父と娘と父の悲願 (うるるじょうじ)
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中学3年生の朝

ヒロアカの二次創作です。イレイザーヘッドの個性を眺めていて思いついたオリジナル個性について書いてみました。


あの日から十年余年経過したが、今でも時々、娘が幼かった頃の夢を見る。

「私もオールマイトみたいなヒーローになるー!」

やさしい陽が差し込むリビングのテレビの前。愛娘は買ってやったソフトビニールの人形を手に持って、輝かんばかりの笑顔を咲かせる。何度同じ動画を見せてやっても、いつも最大限の笑顔を見せてくれた。

その笑顔を妻と眺めながら、娘の頭を撫でる時間がたまらなく好きだった。そしてこの幸せは娘の成長と共に流されて行くものだと思っては、嬉しくも悲しい気持ちを弄んだものだった。

 

それも全て、あの日のあの瞬間までは。

 

――今でも、簡単に手は愛娘に届く。だがそれでも、もうあの幸福には決して手が届かないのだった。

そして夢の中にあっても現実を知っている俺にとって、この幸福な夢は悪夢でしかなかった。

 

 

 

 

ピコピコ、ピコピコ、と、耳元で電子音がする。俺の1日の始まりは必ずスマホのアラームで始まる。それなりを通り越す程度には健康には気を使っているが、母親に似たせいか朝には弱い。しかし、育ち盛りの女の子にとって、朝の時間にしなければならないことはたくさんある。そして俺はそれを欠かさず実行しなければならない。

起き抜けの回らない頭を使わ内容にベッドから起き出して、やかんを火にかけ、テレビをつける。

 

出来るだけ長く睡眠を取らせるため、いつもスマホのアラームはキリが悪い微妙な時間に設定している。起きてすぐにテレビをつければ、贔屓にしているニュース番組が佳境に入っていた。

 

『―――昨日昼ごろの、ヘドロ事件の件について――』

 

ヘドロ事件、ヘドロ状に変異するタイプのヴィランが、爆破系の個性を持った男子中学生に取り憑いて大暴れした事件だ。周辺の建物は何軒かが全焼、幸い死傷者はゼロだったが単独のヴィランによる被害としては、なかなか大規模なものだった。2日経ってもまだテレビが騒いでいる。

 

「建物の被害は被害者少年の爆破個性によるもの、か。やはり最近の子供の個性の成熟は早いな。」

 

消化に良い軽食を作り、同時にスムージーを用意しながらひとりごちる。俺がまだ中学生の頃は、同世代にこんな今日個性の子供はいなかったように思う。今年の冬に雄英を受験するが、まだ見ぬライバルの強大さを想像してみて辟易する。ーー考えるのはやめよう。

聴き流すニュースの進行と共に、朝の日課は進んでいく。歯を磨いて、制服に着替え終わる。洗面所の鏡の前で長く伸ばした髪を梳きながら、子供の成長の速さを茫然としながら眺めていた。育ち盛りに適切な栄養や運動、睡眠を与えた賜物か、はたまた母親の美貌の遺伝か、鏡に映る女の子の姿は極めて可憐であった。

 

俺は一つ吸って吐いてを行ってから、その鏡に向かって他所行きの笑顔を作る。外では完璧な女子中学生、小鳥遊纏を演じなければならない。表情の出来栄えを確認してから、俺は自宅を出た。

 

 

 

 

「お、小鳥遊少女、おはよう。今日もいい天気だね。」

小鳥遊纏が通っている女子中学校へ行く方向とは反対側の隣家の前まで行くと低い声で出迎えられた。

「おはようございます。八木さん。今日も良い天気ですね。」

声をかけて来た男の風貌は、割と目立つものだった。痩せこけて骨と皮しかないような金髪の大男、つい二週間ほど前に隣に引っ越して来た八木俊典だ。短い期間だが色々あったおかげで、割と打ち解けてしまっている。

 

「ああ、桜も綺麗に咲いているな。」

 

低い声と陰鬱な顔立ちで、今すぐにでも倒れてしまいそうだが朗らかな喋り姿。何気ない会話をするふりをしながら、俺はちぐはぐな印象を受ける彼を観察する。

今日もダボついたシャツとヨレヨレのズボンを履いていて、顔色が悪い。年齢は“俺“と同じ頃か。4月の桜の時期だが少し汗をかいているところから見るに、また日課のために出かけていたのだろう。

 

「花よりもあなたに必要なものは食事のはずです。」

「う゛、たしかに私もそのために君に声をかけたところはあるけど、そんなに怒らないでくれ。」

「いえ、それだけであってもらわなければ私も困ります。」

他所行きのスマイルで返すと、流石にひどいぞ小鳥遊少女!と非難の声が上がるが、そこはしっかりと否定しなくてはならないところだ。八木さんの人柄を鑑みれば杞憂にしかならないとは思うが、この身に悪い虫をつける訳にはいかない。

「さて、例の書類をお願いします。」

「ああ、うん。私のサインはもうしてあるから、後は君の番だ。」

八木さんから手渡された書類に小鳥遊纏と書き込む。この書類は私の個性使用のために用意してもらっているものだ。個性無断使用を取り締まる法律に触れないためにも、俺の個性の特性的にもこれを用意した方が効率が良いことがわかっている。

 

今日は天気が良い。彼の家の庭先にあるベンチに彼を座らせて、持ってきた軽食の包みを手渡した。

「私も少々慣れてきたので、今回はササミを入れてみました。」

「おお、それはとても嬉しい配慮だ!ありがとう!」

八木さんは交通事故の後遺症で、左の肺と胃袋がないそうだ。その他もろもろの内臓にも障害が残っていて、こうして外を出歩くのも危ない状況らしい。そうした事情を知る機会があったたので、彼に一つ交渉をしてみたのだった。それが、この軽食である。

「では、早速ですが始めさせていただきます。」

「うん。よろしく頼むよ。」

「それでは、あなたの私の胃と肺にまつわる能力を上昇させます。」

 

座った彼に目を合わせながら、両手をかざす。

発動するのは“俺“の個性だ。自分の肉体におけるなんらかの能力を他者に付与することができる。効果は対象者との遺伝子の相性と対象者に関する知識、対象者の同意の強度によって変化する。遺伝子が近ければ近いほど、知れば知るほど、受け入れられれば受け入れられるほど効果が上がるため、機械や人間以外の生物に使用することはまずできない。だからこそ、個性の習熟には必ず人間が必要となるのだった。

だから、八木さんには失礼だが、病弱な彼が隣に引っ越してきたのは正に渡りに船だった。隣人のよしみもとい個性の練習のために彼への個性使用を提案したところ、二つ返事で受け入れてくれた。

 

「私もようやく慣れてきたけれど、急激にお腹が減ってくるこの感覚はとても奇妙に感じるよ。」

 

こうしたやりとりも、これで20回目となる。彼の言葉からして、個性も問題なく機能しているようだった。

 

「であれば、付与した胃の機能は正常に働いていますね。制限時間はいつも通りです。胃に食べ物が残留している状態で個性が解けないよう、注意してください。それではまた。」

 

彼が包みをほどき始めたので、行くことにする。自分が作ったものを目の前で食べられるのは、なんとなく落ち着かないのだ。

 

「いつもありがとう小鳥遊少女。車に気をつけて行くんだぞ。」

「はい。」

 

素っ気ない返事をして、中学校への道に就く。今日もサンドイッチとおにぎりという簡単な内容だが、昨日よりも量は多くしてある。残さずに食べてくれることを願うばかりだ。

彼と俺の相性だと、個性が持つのは大体4時間といったところ。今から軽食をとって、早めに昼食を取れば、消化には充分間に合う時間だった。

 

八木宅から充分に離れ、最寄りのバス停に着いたところで俺はスマホのメモ帳アプリを起動し、目当てのページを開いた。

『八木俊典

身長:200から230cm程度(猫背のためかなり不正確)

体重:70から80kg程度(体格からして極めて痩せている)

血液型:A型

特徴:明らかにサイズが合っていない服を着ている。金髪。

事故により左肺と胃を全摘。消化能力は非常に低く、喀血は日常茶飯事。

“私“程度の年代に対する三人称は、苗字+少年or少女。

映画に対する造詣が、割と深い。

4月○日、x県y市に引っ越してきた。

etc…………』

八木さんに個性を使い始めてから、彼の特徴を見つけてはメモするようにしている。こういった特徴を把握することで、ある程度個性の効果が上昇する。今朝見つけた内容として、『割とササミ等の肉類が好きなのかも知れない。』と書き込んだ。

 

アスファルトに散った桜の花びらを巻き上げて、目当てのバスが待ち客の列前に停車した。いつも座っている席は、空いているようだ。

 

メモのついでに、以前からあった疑惑について書き加えておく。

『八木俊典、オールマイトの関係者、もしくは本人の可能性大』

中学3年目の4月。試験や課題等に追われる事もなく、朝の時間はとても穏やかなものである。




続けたい

一人称に誤りがあったため、一部修正しました。

みみお様、誤字報告いただき心より感謝申し上げます。


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