妖怪の山は洋城の夢を見る (Humanity)
しおりを挟む

洋城

 

 

鬼が去り代わって天狗が統べ、幾つかの例外を除いては余人の侵入を拒む妖怪の山。天を衝くように聳え立ち険しい嶺を連ねて恐ろしいばかりの威厳を示すその妖しい山はしかし、いつからか『人』知れず洋城が建っていたという。

 

 

 

 

紅霧異変の過ぎた頃のこと。

それは静かに、粛々と、何の違和もなくそこに()()()という。

目撃した若い警邏の天狗曰く

 

 

ロマネスク建築やゴシック建築、ルネサンス建築に山肌側にはロココ建築を取り入れた洋館が連なり豪華絢爛で、長きに渡る時代の積み重ねとともに繰り返された改築増築修築の歴史を見せつける。

また天高くから、その高く厚い壁から地上を睨む尖塔と銃眼の数々に加えて重厚な二重の城門、その手前に横たわる深い谷は外堀を為すなど、強硬な要塞の体も顕著に見られる。

 

 

それ程の城塞がさも当然のように佇んでいるのだと。

 

 

朝方の霞の中から突如されど極めて自然に現れた洋城は文字通りに「楽園中」を大いに驚かせた。

 

 

 

 

 

〜〜〜数日前〜〜〜

 

 

 

 

 

「あやややややっ!これはっ!これはスゴイノを見つけましたね!でかしましたよ!」

 

「はっはぁ…」

 

 

 

第一発見者を伴って洋城へ訪れた烏天狗はカメラを片手に燥ぎながらそう言った。警邏の天狗の方は困惑気味である。

 

 

 

「新たな異変の予感っっ!!紅魔館の件から続けてこんな大スクープにまみえるなんて思わなかったですよっ!大手柄です大手柄!!」

 

「はぁ…ありがとう…ございます?」

 

「さて外観は十分に撮り終わりましたし…」

 

 

 

目を輝かせて警邏の肩をバシバシ叩いた烏天狗は城門の方向を指差した。

 

 

 

「…まさか入るだなんて仰ったりは…」

 

「もちろんです!!入らない訳にいきませんよっ!」

 

「えぇ……でも門が閉まっているようですが?」

 

「何のために我々烏天狗には立派な黒い羽が生えていると思っているんですか!?!飛んで入れば壁なんてあってもなくても変わらないですよっ!さっ行きましょう!」

 

「えぇ…紅魔館の件をお忘れですか?【文】様…」

 

 

 

ご機嫌にその翼を広げた烏天狗の少女——射命丸 文——は胸を張って答えた。

 

 

 

「もちろん覚えていますとも。———入ったらわかる物もあるということをですがね!ハイハイ行きます行きますよ!」

 

「あっちょっと待ってくださ——」

 

 

 

警邏天狗の言い切る前に城壁を飛び越えた記者烏。しかし洋城の敷地内に入って直ぐその「異変」を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

オオォォォ——

 

 

 

 

 

 

 

「ん?なんでしょうかこの——声は…っ!?」

 

 

 

低いながらもよく響くその声——詠唱——。それを合図に地面からオレンジ色の影が、二本の鎖となって射命丸に襲い掛かった。

しかし楽園最速をなのる彼女は直ぐ様城壁の外へ後退しそれを回避しようと試みる。

 

 

 

「っ その手には乗りません……よ?」

 

 

 

城から離れようと背を向けて羽ばたいたその時、腹部に強い圧迫を感じた射命丸は視線を落とす。

 

 

 

「——え?」

 

 

 

鎖は射命丸が飛び退いた先で待ち構えていたかのように彼女を絡め取り、まばたく隙もなく瞬間移動と見紛うほどの速度でそのまま城壁の内側へ引っ張って叩きつけた。

 

 

 

「ぁがあっ!?」

 

 

 

酷く腰を打ちつけ凄まじい衝撃を脳に受けた彼女はすぐには立てず、城壁に寄りかかるようにして何とか立ち上がって明滅を繰り返す思考と視界の中で必死に考えを巡らせた。

 

 

 

「ぁ くっぅ ——

 

 

 

 

 

 

 

オォォォ——

 

 

 

 

 

 

 

——っっ!! なに……が……?!」

 

 

 

再び響く詠唱。

見上げた射命丸はまたあの影の揺らぎを見とめた。

 

 

それは洋城の中の銃眼に、高く囲んだ城壁に、遙か高い尖塔に。

無数の陽炎を生み、オレンジ色のそれらが固まって形をなしたと思えば次の瞬間には無数の弓兵を配置して、その全員が城門の内側に叩きつけられた烏天狗の少女を弓や弩で照準しているのであった。

 

 

 

「——ぇ ぁ? え???」

 

 

 

ありとあらゆる思考が吹き飛んだ彼女は、脳に残った情報と目の前の光景からただ一つの解を導き出した。

 

 

重く動かせない翼

まともに動かず、立ってもいられない体

 

そして弓兵弩兵。

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

 

之即ち死である。

 

 

 

 

時既に遅し。その小さな肉体に注ぎ込まれた無数のオレンジ色に光る半透明の矢は鋭い痛みの後に堪え難い鈍い痛みとなって一斉に襲い、その()()()膝を崩して四つん這いに屈み込んでからパタリと仰向けに倒れた。

 

 

 

「ぁっ あがッ あぁぁぁあ いだい、ぃだいぃぃぃぃ」

 

 

 

「痛い」と。

それ以上に言葉で言い表すほかない鈍痛が全身の骨の髄から臓腑へ皮膚へ、まるで熱されてドロリとした鉄が流れてゆくようである。

 

 

 

 

 

 

 

オオォォォ—-オオォ——

 

 

 

 

 

 

 

詠唱。

死神の声。

地獄の再来。

 

 

 

「ぃあ…いや 嫌 嫌!もうやめで、ゆるじで…っ!」

 

 

 

射命丸は我を忘れて、天狗という身でありながらもそれをも超越した圧倒的な力と振り撒かれる絶望を前に泣きじゃくりながら赦しを乞う。

 

射手が消え、がらんとした城砦に倒れ伏す彼女の目の前に影が立った。ガチャガチャと鎖帷子とプレートアーマーが重なりぶつかり合って金属音が鳴り、全身鎧の騎士が一人。

物言わぬ()()は少女の手首を強く掴むと無理矢理に引き摺り連れて行く。

 

 

 

「嫌! 嫌!やめて!もう嫌!謝ります、謝りますから!ゆるして…赦してっ」

 

 

 

ジタバタと暴れるが鬼もかくやという程の騎士の力は天狗たる少女でもびくともせず、翼は動かせないので飛ぶ事もできず一介の小娘に成り下がった射命丸はそのまま騎士によって城壁内の階段を登った。

 

 

 

「ぅ ぅぐっ うぅ…」

 

 

 

少女のか細い手が鬱血するほどに強く握られた腕を振り払う事もできずズルズルと城壁の上へと辿り着く。そして騎士は少女を抱えると

 

 

 

 

城壁の縁から口を広げる深い谷底へと投げ入れた。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「で、いま目の前にいるブン屋がその烏天狗って訳?」

 

「その通りでございますよ〜!!いやぁもう大変だったんですから!」

 

 

 

場所は博麗神社。

文々。新聞を片手に話を聞いていた巫女——博麗 霊夢——は怪訝な顔をしながら射命丸を見る。

 

 

 

「まぁブン屋にしてはよくできた御伽噺だったわよー」

 

「御伽噺だなんてせっしょうなぁ〜」

 

「フン…でもあんたの話じゃ『弓や弩に射られた』みたいだけど、随分元気そうじゃない」

 

 

 

射命丸はあっこれですかーとでも言うようにその腰に巻いたコルセットを撫でて返す。

 

 

 

「いやそれがですね、城外で止まっていた警邏の天狗にキャッチされて永林さんのところまで行ったらですね、無かったんですよ!」

 

「…なかった?」

 

「私の体深くにまで刺さったハズの矢が、無かったんですよ。」

 

「…なによそんな真っ昼間に夢でも見てたわけ?警邏は何て言ってたのよ。」

 

「彼女曰く『お医者様に診てもらう迄は確かに矢が刺さっていて、大量に出血していた』んだそうで」

 

「……幻術…」

 

「えぇえぇ!私はアレは高度な幻術とか何かそう言う物だと思うんです。どうです?異変の匂いプンプンしますよねっ!?」

 

 

 

ジトリとした目で射命丸を睨む霊夢は淡々と言い放つ。

 

 

 

「まっ天狗が二人して狸に化かされたんでしょ。良い笑い話だわ。ご苦労様。」

 

「ひぃ〜ぐすっぐす…、信じてくださいよ〜…私がッ!この清く正しい射命丸 文がッ!楽園の巫女たる霊夢様にこの『異変』を解決してほしいのです!」

 

 

 

もちろん嘘泣きであるが、これを解決してほしいという本心は揺るぎないモノである。

 

 

 

「あんたねぇ…例の忌々しい紅魔館の件からまだふた月と経ってないの。それなのに新しい異変だからって少しは休ませなさいよ。」

 

「あやややっ!この射命丸という犠牲が出ているのにですか?」

 

「そこよ。異変なんて言っても犠牲はまだあなた一人だし、それも幻術だし、だいたいその城が実際にあるのかもわからないじゃない。まだ動くわけにはいかないわ。わかったらとっとと帰んなさい。」

 

「分かりましたよ〜…。いつか絶対に、必ず、後悔しますからねっ!?」

 

「はいはい、帰った帰った。」

 

 

 

ブツクサという声が天へと遠ざかるのを涼しげに聞きつつ新聞を片手に内へと入ると直ぐ、煎餅をかじりながら居候然とする大妖怪が座っていた。

 

 

 

「あら霊夢ちゃんおかえり〜」

 

「あぁもう朝からブン屋にスキマに…ここはあんたたちの家でも溜まり場でもないわよ、さっさと出て行って。」

 

「あらあらぁ、反抗期かしらねぇ」

 

「はぁ〜…」

 

 

 

ふふふと扇子の内側で笑う大妖怪——八雲 紫——は新たな煎餅を手に取って、できればお茶も欲しいなどとのたまいながら溜息がちに話し出す。

 

 

 

「それはさておき…例の城、貴女が思うより厄介そうよ…?」

 

「さておきって。でも何もしてないでしょ?なら良いじゃない。ブン屋は自業自得だし」

 

「まぁあの子の場合はちょっと…擁護できないけれど。勝手に入られたら誰だってねぇ?」

 

 

 

件の新聞記者の烏天狗を思った霊夢はすこし哀れに感じつつも話を続ける。

 

 

 

「とはいえ紫でも『厄介だ』なんて言うのははっきり言って異常ね。それだけで異変たりえるわ。何がどう厄介なのよ。そもあんたの差し金だったりしないでしょうね?」

 

「ひどいわ。…それがね、アレについては心当たりがないのよ。」

 

 

 

「アレについては」と言う言い回しに多少の引っ掛かりを覚えつつも霊夢は湯呑みに麦茶を注いで出し、話を進めさせる。

 

 

 

「心当たりがない?」

 

「そう、基本的にこの幻想郷に入るには私が大結界への干渉を一時的に許さないといけないのだけど、あの洋城についてはその主人に会った事もなければ『何』なのかすらわからないの。」

 

「…『何』?」

 

「おそらくはスカーレットに大結界への干渉を許した時、隙間風みたく入り込んだのだと思うのだけど。その存在を規定する『概念』に近い物が長い長い年月を経て変質してしまっているせいで其れ等が一体全体『何』なのかがわからないのよ。」

 

 

 

概念の変質。

その文の異常性に気づけない霊夢ではない。

 

 

 

「待ちなさい、それってそもそも…人とか妖怪とかそう言う話ではなくなってくるんじゃないの」

 

「一概にそうとは言えないわ。だってそもそも『こちら』ではあり得なくとも『あちら』では普通な事かもしれないのよ?それに概念というと小難しいかもだけれど()なら『こちら』としては分かりやすいんじゃないかしら?」

 

 

 

どう?と首を傾げて見せる紫に苛つきつつ霊夢が答えた。

 

 

 

「でもそれでも異常なことに変わりはないじゃない。それにそれってつまりは——」

 

「「現世還り」」

 

「——っ …厄介ね」

 

「そう、厄介よ。」

 

 

 




 

思いついてしまったなら、書くしかない

そんな訳で始まってしまいました行き当たりばったりの新作小説。
後悔はまだありませんが不安はいっぱいで、しかし反省はありません。


射命丸好きの皆様には大変申し訳なく思っておりますが、この方が話が書きやすかったのでございます…赦してくれ…赦してくれ…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒衣の騎士


前回のあらすじ

オレンジ色の幻影…『オオォォォ——』…
うっ頭が

◼︎今回の注意

この先擬人化要素
つまり「寛容な心」が有効だ。
 


 

 

「……」

 

 

 

考えるようにして少し俯いた霊夢は再び顔を上げた。

 

 

 

「でもそんなことが可能なわけ?冥府は何をしてるのよ。」

 

「そうね、本来なら不可能よ。それも魂だけの状態ではなくて接触可能な物体としてなおかつ幻術だかを行使できるような状態ではなおさらね。」

 

「じゃあどうやって…?」

 

「それはさっき言った『こちら』と『あちら』が関係してくるんじゃないかしら?わかるでしょう私の言いたいこと。」

 

「…世界線が違うということ…よね?でもやっぱり無理じゃないの」

 

「それは『あちら』がご健在なら、よ。」

 

「——!!!」

 

 

 

魂やその他存在を規定する概念がどこに所属しているのかということは、その魂や概念を管理する上で重要な項目でありそれによって冥府での審判も多様に分岐する。ではこの場合かの概念の所属していたハズの世界線はどこであったのだろうか。

 

 

 

「——正解は『今はない』よ、恐らくね。」

 

「ない…?世界線ごと消滅するだなんてそんな滅茶苦茶なこと——」

 

「それは『あちら』の常識ではないでしょう?『こちら』ではあり得ないけれど何らかの力が世界線をその一手に支えていたとして、その『手』が無くなってしまったら?支えられていた世界という器はどうなるのかしら?」

 

「……」

 

「そしてその時生きていたハズのものたちは?その存在を無くして概念だけで、つまりは魂だけで存在と拠り所を探して彷徨うことになるわ。」

 

 

 

紫が麦茶の入った湯呑みを手に乗せてそう語る中、霊夢はその湯呑みの中の麦茶を見て合点がいったらしく目を合わせて言った。

 

 

 

「じゃあつまり紫が『何かわからない』っていうのは…その存在の拠り所だった場所がわからないからそれ自体が何だったのか特定できないってこと?」

 

「そうね。」

 

「神なのか人なのか妖怪なのかも?」

 

「そうよ。」

 

 

 

霊夢は自分の麦茶を一気に飲み干してから紫に言った。

 

 

 

「確かに、厄介ね…」

 

「そうでしょう?わかってくれたかしら私のキモチ。」

 

 

 

それじゃあありがたく、と湯呑みの麦茶を飲む紫。

ほうと息を吐く霊夢。実は彼女の方としては説明の内容がどうというよりも、説明のために使われた湯呑みが「割られないかどうか」と「溢さないかどうか」が気になっていたのであったが紫は知る由もない。

 

 

 

 

〜〜〜その頃妖怪の山〜〜〜

 

 

 

 

普段から行き過ぎた誇張が目立ち嘘くさい記事の多い新聞ながら、今回は妖怪の山を住処とする有象無象の興味を引くには申し分のない内容であったと評することができるだろう。

 

流石に記事のなかの「烏天狗」のように城壁を越えるようなことをするものはいくら気儘な妖精であれ居ないながらも、険しい山肌に堂々と頑強に建つ城は物珍しく見物に訪れる妖怪が多いのもまた事実だ。

 

 

 

「ほへえぇ〜…」

 

 

 

跳ね橋を上げているためにすぐそばまで寄ることはできないながら、外堀のようになっている深い谷を挟んで城を臨む河童——河城 にとり——もそのひとりである。

 

先ほど思わず腑抜けた声を上げたのも彼女だ。

 

見事な幻術を騒ぐ声も一部の妖怪間ではあったものの彼女は技術屋でありそう言う類にはめっぽうよわいのであるから、記事の中で「豪華絢爛」とも「城塞」とも称されたその建築技術を目当てに来たのであった。

 

 

 

「これは…凄いなぁ…」

 

 

 

継ぎ目なく積まれた城壁は城門を中心に湾曲しており、その上の張り出し陣は壁の足元や跳ね橋を警戒、尖塔は文々。新聞の通りであれば物見櫓の他に内部を攻撃する意図があるだろう。二枚の城壁の向こうに構える大聖堂は跳び梁で上部構造を横から引っ張り支えたゴシック建築である。そのおかげか壁面には大きなステンドグラスが色とりどりに光り輝いている。

 

 

 

「紅魔館を見に行ったときもすごかったけどこっちもまた…。あそこまで巨大なステンドグラスは紅魔館にはなかったし、その奥の砦も凄いなぁ…言葉がうまく出てこないくらいには」

 

 

 

ただし彼女にとって惜しいのはこれや紅魔館が人によって作られたのかどうかが定かではないことであろう。紅魔館に関しては空間が歪んでいるのであるが、それを踏まえると建築技術としてはこの洋城の方が確かなものであるかもしれない。

 

にとりは大きなバックパックからスケッチブックを取り出すと簡単なスケッチを描いて城の構造を記す事にした。後で気になった部分を資料と照合すれば良いのだからこの場に長居する意味はないのである。

 

 

 

「まぁ見えてないだろうからいいんだけどさー」

 

 

 

光学迷彩、技術は偉大だよねと独り言をいいながらサッサとスケッチを描き上げていく。アーチ構造の柱を持つ外廊下に聖堂奥に見える大型の尖ったドームなど目で見て気になった箇所は特に細密に描いて、次の見物スポットへと移動する。

 

 

 

「あと側面を描いたら天狗の新聞にあった写真と照らし合わせて大体構造はわかるでしょ」

 

 

 

これほどの大きな建造物の技術が狭い幻想郷でここの他にどう役立つかは本人もわからないが、彼女は技術とは積み重ねであると誰よりも理解しているつもりだ。

 

 

 

「まぁそれにこういうのがいつか私の役に立つことだってあるんだし…」

 

 

 

誰に向けたわけでもなく強いて言えば飽き性な自分に向けたものですらあるやもしれないが、とにかくそんな独り言を呟きながらスケッチブックを手に城の向かって右側面———左側は険しい山肌である———へと到達した。

 

こちらは二つの角が一際飛び出ており、その上に尖塔がそれぞれ構えられている。また正面で見られた張り出し型の櫓はない。

 

 

 

「ふむふむ…曲がった四角形をしているのかな…?でその内部だと曲がり角に塔から狙い撃ちされると…いやぁ殺意が高い城なんだなぁ…」

 

 

 

文々。新聞を読み返すにとり。

新聞によると内部にも銃眼があるようだったが、恐らく建物そのものに銃眼があると言うよりも建物の土台が2枚目の城壁になっているのだろうと推測した。

 

 

 

「…いや益々すごい殺意だなぁ…。」

 

 

 

鉛筆を持つ手に力が入り、より鮮明にスケッチを行ったにとりはふと考えた。

 

 

——もしやこのスケッチ、文々。新聞と照らし合わせればかなり正確な攻略用の見取り図になるのでは?——

 

と。

途端ににとりの頭の中では忙しくパチパチと算盤を弾きはじめた。

 

 

 

「ふひ、ひひひひ——」

 

 

 

 

 

 

故ににとりは気づけなかった

 

 

 

 

 

「——貴公」

 

 

 

 

 

背後にまで来ていたその騎士に。

 

ビクッと肩を震わせたにとりはすぐさまスケッチブックを閉じ、ギギギと軋みをあげそうなほどゆっくりと首を後ろへ回した。その彼女は酷く緊張して引き攣った顔をしているだろう。

 

背後に立っているのは見上げるほどの長身の男であった。

 

黒いボロボロのコートを身に纏う、両袖は裂けて大きな翼が二対あるように見えるその男。

その下には黒紫色の胴当てと鎖帷子を着込んで両脚と両腕もまた胴当てと同様の西洋式甲冑をあてている。黒く長い髪を後ろで一つに束ねて、紫色の瞳が切れ目から覗いており、また後頭部から右頬にかけては黒い鱗が皮膚の代わりにある。

 

左手は彼の腰に佩く——容姿や防具とはうって変わって——古びた刀の鯉口に添えられていた。

 

 

 

「ぁ…………あの」

 

「…?どうした貴公。立てないのか?」

 

「あ えと その」

 

「手を貸そうか」

 

 

 

右手を差し出した黒衣の騎士に対してひどく照れながらその手を取り立ち上がったにとりは目の前の鱗の男に、明らかな人外に、人見知りを発現させていた。

 

 

——この人なんか…すごい人間臭いというか…人間としか思えないというか…?

 

 

 

「貴公大丈夫かね?先ほどからどうにも呆けているようだが。」

 

「——あっ あのえと、ありがとうございます。あのえぇ 大丈夫です。」

 

 

 

男は優しい笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「そうか、なら良かった。」

 

「あ、はいあの ——」

 

「それはそうと貴公、何か描いていなかったかね」

 

 

 

ギクリとにとり自身でも分かりやすいと思う反応をしてしまった彼女は彼からさらなる追及を受ける。

 

 

 

「見せてもらえないだろうか?」

 

「あっ あの はぃ」

 

 

 

人見知りが発現したにとりは妖怪に対してよりも気弱になる。それが今まさに鱗の男に対して有利に働いているのであった。

 

おずおずとスケッチブックを開いたにとりは男にそれを見せた。

 

 

 

「ふむ、これはまた精巧な絵画ではないか」

 

「……ぇ あ はぃ?」

 

「良い絵だ。絵画の知識は私にないがそれでも、目に映った景色をそのまま切り取ったようなこれは誠に見事だ。」

 

 

 

責められると思いきやその出来栄えを褒められたにとりは思わず疑問形をもって答える。きょとんとしたにとりは男への警戒心も自身の危機感もその鳴りをひそめてしまった。が次に出た問いは再び発動したそれらを圧し折るのに十分であったと言えよう。

 

 

 

「で、貴公はそれを何に使うのかね?」

 

 

 

左親指を鍔に掛けた男は急激に威圧を増してそう問うのである。ただでさえ人見知りが発現しているにとりはその大妖怪に及ぶほどの重圧に気圧されて口を開いた。

 

 

 

「えと その 私は技師 でして…この城のですね 技術をあの まっ学ぼうか…とその…」

 

「うむ、よい事じゃあないか貴公。

だがそれだけではなかろう?

 

 

 

背を屈めて視線を合わせた鱗の男はにこりと笑っている、がその威圧は緩まることを知らない。

にとりがその圧力によって答えを言い淀むと男は左親指に力を込めて鯉口を切った。

 

 

ギギィイィ…——-キィッン

 

 

 

「ひぃっ…」

 

 

 

鞘から覗く刀身は解れた糸のようになっており、またその表面は黒い錆と煤で爛れたようになっている。黒く暗くそれでいて暖かい不思議な火の粉が露出した刀身から溢れ出でるなど、ただの刀ではないどころかソレが大妖怪をも屠ってしまいかねない代物であることを痛いほど肌で感じたにとりは涙を目に浮かべて叫ぼうとした。

しかし不思議なことに、たしかに声帯にありったけの空気を送ったはずが少しの喘鳴も上げられなかったのである。

 

 

 

「———ッ!?!?」

 

「私も、貴公に手を挙げようなどとは思わない。しかし()()の存在が知られることは看過できまい。貴公、私の言いたいことはわかるだろう?」

 

「——っ!——-っ!」

 

 

 

穏やかな声色でそう言う騎士に対するにとりは今にも泣きそうな顔でこくりこくりと激しく頷いた。その禍々しい刀が自分に振るわれることのないように、また相手の気を損ねることのないようにと。

 

 

 

「そんなことはしないと、私に誓えるかい?」

 

「——っ——っ」

 

 

 

再び頷いて見せたにとりに男は優しく笑いかけ、あの威圧を仕舞い込み右手で刀を鞘に戻して懐からハンカチを取り出すとにとりの目元に当てて涙を拭き取った。

 

 

 

「そうか、よろしい。貴公には怖い思いをさせてしまったね。私にはこれしか出来ないのだ。申し訳ない。」

 

「…」

 

「ではこれで。——失望させてくれるなよ…?」

 

「——っはぃっ!はぃ!」

 

 

 

鱗の男はにとりの頭を緑のキャスケット越しに優しく撫でて側を通り過ぎて行った。にとりは男の歩き去る音が聞こえなくなってから振り返りもせずに玄武の沢へ、スケッチブックを抱えて走り帰った。

 

絶対にスケッチブックの中やあの騎士との会話は誰が相手でも口外しないと心に決めながら。

 

 

 






鱗に解れた糸のように腐食した刀、全体的に黒紫色
そして「人間臭い」。さて()なんでしょうかね。

「洋城」サイドと絡ませたい東方キャラなどありましたら感想にお書きください。人間性が喜んで参考にいたします。
(本編は紅魔郷の2ヶ月後である10月〜妖々夢前の時期のお話となりそうです)
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白狼

 
前回のあらすじ

にとり、黒衣の騎士に脅される

 


 

 

「警戒を厳にせよ」

とは天狗の首長、天魔の言である。

 

先日警邏の天狗が発見した洋城に対して当初天魔は非干渉を徹底し観察を行うように伝達したばかりであった。がその矢先、例の『烏天狗の少女』が洋城内に無断で侵入し、洋城側から手厚く歓迎(迎撃)されたことから里の住民の声が高まり退くに退けなくなった天魔はその指令(非干渉)を変更したのである。

 

 

射命丸負傷の報を聞いた当時、かの首長は酷く窶れた顔をして「まったく…文めぇ…ッ ぁあ〜やだ…勘弁してくれ……」とぼやいたという。以降寝所から出た彼女を見たものは未だおらず、指令の伝達はその部屋から襖越しに渡されるふみから出されているのだとか。

 

閑話休題。

 

 

この言を受けて天狗の里は市中警備と防衛に烏天狗を、洋城方面へ白狼天狗を派遣して洋城の監視を継続し情報を収集せよと発した。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

白狼天狗の斥候部隊を任された少女——犬走 椛——は洋城左側の山肌から千里眼を通して城やその周囲を監視している。

今天狗側でのたしかな情報といえばこうした事態を巻き起こす火種となった文々。新聞しかないのであるが、それをみれば城内では飛ぶことができないという。翼を動かせず飛べぬ烏天狗など力が強いだけで歩兵戦力としては機動力に欠けるため、白狼天狗が派遣されたのだろうと椛は推測しているが概ねその通りであろう。

 

なにより天魔の胃袋のためでもあるが。

 

 

 

「はぁー…もう嫌眠い…」

 

 

 

烏天狗に負傷者が出たという情報の威力は凄まじいものであった。そもそもの話天魔としては斥候部隊の派遣はそこまで急務ではなかったのであろうが、射命丸も烏天狗の端くれ。その射命丸が負傷したという話は天狗の里で瞬く間に広まり、件の言は下部組織である里からは『最重要』と捉えられたのである。

 

また詳細不明の幻術が原因で烏天狗が飛べないという話から当初洋城監視の任についていた警邏の烏天狗を全員撤退させ、そこを埋めるために対外哨戒に充てられていた白狼天狗たちの一部の他に里の中に駐留していた白狼天狗たちも動員された。

 

 

この際この椛は昼寝中に里の烏天狗によって叩き起こされ、機嫌が少々悪いのである。

 

 

山肌に器用に立つ椛は千里眼で普段の哨戒以上に酷使した目を一度閉じて休ませ、眉間のシワをほぐして再度眼を開いた。

 

地形に見事に溶け込んで平然と佇む洋城を上から臨み、また周囲の森を警戒する。城の裏手は洋城の出現前に派遣されていた測量隊曰く

 

 

反りくり返るような特異な地形でありとても歩けるようなものではない。測量など以ての外だ

 

 

といい、また普段から風が巻いて視界が悪いとも言った。これらから重要度は低いと判断され斥候も配置されてはいない。また椛の位置からは聖堂の高い屋根と砦やドームに阻まれて確認ができない。

 

跳ね橋は射命丸が担がれていった後に上げられたらしく、白狼天狗が到着した時点で既に通行は不可能であった。

 

 

 

「もう射命丸の奴余計なことを…ッ!」

 

 

 

この場に天魔がいれば多少はマシな顔をして全力で同意したであろう。

 

 

 

「んんーっ まったくもって動きがないように見えるけど、もしかしたら私たちより先にあちらさんも動いたのかも…」

 

 

 

椛は側にいる部下の白狼天狗へ指示をする。

 

 

 

「部隊編成のうち半分を領域外縁部にまわし直してください。もう相手さんも斥候を出し終えていると予想できます。」

 

「分かりました。伝令を里へ送り配置状況を更新させますがよろしいですか。」

 

「大丈夫よ。」

 

「では。」

 

 

 

身軽に山肌を駆けて一気に下っていったその天狗は森の中へと消えていった。

部下を見送ってまた監視を再開した椛はそのしばらく後、正門側ににとりを発見する。

 

 

 

「んんっ? んぅー見えにくいけどあれは光学迷彩。…河童ね。何しに来たのかしら?」

 

 

 

「偉大な技術」は千里眼を前に脆く砕けた。

緑のキャスケットが光学迷彩で見えにくくなった体の上に浮いているのだから至近距離ならばわからないわけがないのであるが、椛がいるのは相手側からは視認もできないであろう険しい山肌の上。千里眼の凄まじさを感じるものである。

 

 

 

「スケッチブック?あぁ建築を見に来たのね。物好きなことですね…」

 

 

 

呆れ気味にそう言いながらその河童周辺を見渡すと、散らばっている白狼天狗の数が半分は減っていることから指示はうまく伝達されたようである。

 

 

 

「よしよし…城の周辺まで何の報告もなく河童が来れているのはいただけないけどいいでしょう。騒ぎがないということはあちらさんとは会っていないのですから…」

 

 

 

もしくは河童はすでに洋城との協約を取り付けているのか、という所まで思案した椛はすぐさまこれを否定した。

 

 

 

「そうではないはず。だったらわざわざ森に紛れて光学迷彩付けて来ないでしょうし。」

 

 

 

変化がなく暇である椛はせっせと絵を描くキャスケットとスケッチブックとノビールアームを見ながらしばらく過ごしたのであるが、河童はそのスケッチブックを小脇に森の中を城を挟んだ向こう側へと向かっていってしまった。

 

 

 

「あら…」

 

 

 

と同時に伝令を終えた部下が帰還した。

 

 

 

「伝えて参りました。」

 

「お疲れ様です。」

 

「何か変化はありましたでしょうか?」

 

「うーんいや…一匹河童が紛れてたくらいで何もですよ。」

 

「河童ですか…警備網を掻い潜ってきたのでしょうか?」

 

「まぁ光学迷彩を通して姿を確認するのは至難の技ですし、わたしも千里眼がなかったら見えていませんから。」

 

「なるほど。ではとりあえずは『河童は通せ』と伝えて参ります。」

 

「ふふ、そうねお願い。」

 

 

 

はははと笑いながら再び山肌を駆け下っていった部下に休ませればよかったかと思った椛であるが、事実その部下自身は汗一つ掻いておらず軽い運動くらいの気持ちでいるのである。

 

 

 

〜〜〜河童少女、邂逅す〜〜〜

 

 

 

件の河童はどうなったであろうと椛が考え出した時であった。

 

異常な程の重圧が山中を駆け巡り森の鴉という鴉が飛び立ち、木々が風もなきに大きく揺れて軋みを上げる。

 

 

 

「——なッ!!!???」

 

 

 

半分寝ぼけていた椛もまたその大妖怪にも並ぶ威圧の()()に眠気が覚め、直ぐに千里眼を使用してその出所を見る。が生憎と城を挟んだ向こう側であり千里眼に映らない死角でそれは発せられているようであった。

 

 

 

「うぅ…—ッ!!!」

 

 

 

それを目の前にしたわけでもないに関わらず足が竦んでしまった椛は確認に向かおうにも動けず、思考を回すのみであった。

 

 

——何?!この圧力は…っ!それにあの方面はあの河童(にとり)が居るはず…ッ!——

 

 

そう思い至ってからは早かった。

 

腰の佩刀に手を掛けて一気に山肌を飛び降りると河童の居るであろう方面へ必死に駆けた。途中、正門の前を通ったあたりで圧は鳴りを潜めたがそれはより一層椛を急かした。

 

 

——もう間に合わないかもしれない——

 

 

そう思えば思うほど反応の遅れた自身を責め、あの威圧感の発生源の特定とまではいかなくとも件の河童だけは助けねばという焦りが椛の足を前へ前へと踏み出させるのである。

椛は道半ばで気力が失せ腰の抜けた他の白狼天狗に会っては檄を飛ばしつつ、駆ける足は止めることなく突き進んだ。

 

そして森の外れも近くなった頃にようやくあの大きな背嚢を背負った緑のキャスケットを発見したのである。

 

 

 

「あっ!河童!」

 

「ひっ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「ひぅ…」

 

 

 

酷く怯えた様子の河童はスケッチブックを胸に抱えて走り逃げようとし、椛はそれを背後から軽々と先回りしていく。そして何かに怯え切って逃げるのに必死になった河童は、背後から追い抜く存在が何かも確認することなく足元に飛び出した木の根にも気付けず躓いた。

 

 

 

「はぁっ ぅぅ…はぁっ あ——ッ!」

 

「—! 危ないです…っ!」

 

 

 

山を走り下っていた河童のその勢いは両の足が地を離れてもなお余りある。

ぐるりと先回りしていた椛が躓いた河童を胸に受け止め、受けた反動を自慢の体幹で堪えながら右足を下げて流しようやく止まった。

 

 

 

「ふぅ、大丈夫ですよ落ち着いてください。」

 

「はぁっ はぁっ はぁっ んく 天狗…様?」

 

 

 

蒼ざめた顔をした河童が息を切らしながらも一歩下がって言う。

 

 

 

「はぁっ ありがとうっございます…っ」

 

「いえいえ、危なかったですね。それよりやたらと怯えていましたがそれは一体——」

 

「ひぃっ…い、言えません。」

 

「言えない…?」

 

「いっ言えないのですごめんなさい」

 

「それはどうして…」

 

()()は、アレだけは駄目です、怒らせたら今度こそ—っ」

 

「アレ?って一体何のことです?あの威圧の正体ですか?」

 

「ひっ ひぅ 言えません…言えません…」

 

 

 

ふるふると震えながら、目に涙を浮かべながら首を横に振り俯く河童の様子に椛は、やはりあの元凶が河童に関わったのだと確信した。しかしなぜ河童なのかが謎である。

 

 

——私たち斥候ならまだしも…——

 

「…ねぇ、スケッチブック私に見せてくれたりは——」

 

「駄目っ!…あっ いや あの無理です、いくら天狗様と言えどもこれを見せるわけには行きません…」

 

 

 

スケッチブックを抱えた胸を背けてそういった河童に椛が詰め寄って説得を試みる。

 

 

 

「あなたが危ないなら、私たち天狗で守ってあげられるかもしれないです。ですからどうか情報をこちらに少しでも提供していただくわけにはいきませんか?」

 

「それでも無理なのです天狗様…だからどうか諦めてください…」

 

「それはあの重圧の元凶についても、ですか?」

 

「……」

 

 

 

以降黙りこくってしまった河童は椛がどう問うてもその口を頑なに開こうとはとせず、問答は平行線を辿ることとなった。遂には椛が折れて河童は解放されることとなったが、その際ですらも河童は椛の同行を許さず独りで玄武の沢へと向かったのだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

その日の椛の報告から天狗の里長及び——襖越しの——天魔などを含めた合議により『洋城の構造』が秘匿されていることや、射命丸の後の証言から『視界不良の洋城裏手』が怪しいと踏んだ天狗たちは早速測量隊を含めた斥候部隊の編成に乗り出した

 

 

が、これが酷く難航するのであった。

 

 

 

 

 





暫くは天狗の里、人里を中心に物語が展開されていきます。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疫病

 
前回のあらすじ

椛と河童


 

 

「で、魂の変質ってどういうことよ」

 

「そうねぇ…」

 

 

 

所戻って博麗神社。

縁側は肌寒く、色づきかけた葉が落ちていく。

時は河童が気圧されている頃である。

 

妖怪の山中を威圧したそれはこの博麗神社までは余波も届かず、未だ大妖怪と巫女は神社の余り物ゆえに季節外れ*1の麦茶を飲みながら「異変」の談話を続けていた。

 

 

 

「概念が存在を規定するって言う話はさっきしたじゃない?世界線云々の話をしたときにね。」

 

「覚えてるわよ。」

 

「じゃ話を進めるとね…要は『郷に入っては郷に従え』ってことよ」

 

「…は?」

 

「まぁまぁそんな怖い顔しないで頂戴よ、霊夢。順を追って説明するから。世界線によっては存在できるカタチがある程度決まっているのよ。かなり大雑把だけれどね。」

 

「人間がヒトガタとしてあるような事?」

 

「そう。つまりは『常識』ね。もちろん幻想郷ならそういう意味での『常識』はないのだから概念がそのままのカタチで存在できるのだけど、一度でも元いた世界と幻想郷以外の『常識』のフィルターがかかるとその通りに変換し直されちゃうってこと。わかったかしら?」

 

「つまり今回の連中はここの前に何処かの世界線で存在したことがあるってことで良い?」

 

「そうね、その通りよ霊夢。でも考えても見なさい。そうだとしたらなぜ彼らは再び概念として彷徨っていたのかしらね…って。」

 

「…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——-なんちゃってね。もしかすると紅魔館と一緒に外界を通したからかもしれないし……つまりまだこれといってわかってないわよ。」

 

「ああっ!弄ばないでくれない?!…その胡散臭さはあんたらしいけど。」

 

「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわね。」

 

 

 

このスキマはいつまでここに居座るつもりだろうか、という思いと共に呆れた目を向ける霊夢は湯呑みに三杯目の麦茶を注ぎ足した。紫は動くつもりがないようで、また煎餅に手を出そうとするも遂に霊夢がそれを阻止する。

 

この麦茶の茶会もこののち半刻と待たずにお開きとなるのであった。

 

 

 

 

 

〜〜〜数日後〜〜〜

 

 

 

 

 

以前の文々。新聞の一面に載った「洋城」の記事は人里の世間話も大いに賑わせた。とはいえ紅霧異変とは異なって妖怪の山は天狗の領域であり、麓から多少距離のある人里ではそうした異変の気配など対岸の火事であると言えるであろう。

 

それとは異なった()()が人里では発生しているために、対岸の火事を野次る(いとま)はないのであるが。

 

 

 

紙をめくる音の響く書斎。

所狭しと史料が床や壁を埋め尽くす小部屋に一人の少女。

 

——稗田家九代目阿求——

 

齢は僅か十三。されども侮ることなかれ。

稗田家の御阿礼の子、その九代目は代々阿礼の生まれ変わりとして受け継ぎ続けてきた「能力」を以ってしてその当主を務め、また人里の管理を一任されているのであるから。

 

 

彼女の手元には人里についての文々。新聞号外が握られている。

曰く

 

 

『人里、疫病が発生!!』

椎骨の痛みを訴え、また高熱を発する謎の疫病が感染者数を伸ばしている。原因は不明。異変と騒ぐ声も…

 

 

と。またこの患者の数は次第に増えており、先日は人里の警護隊から三名、人里の祭事運営に携わる年配の男女五名、農家でも若人が幾人か、などの発症が確認され発症者は年齢層が幅が広いのである。

 

 

 

「全く…冗談にもならないですよ…」

 

 

 

加えて例の「洋城」の出現以来曇天が続くなどして民草の気はどうにも落ち、また記事にもあるようにその曇天と幻術などを結びつけて異変だなどと騒がれている始末である。

 

 

 

「縁起でもない…確かに関係がないとは言い切れないけど…」

 

 

 

先代の御阿礼の子で衛生環境を整えた人里であるから疫病が発生するのは些か不自然ではあるものの、無いわけではないのだ。

 

 

 

「とりあえず都市インフラの再確認と感染者同士の繋がりを、かな。寺子屋への対処はその後に回して…。感染者は今のところ全員人間で、初期症状は椎骨の激痛。後者に至ってはギックリ腰と区別がつかないのだけど…。」

 

 

 

またこの疫病、既に死者が出ている。

 

遺族の承諾を得たため、遺体は現在竹林の診療所で解剖が進められている真っ最中であるが曰く

 

 

死因は椎骨の激痛によるショック死であり、また奇妙なことにその遺体は()()()()()()()

 

 

のだという。

遺体が生まれながらの奇形でない事は人里の戸籍帳簿から確認済みであり、その遺体——女性であった——の子にはなんの異常も現状では見受けられない。

どのような要因でどのような過程を経て椎骨が増えるなどという奇怪な状態に至ったのかは定かではないが、その上下両側を挟む椎骨の接触部は酷く圧迫され罅割れてひしゃげ、筋肉や皮膚には無理矢理に引き伸ばされたとみえる傷があるなど「増えた」ことによる影響が色濃くまた鮮明に遺されているという。

 

 

その様や痛みを想像して思わずブルリと細い体を震わせた阿求はこの奇妙な疫病のようなものへの対処に再び頭を悩ませ始めた。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

整えられた碁盤の目状の広大な人間のための市街。平時ならば活気に満ち溢れた大通り、路地を駆けて遊ぶ子供の声がするはずであったが。

件の疫病が流行り出し日射時間が空を覆う薄気味悪い厚い雲によって極端に減り出してからというもの、人里はその街並みに似合わぬ陰鬱とした空気に包まれている。

 

 

 

「…」

 

 

 

活気の無くなった人里を至極詰まらなさそうに、その口の煙草を燻らせて歩く白髪の少女——藤原 妹紅——は物思いに耽っていた。

 

それは此処までくる道中に人里の農民の爺から聞いた「太陽」についての話である。

曰く

 

 

厚い雲もこの時期にゃおかしいがその遮る陽が、なぜだかあの熱く刺すような懐かしい日差しが今では恐ろしくてかなわねぇ。

 

 

と。妹紅にはこれがどうもただの爺の妄言とは思えず聞いてからというもの引っかかり続けているのである。

 

 

 

「日が…ねぇ」

 

 

 

無意識に寺子屋へと向いていた足は通りを入ってその通用口もすぐというところまで来ていた。それに気づいた妹紅は一旦思考を切り替えて、寺子屋から出てきた妖精や人の子に声を掛ける。

 

 

 

「よう、ちびっ子。もう終わったのか?まだだいぶ早いが」

 

『終わったよ、もこー!また遊んでくれるの?!』

 

「はは、いやすまんな今日は慧音に用があるんだ。中にいるのかい?」

 

 

 

一応用立てがある様に見せかける妹紅であるがその実はあまりない。強いて言えば暇つぶしの一つである。

 

 

 

『…もこー知らないの?』

 

「何がだ?」

 

 

 

ソワソワと真ん中に立っていた子どもが言い辛そうにすると後ろに助けを求めるように振り返る。そしてその背後の子達もまた困った顔をしてざわざわとし始めた。

 

その寺子屋の子供達の反応をみた妹紅は嫌な雰囲気を感じ取って疑念を抱き、また強い不安感から焦りながら問いかけた。

 

 

 

「慧音に何かあったのか…っ?」

 

 

 

尚更にざわざわとし始めた子供たちは困って、しかしついにその中の妖精——チルノと大妖精——が口を開いた。

 

 

 

「みんな言わないならあたいがいうよッ!けーねせんせーがえきび——むぐっ」

 

「チルノちゃん!!言っちゃダメって散々言われたでしょっ!?——……あっ」

 

 

 

一瞬。ほんの刹那。

大妖精にチルノが口を塞がれるまでに言い掛けた単語は確と妹紅の耳に入り、足りない部分を知見から補った妹紅の脳は途端に思考を放り出した。

 

 

 

「…慧音…が?」

 

「あのっ その…チルノちゃんが——というか私たちは……」

 

「ぇ 『疫病』に…? って」

 

 

 

考えるよりも先に湧き上がった感情の波が妹紅を衝き動かし、妹紅は寺子屋の中へと駆け込んだ。彼女の平時ならばあり得ぬほどの烈しいそれは裏口を使うなどの考えもつかず強引にも入りこんでいく。

 

その背後からは寺子屋の生徒たちが制止しようと必死に追いかけて言葉を発するがそれはもはや彼女には届かなかった。

寺子屋の教室の裏手、教材室の次の障子を勢いよく開けた妹紅が叫ぶように言う。

 

 

 

「慧音ッ?!大丈夫か…っ んん?」

 

 

 

そこに居たのは件の青っぽい銀髪の少女——上白沢 慧音————であるがその本人は酷く怪訝な顔をして妹紅を見上げていた。

 

 

 

「何事ですか……私はこれから稗田邸に行くんですが。」

 

 

 

座布団から立ち上がった慧音に立ち塞がる形の妹紅の背後へようやっと追いついた妖精二人が慌てながら弁明を始めた。

 

 

 

「ごめんなさい慧音先生っ!慧音先生は『疫病の事で稗田邸に行くのは言い広めないように』って言ってたのにチルノちゃんがですね——」

 

「…あぁ、わかったわ。大妖精さんたちはもう結構です。早くお帰りなさい。で、妹紅はその最初の一言だけ聞いて慌てていたということで良いですか?」

 

「〜〜〜…ッ!」

 

「まぁ…私もハクタクとはいえ半人なので感染する可能性がないわけではないですが、早とちりでしたね。ご苦労様です。」

 

「…」

 

「それにおそらくあれは人に対する呪いの類でしょうけれど。とそれはこの後お話しに行く話でしたか。そこを退いていただけますか?」

 

「すまん…」

 

「いいですよ。それではこれで。」

 

 

 

慧音はそう言うと脇に退いた妹紅の前を通って足早に裏口へと消えた。途中、まだ居たらしい妖精の2人組に注意を飛ばしながら(頭突きのジェスチャーをしながら)

 

その場に一人置いて行かれる形となった妹紅は少し頭を冷やそうと、寺子屋を後にすると来た道をそのままに田圃道に座る爺の元まで戻った。

 

 

 

「…なんだ、用は済んだのか?」

 

「あぁ、まぁそんなところだ。」

 

 

 

妹紅は爺の言葉の違和感に、爺への違和感に気付いたのだった。

 

確かに洋城の記事から連日曇りが続いているはずであってその間に陽をみる機会などなかった。しかしこの違和感はそこではない。

 

藤原 妹紅、人里はおろか幻想郷全体で名の知れた不死者に対して臆することもなくただ平然と口を開くこの爺は()()であるのかと。人ならば妖の類に関わらず、しかしこの爺に人の気はない。

そこに座す老体には恐れもなく畏れもない。

 

 

 

「なぁ…あんた何もんだ?」

 

「なぁに、しがない爺さんじゃ。老骨にして田圃を養うだけのな。」

 

 

 

田圃道から見渡す爺は溜息ひとつ吐いて言った。

 

 

 

「マァしかし継ぐ子がおらなんだ、この田圃も儂がおらねば直ぐに荒れちまう。まったく、老人には辛いもんよな。節々が痛うなるのは是のせいなのか病なのかすら知れんときた。」

 

 

 

()の言う病とは疫病のことであろう。

 

 

 

「それに加えて昨今の里の暗さよ、まぁったく面白くないじゃ——ぁ———」

 

「…? おい———ッ!」

 

 

 

不自然に途切れた言葉と息に妹紅が目を向けるとそこに居たのはまるで骨格に皮をかぶせたような凡そ人とは言い難い容姿に、見えているのかも定かでない虚な穴を穿っただけの目。

 

 

 

「なっ、妖か……ぃ?」

 

 

 

これがただの妖ならば話は早かったであろうが。

 

突如地面から跳ね上げられたように立ち上がったその骨は途端に頭を抱えて踠きだし、また声帯を壊してもなお止まらぬ金切り声を上げた。

そして体の穴という穴から、口や目鼻の至るところから暗い膿を吐き出してそれを纏う。肥大化した頭部は蛇のようで真っ赤に発光する目玉を擁し、樹木に纏わり付かれた手足が不気味に蠢く理性なき怪物がそこにはあった。

 

 

 

 

*1
紅霧異変は八月で本作は十月






偽りの太陽に照らされて人の存在が歪んでいきます。


でもそういえばコイツらって序盤と最後にしか出ない謎キャラでしたね。…えっ戦闘描写はどうしたって?…ヴっ (YOU DIED)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征隊の記
一、


 
前回のあらすじ

ダクソ式世紀末

今回の注意
ちょっと長くなりました。
 


 

天魔、天狗の里長に大天狗による合議は三日三晩行われ、漸くと結論が打ち出された。

 

時は文々。新聞が人里の「疫病異変」を報じた二日後となる。

疫病異変では人里の全域に件の疫病が蔓延し、しかもその末期症状の幾つかも明らかとなって人里中が疑心暗鬼と阿鼻叫喚の渦中となった。

誌面曰く

 

 

初期症状に椎骨の痛みがあることは共通するが、末期症状には奇怪なことに樹木と化す者もいれば黒き怪物となるも様々で予防の術があるかは依然として不明である

 

 

と。また怪物には火が効くというのが藤原妹紅への射命丸の取材などで明らかとなるが、この報道が原因で人里では大火事が熾るなど大惨事を生んだ。

 

閑話休題。

 

 

 

人里の騒動を鑑みた天魔が反対していた、測量隊に白狼天狗の部隊を含む「遠征隊」の派遣は大天狗と里長によって推し進められる形となり今に至る。

 

編成された部隊構成は白狼天狗総勢二十五人、うち測量隊が五人の大部隊である。

洋城勢力を危険視するのは合議内で共通の意識であったものの、だからこその不干渉を掲げた天魔に対し他は強硬論を掲げ、不満を抱えた里の支持を得た。そのために妖精大戦争以来の挙兵となったのである。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

ようやく博麗の巫女が動くらしいという噂を余所に里の門を出た遠征隊は山を下ってその向こう側の盆地から洋城裏を目指す。

 

妖怪の山の向こう側は未開拓の地域で、この盆地は鬱蒼とした森が広がり反対側の山には大結界の端があると言った幻想郷の中でも辺境にあたる地区である。

そしてその中に突如現れる天まで届くような霧の壁はその異様さをありありと示しているのだ。

 

早朝に出立した遠征隊が霧の壁に辿り着いたのは正午前。ご丁寧にも境界を可視化した状態であるかの壁を前にして慎重に、万全を期しての突入とするため隊列を再確認した上で正午まで小休止とともに早めながら昼食を摂った。

 

 

当然ながらとてつもない緊迫感に包まれたなかでの小休止で休まる者もないのであるが、ともかく遠征隊の隊長—— 白狼天狗には珍しく褐色肌に白髪で黒い革防具を着込むが()()()()()のある人物——がその懐中時計で時刻を確認して号令を出す。

 

 

 

「よし、時間だ。小休止終了!これより突入する!」

 

 

 

測量隊を中心に五・五の方陣を組み、前から霧へと踏み込んでは消えてゆくその光景はまるで巨大な怪物に喰われていくようで酷く不気味であった。

後方列に組み込まれた椛でさえもがそう感じたほどに。

 

 

 

濃霧に吸い込まれるように踏み込んだ途端、椛やその他全員を包み込んだのは水平感覚もなくなるような暗闇であった。またその周囲には他の隊員の何れも見えず、何故か独りで暗闇に立たされるのである。

しかし不思議と不安はなく、またこの暗闇も寒々しい深淵というよりかは陽当たりでの微睡みのようなふわりとした心地のいい感覚を呼び起こす。

 

しかしそれも刹那のこと。

次の一歩を踏み込んだ途端に得体の知れない重圧を全身に受け、また次の一歩を踏み出すと眩いばかりの光を浴びてその空間を抜けた。

 

 

 

 

霧を抜けた先はまるで異世界であった。

 

 

 

 

灰を思わせるような砂塵によって覆われた荒寥とした地が広がるが、右手の妖怪の山方面に()が見える。

 

洋城に同じドーム建築に尖塔、そして見上げるほど高層の城壁が最奥に聳り立つ。そのさらに向こう側には先ほどよりも薄く、影が揺らぐ程度の霧の壁が洋城の大聖堂の薄っすらとした姿をみせている。

また街の立つ急斜面を城壁へ向けて登る大階段が確認出来たがその間には不気味な黒く暗い沼が広く横たわって行手を阻んでいるのだ。

 

 

 

「再集合だ。椛はこっちに、方針を決めるので測量隊の方とも話をしたい」

 

「わかりました」

 

「了解しました。方陣は維持させます」

 

 

 

境界を抜けると、バラ付きはあるものの周囲に現れた遠征隊の隊員たちを再度集めなおし方陣を再編させた。

椛は遠征隊の隊長格二名と測量隊の隊長によって方針を決める会議に参加する。ちなみに椛は遠征隊に属する白狼天狗二隊のうちひとつを任されているのである。

 

 

 

「先ず測量隊からですが、事前調査の際に報告した地形から大幅な変更はありません。あそこに市街地ができているというのは驚きですが」

 

「とはいえ市街地の構造までもがわかるわけではあるまい。一先ずはあの大階段を目指すしかないだろう」

 

「ですが沼地が横たわる関係上、前進にはかなりの時間を要するかと思います。砂漠側から沼地を迂回できないでしょうか」

 

 

 

椛の発案に頷く隊長の横から返答が入る。測量隊だ。

 

 

 

「それは最もでしょう。しかし右回りと左回りがありますがどちらに進みますか」

 

「最短は右回りか」

 

「恐らくは」

 

「白狼天狗部隊はもとより二隊で分割できるから問題はない。しかしその場合測量隊はどちらから回るのかね」

 

「沼地の広さを大体で測りたいので左回りが良いかと思いますが、どちらにどちらの部隊が向かうのでしょうか」

 

 

 

褐色肌の隊長がいの一番に声を上げた。

 

 

 

「なら俺の部隊が右回りを買って出よう。先に大階段の制圧を行っておく」

 

 

 

褐色の肌に白髪が良く映えている。

女天狗の教練部隊を本来任せられている彼女は新人天狗たちからは白狼・烏で違わぬ「鬼教官」として知られる一方で、男性天狗からの人気も厚いのだとか。

 

そんなことを思い出しつつも椛は返事をした。

 

 

 

「助かります。では次の合流地点は大階段ということでよろしいですね」

 

「うむ、問題ない」

 

「わかりました。測量隊は私の部隊を五-五で分けますからその間に入ってください」

 

「了解です」

 

 

 

褐色の白狼が懐から再び懐中時計を取り出した。

よく磨かれ整備された金の西洋式懐中時計は寸分違わず時を刻み続けている。

 

 

 

「もう十二時半…つまり正刻半ば過ぎか。こちらはすぐに出発する」

 

「では私たちも隊列を組みなおし次第出発します。御武運を」

 

「——そちらこそ武運を」

 

 

 

別れ際に振り向いてにこりと笑い盾を掲げて返す姿に、椛は付き合いが長いながらも彼女の魅力を感じて微笑みを返した。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

椛隊が隊列を組みなおして出発、沼を左回りに迂回し出した頃。

もう一方面——右回りの部隊——では早速会敵した。

 

岩を削ったかのような独特の全身鎧がその頭部から垂らす赤い飾り糸を揺らし、巨躯に見合った大楯と大斧を手に立ち上がる。

 

 

対話の余地は、無い。

 

 

鎧が侵入者を認識してすぐそのズシリとした大楯を振り上げんとするより早いかどうか、褐色の白狼が指示を出した。

 

 

 

「———ッ! 散開!!!」

 

 

 

彼女の練度高い部隊はすぐさまこれに応じて五列横陣から鎧を囲うように散開した。しかしもはや鎧の動きは止まらない。振り上げられた大楯は彼女に向かって勢いよく振り下ろされた。

 

 

——ズガァン—ッ——

 

「く、フンッ!」

 

 

 

何とか盾で受けた彼女は続く大斧を前へステップを踏み背中側へ股を潜り抜けて回避、すぐに体勢を立て直して刃を振るう。が、鎧に阻まれて思うようにはいかずまた鎧は腰を捻って盾をつくことで対応した。

盾をついたそれだけの衝撃でも軽い体が吹き飛ばされる。

 

 

 

「あがっ ぐぅ」

 

 

 

自重任せに盾をついた鎧の隙を逃さず散開陣形を取った白狼天狗が各々にタイミングを図りながら攻撃を加える。

一見して鎧の硬度に弾かれていくようなその斬撃であるが隊員のうち一人が鎧に対して深く斬り込んで言った。

 

 

 

「血?!鎧に対しても深く切り込めば出血を強いれます!脚部を集中的に攻撃して脆弱化を狙っても良いかも知れません——うぐ———あッ」

 

 

 

他方を向いた隙であったが振り下ろされた斧に斬り付けられ、その胸にばっくりと大きな傷を受けてしまう。

 

 

 

「あ がぃだっあ」

 

「大丈夫かッ!?ダメならすぐに退け!」

 

 

 

しかし歯を食いしばって痛みに耐え、刀を構え直して返す。

 

 

 

「大丈夫…です…ッ!」

 

「…無理はするなよ」

 

「はいッ」

 

 

 

再び戦闘に加わった白狼を見つつも、また一人と鎧を前にして負傷者が出る。斧の振り下ろしを避けきれず盾受けを試みるもあまりの力に盾を剥がされ、続くシールドバッシュを生身に受けて吹き飛ばされ背を砂に強く打ち付けた。全身と臓腑の尽くを襲う鈍痛にただもがいて上体を起こせずにいる。

 

 

追撃に鎧が向かうのを止めにかかるようにして白狼の数人が脚部へ斬り込みをかけた。

先程攻撃を喰らった白狼もそれに加わって懸命に斬りつける。

 

 

そして鎧がそちらへ振り向いた丁度その時——傷を負った白狼がその切っ先を鎧の左膝にあたる可動部に空いた隙間へ深くザクリと刺し入れると、今度は後ろへ重心をやってステップの要領でこれを引き抜いた。

 

暗い血飛沫が上がり鎧は堪らず片膝をつく。

 

これ好機と白刃を並べて追撃に出る。

 

が、それを一歩退いて見た白狼の隊長は鎧の動きに気づけたのだった。

 

 

 

 

 

「ッ退け!!!罠だ!!」

 

 

 

それに反応してすぐさま距離を明けるなかただ一人、その場から動けなかった者がいた。

あの傷を負った白狼。

 

 

渾身の一撃を繰り出してすぐ追撃に乗った彼女は持久力を読み違えた(息を切らせた)のである。

 

 

片膝をつきされども振り上げられていた鎧の大斧は雷を帯びて叩きつけられ、落雷を思わせる音と共に砂や沼の液体が舞い上がるほどの衝撃波を生んでその尋常では無い威力を示した。

 

 

即座に距離を取った白狼たちでさえもがその余波に吹き飛ばされたその一撃が、直撃すればどうなるかなど想像するに容易いものであった。

しかし同時にそれは希望的な思いを孕んでいて、砂埃が晴れた後の光景によってそれらは完全に否定されることとなった。

 

 

 

「!ぁ…あぁ、———ッ」

 

 

 

膝に受けた一撃を物ともせず立ち上がった鎧の、その足元。

引き抜かれた大斧の分厚い刃によって無惨にも貫かれたそれは喘鳴を一つあげることも叶わず、骸となってそこにあったのだ。

 

 

その姿を見たことで隊内に喪失感が広がり、膠着した者がまたさらに鎧の重い斬撃を喰らう。ただ一人を除いては。

 

 

 

「剣を持ってしっかりしろ!」

 

 

 

褐色の白狼がそう隊員に言いながら繰り返し斬り込んで敵の意識を逸らす。大楯の横凪ぎを姿勢を低く腕の下に滑り込んだ彼女は肘の関節部から刀身を突き入れ、弾性を利用して自分の体を打ち上げると勢いそのままに刃で腕の周囲を切り裂き地に降り立つ。

中身が()()のだとすれば軽く腕が取れるであろうがビクともしない。

 

途中ピキリと厭な音がその刀身から発せられ、薄いながらまず壊れることはないと言われていたその刀に罅が入ったが気にしてはいられなかった。

 

 

 

「立て!貴様らッ!死にたいのか?!」

 

 

そう言う間にも彼女の左腕にあった盾が鎧の攻撃を受けた拍子にひしゃげて砕け散る。

しかし彼女の心は折れなかった。繰り返し部下へ檄を飛ばしつつ攻撃をすんでの所でヒラりと躱し、反撃を出す機を窺う。

 

ジリジリと盾を構えそれぞれに得物を構えて睨み合いが続き、鎧が武器を振るう予備動作に入った時双方の視界が光に塗れた。

なんとか持ち直した白狼たちが弾幕で牽制をしたのである。

いち早く状況を理解した褐色の白狼は怯み垂れた鎧の首の継ぎ目を目掛けて刀を突く。これがトドメのつもりで強く突き入れたのだが。

 

 

 

首では死なぬ鎧は首の刀が抜ける前に背を伸ばして立ち上がり、それによって刀を抜かんとしていた褐色白狼が振り落とされてしまった。

 

 

 

鎧は突如入った横槍がよほど癇に障ったらしい。大楯を背にして不意に居合抜きのような独特の構えを白狼たちへ取る。

 

しかしそれは明らかに大斧とは間合いが違い、弾幕の間合いとすら言える中距離にである。

物を言わぬ鎧はその両の手でもって大斧を切り上げると突風を巻き起こし大きな刃を為して白狼たちに殺到、一挙に薙ぎ倒して見せたのであった。

 

 

 

 

 

 

しかしそれ(結果)を見とむるより先に、脚を動かした白狼がいた。

見ずともわかるような来たる惨劇に、その先に転がるであろう骸の山を認めたくないというただその一心で。

結果は変わらないと分かっていながらも、ただその自分勝手なエゴイズムで。

 

 

 

 

 

 

白い光と黒い影の一塊になったそれは悲しきかな時すでに遅くとも構わず振り切られた大斧、背の大楯と飛び移って首に手を回し、刺さった刀を引き抜いて再度鎧のスリットへと其れを滑り込ませ、これを致命の一撃とした。

 

 

 




 
輪の都を人間性の沼から入って階段を登っていく逆走ルートですイヒーヒヒヒヒヒ。ただその関係上、敵の配置が一部変わります。

また体力的に一話にはまとめられないので、今回の「遠征隊の記」は何話かに分かれます。


■以降は関係のない戯言ですので、読み飛ばして頂いて構いません。

エヴァンゲリオンとアーマードコアのクロスとか面白そうですよね。
どなたか書いてくださったり…あっいや別にいいんですよ?無理にとはいいませんので。ただ私はエヴァ知識あまり無いもので…ね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二、

 
前回のあらすじ

巨躯の鎧と白狼と

今回の注意
今回も長めです。
(遠征隊の記は総じて長めかもです)


 

スリットに突き入れた刀はギリギリギリという鉄の軋む音を上げ、褐色の白狼がこれを引き抜くと終にその刀身は砕け散ってしまった。

 

見れば鎧は糸の切れた操り人形のように関節をあり得ない方へ曲げ、また中身を失った甲冑がガラガラと音を立ててその場に崩れ落ちる。斧や大楯もまたその場に残されて行った。

 

 

そしてかの鎧を討ち倒した白狼の部隊もまた緊張の糸が切れたようで、膝をついている者の他に啜り泣く声が聞こえている。

 

 

この一戦で仲間の内から既に三名の戦死者が出た。

全身を強打した者は身体中の内出血が痛々しく最期まで苦しみ、『落雷』の直撃を受けた者や他に風の刃を受けた一人がその命を散らせたのである。

その上大多数は傷を負ったために万全とはいえない状態となり、敵と命をかけて対峙する恐怖で体が震えている者もまた多い。

 

 

一方で引き抜いた反動のまま鎧を蹴って着地していた褐色の白狼は踞って踠いていた。

 

 

身体の中をかき回す熱いナニカが()()のである。

それは戦闘時の興奮によるアドレナリンのせいでは無い。

 

引き抜かれた刀にぼんやりと纏まりついた黒く暗くそれでいて暖かかったナニカが、彼女の刀身を振る間に指先、腕、胸元から首そして口へと這い上がるようにして入り込みその体を犯し尽くすのである。

 

 

「んぐっ ぁあぎ、 ぁ あ」

 

 

()()()しかしそれでいて()()()()ソレが彼女の中を引っ掻き回り侵食して、誰かに対する()()()()()()()()()()()を抱いたナニカが入り込む気味の悪い感覚に苛まれるのだ。

 

 

「あっ つぅっぅく、あ"あ"っ…うっ フゥッ フッくぅ…」

 

 

しまいに彼女の内側へと溶け込んだナニカが語りかけるように頭痛を発させる。まるで「動け、動け、動け!」とでも頭蓋を内側から叩いて訴えかけるようであった。

熱い目頭から流れるのを堪えながらゆっくりとしかし確かにしっかりと立ち上がった彼女は息を整えた。すると途端に件の頭痛がその鳴りを潜める。

 

痛みが引いて深呼吸をしていたところに負傷者の手当てへ自発的に回っていた白狼が走り寄って来た。

 

 

「負傷者の手当ては一通り終えましたが…隊長は大丈夫ですか?」

 

 

酷く心配しているようで、流れそうになっている目には合わせなかった。それでようやく気づいた褐色の白狼は手でそれを拭うと応える。

 

 

「…あぁ、すまん大丈夫だ。もう先に進まなければならない。負傷者の様子はどうだ?歩けそうか?」

 

「…えぇ。武器を持てないほどという者も居ません。…あの三人が引き受けてくれたのかもしれませんね…彼女たちは如何しますか?」

 

 

彼女たちとは、戦死者のことである。

 

 

「…すまないが、遺体は持っていくことができないだろう…。ドッグタグは回収して帰還した時に本部へ伝えるように。」

 

「はっ。装備の類は」

 

「装備と共に簡単に弔ってやるのがいいだろう。死んでも尚辱める必要は、ない…。」

 

「…分かりました。ではそのように。」

 

「…。」

 

 

次ぐ言葉が思いつかず、斃れ臥した彼女たちを一瞥するとその白狼はまだ動ける仲間たちに呼びかけるべく離れて行った。

 

 

「ああ、はぁ〜…」

 

 

顔を逸らして目元を両手で覆う褐色の白狼。

 

 

「ははは…ぁ 見られるわけにはいかないじゃないか…」

 

 

しかし涙はもう流れなかった。

 

ふと鞘へ戻した刀の柄を握り引き抜いた。半ばから折れた歪な刀身がそこにはあるのであるが、それが刀故にもはや使い物にはならない。そしてあの鎧が得物の大斧を見た。

主人を()()()()それは巨軀の鎧のものより一回りか二回りも小さくなってそこにあった。妖刀の類であるのかもしれない。

 

 

「…貰うぞ、鎧。」

 

 

その柄に触れ、妙に馴染むのに不思議な感を覚えながら持ち上げてその重さを確かめる。片手で十分に持ち上げた彼女は一度地へと刃先を衝いて言った。

 

 

「鎧ほど熟達はしていないが…何、死ぬまで使うさ…ゆえに返せんぞ。」

 

 

相手は空き殻となった鎧かそれとも。

 

頭痛は、なかった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「…隊長それ使うんですか…」

 

 

それとは無論、褐色の白狼が肩に乗せている大斧である。仲間を三人屠ったその得物を手にする姿を見るのはなんとも言えないものがあろう。

 

 

「…うむ。俺は盾と刀が使い物にならなくなってしまったし、これでも片腕で振るえるからな…」

 

「…そうは言ってもですね…」

 

「彼女らの物は彼女らの物だよ。俺にそれを奪う権利はないしもとよりそのつもりはない。…それにこれなら彼女たちのことも鎧のことも一挙に背負っていられるだろう…?」

 

 

そう言って彼女はいかにも重厚な大斧を片手で持って斬り上げる動きをして見せた。哀しさが拭えない目でも笑って見せる彼女が先導して、再び大階段を目指し進み始めた別働隊は沼地を縦断する。

 

左手奥には沼地に沈み込んで傾いた教会のような建物が見え、何やら火の粉が舞って魔法の残滓か青い光がその向こうから発せられている。

 

 

「戦闘でしょうか…?」

 

「…椛だろうな…下手を打ったらしい。……無事だといいが……。」

 

「救援へ向かわれますか?」

 

「……いいや、このまま大階段を目指そう。椛には悪いがどうやら彼女のおかげで敵はかなり掃けたようだからな。先ずは我々の任を進める。」

 

 

事実、沼地には蠅の姿でさえも疎らである。

しかし会敵を最小限にするためにと褐色の白狼は隊へ指示を出して右側の岸壁や建造物へ寄って進むようにさせた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

黒い結晶が所々にある他、脂の浮いた変に黒く暗い沼の水、そして目が虚な人の顔を持つ蠅は魔術を使うなど魔境も魔境であるこの地はしかしはっきりとしてわかった事があった。

 

 

話は通じない

 

 

という事である。

単に言葉が通じていないと言うのではなく、話す能がないというわけでもない。事実なにか呟く声や祈りを捧げる声がそこかしこから聞こえるのであるから話せないわけではないのであろう。

 

ではなぜか。

端的にいえば気が違っているのである。

 

見ればすぐに敵意を示して攻撃を行うその姿は人というより獣か、ナニカに飢えた餓鬼や生ける亡者のようなものなのであろうと推察できる。

 

 

「…」

 

 

叩き潰された、甲羅のようなものを背にした翁もそうであったのだ。

低い鈴の音と共に詠唱した彼らが隊列の足元に出現させていた結界陣はその中に立ち入った者の体内から剣で貫かれるような激痛を発させるといったものであった。これのために隊員のうち数名が休憩を要して、一旦進行を停止している。

 

褐色の白狼はその大斧を亀のようなそれへ振り下ろす度に手に感じる、殻を破るようなそして骨や肉を断つような生々しい感覚に顔を顰めながらトドメを刺した。

ふと休憩していた隊員の様子を見れば結界陣の痛みからは立ち直れたらしく、彼女は安心して軽く胸を撫で下ろしていた。

 

 

「…処理が終わりました。次へいきましょう。」

 

 

白狼のうち一人がそう彼女へ告げる。

頰についた返り血に気付いていないのか拭わない。

 

 

「…お前…殺めるのに慣れるなよ?我々が振り下ろす刃が奪うのは、仲間となにも違わないのだからな…」

 

 

たとえ姿形がかわっても、とそう含んで。

ハッとさせられたらしいその白狼は慌てて頰を拭い答えた。

 

 

「っ!…失礼しました。肝に銘じます。」

 

「なにもお前一人に言えた話じゃないが…な」

 

 

他の隊員のみならずそれは自らへの戒めなのだと、柄を握り直して斧を肩へやりながら褐色の白狼はそう思ったのであった。

 

しばらく集ってくる人面蠅をその都度排除しつつ沼地を進むが、あの鎧以来の強敵は現れておらず気が緩む。しかし同時に褐色の白狼は自身の勘がけたゝましく警鐘を鳴らすのを感じ続けていた。

 

 

「…もうすぐ大階段だ気を引き締めなおせ。」

 

 

ズシリズシリという重く不気味な歩行音が岸壁を挟んだ向こう側の階段から聞こえているのである。それに気づいた白狼たちは直ぐに気を張ってその足音から様子を探り始めた。

全身甲冑の敵は少なくとも三体で階段の上方を往復しているのだと予測を付けた褐色の白狼は指示を出す。

 

 

「次相手が上へと登り始めたら大階段を挟んだ反対側へ行って制圧を行う。大階段自体の制圧は危険だろう。」

 

「そろそろ椛さんの部隊と合流できるといいのですが。」

 

「その辺りも含めて探索するとしよう。ここは分散していくには危険過ぎた。」

 

 

そう話すうちに足音は階段を降り終え、しばらく歩き回ったのちに再び階段を登り始めた。彼らに意思というものはあまり存在しないのであろう。

 

 

「よし、今のうちだ急げッ!———」

 

 

両側を街に挟まれ緩やかなカーブを描く大階段が姿を現す。上方には間隔をおいて幾本かの巨大なアーチ橋が架かっておりそこから垂れる蔦や細部の苔、階段の擦り減り具合がこの都の古さを示す。

 

しかしその景色に見惚れている場合では無い彼ら白狼部隊は終段が沼地に没した階段の前を横断しようとし———

 

 

 

———水面下から突如現れた者たちによって押し上げられ、阻まれた。

 

 

 

ザアァァァッという大きな水音と木の根を断つようなブチブチという音とともに水面の下、水底の奥深くから立ち上がったのはあの鎧に負けずとも劣らぬ巨軀の甲冑。

 

木の根によって甲冑同士をつなぎとめ、丸く大きな胴体には擦り切れ破れた赤いサーコートの残骸が垂れた騎士。その手には一振りの人の身ほどの大きさもある曲剣が握られており、何より目を引くのは彼には頭が存在せず鎧のような黒い靄が首の虚な穴から溢れ出ているのである。

 

 

そしてそれが二体。

階段を巡回する者を合わせると五体にも登る

が不幸中の幸いか巡回する者には、他と巡回のタイミングがズレていた一体を引き付けてしまったことを除いては気付かれていないようである。

 

 

「——チィッ散開!弾幕も怯ませるくらいはできるッ、使えるものは全て使って応戦しろ!うち一人は俺が引き受ける!」

 

「「「「「「はいッ!」」」」」」

 

 

褐色の白狼が一人で騎士一人を相手取ると他六名は半々になって他の二人へと対応すべく分かれた。それぞれ弾幕が一名に前衛が二名の白狼部隊として戦い慣れた形式へと移行して冷静に対処している。

 

 

「ふむ、よろしい。さて俺はこいつを倒さなければな…ッ」

 

 

騎士が大きく振るった大曲剣は力強くされど精密さは失わない、かなりの技量と見て取れる。これを彼女はバックステップで避けると次いで振り下ろしを紙一重に躱す。

 

 

「恐ろしい精度、しかし隙は あるッ!」

 

 

水底に曲剣の先が沈み込むほどの振り下ろしはしかし次に持ち直すまでに通常より時間を要する物なのだ。加えて白狼天狗の踝程度まである水深では鎧の戦った場所よりも深く余計に遅れが出るであろう。

 

 

「食らえッ」

 

 

鎧の振るったほどではなくとも片手で二度横凪に振るわれた大斧は、その重い刃と微弱ながら帯びた雷で騎士を怯ませまた一撃一撃を着実に中身へと与えた。

 

良い手応えを感じながら褐色の白狼は一度後退して距離を取る。

 

褐色の白狼が再び機を見るべく騎士の薙ぎ払いを回避する頃、別の騎士と対峙している方向が弾幕の光に包まれた。戦況の気になった彼女がチラリと横目に確認すると、騎士の溜めを弾幕で阻止しその隙を攻撃する姿が見えた。

 

 

(うまくやっているようだな…)

「っと 危ねぇッ」

 

 

彼女が隊員へと意識を逸らしたほんの瞬間に曲剣特有の滑らかな連続攻撃が繰り出され、それに気付いた褐色の白狼は目の前まで迫っていた鋒に身を翻してこれを避けた。

 

 

「まだだ——なぁッ」

 

 

不意に大曲剣の両端を掴んだ騎士は乱暴にもこれを大ジャンプからの落下攻撃に繋げて連続で振り下ろす。急に飛び上がった騎士を警戒して距離を取った彼女はしかしその乱暴ながらも精密な刃に捉えられ———

 

 

「不味———

 

 

 

 

 

 

 

「———援護しますッ!!」

 

 

横あいから騎士へ浴びせかけられた大量の弾幕にまたしても助けられた。

 

驚いて回避してから見ると階段の向こうにある建造物のアーチ口から白狼天狗十数名が、褐色の白狼が相手取る騎士へ放っているのである。その位置から弾幕を撃てる部隊は一つしかないであろう。

 

 

「!!椛か…っ!」

 

 

椛隊との合流が、ここに成った。

 

 

「すまないっ!俺より先に部下の方へ回ってくれ!!助かったぞ!!」

 

「分かりましたっ!」

 

 

返事した方を見るとそれは

測量隊の副隊長であった。

 

 

「——ッ!」

 

 

情を気取られぬようにと目を背けるが、彼女の中にはハッキリと()()()()の暗い影が浮かび上がっていた。

 

 

騎士が褐色の白狼へと進みでながら腰を捻り右手を振り上げる。

これを瞬時に見とめた彼女はかの鎧を模して居合のような構えを取り、曲剣の振り下ろしより一瞬早いかどうかで大斧を両の手を使い全力で斬り上げた。

 

 

これが上手いことに騎士の大曲剣を胴当てを切り裂いたのちに払い上げ(パリィし)、騎士は体勢を崩して首の穴を前に手を付く形で倒れ込む。これを見た彼女は空かさず大斧を首の穴目掛けて振り下ろしこれによって相手の命を刈り取った。

 

 

「よしッ!——と……ぁ——ッ!?!」

 

 

糸の切れた敵を確認して隊員の救援へ向かおうとした時、彼女の目は最悪のタイミングで最悪の事象を見てしまった。

 

 

 

 

 

階段上方へ巡回して戻ってきたあの騎士が

 

全くの新手として階段を急ぎ降ってきているのだ。

 

 

 

 

 

階段の下方でこれだけの騒ぎ(戦い)を起こしていれば気づかない方が難しいであろうという考えに至ったがしかし彼女はそれを見る事しかできなかった。

 

そしてそれら二体の騎士が奥の一際高い橋の下に差し掛かった時。

 

 

 

 

二つの白い影が橋から下りてその甲冑の首を貫き通したのだ。

 

 

 

 

 





前回で合計文字数が22222字、平均が4444字のゾロ目となりなぜか喜んでいた作者、人間性です。こういう至極くだらない内容でもなぜか嬉しい事ってありますよね。

それはさておき、DLC2で人間性の沼地に本来配置されている量産型アルゴーには居なくなってもらいました。私はヤサシイので。


さて次回は椛側つまり沼地の外から見て左側を攻略していく方のお話となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三、

 
前回のあらすじ

褐色の白狼、ナニカ、大斧と大曲剣
 


 

褐色の白狼が鎧と対峙するその頃。

沼地を左回りで迂回するもう一方の白狼部隊である椛と測量隊を含めた十五名は追われていた。

 

 

時間的な制約ではなくて追われているのである。

 

 

火の粉が舞い椛の髪の毛先がその熱に焦げて煤けていた。

竜の頭の盾を手にした胸に灼ける穴の開いた彼ら三人の黒い騎士たちはそれぞれ直剣や槍を得物にしていたのであるが、それらが火を纏って形を成し直剣は大剣に槍が剣槍にとその姿を変えた時、直感的に撤退を選んだところまでならば椛は賢明であっただろう。

 

しかし彼らの足の速さとその独特の剣技そして何よりもそれらの間合いの広さを見誤ったのは痛手である。

 

 

退路を塞ぐように突出する槍に合わせてもう一人の騎士が火を纏った直剣で飛び込み斬りをし陣形に穴を開け、三人目の騎士が火を吹く盾を手に威嚇しながら進路を絞らされた挙句に椛は全力で突破前進することでこの状況の打開としたのである。

 

見る人が見れば最大の悪手であり、またそれは勇人のような奇策であろう。後者についてはそれが上手くいけばであるが。

 

 

結果としては悪手中の悪手に終わった。

 

 

突破して逃げた先で沼地から上がってきた人面蠅——半人半蠅というのが正しいか——を引き付けてしまい、さながらパレードのような地獄絵図となっている。

 

振るわれる剣や槍の火の粉が舞い、青く光る透明な魔術の残滓が火の粉と混ざって踊る。

 

 

沼地は足を取られるのでと傾いた教会の屋根の上を走る途中、測量隊の隊長が椛に話しかけた。

 

 

 

「椛さん、一度狭い通路に誘い込んで各個撃破できないでしょうか?」

 

「そうは言っても…その通路にアテはあるのですか?」

 

 

 

測量隊の隊長は頷いて進行方向の先を指差す。

それは騎士たちがいた、また現在走り逃げている真っ最中である沼地に沈み込んで大きく傾いた教会の屋根のその先を登る細い坂道の先である。

 

 

 

「あそこにある建物ならどうかと思いまして。」

 

「罠の可能性もありますから慎重にやりましょう。ゆっくりとはしていられないのですがね。」

 

「えぇもちろんです。測量隊が先行して屋内を制圧しましょうか?屋内戦ならば短刀の方が槍や剣よりも有利ですし、できればその中で負傷者の手当てを行いたいので。」

 

「ありがとうございます。では各隊から負傷者を引き抜いての先行をお願いします。後ろは我々で誘引しつつ制圧確認まで押さえます。」

 

「測量隊!我々で先行するぞ!」

 

「負傷者は測量隊と共に屋内へ向かってください。残りで殿を勤めます。」

 

 

後退に失敗した折で火傷を負った者が多い椛の部隊では十名中四名が測量隊へ伴った。

 

 

「制圧を確認次第、そちらへ伝えます!」

 

「分かりました!」

 

 

測量隊の五名が各々に腰の短刀を抜き、その後ろへ負傷者が続いて坂を登ってゆく。同時に椛は部隊を励ましながらその場に止まることを改めて伝え、継戦した。しかし依然として劣勢。

 

騎士が得物を振るえば熱風が吹き荒れ火の粉が舞う

蠅が詠唱を行い乱れればその歪な魔術の残滓が踊る

そしてその度に一人また一人と戦闘を離脱していくのだ。

 

蠅の木の枝を模した魔術が白狼の一人を刺し貫くと、それを晒し上げるようにして掲げる。彼女はその枝を動かされるたびに言葉にならない声と喘鳴を上げまた酷く血生臭い音をその全身から発した。

 

 

グチグチッメキョゴキョ

「あ”あ”がぁぁ——ウギィッひ ぅ」

 

 

二本の枝に刺し貫かれ終いには地に叩き落とされたそれは最早息がなかった。

 

勇敢にも槍の騎士へ突撃した白狼は、その刀と相手の剣で鍔迫り合うも繰り払われ剣のまとった焔に貫かれて焼き殺された。

 

 

此処まで来て逃走から切り替えた為か陣形が乱れ各個撃破されてその命を儚くそして無惨に散らしていく光景は、白狼部隊にさらには椛にまでもその心を痛めつけるのに不足がなかったのだろう。

目の前まで迫り繰り出しては引く死の波が天狗たちを恐怖させ白かった盾を焼き焦がし、またジリジリとその足を後ろへ下がらせる。

 

 

下がるな!測量隊の報告を待て!」

 

 

椛が下がらんとする白狼部隊の端でそう怒声を飛ばすも、もうもはや戦闘が崩壊するまでないと見えた丁度その時。

 

 

「椛さん!屋内の確保が完了しました!!」

 

「下がれ!狭い通路で一体ずつ処理するぞ!」

 

 

普段の口調もすでに忘れた椛が号令を掛けると一斉に白狼部隊が坂を登り、その先の狭いアーチで盾を重ね合わせて防御陣を敷き直す。

格子戸の先へ負傷者は手当てのために運び込まれており、背後は狭い四角形の部屋があるのみである。しかしもはや前衛は残ること椛含めて四名のみ。一応はその背後に測量隊の三名が構えているものの、短刀のみの装備ゆえに前衛には向かないのだ。

 

 

「固めろ!必ず全員で一体ずつ相手取るんだ、ここを突破されてはいけない。」

 

 

この行列のうち殆どを構成している蠅ならば、魔術さえどうにか逸らせれば四人固まって撃破できるためである。とはいえ天狗の盾では妖力弾を防ぐことは出来れども彼らの魔術には効果を発揮せず、これは避ける必要があった。

 

坂を登ってきた蠅の魔術を椛とその横にいた白狼がバックステップで回避し続け様に飛びかかって斬り付ける。これに怯んだ蠅へ残る二人が各々の白刃を振るうと簡単に打ち倒すことができた。

倒れる蠅の奥へと椛が目を向けると、尚も坂を登りくる大量の蠅のさらに後方に黒い騎士が二人未だに追撃せんとしている。もう一人は追撃を諦めたらしく姿は見えない。

 

 

「蠅を片しつつ、奥の騎士二人に備えてください。おそらくあれらが最後です。」

 

 

口調の戻った椛につられて一目それを睨んだ白狼が答えた。

 

 

「三人全てを相手にする必要がないだけ良いでしょうか?」

 

「さぁ…どうかしら、ねッ」

 

 

言いつつ次から次へと狭い坂を駆け上がってくる蠅を往なし、突いて斬り数を減らしつつ防衛線を留める。しかし敵が減れば減るほどその後方に陣取る槍騎士と剣騎士がこちらに迫るのでそれが恐ろしくもあるのだ。

 

 

「———っ、来ますよ……!」

 

 

地獄の業火を思わす様な、燃え盛る炎が剣の形を成したそれは剣槍の如く、また同じように炎を纏った直剣は大剣の如く。胸甲にぽっかりと空いた暗い穴は深淵のように。左手にある大きな竜の頭は未だ生きているかのようで、炎の発する光とその陰に照らされて酷く不気味に写る。

 

対する白狼の四人は灰色に煤けた中盾を並べて壁のように、また血に塗れた白刃を連ねてかの騎士を見る。よも通さじと剣呑に。

 

 

——-ヴォォォ——

 

燃える焔がその火力を増し、尾を引いて真っ直ぐに盾へ激突する。白狼は歯を食い縛ってなんとか堪えるも間髪入れずに今度は横薙ぎと続き、一枚の盾があまりの力に捲られた。

 

 

「うぐゥ——ッ」

 

 

しかし槍の射程が仇を成す。

狭い通用口で防衛線を張ったことが功を奏して騎士の槍が壁に勢いそのまま当たり跳ね返されると、生まれた隙に白狼三人が斬りかかりまた力強く突いて一歩退かせた。

 

しかしこれで折れる騎士にあらず。

また一歩と退き距離を取り直した騎士は再度槍に火を熾して正面へと踏み切り強力な突きを繰り出した。またそれは不幸にも四枚の盾の丁度真ん中を貫いて、左右の白狼へ大火傷を負わせる。

 

 

「「あづッ——ぐぅぅぅ!」」

 

 

盾を持つ左腕を火傷した白狼はしかし残った右腕を突き出し反撃を試みる。されどこれも竜の頭の盾を持ってして防がれた。硬い竜頭に阻まれて返された一太刀に続いて、一度騎士は半歩後ろにさがった。

 

 

——後退か——

 

退がるにしては中途半端で、向かうにしては得物が槍であるために近すぎるその半歩。

しかしながらこれを後退の動きと白狼たちが見たのをまるで待っていたかのように、騎士はその左手にある竜頭を掲げた。

 

予想し得なかったその動き。

冷静に見れば隙しかないその動きに反応の遅れた白狼天狗は瞬間、その軽い体を吹き飛ばされた。

 

掲げられた竜頭はくわっとその口を開くと前にした白狼天狗を双眼で睨みつけ、低く高い何とも言えないような轟音を——竜の咆哮を——断たれた筈の喉を大いに震わせて、音の衝撃を伴って発したのである。

 

 

「なっ———しまった!!!」

 

 

椛の倒れたその後ろで剣槍が振るわれ熱風が吹き荒れた。

 

 

「大丈夫ッ、です!」

 

 

槍の間合いの内側へ掻い潜って潜り込んだ測量隊の隊長含め三名が、短刀で以て肉弾戦へ持ち込んでいるのである。盾にさえ気を付ければ相手の攻撃は当たらないそんな至近距離で。

 

 

「!援護感謝しま——」

 

「——椛さんはもう一人をッ、お願いします!!」

 

 

立ち上がり測量隊の方へと向かおうとした椛に、測量隊の隊長がそう言い切るかどうかという刹那。入り口から槍騎士の背後に控えていた剣の騎士がどっと飛びかかり火の粉を巻くように散らせて薙いだ。

 

椛は咄嗟に屈み頭上を通るのを確認すると直ぐ様剣の騎士を斬り付ける。その隣には槍の騎士に左腕をやられて盾を捨てた白狼と、同様にして刀を捨てたもう一人が対になって並んでいた。

 

 

「!無理しないでください…。」

 

「いえ、退くわけにはッ いきませんから。」

 

 

迫った火の刃を片割れがその盾で防ぎ、もう片割れが刀で斬り付けるようにして戦いに参加する。しかしその向こうではまた一人の白狼が、正面も背後も敵の火に挟まれて焼き切られていた。

 

 

「ぁカ———かヒュッっ——」

 

 

隙間風に似た喘鳴を残して。

それをしっかりと見てしまった椛は目を見開いて、直ぐに目を逸らしてしまってから声を発した。

 

 

「っ!…背後が危険ですッ、から前に押し出しましょう!」

 

 

白狼の前衛は残り僅か三名。

椛の背後では鈍く何かが突き刺された音が聞こえたものの、もはや振り返れはしなかった。

 

 

「〜〜ッ、このっ!!!」

 

 

左手の盾を前に勢いよく騎士にぶつかりに行き、押し出した椛は続けて刀を縦に振り下ろし更に斬り上げた。怯んだ剣の騎士へ左隣の片腕の白狼が刀を突き、鋒が欠ける。騎士の甲冑に跳ね返された刀の隙をついて騎士が剣を振るえばもう片割れがさらに前へ踏み込んでそれを盾に受け切った。

 

騎士が左手の竜頭を構え、その口が火炎を吹く。

瞬時に盾を構え、また片割れも盾を構え直して対応したその時。

 

 

「椛さん左通しますッ!!」

 

 

椛の左脇を力強く突き通った真っ黒に煤けた豪華な槍が騎士の胸を穿ち貫いた。

 

 

 




 
予定していたところまで書ききれなかった人間性がいるらしいですよ。
……私のことです申し訳ございません。

ところで話は変わりますが、本作の更新は木曜日の正午(11:59)となっています。個人的な偏見で「週末は競争率高い」と思い、平日の昼に自動投稿をセットしているのです。


—追記(2020/10/05)
次の執筆は投稿に間に合わないかもです…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四、

 
前回のあらすじ

輪の騎士と椛、そして槍



 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「私、訓練兵時代から剣術よりも槍術の方が優れていましてね〜——」

 

「そ、そうなんですか…」

 

 

隊員を屠りまた剣の騎士を討った黒い槍を持ちそれを眺めながら話す白狼天狗——測量隊の隊長——を見る椛は自慢げな彼女にかける言葉を思い至れずなおも模索する。

 

 

「——背後から刺した短刀が抜けなくなってしまったので咄嗟の判断で相手の槍を拾いましたが功を奏しましたね、よかったです。」

 

「…えぇ、それは助かりましたよ。」

 

 

ここにはいないが褐色の白狼であれば思うところもあって敵の武器を拾ったのであるが。

彼女に対しては天然なのだろうと、椛は口に出さずそう結論づけることにした。要は考えることを諦めたのである。

 

椛が新たに話を切り出す。

 

 

「さて今後の方針ですが、どうしましょう?」

 

 

考える素振りをして見せた測量隊の隊長は答える。

 

 

「格子戸の向こう側の部屋は現在負傷者の手当てに使っていますが、教会の向こう側の沼に再度繋がるようです。しかし敵からは認知されていません。……まるでこうあるべくして作られたような都合の良さですね。」

 

「都合の良い構造…ですか。」

 

「えぇ、間違いなくここからの道にはなんらかの罠があるかと。」

 

 

格子戸を通った先の広い部屋から沼を覗き、左手に見える大階段を指差してさらに続けた。

 

 

「それを考慮するとここから大階段へ向かうのは危険かもしれません。隊長さん*1の部隊を待って援護に入るとかはできそうですが……。」

 

「なるほど…もう一つのルートは()()ですか?」

 

「やはり椛さんは気付いていましたか。」

 

 

格子戸を再び潜って元の小部屋へ入ると隅の天井を見上げた。ぽっかりと空いた穴には折り畳み式の梯子が上げられている。

測量隊の隊長はまだ続ける。

 

 

「探せばアレを下ろす手立てがあるかも知れませんが、アレを設置したのが敵方ならばバレるのは必然でしょうし…」

 

「そうね。」

 

「…それに我々白狼ならアレを壁から登るなんて造作もないでしょう?」

 

「…?」

 

 

椛は一瞬目の前の白狼が何を言っているのか理解できなかった。故に思わず彼女は聞き返す。

 

 

「え…アレを上まで登ろうという事ですか…?」

 

「それ以外にないですよっ」

 

「でもですよ、私たちには負傷者もいるんです。彼らには幾ら梯子があっても傷には悪いですしさすがに私はそんな無茶させたくないんです。わかりますか?わかりますよね?」

 

 

若干早口になっていることは椛本人も自覚していた。

 

 

「でしたら健常なものだけでもいいかと思いますが…どうでしょう?」

 

「健常なものだけで…——」

 

 

ちなみに現在の椛隊は白狼の前衛十名のうち三名戦死、六名負傷(うち二名欠損あり)でかろうじて無傷なのは椛のみ。また測量隊五名に欠けはないもののその隊長以外の四名が衛生兵を兼ねているため負傷者の手当てに回っている。つまるところ——

 

 

「——…私たちしかいませんよねそれ。」

 

 

椛と測量隊の隊長の二名のみとなる。

 

 

「あれ…だから二人で話しているんだと思っていたんですが違ったんですね椛さん。」

 

「いや、部隊の展開を決めるなら普通はそれぞれの隊長同士ですり合わせをすべきかなと…」

 

「そういえばそうですね。戦闘面では測量隊などアテにならないので無意識に判断から除外していました。」

 

 

誰が言うんだというのもまた椛の心の内である。

 

 

「はぁ…それはそれとして、我々で上へ向かうにしてもこちらの指揮は誰に取らせますか?私の副隊長はもう…居ませんので。」

 

「測量隊の副隊長を充てましょう。隊長さん*2の部隊への援護は基本弾幕になりそうですが、役立たないことはないでしょうし。」

 

「そういえば弾幕は試していませんでしたね…盲点でした。」

 

 

椛は戦いの内に平静を失っていたことに気づき、自責をしながら繋ぐ。

 

 

「では私は先行して上に登りましょうか。梯子を落としますのでその間に部隊へ伝達を行ってください。」

 

「わかりました。」

 

 

軽く飛び上がった椛は続いて石レンガ積みの壁に片足をかけて蹴り上がり、軽々と縦穴の中に入ると畳まれた梯子は使わずにそのままの要領で駆け上がった。畳まれている下半分の梯子がほんの拍子に滑落するのを防ぐためであった。

 

 

「っと…」

 

 

縦穴を登り切り、狭い空間に出た椛は下へ声を掛けて確認した上で梯子を蹴落とし無事に掛かったことを見てから狭い通路を通り先を偵察しに行った。

 

 

「…外ね…」

 

 

縦穴をかなり登ったことからなんとなく察してはいた椛であったが、そこは下の建物の屋上でありまた庭園のような雰囲気であった。芝生を敷いた床には花が咲いており、採光窓のような役割をしているらしいドーム状の建造物が二棟ある。

 

 

「これ以上はやめておきましょうか…。」

 

 

椛が元来た道を戻ると縦穴から槍が伸びてきたところであった。

 

 

「すいません椛さん…槍を先に持っておいてくれませんか?」

 

「えぇいいですよ。」

 

 

ひょいと差し出された槍を椛が受け取ると登ってきた白狼は踊り場で背筋を伸ばして言った。

 

 

「やー大変でしたね。縦穴が案外狭いんですから苦労しましたよ…この槍もなかなか長いですし。」

 

「洋式だとこれくらいは有るモノなんでしょうかね…」

 

 

そう言いつつ槍を返した椛は再び狭い通路から屋外へ出た。

 

 

「梯子登っているときも思っていましたがなかなかの高さ有りますね…。」

 

「そうですね。ここの奥はおそらく大階段を見下ろす位置ですからそこを確認したら戻りましょうか。護るなら絶好の狙撃ポイントですし。」

 

「確かにそうですね…私も敵方ならここに誰かしら置きますしそれは確実でし——ムグッ」

 

 

測量隊の隊長が言い切る前に口を塞いだ椛は、驚いているその槍を持った白狼に建物の影へ入って小声で告げる。

 

 

「…手前に巨人が一人と奥に騎士が一人いるようです」

 

「ムグムグ…うぐうぐ」

 

「…騎士に行くって?」

 

 

コクリと頷いた白狼を見て椛は少し考えたのち、口から手を離して答えた。

 

 

「では私は巨人に向かいますが……心配です。」

 

「大丈夫ですよ、きっと。」

 

「…出来る限り急いで、直ぐに手伝いに行きますからどうか…」

 

「えぇ。ではご武運を」

 

「…ご武運を」

 

 

そう言い合ってから測量隊の隊長が建物の左側から、椛が右側から先行しつつ出た。

 

建物の影から出た椛に対する巨人の反応はいち早く、天を仰いで低く響くようである声を上げた。

 

 

 

 

 

オオオオォォ——

 

 

 

 

 

その巨人を囲むように橙色の靄が立ち上り人の形を成していく。その情景は椛にとって覚えのある()()であった。

 

 

「——ッ!ということは幻影攻撃っ!」

 

 

ゆらりと立った弓兵(幻影)がその弓を番えて椛に構え放った。しかし椛はこれを左右にステップを踏むことで初弾を回避し続く矢もまたこれに成功する。

 

 

「癪ですが、知っているんです——」

 

 

三回目の一斉射撃を行なって薄れ消えた弓兵のタイミングに合わせて、椛は刀を抜き放ち巨人に斬りかかる。

 

 

 

——まだ『詠唱』はされていないから大丈夫…なッ——

 

 

 

二、三と斬撃を重ねた椛であったが突如として背後から与えられた重い衝撃と鈍痛に顔を顰め、また瞬いた時にはうつ伏せに地面へ叩きつけられていた。

 

 

「——ぁッ だつ何ッ?!」

 

 

未知の攻撃が続くと咄嗟に判断した椛は、なお痛み続ける体に鞭打って左手で芝を摑み身体の左側面を軸に翻す。仰向けになったことで背中が酷く痛んでいたが気にする余裕はない。

 

そこにいたのは金床のような形をした大槌を手にする、二本の角のような兜の装飾が特徴的な騎士であった。金属特有の光沢があるものの弓兵と同じく橙色の靄に包まれており、彼が幻影であることを示している。

 

おそらく最初の詠唱の時点で召喚されていたのであろう。

 

 

「器用な…んぐゥゥッ」

 

 

既に二度目の詠唱に入らんとしていた巨人から離れるべく、椛は無理矢理に立ち上がって背後へステップを踏んだ。弓兵の幻影の間を縫うようにしてその包囲を脱すると先ほどまで椛の倒れていた位置へ矢が大量に刺さる。

 

 

「いッづぅ 危なかっ——」

 

 

しかし次の瞬間に椛が目にした光景は、絶望的であった。

 

直ぐに狙いを定め直した弓兵の矢が、背の痛みに震え息を切らせた椛の小さな体に向かい来るのである。

 

 

「ぁ——があぁぁぁぁ!!!」

 

 

二度目の斉射をその身に受けまた膝をついてしまって再度叩き込まれた幾多の矢雨に、例えそれが幻影であると分かっていても体の髄から発せられる熱くさえある激痛に椛は耐えかねて倒れ伏しながら喘ぎ叫んだ。

 

 

「はぁッ—はぁッ——ぁあ…」

 

 

此方へと重い得物を担いで歩む騎士の姿が椛の目にハッキリと写った。が、もはや立ち上がることもできずそれを見るしかなかったその時——

 

 

——巨人の()()()が響き渡った。

 

 

朦朧としながら膝をついて消えゆく騎士を見る椛に、巨人のいた方向から声が近寄ってきた。

 

 

「———か?——夫です—?」

 

「……ぁ」

 

「—さんっ!?椛さん大丈夫ですか!いま術式を——」

 

 

見ればそれは槍が火を吹き剣槍のようになった———白狼であった。白い装束の所々が焼けて、火傷を負ったようではあるものの槍を杖のようについて椛を揺らし起こすその表情には尚も椛を心配するような気色が見て取れる。

 

 

「——ぁ…ぅうんぐ、大っ丈夫です よ。こッれは、幻影…ですから。」

 

「…私を心配する場合ではありませんでしたね椛さん。」

 

 

椛を左肩で支えて立ち上がらせた測量隊の隊長がそう言った。椛が顔を見ると左側面にも火傷がある。

 

 

「…ふっぅ そう…でしたね。あぁ、もう大丈夫そうです」

 

 

椛が立ち上がったころには腹に受けたはずの無数の矢は消えており、傷も背中以外は無くなっていた。

幻影の効果が短いことを考えると射命丸があたった巨人よりも弱いか、その劣化コピーであったのかもしれないなどと椛は思いを巡らせた。

 

 

「…騎士はどうしたんですか…?」

 

「突き落としてきましたよ…手摺りから大階段へ。……多分生きてないです。」

 

「そう、ですか…」

 

 

相変わらず思い切ったことをするなと呑気なことを考えながら椛は彼女の方から離れ、背中の傷がまだ痛むのを気にしながらかの白狼が持つ()()へと目を向けた。

 

 

「で、それはどうしたんです?」

 

「これですか。…分からないです。」

 

「…分からない?」

 

 

椛の配下にあった隊員を三人も屠ったその——椛にとっては——忌々しくまたトラウマに近いその火の刃を()()させたながらその方は知れないという奇妙な状況に椛は首を傾げた。当の白狼もまた同様であるが。

 

 

「椛さんの叫び声が聞こえて、助けなきゃって必死になって巨人に向かったんですが…その途中で火がついたようなんです。」

 

「…そうでしたか……」

 

「私、治癒術式をひとつだけ使えるのでそのおかげかもしれませんけど…——」

 

 

治癒術式。

妖力を使用したものであり、応急処置技能を求められる測量隊に彼女が組み込まれた一因でもある。がかなり古いもので効率があまりよくないのと、術式構成ののちに妖力を流し込むため二度手間でありあまり実戦向きではないとされ衰退した。

 

 

「——あぁっ!そんなことよりですね!!」

 

 

突然慌て出した白狼に不意を突かれて驚いた椛であったがその白狼の様子に良くない予感がしたために口を噤んで事へあたる。

 

 

「騎士を突き落とした時に見たのですが、大階段で隊長さんの部隊が戦闘に入りま——」

 

「——!!それを早く言いなさいッ!」

 

「すいません、で敵の増援をこの先の橋から奇襲できそうなのです。」

 

「…橋から…?」

 

「えぇ。さぁ行きましょう!もう敵方も反応を起こしていても不思議ではありませんから——」

 

「——えちょっと待って——」

 

 

白狼の言うことをあまり理解できないまま、またされるがままに椛は白狼と屋上庭園の先にある梯子から橋へと下り、そこから背後を振り返って敵の戦士を見た。

 

そしてやっと言うことの意味を理解してしまったのである。

 

 

「え…まさかここから飛び降りたりなんてしませんよね?弾幕とかそう言う——」

 

「——もちろん飛び降りますよ!?」

 

「…え?」

 

「落下して敵の首の部分に武器を突き入れればきっと人ではなくても致命傷に至るはずです。」

 

「いやそうですが一度考え直しませんか?これかなりの高さですよ——」

 

「——あっあっもう直ぐ下まで来てますよ!?いきましょう!」

 

 

直ぐに橋の下を睨むとその騎士の首——黒い靄に包まれた伽藍洞——が橋の影から出んとしているのである。

 

もう、時間がない。

 

 

「うぅっ しょうがないですね、行きましょう…ダメだったら責任お願いしますよ。」

 

「ダメだったら命を落としますがね……行きますよ…」

 

 

片や白刃を抜き放ちまた片や槍を構え直して大火を纏わせる。

示し合わせたように同時に互いの得物を構えた二人はまた同時に数えた。

 

 

「「3 2 1ッ」」

 

 

そして二つの白い光は空を駆け、戦士の首を貫いたのであった。

 

 

 

*1
遠征隊の隊長。褐色の白狼のこと

*2
*1におなじ





急ぎ足気味になっているとすればそれは私が投稿日の早朝にこれを書いているからでしょう。多めに見てあげてください。

話は変わり戦闘描写について。
「ココわかりにくいヨ!」とかがあれば教えてください。個人的にはかなり書き慣れてきたかなぁと言ったところなのですが、それは自分で見ているからでしょうし…と思いまして。

ではおやすみなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五、


前回のあらすじ

落下攻撃が有効




此方を覗き窺うようなその黒く暗い穴へ、真っ直ぐに刀身を突き入れた椛はただの空間であるはずのその甲冑のなかに()()()()()()()()()()かのような手応えがしたために快くは無いといった表情を呈す。

 

深く刺さってしまった刀を無理矢理に抜き、また再度トドメにと突き刺すと前に傾いた重心のままに鎧は力をなくし崩れ落ちた。

戦士を斃すと同時にナニカが入り込み自身の内側に溶け込むような奇妙な感覚が褐色の白狼と同様に椛やそばの槍の白狼を襲うも、彼女らはそれに構ってはいられない。

 

合流を果たした褐色の白狼が遠巻きながら椛に声をかける。

その横では二体の戦士が弾幕に覆われ、白刃に囲まれて討ち倒されていた。

 

 

「椛!無事だったか?」

 

「えぇ、…負傷はしましたが戦うのに支障はありません。」

 

「私も大丈夫ですよ。隊長さんの得物もなかなか()()になりましたねっ!」

 

 

大斧を指差してそう測量隊の隊長が言うと、褐色の白狼は少し気まずそうな顔をしてからなんとか苦笑いをして返す。

 

 

「ふふっ…槍にしたのだな。槍術に優れていたのはよく覚えているよ、天狗の性質上槍兵が好んで運用されないのが実に惜しかったが…ここに来て役立ったな。」

 

「えぇ、覚えていらしたんですね。」

 

「もちろんね…君のタイプは珍しいからだが。」

 

 

燃え盛り剣槍のようになっている槍に目を奪われた褐色の白狼はしかし切り替えて、遠征隊としての動きを再度決めなおすために一度椛隊が出てきた建物へ入るよう促した。

 

 

「で…俺の方は戦死者が二名出た。負傷は全員が大小関わらず負ったが…簡易処置はしたし治療も今受けたから戦闘に支障はない。」

 

「測量隊の人数に欠けはありません。ただ装備的にも、兵科的にも戦えるのは私一人かと。」

 

「そうか…まぁ衛生兵がいるならそれだけでもありがたい。……椛は?」

 

「私の部隊は…十名中三名が戦死、六名が負傷して内二名が…重傷です。二人とも戦う気でいるのですが私としては戦ってもらいたくありません。」

 

 

見たためにある程度状況はわかっていた褐色の白狼であるがやはり頭を悩ませる。

 

 

「むぅ…一応負傷者の内四名は快復したのかね?」

 

「先程衛生兵の一人から報告を受けましたが、前衛は厳しいと言わざるを得ません。ただし椛隊側は戦闘に弾幕を使用していなかったので妖力には大分余裕があります。」

 

「そうか…否が応でも我々が前衛を張るしか無いな…」

 

 

俯きがちだった椛が顔を上げて言った。

 

 

「…申し訳ありません…私の部隊での損失が大きいばかりに…」

 

「いや、椛や君の部下たちに非はない。…死んだ隊員のことに負傷した者の存在を気に負うのは仕方がないし負うなとは言ってやれないが、少なくとも君たちはよくやった。」

 

 

「だからといって死んでいった者たちの存在を否定なんてできないが」と付け足して褐色の白狼が辛そうながらも言うと椛は目に涙を浮かべながらそれを噛み締めた。

 

 

「…ありがとうございます。」

 

 

微笑んで頷いた褐色の白狼は一呼吸置いて再び話し始める。

 

 

「さて、それで今後の方針はどうすべきだろう?」

 

 

測量隊の隊長が口を開く。

 

 

「調査続行か、一度帰還するかですか。」

 

「うむ。」

 

「薬品の在庫はありますから続行する場合も処置は可能です。」

 

「…先程測量隊の隊長からありました通り、椛隊は妖力に余裕があるので弾幕のルールに基づかない(実戦用の)妖力弾でも後方支援が可能です。」

 

「…賢者に怒られそうだがこの際仕方があるまい…敵方は本気(真剣)だからな。命のやり取りに早くも戻る事になるとは思ってもみなかっただろうが。」

 

 

紅霧異変に於いて提示された新しい「力」の秩序は広まった後のたった二ヶ月で破られることとなったのだからままならないであろう。しかしそれだけ今回の異変がイレギュラーであることの証左であるとも言える。

 

 

「ともかく俺の方で前衛を、椛隊で妖力弾による後方支援を、測量隊は衛生兵を兼ねてさらに後方に待機するカタチを取ろう。椛は衛生兵の背後を護るようにしてもらいたい。」

 

「わかりました。」

 

「槍の間合いを考えると私も前衛に加わった方が良いですね。」

 

「あぁ、そうしてくれ。」

 

「了解しました。」

 

 

二十名に減った遠征隊が、階段を登る。

 

 

「先程の甲冑の増援は無いですかね。」

 

 

槍を持った白狼がそう言うと褐色の白狼も椛も何とは無しに安心するが、同時に不気味に感じるのである。

構造的に防衛の要衝であろうこの大階段で戦士と雷を投げる生ける亡者の他に居ないと見え、また戦士は撃破済みであるためにやけに静かなのだ。

 

椛が口を開く。

階段の中腹前である。

 

 

「雷を投げる亡者、口に出すとなんとも妙ですね。」

 

「雷を起こすのは神の御業ながらそれを発するのが亡者(妖怪)だからな…見た目通りの存在かはわからないが。」

 

「…元神事者だった場合ならあり得るんでしょうか?でも信仰する者が妖怪になると言うのもおかしいですね。」

 

「…うむ。」

 

「何より私は雷を学べないのが残念ですがね〜」

 

 

槍を持った白狼が雷を発する亡者をそれが居た脇道で倒しながらそう言うのを半ば聞き流しつつ、椛は階段を見上げる。

 

中腹に掛かっているのは先程飛び降りた橋、そして奥には聖堂と城壁が迫っていた。飛び降りた時までは高い以外に何も感じなかったはずのその橋が、下から見るのでは()のように構えるので不気味なのである。

 

 

 

——嫌な予感がする——

 

 

「この先少し注意して進みませんか?」

 

「椛の勘は怖いからな…そうしよう。」

 

「椛さんへの信頼度高いですね。同意しますが。」

 

 

そう話しつつ再度陣形を組み直して中腹を越えんと足を踏み出したその時、階段下方の沼の方面から大きな影が低く不気味な風切り音と共に飛来した。

 

 

「「「!!?」」」

 

 

両袖が裂けボロボロの黒い上衣を翼のように巧みに操り、聖堂の前に着地したソレは紫色に光る目で白狼たちを睨みつける。

 

 

「…ッ」

 

 

ソレは腰の刀から左手を離し変わって右手に大火を熾すと階段上方から白狼たちを目掛けてそれを奔流として放った。

 

言葉はない。

 

 

「——ッ不味い!脇道へ入れ!」

 

 

咄嗟に声を発したのは褐色の白狼であった。

それに反応して正気を取り戻した彼女らはすぐさま先程まで亡者のいた脇道へと入り炎の奔流を凌ぐ。

 

炎の壁の如く目の前を過ぎるそれはまるで鉄砲水のようですらあった。

 

 

「よし、直ぐに次の障害物へ行くぞ!動け動け!!」

 

奔流を避けられたのを見とめた時点でソレは次の動きを決定し、奔流の反動を左腕でも支え制御しながら()で飛び上がった。その際脇道から照射点をずらさぬようにしていたのは動きを悟らせないためでる。

 

 

「闇ハ、通せぬ。()()()まデっ…は」

 

 

奔流が途切れて直ぐ狭い通路からでて階段を駆け上り、次の橋の根元へと移動する白狼をソレは翼で滑空しつつ炎で薙ぎ払う。

 

大階段から火に焦されて泣き叫ぶ声が上がった。

するとソレは翼を翻し旋回して今度は急降下を仕掛ける。

 

 

「づッッッあぁが」

 

 

薙ぎ払いをもろに受けたのは隊列最後尾の椛であった。伸びていた白髪が灰になり、また全身に及ぶほどの火傷で嗚咽を漏らしながら必死に耐えようと、本隊に追いつこうと藻搔いていた。

 

 

「椛さんッ!!」

 

 

隊列を外れて椛の元へと疾るのは測量隊の隊長。椛のそばに膝をつく。

 

 

「おい待てやめろッ!!ヤツが来るぞ!!?」

 

 

褐色の白狼が空を見て直ぐ止めようとしたがもはや間に合わなかった。

 

 

「椛さんッ術式を、掛けてあげます…ッあ”」

 

 

術式構成と妖力を流し込むという二度の手間が仇をなしたか。

急降下から測量隊の隊長の首を掴み軽々と持ち上げたソレは紫色の瞳で射抜くように彼女を見ると掴んだ右手に力を込める。

 

 

「—————ッッカ あっぁぁ!!!—」

 

 

ソレは彼女の首の骨をいとも容易く粉砕し更には右手に溢れ出した火を以ってして一気にその全身を灼き切った。

 

 

「あぁ………」

 

 

あまりに現実味のない目の前の光景に、一気に焼き尽くされ灰塵に帰したかつて白狼だったはずの物にただ唖然とした椛は声を漏らしてそれを見つめた。

 

 

「椛ッ!椛ッ!?動け!くそッ…」

 

 

褐色の白狼は急いで駆けつけると椛を強引に抱えてその先にある建物へと入るように本隊へ命令し、また自らもそこに逃げ込んだ。

 

その間抱えられながらもその黒衣を見続けていた椛は、ソレが右手に遺った暗いナニカが纏わりついた弱々しくも輝くそれをスルリとその口に入れ黒炎をともなって喰らい尽くすのを見て彼女の存在が完全に消え去ったことを感じたのであった。

 

 

 

………

 

 

 

「…。」

 

 

ソレは口腔から失くなった暗いモノを体内に感じながら右腕を下ろし、夢とも現ともつかないような茫とした様子で階段を登った。黒衣の騎士(ソレ)は白狼が逃げ込んだ建物を睨むももはやソウルの反応はなく、走り抜けたらしいとアタリをつけて更に階段を登る。

 

窓の無い暗室の頑丈な鉄の大扉の前へと足を運んだ彼はしかし躊躇うように足を止めて踵を返す。立ち去ろうとしたとき、大扉の向こう側から声が掛かった。

 

 

「…ミディール…?」

 

「…。」

 

「……貴方は今、正気ですか?」

 

「…。」

 

「……神の名は分かりますか?」

 

「…グ ウィン、しかシッ ぁッ…ハぁ…私の主人(あるじ)は…王女のみだ。」

 

 

相手は若い——不死だが——女性である。

 

 

「…よかった…ミディール…私は貴方を、…」

 

 

未来か遠い過去かも定かで無い記憶が、しかしそれが事実であると訴えてやまないのである。

 

 

「…殺してしまいました…どうか………」

 

「…貴公はただ使命を全うしただけだった。私が友であるかどうかよりも、貴公はその仕事を成したのだからなにも言うことはない。」

 

「…赦してくれますか?」

 

「勿論だ。」

 

「……ありがとうございます…」

 

「それにもし貴公があののち後悔したのなら、私からも礼を言おう。ありがとう、私はまだ貴公の…『シラの友』でいられたのだな。」

 

「!…そうですねミディール。」

 

 

黒衣の騎士——闇喰らいのミディール——は依然として開こうとはしない大扉に向き直って言った。

 

 

「王女の眠りを妨げる無礼者共が、今アルゴー(あの老人)と戦っている。私もそこに向かうだろうが、…シラはそこを動かないでいて欲しい。」

 

「…。」

 

「アルゴーがこちら側の幻影を減らすかその力を弱めてまで尽力するような相手だからな……そこを動かれたら護れないだろう?」

 

「それは先程のですか?」

 

「いいや、()だ。」

 

「……無理はしないでください。」

 

「確約出来ない。」

 

「お願いします、ミディール。…私は貴方をまた殺めたくなどないですし、もうあんな苦しみは味わいたくないのですから…」

 

「………善処する。」

 

 

大扉から離れたミディールは()()を広げて飛ぶ準備をしつつ別れ際に言う。

 

 

「また話そう、シラ。次は扉越しでないと嬉しいが。」

 

 

返答はなく、またミディールも言い終えてすぐ飛び立った。

 

 

 

………

 

 

 

ゆっくりと意識が浮上し、感覚がどこか遠いところから戻ってくるような妙な感とともにいつの間にか閉じていた目蓋を開いた椛は石造りの天井を見た。覚めた目の目蓋の裏にはあの、黒衣の騎士の手に掛かった測量隊の隊長の姿が写って離れないのである。

 

 

「椛、起きたか。」

 

 

椛が右へ目を向けると遠征隊の隊長である褐色の白狼が地面に座っていた。

 

 

「大丈夫か?…いや大丈夫ではないか……あれが夢であったらどれだけよかったか…」

 

「……。」

 

「椛はあいつが最期に掛けた術式を、測量隊のうち一人が妖力を流し込んで起動して助かったんだ。全身酷い火傷と背中に傷を負っていただろう?」

 

「ぁ……ぁあ……」

 

 

椛はその目から止め処なく涙が流れ、静かに泣いた。

褐色の白狼は辛そうに目を逸らして黙り込む。

 

やがて状況を思い出した椛は涙を拭って、なおもそばにいた褐色の白狼に聞いた。

 

 

「…ここはどこですか…?」

 

「ここはな、城壁の中だよ。城まであと一歩のところさ。」

 

「そこまで…すみませんでした…」

 

「いや距離はそこまでなかったから大丈夫だ…ただ少し…あったがな。」

 

「……また誰か…。」

 

「あぁ、…石化した。そう石化したんだよ、結晶化したと言うのが正しいかもしれないが…」

 

 

涙を流さない彼女はただため息をついて俯き呟いた。

 

 

「…なにも感じないわけじゃない……。」

 

 

椛には聞き取れなかったその叫びは誰に対する言い訳か。

 

 

「なにか……?」

 

「いや、いい。独り言だ。椛は落ち着いたか?」

 

「…今は大丈夫です。」

 

「そうか…。我々は先に進むことになった。つまり相手の城の裏口から入るわけだが先行して偵察してきてくれた測量隊の隊員曰く『黒い巨人』が聖堂へ繋がる階段の上にいるらしい。」

 

「…おそらく幻影遣いですね…分かりました。」

 

「あぁ。…すまない、大階段で引き上げればよかったかも知れないが…付き合ってくれるか?」

 

「行くしかありません。」

 

「そうだな…では行こう。城壁上の構造物内に部隊を待機させている。」

 

「ここの上ですか?」

 

「あぁ。」

 

「分かりました。行きましょう。」

 

 

カーブを描く輪の内壁は夥しい数の花に覆われており、内壁最奥の階段の巨人と()()()()()()()さらに上には洋城の本体である聖堂が佇んでいた。

 

 

 





今回で遠征隊の記は終わりです。
以降も遠征隊は登場しますが一先ずは彼らの章を〆るということと理解してくだされば。また次回からはいよいよ異変解決へと動く博麗の巫女と隙間妖怪あとその他の話となります。時系列は遠征隊の記の一の少し前スタートですのでご注意下さい。


以下、閑話(わたしのはなし)

黒龍ミラボレアスをDarksouls攻略メンバーで行ってきました。アルバトリオンは彼ら風に言えば「強めの聖獣」でしたが、やはり黒龍はソロもさることながらマルチもまたミディール、ゲール以来の激戦でしたね。シュレイドの暗い雰囲気に全員銀騎士の重ね着でフロム感を演出してみたりと楽しめました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

洋城異変
動く


 
前章までのあらすじ

妖怪の山に突如現れた洋城、そして人里に蔓延する疫病。
天狗の里は「遠征隊」を派遣し洋城の裏側から侵入を謀るなか、人里では人々の互いへの不信感が大火事を引き起こした。

今回のHumanity(?)

朝起きて驚きましたよ…
評価バーに色が付いているじゃありませんか!この期に評価をくださった方々へ感謝申し上げます。



 

「霊夢。」

 

 

隙間からではなく鳥居から博麗神社にやってきた八雲 紫は真っ直ぐに博麗 霊夢を見据えて言った。

 

 

「異変の解決に動くわよ。」

 

 

事の重さが分かっているからこそ、それに対する霊夢の返答はただ黙して頷くに留まった。

 

鳥居から遠く臨める人里は昨夜の大火事から明けて濛々と立ち昇る煙に包まれ、以前よりも大分分厚く空を覆うようになった雲も相まってどんよりとした様相である。

霊夢はそこから妖怪の山へ視線を動かすと此方もまた人里以上に暗い空であるが不自然なぼんやりとした日の明るさを帯びる一帯が山間の向こうにあった。

 

洋城である。

 

神社の巫女であり幻想郷の裁定者である霊夢ですらもその尖塔の一部のみを見せてこちらを睨みつけるような姿には畏怖の念を抱くほどであった。

 

 

「…あの城が人里の騒動に関わっているかどうかはよくわからないけれど、でも偶然とは考えにくいわ。直接ではなくとも間接的には原因の一端を担っていると考えるのが最良かもね。——推論としてはだけれど。」

 

「何はともあれ人里へ行きましょ。あと紫私を連れて行ってくれない?最近能力を使っても()()()()()のよ。」

 

「あら霊夢もなのね。」

 

 

「霊夢も」と言う言葉に驚いた霊夢は目を見開いて紫を見る。

 

 

「あんたもなの?」

 

「と言うより幻想郷中が、よ。」

 

 

そう、幻想郷中に於いて「空を飛ぶ」ことと「水を泳ぐ」又は「潜る」ことが出来なくなっているのである。またそれは妖怪も神も妖精も人間も普遍的にであるから異常性が際立っているのだ。

 

なお霊夢の場合は「飛びにくい」にとどまる。

能力の性質上の問題なのだ。

 

 

「霊夢は…知らないだろうけれど、河童が総じて泳げなくなったり水関連の妖怪が水に潜ろうとして引き摺り込まれるようにして沈み込んでしまったり…そういう『機能不全』が幻想郷中で起きているのよ。神も仏も有象無象の境なくね。」

 

 

河童の河流れを想像した霊夢は「見てみたかった」という思いと同時にその事象の異常性と人里の騒動、洋城が一連の異変であったとした時の恐ろしさに思い至った。

 

 

「一体全体なにものよ…」

 

「…他の世界線に自分の『常識』を植え付ける所業を見れば神かそれに準じる存在でもおかしくはないわね。まぁそれは人里に着いてから会合で上がるでしょうし今私が話すべきことではないわ。さ入って入って。」

 

 

いつの間にか鳥居の下に口を開いたスキマの()の薄暗い空間から紫が手招きしていた。その向こうに開いたもう一つの口は既に人里へ通しているらしい。

 

 

「会合って?私それ初めて聞いたんだけど?」

 

「えぇ、今初めて言ったもの。だって霊夢あなた前もって言ってたら来なかったでしょ?もうみんな集まっているはずよ、急ぎなさい。」

 

「はぁ〜…。にしても珍しいわねあんたが私以外の誰かに進んで頼るなんて。」

 

「それほどの相手になりうるからよ。」

 

 

霊夢は紫に伴われてスキマへと入って行き、音もなく閉じた口は元の風景に戻った。

 

もう一つの口から出た先は人里の門前であった。

 

 

「…改めて見ると酷いわね…」

 

 

門前と言ってもそこに門はない。殆ど焼き崩れた為に残骸を端へ寄せて人をなんとか通れるようにしたという程度の場所を通り抜けると、一昨日までの里の風景はなく一面が燃えて荒寥とした土地があるばかりなのである。

 

 

「…」

 

 

子供の泣く声がする。

目に見えるほとんどが互いに助け合うことを辞めた人々であり、その小家族が疎らに天蓋を設けて暮らすのみのその向こう、小川を挟んだ対岸は火が及ばなかったらしく不気味なほど無疵な稗田邸や寺院があった。

 

 

「…何がなんでも解決させないといけないわね。」

 

「……えぇ、霊夢。」

 

 

しかし霊夢の心には異変が解決してもここはこのままなのではないかという危惧すら浮かんでいた。

 

 

「…でも——」

 

「——そのあとの事はその時考えればいいのよ。今は現実から目を逸らさないことが大事なの。」

 

 

わざわざ紫が稗田邸ではなく人里の門へスキマを繋げた真意である。遠方から見た世界と実際に肌で感じる世界には大きな差が生じやすいものなのだ。

 

 

「でもこうして来るとわかるでしょう?みんながみんな諦めた訳ではないのよ。」

 

 

元々寺子屋のあった場所では炊き出しを行う煙と人だかりがあり、また燃え残った米蔵や食糧庫では配給を行っていた。今もそれら食糧庫から各炊き出し場所へと俵を担いで持っていく里の運脚の姿がある。

 

 

「…そうね。」

 

 

そう話しつつ早くも小川に架かる橋を渡った二人は稗田邸の門を潜った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

紫の招集によって稗田邸に集められたのは幻想郷中の知識人に集団を取り仕切る長から悪霊までと様々で、それらが一堂に介している様は発せられる妖力や魔力のせいもあって壮々たるものがある。

末座には天魔に連れられてきたらしい烏天狗()がメモを片手に目を輝かせていた。

 

どうやら霊夢と紫が最後であったらしく二人が稗田邸の一角を用いた会合の場に座ると障子戸が閉め切られた。

紫が口を開く。

 

 

「遅くなったわね始めましょう、この異変(イレギュラー)を終わらせるための会合を。」

 

 

これを皮切りに先手を挙げたのは八意 永琳、人里での『疫病異変』の対応を取った者のうちの一人である。

 

 

「ではまず人里の疫病から。…といっても後の報告に拠る部分が大きいと予想されるしなんなら私には管轄外と言わざるを得ないわね。」

 

「管轄外?」

 

 

紫が尋ねると肯いて続けた。

 

 

「あれは病気じゃない。能力か呪いか魔術もしくはもっと根本に原因をもつ現象。よって医学ではなんの対応も打てない。これだけは断言して良いわ。」

 

「…」

 

 

予測していたらしく霊夢よりは然程の驚きを見せなかった紫は更に話を振った。

 

 

「じゃあ幻想郷の『機能不全』については?」

 

「それは私が答えるわ。」

 

 

次いで言を発するのはパチュリー・ノーレッジである。

 

 

「そうね、あの機能不全は曇り空に拠っていると思うの。この場にいる大体は気付いているでしょうけれど、あの雲は妖怪の山——強いては洋城を中心に円形に波及するようにして広がっているのよ。で霧の湖やその雲の外縁に近い部分の調査を咲夜に手伝ってもらったところだと、その雲が日を遮る範囲内で機能不全が発生していることが分かったわ。…………つまるところ結界に近いものかも知れない。結界と言えるほどはっきりとした区切りが存在していないのが厄介なのだけど。」

 

「これにはあたしが補足させて貰うよ。」

 

 

下半身が半透明な靄になっている悪霊——魅魔——が話す。

 

 

「知識の魔女が言う通りあれは結界に近いものさね。ただその強制力の強さは並みじゃないよ、幻想郷の性質上『常識が存在しない』ことが災いしてその『常識』を上書きされているのさ。」

 

「常識を…上書きする?」

 

 

霊夢がよくわからないと言った顔で反応すると魅魔は心底愉しそうな顔をして言った。

 

 

「常識がないからこそ出来ていた飛行が上から重ね書きされた常識によって出来ないようにされるといった風にね。霊夢の場合は能力の関係上『飛ぶ』ことはできるはずだが、上書きしたほうは意地でも飛んで欲しくはないらしいね。…河童が泳げなくなるあたりもその影響さな。」

 

 

霊夢は紫からされた『常識』についての説明を思い返す。ヒトが人型であることと同様に本来は存在する『常識』であるが、幻想郷は来るものをそのままの形で存在させるために敢えて『常識』を定めていないのだと。

 

 

「んで疫病の話に戻すと、おそらくその現象も曇り空(常識)の下だったからこそ発生したものなんだろうと考えられるってわけだ。そこは知識の魔女が調査してくれたからあたしが言えることはそれくらいだな。」

 

「そう言うことよ。」

 

「知識の魔女…パチュリーだったか?割り込んで済まなかったな…」

 

「いえ助かったわ。」

 

 

こちらもやはり予想していたらしい紫はしかし苦い顔なのは変わらない。そして妖怪の山——主に天狗の里——の代表者として出席している天魔が合議の結果を告げる。

 

 

「妖怪の山の動向についてだが……合議の結果天狗の里は遠征隊を洋城へ派遣することになった。」

 

 

天魔のその知らせに対して一室の緊張度が一気に増した。これまでも基本的には保守的な立ち回りをしてきていた天狗が、その重い腰を上げたというのはかなり意外なものと写ったためである。

 

 

「私は紫からの働きかけに応えて、博麗の巫女に協力を頼みつつ様子を見るように言ったのだが…。大天狗と里長は意見が一致して派兵が決定されてしまった……紫、申し訳ない。」

 

「…それは…いえ仕方がないわ。天狗の合議は多数決だもの。その遠征隊はいつ出立するの?」

 

「一週間か早くて四日後だろう。白狼部隊に測量隊を組み込んで建前上は偵察の形を取っているが…その実は攻略部隊だ。測量隊の編成を変更までして衛生兵主体に切り替わったから。」

 

 

その言葉選びからして件の遠征隊はスペルカードルールに基づいた決闘の形式ではないと察せられた。紫は眉間に寄った皺を揉みほぐしながらその対応を練るも、合議の結果を覆すのは難しくまたそれによる天狗からの反発を考えると余り大きく出たくはない。

 

つまり犠牲をなんとしてでも抑えるには、——

 

 

「——…遠征隊の出立より前か同時にこちらも動く必要があるわね…。」

 

 

()()

 

それはつまり異変の原因を特定、停止すべく洋城へ赴くということである。しかしその時点で一同の脳裏に浮かび上がったのは洋城の存在をしめした新聞の記事だった。何か事情があれどなかれども少なくとも歓迎はされないとはわかっている。

魅魔が実体化した足で胡座を組みながら紫に聞く。

 

 

「それはいいが…スペルカードルールはどうするんだね?」

 

 

脚色の色濃い文々。新聞での記述がすべて正しいとは思えないものの、幻影による攻撃を顧みるならばそのルールには則らないとみるのが妥当である。単に知らないだけではあろうが。

 

 

「…悔しいけれど、棄てるしかないわね。」

 

 

当の紫本人はもとより自身の愛する幻想郷をここまで改造し尽くしまた間接的ながらも破壊した件の洋城に対する烈火の如き怒りが、スペルカードルールの有無に関係なく「殺せ、殺せ」と叫んでやまないのであるが。

 

それは一部を除いて、知られていない。

 

ここで霊夢が口を開く。

 

 

「で、異変の元凶が洋城にいることはわかったわ。あとは私が行けばいいわけ?」

 

 

これには直ぐに紫が口を挟んだ。

 

 

「いいえ、違うわ霊夢。この会合はその異変解決に参加する者を募る意味もあるから、その返答が出揃うまで少し待つわよ。…そうね、期限は出発の日の四日後にするわ。」

 

「これまで通りに私がやればいいじゃない…足手纏いが増えるだけでしょ、面倒臭いわね。」

 

「ふふ、まぁまぁそう言わずに。取り敢えず会合はここでお開きにするから、参加する場合はまた四日後に博麗神社で会えるといいわ。」

 

 

座を立ってそう紫が言うと参加していた面々は各々に屋敷から退出して行く。そのうちの一人、魅魔だけは紫の元まで来て言った。

 

 

「幽香は参加しないそうだよ。」

 

「…そうでしょうね、残念だけれど彼女が好むような口ではないし例の雲も太陽の畑には及んでいないもの。貴女はどうするつもり?」

 

「あたしかい?気にはなるさね。」

 

「なら——」

 

「——が、参加はしないね。そう言う性分ではないし、何より相手が厄介すぎるのさ。あぁそうだ紅白巫女、伝言を頼まれちゃくれないかね。」

 

 

悪霊の一挙一動を注視していた巫女はしかし察したように返す。

 

 

「…自分で言ったらどうなのよ。」

 

「まだ会う気はないのさ。」

 

「あぁそう。で何?」

 

「『行くな』と言ってやればいい。」

 

「あら意外。進んで行かせるのかと思ったけど。」

 

「あたしゃ悪霊だからね、鬼ではないのさ。それにさっきも言ったけれど、ああいう手合は()()()()数百年や数千年の妖怪とは訳が違うってもんだ。あんたも注意するんだよ。」

 

「余計なお世話ね。」

 

 

悪霊は愉快な笑いを残して霞と消えた。

 

 





シリアス、シリアル、notシリアス、ギャグとは異なるジャンルで”Souls”があると最近になって確信しました、Humanityです。

前書きでありました通り、ありがたいことに拙作の評価バーに色がつきました…っ!改めてこれまでに評価をくださった、アイゼンパワー様 yamadam様 丸丸丸様 缶ジュースの化身様 仮面ハベル様 ケチャップの伝道師様へ、私の最大限の感謝を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

太陽の畑に花が咲く

 
前回のあらすじ
話し合わない『会合』

今回の注意
どことなく閑話。

■操作ミスでこの話が執筆段階で投稿され、その瞬間に削除したなんてことがあったとかなかったとか
 


 

会合が開かれるのと時を同じくして、幻想郷の外れでは一人の大妖怪が烏天狗の新聞を巡る。白いガーデンテーブルに椅子を()()並べて座っていた。

 

夏の葉色を彷彿とさせる深緑色の髪が肩上まで切り揃えられており、それと赤いチェック柄のロングスカート、フリルを風に揺らされながら紅茶を飲む。そうしてから再度机上の新聞へ目を移しその上をなぞる様に軽く読み返した。

 

一方の新聞の項には『疫病異変』とあり、またもう一方の花果子念報の見出しには『彷徨う剣客?紫眼にご用心』とあった。

 

 

「…紫には悪いけど」

 

 

ぼんやりと脳裏に浮かんだのは、先日彼女の元へとやって来たスキマ妖怪であった。その時はやんわりと返してハッキリとした返答は先送りにさせたのであるが、今度の会合に出るという悪霊に言伝を頼んで返答を持たせたのである。

 

 

「今回は降りるわよ。」

 

 

彼女は誰もいない椅子の、虚空に向かってそう口に出した。件の悪霊が伝え損ねることはないだろうとは彼女自身も思っているが、心配なのとはまた別の感情があるのかもしれない。会合はもう既に始まったはずである。

 

彼女は先程読んだ紙面の内容を頭の中で整理し、またそれをもとに考察しておそらく例のスキマ妖怪も辿り着いたであろう答えを一瞥する。

 

 

「——…河童が接触して気圧されるだけならまだしも、彼らが畏怖の対象にする天狗の干渉(取材)を頑なに拒絶するほどということは、それ相応の新たな脅威と認識したのかトラウマに近いものが植え付けられたのかも知れない。つまりは妖怪の山のパワーバランスを崩しかねないというコト。…それだけでも大妖怪なみには危険なのに、人里の疫病もセットと考えれば…。」

 

「そうよね。」

 

 

思索の海から意識を浮上させた花妖怪——風見 幽香——が目を上げると、テーブルを挟んだ向こう側のあらかじめ用意されていた椅子にスキマ妖怪が座っていた。

 

 

「もちろん貴女の返答は魅魔から聞いたわよ。でも…。」

 

 

幽香は一瞬疑ったもののあの悪霊はお使いを全うしたらしいと理解して、目の前のスキマ妖怪が言わんとしていることを分かっていながら続きを催促するようにティーカップへ紅茶を注ぐ。

 

 

「…相手が厄介だからこそ、貴女の助けが欲しいのよ。考え直してくれないかしら?」

 

「駄目。」

 

 

迷うこともなく、即答である。

 

 

「もう少し考えてくれたっていいじゃないの。」

 

「もう結論は出たの、私は観客席から観る事にするわ。ああいうのは舞台の外から観ていた方が楽しいもの。そういう意味での興味ならあるわよ?」

 

「貴女までそんな…もう…貴女()()にはこの素晴らしい幻想郷を想う気持ちは無いわけなの?」

 

「…その様子だと魅魔も断ったみたいね。賢明だと思うわ。」

 

 

ムスリとした顔つきで幽香に差し出された紅茶を飲んだ紫はさらに不満を撒き散らし始める。

 

 

「それにあの悪霊、魔理沙にまでストップ掛けたのよ?」

 

「魔理沙?…あぁあの『ただの魔法使い』ね。まぁあの子なら魅魔の待ったをゴーサインとして捉えるくらいはしそうだけどね。私はあまり関わったことがないんだけど。」

 

 

ちなみに彼女の人物評の情報源は、新聞二誌とたまに訪れる人里での評判そして香霖堂である。

 

 

「そう…そうよね。そうだと信じることにするわ。…でも天狗の里は洋城に向けて派兵するし、人里は人里で他人事じゃないのに他力本願だし…。」

 

「人里について言えば、普通の人間ならそうするってことを紫は忘れてるんじゃないかな。それより天狗が動くのね、興味深い。」

 

 

幽香は、紫の口を噤ませることはできないと半ば諦めて、紫の話し相手として努めることにしたようだ。

 

 

「そう、私が大天狗と里長にも根回しを試みたのだけど全くもって聞く耳を持たなかったわ。纏まりがなさ過ぎると思わないかしら?自分以上に幻想郷としての危機なのに。」

 

「それはそうだけど…参加しないことにした私が言えることではなさそうだね。」

 

「まったくね。あぁ〜明日は霊夢と河童のところに行ってなんとしてでも協力を取り付けたいわよね…。紅魔館は乗り気みたいだからそれだけは確実だけど。」

 

「紅魔館…レミリア・スカーレットから明確に返答があったのか?」

 

「会合に本人が来たわけではなかったけど、魔女が出張ってきたなら()()()()()()でしょ。ご丁寧に『雲』の解析とその結果まで寄越したんだから。」

 

「なるほどな、それは確かに。」

 

 

そういいつつ幽香は視線を太陽の畑の外へと向ける。広大な向日葵畑の果てに、くっきりとその影を落とす不気味な分厚い雲が鎮座しているのが見えるのだ。幽香は件の曇りが出てから人里へ足を運んではいないためにその下に降り注ぐ偽りの陽には気付いていないが、ともかくその雲が尋常では無いことは感じ取っていた。

 

幽香がふと目を紫へと戻すと彼女はスキマの中へ半ば入りかけており帰ろうとしていた。

 

 

「なんだ紫、もう帰るのか?」

 

「えぇもう眠いのよ。んぅ…今日はいつもより起きるのが早かったから。じゃ、さようなら幽香。」

 

 

会合は昼前からだというのを紫本人から前もって聞いていた幽香は呆れた様子でスキマが閉じるのを見送った。

 

ティーポットとカップそして新聞の束をトレーに移し、席を立った幽香はそれを手に向日葵畑の中の道を歩いて帰路につく。太陽の畑のちょうど真ん中にポツリと建つ白い壁と黒い屋根を持った洋式の家が一応は彼女の家である——そも妖怪に家は要らないのであるが——。

 

幽香はソファに新聞を放り、トレーを片付けると再度日傘をさして太陽の畑の見回りへと繰り出した。とはいえ毎度のことながら異変の影響が薄いこの幻想郷の辺境ではそうそう変化は訪れない。

 

 

「そういえば最近雨が降ってないわね…ちょっと水をあげようかしら?」

 

 

とは言っても如雨露で水遣りをして回るわけでは無い。幽香は日傘の下で少しの妖力を操るとそれを太陽の畑の上方へ広げてパチりと小気味良く指を弾き鳴らす。するとどうだろう、空で降らせるに足るくらいの小さな水滴が形作られてさあっと小雨が降り注いだ。

 

葉から露が集まって雫をつくるその様を、鼻歌交じりに眺める。

歌は香霖堂で聴いた外界のレコードであったか。

 

 

「…——Singin’in the rain(雨に唄えば)。」

 

 

降らせた小雨の落ち着く迄は見廻りを控えようと考えた彼女は、家の周辺に集めた花の様子を見に向かいそして見慣れないモノを見つけた。それは家のすぐそばに根を張った、黒い放射状の葉が特徴的である。

 

 

「あらこんなところに…黒法師?植えた記憶はないのだけど。」

 

 

黒法師、サンシモン、アエオニウム。多肉植物の一種であり乾燥した土壌を好む。

 

 

「——花言葉は『いい予感』『永久』それと……」

 

 

———『永遠の命』。

 

 

「でもなぜここに?」

 

 

周りを囲んだ花の声が騒ぎ立てる。しかしながら異質なその黒法師は平然として、その黒紫に色づいた葉を揺らす。断片的にしか発されないはずの『声』、だがその花はゆっくりと確かに話していた。

———わからない、けれど確かなことがある。私は人()()()

 

 

「わからない?人()()()?どういうことよ。」

 

 

———そうとしか言えないけど。

人であったただそれだけが分かるその植物は首を傾げるように葉を揺らす。黒紫色の葉に日が照って白く不揃いな目があるように見えるだろう。

 

 

「…まぁいいわ、妙なことしないなら。ちょっと待ってね。」

 

 

———なにもできないよ。

そんな言葉を呟くのを聞くより先に幽香は家の裏へと消えた。木製の戸が軋む音が聞こえ、さらに小さく物音がしてからしばらくすると彼女は植木鉢とスコップを手にして戻ってきた。

 

 

「ちょうど家に多肉植物が欲しかったのよ。植え替えてあげるから感謝して頂戴?」

 

 

なにも返答はなかったがどことなくその黒い葉が嬉しげに見えた幽香はスコップを慎重に入れた。

 

 

 

黒法師

二月から蕾を開き始め、四ヶ月にわたって咲く

その様は()()と言うにふさわしい。

 

 





前回の会合で紫が出席者と議論を深めなかったのは、今回で彼女が吐露した不満があったからかも知れませんね。ちなみに幽香の家は完全オリジナルです。原作にその描写はなかったハズですから。

——前回分の評価者様——

血に渇いたレミリア様 矮人斥候(ドワーフシーフ)様 Salix(やなぎ)
お陰様で拙作の評価バーが赤になりました!評価ありがとうございます。


■以下閑話(展開のはなし)
河童の皆さんには少し暴れて欲しいなぁと思いまして。詳しくは言えませんが、少し無茶するくらいなら反撃としてちょうどいいかなって。
…良いですかね?

(追記 2020/10/29)
タグにThe Ringed Cityを追加しました。
念のためです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金剛石は砕けない

 
前回のあらすじ

太陽の畑に人の花

■今回のHumanity(?)
評価の力を感じた一週間でした。
特に週末の伸びが私個人では驚異的でしたね。前回投稿日のUA数値を土曜日の0:00〜9:00で超えたのですから。うれしみが深淵ですね、ハイ。



 

〜〜〜会合の翌日〜〜〜

 

 

 

小さな神社を囲む木々も徐々に色付いて、枯れ葉が境内と参道にちらほら落ちるようになって来た秋先の頃である。紅葉には未だ遠いか。

葉がまだ少ないのでさっさと掃き終えた霊夢は箒を仕舞って茶を煎れに台所へ向かった。漸く夏から余っていた麦茶を飲み終えたのである。彼女は薬罐で湯を沸かして、煎茶へ使った余りを魔法瓶に注ぎ入れる。

 

魔法瓶は香霖堂から霊夢が持って来たものだった。森近 霖之助が紫に頼んでいた外界の品の一つであり、香霖堂の商品にしては有用性の高い品と言える。後に河童が構造を調べて幻想郷内で複製し、かなりの儲けを出したのだとか。

 

霊夢がその魔法瓶を置いて、煎餅を五枚と湯呑みの用意をしてから居間まで戻ると待ってましたと言わんばかりの先客が居た。今度はスキマ妖怪でも烏天狗の何かでもなく、モノクロカラーリングの『普通の魔法使い』——霧雨 魔理沙——である。

 

 

「よっ霊夢お茶もらうぜ。」

 

「はいはい知ってた。湯呑みは四つ持ってきたから。」

 

「なんだわかってたのかよ…でも四人も居ないぞ?」

 

「そのうち来るわ。」

 

 

納得したような様子で湯呑みに茶が注がれるのを眺め、また当然のように煎餅を齧り出す魔理沙に半ば諦めながら霊夢は予想していた本題を先に切り出す。

 

 

「『ダメ』だそうよ。」

 

「まだ何も言ってないじゃんか…ま何かはわかるけどよ。」

 

 

昨日の魅魔の伝言である。

 

 

「でも諦めない。絶対に行ってやるからな。」

 

「なんでムキになってるのよ。」

 

「だって今回のほど大規模なものはそうそうないはずだぜ?」

 

「『大規模な』ってあんたねぇ。」

 

 

霊夢は魔理沙が異変を祭事か何かと勘違いしているのではないかと考えた。が今に始まったことではないかと諦観に至る。

しかし今回ばかりは笑える冗談にはならないのであるから霊夢は止めにかかった。

 

 

「人が死んでいるのよ?それに文屋がまったくもって正しいとは言いきれないけど、紅霧異変とは明らかに違うの。スペルカードルールなんて甘えたもの存在しないし、手加減なんてする気はないはずよ。それでも行くの?」

 

「行くね。」

 

「はぁ〜?」

 

 

霊夢は溜め息と疑問とそれに呆れの混じったものを吐き出しつつ魔理沙を睨む。対して魔理沙はけろっとしていた。

 

 

「スペルカードルールだって言っても紅魔館の件からだろ?それ以前に戻るってだけの話じゃないか。紫は……まぁ…ご愁傷様だが。」

 

「憤死してないわよ。むしろ怒り狂って一周して冷静になってるわ。」

 

「まじかよ…余計付け入る隙がないな。」

 

「付け入るってあんたねぇ…今回は諦めなさい。紫のことだからあなたが行くって言っても止やしないけれど危険なものは危険なのよ。」

 

「いつも通りだぜそれ。」

 

「あーもう!ほんとあんたほんと魔理沙。」

 

 

霊夢自身も何を言ったのか理解に苦しむようなそんな文句を口にした時、縁側にまた一羽の来訪者がやってきた。

 

 

「あややぁ〜?苦労しているようですね霊夢さん。」

 

 

愉悦に浸りきった顔の射命丸 文である。

 

 

「でも私の新聞からなんの対応も打たなかった『裁定者』殿に貸す()()はないもので。」

 

「…なによ、嫌味を言いに来たわけ?」

 

「そうかもしれないです。お茶貰いますね。」

 

 

魔理沙の隣に坐った文は湯呑みを一つ寄せて自ら茶を注ぐ。

 

 

「おっブン屋か。リーチだな。」

 

「?…魔理沙さん何の話ですか?」

 

「こっちのハナシだぜ。気にすんな。」

 

「そうですか?」

 

 

そしてまた煎餅を手に取った文。つられて霊夢も煎餅を齧り出しこちらは残り二枚である。

 

 

「んでもブン屋は今こんなことしてる暇あるのか?昨日の『会合』に行ったんだろ?」

 

「よく知ってますね、でも心配は無用ですよっ!昨日のうちに原稿を仕上げて今は部下たちが活版印刷機の準備をしていますから。あとは私がいなくてもいいんですっ!素晴らしいですね。」

 

 

胸を張ってそう答えた文は一度茶を啜って場を切り替えた。

 

 

「でですね霊夢さん。私実は茶化しに来たのではないんですよ。」

 

「本当でしょうね?」

 

「えぇもちろんです。」

 

「で何かご用?」

 

「それがですねー、霊夢さんへ幾らか情報を流すように命じられまして。」

 

「天魔あたりからかしら。」

 

「——一つは霊夢さんには余り関係がなさそうなハナシですが、遠征隊は白狼部隊から選出されて天魔様の予測通りあと三日後に出発するみたいですね。選出は極秘で本人へのみ通達みたいですけど。」

 

「それは私じゃなくてスキマに言うべきじゃない?」

 

「聞いてらっしゃるかと思いますけどね。」

 

 

文がそう言い切るかどうかと言うタイミングで縁側の空間が音もなく()()()。ぽっかりと開いた口から紫が目だけを覗かせて、スルリとそこから出てきた。

 

 

「来ちゃった。」

 

「はい湯呑みね。」

 

「おっ丁度四人か、やったな霊夢。ビンゴだ。」

 

「…あぁ湯呑みのハナシでしたか。」

 

「これ以上人が増えなきゃ大丈夫でしょ。」

 

 

霊夢が残り一つの湯呑みに茶を注ぎ紫に渡す。紫の方はひょいと煎餅を齧りながら呟いた。声の調子のわりに顔色は良くない。

 

 

「にしてもあと三日ね…もう少しくらい待ってくれればいいのに。」

 

「いやぁ〜天狗の里では『私が撃墜されたこと』と『天狗の縄張りの危機』がかなり大きく騒がれていましてね、それがかなり好戦的な雰囲気を煽っているんです。」

 

 

霊夢は文を睨みながら言う。

 

 

「それあんたも一端を担ってるじゃないの…」

 

「全くその通りですね。ただまぁ紅霧異変よりも反応があるあたりを見ると、妖怪の山で起きたという事実が大きい気がします。とはいえこの清く正しい射命丸 文は思うところがあったので天魔様の情報伝達役を買って出たんですがね。」

 

「…あっそ。」

 

 

本当に彼女が悪く思っているかは察した通りであろう。多少煩わしく感じつつも霊夢は文に更なる情報をと急かした。

 

 

「で他に情報は?」

 

「まぁまぁそう急がないでくださいよ…私は逃げても情報がなくなるわけではありませんから。では…例の洋城ですがどうやら河童が、事の大小はわかりかねますが『接触』したようです。」

 

「接触したことはわかるのにその内容はわからないワケ?」

 

「えぇ。最初に河童と接触したのは白狼で、ひどい恐慌状態に陥っていたそうでした。その後天狗の里から私と他の烏天狗で玄武の沢へ向かって情報提供を求めたのですが拒絶されて、今に至ります。」

 

「ふぅんなるほどねぇ」

 

 

茶を啜りながら答えた霊夢に文は身を乗り出すようにして重ねて言う。

 

 

「河童と交渉をするなら早いうちがいいかと思いますよ。」

 

「わかったわ。まぁ…今日明日には行くわよ。」

 

 

曖昧な返答を残して、きゅうすを手に立った霊夢は台所へ消える。それを見送った文は——彼女の柄にも無く——不安げな声を漏らした。

 

 

「…大丈夫でしょうか?」

 

 

対して紫は極めて冷静に——努めて——返す。

 

 

「…大丈夫よ、今日は河童の方に行こうと思ってここに来たから。それと魔理沙。」

 

「なんだよ。」

 

「来るなら歓迎するわよ?」

 

「…なんだ気味悪いな…。」

 

「まぁ聞いて頂戴。今の妖怪の山のパワーバランスを見るにたとえ河童を懐柔できても、洋城に対しての戦力不足は否めないわ。だからむしろ頼みたいくらいなの。頼まれてくれるかしら?」

 

 

魔理沙はふぅんといった調子に少し考える仕草をする。そんなところに霊夢が新たに湯を入れた急須を手にして戻ってきた。魔理沙が考えるというよりも悩むに近い様相であったために霊夢は訝しむ。

 

 

「どうしたのよ魔理沙…紫あんた何か言ったんじゃないでしょうね?」

 

「さぁどうかしら?」

 

「あんたねぇ——」

 

 

紫へ詰め寄りに掛かろうとしていた霊夢を遮って魔理沙が紫へと言う。

 

 

「——その頼み聞いてやるぜ。」

 

「あらぁ。」

 

 

一変して明るい表情となった紫に対してその一方、霊夢は何のことかわからず魔理沙の顔を凝視するかたちとなった。

 

 

「…………は?」

 

「あらあらぁ嬉しいわねぇ。貸しにしてもらっても良くてよ?」

 

「ますます乗ったぜ。ならこうしちゃいられないよな。よしっ!霊夢、玄武の沢に行くぞ!」

 

「…………え?」

 

 

霊夢は事の整理を終えきらぬままに腕を魔理沙に掴まれ、引き摺られるようにして母屋から出た。しかしそこで一旦思考を切り替えた霊夢は魔理沙を問いただすことで留めることにしたようだった。

 

 

「待ちなさい魔理沙、あんた妖怪の山への立ち入りはどうするのよ。私は博麗神社の巫女なんだから異変解決を盾にすればいけるけど。」

 

「あー………そこは霊夢がなんとか頼むぜ?紫でもいいけどな。」

 

「ちょっ——」

 

 

再び霊夢を遮るように今度は二人を追って外へ出て来た文が告げた。

 

 

「そこはご心配いりませんよっ!天魔様が緊急合議で主導になって立ち入り制限を一時的に撤廃したので、魔理沙さんも妖怪の山で警邏の天狗たちにつかまることはありません。」

 

「おぉ!やったぜ、さぁ行くぞ霊夢。」

 

 

そう言いつつミニ八卦炉を取り出した魔理沙にふと嫌な予感がした霊夢は、魔理沙に掴まれた手でその八卦炉を弄る左手を取った。

 

 

「おいなにするんだよ霊夢。」

 

「それはこっちの台詞よ魔理沙。ミニ八卦炉なんて取り出してどうするつもり?」

 

「ん?…あぁ、最近箒の調子が悪くてな。飛ぶのもままならないから最近は八卦炉で風を作って下向きに噴射させながら飛んでるんだ。わかったか?」

 

 

魔理沙の「箒の調子が悪い」というのは、洋城の雲の下にいる影響で発生した『機能不全』の一種である。因みに件の曇り空に関して言えば、翼を有する烏天狗や翅のある妖精に対して生じた影響は霊夢のものと同一だ。

 

 

「…でもちょっと…いやとっても怖いから紫にスキマ開けてもらわない?いやそうするわ。ねーぇ紫ーっ?」

 

「なんだよ私の操縦じゃ不満かよ。というか霊夢は飛べるんじゃないのか?」

 

「そうだけどそれでも飛びにくいのよ、なんかこう引っ張られる感じが強くて。」

 

 

そう話すうちに外へと紫が出て来ていた。

 

 

「呼んだかしら?」

 

「玄武の沢に行くから、スキマを開いて頂戴。どうせ紫も来るんでしょ?」

 

「それはそうだけど。」

 

「だけど?」

 

 

紫が魔理沙の左隣へと目を向ける。釣られて魔理沙と霊夢もまた目を向けるとそこにいるのは射命丸 文だった。

 

 

「あや?どうかいたしましたか?」

 

「貴女も行くでしょう?」

 

「大丈夫です、私は自前のアシがありますからね。」

 

「あらそう、ならいいわ。」

 

「ブン屋も来るならスキマ使えばいいじゃない。」

 

 

そう疑問を投げた霊夢に対して文はどこか誇らしげに、また少しうざったく言った。

 

 

()()()()()()()ならそうしますがね、私は今()()()()()()()()()ですから。上司への報告義務があるのですよ、ではお先に失礼します。また玄武の沢でお会いしましょうっ!」

 

 

言い終えてから飛び立ち半円を描いて緩やかに高度を上げた文は、ある程度の高さから一気に加速してさながら外界の巡航ミサイルのように一直線に天狗の里へと向かった。

それを残った三人は見送り、また紫に付いてスキマを通る。行き先は河童の里、玄武の沢だ。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「分かってはいたけど、止められなかったかい…」

 

 

人のいなくなった母屋。卓上には残された煎餅が一枚と湯呑みが四つに急須があるばかりであったが、そこに靄がかかるようにしてから発せられたその声はどこか楽しげですらある。

 

 

「まぁそうだろうねぇ。紫もらしくない、いらん借りなんて作るくらいはなかなかに焦っているようだねぇ。」

 

 

卓上に残った一枚の煎餅をひょいと取って食みながら悪霊は弟子擬き(もどき)を思う。

 

 

「マァ、()()()()空気感は幻想郷じゃあそうそう味わえないだろうし良い経験さね。そう思うとしようか。私はあの花妖怪と同じように振る舞うだけさな。」

 

 

煎餅ごと掻き消えたその声は、憂うようであった。

 

 





文の言う「他の烏天狗」には姫海堂 はたてなどの他の情報誌関連が主となっています。前回さらっと登場した花果子念報はにとりとの面識を作ったはたてが念写して製作したものですが、その能力の性質のために『接触』の内容は不明でした。

——前回分の評価者様——

黒猫街夜様 おんせん様 No_46様 ボンボコボン様 アルマ・アップル様 秋刀魚ブレード様 街泡星様 Dither様
評価ありがとうございます。


今の「洋城異変」については前半は東方projectパートとなり、後半まで一部の例外を除いて基本的にはDarksoulsの要素が顔を覗かせることはありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

かわわっぱのヒラメキ


前回のあらすじ

ブン屋の臨時役職、魔理沙金剛の心

■今回のHumanity(?)
お気に入り数が143件となりました!(投稿時現在)
……エタることはないように、と思います。



かつて起こったという妖怪の山の大噴火。以降鳴りを潜めた火山活動であるが、その当時の被害や環境の変化は現代も色濃く残っている。そのうちの一つが玄武の沢である。きれいな六角形の柱状になった玄武岩——これを柱状節理と呼ぶらしい——が沢の全体を覆い、また滝の裏にはその玄武岩によって形作られた洞窟がその口を潜ませているのだ。沢の周囲に見える無数の虚な洞には彼ら河童の信仰する「玄武様」の祠が作られている。

 

幻想郷における玄武の沢、または河童の里といえば一般的にその玄武岩に覆われた水系自体を指す言葉であるが厳密には滝の裏に隠された先述の洞窟を指すものである。なぜかと言えばそこに河童たちが住処を形成しているためだ。

またその洞窟の最奥は河童の研究開発施設に繋がっているが、こちらは最高機密として扱われる。

 

その滝のそばに開いたスキマから出た霊夢は久方ぶりに訪れた玄武の沢の、その薄暗さに顔を顰めた。

 

 

「曇り空のせいもあるんでしょうけど、にしたって活気がないわね。」

 

「だな。」

 

 

普段ならば灯りの入っている祠は光をなくして虚な眼をこちらに向けており、また普段ならば河童の出入りがあるはずの水系にそれらの姿がないためである。

紫は二人に再び暗い顔をして言った。

 

 

「雲による幻想郷の機能不全が色濃く影響を出したのが玄武の沢の河童たちだからよ……。」

 

 

魔理沙は、持っていないと落ち着かないからと言って今もなお手にしている箒の柄を軽く撫でた。

 

 

「私の箒の調子が悪いのと同じか。」

 

 

彼女の呟きを聞きつつ、とりあえず誰か河童のうち一人に取り合って貰わねばならないとなった三人が玄武の沢を今一度見回す。すると霊夢が河童の集団を見つけたのであった。

 

緑のキャスケットと青い服というのは変わらない。しかしそれは青いツナギを着た一人を中心にしており、その上から安全帯、肩掛けや腰など手に取りやすい位置にポーチや懐中電灯を付けて滝の上から伸びる鉄の階段を降って来ていた。青いツナギの後ろの河童の手には工具箱があり、滝の上で作業をしていたらしいことがわかる。

 

 

「あの河童にまず聞けばいいか。」

 

 

他の二人は見つけられなかったらしく霊夢に促されて視線を向け、なるほどと納得した。遠かったためによく見えなかったがどうやらその中心にいる河童だけは幼い男の子の見た目をしているようだ。

階段を降り切ったその河童へ霊夢が声をかける。

 

 

「ちょっといいかしら。」

 

 

こちらを振り向いた男の子の河童は三人組の姿を見て何か事情を察したらしく、キャスケットを被り直しつつ背後の河童たちには待つように指示してこちらへ駆け寄って来た。

 

 

「……洋城の件ですか?」

 

「話が早くて助かるわね。」

 

「しかしお話することはありませんので。先方(天狗様)にもそうお伝えください。」

 

「あー、……天狗のいう洋城の件とは少し違うけど。」

 

 

その言葉にぴくりと反応し再度霊夢を注視した彼はすぐに合点がいったらしい。

 

 

「異変解決、それもその協力を求めに交渉をしに来たということでよろしいですか。」

 

「話が早いわね。でも交渉をするほどの時間も余裕もないわ。河童もそうでしょうけど。」

 

「異変の影響で余裕がないということであれば、それについては認めましょう。しかし時間がないというのは?……いえ、これ以上は中で話しましょう。どうぞ入ってください。用意をさせますから。」

 

 

そう言って背後に待たせた数人の河童たちへ新たに指示を出しに行ったツナギの河童はそのまま集団に押されるようにして滝の裏側へと消えていった。しばらくすると岩壁に着いた電灯が点き照らされて、滝の左右を抉るようにして裏側へと通じる通路が現れた。

 

その様を見て「おぉ」と少し声を漏らした魔理沙がワクワクしたような様子で二人を促した。

 

 

「灯がついたってことは行っていいんだろ?行こうぜ。」

 

「運良くまぁまぁ地位の高い河童だったみたいね。話が通じるヤツでよかったわ。」

 

「霊夢の『見る目』に助けられたわね、いきましょ。」

 

 

本来ならば個々で好き勝手にやりたがる河童たちであるから、『地位』という単語も少しおかしくはあるのだが。ここは例のツナギの河童が他の河童たちから男女問わず人望が厚い、というくらいに理解してもらいたい。

 

やたらと嬉しそうな魔理沙を先頭に霊夢、紫と連なって滝の裏へと続く通路をはいった。広い玄武岩の空洞には滝の前から最奥へと伸びる大きな通路を挟んで滝に向かっているレール、さらに材質はレンガ・コンクリートをはじめとして日本家屋のような木材・漆喰とさまざまであるが空洞の天井まで伸びる中仕切りの壁によって建物を成していた。環境としては滝の裏だけあって湿気はあるが地中であるため肌寒いくらいである。

 

 

「こちらへどうぞ。」

 

 

先程のツナギの河童がそれら左右を挟む建物のうち一つの、周囲のものと比べてかなり大きな所から出てきてそう言った。

建物内は幻想郷ではとても珍しいものではあるが、電灯に照らされた廊下と規則的に並ぶ扉そしてその手前右側にエレベーターの格子戸が見える。ツナギの河童はそのエレベーターに三人を案内し、それを稼働させた。

といってもただ、一階から二階へ昇ったというだけであるが。拍子抜けしたような顔をした霊夢が一人ごちる。

 

 

「……これそこまでする必要あったわけ…?」

 

 

それに対してツナギの河童は自嘲気味に言った。

 

 

「無いですね。二階に昇るだけの昇降機を作るよりは階段にしたほうが現実的です。」

 

 

しかし繋げて、そのエレベーターの由来を説明した。

 

 

「元は我々の研究施設用に私が作った昇降機の一号機なんですが、より電力効率の良いものが開発されたので交換されたのです。そこにあるのはそれをこちらに移設したものですね。」

 

 

自慢げであった。

 

エレベーターから降りて右手の廊下から一つの扉をくぐると会議室と言った風の広い部屋に入った。既に席は用意されていて、他の河童もまた里に居る大多数がその席に着くか又はその周りを囲むようにして立っている。紫の姿を見て顔を顰めるものや声を上げる者、反応すらしないものと様々だ。

席を勧められて霊夢らが座ると、ツナギの河童が口を開く。

 

 

「こんなところで申し訳ありません。しかし協力的な者全員を集める必要がありますから、ここしかありませんでした。」

 

 

対して霊夢が応えた。

 

 

「それは問題ないわ。それで、その口ぶりからするとここに居る面子が異変解決に協力するってことで良いわよね?」

 

「その通りです。……天狗様の探りがある河童(にとり)は、協力に対して否定的だったためこの場には呼んでおりませんがよろしかったでしょうか?」

 

「それも別に良いわよ。あとから射命丸って言う煩い天狗がくるけど、それも探りに来るわけではないから来たら通してあげて。」

 

「あぁ、文々。新聞の…わかりました。ではまず状況の説明をお願いできますか。」

 

 

これに対しては紫が口を開く。

 

 

「そこからは私が説明するわね。」

 

 

わざわざ大妖怪が出張って来たそのことに対して騒めきが戻りかけるも、その刹那にツナギの河童が手で制することでその声はパタリと止んだ。

 

 

「助かるわ。…それで現状だけれど、かなり急を要するわ。三日後には例の洋城に向けて天狗の里が部隊を派遣することになっているの。でも私は幻想郷全体のバランスとこれまでの損失を顧みて、これ以上の犠牲を払うわけにはいかない。となると異変解決のためには天狗の部隊派遣より早いか、遅くて同日中に行動を起こす必要があるのよ。」

 

「——タイムリミットは三日もしくは二日ですか。」

 

「その通りよ。」

 

 

その瞬間、会議室がどよめいた。

 

協力を惜しまないという姿勢は今更取り下げるつもりがないが、驚くべきはその計画を最低二日以内に実行へ移せるようにせねばならないという点である。

 

 

「…大変難しいかと思いますが。」

 

「出来ないとは言わないのね?聞いたわよ?」

 

 

俯き唸った彼はしかし、周囲の河童たちと顔を合わせ目配せして言った。

 

 

「『不可能』とはそう易々と口にして良い言葉ではありませんから。」

 

 

紫やその他二人は、そう言ってみせた彼や周りの河童たちの目に大火が宿るのを見た。

 

ツナギの河童は相手の反応を見とめると、すぐさま周囲の河童全員を机上に参加させるべく動いた。

 

 

「では妖怪の山の地図を、」

「—これだな?」

「……あぁそれだここに置け。赤鉛筆はないか?貸してくれ。」

「協力するったってどうするんだ?」

「それは今からすり合わせてその上で決めよう。…大体の形はまぁわかるだろ?」

「——……では異変解決にあたっての詳しい動きをお聞かせ願えますか?」

 

 

周囲の、机から間隔を空けていた河童たちが半ば身を乗り出すようにしながら机上に広げられた妖怪の山の全体図を囲む。天狗の測量隊が測量、作製したもの——その緻密さと正確さは目を見張るものがある——へ今判明している洋城の位置、異変解決のために向かう進行方向や玄武の沢からの情報を擦り合わせていくのだ。

 

まだ異変解決へ意欲を示す者が少なく、紫にとって詳細な動きは決まっていなかったのもあり洋城の位置と遠征隊の情報以外は何一つ確定した事実のないその机上の空論は、しかし請け負った手前引けない河童たちの雰囲気も相まってかなり紛糾したと言って良いであろう。

 

少なくとも昨日の会合よりも確かな手応えを紫は感じている。

 

ここに文が遅れて参加し、天魔から情報係を任命されたことや横流しに来た遠征隊について行程や規模などの細かい情報を伝えた。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

どうやら異変解決組とは真反対から遠征隊とかいうのが行くらしいという話だけは、目の前で行われる話し合いから理解した魔理沙だったがしかし「難しい話は苦手なんだ」と言ってその席を文に譲る。

遠慮がちに譲られた席へと着いた文を横目に、熱気が増した会議室で涼もうとミニ八卦炉を取り出した彼女は会議室の端へ進み箒をそばの壁に立てかけた。

 

 

「にしてもあっついなぁ」

 

 

その独り言を聞く余裕のある者は目の前の机に座っていないと分かった上で小声にそう愚痴っていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

河童は玄武の沢から洋城攻略へと遠距離で援護をする、という方針が固まった。理由は単純に、河童が戦闘に向いた妖怪ではないことと残り少ない日数で大移動をするのは敵からの目や高低差から考えて現実的でないということである。

 

 

「——しかし何を用いるかですね。」

 

 

河童がボヤき、またさらに検討が続く。

 

 

「日があんまりにも少ないから、今更一から何か作るのは無理だよ。」

「それはまぁそうだが…」

「兵器なんて作った試しがないぞ…?」

「いや、まてたしかあの変わり者が作っていなかったか」

「どっちにしろあれじゃ設計があんまりにも複雑じゃないかな」

 

 

と言った風に。

しかし話が進むにつれて、この期に及んで自身の功績欲しさがために案を提示するものやそれを同様の理由で否定するなど議論に私利私欲が渦巻いて混沌を極めていくなか、ただ一人ツナギの河童だけはそんな同朋たちの様子にため息を吐いていた。といっても案が浮かばないために黙っているのであるが。

 

議論が河童をメインにしたものへ切り替わり、それもだいぶ煮詰まって来たらしいと感じた霊夢はふと周りを見回す。とここで漸く隣に座っていたはずのモノクロ魔法使いが烏天狗になっていることに気がついた。振り返れば魔理沙はミニ八卦炉から風を出して会議室の隅で涼んでいる。

 

 

(ちょっと何してんのよ)

 

 

霊夢が睨むようにしてそう伝えると対して魔理沙は首を煽る仕草をしてから八卦炉を自分に向け、いかにも涼しそうにする。

 

 

(いいだろ?これ)

 

 

とでも言いたげである。

霊夢は呆れたような顔をして顔を机——主にツナギの河童——へと戻す。するとこちらもこちらで奥で涼む魔理沙を見ていたようで、霊夢は謝意を込めて軽く会釈をした。

 

 

「………。」

 

 

しかしこの河童はその会釈に目も暮れず、尚も()()()()()()()()を見ているのである。なんだ愛想が悪いなとそれを見てすぐには考えた霊夢であったがふと違和感に気がついた。

 

魔理沙を見ているのではない。

魔理沙のいる方向を見ているのである。

 

 

「……?」

 

 

河童のうち一人がふと、ツナギの河童が一切口を開いていないことで彼に話を振る。

 

 

「ねぇあんたさっきから黙ってるけどなんかあったの?」

 

「………——あった——ッ」

 

「……あったぁ?」

 

その()があった!!!

 

 

爛々と輝くその瞳は、まるで幼な子が新しい玩具を見つけたようであったという。

 

 




 
「シリアスで筆が重くなる」のではなく「戦闘じゃないから気が乗らない」Humanityはやっぱりフロムに育てられていますね。
…はやく異変解決までいかないかなぁ。

——前回分の評価者様——

ダクソ信者A様 ⑨ナインボール⑨様 篝火(いぐにす)様 あき.様 肉無しチキン様 コエムシ様
お陰様で拙作の評価バーが三マス赤になりましたっ!評価ありがとうございます。

■ダクソこーさつ
東方パートに入ってフロム脳があまり刺激されなくなった作者Humanityによる申し訳程度の且つ不定期なダクソ要素です。読まなくても構いません。
記念すべき第一回は「闇喰い ミディール」その名付けについて。そもそもMidir(ミディール)とはアイルランド神話において地下の神を指します。
同僚の人間性はこれをなんとか小難しく考えようとしていましたが、おそらくかなり簡単なネーミングだと私は捉えました。
だってミディールのボス戦エリア、描写されている侵入不可能エリア含めてすっごく広い地下世界じゃないですか。ハイそういうことです。
また補足として、エリアから見上げても星空は見えませんのでダクソ2に見られた階層世界思想にも依らない純粋な「地下」であると分かりますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

洋城の影

 
前回のあらすじ

かわわっぱがひらめいた



 

もう明日の早朝には天狗の遠征隊が出るらしいという頃。博麗神社の母屋には異変解決の協力者たちがその顔を合わせていた。

 

紅魔の主——レミリア・スカーレット——とその従者——十六夜 咲夜——をはじめとして河童勢からは代理人として姫海堂 はたてが立てられて、それに魔理沙や霊夢、紫の六人である。

なぜ河童の代理人に烏天狗である筈のはたてが立てられたのか疑問に思われるやもしれないが、それだけ「情報」の信頼性を高く持たれているのであろう。決して、「煩くて情報の信頼性もない記者天狗よりはマシ」という理由で選ばれたわけではない。

 

協力者といって幻想郷をあげての大加勢になるかと思いきや、この様であるからかの賢者への同情が多少は湧くものだ。件の賢者が、いつぞやの会合と同じく自ら先鋒を執る。

 

 

「で、集まってもらったわけだけれど…。」

 

「まぁ…少ないわね。あんた人望ないのね、分かってたけど。」

 

「そんな酷いこと…今回は相手が悪かったからでしょう、そうでしょう?ええそのはずよ。だって自分の居場所の危機なのにこんなにも少ないわけないのだから。」

 

 

紫の自問自答は静かな室内に虚しく響いて消えた。

痺れを切らせるようなかたちでレミリアが口を開く。

 

 

「私はそんなことを聞きに来たわけではないのだけど。はやく本題に入りなさい。」

 

 

室内の雰囲気に塞ぎ込んだ紫を放って、霊夢が答える。

 

 

「えぇ、そうね。…とは言ってもさっき言ったように協力者の数が少ないから確認することもそう多くはないわ。まずははたて、河童たちから預かった内容は?」

 

「そうですね…河童の皆さんはどうやら魔理沙さんの八卦炉を大型化したものを用意しているそうです。わたしも見ましたがまぁ、なかなか理解の及ぶものではありませんでした。」

 

 

なんとなくその絵面が脳裏に出来上がっていたらしいレミリアは呆れたようにしている。

 

 

「……パチェから教えてもらって分かってはいたけどホントぶっ飛んでるわね…。要は動かない()に対してマスタースパークを巨大化して撃とうとしてるってことでしょ?」

 

「そういうことですね。そのために森近さんなんかも招集して指導を受けながらやっているようですけど、ただちょっと問題がありまして…。」

 

「…その問題ってなに?」

 

 

言葉を詰まらせたはたては霊夢の問いかけに対して答える形でその問題の内容を明かす。

 

 

「それがですね…回せないんです。」

 

「「回せない?」」

 

「はい、回せないんです。技術的に回すこと自体は簡単なんですが、八卦炉の構造上の問題で想定よりかなり軽量に完成してしまったらしく、回転させると八卦炉が——というより砲口(?)のパラボラアンテナが——揺れてしまって早く狙いを定めることが困難なんだとか。」

 

 

レミリアはなんとなくその八卦炉の状態を伝え聞いて知っているために察したようであるが、霊夢はそうもいかず疑問を呈す。

 

 

「重くすればいいじゃないの…だってミニじゃない八卦炉を作るだけでしょ?」

 

「それが実はそうではなくてですね…八卦炉ってそもそもがその内部を通した魔力を八卦に変換するための装置でして、魔理沙さんのマスタースパークはその変換作業を行わない純粋な魔力の塊をぶつけるものなんです。」

 

「そうなの?」

 

「そうよ。」

 

「そうです。」

 

「…」

 

「で手っ取り早く大きなマスタースパークを作ろうとした結果どうなったかというと、真ん中の八卦炉の炉心と魔力の方向制御装置だけの太くて短い円柱が出来上がるんです。」

 

「でもそれをもっと大きく重くすれば済む話じゃない?」

 

「いえ、そうもいきません。」

 

 

一度言葉を切って茶を口に運んだはたては、喉を潤してから再び話に戻った。

 

 

「それに関連して、他の問題は二つあります。一つは製作と設置所要期間の上限が極端に短いこと。主にこれが原因ですが他にもありまして。」

 

「まぁそれはそうね。」

 

「もう一つは、()()()()()()魔力と()()()()魔力が分かれているために大きくしようとすればそれだけ必要な魔力が膨大になることです。魔道具なので稼働に電力を使っても何の意味もありませんからね。」

 

「あー…、魔理沙じゃ足りないわけ?」

 

「足りないですね。現状のサイズでも魔理沙さんや河童の皆さん曰く細くてか弱いスパークが出るくらいに止まるそうです。」

 

 

壮大な装置に向かって全力で魔力を吐き出した挙句髪の毛のようなスパークが放たれるという場面がこれを聞いた面々の頭をよぎった。なお魔理沙とはたては除くが。

 

 

「…ぷっ」

 

「おい、霊夢!いくらなんでも笑うことはないだろ?!なぁっ!レミリア耐えてるのバレてるからな?肩が笑ってるからな?紫はスキマに逃げるな。」

 

 

魔理沙が顔を若干赤くしながら反応をする。霊夢やレミリアのリアクションに対してはたてや咲夜に関しては苦い顔をしていた。

 

 

「それで話を続けますと…設計上というかマスタースパーク自体の構造上の問題で、方向制御された魔力は球体状の炉心から放射状に出て行くのでその放射幅をさらに抑制するために魔法陣の展開が必要でして。その分の高さもいるわけなんです。」

 

「…魔理沙…あんた…苦労してるわね、なんだかよく分からないけど見直したわ。」

 

「うるせぇな…っ。」

 

「更には細いビーム状に抑制しようとするとその分だけ魔法陣に魔力を取られてしまうのに、放射幅に余裕を持たせると今度はマスタースパーク自体の魔力の密度が低くなり威力が低下するんです。」

 

「……魔理沙……。」

 

「あー!あー!嫌だ聞かせたくないっ!早くその話を終わらせてくれよ、はたて。」

 

「は、はぁ…。その故はよくわかりませんが…まぁそういうわけで回せません。位置も角度も固定砲台になります。製作期間僅か数日の突貫工事で『問題はあるけどとりあえず使える』まで持っていった河童さん達様々ですね。」

 

 

「ただ河童たちが元にしたメーサー砲の足元にも及びませんね」というはたての言葉は「めーさーほー?」という新たな疑問を呼んだがこちらは紫によって遮られた。

 

 

「それで…河童たちはそれの撃つタイミングについてはなんて?」

 

「信号弾を撃ちあげてほしいんだそうです…」

 

 

はたては傍に置いた肩掛け鞄から小さな銃を取り出した。鈍い金色をしており、短い銃身と大きな口それに中折れする機構が特徴的である。

 

 

「これですね。こちらから撃ち出されるのは青で、砲台側で問題が生じて撃てなくなった場合には玄武の沢から赤いほうが撃ち上がります。」

 

「…なるほどね…河童はこんなのを前もって用意してたのねぇ。」

 

「作ったのは九十年くらい前だそうですけどね。」

 

 

一度その信号銃をもとの鞄へと仕舞ったはたては向き直って言った。

 

 

「さて実はもう一つ話し合うべき事柄が河童さんたち関連であるのですが、それよりも先にレミリアさんからのお話を優先しましょう。紅魔館の皆様に関係があるので。」

 

「あらそう。んーなんとなく分かった気がするけど…ならそうさせてもらうわね。」

 

 

次いではたての言葉通りにレミリアが口を開く。

 

 

「それで私達の動きだけど、異変解決の()()()()()()()()()私とパチェの二人だけよ。」

 

 

対して霊夢が聞く。

 

 

「…それだけ?」

 

「そうよ。」

 

「あの魔女が戦闘のために図書館から出張ってくるなんて意外すぎるけど、それ以上に戦闘向きなヤツ居なかったっけ?」

 

「そこは説明するわ、まぁ簡単な話よ。全員が出張ると居館に残るのは妖精メイドだけになるの。それだけは避けたいし、なにより我が紅魔館から件の洋城は見える位置にあるのよ?あの分厚い城塞が、その奥の教会まではっきりとね… 山の上だから高低差は凄いけど。」

 

「つまりこれで消去法的に門番とそこにいるメイドが削られるわけね。でもあんた妹が居るじゃない。そっちはどうするの?」

 

 

これに関しては戦ったこと(EXボス戦)のある魔理沙が苦言を漏らした。

 

 

()()フランが『ここに居ろ』なんて言われてもそんな素直に従うのか?難しいと思うが。」

 

「分かってるわ。だからこそ『()()()()()()()()()』と言ったのよ。ええっとはたてだったかしら?貴女が持ってきているもう一つの河童の案件はそれでしょう?」

 

「えぇその通りですよ。要はその膨大に必要となった魔力を流し込めて且つ、直接的には戦闘に参加しないでいることが()()()()()人物は…失礼ながらフランドール・スカーレットさんしかいないであろうという判断です。」

 

「…苦しいけれど、賢明にして順当な判断と言わざるを得ないわ。フランの『狂気』は鳴りを潜めたけど、能力に関してはまだ操りきれていないもの。破壊するのにかける力の適切な量とその力の方向、位置の精密さがね。ただ——」

 

 

レミリアは側に妹が居るかのようにふと視線を逸らし、しかしすぐに戻して自身の手を組み直して言った。

 

 

「確かに命の取り合いには、今回の洋城異変のような争いにはこの上なく向いた能力かもしれない。私の『運命』は戦いの中では特に不確定になるものだから。でもそれでも殺しに慣れて欲しいなんて望まないし、私達の望みはその能力をここで本来行えるはずのほんの小競り合いを楽しめるようになって欲しいだけ。だからって河童の方に行かせて、戦いから少しでも距離を取らせるのが正しいとは言えないのはわかってるの……。」

 

「…っお嬢様。」

 

「……ごめんなさい、取り乱したわね。」

 

 

唇を噛むようにして俯いたレミリアに代わって彼女の従者が言葉を繋いだ。

 

 

「ただし、いくら洋城からは距離があると言っても安全であるとは言い切れません。なので妹様には私がお側について行きます。河童へその旨の了承をお願いしていただけませんか?」

 

「大丈夫です。なにより河童さんたちの中ではどのように扱えば良いのか、護るならどうするのかと言った問題が話には上がっていましたからきっと喜んでお受けするかと思います。」

 

「そうでしたか、安心しました。」

 

 

ちなみに河童の間では砲台の魔法陣で携わったパチュリーもまた候補に上がっていたが、仔細をここでは省くものの件の砲台の一部構造を理由に「わたしの全力を流し込んでもこの砲台の最大火力は発揮できないわよ」と断ったという。

 

 

「で、本当は信号弾の時点で話すべきだったんですが…こちらが砲台の射線になります。」

 

 

再び鞄から今度は地図と図面の写しを取り出したはたてはそれを広げてみせた。紅魔館から洋城への直線上に玄武の沢近くの射撃地点が赤丸で記されており、城塞と教会をもろとも下から抉るように射角を決めたようである。

 

 

「ただ、城内の詳しい構造は唯一知っているはずのにとりさんが閉し続けているので不明なままです。一応教会を右後ろから撃つ角度みたいですから参考にしていただければと。」

 

「結局はフィーリングだぜ…。」

 

「詳しい資料がないので仕方ないですよ…。まぁ城壁に弾かれでもしない限り撃ち抜けますが出来る限り巻き込むのが良いかと思いまして。」

 

 

その後はフランドールや咲夜は早めに玄武の沢へ移動することや博麗神社方面と紅魔館方面での合流場所を定めた。洋城への侵入はスキマを使用したいとしているが、不慮の事故を想定して洋城周辺の切り通しとしたのであった。また信号弾は魔理沙が持つことなどが決まり、お開きとなった。

 

決戦は、明日始まる。

長い一日になるだろうと

口には出さずとも皆が考えた。

 




 
メーサー。そうあのメーサーです。
ちなみに私はモスラ戦のメーサーマーチが好きなのですが、あなたの好きなメーサーマーチ及びメーサー殺獣光線車はどれですか?

——前回分の評価者様——

Vezasu様、評価ありがとうございます。

■Humanityのかなしみ
そろそろ頭打ちですかね、まぁいいでしょう。

そんなことよりですね。
今年中にはデモンズリメイクをプレイ出来なさそうなんですよぉ……っ!!あぁやだぁ……楽しそうなフロムファンの諸兄姉を羨みながら書いています。(涙目)
もちろん原作はPS3でやりましたがあくまでも「初見」に拘りたいのでYouTubeも見ませんっ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

矢雨

 
前回のあらすじ

カァッぱの技術力はぁぁッ
セェ界イチィィィィッ!!

■今回の注意
洋城異変の章が後半に入りましたので、この先戦闘・残酷な表現・ダクソ要素・独自設定等に注意。



 

 

「これ……は、ちょっと……っ。」

 

 

背後を守るように貼られた魔法陣へ雨風が如く降り注ぐのは、ゆらりと立った橙色の幻影が放つ()()()()である。一枚また一枚と重ね掛けされた魔法陣にこめられた魔力による耐久を破っていくその猛攻に、パチュリーは皺を寄せ脂汗を滲ませてなんとか耐えまたじりじりとであるが前進していた。

 

時は遡る。

 

城塞からは死角となる、洋城を頂点に降る山肌のなかの切り通しで無事合流した博麗神社側と紅魔館側はその切り通しから城壁を目指して進んでいた。本来ならばスキマ妖怪の能力で直接城内に侵入するつもりであった。しかしいざ実際に開いたスキマが見せたのは「虚空」だったのである。

虚空というのは間違っていないが同時に正確でもないか。

 

正確には認識している空間とそうでない空間の狭間にスキマが開いたのである。だがそれは「いしのなかにいる」のではなく、振り返れば城壁を囲う谷を岸壁の内側から見、見上げれば地面を通して高い城壁をが見え、下には旧地獄の天井を通して旧地獄がみえている、そんな奇妙な状態であった。

 

ゲームのバグみたいなものであろう。

 

もう一度開き直せばうまくいった可能性はあるが、そのよくわからない空間に宙ぶらりんになった紫はスキマの使用を拒否し、結局徒歩で城へと向かうことになったのだった。

 

パチュリーの推測は、洋城の影響下においてはそう言った「スキマ」は何か別のもので代用されているかもしくはかなり曖昧なものなのかもしれないとしている。その結果「城の内側と外側のスキマ」に開こうとした紫はその代用として「(()()()()()())城の内側と外側のスキマ」に開いたのだと考えたのだ。

要は言葉遊びである。

 

ちなみに中と外の狭間がはっきりしないものには実例がある。日本家屋がそれに当たるのだ。もしかしたら、見た目が違うだけで根本にあるのは同じ日本的な思想であるかもしれない。

閑話休題。

 

 

斯くして森に紛れて城に接近する方策を取ったのであるが、それを阻むものがはやくも現れてしまった。今なお無数の木々があるにもかかわらずひどく正確に射抜かんと降り注ぐ矢雨であり、それを放つ幻影がそれである。

 

 

「ねぇ紫しめじ、どうせ幻影なら突っ切れば良いんじゃないの?」

 

 

ふわふわと両の足を浮かせた状態でいるパチュリーのすぐ後ろからそう言ったのは霊夢である。

 

 

「そうは、いかない……っわ。これ多分…魔…術の矢よっ!」

 

 

幻影であれば、魔法陣にそうあれと込めた魔力の強制力に負けて消えるはずであるがその矢は盾にしている魔法陣の魔力を削って行くのである。それはつまり魔術による攻撃であることを意味していた。

 

 

「全くもってデタラメね…幻影が魔術を使えるなんて。」

 

 

忌々しそうにレミリアが呟いた。先程投げたグングニルは幻影たる弓兵をすり抜けてしまいその反対側の洋城の壁にぶつかって消滅した。しかも当たる間にすらその幻影は矢を放つので手に負えないのである。

 

 

「でもそうは言ったってこれが城内に入っても続くのに今足止めを食らうんじゃ、ジリ貧だぞ!」

 

「分かってる……わよッ、こんの白黒うるさいわねッ!」

 

 

数枚重ねた防御陣を一枚破られては内側へ張り直すパチュリーはしかしこの状況が続くわけでもないことが分かっていた。

 

 

「でもあれが、幻術ならっ ずっとは出せないはずよ…。」

 

 

彼女がそう言う間によくよく城壁を見れば、術者がいると思われる城塞の奥から順々に幻影の兵士達のオレンジ色に光る造形が崩れ始めているのだ。そうして遂には最前列までもがその姿を陽炎に変えて消え失せた。

 

 

「今よ!早く、相手の術者が張り直す前に!」

 

 

パチュリーがそう言うと五人は切り通しを抜け、そこから左正面へ樹木を障害物にしつつ正門へ距離を詰める。が、正門の跳ね橋はやはり既に上がっているのだ。

 

 

「あぁっクソッ忘れてたぜ…ブン屋にも書いてあったじゃねぇか。」

 

 

この時既に城塞の奥では通る声でしかし低く重く胎に響くような詠唱が発せられていた。崩れてぼうっと消えた幻影が再び形を成して立ち上がる。詠唱が響き渡って消えると同時に城壁の弓兵達は矢を番え終えていて、一斉にそれらを放った。

 

すぐ様身をかがめて射線を切るために岩の後ろへと入った()()であったが、ただ一人魔術で浮遊しているパチュリーだけは反応が遅れる。

 

 

「…ぁ」

 

「パチェッ!?」

 

 

慌てたパチュリーは防御陣と浮遊魔術の両方に魔力のリソースを割き、矢に向けて盾を構えつつ浮遊移動の速度を上げようと試みた。しかしながら相手の矢は先程の防御結界をも——幻術に対策した物ではあったものの——物量で容易く破壊する力を持つ魔術だ。

 

それを()()()()の力で抑えられるはずもなかった。

 

矢を受けた魔術の盾は一秒で軋みをあげ、また次の一秒で脆くも砕け散ったのだ。

肌を貫く刹那、パチュリーの左手を強く掴みまた彼女を引き寄せんと引く手があった。レミリアである。

 

 

「パチェ何やって———ッ!!」

 

 

レミリアが矢の大群からパチュリーを半ば逸させることに成功した丁度そのとき、一本の矢が大群から離れていた。

 

()()()()()()()()()、運命の糸を嘲笑いながら飛来したその矢はレミリアの左手ごとパチュリーの引かれる腕を射った。

 

 

「な——あがッ!?」

 

 

突如走った鋭い痛みに一瞬怯んだレミリア。その一瞬でパチュリーは右肩から矢雨に晒されて掠れた悲鳴をあげる。親しい友人の苦痛に耐える声に正気を取り戻したレミリアはその手を離さずもう一度と力を込めてパチュリーを勢いよく岩の影へと引き入れその体を受け止めた。

 

 

「ァ——がひぃ あぁ ぐぅレ、ミィ?」

 

「ぅ…っ、だ大丈夫よ。それよりパチェは——」

 

 

左手を貫いた魔術の矢の姿が消えそこから流れ出る血と釘を打ち込んだような矢創が痛むものの、レミリアは友人の身を見る。するとパチュリーの左腕や右肩から先へハリネズミのように痛々しく突き刺さった魔術の矢が、パチュリーの体内へと溶け出して消えるのを目撃した。

息の荒いパチュリーが遂に浮遊魔術をすら解いて屈み胸を両の掌で押さえて喘ぎ出す。

 

 

「え…ちょ、ちょっとパチェ!?」

 

 

パチュリーは右手を制すように出してから深呼吸を始めた。全身から酷く汗が噴き出して整えようとする息も過呼吸一歩手前となる。

この様子をパチュリーは言葉を発さないために他は固唾を飲んで見守るしかないのである。レミリアが背をさすろうとするも、彼女はその手を遠ざけるように再び右手を動かすのだ。

 

 

「はぁっ ぁああ、んくぐぬぅぅぅ…」

 

 

この時パチュリーの体に対して術者の仕込んだ趣味の悪い魔術が働いていた。

 

肌を貫いた魔術の矢は血管を通じて体内へと流れ込み溶け出してその奥の臓腑を、いやもっとより根幹にあるものを目指して突き進むのである。矢の一本一本に込められた魔力の様はまるで猛毒のようでありまた人を食い散らかす寄生生物かのようで、それを押し止めそのまま押し出そうとパチュリーは体内の魔力を操っているのだ。そのためには接触による魔力の摩耗を避け、痛覚を遮断しながら集中力を最大限に高める必要があったのである。

 

但しその体内を逆流する矢の魔力は、針山のようなものが両手の末端から中心に向かって血管や細胞、組織、神経の悉くを削りながらやってくるような劇しい痛みを伴う。

 

 

「はがっ…ァ はっ はぁ アだが」

 

 

体内での魔力同士の攻防の末に優勢を勝ち取ったパチュリーはそこから相手の魔力を押し出すために更なる圧力を掛けていく。針山が後退して、更なる気が狂わんばかりの痛みを発するために呼吸が乱れていくが集中だけは切らさない。

 

パチュリーの傷から血が滲み出し特徴的な紫色の装束の右半面が赤黒い血の色に染まっていくが、一方でその出血が増せば増すほどパチュリー自身の表情と声や息遣いは余裕を得るようだった。

 

 

「ぁあ、はぁ はぁ うぅ…」

 

 

遂には片手を着いて伏したがそこで漸く出血が止まり、呻きながらゆらりと背を曲げて立ち上がり仰向けに倒れ込むようにして再び浮遊魔術を展開した。柔らかい椅子に深く座るような姿勢でふわふわと浮いている彼女の顔はもうすでに大分調子を取り戻したようだ。

 

 

「パチェもう大丈夫なの…?」

 

「…えぇ大丈夫よ、レミィ。まったく悪趣味な魔術を組んだものね…」

 

 

あまりの大出血を目の前にしたためか引き攣った表情を見せる魔理沙が聞いた。

 

 

「…何があったんだよ…。」

 

「、ふふひどい顔ね。あの矢は一本もかすり傷でも負ってはダメよ。体に当たったら魔術が自壊して相手の体の中を、もしくはもっと根源的なモノを破壊しようと動き始めるわ。…あれは何を狙って来たのかしらね…心臓とか脳とかそれとは違った意思を感じたのだけど…もしかしたら——」

 

「おいおいおい待て待て、考えるなよ。大丈夫なんだな?戦えるんだよな?」

 

「——概念?魂?違うそれとも?まぁ良いわ、後で研究すれば。大丈夫よ私はね、手や指がなくても魔術は使えるから。ただ…魔理沙あなたではあの勢いを押し戻すことは愚か留められもしないわよ。注意なさい。」

 

「無理か?」

 

「言い切りたくはないのだけど、不可能よ。」

 

 

パチュリーは自分の体験した激痛を魔理沙に淡々としかしかなり細密に説明した。本人はただ事実を整理するためであったのかもしれないが、その様を想像した魔理沙や霊夢は身震いするのであった。

 

 

「…とにかく、パチェはもう大丈夫なのね?」

 

「大丈夫よ。」

 

「本当に?」

 

「えぇ。」

 

「…そう、分かったわ。貴女を信じるわね。」

 

「レミィったら心配症ね。」

 

 

クスクスと笑いながらそう言ったパチュリーはふと射撃を一旦辞めているらしい城壁の様子を窺う。そんなパチュリーをジト目で見たレミリアは尋ねる。

 

 

「でも、どうやってあの正門を潜ろうかしらね?スキマが使えればよかったけどそんな調子じゃ使わないでしょう?」

 

 

城壁の上は影一つなく、どうやら術者は詠唱をやめたらしいことが分かる。件の詠唱が変に耳に残っていたパチュリーはまさか聞こえないだろうかと聞き耳を立てていた。

紫はというとかなり困ったような——されどわざとらしい——顔をして。

 

 

「…霊夢ぅ、どうにかして?」

 

 

霊夢に縋りついた。

 

 

「あんたねぇ、私は秘密道具なんて出せないんだけど?」

 

「そこはホラ、霊夢ちゃんの能力でこう…ちょちょっと。」

 

「はぁ………いやでも確かに出来るわね。」

 

 

あらゆる干渉を断ち、ありとあらゆるものから浮く

名を『夢想天生』という。

本来はスペルカードではない、単なる能力の応用法の一端であるが他に呼び名はないためにスペルカードより引用する。そして今この異変に於いてそのスペルカードルールは機能していない。それはつまりそういうこと(無敵)である。

 

 

「そういえばそうじゃないの。…なぁんだ簡単だったわ、じゃもうみんな帰って良いわよ。私だけで充分だから。」

 

 

なおそれを人は慢心という、とは何故か誰も言わないので人間性が代弁した。無論誰にも聞こえてすらいないのであるが。

 

 

「——いやいやおい待てよ霊夢。」

 

「待たないわよ。じゃ行ってくるから。」

 

 

両目を閉じた彼女は目を凝らせば見える程度の半透明となるとそのまま正門の方へ飛んでいってしまった。普段の飛行に比べれば、走ったほうが早いというくらいの低速ではあったが確かに矢はすり抜けているので効果はあるらしい。

そんな様子を見ながら呆れ返るようにしてレミリアが言った。

 

 

「…いや、なんの解決にもならないじゃないの…。私たちはどうするのよ…スキマやっぱり使ってみるしかないんじゃないかしら?」

 

「レミィ、それで開いたら私たちの怪我の意味はなんだったのよ。」

 

「パチェそれは…相手の魔術の形態が分かったとか…?」

 

 

対して紫は大したことじゃないといった様子で正門を見ながら言う。

 

 

「大丈夫よ、あの子なら。なんだかんだ言ってあの橋を下ろしてくれるわ。」

 

「本当かよ…。」

 

 

霊夢が城壁内に入ったらしく幻影はその出現位置を変更して城壁の上に確認できなくなった。しかし下手に動いてヘイトを移されるのを避けるため、残った四人は動くこともせず岩の影に居続ける。

 

そうこうしていると正門から鎖やそれを巻く絡繰の動く音がして、ゆっくりと跳ね橋が下がったのだった。

 

 

「ねぇ、言ったでしょう?」

 

 




 
拙作には「力の強制力」による上下関係という独自の設定を導入しています。力の形態ごとに大体で分かれたものなので術者の力量やその能力によって上下はありますが。
並べると「幻術<魔術=妖術≦呪術<奇蹟」となり、つまりパチュリーの防御結界にシラが奇蹟『雷の矢』を放つと陣を破壊し更には貫通することになります。怖いですね。

なお「運命」は不定的な存在なので時と場合によっては幻術にすら劣り、しかし又は奇蹟にも勝る力を持ちえます。

まぁしかしあれですね、
法官アルゴー強すぎですね。

——前回分の評価者様——

和田正樹様、評価ありがとうございます。


・クロスオーバータグを付け忘れていたことに気づき、訂正しました。
・赤頭巾様、誤字報告ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白い閃光

 
前回のあらすじ

アルゴー、再び

■今回の注意
フランの口調がイメージと違うかもしれませんが…拙作の仕様であるとご理解ください。あと今回ちょっと長くなりました。



 

「来客」以来に騒がしくなった玄武の沢は、今日より一層に騒がしさと物資運搬用のエレベーターと発電機の音に塗れている。研究所で組み上げられた魔力炉の改良機材を一度分割して地上とつながる物資用昇降機へレールから載せ、二人の河童も伴って乗り込んだ。頭上には地表までの縦穴とそれを覆う鉄製のドーム屋根が蛍光灯に照らされている。

 

 

「うぅ…やめろって言ったじゃないかぁ、馬鹿ぁ。」

 

「やめろと言われてやめるわけが無い。それと馬鹿は褒め言葉だよ。」

 

「…でも私たちに利益なんてこれっぽっちもないじゃ無いかぁっ!君たちは怖くないのかぁ…?」

 

「利益はあるね。にとりの言う利益が実利であるならあまりにも短略的と言わざるを得ないよ。きみはあの黒衣が怖いだけだろうが。」

 

 

薄暗い地の底から昇るにつれて日の光と見紛うばかりの白い光に包まれていくのだが、二人の河童の内一方の様子はそれと反比例している。涙声なのが普段の彼女の雰囲気からは想像できないであろう。

 

 

「…——ないからなぁっ…」

 

「なんだって?」

 

「どうなっても!知らないからなぁっ!」

 

「ハハ、それで結構だ。…そう言いつつも様子を見にくる君も争えないね。」

 

「くぅ…。」

 

「それなら城の情報もくれたってよかったじゃないか。」

 

「それは………。」

 

「…責める気はないよ。」

 

 

ツナギの河童が腕時計を見て、紫の式から伝えられた開始時刻から数時間の余裕があることを確認した。

 

 

「間に合いそうだな。」

 

「…またこんなギリギリで改良なんて加えようとしてるのか?」

 

「諦めが悪いって?」

 

「諦めが悪い、往生際が悪いぃっ!」

 

「まこと残念なことにまだ負けてすらいないが、『諦めが悪い』については褒め言葉だねありがとう。」

 

 

それからも「褒め言葉が多過ぎる」から「馬鹿」「阿呆」とかと言った——少々頭の悪い——罵詈雑言を浴びせかけるにとりであったがそれに対して彼は軽くあしらって交わしながら地上へ出るのを待つのであった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

博麗神社側と紅魔館側が合流する「開始時刻」の一時間ほど前。玄武の沢へ咲夜に伴われたレミリアの妹であるフランドールが到着した。その時点で魔力炉の改良を終えていた河童たちは早速、フランドールにその魔力炉へ魔力の充填を頼んで計器を睨み始める。

 

改良の内容は極単純である。

信号弾に対して即応射するために外部装置へ魔力を溜めておき、引き金で放出するようにしたのだ。

 

急造されたコンクリート製の土台に完全に固定されたそれは通信機器だと言えばそれで納得してしまえるやもしれない、そんな形をしている。パラボラの皿型アンテナに魔法陣が書き込まれているのを見なければの話ではあるが。

 

充填装置へは一定以下の魔力量を込め続けなければならないために、多大な集中力と魔力自体の操作能力を用する。だからこそ魔力の扱いに慣れておくべきフランドールを行かせることにしたと言うのもまた理由の一つだと、大図書館の魔女が話していたのを思い出しながらその様をみる咲夜。時折りブザー音が鳴るのは一定以上の魔力を流した証なのであるが、それもすでに聞こえなくなっている。

 

 

「大丈夫みたいですね、妹様。もう少しですよ。」

 

 

フランドールに聞こえてはいないであろうが、見守る咲夜としては声をかけずにはいられない。充填率を示す電光掲示板には百分率で八二・六と表示されていた。もうすでにかなり疲れてきているはずであるが、フランドールはひと時も休まずに魔力を流し続けている。

 

 

「…お嬢様やパチュリー様から期待の言葉を掛けられたのですから、当たり前ですか…。」

 

 

昨晩にフランドールへ異変解決についての話をした当初、彼女はあまり乗り気ではなかった上にレミリアについて行くと言って聞かなかったのであった。

しかし日頃の様子に比べれば珍しいことにパチュリーが素直にフランドールへ期待している旨を伝えたときは、驚きからか嬉しさからかは知れないもののフランドールは目を丸くしていた。続けてパチュリーから茶化されながらもそれと同じ思いを告げたレミリアを見て、嬉しさでむず痒そうな笑みを浮かべていたのであった。

 

『…ッ、わかった任せてよっ!わたし目一杯頑張るから!そのかわり…ヘマしないでよねっ。』

 

その笑顔がひどく嬉しかった咲夜はその光景を想起しながら微笑みを漏らす。そこで高い機械音が鳴った。幼い男の子の——容姿だけで言えばフランドールより一、二歳は下にみえる——河童が計器を見て言う。

 

 

「…よし、溜まり切りましたね。お疲れ様です。」

 

「やった…やったっ!やりましたわ!わたしはやったんだぁっ!」

 

「お疲れ様です妹様、よくがんばりましたよ。」

 

「あとは魔理沙から青い玉が上がるのを待つだけってことよね、さぁもういつでも来なさいよ!…できれば早くね…っ!」

 

 

そう言って先程まで魔力を流し込んでいたコントローラーのトリガー位置を確認したフランドールは、山の上の霞が掛かったむこうの立派な城塞を睨んだ。

 

オレンジ色の陽炎が距離の離れた玄武の沢からもみえている。もう既に戦いは始まっていた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

一方で洋城内部へ侵入に成功した霊夢と他の四人は城外とは比べ物にならないほどの苛烈な迎撃に足止めを食らっていた。城壁の上や正面の尖塔から浴びせられる矢はもちろんであるがそれ以上に厄介なものがいたのである。

魔理沙が叫んだ。

 

 

「パチュリー!早く前に進めないのかよ…ッ!」

 

「うるっさいわね!次の再詠唱まで待たないと無理よ!」

 

「そうは言ったってそうなったらなったでまたアイツ来るんだろ!」

 

「そっちこそ弾幕張りなさいよ……噂をすればなんとやらね、もう曲がり角から次の騎士が来るみたい。」

 

「アイツらなぜか弾幕効かないんだよな…おい霊夢!レミリア!次が来るぞ!」

 

 

尖塔の手前の曲がり角からはすでに相手の黒い騎士が手にする槍の穂先が見え出していた。足音の数からして次は三人いるはずである。

 

背後ではグングニルを騎士の背面から貫き通したレミリアが居た。かの串刺し公の如く刺した槍を無理矢理に上へと掲げると、静脈血よりも暗い血が貫かれた甲冑から大量に流れ出してレミリアはそれを頭から浴び、深々と突き刺した槍を払って貫いた騎士を放り出す。

 

 

「はぁっ、何よこの血…人の血にしても黒過ぎないかしら?」

 

「それよりも気にすべきものがあると思うのだけど…」

 

「そうね…。」

 

「——…いれ…夢!?」

 

 

黒い血を浴びて赤黒く全身を染めたレミリアを引きながら見る紫と霊夢は引き攣った顔をして頷く。

 

 

「しかもこいつ元から胸に穴空いてるじゃない。…これはグングニルとは違うわね。」

 

「…ゆかりんもう何も言わないわね。」

 

「…こいつら只の人間なら一発で死ぬはずの強さの妖力弾で怯みすらしないのよね…はぁーめんどくさ。」

 

「——なぁ、おいってば!」

 

 

レミリアは奇妙な血に汚れたグングニルを再度形成し直しながら先程から聞こえる悲痛な叫びの主人を見た。太陽の光のように眩いほどの濃い弾幕を発する魔理沙がいるが、件の騎士たちは怯む様子もなくどんどんとその歩みを進めてきており魔理沙が短いレーザーを固めて放つことでなんとかその槍の間合いから脱している状況だ。

 

 

「巫女。またさっきのやつお願いするわ。」

 

「うわ三人も来てるじゃないの。いいわ私の神札や弾幕じゃ怯みもしないし、ただし手早くやりなさいよ?」

 

「…そうしたいけど私のグングニルの威力じゃ力の限りに突き出しても鎧を一枚通す程度で奴らの致命傷には至らないのよ。だからスキマ妖怪も頑張って頂戴。」

 

「……いいわ、やってやるわよ。」

 

 

そうこうしている内、遂に魔理沙のレーザーではどうにも弾き返せないほどまで間合いを詰めた騎士がその槍を突き出した。

 

 

「おい早くッ!——っとこの!」

 

 

目を逸らしていた魔理沙であったが、その穂先を左回りに回り込んで避けた。彼女は騎士の側頭部を目掛けて二十は纏めたレーザーの塊を放ちそれを地へ転がすことに成功するも、騎士は燃える頭部や目隠しを気にも留めずに再び立ち上がる。

 

 

「こんの化け物が!!」

 

 

喚きながら魔理沙は間髪入れずに懐からいくつかの小さな缶詰と瓶を投げる。缶詰は見た目より軽いらしく騎士のすぐそこまで飛ぶが、中身のかなり詰まった瓶は二人のちょうど真ん中あたりまで行って叩き割れた。

缶詰の方は内部に強力な妖力弾を込めたもので、地面に叩きつけられた衝撃と共に炸裂し内部の妖力弾を散弾のように放出した。全弾の直撃を受けるも怯まず直進した騎士は右手の槍を振り被り大火を伴う剣槍へと形を変える。これが振るわれれば魔理沙の腹には軽く届くであろう。

 

 

「ハハ危ねぇかもだったけど、…食らえ試作品!」

 

 

魔理沙がそう言い終えるかどうかという時、瓶の割れたあたりへ踏み込んだ騎士の足下から太いレーザーが撃ち出され重い肢体を貫いてとどめを刺した。

 

 

「いよっしゃ!」

 

 

小さくガッツポーズをした魔理沙がすぐに周囲見回せば既に紫、レミリアと霊夢が追いついて騎士への対処へ回っている。

 

半透明になった霊夢が弾幕を放ちながら槍の騎士の気を引き、攻撃の当たらない霊夢へ騎士が槍を突き出すとその背後を狙っていたレミリアが真紅の槍でもって背を突き通す。

 

 

「このっぉ!!」

 

 

そのまま槍を杭のように頭上へと掲げて命を刈り取り、先程と同じようにして死体と血を払う。霊夢はまた実体化していた。

 

 

「あんたよくあの死体を払い飛ばせるわね…人間の大人より大きいし甲冑着込んでるのに。」

 

「私の力が強いのかしらね?…でもアレ息絶えるとすぐになんていうか、軽くなるのよ。中身がなくなったぬいぐるみみたいな感じにね。」

 

「そしたら普通は重いんだけど。」

 

「そこが不思議よね…まるで魂に重さがあるみたいで。」

 

「…不思議なこと言うわね。」

 

 

一方で紫はその内に秘める激情を抑えてか、もしくはそれが作用してか淡々と騎士を処理するために動いていた。

 

紫が相対するは剣の騎士である。

騎士は紫を見留むるや否やその剣を両手持ちにして右上に向かって掲げる奇妙な構えを見せた。すると忽ち剣は炎に包まれ、大剣というに相応しいほどの刃渡りへと変わる。騎士は構えから飛びかかり振るう大剣が紫の首を捉える間合いへ一挙に詰めんとする。紫は粛々としてスキマから道路標識を幾本も突き出しこれを守り——切れなかった。標識に触れた大剣はその勢いを殺すことなくその看板もろとも熱し斬るのである。

 

 

「…ッ」

 

 

顔を顰めた紫はすぐさま大型の妖力弾を——そこらの妖怪では耐え切れずに体を崩壊させてしまうほどの力を持つそれを放ち、騎士の目を眩ませつつ背後へ倒れるように退がる。

 

騎士はその妖力弾を狙って(ロックして)、振り払った大剣の返す刀でこれを真正面から叩き斬った。

破裂する妖力弾、埋め尽くされる視界、されど問題はない。ゆっくりと溜まる呪死にさえ気をつければ痛くない虚仮威しに過ぎないのだから。ソウルを狙え(ロック)さえすれば居場所などすぐに割れるのだから。そう思考した直後に背後から無数の武具に貫かれ意識を取り落とした。

 

紫は大型の妖力弾を放ち背後へ()()()()に倒れる。既に背後では妖力弾が叩き斬られる音と気配がしていた。

 

 

(もちろんよ、だってそれは虚仮威しに過ぎないもの。)

 

 

万能に感じるスキマの能力には、実は落とし穴がある。それは当人が向いている方向にしかスキマを開けないことだ。

 

地面に開いたスキマへ倒れるとすぐに騎士の背後へ開いたスキマで()()()()()()。重力の働く方向が突然にして前から下方へと変わる、なんとも気持ちの悪い心地がするものの彼女は今だけならば気にも留めない。ガラ空きになった騎士の背後へむけて新たなスキマを開くと、無数の槍・薙刀・刀剣でもってそれを貫いたのであった。

 

三人目の騎士が斃れ、またタイミングの良い事に幻影の効果切れによりパチュリーが声を上げる。

 

 

「今よ!前に詰めなさい!!」

 

 

パチュリーは前方の尖塔のある角を曲がった先に次の防御陣を張り直し、尖塔の手前を全員が通り過ぎた後からさらに別の防御陣を敷く。背後撃ちを避けるためだ。

 

角を曲がった先の次の防御陣へと進んだ五人は、その先の地獄を目にした。待っていましたと言わんばかりに広い通路の端から端まで騎士、幻影弓兵の順に陣形を組み、なおかつ右方向の城壁上には更なる幻影弓兵が立ち並んでいるのである。

 

 

「っ、あの化け物どれだけいるのよ…ッ!」

 

 

ズラリと並んだ槍騎士や剣騎士がその得物に炎を纏わせ、さらにその背後やはるか上方で幻影が矢を番え、左前には太陽の金色の光に輝く教会が見えているのだ。そんな絶望的な光景を前にした中で一人、飄々とした者がいるのであるが。

 

 

「なぁに、簡単な事だぜ。コレを使う時が来たってことだ。」

 

 

魔理沙が高らかに掲げた、太陽の光が反射して一層強く光ったその筒銃の引き金を引く。

 

天高く撃ちあがった青い星は白昼にも関わらず人里からも見えるほどで、その強い輝きに呼応して玄武の沢から白い閃光が煌めいた。

 

 

 





題名はWhite Glint(白い閃光)つまりArmored Coreが元ネタです。…えっ?フランが一瞬アルフレートになったって?…えっと、そのあの…気のせいですよ。

——前回分の評価者様——

山山山田様評価ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒い閃光

 
前回のあらすじ

青い星、白い閃光。
希望の光かそれとも——


出来ることならばDarksouls3よりDarkeater midirのボス戦bgmも共にお楽しみくださいませ♪



 

パシュウゥ——

 

妖怪の山の中腹。異変の元凶とされる洋城から空へ向かって、流れ星を思わせる一条の光と青い星が撃ちあがった。玄武の沢や紅魔館、人里や永遠亭からも確認されたその星についで、彼らは妖怪の山の下方すなわち玄武の沢方面から城塞を目掛けて疾る白い閃光を目にする。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

引き金に指を掛けて、星が上がるのを今か今かと待ち続けていたフランドールはまだ陽が出ているにも関わらず眩いばかりに爛々と輝く星を見てその双眼を輝かせる。

 

 

「上がったぞ!!」

 

 

誰とは知れないが河童の一人がすぐさま声を上げた。

それとほぼ同時にフランドールがそばに立っているツナギの河童へ聞く。

 

 

「やってよろしくて…っ!?」

 

 

話し方こそ気をつけているものの、口角が上がっており声も上がり調子だ。

 

 

「勿論です、撃ちましょうッ!」

 

 

ツナギの河童もまた彼女に影響されてか、もしくはその胸に秘めていながらこれまでお首にも出さなかった感情を露わにして早口で言った。

 

 

「いっけえぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

フランドールがその手にあるトリガーを引いた。すると魔力を溜め込んで青白く発光していた円形の充填装置が発光を失い、その代わりに皿型アンテナ状の砲口に彫り込まれた魔法陣が起動し中心から花が開くように光が行き渡って全体が青白く発光する。そして次の瞬間、溜め込まれた膨大な魔力が一気に魔力炉を通過して耳鳴りに似た甲高い音を出しながら衝撃波と共に白い魔力の奔流を放出した。

 

余談を許して欲しい。

パチュリーがこの砲台の担当を辞退した要因とはこの砲口にあるのだ。魔導性の高い金属は錬金術を用いなければ精製出来ず、それらは魔力炉に大量に消費してしまったために砲口の魔法陣だけは鉄製の皿型アンテナに掘り込んだのである。結果として魔力の抵抗が大きくなり必要な魔力量が増大したのであった。魔法陣の起動が遅いのはこれに起因する。

 

斯くして放たれた巨大で且つ極めて強力な奔流は砲台の魔力炉が赤熱する程の負荷をかけつつも一直線に城塞へ向かい、その下の山肌ごと抉り取るようにして城壁へ激突する。

現代のトーチカに例えても過言ではないほどの分厚い城壁はしかし石をも溶かすほどの高熱を伴って奔る魔力の塊を前に()()し、直撃を受けなかった部分も衝撃のあまり爆発するようにして吹き飛んでいく。

 

 

「キタキタキタキタ!!!来たぞっ!パチュリー、結界を強めてくれっ!!」

 

「分かってるわ、じゃないと人すら塵になるわよ。」

 

 

パチュリーを中心に小さいながらも強力な結界を張り、彼女を囲うようにしてその小さな範囲に逃げ込んだ城塞内の五人。既に攻撃を始めていた洋城の騎士たちは結界に攻撃を阻まれながら、城壁を突き破った奔流の直撃を受けて声もなく光に消える。

 

 

「これで教会に——」

 

 

当たる、と魔理沙が口にしてまさに言葉の通りになるはずであったその時。

 

黒い影(イレギュラー)が飛来した。

 

直視すれば目を潰されかねないほどの光の中にあってさえクッキリと見えたその()は教会と奔流の間に割り込んだのである。

 

 

「——なぁっ!!?」

 

 

その()は石をも沸騰させるほどの奔流を物ともせずに大きな()を広げそれを盾にあろう事かその白い閃光を押し返す。この所業は尋常ではない。なにしろその光は紅魔館が妹の、出せる限りに限界まで放出し溜め込ませた全力である。それは幻想郷で最大級の力の塊なのだ。

 

しかしそれが妨げられ、押し返されているのだ。

 

長くは照射し続けられない魔力炉がついに溶け出してしまった。その時点で既に全魔力を放出し終えていたのであったが、皆の目はその力の塊を一身に受け止め切ってみせた()に釘付けとなる。

 

 

「…ハァ——」

 

 

溜め息を吐いてその()が降り立った。

 

ヒトガタをしているのだ、その闇は。両袖が裂け二対の翼膜があるように見える黒い上衣、黒紫色の鎖帷子と甲冑を着けて腰にひどく古びた太刀を佩いている。黒く長い髪を後ろで纏めているがそれは毛先がチリチリと燻っており、魔力の奔流の影響を少なくとも受けたらしかった。ばさりと翼のように上衣を払うと魔力の奔流に打たれて砕けたらしい黒紫色の結晶片がきらきらと光を反射させて幻想的に振り落とされる。

 

 

「……」

 

 

もの言わぬそれは紫色に淡く光る目を結界の中で立ち竦む五人に向け、すぐに興味を失ったようにして崩れ去った城壁の向こうを睨む。そうしてやっと五人は彼がヒトではないことを知ったのだ。

 

 

「——…鱗?」

 

 

後頭部から右頬までを覆うのは皮膚ではない。黒紫色の結晶と鱗である。それにいち早く気づいたのはレミリアであった。

 

しかしその呟きに彼は触れず、左手を鯉口へ右手を柄に添えるとその太刀を抜き放った。緩慢な動きではあるものの手出しは許さないという言外の圧力をひしひしと感じる五人は動けない。その手にある異様な太刀もまたその圧力に拍車を掛ける。

 

 

(あんな刀…知らないわ。けれどあれは…不味い——ッ!)

 

 

紫はその黒い刀身を見て刃先が首に当てられているという光景を幻視した。すぐさま現実と幻覚の境目(スキマ)を強めてその脳裏に焼きついた様から意識を切り離す事に成功するも、その禍々しい刀身から目が離せない。

 

刀身の反り、重々しい鍔の拵えをみればそれがかなり古いものであると理解できるだろう。外界における戦国の終わりを迎えた時期からはその装いはそれまでの質素なものとは打って変わって華美になったからである。また刀身の反りも平安末期から鎌倉室町、安土桃山、江戸と時代を追うごとに緩やかな直線状へと変遷したからだ。無論、戦闘における使用法や使用者の変化があったため打刀へと主流を変えたのであるがこれは割愛する。

しかし異質であるのはなによりもかの刀身。切っ先から半分のあたりまでならば流麗な黒い刀身であるが、それより(のち)から根本は綻びた糸のように又は老木の根のようになっており更には度重なり高熱に晒されたのか煤が付着しているのだ。鞘なくば脆くも砕け散ってしまうであろうが、鞘もまた一筋の深い罅割れが見て取れる。

 

上衣から落ちる結晶片に似た、こちらは黒く暗い火の粉が刀身の綻びた箇所から散る。

 

 

「……無礼な。」

 

 

ぼそりと呟かれたその言葉の意味を考えて理解するよりも先に、彼はその右手で抜刀した鋒をそのまま下に向け左手は柄頭に添えるなどかなり独特の構えをとった。それは不意打ちや読み合いによる戦闘を前提にしたものではない。下からの斬り上げにのみに特化した構えであると言えよう。

 

その鋭い視線の方には玄武の沢がある。

 

この事実だけでも彼の言葉の意味を察せるであろう。

 

 

「——!!、やめ…なさいッ!」

 

 

レミリアである。その手にグングニルを錬成して両の手で構え穂先をかの男に向けた。恐怖もしくは怒りから僅かに震えている。

 

しかし彼は止まらない。柄頭に添えた左手から突如として炎が溢れ出し、途轍もない勢いでそれを刀身に沿って地面へと吹き付ける——否、刀身を()()()()()のだ。当てられる業火に応じて綻びから出る暗い火の粉の量も倍に増していく。

 

 

「やめろ…ッ!やめろ!!やめろ!!!———やめて」

 

 

歯を食いしばり運命の槍を振りかぶったレミリアを魔理沙と霊夢が二人掛かりで押さえ込み、結界の中へと留めさせた。

 

 

「やめなさいッ!私は!」

 

「だめだレミリア!アイツに敵うわけがないぞ!ここに居るんだ!」

 

「あんたね、あっちにはメイドも置いたんでしょ?大丈夫よ、きっと。」

 

「違う!違う!違う!!!私はあの子を…——」

 

「レミィ、落ち着きなさい!」

 

 

暗い火の粉が勢いを増しついには爆炎となって吹き荒れる。洋城の空けられた穴や門からまるで火砕流のように流れ出し周囲の森や地形や生きる者全てを黒い炎に巻き込んで燃やしていく様は地獄ですらも可愛く見える事であろう。

 

 

「————ハァァァァァアッ!」

 

 

刹那、刀身の綻びが黒い閃光を発した。

正確には黒炎の縁取りがある白い光なのであるが、それは玄武の沢で煌めいていた白い閃光とは似つかぬものでむしろ対照的であったためにそう表現する。

 

そしていつのまにか振るわれていた斬り上げは、黒く暗く白い光線を伴った。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

やった

 

成功した

 

そんな単純な思考は突如として現れた闇に打ち消され、深淵のような絶望に塗りつぶされた。そこに居る誰もが正気を失っていた。これは夢に違いないと叫び訴えて目を逸らそうと試みたが不思議なことにその闇から、発せられる業火から、火山から流れる溶岩か何かの如く広がる黒炎から目を逸らせなかった。

 

ただ立ち尽くしたのだ。

あれは何か、我々は死ぬのかなどという思考は誰一人として持たなかったいや持ち得なかった。

 

ただ一人、にとりだけは()()()()

抜き放たれた力を、それを繰る闇の存在を。

 

解き放たれた光線が地を走り一直線に玄武の沢へと駈け下る。やけにゆっくりと見えたにとりはしかしピクリとも動けない身体が情けなかった。このままいけば自分にこの罰は下るのだと分かっていても足は全く動かないのだ。そうして呆然としていたにとりは強い衝撃と共に光線の射線から押し出された。

 

咲夜は思わず目を奪われたその非現実的な光景からあの光線が間近に迫った時になってようやく正気を取り戻した。彼女はすぐに側に立っていたフランドールの手を取ると懐中時計を左手に取り出し能力を起動させる。色味を失って止まった時間の中で色を失っていないフランドールの手を離さないようにしながら光線からできる限り離れ、そしてもう一度時計を操作した。

再び色味を取り戻したと同時に目の前を光線が横切り——ツナギの河童が、光線を追って地を裂く黒い爆発の中に消えるのを彼らは見たのだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

紅魔館の門番はこの時珍しく目が覚めていた。留守にする館の安全を任されたのだからそれが当然やも知れないが、彼女の普段を知るものならば耳を疑うことだろう。しかしその門番——紅 美鈴——は自分のみを紅魔館に残すとした主人(レミリア)に対しその故は尋ねなかったものの、何かが起こるらしいと察したのである。そのために普段ならばあり得ないほどの張り詰めた緊張感をもって警戒を洋城に対して行なっていたのだった。

 

青い星と白い閃光はここからもよく見えていた。事前にあの白い閃光はフランドールが携わる物だと知っていた彼女はその光景に思わず感嘆を漏らす。

 

 

「おぉ、あれが妹様の…うぅん見事だなぁ。」

 

 

洋城に衝突し、地面を抉りながら城壁の石を破壊していく。重い破砕音が微かに聞こえるのに耳を澄ませていたが、美鈴は突然異質な気配を感じ取った。こればかりは流石と言える。

 

 

「狂気も感じ取れないし妹様にはいい経験になるだろうな———!!」

 

 

後に彼女が語るに曰く「それは幻想郷では感じることのない『気』だった」という。なぜならば——

 

 

「——これは……大量に人間を殺した匂い(強者)ですね…。」

 

 

その証拠に、彼女の目の前——とはいえ遠方であるが——ではフランドールのほぼ全力に等しいほどの魔力の奔流を受け止め押し返したのである。只者ではない、と彼女は判断した。

 

 

「あれだな——ぁッ!?」

 

 

城壁にぽっかりと空いた穴に降り立った「気」の主はこの距離では美鈴からは黒い点にしかなっていないのであるが。しかし彼女は確かに感じ取ったのであった。

 

 

(睨まれた………っ?それとも…いやどちらにせよ此処からでも感じ取れるほどの殺気だ…!)

 

 

感じ取った美鈴はやはりあの姿から目を離せなくなった。そうしているうちに得物を取ったのか圧力がより一層高まり、また洋城が炎に、黒炎に包まれてそれらが流れ出し妖怪の山自体を黒い炎で覆っていく。

 

 

「なん…ですか、あれは…っ!」

 

 

そして黒い点から、先の白い閃光とは似ていながら正反対な黒い閃光が瞬き——強い殺気を感じた美鈴は直感的に自らの「気」を集め、意識して一拍遅らせた上でそれを体の正面へと壁をイメージして掌を叩き出した。

 

 

「——〜〜〜〜ッ!!」

 

 

瞬く間に白い光と黒い爆炎に視界を潰された美鈴であったが「気」で作り出された壁はその禍々しい光線の当たる瞬間に作られたことで光線を弾いて(魔法パリィして)その射線を上方へ、それも館へは当たらない位置へとずらすことに成功したのであった。

 

 

「——………え?」

 

 

なお彼女自身は巻き込まれすらせず、背後の館にも傷一つなく、さらには天高くまで遠ざかった光線と目の前のそれが疾ったあとらしい爆発痕が洋城から玄武の沢さらに紅魔館へと緩やかなくの字に曲がっていることを確認して、出す言葉もなくただ

 

 

「——は?」

 

 

呆けたという。

 

彼女の目の前では返す刀で十字を描くように再度放たれた光線が、玄武の沢で交じっていた。

 

 





ダクソ3プレイヤーなら皆さん一度は見、また惚れたことでしょう。ミディールビーム、薪の王総辞職ビーム、ゴジラビーム。斯く言う私もその一人です。拙作をお読みの方々の一部にとっては待望の描写だったかもしれませんね。
(ていうか、全然進んでない…!)

——前回分の評価者様——

ヅウォーカァ様、Ace9677様、ハス(ろーたす)様、わけみたま様、カーニハル様、柿鰹様、寝てはいけない様、大鴉ノ巣様、地雷二等兵様、池ポチャ様評価ありがとうございます。

また赤頭巾様、誤字報告をくださってありがとうございます。とても助かります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

合するは

 
前回のあらすじ

怒り、黒炎、そしてビーム

■お詫びとお知らせ
スランプに陥って、スマホもろくに触れられずに過ごしていました…Humanityです。またしばらく療養を取りつつ上げていきたいので、以降は不定期更新とさせていただきます。大変申し訳ありません。



 

山が、森が燃えている。それも尋常ではない光線に灼かれ、黒い炎に飲み込まれて。

 

洋城の城壁に空いた穴からはその惨状がよく見えていた。二条の光線が玄武の沢付近で——つまりあの奔流を撃った地点で——交わり、その通りに木々が薙ぎ倒され地が抉れ、岩があらゆる場所に露出しているのだ。それは魔法の森にも及びさらに向こうの霧の湖に至っては霧をも割いて紅魔館がその姿を見せている。

 

それを成す一部始終を見た五人はただ茫然としていたが、ただ一人がその怒りを顕にして黒衣の騎士を睨んだ。それは呪いに近くしかし呪い(愛情)とは真逆の憤怒に満ち、そして愛情(呪い)とは比べ物にならぬほどの重さがある。

 

 

「…」

 

 

が対して男は意にも介さない。

太刀を鞘へと戻し音もなく鯉口を締めると顔のみを紫に向けた。

 

紫はスキマを男へ向けて開き刀剣類のあらん限りを以て彼を滅殺せんと、彼女には珍しいほどに殺意をむき出しにして不意を打つ。刀剣、槍、薙刀の刃のことごとくに妖力を施している(エンチャントした)ためにその威力たるや賢者や大妖怪果ては神をも相手取るのに不足ないほどである。

 

黒衣の騎士は上衣を翼のように一度羽ばたかせそれで得た揚力のままに体を浮かせてから一度()()を畳み、目の前に展開された槍襖を回避、再度翼を広げて落下の勢いを抑えつつ着地した。着地してすぐその目と鼻の先に別のスキマが開きそこから紫が手を妖力で覆って肉弾戦を仕掛ける。

しかし彼は大してたじろぎもせずむしろ読んでいたかのように紫の左手を右の手で受け、勢いそのままに引き寄せて左手から大発火を繰り出す。紫の右半身が衣服もろとも燃えるが彼女は呻きつつも不敵に笑った。

 

 

「ぅっぐ、ふふ掛かったわね。」

 

「…!」

 

 

男は左を、他の四人がいるはずの場所を振り返る。そこにあるのは城壁に空いた穴から見える黒い山火事——ではなく巨大なスキマであった。そしてそこから導かれるようにして現れたのは錆びつき規則的に窓のある鉄と木材の塊、いくつも連なるので蛇と表現するのも良いかもしれない。即ち廃列車である。それ自体に自走能力はなくただの旧式客車に過ぎないが、それは本来の用途(旅客)でなく男に対する攻撃手段であるためにかなりの速度を持って殺到する。

 

背後は崩れた城壁の残骸で出来た山があり退路はない。なお紫は男が手を離したのでそそくさと新たに開けたスキマへ逃げて行った。

 

 

「…ふむ」

 

 

男の呟きの声が聞こえて来るのと同時に廃列車は瓦礫の山に突っ込み、その声ごと視界から掻き消す。普通ならば助かりはしないだろう。

 

 

「えっと…紫?」

 

 

霊夢がスキマで戻ってきた紫に声をかけるも、彼女はなおその列車を注視している。古い列車をぶつけたのだから無事では済まさないであろうが、あれでは当たっても男は死なずまた当たってすらいないのではないかと予感したからである。

 

旅客列車の扉が音もなく開いた。ふらりとそこから出てきた彼は一瞬、自身に突進してきたものへ訝しむような目を向けてから再度こちらに向き直る。どうやら当たらなかったらしい。男が為したのはごく単純に、突進してきた列車の内部に滑り込んだのであるがそれがいかに困難なことであるか。

 

車両から降りた男は手に火を溢れさせて臨戦態勢を取ったが、ここで教会から言葉とは言い難い声が響いた。

 

——オオォォォ……——

 

 

「っ!この声、幻術の術者ね…っ」

 

 

パチュリーがそう言って周囲を確認するが背後に張った結界もなんら反応を示さない。しかしその声に反応したもう一人は目の前の男の方であった。教会の声に耳を傾けて、すぐ上衣を翼のように広げ飛び立つ。

 

 

「っくぅ逃げられた」

 

 

紫が飛翔する彼を見上げて憎悪と後悔の混ぜられた言葉を吐いた。がすぐに彼のなさんとする動きに勘付き、紫は背後の四人へ叫ぶ。

 

 

「——!逃げなさいッ!

 

 

そして城壁に空いた穴の断面に見える通路の口を指差して続けた。

 

 

あそこなら逃げられるから、早く!」

 

 

状況を飲めない四人を紫が必死に急かして動かすと同時に、上空へと舞った男の手から大火が生じて天を焼くほどに照らし耐え難いほどの熱波を吹き付ける。これを見上げた面々はようやく事態を把握したようで、右前方にある崩れた城壁の露出した内部通路へと走り込んだ。

 

振り返れば炎の柱が地表面を焼き焦がしながら彼女たちの来た道を正門へ向けて逆走していき、その炎を発していた闇はそこから妖怪の山の山頂をぐるりと半周してちょうどよく洋城を見下ろせる位置に着地するのが見えた。その姿は天狗の里からも確認され、その存在感と圧に里中が戦々恐々としていたとか。

 

あの声の内容は定かではないが、概ね撤退を命じたのであろう。着地して洋城を見下ろす他に動くようには見えなかったため、これを確認した五人は入り込んだ城壁内から教会へ出る道がないかを探った。とはいえ一本道であった為にすぐ見つかったのであるが。

 

 

「これは…悪趣味な像ね。」

 

 

紅魔館の主人にすらそう評されたのは王冠を冠した老王が痩せ細った人間へ指輪を授ける、そんな像である。痩せ細り襤褸のみを与えられているそのヒトガタの彫像に人に対する負の感情がこれでもかと表されているようで、見ていて気持ちのいいものではない。

 

 

「黒法師かしらね。」

 

「紫、何がよ。」

 

「指輪の意匠がよ、霊夢。」

 

 

指輪を一瞥したパチュリーが言うには、測ることもできない程に古い魔術であるが何らかの効果を持った魔法具であるかもしれないとのことだった。魔法具という言葉を聞いて即座に反応する魔理沙はさすがと言うべきか。パチュリーは像の台座に足をかける魔理沙をみて呆れながらもそれを止める。

 

 

「…」

 

「あのねぇ魔理沙、取らないべきよそれ。」

 

「何でだよパチュリー。」

 

「貴女が使えるものではないかもしれないって言うのもあるけど、黒法師の花言葉を考えるとあまり良いとは言えないから。」

 

「花言葉ぁ?」

 

「『いい予感』はまだしも、『永久』または『永遠の命』よ。逢瀬の場ならまだ考えられるけれど状況で捉えれば良い意味で使われているとは考えにくいわ。」

 

「おいおいパチュリー細かいな。」

 

「魔理沙、特に古い魔術師や魔女はそういうのにちょっとしたメッセージを兼ねておくものよ。覚えておきなさい。」

 

「……わかったよ。諦める。」

 

「賢明な判断ね。」

 

 

うんうんと頷いて見せる紫を見て霊夢は納得したような面持ちをする。その霊夢が言った。

 

 

「それはともかくとして、この奥から教会の前へ通じているみたいよ。行きましょ。」

 

 

霊夢は魔法具に興味を持たなかったらしく、言葉の端に見え隠れする苛々とした感情にせかされて霊夢のすぐ後ろへ魔理沙が続いた。

 

赤く血痕のようにも見える花が一面に咲き乱れる、黄金色の太陽光に照らされた円形の広場に出た。左手奥には洋城の中心に座す白い教会が、右手には城壁が無く堀のように周囲を取り囲んでいた深い谷とそれを跨ぐ巨大な橋、それに続く新たな城壁と都と呼ぶに差し支えない美しい街が広がっている。

 

 

「おぉ…凄いな…。」

 

 

その景色に素直に見惚れる魔理沙を傍らに、霊夢や紫はこれを酷く訝しむ。

 

 

「ねぇ紫…妖怪の山の裏って森…よね?」

 

「えぇそのはずよ…。」

 

 

都の向こうに広がるのは荒凉とした砂漠である。そこに鬱蒼とした森の面影は無く、周囲一面が同様の灰色をした砂漠に覆われているのだ。しかし対して都はというと様々な花や蔦植物、樹木など都を苗床としたものたちの彩りが見て取れる。

 

 

「パチェ、ここには…いないわよね。」

 

「そうねレミィ。」

 

「いないって何の話よ。」

 

「それはね霊夢、動物が全くいないのよ。」

 

「動物?」

 

「…ちらほら魔力の反応はあるけど(いず)れもヒトガタのものね。つまりは鳥とかそう言った本来ならいくら街でも根強く棲むような動物がいないの。これがどれほど異常なことか…植物があるからこそ動物が寄ってきて、動物がいるからこそ植物が発展するのが本来の形なのだけれど…。——ここは植物だけが存在しているのよ。人は…おそらくいないわ。」

 

 

それが元からいないのか後天的にいなくなったのかはわからない、と付け加えたパチュリーはさらに続けて言った。

 

 

「ただ何かを養分にして植物が育つのだからその養分に当たりそうなものと言われれば…」

 

「い、言われれば?」

 

 

恐る恐る尋ねた魔理沙。

 

 

「——……人、とかかしらね。厳密に言えばその遺骸で土壌微生物に分解されたものとか。」

 

「うぇ…。」

 

 

パチュリーのそばに屈み込んで花弁を撫でていたレミリアもまたこの考えに賛同した。

 

 

「パチェの考えには私も同感ね。この花、さっき門からすぐで戦った騎士たちと同じようなナニカを感じるもの。可能不可能は置いておいて考えられるのは、この花が彼らやそれに類する人を養分にしている場合とそのナニカを具現化したものが花になった場合の二つくらいだから。」

 

「…二つ目は人が花になったってことか?」

 

「そうよ魔理沙。」

 

「有り得るのか…?」

 

「さぁ?不老不死の研究の過程で自然物に行き着いた錬金術師や魔術師はいたかもしれないけれど、それが自然発生するとは考えにくいかしら。」

 

「レミィの言う通りよ魔理沙。でもレミィも魔理沙も一つ忘れているとしたら今の異変の状態ね。幻想郷とは異なる世界のあり方を無理矢理に上書きした現状だからこそのものと言えそうだから。それに前例は既に幻想郷で出現したわ。」

 

 

パチュリーのその言葉を少し考えた紫は思い出した。人里での異変を報じていた例の新聞の誌面が脳内に甦る。

 

 

「人里の疫病…その末期症状の一つは……『樹木化』だったわね。」

 

 

そういうことよと頷くパチュリーを見て、魔理沙はより一層周囲に咲き誇る赤い花を不気味がった。これらの花が人の死んだ数を表しているかもしれないなど想像すれば然もありなん。さあと風が吹く。その赤い花々が風に揺れて漣立つ血溜まりのように見えるのだ。

 

 

「なっなぁさっさと先に行かないか?」

 

「何よ魔理沙そんなに怖がって。」

 

「れ、霊夢は怖くないのかよっ!これが全部死人かもしれないんだぞ!」

 

「私は別に怖くないわよ。だって可能性の話じゃない。そうでしょ?」

 

「それはそうだけどよ…。」

 

「怖がりねぇ…。」

 

 

そんな会話を霊夢と魔理沙がしていた時、紫とそれに遅れてパチュリー、レミリアが広場の右奥へ視線を向けた。それは谷を跨ぐ橋の方である。パチュリーが口を開いた。

 

 

「そこの二人の痴話喧嘩は置いて、そちらはどなた?」

 

 

彼女の言葉を聞きその視線の向く先を追って初めて霊夢と魔理沙は気がついた。広場を挟んだ反対側に白い装束の人影がいくらか登ってやってきたのである。彼らの特徴的な犬耳や白い装束、同色の盾とくれば彼らが何者であるかは一目瞭然だ。

 

白狼天狗。

即ちそれは

 

 

「…天狗の里の白狼遠征隊だ。」

 

 

先頭を歩いてきた褐色肌の、変わった意匠をした大斧のようなものを担いだ白狼が簡潔にそう答えた。

 

遠征隊、その単語を聞いた紫はしかしその数を見てひどく胸を締め付けられるような思いをしたという。会合に於いて天魔から報告された遠征隊の、推定規模は二十数名。対して目の前にした彼らは十八人で、その多くはその白い装束を血に染め、また傷だらけの盾や中には腕を欠損したものなども居るのだ。

 

彼の遠征隊の隊長を名乗る白狼天狗が言う話——極めて簡潔な報告に過ぎない——を紫の聞くところによれば、遠征隊は二十五名から成っていたというものの此処までの道中で七名が戦死、六名が負傷し二名は欠損のために重傷であると言う。

 

紫は遠征隊の生き残りたちのうち負傷者を天狗の里へスキマを使用して帰投させると、残って戦うことを選んだ十二名を加えて教会の扉へ向かった。

 




 
黒法師の(くだり)を回収。フィリアノール教会の前一面に咲いている花やその他輪の都の随所に多くの植物が見て取れますがあれらは何なのでしょう。お花そのものにはあまり詳しくないもので、どなたかご存知であれば教えていただけないでしょうか?

——前回分の評価者様——

宮理貴様、いゆき様、やる気マンゴスチン様、Lankas様、時空の裂け目様評価ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

教会の槍

 
前回のあらすじ

遠征隊と合流



 

来訪者よ、引き返し給え

深淵は未だ深い。何者も、主の眠りを妨げること

許されぬ。

 

 

教会の巨大な扉の前へ立った一行は重々しく告げられた言葉に眉を顰める。幻影を召喚する際の特異な間延びしたようなそれでいて底冷えする声が聖堂の中から響くが、この言葉は教会そのものから発せられるようですらあった。幻術の類を応用したものであろう。

 

 

引き返し給え、来訪者よ。

これは王の法であるぞ。

 

 

「…へぇ、高度な術式ね。声自体というよりも音を触媒とした幻術と言ったところかしら。どんな組み方しているのか是非とも研究したいところだけれど、それよりも『引き返せ』だそうよ。」

 

 

パチュリーは感心したようにそう言った。霊夢が扉に手をかける。

 

 

「引き返すわけ……ないでしょうがぁっ!!!」

 

 

重い大扉を両開きにした霊夢。押せば鉄の軋む音を上げるがしかし意外にもすんなりと開いたその扉には、術式はおろか施錠すらされていなかったのである。

 

 

愚かなことだ。王の法を軽んじるとは。

法官アルゴーが、その方に報いを与えよう。

 

 

「てっ、あれ?引き返せなんて言う割に——……は?」

 

 

扉を押し開けた霊夢は前触れもなく当てられた強い殺気に反応しすぐさま背後へと飛び退く。すると先程まで霊夢の居た位置へ鉄を熔かさんばかりの高熱を帯びた重い斬撃が凪ぎ、それを振るう者は体を宙でくるりと回すとその勢いを利用して再び叩きつけられた。見ればそれは槍や剣を持った騎士たちと同一の見た目であり体格ながら刃渡りだけで身の丈程はある特大の、片刃で左右非対称な剣を二本左右の手に携えて、それを軽い身のこなしで振るってみせるのである。

 

 

教会の槍、王女フィリアノールを守る契約者よ

法の下、王女を護り給え

 

 

右の特大剣を肩へと担ぎ上げた騎士が霊夢の開けた扉から重くされどしっかりとした歩みで日の下へと出で来た。腰につけた金糸の細かい刺繍の入った布が日に当たって誇らしいとばかりに輝いている。

そしてその背後の教会の中には黒い法衣姿の巨大な影があった。

 

霊夢は咄嗟に神札を投げ、それらは二本の大剣に防がれその刀身で威力を発揮する——かに見えたもののチリチリと音を立てて燃えやがて灰になった。

 

 

「このっ…相変わらずね、あんた達一体何者よ…っ!」

 

 

二刀を持ってして為される斬撃はしかし鈍重であるために避けるだけならば容易いものである。背後へ飛び退いて騎士を広場へと誘導した霊夢へ即座に白狼天狗が呼応してその背後を囲むように回り込んで分散する。

 

 

「おっし試作スペカをありったけくれてやるぜっ!」

 

 

霊夢が飛び退き着地したすぐ隣で魔理沙は懐中から小さなメモ帳を取り出すと、そのページを一枚破り取り手元に落とした。するとメモ帳のページが空中に浮遊しそれを中心に六つの魔法陣が円を描くようにあらわれ、それらが回転して順に威力の強い弾幕を発し始めた。外界で用いられる兵器の一つからインスピレーションを得たというそれは一周のうちに魔法陣が冷却を終えて次の射撃へ移れるように調整されている。

 

 

「弾幕ごっこ用に調整していなくてよかったな…!」

 

 

ほんのりと緑掛かったレーザー状の弾が連発されるとさすがの騎士も怯み体勢を崩す。すかさずレミリアが手に錬成した神の槍——正確にはその模造品であるが——を投げ、騎士の右肩を貫いた。だが槍は瞬く間に残り火のようなか弱くしかしそのために掴みどころがなく強かな火勢に押し負けて灰塵となり微風に舞って消えてしまうのだった。

 

 

「はあっ!?なによ…っ」

 

 

レミリアは狼狽しつつも仕方なく、残滓が尾のようにもしくは長槍の柄のように小球の続く独特な紅い妖力弾を魔理沙と並んで撃ち込むに留まった。至近距離へ接近してこれまで別の騎士にしていたのと同じようにグングニルへ手から直接に妖力を注ぎ続ければ問題なく突き入れることが出来るのであるが、ここまで数人の騎士を相手にして分かったことがあるためにそうはしなかったのだ。

 

騎士は、背後が弱い。

 

逆に言えば前側への火力は計り知れないのである。即座に騎士の背面へ展開した白狼天狗を見れば、同様に会敵したことがあったのであろうと分かる。ならばこそ耐久力の低い白狼は背面を、それ以外は前面から攻撃を加えて注意を惹きつつ隙を作るのが最適解なのだ。

 

 

「魔理沙あんた、今そんなやって妖力に余裕はあるんでしょうね、っ?」

 

「あるにはあるけど…ジリ貧だな。」

 

「霊夢、騎士がまた立ち上がったわ。神札で防御して頂戴。」

 

「紫あんたもすこしはっ!戦いなさいよ!」

 

 

二刀を利用した六連撃を霊夢の防御陣が食い止めんとするものの、一撃一撃の重さと例の残り火によって守り切る前に札が燃え始め陣が揺らぐ。

 

 

「アっっつ、また——」

 

 

神力の込められた札が燃え尽きると同時に霊夢へと迫った二連撃は、紫が即座に開いたスキマから出た道路標識——無論ながら妖力が込められている(妖力エンチャント済み)——が霊夢の目の前に立ちはだかり防がれた。しかし彼の大剣は熱し切ることが出来ずとも紫自身が強化を施したはずのそれらをただの二撃にてひしゃげさせてしまっていた。

 

前衛を張る三人の後ろに紫と並んでいて、弾道に若干追尾しつつ飛ぶ大玉の妖力弾を発していたパチュリーが思い至ったように口を開く。

 

 

「……あぁそうか、もしかしたら…。」

 

「どうしたのパチェ。」

 

「…レミィや他の妖力の影響をまともに受けてもものともしないし、霊夢のお札も効力が弱いとすると……相手もまた神力を付与されているのかもしれないわね。それも巫女が扱える域ではないものが。」

 

「えっパチェそれってどういぅ——」

 

「——神の一柱に君臨する者がそれほどまでの力を掛けないといけなかった物事柄といえば…封印とかかしら。でもさっきあの法衣巨人が言っていた『誓約』というのも気になるわね………もしそれが神もしくはそれに連なる神族との誓約であったなら……いや——」

 

「おいパチュリーっ!?お前何暢気な——っとあっぶね」

 

 

思索の海へどんどん沈み込んでいくパチュリーであるが相変わらず大玉は発している。手動で制御はされていないのであろう。一方で魔理沙と霊夢は神札を四枚も重ね掛けした防御陣を以てして、残り火を激しく燃やした大剣の連続攻撃を退けようとしていた。

 

 

「——誓約なら騎士を雇うためにそこまでの神力は使わないはず。ならもしかすると封印の方が先に掛けられていて、あとから誓約を施した?封印するほどのものを傘下に招き入れるなんてこと……もしくは封印のためにだとしたら?……いや誓約が先であとから封印した可能性もあるわね……うぅん。」

 

「なぁおいパチュリー………レミリアアイツどうにか…」

 

「無理よ…ちょっとやそっとじゃ」

 

 

とんでもない早口で思考を纏めようと言葉を発するパチュリーであるがお陰で外部の音や衝撃をも打ち消してしまって彼女の耳へ届かないのだ。

 

 

「お、おい霊夢これ大丈夫なのかよ…。」

 

 

目の前ではこれまで見たこともないほどの熱を以って溜められる二振りの大剣が巨大な焔の光波を伴った横薙ぎの斬撃を繰り出して、霊夢の神札のうち三枚を一度に焼き切ってしまった。陣の残機はあと一枚しかない。

 

 

「……ごめん魔理沙、まずいかも…。」

 

「はあっ!?ゆ、紫!!パチュリー!!レミリアでもいいっだれか!」

 

 

魔理沙の叫びに応えた紫が陣の前に三重からなる防御結界を敷く。しかし対してレミリアは『運命』から垣間見えた『結果』に目を見開き、パチュリーはといえば先程目の前に迫っていた焔の光波と今まさに興らんとしている残り火へただ思索を向けていた。

 

騎士が二刀を振るう勢いそのままに飛び上がり、その身を翻して炎に包まれた双大剣を地に打ちつける。熾るは大火と言い表すにも拙いほどの、大噴火であった。

 

瞬間的に破られた結界たちに紫はすぐさま追加の結界を張り直しなんとか耐えられるかと見たものの、当初と合して六重には重ねられたはずの防御結界が砕け散った。防御結界で減衰した熱衝撃は霊夢の神札へと到達し——神札から霊夢の右腕ごと猛烈な余波が駆け巡った。

 

 

「づあッ——!?あがっああぁぁ———ッ!!」

 

 

霊夢は湧きあがる叫びをなんとか歯を食いしばって耐えようとしながら、右腕を抱えるようにして屈み込む。痛みを我慢しようとして漏れる呻きと荒い息が彼女を襲う劇痛を表して酷く痛々しい。

 

 

「ぅ———っ!!ふグ——ッ!」

 

「おい霊夢!?なあ!!あぁ——くそッ!ほら霊夢、これ噛めよ…ホラッ!」

 

 

魔理沙は手拭いを口に含める大きさに裂くと霊夢の口へ押し込むようにして噛ませる。霊夢の固く閉ざされた瞼から涙が滲んでいた。

 

 

「パチェ!!霊夢の治療に…」

 

「分かったわ…、!待ってレミィ騎士がもう立つわ!」

 

「くっ…そんなもう!」

 

 

パチュリーに言われて直ぐ振り向いたレミリアの視線の先で。騎士はつい先程の大技後の硬直から立ち直って左足を踏みしめた刹那、その右脇腹は岩盤から削り出したかのような異質な大斧を背後から二度叩き込まれた(バックスタブされた)

 

 

「——このォっっ!!!」

 

 

大斧の今の持ち主たる褐色の白狼は斬撃に身を崩した騎士へ大斧を両手で掲げるように振り上げ叩きつける。それは嘗て巨軀の鎧が用いたように、何条もの黄金色の(いかづち)と天を揺らすばかりの轟音を鳴らし地を疾る突風を伴った。その様はまさに落雷というのに相応しい。

 

僅かも残さず命を削り切ったその一撃に、騎士が立ち上がることはなかった。

 

 

「あなた何処でそんな…?」

 

 

愕きを隠せなかったのは此れを為した本人を除いて全員であったが、唯一言葉を発したのは紫であった。霊夢へ魔術で処置を行うパチュリーもまたその落雷には違和を感じ、その行使者が白狼天狗であったことを知ると一瞬処置の手を止めるほどである。

 

 

(今のは妖術ではなくて魔術…?構成しているのは間違いなく妖力ではなく魔力だけれど術の形式は魔術というよりも——まるで物語を読み聞かせるような——…奇蹟?でも白狼天狗に神の代行者(奇蹟遣い)はいないはずだし…とすればもしかしてあの武器が?)

 

 

魔術を発動する道具となれば八卦炉のような魔法具が数多く存在するものの、神の御業を代行するもしくはそれを讃え()()()()道具のなんと異質なことか。

 

 

(信仰は無いはずの白狼天狗でもあの威力…信仰者ならどれほどかしら?…もしくはあの『物語』が大斧自体かそれの持ち主について讃えるものであるとしたら?——どうしても、気になる研究したい研究したい研きゅ)

 

「ちょっ、とぉ?早くっ終わらせなさい…よ。」

 

「——…あぁ、ごめんなさいね。今終わるわ。」

 

「しっかり、しなさい…よ。」

 

「えぇ。ただ傷跡がひどく残ってしまうわね。こればっかりは魔女にはどうしようもないわ…それと神経の再生も早めさせているけれどしばらくは右腕で戦うのを避けなさい。」

 

「いっ…つ…あく、ぅわかっ…たわ。」

 

 

霊夢の右腕に残った大火傷の爛れた痕が痛々しく残ってしまい、またパチュリーは自身の考察が正しければ炎の由来が由来であるために完全な治療にはそれこそ奇蹟でなければならないと分かっているのだった。つまるところもう彼女にはなす(すべ)がないのだ。

 

御祓棒を左手に持った霊夢が立ち上がる一方で紫と褐色の白狼の問答はなお続いていた。曰く術の由来がとか、白狼自身の魔力適正の有無の確認だとかと話があるのだがこれと言って進展がない。

遂には紫がその大斧を取り上げるだとかという話になって、霊夢が割り込んだ。

 

 

「待ちなさい、紫。」

 

「っ!霊夢!?や、火傷は大丈夫なの?ああこんなに酷い傷跡が残って…。」

 

「大丈夫よ、傷跡は消えなかったけどそのうち治るでしょ。それよりも大斧についてだけど。」

 

「、そうね。私天狗にはあまりに過ぎた力だと思うの、だから取り上げようかしらって。」

 

「必要ないわ。」

 

「…え?」

 

「取り上げる必要が無い、使い熟せるなら問題ないわ。特に今は戦力が欲しいのよ。私は右腕が動かせないし妖力弾と神札は効き目が薄い。あんたが出せる障害物も意味をなさないし、グングニルに頼るには妖力の効率が悪すぎるわ。…改めて、協力してくれるかしら?異変の解決まで。」

 

 

答えるのに考えるべき余地もないとでも言うように、定まっていたらしい答えをハッキリと口にした。

 

 

「勿論です。我々でよろしければお供しましょう、博麗の巫女。」

 

 

口元を一瞬微笑ませた霊夢に褐色の白狼を中心とした白狼部隊が新たに連なって、再度教会内へと足を踏み入れた。影を纏ったかのように暗く黒く見える法衣の巨人がその喉を震わせるのが響き渡っていた。

 




 
キリトくんが輪の双大剣でスターバーストストリームをするにはまず脳筋アンバサマンにならないといけない、と同僚の人間性から何気なく言われ「なぜ今それを言うんだ」と言う疑問と「筋バサキリトという絵面」を想像して吹き出してしまいました。

——前回分の評価者様——

LLnZ(ルー)様、評価ありがとうございます。

関係のないはなしですが、Demon’s soulsの二次創作ってかなり少ないのですね。RemakeはPS5が手に入りにくいため仕方ないかなとは思いましたが、まさか此処までとは。あとはAssassin’s creedシリーズも少ないようで、SyndicateとかBlackFlagとか好きな私としては残念なところですね…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古い聖槍 前篇

 
前回のあらすじ

双大剣をボスに据え直した。
この先連戦に注意(深淵の微笑み)。

今回の注意
あまり気にしないかもしれませんが、Darksouls IIIから表記を加筆・変更した箇所があります。誤植ではありませんのでご注意下さい。



 

「さてと…漸くここまで来たわね。」

 

 

教会の大扉を潜り、静謐なる聖堂へと足を踏み入れる。左右のステンドグラスから規則的に並ぶ柱越しに入るのは、黄金のものではなく静かで薄暗い白光である。外部の光と見比べればその光の筋があまりにも不自然であると、一目瞭然であろうが誰一人としてそれには至れない。

 

蝋燭の光もない聖堂の最奥に両手をだらりと垂らして佇む巨人の姿がある。それはまるで口を開いた深淵のように暗かった。

 

 

「あんたが異変の首謀者?何にせよ堪忍なさい。」

 

 

聖堂の雰囲気や巨人の姿やその見下ろす視線は、気味が悪いと言う風には不思議と感じない。むしろ神聖な、高潔なそう言った空間に感じるのは何の故あってのものであろうか。

 

巨人が両の手を胸に重ねるような独特の構えを取り再び詠唱を始めた。

 

 

古い聖槍、王女フィリアノールを守る契約者よ

君を呼ぶ声に、耳を澄ますが良い!

 

 

詠唱を区切ると同時に教会の鐘の音が脳を響き渡り、姿かたちの見えぬ聖歌隊が静かでそれでいて力強く語りかけるように唄う。その意味は()()()理解できた。

 

 

———

行け、行け

行け、お前の意のままに

槍兵よ

———

 

 

巨人の足下に紫色に光る巨大な魔法陣がその存在をあらわにし、ゆっくりとしたコーラスに呼応して明滅する。それは誰かを呼んでいるように感じられ、またそれはゆっくりとした心臓の鼓動のようでもあった。その正体をいち早く突き止めたパチュリーが声を荒げる。

 

 

「っ!これは、召喚魔術…ッ!離れなさい!!」

 

 

魔法陣の外側へ全員が急いで退がり逃れると同時に魔法陣と同じ深紫色の渦が巨人の目の前で形成され、更には床から突如突き上げて現れた黄金色の槍がその渦を取り囲む。巨人の()はその時点で光の中へ薄れて消えた。

 

渦からゆっくりと人影が立ち上がり形を成していく。長身のそれは黒い上衣や黒紫色の西洋式甲冑を頭以外身に纏い、なによりも特徴的なあの酷く窶れた太刀を佩いている。腰には先程の騎士が持っていたような金糸の布が飾りについた、穂先までのみの独特な儀式槍が腰回りのチェーンに下がっていてこちらはひどく冷たい輝きを発していた。

 

 

———

行け、行け

行け、意のままに

槍兵よ

———

 

実体「古い聖槍 闇喰らいのミディール」

が召喚されました。

 

———

行け、槍兵よ

———

 

 

 

コーラスと同じく脳内に響きそして彼女らが理解させられた男の名は『ミディール』。

パチュリーや紫、レミリアなどはその名からアイルランド神話に於ける地下の神を思い浮かべたが、かの者から神性は感じられず然れどもそれに酷似したより古い性質を感じ取っていた。

 

しかしそれが彼自身のものでは無いと気づけた者は、この場にいなかったのであった。

 

 

古い聖槍よ

法の元、王女を守りたまえ…

 

 

すでに聖堂内にその姿はないはずの、あの黒い巨人の声がどこからともなくミディールへそう告げる。召喚されてから瞑目したままであったミディールがその命を聞きそして紫色の双眼を開いた瞬間戦闘の幕が上がったのだ。

 

先手を打ったのはミディールである。左手に生じさせた炎を以ってして薙ぎ払いつつ地を蹴って一直線に、霊夢や白狼天狗などが横並びになった列を強行突破して背後へ回り込む。そして即座に、辛うじて視界へミディールを収めたばかりの白狼の一人へ向かって火の奔流を放った。

 

 

「——ッ?!背後だ、相手の出方を見て迎撃しろ!妖力弾は自信がないなら控えよ!」

 

 

褐色の白狼が叫び、それによって驚愕から回復した白狼部隊は得物を手に盾を構える。ミディールから攻撃を受けた一人は奔流を紙一重の差で回避に成功した。

 

 

「撃つなら味方撃ちに注意しなさいっ!『夢想天生』」

 

「んな無茶言ってくれるな…。」

 

 

霊夢は城内に入る際にも使用した半透明の状態へと入り、神札や妖力弾を放ちながらミディールへと接近する。魔理沙、レミリア、紫もそれに続いていきパチュリーは戦闘から距離をとりつつ妖力弾での援護に回った。無論放たれる札や妖力弾はミディールを追尾するものに限られるために「弾幕」というほどの数と密度は無い。

 

ミディールは左手から再度火炎を以ってして白狼部隊を薙ぎつつ、振り向きざまに抜刀した太刀の一刀で背後に迫る妖力弾と札の殆どを両断し返す刀は霊夢越しに()()()()斬りつける。

 

 

「とあぶねっ」

 

 

霊夢越しであったとはいえ半透明であるために視認できていた魔理沙は慌てて立ち止まることで刃を受けずに済んだもののそこに生じた隙を見逃されるわけもなく、太刀を片手に霊夢を通り抜けて突っ込んできたミディールの大発火を目の前にして——視界の端で開いたスキマを見た。

 

 

「させないわ。」

 

 

スキマから飛び出した道路標識が魔理沙を火から守る。あまりの瞬間火力に標識板が赤熱してしまうが、間もなくそれは引っ込めた。

 

 

「魔理沙、余所見しないようにして頂戴。いつでも助けられるとは限らないのよ。」

 

「ありがとだぜ、スキマ。」

 

 

一方ミディールはその身に向かい来る緋色の槍と大玉の妖力弾を視認すると翼膜を広げて軽く飛び、霊夢をすり抜けて背後へある程度の距離を取って着地した。それは聖堂の最奥、巨人の()があったあたりである。

 

 

「すばしっこいわね…ッ!」

 

 

そう言ったのは追い縋って引き剥がされた霊夢であったかレミリアであったか、はたまたパチュリーであったか。

 

ミディールを追いきれず空中で破裂した大玉の妖力弾と違い、彼を追ってその弾道を曲げた緋色の槍はしかし彼が着地してすぐに太刀を片手で振り、真っ二つに斬られてしまった。

 

ミディールは太刀を持った右手をだらりと自然体にして腰に下がったあの儀式槍を左手に取り、それを前へと掲げて握り締めた。するとミディールの立つ目の前から一直線に、丁度霊夢や魔理沙などと白狼天狗たちを分断するようにして黄金色の光り輝く槍が——ミディールが召喚された際のものに同じく——地から突き出して壁を形成していく。教会の端まで達した槍の壁は有刺鉄線のように同じく黄金色の雷を発しており、それは霊夢の投げた神札をさも当然のように無力化するほどの力を有していた。

 

 

「くっ…このッ、うざったいわね…。」

 

 

霊夢がそうぼやくのと同時に再び翼膜を広げたミディールは、いつの間にか腰へと戻された儀式槍の代わりと左手に大火を熾して飛び立つ。そして彼から見て槍によって区切られた左側を、大きな翼膜とその左手より発される奔流を持ってして焼き払わんとするのだ。

 

 

「——ッ!は、柱の影へ退避!!!」

 

 

豪雨と聞き紛うほどの轟音を発して上空から迫り来る炎に対し一拍遅れてそう叫んだのは椛であった。すぐ様白狼たちは応えて柱の影へと炎を避けるべく隠れるも、それだけで防ぎ切れるほど易しいものではないのだ。

 

 

「助け——あああづっっぃあづいぃぃぃ…ッ!かひュ、」

 

 

柱へ逃げ遅れた白狼の一人が炎の中に飲み込まれて姿が消えた途端にその悲鳴が響き渡り、黒い影上空を過ぎ去るとそこにはうつ伏せに倒れ込んだ白狼の姿があった。白い髪が焼け肌は爛れてみるも無惨であるが、尚息はあるようで喘鳴が伏せて見えない口から発せられ続けている。

 

 

「そんな……」

 

 

業火に晒されて倒れ伏す白狼の仲間の姿から目を離せず、怯えて得物を持つ手が震えだす椛に対して褐色の白狼は叫ぶ。

 

 

「椛!正気を保てよ!!全員構え、来るぞ!!!」

 

 

火焔放射を終えたミディールは聖堂の大扉前で旋回すると、今もまだ立ち並ぶ槍の壁を飛び越え避けるように微調整をしながら翼膜で空を煽り勢いづけて吶喊する。狙いは、火焔に巻き込まれた白狼であることが明白であった。

 

 

「おいパチュリーッ!この槍どうにかならないのかよ…!」

 

 

槍に阻まれて助けに向かうこともできず、また聖堂内であり低空飛行であるとはいえその最中にあっても容易く弾幕を斬り伏せるミディールに手出しもできずにただ目の前で白狼たちが炎に襲われる様を見る魔理沙をはじめとした三名は何もできない現実に歯噛みする思いだった。

 

 

「ダメよ魔理沙、強制力が強すぎるわ。それにもし破壊できたとしても調節をうまくやらないとあっちを巻き込んでしまうもの、それじゃ元も子もないわよ…っ!」

 

「くそっそれじゃマスタースパークも使えないぞ…。」

 

 

霊夢の使う夢想天生ならば火焔や槍襖も構うことはないのであるが、それは「あらゆる接触から()()」という方向性での彼女の能力の応用方でありそれはつまり霊夢側からも接触ができないことを意味している。

 

それは承知の上で槍を越え炎の名残が尚も燻る白狼へ向かった霊夢は、能力を解いて白狼とミディールの間に立つ。爛れた右腕は神札を持つに留めて、その代わりに御祓い棒を左手に持っていた。

 

 

「——止まりなさい…!」

 

 

霊夢が御祓い棒をミディールへ向けて言い放った。無論止まるとは思っていないのであるが。

 

そこにミディールの横合いから突如開く空間があった。聖堂の大扉付近から高速で滑空する彼を待ち伏せていたかのように開いたそのスキマに流石のミディールも一瞬反応が遅れると、そこから現れた紫の繰る片鎌槍が彼を襲う。

完全な不意をついたその一撃はしかし彼の身を守る西洋甲冑の胸甲によって穂先を逸らされることと相成った。またその長柄を太刀の持っていない左手で掴み取ったミディールはそれを空中で自分の左脇を支点に振り返し、スキマから紫を引き摺り出して聖堂の向かって左側へと飛ばし落とした。

 

 

「な——何が起きてんだよ…っ」

 

 

あまりにも早く展開されていく混戦に目を回すのは魔理沙に限った話ではないが、それらを待つほど酔っているわけもなくミディールが困惑して紫を見やっていた魔理沙の真後ろに舞い降りた。槍ごと紫を回し彼女を飛ばすのに翼を大きく横へと広げて抵抗を生み出す必要があり、急減速を強いられた彼は仕方もなく空中から降りたのである。その手にはつい先程紫より奪い取った槍が握られており、なんとも奇怪な二刀流の(てい)を成している。

 

 

「あっ…——」

 

 

真後ろへと着地したミディールに気づかぬ魔理沙ではなかったものの、どうにも呆けて状況判断の遅れていた彼女は弾幕を展開する動きも見せずただ目の前に現れた闇がその太刀を左の腰のあたりへと擬似的な居合の構えを取るのを見つめていたのだった。そこは十分に居合の間合いであるにも関わらず。

 

 

「——何してんのよ魔理沙ぁッ!!」

 

 

叫ぶに近いほどの声量でそう発した霊夢の音に漸く我へ帰った魔理沙はすぐさま背後へ飛び退いた。がしかしそれを見越して一歩踏み込んだミディールの間合いからは切っ先分のみ逃れること叶わず、刹那の内に過ぎ去った刀身は魔理沙の右横腹より血を吹かせた。

 

 

「——ぁっがッ、は ッアああぁぁ」

 

 

抑えても尚血を出し続ける腹を抱えて膝をついた魔理沙はもはや動けず、居合を振り抜いたミディールはその太刀を魔理沙の頸へ持ってゆかんとした時鋭い金属音が二つ鳴り響いた。彼はその内の御払い棒を右腕に受けると同時に相反した力を一挙に加えてこれを弾き飛ばし、また二方左右を無言で睨みつける。

 

 

「…。」

 

 

左手に持っていた御払い棒を弾かれた霊夢は不意に喰らった衝撃にただの一度で体幹を崩し、向かった頃には目と鼻の先に太刀を突きつけられて舌を打った。

 

 

「チィッ、このぉ——っ!!」

 

 

対して片鎌槍の長柄で受けた深紅の槍は互いにぎりぎりと不快音を発したものの、霊夢が舌を打つと同時にミディールが長物の片鎌槍にもかかわらず軽々と振り払ってレミリアを大扉の方へと遠ざける。しかし流石に吸血鬼たるレミリアまでをも体幹を崩させるには至れず、直ぐに体勢を整えた彼女はその深紅の槍をぐっと腰を捻って溜め込んだ力と共に投げた。

 

鏡面反射をするほど綺麗に磨かれた聖堂の床に対して水平に真っ直ぐと()をたどるようにまた紅い光線と化して飛翔したグングニル(運命の槍)は、それを叩き落とさんと再度振われた槍の穂先と枝に払われつつも儚い一条の光となってミディールの左胸を撃ち貫いた。

 

 

「ぐぅッ——!!」

 

 

仰け反るミディールの口から漏れた呻きと共に、貫かれた胸やその口から溢れたのは血であった。しかしその血は肉片と称した方が正しいとすら思えるほどの粘性をもち、また騎士たちから流れ出でたそれよりも遙かに黒く暗いのである。

 

 

「ハアッ——ァア」

 

 

そのまま倒れ込むかに見えた彼はしかし左手の槍を床に突き立て、これを中心にぐるりとレミリアへ背を向けるように回ると右足を一歩踏み出して、そのまま引き抜かれた片鎌槍の枝は霊夢の脇を過ぎ白狼のうち一人に引っ掛けこれを引き寄せた。

あくまでも狙いは白狼に——強いては白狼を拠り所とした暗いモノに——他ならないのだ。

 

 

「なっぁ カ——こぷ」

 

 

引き寄せられた白狼の頸へ太刀をあてがったミディールは槍を手放して左手を峰に添えるとそのまま引き斬り、更に左手を(しのぎ)に沿わせて真っ直ぐに首を突き貫く。

 

悲鳴をあげようと口を開閉した白狼の頸から、口から、鼻から、斬られた断面からごぽごぽと水音を発して流れ出たのもまた血であった。ミディールや騎士のそれに比べれば静脈血に近い色合いであるそれはしかし確かに独特の黒く暗い光沢を発していて、その不気味な血が刀身を伝って太刀の綻びへと流れ込むと黒い火の粉がぼうっと噴出し、暗い血に引火した黒炎がその血を辿って白狼へと遡り忽ちに白狼は黒い火達磨と化す。

 

遺骸の一片を遺すことも許さず灰塵と化すまで燃やし尽くしたミディールは、左胸に開いた風穴を気に留めることなく刀身を伝った血すらも燃やした太刀を一度払って鞘へと仕舞い取り落とした槍を拾って再度構え直した。

 




 
「教会の槍」ハーフライト…ではなく「古い聖槍」闇喰らいのミディール戦です。絵画守りさんたちですか?彼らについてはよくわからないので出しません。わからないものは出さないスタンスです。

——前回分の評価者様——

manblack様、血に渇いたレミリア様、評価ありがとうございます。

戦人様、誤字報告ありがとうございます。


お久しぶりですね、あけましておめでとうございます。
プロットは既に定まっているのですが、そこから自分の満足のいく描写に落とし込めずにいます。スランプだなんて言うには、仕事としてやっているわけではない私には大そびれた言葉ですから「調子が悪い」とさせていただきます。

しかし打ち切る気は毛頭ないのです。ですからどうか次の話も——少々都合の良い言い方になってしまいますが——ゆっくりとお待ちいただければと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古い聖槍 中篇

 
前回のあらすじ

『古い聖槍』ミディール戦
第一形態


 

片鎌槍という武器は、十文字槍の派生と考えるとわかりやすいやもしれない。厳密に言えばその双方に構造上違いがあるものの、切ることも突く事もできる長柄の槍に片刃の「枝」というのを穂の根元に取り付けるのが基本形となる。それが両側にある場合は十文字槍、片側にのみ存在するものを片鎌槍と呼ぶのだそうだ。

 

槍一本のみとなったミディールはしかしその槍捌きもまた精緻なものがある。隙を生じさせ難い鋭さのある突きと太刀に比べれば緩慢ながら広い範囲を薙ぎ払うほか、片鎌の枝で白狼の刀を絡め刃を払うなど多彩な動きと激しい攻撃の中での緩急に霊夢などや白狼の多くが振り回されていたのだ。

 

 

「白狼部隊、固まらないように散開しろ!攻撃を途切れさせるなよ!」

 

「射線は通りやすくなったわ、ただ重ねて言うようだけど誤射には気をつけなさい。」

 

 

褐色の白狼が白狼部隊へと注意を飛ばしつつ妖力弾を放ち。その後方では霊夢を中心に弾幕を展開していく。レミリアのグングニルはあれ以降警戒されているのもあり、またレミリア自身の消耗から決定打には至らず槍に払われてばかりだった。

 

 

「なぁレミリア、またさっきの槍は出せないのかよ。」

 

 

霊夢よりさらに後方でパチュリーから施術を受けて戦闘に復帰した魔理沙がそう言った。なおパチュリーはといえば槍兵の跪く銅像が左右に数体並ぶ、大扉を潜ってすぐの踊り場で全身火傷を負った白狼の治療にまわっているため戦いの場には居ない。

 

 

「作れはするけれど当てるとなると無理ね…()が思うように掴めないのもあるけど、第一は相手がこちらを警戒しているから。」

 

 

その言葉通りに、今し方投げられた緋色の槍は先程のような光線のように鋭いものではありながらもミディールの繰る穂先にいとも容易く阻まれて消えてしまった。

 

そうしているうちに一際大きな金属音が聖堂を響き渡る。見れば褐色の白狼の大斧が刃先を槍にいなされて床へと叩きつけられているところであった。

 

 

「くぅ…ッ」

 

「…」

 

 

特にこれといった表情も現さずただ淡々と、白狼部隊が果敢に浴びせる白刃を槍で弾いては追撃を加えじりじりと焦がすように彼らを圧迫しまた消耗を強いていく。聖堂の床面には破損した盾の破片や大小様々な傷が散在してその攻防の凄まじさを物語っていた。

それは幾度目かの白狼たちの攻勢の折についに体勢を崩された白狼の一人を盾ごと槍の枝で掛け引き寄せて、その白狼が逃げようと踠いたすえに盾が力に負けて割れてしまった時のものである。その白狼は既にミディールの掌で燃え尽き、薄暗い魂を喰われた後だ。

 

ただその際かの黒紫色の騎士が溜めた息を吐きながら少し目蓋を重くしたのを、パチュリーや紫は見逃さなかった。

 

 

(魂を喰らうこと自体の負担か…)

(あの纏わりついた暗いナニカを喰らうことの負担…或いはその両方かしら?)

 

 

刀の鞘にある罅割れから漏れ出る黒い火の粉もまたその勢いをわずかながら増している。

ミディールは今し方黒い火の粉を舞わせてまた一人白狼の命を断ち、その遺骸を燃やし尽くした太刀を器用に片手で鞘へと納めた。使命を負った彼ら教会の槍の、強いてはミディール自身との同体たるかの太刀は暗い血を吸ってその持ち主と共に重いモノを蓄積させていく。

 

 

「ッぐ」

 

 

白狼の一人と槍の柄で鍔迫り合いになりかの白狼を強い力で押しのけたと思いきや、不意にミディールは片膝をつき俯いた。

 

 

「、ゲホッゴホッ…ゴホッ」

 

 

骨ばった喉から何かが溯ってきているように詰まった息遣いをしたと思いきや、激しく咳き込み出してますますうつむくがなお槍は手にしたままである。

ミディールの異様さにひるんだ椛であったがしかしこれを好機と見るや否やすぐさまこれを遠慮なく斬りつける。

 

 

「隙あり、です!」

 

 

ステップで勢いよくミディールの右手側から至近距離に立ち向かった椛は二刀斬りつけることに成功し、二振り目で斬り上げた刀を返して攻撃を重ねんとする。

途端に甲高い金属音が鳴り、見れば椛の勢いよく振り下ろされた刀はいつの間にやら動いていた左手に握られた片鎌槍に阻まれてその刃先を滑らし片鎌にからめとられているのである。

 

 

「な…!?」

 

 

椛は刀を瞬時に手放すことは出来ず取り乱してミディールのなすがままに腕を持って行かれる。その時にはすでにゆらりとソレが立ち上がった後だった。弱弱しく喉を震わせた彼はおおよそ人とは思えない聲を発して槍を振るう。

 

 

「————ル——ルくぐぁあぁぁぁぁぁぁア」

 

 

大振りに振るわれた槍はからめとった椛を放り投げその反動を左を軸脚に半回転することで殺し切ったミディールは、更に続けて翼膜を広げ声にならない音を発しながらそれを羽ばたいて背面に飛び上がると空中で身を翻す。

その瞬間にミディールを目で追い睨んでいた者は気が付いたであろうか。

彼は泣いているのだと。

 

 

「—— ァァァァァァ」

 

 

金切り声に近い絶叫をあげながら吹き飛ばされた椛へ急降下するミディールはその手に持ったもはや鈍らの片鎌槍を空中から振りかぶった。未だ椛は背を強く打ったことから立ち上がれずにいたのだ。褐色の白狼が叫ぶ。

 

 

「椛!!!!立て!!」

 

 

左足から着地した彼はそれを軸に左手の槍を滑空の勢いそのままに振り下ろし、その頸まで寸のところで魔法陣に阻まれた。

 

 

「あんまり…無理させないでくれな…い?」

 

 

椛のすぐそばで浮遊する魔女が言った。パチュリーである。みれば椛の首を守るように、ちょうど小円盾ほどのサイズの魔法陣が空中に現れておりじりじりという音を立てて震えていた。当の魔女は全身から汗が噴き出していて全く以て余裕が生じていないことが分かるほどだ。

 

 

「こん……ッのぉ!」

 

 

それでも力を振り絞り椛の首のすぐ前へと手を伸ばした魔女に呼応して、魔法陣は一瞬強く発光し衝撃を以て槍を弾き返すに至った。

 

 

「シィ——ッ」

 

「——大人しく、死になさい。」

 

 

槍を弾かれ体勢を崩したミディールの背後にスキマが開き、冷酷な声を伴ってその背中を迎えたのは槍衾である。槍を取り落とした彼の体からぐしゃりと生々しい肉の潰れ貫かれる音が響き、彼の口から声の代わりにどす黒い血が吐き出されて噎せ返るような濃い血の匂いがあたりを漂う。

 

 

「死になさい。」

 

 

しかし見れば槍は翼にそのほとんどを阻まれて胴体へと達したのはたったの一本であることが分かるとすぐに、紫はそのままその槍衾を上へと掲げた。憎悪の込められたその槍は無慈悲にも西洋甲冑の隙間を縫って血肉に達し鎖帷子もなすすべなく幾本もの槍がミディールを刺し貫いた。藻掻くのをやめた彼の肢体が赤黒く彩られて、しかしなおも口が動き血があふれ出すのを見るにいまだなお息絶えていないのが分かるのだ。

 

 

「——うっ、紫…?」

 

「うぷ、…」

 

 

あまりにも残虐で、また衝撃的なその光景に刹那の間に怖気づいた霊夢は怯え気味に名前を呼ぶ。そのあまりにもな様相に魔理沙は嘔吐いて、レミリアやパチュリーは顔を顰めていた。ただ一人、褐色の白狼だけは彼女の得物の柄をぐっと握りしめて睨みつけるのだが。

 

翼に阻まれた槍がスキマへと消え残った数本は勢いよく突き刺さった彼を軽々と払い飛ばすと、真っすぐな血しぶきの跡を残して教会から出されたミディールは階段を転がり落ちて扇形の広場へ仰向けに倒れた。黒い血はなおも流れ落ちて赤い花々がそれを吸い取るように溶け込んでいる。そばにはあの二本の特大剣を繰った騎士の亡骸があった。

 

 

「ぁ、が」

 

 

呻きながら目を開きぼやける視界の中で捉え、煙が形を成すようにはっきりと眼と脳に焼き付いたのは黄金色の陽の光を受ける教会の尖塔であった。

 

 

「はが、ぁく」

 

 

あれほど滅多刺しにされたにも関わらずその槍傷を気に留めず、しかしぼたりぼたりと半ば固まった血を落としながらミディールは猫背気味に二本の足にて立ち上がる。

 

 

「そう…まだ立つの。」

 

 

背に陽の光を浴びるミディールの表情は紫色に虚ろな瞳があるばかりで窺えないが、左手を鍔へ伸ばし親指を遣るのが見えた。槍によって傷つきまた穴が開いた黒い上衣は見るうちに細い血管のようなものが脈打つ、まさに蝙蝠か伝説の中の竜のような翼となりそこに無数の傷や穴が浮き彫りとなって暗い火の粉と黒い血を舞わせ、また右頬にあった鱗は顔の右側を多く占めるように見えて黒い結晶を大小さまざまに生やしているのだ。

 

 

「な…なんだよ…アレ?」

 

 

禍々しく変じたその姿に驚きを隠せない魔理沙はそう漏らした。それと同時に立ち上がったミディールの足元に広がった黒い血がまるで湯が沸くように気泡を伴って沸き立ちはじめ、ミディールは前屈みに頭を抱えて泣くとも呻くとも判別のつかない呼吸音とともに何かにあらがうかのような足掻きを見せる。

 

 

「!!血が、奴に集まって…?————備えなさい!」

 

 

そう叫んだのはレミリアであった。「備えよ」と言葉を選んだことで上手く意味が伝わったのであろう、椛がさっと立ち上がって盾を構えパチュリーは再び魔法陣を組み上げて教会の大扉を塞ぐように唱え出す。

 

黒い血は気化するように黒い靄と暗い火の粉に姿を変えて、ミディールの足から吸い込まれるようにあるいは意志をもっているかのように這い上がり彼の体内へ一挙に流入する。

 

 

「——が あ ぁ」

 

 

とぎれとぎれに喘鳴を発するミディールは流入するそれらを受け入れるしかないかのように抵抗は示さず、しかし彼の体が本能的にあるいは流入するナニカの性質に苛まれて激しい動悸と痙攣を引き起こす。

 

 

しっかりと掴んで離さない無数の手が暗い場所へと引き入れて、視覚も聴覚も触覚ももはや碌な役には立たなくなった。感じるのは刺すような血と花と陽の匂いと、見えるのはソウルの位置とそれらの性質だけで。

 

 

()()()()()()世界を受け入れ切ったミディールは感触を確かめるようにしながら腰の刀に右手で触れ、握り方を確かめながらそれを抜刀すると黒く暗い衝撃波を周囲へ発した。

 

ミディールが立ち直り刀を抜いたその瞬間に生じた大爆発は、教会の大扉へやっとのことで組みあがった結界に衝突しあのビームを撃った時とは比べ物にならないほどの負荷がパチュリーへ大挙する。しかし結界に阻まれた魔力攻撃はあったものの暗く黒い靄は冷たいとも温かいともつかない不気味な気を発して悠々と結界を通り抜け、中にいるすべての内側へと侵入した。

 

 

「ぁあ、え ぎ——————ッ!?」

 

 

困惑とともにそれを内側へ入れてしまった各人は、その内側で突如として沸き立った怒りと哀しみに流され、またいきなり生じては消えていく人々の声や人格に冷たさや温かさを感じ、またそのため白狼の中にはあまりにも大きな思考と精神への負荷に発狂して血を吐き血涙を流して斃れ伏すものが出たほどだった。

 

何とか正気に戻った者たちが見たのは、一振りの刀を手にする彼の姿と頭部から夥しく血を流して斃れ伏した白狼の遺体と、もはや浮けもしなくなったパチュリーが倒れこむ様であった。

 




 
ええっと…お久しぶりです。最近こればかりですね、申し訳ありません。いえ敢えて言い訳をするならば、元レイブンの同志である方が個人制作していらっしゃる「Project six」というArmored Core likeなゲームにどハマりしまして。

——前回分の評価者様——

東方三笠様、Ice coffee様、白鬚の宦官様、冥想塵製様、katakou様、ますまい様、評価ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古い聖槍 後篇

 
前回のあらすじ
ミディール第二形態へ。



 

流麗であったであろう黒い、ほころびた刀身が風を切る。空をも焦がすような爆炎が吹き荒れ、しかしその炎をものともしない赤い花がそよ風に揺れる。そんな中で彼は咽び泣くような声をあげてなお刀を振るっているのだ。半ば気の狂ったように翼を用いて縦横無尽に空を駆け炎をまき散らしながら、去れども精緻さを失することのない刃が妖力弾を切り裂き休むことなく誰かを斬りつけまた退く。

その一連の動きは正気の沙汰と見えない。

 

 

「『封魔陣』」

 

「『スターダストレヴァリエ』ッ!」

 

「…『夢と現の呪』。」

 

 

ミディールが黒い結晶片を散らしつつ空へ距離を取ったのを機に一斉にスペルカードを発動させる中、レミリアや椛はパチュリーを介助しつつ前線から距離を取るように聖堂へと退く。褐色の白狼はというと彼女自身はスペルカードとして体系化された妖力弾のパターンは特に持っていないために、大斧を握りなおしつつ反撃の機会をうかがうのだ。

 

ここで放たれるスペルカードは、無論ながら弾幕ごっこで使用されるものと全く同一というわけではない。妖怪を相手にするのであれば当たれば概ね致命傷となるかあるいは行動不能、場合によっては死につながるほどの高威力な妖力弾の集団であり、また美しさはかなぐり捨てて相手の動きを制限しながら追い込むように組み直されている。

しかし彼は空中でそれらの相当に濃密な弾幕をひらりひらりとかわし、またよけきれないものは刀身にて両断するなどして無傷のまま空に在るのだ。また全身から溢れる闇が空からまき散らされ、魔理沙たちの足元では新たな赤い花が芽吹いて一瞬で育ちその花弁を揺らし始めるのだ。

 

 

「な…っなんだよ、これ!」

 

 

魔理沙がそう言った。一度意識してしまえばまき散らされた闇から赤い花が芽吹くのを自然に視界の中で捉えてしまう自分がいるのである。不気味でそれでいて可憐な赤い花が瞼の裏にすらその貌を残して脳に刷り込まれるようですらあるのだ。

 

 

「パチェの予想、あたったかしらね…闇の出どころが何かはわからないけれどあの夥しい数の声と感情……それが間違いなく誰かの死体を暗示するもの、つまり花は彼らの墓標。」

 

「うぇ……どんだけ殺したんだよ…ッ!?」

 

「下手すると万単位かもしれないわ……ねッ。」

 

 

教会から階段を下りて再び前線へ復帰したレミリアが魔理沙とそう受け答えを行った。と同時に放たれた()()()()は一筋の紅い光線となって、空を駆ける()をとらえ彼が身を守るように姿を覆い隠した翼ごと穿ってそれを空中に一時繫ぎ止めることに成功する。高音に胎へ響くような重低音が混ざったような————絶叫が山中へ轟いた。

 

 

「成…功!今よありったけの弾幕を叩き込みなさい!」

 

「おぉ!ナイスだぜレミリア!」

 

 

空中に磔となり制止させらえたそれに向けて空を埋め尽くすほどの弾幕が、日の光と見紛うほどの眩さをもって殺到する。一発残らずその黒い肢体へ命中し黒い血しぶきが止め処なく空を染め上げる。

そんな凄惨な場面を見ながら深紅の槍の正体に気づいた霊夢が口を開いた。

 

 

「…封印術式。」

 

 

それに対して霊夢に振り返ることなくレミリアが答える。

 

 

「そうよ、封印。でも私一人の力じゃ長くはアレを抑えきれないわ。」

 

 

本来封印とは複数人の人間か或いは神といった封印者が対象との大きな力の差を持って行使するものである。されども一介の吸血鬼とはいえ幻想郷においてそれなりのパワーバランスを担う者がそう表するほどということはそれほどに力の差は僅かであるか若しくは劣っているということになるのだ。その思惟があってか否か定かでないが魔理沙は「弾幕ごっこで使わないのが救いだな…」と独り呟いた。

 

そんな中で早くも闇喰らいは腹を貫いた槍に手をかけそれを破壊しようと藻掻き、また施術者(レミリア)の発言通り瞬時にそれを無効化したのだ。半ば竜と一体化するように、黒く変色して彼の刀のように綻び黒い結晶が生え出す。しかし地に落ちるのでもなく大きな翼を以て滞空しながらそれは天を陽を、そして教会の尖塔を暗く濁った瞳に移したそれは甲高い声を上げた。

 

 

「——くっぅ…。」

 

 

その叫びを教会の中で聞いたパチュリーは目を覚まし、そして闇を体現したようなソレの背に広がる巨大な両翼から暗い靄に小さな光の目を二つ持つナニカが無数に現れて地表へ降り注ぐのを見たのだ。呼応するように教会前の赤い花の一部が一気に枯れ、その中から同様の暗い人影を現して人間である霊夢や魔理沙へと大挙するのである。その道すがらにいる紫やレミリア、褐色の白狼など目もくれず。

 

 

「!!霊夢っ魔理沙!避けなさい」

 

 

パチュリーは考える間もなく咄嗟に声を出した。

 

 

「魔理沙!私の後ろに!」

 

「おう、今度こそは頼んだぜ。」

 

 

焼け爛れた右手に札を携え、それを高く掲げて前面に大きな障壁を成した霊夢の背後に魔理沙が隠れる。

 

そして二人へと猛進してきたそれら暗いナニカはしかしその障壁を前に二人へ届くことなく霧散し障壁の前にくっきりと線を作るほど大量の花を咲かせた。神の意志に則らないそれらであれば霊夢の障壁で十分に対応が可能なのだ。

 

囲むように放たれたナニカの群衆の不発を認めるや否や今度は()は地表すれすれに左手を向け火焔を熾しながら、一直線に教会の大扉へ急降下へ転じる。何の脈絡もなく。

 

 

「っ私は良いから、あなたは離れなさい。」

 

 

未だ眩暈のするなかパチュリーは防護陣を引き、側についていた白狼————椛にそう告げた。

 

 

「っ、すみませ————」

 

 

そう返す間にすぐそこまで来ていた竜の翼からは先ほどと同様に大量のナニカが放出され続けており、急降下に直撃はせずとも闇の奔流に周囲が巻き込まれることとなった。

 

 

「くっ面倒な…。」

 

 

褐色の白狼がぼやく。幸いにして回避行動を行えば追尾を半ば撒くことができるためにまだどうとでもなる範疇ではあるものの、不発となったそれらは再び足元で花となることを考えれば安心することもままならないのだ。

 

一方でパチュリーの防護陣に達した黒い刀身は四度にわたってその狂刃を差し向けそしてそれを振り直す間を埋めるように放たれた薄暗い大発火は、立ち直ったとはいえ尚衰弱していることに変わりはないパチュリーの陣形を打ち破るのに十全の火力を発揮し鋭さと速さそしてリーチを誇る突きが彼女の喉元に迫る————

 

 

「————させてたまるものですかッ!」

 

 

椛はその震えて仕方がなかった足を力強く前へ踏み込むとパチュリーの右脇を通って()とパチュリーの間に強引に割り込み、黒い刀身を自らの鎬に滑らせて刃先を逸らすことに成功する。これ好機とばかりに椛は刀で三度斬りつけた。

 

しかしさすがに相手も騎士である。

二度の斬撃を喰らいながらも三度目を浴びる前に背後へ低く飛び、三度目の斬撃が空を切るのとほぼ同時に踏み込んで突きの構えを見せる。

 

 

「同じ手には乗りません……よ————」

 

 

咄嗟に盾を構え防御を試みる椛。しかし踏み込みすでに間合いにあるにもかかわらずすぐには襲わず遅れてやって来た強烈な突き(強攻撃)はすでに持久を消耗していた椛の盾を捲るのに十分であった。

 

 

「何——!?」

 

 

盾を捲られたことで大きく体勢を崩した椛やその勢いに押される背後のパチュリーが見たのは、刀身を一度鞘に納めた居合の構えそしてその鞘の亀裂から放出される眩いまでの黒い閃光である。その閃光に覚えのあったパチュリーやその他博麗方面から攻略にやってきた面々は瞬時にその攻撃が「不味い」ものであると直感した。

 

 

「パチェ!!」

 

 

瞬時に手に槍を生成したレミリアや針と札をもってして制止を試みようとした霊夢に対して紫は極めて冷静に言った。

 

 

「大丈夫よ私が対処するから。」

 

 

そう言うと拡張されたスキマ空間に半ば上体を入れるような形で手仕草をし、椛に押されて倒れ掛かるパチュリーの背面————パチュリーと床との隙間————にスキマを開いてその対を紫の正面に開くことに成功する。

 

 

「————え、?」

 

 

背後に倒れたと思っていたにもかかわらず紫の正面に立ち上がることとなったパチュリーや椛の顔には困惑と同時に不快な表情が拭えない。がしかしそれにかまう間もなく隙間の変化に勘付いた黒衣の騎士は、居合の構えを崩さぬままにぐるりと向きを変え紫色の眼で睨む。そしてそのままに姿勢を低く前傾姿勢を取ると、暗くなるほどの光を伴って————

 

————四筋の光線を発し薙ぎ払った————

 

————否、一筋の光線を伴って四度の斬撃を瞬時に放ちそののちに再び納刀したのである。

 

騎士を起点に放射された個別に薙ぎ払う光線は呆気に取られていた一部の面々に有効打となる。

褐色の白狼はその時騎士との距離が一番近かったのであるが、怯んだことが功を奏して一撃目の光線を避けることに成功するも追ってやって来た四撃目の光線が彼女の左腕を爆発と共に吹き飛ばす。

体勢を崩したままであった椛はしかしその背後にいるパチュリーが一撃ごとに相殺するように四つの陣を引いたことで難を逃れたが、他の回避に成功したレミリアや寸度のところでスキマを用いて逸らした紫、障壁を用いて耐えた霊夢やその背後の魔理沙に比べて消耗が激しいのは火を見るよりも明らかであった。

 

 

「ぁ、ぐ…げほッこほっぁが」

 

 

そして辛うじて四撃目を退けたパチュリーであったが遂にこれまで堪え続けてきた反発が襲う。激しい咳が喉奥から突いて出て止まらないのだ。

 

 

「喘息が…ッ!パチェ!?」

 

 

目の前の脅威も忘れるほどに、レミリアがすぐさまパチュリーへ駆け寄るがタイミングが最悪そのものと言っても過言ではなかった。

 

()の再度納刀されていたあの刀が素早く抜刀され、今度は渾身の一撃となって上段から叩き伏せるが如く一閃したのだ。それはあの森林ごと焼いた黒炎や、先ほどの連撃とは比べ物にならないほどの気迫でありまたそれに値する威力を叩き出す。

 

その一閃にすら対応を示せた者は、もはや奇跡に等しいやもしれない。

 

 

「————『マスタースパーク』ッッ!!」

 

 

黒い刀身が振り下ろされんとするさなかに()を横合いから撃ちぬいたのは虹色の魔力の塊であった。

 

 

「グッぁ、」

 

 

俄かに発せられた喘鳴が、ミニ八卦炉の発する独特の放出音にかき消され、またぶつかった強い衝撃に()が突き飛ばされるような形で崩される。手をつき四足歩行のような形になって翼を広げそうしてようやく留まったが、そこはすでに玄武の沢からの法撃で蒸発した城壁の淵。一歩下がればそこはすでに深淵にも思えるほどの深い底の見えない峡谷である。

 

 

「ガ、カ————ァァァァァァァァ」

 

 

生物の発せる音階には思えぬほどに甲高い叫び声を挙げるそのモノの止めを刺したのは、片腕を完全に失って赤黒い血の道を作りながら大斧を手に立ち向かった褐色の白狼であったか、あるいは誓約と酷使の果てに砕け長く黒い刀身のうち半ばのみとなった刀であったのか。

 

片腕で振るわれた大斧が()の胴当てを捉えるとほぼ同時に褐色の白狼を両断する光も、あったという。

 

仰け反った騎士はそのままに谷底へ落ち、向かい合っていた褐色の白狼は腹を大きく捌き開かれて絶命した。青銅のような何とも形容しがたい青緑色の光かあるいはその粒子が両者の間にほんの刹那、名残のように舞っていたことを知るものは少ない。

 

 




 
中篇をわざわざ書いたのにそこでのんびりしすぎたかなと反省しております。人間性です。まぁミディールの絶望感を少しでも演出できていたのなら幸いですね。

——前回分の評価者様——

ヒトリババヌキ様、エラド様、lecthin(レクチン)様、gonndai(ゴンダイ)様、通りすがり一般愉悦部様、ボンボコボン様、黒鷹商業組合様、漆塗り様、評価ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

微睡みのなか

 
前回までのあらすじ
博麗神社方面の攻略組は拙作独自の「要塞戦」を、白狼天狗の遠征隊は都を沼から登りそれぞれが教会で合流。「教会の槍」と「古き聖槍」を打ち倒した。

今回はながぁいブランクからのリハビリ回ですのでいつも短い私にしてはまた極めて短いお話です。



その日は「()()()()()」、と稗田阿求によって記された。

文字通りに空に浮かんでいた太陽と思われていたものや幻想郷の広域を鍋の蓋か傘のように覆っていた分厚い雲が、霧のようでいてしかし湿度はなく温度もない滓となって地上に降り注いだのである。

驚くべきはそののちに地上を照らしたのは太陽ではなく月であったということだろう。ほんの数日の間に、誰も気づかぬほどゆっくりと、しかし着実に日照時間を延ばしまた贋作の太陽へと置き換えられていたのだ。突如として空が暗くなりふわりと浮かんだ月を見てそれが現実とは思わずにまだ異変が続いているのだと大きな混乱を催したことは何も不思議な事ではない。

 

空を覆った巨大な幻影が消え去りその傘の下にあった呪いが地面へ()()()ことによってこの異変は終息を迎えるが、言ってしまえばそれだけであった。呪いによって奪われた命も呪いを背負わされ変質した人々も洋城の攻防戦で大幅に喪われた白狼天狗たちも「そのすべてが幻だった」、とはならなかったのである。失われたものが失われたままに再び覚醒へと引き戻されたのであった。

 

また今日に語られる異変の物語はあまり多くない。

玄武の沢から放たれた魔力の奔流が誰の発案であったとは知れず、ただ河童によるものであったと。そしてその奔流の出どころが吸血鬼姉妹の片割れであったということもまた知られていない。

異変解決に大きく貢献した白狼天狗の遠征隊は隊長格を犬走椛に据え替えられ、またその部隊規模も実際よりも半分の数となって公表された。それが天狗の里やそこの上層部で行われた合議の体裁を保つため対外的に行われた処置であったことを知るものは当事者たちを除いては数が限られる。

 

対して博麗の巫女を中心とした異変解決までの動きは大きく取り上げられむしろこちらが本筋であるという見方が人里をはじめとした人外をも含めた民衆のなかでは主となっている。たしかにこちらの物語はおおむね事実であり、ただ「一つの相違」を残してはこちらが正史であると言えよう。

 

相違とは、知られてはならないために大賢者と慧音によって秘匿された事実である。————それは未だなお妖怪の山が夢を見ているということに他ならない。

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

幻想郷の地下にはかつて罪人の魂を罰したもう一つの世界が存在する。単に旧地獄と呼ばれるそこは洋城異変を通して唯一、妖怪の山の下にありながらほぼ損害を被らなかった地帯であった。

 

とはいえ何の変化もなかったかといえばそうでは無い。旧地獄の一角、血の池地獄のさらに奥に新たな地下世界が発見されたのだから。

 

 

「…っ」

 

 

見渡す限り広がる地下の湖。天井に開いた裂け目からは遠い月の光が差し込むので幻想的な風景である。

しかしその鏡面反射するほどに波の立たない水面から骨張った先を出すのみに止まっている黒い物体をふと目にしただけでそれが何であるかは分からないであろう。よく見ればそれらは黒く焦げて炭化した手足であって、水底とそのさらに底までをも埋め尽くすほどの夥しい量の焼死体がこの地下水層を生み出していることに気がつくはずだ。

 

 

「これは…。」

 

 

水に浸かっていながら腐敗していないという点が不可思議ではあるものの、ここ数十年内に殺されたものではなくそれら死体が幻想郷の住民というわけではないと見える。

そこまで見て、第三の目を側に引き寄せながら薄紅色の髪をした少女——古明地さとり——は連れてきた従者というよりもペットのうち一羽に帰ることを告げた。反応は予想通りその決定に反感を持つものであったが反論する前に付け足す。

 

 

「ここの主の目を覚まさせてはいけないですから。さぁ帰りますよ、お空。」

 

 

足が濡れましたし、と付け足しつつもその濡れたはずの足に水の冷たさは感じないためにさとりは「これは水ですらないのかもしれませんが」と呟く。なお背後に渋々といった調子でついてくる鴉は気づいていないようだった。

 

 

「貴方がどのような夢を見ているのか、興味はありますが。」

 

 

月の光があたる水面に黒紫色の塊がある。息をしているのかどうか、第三の目が開いたことを考えれば意識はあると言ったほうが近いかもしれないという考察もほどほどにその場から立ち去った。

 

 

「ちょっとさとり様ー?『貴方』って誰ですか?私は寝てないですよ。」

 

 

どうも察しの悪い鴉に苛立ちながら。

 




生きていますよ、Humanityです。
異変の渦中という大筋の中では一区切りつける最終話でしたから当たり前ですが、当初は引き続き霊夢たちのあとをついていく形にする予定でした。しかし、まあこちらのほうがよりそれらしいかもしれないなと考えを改めたのでまた書き直すこととなってしまったのです。
今回は前書きで、まだ少し章を変えて続きます。

——前回分の評価者様——

歌姫と硝子が好き様、スティレット様、ヒトリババヌキ様、若葉イナヨ様、評価ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。