。赤い海の調査ということで神経も使ったことだろう。そろそろ限界が近いのかも。

 

「陽炎、アンタにゃ負担をかけるかもしれない」

 

 全員が撤収したところで、改めて私に向き直られた。頭を掻きながら小さく溜息を漏らしている空城司令は、少し精神的に疲れているようにも思える。

 艦娘を取り纏めている司令官というのは、それだけでも大きなストレスを感じるだろう。自分の娘、下手したら孫くらいの艦娘を一手に引き受けて、その生活を全て管理しているわけだし。それこそ、私達にはわからない気苦労も絶えない。それがここ最近でどっと増えている。

 

「赤い海への突入実験、アタシの中では8割方やるつもりで考えているんだ」

「万が一の時は、私が治療しなくちゃいけないってことね」

「ああ。だが、そのためには被験者を決めなくちゃならなかった。それをずっと悩んでいたんだ。あんな顔をして話していたが、菊月と初月が立候補してくれたとき、内心ホッとしたよ。アタシで決めなくて済んだとね」

 

 初めて聞く空城司令の弱音だった。やはり、今回のことはいろいろと決めかねていたのだと思う。

 

 あの赤い海の効果が、想定より格段に大きくなっていた場合、例えば足を踏み入れた瞬間にとんでもない勢いで侵食されてしまうとかなった場合、取り返しのつかないことになる。そんなところに実験と称して艦娘を突っ込ませるなんて、空城司令には苦渋の決断だったのだろう。

 やるにしても、誰を送り込むかなんてもっと迷うところ。結果的に、()()()()()()()()を決めるようなものだ。万全を期しても、想定外というのはいつだってチラつく。それが起きた場合、今回はその艦娘の精神を破壊し、人生に後腐れを残す結果になる。そんなの誰だって抵抗があるに決まってる。特に私とかは実際にそれが起きてしまったパターンだ。

 そういう意味では、自ら行きたいと名乗り出た菊月と初月の言葉に、空城司令は相当安心しただろう。()()()を自分で決めなくていい。

 

「勿論、菊月も初月も失うわけにはいかない。治せるにしても、一度死を体験させるなんていう荒治療だからね。それはダメだ。実験は成功率を極限にまで上げた状態でやる」

「だね。勝ち戦しかやりたくないよ」

「そいつは誰だってそうさね。アタシだってアンタ達を敗けに行かせようなんて1mmも考えちゃいないよ。だが、本当に万が一、億が一の状況が起きちまった場合、アンタに治療なり何なりをやってもらわなくちゃいけない」

 

 絶対に成功するのなら実験なんていらない。だから、常に最悪は想定している。そちら側に傾いてしまった場合、そこから仕事をするのは私だ。治療出来るのは私だけ。だから、今この場で私にこんな話をしているのだと思う。

 信用されていると考えればいいのだろうか。そうなら、私としては結構嬉しかったりする。頼られるというのはどんな状況でも少し昂揚するもの。

 

「任せてよ。私にしか出来ないことだからさ、喜んで手伝う」

「そう言ってもらえるとありがたいね。踏ん切りがつくってもんだ」

 

 ほんの少しだけ見せた弱気だったが、ここでしっかり決意したようだ。8割方が10割になったのだろう。

 

「赤い海の突入実験をする。しーの方には、菊月と初月のサイズで装備を作るように指示しておこう」

「なら、その実験は私も便乗するよ。出来ることなら、すぐ見れる方がいいでしょ」

「ああ。だが、あの海域に行くのにも苦労するだろう。そのために侵食を受ける可能性は高い」

 

 防衛線を抜けなくてはいけない可能性があるのだから、その時点で足を踏み入れてしまうかもしれないのだ。なら、そこに行く者は全員M型異端児でないといけないだろうし、そうでなくてもその分を被験者にする必要がある。

 出来ることなら前者がベスト。出撃出来るM型異端児を全員配備し、赤い海を突き抜けてすぐに撤収するというのがいいだろう。軽量艦隊での一撃離脱。これが一番適している。

 

「近日中に実行する。その時は頼んだよ、陽炎」

「了解。任せて」

 

 その実験には全力で当たりたい。勝ち筋を作る一番シンプルな方法なのだから。

 

 

 

 タイムリミットが判明したことで、ここからは少しずつ追い詰められていく。だが、誰も焦りはしない。勝利を掴むため、私達は着実に出来ることをやっていく。

 




残り2週間前後と判明したことで、鎮守府は少しずつ慌ただしくなっていきます。横槍が入らなければいいんですがね。余計なことをしそうな輩がいそうですし。


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敵か味方か

 午後の部の哨戒部隊が調査した結果、太陽の姫の侵食である赤い海は今も徐々に拡がっており、推定で2週間前後で陸にまで辿り着いてしまうと計算された。つまり、太陽の姫への対策を練れる時間はそれだけということに。それなりにあるようで、あまり無いタイムリミットが設けられた。

 その間にやるべきことは、村雨と長門さんの猛特訓による改二実装と、赤い海の攻略法である装備を完成させ、実験によりそれが効果的であるかどうかを調べることである。

 前者はやる気満々な監督官がいっぱいいるので今は置いておいて、問題は後者。人体実験というあまりよろしくない手段でしか、効果的かどうかは判定が出来ない。しかしながら、その実験台として菊月と初月が名乗り出たことにより、その辺りは進められることになっている。

 

 私、陽炎は、村雨の特訓と攻略のための実験、どちらにも参加することになる。

 前者は私が今までやってきたことを叩き込むわけで、私以外にも鎮守府のあらゆる人達が協力してくれるだろう。

 そして後者は、赤い海に何もせず入れるため、実験中に装備が通用しなかった場合などの時にその場で治療出来るように便乗する。

 

「ひーちゃん、なんだか大変だねぇ」

「まぁこればっかりは仕方ないよ。私しか治療出来ないわけだしさ」

 

 夜、今後のことを私の部屋で話していた。夕立は相変わらず村雨の部屋。五月雨も呼び付けているようで、すっかり姉妹での団欒で落ち着いている。

 

「それにしても、赤い海攻略の装備のこと、本当に進言したんだ」

「うん、一応ね。そしたらしーちゃんさんが結構乗り気で」

 

 赤い海攻略の装備を発案したのは沖波。今と同じようにみんなで話している時にボソッと話した、私が使っている初月インナーを裏返しにしてみたらどうだという意見をそのまましーちゃんに伝えたらしい。そうしたら、それがそのまま採用されたとのこと。

 何事もやってみなくてはわからないというのもあるが、可能性があるものは試してみなくては話にならないだろう。私の魂の匂いを封じ込めることが出来たアレなら、外部からの瘴気の侵入も防いでくれるはず。

 

「頭の部分は丸出しだよね……そこから侵食されちゃうかも。私、陽炎様が初めてインナー着たときに匂いのチェックさせてもらったけど、顔とか首筋とかからは薄く匂いはしたんだ」

「その辺りは……うーん、何とも言えないかな。流石に顔を覆うのはどうかと思うし。それこそ実験で確かめてもらうしか」

 

 身体のあらゆる場所から瘴気が入ってきて侵食してくるとなると、それはもう防ぎようが無い気がする。だが、それを防ぐ手段も考えなくてはいけないため、実験は必要不可欠。そもそもインナーだけで大丈夫かどうかも確認しておかなくてはいけないし。

 

「菊月さんと初月さんは、最悪何度も治療を受ける羽目に……」

「なるかもね。だから司令も物凄く抵抗があったみたいで。本人達の立候補が無かったら、誰かを犠牲にするっていう選択だったわけだし」

「それは……辛いですね。M型異端児だとそもそも効果がわからず、D型異端児だと失敗していた場合に取り返しのつかないことになるかもしれないですし」

 

 こんなことを話しながらも、萩風は私のベッド側。今日も添い寝を勝ち取ったらしい。何でも、私のベッドに入れるのは今日の演習で一番いい成績を残した者と勝手に決めていたようである。私に許可無しで。

 このメンバーの中で好成績を残せたというのだから、萩風ももう充分主力と言える。D型異端児で無ければ、確実に実験艦隊に組み込まれていただろう。

 

「とにかく、指示があるまでは村雨の特訓とかを続けるよ。で、準備が出来たら赤い海での実験だね」

「私は実験に便乗かな。M型異端児だし」

「多分そうなるよ。どんな感じになるかは司令次第ってことで」

 

 実験の出撃には私の他に沖波は確実に組み込まれるだろう。とはいえ、私達に決定権は無い。意見こそ出すことは出来るが、最終的な決断は全て司令である。どんな部隊で出撃するかは任せるしかない。

 

「まぁ今は何事もなく進められることを祈るしかないね」

「だね。もし実験が難航したらM型異端児だけで太陽の姫と戦わなくちゃいけなくなるかもだし、私は今より強くならなくちゃ」

 

 やる気満々の沖波。そこには恨み辛みも入っているのが嫌でも見て取れた。そこには触れない。同じ感情を私も持っているのだから。

 

 

 

 翌日、突然の来客が決まったとのことで、朝食後にバタバタし始めていた。まさか大本営が乗り込んできたからと考えたが、それとは違うとのことなので少しだけ安心。

 その来客相手に私も来てほしいと言われ、首を傾げながら言われた通りについていく。そこには五十鈴さんと龍田さんも来ていた。その時点で来客が何者かがピンと来た。

 

「私達の提督が直に会いたいって言うのよ〜」

 

 困った顔で話す龍田さん。五十鈴さんも頭を抱えていた。私達は顔も知らない協力者である司令が、わざわざこの鎮守府に訪れるというのだ。

 理由はとても簡単なことである。昨日のうちに、五十鈴さんと龍田さんの治療をしたことを電話越しに伝えたら、顔が見たいと言い出したとのこと。ただただ対潜のために駆り出されたというのなら心配はいらなかったが、得体の知れない呪いをかけられ、それがすぐに治療されましたと言われれば、すぐには納得が出来ないだろう。

 

「ホント過保護なんだから。援軍に五十鈴達を任命しておいて、送り出すときにやたらと心配してきたし」

「昨日の電話でもとっても焦ってたものね〜。大丈夫だと言ったのに、何度も何度も別状が無いかって聞いてきたし〜」

 

 2人がここまで言うのだから、相当なのだと思う。なら何故援軍を出してくれたのだろう。過保護でお人好しな人だったりするのだろうか。

 

「まぁ直に話をしたいってのはアタシとしてもあった。向こうから来てくれるのなら万々歳だよ。ここでちょいと深く関係を持っておこうかね。五十鈴と龍田には再三聞いているが、アンタ達の上司は大本営との深い繋がりは無いんだね?」

「ええ。少なくともそんな感じには見えなかったわ。五十鈴達はここでいろいろと実情知っちゃったけど、うちの提督にそういったところが関わってるようには見えない」

「そういうことを隠せるような人には見えないものね〜。ここの鎮守府を助けたい一心で呉内提督の依頼を聞いちゃったくらいの人だもの〜」

 

 これは信用されているのかされていないのかわからない。一体どういう人が来るのだろう。

 五十鈴さんも龍田さんもこういうことを言っているが、物凄く頭が回る人で、部下にもそういう態度を見せないような()()()人かもしれない。警戒だけは怠らないようにしなくては。

 

「噂をすれば影と言いますか、到着したようですよ」

 

 そんな話をしていると、しーちゃんが鎮守府入り口の方を向く。確かに少しだけ騒がしくなり、そこから見知らぬ女性がこちらに向かってきていた。

 艦娘かと思ったが、うちの司令と同じような軍服に身を包んでいるところから、艦娘ではなく司令官であることが窺える。それくらい若い人だった。艦娘だったら戦艦か空母かというくらい。

 

「五十鈴ちゃん、龍田ちゃん、大丈夫だった!? 怪我はない!? 熱っぽいとか風邪気味とかじゃない!?」

 

 そして第一声がこれである。五十鈴さんが過保護と言った意味がよくわかった。ピンピンしている2人に対してもこの行動。上から下まで舐めるように見ては、無事であることを喜び、だが体内のことはわからないのでまた心配しつつ、2人にベタベタと触れる。

 この様子に当事者である2人はともかく、空城司令もしーちゃんも呆気に取られていた。私も驚きが隠せない。まるで嵐のような人である。

 

「五十鈴達は無事だから、まずは空城司令に挨拶くらいしなさいよ恥ずかしい」

「提督〜? 私達に恥をかかせないでくださいね〜?」

 

 龍田さんがその頭を鷲掴みにして突き放す。結構な力が入っているらしく、痛い痛いと言いながらもその元気っぷりを喜んでいるようだ。

 

「はいはい、礼儀がなっていませんよ」

 

 そして今度はその秘書艦であろう艦娘が後ろから引き剥がす。なんというか上下関係が逆転している感じがしないでもない。

 

「うちの提督が申し訳ございません。私、秘書艦の練習巡洋艦香取と申します。そしてこちらが、残念ながら私達の上司である影野(カゲノ)ゆりあ提督になります」

「残念ながらって何さ。私は自分の部下が得体の知れない敵の術にかかったみたいなことを聞いて心配で心配で」

「無事であることが見られたのだからいいでしょう。相手方の提督の前ですよ」

 

 なんだかよくわからない影野司令と、その秘書艦香取さん。初めて聞く艦種だったが、巡洋艦というのだなら軽巡洋艦や重巡洋艦のお仲間なのだと思う。少し特殊な巡洋艦はうちにも兵装実験軽巡洋艦の夕張さんがいるし、防空巡洋艦のアトランタさんもいるので、そういう特殊なモノなのだろう。

 

「く、空城大将! この度は私の部下を使っていただいてありがとうございます!」

「わかったから少しは落ち着きな。確かに呪いだの聞いたら焦るのはわかるが、上に立つ者がそんなことで動じてどうするんだい」

「ご、ごもっとも、です。深呼吸、深呼吸〜」

 

 スーハーと息を整えて、心を落ち着けている。その後ろで溜息を吐く香取さんを見る限り、影野司令はこういうことが多いようである。

 

「はい、落ち着きました。改めて、影野ゆりあ大佐です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。こちらとしてもすまないね。敵の攻撃手段が明確にわかっていない段階で対潜部隊に組み込んだせいで、2人を危険な目に遭わせちまった」

「い、いえいえ、治療していただけていると聞いているので、大丈夫です。心配でしたが」

 

 ようやく落ち着いてきたようで、改めてご挨拶。影野司令は司令官の中ではまだ新人に近いようだが、呉内司令が信頼の置ける相手として選んだくらいなのだから、かなりのやり手なのだろう。

 

「えっと、貴女が()()陽炎ちゃんかな?」

 

 挨拶するだけして、今度は私の方へ。呉内司令が知っていたくらいだし、ここに来たばかりの五十鈴さんと龍田さんも私のことは話として聞いていたくらいなのだから、影野司令も知っていてもおかしくはない。

 ちょっと緊張したものの、私に対して敵意を持っているようには見えない。興味は持っているようだが。

 

「うちの五十鈴ちゃんと龍田ちゃんを治療したのも貴女なんだよね」

「うん、太陽の姫の呪いを解くことが出来るのは私だけだから」

「ありがとうね。おかげで、大切な部下を失わずに済んだよ。というか命は大事。死ぬとか絶対あり得ない」

 

 手を取られ、ブンブンと振られる。感謝の気持ちが激しい。だが、本当に自分の部下である艦娘が大切なのだということはわかる。

 こういう人なら、私達のやりたいことも理解してくれそうだ。そういうところも加味して、呉内司令はこの戦いの援軍として選び取ったのかもしれない。

 

「呉内が一目置いているような奴だ。この2人が大事だから心配しすぎてここに来ただけじゃあ無いんだろう?」

「8割方は心配だから居ても立ってもいられなくなったからというのが本音ですよ」

 

 香取さんがすかさず口を挟む。このテンションを見る限り、後先考えずに2人の状態を確認しに来たと言われても全く疑いようが無い。この人は上に立つ者として大丈夫なのだろうか。

 

「でも、ここまで介入したなら話は聞きたいと思ったのは正直なところです。昨日、五十鈴ちゃんと龍田ちゃんのことを聞いて、得体の知れない敵のことは知っておかなくちゃいけないかなと思いまして」

「良い心掛けだと思うよ。アタシとしても協力者は多ければ多い方がいい。むしろ、アンタのことは引き込もうと思っていたくらいだからね」

 

 言い方は悪いが、今回のことについて協力してくれる人が多い方が、いろいろと動きやすいだろう。大本営に黒い部分が見え始めている今、別口で支援が頼める場所が増やせることはいいことである。

 

「影野、時間はあるかい」

「はい、大丈夫です。話を聞くつもりでここに来ていますので」

「ここで起きていること、全て説明しよう。それを踏まえて、この2人をもう少し貸してもらえるか決めてもらいたいからね」

 

 ここで大本営のことまで話すかは知らないが、影野司令がこちら側に立ってくれることを祈ろう。実は大本営側でしたと言われたら目も当てられないが、それはそれで何かあるからここで話をするのだと思うし。

 

 

 

 突然の来客である影野司令は、敵か味方か。出来れば味方であってもらいたい。




新たな司令官、影野司令。艦娘やれそうなくらい若い司令官ですが、残念ながら艤装同期値は両方0。その代わり、指導者としての才能があったようです。


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新たな協力者

 五十鈴さんと龍田さんから連絡を貰った結果、過保護な性格が災いして鎮守府にやってきてしまったあちらの司令官、影野司令。やってくるや否や、2人の安否を心配して部下に総ツッコミを受けるという、何というか酷い第一印象から始まった。

 空城司令としては、この影野司令もこちら側に引き込みたいと話していたため、これは絶好の機会である。電話越しで全て説明するより、直に話した方が伝わりやすいだろう。沈没船のことは、信用できる者で共有したいところである。

 

「太陽の姫、深海日棲姫。一度だけ交戦しているが、得体の知れない力で被害甚大だった上に、あちらは無傷だ」

「そ、そんなにですか……今までの深海棲艦とは違うということですかね」

「ああ、だから、多種多様な方向から攻撃を考えている。その一環が、対潜部隊なんだ」

 

 外での話はどうかと思うため、そのまま執務室に移動してもらっている。私、陽炎はその話に便乗することに。

 五十鈴さんと龍田さんは用が済んだのでさらっと海防艦の子供達のところへと戻っていった。占守と大東は一晩で回復しているが、まだ少し心配ではあるらしい。その状態なら保護者は多い方がいいだろう。

 今の執務室は諜報部隊が()()()を調査する場所としても使っていたのだが、影野司令が入るということで一時的に休憩と称して退室してもらっている。物部司令だけはそのまま便乗しているが。

 

「前回の戦いでは、対潜部隊に道を拓いてもらい、諜報部隊の潜水艦に本拠地を調査してもらうという作戦を使わせてもらった。五十鈴と龍田には、そこで実力を発揮してもらったよ。だが、そのせいで呪いを受けちまった」

「分霊とか、侵食とか、そういうものでしたよね。私、正直全く意味がわからなくて……」

「まぁそうだろうね。今までとは本質的に違う。深海棲艦を生み出している張本人みたいなもんだから、普通ではないことはわかる」

 

 今まで戦ってきた深海棲艦とは根幹の部分が違うのだから、一鎮守府の長であっても意味がわからないと言ってもおかしくはないだろう。これに関しては否定もしない。だからここで知ってもらうのだ。勉強あるのみ。

 

「それを聞いて、アンタは五十鈴と龍田を連れ戻そうと思うかい? うちとしてはもう少し出向してもらえると助かるんだがね」

「勿論心配ですけど、あの子達なら必ず成し遂げてくれると思います。命懸けは誰だって同じですし、ここの方針は誰も死なないことを最優先にしているんですよね。私と同じです」

 

 呉内司令からその辺りは聞いていたのだろう。艦娘の命を大切にしている。死ぬくらいなら逃げるが最優先事項だ。生きていればまた戦えるのだから、作戦は常に『いのちだいじに』である。海防艦の子供達にすら染み渡っている基本方針なのだ。

 影野司令も同じ方針を掲げているとのこと。あれだけ自分の部下に過保護でいられるのだから、そういう方針で行くのは必然なのかも知れない。後ろに立つ香取さんもうんうんと頷いている。

 

「提督はこんなですが、艦娘のことを最優先で考えてくれていますので」

「香取ちゃん、こんなってのは失礼じゃないかな」

「自覚が無いのですか?」

 

 というか、艦娘の命を顧みないような指揮を執る司令官なんているのだろうか。艦娘だって自分と同じ人間なのに。

 敗北を許さないとか、そういう厳しい方針の鎮守府も無いとは言えないかもしれない。大人ならまだしも、子供がついていけるかはわからないが。

 

「ここでの戦いなら、命を落とすことが無いと思います。なので、あの子達が嫌だと言わない限りは使ってあげてください」

「了解した。なら、もう少しだけ預からせておくれ」

 

 五十鈴さんと龍田さんの援軍延長が決まった瞬間である。また次の戦い、最終決戦でも、対潜部隊には働いてもらわなくてはいけない可能性が高いのだ。この鎮守府にいる対潜部隊が心許ないというわけでは無いのだが、やはり数が揃えられるのなら、多い方がいい。

 

「あ、でも連絡だけはさせてもらっていいでしょうか。やっぱり心配は心配なので……」

「呪いの件なら、今解決策を練っているところだ。それが完成し次第、全員に配布して出撃となる。無論、五十鈴と龍田の分もこちらで用意するから安心してほしい」

「そ、そうなんですね。わかりました。なら頻繁とは言わないので、たまに」

 

 やはり過保護。一度ああいうことがあったのだから、不安になるのはわからないでもない。流石に空城司令もそれは許可した。自分の部下のことが心配になるのはわかるし、近況を都度知りたいという気持ちも理解出来る。

 

「私からも質問があるのですが」

 

 そこで今度は香取さんからの質問。影野司令が聞かなそうな話題を補佐として切り込んでいくスタンス。

 

「深海日棲姫に勝てる見込みはあるのでしょうか。得体の知れない、オカルト要素ばかりが目立つ敵であることは嫌というほど聞いていますが、勝算については一切話題に上がらないので、ここでお聞かせ願えると」

 

 痛いところをついてくる。ここで勝算は無く、気合と根性でどうにかするなんて言い出したら、いくらなんでも納得がいかないだろう。勝ち目は根性論でどうにか出来ることではない。

 そもそも、今の私達には勝算らしい勝算があって無いようなもの。存在すると聞いている依代の破壊が唯一の勝ち筋ではあるのだが、それが出来るようになるためにはいくつもの難関を突破しなくてはいけない。

 赤い海による侵食を回避出来るようにし、敵の防衛線を潜り抜け、謎の沈没船に極限まで近付き、依代を発見して破壊する。その全てをクリアすることで初めて勝利と言えるようになるのだ。その1つ1つが超難易度。1つの部隊でどうにか出来るようなものではない。

 

「今までなら勝算は0に近かった。だが、調査や準備でそれを確実に上げてきている。それでも、100%勝てるようには出来やしないだろう」

「そうですね。想定外というのはいつでも起こり得るものです。故に、慢心は大敵なのですから」

「弱点は判明している。情報提供者もいるからね」

 

 それは間違いなく村雨のこと。沈没船の中を知る唯一の存在。村雨から依代のことを聞いていなければ、何度も蘇るという太陽の姫に翻弄され続けてジリ貧だっただろう。

 

「今はその攻略法を実現するための準備期間だ。タイムリミットはあるが、それまでにどうにかする」

「そうですか……そのタイムリミットの件はまだ聞いていませんでしたが」

「昨日大本営に報告したばかりだからね。アンタ達のところにはまだ連絡が来ていないんだろうさ」

 

 このことを知っているのは協力者であり現時点でここにいる物部司令と、全てを知った上で支援艦隊を出向させてくれている呉内司令、そして昨日報告されたという大本営のみ。

 影野司令は信用出来ると判断し、現況を詳細に伝えていく。赤い海は現在進行形で勢力を拡大していること。残り2週間前後で陸にまで辿り着いてしまうこと。五十鈴さんと龍田さんはその赤い海の影響で呪いを受けたこと。そして、M型異端児であればその影響を受けないこと。

 詳細が紐解かれる毎に、影野司令の表情はコロコロ変わった。対策無しでは無いが、その対策が極端に難しいことは、嫌というほど理解してもらえたと思う。

 

「M型異端児……増やすことは可能なんですよね」

「可能だが、それはアンタも拒絶する方法だと思うがね」

 

 やはりそこに行き着くのは定め。M型異端児が多ければ多いほど、今回の戦いは勝率が上がるだろう。しかし、それが取り返しのつかないことに繋がる可能性が高い。

 そして、影野司令は過保護とも言える程に部下達を溺愛している。それならば、M型異端児増産の()()()()()()のことは理解してもらえるはずだ。というか、影野司令自身がまず確実に拒否する。やると言えば協力関係は解消されるだろう。

 

「この子、陽炎ならM型異端児を増やすことが可能だ」

 

 視線が私に向く。奇異なモノを見る目というか、期待と羨望が入り交じったかのような視線。正直、あまり好きではない。

 

「だが、それを試すことは絶対に出来ないししない。何故なら、それはあちら側、深海日棲姫と同じ力みたいなものだからだ」

「というと……?」

「施された者は、どれだけ意志が強かろうと陽炎の部下になる。人間性を失い、陽炎の命令に忠実に従う巫女となるだろうね」

 

 その辺りは明確に知らなかったようで、目を見開いて驚いていた。私だってそんなことにはしたくないのだが、この力は()()()()()であることは、自分で使っているのだからわかる。私が嫌でも、そういう作用をしてしまうモノ。

 

「例えば、アンタの部下である五十鈴や龍田を攻略隊に入れたいからとM型異端児に変えたとしよう。そうした場合、もうアンタの知る2人じゃ無くなる。陽炎に侍る()()()()()()に生まれ変わっちまうだろうね」

「それはダメ! 絶対にダメです! あの子達はあのままだからいいんです!」

 

 影野司令が声を荒げた。事の重大さを理解してくれてありがたい。

 

「それを元に戻す手段は」

「無い。だからやらないんだ。勝つために人の心を壊すだなんて間違っているだろう」

「勿論です! 私は空城大将の意見に賛同します!」

 

 勢い余って空城司令に詰め寄る影野司令。考え方自体は2人は同じだ。そういう形でも犠牲者を増やすというのはよろしくない。戦場で命を散らせることは当然ダメだが、心が壊れるというのは違う意味で死んでいるようなものだ。私はそんなことに加担したくない。

 影野司令がちょっと興奮してきたので、香取さんが後ろから首根っこを掴んで元の位置に戻した。秘書艦というよりは制御係というイメージ。

 

「でも、大本営はやれって命令してきそうですよね」

「突っぱねるよ。そんな命令聞いてやる筋合いは無い」

「す、すごい……そこまでハッキリ言うだなんて」

 

 だからこそ、私達は空城司令についていける。私達の命を保証してくれるというのが一番大きい。これは上司部下の信頼関係に繋がるだろう。

 影野司令もノリはこんなだが、部下には愛されているように見えた。香取さんも嫌でこんなことをしているわけではなく、お互いの信頼があってこういう少し強めな表現をしてしまっているに過ぎない。友人感覚がいいことかはわからないが。

 

「それに、アタシは大本営をもう信用しちゃいない。陽炎がこの力に目覚めた時に、即座に自分のところに置こうとしたくらいだからね。深夜に電話なんてしてきやがって」

「それはまた……露骨というか何というか」

「陽炎を利用価値のある物としか思っていないような連中の命令なんて聞くわけないさね」

 

 そういうことを言っていいものかと思ったものの、結局今から例の件を話すのなら問題ないか。今までの鎮守府の在り方を全部否定するような内容である。

 

「そこで、だ。アタシ達が掴んだ情報がある。アンタ達は信用出来ると考えて、このことを聞いてもらいたい。だが、これを知ったら後戻りは出来ないだろう。ちなみに五十鈴と龍田はもう知っちまってるがね」

「それなら私も知るべきことです。香取ちゃんもいいよね?」

「貴女だけでは不安ですので、私もご一緒しましょう。毒を食らわば皿までと言いますし」

「余計なこと言わなくていいの!」

 

 本当に仲がいいようで。

 

 で、ここからは沈没船と大本営の繋がりについての説明。赤い海のこと以上に深刻で、私達がやらされているのはただの尻拭いである可能性まで見えてきたことを知ると、ついには表情すら変わらなくなった。香取さんすらも驚きを隠せないでいた。

 

 この時点で、この2人は大本営と本当に繋がっていないということがわかる。物部司令が相席しているのはそういうところを見定めるためでもあった。正直なところ、影野司令はいいとして香取さんが繋がっているのではないかという不安はあった。

 何か知っている、もしくはスパイのようにこちらの状況を知るために動いているのなら、こんな驚き方はしない。そこまで見越して、諜報部隊の長が調査していたわけだ。そういう意味では一安心。

 

「そ、そんなの……えっ、私達すら利用されていたってことですか!?」

「正義感を利用して自分の汚点を消そうとしているわけだからね。まだ詳細は完全に掴めているわけでは無いが、可能性はかなり高い、十中八九と言えるくらいにまで突き詰めてる」

 

 根底を覆されて言葉もない。知ってはいけないことを知ってしまったような感覚。

 

「ここまで話しておいてなんだが、アタシ達に協力してもらえないかい。出来ないと言ってくれても構わない。このことを大本営に話してくれても別にいい。だが、アタシ達は大本営と徹底抗戦する構えだ。何も言ってこないのなら好きにやる。言ってくるのなら迎え撃つ。この鎮守府に属する艦娘全員が同じ意志だ」

 

 大本営のやり方は気に入らない。特に私は回り回って巻き込まれたタイプだ。太陽の姫は両親の仇だが、大本営はそれを生み出すきっかけを作ったいわば()()。大本営全体か、そのうちの少数かは知らないが、どうであれ信用は出来ないだろう。

 

「すぐに答えを出せなくてもいい。アンタは好きに……」

「協力させてください!」

 

 先程香取さんに掴まれていたことを忘れたかのように、また詰め寄った。

 

「私だってみんなが楽しめる海を取り戻すためにこの戦いに身を投じたんです。なのに、実はなんかよくわからない思惑が蠢いてるとか、そんなの許容出来ません!」

「お、おう……」

「なので、私も一枚噛ませてください! いくらでも協力します!」

 

 力強い言葉。後ろの香取さんも、影野司令の勢いに苦笑しながらも、小さく頷いていた。

 

 

 

 これにより、新たな協力者が増えた。実情を知っても尚、私達の理念を否定せずに一緒に並び立ってくれる人がいるというのは嬉しいものである。

 




ちょっとしたおさらい回となりましたが、影野司令は無事協力者としてこちら側についてくれました。勢い余っているわけではなく、ちゃんと香取がブレーキかけてますからね。信用に値する、はず。


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秘められた闇

 事情を説明したことで、影野司令が協力してくれることになった。鎮守府運営の根底が空城司令と同じであることが良かったようで、言い切る前から協力を申し出てくれる程に力を貸してくれるようである。

 その秘書艦である香取さんも苦笑しつつ賛同してくれたことで、今ここにいる者には不安の種が無くなったと思う。それを後ろからじっくり眺めていた物部司令も問題無いと判断したようで、若干緊張感があった空気も弛緩した。

 

 私、陽炎としても、ここで協力者が増えてくれたのはとても嬉しい。ただでさえ前も後ろも敵みたいなもの。そんな中で光が見えたのだから、勝てる可能性はまた増えた。

 

「あ、でも協力すると言っても何をしたらいいんだろう。私達に出来ることなんて高が知れてるし……香取ちゃん、何か思いつくことある?」

「提督という立場なんですから、ちゃんと自分でも考えてくださいね」

 

 どうも影野司令は上に立っている者としての威厳というかそういうものが感じられないが、これでも艦娘を束ねている鎮守府の長。指揮能力とかそういうところに光るものがあるのだろう。見た目や言動で決めつけてはいけない。

 

「うーん……ひとまず、五十鈴ちゃんと龍田ちゃんのことはよろしくお願いしますということで」

「ああ、よろしくされた。必ず無事に戻ってもらう。あの子達の対潜能力は目を見張るものがあるからね」

「あはは……お役に立てて光栄です。こちらの海に潜水艦が多いことが、ここで功を奏するとは思いませんでした」

 

 影野司令の鎮守府は、領海の状況から対潜に力を入れていると聞いている。それがまさにここで噛み合ったわけだ。たった2人でも、大きな戦力となってくれている。子供達を引き連れて潜水艦達の道を拓いてくれているのだから、指導者としても相当なものだ。

 

「もし何かあったら、加勢してくれるだけでいい。事情を知っていて、賛同してくれるだけでも、充分に力になってくれているよ」

「そうですか……わかりました。何かやれそうなことがあったら言ってください。私達が力になります!」

 

 飛び抜けて元気である。この人が艦娘だったら旗艦になれるくらいの力を持っていそう。全体を鼓舞して、秘めたる力を発揮させてくれそうな、そんな感じ。

 

 そんな中、香取さんは少し考え事をしているようだった。先程の影野司令からの言葉を受けて、何かしら思いつくことを探しているようである。

 

「1ついいでしょうか。その沈没船を使ってミサを開いていたという邪教崇拝の輩……教団と称すればいいでしょうか。それの詳細はどれくらい判明しているのですか?」

「それは私から説明します。諜報部隊として調べた全てを伝えましょうか」

 

 香取さんは、今の事情の説明ではさらりと流された邪教崇拝者の集まり、教団のことに触れたいという。確かにそこまで詳しく聞いていなかったと思う。

 それに詳しいのは物部司令だ。あの沈没船の名前から、ある程度の詳細まで調べ上げてくれている。少し前の打ち合わせでそのことも話してくれていた。あれからまた時間が経っているので、より深いところまで調査が進んでいるかもしれない。

 沈没船の詳細や大本営との繋がりもそうだが、沈められる理由となった教団についても知っておいた方がいいか。それが何かに繋がるかもしれないし。

 

 物部司令から詳細を説明される内に何かに気付いたのか、香取さんのかけている眼鏡がキラリと光ったように見えた。まるで霧島さんのよう。

 

「提督、貴女のお爺様、昔政治家だったと言っていませんでしたか」

「ん? ああ、そうだね。あ、だからって私はそのコネで提督やってるわけじゃないよ!?」

「誰もそんなこと言っていないでしょう」

 

 話の腰を折るような影野司令の発言を遮り、香取さんが何やらに気になることがあると話を続ける。

 

「その教団が秘密裏に政界に手を伸ばしていたと物部提督は仰いました。活動時期は12年前、その頃に提督のお爺様は現役だったのでは?」

「12年前……って、私まだ学生の時か。うん、確かにそのときは現役だった。引退したの5年前だし」

 

 確かにそれは私も聞いた。ほんの少し話題に上がった程度だが、その教団は一般人に気付かれないように勢力を増やし、政界にまで手を伸ばしたと話していた。何処からそういう話を聞き出してくるのかは聞かないでおく。諜報部隊ならではの情報網とかあるのだろう。しーちゃんはもっと謎だが。

 そこで、影野司令のお爺ちゃんがその時政界にいたということは、そのことを知っていてもおかしくないと考えたようだ。もしかしたら勧誘を受けていたかも知れないし。

 

「そっか、確かにちょっと知ってることがあるかもしれない。試しに聞いてみようか」

「ええ、もしかしたらいろいろと繋がるかもしれませんから」

 

 タイムリミットがあるのだから、情報は早いところ欲しい。ということで、影野司令には今すぐ連絡をとってもらうことにした。そそくさと部屋から出て、さらりと電話をかけ始める。

 これはプライベートとは違う仕事上の連絡にはなるのだが、親族に電話をするだけというのなら問題ないか。執務室にある電話ではなく、影野司令自身のプライベートな連絡手段で話をしてもらうことに。

 

「これで何か見つかったらえらいことだねぇ」

「あり得ないことでは無いですよ。当時の政界にいたということは、私では調査しきれない些細なことも知っているかもしれません」

「つっても、歳は大分行ってるんだろう。覚えてりゃありがたいが」

 

 それがあることを祈るしかないか。実は教団の一員だったとかだと目も当てられないが。

 

 

 

 影野司令が執務室から出て行ってそれなりに時間が経った後、電話を終えて戻ってきた。その顔にはいろいろな表情が入り交じっていた。

 

「すみません、ちょっと長話になってしまって。連絡取るの久しぶりだったから、本題に行くまでに長々と心配されてしまいました」

 

 もしかしたら、影野司令の過保護な性格は血筋なのかもしれない。自分の孫娘が提督をやっていると知ったら、心配するのもわからなくもないが。

 艦娘よりは安全な位置にいるかもしれないが、責任で精神的にダメージを負いかねない仕事だ。過保護ならば、聞き出せることは全部聞きたくもなるか。

 

 で、その連絡の結果なのだが、なんだか引き攣った笑みで話し出した。

 

「えーっとですね……()()()()()

「ってことは?」

「お爺ちゃ……コホン、祖父はその教団のこと知っていました。勧誘も受けたけど突っぱねたと」

 

 まさかのドンピシャ。本当に教団の情報を持っていた。今知りたい情報かはわからないが、少なくとも繋がりが見えてきた。

 

「祖父の時代には政界では悪名高かったらしく、よく覚えていたようです。政治資金の横流しみたいなのまであったらしくて」

「えらいどころじゃないじゃないか。よくそこまでやって今まで存在がバレてこなかったね」

「まぁ……横流しした張本人は逮捕されてるらしいので。その横流し先が揉み消されたみたいですが」

 

 影野司令のお爺ちゃんも、その辺りは知っていても公表はしなかった。いや、()()()()()()ようである。

 その世界にはその世界なりに闇が深いのがよくわかる。余計なことを表に出そうとすると、自分どころか周りにまで害を及ぼす可能性すらあるのだから。家族を守るために苦渋の決断をしたのかもしれない。私には少し理解出来ないが。

 

「裏側では我々の知らないところで大惨事になっていたということですね。政界がそこまで踏み込んでいるのなら、簡単には済まない。なら、ミサそのものを破壊し、関係者を全て海の藻屑にしてしまうと考えるのも無理はないかもしれません」

「手が付けられないから、強行策に出たってことかい。考えられないことじゃあ無いね」

「それが決して最善の手段だったとは言いませんが」

 

 そのまま放置していたら、世界は裏側から闇に包まれていたかもしれない。深海棲艦と戦うという状況以上に混沌を極めていた可能性だってある。

 とはいえ、街がいくつも失われて、何人もの人生が破壊されていく現状はそれ以上ではなかろうか。力尽くで止めたら、それ以上の大惨事になったということだ。

 

「アンタの爺さんは、船を沈めたってことは知ってたのかい」

「いえ、それは知らなかったと。そういう騒ぎが収まったかと思ったら、その政治資金を横流ししていたような政治家が逮捕されて、なんやかんやうやむやになっていったと言ってましたから。むしろ船のことなんて微塵も知らなかったと」

「そうかい。だが、充分過ぎる情報だよ。12年前の真実がだんだん掴めてきたってもんだ」

 

 あくまでも勧誘されただけということと、同業者が献金していたこと、あとは公表出来ないくらいに勢力を強めていたこと。これがわかればまた話が繋がっていく。

 羽裏号を沈めた理由は、手が付けられないくらいに大きくなってしまった教団を止めるため、誰かが自らを犠牲にして実力行使に出たと考えるのが妥当。行き過ぎた正義感かもしれないが、そこまでしなくてはいけないレベルの事態に陥っていたのなら、そこに向かっていくのは仕方ないことなのかもしれない。容認は出来ないが。

 今ですら公表されないのは、余計なことで世界に荒波を立てないようにするためだろうか。その教団が消え去ったとも限らないし、そんなことが裏側で起きていたとなったら、少なくともこの世の中が混沌の道を歩き始める。

 

「世界を乱さないための黙秘って考えりゃ、まぁ気持ちはわからんでもない。アタシだって陽炎の力のことは隠し続けたかったからね」

「それとこれは同じことなのかな」

「根幹は違うかもしれないが、公表したことで世論が動くって意味では似たようなもんだ。アンタのことは、知らないなら知らない方がいいようなもんだろうに」

 

 確かに、私の力を公表したら、私の意思も他人の意思も関係なしに艦娘にしてくれと雪崩れ込んでくる可能性が高い。そうでなくても、大本営から圧がかけられているのだから、表沙汰になんて到底出来ない。

 そういう意味では教団の件も同じだ。公表したら今までその存在を知らなかった者も入信する可能性だってある。せっかく秘密裏に動いてくれていたのだから、秘密裏のまま葬り去りたいと考えるのは理解出来る。

 

「とはいえ、やったことは鏖殺だ。許されることじゃあ無いね。結果的に深海棲艦が生まれ、世界は混沌としてるんだ。まぁ元はと言えばその教団とやらが全部悪いんだが」

「その時にはこうなるなんてわからないでしょうからね……許されることでは無いですが」

 

 それで納得するしか無いのだろう。誰を恨めと言われれば、大本営ではなく教団とかいうカルト組織。その時の誰かは、その教団の侵食を食い止めるために尽力したとなれば、恨みの矛先からは変えられそう。許されることでは無いが。

 

「ならなんで大本営は早急に事を成したいと圧をかけてきたんですかね」

「そりゃあ、こんな面倒くさいことはとっとと終わらせたいだろうさ。長引けば長引くほど、その教団のことが表沙汰になりやすくなるってことだろう。少なくともアタシ達が嗅ぎつけちまったんだ」

 

 だからといって人の意思を潰すM型異端児の量産は悪手ではある。どう言われようとその意見には乗らない。

 

「これはアタシも考えを改めなくちゃいけないかもしれないね。鎮守府を尻拭いのために使ってるって思ってたが、世の中を混乱させないようにわざと隠してるって考えれば多少は理解出来る。とはいえ真相はまだ闇の中だが」

 

 ここまで話しているが、その全てがまだまだ憶測の域を出ない。真実を知るのは当事者だし、それこそ太陽の姫にしかわからないことかもしれない。だが、大本営にいるであろう羽裏号沈没の関係者には、公で無くてもいいから説明してもらいたいものである。

 ここまで巻き込まれた私には知る権利くらいあるだろう。というか納得させてもらいたい。

 

「一旦ここで話はやめておこうか。頭が痛くなってきた」

「世界の深淵を覗いているような感覚ですよ。知らなくてもいい事を知っていくような」

「諜報部隊ってのはそれが仕事なんじゃないのかい」

「ここまでのものは初めてです。深海棲艦が生まれた原因を突き止めているようなものなんですから」

 

 話しているだけで疲れるような内容だった。私はただ聞くだけだったが、それでも重苦しい話であることはわかる。このあとはちょっと癒されたい。

 

 

 

 真相は闇の中。この世界に秘められた闇は、最終的にどこまでが白日の下に晒されることになるのだろうか。

 




重い重い話が続く。実は大本営は悪くないのではという仮説。でも船沈めてるのは変わりない。


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司令官の器

 影野司令への説明はここで終了。いろいろと協力してもらえたことで、調査がさらに進んだ。例の邪教崇拝の教団は、政界にまで手を伸ばしており、政治資金の横流しまで受けていたというのだ。考えている以上に組織が肥大化しているが故に、闇に葬られたという可能性が出てきた。

 この世界を滅茶苦茶にしないために皆殺しというとんでもない手段に出られたわけだが、そこまでしなくては止まらないところまで来てしまったのかもしれない。どういう意図でそういうことをしたのかは、未だに闇の中である。

 

 とはいえ巻き込まれた私、陽炎としては、大本営が悪かろうが教団が悪かろうが堪ったものでは無かった。結果的に太陽の姫は生まれてしまい、私は世界に選ばれ、そして街は滅ぼされてしまった。

 両親を失い、人生が壊されたのは全てその世界の裏側で行なわれたいざこざの流れ弾。納得しろと言われても納得出来やしない。

 

「アンタにゃ辛い話だったかい」

「んー……まぁ嬉しい話では無かったかな。私はどっちを恨めばいいんだろうね。どっちもがいいか」

「恨むなっていう方が難しいだろうからね……許してやれなんて絶対に言えない。アンタは恨み言を言っても許される人間だ」

 

 その保証はいいのか悪いのか。まぁ私としては多少は自重するので、ちょくちょく愚痴ることくらいはあるが、大っぴらに文句を言うことはないと思う。張本人が現れたらそんな気持ち吹っ飛ぶかもしれないが。

 この言葉により影野司令が私に興味をもっていた。そういえば、私の人となりってあまり知られていないのか。M型異端児を増産出来るという分霊の能力ばかりが先行していて、私自身のことは意外にも誰も知らないのかもしれない。鎮守府に入る時に、空城司令は私の素性とかを調べていたが、その内容は他の鎮守府には行っていないようである。

 

「陽炎ちゃんは、その、結構ワケあり? 分霊とか呪いを解くとか出来ちゃうくらいだからいろいろあったんだと思うけど」

「あー……これって話していいことなのかな」

「アンタが嫌じゃなけりゃ、話してやってもいいと思う。というか、大本営の連中も陽炎の境遇を知らないからああいうことが言えるんじゃないかね。知ればみんな同情すると思う」

 

 ということで、影野司令にも私がどういう経緯で艦娘になったかを話した。物部司令すら、その辺りはまだふわっている部分があるようで、話せば話すほど表情が暗くなっていく。

 それだけ私の境遇は不幸一色であり、完全にただ巻き込まれてしまっただけの存在であることを知ってもらえた。そんな私がキーパーソンとして据えられ、さらには大本営に圧をかけられているというのも不幸の一因だ。

 とはいえ、私は今は楽しく生きていられる。艦娘として仲間を増やし、艤装姉妹とはいえ妹も出来た。嫌われていることもなく、好かれているのなら全然マシ。

 

 しかし、話した直後、影野司令は突然号泣しながら私に詰め寄ってきた。

 

「苦労してるんだねぇ! ただ巻き込まれただけなのにこんな仕打ち、酷すぎるよね!」

「え、あ、うん」

「何かあったらお姉さんに頼るんだよ! 必ず力になってあげるからね!」

 

 圧が強すぎて逆に引いてしまった。私は情に訴えかけるつもりで話したつもりは無かったのだが、影野司令には深く突き刺さってしまったようである。

 力になってもらえるのは嬉しい。そこに同情が含まれていたとしても、影野司令は心底私のことを思ってこの言葉を紡いでくれたのはわかる。

 

「陽炎さんが困ってますから、あんまり激しく出ないこと」

 

 そんな影野司令を香取さんが引き剥がしてくれた。そして懐からハンカチを出して涙を拭っている。

 さっきの説明のときのリアクションからそうだったが、影野司令は感情の表現がとても大きい。喜怒哀楽が激しいというか、自分のテンションを抑え切れないイメージ。夕立と同じタイプかも知れない。

 

 

 

 話し合いが終わったもののまだ時間ならあるということで、この鎮守府がどういうところかを教えてほしいと時間ギリギリまでは見学をすることになった。

 ここからは協力関係。こちらの持つものは全部知っておいてもらう方がいいだろう。せっかくここまで遠路遥々来てくれたわけだし、視察みたいになっているが見てもらえばいいと思う。

 

「私達の鎮守府とはやっぱり少し違うね」

「そうもなるでしょう。環境が違いますし」

 

 影野司令の鎮守府がどういうところかは知らないが、少なくともこの鎮守府よりは新しいとのこと。本人曰く、まだまだ新人なのだとか。それで五十鈴さんと龍田さんがあの練度だというのなら、それはそれで凄まじいものに思える。

 

「あ、新人もいるんですね。海上移動訓練、最初の難関」

「ああ、そちらにも連絡が行っていると思うが、あの子はつい最近救出した子だ。村雨というんだが、艦娘として活動すると決めたんでね、新人として訓練中なんだよ」

 

 工廠に差し掛かったところで、どうしても目に留まるのが岸でやっている海上移動訓練。

 長門さんは昨日のうちにクリアしたことで、今はもう砲撃訓練に移っているが、村雨はまだまだ苦戦中。イメージの力を強くするため、成功している自分を身体に染み込ませるように、夕立に補助されながら滑る感覚を身につけていた。手押し車とかに見えるが、あの方法なら覚えやすいかもしれない。

 

「助言とかして大丈夫です?」

「構わないが」

 

 ニコニコしながら村雨に近付く影野司令。香取さんも小さく溜息を吐いた後、その後ろをついていく。訓練風景を少し見ただけで何かわかったのだろうか。私と空城司令は少し首を傾げつつも、さらにその後ろをついていく。

 村雨が元々深海棲艦であるとわかっても、一切の偏見が無いのはありがたい。そんな素振りも見せなかった。香取さんもである。

 

「やぁやぁどうもどうも」

「ぽい? どちら様っぽい?」

「五十鈴ちゃんと龍田ちゃんの上司って言えばいいかな。影野ゆりあと言います」

 

 抑えきれないテンションが後ろから見ても溢れ出ている感じ。

 

「えーっと、そっちの子、村雨ちゃんだっけ。遠目から見てだけど、海上移動にかなり苦戦してる感じじゃないかな」

「えっ、まぁそうですけども……」

「ちょっとした助言があるんだけど」

 

 影野司令の圧に少し引き気味な村雨だが、タイムリミットが設けられてしまったことと、長門さんが早々と終わらせたことで少し焦りも出てきているのか、影野司令の助言という言葉に過敏に反応していた。まだ始めて1日経っていないのだが、もう既に藁にもすがる思いだったのかも。

 

「目を瞑ってでもその場に立っていられる?」

「それは多分……出来ると思う」

 

 夕立から手を離し、影野司令に言われた通りに目を瞑って静止。岸の方とはいえ、波自体はあるためそれなりにバランス感覚は必要。それでも、その場に留まり静止するくらいは出来るようになっている。プルプル震えることもない。

 

「そこから、滑っていこうと思わないで、歩いてみなよ。地に足つけて歩ける人間なんだから、一回艦娘であること忘れて、ただただ歩いてみるの。出来るなら走ってもいいよ」

「歩く……こう、かな」

 

 そのままの姿勢で前に行こうとするから、妙に力んでしまって足だけ先行してしまったりするのだから、まずは普通に人間のように、平らな面を歩行してみる。海の上で静止出来るのだから、それこそ陸を歩いているかの如く歩けるはずと。

 今までとは違い、滑るのではなく歩くことに重点を置いた動き。脚を持ち上げ、一歩前へ。それなら村雨にも出来た。しかも、何もバランスを崩すわけでもなく、当たり前のように海上を()()した。艦娘としては不恰好かもしれないが、陸と海を同じものとして見ることは出来るようになっている。

 

「まずは歩く。次は走る。そして最後は滑る。これでやってみて。目を瞑ってやれば、海って意識しないでやれるでしょ」

「そうかも……陸を歩いてる感覚に思えるかも知れない」

「村雨ちゃんだっけ? 君は人間なんだからさ、まずは人間のやれる範囲でやっていけばいいんだよ。いきなり自分は艦娘だって意識しても力んじゃうから」

 

 人間なのだから陸を歩くことが出来る。それを海の上でもやるだけ。艦娘にはその力があるのだから、当たり前のことは当たり前のように出来る。そうやって教えていた。

 結果、村雨は今までどうやっても上手く行かなかった海上移動がどんどん出来るようになっていった。歩き、走り、そして滑る、滑るのは流石に簡単には行かなかったが、前のような横転は無かった。

 

「すごいっぽい! むーさん出来てるっぽいよ!」

「まだ不格好だけどね。感覚、わかってきたかも」

「艤装を装備してると、そういうところメキメキ上達していくんだよね。海の上も陸と同じって身体が覚えていくんだ。だから、まずは陸を意識する。少しずつ海に入っていけばいいんだよ。滑る感覚がそれで身につけば、自然と出来るようになるからさ」

 

 今の村雨には一番的確な教え方なのかもしれない。あれだけ苦戦していたものが、ちょっとした助言でどんどん出来るようになっていく。これには流石の空城司令も驚いていた。

 

 私の時は木曾さんから教えられた通り、艦娘は船であるというイメージと、人間であるというイメージを両立させることでいろいろとこなしてきた。最後は無意識を引っ張り出されることで無理矢理身体に教え込まれたが。

 今の影野司令の考え方とはそこからして違っていた。艦娘はあくまでも人間の延長線上である。それを拡張していくイメージだ。結果的に村雨にはそれの方が合っていた。

 

「こりゃ凄い。アタシにゃそうやって教える力は無いからね」

「いやぁ、私実は元々艦娘志望だったんですよ。なので、この辺りはちょっと勉強してまして。なんだかんだそっち側の才が無くてこっち側にいるんですけどね」

「提督業の方が難しいんだがね……アンタはそういうタイプの人間だったってことかねぇ」

 

 自分がなりたかったものにはなれず、それを導く側に抜擢されたのだから、教えるのも上手いし、過保護にもなると。いや、後者は影野司令特有の性質か。

 選手としては鳴かず飛ばずでも、監督になったら超一流みたいな逸材。それが影野司令だったというわけだ。そういう意味では司令官になって然るべきな人なのかもしれない。艦娘のことをよく知り、いいところも悪いところも理解して、すぐに結果に出す。

 

「あとは威厳さえあれば、完璧な提督になると思うのですが」

「香取ちゃん酷いよねその言い方!?」

「御自覚もお有りでしょうに」

「あるけども!」

 

 自覚していても直すつもりが無いのなら、もうそのまま突き通すしかあるまい。影野司令はむしろ、その状態が一番力を発揮出来る人なのかも。威厳が無いという言い方はアレだが、裏を返せば威圧感も無いので近寄りやすい。大人もいれば子供もいる艦娘と仲良くなるのには最適なのでは。

 

「一度慣れちゃえば、本当に身体が覚えてくれるのね。バランスも取れるわ」

 

 そして村雨は海上移動訓練を無事クリア。先程までの苦戦が嘘のように上達した。艦娘としてのスタート地点に立てたことで、村雨も少しだけ自信を取り戻したようだった。

 

「ありがとう、影野提督。さっきまでは正直ドン底だったけど、貴女の助言でここまで出来ました」

「いやいや、それは村雨ちゃんの実力だからさ。私はちょっと後ろから押してあげただけだよ」

 

 こういうところも司令官としての器なのだろう。艦娘を立て、自分は後ろから導いてあげるだけ。まるで学校の先生である。

 

「じゃあもう砲撃訓練行けるっぽい? ぽい?」

「ここまで動けるようになるなら、やってもいいと思うよ。早く成長したいっていうなら、休んでる暇なんてないだろうからね」

「むーさん、それじゃあ次っぽい! 夕立が手取り足取り教えたげるから!」

 

 村雨は次の段階へ。これならタイムリミットまでに相当強くなれるはずだ。海上移動訓練は個人の問題な部分が大きいが、ここからは鎮守府の艦娘総出でスパルタ訓練になるはずだ。身体が嫌でも覚えていく。

 

「助かったよ。村雨も次の戦いではキーパーソンになる。リミットがある状態でどこまで行けるかとは思っていたが、これなら戦闘訓練にも入れるだろう」

「あ、この子もM型異端児なんですね。それなら力になれて良かったです」

 

 ニッコリ笑う影野司令。影野司令が司令たる部分が見えた気がした。

 

 

 

 この人が協力者となってくれて本当によかったと思う。こういう人なら、艦娘もついていくだろう。過保護すぎるのは考えものだが。

 




監督になった途端に才能が見出される選手とかっていますよね。影野司令はそのタイプです。過保護かもしれないけど良き指導者。


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唯一の妥協点

 村雨を導いた後も鎮守府内をある程度見て回り、その都度所属している艦娘と何かしらの関係を持っていった影野司令。今だけの協力者になるかもしれないが、いい関係が持てるというのはそれだけでもいいこと。

 特にいい関係になったのは、五十鈴さんと龍田さんが参加している対潜部隊である。子供達とも仲良くしており、すぐに懐かれていた。あの松輪もしっかりと本質を見抜いており、遠くから見ているものの拒絶はしていない。それは香取さん相手にもだった。そういう意味では、確実に敵対はあり得ないということがわかる。

 

「いやぁ、いい鎮守府でした。私もこんな感じにしていきたいですねぇ」

「そう言ってもらえるとありがたいね。まだ誰も命を落としてないのも誇りだ。アンタもそのつもりだろう?」

「勿論! 誰も死んじゃダメですからね。命懸けかもしれませんけど、命を賭けちゃダメです」

 

 信念からしてうちの司令と同じなのだから、仲良くなれるに決まっているのだ。それがわかったのだから、艦娘も全員が影野司令を受け入れていた。

 良くも悪くも嘘がつけないような性格をしているので、表に出ているこの表情が影野司令の全てだと思う。

 

「今回はうちが助けてもらってんだ。アンタ達がヤバイと思ったらうちにも声をかけておくれ。必ず手助けすると約束しよう」

「その時はよろしくお願いします!」

 

 ニッコリ笑って握手。いい関係が続くのなら嬉しいものだ。仲間は多いに限る。

 

「あ、提督、ここでしたか」

 

 ある程度回ったところで、空城司令を探していたのかしーちゃんが駆け寄ってきた。見た感じ、別に悪いことで探していたわけでは無さそう。

 

「どうかしたかい」

()()()()、試作品が出来ました。午後からでも実験が可能です」

「おお、そうかい。ならまず見せてもらおうかね」

 

 例の装備といえば、勿論赤い海攻略のための装備だ。侵食を防ぐための装備であり、想定では私、陽炎が使っていた初月インナー、いわゆる全身タイツ的な物。

 今回は立候補した菊月と初月専用に作られており、それを使用して赤い海への突入をする。それで魂への侵食が無ければ正式採用。されているのなら次の案へと繋ぐ。

 

「影野、アンタも見ていくかい」

「是非とも! 侵食というのをどう回避するのか、私気になります!」

 

 この方法次第では、影野司令も考えを変えてしまうかもしれない。そうなった時は諦めるしかないだろう。

 

 

 

 用意されているのは再び工廠。今回は哨戒部隊に入れられていなかった立候補者(被験者)2人が、すでにその新装備を装着して待ち構えていた。

 

「試験型装備01、対深海日棲姫用インナーです。今回は沖波さんからの提案を基に、陽炎さんの使用していた魂の匂いを封殺することが出来るインナーの裏表を逆転させた加工にしてあります」

 

 初月の方は基本いつも通りであるため、何も変わったようには見えなかった。元が初月インナーであるため、初月で違和感を覚えるわけが無かった。

 逆に菊月はというと、元々が殆ど露出していない上に、普段から長袖の黒のセーラー服を身につけているため、色合い的なものに殆ど違和感が無い。強いて言えば、普段とは違う手の指先まで覆う黒と、首まで伸びるインナーの黒がある程度。

 

「僕はおおよそ普段通りだから何も違和感は無いが、菊月はどうだ」

「正直、怖くなるほどに馴染んでいる。肌触りがやたらいい上に、突っ張ることもない。動きやすくて助かるな」

 

 手をグーパーさせたり屈伸したりしながら、感触を確かめている。私も体感しているのだが、やたら馴染むのがちょっと怖い。真っ黒な薄い皮膚が追加されたような感じになっている。

 これは今までに訓練してきた戦闘技術に支障が出ないようにされた配慮だとは思う。事実、使い始めてから深海棲艦化を経て今のM型に生まれ変わるまでに使い倒してきたが、インナーが邪魔だと感じたことは一度も無かった。むしろ今もサポーター効果のために下だけは使っているが、それすらも違和感が無い程である。

 

「陽炎さんの物とは違って、下半身にサポーター効果はありません」

「僕はそれでいい。陽炎のような無茶な動きはしないからな」

「菊月にも不要だ。これで充分だろう」

 

 あれは私専用の仕様ということで、しっかりオミットされているようである。脚に負担がかかるような行動をするのは、私の他にはいない。沖波の『空』の回避は極端に負担を減らす仕様なので負担は考えなくていいし、村雨の『雲』の回避はもう出来ないと見ていい。なら、私専用の装備となるだろう。

 そもそもサポーターが必要な動きが出来る者は全員M型異端児であり、このインナーは要らないのだ。だったら最初から不要。

 

「代わりに、念のため鼻や口も隠せるようにしておきました。首元から引き上げてみてもらえますか」

「こうか」

 

 2人がしーちゃんに言われた通りに布地を引っ張り上げ顔の半分を隠すと、全く隙間が無い状態で顔に貼り付いた。口の形とかがわかるほどに貼り付いているわけではないが、少し陰影が見える程度にはなっている。見た目はまるで漫画とかで出てくる忍者である。

 肌が見えているところから侵食してくるというのなら、顔が外に出ている時点でアウトな気がする。それを極限まで抑えるため、せめてと呼吸出来る穴を隠しておくという算段。それでも目やら頭皮やらは外に出ているのだから、それが原因で侵食という可能性は充分あり得るわけだが。

 

「息苦しくないですか?」

「ああ、呼吸も出来るし話も出来る」

「話すのも難儀ではないしな。菊月としてはデザインも嫌いではない」

 

 見た目に反して、普通のマスクを着けているときよりも呼吸や会話に全く影響がないとのこと。これが妖精さんクオリティ。

 見えている目が少しキラキラしている辺り、菊月の琴線に触れているのだろう。それこそ漫画のキャラのようなデザイン。厨二気質な菊月には、この特別感は喜ばしいもののようである。

 

「なら、午後からは哨戒を兼ねて突入実験を始めよう。タイムリミットは刻一刻と迫ってきているからね」

「了解した。この菊月に任せてもらおう」

「ああ、僕も貢献しよう。何かあっても、陽炎がいれば問題ない」

 

 そこまで頼りにされても困る。万が一が無いわけではないのだから、ちょっと入ってすぐに離脱し、安全な場所で魂を確認する方向で行くのがベスト。

 哨戒部隊とは別に、いわゆる()()()()みたいなものを並行して出撃させることになるのだろう。連合艦隊で哨戒とか普通はありえないのだが、今回は別件。

 

「これがあれば侵食を受けないんです?」

 

 流石に半信半疑な影野司令。服を着たら効かなくなると言われても、そう簡単には信じられないだろう。

 だが、魂の匂いを封じ込める実績があるのだから、今回も信用度はそれなりに高い。

 

「この装備に関しては、少し違うが実績はある。とはいえ、100%とは言えないから、それを確かめてみなくちゃいけないんだ。その実験を午後にやる。侵食を受けたとしても、陽炎がすぐに治療することでどうにかする」

「なるほど……でも、この2人は実験台になってしまうってことですよね」

 

 やはりそこに若干引っ掛かるところがあるのだろう。空城司令もさんざん悩んだ挙句、2人が立候補してくれたことによって実験に踏み出すことになれた。そうで無ければまだ実行するか悩んでいたかもしれない。

 同じ思想を持っているからこそ、部下を実験台に使うというこの手段に難色を示すのは仕方ないことだ。優しければ優しいほど、この実験には抵抗が出る。

 

 それに対しては、空城司令が口に出す前に菊月と初月が反応した。

 

「別に我々は実験台で構わない。我々が試したことで、仲間達があの海域に向かえるようになるというのなら喜ばしいことだ」

「むしろ、遅かれ早かれ誰かが調べなくてはいけないことだ。なら、僕や菊月のように一度侵食を受けた者が実験台になる方がいい。それに、この実験台の件は僕達が直接提督に願い出たものだからな」

「自己犠牲とかではないからな。これが最善と考えた結果だ。それでもダメだろうか」

 

 司令官には艦娘の意見を突っぱねられる権利があるが、過保護な程に艦娘を溺愛している影野司令にとっては、艦娘の話も聞いてあげたいと考えるはずだ。

 個人的に艦娘にやらせたくないことを艦娘自らが望んだと言われれば、判断に困るだろう。危険な作戦、しかも実験という名目なのがさらに困る。

 

「どうしよう香取ちゃん、すごく判断に困る!」

「貴女ならこの現状をどう突破するか考えてみればいいでしょう。それで対立意見が出るのなら、それをぶつければいいんですから」

 

 こういう時は香取さんも意見を出さない。司令官としてどういう判断を下すか、これも勉強だと言わんばかりに後ろから見ているだけ。

 しばらく頭を捻り、うんうん唸りながら天を仰ぎ見たり、頭を抱えたり、わちゃわちゃ動き出したりしていたが、納得が出来る結論には至ることが出来なかったようで、私達がむしろ心配しそうになった辺りで目をカッと開いた。

 

「私でも同じ選択しちゃう! 放置してたら呑み込まれてどうにもならなくなるけど、治療出来る見込みがある上で実験出来る装備もあるのなら、それが本当に大丈夫か調べると思うし!」

 

 結論は同じところに行ったようである。納得は出来ないが、妥協は出来るところには来たようだ。

 

 空城司令も同じように考え、苦渋の選択で実験という結論に達したが、立候補者が出るまでは悩み続けていたのだ。おそらく今でもこの実験に関しては納得出来ていない。だが、やらなければ話が進まないのも確かである。それこそ、私の分霊でM型異端児を増やすしか無くなってしまう。艦娘の意思を吹っ飛ばして。

 おそらくこの実験が最善の手段なのだと思う。悩みすぎた結果タイムリミットを迎え、取り返しのつかないことになるくらいなら、治療出来ることが確定している実験台を用意して確かめる方が犠牲者は少ない。それに犠牲者にするつもりも毛頭無い。

 

「確実に全員ダメになることと、もしかしたら数人ダメになるかもしれないこと、どっちがいいか決めろったら言われたら、やっぱり後の方を選ぶべきだもんね。どっちも回避出来る3つ目の選択肢が無いわけだし」

 

 難しい問題ではあるが、そういう解釈をしてくれるのならありがたい。全員が幸せになれる画期的な方法が無いのなら、被害を受ける可能性が限りなく小さい方を選択するしか無いのだ。

 私だってこれは妥協だと思う。空城司令も間違いなくそう思っているはず。だが、これが一番被害者が少ない道であるのなら、それを選ばざるを得ない。

 

「ごめんなさい空城大将、多分大将もモヤモヤしてるんだと思います。でも、これをやらないと被害がもっと大きくなっちゃうんですよね」

「ああ……これが唯一の妥協点だと思っている」

「だったら、これが一番いい方法なんだと思います。何も無いことを祈るしか無いですよね」

 

 そこで終わらせてくれるのならありがたい。そういう意味では賛同者が増えたことで、実験を推し進めることが出来るようにもなる。少なくともこのインナーは回避出来る可能性が高いのだから、最悪な状態になることはまず無いはずだ。そのための実験ではあるが。

 

「菊月ちゃんと初月ちゃんだったね。実験、頑張って。おかしなことにならないように、私も祈ってるよ」

「ああ、そんなことにはならない。この菊月、奴の瘴気などに屈しはしない。一度直の分霊も受けているしな」

「勿論僕もだ。屈する前にその場から逃げる」

 

 2人ともやる気満々。立候補しただけある。その反応に、影野司令もいろいろと納得してくれたようだ。

 

「私は見届けられないですけど、いい結果が出ると信じてます」

「ああ、そうしておくれ。これがうまく行ったら、五十鈴と龍田の分も作ることになるからね」

「あ、そうですね。対潜部隊として突っ込むなら、あの子達の分も必要になるんだ。はー……なるほど。このインナーをあの子達が……」

 

 今更ながら、菊月の姿を上から下まで舐めるように眺める。ねっとりとした視線だったのか、菊月が一歩引いたのがわかった。

 

「なんか途端にえっちく見え」

「おバカ」

 

 全部口走る前に香取さんが影野司令を引っ叩く。なんだかこの関係、ヒトミとイヨの関係性に見えてきた。

 

 

 

 とにかく、実験は午後から開始することに。このインナーで突破出来るのなら、全員を戦場に送り出すことが出来る。上手く行ってくれればいいのだが。

 




初月はまだしも、菊月まで真っ黒全身タイツ状態に。でも菊月って元々が殆ど露出してないし、結構違和感無いかも。


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決死の実験

 太陽の姫の瘴気に対抗するための試作品が完成した。予定通り立候補者の菊月と初月専用のものとして仕立てられ、午後からその実験のため、哨戒部隊とは別に赤い海へと向かうことになる。私、陽炎もその部隊に便乗し、万が一の時に即座に治療出来るように待機する。

 

「赤い海まで実験部隊を押し通すため、哨戒部隊の航空戦力を強くするよ。こうなると哨戒というよりは護衛艦隊だね。アクィラ、旗艦を頼めるかい」

Va bene(了解). なら、ここにいる空母は全員哨戒部隊って思えばいいのね」

「ああ、それでいい。航空火力で道を拓いてもらいたい」

 

 少し急ではあったが、昼食前に午後からの実験部隊が組まれた。影野司令と香取さんも、その段取りを最後に見ていくということで打ち合わせに参加している。昼食後、私達が出発後に帰るとのこと。

 

 まずは一緒に向かう哨戒部隊もとい護衛艦隊なのだが、実験部隊を赤い海に突入させるための部隊として、本来の目的である赤い海の拡がり方の確認に加えて、そこに入らずとも敵を一掃出来るような部隊が組まれた。

 それが航空戦力に尖った部隊。今この鎮守府には、支援艦隊も含めて空母は5人。さらに速吸さんまでもをそちら側に据える。

 天城さんがD型異端児のため慎重に行かなくてはいけないものの、絶対に赤い海に入らない方針で動くので、そこは問題無しと判断された。目の前で拡がったとしてもすぐに退く。

 

「実験部隊はM型異端児をメインに組む。村雨はさすがにまだ早いから、訓練に励んでもらうがね」

「それは私も自覚してるので」

「ぽい! むーさんはどんどん鍛えていくっぽい!」

 

 M型異端児を主軸にしており、旗艦は衣笠さん、随伴として私と沖波と松輪、そして実験台として菊月と初月である。松輪には重荷かもしれないが、私達では手が回らない対潜に特化してもらえるのはありがたい。潜水艦がいないようなら、回避に専念してもらえばいいだろう。

 村雨はどうしても経験が足りなすぎるため、最終決戦のために鍛え続けてもらう。夕立もそうだが、他にも続々と訓練を見てくれる人が殺到しているため、スパルタの中頑張ってもらおう。

 

「衣笠が旗艦、陽炎、沖波、松輪でサポート。そして、菊月と初月には突入後、侵食がないことを確認して戻ってもらう。出来ることなら赤い海の中で少し長居をしてほしい」

「了解した。初月、あの時はどれくらい赤い海にいたんだ」

「小一時間程度か。調査の護衛でいただけだが」

 

 そこまでの長居が出来るかはわからないが、どれだけいても侵食を受けないことを確認したいのだから、なるべく長くいるというのが目的となる。防衛線があるのなら道を拓いてもらい、そこを突き抜けた後にそこに立ち、そして何事もなく撤収。

 

「まつわ……いっていいんですか……?」

「ああ、今あの場所に行けるのは松輪しかいない。自信を持っておくれ」

「は、はい……おねぇちゃんたちと、がんばります……!」

 

 最初は少し怖がっていたが、自分が選ばれた者であるということも自覚出来ており、やる気も出てきている。大鷹も哨戒部隊とはいえ一緒に参加するため、保護者も完備されている辺り準備も万端。それに、私や沖波もついている。

 

「松輪、頑張るっすよ!」

「あたいらの分まで頼むぜぇ! 本番は一緒に行くんだからな!」

「う、うん、がんばる……!」

 

 海防艦から唯一選ばれた松輪に、占守と大東も大盛り上がりだ。本来こんな作戦には選ばれないのだから、仲間が選出されたことを素直に喜んでいた。これなら松輪も引け目を感じないだろう。

 

「じゃあ、午後からよろしく頼むよ」

 

 これで午後からの動きは決まった。この実験が上手くいけば、タイムリミットまでには充分な余裕が得られる。インナーを全員分準備することも出来るだろう。1つ目の試作品でどうにか出来れば御の字すぎる。

 もしこれで失敗した場合はまた考えなくてはいけないが、そちらにしても時間はあるのだ。早いところ知っておきたいことばかりである。

 

 

 

 昼食後、選ばれた護衛艦隊と実験部隊が工廠に揃った。目的が本来と違う連合艦隊なので、今までとは違った緊張感。

 私はサポート兼万が一の治療係としての出撃となるが、防衛線を抜けるために戦闘を行なう可能性もあるので、いつも通りの完全武装。むしろ武装無しで行くようなことは無い。

 

「空母全員で出撃ってまたすごいね」

「1つの部隊に固めるのは初めてだよ。アクィラピッドは頼もしいねぇ」

 

 ケラケラ笑いながら部隊を見回す隼鷹さん。戦艦を使わず空母のみで押し込むというのは初めてにもなるだろう。そもそも鎮守府には空母が部隊を埋められるほどいない。速吸さんまで動員してまで航空戦に特化すること自体が基本的には無いやり方だ。

 そこに支援艦隊から2人の空母が追加されたのだから、それはもう圧巻である。これ、現場でどれくらい艦載機が飛んでいくのだろう。それはそれでちょっと楽しみだったりする。

 

「天城、アンタは特に気をつけるんだよ」

「かしこまりました、D型の侵食の速さは理解しております」

「ああ、足を踏み入れた瞬間にやられることはないだろうが、それくらいのつもりで考えて行動するべきだからね」

 

 天城さんはギリギリまでチェックを繰り返されていた。この部隊唯一のD型異端児。最初は控えるべきとされていたものの、航空戦となったら話は変わる。危険である海域に踏み入ることなく攻撃出来るのだから、危険度は他のD型異端児よりは大分下がるだろう。

 

「部隊としては別になるので、松輪ちゃんは陽炎さんに任せていいですか?」

「うん、大丈夫。松輪、それでいいかな」

「はい……かげろうおねぇちゃん、よろしくおねがいします」

 

 ギリギリまでは大鷹を保護者として動くが、現場に到着してからは私が保護者。赤い海には実験部隊で纏めて突入することになるため、嫌でも大鷹とは離れることになる。そうなったら、松輪の安全は私が守ろう。

 

「菊月、初月、違和感を覚えたらすぐに赤い海から出ることだよ。いくら治療が出来るからといっても、無理はしちゃあいけない」

「ああ、わかっている。菊月だって深海棲艦化は避けたい。そういうのは漫画やアニメだけでいいんだ」

「菊月の言う通りだ。本人を前に言うのも何だが、僕もアレだけは避けたい。敵対は困る」

 

 今回ばかりは空城司令も過保護になっていた。深海棲艦化の心配がある場所に行くのだから、こうなっても仕方ない。ギリギリまで悩んだ上に、今もモヤモヤしている状態なのだ。2人のことを心配するのは当然のことだった。

 菊月も初月も元々の性格から飄々としているが、緊張感はこのメンバーの中では随一だろう。一歩間違えば侵食を受けることになり、あの治療を受ける羽目になるのだ。私だってそれは避けたい。

 

「みんな、頑張ってね。私達も成功を祈ってるから!」

 

 これを見送ってから自分の鎮守府に帰投するという影野司令からも声援が飛んできた。私達が戻ってきたらもういないため、この部隊としてはこれが最後の顔合わせ。

 手を振る影野司令に対して、部隊のみんなが手を振りかえす。敬礼とかの方が良かったかもしれないが、その方が緊張感が増しそうだったので、今回は少し軽く。

 

「じゃあ、行きましょっか。実験部隊、旗艦衣笠、出撃よ!」

「護衛艦隊、旗艦アクィラ、抜錨しまーす」

 

 これより先は、戦いではなく、戦うための準備をする出撃。こういう出撃は、今回限りで終わってほしいものだ。

 

 

 

 鎮守府から出てしばらく航行を続け、強行偵察のときも休憩地点として使った、元南方棲戦姫の巣の場所に到着。さすがにまだここでは赤い海を確認することは出来ない。

 昨日の報告では、防衛線から見えるくらいにまで拡がっていたと聞いている。なら、今日は防衛線のところまで拡がっているくらいが妥当か。

 

「防衛線が真っ赤に染まってるわ。また拡がってるわねぇ」

 

 確認したアクィラさんが苦笑しながら報告。防衛線自体は常に同じ位置で展開されているらしいのだが、赤い海自体が拡がってしまっているせいで、防衛線が赤い海の中に入ってしまっている状態となっているとのこと。

 赤い海の効果は、M型異端児以外を侵食するだけではなく、深海棲艦を昂揚させる効果も持っている。つまり、あの防衛線は前回戦った時よりも強化されているというわけだ。

 あの時ですら鎮守府の艦娘総動員で対処したくらいなのに、それがさらに強化されているというのなら、今のこの戦力ではかなり厳しい。

 

「一歩踏み入れられればいいってわけじゃないのよね?」

「出来れば長くいたい、かな。赤い海をタッチしただけで侵食が来るかどうかはわからないし」

 

 最終決戦は、あの赤い海で長く戦うことになるだろう。その時には今以上に拡がっているだろうから、そもそもここに来るまでにも侵食が発生する。長ければ半日以上を赤い海の上で過ごすことになるかもしれない。

 数秒もなくタッチしただけで侵食具合を見るのは危険だ。しばらくあの場所にいるからこそ侵食が進んだとも考えられるし。

 

「それなら、この12人で敵陣に突っ込んで、しばらく戦ったら撤退って感じになるかな。今回は本拠地の真上まで行く必要は無いんだし」

「そうねぇ。それが出来るならその方がいいわよねぇ。こっちは赤い海には入れないけど」

「全力の空襲を続けてもらって、そのど真ん中を突っ切るしか無いよね」

 

 そういう意味では、防衛線が一番薄いところを見極めることが先決である。真正面から突っ込むのは流石にあり得ない。

 

「ピッド、その辺りは確認出来る?」

「Ah.Just a second(ちょっと待ってて)

 

 イントレピッドさんの圧倒的な搭載数を活用して、幅広く防衛線を観察していく。隼鷹さんと天城さんの搭載数の合計に近い数を1人で取り回しているというのが相変わらず恐ろしい。

 

「もう少し向こう側が真正面よりは薄いかな? このまま突っ込んだら姫とかいるけど、向こう側はそういうのがいないから」

「なら移動しましょっか」

 

 このまま突っ込むのは強行偵察でもやったこと。防衛線が前回より厚くされていてもおかしくはない。ならば薄いところを見定めて、そこから突入する。

 

「実験部隊のみんな、今のうちに補給しておきましょう。護衛艦隊はここから動かず空襲だけですけど、そちらは肉薄するわけですし」

 

 移動しながら速吸さんが洋上補給の準備もしてくれた。最善の状態で任務にあたるため、出来ることは全てやる。

 そういう意味では前回の強行偵察とは違った。補給艦の重要性がここでよくわかる。戦力として見るとどうしても他より劣る部分が多いかもしれないが、唯一無二のこの回復があるのが大きい。

 

 そのまま一番防衛線が薄い位置まで移動完了。このまま強行偵察と同じように突入し、赤い海の上で無限に現れる敵戦力を延々と処理をし続ける。

 

「僕らも準備しよう」

「ああ」

 

 突撃準備ということで首元のインナーを引き上げ、鼻と口を隠す初月と菊月。このスタイルでしばらくは戦うことになるのだが、午前中に確認した通り息苦しさを感じていない様子。こんな状態でも普段通りに戦えるようだ。

 このスタイルを初めて見たみんなは、自分達もこれを使うことになるのかと感心している。特に大きく反応していたのは、自分の国にはあまりそういうのが無いのかイントレピッドさんである。しきりにNinjaと興奮していた。

 

「護衛艦隊、空襲を始めるわ。実験部隊、突入お願いね」

「了解。突撃準備!」

 

 衣笠さんを先頭に、いわゆる単縦陣というヤツで突撃準備。衣笠さんの後ろに初月と菊月が陣取る。早いところ赤い海に入るためになるべく前へ。

 

「松輪、大丈夫だからね。私達がついてるから」

「私とひーちゃんで松輪ちゃんを守るから」

「は、はい、がんばります……! かげろうおねぇちゃん、おきなみおねぇちゃん、よろしく、おねがいします」

 

 松輪の前後を私と沖波が務め、後ろへ。あの混戦の中に潜水艦が出てこられたらかなり厳しい。そこは私達も松輪に任せ切ることになるだろう。そのためにも、この3人で組んで行動し続ける。

 

「それじゃあ、攻撃隊各機、カタパルトへ!」

 

 護衛艦隊が空襲準備。

 

「艦載機隊、発進!」

 

 そして、300機を超える艦載機が一斉に飛び立った。今の鎮守府で出来る最大の航空戦力が同時に飛び立つその光景はまさに圧巻。

 

「こっちも行くよ! 突撃ぃ!」

 

 それが合図となり、私達実験部隊も一気に最大戦速まで加速して防衛線に突っ込んだ。

 

 

 

 決死の実験が今始まる。誰もが上手く行くことを願っているのだ。何事もなく終わらせたい。




アクィラ:66機
イントレピッド:112機
隼鷹:66機
天城:69機
大鷹:39機
速吸:10機

合計:362機の全力空襲。ボーキが吹っ飛ぶ。


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瘴気漂う海で

 赤い海への突入実験が開始された。航空戦力のみで構成された護衛艦隊の空爆を皮切りにし、実験部隊で防衛線に突撃することで、赤い海のど真ん中に立とうという作戦である。実験部隊の周囲を空爆によって蹴散らし、残党を実験部隊自身で始末し、なるべく長く居座ることが目的だ。

 6人がかり、300機を超える艦載機が水平線の向こうに向かうのを追うように、実験部隊は駆ける。どうしても海防艦という艦種のため松輪は出遅れてしまうが、そこは私、陽炎と沖波でサポートしつつ直進。

 

「うっわ、すごいねアレ」

「本当に赤いな」

 

 そろそろ防衛線にぶつかるというタイミングで、海が爆発したかのように空爆が炸裂した。何機もの艦載機が敵に撃ち墜とされてはいたものの、敵陣を纏めて薙ぎ払う程の火力は有していた。

 そのおかげで、まるで防衛線に大穴が空いたかのように敵が吹き飛んでおり、その下に隠れていた海が変色していることが嫌というほどわかった。

 赤く染まった海を知らない衣笠さんと菊月は、その色を見たことでとても驚いていた。あれは驚いても仕方ない。

 

 本当に赤い海が前の場所から拡がっていた。私もあのとき『雲』と戦っているが、そこは赤く染まっていなかったわけで、その場所はここよりももっと先だ。

 数日のうちにここまで進んでいるということは、青葉さんが言っていた計算上2週間前後で陸に辿り着いてしまうというのもあながち間違いでは無さそうである。

 

「突入!」

 

 勢いそのままに赤い海に侵入。もう足下は赤く染まっており、いつもの海とは全く別のところに入ったと感じるほどに。すぐそこに通常の青い海があるというのに、それが別世界に見える程の異界である。

 一度赤い海に立っているにもかかわらず、今のこの海がおかしいと明確にわかるほどだった。自分に侵食してきている感覚はないのだが、一応念のため、後からM型異端児もチェックしておいた方が良さそうだ。何せ、M型異端児ですら分霊してしまう太陽の姫が撒き散らす瘴気なのだから、何も悪影響が無いとは限らない。

 

「全員、何か感じることある? 衣笠さんは何も感じないよ!」

「私も平気。前に赤い海に入った時と同じかな」

「私もです! 松輪ちゃんは?」

「まつわも……なにもない……です!」

 

 話しながらも周辺に湧いてくる深海棲艦を次から次へと沈めていく。あれだけの爆撃を決めても、この防衛線は無限に湧いてくるという酷い仕様だ。私達がこの場にいても、定期的に爆撃はされるだろう。

 そこまで恨み辛みが溜まったものであり、太陽の姫の影響を強すぎるほどに受けているからこそ、ここまでの海域になってしまっているのかもしれないが、攻略する側からしてみれば堪ったものではない。

 

「菊月、初月、そっちは!」

「あの時に感じた得体の知れない空気は感じない。普通の海に思える」

「菊月には前回がわからないが、何も感じないぞ」

 

 菊月はともかく、初月は一度赤い海の瘴気を体感しているため、その差は感じ取れる。今回は前回と違って海がおかしいと自覚した状態からのスタートのため感じ取り方は違うかも知れないが、少なくとも今この場で空気が重いとか気持ち悪いとかが無いというのは大きなこと。

 だが、これが時間経過によって深刻な侵食になりかねない。耐えられるだけこの場で耐え、侵食が何処まで抑えられるかを確認しなければならない。無症状で侵食されていると言われたら目も当てられないが、それなら少なくとも何かしらの影響は出てくるはずだ。

 

「おねぇちゃん、せんすいかん、きてます……!」

 

 今回の防衛線は潜水艦もいるらしい。前回は4人の潜水艦隊を海中から攻め込ませたことで、海上にまで潜水艦の攻撃が来ることは無かったが、今回はそれが無いため余裕を持ってこちらに雷撃が来ている。

 それを見逃さないのが我らが海防艦だ。私達以上の対潜攻撃の練度で、すかさず爆雷を海中に放っていく。占守と大東にも後押しされた選ばれし者として、力強く奮闘してくれていた。少し涙目ではあったが、恐怖を押し殺し戦う様は、まさに艦娘である。

 

「ホント数減らないねココは!」

「倒しても倒してもキリがない!」

 

 一番薄いところから攻め込んでいるため、姫級のような対処に困る輩はまだこちらの方には来ていない。そのうち来かねないため警戒は常に必要ではあるが、今はこのままでも大丈夫だ。

 だが、戦艦や空母は当たり前のように群がってくる。私や沖波は回避の面では心配要らないが、他の面々はそうはいかない。

 

「くそ、割と狙ってくるな……!」

「強化されてるって聞いてるけど、こんなに変わるもんなの!?」

 

 瘴気のせいで敵は1ランクはスペックアップしている。そのため、同じ見た目でも火力や命中精度が格段に上がっていた。耐久力も本来以上になっているように思える。普段は1発撃ち込めばどうにかなるものが、2発3発と撃ち込まなければ倒せないものばかり。戦艦や空母はより硬くなっているため、嫌でも苦戦を強いられる。

 そんな中でも菊月がやたら狙われていた。小柄だからか、妙な格好をしているからか、初月よりも狙われやすいように思える。

 

「菊月、大丈夫!?」

「正直キツイが、まだ避けられる。この菊月の『心眼』があればな」

 

 かなり必死に見えるが、本人の言う通りキッチリ全てを回避している。全てを動体視力のみで判断し、四方八方からの攻撃を見極めているのは凄まじい。相変わらず真似出来ない力だ。私の脱力回避まで見抜いてくるだけある。だが、その分消耗は激しそうだった。私から見ても汗ばんでいるのがわかる。

 合間合間に潜水艦による横槍も入るが、そこは松輪が即座に対処した。いくら菊月と言えど、()()()()()には『心眼』が通用しない。潜水艦はその筆頭である。それを処理していく松輪は、覚醒していると言っても過言では無かった。

 

「全員、散らばれ! 空襲がもう一度来るぞ!」

 

 敵陣のど真ん中でも防空に徹していた初月が叫んだ瞬間、そこで突然空が暗くなった。見上げてみると、私達の知っている艦載機の一群が空を埋め尽くしていた。戦いの火蓋を切る一撃となった空襲が、再度行なわれるという合図。それくらいやらなければ、この無限の敵勢はどうにもならない。

 今までも空爆で私達の周りの敵を沈めてくれていたが、ここでもう一度一掃しようとしている。私達なら回避出来ると信じて、お構い無しにぶちかましてくる。

 

「松輪、こっち!」

「はっ、はいっ」

 

 回避に関しては手伝ってあげた方がいい。すぐに手を伸ばし、松輪を引っ張るようにその場から離れる。なるべくその後に動きやすいように、奥に行くのではなく手前、本来の青い海に向かうように移動した。

 他の者達も一目散にその場から撤退。私と同じように、赤い海を奥に進むのではなく、青い海へ。

 

 全員が撤退した瞬間、再びあの空爆が、今度は間近で繰り出された。殆ど回避不能とも言える爆弾の豪雨が敵を呑み込み、次々と沈めていく。それこそ、文字通りの絨毯爆撃と言えるくらいに面の範囲で一掃された。

 敵が強化されていようが、あそこまでの攻撃ならばひとたまりもない。いくら回避能力に秀でていても、回避するルートが見当たらないのだから避けようが無いのだ。その場からいなくなる私ならギリギリ行けるかもしれないが、紙一重で避ける沖波にもアレは無理。

 

「さっきより火力が減ってる。大分墜とされてるからなぁ」

 

 一掃されたらまた赤い海に入り、先程と同じように掃討していく。無限に湧くため出来る限りの撃破なのだが、衣笠さんが言う通り最初の空爆の時よりは敵の減りが少なくなっていた。こうやって戦っている間にも、艦載機が次々と撃墜されているのだから、空母の攻撃力が減っていくのは仕方ない。

 

「これはそろそろ限界が近いかもね。菊月、初月、体調は!」

「最初と変わらない。疲れがあるだけだ」

「僕もだ。あの時の空気は今も感じていない」

 

 申告では瘴気は感じていないと見える。インナーが大分効いているようだ。だがまだ安心は出来ない。

 

「あ、ヤバイ。姫が来た!」

 

 そうこうしている内に、湧いてくる敵に戦艦の姫が現れる。見た目は綺麗なお姉さんなのだが、その背後には全く綺麗ではない化け物のような艤装が鎮座している。並の火力ではないそれは、掠っただけでも致命傷。直撃しようものなら、いくら身体能力が強化されている艦娘でも消し炭になりかねない。戦艦同士ならわからないが、私達駆逐艦や松輪のような海防艦は面と向かうことすら難しい相手だ。

 だから強行偵察の時は別働隊と支援艦隊に対処をお願いしたのだ。陸奥さんと霧島さん、そしてネルソンタッチが加わることで姫をどうにか出来たにすぎない。今のこのメンバーでは荷が重いとかそういう問題では無くなる。

 

「2体目来たぞ!」

「ダメだね、これは撤退! 実験は充分出来たから、ここで終わりにするよ!」

 

 姫の2体目が現れたことで、衣笠さんの指揮の下、実験はこれで終了。赤い海にいた時間は、体感1時間も無い。強行偵察のときよりは確実に短い時間ではあるが、私達だけで耐えるのは無理と判断した。

 ここからは確実な撤退戦。もう赤い海の中で耐えるということもせず、被害を受けずにこの場から離れる。こちらの意思を察してくれたのか、護衛艦隊から飛んでくる艦載機も、私達の撤退を手伝ってくれるかのように近くの敵から片付けてくれていた。

 

 しかし、そう簡単に逃がしてはくれない。現れた2体の戦艦の姫が同時に激しい砲撃を繰り出してきた。仲間のことなど一切考えない、私達が沈められればそれでいいと言わんばかりの砲撃。2人がかりなのでどうしても陸奥さんの一斉射を思い出してしまうが、それに近いくらいの密度の砲撃だった。

 

「ぐっ……!?」

「くそっ、掠ってもいないのにこれか……!」

 

 その砲撃の余波にやられたのが、今一番重要な菊月と初月。直撃どころか掠ってもいないのに、制服やその下のインナーに傷を与える程の火力。菊月は腕の、初月は脚の生地が裂け、小さくだが肌が見えるようになってしまった。

 その隙間から侵食される可能性が高いため、テストとしての体裁が取れなくなる。2人ともまだ赤い海の上だ。このままだとまずい。

 

「3回目来た! 菊月、初月!」

「わかっている!」

 

 ここで大掛かりな空襲3回目。殲滅のためではなく、撤退のための一撃で、退路を阻む敵が一気に失われる。それでも姫は残っているものの、攻撃の手は確実に緩んだ。

 

「今だ、撤退!」

 

 この空爆のおかげで菊月と初月も赤い海から抜け出ることに成功。そうなるとあちらは赤い海を出てまで追ってくるということはしなかった。砲撃自体は飛んでくるが、離れれば避けやすくなるので問題無い。

 あちらもその辺りは理解しているようで、防衛線から離れて行動することは考えていないようである。それに、本来の目的である本拠地の防衛は既に済んでいる。

 

「っし、撤退完了かな?」

 

 そのままの勢いで赤い海から離れて、護衛艦隊と合流するところまで来ることができた。この時にはもう砲撃も飛んでくることはなくなり、安全と言える状況に。

 無事に戻ってきた私達が見えたことで、アクィラさん達もホッと一安心したようだ。艦載機からこちらを見ていたとしても、実物を見るまでは油断出来ないというのもあるだろう。

 

「くそ……最後の最後に破れてしまった。これのせいで実験失敗になり得るというのに」

 

 初月が悔しそうに脚に触れていた。最後の撤退の時に激しく動いたせいで、小さかった生地の傷が、それなりに大きく拡がってしまっている。菊月も同じように腕の生地が裂け、肌が見えるようになっていた。

 

「ここが安全なら今すぐ見ようか」

「ああ、頼む。自分のことだ、結果は早く知りたい」

 

 初月の希望もあり、侵食されているかは確認しておく。最後の最後で生地が破れるという想定外のことが起きてしまっているが故に、たったそれだけでも魂に穢れがへばりついていてもおかしくはない。治療は帰投してからの方がいいかもしれないが、確認だけはすぐの方がいいだろう。

 早速初月の胸に指を突き入れ、魂を確認。前に見た時は初月も穢れに侵食されていたが、その穢れはちゃんと取り払っている。今は果たして。

 

「……あれ?」

「どうした。あまり僕を不安にさせないでくれ」

「いや、穢れが無いみたいだよ」

 

 その魂は、前に中和した時の最後に見たものと同じ、綺麗なものだった。

 

「陽炎、菊月にも頼む。こちらも腕の生地が破れてしまっている」

「オッケー」

 

 初月の確認を終えた後、すかさず菊月の確認。菊月も一度治療しており、その時に穢れを全て取り払った綺麗なものにしている。

 

「こっちにも無い。前見たままの綺麗なものだよ」

 

 そして菊月の方にも穢れは見当たらなかった。

 

 つまり、インナーは効果アリであることが証明されたわけだ。最後の最後で生地が破れたのに大丈夫だったことは気になるものの、とにかく2人とも何事もなく赤い海に入り、出てくることも出来たのだ。

 

 

 

 対策として最高の結果が出てくれた。あとはこれを量産し、全員分が用意出来れば最終決戦に臨める。

 




対策インナーの効果は上々。つまり、M型異端児以外は全員全身タイツ部隊になることがほぼ決まったようなものです。でも腕や脚に傷がついても大丈夫だったのは何故か。


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遠隔の分霊

 無限に現れる防衛線の中でそれなりの時間戦い続け、撤退間際で敵の砲撃の衝撃でインナーの一部を破損してしまったのだが、それでも瘴気による魂への侵食は確認されなかったため、この装備は対策として良質のものとして判定されることとなった。

 これにより実験は無事終了とし、鎮守府にまで撤退。衝撃を受けた菊月と初月は少し消耗していたが、特に大きなダメージもなく、そのままお風呂に行くのみで大丈夫とされた。

 

 他の者達はすぐにお風呂の方に向かったが、私、陽炎は先に空城司令に実験結果の報告をする。本来なら実験部隊の旗艦である衣笠さんの仕事かもしれないが、これの判定をすることが出来るのが私しかいないため、私からしか説明が出来ない。

 護衛艦隊からの報告も今回は省略。赤い海が予想通り拡がっていたことを伝えればそれで済んだため、工廠に居残ったのは私だけ。

 

「侵食はどうだった」

「見た感じ、穢れが魂にへばりついてなかったよ。侵食は無かったみたい」

 

 その場で調べた感じでは、菊月も初月も綺麗な魂のままだった。この2人は私が一度治療しているから、前の状態はわかっている。その時から変わったようには見えなかったため、そもそも侵食を受けていないと判断した。

 

「それなら、あのインナーは効果的ということだね」

「うん、それでいいと思う。ただ、ちょっとわからないことがあって」

 

 それが、一部破れていても効果が発揮されたということ。少しでも隙間があったらそこから侵食される恐れがあると、鼻から下まで隠すようにしたのだが、腕や脚なら晒していてもOKというのはどういうことだろうか。最後の最後だってので、侵食する隙も与えなかったかもしれないが。

 

「ふむ……それは確かに不可解だね。もしかしたら、全身を包み込まなくても問題が無いのかもしれない。そもそも顔の半分は外に出ていたんだ。それで侵食を受けなかったんなら、ある程度は猶予があるんだろう」

「まぁ余計なことをするくらいならあのインナーのままがいいとは思うけどね」

「そこはまた後から菊月にも聞いてみようか。実戦に使ったんだ。着心地とかもわかるだろう」

 

 私もしばらくの間使っていたが、何か文句があるかと言われれば無いというのがあのインナーだ。使っていて違和感がないことが怖いくらい。

 だがそれは私の主観だ。普段使っている初月はともかく、菊月はああいうものを着ること自体が初めてのはず。あれだけ戦って違和感があれば、この後何かしら話してくれるはず。

 

 

 

 私もこの後お風呂に行かせてもらい、出撃していたメンバーは全員休息完了。私、菊月、初月の3人は改めて空城司令に話をするために執務室へ。実験をした対策インナーの使い心地について、使った本人の口で説明してもらう。

 流石に今はあのインナーは身に着けていない。初月は普段使いの方に戻している。破損したインナー自体は、妖精さんが持っていってしまったようだ。繕った後にまた使うことになるか、それとも何かしらの加工をして次に回すか。

 

「僕は相変わらず違和感は無かった。違う加工がされているとはいえ、僕は同じものを普段使いしているからな」

「そういう意味でなら、菊月は少し新鮮ではあった。馴染んでいたおかげで戦闘に支障は無かったからな。強いて言うなら、手も包んでいるから主砲のグリップがいつもと違うという程度だ」

 

 2人とも、使用感は良好。菊月は普段素手で戦っているところにインナーが加わったことで、いつもとは少し違う感覚があったらしいが、これなら使い続けてもいいと言える程に違和感を覚えていないようである。

 

「あの赤い海の上に立った時の得体の知れない空気を感じなかったんだ。僕としては効果も抜群だと思った」

「菊月にはその辺りはわからないのだが、別に体調に関わるようなことは無かったな」

 

 魂を見た時点で侵食が無いことはわかっているのだが、本人への影響も何一つ無かったらしい。お風呂の中で改めて確認させてもらったが、時間経過で改めて穢れが現れ出すようなことも無かった。

 あのインナーが瘴気を完全にシャットアウト出来ていることがこれで実証出来たわけだ。サイズが本人にピッタリでなければいけないこと以外は、問題点は何も無い。人によっては使い心地に思うところは出てくるかもしれないが。

 

「少し破れてしまったのだが、それでも侵食が無かったのは何故だろうか。あの程度では関係無いということか」

 

 菊月もこれに関しては疑問に思っていたらしい。肌を晒すことが侵食の原因となると思っていたのだが、そうではなさそうと誰もが感じ始めている。

 

「そこは私が説明します。憶測の域ではありますが」

 

 ここにしーちゃんが入ってくる。インナーの原案はしーちゃんなのだから、その辺りは少し詳しいのかもしれない。

 

「瘴気の侵食は分霊に近いと陽炎さんは話していましたよね」

「そうだね。穢れのへばりつき方が殆ど同じだった」

 

 これはイヨの魂を確認したところでわかったこと。直に分霊を受けているわけでもないのに、穢れのへばりつき方が分霊を途中で止められたような状態だった。以前分霊を中断された由良さんと菊月が似たような魂の穢れを持っていたが、分霊されていないのに同じ症状。

 つまり、瘴気は()()()()()()であるとしーちゃんは認識したらしい。既に深海棲艦であれば心地良いものになるのも、分霊そのものに快感を与える効果があるのだから、その要素が表に出てきていてもおかしくはない。

 

「分霊をするためには、胸に指を突き立てる必要があるんですよね」

「そうだね。少なくとも私はそう。魂に触れられるのは胸からだけっぽいから」

 

 太陽の姫もそうだったし、巫女として動いていた『雲』もそうだ。指を突き立てるのは決まって胸。今の私でもそうやって治療を施している。

 おそらくこれは、魂に一番近いのがそこだからだ。他のところから指を入れたところで、魂に触れることは出来ないと思う。試したことが無いからまだわからないが。

 

「なら、胸だけしっかり隠しておけば、瘴気の影響を受けないのでは無いでしょうか。直接やるならまだしも、瘴気という遠隔操作での分霊では、魂に触れられるほどではないのでは」

 

 私の指はインナー越しでも突き入れることが出来たので、直接ならこのインナーは関係無いのだろう。しかし、瘴気という形のないものでの分霊は、魂に触れることが極めて難しいのだろう。

 普通の服なら瘴気で肌に触れ、魂に僅かに影響を与えることが出来るのだろうが、今回のインナーはピッチリと胸を包み込み、さらにはよくわからない加工により太陽の姫対策が施されている。そうなればもう大丈夫。

 

「菊月は腕が破れてしまったが、それでも胸の奥の魂にまでは届かなかったということか」

「そうなのではないかと。あくまでも陽炎さんが指を突き立てる場所周辺が包まれていれば、支障が無いのではないでしょうか」

 

 なるほど、胸さえガード出来れば、後は肌を見せていても瘴気から回避出来るのではないかと。分霊と同じだとすれば、その形状がどうであろうが効果は発揮する。破れたのに侵食されなかったことで、それが証明されたようなもの。

 

「陽炎、菊月で確かめてくれ。本当に胸からしか魂には触れられないのか」

「だね。司令、ちょっとやってみるよ」

「ああ、そうしておくれ」

 

 菊月がここでも立候補してきたので、すぐに確認してみる。胸からはいつもやっていることなので、試しに背中からとか、さっきインナーが破れてしまった腕とか、思い付く場所には大体指を突き入れた。

 夕立にせがまれて艤装に対して分霊をしようとした時は、指が入っていく気配すらなかったが、相手が人間である場合は何処に突き入れても指は入っていく。その結果、魂に触れられる場所はやはり胸だけであることが確認出来た。一番魂に近いであろう胸と真反対に位置する背中から入れた時も、魂を認識することが出来なかったくらいだ。

 

「胸だけだね」

 

 よくよく考えてみれば、『雲』との戦いで菊月が分霊未遂を喰らったとき、海中から奇襲した時に背中から刺そうと思えば刺せたにもかかわらず、真横に現れた後にわざわざ胸に突き入れていた。

 やはり、魂に触れるには手順というか、法則性があるようだ。真正面から、胸元に向けて、指を突き入れる。これ以外で魂に触れる方法は無いと考えてもいい。

 

「なら、全身を包むインナーで無くとも上半身だけ、いや、胴体だけでもいいのかもしれませんね。腕は晒していても侵食されないことは実証されているわけですし」

 

 言ってしまえば、首から下、腹より上がこのインナーの素材で包まれていれば、おそらく侵食は受けない。

 

「とはいえ、オカルト要素は薄れてしまうので何とも言えませんが。あくまでも()()()()()()()()()ということで初月さんのインナーを模しているので」

 

 確かに、太陽の姫に対抗するという意味合いで初月のインナーを使うことになった。その形状自体が侵食の耐性に影響を与えているのなら、余計な手を加えない方がいいだろう。

 オカルト要素が強い太陽の姫を相手にする場合は、こういう()()()な考え方は必要だ。願掛けに近いかも知れないが、今までそれで上手く行っているのだから、根本は変えない方が良さそうである。

 

「菊月もその名だけならば月だ。それも何かあるだろうか」

「可能性としてゼロでは無いかと。とはいえ、初月さんにも瘴気が効いている前例があるので、なんだかんだインナーへの加工も必要なのは間違いないわけですが」

 

 いろいろ考えた結果、形状を変えることなくあのままで行く方向になりそうだった。事実、あれを着たことで侵食を受けなくなったのは確かだ。

 

「とにかく、今回の実験は成功と見ることにしよう。で、だ。アンタ達が実験で出撃している間に、また立候補者が来たんだ」

 

 今回は菊月と初月の立候補により実験が出来たが、この件を知ったことでさらに立候補する者がいたらしい。

 

「誰がこれに?」

「由良だ。D型異端児にも効果的かどうかを知りたいだろうと、自分から執務室に来てね」

 

 確かに、菊月も初月も一般的な艦娘。だからこそ今回の結果が出たのかもしれない。瘴気の影響をより強く受けるであろうD型異端児では、インナーを身に着けていたとしても侵食を受ける可能性があるのだ。

 そうだった場合、出撃出来る者がまた限られる。それこそついに戦線に参加出来るようになった長門さんが空回りになってしまうのだ。出来ることなら全員が部隊に入る候補になってもらいたい。

 

「アタシゃ無理をするなとは言ったんだが、是非やらせてほしいと言われてね。押し切られちまった。今頃、由良専用のインナーも作られている頃だろう」

「そうなんだ……でも何でそんなに」

「由良も分霊の苦しさを知っているからだろうね。優しい子だよあの子は」

 

 分霊未遂を受けているからこそ、他の誰にもあの感覚を味わってほしくないと実験台に立候補してきたようだ。

 

「確かにD型異端児への有用性は知っておきたいところだろう。だが正直抵抗はあった。侵食の受けやすさは普通の艦娘と比べ物にならないだろうからね」

「だね……これでインナーがD型異端児には効かないってなったら、由良さんは……」

「すぐに撤収すれば深海棲艦化は無いだろうが、あの治療を受けることになるね。それも覚悟の上だそうだ」

 

 自己犠牲というわけでは無いだろうが、大分身体を張っている。

 

「第二次はまた後日だ。明日か明後日という程度だね」

「了解。それで由良さんに侵食が無かったら、インナーは完成ってことになるのかな」

「ああ、そうなる。そうしたら全員分量産して、最終決戦だ」

 

 実験はもう少しだけ続く。第一次が殆ど上手く行ったようなものなのだから、第二次も上手く行ってくれるだろう。

 

 とか言い過ぎると失敗するフラグになりかねないので、なるべくなら軽い気持ちで次に進めたい。由良さんに何事も無いことを祈る。

 




第一次実験は成功とみなし、次はD型異端児を使った第二次実験へ。全身タイツ由良さんとか確実にもう。


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着実に

 第一次実験が無事終了し、次は第二次実験の予定が立てられた。新たな立候補者である由良さんを現場に連れて行き、D型異端児でも侵食を受けないことを確認するためである。これで由良さんに何事も無ければ、インナー自体は完成と見なすということになった。そのため、今は由良さんのためのインナーが製作されている。

 次の実験が上手く行けば、実験のための出撃は終わり、最終決戦に向けての準備が始まる。M型異端児を除いた全員分のインナーを作り、あの本拠地へもう一度攻め込むのだ。

 

 実験終了で一段落ついたことで、今まで滞在してくれていた物部司令は帰投することとなった。本来なら午前中には撤収する予定だったのだが、急遽影野司令が訪れることになったため、調査した結果を共有するためなどで帰投の時間を延長してくれていたのだが、そろそろ限界とのこと。

 もう夕暮れだし、今から帰ったらもう真夜中だと思うが、それでも司令官として鎮守府には戻っておく必要はあるようである。

 

「それでは、私の部下達をよろしくお願いします」

「ああ、任せておくれ。悪いようにはしないし、必ず無事に終わらせる」

 

 諜報部隊はそのまま出向したままとなる。ここまで来たら最後まで見届けるというのと、単純に今回の敵についての調査資料を纏めるため。最終決戦にも戦力として参加してくれることが決まっている。

 

「神州丸、頼んだよ」

「了解であります。諜報部隊は決着がつくまでここに滞在し、全てを見届けるであります」

 

 ビシッと敬礼をして、帰投する物部司令を見送っていた。物部司令も、少し名残惜しそうではあったが、自分の鎮守府のために少し足早に去っていった。

 

 その背中が見えなくなったところで、神州丸さんは空城司令に向き直る。

 

「提督殿、我々は諜報部隊として、この戦いの結末をこの目に収めたいと思います。もう調査自体は必要なくとも、我々が見たということが重要になるかと」

「ああ、アンタ達には期待しているよ。それに、ヒトミとイヨにはまた沈没船に近付いてもらわなくちゃいけないからね」

 

 諜報部隊は相変わらず最終決戦でも重要な立ち位置にいる。戦力としてもそうだが、諜報部隊がそれを確認したという事実が、今後影響しかねない。さらに潜水艦は、存在を確認した依代を破壊するという責任重大な任務を任されることになるかもしれないのだ。

 

「教団と大本営の繋がりに関しては、こちらで調査をしていく。アンタ達は戦力として、明日からは訓練や演習で過ごしてもらえるかい」

「了解であります。うちの潜水艦は一足先に対潜部隊の訓練の手伝いをしていましたが、我々も他の訓練に加わることにいたしましょう」

 

 今までは執務室に篭って調査資料を作ったりしていた神州丸さんも、ここからは戦力として訓練に参加してくれるそうだ。陸戦最強と言える神州丸さんの技能の中には、海の上でも使えるようなものだってある。それを訓練で教えてもらえれば、より戦力増強に繋がるだろう。

 なんでも、余裕が出来たら長門さんの訓練に参加してもらいたいという要望が給糧艦コンビからあったらしい。神州丸さんの技能が長門さんに受け継がれるとなれば、もう手が付けられなくなるのでは無いだろうか。

 

 

 

 夜、やることを全て終わらせて後は寝るだけ。相変わらず夕立は五月雨と共に村雨の部屋で姉妹の団欒に勤しんでいる。

 で、私の部屋はというと、いつものメンバーに加えて一仕事終えた表情の秋雲が襲来。秋雲も調査資料の作成で部屋に篭っていることが多かった。私もあまり話が出来なかったため、こういうところでしっかり交流しておきたい。せっかくの艤装姉妹なんだし。

 

「つーことで、秋雲さんも訓練に参加させてもらいますわ。むーさんを急ピッチで育て上げなくちゃいけないんでしょ?」

「だね。あと1週間そこらで改二まで行ってもらいたいくらいだからね」

 

 その秋雲も、神州丸さんと同じように訓練に参加表明。こちらは同じ駆逐艦ということで村雨を鍛えようと考えているようである。

 秋雲だって改二であり、駆逐艦としては実力者。ここに滞在している中で、一緒に背中を合わせて戦ったことは少ないのだが、それでも私よりは経験が長いのはわかっている。訓練にもいい感じに力を貸してもらえそうだ。

 

「結構スパルタでやってるらしいけど、どんな感じなんだろ。萩風知ってる?」

「はい、今日は私も村雨さんの訓練に参加しましたから」

 

 思うところがある萩風だが、打倒太陽の姫のためには村雨の力が必要不可欠であることは理解している。その複雑な感情から、より強めのスパルタになっていないか心配ではあったが、そういうところに公私混同はしていないとは本人の談。

 実際、磯波もちょろっとそれを見たらしいが、私怨の混じった()()()()()はしていなかったと話す。萩風は少し心外であると膨れっ面になるものの、少し頭を撫でてあげたらすぐに機嫌を直していた。

 

「今日で砲撃の命中精度はかなり上がりました。『雲』の時とは勝手が大きく違うみたいなので苦戦していましたが、夕立さんがしっかりコツを教えていましたよ」

「あの夕立が……?」

「説明はかなりわかりづらかったんですけど、村雨さんも比較的直感型みたいで。なんて言うんですか、擬音ばかりの説明なのにちゃんと理解しているというか」

 

 艤装姉妹なだけあって、装備の使い勝手は殆ど同じようなもの。夕立が一番村雨の成長に貢献出来るのだろう。馬鹿にしているわけではないが、夕立は説明が上手く出来るようには思っていなかった。だが、村雨はそれでも理解し、自分の力に変えているようである。

 それだけではなく、夕立の戦い方をどんどん吸収しているようで、まだ1日だけだというのに砲撃は殆どマスターしたようなものなのだとか。そういうところも夕立と近しいようである。

 

「M型の同期値もとんでもない値だったし、村雨と夕立は似た者同士なのかな」

「かもしれないね……艤装姉妹だし。確か、数字的にも連番だったよね」

「夕立ちゃんは4番艦で、村雨ちゃんは3番艦だったかな。何処か似てる子を選び取ってたりして」

 

 その辺りはさらに謎である。夕立と村雨が似ているのは本当にたまたま。村雨は1()0()()()()()()とはいえ、全くの赤の他人であることはお互いにわかっていることである。

 偶然にしては出来過ぎな感じがしないでもないが、そういう運命だったと思うしか無い。

 

「とはいえ、スタミナが全然足りないです。こればっかりは日々の鍛錬だと思うので」

「それは仕方ないよ。スパルタでどうにかなる問題じゃない」

 

 体力に関してはもう仕方ない。私達だって改二になる時とかに目一杯しごかれたことで今の体力を手に入れている。ただでさえ足りないところに、訓練で限界まで鍛えられたら倒れるのも当たり前だった。今この時でも、村雨は自分の部屋で夕立と五月雨に介抱されているようなもの。

 古い考えかもしれないが、艦娘はガッツリ倒れるほど鍛えた方が身に付きやすい。私もそうだったし、ここにいる全員がそれを体感している。えぐい距離の遠泳とか、汗だくになった筋トレとか。村雨には申し訳ないが、急ピッチで強くなるためには避けては通れぬ道である。

 

「第二のだっちゃんになるんだよねぇ。むーさんも狂犬になるのかね」

「いやぁ、それは無いと思うけどなぁ。性格的には夕立とは違うでしょ村雨って」

「わかんないよ? だっちゃんに手取り足取り教わってて、その気質まで受け継いじゃったら……」

 

 今は罪悪感で表に出すことが出来ないだけで、実は相当奔放な性格だったとしたら、今回のこの訓練でそれが表に出せるようになるかもしれない。そしてさらには夕立が妹として懐いた挙句、先輩として一から十まで教え込んでいるのだから、そうなってもおかしくないのか。

 夕立のように感情表現が激しく、ただひたすらに好戦的で、仲間に対しては愛玩犬みたいな態度の村雨。あまり想像が出来ない。

 

「まぁそこは明日を楽しみにすっかなー。たった数日で何処まで行ってるかね」

「余裕があったら私も見てみよ」

 

 村雨の成長は私も気になるところだ。確認出来るのなら私も確認してみよう。そのうち演習とかで相手にするときも来るだろうし。

 

「で、秋雲さんとしてはめっちゃ気になることがあんだけど」

「何?」

「ゲロ姉、いつもそんな感じなん?」

 

 何を言い出したかと思ったが、おそらく今の状況のことを言っているのだと思う。

 部屋に秋雲含めて5人が入って一夜を過ごすことになるわけだが、今日は磯波が私のベッドの上。何かしらのことで添い寝の権利を勝ち取った様子。相変わらず私の与り知らぬところで。

 

「まぁそうだね。D型異端児には私の魂の匂いが落ち着けるみたいで」

「それはそれでいいんだけど、いや、文学系で大人しそうな磯波氏が、そんなベッタベタでデレッデレなのはあまり見ないから」

 

 そこはあまり触れないであげてほしい。

 

「ゲロ姉ハーレムだ。ちょっとデッサンさせて」

「断る。私よりも磯波のために断る」

 

 ここは念を押しておかないと。とはいえ秋雲には瞬間記憶があるから、後から部屋で描き倒している気がする。

 

 

 

 翌朝、気持ちのいい目覚め。最近は悪夢を見るようなこともなく、むしろいい夢を見て朝を迎えることの方が多い。それは他のみんなも同じらしく、特に私が添い寝をしている磯波は、いつもとは違う癒された寝顔を見せていた。音が聞こえる程に匂いを嗅がれるのはあまりよろしくないと思うが。

 

「おはよっぽーい」

 

 そして相変わらず元気いっぱいの夕立の突撃で朝が始まる。私達と寝ている時は低血圧なのではと思えるほどに寝起きが酷かったが、村雨と寝るようになってからは規則正しい生活になっているようだった。

 私の匂いが安眠に繋がるとか何とか言っていた気がするが、そういうの関係無しに朝はシャンとした方がいいと思う。

 

「今日も今日とてむーさんの訓練っぽい! 砲撃はいい感じだから、今日はキャプテンと雷撃訓練っぽい!」

 

 村雨の日程は夕立が握っているようだ。五月雨もそれに関しては文句が無いようで、空城司令も夕立に一任しているそうだ。夕立のやる気に押されたとも言う。

 とはいえ、村雨は明確に成長しているようだから、この采配は間違っていないように見えた。ただただ2人の相性がかなり良いということなのだと思う。相性が良いもの同士で組ませれば、お互いに成長出来て大変よろしい。

 

「順調だね。村雨、調子はどうなの?」

「そうね、夕立のお陰で自分が強くなれてることがわかるわ。ただ、私ホントに体力無いみたいで……」

「夕立についていこうとすると痛い目見るからやめた方がいいよ。海防艦の子供達くらい体力が無尽蔵になりつつあるから」

 

 それを聞いたら苦笑するしか無かったようである。夕立はいろんな意味で規格外な部分もあるし、お手本にすると酷い目に遭うと思う。

 

「秋雲さんも訓練に参加すっから、よろしくねー」

「あ、うん、よろしく」

「まぁやれることなんて第三者の目から指摘することくらいだけどね。基本はだっちゃんの言うこと聞いときゃいいから」

 

 あくまでも諜報部隊としての目で訓練をサポートするとのこと。瞬間記憶とかはさぞかし役に立つだろう。村雨はここからさらに強くなる。

 

 

 

 タイムリミットは迫ってきているが、今は有意義な1日を過ごせているだろう。実験も上手くいっている方だし、準備は着実に一歩ずつ進んでいる。

 




神州丸の陸戦能力まで与えられたら、長門はとんでもない化け物になるかもしれない。鎮守府の守護者の力を受け継いだビッグセブン。これは凄まじい。


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頼もしい仲間

 第二次実験部隊による出撃は、新たに加わる由良さんのためのインナーが完成してからになる。昨日の業務後半でそれが決まったばかりなので、それが出来るまでにはまだ時間があった。

 実験部隊自体は前回とほぼ同じで、そこに由良さんが加わる7人での出撃とされた。小型な艦娘6人を航空戦が出来る6人で護衛するという手段でも、あの場所に長時間居座るというのはかなりキツかった。1人増えたからどうなるんだというところではあるが、多いに越したことは無い。由良さんは熟練の軽巡洋艦、心強い参戦者だ。

 

 これに関しては朝の時間に全員に報告された。いつも通りの朝食の時間、全員が集まっているタイミングである。

 

「インナーは午前中に完成するだろう。昨日のように、午後から実験部隊は出撃してもらうからね」

 

 菊月と初月の分を完成させたノウハウがあるため、完成までの時間が前回より短縮。今日の午前中、半日あれば1人分は余裕で作れるとのこと。よくて3人分くらいなのだとか。

 最終的にはここにいる30人以上のインナーが必要になるのだから、それくらいの速さで作らなければタイムリミットまでに間に合わない。1日6着なら、1週間あれば全員分だ。

 

「それと菊月、アンタの進言、正直辛いところだが通すことにした。だが、何かあった場合はすぐに帰投すること。いいね」

「了解した。菊月も無理を言ったことは理解しているが、必要だと思ったのだ」

「言われてみればとアタシも思ったよ。そんな簡単なことが思い付かなかった辺り、内心切羽詰まっていたのかもしれないねぇ」

 

 菊月はあの後に何か進言していたらしい。悩みどころだったようだが、後々確実に必要な実験項目。

 

「菊月、何を進言したの?」

「インナーの改造だ。あのタイプを潜水艦に着せるのはキツくないか」

 

 言われてみれば確かに。あくまでもアレは海上で行動する上では全く気にならないが、海中ではいろいろ困ることもあるだろう。ただでさえ妨害が激しいこともわかっているのに、インナーのせいでまともに動けないとなったら困る。

 そのため、潜水艦のために水着型のインナー、というかインナーと同じ加工がされた水着を作る方向に向かっているとのこと。昨日の段階で、胸だけしっかり覆っておけば大丈夫なのではという仮説も出来ているため、それを実験するようだ。海上と海中での影響度の違いはあるものの、海上で影響が無ければ海中でも影響は無い。

 

「それも上手くいけば、潜水艦隊全員にそれを身につけてもらうことになる。当然艤装としての加工もするから、作るのには時間がかかるだろう」

 

 潜水艦は水着自体が艤装だ。アレが無ければ海中で戦うことは出来ない。対瘴気の加工を施された水着艤装という形で開発する必要があるため、インナーの量産をするよりは当然時間がかかるだろう。

 

「それなら……私が実験に参加します……ダメでしょうか……」

 

 ここでヒトミが立候補。海上艦である菊月がやるよりは、潜水艦への影響度を確実に調べられる。

 急な立候補でインナーが準備出来るかどうかはわからないが、半日で3着作ることが出来るのなら、作成時間がかかるにしても午後には完成していそうである。

 

「ふむ……なら、間に合うようなら頼めるかい」

「はい……大丈夫です……。ただ避けるだけなら……1人でも大丈夫だと思うので……」

 

 沈没船に4人全員で近付くために、対潜部隊に手伝ってもらって練度を上げていたのだと、ヒトミが小さく胸を張る。訓練の成果を確認するためにも、実験部隊に志願したとのこと。

 沈没船の近くだと防衛が堅すぎるくらいなのだが、防衛線付近ならまだマシらしい。今日の午後ならさらに赤い海は拡がっているため、もしかしたら防衛線まで行かなくてもいい程かもしれない。行ってみなくてはわからないが、可能性だけは頭の片隅に置いておこう。

 

「菊月のインナーの件もそのまま頼む。布地が少なくなれば、製作時間がさらに短くなるだろう」

「ああ、既に取り掛かってしまっているからね。菊月にもそちらで試してもらう」

 

 布を少なくした結果、結局侵食を防げませんでしたとなる可能性が無いとは限らない。あくまでも胸だけでいいというのは憶測の域を出ないのだ。試せることは試しておきたいというのは正直なところ。

 

「いいかい、あくまでもこれは実験だ。結果的に戦いになるかもしれないが、何か問題が起こりそうならすぐにその場から離れること。通常のインナーの実用性は確認出来たが、布面積を小さくするということはその分侵食の危険性が高いからね」

「勿論だ。だからこそ陽炎にもついてきてもらっているのだからな」

「……肝に銘じておきます」

 

 出来ることなら次の実験で終わりにしたいところだ。あの場所に何度も向かうのはやはり危険。第一次も、明確な成功例が出てくれたのは良かったものである。

 

「それじゃあ、今日も1日頼んだよ。護衛艦隊と実験部隊は、午後からまた昨日と同じように赤い海に向かってもらうからね」

 

 そんなこんなで1日が始まった。万全の準備のため、みんなが一致団結して動き出す。

 

 

 

 実験の準備をしている間はどうしても時間が空く。午前中の哨戒は別の部隊が向かっており、実験部隊と護衛艦隊とは別物。なので、例えば護衛艦隊に加わる速吸さんは今、いつもの医務室担当の仕事についているし、隼鷹さんや天城さんは絶賛演習中である。

 そして私、陽炎はというと、村雨と長門さんの訓練を見学させてもらうことにした。一緒に実験部隊として出撃する沖波も一緒である。

 

 今回の村雨のプランは、夕立にも聞いていたが雷撃訓練である。木曾さん指導の下、私達も通ってきた海面スレスレの的を狙う訓練をひたすら続けていた。

 

「思ったよりうまいもんだな。マジで夕立の最初を見てるみたいだぜ」

「そうかな。『雲』は魚雷を装備してなかったから、こういうのは感覚的にも初めてのことで」

 

 思い返してみれば、確かに『雲』から雷撃を受けたことは一度も無かった。艤装もあの雲のクッションがやたら目立っていたが、魚雷発射管は何処にも見当たらなかった覚えがある。

 だからか、逆に変なクセも出ずに教えられた通りにこなしているようだった。萩風は深海棲艦時代のクセを乗りこなすことで実戦に活かしていたが、村雨の場合は今とあの時があまりにも違うため、クセにすらならなかったらしい。

 

「秋雲、お前から見てどうだよ」

「いい具合に力が抜けてるねぇ。反動の軽減とか、直感的に出来てるのかな。確かに秋雲さんにも、むーさんはだっちゃんと似たような感じに見えるよ」

 

 秋雲の目から見ても、村雨の上達速度は目覚ましいもののようだ。夕立と同じ直感タイプだからか、こなれてしまえばそのまま自分のモノ。

 

「むーさんいい感じっぽい! 夕立とおんなじとこに魚雷あるから説明しやすくていいね。脚をグッてやって、その辺でバババーッてやったら上手く行ったでしょ?」

「そうね、確かに脚をグッてやるのはわかるかも。でもバババーッじゃなくてズバッて感じじゃない?」

「むーさんはそっちの方が上手く行くっぽいね」

 

 あの説明で理解出来るのか。というか会話がよくわからない。バババーッとかズバッとか、一体何を意味しているのか。木曾さんも秋雲も、2人の会話に首を傾げる一方である、

 まぁ本人がそれで上達しているのだから、何も否定出来ないか。正しく説明出来なくても、ちゃんと命中しているのだからそれでよし。こういうところは結果が全てである。

 

「止まってる的には大分当てられるようになってきているな。んじゃあ、的動かすぞー」

 

 止まっている的になら殆ど当てられるようになったことで、もう動いている的への訓練へ移行。おそらくここからがスパルタになる。当たるまで休憩無しでやらされるだろうし、当たったところで次が来る。結局は休む暇なく身体に叩き込まれるのだ。

 それでも村雨はしっかりとついていけそう。本当に夕立が2人になったかのような錯覚を覚えた。

 

「今日中に全部当てられるようになってもらうぜ」

「キャプテン、めっちゃイジワルな動きしてくるっぽい。むーさん、的の動きを予測して」

「予測かぁ。砲撃の時にも似たようなことやったけど、勝手が全然違うのよね」

 

 主砲を手で持って狙い撃つのと、太腿に備え付けられた魚雷発射管から放つのとでは、感覚がまるで違うらしい。どちらも艤装のアームに備え付けてやれる私にはわからない苦労だ。

 

「っし、ならこっちもすぐに慣れるわ」

「その調子っぽい! むーさん頑張れー!」

 

 姉妹仲も目に見えて良好。このスパルタ訓練にも苦を感じずに取り組めているため、村雨はさらに強くなっていく。

 

 

 

 対する長門さん。南方棲戦姫として活動させられていたからか、砲撃に関してはそこそこ慣れていたようで、反動によって命中率が損なわれるようなこともあまり無かったらしい。

 ということで、今は昨日のうちから聞いていた神州丸さんを加えた格闘訓練である。いきなり戦い方というわけではなく、身体を作るための筋トレからではあるが。

 恐ろしいことに、それを教えているのは神州丸と伊良湖さんである。陸戦最強の艦娘と時限式の鎮守府の守護者、2人の艦娘からの訓練は、あの分霊治療を嬌声を出さずに耐え切った長門さんでも顔を顰めるレベル。

 

「肉体強化は砲撃にも関わることであります。陸でも海でも同じことが出来るように鍛えましょう」

「筋トレは必須ですからね。幸いにも、艦娘はその成果がすぐに出ますから。全身を隈なく()()()()鍛えることが、格闘戦のミソです」

 

 神州丸さんはさておき、伊良湖さんも優しい顔して超スパルタである。短時間なら私の脱力回避にすら簡単に追いつく超高速戦闘が出来るようになるためには、全身を鍛え上げる必要があると説いていた。私から見ると伊良湖さんは別に筋肉質とかそういう感じには見えないのだが。

 長門さんの訓練に付き合っている陸奥さんも、かなりキツそうにしていた。私達の筋トレに付き合ってもらった時は、こちらがゼエゼエ言っている時に涼しげな顔で同じことをやっていたが、今回は長門さんと同じ超スパルタメニューをこなしているので、いつもの倍に近い負荷がかけられている。

 

「鍛えられてる感じがして楽しいわね。辛いけど」

「陸奥はタフだな……」

「これでも鍛えてますから。戦艦なんだもの」

 

 戦艦というのはそれが普通らしい。ここまではしないにしても、常日頃からしっかり鍛え、有事の時には最大の力を発揮する。そもそも部隊の華のような存在なのだ。戦艦の敗北は部隊の勝率を著しく下げることになる。

 いろいろな重圧を背負って戦っているからこそ、この訓練にも耐えられると陸奥さんは長門さんに話していた。

 

「負けていられないな……!」

「ふふ、その意気よ姉さん。私は姉さんと並んで戦いたいんだから、こんなところでへばってもらっちゃ困るわね」

「勿論だ。せっかくここまでしてもらえたんだからな。皆に貢献したい」

 

 長門さんもやる気満々。忠誠心が抜けた長門さんは、とても頼れる大人というイメージだ。

 

「ふふ、素晴らしいですね。私と間宮さんの力を引き継いでもらって、真の鎮守府の守護者となってもらいたいものです」

「本艦も手伝いましょう。まだまだ鍛え足りないでしょうからな」

 

 その反応を見て、大喜びで訓練をハードにしていく2人である。陸奥さんすらヒーヒー言い出すのは時間の問題。長門さんが潰されなければいいのだが、多分その辺りはギリギリを調整していくのだと思う。

 

 

 

「なんか、2人とも凄かったね」

「急ピッチの訓練ってあそこまでになっちゃうんだね」

 

 訓練を見終わり、私と沖波は感嘆の吐息を漏らす。村雨も長門さんも、今すぐ私達に追い付こうと必死に訓練していた。だが、それを苦とも思わず、むしろ楽しんで続けているように見えた。

 

「でも、頼もしい仲間だよ。実験が上手くいけば、あの2人だって戦場に出てくれるんだからさ」

「だね。私達も負けていられないよ」

 

 あれだけ頑張っているところを見たら、こちらもやる気が出るというもの。実験部隊でもそうだが、最終決戦までに私達ももっと強くなりたいものだ。

 




深海雨雲姫は魚雷を装備しているのに雷撃をしてこないというよくわからないスペック。村雨にそこのところが引き継がれなくてよかったね。



先日、支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88193119
MMD静画のアイキャッチ風陽炎。勇ましい表情ですね。


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第二次実験

 午後、宣言通り新たな実験用のインナーが完成。朝食の場で立候補したヒトミの分も、結構ギリギリのタイミングだったが出来上がっていた。

 今回の立候補者(被験者)は、前回の菊月と初月に加え、D型異端児代表の由良さんと、潜水艦隊代表のヒトミ。初月は脚についた破損を修復された前と同じ物。由良さんは初月と同じ、全身を覆うタイプ。そして菊月とヒトミは、布面積を減らした水着型となっている。ヒトミに至っては、潜水艦の艤装と同じものに改造された、インナーと艤装が一体化したものである。

 

 私、陽炎はその実験部隊としての出撃のために工廠に来ていた。私が到着したのはメンバー的には大分後の方だったようで、立候補者は既にインナーを身につけるために奥で準備中。もう少しでそちらも終わるようである。

 

「試験型装備02、対深海日棲姫用インナー改です。布面積を減らし、胸を覆っておけば対策可能かどうかを確認するため、最初に話に出た通り水着型としました」

 

 しーちゃんが空城司令に説明しつつ表に出てくる。それと同時にやってきたのは菊月とヒトミ。

 

「ふむ、着心地はあまり変わらないな。悪くない」

 

 新たなインナーを着込んだ菊月が部隊の前に。制服の下に着ているので前回と差があまり無いように見えたが、前と違って腕が包まれていないので見えている手は素手である。

 水着型にしてもマスク部分は残したままにしたようで、首から下がしっかりと包まれていた。なるべく胸を晒さないようにするためなのだから、水着と言っても少し違うか。

 

「どう……でしょうか……」

 

 次はヒトミ。菊月と同じものを着ているので、その全容がよくわかった。いわゆるハイネックレオタードというヤツ。見た感じは水着に近く、ヒトミはその上にセーラー服のようなよくわからない上着も着ているので、思ったより違和感は無かった。

 菊月の物と違ってヒトミの方は艤装としての調整すらされているので、このまま海中に潜っても何ら問題ない。

 

「おー、姉貴似合ってんじゃん。スク水よかいいんじゃない?」

「そう……かな」

「うんうん、イヨもコレ欲しいなぁ。あ、実験上手く行ったら貰えるんだっけ。姉貴期待してっからね!」

 

 イヨには結構好評。毎日スクール水着よりは新鮮な気持ちでいられるから嬉しいようである。ヒトミも少し恥ずかしげではあるが気に入った様子。

 

「なんだか新鮮。ここまで肌を隠すことなんて冬服の時くらいだものね」

 

 そして初月と共に現れた由良さん。由良さんは菊月と違って半袖で生脚なので、インナーを着ることで随分と印象が変わって見えた。

 

「うん、いいじゃない。由良、ピッタリピッタリ」

「ピッタリというか、フィットしすぎというか……」

「それはみんな同じだから。上から下まで肌に貼りつくようにしてんの。胸とかで張らないようにしたりで結構大変なんだから」

 

 夕張さんが調整していたようで、由良さんにベタベタ触りながら最終調整というかチェックをしていた。この2人は同じ軽巡洋艦という枠組みの中でも結構仲がいいように思える。別に幼馴染みとかそういうのではなく、ここで知り合った仲ではあるらしいが。

 

「隙間があったらそこから瘴気が入ってくるかもしれないんだからね。別にキツいわけじゃないでしょ?」

「その辺りは大丈夫。食い込むとかはないし、ブカブカなところもない、かな」

「なら上々。それが目的だから。この実験が上手くいけば、全員がこれか菊月が着てる水着タイプになるからね」

 

 どっちがいいかと言えば、多分水着タイプ。製作時間の短縮とかもあるし、全身タイツ状だと違和感がある者も出てくるかもしれない。そこは選択制にしておけばいいと思う。

 まぁどこまで行っても私達M型異端児には関係ないのだが。

 

「じゃあ、第二次実験だ。上手く行けばこれでおしまい。最後の戦いに向けて準備を整えるだけになる。よろしく頼むよ」

「了解。前回と同じように実験に向かいますね」

 

 護衛艦隊も実験部隊も前回と全く同じ。そこに由良さんとヒトミが加わっただけだ。やることは何ら変わらない。赤い海まで出向き、防衛線があるのならそれを処理しながら中で待機し続ける。それだけだ。

 前回と違って、赤い海の範囲もまた拡張されていることだろう。防衛線がさらに前進している可能性もある。そこはしっかりと警戒して向かいたい。

 

 

 

 以前と同じように、南方棲戦姫の巣だった場所にまで到着。ついにはこの段階から、赤い海が遠目に確認出来るくらいにまで拡がっていた。防衛線の姿がここから見えない辺り、おそらく前回の場所から動いていない。

 これはこれでありがたいことだった。防衛線と交戦することなく赤い海に待機出来る可能性がある。

 

「防衛線自体はあるけれど、前より奥に配置されてるわね〜」

 

 アクィラさんの鷲の目で、防衛線付近の状況を確認してもらった。そもそも防衛線が少し後ろに下がっているらしく、代わりに密度が大分上がっているらしい。

 昨日の突撃から何かを警戒したか、沈没船の守りをさらに固めているようだ。実験のために来たということに気付いているかはわからないが、少なくとも威力偵察と思われている可能性はある。

 そういう意味では、昨日の実験は効果的だった。防衛線が強くなっているのは仕方ないが、それはいくらでも予測出来ること。後ろに下がってくれたのは想定外に良い方向性。

 

「姫も全方向に配置されてるみたい。やっぱり突っ込んでいったのは警戒されるわよねぇ」

「じゃあ薄いところは無いってことかな」

「そうなるわね。でも、防衛線とぶつからずに赤い海に入れそうかな?」

 

 それはありがたい。突入が難しいのなら、突入せずに実験をしてしまえばいいのだ。赤い海は拡がり、防衛線は下がっているとなれば、あちら側に気付かれないように事を成すことも出来るだろう。

 余計な消耗はしたくないのは誰だって思っていること。疲れれば疲れるほど、やりたいことが上手くいかなくなるなんて、艦娘とかそういうの関係無しに起こり得ること。

 

「じゃあ、ゆっくりと近付こう。変に暴れ回って防衛線に気付かれても厄介だし」

「そうね〜。それが妥当かしらね」

 

 ここからは護衛艦隊とは別行動。インナー組は念のため首下から布地を引き上げ、マスク状にする。菊月と初月は前にも見たが、由良さんのそれは普通なら見られないような新鮮さがあった。

 そして、実験部隊だけで移動し赤い海に近付く。前回はここからまず特大な空爆をぶちかまし、それと同時に一気に最大戦速まで加速して突き抜け、防衛線のど真ん中で耐久する方針だったが、今回は真逆。空爆すらせず、静かに忍び寄る。

 

「ヒトミ、近付くよ」

 

 海中のヒトミと話せるのは、現状では旗艦の衣笠さんのみ。こんな状況なので、意思疎通を欠かさずに前へ前へと進む。

 海上の防衛線は下がっているかもしれないが、海中はどうなっているかわからない。それはヒトミと、常に海中に意識を向けている松輪に任せるしかない。

 

「オッケー。ヒトミもこっちと同じ速度で赤い海に向かってる。海の中の防衛線も下がってるみたい」

 

 それなら実験だけして帰るということも出来そうだ。わざわざ危険を冒す必要もない。

 

「赤い海の端に来ても、防衛線の姿は見えず。これはラッキーだね」

 

 足下が赤く染まった海の上に。これで瘴気の中に入ったと言える状態になった。M型異端児であるが故にその感覚はわからないが、入ったかどうかを確かめるためには、インナーを脱いで侵食を受けてもらわなくてはいけない。それはよろしくないので、少しずつ赤い海の奥へと向かう。

 

「すごいな、これでも侵食を受けている感覚は無いぞ」

 

 海上では1人だけ、布面積を減らしたバージョンのインナーを身につけている菊月が、今の自分の状況を語る。

 しーちゃんの憶測は間違っていなかったようだ。魂に触れられる胸さえしっかりと覆っておけば、他の部分に生地は要らない。それが実証されたかどうかは、この後私が魂を確認しなければわからないのだが、少なくとも体感では大丈夫と語ってくれているため今は安心している。

 

「ヒトミ、そっちは大丈夫?」

 

 衣笠さんが海中のヒトミに状況を確認。海上でこれなら、海中も似たような感じになっていてくれるはず。

 

「ん、菊月と同じだって。沈没船に近付いたときと感覚が違うみたい」

「なら、インナーは海の中でも効果的って思えばいいのかもね」

 

 沈没船に近いから影響度は強いかもしれないが、海上と海中では条件が同じと見て間違いなさそうだ。()()が違うだけと考えればいいか。

 

「由良さん、どんな感じ?」

「最初がどうかを知らないから何とも言えないけれど、由良も何も感じないかな。これが瘴気を受けてないってことでいいのかな」

「うん、多分オッケー。後から私がチェックするよ」

 

 D型異端児にもインナーが効果的であることは証明出来そうだ。無症状で何かしらの効果があるとなったら困るが、由良さんは分霊を一度受けたことがあるので、その感覚は多少なりわかるはず。それで大丈夫なら、ひとまずは安心。

 

「じゃあ、ここでしばらく待機」

「了解」

 

 周辺警戒を怠らず、この場所で瘴気を受けながら待機。M型異端児はさておき、他の者は長時間こうしているだけで悪い影響を受けてしまう。この場でしばらくいられるのなら、安心して全員を出撃させられるだろう。

 とはいえ、防衛線は目と鼻の先。勘付かれたら攻め込まれる可能性もあるため、慎重に行かなくてはいけない。

 

「あ、アレはアクィラさんの鷲の目かな」

 

 待機中に空を見上げると、護衛艦隊の方向からキラリと光るものが飛んでいくのが見えた。高高度から高速で駆け抜け、敵陣を調査する鷲の目。私達がここにいることを見越して、より強めにあちらの動向を確認してくれているらしい。動きがあれば、空爆とともに撤退となるだろう。

 

「そういえば……今太陽の姫ってどうしてるんだろう」

 

 ボソッと沖波が呟く。ここまで本拠地に近い位置で私達が留まっていることを、奴が気付いていないわけがない。この場所から鎮守府に視線を飛ばしてくるくらいなのだから、今沈没船の中に篭っているとしても、こちらの動向を監視している可能性が無いとは言えないのだ。

 

「この赤い海を拡げるために、沈没船の中で何かやっているというのが妥当だろう。それこそ、儀式なり何なり考えられる」

 

 菊月がそれに返す。厨二的思考がこういう時は割と的を射た発言の場合もあるので、スルーする理由は無い。オカルト系と考えるなら、ある意味菊月が一番精通しているとも言える。

 

「瘴気が分霊と同じ効果があるというのなら、この瘴気()()()()が、奴の感知出来る範囲と考えてもいいんじゃないか?」

「かもしれないね。ここでこうしていることも、太陽の姫には筒抜けなのかも」

 

 少なくとも今、視線を感じるようなことはない。だが、瘴気に満たされた海域にいるのだから、私達は太陽の姫の手のひらの上なのかもしれない。

 そもそも前回の実験の後に防衛線を下げたというのなら、こちらがやっていることも理解した上でそうしていると考えるのが妥当。その場にいないのにそこまで把握しているというのなら、やはりこの空間全てが太陽の姫の領域であるというのが正しそうだ。

 その赤い海が拡がっているということは、この海全てを手中に収めて、何もかもを滅ぼそうとしている。最後の戦いに相応しい状況と言える。

 

「なら、この実験も妨害される可能性も」

 

 と口走った瞬間、強烈な視線を感じた。全員同じように感じたようで、一斉に同じ方向を向く。

 その視線は太陽の姫の視線とは少し違った、やけに刺々しく、殺意がこれでもかと篭った視線。海の中からではなく、海の上からそれを感じ取った。

 

「見られてる。アクィラさんからの連絡は?」

「今来た! まずい、すぐに撤退するよ!」

 

 衣笠さんの指示の下、実験はここで切り上げてすぐに撤退を選択。何事が起きたかを聞いている余裕なんて無かった。

 即座に(きびす)を返し、その場から立ち去ろうとする。しかし、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()1()()()()()()()()()()

 

 

 

 視線を感じた瞬間に撤退を考えたのに、それすら間に合わなかった。速いとかそういう次元では無い。海中を潜ってきたのかもわからない。とにかく、気付いたらここにいたようなもの。

 

「なっ……!?」

「オ前達、ココニ何シニ来タ」

 

 攻撃もせず、普通にこちらに問うてくる。あまりにも冷静だったため、逆に緊張感が高まる。

 何せ、()()()はこんな言動をするような奴ではないからだ。()()()は私達でも知っている深海棲艦。何度も苦しめられ、そして何度も倒してきた、最悪のイロハ級。

 

 

 

 戦艦レ級である。

 




今回で異端児200話目となります。長く続いていますが、最終決戦は間近。今後もよろしくお願いします。


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黄昏の巫女

 第二次実験で赤い海へと赴いた私、陽炎と実験部隊。以前よりも防衛線は本拠地寄りに下がってはいたが、赤い海自体は拡がっており、これならば戦闘すら行なわずに実験を終わらせられると思っていた。

 しかし、現実はそんなに甘くない。防衛線からは何も無かったが、突然の殺意の篭った視線を感じたかと思ったら、撤退する間も無く眼前に深海棲艦が立っていた。

 

「オ前達、ココニ何シニ来タ」

 

 その深海棲艦、戦艦レ級は冷静にこちらに問うてきた。知っているレ級とは違う、まるで()()()()()()態度で。

 

 元々知性を持っている戦艦レ級という脅威はあった。それは、気が狂ったような笑い声と言葉で、戦うことにだけ知性を偏らせているようなモノだった。しかし、今目の前にいるレ級はそれとは一線を画している。賢いとかそういう問題ではない。表情すら違った。知性がありすぎる。

 だからだろう、誰もが構えることが出来なかった。まるで太陽の姫の巫女と対面したときのような緊張感に支配されて、動くことが出来なかったとも言える。あちらが殺意はあれど攻撃の姿勢を見せていないため、この状態で膠着状態に。

 

「マァ、ドンナ理由ガアッテモ関係無イケドネ。僕達ノ縄張リニ入ッテキタンダ」

 

 レ級特有の尻尾のような艤装が正面に構えられた。その口内からは戦艦の主砲が現れる。瞬間、全員が一斉に臨戦態勢へ移行。ここで確実に撃ってくると理解したことで、射線上から離れることに全力を尽くす。

 

「ドウセ、死ヌコトニナルンダカラ」

 

 そして、予想通りぶっ放してきた。こんな間近なところからでも当たり前のように。

 すぐに反応出来たおかげて、直撃どころか掠ることも無かった。衝撃は相当なものだったが、怪我に繋がるようなことにはなっていない。危なかったのは小さいが故に衝撃にも弱い松輪だったが、あちらの思惑に気付いた時点で手を繋いで一緒に回避したので無傷。

 

「撤退に専念するよ! こんな奴に構ってる余裕なんて無いんだから!」

 

 幸い、防衛線から援軍がやってくることはない。レ級1体のみで実験部隊全員を相手取ろうとしている。それならば、まだ逃げ切れる可能性はある。

 かなり前な気がするが、同じようにレ級に追われて撤退をする時があった。あの時は、逃げながら鎮守府に連絡を取り、戦艦を含めた重量編成の援軍を待った。今回もその方向で行くはずだ。

 

「逃ガスワケ無イデショ」

 

 だが、その声が聞こえた時には、レ級は私達の撤退しようとする進路を妨害するように立ち塞がっていた。

 まただ。また動いた瞬間がわからなかった。私の『蜃気楼』のようなものだとは思うのだが、言っては悪いが巫女でも無ければ姫ですらないイロハ級の動きではない。そもそもが姫より強いイロハ級とは聞いているものの、ここまででは無いはずだ。それがどれだけ知性があろうとも、これは明らかにおかしい。

 

「アイツ……まさか、()()()()()()!?」

「ちょっ、それって」

「あのレ級、()()だ!」

 

 衣笠さんがそこに気付いた。私もそこに辿り着いた。あのレ級、元人間とかではなく、この赤い海で生まれた怨念の塊とも言える深海棲艦に対して分霊された形だ。

 この赤い海では、少数ではあるもののレ級すらも無限に湧いていた。そのうちの1体が太陽の姫の手で分霊され、元人間とは違った形の巫女にされているのだと気付いた。

 分霊によりさらなる知性を得て、もう人間とは見紛うばかりの成長を遂げてしまっている。太陽の姫の一部を体内に取り込んだようなものなのだから、あの気質を引き継いでいてもおかしくはない。

 

「アア、ソウダヨ。僕ハ姫カラ分霊サレタ」

 

 海面に擦らせるように尻尾を大きく振り回したことで、大きな波が発生した。姿を全て覆い隠すほどの大波は、駆逐水鬼の使ってくる水飛沫をさらに激しくしたようなもののように見えた。

 ということは、この波の向こう側から攻撃が来る。先程の砲撃かもしれないし、自ら突撃して近接戦闘を繰り出してくるかもしれない。どう来てもおかしくない状態ではあるのだから、止まっていてはやられるだけだ。

 

「僕ハ、日没ニ現レルモノ、『黄昏』」

 

 弾けるように波が吹き飛んだと思った瞬間、巫女と化したレ級、『黄昏』が一番手近だという理由で私の眼前に現れた。こういう動きは駆逐水鬼と殆ど同じ。

 

「『陽炎』ダロ、オ前。知ッテルヨ。最初ニ見初メラレタモノ。巫女ダッタノニ、今ハウチノ姫ノ天敵ダ」

「よくわかってんじゃん」

「全部、姫ニ教エテモラッタンダ」

 

 近くにいた松輪を押し出すように『黄昏』の攻撃範囲から外し、超至近距離での一騎討ちの様相へ。

 

 あちらの方が火力が高いのはわかっている。尻尾の薙ぎ払いは出るのが遅い分、直撃を貰えば重傷は免れない。主砲は速攻で出て致死率も高すぎるくらいの威力。それ以外にも魚雷も爆雷も持ち合わせている。航空戦すらやってのけるのがレ級だ。

 何が来ても回避する意気込みで、まずは脱力。自然体によって、あらゆる状況に対応する。それが知らない攻撃だった場合は危険だが、レ級の行動は一応全て知っているのだから、対応出来るはず。唯一の怖いのは、距離が近過ぎることだ。

 

「ッフ……!」

 

 飛んできたのは、やはり尻尾の薙ぎ払い。長さもあるので至近距離でやられると回避がかなり難しい。咄嗟に後ろに下がっても、尻尾の先端が脇腹に直撃するような距離だ。

 正直殴れば届くような位置だった。それでもあえて尻尾を使ってきたということは、それなりに慎重に戦っているということなのだと思う。なるべく避けづらいところをその場で判断出来るくらいに知能が高い。

 

 ならば回避するしかあるまい。脱力回避のさらに上、『蜃気楼』による緊急回避。アクィラさんに教えてもらった弱点を克服するため、移動する方向を見るわけでもなく、完全に()()()()()()の回避。

 結果、私だけは赤い海に深く入ることになってしまう。まぁこれは仕方ない。あの一撃に当たるよりは全然マシ。どちらかといえば、孤立する方が問題。仲間達はもう赤い海から抜け出てくれたが、私だけはより奥の方に行ってしまった。

 

「当タラナイカ。ワカルヨ、巫女ハ()()()()()ガ出来ルヨウニナルッテ」

 

 薙ぎ払いが力業で私の真正面で止まった。遠心力に振り回されることすらなく、ピタリと私に照準が合った。あんなこと、深海棲艦の身体で無ければ出来やしない。

 撃たれると思った瞬間に脱力。連続使用は下半身への負荷がかなりキツいが、サポーター代わりのインナーを身につけたままなので、二度三度の連続使用くらいなら脚は耐えてくれる。

 

 しかし、私に照準を合わせていたはずの『黄昏』は、主砲を放つことなく移動していた。私に構っていると見せかけて、撤退を目論んでいた私の仲間達の方にも目が行っている。

 回避は不発だが、次に向かう場所へ『蜃気楼』を使って突っ込む方がいい。アイツの動きはまだ読めない。

 

「オ前ハ『空』。僕ノ前ニ見初メラレタモノ。陽炎ノ覚醒ヲ促シタ、()()

 

 次のターゲットは沖波。私と同様に巫女の経験がある分、奴からは狙われやすいということなのかもしれない。

 

 私の時のように眼前に立ち、今度は尻尾ではなく手を伸ばす。分霊するわけでもなく、捻り潰すために首を狙って。

 だが沖波だって巫女にされた苦い経験からその時の技を再現出来るように努力している。手を伸ばされたくらいならば、沖波には当たらない。紙一重で避け、その手は空を切る。

 

「その程度なら当たりません」

 

 そしてお返しとばかりに殆どゼロ距離で砲撃。いくら『黄昏』が戦艦であり、強靭な肉体を持っているとしても、あの距離ならまず間違いなく致命傷になる。

 

「僕ニモソレハ当タラナイ」

 

 しかし、放った瞬間にその砲撃は()()()()()。あれは私や『雲』と同じような回避。海中を使ったかは定かではないが、とにかく攻撃は当たらなかった。

 一度ならず何度も見ているその回避方法でも、レ級がやってきたとなると話は変わる。眼前でそれを見てしまった沖波は、驚きで一瞬動きが止まってしまった。『黄昏』はその瞬間を見逃さない。

 

「オ前ハ、陽炎ト同ジクライ危険視サレテイルンダ。ミンナココデ死ヌケド、オ前ハ優先順位ガ高イ」

「殺させて堪るか!」

 

 もう一度手を伸ばそうとしたため、『蜃気楼』による高速移動で『黄昏』へ接近。勢いそのままに体当たりでもなんでもして、沖波から突き放そうと画策した。いくら戦艦だろうが、私自身がぶつかりに行けば体勢を崩すはずだ。

 だが、『黄昏』はそこまで読んでいたようだった。私が沖波を助けると理解した瞬間、またもやその場から消えていた。

 

 いや、消えたのではない。()()()()()

 

 音もなく、海面に波すら立たせず、気付けば上。私のやる高速移動を、横ではなく縦にやることで、そんな芸当をやってのけている。跳ぶというのはレ級の常套手段なのかもしれない。

 先程に何度かあった、いきなり私達の目の前に現れるというのはおそらくこれだ。跳んでいるから視界から消え、気付いたら降りてきているようなもの。全員を跳び越えてきているのだから、突然眼前というのもわからなくはない。

 

「ッハ!」

 

 そして、真下に向けて凶悪な砲撃。そこにいるのは当然、私と沖波だ。戦艦主砲による直撃コースの砲撃を上から受けるなんて聞いたことがない。

 ここに陸奥さんや霧島さんがいれば、空中を撃退するなんてことが出来たかもしれないが、今の私達には相当難しい状況だ。火力が無いために迎撃すら弾かれる可能性は高い。

 

「沖波!」

「避けられるよ!」

 

 回避だけなら出来る。あんな砲撃、直撃どころか掠ってもまずい。沖波の紙一重の回避は、火力が高い相手には少し不利だ。だから、撃たれたと思った瞬間に散らばるようにその場から離れる。

 砲撃が着水した瞬間、とんでもない水柱を作ることになったが、回避行動が早い段階で出来たおかげでノーダメージ。海面が大きく揺れるが、この程度なら回避行動は妨げられない。

 

 そして、今度は別の手段の対処法。上にいるのだから、当然『黄昏』は見上げる位置にいる。つまりそれは、()()()()()()()ということ。

 

「空にいるのなら、僕が撃ち墜とす!」

 

 砲撃が私と沖波を狙っていたため、他の仲間はフリー。故に、ここで動き出すのは初月である。艦載機を撃ち墜とすかの如く、全力の対空砲火を『黄昏』へとぶちまける。

 空中で身動きが取れないことなんて、今までに何度も見てきているのだ。これまでのレ級はそれで倒されてきたようなもの。ならば今回も。

 

()()()()()ナラヤラレテイタカモシレナイケド、対策クライシテルヨ」

 

 対空砲火に合わせて、今度はあの尻尾から尋常ではない数の艦載機が溢れ出た。深海棲艦特有のドローンのような挙動をする艦載機が、まるでカラスの群れのように『黄昏』の前に集合して、対空砲火を全て防ぎ切る。何機も墜としたが本体には届くことなく、結果的に海面に降り立つまでの時間を与えてしまった。

 

 だが、今度はまた別ルートからの攻撃。こうやって戦っているのは何も海上にいる者だけではない。現状がこうなっていることを衣笠さんから伝えられ、海中でヒトミも動いていた。

 降り立った瞬間を狙った雷撃。潜水艦の魚雷は私達が扱えるものよりも強力なものであり、威力がかなり高い。ヒトミの持つものは当然それだ。

 

「潜水艦ガイルコトモワカッテル」

 

 しかし、対潜攻撃すらも出来る『黄昏』には通用しなかった。降り立つ寸前のところで爆雷を放り込んでいたのだ。魚雷が届く前に破壊され、水柱が立ったものの『黄昏』は無傷。むしろその姿が水柱によってさらに見えなくなってしまった。

 

「逃ガサナイッテ、言ッタヨ」

 

 こうやって戦っている間にも、ここでは一番分が悪い松輪は由良さん付き添いの下で戦場から離れようとしていたのだが、『黄昏』はそこに目を向けた。誰1人として逃がすつもりは無いと、即座に2人の前へと移動し、主砲を構えていた。

 今の私からは少し遠く、『蜃気楼』による高速移動でも届くかはわからない。だが、やらなければ2人の命がまずい。出来る限り速く、私は海面を蹴った。

 

 

 

「マズ、2ツ」

 

 しかし、私の移動が間に合う前に、由良さんと松輪を狙った砲撃が放たれてしまった。

 




先日、またもや支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88243974
MMD静画のアイキャッチ風沖波。視線の先にはひーちゃんがいるのかな?


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圧倒する悪夢

 赤い海で撤退を妨害してきた戦艦レ級。それは自ら太陽の姫に分霊された巫女『黄昏』であると名乗った。巫女であることを証明するかの如く、酷いスペックをこれでもかというほど見せつけてきた挙句、隙をついてこの戦場から離脱しようとした由良さんと松輪を狙って眼前にまで移動してしまった。

 私、陽炎からは少し遠く、『蜃気楼』による高速移動でも届くかはわからない。だが、やらなければ2人の命がまずい。出来る限り速く、私は海面を蹴った。

 

「マズ、2ツ」

 

 しかし、私の移動が間に合う前に、由良さんと松輪を狙った砲撃が放たれてしまった。

 どうやっても直撃コース。由良さんがその身を挺して松輪だけは守ろうと、抱きつくように覆い被さった。せめて艤装で守ろうと背中を向けたのはわかったが、あの威力の砲撃は軽巡洋艦の艤装では耐え切れるとは思えない。このままでは由良さんは確実、最悪松輪も纏めて超火力に呑み込まれる。

 

「ダメぇーっ!」

 

 それをどうにかしたのは、私達の砲撃でもなく、当然由良さんや松輪でも無かった。唯一、私達の視界に入っていない仲間、ヒトミだ。

 

 魚雷を破壊されてしまった後、海中を限界の速度で駆け抜けて『黄昏』の真下にまで移動していた。本当にギリギリ、放った瞬間に『黄昏』の足下に体当たりを仕掛けていたのだ。

 魚雷では間に合わないと考え、自ら突撃することで最高速のまま『黄昏』の攻撃を僅かにズラした。放とうとした瞬間だったおかげで、『黄昏』はヒトミにまでは対応出来なかったのも大きい。

 

 しかし、放たれてしまった砲撃は止まらない。直撃コースからは辛うじてズレたかもしれないが、由良さんの半身を抉るかのように砲撃は通過した。

 

「っあっ……っ!?」

 

 明らかにまずい音だった。衝撃で骨も折れ、インナーで守られていた肌もズタズタ。余波で艤装もバチバチと電気が走るくらいに破損。幸いにも腕が無くなるようなことは無かったにしても、由良さんの半身は真っ赤に染まっていた。

 それでも、松輪を守りきっていた。衝撃でフラついてはいるものの、由良さんのおかげで松輪は無傷だ。

 

「松輪ちゃん……大丈夫……?」

「ゆ、ゆら、おねぇちゃん……まっか……に……」

 

 もう由良さんは満身創痍だった。それなのに、松輪を守ろうとずっと抱きしめて、『黄昏』からの盾になり続けていた。

 

「ふざけんな……!」

 

 由良さんへの砲撃には間に合わなかったが、『黄昏』をその場から退かすために砲撃を放った。私だけではない。『心眼』によりその隙をつこうとしていた菊月も、この中では一番火力が出る衣笠さんも、みんなが2人を救うために撃っていた。

 私達の放った砲撃で『黄昏』はその場から離れていたが、由良さんはその場から動けないでいた。松輪はそんな由良さんに抱かれ、震えるしか出来なかった。

 

「マァ、ソノ内死ヌデショ。放ッテオイテ、次ニ行コウカ」

 

 そんな由良さんを一瞥した後、もう用は無いと足下から現れたヒトミに対しての対潜攻撃を始める。ありったけの爆雷が海中へと落とされ、逃げ道を潰すかのようにばら撒かれた。だが、ヒトミならあの程度の対潜攻撃は回避出来るだろう。そこは殆ど心配していない。

 問題は全て由良さんに集約している。このまま放置していれば、まず間違いなく命を落とす。ダメージがあまりにも大きすぎる。しかし、そこに『黄昏』がいたままでは撤退すら出来ない。すぐに入渠が必要なのはわかっているのに、鎮守府までは遠く、さらには逃げ道すら封じられている。

 

「潜水艦ハ面倒ダネ。ナライイカ。先ニ陽炎ヲヤッテオコウカ」

 

 限界が近い由良さんを放って、『黄昏』は私の眼前に現れた。この中で真っ先にやっておかなければならないのは私であると理解して、この状況でも任務を遂行するべく私を狙ってきた。

 そうする理由は理解出来る。太陽の姫の巫女としては順当なやり方だ。手近から片付けつつ、持てる力を全て使って私達を全滅させる。最優先は私かもしれないが、この場から逃げようとする者は優先順位が変わる。誰1人として逃がさないという信念が見て取れた。

 

 だが、私としてはそんなこと関係無い。由良さんをああした怒りが、恨みが、憎しみが、私を動かした。脱力による移動では無い。無意識下での移動に近い。感情に任せて『黄昏』を撃っていた。

 

「オット」

 

 それも簡単に擦り抜けられる。自分が出来るのに思うのはなんだが、こういう時にこの回避方法は厄介極まりない。特に今は冷静でいられない状況だ。ムキになろうなんて思ってはいないが、由良さんの状況を考えると手が怒りで震えてくる。

 そんな私の感情を読み取ったのか、『黄昏』は鼻で笑いながら私に向かって言い放ってきた。

 

「マサカ、仲間ガヤラレタコトガ気ニイラナイノカ? 僕達ノ仲間ヲサンザン殺シ回ッテ、姫カラ巫女モ奪ッテオイテ。オ互イ様ダロ」

 

 大本営と教団の繋がりのことがあるのだから、あちら側にも正当な理由があるのかもしれない。それこそ、私達の方が大きな罪と言える程の何かが。まだ全容が掴めていないのだから、細かいことは私にもわからない。

 だが、それを言うならこちらにも言い分はある。巫女はそもそも全く無関係な人間だし、無関係な私達の家族を皆殺しにしているのだ。その上仲間をやられれば、気に入らないに決まっているだろう。

 

 復讐の連鎖であることは理解しているが、今の私にはそんなことを弁解する余裕が何処にもない。朦朧としている由良さんと、泣き叫ぶ松輪を見ているだけで、『黄昏』に対する憎しみが膨らんでいく。

 

「なら、アンタが殺されても文句は無いね」

「殺シ合イナンダカラ文句ハ無イナ。僕ハ死ナナイケドサ」

 

 限界まで感情を抑えて、せめてもの強がりを言い放つが、『黄昏』からしたら何も痛くない言葉だったようだ。

 

 その死なないという意味がどういう意味で取ればいいのかは理解し難いが、自分は強いからお前達になんて負けないという意味ならば、こちらを見くびり過ぎなのでは。

 しかし、それほどに実力があることも確かだ。今までの動きから、全ての巫女と分霊の力を持っているようなスペックだ。私1人じゃ確実に敵わない相手。回避をし続けても最終的にはジリ貧になるだろう。

 

「慢心ハシナイ。ココデオ前達ニハ死ンデモラウ。ココニ来タカラニハ、逃ガスワケニハ」

「アンタに構ってる暇は無いんだ!」

 

 避けることはわかっていても、最低限ここから何処かに行ってもらわなければ困る。

 手持ちの主砲を乱射して、最低限ここから違う場所に行ってもらうことを望むが、あの擦り抜けはそんなことでは止まらないことくらい理解している。だから、この砲撃は牽制だ。『屈折』も今はしづらい状態なので、まずは『黄昏』のスペックの全容を知らなくてはいけない。

 

「ソンナモノガ当タルトデモ? 元巫女ガ笑ワセルナ」

 

 当たり前のように擦り抜け。それは構わない。どれだけ擦り抜けてもいい。これを今この場で、()()()()()()()()()()ことに意味がある。

 

 正直、現状は菊月の『心眼』が頼りだ。あの戦い方をされている以上、擦り抜けの原理を解明することが勝ちへの一歩だ。『雲』との戦いの時のように、あの移動をキャンセルすることが出来るところからがようやくスタート地点。

 だから、好き勝手撃って回避させ続ける。脚の運びや視線、わかることは全てこの場で見てもらうしかない。

 

「1人でダメなら、2人!」

 

 そこに沖波が加わってくれた。私と沖波は回避の技を手に入れている者同士、敵の回避行動の()()も比較的掴みやすいはず。菊月でわからないものを私達がどうにか出来るかは何とも言えないが、やらないよりはマシ、

 

「2人纏マッテクレテアリガタイナ。ドッチモ殺サナイト」

 

 2人がかりでも当たり前のように避け、沖波の真横へ。その時には尻尾を振りかぶっていた。あちらも沖波の特性をもう理解してしまっているのだろう。尻尾による薙ぎ払いは紙一重で回避するには荷が重過ぎるもの。砲撃なら殆どゼロ距離でも避けてしまうのが沖波だが、アレは簡単にはいかない。

 そして位置的に、沖波と同時に私も薙ぎ払われる。私は悠々と回避出来る自信があるが、沖波を見捨てることになってしまう。それはあまりよろしくない。だが、ガード出来るほど軽いものでもない。

 

 それなら、やることは決まっている。避けるのではなく、()()。高速移動の勢いをそのままに体当たりを決めて、攻撃をキャンセルさせつつ沖波から突き放す。

 

「オ前達、体当タリ好キスギジャナイカ?」

 

 だが、よりによって尻尾の攻撃をキャンセルし、そのまま私の体当たりを両手で受け止めてきた。まるで壁にぶつかったような衝撃とともに、ビクともしなかった。肩まで掴まれて、完全にロックされたような状態。

 この期に及んで膂力も並み以上。見た目は私と同年代か歳下くらいなのに、戦艦という名の通りの力。何もかもが、駆逐艦如きでは太刀打ち出来ないスペック。

 

 その代わりに、ここで私を止めてくれたおかげでほんの一瞬隙が出来る。尻尾での攻撃も止めてくれたから、沖波は離れることが出来たし、仲間達が狙い撃てる瞬間が生まれていた。

 私はどうにか避けるから、気にせず撃てばいい。私が避けられるなら『黄昏』も避けられるだろうが、それならそれでまだいい。負けはないのだから。

 

「魂胆ハ見エ見エナンダ」

 

 しかし、本当に上手く行かない。キャンセルされた尻尾による薙ぎ払いは遠心力すらお構い無しにピタッと止まり、尻尾の先端が完全に沖波の方を向いていた。

 まずいと思った瞬間、尻尾から主砲が放たれる。回避性能に特化した()()()である沖波なのだから、その砲撃自体は紙一重で避けられるだろう。だが、この威力の紙一重は、それだけでも大きなダメージになる。

 

「っああっ!?」

 

 直撃は免れたが、その衝撃だけで大ダメージを受けるほどだった。制服は引き裂かれ、肌にまで傷を付けることになってしまう。艤装などに損傷は見られなかったが、主砲を持つ腕がやられてしまったせいで、攻撃がままならない。

 

「おっきー!?」

「余所見シテル余裕アルンダ。流石ハ天敵ダ」

 

 掴んだ肩を振り回して体勢を崩され、キャンセルしていた尻尾による薙ぎ払いが再開。最初ほど勢いは無かったにしろ、それがモロに脇腹に入ってしまった。直前まで掴まれていたせいで、脱力回避すら出来なかった。

 幸いにも骨には影響が無かったが、内臓が揺さぶられて猛烈な吐き気に襲われる。

 

 さらには私を薙ぎ払いつつも尻尾から夥しい数の魚雷が吐き出される。その威力はわからないが、速度は普通では無かった。魚雷なんて普通なら悠々と避けられるはずなのに、数と速度のせいで回避にも必死に。

 

「すぐに処理する!」

「この……っ!」

 

 それをどうにか処理してくれるのは衣笠さんと菊月。自分達に辿り着く前に、その全てを破壊しようと砲撃を連射している。その策は何とか上手く行っており、致命的な問題になる前に全てを破壊してくれた。

 だが、その行為は諸刃の剣でもある。魚雷が破壊されたことで水飛沫が舞い上がり、視界が塞がれてしまうのだ。

 

 だからだろう、『黄昏』の次の動きがあちらには見えていない。一番身近な私にしか見えていない。

 魚雷を撒き散らした直後、再び尋常ではない数の艦載機が飛び立っていた。急上昇したかと思いきや、菊月の真上を陣取り、一斉に急降下爆撃を始めた。

 

「やらせるか!」

 

 当然ながら、それに対応するのは初月だ。爆撃も、艦載機自体も、全てを破壊するために対空砲火を繰り出した。演習による練度上昇で大量の艦載機は次から次へと墜とされていくものの、どうしても漏れが出てくる。それは自分の脚で避けるしかない。

 

「ヘェ、スゴイナ。アレモ墜トセルンダ。ヤルネ」

 

 しかし、それを見越していたかのように主砲を初月に向けていた。魚雷でも空爆でもダメだった時のことをしっかり考えて次の行動に出ていた。対空砲火に専念している初月には、回避するだけの余裕が殆ど無い。ギリギリで避けられたとしても、沖波のように衝撃にやられた挙句、対処出来なくなった空爆に呑み込まれるだろう。

 

「やらせるかっての!」

 

 そこにすかさず砲撃を撃ち込んだ衣笠さん。水飛沫の中でも、『黄昏』が主砲を初月に向けたところが見えたのだ。せめて射軸をズラそうと、渾身の砲撃を放っていた。

 

「残念、ソレハコッチノ台詞ダ」

 

 初月に向いていた主砲が、突然衣笠さんに狙いを変えた。そして砲撃。衣笠さんの砲撃自体を呑み込んで、真っ直ぐ衣笠さんに向かっていく。撃った直後のせいで回避に転じることが相当難しい状況だった。

 

「我慢して!」

「ちょっ!?」

 

 そこに現れたのが、先程対潜攻撃で退避させられたヒトミだ。急浮上して衣笠さんの脚を掴んだ瞬間、艤装のことなど考えずに急速潜航。本来海上で活動する艦娘を水没させるのはどういう影響があるかは全く想像が付かないが、生きているのならまだ先がある。

 

「ウワ、ソレハ考エテナカッタ。咄嗟ニシテハヨクヤルネ」

 

 小さく笑みを浮かべた『黄昏』が憎たらしくて仕方なかった。感情的になってはいけないとわかっていても、手が震える程に怒りが湧き上がってくる。

 

「デモ、ジリ貧ナンジャナイカナ。ソレナラ、全員纏メテ」

 

 御高説を垂れていた瞬間、『黄昏』の背中が突然爆発した。それは砲撃でも何でもない。本来海上では使われない、()()()()()。そんなことがこの場で出来るのは1人しかいない。

 

 

 

「ゆるさない……ゆらおねぇちゃんをこんなにして……みんなを……みんなをいじめて……ゆるさない!」

 

 それは怒りに顔を歪めた松輪による一撃だった。

 



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怖がりの戦い

 太陽の姫の巫女『黄昏』の圧倒的な力の前に成す術もない実験部隊。至近距離での砲撃により由良さんが瀕死の重傷を負い、沖波は主砲を持てなくされ、衣笠さんは緊急回避のためにヒトミの力を借りて水没。私、陽炎も致命傷では無いが、尻尾による薙ぎ払いを脇腹にモロに喰らったことで吐き気に襲われている。

 

 小さく笑みを浮かべた『黄昏』が憎たらしくて仕方なかった。感情的になってはいけないとわかっていても、手が震える程に怒りが湧き上がってくる。

 

「デモ、ジリ貧ナンジャナイカナ。ソレナラ、全員纏メテ」

 

 御高説を垂れていた瞬間、『黄昏』の背中が突然爆発した。それは砲撃でも何でもない。本来海上では使われない、()()()()()。そんなことがこの場で出来るのは1人しかいない。

 

「ゆるさない……ゆらおねぇちゃんをこんなにして……みんなを……みんなをいじめて……ゆるさない!」

 

 それは怒りに顔を歪めた松輪による一撃だった。

 

 先程までは由良さんに抱きつかれて守られている状態だったが、今は違う。もう殆ど動けない由良さんを休ませて、その前に立っていた。少し息は荒く、涙目だが、『黄昏』の背中を睨みつけている。

 対潜特化の装備のため、まともに機能しそうな武器は爆雷のみ。だが、今は完璧な精度で『黄昏』の背後から投射し、見事に命中させて爆発を起こした。

 

「痛イネ。爆雷?」

 

 しかし、『黄昏』は殆ど無傷。深海棲艦の服はそれだけでも強固な装甲であるようで、レ級特有のパーカーも例外ではなく、巫女のそれなだけあってヤケに頑丈。背中を焼く程の爆発だったはずだが、少し汚れた程度で済んでいる辺り、本格的にまずい敵であることを実感する。

 爆雷が投げられ、怒りに満ちた幼女の声がした方を振り向く『黄昏』。視線が合った瞬間に松輪がビクッと震えた。許さないとは言ったものの、恐怖心が取り除かれたわけでもない。ただでさえ松輪は幼いのだ。仲間達が倒れていく戦場で、気丈に振る舞うには無理がある。

 

 だが、涙目でも松輪は『黄昏』から視線を外すことはしなかった。自分の後ろで倒れている由良さんを守るため、艦娘としてどうにか自分を奮い立たせて、震える脚を抑え付ける。

 

「守ラレテイルダケノ子供ジャナイノカ。今、許サナイッテ言ッタ?」

 

 瞬間、松輪の眼前に立っていた。あの瞬間移動のような高速移動は、私の脱力回避の応用に近いと思うのだが、全容がまだ掴めない。同じだとしても、私とは違う力の使い方なのだと思う。そこはもう菊月に任せるしかない。

 松輪が危ないと理解した瞬間に私は動き出していた。『黄昏』に追い付けるかはわからないが、小さな松輪の身体では、どんなことをされても致命傷は免れないだろう。ならば、松輪を守るためにもまず動く。考えている暇なんてない。内臓が揺らされたせいで本調子では無いが、松輪を救うためにも、すぐにでも動かなくては。

 

「僕ハ子供ニモ容赦ハシナイ。弱イナラシャシャリ出テコナイ方ガイイヨ」

 

 猛烈な蹴りが松輪に放たれた。尻尾でも砲撃でもなく、蹴りでどうにかしようとした辺り、奴は慢心しないだの容赦しないだの宣言している割には、松輪のことを子供だからと完全に見縊っている。

 しかし、松輪だって艦娘だ。覚悟を持ってここに立っている。こうなることを想定して爆雷を投げたはずだ。行き当たりばったりじゃない。本質を見抜く力を持っている松輪だからこその対抗策がある。

 

「ひっ……!」

 

 その蹴りを、紙一重でも無いくらいに大きく回避した。小さな悲鳴は聞こえたが、衝撃とかそういうのも受けていない。全くの無傷。

 そして、避けつつも顔面にぶつけるように爆雷を放っていた。背後からはパーカーに守られてダメージにすらならなかったが、真正面からならノーガードの顔がある。そのおかげか、即座に追撃されるようなことが無かった。

 

「ット、ソレハ小賢シインジャナイカ」

 

 その爆雷を軽く弾き飛ばして、改めて回避した松輪に追撃。蹴った脚をそのまま返し、方向を変えて再度蹴ろうとした。1発目は蹴り飛ばしだが、2発目は踏み付けるような一撃。

 

「ううっ!」

 

 しかし、それも空振り。海面を強く踏み付けるような形になったが、こちらも紙一重ではない大きな回避。そして、置き土産のように爆雷が放られていた。当然狙っているのは顔面である。

 ここまで来ると何かがおかしいと『黄昏』も感じ始めるだろう。松輪には()()()攻撃が当たらない。回避されるたびに爆雷による攻撃が繰り出される。

 

 私達と戦っている時とはまた違った動き。抵抗しているのではなく、ただただ()()()()()()ようにしか見えない。だからこそ、『黄昏』は妙に思っている。そんな奴に何故当たらないのだと。

 

「オ前、何ダ」

 

 またもや爆雷を払い退けたあと、近接攻撃が良くないと思ったのだろう、逃げる松輪に向けて主砲を構えた。あんなものを喰らったら、松輪の身体では衝撃だけでも致命傷だ。

 

 だが、その瞬間にまた顔面に向けて爆雷が放られていた。撃つ前に視界を遮るように投げ付けられているため、あの『黄昏』でもほんの少しだけ驚いていた。

 二度も三度も同じようなことが起きていれば、どうしても疑問に思うだろう。避けると同時に爆雷がそこにある。変わり身の術と言うのは大袈裟だが、まるで攻撃が来る方向が予測出来ているかのように、松輪は攻撃を()()()()()

 

「マタコレカ。同ジコトバカリ」

 

 砲撃をやめ、爆雷を払う。さっきから同じことを何度も何度もやらされているからか、『黄昏』にほんの少し苛立ちが見えたような気がした。嘗めていた相手がちょこまかと動き回り、自分の力が振るい切れない不完全燃焼な状態を続けさせられたことで、冷静さが少しずつ削られていく。

 立ち向かってくる私達に対しては対等な関係の敵として認識出来ていたからあの態度でいられたようだが、松輪は私達とは全く違うタイプなため、調子を狂わされている。戦場に出てきておいて逃げ腰というのは、確かになかなかいないタイプ。

 

「許サナイト言ッタ割ニハ、タダ逃ゲ回ルコトシカ出来ナインダナ。口ダケハ達者ナガキメ」

 

 今度は松輪の足下を爆破するかのように砲撃を放った。直撃狙いではなく、まずは足止めをしようと考えた結果だろう。少しだけ、ほんの少しだけ、ムキになっているようにすら見えた。

 爆発と同時にとんでもない大きさの水柱が立ち、松輪の姿が見えなくなる。

 

 はずだった。

 

「こ、こわい……っ」

 

 既に水柱から外れた位置に松輪はいた。私達のような見てから高速移動をしたわけでもなく、単純に()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 松輪は見ての通りとても内向的で怖がりで人見知り。相手のことをよく見てその本質を見抜くのも、この性質があるからだ。怖いからこそ慎重。勇気を出すまでに時間がかかる。でも、()()()()()()()()()()()()()()

 怖がりであるが故の、危機回避能力が異常にまで進化した自己防衛力特化。勇気を持って前に出た時点で、怖がりながらも全ての動きが自分にとっての最善となる。

 

 この追い詰められた状況で目覚めた、松輪の選ばれし者(M型異端児)としての才覚。松輪だって世界に選ばれた者なのだ。それがここで開花した。恐怖心と相乗りして、勇気で身体を奮い立たせて、自分とみんなを守る。

 

「コイツ……!」

 

 自らが作った水柱を目眩しに使い、それをぶち破るように突撃し、松輪に掴みかかろうとした。今までは見えていたから避けられていたのであって、見えないところからの攻撃なら当たると考えたのだろう。

 だが、松輪はあの海防艦。陸の上で無限大の体力を使って鬼ごっこを逃げ回ることが出来る子供達の内の1人。鬼ごっこが出来るということは、つまり()()()()()ということに他ならない。夕立のように何度もやっているのならいざ知らず、鬼ごっこという行為が初体験の『黄昏』には、そう簡単に捕まえられることではない。

 

「ひゃっ!」

 

 伸ばされた『黄昏』の手は空を切る。むしろ違うものを掴んでいた。松輪の首のつもりで掴んだものは、松輪がその場に置いてきた爆雷である。

 

「ナッ」

 

 そして、手放す暇すら与えず爆雷が爆発。今まで顔面に向けて投げられていた爆雷は、全て不発だった。近くに由良さんがいたというのもあっただろうが、これも松輪が無意識下で選択していたものかもしれない。

 爆発は『黄昏』の全身を焼くように拡がる。パーカーで守られていない素手を爆破したのだから、ダメージにもなっているはず。巫女の割には両腕が装甲に包まれていなかったのは気になるが、それが今回のダメージに繋がった。

 

「ッアアアッ! コノッ、ガキィ!」

 

 あれだけ冷静ぶっていた『黄昏』が、予想外の伏兵によるダメージで、ついに本性を現した。やはり元は戦艦レ級。半狂乱状態で、自らを焼く爆炎を振り払っていた。

 

 侮っていた松輪が予想外の反抗をしてきたので、冷静に見えた『黄昏』もムキになっていたのだと思う。放っておけばいいものを、松輪を殺すことに力を集中しようとしてしまった。それでも本気を出さずに小虫を潰すかのように摘み取ろうとしたのは、どう考えても慢心である。こんな子供に負けるわけないと、心の何処かで思っていたのだろう。

 私達を攻撃していた時の無敵のような強さは嘘のように失われ、最終的な結果がこれだった。海防艦が戦艦相手に一矢報いる大番狂わせ。まさにジャイアントキリング。

 

「今! 撤退撤退!」

 

 瞬間、衣笠さんが叫んだ。この隙を逃さず、この海域から離れることを優先した。『黄昏』にトドメを刺したい気持ちもあるが、ここで怒りに任せて深追いしたら、これ以上の損害が出てしまう。ただでさえ由良さんがかなり危険な状態であり、今からですら鎮守府まで間に合うかもわからない。

 

「逃ガサナイッテ、言ッタロ!」

 

 その声が聞こえたからか、爆炎を振り払いながらも尻尾からありったけの艦載機を発艦させていた。自分が動けない分を艦載機で補おうとこの場で思い付けるだけ、戦艦レ級としては賢い。

 

「僕が逃げ道を作る! 撤退に専念してくれ!」

 

 そしてそれに即座に対応するのが初月だ。どれだけ膨大な数の航空戦力を持ってこられようが、全てとは言わずとも逃げ道だけは確実に作り上げてくれる。

 酷い量の爆撃が所構わずバラ撒かれるものの、対空砲火により被害を最小限に食い止めてくれた。

 

「松輪!」

「お、おねぇちゃん……!」

 

 その場から撤退するため、まだ比較的無事な私が松輪の手を取り、すぐにそこから離れた。

 

「由良さんは菊月が運ぶ! 他の者は全力で下がれぇ!」

 

 この中でも傷が一番少ないであろう菊月が、倒れ伏す由良さんに近付き優しく運び上げる。衣笠さんも海中への緊急回避で艤装にガタが来ているし、初月は対空砲火に専念し続けている。手が空いているのは菊月だけとしか言えない。

 そこに浮上してきたヒトミも合わさり、『黄昏』から全員が離れることに成功した。

 

「来た、離れて!」

 

 衣笠さんがもう一度叫んだ瞬間、私達が撤退して孤立した『黄昏』を、護衛艦隊による強烈な空爆が呑み込んだ。それでも沈められるかはわからないが、逃げる時間を作るくらいは出来る。

 今までの戦い方から空爆をずっと出せなかったが、こうなってくれればようやく使える。私達に被害が無くなったところを見計ってくれた。

 

「……今ハ預ケル。次ハ全員殺ス」

 

 空爆の中から『黄昏』の声が聞こえた。この場はもう無理と判断したか、あちらからも深追いしてこなかった。空爆を受けることで冷静さを取り戻すとかなんて奴だと思ったが、逃がしてもらえるのなら逃げさせてもらおう。

 最後の松輪の一撃は、相当効いていたのかもしれない。これで慢心は完全に消されそうだが、今はあの存在がわかっただけでも良しとしよう。

 

 

 

 むしろ問題は由良さんだ。『黄昏』の主砲をほぼまともに喰らったようなものだ。ダメージが大きすぎる。早く治療しなくてはまずい。

 



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外れた道

 太陽の姫の巫女『黄昏』との戦いは、意外な伏兵である松輪の覚醒により大番狂わせが起こり、撃破は出来ずとも撤退することが出来た。『黄昏』は最後に次は全員殺すとまで言ってきたが、今はそんなことを気にしている余裕は無かった。

 まず怪我人が多い。私、陽炎も脇腹をやられたことでまだ吐き気が止まらず、沖波は腕を衝撃にやられて負傷。衣笠さんは緊急回避で水没することになったため、艤装にガタが出るほどに。

 そして一番の問題は由良さんだ。松輪を庇ったことで『黄昏』の砲撃をまともに喰らうことになってしまった。ヒトミによる体当たりで射線が少しズレたとしても、半身が焼かれ、血塗れになっている。今でも満身創痍であり、自分の足で撤退出来ずに菊月が運んでいる程だ。

 

「すぐに診せてください!」

 

 『黄昏』が追ってこないことを確認した後、護衛艦隊と合流。こちらの状況はアクィラさんが確認出来ていたらしく、すぐに速吸さんが由良さんの状態を確認してくれる。さすがに立ち止まっての診察はまずいということで、菊月が抱きかかえながら確認出来るところを手早く確認していく。少しでも鎮守府に近付きながらでないと、取り返しのつかないことになりかねない。

 当たり前だが、この海のど真ん中で治療出来るような道具は持っているわけもなく、そもそも速吸さんがそこまでの医療技術を持っているかどうかもわからない。

 

「ごめんなさい……あんな戦い方をされたら、空爆も仕掛けることが出来なくて……」

「ううん、あれは仕方ないよ。あの状況で爆撃があったら、多分こっちが巻き込まれてたから」

 

 戦闘に参加出来ず、私達が傷を負っていくのを見ていることしか出来なかった空母達が、悔しさを滲み出していた。特にアクィラさんは、鷲の目で常にこちらの状況を見ていたはずだ。隙さえあればすぐにでも空襲を仕掛けていたのだろうが、結局最後にしか繰り出せなかった。

 赤い海には近付かず、近接戦闘が出来るわけでも無いため遠くで見ていることしか出来なかった。空爆をしようにも、とんでもない速さで動き回り、さらには砲撃のみならず近接戦闘を頻繁に仕掛けてきたせいで、空爆していたら私達も巻き込まれていただろう。

 

「ゆらおねぇちゃん……たすかりますか……」

 

 かなり危険な状態の由良さんを触診している速吸さんに、松輪が縋り付くように問う。自分を守ったことでこうなってしまったのだと、ずっと泣きそうな顔で見ていた。

 さっきまではその力の覚醒により撤退の糸口を作ってくれた松輪だったが、安全な位置にまで来ることが出来たことで、張り詰めていた糸が切れてしまったように震えていた。

 

「……相当危険です。折れた骨が肺を傷付けているかもしれない。すぐにでも入渠しないといけないくらいの傷なのに、ここから鎮守府までは遠すぎます」

 

 全速力で鎮守府に戻ったとしてもギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際だと速吸さんは言う。

 

 遠くの戦場の弊害が今まさに出てしまっていた。万全の準備をしても、こういうことが起きてしまう可能性は常に付き纏っているのだ。軽傷ならいいし、重傷だとしても命に別状が無いのなら艤装のサポートで何とか鎮守府までは移動出来るが、今の由良さんはその段階を超えてしまっていた。

 

「ま、まつわが……まつわがもっとつよかったら……ゆらおねぇちゃんはこんなことに……ならなかったのに……」

 

 堪らず涙が溢れ出していた。あの時の松輪は、私達でも出来なかった『黄昏』の撃退をやってのけたわけだが、そのきっかけは由良さんの重傷。覚醒がもう少し早ければ由良さんはこんなことにはならなかったと、松輪は大きく悔やんでしまっている。

 そんなことは無い。『黄昏』が異常過ぎるというのが一番だ。誰も松輪のことを責めやしない。当事者である由良さんだって、松輪を守るために身体を張って、松輪を責めるようなことをするわけがないのだ。

 

「……松輪ちゃん……泣かないで……」

 

 か細い、とてもか細い声がした。息も絶え絶えの由良さんが、泣きじゃくる松輪に微笑みながら語りかけていた。

 

「大丈夫……由良はこんなことで……死なないから……」

 

 本当にギリギリなのに、松輪を悲しませないようにと痛みに耐えながら諭す。しかし、言葉とは裏腹に、由良さんは指一本動かせない。全く力を入れることが出来ず、完全に菊月に身を任せることになってしまっている。

 

「せめて止血をしましょう。垂れ流している状態はダメです」

 

 ズタズタになっているものを止血と言われてもどうしたものかと思ったが、速吸さんが着ていたジャージを脱ぐと、傷口に縛り付けて行く。鬱血するほどにまで強く締め付けたことで、由良さんが辛そうにくぐもった声を上げるが、死ぬよりはマシ。

 医療従事者だった速吸さんの的確な応急処置でどうにか延命する。これだけやっても鎮守府まで保つかはなんとも言えない。由良さんの気力はまだまだあるが、身体がそれについていってくれるかはわからないのだ。

 

 ここで、私としては最悪なことを思いついてしまった。本来なら私から考えてはいけないこと。強要されてもやってはいけないこと。

 

「……分霊して、巫女にすれば、怪我は治るんじゃあ……」

 

 私が()()()()だった時、夕立に対して分霊をした際に、抉れていた腕が治療されていった。分霊によって()()()()になるときは、十全の状態にするということを実証していた。

 今、ここまでの重傷を負っている由良さんだが、私が分霊をして()()()()()へと変えてしまえば、同じ効果が現れて傷が完治するのではないか。そう考えてしまった。

 

「……ダメだよ……それをしたら」

 

 私の呟きが聞こえたか、由良さんが今度は私に向けて語り出す。もう話すこともキツイはずなのに。

 

「由良は……耐えられる……誰にも悲しませない……だから……分霊はしなくていいから……ね。ねっ」

 

 激しい痛みに耐え、朦朧とする意識を繋ぎ止めながらも、由良さんは間違った考えに辿り着きそうになった私に対して、やんわりと正しい道を示してくれた。

 当たり前だが、この行為は由良さんの命を救うと同時に、由良さんの心を破壊する行為に他ならない。いや、壊れるかどうかはやったことがないのだからわかりやしないが、僅かにでも可能性があるのだから、絶対に選択してはいけない。

 

「由良さん、傷に障ります。今は静かに」

「……道を……踏み外しちゃダメ……ねっ」

 

 こんなギリギリな状態でも、私のことを思いやってくれていた。私の方が泣きそうだった。

 命を救うためという免罪符があるとはいえ、自分のモノにするというのは許されざる事。他ならぬ施術を受ける者がそれを諭してきたくらいなのだから、私は踏み止まらなくてはいけない。由良さんが、命を懸けて私を正しい道に戻してくれた。

 

「本当に危険だと思ったら、分霊も視野に入れます。でも、そんなことにはしません。この速吸が、必ず命を繋ぎ止めます。出来る限りの応急処置を続けますから」

 

 その時が来るかもしれない。そうならないことを祈るが、万が一の時には、私が最後の決断をすることになる。人のまま死んでもらうか、陽炎の巫女という()()()()()()()()()にするか。

 私に1人の命の行方を委ねられる。あまりにも重すぎるそれに、私は押し潰されそうになっていた。どちらも救われない道に、私は止まらない吐き気が悪化するような感覚に襲われる。

 

「鎮守府にはもう連絡してるわ。援軍としては間に合わなかったけど、怪我人が出た時のことを考えて動いてくれてるらしいから、どうにかしてくれるはずよ」

 

 アクィラさんがその辺りの根回しもしっかりしていた。だからだろう、もう遠くの方から何者かが猛スピードでこちらに来ているのが確認出来た。

 

「怪我人がいるって聞いたよ!」

 

 それは、大型の大発動艇を普通ではありえない速度で操縦している夕張さんだった。他にも援軍はいるらしいが、急患がいると伝えられたようで1人だけ先行してきてくれたようだ。今回は怪我人を運ぶためにここまで持ってきてくれたようだ。それにしても速すぎるくらいではある。

 そして、その怪我人が由良さんだと知るや否や、形容し難い表情をした。仲のいい友人が、出撃前とは変わり果てた姿で死にかけているのだ。そんな顔にもなる。

 

「由良!?」

「夕張さん、時間が惜しいのですぐに輸送を。速吸が相乗りして、応急処置を続けますので。必要な機材はありますか」

「必要かと思って、応急処置の道具と念のため輸血バッグとか」

「上出来です。処置を続けます」

 

 流石に乗せるのは動きながらでは難しい。一時的に止まって、大発動艇にゆっくりと乗せる。

 

「陽炎ちゃん、相乗りしてもらっていいですか」

「……うん。いざという時に分霊するためだよね。わかった」

 

 それもあるが、治療中に由良さんの身体を動かないように固定する役が欲しいとのこと。高速で駆け抜ける大発動艇は嫌でも揺れるし、邪魔でも艤装は外せない。装備していること自体が延命措置になっているのだから、外すわけにはいかないのだ。

 速吸さんと私が大発動艇に乗り込み、どれだけ速く動いてもビクともしないように固定する。その時、おずおずと、だが決意したような強い眼差しで、松輪が大発動艇に近付いてきた。

 

「は、はやすいおねぇちゃん、まつわもいっしょに、のせてください」

「……そうですね。由良さんの固定には2人いた方がいいでしょう。松輪ちゃんもお願いします」

「は、はいっ」

 

 ほんの少し迷った速吸さんだったが、松輪の今までにない程の強い意志を見て、一切の否定をせず松輪の便乗を許可した。

 私が右側、松輪が左側を支えて、由良さんを完全に固定する。こちらは艤装のアシストもあるのだから、海が荒れていても速吸さんの治療には支障をきたさない。

 

「夕張さん、オッケーです。最大戦速で鎮守府に戻ってください。あの速さからして、新型缶とタービンですよね」

「勿論。こういう時のために準備してきたんだから」

 

 整ったところで夕張さんに合図。小さく迂回させた後、鎮守府への海路を一直線に行けるように、一気に速度を上げた。小回りが利く私達でも本来出せないような速度を装備で実現しているらしく、猛烈な勢いで突き進んでいった。

 今の部隊ではこんな速度は出せない。その上で応急処置を進める速吸さんは、風やら何やらを何も気にしていないかのように手を動かしていた。念のためと持ってきてもらえた輸血バッグを使って足りなくなった血を補い、ただでさえ流れ出て行く血はどうにか止血。

 当然処置は由良さんに痛みを与えるが、死ぬよりはマシだと耐えてもらう。むしろ反応が無くなった時の方が怖い。

 

「ゆらおねぇちゃん……がんばって……がんばってください……」

 

 祈るように呟き続ける松輪。しかし、私の頭の中はそれどころでは無かった。私自身の問題にずっと向き合っていた。

 分霊が必要になったときに本当にするのか。由良さんは拒んだし、私が道から足を踏み外すことを良しとしなかった。だが、だからといって治せるのに見殺しにしていいのか。人として死ぬことを良しとしていいのか。

 

「陽炎ちゃん、その思いを無駄にしてあげます。さっきも言いましたが、この速吸が、由良さんを必ず助けます。これだけお膳立てが揃ったんですから、ギリギリ間に合わせますよ」

 

 もう身体中由良さんの血で塗れた速吸さんが、自信満々に言い放った。高速で動く大発動艇の上でも、速吸さんの手際は変わらない。出来ることが限られているとしても、それで最善を尽くすのだと手を止めなかった。

 

「……うん、お願い。私には決められない」

「陽炎の巫女なんて作り出しませんよ。それは貴女のためにもなりません」

 

 もう、全てを速吸さんに託すしか無かった。私は松輪と一緒に祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 由良さんが命を落としてしまったら、松輪も立ち直れなくなる。だから、助かってほしい。

 




この時の夕張は大発を装備するために改二特。タービン×1の新型缶×3で特大発装備。残り1つのスロットは適当な攻撃用装備だとしても、速度は高速+までしか行きません。最速と大発の併用は出来ず。



先日、またもや支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

昭和映画ポスター風。キャッチコピーがある感じがとてもそれっぽいですね。


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命を繋ぐ

 出来る限りの速度で援軍として来てくれた夕張さんの大発動艇で、命の危険に晒されている由良さんを輸送。猛烈なスピードで海上を駆け抜ける中、速吸さんによる応急処置も続く。

 私、陽炎は松輪と共に、速吸さんの処置に支障をきたさないように、揺れる大発動艇の上でも由良さんの身体を固定していた。処置している速吸さんは勿論、私と松輪も由良さんから流れる血で真っ赤に染まってしまっている。

 

「全速力だけど大丈夫!? スピード落とした方がいい!?」

 

 大発動艇を操縦している夕張さんが後ろも向かずに叫ぶように速吸さんに問うた。

 速度は相当なもので、どうしても髪が靡いてしまう。速吸さんは髪が短いのでまだ何とかなっているが、私と松輪にはちょっと辛い。だが、髪に触れるわけにもいかなかった。両手で支えておかないと、その揺れで手元が狂いかねない。

 

「大丈夫です! 2人のおかげで処置が順調に進んでいますから!」

「なら、このまま行くからね!?」

「構いません!」

 

 止血をし、流れた分の血を輸血し、そして意識を失わないように声をかけながら、由良さんの命を延ばしていく。それでもギリギリだ。何もしていなかったらもうダメだったかもしれないが、速吸さんのおかげでまだ先がある。

 声掛けをしているのは松輪だ。由良さんの耳元で、涙ながらに応援している。由良さんもそれに応えるように、か細いながらも返事をしていた。それが出来ている間は大丈夫。

 

「輸血のおかげで、鎮守府まではギリギリ行けると思います。問題は、艤装を外した瞬間です」

 

 艦娘の特性として、艤装を装備しているから痛覚などがある程度抑えられている状態。艤装を下ろしてから少しの猶予があるとはいえ、ここまで激しい怪我をしていると、その猶予の間でもえらいことになりかねない。

 艤装を外すのはドックの真横で無ければならないくらいに逼迫している。最悪、艤装に抑え込んでもらっている激痛に襲われて、それが原因でショック死なんてことまであり得てしまう。

 

「艤装を外して、短い猶予の間にドックに入ってもらい、妖精さんに処置をしてもらいます。手荒な真似をするつもりはありませんが、多少強引になるかもしれません」

「それが最後の勝負所ってことだよね」

「そうです。その時には消耗もピークになっているでしょう。艤装を外すということは、一番有用性の高い延命措置が失われるということですから」

 

 応急処置を続けながら淡々と話すが、速吸さんも大分緊張しているのが見て取れた。私も固唾を呑むほどである。

 

「今のうちにどうしていくかを伝えておきます。とにかく時間が無いです。陽炎ちゃん、鎮守府でも手伝ってください」

「了解。本当にまずいと思ったら言って。分霊まで考えておくから」

「……そうですね。でも、そんなことは絶対に起きません。消耗はピークだとしても、適切な処置と順序さえ守れば、命を落とすことはあり得ません。これは自信を持って伝えられます」

 

 いつになく強気に話す。そうでもしなくては折れてしまいそうだからだとすぐにわかった。

 だからこそ、私も余計な不安は振り払った。分霊は最後の手段だが、それに手を出すことは無い。絶対に無い。そう信じて、運命の時を待った。

 

 

 

 ギリギリの状態を維持して、ついに鎮守府に到着。もう大発動艇の中も血塗れ。私と松輪は支え続けていたことで消耗が激しく、速吸さんもかなりキツそうにしていた。

 だが、張本人である由良さんはもっと苦しいはずだ。輸血していても顔色は悪く、松輪の声に対する反応も徐々に鈍くなっていた。鎮守府に到着した安心感で意識を手放すようなことが無いように、無事だった方の手を松輪が握り締め、より一層声をかけ続けている。

 

「ゆらおねぇちゃん、ちんじゅふですっ、もう、だいじょうぶですっ」

 

 そんな声にも、あまり強く反応しない。視線だけを向けて、小さく微笑んでいるだけ。動けば動いただけ血は流れてしまうし、じっとしていたらそのまま意識を失ってしまいそうなため、体力の温存のためにも必要最低限の動きしか出来なかった。

 最大戦速で工廠に突っ込むわけにもいかないので、徐々に減速。この時間すらもどかしかった。こうしている間にも由良さんの命は死へと向かってしまうのだ。ギリギリでも向こう側に()ってしまったら、もう戻ってこれない。

 

「陽炎ちゃん、いいですね。何度も言いますが、ここからはスピード勝負です。艤装的には陽炎ちゃんの方が力が出るので」

「うん、大丈夫。ドックの位置はちゃんと把握してるし、夕張さんもいるからね」

 

 状況説明なんてしている余裕は無い。空城司令もこれは察してくれるはず。先に工廠に入った夕張さんが手短に説明してくれていたおかげで、スムーズに事を成すことが出来そうだ。

 艤装を外すのは、整備班である夕張さんが一番得意であり早い。ドックの真横で手早く艤装を解除し、猶予があるうちに中に入ってもらう。たったそれだけだが、緊張感が半端ない。

 夕張さんの説明を聞いた途端、司令としーちゃんもドックの方に走り出した。先んじてそちらの準備をしてくれておけば、より早く終わらせられる。

 

「オーライ、オーライ、止まった! ドックへ!」

 

 夕張さんが慎重に横付けしてくれたおかげで、最短距離を確保。ここからは私の仕事だ。松輪に手を離してもらい、由良さんをなるべく担ぎ上げる。艤装のおかげで人1人を運ぶことくらいなら辛くもない。

 一番やりやすかったのは、正面からの抱っこ。艤装も邪魔にならないし、振動もなるべく抑えて走ることが出来る。由良さんは力なく私にもたれかかるが、耳元で呼吸が聞こえるし、心臓が動いていることはすぐにわかるため、そういう意味でも安心出来る。

 

「少しだけ我慢して。すぐに運ぶから」

「……お願い……ねっ」

 

 絞り出すような声だった。由良さんも限界ギリギリである。艤装を装備していてもこれなのだ。本当に時間が無い。

 命を落としてしまったら、分霊自体ももう出来ない。決断の時は迫っているのはわかる。だが、間に合わせればいいだけの話だ。

 

 丁寧に、だが迅速に、由良さんをドックまて運ぶ。私の隣を夕張さんが、それを追うように速吸さんと松輪もついてきてくれた。もし何かがあったとしても、サポートしてもらえる。

 

「こっちだ! もう全部準備はしてある!」

 

 空城司令の声が響く。あと少し。足下に気を付けながら駆け抜ける。

 

「陽炎、そこでストップ! 艤装を剥がすから、みんな離れて!」

 

 ここで夕張さんが艤装の解除。今回は時間が無いので、かなり雑に外すとのこと。そのため、散らばることも考えて周りから人を離れさせた。今でこそ装備しているからこうやって持てるのであって、落ちたパーツなりが直撃したら本当に危ない。特に今はここに空城司令やしーちゃんまでいるのだ。全ての安全も確保しなければ。

 

「陽炎、うまいこと支えておいてよ。このまま落とすから、足も気をつけて」

 

 装備から外した後、そのまま真下に落ちると言っているわけだ。確かに姿勢次第では私の足が艤装に潰される。

 由良さんを突き出すように抱え上げ、夕張さんに艤装を託す。やはり正面から抱っこする形で運んだのは大正解だった。由良さんと艤装との接続部分が弄りやすいようで、あっという間に解除してくれた。ガシャンと音を立てて艤装が落ちる。

 

「っあ……!?」

 

 途端に由良さんが苦しみ出した。艤装により抑え込まれていた痛覚が徐々に戻ってくるため、猶予があるにしてもゆっくりと痛みが強くなっていく。

 か細い声で反応が薄いよりは生を実感出来るが、これが最後の灯火となってしまう可能性もあるのだ。それに、痛みで悶え苦しむ姿は見たくない。

 

「もう少しだから!」

 

 あと数歩でドックの中に入れられる。苦しむ由良さんの声が耳元で響くが、それで私が焦っていては、その分時間がかかってしまう。あくまでも平常心。確実に、丁寧に、だが迅速に、残りの数歩を歩む。

 チラリと見えたドックの端で、妖精さん達が待ち構えていた。工事現場の如く忙しなく動き回り、由良さんが入った瞬間からフル稼働して命を繋ごうとしてくれていた。この辺りの準備をしてもらうために、司令としーちゃんが急いでくれたのだとわかる。

 

「っあっ、ぅっ……」

「耐えて、耐えて!」

 

 徐々に痛みに対する吐息もか細くなってくる。脈も小さくなってきた。これは本当にまずい。私も泣きそうだったが、それでも焦ってはいけない。

 妖精さんの助けも借り、ドックの中に由良さんを寝かせる。まだ息はある。虫の息なのはわかるが、まだ0じゃない。生きているのならそれでいい。間に合え間に合えと心の中で祈りながら、それでも放り込むような雑なことはせずに、全神経を集中して由良さんを妖精さんに託した。

 

「ドックを閉める! すぐに離れな!」

 

 司令に言われ、すぐに離れた。その時、最後に見えた妖精さんが任せろと言わんばかりの顔で親指を立てていた。もう私達にはどうもしようがない。全部任せるしかないのだ。

 ドックが閉まったことで、由良さんの姿は私達から見えなくなる。こうなってしまったら、中で実は息絶えていましたと言われてもわからない。

 

「……もう、大丈夫なのかな」

 

 私も絞り出すような声だった。願いを込めた一言。

 

「ああ、妖精は命の維持には一家言ある。ドックの中で死ぬようなことはない。死んでいなければここから確実に治療してくれる」

 

 つまり、

 

「アンタ達の勝ちだ。由良の命は繋がった。時間はかかるだろうが、由良は治療されて帰ってくるよ」

 

 もう歓声すら無かった。ただただ疲れた。安心感から力が抜け、膝から崩れ落ちた。

 身体は由良さんの血で塗れ、変に力んでいたせいで手も震えている。そして、堪えていた涙が溢れ出た。死による終わりでもなく、分霊による間違った治療でもなく、艦娘としての由良さんを繋ぐことが出来たのがとても嬉しい。

 

「ゆらおねぇちゃん……たすかったんですか……?」

「ああ、もう大丈夫だ。あとは妖精が全部やってくれる。明日の朝には全部治ってるさね」

 

 司令の言葉に松輪も決壊。わんわん泣きながら由良さんの無事を喜んだ。

 

「本当に良かった……分霊での治療なんてすることにならなくて」

「大分ギリギリでしたが、何とかなって良かったです」

 

 速吸さんも疲れ果てた顔で笑っていた。大発動艇の上で延々と応急処置を施し続けてくれた速吸さんが、今回のMVPだ。私達だけでは由良さんは救えなかった。それこそ、分霊で巫女にすることで治療していた可能性が高い。

 

「アンタ達も疲れたろう。もう安心していいから、休んできな。残りの部隊は後から帰ってくるだろうから、話は後から聞かせてもらうよ」

「了解……松輪、行こっか」

「えぐ……ぁい……よかった、よかったよぉ……」

 

 まだ涙が止まらなそうな松輪を抱きかかえ、私達は休息のためお風呂へ。速吸さんも今回ばかりは説明は後にすると、私達についてきた。みんな血塗れだったが、すぐに洗い流せる。身も心も清めて、由良さんの回復を待とう。

 

 お風呂の中で、泣き疲れたか松輪は眠ってしまった。私もかなりキていたが、せめて部隊のみんなが帰ってくるまでは起きていたかった。松輪は私から離れてくれなそうだったので、今はこうしておいてあげよう。松輪も頑張ってくれたのだから、今はゆっくり休むべき。

 

 

 

 実験自体は成功と見ていいだろうが、最後の巫女と見てもいい『黄昏』の登場により、新たに考えなくてはいけないことが増えてしまった。

 インナーのおかげで赤い海に入れるようにはなったので、全艦娘が出撃可能になった。『黄昏』撃破も視野に入れつつの最終決戦は、もうそろそろである。

 

 だが、まずは由良さんの回復を待とう。それが今一番の望みだ。

 




先日、またもや支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88331290
MMD静画のアイキャッチ風夕立。笑顔で主砲を構える戦闘狂。それでこそ夕立。


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救われた命

 瀕死の状態だった由良さんの入渠は無事完了。本当にギリギリだったが、私、陽炎の分霊による巫女化を使わずに治療が出来ることが確定したのはありがたかった。人としての死か人を捨てさせての生を、私の手に委ねられるのは流石にキツかった。内心物凄くホッとしている。

 入渠自体が完了するのは明日の朝では無いかという計算に。一晩で死にかけの身体を完治させることが出来るとは、相変わらず妖精さんの力は凄まじい。ドックを閉じる時に、妖精さんが任せろと言わんばかりに親指を立てていたのが印象的だった。

 

 お風呂の後、松輪はまだ目を覚ましそうにないので、速吸さんや夕張さんにも手伝ってもらって服を着せ、私が抱きかかえたまま工廠へ。その頃には、私達が置いてきてしまった実験部隊と護衛艦隊も帰投が完了していた。

 由良さんが無事入渠出来たことを知り、みんながみんな安堵の息を吐いていた。私達と同様にどっと疲れが来たか、フラつく者まで。

 

「後から話を聞く。アンタ達はまずは休みな。沖波、アンタは入渠だ」

「はい……すぐに向かいます」

 

 沖波は『黄昏』の砲撃の衝撃で、武器が持てない程にダメージを受けてしまっている。命に別状は無いにしろ、かなり大きなダメージのため、すぐに入渠が必要だろう。

 

「司令官、陽炎もいることだし、先に実験の成果を見てもらっていいだろうか」

 

 菊月が進言。疲れているだろうが、菊月としては新型のインナーであるために結果が早く知りたいようである。同じようにヒトミも小さく挙手してアピールしてきた。

 

「アンタ達がいいならやっておこうか。陽炎、いいかい」

「了解。じゃあさくっと見させてもらうよ」

 

 片手が使えればいいので、松輪を抱きかかえながらまずは菊月の魂を確認。しーちゃんの憶測ではあったが、現場でも菊月は侵食を受けている感覚は無いと言っていた。胸さえしっかりと覆っていれば魂は守られると考えていいかは、この結果次第。

 魂の確認も手慣れたもので、真っ直ぐ指を突き入れ、そのまま魂に触れる。前回のインナーでも綺麗なものだったが、今回も穢れ1つ無い綺麗なものだった。水着型でも効果的であることがこれで証明されたわけだ。

 

「菊月はオッケー。綺麗なもんだよ」

「なら……次は私を……」

 

 今度はヒトミ。海上と海中では影響がかなり違うことは既に実証されていること。今回は沈没船にまで近付いたわけではないが、()()()()()()()()という時点で何かが違う可能性はある。

 ヒトミの胸に指を突き入れ、魂に触れた。ヒトミも以前に治療をしているため、前回どのような状態で終わっているかは覚えている。今見た感じ、その時から何ら変わらない綺麗なものである。海中でもインナーは効果的だ。

 

「ヒトミも大丈夫だったよ」

 

 ほんの少しだけヒトミがガッカリしたような顔をしたが、そこは触れないことにする。イヨがやたらとバラそうとする()()()が何なのかは、あれだけ言われればわかることだし。というか、実験は成功したんだからもう少し表に出さない努力をしなさい。

 

「なら、あとは由良の状態が確認出来ればこのインナーの量産を進めていくことにする。タイムリミットは近付いてきているが、それでもまだ時間はある。それまでに全て用意するよ」

 

 由良さんも現場で何も感じなかったと言っていたので、おそらく大丈夫だったと考えていい。実際に見てみなければわからないが、8割方成功と見ていいだろう。

 これで実験が終わってくれたのはよかった。またあの場所に行けと言われても、正直もう実験は難しいと思う。『黄昏』が確実にこちらを狙ってくるだろう。今回以上に危険な戦いになるであろう場所で実験なんてもう出来やしない。

 

「話は後から聞こう。アクィラ、頼めるかい」

Volentieri(了解)

 

 鷲の目で見ていたアクィラさんが一番説明が出来るだろう。私は松輪のこともあるし、ここは一番理解力のあるアクィラさんに任せよう。今日はちょっと疲れすぎている。

 

 その日は松輪があまりにも疲れていたので、私の部屋で眠ってもらうことにした。なんとか夕食の時には目を覚ましたのだが、食べたらまたうつらうつらし始めてしまったので、一緒にいた方がいいだろうということに。

 沖波が念のため一晩ドックで過ごすということで、今回は久々に松輪を抱き枕にして眠ることになった。なんだか物凄く深く気持ちよく眠れた気がする。

 

 

 

 翌朝、私達が目を覚ました時には沖波帰還。しかし、由良さんの入渠はまだ終わっていなかったという。やはりあれだけの重傷を負ってしまったら、簡単には治療は終わらないようである。計算は計算、多少ズレるのは当然のこと。

 それでも治療中ということは、そのまま残念ながらもう目覚めないということにはなっていないので、少しだけ安心している。時間をかければ元に戻る保証があるということに他ならないからだ。

 

「大丈夫、由良さんはもう少ししたら目を覚ますから、それまでは待ってようね」

「……はい」

 

 目覚めてから由良さんが心配で仕方ない松輪。私の手を離さず、いつも以上に俯いている。元気な姿を見ない限り、ずっと不安を抱えることになるだろう。

 確実に完治するとわかっていても、今目を覚ましていないのだからこうなってしまうのも仕方ない。ただでさえ松輪は子供なのだから、そう考えてしまうのは無理もないのだ。

 

「朝御飯を食べたらきっと終わってるよ。松輪ちゃん、みんなで一緒に待とうね」

「……ゆらおねぇちゃんは……だいじょうぶですよね……」

「勿論。私が目を覚ました時には、もう9割くらい終わってるって言ってたからね。もうちょっとだよ」

 

 現場を知っている沖波も慰めた。私達の言葉よりも、そこを見た沖波の言葉なのだから、信憑性が高い。松輪もそれで納得はしたようで、表情は浮かないものの朝御飯を食べることが出来た。

 

 そしてその後は私の手を引きつつ工廠へ。気が気でないようで、ドックの横で待ちたいと、ここに来て初めて我儘を言った。空城司令は快く了承。私も由良さんが目を覚ましたら魂の確認をする必要があるため、松輪と一緒にいてあげればいいと許可された。

 今日は元々、実験部隊は全員お休みの予定。危険なところにいなければ何をしていてもいいような日だ。由良さんが目覚めるまで待機していても、何も問題が無い。

 

「ゆらおねぇちゃん……」

 

 ドックの前で今にも泣きそうな顔で立ち尽くしている。治療が終わるのを今か今かと待ち続けている姿は、やはり痛々しかった。かける声も無く、せめて側にいてあげようと手を繋ぐ。

 その手はずっと震えていた。大丈夫とわかっていても、不安で頭がいっぱい。松輪は最年少に近い子供なのだから、こんな状態で1人でいられるわけがない。

 

 そんな中、ドックの隙間からひょっこりと妖精さんが現れた。私達の姿を見たことで、満面の笑みで親指を立てた。無事治療が終わったということだろう。その姿を見て、松輪はどうしていいかわからないような素振りで私の方を見てきた。

 

「無事に終わったってことだよ。もう少ししたら、由良さんの元気な姿が見られるからね」

「は、はいっ、まつわ、まちます」

 

 その瞬間が近いとわかって、不安から緊張感に変化。ドキドキしながら由良さんの目覚めを待つことになった。

 ドックを開けるには司令の許可が必要。それまでの時間が無限のような時間に思えるのだろう。早く早くと落ち着いていられないようで、司令が来るであろう工廠の入り口を見たり、ドックをまた見たりと忙しない。

 

 そこから少しして、空城司令としーちゃんが工廠にやってきた。ずっとここにいた私達にはわからなかったが、妖精さんから何かしらの手段で報告があったようだ。

 司令の姿を見た瞬間、松輪が大きく反応したのは言うまでもない。無事な姿がようやく見られると喜び半分、本当に無事かもわからないため不安半分と言ったところ。

 

「治療完了だ」

 

 空城司令の許可でドックが開いた。その中から出てきたのは、あの時の大惨事が嘘だったかのような綺麗な身体になった由良さん。もう大怪我を負っていたという痕跡も無い。

 見た目ではわからないが、内臓や骨も全て完治している。死にかけが健康体になるのだから、これはもう魔法の類としか思えない。

 

 これで初めて、松輪から不安が全て取り除かれた。

 

「由良、気分はどうだい。何か不備は」

「うん、何も無いみたい。大丈夫ですね」

 

 抉られて酷いことになっていた腕を伸ばして、綺麗になったことを確認する。指も手首も肘も動くようで、後遺症なんてものも残らない。あの時の疲れすらも無いのだから、入渠により出撃前の状態に戻ったと言える。

 

「ゆらおねぇちゃん……っ」

「松輪ちゃん、心配してくれたんだね。ありがとう。もう由良は大丈夫だからね。ねっ」

 

 ドックに飛び込もうとした松輪を今は静止しておく。感極まるのはわかるが、服とかを着た後に思う存分甘えればいい。

 しーちゃんが用意してくれていた服をさっと着た後、待ちに待っていた松輪を抱き上げた。

 

「ほら、もう大丈夫でしょ?」

「はい、はい、ゆらおねぇちゃん、よかったぁ……!」

 

 堪えていた涙がまた溢れ出し、無事を喜びながらも大泣きしてしまう松輪。それを抱きしめて、背中を摩りながらあやす由良さん。

 

「由良、すまないがまずは魂を見せてもらっていいかい」

「あ、そっか、実験の成果。陽炎ちゃん、お願い出来るかな」

「うん、ちょっと正面を見せて」

 

 松輪には少しだけ退いてもらって、手早く由良さんの魂を確認。これで上手く行っていたら、D型異端児も戦線に投入出来るようになる。

 由良さんの魂はD型なだけあって、菊月やヒトミとは少し違う。それでも穢れは一切無い綺麗なものだった。一度治療した時に見たときと同じ。

 

「オッケー。綺麗な魂だよ」

「なら、インナーは2作目にして大成功というわけだ。量産を進められるね」

 

 最初の沖波の思い付きがこうも上手く行くとは思わなかった。私の魂の匂いを封じ込める処理が、瘴気を跳ね返す効能があるなんてパッとは思い付かない。オカルトにはオカルトをぶつけるという考えが綺麗に決まった。

 

「由良、今日は念のため休むといい。松輪を見ておいてくれるかい」

「了解、松輪ちゃんには心配をかけちゃったし、今日は1日一緒にいます」

「そうしてやってくれ」

 

 松輪が離れそうにないので、2人は揃ってお休みということになる。今は松輪のためにも、2人で仲良く休んでもらいたいところだ。

 

 

 

 由良さんの件が終わったことで、一緒に休みとなっている沖波と合流。今日は丸一日資料室で読書のつもりらしい。最近出来ていなかったから、蔵書も増えていると何やらツヤツヤしている。

 

「そっか、由良さん治ったんだね」

「うん、それに魂の穢れも無かったよ。あのインナー、大成功みたい」

「ならみんなで最終決戦に行けるんだね。あんな思い付きだったけど、上手く行ってよかった」

 

 これは喜ばしいこと。D型異端児は赤い海に入った時点で相当危険なのだが、それを回避出来るということは、鎮守府の全戦力を投入しても問題ないということ。M型も混ざっている磯波や貴重な航空戦力である天城さんが戦線に立てることは、作戦を立てるのも楽になるだろう。

 

「今も夕立ちゃんが村雨ちゃんをしごいてたよ。みんなで一緒に行くんだーって」

「はは、夕立らしいや。夕立も一緒に行けることがわかったんだから、やる気も出るよね」

 

 村雨の強化も進んでいるようだ。私達が実験であの海域に向かっている間も、下手したら私達以上にハードな訓練を続けていたのだ。タイムリミットまでには仕上がるのでは無いだろうか。

 

「私も、M型異端児として頑張るよ。ひーちゃんと一緒にね」

「そうだね。一緒に頑張ろ。M型異端児はキーパーソンだからさ」

 

 太陽の姫にはM型異端児の攻撃しか効果がない可能性がある。それを考えれば、私も沖波も戦線の一番重要なところに置かれることが確定している。特に私は対となる者。キーパーソン中のキーパーソンである。

 

 これだけ準備が出来れば、あとは最終決戦まで研鑽を続け、最善の結果を掴み取るだけだ。

 




先日、またもや支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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https://www.pixiv.net/artworks/88359509
MMD静画のアイキャッチ風磯波。花壇で育てている花を花束に。磯波is天使。


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期待の新人

 由良さんの入渠が終わり、命の危険がある程の重傷が完治したことで、鎮守府は改めて最終決戦への準備が始まった。

 やらなくてはいけないのは大まかに3つ。1つ、対策インナーの量産。2つ、村雨と長門さんの特訓。そして3つ、新たに浮上した『黄昏』対策となる。

 

 まず1つ目、すぐにでもどうにかしなくてはいけない対策インナーだが、2度の実験により瘴気に対して効果的であると判断されたことで、鎮守府に所属する艦娘からM型異端児を省いた人数分量産している。

 全てが本人にピッタリ合うように作られたオーダーメイド品。全身を覆う形から、腕や脚の分が不要となった水着型に変更出来たおかげで、予想では1日に8人分近くは作れるらしい。人数的には約5日、まずは今日1日D型異端児の分を作っていくそうだ。

 

「夕立達が最初に貰えるっぽい?」

「みたいですね。万が一の時にD型異端児は侵食が早いですから」

 

 昼食の場での話題はやはりそれ。やる気満々の夕立と、いろいろと恨みがある萩風は、先に貰えることを喜んでいた。もし何らかの事情があって、全員に行き渡る前に決戦になってしまった場合でも、真っ先にインナーが貰えていれば確実に戦場に出ることが出来る。

 磯波もあまり態度には出さないが、それなりに嬉しそうではあった。太陽の姫に対して心の底から憎いと言い放っただけある。真っ先に出撃出来るようになるのはありがたいところ。

 

「そしたら、むーさんと一緒に戦えるね!」

「え、ああ、うん、そうね」

 

 村雨に話を振った。その村雨はというと、午前中の訓練が相当厳しかったのか、食べながらも少しグッタリしていた。薬湯で体力回復は出来ているようだが、精神的に少し疲れが溜まってきているようである。

 2つ目、村雨と長門さんの特訓も、今のところはすこぶる順調のようだ。誰からもスパルタ教育されている村雨だが、そのおかげでメキメキと強くなっているようで何より。

 

「明日はお休みっぽい。だから、今日までファイトっぽーい」

「もう少しお手柔らかにお願いしたいわ……今の私が夕立と同じ程度でやれるわけないでしょうに」

 

 特に鬼教官となっているのは夕立のようだ。まだ艦娘として戦えるようになったのが数日前だというのに、自分についてこれるように最初から飛ばしているせいで、村雨としては迷惑を被っているのではないだろうか。急ピッチな訓練が必要かもしれないが、段階というのはある。

 

「姉さん、村雨さんはこんなこと言ってますが、夕立さんに普通についていっていますので、別に容赦しなくてもいいです」

 

 萩風の発言に驚きそうになった。たった数日で夕立に追いつけるとか、どれだけ才能があるというのだ。ついていくだけで必死かもしれないが、必死になれば追いつけるということが恐ろしい。そう言われてしまうと、訓練も容赦なくていいのではと思えてしまう。

 

「えー、村雨それは凄いじゃんさ」

「その結果がこれなんだけど……足腰立たなくなるまでしごかれてるんだから」

「いや、それでも追いつけてるって凄いことだよ。私、村雨くらいの日数の時、やっと主砲での戦い方がわかってきたくらいだもん」

 

 こんな相手なら教え甲斐があるだろう。雷撃訓練の木曾さんとか、やりたい放題やってツヤツヤしてそう。

 

「まぁ明日が休みなら今日は頑張ろうね」

「それは、うん、そうね。私だって戦いたいもの。仇を討たないと」

 

 村雨だって太陽の姫のせいで全てを失っているのだ。戦えるものなら無理をしてでも戦いたいというのが本音。そしてその力も持っているのだから、努力しないわけにはいかない。詰め込めるだけ詰め込んで、あの戦場に艦娘として立ちたいと思って当然だった。

 立場は違えど、村雨の気持ちは痛いほどわかる。だから、その努力を応援したい。手伝えることがあれば、出来る限り手伝ってあげよう。

 

「インナーは今も量産中で、村雨もモリモリ強くなってるからまぁ良し。あとは『黄昏』かぁ……インナーがあれば全員で出撃出来るからいいけど、あれは厄介だよなぁ」

 

 問題の3つ目、『黄昏』対策。戦艦レ級が巫女になっているなんて想定外すぎた。あの時の部隊では、まず間違いなく勝ち目が無いような敵。松輪が覚醒してくれたおかげで撤退が出来たが、それが無ければ残念ながら全滅だっただろう。それくらいに洒落にならない相手だった。

 私、陽炎まで含めた今までの巫女の中で、一番の性能を持っているのではないかとまで思える。というか、今までの巫女のノウハウを全部結集したようなスペック。

 

「『黄昏』……? 初耳なんだけど」

 

 村雨がそう言うということは、あの『黄昏』はつい最近生まれた巫女であると考えられる。『雲』が知らない巫女というのはいるかもしれないが、太陽の姫をあんな感じに守っている巫女のことを知らないわけが無い。

 それが戦艦レ級が巫女になっていたと話すと、現場にいなかった夕立達は勿論のこと、太陽の姫のことについて最も詳しいであろう村雨までもが驚いていた。

 

「え、それはどう考えてもおかしいわよ。レ級とかいうのはアレでしょ、黒いパーカーの子」

「そうだね。狂った笑い方するような奴。『黄昏』はそういうことすら無かったけど」

「分霊は人間にしか出来なかったはずだもの。レ級は人間の要素無いから、普通なら分霊なんて出来ない」

 

 少なくとも、『雲』は人間にしか分霊が出来ないということのようである。なら、太陽の姫はまたオリジナルな分、特別な力を持っているのかもしれない。

 M型異端児に対して分霊が出来るという滅茶苦茶な力を持ち合わせているのも太陽の姫なわけだし、知らないだけで元から出来たのかもしれない。巫女には見せていないだけで。

 

「あのレ級は特別製なんじゃないかな」

「そう考えるしかないね。でも、巫女の力使えるレ級ってだけで相当ヤバいよ。分霊とかはしてこなかったけどさ」

 

 奴がどんな存在かは一旦置いておいて、奴にどうやって勝つかの話。少なくとも、駆逐艦でどうにかなる相手では無いというのは確かである。

 異常な回避性能、耐久力もあり、遠近両方の戦いが出来る。正直隙が見当たらないレベル。あの時は慢心故に松輪を嘗めてかかってくれたから隙が生まれただけであり、今ならそれも失われているだろう。ただでさえ敵わないような奴が、より強敵になってしまった。

 

「それはそこまで心配してないっぽい」

「勝算があるわけ?」

「うん。夕立だけだとダメかもしれないけど、その『黄昏』とかいうのに適した人がいるっぽい!」

 

 その人こそが、今も訓練の後だというのに食堂の手伝いまでやっている長門さんである。下手をしたら村雨よりもハードな訓練を続けているというのに、ピンピンしていた。大人とかそういうのはあまり関係無いと思う。長門さんが特別強靭なのでは無いだろうか。

 

「ながもんさん、むーさんよりヤバいよ。教官がとんでもない人ばっかりだもん。それに、やっぱりあの痴女の経験が活きてるのかも」

「言い方」

 

 長門さんの教官は、鎮守府の守護者である間宮さんに伊良湖さん、そして陸戦最強の援軍神州丸さん。そこに艤装姉妹の陸奥さんまで加わり、その技を丁寧に教え込まれているわけだ。確かにヤバい。

 それに、南方棲戦姫だった時の、艤装の形や主砲の扱い方は違えど海面に足を着けて2本の脚で立ち、その大きな反動を抑え込みながら戦っていたという経験は、今もしっかりと活かせていそうである。

 

「やっぱりレ級には戦艦をぶつけるのが一番手っ取り早いっぽい。ながもんさんが()()したら、その『黄昏』とかいうのにもぽぽいのぽいっぽい」

「夕立、あまりプレッシャーをかけないでくれないか」

 

 流石にここまで話していたら長門さんにも聞こえてしまうだろう。手伝いに少し手が空いたか、こちらの話に入ってくる。夕立の持ち上げに少し恥ずかしげだが、嫌な気分では無いようだ。

 

「夕立は嘘ついてないっぽい。むっちゃんさんと、親分と、ながもんさん、それに今はネルソンターッチがあるから、向かうところ敵無しっぽいよ」

「そこに並び立つにはまだまだ先は長いんだ。今から煽てるのはやめておいてくれ」

 

 謙虚な長門さん。だが、艦娘としての訓練を始めてから、明らかに身体つきが変わったのが見て取れる。ぱっと見筋肉質というわけではなく、全体的に鍛えられているというか、引き締まっているというか。流石艦娘、成果がすぐに出るだけあった。

 というか、夕立がここまですぐに認めるくらいなのだから、長門さんは相当やると思われる。プレッシャーに繋がらないように表には出さないが、これは期待したいところだ。期待の新人の力で、戦艦の戦力が増えることはいいことである。

 

 

 

 午前中は沖波と一緒に資料室に篭って読書タイムで心を落ち着けたが、午後は散歩で外の空気を吸って心を落ち着ける。いつもの散歩コースを歩いて、伸び伸びとするだけでも気分が違った。

 幸いなことに、今は気持ちが沈むような事柄は無い。勝ちを掴むために邁進する日々だ。勝てるか勝てないかの不安を持ち続けるのは非生産的。これくらい軽い気持ちで生きていくのがちょうど良い。

 

「お、やってるやってる」

 

 散歩コースは当然海沿い。前にもそうだったが、訓練の様子を眺めることが出来た。その先に見えるのは、噂の長門さんも訓練中だった。

 私達駆逐艦の訓練はやることが多いが、戦艦の訓練は割と単調。雷撃も対潜も出来ないため、それを全て砲撃訓練に回しているくらいだ。代わりに反動軽減やら命中率やらを徹底的に仕込まれるわけだが。

 

「来たか、陽炎」

「菊月も見てたんだ」

「ああ、ここからが一番見やすいし、頼まれていたんでな」

 

 散歩コースで待ち構えていたかのように菊月が訓練を眺めていた。なんでも、陸奥さんから長門さんの砲撃に対して何か無いかを見てほしいと頼まれていたそうだ。菊月の『心眼』はこういうところでも役に立つ。

 

「付け焼き刃でどうにかなるものでは無いとは思うが、あの人は凄まじいな。南方棲戦姫だった経験を見事に活かしている。姿勢制御も完璧だ」

「トラウマな経験なのにね」

「吹っ切れたあの人は強い。一番新人とも言えるが、一番大人とも言えるだろ」

 

 流石に年齢までは聞けないが、長門さんはまず確実に艦娘の中では一番年上になるだろう。あの見た目で7年間止まってしまっているわけだし。その波乱万丈過ぎる人生経験を、今に活かそうと躍起だ。

 実際、長門さんの砲撃は普通では無かった。よく見せてもらっている陸奥さんや霧島さんの砲撃と互角か、下手をしたらそれ以上のものを連射してしまっている。あんなのを私がやったら間違いなく制御出来ずに吹っ飛ぶだろう。

 

「だが、あれだけだとダメみたいだ。ほら、見てみろ」

 

 連射は出来ているし、的も粉々にするくらいの精度を誇っているのだが、この訓練を見ている間宮さんからはダメ出しがかなり多い様子。何を言っているかわからないが、長門さんは困ったような表情でその話を素直に聞いていた。

 

「瞬間の照準合わせがまだ下手なんだ。戦艦主砲のゴリ押しでどうにかしてしまっている」

「そんなところ、よく見えるね」

「この菊月の『心眼』だ」

 

 ふふんと自慢げに語る。『心眼』はいつも頼りにしているので、このドヤ顔も否定は出来ない。

 ふと、そこで思い立ったことを聞いてみる。あの時もずっと『心眼』で観察してくれていたはずだ。打開策を何かしら思いついていればいいのだが。

 

「『黄昏』はどうだった?」

「……ヤツは段違いだ。不意に消える瞬間に癖が無い。お前のように力を抜く瞬間が見えたり、『雲』のように艤装が稼働する瞬間が把握出来るわけでもない」

 

 流石に一筋縄では行かないか。

 

「だが」

「ん?」

「ヤツは()()()()()()()あの動きを再現しているのはわかっている」

 

 癖が無いだけで、そこまでは突き詰めていたようだ。

 足首の力、つまり膝や全身の力の移動とかは一切しておらず、足だけを少し動かすだけであの速さが出ていると。例えば、背伸びする動きをした瞬間に空中にいるとか。

 だが、戦艦レ級の脚の形は少し特殊だ。足首のようなパーツは無いというか、膝から下は棒状になっているというか。

 

「動く時だけ、一瞬関節のようなものが見えた。見えた時には次の位置だったんだがな」

「流石、よく見てる」

「菊月の最大の技だからな。そうでなくては、ここまで生き残れない」

 

 ドヤ顔は止まらない。それをさせるだけの経験を積んでいるのだから、誰も文句は言わないだろう。

 

 

 

 結果的に、時間が来るまではずっとここで訓練を眺めていた。私の目では菊月ほど何かわかるようなことでは無いのだが、見ているだけでも結構楽しいものだった。

 心身共に休まっている。万全な態勢で最終決戦に向かうことが出来るように、今の時間を過ごせている。

 




長門もモリモリ強くなって、最終的には鎮守府最強になってしまうのでしょうか。ここの長門はゴリラじゃないので。


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あの時の関係

 私、陽炎のお休みの日も終わり、みんなの訓練が終わったところで、D型異端児用のインナーは完成。必要なものには配布された。

 少なくとも必要なのは7人。夕立、磯波、萩風、阿賀野さん、由良さん、天城さん、そして現在も特訓を続けていた長門さんである。最優先で配布されたものの、一度試着するだけはして後は本番でのみ着るということになる。あのインナーは、私が以前に使っていたものと比べると、普段使いがかなりしづらいため、その時までは自室で保管という形に。

 

「どうっぽい? どうっぽい?」

 

 その日の夜、あとは寝るだけというところになって、早速着込んで私に見せに来る夕立。後ろからは苦笑しながら夕立についてきた村雨と五月雨の姿も。この格好で廊下を普通に歩いてきたのかと思うと、相変わらず夕立は羞恥心とかそういうものが何処かに行ってしまっているような気がする。

 

「なんか、夕立はそういうの結構似合うよね。水着とかもそうだったけど」

「でしょー。よく言われるっぽい」

 

 夕立はスタイルがいいからこういうのがやたら似合う気がする。本人がそういうのに対して無頓着なのもあるが、見せることに全くの抵抗が無い。ちゃんと言っておかないと、最悪このまま日常を過ごしそう。子供達の部屋で寝るってなっても、殆ど全裸で寝ようとしたくらいだし。

 

「ソナーとハギィも着てたんだね。どうっぽい?」

「ピッタリ過ぎてちょっと驚いています。胸の下までしっかり張り付くんですね」

 

 身につけた状態で驚いている萩風。この子も夕立に負けず劣らずのスタイルのため、こういうのは妙に似合うように見えた。とはいえ、夕立とは違って、少し恥ずかしげにしているのは仕方ないことだろう。今の夕立のように、インナー姿で出歩くなんて以ての外。それが普通の反応。

 夕立と萩風のそれを見て、沖波の目から光が失われかけたのは見て見ぬ振りをしておいた。私がかけられる言葉は無い。むしろ私にも噛みつきかねないし。

 

 そして磯波も同じ姿である。スレンダーな磯波だと、これはこれで似合っている。というかこれが似合わない人はこの鎮守府にはいないと思う。遠泳の時にみんなで競泳水着で泳いだものだが、そういう話題は出なかったくらいだし。

 ただ、磯波は少しだけ複雑な表情をしていた。インナーをところどころ撫でては、嬉しそうにしたり悲しそうにしたり。

 

「どうしたの磯波。実はサイズ合わなかったとか?」

「えっ、あ、ううん、そんなことは無いよ。ビックリするほどサイズが合ってる。技術すごいなって感心しちゃった」

 

 明らかにそれだけじゃない感情を持っている。

 

「その……ね。この格好って……私が()()()()の時に近い格好だから……変な気分で」

 

 言われたことで全員が納得してしまった。そして私はちょっと申し訳ない気分になった。

 

 巫女にされた私の分霊により深海棲艦化した磯波は、レオタード型の装甲というやたらスタイルを出す姿にされている。しかも、後遺症でその時の姿を模すことを喜ぶようになってしまっていた。それがあるから夕立はあれからスパッツを穿くようになったし、磯波はニーハイソックスを普段使いするようになってしまっている。

 このインナーは素材こそ違えど、あの時の姿に磯波を近付ける品になっていた。後遺症のせいでこの姿を喜ぶが、トラウマを穿り返されるような気分にもなってしまう。変な気分になってもおかしくはなかった。

 

「物凄く落ち着くの……()()()()姿()というか……」

「ぽい。夕立も滅茶苦茶わかるっぽい。夕立、いつも制服の下に着てるからね。寝る時もだし」

 

 夕立は本当に隠さない。それで落ち着けてまとも以上に戦えているのだから否定も出来ない。一時私が首に着けていた自爆装置みたいなものだと考えると納得出来てしまう。

 私は対となる者として覚醒した時にあの時のしがらみは全て払拭出来たのだが、この2人はまだ苛まれているのだ。本人は気にならないくらいのものではあるが、不治の病と言ってもいいくらい。時間経過で多少は緩和されていくかと思っていたが、今になってコレ。むしろインナーが再発を促してしまったのかもしれない。

 

「……私、これ普段使いさせてもらおうと思う」

「そうなんだ……私はとやかく言えないからさ。磯波がそれでいいなら、そうすればいいと思うよ。あ、でもいろいろと不便だと思うんだよなぁ」

「そこは……そこはどうにかするよ。私が選ぶことだもん。陽炎様は気にしないで」

 

 私が認めたからか、複雑な表情から悲観的な部分が取り除かれたように見えた。磯波としては以前よりも悪化してしまったかのようにも思えるが、本人としては今まで以上に活躍出来るというのだから、私としては正直複雑だった。

 とはいえ、夕立にも許した手前、磯波を否定するわけにはいかない。本人が喜んでいるのなら、私はそれを祝福してあげなければならない。これでより前向きになれるというのなら、それは私達も喜ぶべきことなのだと思う。

 

 

 

 翌日、磯波は宣言通り、対策インナーを普段使いするようになった。制服を上から着ても首下でどうしてもわかってしまうため、鎮守府の全員が察することになるが磯波としては素知らぬ顔。むしろちょっと機嫌がいいようにすら見えた。

 だからだろう、誰も問いただすようなことはしなかった。何か理由があるのだろうと察するだけで、わざわざ話題に上げるようなことではない。夕立と一緒に、後遺症でいろいろと変わってしまった時にも誰も触れなかったくらいだし。イメチェン程度で終わっている。

 

 朝食は相変わらず異端児駆逐艦で纏まって。食べながら今日の予定の確認。

 

「今日は陽炎様と哨戒だったよね」

「だね。アクィラさんと赤い海の様子を見に行く哨戒ね」

 

 準備しつつも、赤い海の状況は確認する必要はある。領域の拡張のスピードは随時確認したい。それこそ、少し見ない間に拡がるスピードが上がっていたら、タイムリミットまでの時間を見直さなければならなくなる。

 とはいえ、あの防衛線には『黄昏』という新たな最難関が生まれてしまっている。哨戒自体もかなり慎重に行かなくてはいけなくなってしまった。実験とかそういうことは考えていないため、大分離れた位置からの確認になりそうではある。

 

 インナーを手に入れたことで、磯波はより前向きになったと同時に、私と組むことに対して単純に喜ぶようになっていた。あの時の主従関係は全く存在しないのだが、友人として深く仲良くなった感覚。

 これくらいなら後遺症とは言わない、と思う。元々私の魂の匂いで狂わせてしまっていた部分はあるが、それよりはまだ軽い方だ。寝る時に思い切り匂いを嗅がれることがある程度。それはもう慣れた。

 

「今日は私はお休み……なのよね」

「ぽい。夕立とむーさんはお休みだから、好きにしたらいいと思うっぽいよ。夕立はご飯食べたらまた寝ると思う」

「それが一番困るのよねぇ……」

 

 艦娘として戦う決意をして、初めての休日を貰えた村雨。今まで訓練詰めだったところで急にお休みと言われると、何をしていいかわからなくなる気持ちはよくわかった。

 私はその時は資料室で本を読んだり、散歩したり、お昼寝したりと、いろいろとやってみたものである。海防艦と遊んだりもした。やりたいことがあれば自由にやればいいだろう。夕立は相変わらず寝るらしいし。

 

「私は萩風ちゃんと訓練だから付き添うことは出来ないけど、ゆっくり休んでね」

「んー……わかった。こういう時にどうすればいいか探してみるわ」

 

 私も付き添いは出来ないが、この鎮守府にいる人達はみんな優しい。何かしらの道を示してくれるだろうし、村雨自身でも見つけ出せるだろう。だから何も心配はしていない。夕立のようにお昼寝に興じるなんてこともあるだろうし。

 

「それじゃあ、私と磯波はそろそろ準備しないとね」

「うん、気をつけてね」

 

 私と磯波は哨戒だ。先日のこともあるし、本当に気をつけて行動しなくては。磯波のテンションがやや高めであるため、少し意識しておかなくては。

 

 

 

 午前中の哨戒を開始。旗艦は加古さん。随伴が霧島さん、アクィラさん、アトランタさん、そして私と磯波。万が一『黄昏』がまた現れてしまった時に撤退がしやすいメンバーということになっている。霧島さんは万が一の時はガチでぶつかる気満々のようだが。

 赤い海に入るつもりは無いため、対策なども無し。遠目から確認をする程度で終わらせる予定。だからか、今までの実験部隊とかよりは緊張感が少ない。たまにはこれくらいの心に来ない任務でもいいと思う。

 

「うーん、赤い海が拡がる速度は昨日と同じ、かな。想定通りの場所に端っこがあるもの」

 

 アクィラさんの鷲の目で確認してもらい、相変わらずの速度で領域が拡がっていることがわかる。タイムリミットはまだカウント開始から2週間前後という方向で変化無し。

 ただ、確認している場所も前回よりは確実に前の場所からになっている。防衛線そのものは相変わらず沈没船に近い位置を陣取っているようだが、領域そのものは拡がる一方。

 

「ここに踏み入れたら『黄昏』が出てきてもおかしくないんだよな?」

「だね。実験してたら突然視線を感じたし、赤い海の中にいるってことが視界に入ることになると考えていいかも」

「まぁあたしらは対策してないから入りようが無いんだけどさ」

 

 水平線の向こうにある赤い海を眺めながら加古さんが面倒臭そうに語る。このまま突撃はまず無い。というか必要が無い。

 今この部隊で赤い海に入っていいのは、M型異端児である私と、対策インナーを着ている磯波のみ。流石にそんな状態で入る理由は無いし、まだ『黄昏』の攻略法すら考えられていないのだから、入ること自体が自殺行為に等しい。

 

「巫女になったレ級だなんて、ちゃんと対策しないと勝ち目は無いもの。私でも1対1(タイマン)でどうにか出来るかどうか」

「霧島さんでも難しい……よね」

「命を懸ければ相討ちくらいには持っていけるかもしれないけど、一筋縄ではいかないでしょうね」

 

 霧島さんですら強く警戒している。今までに何度もレ級とは戦ってきているが、毎回1人でどうにか出来るような相手では無かった。とある時は陸奥さんと霧島さんで一斉射。とある時はネルソンタッチ。戦艦2人以上を使って上から押し潰すというのが一番手っ取り早い。

 そんな相手が超強化されているのだ。いくら霧島さんといえど、1人でどうにか出来るとは思えない。今のメンバーも、撤退がしやすくなるようにと選ばれたメンバーである。倒すつもりはなく、撃退のつもりなら、6人がかりでどうにか出来ると判断された。

 

「触らぬ神に祟りなし。今は悔しいけど、遠目にすら視界に入らないように準備を進める方がいいわね」

「面倒くさいねぇ。もうちょい雑に勝てる相手ならいいんだけどさぁ」

「誰でもそう思ってるわよ。私だって頭を使わずに戦えればそれに越したことは無いもの。いざとなったら真正面からぶつかるけど」

 

 ちょっとスイッチがOFFになっている加古さんがぼやく。それに対して霧島さんも苦笑しながら返した。

 

「これを着れば入れるんだよね……不思議」

「あ、あの、アトランタさん……そんなにジロジロ見られると……」

 

 一方、少し暇を持て余していたアトランタさんが、磯波の首下に見えるインナーをジロジロ見ている。ここまでされると磯波もタジタジ。妙に興味があるらしく、前から見たり、横から見たり。水着型であることがわかっているため、スカートまでめくろうとしたので思い切り手を叩かれている。

 

「どんな感じなの。着心地」

「えっ、ま、まぁ……いい具合ですよ。とてもフィットするので、動きに影響は無いですし」

「ふぅん」

 

 奥に秘めた感情は口には出さないようにしていた。ここで後遺症云々の話をする必要は無いし。

 自分もこれを使うことになると知っているので、このインナーについて気になるのはわかるが、磯波はそういうことがあまり得意では無いので、だんだんと萎縮し始めている。

 

「こらこらアト、イソナミが困ってるわ。そういうのが好きなのはわかるけど、あんまりちょっかいかけないの」

「はいはい」

 

 そこにアクィラさんが仲介に入ってくれて、事なきを得た。あまりにねちっこい視線だったか、磯波がさっと私の側に寄ってくる。さりげなく私の手を取っていたのはまぁいいだろう。

 

「とりあえず、鷲の目からは以上。赤い海は拡がってる。防衛線は奥のまま。『黄昏』からの襲撃はここでは無い。これでいいわね」

「あいよ。じゃあ、哨戒ルート引き返すぜー」

 

 哨戒はこれで一旦終了。ここから帰る時も、結局磯波は私から離れない位置を維持するようになる。アトランタさんの視線を受けたことで、これ幸いと私の側をキープし続けた。

 

 インナーを着たことで、()()()の関係が戻ろうとしているのなら、そこは注意しなくてはいけない。私は磯波とは良き友人として付き合っていきたいのだから。

 




アトランタも普段着にレオタード使ってる疑惑があるんですよね。確かにあの服の透け方といい、防空巡棲姫の見た目といい、その要素は見え隠れしてます。


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頂点の者

 赤い海への哨戒は無事終了。実験のために踏み込まなければ、何事もなく確認することは出来るようで何より。

 想定通りの拡がり方をしていることが確認出来ただけで、より悪化しているようなことも無かった。それならタイムリミットは変化無し。計算してから少し時間は経ったので、残り時間は1週間強といったところ。それまでに、最終決戦に向かえる準備を整える。

 D型異端児への対策インナーは配布されたので、ここからは通常の艦娘。順序をどう考えているかはわからないが、おそらく戦場で重要な立ち位置に置かれる順になるだろう。差しあたっては、戦艦を優先するとかが妥当か。

 

「うーし、鎮守府見えてきたなー」

 

 哨戒経路をグルッと回って鎮守府が見えてきたところで、旗艦である加古さんからのほぼ終了の報告が聞こえる。後は気を抜かずにちゃんと鎮守府に到着し、艤装を下ろして、これで初めて哨戒は終了。

 

 結局最後まで磯波は私、陽炎の側から離れず。アトランタさんからインナーのことで詰め寄られたというのもあったが、それとは関係無しにただ隣にいたかったみたいな気持ちが見え隠れしていた。

 

「ん? なんか鎮守府がおかしくないかい」

 

 と、突然加古さんが呟いた。遠目に見て何かわかるとしたら。鎮守府の外周辺りに見たことのない車が停まっていたくらい。いや、それが充分おかしなことなのだが。

 あとは、訓練なり何なりが何処かでされていてもおかしくないのに、鎮守府近海がやけに静かな気はする。全員が鎮守府の中に入るにはまだ時間が早いと思う。

 

「何かあったのかしら……今日は何も予定が無かったはずだけど」

「影野提督みたく、アポ無しでいきなり突撃してきたとかなんじゃね? あの車、今まで見たことないヤツじゃんよ」

「今うちに来る人なんて誰になるかしら……」

 

 霧島さんと加古さんが考察する中でも、鎮守府には近付いている。そろそろ工廠の中が見えるとなった辺りで、いつもなら哨戒の帰りを待っている空城司令としーちゃんの姿が見えないことがわかった。

 代わりに待っていたのは、今日はお休みになっていた陸奥さん。少し困った顔をしている。

 

「何かあったの? やけに静かだけど」

「お帰りみんな。ちょっと困った来客があったのよ。あんまり煩く出来ないから訓練も取りやめ。整備班すら待機状態よ」

 

 霧島さんの言葉に、心底困ったような声で反応。その人が来たことによって訓練すら取りやめになるとか普通では無い。そこまでの相手とはどういうことか。

 

「私としては少し予想していたんだけど、もしかしてその来客って」

「まぁ、普通はこんなところに来ないような人よ」

 

 はぁと溜息をついて、ぼそっと一言。

 

()()()()()()()()

 

 

 

 哨戒任務が終わった私達は、いつも通りお風呂に入った後に自室で待機することになっていた。普通別の鎮守府の司令官が来るくらいなら、訓練を止めたりなんてしないし、むしろこちらがやっていることを見てもらうくらいするのだが、相手が元帥、つまり()()()()()となったら話が変わる。

 今は空城司令としーちゃんが話をしているようだが、どんな理由でここに来たかは今のところ不明。少なくとも、こちらが呼び寄せたわけでもない。そうだったとしたら、事前に伝えられて然るべきだろうし。

 

 部屋から出なければいいだけなので、異端児駆逐艦は相変わらず私の部屋に集合していた。今回は夕立と村雨も参加。部屋が少し狭いから、寝るわけではないのである程度は緩和されている。

 

「こんな時に何の用で来たんだろうねぇ」

「大本営の人なんだし、ゲロ様狙ってたりして」

 

 大本営から私の身柄の要求があったし、その線も考えられる。直に来て、その権限を使い、私の所属を無理矢理変えるだなんて芸当も、元帥という立場を使えば不可能では無いように思える。私としてはお断りなのだが。

 

「探ってることを勘付かれて口封じとか……」

「こんな大胆にやるかな。下手したらここの艦娘が一斉蜂起しちゃうよ」

 

 本当にまずいことが起きた場合は、立場とか関係無しにここにいる全員が叛乱を起こす可能性だってあり得る。それこそ、空城司令やしーちゃんに危険が及んだ場合は、相手が何であろうが問い詰めるだろうし、最悪手を上げることにだってなる。

 そんな危険を冒すようには正直思えないが、万が一を考えておくことは必要。真正面から乗り込んできてそれは無いと信じたいが。

 

「……私達を見に来たとか」

「元々深海棲艦だった子をってこと?」

「無くは無いと思うの。あちらから見れば、私達なんて理解出来ない者なわけだし」

 

 少し自虐的ではあるが、村雨の言い分もわからなくはなかった。今でこそ魂の穢れを中和し、魂そのものに分霊をしたことによって心への影響も取り除いているが、そもそも分霊と言われても理解出来ないのが実情だ。

 村雨もそうだが、最初からカウントするのなら、萩風や長門さんだって要注意人物だし、深海棲艦化する様子が動画として残っている私だって、大本営からしたら得体の知れない者。同期値が変動している記録は残っているとはいえ、操作された値とかイチャモンをつけることは簡単である。

 

「どう考えてもマイナスの方向に行くなぁ。もう少しポジティブに行きたいよ」

「なら、今までのことを褒め称えてくれると嬉しいっぽいね。太陽の姫相手に健闘してくれてるからご褒美とか」

 

 そうなってくれたら嬉しいものである。そんな都合のいい話があるかはわからないが。

 

 などと話している間に、部屋をノックする音が。扉を開けると、そこにいたのはしーちゃん。

 

「陽炎さん、来てもらっていいですか。少しお話が」

「う、うん、私だけ?」

「はい、()()()()()

 

 非常に怖い呼び出しである。この状況でしーちゃんからの呼び出しとか、確実に元帥のところに連れていかれる。

 

 私に何の用があるというのだ、と考えたものの、思い当たる節がありすぎて困った。深海棲艦化した者、M型異端児を増やせる者、始まりの襲撃の被害者、そして太陽の姫と対となる者と。大本営が欲しがる要素をこれでもかと詰め込んだ人材。

 私を前にして何を話すというのだろう。いいことなのか悪いことなのかは、今の私にはわからない。

 

 

 

 しーちゃんについていくと、案の定辿り着いたのは執務室。奥からは小声ではあるが、2人の話し声が聞こえた。片方は明らかに聞いたことのない男性の声。

 

「連れてきました」

 

 しーちゃんが扉を開けてくれた。少し緊張しつつも中に入ると、そこには見たことのない中年の男性と、秘書艦であろう艦娘の女性がいた。

 鎮守府に指示を出す大本営とはいえ、艦娘は持っているらしい。深海棲艦が大本営そのものを襲撃する可能性だってあるのだし、それも当然か。

 

「君が……()()()()()か」

 

 重々しい声と共に私の方を向く。その顔からはいろいろな感情が感じ取れた。

 

「私は(ハヤテ)という者だ。大本営の創設者……と考えてくれればいい」

「えーっと、つまり、一番上の人……!?」

「そうなる」

 

 大本営を創設した者、(ハヤテ) 秀明(ヒデアキ)元帥。海に深海棲艦が現れたことにより、国が対策本部として創り上げた大本営を最初から取り纏めている一番偉い人。空城司令を司令官として選出したのもこの人だし、この鎮守府をここに配置したのもこの人。

 見た目的には空城司令と大差ないくらいに見えるのだが、その立ち位置のせいか、天上の人のようにすら見える。

 

「私は元帥の秘書艦、大和です。よろしくお願いしますね」

「は、はぁ、よろしくお願いします」

 

 そしてもう1人は秘書艦の大和さん。話によると、うちの戦艦である陸奥さんや霧島さんよりも強い力を持つ大戦艦らしい。見た目はその名の通り大和撫子なのだが、人は見かけに寄らないものである。艦娘にはそういう人が沢山いるが。

 

「空城君からある程度話は聞かせてもらった。あまり褒められたものでは無いが……私にそれを言う資格が無いということも自覚はしている」

「それはどういう……」

「前々から言っていたろう。アタシらは裏で何をしていたか、アンタ達にも教えているじゃないか」

 

 司令としーちゃんが裏でやっていたことといえば、当然あの沈没船と大本営の繋がりの調査だ。元帥の言う褒められたものでは無いというのはまさにそれのこと。上の許可もなく、むしろ上に疑いの目を向けていたことは、本来なら褒められたことでは無い。

 しかし、自分でそれに対して文句を言う資格が無いとまで言ってしまっているということは、つまり……。

 

「アタシらの予想が当たっちまった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 船が沈められたことがあまりにも情報が揉み消されすぎているため、裏側で誰かが手を引いているというのは確定していた。そしてそれが大本営の手が入っているのではないかということまで話していた。

 そうなんじゃないかとは言っていたが、本当に組織のトップがやっていたという事実を突き付けられると、驚きを隠せない。

 

「アタシらも昨日までにそこら辺は突き止めてたんだよ。元帥閣下が裏で手を引いているってことはね。事実を突き付ける前に、御本人が登場ってわけさね」

「そちらが調査をしていることは、こちらにもわかっていた。いや、むしろわかるようにやっていたのだろう。事態がこう動くように」

「さて、どうだろうねぇ」

 

 私達の知らないところでも、太陽の姫攻略のために沈没船のことについては調査され続けていた。邪教崇拝をする教団が扱っていたというところからは、私達の与り知らぬところで先へ先へと動いていた。

 結果、あの船があの場所にある理由そのものが、颯元帥が原因であるところまでは突き止めていたそうだ。数多の証言が細く細く繋がって、そこに辿り着いたのだとか。

 

「大和はそのことは知っていたのかい」

「……はい。うちの鎮守府……颯元帥の統括する最後の鎮守府の中では、秘書艦である私だけが知る事実です」

「全部自分の胸に秘めているものだと思っていたが、ここに大和を置いて話をしているんだからね。そうだとは思ってはいた」

 

 大和さんはこの事実を知る極々少数の1人。だが、知っていて当然である事実が伝えられる。

 

「大和は……()()()()()()()だ」

「私は当事者の1人ですので……」

「は……!?」

 

 申し訳なさそうに目を伏せる大和さん。空城司令としーちゃんも、さすがにそこまでは追い切れていなかったようで、そのカミングアウトには驚きを隠し切れなかった。

 

 あの船の中で行なわれていたミサは、別に教団員全員が参加していたわけでは無い。選ばれた者のみが参加する特別なものだったらしく、まだ普通に教団の生き残りは各地に存在するとのこと。

 大和さんはそのうちの1人。今は宗教とかそういうのからは足を洗い、艦娘として世界の平和のために戦っているのだそうだ。それは、()()()()も兼ねているようだが。

 

「私はあの頃、狂っていたのだと思います。当時は中学生でしたが、今思えば本当に馬鹿なことをしていたのだと自覚しています。いわゆる厨二病なんかでは片付けられないくらいのものです」

「洗脳が解けた、みたいなものかい」

「そうですね……何故あんなことをあんなに熱心に願っていたのか」

 

 邪教崇拝というだけあって、その辺りはやはり何かおかしな集団だったと、客観的に見たらそう思えるとのこと。内部にいるのなら、それが当たり前と思ってもおかしくないのかもしれない。そうすることで救われるというのなら縋りたくなるのもわからなくもないし。

 もし私が両親を失ったあの時、孤児院に拾われずにそういった宗教関係に傾倒していたら、同じようになっていたかもしれない。神を信じれば両親は戻ってくるとか言われたら、コロリと転がっていたかも。

 

「で、私がここに呼ばれた理由は」

「君には全てを知る権利があると、空城君から聞いた。最初に巻き込まれた者。運命を乗り越えた者。対となる者。君の力が無くては、この戦いは……私が引き起こしてしまったこの戦いは、終わらせることが出来ないと。だから、君には全てを知り、その上で君の言葉を聞きたい」

 

 何故船を沈めるまでしたか、それを全て話してくれるそうだ。この世界の裏側で何が起きていたのか、この戦いが何故起きてしまったのか、それを颯元帥が知る限りで全てを。

 

 

 

 ようやく、この戦いの裏側がわかる。それがわかれば、これからの戦いに役に立つかもしれない。

 



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行き過ぎた正義

 哨戒任務に行っている間に鎮守府に来た、大本営のトップである颯元帥とその秘書艦である大和さん。颯元帥は、太陽の姫が生まれたきっかけであろう客船羽裏号の沈没に深く関わる者、客船を沈めた張本人であった。そして大和さんは元教団の一員である。

 私、陽炎は、その2人がいる執務室に呼び出され、話を聞くことになった。何故船を沈めるまでしたか、それを全て話してくれるそうだ。この世界の裏側で何が起きていたのか、この戦いが何故起きてしまったのか、それを颯元帥が知る限りで全てを。

 

「君達は……教団については何処まで調べた」

「まだ細かくは調べ切れていないね。何せ、情報が徹底的に封鎖されているんでね」

 

 当て付けのように言い放った空城司令に、颯元帥は小さく息を吐き、話し始める。

 

「ここは知っていると思うが、(くだん)の教団は……秘密裏に規模を拡げているような組織だ。決して表沙汰にならないように、マスコミから押さえていた程だ」

「ああ、政界にまで手を伸ばしていたとは聞いているよ」

「まさにそこが問題だった。閣僚の1人がやられたのだ」

 

 やられた、という表現が正しいのかはさておき、その宗教の勧誘に閣僚が乗っかってしまったとなれば、これは由々しき事態であることは子供の私でもわかる。表には見えなくとも、これは国が傾くような事件と言っても過言ではない。

 

「今ではもうそれが誰かはわからない。だが、教団の教祖と呼ばれる者は、人心掌握術に長けていたのは火を見るより明らかだった」

「心の弱さを感じ取れるのではないかと思える程でした。私も……その類でしたので」

 

 大和さんが顔を伏せる。元教団の一員だっただけあり、その教祖とやらとは面識がある様子。大和さんも心の隙間にスルリと入られ、あれよあれよと崇拝に向かってしまったらしい。その教団に従っている間は幸福だと思える程だったと。

 それこそ、日常的にストレスを抱えているような人が簡単に傾倒してしまうようなものだというのだから、それは今この世に存在しているのなら恐ろしい存在になっていただろう。

 

「教祖がどんなヤツだったかなんて、アタシにゃどうでもいいこった。知りたいのは、何故客船を沈めるまでしなくちゃいけなかったかだ。聞いている限り、教団を野放しにしておいたら国が傾くってのはアタシにもよーくわかった。だが、そこまでやらなくちゃならなかった理由を話してもらいたいね」

 

 さっさと本題に入れと促す。相手が大本営のトップであろうが、一切臆する気配がない空城司令に内心ヒヤヒヤしていた。立場があまりにも違う相手だというのに、今はこちらに強みがあると押せ押せである。

 

「……教団が政界に手を伸ばしたのは、資金源の確保だ」

「そういえばそんなことを聞いたねぇ」

 

 政界では悪名高かった教団からの勧誘を突っ撥ねたという、影野司令のお爺ちゃんから手に入れた情報。政治資金の横流しまであったというのだから目も当てられない。

 裏から手を回されてそれなりの額が動いていたということなのだろう。お金については申し訳ないが私は疎い。

 

「その資金を使い、この国のみならず、外の国にまで手を伸ばそうと考えていた。そんなことがこの国から起きたとなった場合、外交はどうなる」

「まぁ滅茶苦茶になるだろうね。一個人が勝手にやっただけでなく、国の人間までそれに加担してるってなっちゃあ、国そのものが下に見られてもおかしくはない」

 

 国家権力で抑えられない宗教が、他国にまで影響を与える上に、それに国の者が手を貸していると知られたら、外からの印象は今までがどうであっても最悪になるだろう。

 他の国には他の国の在り方というのがあるわけで、よりによって邪教崇拝が国境を越えて侵略しに行くようなもの。どうにかしてでも食い止めたいと思うのはわからなくはない。

 

「言い方が悪いのは承知で言うが、()()はその存在すら知らないような教団が、知らず知らずに国民全員に被害をもたらすというのは、国としても耐えられない事態だった」

「だから鏖殺ってわけかい」

「あの教団は政治資金の横流しのせいで、力を持ち過ぎていたんだ。官僚の一部やマスコミ以外にも、警察組織にも入り込んでいた。今ほどの力は無かったが、自衛隊の一部にも教団の一員がいたくらいだ」

 

 そんなもの、宗教がどうとか最早関係ないではないか。客船を独自に扱える程の資金もあったわけだし、邪教崇拝とかそういう枠組みを大きく越えようとしていたのではないか。

 今となっては真相は闇の中かもしれないが、それこそ世界中から信者を募って、最終的には戦争でも始めようとしていたのでは。教祖は何を考えてそんなことを。

 

「幸いにも、教祖を乗せた客船が、深夜海上に現れるという情報を入手した。その日を逃せば、国が傾くと判断した」

「で、その日に決行したということかい」

「……ああ。私の指揮の下、客船を沈めた。秘密裏に事を済ませ、その事実そのものを隠蔽した」

 

 客船が妙に綺麗に残っているのは、その手際の良さだったようである。あちらにも相当な力があったようだが、電光石火の進軍により、反撃すらさせずに機関部を破壊し、一部は手ずから命を奪い、残りは客船と運命を共にさせようと画策したと。

 その時の颯元帥にしてみれば、客船にいる者達はどういう意思を持っているにしても国家転覆に加担しようとしている()()に過ぎない。命を以て罰することにも抵抗が無かったのだろう。

 

 反吐が出そうであるが。

 

「これにより、この国の平和は守られた。見えないところで病原菌のように拡がる邪教崇拝は失われた。この大和のように、あの客船に乗らなかったものは、我々が探し出してケアをした」

「……そのおかげで、私は解放され、正しい生活に戻ることが出来ました。あの頃の私は、すべきことに抵抗など一切ありませんでした。その教えを、この国のみならず外の国にも伝えることが、至上の喜びとなっていました。ですが……今ならそれが間違いであったことを理解出来ています」

 

 当事者である大和さんからの言葉。教祖が消え、教団そのものが終わると聞いて、とてつもない喪失感に襲われたらしい。だが、メンタルケアをしてもらえたことで、どうにか正常に戻れたのだとか。

 そういう得体の知れない宗教に傾倒するというのは、人生そのものを壊しかねないことを実証してしまったわけだ。大和さんの黒歴史と言ったところ。

 

「つまり、だ。客船を沈めたのは、この国を守るため。そのことが表沙汰になるわけには行かないから、全ての情報を揉み消した。客船そのものがこの世に存在しないものになったわけだ」

「……ああ、その認識で構わない。教団のことを表に出すわけにはいかなかった。そんなことがあると知られることで、第二第三の教団が生まれてしまいかねないからだ」

 

 邪教崇拝なんてファンタジー集団が実際にいることが世の中に知れ渡ったら、それこそまたそれに倣ったおかしな集団が増える可能性がある。ただでさえ、教団が政界にまで入り込んでいたのだから、今後のことを考えればそれくらいに警戒するのは無理もないのかもしれない。

 だが、だからといって全員を殺す必要があったのだろうか。説得に応じる可能性があるか無いかは確認したのだろうか。問答無用で皆殺しにしたのでは。

 

「だが、結果的に深海棲艦という新たな脅威が生まれちまった。で、その対策本部を受け持ったのが、客船のことを知っているアンタだったってことかい」

「ここから教団のことが表沙汰になることを防ぐため、あの件を知っている私に任された」

「てことは、だ。太陽の姫が教団絡みってことを知っていて、それを一切公表しないでアタシらに尻拭いをさせてきたってことで間違いないね?」

 

 少しずつ空城司令の言葉尻に怒気が垣間見えるようになってきた。その言葉に対して、颯元帥は沈黙。大和さんも顔を伏せるのみ。

 

「わざわざその話をしに来たのは何故なんだい。どうせこのままだったらそこまで辿り着くだろうから、先に全てを話して公表を阻止しようってことかい」

「君は……勘が鋭いな」

「それくらいしか思い浮かばないだろうさ。こんな木っ端な鎮守府に、滅多に大本営から動かない元帥様が来たんだ。裏があるに決まっているだろう。しかもそれが、アタシらが突き止めようとしていた深海棲艦の謎をペラペラ話してくれてるんだからね」

 

 確かに、調査した結果この事実に辿り着いた場合、大本営の制御が利かずに公表されてしまうと考えるのが筋か。そうなったら最後、この国どころか深海棲艦に襲われている全ての国が混乱する。この国で余計なことをしたせいで生まれたバケモノが、世界を破滅に導いているのだ。

 颯元帥はそれを阻止したがっている。隠せることは全て隠そうと尽力している。あくまでも全て国を守るため、ある程度の汚いことも目を瞑るという意思が感じ取れた。既に深海棲艦のせいで混迷を極めているのだが、それ以上の悪化を防ぐために動いているのだろう。

 

「平和を維持したいという気持ちはわかる。そんな事情が表沙汰になれば、少なくともこの国は混乱するだろう。鎮守府の運営に支障をきたす事態になるかも知れない。それで一番迷惑被るのは、他でもない艦娘だろう。見ず知らずの奴の()()()()を、そいつに代わって命を懸けて治めようとしてるんだからね」

 

 しかし空城司令は、颯元帥のその行き過ぎた正義に対して怒りを露わにしている。言葉尻の怒気を一切隠すことなく、相手が元帥だろうがお構い無しに、上から叩きつけるかのように言葉を紡ぐ。

 

「そりゃあ、教団を潰すことが国の平和に繋がるのはわかる。潰した結果、深海棲艦が生まれるだなんて思いも寄らなかっただろう。むしろそれを予測して動ける奴なんていやしない。余計な悪化なんてたられば論だからね」

「……ああ」

「だがね、アンタのやったことは許されないことだ。平和のためならどれだけ命を奪っても罪に問われないだなんて、ふざけてると思わないかい。そこに罪悪感が無いってんなら、余計にタチが悪い」

 

 空城司令の拳が震えているのがわかった。どうにかして自分を抑え付けている。我慢しなくては、そのまま胸ぐらを掴んで殴っているのだ。

 

「自分が滅茶苦茶なことを言っている自覚はあるのかい。人を沢山殺しても、国のためだから罪には問われない。それを知った者も、国のためだから黙認しろ。これは悪事ではない、正義の執行なのだ。納得出来ると思ってんのかい」

 

 颯元帥を睨み付ける空城司令。それだけ言われても、颯元帥の中の正義感は揺らぐことが無いのか、睨まれてもそれに対してただ目を合わせているのみ。

 この颯元帥も、何処かおかしい人間なのではないかと思う。正義のためなら犠牲も厭わないというのは、ただのいい人とは到底思えない。

 

「で、これだけの話を陽炎に聞かせて、アンタはどういう返答を望んでるんだい。自分の正義が正しいと信じてやまないアンタに陽炎が賛同して、その力を振るってくれるとでも?」

「理解してくれると思った。陽炎の力は、この国を守るための素晴らしい力だ。だから、私が引き起こしてしまったこの戦いを、その力で終わらせてもらいたい。国のために」

 

 私に向き直り、頭を下げてきた。本来、元帥という最高の立場の人が一艦娘である私に対して頭を下げるなんてとんでもないことなのだろう。普通なら恐縮してしまう。

 だが、今の私にはそれすらも建前に見えてしまった。国のためなら何をやってもいいと考えている組織のトップなんて、言うことを聞く価値があるのだろうか。そういう疑問しか浮かんでこない。

 

 だが、この戦いを終わらせない限り、世界に平和は訪れない。始まりは最低ではあるが、今や全てを巻き込んだ大戦争である。この人の思惑通りになるのは癪ではあるのだが、ここで私が動かなくては戦いが終わらないことくらい理解している。

 

「真相がどうであれ、私は戦うよ。私にしか出来ないことがあるんだから」

「……そうか」

「だけど、この戦いのせいで私の両親は死んでるの。私だけじゃない。萩風も、長門さんも、村雨も、みんなそれで苦しんだ。それについて謝罪して。みんなの前で」

 

 自分が引き起こしてしまったと言う割には、自分がやったことは正義だからという気持ちが強いせいか、謝罪の言葉の1つも無いのが気に入らなかった。

 だから、私はそれを強要する。私が許しても、他の人達が許すとは限らない。自分がしでかしたことを、この場でしっかりと理解してもらわなくてはいけない。

 

「……了解した」

 

 思ったより素直に応じてくれた。不服そうにはしていない辺り、私の言葉で何かしら気付いてくれたのかもしれない。

 

 

 

 ようやくわかった真相は、国を守るために執行された行き過ぎた正義だった。正しいか正しくないかは私には判断出来ない。

 



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真の愛国者

 執務室で颯元帥から話を聞いた後、この真相を知ってもらうため、艦娘全員を集合させた。これは私、陽炎からの、この事件に巻き込まれた私達に謝罪をしてほしいという強要である。

 国を守るためとはいえ、教団を消すために執行された鏖殺が深海棲艦を生み出し、全く無関係だった私達の家族が死ぬことになったのだ。特に私も含めた元深海棲艦組は、家族を失い、人生が壊されている。私はまだマシな方で、萩風達は戸籍すら失った()()()()()()()()()()()になってしまっている。そのことについて、何か言ってほしいと思った。

 真相について淡々と話してくれるのはいいが、その辺りに対して全く触れることが無かったため、罪悪感を持っているのかもわからなかった。上辺だけなのではと勘繰ってしまう程だった。

 

 集められた艦娘達の前に颯元帥が現れた途端、大本営のトップを前にすることで空気が張り詰める。事の重大さを理解しているのか、海防艦の子供達も少し震えて静まり返っていた。

 

「今から元帥閣下が話すのは、今回の事件の真相、深海棲艦が何故生まれたのかに関わることだ」

 

 空城司令が前置きをし、そこからは颯元帥が一度私達に話している事の真相が語られる。勿論、大和さんが元々教団の一員だったことも改めてである。

 

 話が進むにつれ、みんなが複雑な表情を浮かべていく。この国が混乱しないように、国の平和を守るため、客船にいた教団全員の命を奪うという行為に対して、どんな感情を持てばいいのかがわからないのだと思う。

 改めて聞いても、私の思いは複雑だった。それくらいしなければ止まらないくらいに膨れ上がった教団を対処するには、鏖殺以外の道が無かったのかもしれない。だが、相手は国を揺るがす存在とはいえ相手は人間だ。平和のために命を奪い、それを良しとするのはどうかと思う。正義のための人殺しだなんて、反吐が出そうになる。

 正しいか、正しくないかは、私には判断出来なかった。どれだけ考えても正解なんて出てこない。

 

「私から話せることは以上になる」

 

 室内は静まり返っていた。今まで調査してきた真相があまりにも重くて、それに合わせて空気まで重たくなっている。

 目の前にいる者は、私達がここで艦娘として活動し、平和を守るために戦うことが出来る場を守ってくれているトップの人。しかし、この戦いのきっかけを作ってしまった、言うなれば正義のための殺人者でもある。

 正直、どういう感情で見ればいいのかわからなくなっている。善悪両方を内包している人物だ。

 

 そんな重たい空気の中、颯元帥はさらに続ける。

 

「私はこの国の平和のために、教団を正義の名の下に滅した。だが、その結果が深海棲艦の誕生となり、教団が暗躍している時以上の被害をもたらしてしまった」

 

 ほんの少しだが、颯元帥の手が震えたように見えた。どんな感情で震えたかはわからないが、淡々と話している時よりも感情を表に出そうとしているのかもしれない。

 

「そのせいで、何人もの人生が壊れてしまった。ここにも該当する者が何人もいるだろう。本当に申し訳ない」

 

 その場で、深く頭を下げた。大本営のトップが、艦娘達に向けて謝罪の言葉と共に頭を下げるなんて前代未聞。その姿に慌て出す者まで出る始末。

 

「私がいくら謝罪したところで、失ったものは戻ってこない。その責任すら取れない。だから、今の私には謝罪しか出来ない。申し訳ない」

 

 私が強要した謝罪だが、これには心がこもっているように見えた。執務室で話している時とは、全く違うようにすら思えた。この言葉は建前ではない。まるで、抱え込んでいたものが解放されたかのように。

 その姿を見て、先程は怒りを露わにしていた空城司令も何か考えるような仕草をしていた。私と同じように思っているのなら、今と先程では颯元帥の心持ちに変化があると勘付けたはずだ。

 

「貴方はそれを、ずっと自分だけで抱え込んできたのか」

 

 その謝罪の言葉に対して、長門さんが尋ねる。謝罪を受けたことで何かしらの感情を得たかもしれないが、それを押し殺したかのような質問。

 

「……ああ。この事実を知る鎮守府関係者は、私と大和だけだ。私の鎮守府に所属する艦娘もこのことは知らない。拡げて見るのなら、私の独断を容認してくれた国のお偉方と、客船の襲撃に協力してくれた者はいるが……誰も大本営には参加していない。それに、それが誰かは公表するつもりもない。このことは、発案者である私が全てを抱えることにしている」

 

 今まではずっと1人で、いや、大和さんも含めた2人で、この事実を隠し切ろうとしてきたのだろう。国民がこの真相を知ったら、国は確実に混乱する。それこそ、先程空城司令が言っていた通り、鎮守府の運営にすら支障が出るかもしれない。

 それを防ぐため、颯元帥は感情すら押し殺し、悟られないように生きてきたのではないだろうか。あくまでも国のため、国民のために、自分1人が全てを被って。ずっとずっと、ついさっきまで。

 

「私は国のために手を汚し、国民の平和を願い続けた。しかし、私のやったことは、行き過ぎた正義だと断じられた。確かにそうだ。本来なら私は大量殺戮をした咎人だ。死罪にすら値するだろう。なのに、それを国のために必要だったとお咎め無しとされているのは都合が良すぎると言われても反論は出来ない」

 

 手の震えは明らかにわかるほどになっていた。感情の昂りからではなく、昂るのを抑え付けるために力んでいる震えであることがようやくわかった。この場でも、必死に感情を押し殺している。

 

「私は必ず地獄に堕ちるだろうが、それで国民が平和に生きていけるのならそれで構わない。だが、その道で不幸になってしまった者には、謝罪をするべきだった。全てを隠し通そうと考えたことが間違いだった。ここで気付かされた」

 

 もしかしたら、このことを話せる相手がもっといれば、こうまでならなかったのかもしれない。全て自分で抱え込んで、誰にも相談出来ずにいたことで余計に深みにハマっていき、結果的にこんな事態に陥ってしまった。

 この場に現れ、空城司令に全てを話したことで、颯元帥の中で何かが変わったのではないだろうか。ずっと抱え込んできた感情を表に出したことで、隠し通す苦痛から解放されたのだから。

 

「取り返しのつかない事態になってしまったのは、全て私のせいだ。どれだけ謝罪しても意味はないかもしれない。自己満足と断じてくれても構わない。許されるだなんて断じて思っていない。だが、今は言葉だけは紡ぎたい。申し訳ない」

 

 改めて長門さんに向き直る。長門さんだけではない。今回の件で人生が壊された者達全員を視界に入れて、もう一度頭を下げた。

 

 言い方は悪いが、ここまでバレなければ颯元帥は最後まで抱え込んでいただろう。自分1人の責任として、全てを隠しきり、誰にもその苦悩を知られることなく、戦いが終わるまで。

 颯元帥の信念は、この2度目の真相説明である程度理解出来た。ただただこの国を愛し、その手を汚しながらも平和を守り続けた、()()()()()なのかもしれない。

 

「決して許されるようなことでは無いわよね……平和のための鏖殺なんて。理由はどうであれ、殺人で解決しているんだもの」

「だけど、そうまでしないと国そのものに危機が訪れていたというのなら、選択肢としては充分に考えられるわ」

「そうなのよねぇ。私が同じ立場だったらどんな選択していたかしら。説得でどうにか出来る相手でも無かったら……うーん、難しい問題ね」

 

 陸奥さんと霧島さんが口を開く。我が鎮守府の戦艦、リーダーみたいなものなのだが、その2人も困り果てたような口振りだった。

 

「元帥閣下は愛国心の塊だったのでしょう。それが行き過ぎた正義だとしても、国のためを思って最善を尽くしている。とはいえ、隠し続けるのは無理があった。そこの選択は間違えていたんじゃないかしら」

 

 これまでの話から、霧島さんなりに分析をしていたようである。私が思っていたことを全て口にしてくれた。

 最初から全てを公表していたら、こんなことにはなっていなかったかもしれない。第二第三の教団が出来ることを恐れて、秘密裏に始末したと言っていたが、そもそもそれを恐れずに国民にその存在を知らしめていたら、事態は全く違う方向に行っていたかも。

 そう考えると、最初の選択が一番間違えていたと考えられるのも仕方ないことである。国の混乱を全て取り除くなんて出来やしないのだから、教団については全て公表しておけばよかったのだ。こんなことになるなんて思うはずがないから秘密裏に終わらせようと考えるのも無理はないのだが。

 

「……巻き込まれた側は堪ったものじゃないですけどね」

 

 ボソリと萩風が呟いた。それは勿論その通り。私も巻き込まれた側だから、萩風の気持ちだって痛いほどわかる。

 

「ですが、それは教団とやらの教祖が暗躍したことが問題なんですよね。今は生きてるか死んでるかは知りませんけど。むしろ、村雨さんが言っていた太陽の姫の依代というのが、実はその教祖なんじゃないですか?」

「依代はヒトの形をしていたけれど……私は教祖の顔も何も知らないわよ」

 

 そういえば、村雨は太陽の姫の依代を知っている唯一の艦娘だ。もしかしたら、これで依代のことが繋がるかもしれない。ちょうど教祖のことに詳しい大和さんもいることだし、そこから絵に起こせる秋雲もいる。それについては後からでも良いからやっておいた方がいい。

 

「深海棲艦が生まれたきっかけを作ったのが元帥かもしれなくても、()()()()()()()()()を作ったのはその教祖なんですよね。事の始まりがその教祖だというのなら、そちらを恨むことにします」

「そうね……私もそちらかしら。平和のために動いていた結果でこんなことになったとはいえ、そう動かした教祖に問題があると考えるべきだものね」

 

 元深海棲艦組である萩風と村雨がそう言ったことを皮切りに、今回の事件の問題は教祖にあるという意見で一致しようとしていた。特に一番酷い目に遭っている村雨がその発言をしたことが大きい。

 勿論、颯元帥の選択が正しいとは誰も言わない。しかし、間違っているとももう言わなかった。考え抜いた末の選択が予想外のオカルトなのはもう回避出来ない。それを落ち度とは流石に言えなかった。

 

「……最初から話していれば良かったのか」

 

 その流れに颯元帥が驚いていた。ここまで言っているのだから、全ての憎しみが自分に向くと覚悟していたのだと思う。

 

「あー……アタシも申し訳ない。元帥閣下にあそこまで(のたま)っちまった。信念を何も理解していなかったことはアタシの落ち度だ。感情に任せて暴言を吐いたことを謝罪させてほしい」

「いや……君にああ言ってもらえたのは、私が変われるきっかけになりそうだ。ここに来て全てを明かして良かったとさえ思う。私にとっては、あの解決方法は()()()()以外の何物でもない」

「意趣返しかい。参ったなこりゃ」

 

 小さく、本当に小さくだが、颯元帥が笑みを浮かべたように見えた。今まで長年感情を殺し続けていたことで、表情がうまく作れていない感じ。

 

「青葉、今のこの話、録画しているのかい」

「諜報部隊として、全て録画録音しっかりしてますよぉ。いざという時はこれを説得の材料に」

「データを削除しておいてくれ。この件、アタシらは公表しないことにする」

「了解です!」

 

 ニッコリ笑ってカメラの電源を切った。あとからみんなの前でデータを消し、この話は()()()()()()()()()

 

「だが、沈没船のことを公表したくないからと言っても、陽炎の力を使って無理にでも早く終わらせようとしたのはいただけないね。深夜に電話をさせて嫌がらせみたいなことまでしてきたのはさ」

「……ちょっと待て。それは私も知らないことだぞ」

 

 空気が変わる。

 

 以前、私の分霊の力を知った大本営が、わざわざ深夜に電話をしてきて、判断能力が低下しているタイミングを見計らって私を手に入れようとしてきた。あれは沈没船のことを知られる前に事を済ませようとする黒幕の仕業だと思っていた。

 しかし、颯元帥はその事を知らなかったと言い出した。そうなると、大本営の誰かが独断で動いたということに他ならない。

 

「それについては私が調べておく。客船関係なしに、分霊の力を狙っている者がいるのかもしれない」

 

 ここに来てまた違う問題が出てきてしまったが、これに関しては颯元帥に任せることでどうにかなるだろう。大本営の問題は、大本営のトップに解決してもらう。

 

 

 

 建前ではない感情を見せてもらえたおかげで、私も颯元帥の愛国心を知ることが出来た。やったことは問題だし、巻き込まれた私として複雑な感情ではあるが、戦いを終わらせるために太陽の姫をどうにかするのは変わらない。

 




先日、またもや支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88486621
MMD静画のアイキャッチ風駆逐隊。この菊月の身長差がとても良いです。


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教祖と依代

 颯元帥の真相説明が終わり、時間はお昼。重い話の後だったからか、緊張が抜けた途端に物凄い空腹感に襲われる。ただでさえ私、陽炎はついさっきまで哨戒任務に出ていたし、そこから帰ってきて真相を2度聞くことになったことで、時間も本来の昼食の時間からは大分押している。こうなってもおかしくは無かった。

 

「どうせなら、ここで食っていけばいい。どうせ監査も兼ねてここに来たんだろう。元帥閣下直々の監査なんて恐れ多いが」

「体裁は赤い海の対策に動いている鎮守府の監査ということで外に出た。申し訳ないが、お言葉に甘えさせてもらおう。大和、構わないか」

「はい、まだ時間はありますので大丈夫です」

 

 ついさっきまでは今回の黒幕としての認識が強かったため敵対心の方が強かったが、真相や真意が表に出たことである程度は近付きやすくはなっていた。

 勿論、苦手意識はそのままだし、自分から近付こうとするものはどうしてもいない。事を大きくしないように裏で教団全員を皆殺しにするという人は、それが正義のためとはいえ怖いものである。

 

 しかし、そういう相手にも一切臆さずに近付く者だっていた。

 

Marshal(元帥)がこのような者とは思わなんだ。国を守るために戦うとは、なかなかではないか! 余はネルソン、呉内という男の鎮守府の艦娘だ」

 

 相手が誰であろうと態度を変えないネルソンさんである。のっしのっしと近付いて、握手まで求めた。あまりにも怖いもの知らず。自分の上司のさらに上、むしろこの人より上なんていないというのにもかかわらず、態度を一切変えずに突撃したのである。

 颯元帥もほんの少しだけ驚いたようだが、その豪快な態度に気圧されるように握手に応じた。表情は硬くとも、ネルソンさんのこの勢いは誰だって動揺する。

 

「……呉内君か。彼はよくやってくれている。歴戦の提督だ」

「そうだろうそうだろう! My Admiral(余の提督)()()()だからな。評価が高いと余も喜ばしいものだ」

 

 握った手をブンブン振って、豪快に笑う。

 

「大本営とは長い付き合いになるからな。またこちらの鎮守府にも来てくれ。My Admiralは恐縮してしまうかもしれんがな」

「機会があれば……また行かせてもらおう。私は人との関わりを断ち過ぎていた」

 

 大本営のトップであるという立場もあるが、颯元帥は人前に出ること自体を控えていたようだ。余計なことをしてこの真相を突き止められたら困ると、感情を押し殺す以上に仕事人間過ぎる気がする。

 鎮守府運営も完璧にこなす代わりに、艦娘との関わりを必要最低限に抑えているらしい。それだと、お堅過ぎるとでも思われそうである。

 

 結局、颯元帥は艦娘と一緒に食堂で昼食を摂ることになった。ネルソンさんやサウスダコタさん、さらには引っ張られた霧島さんなどに囲まれての食事風景は、遠目から見ても異様ではあった。

 それでも、真相を知る者との交流というのは、それだけでも心を穏やかにするものではなかろうか。

 

 

 

 午後、私達は午前と同じように哨戒の予定だったのだが、急な来客の対応があったため、予定を変更。颯元帥に赤い海の現場を知ってもらうことに使うこととなった。報告は行っているだろうが、現場の声を聞くことでさらにわかることもあるだろう。

 説明役は何人も用意出来るのだが、今回は鷲の目により現場を確認し続けているアクィラさんと、分霊について語れる私。そして村雨。休日ではあるのだが、説明くらいならさせてほしいと村雨からの嘆願があったため、空城司令も許可を出した。

 

「……残りの時間は1週間強というところか」

「私の見込みでは。アオバに計算してもらって、そこから再計算を1日2回。今日も午前中に見てきてるから、ある程度は正確よ」

 

 この説明の後はアクィラさんは休息するべきと判断されたので、今日は1回観測が飛ぶことになる。アクィラさんも毎日出ずっぱりであるため、偶には身体を休める必要があるだろう。

 

「現状の問題点は3つ。赤い海の侵食の回避と、村雨と長門が間に合うか、そして最後の巫女『黄昏』だね。最初の2つは解決も時間の問題だからいいが、『黄昏』は進化したレ級とも言える。一筋縄では行かないだろう」

 

 やはり今一番の問題点は『黄昏』の存在だ。倒さなければ先に進めない。だが、ここで颯元帥がさらに付け加える。

 

「もう1つ、問題点はある」

「それは?」

「深海日棲姫をどうやって海の上に引き摺り出すか、だ。深海雨雲姫を撃破した時、その後に拠点に近付いても姿を見せなかったのだろう。潜水艦が船に近付いてもだ」

 

 確かに、何が起きても沈没船の中に引き篭もられ続けたら、倒せるものも倒せない。戦いにすらならない間に赤い海の侵食が拡がり、最終的には手が付けられなくなるだろう。

 それは『黄昏』を撃破出来たとしても変わらない。余裕が出来たところで、表に出す手段が無ければまた振り出しに戻る可能性すらある。

 

「村雨、その辺りは何かわかるかい。奴が表に出てくる条件とか」

「知っている限りのことを話すわ」

 

 ここからは太陽の姫を最も知る者として、村雨が奴の在り方を話してくれる。約10年を共に生き、側近として朝から晩まで側にいた村雨なら、何か攻略のヒントがわかるかもしれない。

 

「前にも言ったと思うけど、太陽の姫は沈没船の中にある依代がそこにある限り不死身。海上に出てきているのは、ある意味影みたいなものなの。だから、そっちのけで依代を壊すことを優先した方がいいと思うわ」

 

 これは私も以前に聞いた。沈没船の中には、太陽の姫が元々人間だったという証といえる依代が存在していると。つまり、その依代は人間であると考えた方がいい。それが生きているのか死んでいるのかは村雨にもわからないようだが。

 

「その影が海上に出てくるのに決まった日時とかは無いと思うわ。でも、完全にタイミングはわからなかったけど、気まぐれに浮上することはあった。あの時にはわからなかったけど、その名の通り、太陽の光を浴びるためかもしれない。あとは、何か気になることがある時に出てくるくらいかな」

 

 気になること。例えば、沖波のようなM型異端児の存在を認識した時、脅威となり得るため先んじて排除しようと動き出した時か。あの時はいきなり鎮守府に現れて驚いたものだが、やはり法則性というものは無い。

 新たに強力なM型異端児が現れた時、それを巫女へと変えるために表舞台に上がってくる可能性はありそうだ。とはいえ、今は赤い海を拡げることに躍起になっていそうなので、余程強くなければ優先順位が変わることは無さそうだが。私があの場にいても出てこなかったくらいだし。

 

「仮に表に出てこないとして、依代ごと沈没船を破壊するということは可能なのか」

「現場で確認したけど、渦潮が見たことないくらい大きかった。試しに爆雷を放り込んでみたけど、ちょっと沈んだ時点で爆発しちゃってる。艦娘が巻き込まれたら大変なことになっちゃうよ」

「ならば、潜水艦に破壊出来る兵装を装備させることは」

「あちらさんは抵抗が激しいそうだ。4人で向かって1人近付けるのがギリギリだったそうでね」

 

 依代の破壊自体が現実的ではないというのが現状だ。海上から沈没船を破壊することも難しく、海中から向かうのも至難の技。潜水艦に負担がかかり過ぎている上に、それでも成功するかはわからない。

 

「……さっき話題にも出ていましたが……その依代というのは教祖なんでしょうか」

「それはまだわからない」

 

 大和さんがおずおずと会話に参加。この中で教団の教祖を知っているのは、元教団の一員だった大和さんだけ。依代の姿形を伝えれば、それが何者かはわかるだろう。流れからして、十中八九教祖だとは思うが。

 

「村雨、その依代はどんなものなんだい」

 

 そういえば、依代があるということしか聞いておらず、それがどんなものかは聞いていなかった。ここ最近の村雨は忙しかったし、問題が山積みだったせいでそちらに気が回らなかった。

 

「私が見たのは……大体私と同い年くらいの女の子だったかしら。深海にいるのに、生きてるように見えたの。でもピクリとも動かないから死んでるようにも見えて……」

 

 海中だけならまだしも、潜水艦でなければ潜れない深海に生身で浮かんでいるというのだから恐ろしい。普通なら息とかそういうの以前に水圧で死んでいる。それが全く無いというのだから、その依代は見た目は人間だとしても深海棲艦として成立しているのだろう。

 むしろ、意思も魂も全て太陽の姫に移し替えた抜け殻みたいなものなのかもしれない。ただし、その殻があるから太陽の姫は不死身。

 

「えっと、その依代というのは15歳前後の女の子……ということになるんですか?」

「私が見たものはそうね。それが何か?」

 

 少しだけ目を逸らした後、意を決したように大和さんがとんでもないことを言う。

 

()()()()()()

 

 ならば、依代となっているのは教祖ではない。そうなると、その依代は何者なのかという話になってくる。少なくとも客船の中にいたことから、教団の一員と考えるのが筋だが。

 

「そうだ、アキグモに似顔絵を描いてもらうのはどうかしら。そうしたら、その教祖と依代の子がどんな感じかわかるわよね」

「ふむ、それはいいかもしれない。元帥、どうだろうか」

「その方がいいだろう。頼める者がいるのなら、今この場で形にしてもらうべきだ」

 

 アクィラさんの提案。確かに、それがどんなものかを可視化すれば、調査とかもしやすいだろう。村雨はともかく、大和さんは今この場にしかいない。

 その時間からかなり時が経っているのだから、教祖自体は調査されているかもしれないが、依代は確実に誰も知らない。沈没船のことを突き止めた物部司令も、中に生き残りがいたのかもしれないとわかった時に本気で驚いていたくらいだし。

 

 しーちゃんが秋雲を執務室に連れてくる。最初は何事かとビクビクしながら入ってきたが、似顔絵とはいえイラストの依頼ということで途端に目を輝かせて取り組んだ。

 颯元帥の前で絵を描くというのは緊張感があるだろうが、これは颯元帥からも頼まれた大切な仕事。

 

「うわ、すっげぇ緊張する。こんな環境でイラスト描くとか初めて」

「依頼出来るの秋雲しかいないんだからさ、頑張って」

「なら後からゲロ姉もデッサンモデルになってよね。御褒美くらいそろそろ欲しい」

 

 などと言いながらも、その特徴を確実に捉えてイラストにしていく。今回は漫画テイストではなく、ガッチガチの似顔絵なので、タッチもそれらしく。だんだん指名手配書みたいになってくるが、そこは秋雲が上手いこと濁して。

 太陽の姫のイラストを描くのとは違って、実物を見たわけでは無いので、あらゆる部分に憶測が混ざってくるが、実物を見ている者がそこにいるのだから、本物に限りなく近付いていった。

 

「こんな感じでいい?」

「うわ……凄いね。依代こんな感じだったわ」

 

 秋雲が描きあげた依代のイメージイラストを見て、村雨が感嘆の息を吐く。それくらいに再現が出来ているということなのだろう。

 

 その少女は、確かに私達と同い年くらい。やたら髪は長く、それ以外は少しスレンダーな体型。見た目としては沖波や磯波に近しいと思われる。

 そんな少女が、沈没船の奥底で眠るように蹲っているらしい。いわゆる体育座りでフヨフヨ浮いているような。それこそ、漫画で試験管の中に入れられている人工生命体みたいな感じか。

 

「で、こっちがその教祖サマね。こんな感じかな」

「……凄いですね……殆ど完全再現ですよ」

 

 証言をそのままイラストに起こした結果、大和さんが驚くほどの再現度を叩き出していた。ここまで褒められると秋雲も少し照れている。

 

 その男は、見た目としては中年。30代後半くらいなのだが、やたら身なりがいいという感じ。役者と言われても納得出来そう。

 イメージをそのまま描いているからか、人が良さそうではあるものの、確かに人心掌握に長けていそうな胡散臭さまで醸し出している。目の奥で何を考えているのかわからない。

 

「これは秋雲さんからの意見なんだけどさぁ。2人分描いたじゃん? そうなると、ちょっと気になることあんだよね」

「気になること?」

「この2人、()()()()()()()()

 

 描いている時にピンと来たらしい。パーツとかに似通った部分があるらしく、さりげなくそういう要素を入れたところ、現物を知っている2人から否定されることなく通ったということは、その感覚が正しかったということ。

 教祖の男を30代後半、依代の少女を15歳前後と見たとき、年齢的にも繋がる。親子関係と見ても間違いでは無い。

 

「ならば、その線で調査を依頼しようか。物部君に頼めばいいのか?」

「お、うちの提督使っちゃいます? いいっスよー。諜報部隊はその辺りも受け入れてますんでね」

 

 どうせ今わかっていることは情報共有するのだから、その際にこの似顔絵を使って何者であるかを調査することになる。颯元帥がそれを良しとしてくれるのなら、すぐにでも始められるだろう。

 

 

 

 問題点はまだ山積みな上、タイムリミットも刻一刻と近付いてきているが、新たに元帥という協力者が加わってくれたおかげで、解決もより早く出来そうである。今はやれることをやっていくしかない。

 




依代の少女がどんな外見かは、説明は要らないでしょう。


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新たな覚醒

 鎮守府の現状を知ってもらったところで、颯元帥は帰投。あまり長居するわけにもいかないというのは、立場もあるからこそである。これが大本営とかそういうので無ければもう少し長めに滞在まで考えられたが、よりによってトップなのだから仕方あるまい。

 大和さんをここに出向させるという話も出たのだが、それはそれでまた手続きが必要なので残念ながらそれは叶わず。むしろ、大本営トップの鎮守府から艦娘が出向するのは今までに無いことのため、手続きそのものも慎重にならざるを得ない。

 とはいえ、深海棲艦のラスボスと言ってもいいくらいの敵との最終決戦だ。激戦になることは必至なので、大本営としてもそれなりに手を貸す方向に持っていきたいようである。

 

「深夜の電話の件はこちらで調査しておく。教祖と依代の件はそちらに任せる。それで構わないか」

「ああ、任せておくれ。物部にも情報を渡して、関係性について調べておく。深海日棲姫のおびき寄せ方は、また追々考えていくことにするよ。時間はあまり無いがね」

「そうしてくれ」

 

 端的に言葉を並べていくのは、颯元帥の癖みたいなものなのかもしれない。感情を押し殺しているのも相まって、事務的なところに関してはロボットみたいなイメージにさえ見えた。

 だが、本心はわかったので、それでも構わない。あの謝罪はしっかり心に響いた。行き過ぎた正義感でも、これ以上無い愛国心あってこそ。褒められはしないが、罵るのも違う。元凶は教祖なのだ。

 

「大和、行くぞ」

「はい。では、失礼します」

 

 また颯元帥には頼る時が来ると思う。今回の戦いは内容が内容なのだから、大本営としても動向が気になるだろうし。

 ここからは頻繁に連絡を取ることになる。あちらでも調査してもらっていることがあるのだから、そういうところの連携は必要だ。

 

 

 

 颯元帥が帰投したことで、鎮守府はまた平常運転に戻る。とはいえ、なんだかんだ哨戒に行くことは出来ないくらいの時間になったため、残った時間は急遽お休みということになった。アクィラさんがお休みということなので、哨戒部隊は全員それに便乗する形に。休息に使うのもいいし、鎮守府で行なわれることに便乗してもいい。

 

「村雨は午前中何してた? 今日はお休みだったでしょ」

 

 私、陽炎は、一緒に説明の場にいた村雨と行動していた。アクィラさんはせっかくの休みなのだからと、間宮さんのところで甘味を楽しむとのこと。

 村雨は艦娘となって初めての休日だったので、何をしたらいいものかと悩んでいた。午前中は何とか時間を潰しただろうが、午後から潰す手段が無いのなら、私のお休みにでも付き合ってもらおうかと思っている。

 

「みんな何かしらお仕事してたし、夕立は本当にずっと寝てたから、沖波にオススメされた資料室に行かせてもらったわ。ほら、私10年分空白があるし」

「あぁ、確かに」

 

 自分でそういうことが言えるくらいには、村雨も吹っ切れているようである。毎晩夕立と五月雨が一緒に寝ているだけはあるのかもしれない。1人でいる時間が基本的には無いので、心を落ち着ける余裕はある。

 資料室で本を読んでいる間はどうしても1人になってしまうが、それでも取り乱すことが無かったようなので、充分に回復したと言えるだろう。訓練中は余裕も無いだろうし。

 

「午後はどうしようかしら。やっぱり急に休みってなっても暇を持て余すのよね」

「私は散歩とかしてたかな。あと、外で昼寝とかしてた」

「昼寝かぁ……それもいいかもしれない。身体はそんなに疲れてないんだけどね」

 

 夕立以上に疲れているであろう村雨なのだから、部屋でグッスリ眠ってもいいと思う。お風呂の力で疲れが取れていても、無自覚で蓄積されていくのが疲れだ。私だって、脚を酷使しすぎて2日でダウンしてしまったことがあるし。

 村雨は改二に向けて短期間で詰め込んでいるのだから、私の脚と同じことが全身で起きていてもおかしくないのだ。やるだけやって突然倒れたら、それこそ訓練の意味が無くなる。入渠すれば何とかなるかもしれないが、そういうことじゃない。

 

「ちゃんと身体のケアはした方がいいよ。私も脚の件で何度も速吸さんにマッサージしてもらったし」

「私もお願い出来るかしら。でも、速吸さんが暇ならでいいんだけれど」

「ちょっと探してみる?」

 

 速吸さんがいるとしたら、やはり医務室。そこにいなかったら訓練などのために外を見てみるのがいいだろう。

 

 その流れで、一旦医務室に。正直いたらラッキーくらいで考えて中を見てみたら、なんだか随分盛況だった。大鷹率いる海防艦達が、医務室に勢ぞろいしていたのだ。対潜部隊として一緒にいることの多い五十鈴さんと龍田さんは別件でここにはいない。

 速吸さんもその中にいた。今は大東の身体測定中。

 

「あれ、みんな揃って何やってんの?」

「海防艦は定期的に健康診断をしているんです。この子達は成長期ですし」

 

 大鷹が言うには、海防艦ならではの恒例行事らしい。私達くらいの歳になればそこまで重要視はしていないようだが、海防艦は普通に子供。成長期というのもあるが、体質の変化とかに敏感になる年頃でもある。それに、艦娘という特殊な仕事をしている以上、何かしらの影響があってもおかしくない。例えば、成長が阻害されるとか。

 そういった部分を調べるためにも、数ヶ月に1回のペースで健康診断をやっているそうだ。この鎮守府には、そういうことが任せられる速吸さんがいるため、外から医者などを呼ぶ必要も無い。自由なタイミングで行なえる。

 

「はい、大東ちゃんも健康そのものですね」

「やったぜー! 背も伸びてたしな!」

「占守も成長してたっしゅよ!」

「ま、まつわも……!」

 

 身長体重で一喜一憂する感じが子供らしく、見ていて微笑ましく感じる。見た目ではそう変わった感じには見えないが、まだ私も日が浅い方だし、この子達がここに配属された時よりは大きくなっていたりするのだろう。

 

「さて、では最後に同期値を見ておきましょう。機械を繋ぎますから、じっとしていてくださいね」

「はーい」

 

 健康診断の項目に同期値があるのも艦娘の特徴。そうそう変わることは無いのだが、成長に合わせて同期値に変化がある可能性は無いとは言えない。

 もうそろそろ終わるようなので、少し待たせてもらうことにした。これが終われば速吸さんもフリーになるようなので、村雨のマッサージを依頼出来るかも。

 

 しかし、ここで誰も予想していなかった事件が起きる。松輪の同期値を計測しているときだ。

 

「……んん?」

 

 その数値を見て、速吸さんがどうもおかしな顔をする。今までそんなことが無かったので、急に不安になる松輪。

 

「あ、あの……はやすいおねぇちゃん……まつわになにか……」

「同期値が上がってる……」

 

 戦いの最中に同期値が増減することは別に珍しいことではなく、戦っているうちに艤装が馴染み、その型の同期値が上昇するというのは今までにも幾度となくあったことだそうだ。占守や大東だって、当初に比べれば1とか2とかの僅かな数値で上がっていたりする。

 だが、松輪の場合は、それとはまるで違うらしい。数値を見ているのは速吸さんだけなので、それがどれほどのものかは私達にはわからない。とはいえ、ここまで驚いているのだから、その上がり方は普通では無いのだろう。

 

「松輪ちゃんの前の値は……400ちょっとってところですね。でも今は……4()0()0()0()()()

 

 松輪だけではなく、ここにいる全員が目を見開いた。僅かな上がり幅だったから笑って済ませる同期値の変動が、いきなり10倍となったら話が変わる。そもそもがM型異端児である松輪でそれなのだから尚更だ。

 

「松輪、身体がおかしいとかないっしゅか!?」

「気持ち悪いとかないか!?」

「う……うん……」

 

 取り乱したのは占守と大東だが、松輪自身は頭にハテナマークが大量に浮かび上がっているだけ。何故自分がそんなことになっているか理解が出来ない様子。慌てふためく2人を余所に、数値を聞いた後は茫然とするのみである。

 今までやってきた健康診断の結果も良好であるため、この同期値の急上昇が身体に影響を与えているところは無さそうである。顔色も悪くないし、疲れなどがあるわけでもない。

 

「D型同期値が上がってるわけではないので、そこまで心配は無いと思います。ただ、沖波ちゃんよりも高い値に急上昇しているので、原因は知りたいところですね」

 

 沖波のM型同期値は2500ちょっと。村雨が来るまでは鎮守府のM型同期値最大値をマークしていたくらいの高すぎる値。元は2000だが、私がそこを少し上げてしまったのは申し訳ない。

 しかし、松輪はそれすらも追い抜いてしまった。つい最近までそんな傾向が無かったのに、それこそ突然である。

 

 そして、その理由は私にはすぐにわかった。おそらくここにいる者には誰にもわからない。()()()()()()()()()()()()にしかわからないこと。

 

「松輪、多分あの時に覚醒したんだ。由良さんが『黄昏』にやられた時」

 

 私の言葉に、松輪がビクンと震える。辛い戦いを思い出させてしまったか。

 

 あの時の松輪は、今までとは違った。私達が束になってかかっても傷一つつけられなかった『黄昏』に、由良さんを守るためにたった1人で立ち向かって善戦した上、撤退のチャンスすらも作ってくれた。

 松輪はその時に覚醒している。選ばれし者としての力が目覚め、あのとんでもない危機回避能力と、去り際の爆雷による一撃を手に入れた。殆ど無意識にそれを繰り出してしまった辺りがまさに選ばれし者。

 

「あの時の松輪は本当に凄かったからね。松輪がいなかったら撤退すら出来なかったよ」

「あ、あう……」

 

 茫然としていたところに私が畳み掛けるように褒めちぎったことで、今度は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「おー、松輪凄いっすねぇ。占守も見たかったっしゅ」

「マツの活躍するところとか、あたいも超見たかったぜ!」

 

 占守と大東はそれに嫉妬などをすることなく、さらに褒め称える。そのせいで松輪はどんどん赤くなっていくが、そういうところは一切気にせず容赦なく褒める。

 この3人、本当に仲がいい。喧嘩とかも多分したことが無いくらいに素直で良い子に育っている。この鎮守府での教育方針は間違っていないようだ。命の危険があるとはいえ。

 

 だが、ここで少し不安そうな顔をしたのは村雨だった。

 

「そのM型同期値っていうのが急激に上がったのよね……それだと、太陽の姫に狙われるようになるんじゃ……」

「あ、確かに」

「その『黄昏』って奴がどういう動きをするかはわからないけど、少なくとも私は、沖波に分霊が効かないってわかったときは太陽の姫に報告したもの。アイツは選ばれし者だって」

 

 その不安は当然のものだ。分霊が効かない沖波の存在を知ったことで、わざわざ鎮守府まで乗り込んできたくらいなのだ。あの赤い海の近くで『黄昏』と戦い、さらにはそれを撃退する程にまでの覚醒を見せた松輪を、太陽の姫が放っておくとは思えない。

 今は赤い海を拡げることに専念しているかもしれないが、松輪がまた戦場にいるのなら確実に狙われるだろう。『黄昏』の宣言通り命を奪おうとするかもしれないし、沖波の時のように太陽の姫直々の分霊により新たな巫女に取り込もうとするかもしれない。

 とにかく、松輪の身が途端に危険になったことは間違いなかった。戦場に出ようが出まいが、確実に狙われる。特に『黄昏』は松輪のことを目の敵にしているし。

 

「……すごく悪いこと考えちゃった」

「奇遇だね。私もだよ」

 

 ここで、私と村雨は同じことを考えたのだろう。今は太陽の姫をどうやって誘き寄せるかという問題があるのだが、この松輪の存在がその問題を解決出来るのではないかと。

 

 松輪を狙ってくるのなら、それを()に、太陽の姫を海上に誘き寄せ、その間に依代をどうにかするというのが一番の得策と考えてしまった。当然だが松輪はその間一番危険な場所にいることになるし、最悪死ぬか、巫女にされて私達に牙を剥くことになる。

 前者も当然ダメだが、後者はさらに問題だ。心優しい松輪が巫女の記憶を持ち、さらには死による解放までされてしまったら、元に戻れたとしてもトラウマが酷すぎる。私達でもなんとか吹っ切れることが出来たくらいなのに、こんな小さな子に同じ荷を背負わせるのは苦行以外の何物でもない。

 

「大丈夫っす! 松輪が狙われても、占守達が守ってあげるっしゅ!」

「そうだぜ! マツはあたいらのエースだかんな! 任せろってんだい!」

 

 こういうところで子供達の元気は励みになるというものだ。私達が何かを言うよりは一番親しい同年代にこういうことを言われた方が、松輪としては元気に繋がるだろう。

 狙われるかもしれないという事実に不安がっていた松輪も、2人の親友に励まされて最後は笑顔を取り戻していた。

 

 

 

 選ばれし者、松輪は今後の戦いのキーになってくるだろう。それを良しとするのなら、ではあるが。

 




松輪が覚醒したことを太陽の姫が理解していないわけもなく、赤い海拡張が無かったらまず間違いなく鎮守府に攻め込んできていたでしょうね。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88534762
MMD静画のアイキャッチ風霧島。親分と子分のコンビは、このまま巣にカチコミに行く感じでしょう。


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村雨の傷

 たまたま出向いた医務室で海防艦の健康診断が行なわれていたのだが、そこで松輪のM型同期値が爆発的に跳ね上がっていたことが判明した。今までの値の10倍にまでになっていたことでいろいろと心配されたが、松輪としては何も変化が無いようで何よりだった。

 しかし、私、陽炎と村雨は、そのM型同期値を聞いたことで少し悪い作戦を思い付いてしまう。太陽の姫が選ばれし者を狙って動いてくることが多いため、松輪も例に漏れないのでは無いだろうかと。本拠地に限りなく近付いたとしても現れないような者を誘き寄せることが出来るかもしれない。

 とはいえ、松輪のような子供を囮に使うような作戦はよろしくない。こういう案もあるという程度に留めて、その先は空城司令に任せることにした。松輪自身は、おそらくまた対潜部隊として出撃することになるとは思うし。

 

「そういえば、陽炎ちゃんと村雨ちゃんは何故医務室へ? 具合でも悪くなりました?」

 

 健康診断を終え、海防艦達が医務室から撤収した後、速吸さんに聞かれる。そういえば松輪の同期値で驚いてしまっていて本題を忘れていた。

 医務室に来た理由は、今までの過酷な訓練を耐え続けていた村雨の身体に疲労が蓄積されている可能性が高いので、マッサージをお願い出来ないかということ。なんだかんだで明日からもまた酷使することになるので、お風呂だけでは抜き切れない疲れを取ってもらいたかった。

 松輪の件の報告はこれの後でいいだろう。緊急事態というわけでもないし、勘付いたあちらが今からの時間に襲撃に来るとは到底思えないし。

 

「実は、マッサージしてもらえないかなって」

「なるほど、それくらいお安い御用ですよ。村雨ちゃん、大分しごかれていましたもんね」

 

 体力作りのメニューは速吸さんが作っているので、しごいている一員に含まれているのは突っ込まないでおく。

 

「長門さんも午前中に来ましたよ。あの人、すごいことになってましたから」

 

 村雨を揉み解しながら、長門さんのことも話してくれた。村雨と同じように長門さんも今日はお休みだったのだが、真っ先に速吸さんにマッサージをお願いしに来たらしい。村雨とは酷使の仕方が違うとは思うが、しごかれ方が別次元であるのは私もわかるくらいだった。

 しこまれているのが鎮守府の守護者たる間宮さんと伊良湖さんの技であり、陸戦最強の神州丸さんの技に加え、陸奥さんの一斉射も一緒に出来るように鍛えている。さらには、ここ最近ではネルソンさんまでもがちょっかいを出そうとしているらしく、ありとあらゆる戦況にも対応出来るようにされているらしい。

 

「おかげで午前中全部使ってマッサージですよ。でも、筋肉とか大分仕上がっていましたね。短期間でアレは、やっぱり艦娘でないと出来ないことです」

「見た目はあんまり変わってないみたいだったけど」

「艦娘ってそういうものですよ。ほら、陸奥さんや霧島さんだって、あんなにスタイルがいいのにすごいでしょう」

 

 確かに。艦娘はそういうところの見た目に出ないようである。陸奥さんとか、見た目はどう考えても女性らしい体型ではあるが、スタミナもあれば筋力も鎮守府の中で一二を争うレベル。ちなみに争っているのは霧島さん。

 もしかしたら私も、こんな見た目でも普通の人より筋力があったりするのかも。周りがとんでもないため実感は薄いけど。

 

「村雨さんも大分蓄積されてましたね。今来てくれたのは正解ですよ」

「そ、そうなんだ……っく、良かった……」

 

 的確に疲労の溜まった場所を揉み解すため、ちょくちょく声が出ている村雨。M型になった夕立みたいなものということは、こういうところで声は抑えないし、そういった事に対してオープンなところがある。性格まで似通わなくてもいいのだが。

 

「明日からまた頑張らないといけませんもんね。しっかり揉み解しておきましょう」

「お、お願い……んんうっ」

 

 結局この後、村雨は全身を揉み解され、何度も声を上げることになる。痛みではなく快感というのなら、マッサージがしっかり効くほどに無自覚の疲労が蓄積されていたようである。

 短期間の訓練はこういうところでしっかりケアしなくては、後々大変なことになってしまうのがよくわかった。

 

 

 

 マッサージ終了後、速吸さんは執務室へ向かうということで去っていった。松輪の同期値について報告するのだろう。そこからどんな考えに至るのかは、空城司令次第。

 で、私は村雨を任されたのだが、マッサージが余程気持ち良かったか、それほどまでに疲労が溜まってしまっていたか、医務室のベッドで爆睡。全身揉み解されて疲労は全て飛んだ代わりに、見たことが無いくらいにダルンダルン。

 

「村雨、終わったよ。起きなー」

「……んん……私……寝ちゃった……?」

 

 揺すれば起きるくらいではあったものの、まだ寝ぼけ眼である。なんやかんやでベッドから立ち上がろうとしないでウダウダ。

 時間はまだあるので、寝ようと思えばまだ寝られる。あまり午後に寝すぎると、夜の本来の就寝に支障が出そうではあるが、そこまで疲れているのなら大丈夫だろうし。ここで寝続けるのはあまりよろしくないと思うので、まずはここから出ることを促す。

 

「まだ寝たいなら部屋に戻ろうね」

「そうね……そうしないとねぇ……」

 

 などと言いつつも、その目は徐々に閉じていく。もしかして村雨は低血圧か何かか。寝起きが非常に悪い。そういえば、私の部屋で寝ていた時の夕立も似たような感じだった。私が押し潰して無理矢理起こしたりしていたのも、まだ数日しか経っていないのになんだか懐かしい。

 

「ああもう、ちゃっちゃと動く。寝るなら自分の部屋」

「はいはぁい……陽炎持っていって」

 

 何を急に甘え出すのだ。だが、それくらいしないとここから動かなそうなので、渋々おぶる羽目に。実際、まだ微睡んでいるような雰囲気はあったので、それくらいしてやらないと動かないような気もしたし。

 最初は寝ている体勢から運ぶためにお姫様抱っこでもしてやろうかと思ったのだが、あれが存外に難しく、同年代を抱えるのは結構しんどかった。まだ鍛えが足りないだろうか。

 

「村雨、結構重い」

「乙女に向かって失礼な」

 

 冗談を交えつつも、難なく村雨の部屋まで持ってくることが出来た。こういう時に限って誰ともすれ違わないという。夕立とかが起きていたら、確実に代わりに運んでくれていただろうに。

 

 ベッドに放り投げてやろうかと思ったけど、さすがにそれは雑過ぎるかなと思い、ちゃんと優しくベッドに寝かせてやる。

 

「そんなに眠いの? ちゃんと夜寝れてないの?」

「……恥ずかしながら、全然寝れてない」

 

 苦笑気味に、少し沈んだ声で返してきた。

 

 よくよく考えてみれば、村雨は今の身体に戻れて、治療まで終わって、それでもまだ1週間足らずしか生活が出来ていない。見た目では大分吹っ切れられていても、内心ではどうかなんて私にわかるはずがなかった。

 私だって何度も何度も記憶を取り戻すように悪夢を見せつけられ、実際に巫女となり元に戻った後も悪夢は見た。これは萩風や長門さんだって経験している。村雨が私達より特に長い期間あちら側だったのだから、その分重たい悪夢を見てもおかしくない。

 村雨の場合、その悪夢が巫女にされた当時の記憶だけではなく、その後の活動も入ってくる。私は幸いにも、鎮守府で深海棲艦と化し、鎮守府で元に戻された。だが、村雨は『雲』として10年もの間を深海棲艦として活動し、街を滅ぼすこともしてしまっている。萩風や長門さんの暮らしていた街を滅ぼしたのも『雲』だ。それを反芻させられるのは悪夢以外の何物でもない。

 

「……夕立と五月雨にも、結構迷惑かけちゃってる。夜中に起きることも何度もあるし……魘されてるところを夕立に起こしてもらうこともあった」

「……そっか」

 

 さっきのマッサージの後は、まだ短時間だったから悪夢を見るようなことは無かったようだが、そのままグッスリ眠っていたらダメだったかもしれない。私も最初、外で昼寝した時に悪夢にやられた。

 

「最近はスパンが減ってきたけど……やっぱり、ね。まだまだ私は吹っ切れられないみたい」

「私もそうだったよ。みんなが私の部屋で寝てくれてるのって、その名残なんだ」

「……そうよね。陽炎はかなり特殊だもの」

 

 そんな身体でよくここまでの訓練に耐えられたものだ。その分やる気があったと言えば聞こえはいいが、艤装を装備していればある程度補助が利くとはいえ、取り返しのつかないことになりかねないだろうに。

 しかし、私がこうやって横にいるとまた違った安心感があるようだ。艤装姉妹が構ってくれるのも心が癒されるようだが、私は村雨と境遇が似たようなもの。同じように太陽の姫の巫女としての()()というのは、それだけでも違う感覚が得られる様子。

 

「ちょっとだけ……甘えさせてもらっていいかしら」

「構わないよ。どうせ私もお休みだしさ」

「グッスリ眠れる気がするの……今だけ近くにいてもらって……いいかしら」

 

 それくらいならいくらでも。村雨だって散々な目に遭っているのだ。異端児駆逐艦の中ではトップクラスとも言える。なら、助け合うのが私達のやり方だ。今までだってそうしてきたし、これからだってそうしていく。

 

「ご飯の時間になったら起こすよ。だから、今はゆっくり寝ればいい」

「ありがと……」

 

 言うが早いか、村雨はそのまま眠りについた。さっきのマッサージの後のように、熟睡と言ってもいいほどに深く。

 

「夕立、いるんでしょ」

 

 村雨が眠りについたところで、部屋の外に声をかける。ああやって話している内に、夕立が外で待っていることに気付いた。いつもなら気にも留めずに大きな音を立てて入ってきそうだが、村雨のこととなったら話が変わるようだ。

 

「ぽい……むーさん寝た?」

「うん、ちゃんと寝てる」

 

 そろりそろりと部屋に入ってきて、村雨の寝顔を見て安心したような顔。先程村雨も言っていた通り、真夜中に悪夢に魘されて夕立が起こすということが何度もあったみたいなので、ここまで安らかに眠っている姿を見ると、それだけでも嬉しいようである。

 

「むーさん、ゲロ様よりも酷いっぽい。夜に2回起きちゃうこともあるし、今のところ毎日続いてるの」

「そっか……10年だもんね」

 

 蓄積の年月があまりにも違うし、活動の幅も私達とは比べ物にならない。潜み続けて監視をしていたとかでもなく、侵略という行為をやり続けていたのだから、トラウマは私達が思っている以上に根深くて重い。

 

「ハギィやながもんさんの街を滅ぼしたこともずっと覚えてるみたいだし、人間を殺した感覚もまだ染み付いちゃってるって。夜は夕立とサミーに愚痴ってくれてね」

「それで少しでもストレスが発散出来るならいいけど」

「その時はスッキリしてるけど、結局悪夢は見るみたいだから、モヤモヤしてるんだと思う」

 

 自分でその10年間のことを口に出すことは出来るようでも、それだって無理をして吹っ切れている振りをしているだけなのかもしれない。私達に心配させないように振る舞っているという可能性すらある。

 

「でも、強くなるんだーって物凄いやる気っぽい。ゲロ様が治してくれたからって、すごく感謝してるっぽいよ」

「そっか。ならやっぱり治療して大正解だったね」

「ぽい。治さないなんてこと選べないっぽいよ。むーさんだって被害者だもん」

 

 グッスリ眠る村雨の髪を弄りながら、寝顔を眺めてはニコニコ笑みを浮かべる。夕立としても、村雨のことは姉として気にかけているようだ。

 

「よし、夕立もここにいるっぽい。むーさんがまた魘されるかもしれないしね」

「ん、そうだね。私だとわからないかもしれないから、一緒にいてくれると助かる。でも、ここで一緒に寝ちゃうようなことはしないでよね」

「……善処するっぽい」

 

 結局夕立もうつらうつらし始めて、最終的には村雨の隣で眠ることになるのは言うまでも無かった。夕立だって、村雨の悪夢を止めるために夜にあまり寝ていないのだから、こうなってもおかしくはないのだ。

 

 

 

 村雨のトラウマは根深い。簡単には払拭出来ないだろう。

 みんなが側にいればきっといつかは断ち切れるはずだ。それまでは、こうして一緒に暮らしていくのが一番だ。

 




10年間、太陽の姫の巫女をやって沈没船の中も知っているくらいに深い繋がりだったのですから、悪夢もそれ相応に酷いものばかりでしょう。村雨だって被害者。


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艦隊の頭脳

 悪夢を見続けているせいで寝不足気味だった村雨も、速吸さんのマッサージと、その後の爆睡でようやくスッキリと眠れたようだった。午後の残った時間は夕立も一緒に昼寝をして、心身共に回復出来ていた。

 

「艦娘になって初めて悪夢見なかったかも」

「ぽい! むーさんグッスリだったもんね!」

「夕立もね」

 

 暗くなるまで眠っていたため、私、陽炎も一緒にそのまま食堂へ向かって夕食。その頃には鎮守府で行なわれていた業務も全て終わっていたため、訓練で外に出ていた沖波と萩風や、花壇の手入れをしていた磯波とも合流。

 全員有意義な1日が過ごせたようで、特に磯波は何だかキラキラしていた。趣味に勤しみ、休みを休みらしく使えたのは心の癒しとしては最高だ。

 

「明日からはまた訓練なのよね……でも、今日は本当にしっかり休めたし、もっと強くなれそうな気がする」

「ぽい! 明日からは実戦訓練だと思うよ」

「実戦……ガチで戦うってことだよね。あの砲撃だけのとは違うの?」

「全然違うっぽい。砲撃も雷撃も全部やるガチのぶつかり合いっぽい!」

 

 今までの訓練でガチガチに詰め込まれ、駆逐艦として出来ることを全て出来るようになっている。多少は端折っているところはあるかもしれないが、砲撃と雷撃は最優先に鍛え上げ、既に夕立程に動けるところまで来ているのが村雨だ。

 だが、まだ実戦訓練まではこなしていないらしい。訓練の一環として多少の対戦くらいはしたようだが、持てる技術を使った実戦となると話は別。それこそネルソンさん達とやったガチのぶつかり合いなんてものも、村雨は今後体験していくことになるだろう。

 

「まずはアレじゃないの。霧島さんとガチでやり合うヤツ。私らもやって、ボッコボコにされたじゃん」

「ああ……もう結構前になるけど、やったね。何でもありの1対1」

 

 あの頃の訓練を思い出して、沖波が苦笑した。磯波も苦笑気味。私もあの時はいきなり生贄にされた挙句、一番の初心者だったにもかかわらず、容赦なくこっ酷くやられた。

 1対1とはいえ、こちらは駆逐艦なのに相手は戦艦。しかも、この鎮守府の最高戦力の1人であり、攻防一体の盾と駆逐艦とは比べ物にならない威力の主砲を操る大親分。代わりに、的確に次の課題を教えてくれるので、あの()()()()()もしっかり次へと進めるステップになっている。

 

「1人で戦艦とぶつかるの……!?」

「あり得るよ。急ピッチな訓練だからね」

 

 訓練開始から僅か数日でそこまで進めるというのは、今までで見ても最速記録であることは間違いない。それもこれも、村雨の才能あってこそな部分もある。夕立と同じくらいの戦闘の才能があるのは、元々巫女として活動させられていたからというのもありそうである。

 これは普通に喜んでもいいことだ。戦いたいと思って努力していることが、才能も加わって思い通りに行っているのだから。最初の海上移動で苦戦したこと以外は全てトントン拍子というのも恐ろしい。

 

「そうでなくても、ここからさらにハードになるでしょうね。戦いはもう間近ですから」

 

 萩風も近日中に戦いが始まるということで努力を欠かしていない。今日の訓練も実戦訓練でしごいてもらったらしく、より強く動けるように身体に刻み込んでいるとのこと。沖波が感心するくらいなのだから、それは相当である。

 

「でも、焦らずに行くっぽい。大丈夫、むーさんヤバいくらい強くなってるから」

「そ、そう。なら、今のペースで頑張るわ」

「その調子っぽい! 今のスピードなら改二もすぐっぽいよ」

 

 ものの1週間ほどで改二というのも恐ろしい話だ。急ピッチにも程がある。しかし、それくらいやらなければ最終決戦には間に合わない。出来ることは全てやり、自分の全てをその日にぶつけるのだ。

 そういう意味では、私も訓練は欠かせない。今以上に動けるように、今以上に耐えられるように。『蜃気楼』のための下半身強化は必須だし、『屈折』のための命中精度向上も必須。私もやることは多かった。

 

 

 

 翌日、訓練再開。今回は私も村雨の訓練に便乗することになっていた。面子としては、私と夕立が村雨の補佐。そこに菊月が加わっているため、今からの訓練に『心眼』が必要であることがわかる。

 そしていつもなら教官役として砲撃の阿賀野さんや雷撃の木曾さんが前に立つのだが、今回は案の定と言った感じであった。

 

「そこの異端児2人は予想していたようだけれど、今回の教官は私よ」

 

 霧島さんである。ある意味、基礎が出来ているという証明であるとともに、ステップアップへの過酷な壁が現れたわけだ。昨日の夕食の時に少し脅してしまった感じになっていたが、それが本当になるとは。

 やることは簡単、私達が前にやっていたことと同じで、霧島さん相手に1対1。何でもあり(バーリトゥード)の戦い。霧島さんもその分何でもやってくるわけで、初心者の村雨相手にやるかどうかはわからないが、あの盾による攻撃も入れてくるかもしれない。

 

「じゃあ、早速村雨がやってみましょうか」

「え、えぇっ!?」

「基本的には貴女の訓練なんだもの。勿論残り3人もしごくけれど、最優先は貴女。今の実力を見てから、次は3人の戦い方を見て学び、自分に活かす。当然、私の戦い方を盗んでくれても全く構わない」

 

 私の時と同様、一番の初心者が最初の生贄となる流れ。だが、私としても今の村雨がどれだけやれるのかを知っておきたい。

 巫女の時とは艤装の扱いがまるで違うのだから、艦娘としての村雨がどのように成長したかのテストをするようなもの。戦い方がわかれば連携もしやすくなる。菊月がいるのはそれも兼ねているからだろう。

 

「村雨、諦めなよ。私もその洗礼受けてるから」

「むーさん頑張って。親分も鬼じゃないっぽい」

「いいじゃないか。今より強くなれるのなら、この菊月は万々歳だぞ」

 

 三者三様で言うものの、後から自分でやることになるにもかかわらず他人事の言い方である。村雨も流石に諦めて前へ。その時には覚悟も決めて、やる気で進んだ。

 戦艦相手に1人で立ち向かうというのは恐ろしいとは思うが、強くなりたいという気持ちは本物だ。これを乗り越えて、技術と精神を鍛える。霧島さんとの1対1(タイマン)は、そういうところの訓練にもなる。

 

「それじゃあ、お願いします……!」

「ええ、好きに戦えばいい。実戦と同じだから」

 

 こういうときは審判というか開始の合図は菊月が出すようで、戦いを見学する私達から一歩前に出る。

 

「両者準備はいいようだな。ならば、始め!」

 

 菊月が開始の合図を出した瞬間、霧島さんの主砲が全て村雨の方に向いた。いきなりの砲撃。私達の時もそうだったが、開始の合図が砲撃の合図となっているくらいに先制攻撃をぶちかましてくる。

 とはいえ、かなり大振りな一撃であるため、見てからでも避けられる砲撃だ。霧島さんもそこは本気ではやっていない。テンパってなければ確実に判断出来る。

 

「いきなりっ!?」

 

 勿論村雨もそこは見てからでも判断出来たようで、しっかり確実に砲撃を回避。

 当たり前だが、村雨は『雲』の回避方法はもう使えない。あれはあの艤装と、深海棲艦のフィジカルがあってこその技。私の脱力回避や、沖波の空を切る回避とは依存度が違う。

 

「敵は待ってくれないもの。だから、私も待たない。近づくなり、隙を見つけるなりして、私に1撃当ててみることね」

「め、滅茶苦茶ね! でも、やってみせる!」

 

 回避しながらでも、視線は霧島さんから外さない。その動きを見ながら撃つタイミングを計り、着実に前へと進む。ジリジリと間合いを詰めながら、砲撃の隙間を狙う。

 しかし、霧島さんはそういうところはガチ。砲撃を撃った瞬間の隙にちょうど村雨の砲撃が重なってしまった場合は、きっちり盾で防いでいる。下手をしたら回避行動すら取らず、ただそこに立ったまま撃ち続けるのみ。つまり、()()()()()()()()()()()

 まぁここ最近一気に成長しているとはいえ、霧島さんからしてみればまだまだひよっこ。これだけやってきた私達ですら1対1だと本気を出してもらえるかわからない。私達が強くなると同時に、霧島さんも強くなっているのだから。差は簡単には埋まらない。

 

「親分、むーさんの動きもここで頭に入れてるっぽい」

「さすが艦隊の頭脳……ちゃんと見てるってわけだ」

「ぽい。むーさんまだ雑になっちゃうから、指摘するポイントをいくつも見つけてるんだと思う」

 

 私達が初めて霧島さんに相手をしてもらったときも終わった時にいろいろと指摘を受けたものだが、村雨も同じようになるのだろう。

 村雨は現状でも大分詰め込み。指摘部分は私達の時以上に多そう。いくら戦闘の才能があったとしても、付け焼き刃の部分もまだまだ多い。似たような夕立だってさんざん指摘を受けていたし。

 

「回避は出来ているが、攻めあぐねているな。訓練とは違うから、2つのことを同時にやるのがまだ慣れていない。雷撃のことも頭から抜けているんじゃないか」

「砲撃訓練の時はそんな感じしなかったっぽいよ?」

「アレは駆逐艦同士でやっていたからだろう。相手が誰だと思っている」

 

 観察し続けている菊月も、村雨の戦闘にはいろいろと思うところがあるのだろう。この演習は、初心者を卒業して中級者になるための戦いだ。見る場所も多い。

 駆逐艦と戦艦の砲撃の威力は雲泥の差。正面に立たれるだけでも萎縮してしまいかねない威圧感があるのに、紙一重で避けても衝撃でダメージを受けかねない攻撃を撃たれ続けるというのは、それだけでも戦い方がまるで違う。

 

「だが、よく見ているな」

「ぽい。夕立仕込みだからね」

「それがよくわかる。直感から動きがどんどん良くなってるのはわかるぞ」

 

 菊月の言う通り、時間をかければかけるほど、村雨の精度は良くなっていった。夕立の獰猛さを冷静に抑え込んで使っているようにすら見える。直感で回避方向を判断し、分析で砲撃するタイミングを見出す。そういう意味では夕立よりも厄介かもしれない。練度が低いからまだまだではあるが。

 

「ふむ、数日でコレなのね。確かに夕立と似たような才能の持ち主であることはよくわかったわ。でも」

 

 霧島さんの砲撃の質が変わった。まるで陸奥さんの一斉射に合わせる時のように、回避先を潰すかの如く広範囲にばら撒く。見てからの回避だとまず避けられない。

 そこで直感が活きる。ここだと見つけた場所は、砲撃の隙間。しっかりとそこに向けて回避し、さらには主砲を霧島さんに向けていた。

 だが、相手は霧島さんである。直感によって選択する場所を()()()()()()()()()()()()ということに気付くのは、広範囲の砲撃を回避した直後だ。

 

 夕立ならここで足は止めない。主砲を眼前にしても、身体を捻るなり思い切り蹴り飛ばすなりで、回避しながらの攻撃を見出す。それこそ獰猛に、野生の動物のように。飛んだり跳ねたりして、スタミナ度外視の行動をこれでもかとやる。

 しかし、村雨はまだそこまでには至らない。自分の戦い方がまだ出来上がっていないのだから、主砲を突きつけられた瞬間に足が止まってしまった。息を呑んだ瞬間は最悪な隙となる。

 

「経験はどうしても、ね」

「っあうっ!?」

 

 そして、砲撃。村雨がちゃんと撃てていたとしても、その砲撃すら呑み込む戦艦の砲撃が、村雨の胸に直撃した。私も受けた()()であり、ペイント弾であるが故に強烈な圧となって吹っ飛ばされた。

 

「初めて訓練で相手した時の陽炎と夕立を足して2で割ったみたいな相手ね。だけど何より経験不足。付け焼き刃だから半端な部分も多い。でも、やり方を身体が覚えてるのはいいことね。伸び代しかないもの」

「ゲホッ……は、肺の空気が、全部出ちゃった……っ、かはっ」

 

 その一撃をまともに喰らったせいで息も絶え絶えである。呼吸を整えるのに少し時間が必要だろう。受けたものにのみわかる苦しみである。

 

「村雨、私がしっかりと叩き込んであげるわ。貴女にやる気があるのなら」

「やる気、やる気なんて、あるに決まってるでしょう! せっかくここまでやってきたんだもの。私だって()()()()()の端くれなんだから……!」

 

 出鼻を挫かれた感じになりそうだったが、村雨のやる気はこんなことでは折れない。むしろさらにやる気を増して、霧島さんに師事するかのように立ち上がった。

 

「その意気や良し。なら、この私、霧島が、村雨を鍛え上げましょう。夕立にも敵うくらいに」

「ぽい!? 夕立、まだまだむーさんには負けないっぽい!」

「すぐに追いついてやるんだから!」

 

 夕立も巻き込んで、村雨の演習は苛烈さを増していくのは目に見えていた。これは全身ペイント塗れになるまで演習を続ける気満々だ。やる方も、やられる方も。

 

 

 

「これ、もしかして子分が1人増えたんじゃない?」

「菊月もそう思った。まぁ……いいんじゃないか」

 

 それを遠目に見ている私と菊月は、苦笑するしかなかった。本人が楽しそうならまだいい。この演習を苦行と思っていないのなら、やれるだけやるべき。

 




霧島組に新たな構成員が追加。本人がやる気満々なのだから、否定しちゃいけない。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88585070
MMD静画のアイキャッチ風むっちゃん。あの人これくらいの鉄アレイなら余裕でこういうことしそう。見た目は女性らしくても筋肉は鍛えられてる人だし。


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平凡故の苦悩

 その日は丸一日、霧島さんを相手に演習をし続けた村雨。1回戦ってはダメ出しを喰らい、菊月の『心眼』も加えた指摘で悪いところを矯正。より戦いやすく、より負けない動き方をこれでもかというほどに身体に染み付けられていった。

 合間合間に私、陽炎を含めた参加者も霧島さんと演習を行ない、それを見てもらうという形でも成長を促す。人の戦いを見てそれを取り入れることも重要だ。特に同じ気質である夕立の戦い方は、村雨にも参考になるところが多いだろう。

 

 伸び代しかないと霧島さんに称されただけあり、この1日で村雨の実力はぐんと上がったと感じられる。やはり直感タイプはそういうところが凄まじい。2人目の夕立だと思えば村雨の恐ろしさがよくわかる。

 

「疲れた……今日は本当に疲れた……」

 

 今日の訓練が終わったところで、本当に疲れたという表情を浮かべる村雨。艤装を下ろしてお風呂に向かうにもフラフラ。

 それもそのはず。今日一番演習をしたのは間違いなく村雨であり、私達が戦ったのも村雨に見せるため。当然本気でぶつかり合っているが、その間に村雨が休憩出来ていないようなものだから、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積してしまっているだろう。

 とはいえ、昨日までと違い寝不足気味でも無かったようなので、ただ単に今回の演習で疲れ切っているだけということで少しだけ安心。

 

「あとは栄養のつくものを食べて、ゆっくり身体を休めれば、自然と身になるわ」

「確かに、これだけ疲れても食欲だけはちゃんと残ってるのよね……」

「それだけ消耗しているんだもの。カロリーは度外視のほうがいいわよ。極端な話、好きなものを好きなだけ食べることをお勧めするわ」

 

 演習で消費したカロリーをしっかり摂って、明日に備えろと言っているわけだ。むしろこれを守らないと、明日の訓練は耐えられないぞと忠告しているようなもの。

 多分言わなくてもそれなりに多めに食べていたと思う。あの運動量はそれだけ栄養を求めている。

 

「むーさん、夕立と一緒にガツガツ食べるっぽい! お肉、お肉!」

「はいはい……私としても、今日はちょっとガッツリ系を食べたいところだわ……」

 

 夕立に引っ張られてお風呂に直行。私達は置いていかれてしまった。よくもまぁそんなに元気があることで。

 今日の演習でさらに仲の良い姉妹となったようである。やはりタイプが似ているというのは、それだけでも意識してしまうものなのだろう。ただでさえ毎晩同じ部屋で眠っているのだし。

 

「貴女達もしっかり休みなさい。陽炎も菊月も、大分消耗しているでしょう。1日村雨に付き合ったんだし」

「ああ……やはり霧島さんには勝てないな」

「だねぇ。1対1(タイマン)だとどうしても艦種の差が出てきちゃうよ」

 

 私と菊月も、1人では霧島さんに勝つことが出来ず。私の場合、『蜃気楼』での撹乱は出来ても、どうしても火力不足により盾で防がれてしまい、ジリ貧状態に。菊月も砲撃の隙を見つけることは出来るのだが、どうしても盾を突破出来ない。

 アクィラさんからの指摘された癖、移動方向に視線をやってしまうことに関しては意識して直してはいるのだが、駆逐艦の火力で盾が抜けないことに関しては一筋縄ではいかない。霧島さんが実力者なのだから尚更だった。

 

「1人で戦うのにも限界があるのはわかるんだよね。サウスダコタさん相手にした時もそうだったけど、火力不足はどうにもならないから、そこを仲間に補ってもらうっていうのが一番早い」

「確かにな。出来ることならば自分のみで突破したいが、霧島さんは隙が無くて困る。だからやりがいがあるんだが」

「わかる。意地でも突破してやるって思えるよね」

 

 こんな過酷な演習でも、もうやりたくないとは思えなかった。次の機会で霧島さんを超えるんだと躍起になれた。強くなることが楽しいのかもしれない。

 

「貴女達くらいにまでなると、2人がかりだと少し怖いわね。『心眼』と『屈折』を重ねられると、どれを防げばいいのかわからなくなるもの」

「それはいい情報だ。陽炎、今度は組んで戦おう」

「だね。そろそろ霧島さんには私達に負けてもらわなくちゃ」

 

 疲れは酷くても、笑って終われているならそれで良し。今日は私もグッスリ眠れそうである。

 

 

 

 私達がお風呂を終わらせた時、ちょうど哨戒部隊も帰投。赤い海は確実に拡がっており、それは予想の範囲内とのこと。昨日の午後はアクィラさんが哨戒に出ていないので少しだけ誤差が出そうではあったが、今のところは計算はまだ外れてはいない。タイムリミットは今日からカウントするなら後1週間前後である。

 対策インナーも生産は続いており、今日でまた8人分が完成。優先順位が高い、火力が高いものに順々に配布されている。援軍も込みにすると、戦艦が長門さんを省いた4人、空母が天城さんを省いた4人。大鷹も空母として先行して配布されていた。

 

「あ、ちょうどいいところにいた。陽炎!」

 

 浴場から外に出た直後、入れ替わりにお風呂の時間になっているであろう哨戒部隊の面々の中から私を呼ぶ声。

 その声の主は衣笠さんだ。今日の哨戒部隊の旗艦を務め、私達が霧島さんの演習を受け続けている間、ずっと海の平和を確認し続けていてくれた。

 

「ん、衣笠さん、どうかした?」

「明日の日程なんだけど、本来から変えて1日衣笠さんに付き合ってもらえないかな」

 

 本来の私の日程は哨戒。今の衣笠さんと同じように、赤い海がどれだけ拡がっているかを確認し、それ以外のいつものルートを回る大事な仕事。逆に衣笠さんの日程は申し訳ないが何かは知らなかった。

 うちの鎮守府では、重巡洋艦が結構哨戒任務に駆り出されることが多く、日替わりで2人の重巡洋艦が旗艦を務めている。だから明日は加古さんが旗艦。衣笠さんはお休みだったり訓練だったり。

 

「哨戒だったはずだけど、何に付き合うの?」

「実はさ、ちょっとガッツリ訓練したいのよね。で、陽炎と沖波にお願いしたいんだ。さっきちゃんと提督にも話はつけてあるから」

 

 私と沖波ということは、つまり元巫女を相手取りたいということに他ならない。私と沖波がやれることといえば、やはり回避性能。それの対策を知りたいということ。

 

 今までの傾向から、太陽の姫はM型異端児の攻撃しか効かない可能性が高いため、最後の部隊はM型異端児全員集合の状態で向かうことが確定しているのだ。D型が交ざってはいるが、磯波までもがそこに加わることがほぼ確定しているくらい。

 衣笠さんもM型異端児。太陽の姫との最終決戦には確実に駆り出される。この部隊の中で唯一の巡洋艦であるため、どう考えても火力がトップ。故に、その戦場では特に重要な位置に立つことになる。

 

「日程変更だね、わかった。でも、すごく急だね」

「松輪の件、聞いたよ。これは嫌でも強くならなくちゃいけないでしょ。今度の最終決戦、松輪を守りながらの戦いになりかねないんだから」

 

 以前の10倍に跳ね上がっていた松輪の同期値から、太陽の姫は松輪を排除するために動き出すのではないかという予測を村雨と話していた。それが正解だった場合、対潜部隊として出撃することが確定している松輪が、他の対潜部隊と一緒に太陽の姫自身に狙われる可能性すら出てきてしまった。

 さらには、『黄昏』が松輪のことを目の敵にしているのも忘れてはいけない。松輪の姿を戦場で見たら、最優先で狙ってくる可能性は非常に高いのだ。

 

 どういう部隊で出撃するかは空城司令が決めることになるのだが、作戦の都合上、M型異端児のみで部隊を組む際に松輪までそちらに加えた場合、まず間違いなく松輪を守る役目を持つのは衣笠さんだ。それを見越して、準備のために猛特訓がしたいと申し出たわけだ。

 

「太陽の姫との直接対決をするってなって、そこに松輪の力も必要っていうなら、あの子を守ることが出来そうなのはM型異端児で一番()()この衣笠さんになるでしょ。だから、今の状態から出来る限り底上げしたいんだ。頼まれてもらえる?」

「断らないよ。それに、もう日程変わってるんだよね」

「あはは、そうだね。指示が来るんだから避けようがないかな」

 

 そもそも私が断るとは思っておらず、先んじて手を打っている。断る理由がないし、仲間を守るために強くなりたいというのなら、喜んで手を貸すのが私達である。

 

「あ、でもあの松輪の回避術だと、守る必要ってあるのかな」

「あー……あの危機回避ね。当たる前にはもう避けてて、爆雷を置き土産してくヤツ」

「そうそう。あれ、衣笠さんもしかして空回りしちゃった? いやいや、これはこれで必要な技術よね、うん」

 

 確かに、松輪のあの危機回避能力は目を見張るものがある。自分への脅威を先んじて感じ取っているのか、攻撃をした瞬間にはもうその場所から離れており、あの『黄昏』の攻撃すら全て捌き切っていた。あの戦いを無傷で乗り越えてしまえる程の力をあの場で得ていた。

 だが、その力に覚醒したからといって、それが常時使えるかどうかはわからない。あの時のような絶体絶命のピンチの時にのみ発動するような力だったとしたら、出来るようになる前に死んでしまう可能性だってある。それだけは避けなければならない。

 そうならないためにも、衣笠さんが松輪の守護者としての役割を持つのは間違いではなかった。空回りでも何でもない。艦娘の心得、破壊者ではなく守護者であるという思いが真っ先に出たからこそ、この考えに至っている。

 

「まぁ本音を言うとさ、衣笠さん多分M型異端児の中で一番平凡だと思うのよね。で、あの戦場に出るわけでしょ。今よりももっと強くならないと、足手まといになっちゃうかなって考えたわけよ」

 

 そんなことは無いが、衣笠さんはそれについて少し思い悩んでいたようだった。

 別に足手まといになるだなんて微塵も考えていない。『黄昏』との戦いでも、的確にサポートをしてくれていた。ただ、衣笠さんは自身が言った平凡という言葉に対しては、私は言葉が返せなかった。

 

 今いるM型異端児は、磯波を省いたとすると衣笠さんを含めて5人。私は言わずもがな、対となる者としての力。分霊もそうだが、『蜃気楼』と『屈折』がある。沖波は『空』の回避。想定外で無ければ全ての攻撃が空を切る。村雨は今絶賛特訓中ではあるが、夕立と同レベルの天賦の才が見受けられ、太陽の姫のことを一番理解しているという知識もある。そして松輪がつい最近覚醒した。

 そうなると衣笠さんはどうか。哨戒部隊の旗艦として何度も何度も同じルートを回り続け、変化を見逃さないくらいに観察力がついている。これは私達には無い力だ。戦う力ではなく、戦局を観る力が群を抜いているのは間違いない。しかし、戦闘面で言えば重巡洋艦の域だ。こんなこと考えてはいけないと思うが、衣笠さんは本人が言う通り()()かもしれない。だから、一皮剥けたいと考えるのは当たり前のことだった。

 

「いや、足手まといは無いでしょ。衣笠さんのサポートは私にとってもありがたいよ」

「あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ。今まで頑張ってきた甲斐があるってもんだし。でもさ、ちょっと平凡すぎるってのは納得しちゃわない?」

 

 言葉が返せず。他のM型異端児が、私も含めておかしいだけなのだが。

 

「ということで、明日はよろしく!」

「うん、わかった」

 

 ニコニコしながらお風呂に入っていく。悩みはあるが、少しだけ晴れたような表情。まるで、自分の中に燻っていたものが口に出せたことでスッキリしたかのような清々しい表情だった。

 

 

 

 衣笠さんだって、私にとっては頼りになる先輩だ。だが、あんな悩みを持っていたなんて気付かなかった。

 なら、私は力になってあげたい。そんな悩みが吹っ飛ばせるくらい、私が出来ることをやってあげたいと思う。

 




衣笠といえば、重巡洋艦の中でも火力が控えめな代わりにローコストであることが特徴。作者はMO作戦の重巡枠とかに起用しています。ある意味、重巡の睦月型枠だったり天龍型枠だったり。それはそれで重宝するんですけどね。


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根深い悩み

 最終決戦に向けて準備を続けている鎮守府。戦力増強を続けている中、私、陽炎は衣笠さんから訓練の相手をしてもらいたいと相談を受けた。M型異端児として決戦の場に立つことが確約されているのに、自分の力は平凡すぎて足手まといになるのではないかと悩んでいたからだ。

 私としては足手まといだなんて微塵も思っていない。だが、本人がそう思ってしまっているのだから、何も言い返すことが出来ず、その訓練に付き合うことになる。本来哨戒任務だった日程ももう変更されており、明日は衣笠さんの訓練に尽力することになる。

 

「衣笠さんがそんなことを……」

 

 夜、いつものように私の部屋に集まる異端児駆逐艦。私と一緒に訓練相手を務めることになっている沖波も、衣笠さんがそんな悩みを持っていることは知らなかったらしい。

 

「いつも哨戒部隊の旗艦をやってくれてるし、頼りになる先輩って感じだったんだけどなぁ」

「……尖った特技を持っていないのは確かですけど……」

 

 萩風がボソリと呟く。それを言い出してしまえばおしまいな気がするが、私もあの時はそれを考えてしまっている。私も含め、他のM型異端児がいろいろとありすぎただけ。私と沖波が尖りすぎているだけである。

 だが、本人にそういう悩みがあり、それを私達で解消出来る可能性があるのなら、出来る限り力を貸すのが仲間というもの。わざわざ元巫女を訓練の相手に選んできたのだから、私達にも本気の演習を望んでいるはずだ。そこから自分の中にある何かを見出そうとしている。

 

「衣笠さんがダメなら、私はどうなっちゃうんだろう……」

「『雲』の時に菊月の後を継いで『心眼』みたいなこと出来たでしょ。私は磯波のこと本当に頼りにしてるんだから」

「……そう言ってもらえると嬉しいかな」

 

 衣笠さんの悩みを知り、磯波も少しだけ落ち込みそうだったが、私としては磯波も衣笠さんと同じように頼りになる仲間だと思っている。私に出来ないことが出来る時点で、誰もが頼れる仲間だ。

 

「私もひーちゃんも、回避は一人前でも攻撃が……ね」

「ホントそれ。『屈折』も霧島さんやサウスダコタさんには効かなかったからね。駆逐艦の火力不足は、仲間にフォローしてもらうしかどうにも出来ないよ」

「だよね。私も同じ。フォローしてもらって、何とか勝ちを拾うってイメージだよ」

 

 霧島さんとの1対1の演習といい、少し前にやった支援艦隊との演習といい、私は1人だけの力では勝ち切れないことの方が多い。避けてるだけで勝てれば苦労はしないのである。

 それに、戦場でも仲間には何度も救われたし救っている。その存在の偉大さはそういうところで理解しているつもりだ。

 

「とにかく、明日は衣笠さんに自信を持ってもらえるといいね。手を抜くつもりは一切無いけど」

「だね。私もリクエストされたからには、全力でぶつかることにするよ。その方が衣笠さんのためだもんね」

 

 全力で訓練することで悩みを解消する何かを見つけてくれればいいのだが。それは私や沖波が背負えない問題だ。

 

「ところで……村雨さんはどうだったんです?」

 

 不意に聞いてくる萩風。なんだかんだ村雨のことは気になっている様子。

 

「霧島さんに可愛がられてたよ。あれはもう2人目の子分になることが決まったようなものかな」

「村雨さんが霧島さんのこと親分と呼ぶようになるんですか」

 

 磯波が久しぶりに破裂。ただでさえ夕立の親分呼びに対して笑いが堪えきれなかった時期があったのに、それがあまりにも似合わない村雨のそれを想像してしまったのだろう。確かにその光景はちょっと面白い。

 

「そ、想像したら、それ、ホント」

「村雨って夕立に似てる部分結構あるけど、そんなところまでは似ないでもらいたいなぁ」

 

 明日もかわいがりは続くので、より霧島さんを慕っていくことになりそうである。本当に親分と呼ぶことになる気がして、私も少し笑ってしまいそうになった、

 

 

 

 翌日、予定通りに工廠で衣笠さんと合流。沖波と共に訓練を始めるのだが、ひとまずは普通の戦闘訓練からということになった。私と沖波を相手にしてどれだけ動けるかを知りたいとのこと。

 

「とりあえず1人ずつやっていく感じでいいかな」

「そうだね。いきなりハードル上げるのは良くないし、じゃあ沖波からお願いしていいかな」

「了解です。まずは私から」

 

 流石に衣笠さん1人で私と沖波を相手取るということはしないようだ。いくら艦種としては駆逐艦よりも火力も耐久力も高い重巡洋艦だとしても、2対1というのは圧倒的不利。それでも飄々とやってのけるのは霧島さんくらいだ。

 まずは沖波が相手として衣笠さんとの戦場へ。私はそれを遠目で眺めながら、何かわかることがあれば指摘する。私は衣笠さんほど観察眼には長けていないし、菊月の『心眼』のような動体視力も持ち合わせてはいない。なので、素人目から見てもおかしなところがあるのなら、それを伝える。

 

「沖波の特性は『空』の回避だったね。全部が紙一重になる」

「そうです。簡単には攻撃は当たりません」

「オッケー。ならその辺りを頭に入れておこう」

 

 早速演習開始。沖波からしてみれば、衣笠さんの砲撃も霧島さんのそれと同様に、確実に当たってはいけない。戦艦主砲と違い、掠める程度ならまだ致命傷にならないかもしれないが、それでも駆逐艦同士の撃ち合いとは雲泥の差だ。故に、多少は撃ちつつも、回避に専念する。

 衣笠さんは、沖波の動きを持ち前の観察眼で確認している。菊月の『心眼』はその類稀なる動体視力で動きの一瞬の変化を判断するが、衣笠さんは全体的な観察からそれを判断する。

 

「本当に当たらないねっ」

「それが今の私の取り柄ですから!」

 

 当然直撃コースで砲撃を繰り出しているのだが、沖波にはまるで当たる気配がない。紙一重で避けられ、ジリジリと距離を詰めている。

 沖波からの砲撃も衣笠さんには当たらないのだが、あちらは何というか普通の回避。飛んできたからそこから退くのみ。そのため、近付けば近付くほど回避が難しくなっている。

 

「真正面から来るとか、さっ!」

 

 そこへ魚雷。砲撃を全て回避しながら近付いてくる隙を狙って、今度は足下への攻撃。

 実際、沖波の回避は()()()()というだけあって、海上の攻撃にしか作用しない。代わりに砲撃だろうが格闘だろうが、自分に向かってくるものは想定外でなければ全て回避してしまうのだが。

 

「っとと」

 

 これは自力での回避になるので、『空』の回避は使わず通常の回避。だが、そこは見逃さずに回避先に砲撃を放っていく。

 通常の回避を併せてやらせることにより、本来消耗を抑えているはずの『空』の回避が逆に激しい消耗に変化する。沖波が夕立と演習をした時のそれを知っているからこそ、あえてブレ弾を使わずにそれを再現していた。想定外による消耗ではなく、想定出来るのに消耗せざるを得ない状況に持っていっている。

 

「どちらも使わなくちゃいけない状況だと、倍疲れるんだったよね」

「そ、それをわかってて」

「ズルイかなとは思うんだけど、一皮剥けるためにいろいろとやりたいんだよねっ」

 

 さらに魚雷。『空』の回避先に置くように放たれた雷撃は、回避方法が跳ぶくらいしか考えられない。もしくは砲撃で破壊するか。

 

「それなら!」

 

 ここで沖波、回避ではなく破壊を選択。回避行動で消耗するのなら、回避行動をしないで障害を排除する方向に移行した。海上の攻撃は『空』の回避、海中の攻撃は砲撃による破壊。この流れは考えることは本来よりも多くはなるものの、2つの回避を選択するよりは消耗は少なめ。

 代わりに魚雷を破壊したことで、爆発によって立った水柱で視界が塞がった。つまり、次の攻撃は沖波にとって全てが()()()()()()

 

「まぁそれを狙って魚雷使ってるんだけどね」

 

 そこを見逃さずに、水柱に対して砲撃を撃ち込んだ。その先には勿論沖波がいるわけだが、自分の弱点を理解していない沖波ではない。想定外と言えど、ブレ弾よりはまだ予測が出来る。撃ち込まれることも想定し、すぐにそこから逃げるように加速した。

 おかげで衣笠さんの砲撃は水柱を散らすだけで終わり、沖波は本来よりも消耗が激しいものの無傷。小さく息を吐いたのも見て取れた。

 

「流石に対策してるか」

「当たり前です。自分の弱点のことですから、そのままにしておく理由はありませんし」

「いいね、そういうの。向上心って大事だと思う」

 

 仲間の成長を素直に喜ぶ衣笠さん、それが衣笠さんの悩みの種にもなっているのだが。

 

 そこからは互角の戦いが繰り広げられる。回避特化の沖波には攻撃が一切当たらないが、沖波に攻撃をさせないように立ち回ることによって、お互いに完全に無傷な状態で時間だけが経過していくような戦いに。

 砲撃と魚雷を巧みに織り交ぜることで、沖波は防戦一方にされていた。2つの回避を使いこなすために、攻撃が疎かになってしまうのはまた新たに判明した沖波の弱点。とはいえ、激しい猛攻を避けながら攻撃するというのは難しいだろう。

 

「ちょっと一回止めない? なんかこれ、永遠に終わらない気がしてきた」

 

 あまりに戦況が変わらないため、訓練を一度止める。本来なら既に終わってもおかしくないくらいの時間が経っているのに、何の進展もないというなかなか無い演習となってしまった。

 私の声にすぐに反応してくれた2人は、確かにと納得して演習を中断。水飛沫やら何やらで髪や服は濡れてしまっているものの、どちらもペイントすらついていない。

 

「いや、あの、衣笠さんを相手にするの普通に辛いんですが」

 

 沖波の第一声がコレ。沖波だって今までの戦闘経験から成長しており、自分の弱点を理解してそれを補っている。なのに、それを感じさせないくらいに抑え込まれているというのは確かに辛い。

 普通なら紙一重で回避し、撃った隙を突いて攻撃に転じるとかするのだが、衣笠さん相手だと回避一辺倒にされていた。攻撃に転じることが出来ないくらいの猛攻を受け続けている。

 止め処ない攻撃を的確な位置にし続けるというのも、普通では無い集中力が必要だろう。それが出来ている時点で、平凡なんて言葉では括れない。

 

「でも、沖波の弱点とか知ってるからこういうことが出来るだけなんだよね。初めての相手だとこうもうまく行かないよ。それに、それでも勝ち切れないんだからまだまだだしね」

 

 それに対し、衣笠さんはまだ納得がいかないようである。事前に対策を知っているからこういうことが出来るだけであり、初見の相手にはここまでは出来ないと苦笑。

 

「M型異端児のみんなが回避に尖ってるから、攻撃に尖った方がバランスがいいような気がするのよね……。今回それを意識して攻撃を続けてみたけど、沖波には通用しなかったか。さすが回避特化ね」

 

 自分のことを平凡と揶揄する衣笠さんだからこそ、やれることをいろいろとやってみたいと考えているようだ。納得がいくまで、自分がどんなタイプの戦い方が合っているかを探っているようなもの。

 攻撃特化でやってみたものの、回避特化にはあまり通用しなかったとまた頭を悩ませてしまった。

 

「ちょっといろいろと試させてもらっていいかな。今回はこんな戦い方をしてみたけど、また違った戦い方もあると思うし」

「いいよ。じゃあ、次は私が相手する」

「うん、お願いね」

 

 悩んでいるのなら悩みが晴れるまでやりたいことをやればいいと思う。暴れ回って鬱憤を晴らしているわけではないが、好き勝手な戦い方で自分の道を探してみるのは普通にアリだろう。

 今は誰もが強くなるために努力する時間。この演習は私や沖波にもいい影響を与えると思う。

 

 

 

 しかし、衣笠さんはなかなか納得の行く戦い方が見出せずにいた。演習を繰り返しても、何かが違うと頭を悩ませる。この悩みは相当根深いものなのかもしれない。それに対して、私達は余計なことが言えず沈黙するしか無かった。

 こればっかりは、衣笠さん自身の問題だ。私達の意見で納得出来るようなことは無いと思う。信念とか、そういったところに直結する部分。口を出すわけにはいかない。

 




衣笠さんの苦悩は続く。でもお互い無傷とはいえ、沖波と対等に戦えているっていうのは結構なことなのでは。


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衣笠の力

 午前中の衣笠さんの訓練は、本人が納得が行かないままに終了。私、陽炎と沖波が交互に相手をしていたわけだが、常に引き分け。元々私達の弱点を知っている状態での演習だったとはいえ、しっかりと抑え込まれたのは自分としても少し悔しい。

 戦っては頭を悩ませ、その都度戦い方を変えてみる。一度やった戦い方をもう一度やってみたり、同じことを何度も繰り返して馴染ませてみたりと試行錯誤を繰り返したものの、やはりしっくり来なかったようである。衣笠さんがそう言うのだからそうなのだろう。

 

「困ったなぁ……どうしたもんかなぁ……」

 

 昼食中も頭を悩ませている衣笠さん。モリモリ食べながらも考え事をしているので、注意力が散漫。お茶を溢しそうで周囲がハラハラする始末である。

 

「私、『空』の回避使ってもいいようにあしらわれた気がするんだけど」

「私もだよ。『蜃気楼』使ってたんだけどさ」

 

 事前に知っているからといっても、普通に戦えている時点でいろいろと感じるものがある。私達ももっと強くならなくてはと思えるくらいに。

 

「Hi、キヌガサ。今日は迷える子羊かしら」

「ピッドさん……話聞いてもらえる?」

「あらあら、本当に悩んでるのね。OK、お姉さん聞いてあげましょう」

 

 そこに声をかけてきたのはイントレピッドさん。あまりにもうんうん唸っているのが放っておけなくなったか、ニコニコしながら近付いてくる。

 衣笠さんの悩みは周知では無いので、イントレピッドさんの問いかけに衣笠さん自身が悩みを打ち明けた。いろんな人に話を聞いてもらえば、何か答えが見つかるかもしれない。

 

「なるほどねぇ。私は、キヌガサが平凡だなんて思ってないわ。というか、平凡なんて誰にも当てはまらないもの。私にも、貴女にもね」

「そうかなぁ。衣笠さんの力で最終決戦に行っても、足を引っ張るようなことに」

「ならないならない。むしろ気にしてる方が良くないわ。嫌なことって、思ってると本当に起きちゃうものよ」

 

 思い悩んでいる衣笠さんに対して、母性本能全開で話を聞いてあげているイントレピッドさん。完全にお悩み相談室である。悩みの解決まで持っていけるかはわからないが、話すことで気が楽になっていくのはいいことだと思う。

 しかし、その悩みは深刻。イントレピッドさんに話しても、あまり解決にはなっていない様子。やはり自分の力に納得していないようである。

 

「Uh.キヌガサ、午後からも時間あるかしら」

「大丈夫。午後からも陽炎と沖波に鍛えてもらうつもりだったから」

「そのTraining、私も参加させてもらっていいかしら」

 

 突然の提案。今日のイントレピッドさんの日程は確か演習だった気がする。支援艦隊はアクィラさんが毎日哨戒任務に出ているため、それなりに自由に過ごしている。全員が私達の強化に乗り気であり、手が空いている者は何処かの訓練や演習に交じっている姿が散見された。

 空城司令も鎮守府の地力を上げてもらえるのなら万々歳であると容認している。当然事前に申請を出すようにはしているようだが。

 

「んー、じゃあ、お願いします。違った感覚も必要だと思うしね」

 

 衣笠さんは了承。私と沖波ばかりとやっていても、何の解決にもならない気はする。午前中ずっと納得出来なかったのなら、別の刺激も必要だ。

 

「カゲローとオキナミも、急に言い出しちゃったけどいいかしら。キヌガサの力になってあげたいし」

「私は別に構わないかな。私達だと衣笠さんの悩みが解決させられないかもだし」

「そうですね……お願い出来ますか」

「OK. なら、ここのAdmiralにお願いしてくるわね。あと、参加するのは私だけじゃないからお楽しみに!」

 

 そう言って申請を出しにさっさと行ってしまった。誰が追加で参加してくれるかはさておき、新しい訓練で衣笠さんが納得してくれるのならありがたいこと。これでもまだしっくり来ないとなってしまったら、また別の人に訓練を頼むしかないか。

 

 

 

 そして午後。午前中と同じように工廠に向かうと、万全の準備を整えたイントレピッドさんに加え、青葉さんとプリンツさんも立っていた。イントレピッドさんだけではないと言っていたが、この2人も手伝ってくれるらしい。

 

「ネルソンとダコタはナガートに付き合いたいみたいだし、アトはハツヅキとの防空訓練が楽しいらしいから、プリンツしか連れてこれなかったわ」

「で、アオーバは私が連れてきちゃった。キヌガサとは艤装姉妹なんだよね?」

「そうですよぉ。青葉がお姉さんになります」

 

 ネルソンさんとサウスダコタさんは、同じ戦艦ということもあって長門さんの訓練を手伝っているらしい。アトランタさんは初月のことを気に入っているらしく、自分の防空の技術を叩き込んでいるのだとか。

 そしてアクィラさんは哨戒任務。潜水艦の2人はこういう訓練には向いていないし、そもそも潜水艦同士での付き合いがあるようなので、結果的にプリンツさんしか空いていなかったとのこと。

 で、たまたま空いていた青葉さんをプリンツさんが捕まえたらしい。諜報部隊としてのお仕事が空いたことでフリーになっていたところだったのと、他ならぬ艤装姉妹である衣笠さんの悩みとあらばと手伝ってくれるそうだ。

 

「私もアオーバも同じ重巡だし、力になれるかもって思って」

「です。もう、悩みがあるなら青葉にも相談してくれれば良かったのに」

「ごめんごめん」

 

 艦種が同じのため親身になってくれるというのはありがたい。うちの鎮守府の重巡は加古さんしかおらず、その加古さんは哨戒任務の旗艦として今はここにいない。都合よく外からの部隊に重巡洋艦がいて良かった。

 

「それじゃあ、演習をしていきましょう。変則だけどチーム戦ね。キヌガサはアオバと、プリンツはカゲローと組んでね。私とオキナミは1回お休みってことで」

 

 ルールは2対2。先程までやっていた1対1ではなく、チーム戦で衣笠さんを追い込む。仲間がいる状態での立ち回りになれば、先程とはまた違った動きになるだろう。それは私にも言えること。

 イントレピッドさんが加わると、片方に空母ということで戦力が一気に変わる。なら、衣笠さんと対峙する側に入るのだが、それはもう少し演習が進んでからということに。数は均等にした方がいいため、今回は沖波がお休みとなる。この演習が終わったら、私と沖波が交替とかすることになりそうである。

 

 演習の準備をしている内に、プリンツさんからちょいちょいと手招きされる。おそらくこの演習でどう動くかの相談だと思われる。プリンツさんと組んで戦うなんて当然だが初めてのこと。ちゃんと意思疎通をしておかなければ、連携なんて出来たものではない。

 

「これ、ピッドからの指示なんだけど……」

 

 あちらには聞こえないように小声で伝えられたその指示というのに少し驚いた。この演習は衣笠さんのために行なわれるようなものなのに、そんな戦い方で本当に大丈夫かと疑う程である。

 

「これね、さっきアクィラからもアドバイス貰ってるの。だから、多分大丈夫」

「そうなの……? それだけ言うのなら従うけど……」

 

 みんなが悩める衣笠さんを思って考えた作戦だ。なら、それに従う以外に無い。

 

「ちなみにこれ、青葉さん知ってるの?」

「勿論知らない」

「ですよねー。知ってたら()()()()戦いにならないもんね」

 

 ちらっと見たら、イントレピッドさんが沖波に何やら説明しているのが見える。あちらもこちらと同じ段取りを聞いているようだ。沖波が少し怪訝そうな表情をした辺り、私と同じように考えたのだと思う。

 

「はい、では演習を始めます。カゲロー、1人だけ駆逐艦になっちゃったけど問題無いかしら?」

「大丈夫。私の訓練にもなるから、むしろ願ったり叶ったり」

That's good(それは良かった). それじゃあ、Start」

 

 イントレピッドさんの合図と同時に演習開始。プリンツさんはネルソンタッチの一員として、サポーターの役割を多く受け持つことが多いとのこと。そのため、今回の作戦は、私が前衛でプリンツさんが後衛である。

 最初の指示は、私は好きに動いてくれて構わないとのこと。『蜃気楼』だろうが『屈折』だろうが好きにやれというのが私に課せられた仕事である。

 

 ただし、()()()()()()()()()()

 

「じゃあ、行くよ!」

viel Glück(頑張って)!」

 

 即座に『蜃気楼』による高速移動。その場に影を残すかの如く移動し、向かった先は青葉さんの真横。

 

「うぇっ!? 直で見ると速すぎじゃないですかね!?」

「そういうものだからねっ!」

 

 そして備え付けの主砲を青葉さんに向けた。命中精度に長けたそちらなら、この高速移動後の砲撃でも定めた位置に確実に撃ち込める。

 これが私の常套手段であることは、青葉さんは元から知っているのだが、こうして相手をするのは実は初めてで、直に見るのも当然初めて。見るのと受けるのとではまるで違うことを実感してもらった。

 

「させないよ」

 

 だが、私の砲撃は衣笠さんによって阻まれる。私がこう来ると予測していたかのように、私が照準を合わせた時には衣笠さんの主砲が私に向いていた。

 午前中の1対1の演習でもそうだったが、どれだけ高速移動しようが衣笠さんは追いついてくる。それは菊月の『心眼』に近しい何かな気がした。

 

「それなら私が! Feuer!」

 

 そこを見計らってプリンツさんの砲撃。狙いは勿論青葉さんである。

 

 今回の指示は、2()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。それもあって、イントレピッドさんがチーム分けもした。この指示を知らないものを衣笠さんの相方に置くことに意味があるらしい。青葉さんの参加が無かったら、犠牲者は沖波になっていたとのこと。

 衣笠さんの悩みを解決するための演習なのに、何故その相方を狙うのかというのは疑問だったが、こうやって演習をしていると何が言いたかったかがわかってきた。

 

「青葉、ちょっと我慢!」

「っはいっ!?」

 

 プリンツさんが砲撃を放った瞬間、衣笠さんが青葉さんの腕を取って思い切り引っ張った。結果、射線上から青葉さんがズレることになり、砲撃は回避。私の砲撃も衣笠さんに阻まれたことで、青葉さんを狙い撃つことは出来ず。

 

「た、助かったよガサ」

「わざわざ離れて攻撃してきたからね。まずは2人がかりで集中砲火ってところだったのよ。チーム戦だから片方落とせば後は楽になるだろうし、さ!」

 

 青葉さんに説明しながらも雷撃を私に対して繰り出してくる。青葉さんも負けじと雷撃。かなり近付いている私にとっては、魚雷は結構面倒くさい。2人がかりとなると回避もかなり厳しくなる。そのため、もう一度『蜃気楼』で後退して、砲撃で魚雷を処理。

 

「Feuer! Feuer!」

 

 そこから今度はプリンツさんが突撃しながらの砲撃。まるで1人ネルソンタッチであるが、魚雷も織り交ぜての突撃であるため、火力がただの重巡とは違う。

 そしてこれも、わかりづらくはしてあるが青葉さん狙い。魚雷を放った瞬間を狙っているため、先程よりも回避しづらくなっているはず。

 

「青葉、砲撃と魚雷来てる!」

「了解ですぅ!」

 

 この衣笠さんの言葉、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どうやって判断した。

 それが何かはさておき、プリンツさんの突撃も事前に回避することで事無きを得ている。1対1でも互角に戦ってきたのに、2対2になってもそれは健在。むしろさっきよりも手強くなっている気がした。

 対する私達は即席のコンビであるため、連携らしい連携は出来ていない。それでもプリンツさんがしっかり合わせてくれているので、連携らしく見えるだけ。いつも組むのは同じ駆逐艦だったからか、やはり慣れないとなかなか厳しい。そういう意味でもいい訓練になっている。

 

「それなら……!」

 

 ここで私ならではの技を出す。プリンツさんが作ってくれた隙を突いて、渾身の『屈折』。回避した瞬間なら防御もしづらいはず。それに、いくらなんでも盾を持っているわけでもないし、霧島さんやサウスダコタさんみたいに当たってもダメージにならないなんてことは無いはず。

 

 だが、これすらも、衣笠さんの視界に入っていたらしい。

 

「青葉!」

 

 私が放った瞬間に、それをどうにかズラそうと私に対して砲撃してきていた。今プリンツさんの突撃を躱したばかりだというのに。

 実際、私の『屈折』は、青葉さんに命中することは無かった。撃った瞬間に射線をズラされたせいで、ギリギリ当たらないところにズレてしまった。

 

 ここで完全に理解した。衣笠さんの異端児としての特性は、その観察眼、視界の広さから繰り出される、()()()()()()()()()()()()()。1人で戦っている時よりも格段に強くなる、いい意味で艦娘としての力だった。

 よくよく考えてみれば、『雲』との戦いの時も、『黄昏』との戦いの時も、衣笠さんは誰かがピンチに陥った瞬間にそれを打開しようと動いてくれていた。それが無意識に他者の危機を感知出来る力だったとしたら、それこそまさにM型異端児たる力、選ばれし者の力ではないか。

 

 

 

 しかし、衣笠さんはその自分の力に気付いていない。この演習は、それを自覚させるための演習になっていたのだ。

 




『雲』との戦いでは、分霊治療中の陽炎と菊月が狙われた瞬間に盾になり、『黄昏』との戦いでは、対空砲火中に狙われた初月を守るために狙いを自分に移し替えています。衣笠の真の力は、仲間を守る力です。


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無意識の守護者

 衣笠さんの悩みを解決するために演習を続ける私、陽炎。今はイントレピッドさん発案のチーム戦で、プリンツさんと組んで衣笠さんと青葉さんのチームと対戦をしている状態。

 そこで私は1つの指示を受けた。それは、あちらのチームのうち、青葉さんのみを狙えというものである。最初は衣笠さんのための演習なのに何故だと思ったが、やってみたらその真意が理解出来た。そうすることで、衣笠さんの持つ異端児としての力が露見するからだ。

 

 衣笠さんの力、それは哨戒任務の旗艦として培った観察眼、その視界の広さから繰り出される、仲間を守るために特化した力。1人で戦っているよりも仲間と戦っている方が強く発揮される力である。

 事実、私もプリンツさんも青葉さんを狙っているのに、そのことごとくを衣笠さんに妨害され、未だにお互い傷は無し。『屈折』すらも回避されたため、ここからはうまく連携しなくては全て衣笠さんに防がれると考えてもいいくらいである。

 

「青葉、狙われてる!」

「て、手近だからですかね!?」

 

 青葉さんにこの指示のことは伝わっていない。そのため、私とプリンツさんの意図など関係無しに、ただただ衣笠さんが青葉さんを守るために動いたに過ぎない。

 まだ衣笠さんは自分の力に気付いていない。無意識にでも仲間を守るために身体が動くというのは、破壊者ではなく守護者であるという艦娘の心得を体現しているようなもの。それにしても、その反応速度は目を見張るものがある。

 

 ただの砲撃だけでなく、『蜃気楼』や『屈折』、それに合わせて連携するプリンツさんの突撃にすら即座に反応してくる程の()()()()()()を持つのだから、それで平凡だなんて絶対にあり得ない。それを知ったら怒る艦娘も沢山いるだろう。

 だから、この演習で必ず気付いてもらう。勝っても負けてもいい。無意識下で動けるからこそ出来ると言われたら困るが。

 

「なら今度は……!」

 

 真正面からの『屈折』。狙いは勿論青葉さんだ。ここまで青葉さん狙いをしていれば、衣笠さんは無意識に守っているのだから気付かないかもしれないが、青葉さん自身は気付くかもしれない。

 しかし、衣笠さんの()()()()()は止まるところを知らなかった。私が撃とうとした瞬間には、既に衣笠さんがこちらに照準を合わせていたのだ。そのせいで『屈折』は不発にさせられた。

 

 私もそういうところがあるから、今の衣笠さんの状態がわかる。初めての脱力回避の時に近い。無意識下で動くから、反応速度が異常に速くなっている。

 私が青葉さんを狙ったと、その広すぎるくらいの視野に入った瞬間に動いているようなもの。

 

「えっ、速っ!?」

 

 さっきまであんな速度で動くことは無かった。無自覚な守護者の力を発揮してもらうためにこの演習が組まれたのだが、今までの戦闘とも違う。今この時に衣笠さんは瞬く間に成長していっている。

 自分のことを平凡と思い、悩みに悩んでいることが、この激しい成長に繋がっているのかもしれない。新しい自分を見出そうと必死になった結果、本来持っている力がガンガン伸びていく。

 

 おそらくだが、これは2対2だからここまで出来ている力だ。守るべき仲間が1人しかいないため、最大限の力がその対象に遺憾無く発揮される。

 逆に、どんな状況でも自分が狙われているのならここまでの力が発揮されない。それでも私や沖波と対等に戦えているので充分すぎるほどの力を持っているのだが。

 

「青葉、先に陽炎潰すよ!」

「了解ですぅ!」

 

 やはり私が厄介と睨んだようで、今度は私が2人から集中砲火を受ける羽目に。プリンツさんも青葉さんを狙って砲撃を繰り返してくれるが、集中砲火で無いのなら、青葉さんだって普通に回避出来る。諜報部隊は実力者揃いなのだからそれは仕方ない。

 そういう時こそ私の回避技の真骨頂である。2人同時に撃たれてもある程度は大丈夫。魚雷も織り交ぜられるが、今度はそこも考慮に入れての脱力回避。砲撃を潜り抜け、魚雷を確実に回避して、青葉さんに急接近した。

 

 砲撃はことごとく衣笠さんの守護者の力に止められ続けたが、近接戦闘に対してはどうか。それでも力が発揮されるのか。

 

「ちょっ、脱力回避……!?」

「もらっ」

「あげない」

 

 衣笠さんの蹴りが思い切り脇腹に入っていた。近付きすぎたとは思ったが、まさかそこまでしてくるとは思っても見なかった。そのせいで、ガードが間に合わず脱力回避にも至らなかった。

 艤装のおかげである程度は耐性が出来ているとはいえ、モロに蹴りを喰らえばそれ相応に痛いし、その衝撃で吹っ飛ばされる。吐き気までしてきた。

 

「Stop! 演習中断!」

 

 イントレピッドさんの声で、この演習はここで止められる。予想外のことが起きてしまったというのはダメージを受けた私が身に染みているところ。

 繰り出した衣笠さんはというと、自分でやっておいて唖然としていた。演習でこんなことをするのは初めてなのだろう。そもそも近接戦闘相手に近接戦闘で返すというのを即座に判断したことが無い人だ。

 

「Ah...キヌガサ、気持ちはわかるけど演習でそれはFoul(反則)よ。Paint bulletでも当たりどころが悪かったらああなるかも知れないけど、Kickは本番でも使うくらいの痛みでしょう」

「ご、ごめん、陽炎大丈夫!?」

 

 気を取り直した衣笠さんの声もあり、小さく手を挙げて無事であることは伝えた。脇腹は物凄く痛いけど、死ぬほどでは無いし、何処かに損傷があるかと言われればそれも無い。

 今だけは声も出なかった。モロに喰らった脇腹を押さえて、何とか立ち上がる。これ、霧島さんの砲撃をまともに受けた時よりも痛い。どういう形であれ、足には海上に立つための艤装が装着されているので、その分強くて硬くなっているし。

 

「ひーちゃん!」

「だ、大丈夫……折れてはいない……」

 

 フラついたところで沖波が肩を貸してくれた。酷い吐き気だったが、何とか抑え込む。ここで吐くのは流石にまずい。出そうものなら沖波に引っかかってしまう。

 

「カゲローは休憩が必要でしょうね。一度工廠に戻りましょ」

「そうさせてもらえると……ありがたい……かな」

 

 息も絶え絶えであるため、一旦休憩。せめて痛みと吐き気が引くまでは待っていてほしい。

 そうこうする間も、衣笠さんは自分の行ないを省みて、何でこうなってしまったのかを考えていた。

 

 無意識下で仲間を守るという行動が、私にまで発揮されるとは正直思っていなかった。これは私の慢心かもしれない。

 

 

 

 演習のメンバー全員で工廠で一休み。蹴られた脇腹を見ても、ありがたいことに痣の1つも出来ていなかった。さすが艦娘の身体、あれくらいなら何ともない。骨も強ければ肉も強い。砲撃で無ければ簡単には傷がつかないようで何よりである。

 それをチェックしている間に、イントレピッドさんが衣笠さんの前へ。少し複雑な表情をしていたが、衣笠さんのことを責めるわけでもなく、小さく苦笑しながら話しかける。

 

「キヌガサ、この演習で何かわかった?」

 

 無意識下で発動してしまう守護者の力のことを少しでも掴めていてくれればいいのだが、衣笠さん的にはこの()()()()がどうしても引っかかってくる。

 

「……無意識だった。青葉が狙われてるって思った時には、陽炎を蹴ってたの」

 

 守るために身体が勝手に動いたという自覚はあるようだ。あの瞬間だけは演習であるということを忘れていたような動きだったが、無意識ならそうなってもおかしくはない。無意識下で移動するだけの私とは違う、無意識下での仲間防衛システム。

 顕著に現れるようになったのは、自分が平凡だと悩み始めたからだろうか。平凡なんかじゃないんだぞと、衣笠さんの中の力自体が呼応するかのように発揮され始めている。これも一種の覚醒かもしれない。きっかけは反骨心か。

 

「あー、これ言っていいのかわからないんですが、あれ意図的に青葉ばかり狙ってましたよねぇ?」

「流石アオバね。そう、キヌガサのその力を前面に出させるために、わざとアオバばかりを狙うように仕向けていたの。プリンツとカゲローには、その意図も織り込み済み」

「ですよねぇ。手近とかそういうの関係なしに、ちょっと作為的な部分も見えましたもん」

 

 流石は諜報部隊。あれだけの演習でこちらの指示を看破していた。演習中はおかしいなくらいだったのが、ここに来て確証を得たようである。

 

「ガサ、青葉的には守ってくれてありがとうなんだけど」

「でもそれで陽炎に怪我させちゃったら意味ないでしょ……演習で実戦と同じことやらかすなんて」

 

 やられた私としては、とてつもなく痛かったけどお風呂に入れば何とかなる程度のダメージなのでそこまで気にはしていないのだが、衣笠さんとしてはそれすらも大問題。

 確かに、あの蹴りの当たりどころが悪かったら、私は演習で入渠という不名誉な実績を更新するところだった。だが、今これなのだから問題はない。吐き気はまだあるが、痛みは大分引いてきたし。

 

「衣笠さん……自分でもわかったと思うけど、それでまだ平凡とか言わないよね?」

「……そうね。仲間にまで危害を加えちゃう力を持ってたんだ」

「いや、それは違うでしょ」

 

 プリンツさんがそれを素っ気なく返す。

 

「私とカゲローはあの時は敵として相手してたわけだし、その範囲の外に出ちゃうのは当然。まぁカゲローはちょっと近付き過ぎた感じはするけどね」

「いやぁ、面目ない。絶対仕留められる位置に行こうと思ったからさ。あそこまで反応されるとは思ってなくて。慢心慢心」

「キヌガサがいなかったらそれでも大丈夫だったかもだけど、あれはダメだったねー。でも、キヌガサの力、痛いほどわかったからいいよね」

 

 その通り、身を以て知った。衣笠さんの守護者の力は、遠近構わず対象になった仲間を完全に守る力と考えていい。無意識だからこそ加減が出来なかっただけ。

 むしろ加減をしてはいけない力だ。敵相手になら振り抜けるくらいがちょうどいい。咄嗟にガード出来なかった私にも問題があるとさえ思う。

 

「だから、気にしないこと! カゲローがプンスカしてるなら反省した方がいいけど、ほら、何も言ってこないんだから。それに、アオーバも守ってくれてDankeDankeしてるんだから、むしろそれはキヌガサのCharakteristisch(持ち味)でしょ」

 

 これだけ慰めても衣笠さんの表情は暗い。悩みが別の方向に向かってしまっている。

 

「なら、ちゃんと自覚してcontrol出来るようにしちゃいましょう。キヌガサ、貴女は自分の力が何かこれで理解したわよね?」

「……仲間を……守る力?」

「That's right」

 

 無意識だからこそ発揮される力かもしれないが、それだと演習で仲間すら傷付けてしまうというのなら、しっかり意識してコントロール出来るようにしてしまえばいい。意識出来るようになると応用も利く。それが私の高速移動にも繋がっているわけだし。

 そしてこれは実戦訓練で無ければ磨けない技だ。仲間の協力あればこそ育つ力。仲間を守るために、仲間の力を借りて、仲間のために努力する。それでいいじゃないか。

 

「……わかった。こういう力を持ってるってことは自覚出来たし、まだまだ迷惑かけちゃうかもだけど、自分で制御出来るように頑張ってみる」

「Good job! その調子よ! 今度はKickも黙認してあげる。みんな、キヌガサのために痛い目に遭ってもいい子ばかりだから」

「誰もそんなことは言ってないよね!?」

 

 軽く冗談を交えてくるイントレピッドさんの茶目っ気に押されて、衣笠さんも少しだけ笑顔を取り戻した。

 

「衣笠さんが一番艦娘してるよ。守るためにアレだけ力が出るんだもん。すごく頼りになる。足手まといなんて絶対にあり得ない」

「そう言ってもらえると嬉しい、かな。よーし、絶対制御してやるんだから!」

 

 空元気かもしれないが、やる気を出して立ち上がった衣笠さん。その姿は、守護者としての自覚を持った艦娘そのものだった。

 

 

 

 ここからは衣笠さんの守護者の力を成長させる演習となる。チーム戦であれば力を発揮するということで、どんどんハードになっていったのは言うまでもない。途中からはイントレピッドさんの空襲まで入る程であった。

 この中でも何度か制御しきれずに痛い目を見る羽目になったが、衣笠さんはもう折れなかった。これは仲間を守るための力。艦娘の心得を体現した、守護者の力なのだと自覚したことが大きい。

 




衣笠はこれから、守護者の力を制御し、M型異端児の守護者として最終決戦に臨むことになるでしょう。自覚出来たからには、完璧に使いこなしてもらわなくては。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】


【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88663377
MMD静画のアイキャッチ風対潜組。こうやってみると、大鷹もちゃんと保護者出来ていますね。占守と大東が制御出来るかはさておき。


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準備は続く

 演習終了。衣笠さんはある程度は自信を取り戻していた。平凡だと思っていた自分に艦娘の心得を体現する力、守護者の力があると気付けたことで、悩みはある程度解消されたようだ。無意識のうちに仲間を守る力を自覚するというのは悪影響かと思ったが、それでもお構いなしに身体は動いてくれるようで一安心。

 とはいえ、制御出来るか出来ないかとなると今はまだ出来ないので、自覚すると思った以上に体力の消費が激しい上に、加減が利かなくなるために相手をしている側が結構ハラハラする。私、陽炎はそのせいで1発モロに蹴りを喰らっているため、演習と言えどダメージが大きかった。

 

「いや、あの、ごめんね?」

「大丈夫大丈夫……入渠が必要なほどやられたってわけじゃないから……」

 

 1発目は本当に危なかったが、そこで私も理解したおかげで2回目以降はまともに喰らうことは無くなっている。代わりに脱力回避からの脱力回避という身体に極端に負荷をかけるパターンが大分増やされ、疲れは今までの演習の中でもトップクラスかもと思える程に。

 沖波も相当消耗していた。『空』の回避は体力温存タイプなのだが、それとは別に普通の回避を選択させられるせいでやたらと疲労が蓄積させられていた。演習終了となっても肩で息をしている程である。

 

「ずっと守られてる側でしたが、何というか凄まじいですねぇ。一応録画もしておいたので、ガサも客観的に見たかったら動画使っていいよ」

「あ、それはありがたいね。研究しておきたいし、後からお願い。夜にこっちの部屋に来てよ」

「熱心ですねぇ」

 

 足手まといになるかもと悩んでいたくらいなのだから、そういう自分の力についての研究は怠らないのだろう。根が真面目だから、次の戦いのこともずっと考えていたりしそう。

 

「私達は休もう……大分疲れたよ」

「だね……でも、もっと鍛えなくちゃって思ったよ」

「それは私も」

 

 私と沖波は大分消耗していたため、すぐにお風呂に直行させてもらうことにした。衣笠さんのこの力については、私達以外の4人が空城司令に伝えておいてくれるとのこと。安心して任せられる面々である。

 

「あ、ゲロ様っぽーい」

「そっちも今終わったんだね」

 

 フラフラとお風呂に向かうと、村雨と夕立がそこにいたため合流。私達が衣笠さんと演習をしている裏側で、村雨も霧島さんにしごかれ続けていたわけで、こうなっていてもおかしくなかった。身体にはペイントが僅かに残ってしまっているレベル。

 村雨の消耗が著しかったため、夕立が便乗。残りは後片付けをしているそうで、後から来るとのこと。村雨のフラフラ加減とは裏腹に、夕立は未だにピンピンしている。海防艦の鬼ごっこについていけるだけある。

 

「聞かなくてもわかるくらいに鍛えられてるね」

「おかげさまで……親分さんが容赦なさすぎて……」

「わかる。私達も通ってきた道だからね」

 

 今日は夕立以外にも、私達以外の異端児駆逐艦総動員で村雨の訓練が続けられたらしい。夕立と組んで戦ってみるなんてこともしてみたようだが、結局勝ち切れることは無かったようだ。

 いいところまで行くし、弾を掠らせることは出来るかもしれないが、致命傷を与えるとなると相当難しい。艦種とかはここまで来ると関係なく、単に霧島さんの実力が上なだけ。

 

 あとついに村雨も親分呼びを始めてしまった。磯波が心配である。

 

「親分強すぎっぽい。夕立、まだ全然勝てないっぽい!」

 

 夕立も悔しそうにしている。村雨と組んでの戦いという念願が叶ったようだが、村雨と一緒に勝利するというところまではいけていない。それほどまでに霧島さんは強大な壁。夕立すらもてこずっているのだから、その強さが肯ける。

 かくいう私も、霧島さんには勝てていない。いいところまでは行けるのだが、どうしても押し負ける。何なのだあの人は。

 

 4人揃って湯船に入ると、一気に回復するような快感が身体を駆け巡り、聞かせられないような声が出そうになった。

 

「むーさん、マッサージしたげるっぽい」

「うん、ありがと。お願いしようかな」

 

 すかさず夕立が村雨の脚を揉み始める。私も訓練で酷い目に遭った時、阿賀野さんと夕立に湯船の中でマッサージをしてもらったものである。速吸さんのようなプロの技でなくても、お風呂効果も相まってやたらと気持ちよかったのを覚えている。

 それを受けている村雨は、そのまま眠ってしまうのではという程に顔がだらけていた。寝不足では無くなった分まだマシなのだが、今日1日だけでも相当蓄積されている。出来ることなら速吸さんのマッサージも必要なのではなかろうか。

 

「寝る前にはサミーともしてあげて、後はいっぱい寝れば明日には全回復っぽいね。むーさんそろそろ改二だし」

「え、もうそこまで来てるの!?」

「それだけしごかれてるっぽい」

 

 タイムリミットが迫る中、この早さで改二が視野に入ったのはかなり大きい。出来れば今日含めて3日程で改二になれれば、改二としての艤装を試験運用してから最終決戦に臨める。流石にぶっつけ本番は怖くて出来ない。

 村雨が改二間近なら、長門さんも近々というところだろう。このペースなら最終決戦には全ての準備が整いそうだ。付け焼き刃かもしれないが、戦力としては少しでも多い方がいい。しかもそれが太陽の姫に効果的なM型異端児と、随一の力を持つ戦艦というのなら尚更だ。

 

「こんな急ピッチで改二になるのなんて前代未聞だよ。村雨ちゃん、やっぱり凄いね」

「ありがたいことよね……これなら()()()()()()()()()()……」

 

 夕立のマッサージで心が緩んだか、おそらく確実に本心であろう言葉がポロッと出てきてしまった。復讐。やはり村雨も根っこの部分にはそれがある。

 巫女にされたということは、全てを失った時に柵となる最愛の者を自らの手で殺している。私は父さんだが、村雨は誰なのだろうか。気にはなるものの、その話題を拡げようとは微塵も思わなかった。トラウマを穿り返すような趣味は無い。

 

「もう少し頑張ってみるわ……せめて改二になる前に……霧島さんに勝ちたいわね……」

 

 マッサージで気持ち良くなってきたからか、そのままうつらうつらし始めた。お風呂で寝るのは危ないので、ちゃんと支えてやる。加古さんのように寝慣れてはいないだろうし、そのまま溺れるとか目も当てられない。

 

「むーさん、寝ちゃってもいいよ。夕立が運んであげるっぽい」

「ん……ちゃんと服だけは着せてよ……」

「了解っぽい! そこはゲロ様やオキも手伝ってくれるから」

 

 勝手に巻き込むんじゃない。だが、村雨の頑張りは私達にも理解出来るので、それくらいならお安い御用だ。

 ガッツリ訓練した後に、グッスリと眠る。これが成長への一番の近道なのはみんなよくわかっている。ただでさえ悪夢で寝不足気味だった村雨なのだから、寝られる時に寝てもらった方が心にも身体にもいい影響を与えるだろう。

 

 結果、村雨は本当にそのまま眠ってしまい、3人がかりで運ぶことに。その時の寝顔は、悪夢を見ているようには全く見えない、安らかなものであった。

 ちゃんと夕食の時には起こしてやらないといけない。それまでは夕立が側にいるとのこと。正直少し心配だったが、村雨のことに関しては夕立もシャンとするので任せておく。艤装姉妹のことに対して親身になれることはいいことだ。

 

 

 

 夕食時、ちゃんと夕立に連れられて村雨が来ていることを確認出来たので少し安心。

 代わりに安心出来ないのが1つ。この時間も、長門さんが当たり前のように食堂の手伝いをしていた。私が知る限りでは、ついさっきまで過酷な訓練を繰り広げていたはずなのだが、それを感じさせないくらい、いつも通りの言動。

 

「長門さん、ちょっとタフ過ぎない……?」

「いくら戦艦かもしれないけど、まだ訓練始めて1週間くらいだよね……」

 

 元々身体がある程度出来ていたとしか思えないくらいに頑丈。ブランクがかなりあるので、最初はかなり辛そうにしていたが、今はそれにも慣れてきたということか。

 正直長門さんは村雨以上にハードな訓練を続けている。何せ、監督が監督である。今日はそこにネルソンさんとサウスダコタさんが加わったと聞いているし、余計にハードになっていそう。

 

「この生活に慣れていてな。むしろ手伝わないと私が落ち着かない」

 

 私達の声が聞こえたか、長門さんが説明してくれた。訓練に入る前からの生活スタイルであり、立ち直れたきっかけにもなっている食堂は、長門さんの中では切っても切れない存在になっているようだ。

 精神的な安定に繋がるのなら、私達から言うことは何も無い。それで倒れたら目も当てられないが、その辺りは陸奥さんが目を光らせているから心配も無いだろう。

 

「皆のおかげで、私も晴れて改二だ。ここまで急ぎの訓練は今までに無いと聞いているが、私もそれを実感している。陸奥に言われたが、私は毎日倒れるように眠っているらしい」

「それはそうだよね……あれだけやってんだもん」

 

 疲労が蓄積されていないわけが無かった。毎日ハードすぎる訓練をこなし、朝昼晩と食堂も手伝っていたら、夜に電池切れで倒れるのも当たり前のこと。昨日の休日も、食堂の手伝いをしている時以外は爆睡だったそうだ。

 長門さんも悪夢に苛まれるタイプではあったが、最近はそんな余裕も無いらしく、グッスリ気持ちよく眠ることが出来ているとのこと。そこは安心。

 

 で、今の発言を思い返してちょっと気になることがあった。

 

「え、ちょっと待って。もう改二行けるの?」

「ああ、私は明日改装されるそうだ。それだけのことをやってきたとは私も理解しているが、ここまで成長出来るとは思わなんだ」

 

 なんと、長門さんはもう改二の練度を達成したらしい。毎日朝から晩まで訓練を続けていただけある。

 

「すごいね……まだ1週間経ってないよ」

「今日はネルソンとサウスダコタまで手伝ってくれたからな。ありがたいことに、それで一気に練度が上がったようだ」

 

 今日の訓練がダメ押しになったようだ。とはいえ前代未聞の早さでの改二改装。そもそも長門さんも村雨のように天賦の才があったのではないだろうか。南方棲戦姫として活動させられていたことでその才能が開花しており、艦娘としての才能もそこに繋がっていたのでは。

 

「これでようやく私も決戦の地に立てることが確約された。皆には感謝している」

 

 その時の長門さんは、初めて食堂で手伝いをさせられた時とは全く違う、心の底から喜んでいる表情をしていた。私の治療もあるが、トラウマを持ちながらも努力してここまで来たのが長門さんの勝因。

 最初はいろいろとあったが、もう長門さんもかけがえの無い仲間だ。今まではここでサポートをしていただけのようなものだが、これからはみんなの隣で戦ってくれる。

 

「それで、だな。1つ聞きたいことがあるんだ」

「ん、なに?」

「改二改装は……その、また何かあるのだろうか。陸奥がやたらニヤニヤしてきたんだ」

 

 おそらく改二改装のリンクのし直しのことを言っているのだろう。私や夕立はその衝撃に耐えられずに声を上げてしまった方なので、あの頃を思い出してなんだかモヤモヤしてくる。

 とはいえ、長門さんは私の分霊治療でも声を上げずに耐え切れる程の忍耐力を持っているのだから、おそらく心配はない。陸奥さんの期待は裏切られる形になるだろう。改二だからといって、長門さんが嬌声を上げることは無いだろう。

 

「分霊と同じくらいの感覚がするから頑張ってね」

「そ、そうか……なるほど、あれか……。ならば、それも耐えねばならないな。流石にそこまで陸奥の思い通りになって堪るか」

 

 ごめんね陸奥さん。期待通りにはならないと思う。

 

 

 

 決戦準備は粛々と続く。まずは長門さんが達成したので、あとは村雨と、衣笠さんの力の理解だけだ。

 




長門は改二達成。1週間足らずで練度88というとんでもない急成長。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88702562
MMD静画のアイキャッチ風速吸。医務室担当でみんなの体調管理や検査をしている時は眼鏡着用というの、とてもいいですよね。本編中ではそういう描写はありませんでしたが、採用レベル。


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長門の成長

 これまでの努力の甲斐あり、ついに長門さんの改二改装が決まった。それが判明したのは今日の業務時間後だったらしいので、艤装の大改装は明日の午前中。新しい制服も明日お披露目となりそうである。今まではかなり露出度が高い制服だったが、次はどうなるのか。陸奥さんとお揃いになったりしそうではあるが。

 

「改装後に試験運用をしてもらう。構わないね」

「ああ。それで晴れて猛特訓は終わりということでいいのだろうか」

「そうなる。よく頑張ってくれたよ」

 

 夕食後、空城司令が長門さんに翌日の日程変更を伝えていた。本来なら明日も訓練の予定だったが、目標を達成したことで改装の準備に入る。

 制服の合わせもあるので、午前中は現場待機という形にされていたが、長門さんのことだからおそらくその間は食堂の手伝いに勤しむことだろう。それで心が落ち着けるのなら誰も文句は無い。

 

「だが……正直アタシも予想外だったよ。アンタがここまで早く成長するとはね」

 

 空城司令も、ここまで早く訓練を終わらせるとは思っていなかったようである。タイムリミットギリギリまでに何とかなればと思っていたようだ。それがまだ多少なり余裕が出来ている。

 僅か1週間足らずで改装まで漕ぎ着けるというのは前代未聞ではあるが、師が全員とんでもない精鋭だったことと、長門さんが南方棲戦姫だった頃の経験を活かして成長していったのが上手く行った理由だろう。この記録はおそらくもう抜かれることも無い。

 

「私も予想外だった。いや、あの訓練は過酷なものではあったが、自分でもここまで身につくとは思ってもみなかったんだ。これも全て、私を鍛えてくれた皆のおかげだ」

 

 グッと拳を握りながら、勇ましい笑みを浮かべていた。戦う力を得られたことを喜んでいるのが手に取るようにわかる。

 

「姉さんの才能も少なからず影響してるわ。ずっと一緒に訓練を受けてきたけれど、姉さん最初から凄かったもの。何かやってた?」

「ああ、元々陸上競技をな。ああなる前から身体を鍛えてはいたんだ」

 

 陸奥さんも長門さんの成長速度は目を見張るものだと感じていたようだ。教えられたことを次々と出来るようになっていくところを身近で見ているのだから、驚きは隠せないだろう。そもそも土台が出来ていたからと言って、この早さは普通ではないだろうし。

 

「……それに、南方棲戦姫の時の経験もあるかもしれないな。あの経験のおかげか、全ての訓練に対して馴染むのが早かったように思える。無論、教え方が良かったのもあるさ。独学ではこうも上手くは行かない」

 

 長門さん自身があの時の記憶を持ち出せるようになっている辺り、心も相当鍛えられている。心身共に成長を遂げた長門さんに、今や敵など無いのかもしれない。

 

「ここからは戦場でも鎮守府を支えよう。給糧艦としての私もやたら期待されているようだしな」

 

 後ろの方から間宮さんと伊良湖さんの視線が飛んできていた。自分の仲間であり、()()()でもある長門さんの成長を一番喜んでいるのは、もしかしたらあの2人なのかもしれない。長門さんをずっと見守り続けてきたのだから、喜びもひとしおだろう。

 

 

 

 そして翌日。長門さんの改装がついに開始。艤装は午前中に整備班が仕上げるのだが、制服の方は妖精さんが勢い余って昨日のうちに完成させてしまったらしい。そもそも作業がやたら早いのが妖精さんなのだから、やろうと思えば数分で作り上げてくれたりするのだろう。

 なので、朝食の時間に早速お披露目ということになっていた。長門さん自身は艤装と一緒でいいだろうと言ったそうなのだが、間宮さんと伊良湖さんがどうしてもということで、なんだかんだ食堂の手伝いも新制服でやらされることに。長門さんはこの2人には頭が上がらないようである。

 

「ど、どうだろうか……」

 

 食堂に現れた長門さんを見て、みんなから感嘆の声が上がる。ここで手伝いをするときのラフな格好はさておき、今までの制服からも大分様変わりしていた。

 その制服は陸奥さんのものにかなり近いデザインだが、半袖の陸奥さんに対し長袖になっていたり、スカートも僅かながら丈が長くなっていたりと、陸奥さんのそれよりも露出度がかなり低めになっていた。それでも腹だけはしっかり露出している辺りが前の名残。あれも対策インナーで隠れることにはなるのだが。

 

「キャ──ーッ♪ 姉さんいい感じじゃない! 私と似てるけど要所要所違うのが姉妹って感じでいいわよね! ああんもう、ロングコートとか最高に似合ってるわ!」

 

 一番盛り上がっているのは他ならぬ陸奥さんである。対する長門さんは、黄色い声を投げかけられタジタジ。

 だが、改二になってここまで制服が変わるという人は、この鎮守府にはあまりいないらしい。沖波や夕立みたいに、ちょっとデザインが変わる程度でここまで大きな変化という程ではない。私に至ってはほぼ変わり無しだし。

 

「あ、ああ、陸奥よ、もう少し落ち着いてだな」

「これが落ち着いていられるもんですか。あれだけ詰め込みの訓練したせいでちょっと腹筋が割れてきちゃってるけど、姉さんそういうのも様になってるのよね。ホント、顔立ちとかもイケメンよねぇ」

 

 止まらない陸奥さんにだんだん羞恥心を刺激され始めたようで、少し顔を赤らめつつ食堂の奥に消えていった。しかし、あちらではあちらで間宮さんと伊良湖さんが陸奥さんと近しいテンションで待ち構えている。

 だが、陸奥さんを相手にするよりはまだ穏やかな心で対応出来るようである。一緒にいる時間が違うのが如実に現れていた。

 

「手伝いを始めた当初は心配事が多かったけれど、こんなに強く育って……」

「感激です。私達の力を受け継いだ()()()()()()()として、頑張ってください」

 

 間宮さんに至っては少し涙目である。もう殆ど子が巣立つ親のような心境。殆ど同年代なのに、保護者のような視線で長門さんを見ていた。

 

「……2人には特に感謝している。これからも、よろしく頼む」

「ええ、でも無理はしないでちょうだいね。食堂の手伝いをしていたから疲れが取れなかったとかなっても、私達困っちゃうもの」

「そうですよ。私達でも食堂は回せますから、ご自分の身体を考えて行動してくださいね」

「ああ、その辺りは弁えることにするさ」

 

 3人でいることが当たり前となっているのだから、それはそれは仲のいい給糧艦()()()であった。

 

 

 

 そして午後、艤装も改装完了。ついにリンクの時が来た。工廠には空城司令としーちゃん、そして陸奥さんがその時を待ち構えている。そしてこれには私、陽炎も参加させてもらうことになっていた。

 改二艤装とリンクした時に同期値が増減することもあるらしく、長門さんは艦娘になる経緯が特殊なので、リンクの後に魂を見てもらいたいとのこと。強力な艤装を手に入れた代償として、D型の同期値がおかしくなったら困るからだ。

 

「こいつは会心の出来だぜ。って、いつも言ってる気がするな」

「ああ、いつも聞いてるね。むしろ会心の出来じゃないことなんてあったかい?」

「あるわけないな。こいつが艦娘の命を繋いでんだ。半端にはしてねぇよ」

 

 整備長が長門さんの新しい艤装を運んできた。だが、思った以上に大きなものが運ばれてきたことで、当の長門さんも驚いていた。

 元々戦艦なので艤装は私達駆逐艦よりも大きなものを使っていたが、改二の艤装はそれに輪をかけて大きい。後ろから見たら脚くらいしか見えなくなるくらいだった。パッと見では陸奥さんの艤装よりも少し大きい気がする。

 

「陸奥の艤装を参考に、より強度を増した。一斉射は使うたびにガタが来るからな。あとは、割と雑に扱ってもいいくらいにはしてある。少し振り回しちまうって聞いてるんでな」

「ああ……深海棲艦の時からの癖だな。今でこそこれだが、元々は腕に装着していたせいで、撃つたびに身体を振ってしまう」

「なるほどな。なら今回の改装はその辺りも考慮しておいたぜ」

 

 少し乱暴な使い方をしても問題ないくらいの強度を得ようとした結果、戦艦の艤装であってもこれだけの大きさになってしまうようである。

 

「んじゃあ、早速装備すっかい」

「ああ、よろしく頼む」

 

 待ってましたと言わんばかりに陸奥さんが前に出てくる。改二改装の時の痴態を期待しての行動だとは思うが、長門さんに事前に教えておいたため、それを見ることは無いだろう。いくら長門さんでも、見せたくないものはいくらでもあるだろうし、これは陸奥さんでも踏み込んではいけない場所。

 

「装備の場所は変わらない。いつものように装備してくれりゃいいからな」

「了解した」

 

 用意された艤装に背中を押し当て、そしてリンク。普段通りの艤装の装備なのだが、初めての改二艤装はその時の衝撃が段違いになる。

 

「っお……!?」

 

 流石に小さく声を上げていたが、歯を食いしばり、拳を握りしめてその衝撃を耐えていた。痛いならまだしも、身体がモゾモゾするようなくすぐったさが身体中に拡がる感覚は、今思い返してもあまり感じたくないものである。

 ましてや、長門さんは一度分霊を受けたことがあるため、その感覚と重なってしまい余計に苦しいだろう。精神的な苦痛に繋がる。

 

「姉さん、別に我慢しなくてもいいのよー」

「馬鹿なことを言うな……っ」

 

 陸奥さんの言葉に耳を傾けないようにしつつ、必死に耐えている。魂の治療をした時と殆ど同じであるようで、それならば長門さんなら耐えられるだろう。現に、表情は苦しそうだが声を上げることは無かった。

 

「これは……確かに分霊に近いな……事前に聞いていてよかったっ」

 

 結局、このリンクの衝撃にも耐え切った長門さん。陸奥さんは少しガッカリしていたようだが、無事にリンクが終わったことに関しては素直に喜ばしいようだ。

 

「お疲れさん。これで長門は改二になった。持ち上げられるかい」

「やってみよう」

 

 言うが早いか、すぐにその場で立ち上がる。それが背中に装備されているのが当たり前のように軽々と持ち上げているため、リンクは成功。これで晴れて長門さんは改二改装され、この強烈な力を戦場で振り回すことになる。

 

「陽炎、念のため確認を頼むよ」

「了解。長門さん、ちょっと魂見せて」

 

 もう一度座ってもらい、胸に指を突き入れて魂を確認。ここに澱みの1つでもあったら、艤装とのリンクでそれが拡がってしまうとかあったかもしれないが、その前にしっかりと治療していたおかげでそういうこともなく、綺麗な魂のままであることが確認出来た。

 

「オッケー。何の影響も無し。速吸さんに正確に測ってもらった方がいいとは思うけど、少なくとも治療が必要なくらい危ないものは無いよ」

「そいつは良かった。なら、これで一安心だね」

 

 やはり、この急ピッチな訓練と成長が改装に何かしらの悪影響があるのではないかと懸念していたようである。結果的に無事に済んだから良かったが、心配するのは当たり前。

 あとはここから試験運用を経て、正式に長門改二として登録されることになる。ここで何も無いとは限らないので慎重にことを運ぶ必要があるだろうが、そこはあまり心配していない。

 

「じゃあ長門、ここからは使い心地を見てもらいたい。アンタがやれるのは砲撃くらいかもしれないが、その辺りの試験を」

「ちょっと待ったー!」

 

 淡々と段取りを説明していくところで突然の乱入。その声の主は、長門さんの改装を今か今かと待っていたネルソンさんである。その後ろからはサウスダコタさんとプリンツさんまで。このメンバーを見るとどうしても勘ぐってしまうが、まさか。

 

「そのTest、余が受け持とう! 我々3人と戦う実戦形式というのは如何だろうか!」

 

 サウスダコタさんも言うまでもなくやる気満々。むしろここで自分が出ないでどうするといった表情。

 プリンツさんは何処か申し訳なさそうだが、やる気がないわけではないようである。振り回されているのではなく自分の意思でここにいるようだし。

 

「ふむ……確かに、今までの訓練の成果も見ておきたい。長門、やってみるかい」

「そうか、そうだな。ネルソンにもサウスダコタにも世話になっている。ならば、私の成長を戦いの中で見てもらうのもいいだろう」

 

 もしこの演習で不具合が見つかったらすぐに止めるというルールを設け、長門改二の初陣は強敵ネルソンタッチとの戦いとなった。流石に1人で3人と戦えというのは無理無謀なため、そこはちゃんと同等な人数を揃えるようだが。

 

「なら、姉さんの相方は勿論私ね。あと1人は……ゲロちゃん、どう?」

「え、私!? 駆逐艦だけど大丈夫!?」

「陽炎はその辺り飛び越えているようなものだろう。私としてもお願いしたい。この3人で、ネルソン達に挑まないか」

 

 試験運用なのに大変なことになってきたが、長門さんがこうもやる気なのだ。ならば期待に応えなくてはいけない。生死に関わる戦いではないし、そもそも私だって強くなる必要があるのだから、こういう強敵との演習は願ってもないことだ。

 

「わかった。なら私が3人目ってことで」

「よし。提督、この3人で行かせてもらう」

「ああ、ネルソン達に胸を貸してもらいな」

 

 

 

 急ではあるが、ここからはネルソンさん達との演習となる。今まで一度も勝てていないため、人数は少ないかもしれないがここで初勝利と行きたい。本題は長門さんの試験運用なのだが、なんだかんだ私も楽しみとなっていた。

 




次回、胸熱vsネルソンタッチ。この世界は演習でも3人でもタッチ出来る素敵仕様なので、どんな戦いになるか。


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試験運用演習

 長門さんの改二改装が終了し、ここから試験運用をしていこうとした矢先、ネルソンさんが演習をしようと持ち掛けてきた。新たな主戦力となり得る戦艦である上、その訓練に手を出しているくらいなのだから、その実力の程が気になって仕方ないのだろう。

 今までは訓練に次ぐ訓練。演習もやっていないわけでは無いが、それはあくまでも訓練の一環。動く的代わりである。それ故に、相手をしているのは常に陸奥さんだった。それがいきなりの団体戦である。

 

「付け焼き刃で詰め込み同然の力ではあるが、私は出来る限りのことをしよう。特に砲撃とフィジカルをメインに鍛えられているからな」

「神州丸の訓練が凄まじくハードだったものね。伊良湖ちゃんと一緒にどんどん負荷が上がっていっちゃって」

 

 演習の準備をしつつも、長門さんの現状を確認。やはり戦艦ということでメイン武装の砲撃を徹底的に鍛え上げられており、さらにはそれを制御出来るだけのフィジカルも手に入れているとのこと。この数日で恐ろしい成長である。

 駆逐艦の万能性と違った一点特化型であることも、この成長の早さに繋がっているかもしれない。やれ雷撃だ、やれ対潜だと手広く伸ばそうとするとどうしても時間がかかるが、間宮さんの砲撃と伊良湖さんの格闘の2種類に特化したからこそ、今ここで改二になれたとも言える。

 

「一斉射、使うんだよね」

「勿論。ネルソンはそれがお望みみたいだもの」

「ならその時は、私はあまり前に出ない方がいいかな」

 

 私、陽炎はその長門さんと陸奥さんをサポートするための一員として演習に参加するわけだが、あちらは3人纏めてのネルソンタッチ、こちらは2人での一斉射と、かなり激しい戦いになることが予想される。

 一駆逐艦である私が、その中に入り込んでしまったら最後、演習と言えども粉微塵になってしまうのではなかろうか。ペイント弾で致命傷とか目も当てられないのだが。

 

「ゲロちゃんには撹乱をお願いしたいわね。駆逐艦ならではの戦い方だもの」

「そうだな。我々はどうやっても大振りになる。奴らの隙を作ってくれないか」

「えーっと、つまり突撃?」

 

 陸奥さんの笑顔が怖かった。ネルソンタッチがいつ飛んでくるかわからない状態での戦場で、少ないながらも組まれた部隊から離れて単独行動をするというのはかなり怖い。演習だからこそチャレンジ出来る戦法である。

 こちらの一斉射には私は必要ないが、あちらのネルソンタッチには3人全員が必要。つまり、バラけて行動することはまず確実に無いということだ。逆に言えば、私1人にネルソンタッチが飛んでくる可能性だってあり得てしまう。

 この演習の目的としてそれは無いかもしれないが、それでも可能性だけで考えるのなら、私はその猛攻の矢面に立つことになる。怖すぎやしないか。

 

「ゲロちゃんのあの一気に戦場から離れる移動があるでしょう。それがあれば、一斉射もネルソンタッチも範囲外に行けるんじゃないかしら」

「それは多分大丈夫だと思うけど」

「実際の戦場でこんな指揮はしないけど、演習だからこそ試してみたいの。頼めないかしら」

 

 重要な任務の旗艦として出撃することが多い陸奥さんが、私の実力も加味して、命の危険が無い演習だからこその、チャレンジ精神溢れる作戦を立案。試す価値はあると思うし、これが成功したら、私は()としての戦い方も身につく。いろいろな戦い方が出来れば、戦場で何かしら役に立つかもしれない。

 

「あー……了解、いきなり撃つのは勘弁してほしいけど」

「ありがと」

 

 私の火力は基本的には届かないと見ていい。ならば出来る限り撹乱して、2人の一斉射の成功率を上げる。突撃は実際悪い策では無いと思える。出来るのなら勿論私が倒してしまっても構わないだろうが、前回のサウスダコタさんの例もあるし、狙えそうなら狙っていこう。

 合図無しでぶっ放されたら、いくら『蜃気楼』を使っても回避し切れるかわからない。陸奥さんと霧島さんで放った一斉射はそれくらい激しい密度だったし勢いもとんでもなかった。長門さんがそれを放った場合、一体どうなってしまうのだろうか。それはそれで楽しみ。

 

 

 

 そして演習の場へ。今回は長門さんの初陣みたいなものなので、ギャラリーが多い。哨戒部隊以外は全員がこの演習を見ていると思われる。霧島さんに可愛がられていた村雨も、今は演習を止めてこちらを見ているようだ。見ることも訓練になるとはよく言われていることだし。

 いつもの異端児駆逐艦は、各所でこちらを見学中。私の姿がここにあるため、萩風辺りは驚いているのがわかる。私だけが駆逐艦であるため、違和感が凄い。

 

「なんだかいっぱい視線を感じるけど、もしかしてネルソンの仕業?」

「うむ。ここのAdmiralがナガートの成長を確認すると言っていたからな。それだけでは勿体ない。皆に見てもらった方がいいだろう」

「全く、余計なことを」

 

 小さく溜息をついた長門さんだが、空城司令の隣で間宮さんと伊良湖さんも見学していることに気付くと表情が変わる。やはり師の視線の中でならいいところが見せたくもなるだろう。

 

「アタシとしては、カゲローが参加してくれたのがありがたい。因縁があるしな」

「もう勘弁してよ……激しい撃ち合いの中に入れられるってだけでも戦々恐々なのに」

 

 サウスダコタさんはまだ最初の敗北を根に持っている様子。霧島さんの気持ちがわかった気がする。これ多分一生言われる。

 

「それでは、審判はこの神州丸が執り行わせていただくのであります。思う存分戦ってほしい」

 

 いつもの演習のように、一定の距離を取って最後の準備。今回は戦艦同士のぶつかり合いのため、私達の演習よりも大分大きく開く。駆逐艦だと撃ったところで届くかもわからないくらいの距離。その代わりに、今回は全員にインカムを渡されており、神州丸さんの声が聞こえるようにされていた。

 当たり前だが、長門さんはこういう真剣勝負は初めてのこと。それがよりによってあのネルソンタッチなのだから目も当てられない。改二改装済みとはいえ、いきなりの実戦みたいなものである。

 

「陣形は梯形陣。ゲロちゃんは最後尾でいいけれど、開始したら自由に動いてくれて構わないわ」

「了解。機会を見て引っ掻き回すよ」

「ええ、お願い」

 

 こちらの旗艦は陸奥さん。流石にそこまで長門さんに任せるのはまだ早いという判断。陸奥さんの指揮の下、長門さんはタイミングを合わせて一斉射をすることになる。それ以外の時は自由な戦いになるわけだ。

 今でこそこうやって並んで合図を待っているが、これは殆ど遊撃隊みたいなもの。自由に動いて、でも戦況を把握しつつ、最終的にはチームの勝利を掴み取る。

 

『準備は良いか』

 

 神州丸さんの合図が聞こえた。ここで何も返さなければ、そのまますぐ始まる。

 いきなりネルソンタッチが来ることはあまり無い。こちらに有効的に叩き込めるタイミングを見計らってくる。今回はネルソンタッチ要員が3人しかいない変則的な状態だ。

 

『良さそうだな。ならば、始め!』

 

 開始の合図と同時に、陸奥さんとネルソンさんが砲撃。先制の一撃はどちらも旗艦が放った。それはお互いが読んでいたようで、それを避けるように航行開始。長門さんと私は、陸奥さんの動きに合わせて陣形を崩さずに移動する。

 

「姉さん、威嚇でもいいから撃ってもいいわ」

「了解だ。ならば撃つぞ!」

 

 指示を受け、長門さんの砲撃。姿勢もブレず、サウスダコタさんに定めた照準も完璧。移動しながらそれが出来ているのだから、砲撃訓練はしっかりと身に付いている。癖だと言っていた主砲を振る砲撃というのも見たらわかる程だったが、それでも違和感なく砲撃を放っていた。

 命中精度は間宮さん監修だ。あの人の精度が尋常では無かったことは、私は身を以て知っている。長門さんがそれを引き継いだというのなら、この砲撃は大振りではあっても期待出来る。

 

「っは、いい狙いだなナガート!」

 

 しかし、これだけ離れているのだから、簡単に避けられてしまう。移動後まで計算していたにしても、まだまだ離れているため、見てからでも避けられるだろう。

 だからこそ、私の撹乱が必要なのだ。一斉射を放つタイミングは、ある意味私が作るようなもの。責任重大である。

 

「じゃあ、行くから」

「よろしくね、ゲロちゃん」

 

 2人を残して陣形から離れ、別働隊として突撃。最初は脱力回避による高速移動を使わず、ただただ単独で行動するのみ。この間も2人は撃ち続けているし、あちらからの砲撃も飛んでくるので、砲弾の雨の中を私だけが突き進むことになる。

 

 陸奥さんも長門さんも、戦艦の中では動くのが遅い、いわゆる低速戦艦というもの。私がちょっと加速すると、あちらが例え最大戦速だとしても引き離すことが出来る。

 それはあちらのネルソンさんも同じことで、ネルソンタッチのために3人で行動しているのだから、単独行動出来るのは私だけ。それを視野に入れての撹乱作戦なのかもしれない。

 

「ほう、カゲローが単騎で来るのか。面白い」

 

 その時には既に、ネルソンさんの艤装が変形を始めていた。これだけ離れているのもあり、どちらも大振りであることから、初手からネルソンタッチで考えていたようだ。

 この変形を食い止めれば、少なくともタッチのタイミングをズラすことが出来る。それが今一番欲しい隙なのだ。ならば、ここで邪魔をするのが私の仕事。

 

「ネルソンタッチはやらせないよ」

「だろうな。しかし、我が精鋭がそれを許さぬ。プリンツ!」

Verstanden(了解)!」

 

 そこで前に出てくるのはプリンツさんである。ネルソンタッチの露払いを担当する、ネルソンさんが遠慮無しに突撃技をするための道を拓く者。周りが戦艦だからか、重巡洋艦でも小回りが利くと錯覚してしまう。

 ネルソンさんとサウスダコタさんは、陸奥さんと長門さんの砲撃に対応しているため、私に対応出来るのはプリンツさんだけ。

 

「ゴメンねカゲロー、この前はチームだったけど!」

 

 私がネルソンさんを狙ったところを見計らい、プリンツさんが私を狙う。同じことをしようとしても、火力は当然プリンツさんの方が上。それに、私が撃ったところでネルソンさんを止められるかもわからない。

 だからこそ、ここで脱力回避。私は照準を合わせただけてあえて撃たず、プリンツさんに先に撃たせてそれを回避し、ネルソンさんの間近に接近する。そこには陸奥さんの砲撃も飛んでくるが、ちゃんと当たらない位置を把握してから移動した。

 

 サウスダコタさんには正直近付けなかった。一度痛い目を見せられているというのもあるが、長門さんの砲撃が近付けば近付く程精度が良くなっていくので、それの邪魔をするわけにはいかなかった。

 

「ハッ、やはり余を狙うか!」

「そりゃあね! ネルソンタッチは食い止めないと」

「だが、もう遅い、なっ!」

 

 しかし、既にネルソンさんの艤装の変形は完了済み。前方に大きく突き出るような変形した艤装は振り回されるだけでもかなり怖く、それでいて突撃するために強固に作られているためダメージも与えづらい。

 ならば生身が見えている場所、有り体に言えば顔面を狙えばいい。即座に備え付けの主砲でネルソンさんを狙い定めたが、さすがネルソンさんに精鋭と言わしめる者。プリンツさんがそれを許してくれなかった。考えた瞬間には照準が定まっているはずなのに、それよりも下手をしたら早く動いていたプリンツさんが、恐ろしいことにネルソンさんの変形した艤装を乗り越えるかのように跳んで私の邪魔をしてきた。

 

「ダメだってカゲロー!」

「ちょっ!? それは想定してない!」

 

 構わず砲撃を放ったが、プリンツさんからも砲撃を放たれたため、またしても脱力回避。それをしたために照準がブレてしまい、砲撃は惜しくも外れてしまった。

 

「Nelson Touch」

 

 そしてそのままネルソンタッチ発動。私が近くにいようがお構い無しである。変形が完了したのだから、もうやらないという選択肢は無い。プリンツさんもすぐに定位置についていた。

 

「これはヤバイ!?」

 

 これはもう止められないと察したため、私はその場からすぐに移動。私を巻き込もうとは考えておらず、ネルソンさんの狙いは最初から私以外の戦艦2人。あちらを潰せば残った私を3人でゆっくりやってしまえばいいだけの話である。

 

 そして、私が先陣を切ったことで、陸奥さんもこちらを撃ちながら準備を整えていた。一斉射には艤装の変形などのシーケンスは無い。タイミングさえ良ければいつでも可能。砲撃が疎かになったこの瞬間が、一斉射の頃合い。

 結局、一斉射はネルソンタッチに被せるというのが一番いいタイミングだったわけだ。私が前に出た意味があったのかはわからないが、そうしなければ一斉射が出来ないように牽制され続けた上でタッチされていたかもしれないので、これはこれで良かったと考えよう。プリンツさんを私に引き付けられただけでも良しだ。

 

「姉さん、いい? 行くわよ!」

「ああ、行くぞ! 主砲、一斉射!」

「てぇーっ!」

 

 ここからは一斉射とネルソンタッチのぶつかり合い。鍛え上げられた長門さんの本領発揮の場所である。

 

 この超火力の応酬、勝者はどちらになるだろうか。

 




倍率的には一斉射の方が高いけど、梯形陣と複縦陣での火力の差が出てくるので、一概にどちらが強いかというのは判断しづらいところ。その海域の出撃制限とかに関わってくるところですかね。連合艦隊だと一斉射に分があるかもですが。


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超火力の応酬

 長門さんの試験運用演習が開始。私、陽炎は、ネルソンタッチを妨害しつつ撹乱し、一斉射のタイミングを作ることが仕事。私が持てる限りの力を使って撹乱に向かい、あわよくばネルソンタッチを食い止めようとしたのだが、それは精鋭たるプリンツさんに見事に妨害された挙句、結局食い止めることが出来ずにネルソンタッチが発動してしまった。

 だが、こちらも負けていない。ネルソンタッチが放たれるタイミングこそが、一斉射を決めることが出来るタイミングでもあった。お互いに準備が完了し、ここからは一斉射とネルソンタッチのぶつかり合い。

 

「Nelson Touch」

「っし、行くぞ!」

「Feuer! Feuer!」

 

 先に動き出したのはネルソンさん率いるネルソンタッチ。妨害出来なかった私はその場からすぐに退避したが、狙いは最初から私よりも奥にいる戦艦2人。あちらを潰せば残った私を3人でゆっくりやってしまえばいいだけの話である。

 さすがに戦艦2人に重巡1人を私1人だけでどうにか出来るとは自分でも思っていない。これはもう2人の一斉射に託すしか無い。

 

「姉さん、いい? 行くわよ!」

「ああ、行くぞ! 主砲、一斉射!」

「てぇーっ!」

 

 突撃技のネルソンタッチに対し、一斉射はバラ撒き。この時ばかりは身体を振っての砲撃は封印され、陸奥さんと同じ構えでの斉射。

 霧島さんとやっていた時もそうだが、2人並んで真正面への猛烈な砲撃を放ち続けることにより、眼前の敵を全て薙ぎ払う文字通りの必殺技。あちらが突撃してくるという都合上、バラ撒くことなく一点集中でネルソンタッチを迎え撃つ。

 

 今回は霧島さんに代わり、長門さんが一斉射の相方を務めるのだが、その火力は霧島さんの時から更に上がっていた。集中砲火しているというのもあるし、長門さん自身の火力がとんでもないというのもあるのだが、陸奥さんの気合が今までと違っているように思える。

 それだけ長門さんとの共闘を楽しんでいるようだった。念願叶ったが故に、テンションが爆上がりしている。

 

「これが新たな一斉射かっ! 面白い!」

 

 その突撃は、()()()()()()()()()()()()()()()()。ネルソンタッチの真正面に対する砲撃の数が尋常ではないため、一斉射の砲撃と空中でぶつかり合うことになり、お互いに致命傷にはならない程度にまで軽減出来てしまっていた。密集した砲撃同士というのは、ああもぶつかるのだろうか。低火力な私には、ちょっとよくわからない。

 そもそもあのネルソンタッチ、突撃しているのに敵の砲撃を何故か回避していく。それが一斉射でもお構い無し。2対3という数的不利があるとはいえ、一斉射を一点集中しているのだから簡単には回避出来ないはずなのに。

 

 火力自体は陸奥さんと長門さんに軍配が上がっているようなのだが、とにかく経験が違った。ネルソンさんは一斉射を前にしても一切怯まず、むしろ突っ込んでくるような相手だ。

 激しい砲撃相手に怯まないのは陸奥さんと長門さんも同じなのだが、どうしても回避をしないとどうにもならないため、突撃を止めることは出来ていない。真正面にいたら、それこそ突撃に呑み込まれて2人ともやられる。

 

「陸奥、私が前に出る!」

「了解! 姉さん、やっちゃって!」

 

 今までは陸奥さんが少し前に出た一斉射だったが、ここでポジションチェンジ。長門さん主体の一斉射になるのだが、何か変わるのか。

 

「分断を狙っているのなら、分断されてやるさ。だが、ただで思い通りにはさせん。こちらから動く!」

 

 ネルソンタッチの本来の目的は、突撃により部隊を分断しての各個撃破である。今回は部隊と言える程の人数では無いため、ただの突撃戦法になっているが、2人揃っての一斉射がネルソンタッチと同等の火力を秘めていることがわかり、2人を分断する方向に持っていったようである。

 故に、ネルソンさんの砲撃は陸奥さんと長門さんの隙間を狙うようなものになっていた。一斉射が一点集中になったものを撃ち墜としつつも、謎の回避を見せながら速度を一切落とすことはない。

 

 それに対して長門さんは、分断覚悟で一斉射とは少し違うことをしようとしていた。真正面から立ち向かったら、さすがにネルソンタッチに押し潰される。1人ではあの砲撃に耐えられない。陸奥さんと一緒だから均衡を保てているだけだ。

 

「どちらも仕込まれているから、()()()()に辿り着いた!」

 

 陸奥さんの前に出たと思った瞬間、わざと陸奥さんから離れ、ネルソンタッチの真横へ。一斉射がその時点で中断されることになるのだが、長門さんの動きが、その時だけは尋常では無かった。

 あの確実に重たそうな艤装を背負った状態で、あの瞬間だけは()()()()()()()()()()を体現。ただし、伊良湖さんのようにそれを何度も繰り返すことは出来ないようで、一度移動した時点で終了。

 

「てぇっ!」

 

 そして、即座に砲撃。長門さんが手を前に突き出した瞬間、サウスダコタさんの主砲全てが機能停止する程のダメージが入れられた。1回の砲撃音で全ての兵装を破壊する技は、()()()()()()()の再現。ただし、こちらも何度も繰り返すことは出来ないようで、一度撃った時点で終了。

 

 今の行動だけで理解出来たのは、1回だけ()()()()()()()()()()()()()()ことが出来ること。瞬間的に給糧艦2人の最高潮の力を使い、最善の行動を繰り出す。

 1回しか使えない代わりに、オーバースペックを引き出し続けるわけでもないため、それを繰り出した後も当たり前のように攻撃を再開する辺り、相当なスペックなのではと思えた。それでも火力や連射速度などに影響があるようなので、()()()()()に近い部分はあるようだが。

 

「マジかっ、ナガートそこまで……!?」

「今使わなければそのまま押し負けていたろう。お前だけは先にやっておきたかった」

 

 サウスダコタさんがやられたことで、ネルソンタッチは瓦解。それに対して、陸奥さんも一斉射の限界が来たために終了。ここからは必殺技無しの殴り合いになる。

 その前にサウスダコタさんをどうにか出来たのは大きかった。まだあの人にはマストがあるのだが、アレで殴り付けるのは流石に許されておらず、守りにのみ使用可能とされている。演習であんなもの使われたらえらいことになる。

 

「プリンツ、ナガートだ!」

「Verstanden!」

 

 ここからは分断という形が取れたことで、各個撃破に移ろうとする。長門さんの方が力の前借りのせいで弱っていることを看破したようで、プリンツさんが即座に長門さんを終わらせに行った。

 あれだけ派手な戦いがあった後だと、小粒は目立たないとは思うが、こういう時にこそ役に立つのも小粒だ。

 

「私のこと忘れてない?」

 

 一斉射とネルソンタッチの応酬が終わったことで、私がまた戦場に戻る。あんな激しい超火力の応酬にはさすがに参加出来なかったが、ここからは長門さんの護衛も兼ねて参戦させてもらう。

 プリンツさんにはさっき妨害され続けたので、今度はこちらの番。一気に近付いて長門さんの前に躍り出て、長門さんを狙おうとしたプリンツさんを砲撃。駆逐艦の火力では重巡洋艦の艤装も撃ち抜かないと判断し、狙いは全て生身の部分。一撃で仕留めるのなら顔面だが、そう簡単にいかないのは理解しているため、まずは確実に持っていくために脚。

 

「うわぁっ!? カゲロー、相変わらず速いね!」

「そりゃどうも! こういうところで役に立たないとさ!」

 

 軽々とは言わないが、私の砲撃を避けたプリンツさんは、私の存在に構わず長門さんを狙う。それを妨害するために陸奥さんも動いていたが、そちらにはネルソンさんが相対していた。

 本来の目的ではあるネルソンタッチによる部隊の分断は成功していると言える。だが、私という存在があることで、こちらは2対1で相手をすることが出来た。先に長門さんがサウスダコタさんを倒しておいてくれたおかげでかなり有利な盤面になっている。とはいえ守りのために前に出てくることもあるので油断ならないが。

 

「長門さん、動けるようになるまでどれくらい? まさか間宮さん達みたく3日とか無いよね?」

「3分だ。1回の出力で、3分のクールタイムが必要になる」

 

 簡易型オーバースペックとでも言おうか。今は副作用で戦艦どころかそれこそ重巡洋艦程のスペックに落ち込んでいるものの、たった3分でまた戦艦の力を取り戻すことが出来ると。それだけあの鎮守府の守護者としての力はとんでもないものであり、それを継承した長門さんもとんでもないスペックであるのがよくわかる。

 しかし、このクールタイム中に狙われたらひとたまりもないのは確かだ。使いどころは見極めなくてはいけない。今回は早速使ったが、本番ではこのスペックダウンが命取りになりかねない。間宮さんや伊良湖さんのように連続使用が出来ないのも仕方のないこと。

 

「この状態でも充分戦えるが、なっ!」

 

 私の砲撃を回避したプリンツさんを追撃するように長門さんも砲撃。今度は身体を振り、殴り付けるように放っていた。弱っている状態だと特に癖が出やすい様子。

 

「ちょっ、ネルソン! この2人相手に私1人はしんどいんだけど!?」

「余も陸奥で手一杯なのだ。恨み言はダコタに言うがいい」

「アタシのせいだってなら、プリンツはアタシが守ってやるぞ!」

 

 マストを振り回してプリンツさんを守るように現れたサウスダコタさん。主砲が全て機能停止しているため、完全な壁役。こんなことを本番でやったら、命がどれだけあっても足りないと思うのだが、この人ならやりかねないから困る。

 一方一騎討ちになっている陸奥さんとネルソンさんは、殆ど互角の戦いを繰り広げていた。実力自体は殆ど同等。陸奥さんも長門さんの訓練に付き合うことで相当強化されている。

 

「カゲローの弾は軽いとわかっているんだ! これくらいならいくらでも弾いてやるぞ!」

「ちょっとそういうの理解出来ないんだけど!?」

 

 事実、この行動によって私の砲撃は全て打ち払われているのだから笑えない。こちらの砲撃だってそれなりに狙いを定めているというのに。いや、定まっているから弾きやすいのか。ならば。

 

「長門さん、同時に!」

「了解だ!」

 

 いくらサウスダコタさんといえど、一度に打ち払えるのは1発だ。それは、長門さんの砲撃に使ってもらう。そのために、同時に撃ちつつも私の砲撃はサウスダコタさんとは違う方に向けて放った。

 

「『屈折』」

 

 そしてその砲撃を第二射で弾いて屈折させ、プリンツさんを狙い撃つ。これならば守りなんて関係ない。サウスダコタさんは長門さんの砲撃に引き付けられているし、狙うなら今。

 

「それ無茶苦茶すぎない!?」

 

 私の狙いを読まれたか、それは艤装によりガード。戦艦には傷一つ付けられなかった私の砲撃は、重巡洋艦相手ならある程度は効いた。しかし、倒すところまではいかないようで、行って小破と言ったところ。火力の低さが悔やまれる。

 

「ナガート、さっきよりも砲撃が軽いみたいだな!」

「ああ、私のやり方はそういうモノなんだ。だが、クールタイムは終わりだ」

 

 一撃重たい砲撃をぶちかました後、そのまま陸奥さんと合流。陸奥さんもその意図は最初からあったようで、ネルソンさんとの激しい撃ち合いの中でもジリジリと長門さんに近付いてきていた。

 

「陸奥よ、この長門に続け!」

「任せて!」

「主砲一斉射! てぇーっ!」

 

 そして本日2回目の一斉射である。最初より火力が落ちているかもしれないが、バラ撒く砲撃は前とは変わらず、もう主砲が使えないサウスダコタまで含めた相手3人を呑み込むように、広範囲に砲撃が放たれた。

 

「変形が間に合わん……!」

「あの数は守りきれないな。これは参った」

「でも、やれることはやるんだから!」

 

 それに対してネルソンタッチを繰り出すことは出来ず、見事に呑み込まれていく。だが、そこはネルソンさん。艤装を変形させることなく、それに向けて砲撃をしており、それは長門さんの脇腹にしっかりとヒットしていた。肉を切らせて骨を断つなんていうが、長門さんとネルソンさんは相討ちみたいなものだった。

 

「やられた。これで私も負け扱いか」

「そうね……残念だけど。でも、一矢報いるどころか、勝ちを拾うことは出来たわ」

 

 一斉射を撃ち切った後、残っているのはペイント塗れになったあちらの3人。致命傷は防いだようだが、あれではもう戦うことは出来ないだろう。

 

「ハッハッハッ! これは余の負けだな! 恐ろしい成長を見せてもらったぞナガート!」

 

 顔面にペイントを付けたネルソンさんの敗北宣言と高笑いが聞こえ、この演習は幕を閉じる。

 

 

 

 長門さんは結果的に大破轟沈判定とはなっているが、それでもこの短時間でついにネルソンさん達を討ち破れるほどに成長を遂げたのだ。

 




ここに来てからネルソンは負け無しだったんですが、ついに勝つことが出来ました。その第一号が長門という快挙。やはりビッグセブン。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88754481
MMD静画のアイキャッチ風夕張。こんな細腕でみんなの艤装を整備してしまう凄腕整備員。艦娘としても普通に強いのが恐ろしい。


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計算出来ない力

 長門さんの試験運用演習が終了。長門さんは相討ちとなったものの、あのネルソンタッチに対して勝利を収めることが出来たのはとても大きい。この演習で、長門さんはもう即戦力であることが確定し、最終決戦でも活躍が見込まれるくらいの大戦力であることもみんなに知らしめることも出来ただろう。

 この演習を見ていたギャラリー達も、長門さんの奮闘には感心していた。現場で見ていても凄まじいと思ったが、守護者の力の再現は殆ど完璧だったと思える。私、陽炎もアレは完全な継承であると感じるほどであった。

 

「お疲れ様、長門さん」

 

 工廠に戻ったところ、待ち構えていたのは笑顔の間宮さんと伊良湖さん。その顔を見て顔が引き攣る長門さん。何か言われるのでは無いかとビクッと震える。

 

「私達の技をよく継承してくれました。合間にちゃんと出来ていましたね」

「はい。最後に砲撃を受けてしまったのは惜しいですけど、充分やれていたかと思います」

 

 2人からの感想も好感触。少しホッとしたようだった。しかし、次の言葉でまた硬直する。

 

「ですが、訓練はもう少し続けていきましょうね。そのダメージは致命傷だもの。本番でそうなったら、まず間違いなく生きていられません」

「そうですね。もっともっと鍛えてもらう必要はあると思います。『黄昏』との戦いはこれだけでは済まないでしょうから」

 

 ニコニコしながら言い放つ。勝ちはしたものの、致命傷を受けたことはいただけないようで、そういうことがないようにもっと鍛えた方がいいと提案してきた。

 短期間で改二にまで成長したのはよかったのだが、やはりそこは付け焼き刃である。技は使えても、鍛錬がまだまだ浅いと。それは長門さんも自覚しているようだ。

 

「姉さん、私もまだ付き合うわ。ネルソンとの一騎討ちで酷い目に遭ったもの。最後の一斉射に参加出来たから良かったけど」

 

 そういう陸奥さんも、判定的には中破。ネルソンさんと1対1でやり合ったことで、いくつか被弾はしてしまっていた。対するネルソンさんは、一斉射の前までは殆ど傷付いていなかった辺り、陸奥さん相手でも優勢に戦っていたということだ。

 そこから、まだまだ成長の余地があると知り、長門さんと一緒に更なる高みを目指そうとしているようだ。鎮守府の守護者の力を、陸奥さんも取り入れてしまおうと考えているのかも。

 

「そう、だな。陸奥、最終決戦までは訓練を続けていこう。私もまだまだだ」

「ええ、一緒にまた強くなりましょ」

 

 姉妹仲は良好。この2人はさらに強くなることだろう。それこそ、手が付けられない程に。

 

「ならばまた我々が相手をしてやろう。拳を交えたのだからな。あれだ、セン・ユーと言うのだろう」

「ああ、戦友か。そうだな、まだまだよろしく頼む」

 

 ネルソンさん達との絆も深まり、長門さんはより一層励むことになる。最終決戦まで時間はそこまで残されていないが、ギリギリまで鍛え上げて本番に臨むことだろう。

 鎮守府の最高戦力と言われる日も近い、かもしれない。最大のライバルは妹である陸奥さんになりそうだが、2人揃ってトップになってもいいと思う。

 

 

 

 長門さんの演習は午後イチから始まっていたので、終わった今でもかなり時間が残っている状態。演習に参加した面々はそのまま休息。というか長門さん達もネルソンさん達も、艤装を酷使しているのでそのまま整備が必要と判断されたため、休まざるを得なくなった。

 

 短期間であそこまで成長した長門さんの存在は、その演習を見ていた全員に火をつけるのに充分な効果だった。

 特にそれでやる気を出したのが村雨。ある意味同期とも言える長門さんがあそこまで出来たのだ。自分だってやれると自信を持ち、ひたすらに訓練に打ち込むことになる。

 同じように参加していた私も例外なくフリーになったので、ここは焚きつけられてやる気満々な村雨を見守ることにした。夕立にせがまれたというのもある。

 

「おー、むーさん絶好調っぽい!」

 

 相変わらず霧島さんを相手にした演習を繰り返しているのだが、私から見ても動きがどんどん良くなっているのがわかる。初めて演習をした時の、主砲を向けられた瞬間に足を止めてしまうようなことはもう無かった。

 

「うん、いい動きになってるわ」

 

 猛攻はしっかりと盾で防いでいるが、村雨の動きには感心していた。長門さんの演習を見て焚きつけられたことが、動きまで良くしているのは恐ろしい。

 村雨が夕立と同じような直感タイプだからこそのそれなのだろうか。感情が動きに直結しているというか。好戦的だから前へ前へと進んでいく夕立と同じように、自分だってやれると奮起しているから前へ前へと進めるみたいな。

 

「それでも当たらないんですけど!?」

「簡単に行かせるわけないでしょう。でも、ちゃんと強くなってるわ。私が保証する」

 

 それは外から見ていてもそう思える程だった。動きのキレというか、その時その時に選択する行動がどんどん的確になってきていた。

 

 夕立もそうなのだが、直感的に選択した行動が大体間違っていないというのが村雨である。今まではその選択に時間がかかってしまっただけ。だから回避しなくてはいけないのに足が止まってしまった。

 しかし、今はその選択の速さも磨かれてきており、霧島さんが主砲を構えた瞬間には、その射線から移動していた。盾で防御しようとしたら、防がれない場所を判断して砲撃を放つ。

 

「私がまだ負けないのは、艦種のスペック差もあるわ。1対1なら負けるつもりも無いし」

 

 自信満々に言い放ち、村雨の攻撃をことごとく防ぎながら、また広範囲にバラ撒く砲撃。回避方向を固定させるための常套手段。私が以前見ていた時には、村雨はこれでやられていた。

 だが今は一味も二味も違う。避けながらも前に進み、砲撃もやめない。むしろ霧島さんの砲撃を止めるための砲撃を繰り出す。もう一切怯まない。

 

「その選択が出来るようになったのもいいことね。よし、今回はここまでにしておきましょう」

 

 その姿が見れた時点で、1対1(タイマン)の演習を一旦中断。結局攻撃が通ることは一度も無かったのだが、1人でかなり惜しいところまで来ているのは確か。

 

「親分さん、私まだやれるわ」

「わかってるわよ。だから、ちょっと趣向を変えるの。ここ最近はずっと1人での演習ばかりだったでしょ。それだと個人技ばかりが伸びて、連携がうまく出来ないわ」

 

 村雨には何もかもが足りなかったため、まずは1人でも戦えるように地力の底上げを図った結果が今の個人演習。村雨はその中でガンガン成長し、霧島さんをも唸らせるくらいにまでになっている。

 だからこそ、次の段階に行く必要があった。戦場では1人で戦うということの方が少ない。仲間と肩を並べ、背中を合わせ、お互いを守りながら戦うというのが常だ。自分だけが強くても意味がない。

 

「……そっか。さっきの長門さんみたいに、陸奥さんと一緒に戦ってたからすごく強かったのね」

「そういうことね。あの2人相手だと、私もどうなるかわからないもの。艦娘に限っては、1+1は2じゃないわ。艦隊の頭脳といえど、計算では測れない力があるもの」

 

 長門さんもそうだし、ネルソンさんもそう。さっきの演習では、仲間の存在による力の上がり具合が如実に出るものだった。長門さんと陸奥さんの一斉射は、1+1が3や4になっていたし、ネルソンタッチは1×3が6くらいになっている気がする。

 それだけ仲間が重要であることは、あの演習を見ていた村雨にだって痛いほど理解出来ていることだろう。計算出来ない力を感覚的に理解したはず。

 

 そこで、村雨にはここからは連携の訓練、仲間と一緒に戦う訓練をするべきと提案したわけだ。

 勿論、1人で霧島さんを乗り越えることが出来る程の力を手に入れるのも目標としたいだろうが、決戦の場で個人プレーはまず不可能。ただでさえ強大な敵なのだから、仲間の力を借り倒してでも勝利しなくてはいけない。

 

「今日のところは夕立しかいないから、夕立に相方になってもらうけれど、明日からは別の子と組んでもらうから」

「了解。みんなと一緒に戦えてこその連携ってわけね」

「理解が早くて助かるわ。少なくともM型異端児の子とは全員と組んでもらう。勿論そこの陽炎とも」

 

 最終決戦、太陽の姫とぶつかり合うのはM型異端児だ。その場で連携が取れるようにするには、その全員と一緒に戦う必要があるだろう。私もだし、沖波もだし。松輪とすら一緒に戦えるようにした方がいいだろう。

 実戦を見据えるなら、まず間違いなく連携が必須技能。その場でランダムで組むと言っても過言ではないのだ。

 

「まぁその前に、ちゃんとみんなと仲良く出来ていることが大事だけど」

 

 その言葉にどうしても反応してしまう村雨。

 

 村雨は経緯が経緯なので、どうしても他者との関係がうまく行きづらいところがある。この鎮守府に村雨のことを悪く言っている者はいないが、村雨自身が遠慮してしまうことは多い。今でこそ大丈夫みたいだか、最初は敵対心のようなモヤモヤも残っていたくらいだし、

 特にそれが顕著なのが萩風である。今でも悪夢として見てしまうことがある『雲』の時の記憶だが、それが原因でいろいろありすぎた。萩風が唯一素っ気ない態度を取る相手でもあるのでわかりやすい。

 

「……長門さんと萩風には、申し訳なさが勝っちゃうの。あの2人の人生を壊したのは、紛れも無く私だし……」

「むーさん、まだ夢に見ちゃうくらいだもんね」

 

 ほぼ常に一緒にいる夕立は、村雨の悩みを一番理解しているといえる。夕立自身も私のせいで鎮守府に敵対する感情を知ってしまっているので、村雨の持っている辛さがわかる。それは私もだ。

 しかし、この手で他者を殺めるという感覚を知っているのは私くらい。あとは私達を元に戻すために手を汚してくれた者達くらいだと思うが、それは悪意を以てでは無いため、少し違うか。

 それに、他者や人生までもを破壊したのは村雨にしか無いものである。これだけは理解してあげることが出来ない。申し訳ないが、寄り添ってあげることでそれを緩和してあげるくらいしか、私達には出来ないのだ。

 

「……でも、連携は出来るようになりたい。仲良くしてくれなんて口が裂けても言えないけど、一緒に戦いたいって気持ちは本当だから」

「その気持ちがあればまだマシね。大丈夫、貴女は皆と戦えるわ。私が保証する」

「ありがとう、親分さん」

 

 小さく微笑むが、どうしても浮かない顔をしていた。これを吹っ切れろという方が難しいのだが、まだまだ時間が足りない。

 

「ひとまずは、夕立と組んで私と戦ってもらう。これでいいわね」

「ええ、大丈夫。夕立、一緒にやってもらって」

「いいに決まってるっぽい! そのためにずっと一緒にいるんだからね!」

 

 村雨に対して満面の笑みの夕立。村雨がどうであれ、誰とでも分け隔てなく付き合うことが出来る夕立には過去なんて簡単に割り切れるものであった。だから村雨が今ここで活動出来るのではないかと思える。

 

「艤装姉妹だもの、一番上手く連携出来ると思うわ。私も苦戦するかもしれないわね」

「ぽい! 今日こそ親分に参りましたって言わせるっぽい!」

「ええ、夕立となら行ける気がするわ。まずは1+1を2にしなくちゃね」

 

 まともに連携出来なかったら、1+1が1にすら満たなくなる可能性がある。それだけは避けたいところ。

 

「夕立とむーさんで、1+1を200にしてやるっぽーい!」

「本当に出来そうね貴女達なら」

 

 ここからは2対1の変則演習。以前同じようなことをやらせてもらったが、私達は2人がかりでも霧島さんに勝てなかった。だが、この2人の連携ならそれを突破出来るかもしれない。

 

 

 

 結果として、村雨はさらに力を付けることになるが、霧島さんには僅かに及ばず。しかし、1+1を2以上にする感覚は掴めたようだ。ここから村雨も力をつけていくだろう。

 




夕立「1+1は2じゃないっぽい。夕立達は1+1で200っぽい! 10倍だよ10倍」


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互いの気持ち

 長門さんの試験運用演習によって、鎮守府の士気は上がりに上がっていた。特に同期として鎮守府に加入した村雨は訓練に熱が入り、霧島さんとの演習に躍起になっている。

 そこで、霧島さんからの次の指示は、連携を学ぶこととされた。個人技ばかりを伸ばし続けるのもよろしくない。最低限、M型異端児との連携だけは出来るようになっておく必要がある。ここからは、改二への訓練も兼ねて連携訓練を続けていく。

 つまり、毎日演習。今日は夕立と組んだが、明日からはまた別の組み合わせで演習をすることになるだろう。私、陽炎もM型異端児であるため、その組み合わせの1つに入る。

 

「夕立とは上手く行くのよね」

「そりゃそうっぽい。いっつも一緒にいるから、息が合うんだよ」

 

 異端児駆逐艦で集まって食べる夕食の時間に、ちょっとした反省会。夕立と組んで演習を続けた村雨が、考え事をしながらボヤく。今日から与えられた課題について、村雨なりにいろいろ考えているようである。

 夕立との連携はかなりのものだった。意思疎通がしっかり出来ているような動きで霧島さんに対して猛攻を仕掛けるところは、まさに姉妹というイメージ。それでも押し勝てなかったのは、霧島さんの腕前が凄かったというだけ。

 

「明日からは夕立じゃない人と連携訓練っぽいよ。誰かな誰かな」

「今提督に打診中だって。明日突然言われるかもだから、私にもわからないわ。でも、多分M型異端児の誰かよね」

 

 そうなると、私か沖波か、はたまた磯波か。異端児駆逐艦としての連携訓練ならやっておいて損はないだろう。最終決戦で組む可能性が非常に高い組み合わせだし。

 

「村雨ちゃん、もうそろそろ改二なんだよね。あとどれくらいなの?」

「親分さんが言うには、あと2日くらいみっちりやればって」

 

 この村雨の発言により磯波破裂。そういえば、村雨が霧島さんのことを親分呼びするのを聞くのはここが初めてだったか。夕食中という最悪なタイミングでそれが発生してしまい、よりによって磯波は私の真正面に座っていた。

 つまり、私に思い切りぶち撒けられるということになる。流石にこれは避けられない。

 

「姉さん危ない」

 

 隣の萩風が皿を私の顔の前に差し出してくれたおかげで、顔に喰らうことは無かった。代わりに服の方がやられたが。

 

「ちょっ、磯波ぃ!」

「ご、ごめ、ひっ、それは、予想して、けほっ、無かったからっ」

 

 机に突っ伏して痙攣している磯波。久しぶりの深刻なダメージだったようで、回復に時間がかかりそうだった。早くどうにかなるようにと、沖波が背中を摩ってあげているくらいである。

 夕立のそれにはもう完全に慣れていたが、村雨がそれを言うとなると流石に無理だった様子。違和感が凄いから磯波の気持ちはわからなくも無い。

 

「ありがとね萩風」

「いえいえ、今回は何となく予測出来たので。磯波さんが真正面だと多少は警戒はしますね」

 

 苦笑する萩風。それにしても素晴らしい反応だった。萩風がいなかったら私は大惨事になっていただろう。いくら友人であり仲間でもある相手であろうが、食べているものを吹きかけられるのは誰だって嫌なものだ。

 艤装を装備していないというのもあるし、脱力しようがない状態でもあるのだが、流石に仲間からの攻撃を脱力回避は出来なかった。あれが避けられれば完璧だとは思うが。

 

「村雨さん、その発言は磯波さんの()()()()()()なので……」

「ご、ごめん、そういう事情知らなくて。笑い上戸なのは知ってたけど」

「ツボが何処にあるかわからないんです」

 

 小さく溜息をついたが、発生源である村雨を責めるようなことは無かった。未だにぎこちない態度で接しているものの、顔を合わせれば即喧嘩みたいな仲でも無い。お互いに遠慮し合っているような関係。会話も本当に少ない。

 

 そうなっても仕方ないのはわかっている。その時は村雨の治療が不十分だったこともあり、一度大きな喧嘩のようなものをしているのも大きい。どういう事情があれ、胸ぐらを掴んで引っ叩いている相手に対して、遠慮というか警戒というかそういう感情を持つのは至極当然なこと。

 萩風だって割り切ろうとしているが、そういう小さくないいざこざを起こしてしまっているというのは、思った以上に大きな障害になってしまっている。

 

「あ、あのさ、萩風」

「なんです?」

 

 磯波のやらかしをみんなで片付けている最中、村雨から萩風に声をかけた。話しかけるのもあまり無いことなのだが、少しだけ勇気を出して。

 対する萩風はやはり素っ気ない。萩風自身もそんな態度を取りたくは無さそうなのだが、最初が最初だけにもう引っ込みが付かなくなってしまっているようにも見える。

 

「明日の連携演習……萩風が組んでくれないかな」

「……私が? M型異端児でもなく、気心の知れる艤装姉妹ですらない私とですか?」

 

 ほんの少し棘のある言い方にもなってしまっている。あまり褒められたことではないのだが、心境がわかるからこそ何も言えない。こればっかりは、村雨の反応を見るしかない。

 村雨はあの訓練の時に、仲良くしてくれとは口が裂けても言えないと話していた。萩風がこういう態度を取る気持ちを一番理解しているのは村雨だし、こう言われてもおかしくないと思っている。だから、それに対して文句は一切無い。

 

「そう、萩風と。戦場で、一緒に戦うこともあると思うの。防衛線だと乱戦になるだろうから、誰とでも連携が出来るようになりたい。だから、まずは萩風とやりたい」

 

 言葉を選んで、なるべく傷つけないように、でも意思は伝わるように。

 

 口が裂けても言えないかもしれないが、村雨の本心は()()()()()()()()なのだと思う。言えないだけで、言いたいのだ。

 だからこそ、その場にいた夕立の次に、萩風を選んだ。一番仲違いをしている相手と、お互いの命を預け合うために。

 

「……わかりました。村雨さんの希望が私だというのなら、拒否する必要もありませんから。貴女の言う通り本番は大乱戦でしょうから、手近にいる人との連携というのも必要になるでしょうし」

「ほ、ホントに!?」

「嘘をついてどうするんです。別に私は村雨さんのことが嫌いとかそういうわけじゃないですよ。そうだったらこうやって話なんてしませんし、顔も合わせません」

 

 しかし態度は変えない。表情も萩風には珍しい殆ど無表情。どちらかといえば暗い方か。嫌とも思っていないが、良いとも思っていない、事務的な返答というか何というか。

 

「そ、そっか……ありがと。提督にそう伝えてくるから、明日は……よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 片付けが終わったため、物を片付けてさっさと食堂から出て行ってしまった萩風。私もお風呂のついでに着替えたいところだし、萩風を追うわけではないが早いとこ出て行かせてもらおう。

 その時、村雨の表情は何処か喜んでいるように見えた。勇気を出した甲斐があったと、素直に笑顔を見せていた。

 

「よかったね、むーさん。ハギィとも仲良くなれるよ」

 

 夕立の言葉に、村雨が小さく首を振る。

 

「仲良くなりたいなんて、そんな烏滸がましいことは考えてないわよ。私が萩風の全てを奪ったことは事実だし、萩風はああ言ってたけど、きっと私のことは許せないだろうから。でも、それを戦場に持ち込んでピンチになったら、みんなに迷惑かけるでしょ。だから……まずは()()()()と思ったの」

 

 普段からそこまで顔を合わせているわけではない2人。訓練で一緒になったりはするものの、会話自体もほぼ無し。村雨が必死に訓練をしているというのもあるが、まず村雨から話しかけることは無いくらいに遠慮している。

 やはり、萩風から何もかもを奪っているというのが大きすぎた。住んでいた街も、家族も、最愛の者も、全て『雲』が破壊してしまった。その感覚を全て覚えているというのだから、罪の意識しか無いだろう。

 それに慣れようと、村雨は努力しようとしていた。その感情のまま戦場に出た時、それが足を引っ張ってしまうことを恐れた。自分はどうなっても良いが、周りに迷惑をかけることは困ると。

 

「私はそれだけのことをやらされたんだから……でも、それは戦場には持ち込まない。事務的でもいいから、萩風とは一緒に戦えるようにしたい。背中を預けて」

「うーん……夕立にはよくわかんないけど、むーさんがそう思うならあんまり言わないっぽい。でも、それでしんどいなら、また寝る前に夕立やサミーに話してね」

「ありがと。一緒にいてくれるだけでも助かるわ」

 

 悲しいが、この確執は簡単には覆らないものだ。今の言葉が村雨の本心かもわからないが、少なくとも誰にも迷惑をかけずに戦場に出たいという気持ちがあることはわかった。

 

 なら、萩風はどうなのだろうか。それを聞けるのは私だけな気がする。この後、ちょっと聞いてみよう。

 

 

 

 お風呂も終わり、後は寝るだけ。いつものように村雨と夕立はそちらの部屋へ。私の部屋には残りの異端児駆逐艦が集合。流石にこの頃になったら磯波も回復しており、部屋に着いた途端に謝り倒された。

 

「ごめんね陽炎様、よりによって目の前にいるときに……」

「いや、うん、あれは仕方ないよ。村雨が親分呼びするのは想定しない」

「そ、そう、だよね……ふっ……くくっ」

 

 ここで思い出し笑いに発展。複雑な表情をしながらゆっくりと蹲っていく。それだけアレが予想外であり、磯波のツボに深く入ってしまっているということである。また沖波が背中を摩ってやり、回復を手伝ってあげていた。

 一方、萩風は夕食の時と変わらず表情が若干暗い。どういう感情を以てそれなのかは私にはわからないが、苦しいのなら吐き出してもいいと思う。だから、磯波はアレだがここで聞いておこう。

 

「そうだ、萩風。聞きたいことがあるんだけど」

「……村雨さんのことですよね」

「まぁそうだね」

 

 流石にそういう空気があったか、萩風も私の質問は想定済み。

 

「……村雨さんは『雲』じゃないですから、割り切ろうとはしていますよ。治療されたのに死を望んだ時にはカッとなってしまいましたけど。それには正直負い目があります」

「あれは……仕方ないとは思う」

「でも、諸々治って人間に戻れた村雨さんは、私の姿を目に入れることで苦しんでます。話しかけても申し訳ないという気持ちが顔からわかるんです。それなら、関わり合いを持たない方がいいでしょう」

 

 だから、事務的にOKを出したものの、連携訓練を前に少し浮かない顔をしていた。萩風としては、相手を思い遣った結果がコレ。村雨のストレスを考えて、なるべく関係を持たないようにしているわけだ。

 異端児駆逐艦という括りがある以上、訓練や演習で顔を合わせ、時には一緒に訓練をすることもあるだろうが、その程度ならまだマシ。しかし、連携となるとそれ以上の接触になるのだから、ギクシャクして当然である。

 

 一度自分から手を出したことによる負い目と、村雨の気持ちを鑑みた結果の心の壁は、萩風自身にもストレスになってしまっている。

 

「でも、今回は村雨さんから一歩踏み出してきてくれました。それなら手を取らざるを得ないですよね。それを突っぱねたら、村雨さんは余計に傷付きます。今でもその傷は癒えないのに」

「……優しいね萩風は」

「私が皆さんにしてもらったことをしているだけです。私だって元々は駆逐水鬼、何人も怪我をさせているし……その……姉さんには酷い痴態を」

 

 話しながら徐々に声が小さくなっていく。あの時の自分を深く思い出したことで、いたたまれない気分に。

 そういう時は私の匂いで癒してあげるのが手っ取り早い。ちょいちょいと手招きし、膝枕で安心させてやる。顔が腹に向くようにしてやったことで、萩風が大きく震えた。

 

「……何をどうやっても誰も戻ってこないですし、村雨さん自身もそれに対して真摯に向き合って、自分の意思でも無いのに罪を償おうとしてくれているんですから……私だって受け入れてあげたいです。でも……」

「いいよ、ゆっくり歩いていけば。歩み寄りたいなら歩み寄ればいい」

 

 頭を撫でてやると、さらに震えた。気分が落ち着くまではこうしていればいい。

 

 

 

 確執は深いが、お互いに傷付け合うことを望んでいないことはよくわかった。2人とも、ただただ優しいだけ。全ての罪は太陽の姫にあるのだから、もう少しだけ歩み寄れればいいと願った。

 




村雨と萩風の関係は、悪化こそしないけど良くもならないのが現状。連携訓練で何か変わるでしょうか。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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MMD静画のアイキャッチ風由良。松輪を守るために駆け出した時は、こんな感じで手を伸ばしたのでしょうね。


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ぎこちない2人

 村雨の連携訓練を夕立以外と行なうという話になったのだが、村雨がその相方に萩風を選択。本人に直談判して、事務的にではあるがOKを貰った。

 お互いにお互いを敬うがために遠慮しており、そもそもの経緯もアレなため、どうしても関係に大きな溝が出来てしまっていたが、今回の件で多少なり改善されると嬉しいものである。

 

「おはよう萩風。よく寝れた?」

「おかげさまで。ありがとうございました姉さん」

 

 朝、いつものように目覚める私、陽炎。今回はその連携訓練の件もあるので、萩風の添い寝をする形で朝を迎えた。こうすることで萩風が安心して眠ることが出来ることは今まで何度も実証してきたことだし、事実物凄くスッキリした顔をしていた。悪夢などを見ることがなく、気持ちよく寝られたようで何より。

 萩風としては、今日の訓練は重い内容だと思う。溝がある村雨との共闘というのは、どうしても本来のスペックを全て出し切ることが出来ないだろう。それに、前日からストレスを溜め込んでいたら、それが余計に顕著になる。

 

「これなら、今日は全力で挑めます」

「そっか。応援してるよ」

 

 こうは言っているものの、萩風の表情はそこまで明るいものでは無かった。やる気はちゃんとあったところで、どうしても思うところはある、

 おそらく、この訓練には私も便乗することになるだろう。その時に萩風を支えてあげられればいい。

 

 

 

 朝食後に空城司令に呼び出される。その理由は案の定、私も村雨と萩風の訓練に参加してくれという依頼だった。同じように夕立も呼び出されており、私と共に2人の訓練を見守るようにと言われているらしい。

 空城司令としても、あの2人の関係は戦場で何か悪いことが起きないかと心配しているところがあるらしい。

 

「黙ってちゃわからないから、お互い言いたいこと言っちまえばいいんだがね」

「それが出来たら苦労しないよ」

「夕立もそう思うっぽい。でも、むーさんは意外と()()っぽい」

 

 村雨が一歩も二歩も引いているから進展しないと夕立は分析していた。村雨のことを一番理解しているのは、毎日おはようからおやすみまで片時も離れないくらいに傍にいる夕立だろう。

 昨晩私が萩風から聞いたように、村雨の本心も夕立は聞いているのだと思う。村雨のことを割り切ろうとはしているが、被害者家族の自分が視界に入ることで苦しんでいるから近付かないという萩風と同じで、村雨にも萩風に対して何かしらの感情があるはずだ。

 

「あまり無理は言えないよ。萩風もいろいろ考えていたみたいだし。でも、この訓練で心境とか変わってくれれば、私は嬉しいかな。本人の前でそんなこと言えないけどさ」

「ああ、そうだね。アタシもそれを願って村雨の進言を許可したんだ。関係が悪化しないことを祈っているがね」

 

 この連携訓練によって、より仲違いが進んでしまったらという不安もある。全く連携が出来ないだけならまだマシだが、確執が余計に深くなったら、もう同じ戦場に置くこと自体が難しくなり得る。今この場で士気にも影響しかねない。

 私と夕立は、あの2人の仲を取り持つ役割にもなっていた。お互いに艤装姉妹の問題だ。それに、みんな同じ異端児駆逐艦なのだし。

 

「さ、2人がそろそろ来るだろう。海の上ではアンタ達に任せる。あとは霧島だね。ここからはあの子に従ってくれりゃいい」

「了解。このことは霧島さんも知ってるの?」

「当然だ。霧島には昨日の夜のうちに話しておいたよ。その時にどういう方針でこの演習をするかも決めてある」

 

 ならもう任せるしかない。その方針が合っていようが間違っていようが、ここまで来たらなるようになれである。

 

「あ、来たっぽーい」

 

 などと話していたら、萩風と村雨が霧島さんに連れられて工廠へやってきた。萩風はやはり少し素っ気ない態度のまま。村雨は目が合わせられずに若干弱気な表情。霧島さんもこれには少し困った様子。

 村雨自身が希望したのだが、本人がこの調子では先が思いやられる。誘うのに勇気を振り絞ったことで、全部出し尽くしてしまったというのなら目も当てられない。

 

「それじゃあ今日の訓練だけれど、村雨と萩風で連携訓練をしてもらうわ。2人とも、それでいいのよね?」

「ええ、私が希望したことだもの」

 

 萩風も無言で首を縦に振る。ただ見ているだけの参加とは違う共闘に、いろいろな感情が入り交じっていた。

 

「で、その相手は最初私がやるつもりだったんだけれど、司令と話し合った結果、変更させてもらうわ」

「えっ、じゃあ誰が……」

「勿論、()()()()()()()()よ」

 

 流石にこれには萩風も目を見開いた。私と夕立も聞いていないことなので大いに驚く。

 

「同じ駆逐艦の連携を目の前で見ながら、自分達に活かせばいいだけだもの。私と戦うよりも身になると思うのよね」

「確かにそうだけど、急だなぁ」

「でもいいっぽい。ゲロ様とならやりやすそうだし!」

 

 夕立は気楽なものである。演習で夕立と組んで戦うというのは、実は殆ど無かったりする。今でこそこんな関係であるが、夕立自身が私のことを初めての後輩だからとライバル視していたこともあって、組むよりは戦う方が多かった。戦場でも、割と夕立とは別の部隊になることが多く、2人で共闘というのもなかなか無い。

 そういう意味では結構新鮮な感覚。あれだけ暴れ回る夕立の手綱を握れるかはわからないが、2人で自分の艤装姉妹を相手取るというのは、なかなか面白そうと感じた。

 

「ね、姉さんを相手にするんですか。脱力回避も使われるんですよね……?」

「勿論。2人には手を抜かないようにしてもらうから。それこそ、()()()()協力しないとコテンパンにされるわね。私でも今のこの2人のコンビだとどうなるかわからないわ」

 

 厳しいのは私と菊月のペアと先日言っていたが、私と夕立のペアも想定では結構厳しいらしい。夕立の天才的センスに、私の『蜃気楼』と『屈折』を重ねることにより、計算出来ない連携になると踏んでいる。

 ある意味、私と夕立の連携訓練にもなっていた。個人的にはそこまで心配はしていないが。

 

「ルールは私との演習の時と同じで、どちらか片方がやられたら負け。どちらもペアなんだから、2人で連携して片方を倒せばそれでいいわ」

 

 ここのところは基本変わらない。チームプレイなのだから、片方がやられたらおしまい。自分がやられないように相方を守り、合間合間に攻撃していくというのがベスト。

 こういうチーム戦は、勝つことも大事だが負けないようにすることも大事。実戦と同じく被弾は死と同義なのだから、艦娘の心得をちゃんと守るのならば、攻撃よりも防御がメインになってくるだろう。

 

 しかし、私の相方となる夕立は鎮守府屈指の押せ押せキャラ。死すらも恐れないような危うさがある。そうなると、夕立を前に出して私が後衛でサポートするのが良さそうか。

 

「じゃあ早速やっていくわよ。準備して」

「ぽーい! ゲロ様、よろしくね!」

「はいはい、ちょっと作戦会議しよっか」

 

 こちらはこちらでサクッと意思疎通が出来そうだが、問題はあちら側。相手が私と夕立であるだけでも少し慄いているようだが、それ以上にコンビを組むということに抵抗というか躊躇があるようだ。

 村雨が言い出したことだし、萩風も事前に聞いて許可まで出しているのだが、いざ本番となるとどうしようという気持ちが強くなるようである。本人を目の前にすると尻込みをしてしまう気持ち、わからなくもない。

 

 

 

 準備を終え、すぐに海の上。私は夕立と並び、2人を見据える。あちらは作戦会議的なことがちゃんと出来たのだろうか。そこはちょっと心配。

 

「んー、最初だけで勇気振り絞り過ぎたのかもしれないっぽいね。ハギィ見て萎縮しちゃってる」

「萩風も目が合わせられないみたいだね。仕方ないかもしれないけど、戦場でこれはよろしくないよ」

 

 案の定というか、あちらの2人は息が合わなそうな状態。チームプレイだが、あまり相方の方を見ていられないようなことでは、1+1が2に満たないようなもの。

 

「なら、ボッコボコにするっぽい。嫌でもチームプレイしないと勝てないってこと、身体に教えてやるっぽい」

「とりあえず追い込んでみてどうなるか見てみるしかないか。じゃあ、作戦通りに」

「ぽい。夕立が前に出るから、ゲロ様は後ろね。どっち狙う?」

「そりゃあ言い出しっぺの村雨でしょ」

 

 村雨がどれだけ育っているかも見るため、2人で村雨を集中砲火する方向で1戦目は行く。同じことを逆にこちらがされた場合、もう片方が援護してあちらのサポート役を引き剥がす方向で行くのだが、あちらはそれが出来るだろうか。

 

「それじゃあ準備はいいかしら」

 

 霧島さんの声が響き、演習開始も間近。私は夕立と軽く拳をぶつけ合い、仲間意識を高めつつもお互いの健闘を祈る。対するあちらは、どういう状況にあっても余所余所しさがすごい。初めて組むとはいえ、これはあまりよろしくない傾向。

 なら、戦いの中で目を覚ましてもらうしかない。戦いになれば意識が変わるというのならいいが。

 

「なら、始めぇ!」

 

 開始の合図と同時に飛び出すのは当然夕立。最初からトップスピードで跳び、狙いである村雨に突撃する。さながら狂犬の如く、それはもう実戦と同じような迫力を以て戦闘に専念する。これは私への信用もあっての行動だろう。私ならこの突撃をサポートしてくれるだろうという信頼。

 当然それに応えるため、私も動き出す。夕立よりは遅いが、後ろから追うように突撃。狙いはさっき話した作戦の通り、村雨である。

 

「わ、私!?」

「ぽいぽいぽーい!」

 

 その勢いに気圧されかけているが、村雨だって今まで必死に努力してきているのだし、夕立の動きは特に見ているはずだ。対応するように主砲を夕立に向ける。

 しかし、一筋縄では行かないことも理解しているはずだ。夕立は構えられた瞬間に横へと退避したと思ったら、しっかりと魚雷を放っていた。その一瞬の動きだけでも、照準はしっかりと定められており、回避しなければ村雨に直撃する方向。

 

「それは流石に避ける!」

「避ける方向にぽーい!」

 

 魚雷は避ければ良いだけなのだが、当然夕立はそれも見越した場所を撃つ。

 チームプレイならこれを防ぐために動くのだが、萩風はというと。

 

「……っ!」

 

 少しぎこちないとはいえ、夕立の動きを止めるために動き出していた。アームに据えられた主砲を拳のように振り回し、かなり強引な砲撃で夕立を狙い撃つ。あんな雑な攻撃でも、萩風としては駆逐水鬼の時代から慣れた戦い方であるため、狙いもタイミングも完璧。

 その砲撃は村雨を守るためのものだ。だから、村雨の位置だってある程度は見て撃っている。だが、タイミングが少し遅れたのは否めない。村雨自身は夕立の砲撃を何とかギリギリ回避出来ていたが、萩風の砲撃は夕立を止めるには至らなかった。

 

「片方が倒せればいいからさ、そりゃ片方を狙うよね」

 

 ここで私も前に出る。夕立の砲撃を回避した村雨の真横へと移動。そこから放てば簡単には避けられない。ただでさえ今、魚雷を避け、直後の砲撃も避けた寸前だ。体勢が整っていないのは明らかである。

 これがチームプレイというやつだろう。突撃した夕立が連撃で村雨の体勢を崩し、それを私がさらに狙う。

 

 ここで萩風は、すぐに私を狙うという選択を取るべきだった。まだ私は村雨を撃っていないのだから、撃つ前に牽制されれば照準は乱れる。

 しかし、萩風は視野が狭まっていた。事務的にでも村雨を守ろうとした結果、村雨の直下の脅威である夕立にしか目が行っていなかったのだ。つまり、私は完全にフリー。

 

「えっ、あっ!」

 

 気付いた時にはもう遅い。回避方向と同じ向きで撃っているのだから、簡単には避けられない。

 結果として、私の砲撃は綺麗に村雨にヒットし、そのまま轟沈判定。1戦目は呆気なく終了。

 

「たらればかもしれないけど、萩風は私の方を見ておくべきだったね。余裕が無いのはわかるけど」

「う……面目ないです」

 

 今の落ち度が理解出来たかはさておき、少なくとも村雨とペアであるというだけで余裕が無くなっているのはあまりよろしくない。実力の半分も出せていないように思えた。

 それは村雨も同じ。お互いにお互いを意識し過ぎているせいで、どちらもぎこちなかった。これでは2人で1人分にも満たない。

 

「まぁバンバンやってけばそのうち慣れるっぽい。親分、次やっていいっぽい?」

「ええ、仕切り直しましょう。5分休憩して作戦会議でもなんでもし直してから、2戦目行くわよ」

 

 ここからは何かが見えるまで延々と演習を繰り返す。私と夕立のコンビにも、何か課題が見えてくるかもしれないため、なるべくなら真剣に取り組みたい。

 

 

 

 しかし、あちらの2人はそこまで行けるのだろうか。この演習で何か掴めるのだろうか。少し不安になってきた。

 




まだまだコンビとしてはひよっこどころかスタートラインにも立てていない2人。このままだと戦場では離れて行動してもらわないといけなくなります。


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歩み寄り

 村雨と萩風の連携訓練の初戦は、それはもうガタガタだった。最初から完璧な連携が出来るわけが無いのだが、それにしても呆気なく終了。勝手がわからないというのもあるだろうから、ここからは小さな休憩を挟みつつ何度も何度も繰り返していくことになる。

 

「んー、あっち何か相談してるっぽい?」

「見た感じ、まだぎこちないねぇ。話も出来てないように見えるよ」

 

 私、陽炎と夕立は、軽く休憩しつつ村雨と萩風の様子を観察していた。今回はあの2人のための訓練だ。ただ戦えるようにするだけでなく、人間関係も多少なり改善されることを願っての演習。チームプレイを通して何かが変わってくれればいいのだが。

 

「まぁまだ1回目だし、何度かやったら相談くらいはするでしょ。()()()()の2人なら、私達は負けないでしょ」

「ぽい。連携は一緒に過ごしてれば勝手に出来るようになるっぽいからね」

 

 そういう意味では、村雨と萩風は常に離れていたようなものだし絶望的なのだが。

 私の見立てだが、村雨も萩風もどちらかといえば前に行くタイプだ。村雨は夕立の気質を訓練の中で引き継いでしまっているし、萩風は駆逐水鬼の気質を扱ってしまっているから。

 萩風は私に対してならばサポートが出来るのだが、そうでない時はああなる。本格的に戦いに出た『雲』との戦いでも、私のピンチを救ってくれた。だが、それも前に出てのサポートみたいなもの。やはり、相方も前衛寄りの場合は少しキツイか。

 

「夕立としてはさ、あの2人ならどっちが後衛になった方がいいと思う?」

「んー……多分ハギィかなぁ。ゲロ様相手に物凄く視野が広いし、後ろから見る力はあるっぽいよね」

 

 私もその意見には賛成。村雨が夕立タイプなら、萩風が私と同じタイプになるのが良さそう。艤装姉妹という意味でも相性が良さそうだし。いざとなれば手取り足取り教えることだって出来る。

 

「この演習でいっぱい知ってもらうっぽい。夕立達見てれば、それに気付けると思うし」

「だね。どういう連携をしたらいいか、ここでわかってくれるはずだよ。仲違いだけ無ければなんとかなるよね」

「ぽい。夕立とゲロ様くらい仲良くなれればいいのにねー」

 

 不意に抱き着いてきて匂いを嗅いでくる夕立。最近夜は別行動であるため、ここぞとばかりに堪能してきた。こういうところは本当に犬。犬は犬でも狂犬だが。

 村雨や萩風にここまでになれとは言えないが、戦略を相談出来るくらいにはなっていただきたいものだ。それも出来ないとなると、この演習はズルズルと敗北を重ねるだけになりかねない。

 

 

 

 その後も同じように演習を続けた。こちらは狙いを変えてみたり、1対1を2つ作る形にしてみたりと、多様な戦術を見せつけた。臨機応変に立ち回るのではなく、一度決めた戦術はその時点から変えないという方針で。

 対するあちらは、まだまだてんやわんや。萩風を狙ったときは村雨が妨害出来ず、結局2人で撃って萩風が轟沈判定。村雨を狙ったときは初戦と殆ど変わらず。そして、1対1を2つ作る戦いにしたときは、相方と合流しようともしなかったため、そのまま実力差でねじ伏せる。

 

 これでは良くない。連携らしい連携が全く出来ていない。これが確執によって起きている惨事なら、連携以前の問題。慣れていないでは済まない。

 

「ひとまず5戦してみたけど……酷いモノね」

 

 監督してくれていた霧島さんも、これには大きな溜息。小さくても改善の余地があればまだいいのだが、今のところそれが見えない。

 2人はもう私と夕立が放った砲撃によるペイント塗れ、顔面に喰らうようなことは無くとも、身体の至るところに被弾していた。

 

「まず1つ言いたいんだけれど、1戦終わった後に5分の休憩を与えているのは、短いかもしれないけど演習に対する反省と次の戦術を考える時間が必要だと思ったからなの。貴女達、その時間何かしていたかしら」

 

 私と夕立が見ている限り、2人は()()()()()()()。休憩時間を、()()()()()()()()()使()()()()()。あまりにも遠慮しすぎである。

 話すことで相手が傷付くと思うがために、一歩踏み出すことの出来ない萩風。自分がやらされていたことの大きな被害者であるがために、話しかけることがままならない村雨。どちらもジレンマで足踏み状態である。

 

 2人は霧島さんの言葉に対して、何も言い返せないでいた。何もしていないのは明白であり、何を言っても言い訳にしかならないため、何も言えない。それが自分達の落ち度であることもしっかり理解している。

 

「はぁ……貴女達が互いにどう思っているかは半分くらいは理解していたつもりだけど、ここまでとは思っていなかったわ。事務的にでもこの演習を乗り越えるかと思っていたのだけど」

「……面目次第もございません」

 

 ようやく萩風が口を開いたかと思えば謝罪。それは霧島さんに対してであって、村雨に対してではない。こんな状況でも、顔を合わせることは難しいし、話し合うという選択肢が出てこない。

 

「ハッキリ言った方がいいかしら。貴女達、ちゃんと話をしなさい。多少なり作戦とかがあれば、もう少しいい動きが出来るでしょう」

 

 私達が言えないことをどんどん言っていく霧島さん。さすが親分、こういうところの切り込み方が凄まじく、誰も文句が言えないような圧を感じる。

 

「日常生活からそうしろと言っているわけじゃないの。演習とはいえ、これが本番なら貴女達死んでるのよ。しかも、実力及ばずとか敵が強大だったとかではなく、一個人の内面が理由で。申し訳ないけどそれは看過できないわ」

 

 死に繋がる問題なら、さすがに誰もが見過ごせないだろう。ただ、2人の事情を知っているから何も言えないだけで。

 

 私だって夕立だって、出来ることなら仲を取り持ってあげたいと思っている。だが、2人がどう思っているかもわかるから、今の今まで放置し続けていた。

 しかし、赤い海拡張の限界が近い中で、ほぼ確実に一緒に出撃することも確定している状況で、お互いに遠慮しあって成長が止まっているという事態はさすがに看過出来ない。

 共に戦っている内に少しずつ変わっていくかと思ったが、霧島さんがここで言い出したということは、これ以上やっても変わらないと判断したから。たかが5回だけでと言われればそれまでなのだが、このペースでは丸一日やっても変わらない気はする、

 

「このままだと、ずっとうだうだと遠慮し合って、演習はボロボロ、戦場でもグダグダね。切羽詰ったら覚醒するかもしれないけど、確証が無い()()には縋ってられないのよ。起きなかったら死ぬんだから」

 

 霧島さんの説教は白熱していく。本来の休憩時間5分を過ぎても、次の演習に行こうとせずに、お互いの考えがどうなのかを導き出していく。私も夕立もハラハラしっぱなしである。とても休憩にはならない。

 これだけ言われても何も感じていないのなら、もうこの関係は修復不可能だ。それこそ、この状態で連携が上手く行くことは奇跡に等しい。日常で出来ないことを咄嗟に出来るとは到底思えない。

 

「お互いにお互いのことをどう思っているか、私から言った方がいいのかしら。あの子は貴女のことこう思ってるんだって。それとも、自分の口で伝える?」

「ま、待ってください!」

 

 ここで萩風が声を荒げた。その声の大きさに村雨がビクンと震える。

 

「私から……言いますから」

 

 ここでこの演習が始まって初めて、萩風が村雨の方をちゃんと見た。まだ戸惑いはあるだろうが、たった今逃げないと決意したかのように。

 対する村雨はまだ辛そうに目を背ける。やはり、その意思は無くとも()()()()に立たされているというのは、それくらいに精神状態が不安定になるというもの。

 

「私は……遠慮しすぎだったのかもしれません。村雨さんもやらされた人間ですから、その罪の意識も植え付けられたようなものなのは理解しています。私も経験者ですから……」

 

 萩風の独白を静かに聞く村雨。その萩風の経験だって、村雨が植え付けたようなものと感じているのだろう。話せば話すほど抉られている。

 

「私はその辺りは割り切ろうとしています。私から全てを奪ったのは、『雲』であって村雨さんじゃない。太陽の姫が全ての元凶なのであって、巻き込まれた人間には何の罪も無いと。そうしないと……姉さん達も責めないといけなくなるし、何より私も罪の意識に押し潰されてしまいますから」

 

 私には話してくれた本心を、次々と村雨に吐露していく。村雨には話しづらい内容はいくつもあるだろう。それでも、村雨に知ってもらいたい内容もある。それを今この場で、私達の前で、村雨に伝える。

 萩風だって深海棲艦として私達と敵対しており、その時には夕立を筆頭に何人も怪我を負わされている。今でこそ何も無いが、夕立は完敗したことでトラウマすら患ってしまった。

 それを萩風の罪とは、私達も思ってはいない。当の夕立すらも何も気にせずに接しているのだ。

 

「でも、村雨さんは私の姿を見ると、申し訳なさそうにしますよね。私の存在そのものが罪の意識を抉るので。だったら、無理に接しない方がいいと思ったんです。お互いのために」

「わ、私は……」

「事実、私も村雨さんを見るといろいろ思い出してしまうこともあります。村雨さんでは無いと言っているのに、その辺りがまだ割り切れていなかった」

 

 少しだけ涙目の萩風。感情の吐露はそれだけ揺さぶられるということだろう。村雨が死を望んだ時も泣きながら殴りかかっていたし。滅多なことでここまでのことは言わない萩風だから、発言そのものが必死。

 

「私は、私はっ」

 

 ここで村雨も声を荒げた。萩風の発言に思うところがあったのだろう。背けていた目をしっかりと萩風に向ける。

 

「私は……『雲』の記憶が全部残っているし、人間に戻ってすぐの時にもいろいろと迷惑をかけちゃったから……。特に萩風には嫌われることをしちゃったって……ずっと思ってる」

 

 村雨も涙目である。萩風に感化されたか、それとも同じように感情を出そうとして涙が出てきてしまっているか。

 

「私の手には全部の感覚が残ってる。萩風に分霊した時の感覚も……萩風に最愛の者を殺させた時の感情も……全部残ってるの。拭いきれないくらいに。だから……私の罪じゃないと言われても、やっぱり私の罪なの。許されるべきじゃない」

 

 感覚が残った掌を見た後、力なく下ろす。これだけやってきても、やはり村雨には重過ぎる記憶なのだ。先日ようやく安眠出来たかもしれないが、毎日何度も悪夢を見て寝不足になるくらいだし。

 長門さんが飄々としているからあちらにはあまり気が行かないのかもしれないが、萩風はそれを完全に態度で示してしまったため、村雨としては一番の()()()()()()になってしまっているのだろう。萩風にこんな感情を抱かせてしまった罪としてアップデートされたことで、いつまで経っても払拭出来ない。

 

「萩風も、私の姿を見ると……表情が硬くなるから……。私の存在そのものが、嫌な記憶を掘り返しちゃうから。だったら、無理に接しない方がいいと思うの。お互いのために」

 

 結局、お互いに考えてることは同じだったのだ。遠慮しすぎというのが言葉でお互いに知ることが出来た。

 

「……私から言います。私からでないとダメ。村雨さん、お互いに……吹っ切れましょう。水に流しましょう。遠慮はしないようにしましょう」

「……いいの?」

「まともに接することは出来ないかもしれませんが……せめて話くらいはしないとダメです。遠慮し過ぎて先に進めないのは、やっぱりダメです。むしろ積極的に接していくべきかもしれません」

 

 こういうのは被害者側から言うものと、萩風から振った。もうお互いに遠慮はしないでいこうと。そのせいで変ないがみ合いになるかもしれないが、離さずに意思も伝わらずグダグダになるよりはマシだと判断したようだ。

 対する村雨はやはり少し抵抗があるようだった。しかし、最も重たい記憶になった萩風自身がそう言ってくれたのだから、受け入れない方が失礼。

 

「……わかった。萩風がそう言ってくれるのなら、私もそうする」

「ありがとうございます。なら最初に1つ、お願いがあります」

「お願い?」

「人の顔を見て辛そうな顔をしないでください」

 

 いきなりこれである。遠慮は無くなったかもしれないが、1発目がコレというのはどうなのだろう。いつにも増して素っ気ない言い方な気がするし。

 

「……善処するわ」

 

 そうとしか言えないだろう。罪の意識は簡単には払拭出来ないのだから。

 

 

 

 ここから2人の関係が変わればいい。次からの演習は、途端に手強くなるかもしれない。

 




2人はようやく1歩歩み寄れたのではないでしょうか。ここからの進展はどうなるでしょうね。



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MMD静画のアイキャッチ風。おっきー……強く生きて。


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2人の躍進

 村雨と萩風がお互いに思いを伝え合ったことで、ようやく少しだけ歩み寄ることが出来た。遠慮のしすぎで演習の相談すら出来なかった2人は、もう遠慮をしないということで収まる。まだまだ前途多難ではあるものの、さっきまでと比べれば相当良くなるはずだ。

 むしろ、ここで意思疎通が出来る様になったことで、素晴らしい進化を遂げる可能性だってあるのだ。そうなってくれれば私、陽炎としても喜ばしい。

 

 今回は休憩時間も少しだけ長めに取り、次の演習まではしっかりと相談してもらう。今まで出来ていなかった分、次の一戦にいろいろと見せてもらいたいものである。

 

「どう来ると思う?」

 

 夕立に聞く。ようやくまともな戦いが出来ると思い、夕立も疼いているように見えた。

 

「多分だけど、むーさんが前衛。ハギィが後衛。さっきまでさんざん夕立達の戦い方見てるし。夕立がむーさんと組んで親分と戦った時、どっちもやったけど前衛の方がイキイキしてた気がするっぽい」

 

 こと戦闘のことになると夕立は本当に冴え渡る。おそらくこの予想も当たっているだろう。

 私の戦闘を見ている萩風は、私の模倣で後衛。夕立の戦闘を見ている村雨は、夕立の模倣で前衛。それは私にも何となくわかる。村雨が夕立の気質を強めに持っているのなら、余計に前衛で来るだろう。

 

「村雨の戦い方ってさ、やっぱり夕立が軸にある?」

「んー、そうかも。艤装に帆が無いからちょっと違うけど、むーさんの方が堅実って感じっぽい」

「ああ、飛んだり跳ねたりはしないってことね」

「ぽい」

 

 あんなこと夕立以外にやられても困る。

 ある程度村雨の戦い方を見ているが、やはり根幹には教えている夕立的な部分が見え隠れしている。攻撃が荒っぽくなることがあったり、野生の勘のような回避を見せたり。

 

「『雲』のあのわけわかんない回避も出来ないし、夕立みたいに動くことも出来ないけど、むーさんは強いよ。付け焼き刃でもあれだけ出来れば充分っぽい」

「だね。なら、ちゃんと連携してくれれば強敵だ」

 

 実際は萩風も押せ押せの前衛ではある。だが、そこは臨機応変に戦える力もあるだろう。急ピッチで成長した村雨とは違い、一番最初に救出された元深海棲艦なのだから、それだけ長い時間をここで過ごしている。

 

「こっちの作戦は?」

「ゲロ様に任せるっぽい」

「そこは人任せなの? じゃあ……前衛で来るなら村雨狙いで行こうか。萩風がちゃんと村雨を援護出来るか確認しておきたいし」

 

 私だけかもしれないが、前衛に自由に戦わせて私が援護するという形で動いた方が、連携自体はしやすいということ。

 夕立はその場その場で考え方を変えるような動きをするので、事前に細かく打ち合わせをしても無駄になりそうだった。なので、私からの指示は必要最低限。作戦の方針だけ決めて、あとは夕立に任せ切る。それをやりやすくするように、私が後ろから撃つのみ。

 ある程度こちらが無茶をしても、夕立なら回避もしてくれるし、前衛側からもフォローしてくれる。そういう意味では一番組みやすい相手かもしれない。

 

「了解っぽい。じゃあ、むーさん集中狙いで」

「うん、コレで行こう。もしあっちの連携が上手く行って、集中狙いが出来なくなったら、臨機応変に。ある程度は合わせる」

「ぽい。ゲロ様そういうことやってくれるから好きー」

 

 いや、合わせるのは結構必死であることに気付いてもらいたい。私自身の特訓にもなるからいいが、自由にやれと言ったら本当に自由にやられるから、組んでるこちらは倍は疲れる。

 とはいえ、勝ちに執着するその精神は見習うべきところだとも思う。一回立ち位置を交代してもらいたいものだが。

 

「っし、じゃあ、行こうか」

「ぽい!」

 

 休憩時間もそろそろ終わり。あちらもしっかり相談が出来ただろう。遠目に見ていても、さっきまでとは雲泥の差。面と向かって、目も合わせて、ここからどうするかを話し合っていた。なんだかちょっと言い合いになったようにも見えたが、そこは考えないでおこう。

 少しだけ楽しみになってきた。そういうところは夕立に引っ張られているのかもしれない。

 

 

 

「ちゃんと作戦会議は出来たようで何よりね」

 

 あちら側が作戦会議をしていたところを見て、満足げな霧島さん。萩風も村雨も、先程よりは表情が締まったように思える。やはり、お互いに遠慮しすぎていたせいで、戦いにも身が入っていなかったようだ。

 ここからが本番だ。いくら私達よりも後輩だからといって、当然嘗めてかかるようなことは絶対にしない。さっきまではグダグダだったため、脱力回避すら使わずに5連勝してしまったのだが、今はもう侮れない存在になっていると考えるべきだ。

 

「それじゃあ、準備はいいかしら?」

 

 こちらはルーティンの如く、お互いに拳をぶつけ合う。戦う前の儀式的なもの。これで気合を入れる。

 対するあちらも、ぎこちなさはあるが同じように拳をぶつけ合っていた。触れることどころか目を合わせることすらままならなかった2人が、模倣とはいえ大きな進歩。

 

「良さそうね。今度こそ健闘を祈るわ。始めぇ!」

 

 合図と同時に飛び出したのは夕立と村雨。夕立の予想通り、あちらの前衛は村雨である。

 その速度は夕立に引けを取らず、また勢いも凄まじい。こちらもさっきとは全く違った。少しだけ自信を取り戻したというか、前向きになったというか。

 

「ぽい! むーさん、勝負!」

「こうなるだろうと思ってたわ。でも、今回は()()()()()()()()()()!」

 

 夕立と村雨が主砲を向けあった瞬間、萩風も夕立を狙っていた。あちらの作戦もこちらと同じ、前衛への集中狙い。突っ込んでくるだろうと予想して、2人で一気に片付けようという作戦だろう。前とは違って、私が村雨を狙う前に狙ってきた。

 まずはそれでいいと思う。全く相談出来ず、まともに仲間を守ることも出来なかった初戦とは打って変わって、私達が動く前に自分達がやりたいことをやろうと2人とも表情は必死。

 

「やらせないよ萩風」

 

 夕立は村雨に付くだろうから、私は萩風へ。集中狙いをしようにも、2人から狙われた状態だと夕立も多少しんどくなるだろうし、連携訓練なのだから夕立を守るような動きを見せた方がいい。

 

「姉さんのやり方は一番見てるんです! なら、私だって!」

 

 確かに萩風が一番見ているのは私だろう。癖とかも見抜かれているだろうから、『屈折』を使わなければちゃんと回避する。そして目的は夕立への集中狙いなのだから、私の攻撃は最低限回避して、あくまでも目的を達成するために村雨と一緒に立ち向かう。

 それが連携と言えるかはまだわからないが、少なくとも初戦のように視野が狭くなっているなんてことはない。私からの攻撃はちゃんと見えているし、それで目的を見失うこともない。何より表情がそこまで暗くなかった。

 

「ぽいぽい! 1対2っぽいね!」

「それでも夕立はやれるかわからないけどさ!」

 

 少なくとも夕立と村雨は互角ではない。圧倒的とは言わないが、夕立の方が有利だ。それは当然場数もだし、いくら村雨もセンスの塊だったとしても、夕立には敵わない。

 

 村雨からの攻撃も、私の攻撃を回避した萩風の攻撃も、全部引っくるめて綺麗に回避しながら、こちらの作戦通りに村雨を狙い続ける。とはいえ、このまま戦い続けるのは大変だろうし、やはりしっかり援護してあげないと。

 

「夕立、援護するよ」

「ぽい!」

 

 集中狙いという作戦上、今は私の方に構っていられないようで、萩風は私からの攻撃は回避一辺倒。あくまでも攻撃の対象は夕立。それも、村雨のことをちゃんと気にしながらの猛攻である。

 ならば、私が萩風を止める必要があるだろう。私も村雨を狙うというのも全然アリだと思うのだが、夕立も萩風を狙わないため、動きとしてはこちらもあちらもまるっきり一緒。

 

 結果的に、集中狙いの状態から1対1を2つ作る状況に持っていった方が手っ取り早い。

 

「はい!」

 

 ここで機転を利かせて村雨から魚雷が放たれた。初戦の敗北もちゃんと取り入れて、こちらがやったことを先にやっていこうとしているようだ。最初は模倣でもいいから、自分の戦術をそこから見出していく方がいいだろう。

 

「当たんないっぽーい!」

 

 そこにあろうことか魚雷をぶつけるのが夕立である。魚雷に魚雷がぶつかったことにより、大きな水柱が上がる。

 この瞬間、全員の姿が水柱で見えなくなった。一番間近にいた夕立と村雨はモロに水を被ることにもなる。私からの見えるのは、びしょ濡れになりつつある夕立と、全てを隠す水柱だけ。

 

「あっ、これは」

 

 そこでいろいろと勘付いた。真正面から突っ込んできて、わざわざこの至近距離で魚雷を撃つだなんて、いくら戦闘のセンスがあっても、ここ最近艦娘としての経験を積み始めた村雨が選択するとは思えなかったからだ。夕立の気質を持っていると言っても、堅実というのなら尚更選択しない。

 ならば、何故ここでそんなことをしたか。()()()()()()()()だ。ちゃんと作戦会議が出来たことによる、村雨だけでは選択し得ない戦術がここで表に出てきたわけだ。

 

「夕立、バック!」

「ぽい!」

 

 すぐに指示を出す。水柱が上がる程の爆発なら、爆風もそれなりにあるだろう。ここで帆を使った超バックステップをしてもらう。

 あちらの狙いはこの水柱を作ることだ。この後に何かするために、自分達の姿を一旦私達から見えないようにしたかったと推測する。

 

「っああっ!」

 

 そして案の定、それが起こる。その水柱を突き破るように、()()()()()()()()()。ビショビショになることなどお構い無しに。

 この戦い方、まさしく駆逐水鬼だった。自分で巻き起こした水柱で目眩しをして、それを突き破って突撃し、敵の懐に潜り込む。あの時は艤装そのもので殴り付けられることが出来たが、今ではそれは出来ない。とはいえ、殴り抜けるように砲撃を放てば、()()()()()は出来るだろう。

 

 むしろ、それよりも驚くべきことは、今このタイミングで前衛後衛をスイッチしたこと。

 どちらも前衛寄りの戦術を扱うが、村雨の方が前のめりだったから、萩風がサポートに入っていると思っていた。だが、実際はどちらも前衛であるという動きに発展している。

 

「ぽっ、ハギィそれは夕立知ってるからね?」

 

 しかし、萩風の渾身の攻撃は夕立には当たらず。駆逐水鬼と激戦を繰り広げた夕立だからこそ、この瞬間にもどうすればいいかを判断出来たようだ。それと、すぐにバックステップを指示したのが正解だった。指示が遅れていたら、回避がかなり難しかったかもしれない。

 ここであちらの作戦が上手く行っていたら、夕立がやられて私達の負けとなっていたかもしれない。だが、そう簡単には行かせない。

 

「なら私がもう1人に行こうかな!」

 

 萩風が前衛に来たということは、村雨が一時的に下がったということ。まだ水柱は消え切ってはいないが、さっきいた位置からそう大差無いだろう。

 

「『屈折』」

 

 その水柱を避け、真後ろに当たるように砲撃を曲げた。曲げられる角度には限界があるものの、今くらいの距離なら、こちらの攻撃を水柱に隠した状態で村雨にだけ砲撃を当てることも出来るはずだ。

 

「あうっ!?」

「そこまで! 村雨が轟沈判定よ」

 

 姿は見えなかったが、見事に命中した()()()。いくら『屈折』とはいえ、見えないところに当てようとするのは流石に運の要素が入ってくる。今回は勝ちの目を取れた。

 

 やはり相談が出来るというのは大きかった。見違える程に動きが良くなったのは見てわかった。

 この作戦、スイッチ戦術は萩風発案と見て間違いない。水柱を作るためにどうするかは、魚雷に魚雷をぶつけてくるだろうという予想は村雨が出来るだろうから、それを活かして組み上がった即席の戦術。

 

「村雨さん、あれは避けてくださいよ」

「いやいやいやいや、見えないところから砲撃が曲がってきたら、流石に避けられないでしょ!」

「『雲』の時に姉さんから似たような攻撃受けているでしょう。予測くらい出来ませんか」

「勝手が違うっての! あとフィジカルがさぁ!」

 

 そしてこの言い争いである。本心をぶつけ合うというのはこういうことにも繋がるのかもしれないが、まぁこの程度なら戯れくらいに思えるから止めない。

 というか、こんな言い争いでも2人はさっきと比べると格段に表情が良かった。溜め込んでいたものを吐き出してスッキリしているように、イキイキとしている。

 

 

 

 ここから2人は大躍進を始めるだろう。まずは午前中、しっかりと絆を紡いで行ってもらおうと思う。

 




ようやく連携らしい連携が出来るようになってきました。萩風が唯一ズカズカと物言いをする相手というのもミソ。


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みんなの進歩

 ついに村雨と萩風が連携らしい連携が出来るようになり、午前中の連携訓練は白熱していく。霧島さんからの説教はかなり効いたようで、やればやるほど意見を交換しながら成長していった。

 その中で、どちらも前衛であることを活かしたスイッチ戦術という形は、2人の戦術として定着しつつあった。時には村雨が前衛、時には萩風が前衛、さらにはどちらも突っ込んできて好き勝手暴れるなんて荒技まで試していた。

 いろいろ試すことが出来るようになれたのもいい傾向。お互いを認め合い、遠慮無しに話し合い、そして高め合う。あれだけ遠慮し合っていた仲だったが、今や一番不躾に意見を言い合う仲にまで変化していた。

 

「萩風もう少し前に出れなかった?」

「いや、あれは村雨さんでしょう。あのタイミングは夕立さんの一番得意なタイミングです。あそこで前に出るのは自殺行為ですよ」

「だから私が少し下がって、角度的にいい感じの萩風が前に出るべきでしょ。スイッチはあのタイミングがベストだった」

 

 毎回休憩時間の作戦会議もヒートアップしている。人によってはむしろ仲違いしているようにも見えるかもしれないが、私、陽炎には微笑ましいものにすら見えている。

 夕立も同じ気持ちのようで、あの口論のような意見のぶつけ合いを見ながらニコニコであった。

 

「うんうん、2人ともいい感じっぽい。親分が叱ってくれたおかげっぽいね」

「だね。ああいうのは霧島さんにしか出来ないよ」

「あとはもうちょい強くなってくれるといいっぽい」

 

 なんて話す私達は、今のところ負け無しである。あちらも戦法を試すところのため、思い切り失敗することもあるし、大成功で苦戦を強いられることもある。故に、私達も掠るなりしてペイントが至るところに付着していたりする。轟沈判定まで持っていかれていないだけ。

 試行錯誤をしている2人は、私達から見てもとてもイキイキしていたと思う。この訓練で大きく成長したとも言えるだろう。

 

「きっかけさえあればあんなものなのよ」

「霧島さん」

 

 あの意見のぶつけ合いを見ながら、こうなってくれて良かったと安心しているような表情の霧島さん。あの説教だって、真に2人を思っての発言だ。本当にアレを戦場に持ち込んでいたら、命がいくつあっても足りない。それに、そこに巻き込まれたら私達だって危険である。

 鎮守府の今後のことを考えて、霧島さんはあえて悪役を買って出てくれたようなものだ。これで恨まれてもいいやと考えるくらいに。決して悪では無いド正論をぶつけていたのだが、あの説教がトラウマになってしまう可能性だってあった。

 

「あの2人、もっと伸びるわよ。貴女達もうかうかしていられないかもしれないわね」

「ぽい! ならもっと強くなんなくちゃ!」

 

 実際、あの2人の連携は回を重ねるごとにキレが良くなっていく。アレを続けていけば、きっと最高のコンビになるだろう。今回のみの連携ではなく、今後も続けていけるといい。

 

「やっぱり、貴女達をぶつけたのは正解だったわ。きっとあの子達も学んでくれると思ったもの」

「艤装姉妹だから真似しやすいみたいな?」

「そうね。気心がしれた相手だし、その戦術を大概知ってるから、裏をかこうと動けるじゃない」

 

 手段が筒抜けなのは仕方ない。ここの艦娘なのだから、やれることを全員知っておけば戦いやすくもなる。あちらは連携素人なのだから、せめて攻略法をある程度他より知っている相手がいいだろうと考えた結果だったようだ。

 あとはもう1つ、あの子達が目指す形として私達を据えたとのこと。奔放に暴れ回る夕立と、それに引き摺り回される私。参考にして大丈夫だろうか。

 

「さ、休憩もおしまい。また続けていくわ。そろそろ時間も終わりに近いけど、最後まで頑張ってちょうだい」

「ぽい! ゲロ様と全勝目指すっぽい!」

「だね。まだまだ負けないようにしたいところだね」

 

 結果として、午前中は全勝することが出来た。試行錯誤の時間なので、勝ちよりも経験を取ったと思われる。

 それでも、萩風とここまでやれたのなら、他の者達との連携も上手く行くはずだ。ぎこちなさは取り払われ、村雨は真に鎮守府の一員となれたように思えた。主に気持ちの面で。

 

 

 

 午前の部が終了し、お風呂で汗を流し、そのまま昼食の場へ。そこでどうしても目に付く者がいた。グッタリしている菊月である。今日の訓練が相当疲れたらしく、相方だったであろう阿賀野さんがいいこいいこと撫でてあげていた。

 

「お菊ちゃん、どうしたっぽい?」

「……衣笠さんの訓練に付き合ったんだが……あれは恐ろしいな」

「いやぁ、あれはすっごいねぇ。阿賀野の砲撃も全部避けられちゃった」

 

 衣笠さんの訓練ということは、あの無意識に仲間を守る、守護者の力の訓練か。私がそれに参加したときは、まだ衣笠さんがそれを理解していない頃。急に発揮されたことでモロに蹴りを喰らうという大惨事が起きた。

 そこから力を自覚し、制御出来るように努力をしているわけだが、あの『心眼』を持つ菊月すらもここまでにさせる程のようだ。阿賀野さんの無反動砲撃も全て回避しているということは、無意識故に判断力もやたら早いのだと思う。

 

「あの守る力……『全自動防衛(フルオート・ディフェンス)』とでも名付けようか、あれはこの菊月を以てしても捉えることが出来なんだ。陽炎の無意識とは別物だぞ」

 

 菊月の厨二病ネーミングセンスはさておき、私の脱力回避とはまるで違うと菊月も感じ取ったようである。

 

 私はあくまでも脱力するという1段階目があって、そこから無意識下での回避の移動を行なう。移動の方はある程度自分の意思はあるのだが、照準を合わせた場所に移動するだけなので、その1段階目を見抜くことが出来れば食い止められる。

 だが、衣笠さんはそういった段階が無く、いきなり守護者としての行動が始まるという。()()()と称するのはそこ。私も喰らっているが、こちらが行動を起こす時には、既に狙われたものを守るような動きをしていた。

 

「その弱点探しも兼ねて、菊月も演習に駆り出されたんだ」

「相変わらずだね。頼られてる」

「誇らしいことだが、疲れはどうにもならん」

「菊月ちゃんはよく頑張ってるね〜。はい、いいこいいこ」

 

 普通についていけているだけでも菊月は相当なのだが。阿賀野さんに癒されているようだが、それで疲れが取れれば苦労しない。心は癒されるだろうが。

 

「いやぁ、ごめんね菊月」

 

 司令への報告を終えたようで、衣笠さんも食堂にやってきた。守るべき者として設定される者はその時その時で替えているようだが、今回はより現場に近くなるように磯波が据えられていたらしい。その磯波も大分お疲れのようだが。

 磯波である理由は、サポーターとしての能力も使うため。守られる側の観察で、衣笠さんの能力を少しでも見極めていこうということだろう。菊月と磯波で確認するくらいなのだから、衣笠さんの力は今まででも特に重要視されているのではなかろうか。

 

「おかげさまで、かなり制御出来るようになってきたよ。みんなが手伝ってくれてるからだね」

「そいつは良かった。みんなが強くなってくれるのは、菊月としても嬉しいことだ」

 

 M型異端児の中でも特に守備寄りとなる衣笠さんの強化は、より最終決戦で有利に戦うために必要なこと。使える手段は全て使い、あらゆる面で強化されてもらう。

 

「陽炎様、そっちはどうだったの……?」

 

 磯波に聞かれ、夕立と一緒に親指を立てる。そして、そのまま村雨と萩風のいる方を指差した。私達よりも疲労が蓄積していたことでお風呂に長く浸かっていたため、今ようやく食堂にやってきたのだが、演習の時から何も変わらずにまだ意見交換を続けていた。

 こちらに向かってくる間もその声が聞こえてくるのだが、相変わらずお互いに不躾。口論じみた会話なので、知らない者が見たらハラハラしそう。

 

「村雨さんはもう少し慎重に行った方がいいです。敵の動きをちゃんと見て」

「それは萩風に言われる筋合い無くない? 艤装のアーム振り被って殴りかかるのは慎重とか言えないと思うんだけど」

「あれは癖なだけです。振った方が狙いが定めやすいんですから仕方ないでしょう」

「私だってあれが一番戦いやすいんだからしょうがないでしょ。訓練でもああやってきて早く終われたんだから」

 

 ずっと遠慮してきた分、話し出したら言いたいことが尽きないようである。今まで溜め込んできたものを、全部晴らすかのように本心のぶつけ合い。

 萩風があんなに感情的にというか相手のことを考えずに言葉を紡ぐところは初めて見るかもしれない。それが少し楽しそうにも見える。

 

「遠慮することをやめてもらったよ。そしたらアレね」

「極端すぎない? 会話を殆どしないって状態から、殆ど口喧嘩だよねアレ」

 

 その光景に、みんな目を丸くしていた。磯波に至っては困惑して私の方を見てくる。

 

「何も話さないよりはマシじゃない? ああいう感じかもしれないけど、2人は結構仲いいよ。演習での連携もかなり良くなってきたし」

「夕立達も苦戦させられた時あったっぽい。噛み合ったらすっごい力出してくるよ。今はあんまり噛み合わないけど」

 

 確かに、噛み合った瞬間の爆発力は目を見張るものがあった。私も脱力回避で避けないと危なかった場面はあったし、夕立も演習を重ねるごとに帆を使う回数が増えていった気がする。

 

「はいはい、食堂でそういうことしちゃあダメだよ〜。心がお疲れみたいだから、甘いものをいっぱい食べて癒されようねー」

 

 その2人の口論を見兼ねたか、菊月を癒していた阿賀野さんが2人を抱きしめるように首から腕を回し、そのまま着席させる。さすがにそうされたら2人も黙るしかなかった。

 食堂での口論はよろしくない。やるならもう少し声を落として、ヒートアップしないようにやってもらいたいものである。

 

「……仲、いいのかな」

「いい方でしょ。触れ合わないよりアレくらいの方が関係としては深いし」

「喧嘩したらアレっぽい。滅茶苦茶言い合って、最後は幸せなキスをして終了ってヤツっぽい」

 

 何処の芸人だそれは。

 

「あ、みんな揃ってる」

 

 そこに最後の異端児駆逐艦、沖波が食堂へ。今日は哨戒部隊に参加していたため、異端児駆逐艦の中では唯一鎮守府にいなかった。

 

「2人の演習、どうだったの?」

「上々。今はアレだけど、また見ることになると思うから期待してて」

「そっか、上々なら良かった」

 

 そんなことを話しながらも、沖波の表情は少しだけ暗い。哨戒任務で何かあったのか。

 

「沖波、何かあった?」

「……そのうち司令官から発表されると思うけど、先に言っておくね。あの赤い海が拡がってるの、()()()()()()()()()()()

 

 つまり、タイムリミットが今までの計算よりも早まってしまっているということなのだろう。後どれくらいで陸にまで辿り着いてしまうかの再計算は今アクィラさんと青葉さんでやっているらしいが、少なくとも残り時間は考えていたよりも少ないようである。

 目下の目標である村雨の改二改装が間に合うか否か。そこが問題だ。予定では明日くらいに練度が到達し、明後日に改装となると思われていたが。

 

「今のところの計算上で、リミットってあとどれくらいだっけ」

「1週間無いくらいかな。5日くらいだったはず」

 

 なら、2日くらいは前倒しと考えてもいいだろう。そうなると結構ギリギリ。

 

「午後の部でもう少し細かく見てくるつもり。もしかしたら拡がり方とかも変わってるかもしれないしね」

「だね。でも、ここに来て加速するってどういうことなんだろう。拡げるのに熟れてきたとか?」

「意外とそういうのかもしれないけど……真相は闇の中かな」

 

 あちらの考えていることなんて私達がわかるはずもない。今になって焦ったとかは無いだろうし、何か考えがあるのだろうか。意外と本当に熟れてきたみたいなのはあるかもしれないが。

 

 

 

 とにかく、リミットが早まったというのは重要である。そこでこちらが焦ったら意味が無いので、出来る限り早くとも考えず、確実にやれることをやっていきたいところである。

 




準備は刻一刻と進んでいるけど、あちらもここに来て加速。どちらが先に目的を達成出来るかが勝負所。


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期限に向けて

 午前中の哨戒で、赤い海の拡張の速度が上がっているという情報が入った。私、陽炎は全体報告される前に沖波から聞いていたが、昼食終了時に全員集まっているところを見計らって、空城司令がそこで発表する。

 

「タイムリミットまでの時間を再計算したんだが、その結果、陸への到着の時間は以前から早まり、残りの時間は3日と判断された。4日経過で赤い海が陸に辿り着いちまう」

 

 つまり、最終決戦はもう間近ということだ。

 陸に辿り着いた時点でおしまいというわけではないが、少なくとも本来より強化された深海棲艦が陸を侵略してくる可能性が非常に高くなるというところが問題。そうなったら、沈没船がどうこうとか言っていられなくなる。

 陸も守りながら防衛線を突き抜けて、『黄昏』を撃破しつつ太陽の姫を誘き寄せて倒す。さらにはその敵は無限に湧いて出てくるというのだから、もうこの鎮守府の人員だけでは手に負えない。支援艦隊を含めても手が回らないだろう。

 

「準備期間はあと2日……いや、今日も含めて2日半か。そしてその翌日、リミットの3日目に決戦とするよ。今日の残り、明日、明後日で万全にしていくから、覚悟をしておきな」

 

 ちなみに対策インナーはもう全員分完成しており、全員に行き渡っているとのこと。試着も終わって不具合も無し。普段使いしている磯波以外は部屋に厳重に管理しているそうだ。

 

「村雨、アンタは一度練度を測っておく。上手くいけば今日達成で、明日には改二改装だろう。急がせちまってすまないね」

「ううん、大丈夫。みんなのおかげで、私は戦える力が手に入ったから」

「長門もそうだが、初陣が最終決戦なんて酷い環境だが、それが終われば普通に艦娘としてここで働いてもらうさね。今回を全員で乗り切るよ」

 

 深海棲艦相手に戦ったことが無いのが村雨と長門さんだ。強力な戦力となるまで必死に訓練をして、その力を存分に振るう場が、太陽の姫との最後の戦いである。この時のために鍛えてきたと言っても過言では無いが、それまでに一度も実戦が無いというのは、結構怖い。

 とはいえ、深海棲艦であったときの感覚が残っているため、既に実戦は経験済みとも言える。戦う相手が変わり、戦う手段が変わった。ならば、初陣というわけでも無いかもしれない。

 

「この戦いも大詰めだ。だが焦るんじゃないよ。アンタ達は、勝つためにここまでやってきたんだ。勝てる見込みが無いなんてこたぁ絶対に無い。戦わないアタシが言うのもなんだがね」

 

 本当に大詰め。終わりが明確に近付いた。残りの日にちは少ないが、やれることを全てやっていこう。いくら鍛えてもいいくらいなのだから。

 

 

 

 午後イチ、午前と同じように連携演習なのだが、村雨が一度練度を測るということで少しだけ待ちの時間。その間に私達の横を通って哨戒部隊が再出撃となる。

 今回は大分近付いてきてしまったことと、拡張速度が上がったということで、潜水艦隊も含めた少し多めの人数で哨戒に向かうことになったらしい。そのため、念のためということでM型異端児以外は対策インナーも着込んでいる。

 

「ユーとウィーはちょっと違うんだね」

「ちょっと無理言っていつも使ってる水着の型も形にしてもらったんだ。あい!」

「いつもの物と近い方がいいかなって……思って」

 

 ヒトミとイヨがハイネックな水着型であるのに対し、ユーとウィーはウェットスーツのような型。全身タイツとは違い、水着型の下の部分が少し長いスパッツ丈になった程度なのだが、そこに普段使いのニーハイソックスのような追加艤装を穿いているため、全身が埋め尽くされているように見える。

 ユーとウィーの普段使いの水着は、この国のものではないからか全身を覆うような形状をしていた。対策インナーもとい()()()()もそれ準拠にしてほしいとお願いしたそうだ。

 そのおかげか、今までと外見がほとんど変わっていない。フリルのような如何にも水着というパーツが排除された、性能一辺倒な見た目になった程度。その上からジャケットなどを羽織っているため、やはり違和感は無かった。

 

「この子達が行くから、私達も行くのよ〜」

「潜水艦隊を見たからあちらも潜水艦を出してくるって可能性はあるものね」

 

 海上の哨戒部隊には対潜部隊である五十鈴さんと龍田さんも参戦。勿論中には対策インナーを着込んでいる。龍田さんはさておき、五十鈴さんは着ていることがわかるくらいには目立っていた。

 

「増員した状態で向かうけど、やることは大概変えるつもりはないわ。赤い海に踏み込んだら、『黄昏』が突撃してくる可能性があるんだもの。哨戒で危険は冒したくないわ」

 

 そして、午前と同じ哨戒部隊であるアクィラさんがやってきた。残りのメンバーは、旗艦が加古さん。随伴はアクィラさんを除くと沖波、秋雲、由良さん、青葉さん。少し軽めの部隊ではあるが、哨戒はフットワークが大事。むしろアクィラさん自身が自分が一番遅いから足手まといにならなきゃいいけどと冗談めかして話しているくらい。

 沖波以外は勿論対策インナー着用済み。他の者はそこまでなのだが、普段お腹がほとんど出ている加古さんが着ていると違和感が凄まじい。本人もいつもと違うことに少しだけ違和感を覚えている模様。

 

「んなことが起きないようになるべく近付きゃしないけどなー。聞いてるだけで厄介なヤツなのはわかってんだし。触らぬ神に祟りなしってね」

「勿論。私もアレには万全の態勢で挑みたいもの。それに、それ相応の部隊で行く必要があるものね。あくまでも哨戒、様子見だから」

 

 戦うつもりはなく、赤い海の状況を逐一確認することが目的だ。戦いと哨戒では装備が違う。ある程度は戦えるようにはしているが、勝つための装備では無いと言い切れる。

 とはいえ、合間に雑多なイロハ級を相手にする可能性は今までよりもかなり上がっているだろう。それこそ、小粒なものなら赤い海から飛び出してこちらを襲ってくるかもしれない。それを対処するくらいは出来るように装備は整えてある。

 

「陸側は少し強めに哨戒しましょう。もしかしたら、湧いてしまった深海棲艦が向かってしまうかもしれないので」

「陸に行かれたら大惨事になりかねませんからねぇ」

 

 由良さんの提案にみんなが同意。赤い海が拡がっているということは、その分陸に危険が及ぶ。それは特に避けたいことだ。海だけでも手一杯だというのに、陸まで守れるわけがない。野次馬みたいな輩だって出てくるだろうし、最悪な場合、潜伏していた教団の生き残りみたいなのが出てくるかもしれない。

 まだそうなるかはわからないが、踏み込んだ時点で深海棲艦化の恐れがある赤い海が陸に到着した場合、()()()()()()()()()()()()()という可能性すらあった。何も知らない一般人がこれに巻き込まれたら最後、私達だけが知っておけばいい『死の経験による修復』というトラウマもののイベントを受ける必要が出てくる。それは一番避けたいところだ。

 

「それじゃあアンタ達、頼んだ。もし何かあったら増援はすぐに出すから、連絡するんだよ」

「了解了解。あんま気負わないように行くわ。あくまでも哨戒だけど、万が一戦闘になるようならすぐに逃げて増援を待つからさ」

 

 あくまでも戦闘は可能性としてあるというくらい。無いなら無いに越したことはないし、そうならないように立ち回る。緊張して行くのは最終決戦だけにしたいものだと軽い気持ちで哨戒任務に向かった。

 こういう時も脱力は大事なものだ。十全の力を出さなくてはいけないのは、何も戦闘だけでは無い。哨戒だって平和を守るための立派な仕事。それに対して力を発揮するために、しっかり気の抜けるところは抜いて向かうわけだ。

 

 

 

 こちらはこちらでやれることを進めて行く。村雨の練度の計測が終了したため、連携訓練は再開。

 気になる練度は、あと僅かで改二に到達する段階にまで来ていた。今日みっちり訓練をすれば、ギリギリ届くのではとのこと。

 

「俄然やる気が出るね。萩風と連携始めてから一気に上がったみたいでさ」

「つまり、私のおかげということですか」

「まぁそうなるよ。ありがとね、萩風」

 

 皮肉を言ったつもりなのに素直に礼を言われて、少し恥ずかしげに目を背ける萩風。良かったね萩風、この場に秋雲がいたら確実にネタにされていたよ。ツンデレだツンデレだと。

 

「貴女達の連携自体は、荒削りだけどいい具合に洗練されてきたわ。決戦の時にも、一緒に行動していいと思うんだけど」

「私はM型で萩風はD型だから難しいんじゃないかしら……出来るならやりたいところだけど」

「私も太陽の姫には恨みがありますが、悔しいことにD型なのでいろいろと危険ですし、攻撃が通らない可能性もありますので。即席ペアは出来て防衛線までですね」

 

 少しだけ名残惜しそうに見えたが気のせいだろうか。やはりこの2人、遠慮が無くなってしまえば結構気が合う仲のようである。口論が激しいだけで、口喧嘩では無いし。

 

「赤い海の拡張が早くなっているというのも、ある程度は計算に入れていたわ。その上で、村雨のこの成長速度は正直ありがたいわね。今日中に達成して明日改二改装出来れば、1日テストに使えるもの」

「ギリギリだなぁ……自分のせいでもあるけど」

「でも充分よ。長門もそうだけど、最終決戦に間に合わせられたこと自体を誇ってもらいたいわ」

 

 午前中の説教とは正反対に、褒めて褒めて褒め落とす。事実、連携訓練で連携しようともしないことを叱っただけで、ちゃんとやってくれれば叱るところなんて無かったのだ。

 

「全員いい感じに仕上がってる。これでも勝ち目が100%では無いのが悔しいけれど、半分以上になれば充分ね。さ、午後からも頑張ってちょうだい。たまにはペアを替えてもいいかもしれないわね」

「確かに、今回の私の連携訓練って、その場で誰とでも連携が出来るようにって話だもんね。じゃあ今度は……陽炎、私と組んでくれないかな」

「そうだね。現場では私と連携する可能性が結構あるだろうし、ここで慣れておくのもいいね」

 

 午後からはペア自体を替えての訓練も入れていく。村雨を劇的に成長させたのは萩風との和解ではあるが、萩風とばかり組んでいると戦い方が偏る。勿論、どちらも前衛として戦うスイッチ戦法は素晴らしい戦術ではあるので、もっと洗練させたいという気持ちがあるはあるのだが、連携訓練の最初の目的、その場で臨機応変に連携が出来るようにするためには今のままではよろしくない。

 

「なら、夕立はハギィと一緒っぽい。よろしくね」

「はい。ではまずは村雨さんを集中砲火で」

「本人の前で作戦言うのどうなの」

 

 そういう冗談が言えるくらいの仲になるまで行けたのは本当に喜ばしいことだ。いつもぎこちなく、接することすら憚っていたときとは雲泥の差。これでも仲がいいと思える。

 萩風が唯一ここまでの物言いを出来る相手なのだから、この関係は大事にしてもらいたい。私も艤装姉妹とはいえ姉として嬉しいものである。

 

「あ、そういえば。親分は実弾装備しておいた方がいいと思うっぽい。もしさっきの哨戒の人達に増援頼まれたら、すぐに行けるようにした方がいいよね」

「確かに、夕立の言う通りね。上手く連携が出来るようになったら、また私が相手をしようかと思ったけれど、万が一のことを考えたら念のためそうしておいた方がいいかもしれないわね」

 

 艤装を装備している私達が増援に向かう可能性はかなり高いだろう。今でこそ演習用のペイント弾を装備しているが、その辺りの換装はすぐに出来るはず。

 それでも、霧島さんだけは速攻で向かえるようにしておけば、それだけで救われるものはありそうだ。

 

「換装はすぐに終わるから、訓練はその後から始めましょう。それまでに作戦会議でも何でもしておくこと。心配は要らないとは思うけど、ちゃんと話をしなさいね」

 

 村雨も萩風もばつが悪そうな顔をしたのは言うまでもなかった。

 

 

 

 こうやって演習をしている間に、哨戒任務で何も起きなければいいのだが。事態はいい方向にのみ進展してもらいたい。

 




タイムリミットが明確になりました。さらに早くならないことを祈りながら、力を付けていきましょう。


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加速する侵食

 赤い海が陸に辿り着いてしまうまでの明確なリミットが、今日を含めずに残り3日に更新された。4日経過で陸地に到着してしまい、そこからはどうなってしまうのかわからなくなる。準備期間は残り2日。3日目には最終決戦だ。残りの時間をしっかり使って、心身共に成長した状態で臨みたい、

 私、陽炎は村雨の最後の詰めに参加している。午前中は夕立と組んで、村雨と萩風のコンビを鍛え上げた。お互いに遠慮し合っていた仲であった2人も、この訓練を通して大分仲良くなった。口調は少し荒っぽいが、いがみ合っているわけでもないので微笑ましいものである。

 

 哨戒部隊を見送った後、今度はペアを替えての演習。私は村雨と、萩風は夕立と。この場合は、私が脱力回避であらゆる攻撃を回避してしまうということで、基本的には村雨が集中砲火を受けることになるため、私はそれを守るために動き回る。

 

「これはこれで仲間を守る訓練になっていいかも!」

 

 自分だけならいくらでも守れるのだが、仲間となると勝手が違う。脱力回避も『蜃気楼』も、あくまでも私自身の命を保証する技なわけで、言ってしまえば個人技である。

 そういう意味では、仲間を守る力を持っているのは衣笠さんだけだ。あの人の全自動な防衛能力は、自分の身以外を守り続けるという私達とは全く逆の力と言える。

 

 だからこそ、この訓練はなかなかいい。1人でも多くが、守る力を得るべきだろう。相手はどこまでも強大。個人技も連携も全てを極めるくらいでなければ。

 

「あ、ごめん、守り切れない」

「ちょっと!?」

 

 しかし、限界もある。そこは村雨自身の回避能力をどうにかしてもらいたい。結果的に、集中砲火を私が上手いこと食い止めたのだが、その隙を突いて萩風が村雨の胸を撃ち抜いていた。

 

 私は夕立に引っ掻き回され、脱力回避にすらも視線を合わされていたために守り切れず、最後は萩風をフリーにしてしまう大失態。村雨も突っ込もうとすると夕立に足止めを喰らい、それを私が援護で引き剥がそうとするとすかさず萩風に対応された。

 まさに連携の応酬。2対2だからこそ起こり得る全ての攻防が行われた。攻撃する、防がれる、それをやらせないために攻撃する、防がれるを何度も繰り返し、最終的に押し負けたのはかなり悔しい。

 

「夕立の押せ押せは圧倒されるなぁ。脱力回避すると村雨が無防備になるし」

「夕立がゲロ様引き付けて、ハギィの攻撃をむーさんに通すことを念頭に置いたっぽい。夕立もハギィも前衛だからね。押して押して押せば崩れるっぽい」

「流石としか言いようが無いよ」

 

 かたや村雨の方は、萩風にまともに撃たれたことで一瞬呼吸が止まったようで、ゲホゲホと咳込みながらも反省会。

 

「村雨さん、あそこは姉さんに任せて一旦下がるべきでした。2人がかりでも脱力回避で全部避けてしまいますから、自分の態勢を立て直すためにも下がるが正解でしたよ」

「そうかもしれないけど、任せ切るのもさぁ」

 

 やろうと思えば2人がかりの攻撃でも回避は可能だろう。『蜃気楼』で2人の裏側に回り込むことだって可能だった。しかし、そうするとまず間違いなく私を完全に無視して村雨の方を向くのだから、村雨が下がったところで状況は変わらないような気がする。

 止め方はいくらでも考えられる。その全てを経験することで、より強く成長出来るだろう。

 

「お互いに何処が悪かったか理解出来ているようね。なら、5分休憩」

「はーい」

 

 ペアは替えずにそのまま続行。今の敗北を活かして、次に繋げていきたい。衣笠さんのような守りの力を手に入れることは難しいとは思うが、必要最低限の防衛能力は手に入れておきたい。

 

 だが、そうは行かなくなる。訓練の前に夕立が見事に立てていたフラグは、しっかりと回収されることになる。

 

「訓練中断! 今すぐ戻ってきて!」

 

 聞こえてきたのは夕張さんの声である。海にまで出てきて叫んでいた夕張さんは、すでに対策インナーを着ていた。ということは。

 

「哨戒部隊が援軍要請してきた! すぐに出撃準備!」

 

 危惧していたことが実現してしまった。

 

「夕立の予感が的中しちゃったわね」

「こういうのは当たんなくてもよかったっぽい」

「本当に。なら、私は先に向かうわ。貴女達は後から追ってきてちょうだい」

 

 最初から実弾で艤装を装備していた霧島さんは、工廠に戻ることなくそのまま出撃。霧島さんが準備万端であることを知っていた夕張さんは、援軍を要請された場所に案内するために、私達に声をかけた後はそのまま霧島さんと合流して現場に向かっていった。

 私達はまず艤装を実戦仕様に換装しなくてはいけない。夕立と萩風に至っては、対策インナーも必要だ。やろうと思えばすぐ出来るはずなので、大急ぎで準備をすることになった。

 

 

 

 そして、声をかけられて5分もせずに準備完了。夕立と萩風はちょっと焦っていたが、なんとかインナーも着込んで出撃可能となった。

 2人が着替えている間に、私と村雨が空城司令に現場の場所を聞いておく。しかし、村雨は哨戒任務すらしたことがないため、いざ場所を言われても何処かはわからない。『雲』として私達と戦った場所からかなり陸よりと言えば、ある程度は理解出来たようだ。

 

「いいかい、村雨はこれが初陣だ。援軍だが、慎重に行くんだよ」

「了解」

 

 ペイント塗れの制服も新しいものに替えて準備万端。ひとまずはここで訓練をしていた4人で駆逐隊として出撃することになる。

 一応私達の準備が最速だったようで、後から他の人達も随時投入されるとのこと。真っ先に後を追ってくれるのは、衣笠さん率いる守護者の力訓練チーム。その次は、最大戦力となるであろう長門さん訓練チーム。

 

 援軍を要請するくらいなのだから、哨戒部隊だけで処理するのは難しいということ。少なくとも『黄昏』が出現したという話では無いので、おそらく数が多すぎて手が付けられないということのようだ。

 

「陽炎、アンタが即席の旗艦だ。この子達を先導して、援軍として救援に向かってくれ。そこに到着したら好きに戦えばいい」

「了解。じゃあ急いで行くよ!」

 

 こういうところで旗艦というのは初めてだが、哨戒任務にはそれなりに出ているし、今回は何度も行っている場所だ。私だけでも行こうと思えば行ける。

 

「みんな、準備はいい?」

「ぽーい! いつでも大丈夫!」

「大丈夫です。行きましょう」

「……だ、大丈夫。先にこういう形の初陣ならラッキーだと思うことにするわ」

 

 いきなり最終決戦ということにならないだけでも良しとしようというポジティブシンキング。それくらいの気持ちの方が楽でいい。

 死と隣り合わせの戦場なのは誰も同じだが、勝ち目がどうこう言っている相手からスタートは緊張以前に恐怖が出てもおかしくない。()()()()するためにも、この機会には上手く使われてもらおう。

 

 

 

 最大戦速で現場へと向かう私達駆逐隊。陣形も何も無く、場所をちゃんと聞いた私が先頭で、残り3人が抜きつ抜かれつで真っ直ぐ突き進むのみ。

 

「戦場は陸に近いんですか?」

「みたいだね。あの場所はまだ陸が見えるような位置じゃないとは思うけど」

 

 戦場から陸が見えるような場所では無いと思うが、それでもそこで撃ち漏らすと、それがそのまま陸に向かってしまう可能性がある。

 その地区は海沿いは、建物など生活するようなものは全て撤去されたもう何もない場所ではあるものの、道路は通っているわけで、人の行き来が無いわけではない。そんな場所に深海棲艦が行ってしまうということ自体が問題だ。人型の深海棲艦なら我が物顔で闊歩出来るだろうし。

 

「赤い海の中での戦いっぽい?」

「多分それも無いと思う。哨戒部隊は赤い海に近付かないようにしてるし」

 

 あくまでも観測を主とした哨戒だ。アクィラさんの鷲の目だけで確認し、赤い海には近付くこともない。それなのに援軍が必要となったということは、敵も赤い海から抜け出して戦っているということだ。赤い海の恩恵を捨ててでも数で押し潰そうとしているのか、それとも何か別の理由があるのか。

 

 向かっている最中でも、海が赤く染まっているところは今のところ見えない。大分陸に近いところを駆けているので、そこまでは拡がっていないことを少し安心する。

 3日後にはここもどうなっているかわからない。陸に到着していないだけで、陸から赤く染まった海が見えてしまうところまでは来ているのだと思う。

 

「そろそろだよ。みんな、覚悟して」

 

 さらにしばらく進んだところで、砲雷撃戦の音が聞こえ始めた。それと、私達を案内するかのようにアクィラさんの艦載機が飛んできたのもわかる。

 哨戒部隊に大型艦はいないため、今一番激しく戦っているのは霧島さんだ。ここまで聞こえるような大型の主砲を扱っているのはあの人しかいない。

 

「会敵! みんな、やるよ!」

「ぽーい!」

 

 敵の姿が見えた瞬間、真っ先に飛び出したのは勿論夕立。バケモノ型の駆逐艦を一撃で粉砕し、そこから戦いの幕を切って落とす。

 

「やっぱり先制攻撃は夕立からだよね……。っし、行け行け行けーっ!」

 

 それに負けじと、私達も手近なヤツから片付けていく。赤い海はまだ遠くにも見えていないが、逆を見るとうっすらと陸が見えるか見えないかくらいの場所。ここでの戦闘は確かに危ない。少し侵攻を許すと、陸に辿り着いてしまう。

 幸いにも、敵は数だけで強さは並。赤い海の中だとランクもガツンと上がることを考えると、今この戦場は初心者向けと言ったところか。村雨にも安心して任せられる。

 

「村雨さん、腰が引けてませんか」

「んなわけあるか! ちゃんとやってるっての!」

 

 萩風からちょくちょく小言みたいなことを言われているようだが、村雨はしっかり戦えている。夕立に近しいほどの戦闘センスのおかげで、単調な敵の攻撃なら避けつつもきっちり当てられていた。

 しかし、緊張感からか動きは少し硬い。これが最終決戦じゃなくて本当に良かった。戦いの中で身体が温まってきたら、自然と硬さも無くなっていくだろう。萩風が言うのもわからなくはない。

 

「合流! 大丈夫!?」

「おう、来てくれたか!」

 

 哨戒部隊の旗艦である加古さんと合流。みんなも無事なようだ。

 私達がさっき戦っていたのはここからあぶれて私達を狙ってきたモノだったようで、こちらには戦艦クラスも当たり前のようにいた。そちらは霧島さんが応戦しており、互角以上の戦いを繰り広げている。最初の状態だと苦戦して当然だった。

 それでも、防衛線よりはかなり少ない。それに全ての敵がしっかり艦娘を狙って行動しているので、陸に向かおうとはしていないようだ。それだけはありがたい。

 

「なんでいきなりこんな……」

「わかんないけど、出てきたものはしょうがないから、殲滅するっきゃないだろ」

 

 今まで哨戒していてもここまで攻めてくることは無かったのに、今更になって急に動き出したのは何故だろうか。考えていても仕方ないかもしれないが、これも太陽の姫の思惑だとしたら、私達は誘き寄せられたと思うべきだろう。

 この期に及んで何をしようとしている。だが、このままにしておけば陸への侵攻の恐れがある。あちらの思惑なんてお構いなしに、目に入る敵は全て倒しておかなくてはならない。

 

「数は減ってるの?」

「少しは減っているわ。鷲の目で常に監視しているから」

 

 アクィラさんがそう言うなら安心。赤い海でも無いのに無限湧きと言われたら堪ったものではない。その無限湧きする敵が次から次へとここに押し寄せているのだから、あちらもやろうと思えば無限に出てくることは出来そうではあるが。

 

「あー、ちょっとまずいかもですぅ!」

 

 ここで青葉さんが少し焦ったような顔でこちらに報告してくる。青葉さんも偵察機を発艦しているため、アクィラさんほどでは無いが戦況は確認している状態。真上から全てを見ているのではなく、手近なところをあらかた見ていくというスタイル。

 その青葉さんがこれなのだから、余程まずいことが起きているのかもしれない。

 

「どうしたどうした」

「敵を倒すごとに、()()()()()()()()()()()()()()()()んですよぉ!」

 

 それは本当にまずい。あちらが攻めてくるから、こちらは迎撃して殲滅しているのだが、それ自体が赤い海の拡張に貢献してしまっているとなると話は変わる。倒しすぎるとリミットがさらに早まる可能性があるということだ。

 だからと言って放っておけるものでもない。倒さなきゃ倒さないで侵略を許すことになる。

 

 

 

 そこでピンと来る。赤い海は瘴気が漂う海域だ。対策をしなければ分霊を小さくされ続けるようなものであり、踏み入れた時点で問題が発生する。

 ならその瘴気の出所は何処だ。太陽の姫の力だけではないのではないか。

 

「……そうか。太陽の姫は、()()()()()()()()()()んだ」

 

 例えば、この無限に湧いてくる深海棲艦達が死に際に遺す負の感情だったりするのではないか。だとしたら、ここで戦うこと自体が奴の狙いだ。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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https://www.pixiv.net/artworks/88959923
MMD静画のアイキャッチ風あがのん。戦ってるときはシュッとしてるんですけどね。リンク先に普段の阿賀野もいらっしゃるのでどうぞ。


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負の連鎖

 拡張の速度が上がった赤い海を確認するために向かった哨戒部隊から援軍の要請が入った。訓練中で武装の換装が早かった私、陽炎を含めた訓練部隊が向かったところ、そこでは相変わらず酷い数の敵が襲いかかってきていた。

 しかし、ここで1つ問題が発生した。偵察機で周囲を確認しながら戦っていた青葉さんが、迫り来る敵を倒せば倒すほど赤い海が拡張されていっていると言うのだ。目の前で明確に拡がっているという状況を確認するのは今回が初めてである。

 

「太陽の姫は、こいつらを殺させたいんだ」

「……なるほどね、カゲローのそれは正しいかもしれない」

 

 応戦しながらも、敵の目的を考えていくうちに1つの結論に辿り着いた。それは、この敵の群れは太陽の姫にとっての捨て駒。そして、それが死んだ時に発生する負の感情が瘴気へと変じ、赤い海を拡げていくのではないかと私は考えた。

 それを口にしたら、アクィラさんも同意してくれる。今までやってこなかったことを急にやってきたのだから誰だって勘繰るだろう。納得出来る部分も多かった私の憶測は、瞬く間に全員に伝わっていく。

 

「ならどうすりゃいいのさ! ぶっ倒しちゃダメっつっても、倒さないと押し潰されんだけど!?」

 

 必死に応戦してくれている秋雲からの悲鳴にも似た問いに、私は何も返せない。

 

 倒したら瘴気を撒き散らして赤い海が拡がる。放置するとそのまま侵略。八方塞がりである。出来ることならば、()()()()()()()()()()()()()がベスト。

 しかし、そんなことどうやってやればいいのだ。あの群れを1体1体艤装だけ破壊していければ、目的は達成出来るかもしれない。だが、そんなもの私達の力では簡単にはいかない。1体2体とやっていったところで、次から次へと押し寄せてくるのだ。

 

「倒さないとどうにもならないから倒していくしかないでしょう! 今は群れる速度よりも早く殲滅するしかないわ!」

 

 そこへ激しく艤装の鋏を振り回す霧島さんが提案。実際それしか無いと思う。一旦目の前にいる敵を全て消し飛ばした後、あちらがどう出るか、赤い海が何処まで拡がるかを確認しなくてはいけない。例えそれが間違った判断だとしても、今この場で撤退するのはそれこそまずいだろう。

 言ってしまえば、今ここで戦いを続けてもすぐに陸まで赤い海が届いてしまうわけでもない。ならひとまずは、目に映る輩を全て消してから考えた方がいい。そもそも戦いながらではまともに考えるのも難しいのだ。

 

 しかし、哨戒目的である部隊に加えて、潜水艦隊と一部の対潜艦、そして私達の増援だけでは、あまりにも攻撃が軽い。

 唯一の戦艦である霧島さんが全身全霊で対応してくれているが、まだまだ戦力が足りないとすら思える。まだまだ援軍が欲しいほどだ。

 

「とりあえず全部吹っ飛ばせばいいのね!?」

「い、一応!」

 

 ここで一歩前に出たのは夕張さんである。いつもは整備班として裏側から支えてくれている夕張さんも、今は貴重な軽巡洋艦の戦力。さらに言えば、兵装実験軽巡という特殊な艦種であるためか、装備はその時その時で自在に替わるとのこと。

 そして今回選択されたのは、木曾さんのような雷撃特化である。今この場にいないタイプを選択したようで、直線に人がいないところを確認してからありったけをぶっ放していた。当然ながらその威力は私達の主砲とは比べものにならず、霧島さんの砲撃1発に近いほどの火力をこれでもかと撃ち込んでいた。

 

「潜水艦達は!?」

「海中に指示は出してる。海ん中にもワンサカいるらしいから、それは五十鈴と龍田に任せて、魚雷で応戦してもらってるぞ!」

 

 海中と意思疎通が出来るのは、旗艦である加古さんと対潜部隊の2人だけ。海上での考察はすぐにあちらにも伝えられている。

 

 潜水艦隊としては、今は殲滅しか選択肢が無いため、あらゆる敵に向けて海中からも雷撃を飛ばしていた。それ以外の攻撃が出来ないのだが、上から狙うのと下から狙うのではまるで違うとのこと。あちらの方が命中精度は高いのだそうだ。

 結果、私達の知らない場所で水柱が立ち昇り、次々と雑多なイロハ級が海の藻屑になっていく。しかし、それにより瘴気が発生しその場所を侵していった。

 

「合流! 今どうなってる!?」

 

 今度は私達の次に出撃したであろう、衣笠さん筆頭の守護者の力訓練チームが合流。メンバーは衣笠さん、阿賀野さん、磯波、菊月。『心眼』の菊月と、サポーターの磯波なら、何かしらの打開策を練ってくれるかもしれない。

 すぐさま現状を伝えると、驚愕の表情と共に焦りながらも殲滅に参加してくれた。人数が増えたことで殲滅力は高まるものの、赤い海は拡がる一方である。そして、敵の湧き方もそれに比例して増えているように見えた。

 

 恨みや憎しみを撒き散らし、海を赤く染めていく。そしてその海が深海棲艦を生み出し、それが死ねばまた恨みと憎しみを撒き散らす。負の連鎖は止まらない。

 

「せめて赤い海が押し返せればいいのに……!」

 

 それが出来たら苦労しないのだが、どうしても愚痴ってしまう。

 倒しても拡張されない方法というよりは、倒したところでこちらから押し返せれば手っ取り早い。ある意味、()()()()()()()()()()()みたいな。

 

「瘴気が分霊の力だとしたら、ひーちゃんも同じこと出来るんじゃ……」

 

 ここで戦いながらも少しずつ退いてきて、私の側まで来てしまった沖波が何かを思い付いたかのように発言する。

 

「太陽の姫と対になるなら、ひーちゃんだって同じ力持っててもおかしくないと思う」

「え、なに、私が瘴気を出すってこと?」

「いやいやいや、そういうことじゃなく。あっちの瘴気を中和する何かっていうか……何か出せるかなって!」

 

 沖波も戦闘中であるためにそこまで頭が回っていない。しかし、言いたいことはわかった。私だって選ばれし者、しかも太陽の姫と対を成すために選ばれた、陰と陽の関係になる者だ。

 私の存在そのものが太陽の姫に対して中和に繋がるのなら、私が何かをすればこの瘴気も中和出来るかもしれないと沖波は言っているわけだ。太陽の姫と同じ行動であり効果が対となる分霊だって使えるのだからと。

 

「結構な無茶振りだけど、それやらないと現状打破出来ないんだよね……試してみるしかないか!」

 

 だがどうやる。指先から瘴気と対になるものが撒き散らせるわけでもなし。()()()()()()なんて試したこともない。ならやってみる価値はあるのだろうか。この戦いを悪い方向に持っていかないためにも、試せることは全部試さなくてはいけないか。

 魂を探ってそこに分霊を施す感覚で、空に向かって指を突き出し、同じ要領で分霊。しかし、それこそ私の指は空中を彷徨うだけであり、分霊が出来るような感覚は微塵も無い。

 

「あ、うん、わかってた。艤装に指が通らなかったんだし、見えないものは見えないし」

「な、なら、赤い海に直接指をつけるとか!」

 

 今度は守護者の力訓練チームから磯波の意見。戦いながらでもいろいろと考えてくれていた。

 

 見えないものに分霊は出来ないし、無機物である艤装にも分霊は出来ないことは証明出来た。なら海、水ならどうか。水って有機物なのか無機物なのかはわからないが、実際に赤く染まっているのだから試せるかもしれない。

 だが、今この戦場は赤い海から少し離れたところ。この猛烈に突き進んでくる、死をも恐れないどころか死ぬために来ているような深海棲艦を潜り抜ける必要がある。出来ないことはないだろうが、抜けた後に分霊している間は無防備。その間に私が集中砲火を受けるのは明らか。

 

「陽炎を守ればいいのね。みんな、ちょっと自己防衛よろしく」

 

 ここで私の前に出てきたのは衣笠さんだ。防衛能力といえばこの人。私の安全を守り切るために、今回の防衛対象を私と定めて、菊月の言葉を借りるなら全自動防衛をやってくれる。

 対象を1人に絞った場合、その力は最も発揮される。それは訓練の時に私が痛感していた。制御出来なかった頃は仲間にすら容赦しない防衛能力だったが、今は訓練に訓練を積み、それを制御出来るようになっているのだ。より強くなったと考えられる。

 

「でも、赤い海までの道は」

「それは我々が作る! 射線を開けてくれ!」

 

 そしてついに長門さん達が到着。訓練に参加していたのは殆ど戦艦クラスのみ。長門さんと陸奥さんの外にはネルソンさんとサウスダコタさんという超重量編成だ。今まで足りなかった高火力が一気に補われる。

 

「陸奥よ、行くぞ!」

「ええ、行けるわ。主砲一斉射!」

「てぇーっ!」

 

 到着するや否や、敵の群れに対して一斉射をぶちかました。私達を押し潰し、むしろ死んでもいいとさえ思いながら突っ込んでくる深海棲艦達は、その一撃により一気に薙ぎ払われていく。

 しかし、それはあちらの狙いでもある。死ねば死ぬほど瘴気は撒き散らされるが、今は四の五の言っていられない状態。現状を変えるためには、一度突っ込まないと話にならない。

 

「いい力業だ! いいぞナガート!」

「アタシらも行くぞネルソン!」

「了解だ」

 

 意気込んだサウスダコタさんを余所に、ネルソンさんはその場で値踏みするように戦場を眺めた後、阿賀野さんと視線があったかと思ったらニヤリと笑う。

 

「よし、アガノとやら、貴様に3人目を任せる!」

「えっ、阿賀野? 3人目って、も、もしかして」

「Nelson Touch、行くぞ!」

「やっぱりーっ!?」

 

 阿賀野さんの返答を待たずして、ネルソンさんの艤装が変形完了。長門さんと陸奥さんが薙ぎ払えなかった方向に向けて突撃開始。サウスダコタさんもそうなるだろうと最初から予想していたようで、即座にネルソンさんの後ろについて2人目へ。

 突然言われた阿賀野さんはあたふたしながらも強引に3人目へと割り入り、プリンツさんの見様見真似の如く砲撃開始。ここにきて無反動砲撃が火を噴き、突撃しながらも全く速度が衰えないという特性が発揮された。もしかしたら一番ネルソンタッチに適した人材なのでは無いだろうか。プリンツさんには申し訳ないが。

 

「ほほう、いいではないかアガノ。貴様を名誉ネルソンタッチ構成員と認めよう!」

「よかったな、勲章物だ」

「そんなこと言ってる場合じゃ無ーいー!」

 

 当たり前だが阿賀野さんは必死である。慣れていることをやっているわけでもなく、即興でやってのけているのだから大したものだ。初めて阿賀野さんに訓練をつけてもらった時、磯波が()()()()と称した理由がよくわかった。

 

「よし、道が開いた! ごめんねみんな、私を守って!」

 

 2つの超火力により、敵の群れは大きく剥がされ、悠々と通れるだけの道が出来上がっていた。ならば、ここを突き進んで少しだけでも赤い海に入る。

 私を守ってくれるのは衣笠さん以外にも異端児駆逐艦が総動員である。最も危ないところは衣笠さんに任せ、私の周囲を沖波、磯波、夕立、村雨、萩風の5人が警戒してくれている。ちょっと違う輪形陣というヤツ。

 

「なら、海水に指を突っ込んで……!」

 

 人間に対してやるのとは当然違うのだが、空気中に指を這わせるのとは違う。やはり海であるというのが大きいか。

 

「分霊出来そう! やってみる!」

 

 そしてそのまま、人間に対してやるように分霊開始。侵食された海を本来の形に戻すように、ゆっくりとでもいいので確実に中和していく。

 瘴気は空気中にあるが、その発生源はこの赤い海であると考えてもよかった。沈んだ深海棲艦が海に染み込み、瘴気を撒き散らすというのが赤い海のカラクリかもしれない。最初は太陽の姫の力だけでその領域を拡げていけたようだが、この早さは無限湧きする他の深海棲艦達のせいだ。

 

「あ……ちょっとだけ赤くなくなってる!」

 

 私の指先の部分だけ、赤さが薄れて本来の色を取り戻そうとしていた。つまり、海への分霊は可能ということだ。

 しかし、この大きすぎる範囲を、私1人だけの力で分霊出来るかと言われれば答えはNOだ。多分私が先に力尽きる。村雨の魂を浄化しただけでも相当な疲労を感じたのだから、海全域とか不可能に近い。

 

 そして、赤い海に立ち入ったのだから、脅威はまだまだ増える。ここはもう太陽の姫の領域。つまり、その側にいる巫女は侵入者を排除するために動き出すだろう。

 

「陽炎、ちょっと我慢して!」

 

 言うが早いか、衣笠さんに思い切り引っ張られた。瞬間、私がさっきまでいた場所を強力な砲撃が通過。幸い誰にも当たらなかったが、掠めただけでも危険な一撃が放たれていた。

 

「マタオ前達カ。マァ、オ前達クライシカココニ来ナイヨネ」

 

 その砲撃の主は、勿論『黄昏』である。

 

 

 

 太陽の姫の姿は無いが、ここが決戦の地であることが嫌なくらいにわかった。せめて『黄昏』をどうにかしない限り、現状打破は有り得ない。

 




無機物というのは炭素を含まない物質であり、有機物はそれ以外だそうです。しかし、水は炭素を含んでいても例外的に無機物扱いなのだとか。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/88978402
MMD静画のアイキャッチ風キャプテン。昨日の阿賀野と対になるデザインだそうです。背中合わせになってます。うーんイケメン。


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力の差

 敵を倒すことがその拡張に繋がり、放置していても侵略が始まるという最悪な状況を打開するために、あらゆる手段を戦いながらも考察する。こうやって戦っている間も戦況は悪化し続けているのだが、そのままにして撤退という選択肢も無く、戦わざるを得ないのが焦りを生み続ける。

 その中で、私、陽炎が赤い海に直接分霊を施すという手段に打って出ることになった。太陽の姫と対を成す私だからこそ、この瘴気を生み出す赤い海をも中和出来るのではと考えられたからだ。

 

 そしてそれを実行。一斉射とネルソンタッチにより道を切り拓いてもらい、そこから赤い海に突入し、海面に指を突き立てて分霊を施した。

 すると、これが有効であることが判明。しかし、私1人の力ではたかが知れており、指先から少し色が薄れる程度で終わってしまう。あちらの規模があまりにも大きすぎるというのもあるが、そもそも瘴気を増やす原因が多すぎるのも原因である。

 

 さらに、私達が赤い海に足を踏み入れたことで、この海と太陽の姫を守る巫女である『黄昏』までもが現れてしまった。今はまだ人数がいる方だからマシではあるが、巫女の力を持つ戦艦レ級という悪夢のような存在の登場で、戦いは苛烈化していく。

 

「今回ハアイツハイナイノ? 僕ノ顔面ニ爆雷投ゲテキタ奴」

「松輪はいないよ」

「ソッカ、マツワッテイウノカ。残念ダネ。次ハ思ウ存分遊ンデヤロウト思ッタノニ」

 

 これだけの人数を前にしても、『黄昏』は余裕そうな顔である。実際、前回の戦いでは松輪がいたから逃げることが出来たのであって、今この戦力でもどうにか出来るかはわからない。

 それに、『黄昏』だけならまだしも、まだここには倒しきれていない深海棲艦が多数いる上に、倒した分が補充される始末。最悪なことに、今は赤い海の上。深海棲艦はより強化された状態だ。今まで薙ぎ倒すことが出来た連中も、ここでは苦戦を強いられる可能性がある。

 

「他ハドウデモイイ。『陽炎』ダケハココデ死ンデモラウ。オ前ダケガ姫ニトッテノ目ノ上ノタンコブダッテサ」

 

 気付けば私の目の前。波すら立たせずに瞬時に移動するその技は、私の『蜃気楼』に近しいものであることはわかっている。だが、私と違うのはその瞬間が読めないことである。

 菊月が足首の動きだけであれをやっているというところまでは看破しているのだが、その瞬間が私には見えていなかった。故に、ここから反応が遅れた。

 

 だが前とは違う。今回は鍛え上げたM型異端児最強の防衛システムが私にはついている。

 

「それはこっちのセリフなんだよね」

 

 その殆ど瞬間移動に近い動きにも見事に対応する衣笠さん。無意識下での防衛というのは、()()()()()()()()にもある程度は反応してくれるらしい。

 眼前に迫ってきた『黄昏』相手に、既にあの足が出ていた。仲間との訓練でも制御出来なかったあの一撃も、今や自由自在である。

 

「オ前、前ニモイタダロ。ソコソコ邪魔ヲシテキタ覚エハアルヨ」

 

 その蹴りは軽く払うことで回避してきたが、私への攻撃はこれでキャンセル。防衛という目的はきっちりこなしているが、今度は自分が危なくなっているため、照準を自分に変えることで対象を守るというあまりよろしくない力にもなってしまっていた。自己犠牲で守られても、辛い思いをするのは守られている側である。

 だから、今度はみんなで衣笠さんを守ることになるだろう。ここには異端児駆逐艦が勢ぞろいしているし、減らない敵を対処しているとはいえ仲間達もいる。

 

「やらせないっぽい!」

 

 すぐに飛びかかるのは夕立だ。今まででも特に強敵である『黄昏』に対しても臆さず突っ込み、早速主砲を構える。

 相手は戦艦であるため、私達駆逐艦の砲撃なんて簡単には効かないだろう。爆雷を後頭部に受けてもダメージが無かった『黄昏』なら尚更だ。だが、そんなことお構いなし。目の前に敵がおり、仲間が危険な目に遭うのなら、それを守るのが艦娘である。

 

「知ラナイ奴ダナ。デモ、所詮ハ駆逐艦ダヨ」

 

 尻尾を振り回しながら夕立を迎撃する『黄昏』。砲撃をことごとく弾き飛ばした後、振り抜き際に放っていた魚雷を夕立に叩き込もうとする。

 しかし、そんな簡単にやられる夕立ではない。そもそも振り回された尻尾には当たるような距離ではなく、かなりの至近距離で放たれた魚雷も当たり前のように撃ち抜き、その爆風を帆で受けて驚異的なバックステップ。

 その振り回しの範囲から離れるため、間近にいた私も無理矢理その場から離れた。風圧は受けるものの、狙いが夕立だったおかげでそれだけで済む。

 

「姉さんから、離れろ!」

 

 そして、その爆煙を突き抜けるように突撃していたのが萩風。ついさっきやっていた訓練で覚えたスイッチ戦術を、この場で夕立とやってのけた。水柱を目くらましに使うのとは訳が違うが、やはりそこもお構いなしである。多少熱い程度で終わっているだろう。

 

「オ前、戦イ方ガコチラ側ニ近イナ」

 

 アームと主砲を拳のように扱い、振り抜けつつも砲撃。超至近距離での一撃だったが、『黄昏』は意に介さずにクルリと一回転し、尻尾をもう一周させて砲撃を弾き飛ばしながらの迎撃。その速さたるや、萩風の突撃よりも速く、このままだと拳が届く前に薙ぎ払われることになる。

 接近戦を狙った萩風には、これが一番危ない。夕立ほどの機動力も無ければ、突き進んでいる状態でのそれなので回避しようが無いというのが答え。

 

 そしてこの瞬間にまた衣笠さんが動き出す。防衛の対象を瞬時に切り替え、私から萩風へと移したことにより無意識の防衛が起動。

 

「それはやらせない」

 

 狙ったのは回転の軸脚。艤装はさておき、あの着込んでいるパーカーも異常な性能を持った装甲であることは既にわかっているため、狙うのなら生身の部分である。レ級の脚が生身と言えるのかはわからないが、服が装甲というのなら着ていない部分を狙うのが正解だろう。

 前回の戦いで松輪の爆雷が手を吹き飛ばしていたが、その時のダメージは確認出来ていない。爆雷を握りしめた状態での爆破で無傷だったら、生身すらも強固な装甲と言われたら、手も足も出ないかもしれない。

 

「ッオ、イイトコロヲ狙ウジャナイカ」

 

 それにいち早く気付いた『黄昏』は、それを回避するために自転をやめて回避のために小さく横へ跳ぶ。そのおかげで尻尾の振り回しは本来の場所へ行かず、萩風は辛うじてダメージを受けずに済んだ。

 しかし、その風圧は激しく、突撃態勢だったために嫌でも姿勢は崩されて転倒。モロに喰らわなかっただけ良しとしなくてはいけない。

 

 これで1つ、『黄昏』には脚への攻撃が有効であることが判明する。あれでも生身である判定。

 

「ナラ、マズハオ前ダ」

 

 跳んだ先で即座に衣笠さんに狙いを変え、照準を合わせていた。この動きの速さも『黄昏』の厄介なところである。

 

 衣笠さんは防衛能力が非常に高いが、それは()()()()()()()()だ。自分への防衛能力は、言っては悪いが並。全自動防衛に自分が入れられないという致命的な弱点があるため、いざ狙われ始めると途端に脆くなる。衣笠さんは他者を守るが、衣笠さんを守るのは私達に他ならない。

 

「させない!」

 

 対応するのは沖波。照準を合わされた主砲目掛けて、その砲口を撃ち抜くように砲撃を放つ。当たろうが当たるまいが、これにより回避する余裕は作れるはずだ。

 

 それが巫女で無ければ。

 

「オオ怖イ怖イ。イクラ僕デモ、艤装ノ中ハ無防備ダカラネ」

 

 その声は、沖波の後ろから聞こえた。ここぞとばかりにあの移動法で回避してくる。危ないと思ったから使ったのか、こちらに対して一番やってほしくないタイミングを見計らったのかは定かではないが、少なくとも今この瞬間にそれをされたのは、沖波にとってはかなりの痛手。

 触れられる程に近付かれているということは、何をされてもおかしくないということ。それこそここから尻尾を振り回されるかもしれないし、もう一度砲撃だったり魚雷だったりを放たれるかもしれない。とにかく、沖波の身が危険であることは確かである。

 

 そして、それに反応出来ない衣笠さんではない。全自動防衛の対象を沖波に切り替えた瞬間に身体が動く。

 

「沖波から離れてもらえるかな!」

 

 何をしてくるにしても、姿勢を崩せばその攻撃は不発になる可能性が高い。故に、またもや狙うのは脚である。

 直接急所を狙いたくても難しいため、手近な弱点となり得る部分を集中狙いするのは、こういう戦場でも常套手段。そんなこと『黄昏』だってわかっているとは思うが、やらない理由は無い。

 

「本当ニ厄介ナ奴ダ」

 

 だが、そもそも『黄昏』が狙っていたのは衣笠さんである。沖波の側に近付きつつも、その主砲は衣笠さんを向いていた。沖波からの反撃のことを一切考えずに、この全自動防衛を確実に潰すことを最善と考えた行動である。

 衣笠さんがここで潰されたら、痛手としては大きすぎる。ただでさえ『黄昏』に対応出来ているのは小粒ばかり。他の人達は周囲に湧いてくる深海棲艦を処理することで手一杯にされている。なのに、戦力の1人が消えたらジリ貧とかそういう問題では無くなる。

 

「やらせるわけ!」

「無いっぽい!」

 

 故に、こちらはチームプレイでどうにかするしかない。そこで動き出したのは夕立と村雨である。艤装姉妹という最善のパートナーを得て、さらには訓練で連携も学んでいるのだから、合図無しでも同時に同じ場所を撃つことも造作も無かった。

 狙ったのは常に衣笠さんが狙い続けていた脚。それを後ろからだったため、膝裏狙い。もしそこが装甲に覆われていたとしても、関節部分への一撃であるため、体勢を崩すことくらいは出来るはずだ。

 

 そして私だってやれることはある。衣笠さんに守ってもらったのだから、衣笠さんを守りたい気持ちは私にある。

 

「衣笠さん、そこから離れて!」

 

 ブレ弾と精密の同時砲撃。狙いはあえて頭。後ろから狙うわけではないため、パーカーに覆われていない脚を狙う必要もなく、むしろ同じ場所ばかり狙うよりは別の場所を狙った方が当たるのではないかという賭け。

 奴はパーカーのフードも被っているため、後頭部は装甲に覆われていると考えてもいい。ならばと、狙ったのは顔面。ブレ弾の方は殆ど適当に撃ったようなものなので、生身が見える前面の何処かに当たればいいと考える程度。

 

「アア、ミンナ鬱陶シイナ」

 

 しかし、その砲撃は全て外れていた。ここでまたあの移動法である。殆ど直立状態から予備動作無しで気付いたら別の場所にいるのは、私が言うのもアレだが本当に厄介極まりない。

 最悪なことに、その移動先が衣笠さんの真隣である。さらには、既に尻尾を振り被っていた。このままでは薙ぎ倒される。

 一応私が声をかけたことでその場から退避しようとしていたのだが、あの移動で真横につけられてしまっては回避もあったものではない。

 

「衣笠さん!」

 

 咄嗟だった。『蜃気楼』からの突撃で『黄昏』に体当たり。この時だけは、衣笠さんの全自動防衛に近い動きが出来たと思う。仲間の危機を救うため、無意識に力を抜いていた。

 私がこの戦い方に慣れているから無意識がこの動きを選択してくれた。咄嗟に力を抜くことも、今までの戦いの経験があったからこそ出来た。

 

「『陽炎』カラ飛ビ込ンデ来テクレルトハネ」

 

 私のそれを予測していたのだろうか。うまく『黄昏』の姿勢を崩す程に吹っ飛ばすことが出来たが、尻尾の勢いは一切止まらず、私の脇腹に直撃。逆に私が吹っ飛ばされる羽目に。

 体勢が崩れていたことで威力そのものは大分小さくなっていたが、それでも体内を大きく揺さぶられて強烈な吐き気に襲われる。骨とかには別状は無くて助かる。

 

「艦娘ッテ、本当ニシブトイナ。イイ加減終ワッテイインダゾ」

 

 ここでダメ押しの艦載機発艦。たった1人で出せるとは思えない数の艦載機が、私達の上空を覆い尽くす。今は初月やアトランタさんがいないため、対空砲火の性能はお察し。この全てを『黄昏』からの攻撃共々回避しなくてはいけない。

 

 当たり前だが、『黄昏』もこの赤い海による強化をしっかり受けている。そのせいで、これだけ全員で動き回っても傷一つつけられていなかった。圧倒的な力の差に絶望感さえ漂う。

 だが、こんなところで諦めて堪るか。今、私達の背には世界の命運がかかってしまっているのだ。それに、この後にはこれより凶悪な太陽の姫すらも待ち構えているのだから、()()にここまで構ってなんていられない。

 

「ソレジャア、全員死ネ」

 

 膨大な数の艦載機からの急降下爆撃。こんなものを受けたらひとたまりもない。どうにかして逃げ延びなければ。

 

 

 

「やらせるわけないじゃん!」

「勿論……守ります……!」

 

 その声の主がすぐにはわからなかった。だが、明らかに()()()()()()()()

 

 そして、その海中から飛び出すように()()()()()()()()()()が一直線に私達の真上に飛んでいき、急降下爆撃をしてくる艦載機を次々と墜としていった。

 

「潜水空母の意地、ここで見せるよ!」

「空は……空母だけのものじゃないから……!」

 

 それは、潜っていたはずのヒトミとイヨ。私達には絶対出来ない、海中からの発艦をやってのけたのだ。

 



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黄昏の戦場で

「艦娘ッテ、本当ニシブトイナ。イイ加減終ワッテイインダゾ」

 

 赤い海での『黄昏』との決戦。こちらの攻撃はまるで歯が立たず、ついには上空を覆い尽くす程の艦載機が発艦され、その全てによる急降下爆撃が繰り出されてしまった。

 今は初月やアトランタさんがおらず、私、陽炎を含めて異端児駆逐艦は誰も対空装備をしていないため、部隊の防空性能はお察し。その状態で、この全てを『黄昏』からの攻撃共々回避しなくてはいけない。

 

「ソレジャア、全員死ネ」

 

 膨大な数の艦載機からの急降下爆撃。こんなものを受けたらひとたまりもない。どうにかして逃げ延びなければ。

 だが、その攻撃を食い止めてくれる者達は、私達の足の下にいた。

 

「やらせるわけないじゃん!」

「勿論……守ります……!」

 

 その者は、潜水艦であるヒトミとイヨ。潜水艦の中でも特殊な潜水空母という艦種の2人は、恐ろしいことに海中から水上爆撃機を発艦したのだ。

 海中から飛び出すように発艦された水上爆撃機が一直線に私達の真上に飛んでいき、急降下爆撃をしてくる艦載機を次々と墜としていった。おかげで、真上だけは艦載機が綺麗に無くなり、対処しきれなかった分で周囲が爆撃されるものの、致命傷は受けずに済む。

 

「ナンダ今ノ。意味ガワカラナイ」

 

 海中から飛び出す艦載機に迎撃されるなんて想定していなかったからか、『黄昏』すらも一瞬思考が停止していた。今この場で砲撃されていても回避はするが、上と横からの猛攻はかなり厳しかった。それが出来ないくらいに驚いたということだ。

 前回は慢心しないと言いながらも松輪を嘗めたことによる撤退阻止失敗。今回は本来ならあり得ないことが起きたことへの茫然で一時停止。これは人間と同じ思考回路で無くては出てこないものだ。賢くなった分、そういうところを考えてしまうのが『黄昏』の数少ない弱点なのだと思う。ただのレ級なら知ったことではなく突っ込んでくるだろうし。

 

「へへん、これがイヨ達の奥の手!」

「特殊改造水上爆撃機……諜報部隊のための精鋭」

 

 浮上してきて頭だけを見せる2人は、『黄昏』に対して渾身のドヤ顔をしていた。特にイヨ。

 本来潜水空母とはいえ、海中から艦載機の発艦なんて無茶もいいところだったのだが、その無理をどうにか実現したのが、2人専用に作り出された特殊装備であった。

 

 諜報部隊の潜水艦として、海上艦よりも調査先に先行した後に、その情報をどうにかして本隊に伝えたいとなったとき、これを海中から飛び立たせるらしい。海中と言ってもある程度は浮上しなくてはいけないのだが、先程は私達からその姿を見ることが出来なかった。物凄く浅い場所では無いのは確か。

 その重要度のためか、普通の空母のものと比べても一線を画した練度を秘めているようで、飛んだのは2人合わせてたったの4機だが、私達を守った後でも未だに上空を飛び回っている。流石に艦載機を殲滅することは出来ないようだが、必要最低限の動きをしてくれたおかげで、あの尋常ではない数の急降下爆撃を何とか切り抜けることに成功した。充分過ぎる働きをしてくれたことを感謝する。

 

「……コノ前ハ非力ナガキデ、今度ハヨクワカラナイ潜水艦カ、ツクヅクオカシナ奴ラダ」

 

 小さく舌打ちした後、2人に対して砲撃。潜水艦に対して砲撃が無意味なことはわかっているのだろうが、そうしないと気が済まなかったのだろう。勿論2人は急速潜航により回避。『黄昏』は対潜攻撃も可能ではあるが、今回は追うことも無かった。

 

「仕切リ直シダナ。僕ハソンナコト望ンデナカッタケド」

「こっちとしては一息吐けてラッキーだよ。でもいいの? これからはあの子達が下から狙うよ」

「構ワナイヨ。僕ニハ効カナイカラ」

 

 さっき喰らった脇腹がジンジンする。吐き気もまだ残っている。本調子とは到底言えない。ほんの少しだけでも休息のタイミングがあったのは正直助かった。

 

「僕ニハ全部ワカッテルンダ。海ノ上モ中モ。ホラ、今来テルンダロ」

 

 ノールックで爆雷を投下していく。私にはわからないが、おそらく真下にヒトミかイヨが向かったのだ。それを軽く食い止める。

 海中で爆音がしたが、それに伴って何か変わったわけではないため、2人は今の爆雷をちゃんと避けてくれたようだ。

 

「イクラ対トナル姫ダカラッテ、所詮駆逐艦。ワカッタロ。オ前達ハ僕ニ勝テナインダ。大人シク死ンデクレナイカ」

 

 やたらお喋りな『黄昏』だが、やはり予備動作が全くわからない状態から眼前に来て尻尾を振る動作をしていた。菊月は足首がどうのこうの言っていたが、私の動体視力ではそれを確認することは出来なかった。注意深く見る余裕はないし、見ていたところで気付いたら目の前である。

 コイツが眼前に来たということは、私を確実に仕留めに来たと考えてもいいだろう。最早手が届く位置。尻尾なら尚更。

 

 だからこそ、ここで力を抜くのだ。危ないと思った時に、力まずに力を抜く。いつもそうやって乗り越えてきた。

 

「っ……!?」

 

 脱力回避によりその尻尾は辛うじて回避。その風圧をモロに受けることになるが、脇腹に喰らったさっきよりもダメージは小さいから大丈夫。

 

「本当ニチョロチョロト」

「アンタに言われたか無いね!」

 

 回避と同時に備え付けの主砲で顔面を狙う。しかし、その時には既に移動済み。振り回していた尻尾はグルリともう一周し、私目掛けて薙ぎ払われようとしていた。

 

「させるかぁ!」

 

 そこへ飛び込んでくるのは夕立。尻尾の薙ぎ払いを飛び越えるように上からの奇襲。パーカーのフードのせいで砲撃が大して効かないことは百も承知であるため、あの『黄昏』に対して主砲で殴りかかるというとんでもない手段に打って出た。

 移動後の場所に突っ込むことが出来たのは、夕立特有の戦闘センスと野生の勘だろう。今この場で『黄昏』の行動を見て、次の行動を予測してしまった。あんなこと、夕立くらいしか出来ないだろう。

 

「コイツ、無茶苦茶ダナ」

 

 そして『黄昏』はさらに移動。気付けば夕立の上を取っていた。上を取ろうとして、さらに上を取られるとか、その身体能力がバケモノ並みであることが嫌でもわかる。

 これは前回の戦いでもやられた。高速移動を横ではなく縦にやる跳躍。こうされた後、やられるのは1つ。下へ向けての激しい砲撃である。

 

「全部纏メテ、ブッ壊シテヤルヨ」

 

 案の定、主砲を真下に向けた。この射線上に入るのは私と夕立。特に夕立は上を取ろうと跳んでいる状態であるため、回避がかなり難しい。

 

「そんなことやらせるわけないでしょ」

 

 ここで動き出す全自動防衛。『黄昏』が跳んだところを見計らって、それを撃ち墜とすために上へ向けて砲撃。高角砲による対空砲火とは違ってただの主砲による砲撃であるため、本来の威力からは落ちるかもしれないが、それでも重巡洋艦の主砲なのだから私達のものよりは威力がある。

 それに、衣笠さんは『黄昏』の動きを一度見ているのだから、無意識にもその行動は織り込み済み。この攻撃が無駄ではないと判断しているはず。

 

「学習シナイノカ。僕ニハ効カナイコトヲ、オ前ハ知ッテイルダロ」

 

 前回と同じように、残っていた艦載機が一気に群がり、衣笠さんの射線上を陣取った。分厚い壁のようになったそれのせいで、ただでさえ威力が落ちていた砲撃は全てシャットアウト。

 ヒトミとイヨの艦載機のおかげでその数はある程度減っていたが、それでもまだまだ数は多い。どれだけ撃っても『黄昏』に届くことは無かった。

 

 他からの攻撃もそうだった。衣笠さんだけではなく、沖波だって萩風だって『黄昏』に向けて砲撃をしている。しかし、艦載機の壁に全てを遮られ、致命傷はおろか擦り傷すら与えられない。どれだけ硬いのだ。

 

「イイ加減、1人クライニハ死ンデモライタインダ」

 

 そこまでやってもまだ空中。姿勢が戻っていない夕立に向けて構えたままの主砲をついに撃ち放ってしまった。咄嗟に夕立も真上に向けて撃ったが、あちらの威力は尋常ではなく、さらには重力というプラス補正がかかってしまっているために、駆逐艦の砲撃では歯が立たない。

 このままだと夕立は確実にやられる。良くて前回の由良さん並みの大怪我だ。あんな切羽詰まった状態になるわけにはいかない。

 

 ならやることは決まっているだろう。私も回避し、夕立も救う。これが出来る手段はただ1つ。()()()()()()()()

 

「夕立、我慢して!」

「ぽい!?」

 

 出来るかはわからないが、やらなければ致命傷だ。だから咄嗟に、私は夕立の腕を掴んだ。

 ここから『蜃気楼』の流れだが、私以外のモノに対する影響はわからない。私だけだから脚への負荷で済んでいるのかもしれない。それこそ、失敗するかもしれない。

 しかし、そこで足踏みしていては、救える命も救えない。私は艦娘、守護者なのだ。それは自分も、仲間も、手が届く範囲全てを救ってこそなのではないのか。

 

 覚悟が決まった。夕立には申し訳ないが、負荷があっても死ななきゃ安い。()()()()()()()()()()

 

「行けーっ!」

 

 そこから脱力した瞬間、夕立の腕を掴む私の腕が悲鳴を上げた。やはり自分だけでやるからあの程度で済んでいる。脚への負荷もいつもの倍はあった。

 その代わり、確実に『黄昏』の射線上から抜け出すことが出来た。1人追加した状態での『蜃気楼』により、無意識下で最も被害の少ないところを選択する回避に成功。さらには『蜃気楼』の性質上、私達がまだそこにいると錯覚させるため、『黄昏』は私達を撃ったと誤認する。

 

 その瞬間、ついに僅かな綻びが見えた。今、『黄昏』は私達を殺したと一瞬だけでも認識した。賢くなったせいで、そこで()()()()()()()()()()。それが最も大きな隙を作るとも知らずに。

 それを見逃さないのは、異端児の天使。最強のサポーター、磯波である。

 

「今です」

 

 今までタイミングを見計らってきたその一撃は、跳んでいた『黄昏』の()()()に直撃した。

 見た感じダメージになったようには見えないが、奴にとってはそれが小さくない一撃になったようで、着水と同時に磯波を睨み付ける。

 

「ナッ……オ前……ッ」

「菊月ちゃんの『心眼』から貴女のソレのタネは半分はわかっていました。あとは、この子達のおかげで弱点を確信しました」

 

 磯波の足下からヌルリと出てきたのは、またもやヒトミとイヨである。先程の艦載機の時以上のドヤ顔。先程の爆雷を回避した後、何かに気付いた2人は磯波にそれを伝えていたらしい。

 

「……僕ノ弱点ダト」

「貴女の高速移動は、足首ともう1つ、()()()ですね。そこ、艤装になっているでしょう」

 

 確かに足の裏だけは色合いが違う。脚そのものの形状が人間とは違うのだが、そこは一際艤装に近かった。まるで靴を履いているようになっていたが、それがこの高速移動のタネだったようだ。

 予備動作が見当たらなかったのは、全て海中で行なわれていたから。ある意味『雲』の腰掛けていた雲型のクッションみたいなもの。あれはわかりやすい予備動作があったが、『黄昏』はそれを見えないところでやっていたわけだ。

 

 そしてそれを見ることが出来る者が、この戦場にいた。潜水艦、ヒトミとイヨ。海中からの攻撃をユーとウィーに任せてこちらに参戦してくれたが、さっきの艦載機といい今回の海中の目といい、一番いいところを持っていってくれる。

 

「何かしらのピンチがあった場合、貴女は必ず上を取る。前回の戦いの話もありますし、そもそもレ級というのは跳びたがる性質でもあるんでしょう。いつかそれをやると思って、私はずっと待ってました」

「ダッタラ、オ前ハ『陽炎』スラモ囮ニ使ッタッテ言ウノカ」

「囮じゃないです。意図してあの状態を誘発したわけじゃないですし」

 

 とにかく跳ばせたかったということだ。足の裏を私達の前に出してもらわなければ、あの高速移動は一生封じることが出来なかったのだから、この作戦は大成功と言える。

 なかなか危険な賭けをしてくれたものだが、上手く行ったのだから全て良し。

 

「ソナー、それは夕立にも言っておいてほしいっぽい! ゲロ様は良くても、夕立は死んでたかもしれないっぽいよね!?」

「言ったら意識しちゃうよね夕立ちゃん」

「否定出来ないっぽい。でもゲロ様ならやってくれるって信じれたから許す」

 

 私が強く引っ張ったことで傷めた肩を押さえながらぷんすかぽいぽいしてた夕立だが、そもそも磯波が意図してこの状況を作ったわけでもないので、怒りの矛先は全て『黄昏』へ。

 

「これであの動きは封じれたはずです。艤装は硬いかもしれないですが、そこの艤装はその高速移動のために質が違ったようですし。私の貧弱な砲撃でも半壊くらいはしたと思います」

「コノ……ッ、クソガァ!」

 

 懲りずにまた高速移動をしようとしたようだが、磯波の言う通り見えない程のものではない。私でも追えるし、何をしようとするのかがわかるほどだ。

 

 そして、ここまで時間をかければ新たな仲間が参戦する。

 

 

 

「すまない、手こずった!」

 

 磯波に向かう『黄昏』の眼前に立つのは、伊良湖さんの高速移動をモノにした長門さんである。磯波を守るため、鎮守府の守護者の力を受け継いだ大戦艦が今、黄昏の戦場に立つ。

 



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思いを背負って

 太陽の姫の巫女『黄昏』の高速移動の謎は解かれ、磯波渾身の一撃によりそのシステムの根幹となっていた足裏の艤装を半壊させることに成功。これにより全く触れられないということは無くなり、ようやく五分五分な戦いに持っていくことが出来るようになった。

 それでもレ級というだけでも脅威だ。手が付けられない状態から、勝ち目があるかもという状態に持っていけた程度。当たり前だが、掠っただけでも危険な主砲や、戦艦なのに放たれる魚雷、空母並みの艦載機や、駆逐艦と同様の対潜性能もそのままである。ただ動きが比較的まともになっただけ。

 

 私、陽炎は夕立を救うために1人巻き込んだ状態での『蜃気楼』を行なったため、片腕を傷めてしまっている。夕立も全く同じ症状。だが、戦えないことはない。まだまだ行ける。

 

「すまない、手こずった!」

 

 そして、この戦場に新たに立ったのは、先程まで群れを相手にしていた長門さんである。少し疲れており服に汚れなども見えるが、本人は無傷だった。あの群れを処理しながら、どうにかこちらに来てくれた。

 事実、群れ自体がかなり減っていることに気付く。いくら倒しても減らなかった群れを、補充が間に合わないレベルで倒しているということだ。これは長門さんだけではなく、他の仲間達が今も奮闘しているからこそ成し得たことである。

 

「オ前ハ……ッ」

「知性を持ったレ級は、私の配下でもあったんだ。巫女にされたところで、根幹は変わらん!」

 

 高速移動が出来なくなった『黄昏』に対し、磯波を守るように立ち塞がった長門さんが手を前に突き出した瞬間、何かを察したかのように瞬時に尻尾を前に出した。

 尻尾の尖端にあるバケモノの顔面に砲撃が叩き込まれていた。それでも破壊されなかったのは流石は巫女と言うところか。頑丈にも程があるが、艤装に傷を付けていた。私達の火力では不可能だったことを、戦艦だからこそやってくれる。

 

「ナッ」

 

 直感的にガードをしたようだが、長門さんのそれは『黄昏』にも見えていなかったようだ。ほんの一瞬だけ外に出す規格外の力は、巫女の力すらも超えていた。

 本来ならあの高速移動で回避していたのだろうが、それを磯波が処理してくれたおかげでそれも出来なくなり、純粋なパワー勝負に持ち込まれている。未だ有利とは言えないものの、長門さんの参戦は非常に大きい。

 

「クールタイムだ。次は頼むぞ、陸奥」

「はぁい」

 

 しかし、長門さんはあの力を使った後、3分間のクールタイムが待ち構えている。その間は戦艦から重巡洋艦並みにランクダウンし、スペックが下がってしまうのだ。

 だから、その間をカバーするために妹が存在する。磯波の前に立ち塞がった長門さんのさらに前。より『黄昏』に近い場所に立ち塞がった陸奥さんが、長門さんの一撃をガードしたその艤装に向けてもう一撃を喰らわせる。

 

「マダ増エルノカ……ッ」

「姉さんが来れたんだから、私もね」

「皆のおかげで、私達だけでもこちらに来ることが出来たぞ」

 

 残りの仲間達は、まだ群れをこちらに近付かせないようにするために奮闘を続けている。

 さらなる援軍だって考えられるが、今のうちはいるだけでやらなくてはいけない。故に、艦娘として全身全霊でこの海を守っていくしかないのだ。全員が懸命に事にあたり、最善の結果を求めて戦う。その結果、赤い海は刻一刻と拡がってしまっているのだが、今はそこは見ない事にした。

 

 ネルソンさんも何度目のタッチだろうか。そろそろ艤装にガタが来てもおかしくないというのに、無茶を押し倒して弾けていた。名誉ネルソンタッチ構成員として認められた阿賀野さんも、必死な顔でそれに食い付いている。

 それだけではない。夕張さんと由良さんの即席タッグや加古さんと青葉さんの重巡コンビで小粒を殲滅していたり、菊月と秋雲がアクィラさんの護衛をしながら空爆で確実に数を減らしたりと、全員が全員、自分の限界を超えてこの戦場の維持に貢献してくれていた。

 特に霧島さんは激しい。ネルソンタッチに負けないように、その逆方向の敵を主砲と鋏で薙ぎ倒していく。今だけなら、私も親分と呼べてしまいそうなくらいに荒々しい戦い方だった。

 

「私と陸奥は、皆の思いを背負ってここに立っている。確実に潰すぞ、『黄昏』とかいうの」

「ここでやらなきゃ艦娘が廃るってね。私達以外にも、こんなに仲間がここにいるんだもの。勝てない道理はもう無いわよね?」

 

 話をしつつ、長門さんのクールタイムを経過させるように陸奥さんが応戦。以前見たときよりも、さらに動きが良くなっているように見えた。長門さんと共に訓練を受けていたおかげだろうか。

 

「チッ……艤装ガヤラレテイヨウガ、僕ハマダ戦エル。オ前達ハ全員ココデ死ンデモラウンダ」

 

 その猛攻を軽々と回避しながら、逆に『黄昏』からも砲撃。私達の中では最も火力の高い陸奥さんを警戒するのは至極当然のこと。真正面から撃ってくるのだから尚更だ。

 だから後ろからの砲撃がやりやすい。いくらあのパーカーを貫くことすら出来ないとしても、撃たない理由がない。それに、後ろからだって生身の部分は狙える。

 

「萩風!」

「わかってますよ。こういう時に組めるように訓練してきたんですから」

 

 私と夕立が離れているため、村雨が即席で萩風と組む。午前中にさんざんやったコンビなのだから、夕立の次に慣れている相手。こういう時にこそ、その慣れが力を発揮する。

 

「磯波ちゃんは私と!」

「うん、沖波ちゃんと」

 

 あちらはあちらで沖波と磯波が組む。磯波は今でこそ長門さんに守られていたが、長門さんだってクールタイムが終われば真っ直ぐ突っ込むことになるだろう。駆逐艦はそれを掩護することが仕事になるため、すぐにその判断が出来ているだけ上出来。

 

「長門さん、守るから」

「すまないな。助かる」

 

 衣笠さんは長門さんの側へ行き、全自動防衛の対象を長門さんと陸奥さんの2人に変更。あちらは既に陸奥さんと組んでいるようなものなので、3人1組になったようなもの。

 

「夕立、咄嗟だったから傷めたかもしれないけど、腕大丈夫?」

「だいじょーぶっぽい。肩捻ったみたいになってるっぽいけど、これくらいなら戦いに支障はないよ」

 

 グルンと回そうとすると痛みがあるようだが、まだ主砲は持てるし戦闘は出来ると主張する夕立。私も似たようなものだ。思い切り引っ張られたようなものなので肩は痛むが、この程度ならまだやれる。

 

「オッケー。なら私と行こうか!」

「ぽい!」

 

 そして残りの私と夕立がペアに。陸奥さんと激しい攻防を繰り広げる『黄昏』をここで終わらせるため、私を含めた9人4チームが、一斉に立ち向かう。

 多勢に無勢と言われようが知ったことでは無い。あちらはそれくらいしないと勝てないくらいのバケモノなのだ。使える戦力は全て使って、ここで終わらせてやる。

 

「でも、夕立達がやれることってあるっぽい?」

「あるよ、いっぱい。ダメージは長門さんと陸奥さんでしか与えられないようなものだし、とにかく手数で押して隙を作ろう」

 

 何度も攻撃していったら、あの強固な装甲も穿つことが出来るかもしれない。やらないより、やらなければダメだ。

 

 陸奥さんが真正面から立ち向かってくれているのだから、私達は真横から。見える生身は脚と頭くらいだが、それは全員同じ条件。正面以外はそこを狙っていくしかない。

 だが、足裏の艤装が半壊したことで、あの予備動作無しの高速移動や跳躍が封じられているため、4チームからの集中砲火は確実に有効だ。ならば攻撃の手を休めるわけにはいかないだろう。今の状態でも安心出来ないのだから。

 

「今ガチャンストカ思ッテイルンダロ。僕ハソウ簡単ニハ終ワラナイ。ムシロ、オ前達ガ終ワルンダヨ」

 

 私達の思惑に勘付いたか、陸奥さんの砲撃を回避しながら全方位への攻撃を再開する。砲撃の合間に魚雷を放ち、残っている艦載機も総動員。一度松輪にやられたことを相当根に持っているようで、爆雷すらも私達への攻撃に使ってきた。

 実際、海中に投射するはずの爆雷をダイレクトに投げられるのはかなり危険。特に『黄昏』の爆雷は私達のモノよりも性能が高いように思えるため、爆風が戦艦主砲並みに威力がある。

 

「撃ち墜とします!」

「私も……!」

 

 その爆雷を処理していくのは沖波と磯波。投射されるたびに撃ち抜いて、その場で爆破していく。密集している状態ならば、爆発が爆発を呼んだ。そこにさらに撃ち込むことで、その衝撃で爆煙を晴らし、視界が塞がることを防ぐ。

 

「私達は魚雷処理!」

「ぽい! そのまま近付いてぶん殴ってやるっぽい!」

 

 私と夕立で魚雷を撃ち抜いて爆発させていく。これも爆雷と同じように誘爆させていき、自分達の目の前が見えなくなるくらいの水柱が上がった。

 だがそれも陸奥さんの砲撃で即座に掻き消え、こちらも視界が塞がるようなことは無かった。激しい攻撃の前には、目眩しも基本的には起きない。代わりに近付きづらくはあるのだが、そこは私と夕立である。

 

「このっ!」

 

 そして村雨と萩風がどちらも前衛という戦術で突っ込む。私達の攻撃を前に出るための手段として使い、陸奥さんの砲撃を掻い潜りながら『黄昏』に接近。

 しかし、高速移動が無くなっただけで回避性能は残っており、2人がかりの攻撃をヒラリヒラリと回避していく。

 そこはやはり巫女。どんな巫女でも回避性能特化なのは今までの戦いや自分自身で嫌というほど痛感している。艤装の性能が失われても、そこだけは変わらない。

 

「厄介ナ連中シカイナイナ! イイ加減クタバレヨ!」

 

 回避しながらでも周囲にばら撒くような砲撃。もしや一斉射を見様見真似しているのだろうか。とにかく、陸奥さんの砲撃を回避しながら、陸奥さんと同じように撃ってくるため非常に厄介。直撃は即死、掠めても重傷というのは、こちらの攻撃を躊躇させる。

 

「それはこっちのセリフ。いい加減、沈んでもいいのよ」

 

 だが、陸奥さんは果敢にもそれを真正面から受けていた。あのネルソンタッチとの攻防を思い出させる、砲撃が砲撃とぶつかり合い、致命傷にならないところまで威力が落ちるとんでもない現象。あんなところに近付けない。

 

「イイ加減、死ネ!」

 

 ここで追加で艦載機を発艦。先程の空を埋め尽くす程ではないにしろ、膨大な数である事には変わりない。

 何処にそんな余力があるのかはわからないが、赤い海の上で強化されているというのは回復能力まで追加されているのかもしれない。ここで戦っている時点で、奴は強化されている上に徐々に回復していくとなると、こちらのことをどうこう言える程ではないくらい厄介なんだが。

 

 とにかく、艦載機は今一番来てもらいたくない。ヒトミとイヨの切り札はまだいるものの、頼り切るとその場から動けなくなる。さっきは初めての動きだったために『黄昏』も動かなかったが、一度見たものに対してはあんな行動は取らないだろう。

 

「噴進砲!」

 

 しかし、あの時とは違い今回は長門さんと陸奥さんがいる。2人は対空のための多連装ロケット砲、噴進砲を装備してきていた。本来は戦艦である2人が装備しても、十全の力は発揮されないらしいが、これがあるというだけでも心強い。おかげで、先程よりは回避しやすかった。それでもかなり厳しいが。

 

「っぶない! 大丈夫!?」

「相変わらず、酷いですねコレ!」

 

 村雨と萩風が被弾しかかっていたが何とか無事。直撃だけはどうしても免れなくてはいけないが、爆風を掠るくらいはしてしまった。

 それは私達も同じ。無茶はしていないつもりでも、小さなダメージが蓄積していく。顔や腕に擦り傷はもう仕方ない。艤装の効果で痛みは薄いが、血が滲むところだって見え隠れしている。

 

「クールタイムは終わりだ。私も前に出るぞ」

 

 そしてここで長門さんのクールタイム終了。するや否や即座に陸奥さんと並び立ち、いや、さらに前に立ち、主砲を構える。

 

「私には皆が力を託してくれた。この短時間で、ここまで来れるくらいにまで鍛えてくれた。ならば、その思いを背負い、全てを出し尽くす! 行くぞ、陸奥! 衣笠!」

「ええ、了解よ」

「ほ、ホントにやるの!? でも、やらないとダメだよね、オッケー!」

 

 長門さんを先頭に、陸奥さんも衣笠さんが縦に並んだ。え、まさか。

 

()()()()()()()()! 行くぞぉ!」

 

 一斉射に続いて、模倣版ネルソンタッチを発動してしまった。確かに長門さんの訓練にはネルソンさんが絡んでいるが、一斉射があるというのに、さらにそちらまでやるなんて聞いていない。

 艤装に変形機構なんて付いているわけが無いので、そのままただ突撃するだけではあるのだが、長門さんには鎮守府の守護者から引き継いだ力もある。緊急時にはそちらも使い、守りながらの突撃を決めてくれるだろう。

 

 

 

 これまでの攻撃で艤装にガタが来始めている。長門さんも陸奥さんも、何度も一斉射をしているため限界が近い。これが最後の一撃となるかもしれない。

 しかし、これを決めることで『黄昏』が終わらせられるのなら、限界を超えてトドメを刺す。覚悟の上での突撃だった。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89043249
MMD静画のアイキャッチ風陽炎改二。世界から選ばれし者、対となる者覚醒の時とも言える、カッコいい陽炎。こんなん惚れてしまう。


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新たなる守護者

 太陽の姫の巫女『黄昏』との戦いは佳境へ。足裏の艤装を半壊させたことで高速移動が出来なくなった『黄昏』に対し、クールタイムが終わった長門さんが決死の手段に出た。それは、本来ならば出来ない必殺技。長門さんと陸奥さんによる一斉射ではなく、そこに衣笠さんを加えた3人での突撃姿勢。

 

「ネルソンタッチだ! 行くぞぉ!」

 

 そう、ネルソンタッチである。本来はその名の通りネルソンさんの突撃技。艤装を変形させ、敵に対して砲撃を繰り出しながら突撃する、熟練者だからこそ出来るようなトンデモ技である。敵が自分に向けて撃ってこようがお構いなしに、それを何故か回避しながら目の前を殲滅してしまう。それを長門さんがやろうというのだ。

 

 そして、3人による突撃開始。先頭の長門さんが真正面に乱射し、後ろの陸奥さんがそれを補佐するようにやはり乱射。最後尾の衣笠さんが前の2人を守るように的確な砲撃。一斉射に1人足し、角度を変えつつも連携をしているようなものである。

 そこはやはり本物ではない。実際はネルソンさんと一緒にやったとかではなく、こういう技であるという知識と、目の前で見たことによる模倣である。しかし、勢いは全く違う。今この場で終わらせようという気合いが乗り、無謀なんかではない渾身の一撃へとなった。

 

「コイツラ……!」

 

 あの膨大な数の砲弾を1人で捌けるわけがない。まず確実に回避を選択する。真正面からの突撃なのだから、言ってしまえば横がガラ空きなのだから。

 だから、ここで動き出すのはその仲間達である。勿論私、陽炎もあの長門さん達によるネルソンタッチ成功に貢献させてもらう。

 

「避けんな!」

「そこにいるっぽい!」

 

 私と夕立のペアは、『黄昏』の横の位置を陣取っていたため、そこからこちら側に来ることを防ぐために魚雷を発射。跳ぶなら跳ぶでいいが、そうなったら余計に回避が出来なくなって、長門さんのネルソンタッチに押し潰されることになるだろう。

 

「こっちにも来てもらっては困りますよ」

「そこでジッとしてなさいな!」

 

 逆サイドには萩風と村雨。私達と同じように魚雷を発射。このまま避けられたとしたら、魚雷同士がぶつかり合ってしまうだろうが、今はそれくらいしないと奴を避けられないようにすることが出来ないだろう。

 

「止マレェ!」

 

 両サイドに避けられないようにしたことで、下がりながらも今度は長門さん達に魚雷を放つ。私達もやった、ネルソンタッチを止める手段の1つだ。

 だが、それは私達が既に通った道。ネルソンさん達だと、その補助役を務めるプリンツさんが全てどうにかしていたが、こちらの3人組ならば当然衣笠さんがその立ち位置になる。

 

「止まらない。そんなものじゃ」

 

 放たれた瞬間にもう衣笠さんが魚雷を撃ち抜いていた。水柱がいくつも上がるが、その目眩しのおかげで突撃はさらに捗る形に。

 

「オ前ラ邪魔バカリシヤガッテ!」

 

 ここで本性が完全に現れたようだった。長門さん達の猛攻に耐え切れないと悟ったか、怒りを露わにしながら自らの持つ全戦力を一点集中。艦載機を防御に使い、砲撃も一切止めず、魚雷も追加で放つ。

 もう『黄昏』の目には長門さんしか見えていない。私達が両サイドから放った魚雷は、どうにか下がって避けたようだが、そもそも長門さんが全く止まらない。

 

「正面に持ってきてくれるのなら、対空砲火でなくても!」

「少し頑丈だけど……ここでなら撃てる!」

 

 正面でガードする艦載機を、沖波と磯波が的確に撃ち抜いていく。少しでもガードを剥がすために、小さなことでも1つずつ。塵も積もれば山となるのだから、2人も懸命に砲撃を続ける。

 実際、長門さん達の砲撃を止めながら、横槍でも追加の砲撃が重なることで、艦載機は着実に数を減らしていった。これならネルソンタッチが通るのも時間の問題。

 

「イイ加減止マレヨ! ココマデヤッテルンダゾ!」

 

 まだ足りないかと砲撃を一層激しくした。これにより長門さんと陸奥さんの共同で放っている砲撃と互角になり、空中でぶつかり合う砲弾がより増える。艦載機によるガードがある分、『黄昏』の方が有利かもしれない。さらには、ぶつかり合わずに擦り抜けた砲弾は、先頭の長門さんにいくつも掠めた。

 進めば進むほど血が滲んでいく長門さんだが、表情は一切変わらず勇ましく立ち向かう。『黄昏』が何を言っても無駄。止まるわけがない。

 

「ならば貴様は我々の言葉を聞くのか。聞かないだろう。お互い様だ!」

 

 より一層砲撃の密度が増し、遂には水柱すらも突き破って『黄昏』を捉えた。陸奥さんの砲撃も一点集中に切り替わっていき、『黄昏』の乱射でも艦載機によるガードでも、もう止まらない。

 

 そして、ここに来てもう1つ。最初の長門さんの砲撃を尻尾でガードした時の傷が、今更になって響いていた。外部に傷がついていたことはみんなが見えていたが、あの砲撃により()()()()()()()()()()()()()

 延々と撃ち続け、魚雷も放っていた『黄昏』の尻尾から突如、バキンと酷い音が鳴り響いた。そして、自身の砲撃の衝撃で小さく爆発。そもそも砲撃が一瞬止まる。

 

「ナニ……ッ!?」

「しっかり効いていたようだな! 陸奥、行くぞ!」

「ええ!」

 

 この瞬間、その場から長門さんと陸奥さんの姿がブレた。瞬きの間に移動していた2人は、『黄昏』を挟み込むように陣取っている。長門さんはわかるが、陸奥さんまでもが、鎮守府の守護者の力を引き継いでしまっていた。

 長門さんの訓練をずっと付き合っていたため、おそらく一緒に訓練を施されたのだと思う。長門さんと違って、陸奥さんは艦娘としての歴も長いし、相当鍛え上げていたため、コツさえ掴んでしまえば実行することは出来たのだろう。

 当然長門さんと同じようにクールタイムはあるだろうが、今ここが勝負時と判断して、反動による減衰のことなどお構いなしに突っ込んだ。

 

「最初はネルソンの突撃! 今のが伊良湖のスピード! 次は!」

 

 長門さんの繰り出した目にも留まらぬ速さの手刀が、『黄昏』の喉を突いた。貫くつもりでやったかは知らないが、急所に一撃入れられたことで、『黄昏』は悶絶するように吹っ飛ばされる。

 今のは伊良湖さんがやるような接近戦ではない。確実に殺す、首を狙う技。ならば、あれは神州丸さんから授かった、陸の戦い方だ。首を絞めるのではなく、一撃の下に沈めるための鋭利な刃。

 そしてこれも、次弾装填にクールタイムが必要な技だったようだ。長門さんの力は見る見るうちに限界に近付いていく。だが、それを根性で乗り切ろうとしていた。身体中が擦り傷だらけだというのに、この戦いが終わるまでは倒れないという意気込みが誰にでも伝わるようだった。

 

「カッハ……!?」

「こんなの連打出来ないのよ、ねっ!」

 

 長門さんが出来るということは、陸奥さんだって同じことが出来る。陸奥さんが扱うのは、神州丸さんの陸の力ではなく、間宮さんの力。何か来るとまた直感的に尻尾を盾にしようとしたようだが、今度は間に合わない。

 陸奥さんが手を前に突き出した瞬間、『黄昏』の四肢を吹き飛ばすかの如く、砲撃が撃ち込まれた。腕はあのパーカーが守っていたせいで致命傷とまでは行かなかったが、松輪の爆雷を平然と耐えたそれがズタズタに引き裂かれている。そして脚はさらに損傷が激しく、その場に立っていられなくなっていた。

 

「ソンナ、僕ガコンナ……ッ」

 

 巫女としての絶対的な自信を持っていたのは明確だった。実際、長門さんと陸奥さんが来る前までは無双していたわけで、圧倒はしたが圧倒されるようなことは無かった。だから、心の何処かに艦娘は自分以下の存在だと見下していたのはわかる。

 そんな相手にここまでボコボコにされたのだ。その自信には確実にヒビが入り、今や悔しさが表情に滲み出ていた。動かない脚をジタバタさせながら、尻尾を長門さんに向ける。しかし、艤装は完全に破壊されてしまったようで、妙な音を立てるくらいで砲撃は放たれなかった。

 

「姉さん、後は任せたわ……私には負担がかなり大きいみたい」

「ああ、任せろ」

 

 陸奥さんはここでダウン。伊良湖さんのスピードと間宮さんの砲撃を再現した時点でクールタイムに入ったが、あの一瞬の攻防だけで消耗が激しい。元々の戦闘スタイルが出来ている陸奥さんだから、むしろ長門さんよりも動けるかと思ったが、最初から仕込まれていた長門さんとは違うからか負荷が大きかったようである。滅多には見せない冷や汗までかいていた。

 

「私も限界が近いが、トドメくらいは刺せる。『黄昏』とやら、覚悟はいいな」

 

 あちらと同じように、長門さんも主砲を向けた。その瞬間、改めて『黄昏』の四肢が吹っ飛ばされる。

 

 これで長門さんもクールタイムへ。時間は少ないながらも、今はスペックが大きく下がる。神州丸さんの陸の力まで使っているため、その消耗は目に見えて激しい。

 こんな力を序盤からバカスカ使うわけにはいかなかったため、この瞬間までタイミングを見計らっていたわけだ。確実に通用すると判断したことで、ここまでの攻勢に出たと。

 

「艤装ガ動カナイ……ッ! 腕モ、脚モ……ッアアアア!」

 

 絶体絶命となって初めて、あらゆる感情が表に出ていた。

 

「……なんて言ってみたが、貴様は殺さん。あちらで群れと戦っていて理解出来たからな。ここで深海棲艦が沈んだら、その分この赤い海が拡がる。貴様を沈めた時、その効果は計り知れないのではないのか」

 

 確かに、雑多なイロハ級を沈め続けたことで、赤い海はどんどんその範囲を拡げている。それは、沈んだ時の負の感情が瘴気となって染み込んでいるからだと予測された。

 ならば、この『黄昏』が沈んだ場合でも同じことが起きるのでないか。しかも、知性を持ち、感情を得てしまった今、本能のままに戦うイロハ級以上に負の感情が激しい。

 そんなものが沈んだ場合、その瘴気の量は尋常ではないだろう。最悪、その近くにいる私達に影響を与える程になる可能性まで考えられた。原液に身を浸すようなものになるかもしれない。M型異端児ならともかく、おそらくこの場で一番危ないのは夕立だ。対策インナーを突き抜けてくるなんてことだって考えなくてはいけない。

 

「嬲ルツモリカヨ……イイ性格シテルジャナイカ、艦娘ッ!」

「それくらいの恨みはあるが、わざわざそれを選択するほど荒んではいないさ。最初はそうだったかもしれないが、今は私も守護者としての自覚がある。嫌な気持ちで食堂の手伝いは出来ないんでな」

 

 流石に四肢を捥いだ状態の『黄昏』を捕虜として連れていくのも憚られる。出来ることなら始末はしたい。これだけやって、自己再生なんてされたら目も当てられない。

 しかし、沈めたら大惨事になる可能性だってある。ならどうするというのか。

 

「陽炎、1つ試してみたいことがあるんだが、いいだろうか」

「私?」

「ああ。『黄昏』に()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬耳を疑った。

 

「な、なんで!?」

「陽炎の分霊は、束縛ではなく解放と言ったな。例えば、群れの者も含めて、イロハ級と言っている連中が怨念から生まれたものだとしたら、その()()()()からの解放も出来るのではないかと考えたんだ」

 

 無限に湧くことがわかっている深海棲艦は、怨念によりこの世界に縛られたもの、()()()()()()()である。そう考えるなら、私の分霊、解放する力により、ある意味()()()()()()()()()()()かもしれない。

 そんなこと考えたことが無かった。しかし、死により生まれる負の感情を抑え込み、さらには強敵を葬ることが出来るのなら、理に適っているのかもしれない。最悪、この『黄昏』すらも無限に湧く可能性が考えられるのだ。レ級が無限に湧くのだから。

 

「……そっか、そういう考え方もあるのか。だから動けないようにしたの?」

「分霊中に妨害されたら堪ったものではないだろう。喧しいようだから口は塞ぐがな」

 

 殺さず、だが行動不能にしたのは、そういう意図もあった。いざ殺すとなっても、こうなってしまえば反撃も出来ない。いざとなったらクールタイム終了まで待ってもいい。

 だが、そう考えると分霊はいい手段かもしれない。この『黄昏』だって、事件に巻き込まれた被害者の怨念から生まれた者である可能性は否定出来ない。ずっと怨念に縛られているくらいなら、私の力で解放されてもいいだろう。

 

 恨みと憎しみでこの世界に縛られた『黄昏』を安らかに眠らせることが出来るのは、束縛し続ける太陽の姫と対となる力を持つ私だけだ。

 

「……いいよ、やろう。私にしか出来ない解放なら、私がやるしかない」

「すまない。これ以外の方法が思い浮かばなかった」

 

 

 

 この戦場の真ん中で、敵に向けての分霊を施すことになるとは思わなかった。しかし、戦いを終わらせるための最善の策になるというのなら、私はそれを選択しよう。

 



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魂の解放

 みんなの力で『黄昏』を撃破。しかし、長門さんはトドメを刺すことはしなかった。この赤い海で『黄昏』が沈んだ場合、知性を持ってしまったことにより、瘴気の原料となる可能性が高い負の感情が他より多いのではないかという見解。

 そこで、『黄昏』相手に分霊を施してほしいと言われた。私の分霊は束縛ではなく解放。怨念によりこの海に縛られている魂を、分霊により解放したら、瘴気を残さずに倒すことが出来るかもしれない。

 

「やってみるよ。それ、押さえ付けておいて」

 

 砲撃により四肢をやられていても、未だに死なずにこちらを睨みつけてくる『黄昏』に近付く。分霊を拒むようにジタバタするところを、長門さんが艤装を踏みつけながら押さえ込んだ。ここまで来たらもう動けまい。

 

「少し、黙っていろ」

 

 そして首に手を回し、余計なことを喋らせないようにロック。そのまま落とさないように慎重に絞めている、『黄昏』はそんな状態でも全く諦めていない辺り、忠誠心が高すぎる。

 

「みんな、周辺警戒。あちらではまだ戦ってくれているけど、コレの処理を妨害される可能性はまだあるわ。もしかしたら、姉さんやゲロちゃんごと粉砕なんてこともあり得るから」

「ぽい! 魚雷とかも警戒っぽい!」

 

 近場で潜っているヒトミとイヨにもお願いして、海上と海中の警戒を厳としてもらう。処置中に横槍を入れられることが一番やってほしくないことだ。

 ただでさえ、人間ではなく深海棲艦相手に分霊をすることが初めて。手元が狂ってえらいことになったら困る。そもそも、魂がどんな感じになっているかもわからないわけで、治療出来るかどうかすら未知数。出来たとしても、『黄昏』がどうなるか。

 

「じゃあ、やるよ」

 

 長門さんに完全に押さえ込まれたことでようやく諦めたのか、動きが止まった『黄昏』。そのままジッとしていてもらいたい。

 胸元に指で触れると、殆ど人間と同じように指が入っていく。そういうところは同じ。イロハ級かもしれないが、もしかしたら『黄昏』も元人間だったりするのか。

 

 なんて考えが全て取り払われるくらいの衝撃的なモノが待っていた。

 

「……えっ!?」

「どうした」

「魂が……1()()()()()()!?」

 

 こんな中を見るのは初めてだった。『黄昏』には、()()()()()()()()()()()()()

 

 当たり前だが、魂は1人につき1つ。ほぼ全員が真っ白な珠である。太陽の姫を筆頭にした分霊による侵食で、その一部が黒ずんだりすることはあれど、基本的にはそれに準ずる。少なくとも、私が見てきた人の魂は全員がそれ。例外はない。

 しかし、『黄昏』の魂は1つではなく複数。簡単には数え切れないくらいの、大小様々な魂が感じ取れた。こんなことはあり得ない。命がいくつもあるようなものだ。

 

「『黄昏』、どういうことなの」

「オ前ニ話ス義理ナンテ無イダロ」

「そりゃそうだ。じゃあ、1つずつ中和していくしかないね。喧しくしないでよ」

 

 問うたところで嫌そうに答えた。諦めて全部話してくれればいろいろ分かったのだが、長門さんが押さえ込んでいなければ、こんな状態でもまだ抵抗してきただろうから、暴れないだけ良しとしなければ。

 

 手近な魂に指で触れる。それはもう真っ黒と言えるほどに侵食を受けており、穢れもベッタリへばりついている。私が魂に対して直接分霊する以外に綺麗にする方法は無い。

 軽く深呼吸をした後、今までやってきた通りに分霊開始。その瞬間、『黄昏』も例外なく身体が跳ねた。当然痴態を晒すことを耐えるなんてこともせず、今までとは違う意味でジタバタともがき始めた。

 

「ッアッ!? アァアアア!?」

「黙ってて。私はアンタを救えるもんなら救いたいんだから」

 

 これは建前では無い。『黄昏』を構成している魂があの教団の輩だったとしても、正義執行のために殺された者達の集合体なわけで、その恨み辛みから解放してあげたいというのは本心だ。

 第一の目的は赤い海の拡張を防ぐことだが、その次には解放されない怨念を私の力で解放することにある。教団がどんなものかを知らない私が言うのもアレだが、颯元帥による正義執行で訳もわからず巻き込まれたという者も少なからずいるのかもしれない。むしろ教祖以外は全員巻き込まれたようなもの。

 そんな人達の魂は、解放してあげるべきだと思う。深海棲艦として無限に彷徨い続けるくらいなら、成仏してもらいたい。

 

 それを考えると、母さんは成仏せずにずっと留まっていたのだろうか。もう話すことも出来ないだろうから、真相は闇の中。

 

「っし、1つ目中和……って、魂がそのまま()()()()()()!?」

 

 ここも今までとは全く違う反応。穢れが失われ、魂が綺麗になったと思った瞬間、霧散するようにその魂が消滅した。その時に『黄昏』も大きな反応を見せ、そのままグッタリと力が抜ける。

 

「成仏したと見ていいのでは無かろうか。あるべき姿に解放されたと考えるのなら、この場から消えて然るべきだろう」

 

 深海棲艦は人ではなく怨念の塊と考えるなら、中和と消滅がイコールなのは間違っていないかもしれない。

 元人間なら、本来の魂が侵食されて変化させられているから大丈夫かもしれないが、こういう形の場合は消滅してもおかしくはない。つまり、深海棲艦とは形を持った亡霊みたいなものとして認識出来る。

 

「なら、深海棲艦への分霊はそのまま怨念から解放するって感じでいいのかな」

「私はそう思うがな」

 

 なら、遠慮なく次々とやっていくべきだろう。この赤い海で、無限に深海棲艦として擦り切れていくより、この場で成仏した方がいい。勝手な解釈かもしれないが。

 輪廻転生的なものが本当にあるのなら、ここで束縛されているのではなく、次の周回に入ってもらうべきだ。それが人の世というもの。

 

「なら、どんどん行こう。そっちは何も無い!?」

「ぽーい! 今んとこ何も無いっぽい!」

 

 太陽の姫からの横槍を考えたが、奴は沈没船から出てくるようなことは無いようである。海の底で何をしているかは知らないが、ちょっかいをかけてこないのならそのまま終わるまで待っていてほしいところだ。

 

「ウァアア!? ハァアッ!?」

「巫女なら我慢しなよ! 喧しいったらありゃしない!」

 

 流れで2つ目も終了。やはり消滅する瞬間に大きく震え、一際喧しくなる。こういう感覚は人間と一緒なのだろうか。

 

「まだまだまだまだあるんだから、こんなもんじゃ済まないよ。だけどね、アンタの魂は確実に束縛から解放されて成仏してるんだ。なんでこんな大量に魂があるかは知らないけどさ!」

 

 3つ目の中和へ。始まった瞬間も大きく震え、分霊をしている間は嬌声を響かせるのみ。3つ目ともなると体力も奪われ始めたからか、長門さんが軽く押さえているだけでも、もう自分から拘束から抜けようだなんて思わないようになっている。

 

「っ、やっぱり来た……! 総員、陽炎達を守り切るよ!」

 

 ここで衣笠さんの叫び声。私の『黄昏』への治療を妨害するため、防衛線の方から人員が割かれている。そこには戦艦の姫級の姿まで見えた。

 終わるまで私と長門さんは動けないため、この間だけでも食止めてもらいたい。太陽の姫そのものも来てしまう可能性もあるが。

 

「焦らず、確実に……!」

 

 少しずつ慣れていくからか、分霊のスピードが徐々に上がっていく。まだまだいくつもある魂を、1つ1つ確実に中和していく。

 

 だが、この分霊は私への疲労も当然ある。今までずっと戦ってきたのだから元より疲労は蓄積されていたが、魂に直接分霊を施す処置は穢れを拭うそれよりも格段に疲れるのだから、やればやるほど集中力が途切れかける。

 周りの音はより苛烈さを増していた。クールタイムが終わった陸奥さんと守護者である衣笠さんを中心に、みんなが私達のことを守ってくれている。砲撃の音、爆発の音、活を入れる声が止まらない。

 

「まだ終わらない……いくつあんのさ……!」

 

 焦ってはいけないとは思うが、本来1つしか無いものがいくつもあるというだけで、思った以上に精神的な負荷がかかる。疲労があるから尚更だ。

 

 この頃にはもう『黄昏』もまともな反応を見せなくなってきた。自分を構成する魂が1つ、また1つと成仏していくことで、得たものが少しずつ削り取られているようにも思える。

 その顔は殆ど人間そのものだった。激しい衝撃を何度も受け続け、今まで見せたことも無かった涙目で息も絶え絶えな姿。殺したいほど憎らしい存在だが、ここまでになると少し可哀想とすら感じる。だが、こうでもしないと後が怖いのだ。

 

「まさか……こいつは()()()()()()()()()()ことで、今の力を得たのではないか?」

 

 ここで不意に長門さんの考察。

 

「どういうこと」

「魂は1人1つが当たり前だろう。だが、こいつはそれをいくつも持っている。なら、()()()()()()()()()()()と考えるのが妥当ではないか」

 

 あり得るかもしれない。喰ったというか、丸呑みにしたというか。とにかく、他の深海棲艦と融合を繰り返して生まれたのがこの『黄昏』という巫女の可能性がある。それならいくつも魂を持っているのも納得出来るし。

 魂をいくつも持つのなら、本来出来ないはずの深海棲艦に対する分霊も可能なのかもしれない。私は中和して成仏させているが、束縛の力ならば、この複数の魂に効果を分散させるなりなんなりして、不可能を可能にしたと言われても疑問に思わなかった。

 

「『黄昏』、アンタ何体喰ったのさ」

 

 分霊を施しながら本人に問うた。大分大人しくなった今なら、もしかしたら話してくれるかもしれない。

 

「……23人……僕ハ……同胞ヲ23人喰ッタ……」

 

 ついに折れたのか、ようやく自分のことを話してくれた。これくらいなら太陽の姫に影響が無いだろうと考えてのことかもしれない。これを聞いたところで太陽の姫が今何をやっているかもわからないし、弱点に繋がることも無い。

 

「蠱毒……トイウモノダソウダ……」

「蠱毒って、あの……何だっけ」

「毒虫に共喰いさせて、勝ち残ったものを使役する……みたいなものだ。深海棲艦から巫女を作ろうとしたのだから、それくらいの呪法に手を伸ばすのは必然だったのかもしれないな」

 

 つまり、この『黄昏』は仲間同士で喰いあった結果、勝ち残った最強の深海棲艦だった、みたいなことか。で、喰っているから魂も複数ある。そのおかげで分霊にも耐えられた例外が生まれたと。

 

「陽炎、今いくつまで来た」

「13個。本人の分もあるだろうから、残りは多分11個」

 

 これでようやく半分は超えている。先はまだまだ長いが、出来る限り早く、だが焦らず、確実に成仏させていく。最初よりは格段に早くなっているし、時間さえあれば……。

 

「まずい! 長門さん、そこから逃がして!」

 

 しかし、簡単には行かないのはわかっていた。衣笠さんがそういうくらいなのだから、余程とんでもないものが来た。四の五の言っていられないと、長門さんは私と『黄昏』諸共を抱き上げてその場から撤退。

 

 その瞬間、先程までいた場所に強烈な水柱が立ち昇った。

 

「えっ、ちょ、なに!?」

「あれは……太陽の姫の水柱ではないか!?」

 

 本人の姿は当然見えない。あんなものが近くにいたらすぐにわかる。だが、あの水柱がダイレクトに私を狙って突っ込んできた。

 もしや、沈没船からここまで何かを飛ばしたとでもいうのか。ここからはまだ見えないどころか、そもそも『雲』と戦った海域自体が水平線の向こう側だ。その距離を攻撃してくるなんて有り得ない。

 

「陽炎さん! 今の、馬鹿デカイ魚雷! 海の向こうから突然突っ込んできたんだよ!」

 

 イヨが浮上して伝えてくれる。つまり、あの沈没船からここに向けて、雷撃を放ってきたということだ。どれだけ距離があると思っている。それだけ離れていてもこの精度とはどういうことだ。それこそ、針の穴を通すかのようなもの。

 しかし、ここは赤い海の中だ。太陽の姫の掌の上である可能性は高い。それならば、何処に何があるかなんて文字通り手にとるようにわかるかもしれない。

 

「そもそもここで事を起こしているのが問題だったか。すまない陽炎、一度赤い海から出るぞ」

「お願い! わざわざ危険を冒す理由ないもんね!」

 

 長門さんに抱きかかえられながら一時撤退。その間も『黄昏』への分霊は止めない。1つ、また1つと成仏させていく。

 ここまで来ると、中和のスピードも格段に速くなっていた。最初の1つと比べれば、倍以上の速度。

 

「よし、脱出した。行けるか」

「残り3つ!」

 

 こうなると、『黄昏』も殆ど虫の息である。魂を全て失ったときが『黄昏』の最期となるだろう。ゆっくりジワジワと死に追いやるのは可哀想だが、そうしなければこちらが笑いながら殺されていたのだ。私は心を鬼にして、だがせめて苦しまずに逝けるように、分霊を続けた。

 

「……最後の1つ。これで、おしまい」

 

 そして、私が見える範囲の魂は残り1つ。『黄昏』はもう声すら発しない。迫り来る死を受け入れ、しかし安らかな表情で目を瞑る。悔しさはもう無い。全てを諦めたような表情で、私の分霊を受け入れた。

 

「私達の勝ちだ。次に生まれ変わることがあったら、友達になれるといいね」

 

 そして、最後の魂を中和し、それが指先から消える。この『黄昏』からは、何もかもが失われた。

 

 

 

 しかし、その身体は消滅しなかった。

 



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虚ろな抜け殻

 沈めずに撃破した『黄昏』への分霊が完了。蠱毒の結果、本来ならあり得ない複数個の魂を持っているという特異個体となっていた『黄昏』だったが、分霊をする毎にその魂は成仏という名の消滅を繰り返し、ついに全ての魂が消滅した。

 しかし、予想していた『黄昏』の肉体の消滅は確認されず、そのまま残っている。勿論艤装もだ。

 

「これは……ど、どういうこと!?」

「私に聞かれても困る! 今は奴からの攻撃を避け続けるぞ!」

 

 私、陽炎は今、長門さんに『黄昏』諸共運ばれている状態。この分霊は都合が悪いのか、姿形を見せずともこちらに攻撃を繰り出してきている。忠告が無かったら、何処から来たのかもわからない魚雷の直撃で、全員木っ端微塵にされていただろう。

 その攻撃はまだ止まらない。立ち止まったら魚雷にやられかねない。立ち昇る水柱も、前と同じならば私達をかち上げ、そのまま海面に叩きつけられるわ追撃されるわで酷い目に遭う。

 

「陽炎、自分の脚で立てそうか」

「大丈夫……じゃないね」

 

 やれると思ったのだが、指摘されるとそれが出来ないことに気付いた。さっきは必死だったというのと、『黄昏』の前では気丈に振る舞いたいと無意識に思っていたのだと思う。

 だが、魂への分霊は穢れを浄化する分霊よりも格段に疲労が蓄積する。それが1つや2つではなく、24個という今までにない数をこなした後だ。正直、意識した瞬間にダメだった。今までの疲れがドッと出てきた。

 

「やば、意識したらかなりしんどい……手が震えてきた」

「疲労が蓄積しすぎたか。これは一度撤退するべきだろう」

 

 今でこそ長門さんに運ばれているから何とかなっているが、それが無かったら普通に太陽の姫の超遠隔魚雷にやられていただろう。こんな身体で戦うことはもう出来やしない。

 

「衣笠! 陽炎が厳しい!」

「了解! 今回はこれで撤退する!」

 

 出来ることなら、このまま太陽の姫を撃破するところまで行きたいところだったが、決め手となるだろう私が倒れてしまっては意味が無かった。ここはもう撤退以外無い。

 こうしている間も敵は無限に湧き続け、結局倒し続ける羽目になっている。赤い海も本来以上のスピードで拡張されており、タイムリミットもまた早まってしまったことだろう。最悪な場合、明日には陸についてしまうかもしれない。

 

「ごめん……かなりしんどい」

「皆がわかってくれるだろう。このまま私が鎮守府まで運ぶ。辛いなら寝ていてくれても構わないぞ。寝心地は保証出来ないが」

 

 ただでさえ攻撃を受けている状態だ。揺れとかは激しくなるだろうが、疲れを自覚してしまった私にはそんなこと関係無しに眠気が酷かった。目を瞑ったら意識が勝手に落ちていく。

 この戦いの結末はみんなに任せて、私はそのまま眠ることにした。いや、本当は眠りたくなんてないのだが、立て続けに分霊をしたことで身体が言うことを聞いてくれなかった。こんな戦場の真ん中で、私はそのまま意識を失った。

 

 今回の戦いは勝ち半分負け半分というところだろう。『黄昏』を撃破出来たことは勝ちだが、赤い海の拡張を助長してしまったことは負け。残り少ない時間をさらに少なくしてしまったのは残念である。

 だが、これで本当に太陽の姫のみになったはず。まだ巫女を作っていると言われたらどうしようもないのだが。

 

 

 

 私が目を覚ました時、外はすっかり暗くなっていた。あの後は長門さんの手で鎮守府まで運び込まれた私は、ただの疲労の蓄積だったものの入渠という形で回復することになり、今は工廠である。

 

「お疲れ様、ひーちゃん」

 

 着替えを持って待っていてくれたのは沖波。そろそろ入渠が終わるという話を聞いたため、いろいろと準備しておいてくれたそうだ。珍しく空城司令やしーちゃんはこの場にいない。

 疲れだけでここまでの入渠をするということは稀らしく、分霊がそれだけ私の身体を酷使していることを実感する。それで救ってきた者もいるわけだし、この力は私の誇りでもあるのだが。

 

「……戦況は?」

「あまり芳しくないけど、予定はそのまま続行だって」

 

 着替えながら、私が眠っている間に決まったことを沖波に聞いていく。

 

 一番の問題はやはり、拡がり続ける赤い海のこと。あの場から撤退してから、アクィラさんと青葉さんがすぐにまた再計算してくれていた。結果、あの戦闘によりリミットは半日近く短くなったとのこと。それならまだ予定通りに進めてもギリギリ陸に辿り着く前に決戦に行ける。

 残り2日の準備期間と、翌日3日目の最終決戦があっても、半日残る。本当にギリギリだ。ここからまた加速されたら困るが。

 

「次はもう何があっても決戦まで行くつもりだって。どうにか釣り上げなくちゃって悩んでた」

「だよねぇ……太陽の姫も、赤い海が陸に届くまで表に出てこないって可能性は全然あるわけだし」

「松輪ちゃんを囮に使うことも、最後の手段だけど使わざるを得ないって言ってたくらいだもん。大分行き詰まってるみたい」

 

 最終決戦と意気込んで向かい、太陽の姫が出てきませんでしたでは困る。海底に潜んでいるというのが、そういうところで厄介だ。

 

「あ、そうそう。大怪我を負った人はいなかったけど、みんな小さい傷はあったから、順次入渠とか薬湯とか使ってたよ。ひーちゃんが一番最後だったって感じかな」

「じゃあ、みんな無事に撤退出来たんだね。よかった」

 

 太陽の姫の妨害はあったものの、あのまま全員が赤い海から撤退することが出来たようだ。犠牲者が誰もいないというだけで、ホッと胸を撫で下ろすことが出来た。重傷者もいなかったというのは幸いである。

 で、ここで思い出した。作戦もそうだが、下手をしたらそれ以上に重要なこと。

 

「……『黄昏』はどうしたの!?」

 

 魂が全て消滅しても残っていた『黄昏』の身体。中身が空っぽな、言ってしまえば()()()みたいなもの。私と共に長門さんが抱きかかえていたが、やはりあのまま鎮守府まで運んで来たのだろうか。それとも、ここに到着する前に()()してしまったか。

 

「『黄昏』の身体はここにあるよ。司令官も今そこにいる。ひーちゃんも起きたら来てほしいって言ってたから」

「そっか。すぐ行こう」

 

 私がこうやって眠っている間、『黄昏』の身体は医務室に安置されているそうだ。幸いにも、今回の戦いに出た仲間達は医務室で一晩を過ごさなくてはいけないような人はいなかったようである。

 さすがにあの身体を放置するわけにもいかないし、沈まず消滅もしなかった深海棲艦の肉体なんてレア中のレア。出来る限りの調査をしていくというスタンスらしい。速吸さんが苦い顔をしているのが目に浮かぶようだった。

 

「あの尻尾の艤装とかもあるし、中に入れるのは大変だったでしょ」

「あ、ひーちゃん気付いてなかったんだ。アレ、帰ってくる最中に身体から剥がれ落ちたんだよ」

 

 さすがに失われたあの艤装を拾って持って帰るということは出来なかったようだ。潜水艦の面々が運ぼうとしたが、最後の最後まで太陽の姫の妨害が止まなかったことで断念したとのこと。赤い海から出てもしばらくの間は魚雷が飛び交っていたらしい。

 つまり、今の『黄昏』は完全に非武装ということか。両腕と両脚もやられているので、無いとは思うがもし目を覚ました場合でも、一切こちらを攻撃出来ない。噛み付いてくるとかそういうことがありそうなので、それでも扱いは慎重にしなくてはいけないが。

 

 

 

 医務室に到着。そこには人だかりが出来ていた。物珍しさというのもあるだろうが、憎き深海棲艦の身体がここにあるとなったら、それがどのように扱われるかは興味が湧くというもの。

 

「目が覚めたかい、陽炎」

「うん、おかげさまで。疲れで入渠とかごめんなさい」

「いや、魂への分霊が極端に体力を使うことはアタシも把握していたことだ。これは仕方ないことだよ」

 

 医務室の中には、予想通り空城司令としーちゃん、そして調査をしている速吸さんがいた。『黄昏』の身体には、よく見たことがあるケーブルやら装置やらがいろいろと接続されている。同期値とかそういうものも計測しているのだろう。

 

「私が分霊したことで、『黄昏』の中にある魂は全部消えたはずなんだけど、それなら身体は消えると思うんだよね。でも、現にここに残ってる」

「ああ、それに困ったことに、この身体は()()()()()。心臓らしきものは動いているし、なんなら呼吸すらしている。だが、目を覚ますことは無いだろうね。魂の無い、虚ろな抜け殻なんだ」

 

 抜け殻になってしまったとしても、身体が生命活動を止めないように維持しているらしい。深海棲艦が全てそういうものなのかはわからないが、この『黄昏』は特異中の特異のようである。

 というか、傷によって命を落とすのとは訳が違う。魂のみが消え去ったわけで、命を奪ったわけではない。身体が死として認識していないのかもしれない。

 

 抜け殻という表現は、ある意味間違っていない。魂を持たない肉体は、生きていても動くことはない。

 

「身体の成分も特殊でした。ここで出来ることなんて高が知れていますけど、どちらかといえば()()()()感じですね」

 

 ここからは速吸さんの説明。深海棲艦の肉体をこうやって調べる機会なんて、太陽の姫が現れてから10年間で一度たりとも無かったこと。死ねば消滅し、あの場所では瘴気を残すだけだし、生きたまま鹵獲なんて出来るわけが無い。出来たとしても、撃破した後に残された艤装の解析程度である。そのおかげで私達は艤装を持っているわけだが。

 

 話を戻して、深海棲艦の肉体。その場から突然生まれるというのなら、そこにあるもので身体の芯を作る必要があるだろう。人間をベースにして変質させた巫女とは違う。

 で、そこにあるものというのは基本的には海水しか無い。あとは海底の土、砂、石、魚や海藻などの海の生物くらいか。それが芯となって作られた肉体と考えれば良さそう。怨念がその材料を掻き集めて()()したという感じか。

 

 ……太陽の姫がそこにあるものを粘土細工のように捏ねている姿を想像してしまった。そんな微笑ましいものでは無いだろうに。

 

「人間の怨念がそれを作り上げているということで、身体の質は限りなく人間に近いんでしょうか」

「それが妥当じゃあないかな。元ある姿に戻ろうとして、こういう人間の形になっちまうんだろう。バケモノみたいな形のヤツは、他の雑念が多く混ざってるとかがいいところじゃないかい?」

 

 そう考えると、海は怨念で満ち溢れているようにさえ思えてしまう。否定は全く出来ない辺りが残念。

 

「で、だ。当たり前だがこの肉体の今後についてを考えなくちゃあならない」

 

 それはそうなるだろう。ずっとここに置いておくわけにはいかないし。

 

「これに関してはアタシの独断で決めることはさすがに出来やしないからね、アンタが寝ている間に、颯元帥に連絡しておいた」

「元帥に!?」

「そりゃあそうだろうよ。人間の深海棲艦化や、アンタの分霊の力についても報告しているんだ。消滅しない深海棲艦の身体の鹵獲のことだって伝える必要はあるだろう」

 

 大本営トップと直通の連絡が出来るというのは、こういうときに役に立つものである。

 今は大本営内にいる独断行動をしているものの調査とその対応に追われているようだが、この件は即座に取り次いでくれたそうだ。

 

「選択肢を与えられた。1つ目は、人間と同じように供養する。身体は生きているが、魂が無いため死んでいるようなもの。目が覚めないのなら、そのまま終わらせてやるのが本来のやり方だ。だから、このままこの肉体の命も絶ち、人間と同じように弔う」

 

 正直、それが一番妥当な気はする。魂を失ったことで目を覚まさないのだから、置いておいても仕方ない。そもそも深海棲艦をそのままにしておくというのは鎮守府の運営理念に反する。

 敵とはいえ、こうやって肉体は存在するのだから、最期を作るのはこちらの仕事。下手な方法だと怨念の温床になりかねないので、しっかりと弔ってやれば後腐れも無いだろう。

 

「2つ目は、大本営に引き渡す。消滅しない深海棲艦の肉体なんてレアケースは、深海棲艦のことを調査をしている者達にとっては垂涎の的だろう」

 

 今でこそこうやって置いてあるが、大本営に引き渡して徹底的に調査するということか。そうなると、この身体を解剖して、深海棲艦の生態を隅から隅まで確認することが出来るだろう。

 本来情を持ってはいけないとは思うのだが、それは少し可哀想に思えてしまった。殺し合いをしておいて何を言うんだって話だが。

 

「そして3つ目……これはアンタに関係が出てくる」

「私に?」

「ああ。……この肉体にさらに分霊を施し、()()()()()()()()()()()()

「はぁ!?」

 

 そもそも魂が全て消滅しているので、それが出来るかどうかもわからない。何も無いところに分霊したら魂が生まれるかと言われても何とも言えない。やったことが無いのだから。

 だが、『黄昏』が即戦力なのは私にだって理解出来る。味方にすることが出来れば百人力だろう。()()()と同じならば、巫女としたその場で艤装も形成されるだろうし、私から直接となれば分霊の力も得られるだろう。赤い海を中和するための、M型異端児の分霊が。

 

「正直、大本営に送ることよりも人道的では無い気がしないでもない。それは、太陽の姫と同じ束縛に他ならないだろうしね。それに、アンタがそれを承諾しないだろうに」

 

 難しい問題だった。私の意思としては、そんなことしてはいけないと思う。分霊で私の力で染めることは、その相手を破壊する行為に等しい。

 だが、戦いに勝つ手段としては上等だとすら思えてしまった。『黄昏』は既に壊れてしまっており、私の分霊はむしろ治す方向に繋がりかねない。

 

「アタシとしては最初の案、弔う方向で持っていきたい。とはいえすぐには出来ないからね。この身体は一晩ここで寝かせておく」

「……うん。私もその方がいいと思う」

 

 

 

 正直、私には答えが出せなかった。

 




『黄昏』の身体をどうするか。魂の無い抜け殻とはいえ深海棲艦だけど、分霊したら何か変わるかもしれない。でも放っておいたら何かしでかすかもしれない。難しいところ。


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抜け殻の処遇

 その日はもう残りの時間は殆ど無く、もうみんながお風呂も終えているようなタイミング。私、陽炎の入渠が一番時間がかかっていたことが嫌でもわかるものである。沖波は私のためにいろいろと待っていてくれたようだった。

 私への説明がされるまで、『黄昏』の処遇についてはあまり公表されていなかったらしい。そのせいで、医務室の前に人だかりが出来ていたようだった。私が必要という時点で大概察することが出来るとは思うものの、空城司令の口から語られることで確信するために。

 

 そこで聞かされたのは、寝かされている『黄昏』は魂を失った()()()であるが、生きてはいるということ。心臓も動いているし息もしているが、魂が無いため目を覚ますことは無い。そのため、肉体をどうするかを颯元帥に今の状態を報告したところで、選択肢を与えられた。

 1つ目は、このまま命を奪い丁重に弔うこと。2つ目は、大本営に引き渡し、今後の戦いのための実験台とすること。そして3つ目は、私がさらなる分霊を施して()()()()()へと仕立て上げることである。

 

「はぁ……どうしたもんかな……」

 

 かなり遅めの夕食を摂った後、さくっと今日のことを終わらせて自分の部屋へ。中にはいつも通りのメンバーが待機していた。医務室での話は全員の耳に入っており、私が溜息を吐いている理由も察してくれている。

 3つ目の選択肢、分霊が関わってきていることで、その選択権は私にもある程度与えられている。木っ端な駆逐艦娘とは言っていられなくなってきた自分の立ち位置に精神的にも疲弊しそう。空城司令は弔う方向で考えていると言ってくれているが、その全ての選択肢に良いことと悪いことがあるのが辛い。

 

「難しいよね……この話」

「全部が倫理的に……ね」

 

 沖波と磯波が話す。私もその辺りがどうしても引っかかっていた。

 

 大本営に引き渡すというのは、3つの選択肢の中でも一番よろしくないと思えた。実験台として身体を滅茶苦茶にされるのは考えるまでもないため、いくら敵でも可哀想だと思えてしまった。あれが人型だからという、なかなか現金な考え方だとは思うのだが、抵抗があるのは確かである。

 弔うというのが一番妥当だろう。しかし、あれが亡骸ならまだしも、意思を持たず目を覚まさないだけで生きているというのが厄介。一度()()()()()()()()()()というのが、どうしても躊躇われるところだ。

 そして分霊。2つの選択肢と違って、『黄昏』を生かしたまま、こちら側に引き込むという私にしか出来ない手段なのだが、そもそも上手く行くかもわからないし、出来たとしてもそれは相手の命を弄ぶような行為。私に抵抗がある。

 

「姉さんとしてはどう考えてるんですか?」

「私は……弔う方向かな。怨霊が作った身体とかそういうのだったら、ここにあっちゃいけないものな気がするし。でも、今生きてるんだよね……」

 

 正直、自分が深海棲艦相手にこんな情が湧くとは思わなかった。両親の仇である憎むべき敵なのに。『黄昏』自体がそれではないが、それの意思を持つ敵であることには間違いない。

 

「一番後腐れが無いのはそれだよね。生きているかもしれないけど、意思はないんだから」

 

 沖波もこう言いつつも少し抵抗があるようだった。とはいえ、どれもこれもに抵抗が出てくる要素があるのなら、最も問題にならない手段を取るのがベストである。

 やはり、『黄昏』の抜け殻には、あるべき姿になってもらうしかない。本来はそうするつもりで戦ってきたのだが。とはいえ、戦いの中で殺すわけではない。丁重に弔わせてもらおう。そうすれば、成仏した魂に面目が立つ。

 

「うん、それで行こう。それが良いはずだから」

 

 自分に言い聞かせるようにして、今はこれで終わりにした。『黄昏』の結末は明日の朝。もう苦しむことは無いだろうが、せめて苦しまずに命を奪おう。

 

 

 

 深夜、何やら外からの物音で目が覚めた。風の音かと思ったが、そんな単純なものではない。聞こえたのは、明らかに()()()()()に聞こえた。

 

「んん……?」

 

 こんな夜中に目を覚ますのは、悪夢に魘されて夕立に起こされて以来である。小さな物音で目が覚めるほど敏感なわけではないのだが、遅くまで入渠していたおかげかあまり疲れていないというのもあり、眠りが浅かったのかもしれない。

 

「ふぁ……どうしたのひーちゃん……おトイレ……?」

 

 私が身体を起こすと、今日はベッド側だった沖波を起こしかけてしまう。寝惚け眼なためか物凄く不躾なことを聞いてきたが、残念ながらそうではない。

 

「変な音しなかった?」

「へんな音……?」

 

 部屋の中で耳を澄ませる。私達の部屋は海に近いわけではないが、神経を集中したら波の音くらいは聞こえるような場所だった。

 そんな中、また小さな小さな人為的な音。それは、風で起きた波ではなく、何かが海を波立たせる音だった。物が流れ着いたのか、()()()()()()()()()()()()()。前者ならまだしも、後者ならまずい。

 

 いつもならこんなことはないのに、今日に限って冴えていた。まるで誰かに導かれるように目を覚まし、鋭敏に音に気付いた。

 隣の沖波がそれに気付いていないというのがアレだが、こうなってしまうと気になって目が冴えてきてしまった。

 

「ちょっと部屋出る。おっきー眠かったら寝てていいよ」

「んん……私も行く……」

 

 本当に大丈夫かと思いつつ、磯波と萩風を起こさないように部屋から出た。流石に真横にいたわけではないので、2人に迷惑をかけることなく外に出ることが出来た。

 すると、向かいの部屋から同じように夕立が出てきたことに気付く。隣には村雨の姿も。何というか、流石としか言いようがない。夕立がここまで反応をしていることからして、あの物音は気のせいではないということだ。

 

「ゲロ様、音に気付いた?」

「うん。夕立も?」

「ぽい。誰かが泳いできた音っぽい」

 

 私と同じ見解。こんな時間に誰かが泳いできたなんてまずおかしなことだ。うちにいる潜水艦は、午後の哨戒とあの戦闘でグッスリ眠っているはず。

 つまり、完全に外部の者。今この状態で、外からこの鎮守府に侵入しようとする連中は、軽く見積もって2つだけ。1つは太陽の姫の手の物。そしてもう1つは、()()()()()()()

 どちらにしろ、狙われているのはおそらく『黄昏』の抜け殻だ。それ以外にここに今のタイミングで来るような者はいない。前者は太陽の姫のことだからこちらの状況が把握出来ていそうだし、後者は颯元帥への報告を盗み聞きして行動に移したと考えられる。

 

「『黄昏』のところに行こう。多分狙いはそれだよね」

「じゃあ医務室?」

「だね。急ごう」

 

 4人でなるべく静かに医務室へ。多分全員起こした方がいいと思うのだが、もしこれが何事も無かった時には大迷惑になる。2人して勘違いなんてことだってあり得るので、事は慎重に。

 

 だが、それが勘違いではないことがわかる。医務室に続く暗がりの廊下の先から、より鮮明な物音が聞こえた。確実に人がいる音。しかし、事態はそんな簡単なことでは無さそうである。

 

「これ、艤装取りに行った方がいいんじゃないの」

「自分で装備出来ないっぽい。整備班の人がいなくちゃ」

「う、確かに……。でもそのまま突っ込むのって危険なんじゃ……」

 

 音が聞こえたからと手ぶらでここまで来てしまったが、敵は艤装装備でこちらは丸腰というのは、ある意味自殺行為ではないのか。だからといってここで引き返すことももう出来ない。

 ここで逃したら、本当に取り返しのつかないことになりかねない。特にこれが太陽の姫の手の者だった場合、どうにか倒した『黄昏』が、再度の分霊で復活なんてことすらあり得てしまう。気付いてしまったのだから、見過ごすわけにはいかない。

 

「とりあえず行くしかないか。覚悟決めるよ」

「ぽい! 突撃突撃っぽい!」

 

 ここで夕立がダッシュ。いきなり先手必勝と言わんばかりに、医務室へと駆け出した。こういうところで独断先行が出てしまうのが夕立の悪い癖なのだが、今回はこの勢いで突っ込むことが得策だったかもしれない。『黄昏』の抜け殻を運び出そうとしている者がいるとしたら、突撃も慎重さをかけさせる要因になる。

 私達も先陣を切る夕立を追いかける。その時に、廊下が微妙に濡れていることに気付いた。泳いできたというのだから、今この物音を立てている犯人は、全身ビショ濡れだろう。歩いた場所が濡れるのも当然のこと。物音が気のせいということは無くなった瞬間である。

 

「誰かいるっぽい!?」

 

 そして、『黄昏』が安置されている医務室に勢いよく突撃。私達も同じように中を確認。

 

 そこには2つの人影があった。

 

 片方は、明らかに潜水艦娘。何処の誰かはわからないが、ヒトミやイヨと違って真っ黒な競泳水着のその者は、確実に潜入するための装備を身につけていた。暗がりで目立たないようにするため、どちらかといえば深海棲艦の姿を真似ているようにも思える。

 そしてもう片方は、何度も見たことがある深海棲艦の潜水艦。陸に上がってきた姿を見るのは初めてだが、その姿は殆ど人間そのもの。こちらは『黄昏』奪還用に作られた個体なのかもしれない。

 

「ちょっ、なんで艦娘と深海棲艦が協力し合ってんのさ!」

「ち、違う! 協力なんてしてない!」

 

 だが、この現場はそう考えるのが妥当だろう。2人並んで諍いにもなっていないとか、確実に協力関係だろう。

 まさか裏でこんなことが起きているなんて思わなかった。既に深海棲艦と手を組んでいる鎮守府があるだなんて。太陽の姫の存在が知られてから出てきたとなったら、どうやって連絡を取り合っているのだ。この潜水艦を使って秘密裏にとか。

 

「話を聞いて! 深海棲艦と協力なんてしてないから! むしろ、居合わせて驚いてただけだから!」

 

 そんなこと言われても、現状でどう信じろというのか。現にこの深海棲艦は攻撃の意思を見せていない。

 

「まぁいいや、とにかくそれは持っていかせないよ」

「それは困るでち。使命が果たせなくなるから」

 

 妙な語尾が聞こえたがそれは置いておいて、私達が目の前にいてもその意思は変えないようである。目的は『黄昏』の奪取。夜中のうちに忍び込んでいる辺り、この潜水艦娘の上司は性根が腐っていそうである。まるで、眠気で判断能力が低下している時に電話で私の身柄を要求してくるような。

 そして、潜水艦娘と話している内に、深海棲艦の方が抜け駆けしようと『黄昏』の抜け殻を運び出そうとしていた。こいつ、陸での動きも思った以上に速い。暗がりの中でもスイスイと動き、固定もされていない『黄昏』の身体を抱え上げている。

 

「なっ、おいこら待つでち!」

「やらせるかっての!」

 

 こんな狭いところで三つ巴の戦いが起きようとしている。だが、私達は人数がいるにしても丸腰。この潜水艦娘と深海棲艦が陸上で使える武器を持っていないにしても、艤装を装備している分、体力や腕力は私達の数倍にはなっている。

 今この深海棲艦がやろうとすることは、確実に強行突破だ。潜水艦娘の方はさておき、私達では体当たりすらも止められない。ちょっと手を払われるだけで、一番戦えるであろう夕立でも吹っ飛ばされる可能性が高い。

 

 しかし、『黄昏』を持っていかれるわけにはいかない。ここで私達が食い止めるしかない。

 

「ああもう! それはこちらが貰うでち!」

「アンタのモノでも無いっての! 止めるよ!」

 

 とは言ったものの、この2人の突撃は私達では止められない。どうにかしようと前に出たものの、簡単に蹴散らされてしまう。

 私と夕立が前に出たが、その猛烈な体当たりのせいで吹っ飛ばされ壁に激突。それを食い止めようと沖波と村雨も手を伸ばしたが、艤装の力を借りた脚力のせいで走るのも速く、伸ばした手は空を切った。

 

「ひーちゃん大丈夫!?」

「夕立!?」

「だ、大丈夫だから、早く追って……!」

 

 思い切り叩きつけられたことでかなり痛いが、骨とかそういうのにダメージはいっていないので安心。しかし、このままではそのまま工廠から逃げられてしまう。

 潜水艦娘の方も深海棲艦を追うように駆けていってしまったため、沖波と村雨には先に行ってもらう。私と夕立も少しフラつきながらそれを追った。

 

「一番まずいところの手に渡っちゃったよ……絶対に逃しちゃダメだ」

「ぽい……背中痛いっぽい……でも頑張る」

 

 そして、どうにか工廠に到着。最悪既にここから離れていってしまっている可能性も……。

 

 

 

「お疲れ様でした。2人とも、こちらで確保させていただきました」

 

 そこにいたのは、颯元帥の大和さん。気を失った潜水艦娘と深海棲艦が捕まえられ、『黄昏』の抜け殻は沖波と村雨が大事に抱えていた。

 




定番となってきた深夜の潜水艦強襲。今回は『黄昏』の抜け殻争奪戦。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89128679
MMD静画のアイキャッチ風加古。こちらはスイッチが入っているイケメンモード。戦闘中はカッコいいけど、普段はグータラというギャップが良き。リンク先にスイッチが入っていないモードもいらっしゃいます。


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分霊による解放

 鎮守府に安置された『黄昏』の抜け殻を狙って、2つの勢力が深夜に侵入してきた。

 1つは深海棲艦の潜水艦。ほぼ確実に太陽の姫の手の物。失われた巫女の抜け殻を奪取し、本拠地に持ち帰って改めて分霊するのが目的だろう。そうなることは想像は出来た。

 そしてもう1つは、明らかに艦娘だった。本来の潜水艦とは若干装備が違う、深夜に忍び込むためのスタイルで入り込んでいた。

 

 あちらは艤装を装備しているが、こちらは真夜中に装備しているわけがない。医務室から持ち出す者達の猛攻に成す術が無く、医務室からの逃走を許してしまった。私、陽炎と夕立はその時に吹っ飛ばされて壁に叩きつけられたことで少し怪我を負ってしまったが、逃走経路となるであろう工廠へと急いで向かう。

 

「お疲れ様でした。2人とも、こちらで確保させていただきました」

 

 すると、そこには颯元帥の鎮守府所属の大和さんが、逃走しようとしていた2人、艦娘の潜水艦と深海棲艦の潜水艦をしっかりと捕まえており、私達と一緒に行動して先に追ってもらった沖波と村雨が、手放された『黄昏』の抜け殻を大事に抱えていた。

 

「や、大和さん!?」

「はい、大和です。夜分遅くごめんなさいね」

 

 捕まえつつもしっかりと絞めあげ、気を失った2人を工廠に放り投げた。どちらも完全にダウンしており、床に放られても目を覚ますことは無い。だが、死んでもいないようなので、ある程度の手加減はされていた。

 艦娘の方はさておき、深海棲艦の方まで締め上げて気絶させるとか、大和さんも大概である。しかも、深海棲艦を生け捕りにするという快挙を成し遂げてしまった。

 

「事前に空城司令と打ち合わせ済みということを聞いていたんですが、もしかして皆さんには話が行き届いていなかったんですか?」

「そんなの初耳なんだけど!?」

「そうですか……深夜のうちに全て終わらせるつもりだったので、あえて何も言わなかったんですかね」

 

 ふぅ、と一息吐いて、何者かに電話をかけていた。おそらく颯元帥。

 

「終わりました。はい、予想通り、侵入者は伊58です。ご丁寧に夜に紛れるような水着艤装まで用意されています。あと、ですね。何故か深海棲艦まで現れてしまって」

 

 この潜水艦の艦娘は伊58というらしい。変わった名前だが、ネーミングとしてはヒトミやイヨと同じか。やはり本来の艤装ではなく、深夜に忍び込むために作られたもののようである。

 ということは、この潜水艦はそういうことを専門にやっているのだろうか。他人の鎮守府に忍び込んで情報を手に入れるスパイ的な。

 

「はい、流れで生け捕りに……どうしましょう。海に帰すわけにもいきませんし。……はぁ、ひとまずは捕虜ですか」

 

 この深海棲艦の潜水艦は確実にイロハ級。人語を介することは出来ないだろう。捕虜としても何の情報も引き出すことは出来ないが、そのまま帰すことは論外とはいえ、この場で殺すのも若干戸惑われた。

 なので、ひとまずは拘束して逃げ出さないように捕らえておくとのこと。最終的な判断は颯元帥がしてくれるそうだ。

 

「申し訳ないんですが、空城司令を呼んできてもらえますか。こんな時間でも起きているはずなので……」

「ああ、大丈夫だ。アタシもしーも起きてるよ」

「私もいまーす」

 

 話している内に空城司令としーちゃんも工廠に現れた。その後ろには夕張さんの姿も。段取りとして、大和さんが生け捕りにした敵艦娘を捕虜とし、夕張さんがそこから艤装を剥がす。潜水艦ではない可能性も考えたら、誰か1人整備班は必要だったのだろう。

 私達が起きてしまったことは想定外だったようだが、段取りに支障が無かったのは良し。出しゃばったせいで私と夕立は身体を傷めることになってしまったが。

 

「夕張、すぐに段取り通り頼む。まだ夜も深いからね」

「了解しました。大和さんも一晩休むんですよね。艤装を下ろしますよ」

「あ、ではお願いします。このまま放置されるのかなって、少しヒヤヒヤしてました」

 

 その前に、伊58と深海棲艦の潜水艦を工廠の奥に引きずっていった。どうやら、深海棲艦からも艤装は剥がしてしまうようである。潜水艦は水着が艤装なわけで、伊58は全裸にひん剥かれることになる。

 あとは残された『黄昏』の抜け殻だが、前と同じように医務室に安置されるとのこと。運び出されたので少し汚れてしまったため、出来る限り綺麗にしてから同じように運ばれるとのこと。

 

「アンタ達は寝ておきな。朝に全部話す」

「うん、そうさせてもらう。身体が痛いよ」

「ぽい……早く寝よ寝よ。終わったから眠くなってきたっぽい」

 

 この晩はこれでおしまい。ただただ巻き込まれただけだが、真相は明日、しっかり聴かせてもらおう。

 

 

 

 そして翌朝。食堂に大和さんがいることにみんなが驚いていた。みんなが寝静まった夜のうちに到着しているのだから、私達以外は誰も知らない。

 そこから、朝食の場を借りて昨晩のことが説明された。『黄昏』の抜け殻のことを大本営に報告したことで、まず確実にそれを狙って何者かが鎮守府に忍び込んでくるだろうと、空城司令も颯元帥も考えていたようだ。そのため、最初からそうなるように仕向けて、深夜にその侵入者を捕らえるつもりで動いていたとのこと。

 

「その結果が、本当に予想通り侵入者が現れたわけだ。今はふん縛って執務室に置いてある。食事くらいは提供するが、アイツは盗人だからね。それ相応の罰を受けてもらわなくちゃあいけない」

 

 当然、そうなってもらわなければ困る。同じ人間同士で何をしてくれているんだという話だし。

 

 あの伊58を送り込んできたのは、おそらく深夜に電話をかけてきた輩だろう。最初は私を引き渡せなんて言ってきたが、今度は抜け殻。

 戦いを早く終わらせたいという正義感か、得体の知れないものを知りたいという探究心かはわからないが、少なくともこちらのやり方を考えずに自分の意見だけを押し通そうとしてくる辺り、信用は出来ない。

 

「まぁ、今が罰を受けているようなものではあるがね」

「え、まさか……」

「捕虜にしている深海棲艦の潜水艦……ありゃ潜水ソ級だったかな。奴と同じ場所に置いているからね。ストレスは半端じゃあ無いだろうさね」

 

 非武装にしているとはいえ、深海棲艦と同じ部屋に入れられるというのは怖いものだろう。

 深海棲艦も艤装を奪えば人間と同じかと言われれば何とも言えない。ソ級というのも今は伊58と同様に素っ裸にされているらしいが、その状態でも人間とは比べ物にならない力を発揮する可能性がある。

 そのため、拘束は艤装のパワーアシストがあっても千切れないような鎖によって行なわれている。流石に砲撃をまともに受けたら木っ端微塵になるだろうが、そういう武装がない事は確認済み。

 

「そのうち颯元帥がここに到着する。そうしたら尋問だ。だが、深海棲艦の方はどうしたもんか。生け捕りに出来ちまったが、だからといって大本営に送るのはね」

 

 敵の捕虜だからといって、好き勝手していいかと言われればそうではない。勿論、戦いに優位になれるように敵を解析するというのは重要な仕事だとは思うが、生きているそれに対して拷問をかけたり解剖したりするのは倫理的によろしくないと思う。

 ならどうするか、と考えたら、結構簡単に結論が出た。『黄昏』にはやってきたのだから、そのソ級にも私が分霊を施して成仏させるべきなのでは。

 

「司令、私が分霊する。深海棲艦の魂は、中和したらそのまま消滅……成仏することは実証済みだから」

「それが妥当かね。なら、元帥が来たらやってもらえるかい。わざわざ()()してまたその魂で深海棲艦を生み出す必要はない。成仏ならその方がいいだろう」

 

 とはいえ、『黄昏』のような抜け殻がまた出来ないとも限らない。やらないよりはマシだが。

 

「陽炎、すまないが午前中はこちらの作業を手伝っておくれ。他は予定通りだ。よろしく頼むよ」

 

 ソ級が捕獲出来たのは完全に想定外ではあるのだが、概ね元帥と司令の作戦通りと行ったようである。なら、この後も予定通りに進めていくだけだ。

 

 

 

 そこから少しして颯元帥が到着。大本営からあまり動かないという元帥閣下が、この短期間に2回も鎮守府来訪という事実に戦々恐々としているが、今回は事が事である。大本営も納得して元帥を送り出したとのこと。

 何せ、たまたまではあるが手に入ってしまった深海棲艦の抜け殻を、抜け駆けして自分のものにしようとした者が現れてしまったのだから。私達が太陽の姫の弱点を調査するために沈没船について調べていたのとは訳が違う。

 

「策が上手く行って何よりだ。だが、想定外のものも釣れたようだが」

「ああ、『黄昏』の抜け殻は、太陽の姫としても手放したくないもののようだね」

 

 執務室に現れた颯元帥は、以前に見た時よりも顔色がいいように見えた。それに、ガチガチな無表情だったのも少しだけ柔らかくなっているようにも。

 抱え込んでいたことをこの鎮守府で話したことで、ここにいる者達は心許せるものとして認識してもらえているのかもしれない。

 

「伊58。小坂(コサカ)大将配下の潜水艦ということでよかったか」

 

 颯元帥から詰め寄られた伊58は、無言で目を逸らす。こんな状況にあっても、上に対する忠誠心というか自分の在り方を変えないようだ。いい事ではあるのだが、こちらとしては厄介。

 

「『黄昏』の抜け殻を狙ったのは、深海棲艦の力を分析して自らのモノにすることで、さらなる力を得ることが目的だろう。陽炎を欲しがったのも、その力を自分の手に置くことで、艦娘の増産と部隊の強化をすることが目的だろうな」

 

 その小坂という司令はとんでもない野心家だったようである。どの鎮守府よりも、それこそ颯元帥よりも強い力を手に入れ、この世界のトップに立とうとしていた。戦いの最中にある今の世界では、強い力で深海棲艦を殲滅出来るものが上に立てる条件と考えるのも無理はない。

 だが、その人は1つ大事なことを忘れている。艦娘は破壊者ではなく守護者。ただ強くなるだけではダメだ。他者を守るために力を使うのが私達の役目であり、それを統括するのが鎮守府の在り方だろう。それを蔑ろにし、ただただ野心のために力を得ようとするのは違う。

 

「貴様の鎮守府には後日罰則を通達する。話は後から嫌というほどさせてもらうから、覚悟しておくように」

 

 絶望的な顔をしたようだが、少し放置。今はそちらよりも重要なことを先にしておかなくてはいけない。

 

「先にこちらをどうにかしようか。生け捕りというのは流石に初めてだ」

 

 ソ級の方に目を向ける。今は何も起きないように大和さんが側で監視しているが、艤装も身包みも剥がされたことで、完全に無力化されてこちらの行動にも無反応。イロハ級というのもあるかもしれないが、本能的に敗北を悟って何もしてこない。

 

「こちらの言葉が理解出来ているのかもわからない。で、陽炎が分霊を施して魂を中和させるという案が出ている。深海棲艦の魂に干渉した場合、それは成仏という形で消滅するそうだよ」

「成仏、か。ならば、それで頼めるだろうか。怨念というのなら、最期は浮かばれてもらいたい」

 

 少し悲しそうな目をした。これを生み出したきっかけを作っている颯元帥だから、そういう形ででも救われるのなら救われてほしいと感じるのも無理はない。

 しかし、伊58が同じ部屋にいる以上、真相の部分は表に出さないようにしている。ほんの少し変化したものの、すぐにいつもの無表情。

 

「陽炎、いいかい」

「オッケー。じゃあ、やらせてもらうよ」

 

 項垂れているソ級に近付き、その胸元に指を突き入れる。『黄昏』の魂を見た時のように、その魂は真っ黒かつ穢れに塗れていた。しかし、『黄昏』と違って魂がいくつもあるなんてことはなく、1つだけ。これが普通。『黄昏』がおかしかっただけ。

 私のその施術を目の当たりにして、無言を貫いていた伊58が目を見開いて驚いていた。初めて見る者は大概こういう反応をする。

 

「……村雨や『黄昏』を中和するよりはまだ簡単かも。回数こなしたってのもあるけど、手早く終われそうだよ」

 

 魂に分霊を注ぎ込んでも、ソ級は殆ど反応が無い。知性が無いというのもその理由かもしれない。人語も介さず、本能のみで生きている怨念の塊だというのなら、分霊で感じるものも感じないか。

 そして、そのまま施術を続け、魂を中和しきった。瞬間、指先に触れていた魂の感覚がなくなり、ソ級の中から消滅。怨念は見事に成仏した。

 

「終わりだけど……あ」

 

 同時に、ソ級の身体が塵になって消えていく。何処か安らかな表情で、私に礼を言うかのように、最期は少し嬉しそうな表情で消滅。その塵も小さく舞い上がったと思ったらこの世から全てが消え去った。

 

 

 

 これにより、生け捕りにした深海棲艦は無限湧きの輪廻からも解き放たれたわけだ。深海棲艦を倒す最も効果的な方法が、この分霊であることはある意味実証された。

 最期の安らかな笑みは、多分忘れられない。深海棲艦もあんな顔をするのだと、少し驚いてしまう程だった。

 




無限湧きを回避する方法は、分霊による成仏。でもあの量を分霊するとか、陽炎の身体が保たない。


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黒い鎮守府

 深夜に鎮守府に忍び込み、『黄昏』の抜け殻を盗み出そうとした深海棲艦の潜水ソ級は、私、陽炎の分霊により無事成仏。この世から消滅した。その時の表情は、少し嬉しそうな、穏やかな表情だった。

 深海棲艦を討ち倒す方法として、これが最も効果的であることが理解できた。これならば、無限湧きも回避出来るだろうし、何より後腐れが無い。しがらみを失わせる行為に他ならないのだから、こんなやり方ならいくらでもやろう。体力が続くなら。

 

「……なるほど、分霊は魂の解放となるのか。『黄昏』は特殊ということだな」

「うん。そもそも魂が幾つもあったし、全部成仏させても身体は残ったままだし」

「確かにそれは扱いに困る」

 

 一部始終を見ていた颯元帥も、これで『黄昏』の特異性が正確に理解出来たようである。身体が消えないというのはそれだけおかしなこと。

 

「分霊により敵を倒せば、(くだん)の防衛線は数を減らせると考えていいのだろうか」

「予想ではそうだろうね。だが、分霊が出来るのは陽炎だけなんだ。1人であの量は流石に不可能だよ」

 

 怨念に蝕まれた魂を成仏させれば、深海棲艦の無限湧きは解消出来るだろう。注ぐだけ注いでも巫女になることなく消滅してくれるのなら万々歳だ。余計な面倒事は増えないし、さらには敵が確実に減るというのは今後の戦いにもありがたいこと。

 しかし、そもそもの量がとんでもない。一斉射とネルソンタッチで蹴散らし、さらには他にも全身全霊で仲間達が処理してようやく一息吐けるというレベル。24個の魂を成仏させただけで倒れた私に、文字通り桁違いの量をどうにかするのは不可能である。

 

「時間をかけるわけにもいかないからな。他にも同じように分霊が出来るものがいればいいのだが……」

「それは()()()()()を作れってことに繋がっちまう」

「よろしくないな。人としての性質を無視することに他ならない」

 

 颯元帥もよくわかってくれる。人間を巫女に変えるというのは、その者の全てを破壊することだ。元に戻す手段も無いのだから、絶対に選択してはいけない。

 とはいえ、手が足りないのは確かなのだ。太陽の姫を倒せば、あの無限湧きが無くなるというのならいいのだが。

 以前の颯元帥なら、躊躇なくやれと言いそうではある。正義のためなら巫女となって人格を破壊されるようなことも必要悪と考えそう。しかし、今は違う。それは良くないことであると理解してくれている。

 

「そこはまた後から考えればいい。次の問題は」

 

 みんなが一斉に伊58の方を向く。私が指先1つで深海棲艦を消滅させたことを目の当たりにしたことで、酷く怯えていた。私がどういうことが出来るかくらいは頭に入っているとは思うが、分霊により深海棲艦が消滅するなんて誰も知らないだろう。何せ、私だって初めてなのだから。

 故に、自分もこうされてしまうという錯覚をしてしまったようだ。私が胸元に指先を突き刺した時点で死が確定するみたいな。何処の漫画だ。

 

「洗いざらい話してもらおうか、伊58」

「は、はいっ! 全部話すでち!」

 

 明らかに私を見る目が変わっている。さっきは気丈にも何も話さないという意思があったが、今はもうそんなこともない。見た目通りの普通の艦娘である。

 怖がられるというのは予想外。まぁ今までにないことが目の前で起きてしまったのだから、こうなってしまっても仕方ないことなのかもしれない。私としては少し落ち込みそうだが。

 

 恐怖心からの尋問になってしまったが、ひとまずはこの伊58の鎮守府についてはしっかり話してもらおう。人様の鎮守府に盗みに入る程なのだ。余程酷い鎮守府なのだろう。

 

 

 

 結局、伊58から聞き出せたのは、颯元帥が考えていた通りのことだった。『黄昏』の抜け殻を研究し、深海棲艦の力を艦娘に与えることが出来れば、この戦いは確実に勝利の方向へ持っていけると考えての行動だそうだ。それによって艦娘がどうにかなってしまう可能性は完全に度外視である。

 小坂大将の鎮守府は、いわゆる実力至上主義であるらしく、力を持つものが正義であり、使えないものは切り捨てられるという極端な環境なのだそうだ。そのせいで普段からとてもギスギスしているらしい。

 その中でも伊58は、ここ最近あまり良い成績が残せていないらしく、今回のこの任務が最後のチャンスみたいなもの。切り捨てられる寸前の位置に立っていた。

 

「これに失敗したら、ゴーヤは酷い目に遭わされるでち……。だから、だからあの深海棲艦の身体を引き渡してほしいんでち!」

 

 必死な懇願である。『黄昏』の抜け殻を奪うことが最優先事項であり、それにより鎮守府に貢献しなくては、伊58が切り捨てられるということだ。同情を誘おうという魂胆にも見えてしまうが。

 とはいえ、そんな酷い鎮守府があるなんて知らなかった。そちらの司令官に言わせてみれば、私達の鎮守府のやり方はヌルイとか言いそうであるが、こちらから言わせてもらえば、艦娘のことを人間ではなく道具と思っていそうな司令官なんてこちらから願い下げである。

 

「渡せるわけが無いだろう。研究をさせたら、今度は他の艦娘まで被害を被る可能性があるんだ。勿論アンタだってタダじゃ済まない可能性がある」

「それでもっ……それでも、提督の言うことは絶対でち……」

「そんなもん、提督でも何でもない、ただのゲス野郎だ。目を覚ましな伊58」

 

 空城司令の訴えにも殆ど聞く耳持たず。『黄昏』の抜け殻の奪取は、絶対に果たさなくてはいけない使命という認識を覆さない。鎮守府の内情は全て説明するものの、それが間違ったものという認識が出来ていない。思考が凝り固まってしまっている。

 そんな環境で戦い続けているせいか、伊58は心を大分擦り減らしているようで、取り返しがつかないようなことでも使命と認識してしまっている。こんなもの、艦娘の正義感を盾にした洗脳教育みたいなものではないか。

 

「ふむ……そういうやり方をしている鎮守府があるとは聞いていたが、まさか大本営側にもいるとはな」

 

 呆れたような声色で颯元帥が溜息を吐く。

 

「もっと早く知りたかったが、話すことも出来なかったのだろう。これは頃合だと思う。小坂大将にはそれ相応の罰を与えよう」

 

 正義を重んずる颯元帥だからこそ、そういう輩がいるという事実を悔やんでいるようである。

 また、そんな輩がいることに気付くことが出来なかった自分にも怒りが込み上げているようだ。沈没船の件を隠し続けるために人との付き合いを極力控えていたのが、完全に裏目に出ている実例である。

 

「大和、最悪の場合は()()する」

「了解です」

 

 他の鎮守府のモノを奪おうとする輩だ。如何に組織のトップであろうとも、何かしらの事故に見せかけて殺害しようとする可能性だってある。ここまでの強硬手段に出てくるのだし、艦娘を切り捨てるということまでする司令官なのだから。

 故に、抵抗した場合は征圧という形で鎮守府を差し押さえるとのこと。そうなった場合、そこに属していた艦娘達は、メンタルケアの後に退役か別の鎮守府に移籍するかのどちらかになるとのこと。

 

 それに対して伊58はというと、自分がやったことに対する罪悪感に押し潰されかけていた。命欲しさに鎮守府の内情を全てペラペラと話し、鎮守府が征圧されるかもしれないことを悔やんでいる。やはりこれは洗脳教育の賜物なのでは。

 私にはそういうブラックなやり方がよくわからないが、戦時下だからといってもこれは流石にやりすぎだろう。味方の妨害や盗みはどんな状況にあってもやってはいけないこと。環境がそれを強要したと言われても納得は出来ない。

 

「……教団の関係者の可能性も無いとは言えない」

 

 ボソリと呟く。沈没船絡みの者は大本営に所属させていないと颯元帥は言っていたが、その捜査網を掻い潜って教団の生き残りが大本営に所属していても、何の疑問も浮かばなかった。

 そうなってしまうと、また颯元帥の落ち度となってしまいそうで少し可哀想なのだが。

 

「伊58、君には感謝している。大本営にそのような者がいることに気付かなかったのは、完全に私の落ち度だ」

「う……」

「私から謝罪させてほしい。そんな鎮守府に配属され、身を粉にして働いているのに報われない環境を作ってしまい、本当に申し訳ない」

「そ、そんな、元帥が頭を下げなくても……」

 

 元帥閣下に頭を下げられ、伊58もあたふたし始めてしまった。これでようやく、小坂大将に対しての考えが変わったようだった。

 今までやってきたことは、世間的にも良くないことであることはわかっていたのだろう。だが、それが世界平和のためになるとか戦いを終わらせるために必要とか言われていたであろうことと、今までの張り詰めた鎮守府での生活で擦り切れた心では、その善悪の感情も壊れてしまっていたのかもしれない。

 

「伊58、君達の環境を必ず良い方向に持っていくことを誓う。小坂大将には私が問い詰めるから何も心配しなくてもいい。気に病む必要もない」

 

 小さく、本当に小さくだが、颯元帥が笑みを浮かべた。無表情を貫いているような人の表情変化はそれだけ小さくてもかなりわかりやすい。

 それを見て伊58は壊れた心が少しでも癒されたのか、ワンワン泣き出してしまった。自分が間違っていたことにようやく気付くことが出来たのだ。

 

 

 

 伊58は泣き疲れて眠ってしまった。今まで酷使され続けていて疲労もそこまで取れていなかったところに捕縛され、さらには深海棲艦と一緒の部屋にぶち込まれたことで精神的な疲労もピークに達していたようだ。緊張の糸が切れた瞬間にそのまま落ちた。

 

「伊58には先んじて移籍してもらおう。他の者も順次移籍させるが、伊58が先駆者となっていいだろう」

 

 鎮守府の移籍には、当該艦娘、移籍元鎮守府、移籍先鎮守府全ての同意の下に執り行われる。私の時は半強制的に移籍させようとしていたようだが、そのうちの2つが拒否していたのだから不可能だった。

 しかし今回は、移籍元鎮守府は颯元帥の力で処罰を受けるため同意したも同然という形に置き換えられる。そうなると、伊58の意思と、移籍先さえ探すことが出来れば、すぐにでも移籍が可能となるだろう。

 

「なら、ちょうどいい鎮守府があるよ。うちでもいいが、ここだと罪悪感が増すだろうからね」

「ふむ、そこは?」

「影野のところの鎮守府がいいと思うんだがね。あの子は想像するまでもなく伊58のことも同情して引き取ろうとするだろうよ」

 

 確かに、影野司令ならいろいろと安心出来る。私達の境遇を聞いて号泣しながら協力を約束してくれたくらいだし、この伊58に対しても同じようなことをするだろう。

 強力な対潜部隊を有している影野鎮守府に潜水艦が所属するというのも、実は相性が良かったりしそうだ。海中の目として活躍出来れば、対潜攻撃はさらに強化されると思うし。

 

 で、早速こちらから影野司令に連絡を取ってみる。最初はこちらで活動している五十鈴さんと龍田さんの近況について説明していたが、途中から伊58の話題に変わった瞬間、電話の受話器越しでも声が聞こえる程の号泣。あまりに酷くて空城司令が耳を離したのは言うまでもない。

 

『是非とも! 是非とも私に引き取らせてください!』

 

 最後は完全に私達にも声が聞こえた。あれは受話器から耳を離すレベル。そしてすぐに後ろで香取さんに引っ叩かれたのも、姿が見えなくてもわかってしまった。

 

「知り合っておいてよかった。あの子ならきっといいように使ってくれる」

「小坂大将のやり方に加担したという罪状は嫌でもついて回るだろうが、その辺りは私がどうにかしておく。これはどう考えても鎮守府の方針の問題だ。悪いようにはしない」

 

 組織のトップがこう言ってくれているのだから安心だ。それに、『黄昏』の抜け殻の奪取は未遂に終わっているのだから、伊58の罪状はそこまで重くしないと保証してくれた。

 

「一旦寝かしておく。空城大将、私にも『黄昏』の抜け殻を見せてもらえるか」

「ああ、そうだね。帰投で一緒に運んでもらいたい。やはりアタシらの意思は、後腐れなく弔う方向で一致したんでね」

 

 意思を持たずとも生きている『黄昏』の身体だが、今こうやって別の戦いの火種になってしまっているのなら、やはり弔うのが一番いいことだろう。それを聞いて颯元帥も一言そうかと呟いただけだった。

 

 

 

 しかし、事態はそう簡単には行かなかった。

 

 安置されている『黄昏』の抜け殻を確認するために医務室に来たところ、その異変に気付いた。

 

 

 

 その抜け殻が、()()()()()()()

 




ブラック鎮守府所属の伊58は、影野司令の鎮守府で幸せを掴むことが出来るでしょうか。あの提督だし、罪悪感が払拭出来れば、面白おかしく生きていくことも出来そう。


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育まれた命

 颯元帥に見てもらうため、『黄昏』の抜け殻が安置されている医務室に入ったところ、予期せぬ事態が起きていた。その抜け殻の目が開いていたのである。

 ついさっき、というか盗人達に持ち出された直後、安置する時は目を瞑っていた。眠るように置かれ、命はあるものの魂が無いため、絶対に目が覚めないくらいの状況だったはず。それなのに、今はこれである。

 

「これは……どういうことだい」

「今日は誰も出入りするようなこともないですし、施錠は出来ませんが入室を禁止しています。悪戯とかそういうことは無いはずです」

 

 空城司令やしーちゃんもこの事態には驚きを隠せない。これはもう意思を持っているようなものだ。

 

「ちょっと見てみる」

 

 ここで一番力が発揮出来るのは私、陽炎だ。目を覚ましたということは、()()に何かが起きている可能性がある。確かにあの時、魂は全て成仏して消滅したことを確認したのだ。だから、この抜け殻には何も残っていない。目を開く理由なんて何処にも無いはず。

 目を開いた『黄昏』の抜け殻の胸元に指を突き入れた。指先には何も感じるものが無いはず。はずだったのだが……。

 

「えっ……」

 

 その指先には、確かにその存在を感じられた。今までに感じたことのない。小さな小さな()を感じ取ることが出来た。

 

「なんかある……なにこれ、どういうこと!?」

 

 本来の魂がソフトボールくらいだと例えると、この魂は米粒ほどの大きさ。言い方は悪いが、残りカスが集まって出来たかのような、なんとか形作っていると感じられるほど小さなものである。

 しかし、その形はまさしく魂。純粋で、真っ白な、深海棲艦のものとは思えないくらいのそれ。

 

「あの時確かに全部消滅した。あの時にこんなもの無かった。でも、一晩置いたことでこれが出来たってこと……?」

「アタシ達に聞かれても困る。アタシ達は魂の存在を知覚出来やしないし、元々どういうものかってのすらわからないんだ。アンタの言うことは真実だと信じているが、理解にまでは行っていない」

 

 そりゃそうだ。これがわかるのは、分霊が出来るもの、もしくはしたことがあるものくらい。この鎮守府にいるものならば、私と強いて言うなら村雨だけ。

 これは確実に前代未聞の流れであることがわかる。共食いの結果生まれた『黄昏』だからこそ起きてしまった珍事かもしれないが、それにしてもおかしい。

 

 とにかく、こうなってしまうと処遇にさらに困る。魂があるということは、意思もあるかもしれない。それがまた敵意ある『黄昏』としての意思ならば、こんな状況でも戦闘になりかねないのだ。

 今でこそ非武装だし、四肢を破損して動くことすら出来ないのだが、何が起きるかわからないため、慎重に事を成していかなくてはいけない。まずは『黄昏』に対してコミュニケーションを取ってみる。

 私が指を突き入れても無反応だった。敵意のある意思を示すなら、動けないにしろ表情を変えるなり文句を言うなり出来ると思うが、そういうことをしてこない。むしろ話すことが出来ないとかはありそう。

 

「何か話せる?」

 

 敵意のない状態だからと、一応優しく問いかける。無駄な戦いは無い方がいい。聞き分けがいいのなら、尚更そのままでいてもらいたい。

 私が話しかけたことで、目だけが私の方を向いた。これは言葉がわかっているというよりは、自分に対して何かされたので反応したという程度。見た目はこれだが、反応は動物のそれ。

 

「話せない、かな」

 

 チラリと私と目が合う。やはり敵意は感じられない。どちらかといえば、懐いている方に近いか。無表情ではあるものの、私に向けてくる視線には親愛のようなものが感じられた。それにより、『黄昏』の人格がこの抜け殻には存在していないということを理解した。

 記憶とかはどうなのだろう。ああいうものが魂に紐付いていたとしたら、『黄昏』としてのレ級は失われていると考えるのが妥当だが、その辺りも言葉を紡いでくれないためにわからない。

 というか、本来のレ級は人語を介することが出来ないのだから、これが当たり前の姿か。狂っていない戦艦レ級となれば、ある意味正しい姿なのかもしれない。

 

「……空城君。私の意見を先に言わせてもらっていいだろうか」

「多分同じ意見だと思うが、先に言っとくれ」

「こうなってしまっては、弔うのに抵抗があるのだが」

「奇遇だね。アタシも同じことを考えていた」

 

 魂がなく、生きていても目覚めることが無いのだから、そのまま弔うという流れになった。命を絶つことに抵抗はあるものの、二度と目覚めない者を静かに終わらせるというのは、倫理的にもギリギリ。絶ち方にも穏やかに死ねるような安楽死を選択肢させていただろうし。

 しかし、今の『黄昏』の抜け殻は明確に生きている。薄いながらも意思に近しいものを感じさせる何かを有している。魂を得てしまったのだから、これはもう、命を奪うことに抵抗が出てもおかしくない。

 

「陽炎、その小さな魂ってのは、中和で成仏させることは出来そうかい」

「多分無理。深海棲艦の魂と違うよコレ。どちらかといえば、沖波とか村雨に近い」

 

 私の見解としては、M()()()()()()()へと変質してしまったとすら思えた。

 ここでふと思い浮かんだことがある。『黄昏』の抜け殻がこうなってしまった理由。

 

「成仏した瞬間に分霊が少し残っちゃった……!?」

 

 計24個の魂を成仏させた際に、その全てから知覚出来ない程の分霊が内側に残ってしまい、それが一晩かけて結合され、この魂になったと考えたらいろいろと辻褄が合う。

 それに、昨日は抜け殻が持ち出されて普通ではない状態にされたのだ。ソ級に触れられたことも何かしらの影響を与えているかもしれないし、盗人の奪い合いという危機的状況から身体を守るために魂が生まれたという可能性すら考えられる。

 蠱毒により、あらゆる艦種を取り込んだ『黄昏』という特異個体だからこそ、内側の動きも特殊になってしまったとしたら、どんなことが起こってもおかしくはない。

 

「つまり……この『黄昏』の抜け殻は、僅かにだが()()()()()()()()を持っちまったと」

「その可能性は高い……かな。私、こうならないようにすごく慎重にやったよ? なのに……」

 

 経緯はどうであれ、結果はこれだ。抜け殻は魂を取り戻し、意思らしい意思があまり見えないにしても、『黄昏』は私の分霊により巫女になりかけている。

 

「……アタシとしては、だ。こうなっちまった以上、このまま中途半端にしておくよりは、完全に巫女にしてやった方がそいつのためだと思う」

 

 このまま放置するのも可哀想という感覚も出てきているのは確かである。だが、巫女にするというのは、相手の人生を壊す行為だ。そこに私はずっと抵抗を感じてきた。

 

「そいつはもう『黄昏』じゃあ無い。巫女のなりかけとして生まれ変わった新しい命だ。なら、完全に巫女にしても誰かの人生を壊すわけじゃないし、むしろ巫女にしてやれば新しい生を謳歌出来るかもしれない。気休めにしかならないだろうがね……」

 

 そんなの屁理屈だと思いながらも、それが最善であることも何となくわかっていた。『黄昏』の抜け殻がこうなったのは、少なからず私がきっかけである。なら、私が責任を取る必要だってある。

 あの時の戦闘の最後を思い出した。私は『黄昏』に、生まれ変わることがあったら友達になれるといいなんて話した。それを今、少し違う形で実践されたようなもの。

 

「……わかった。これが最初で最後。この子を、『黄昏』を、()()()()()にする」

 

 決意した。こうなってしまったら、もうやるしかない。後戻り出来ないのなら、それが人の道を外れても突き進む必要がある。

 私の分霊から生まれた命だというのなら、私が最後まで責任を取らなくてはいけない。沖波を殺した業を背負えたのだから、『黄昏』を生まれ変わらせた業も背負ってやる。

 

「でも、名目は陽炎の巫女かもしれないけど、それは私が束縛することになるから……そんなしがらみから解放されるようにって思いを込めて、分霊をするよ。もう一度、やらせてね」

 

 再び『黄昏』の胸元に指を突き入れる。やはり無表情で抵抗は無いが、視線は追ってくるようになっていた。私の今からやることに興味があるような視線。

 

「少し辛いかもしれないけど我慢して。私は無理矢理変えたいわけじゃない。自由に生きられるように、アンタを解放したいだけだから」

 

 指先が米粒ほどの魂に触れたところで、今までと同じように分霊を施していく。

 途端に『黄昏』の身体が跳ねた。何かしらの感覚があるかはわからないが、少なくとも分霊を施されるものと同じ反応をしている。表情は変わらないし、声も出さないが、やはり分霊は分霊。

 

 私の持つ分霊は、束縛ではなく解放の力。私に縛り付けるのではなく、しがらみだらけだった『黄昏』としての運命から解放されるために処置を施している。自由になれる身体を、思考を、魂を得られるように。

 

「うそ、魂が少しずつ大きくなってきてる……!」

 

 ここで今までとは違う反応が見えた。私の分霊が魂を侵食していくのではなく、小さすぎるくらいの魂が少しずつ大きくなっていく。分霊を取り込み、自らの魂を強化し、『黄昏』は新たな命を確実なものとしていっている。

 そして、その効果は確実に見えるようになってきた。一切表情を変えなかった『黄昏』は、魂が大きくなるにつれて少しずつ表情が豊かになってきていた。分霊による快楽を顔に表すようになってきていたのだ。

 

 私が新しい『黄昏』を作っている。いや、()()()()()。艦だけに。

 

「っあ」

 

 ついに声も出始めた。その時には、魂は最初の小ささを感じさせないほどに大きくなっており、あと一息でみんなと同じくらいの大きさへと成長するだろう。

 

「っあっ、んぁあっ!?」

 

 分霊を受けている者特有の嬌声だが、気にしないことにした。颯元帥は男性であるためにとても居心地が悪そうだが、申し訳ないが見届けてもらう。これが私の力であり、大本営にも知ってもらう必要のある内容だ。

 大和さんも顔を赤らめながらその光景を見ている。ヒトミのように拗らせないように注意してほしい。

 

「もう少しだから、もう少しだからね」

 

 そういえば、深海棲艦特有の聞き取りづらい声でもなかった。まるで私達と同じ、人間に近い発声。もしかしたら、私のこの力により深海棲艦から人間へと変わっているのだろうか。それは解放とはいえないと思うが、M型は深海棲艦ではないため、それに適した身体に変化していると考えるならそれも間違っていないか。

 

「うぁああああっ!?」

 

 一際大きな声を上げた瞬間、傷付いていた四肢すらも治療された。分霊による変化は、傷を全て完治させることは実証済み。これは『黄昏』も例外では無かった。前とは違い、その脚は人間と同様なモノになっているのは一旦置いておく。

 さらには真っ白だった肌も血色が良くなってくる。深海棲艦……というかレ級特有の白髪はそのままだが、見た目だけは深海棲艦から人間になったと思える程に変化した。肌が色付くだけでもかなり印象が変わる。

 

 その時には、魂は立派な大きさにまで成長し、みんなと同じサイズに。わかる人が見れば、この『黄昏』は深海棲艦ではなく人間であると声を揃えて言うだろう。

 

「……おしまい」

 

 指を引き抜いた瞬間、どっと疲れが出た。これは正直、分霊による魂の浄化よりも疲労が溜まる。創造に近いことをやっているのだから無理もないか。

 対する『黄昏』も、快楽の奔流を受け続けていたことで息も絶え絶えだった。潤んだ瞳でこちらを見てくるが、やはり敵意なんて何処にもなく、親愛の念が感じ取れる。

 

「ふは……はぅ……」

「立てる?」

 

 四肢も修復されたことで、ある程度自由に動けるようになっただろう。私が手を貸してやると、その手を取ってベッドから下りた。少しだけフラついたが、その足でしっかりと地面を踏みしめる。

 あの戦闘の後、身体を綺麗にしてから寝かされていたため、一応検査着を着せられていた。そのため、颯元帥の前に立っても安心。さっきまでの乱れようは記憶から消してもらいたい。

 

「僕は……僕は……何? 僕は一体……」

 

 まともに話せるようになったものの、自分のことがわかっていない。やはり、記憶は魂に紐付けられていた。全てが成仏し、新たな魂が生まれたことにより、全てがリセットされているようなもの。

 その新しい人生が、陽炎の巫女としての一歩というのは申し訳ない気持ちになる。

 

「……アンタは陽炎の巫女、名前は……そうだね、黄昏だとちょっと拙いだろうから……いっそミコとかにしようか」

「陽炎、その子の名前は『ミコト』にしてやんな。流石にダイレクトは良くない。それに……ミコトってのは、命と書くことが出来るからね」

 

 新たに育まれた()であり、最初で最後の陽炎の()()。ダブルミーニングで、ミコト。いい名前だ。

 

「ミコト……僕は……ミコト」

「そう、ミコト。陽炎の巫女、ミコト」

「ミコ……っあぁんっ!?」

 

 それを自覚したことで、陽炎の巫女へと昇華されていく。私達もそうだったが、身体が完全な変化を遂げた後は、力を得るための流れに。これもまた快楽の奔流に巻き込まれるので、ブルブルと震えながら蹲り、その変化を受け入れていった。

 

 レ級の時のビキニスタイルとは決別したかのような身体に密着したレオタード状の装甲が生まれ、身体に張り付いていく。また、あの時の磯波のようにニーハイソックスのような装甲も同時に生成されて脚を包み隠した。

 その上には、これは決別出来なかったかパーカーが出来上がる。レ級らしさがどうしても出てしまうが、これは手放せないのだろう。元深海棲艦であることをこれでもかと強調する品。

 そして問題の艤装は、これもまたレ級と同じように、尻からズルズルと生えるかのように生成された尻尾。しかしデザインが一新されており、生体兵器のような生々しさは一切無く、全て機械で作られたドラゴンのようなものとなった。

 

「んっ、あふぅ……んんっ……」

 

 余韻に浸りつつ、改めて立ち上がる。少し昂揚しているが、自分の存在を自覚した、少し自信を持った表情。

 

「僕は、陽炎の巫女、ミコト」

 

 ニコッと笑って、私に抱きついてきた。

 

 

 

 私としてはとても複雑な気分だった。ついには新しい命を生み出してしまったようなもの。そんなもの、神様のようなのではないか。

 




艦娘側のレ級ことミコト。デザインも一新して、レ級らしさを残しつつも艦娘として、そして陽炎の巫女としての姿になりました。尻から生えた艤装はサイバー・ドラゴン。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89187541
MMD静画のアイキャッチ風衣笠。最近の戦力上昇で目立ってきたガッサさん。M型異端児部隊の司令塔としてがんばってもらいたいものです。


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陽炎の巫女

 激戦の末に撃破した『黄昏』は、全ての怨念を成仏させた後に新たな魂が生まれてしまった。そのため私、陽炎が分霊を実施し、最初で最後の陽炎の巫女、ミコトとして生まれ変わらせた。もうこの戦艦レ級は私達の仲間であり、深海棲艦ではない。

 

「ミコト、その艤装はどうにか出来る?」

「艤装……尻尾のことかな。これはね、ん、んんっ」

 

 少し身震いすると、ガチャンガチャンと音を立てながら折り畳まれ、尻の奥の方へと消えていった。生えたのだから、仕舞うことも出来るようだ。深海棲艦というのは艤装を仕舞う必要が無いのでそんなシステムは不要だったとは思うが、ミコトの場合は普段の生活まで考慮された仕様。

 仕舞い込むともう一度身体を震わせて、小さく息を吐く。仕舞うのに多少は時間がかかるものの、私達のようにわざわざ工廠に置いておく必要が無いのは違う意味で優秀。とはいえ、定期的にメンテナンスをする必要はあると思うので、その構造は整備班の人達に周知してもらわなくてはいけないが。

 

「1から10まで特殊なのはよくわかった。艦娘寄りなのかもしれないが、基本的には深海棲艦と考えればいいんだろうね」

 

 今の光景を見て、空城司令が感嘆の声を上げる。しーちゃんも無言ながら驚きを隠せていない。

 ミコトがどういう存在かというのは、そう簡単には解明出来ないだろう。見た目は人間かもしれないが、やれることは深海棲艦に近い。むしろ深海棲艦でも出来るかわからないことをやってのけている。

 

「この処置を人間でやっていたら……皆こうなっていたのか」

 

 颯元帥も、そこについては思うところがあるようだ。艤装の出し入れが出来るとか、私達ではあり得ないこと。そもそも深海棲艦化した時に装甲やら艤装やらが何も無いところから生えてくるのだから、それこそオカルトに近いもの。

 陽炎の巫女というのは、やはり人間とは違う生物に変化してしまうと考えていいだろう。D型でいう深海棲艦であり、M型ならば何と言えばいいのだろうか。明確な名称は何とも言えない。ほとんど人間なのだから、人間でいいのだ。

 

「僕はどうすればいいの?」

 

 艤装を仕舞ったミコトは、次にやることを私に聞いてくる。自分の意思が無いとか私の命令を待っているとかそういうのではなく、ただ単に何も知らないのだから無邪気に聞いてきているだけ。

 見た目は私と同い年くらいなのだが、精神的には少し幼いように思えた。生まれ変わったばかりなのだから、年齢としては0歳。『黄昏』であったときのことは何も覚えておらず、陽炎の巫女となったことでそれを思い出すことも無い、真っ白な存在だ。

 

「まずは身体のチェックだね。生まれたばかりだもの」

「うん、わかった。()()()()の言う通りにする」

 

 思い切り吹き出してしまった。言うに事欠いてご主人様はまずい。確かに私が生み出してしまった存在ではあるが、主従関係を持とうだなんてカケラも思っていなかった。

 ミコトには自由に生きてもらいたい。束縛ではなく、解放するために巫女へと変えたのだ。せめて友達……いや、ギリギリ姉妹くらいの感覚であってほしい。萩風や秋雲くらいの。

 

「ミコト、ご主人様はやめて。私はミコトの主人なんて思ってない。対等だよ」

「でも、ご主人様が僕を僕にしてくれたんだよね。陽炎の巫女だもん。だったら、ご主人様はご主人様だよ」

「私がそういうのを嫌ってるの。だから、それはやめて」

 

 少し真剣に言い聞かせると、少し残念そうに渋々受け入れた。私が嫌がっていることはしないようにしてくれるという時点で、若干の主従関係が出来てしまっているようなものではあるのだが、それは友人関係でもあることだし、まだ大丈夫。大丈夫なはず。

 

「じゃあ、()()()()

 

 また吹き出しそうになった。主従関係が無くなったように見えて、まだ残っている。言葉が柔らかくなっただけ。

 ミコトにとっては、私という存在はそれだけ重たいモノになってしまっているのだろう。自分を生み出してくれた神とも言える存在。だから最初はご主人様。それを否定されたから今度は母。

 

「ご主人様よりマシかもしれないけど、まだ私そんな歳じゃないからね?」

「これもダメなの? お母さん文句ばっかり。決めた、僕はお母さんのことお母さんって呼ぶから。もう変えないから」

 

 ここに来てちょっとワガママな感じを出してきた。そういうところは確かに子供。だが、そう言いながらも別に私を困らせようとかではなく、自分の望みを表に出しているに過ぎない。だから、こう話しながらもニコニコしている。

 一度は否定したことなのだから、次も否定するのはあまり良くないかもしれない。

 

 それに、私はこんなこと言いながらも、ここまで人間らしい感情を持ってくれたことに少し喜んでいる。呼び方はもう諦めてもいいかもしれない。夕立や磯波からの様付けもなんだかんだで慣れてしまっているし。

 

「……はぁ、わかったよ。それでいい」

「わぁい。ありがとうお母さん」

 

 私の腕に抱きついてくる。やたらと甘えん坊な感じになっているので、あの『黄昏』とはまるで違うとすぐにわかった。少しはあの時の名残はあるものの、ミコトはミコト。そういう存在。

 

「じゃあ、検査でいいかい」

「うん、私がついてあげていた方がいいと思うから、このままでいいかな」

「ああ、それでいい。速吸を呼んでこよう」

 

 ひとまず、陽炎の巫女がどういう存在なのかを検査することを優先しよう。人間関係は後からでも築くことが出来る。もうタイムリミットまで僅かだが、こういうところにも後腐れが無いように。

 

 

 

 医務室に呼び出された速吸さんは、まずひとしきり驚いた後、息を整えてからミコトの検査に乗り出してくれた。私が側にいれば安心だし、私が見ているからととても聞き分けよく検査を受けてくれている。

 逆に、私が見ていないところでは何をするかわからないのが不安ではあるが、きっといい子にしてくれると思う。

 

「M型の同期値が計測出来ません。陽炎ちゃんと同じですね」

「巫女は異常値になるのは変わらないってこったね」

 

 その辺りはやはり陽炎の巫女。私と同じ状態になっているとのこと。

 

 私も太陽の姫の巫女を経験した時は、D型の同期値が計測不能になっていた。それに関しては、穢れだったり魂の黒ずみだったりがそこに影響を与えていたのだが、ミコトの場合はまた違った要因だろう。黒ずみが無いことは確認済み。ならば、()()()()()というところだろうか。

 

「身体の成分が、より人間に近くなっていました。でも、人間とは少しズレている……という感じですね」

「そうかい。分霊を受けたからと言っても、元が人間じゃ無ければ、どれだけやっても人間にはなれないってことか」

「そうですね。人間というよりは、()()とした方がいいでしょう。深海棲艦もその類になるとは思いますが、人間の成分がある分、こちらの方がよりその言葉に合っていると思います」

 

 言葉はどうであれ、ミコトは生まれが生まれなので人間では無いということは確定。これはもう仕方ないことだ。分霊で人間になってしまったら、私の力は一体何なのだという話になる。

 

「僕、何かおかしなところあったの?」

「いいえ、言うほどおかしなところはありませんでした。安心して陽炎ちゃんの側にいてくださいね」

「はぁい。ありがとう速吸先生」

 

 装置が外されると同時に、またもや私の腕に抱きついてきた。やはり甘えん坊。私のことを母と呼ぶだけあり、親子のように接してくる。周りに誰かが増えようが、そのスタンスは一切変えるつもりはないようだ。

 とはいえ、ミコトの外見は私とそう大差が無い。姉妹と言えば通りそうかなという程度。やはり友人というのが一番しっくりくると思う。本人の心持ちがこれだから、もう尊重するしか無いのだが。

 

「正直、まだ驚きが終わらないな」

 

 この一部始終を見ていた颯元帥が呟いた。検査という形で最も信頼出来る数値でその存在が表されてしまったのだから、それがどれだけオカルトであろうが認めざるを得ない。

 

「いの一番に大本営のトップに見てもらえたのは良かったよ。こんなもの、本人を見てもらわないと説明がつきやしない」

「ああ。現場を見ていなければ処分を下していただろう。沈めた深海棲艦が人間に戻ったところまでならまだ理解出来るが、これは流石に理解の範疇を超えている。全てを見届けたことでようやく納得が出来た」

 

 確かにこれは説明がつかない。状況が状況だけに全員何も考えずに処置をはじめたが、青葉さんに録画してもらうことすらしていないのだ。大本営の者が既に現場にいるのだから報告も必要ないことかもしれないが、こんな荒唐無稽な話、映像があったところで信じてもらえるかわからない。

 まぁ、既に鎮守府中に出回っている私の深海棲艦化の映像が信じてもらえたのなら、ミコトの存在もまだ理解してもらえるとは思う。かなりギリギリな気がするが。

 

「ミコトは空城鎮守府に配属されるという形で手続きを通しておく。それで構わないな?」

「ああ、よろしく頼むよ元帥閣下。というかなんだい、やけに話が早いじゃないか」

「……これも私の決断の結果だとするのなら、無下には出来ん」

 

 あまり強く触れられないことなので、空城司令も追及をそこで止めた。とにかく、ミコトは鎮守府の一員として正式に登録されることになる。

 

「艦種はどうするかね。戦艦にしておくかい」

「それがいいだろう。レ級と同様なら、名目上では戦艦だ」

 

 やれることが滅茶苦茶ではあるものの、戦艦は戦艦ということで、登録もそれに準拠させるということ。しかしながら、持てる兵装がえらいことになっているのは確かなので、『特殊戦艦』として登録されることになった。何事も例外はあったりするものである。

 

「正式に登録されるなら、みんなに紹介しないといけないね。ミコト、ここにはいっぱい仲間がいるけど、ちゃんと仲良く出来る?」

「勿論。僕はお母さんに迷惑かけないよ。お母さんが仲良くしろっていうなら、ちゃんと仲良くするよ」

 

 ニコニコしながら返してくるが、ちょっと不安。ミコトからは仲良く出来るかもしれないが、『黄昏』に酷い目に遭わされたものは何人もいる。ミコトはそのことを覚えていないものの、その姿に怯えたり怒りを覚えたりする者がいてもおかしくない。

 特に由良さんと松輪である。由良さんは『黄昏』に殺されかけているし、松輪はそれがきっかけで覚醒している。共にトラウマに近い感情を持っていても仕方ないだろう。

 由良さんはあの戦場にもいたが、『黄昏』の抜け殻を運ぶ時にどんな顔をしていたのだろうか。分霊による疲労の蓄積のせいで意識を失っていた私には、その時の状況がわからない。

 

「事情は先に全員に伝えておく。その後に顔合わせをしようか。それでいいかい」

「うん、その方がいいと思う。何の説明もなくいきなりミコトの顔を見たら、さっきの速吸さんみたいになると思う」

「あれは驚きますよ……目が覚めないと思っていたものが起きて動いて話しているんですから。知らなかったら普通にホラーです」

 

 機材を片付けながらも、速吸さんはさっきの動揺を恥ずかしがっていた。

 

「あと、ミコトちゃんはそのままで行くんですか? 最近は潜水艦の子が水着のまま行動しているのであまり違和感を覚えなくなってきてますけど」

 

 確かに、今のミコトの姿はあまりよろしくない。露出度とかそういうのではなく、陽炎の巫女としての姿だ。今は検査のためにパーカーを脱いでいるため、身体に張り付いたレオタード姿である。

 潜水艦は潜水艦であるという免罪符があるので仕方ないかで済むのだが、ミコトは海上艦なのだからもう少しまともな服装でもいいと思う。例えば、私達駆逐艦の制服とか。

 

「んー、僕はこのままがいい。お母さんがくれた服だし。あと、普通の服だと尻尾が出しにくくなると思うから」

「そういう理由があるなら仕方ないか。そのうち見慣れるだろうから、全裸で歩き回るようなことが無きゃ構わないよ」

「いくら僕でもそんなことしないよ!」

 

 そういう羞恥心はちゃんとある様子で何より。見る人が見れば、この格好の方が煽情的に見える可能性はあるが。

 

「あの、1つ気になることがあるんですけど」

 

 そして今度は大和さん。ミコトを見ながらほんのり頬を赤らめているのは触れないことにして、まだ何かあっただろうか。

 

「ミコトちゃんは、分霊って出来るんでしょうか。巫女、なんですよね」

「……確かに」

 

 太陽の姫の巫女は、本人よりは劣化しているとはいえ分霊が出来ていた。私が太陽の姫と対をなす者なのだから、扱いとしては同じになる。ならば、ミコトにも分霊の能力があってもおかしくはない。

 今ここでするわけにはいかないが、試してみなくてはいけないだろう。なら、身体を張るのは私の仕事。

 

「ミコト、分霊ってわかる?」

「お母さんにやってもらった、あの魂に触れるーってヤツ?」

「そう、ミコトもあれ、出来たりするかな」

「多分出来るよ。ほら」

 

 不意打ち気味に私の胸に指を突き入れてきた。あまりの出来事に驚いたが、ミコトの指はしっかりと私の胸に入り込んでおり、分霊と同じように痛みはない。

 おそらく分霊は出来ないと思う。言い方は悪いが、私は同種といえどもミコトの上位種であり、敵対種である太陽の姫からの分霊も受け付けなかったくらいだ。

 しかし、私以外には普通に効いてしまう可能性が高い。太陽の姫の分霊がD型異端児に効きやすいのと同じで、M型異端児にはより効きやすい分霊になっているのでは。

 

「お母さんの魂、すっごく綺麗。宝石みたい」

「そ、そっか、ありがとう。これ、絶対に許可なくやっちゃダメだよ。やってくれって言ってくる子がいるかもしれないけど、絶対にダメだからね。私がいいって言った時だけだからね」

「はぁい。お母さんの言いつけは守るよ。僕は陽炎の巫女だもん」

 

 指を引き抜かれる。気が気でなかった。

 

「だったら、ミコトちゃんの力を使えば、防衛線の深海棲艦達を成仏させることも出来るのでは?」

「ふむ、それは確かにそうだね」

 

 そういう意味でも即戦力。命を持って数日しか経っていないのに、最終決戦のメンバーに名を連ねることになりそうだった。

 

 

 

 ミコトはこのまま一員として受け入れられるか。この鎮守府の人達はみんな優しい。きっと受け入れてもらえる。不安はあるものの、暗い未来ではないはずだ。

 




明確に陽炎の娘となりました。ご主人様よりは多分マシな呼び方。


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皆の前へ

 ミコトの検査が終わり、正式に鎮守府の一員とされることが決定。颯元帥が一部始終を見ていたということもあり、その辺りはスムーズに行きそう。

 生まれ変わったとはいえミコトは元々深海棲艦なのだが、それを言い出したら萩風や長門さん、村雨にも何かしらの影響が出てきてしまうし、活動中に一時的に深海棲艦となった私達にもいろいろと出てくる。私達を許してくれているのなら、ミコトも許してもらえると思う。

 というか、そうしてもらわないと困る。ミコトは巫女であるため、私の分霊の力もしっかりと引き継いでいるからだ。最終決戦の場で、無限に湧いてくる防衛線の深海棲艦を成仏させることも出来る可能性が高い。

 

「私と大和は執務室に戻り、伊58のことを見ておく。起きているのなら詳しい話も必要だと思うからな。空城君はミコトのことを公表してくれ」

「ああ、そうしよう。また食堂に全員集まるとするかね。昼飯時まで待つわけにもいかないだろう」

 

 何も言わずにミコトと行動していたら、流石に驚かない者はいないだろう。ここまでまともになったのだから、仲間として受け入れられるかはさておき、鎮守府のメンバーになることを全員に通達しておかなければならない。

 今でこそ医務室でこうやってミコトのことをやっているが、この時間はみんな訓練だったり哨戒だったりと仕事中だ。哨戒任務に関してはどうにもならないため、戻ってきてから話をすることになるが、今ここにいる者達にはミコトのことを知ってもらっておきたい。

 

「今日の哨戒って誰だったっけ……」

「おおよそいつものメンバーだね。少なくとも由良も松輪も今は鎮守府にいる」

 

 私、陽炎の心を見透かされているようだった。

 

 個人的に一番心配しているのは、由良さんと松輪だ。由良さんは『黄昏』に瀕死の重傷を負わされており、松輪はそれをトラウマに思っている可能性が非常に高い。仕方ないとはいえ、ミコトの身体は『黄昏』そのものなのだから、あの時のことを思い出すに決まっている。

 他の者は何だかんだ受け入れてくれるような気がする。萩風の時といい、長門さんの時といい、すぐに受け入れてくれた。私の時もそうだったし、村雨は最初にしーちゃんを人質に取るという暴挙にすら出ているのに、今や完全に仲間だ。ならば、ミコトも大丈夫、のはず。

 

「ミコト、アンタのことみんなに紹介するからね」

「はぁい。仲良くなれるかな」

「きっと大丈夫だよ」

 

 気休めにしかならないかもしれないが、ここでミコトを不安にさせても意味がない。ミコトが仲良くしたいと思っていれば、みんながそれを受け入れてくれる。

 

 

 

 ミコトのことについては、すぐに説明がされた。私はミコトについていたため、空城司令がどのように説明したかはわからない。少なくとも、嘘はつかずここで起きたことをありのままに話したのだと思う。

 だからだろう、ほぼ全員が集められた会議室が、普通では無いくらいに騒ついていた。その声が医務室に聞こえたほどである。抜け殻は人だかりが出来ていたくらいだし全員が見ている。殆ど亡骸みたいなものだったのが蘇っただけでもこういう具合になるのは予想出来た。

 

 そして、頃合いを見てしーちゃんに呼び出され、ミコトを連れて会議室の前に。まだまだ騒がしい状態ではあるが、さっきよりは多少は落ち着いている様子。

 

「陽炎、入ってきな」

「うん。ミコト、いいね?」

「はぁい」

 

 空城司令に呼ばれたため、ミコトと一緒に部屋の中に入る。その姿がみんなの目に入った瞬間、今までとは逆に一気に静まり返った。息を呑むような音まで聞こえてくる。

 それが敵意の無い新しい命だとしても、死闘を繰り広げた『黄昏』と同じモノなのだから、驚きを隠せないに決まっている。空城司令がみんなを集めて冗談を言うわけがないが、それを見るまでは信じられないようなことだ。

 

「みんな、僕の顔見て驚いてるよ」

「ミコトはね、前に戦った敵とそっくりなんだよ」

「そうなんだ。でもそれは僕じゃないよね」

 

 これはまた難しいことを言う。『黄昏』であって『黄昏』で無いのがミコトだ。だから、今のミコトの言葉に対して答えることが出来ない。言葉では表せなかったが、首を縦に振っておいた。

 

 私達はしでかしたことを全て覚えていたから、人間に戻ることが出来た後も、その時の感情やら記憶やらに振り回されて苦悩したのだが、ミコトにはそういうものが無いため、周りのこの反応の理由がわからない。そっくりな敵がいたと説明するくらいしか出来ない現状である。

 

「陽炎の巫女、ミコトだ。この子には、陽炎と同じく分霊の力も備わっている。仲間として加わって早々だが、最後の戦いには参加してもらう予定だ」

「ほほう、ならば我々が薙ぎ倒した者を片っ端から分霊し、その魂を消し去っていってくれるわけだ」

「そうなるね。まだ可能性なだけだが、おそらく可能だろう」

 

 ここで一番最初に言葉を発したのは、やはり空気を読むことをしないネルソンさんだった。一切の警戒もなく、ミコトに対して信用の視線を送っている。颯元帥のときもそうだったが、こういう時に先陣を切ってくれるのは結構ありがたい。

 

 別にうちの鎮守府の艦娘達が全員内向的というわけではない。むしろ結構前向きに接してくれる。外の者であるネルソンさんが、それ以上に前向きなだけ。というか後ろを向かない。ネルソンタッチの如く前しか見ない。

 この事態、援軍が来ていなかったらどうなっていたのだろう。今でも静かなままだったのだろうか。それとも誰かがきっかけを作ってくれたか。

 

「ミコトとやら、貴様は我々の戦いを手伝ってくれるのか?」

「うん。僕も戦うよ。陽炎の巫女だもん。お母さんがやってほしいって言うなら」

「んん? 今お母さんと言ったか? 流れからして、カゲローのことだな。ついにMotherとなったのか!」

 

 やはりお母さん発言で大きく騒ついた。今までにいろいろあった私の中でも、これは違うベクトルからの衝撃。もしかしたら、ご主人様のままの方が良かったまである。夕立や磯波の件もあるし。

 

「ゲロ姉そりゃダメだって。いきなり一児の母とか」

「この子がそう呼ぶって聞かないの。最初ご主人様だったからね?」

「うっわ、流石太陽の姫の対となる者。侍らせるんすねぇ」

 

 ケタケタ笑いながら秋雲が冷やかしてくるが、この辺りは予測済み。こういうところを即弄ってくるのは秋雲か夕立ではないかと思っていたが、まさにドンピシャ。

 こういう形でも笑い話に持っていってくれれば、ミコトは受け入れられやすいかなとは思っていた。事実、これがきっかけになって、みんながミコトに対しての警戒を少しずつ解いていく。犠牲者は私。

 

 ここからは短時間ではあるが、ミコトが仲間として受け入れられるように交流の場とされた。もう大丈夫なのだからと、近付くものも多数出てくる。その場で新人歓迎会みたいなことが行なわれてしまうレベル。

 

「ゲロ様の子供っぽい? なら、異端児っぽい?」

「M型の同期値が計測不能だったよ。そういうところは私と同じ。直に分霊した巫女だからじゃないかな」

「なら確かに最終決戦には出ることになるのね。こんなに早く後輩が出来るとは思わなかったわ」

 

 早速仲間として扱っている夕立と村雨。特に村雨はここでは一番の新人になるし、太陽の姫の巫女という境遇からしてもミコトは後輩。少し違った感覚がある様子。

 

「ゲロ姉がお母さんってことは、秋雲さん叔母さんになっちゃう? ハギ姉どうなのさ」

「この歳で叔母さんは嫌ですね……でも、この子のお母さん呼びは便宜上でしょう。むしろ、そういう関係になっていることの方が私には大事なので」

 

 萩風からしたら、論点はそこでは無いらしい。私に娘が出来たというより、私により親密な相手が出来たというところが問題のようである。そしてそれは、磯波や沖波も同じ。ミコトの距離感にそわそわしているように見えた。

 

 案の定、驚きこそすれ誰もその存在に対して異議を唱える者はいなかった。死力を尽くして戦った敵が、あれよあれよと味方につく。一度や二度ではない。それが()()()()()()()()()()()だとしても、誰もが受け入れていく。

 

「一応聞きたいんですが……あの時の記憶は全く無いんですよね」

「ああ、それは保証する」

 

 萩風の問い掛けに、反応するのは空城司令。医務室での一通りを見ていたら、ミコトには過去の記憶があるようには全く見えないことはわかる。一番の当事者である私もそれは保証出来る。

 突然『黄昏』としての記憶が甦るなんてことも無いはずだ。その記憶を持った魂は、全てこの私が成仏させた。今ここにいるのは、私の分霊から生まれた新しい魂であり、『黄昏』の要素は何一つとして持っていない。

 だからといって、その話をミコトにするのは憚られた。わざわざお前は元々こうだったんだと伝えるのは気が引ける。知らなくていいことは知らないままでいいのだ。

 

 あとは一番の問題の方に目を向ける。由良さんと松輪だ。

 

「由良さん、松輪、あの子は『黄昏』じゃないからね」

 

 ミコトのことをどういう目で見ているかが気になった。受け入れろと強制することは出来ない。本人の心持ちをコントロールするわけにはいかない。ミコトは夕立達に任せて、私はそちらへ。

 

「うん、大丈夫。今までも同じようなことがあったもの」

 

 由良さんの方は最初から大丈夫だった。受け入れているというか、割り切っている。確かに殺されかけているが、身体は同じでも別人であると認識は出来ている。

 だが、私は見逃さない。口ではこう言いつつも、手先が少し震えていることを。ミコトの姿そのものが、自分の死のイメージになってしまっているのは言うまでも無かった。心は受け入れていても、身体が拒絶している。そうではないと理解していても、ミコトに恐怖を感じている。

 

「……ゆらおねぇちゃん……」

 

 その手をギュッと握るのは松輪である。松輪も少し震えていたが、由良さん以上に受け入れていた。由良さん以上にトラウマを残していそうだったが、やはり選ばれし者として覚醒しただけあって松輪は心も強くなっていた。

 本質がわかるという特性上、ミコトがあの時の『黄昏』とは完全な別人であることはちゃんと読み取れている。姿形は覚醒を促した宿敵ではあるが、中身で判断しているため、恐怖には繋がっていない。経験には恐怖するが、ミコトはその対象外。

 

「だいじょうぶ……です。あのときのひとじゃ、ないです」

「松輪ちゃん……」

 

 そうは言われても、簡単に受け入れられるようなものではないだろう。何せ、明確な死の原因となり得た相手だ。当人が何も覚えておらずとも、こちらには忘れられない戦い。その一番の犠牲者からそれを払拭することは、簡単には出来やしない。

 

「わかってる、わかってるんだけどね。あの時の痛みと、真っ暗になっていく恐怖は覚えてるの。自分の命が終わっていく瞬間って、忘れたくても忘れられないんだね」

 

 何も言い返せない。異端児駆逐艦の面々は、今のところ例外なく一度死んでいる。暗くて、寒くて、とても静かなあの感覚は、思い出そうと思えばいくらでも思い出せてしまうくらいの恐怖。

 由良さんは最後まで行っていないとはいえ、寸前のところまでは行ってしまっていた。延命措置を受けたことで、私達よりも長い時間それを感じることになった。だから、ここまでのトラウマになっている。

 

「あの子が由良にあんなことをしないのは、ちゃんと理解しているの。でもね、震えちゃう。あの時のことを思い出して、どうしても」

 

 その手は松輪に握られているが、簡単には収まりがつかない。

 

「でも……せっかく生まれ変わったんだから、受け入れてあげなくちゃいけない。由良を殺そうとした『黄昏』はいない。ミコトちゃんはただのそっくりさんなんだから」

 

 由良さんは何か決意したように立ち上がり、ミコトの方へ。足取り軽やかとはとても言えたものではないが、トラウマを払拭するために自分の足で前に出る。

 真正面に立った時、その震えは誰が見てもわかるレベルになっていた。しかし、それを振り払うように深呼吸すると、握手を求めるように手を差し出す。

 

「よろしく、ミコトちゃん」

「よろしくー」

 

 それにしっかり応じたミコト。由良さんの手が震えているのを知ってか知らずか、ブンブン振るように握手した。

 あの時とは違う純粋な笑みに、緊張が解れる。『黄昏』だったらこんな表情はしない。大丈夫。

 

「そっちのちっちゃいのも、よろしくね」

「っ、よ、よろしく、おねがいします……」

 

 松輪ともしっかり握手。この驚きはトラウマとかではなく、いつもの人見知りから来るもの。心配はいらない。

 

 

 

 ミコトはここから鎮守府にすぐに馴染んでいくことになる。最終決戦まであと2日しか無いが、それまでに全員と友達になっていることだろう。誰もミコトのことを拒絶していない。

 




受け入れられたミコト。由良もまだ恐怖が払拭出来てませんが、理解はしているので、もう少しだけきっかけがあれば。


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ミコトの思い

 陽炎の巫女ミコトが正式に鎮守府へと加入となり、哨戒部隊以外の仲間達への面通しも終了。『黄昏』にトラウマを与えられた由良さんと松輪も一歩前に出てくれたおかげで、ミコトはおおよそ受け入れられたと言える状態になった。

 一番危ないと思われた由良さんと松輪も、トラウマは払拭されていないものの、ミコトは『黄昏』とは別人であるということは理解しているため、一歩前に歩み出てくれた。申し訳ないが、慣れてもらうより他ない。

 

「それじゃあ、今度は艤装を見てもらいな。整備班には話はしてある」

 

 ここは重要なところ。艦娘と違って、艤装を()()()()()()()()()という逸材ではあるが、工廠に置いていないということは逐一整備出来るわけでもないということでもある。それに、艤装の形状が艦娘とあまりにも違いすぎるため、せめてある程度の構造は見てみなくてはいけない。

 この件はしーちゃんがこそっと整備班の方に話をしていたらしいが、結構盛り上がっているとのこと。今までにない艤装というのはテンションが上がるらしい。

 

「はぁい。じゃあお母さん、一緒に行こ」

「はいはい。司令、私はそれでいいのかな」

「ああ、今日はミコトについていてやりな。急すぎるが、鎮守府に慣れる必要もあるだろうからね。整備班の話が終わったら、戦闘訓練と鎮守府の案内を頼まれてくれるかい」

「了解。なら1日ミコトにつくよ」

 

 最終決戦まで、今日含めて残り2日。本当に急だが、ミコトにはこの鎮守府に慣れることと、決戦メンバーに入るためにスペックの把握が必要。

 殆ど作戦は出来ているのだろうが、ここで戦場に最も有用な能力をいくつも持っているミコトが参入したのだから、それを視野に入れた作戦に修正していくことになるだろう。

 

 ということで、私、陽炎は今日一日はずっとミコトと一緒にいることになりそうだった。全部こなそうと思うと、丸一日はかかってしまいそうだし。それに、私に何かがあってもミコトが離れようとしないと思う。

 

「あ、じゃあ私も一緒に行きます。今日はお休みを貰っていたので」

「構わないよ。ミコトが慣れるには人が多い方がいいだろう」

 

 そこに沖波が便乗希望。同じM型異端児というのもあるので、この短期間でも息が合わせられるように仲良くしておくべきと判断したようだ。他意は無いはず。

 

「急な呼び出しですまなかったね。じゃあ、ここからはまた自分の持ち場に戻っておくれ。ああ、村雨、アンタの方もそろそろ準備が終わるって話だから、工廠に行きな」

「はいはぁい。艤装はもう少しかかるんだっけ」

「ああ、それは午後だよ。そこで戦闘訓練で稼働テストをしてもらうからね」

 

 村雨のこの話は、改二改装の件である。『黄昏』との戦闘により練度が規定値に達していたらしく、本日付で改二改装。現在は艤装の改装と、改装後の制服の製作中とのことらしい。

 その片方、制服の方がそろそろ終わるということで、村雨も私達と一緒に工廠に向かうとのこと。夕立もしっかり便乗である。

 

「どうせなら、ミコトの戦闘訓練と一緒にやっちゃう?」

「いくら改二になったからって、いきなり戦艦相手はキツくないかな」

「艤装がちゃんと動くかのテストだし、相手が誰でもいいでしょ」

「よくない」

 

 自分で言っておいて無慈悲すぎたかなと思った。

 

 

 

 工廠。村雨は新しい制服を着るために裏側へ。夕立もそちらについていったので、私と沖波はミコトの艤装についての確認に入る。

 これを担当してくれるのは夕張さんだ。整備長は村雨の改二艤装につきっきりで、今は少し余裕が無いとのこと。

 

「それじゃあ、艤装を出してもらえるかな」

「はぁい。んゆぅっ」

 

 仕舞う時もそうだったが、ミコト的には何かしらの掛け声がないと艤装の出し入れが出来ないようである。

 軽く力を込めると、陽炎の巫女となった時と同じようにガチャガチャと音を立てながら艤装が組み上がっていく。あっという間に機械仕掛けのドラゴンが尻尾のようにミコトの尻から生えていた。

 

「うわ、うわぁ、これはまたすごいね。艦娘もこういうことが出来れば、緊急出撃の時とか便利なのに」

「代わりに整備が面倒にならない?」

「確かに! あっちが立てば、こっちが立たなくなるねぇ」

 

 早速ミコトの艤装をベタベタと触り出す。関節の部分や、尻尾の先端のドラゴンの頭とかは特に念入りに。

 

「おぉ……これ、形はコレだけどしっかり艤装だ。複雑なのは仕方ないにしても、頑張れば分解して中を見ること出来るよ。今はしないけどね」

 

 私達にはさっぱりわからないが、夕張さんから見ればちゃんとこれは機械であり解体と再構成が可能な艤装なのだそうだ。

 しかし、改造みたいなことはかなり難しいらしい。そういうところは私のワンオフの艤装と近しいところがあるようだ。素材も未知の金属という感じらしく、傷がついた時の整備をどうしようと悩んでいるくらいである。

 

「あ、弾薬とかを入れるところはわかったから、戦闘訓練も出来るよ。実弾を抜いて、ダミーの弾に替えることも出来るからさ」

「こんな艤装の何処から……」

「口の中に直接手を突っ込んで、かな。ほら、戦艦レ級って全部の攻撃方法をこの尻尾でやっていくでしょ」

 

 砲撃も、雷撃も、艦載機発艦も、全てこの艤装の口内から出てきている。それもあるため、兵装の交換は口内に直接、となる。

 

「ミコト、何か感じるものがあるなら正直に言ってね。あと、絶対に噛まないで」

「うん、もしかして手を突っ込んじゃう?」

「そういうこと。こんなのに噛まれたら、私の腕もがれちゃうから」

 

 話しながら艤装の位置を少し調整し、その口内に腕を突っ込んだ。流石に艤装であるため、ミコトには何の違和感も無いらしい。艤装にまで神経が繋がっていたら気が狂いそうである。

 その中をゴソゴソと弄くり回している夕張さん。何かに気付いたようで、少し奥の方から何かを掴んで外に取り出した。それが、この艤装のシステムの部分らしい。まぁ私にはそんなもの見ても何かはわからないのだが。

 

「オッケー。これがわかれば訓練用の兵装にも出来るよ。そういうところはやっぱり艤装だね」

 

 私の艤装というわかりやすい前例があったおかげで、この辺りもあっさり解析出来たらしい。

 

 私が対となる者として蘇った際に再構成された艤装は、M型ともD型とも取れない特殊なものだったらしいが、整備の仕方は今までと同じだと話していた。

 ミコトのコレは形状すら一線を画した異形だが、中身の構造は私の艤装に近しいものがあるそうだ。整備班にしかわからない内情があるのだと思う。

 

「こういう構造なら、換装した状態で仕舞ってもミコトに何か影響があるとは思えないね。いやぁ、これは便利だ。陽炎の意思が反映されてるのかな」

「僕は陽炎の巫女だからね。お母さんのあってほしい姿になってると思うよ」

「かもしれないね」

 

 私が育んだ命であり、私が生み出した巫女なのだから、私と同じようになるのは当然のことだった。言い方は悪いが、ミコトは私達にとって一番()()()()()生まれ方をしたと言えるのだろう。

 その割には少しワガママを言ったりするのは、私がミコトの解放、自由を求めたところがそういう形で反映されたのかも。それに口調や艤装が『黄昏』のままなのは、どうしてもあの時の印象があるからか。服装は多分、自分が深海棲艦化していた時の印象が強すぎるのだと思う。

 

「定期的に整備したいから、明日もまた同じようにここに来てもらえるかな。今日は午後に訓練するんだよね」

「そうだね。一度使ったら、どんな感じになってるか見てもらう方がいいね」

「はぁい。お母さんがそう言うなら、ちゃんと見てもらう」

 

 私の意思を尊重しようとしてくれるため、どうしても主従関係っぽくなってしまう。私と巫女の関係はそういうものなのだとは思うが、もう少し自由に生きてくれてもいい。

 

「僕も戦うんだよね。いっぱい倒すよ」

「期待してる。でも、そのためにはみんなと仲良くしないとね。その場で連携とかもすることになるんだから」

「うん、仲良くする。お母さんが一番大好きだけど、お母さんがみんなのこと好きなら僕も好きだから」

 

 こういうところは本当に素直。『黄昏』っぽさが何処にも感じ取れない。そのおかげで、見た目で損をしているがとても付き合いやすい。

 

「ん? 沖波どうしたの?」

 

 ミコトの艤装確認を眺めながら、何やら考え事をしていた沖波。真剣な表情でミコトの上から下までを舐めるように見ているようにも見える。私が声をかけてハッとしたように声を上げた。

 

「いや、ね。あの時……私がほら、一番ダメだった時に、ひーちゃんに分霊して魂を治してもらったでしょ。その時に一歩間違えてたら、私もこうなってたのかなって思って」

 

 太陽の姫の巫女『空』にされた後遺症で、私への嫌悪感が残されていた沖波への治療のことか。あの時は魂にも干渉しており、言われてみれば確かに、一歩間違えていたら沖波も陽炎の巫女になっていた可能性はある。現に、沖波の魂から取れない黒ずみを削って埋めるような分霊をしているのだ。

 沖波がこうなっていたら、私は立ち直れないと思う。お母さんどころかご主人様呼ばわりは、赤の他人からだって抵抗があるのに、幼馴染みの親友から言われようものなら心が折れる。

 

「言い出したらその可能性って結構あったんだよね……。異端児駆逐艦全員に分霊してるし、長門さんの魂にも触れてるし」

 

 そう考えると途端に怖くなってきた。今までよく上手く行ってきたものだ。

 

「私はさ、本当にいざという時は陽炎の巫女になってもいいと思ってるんだよ。世界を守るための力も手に入るし、相手がひーちゃんなら苦でも無いかなって」

「勘弁してよ……」

「境遇が違うから、ミコトちゃんみたいなことにはならないと思うけどね。流石にひーちゃんのことをご主人様なんて呼ばないよ。……保証は出来ないけど」

 

 クスリと笑うが、私としてはそれだけは本当に勘弁していただきたい。

 

「多分私だけじゃない。磯波ちゃんも、萩風ちゃんも同じこと思ってるんじゃないかな。ひーちゃん、異端児から大人気だもん」

「まぁなんとなくそんな感じはしてたね。慕ってもらえるのは嬉しいけど、それは私が心を捻じ曲げちゃってる感じがして……」

「あはは……匂いの件があるもんね」

 

 磯波は出会った頃とは見違える程に積極的になっているし、萩風は最初から好意を隠そうともしない。それもこれも、深海棲艦化の後遺症だったり、私の魂の匂いで狂わせた結果だったりと散々である。

 好かれているのとは少し違うところもある。だからそもそもやりたくない陽炎の巫女への分霊を尚のことやりたくないのだ。本人は自分の意思と思っていても、実は作られた感情だったりしかねないし。ミコトは例外中の例外。

 

「だから、ミコトちゃんがちょっと羨ましいなって思って。ひーちゃんの一番近くにいる必要がある子だし」

 

 沖波の内面が溢れ出ているような感覚に、私は言葉も無かった。何というか、今まで溜め込んでいた気持ちを表に出してきているような。

 これも私の分霊の影響なのかもしれない。沖波とは幼馴染みであり親友でもあるが、ここ最近の距離の近さは、いろいろな理由で歪んでしまった磯波や萩風と同じかそれ以上である。

 

 そんな話をしていると、自分の名前が出たからかミコトが私達の方を見てくる。

 

「なんの話なんの話?」

「んー、ミコトちゃんがちょっと羨ましいなって話」

「そうなの? 僕は沖波姉の方が羨ましいけど」

 

 突然姉と呼ばれて驚きつつも、ミコトの話を聞く。羨ましいと思っていた相手が、自分を羨んでいると聞いたらそれは興味が出てくるというもの。

 

「僕は生まれたばっかりだから、お母さんがどんなことしてきたか何も知らないもん。でも、沖波姉はずっと側にいたんだよね」

「そう……だね。いろいろあったよ。楽しいことも辛いことも」

「それが羨ましいんだよね。僕が誰にも勝てないところだし。時間だけはどれだけ頑張っても一緒にならないし。だからさ、お母さんのこと、いっぱい教えてほしいんだ」

 

 そんなことを話しながらも、ミコトは表情を変えずにニコニコしている。こうやって他人と話すことを楽しんでいるような雰囲気。

 

「そっか、そうだよね。ミコトちゃんは今日生まれたばかりだもんね。なら、多分夜も一緒に寝ると思うから、その時にいっぱい話してあげるよ。ひーちゃんの武勇伝」

「人に話される武勇伝とか拷問かな」

「大丈夫大丈夫。話しているうちに私達のことも知ってもらうことになるんだからさ」

 

 そういうことではなく。

 

 

 

 沖波との関係は良好。仲が悪いより良い方が戦いやすいに決まっているのだから、どういう形ででも仲良く出来ればいい。

 その被害者は私になるわけだが。

 




生まれたてのミコトは何も知らないので、お母さんの今までのことに興味津々。よく知る沖波に聴きたくなるのもわかりますね。


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二人目の狂犬

 ミコトの艤装確認が完了し、そのままの流れで訓練用の兵装へ換装。このまま戦闘訓練も出来るが、一旦村雨の改二改装を待つことになった。

 村雨はミコトの艤装確認と同時に工廠に来ており、今は改二制服のフィッティング中。思ったより時間がかかっているようだが、着実に改装への道を歩んでいる。

 

「艤装の方は少し早く完成しそうだね。音が静かになってきたし」

 

 ミコトの艤装確認をしてくれていた夕張さんが、工廠内の様子を音から判断していた。流石に長いこと整備班としてここで働いているだけある。

 村雨の改二艤装は、夕立のノウハウを活かして改装が出来ているらしく、その分完了が早まっているらしい。こういう時に既に改二改装済みの姉妹がいるというのはありがたいもの。もし萩風が改二になったりするときは、私、陽炎の艤装のノウハウが活かされたりするのかもしれない。

 

「村雨の制服のフィッティング、やたら時間かかってる気がするんだけど」

「だね……私達もこんなにかからなかったよね」

「私は殆ど変わってなかったし。もしかして結構変わってたりするのかな」

 

 それにしても服を着るだけで時間がかかりすぎなのでは。夕立と同じような感じなら、ちょっとデザインが変わっているだけで着替え方も何も変わらないと思うのだが。

 

「あー、村雨の新しい制服、インナーが凄いことになってんだよね。何を考えたらあんなデザインになるんだか」

 

 先んじてそれを知っていた夕張さんが、何処か呆れたような口調で話してくれる。

 夕立にはそういうものが無かったが、村雨はいろいろと組み込まれているせいかとても複雑なことになっているらしい。最終決戦も近いため、詰め込めるものは全て詰め込んだというイメージなのだとか。だとしても、何故ああなるんだと夕張さんは首を傾げていた。

 

「ごめんごめん、すごく着づらくて」

 

 などと話していたら、噂の村雨が着替えて裏からやってきた。少し疲れた顔の夕立も一緒にいたが、それが気にならないくらいに村雨が様変わりしていた。

 

「えーっと、それどうなってんの」

「正直なところ、私にもよくわからないのよね……。テーマは左右非対称(アシンメトリー)らしいけど」

 

 本人が言う通り、今の村雨は左右がゴチャゴチャしていた。右にしかインナーの袖が無かったり、右脚はタイツ状なのに左脚はガーターになっていたりと、説明出来ないレベルのよくわからなさ。制服の中は全身繋がっているらしく、そのせいで着るのに慣れが必要だったらしい。

 あとは髪型が変わっている挙句ベレー帽を被っていたり、怪我もしていないのに包帯みたいな布が巻きついていたりと、訳がわからない。少なくとも菊月は喜びそう。

 

「夕立が明日も明後日もお着替え手伝うっぽい」

「ごめんね夕立。慣れるまでお願いしていいかな」

「ぽい。ここからまだ変わるかもしれないしね」

 

 これは夕立の実体験から。改二となったときに骨格から変化するという凄い場面を目の当たりにしているため、村雨もそうなりかねないと注意はしていた。そのおかげでこうやって着替えた制服もオジャンになる可能性がある。

 

「夕立はどう変わったの?」

「目が赤くなって、髪の毛が跳ねたっぽい。あと背が高くなって、おっぱいが大きくなった」

「あー……そうなると制服のリサイズは必要よね」

 

 沖波のハイライトが失われかけている。ただでさえ大きい方の村雨がさらなるサイズアップとなると、求めても得られなかった沖波の心に大ダメージを与えかねない。

 しかし、私はそれに対して慰めることも出来なかった。私も……まぁそれなりにある方なので、何を言っても追い討ちになりかねない。

 

「沖波姉、どうしたの?」

「……持たざるものは求めても手に入らないって実感してたところ」

「???」

 

 ミコトは『黄昏』から据え置きのためスレンダー。沖波と同じかそれ以下であり、それをレオタードなんていう特に曝け出すような服装で活動しているが、そういうところを気にしている仕草は無いので、沖波の苦悩が理解出来ず、首を傾げるのみであった。

 

 

 

 予定では午後からということだったのだが、村雨の艤装も午前中の終わりがけに改装完了。お昼前にリンクだけはさくっと終わらせておこうと、すぐに準備がなされた。元々夕張さんがそうなるかもと察していたため、村雨の着替えが終わった後も工廠で待機していたが、思った以上に早く事が進む。

 

「おう、大分早く終わらせることが出来たぜ」

 

 整備長が艤装を運んできてくれた。夕立が使っているものと多少の差はあるものの概ね同じもの。夕立にはあの特徴的な帆があるが、流石にそれを備えることは無かった。

 代わりに、先端に錨が接続された鎖なんてものがあった。これは実は改の状態でもあったらしいのだが、訓練が間に合いそうに無かったのでオミットされていたそうだ。

 

「すまないね、間に合ったかい」

「大丈夫だぜ。ちょうど今からってところだ」

 

 同時に、空城司令としーちゃんも執務室からこちらに来てくれた。改二改装は必ず司令官の立ち合いの下で執り行われる。

 ギリギリの時間だったのは、あの後泣き疲れて眠ってしまっていた伊58が目を覚まし、颯元帥も含めて現状説明をしていたかららしい。今でも颯元帥と大和さんが、伊58に対して今後のことについて説明しているそうだし、納得するのに時間がかかっているのだろう。

 

「艤装姉妹ってことで、基本は夕立と同じにしてある。村雨は夕立に近いってのも聞いていたからな」

「ああ、それで構わないよ。内部を特殊な接続にしてあると聞いているが、その辺りはどうなってるんだい」

「D型を残しつつのM型ってヤツだな。そこも問題無し。伝導率やら何やらは、既存より上がってるくらいだ」

 

 つまり最高傑作と、いつもの言葉である。作る艤装は全て最高傑作と話す整備長だが、今回もやはり自信満々。不安が残る艤装なんて絶対に表に出さない。

 

「村雨は夕立みたいにならないことを祈るよ」

「自信無いなぁ……分霊の時みたいな感覚なんだっけ?」

 

 改二改装はただのリンクと違って、身体に大きな衝撃が来る。その時の体感は、分霊された時のモノに近いと感じた。

 村雨だって分霊の感覚は知っている。ここで行なわれた2回は眠っている間の出来事だったが、『雲』に変えられた1回目は覚えているはず。

 

 とりあえず言えることは、声を抑えろである。私も思い切り声を上げてしまった方なので、文句を言える立場に無いのだが。

 

「夕立は抑えられなかったっぽい。むしろ抑えることを放棄したっぽい」

「放棄はしないでおく」

 

 小さく意気込んで用意された艤装へと歩み出る。経験者からさんざん脅されているような状態なので、少し緊張気味ではあるが、避けて通れない道なので覚悟を決めてもらう。

 

「やり方は普段と変わらねぇ。ただ、聞いてるとは思うが反動が半端ねぇ」

「うん、待ってる間にずっと言われてる。頑張って我慢してみるわ」

 

 最後に整備長にも念を押され、艤装へのリンク開始。同期値も夕立とほぼ同じくらいというのなら、それなりに早く終わるにしても衝撃は半端無いだろう。夕立は最初から最後まで喘ぎ切ったが、村雨は果たして。

 

「んぅっ!?」

 

 案の定である。リンクした瞬間、身体を大きく震わせて声を上げる。抑えよう抑えようという気持ちがあったおかげか口は噤んでいたものの、それでも抑えきれなかった声が閉じた口から漏れ出た。

 全身に流れる力の奔流のせいで、変に力んでしまうのも私達は経験済み。しかし、村雨のそれは何というか、妙に艶っぽかった。

 

「いっ、んっ、あぅうっ!?」

 

 ついに口が噤みきれなかったようで、大きく声を上げてしまった。瞬間、夕立の時と同じように骨が軋むような音。やはり身体が少しずつ成長していくようである。

 夕立のときと大きく違うのは、制服の下に着込んでいるインナー。制服以上にピッタリで作られているため、ほんの少しの成長でも悲鳴を上げることに。さらに言えば、村雨の制服は夕立よりも余裕がないピッタリと張り付くくらいの仕様だったため、この成長によりどこもかしこもパツパツに。

 

「相変わらずだね。駆逐艦はこういう傾向が強い気がするんだが」

「司令官、それ私に対する嫌味ですか」

 

 空城司令にすら食ってかかる沖波。それもそのはず、予想していた通り胸回りもさらに成長している。元々パツパツだった制服はそこがさらに酷いことになっており、身を捩ったら破れてしまうのではないかというくらいになっていた。

 沖波のハイライトは完全に消失していた。その様子に空城司令も苦笑するしか無かったようだ。

 

「ひんっ!?」

 

 さらに大きな衝撃が来たか、大きく目を見開いた。その時には夕立と同じように瞳が真紅に染まっていたが、何故か右眼だけ。服装もそうだが、そういうところまで左右非対称になるとは思いもよらなかった。

 私はそういうところにまで影響があったわけではないので、瞳の色が変わるときの感覚はわからないが、涙目になるくらいの衝撃のようなので、頑張って耐えてもらうしかない。

 

「お母さん、村雨姉大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。みんな通ってきた道だし、ミコトだって近いことあったでしょ」

「うん、陽炎の巫女になったときだね。力が湧き上がって、すごく気持ちよかったよ」

 

 村雨の様子にミコトも少しだけ心配そうにしたものの、自分が受けたことと殆ど同じだと知るとその心配も何処かに行ってしまったようである。しかし、目の前であの光景を見るというのはミコトも初めてなので、少し頰が赤い。

 村雨は夕立以上に成熟しているようなものなので、()()()()()()を見ているイメージがより強く感じる。

 

「っあっ、はぁああんっ!?」

 

 最後に大きく震えた瞬間、夕立と同じように髪の一部がピョコンと立ち上がった。流石に艤装姉妹、そんなところまで似通うとは。

 夕立のそれは犬の耳のように見えて狂犬らしさを強調していたが、村雨のそれも近しいもの。狂犬の姉は狂犬である。村雨も気質としては同じだし。狂犬村雨がここに誕生した。

 

「はぁ……はぁ……これでオッケー?」

「ああ、お疲れさん。制服を仕立て直しておくから、風呂に行ってきな」

「え、ああ……聞いてた通りだけど、本当に身体が成長するのね……服が物凄くキツイわ」

 

 事が済んだので艤装を外して立ち上がろうとするものの、やはりフラついてしまった。それを見越して夕立が側にいたため、すぐに支える。

 

「むーさん、大丈夫っぽい?」

「あんまり大丈夫じゃないかな……みんなこんなことやってたんだ……」

 

 足取りが覚束ないが、お風呂に入ればすぐにどうにかなるだろう。夕立1人では難しいかもしれないということで、私達もお手伝いすることに。

 力が入らないようで全体重を押しつけてくるため、4人がかりでどうにか運んでいく形に。とはいえ、ミコトはすぐに艤装を出せるような状態なので、いざとなったらミコトに任せるつもりである。

 

「おー、むーさんバインバインっぽい。夕立よりおっきいっぽい。背中に弾力感じる」

「うー……そんなこと言わないでよ。なんか恥ずかしくなるんだけど」

 

 主に背負っているのは夕立なので、そういう感覚も一番わかるだろう。小さく揺すりながらその柔らかさを堪能しているが、村雨は恥ずかしそうに唸るのみ。

 

「……私だけなのかな、改二になっても成長しなかったの」

「そんなこと言われても……個人差ってのがあると思うんだけど」

「持ってる人はそういうこと言えるんですー」

 

 夕立の背中に押しつけられ潰されていてもそのサイズがわかるくらいに膨よかになった村雨の胸を、しげしげと見ながら溜息を吐く沖波。もう態度を隠すつもりも無いらしい。

 

「沖波姉、おっぱい欲しかったんだ。僕はそういうの気にしないからわかんないや」

 

 そこに歯に衣着せないミコトからの痛恨の一撃である。沖波へのダメージは甚大だったらしく、哀愁を感じる程であった。

 

「大きいのあっても邪魔そうだから、僕はこのままで良いなー。お母さんは、僕もおっぱい大きい方がいい?」

「アンタはそのままでいいよ。そっちの方が似合ってる」

「よかった。今から大きくしろって言われても無理だし」

 

 みんな違ってみんないいって言葉もあるし、今が一番いいと思う。だから沖波はいろいろと克服してもらいたい。大丈夫、私はそのままの沖波がいいと思うよ。

 

 

 

 終わりはともかく、村雨の改二改装も無事……まぁ無事に終わる事が出来た。午後からは艤装テストと戦闘訓練。それが終われば、最終決戦に向けての課題は全てクリアとなるだろう。

 




沖波の苦悩は続く。でも、陽炎としては沖波は今の状態が一番いいと思っているだろうから、それを口に出せばコンプレックス無くなるかもしれない。ひーちゃんが認めた胸だからヨシ!みたいな。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89271977
MMD静画のアイキャッチ風天城。沖波との資料室での一幕はこんな感じでしょうね。リンク先には天城単体のものもあるのでどうぞ。


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狂犬と巫女

 村雨の改二改装も無事完了。午前中の最後にリンクも終了したため、お風呂に入った後にそのまま昼食へ。改二となったことで制服も変わり、食堂に入ったところでみんながわらわらと集まってきては祝福していた。見た目が大きく変わっているというのもあり、基本的には物珍しさが先立っていたものの、改二改装の時っていうのはそんなものである。

 

「片目だけ色が変化して、オッドアイになっているんだな。なかなかどうして、見た目がいい」

 

 そういうところに食い付いたのは案の定菊月である。今の村雨は菊月の厨二心を擽る要素がいっぱいであるため、前から横から後ろからと舐めるように見ては、少し羨ましそうにしつつも頷いている。

 着にくいと村雨が言っていたわけのわからないインナーも、菊月にとっては()()()()()になるらしい。気持ちはわからなくはないが、そんなにジロジロ見ていると村雨も少し恥ずかしそうである。

 

「片目だけ色変わっちまったなら、見え方とかおかしくなってないか?」

 

 今度は同じオッドアイである木曾さんが村雨に話しかける。木曾さんの場合は改二になる前から艤装の影響で色が変化してしまっていたらしいが、だからといって失明しているわけでもない。しかし、村雨には何かあるかもと心配してくれている。

 

「今のところは何も。感覚が変わってるわけでもないかな」

「ならいい。おかしいと思ったら眼帯でも着けておけよ」

「考えておく。こっちだけ視力上がってるとかあっても目が疲れるだけだもんね」

 

 代わりに距離感が失われるのはどうかと思う。木曾さんは慣れているからいいかもしれないが、今の村雨には慣れる時間なんて無い。何事も無ければいいのだが。

 

「夕立ちゃんがああなって、村雨ちゃんがこうなったから、私も期待出来るかな」

 

 そして五月雨。艤装姉妹が大きく変化しているため、自分の改二にある意味期待が出来るものである。五月雨もスレンダーなタイプだが、沖波と同じようにああいうのを夢見ているのだろうか。

 

「サミーはもう充分強いっぽい。夕立が改二になっても苦戦するのに」

「経験が違いますから。夕立ちゃん相手にするの、結構大変なんだよ?」

「そうじゃなきゃ困るっぽい! むーさん多分サミーに勝てないよ?」

 

 夕立がここまで認める程なのだから、五月雨の力は本物である。流石は最古参。

 五月雨が求めているのは身体の成長ではなく力の成長だろう。これ以上強くなったら、頼りになりすぎて怖い。

 

「とりあえずは午後からの戦闘訓練ね。どれくらい強くなったか、少し楽しみ」

「わかるっぽい。改二になった後の戦闘訓練って楽しみだよね。夕立もそうだったっぽい。終わる前に襲撃受けたけど」

 

 その襲撃をした張本人である萩風が苦笑。夕立は気付いているだろうか。

 とにかく、第二の狂犬である村雨も夕立と同様に、身体を動かしたいようである。ならば、嫌というほど動かすことにしてあげよう。相手はもう決まっている。

 

「僕も訓練だよね。村雨姉と訓練したらいいの?」

「多分そうなるよ。そのためにテスト用の兵装に替えたんだからね」

「はぁい。ちゃんと勝つよ。僕は陽炎の巫女だからね」

 

 ふふんと胸を張るミコトに対し、村雨は村雨で負けて堪るかと不敵な笑み。仲良く火花が散っている。これで喧嘩しない辺り、ミコトと村雨の間柄は、私と夕立の間柄に近しいかもしれない。

 こういうライバル関係は。それはそれで悪くは無いと思う。短い時間でも、お互いに成長するために切磋琢磨出来るし。

 

 

 

 昼食後、早速艤装のテストに入る。これには空城司令だけならず、颯元帥と大和さんすらも見学に来ていた。今までに無い大きな変化を遂げた村雨もそうだが、陽炎の巫女という人間でも無い亜人であるミコトのテストは気になるところだろう。

 伊58の方はようやく落ち着いたようで、今はメンタルケアとしてここにいる潜水艦達と交流しているらしい。この訓練を見届けてから、伊58の所属する鎮守府に乗り込むとのこと。

 

「戦闘を通して艤装のテストをしてもらうよ。連携訓練も兼ねているから、2対2だ。それでいいかい?」

「私は構わないよ。私としては1人でも良かったんだけど、相手が戦艦だからね」

 

 むしろ相手が戦艦だからこそ1人で何処までやれるか知りたいといった雰囲気。やはり第二の狂犬。夕立よりもおしとやかに見えるようで、その実、中身は夕立と殆ど同じ。霧島さんに鍛えられたこともあり、完全に鉄砲玉精神である。

 とはいえ、新たな艤装での連携はいち早く試しておきたいため、艤装テスト、戦闘訓練、連携訓練を同時に全てやっていく形になった。時間がもう少しあれば、まずは1対1(タイマン)というのもあり得たかもしれないが。

 

「お母さんの前だもん。僕だって負けないよ」

 

 対するミコトも、私が見ているということでやる気満々である。陽炎の巫女として、必ず勝ってくるからと意気込んで村雨に立ち向かう。

 

 艦種だけで言えば、圧倒的にミコトが有利だ。しかし『黄昏』の時の記憶は無いので、あの回避行動などはおそらくできない。単純な身体的スペックで村雨を押し潰そうとするはず。

 対する村雨は、生まれたばかりのミコトとは違って時間をかけて戦う術を叩き込まれている。それに、夕立と同様の才能の持ち主なのだから、下手をしたらこの戦闘中に成長することすら考えられるから恐ろしい。

 

「むーさんの相方は夕立っぽい!」

「ミコトちゃんの相方は私ということで」

 

 そして連携訓練ということで、お互いにチームメイトが出来る。村雨には一番一緒に戦っている夕立が。ミコトには同じくM型異端児であり、ある意味私に一番近い存在である沖波がつくことに。

 最初、ミコトは私を相方に選ぼうとしたのだが、陽炎の巫女なのだから私にベッタリというのはわかるものの、あまりにも一緒すぎるのもよろしくない。いざ本番で私以外と連携出来ないとなったら困る。

 そのため、まずは別の者と組んでもらうことにした。沖波なら午前中一緒にいたのだから、気心が知れているだろう。

 

「で、私は見学ってことで。第三者の目はいっぱいあるに越したことはないでしょ」

「ああ。それに、ミコトの力が一番引き出せるのはアンタの視線だ。ちゃんと見ててやんな」

 

 それは勿論である。ミコトは私が生み出してしまった新しい命なわけだし、責任持って育てなければ。

 演習の場に向かう直前でも、私に向かって大きく手を振ってくるミコトはなかなか可愛らしく思えた。お母さんと言われているからか、母性を擽られているのだろうか。

 

 

 

「じゃあ、準備はいいね。始め!」

 

 空城司令の合図により演習開始。今回は全員にインカムが渡されており、私にはその声が全て聞こえるようになっている。

 戦闘中の音声は結構重要なのだが、特にミコトは戦闘中にどんな感じになるか注意しておかなくてはならない。今までは日常生活だからこそ穏やかに私の娘のように振る舞っていただけで、いざ戦いとなった時に暴走して暴れ回るという可能性があるからだ。陽炎の巫女なのだからそんなことは無いはずだが、一応念のため。

 

 そのミコトは、既に艤装展開済み。相変わらず出すときには妙な声を上げていたが、それくらいなら気にならなくなっていた。

 

「むーさんは前衛! 夕立が援護するっぽい!」

「いつもの感じね。了解!」

 

 いつもは突っ込むタイプの夕立も、村雨が相方となると少しだけ慎重になる。今回は村雨の艤装テストがメインなので、そちらを引き立てるように援護に徹するようだが、この2人は組むといつも村雨が突っ込む戦い方をするので、普段通りに戦えばやりたいように出来るようだ。

 

「沖波姉、僕はどうすればいい?」

「まずは好きにやってみて。あ、でも尻尾で薙ぎ倒すとかしちゃダメだよ。演習でもそれはすごく痛いどころか当たりどころ悪かったら死んじゃうから」

「りょーかい! お母さん、僕の戦うところ、ちゃんと見ててね!」

 

 対するミコトは沖波の指示を受け、まずは出来ることを披露していく感じになる。そもそもどう戦えるかはわからないのだから、見てから作戦を考える算段。

 

「それじゃあ、まずはこれ!」

 

 直感的に、自分が何が出来るかは理解しているようで、尻尾を前側に突き出すとその口内から艦載機が溢れ出てきた。初めてでも戦い方は身体が覚えているような感じか。

 それは完全に深海棲艦のそれなのだが、そこから放たれる射撃や爆撃は、鎮守府で扱われるダミーの弾。夕張さんが事前に換装してくれていたが、その辺りにもしっかり対応している。

 

「くぐるよ!」

「ぽい!」

 

 接近されないように爆撃から開始していたが、村雨を先頭にそれをヒラリヒラリと躱しながら近付く。改二となったことで、そのスペックは大幅に上昇しており、スピードもかなり上がっていた。いつもやることが倍速で出来るみたいなものだ。

 回避しながらの前進は、初めて戦うミコトには圧倒されるくらいの勢いだったらしく、村雨が真正面から突っ込んでくることに気圧されかけていた。

 

「えっ、ええっ!? そんな普通に突っ込んでくる!?」

「あの2人は鉄砲玉みたいなものだから」

 

 それに対して牽制をするのが相方である沖波だ。狙う場所はわかっており、その足を止めるために足下に向けて連射。的確な砲撃に2人の突撃はその時点でキャンセル。しかし、方向が変わるだけで勢いは止まらない。

 何だかんだで沖波に私怨が混じっているような気がしないでも無いが、気のせいだと思いたい。

 

「オキはそういうところ上手いよね!」

「さんざん見せられてるからね」

 

 沖波はあくまでも冷静に、夕立は戦いを楽しむように、お互いに牽制しながら見合っている。

 

「沖波姉ありがとう! ちょっと驚いちゃったけど、これならやれるよ!」

 

 対する村雨とミコトだが、沖波の牽制により勢いを落とした村雨に対して調子を取り戻したミコトが、今度は尻尾を向けて砲撃開始。大雑把な砲撃ではあるが、『黄昏』から据え置きの威力であるため、いくらダミーでも当たればとんでもない衝撃になる。

 しかし、村雨は霧島さんに鍛え上げられた狂犬だ。戦艦の主砲を何度も喰らっているため、それに対する恐怖心は、最初から何処にも無い。臆することなくヒョイヒョイ回避しながら、ジワジワとミコトに近付いていく。

 

「小回りが利く戦艦の主砲ってインチキよね!」

「それが僕の取り柄だと思うから!」

「ホントに、ねっ!」

 

 戦えば戦う程、精度が上がっていくミコト。成長速度がバケモノじみている。回避も徐々に厳しくなっていくが、改二となった村雨も負けてはいない。夕立と同様の狂犬っぷりをその場で発揮し、直感のような回避を繰り出しながら前進を止めないでいた。

 

「すごいね村雨姉! こんな中でも突っ込んでくるんだ!」

「そう出来るように、鍛えているもの!」

 

 そして、かなり近付いたところで魚雷を発射。夕立もそうだが、やたら敵の近くで魚雷を使うのは怖くないのだろうか。いや、言うまでもないか。怖かったらそんなことしないし。

 

「それはダメだよ」

 

 しかし、それを見越していたかのように沖波が魚雷を撃ち抜く。夕立からの攻撃は全て『空』の回避で躱し続けており、ミコトの方に気を向ける余裕すらあったようだ。

 

「なら、僕も魚雷やる!」

 

 その魚雷が爆発した直後に、ミコトも尻尾から魚雷を放った。村雨が至近距離だったのだから、ミコトの魚雷も村雨には超至近距離。しかも、一回で放たれる量が村雨の倍以上の数である。

 あんなもの直撃したらひとたまりもない。だが自分も使う戦法だからか、対処法はすぐに出来ていた。沖波に撃ち抜かれた自分の魚雷の爆発に身を隠しつつ、魚雷を飛び越えて真正面から突っ込んでいた。

 

「うぇえっ!?」

「ミコトはこういうの知らないものね。ごめんね」

 

 いきなりすぎてミコトは対応出来なかった。『黄昏』なら例の回避をしたり、そもそも尻尾を村雨に向けたり出来たかもしれないが、記憶を全て失っているミコトにはそれが不可能。成長のためには一度喰らう必要もある。

 ここで無理矢理尻尾を振り回そうとしなかったのは、ミコトが仲間を思って最初の忠告を守った証拠でもある。不意打ちを喰らっても、深海棲艦の本性的なものが出なかったのは大きい。

 

「これで終わり」

「終わらない!」

 

 そこに割り込むのは沖波である。夕立を振り切ってミコトの援護に来ていたのだ。村雨がミコトを狙おうとした瞬間に、それを妨害せんと砲撃を放っていた。

 村雨は魚雷を跳び越すために空中。夕立と違って帆による空中移動なんて出来ない。代わりに、空中で身を捻って、沖波からの砲撃を撃ち落とすかのように砲撃をぶつけた。

 いや、あれは運に賭けたのだと思う。直撃ではなくたまたま掠ったことにより、沖波の砲撃は僅かに逸れた。

 

「ちょっ、マジ!?」

「ミコトちゃん、撃って!」

「りょっ、了解ぃ!」

 

 しかし、そこまで無理したことで村雨は完全な無防備に。沖波はそこを見逃すことなくミコトに指示を出し、ミコトも素直に指示に従い主砲を構える。

 

「残念っぽい。オキ、夕立から目を離しちゃダメだよ」

 

 その瞬間、ミコトの頭が夕立の砲撃に撃ち抜かれていた。初心者に対しても一切の容赦がない辺り、さすが夕立というところ。

 

「にゃーっ!?」

「チーム戦だもんね。夕立達の勝ちっぽい!」

 

 これでこの演習は終了。ミコトが轟沈判定となったことで、そちらのチームが敗北ということになった。

 

 

 

 艤装テストとしても、ミコトの性能確認としても、今回は充分な演習となったのは確かだ。村雨は今まで以上に縦横無尽に動けるようになっていたし、ミコトはレ級の力をしっかり使いこなすことが出来た。

 最終決戦間近に、素晴らしい仲間が加わったものである。これなら勝ち目がある。

 




今回は経験の数で村雨夕立ペアが勝ちましたが、ミコトはこれも覚えたので、次からは苦戦するかもしれません。


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みんなの妹

 村雨とミコトの艤装テストを兼ねた訓練は終了。経験の差とコンビプレイの練度により、村雨夕立ペアの勝利。ミコトは初戦闘で敗北を喫してしまったことになる。

 

「うー、夕立姉、頭は酷いよ!」

「一撃で轟沈判定だから、そこが一番手っ取り早いっぽい。あと、そうしておかないとむーさんがやられてたっぽいからね」

「夕立はミコトのこと認めてるってことだよ」

 

 最後の一撃は夕立によるヘッドショットだったため、顔面がペイント塗れのミコト。ぷんすか憤慨しているが、最初の戦闘からそこまでするということは、一片たりとも嘗めていないということに他ならない。

 ミコトに力があると認め、手を抜くことなく全力で立ち向かったからこそのコレだ。戦闘狂の夕立が手を抜くことは基本的には無いのだが、ミコト相手だとそういうこと関係無しに全力。素人でも学習能力が異常に高いのだから、時間をかければかけるほど不利になるのは目に見えていた。

 

「ミコトは強くなるっぽい。明日までにめっちゃくちゃ強くしてあげるっぽい」

「うん、お母さんのために頑張る!」

 

 その理念はどうしても私、陽炎への貢献になってしまうが、みんなと仲良く強くなって、残り少ない時間で楽しく強くなってくれるのは私としても嬉しいところ。明日は丸一日あるので、そこはなるべく交流の時間にしてもらいたい。

 今日残った時間はこの訓練を続行してもいいだろう。出来ればいろいろな人に力を付けてもらいたい。勿論、改二になりたての村雨も。

 

「提督さん、どうだったっぽい?」

「ああ、村雨もミコトも上々だ。これなら決戦に出られるね」

 

 一旦工廠に戻ってくる夕立達に、空城司令は満足そうに頷く。戦いを遠目に見ていても、村雨の練度の上昇と艤装の強化は見て取れたし、ミコトが充分過ぎるほど動けていたことも確認出来た。

 それを発表するのは明日になるだろうが、これを見たことで最終決戦のメンバーは確定したようなもの。やはりここにいる者は全員が該当者になりそうだ。

 

「元帥、ミコトはどうだい」

「私の目から見て、問題無いと判断した。鎮守府への配属を許可しよう」

 

 ミコトの動きを見たことで、颯元帥もこれを良しとしてくれた。元深海棲艦の陽炎の巫女という、知らない人が聞いたら胡散臭さしかない存在ではあるが、最初から最後までを全て見届けてくれたのだから、信用してもらえるだろう。

 私の忠告をちゃんと守ることが出来ているし、戦闘中に突然暴走するようなこともない。素直で可愛いただの女の子だ。艦娘として考えてもいいくらい。

 

「ならば、これで私のここでの仕事は終わりだ。伊58を連れて帰投しようと思う」

「そうかい。面倒をかけちまったね。夜は助かったよ」

「元帥として……いや、少しでも私の罪を償うために、率先して行動を起こさせてもらっただけだ。それに、大本営に腐った者がいるのは上に立つ者として許せない」

 

 相変わらず無表情ではあるものの、いろいろな感情がある中で正義であることを選び取ったのだと思う。

 他の鎮守府のモノを盗み出してまで力を得ようとするのは正義ではない。悪そのものだ。誰もが口を揃えて言うだろう。

 

「もうこの鎮守府にちょっかいをかけるようなことはさせない。君達には命を懸けてもらっているんだ。絶対に邪魔をさせないから安心してほしい」

「ああ、そこは頼んだ。こちらももう残り時間が少ないんだ。余計なことに意識を割きたくは無いんでね」

「任せ切るのは忍びないが、よろしく頼む」

 

 空城司令と軽く話した後、今度は私に向き直った。何処か悲しげで、だが決意をしたような目。

 

「陽炎……申し訳ないが、私も君に頼らせてほしい」

「うん、これが私に出来ることだし、私が決着をつけなくちゃいけないことだから」

 

 颯元帥にここまで頭を下げさせることが出来るのは、後にも先にも私だけな気がしている。だからといって自分が上位とは思わない。この人にはこの人の考えがあって、あの正義執行をしたことは理解出来ている。

 

 これで、颯元帥と大和さんは帰投となる。伊58はこの鎮守府である程度癒され、ここからの展開が上手く行けば、ブラックな環境から解き放たれ、影野司令の鎮守府で幸せを掴むことが出来るはず。

 潜水艦との交流をしたことで帰ることを名残惜しそうにしていたが、ケジメをつけた後にまた会いたいと再会の約束も取り付けていた。そういう形で物部司令や呉内司令と関係を持っておけば、今後また厄介なことが起きた時にも頼れるだろう。

 

 

 

 颯元帥が帰投した後も、村雨とミコトの戦闘訓練は続いた。1対1で対戦をしたり、タッグを組んで連携を学んだり。相方を入れ替え、私も参加し、2人に最後の訓練を施していく。

 ミコトの吸収力は本当に普通では無く、教えたことをすぐにやってのける。兵装は戦艦だが、小回りの利き方が駆逐艦並みなので、私達が目の前で見せた簡単な技を簡単に再現してしまうのは圧巻の一言だった。

 

「お母さんと沖波姉のアレだけは出来ないんだよなぁ」

 

 それでも、私の脱力回避と、沖波の『空』の回避だけは再現出来なかった模様。『黄昏』であるという(くびき)から解き放たれたことで、その技の全てを失ったのだから、陽炎の巫女となっても簡単には出来そうに無かった。

 脚力はレ級と同様であっても、あの時の足の裏の艤装などは、陽炎の巫女となったことで失われている。それゆえに、単に身体能力が段違いに違うというだけになっていた。

 

「無理してやれなくてもいいよ。ミコトにはミコトの良さがあるからね」

「僕、ちゃんと陽炎の巫女出来てる?」

「勿論。文句無しだよ」

 

 演習で喰らいまくったペイントのことを気にせずに、ミコトの頭を撫でてやると、ニヘラと笑みを浮かべた。こうやって一緒に過ごしていくうちに、娘とは言わないが、本物の妹が出来たかのような錯覚をするほどに。

 分霊の影響が私側にも出ているのではないだろうか。思い返せば、深海棲艦化し磯波と夕立を手駒に変えてしまった時、2人を愛おしいと思えた。この感覚は、それの延長線上なのかもしれない。

 

「ミコトは充分強くなったっぽい。半日でここまで行けるとは思ってなかったけど」

「ホントね。私、もう互角以上にされてない?」

「んなこと無いっぽい。むーさんはむーさんで強くなってるから安心していいよ。というか、しっかり勝っておいて互角以上にされてるわけが無いっぽい」

 

 夕立がここまで認める程の実力。口には出せないが、流石は元戦艦レ級だと感じる。

 村雨だって相当である。素人かもしれないが、スペックがとんでもない戦艦相手に真っ向勝負が出来ている上に、学習されながらもそれを上回ろうとする力を持っているのだから。

 

 事実、村雨はミコトに対して、1対1ならば全勝しているのである。接戦してギリギリということも多かったが、それでも。連携だとまた話は変わるが、村雨の強さはもう折り紙付きと言っても過言ではない。

 

「さ、早くお風呂に行こう。みんな酷いことになってるからさ」

「ゲロ様とオキはあんまり当たってないっぽい」

「回避性能特化だからね。それに当ててくる夕立ちゃんの方が怖いよ」

 

 これだけ訓練を重ねて、おそらく私が一番被弾していない。次点が沖波。それでも服や腕、脚にペイントがべったり付着しているのだから、夕立達の命中精度が見て取れる。

 それに、ここで当てられるということは、私達にもまだ伸び代があるということ。残り1日をどうやって過ごすかはわからないが、演習するならそこを伸ばしていきたいし、休息でも脳内でシミュレートするくらいはしてもいい。

 

「お腹空いたっぽーい。ごっはん、ごっはん!」

「ごはーん! 僕も早く食べたーい!」

「はいはい、その前にちゃんと身体を綺麗にしないとダメだよ」

「ゲロ様、本当にママみたいっぽい」

 

 夕立に言われると妙な背徳感があるのは気のせいだろうか。

 

 

 

 事を済ませて夕食。お昼の時もそうだったが、ミコトは戦艦なだけあってかなりの大食い。下手をしたら私達の倍は食べる。それはもうモリモリ食べるので、私達は呆気に取られてしまう。

 

「ミコトちゃん……その、すごいね」

「はい。さすが戦艦というところでしょうか」

 

 ここで合流した磯波と萩風も、このミコトには驚きを隠せない。好き嫌いなく提供されたものは全て自分の栄養にしていく姿は、見ていて気持ちいいくらいである。

 その言動から、ここにいる者全ての妹みたいな存在になりつつあるため、こうやって元気な姿を見せているだけでも周囲の空気が明るくなるというものだ。流石に海防艦からは新しい姉というイメージだが。

 

「ミコトさんはどうでしたか? 即戦力として戦えそうなんですか?」

 

 ここで現場を見ていない萩風が私に問うてくる。磯波も興味ありげにこちらを見てきた。

 萩風としては、突然現れた私の娘みたいなものに対して、私に近しい母性のようなものが出てきているのかもしれない。ミコトに対しては雰囲気が特に優しく、一番ミコトのことを妹として見ているかも。

 

「充分過ぎるくらいだよ。流石は陽炎の巫女って感じ」

「そうなんですね。ミコトさん、明日余裕があれば、私達とも組んでみましょう。同じ戦場に出る仲間ですから」

「うん! ぉうぉあいぁぇねぇとやぃあい(僕も萩風姉とやりたい)!」

「飲み込んでから喋ろうね」

 

 元気いっぱいに返答するが、食べながらなのでカスが飛びかける。そういうのは良くない。生まれたばかりかもしれないが、こういうところの行儀もちゃんと仕込んであげなくては。

 

「良く言えば万能なんだけど、悪く言えば雑だから、いろんな人に仕込んでもらえると嬉しいかな。今日は私達とずっとやってたけど、艦種が違う人達とも組めると嬉しいし」

「ならば、我々ともやってみるか?」

 

 この話を聞いていたであろう、食堂手伝いの長門さんが話に加わってくる。相変わらず、訓練しながら手伝いまでしているのは凄い。

 

「私だけではない。ミコトは今、注目の的だ。ここにいる全員が、ミコトを鍛えてやりたいと目を光らせてるからな」

 

 そう言われて周りを見てみると、確かに少なくない視線がこちらに向いている。しかし、敵視しているとか異形を見る目ではなく、それこそ妹を眺める姉の目というか、親愛の意思が誰からも見て取れた。

 

「戦艦なのだから、同等な力を持つ私達とやり合うのはいい経験になると思う」

「ナガート、私達もその子と遊びたいわ! 艦載機も扱えるんだし、私達と組むのもいいと思うの!」

 

 ここで口を出してきたのはイントレピッドさんである。私達と戦うだけでは学べないこととして、戦艦を敵に回した時の回避方法と、艦載機の取り扱いのさらなる上達と空襲の対処法がある。そのうちの前者を長門さん、後者をイントレピッドさんが提供しようと進み出てくれた。

 

「ピッドが空襲の訓練するなら、あたしとハツで対空砲火を教えてあげる」

「ああ、ミコトの艤装なら僕達と同じことも出来るだろう」

 

 さらにはアトランタさんと初月が名乗り出た。援軍も込みにして対空専門はかなり少ない。ここで増えるのはいいことかもしれない。

 

「ミコトおねーさんは対潜も出来るっしゅ。なら、占守達と対潜訓練するのもどうっしゅか?」

「おう、あたいもそれ賛成! マツがミコト姉ちゃんと慣れるためにもさ!」

「えっ、あ、あぅ……でも……まつわもそれ……したいです……」

 

 海防艦の子供達からも立候補が入った。松輪はまだ少しアレだが、占守と大東は新しい仲間と遊びたくて仕方ないという感じ。対潜訓練でなくても、いつもの体育でもいいと騒いでいる。

 

「尻尾を使った近接戦闘も視野に入るんだろ。なら俺と神州丸が仕込めるぜ」

「うむ。本艦が海の上でも戦える技術を叩き込むのであります」

 

 確かに近接戦闘の技術はあって困らない。戦闘中に深海棲艦に分霊をすることも考えると、攻撃はさておき近付いても自分を守れる手段を知っておくことは必要か。

 

「えっと、えーっと、僕どうしたらいいんだろ」

「ミコトはどうしてみたい?」

「僕、みんなとやってみたい! でも、僕は1人だけだから、みんなとやれないよ。お母さん、僕どうすればいいのかな」

 

 これだけ候補者が多いと目移りしてしまうのは仕方ない。全ての事柄に対して好奇心を出しているのだから、自分で選び取ることも出来ないだろう。

 

「じゃあ、明日を使って少しずつ摘んでみればいいよ。選び取るんじゃなくて、全部やっちゃえ。広く浅くになりかねないけど、ミコトなら全部覚えられるんじゃないかな」

「うん、わかった! じゃあ、明日はみんなやる!」

 

 ミコトは楽しそうに笑いながら、みんなに向けて宣言する。

 

「全部見届けることは出来ないかもしれないけど、ミコトはそれでも大丈夫? なるべく側にいるつもりだけど」

「うん、大丈夫。僕は陽炎の巫女だから、お母さんを困らせたくないもん。みんなが見ててくれるし、やれるよ」

 

 こういうところで仲間との関係を深めていけばいい。私がいなくても楽しく暮らせるようになってもらうことも重要だ。私以外に親友と言える仲の相手が出来ると尚いい。

 




短期間でどんどん強くなるミコトは、良くも悪くも戦艦レ級。しかし、それにしっかり完勝を治める村雨も大概である。


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依代の真相

 村雨が改二に改装され、ミコトが鎮守府に加わったその日は終了。夕食の際に仲間達がミコトを鍛え上げると詰め寄り、最終決戦前最後の日となる明日は、出来る限りを詰め込むという形でみんなが同意。ミコトも私、陽炎のためになるとやる気満々である。

 この日の夜は、明日のことをしっかり教えるため、ミコトも相部屋で眠ることに。何も言わなくても私の部屋で眠っていたとは思うが、今回は話もあったので都合がいい。

 

「司令にもちゃんと話をしてあるから、みんなの言うことを聞いて、しっかり鍛えてきなよ」

「うん、大丈夫。お母さんも時間がある時は見ててくれるんだよね」

「そうだね。ミコトが何が出来るかはちゃんと把握しておきたいしね。でも、私がいなくても戦えるようにする訓練でもあるからさ」

 

 あまりにも私にべったり過ぎると、戦場で支障が出る可能性が高い。そのため、いくら陽炎の巫女であっても別々に行動出来るようにしておく必要はあると思う。そういう意味では、明日の訓練はちょうど良い。

 鎮守府の仲間達とより仲良く出来るように、私経由ではなくミコト自身で近付いてもらう。私の他にも親友と呼べる間柄の仲間が出来ると最高。今の段階では、午後ずっと演習を繰り広げた村雨や、最初にタッグを組んでからも仲がいい沖波辺りが適任か。

 

「ちょっと寂しいけど、頑張るよ。出来ればお母さんと一緒に戦いたいけどね」

「あの戦場ではどうなるかわからないからさ。全部やれるに越したことはないよ」

「うん、わかった。お母さんがそう言うなら、僕は従うよ。陽炎の巫女だもん」

 

 ミコトには申し訳ないと思いつつも、こんな私の言うこともニコニコしながら聞いてくれる。こういう夜とかにはしっかり甘えさせるべきかもしれない。

 

「今日は僕がお母さんを使っていいの?」

「私達は毎日取っ替え引っ替え姉さんを使わせてもらってますから。生まれたばかりのミコトさんが堪能してください」

 

 いつもは添い寝権を賭けて何かしらの勝負をしている3人だったが、今回はミコトにその権利をタダであげている。3人からしても妹のような感覚なのかもしれない。従順というわけではないが、とても聞き分けがいい子なので、こうやって甘やかしたくなるのもわかる。

 

「ところで……ミコトちゃんはそれで寝るの?」

「うん。これが僕の正しい格好だし、着慣れてるから」

 

 聞いたのは磯波。私達は眠るために当然パジャマだが、ミコトは相変わらずのレオタード姿である。パーカーを脱いでいるため、余計に凄いことになっていた。

 

「一応これ、寝間着用」

「わざわざ作ってもらったんだ。まぁミコトがそうしたいならいいけどさ。夕立も似たようなことしてるわけだし」

 

 磯波がその手があったかみたいな顔をしたが、流石に止めた方がいいと思う。いくら後遺症で普段着に使っているにしても、慣れ過ぎるのはよろしくない。ミコトとは話が違う。

 

「寒かったらちゃんと上を着るんだよ」

「大丈夫! お母さんに抱きついたらあったかいから!」

 

 そういう問題ではないのだが、言うが早いか飛び込むように抱きついてくる。子供っぽい言動でも体格は私達と殆ど同じくらいであるため、その勢いに押し込まれてしまった。ベッドの上だからいいけど。

 他の3人もこの光景に笑みが溢れる。ミコトのこういう行為は微笑ましいものと感じ取れるようだ。

 

 この後は、明日の段取りを話した後、今までに私の身に降りかかったことを掻い摘んで説明してあげた。子供に読み聞かせをしているような気分だったが、ミコトはそれはそれは楽しそうに話を聞いてくれるので、ついつい話し過ぎてしまった。

 辛い過去には泣きそうな顔になり、楽しい過去にはケラケラ笑う。表情豊かな子供に、私達も自然と癒されていった。

 

 

 

 翌日、決戦前の最後の日。今日の予定はミコトへの詰め込みのみ。最後の1日もミコトについていてあげていていいかなと考えていたのだが、また少し話が変わる。

 

「あー、今日も来客だ。物部がそろそろこちらに到着する」

 

 朝食の場でまた空城司令による発表。昨日は颯元帥が直々に来訪したが、今度は諜報部隊の長、物部司令が鎮守府を訪ねてくるという。

 物部司令が行動を起こしたということは、裏側で調査をしてくれていた教祖と依代の関係性の調査が終わったということだろう。電話ではなく直接来るという辺り、今回の話は信憑性が高いものだと感じる。

 

「ようやく決着がつけられるだろうよ。太陽の姫の真相がわかりそうだ」

 

 最終決戦に間に合ってくれてよかった。この調査の結果次第で、太陽の姫をどうするかを考え直す必要が出てくるかもしれない。

 とはいえ、ここまでやっておいて許すも許さないも無いのだが。今の奴の目的に正当性があったとしても、私は両親を殺されているわけだし、奴のせいで全てを失ったものが沢山いる。

 

「まだ時間は早いが、そろそろだとさっき連絡が……」

「提督、物部司令が参られたようです」

 

 話しているうちにしーちゃんが来客を報告した。これがナイスタイミングかはさておき、早々に事を運んでくれるようで何より。

 

「ということだ。朝飯が終わったら、そのまま会議室に直行しておくれ。急がず、ゆっくり向かってくれればいい」

 

 空城司令は食事もそこそこに、物部司令を迎えに行った。急がなくてもいいとは言っていたものの、待たせるのもどうかと思うので、出来る限り早く終わらせて会議室に向かうことにした。

 

 

 

 小一時間ほどして会議室に全員集合。そこには既に物部司令が資料を準備しており、空城司令も先んじて話を聞いていたようで、少し困った顔をしていた。

 調査結果が面倒くさい方向に行ったということだろうか。そうだとしたら、明日に迫った最終決戦に支障が出るかもしれない。

 

「集まりましたね。では、調査結果を報告します。その前に……こちらも颯元帥の話は既に耳に入っています。今回の調査は、颯元帥のところの大和にも協力してもらっているため、信憑性はかなり高いです」

 

 元教団員の大和さんが裏で協力してくれているのなら話が早い。私達の知る限りでは、教団に一番近い位置にいる人が保証してくれているのなら良し。

 

「結論から言います。やはりあの2人、教祖と思しき男と、沈没船の依代は親子関係でした」

 

 秋雲が似顔絵を描いていた時に口走った一言、親子ではないかという線で調査したところ、それがドンピシャ。教祖が父で、依代が娘だったらしい。

 名前は流石に伏せられていたが、この辺りに住んでいた者ではなく、ここよりもそれなりに遠い場所出身なのだそうだ。そのため、調査が少し難航してこんなギリギリになってしまったのだという。

 

「教祖のことは今は少し置いておきましょう。依代となった少女についてが今回のメインです」

 

 既に死んでいることが確定している教祖については後回しにして、今も生きている可能性がある依代について。

 沈没船の中でその存在を持ち、太陽の姫の核とも言える存在である依代が、ああなる前に何者だったのか。

 

「調べた限り、あの少女は……少し暗い人生だったようです。病弱だったそうで、学校も休みがちだったとか」

 

 当時の同級生に話が聞けたらしく、そのことをツラツラと話してくれた。

 

 なんでも、依代の少女は死には至らないものの前例をあまり見ない不治の病に罹っていたらしい。そのため、定期的に入退院を繰り返し、学校も休みがち。友人も殆どおらず、同級生からも少し距離を置かれていたそうだ。

 それだけ聞くと可哀想という感想しか出てこない。それに、この世界に嫌気が差す気持ちもわからなくもなかった。せっかく生まれてきたのに、治らない病に苛まれて人生が真っ暗というのは、どうしても落ち込んでしまうだろう。

 

「その病を治療するため、両親は奔走していたみたいですね。ここまでは世間的にも知られていることだったそうですが、おそらくその奔走の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 不治の病を治すという奇跡のために、本人のみならず家族が一丸となって取り組んでいたが、どうにもこうにも手立てが無い。そこでその少女の父は、事もあろうにオカルトに走ってしまった。

 現代医学でどうにもならないから神頼みというのは、なんとなく理解出来る。とはいえ、よりによって頼るのが邪神というのはどうなんだと思うが、それほどまでに少女の父、いわゆる教祖の精神は擦り減っていたということか。

 

「しかし、依代の少女の父はそこから徐々におかしな道に入ってしまったようです。精神的にも狂い始め、途中から()()()()()()()()()()()()()

 

 娘を治すために邪神を崇拝していくにつれ、どんどんそちらがメインとなっていってしまったと。娘では無く邪神の方に傾倒していき、教団を設立、拡張し、ついには世界の裏側に蔓延るように。教祖が()()()だったというのも最悪な結末へ加速していく要因。

 ある意味、教祖は邪神に魅入られてしまっていたのだろう。それこそ、悪いモノに取り憑かれてしまっていたのかもしれない。オカルトが罷り通ってしまったとすら考えられる。

 

 よくもまぁここまで調べられたなと思ったが、一部は憶測な部分もあるという。しかし、あらゆる調査の結果から辿り着いた憶測なので、これはかなり信憑性が高いとのこと。

 

「教団で稼いだ資金の一部が娘の治療費に充てられていたことは調査済みです。病院の方とも連絡が取れましたので。ですが、依代の少女は父が()()()()()()をしているということは知らなかったようで、少しずつ狂っていく父に対して疑念を抱いていると同級生に溢していたそうです」

 

 出所不明のお金で治療されていると気付いてしまったのだろう。数少ない友人にそれを溢してしまうくらいに、依代の少女も不安だったか。

 しかし、そうなるとその少女が客船に乗っていたのは何故かという話になる。ミサが執り行われていた客船ということは、ある意味教団の本拠地。教団のことを知らない少女がそこにいた理由は。

 

「これは颯元帥の大和から聞いた話ですが、あのミサの直前、教祖は一言『その時が来た』と口にしたそうです」

「その時ってのは、まさか」

「大和は、邪神を降臨させる時だと思ったようですが、私としては()()()()()()()()()()()なのではと予想します。傾倒していながらも、娘のことは気にかかっていたのでは無いかと」

 

 手段が目的になってしまいつつも、やはり娘のことは放っておけない。だから教団の資金を治療費に充てがっていた。

 

「そして、少女はミサに参加させられた。これも同級生に話していたようです。病気がちで旅行なんて一度も行ったこともなかったのに、突然時間が出来たからと家族旅行に行くと言われたと」

「そりゃあ喜んでついていくだろうね。だが、結果としては裏切られたわけだ」

「そうなりますね。旅行だと思ったら得体の知れない宗教のミサで、父は教祖で」

 

 そんな中で颯元帥の正義執行。少女以外は全員やられ、何故か生き残った少女は沈んでいく船の中であらゆる負の感情に苛まれて、結果依代となった。

 

「現場を見たわけでは無いですし、残念ながら生き残りは依代を除いていませんから、真相は太陽の姫しかわからないことでしょうが、おそらく邪神の降臨は成功しています。少女の身体を依代にし、その結果生まれたのが太陽の姫。そして、怨念から発生したのが深海棲艦です」

 

 それだけのことが起きれば、依代となってもおかしくは無い。絶望に絶望を上塗りされ、人間を恨み、世界を恨み、何もかもを壊したくなる。その壊れた感情に、()()()()()()()()()()()()()が反応してしまったのだろう。

 つまり、太陽の姫は崇拝していた邪神そのもの。その余波的なもので生まれたのが深海棲艦であると。ある意味、良くない門が開かれてしまったような感じ。教祖はそれを狙ってやったのかはわからない。真相は闇の中。

 

 何となくだが、それが間違っていないことだと思えた。知らないことなのに、当時私はまだ幼かったのに、それがそうやって生まれたのだと直感的に理解出来た。

 太陽の姫が生まれると同時に、世界に選ばれた対となる者である私だからこそ、そういう感情が芽生えたのかも知れない。

 

「調査結果は以上です。これだけわかったからといって、深海日棲姫を攻略する手段に繋がるかと言われれば何とも言えませんが……」

「いや、充分だ。奴が何者であるかがおおよそ見当がついたってことが大事だよ。よく調べてくれた」

 

 空城司令の激励で、物部司令は少し安堵した表情を浮かべる。直接戦いに繋がる情報では無いかも知れないが、素性がわかっただけでも大きい。

 

 

 

 敵は本当の邪神、つまり神だ。アレほどの力を持っていてもおかしくは無い。人間である私達に勝つ術があるかはわからないが、敵がそれだからと言って臆することはしない。そういうわけにはいかないのだ。

 いくら神だと言えど、これ以上好き勝手させるわけにはいかないのだから。この世界は、奴のものじゃない。

 




太陽の姫は邪神。今までは深海棲艦との戦いでしたが、明確に敵は神であるとわかりました。今回の話はオカルト要素がとても強いですね。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89340515
MMD静画のアイキャッチ風隼鷹。隼鷹といえばお酒である。この鎮守府の隼鷹も結構呑む人。リンク先に飲みすぎた結果がありますので、是非ご覧下さい。


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迷い

 物部司令の調査結果を聞き、太陽の姫が教団が崇拝していたという本当の邪神であることが判明した。人間は元より、艦娘や深海棲艦という括りからも逸脱してしまっている存在だ。あまりこういうことを考えたくないのだが、正直勝てるかもわからないような相手。

 しかし、臆するわけにはいかない。この戦いで勝たなければ、世界はそのまま滅ぼされてしまうまである。奴がどんな存在であっても、明日の最終決戦で決着をつけなければならないのだ。

 

「そうやって聞くと、その依代の子は可哀想よね」

 

 全ての話を聞いた後、陸奥さんがポツリと呟く。邪神が相手であるという今までに考えられないようなことが判明したことで静まり返っていた会議室だと、そんな呟きでも結構聞こえてしまう。

 

「病弱で世間もあまりわからない状態で、お父さんは教団の教祖やってて、初めて旅行に行くと思ったらミサで、挙句に船を沈められて……」

「邪神の依代にされて、沈没船の奥深くに幽閉だものね。今の話を聞いている限り、本人の意思があるかもわからないんだもの。確かに可哀想かも」

 

 陸奥さんの言葉に霧島さんも同意を示した。

 

 確かに、その依代の少女は、生まれて幸せだったことが無かったかもしれない。聞いている限り、孤独な人生を送ってきたかのように思える。孤児というわけでもなく、両親が奔走するが故に人の温もりをあまり知らず、学校も行ったり行かなかったりで友人も少なく……と考えている時点で、私、陽炎もその子がとても可哀想に思えてきた。

 

「救えるものなら救ってあげたいけどね。やり方がわからないけど」

「お母さんが分霊してあげるのじゃダメなの? 僕もお手伝いするよ?」

 

 ミコトがなんで難しいのかわからないと言わんばかりに聞いてくる。残念ながら、分霊が出来れば苦労はしない。

 

「多分ね、太陽の姫には分霊は出来ないんだ。私が太陽の姫からの分霊が効かなかったから、逆も効かないんじゃないかな。やってみなきゃわからないけどさ」

 

 そもそも、私が太陽の姫からの分霊を弾くことが出来たのだから、逆も然りなのでは無いだろうか。つまり、私は太陽の姫に分霊が出来ない。私が出来なければ、ミコトはもっと無理。指を突っ込むことくらいは出来るかも知れないが、施そうとした瞬間に吹っ飛ばされる。

 そうなると、最も適した救いはそれこそ他の怨念と同様に成仏。そもそも依代が生きているか死んでいるかもわからないのだが、討ち倒すことによって何かしら変わるか。

 

「でもでも、すごく可哀想だよ。昨日みんなに聞いたけど、お母さんはみんな救ってきたんだよね。だったら、その太陽の姫も救ってあげたい」

「ミコトの気持ちはわかるよ。痛いほどわかる。だから、やれることは全部やるよ。その代わり、まず絶対に勝たなくちゃいけない」

 

 全部やるためには、少なくともあの太陽の姫を相手に、確実に勝利を収める必要がある。負けているようでは、やれることは何も無い。分霊もそうだし、依代ごと破壊することなんて以ての外だ。

 

「だったら、僕いっぱい頑張る。絶対勝って、太陽の姫を救うよ」

「……そうだね。出来ることは全部やろう」

 

 などとミコトに話を合わせているが、危惧することは沢山あった。上手く出来たとしても、それが通用するかは全くわからない。

 

 そもそも依代の少女が生きていたとしても、邪神に呑み込まれ、依代となってしまう程の絶望を味わっているのだ。精神的にも壊れており、負の感情に支配され、もう人としての原型を留めていない可能性すらある。

 そんな者を救う手段なんてあるのだろうか。全ての記憶を消し飛ばすくらいしか、私には思いつかない。そしてその手段は、陽炎の巫女にすることなのだが、おそらく分霊が効かないためにそれも不可能。

 

「まずは撃破出来なけりゃ話にならない。依代がいる限り、表に出てくるのは影だって話だったが、その影を圧倒するくらいでなけりゃね」

 

 これで話は一旦終了。最後は前向きな言葉で締め括られたが、敵が神であるという常識的に考えられない最終決戦が待ち構えていることになり、緊張感は膨れ上がっていた。

 

 

 

 最後の1日を有意義に過ごすため、各々が好きなように過ごすことになる。物部司令はまだ帰投はせず、最後の段取り合わせに付き合うとのこと。

 ミコトのように最後まで鍛え上げたいという者は、空城司令に許可を貰って訓練を。ただし、明日に響くような訓練は差し控えるようにとなった。

 今日に限っては哨戒任務も中止。ここまで来たらもう計算も狂わないと判断している。むしろ、哨戒部隊を襲うことで再び襲撃を受け、沈めることで瘴気を拡げるなんてことをされる方が厄介。

 

 私は時間が許す限り、ミコトの訓練を遠目でもいいので見てあげることにしていた。ミコトからのお願いでもあるのだが、やはり陽炎の巫女という唯一の存在なのだから、気にかけておきたい。

 そのミコトは今、あらゆる訓練を一通りやっていくことで、スペシャリストの技を盗むことに躍起だ。浅くてもいいので、全てを叩き込まれることで、その師となる者と仲良くなりつつ、力を底上げしていく。

 そして真っ先に選ばれたのが、一番最初にその案を出していた長門さんを含めた戦艦隊一同と、イントレピッドさんを含めた空母隊一同。演習という形を取りつつも、自分達のノウハウを叩き込んでいた。

 

「勝手が違うだろうに、ミコトはホント呑み込みが早いなぁ」

 

 その訓練を少し遠目に見守りながら、私は1人、物思いに耽ける。最初はミコトと一緒に訓練に参加してはどうかと誘われたのだが、少し考えたいことがあるからと参加まではしないでいた。

 考え事なんてみんな察してくれているだろう。依代の少女のことだ。

 

 ミコトはさっき簡単に言ってくれたが、もし分霊が出来たとしても、私は依代の少女を本当に救おうと思えるだろうか。私の心境としても、最後の相手は私にとっても因縁の相手。その不幸すぎる境遇から救ってあげたいとは当然思っているのだが、家族を奪われた恨みと憎しみも当然ながら同居している。

 そこに少女の意思があるかどうかはわからない。降りてしまった邪神が主犯なのは理解している。少女自身に罪はない可能性だってある。だが、迷いがあるのは痛感していた。

 

「……はぁ」

 

 考えれば考えるほど気が滅入るものである。この迷いはどう考えても私怨から来るもの。しかし、両親を殺した相手を許すことが出来るのか。答えは否だ。

 艦娘としては救ってあげたい。そのための艦娘だし、今までそのために戦ってきたのだから。太陽の姫の境遇がわかってしまったからこそ、ここまで私を迷わせる。

 

「おうおうどうした陽炎。悩める仔羊ってかい?」

 

 そこにやってきたのは隼鷹さん。ミコトの訓練の最中ではあるが、私が浮かない顔をしているので少し気になったとのこと。そんなに顔に出ていたかと驚いてしまった。それだけわかるなら、ミコトにも勘付かれていたかもしれない。

 

「……あの依代の子、私は救えるのかなって」

「あー、そりゃあ悩むな。うん、悩む悩む」

 

 隼鷹さんの態度は軽い。いつものことだし、この緊張感の無さが戦場でも戦いやすくしてくれる。しかし、今の私の心境的には、この軽さは軽薄とも感じとれてしまう。

 だが、それを感じ取ったかのように隼鷹さんは続けた。

 

「あたしの意見なんて役に立つかはわかんないけどさ、それ、()()()()()()()()()()()()()()()()

「それって……」

「不毛なら後回しにしちまえってことさ」

 

 ケラケラ笑いながら、酔っ払っているかのような話し方。実際アルコールの匂いはしないのだが、隼鷹さんは普段から常飲しているような人なので、実は既に呑んでいるのではと思ってしまった。

 しかし、隼鷹さんは隼鷹さんなりに考えてこの言葉を私に送ってくれたらしい。

 

「アンタ今、堂々巡りしてんだろ。自分は艦娘だし、その子があまりにも不幸だから救ってやりたい。でも、救いたい相手が親の仇だから救うことに抵抗がある。ほれ、ぐるぐるぐるぐる回ってら」

「……そんなにわかりやすかった?」

「んなもん、誰が見たってわかるってもんよ。あたしですらわかったんだから、まぁミコト以外は察してるんじゃないかね」

 

 隼鷹さんは決して鈍感というわけではない。どちらかと言えば加古さんと似たようなタイプ。戦場では頼もしく、普段はのんべんだらり。戦場でのそれがあるからこそ、だらけている普段でも直感とかそういうのは強い。

 

「で、話を戻すけどさ、今悩んでるくらいなら、とりあえず後回しにしちまえってことよ。依代がどんな奴かわからないわけだし」

「そうかもしれないけど……」

「太陽の姫が依代の意思か邪神の意思かなんて、今考えてもわかんないだろってことさ。んなことで悩むのは無駄無駄。それで迷ってまともに戦えないってなったらもっと無駄」

 

 そう言いながらも、隼鷹さんの目はあまり笑っていない。私の悩みをちゃんと汲んでくれている。

 

「いいかい陽炎。あたしらは破壊者じゃなく守護者だ。敵を叩くのが仕事じゃなく、世界を守るのが仕事だ。それはわかってんだよね?」

「勿論。艦娘の心得はずっと思ってるよ。だからこそ、依代の子も救ってあげたいって思ってるんだし」

「そいつ救うために悩んで、その間に世界ぶっ壊されてもいいのかって話なんだよ。迷ってたら取り返しがつかなくなる」

 

 そんなことはわかっている。わかっているのだが。

 

「とはいえ、依代の子が可哀想なのは確かなんだよな。迷うのもわかる。だったらさ、()()()()()()()()()()

「救ってから……?」

「それが最善だろ。依代の子を救って、それで精神的にも狂ってるようなら、また邪神を呼び込むようなら、そこからどうにかすりゃいいんじゃないかい。迷ってるくらいならまずは救っちまえ。その方が後腐れ無いだろ」

 

 後回しにしろというのは、救うか救わないかの選択ではなかった。()()()()()()()()を後回しにしろと言っていたのだ。

 艦娘である以上、救わないという選択肢は出てきていない。太陽の姫は倒す。依代は救う。それはもう揺るがない目標。救った結果が救われないというのなら、そこから悩めばいい。

 

「つっても、依代殺さないと太陽の姫がどうにか出来ないとかになったら話は変わるか。あー、そりゃ悩むな。殺すことは救うことに繋がらないか。かーっ、説教垂れといてあたしが悩んでちゃ意味無いねぇ」

 

 調子は一切崩さず、今度は目も笑っていた。少し冗談交じりになっていたが、心は少し楽になっていた。

 確かに、救うか救わないかで迷っているくらいなら、救ってから考える方が建設的かもしれない。私の両親を殺したことが依代の子の意思だったとしたら、その後に処遇を考えればいいだけのことだ。

 

 艦娘としては迷うまでも無かった。ミコトの言った通りだった。全てを救えばいいのだ。簡単ではないが、手が届く範囲だけでも。

 

「その時に考えるよ。戦場でみんなで考える。それでいいよね」

「おう、それでいいんだ。やーっと表情が良くなったんじゃないかい」

 

 頭をポンポンと叩かれて撫でられた。まるで子供扱いだが、隼鷹さんから見れば私もまだまだ子供か。

 

「あたしの考え方が正しいなんて思っちゃいないけどさ、こういうときは後回しがいいんだよ。決意が揺らぐくらいならさ」

「だね」

 

 常にそれだと良くないかもしれないが、今はその方がいいと思えた。

 

 

 

 ちょっと気持ちが軽くなった。私怨は一回置いておいて、今は私に出来ることをやっておこう。今はミコトの訓練に便乗することくらいか。

 




隼鷹さんも大人。人生経験があるから、後回しを優先するのかもしれません。


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決戦に向けて

 最終決戦前日、午前中は終了。私、陽炎は結局悩みが晴れそうに無かったが、隼鷹さんの教えにより悩みは今は後回しにすることにした。依代の子を救うか救わないかを悩むよりは、艦娘の心得を遵守して世界を守るために戦い、その後に考えればいい。悩んでいたら、救えるものも救えないし、勝てるものも勝てなくなる。やれることを全力でやってから考えよう。

 依代は私の両親の仇ではあるが、ひとまず救ってから考える。救い方はまだ思いつきもしないが、少なくとも表側に現れる太陽の姫を倒さなければ話にならない。考えるのはその後だ。

 

「僕、結構強くなれたと思う!」

 

 午前中は戦艦と空母のみんながミコトを仕込み、戦術の幅を拡げてくれた。敵からの強烈な砲撃や、空を埋め尽くす空襲からの回避方法を身を以て知ることになり、ミコトはペイント塗れだったが楽しそう。

 強くなれた実感があるのだから、それだけでも嬉しいようだ。ミコトの場合、それが私の役に立てるというところに直結するので、殊更に喜んでいる。敗北に敗北を重ねても、それが自分の成長に繋がっていることをちゃんと理解しているのだ。

 

「私達の全部を受けても、ある程度は避けられるようになったものね。うんうん、Great!」

 

 空母組の代表としてイントレピッドさんも満面の笑みで喜んでいた。自分が言い出したことというのもあるようだが、それで空母全員が手を貸してくれた上、集中砲火で殆どリンチみたいな訓練を受けたのに、ここまでミコトが楽しんでくれたことがイントレピッドさんとしては最高の流れだったようだ。

 

「流石は陽炎の巫女だ。物覚えがいい。我々はミコトの出来ることの幅を拡げるために手を貸したが、予想以上だった」

「ホントそうよねぇ。もうミコトとも一斉射が出来そうよね」

「うむ、ミコトも名誉ネルソンタッチ構成員として任命してやろう!」

 

 戦艦組も大絶賛。元々が戦艦なのだから、相性の良さは考えるまでもない。そこに一斉射やネルソンタッチにまで組み合わせられそうなくらいの才能を見せてくれたのだから、喜びもするだろう。

 元々が深海棲艦の中でも屈指の万能艦であるレ級である。仕込まれたら簡単にこなしてしまうのも無理はない。ミコトにその自覚は無いが、陽炎の巫女云々はおそらく関係ないと思う。

 

「ついでに私も鍛えてくれてありがとう。ミコトとの連携も出来るし、万々歳だったよ」

「必死になってたから、悩みも吹っ飛んでたしな」

 

 ニカッと笑う隼鷹さんに指摘され、確かにと納得。ミコトの訓練につきあうということは、駆逐艦の身で戦艦と空母の集中砲火を矢面で受けることに他ならない。結果として、私はミコトほどでは無いにしろ、ペイント塗れにされていた。

 

 私の脱力回避や『蜃気楼』でもかなりギリギリになる、正面と縦の攻撃による猛攻は、私としても新しいステージに向かったような気がした。

 そして、そのときはぶっちゃけ無心だった。悩んでいる余裕なんてなく、今その場で何をしなくてはいけないかを逐一考えないといけなくなっていた。おかげで、依代のことで悩んでいたことは綺麗さっぱりなくなっており、訓練に集中することが出来た。

 

「いい傾向だね。戦闘中に必死になれば、悩みも吹っ飛ぶってこった。邪神との戦いで悩んでる暇なんてないってことがよーくわかったんじゃないかい?」

「ホントそれ。後回しにすることは大事だね」

「だろ。今はそれでいいんだよ」

 

 悩みの先延ばしは、この時だけはとても有効であることを実感。それに、救ってから考えると決めたことで大分心は楽になったと思う。それが無かったら、この訓練の最中でも心ここにあらずという感じになって、えらいことになっていたかもしれない。

 

「お母さん、お風呂行こう。僕もお母さんも酷いことになってるよ」

「だね。それじゃあ、私達はお先にお風呂に」

「ああ。午後はまた別のことをするんだろう。頑張ってくれ」

 

 午後もミコトの最後の詰めに奔走することになるだろう。午前中は戦艦と空母の力を伸ばしたが、午後は残った対空と対潜、あと近接戦闘か。ここで対空を同時にやれればよかったのだが、戦艦と同時だと専念が出来ないということで後回し。そういう意味では、対空を優先して、その後に対潜と近接戦闘で行こう。

 午前中は戦艦としての本分を伸ばす形になったので、次は追加機能というか、本来の戦艦とは違う区分を伸ばしていこう。ミコトはどんどん頼りになる存在へと成長していく。

 

 

 

 お風呂上がり、ペイントの汚れも落ちたところで昼食のために食堂に行くと、異端児駆逐艦のみんなと合流。あちらはあちらで村雨の追い込みをしていてくれたようで、手伝ってくれると言ってくれた全員と演習をすることになっていたようだ。

 駆逐艦は全員だし、巡洋艦の面々すら手伝ってくれたという大盤振る舞い。相方を取っ替え引っ替えして、以前にも言われていた連携の訓練をとにかくこなしていたそうだ。

 

「あれはなかなかハードだったわ。衣笠さんを相手取った時は勝ち目0って感じだったし」

「ああ、全自動防衛」

「そうそう。衣笠さん本体を狙えばいいんだけど、それも結構な確率で防がれるのよね」

 

 衣笠さんの技は、そこまで極められていたようだ。無意識に仲間を守るという艦娘の心得を体現した守護者の力。制御出来ずに悩んでいたが、それから時間も経っている。時間がある時は常に訓練をしていたし、極まってもおかしくはない。

 さらには、弱点だった自己防衛には使えないという部分も、自分の練度を上げることで克服したようだ。それは全自動防衛ではなく単純な回避行動ではあるが。

 

「連携も大分上手く出来るようになってきたし、明日に向けて私も仕上がってきたと思うわ」

「まだまだですよ。下手をしたら夕立さんよりも荒っぽいんですから、もう少し洗練してください。残り時間は少ないですけど」

 

 すかさず口を出す萩風。相変わらず村雨に対しての当たりは強め。しかし、村雨がそれを嫌がっていないどころか、楽しげに受け取っているのだから、この2人の関係はこれが一番正しいというところにたどり着いているようだ。

 

「でも、萩風ちゃんが一番上手く連携出来るのって、村雨ちゃんなんだよね」

「うん……遠目で見てるとすごくわかるよ。すごく気にしてるのが」

 

 沖波と磯波に指摘されたことで、萩風は少し頬を赤らめた。私から見てもそれはなんとなくわかった。萩風は基本的に村雨を補佐するような動きが多い気がする。お互い前衛というタッグでスイッチ戦術を編み出したのも、村雨が戦いやすいようにするためだ。

 なんやかんや、2人はしっかり歩み寄れている。お互いにお互いを見て、最善を掴み取っている。ただ、口では当たりが強くても相手のことを思いやってるって感じが。

 

「ハギィ、ツンデレっぽい?」

 

 そう、それ。私が言いたかったのはそれ。夕立にそれを言われたことで、ほんのりだった頬の赤らみは顔全体に拡がった。

 

「お母さん、ツンデレって何?」

「口では文句言いつつも相手のことが好きって感じかな。私も詳しくはわからないから、ちょっと違うかもしれないけど」

「そうなんだ。萩風姉、村雨姉のこと大好きっぽいもんね」

 

 ニパーと屈託なく笑うミコトに返す言葉が無い萩風。ここで黙っていると、黙認ということになってツンデレを肯定することになるのだが大丈夫だろうか。むしろ必死に取り繕っても肯定しているのと同じだが。

 少し返答を考える素振りをした後、ようやく頭の中で言葉が纏まったのか、ようやく口に出す。

 

「放っておけないだけですよ。村雨さんは戦闘中は狂犬なんですから」

「うんうん、そうだねそうだね。そういうことにしておこうか」

 

 私含むみんなから生温かい笑みを向けられ、萩風が焦り出すが、もうこれは取り返しの付いていないところにまで来ていると思う。

 私としては、あの時の仲違いやギクシャクしているところを思えば、ここまで打ち解けているところを見ると感慨深い。

 

「萩風がこんなに私のことを考えてくれてるなんて、すごく嬉しいよ」

「か、勘違いしないでください。貴女が戦場で前のめりになりすぎるのを制御するのは結構大変なんですから」

「ハギィ、それツンデレの代名詞っぽい。言い逃れ出来なくなっちゃった」

 

 慌て出す萩風だが、もう反論すら出来ていない辺り、村雨のことを意識しているのは間違いなかった。一般的な恋愛感情とかではなく、仲間意識としてだが。

 

「今日の夜はむーさんと寝るっぽい? 夕立、大歓迎っぽいよ」

「お断りします。ただでさえ明日は決戦なんですから、一番心が落ち着ける状態でその時を過ごしますよ」

「残念っぽーい」

 

 今日の夜は決戦前夜。おそらく一番緊張する時間。翌日の決戦、最大級の命のやりとりと、まだ確実に倒せるとは言えない邪神を意識して、眠りが浅くなる可能性も無いとは言えない。

 まだ発表はされていないが、ここにいる全員は戦場に出る可能性が非常に高い面々だ。というか、今回はおそらく、鎮守府の全員が出撃することになる。鎮守府を空にするかどうかはさておき、以前の9割方出撃していた時と同じことが起こるだろう。

 ならば、夜は一番落ち着ける状態でいたいのはわかる。ゆっくりとまったりと眠れる環境を作って、明日に備えたい。

 

「ひーちゃんは大丈夫? 今日はちゃんと寝られそう?」

「……正直自信がないから、みんな協力して」

「勿論。ひーちゃんが作戦の要なんだから」

 

 緊張感が一番あるのが私なのは、自他共に認める事実。分霊のこともあるし、仇討ちのこともある。嫌でも決戦の中心に据えられるのは間違いない。

 ここでまた悩みがぶり返してきた。後回しにしていたものが一旦ここに戻ってきた。とはいえ、救うことには変わりないので、もう一度後回し。決戦は迷いなく撃破を狙う。

 

「私が未成年じゃ無かったら、お酒とか入れたりするんだろうけどね。この前みたいに、ホットミルクでも貰おうかな」

「だね。午後からもいっぱい身体を動かして、身体を温めれば、きっとスッキリ寝られるよ。私達はひーちゃんと寝ることが出来れば充分だからさ」

 

 磯波と萩風もうんうんと首を縦に振る。ミコトに至っては私の手をしっかり握りしめて笑みを浮かべた。私がいれば癒されると言ってくれるのは私としては喜ぶべきなのだろうが、なんか複雑。

 とはいえ、力になってくれるのは嬉しい。こういうときこそ、いっぱい頼らせてもらおう。

 

「陽炎様は……午後からはどうするの?」

「午後もミコトの訓練に付き合うと思う。午前中は戦艦の人達と空母の人達に鍛えてもらったから、次は残りの要素かな。ミコト、それでいい?」

「うん、みんなが手伝うって言ってくれたから、全部やってみる。空母の人達はまたお願いすると思うけど、順番通りにやるなら対空砲火からかな」

 

 ミコトの言葉が聞こえてきたからか、私達の方にアトランタさんと初月の視線が突き刺さる。無言で親指をグッと上げてきたので、ミコトも笑顔で返していた。

 やはりみんなの妹。あのダウナー系のアトランタさんですら、ミコトにはしっかり興味津々である。育て上げたくなる気持ちは私にもわかる。

 

「ミコト、すごい成長速度だよ。元々のポテンシャルが凄まじいからかな」

「かもしれないね。陽炎の巫女ってみんなこうなるのかな」

「さぁね。ミコトが最初で最後だから、そんなこと気にしなくていいよ」

 

 まだ巫女の座を狙っているようにも聞こえたので忠告しておいた。ミコト以外に作るつもりは無いので、そこは諦めてもらいたい。

 

「さ、午後に向けて英気を養って、最後の訓練に行こうね。気合い入れて行こう」

 

 

 

 話はこれで終わり。腹ごしらえをして、決戦前の最後の1日をしっかりこなしていこう。嫌でも明日は命懸けの戦いだ。今を有意義に過ごして、心身共に最高の状態で明日に向かいたい。

 




世にも珍しいシスコン+ツンデレ萩風。はぎむら来るか?


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最後の作戦会議

 昼食後、最後の訓練の前に会議室に集められる。最終決戦に向けて、最後の作戦会議となる。

 明日は朝から会議をするまでもなく準備をして出撃となると思われるため、今のうちに全て話しておくとのこと。物部司令も帰投はしていないので、この会議に参加している。

 

 主な説明は、明日の出撃メンバーだ。おおよそ予想はついていて、前々回の戦い、『雲』撃破の時と似たようなものであろう。私、陽炎は本隊。太陽の姫撃破を狙う、M型異端児のみで構成された部隊となるだろう。今回違うのは、そこに村雨とミコトが加わることだ。

 

「今回も大掛かりな部隊で出撃してもらう。先に言っちまうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からね」

 

 当然騒つく。そんなことをしたら、この鎮守府は誰が守るというのだ。全艦娘出撃なんてしたら、ここに残るのは人間のみ。私達なら容易に倒せるであろう、深海棲艦の駆逐艦1体でも近海に現れたら、抵抗すら出来ずに蹂躙されかねない。

 しかし、静まれと手を挙げた後、明日の段取りを丁寧に話してくれる。

 

「まずそっちの方を話しておく。アンタ達全員が出撃した後、この鎮守府は空になるだろう。だが、その前に()()()()()が決まった。まぁ援軍と言うほどのものではないかもしれないが、鎮守府防衛のために動いてくれる」

「少数精鋭ってことかしら」

「ああ、来るのは元帥と大和だからね」

 

 陸奥さんの言葉への返答に耳を疑った。ここであの大和さんが、鎮守府の防衛に力を貸してくれるという。なんでも今日の午前中に連絡があり、それが決まったらしい。

 

 伊58の件で行なわれた小坂鎮守府の取調べ(征圧)が昨日のうちに終了したため、大和さんに若干の余裕が出来たとのこと。そのため、こちらに援軍として参加してもらえることが決定した。

 本当なら部隊に組み込むことも視野に入れていたのだが、どうしても1つだけ懸念している問題点があった。それが、大和さんが()()()()()()()()()である。払拭したとはいえ、元々崇拝していた邪神(太陽の姫)そのものを見てしまった場合、その存在に魅入られてしまう可能性を危惧されたのだ。それを言い出したのは他ならぬ大和さん本人だとか。

 最悪を想定した場合、どうしてもその要因は排除したいところ。だが、その教団に関わることなのだから手を貸したい。そう考えた結果が、鎮守府防衛の任に就くことだった。

 

「明日早朝に元帥と大和がここに来る。敵本陣が突然鎮守府に現れることは無いだろうから、大和1人でも何とかなるって話だよ」

「流石は大本営直属の大戦艦……大ボス以外にはそれで済んじゃうのね」

 

 実際、大和さんの力は尋常ではないらしい。陸奥さんや霧島さんですら、勝てるかわからないという程である。ネルソンさんは言うまでもない。相手が誰であろうと負ける気がしていないし。

 

「あと、もう1人増員が決定した」

「そちらも鎮守府防衛なのかしら」

「いや、部隊に加わってもらう。そろそろ到着すると思うが……」

 

 と話しているうちに、しーちゃんが工廠から連絡を受けたようで退出。その増員とやらは、たった1人でこの鎮守府に向かってきていたらしい。表から入らず、工廠から入ろうとする辺り、如何にも艦娘と言ったところ。

 その後すぐ、しーちゃんが戻ってくる。その後ろには見覚えのある顔。水浸しになっていた身体を拭きつつ、会議室に姿を現したのは、()()()の伊58である。

 

「えっ!?」

 

 思わず声を上げてしまった。増員として来るとは正直考えていなかった者だ。

 

「先日は、ご迷惑おかけしました。改めて、その謝罪をさせてほしかったので、ゴーヤは今この場に馳せ参じました」

 

 最初は『黄昏』の抜け殻を盗み出そうとしたことについての謝罪。あの時はボロボロの精神状態であったため、そんな言葉すらも紡ぐことが出来なかった。帰投する直前まで、メンタルケアということでここの潜水艦隊と交流していたが、今はその時よりも顔色は良くなっているし、少しだけでも前向きになっているような表情をしている。

 

「ゴーヤがやったことは取り返しのつかないことだったから、せめてもの罪滅ぼしで、この作戦に参加させてほしいでち。潜水艦が足りないっていうのは、この前にみんなから聞いていたから……だから、ゴーヤが志願したでち!」

 

 沈没船に接近するための戦力を追加したいというのはあった。うちの鎮守府には潜水艦がいないため、増員は今いる4人に奮闘してもらうしか無かったのだが、ここに来て1人でも増えてくれるのはありがたい。

 伊58は(くだん)の小坂鎮守府では切り捨てられる寸前の状態だったようだが、練度としてはかなり高い部類に入るとのこと。実力至上主義であったが故に、それだけの練度にまで達していたのだろう。だが、休みなく働けば誰だってポテンシャルは落ちていく。丸一日近くをじっくり休むことが出来たおかげで、伊58は本来の強さを取り戻していたわけだ。

 

「潜水艦が増えることは願ってもないことだ。元帥もこれを許可したんだから、アタシが断る義理はない。それに、ここまでやる気満々でいるのに、その気持ちを無下にすることもアタシにゃ出来なかった」

 

 最初は()()()()()()()()()()()()と勘繰ったらしいが、伊58からはそのような意思は感じない。悲惨な環境から脱し、明るい未来を手に入れるため、ここでケジメをつけに来たのだ。

 その思いを無下にするわけにはいかない。むしろココで断ったら、伊58は余計に落ち込んでしまう。せっかく前向きになれたのだから、その意思は尊重したい。

 

「ここで話を戻す。明日の最終決戦に臨む部隊編成を発表する」

 

 全員出撃と銘打っている以上、ここからは呼ばれる順番である。その中でも、部隊が完全に固定されているところもあるし、緊張感はそこまで高いものではない。

 

「まずは潜水艦隊。伊13を旗艦とし、随伴に伊14、U-511、UIT-25、そして伊58の5名とする。アンタ達の任務は、沈没船への接近、および依代の少女の()()になる」

 

 破壊ではなく救出。つまり、沈没船から引きずり出し、海の上への運ぶことが目的。沈没船から離した時点で死んでしまう可能性だってあるのだが、そうなってしまったらもう仕方ないと判断。そもそもは依代の破壊が目的であったので、そこは妥協になる。

 ある意味、苦肉の策ではあった。太陽の姫をどうにかしなくては、赤い海は最後まで拡がり切ってしまい、陸の人間にすら悪影響を及ぼしかねない。むしろ深海棲艦が強化された状態で上陸し侵略してしまうことの方が問題だ。

 

「アタシの憶測だが、影である太陽の姫がいる限り、依代も死ぬことはない。普通は生きていけない深海に鎮座しているんだ。何かしらの護りが依代には施されているだろうさ。だから、その依代自体を引き揚げてやんな」

「了解……です。潜水艦隊は、依代を沈没船から奪取することを目的とします」

「依代本人に抵抗される可能性もあるよね。そうなったらちょっと力尽くになるけど」

 

 私が潜水出来ればそんなこと考える必要が無いのだが、対となる者の割にはそういうところは深海棲艦とは違う。女神(母さん)の力で一時的に潜水能力は手に入れていたが、あくまでもそれは復活後の浮上のためであり、その加護が終わってからはやはり無理になっていた。

 だからここは潜水艦に頼るしかない。海上以上に危険な任務になると思うが、みんなやる気満々。特に新規参入の伊58は、特に意気込みが違った。

 

「まさかまた盗人みたいな仕事とは思わなかったけど、そういう意味ではゴーヤは慣れてるから」

「すまないね。別に意趣返しとかそういう理由は無いんだ。今の潜水艦の任務がこの一番重要なものってだけさね」

「わかってるでち。今度はちゃんといい理由で奪取するでち。義賊だよね義賊」

 

 果たしてそれがあっているかはさておき、やることは依代の奪取。潜水艦隊には大きな期待が寄せられる。

 

「改めて、自己紹介するでち。潜水艦、伊58。呼びづらいと思うから、ゴーヤって呼んでほしいでち」

「もしくはでっち」

「ウィーちゃんそれは出来ればやめてほしいでち……」

 

 伊58あらためゴーヤ。伊13(ヒトミ)といい伊14(イヨ)といい、潜水艦は語呂合わせの方向が強い。確かに数字で呼び合うのはいい気分ではないか。

 

「じゃあ、続きを発表していく。とはいえ、皆おおよそ見当が付いているとは思うがね。多少は入れ替えがあるから心して聞いておくれ」

 

 ここからは作戦会議再開。最終決戦に向けての部隊編成の発表。

 

「潜水艦隊を補佐する対潜部隊は、前回と同じとする。旗艦は五十鈴。随伴は龍田、大鷹、占守、大東、そして松輪。松輪はM型異端児だから本隊に入れるべきかとは思ったが、やはり対潜部隊だからこそ力を発揮出来るだろう」

「は、はいっ……わかりました。まつわ、がんばります」

 

 囮作戦というのも考えられていた松輪の存在。新たに覚醒し、M型の同期値が跳ね上がった松輪は、以前の沖波のように太陽の姫からその存在が狙われる可能性が高かった。

 だが、今は松輪以上に狙われるであろう存在、ミコトが加わったことで、松輪をわざわざ危険に晒す理由も無くなる。それ故に、松輪は通常通り対潜部隊へ。それでも狙われるようであれば、M型異端児の本隊が松輪を護ったりすればいいだけ。

 

「次は本隊。太陽の姫にぶつかってもらう。これは皆予想がついていると思うが、旗艦は陽炎、随伴は沖波、村雨、衣笠、磯波、そしてミコト」

「はぁい! お母さんを助けるよ!」

 

 わかりやすくM型異端児が纏まった本隊。太陽の姫に唯一有効だと考えられているM型異端児の攻撃を一箇所に集める方針は変わらない。以前はそこに松輪を加える予定だったが、そこにミコトが加わることでより強固な布陣に。

 とはいえ、まさか私が旗艦になるとは思わなかった。いつもどおり衣笠さんを中心に置くのかと思っていたが。

 

「本隊を補佐する別働隊。旗艦は陸奥、随伴は長門、霧島、夕立、萩風、木曾。アンタ達はその場で動き回ってもらうことになるだろう。太陽の姫の動きに合わせて、臨機応変に対応してもらいたい。いわゆる遊撃隊ってヤツだ」

「好き勝手暴れていいっぽい?」

「そういうことじゃないが、まぁ近しいことだ。防衛線を引っ掻き回して、本隊が太陽の姫と戦いやすいようにしてやりな。行けそうなら、一緒に攻撃してもいい」

 

 こちらは一斉射を兼ね備えた戦艦全部乗せ。私達の行動をゴリ押しで倒すための補佐をしてくれる。本隊と組み合わせて、ある意味連合艦隊と言える。

 

「防衛線を突き崩すための、強襲部隊。支援艦隊はここに入ってもらう。旗艦はネルソン、随伴はサウスダコタ、プリンツ・オイゲン、アクィラ、イントレピッド、アトランタ。第二艦隊として、旗艦阿賀野、随伴に隼鷹、天城、五月雨、菊月、初月。この連合艦隊で突撃してもらう」

「よかろう。我がNelson Touchで全てを突き崩す。任せてもらおうか」

「え、えぇっ、阿賀野が旗艦!?」

「良いではないか。貴様は余が認めた名誉Nelson Touch構成員。期待しているぞ!」

 

 ネルソンタッチを有する支援艦隊と、我が鎮守府の空母隊が組み、私達の邪魔をする防衛線を全て破壊し尽くすのが目的である強襲部隊。前回もそれで道を拓いてくれている実績があるので頼もしい。

 阿賀野さんもそれがあるから旗艦を任せられたのだと思う。いざという時にメンバー入れ替えのネルソンタッチを繰り出す可能性が無いとは言えない。

 

「最後は新規の陸上防衛部隊だ。赤い海が陸に限りなく近付いているからね。いざという時のために、陸に近い位置で防衛が必要だと判断した」

 

 最悪の場合、戦闘中に拡がり終わり、赤い海が陸に辿り着いてしまう可能性すらある。そうなった場合、太陽の姫云々関係なしに、深海棲艦が陸を侵略するという脅威が考えられた。

 それを未然に防ぐために、先んじて陸を守る部隊を編成しておくということになった。確かにそれは必要だと思う。残った者全員を注ぎ込むのは、やはり陸の平和が艦娘にとって一番大事だからか。

 

「今呼ばれなかった者は、全員そちらを頼む。陸から徐々に防衛線の方に近付くようにしてくれりゃいい。加古と神州丸に任せる」

「あーい了解。陸を守るのもあたしらの仕事だからねぇ」

「了解であります。諜報部隊は仕事が終わっているでありますからな」

 

 これで全員の配分が完了。誰も文句無しの配置。

 

「これが最後の作戦会議になることを祈る。明日で全部終わらせるよ」

 

 

 

 これを本当に最後の戦いにしたい。ここまで来てまだまだ謎が残っている太陽の姫だが、これで終わらせるために、私達は奮闘する。

 




部隊編成は終了。これであとは戦うだけです。新たな仲間、ゴーヤも、潜水艦隊として力を発揮してくれることでしょう。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89417879
MMD静画のアイキャッチ風神州丸。フードが特徴的だけど、脱いでる姿がとても可愛い。リンク先には同じ特務艦同士で仲のいいあの子との掛け合いがあるのでどうぞ。


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決戦前夜

 最後の作戦会議が終わり、午後の訓練へ。ミコトは対空、対潜、近接戦闘の訓練に勤しむ。もう残り時間は僅かだが、それでも出来る限りのことはやっていく方針。少しでも学んでおけば、素人では無くなる。ミコトならほんの少しの経験も最高の結果に持っていけるはずだ。

 私、陽炎も相変わらずその訓練に便乗させてもらう。ミコトほどの成長度は無いだろうが、知っておくことに意味があるはずだ。それに、私と一緒に訓練するとミコトが楽しそうにするから、連鎖してみんなも喜んで教えてくれる。そして効率が良くなるという嬉しいスパイラルに入った。

 

「楽しかった! 僕、もっと強くなれたよね!」

「うん、本当にメキメキ強くなるからビックリしちゃったよ」

 

 対空はアトランタさんと初月が合格を出す程に、対潜は海防艦と抜きつ抜かれつ出来る程に、そして近接戦闘は木曾さんも神州丸さんも及第点を与える程に成長していた。みんなの力でミコトはギリギリまで鍛え上げられたのだ。

 たった1人でも全ての戦場に対応出来る万能オブ万能。敵でいた時は厄介極まりない戦力だったが、味方になったらあまりにも心強い。

 

「これなら明日も大丈夫だね。期待してるよ」

「うん、僕に任せて。絶対お母さんの役に立つからね」

 

 眩しい笑顔である。母性本能が擽られるような感覚。おそらく今日ミコトに訓練をしてくれた人達は、同じような気持ちだったのだと思う。これは教えたくなるし、こんなことを言ってくれるのだからより強く育てたくなる。

 

「ミコトは多分、太陽の姫が狙ってくると思う。私達も守るけど、自分の身を守れるようにしてね」

「そのための訓練だよね。勿論、お母さんに迷惑はかけないよ」

 

 抜け殻の状態から刺客を差し向けて奪取しようとしてくるくらいだ。私が分霊を施して陽炎の巫女となった今でも、その身体を狙ってくる可能性は高い。私の分霊を取っ払ってもう一度分霊することで、『黄昏』を蘇らせることまで考えられる。

 ミコトは最高の戦力であると同時に、絶対に奪われてはいけない急所だ。自己防衛も当然やってもらうが、私達もミコトのことを守りながら戦いたいと思う。幸いにも、今は守護者の力を持つ衣笠さんがいるため、大分気持ちは楽。そうすると今度は衣笠さんが狙われそうなので、そこは常に緊張感を持って動かなくてはいけないが。

 

「今日はお疲れ様。あとはご飯を食べて、身体を綺麗にして、グッスリ眠っておしまいだよ」

「はぁい。いっぱい疲れたから、眠れないってことは無いと思うよ」

「それは良かった。私は少し心配だけど、みんながいてくれれば大丈夫。勿論、ミコトもだよ」

 

 訓練に便乗させてもらったのは、疲れで夜眠れるようにするためというのと、訓練中は悩みを後回しに出来るからだ。いや、もう悩むこともない。作戦会議の時に、空城司令が明確な指示をくれている。依代の少女を()()すると。

 私の悩みはそこだった。艦娘としては救いたいが、両親の仇という意味では抵抗があった。だが、作戦として救出が目的となったのなら割り切れる。嫌がるとかそんなことをしていられない。私怨で依代を破壊するというのは、指示を無視することに他ならない。

 

 私の悩みのこともあってか、今回の方針を明確に定めてくれたのかもしれない。ありがたい限りだ。

 

「じゃあ、すぐにお風呂行ってから夕飯だね」

「わぁい! 食堂のご飯、すっごく美味しいから大好き!」

「そうだね。私も好きだよ」

 

 仲間達もそうだが、この居場所のことも気に入ってくれて良かった。これなら、ミコトには何のストレスも無いだろう。それなら尚のこと明日が期待出来る。

 

 

 

 夕食は英気を養えるようにといつもよりも豪勢にされていた。全員出撃と言われていたが、短時間しか動けない間宮さんと伊良湖さんは流石に鎮守府に残るため、その分をここでとみんなに貢献してくれる。こういうところからストレスを排除し、心身ともに万全にしていく。

 その後のお風呂も終わり、あとは寝るだけ。事前にホットミルクを飲んでおいて、確実に眠れるような状況を作っておいた。ここでも最も落ち着ける環境を選択することが望まれる。とはいえ私達はいつも通りだ。

 

「一番ストレスを感じない状態……って言われても、普段が一番いいんだよねこういう時は」

「だね。これが一番落ち着けるよ」

 

 いつものメンバーが私の部屋に集合。夕立はもう村雨と一緒にいることが当たり前になっているため、これも普段通りの配置となっている。

 私の隣にはニコニコしているミコト。今日も添い寝の権利はミコトに渡したようである。昨日と同じ布陣だが、今朝も全員気持ちよく目を覚ますことが出来たので、決戦前夜もこれで良さそうだ。

 

「明日は最終決戦だけど、もう後腐れみたいなのは無いよね」

「それはこっちのセリフ。ひーちゃん、何か悩みがあったんじゃないの?」

 

 昼食の時にほんの少しだけぶり返した悩みの種。こういう時こそ仲間を頼るべきだと思う。後回しにするのはいいが、1人で抱え込むのはよろしくない。隼鷹さんには少し聞いてもらっているが、より強く心許せる親友達にも聞いてもらおう。

 

「依代のことでさ……。分霊で救うことを躊躇しちゃうかもしれないなって思って」

「あぁ……そうかもしれないね」

「陽炎様は……両親の仇だもんね」

「……姉さんの気持ちは、痛いほどわかります」

 

 私の悩みに関してはみんなが同意してくれる。私の今までのことを全て理解してくれているからこそ、この悩みは共有しやすい。特に萩風は私と同じ状況を実際に体験している。最愛の者の仇である『雲』を撃破した後、ある意味その依代にされていた村雨と和解にまで持っていけているのだ。

 

「でも、割と悩みは晴れてきてるんだよね。ほら、昼に部隊編成の話があったでしょ。その時に司令が依代の救出って言ってたからさ、そこはそうしなくちゃって気持ちが強くなった。恨みは二の次に出来そう」

 

 依代の少女はあくまでも依代。邪神にただ利用されているだけかもしれない。邪神の意思に同意し、自分の意思で私の両親を殺したという可能性も否定は出来ないが、邪神が降りなければそんなことにはなっていないはず。

 ならば、全ては邪神のせいだ。依代の少女にも罪があるかもしれないが、実行犯は邪神。それに、それを降臨させようと狂ってしまった依代の少女の父親、教祖のせい。少女は不幸にも巻き込まれたに過ぎない。

 

「だから、救ってから考えることにしたんだ。その子の意思で私の父さんと母さんを殺したって言うのなら、絶対に許さない。でも、もう壊れて自我も無い状態を邪神に利用されていたっていうのなら、どうにかしてでも救う」

 

 これが艦娘としてのやり方だと思う。破壊者ではなく守護者。どんな者でも、守るべき対象。私個人の感情を出すのは今じゃない。この躊躇が、奴の思うツボかもしれないのだから。

 

「お母さん、僕も依代の子を頑張って救う。だってあんなに不幸だったんだもん。お母さんに救われたら、きっと幸せになれるよ。僕がそうなんだから」

「ありがとね、ミコト。一緒に頑張ろうね」

 

 先程のホットミルク効果で少しおねむなミコトが、私に抱き付きながら話す。陽炎の巫女として、私が与えてしまった幸せかもしれないが、ミコトが喜んでくれているのならいい。

 

「明日に備えて、今日は早く寝よう。最後の戦いなんだからね」

「だね。身体を休めて万全な態勢にしなくちゃ」

 

 いつもだったらもっと起きているのだが、眠くなってきたところで眠らないと、タイミングを逃して変に目が冴えてしまいかねない。なら、今が消灯にちょうどいい時間だ。

 

「最後に今のこと話せて良かったよ。やっぱり悩みは口に出さないとダメだね。聞いてもらえてすごくスッキリした」

「それならよかった。ひーちゃんが一番万全にならなくちゃいけないんだからさ」

「私達……何もしてないけどね」

 

 独白するだけで終わってしまったものの、そのおかげで自分の意思を纏めることが出来たのだ。みんながいてくれたから、今の意思がある。何もしていないわけじゃない。

 

「じゃあ、おやすみ。ミコト、もう寝るよ」

「うん、寝るー。お母さん胸貸してー」

「はいはい、昨日もそうしたでしょうに」

 

 そして、夜は更けていく。目を覚ましたら、命懸けの戦場。そして最後の戦い。緊張感はあるけれど、絶対大丈夫という気持ちが強い。こんな心持ちなら、負けることなんて無いだろう。

 

 

 

 そして翌朝。清々しい朝。悪夢なんてもう見ることもなく、熟睡したことで身体も100%の回復をしている。私だけではなく、みんなが同じ。

 

「流石に少し緊張してくるね。今日で終わりにするんだから」

 

 着替えながら話す。今日は本番であるため、磯波だけならず萩風も対策インナー着用。沖波は相変わらずだったが、流石に決戦に向けたこの朝に妙ないざこざを起こすことはない。逆にミコトは、萩風も自分の姿に近くなったからか目を輝かせていた。

 

「みんな僕みたいな格好になるの?」

「みんなではないかな。私と沖波はアレが必要無いから」

「そうなんだ。でも、なんか嬉しい!」

 

 M型異端児以外は、ある意味全員がミコトと似たような状態になる。制服の下にそれを着ることになるため、ミコトのように曝け出すことは無いのだが、内側にそれがあるというだけでもミコトは嬉しい様子。特に磯波は殆ど同じなので、より親近感が湧く様子。

 私や沖波にも着てほしそうにしていたが、用意されていないので断念。私は嫌なことを思い出しそうなので、申し訳ないが勘弁してほしい。

 

 と、ここで萩風が意を決したように私の方を向いた。

 

「姉さん、お願いがあります」

「ん? どうかした?」

「戦いを乗り越えられるように、私は今日だけはなりふり構わず行こうと思います。心を万全にするために、姉さんにしか頼めないことがあって」

 

 意を決した割には言い澱んでいるようにも見える。抵抗があるのだろうか。だったらやめた方がいいのでは。

 

「……姉さんのスパッツを貸してください」

「んん? それって」

「私の真の万全は、()()()()()()()です。磯波さんのように、当時の姿を再現することで、一番力が発揮出来ると思います。勿論スカートを脱ぐなんてことはしませんが」

 

 確かに以前、夕立に振られてそれらしいことをカミングアウトしかけていたが、今回はさらに思い切ったことを言ってきた。決戦に向けて、完璧な心持ちでいくために、あえてその道を選び取った。

 少し悩んだが、萩風の決意は固いようで、決戦を最高の結果にするためにも気合いを入れたいという気持ちがありありと伝わってくる。

 

「わかった。じゃあ、これを預けるから、ちゃんと生きてここに戻って、私に返して」

「了解です」

 

 最近はサポーターを兼ねたタイツを常用しているため、殆ど使っていなかったスパッツを萩風に渡す。それだけでも少し震えたような気がするが、念願叶ったみたいな表情をした後に、ゆっくりと脚を通した。

 なんだか本当に駆逐水鬼に戻っていくようにすら見えるが、萩風は萩風なりに考えた結果なのだ。ならば、否定するわけにはいかない。むしろ、人間に戻った直後にこれを要求してこなかったこと自体がよく頑張った方なのかもしれない。

 

「っ……ふぅ……とても落ち着きます。やっぱり、これも後遺症なんでしょうか」

「わかるよ萩風ちゃん……私も今の状態が一番落ち着くもん」

 

 後遺症仲間の磯波が同意。私としては少し複雑である。

 

「あはは……ひーちゃん、なんかいきなり疲れちゃった?」

「大丈夫大丈夫。萩風がこれで100%以上の力が出せるっていうなら、私は何の気兼ねもなくスパッツくらい貸し与えるよ」

 

 まぁこれくらいならまだいい方だ。私に直接の害は無いし、萩風がそれで喜んでくれているのなら、マイナスよりプラスの方が大きい。戦いに向けた最後の準備なわけだし。

 みんなが事情を知っているのだから、冷やかすようなこともしないだろうし、萩風自身が自信を持って話すだろう。ある意味()()()みたいなもの。

 

 

 

 これで決戦に向かう準備は出来た。今日で全てが終わる。

 




次回より最終決戦となります。この長かったシリーズも、ついにここまで来ました。


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終焉への出撃

 準備万端となり、最後の戦いに臨む鎮守府。朝食で腹拵えが終わったくらいのタイミングで、颯元帥と大和さんが鎮守府に到着した。鎮守府の全員が出撃するというとんでもない大戦闘の間、元帥の大和さんがこの鎮守府を守り通してくれる。

 だからか、大和さんは徹底した重装備だった。主砲も最大級のモノだし、単独戦闘でも倒れないようにバルジまで装備し、徹底した防衛態勢。唯一、大和さんでもどうにも出来ないのが潜水艦なのだが、海上に出てこない限り鎮守府に危険はなく、上に現れた時点で大和さんの餌食になるので、殆ど心配は要らないとの事。

 

「鎮守府の防衛は、大和にお任せください。何事も無いかもしれませんが、大戦艦の力、100%揮わせていただきます」

 

 なんて頼りになる存在。たった1人でも守り切るという覚悟を感じる。そして、それが出来るだけの力すら持っている。その力で戦場に立ってもらえれば良かったのだが、無理を言ってはいけない。

 

「赤い海が拡がるであろう陸地は、先んじて交通規制を敷いておいた。万が一のことがあっても、ある程度は時間が稼げる」

「そいつはありがたい。陸の防衛にも人員は割いているが、余計な手間がかからないってのはいいことだ」

 

 今日はタイムリミットの日。下手をしたら、陸から赤い海が確認出来るくらいにまで拡がってしまっている可能性がある。その場合、あまり考えたくないのだが、それを見るために野次馬が現れたりすることが考えられた。

 さすがに好奇心だけでそこに居られるのは、邪魔以外の何物でもない。そのため、先んじて颯元帥が根回しして、誰も海岸線に近付かないようにしてくれているそうだ。それでも何が起きるかわからないのだから、無駄な脅威は取り払っておきたい。最終的な敵が守るべき人間になるとか、地獄絵図すぎる。

 

 そしてついにこの時が来た。全員が工廠に集合し、最後の戦いへの準備を始める。出撃順は以前とは少し変更されて、まずは陸上防衛部隊から。その後に強襲連合艦隊、その後ろから対潜部隊と潜水艦隊が向かい、最後は本隊と別働隊による連合艦隊となる。

 私、陽炎は本隊。強襲部隊により防衛線を突き抜け、ミコトの存在により太陽の姫を誘き出し、まずそれを叩く。それを倒せない限り、依代をどうにかすることなんて出来ないだろう。

 

「先に言っておくが、この部隊は暫定みたいなもんだ。現場ではその時その時で戦いやすい布陣ってもんがあるだろう。まずは生き残ることが最優先だ。それはわかっているね」

 

 全員が一斉に返事をしたため、工廠が揺れる程の勢いに。全員がこの戦いを終わらせるのだと気合が入っている。

 

「最後にもう一度確認するよ。今回の目的は太陽の姫の撃破と、依代の救出だ。だが、依代の救出は出来る限りに留めておく。潜水艦隊には負担をかけるが、大丈夫かい?」

「問題……ありません。ゴーヤちゃんも加わってくれたので」

「任せてほしいでち。必ず任務を達成するでち」

 

 昨日の間にゴーヤの対策水着も作られており、依代の眠る沈没船へ突撃する準備は万端。4人が5人に増えたことで、より成功率を上げている。

 ゴーヤは少し気負っている感じがしないでもないが、そこは他の潜水艦達が常にケアをしながら動くようだ。特にユーとウィーは、ゴーヤにべったりというかケアに特に貢献している。

 

「沈没船から引きずり出した時点で壊れてしまった場合は……それでも表に出せばいいですね」

「ああ、それでいい。沈没船を引き揚げることは不可能に近いんだ。そこは諦めるしかないね。アタシゃ大丈夫だとは思っているがね」

 

 そうこうしている内に、陸上防衛部隊の出撃準備が整う。旗艦として加古さんと神州丸さんが最終確認。

 

「これで行けるな」

「うむ、我ら諜報部隊も、陸の防衛に専念しましょうぞ。太陽の姫撃破の現場に居合わせることが出来ないことは仕方あるまい」

「まぁそこんところは勝ってから陽炎辺りにインタビューすりゃいいって」

 

 それは責任重大だ。まず勝って戻ること前提だが、ちゃんと戦いのことを覚えていなくてはならない。

 

「陸のことはアンタ達に任せる。行けそうならそのまま防衛線の方まで進んでおくれ」

「了解。じゃあ、出撃だ! 艦娘の意地、見せてやっかね!」

 

 陸上防衛部隊が出撃後、続いて強襲部隊の準備完了。ネルソンさんを中心に、かなり重たい部隊が勢揃い。長門さんと陸奥さんが別働隊に加わるものの、空母がほぼ全員強襲部隊に入るため、火力で言えばおそらくこちらの方が高い。

 

「ネルソン、前の通りによろしく頼む。アンタ達の突破力で本隊を奴の居場所に導いてやんな」

「任せるがいい。余の手にかかれば、赤子の手を引き千切るようなものだ」

「物騒っぽい」

 

 磯波破裂。久しぶりにネルソンタッチが磯波の腹筋を抉った。

 最後の最後まで締まらないのがネルソンさんである。というか、夕立のツッコミも相まって、磯波が大分緩んでしまった。緊張感が無いことがいいことか悪いことかはわからないが、力んでいるよりはマシかもしれない。

 

「では皆の者、準備はいいな! アガノ、貴様の働きにも期待しているからな」

「こんな大きな戦いで旗艦とか緊張するんだけど、ここまで来ちゃったら頑張りまぁす」

「よろしい! では、いざ行かん!」

 

 強襲部隊も出撃。磯波がまだ復帰しそうに無いが、続いては対潜部隊と潜水艦隊。

 今回の作戦の2つ目の要。沈没船への接近を優先する潜水艦隊と、それをサポートする対潜部隊は、下手をしたら最も狙われるかもしれない部隊。松輪が狙われる可能性はまだまだ拭えないし。

 

「アンタ達もかなり厳しい戦いになると思うが……よろしく頼むよ」

「任せてちょうだい。必ず潜水艦隊を沈没船まで送り届けるから」

「初めてじゃないんだもの。同じ轍は踏まないわ〜」

 

 五十鈴さんと龍田さんも気合充分。前回もかなりいい動きをしてくれたおかげで、イヨだけとはいえ沈没船に近付くことが出来た。今回はたった1人だけではなく、潜水艦隊全員が近付けるようにしてやると意気込みも凄まじい。

 それについていく海防艦達も、大鷹の言うことを聞きつつも溢れる気合が表に出てきてしまっている。あの松輪も、ここで終わらせるのだと表情が勇ましい。

 

「今回のいつものことをやっておきましょう。今回の戦いは」

「潜水艦は全部吹っ飛ばすけど」

「死ぬくらいなら逃げるっしゅ」

「いのち、だいじに!」

 

 前にも同じことをやっていたのを思い出す。大鷹と海防艦達の中では、不変の標語みたいなものなのだろう。出撃前にそれを言葉にすることで、しっかりと心に刻みつけている。

 この信念は必要。今回は最後の戦いという特に危険な戦場なのだから、この信念は絶対に忘れてはいけないこと。

 

「でっち……気負わないでね」

「そうだぞー。力んでたらやられちゃうかもなんだからね」

「大丈夫でち。命大事には潜水艦も一緒だからね」

 

 潜水艦隊も出撃準備完了。ゴーヤはどうしても表情が硬いが、周りからの声援で笑顔を見せるように。メンタルケアは大分効いているようだ。

 

「じゃあ、行くわよ。対潜部隊、出撃します!」

「潜水艦隊……出撃します。行きましょう」

 

 対潜部隊と潜水艦隊もこれで出撃。残ったのは、本隊と別働隊のみ。ここまで出ていくと、最初の多さが嘘のように無くなり、工廠がとても広く感じる。

 

「私達が最後だね。ちょっと緊張してきたよ」

「夕立は興奮してきたっぽい! 早く戦いたくてうずうずしてくるっぽい!」

 

 夕立は相変わらずだが、そのノリが緊張感を薄れさせてくれるのでありがたい。

 夕立だけでなく、ここにいる面々には太陽の姫に個人的な恨みを持つ者も多い。私と沖波、村雨は直に巫女にされているし、萩風と長門さん、夕立に磯波は間接的に深海棲艦にされている。ミコトだって今でこそ全ての記憶が消えているが巫女だった。因縁が大きい者をこの部隊に詰め込んでくれている。

 

「アンタ達に任せることになる。頼んだよ」

「うん、任せて。これで決着をつけてくる。父さんと母さんの仇……ううん、世界を守るために、これで終わりにするよ」

「最後の戦いだもの。私達も全部出してくるわ」

 

 陸奥さんと拳を突き合わせて、海の方を向く。ここから先は命懸けの戦場。今ここにいる12人で、太陽の姫に挑む。D型異端児だったり異端児ですら無かったりするものは、その攻撃が届くことすら無いかもしれない。だが、やれることはあるはずだ。

 

 泣いても笑っても、これが最後。この戦いで全てが決まる。これ以上は引き延ばせない。赤い海が陸に辿り着く限界ギリギリ。

 勝てば終わり、負けても終わり。ならば勝って、笑顔でこの戦いを終わらせたい。誰も傷付かずとは行かずとも、誰も死なずに、全員揃ってここに戻ってきたい。

 

「じゃあ、行こう。決着をつけよう!」

 

 小さく息を吐いて、戦場に向かって一歩前へ。もう戦いが終わるまでは戻れない。みんなの熱を背に受けて、私も身体を熱くして、その戦場へと向かった。

 

 

 

 航路はいつも通り。鎮守府から一直線に本拠地へと向かう。ここまで来たら、回り込むとかそういうことも考えない。

 

「うわ、もう赤い海が見えてきた」

「大分拡がってるね……陸に辿り着くのも時間の問題っていうのがわかるよ」

 

 いつもだったら水平線の向こうにも見えないくらいの位置で、すでに赤い海の存在が確認出来るようになっていた。今この段階でそう見えるということは、陸側は海岸線に立っているだけでも赤い海が確認出来てしまう程かもしれない。

 そんなものが陸から見えていたら、確かに野次馬が群がってもおかしくはない。それを事前に対策してくれた颯元帥には感謝。

 

「陸の方には何もなってなければいいんだけど」

「そのために加古達が向かったんだから、私達は気にしないようにしましょ。正面にいる敵だけを見ていればいいわ」

 

 陸奥さんに言われ、考えを改める。私達が陸側を考えている余裕なんて無い。正面にいる太陽の姫に神経を集中しよう。全力でかかっても勝てるかわからないような相手なのに、別事に意識を持っていかれていたら勝てるものも勝てない。

 

「うわ、ちょくちょく亡骸が浮かんでる。この段階から妨害入ってたんだ」

 

 航路の途中で消えかかっている深海棲艦の亡骸が浮かんでいることがあった。強襲部隊が処理したのだと思うが、今まではこの段階で攻撃を受ける事はなかった。

 それだけあちらも本気で来ている。これが最後の戦いであると、太陽の姫も実感しているのだろう。だからこそ、無限に湧く深海棲艦を早い段階から投入して、こちらの体力を削ごうとしてくる。確実に勝てるように。邪神の割には妙に人間臭さがあるのは、依代の影響なのだろうか。

 

「音も聞こえてきたわ。各員、戦闘態勢を維持しながら突撃するわよ。ネルソン達が先にやってくれているはずだけど、突破出来そうに無かったらそこで抗戦だから!」

 

 陸奥さんの号令で、全員が臨戦状態に。いつ襲われてもいいように、神経を集中して突撃する。今まで以上の妨害があることは容易に想像出来るし、最悪の場合、また何かしらの巫女が生まれていてもおかしくない。慎重に、且つ大胆に、その戦場へと突っ込んだ。

 

 

 

 しかし、そこにあったのは異様な光景だった。

 

「何、あれ……!」

 

 ネルソンさん達の姿が見えたが、戦っている相手がおかしい。

 どう見ても深海棲艦、言ってしまえば姫級なのだが、艤装の形状とかが今までに見たことのないものだった。いや、少し違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「来たか貴様ら! 今回の防衛線は侮れん!」

「これは想定してなかったわ。まさか完全な()()()を用意してくるなんて」

 

 ネルソンさんはおろか、アクィラさんも困った顔で対応している。

 

 模造品、そう呼ぶのが最も適している敵。姫級であろう深海棲艦の艤装は、どう見ても()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけではない。その隣にはサウスダコタさんを模した姫と、プリンツさんを模した姫までいる。その後ろにはアクィラさんやイントレピッドさんの模造品まで。

 そうこうしている内に、私達の前にもヌルリと深海棲艦が現れる。私の姿を模した駆逐艦の姫。その隣には沖波を模した姫。キチンと眼鏡までかけて、それを表現している程に。

 

「今まで静かだったのは、これを造るため……!?」

「あり得るわね。これは困ったわ……私と姉さん、霧ちゃんまで出てきちゃった」

 

 模造品、いや、おそらく奴なら『影』と名付けるか。日の光にて生まれる、物の形を投影する影。

 最後の最後にとんでもないものをぶつけてきた。足止めにも充分すぎる。

 

「完全な模造品だったとしたら……私達の能力を全て持ってるってことよね」

「そう考えるのが妥当だな。つまり、奴らも()()()()使()()()

 

 言うが早いか、陸奥さんと長門さんの『影』が一斉射の構え。アレがどれ程の威力なのかは、私達が一番理解している。味方にしているから頼もしいのであって、敵には絶対したくない。

 さらに言えば、模造品と言っても相手は深海棲艦。そもそものスペックが私達よりも高い。言ってしまえば、『影』は私達の上位互換の可能性が高いのだ。

 

 

 

「どうにか突破する。こんな奴らに構ってる暇無いんだから!」

 

 最後の戦いは、自分との戦いから始まる。そういう意味でこの言葉は使いたくなかった。

 




最終決戦開始。太陽の姫の前に、その光から生み出された己の影が立ち塞がります。


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己との戦い

 ついに最終決戦の海へと歩み出たのだが、まず立ち塞がったのは普通とは違う深海棲艦達。巫女では無いのだが、艤装が艦娘のモノを模倣している『影』である。私、陽炎の『影』も当然そこにおり、その隣には沖波の『影』も。それだけならまだ良かった。

 

「来るわよ。全員回避!」

 

 陸奥さんが叫んだことで、連合艦隊といえど一斉にその場から散る。その瞬間、陸奥さんと長門さんの『影』が一斉射を放ってきた。

 その『影』は、見た目はおろか能力までもが私達の模造品。陸奥さんや長門さんなら一斉射が扱えるだろうし、先んじてこの場に到着したネルソンさんが侮れないと言ったのはネルソンタッチまで扱えるということなのだろう。

 

 とはいえ、私達は一斉射をさんざん見てきている。回避の仕方だって理解しているし、なんなら弱点だってわかる。一斉射の弱点をつけるのは、おそらく私のみ。『蜃気楼』によって急速に近付いて、隙間から急所を狙う。

 

「ひーちゃん!」

「うっそでしょ!?」

 

 しかし、それを許してくれないのが私の『影』だ。まさかの()()()()()()()()()。私の動きに合わせてあちらも同じことを実行し、私の行動を阻害してくる。進もうとした先には既に『影』がおり、私に向けて主砲を向けていた。

 勿論、私の仲間は私の弱点をしっかりと把握している。脱力回避の弱点は、動き出しの脚。それを即座に把握出来る者は数少ないものの、キャンセルは出来る。しかし、やってくると思っていないものをキャンセルすることは出来ない。

 

「っとぉっ!?」

 

 だが、私だって自分のことは理解しているつもりだ。撃たれる瞬間にもう一度脱力回避で辛うじて回避する。

 命中精度も私と同じだと言うのなら、備え付けの主砲はかなり危ない。瞬時に照準を定め、回避方向すらも見極めて放ってくる。それだけはまずい。私はそれと相対したことはない。

 

「陽炎、守るよ」

「お願い!」

 

 ここで全自動防衛を発動させた衣笠さんに引っ張られ、その砲撃を緊急回避。相手がどんなものであれ、対象とした者を守り切るのが、衣笠さんが覚醒したことで手に入れた技であり特性。本当に助かる。

 だが、衣笠さんがいなければかなり危なかった。備え付けの精密射撃を敵にするのはこうも恐ろしいのか。

 

「ゲロ様のニセモノは夕立がやるっぽい!」

 

 そこに飛び込んできたのは夕立だ。『影』の一斉射を回避した後、即座にこちらへと向かっていた。夕立ならそれを考えるのも当然である。

 しかし、それはあちらでも言えることだった。夕立に対応するために向かってきたのは、よりによって霧島さんの『影』。艤装を鋏状に変形させた挙句、それにより挟み殺そうと突っ込んできた。

 

「親分!?」

「なら、そっちは私の獲物よね……!」

 

 その夕立を守るため、霧島さんが自身の『影』へと突っ込んだ。同じように艤装を変形させ、鋏同士をぶつかり合わせる。艤装の強度的には、深海棲艦である分、腹が立つことにあちらの方が上。一度ぶつかっただけでも、霧島さんの艤装から嫌な音が聞こえた。

 

「重たっ……!」

「すぐに助け……っ!?」

 

 霧島さんを援護しようとした村雨の前には、やはり村雨の『影』が立ち塞がる。艦娘として活動するようになり、夕立に近しい獰猛な動きすら出来る村雨をしっかりと模倣しているせいか、完全に同じタイミングで魚雷を放っていた。

 その魚雷同士が衝突し爆発。大きな水柱が立ち昇った。こうなると、こちらでは何度も訓練に使われた萩風のスイッチ戦法に繋がる。以前は爆煙を突き抜けるというなかなか危ないことをやってのけたが、今回はいつものそれだ。

 

「この……っ!?」

 

 そして、案の定同じ戦術を使ってきた萩風の『影』。水柱の中心で主砲同士がぶつかり合うことになり、そこで主砲を放ったせいでとんでもない音がした。艤装の破壊までは行っていないものの、水柱を掻き消す程の爆発が起きたのは言うまでもない。

 その隙を狙うのは磯波と沖波。爆発が2度連続で起きたことで、一瞬だけ時が止まったこの瞬間を狙って、いの一番に狙ったのは私の『影』である。やはり模造品とはいえ、私が敵対しているという状況が気に入らないようだった。

 

 しかし、そこに跳んでくるのは夕立の『影』。淡々と行動する夕立という異様な姿がいかにも敵であるという雰囲気だが、実力は本人と同じかそれ以上。

 

「面倒なのが来たね!」

「すぐに追い返すよ……」

 

 それに対する2人は、今までに見たことのないくらい冷めた顔で処理を始める。特に磯波は、殆ど無表情で跳んでいる夕立の『影』を的確に撃ち抜こうと砲撃を放っていた。

 当然2人は夕立の弱点を知っているわけで、連携の訓練では夕立を倒すことだって出来ているのだ。『影』がどれだけ夕立を理解しているかは知らないが、完璧な模倣であればあるほど、対策はしっかりと効くだろう。

 

「沖波姉、磯波姉、危ない!」

 

 だが、2人で夕立に注目してしまうと、本人の『影』はフリーになってしまう。そうなると、当たり前だが()()を狙ってくるだろう。沖波の『影』が沖波を、磯波の『影』が磯波に狙いを定め、確実に始末するために行動を起こした。

 それを守るのはミコトである。至近距離から撃たれたわけでもないため、その砲撃の間に入り、強固な艤装で2人を守った。陽炎の巫女としての艤装も、深海棲艦のそれと同様な程に堅牢であり、いくら相手が姫級だとしても傷一つ付かない。

 

 幸いなことに、この戦場を見回しても()()()()()()()()()()()()()。そのおかげで、ミコトは常にフリー。そこにいる仲間の誰かを確実に守る役目に辿り着いていた。

 しかし、表情は少し浮かない。初めての戦闘で、私の役に立つんだと意気込んで出撃したのに、敵には私まで含めた仲間達と同じ姿ばかり。抵抗が出てもおかしくない。

 

 そのため、防衛はしたものの、反撃が出来ないでいた。躊躇いにより防戦一方。

 

「ど、どうすればいいの? 攻撃してもいいの? お母さん!」

「見分けはつくから、攻撃していいよ! そうやって攻撃をさせないようにする卑怯な作戦みたいだから!」

「わ、わかったーっ!」

 

 よく見なければわからないというレベルの模造品ではなく、明らかに深海棲艦とわかるくらいの模造品だ。ぱっと見でもどちらが敵でどちらが味方か判断が出来る。それでも大分似せてはいるのだが。

 

「うぅっ、やりづらいよぅ」

 

 どうしても全力を出すことが出来ないミコト。『空』の回避まで模倣出来ている『影』や、こちらへの観察が鋭すぎる磯波の『影』には、本気で行かなければ擦りもしない。

 初陣がこれでは、戦闘そのものにトラウマを持ってしまってもおかしくはなかった。意気込みそのものを抑えつけられて、やる気が空回りしてしまっている。

 

「この……いい加減にっ!」

 

 そんなミコトの側に向かうためにも、『蜃気楼』で移動後、手持ちの主砲によるブレ弾で未だに私に付き纏う私の『影』に砲撃をお見舞いする。倒せなくても、怯ませることが出来ればまだマシ。ブレ弾なら回避も大きくなるので、その傾向が強くなるはずだ。

 だが、それも上手く行かない。私が『影』からの攻撃を回避したように、衣笠さんの『影』が私の『影』を緊急回避させる。全自動防衛が敵対した時の怖さは、制御出来ていない時の蹴りをモロに喰らった私が一番理解している。

 

「ここまでしっかり再現してくんの!?」

「なら、本体狙うのが一番手っ取り早いってことね!」

 

 そこに私を守ってくれていた衣笠さんが、自分の弱点は自分が一番理解していると、自分の『影』に対して砲撃。当然それは回避されるものの、全自動防衛は発動していないため、『影』は私達以上のことは出来ないと見える。

 しかし、同等のことが出来るということは、常に互角であり、消耗させられ続けるということ。フィジカルはあちらの方が上なのだから、ジリ貧なのは間違いない。

 

「くそっ、一斉射も互角か……っ!」

「完全に模倣しているのね。でも、私のコピーにしてはあまり美しくない気がするんだけど!」

 

 長門さんも陸奥さんと共に一斉射を放っていたが、『影』の一斉射と互角。ネルソンさんとの演習の時のように、弾が弾を撃ち墜とし、流れ弾を回避することを延々と繰り返すことになっている。

 やられていないにしろ、ダメージも与えられないというのは精神的にも苦しい。ただでさえ自分と同じ顔の敵が出てきているというだけでも厄介なのに、それと長々戦うのは気に入らない。

 それが顕著に出てしまっているのがミコトだ。短期間で仲間意識を育み、みんなの妹と思われるほどに愛されているのに、その愛してくれた者と同じ顔の敵が周りにいるのは、ストレス以外の何物でもない。

 

 だが、これを打開してくれる人は存在する。

 

「狼狽えるな!」

 

 戦場で吠えたのは、木曾さんだ。木曾さんだって自分の『影』と激しい戦いを繰り広げているが、私達とは違って随分と余裕そうな表情だった。

 雷撃は危険であると近接戦闘に専念し、『影』も同じように軍刀を振るっている。膂力は残念ながら『影』の方が上のようだが、それでも笑みすら浮かべていた。

 

「こいつらはコピーかも知れないが、実力は()()()()()()!」

 

 話しながらもガンガン斬り合い、互角であるはずなのにどんどん押していく。私達が苦戦する中、ただ1人戦場を見極め、敵の実力を的確に測っていた。自分とのぶつかり合いをする中でも、砲ではなく刀を交えるからこそ、その結論に達したのだと思う。

 

「少なくとも! 今の俺達は()()()()()()()()()!」

 

 斬撃が一層鋭くなった瞬間、『影』の軍刀が弾き飛ばされた。力が艦娘より上でも、技は艦娘の方が上。そして、木曾さんはその場でそれを現実にし、『影』より自分達の方が上であると実証した。

 

「こいつらは3()()()()()()だろうよ! だから、俺達が負ける道理は、無ぇ!」

 

 そして、無防備となった『影』に対して軍刀を振り下ろした。袈裟斬りにされたことによって一撃の下で死に絶え、そのまま霧散。

 

 言われてみれば、『影』達が3日前の自分である要素はなんとなく理解出来た。

 それが、ミコトの『影』がここにいないこと。その場でコピーが作れるなら、ここにいる全員の『影』が現れてもおかしくないのに、それがいない。ミコトは想定外の仲間だし、あちらとしても陽炎の巫女になっているのは想定していなかったのだと思う。むしろ、それを危惧して抜け殻を奪おうとしてきたか。

 

「俺は俺に打ち勝ったぞ。お前達だって勝てるだろ! なぁ!」

 

 すかさず魚雷を放って『影』からの一斉射を妨害する。一斉射は足下からの攻撃には若干弱い。そこはネルソンタッチと近しい特性を持ってしまっている。

 だからだろう、それをすかさず衣笠さんの『影』が破壊した。ここでまた全自動防衛が発動している。やはり敵に回すと厄介。しかし、このおかげで私の『影』への防衛が消えた。夕立の『影』がいるものの、こちらにも夕立はいるし、衣笠さんだっている。

 

「同じ顔は、見ていたくないっぽいよ!」

「同感、私も嫌なことを思い出しそうだから、さっさと終わらせたいんだよね!」

 

 この『影』を見ていると、深海棲艦化した自分を思い出してしまいそうで嫌だった。そういう精神攻撃になっているのかもしれない。嫌がらせにも程がある。

 だが、木曾さんの言葉は大きな励みになった。3日前の自分が相手だというのなら、昨日まで訓練を続けていた私達に負ける要素なんてない。実力が拮抗しているにしても、僅かに私達の方が上だ。ジリ貧なのはあちら。そう考えてしまえば、精神的な苦痛も和らいだ。

 

「力でダメなら技で押せ! 奴らは確実に俺達より下だ! 模倣された時点で成長が止まってるんだからな! 俺達は、今この場でも成長出来る!」

 

 鬨の声となった木曾さんの叫びに、追い風を感じた。そうだ、私達は成長出来る。次へ次へと歩いていける人間だ。滅びを齎す、その場に止まった奴らとは違う。

 

「己との戦いで打ち勝てれば、もっと強くなれるね。なら、ここで勝たなくちゃ」

「ぽい! 自分のコピーなんて、ぶっ潰してやるっぽい!」

 

 ストレスは全て払われ、俄然やる気が出てきた。こんなところで足止めなんてされて堪るか。

 

 

 

 戦いはまだ始まったばかり。だが、やる気は衰えない。疲れすら吹き飛んだ。前へ前へ進み、決着をつけるのだ。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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MMD静画のアイキャッチ風青葉。諜報部隊で活躍中の彼女ですが、日常的にも撮影はしています。その光景はリンク先にあるのでどうぞ。


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さらに高みへ

 太陽の姫との最終決戦に向かう中、突如として現れた敵、『影』。私、陽炎の『影』は脱力回避や備え付けの精密射撃まで再現してくるほどのコピーであり、こちらが出来ることを全て完全に模倣出来るという難敵である。

 この場にいる全員のコピーが現れ私達の妨害をしてきたため、先に進むことが出来ず大苦戦を強いられることになった。連携の技術までもが模倣されており、私が私の『影』を叩こうとすると、夕立の『影』がそれを邪魔をし、それを叩こうとすると今度は霧島さんの『影』が……と、非常に厄介だった。

 ミコトに至っては、私達と似たような存在が敵対しているせいで、本来の実力を発揮することが出来ずにいた。どうしてもうまく撃つことが出来ず、防戦一方に持っていかれていた。

 

 しかし、それを即座に打開したのが木曾さんだった。自分の『影』と戦い、その実力を近接戦闘により見極めたことにより、『影』が今の自分ではなく過去の自分の模倣であることを看破した。

 そのため、今の自分ならそれを超えられると断言し、『影』を袈裟斬りにしたことでそれを実証した。

 

「力でダメなら技で押せ! 奴らは確実に俺達より下だ! 模倣された時点で成長が止まってるんだからな! 俺達は、今この場でも成長出来る!」

 

 木曾さんの言葉が戦場に響く。()()()()()()()()()()()()()()という言葉は、特に心に響いた。おかげで苦戦により受けていたストレスが一気に晴れ、私自身との戦いだとしても前向きになれた。

 ここで自分に勝つことが出来れば、より強くなれる。そうすれば太陽の姫にも届くはずだ。ならばこの場で成長し、自分を乗り越えてやれ。

 

「ちょうどいいや。自分のダメな部分、ここで確認させてもらおう」

 

 前向きに、あくまでも前向きに。今までで一番の強敵かもしれないが、自分よりも確実に弱いであろう敵なのだ。ここで負ける理由がない。少し横暴な物言いかもしれないが、強気で行ければ尚いい。

 

「そう、昨日の私だと言うのなら、負ける道理なんて何処にもないわ!」

 

 真っ先に結果を出しに行ったのは霧島さんだった。同等かそれ以上の膂力を持つ自分の『影』とギリギリのところで拮抗していたが、この追い風によって搦手に打って出る。

 近距離すぎて主砲が放つことが出来ないのはお互い同じ状態。撃てば即座に撃ち返されて、共倒れになるだろう。『影』もそれは控えているようだった。

 鋏同士がギチギチと嫌な音を立てながら競り合っている中、突然力を抜く。お互いに押し相撲状態だったため、霧島さんの『影』は姿勢が若干崩れた。

 

「私のこと、ゴリ押ししかしないとでも思っているのかしら、ねっ!」

 

 そこに強烈な蹴りを叩き込む。崩れたところに折れるのではないかというローキックを決められ、霧島さんの『影』はより一層体勢を崩すことに。

 

「私は、艦隊の頭脳なんだから!」

 

 そこへ即座に主砲を突きつける。『影』もそれを見越して鋏によりその主砲を払い除けようとしたが、ここで今までに無い行動。まるで夕立の如く、その風圧に乗ったかのようにバックステップ。

 そして、同時に主砲を発射。その砲撃の反動でさらに後ろに跳んだ。それが『影』に当たるかどうかなんてお構いなしではあったが、そこは艦隊の頭脳、その咄嗟の行動でも直撃コースを計算し、反動で安全圏に移動出来る方向まで考えての行動。

 

 ここまでの行動が戦艦とは思えないくらいの早業であり、他の『影』が割り入る隙すら与えなかった。高速戦艦という艦種はそういう意味ではないと思ったのだが、霧島さんはそういうところで想定外を叩き出す。

 

「よし、親分のニセモノはいなくなるっぽい! 今度は夕立の番!」

 

 それを見て俄然やる気を出したのは夕立だ。親分が勝ったのだから子分もと、自分の『影』に狙いを定め、ニヤッと笑みを浮かべる。それを受けても『影』は何とも思わないだろうが、こういう時の夕立はより獰猛に敵を食い殺すだろう。

 しかし、いつもと変わらないのなら、模倣されて互角かそれ以上に持っていかれる。それをしっかり考えているだろうか。

 

「いつもよりも、速く、速く、速く!」

 

 海面を蹴り、猛スピードで自分の『影』に突撃。そこには私の『影』も衣笠さんの『影』もいるような状況。夕立がどう動こうと、すぐに補佐のために立ち塞がるだろう。

 それでも夕立は止まらない。本当にその場で成長するように、立ち塞がる『影』をヒラリと躱す。それこそ、餌を前にした飢えた狂犬。一直線ではないが、標的に向かって他の敵には目もくれずに突っ込む。

 

「夕立と、素敵なパーティーしましょ!」

 

 当然『影』だって抵抗する。主砲を構え、野生的な直感で夕立を狙い撃ち続けた。しかし、夕立はその直感を軽々と乗り越える。より鋭敏となった感覚で踊るように回避し、時には私の『影』を踏みつけ、時には衣笠さんの『影』を蹴り飛ばし、もう手が届くところにまで肉薄していた。

 そこまで近付いたら避けようがないはず。そう考えたであろう夕立の『影』が、ヘッドショットを決めるために照準を合わせようとする。だが、そんなこと夕立は百も承知。自分ならそうすると先に考えており、主砲を構える瞬間を狙って腕を撃ち抜いた。

 これは本当に一瞬、間宮さんの技を再現したような動きだった。自分がやられて嫌だったこと、深海棲艦化した時のトラウマとも言える、一瞬で無力化させられたあの時の技を、なんと自分でもやってのけたのだ。

 

「うわっ、これ確かに負荷すっごい! ながもんさんすごいなぁ!」

 

 そしてそのまま、自分の『影』の顔面を踏み潰すかの如く蹴り飛ばした。

 まさか夕立も鎮守府の守護者の力を模倣するとは思っても見なかった。長門さんや陸奥さんのそれとは雲泥の差かもしれないが、自己流であるがためにクールタイムも不要。成長の仕方がとんでもないのは、さすが夕立と言ったところ。

 

「さすが夕立だね。なら私達も、自分を乗り越えなくちゃね!」

「当然です。今の私はいつもの私とは違うんですから!」

 

 さらにそれが追い風となり、その勝利への流れは次に移る。今度は村雨と萩風。なんやかんやコンビで動く2人に対する『影』も、同じようにコンビで戦っていた。そこまでしっかりコピーしているとは思っていなかったが、連携に関してはこちらの方が確実に分がある。

 萩風に至っては、明確にモチベーションが上がっていた。今朝のやり取りで、私の私物を身につけるというちょっと危ないが本人たっての希望が叶ったことで、気合の入り方が違っていた。

 

「私が前に出ます。村雨さんが援護を」

「はいはぁい! やっちゃえやっちゃえ!」

 

 自分の『影』とのぶつかり合いで艤装が嫌な音を立てていたが、まだまだ壊れるには至っていない。ならば戦える。

 

「いくらコピーでも、決定的に違うところがあるんですよ!」

 

 再び自分の『影』との対峙。やり方は同じで、主砲を拳のように振りかぶった渾身の一撃。しかし、萩風は一味違った。前へ前へと突き進む駆逐水鬼スタイルを継承していた今までから、違う技の模倣。確実に今、()()()()

 萩風ならではの形に昇華させた脱力回避。私のように艤装に身体を動かしてもらうのではなく、今まで見てきた()()()()()()()()()回避技術にして、自分の『影』からの攻撃を擦り抜ける。

 

「姉さんをずっと見てきた私だからっ、これくらい!」

 

 しかし、それを防ごうと村雨の『影』が動き出す。即興の脱力回避程度と言わんばかりに真っ向勝負に出てきており、ほとんど連携とも言えない両前衛の戦術で1対2の状況を作り出そうとした。

 当然それを見過ごす村雨ではない。萩風が前に出て、援護を任せたのだ。しっかりと援護をするために、むしろ萩風よりも前に出ていた。夕立から教わっている獰猛さを表に出し、第二の狂犬っぷりを遺憾無く発揮する。

 

「もっと前へ、もっと前へ!」

 

 ドンと音が聞こえそうなくらいに強烈な踏み込みをした瞬間、気付けば自分の『影』を蹴り飛ばす位置にまで移動していた。これは村雨本人が見ていないであろう、伊良湖さんの技を再現したような動き。

 そういうところでも夕立とは対を成すような覚醒だった。夕立と同様に、自己流で鎮守府の守護者の力を引き出しているため、クールタイムなんて無い。世界に選ばれし者としての覚醒は村雨だけはまだ無かったが、この極限の状況でついに目覚めた。

 

「ったぁ……。これ結構負荷が凄いわ。陽炎がサポーター使ってる理由がわかるかも」

「姉さんの模倣は絶対にさせませんよ。それは妹である私の特権ですから」

「わかってるわよ! アンタはアンタの敵に集中しなさいな!」

 

 なんだかんだ仲がいい。自分を一番さらけ出せる相手が村雨だからか、萩風もイキイキとしているように見えた。

 

「皆がここまでやれているんだ。我々も、気張らなくてはな!」

「ええ、勿論。年長者の余裕ってものを見せてあげないとね!」

「限界を超えろ! 今の我々なら出来る! 真の守護者となれ!」

 

 それに焚きつけられた長門さんと陸奥さんも、守護者の力を全開にして使っていくことを決めたようだった。

 一瞬出すことでクールタイムを5分必要とするのだが、それは一瞬しか出せないというわけではない。長く出すほどクールタイムが長くなるということに他ならない。それこそ間宮さんや伊良湖さんと同じように、5分使って3日寝込むなんてことも出来るようだ。

 だが、2人はそんなつもりは無いようである。クールタイム無しにあの力を使いこなそうとしている。そのために今まで鍛え上げていたと言っても過言では無い。

 

「てぇーっ!」

 

 一斉射ではなく、間宮さんの技。先程夕立も繰り出した、一瞬で相手の艤装を破壊する砲撃。

 しかし、長門さんの『影』も同じことが出来てしまう。あれは『黄昏』との戦いでも使っているため、模倣が完了している範囲だ。一瞬に一瞬が重なり、狙う場所も同じであるため、放った弾が空中でぶつかり合った。

 

「へぇ、そこまでコピー出来てるのね。それならこっちはどうかしら!」

 

 そこに重ねるように、陸奥さんが伊良湖さんの技で長門さんの『影』に接近。しかしこれも陸奥さんの『影』が同様に動き、直前で食い止められる。

 

「てぇっ!」

 

 さらに間宮さんの技。陸奥さんの『影』も同じように放ち、長門さんの時と同様に、弾が空中でぶつかり合う。

 

「はっ、まだだ!」

 

 今度は長門さんが伊良湖さんの技で陸奥さんの『影』に接近するが、やはり同じように長門さんの『影』が食い止める。

 

 本来ならこれでクールタイム。長門さんには神州丸さんの陸戦の技もあるが、主砲も動きもこれで著しく劣化する。『影』の方はフィジカルがあるものの、深海棲艦にとってもこの瞬時に大きく力を引き出すという手段は大きな負荷になるようで、本当に小さくだが動きが鈍くなった。

 デメリットまでもが模倣されているのは、こちらとしてはラッキー以外の何物でもない。太陽の姫のことだからその辺りをオミットしてきそうだったが、あの技はそれくらいに重たいものなのだろう。

 

「まだだと、言っている!」

 

 だが、長門さんはその負荷を振り払ってさらに間宮さんの砲撃を放った。想定外の二連射に長門さんの『影』は回避する術が無く、艤装が木っ端微塵に。

 

「そう、まだよ。まだまだ!」

 

 加えて、陸奥さんも伊良湖さんの移動をもう一度発動して自分の『影』を蹴り飛ばす。綺麗にかち上げられた陸奥さんの『影』は、空中で身動きが取れなくなっていた。

 どちらもクールタイムはこちらよりも短いのかもしれない。5分のところが5秒なのかもしれない。だが、それだけの時間があれば、2人には全く問題が無かった。

 

「糧にさせてもらうぞ、私よ!」

「美味しくいただくわね。私だもの」

 

 そして、長門さんは自分の『影』を神州丸さんの陸戦技によりへし折り、陸奥さんは自分の『影』を間宮さんの技で粉々にした。

 その後のクールタイムはより長いものになってしまうだろうが、そんなことはもう知ったことでは無かった。

 

 

 

 数日前の模倣ならば、成長の糧として使う。私達はまだまだ戦える。しかし、どうしても手が緩んでしまっている者がいた。

 

 ミコトはどうしても、敵を倒すということが出来なかった。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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https://www.pixiv.net/artworks/89492453
MMD静画のアイキャッチ風秋雲。やるときはやるけどキャラがあんなだから緊張感が。でも子供達に好かれるようなイラストを描いたり、要所要所で重要な役目を持つのが秋雲らしさ。子供達にイラストを描いている様子がリンク先にあるのでどうぞ。


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己にあらず

 現れた強敵『影』に対し、木曾さんの言葉から奮起し始めた仲間達。私、陽炎も自分の『影』を相手に、この現場での成長を図る。

 木曾さんの次は霧島さんが見事討ち倒し、それに引っ張られて夕立、村雨、萩風と続く。長門さんと陸奥さんは、その場で限界を超えて守護者の力まで強化し始めた。

 

 しかし、そんな中でもうまく動けない者がいた。それがミコト。自分の『影』がいないという環境のため、周りをサポートするために動いているのだが、どうにもこうにも上手く行かない。

 今は沖波と磯波のサポートに徹している。しかし、沖波の『影』が特に厄介だった。

 

「我ながら、ホント厄介!」

 

 沖波本人が愚痴る程の性能。本人と同じように『空』の回避を使ってくるため、全く当たる要素が無い。沖波もそれは同じであり、『影』との戦いは攻撃を全て回避し続けるという不毛な戦いとなっていた。

 それをサポートする磯波も、その観察眼から隙を探して攻撃しているのだが、沖波自身が想定外以外の攻撃を確実に紙一重にしてしまう回避性能のため、基本に忠実に補佐をする磯波とはかなり相性が悪かったりする。

 しかし、それは磯波の『影』にも言えることであり、ますます不毛な戦闘になっていた。磯波同士が戦っても、自分のことを最も理解しているようなものなので、その攻撃はやはり当たらない。

 

「もっと、もっと強くならなくちゃ!」

「ミコトちゃんが本調子じゃないからね、まずは私達で出来ることを!」

 

 沖波と磯波の目から見ても、ミコトは本調子ではない。今まで仲良くしてきて、夜も私の部屋で一緒に眠った2人と外見が同じ敵というのが大きな問題だった。

 ミコトの実力なら、沖波の想定外を起こすことも出来そうだし、忠実な補佐をする磯波を上から押し潰すことも出来ると思う。実際にはいろいろな要因が重なって互角くらいにはなるだろうが、少なくとも相性有利はあるはず。

 

「うぅっ、沖波姉だし磯波姉だし、僕どうすれば……っ」

 

 連携が上手く出来ていないとかはない。だが、演習の時よりも手加減してしまっているような雰囲気。尻尾での薙ぎ倒しとかは沖波にもかなり有効な戦術なのだが、それに踏み出せないくらいに気圧されている。

 

 自分の『影』がいないことが、ミコトをより一層躊躇わせている。自分の模造品がいるのならそれに専念したらいい。あくまでも自分なのだから、一切の抵抗が無い。しかし、仲間の顔となったら話は別。

 ミコトが本当にいい子に育ってくれているため、それが逆に足を引っ張ってしまっていた。コレばっかりは正直仕方ないのではと思ってしまう。この戦いで、何かしらの成長があればいいのだが。

 

「真正面から打ち崩すのは無理だから……わかった」

 

 磯波が先に成長の兆しを見せる。やはり自分の『影』を先に処理しようと、回避しながらも少し離れて狙い撃った。近付くならまだしも、離れたことによってより狙いが定まらなくなるのは誰にだって理解出来ること。なのに、あえて離れたのは『影』からの砲撃を誘発するため。

 撃った後に避けられて撃たれるというのは、相手が自分と同じ思考で動いていることを理解出来ている。そして、今までやったことがなく、磯波でもやれそうなことをやろうとした。それが、相手の砲撃に関わること。

 

「『屈折』」

 

 敵の弾に自分の弾を当て、砲撃の角度を変更。その弾が向かった先は、勿論沖波の『影』がいる。『屈折』は想定外の攻撃以外の何物でもない。あれだけ避け続けた沖波の『影』も、これは回避出来ずに直撃した。

 

 元々、菊月の『心眼』を模倣することが出来る程に観察力が高いのだから、やろうと思えば、それこそ由良さんがやっていたような精度の砲撃を放つことも出来ないことは無かったようだ。賭けに出ていたかもしれないが、今はそれが見事に成功した。

 そこで今度は私の技『屈折』の模倣。弾にぶつけることが出来れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考えた磯波が、即興でやってのけてしまった。

 

「磯波ちゃんすごい!」

「私も……陽炎様のことをいっぱい見てたからね」

 

 的確なサポートのために私達のことをずっと観察し続けてくれていた。その観察力は、『黄昏』を討ち破るきっかけすらも作った。その結果、私達のやれることを()()()()()()()()ところにまで昇華されている。

 自分1人の力では『屈折』を再現出来ないため、他人の砲撃を利用して。あらゆる方向で今まで見てきた技を自分のためのものに転化したことで、私の固有の技すらも模倣出来てしまう。これは磯波の一種の才能なのだと思う。

 

「……でも、浅いね。咄嗟だったし、陽炎様ほどの精度は無いよ」

 

 直撃した沖波の『影』は、それだけでは終わっていなかった。直撃場所が艤装だったせいで、致命傷にはなっていない。『屈折』により曲がった弾は駆逐艦の主砲であるため、残念ながら威力が足りなかった。

 これが艤装ではなく生身に当たっていればトドメになっていただろう。しかし、初めての『屈折』は簡単には行かなかった。

 

「これで警戒されちゃうよね……次は難しいかも」

 

 磯波が危惧した通り、明らかに警戒の動き。磯波の『影』が沖波の『影』に接近し、2人がかりで片方を片付けようとする動きに変化した。

 こういう戦い方は演習でさんざんやってきたものの、自分同士で戦うなんて絶対にありえない。あまりにも勝手が違いすぎる。

 

「私も負けていられないよね!」

 

 磯波の奮闘を目の当たりにしたことで、沖波にも火がつく。自分の『影』との激しい撃ち合いが再開するかと思いきや、撃たずにまず魚雷を放ち、自らそれを破壊する。

 大きな水柱で自分と磯波の姿を隠したところで、『空』の回避は簡単には超えられないのは自分でも理解しているはずだ。見えないところからの想定外な攻撃を狙うのはしっかり対策済み。そのため、沖波の次の行動は今までの自分の殻を文字通り()()()()行動である。

 

「こういうの、私のやり方じゃないけど!」

 

 萩風のように水柱を突き破り、一気に接近した沖波。水浸しになることを顧みず、今までに一度もやったことない近接戦闘に躍り出る。しっかり眼鏡も守っていた。

 全てを紙一重にする『空』の回避は、近接戦闘も当たり前のように避けるが、まず沖波がこのように接近してくること自体が想定外。深海棲艦に動揺があるかは知らないが、まず間違いなくすぐに対応出来ることではない。

 

「っあ!」

 

 そしてそのまま大振りの一撃。当たり前だが接近戦はど素人である沖波の攻撃などたかが知れていたのだが、こちらを見越して作られた『影』であるが故に、この攻撃は回避出来ずに顔面に直撃。艤装のパワーアシストもあって、見事に吹っ飛ばした。

 

「追撃!」

 

 さらに追い討ちをかけるように吹っ飛ばした自分に照準を合わせる。しかし、沖波の『影』は吹っ飛ばしたものの、磯波の『影』は健在。その観察眼から、仲間を守るために行動を開始し、慣れない接近戦で体勢を崩していた沖波に既に砲撃を放っていた。

 今までの自分を超えるために繰り出した一撃だったが、慣れていないために簡単にはいかない。磯波の『影』からの攻撃は想定外ではなくとも、回避出来る体勢で無かったら出来ることも出来ない。

 

「まずっ」

 

 故に、追撃をキャンセルし回避に専念。しっかりと紙一重で回避したが、その間に沖波の『影』は体勢を立て直しており、また堂々巡りへと戻っていく。

 これで水柱を突き抜けるという行為が想定外では無くなってしまったため、より撃破が困難になった。

 

 とことん相性が悪い。やればやるほどドツボにハマる。今までのみんなは、前のめりに戦うものだからこそ、その場で殻を破っていた。しかし、回避に特化しすぎている沖波と、サポートに特化しすぎている磯波は、そういうところでどうしても不利になる。

 磯波は『屈折』の模倣という観察力の限界突破みたいなことをやってのけたが、沖波には荷が重かった。

 

「沖波姉……僕が、僕が助けないと……!」

 

 そんな戦いを見ながらも、ミコトはまともに動くことが出来なかった。奮起しようとするが、手がちゃんと動いてくれない。仲間と同じ顔の敵のせいで、敵としての認識が出来ない。良い子に育ったことで、ミコトはこの場で最も弱い存在になってしまっていた。

 それに打ち勝つことが成長に繋がることくらい、ミコトも理解しているだろう。そのためにみんなが鍛えてくれたのだし、私の役に立つと意気込んでこの戦場に立っているのだ。なのに、動けない。

 

「わかってるのに、わかってるのに何で動けないの。僕は何のためにここにいるの」

 

 自分の『影』もいないため、相手にもされない。仲間達が死力を尽くしているのに、孤独感すらあった。

 もう泣きそうな顔をしていた。自分の不甲斐なさを知った。今までとは違う負の感情に打ち拉がれて、自分の弱さを嫌というほどに感じていた。

 

「ミコト、どうした」

 

 そこにいち早く自分の『影』を討ち倒した木曾さんが駆け寄る。『影』が自分のオリジナルを狙うような行動をするおかげで、木曾さんもフリーになっていた。サポートに徹してもいいが、何も出来ていないミコトが心配になったようだ。

 

「木曾姉……僕、僕どうすればいいの。敵なのに、みんなの顔してるから、攻撃出来ないよ……。しようと思ったけど、やっぱりダメだった」

「お前は優しすぎる。ありゃ敵だ」

 

 そんなことわかっていると言わんばかりに視線を泳がすが、木曾さんは淡々とミコトに話を続ける。

 

「いいか、俺達がアレを食い止めない限り、俺達と同じ顔の連中が、世界を滅ぼそうと乗り出しちまう。それでいいのか」

「良くない! そんなの良くないよ!」

「だろ。だからぶっ倒すんだ。躊躇ってたら勝てるもんも勝てねぇ。よく見ろ」

 

 木曾さんが指差す先は、沖波が自分の『影』と戦う場面。

 

「お前の知ってる沖波はどんな奴だ」

「お母さんのことを一番知ってて……すごく優しくて……一緒に戦ってて楽しい人」

「てことは、ミコトは沖波のことが好きってことでいいんだな」

 

 勿論これはLoveではなくLikeのこと。ミコトに前者のことは理解出来ていないとは思うので素直に受け取り、当たり前だと首を縦に振る。

 

「そんな好きな奴の顔が、敵に利用されていていいのか」

「嫌だ、そんなの、嫌だ!」

 

 力強く返事する。仲間の顔の敵が仲間を殺し、仲間に取って代わって世界を滅ぼそうとする姿を想像したとき、優しいミコトがそれを許せるだろうか。答えは否だ。

 

「だったらやることは決まってるだろ。お前の好きな奴の顔を利用している連中は」

「ぶっ倒す!」

「そうだ。今がその時だ。沖波がジリ貧だからな。ミコト、行け!」

「うん!」

 

 木曾さんの叱咤激励は的確だった。ミコトの抵抗する心を解きほぐし、心に火をつけ、正義感を成長させた。同じ顔を使っていることに怒りを覚え、ニセモノを討ち倒すことに正当性を持たせる。

 この後押しのおかげで、ミコトは吹っ切れることが出来た。どちらも同じ顔だから躊躇うのではない。ホンモノとニセモノがいるという事実をしっかりと受け止めて、ニセモノが害悪であることを理解したことで、その敵を倒すという抵抗が霧散していく。

 

「沖波姉のニセモノなんて、ここからいなくなれぇ!」

 

 吹っ切れてしまえば、そこからは早かった。みんなから受けた訓練の全てが役立つ。ようやくミコトの初陣が始まるのだ。

 

 

 

 自分の『影』との戦いは、私達の成長に繋がる一手になっている。これは太陽の姫の誤算だろう。木曾さんがいなかったら全て瓦解していた可能性はあったが。

 



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巫女の前進

 木曾さんの言葉により、ミコトが吹っ切れることが出来た。大好きな仲間達の顔が敵に利用されていることを良しとしてはいけないと理解することが出来たことで、同じ顔の敵に対して怒りを覚えることが出来たのだ。

 優しすぎるミコトには難しいことだったのかもしれないが、一度その事実を理解することさえ出来てしまえば、ミコトはもう悩まない。むしろ今からは、優しすぎるからこそ怒りを露わにし、卑怯な真似をしている『影』を叩き潰そうと躍起になっている。

 

「沖波姉のニセモノなんて、ここからいなくなれぇ!」

 

 同等の技を使うせいで戦いが膠着していた沖波の戦場に乱入したミコトが、沖波の『影』に対して接近戦を仕掛けた。

 元々レ級であることを活かした、尻尾を大きく振りかぶった渾身の一撃を繰り出したが、沖波の『空』の回避により紙一重で避けられてしまう。だがミコトは追い討ちせず、まずは仲間達の守護を優先する。

 

「ミコトちゃん!?」

「ゴメン沖波姉! 迷いすぎてた! ニセモノが好き勝手してるの、僕許せないから!」

 

 先程までとは打って変わって凛々しい顔で、沖波と磯波の前に躍り出た。敵はその2人と同じ顔をしているが、もう迷いは無い。敵を殲滅するため、陽炎の巫女として仲間のために戦うと決意していた。

 後衛寄りな力を持つ沖波と磯波のコンビに前衛を担うミコトが加わり、この戦況は一気に変化する。3対2という数的有利を得たことで、沖波と磯波の心にも余裕が出来ていた。今までの膠着が、これにより大きく覆されることになるだろう。

 これに対する沖波と磯波の『影』は、一切表情を変えずに3人を見据えているのみ。同じように後衛寄りであるため、こうしている間に攻撃を仕掛けてくるようなことをしてこない。ミコトが加わったからか、やけに慎重。

 

「僕が前に出る! 沖波姉と磯波姉は」

「ミコトちゃんを援護する。任せて」

「これで相性不利が覆せるね……ミコトちゃん、お願い」

 

 軽く作戦会議をした瞬間、ミコトの尻尾が前に伸びた。そこからやることなんて決まっているようなものだ。

 

「じゃあ、行くよ!」

 

 挨拶代わりの砲撃から戦闘再開。もう躊躇いもなく、直撃ルートで放っていた。最初の狙いは沖波の『影』。

 当然それだけでは『空』の回避で避けられるだろう。それに、放った瞬間に磯波の『影』がミコトに狙いを定めている。撃った瞬間が隙だらけになるのは誰にだってわかっていることだ。当然ミコトも。

 しかし、ミコトは避けることすらしなかった。何故なら、心強い仲間がミコトを守ってくれるからだ。

 

「『屈折』」

 

 その『影』の砲撃を利用して、磯波の模倣『屈折』。磯波の放った弾は、ミコトの砲撃を回避した沖波の『影』に向かって曲がる。

 撃った瞬間が隙だらけになると同時に、回避が終わった直後も大きな隙になるのは理解出来ることだ。磯波はそこを狙い撃った。自分の『影』がミコトを狙うことを先読みして。

 ミコトに向かう砲撃をあらぬ方向に逸らしつつ、自分の砲撃を捻じ曲げるという攻防一体の『屈折』は、もしかしたら私、陽炎のそれ以上の効果を持っているかもしれない。

 

 しかし、間髪入れずに回避を連続使用した『影』が、模倣『屈折』すらも紙一重で回避した。沖波本人もやらないことはないが、疲労が一気に蓄積されるためになるべくやらないようにしている連続使用。

 

「避けるよね、私だもん。だから狙いどころもわかる」

 

 そこへ沖波も砲撃。ミコトの砲撃を回避することを予測し、それに対して磯波の『影』がミコトを狙うことを予測し、それを利用して磯波が模倣『屈折』を放つことも予測し、それをさらに回避することまで予測した。

 

 沖波の扱う『空』の回避は、敵の動きを事前に予測し、放った時には既に回避が済んでいるという回避術。つまり、沖波はこの戦場で想定外でなければ()()()()()()()()()ことに他ならない。自分に向かってくる攻撃限定で。

 ならば、()()()()()()()()()ことも出来るのではないか。攻撃に対する敵の回避方向を予測出来れば、避けた場所に既に撃っているという状況を作り出せるのではないかと。それを今、沖波は実行した。

 

「よし」

 

 その狙いは見事に的中。3人、いや、磯波の『影』まで含めた4人が同時に動いたことで、結果的に沖波の『影』に対して沖波の砲撃が当たることになった。

 とはいえ回避に回避を重ねていた瞬間であり、沖波が今までとは逆の予測を初めて繰り出したこともあり、直撃とまでは行かず。掠めたことで脚の一部を抉った程度。だが充分すぎる進展。

 磯波と2人だけなら出来なかった展開。ミコトが加わり余裕が出来たことで、本来の自分の長所を伸ばすことが出来た。先程までのジリ貧状態ではこうもいかない。回避を攻撃に転化させているのだから、先手を打てる1人目の追加が必要だったのだ。

 

「ナイス沖波姉!」

 

 片脚を削いだことで、明らかに動きが鈍くなる。『空』の回避にも支障が出る範囲の負傷のはずだ。

 ここですかさずミコトが動き出す。負傷した瞬間に沖波の『影』に接近するために海面を蹴っていた。接近戦については木曾さんと神州丸さんから教わっているため、この接近も的確なタイミング。

 

 だが、やはりそこで磯波の『影』が即座に反応する。ミコトの動きを止めるため、確実に足止め出来るであろう脚を狙っての砲撃と、そのまま侵攻することを止めるための雷撃まで繰り出していた。

 

「私って……あんなに面倒なのかな……」

 

 そしてそこに重ねるのは磯波本人。自分の『影』の動きを気にしているようだが、実際相手をすると磯波の動きはこんなもの。隙を見つけ、即座に反応し、そして確実に嫌なところを突く。今回もそれだった。

 自分の『影』なら脚を狙うと最初から予測済み。『影』の放った砲撃をしっかりと弾き、さらには『屈折』により自分の砲弾が下へカーブし、同時に放たれた魚雷を撃ち抜いた。1つ破壊されれば周囲の魚雷を巻き込んで爆発するため、1回の砲撃により『影』の攻撃を全て失わせる。

 

 これでミコトを遮るものは無くなる。あとは沖波の『影』の回避能力のみだが、そこはミコトの力があればどうとでもなるだろう。想定外以外は全て回避するかもしれないが、ミコトの存在自体が想定外なのだから。

 

「沖波姉の戦い方は知ってるんだから!」

 

 まずは大振りの尻尾による近接戦闘。自分の前を全て薙ぎ倒すためのそれは、紙一重で避けようとすると下がるしか無くなる。そうすると、『空』の回避のもう1つの弱点が露見するのだが。

 紙一重で避けるということは、敵の攻撃をスレスレで避けるということ。その攻撃が強烈であれはあるほど、その衝撃は大きくなるのだから、回避になりきれなくなる。ミコトの尻尾は大質量の一撃であるため、紙一重なんてやろうものなら確実に体勢を崩すことになる。

 

「いくら深海棲艦だったとしても、そんな簡単には避けさせないよ!」

 

 薙ぎ払いは回避されたが、その風圧で体勢を若干崩した。その隙を狙い、身体をもう1回転させて尻尾の照準を沖波の『影』にピッタリと合わせる。元レ級なだけあり、遠心力を感じさせないようなビタ止まりである。

 真正面からの砲撃の構えに、沖波の『影』は即座に『空』の回避。放った時には既に避けた後という状況を作り出そうとしたが、ミコトはレ級なのだから、このモーションから複数個の攻撃パターンがある。今回選んだのは砲撃ではなく艦載機。

 真正面に向けて艦載機を発艦させ、爆撃ではなく特攻させた。それはそれで質量兵器になる。しかも、艦娘の艦載機とは違う深海棲艦の艦載機に酷似しているため、まるで鳥の群れのように『影』を呑み込んでいく。

 

「これだけやれば、もう避けられないでしょ!」

 

 群れがまとわりついているような状態なので、もう『空』の回避は不可能。こんな形で沖波を封じることが出来るのは、おそらくミコトしかいない。

 普通の艦載機は低空で発艦したとしても、まとわり付くような飛行なんて出来ないし、そもそもその場に留まるということ自体ができない。しかし、ミコトの艦載機は深海棲艦準拠であるため、まるでドローンのような挙動である。

 おそらくこれは、空母隊の面々が仕込んだ技。本来出来ない空母の技が出来るからこそ、自分達とは大きく差別化する方向で育て上げていた。

 

「沖波姉の顔を使うなんて許せない! そのままぶっ倒す!」

 

 その状態を作り上げて、改めて照準を合わせた。こうなったら次に何が来るかは予想するまでも無い。

 撃たれたら死ぬということが理解出来たからか、沖波の『影』がほんの少しだけ怯えたような表情を見せた。それがミコトの怒りにさらに火をつける。

 

「そんな顔したって許さない。みんなの、仲間の顔で悪いことしてるんだ。後悔して死んじゃえ!」

 

 一切の容赦無く、主砲を撃ち放った。寸前で艦載機の群れが散り、砲撃に巻き込まれるのは沖波の『影』のみ。並の戦艦主砲の威力ではなく、掠るどころか直撃したのだから、駆逐艦の外見ならば消し炭すら残らない。

 砲撃が通り過ぎたところには影も形も無く、粉々になった艤装の一部が浮かんでいるのみ。『影』を一撃の下で粉砕したことを如実に表していた。

 

「次、磯波姉の顔の奴」

 

 怒りはまだ冷めないと言わんばかりに磯波の『影』の方を向く。磯波同士で激戦を繰り広げているようだが、案の定どっちつかずの攻防。お互いが観察力に長けていることで、戦いは嫌でも長期戦になる。沖波が加われる状況になってようやく押せ押せで行けるようになったが、それでもなかなかに厄介。

 

「沖波ちゃん、撃って」

「了解。どの辺?」

「左側」

 

 ここで2人の連携。沖波が『影』の少し左側に撃った瞬間、磯波の砲撃が重なり『屈折』となる。私のように主砲を2つ持っているわけでは無いため、1人で屈折をすることは出来ない。それ故に、仲間の砲撃を無理矢理曲げて、敵にぶち込む。

 磯波の『影』も、観察力が高かろうがこれは簡単には避けられない。曲がった砲撃はその肩を撃ち抜き、主砲を持つことが出来なくなった。

 

「人の顔であまり悪いことをしないでほしいです。ミコトちゃん、どうぞ」

「はぁい。磯波姉の顔を使うとか、許さないから!」

 

 そこにミコトの魚雷が放たれた。普通の量ではない雷撃が全て磯波の『影』に向かって突き進み、避けられる範囲でも無く砲撃では破壊することも出来なくなったことで、その全ての爆発が『影』を呑み込んだ。

 水柱が消えた時には、沖波の『影』と同じように影も形も無くなっており、艤装の一部が浮かんでいるのみ。

 

「よし、よしよしよし! 僕、出来たよ! みんなの役に立てた!」

「うん、本当にありがとう。ミコトちゃんがいなかったら、私達あのままジリ貧だったかも」

「成長出来ても相性が悪かったら……あそこまで苦戦するんだもんね」

 

 ミコトの初陣は最初はガタガタだったもののしっかり勝利で幕を閉じそうだった。仲間がいたからこそ立ち直ることが出来たし、その存在が仲間の成長を促すことになる。

 ミコトの存在は周囲にも影響を与えていた。陽炎の巫女として、確実に一歩以上の前進が出来ている。

 

 

 

 残りは私と衣笠さんが相手をする自分の『影』。脱力回避まで備えた私の『影』と、全自動防衛まで備えた衣笠さんの『影』である。

 攻撃が当たらず、当たる可能性のある攻撃は全自動防衛により無効化。そしてそれはこちらも同じという、沖波達の戦い以上に不毛な戦いになっていた。私達もこの場でさらに先へ進まなくてはいけない。『屈折』以外の攻撃の技が必要だ。

 

 太陽の姫の対となる者として、奴に立ち向かえるようにするため、この場でもう一皮剥けなくては。

 



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無意識の狭間

 木曾さんの叱咤激励により覚醒したミコトの奮闘により、沖波と磯波の『影』は撃破された。相性の悪かった戦いだったが、ミコトが加わることで沖波も磯波も成長を見せ、ジリ貧だった戦況を一気に引っくり返すことが出来たのだ。

 

 これで残すは私、陽炎と衣笠さんの『影』のみ。自分で言うのも何だが、私達の『影』は非常に厄介で、こちらからの攻撃は脱力回避で避ける挙句、それ以前に衣笠さんの『影』の全自動防衛によって妨害されてしまい、攻撃が全く効いていない状態。

 衣笠さんの『影』を優先して狙おうともしているのだが、今度は私の『影』がそれを妨害してくる。脱力回避どころか『蜃気楼』まで使われて翻弄され、『屈折』まで繰り出してくるのだから困った。幸い、衣笠さんのおかげで被弾は免れているが、気が気で無かった。

 

「私ってばホント厄介だね!」

「言えてる言えてる。衣笠さんたら敵に回すとこんなに厄介だなんてね!」

「訓練の時思い出すよ」

 

 2人して自画自賛のような皮肉。話しながらも攻撃の手は緩めていないのだが、やはり私達の攻撃はまともに当たってくれない。

 お互いに同じことをやり続けているため、不毛な戦いが続いている。強いて言えば、あちらは深海棲艦であるために、フィジカルはあちらの方が上。このまま続くとそのままジリ貧である。そうなる前に、私達も一皮剥けなければならなかった。

 だが、何をどうすればこの状況を打破出来る。脱力回避よりも全自動防衛よりも速く力強く攻撃に転じることが出来れば、一矢報いる事ができるか。

 

「いつも無意識ばかりだったし、ちゃんと自分の意思で見てやりたいんだけど……」

「それ言ったらこの衣笠さんもなんだけどね。防衛は無意識だからさ」

 

 脱力して艤装に全て任せることで、私の意思を無くして身体が勝手に移動する脱力回避と『蜃気楼』。意識はしているものの、曲げるための2撃目は艤装に任せた『屈折』。他者の危険を察知した瞬間に身体が動いて防衛する全自動防衛。私も衣笠さんも、全ての行動が無意識下で行なわれる。

 重要な技に自分の意思が介入しないというのが、利点でもあり欠点でもあった。やりたいと思った時にやることが、それに対しての行動では無く自分の意思を無くすこと。それが一番反応速度も速くなり、考える前に動いているから勝てる。

 

「どうしたもんかね!」

 

 またもや衣笠さんが動いて私を防衛。『屈折』を狙った私の『影』を事前に察知し、先んじて砲撃。衣笠さんの『影』もその危機に自動的に反応して衣笠さんを止める。だが、私の『影』は『屈折』をすることなく『蜃気楼』。こともあろうか衣笠さんに急速接近をした。

 全自動防衛を誘発させ、それを衣笠さんの『影』がさらに全自動防衛、そこに重ねてさらに『蜃気楼』と、衣笠さん潰しに2人を同時に使ってきた。事実、衣笠さんの『影』の防衛は衣笠さん本人に当てるつもりはなく、私の『影』の行動をサポートするための威嚇射撃みたいなものだった。

 

 衣笠さんは他者への防衛に特化しているため、自分の防衛は二の次。これが一番の弱点である。自分の防衛に特化している私には、それに即座に反応出来なかった。

 反応出来ていたとしても、この一瞬の判断の遅れで衣笠さんはやられる。私の『影』に致命傷を与えることが出来たとしても、衣笠さんはまず間違いなく重傷、最悪死である。それだけは許されない。誰一人として死んではいけない。

 

「ちょっ!?」

 

 振り向いて照準を合わせて撃つという段階を踏んでいては、私の『影』の攻撃をキャンセルするには間に合わない。私が『影』を撃ち抜いている頃には、衣笠さんはやられている。むしろ近付きすぎていて、精密射撃を繰り出したとしても衣笠さんに被害が及ぶ。

 もうダメだなんて思っていない。助けなくてはと思考を巡らせる。だが、それでは()()()()。もっと速く動かなくてはいけない。全てを速く、何もかもを速く回さなくてはいけない。

 

 その瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 光景に驚いている暇なんてない。神様がくれたかのようなこの時間に感謝しながら、私は衣笠さんに駆け寄る。衣笠さんも私の『影』も、私が動いている間は物凄くゆっくりと動いていた。衣笠さんの『影』が放った砲撃は、弾がどう動いているかが視認出来る程だった。

 

「衣笠さん!」

 

 まだ私の『影』が砲撃を放つ前。おそらく直前。手持ちの主砲を持ち上げつつ、備え付けの主砲が衣笠さんに狙いを定めようとしている瞬間。まだ照準を合わせ切っていない。

 食い止めるために私も動きながら主砲を構える。やたら主砲が重く感じたが、知ったことではない。衣笠さんを守るため、それくらい軽いものだ。

 

「っ!?」

 

 私が放った砲撃は『影』の主砲を撃ち抜き、さらにはその速さのまま脇腹を蹴り飛ばす。その全てが見事に決まったおかげで、衣笠さんは無傷であり、私の『影』がその場から吹っ飛ぶことになった。

 今の感覚は何だろう。衣笠さんを救おうとした瞬間に、周りの時間が遅くなったように思えた。やった後に自分が一番驚いていた。

 

「陽炎、『蜃気楼』の最中に砲撃出来るようになったの!?」

 

 今までそんなことは出来なかった。回避のために力を全て抜いており、無意識の間に回避を全て終わらせるのがあの回避だ。砲撃なんて出来るわけが無い。そもそも照準を合わせるための意識が無いのだから。

 なのに、衣笠さんからしてみたら、私は『蜃気楼』による高速移動を繰り出し、それが終わった時には『影』を蹴り飛ばすと同時に主砲を砲撃で破壊していた。

 

「い、今が初めて。というか、私『蜃気楼』やってた?」

「衣笠さんにはそうとしか見えなかったよ。助けてくれてありがとね!」

 

 喜んでもらえたのなら何よりだし、救えたのだから私も嬉しいのだが、今の感覚はまだ謎。『蜃気楼』をしていたと言うのだが、私にその感覚は無かった。周囲の時間が遅く流れる中、衣笠さんを救うために出来ることを全てやったに過ぎない。

 しかし、救うために行動したため、今の攻撃はまだ浅い。まだ『影』は戦える状態だ。しっかりトドメを刺さなければ。

 

「でも、またジリ貧に戻るんだよね。どうしたもんかな」

 

 あちらも私の『蜃気楼』に追加で警戒するようになる。そうなると、いきなり攻め込んでくるということは無くなるだろう。

 ならば、今の感覚の謎を解き明かして、この場で使いこなす。まだあちらが知らない私だけの特性、必殺技だ。奴らに勝つにはこれしかない。

 

「さっき、今までに無い感覚があったんだ。周りの時間がとんでもなく遅くなったような、そんな感覚」

 

 戦いながらもヒントを掴むため、衣笠さんに説明をした。私とは違った視点から何かに気付いてくれるかもしれない。当事者と第三者なら、さっきの私の見え方が変わる。

 

「ならさ、もう一度『蜃気楼』を使ってみたらどうかな。陽炎って、一度使うと身体が覚えるでしょ」

 

 確かに、今までもそうだった。一度使った技能は二度目以降もそれと同じになる。最初は海上移動の時からだった。脱力回避も、それこそ『蜃気楼』も『屈折』も、やれると思ったらもうやれた。身体がそのように動いてくれる。これも無意識のうちだとは思うが、今考えれば私の()()()()()としての特性なのではと思う。

 艤装に引っ張られる脱力回避だって、まずそもそも力を抜くことを戦場のど真ん中で悠々とやれるというのが普通では無いのではと自分でも思った。力を抜けというアドバイスがあったとしても。

 

「よし、これが私の覚醒だというなら、もう一度やれるはず。やってみる……!」

 

 言われるがままに脱力。『蜃気楼』をやる前提での行動。移動先は私の『影』の真正面であり、さっきと同じことが出来るのなら、私の動きを捉える間もなく撃ち抜く。

 

「っし」

 

 再びあの感覚へ。やはりこの土壇場で『蜃気楼』が成長、進化している。きっかけは衣笠さんの危機。一度目覚めたものは、その前には戻らない。いいことか悪いことかはわからないが、今はいいことだと思いたい。

 

 時間がゆっくりゆっくりと流れる。私の動きを見計らって、私の『影』も『蜃気楼』の体勢。おそらく、私と同時に海面を蹴っている。

 無意識下で決めた場所に移動する技なのだから、その一点を見据えて超高速移動を実行する。それは私もだ。全く同じタイミングでそれを開始したのだから、本来なら私が向かいたいところから『影』はいなくなっており、『影』は私のいてもらいたくないところに移動している。

 だが、今は違う。時間がゆっくりと流れているおかげで、その『蜃気楼』の移動経路から到着地点までもが、全て手に取るように理解出来た。『蜃気楼』をする『影』だけが普通の動きに見える。

 

「そうか、そういうことか」

 

 ここでようやくピンときた。私は『蜃気楼』をするときは基本的に無意識。脱力した瞬間に移動が終わっており、私の意思は関係なく始まりと終わりだけが私の中に残っていた。

 なら今のこの空間は、その始まりと終わりの隙間。()()()()()()に意識が向いた結果だ。今まで見てこなかった、艤装に全てを託していたこの瞬間に、自分の意思を介入させていたわけだ。一瞬で動いていたその瞬き1回の時間に全ての意識が集中している。

 

 この瞬間に意識があるということは、本来向かおうとしていた場所を急遽変えることだって出来る。さっきのように腕を動かし、移動中に砲撃をすることだって出来る。

 

「こっち!」

 

 本来の移動先から急遽変更し、私の『影』の移動先へ向かう。あちらは無意識下なのだから、私がそうしたことには気付いていない。無論、衣笠さんも、その『影』にも知覚出来ていない。私だけの時間。代わりに身体への負荷が今までとは比べ物にならなかったが、身体が悲鳴を上げるほどではないのは脱力しているからかも。

 移動の速度はあちらも普通に見えるのだが、私が向かっても避けようという意思が見えない。無意識なのだから当たり前。

 

 衣笠さんの全自動防衛は、私の脱力回避や『蜃気楼』にも追いついてくる無意識の防衛なのだが、それはどちらも無意識だったからこそ出来た芸当。見てから動いているわけではない。

 それ故に、本来の動きを私の意思でねじ曲げたことで、全自動防衛の矛先からも逸れてしまった。結果、私の『影』は衣笠さんの『影』に守られることはない。

 

「なるほどね、これでおしまい」

 

 私が主砲を構えても、避けようとしない。こうなってしまうと、ただの訓練である。今までさんざんやってきた、移動する的に向かっての砲撃だ。

 

「アンタのおかげで、私はまた1つ強くなれたよ。アンタも私みたいなものなんだから、感謝だけはしておく」

 

 頭を撃ち抜くように砲撃を放ち、『蜃気楼』は終了。私の周囲の時間が普段通りに流れ出したかと思うと、その空間中に放った砲撃が私の『影』の頭を吹き飛ばしていた。頭部を失った時点で消滅。これで私の『影』は撃破。

 

「衣笠さん、あとそっちだけ!」

 

 しかし、身体にどっと疲れが来た。1回目はまだしも、2回目は意識してのそれだ。長門さんや陸奥さんがいうクールタイムの意味がわかったような気がした。

 これはすぐに『蜃気楼』を使えるような状態ではない。数分数秒だとは思うが、身体を休ませる時間が必要。

 

 とはいえ、残すは自己防衛に関しては平凡な衣笠さんの『影』のみ。これならば、言っては悪いが最も倒しやすい状態になっているだろう。仲間がいるからこそ光り輝く衣笠さんから仲間を奪ってしまえば、それはもう終わり。

 しかし、私が離れたことで仲間が近くにいないのは衣笠さんも同じこと。単独戦闘ではまた不毛な戦いになる。

 

「俺が援護に入る。陽炎、安心しな」

 

 そしてその瞬間、戦場を動き回っていた木曾さんが私の代わりに衣笠さんの側に立っていた。最初のきっかけを作り、ミコトが吹っ切れる助言をし、そして衣笠さんに必要な相方になる。

 今回のMVPは間違いなく木曾さんだ。木曾さんがいなかったら、まだ戦闘は続いていただろうし、下手をしたら押し込まれて撤退を余儀無くされていたかもしれない。

 

「ガサさん、援護頼むぜ。さっさと終わらせる」

「了解。仲間がいないと輝けないからね衣笠さんは」

「いいことじゃないか。艦娘の心得を体現してるみたいで、カッコいいと思うぜ」

 

 そのまま木曾さんが押し込んで衣笠さんの『影』を追い詰めた。木曾さんに対しての攻撃は全て衣笠さんが止めきり、衣笠さんを狙おうとするも木曾さんが近接戦闘を繰り返すためにそんな暇も与えない。

 この2人は最も相性のいいコンビかもと思えた。2対1という状況もあるが、とにかく息が合っている。どちらもそういうことに適しているのか。

 

「終わりだ。コイツで最後だからな」

 

 そして、トドメと言わんばかりに木曾さんの軍刀が衣笠さんの『影』の首を刎ねることでこの戦いは終わる。

 

 

 

 これでようやく太陽の姫との決戦に向かえる。足止めとしては最上級の敵だったが、結果的に私達の成長を促したのだから、慢心か誤算かのどちらかであろう。太陽の姫のおかげで、太陽の姫を倒せる手段を増やすことが出来た。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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MMD静画のアイキャッチ風ネルソン。戦闘中は勇ましいけど、普段は何処か面白いお馴染み閣下。リンク先にはデキる女をスカウトする場面があるのでどうぞ。


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影を乗り越えて

 艦娘のコピーである『影』は全て撃破することが出来た。自分と全く同じ能力を持つ相手ということで苦戦したものの、今この場で成長することで切り抜けた。

 私、陽炎は、今まで出来なかった『蜃気楼』による移動の隙間時間、無意識の狭間を認識することにより、超高速移動中に別の行動をすることが出来るようになった。

 

「全員無傷!?」

 

 一応旗艦なので、仲間への確認。『影』との戦いで損傷があるようなら、最悪撤退してもらうまである。ここまで来て戦いを終わるわけにはいかないのだが、怪我人が進むわけにもいかない。

 パッと見、疲労はあれど傷付いた者は見えない。一番疲労が溜まっていそうなのは長門さんと陸奥さん。戦闘中にクールタイム度外視で守護者の力を連続使用していたため、少しだけ休憩していた。私も無意識の狭間に意識を向けた『蜃気楼』を使ったことで、大きく疲労している。クールタイムは必要なのだが、その時間は僅かで済みそう。

 

「大丈夫だよお母さん!」

「うん、よくやったねミコト」

 

 戦闘終了直後に私に抱きつくように飛びついてきた。緊張感が無くなるものの、大喜びなのは構わない。初陣で精神的に嫌な目に遭わされたわけだが、木曾さんの叱咤激励のおかげで吹っ切れ、見事勝利を収めた。

 やはり精神的にかなり幼い。生まれて今日で3日というのもあるだろうが、元々がレ級であるために性質的に幼いということも考えられる。『黄昏』もそうだったが、凛としているように見せて実際は感情的だった。ミコトも例外では無かったようだ。

 

「お母さんは大丈夫なの? なんか凄い動きしてたけど」

「ちょっと疲れてるけど大丈夫。少しだけ休憩したいってくらい」

「それには賛成だ。太陽の姫には万全な状態で行きたい。クールタイムが終わるまで待ってもらえないだろうか」

 

 長門さんから言われ、みんながそれに同意。怪我はしていないが弱体化はしているとなったら、さすがにそのままで向かうわけにはいかない。長門さんも陸奥さんも、残り数分で大丈夫だというので、その時間だけはその場で待機とした。

 しかし、ここは戦場。ここから少し先に行けば、敵防衛線と戦う強襲部隊と合流することになる。私達の仕事は防衛線と戦うわけではなく、そこを突き抜けて太陽の姫と決着をつけることだ。あまりここで待機していても、強襲部隊の戦闘に支障が出てしまうかもしれない。

 

「ここで留まっているのも良くないと思うから、先には進もう。予定よりもゆっくりでいいから」

「そうね。私達のせいであっちの邪魔になっても困るもの」

 

 休憩したいのは山々だが、それはせめて防衛線を抜けてからにしよう。息をつける時間があるかはわからない。向かっている途中でも襲われる可能性は充分にある。

 

 

 

 私達が戦っていた向こう側でも、同じように『影』との激戦を繰り広げていた。しかし、私達が木曾さんに活を入れられたように、あちらも1人が中心となっていた。

 そうなれる人物は他でも無い、というかそうとしか思えない人物。ネルソンさんである。

 

「如何に我々と同じ姿であろうとも、我々では無いのだ! 敵である時点で、それに余が負けるわけが無かろう。ならば、貴様らも負けるわけが無い! 進め!」

 

 敵もネルソンタッチを仕掛けてくるのにもかかわらず、ネルソンさんはそんなことお構いなしにネルソンタッチを仕掛けている。サウスダコタさんとプリンツさんも、ネルソンさんに引っ張られていた。

 

「そうだ、負けるわけが無い! アタシに勝てる奴はキリシマくらいだ!」

「Feuer! Feuer! 私のそっくりさんなんて簡単だよ!」

 

 似たような顔の敵が出てこようが、あのネルソンタッチには関係無かったようだ。常に自信満々であるというのは、こういうところで大きな利点になる。

 ネルソンさんの勢いがあまりにも強いので、同じ力を持つにしても周囲の鼓舞が出来ない『影』もそれに気圧されているようにすら見えた。

 実際、周りには『影』以外にも防衛線を守る深海棲艦達が群れを成しているのだが、それすらも巻き込んでネルソンタッチを繰り出しているため、敵は次々と薙ぎ倒されていく。

 

「あたし達は常にアクィラの艦載機で対空訓練してたんだから、Imitation(模造品)だろうが関係無いよ。でしょ、ハツ」

「当然だ。全く同じな分、当てやすいだけ余裕がある」

 

 防空組であるアトランタさんと初月は、アクィラさんを筆頭とした『影』の空母隊の空襲を全て受け止めてしまっていた。たった2人なのに、防空性能は以前見た時よりも段違いに上がっており、数日前のコピーである『影』の空襲程度なら軽くいなしている。

 そもそもアトランタさんが言う通り、訓練をあの空襲で行なっていたのだから、初めて見る敵の攻撃が見慣れた攻撃であるというありがたい矛盾が発生してくれているおかげで、余計に扱いやすいとのこと。

 

「アトの防空が敵対するってのは、こっちとしては結構heavyだけどさ!」

「違いないねぇ。でも、その分あっちの2人は引き付けられるんだから安心さぁ!」

「私達は、今の動きを続けましょう!」

 

 こちらの空母隊は逆にアトランタさんと初月の『影』にかなり苦戦しているようだが、艦載機が全滅することは無い。空襲が食い止められているのみで、あちらの2体を常に引き付けている状態を維持し続ける。

 空襲で防衛線を崩すことは出来ていないのだが、それはネルソンさん達に余裕が出来るまでの辛抱。むしろ『影』を引き付けている分、他が戦いやすくなる。これが終わるのも時間の問題。

 

「五月雨と組むのは一番やりやすくて助かる」

「私も、菊月ちゃんと組むのは一番慣れてるかも」

「お互い、長く戦っているからな」

 

 五月雨と菊月による自分の『影』との戦いは、最初は戸惑っていたようだが、ネルソンさんのアレで鼓舞されたことで普段のノリを取り戻している。特に菊月は、『心眼』まで発揮して『影』を観察し、その実力をいち早く察知していたようだ。

 

「奴らは我々の『(シャドウ)』といえど、今の複製では無いだろうさ。それに、今生まれたばかりみたいな連中だ。五月雨には100%敵わないだろうさ」

「まだ生まれて数日ってことかな。だったら私は負けないよ。経験が違うんだから」

「ああ、違いない。この菊月も、奴らとは比べ物にならない経験をしてきた。単純に複製出来るわけが無かろう」

 

 五月雨と菊月の経験数には誰も敵わない。いくら強かろうが、2人は今までの経験からその全てを看破し、それを軽く乗り越えてしまうだろう。それが自分の複製であろうと、それは過去に自らが経験したことをやっているに過ぎない。それ故に、2人には勝つ術がもう頭の中にある。

 最古参の心強さはここにもあった。木曾さんも、そういうところから勝てると自信を持って言っていたのかもしれない。実際木曾さんは真っ先に勝ったくらいだし。

 

「阿賀野ってばあんな感じなの!? 結構厄介じゃなぁい!?」

 

 そして阿賀野さんは、自分の『影』と防衛線の深海棲艦に囲まれてギャーギャー言いながらも善戦している。自らと対峙することになっても、その調子を崩すことなく、相変わらずの無反動砲撃で次々と倒していっていた。流石はデキる女。名誉ネルソンタッチ要員として任命されるだけある。

 

「アレの邪魔は出来ないね。クールタイム中にこの防衛線を抜けて、奴の本拠地まで行っちゃおう!」

 

 あれだけの戦いをしてくれているのだから、私達が防衛線を抜けるだけの隙間はしっかり出来ていた。強襲部隊の仕事は充分すぎるくらいに全う出来ている。

 私達が『影』を対処し終えたことが確認出来たようで、アクィラさんがこちらに振り向く。

 

「カゲロー! 今よ今! ここは私達に任せて擦り抜けちゃって!」

「了解! そっちも頑張って!」

Certo(もちろん)!」

 

 クールタイム中であるため最大戦速でもいつもより遅いのだが、なるべく早くこの戦場から離れたいため、全員で纏まって防衛線の隙間を駆け抜けた。

 

「対潜部隊は先に抜けてるわ! あっちもこのImitazione(模造品)と戦ってるかもしれないから、救ってあげて!」

 

 確かに、全員が自分の『影』を相手にしているというのなら、先に向かった対潜部隊も、海中で戦っている潜水艦隊も、私達と同じように『影』と戦っている可能性は非常に高い。というか確実にやり合っている。

 軽巡洋艦として戦いに慣れている五十鈴さんや龍田さんはまだしも、海防艦の子供達にはこの戦いは精神的に負担が大きい。子供にこんな嫌な気分になってもらいたくない。

 

「なるべく急ごう! 対潜部隊のみんなが心配!」

 

 ネルソンさんが止めないほどに暴れ続けているので、防衛線の対処は強襲部隊に任せても大丈夫そうだ。『影』相手でも臆さず、むしろ精神的に余裕まで持っている始末。

 ならば、ここは任せて私達は先を急ごう。さすがは支援部隊。

 

 

 

 防衛線を抜けて少し行ったところで、また戦闘音。しかし、私達の時ほど激しい戦闘ではないようで、そろそろ終わっているのかもしれない。

 この頃には私達のクールタイムは終了。いつでも全力を出せる状態にはなっている。

 

「五十鈴さん!」

「陽炎! ごめん、ちょっと手伝って!」

 

 戦闘中の五十鈴さんを発見。あちらもこちらがここまで来たことが確認出来たためか、すぐに救援依頼。

 特に苦しいのは海防艦の子供達のようで、自分とそっくりな敵が襲い掛かってくるという状況に驚きながらも必死に抵抗していた。今回はほぼ対潜特化の兵装であるため、目の前の敵を攻撃することがかなり難しい。爆雷を放り投げて牽制するくらいしか出来ることが無いのだ。

 

「なんなんしゅか! これ、なんなんしゅかぁ!」

「なんで敵があたいの格好してんだよぉ!」

 

 占守と大東は大混乱。なんとか耐えているが、爆雷を投げてどうにか耐えている状態。

 

「み、みんな、がんばって! あれは、てき、だから!」

 

 その中でも、松輪は健気にも勇敢に戦っていた。覚醒したことで得た危機回避からの攻撃でどうにか応戦しているが、松輪の『影』も同じことをするため、やはり悪戦苦闘。

 

「いいところに来てくれたわぁ。陽炎ちゃん、子供達の目を隠しておいてくれるかしらぁ」

 

 そんな中、龍田さんが自分の『影』と戦いながらも海防艦達のことを私達に任せてきた。どういうことかはわからないが、その言葉は何処か確信めいたものを感じる。

 龍田さん自身、こんな戦闘でも余裕があるようにすら見えた。『影』との戦いも、ただただ主砲の撃ち合いしかしていないくらいである。海防艦の目を気にして本気で戦っていない。

 

「みんな、ちょっとこっちに来なさい!」

 

 子供達をこちらに引き寄せ、龍田さんに言われた通り目を隠す。何も見えないように抱きしめてやるのが一番手っ取り早い。

 松輪は私のところへ、占守は手近だった大鷹のところへ、大東は一番慣れているからか夕立のところへと向かい、視界を塞いだことを龍田さんは確認した。

 

「もう、いいわね。ちょ〜っと、見栄えが悪いから、子供達には見せられないのよね〜」

 

 主砲を艤装に番えて手放したかと思うと、艤装に番えていた薙刀のような武器を手に取った。これは今までに見たことのない龍田さんの兵装。何かあるなと思っていたが、実際は一度も使っていない。

 

「ああ、龍田がアレ抜いたら心配はいらねぇ。戦場では一回も見せてない、龍田の()()()()だ。あのコピー共もそれは知らないだろ」

 

 木曾さんが言うには、龍田さんも木曾さんと同様に近接戦闘の使い手らしいのだが、ここに来てから一度たりともそれを見せていないという。訓練の時に一度見せてもらったそうなのだが、木曾さんでも惚れ惚れする程の技なのだとか。

 そしてそれを今から目の当たりにすることになる。龍田さんが軽く構えたかと思うと、まるで踊るように薙刀を振るった。

 

 瞬間、龍田さんの『影』の首が飛んだ。

 

「えっ!?」

「容赦無いんだよ龍田は」

 

 続けてさらに舞い、子供達の『影』を一刀のもとに斬り伏せる。これは確かに子供達には見せられない。自分と同じ姿の敵の首が次から次へと飛んでいくところは、いくらなんでも残酷すぎる。

 子供の前だからと常に手を抜いていたことが、この『影』との戦いでは役に立った。この戦場での姿しか見ていない状態で『影』を作り出していたのだから、隠していた実力は再現出来ない。

 

「はい、おしまい。私達の仕事は対潜なんだから、こういうことは極力やりたくないのよね〜」

 

 あっという間に全て片付けてしまい、薙刀をまた艤装に番え直す。対潜部隊の一番の実力者は龍田さんだったわけだ。爪を隠し続けていたわけだが。

 

「私達はまた潜水艦の子達の援護に戻るわ。貴女達は決着をつけてきて」

「う、うん、了解。よろしくね」

 

 慣れているであろう五十鈴さんが、改めて対潜に戻る。

 私達は正直、呆気にとられていた。こんなに簡単に終わらせてしまうなんて考えてもいなかったわけで。

 

 

 

 改めて、ここから決着をつけに向かう。決戦の場は、あの渦潮の海域となるだろう。太陽の姫は出てきてくれるだろうか。

 



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邪神再臨

 強襲部隊により防衛線を潜り抜け、その先で奮闘していた対潜部隊も『影』を対処したことにより、いよいよ本隊と別働隊は太陽の姫との決戦に向かう。

 対潜部隊とは別行動になるのだが、その部隊が援護している潜水艦隊も向かっている先が同じなので、別とは行っても同じようにあの渦潮のある海域に進んでいた。

 私、陽炎は一応本隊の旗艦であるため、その航行の先頭に立っている。私がいち早く太陽の姫と対面することになるだろう。

 

「いよいよだけど……出てきてくれるかな」

 

 1つ不安なのは、太陽の姫そのものが海の上に出てきてくれるかどうか。予想ではミコトを取り返すか、新たに覚醒した松輪を狙うかで、その姿を現すのではないかと考えられている。しかし、同時に潜水艦達が依代を狙って沈没船に向かっているのだから、そちらを優先する可能性もあった。

 どちらを選択するかは私には判断出来ない。私達があの場に行ったところで、完全に無視して依代を自身で守り続けるかもしれない。

 

 とはいえ、何となくだが私があの渦潮の海域に行ったら表に出てくるような予感がした。私が奴の対となる者だからか、それこそ直感的に対面するのではないかと思えた。

 私と同じように、あちらもこの場で決着をつけようと思っているのではないだろうか。そんな感覚が、この赤い海からヒシヒシと伝わってくるかのようだった。

 

「っと、そっちは先に向かって。潜水艦隊がかなりやられてる。あっちのコピーも出てきたみたい」

 

 対潜部隊の旗艦、五十鈴さんが潜水艦隊を補助するために一時停止。こちらからは見えないが、足下の海底付近で潜水艦隊が自分の『影』と対峙することになってしまったらしい。

 こちらとは違い、『影』も沈没船付近で現れたようだ。やはり依代の防衛はかなり強めにされている。本来の状態でも相当数の潜水艦に妨害されて何とか1人が接近するのが限界だったが、今は『影』すらいるとなるとかなり厳しい。

 

「潜水艦は必ず沈没船にまで送り届ける。だから、アンタ達は()をお願い」

「了解。とは言っても、太陽の姫が出てきてくれるかはわからないけどね」

「どうにか誘き寄せてよ。こっちに来られたら困るんだから」

 

 それだけ言って、対潜部隊と別れる。今この場で別れたということは、潜水艦隊が沈没船に近付くことが出来るのはもう少し先になりそうだった。

 

 

 

 そこからまたしばらく進み、例の渦潮が水平線の向こうに見えてくるところまでやってくる。真下とは言わないが、この海底に沈没船羽裏号が眠っているわけだ。

 

「さすがに今は出てきてないか」

 

 ここに辿り着くまでに敵の姿は無かったのだが、太陽の姫自体も姿を見せていない。

 

「呼べば出てきたりしないっぽい?」

「そんな簡単なことじゃないでしょ」

 

 夕立の割とおちゃらけた発言に村雨が突っ込む。しかし、戯けたような言葉でも、夕立も村雨も、表情はあまり見たことがないくらいに硬いものだった。

 

 異端児でなくても肌に感じる程の威圧感。以前にここに来たときには感じなかったが、今回は一味も二味も違うことがここからでもヒシヒシと感じられる。

 それに、嫌なくらいに視線を感じた。もう結構懐かしく感じるあの舐めるような視線。同じものを感じたことがある沖波も、この場に立ってそれを感じ、小さく身震いした。

 

「ごめん、少し気になるから、D型の人、魂を見せてもらっていい?」

「なら私でどうぞ」

「俺のも見ておいてくれ。異端児じゃなくても何かあるかもしれない」

 

 これだけ威圧感がある空間なわけだが、この肌に感じる怖気のような何かが特別に濃厚な瘴気である可能性もある。今着ている対策インナーで抑えられているかは、余裕があるうちに知っておきたかった。

 すぐに立候補してくれた萩風の魂を確認したところ、幸いにも侵食の兆候は見えない。対策インナーは万全の効果を持っている。念のためと追加で異端児でもない人、今回は木曾さんで確認させてもらったが、こちらも大丈夫。

 

「オッケー。問題無し」

「じゃあ、後は呼び出すだけね」

 

 それが出来れば苦労はしない。だが、私がこの場に立っていることがあちらもわかっているのだから、こちらにやってくるのは時間の問題だろう。

 

 故に、かかってこいという感情を込めて、私からも視線の先を睨み付けた。海の上と底で、私と太陽の姫は睨み合っている状態になっている。

 早く来い。今すぐ来い。この場に現れて決着をつけようじゃないかと、心の中で悪態をつく。こんなのミコトに見せられたものではないのだが、状況が状況だけに、私の感情は抑えきれなかった。

 

「お母さん……少し怖い」

「ミコトちゃん……陽炎様はね、今から出てくる太陽の姫に、お父さんとお母さんを殺されてるの」

「えっ、そ、そうなの!? だったら……だったら仕方ないよね。僕だってお母さんが殺されたらああなると思うもん」

 

 オブラートに包んで説明することも難しいことなので、磯波が端的に説明してくれた。私が死んだ後の話をされても困るのだが、私の気持ちを理解してもらえたのならありがたい。

 

「来い……来い……早く来い……」

 

 睨み付けながら私は願う。来るとは思っているが、どうせなら早く決着をつけようではないかと。対となる者同士、ここで勝敗を決した方がいい。

 

「……来た」

 

 私の願いは届いたようだ。私達を見ている視線の主が、徐々に近付いてくる。ようやく決着をつけようと思ったか。今が頃合いだと感じ取ったか。とにかく、ついに私達の前に奴が、邪神が降臨する。

 太陽の姫は急速に浮上してくるが、あえてこちらに攻撃をしてくるような事はなかった。自分の力を誇示するためなのかどうかはさておき、何もせずに私達の前に現れる。

 

 大きな水柱が上がったと思ったら、それがすぐに消え失せ、その中心に奴がいた。忌々しいほどに神々しい、威圧感から邪神であると嫌でもわかるくらいの存在。

 その存在が何者であるかは調査の結果わかっている。だが、一概に邪神と言われても現実味が無かった。しかし、目の前にいると()()()()()と理解出来てしまう。

 

「……我ノ対トナル者ヨ。ココマデ来ルトハナ」

 

 周りの者の姿が見えていないかの如く、私にのみ話しかけてくる。この間に攻撃をしたらいいとは思うのだが、身体が思うように動かない。その存在そのものに気圧されて、冷や汗すら流れてくる。

 いつもなら空気を読まずに飛びかかるであろう夕立から、唾を飲み込むような音が聞こえた。一度対面しているのに、その時以上に緊張感が走っているのがわかる。

 

 だが、私はコレの対となる者。言ってしまえば()()()()()。こんなことで退くわけにはいかない。むしろ一歩前に出た。

 

「当たり前でしょ。私はアンタと決着をつけなくちゃいけない」

「ソウカ。我モ、貴様ニ終ワリヲクレテヤラネバナラヌト感ジテハイタ」

 

 能面のような顔で、こちらを見つめてくる。それだけでも心臓が鷲掴みにされるような感覚。鎮守府近海に攻め込んできた時とは雲泥の差だった。あの時はまだ手を抜いていたとすら思える。

 事実、ここは太陽の姫の領域、赤い海の中心だ。深海棲艦が強化されるホームグラウンドなのだから、それを作り出している張本人も例外では無い。太陽の姫が最も力を発揮出来る場所だろう。まだ赤く染まっていることすら知らない鎮守府近海とは、環境が全く違う。

 ただでさえ手が届くかわからないような者が、この海の瘴気でさらに強化されているという笑えない状況。

 

「我ハ貴様ヲ認メテイル。再ビ我ガ巫女ニナロウトハ思ワヌカ」

「アンタって冗談とか言うんだ。それで私が頷くと思ってんの?」

「イヤ、戯レニ問ウテミタ。ソレデ首ヲ縦ニ振レバ、貴様ハ苦シムコトハ無カッタノダガナ。我ノ最後ノ温情ダ」

 

 ふざけたことを。それだけ余裕があると思っているのだろう。慢心も慢心なのだが、それほどまでの力を持っていることは否定出来ない。

 だが、この邪神が慎重派であることも、自らの落ち度を認める程の寛大さを持ち合わせていることも知っている。故に、どのような言動をされても侮れない。

 

 チラリとミコトの方に目をやった。その目で見つめられたことでミコトは怯えるが、戦闘の直前であるということで、恐怖を振り払い逆に睨み付けるくらいに。

 

「……『黄昏』、哀レナ姿ニサレタモノダ」

「よく言うよ。人間を自分の巫女にしておいて、いざ自分のが盗られたら文句言うわけ?」

「愚カナ人ノ子ノ感情ヲ知ルコトガ出来タ。気分ガイイモノデハナイ」

 

 だからといって、今までやってきたことを反省するわけではない。それが自分の在り方なのだと、さも当然だと言わんばかりの態度。しかし、それをこちらがやることは、神の力を人間が使うという越権行為であると気に入らない様子。

 何も文句を言われる筋合いは無い。それこそ因果応報だ。いくら神とて、その行いが自分に跳ね返ってくるくらいは理解しておいてもらわなくては困る。それが出来ないのが神というモノなのかもしれないが。

 

「アンタの目的は何なのさ。世界を滅ぼしたいだけ?」

「ソレハ貴様ラ愚カナ人ノ子ガ最モ理解シテイルノデハナイノカ。コノ世ハ不要デアルト我ヲ喚ンダノハ、他ナラヌ人ノ子デアル。我ヲ喚ブソノ()ノ心ニ触レ、ソノ望ミヲ叶エテヤロウトシテイルノミ」

「娘って……なら、アンタをここに呼んだのは、依代の女の子ってわけ?」

「然リ」

 

 つまり、依代の少女がこの惨状を望んでいると言いたいのか。この世界の何もかもに絶望し、滅亡を望んでしまったと。

 この邪神をこの世界に呼び出したのは、教団でも教祖でもない。依代の少女。悪いことが重なりあって、その条件が整ってしまったのだろう。門を開いたのは教団かもしれないが、最後の一押しは少女の強すぎるくらいの負の感情。教祖が望んでいたのは愛娘の病気の治療だが、そんなことでは神は降りない。

 

 調査された依代の少女の話を聞く限り、その気持ちはわかる。不幸に不幸が重なって、この世の全てに嫌気が差したと言われても、そんなことはないと言えないほどの仕打ちを受けていたようなもの。

 まともに生活も出来ず、狂っていく父親に裏切られた挙句に死にかけ、長年の鬱屈した感情が爆発してしまった結果が、本当に邪神が降臨してしまったのだ。

 

「我ノ()()トアレホドマデニ同調出来ル人ノ子ガイルトハナ。故ニ、我ハソノ者ヲ依代トシタ」

「アンタの気質って何さ」

()()()。日ノ光ノ如ク全テヲ包ミ込ミ、日ノ熱ノ如ク全テヲ侵食シ、日ノ焔ノ如ク全テヲ滅ボス。()()()()()()

 

 故に太陽の姫。太陽の悪い部分を全て内包している邪神。

 

 それと同調出来る程の負の感情に苛まれた依代の少女は、もう取り返しのつかないくらいにまで壊れてしまっているのだろう。救えるか救えないかはわからない。依代から解き放っても、常に世界の崩壊を望む可能性がある。

 だが、救わない理由は無いのだ。それが不幸に次ぐ不幸により壊れてしまったとしても、出来る限りの手段を使って救う。もうそんなことを思わなくてもいいくらいに幸せになってもらいたい。

 

「対トナル者ヨ。貴様ノ存在ガ最後ノ障害デアル。貴様ガ滅ベバ、我ヲ遮ギルモノハ消エル。ナラバ我ガ手ズカラ滅ボシテクレヨウ」

「それはこっちのセリフだっつーの」

 

 威圧はまだ続くが、私はさらに一歩前へ。

 

「その子の不幸は聞いてる。世界を滅ぼしたいくらいにまで恨み辛みが溜まってるのも理解してる。だけど、だからといって何の罪もない人間を殺されたら堪ったもんじゃないんだよ。それに、アンタは滅ぼすことを楽しんでるだろ」

「ホウ?」

「そうでなけりゃ、巫女の柵を無くすって最愛の者を殺させるとかしない。自分の手で全部壊すはずだ。そもそも巫女なんて作らない」

 

 滅ぼすことが気質だと言うのなら、自分の力で全てを呑み込むのが普通なのではないのか。しかし、わざわざ搦手みたいなことを使ってくる。

 

「……クク、流石ハ対トナル者。ダガ、我ハ依代トシタ娘ノ心ヲ反映シテイルニ過ギヌ」

「どういうことさ」

「巫女トハ、娘ノ友ヲ求メル願イヲ叶エタ存在。ソコニ我ノ気質ガ介入シタダケデアル。巫女トハ、娘ノ友デアリ、我ノ傀儡。傀儡ニ我以外ノ糸ハ不要。故ニ、自ラノ手デ断チ切ラセタノミ。手段ハ我ノ愉シミデハアッタガ」

 

 なんて陰湿なやり方。滅ぼすことを楽しんでいることを否定していない辺り、余計にタチが悪い。全てを最悪な方向で叶えている。

 依代の少女がこのやり方を全て望んでいるわけではないということが理解出来た。手段を選ばず全てを滅ぼしたい少女の願いを、最も酷い手段を選択して実行しているのが邪神である。そしてそれを愉しみとまで言い切った。

 

「アンタはもうダメだ。ここで滅ぼしてやる」

「ヤッテミルガイイ、対トナル者。人ノ子ガ我ニ何処マデ手ガ届クカ、見セテモラオウカ」

 

 話はもう終わりにしよう。こうまで言われたら、もう我慢出来ない。太陽の姫は、ここで滅んでもらわなければいけない存在だ。

 

 

 

 最後の戦いはここから始まる。勝てば世界は救われ、負ければ世界は滅ぶ。命運を背負って、私達はこの邪神を乗り越えるのだ。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

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MMD静画のアイキャッチ風アクィラ。この作品では鷲の目という特殊能力を持つ重要な存在。リンク先に鷲の目をレクチャーする様が描かれているのでどうぞ。


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底知れぬ神の力

 太陽の姫との最後の戦いが始まった。今回はもう滅ぼし合いだ。こちらが勝てば世界は救われる。あちらが勝てば世界は滅ぼされる。中間はもう無い。これが本当に最後である。

 

 太陽の姫曰く、依代の少女自身が滅びを望み、巫女は友人が欲しいという願いを歪んだ形で叶えたもの。柵を断ち切るために巫女の手で最愛の者を殺させるのは、太陽の姫が愉しむためと曰った。

 これはもう絶対に許せない。私、陽炎がこんな思いをすることでは無い。コイツが愉しむためだけで私の父さんが死んだのかと思ったら、虫唾が走った。

 

「アンタはもうダメだ。ここで滅ぼしてやる」

「ヤッテミルガイイ、対トナル者。人ノ子ガ我ニ何処マデ手ガ届クカ、見セテモラオウカ」

 

 こちらは12人だが、あちらは太陽の姫たった1体。しかし、あちらは困ったことに邪神、すなわち神である。本来ならば、私達人間では勝ち目が無いとすら言える敵だ。

 それでも、私達は勝たなければならない。艦娘として、世界を守る者として、例え勝ち目が薄かろうとも立ち向かうのだ。

 

「みんな、やるよ!」

 

 私の言葉でみんなを鼓舞出来るかはわからない。だが、今ここで一番前を向かなくてはならないのは、この部隊の旗艦であり、太陽の姫の対となる者である私だ。だからこそ、ここで私が声を上げた。

 敵が神であろうが関係ない。それは深海棲艦の親玉なだけであって、今までやってきたことと変わらないのだ。どれほど威圧してこようが、やることは今まで通りに戦い、目の前の敵を殲滅するだけ。

 

「やるわよ。やってやるわよ。私だって、太陽の姫に全部壊されたんだから!」

 

 私の声に真っ先に反応したのは、巫女であるミコトでもなく、好戦的な夕立でもなく、年長者である長門さんや陸奥さんでもなく、因縁の強い村雨だった。

 ここにいる者の中でも、私と並んで、むしろ私以上に被害が大きいのが村雨だ。私と同じ10年前に同じように全てを破壊され、私はそもそも対となる者だったおかげで最後の段階までは行かなかったが、村雨はそのまま巫女にされているのだ。本人を目の前にして、その恨み辛みは爆発していた。

 

「ぽい! 全部終わらせてやるっぽーい!」

「おう、やってやるぜ! 刀の錆にしてやらぁ!」

 

 それに触発され、次々と声を上げる。相対したことで植え付けられかけた恐怖を振り払い、一歩二歩と踏み出した。

 

「慄カズ前ニ歩ミ出タコトハ認メテヤロウ。ダガ、愚カナ人ノ子ノ手ハ、我ニハ届カヌ」

 

 奴はやたら強い水柱を攻防一体に扱う曲者。あれが何かは未だにわからず、それの突破方法もわからない。そもそも砲撃を止めるという謎の力まで発揮するそれは、どう使われても不利にしかならない。

 それを回避するには、常に動き続けることと、何度もフェイントをかけることくらいしかない。止まっていたら確実に足下からやられる。

 

「動き回って! 攻撃を止めないで!」

 

 出来ることは今はそれくらい。全員が『影』と戦ったことで成長出来たのだから、そこで得た力を存分に発揮し、全ての力を出し切って()()()を実現する。

 

「まずは私達だ。景気良く行くぞぉ!」

「勿論!」

 

 まずは長門さんと陸奥さんが並んで構える。的は大きく、一斉射でも狙いやすいだろう。あの勢いがあれば、あのわけのわからない強度を持つ水柱もブチ抜けるかもしれない。

 

「行くぞ、陸奥! 一斉射、てぇーっ!」

 

 そして、間髪入れずに撃ち放った。今までよりも強烈な勢いで、火力すらも上がっているような一斉射。あんなものに巻き込まれたらひとたまりもない。私も脱力回避で避け切れるかわからないような量である。

 それに対して太陽の姫は、相変わらず持っている棒を小さく振るった瞬間、一斉射の砲撃を遮るかのように水柱が幾重にも立ち昇った。まるで何度も何度も魚雷が爆発したかのような衝撃。

 その水柱に包まれるように、一斉射は全て防がれてしまった。1つの弾丸も届くことなく、太陽の姫はその場から動くことすらしていない。

 

「相変わらずD型の攻撃は避けることすらしないね!」

「それなら、夕立突撃するっぽい!」

 

 ならばと新たに得た守護者の力の模倣を得た夕立が太陽の姫に肉薄。砲撃が呑み込まれるのだとするなら、そんなこと出来ないくらいに速く撃ってしまえばいいと突撃した。間宮さんの模倣なら、水柱など喰らうことなく攻撃を当てることが出来ると考えた。

 正直かなり危険な選択だと思うが、確実性があるのもこの手段。流石に格闘まではしなかったが、ただでさえ目にも留まらぬ早業を、避けるのも難しい超至近距離で繰り出すことが出来れば、当てることが出来るかもしれない。

 

 しかし、撃とうとした夕立の足下が波打ったかと思った瞬間、一斉射を呑み込んだものと同じ水柱が発生。まるで予測していたかのように吹っ飛ばし、その砲撃を不発に終わらせる。

 

「ぽい!?」

「すぐに避けな夕立!」

 

 打ち上げられたら恰好の的。現に、太陽の姫との初戦はこれで磯波がやられている。夕立はまだ空中で姿勢を変えられるが、距離が近いためにかなりシビアなタイミングが求められる。とはいえ夕立なのだから、その辺りの心配はしていない。

 

「っらぁっ!」

 

 空中で魚雷を放ち、即座に撃ち抜いた。目眩しと同時に爆風を帆で受けて緊急回避のバックステップ。太陽の姫自体も、さらにそれを予測していたか夕立への迎撃を最初からしていなかった。

 

「なら、今度は私よ!」

 

 このタイミングで接近していたのは、夕立と同様の技能に覚醒している村雨。こちらは間宮さんの模倣ではなく伊良湖さんの模倣。夕立が魚雷の爆発により作った目眩しの瞬間を狙うように一気に近付いて、超至近距離で撃とうと動いていた。

 

「『雲』カ」

「その名で呼ばないでくれる? 私には村雨っていう誇れる名前があるんだから」

 

 そして砲撃。夕立と違って村雨はM型異端児による砲撃であるため、太陽の姫の動きは今までと少し違う。

 身体を少しだけ動かし、その砲撃をさらりと避けたかと思いきや、またもや棒を小さく振るった。瞬間、何処からか現れた艦載機が数機、村雨に向かって特攻。直撃もまずいが、至近距離の射撃や爆撃もまずい。というか何もかもがまずい。

 

「無闇に近付かない!」

 

 それを萩風がしっかりとカバー。超低空飛行の艦載機のおかげで、対空砲火が出来ない装備でも何とか出来る。拳のように振りかぶった主砲ですぐさま艦載機を墜としていくが、太陽の姫が一瞥した瞬間、萩風の足下から水柱の前兆。

 かち上げて無防備にしてからの集中砲火を浴びせるのが奴の基本戦術。それは近かろうが遠かろうが放ってくる厄介すぎる技であり、隙を突いてどうにかなるものでもなかった。ほとんどノーモーションで使ってくるのもさらに厄介。

 

「んならコイツでどうだよ!」

 

 ならばと木曾さんがありったけの魚雷を放った。回避しようが無いレベルの数が一斉に太陽の姫に突っ込んでいくのだが、困ったことに太陽の姫には()()()()。ほとんど浮いているようなものであるため、魚雷が効くかがわからなかった。

 一応背中にある艤装の拳が支えているような姿ではあるものの、本体は上半身だけの亡霊のような姿だ。故に、本体への致命的なダメージにはおそらくならない。

 

「磯波!」

「了解です」

 

 だが、木曾さんの狙いは直撃では無い。直撃する前に砲撃によって撃ち抜くことで、一斉射を食い止めた水柱とほとんど同じくらいの爆発を引き起こした。1本撃ち抜いた時点で次々と誘爆し、結果、とんでもない大爆発に。効くかはわからないが、これで視界を塞いだようなもの。

 この小さな隙を突くために、魚雷を放った瞬間に木曾さんは急速に接近。自ら作り出した水柱を突き破っての接近戦を考えた一撃。

 

「小賢シイ」

 

 しかし、ここで主砲を放ってきた。威力がやはり並ではなく、一撃で水柱が全て霧散するレベルの砲撃が2発、3発と放たれる。直撃を喰らったらただでは済まない。掠っても重傷は免れないのは、初戦で実証済み。

 これに関しては一度見ているのだから、全員が対策済みというか慎重に回避。大きく回避して衝撃波も喰らわないように動き回ることで、何とか何事もなく終わらせる。流石に木曾さんもすぐさま撤退して事なきを得る。

 

「目眩しもダメかよ。だよな、それが効いてりゃ千里眼もクソも無いもんな」

「せめて水柱をどうにかしないと!」

 

 効くかもわからないという絶望的な状況かもしれないが、私達は誰も折れていない。一筋の光を探し求めて出来る限りの攻撃を全て繰り出していく。

 

 そもそもあの水柱は一体何なのだ。砲撃を食い止め、足下を揺らし、こちらのやることを全て防いでくる無敵の壁。

 以前に私がその身で体当たりをして突き抜けることは出来たが、それ以外では越えられていない。質量が必要だとしても、それなら一斉射でどうにかなっているはず。

 なら、M型である必要があるのか。オカルト要素が非常に強い、そもそも邪神という斜め上の存在だからこそ、攻撃にも在り方とかそういうものが関係してきそうではある。体当たりで突破したときは私はD型異端児ではあったが、そもそもの在り方が選ばれし者側だったから通用したとかか。

 

「ミコト!」

「了解ぃ! 撃つよぉ!」

 

 ならば、一斉射と同等の火力を持つM型異端児、陽炎の巫女たるミコトによる渾身の砲撃をお見舞いしてやる。選ばれし者の中で最も攻撃力が高いのだから、これすらも食い止められたら正直打つ手がなくなる。

 

「……ホウ」

 

 それに対して、奴は水柱を使わずに素直に回避を選択した。当たり前だがミコトの砲撃は戦艦による一撃。掠めるだけでも大きなダメージになる。だからか、太陽の姫はそこそこ大きめな回避。

 

 やはりM型異端児の攻撃は確実に回避を選択する。ということは、水柱はM型異端児の攻撃ならば貫けると考えた方がいい。一斉射はD型異端児と通常の艦娘による連携であるため、水柱により全て弾かれた。夕立の砲撃もおそらく食い止められたのだと思うが、それ以上に効果的なかち上げによる対処。村雨はM型異端児なのでしっかり回避。

 

「それなら、この質量ならどうかしら!」

 

 回避先を計算した霧島さんが鋏を振りかぶっての突撃。砲撃が効かないであろうことが一斉射で判明しているため、下手したらそれ以上の突破力のある艤装による格闘。

 しかし、届かない。接近を許す間もなく、霧島さんの足下から水柱。先程の夕立と同様にかち上げられる。霧島さんは夕立とは違い、空中で姿勢を整えることは出来ないため、これは大ピンチ。

 

「計算済みよ!」

 

 霧島さんはこの状況も計算しており、かち上げられた瞬間に艤装が変形しており、空中で主砲を構えていた。水柱以上の高さに上げられることまで考慮した、自分の身を犠牲にしかねない諸刃の剣。

 

「届カヌ」

 

 先程の村雨と同じように、艦載機が群がるように発艦されて霧島さんに襲いかかる。主砲を撃つ瞬間に眼前に現れ、その身で主砲の位置をズラすことで砲撃があらぬ方向へ飛んでいってしまった。

 こうなったことで、霧島さんがほぼ無防備に。すぐに救わないと、艦載機にズタズタにされてしまう。それだけは避けなくてはならない。

 

「霧島姉!」

 

 ここでもミコトが活躍する。艦載機には艦載機をぶつけるのだと、主砲を放った流れでそのまま艦載機も発艦。霧島さんに群がる艦載機に対して、同数の艦載機によって押し返し、霧島さんにどうにか着水してもらう。

 

「なら、私が行く!」

 

 これだけの猛攻が繰り広げられたのだから、『蜃気楼』による接近で確実に隙を突く。私の攻撃はM型異端児の一撃なのだから、奴には絶対に効果的だ。

 

 脱力した瞬間、無意識の狭間へ。水飛沫も砲撃もその全てがゆっくりと流れる空間で、私だけが普通の動きが出来る。太陽の姫だってこの空間ではスローモーションになり、その隙を突く。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

「貴様ニ出来ルコトガ、我ニ出来ヌト思ウタカ」

 

 この無意識の狭間の空間で、太陽の姫も私と同じように動いてきた。

 

「なっ!?」

「イヤ、貴様モ()()()()()()()()()()。流石ハ対トナル者ト言ッタトコロカ」

 

 ここでようやく私にも気付けた。太陽の姫が予測したかのように動いたのは、常に『蜃気楼』と同じ状態だったからだ。一斉射もゆっくり見えていたのだから瞬時に水柱で対応出来るし、夕立や村雨、霧島さんの突撃も、ゆっくりと見えていたのだからいくらでも対処が出来る。

 

「貴様ハマダ目覚メタバカリト見エル。ナラバ、先ニ摘ミ取ルトシヨウ」

 

 私が攻撃に転じる前に、太陽の姫から主砲が放たれた。1発どころではなく、何発もが私に向かって伸びてきている。その砲撃もゆっくり見えるため回避することは容易なのだが、近付く事は出来ない。悔しいが、一度これは接近を諦めて離れるしかない。

 

 

 

 私の成長した『蜃気楼』、無意識の狭間すらも、太陽の姫には常時発動する技能。こんなもの、どうやって対処すればいいのだ。

 



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神の学び

 ついに始まった太陽の姫との最終決戦だが、こちらの攻撃は全く通らないでいた。挙句、私、陽炎が『蜃気楼』による無意識の狭間に入った瞬間、太陽の姫も同じように動いてきた。

 私は『蜃気楼』で移動している時のみの時間であり、使用後にクールタイムが必要なのだが、太陽の姫はそれを常時発動しているようなもの。それを使って攻撃してくるようなことはしてこないようだが、無意識の狭間を使えばこちらの行動は全て予測出来てしまうため、攻撃が当たらないのも嫌なくらいに理解出来た。

 

「クソッ」

 

 太陽の姫からの攻撃はしっかり避けて、私の『蜃気楼』は終了。隙を見つけることも出来ず、むしろ脅威を理解するだけで終わってしまった。

 いや、これがわかったのは1つ先に進めたと思うべきか。何もわからずに攻撃を続ける方が勝機を失うような行為に等しいかもしれないし。

 

「アイツ、常に『蜃気楼』だ!」

 

 自分のそれが終わった時に、全員に伝わるように叫ぶ。少しわかりづらいかもしれないが、私がやれることは全員に共有済み。超高速移動をしている間にも全てを把握することが出来たことも、防衛線を抜けた後に全員に伝えている。

 

「ということは、全部が遅く見えてるってことでいいのかな」

「そう。今『蜃気楼』で近付こうとしたんだけど、その間にも当たり前のように私と同じ速度で迎撃してきた」

「うわ、それは面倒くさい」

 

 ここからは私がクールタイムに入ってしまうため、衣笠さんの近くへ。全自動防衛でクールタイムが終わるまで守ってもらいたい。

 いくら太陽の姫が『蜃気楼』を常時発動しているようなものでも、全自動防衛はそれをも先回り出来る。しかし、その防衛すらゆっくりと見えてしまっている太陽の姫には、先回りを見た後で対策を取ることすら出来るだろう。

 

「そうだとしても! 我々は止まるわけにはいかん!」

 

 勿論、誰もそれがわかっても怯むことはない。攻撃し続けることで、また太陽の姫の謎が解けるかもしれないのだ。

 長門さんは再度一斉射を放った。あの異常な回避性能というか予測してからの防衛性能が、『蜃気楼』の常時発動であることはわかった。次は謎の防御力を持つ水柱の謎だ。アレを突破出来ない限り、M型異端児以外の攻撃は全て防がれてしまう。

 

「懲リヌモノダナ、愚カナ人ノ子ヨ。貴様ラノ抵抗ハ無駄ダ」

 

 当たり前のようにその砲撃は水柱で全て防御。事前に何かをやっているかと観察するものの、手に持つ棒を振るっていること程度しかわからない。

 そもそも奴は主砲をどう撃っているのかも不明。背中の光背から放たれているようにも見えるのだが、主砲のようなものすら見えない。まさかステルスか何かか。

 

 それを確認するためにも、あらゆる攻撃を仕掛けてどんなことでもいいから知る必要がある。今私達の出来ることは、『影』との戦いで身に付いた新たな技能も込みにした全ての行動。攻撃も防御も全てだ。

 いくら神だと言っても、完全無欠の絶対的存在なわけがない。私の覚醒を阻むことが出来なかったこともあるし、私達に差し向けてきた巫女達を全て撃破してこれたことだって、あちらの想定通りとは言えないだろう。

 ならば、確実につけ込む隙があるはずだ。例えば……と考えるとやはり依代という最大最高の弱点の存在になる。私達には手が届かないのだが。

 

「M型の攻撃は効きそうってことは、それは多分存在そのものが太陽の姫への対策になってるからだよね。だから確実に避けるんだ」

「だろうね。ミコトの攻撃は水柱も使ってない。ってことは、M型の攻撃は水柱も突き破ることが出来るってことで間違いないね」

 

 衣笠さんに守ってもらいつつも状況整理。12人で囲いながら戦えば、例え相手が神であろうと、多少なりは考える時間は取れる。太陽の姫はそうそう全方位での攻撃をしてくることもないため、長門さんのおかげでそれくらいの隙間が出来た。

 これは前の戦いの時から薄々勘付いていたことだ。あの時も衣笠さんの攻撃は回避していたくらいだし、それを徹底している。故に最初はM型異端児のみの部隊が考えられていたくらいだ。

 

「でも、回避性能も異常。常に『蜃気楼』とか正直お手上げね。M型からは『蜃気楼』、それ以外は水柱。水柱使うのにも多分『蜃気楼』は使ってるだろうな。タイミング見計らって防御してるから」

 

 つまりは全て『蜃気楼』が問題。こちらの動きがスローに見えるため、どうやって回避すればいいのかがその場で判断出来る。深海棲艦の親玉なだけあってフィジカルもとんでもなくスタミナ無限大。クールタイムとか全く必要無い。

 

「磯波は何か気付いてるかも」

 

 私と衣笠さんと同じように、磯波も太陽の姫の挙動を常に観察していた。援護射撃を繰り出しながらも、慢心が故の隙や、どうしても対処が出来ない弱点が見えないか。

 今はまだ答えが出せていない段階なのだろう。殆ど睨み付けるような視線で太陽の姫を注視し続けている。

 

「姉さんはそのまま撃ってて!」

「陸奥はどうするつもりだ!」

()()()()、やってみるわ。ミコト! こっちに来て一斉射!」

「は、はぁい!」

 

 ここで陸奥さんは今までにまだ試していないことを実行するため、ミコトを自分の側に招集。M型異端児と通常の艦娘が同時に放った時にどういう反応をするかを試すようだ。

 長門さんと組んだ方が強烈な一斉射になることはわかっていることだが、ミコトも負けてはいない。それこそ、霧島さんと組んで放っていた時と同じくらいの火力を引き出せることだろう。

 

「ミコト、行くわよ! 一斉射、てぇーっ!」

「行くよぉ!」

 

 そして、長門さんの砲撃が水柱に阻まれる中、陸奥さんとミコトによる一斉射が放たれた。ある意味全種類の仲間による同時攻撃。どう動いたとしても、別の攻撃に発展させることが出来そう。

 

「ホウ、アル程度ハ賢イ人ノ子モイルヨウダナ。『黄昏』ヲ使ウトハ」

 

 放った時には、太陽の姫は棒を振るっていた。その瞬間、長門さんと陸奥さんの足下から水柱。ミコトからの砲撃は全て回避。そして、間髪入れずに長門さんと陸奥さんに向けて砲撃。

 やはりM型異端児からは回避に専念し、それ以外には水柱による牽制や防御。M型に水柱を使うことはあるが、砲撃を防ぐためには絶対に使わない。あとは一斉射に対しては水柱を何度も立ち昇らせる必要があるため、何度も何度も爆発している。

 

「姉さん!」

「狼狽えるな! こういう時に使うのだろう!」

 

 戦艦すらも軽々と打ち上げてしまうが、そこは長門さんも陸奥さんも想定はしていた。クールタイムを乗り越えて、ある程度の連続使用が可能となった守護者の力により砲撃を砲撃で弾き返す。

 威力自体は戦艦主砲と変わらないか少し上回っている程度。当然掠るだけでも重傷は免れないのだが、神の一撃と言えどある程度はこの世の(ことわり)に準じている部分もあるようだ。

 

 ならば、あの水柱も何かしらの兵装によって引き起こされているものと考えるのが順当。突然海中で爆発するようなものなのだから、アレの正体は魚雷か。

 だが、それならその威力をそのままぶつけるべきだろう。魚雷自体、駆逐艦でも戦艦並みの力を発揮することが出来る超火力の一撃。それなのに、あの太陽の姫は魚雷を自らの補助にしか使っていない。

 

「アイツ、()()()()()()()()の……?」

 

 これが素直な疑問である。巫子の能力が基本的に回避寄りになっているのは、そもそも太陽の姫の能力がそういう風だからであると考えるのは妥当な線なのでは。

 

「だとしても、魚雷の動きじゃないでしょ。いきなり真下から爆発って」

「『蜃気楼』が常時発動なら、前以て撃つこと出来ると思う。それに、私達よりも魚雷の進む速度がやたら速いとか、好きなタイミングで爆発させられるとか、邪神ならそういうこと出来そうな気がする」

 

 そう考えている内に、仲間達は今の長門さんと陸奥さんの動きで太陽の姫の防御の仕方を考えたようで、M型とD型で組むのが前提になりつつある。

 そもそもM型とD型のコンビである村雨と萩風は心配いらないが、夕立は単独で動くのは難しい。そこで、M型の中でも上位の同期値である沖波と組んだ。木曾さんは先程もやったように磯波とタッグ。霧島さんは殆ど単独のようなものだが、戦艦組は随時ミコトをパートナーにしていく作戦。要所要所でミコトが相方になる。

 

 その間に奴の謎を全て解かなくてはいけない。私のクールタイムもそろそろ終わるため、そこからはまた『蜃気楼』を使いつつ攻め込む。

 

「オキ、同時攻撃しよ。アイツ、全く同じタイミングなら守り方が安定しないっぽい!」

「だね。なら夕立ちゃんに合わせるからガンガン行っちゃって!」

「ぽーい!」

 

 夕立の突撃に合わせて沖波も一緒に突撃。回避性能特化故に、接近しても攻撃は回避出来るとは思う。しかし、基本的には紙一重であるため、戦艦主砲の衝撃波が避けきれないのがネック。そこは沖波の技能である予測を使っていくしかないだろう。

 

「萩風、私達もあっちに合わせよう。4人がかりならどれかが通るはず!」

「いいでしょう。M型である村雨さんの攻撃の方が重要であることを忘れないように」

「勿論。でもアンタの攻撃も当たればダメージになるかもなんだから、気を抜くんじゃないわよ」

「抜いてるわけが無いでしょう。他ならぬ姉さんの前で」

 

 夕立沖波ペアと同時に、村雨萩風ペアも動き出した。方向としては真逆、あちらと挟み撃ちをするように突撃。

 2方向から4人の突撃であり、内2人はM型異端児。これならば誰か1人は通るのでは。

 

「人ノ子ハ成長スルモノデアルコトハ、我モ理解シテイル。イヤ、()()()()()()()()トデモ言オウカ」

 

 4人からの同時攻撃であろうが、太陽の姫の調子は変わらない。今までよりも大きく棒を振るったかと思うと、夕立と萩風の足下から水柱が立ち昇る。嫌でも姿勢を崩されるわけだが、萩風はともかく夕立は一度同じ攻撃を受けているため、この程度では突撃をやめない。

 

「だったら! 夕立がこういうこと出来るって知ってんでしょ!」

 

 足を取られつつも、ここで間宮さんの模倣。瞬間的に数発の砲撃を急所に撃ち込む攻防一体の技。無意識の狭間に入った状態でもそう簡単には回避が出来ないはずだ。

 

「私も、簡単にはやられないわよ!」

 

 そして同時に村雨は伊良湖さんの模倣。瞬間的な連続砲撃に重ねた超高速移動からの一撃。村雨は水柱で足を取られているわけでもないため、十全の力を以て太陽の姫の真後ろに回り込んでいた。

 

「理解シテイル。アア、理解シタノダ。貴様ラハ、()()()()()デ成長シタノダカラナ」

 

 本来なら回避不可能な同時攻撃。私もアレに関しては避けられる気がしない。『蜃気楼』に入ろうとした瞬間には既に撃ち抜かれているだろうし、回避しようとした瞬間には回り込まれているのだ。これがあったから私は巫子から脱することが出来た。

 だが、それは常時『蜃気楼』状態である太陽の姫には関係無かった。最初から撃つ瞬間と移動する瞬間が見えているのだから、回避する方法、処理する方法もすぐに計算出来てしまう。

 

 その結果、太陽の姫の周囲に突如艦載機が発生。360度全ての方向に舞い散り、夕立の瞬間的な連射も村雨の超高速移動も全てを止めてしまった。

 

「ぽっ!?」

 

 特に夕立は艦載機そのものに鳩尾に食い込むように突撃され、明確なダメージとなってしまう。さらには、艦載機が自爆の体勢。こんな至近距離で爆発されたら致命傷になりかねない。

 

「夕立、すぐに助ける」

「ガサさん!?」

 

 と、気付いたら私の隣にいた衣笠さんが夕立の側にいた。全自動防衛が発動し、最も危険な者に対して無意識のうちに反応していたのだ。

 腹に食い込んだ艦載機を掴み上げ、自爆する間もなく範囲外に投げ飛ばす。その瞬間に爆発。かなり大きな火力ではあったが、衣笠さんが即座に対応したおかげで致命傷にはならなかった。しかし、爆風にはどうしても巻き込まれてしまうことになり、2人纏めて吹っ飛ばされる。

 

「村雨さん!」

 

 同じように村雨の足止めをした艦載機を、萩風が主砲を振りかぶって殴り飛ばした。こちらも自爆ギリギリのタイミングだったことで、致命傷は免れたが同じように吹っ飛ばされた。

 

「このっ」

 

 この爆発を利用して、今度は沖波が歯を食いしばりながらも太陽の姫を撃っていた。予測を重ねた結果、仲間を犠牲にするような形になってしまったものの、艦載機の隙間、放った瞬間のラグの時間を狙い、その能面に向かっての砲撃。

 回避を攻撃に転化した、成長によって手に入れた確実に当てる一撃。2方向からの攻撃に3つ目の方向を加えた、本来なら確実に避けられない一撃。

 

「我デ無ケレバ、ソレモ良カッタロウ。ダガ、無意味ダ『空』」

 

 しかし当たらない。常に『蜃気楼』ということは、脱力回避と同じ状態。沖波の砲撃は完全に擦り抜けてしまう。いや、あれは『空』の回避だ。予測された砲撃を上回る予測で紙一重の回避。

 

「そっちも使えるの!?」

「何ヲ言ウ。貴様ラノソレハ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 沖波の『空』の回避は、深海棲艦化したことにより手に入れた技。しかも巫女、太陽の姫に与えられた技と言っても過言では無い。

 ならば、太陽の姫も同じことが出来るということだった。言ってしまえば、私の脱力回避や『蜃気楼』、沖波の『空』の回避、さらには『雲』の使っていた海中を経由する回避や『黄昏』のノーモーション跳躍なんてことも出来てしまうのでは無いか。それも、巫女よりも精度が高い段階で。

 

「貴様ラノ成長ハ、ヨク見セテモラッタ。愚カナ存在デモ侮レヌ存在デアルコトヲ学ンダ。故ニ我ハ、貴様ラヲ巫女ニシヨウナドトハモウ思ワヌ。イズレ神ヲモ超エル力ヲ持チカネナイ貴様ラハ、ココデ全テ滅ボス」

 

 未だ余裕すら持っている太陽の姫に、絶望感が漂う。だが、誰も諦めない。諦めてなるものか。

 

 

 

 この思いは、仲間達誰もが持っている。その力は、この空間で伝播していく。

 

 また私の中で、何かが鼓動し始めた。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89673506
MMD静画のアイキャッチ風プリンツ。ネルソンに変な入れ知恵をすることがメインになってる感じがするけど、ネルソンタッチ要員という時点で相当な実力者。リンク先にカッコいいプリンツなどもあるのでどうぞ。

【挿絵表示】

こちらは前作『継ぎ接ぎだらけの中立区』の支援絵になります。詳細はあちらの最終回の方に掲載させていただきます。あちらもよろしくね。


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その魂が

 太陽の姫との戦いが続く。奴は巫女であった者の技をも全て有しており、沖波の扱う『空』の回避も見せつけた。さらには夕立、沖波、村雨、萩風の同時攻撃すらも、水柱と異常な回避性能、さらには360度全方位への艦載機で全て対処してしまった。

 未だにあちらは無傷。それに対してこちらは艦載機をどうにかしたものの、その時の爆風に巻き込まれて吹っ飛ばされてしまった。一番近くにいた夕立と村雨は酷くは無いが火傷を負い、全自動防衛が働いて夕立を守った衣笠さんや、村雨を救うために動いた萩風も、爆風によって軽傷。致命傷は免れたが、ついにこちらに消耗が見え始めてしまった。

 

「ったた、でもまだ大丈夫っぽい! ありがとうガサさん」

「どういたしまして。陽炎、自分の身は」

「自分で守れる! クールタイムも終わってるよ!」

 

 ここからは衣笠さんも前衛に。全自動防衛によって、その場で守るべきものを固定化せずにその場その場で切り替えていく方向にしたようだ。

 衣笠さんだってこの場で成長している。守る対象を全体に拡げつつ、その場で最も危険な者に対して無意識のうちに選択出来るようになっていた。それ故に、あの瞬間、私、陽炎を守っていた衣笠さんが気付けば夕立を守っていた。

 

「でも、これは結構しんどいね。対象が……11人か。ま、どうにかするわ」

 

 自分を度外視する弱点はもう一旦置いておくことにして、残り11人を全て守り切ると言い切った。勿論、私達は自衛だってする。それでも太陽の姫の力が上回ることがあるだろう。そうなった場合、衣笠さんがさらに守ってくれることで、より命の安全性を高めていく。

 

「全部の回避が出来るのは理解出来たけれど、さてどうしようかしらね」

 

 そんな状況でも誰も折れることはない。突破方法を模索し、攻撃を続けている。駆逐艦の攻防を見届けた直後、今度は霧島さんが前に飛び出した。

 

「っし、俺も行く。磯波、ちゃんと見ておけよ!」

「了解です。もう少し、もう少しのはずです」

 

 霧島さんと同時に木曾さんも飛び出す。先程までは近付いたとはいえ砲撃での攻撃だったため、『空』の回避もされたしそもそも艦載機で迎撃された。

 だが、今度は霧島さんと木曾さんによる同時の完全近接戦闘。凶悪な兵器である霧島さんの鋏と、鋭利な刃である木曾さんの軍刀、どちらも砲撃以上に一撃必殺を狙った武器だ。

 

 さらに、木曾さんが磯波に指示。磯波の観察力に頼り、あらゆる攻撃を喰らわせることで挙動を確認し、何処で何をやっているかを判断してもらっていた。

 ここに菊月がいれば『心眼』という手段もあったのだが、それは無い物強請りだ。だからこそ、『心眼』の域に達しようとしている磯波に、それを引き継いでもらう。

 

「懲リヌ者達ダ。貴様ラノ手ハ、我ニハ届カヌ。届カセヌ」

 

 先程と同様に、追加の艦載機が周りを飛び交った。もう艦載機とすら言えない、近距離戦闘用の兵器にしか見えなかった。遠距離には砲撃、近距離には艦載機、さらにどちらにも牽制と防衛で水柱。

 先程の夕立や村雨の状況を見ていたからこそ、その艦載機に対しての行動は前以て考えていたようだ。考えていたと言っても、殆ど力業ではあるのだが。

 

「近くに来てんなら、全部ぶった斬ってやるよ!」

「同感ね。なら私は、全て捻り潰してあげるわ!」

 

 特攻を仕掛けてくる艦載機を斬り払っていく木曾さんと、鋏で潰していく霧島さん。その勢いは一切止まらず、艦載機の爆発すらも気にせずに、太陽の姫に突撃。

 砲撃ならば、この艦載機の特攻で一旦撤退を考えるだろうが、この2人はそういうことを考えない力押し。それが近接戦闘。

 

「勇気ハ買オウ。ダガ、ソレハ無謀ダ。考エタ上デソノ選択ヲシタトイウノナラ、貴様ハ群ヲ抜イテ愚カデアルトイウコトカ」

「愚かで結構。無謀で結構。これが先に進むための行動になるのなら、私は艦隊の頭脳として最善の選択をしたと自信を持って言えるわ」

「ソウカ。ナラバソノ無謀サヲ認メヨウ」

 

 しかし、霧島さんの鋏も木曾さんの軍刀も届くことなく、結局は水柱が阻む。かなり強引に乗り越えようとしたが、一斉射を食い止めるレベルの水柱が連打されたため、霧島さんの突破力ですらそのままかち上げられる羽目に。

 こうなってしまうと、次に来るのは主砲だ。何処にあるかもわからない主砲が、今の2人に対して照準を合わせたのだろう。空中では何も出来ないため、誰かの防衛が必要。

 

「木曾」

「ガサさん!」

 

 衣笠さんの全自動防衛は木曾さんを選択。水柱の上まで跳んでおり、木曾さんの襟首を掴みながら、主砲が()()()()()()光背に向かって砲撃。

 しかし、霧島さんは無防備に……と思いきや、鋏を既に変形させて盾に。さらには、自分の後ろに何かしら合図を送っていた。その後ろにいたのは、先程まで一斉射に参加していたミコト。

 

「陽炎! 貴女も!」

 

 身を挺して隙を作ろうとしていた霧島さんの声に、クールタイムも終わっている私は『蜃気楼』を発動。周囲の時間がゆっくりと流れ、私と太陽の姫だけが通常の移動となる無意識の狭間へ。

 

 合図と同時にミコトが必死の形相で霧島さんの後ろから主砲を放とうとし、衣笠さんが空中で砲撃中。木曾さんは軍刀ではなく魚雷を放っていた。かなりの至近距離ではあるが、海中ではなくダイレクトに魚雷をぶつけることが出来れば、また今までとは違う動きが見えるかもしれない。

 対する太陽の姫は、それをしっかりと確認した後、悠々と回避行動をしていた。これだけゆっくりに見えていれば、どんな攻撃でも避けられるだろう。私がそうであるように。

 避けながらも光背の一部が輝き、砲撃まで放たれていた。撃つ瞬間がある程度ゆっくり見えているため、それがどうなっているのかがようやく判明する。これは『蜃気楼』が無ければ一生わからなかったかもしれない。

 

「やっぱりステルスだったんだ」

 

 放たれる瞬間だけ、チラリと()()()()()()()()が確認出来た。無意識の狭間で無ければわからないくらいの一瞬である。

 浮かんでいることも驚きなのだが、私達には見えないように細工されているのも大概である。如何にも太陽の姫と言わんばかりに、光の屈折などを利用したステルスと考えればいいか。そうする理由はわからないが。

 

 僅か数秒の神の時間。これを使った後は再びクールタイムに入ってしまうが、この貴重なタイミングを有意義に使うために、私は全力を出す。

 

「対トナル者ヨ、我ニハ見エテイルゾ」

 

 この無意識の狭間でも当たり前のようにこちらに振り向いた。やることをやったから次は私だと言わんばかりである。

 

「見えているからどうなのさ」

「貴様ヲ打チ砕クノミ」

 

 背中の艤装の拳が僅かに動いた。これもこの無意識の狭間だからこそわかった一瞬。菊月だったらこの一瞬を無意識の狭間で無くとも視認出来てしまうのだろうが、私にはこの神の時間を使うことでしか判断出来ない。

 その拳が動いたことにより、海中に何かが放たれた。海中故にそれが何かはわかりづらかったが、この状況下で出せるものといえば、それはもう魚雷以外に考えられない。つまり、あの拳が私達で言う魚雷発射管なのだろう。

 

「やらせないっつーの」

 

 それに対し、魚雷を撃ち抜くために砲撃。砲撃だって放った瞬間に遅くなるため、狙い撃つのはかなり難しくなるのだが、ある程度は方向性を決められる。

 しかし、奴の魚雷は一味も二味も違った。

 この無意識の狭間でも、()()()()()()()()()()()()()。つまり、とんでもなく速い。火力を持たない代わりに、異常な速度でこちらの真下に向かって駆け抜けていく。回避は出来たものの、真横で爆発されて足を取られかけた。

 

「そっか、それがタネ。そりゃわからないわけだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 あの時、『黄昏』に分霊をしていたときの雷撃は、こんな速度では無かった。普通の雷撃であり、潜水艦が視認出来るくらいにまでに普通となっていた。

 おそらく、遠退けば遠退く程にその速度は落ちていくのだろうが、眼前に太陽の姫がいる場合はこの速度。確実に誰も回避出来ない。

 火力が無いだけマシなのだが、その代わりに爆発したときの水柱に防衛能力があるというのはインチキにも程がある。

 

「っし、まずは全部わかった」

 

 そもそも見えない主砲に、そう見えない魚雷発射管。深海棲艦からも逸脱した姿なのはまさに邪神なのだろうが、やはり兵装そのものはこの世界に降り立ったことによって、この世の(ことわり)に縛られることになっているようだ。

 とはいえ、その性能は完全に逸脱しているのは言うまでも無い。普通ならばこんなもの対策しようが無かった。魚雷が爆発する前に破壊したとしても、そのときの水柱はおそらく同じ効果。

 

「っ……こっちはタイムアップか」

 

 そして私は『蜃気楼』のリミット。ここからはまたクールタイムに入る。

 

 ミコトの砲撃も木曾さんの雷撃も軽々と避けられ、見えない主砲から放たれた砲撃は霧島さんに向かっていたものの、霧島さんは鋏を変形させた盾でどうにかその方向を逸らしたことで致命傷は回避。それでも艤装の破損は回避出来ず、砲撃能力に支障が出る程に。鋏もヒビが入ったような状態。

 

「見えない主砲と見えないくらい速い魚雷がある! 艤装の腕が魚雷発射管!」

 

 わかった情報はすぐに全員に開示。それがわかったところでそれを対処出来るかはわからないが、何処に兵装があるかがわかれば、ある程度の戦略は立てられるようになる。

 

「そうか、だからあの拳に違和感があったんだ。でも見えないくらいに速い魚雷なんて、どうすれば……」

 

 磯波も水柱が立った瞬間の拳の動きに何か感じるものがあったようだが、それを確認した瞬間には既に魚雷は真下に来ており、水柱を上げているというのだから対処法に困る。

 如何に『心眼』と言えど、視認した瞬間には全てが終わっているというのなら、それは予測する以外に回避方法がない。もしくは全員が無意識の狭間に入るか。それが出来れば苦労はしない。

 

「んなもん、決まってんだろ。まずはあの腕をぶった斬る。そうすりゃ水柱は無くなるんだよな」

「あれが魚雷発射管だと言うのなら、それしかないかと……。でも、近付く時にはまたあの魚雷です。跳んでも避けられない水柱ですし」

「だからって、諦めるわけ無いよなぁ!」

 

 そうだ。タネがわかってそれがどうやっても対処出来ないくらいのインチキであっても、諦めるわけにはいかないのだ。幸いにもまだ誰も命を失っていない。それに、誰も折れていないのだ。

 こちらには人数差という決定的な有利がある。あちらは神とはいえ、こちらは頭脳が12個もあるのだ。

 

 考えろ。徹底的に考えろ。私達は、成長出来る人間だ。

 

「愚カナ人ノ子ヨ。マダ諦メヌカ」

「当たり前だろうが。この世界が終わっちまう以上、俺達に諦めるなんてことは無いんだ。お前をぶっ倒して、艦娘としての矜恃を全うしてやる」

「ソウカ」

 

 木曾さんの足下から水柱。無意識の狭間でないときは、あの拳が動いたかも視認出来なかった。あちら側でも一瞬と思える程なのに、通常の速度ではわからないのも当然か。磯波はよくアレが見えているものだ。菊月ならもっと見えていたか。

 

「っくそっ」

「マズハ貴様ニシヨウ。貴様ヲ手折リ、見セシメトシテヤロウ」

 

 さらにはその周囲にも水柱を何本も立ち昇らせ、全自動防衛すらも妨害。木曾さんを完全に孤立させてしまった。

 クールタイムでなければ今すぐ私が動くのだが、困ったことに今は『蜃気楼』が使えない状態。救うことも出来ない。

 

「イヨイヨモッテ、死ヌガヨイ」

 

 見えない主砲を全て木曾さんに集中させ、持てる兵装を全て木曾さんに傾けて、確実に殺すために神の全力を放ってしまった。

 対する木曾さんはかち上げられて空中。回避しようがない。この状態で回避出来るのは夕立だけ。

 

「俺が、この程度でっ、やられるかよ!」

 

 しかし、木曾さんも只者ではない。真正面からその砲撃を見据えたかと思ったら、空中で踏ん張りが利かないというのにもかかわらず、思い切り軍刀を振り払った。

 

 その一撃には、魂が乗っていた。

 

 太陽の姫の砲撃は木曾さんに届く前に斬り裂かれ、木曾さんに直撃することなく真後ろへ。

 代わりに軍刀は砕け散ってしまったものの、これを無傷で回避したことは木曾さんにしか出来ない。

 

「……人ノ子ハソコマデ成長スルノカ。侮レヌモノトハ思ッテイタガ、ソウカ、ソウカ」

 

 能面の奥の瞳が、楽しそうに歪んだ。

 

 

 

 木曾さんのその魂が、私の中の鼓動をより強めた。

 



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魂の脈動

 太陽の姫の引き起こす謎の攻撃のタネは理解出来た。ステルスのような機能でそれそのものが見えなくなっている主砲と、火力が無い代わりに『蜃気楼』下でも通常の挙動に見えるほどの速度を誇る魚雷。

 この2つがどうにか出来れば、太陽の姫は攻略出来る。超低空飛行の艦載機はもう二の次。全ての攻撃を防ぐ水柱を発生させる魚雷は、最優先で処理しなくてはいけない。

 

 それがわかった途端、太陽の姫は見せしめとして木曾さんを始末しようと水柱により孤立させ、主砲を放つ定番の攻撃を仕掛けてきた。実際これをされると、簡単には回避出来ない文字通りの必殺技だ。空中で姿勢を変えられるのは夕立しかいない。

 だが、木曾さんは一味も二味も違った。空中で魂を込めた一撃により、軍刀と引き換えに、その砲撃を斬り払ってしまった。

 

「……人ノ子ハソコマデ成長スルノカ。侮レヌモノトハ思ッテイタガ、ソウカ、ソウカ」

 

 能面の奥の瞳が、楽しそうに歪んだ。あの邪神のことだ。成長した人間をさらに上から叩き潰すことに愉悦を感じているとかそういうことなのでは無いだろうか。とことん性根が腐っていそうである。

 

「貴様ラガ、コノ世界ノ希望デアルコトハ理解出来タ。ナラバ、ココデ貴様ラヲ滅ボシテシマエバ、我ノ思ウガママトイウコトダ」

 

 再び視線が木曾さんの方を向く。軍刀を失ってしまったので同じことをもう一度やれと言われたら無理。そこを狙って、木曾さんを再度始末するために動き出した。

 太陽の姫にはプライドも何も無い。如何に勝利を収めるか、そして()()()()()()()()()に集約している。

 

 心が折れたらその時点でおしまい。1人崩れたらそのまま総崩れ。その起点を木曾さんにしようとしているのは一目瞭然だった。こちらが奮起するのも木曾さんが起点だったからか、こちらを崩すのも木曾さんからと。

 

「ヤハリ、貴様ヲ手折ルコトヲ始マリトシヨウ」

 

 再び木曾さんの足下から水柱が立ち昇る。軍刀を失った今、先程と同じことをされたらまず間違いなくやられる。木曾さんに残された武器は魚雷しかなく、敵砲撃に対する行動は、回避以外存在しない。

 

 故に、ここからは全自動防衛が動き出す。

 

「同じことを二度も通すと思っているのかな」

 

 木曾さんがかち上げられる寸前に、衣笠さんがその襟首を引っ張って範囲外に退避させた。急なことだったので軽く首が絞まったようだが、アレを喰らうよりはマシ。

 

「もう同じことはさせない! 木曾が光明を齎してくれたんだ! 意地でも魚雷発射管を破壊するぞ!」

 

 長門さんが叫ぶ。この場にいる全員が、それに呼応して邪神を睨みつけた。

 

 あの木曾さんの行動が、全員に火をつけていた。元より誰も折れていなかったが、より一層前向きに、相手が例えインチキまみれの邪神でも、この場で負けるつもりは無い。

 勿論私、陽炎にも火がついた。木曾さんの魂のこもった斬撃を見て、私の中に生まれようとしている何かの鼓動が強くなったのを感じている。

 

「ヤレルモノナラヤッテミルガイイ。ソシテ、自ラノ愚カサト無力サヲ知ルノダ」

「無力かどうかは、まだわからないわよね」

 

 ここで陸奥さんが伊良湖さんの模倣により一気に接近。水柱を上げる余裕など与えずに、間宮さんの模倣でゼロ距離砲撃を放つ。守護者の力総動員である。

 しかし、移動の段階からスローで見えているのなら、近付いた時点で『空』の回避が実行されており、ゼロ距離で放ったはずの砲撃はすでに回避済み。小さく間合いを取られた瞬間にまたもや艦載機が放たれる。

 

「むっちゃんさんはやらせないっぽい!」

 

 そこに今度は夕立による守護者の力。放たれた艦載機を瞬時に全て墜とす。艤装を破壊するそれを応用したようなものなのだが、数が多い分、降りかかる負荷もかなり大きめ。あの夕立とて、この一回の攻撃で少しだけ顔を顰めた。

 

「ソウカ。ダガ無意味ダ」

 

 しかし、その隙に陸奥さんが水柱でかち上げられる。艦載機と同時に魚雷も放っていたようだ。常に『蜃気楼』の状態ということは、無意識の狭間の中でもあらゆる攻撃が出来てしまうということでもある。陸奥さんが近付いた時には艦載機を発艦させ、それと同時に回避行動を取りつつ魚雷も放っていたと。

 私も常に『蜃気楼』状態ならば、それが全て判断出来るのだが、申し訳ないがもう少しだけクールタイム。まだあちらは使えない。

 

「陸奥姉は、やらせなぁい!」

 

 そして今度はミコトが飛び込んできていた。水柱の陰から主砲を構え、太陽の姫が砲撃に移る前に主砲を放つ。

 このタイミングで放ったことで、水柱は霧散。砲撃自体は太陽の姫が繰り出し続けている『蜃気楼』によって回避済み。そしてそこから砲撃。かち上げられた陸奥さんには回避する術は無いのだが、まだ間宮さんの模倣がある。

 

「どうせ撃つんでしょう! だったら、その背中の輪っかごと吹っ飛ばしてあげるわよ!」

 

 先程の木曾さんと同じ。かち上げられ、姿勢がどうにも出来ない状態からでも、瞬間的に連射が出来れば、砲撃を回避しながら光背まで撃ち抜ける。

 これは陸奥さんの渾身の一撃だった。艦載機から誰かが守ってくれることを信じ、かち上げられることも想定し、ここで光背に存在する見えない主砲を撃ち抜く手段に打って出たのだ。

 

「小賢シイ真似ヲ」

 

 しかし、それも見えている太陽の姫には傷一つつけられなかった。砲撃を放った直後にすぐ回避に転じることが出来るというのは本当にインチキ。ある意味、いない場所から砲撃が飛んでくるようなものである。

 幸い、陸奥さんの砲撃が太陽の姫の砲撃と空中でぶつかりあったことで致命傷は免れることが出来た。しかし、無傷とまでは行かず、どうしても露出している肌には衝撃と爆風でビシビシと傷を作っていく。

 

「うおおおっ!」

 

 そして太陽の姫の回避先には、高速移動により回り込んでいた長門さん。陸奥さんが作り出した一瞬を使い、咆哮しながらの砲撃。狙いは光背であり、魚雷発射管も当然厄介なのだが、最も火力があるであろう主砲を潰しに行く。

 

「マルデ獣ダ。吠エレバ力ガ出ルトデモイウノカ」

 

 それも当たり前のように回避。回避後に即移動出来るのは、常時『蜃気楼』である特権とも言えるだろう。

 皮肉めいたことを言われたとしても、避けられても、長門さんは止まる様子は無い。太陽の姫の言葉を無視するように砲撃をやめない。

 

「陸奥! 一斉射だ!」

「了解! てぇーっ!」

 

 すかさず連携による一斉射。陸奥さんは体勢が崩れている上にまだ着水したばかりだが、長門さんの合図にしっかり合わせて一斉射を開始。いつもは隣同士で乱射するような必殺技だが、今回は向きが違う一斉射。縦と横からの猛烈な砲弾の雨で、回避方向を失わせる。

 しかし、脱力回避と同様の回避が可能なのだから、一斉射であろうとも潜り抜け、一斉射の発起人である長門さんに接近する。こうなってしまうと一斉射を続けるのは難しいのだが、そんなこと気にせずに砲撃を止めず、眼前の邪神を狙い続ける。

 

「何故懲リナイ。貴様ラノ行イハ、全テ無駄ダトイウノニ」

 

 ほんの少しだけ、太陽の姫の声から苛立ちを感じた。無力だと思っていた私達が抵抗をやめず、片手で捻ることが出来るような小物のはずなのに一向に誰も死なない。認めてはいるが、負けることはないと確信している慢心。

 

「無駄じゃあ無い! 我々の信念が、魂が、貴様を突き崩してやる!」

「ここで諦めるなんて、美しくないじゃない。私達は艦娘、世界の守護者だもの。邪神の1匹や2匹、必ず押し返してやるわ!」

「これが人間の成長、意地だ! 我々は、貴様をここで、破壊する!」

 

 砲撃の衝撃だけではない、ビリビリと空気が痺れるような振動。その魂の揺さぶりが、みんなを、私の魂の鼓動をより一層強める。

 

「世迷言ヲ」

「でも、私達はアンタがどうやっても諦めないよ」

「当然です。ようやく得られた安寧を、貴女如きに破壊されるのは気に入りませんから」

 

 その一斉射が飛び交うこの空間に飛び込んでいたのは、村雨と萩風。

 

「一度深海棲艦になったからこそ、この世界が明るいモノだってわかったのよ。だから、絶対に守る。守り尽くす。アンタなんかに壊させない!」

「全てを失ったけど、得られたものがあった。それをまた失わせるわけにはいかないんですよ!」

 

 一斉射の只中でも、その砲撃を避けながら2人は太陽の姫の真後ろに回り込むことが出来た。今まで取ることが出来なかった背後からの砲撃をついに可能とした。

 その砲撃は駆逐艦のそれなので、深海棲艦の強固な艤装は破壊出来ないかもしれない。だが、村雨の砲撃はM型異端児の、選ばれし者の攻撃だ。太陽の姫はそれを嫌い、必ず回避する。

 

「貴様ラ……」

「そっちがやってきたことなんだから、文句は無いよね?」

 

 長門さんと陸奥さんの一斉射も、村雨と萩風の攻撃も回避した先には夕立が立ち塞がる。

 

「いくら神だからって、人様の心に、土足で入ってくるな!」

 

 ついには間宮さんの模倣を魚雷でやってのけた。才能の塊、異端児駆逐艦の中でも最たる天才は、今この場でもますます成長する。

 複数の魚雷による狙いは、光背と艤装。D型異端児故に太陽の姫には効かないかもしれないが、少なくともその衝撃は奴にダメージを与えるはずだ。主に精神的なところに。

 

「無駄ナコトヲ」

 

 魚雷を回避しながら破壊し、何度目かわからない艦載機の発艦。砲撃よりも危険度は低いが、周囲360度を攻撃する範囲兵器。まるで群がる羽虫を払うかのように、近付いた仲間達を駆逐するため、その全てを嗾けてきた。

 

「無駄じゃない」

 

 それを、時間をかけるごとに冴えていく衣笠さんの全自動防衛が食い止める。発艦した直後から、周囲の仲間達を守るため、絶対的な守護者の力が十二分に発揮されていた。

 ここに来て、衣笠さんは今までで最も成長していた。宣言通り、自分以外の11人をこの場で守り通すことを実行している。今この瞬間だけは、間宮さんと伊良湖さんすらも超えた、本当の守護者になっていた。

 

「ええ、無駄じゃない!」

 

 その艦載機が破壊される爆風の中から、霧島さんが突撃していた。半壊している鋏を突き出し、ついに手が届く。

 

「人間は、こんなことくらいでは屈しない。貴女は人間を見縊りすぎなのよ!」

 

 ここで太陽の姫は初めて抵抗らしい抵抗を始めた。魚雷発射管になっている艤装の拳を振り上げ、霧島さんの艤装を殴り付けることで完全に破壊してしまった。その衝撃で霧島さんは吹っ飛ばされるが、まだ諦めずに砲撃を繰り出すものの、それは『蜃気楼』により回避。

 疲労があるのか無いのかもわからないが、艤装の拳を動かしたというのは、奴も少しだけ焦りが見えたのではないか。そうしないと自分の身が守れないと判断したからこその行動。

 

「そう、私達は諦めない。一度屈したからこそ、私は二度と諦めない!」

 

 その行動を見た瞬間、沖波が艤装を狙い撃っていた。拳を使う防御は予測出来たかはわからないが、霧島さんが砲撃を放ち、それを『蜃気楼』で回避することは予測済み。その場所に向けて放っていた。

 

「諦メナイノハ構ワヌ。ソノ方ガ、苦シムダケダ」

 

 相変わらずそこまでしても当たり前のように回避する。

 

 だが、ここで沖波の砲撃が太陽の姫の方へと曲がった。沖波の後ろ側から、磯波も撃っていた。1人では出来ないが2人なら出来る、私の『屈折』の模倣。

 

「いくら苦しんでもいい。諦めるより、マシだから!」

 

 この一撃は、ついに太陽の姫の牙城を崩す一撃となる。沖波の、選ばれし者の砲撃を捻じ曲げた『屈折』であるため、太陽の姫にも明確なダメージを与えられる魂の一撃。

 いくらスローに見えていても、この『屈折』だけは簡単には避けられなかったようだ。霧島さんの時と同じように艤装の拳によって弾き飛ばした。その時、ついに艤装に傷がついたのが確認出来た。

 

 霧島さんの艤装を破壊した時でも付かなかった傷が付いたのだから、やはり選ばれし者の攻撃は効果的であることが実証された。

 

「ナラバ、思ウ存分苦シメテヤロウ。貴様ラノ望ミヲ、我ガ叶エテヤル」

 

 傷がついたところで、能面の奥の瞳に怒りが灯ったように見えた。

 

 

 

 みんなの魂の鼓動が、私の魂の鼓動を強くしていく。これ以上無いくらいに、私の中で何かが脈動を始めていた。

 身体が熱く感じる。力が漲るような、世界の(ことわり)を超えるような、そんな感覚が私の中で生まれていた。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89704697
MMD静画のアイキャッチ風アトランタ。最強の対空要員。今頃は防衛線の『影』と激闘を繰り広げている頃。リンク先に初月に懐かれる姿もあるのでどうぞ。


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選バレシ者

 仲間達の猛攻を回避し続けた太陽の姫だったが、沖波と磯波の連携『屈折』により、ついに艤装に傷をつけることが出来た。まだそれだけと思われるかもしれないが、一切の傷すらつけられなかった最初と比べたら、大きく戦況が変わった証拠でもある。

 太陽の姫は邪神かもしれないが、完全無欠の存在では無い。果てしなく高い壁かもしれないが、乗り越えられないわけではない。相当数使っているとしても、手が届いたことには間違いない。

 

「まだ止まるな! 撃ち続けろ!」

 

 これで満足なんて出来やしない。あの小さな小さな傷は、勝利への足掛かりになるのだ。長門さんの咆哮でさらに攻撃は激化していく。

 

 そして私、陽炎の中では、何かが脈動を始めていた。クールタイムで力が半減している中、みんなが邪神に立ち向かう姿を目の当たりにして、私は今までにない程に昂っていた。身体が熱い。力が漲る。みんなの魂の一撃が、私の魂を震わせる。

 気付けばクールタイムも終わっていた。これでまた『蜃気楼』が可能。だが、いつもよりもクールタイムが短くなっているような気がする。身体が慣れてきたのか、それとも何か別の要因があるのか。

 

「陽炎、もう大丈夫なの?」

 

 ここで私の側に衣笠さんが来てくれた。あの艦載機を本当に全て墜としてしまっていた。代わりにかなり消耗していることがわかるが、まだまだと言わんばかりに全自動防衛を続ける。

 

「オッケー。クールタイム終了」

「なら良し」

 

 私が大丈夫そうと分かった時点で、今度は霧島さんの側へと動いていた。今この戦場で一番傷付いているのは、近接戦闘のための鋏が破壊された霧島さんだ。この場で最も傷付いたものを守ることを優先するので、衣笠さんの動きはそれが当然。

 衣笠さんは自分の使命を全うするために、黙々と、的確に、確実に動く。守護者の力を全て出し切るため、感情すらも全自動防衛に捧げてしまっているかのように見えたが、その実、一番燃え上がっているのも衣笠さんに思えた。

 

 静かに、だがメラメラと燃え盛る魂に触れ、私の鼓動は、力の脈動は、最高潮に達していた。

 みんなが世界を守るために戦っている。選ばれし者とか関係ない。艦娘として、人間として、この世界を邪神の手から守ろうと奮起している。その力を全身に受け、私の内側から力が湧き上がってくる。

 

「貴様ラハ苦シミタイノダロウ。ナラバ、ソノ望ミヲ叶エテヤロウ。今、スグニ」

 

 艤装に傷が付いたものの、それは擦り傷に過ぎない。艤装が機能不全を起こすわけでもなく、性能が落ちているわけでもない。光背に至っては未だに無傷。奴から攻撃手段は一切失われていない。代わりに、言葉の節々に苛立ちが感じられた。能面の奥にある瞳には、もう明らかな怒りの色が見えた。

 

 長門さんと陸奥さんの一斉射を軽々避けながらも、衣笠さんが破壊したであろう艦載機がまた発艦されていた。何処まで無尽蔵なのだ奴は。

 近付けばアレに蹴散らされ、軽い砲撃ならば阻まれてしまう。一度傷は付けることが出来ても、また振り出しに戻された気分。だが、まだまだ諦めない。

 

「愚カナ人ノ子ハ、ココデ滅ビヨ」

「そんなことさせるわけないでしょ!」

 

 すかさず反論したのはミコトだった。

 

「僕はまだ生まれたばかりだけど、こんなに楽しい世界を、こんなに優しいみんなを、壊させるわけにはいかない!」

「ナラバ、貴様ガマズ散ルガイイ。貴様ノ身体ハ我ノ手元ニ置クツモリデアッタガ、モウ構ワヌ」

 

 元は自らが一から作り上げた巫女だった存在に今の自分のやり方を反論されたことで、より一層怒りを露わにした。口調は何も変わっていないが、確実にミコトを集中砲火する構え。

 対するミコトは、恐怖も焦りも感じておらず、真正面から睨み付けていた。手数だけならミコトは太陽の姫とほぼ同じだけ持っている。主砲も、魚雷も、艦載機も、全てがこの戦場に適した兵装だ。故に、簡単には負けない。

 

「死ヌガヨイ」

 

 相変わらずミコトの足下から水柱が立ち昇ろうとしていた。かち上げて、姿勢を崩し、光背からの砲撃で撃ち落とす常套手段。だが、私達はそれをもう飽きるほど見てきているのだ。この戦場でも多用しているため、殆ど初陣であるミコトですら、この手段は対策を講じていた。

 

「そんだけ見せられたら、僕だってどうしたらいいかわかる!」

 

 今まで誰もやってこなかった回避方法に打って出る。ミコトにしか出来ない手段。それは、()()()()()()()()()()

 ミコトの、陽炎の巫女だからこそのこの一撃は、かち上げられる前に真下にまで来た太陽の姫の魚雷を撃ち抜くことになり、水柱は完全に霧散。体勢を崩しかけるが、少なくともいつも通りのやられ方はしていない。

 

「下から来るんだから、下に撃つだけ! 僕にはあんなのもう効かない!」

 

 下に放った直後に、さらに真正面へと砲撃を放つ。かち上げられなかったとはいえ、太陽の姫は主砲をミコトに向けて放っていたのだから、それを回避するために逆に撃った。

 太陽の姫の狙いは良くも悪くもわかりやすかった。確実に殺すため、照準を急所にしか合わせない。そこに直感的に砲撃を放っていたのだ。ミコトの砲撃と太陽の姫の砲撃は、見事に空中でぶつかり合う、僅かにミコトの砲撃の方が威力が低かったようだが、ぶつかり合ったことにより本来の狙いからズレた位置に飛んでいった。そのため、ミコトは無傷。

 

 強力な威力を持つ主砲、元レ級としてのフィジカルと直感力、そして、陽炎の巫女という選ばれし者の砲撃だからこそ、思惑を崩すことが出来た。

 ミコトは太陽の姫の天敵にもなり得るようだった。だからあの時に身体を回収しようとしたのでは無いだろうか。『黄昏』を復活させるというのもあっただろうが、今のように陽炎の巫女になることを危惧していたとも考えられる。

 

「よく言ったっぽい! ミコトはもっと、この世界を楽しまないとね!」

 

 水柱を崩したミコトがここから反撃する。そこには夕立も参戦し、即席のコンビとして立ち向かった。

 陽炎の巫女と、天賦の才を持つ狂犬。2人は当然連携訓練だって経験済み。お互いの長所と短所もわかりきっている。

 

「当たり前! お母さんと、みんなと一緒に! 僕はこの世界を楽しむんだぁ!」

 

 純粋無垢なミコトの、全身全霊の魂の叫び。これが最後の一雫。

 

 飽和した私の中の魂の脈動は、さらに膨れ上がり溢れ出してくるような感覚。身体が熱い。力が漲る。世界を守るためにその力を振るえと、私の魂が訴えてくるかのようだ。

 この力は何のためにある。世界を、みんなを守るためだ。そのために、私は全てを擲つかの如く、溢れ出す力に身を任せる。

 

「そうだよミコト。この世界は楽しいんだ。辛いことも悲しいこともあるけど、それ以上に楽しいんだ」

 

 身体が軽い。今なら今まで以上の速さが出せるかもしれない。『蜃気楼』からさらに速く、あの邪神すらも手の届かない速さに。

 

「だから、もうアンタに、邪神如きに、私達の生き方を邪魔させない!」

 

 タンと、海面を蹴った。同時に『蜃気楼』を発動。だが、今までとは全く違う世界が待っていた。

 スローモーションではない。()()()()()()()()。長門さんと陸奥さんの一斉射も、舞い散る波飛沫も、あの太陽の姫すらも、全てを置き去りにした速度だった。

 おそらく人間では不可能な、世界に選ばれし者であり太陽の姫の対となる者だからこそ得られた、光の力。私は今、()()()()()()()()()()()

 

「もうこの世界から消えてなくなれ!」

 

 静止した空間の中で太陽の姫に接近。飛び交う砲弾を潜り抜け、その能面に向けて砲撃を放った。放った弾はその場で静止してしまうが、絶対に避けられない場所に置いてきた。外れるわけがない。

 そして、光の時間は終わる。私の周囲の速度が元に戻り、正常に動き出す。その瞬間、太陽の姫の能面が爆発。私の砲撃が直撃したことを意味する。

 

「ヌァ……ッ」

 

 ここにいる誰もが驚いていた。何もしていないのに太陽の姫が突然ダメージを受けたようなものだ。艤装に傷がついただけではない、明確にダメージが入った。

 顔面を狙ったのにまだピンピンしているのが気に入らないが、今まで常に上に立ち続けていた太陽の姫が、砕ける能面を押さえながらこちらを睨み付けてくる。

 

「貴様……何ヲシタ」

「決まってんでしょ。アンタを攻撃しただけだよ」

 

 まだ漲る力は衰えない。1回やっただけでは止まらない。クールタイムすら必要ない。魂の脈動はまだまだ力強く続いている。

 今だけは、太陽の姫と殆ど同じ状態なのかもしれない。常時『蜃気楼』状態の太陽の姫と同様、力をどれだけ使っても消耗を感じない。みんなの魂の脈動がそれを可能にしてくれている。

 

「私だけじゃダメだった。仲間がいるからここまで来れた。今だってそう。みんなが魂を震わせてくれたから、私はこんなにも力が溢れてる」

 

 世界に選ばれた者だからこそ、世界を守ろうとする者達の力を集約出来るのだと思う。ここにいる仲間全員が心を1つにし、この世界を邪神の手から守ろうとしたことを、世界自身が私に還元してくれていると言っても過言では無いだろう。

 それが私の、世界に選ばれし者の、()()()()()()()()()だ。仲間達の思いを力に換え、限界のない力を振るい続ける。

 

「みんなの魂の力、すごく伝わってくる。世界を守るために、絶対に諦めない。だから、私にもっと力を貸して。今なら絶対に勝てる。負けるはずが無い。アイツは1人だけど、私達には仲間がいるから!」

 

 再び光となる。あまりにも速すぎて私にも制御が難しいのだが、やりたいことを最初から決めていれば、身体が勝手に動いてくれる。これもまた、無意識下での戦闘の賜物か。今でも私の艤装は私に従って動いてくれている。私の最後の仲間であり、私に最も近い場所にいる最高の相棒。

 そのおかげで、この光速の空間でも、確実に狙った場所を撃てる。能面を押さえる骨のような手。それごともう一発撃ち抜くことで終わらせる。

 

「我ガ簡単ニヤラレルト思ウナ! 対トナル者ヨ!」

 

 初めて太陽の姫が声を荒げた。その力の脈動により、私の一撃はその手を弾き飛ばすことは出来たが頭を吹っ飛ばすには至らず。

 光速の中でも辛うじて反応してくる辺り、やはり邪神と言ったところか。1発目は不意打ちのようなものだったから命中したが、2発目はわかっている状態での攻撃であるために反応出来たと見える。

 

「我ハ日。不滅ノ存在、全テヲ呑ミコム者。貴様ヲモ呑ミコミ、コノ世界ヲ、全テヲ滅ボス!」

 

 空気が震え、海が波打つ。本気で戦っていたと思っていたが、太陽の姫は奥の手を隠していた。

 

 真っ赤だった太陽の姫が徐々に蒼くなり、まるで日が沈んでいくかの如く昏い色へと染まる。光背は禍々しく歪み、一部が悪魔のツノのように尖った。破壊したはずの能面は修復され、今まで僅かだが与えていたダメージは全て回復。ある意味生まれ変わったかのような変化を遂げた。

 それは、私達でいう改や改二と同じようなものなのだろう。改ならぬ()と言ったところか。この土壇場で、さらなる強化がされた太陽の姫。

 

「日ガ沈ムカノ如ク、貴様ラモ沈メテクレル。コノ世界ト共ニ滅ビヨ、愚カナ人ノ子ヨ!」

「お断りだ!」

 

 しかし、それ程の光景を目の当たりにしても、誰も諦めない。負ける気がしていない。

 

「アンタがどうなろうと、私達は絶対に諦めない。私だけなら無理かもしれないけど、こんなに仲間がいるんだ。負けない。負けるはずが無い!」

 

 漲る力はとどまるところを知らず、それこそ太陽の光のように私を中心に拡がっていく。

 仲間が私にこれだけの力をくれたのだ。同じだけの力を、みんなにあげたい。そう思った矢先にこの現象。

 

「えっ」

 

 最初に反応したのは沖波だった。私の溢れる力に当てられたかのように小さく身を震わせる。それが始まりとなり、ここにいる仲間達が同様に身震いした。そこには負の感情はなく、心地良さそうな表情。

 

「何、これ」

「すごい……力が漲る!」

「ゲロ様の本当の力っぽい!?」

 

 この海域にいる仲間達全員を包み込むように、私の光は拡がる。赤い海の上では深海棲艦が強化されるように、この私の力の内側では仲間達が強化されるらしい。

 太陽の姫は、私が出来ることは全て出来るだなんて言っていたが、それは逆も同じだった。

 

「私は侵食なんてしない。アンタの言葉を借りるなら、日の光の如く仲間を照らし、日の熱の如く心を熱くさせて、日の焔の如く魂を燃え上がらせるってところかな」

「ははっ、そいつはいい。なら俺達は、陽炎の巫女……はミコトの特権だから、『陽炎の使徒』ってところか!」

 

 そんなつもりは毛頭無いのだが、木曾さんのこの一言で、仲間達の魂はさらに燃え上がる。

 

 

 

 この力の奔流はまだまだ増していく。もう太陽の姫なんかに、恐怖も何もない。



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陽炎の世界

 みんなの魂に触れ、私、陽炎は選ばれし者としての力がさらなるステップへと向かった。太陽の姫が常時発動している『蜃気楼』をも超える光速の一撃を得たことと、それだけやってもクールタイムが不要になったこと。

 ここまでは私個人の力だが、それ以上に大きな、とても大きな力を得た。私がこの場に存在するだけで、海域にいる仲間達が強化されるという赤い海と真逆であり同等の力。今までの力の差を埋め、一気に勝ち目を掴み取る最後の力だ。

 

「貴様ガ()()()ニ辿リ着クノハ、自明ノ理デアッタカ。小賢シイ!」

 

 対する太陽の姫も、私の覚醒に応じて更に力を増す。今や、赤い深海棲艦と呼称していた時とはまるで違う日が沈んだように昏い蒼に染まり、光背が禍々しく歪んだまさに邪神と言うべき姿へと変貌していた。あちらもここで全てを終わらせるつもりで奥の手を出してきたようだ。

 だが、そんな姿になろうが、今まで以上の力を出そうが、私達には関係ない。魂は燃え上がり、今までにないくらいに昂っている。負ける気がしない。

 

 この力は、おそらく今だけの産物だろう。太陽の姫を倒すために、みんなの心が一つになっている今だからこそ起きた奇跡の力だ。今やらずしていつやるというのだ。

 

「行くよみんな! 最後の戦いだ!」

 

 先陣を切るのはやはり私だ。一歩踏み出し、光の速さで突撃。蒼く染まったことでそれにすら対応出来るようになっていたとしても、私がやれることはこれだけだ。

 周囲の時間が止まったかのような空間に没入し、太陽の姫に一気に近付く。この空間では誰も動かない。太陽の姫すらも。だが、その能面の奥の瞳はしっかりと見据えていた。完全な対応は出来ずとも、私が向かってきているということは勘付いている。

 

「まずは私。これが終わりの始まり!」

 

 顔面に向けて3発放ち、即座にそこから離脱。撃った瞬間に弾はそこに止まり、時が動き出した瞬間に本来の速度を取り戻す。

 クールタイムは無くなったものの、何度も連続使用が出来るほど簡単に制御が出来るほど使いこなせているわけでもない。一度使ったら少し間を空けた方がいい。それに、一度の使用時間は体感3秒程度。その間にやれることをやるイメージで。

 

「小癪! 我ニ二度モ三度モ同ジ技ガ通用スルト思ッテイルノカ!」

 

 もう冷静になるつもりもないようだ。荒げた声はそのままに、着弾する寸前に手に持つ棒で強引に打ち払う。もう余裕なんてものも無く、光速にはついていくのでいっぱいいっぱいと見える。

 それでも追い付けている辺り凄まじいと感じてしまった。私もあちらも太陽の姫。同等の力を持っていておかしくはない。個人技だけでいうのなら、奴は私と対等になってもおかしくない。

 

 だからこそ、私には仲間がいる。私だけと対等ならば、1人でも増えればその分押し込める。その仲間が、今や大量にいるのだ。

 

「漲る! 漲るぞ! 陸奥、我々は守護者の力を!」

「ええ、鎮守府だけじゃ収まらない、世界を守る力を!」

 

 私の一撃を皮切りとして、まず動き出したのは長門さんと陸奥さんである。2人同時に伊良湖さんの技を使い瞬時に移動し、太陽の姫を挟み撃ちにする位置へ。そこから間宮さんの技による瞬間砲撃。キレも良く、疲労を感じさせない渾身の砲撃が放たれた。

 普通なら回避なんて出来ない。全く別の方向から同時に何発も放たれているようなもの。気付けば艤装が破壊されているような速さだ。しかし、太陽の姫はそれすらも見てから回避するだけの力を持っている。同じ力を持っているのだから、嫌というほど理解出来る。

 

「何故懲リヌ! 貴様ラハ無力デアルコトガワカッテイルダロウ!」

 

 当然ながらそれは回避し、さらには水柱で長門さんと陸奥さんの足下を崩す。常套手段でありながらもその精度はやたら上がっており、踏ん張りが利かなくなる。

 だが、強化されている2人はそこからも違う。即座にまた高速移動でバックステップ。クールタイムなんてもう必要ない。後のことを考えていないというのもあるが、強化によって全てのスペックが上がっているのだから、それこそ2人の師匠(間宮さんと伊良湖さん)と同じくらいにまでやり切ることが出来るだろう。

 

「無力なら、もうとっくにやられてるわ! でも、私達はまだやられていない!」

 

 すかさず突撃していたのは霧島さんである。私の光に照らされたことにより、先程吹っ飛ばされた時に蓄積された疲労とダメージは消え、破壊された艤装は修復されるわけではないものの、主砲は十全に使えるようになっていた。

 こちらは長門さんや陸奥さんとは違い、遠距離からの砲撃。今までならば、これは水柱で防いでいる。今回も当然のようにその手段を取った。

 

 しかし、太陽の姫の思惑は外れる。霧島さんの砲撃はその水柱を()()()()()。まるで、ミコトが放った砲撃の如く、太陽の姫の力に食い止められることもなく。

 

「ナッ……」

「あら、これは都合がいいわね。これも陽炎の使徒の力ってことかしら!」

 

 水柱に阻まれなくなったということは、さらにこちらの手数が増えるということに他ならない。今まで水柱の壁に止められ続けていた一斉射も、先程のように近付く必要が無くなったわけだ。

 

「対トナル者ノ力……! 貴様ガ()()()()()()()()()()()()!」

 

 なるほど、そういうことか。M型異端児は、外の存在である邪神を排除するため、世界に選ばれし者だ。故に、太陽の姫の水柱を霧散することが出来るし、奴に唯一ダメージを与えることが出来る存在。

 その世界が、私にその選択を一任してくれているのか。ここにいる仲間達は、私に選ばれし者。()()()()()()()()()()という解釈になる。

 

 つまり、今の仲間達は、疑似的にだが全員がM型異端児扱いになったわけだ。深海棲艦に選ばれたD型異端児も、通常の艦娘達も、この空間にいれば全員漏れなく太陽の姫の天敵となる。

 

「だったら、夕立も今だけは選ばれし者っぽい? ゲロ様に選ばれたから、夕立の攻撃も効くってことだよね?」

 

 戦うことに関しては理解力が段違いな夕立が、既に跳んだ後だった。奴の回避性能はむしろ前より上がっているというのに、それをも上回る速度が出ていた。

 その時、チラリと私の方に視線が来たように見えた。まるで、攻撃を合わせてくれと言わんばかりの期待した瞳。

 いいだろう、ここからは全員と連携だ。夕立がそうしたいと望むなら、それを最高最善の形で叶えてあげよう。目でその意思を返すと、ニンマリと笑みを浮かべた。

 

 光速の世界へ。全てが止まって見える空間で、夕立のやりたいことを判断して太陽の姫の行動を予測する。

 正面から突っ込む夕立をサポートするため、太陽の姫は回避しながらも主砲を夕立に放つ。空中でも回避するという夕立ならではの特性を理解して、それすらも考慮したカウンターを入れるつもりだ。それは許さない。

 

「夕立は狙わせないよ」

 

 放とうとして一瞬だけ姿を現している主砲に数発砲撃を入れ、夕立への照準をあらぬ方向にズラす。ここでタイムアップ。もう少し時間があれば夕立の安全を確保しつつ私からも攻撃が出来るのだが、いくら選ばれし者の力といえども、私自身が人間なのだから無理は出来ないか。

 

「ヌゥ……!」

「ナイスゲロ様! 夕立の求めてた連携っぽい!」

 

 通常の流れに戻った瞬間、太陽の姫の砲撃は夕立とは関係ないところに飛んでいき、夕立の砲撃は的確に太陽の姫の胸へと向かう。

 それすらもギリギリのところで手に持つ棒で弾き飛ばしてしまったが、ここにいる全員が選ばれし者となった今、奴としては全てを回避しなくてはいけない必殺の一撃。

 

「攻撃の手は止めない! 本当に漲ってるんだから!」

「勿論です。私はこれ以上無いくらいに昂ってるんですから!」

 

 続いて村雨と萩風による突撃。もう2人で行動して一緒に攻撃するのが当たり前のようなコンビとなっているのが嬉しい。

 そもそもM型異端児である村雨はさておき、()()()()()()()()という状況が萩風を余計に強くしていた。正しい方向に向かった駆逐水鬼と言っても過言では無いような気がして複雑な気分だが、今までに無いくらいイキイキと立ち向かう様は見ていて気持ちいいくらいだった。

 

 それなら、私もその隣にいよう。3人同時の攻撃ならば、回避方向が大きく制限出来る。またもや光速の世界へ入り、萩風の隣へ。村雨と萩風の攻撃を回避した先を狙って砲撃を置いてくる。

 これはある意味、松輪の力を借りているようなもの。回避しつつ、最も危険なところに攻撃を置いておくというアレ。砲撃が放った瞬間にそこに止まるという性質を活かした、それこそ選ばれし者の力総動員の必殺技。

 

「サセヌ!」

 

 私の動きを予測し始めているのか、回避後に私の置いてきた砲撃を弾き飛ばした。

 もうあちらもなりふり構っていられないようだ。今までここまで動き回ることはしていない。邪神として、小さき者を見下ろすかのように悠々と動いていたが、そんな余裕なんてもう与えない。

 

「貴様ラハ、ココデ滅ビルノダ! 抵抗ナド無駄デアルコトヲ、思イ知レ!」

 

 回避直後に全方位に向けての全力攻撃。艦載機がこれでもかという程に発艦され、さらには魚雷発射の兆候。水柱で戦場を荒らし、超低空飛行の艦載機により全員殲滅を狙った回避不可能な範囲攻撃。

 

 そう、それは今までならだ。今は違う。

 

「ネルソンタッチ! 行くぞぉ!」

 

 長門さんを先頭に、陸奥さんとミコトが縦に並んだ突撃、模倣ネルソンタッチにより、その猛烈な攻撃の中を真っ直ぐ突っ込んでいった。いや、これは3人だけの突撃では無い。突如足下に来た太陽の姫の魚雷は、先んじて放たれていた木曾さんの魚雷によって意図しない場所で爆破されている。

 ネルソンタッチによる直進さえ邪魔されなければいいのだから、その真正面の魚雷だけをどうにかしてしまえばいい。そう考えるなら、予測も何もなく、突撃よりも早く魚雷を放っておけばどうにかなる。

 

「俺が道を拓く! 頼んだぜ!」

 

 先に水柱が立ち昇ってしまえば、それはネルソンタッチによる前方向への猛烈な砲撃で全て霧散していくのみ。この猛攻はいくら太陽の姫でも止められやしない。

 

「小賢シイゾ、愚カナ人ノ子ヨ! ソノヨウナ無謀ナ突撃デ、我ヲ滅スルコトガ出来ルトデモ!」

「無論、思っちゃいない。だが、貴様を丸裸にすることは出来る!」

 

 絶対に当たる距離まで近付いても、当たり前のように避けるのが太陽の姫だ。しかし、選ばれし者による猛攻はこんなことでは終わらない。

 全てにおいてこちらがスペックアップしていることで、回避にも余裕が無くなってきている。

 

「ミコト、行け!」

「りょーかい! 一斉射ぁ!」

 

 ネルソンタッチから1人だけ外れ、奴の眼前で一斉射の構え。たった1人でも、真正面に向けて乱射することで簡単には回避出来ない弾幕となる。

 

「ソノ程度デ!」

 

 その乱射をも回避しながら、ミコトに向けて艦載機が群れを成して襲いかかる。その速度も今まで以上。全力でミコトを排除しようと射撃や爆撃まで織り交ぜてたった1人を集中砲火。

 だが、そうしたことが間違いであることに太陽の姫は気付いていない。一箇所に集めたということは、その分処理もしやすいということ。こちらには、1人を守ることに関しては追随を許さない守護者がいる。

 

「随分と焦っていてくれてありがたいわ」

 

 その群れは全て、衣笠さんの手により破壊された。スペックアップにより守護者の力も大きく上昇している。殆ど一瞬と言える程の時間で、その全てを撃墜してしまった。

 代わりに艦載機からの射撃から自分を守り切ることは出来ておらず、致命傷とまでは行かないまでも傷を負ってしまっていた。衣笠さんとしても相当無茶をしていたようだ。

 

「ここ!」

 

 衣笠さんの陰から、沖波の砲撃が飛んできていた。ミコトの一斉射を回避し、艦載機による妨害もし、そこまで予測に予測を重ねた沖波の一撃。たった1発でも、致命傷を狙った渾身の1発。

 

「タカガ一撃ヲ、我ガ避ケラレヌト思ウカ!」

「避けさせません」

 

 そこに重ねていた磯波。太陽の姫の回避方向までも見越した『屈折』を狙っていた。見てから避けられるにしても、それでも回避しきれずに防御をしたその攻撃には、太陽の姫としても警戒は怠っていなかった。曲がるところまで加味して回避を大きめに取っている。

 ならばとここで光速の世界へ。沖波の砲撃に磯波の砲撃がぶつかる瞬間で時間は止まる。このままでは曲がった先でも当たらない。

 

 ならば、()()()()()()()

 

「ナ……ニ……!?」

 

 曲がった後の砲撃を、私の砲撃でもう一度曲げた。二段階の『屈折』ならば、もう避けられない。私が直接狙うのは避けられていたかも知れないが、避けたと思っていた攻撃なら警戒を少しだけでも解く。

 故に、この『屈折』は太陽の姫の胸に直撃した。選ばれし者の一撃により、貫くことは出来ずとも明確なダメージが入る。そして、動きが止まった。

 

「今!」

 

 もうあの回避は出来まい。次の一撃をトドメとしたい。

 

 

 

 合図と同時に、ここにいる全員が太陽の姫に向けて攻撃を放った。主砲と魚雷が一斉に向かっていき、そして回避する間もなく、太陽の姫はその攻撃に呑み込まれていった。

 




支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89757440
MMD静画のアイキャッチ風イントレピッド。呉内司令の支援艦隊の中で最も母性溢れる女性。特訓を手伝ってくれたり、眠れない夜にホットミルクを淹れてくれたりといろいろやってくれましたね。リンク先にはブレイクタイムのお誘いがあるのでどうぞ。


【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89773304
MMD静画のアイキャッチ風伊13&伊14。今頃海中で激戦を繰り広げているであろう2人。この潜水艦姉妹は活躍してくれることでしょう。でも調子に乗って痛い目を見るイヨもあったり。ヒトミの容赦無い様子はリンク先にありますのでどうぞ。


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神ノ器

 合図と同時に、ここにいる全員が太陽の姫に向けて攻撃を放った。主砲と魚雷が一斉に向かっていき、そして回避する間もなく、太陽の姫はその攻撃に呑み込まれていった。

 

「コノ我ガ、愚カナ人ノ子如キニ……!」

 

 爆音と爆炎の向こう側から、太陽の姫の最期の言葉が聞こえてきた。それでも攻撃はやめない。ここで手を止めていては、勝てるものも勝てない。ここで消え去るまで撃ち続ける。

 奴も邪神とはいえ深海棲艦のトップみたいなもの。例に漏れず倒せば消滅だろう。必要以上に撃つことで、絶対に終わらせる。

 

 しばらく撃ち続けても反撃が来なくなったことで、一旦砲撃を止める。慢心しているわけではなく、もうおそらく大丈夫だろうと感じたことで、1人また1人と砲撃を止めていった。あまり撃ちすぎても、奴がどうなったかがわからなくなる。

 残酷なことを言うようだが、出来れば消滅するところをその目で見ておきたかった。撃っていたのに実は海中に逃げており、不意打ちでいきなり現れるという可能性も無いとは言えない。

 

「これで……終わり……?」

 

 全員で狙いを定めていた場所から爆炎が引いていき、その詳細が露わになる。

 そこには、これ程の砲撃を受けていてもまだ身体が残っている太陽の姫が鎮座していた。しかし、光背も艤装も粉々に破壊されており、能面も半分が砕け散って、その表面を骨の手で隠すように押さえ付けていた。服もボロボロで、如何にも瀕死であると誰が見ても理解出来る程。

 よく見れば、骨の指の先からチリチリと消滅しているのが確認出来た。深海棲艦を撃破した時と同様の現象。

 

「……我ハ……マダ終ワラヌ……」

 

 この状態になっても、まだ負けていないという。目の光は衰えておらず、動くことも攻撃することも出来ないのに、絶望など感じておらずこちらを睨みつけてきていた。

 

「アレ、依代じゃなくて影だから、倒してもまた出てくるのよね……」

 

 ここでそれを一番よく知る村雨の言葉。そう、ここで依代の存在が関わってくる。

 

 村雨が言うには、この海底に沈んでいる客船の中に太陽の姫の依代が鎮座しており、それがある限りこの太陽の姫は無限に蘇るという。あくまでも本体は依代であり、今まで戦ってきたモノはあくまでも影だ。

 私、陽炎が覚醒し、仲間達全員をM型異端児扱いにしたことでここまで有利に戦えているのだが、それでも苦戦はしている。霧島さんと木曾さんは近接戦闘のための装備が破壊されているし、艦載機を撃墜するために衣笠さんは大分消耗してしまった。今のような戦闘がもう一度出来るとは到底思えない。

 

 影が蘇ってしまったら、今までやってきたことが全て台無しとなる可能性が高い。最悪な消耗戦じゃないか。

 

「『雲』ハ……ヨクワカッテイルヨウダナ……。我ハ依代ガアル限リ不滅……貴様ラ愚カナ人ノ子ニ……屈スルコトナドアリ得ヌ」

 

 私達が手を出すことが出来ない場所に本体を置いているのだから、ここまでやられても太陽の姫は敗北を感じていない。そもそも負けが無い戦いなのだから、抵抗する私達に怒りを覚えているとしても、一切諦めることはない。

 ゆっくりと消滅しながらも、太陽の姫の目には昏い灯火が灯ったままだ。今ここで散っても、すぐに戻ってくるからなと目で語っていた。

 

「なら、依代自体どうにかしちゃえばいいわよね」

 

 ここで、今まで戦場にいなかった者の声。

 その声に釣られて振り向くと、そこには五十鈴さんが立っていた。大分疲れているようだが、対潜部隊が合流。私達がここで激戦を繰り広げている間、こことは違う場所の激戦を終わらせてきてくれたのだ。

 

「五十鈴さん!」

「潜水艦隊を沈没船に送り届けたわ。あっちのコピーも全部沈めておいたから」

 

 五十鈴さんの後ろからは、物凄い笑顔の占守と大東がVサインを作っていた。松輪も大分お疲れ気味ではあるものの、2人に負けないくらいの笑顔。

 

「今回はイヨ1人だけじゃない。5人全員が入れたの。あとはあの子達に任せるしかないわね」

 

 言いながらも、一片の不安も無い様子。ここまで来たら、潜水艦隊がしっかりやり切ってくれると信じている。むしろ、自分がここまで手伝ったのだから、成功してもらわなくては困ると言わんばかりにニヤリと笑う。

 

「依代、手に入れたでちー!」

 

 そして、少しした時点でゴーヤの声。その言葉に騒然となる。流石の太陽の姫も、この言葉には耳を疑っていた。その時にはもう腕が全て塵となっていた。

 5人の潜水艦達が次々と浮上して頭を海面に出す中、ゴーヤとユーとウィーの3人がかりで、人型の何かを海上まで運び上げてくる。

 

「馬鹿ナ……何故、何故ソレヲ……!」

 

 消滅間際で、ついに狼狽える邪神。それほどの反応をするということは、潜水艦隊が運んできたそれは、間違いなく奴の依代となっている少女なのだろう。

 

 真っ白な肌に白い髪と、見た目は殆ど深海棲艦ではあった。私達が深海棲艦化させられた時と殆ど同じ外見。より人間らしくして、少し幼くした太陽の姫というイメージの少女だった。むしろ太陽の姫がこの少女に寄せられた外見を使っているだけなのかもしれない。

 私達の時と違うのは、依代として10年以上を海の中に沈められていたからか全裸であり、この場に運ばれても目を覚ますことが無いこと。

 

 身体が深海棲艦化しているが故に、海中でも海底でも死ぬことはなく、そこから離しても何の影響も無かったわけだ。やはり、潜水艦隊に全て任せるのが大正解だった。

 

「沈没船の中はマジで危なかったでち。でも、何とかなったでち!」

「うん……みんなで頑張った」

「中に入って、ビュンビューンって依代見っけてここまで運べちゃったよ」

 

 沈没船内での激戦は潜水艦隊が勝利。妨害を潜り抜けて依代の元へと辿り着き、それを奪取してきたそうだ。防衛は激しかったものの、手が届かないように壁に囲われているとかそういうことも無かったようなので、辿り着いてしまえばこちらのもの。戻りに関しては、そこに依代があることにより敵の攻撃が緩くなったとのこと。

 とはいえ、向かっている段階で大分消耗したらしく、全員がボロボロ。海底には太陽の光が届かないように、私の溢れ出す力は届かなかったようで残念である。代わりに今、ここにいるだけで癒されているらしいが。

 

「ゴーヤは()()()()に関しては誰よりも得意でち」

「笑えない冗談やめな」

「事実だから仕方ないでち。でも、今回はそれが役に立ったんだから」

 

 依代自体には浮力が無いようで、3人がかりで支えてくれている。あとはこれをどうにかすればこの戦いは本当に終わるのだ。

 

「ひーちゃん、この依代の子は」

「勿論救うよ。それが今回の命令だからね」

 

 救えるのは私だけ。相手は邪神そのものと言っても過言ではない依代のだが、元はただの人間。だったら、私の分霊も通用するはず。今までと違って、分霊で邪神そのものを排除することになる。

 太陽の姫からの分霊が私には効かなかったように、逆も然りかもしれない。だが、やってみなければわからない。今の私にはみんなの魂が宿っているのだ。いわば、ここにいる全員でこの少女を救うために分霊を施すようなもの。

 

「コノママデハ……終ワラヌ……!」

 

 完全に消滅する寸前、太陽の姫は何かを思いついたように瞳の奥に狂気を浮かべ、そのまま全てが塵となった。

 ここで太陽の姫が消滅したということは、依代から新たな太陽の姫が蘇ってもおかしくない。消滅から復活までのタイムラグがどれだけあるかはわからないが、時間をかければかけるほど不利になるのは間違いない。

 

「すぐに分霊する。その子、ちゃんと支えてて」

「了解でち。5人で支えれば、びくともしないよね」

 

 ここに運んできたのは3人がかりだったが、ここからはヒトミとイヨも少女の身体を支えるために尽力してくれる。ヒトミはただ分霊を間近でみたいだけだという感じに見えたが、今ここでその辺りを指摘するのは無粋なので、ひとまずはスルー。全部終わって大団円となったらまた話題に出せばいい。

 

「邪神を追い()()ため、分霊の儀、執り行わん」

 

 少女の胸元に指を突き立てる。入らないということも無いようで、いつも通りツプリと指先が中へと入っていった。それでも少女はピクリともしない辺り、完全に眠りについていると見て間違いない。

 

 その魂に向かう少女の中は、今まで見てきたものの中とは比べ物にならないレベルで混沌としていた。ヘドロまみれの側溝を掻き分けているような、おどろおどろしい感覚。魂どころか全てが蝕まれ、それそのものに分霊が必要と思えるほどに穢れている。

 これだと、魂だけを浄化しただけでは足りないかもしれない。まずは魂を探し当てるところからだが、それでもダメなら出来る限り分霊をし続ける方がいいだろう。私の体力が保てばいいのだが。

 

「穢れすぎてて魂が見つからない……もう少し探す」

「お母さん、僕も手伝えるかな」

「ミコトも分霊出来るもんね。もう少し探してみて、難しそうならお手伝いお願いね」

「はぁい」

 

 私は弾き飛ばされないでいるが、ミコトの場合は指を突き入れることすら出来ないかもしれない。だが、その気持ちを無下にするわけにもいかない。むしろミコトならすぐさま魂を見つけてくれるかもしれないし、実際どれだけ探しても見つからないとなった場合は、2人がかりでの分霊をする方がいいかも。

 

 しかし、そんなことを言っていられなくなる事態が発生する。

 分霊する私の手を、依代の少女が掴んでいたのだ。

 

「なっ」

「我ハマダ終ワラヌ」

 

 眠り続けていた依代の少女が目を開き、邪神の言葉を紡ぎ出す。影が消滅したことで、邪神はこの依代の身体を使ってこちらへと干渉を始めてきた。

 

「モウコノ依代ハクレテヤル。ダガ、代ワリニ()()()()()()()()()()()()!」

 

 殆ど不意打ちだった。依代の少女のもう片方の腕が、私の胸に突き刺さっていた。だが痛みはない。まるで分霊をされるときのような感覚。

 

「影ニヨル分霊デハナイ、我手ズカラノ()()ダ! 如何ニ対トナル者デアッテモ、拒ムコトハ出来マイ!」

「っざけんな! アンタなんかに私の身体をくれてやるもんか!」

「貴様モ謂ワバ()()()ノヨウナモノ。世界ノ意思ヲ体現スルノナラ、我ヲ受ケ入レルコトモ出来ヨウ!」

「アンタはこの世界じゃないだろう! 放せぇ!」

 

 突然の衝撃に身体が大きく震えた。久しぶりのこの感覚。分霊と似たような、それでいて段違いの激しい衝動。私の魂を蝕もうとする、邪神の侵食の力。

 

「いぎっ!?」

「お母さんから離れろ!」

 

 私の反応がおかしくなった瞬間に、ミコトが依代の少女を私から離そうと体当たりをしようとしたのだが、私の腕を掴んでいた手を放し、ミコトの身体そのものを片手で止めてしまう。

 依代は邪神そのもの。艤装は装備していなくとも、これくらいなら出来ると弾き飛ばしてしまった。

 

「対トナル者デアッテモ、貴様ハ端末。ソレヲ乗ッ取レバイイ。最初ニ気付ケバ良カッタモノダ。貴様ノ魂、我ガモノトシテヤロウ」

 

 依代の少女が人間へと戻っていく。同時に、私の中に強大な何かが入り込んでくる。それは分霊の時とは比べ物にならない快楽を伴い、私の心を折ろうと蝕んできた。

 少女は解放されるかもしれないが、代わりに私が依代になってしまっては意味がない。対トナル者は消滅し、対抗出来る者がいなくなってしまう。そうなったら最後、もう世界は滅んでしまうだろう。

 

 ある意味、私が覚醒してしまったばかりに、邪神は私を器として使おうと考えてしまったようなもの。敗北を喫したことで、思考が拡がってしまったことも原因か。

 邪神は()()()()()()()()()()。悪い方向に。選ばれし者を奪うという方向で。

 

「っあっ……!?」

 

 もう少女に突き入れていた指も離れてしまっていた。少女は邪神が身体から抜け出したことで深海棲艦では無くなり、ただの人間に戻っていた。

 代わりに私の身体がどんどん書き換えられていくような感覚。邪神の依代として最適化され、再び深海棲艦化させられていく。

 

「お、お母さん……!?」

「ひーちゃん、気をしっかり持って! そんな邪神なんかに乗っ取られないで!」

 

 ミコトと沖波の声が聞こえる。勿論私は抵抗している。だが、身体中がそれを拒否している。髪が白く染まっているのも確認出来てしまった。

 ならば、私が完全に依代になる前に、殺してもらった方がいい。私を犠牲に邪神も失われ、これで戦いが終わる。世界が滅ぶより、そちらの方がマシだ。

 

 

 

『まだ、諦めちゃいけないよ』

 

 何者かの声が、私の頭の中で響いた。

 

 同時に、私の身体が勝手に動き出し、手が私自身の胸へと突き入れられた。

 

「分霊ノ、儀、執リ、行ワン」

 

 勝手に口が言葉を紡ぎ出す。分霊、今私は分霊と言ったか。自分の魂に対して。今まで考えたこともなかった、()()()()()()。私の魂を蝕む邪神を祓うため、自らの魂を浄化する最後の戦い。

 

 

 

 気付けば私は、何もない空間にいた。

 



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みんなの魂

 私、陽炎は、何もない空間にいた。

 

 こうなる寸前、私は太陽の姫から最後の攻撃を受けていた。依代の身体を使い、影ではなく邪神そのものが私を侵食してこようとしてきたのだ。結果的に依代の少女は人間へと戻り、邪神は私の身体に入り込んできた。

 私の身体を新たな依代とし、新たな太陽の姫として利用しようとしていたのだ。そうなれば、世界に選ばれし者が失われ、今まで以上の邪神が生まれてしまうようなもの。これだけは阻止しなくてはいけない。

 

「……そうだ。私、自分で自分に分霊したんだ」

 

 本来ならやるべきではない異常行動。しかし、身体が勝手に動いて分霊を始めたのだ。体内に太陽の姫が入り込み、魂への侵食を阻止するため、身体がそれを即断した。無意識の時のように。

 

「身体が勝手に動いた……え、もしかして、艤装が私を守ってくれた!?」

 

 今までもちょくちょくあった、艤装による私の身体の操縦。基本的には無意識下に入る脱力回避の時にそうなる。私の意思なんて関係なしに、私の最善になるように動かしてくれた。それが今回も起きたのだと思う。

 やはり一番の相棒だ。私を守ってくれる、最も近い位置にいる仲間。こんな状況でも最善をとってくれた。

 

「そっか……自分を分霊したからいろいろバグったのかな」

 

 少しだけ思案し、こうなった原因はピンと来る。事前にやってたのは分霊なわけだし、私は()()()()()()()()()()()状態だ。そうなると、ここは私の魂。私の在り方。私そのものである。

 本来ならやることのないことをやっているため、私の精神的な部分がバグってこんなことになっているのではないかと思う。私の中で私が循環してしまうというか、言い方は悪いが想定されていない挙動を引き起こしてしまったというか。

 

 だとしたら、私を侵食しようとしてきた太陽の姫は何処にいる。ここがまさに魂だというのなら、確実にここにいるはずだ。

 

「対トナル者……ココマデ追ッテクルノカ」

「追ったんじゃない。ここは私の魂だろ」

 

 ズルリと這い上がるように、私の魂に侵入してきた。海上で戦っていた時の神秘的な雰囲気はそのままに、姿がガラリと変化している。あの時はやはり依代の少女を素体にした姿だったのだろう。今の太陽の姫は、()()()()()()()姿()()()()()()。鏡で見た私が、深海棲艦化した挙句にあの能面を被ったような姿である。

 はっきり言って気分が悪い。私がここで屈してしまった場合、今目の前にいるそれが、表で仲間を滅ぼしてしまうだろう。あまりこんなことは言いたくないが、今の消耗した状態で、さらには私の力まで取り込んだ太陽の姫は、手が付けられないとかそういうレベルではない。

 

「アンタはここで終わらせる。私の魂から出ていけ!」

「断ル。ココデ貴様ヲ滅ボセバ、マダ続ケラレル」

 

 太陽の姫は、私を滅ぼさんと即座に攻撃の姿勢へ。奴の艤装は表の時と同じ、獣のようなものと神々しい光背。身体の部分が私に差し代わっただけ。対する私も、表側で戦っていた時と同じ。結局はお互いに、こうなる前と同じ状態での戦いである。

 私の魂の中での戦い。何も無い空間ではあるのだが、私の今の感覚が海上だからか、海面に足をつけているような感覚はあった。まさに、さっきの戦いの延長戦。私達の勝利のはずなのに、無理矢理延長戦に持っていかれた。反則も反則。

 

「続けさせるわけないでしょ。私の身体で、アンタなんかに!」

「貴様ノ意思ナド関係無イ。サァ、我ニ魂ヲ明ケ渡セ!」

 

 ただの強盗に成り果てた邪神をここで倒して、この戦いを終わりにしてやる。依代の少女から抜け出て、私の中で終わらせてやれば、邪神はこの世界から消えて無くなる。私達が求めている最高の勝利まであと一歩だ。

 

「誰がくれてやるか!」

 

 先制攻撃は私だった。海上と同じく光速の世界へ没入し、一気に決着をつける。しかし、ここに来て太陽の姫はそちらにも反応してきた。時は止まらず、お互いに完全に同じ速度での戦闘に。

 

「馬鹿メ! 今ノ我ハ貴様ヲ侵食シテイルノダ! モウ貴様ニ後レハ取ラヌ!」

 

 私の身体が深海棲艦化しているということは、私の魂をそれなりに侵食しているということでもあった。すなわち、私と同じ力を使うことが出来るということにもなってしまうのだろう。

 この中では艦娘も深海棲艦も無い。同じことが出来るのなら、深海棲艦の方がどうしても有利となってしまうものの、ここは私のホームグラウンドだ。故に、完全な互角。一瞬の隙が命取り。

 

「全テヲ蝕ミ、貴様ノ何モカモヲ我ノモノニシテヤル! ソレダケ我ハ貴様ヲ認メテイルノダ! 光栄ニ思ウガイイ!」

「っざけんな! アンタなんかに認められても吐き気がするだけだ! とっとと出ていってこの世から消えろ!」

 

 あちらが戦艦並みの主砲だとしても、お構いなしに撃ち合う。撃っては避けられ、撃たれては避けの繰り返しではあるが、時間をかければかけるほどまずい。

 今でこそ拮抗しているものの、今は侵食と分霊が鬩ぎ合っている状態だ。神そのものが侵食している方が当然ながらに強いため、ジリジリとだが押され始める。それがわかっていて、奴も時間をかけていく方針になっているようだ。

 

 神だというのに、何処か人間味を感じさせる堅実さ。この世界に降り立ってその辺りを学んでしまったのか。自らの落ち度を認められる程の寛大さを持っている程なのだから、やはりコイツは精神的な成長をする厄介な神。往生際の悪さまで人間らしくならなくてもいいと思うのだが。

 

「ワカル、ワカルゾ、貴様ヲ穢シ、侵シ、蝕ミ、我ガモノトシテイル。貴様ノ抵抗ハ無駄ナノダ。身ヲ委ネヨ。悪イヨウニハシナイ」

「馬鹿なこと言わないでくれる。アンタに屈するくらいなら死んだ方がマシ。それに、私は諦めていない。諦めるもんか!」

 

 この空間に入り込む前に聞こえた何者かの言葉を思い出す。とても優しく、心を落ち着かせるような声で、諦めてはいけないと私を励ましてくれた。

 そうだ。諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら世界が滅びる。私のためにも、みんなのためにも、世界のためにも、私は守護者としてここで戦い続けなくてはいけない。こんなふざけた邪神如きに、負けるわけにはいかないのだ。

 

『そう、諦めたらダメだ。ここにいるのは、君だけじゃない』

 

 またこの声。何者かの声。

 

『わかるんじゃないかな。鼓動が、仲間達の魂の脈動が』

 

 私は1人じゃない。この場では私以外の姿は見えないが、この魂の外ではみんなが側にいてくれている。だったら、私1人で戦っているわけじゃない。

 それを理解出来ればすぐだった。表側では私に対して、ミコトが分霊を試みようと必死になっていることに気付いた。目覚めたばかりの時、ミコトは私の魂に触れることが出来たのだから、今この場にも干渉することが出来るかもしれない。

 それだけじゃない。みんなが、私の仲間達が、私の奮闘を応援してくれている。その声は聞こえなくても、その意思は私に伝わってくる。陽炎の巫女を通して、私の魂の中に直接、その脈動を届けてくれている。

 

 何故こんなことに早く気付かなかったのだろう。目の前の邪神が私自身の姿で立ち向かってきたから、そんな考えにも及ばなかったのか。必死すぎて視野が狭まっていたのだろうか。

 だが、わかってしまえばこちらのものだった。さっきのように、私に力を分けてくれる。真なる太陽の姫として、私の力を無限に増幅してくれる。私の力は仲間達の力だ。

 

 ──お母さん! 

 

 真っ先に声が聞こえたのはミコトだった。瞬間、私の尻の辺りから()()()()()()()()()()()()

 なるほど、魂の力。ここは私の魂そのもの。そこに対して力を貸してくれる魂の力を、そのまま体現することが出来た。

 

「ミコトの魂、借りるよ!」

 

 尻尾を前方に振り、艦載機を発艦させながらも主砲まで撃ち放つ。戦術が突然変わったことで、邪神も能面の奥の瞳を驚愕に歪ませた。

 私の魂は侵食出来たとしても、仲間達の魂は侵食出来ない。私が得られる力は、奴には得られない。

 

 私は、仲間達と一緒に戦っている。

 

 ──陽炎、勝て! 

 ──ゲロちゃん、行きなさい! 

 

 次は長門さんと陸奥さん。ミコトの艤装は消え去り、次は艤装そのものが戦艦のものへと切り替わる。魂の力を借りて、私は今だけ戦艦へと変化した。

 

「一斉射! てぇーっ!」

 

 1人だけど、1人ではない。そんな私の一斉射は、長門さんと陸奥さん2人分の威力を見せた。

 それを必死に回避する邪神だが、まだまだ致命傷が与えられない。近付かせないように出来ているだけマシだが、まだまだ拮抗は拭えない。

 

 ──行け、陽炎! 

 ──大丈夫、私達がついてるわ。

 

 艤装が切り替わる。その手には木曾さんの軍刀が握られ、背中からは霧島さんの鋏が現れた。一斉射でもまだ怯ませられないのなら、接近戦でカタを付ける。

 

「っらああっ!」

 

 まだ一斉射が残っている内に突撃。回避し切ったところに鋏を突き立てる。まだミコトの艦載機も残ったままのため、艤装が切り替われば切り替わるほど、私の攻撃は激しくなるようなもの。

 

「貴様……ッ」

 

 鋏は避けられてしまったが、即座に逆方向から軍刀を振るう。魂の脈動のおかげで、今ここでだけなら木曾さんと同等の技能が持てていた。これが初めて邪神にダメージを与える。

 止められない一撃により、邪神の胴を袈裟斬りに出来た。だが、まだまだ浅い。これでは消し去るにはまだ遠い。

 

「小賢シイ! 滅ビルノハ貴様ダ!」

 

 だが、近付きすぎたことで、あちらの攻撃をモロに受けることになってしまう。流石にこの距離は回避がかなり難しい。

 

 ──陽炎、貴女なら自分の身だって守れる。

 

 衣笠さんの声が聞こえたかと思えば、私は自分自身へと全自動防衛が利いていた。いや、これは衣笠さんの魂が私を守ってくれたのだろう。外側だけならず、内側でも守護者。

 超至近距離の攻撃すらも当たり前のように避け、もう一度鋏を突き立てる。今度は本体には当たらなかったものの、後ろの艤装の拳を1本千切りとった。

 

 ──姉さん、行ってください! 

 ──そうよ、陽炎! 

 

 艤装が今度は私のものへと戻るが、艤装のアームが萩風の如く動かせるようになり、手には村雨の主砲。軍刀や鋏とは違う、砲撃による近接戦闘のスタイルへ。

 

「私は負けない! こんなにも仲間達が力を貸してくれるんだから!」

 

 主砲を殴り付けるように放ち、邪神の肩を撃ち抜いた。そして同時に手に持つ主砲でもう片方の肩も撃ち抜く。

 みんなの力を借りたことで、互角だと思っていた力量差は、徐々に私が上回ってくる。私の攻撃は避けられることなく命中するようになってきた。

 

「コノ……ッ」

 

 しかし、奴も怯まない。お返しと言わんばかりに光背から猛烈な砲撃が放たれる。

 

 ──ゲロ様! 

 ──陽炎様、勝って……! 

 

 その放たれる瞬間は、磯波のように理解出来た。撃たれる時の挙動、身の振り方が何もかも筒抜けになっていたかのような感覚。

 故に、即魚雷を放って爆破し、新たに現れた夕立の艤装の帆で爆風を受けて大きくバックステップ。身近を撃とうとしていたため、少し離れれば射軸からズレることが出来る。

 

「私は勝つよ。みんなの思いを、魂を、これだけ背負ってるんだから!」

 

 艤装が私のものへと戻った。最後はこれで終わらせる。私の手で、みんなの力を借りた、私自身の手で。

 

 ──ひーちゃん、頑張って。絶対大丈夫だから! 

 

 視野が一気に拡がる。全ての行動が予測出来る。邪神の次の動き、次の次の動きまで、全てが理解出来る。沖波の予測の力が、私に勝利を齎してくれる。

 

『そうだよ。君には仲間がいるんだ。世界を守るために、仲間達の力を込めて、撃つんだ!』

 

 何者かの声も、より強く私の力を増幅させてくれた。その声と同時に、艤装が私と共に照準を合わせてくれた。

 この謎の声が、()()()()()()であることに気付いたのはこの時だった。私が従わせ、時には暴君とまで言われたこの艤装。最後まで私に付き従ってくれた艤装には、やはり意思があったのだ。

 私の力が邪神と同等の神の域に達したその時に、ついに話が出来るようになった。これは奇跡のようなもので、今だけだとは思うが、ここで会話を交わせるようになったことはとても嬉しかった。

 

 

 

「これで! 終わりだ!」

 

 そして、みんなの力を込めて放つ。私1人の力ではない、仲間全員の力だ。その回避方向も全て予測済み。避けさせない。

 

「ナッ……何故ダ……我ハ……」

 

 その全員の魂がこもった砲撃は、その能面ごと頭を撃ち抜いた。

 

 

 

『よく頑張ったね、()()

 

 最後の艤装からの声は、それはそれは優しい声だった。

 



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最後の浄化

 私、陽炎の、仲間達の魂が乗った渾身の砲撃は、太陽の姫の頭を能面ごと撃ち抜いた。いくらここが私の魂の中、いわば精神世界だとしても、邪神の本体の頭を破壊したのだから、これで終わりだ。

 邪神は頭部を失った後も、私に向かって手を伸ばす。終わりを認められないかのように、宙空を掴もうとして、そのまま消滅していった。

 

 私の目の前には虚空のみとなった。私の邪魔をするものはもういない。私を襲うものも、侵食するものも、穢すものも、何もない。今ここにいるのは、私だけだ。太陽の姫はもういない。私の魂への侵食はこれで止まった。

 

「……終わった……これで、本当に終わったんだ……」

 

 まだ精神世界ではあるが、大きく息を吐き、その場で膝をついた。本当は大きく叫び出したいくらいだったが、それはちゃんと表に出てから、仲間達とやることにしたい。

 今はとにかく、この喜びを静かに噛み締めたかった。世界を守ることに成功したと同時に、私が常々思っていた仇討ちにも成功した。ここでの戦いも終わりだ。良いこと尽くめである。

 

『お疲れ様、陽向』

 

 何処からか聞こえてくる声……なんて言っても、その主はわかっている。私の背中でずっと戦いを見守っていてくれた艤装。私が従えていたと思っていたが、本当は艤装自身が意思を持ち、私に協力してくれていたのだ。

 初めて艤装とリンクするとき、普通の艦娘とは逆に私から艤装に干渉したと思われていた。そのせいで暴君なんて呼ばれたのも懐かしい。だが、実際は私が干渉したのではなく、艤装が私に干渉()()()というのが正しいようだ。

 

「……ありがとう。一応聞いておくんだけど……えっと、()()()()()()

 

 いや、それだけじゃ無い。この艤装に宿っている意思は、私の父さんである。そうでなければ、私の本名を知るはずがない。いや、女神(母さん)の力で蘇った時に艤装も再構築されており、その時に実は聞いていたという可能性が無くもないのだが、この話し方や声からして、確実に父さんだ。

 

『ああ、ようやく話すことが出来た』

 

 艤装側も肯定。こんなとき、私はどういう表情をしたらいいのだろうか。父さんの意思は感じるし、声も聞こえるが、私の背中にあるのは無機質な艤装。

 

「いつから……って、最初からか」

『ああ、初めからずっとここで、陽向の戦いを見守って……いや、()()()()()()

 

 やっぱり。ならば、工場でサルベージされた時からもうずっと私のことを待ち続けていたとでもいうのか。

 

『ああ、実際は陽向が鎮守府に来てからあの艤装に……()()()()()と表現するのが正しいか。その時の僕は、母さんと同じ()()()()()だったからね。母さんは女神という妖精に転生したけど、僕は陽向の艤装であることを願った。結果がコレだよ』

 

 母さんは私を生かすために力を使ってくれた。たった一度きりの、女神としての力を使って消えていった。

 父さんは私を助けるために艤装へと姿を変えていたらしい。しかも、私が装備するということを確認してからその艤装に乗り移るように。

 これも私を選んだ世界の意思なのだろうか。母さんを女神にしたのも世界に選ばれたからみたいに言っていたが、結局のところ世界が何なのかはわからずじまいである。

 

『だが、僕の選択は間違っていなかったと確信出来る。意思の疎通は出来ずとも、結果的に陽向を何度も守ることが出来たからね。戦いの真っ只中で力を抜いた時には、手間がかかる娘だと驚いてしまったけど』

 

 脱力回避のことか。確かにあの時は咄嗟にだったとはいえ、本当に力を抜くとは思わなかったのだろう。父さんも咄嗟に私の身体を動かしたらしい。それがまた上手いこと行ったものだから、私も父さんも常に使っていく方針になってしまった。

 

『だが、こんな姿になっても娘のために働けるというのは、父親冥利に尽きるというものだね。陽向は目に入れても痛くないくらいの可愛い娘なんだから』

 

 戯けたような話し方。本当に父さんなんだとわかった途端、ボロボロと涙が出てきた。

 太陽の姫からの分霊により巫女にされ、私が手をかけてしまった父さんと、こうやってまた話せる時が来るなんて思わなかった。最後の最後に母さんであるとわかった女神とは、海中だったせいもあってまともに会話することも出来なかったが、今はこんなにも仲良く言葉を交わせる。

 

「父さん……ごめんね。全部思い出した時から、ずっと謝りたかった。私のせいで父さんは……本当にごめんなさい」

『陽向のせいじゃないさ。アレは事故みたいなもの。それに、今その元凶を倒すことが出来たじゃないか。だから、もう泣かないでいい。謝らなくてもいい。陽向はもう、復讐から解き放たれたんだから』

 

 姿も見えず、声だけなのに、背中の艤装はビクともしていないのに、父さんが私に微笑みかけているように感じた。私のせいじゃないと父さん自身に言われたら、もう何も言えない。むしろ泣いていることの方が失礼になる。

 どうにか泣き止み、袖で目をゴシゴシと拭った後、その場で立ち上がる。そうやったところで父さんの姿が見えるわけではないのだが、せめてシャンとした姿を見せておきたい。背中側からずっと見られているのだから、変な姿は見せられないだろう。

 

「うん……これで、私の仇討ちも終わりだね」

『ああ、ありがとう。僕と母さんのために、ここまで戦ってくれて』

 

 また泣きそうになってしまったが、ぐっと堪える。もう父さんの声を聞いているだけでも涙腺が緩む。

 

『最後の仕上げだ。陽向の魂はまだ侵食されたまま。それが止まっているとしても、全部浄化出来たわけじゃない』

「なら、全部綺麗にして、太陽の姫の痕跡を一片残らず消してやらないと」

『ああ。そうしたら……この奇跡もおしまいだ』

 

 そうか、そうなるのか。自分自身を浄化するという本来なら考えられないようなことをしたことで、精神世界に没入して決戦を行うという奇跡のような現象が発生したが、浄化が終われば同時に奇跡も終わる。

 そうなるともう父さんと話すことも出来なくなる。名残惜しい。とても名残惜しい。ずっと話していたい。積もる話は沢山ある。声を聞いていたい。だが、それだと私は永遠にこの空間から出ていけない。本来の私が動かないままだ。

 

『最期に話せてよかった。これでもう二度目は無いだろう』

「……そっか、そうだよね。私も、最後に父さんと話せてよかった。でも、これからもずっと艤装の中にいると思えば」

『いや、そうもいかないんだ』

 

 少し悲しそうな感情が乗った声に。

 

『陽向が選ばれし者になったのは、あの邪神がこの世界に現れたからってことは知っているね』

「うん、均衡を保つため……だっけ」

『そうだ。で、今はその邪神が消滅した。そうなるとどうなると思う?』

 

 マイナスがあまりにも大きかったから、バランスを取るために同じだけのプラスを用意するというのが、私が選ばれた理由だ。陰と陽の太陽の姫を作り出すことによって、プラスマイナスゼロにまで持っていった。

 そのうちのマイナスが、今完全にこの世界から消えた。そうなると、世界の均衡がプラス側に大きく傾いてしまっている。それがいくら有益であろうが、バランスが悪いのは最終的に不和を呼ぶだろう。ただでさえ私がこんな力を持っているせいで、人間同士の争いに発展しかけているし。

 

 つまり、世界からしたら、()()()()()()()()()()()()()

 

『陽向の持つ太陽の姫としての力は、この魂の浄化が終わった時点で失われる。そうすれば均衡は元通りだからね。だがそれによって、定められた全ての目標は完了となり、陽向からは、()()()()()()()()()()()()だろう』

 

 私が艦娘では無くなる。普通の人間……といえるかはわからないが、戦力の無い、ただの人間に戻ることになるということだ。

 私が艦娘をやってこれたのは、あくまでも世界に選ばれた対となる者だったから。その相方がいなくなったのだから、私もいなくなるのが道理。私そのものが無くなるわけではないからいいかもしれないが、艦娘ですら無くなるとなると少し悲しい。

 

「そうなったら……艤装も使えなくなっちゃうね」

『ああ、そうならずに万が一艦娘として戦えたとしても、今までやってきた分霊やそれに準ずることは出来なくなるだろう。太陽の姫がいなくなっても、深海棲艦が全て消えるということは無い。残党……というのかな、戦いはまだ終わらないだろうから、戦える力だけは残されるかもしれない』

 

 深海棲艦も長くこの世界に定着してしまったことで、その親玉が消えたとしても、この世界に居残り続けるとのこと。それこそ、太陽の姫のような存在は出てこないだろうが、新たな深海棲艦は生まれ続ける。海に怨念がある限り、それが形作ることはもう止められない。それらを全て殲滅し、真の平和を取り戻すにはまだまだ時間がかかるそうだ。

 だが、元凶がいなくなったことにより、この世界は緩やかにいい方向に向かっていくだろう。命を懸けた戦いの終わりは、視野に入ったようなもの。暗中模索ではない。ハッキリと終わりが見えた。

 

『あ、ミコトのことは心配しなくていい。あの子はもう艦娘として確立しちゃってるからね。あの子からも分霊の力は無くなるとは思うけど、艦娘ではあるはずだから』

 

 そもそもの生まれ方が特殊すぎるミコト。心は私が、身体は太陽の姫が作り上げたようなものだ。片方が欠けても存在を維持出来なそうだったが、この短期間でヒトとして成立する程にまで充実した生活をこなしたことにより、ミコトはミコトとして確立された。

 それだけは安心出来た。私達の戦いの結末に巻き込まれて、せっかく得ることの出来た幸せな人生を不意にするなんて私も嫌だ。

 

『僕は世界の選択でこの艤装にさせてもらっている。それが失われるということは、僕もあるべき場所に還るしかない。だから、これで終わりなんだ』

「……そっか……私はやるべきことがやれたし、正直もう悔いは無い……かな」

 

 これからも仲間達と一緒に戦っていきたいという気持ちは勿論ある。しかし、それは無い物ねだりだ。これ以上の結末を望んでどうする。悔いは無い。名残惜しいだけ。

 

「うん、大丈夫。本来話せないはずの父さんと、こうして話せたんだ。二度とないことの二度目があったんだから、それで満足しなくちゃ」

『……じゃあ、浄化を始めよう。そうしないと、陽向は人間に戻れないからね』

 

 何も無かった魂の中が徐々に明るくなっていく。これも太陽の姫の侵食があったことを如実に表していた。

 それと同時に、私の力が失われていくような感覚もした。艦娘陽炎は、おそらくここで消える。これで、私の戦いは終わる。

 

「……父さん」

『なんだい?』

「今まで、傍で見守ってきてくれてありがとうね。艦娘じゃなくなっても、この艤装は大切に保管してもらう」

 

 記念、というのは間違っているかもしれないが、これだけは大切にして欲しかった。長く使い続け、苦楽を共にしてきた相棒であり、父さんなのだから。

 

『ああ。それじゃあ、僕ももう行かなくちゃね。迎えが来たようだ』

「そうなんだ。じゃあ……うん、またねじゃダメだから、最後は笑顔で! 父さん、バイバイ!」

 

 涙は止まらなかったが、頑張って笑顔を作って、何もない空間に手を振る。父さんは結局声だけだったが、これだけ話せたのだから、きっと私の側にいる。この姿を見てくれている。

 

 だから、最後は惜しくないように、笑顔で。

 

『さようなら、陽向。僕も母さんと共に、いつまでも見守っているからね。()()()()

『ええ。これからもずっと、2()()()()()()()()

 

 最後の最後に、2人目の声が聞こえた。ほんの一瞬だが、あの時の、10年前から変わらない2人の姿が、目に映った気がした。涙で前は見えなかったけど、その姿だけはハッキリと捉えることが出来た。

 父さんを迎えに来たのは、母さんだったのだろう。それなら、尚更悔いは無い。私が力を失ったことで、私にずっと寄り添ったままだった父さんは、ようやく母さんと再会出来たのだ。これからは2人で、私を見守っていてくれるだろう。

 

「お墓参り、絶対に行くから! だから! ずっと見守ってて! 私、頑張って生きていくから!」

 

 その瞬間、何も無かった空間は輝きに包まれる。目が眩む程の眩しさに、思わず目を瞑った。

 

 

 

 次に目を開いた時には、私は海の上にいた。仲間達に囲まれ、赤から青に戻った海の上で、私は戦いの終わりを実感した。

 



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勝利の凱旋

 魂の中での太陽の姫との戦いは私、陽炎の勝利となった。その時にやられた魂への侵食は、私自身の力で浄化が完了。その瞬間、目が眩む程の輝きに呑み込まれて、そのまま現実の世界に戻ってきた。

 どれだけの時間が経ったのかはわからないが、まだあの戦場となった海域に留まっていたらしい。しかし、真っ赤に染まっていた海は青く戻っていた。太陽の姫が本当に消滅したというのが、それで実感出来る。

 

「お、起きた! 起きたよ! お母さん起きたーっ!」

 

 私を支えてくれていたのはミコトだったらしく、目を開けた瞬間に抱きついてきた。その時に大きくバランスを崩しかける。

 

「危ない危ない。っと、あれ、艤装は?」

 

 抱きつかれるのはいいのだが、いつもある艤装の感覚がない。生身になっていたため、ミコトのハグがちょっと痛かった。

 

「こちらで確保している。分霊中に装備が外れてしまったようだからな」

 

 私の艤装は長門さんと陸奥さんがしっかり持ってくれていた。いくら戦艦のパワーアシストがあるにしても、艦娘が装備していない艤装は重いだろうに。それを2人で持てるというのは流石だと思う。

 

「一時的にでも身体が深海棲艦化していたから、その時に外れちゃったんだと思うよ。再装備は、鎮守府に戻らないと出来ないね」

 

 沖波が少し涙目で説明してくれた。大分心配をかけてしまったようで申し訳ない。

 

 外側では、殆ど深海棲艦化していた私が自分の胸に指を突き入れて静止しているという何とも不思議な状態だったようだ。たまにビクンと震えつつ、宙空を見つめ、浄化を続けていたとのこと。それは誰でも心配する。

 そしてその時に私の艤装が剥がれたそうだ。そして、しばらくして私自身が水没しかけたため、ミコトが尻尾で支えてくれていた。そのままにしていたら私は溺死していたかもしれない。ミコトには感謝。

 そして、少しして突き入れていた指が弾かれるように抜かれ、今に至るという。その時には私の身体はまた人間に戻り、海が青く染まっていったと。

 

「そっか……じゃあ、太陽の姫はあれで完全に消えたんだ。よかった……」

 

 どっと疲れが出てきた。正直、今すぐ眠りたいくらいに疲れ切っている。今までは艤装のサポートもあったので、疲れは鎮守府に戻るまでは殆ど感じないくらいになるのだが、今の私にはそれが無いので相当キツい。

 

「お母さん、僕もお母さんに分霊してたんだ。役に立てた……かな」

「うん、本当にありがとう。ミコトのおかげでみんなの力を私が使うことが出来たんだ。陽炎の巫女として、立派に戦ってくれたね」

 

 抱きついてくるミコトの頭を撫でると、嬉しそうに頬擦りしてきた。あの分霊があったからこそ、私の魂にみんなの力が宿ったのだ。実際、ミコトは功労者としてMVPを上げたいレベル。

 私は今、海上で立つことが出来ないので、ここから帰るのもミコト頼り。ここからもう少しだけ、陽炎の巫女として私のお手伝いをしてもらおうと思う。

 

「じゃあコレで、夕立達の戦いは終わりっぽい?」

「あー、そうだ、その辺りはちゃんと話さなくちゃ。最後の戦いでさ、私もいろいろ知ったことがあるんだ。司令にも話さなくちゃいけないし、元帥にも知ってもらわないといけないことが多いから、その時に全部話すよ。とりあえず言えるのは、まだ完全に終わったわけじゃないってことで」

 

 元凶がいなくなっても、残党狩りみたいなことをしなくてはいけないと聞いている。こればっかりは仕方ない。生み出したのは太陽の姫だが、そこから増える原因を作っているのはこの世の怨念やら何やら。もう管轄からも離れているようなものだ。

 なので、この後もしばらくは戦いが続く。とはいえ、終わりは見えたというだけ。

 

 それに、私もそうだがこの依代の少女の件もある。太陽の姫が消滅したことで、この子も完全に人間に戻っている。流石に目を覚ましてはいないが、今でも潜水艦達が支えているような状態。早く戻ってあげないと。

 防衛線がどうなっているかも気になる。元凶がいなくなったことで無限に湧いてくるようなことは無くなっているとは思う。赤い海も失われたため、一気に弱体化しているだろうし。

 

「とにかく帰ろう。この戦いは、私達の勝ちだから!」

 

 それは自信を持って言えた。この戦いは、私達の勝利。太陽の姫を倒し、依代の少女を救出した。そして、誰も失われていない。疲れや怪我があっても、命に繋がるものは1つも無い。

 

 これは誰が何と言おうと、これ以上無い大勝利だ。それが、私の力が代償であっても。

 

 

 

 防衛線の仲間達と合流し、そのまま陸を守り続けてくれた仲間達とも合流、ここからは大人数で鎮守府へと勝利の凱旋。

 鎮守府の前では颯元帥の大和さんが仁王立ちで鎮守府を守っていた。その近くにはいくつかの深海棲艦の残骸のようなもの。私達が戦っている間に、本当に鎮守府の襲撃があったみたいだが、小さな敵部隊だったらしく、大和さんが1人で守り切ることは余裕だったらしい。何せ無傷である。流石大戦艦、その実力が恐ろしい。

 

 大和さんに連れられて工廠に入るや否や、整備班や残っていた人達からの大歓声が響いた。私達の表情はどう見ても勝利した者の顔。何も話さずとも、この戦いの結末は予測出来た。

 

「よく戻ってきた! その様子なら、全て終わったんだね」

「うん、依代の救出も出来たし、見ての通り人間に戻ってる」

 

 潜水艦隊に運ばせるのは酷だということで、今は木曾さんが運んでいた。お姫様抱っこで空城司令に見せると、何とも複雑な表情を見せた。ちなみに颯元帥は一歩引いた位置から眺めているだけ。依代の少女が全裸であるという状況のせいで、男性は少し居心地が悪そう。

 

「消耗をしているのかしていないのかもわからないね。ひとまずは入渠させておくかい」

「ならドックまで運ぶぜ」

「ああ、よろしく頼む。他に怪我人はいるかい! これだけの大人数なら、多かれ少なかれ怪我はしているだろう! 重傷者はすぐに入渠しな!」

 

 私達の中でも、衣笠さんがかなり消耗しているため、すぐにでも入渠が必要とされた。防衛線で激戦を繰り広げた強襲部隊は誰もが傷だらけだし、潜水艦隊はボロボロであることを確認している。陸上防衛部隊も防衛線までとは言わないが深海棲艦がかなり湧いていたらしく、結構な消耗をしていたため、傷が深い順に入渠することに。

 

「陽炎、アンタはどうした。艤装が剥がれてるってことは、何かあったんだろう」

「うん、そのことは詳しく話す。ただ……すぐにやってほしいことがあって」

「なんだい」

「私の同期値を測ってほしいの。多分……()()()()()()()()0()()()()()()()()()()()

 

 ミコトに下ろしてもらった直後の私の発言に、ここに集まった仲間達全員が驚いたように振り向く。ドックに向かおうとしていた木曾さんも足を止めてしまった。

 これについては、ここに帰投する間も話すことはしていない。というか話すことが出来なかった。みんなのご厚意で、ここに来るまでは眠らせてもらっていたので。そのおかげで私は疲れがある程度取れている。

 

「どういうことだい」

「後から話すけど、私、艦娘の力を失ったと思うんだ。太陽の姫を倒すための代償っていうか……倒したらそうなるのが決まってたっていうか」

 

 詳しく話すと少し長くなるので掻い摘んで。決戦後の事後処理を早急に終わらせるために、余計なことは今は省略。

 さっき以上に騒然としてしまった。今まで一緒に戦ってきた仲間が、突如戦線離脱となったらこうなってもおかしくはない。騒つくみんなを空城司令が黙らせた後、少し考えた後にこれが重要なことだと信じてくれたようで、小さく頷く。

 

「……わかった。アンタが大丈夫なら、すぐにやろう。速吸、アンタは大丈夫かい」

「はい、幸いなことに消耗は少ないです。すぐにやりましょう」

 

 陸上防衛部隊に参加していた速吸さんは、激戦の中でも無傷に近かったようなので、すぐに私の計測に乗り出してくれた。

 この結果次第では、この戦いがまだ終わっていない可能性すら出てくる。急いでくれた方が私としてはありがたい。

 

 

 

 すぐに医務室で同期値の検査。速吸さんが手際良く装置を使って計測してくれる。私はもう何度目だろうか。

 ここにいるのは空城司令としーちゃん、颯元帥、そして心配だからとミコトが私の側から離れなかった。自分は陽炎の巫女だからの一点張り。1人増えるくらいなら支障は無かったため、空城司令も颯元帥も、良しとした。

 

「……陽炎ちゃんの言う通り、今まで計測不能だったM型の同期値が0になっています。D型も前回と変わらず0です。陽炎ちゃんは、艦娘では無くなっていますね」

 

 速吸さんが少し悲しそうに結果を話してくれた。

 

 こういう事態はこの長い戦いでも無かった事態らしい。そもそも艦娘の同期値は変動するにしても僅かな値。私があまりにも特殊すぎた。そうであっても、同期値が完全に0になってしまうというのは異例中の異例。

 艤装が修復不能な程に破壊されることにより、一時的に戦線離脱するようなことは割と頻繁にあること。それでも、新たな艤装が手に入れば戦線復帰も可能である。しかし、私は再起不能だ。あの艤装も私とリンク出来ない。

 

「こうなった理由はわかっているんだね?」

「うん。太陽の姫が出てきたことで、世界が均衡を保つために私が選ばれた。太陽の姫がいなくなったら、均衡を保つために私の力は無くなる。当然のことだよね」

 

 後から全員の前で説明することになるだろうが、今はここにいる者のみに説明しておく。

 私から全ての力が失われたということは、この世界から邪神が完全に失われたことを意味するので、同期値が残っていてはダメだった。0であるからこその、完全勝利。

 

「だから、私の力が無くなったことはむしろいいことなんだ。私の望みは叶ったしね」

 

 私の望みは復讐だ。両親を殺した太陽の姫を、この手で討ち倒すこと。これが最大の望み。叶ったのだから、嬉しいというか安心したというか、とにかく気持ちは晴れやかだった。

 むしろ、それ以上の叶い方をしたと思う。私の手で殺してしまった父さんに会えたことと、最後に母さんまで来てくれたこと。殆ど束縛してしまっていたような父さんが、母さんと共に解放されたこと。私には願ってもないことだ。

 そのことも話すと、これ以上ない程のオカルト要素に苦笑しか無かったらしい。だが、数値として出てきている以上、信じざるを得ないというのもある。

 

 今回の戦いは、人間の深海棲艦化やその逆、依代に世界に選ばれし者と、前代未聞の事柄があまりにも多すぎた。

 

「あの艤装はもう装備出来ないけど、どうにか保存しておいてもらえないかな。あれ、一応私の父さんだから」

「ああ、そうしておこう。アレは……いわば()()()()()だ。深海棲艦の元凶を滅ぼすために貢献してくれた、最後の仲間だったわけだからね」

「うん、よろしく。出来れば、手近なところで」

 

 いつでも見られるようにしてもらいたい。なんなら私が整備というか綺麗にしてもいい。

 

「お母さん、艦娘じゃなくなっちゃったの……?」

「うん、だから、もうミコトと一緒に戦えなくなっちゃった」

「……お母さんとお別れになっちゃうの?」

 

 確かに、私が艦娘で無くなった場合、私の居場所はどうなるのだろうか。今までは戦うために籍を置いていたが、艦娘で無いならここにいること自体がよろしくないことになるかもしれない。整備班のように仕事をするわけでもない、言ってしまえば無職。

 そうなると退役という形になるのだろうか。してしまったら、この鎮守府に居場所は無くなり、ミコトを残してここを去ることになってしまいそう。機密情報とかを知るものとして、監視くらいはついてしまいそうだが。

 

「それに関しては、私に考えがある。可能かどうかは何とも言えないが、どうにかしよう。陽炎が良ければ……関係者としてこの戦いを最後まで見届けてほしい」

 

 颯元帥がそう言ってくれた。艦娘で無くなっても、この鎮守府に私の居場所はあるらしい。それはありがたいことだ。

 深海棲艦の残党の殲滅が終われば、嫌でも散り散りになるのだろうが、まだ戦いは終わっていないのに私だけが一抜けするのは嬉しくない。どういう形でもいいので、この戦いに最後まで参加したかった。それが艦娘としての、陽炎としての在り方だと思う。

 

「うん、私はもう戦えないけど、出来ることはしたい」

「了解した。ならば、そのように事を進めていこう」

 

 その言葉に、ミコトも大喜びで抱きつこうとしてきた。しかし、まだ同期値チェック用の機材が接続されたままだったため、それを無理矢理速吸さんに止められる。危ない危ない。

 

 

 

 これにより、この戦いは本当に終わったのだと改めて実感した。力が失われた私の今後の道はまだわからないけど、せめて楽しい道であってもらいたいものだ。

 今までが過酷すぎたのだから、少しくらいは楽をしたい。

 




太陽の姫は滅び、ついに戦いが終わりました。残すところ、あの依代の少女のことになりますね。
ここからは少しの間は後日談になります。もう少々お付き合いください。



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MMD静画のアイキャッチ風ウィー&ユー。呉内司令の援軍では新参ですが、今回の潜水艦隊の功績にも勿論貢献しております。リンク先に潜水艦隊の交流の様子が描かれているのでどうぞ。


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艦娘で無くとも

 私、陽炎から艦娘の力が失われたことが、医務室での計測で確定した。もうこれで艤装を動かすことも出来ず、当然海の上を駆けることも出来ない。私はもう艦娘ではない。

 だが、志半ばで散ったわけではなく私のやるべきことは全て達成することが出来たのだから、これはいわば()()退()()みたいなもの。両親の仇討ちも、選ばれし者としての役目も、何もかも全てを終えたことで、艦娘では無くなったと言われても名残惜しかったとはいえ悔いはなかった。

 

 そうなると鎮守府に私の居場所は無くなるかと思ってしまったものの、その辺りは颯元帥がどうにかしてくれるとのこと。何か考えがあるらしい。どういう形になるかは見当も付かないが、少なくともこの戦いが終わるまでは鎮守府にいられるようにしてくれるらしい。

 力を失うことよりも、戦いがまだ続くのにここから離れることの方が私としては辛かったので、大本営のトップが直々にそれを保証してくれたのはありがたかった。

 

「すぐに検査したから、身体が休まっていないだろう。陽炎はミコトと風呂にでも行きな。速吸もだよ」

「あ、そうだね。私は帰投中にミコトに支えてもらいながらちょっと寝ちゃったけど、まだ身体ガタガタだからね」

「うん、僕も疲れちゃった。お母さん、お風呂行こう行こう」

 

 お言葉に甘えて、私はミコトと一緒にお風呂に向かおうと医務室から出る。速吸さんは少し片付けてから向かうとのこと。速吸さんも陸上防衛部隊として戦っていたため、当然ながら消耗しているのだ。ちゃんと休まなくてはいけない。

 

 と、医務室を出た瞬間に異端児駆逐艦の一同が医務室の前で待機していた。私が工廠で口走ったことが気になって、検査の結果をずっと待っていたらしい。あまり褒められることではないが、心配してくれたことは素直に感謝。

 医務室に飛び込もうとしていた夕立を沖波と村雨がどうにか押さえつけていたようで、戦闘後の消耗状態もあってかなりお疲れの様子。何というか、ご苦労様。

 

「ゲロ様! 本当に艦娘じゃなくなるっぽい!?」

 

 開口一番、響き渡るくらいの声で叫ばれた。勢いに気圧されそうになる。どうせこれは全員の休息が終わった時点で公表されることなのだが、この面々には先に伝えておいてもいいのではと思う。しかし、ここはまだ医務室の前。その中には司令も元帥もいるため、あまり騒がしくするのはよろしくない。

 

「お風呂まだでしょ。私達も行くから、そこで話すよ」

「そうだね。夕立ちゃんそろそろ勘弁して。ひーちゃん出てきたんだから抑えて抑えて」

「夕立……私も限界だから……」

 

 沖波も村雨もそろそろ限界ということで、ひとまず落ち着かせる。夕立としては私の近況が気になって仕方ないようだが、お互いに落ち着いた状態で話すべき。

 私のことが心配でお風呂もまだだったという異端児駆逐艦の面々を連れて、私達は改めてお風呂に向かう。ようやく身体を落ち着かせることが出来るというものである。

 

 

 

 お風呂で疲れを取りつつ、太陽の姫との決着をつけ、それによって私は力を失うまでのことを掻い摘んで話した。ミコトの力でみんなの力を使うことが出来たことも勿論伝えた。

 ミコトは余程疲れていたのか、お風呂に入った瞬間に船を漕ぎ始めていたので、私がしっかり支えてあげる。そうしてあげたら、すぐに私の胸を枕にして眠り始めてしまった。

 

「むー……ゲロ様がそれでいいなら、夕立も良しとするっぽい」

 

 好戦的な夕立としては、私と組んで戦えなくなったことの方が残念なようだが、ひとまずは納得してくれた様子。無言で聞いていたものの、萩風も複雑な表情をしていた。

 こればっかりはどうにもならない。同期値が0なのだから艤装は動かないわけで、やりたくてもやれない。なので、納得してもらうしかないのだ。

 

「確かに匂いが薄くなってるっぽい。今は残り香ってくらいなのかな」

「言われてみれば確かに……大分薄く感じる……」

「ああ、魂の匂いね。私にはよくわからないけど、多分明日には全くしなくなるんじゃないかな」

 

 かつては夕立や磯波を狂わせた魂の匂い。それも私から太陽の姫としての力が失われたことで徐々に失われていくだろう。今でこそ薄くなった程度に感じるようだが、その匂いの根源がもう無いのだから、消えてしまうのは時間の問題。一晩もあれば、私からそれも消失すると思われる。

 だからだろう、最後の一嗅ぎと夕立や磯波が距離を詰めてきた。まぁこれくらいなら構わない。ミコトを起こさないようにしてくれれば。

 

「匂いが無くなっても、ゲロ様はゲロ様だからね。これからもよろしくっぽい」

「うん、よろしく。一緒に戦うことは出来ないけど、何かサポート出来るように頑張るよ」

 

 私から匂いが失われたからといって、付き合い方を変えるということはしないでくれるようだ。それが一番ありがたいかもしれない。長いこと染み付いた性質と言ったら無粋かもしれないが。

 

「ひーちゃんが艦娘じゃ無くなったから、太陽の姫はもう絶対に現れないってことなんだよね?」

「それは保証出来る。だから、今治療を受けてる依代の子も完全に元に戻ってるよ」

 

 依代であった少女も、今やただの人間、もしくは長い間深海棲艦化していたことで、他の異端児と同様に同期値を持ってしまっている可能性があるくらい。

 私を乗っ取ろうとしている時にも、依代の少女に少しだけ残しているとかそういうのは無い。そうだったら、私にはまだ戦う力が残されているはず。それが無くなったのだから、太陽の姫はもうこの世界にはいない。

 

「あの子、順調に治療は進んでるみたいだよ。さっきそんな話をしてるのが聞こえたから」

「そっか。それは良かった」

 

 ただの深海棲艦化ではなく、邪神の依代として長年を生きていたのだから、私達とは勝手が違う可能性もあった。そもそも依代となっているとき、精神的なところがどうなっていたかもわからない。眠り続けていたのか、意識は持ったままずっと同じ場所にいることにされたのか、そもそも太陽の姫と同化していたことにより私達との戦いの記憶も全て持っているのか。

 入渠で治療出来ているということは、身体の機能はちゃんと人間に戻っていることは確定している。ならば、それが終わればどうであれ人間として目を覚ますことになるだろう。

 

「問題は、依代の子の精神状態だよね」

「邪神と同調出来るくらいの精神状態だから……まだ世界を恨んでいるか……もう壊れちゃってるか……」

 

 磯波の言う通り、邪神と同じ思考を持つ人間となっているか、心が取り返しのつかないくらい壊れてしまっているかのどちらかだと思う。どちらにしても解決が難しい問題ではある。

 その境遇を聞いていると、同情出来ることばかりなのは言うまでも無い。私の両親を殺したのは邪神であり、それを撃破することには成功しているのだから依代の子を毛嫌いする必要は無いし、せっかく人間に戻れたのだから今からは幸せな人生を送ってもらいたい。

 

「どうであれ、人間に戻れたんだからさ。上手いことサポートしてあげたいよね」

 

 私の人間としての役目はそれにしてもいいかもしれない。艦娘として戦えないのだから、巻き込まれた者のメンタルケアとかカウンセリングとかが出来るようになれたらいい。速吸さんに弟子入りするなんてのもいいかも。

 

「……私も陽炎みたいに太陽の姫自身にみんな殺されてるんだけどさ、依代の子の意思で私に殺させたってことは無いんだよね?」

「だと思うよ。ほら、太陽の姫は依代の心を反映しているだけで、手段は自分が愉しむためみたいなこと言ってたし」

 

 村雨が少し暗い顔をする。村雨も、太陽の姫の巫女に変えられたとき、私と同じように街ごと全てを滅ぼされ、最愛の者を手にかけることになっている。

 村雨は依代自体に恨みや憎しみを持ってもおかしくはないくらいなのだ。それこそ、世界滅亡を望んだ結果がアレと考えるなら、許せない存在として見ても仕方ないし、誰もそれに対して否定が出来ない。

 

「依代の子は手段問わずに無差別って感じの考えなのよね……全部無くなっちゃえばいいって」

「……そうだね」

「私の家族は……妹は、それにたまたま選ばれちゃったって……そういうことなのよね」

 

 だからこそ悔しいというのはあるだろう。無差別であるからこそ、何故自分なのだと考えてしまうのは理解出来る。

 私のように、世界に選ばれし者であり対となる者であることがわかっているから優先順位が一番上だったというのはわかる。だが、私以外はもう優先順位とか殆ど関係ない。手近にいたM型異端児だったからというだけ。異端児になったのも村雨の意思ではない。

 

「邪神が倒されたんだから……浮かばれるわよね」

「……きっと大丈夫だよ。あるのなら、今度お墓参りに行かせてもらおう。私は父さんと母さんに行くって約束しちゃってるからさ、今度司令にお願いして行かせてもらおうと思ってるんだ」

「……私もお墓参りに行きたいです。兄さんの墓前に花を供えたいですね」

 

 村雨だけじゃない、萩風も長門さんも、一度お墓参りに行った方がいい。戦いが終わったことを報告して、いろいろとケジメをつけるためにも。

 吹っ切れろとは言わないが、ここからは新しい道なのだ。これまでの経験を糧にして、次の道を歩き出していきたい。

 

 

 

 お風呂から上がり、そのまま今度は食堂へ、ここまで疲れているのだから甘いものが欲しい。間宮さんと伊良湖さんもそれを見越してか、しっかりと全員分を用意しているくらいである。

 私達と同じことを考える者達はいっぱいいたようで、入渠待ちの者まで含めてこんな時間でも食堂は大盛況だった。

 

 だが、私がここに足を踏み入れた途端、視線が一斉にこちらに向かったと思えば、一気に質問攻めに遭うことに。

 私がお風呂に入っている間に、私が艦娘の力を失ったことは全員に知れ渡っていたようだ。司令や元帥がこうなるように仕向けたのだろうか。詳しいことは明日話すことになると思ったのだが。

 

「明日にでもいいので、インタビューさせてください。諜報部隊として、今回の事件の情報をデータに纏めておきたいので」

「英雄陽炎の最後の戦いの記録がしたいのさー。写真は残ってないだろうから、この秋雲さんが全部イラストで描いちゃうよー」

 

 ああ、この2人が元凶か。むしろ、司令も元帥も噂の広まり方を考慮して2人に頼んだか。

 

「いいよ。今回のは深海棲艦との戦いの折り返し地点になると思うから、なるべく詳しく話すよ。でも、プライベートなことは詮索しないでね」

 

 流石に魂の中で父さんと母さんに会えたみたいなことは記事にしないでいただきたい。そこは伏せて、あったことだけを話そう。ミコトのおかげで魂の力が使うことが出来たことも、説明が難しいところだが。その辺りは青葉さんのセンスに任せるとしよう。

 

「勿論ですぅ。というか、今回の件はある程度伏せて書きますので、ご安心を!」

「真実をそのまま書くのは必要だと思うけど、それでゲロ姉が嫌な思いするのはねぇ。うちらのやり方に反するわけよ。だから、みんな幸せになれるような記事にすっからさ」

 

 それなら安心だ。この2人なら安心出来る。

 むしろ、ここでやらかされたら、私以外の誰かが黙っちゃいないと思う。主にミコト。あとは異端児駆逐艦全員。さすがにこの面々を敵に回すのは危険極まりない。

 

「というか、ゲロ姉の経験はオカルトすぎて、誰も信じちゃくれない気がする。元帥閣下が目の前で見てたからどうにか通用するってだけでさ」

「はは、それは言えてるかも。邪神だの世界に選ばれし者だの、ファンタジーだからね」

「トドメは神殺しでしょ。漫画かよって話」

 

 この言葉で目をキラキラさせている菊月に関しては少し置いておこう。

 

 

 

 艦娘では無くなった私でも、ここにはしっかり居場所はあるようだ。そしてそれを誰も奪おうとしない。嬉しい限りである。

 




この化物が蹂躙したり、子供達が兵器で戦いを挑むような世界でも、邪神が降臨してくるとかは漫画の世界の話。だからこそ厨二病というのが残ってる。お菊ちゃんは陽炎のことを心の中で神殺し(ゴッドスレイヤー)とか呼んでそう。



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MMD静画のアイキャッチ風五十鈴&龍田。対潜部隊も依代救出までの功労者ですね。龍田は違う意味でも印象が強いキャラになってしまったけど(影首チョン)
リンク先にはまたもや弄られているあの子の姿が……どうぞ。


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依代の目覚め

 戦いを終えたその日中に、ある程度の事後処理は終了。怪我人の入渠は次々と行われているものの、それが終われば鎮守府としては機能が完全に取り戻される。明日には全員完治し、決戦の前の日常に戻るだろう。

 最終決戦に駆けつけてくれた颯元帥と大和さんは、依代の少女が目覚めるまではここにいるとのこと。少なくとも入渠は一晩かかりそうなため、一泊するらしい。大本営を丸一日空けることになるのだが、それは事前にそのように予定を組んでいたそうだ。ここで太陽の姫に勝ち、依代の少女を救出するところまで計算しての日程調整。流石である。

 

「多分、明日の朝には起きるよね……今までのことを考えると」

「ですね。村雨さんが一晩くらいでしたし」

 

 戦いが終わっても私、陽炎の部屋に屯するのは変わらない。夜寝る前に異端児駆逐艦が集まりお喋りに興じる。夕立はもう村雨と一緒にいることが当たり前になっているため、昨日と何も変わらない夜である。

 話題はやはり、依代の少女のこと。今までのことを考えると、入渠終了は明日の朝。身体の治療は順調に進んでいるというのだから、まず間違いなくいつもと同じ流れ。

 

「私は多分、それに付き合うことになるだろうね。訓練とか哨戒とかはもう出来ないしさ」

「そっか……ひーちゃんは明日からは毎日フリーみたいなものなんだ」

「その分違うことでやることいっぱいだろうけどね」

 

 明日は決戦後ということで全員の休息日ということになっているのだが、毎日が休日みたいなことになりかねない私は、依代の少女のメンタルケアをやれるならやろうと思っている。

 

「……依代の子が、また世界を滅ぼしたいって言い出したら……」

「説得する。上手く行くかはわからないし、余計なお世話かもしれないけど、せっかくこの世界に戻ってこれたんだからさ」

 

 邪神の言っていたことを信じるのはアレだが、私や村雨を巫女に変えたのは、友人が欲しいという願いを最悪な形で叶えられた結果だ。それが本当なら、依代の少女は今でも友人を欲しがっているはず。

 ここにいるみんなは、拒んでも仲良くしてこようと近付いてくるものばかり。友人には絶対に困らない。だから、まずはここで穏やかになってもらいたい。その筆頭が私になれるなら、それに越したことはない。

 

「今までが物凄く不幸だったんだから、ここから幸せになってもらいたいなって思ったよ」

「ひーちゃんは優しいね」

「お母さんだからね!」

 

 ミコトが胸を張ってどうする。だが、そう言われるのは嫌な気分ではない。

 今までは最悪だったかもしれないが、ここから新しい人生を歩いてもらいたい。

 

 

 

 そして翌朝、司令からの呼び出しが入る。ついに依代の少女が目を覚ましたとのこと。朝食後までかかった辺り、順調に治療が進んでいたとはいえ、身体の機能をまともに戻すのには相当な時間がかかったのだと思う。

 沈没船の中で浮かんでいる状態を10年以上続けてきたわけで、最後は邪神が強引に動かしてきたとはいえ、長い年月をピクリともせずに過ごしてきたのだから、そうなっても仕方なかった。

 

「アンタ達は希望者だから呼び出したが、覚悟は出来てんだろうね」

「勿論。心が染まったままだったとしても、私は大丈夫だから」

「私も巫女だったわけだしね。因縁としては強いし」

 

 私以外には、司令としーちゃん、颯元帥といつもの面々。そして、太陽の姫に直々に巫女にされている村雨とミコト、そして諜報部隊の3人である。

 ミコトは控えてもらった方がいいかとも思ったのだが、陽炎の巫女だからと私から離れないつもりでここに立っている。もし依代の少女が私に危害を加えようとしたら、ミコトが守ってくれるそうだ。頼もしい限りである。

 

「録画もしていますぅ。諜報部隊は待機させていただきますね」

「資料として、纏めさせてもらうのであります」

 

 録画はされているものの、秋雲もスケッチブック片手にスタンバイ。録画を落とすことは無いとは思うが、2名体制なら情報を漏れなく手に入れることが出来るだろう。

 

「じゃあ、ドックを開ける。何かあったら、ミコト」

「はぁい! すぐに艤装出せるようにしておく!」

 

 そういうところは本当に便利。整備員要らずで艤装を装備出来るミコトにのみ許された特性は、このいざという時に役立つ。

 

 そして、ドックが開かれた。中に入っているのは、運ばれてくる間にさんざん見ることになった、人間に戻った依代の少女。ドックに入る前からもそうだったのだから、当たり前のように全裸であるため、すぐにバスタオルが投げ込まれる。

 見た目は私と同い年くらいではあるのだが、少し幼めな印象。沖波や磯波に近いくらいに見える。不治の病にかかっていたということで、成長が少し遅れてしまっていたのだろうか。

 

「さて……話くらいは出来るかい」

 

 まず最初に空城司令が話しかける。その声に反応してピクリと動き、ゆっくりと目を開いた。心が壊れ、こちらの言葉を聞くこともないということは無いようで少しだけ安心した。

 だが、その安心はすぐに撤回することになる。

 

 その目には光が無かった。私達を映すことなく、虚無のみを見続ける虚な瞳。視力が無いとかではなく、()()()()()()()()()()という意思が嫌というほど伝わってきた。

 

「アタシの声はちゃんと聞こえているようだね。身体の調子はどうだい」

 

 その言葉に、瞳はチラリと空城司令の方を向く。その視線には感情が乗っていないように見えて、負の感情が渦巻いている真っ暗闇。空城司令に対してとかではなく、世界の全てに恨みを持っているような、ドス黒い感情が見え隠れしている。

 邪神が依代として使わなくなったとしても、その感情は一切消えていない。長年の小さな不幸を、父の裏切りから始まる大きな不幸で覆われ、幸福な道を全く見えなくなってしまっている。

 

「アンタのことは調査済みだ。どういう境遇でああなったのかは大概わかっている。だから、その時のことは何も聞きやしない。それを忘れろとも言いやしない。だがね、少しばかり前を向いてみないかい」

 

 出来る限り優しく、しかし腫れ物を触るようにするわけでもなく、率直に今の意思を伝える。

 今までのことを忘れろなんて言えない。というか忘れられるわけが無いだろう。私達が()()()()()()を悪夢として見るように、この子に深すぎるほどに刻まれ心を壊してしまうほどの傷。それを埋めることは決して出来ない。

 

「……われに何がわかる」

 

 ようやく言葉を口にしたと思えば、呪詛を吐くかのように真っ黒な感情。たった一言でも、今までの不幸が全て詰まっているかの如く重たい言葉。少し知らない地方の方言が交じっているように聞こえたが、確か元々遠方の地方の者だったらしいし、そういうこともあるか。

 私達にこの子の気持ちなんてわかるわけが無い。幸福と不幸をどちらも知る私達と違って、この子は不幸ばかりの人生だったのだから。ささやかな幸せも、親によって破壊されてしまったせいで負の感情しか無くなってしまっている。

 

「こんな世界いらん……もういらんのじゃ。病気も治らん。親にゃ裏切られとるし、もう死んどる。なのにわしゃあ死ぬることも出来んかった」

 

 一言口に出してしまえば、そこからは溢れるように言葉が紡ぎ出される。それはもう呪詛そのものであった。

 

 この世への悪意、味わった恐怖、現状への憤怒、今も湧き上がる憎悪、先のない絶望……蓄積された負の感情が溢れ出していた。それ故に闘争を求め、殺意の中、破滅を願い、人類を絶滅させ、世界を滅亡させようと考えてしまったのだ。

 それを邪神降臨の媒介にされたわけだ。今でこそ邪神なんていないが、ここまでの感情は簡単には消えない。当時のままの思考のまま、今に至っていた。もしここにあの邪神が残っていたら、嬉々としてまた依代にしていただろう。当人もそれを望むだろうし。

 

「もう何も信じられん。だからあの神様と組んだんじゃ。わしの願いを叶えてくれる言うたからな。わしの身体がありゃこの世界に顕現出来る言うから、喜んで使わしたった」

「その結果がこれかい」

「ふざけた世界が端から壊れる様は、正直せいせいしたわ。わしゃあ海の底でそれを見ているだけじゃったが、あの神様はようやってくれた」

 

 完全に壊れている。悪意に呑み込まれて、善悪の区別も出来なくなっている。いや、むしろその区別が()()()()()()と言っても過言では無い。

 過去を知っているからこそ同情の余地があったのだが、本人の口からこれを聞いてしまうと、その意思が薄れていってしまう。()()()()()()()()()()()()と感じてしまう程に。

 

 村雨のときのように魂が邪神に侵食されたままという可能性もある。奴そのものはこの世界から消えているが、その身体を捨てたとはいえ、この依代の少女に対して分霊による治療をしたわけではない。

 しかし、私から分霊の力は失われてしまった。同期値がどちらも0なのだから、魂に触れることも出来ないだろう。試したわけでは無いが。

 

「で、わしをどうするつもりじゃ。殺すんなら殺しとくれ。わしゃあこんな世界にいたくない。壊そうとしても壊せんかった。なら、わしがいなくなるのが一番手っ取り早いんじゃ。ほれ、殺しとくれ」

「アンタねぇ……」

「何を躊躇うことがある。わしゃあ街をいくつも滅ぼしておる。人も何人も殺しておる。裁判にかけられたら間違いなく死刑じゃ。誰に殺されても変わらん。早けりゃ早い方がええ」

 

 こうなってくると、もう自暴自棄にも見える。この世界が嫌だから、まずは邪神と組んで壊そうとした。それに失敗したから、今度は死にたいと駄々を捏ね始める。

 

 それは私が許せなかった。邪神と同調していたとはいえ、その意思があったのなら罪はあると考えてもいい。この子の意思が交じった状態で、私の両親は殺されたと言える。

 村雨だってそうだ。依代の少女の言葉を聞き、握り締めた拳がプルプルと震えているのが見えた。

 

「……アタシの意思を伝えよう。アタシはアンタを殺すつもりなんて毛頭無い。むしろ、今の言葉を聞いて尚更だ。命は絶対に奪わない」

「なんでじゃ」

「その死は逃げだ」

 

 言いながらも、傷付けるようなことはしない。殴ることも蹴ることも、むしろドックから引っ張り出そうとすらしなかった。

 

「アンタの今言ったことが本心であると仮定しよう。だが、そうだったとしたら尚更死んで逃げんな。邪神に全てを奪われた奴らに対して、何の言葉もないまま罪も償わずに死を望むなんざ、調子いいこと言ってんじゃないよバカタレ」

 

 ドスの利いた声で、殆ど脅すような言い方。竦み上がる程の恐怖で、ミコトが私の腕を掴んできた。その手は微かに震えており、空城司令の気迫に気圧されている。自分が言われたわけでは無いのに、心臓を鷲掴みにされたかのような緊張感。

 それを真正面からぶつけられている依代の少女も、その声と睨み付ける顔に、冷や汗をかき始めていた。

 

「アンタが死を望むなら、絶対に殺さない。むしろなんでそんな奴のためにこっちが手を汚さないといけないんだい。少し考えればわかることだろうに」

「なんじゃ、甘ちゃんか?」

「アタシらをキレさせて自分の思い通りにしようったってそうはいかない。アタシは激戦潜り抜けてきたオトナなんでね。そんなゴミみたいな煽りで感情的にゃならないんだ。残念だったね」

 

 まだ威圧は終わらない。むしろどんどん増している。表に出していないだけで、空城司令の怒りは頂点に達している。その言葉通り、そこまで行っても感情的になっていないだけ。ギリギリ我慢出来ている私達とは違う、大人の対応。

 

「そもそも今の言葉がアンタの本心かどうかもわからないからね。それがわかるまでは少なくともアンタをどうこうすることは無い」

「どういうことじゃ」

「アンタがわからないわけ無いんじゃないかい?」

 

 ピクリと反応したがそこまで。確かに本心を隠しているような言動。私や村雨には気に入らない態度も見せたが、それは本心を隠す虚勢だったとしたら、それをどうにかして探りたい。

 

「元帥閣下。この依代はこちらで預からせてもらっていいかい。陽炎や村雨がいる中で生活させた方がいいと思うんでね」

「……救出した者はここに所属する流れになっている。何かあったらすぐに連絡するように」

「ああ、勿論だ」

 

 颯元帥からの許可も貰えたため、この依代の少女はこの鎮守府所属ということになる。その間に、本心を探りたい。

 

 

 

 最悪な目覚めとなった依代の少女だが、本当に救えるのだろうか。今口にしていた言葉が本心だった場合、こんなものどうにもならないのではないだろうか。

 いや、ここで諦めていてはいけない。救うと決めたんだから、前向きにいかなくては。

 




悪意に満ちた依代の少女。あれだけのことがあったら仕方ないかもしれないけど、その心の奥には何があるのでしょうか。


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本心か虚勢か

 依代の少女が目を覚ましたのだが、第一声から思った以上に重症だった。太陽の姫とは殆ど同調しており、こんな世界はいらないだの、邪神により世界が破壊されていく様を見てせいせいしただの、誰に殺されても変わらないから早く殺してくれだの、心が歪みに歪んでいる。

 覚悟はしてきたものの、その言葉を聞いて私、陽炎と一緒に来た村雨は、どうにもこうにも許せない気持ちでいっぱいになっていた。私も村雨も、太陽の姫に何もかもを奪われた。依代の少女にその罪が無いとしても、そのことについて邪神はよくやったなんて言われれば、本当に救うべきだったのかと疑問を持ってしまう程である。

 

「悪いが、アンタの身体を検査しないといけない。大人しくついてきな」

「おお怖い怖い。逆ろうたら殺してもらえるんじゃろうか。一刻も早う、こがいなクソッタレな世界からオサラバしたいんじゃが」

「死んで逃げるなっつってんだよ。前も向けないのかいクソガキが」

 

 空城司令も少し口は悪いが、一度たりとも手を上げることはしなかった。そうされたがっているような雰囲気があったため、奴の思う壺になるくらいなら、口だけで行動は耐えることを選択。

 それがおそらく一番いい方向に繋がるはずだ。手を上げたらもう止められなくなる。だから私達も我慢している。

 

「……陽炎」

「なに?」

「救出されたばかりの私もあんな感じだったよね……」

 

 村雨の苛立ちはそこにもあるのかもしれない。侵食のせいで心が歪んでいた当時の自分を見ているようで気分が悪いと。一種の同族嫌悪か。

 

「どっちもどっちかな。あの子、あれだけ宣うだけで、しーちゃんを人質にとったりしないから」

「うっ……それはちょっと忘れない?」

「いやぁ、忘れたくても忘れられないよ。あんなことやったの村雨だけだもん」

 

 依代の少女への怒りを振り解くように、少しおちゃらけた会話に。この辺りを話題に出来るくらいには村雨も開き直れているので、お互いにこの苛立ちを弱めるために別の話題で気を取り直す。

 それくらいしないと危なかった。あれ以上の暴言を吐かれたら、震える拳が抑えられない。ダメだとわかっていても依代の少女を引っ叩いてしまいかねない。

 

 空城司令も私達のことを考慮してか、あまり視界に入れないように依代の少女を医務室に連れて行ってくれた。それについていくのは諜報部隊と颯元帥。元凶の依代の情報なのだから、いの一番に知っておきたいだろう。私達はそこまで深入りしようとは思っていなかったため、ここで別れる。

 眼前から依代の少女の姿が失われたことで、私も村雨も大きく息を吐く。お互いに同じような気持ちだ。

 

「ダメだぁ……アレはちょっと今までと違うね」

「ぶん殴りたくなるの我慢するとか初めてよ……。あの時の萩風の気持ちわかっちゃったわ」

 

 なんだか一気に疲れてしまった。ミコトも心配そうにこちらを見てくるので、大丈夫だと頭を撫でてやる。

 

「お母さん、すごく辛そうだった。あの人のこと嫌い?」

 

 本質をついてくる質問。好きか嫌いかで言ったら、今は嫌いに傾いているだろう。あの子の中では、私達の家族を奪ったことはとてもちっぽけなことになっている。それが気に入らない。

 

 だがそれでも、あの子は被害者なのだ。そもそもはあの子の父親が邪教に傾倒してしまい、それに巻き込まれたことが問題だ。一番罪深いのはあの子ではなくあの子の父親。それに、元凶はやっぱりあの邪神なのだ。

 私があの子の言い分を妥協するための要因には出来る。それで理性は保てる。かなりギリギリだと思うが。

 

「大丈夫、嫌いじゃないよ。少し許せないことを言ってたけど、それは全部があの子が原因なわけじゃないから」

「そうだね。悪いのはほら、あのとき倒した太陽の姫だから」

「うん、僕もそう思う。あの人も利用されてただけなんだよね」

 

 利用されるだけのモノを持っていたというのはあるが、それを言い出したらキリが無い。

 

「何か本心を隠してるみたいだし……今は進展を待つしかないよ。いきなり変わることは無いと思うし」

 

 諦めているわけでは無いが、私達がどうこう出来る問題では無い気がする。カウンセリングとかメンタルケアとかに入る段階ですら無い。あの自暴自棄みたいな状態から抜け出せば、私達の言葉も耳に入ってくれると思う。

 

 

 

 医務室での検査の結果、依代の少女は見事に D型異端児であることが判明した。長年深海棲艦だったのだから当たり前のこと。M型だから狙われたというのも、その段階からしてあり得ないし。

 太陽の姫が依代としての身体を捨てたという経緯のせいで艤装すら持っていないため、まだこの鎮守府での名前は決まらず。これに関しては後日、適合しそうな艤装を手に入れてからとなる。

 

 しかし、今の状態では艤装を与えられることは無いだろう。ただでさえこちらに反抗的な態度……というか、邪神と同調している心境なのだ。その状態で武器を手にしようものなら、まず間違いなくこちらを攻撃してくる。駆逐艦でも手がつけられないのに、それ以上の艦種だった場合どうにもならない。ミコトに常に監視してもらわなくてはいけなくなる。

 

「いやぁ、すごかったよマジで。あの子、暴言の嵐だもんさ」

 

 今は食堂に集合し、異端児駆逐艦一同で医務室での流れを全て見てきた秋雲に話を聞いていた。秋雲は諜報部隊としてその一部始終を全て見てきたが、あの暴言は同期値検査の時ですら止まらなかったらしい。

 世界と人間が信じられないから、何処にいても苛立ちを覚えると考えるべきか。そうなると、口を開けば呪詛を吐くというのも頷ける。

 

「アンタから見てさ、あの子はどうなのさ。ほら、司令が本心隠してるみたいなこと言ってたじゃない」

「あー……確かに、それはあるかもしれない。なんていうか、不自然なんだよねぇ」

 

 そういうのに気付くのが一番得意なのはヒトミとイヨであるため、本心を探るために交流させることを画策しているそうだ。

 同じ諜報部隊として、秋雲もその辺りは私達よりも長けている。その秋雲から見ても、依代の少女の態度には違和感があるらしい。

 

「そりゃあ全部に絶望するような出来事だと思うよ。本人も言ってたからね。治らない病気が長年続いた挙句に親に裏切られるとか、ぶっ壊れてもおかしくない。でもさ、その奥にちゃんと罪悪感があるように見えたんだよね」

 

 言葉だけで見れば、罪悪感なんて何処にも無いように聞こえた。世界の滅亡は自分が望んだことであるため、邪神によるあの侵略を嬉々として応援しているように思えた。そう、言葉だけでは。

 だが、自分の願いでこうなってしまったことに、私や村雨、みんなの家族が死んだことに対して、罪悪感を持っているのではないかと秋雲は言う。こちらの神経を逆撫でする暴言は全て虚勢ではないかと。

 

「まぁあの言い方は無いと思うけどね。虚勢でも言い方ってもんがあるとは思う。あれは漫画でもヘイト買うセリフだよ」

 

 暗い雰囲気に持っていかないように、ちょっとおちゃらける秋雲。そのおかげで少しは空気が和らぐ。

 

「今はあの子、どうしてるっぽい?」

「何処かの部屋で軟禁状態だってさ。服もないから妖精さんが拘束服みたいなの作ってたよ。お世話役は神州丸さんがやるから安心して」

 

 夕立の質問に秋雲が即答。私室のどれかをあの子の部屋として、今はそこに閉じ込めておくそうだ。しかし、施錠をするとかそういうこともしないとのこと。私達と交流したいのなら、自由に動き回ってくれて構わないとした。

 代わりに監視役は24時間態勢で置く。それが神州丸さん。艤装が無くても陸戦では最強の力を持っているため、何かしらの不穏な動きをした場合は取り押さえることが可能。夜は流石に眠らせることになるため休めるが、おはようからおやすみまで監視し続けるそうだ。

 

「部屋で軟禁ということは、面会とかも出来るんだ」

「いつでも出来るね」

 

 態度が和らぐことがあるかはわからないが、いずれまた顔を合わせるくらいはしてもいいかもしれない。それこそ、あの暴言が虚勢だったとして、本心を包み隠さずに話すことが出来るようになったなら、しっかりと面と向かって話がしたいものだ。

 

「じゃあ、早速行ってみようかな。虚勢かもって思えば、あの言葉はまだ聞いていられると思うし。ちゃんと話せば何か変わるかもしれない」

「本当に大丈夫……? また嫌な思いするんじゃないかな……」

 

 心配そうにしているミコトだが、ここで足踏みしていても救われないはずだ。

 私はあの子だって救ってあげたい。救われるべき存在なのだから。ここから幸せになっていい。

 

「なら、僕もついてく。何かあったらお母さんを守るから」

「私も行くわ。仮にも元巫女だもの。最後まで付き合う」

 

 そうなると、ここにいる面々は次々とついてくると言い出す。これだけ人数がいれば心強いが、あまり多すぎても迷惑にならないだろうか。まぁ言っていても仕方ないので、全員で押しかけてみよう。

 

 

 

 一応空城司令に許可を貰いに行ったところ、少し渋い顔をしたものの、いろんな相手と話をすることで何か影響を与えることが出来るかもしれないと許可を出してくれた。

 悪い方向に行きそうなら、神州丸さんがかならず止めてくれるとのこと。その前に私達も理性を働かせて面会したい。

 

 私達の部屋から少し離れた場所に、神州丸さんが扉前を陣取っている部屋があった。既に中には依代の少女が軟禁されている状態。

 部屋の中から何か聞こえるということは無く、あの子は部屋の中では静かにしているようだ。拘束服を着せられているという程だし、何かしたくても何も出来ないようにはなっているのではないだろうか。

 

「面会でありますか」

「うん、何か出来るかなって思って」

「難しいでありますな。彼女は思った以上に意固地であります。態度は改めず、あの物言いはやめるつもりが無いようでありますな」

 

 神州丸さんもお手上げに近いらしい。ここに押し込んだときには無抵抗だったようだが、世界に対する恨みや憎しみは垂れ流し状態。周りに悪影響を与えかねない。

 特に、海防艦の子供達には会わせづらい存在だ。その辺りは大鷹にも話がしてあるらしく、この部屋には近付かないように念を押しているとのこと。それでもあの好奇心旺盛な占守と大東は不安ではあるが、今は保護者として五十鈴さんと龍田さんもいる。そう簡単には近付くことは無いだろう。

 

 しかし、依代の少女がこの部屋から出たいと言ったら話は変わる。神州丸さんの監視下であっても、細心の注意は必要だ。

 

「それでも行くのでありますか?」

「……うん、さっきは面と向かっての話じゃなかったからね。正面から話をしてみる」

「了解したであります。心して入るように」

 

 神州丸さんが扉を開ける。

 拘束具を着せられ、窓から出ようとしても出来ないように足枷もつけられた依代の少女がそこにいた。そんな状態でも表情は虚のまま。私達が部屋に入ったことで、視線がこちらにチラリと向く程度。

 

「おうおう、わしらの邪魔をした対となる者のお出ましか。なんじゃ、われも説教でもしに来たんか」

「説教じゃないよ。ただ、話をしに来ただけ」

「わしに話すこたぁ無い。顔を見せんでくれ」

 

 私に対しては拒絶。だが、さっき秋雲の言っていた通り、それも虚勢だとしたら、これは拒絶ではなく私の顔を見るとそれが剥がれてしまうからなのではと思う。本心を見せたくない一心で言い放つ暴言。

 それを先に知っているから、こんな言われ方をしても特段腹が立つようなことは無かった。私以外はどうかわからないが。

 

「というか、他にも説教しに来た人いたの?」

「……ありゃあここの提督じゃろ。好き放題言いおってからに、わしがどう考えようと自由じゃ。わしはとにかく、この世界が許せん。今でも滅びればええ思うとる」

 

 意思は変わらない。私達には変えられない。あくまでも被害者だから。この子は加害者側であり、それに正当性があるとまで思っているのだから、話は交わらない。

 

 

 

「ならば、私と話をしようか」

 

 その堂々巡りを断ち切るため、私達の後ろから現れたのは、颯元帥である。この依代の少女からしてみれば、知ってか知らずか因縁の相手。この面会が、何か変化を齎すことがあるのだろうか。

 




次回は因縁の対峙。依代の少女は、まだ颯元帥が客船襲撃の実行犯であることを知りません。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】


【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89917128
MMD静画のアイキャッチ風異端児駆逐艦。始まりの4人。終わりが近付いてきている今だと、この4人だけだったころも懐かしく感じます。ここに萩風と村雨も加わることになりますね。リンク先には個別視点の静画もありますのでどうぞ。


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心の奥底には

 目を覚ましたものの軟禁状態となった依代の少女と話をするために、部屋に赴いた私、陽炎と異端児駆逐艦。空城司令と、監視役として部屋の前に立つ神州丸さんに許可を貰い、拘束服に包まれた依代の少女と面会を果たしたのだが、こちらの言葉は聞く耳持たない状態である。

 そこに現れたのは颯元帥。この少女に対しては因縁の相手だ。顔を合わせたことは無いだろうが、客船襲撃を実行した正義の者。

 

「わしゃあ、われとも話す気はない。帰っとくれ」

 

 颯元帥を相手にしても態度は改めない。人間全てに嫌気がさしていると言わんばかりに見向きもしない。

 

「どこのどいつかはしらんが、何を言うても無駄じゃ。こがいなゴミみたいな世界も、クズのような人間も、全部いらん。考えは変わらんぞ」

「君には聞いてもらいたいことがあるから、私はここに来た。一言だけ聞いてくれればいい。顔を合わせずとも、耳だけ傾けてくれればいい」

 

 何を話すのかは、私達にはすぐにわかった。それ故に、次の颯元帥の言葉で、依代の少女の表情が大きく変わる。

 

「客船を襲撃し、沈めるように指示をしたのは私だ。何人たりとも生かすなと」

「なんじゃと?」

 

 直接的では無いにしろ、その作戦を指揮し、客船にいた教団員を鏖殺したのは自分であると、依代の少女に明かした。さらに言えば、全員始末する予定だったが、1人だけ、この少女だけが生き残ってしまったことも。

 この国を守るため、正義を執行したに過ぎない。今でこそ、その行き過ぎた正義を悔い改め、結果的に完全な被害者となった私達の前で謝罪をしてくれたが、この依代の少女相手にはどう出るのだろうか。一瞬で喉が渇く程に緊張感が漂ってくる。

 

 私達に対しては無視や無関心を貫いていたが、途端に颯元帥の方を振り向く。この時ばかりは、とても感情的に見えた。何もかも諦め、世界を恨んでいた中に、一筋の光が射したかのようだった。その光は正しいものでは無いが。

 これがこの子の本心を曝け出すための手段になるのかどうかはわからない。だが、一石を投じることは出来るかもしれない。

 

「ほいじゃったら、われがわしのおとんをやったんか」

「ああ、そう考えてくれて構わない。直接手を下していないにしろ、作戦を立て、指示を出し、揉み消すところまで私がやった。全ての責任は私にある」

 

 虚な瞳に光が灯る。それは激しい怒りと憎しみの色をしていた。ギリッと歯軋りの音が聞こえた後、ブルブルと震え出す。

 

「……なんでじゃ。なんで皆殺しにしたんじゃ」

「この国を、世界を守るための、苦肉の策だった。君のお父上……邪教の教祖を野放しにしていれば、この国は滅んだだろう」

「うちのおとんは国賊じゃけぇ、殺されても仕方ない言うんか!」

 

 初めて声を荒げる依代の少女。空城司令を前にしていても、ただただ嫌そうに皮肉と暴言を連ねるだけだったのが、親のことを出されて激昂。

 そうなってもおかしくないのは私にだってわかる。親を殺されたのだから、どういう理由であれ、何かしら思うどころがあるに決まっている。その親に裏切られたことで余計に荒んでしまっているのだが。

 

 対する颯元帥は一切表情を崩さず、依代の少女を見据えていた。初めてこの鎮守府に来た時のような冷酷な表情。感情が全くわからないくらいのポーカーフェイス。今までずっとこの事実を隠し続けてきたことによって得た無表情を、これでもかと活かしている。

 激昂に対して無表情で返すというのは、神経を逆撫でするような行為に他ならない。依代の少女の表情はより一層怒りに染まっていく。

 

()()()

 

 ハッキリと、依代の少女に返答した。この子の親は、国賊であるが故に始末されたと。当時の颯元帥ならそう考えて作戦を立てていただろう。国を滅ぼされるくらいなら、少数の命を奪った方が未来があると。

 今でこそもうそんなことは考えないくらいに心持ちを改めてくれているが、当時のままならば、国のためなら死ぬのは当然と極端な考えに至っていただろう。それこそが、颯元帥の行き過ぎた正義だったわけだし。

 

「……いや、今は()()()()()と言うのが正しい。私は、この国の民が平和に暮らしていけることを第一に考えて尽力し続けてきた。君のお父上は、その中でも最も平和を脅かした人物であると、私は考えている」

「殺してええ理由にゃあならん!」

「……ああ、それを知ったのはつい最近だが、私の正義は行き過ぎたものだと理解した。だから私は今、君と顔を合わせに来た」

 

 無表情ながらも、依代の少女を前にして深く頭を下げた。私達にも見せた、謝罪の気持ち。謝ったところで何も戻ってこないけど、無いよりはマシ。

 抱え込んでいたものから解放されたことにより、その秘密を共有出来るものに対しては全てを曝け出してくれる。

 

「……なんのつもりじゃ」

「私が今更謝ったところで何も変わらない。何も戻ってこない。私が起こしたことで、何人もの国民が不幸になってしまった。君もその1人だ。それでも、だからこそ、言葉だけは紡ぎたい。申し訳ない」

 

 そんな姿に、依代の少女の震えは一層強くなった。怒りと憎しみが溢れ出し、目の前の大人に対して負の感情しか湧いていない。

 

 父親の死の真相を知ったことで、殆ど投げやり気味に暴言を吐いていたのが嘘のように感情的になっていた。自暴自棄な態度も今は何処かに行ってしまったようで、目には憎しみの光が宿っている。

 そこから、この子の本心が少しずつ垣間見えてきた。裏切られたと言っていた親のことに触れられてここまで怒るのだ。人間に対して嫌悪感しか持っていないにしろ、父親に対しては違う感情を持っている。

 

「許すわけないじゃろ!」

「許してくれとは言わない。いや、言えない。私は正義と思っていても、これ程までに被害を拡げてしまった。この謝罪も意味がないことくらい理解している。だが、意味は無くとも言葉にはしたかった。口先と言われても仕方ない。申し訳ない」

 

 依代の少女に何を言われても、姿勢を一切変えない。自分がやったことを非と認め、届かなくとも言葉にする。それは決して口先だけではない。ちゃんと心もこもっている。

 

 しかし、依代の少女には届くわけが無かった。

 

「ふざけるな! われが、われがそがいなことしなけりゃ、こんなことにゃならんかった!」

「……ああ。深海棲艦を生み出したのも、私が邪教を滅ぼさなければ、邪神が降臨することは無かったかもしれない。君のような依代は生まれなかったかもしれない」

 

 颯元帥は全く言い訳をしない。言ってしまえば、そもそも邪教に傾倒した依代の少女の父親、教祖が悪い。娘の病気を治すために尽力するのはわかる。優しい父親であることが話に聞いているだけでも理解出来る。だが、そんなよくわからないものに頼り始めた時点で間違っていた。

 なのに、そのことを一言も言わず、全ての罪が自分にあると言うように、何もかも背負おうとしている。それは今までと同じ。責任を1人で受け持ち、だんまりを決め込むことによって悪役を演じる。秘密裏に出来れば騒ぎにならないし、騒ぎになったら自分が首を括るだけ。被害を最小限に抑えようとする、颯元帥の不器用な愛国心。

 

 この後に続くであろう颯元帥の言葉は出てこなかった。『だが、君のお父上が邪教を崇拝しなければ、こうはならなかった』という、とても簡単な一言。

 私達の中では、教祖が悪いという意見で満場一致していた。そもそも邪教が無ければ颯元帥は強行策に出なかったし、邪神が降臨することも無かった。だから、依代の少女も被害者だと。救出すべき相手だと。

 

 頭を下げ続ける颯元帥に対して捲し立てようとしたものの、反論すらしてこないことで、怒りと憎しみの中に別の感情が生まれてきていた。

 

「……なしてじゃ。なしてゆわん。わしのおとんがあんなんやったんが悪いって、なしてゆわんのじゃ」

 

 それは、依代の少女自身も気付いていたことだった。自分の病気を治療するために狂ってしまった父親のしでかした事の重大さに。

 

「われもわかっとるんじゃろ。元はと言えばわしのおとんが全部悪いんじゃと。そんなもん、わしもわかっとるわ。でも、でもな、それでもわしのおとんが、わしのためにやってくれたんじゃ。わしの……()()()()が、わしのために……」

 

 世界の全てを憎み、人間に怒りを覚えているが、元はと言えば自分の父親が邪教に傾倒したことが全ての始まりなのだから、自分にもそれを作ったきっかけがある。

 少しだけでも責任を感じているような素振り。これが依代の少女の本心では無いだろうか。自暴自棄に暴言を吐き続けているのは、もちろんこの世界への怒りと憎しみがあるからだろうが、その奥底にはこうなってしまったことへの罪悪感があるからでは。

 

「そうであっても、正義を執行し手を下したのは私の意思だ。それは言い訳にしかならない」

 

 颯元帥はそれでも態度を変えない。謝罪の姿勢を崩さず、依代の少女には一切の非が無いように振る舞う。それがまた、依代の少女の神経を逆撫でするような行為になっていく。

 罪悪感を刺激し続けているようなものなのだ。依代の少女に罪悪感が無ければ、ここでも投げやり気味になってもおかしくない。父親がどうこう言われても気にも止めずに呪詛を吐き続けるだろう。

 

「もうええ……われと話しとっても気が滅入るだけじゃ。出てけ」

「しかし」

「出てけ言うとるじゃろ」

 

 先程見えた本心のカケラのようなものは鳴りを潜め、また自暴自棄に戻ってしまった。

 こうなってはもう取り付く島も無さそうであるため、颯元帥はまた日を改めてここに来ると言い残し、部屋から出て行った。

 

「……ちょっと」

「うぬらも出てけ。1人にしてくれ」

 

 怒りと憎しみで灯っていた瞳の光はまた消えてしまい、虚な瞳に戻ってしまった。こうなったらもう話を一切聞いてもらえない気がする。悔しいが、私達も一度ここから退散するしかないか。

 

「最後に私達の言葉も聞いてもらえる?」

「……」

 

 聞く耳持たないと言わんばかりにこちらを見ない。聞き耳を立てているように見えない、完全な無視。だったら、こちらは好き勝手に話すことも出来そう。

 

「アンタは被害者だよ。だから、私はアンタを救いたいと思ってる。元帥はなかなか来れないだろうけど、私達は度々来るから」

 

 無反応。ならば、勝手に来て、勝手に話すというのもいいだろう。そうしたら罪悪感をさらに刺激することになるかもしれないが。

 そのまま放置していたら、怒りと憎しみにどんどん呑み込まれていく可能性が高い。だから、頻繁に構ってやることが、改善に繋がるような気がした。

 

「行こう。悪いね、みんなでぞろぞろ来ちゃって。今度はもう少し人数減らしてくるよ」

 

 それだけ言い残して、私達は部屋から出る。神州丸さんによろしく言って、部屋から離れた。

 

 

 

 その気持ちを紐解くのはまだまだ時間がかかるかもしれないが、依代の少女には幸せになる権利はあるだろう。不幸に不幸を重ねた人生に終止符を打ち、ここから新しい道を歩いてもらいたい。

 だが、本人がそれを求めていない場合はどうしたものか。ただ怒りと憎しみに呑み込まれているだけならまだしも、その中に罪悪感が見え隠れしているのがタチが悪い。

 

「みんなでちょっかいかけていくのが一番だね。きっと心を開いてくれるよ」

 

 根拠は無いが、そう思わなくてはこちらが参ってしまいそうだった。

 




自分の父親が悪いと理解はしているけど、世界への憎しみは払拭出来ないので、自暴自棄になっている依代の少女。心を開くことはあるのでしょうか。


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対話を続けて

 依代の少女と話した後、颯元帥と大和さんは帰投することとなる。依代の少女が目を覚ましたことと、謝罪をすることが出来たということで、本来空けておいた日程通りに行動することが出来るようだ。

 依代の少女にはまた日を改めて顔を合わせに来ると話をしていたため、ここで帰投し、またどうにか時間を作ってからこの鎮守府に来るとのこと。客船の唯一の生存者と言える存在であるため、颯元帥も気にかかって仕方ないようだ。

 

 私、陽炎はその最後のお見送りに参加。艦娘でもない今の私には、それくらいしか出来ない。

 

「任せてしまってすまない。空城君、彼女を頼む」

「ああ、任せておくれ。次に来たときは開き直ってるなんてことになっててくれりゃあ、アタシも嬉しいねぇ」

「……ああ、私もそれを望む。私の顔を見たら、嫌でもお父上のことを思い出してしまうだろう。私が言えたことでは無いのはわかっているのだが……彼女には明るい明日を歩いてほしい」

 

 その道を途絶えさせたのは私だが、と呟く。それでも、依代の少女の歩く道を、どうにか明るく照らしたいとも考えているようだった。それがあの客船を沈めた自分に出来る、唯一のケジメであり謝罪の気持ちだと。

 

「陽炎、君の処遇はこちらでもどうにかしておく。最終的な選択肢は、君に与えることになるだろう。それまでは、この鎮守府の予備戦力という形で所属しておいてもらいたい」

「了解。よろしくお願いします」

「ああ、君はこの戦いの英雄だ。絶対に悪いようにはしない」

 

 英雄と言われるとこそばゆいが、私の存在を保証してもらえると言ってもらえるのはありがたい。大本営のトップ直々の保証なのが頼もしい限りである。

 

「それでは、また来させてもらう。大和、行くぞ」

「はい。それではまた」

「ああ、大和も鎮守府防衛よくやってくれた。助かったよ」

「いえいえ、それが私の仕事ですので」

 

 大和さんは深くお辞儀をし、颯元帥は少し神妙な表情で、鎮守府を去っていった。

 大和さんのおかげで、私達は鎮守府のことを気にせずに最終決戦に臨めたのだ。流石は最強の艦娘。実際に小粒とはいえ襲撃があったのだから、来てくれて本当によかった。

 

「さて、戦いは終わったんだが、アンタ達はどうする。諜報部隊は違う意味でここに残ることになるんだが」

 

 支援艦隊代表のアクィラさんと、対潜部隊の五十鈴さんと龍田さんに問いかける。戦いが終わったのだから、もう撤収でも問題ないところまで来ていた。

 諜報部隊は、依代の少女を最後まで見届け、その情報をまとめるためにも残ることが確定している。しかし、戦うためにここに集まってくれた仲間達は、仕事が全て完了したのだ。赤い海も全て消え去っていることを確認出来ているため、もうこの鎮守府の戦力のみでどうにか出来る。

 

「そうですねぇ。まずは提督に連絡をしなくてはいけませんね」

「うちもひとまず連絡してみるわ。喧しく泣きじゃくりそうだけど」

 

 呉内司令はさておき、影野司令はまた受話器越しでもわかるレベルで泣きそう。長かった戦いも終わったわけだし、私の決着もついたのだから。

 

「ゴーヤはうちが貰っていっていいのよね」

「そのように移籍済みだそうだよ。作戦終了でそのまま連れて行ってくれて構わない」

「了解。司令も喜ぶわ」

 

 颯元帥が連れてきたゴーヤだったが、帰りはそのまま影野司令の鎮守府のようだ。ブラックな鎮守府から抜けることが出来た上に、トントン拍子で次の道が見つかったゴーヤは、これが必ず転機になるはずだ。

 

「なら、その件を進めていこう。陽炎はしばらくは自由にしてくれていて構わないよ。今日は全員休日にしてあるが、そうで無くても今は渡す仕事も無いんだからね」

「それはそれで何だか寂しいけど、ちょっと長めのお休みが貰えたってことで堪能するよ。あ、でもあの依代の子のところには足を運ぶからね」

「……ああ、構わないよ。好きにしておくれ」

 

 司令からの許可も出た。頻繁に顔を合わせに行くと宣言してあるから、私は好きに行かせてもらおう。

 あの子が嫌がらない程度にと行きたいところだが、おそらく行くだけでもあの子は嫌がる。それでは意味がないため、少し強気に行くしかあるまい。

 

 

 

 さて、今日はまだまだお休みであり、各々自由に過ごすことになる。専らみんな依代の少女のことが気になる様子で、ちょくちょく面会を望んでは、拒絶されて帰ってくる。

 どんな反応かはみんな知っておきたいというのはある。まともに話が出来たのは、おそらく颯元帥のみ。監視している神州丸さんですら、門番のように部屋の前にいるだけで話をしているわけではない。

 

「みんな、アンタのことが気になるんだよ。せっかく戻ってこれたんだし、艦娘の素質もあるからさ」

 

 私もまた依代の少女の部屋に来ていた。煙たそうな顔をしたが、私がここから離れることが無いことくらい察しただろう。私を無視するように顔を背けている。

 私と一緒に来ているのは、今回は沖波とミコト。ミコトは私から離れようとしなかったというのがあるが、沖波も太陽の姫に対して大きな因縁があるため、それを振り払うためにもここにいる。

 

 誰がどれだけ話しても、聞く耳持たずの無視一点張り。反応すらしない。誰も責めるようなことはしないが、依代の少女の心を動かすような言葉は誰1人として口にしないというのもある。

 腫れ物を触るかのような存在になってしまっているのは、誰にだってわかることだ。過去のことを思い出さないような当たり障りのない話題しか振れないことで、興味を引くことが出来ない。

 だからといって、怒り任せの論争なんて望んでいない。いくらこの子を論破出来るくらいの力を持っていたとしても、私達はそういうことをしたいわけではないのだ。そもそも私はそんな力持ってないし。

 

「……わしは艦娘なんぞやるつもりはない」

 

 珍しく反応してきた。私の今の言葉が気に入らなかったのだろうか。

 邪神と同調しており、その記憶は全て持っているのだから、艦娘は敵であるという認識も抜けていないだろう。それに自分もなるというのは気に入らなくても仕方ない。

 

 もしくは……先程チラリと見えた罪悪感がそれを邪魔しているか。

 

「えー、なんでさ」

 

 これには返答無し。艦娘にはならないという意思だけはどうしても表示したかったということだろうか。

 

「ひーちゃんが艦娘を引退せざるを得なくなっちゃったし、代わりに入ってもらえるとありがたいよね」

「うん、お母さんが戦えないところ、埋めてもらえると助かるよね」

 

 煽るようにチラチラと見ながら話す沖波とミコト。特に沖波は、表情と口調に似合わず割と痛いところを突いていた。

 私が艦娘を引退することになったのは、太陽の姫を撃破したから。ひいては、この子を救出したからになる。その責任を取ってもらおうだなんて私は思っていないが、沖波やミコトからしてみれば、私がただの人間になったことは惜しむべきことなのかもしれない。だから、ほんの少しだけの嫌味が入ってしまっている。

 

「みんなが話したかは知らないけどさ、アンタにも知っておいてもらいたいことがあるんだよね。深海棲艦はまだまだいなくならないから、元凶を倒しても戦いはまだ終わんないんだよ。だからさ、手伝ってもらいたいってのはあるのさ」

 

 駆逐艦である私が1人減るからといって、戦力に多大な影響を与えるかと言われればそうではない気はするが、作戦立案などの選択肢を多少狭める要因にはなってしまうかもしれない。その分を補完してもらえるととてもありがたかった。

 とはいえ、艦娘になるかどうかは選択式。裏があるにしろないにしろ、やるかやらないかは当人の意思である。ここにいる者達はやるという選択をしただけ。ああは言ったものの、この子が嫌だというのなら、その意思は尊重するべき。

 

「まぁ、嫌なら無理強いは出来ないよね。理由はどうであれ、艦娘なんて命のやり取りなわけだしさ。才能あっても断る人ってのはいるらしいし、仕方ないよ。これは強制じゃない」

 

 こればっかりは、私がどうこう言えるところでは無かった。私の意思としては、この子にも艦娘になってもらいたい。嫌な言い方だが、今までやってきたことの()()()をつけるために。別にこの子が引き起こしたというわけではないのだが、太陽の姫の依代であった経験を活かして、世界を平和に導いてほしい。

 しかし、こんな心境で戦場に出たら、まず間違いなく大怪我を負うだろうし、最悪死ぬ。それはよろしくない。せっかく得た新しい道を、そんな形で失うのは、他人としても見たくない。口には出せないが。

 

「艦娘になるかどうかは置いておいて、私としては、もう少しお喋りしたいね。友達になろうよ友達に」

 

 これが私の本心。同情とかそういうものが端にあるかもしれないが、せっかく出会えたのだからもう少し和やかにお話がしたい。

 今の心境でそれは無理かもしれないが、せめて私にだけでも心を開くなりしてほしかったりする。ワガママかもしれないけど。

 

「……われとは友達にゃあなれん」

 

 ボソリと呟いたのが聞こえた。

 

「なんで? 私はアンタも大歓迎よ。せっかくここにいるんだから」

「わしゃあ、われの親を殺した神様の()()()じゃ。むしろ憎うて憎うてたまらんのじゃないか」

 

 憎くないかと言われれば、それは勿論多少はそういう感情はある。この子が世界の滅亡を望んだことが、私の両親の死に繋がったのは間違いない。

 だが、それはあくまでも()()()()()()。その望みを勝手に汲み取って実行に移したのはあの太陽の姫だし、そもそもそれを呼び出そうとしていたのはこの子の父親、教祖だ。この子に非は殆ど無い。この子に殺されたわけでも無いし。

 

「アンタに対してはまだ割り切れるんだよ。直接やってるってなったら、私もこんな冷静にはいられないかもしれないけど」

「直接やったようなもんじゃろ。わしは願った。今でも願っとる。こんな世界に意味なんて無い。人間は滅べばいいと」

「望んだだけで、アンタに殺されたわけじゃない。ならアンタは私みたいにみんなを深海棲艦に堕とした感触はあるの? 村雨みたいに街を滅ぼした感覚はあるの?」

 

 あくまでも依代として見ていただけ。実行犯は全て太陽の姫。だから、この子には意思はあっても感触は無い。仲間を分霊して陥れた感触も、罪無き人々を滅ぼす感触も、この子は何も知らない。ただ望んだだけだ。

 

「無いよね。だから、私はアンタのこと殺したいほど憎むようなことは無いよ。その相手は、私がこの手で倒したから、もういいんだ。みんなの力を借りてね」

 

 拘束服で隠れていたが、拳を強く握るような音が聞こえてきた。私の今の言葉に対して、どんな感情を持ったかはわからない。もしかしたら余計に追い詰めてしまったかもしれない。

 

「だからさ、少しだけ、ほんの少しだけでもいいから、近付いてみない?」

 

 本心からその言葉を送った。私はこの子を受け入れる。救いたいのだから。偽善と言われるかもしれないが、それならそれで構わない。私にとってはそれが本心なのだから。

 

「……もうええ。1人にしてくれ」

「そう、じゃあまた来るから」

 

 来るなとは言われなかった。私から近付くことで、少しずつでも心境は変わってくれているのかもしれない。そうであると嬉しい。

 

 

 

 たった1日で心が変わるだなんて思ってはいない。依代の少女は特に深いところまで行っていたのだから。その上、父親が死んだ真相まで今知り、さらにはそれが一番の元凶であることを理解しているのだ。今は簡単には纏められない状態だろう。

 

「ひーちゃん……優しいね」

「うん、お母さん凄いと思う。あんな態度されたら怒っちゃいそうだもん」

 

 部屋から出て大分離れたところで2人に言われるが、私は自分をありのままに出しているに過ぎない。感情も殆ど隠していないのだ。

 

「だから、世界に選ばれたのかもね。ひーちゃんのそういうところ」

「面と向かって言われると照れるなぁ」

 

 時間経過だけでどうにかなるとは思えないので、これからも毎日ちょくちょく話をしていきたいと思う。喧嘩腰でもいいから、こうやって対話が出来れば尚いい。

 




沖波は陽炎よりも怒りや憎しみが強め。邪神のせいで陽炎に対してあの態度を取らされたことを少し根に持っています。ミコトは何が何だかわからないというのもあるけど、お母さんが受け入れてるから受け入れるというスタンス。


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逃れられぬ悪夢

 それから私、陽炎は、時間を見つけては依代の少女の部屋へと訪問した。また来たのかと煙たがられるものの、来るなとは言われなくなった。それを言われたところで私が来るのをやめるわけでもないので、早々に諦めたようである。

 まだまだ心を開くには時間がかかるとは思うが、きっかけがあれば仲良くなれそうな気はする。それこそ、村雨と萩風のような悪友みたいな仲でもいい。お互いに心の内をさらけ出せるくらいがちょうどいい。

 

「飽きんのか」

 

 お昼の訪問も3回目くらいになったところで、ついにそんな言葉が。この時は珍しく私1人で来ている時。周りに他の者がいないからか、私だけにはそんな言葉を口にした。

 

「飽きないね。ちょっかいかけるのが結構楽しくってさ」

「迷惑じゃ。こっちの身にもなれ」

 

 口は悪いものの、今回も直接的に来るなとか帰れとかは言われない。私がここにいても、これ見よがしに大きな溜息をついた後、無視を決め込むのみ。鬱陶しいと思っているかもしれないが、それを口に出さないということは、そこまででもないと考えてもいいかも。今の迷惑という言い方も、だから来るなとは繋がらない言い方だったし。

 

 弄るときも、太陽の姫の依代だった頃に触れることは決してしない。人間としての新しい道に、その記憶は不要。それでも乗り越えなくてはいけないものではあるため、自分から口に出せるくらいにまで開き直ってから初めてそういうことが出来ると思う。

 だから、私から話せるのはここでやっていることとか、これからどうしていくかとか、前を向ける内容ばかり。聞いていないわけでも無いだろうから、独り言になっても続けた。

 

「私以外は誰か来た? 多分だけど、海防艦の子供達は押し掛けてきたんじゃない?」

「……ああ、ぶち喧しい砂利共か。われがおらん時に来たわ」

 

 あの子供達がここに来ないわけがない。確実に仲良くしようと動き出す。案の定、私がいない間に突撃してきたようだ。それを思い出した途端、仏頂面がさらに疲れたような顔になる。

 

「あの占守と大東っちゅう砂利は、わしがやめろ言うても、ベタベタベタベタ引っ付いてきよる。その度に、松輪っちゅう砂利がアワアワ取り乱してのぅ」

「ああ、もう光景が目に浮かぶようだよ。あの子達はそういう子達だから」

「ちゃんと手綱握っちょれ」

 

 悪態も、ここまで聞いてきたら柔らかく感じるようになってきた。明らかな拒絶は少し抑えられているし、質問次第ではこうやって返答してくれるようにもなっている。回数をこなせばあちらも慣れてくれるという例か。

 最初は本当に怒りと憎しみばかりで、口を開けば呪詛を吐くように敵意を振り撒いていたが、颯元帥と話して罪悪感を感じさせる発言をしてからは少しずつ人間味を帯びてきているような感覚。

 

「あの子達は最たるものだけど、みんな仲良くしようとしてくるでしょ」

「……ああ。わしみたいな人類の裏切りもんの何処がいいんだか。わしはまだこの世界を許しちょらんぞ」

「みんな、アンタに幸せになってもらいたいんだよ」

「なんじゃ、同情か。そういうのが一番迷惑じゃけぇ、放っといてくれ」

 

 同情が無いと言えば嘘になる。境遇が可哀想であるというのは、誰が聞いたって明らかだ。だからこそこうやって仲間達に慣れてもらって、笑顔を取り戻してもらいたいのだ。

 迷惑と言われてしまっても、私は図々しく近付いていく。ここにいる仲間なのだから仲良くしてもいいだろうと思うわけで。特に私達異端児駆逐艦は同年代なわけだし、孤独よりは楽しく生きた方が心にイイと思うのだが。

 

 まぁその決め付けが鬱陶しいと言われそうなので、近付くにしてもある程度の距離感は保つ。

 

「まあまあ。私はアンタと友達になりたいわけよ。同年代って少ないしさ」

「……んなこたぁ知らん。わしにはその資格が無い言うちょるんじゃ」

「そんなことはないよ。人類皆友達でいいじゃない」

「わしゃあ、その人類に滅んでもらいたいんじゃ」

 

 人類が、世界が憎い。この思考はいつまで経っても変わらない。少しは和らいでくれるかと思ったが、それが根幹にあるため払拭は簡単には出来ない。それこそ、この子はまだ今日の朝に目を覚ましたばかりである。時間がまだまだ必要だ。

 この鎮守府でなら、この気持ちを徐々にでも和らげることが出来るのではないかと私は思っている。こうやって話している内にも、ほんの少しずつとはいえ、私達に慣れてきている言動が垣間見えるのだ。

 

「っと、そろそろ面会時間も終了かな」

「誰もそんなもん決めちょらんが、出てってくれるんなら止めやせん」

 

 軽くだが話し込んでしまった。大概私が一方的なのだが、それでも今のようにある程度対話をしてくれる時が出てきている。これを続けていけば、一歩ずつでも明るい道へ向かっていけるはずだ。

 ちゃんと距離感を保って接していけば、いつかは手が届く。急いじゃいけない。焦っちゃいけない。でも、回数だけはこなしていきたい。まずは私から慣れていってくれればいい。

 

 抜け駆けとかそういうのは考えてないから。

 

 

 

 そして、その日の夜。丸一日の休日で、心身共にみんなが休まっている。明日からは平常運転に戻っていくだろう。

 ただ、私はその中には加わることは出来ない。戦う力を失った私は、今後の扱いが決まるまではお休み。その間も依代の少女にちょっかいをかけ続けることになるだろう。

 

「姉さん、結局今日は何回面会に行ったんですか」

「んー、まぁ結構な回数。でも、出てけとは言われなくなったよ。溜息は吐かれたけど、嫌そうな顔では無かったかな」

 

 今日の戦果を萩風に聞かれたため、それなりにと答えておく。まだ初日、良くもなく悪くもない。私の新しい戦いは、始まったばかりだ。

 

「明日も続けていくよ。頻度は落とした方がいいかなとは思ってるけど」

「今日で掴みはいい感じ……ってことかな」

「まぁね。あの子はどう思ってるかはわからないけどさ」

 

 あちらもそう思ってくれればいいのだが。話しやすい相手、親しみやすい相手と感じてくれれば、そこから徐々に仲間達と打ち解けられるはず。

 別に私から始める必要はない。喧しいとは言っていたものの、海防艦の子供達から始めてくれても構わない。誰からだっていいから、明るい道の一歩目に立ってもらいたいのだ。

 

「でも……今日は初めての夜……だよね」

 

 磯波の言葉で思い出した。あの子は今日の朝に目を覚ましたばかり。つまり、夜眠るのは今からが初めて。

 私もそうだったし、今まで救ってきた者達全員が、その日の夜に酷い悪夢を見ることになる。それこそ眠れないくらいに。

 

「そこはちょっと心配かな……眠ったこと確認して神州丸さんも監視から外れるんだっけ」

「流石に神州丸さんだって寝ずの見張りとか出来ないですから」

「出来ればここに呼んであげたいくらいだけど」

 

 私の言葉に、沖波も磯波も萩風も無い無いと首を振る。今までと経緯が違うので、今日の今日招き入れるのには抵抗があるようである。その気持ちはわかる。というか、それが普通なのだと思う。

 村雨の時とは訳が違うのだ。今でもまだ滅びを望んでいる相手を簡単に受け入れることは出来ない。多分そこは私がおかしいのだと思う。自分で言うのはアレだが。

 

「僕はお母さんがそうしたいって言うなら別に構わないよ」

「ありがとうミコト。でも、ミコト自身の気持ちとしてはどう?」

「……うーん」

 

 自分の考えを聞くと、どうしてと頭を捻ってそれ以上の言葉が出てこなくなる。

 

 ミコトの唯一の欠点がこれな気がする。陽炎の巫女であるが故に、自分の意思より私の意思を優先してしまう。故に、自分の意思をほとんど持たない。

 これは今から成長してもらうためにも必要なこと。こちらもゆっくりでいいので、()()()()()成長してもらいたい。反抗期とか来たら泣いてしまうかもしれないが。

 

「でも、悪夢を見るのは心配だね。本当に辛いし……」

 

 経験があるものは全員が項垂れる。依代の少女は私達よりも重い悪夢に魘されかねないので、今から少し心配だ。

 私達のように、最初からみんなで寝るとかが無い上に、本人がそういうことを拒絶しているというのもあるので、ただでさえ回避不可能な地獄を孤独に耐え忍ぶことになる。なまじ人間に戻ったことで罪悪感も戻ってきているのだから、悪夢によってより一層思考が歪む可能性だってあるのだ。

 

「ちょっと顔を見に行った方がいいかな。というか行ってみよう。ちゃんと寝れてれば別にいいし」

「まだ寝てないんじゃないですか? 時間にしては早い方ですし」

「まぁ念のため念のため」

 

 心配事を抱えたままだと私も眠れない。ちょっと顔を見てからにしよう。

 

 

 

 別に私だけで行くよと伝えても、みんなが便乗すると聞かないので、夜ではあるもののぞろぞろと依代の少女の部屋へと向かう。

 部屋の前に神州丸さんがいなかったため、既に眠っているか別件で席を外しているかのどちらか。

 

「お邪魔しまーす……」

 

 なるべく音を立てないように部屋の扉を開ける。中は真っ暗。ということは、既に眠っているようだ。

 耳を澄ませると、小さな寝息が聞こえてきた。眠ってすぐというわけでもないだろうが、熟睡しているようの息遣いなため、寝たフリでもない。

 

「ちゃんと寝られてるみたいだね。なら安心だ」

「じゃあ、起こさないようにゆっくりと……」

 

 またなるべく音を立てないように扉を閉めようとしたのだが、それでは終わらない。

 

「っあ」

 

 急に依代の少女の様子が変わる。グッスリと眠るような寝息だったのが、突然息が詰まるような声に。暗いし位置が悪いので表情が見えないが、息遣いだけで聞いていると苦しんでいるようにしか聞こえない。

 

「っ、あっ……」

「あのさ、私が悪夢見てる時ってあんな感じだった?」

「……そうだね、アレが前兆。夕立ちゃんはアレを見てひーちゃんをすぐに起こそうとしてた」

 

 沖波や磯波は私が魘されているのを最初から見続けている玄人。あの反応だけでも、依代の少女が辛い悪夢を見ているのだと察することが出来た。

 なら、救わない理由が無い。まだ時間も早いのにあの反応を示すということは、村雨の時にも聞いた1日で2回3回と悪夢を見る症状が出ているのと同じだ。苦しみ続けて眠ることも出来ず、消耗を重ねてストレスも溜まり、最後は……と考えている内に早く起こしてやらなければ。

 

 誰も止める者がいないため、私はすぐに部屋の中に入った。電気をつけると、やはり苦しそうな顔。冷や汗をダラダラかきながら、悶え苦しむように首を振り、歯を食いしばっていた。

 その姿を見て、ミコトは不安そうに私と依代の少女の顔を交互に見る。如何に相手が()()()()者でも、こんな姿を見てしまったら心配になるのは当たり前だった。ミコトも陽炎の巫女なだけあって優しい子に育ってくれている。

 

「ちょっと、起きなよ! 起きな!」

 

 私が率先して肩を揺する。それでもしばらく夢の世界から戻ってこれなそうだったのだが、ずっと繰り返す内にようやく目を覚ました。

 目を開いた途端に、何処にそんなに溜め込んでいたのだと思うほど涙が溢れ出し、疲れ切っているように息を切らせる。私もこういうことがあったからよくわかる。

 

「わ、わしゃあ……」

 

 バッと起き上がり、自分の手を見た。勿論人の手なのだが、眠る時も残念ながら拘束服ではあるため、その手は見えない。

 

「嫌な夢を見たんだよね」

「……われには関係無いじゃろ……」

 

 強がりを言っているようだが、身体は震えたままである。こんな相手を放ってはおけない。

 

「落ち着くまで側にいるから」

「構うな……」

「強がってんじゃないよ」

 

 ここは半ば強引に。そうでもしないと、この子はここからさらにダメになる。それはよろしくない。

 

「……勝手にせい」

「勿論」

 

 せめて落ち着けるまでは近くにいてあげなくては。

 

 

 

 悪夢からは逃れられない。ならば、それに打ち勝つために協力してあげたい。

 




どんな悪夢を見ていたかは次回。依代の少女も、人間として蘇ったことによってコレに苛まれることに。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/89978188
MMD静画のアイキャッチ風陽炎。艤装と共にある姿は艦娘としては普通なんですが、このストーリーではこれが実は親子のツーショットになるという不思議な絵。今だからこそ感慨深い絵ですね。リンク先はエンディング風のイラストもあるのでどうぞ。


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依代の本心

 この鎮守府で初めての夜を過ごす依代の少女が気になったため、その様子を見に行くことにした私、陽炎と仲間達。

 神州丸さんも部屋の前に居なくなっていた時間帯に部屋の中をそっと覗くと、ちゃんと寝ている寝息が聞こえたのだが、安心したのも束の間、突如悪夢に魘される。

 どうにかして依代の少女を起こした私達は、落ち着くまで部屋にいてあげることにした。私の時に慣れていたおかげか、沖波と磯波はタオルやら水やらを用意するために一度退室。私と萩風、ミコトは、依代の少女の震えが止まるまで手を握ってやり、落ち着いてもらう。

 

「わかるよ。私達もさ、悪夢で酷い目に遭ったから」

 

 経験がある分、この辛さはわかる。どんな夢でこんなことになったかはわからないが、少なくとも当時の行動を反芻させられるのが定番。最愛の者を殺す瞬間を何度も見せられるとか。萩風も少し辛そうな表情を見せるが、今はもう乗り越えられているので大丈夫。

 この子はこれが初めてのことだ。最初から最後までを見せ付けられているというのなら、悪夢はこの程度では済まない。

 

「……嫌でも……思い出すんじゃ……。あの時のことを……」

「あの時って……客船の時のこと?」

「……ああ」

 

 この子にとって一番辛い出来事といえば、この世界を滅ぼしたくなる程に憎くなった当日のこと。

 そんなことを私達に溢すほどに精神的にも疲弊している。いざ眠ろうとしてそんな夢を見てしまったら、嫌でもこうなってしまうかもしれない。目を覚ました瞬間に涙が溢れる程だし、当時のそのままを夢に見てしまったのだと思う。

 

 当時のそれということは、襲撃され阿鼻叫喚の最中に逃げ惑い、次々と乗客が殺されていく中で唯一生き残って、静まり返った後に沈んでいく客船の中で助からないことを悟るというホラー映画も裸足で逃げ出すようなノンフィクション。

 周りには死体。窓の外は真っ暗闇で、海中に沈んでいくだけの風景。ゆっくりと自分の命が尽きていくなんて、発狂してもおかしくない。むしろ発狂したようなものだ。

 

「嫌じゃなかったら話くらい聞くよ。独りで抱え込むよりはいいかもしれないし」

「……話すこたぁ無い。別にわしを構わんでええ……」

 

 こう言いながらも、震えは止まらない。一度夢として鮮明に思い返してしまったため、その時の恐怖が身体を震えさせているのだろう。

 

 私達の悪夢は、現実的にはあり得ないような最悪な瞬間。家族が死に、街が滅ぶ瞬間を見せられるもの。恐怖より、悲しみや怒りの方が大きい。しかし、それはこの子の見たであろう()()()()()()()()()()()という状況ではない。だから、この子のようにここまで震えることは無かった。

 それがあるから余計に心配になる。寝るたびに死を覚悟した瞬間、発狂寸前の状況を何度も鮮明に見せ付けられるとか、私だって嫌だ。それ程の恐怖を感じたことは、おそらく今までに無いのだから、何処までのものかも見当が付かない。

 

「じゃあ詳しくは聞かない。でも、震えが止まるまでは側にいるから。深呼吸でもした方がいいかもしれない。ほら、私達を早く出ていかせたいなら、息を落ち着けな」

 

 簡単には出来ないだろうが、息が整うように背中を摩りながら深呼吸をさせる。孤児院で暮らしていた時、子供達にこうやることで落ち着かせることもあった。今までの経験がこういうことに役立つというものである。

 この子には温もりなんていらない可能性もあるのだが、人間こういう時が一番落ち着けると思う。

 

「……こがいなことをされたんは、初めてじゃ」

「そうなの?」

「……わしゃあ、基本独りじゃった」

 

 不治の病を患っていたこの子は、入退院を繰り返してたことで友人も殆どおらず、両親もその病を治療するために奔走していたため、常に孤独を味わっていたのだろう。

 病院では事務的に扱われ、自宅療養だと尚のこと独りになり、楽しいと思えることなんて殆ど無かったのかもしれない。不幸に不幸が重なっている。いや、重なりすぎている。

 

「人間っちゅうのは、あったかいもんじゃな……じゃが、昼にもわれにゃ言うたが、わしにゃあそれを受け取る資格なんぞ無い。わしゃあ裏切り者じゃけぇ」

 

 これは罪悪感が表に出ているのだろうか。颯元帥と話をしてからもだし、私と話しているときもそうだった。温もりを受け取る資格なんて、今までやってきたことと、今の自分の考え方に対して罪悪感が無いと出てこないような言葉だ。

 それに裏切り者という言葉も。本人にとって裏切ったのは世界の方だし、教祖となった父親だ。だが、自分のことを裏切り者と言うということは、少なからず人間に対して感じるものがあるから。

 

「こんな時くらい、本心を隠さないでください」

 

 それに対して、萩風が率直に言い放った。

 

「ずっと本心じゃ」

「違うでしょう。貴女の本心は、()()()()()()()()()()でしょう。資格がない資格がないと言いながら、私達の手を振り払おうともしない。自覚しているなら、今の状況を嫌がるのが普通なのでは?」

 

 確かに、嫌だ嫌だと言いながらも、震えを取るために握りしめている私達の手をそのままにしているし、出て行けとも言わない。構うなとは言っていたが、本当に嫌ならもっと激しく拒んで然るべき。

 私からではこんなこと言ってあげることが出来なかった。村雨との関係で割と強いことを言う萩風だからこそ切り込んでいける。この依代の少女に対しても村雨と同じような態度で行くのは、どうしても今までのことがあるからか。

 

「言われてから振り払っても遅いですよ。貴女はなんだかんだこうしていることを喜んでいるでしょう」

「そんなん」

「言い逃れ出来ません。現に、姉さんに手を握られて震えは少しずつ治まっています。貴女に必要なのは()()です」

 

 真正面から意見をぶつけていく萩風に、依代の少女は何も言えないでいた。図星を突かれているとしか思えない。

 

 目が覚めてから今まで、私を筆頭に鎮守府の仲間達がちょっかいをかけ続けた。それによって、生前……と言っていいのかはわからないが、依代となる前よりも他者と関係を持つ機会が一気に増えている。それに対して、この子は少なからず喜んでいたと言える。

 最初は出て行けだの構うなだのと言ってはいたが、蓋を開けてみればコレだ。本心から嫌がっていない。心の奥底では、人の温もりを求めている。

 

「友達が欲しいの? なら、僕は友達になるよ! 喧嘩するより仲良くしてた方が楽しいもん」

 

 ミコトはより一層温もりを与えるため、手だけではなく抱きつくまでしてしまった。あまりにも急なことだったため、依代の少女は完全に硬直してしまう。

 

「んー、なんかしっとりしてる」

「魘されて汗だくだったんだから、仕方ないでしょ。ほら、ちょっと困ってるから放れな」

「はぁい。でも、僕はそれだけ本気ってことだからね!」

 

 今の言動は、私に言われたからやったわけではない。ミコトが自分で選んだ言葉だし、依代の少女を受け入れているという証明でもある。ミコト自身の気持ちがちゃんと出ていた。僅かな時間でも、しっかりと成長している。

 

「お水とタオル、持ってきたよ」

「バスタオル……で良かったよね」

 

 ここで沖波と磯波も帰還。魘された時に必要なアイテムを手に入れてきてくれた。水は飲みやすいようにペットボトルで、タオルは全身が拭けるようにバスタオル。私のことで慣れてくれている2人ならではの完璧なチョイス。

 

 水を渡されても拘束服で飲むのが難しそうなため、私が受け取りそのまま飲ませてあげる。なんだか嫉妬のような視線を感じたが、それは気にしないことにした。今の主役はこの子なのだから。

 これも拒まず、素直に飲んでいた。単純に喉がカラカラだったからというのもあるだろうが、やはり私達を拒絶しない。萩風に指摘されたように、独りでいたくないというのが本心。

 

「取りに行った時に、提督に会ってね……拘束服を脱がしていいから、身体を拭いてやれって言われたの」

「オッケー。これ、ベルトで留まってるだけだよね。ちゃちゃっと脱がすよ」

 

 まだ全員が寝静まった時間でもないだろうから、空城司令も活動中。たまたま会ったことでその辺りの許可が貰えたのはラッキーだった。

 本人が来るのは控えたらしい。私達が既に対処しているというのもあるが、司令にだと反抗的な態度をとってしまいそうだし、今は同年代に囲まれていた方が落ち着けるだろうという配慮。

 

「……そこまでせんでも……」

「はーい、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

「こ、こら、わしは砂利じゃないけぇ」

 

 拘束服の中も、魘されていたせいで汗びっしょり。これは着替えも必要なのではないだろうか。身体を拭いた後でもこれを着直すのは少し可哀想。

 と、それを見越してか磯波はバスタオルの他にも寝間着を持ってきてくれていた。寝間着と言っても替えの拘束服という感じ。信用とかそういうものではなく、体裁としてそれが選択されていた。

 

「大丈夫大丈夫、私これでも子供の扱いに慣れてるから。孤児院でも熱出す子とか結構いてね」

「ああ、いたいた。かくいう私もそれなりに看病してもらった思い出があるなぁ」

「そういう時は一蓮托生だからさ。身を任せて身体を拭かれなさい」

 

 こういうことは慣れているのだ。依代の少女がそれを拒んでも、しっかり身体を拭いて綺麗さっぱりにしてあげることは出来る。流石に前を拭いてやることは出来ないから自分でやってもらうが、すぐに汗は全て拭き取られ、新しい拘束服を着せることくらいは出来た。

 その間、依代の少女はダンマリ。自分の手を見ながら何かを考えているようだ。さっき起こした時も自分の手を見ようとしていたが、これは何かあるのだろうか。

 

「手がどうかした? ちゃんと可愛い人間の手だよ。骨じゃない」

「っ……わしゃあ……あの神様たぁ違うんじゃな。わしゃあ……もう人間なんじゃな」

 

 やっぱり。これはおそらく夢の中で自分があの邪神となって人々を殺戮して回っている光景を見てしまったのだろう。

 邪神の行いを見ていただけと言っていたが、()()()()()()()()()()のかは聞いていなかった。それこそ、邪神の目と同調していた可能性は十分にある。

 

「そうだよ。アンタはもう人間なんだ。だから、新しい道を歩こうよ。戦いは終わったんだからさ」

「……まだ……整理出来ん。わしの身体をこんなにした世界が許せんのは変わらん。こんな身体を持ったから……おとんは狂ったし、死ぬことになったんじゃ。わしもあんなことになった。じゃけぇ……やっぱり許せん」

 

 不治の病があることが全ての原因だと思い始めている。それはさらに良くない。

 だが、ちょっと気になることがある。その病気、()()()()()()()()()()()()()()

 

「あのさ、その病気ってどんな病気なの?」

「……わしにもようわからん。免疫力っちゅうのが極端に低いらしくての、この世にある全ての病気に絶え間なく罹るようなもんらしい。ワクチンも効かんらしくての、よう言うじゃろ、一度罹った病気には耐性出来るみたいなのを。わしにゃあそういうのが無いんじゃ」

 

 確かにそれだけ聞いたら大変とかそういう問題じゃない。感染症があれば外には出歩けないし、そうでなくても病気がついて回る、ある意味最悪な身体だ。

 

「それ……本当に今もなの?」

「どういうことじゃ。わしゃあもう人間の身体に戻ったんじゃろ」

「でも一度深海棲艦の身体になってるんだよね。そこから戻ったってことは、もしかしたら……」

 

 これは可能性はある。検査する価値はあるだろう。

 もしこれで病気が治っていたら、明るい一歩目が踏み出せるのではないだろうか。

 

 

 

 こんな夜ではあるが、今後のことを考えたらそこはすぐに調べておきたい。この子の今後のために。

 




深海棲艦化したことにより身体が健康体になっていたら、依代の少女の気持ちはきっと変化があるでしょう。


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不治の病

 悪夢に苛まれていた依代の少女を落ち着かせている過程で、ふと気になった。この少女の不治の病は、本当にそのままなのだろうか。一度深海棲艦となり、救出され人間に戻った今、もしかしたらその不治であるはずの病が治っているのでは無いだろうか。

 邪神の依代として使われているのだから、免疫力が極端に低い病弱な身体をそのまま使ってるとは思えない。特にあの邪神は、妙に慎重なところもあった。そんな奴が、少しでもマイナスになることは省いていくはずだ。

 

 そして、それが予想通りなら、依代の少女が開き直ることの出来るきっかけになるかもしれない。人間に戻ることが出来ても不治の病のままならばお先真っ暗だとは思うが、それが失われているのなら考え方が少しは明るい方向に向かってくれるかもしれない。

 

「磯波、司令はまだ起きてたんだよね」

「うん、バスタオル取りに行った時に会ったから、まだ起きてると思うよ」

 

 磯波が起きている司令を確認しているのだから、この件はすぐにでも話が出来る。やれるなら今からでも検査がしたいくらいだ。

 

「ごめん、今の件を司令に伝えてきてもらっていいかな。出来るなら今から検査したい」

「うん、わかった。少し行ってくるね」

 

 私は依代の子の側にいてあげようと思うので、実際に会った磯波に向かってもらう。バスタオルを取りに行ってもらってから、まだ時間はそこまで経っていないため、おそらくすぐに出会えるはずだ。

 

 結果として、流石にこんな時間から検査なんて出来ないと呆れられてしまった。しかし、深海棲艦化したことにより不治の病が治っている可能性というのはありそうというのも司令は理解してくれたため、明日の朝イチに検査出来るように手配はしてくれるとのこと。

 そもそもどういう検査をしていたかを調査するため、そこは明日の早朝から物部司令に話を通してからのことになる。当時この子が入院していた病院に問い合わせて、検査の方法がこちらでも出来るかを確認するとのこと。

 

「じゃあ、明日の朝まではどうにかしないとダメだね。独りで寝られる?」

「本心を曝け出さないと損しますよ。今回は私達がたまたま気付けましたけど、ここから離れたら誰にも気付かれません。辛い思いをすることになりますけど」

 

 萩風の言い方は少しキツめだが、スッパリと私の言いたいことを言ってくれている。

 要は、明日の朝までは私達のところに来いと言っているだけだ。私が提案した時はみんな否定的だったが、こんな姿を見たら同情したようである。ミコト以外の全員が悪夢を経験しているし、その辛さを知っているのだ。

 

「……人間は嫌いじゃ……じゃが、あったかいところで寝たい……じゃけぇ……頼んでもええか」

「喜んで。辛いのわかってて放置するのは私達が嫌な思いするからさ。頼ればいいんだよ頼れば。私達はもう仲間なんだから」

「……わしゃあ仲間と違う」

 

 日中の暴言は嘘のように消え、今は弱々しい女の子になっていた。悪夢を見たことで精神的にもかなり大きなダメージを受けている。しおらしくなるほどに辛い夢なのはわかるので、誰もそのことについては言わない。

 一応軟禁という体裁上、部屋から連れ出すのはよろしくないように思えたが、こうなることも予期して磯波が司令から追加で許可を貰ってくれていた。なので、なんの問題もなく私達の部屋に招き入れることが出来る。

 

「どうせ今からは寝るだけだからさ、何も考えずに寝よ寝よ」

「あったかいのがいいなら、一緒に寝るのがいいよね。僕の隣来る? お母さんの隣は僕のモノだけど!」

「……どうでもええ……隅っこにでも置いてくれりゃあ」

「なら、私と磯波ちゃんで挟んであげよう。いいかな」

「うん……あったかい方がいいんだもんね。朝までグッスリ眠れればいいね」

 

 依代の少女の意思はここぞとばかりに無視され、沖波と磯波に引きずられて真ん中に置かれる。サンドイッチのように挟まれることで、嫌というほど温もりを得ることに。下手したら暑いくらいかもしれなかったが、それについて何も文句を言わなかったため、2人もこのままで眠りにつくことに。

 

 これが悪夢を失わせる要因になればよかったのだが、深夜にもう一度目を覚ますことになってしまい、まだまだ根深いことがわかる。人間に戻ったのが昨日の今日なのだから仕方あるまい。

 

 

 

 翌朝、依代の少女は軟禁の部屋に戻し、神州丸さんにもよろしく伝えておいた。最初部屋の前に来たときにもぬけの殻だったことに驚いたようだが、すぐに事情を理解してくれた。

 

「それならば事前に本艦に教えていただきたかったでありますな」

「ごめんなさい。昨日の夜のことだったから、伝える時間が無くて」

「まぁ、事情がわかったので良しとしよう。脱走したかと思い、心臓が飛び出るかと思ったでありますよ」

 

 これは本当に申し訳ないことをした。神州丸さんも寝静まったと思ってこの場を離れたようだが、その後にこんなことが起きるだなんて思っても見なかっただろう。悪夢のことを知っていたとしても、それを私達がたまたま見つけて自分の部屋に匿うなんて流石に考えない。せめて扉の前に手紙でも貼っておくべきだったと反省する。

 

「我々の提督殿に、彼女の診断方法を聞くのでありますな。確かに、不治の病が深海棲艦化で治療されるという可能性は無いとは言えない」

「だよね。だからって推奨なんて絶対出来ないし、もう今は無理な話なんだけど」

「うむ。これは報告書に記載するのみにして、公表されないようにしなくてはならないな。それこそ、新興宗教が生まれかねない」

 

 深海棲艦になれば、不治の病が治る。そんなことが世間に知れたら、それこそ颯元帥が最も嫌うであろう世界の平和の崩壊に繋がってしまいかねない。

 当然これについては諜報部隊として資料に纏めてもらうつもりだ。難しいとは思うが、是非とも報告してもらいたい。

 

「では、時が来るまでまた本艦が監視しておくのであります。ご苦労であった」

「うん、よろしくね。あと、出来れば神州丸さんもお話ししてあげて」

「ふむ、心得た。本艦で良ければ、話し相手になっておくであります」

 

 話題があるかはさておき、孤独を拒むのなら神州丸さんとも何か会話をしていた方がいい。

 

 私達とは年代が少し違うものの、時が止まっていた依代の少女に対しては誰が話しても共通の話題なんて難しい。だったら、何を話すかより誰と話すかに重点を置くべきだと思う。この鎮守府の仲間達全員と話せるのがベスト。寂しさは確実に紛らわせることが出来るだろう。

 今の精神状態なら、拒絶では無く放置を選ぶはずだ。私は度々会いに行っていたから会話も出来たが、他はそうはいかないだろう。とはいえ、グイグイ行く者の方が多いのがこの鎮守府、嫌でも慣れていくことになる。まずは時間が残り少ないネルソンさん辺りを嗾けてみるか。

 

 

 

 朝食後、早速物部司令との連携で検査方法を調査。調査を早急に終わらせるために、あらゆる場所にコネを持つしーちゃんも調査に参加している。追加で道具や機材の搬入が必要なら、即座に対応。使えるものを全て使って、依代の少女を調べるために尽力する。

 なんとここまでを午前中で終わらせてしまった。どういうコネがあれば機材をその日中に手に入れられるのだろうか。一発モノになる可能性も加味して、まずは今日だけレンタルという形にしたとは言っていたものの、それにしても手際が良過ぎる。

 それについて聞くと、たった一言『秘密です』と言われてしまった。結局最後までこの人の謎は解けず仕舞いである。流石は秘匿(シークレット)のしー。

 

 その間、依代の少女の部屋には何人もの仲間達が押しかけていた。最初はやはりと言ってはなんだがネルソンさんである。まだ今日いっぱいはこの鎮守府に滞在するということで、最後の1日は楽しみたいように楽しむとのこと。

 結果、依代の少女は一度も退屈することは無かったようだ。笑顔は見せないし会話らしい会話は出来なかったにせよ、拒絶も無かったとみんなが話していた。

 

「本当に全部揃ってますね……では、不肖速吸、やらせていただきます」

「そんなに緊張しなさんな」

「いやいやいや、これは緊張しますよ。これ大分高価な機材ですからね?」

 

 調査出来る環境が整ってしまえば、今度は速吸さんの出番。医療に携わっていたとはいえ、ここまで濃密な検査をすることなんて初めてだと、少し緊張しながら依代の少女を調べ上げていく。

 依代の少女が検査を受けていた10年以上前からは医療科学も大きく躍進しており、検査に丸一日はかかるようなものも、今では小一時間で確認出来る程になっていた。それには流石に驚いていたようだ。

 

「……わしの時は随分と止まっておったんじゃなぁ……」

「海の底で10年以上いる間に、こっちは艦娘の技術作れてんだ。それを医療にも役立ててんだよ」

「人間とはぶち恐ろしいもんじゃ。やっぱり信用出来ん」

 

 最初のこともあり、司令に対しては憎まれ口は出てしまうものの、それが寂しさから来るモノだと理解しているからか、司令は生温かい視線でニヤニヤしている。なんて意地が悪い。

 

「はい、検査完了です。免疫力の項目でしたね」

 

 調査の結果をさらさらと見ていく速吸さん。依代の少女は緊張が表に出てしまっており、昨晩のように小さく震えていた。

 

「……えぇと、心して聞いてくださいね」

「勿体ぶらんでくれ」

「貴女は今、()()()()()()()()()()()

 

 一瞬静まり返る。依代の少女は驚きで目を見開いていた。

 

「免疫力もそうなんですが、それ以外も全て調査しているんです。その結果、えぇと貴女はおおよそ15歳前後ですか、その平均値を少し上回るくらいの健康ですね。病気も無し、身体や骨にも異常は無し。体力面はおそらく長年に渡る依代生活で衰えてしまっているでしょうけど、それだけです」

「……ちゅうことは……」

「おめでとうございます。不治の病と言われていた病気、完治です。手段は褒められたものではないですが」

 

 素直に喜んでいいものかはわからない。だが、長く身体と心を苦しめ、親を狂わせる程に蝕んでいた病は、今この時を以て完全に失われた。

 

 教祖のやった邪神降臨は、奇しくも望みを叶えるに至ったのだ。娘の病を治すという念願は叶い、完全な健康体としてここにいる。

 その後に長い年月を戦火に包まれてしまったため、手段としては最低最悪と言われても過言ではないため、誰もそれを讃えるものはいない。だが、もしこの少女の姿を見ているのなら、大いに喜んでいただろう。

 

「……そうか……そうか。なんでこんな病を寄越したのかと世界を恨んでいたが……おとんのおかげで治ったんじゃな……」

 

 グスッと鼻をすする音。今までずっと見せてこなかった表情を、こんな人前で見せるようになった。司令としては何か言いたいことがあったようだが、ここは空気を読んで何も言わず。

 

 勿論罪悪感が取り払われるようなことはないし、結局のところ親が殺されたことには変わりない。人類への憎しみと世界への恨みはまだまだ払拭はされないだろう。

 だが、この不治の病が治療されたことによって、自由気ままに行動することが可能になった。明るい道への一歩を踏み出すことが出来たと言ってもいいだろう。本人が踏み出すか次第ではあるが。

 

「これでアンタは自由に動けるようになったわけだ。何処にいてもその病気に悩まされることはない。で、アンタはどうしたい」

「……急に言われても困る。治っとるなんて思っとらんかった。考えさせてくれんか」

「ああ、好きに考えればいい。アンタの話を聞いてくれる連中は沢山いることくらい、この1日半で痛いほど理解出来たろう」

 

 ここからどうしたいかはこの子次第だ。拘束服はまだ脱がされるようなことはなさそうだが、扱いは大分軽くなると思われる。何せ、部屋にいても仲間達が押し掛けてくるのだから。その間にどうしたいか考えればいい。

 

 

 

 だが、殺してくれなんて言うことはここから無くなる。病気が無くなったことで、生きる希望が少しだけでも湧いてきていた。それだけは喜ばしいことだ。

 




長かった後日談もそろそろ終わり。あと数話で最終回となるでしょう。依代の少女の選択は如何に。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/90052058
MMD静画のアイキャッチ風陽炎。137話『女神の加護』での陽炎轟沈の瞬間。絶体絶命となった瞬間、現れる女神。緊急ダメコン発動。


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明るい未来へ

 不治の病に冒されていた依代の少女だったが、依代、つまり深海棲艦化したことにより、その病が一切無い健康体へと変貌を遂げていた。世界を呪う要因となっていた病が失われたのは、他ならぬ邪神のおかげとなったことで複雑な気分ではあるが、依代の少女としては父親の選んだ手段により願いが叶ったという事実に感極まっていた。

 その手段は決して褒められたものではない。娘の病気を治すために世界を滅ぼしかけたのだ。

 

「その……1つやりたいことがあるんじゃが……ええか」

「やりたいこと?」

「外にな、行きたいんじゃ。構わんじゃろうか」

 

 健康体であると言われたことで、どうしてもやってみたいのだと話す。

 病弱だった頃は、まともに外で遊んだことも無かったそうだ。感染症に満遍なく感染すると言われれば、周囲も気にするし自分だって外に出ようとは思わなくなるだろう。子供時代にそれでは嫌でも孤立するし、学校に通うこともなかなか出来ない。

 それが今や完全に払拭されたのだ。自由に外に出られるし、なんなら海にだって行ける。ここから行ける場所なんて高が知れているかもしれないが、どんなことでも、この子にとっては何もかもが新鮮な行動なのだ。

 

「司令、いいかな」

「ああ、構わないよ」

 

 この期に及んで鎮守府の中で暴れ回るようなことはしないだろうし、私達への敵意も今はかなり抑えられている。というか全く感じない。そのため、司令はすぐに許可してくれた。

 私に外に出ることを懇願したときの声はとても穏やかだったし、まだ笑顔は取り戻していないものの表情も柔らかかった。

 

「拘束服じゃあ外にも行きづらいだろうしね。適当な服を見繕ってやんな」

「了解。万が一のことがあっても、ミコトがいれば大丈夫だしね。監視はどうしても必要だから、みんなを呼んでくるよ。その間に着替えてもらおう。ちょっと準備しよっか」

「ああ」

 

 こうなると途端に素直になる依代の少女。負の感情はまだまだたっぷりだろうが、今は健康になった身体を知りたいという好奇心が溢れていた。

 

 

 

 準備を終えたのはなんだかんだで昼食後。拘束服を脱がされ、手っ取り早く体型が近い磯波の制服を貸してもらった。シンプルなセーラー服だが、それだけでもなんだか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。

 

「……まともに学校も通えんかったけぇ、制服も憧れじゃった」

「わかるなぁそれ。私も制服着たのここが初めてだったからね」

 

 今日はもう鎮守府も通常運営。訓練や演習、哨戒なども執り行われている状態。完全にフリーになっているのは、明日帰投するために今日いっぱい自由に出来る支援艦隊の面々と私、陽炎。そして、異端児駆逐艦である。依代の少女と同年代であり、同じ異端児であるということで、私達が随伴に選ばれた。

 ただただ外を散歩するだけなのだが、それなりの人数になっているので、かなり規模の小さい遠足気分である。孤児院では近場の公園にみんなで散歩するなんてイベントもあったので、それを思い出した。

 

「……潮風の匂いじゃ。わしゃあ、こんな何処にでもあるもんすら、満足に感じられんかった」

「ここにいたら嫌ってほど感じることが出来るっぽい」

「みたいじゃな。そのうち飽きるのかもしれんが、今のわしにゃあ新鮮なもんじゃ」

 

 ただ外にいるだけなのに、本当に初めて見たと言わんばかり。実際、こうするのは初めてなのかもしれない。大きく深呼吸して、鎮守府の空気を堪能する。

 

「……ほんまもんの花だって殆ど見たことが無かったんじゃ」

「もっと……近くで見ていいよ」

「そうさせてもらうわ」

 

 磯波の花壇を見てもコレである。私達には至極当然なものでも、この子にとっては全てが珍しい……というか新鮮なものだった。

 テレビや動画越しになら全て知っているだろうが、触れることすらしたことがないものばかり。そこからまた病気になる可能性があるとなれば、誰も近付かせないだろうし。

 

「土は触れるなと言い切られとった。ほんの少し学校に通うときも、身体を全部包んで空気に触れんように念入りに準備させられたもんじゃ……。でも、今は触ってええんじゃな」

 

 花壇の中の土に突くように触れた。当然指先は土で汚れる。それを愛おしそうに眺めていた。土で汚れるだけでも嬉しそう。

 

 今まで病のせいでずっと禁じられてきたことが、今や何の影響もない、たわいも無いことになった。念願の()()を、これでもかと満喫する。

 ただ潮風を肌に受ける。ただ土の温もりを知る。ただ花の匂いを嗅ぐ。たったそれだけのことが、この子にとっては小さな小さな望みだったわけだ。

 

「わしにゃあ、もう制約なんて何もない。自由に生きることが出来る」

 

 空を見上げる。今日はまた言うことないくらいに晴れ渡ったいい天気。日差しが少し暑いかなと思えるくらいだったが、爽やかで気持ちいい空気。

 

「……こんなに明るい世界を、わしゃあ見たことが無かった」

 

 生まれてずっと病に苛まれ、事あるごとに床に臥すことになる人生なんて、この子にとってはお先真っ暗だっただろう。まともに生活することすら出来ず、周りに人もいない。孤独に孤独を重ねて、生きる気力すら失われていたかもしれない。

 さらにそこからは依代である。最愛の父親に裏切られる形で邪神が降臨し、さらには精神的に全てを失った。物理的にも孤独にされたことで、負の感情が爆発してしまった。

 

 だが、今は違う。病による束縛は失われた。自分の足で、何処へだっていけるようになった。失われたものは戻ってこないが、向かう先が真っ暗というわけでは無くなった。一歩踏み出すことが出来れば、明るい未来が待っている。

 

「まだ全部は取り払われとらん。あんな身体で生み出した世界は憎いし、人間のあかんところを嫌というほど見てきたから許せんのも変わらん」

「……そっか」

「じゃが……それはわしが自分から動けんかったけぇ、あかんものばかりを見せられてたのが原因じゃ。今なら……もっと世界のええ部分が見られるかもしれん」

 

 嫌なものしか見えないなら、そこから離れればいい。だが、この子は今までそれが出来なかった。身体がそれを許してくれなかった。それももう終わりだ。なんの柵もない、新しい人生が今から始められる。

 世界は悪いところばかりじゃない。ごく僅かな黒い部分に浸かってしまっていただけ。そこから外に出てしまえばいい。

 

「わしは……踏み出してええんか」

 

 そこに罪悪感が邪魔をする。自分のせいでは無いとしても、今まで依代として邪神をこの世界に留めてきたという事実がそれを阻む。それに、本人が言っていた通り、世界への恨みと人類への憎しみは残ったままなのだ。簡単には踏み出せない。

 だからこそ、私達がいる。仲間である私達が手を引っ張ってあげればいい。

 

「構わないでしょ。何のための私達だと思ってんのさ」

 

 手を差し出し、握手を求める。これがこの子の一歩目になるように。

 

「1人じゃダメなら、私達がいる。それが仲間……()()ってもんだよ」

「友達……」

 

 この子の本心は萩風が看破している。独りでいたくないこと。そして、それをどうにかする手段はとても簡単。友達を作ることだ。家族もいないこの子にとって、最も深く繋がることが出来るのは友達しかいない。

 私達はそれになれる。私だけじゃない、ここにいる全員がその気がある。そうで無かったら、独りにしないようにちょっかいをかけに行くなんてするわけがない。

 

「だからさ、まずは友達になろう。それが一歩目。その一歩目は私でどうかな」

 

 笑顔で握手を求め続ける。この手を取ってくれれば、この子は明るい未来を文字通り掴み取れるはず。

 

「……わしはまだこの世界を許しちょらん。それでもええんか」

「何も問題ないよ。みんなといれば、時間はかかるかもしれないけど薄れてくよ」

 

 沖波も一歩前に出て手を差し出す。

 

「私が馴染めてるんだから、アンタもきっと馴染める。アンタ次第だけどね」

 

 そして村雨も。長きに渡って縛られ続けていた村雨がここまで馴染めているのだから、この子が馴染めないわけがない。

 その手を取るのにはまだまだ躊躇いがあるようだ。少し俯いて考える。本当にそれでいいのか、踏み出していいのかと。私達はきっかけを作るだけ。最後に決めるのはこの子。

 

 少しだけ時間を置いて、意を決したように顔を上げる。

 

「……陽炎……沖波……村雨」

 

 初めて名前を呼ばれた気がする。何かを決意したような表情と声色。

 

「わしが言うても意味が無いかもしれんし、言うたところで気も晴れんとは思う。じゃが、わしはうぬらに言う義務がある。此度の件、げにすまんかった」

 

 不治の病が治り、心に余裕が出来たことで、この言葉に辿り着いた。決してこの子のせいでは無い。教祖となり邪神に頼ったこの子の父親が根本的な原因。だから、謝られても構わないとしか言えない。

 

「……本当の世界を見てみたい。わしの知る真っ黒な世界じゃない、もっと広い、明るい世界を、見てみたい。それを、おぬしらは見せてくれるんか」

「勿論。まぁ私達だって知ってる範囲っていうのは狭いかもだけど、少なくとも病室一部屋だけでは収まらないくらいの世界を知ってるよ」

 

 この子の思っている世界は、本当に一部。一握りの悪い部分を凝縮したような真っ暗闇だ。

 だが、本当の世界はもっと明るい。外に出ることが出来たことで、その片鱗を知ることが出来たはず。私達の手を取れば、それをもっと知ることが出来るはず。

 

「ええんか、わしが、それを求めても」

「くどいですよ。被害者である私達がいいと言ってるんですから」

 

 やはり萩風の口調は少しキツめだが、思い遣った結果の言葉だ。優しさだけでは一歩踏み出すことも難しいかもしれない。

 

「ぽい。また嫌な気分になって世界をぶっ壊そうとしても、夕立がボコボコにしたげるから安心するっぽい」

 

 ニッコリ笑って物騒なことを言い出したが、それでこそ狂犬夕立。脅しでも何でもなく、何かあっても任せろという意味での言葉だ。

 萩風と夕立は少しだけ毛色が違う言葉をかけたが、それがまた弛緩剤となって心に染み渡る。

 

「世界は……明るいよ。ここでいろいろあったとしても、みんな笑っていられるんだもん」

 

 磯波もここでいろいろあった被害者。私のせいな部分もあるが、今でも後遺症に苛まれている。だが、それでむしろ明るくなった。

 

「僕もまだこの世界あんまり知らないけど、お母さん達がこれだけ言うんだもん。きっと楽しいよ。ここがこれだけ楽しいんだから、もっともっと楽しいよ。だから、僕ともお友達になろ!」

 

 そしてミコト。これは私達に先導された結果ではなく、自分から掴み取った意思。私が望んでいる、ミコト自身の意思の片鱗だ。この場でもまだまだ成長している。

 

 ここにいる異端児全員から手を差し出され、困惑してしまっていた。私も含めた総勢7名が、その一歩目を今か今かと待ち望んでいる。誰の手をとってもいい。決意して、踏み出してもらうことが重要。

 

「……ええんか……本当に……わしが進んでも」

 

 ポロポロと涙が零れ落ちる。自分で言うのはアレだが、ここまで優しさに触れるのは生まれて初めてなのだと思う。そのせいで、感情が大きく揺さぶられているようだ。

 一歩だけ私達の方へと踏み出す。そして、

 

「ありがとう……少しずつでも、前を向けるようにやってみるけぇ……よろしく頼む」

 

 私の手を握った。これがこの子の、明るい未来への第一歩。世界への恨みと人類への憎しみを振り払う第一歩に繋がることになる。

 

 それをきっかけに、みんなが握手をしていき、さらにテンションの上がった夕立やミコトが抱きついたりベタベタ触ったりとえらいことに。それを困ったような、しかしながら一切拒むことなく受け入れていた。

 

「ぽい! それじゃあ、定番の仇名をつけないとね。あ、でも本名禁止だし、まだ艤装決まってないし、名無しなんだよね。うーん、どうしよう」

「……禁止かもしれんが、うぬらには知っておいてもらっていいじゃろ。わしの本名は……日奈(ヒナ)じゃ」

 

 なんだか親近感が湧く名前。依代の少女、日奈。

 この名前を使えるのもあと僅かとなるだろう。新しい人生のために、本来の名前を捨てる可能性もあるのだから。

 

「じゃあ、ピヨちゃんね。雛だし」

 

 速攻で決められた仇名に磯波が破裂した。相変わらずの命名センスの発揮で、明るかった世界がより明るくなる感覚。

 

「……仇名をつけられるなんて初めてじゃけぇ、なんちゅうか変な感覚じゃ。でも……はは、嬉しいもんじゃな」

 

 ようやく笑顔を見せた。ぎこちない、下手をしたら人生で初めての笑顔だったかもしれないが、門出に相応しい時間となった。

 

 

 

 ようやく、依代の少女、日奈も明るい未来に向かうことが出来る。これを以て、太陽の姫との戦いは、真に終わりを迎えたのだ。

 




本名には何処かしら艦娘名の一部が含まれるようになっています。艤装がそういうところから惹かれてくるのかもしれませんね。


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陽炎の行く末

 依代の少女、日奈との散歩は一旦終了。不治の病が失われ、自由に飛び立てるようになったことで、ようやく明るい未来に歩み出す決心がついたようだった。

 その第一歩は、私、陽炎と友達になること。私だけじゃない、異端児駆逐艦全員がそれを望み、日奈は私達の手を取った。これでもう友達だ。夕立のおかげで少しとはいえ笑顔も取り戻すことが出来たため、これからも安泰だと思う。

 

 とはいえ、罪悪感や世界への恨みは払拭出来たわけではない。今後も悪夢に苛まれるだろうし、何度も踏み出すのを躊躇うことにもなるだろう。それを支えるのが私達だ。友達なんだから。

 

「ちょっと歩いただけで、ぶち疲れたわ……」

「速吸さんが体力は衰えてるって言ってたし、仕方ないでしょ」

「運動なんてやってきとらんけぇ、仕方ないんかな」

 

 鎮守府の外を軽く歩き回っただけで音を上げていた。これは本当に体力が無い。私達は鍛えているから何も問題無いが、今までに一度も運動と言えることをしたことが無いのだから、こうなっても仕方ないか。

 私も艦娘では無くなったことで体力が見る見る内に減っていくだろう。今後どういう扱いになるかはわからないが、ある程度は体力を維持していかなくては。

 

「なら、ピヨ姉も僕達と運動しようよ。海防艦の子達と体育したりするの楽しいよ」

「子供達と体育とは、わしにも丁度良いかもしれんのう」

 

 子供達の体育は、そんじょそこらの体力ではついていけないくらいハードなので、まず確実にへばる。というか倒れる。全く丁度良くない。

 誰も何も言わないのは、日奈にも洗礼を受けさせようとしているのだろうか。私もそれに対して何も言わないので同罪か。これはちゃんと伝えておいた方がいい気がする。

 

 しかし、それを言う前に磯波が危なかった。ただでさえ夕立のつけた仇名で一度破裂していたのだが、ミコトのピヨ姉発言は同じ場所を抉るには充分すぎた。倒れ込むほどでは無かったが、肩を震わせて耐えている。

 

「艦娘をやるのなら、速吸さんの訓練もありますよ。短期間で体力をつけられるスパルタですけど」

「そりゃどがいなことをするんじゃ?」

「倒れるまで持久走と遠泳ですね」

「ま、まぁ、わしゃあまだ艦娘やるとは言っとらんけぇ」

 

 艦娘をやるかはまだ考え中のようだが、今の萩風の脅しみたいなものでちょっと引き気味になってしまった。

 私としては、艦娘としてみんなと戦ってもらうのもアリかなとは思っているが、やっと掴めた幸せな生活に命懸けの戦いを加えるのは酷ではないかとも思ってしまう。

 やはりそこは日奈に決めてもらおう。その選択に私達が口出しをするわけにはいかない。今まで生き方を選ぶことすら出来なかったのだから、そういうところから明るい人生を楽しんでもらいたいのだ。

 

「……艦娘か。わしゃあ……やった方がええんじゃろうか」

「私達は何も言わないよ。自分で決めるべき」

「ケジメのためにゃあ、わしも艦娘として戦場に立った方がええと思うんじゃ。わしにも艦娘の才能があるらしいし、わしのせいで陽炎の力がのうなってしもうたんじゃろ。それなら……と思うてな」

 

 深海棲艦が生まれたのは自分のせいだと思ってしまうのは仕方ない。だから、罪滅ぼしで戦いに身を投じると考えるのも無理はない。

 

「……いや、あまり暗い理由でやるのは良うないな。わしも、みんなと世界を守りたいと思ったんじゃ。じゃが……今更艦娘になったところで、足を引っ張るだけになり得んか」

「別にそんなことないよ。早く戦いを終わらせるためには、人数が必要だから」

 

 そういう方向で抵抗があるのなら、何も考えなくていいと思う。誰もそんなこと気にしないし、懇切丁寧に教えてくれるだろう。才能があるということは、戦える技術を覚えることが出来るんだし。

 言い出したら、ミコトはさておき村雨もかなり最近の加入だ。元々のセンスもあるかもしれないが、1週間やそこらで決戦に参加しているくらいなのだし、日奈もきっとすぐに戦えるようになる。

 

「ほんなら……艤装が見つかったらわしも艦娘をやってみようかの。命懸けってのも、みんながおりゃあ大丈夫なんじゃろ」

「勿論。艦娘は、破壊者じゃなく守護者だからね」

 

 結果、日奈も艦娘への道を選ぶことに。自由となり、最初に選んだ道は、私達と一緒に戦うことだった。

 

 

 

 散歩を終えて午後の残りの時間を寛いでいるところで、私にお呼び出しがかかる。なんでも、颯元帥から連絡が来ており、直接私に話がしたいのだということらしい。

 このタイミングで私に用があるとなると、それは当然私の処遇についてだ。艦娘では無くなった私が、今後どうしていくかが決まったのだろう。

 

 悪いようにはしないと言っていたものの、私はもう戦いには参加出来ない。整備班に加わるとかになるかもしれないが、そうなると艦娘以上に覚えるのに時間がかかる。さっきの日奈の不安ではないが、足を引っ張るのではないだろうか。

 

「来たかい」

 

 呼び出された執務室で、空城司令がニコニコしながら待ち構えていた。私がこの部屋に来るまで颯元帥と話をしていたようだが、えらく上機嫌。

 

「元帥、スピーカーにするから、陽炎とは自由に話しておくれ」

 

 電話器を操作して、あちら側の声が私にも届くようにしてくれた。途中ガサガサと音が聞こえたものの、すぐにそれも終わる。

 

『聞こえているか』

「ああ、大丈夫だ。陽炎も大丈夫だね?」

「うん、ちゃんと聞こえてる」

 

 スピーカー越しの元帥の声も、心無しか機嫌がいいように聞こえる。あの感情を押し殺している表情が見えないと、意外と感情は豊かなのかもしれない。もしくは、太陽の姫を討ち倒したことによって精神的にも余裕が出来たか。

 私の処遇が悪い方向には行かなかったというのがこの時点でわかる。そうで無かったら司令もこんなに上機嫌ではないだろうし、怒鳴り声くらい聞こえてきそうなものだ。

 

『まずは、此度の戦い、よくやってくれた。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう』

「うん、これで世界が平和に近付いたなら良かったよ」

 

 これは建前ではなく本心。私の力が失われたとしても、それで平和に一歩以上に前進出来たのだから良し。

 深海棲艦を全て斃すことが出来たら、結果的に全員が艦娘としての力を失うことになるのだ。私はそのきっかけを作りつつ、先んじてゴールに辿り着いただけ。

 

『本題に入ろうか。君には2つの道が提示される。1つは退役だ』

 

 そもそも力を失うというのが前代未聞だったりする。一度得た艦娘の力はそう簡単には失われず、艤装が全損して修復も代用も無理となった場合にのみ、()()()()()()ということがあり得るのだそうだ。

 その場合は退役、つまりこの戦いから退くことになる。鎮守府から離れ、実家に帰るなりなんなりすることが推奨されるが、機密を知る者として監視はどうしてもつくらしい。

 

『しかし、君はこの戦いの被害者であり、英雄だ。力を失ったから退役という形では、君に対して失礼だと思う。そこでだ。まず1つ君に問いたい。もう戦うことが出来ないその身でも、鎮守府に居続けることを望むか』

 

 勿論YESだ。ここまで関わってきて、ラスボスも倒すことが出来た。それならば、この戦いの行く末を最後まで見届けたい。終わりに手が届いているのだから尚更だ。

 

「勿論」

『ならば、次の道を提示しよう。君の存在は大本営でも大きく取り上げられている。元々はマイナス同期値から始まったが、太陽の姫の巫女となり、深海棲艦化を経て、分霊という力まで得た。今でこそその力は無いとしても、君は特殊であることを自覚していると思う』

 

 確かに、今でこそ私は何の力も持っていない一般人。

 

『戦場に立っていた経歴、実戦を経て手に入れた戦闘に関する知識、それにこう言っていいのかはわからないが、対となる者としてのカリスマ性も持ち得ている』

「カリスマ性は知らないけど……まぁ、ただの人間とは言えないくらいに経験はあるよね。決戦の時に本隊の旗艦なんてやらせてもらっちゃったし」

 

 カリスマってことは、人の上に立つ才能みたいなことを言っているのだと思う。そういうのは私には無いと思うのだが、ミコトのような存在もあるし、夕立や磯波のような存在もある。自分で言うことでは無いのだが、慕ってもらえているのは感じる。

 いくつかは私が歪めてしまったものなのだが、私がやってきたことの結果が今の人間関係だ。幸いにも誰とも仲違いをすることなくここまでやってこれた。

 

『そういう者を、我々は()()()()()()()()()()()()

 

 話が変わった。これはあまりにも想定外だった。余程私がおかしな顔をしたのだろう、空城司令がクックッと笑いを堪えている。しーちゃんもニコニコだ。事前にこの話を聞いていたから上機嫌だったのだろう。

 

「え、ええっ!?」

『とはいえ、君はまだ若い。未成年の提督というのは前代未聞であり、本来は不可能だ。しかし、君はそれだけの才能を持っている。それを埋もれさせるのは惜しい。故に、君には空城君の提督補佐として、その鎮守府で異端児の部隊を率いてもらいたい』

 

 つまり、この鎮守府を司令官2人体制にし、通常の艦娘と異端児の艦娘を分散して配備するということか。で、通常の艦娘は空城司令が今まで通り管轄して、異端児の艦娘を私が管轄すると。

 実際に私が司令官となるのは難しいだろうから、空城司令と一緒に執務をしながら、この戦いが終わるまでみんなと一緒にここで戦い続けるということになるわけだ。

 

「言っちまえば、今までと殆ど変わりゃしない。アタシにゃ秘書としてしーがいるが、アンタには艦隊運営の一部を任せたいってことさね。基本的にゃ共同作戦になる。流石に未成年のアンタに鎮守府を与えるのは荷が重すぎるだろうからね」

『そういうことだ。とはいえ名目は提督、艦娘以上に責任がついて回るだろう』

 

 結果的には今までと生活は変わらない。何もせずにここでみんなのことを待つわけではなく、上に立つ者としてここで働くわけだ。

 

「強いるわけじゃあ無いが、アタシとしては受け持ってくれると助かるがね。分散で作業出来るってことは、アタシの仕事が多少減るってことにもなる」

「まぁ、うん、そりゃそうだろうけども、私なんかで出来るの?」

『私は、君になら出来ると思ってこの案を提示している。ちなみに、大本営では九分九厘了承を得ている』

 

 実際、私を手放すのは惜しいと考えているのはわかる。元太陽の姫なんて得体の知れない存在を野放しにするのは恐ろしいのだろう。だからこそ、子飼いにして手元に置くと。

 

『それと、決め手になっているのはミコトの存在だ』

「ああ……なるほど。納得した」

 

 私以上に得体の知れない存在、そもそも人間として見ていいのかわからない存在であるミコトが最も懐いている私を司令官にしておけば、突如牙を剥くようなことも無くなる。

 それにまだ向こうには伝わっていないとは思うが、日奈のこともある。あの子は艦娘になる決意をしているのだし、友達である私が導いてあげることが出来れば、より良い方向に持っていけるかもしれない。

 

『だが、最後は君の意思だ。ここまで話しておいて言うのもなんだが、君が首を横に振るのなら今の話は無かったことに出来る。その場合は、また違った形を考える必要はあるが』

 

 それこそ、しーちゃんのような事務業務に入ったり、ちょっと自分でも考えた整備班入りなんて道だってある。

 だが、司令官という道はそれはそれで魅力的だった。この戦いから身を退かず、みんなと一緒に居られる口実も手に入り、空城司令を楽させることにも繋がるというのなら、思った以上に願っても無い立場なのでは無いだろうか。

 

 決心がついた。

 

「わかった。じゃあ、私はその道を選ぶよ。みんなを導くなんてことは出来ないかもしれないけど、やってみなくちゃわからないからね。ポンコツでも後悔しないでよ」

「なんだかんだアンタはちゃんとやるだろうさ。それに、アタシが教えるんだ。ポンコツになんかなるわけがないね」

 

 自信満々な空城司令に安心する。この人の下でなら、私は提督業もうまくやっていけるはずだ。

 

『了解した。ならば、その通りに手続きをしていこう。後日改めて通達をさせてもらう。階級としては少佐ということになるが、そこまで気にしなくてもいい。君には何も不自由させないように努めよう』

 

 階級まで貰ってしまったら、俄然やる気が出るというものだ。

 

 

 

 

「艦娘としても異端児だったが、提督としても文字通りの意味で異端児になっちまったね。これからもよろしく頼むよ、陽炎」

「うん、今後ともよろしくね!」

 

 艦娘である陽炎は失われたが、司令官としての陽炎として今後を生きていくことになりそうだ。深海棲艦がいなくなるまで、私はこの戦いに身を投じ続ける。

 




陽炎少佐爆誕。異端児を導く者として、新たな道が拓かれました。


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戦いの終わり

 艦娘の力を失った私、陽炎は、颯元帥からの推薦により提督業の道を歩むことになった。艦娘から提督への転身というのは勿論、今までに例の無いこと。 D型異端児だったりM型異端児だったりした私は、提督としても本来の意味通り異端児となる。

 提督となったからと言って鎮守府を与えられるわけでもなく、空城司令と共にこの鎮守府で働くことも決まっている。そこで私は異端児の仲間達を統括する役目を与えられるとのこと。

 

 この決定はすぐに鎮守府内に広められた。管轄の切り替えなども必要なため、先んじて該当者には伝えておく必要があるとのこと。それに伴い、ここにいる全員がそれを知ることになる。

 私が受け持つのは、この鎮守府に所属している異端児全員だ。そうなると、おおよそ半々くらいになる。とはいえ、結局2人の提督による共同運営みたいなものなので、管轄は違えど任務は一緒にやってもらうことになる。

 まずは空城司令の下で提督業を学び、よくよくは独立なんてこともあるかもしれない。私が成人したらそういうことも考えられるかも。そんなに長々と戦いが続いてほしくないものだが。

 

「ゲロ様提督さんになるっぽい!? ならずっとここにいられるね!」

「だね。異端児全員の上司扱いになっちゃうみたいだけど、今まで通りに付き合ってほしいな」

 

 全員にその話が行き渡った夕食時の食堂、早速夕立が騒ぎ出していた。夕立も異端児であるため、私管轄の艦娘になる。というか、いつも一緒にいるようなものである異端児駆逐艦は全員そのままだ。

 万が一、私が鎮守府を与えられることによってここから出て行くということになったとしても、みんな一緒にそちらに移動することになるだろう。そういう意味でもずっと一緒。

 

「じゃあ、あの部屋も引き払っちゃうの? 司令官は別室使ってるよね」

「それは無いんじゃないかな。わざわざあの部屋から離れるのも面倒だし、まだまだ提督見習いだからね。半端者の内は、今までと同じだよ」

 

 沖波の心配は何処を向いているのかはわからないが、少なくとも私はあの部屋での生活はまだまだ続けていくつもりだ。立場が変わっても、生活から急に変えるのは簡単ではないし、そもそも私のための部屋というものが作られるかと言ったらそうでもない。

 そもそも私の執務は空城司令と同じ部屋で行う。1人の部屋を貰えるわけでなく、空城司令の隣で学びながらの仕事になるのだ。それなら全てを今まで通りにしたままの方がいい。

 

「ほんなら、わしも陽炎の部下っちゅうわけじゃ」

「艦娘になれたらね。艤装、まだ見つかってないんでしょ?」

「そうじゃのぉ。絶賛捜索中とは言われとるが、わしに合うモノかどうかはわからんそうじゃ」

 

 日奈も異端児。つまり、漏れなく私の管轄になる。この辺りは都合がいい。今から艦娘としての道を歩もうとしている友達を見届けることが出来るというのは、私としても嬉しいことだし、是非ともやりたいことである。

 まだ日奈に合う艤装は見つかっていないが、なんでも近日中にあの沈没船付近の探索に出ることも考えられているらしい。もしかしたら D型艤装がドロップしている可能性がある。

 

「ま、立場は変わるけど、今までと何も変わらないから、今後ともよろしくね」

 

 食堂にいるみんなに聞いてもらえるように、大きな声で宣言する。それに対して、みんなは歓声を上げた。艦娘としてではない、提督としての私も、みんながすぐに受け入れてくれたのだ。

 

 艦娘であろうが提督であろうが、私は私だ。関係性を変えるつもりはないし、変わってもらいたくない。年齢が変わるわけでもあるまいし。

 だから、今までと同じように、みんなと付き合っていきたいと思う。ちょっとやることが違うだけ。それ以外はみんな一緒だ。

 

 

 

 そして翌朝。ついにこの時がやってくる。

 戦いが終わったのだから、この鎮守府所属ではない者達は、あるべき場所に帰っていく。かなり長い間付き合ってもらったので、この帰投は少し名残惜しく感じてしまう。

 

 勿論迎えが必要なため、各々司令達が勢揃いとなる。物部司令も呉内司令も、影野司令までもがこの鎮守府にやってくる予定だ。

 私は早速提督見習いとして、空城司令と共にその手続きなどに参加させてもらっている。お出迎えくらいは艦娘の時からやっていたが、書類の管理までは流石に初めて。提督としての第一歩だと思うと俄然やる気が出るというもの。

 

「話にゃ聞いたぜ。陽炎、俺達の後輩になるんだってな」

 

 まず最初にやってきたのは呉内司令。人数が多いというのと、規模が大きい艤装が多いため、早めに事を終わらせるつもりだそうだ。

 私の件は、呉内司令には既に伝わっていたらしく、ここに到着するや否やすぐにその話題を切り出してきた。艤装の積み込みやら何やらで時間がかかるし、それくらい話す時間はあるだろう。

 

「うん、今は仮だけど、後日正式に決定が通達されるって」

「力を失ったって聞いた時ゃ驚いたもんだが、そういう形で関係を続けていくんだな。なら、まだ俺達との縁も続くわけだ」

 

 退役していたら、そこで縁が切れていただろう。だが、提督としてやっていくのならまだまだ縁は続く。今回のように支援艦隊なんてことは無いかもしれないが、同業者ならまた一緒に戦う可能性は普通にある。それこそ、今度は呉内司令からお呼びがかかるかもしれないし。

 

「あーっ! 陽炎ちゃん!」

 

 などと話している内に影野司令も到着。本当は呉内司令とかち合わないようにもう少し遅めになるはずだったのだが、いてもたってもいられなくなったようで、香取さんの制止も聞かずにここまで来てしまったらしい。

 まぁここは元々顔見知りなので、こういうことをしても気にしないとは思う。声が聞こえた時点で呉内司令が小さく苦笑したのが見えた。

 

 私の姿を見つけるや否や、空城司令や呉内司令がいるにもかかわらず、猛ダッシュで近づいてきて私の手を握り、ブンブンと手を振る。

 

「聞いたよ! 艦娘の力無くした上に提督になるんだって!?」

「う、うん、流れでそんな感じに」

「私は先輩になるから、なんでも聞いてくれて構わないからね! いっぱい頼ってくれていいからね!」

 

 勢いがすごい。相変わらずこの人は感情の幅が激しいなと思っていたら、後ろからスタスタとやってきた香取さんが一発引っ叩いて私から引き離してくれた。このままだと話が終わらないだろうし。こういうストッパーがいるから、影野司令はやっていけるのではないかと思う。

 

「相変わらず騒がしいお嬢ちゃんだ」

「あ、呉内大将! いつもお世話になってます!」

「申し訳ございません……うちの提督が毎度毎度……」

 

 表情がコロコロ変わる影野司令と、制御役の香取さん。久しぶりに見ると、最早漫才師にすら見えてきた。電話越しですら凄まじかったが、直だともっと面白い。

 

「アンタ達の援軍、本当に助かったよ。おかげで最高の戦果を得ることが出来た」

「これでいい感じに貸しが出来たと思うんでな。こっちが厳しくなったら手ぇ貸してくれ」

「お役に立てて良かったです。また何かあれば、お手伝いさせてくださいね」

 

 司令同士の友情も育めたようだ。ここで出来た縁は、確実に今後に生きてくる。お互いを助け合って、この戦いを早く終わらせるのだ。

 そして、そこに私も加わることになる。提督として戦っていくのだから、こういう縁は大事にしていきたい。

 

 司令2人が到着したことで、支援艦隊の艦娘達もぞろぞろと帰り支度を終わらせてやってくる。艤装を積み込むのは整備班の面々にお手伝いしてもらい、艦娘当人は部屋の片付け。とはいえ、そこまで荷物があるわけでもないので、さくっと終わらせて帰投になる。

 支援艦隊にも長々と付き合ってもらったため、この別れも少し名残惜しい。アクィラさんやネルソンさんには特にお世話になったような気がする。というか、ネルソンさんはいろいろと引っ掻き回してくれたのでやけに印象が強い。磯波は何度も破裂させられてるし。

 

「カゲロー、これで一度お別れね」

「うん、でも今生の別れってわけじゃないし、また会えるよね」

「勿論! 今度は一人前の提督になったところを私達に見せてちょうだいね」

 

 代表でアクィラさんが私のところへ。他のみんなも各々別れを惜しみつつも再会の約束を取り付けてきたらしい。

 

「だから、名残惜しくするのはやめておくわ。Ci vediamo(またね)

「うん、また会おうね」

 

 最後の挨拶は思いの外あっさりと。だが、それくらいが丁度いい。長々と別れを惜しむのはよろしくない。後腐れなく、再会を望んで。

 まだまだ戦いは続くため、死に別れなんてことだって考えられるのだが、この人達にそれは無いと確信出来る。それだけ強い。心身共に。

 

「君が伊58……ゴーヤちゃんだね。元帥閣下から聞いての通り、君の所属は私のところに異動してるから、このまま私達の鎮守府に来てもらえるかな」

「はいでち。よろしくお願いします!」

「うんうん、元気でよろしい! 潜水艦が入ってくれると助かるからね。これからよろしくね」

 

 ブラックな鎮守府から抜け出し、影野司令の鎮守府へと移籍することになったゴーヤは、ここで影野司令と初顔合わせ。この人のことだから、絶対に大事に使ってくれる。疲労困憊で正しい判断が出来なくなるようなことはもう無いはずだ。

 

「海防艦の子達に泣かれかけたわ。結構長く付き合ってきたものね」

「そうねぇ。また来なくちゃいけないわねぇ」

 

 五十鈴さんと龍田さんも帰投の準備を終えてこちらに。予定よりも早く影野司令が到着してしまったのだが、その辺りも考慮して早めに行動していたらしい。流石としか言えない。

 その2人も、ここにいる間は大鷹と一緒に海防艦の保護者をやってくれていた。そのせいか、占守や大東が別れを惜しんで泣きそうになっていたらしい。最初は疑いの目を向けてしまっていたが、今になってはこんなに深い仲になっている。

 

「お、艤装の積み込みも終わったみたいだね。これで終わりかい」

「ああ、そうだな。それじゃあ、これで終わらせてもらうぜ。また何かあったら連絡くれや。俺としては陽炎の成長が気になるんでな」

「私もです! 陽炎ちゃん、さっきも言ったけど、私のこと頼ってくれていいからね。先輩だからさ」

 

 先輩風はすごいが、実際に私よりも提督としての経験が長いに決まっているのだから、頼らせてもらおう。空城司令もそうだが、同性であるというのが気を許して頼りやすい。それに、こう言ってはなんだが位がやたら離れているわけでも無いので気軽に話せるのも大きかったりする。

 何かあったら影野司令にも相談させてもらおう。そうやってもっと仲良くしていきたい。

 

 

 

 2人の司令とその艦娘が鎮守府からいなくなるだけで大分静かになるのだが、さらにここで物部司令も到着。ここはあの2人が先んじて来ることを見越して、少し遅めの時間を選択したようだ。流石諜報部隊、動向の観察は得意。

 これで諜報部隊も帰投するとなるのだが、その前にやることがあると準備はすぐには行なわれなかった。

 

「帰投の前に、お願いされたことをしなくちゃいけないですね」

「ああ、アタシは少し手が離せなくてね、アンタに頼むよ」

「了解です。陽炎、少し時間を貰えますか」

「私?」

 

 帰投直前になって私に用とは。

 

「ご両親のお墓参り、今から行くべきだと聞いています。時間もありますし、どうですか」

「……そうだね。うん、司令がいいって言うなら、今から行ってもいいかな」

「そのつもりで物部に頼んでんだ。こっちのことは気にせずに行ってきな」

 

 あの魂の中でも、お墓参りに行くと伝えたくらいなのだ。ここで逃したら、今度は提督業務にかかりっきりになって行くに行けなくなりそうだ。

 

 

 

 空城司令の後押しもあり、私は今から鎮守府を出て、お墓参りに向かうことになった。

 こうなったことを伝えておきたいし、これは丁度いいタイミングだと思う。

 




支援艦隊、対潜部隊は共に帰投。ここから鎮守府は一気に静かになると思います。残る諜報部隊も、お墓参りイベントが終わったらそのまま帰投となりますからね。


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両親の墓前で

 援軍として来てくれた仲間達が帰投していく中、司令達の提案により私、陽炎は両親のお墓参りに行けることとなった。空城司令は少し手が離せないらしく、私だけが外出することになる。一応物部司令がついてくれるため、1人で行動しても問題ないらしい。

 

「すみませんね、初めて向かうところなので道がわからなくて」

「いやいや、行かせてもらえるだけでもありがたいよ。鎮守府で戦い始めてから、孤児院に電話することはあっても外出は出来なかったからなぁ」

 

 助手席で道を案内しながら物部司令と話す。こうやって話すのは初めてなので、少し緊張する。

 

 最後にお墓参りに行ったのは艦娘となった日。その時から考えると、実際はそれ程でなくとも私の周囲の環境が目まぐるしく変化したことで、もう結構な月日が経っているような気がした。それだけ濃密な戦いの日々だった。

 月命日には毎月お墓参りに行っていたのに、長々と空けてしまった。どうせならと、お墓を綺麗にもしていきたい。物部司令を待たせることになってしまうのだが、せっかくだからやってきなさいと満場一致で許可を貰えた。この機会、ありがたく使わせてもらおう。

 

「君だけで良かったですか。誰か便乗して来るかと思っていましたけど」

「便乗するって言われても断ってたよ。私の親のことだし、出来れば1人でね。それに、みんな艦娘としての仕事もあったから来ることも出来なかったよ」

 

 私は提督見習いの仕事始めとして出迎えをさせてもらっていたが、他の者は大概何かしらやることがある。一番微妙なのはミコトと日奈だったが、日奈が艦娘になるべく体力作りを開始し、ミコトはそちらの手伝いをしている。

 ミコトは来たいと言いそうだったが、おそらく私のために一旦距離を置いてくれたのだと思う。そういうことを察することが出来るのは、本当にいい子に育ってくれている。

 

「でも、このタイミングでお墓参りに行けるのは嬉しいや。丁度いい区切りになるし、そのことを報告したかったんだ」

「そうですね。ここを逃すと、さらに行きづらくなるでしょうから。提督業、思った以上に暇が無いですよ」

「うん、空城司令の働き方見てると、そんな感じしてた。次に外に出られるのは、いつになることやら」

 

 出来れば毎月行きたいのだが、それはもう叶わないだろう。だから、今日は今まで以上に綺麗にしていきたい。あとは手抜きとは思われたくないが、枯れない造花を用意した。戦いが終わり、また毎月行けるようになったら改めて生花をお供えしたい。

 

「何か協力出来ることがあったら手伝いますよ。こんなに若い提督が生まれるのは、経歴も込みで前代未聞ですからね。皆、興味津々です」

「助かるなぁ。呉内司令も影野司令もいろいろ頼らせてもらうだろうし」

「縁は大事にしなくてはいけません。それに、君は英雄ですから」

「なんだか恥ずかしいよ英雄ってのは」

 

 物部司令も、私の提督業で困ったことがあったらサポートしてくれると約束してくれた。こういう時に縁があるとありがたい。

 

 

 

 お墓に到着。物部司令は車で待っているとのことで、私1人で両親のお墓の前に。長いことほったらかしにしてしまっていたから、お供えの花も見たことがないくらいに枯れ果てており、墓石そのものも汚れてしまっていた。

 新品同様とまではいかないまでも、ある程度凝視してもとても綺麗と言えるくらいにまで洗い流したい。都合の良いことに、今この墓地には私しかいないため、どれだけ何をやっても恥ずかしい思いをすることはないし。

 

「約束通り、来れたよ」

 

 水を汲んできて、早速柄杓で墓石に水をかけながら独りごちる。今までもこうやって、お墓に話しかけながら供養をしていたのだが、今までとは少し心持ちが違った。

 仇が討てたというのもあるのだが、それ以上に、戦いの中で両親と話せたことが大きい。

 

 艤装に取り憑くことで、私をずっと支えてきてくれた父さん。死にかけた私の命を救い、対となる者へと覚醒させてくれた母さん。今は亡き2人がそんな形でこの世にいなければ、私はここまで戦ってこれなかった。とうの昔に命を落としているし、そもそも覚醒も出来ていない。最後の戦いにも負けていただろう。

 死して尚、私を守ってくれた2人には、感謝だけでは済まないくらいである。やれることなんて、誠心誠意、感謝を込めてお墓を綺麗にすることだけ。

 

「またしばらく来れないだろうからね、しっかり綺麗にするよ」

 

 父さんとは話したいことを魂の中で大概話してしまっているため、ここで伝えることはそんなに無かった。今までの戦いを見届けてくれていたし、最後の戦いは声をかけるまでしてくれている。最後に迎えには来たものの、母さんも全て知ってそう。

 だから、伝えるのはこれからのこと。私の新しい道。それも見守っていてくれて知っているかもしれないが、私の気持ちをこめて。

 

「私、艦娘じゃ無くなった代わりに、提督になれるみたいなんだ。今までの仲間達と一緒に、世界の平和を取り戻すよ」

 

 ボソリと、だが気持ちを込めて呟く。この報告のためにここに来たようなもの。仇討ちも終わり、最大の敵を倒すことも出来た。

 今までは復讐という形で自分の道を決めてきたが、ここからは何の柵もない自由な私が、自分の意思で決めた道。

 

「この選択はきっと間違いじゃない。私がそうありたいと思った姿なんだから。これまでの経験を活かして、2人に繋いでもらった命を使うよ」

 

 この選択は、きっと喜んでくれる。仲間の命をその手に置くような責任重大な仕事ではあるものの、こんなにやりがいのある仕事は無いと思う。

 

「よし、こんなところでどうかな。大分綺麗になったと思うんだけど」

 

 丹念に磨いた墓石は、これまでに無いくらい綺麗になっていた。復讐心ばかりだった今までの私から一皮剥けた、澱みのない魂をそこに表しているかのようだった。

 これならきっと父さんと母さんも喜んでくれる。私の新しい道、明るい未来を願ってくれる。

 

「造花でゴメンね。枯れちゃうよりはマシかなって思って。でも、とびきり綺麗なもの選んできたから」

 

 花を供えて、心を込めて拝んだ。前に来たときは死なずに全てを終わらせられますようにと願ったが、今日はもうそんなことを願う必要は無い。全てを終わらせた私の新しい道を祝福してほしいという、そんな明るい願い。

 海の、世界の平和を取り戻したら、また今日のようにお墓を綺麗にしに戻ってこよう。そうで無くてもどうにか時間を作って定期的に来たい。その時は仲間達も連れてこようか。ミコトとか確実に来たがるだろうし。私のことがお母さんなら、父さんはお爺ちゃんだし母さんはお婆ちゃんだ。私にはまだそういう相手もいないというのに、娘が出来てしまった。

 

「よし、今日はこの辺で終わりにしようかな。絶対にまた来るからね。だからさ、私のこれからの戦いを、あっちで見守ってて。私、まだまだ頑張るから」

 

 拝み終わって立ち上がる。綺麗に磨かれた墓石は何も言わない。当たり前なのだが、あの戦いの最後に聞くことが出来た2人の声をもう一度聞きたいと思ってしまった。もうこんな奇跡は二度と無いと父さん自身から言われたことだけど、願うだけならタダである。

 

 その時、少しだけ強い風が吹いた。その中に、小さく、本当に小さく、呟きが聞こえたような気がした。

 

 

 

『ちゃんと見ているよ』

『頑張りなさいね、陽向』

 

 

 

 声のした方を見ても誰もいない。当然のことなのだが、少し寂しい。でも、私のことを見てくれているのはわかった。それなら俄然やる気が出るものだ。

 自然と笑みが溢れた。もう私は戦えないけど、父さんも母さんも私のことを見守っていてくれる。それなら戦える。一番良い結果を掴み取れる。

 

「うん、見てて。平和にして戻ってくるからさ!」

 

 誰もいないことを良いことに、私は空に向かって叫んだ。これは提督としての決意表明だ。両親に顔見せ出来るような立派な提督になって、この世界に平和を齎すのだ。

 あの魂の中での最後とは違い、晴れやかな笑顔で。今度は泣き顔なんて見せない。明るい明日に向かって、私は歩みを止めない。

 

 

 

 お墓参りを終えて鎮守府に戻ってきたことで、諜報部隊も帰投となる。おおよそ鎮守府に到着する時間を事前に連絡していたようで、到着した時には帰投の準備万端だった。

 そのため、私が鎮守府に帰ってきたのを出迎えてくれる形になる。どっちがこの鎮守府所属なのかと錯覚してしまった。

 

「そんじゃゲロ姉、また機会があったら来るわ。意外とすぐだったりするかもだけど」

「かもね。まだ最後の戦いの件、ちゃんと説明出来てないしさ」

「それもだし、ほら、ゲロ姉は提督になるわけじゃんさ。そっちの件でもいろいろね」

 

 最後まで軽口を叩く秋雲だが、それがまた安心出来る。この子からこれが無くなったら破滅に向かっていくようなもの。

 

「あ、でももうゲロ姉とも呼べないのか。実質陽炎じゃなくなったんだよね」

「あー……そうだね。艦娘陽炎では無くなっちゃった。でも、多分私は陽炎のままで行くと思うよ。その方がみんなわかりやすいだろうし、いきなり上下関係なんて出来ないでしょ。本名教えて回るのも面倒だしさ」

「たぁしかに。じゃあ、今後も秋雲さんのお姉ちゃんでいてよね、ゲロ姉提督!」

 

 拳を突き出してきた。そういう別れもいいだろうと、それに私の拳を突き当てる。

 妹というよりも悪友というイメージが強い秋雲だったが、この騒がしさは癒しになっていたと思う。最後の戦いはどうしても所属違いのために一緒に戦うことは出来なかったものの、やはり援軍として来てくれたのはかなり大きかった。

 

「では、空城大将。我々はこれで」

「ああ、長々とすまなかったね。助かったよ」

「いえいえ、諜報部隊としてはこれ以上ないくらいの戦果です」

 

 深海棲艦の親玉を撃破したという情報は、最大最高の戦果と言えるだろう。

 

「また何かしら話を聞くことがあると思います。今回は後回しにしましたが、依代の少女の件もありますので」

「その時はまたよろしく頼むよ。あの子も今は艦娘をやる気ではいるようだからね。落ち着いたらでいいかい」

「はい、その時に。では帰投します」

 

 これで増援としてきていた全員が帰投。鎮守府の艦娘が半分近くがいなくなったため、物凄く静かになったように思えた。何処を見ても大概誰かがいるというのが今までの鎮守府だったのに、今や誰もいない場所もチラホラ見える。

 

「なんだか寂しいや」

「そりゃあ、長々と助けてもらったわけだからね。だが、あくまでもアイツらは増援だ。別れも来る。とはいえ、これは今生の別れじゃあ無いんだ」

「だね。多分また会えるよね」

 

 みんなと再会の約束をしたのだから、絶対また会える。私が提督となったら、出張みたいな形であちらの鎮守府にお邪魔させてもらうときも来るかもしれないし。

 提督業を学ぶにあたって、他の戦い方を見て学ぶことも必要だと思う。そういう意味では率先して会いに行きたい。

 

「それじゃあ、ここからはアンタも平常運転だ。アタシの下で学んでもらうよ」

「了解。まずは見習いが取れるように頑張らないとね」

「ああ、その通りだ。簡単には行かないから、覚悟しておきな」

 

 ニヤリと笑って鎮守府の中に戻っていく空城司令。それについて中に戻る。ここからは艦娘ではなく提督として、私はこの鎮守府の所属になるわけだ。

 朝から提督見習いとして始めていたものの、これが本当の一歩目とも言える。今までずっと使ってきた鎮守府も、何処か別なものに見えた。

 

 

 

「父さん、母さん、私の新しい道、見ててよね」

 

 最後に空に向かって呟いた。お墓参りの時に聞こえたあの声がまた聞こえないかなと願ったが、そんなことは無く。

 だが、父さんも母さんも、私のことを見ていてくれると理解出来ている。

 

 艦娘陽炎から、提督陽炎としての一歩目は、とても明るいものだった。

 




増援は全員帰投、約束のお墓参りも終わり、陽炎は提督としての道を踏み出しました。太陽の姫がいなくなったことで徐々に平和を取り戻していくことでしょう。それに陽炎は何処まで貢献出来るか。

次回、最終回です。



支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/90123694
MMD静画のアイキャッチ風異端児駆逐艦。5話『旧友との再会』での一幕。磯波のキャラ付けが決定した瞬間。


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異端児だらけの遊撃隊

 両親の墓前に決意表明をすることも出来たことで、改めて提督としての道を歩くことになった。

 

 まず、艦娘から提督になるにあたって、私の本名を公開するかを聞いてみたものの、それは別にどっちでもいいんじゃないかという何とも締まらない話になった。長い時間慣れ親しんだ名前、艦娘としての名前の方が定着しているのは確かである。

 ミコトからはお母さんと呼ばれ続けるし、萩風からは姉扱い。夕立や磯波は後遺症による様付けは取れないまま。そうでなくても、今更そちらで呼べと言われても難しいかもしれない。強いて言うなら、幼馴染みであり最初から私の本名を知っている沖波くらい。

 故に、提督としても私は陽炎と名乗ることとなった。というか、誰も私のことを提督と呼ぶものすらいない。立場は提督であっても、元艦娘という経歴のせいで提督感が薄すぎるというのもある。まぁその辺りは私も気にしていないのでいい。いきなり畏まられても困ってしまうし。

 

 そして、私が提督として正式に採用されたのは、それから僅か3日後である。颯元帥が手続きをさらりと終わらせてくれたおかげで、早々に私はそういう立場を手に入れた。

 そこからはトントン拍子。執務室が少し拡張されたかと思いきや、空城司令の側に私のためのスペースが作られ、忙しい日々が始まった。艦隊運営の基礎を叩き込まれ、鎮守府にいる艦娘の約半数を管理する手腕を嫌でも覚えることになる。

 

「思った以上に筋がいいじゃないか。物覚えがいい子は嫌いじゃないよ」

「艦娘の経験が活きてるのかなぁ。戦場を知ってるから、何処にどういう戦力入れればいいかは何となくわかるし、何が必要かもわかるし」

「こりゃあ艦娘が提督をやる時代なんじゃないかい。アタシゃ引退まであるよ」

「それは言い過ぎ」

 

 などと冗談のように言っている空城司令だが、実際に結構わかることが多いので覚えるのも早い。ここでの艦娘としての経験もそうだが、孤児院で子供達を支えてきたまとめ役の経験などまで活かせるため、自分で言うのも何だが、提督業は天職なのではと思えるほどだった。

 

「この調子で、いつかアタシを追い抜いておくれ」

「それが一番の恩返しになるかな」

「ああ、アタシゃそれが一番嬉しいねぇ」

 

 それならば、もっと力をつけて空城司令を楽させたいところだ。せっかく2人がかりで鎮守府運営が出来るのだから、今このチャンスを有意義に使わなくてはいけない。

 

 

 

 そんなこんなで、陽炎提督として働き始めてからおおよそ3週間の時が経過した。艦隊運営にも少しずつ慣れてきて、異端児だけの部隊を作りつつ、空城司令の艦隊と交互に哨戒や実戦に向かってもらっている。

 例の海域は、この3週間で少しずつ静かにはなってきているものの、元々の怨念の量が凄まじかったこともあり、まだまだ深海棲艦が発生していることが哨戒でわかっていた。そのため、定期的に部隊を送りその場を浄化するように深海棲艦を斃している。

 

「えぇと、今のところどんな感じだっけ」

「前回が2日前で戦艦2、空母1、駆逐3……だったかな。その前がその1日前で潜水艦5。法則性は無いね」

 

 秘書艦を務めてくれている沖波と一緒に次の出撃のことを考えている。午前の部は空城司令側の艦娘で哨戒をしてもらっているため、午後の部はこちらの艦娘で哨戒を行なうように分配していた。

 深海棲艦の発生は完全なランダム。出てくる時間や種類は毎回違うため、対策がかなり取りづらい。そのため、艦種の選定は結構大事。

 

「空城司令、午前中の哨戒のメンバーは?」

「加古が旗艦、隼鷹、木曾、五月雨、占守、大東だね。海防艦も一応出してる」

「だよね。やっぱり対潜は必要だよねぇ」

 

 部隊編成は空城司令にも意見をもらいつつ。近しい部隊で向かった方が、対応力が出るはず。考えるのをやめて配置を真似ているわけではない。

 

「よし、じゃあ旗艦は衣笠さんで、天城さん、由良さん、夕立、磯波、松輪で行こう。磯波には対潜装備でいいかな。衣笠さんには対空で三式弾使ってもらおう」

「おやおや、大分似せてきたじゃないか。それは自分で考えてのことかい」

「も、勿論だし。戦艦が来ても天城さんの空襲があるでしょ。あと夕立も率先して前に出るし。それに、潜水艦が出てきたときは松輪で、磯波にも対潜装備させてるからオッケー。水雷戦隊だったら衣笠さんと由良さんでどうにか出来るよ」

 

 ちょくちょくこうやって空城司令が意地悪な質問をしてくる。これも提督となるための勉強の1つ。ただ部隊編成をコピーしているのではなく、自分の考えを持って部隊を編成するためである。

 私はみんなの命を握っている提督なのだ。この選択をミスった場合、最悪出撃した全員が命を落としてしまうまである。それ故に、今はこうやってテストをしてもらっていた。納得出来る説明なら合格。

 

「あちらが空母隊だった場合の防空は」

「天城さんに艦戦多めに使ってもらって、制空権を確保する。あとは由良さんに水戦かな。そうしたら、残りのメンツでどうにか出来るでしょ。松輪はどうしても対潜専門になるけど、磯波の対潜は最小限にして、高角砲積んでもらう」

「ふむ、及第点だね」

 

 このテストがなかなか厳しい。今まで一度も満点を貰ったことが無い。空城司令の考え方が100%正しいとは限らないものの、今までの作戦指揮が9割以上の成功を収めているのだから、信用度は高い。そのため、空城司令に教えてもらうのが一番正しいところに行けるはず。

 

「ミコトを使わなかったのは何故だい」

「昨日と一昨日に行ってもらってるから、いくら万能戦力でも3日連続はダメだよ。あと、あまりにも万能だからって頼りすぎるのもダメ」

「よろしい。休息とモチベーションのこともあるからね。よくわかってきているじゃないか」

 

 やはりこう言われるのは嬉しいものだ。褒められて嬉しくない者がいないわけない。

 

「それじゃあ、みんなに報告してくるよ。午後からだし、報告待ってるかも」

「ああ、行ってやんな」

 

 全体放送で異端児を会議室に招集してもらった後、編成を纏めた書類を持って執務室から出る。勿論、秘書艦である沖波も一緒に。

 

「ひーちゃん、本当にすごいよ。もう提督って言われても誰も文句言えないくらいに出来てると思う」

「そうかな。私としてはまだまだだと思うんだけど」

「自信を持って。艦娘から見たら理想の上司だと思うからさ」

 

 秘書艦沖波の言葉に、謙遜はするものの内心大喜びだったりする。そうやって私のモチベーションも上がっていくのだ。

 

 会議室にはきっちりみんな集まってくれていた。元々空城司令の教育が行き渡っているおかげか、こういうところはしっかりと守っている。私もそうだったが、時間とかそういうところは守らない理由が無いし。

 だが、会議とはいってもその雰囲気は和やかなものであり、シーンと静まり返った空間での話ではない。

 

「はい、午後からの哨戒の編成決めたから話しておくね。旗艦は衣笠さん。いつも通りよろしくね」

「はぁい。今回も衣笠さんにお任せ!」

 

 衣笠さんが哨戒部隊旗艦になるのはいつものこと。これはもう満場一致。

 

「随伴は、天城さんに由良さん、夕立、磯波、あと松輪ね」

「ぽーい! 今日は敵出てくるかな、出てくるかな」

「松輪ちゃんは……私と由良さんが保護者でいいのかな」

「よろしくおねがいします、いそなみおねぇちゃん、ゆらおねぇちゃん」

 

 名前を呼ばれた者が返事をしていく。嫌そうな声でもなく、私の選択に異議も無し。最初から文句が出るようなことは無かったのだが、今はより強く信頼してもらえていると思う。

 名前を呼ばれた時点で夕立はやる気満々。磯波と松輪はこの時点で連携を取ることが確定。松輪のためにも誰かしら保護者で置きたいと思っていたので、由良さんと磯波がいれば大丈夫だろう。

 

「由良さんは、水戦を積んで制空権確保の補助をお願い。それ以外は主砲と甲標的で」

「了解。天城さんと2人でってことね」

「うん。傾向がまだ掴めないけど、2日前に空母出てるから、その時よりも空母が増えてるかもしれないしね。だから、天城さんも艦戦ちょっと多めで」

「はい、かしこまりました」

 

 ツラツラと指示を出していく私を、ニマニマしながら眺めてくる艦娘達。やってる内にだんだん恥ずかしくなってくる。

 

「……なに?」

「いやぁ、ここ最近は様になったなぁって」

「冷やかさないでよね、もう」

 

 などと言うのは阿賀野さん。最初は緊張感がどうしても払拭出来ず、この編成発表とかで声が裏返ってしまったりもしていた。やはり命を預かる身、自信があったとしても僅かな可能性のせいで命を落とすかもしれないと思うと、緊張感がバカにならない。

 空城司令はこの緊張感を毎日のように浴びながら長年提督業を務めていたのだと思うと、本当に尊敬出来る大先輩だ。

 

「残りはいつも通り自由ですか?」

 

 哨戒には出ない萩風から質問。だがその視線は、私の隣でしっかり秘書艦をこなしてくれている沖波の方へと向かっていた。

 

 空城司令は秘書艦を置かず、常にしーちゃんと一緒に仕事をしているが、私の場合はそうはいかない。呉内司令のアクィラさんや、影野司令の香取さん、颯元帥の大和さんのように、自分が管轄する艦娘から秘書艦を選別しなくてはいけなかった。

 しかし、これが少し難航。秘書艦は結構みんながやってみたいものらしく、立候補が続出。決定権は私にあるのだが、そうなると選ぶのは難しい。そのため、くじ引きを介した順番制を取り入れた。

 今日はたまたま沖波だっただけで、明日は磯波の予定。萩風はもう少し後になるため、沖波のことが羨ましい様子。

 

「そうだね。最初の指示通り、訓練を続けてくれればいいよ。休日なのは……長門さんかな。やっぱり食堂の手伝い?」

「ああ、なんだかんだ落ち着くのでな。そうだ、今日からスイーツに新商品が入る。みんな食べに来てくれ」

 

 やはりそういうところでもモチベーションを維持出来ているのはいいこと。太陽の姫との戦いの時よりは大分心身共に余裕が出来ているのは確かなので、まだ戦火の最中かもしれないが、伸び伸びと生きていけている。

 相変わらず長門さんは食堂手伝いを続けているし、磯波は花壇の手入れを欠かさない。最近はミコトと日奈も花壇の手入れに加わっている程だ。特に日奈は、土が触れるようになったことを本当に喜んでおり、花を愛でることに自分の健康体を実感していた。

 

 いや、もう日奈じゃない。日奈という名前を使うことは、軍規で禁止されている。

 

()()、訓練の方は順調?」

「皆がぶち優しゅうしてくれるけぇ、順調じゃ」

「それは良かった。じゃあ、もう少しで哨戒の初陣行こっか」

「そりゃ嬉しいのぅ。水上機母艦日進の初陣、よろしゅう頼む」

 

 日奈の艤装は、あれからすぐに見つかった。太陽の姫を撃破したことで調査が開始された沈没船の中に、 D型艤装が鎮座していたのだ。それはすぐにサルベージされ、まるでパズルが解かれるように日奈に宛てがわれ、当然のように適応。リンクも即座に終わった程である。

 その艤装は、今までにこの鎮守府にはいなかった水上機母艦という艦種。言ってしまえば小型化されたミコトみたいなもので、主砲、魚雷、艦載機まで搭載した万能戦力である。流石にミコトほどの火力があるわけではないが、それでも優秀であることは変わらない。

 

「やったねピヨ姉! ピヨ姉が出撃するときは僕も出たい!」

「ミコトがおるならわしもやりやすいのぅ」

「はいはい、そのように編成考えておくよ」

 

 この万能戦力というところでミコトと日奈改め日進は意気投合、かなり仲良くなっている。

 日進からしたらミコトの出生には思うところがあるかもしれないが、その辺りも吹っ切れている辺り、ここ最近で大分落ち着いてきたと思う。悪夢はまだ払拭出来ていないものの、笑顔を見せるようになっているのは私としても嬉しい。

 

「それじゃあ、時間までは各々自由に……」

 

 と、会議を終わらせようとしたとき、突然会議室前がバタバタしだした。何者かがこちらに向かって走ってきているのがわかる。

 そして、扉が突然強く開け広げられた。そこに立っていたのは菊月だった。おそらく空城司令に言われて伝令役を買って出たのだと思う。

 

「哨戒部隊が敵軍と接触だ。あちらだけでは対処出来ないレベルで来たらしい。そこで、()()()()()に援軍を任せたいということになった」

 

 今の私達の扱いは、私をトップとする遊撃隊という形。異端児全員が固有の力を持ち合わせているものも多いせいか、適切な指示というものがあまり存在しないため、みんなにその場で考えてもらうのが基本。故に遊撃隊。

 援軍を任されるということは、それなりに規模が大きな敵部隊が現れてしまったということか。

 

「了解。敵の規模は」

「戦艦の姫が2体現れたそうだ。空母もいるらしく、哨戒部隊では手を焼いているらしい」

 

 今までに報告されていなかった姫の出現。残った怨念が強めに顕現してしまったのかもしれない。

 だが、出てきた時点で殲滅が私達の役目。そのままにしていたら、陸まで攻められて侵略されてしまう。それだけは食い止めなければ。

 

「部隊編成変更! 戦艦の姫相手なら、こっちも強めに行かなくちゃいけないから、旗艦は長門さん、随伴はミコト、天城さん、衣笠さん、由良さん、夕立で! すぐに準備して!」

 

 急にバタバタし始めたが、この世界を守るためには必要なこと。私達が海を守り、人類を守るのだ。それを全て背負って、責任を持って戦う。

 

「陽炎遊撃隊、出撃するよ! みんな、油断せずに行こう!」

 

 

 

 

 提督となっても異端児と呼ばれる私は、異端児の艦娘を率いて世界を守る。

 

 この異端児だらけの遊撃隊は、世界の平和を取り戻すまで戦い続けるのだ。

 

 その日は、もう近い。

 




陽炎遊撃隊は、これからも戦いが続きます。でも、きっと未来は明るいでしょう。この世界に平和が取り戻される日はそう遠くありません。
それまで懸命に戦い続け、最後はみんなでお墓参りに行けることを願い、『異端児だらけの遊撃隊』は幕を閉じたいと思います。



このお話を始めて今回で284話。約9ヶ月の間、毎日投稿を続けて、最後まで休み無しで来ることが出来ました。投稿時間は前後しましたが、ちゃんと毎日投稿出来たのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

次作も構想中。今回は前作、前々作とは毛色の違う話にしていましたが、原点回帰をしようかなと思っていたりします。ということは、暗く暗くが基本になってしまうか。

またその時が来ましたら、よろしくお願いいたします。



最後に、支援絵を戴きました。ここに掲載させていただきます。

【挿絵表示】

https://www.pixiv.net/artworks/90112158
MMD静画の最終回エンドカード。陽炎が差し伸べる手の先には、新しい艦娘がいるのでしょう。リンク先にはここに至る経緯までありますのでどうぞ。


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