『破ァッ!』とか霊媒師みたいな事ができない霊能力者は異世界で静かに暮らしたい (新田トニー)
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第1話 女神とスウェットと霊能力

ここで書くのは久しぶりですがオリジナル作品を投稿していきたいと思います。あっ、他の二次作品も続きを書くつもりです。


 俺の名前は御影奏(みえいかなで)高校1年生だ。

 

いきなり変なことをいうが、俺は霊が見える。

冗談だとかジョークだとかホラとかじゃなくて、マジの方で見える。

 

突然だが君達にいくつか質問をしたい。

もし君達が幽霊を見る事ができたら、どんなことをする?

 

例えば、

 

『すげぇ!それって見えないものが見えるってことだろ!?カッコイイ!』

『まぁ!その能力を使えば死んだ人の未練に耳を傾けることが出来るじゃない!素晴らしい力よ!』

『えへ、えへへへへ……幽霊が見えるって事は幽霊に女湯の様子聞けるってことだろ!?羨ましいなぁ〜。げへ!げへへへへ!』

 

などと思う人間もいるだろう。

だが、そんな事は嘘っぱちだ。良いことなど一つもない。むしろ良い迷惑だ。

 

見えないものを見る事ができる?

お前は寝ようとしてる時にゼロ距離で顔を見られる気持ちが分かるか?

 

死んだ人の未練を聞くことが出来る素晴らしい力?

常に俺の周りで聞きたくもない声が聞こえる俺の気持ちが分かるか?

 

女湯を覗いた感想が聞ける?

頼んでもいないのに延々と同じような女体について語られる俺の気持ちが分かるか?

 

そう、俺は生まれた時からマンガやアニメの中のような夢の力を与えられた特別な人間なんかじゃない、俺は生まれた時から悪魔のような力を押し付けられた可哀想な人間だ!

 

月曜日の朝、それは少し憂鬱ながらも心地いい、爽やかな朝――――

 

「おっ、コイツが噂の俺達が見えるって奴か?」

「そーそーコイツ俺達が見えてんだよ。なぁ?」

 

ではない。

 

二人の男が俺の顔面スレスレに顔を近づけて、いや近い近いめり込んでるめり込んでる。

1人は30〜40代の男、もう1人は20代の男だ。

 

俺の日常を紹介しよう。

まず、朝に起きると俺を面白がってゼロ距離で俺の顔を覗き込む幽霊との対面。

普通の人間の家は幽霊はほとんどいない。

なぜなら自分を認識できる人間はいないし自分の相手をしてくれない人間は、見ていてつまらないからだ。

 

「なぁ見えてんだろー?なーあー?」

「うるさい……」

 

俺は話しかけてくる幽霊を無視しながら朝ごはんを食べる。

今日は目玉焼きと味噌汁と白米という、ごく溢れた家庭に出てくる朝食だ、もちろん、野菜も付いている。

 

「奏-。朝ごはんできたわよー」

「奏、今日はどんな幽霊が見えてるんだ?」

 

母は朝食が出来たと言い、父はコーヒーを飲みながら真面目な顔で言う。

 

両親は俺の能力を知っている。

そもそも俺のこの能力は俺が生まれた時から発現していた。

赤子のころは幽霊が見えていた、と君の両親に言われたことはないだろうか?

俺の場合はそれがずっと続いている。

そして何よりこの能力最悪なのが、オンオフの機能が無い。

 

「うまそうだなー。どんな味がするか聞かせてくれよー」

「いいなー。なぁ、聞いてんだろ?おい、おいおいおい」

「……二人の男がどんな味がするかって聞いてる」

 

今日の奴はいつもよりも数倍ウザい。

おかげで俺は幽霊のわがままを否が応でも聞かなければならない。

シカトしてもいいが、その後で嫌がらせでもされたらたまったものではない。

文字通りクソッタレだ。

 

「あら、今日の目玉焼きは半熟で黄身がとろーりとしてるわよ♪」

「特に母さんの作ったコーヒーは絶品だ。朝起きた身体にじわじわとあったかさが染み込むよ」

 

それインスタントだけどな。

 

母さんがニコニコと表情を変えないままインスタントコーヒーの殻をゴミ箱に捨てた。

 

だが父と母はいつも律儀に幽霊の質問に答えてくれる。

 

慣れというものは恐ろしい。

俺が小学生の頃は彼等に色々大変な思いをさせた。

だが塵も積もれば山となる、と言えばいいのか様々な経験を経て、俺達家族は幽霊にとても寛容になった。

 

無論、俺は幽霊が見える事を受け入れてはいるが最初はこんなプライバシーの強制安売りをさせらていたことにノイローゼ気味になったこともあった。

自殺も考えたこともある。

 

だが俺の両親、祖父母、数少ない友達、そしてノイローゼの原因である幽霊に助けられた。

だから、この力は悪い事だけじゃないのかもしれない。

と思う時もある。

 

「俺硬い方が好きなんだよなぁ……今度黄身は硬くしてもらってくれよ」

「俺、味噌についてはちょっと詳しいから今度一緒についてってやれよ。俺が助言してやっから」

 

――――やっぱりいらないのかもしれない。

 

「奏、幽霊さんはなんて言ってるの?お母さん今日はいつもより上手く作れたと思うわ!」

「うぅん美味い!やっぱり母さんの作るご飯は最高だな!」

 

俺は両親にどう伝えればいいか分からず、できるだけ精一杯の笑顔で

 

「すごく美味しそうって言ってるよ」

 

と薄っぺらい笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

俺は家を出て学校へと向かっていた。

太陽が俺に鬱陶しいくらいに照らし、目を細めながら歩く。

いつもの通学路。

そこは朝が清々しい、いつもの日常――――

 

「奏ちゃんちゃんと朝ご飯食べた?一日三食は健康の基本よぉ〜?」

「そうだぞ!ちゃんと食べないと、真知子さんみたく餓死してしまうからな!ガハハハ!」

 

ではない。

 

普通の人間からすれば、友達と喋りながら歩いたり、恋人とデレデレしながら歩いたり、もしくは一人で黙々と歩いたりするだろうが、俺の場合は違う。

 

「いやぁ〜ねぇ、あたしお腹ダルンダルンだったから1週間絶食ダイエットっていうのを試しにやってみたのよ。するとあら不思議、一気に体重が落ちたの!効果があるわ!と思って続けてたら……栄養失調で餓死よ餓死!オホホホホ!」

 

オホホホホじゃないが。

 

40代くらいの女性がふわふわと俺の周りを飛びながら言う。

 

この人はミワさん。

俺の近所に住んでいた気のいいおばさんで、彼女の言う通りどう考えても頭のおかしいダイエットを行い、餓死してしまった人だ。

 

というか普通1週間なにも飲まず食わずだったらその時点で死ぬだろ。

むしろどうやって最初の1週間生き延びたんだ。

 

「そういえばトシさん、あなたの死因はなんだったかしら?」

 

そう言ってミワさんはトシさんに死因を聞いた。

トシさんは笑いながら答えた。

 

「俺かい?俺は己の筋肉を極限まで高めるためにステロイドを打ち過ぎて鬱病になってしまってね、自殺したのさ!ハハハ!」

 

ハハハじゃないが。

 

朝から人の死因を聞く俺の身にもなってくれ、こっちが鬱病になりそうだ。

 

「だから奏君、君は俺達みたいに間違わないようにするんだぞ」

 

絶対にならないから安心しろ。

 

「少なくとも1週間なにも飲まず食わずでステロイドを使うことはないので大丈夫です」

 

俺は周りに人がいないか確認しながら言った。

 

霊能力があると、霊に話しかけられる事は日常沙汰だ。

だから俺は話す時は不審に思われないよう周りを確認してから話さなければならない。

 

さて、どうやら話している間に学校についたようだ。

 

 

「ハッハッハ!今日も健やかに学生生活を楽しむんだぞ!」

「学校でもご飯は食べるのよ〜」

 

そう言ってミワさんとトシさんは俺から離れていった。

 

頼むからたまには一人で登校させてほしい。

いつも俺の周りには、色んな幽霊が俺に話しかけてくる。

やはり生きた人間と話せるということは珍しいことなのだろう、たまにうんざりする時もあるが、今となってはもう慣れたものだ、定期的に海に行ってストレスをぶちまければストレスは無くなるだけになった。

 

慣れは時として恐ろしいものだ、と俺はしみじみ感じた。

 

「よお御影!今日も幽霊は見えてるか〜?」

 

俺が自分の教室に入り、椅子に座るとのクラスの友人、伴田仁也(ともだじんや)が俺をからかってきた。

 

「ああ、おはよう仁也、お前の後ろに女子大生の幽霊が張り付いてるよ」

「えっ!?マジかよどこどこ!?」

 

そう言って仁也は後ろを反射で振り向く。

本当はお笑い芸人で太った女性の相方みたいな女が仁也を熱い視線で見つめていたが可哀想なので黙っておこう。

 

俺は特段この能力を隠してはいない。

 

この能力を信じる人間は信じるし、信じない人間は信じない。

 

それに幽霊が見える能力だ、空を飛べるとか光線が出せるとか、そんな派手な能力ではない。

 

中学生の頃、俺は話題になりたくてつい友達に「俺は幽霊が見えるんだ!」と言った。

 

そのあとは無事学校中に言いふらされ、今日までネタにされている。

あの頃の思春期の自分を呪いたい。

 

「そうだ、ついでに言えばお前の顔におっさんの尻が張り付いてるぞ」

「なんだと?嘘にしちゃあつまんねぇぞ!?……なぁ、嘘だよな?」

 

やはり、幽霊を見える能力をからかわれるのはいい気分では無いので少し嫌な思いを味わってもらおう。

 

俺がそう言うと怒りながらも周りを気にする仁也と、それを聞いて微妙に距離を取るクラスメイト達。

本当は下半身が裸のハゲ散らかしたおっさんが尻を押し付けていたがこれ以上言うと面倒なので黙っておこう。

 

「こら!御影君をいじめないの!皆ちゃんと仲良くしないと!」

「か、河合(かわい)さん!?」

 

ある女の子が俺の前に立ち、口論を止める。

すると仁也は顔を赤くさせながらタイミング良くハモった。

 

「御影くんもあんまり刺激しちゃダメだよ?そういうのは喧嘩の元なんだから」

 

そういって俺の額に人差し指でツンと触れた。

 

彼女の名前は河合藍子(かわいあいこ)

俺のクラスの委員長で成績優秀、傾国美人、非の打ち所のない完璧人間だ。

彼女に告白した人間は全校内の男子(それと女子)や他校の学生など、様々な人間が彼女に惚れた。

しかし答えは決まっていつもNO。

 

そんな美人で人気の彼女だが、俺は彼女の事が好きになれない。

 

なぜかというと………

 

「はーい皆さーん出席確認を取りますよー」

 

先生が教室に入ってきた。

どうやら朝礼の時間になったらしい。

…出席を取る時間になったようだ、彼女の事はまた今度話す事にしよう。

 

「はいそれじゃあ相田さーん」

「はい」

「有田くーん」

「はーい」

 

いつも通りの日常が始まった。

 

俺は自分の名前が呼ばれるまで待つ事になる。

 

……ん?今日はなんだか日差しが強いな。

窓から差し込む太陽の光がいつもよりも眩しい。まるでクリリンが放つ太陽拳のように俺の瞳に容赦なく入ってきた。

 

「お、おい。なんだか明るすぎやしないか?」

「たしかに……ていうか床!床が光ってる!?」

 

誠也とその友人がコソコソと話していた。

何を言っているんだお前らは。

そんなスピリチュアル的な事があってたま……!?

 

「ウソだろ……」

 

俺は声を漏らしてしまった。

なんてことだ、たしかに床はありえないほど真っ白に輝いている。

眩しくも温かな光は俺達の目を瞑らせるには十分だった。

 

「先生!床が!床が光ってます!」

「えぇ!?なにこれ!?訳が分からない!!助けて!!私をここから出してェェェ!!」

 

そういって先生は一番早く教室から出ようとした。

 

だが扉は何故か固く閉ざされたままだった。

というか先生の思い切りが良すぎる。

室内が光り、異常だと分かった瞬間部屋を出ようとするとは……もっとこう、生徒を心配する素振りくらいは見せたらどうだろうか。

 

「やべぇ!目が開けられないくらい眩しい!ウワァァァァァ!!」

「キャアアアアアアアアアアアア!」

「助けてくれぇぇぇぇぇぇ!」

「悟空ゥゥゥゥゥ!!!」

 

――――待て今クリリンいただろ。

 

クラスの人間の叫びが教室内でこだました。

俺も叫んでおこうかと迷っていたらその時には俺達は光に包まれ、教室の中から姿を消していた。

 



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第2話 女神とスウェットと霊能力②

 

突如謎の光に包まれた俺達はあまりの眩しさに目を開けられず、何が起こっているか全く分からなかった。

だが段々と光が弱まっていき、周囲を確認出来るようになり、俺達はあたりを見回した。

 

「なんだったんだ今の光は……?」

 

だが俺達がいたのはいつもの教室ではなく、薄暗い、何もない空間だった。

そして何より俺が変だと感じたのは、周りに霊がいないことだ。

普通はどこにでもいる幽霊が周りのどこを見渡してもいなかったのだ。

今まではこんなことは無かった。

 

ここは俺達のいた所とはどこか違う。

 

「なっ…どこだよここ……?俺達さっきまで教室に……」

 

一人の男子クラスメイトが汗を垂らしながら混乱していた。

たしかに俺もどういうことかと思っていた。

 

いきなり教室が光って気づいたら薄暗い何も無い空間、こんなところに連れてかれてずっと置き去りにでもされたら……と想像すれば不安になってくるだろう。

 

「まさかこれは……」

 

メガネを掛けたおかっぱ頭のクラスメイトがガタガタと痙攣し始めた。

大丈夫だろうかと俺は少し心配した。

 

「異世界転生!!」

 

イセカイテンセイ………?

何を言っているんだ、と俺が聞こうとした時、

 

「なんだそれ?おい大多空運おおたくううん!説明してくれ!」

 

仁也はそう言って大多空運という名のクラスメイトに食ってかかった。

 

そもそもなぜそんな呼び方なんだ、可哀そうだからフルネームじゃなくて名字か名前で呼んでやれ。

 

「いいですか皆さん………僕達は女神によって異世界へと連れてこられたのです!そして大体のアニメや漫画、小説などでは強力な力を与えられ魔王を倒す旅に出るのがお約束なのです!」

 

と大多君は語ってくれた。

俺達はあたりを見渡し、それらしき人物を探すが女神っぽい人物はここにはいない。

いるのは突然別の場所に連れてこられて混乱している若者だけだ。

その女神とやらは現れない。

どこを見ても薄暗くて何もない空間だ、俺達以外に誰かいる気配はない。

 

「…で、その女神とやらはどこにいるんだよ?いつまで待っても現れねぇじゃねぇか!ホラ吹いてんじゃねぇぞ!」

 

しびれを切らしたクラスメイトが大多君に怒りながら聞いてきた。

 

いきなり訳も分からず知らない場所に連れてこられ、あまつさえ誰もその理由を説明してくれない。

誰かに怒鳴りたくなる気持ちも分かる。

 

だが今はそんなことをしている場合ではない。

 

「な、なぁ……とりあえずア・レ・に話聞いてみようや……」

 

そういって胡散臭い大阪弁を使って間に入ったのは、うちのクラスの西関玲香にしぜきれいかだ。

先程からアレアレと壊れた人形みたいにパクパクと口を開けながら訴えていた。

アレとはなんだろうかと俺達は西関の指がさす方向に顔を向ける。

 

そこには美しい紫色の長髪と透き通るような緑色の瞳の全身グレーのスウェット姿の女がそこにおおっと?

 

――――そう来たか。

普通こういう時は白い着物を身に着けた神聖な雰囲気があるのが定番じゃあないのか。

 

見ろ大多君の顔を。

文化祭の打ち上げを知らされずに自分以外のクラスメイトとレストランで鉢合わせた時みたいな顔だぞ。

 

「えっ………女神様って普通もっと女神っていう異世界オーラがががががががが………」

 

直前までホクホク顔だった大多君が眉をピクピクさせながら白目を向いている。

理想と現実が違った物だったのは同情するが発作みたいになってきたぞ。

これ以上は見せ続けたらやばいだろ、誰か心のケアをしてやれ。

 

「よくぞ我が声に応えてくれました……我が名はティアラ。皆さん、どうか世界を救ってください」

 

と、全身グレーのスウェット(大事なことだから二回言う)の女神は俺達に祈るような、すがるような目で俺達にそう頼み込んできた。

 

なんだこの絵面。

 

「あの、どういうことでしょうか…?貴方は女神様……ということでよろしいんですか?」

 

立ち直った大多君は恐る恐る聞いた。

 

するとティアラはニコリとその美貌に似合う笑顔を見せる。

それを見た大多君はパァッと明るくなり、「期待通りだ!」という満足げな表情になった。

 

「貴方達にこうして召喚したのには理由があります。私の管理している世界が魔王と呼ばれる者が軍を率いて侵略しようとしているのです。どうか、貴方達の力をお貸ししてはもらえないでしょうか…!」

 

ティアラは懸命にそう言った。

だが彼女の服装のせいで雰囲気が台無しだ。

誰かあの服の事聞けよ。

 

「あ、あの……それってどう見てもスウェットですよね?なぜ着てるんですか?」

 

クラスメイトの1人がまさに今聞くべきことを恐る恐る聞くとティアラはさっきと同じ笑顔で

 

「これが女神界のフォーマルです」

「いやでもそれスウェ」

「これがフォーマルです」

「いやでも」

「フォーマルです」

「でも」

「フォーマル」

 

言うとティアラの目が一瞬赤く光った。

するとティアラに服の事を聞いていたクラスメイトは目から光が消え、ヨダレを垂らしながら

 

「フォーマルですものね!!普通ですよね!!!」

 

と言ってあひあひ言っていた。

 

今完全に洗脳しただろ。

普段は真面目で誠実な事で有名な橋本君が虚な目でヨダレを垂らして痙攣しながらあひあひ言っている姿が惨さを物語っていた。

 

「ちょ、ちょっと!うちの生徒に何をしているの!?」

 

担任の先生はツカツカと音を立てながらティアラの前に現れる教師。

なんだ、ちゃんと先生らしい事をしているじゃないか。

見直したぞ。

 

「変わり者の大多空運はともかく、ウチの花形の橋本君に頭に後遺症が残ったらどうしてくれるの!?私の責任になっちゃうじゃない!」

 

前言撤回、この教師はちょうどいい塩梅でクズだ。

例えるなら学園ドラマに必ずと言っていいほど出てくる生徒を見下すタイプの教師だ。

 

それといい加減大多君と呼んでやれ、何故いちいちフルネームで呼ぶんだ?

 

「そもそもスウェット姿のくせに女神とか意味がわからないしよく見たら後ろにこたつと週刊少年ジャンプが」

「はぁ〜いお話は後で聞きますからね〜」

 

そう言ってティアラは教師も洗脳した。

するとやはりと言っていいのか教師もあひあひと言いながら天井を見つめていた。

 

二人の生徒と教師の発狂、全身グレーのスウェットの女神、この時点で気が狂いそうだったが俺はなんとか正気を保とうと努力した。

 

「私のスウェットは置いといて、貴方達には異世界へと旅立ってもらいたいのです」

「でも、俺達ただの高校生だぞ?」

 

仁也がそう言うとティアラはそれを待ってましたとばかりににっこりとした。だが、

 

「こういう時はチート級のスキルや伝説級の武器を貰えるんですよ!!全くそんなことも知らないなんてあなたたちは」

 

洗脳から自力で自我を取り戻した大多君が早口で説明し始めた。

ティアラは貼り付けられたような笑顔のまま今度は何やら魔法を使う。

すると大多君は突然倒れ出し、いびきをかき始めた。

ついにこの女神が本性を現し人を殺したかと俺は身構えたが寝ているだけなのでまぁ、いいのだろう。

 

………いやいいわけねぇわ。

 

「ちょっとそこでお話ししててくださいね〜」

 

ティアラは自分の瞳と大多君の瞳を重ね合わせた。

すると大多君も瞳から光が失われ、あの真面目で誠実な事で有名な橋本君とヨダレを垂らしてあひあひ言いながら共鳴し合い始めた。

 

二人の人間の正気を失わせる女神…真の敵は魔王などではなくこの女神なのではないだろうかと俺が疑い始めたその時、俺達の目の前に青白い光が現れた。

その光はやがて文字となった。

 

「それは私からの贈り物です。貴方達の才能を引き出した、これからの世界で非常に役立つ物です。どうか有効活用下さいますよう……」

 

とティアラは言うが、俺達は未だ混乱したままだった。

なぜかというと、文字が読めない。

そう、文字が読めないのだ。

青白い光で謎の言語が浮かび上がっているが文字が、読めない。

 

「あの、すみませんなんて書いてあるのか読めないのですが……」

 

俺は小さく報告するようにティアラに声を掛ける。

 

「あらあら、言語魔法を付与するのを忘れていたわ!うっかりさんね!」

 

うっかり…?

 

この女、俺達を言葉も文字も分からない世界に放り込もうとしてたのか……?

俺は戦慄しながらもティアラの動向を見守る。

 

ティアラは「まぁ言葉が分からないまま冒険に出向かせるのも面白そうですね」と独り言を呟きながら宙に浮かんでいる光に指をスイスイと動かしていた。

 

お前の興味本位でただでさえハードモードな人生をこれ以上レベルアップさせてたまるか。

 

それにしてもこの女神、ろくでもない。

 

「おお!見えるようになったぞ!」

 

一人の男子クラスメイトが「読める!読めるぞ!」とサングラスを掛けた特殊な一族の末裔みたいな事を言っているのを聞きながら俺も解読できなかった文字を見ると、確かに分かるようになっていた。

まるで日本語を読むかのようにスラスラと見ることが出来た。

凄いな、この魔法は………こんなものが使えれば英語や中国語を覚えるのもあっという間だろう。

俺はティアラの使う魔法に少し羨望の眼差しを向けた。

その視線に気付いたのかティアラはこちらに顔を向け、ニコリと微笑んだ。

その表情で心が動かされそうだったのは今まで生きてきた中で2・番・目・の体験だった。

 

…………俺は堕ちないからな。

 

「なんだこれ…?剣聖レベル1……?」

 

仁也のところには剣聖レベル1という文字がうかんでいた。

そして周りの声を聞いてみると、大魔導師、勇者、龍使い、スイーパーなどのファンタジーな単語が聞こえていた。

 

最後の奴はジャンルが違うぞ。

新宿行って来い。

 

「貴方達一人一人には特別な能力が備わっています。私は貴方達を召喚する事でその能力を発現させました。その力は使えば使うほど強くなります。是非強くなり、魔王と対等に渡り合えるようになってください」

 

ほう、能力を引き出す事ができるのか。

俺にも特別な力が……?

俺は自身の能力が書かれていた青白い光を見た。

そしてそこにあったのは、

 

「霊能力レベル2……?」

 

そこに書かれていたのは俺が最初から持っていた能力らしきものだった。

 

霊、能力………嫌だな、これ以上は考えたくない。

 

「あの、すいません。俺のところだけおかしいみたいなんですけど……」

 

俺はティアラに困ったように聞いた。

実際困っていたし、なにより、俺の考えていたまさかの結末を否定するためにも聞いた。

 

「ふむふむ霊能力……珍しい能力ですね!今まで色々な人達を見てきましたが貴方の場合は初めてです……おもしろっ」

「今なんか言いました?」

「言ってません」

 

本当は最後にぼそりと「おもしろっ」と言っていたのをはっきり聞いていたがこれ以上追及するとそこにいる橋本君や大多君のようにあひあひと言うことになる気がしたのでやめておこう。

 

というかそろそろ洗脳解いてやれよ。

 

「おやおや、貴方は元の世界から既に特別な力を持っていたようですね。おそらくその能力が私の贈り物と一緒に引き継がれたのでしょう」

「……ウソだろ?」

 

何を言っている…?

俺は金魚のフンのような使えない能力で魔王とかいう恐ろしい存在に立ち向かわなければならないのか……?

人様の顔にめり込むくらい顔を近づけられたり、聞きたくもない死の体験を聞かされるような文字通りのクソみたいな能力で?

 

「どんな能力も使いようです。それに…これから行く異世界には貴方が求めているものもあるかもしれませんよ?」

「なんだと……?」

 

ティアラは意味深にそう言った。

俺の思考が筒抜けだったのかどうか分からないが彼女は俺のことを見透かすかのように言った。

 

俺の求めているものだと?

俺が常に求めているのは平穏だけだ。

幽霊に邪魔されない、俺だけの空間を作ること。

それが俺の夢であり理想だ。

それが出来ればどれだけ良いことか……

 

「それではみなさん、それぞれ能力はわたり切ったと思います。もし分からないことがあれば、女神テレフォンを使ってください」

「女神テレフォンってなんやねん?」

 

大阪弁の西関が聞くとまたもやティアラは待ってましたというような顔をして、俺達全員に明らかにスマートフォンのような物を配った。

 

「女神テレフォンとは、分からない時、助けて欲しい時、もう死にたい時、悪魔を捕まえた時などに使える通信サービスです!繋がりたいと念じれば天界と繋がりますよ」

 

ティアラは手のひらから固定電話を取り出した。

まるで昔の洋画に出てくるようなオールドタイプで、色は真っ白だった。

 

死にたい時と悪魔を捕まえた時が気になるが……ティアラは俺が質問をしようとする前に、捲し立てるように話し始めた。

 

「それと貴方達のナビゲーターを紹介します。出てきなさい!」

 

そう言ってティアラは指をパチンと小気味の良い音を鳴らした。

 

すると現れたのは、白の衣を見にまとい、背には純白の翼を携えた美男美女であった。

 

どの人物も非の打ち所のない美しさで、ある種の芸術ではないかと言えるくらいの顔立ちであった。

 

これでこのグレーのスウェットを着た女神が同じような服装なら、俺も多少は尊敬出来ただろうに。

 

「彼等は私に忠実な天使達です。いきなり異世界に降り立って生きていくのは大変でしょうから、彼等がしばし貴方達の先導者となります。困った事があったら彼等になんなりと彼等に聞いてください。それでも対応できなかった場合には女神テレフォンの使用をお願いしますね?」

「「「「「「よろしくお願い致します!勇者様!」」」」」」

 

天使と呼ばれた彼等は声を張りながら爽やかな雰囲気で挨拶をしたがよく見ると目から光が消えていた。

口元はニコニコとしているのに目だけが笑ってない。

ひどく濁っている。

 

「あの、彼等は大丈夫なんですか?目から光が消えてるんですけど……」

 

俺がそう言うとティアラは右手を頭にコツン(自分で言った)と当てながら舌を出してウィンクをしながら言う。

 

「………」

 

何故あそこまで人をコケに出来るのだろうか。

女神である事と女である事を除けるのならグーで殴りたいところだ。

 

「基本的な説明も済ませた事ですし、そろそろ転送の魔法を使って貴方達を異世界に送りますね。皆さーん!一箇所に集まってくださーい!」

 

ティアラは手で集まれという合図を出しながら言う。

俺はいいが、周りのクラスメイトはどうなんだ?突然の事に混乱したり、帰りたいという奴がいるんじゃないのか?そんな奴を無理やり連れて行くなんて……

 

「お、おれ……一度勇者になってみたかったんだ……」

 

うん?

 

「あ、あたしも魔法少女になりたいって子供の頃から思ってて………」

 

……うん?

 

「俺はヒーローに………」

 

なんて事だ、こいつら結構ノリノリだ。

まあ俺も少し興味はあるが………

 

「俺は異世界のスイーパーに………」

 

それ以上言うのはまずいし、あとジャンルが違う。

掲示板にXYZでも書いてろ。

 

「皆さんかなり乗り気ですし、そろそろ転送の魔法を掛けましょう」

 

ティアラは手から手品のように30センチほどの杖を出し、呪文を唱える。

 

すると再び俺達の下に光が溢れる。

教室にいた時に出た光と似ていた。

巨大な魔法陣が現れ、俺達を囲むように紫色に光った。

 

「それでは、魔王討伐に向けて良き異世界ライフを!」

 

そう言ってティアラは杖の先端を紫色に光らせる。

さらに光は強くなり、俺達を包み込む。

 

「ビビディ・バビディ・ブー!」

 

おいバカそれは有名どころの……!

 

 

 

ティアラが魔法を言い放った瞬間、俺達は謎の空間から消え去った。

 



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第3話 マジでヘラる五秒前

ドンドンドンと、ドアを叩く音がする。

 

鳴り止む事は無く、こちらが開けるまで絶対にやめないという意志を感じる。

 

「カナデさーん?いるんですよねぇ〜?開けてくださいよぉ」

 

女の声がする。

艶がかった声だがどこか狂気を孕んでいそうな雰囲気だった。

 

俺はとある街のとある宿に泊まっていた。

俺は布団の中にガタガタと震えながら潜っていた。

 

「わたしと一生一緒にいましょう?誰もいない島に行って、小さな家を作って過ごすの!子供は二人欲しいわ!一人は女の子、もう一人は男の子がいいわ!もちろん、名前は一緒に考えましょうね〜!」

 

どうしてこんな事に……………

 

 

 

*******************************

 

 

 

時は二日前に遡る。

俺達はあのスウェット女神により異世界に送られた。

異世界……俺は昔小学生だった時冒険物が好きで、図書室でそういう本を読んでいた時期があったものだ。

 

読んでいた時図書室の地縛霊にネタバレを食らうようになってからは行くことがなくなったが。

 

だから大多君の言っていることも少しばかり分かるし、俺も異世界は中世のヨーロッパのような文明だと思っていた。

 

だが俺達がたどり着いたのは、想像の斜め上を行く物だった。

 

「ねーねー今度タティオカ飲みに行こうよー!」

「えーあたしホッタキ食べたーい!」

 

二人の女性が楽しそうに言う。

手には黒い玉が入った飲料、もう一方の女性も同じ物を持っていた。

 

「どうなってんの…?」

 

彼女達が持っていた物はどう考えてもタピオカだった。

 

さらに言えばチーズが伸びるようなジェスチャーをしていたことからホッタキとやらも俺達の世界の食べ物であるということもなんとなく分かった。

 

俺達は異世界に来たはず……渋谷とか新宿に来たわけではないはずだ。

 

「なあ、あれ……」

 

仁也は右腕を大きく挙げる。

彼の腕は混乱しているからなのか痙攣にも似た震え方で指で示した。

 

なんだなんだと皆が上を見上げると、驚くべき物がそこにはあった。

 

「「「「「「「えぇ……?」」」」」」」

 

街頭テレビが、あった。

 

何を言ってるか分からないかもしれないが、俺だって何を言っているのかわからん。

だが、画面の中に人がいて、大音量のBGMが流れているのを見て、アレはどう考えても街にある街頭テレビジョンだと思った。

 

俺はさらに疑問が浮かんだ。

 

世界観がめちゃくちゃじゃないか。

 

「え、えええええあばだひひひひひ!!」

「大多空運が発狂したぁー!?」

 

またか。

大多君が狂ってしまった。

 

「さっそく女神テレフォンでも使うか」

 

俺はスマホを取り出し、この訳の分からない状況を聞き出そうとした。

 

……したのだが。

 

俺達の周りに天使達が現れ、目を血走らせながら

 

「私達が答えますのでティアラ様には連絡する必要はありませんよしないでくださいお願いしますお願いします!!」

 

俺のスマホを握っている手を掴みながら必死そうに言った。

必死すぎて怖いんだが。

 

天使がしていい顔じゃないだろ。

 

「あ、ああ分かったよ。説明してくれ」

 

俺がそういうと天使達は心の底から安心したように胸を撫で下ろす。

 

どんだけ怖いんだお前達の女神上司。

 

「実は、私達が働いてる天界では貴方達みたいに突然連れてくるというシステムではなかったんです」

 

天使達は申し訳なさそうな顔で言う。

 

「以前は現世で死んだ人間を別の世界に転生させ、特典をあげて魔王を倒してもらうというサービスだったのですが、誰も魔王を倒そうとする者はいなかったのです。やがて彼等は別の世界で第二の人生を始めました。特典を利用して漫画家になった方や、ラーメン屋を始めた方、劇作家になった方や洋画に出てくる面白黒人俳優になった方など、魔王を倒そうと真剣に考える人はほぼいなくなりました……」

 

天使達は悲しそうにぼやく。

 

なるほどな…死んだ人間も何かしらやりたいことがあったのだろう。

異世界なら出来ることがあるかもしれない、そう思って生前叶えられなかった夢を追いかける者が多かったおかげで魔王討伐よりも自分の夢を………いや面白黒人俳優ってなんだ?

クリス・タッカー?それともケヴィン・ハートか?

 

「中にはエディ・マーフィに転生した方も……」

 

エディ・マーフィ!?

エディ・マーフィに転生したの!?

 

「ですが、彼等は()()()()()()()……」

「やり過ぎた…?それってどういうことだ?」

「彼等は、元の世界の文化をこの世界に大量に持ち込み、歪めてしまったのです。中世のヨーロッパのような風情があった街は新宿、渋谷、歌舞伎町、ゴッサムシティのような街が生まれてしまいました……」

 

最後悪化してない?

 

「そこで、ティアラ様がある事を思いつきました。『どうせ死んで何も未練がない人より突然連れてこられて魔王倒すまで帰れま10!をやればさすがに真剣にやってくれるんじゃない?』と……」

 

やってくれるんじゃない?じゃねぇよ勝手に巻き込むな鬼畜か?

 

「…そういうわけで、貴方達はこの世界に召喚されたのです」

 

……なるほどな。

死んだ人間は未練が無いから魔王を倒すという大仰な事をやるより、自分の夢を追いかけるほうがいいと判断したのか。

たしかに魔王討伐という危険を伴う使命よりも、漫画家やらラーメン屋やらそっちのほうが安全だし楽しいのだろう。

 

……そして何も知らない学生を突然連れ出し、魔王を倒すまで返さないという女神のくせに外道な作戦を思いついたのか。

 

「でも、女神様は困ってんだろ?だったら俺達が何とかなるするしかねぇじゃねぇか!」

「あぁそうだな。どのみち魔王を倒すまで帰れねぇんだ、こっちの世界で活躍して、伝説を遺してやんよ!」

 

普通は帰りたがるだろ。

家族とかペットとかはどうするんだ、今頃大パニックだぞ。

 

「もしご家族や以前の生活の心配をされているのなら大丈夫です。戻る時には拉致……召喚した1秒後の教室時間軸に転送しますので、ご安心ください」

「今拉致って言ったよね?」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

 

なんで分かんねぇんだよ。

 

天使達が安心させるように言った。

それを聞いたクラスメイト達は安堵する。

だが皆肝心な事を忘れてないか?

 

「あの、ちょっといいか?」

 

俺は俺を担当?する天使を呼びつける。

それに気づいた天使は「なんでしょう」と言ってこちらに寄ってきた。

 

「俺達が魔王を倒せば、元の世界に帰れる。これは良くわかった。だがもし怪我人がでたり、死傷者が出たりした時は?生き返らせてくれたりするのか?」

 

俺は慎重に、すがるように聞いた。

いきなり連れてきてもし死んだらはいおしまい、また来世で会いましょうみたいな事にはならないよな?

大丈夫だよな?

 

「……」

 

天使が顔を背け、顔が下にうつむいた。

 

「オイ今なんで顔を背けた?こっちを見て話せ」

 

だが天使はこちらに顔を向けず、神妙な顔をした。

なんかムカつく顔だな。

 

「すみません、よくわかりません」

 

siriみたいな言い訳しやがって……

 

「それでは、ここで立ち話もなんですし、とりあえずあちらに向かいましょう」

 

天使はとある方向に指で示した。

そこにあったのはひときわ大きい建物だった。

よく見ると冒険者ギルドと描かれた看板が下げられていた。

 

「おお!冒険者ギルドですか!そうこなくては!」

「なんだ大多空運、お前今日はよく喋るな?」

 

大多君が興奮気味に言う。

大多君も発狂したり興奮したりと大変だな。

あといい加減覚えてやれ、大多君が自分の名前を呼ばれるたびに微妙な表情してるぞ。

 

 

 

*********************************************************

 

 

 

冒険者ギルド。

腕の立つ冒険者が集まり、地域の住人の悩み事を解決したり凶悪なモンスターを討伐して報酬を得たりなどやることは多岐に渡る。

 

まぁ、天使達が言っていたことを俺がかみ砕いて説明するとこんな感じか。

分からないことや詳しいことは後で大多君に聞こう。

 

「まずは冒険者ギルドに登録するために水晶かなんかそこらへんのなんか不思議な雰囲気のアイテムを使って隠された能力が暴かれて周りに人が集まってなんか凄いワッショイされる流れですねこれは!!」

 

大多君がまたもや興奮気味に語る。

というか急に語彙力が下がったな。

 

「各自メガーミフォンを出してください。その中にこの世界の電子マネ…もとい魔導マネーが入っています。受付に提示して入金してください。それで冒険者ギルドに登録完了です♪」

 

メガーミフォン……?

なんだそのふざけた名前は。

天使達がジェスチャーで説明しながら言う。

なんというか、結構現代的だな……ファンタジー要素がかなり排除されている。

 

「あ…………はぁ…………ふぇぇ…………?」

 

……がんばれ、大多君。

 

「えぇ!?剣聖!?」

 

受付嬢が驚きの声を上げた。

 

「え?え?」

 

驚かれていたのは俺の友人、伴田仁也だった。

そういえばアイツの能力剣聖とかだったな。

 

「素晴らしいですよ子のスキルは!全ての数値がほぼ限界マックス!剣を持てばもう無敵!あーもう何かすごい!抱いて!」

 

後半結構褒めるのが雑だったな。

 

「凄いです!鍛えたんですか!?それとも才能ですか!?」

「……まぁ、なんつーかッ……両方?」

 

調子に乗るな新人(ルーキー)

 

ついさっきまでわけわからんみたいな顔をしていたくせに巨乳の冒険者に腕をつかまれ、胸を押し付けられた瞬間、表情はすぐにとろけだした。

 

「け、賢者!?す、すごいです!」

 

同じような容姿の受付嬢が大多君の手をつかみながら彼の目を見て話す。

またか。

というかワンパターン過ぎやしないか?

 

「ぼ、僕ですか!?」

 

大多君はオドオドしながらも彼女の話を聞いた。

 

「賢者といえばどんな物も作れてどんな魔法も使い放題!どうやって賢者のスキルを手に入れたんですか!?たくさん努力されたんですか!?それとも約束された運命!?」

 

受付嬢はカウンターから身を乗り出し、彼女が少しゆるゆるな服から無防備な胸がさらけだした。

 

「……まぁ、なんつーかッ……両方?」

 

調子に乗るな新人(ルーキー)

 

その後、様々な能力を持っていたおかげでちやほやされたクラスメイト達はニコニコ笑顔で登録していった。

魔王女神に拉致されてきたのに褒められた瞬間すぐにほだされるとは……まったく単純な奴らだ。

 

そしてついに俺の番が来た。

別に俺は期待なんてしていないがまぁ、例外もあるかもしれない。

今のうちにリアクションでも考えておくか……

 

「次の方どうぞー!」

 

俺はカウンターへと向かった。

スマホ(メガーミフォンとは死んでも言いたくない)をかざし、登録の準備をする。

そして水晶が光りだし、俺の全身をスキャンし始めた。

水晶そこで機能するの…?

 

「えーと、貴方のスキルは……霊能力…?へぇ~すごいですねぇすごいすごい」

 

シバイタロカ?

 

いや、落ち着け。

今までもこんな感じだったじゃないか。

『霊能力?へぇ~すごいね!』で済まされる胡散臭い能力……期待なんてしていないが、期待なんてしていないが、(大事な話なので二回言った)さすがにここまで微妙な反応をされると少し傷つくな。

 

「特筆すべき能力は特にないですね。……はい、以上で登録は完了しました。これでいつでもクエストを受注出来ますよ」

 

と、営業スマイルで言われた。

さて、宿に行ってとっとと寝るか。

 

「だ、大丈夫ですよ!ティアラ様も言ってたじゃないですか!どんな能力も使いようだって!」

 

そう言って俺からスマホを取り上げ、俺に画面を見せてきた。

そこには俺の能力の詳細が事細かく載っていた。

 

まぁ、霊視しかできないからホントはそれ以外載っていないと思っていたが、意外なことに霊視以外に二つあった。

 

「解像度設定、シェア……なにこれ?」

「えーとなになに……?幽霊の見えやすさを設定できる?」

 

なんだそれ。

 

「シェアは?」

「シェアは~……他人と霊視を共有できる、と書かれていますね」

 

使えるのかどうか分からん能力だな。

せいぜいドッキリにしか使えない能力じゃないか。

もう疲れた……休みたい。

 

「あぁうん、とりあえず今日は休む。今後のことは後で考える……」

 

俺は一人、近くの宿を探すためぶらついていた。

 

「あっちょっと……あれ?そういえばなんでこの人だけこんなにスキルの獲得が早いんだろう?」

 

俺は天使の話を最後まで聞くことはなく、宿を探すため前へと迷いなく進んでいった。

 

……あっ、そういえば母から作ってもらったお弁当を手に持ったままだったな。

あとで食べよう。

 

「う……うぅ………」

「ん?」

 

ふと道端を歩いていると、目の前に女の子が倒れていた。

 

「うぅ……誰か、食べ物を…………」

 

なにやら食べ物が欲しいようだ。

そして俺の手元にはお弁当、タイミングが不自然なくらいちょうど良いな。

まぁ、見て見ぬふりもできないか……

 

俺は目の前で倒れている女の子にお弁当をちらつかせた。

 

「…食べる?」

 

女の子はしばし俺とお弁当を交互に見ながら逡巡した後、目をグリンと開き、

 

「食べます!!」

 

と言ってパァッと笑顔になった。

 

後に俺は……この女の子にお弁当を上げたことを死ぬほど後悔することになる。

 

だが、この時の俺はそんなことは知る由もなかった。

 



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第4話 マジでヘラる五秒前②

「美味しい!美味しい!美味しいです!」

 

倒れている彼女を近くの公園に連れていき俺の持っていたお弁当をあげたところ、モリモリガツガツと漫画の擬音のような音を出しながら黙々とモグモグと食べていた。

 

魔法使いのようなゴスロリのような、ファンシーな服を着た女の子だ。

俺と同じくらいか、もしくは年下のような慎重と見た目だった。

 

「なぁ、一応聞いときたいんだけど……なんで倒れてたんだ?」

「ふぇっ!?あふぁ、あふぁひひっははえかあ……」

「ごめんな。食べ終わってからでいいぞ」

 

俺は食事の邪魔にならないよう、待つ事にした。

それにしてもよほどお腹が空いていたのか、本能のままにかぶりつく野獣のように目の前の食べ物を喰らい続けた。

 

「わたし、魔道具なる物を作っていたんですが…三日前から何も食べてなくて……」

 

そう言いながら女の子は食べ終わった箸を置き、口元を布で拭きながら話す。

魔道具か……これまたファンタジーな単語が出てきたな。

 

「美味しかったです。ごちそうさまでした」

 

あれ?もう食べたの?お弁当あげてから1分半しか経ってないんだが。

まぁ腹が減っていたんだろう、俺がお腹を空かせてご飯を食べている時、母さんが「ご飯は逃げないわよ〜」と言っていたのを思い出した。

俺が作ったわけではないがそんなに必死に食べているところを見ると母さんの気持ちが少し分かるかもしれない。

 

「空腹で死にそうな所を助けてくれてありがとうございます。………まぁ死なないんですが」

「あぁいいんだよ……ん?今最後なんて言った?」

 

今死なないって言わなかったか?

俺はラブコメの漫画の中の主人公やラノベの主人公のように耳が難聴であったり鈍感ではない。

俺は漫画やアニメ、小説などでそういう主人公を見る時はイライラするという性格で、はっきりいってああいう人種はきらいだ。

いつも耳鼻科行けと思いながら見ている。

あぁ、話が逸れてしまった。

死なないとはっきり聞こえたがどういう意味だ?

 

と、俺が思案していると彼女の背後に男が現れた。

この世界の幽霊も同じく、判別のつく条件は浮いていること、壁や人を通り抜けること、生きている人間と一体化して遊んだりなど色々なシチュエーションがある。

 

この場合、彼女の後ろにぷかぷかと浮いていることから幽霊だということがわかった。

……ん?なんだ?この幽霊少し挙動がおかしい。

顔が青白く、引きつった表情でこちらを見ている。

 

「コノオンナ…キケン……ニゲロ…………」

 

ガタガタと携帯のバイブレーション並に震えだした幽霊は両手を使ってバツのジェスチャーを作りながら俺に逃走を促す。

なんかやばそうだな。

えっなにこれ、なんで幽霊なのに死にそうな表情なんだ?

 

「ハ、ハヤク………ニゲ―――」

「ゴルルルアアアアアアアアアア!!!」

 

言い終わる前に彼女からあふれてきた赤黒いオーラが幽霊を包み込み巨大な牙を開き、幽霊は捕食された。

 

ユウレイガホショクサレタ。

 

…よし、早くこの場から去ろう。

 

「とりあえず腹はふくれたみたいだから俺は帰るよ。機会があったらまた会おう」

 

俺は手短に言って帰ろうとした。

帰ろうと、した。

 

「いえいえまだ会ったばかりですしせっかくの機会ですもっと語り合いましょう!わたしの名前はメアリー恋に恋する麗かな乙女です恋人募集してますちょうど空いてるんですあなたも恋人はいませんよね?それならよかった!わたし変わり者で恋人がずっとできなかったんです。でもそんな時に運命の人に出会いました!見ず知らずのお腹ペコペコの女の子に王子様がお弁当を持ってきたんですそれがあなた!婚姻届はここにあります常に持ってるんですさぁサインしましょうしてしてしてしてしろしろしろ♡」

 

長い、そして怖い。

おそらくこれを読んだ君は読むのを諦めて飛ばしただろう?

俺だったらそうする、誰だってそうする。

 

「へ、へぇ〜でも俺今日予定あるからまた今度でいいかな?」

 

俺はこの場から逃げたかったが、俺を逃がすまいと絶対に譲らないメアリー。

本当に勘弁してほしい。

俺は親切で母が作ってくれたお弁当をあげたのに、逆にそれが裏目に出てしまった。

人助けを迷いなくするのもいいことばかりが起きるとは限らない。

 

「…………」

 

だがあれだけ喋っていたメアリーは突然口を閉じた。

急に黙るな、こっちがびっくりするわ。

 

「それならばしょうがないですね。またの機会にお会いしましょう。ミエイカナデさん…」

 

えっ何でこいつ俺の名前知ってるの………?

メアリーは俺にある物をヒラヒラと見せつける。

それは俺のスマートフォン。

まさか、えっ?盗んだの?怖っ………

 

「とりあえずこれはお返ししますね。霊能力……フフフ…………フフフフ…………!」

 

不気味な笑い声を上げながらメアリーは俺の前から去っていった。

 

メアリー……恐ろしい女だ。

 

「暗くなってきたな。早く宿を探さないとな」

 

俺は自身に言い聞かせるように呟き、スマホを取り出す。

スマホなら地図アプリなどもあるのではないかとと思い、起動してみた。

 

すると予想通り、やはり地図アプリはあり、近くに15軒もあった。

多過ぎだろ、ホテル激戦区か。

 

俺は近くの宿に足を運び、部屋を確保することに成功した。

 

あぁ、ふかふかのベッドだ、心地がいい。

これで複数人の幽霊が俺の部屋でぷかぷか浮いてなければ最高なのだが。

 

今日は一日でいろんなことがあった……

スウェット姿の腹黒女神、異世界、ブラック天使、腹を空かせたヤンデレ。

 

早く元に戻りたい、俺はそう願いながら深く眠りへと着いた………

 

 

 

 

 

小鳥がさえずる朝。

太陽が優しく俺におはようと言ってくる。

この朝の目覚めだけは、元の世界よりもいい物なのかもしれない。

 

なぜなら、忌々しい幽霊がいないからだ!

 

どこを見回しても、幽霊がいない!見えない!話しかけられない!見られない!

 

嗚呼、常人の生活というものは、こんなに素晴らしい物なのか………

 

……て…さい…おき……く…さい………

 

なんだ?誰かの声が聞こえるな…?

 

俺に幽霊の能力はない。

ついに使えなくなったんだ。

これからは一般人として余生を過ごすことが出来る!

 

「起きてください!ミエイさん!」

「はっ!?」

 

天使の声が聞こえた。

遂に俺の魂を救済しにきたのかとも思ったが、見知った天使だったのでそれは違う。

というか見知った天使ってなんだ?

 

夢か………

 

小鳥のさえずり、太陽。

これは同じだ。

…忌々しい幽霊が見えてさえいなければ。

 

「コイツ俺が見えるのか!?」

「ほ、本当に!?わたし!わたし見える!?」

「な、なあ俺と身体を共有することってできるか!?」

 

老若男女問わず、様々な幽霊が俺の元に押し寄せる。

秒でバレた。

もしや俺とメアリーが話しているところを誰かが見ていたのか?

 

「ミエイさん、今日は武器を買いにいきましょう。冒険者になったのですから最低限武器は買っておかないと」

「冒険者……そうか、俺は冒険者だったのか」

「今まで忘れてたんですか!?あなた魔王を倒さないと帰れないんですよ!?」

 

朝からやかましい。

こいつは昨日俺の能力を見たのを忘れたのか?

霊視だぞ?

幽霊の正体見たり枯れ尾花!とでも言って魔王を倒せとでもいうのか?

 

「とりあえず武器を買いに出かけましょう。他の皆さんは既に購入されましたよ?」

「コーヒーと朝食を取ってからでいいか?」

「もう昼なんですが!?」

 

天使がやかましいので俺はとりあえず身だしなみを整えて宿を出た。

 

武器か。

俺はこんな風にクールぶってる(ぶってるつもりはない)が武器という単語に少しワクワクしながら武具店に向かっていた。

エクスカリバー、デュランダル、村正……別にこの世界でそんな大層な物があるとは思ってないがそんな剣に出会えればいいなとは思っていた。

 

「なぁ嬢ちゃん、俺とちょっとイイことしようよ〜」

「そうそう!楽しいことだよ〜!損はさせないからさ〜」

 

路地裏で何やら声が聞こえた。

 

なんだ?タチの悪いナンパか?

あいにくだが俺には半ケツのおっさんが周りに浮いてるのが見える以外なんの力もない男だ。

悪いな、ここは素通りさせてもらう。

 

「いやぁ〜!助けてぇ〜!」

 

ファンシーな格好をした知らない人がなにやら助けを求めている。

だが俺はファンシーな格好をしたヤンデレなど知らないので俺は歩みを進めた。

 

「髪が黒くて死んだ魚の目をした素敵な人ぉ〜!名字がミから始まってデで終わる人ぉ〜!」

 

やめろ!俺の見た目を事細かく喋るんじゃあない!

 

「いやぁ〜助けて〜!乱暴される〜!」

「ぐへへ……なんかすごいエロいことしちゃうぜ〜?」

 

演技下手くそか。

 

「あ、あの……あの女性はミエイさんのお知り合いの方ですよね?助けた方がいいんじゃあ……」

 

お知り合いというよりお死り合いなのだが、俺がシカトしてるとずっとやるつもりか……?

 

「だけどなぁ……」

「大いなる力には大いなる責任が伴いますよ?」

「お前はベンおじさんか」

 

有名な名言で心を動かそうとしても俺の能力で出来ることなんて何も……

 

いや、あったぞ。

 

俺が使える俺だけの力があったじゃないか!

 

俺は俺の周りにいる幽霊に声をかけた。

 

「なぁ、おい。俺にケツ押し付けてるそこのおっさん」

「えっ俺かい!?」

 

お前しかいねぇだろ。

 

「あとそこの、髪が前にかかって顔が見えない髪が異常に長いお姉さん」

 

「えっあたし……?」

 

自覚ぐらいしておけ。

 

「少し手伝ってほしい事がある。聞いてくれるか?」

 

俺は二人の幽霊にある作・戦・を話した。

 

 

 

 

 

 

「わー助けてーどうにかされちゃうー」

「あぁもうめんどくせぇ!このまま連れ去っちまおうぜ?」

「そうだな。悪りぃな嬢ちゃん。ちょっと強引だがこのまま一緒についてきてもらうぜ」

 

痺れを切らしたのか男達はメアリーの手を掴み、引っ張ろうとする。

だが突然メアリーは表情を無にし、殺気めいたオーラを出した。

 

「…それ以上その汚らしい手で触らないでくださる……?」

「なんだとこのアマァ!」

 

男は逆上したのか、腕を振り上げメアリーに乱暴をしようとした。

 

だがその時。

 

「そこまでだ」

 

汚れた布切れを頭に深く被り、顔が分からないように俺は彼らの前に現れた。

 

「なんだお前は…?」

 

男の問いに俺は何も言わずに右手を天に掲げた。

 

「その女は放っておけ。お前らには荷が重すぎる」

「フード被った薄気味悪い奴が何言ってるんだぁ!?」

 

確かにそうだな。

 

男達は俺に向かって殴り掛かろうとしてきた。

だが、ある二つの影が男達の前に現れた。

 

「な、なんだお前らは……?」

「オ………オオオオオ…………」

 

皮膚が腐れ落ち、目玉が無い異形の何かが彼らに近づいて来る。

一人はズボンを履いておらず醜い下半身が露出した男に、髪が異常に長く、妙に青白い肌をした女がゆっくりと、だが確実に距離を縮めて来る。

 

「えっおい、なんでこっちに来るんだ……?」

「ぢぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

と思いきや一気に彼らを襲った。

 

「ひいいいいいいいいいいいいい!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいィィィィィィィィ!!!」

 

男達は恐怖のあまり涙を流し失禁、そしてあげられる限りの悲鳴を上げた後、気絶した。

 

「……やりすぎたか」

 

俺は彼等が驚き過ぎて心停止してないかどうか確かめた。

 

「あ…あひ……」

 

時々ピクピクと痙攣している事から生きている事がわかった。

というかあひってなんだ、発狂したり気絶したらあひあひ言うのがこの世界の常識なのか?

 

「いやぁ〜いいねぇ!脅かし甲斐があったよ!」

「あたしもちょっと面白かったわ……これからもやらせてもらおうかしら……」

 

協力してくれた二人は笑顔で喋っていた。

…解像度を設定し忘れてたので顔は怖いままだが。

 

「君はいい奴だな!困っている女の子を助けるなんて!」

 

俺にグッと近づき笑顔で話す下半身丸出しのおじさん。

 

動画を見る時に画質を調整する機能はご存知だろうか?

俺は常にフルHD、4Kや8Kなどのヌルヌル動いて常に普通の人間が動いているように見える。

 

だがここに来て俺の能力は拡張された。

今の俺の能力は逆の事も出来る。

幽霊をわざと見えづらくし、映画などに出てくるモンスターのように見せかける事が出来るようになった。

 

そして二つ目の能力、他人に俺と同じ視界を共有することの出来るシェア。

 

これでわざと幽霊を見えづらくし、怖く見せかけて男達に視界を共有させてビビらせたってわけだ。

 

つまり、今俺の前には化け物みたいな顔をした下半身丸出しのおっさんがいるわけで……

 

済まない。協力してもらってありがたいとは思っているが、近寄らないで欲しい。

 

「さすがだわ……さすがわたしのフィアンセ……」

 

誰がフィアンセだ。

 

「呪いを掛けた甲斐があったわ……やはり貴方は運命の人………」

 

今さらっと物騒な事言わなかったか?

呪いってなんだ呪いって。

 

「貴方もわたしと同じ能力を持っているのね…!」

 

メアリーは笑顔でそう言って…!?

 

「今、なんて言った……?」

 

この日、俺は俺と同じ境遇の人間を見つけた。

 



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第5話 マジでヘラる五秒前③

初のオリジナル作品だけどそれなりに見てくれる人いてちょっと嬉しいと思う今日この頃


「同じ……能力だと……?」

 

俺は狼狽えながらも状況を整理しようと試みた。

だが頬を赤く染め、モジモジしながら変な動きをしている姿を見ると考える気が失せる。

 

「わたしの能力は呪い。さっきのケダモノ達がわたしの元に来たのも、わたし自身に呪いを掛け、誘き寄せたの」

 

メアリーは微笑みながら語る。

その姿は見た者を魅了させるような振る舞いだが、俺は性格を知っているのでどうにも気分が乗らない。

 

「あなた…望んでその力を手に入れたわけじゃないのよね?」

 

メアリーが不意に俺に尋ねた。

 

「だったらなんだ?」

 

たしかに、俺はよこせなんて言ってない。

気がついたら既に見えていて、常人とは違う価値観で生きてきた。

ただ霊が見える、それだけの能力だった。

俺は普通の人間と違う視界だったから、理解してもらえなかったり、馬鹿にされたりしたものだ。

 

「わたしもあなたと同じ思いを抱えて生きてきたわ……人に蔑まれたり、自分を理解してもらえなかったり、シャンプーを使おうと思っても空だったり、本を貸すと指紋がベタベタについて返ってきたりなど……あなたも同じでしょう?」

 

前半は同じだが後半はただの個人的に嫌なことだな。

 

「わたしとあなたは同じ……さぁ!ここに婚姻届があります!わたしは既にサインしたので次はあなたの番ですよ!さあさあさあさあ!!」

「待て待て待て。なんでそうなる!?」

 

本当に勢いが凄い女だ。

だが俺はまだ高校生……結婚は出来ない。

とりあえずそれで切り抜けよう。

 

「あぁ〜悪いけど、俺まだ結婚出来ない年齢なんだ。俺も本当は君と結婚したいよ!だけど法律がなぁ〜………」

 

どうだ、さすがのお前も法律という壁には勝てまい。

俺はチラリとメアリーの顔を見てみると……

 

「法律がなんだというのですか?わたしたちの前にはそんなものは不要、それも含めて一緒に乗り越えていきましょう!」

 

あっダメだコイツ。

頭まで呪われているのだろうか。

 

「さすがにそれは……」

「わたしが法になりますわ!」

 

アウトローか何か?

 

なかなか諦めないメアリーに俺は呆れながら何かこの場を切り抜ける方法がないかと考えていると、彼女の懐から振動音が鳴った。

 

「なぁ、何か鳴ってるぞ?」

 

俺がそういうとメアリーは一瞬、一瞬だったが眉間にシワを寄せ、悲しそうな表情になった。

 

「ごめんなさい……もう行かないと………」

 

メアリーはポケットから俺と同じようなスマートフォンを取り出した。

 

先程までハイテンションで婚姻届を書くよう要求してきた人間とは思えないほどのテンションの低さに、俺はかなりの違和感を感じた。

 

「…大丈夫か?」

 

俺は気休めの言葉を彼女に掛けたが、彼女の表情には陰りがあった。

憂鬱そうにも感じ取れる彼女の表情は、あまり思ってはいけないとわかっているが、かなりの絵になった。

 

「……わたしの力を必要としている人がいるみたい。だからわたしは行かなきゃいけない。………さよなら、愛しい人。また会えたら、今度こそ結婚してもらいますからね?」

 

そう言って、彼女は俺の元から去っていった。

 

…なんだこのモヤモヤ感は……?

 

鬱陶しいと思っていたはずなのに、魚の小骨が喉に突っかかってあるような、そんな気持ちが俺の心の中で渦巻いていた。

 

「なんでこんなこと考えてんだ?アイツは消えて、万々歳!一人で行動することができるってのに……

 

どうも気にかける。

 

会ってまだ一日くらいしか経っていないのに……なんだこの気持ちは……?

 

「…いいんですか。放っておいて?」

 

天使が不意にそんなことを聞いてきた。

天使の考えていることくらい分かる。

だがアイツを追いかけてどうなる?

今度は向こうが俺を好きと勘違いし、面倒なことになるだけだ。

そうだ、いいに決まってる。

俺はアイツが鬱陶しいと思ってたんだ。

だから……

 

「あの……ちょっといいですか…?」

 

突然男が俺に声をかけて来た。

見た目は小太りで口髭を生やし、顔にそれなりのシワがあったことから中年にも見える。

 

そして、壁から首を出してこちらを見ていた。

なんで幽霊という奴らはわざわざ首だけ出すんだ、普通に出てこればいいだろ。

 

「なんだ、俺に何か用か?」

「いえ、あなたと一緒にいた、あの子の事なんですが……」

 

男は言いよどむように言葉を詰まらせる。

この幽霊はメアリーを知っているのか。

 

「あの女の事を知っているのか?」

 

俺がそう聞くと、男は言おうかどうか迷っているか数秒悩む。

 

なんだ、言うなら早く言ってくれ。

 

「実はあの子、人に呪いを掛けてるんだ」

 

男は観念したように白状した。

 

「人に呪いを……?なんで?」

「俺はロイっていうんだが、見ての通り暇でな、毎日いろんな人の日常を見ているんだ。あの子もそのうちの一人だった。俺はあの子…メアリーと言ったか、彼女が人に呪いを掛けている所を見てしまった」

 

ロイは複雑そうに言う。

 

「あの子は、親が残した借金を返す為に暗い噂のある組織に自分の力を貸して闇の仕事をしていたんだよ」

 

なるほどな……アイツは能力者で、借金があって、闇の組織に利用されていたのか。

 

「俺は幽霊だから、あの子になにもしてやれない。ただ見る事しか出来ない。でも、君は違うだろ?」

 

ロイは俺にそう言って来た。

 

俺にどうしろというんだ?

俺は霊能力以外に隠された力なんか無い。

ただの霊が見える人間だ。

 

「悪いけど、俺はただの一般人だよ。勇者の血脈でも、神から授けられた武器も無い」

「あるじゃないか!君の、君だけの力が!」

 

ロイは俺を説得するように言う。

 

やめてくれ。

なんでどの幽霊も俺を放っておいてくれないんだ。

うんざりだ、何もかも。

 

「ミエイさん。さっき言ったこと、覚えてますか?」

 

天使が俺に言ってくる。

俺がこれからやろうとしていることを見透かすように、見通すかのように。

 

「頼む!君しかいないんだ!俺達の声を聞いてくれるのは!あの子を救ってやれるのは!どうかこの通り……!」

 

ロイは地面に頭を擦り付けて土下座をした。

幽霊なので地面に擦り付けても透けて顔がめり込んでいるが。

 

ああ、面倒くさい。

本当に面倒くさい。

 

だが……コイツの願いを断って祟られるのはごめんだからな、仕方がない。

 

ああ、やってやるよ。

 

「お前に少し頼みがある」

 

俺はロイにある頼み事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

****************************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い倉庫の中で、黒服の男達が一人の少女を囲っていた。

見るからにただの集会では無いことが分かる。

 

少女は陰鬱そうに彼等を見据えると彼女が先に口を開いた。

 

「次の仕事はなに?」

 

少女メアリーがそういうと黒服の男の一人がスマートフォンの画面を見せた。

 

「この男を始末してもらいたい。名はダイアン・ディノーリ。ディノーリ商会の社長で我々の提案を拒んだ。我々に逆らえばどうなるか見せしめにせねばならん」

「…この人はなにをしたの?」

 

彼女の表情はさらに陰った。

 

「お前は知る必要なぞ無いが……まぁいいだろう。ソイツは我々が売るよう言った商品を売らず、法に頼ろうとしている。派手にやってもらって構わない。二度と逆らえないようにな」

 

黒服の男が冷淡にいうと、メアリーはゆっくりと顔を俯かせ、ポツリと一言呟いた。

 

「もう……こんな仕事辞めさせてよッ……!もう人を呪うのは嫌なの!普通に働いて、普通にご飯を食べて、普通の恋をしたいの!!」

 

ポツリと呟いた言葉は次第に強くなり叫びへと変わる。

 

「人を何人も呪っておいて今さらなにを言っている?それにお前の借金はまだたんまりと残っているんだぞ?その力は、我々の為に使い続けろ」

 

黒服の男は彼女の願いを残酷に聞き入れなかった。

倉庫の中の灯りがチカチカと光ったり消えたりと繰り返していた。

 

「もう嫌だ……やっと好きな人が出来たのに……」

 

また自分は人を習い続けるのかと諦め掛けたその時、倉庫の中の灯りがフッと消えた。

 

「…なんだ?なぜ灯りが………」

 

光が消え、疑問に思った黒服達は辺りを警戒する。

 

「それに寒気が……」

 

黒服の一人が急激な寒気を感じた。

季節は寒くも暑くも無い春だ、だから急に寒くなることなど普通はありえない。

 

「誰だ!?そこにいるのは!?」

 

黒服の一人がメアリーと自分達以外に一人いることに気づく。

そこにいたのはボロボロの赤茶色の布を深々と被る正体不明の人間。

その容姿がさらに男達を不気味にさせた。

 

「貴様一体どうやってここが…!?」

 

黒服は疑問をぶつけたがフードを被った男は答えず、その場から動くことも無かった。

 

「見られたからには生かしてはおかない。ここで死んでもらう!」

 

黒服の一人がフード男に殺すべく、右足を踏み出そうとした。

 

だが、足が動かない。

何かに掴まれているような気がした。

なにか、冷たい手が黒服の足をきつく掴んでいるような……

 

「ア…ギィィィィィィィィィ!!!」

「うわァァァァァァァァァァァァ!?」

 

薄汚れた白い服を来た長髪の女が、彼の足を掴んでいた。

 

黒服は半狂乱で地面をジタバタと動き回る。

 

「おい!どうした!?」

 

異変に気づいた他の黒服が発狂している男に近寄る。

 

「おいしっかりしろ!いきなり何が……」

「お、お前……」

 

発狂している黒服は急に落ち着きを取り戻し、駆け寄った黒服の肩に人差し指で

 

「肩…」

「肩がどうした?」

「肩に…乗ってる手はなんだ……?」

 

正気を保っていた男は恐る恐る肩を見た。

錆びた機械のようにギチギチとゆっくりと肩を見た。

 

肩には、皮膚や髪が崩れ落ち、目玉が無い男の姿があった。

 

「ディ…アアアアアア……!」

「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

他の黒服も大人げの無い奇声を上げながら転げ回った。

 

「ビャアアアアアアアアアアアアアアアア!?なんで俺の腹に人間の首がァァァァァァァァァァァァ!?」

「ば化け物ォォォォォォ!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」

 

他にも黒服の男達は正気を失い、周りは混沌の釜鍋と化していた。

 

「なんだ…?なんなんだ一体…!?」

 

全員が発狂する中、ただ一人自体を受け入れられない正気を保った最後の黒服は当たりを見回す。

 

彼の目の前には、フードを被った男が立っていた。

 

「お、お前は一体なんなんだ…!?」

 

黒服は問い掛けるがフードの男は何も喋らない。ただ代わりに、右手を彼の目の前に突き出す。

 

「お前、あの女の子に借金を返させてるんだって?」

「アイツはすでに返済を終了させてる!俺達はそれを知らせずに利用してただけだよ!もう許してくれ!!」

 

黒服は目と鼻から水を垂らし、恐怖に顔を歪ませている。

 

「二度とあの女の子と関わるな。もし関わったら……」

「か、関わったら…?」

 

そう言った瞬間、男の右腕から大量の亡者の顔が映し出された。

 

「お前の魂を喰ってやろうかなァァァァ!!!」

「ヒ……ヒィィィィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

黒服達はその瞬間気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、こんな感じか。

 

俺は泡を吹いてピクピク痙攣している黒服の男達を見下ろしながら一呼吸置いた。

 

俺はなぜか急激に霊視の他に能力が使えるようになった。

霊視の解像度設定、シェア、そして新たに開花した能力……

 

それは霊障だ。

 

幽霊を人間に干渉させ、害を及ぼす能力。

過剰に使い過ぎれば、病気や死などの良くない物を引き起こす。

 

これは今までで一番強力で危険な力かもしれない。

使うなら慎重に使わなければ………

 

「人を驚かせるってこんなに最高だったんだなぁ!」

「あ、あたし、自分の髪に自信が無かったけどこれを機にもっともっと髪を伸ばそうかしら…!」

「なぁ見たかよアイツらの顔!ありゃあ傑作だったぜェ!」

 

やり終えた幽霊達は皆満足そうに話す。

これが原因で幽霊騒動が増えなければいいのだが。

 

「あ、あの………」

 

メアリーがおずおずと前に出てきた。

 

ほったらかしにしてしまったからか、何が起きたのか理解できなかったのか。

だとしたら少しかわいそうなことをしたかもしれんな。

 

「なんで助けてくれたの…?あなたわたしのことあんなに煙たがってたのに……」

 

自覚があるのならあんな誘い方はしないでほしい。

ムードというものがあるだろうが。

 

「まぁ、放っておこうとも思ったけど…俺の見える幽霊の一人がお前を助けてほしいっていうものだから仕方なく、だ。断じて俺から助けに行こうと言ったわけではない」

 

俺は念を押すように言った。

 

「もしかしたらお父さんがわたしのことをあなたに伝えたのかも……」

 

残念だが、お前を助けて欲しいって言ったのは見ず知らずのおっさん……

 

「良かった…!良かった……メアリー…!」

 

ううん?

 

「お前に借金を残して死んじまってすまない…!俺がもっとしっかりしてれば……!」

 

ううん……?

 

「ありがとうな、君!君のおかげで娘は借金地獄から解放された。もう思い残すことはない……」

 

そうか。

ロイはメアリーの父親だったのか。

だからこの男は彼女を過剰に心配し、霊の見える俺に頼み込んできた。

 

俺が考え事をしていると、彼の身体が薄くなっていた。

周りには穏やかな光で満たされ、彼の表情も朗らかになっていた。

 

幽霊が成仏する瞬間は何回か見たことがあるが、皆とても満足そうな表情をしながら天へと召されていった。

コイツも長年の未練が解消され、満足したのだろう。

 

「これからも、娘の事をよろしく頼む……」

 

そう言って、ロイは完全に消えた。

 

まったく、娘を助けさせただけじゃなく任せるとは………

 

「良かったな。晴れて借金は無くなったぞ」

 

俺はそう言って、倉庫から出ていった。

 

「惚れた……完全に惚れたわ………」

 

彼女が危険な瞳を俺に向けていたことはまったく知らなかった。

 

知らなかったんだ………彼女の執念深さを。

 

「開けてくださいよぉ〜〜〜何もしませんから〜〜〜ただあなたとわたしでチルドレンを作ってキセイジジツを作るだけですから〜〜〜〜!」

 

ドアノブをガチャガチャと回しながらメアリーは一日中ずっと俺の部屋の前にいた。

 

 

 

 

人助けなんて、自分からするものじゃない、つくづくそう思う。

 

 

俺は少しの自己満足と大いなる後悔を抱きながら、布団の中へと潜り続けた。

 



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第6話 ネイキッドキング

「嗚呼!ダンゲル様!どうしても行かれてしまうのですか!?」

「そうだ。民のためにも、私が引くという選択肢はない!」

 

豪華で煌びやかな装飾品を纏った美しいうら若き王女と、一本の剣と鎧を身に付けた黄金の髪の壮年の王が、城の中で別れの挨拶済ませようとしていた。

 

「相手は異世界から現れた大空を泳ぐ竜をも屠し巨大ザメ……貴方様たった一人ではとても……」

 

王女がそういうと王は口角を大きく曲げ、大いに笑った。

 

「私の異名を忘れたか?私はネイキッドキング……サメを心配した方がいいぞ!」

 

そう言ってマントをたなびかせ、巨大サメのいる地へと向かおうとするダンゲル。

 

「待って!ダンゲル様!」

 

彼のマントを掴み、行かないでと懇願する王女。

そんな王女にダンゲルは優しく笑いかける。

 

「必ず帰ってくる。今日はフカフレパーティーだ」

 

そう言ってダンゲルは白い歯をキラリと光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

「フハハハハハ!楽しいなぁ戦いは!!」

 

ダンゲルは高笑いを上げながら目の前の巨大なサメへと対峙する。

体長は50メートル以上の体躯を持ち、所々に傷があるところから、修羅場をくぐり抜けてきた歴戦のサメであることが分かる。

 

「フン、見た目だけは一丁前じゃねぇか!ガッカリさせんなよぉ〜?」

 

ダンゲルは三文芝居のような喋り方でサメへと向かっていく。

 

「オラッッッッ!!!」

 

彼は右手に持った剣を槍投げの感覚でサメへと投げる。

投擲された剣は見事サメの額のど真ん中へと突き刺さった。

 

「ッッッッッッッッ!?!?ッッッッ!!!」

 

サメは声にならない声を上げて身をよじらせた。

剣は深々と刺さり、身をよじっただけではとても取れそうにない。

 

怒り狂ったサメはダンゲルを食い殺さんと一心不乱に向かう。

 

大地はえぐれ、岩は粉砕、一度食らえばひとたまりもない巨大ザメの一撃。

 

それをチャンスと見たダンゲルは思い切り駆け出した。

彼は並の人間には到底出来ないような跳躍で一気にサメとの間合いを詰める。

 

剣の柄を右手で掴み、全身の筋肉の力を入れ、剣をサメの尾まで走らせた。

 

「フンヌアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

走らせるとともに、彼の後ろには斬られた事によってサメの血が壊れたスプリンクラーのように吹き出した。

 

やがて目から光が無くなり、力なく地上へとサメは落ちていった。

 

「ハアッ…ハアッ……へへ、どんなもんよ?」

 

倒したサメの頭の上にあぐらをかいて座ったダンゲルは、疲れながらも勝ち誇るように言った。

 

「クク……スカイシャークを倒しただけでそのザマとは……人間も堕ちたものよのう」

「!?誰だ!」

 

ダンゲルが振り返ると、そこにいたのは首から下は人間で頭にサメの被り物をした謎の男が立っていた。

 

「ヤツはサメ映画の中でも最弱……その程度で満足しているようでは、いずれ我々シャークリユニオンがこの地サンゼーユを支配するのも時間の問題だな……」

 

サメ男が言うと、ダンゲルはフラフラしながらも剣を突きつける。

 

「お前達の好きにはさせねぇ!この世界は…俺、サンゼーユ国の王である…ダンゲルが守る!」

 

ダンゲルは高らかに宣言した。

太陽は彼を照らし、風は彼のマントをたなびかせた。

その姿は一国の王であると誰もが分かる佇まいだ。

 

「さあかかって来るが良い!愚かな人間よ!!」

 

サメ男は肉体を肥大化させ、スカイシャークよりも巨大なサメへと変貌した。

 

ダンゲルは剣の柄を強く握りしめ、

 

「うおおおおおおおおお!!!!」

 

ダンゲルは雄叫びを上げながら駆け出した。

いつの日か、世界を救うと信じて……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****************************************

 

 

 

 

 

 

 

長い。

 

変な物語に時間を取らせるな。

この小説を見にきてくれた新規の人が困惑するだろう。

 

そしてここまで読んでちゃんと続きを読んでくれる君には作者も今頃感謝しているだろう。

 

さて、今の状況を説明しよう。

俺達は劇場へと来ていた。

劇場といっても映画館ではなく、舞台の方の劇場だ。

 

俺が来た時は街頭テレビやらタピオカやらハットグやらこちらの世界の文化が持ち込まれていたが完全に飲み込まれたわけではなく、その街の外観はそのままだった。

この世界の文化は死んでいない。

 

この地、サンゼーユは長い間ある一族が統治している。

そう、今出てきた王族だ。ダンゲルは先代の王で、今は彼の息子のディンゼルとやらが現役らしい。

 

さてここで君に質問だ。

 

君はこの劇をどう思った?

 

面白い?展開が熱い?

 

もし少しでも面白いと思ったのなら、もっと面白い劇や映画があると知っておいて欲しい。

 

そして頭の病院へ行こう。

 

「素晴らしい…!素晴らしいわ!」

 

彼女と共に。

 

メアリーが俺の隣で感極まったように言う。

 

「あ、うんそうだな」

 

俺は適当に言った。

なぜ俺達が劇場で、しかもカップル指定席で見ているかと言うと……

 

「開けて開けて開けて!どうして開けてくれないの!?私が嫌いなの!?私が好きすぎて逆に嫌いになっちゃったの!?でもわたしはそんなあなたも大好き!好き好き好き!だから開けて!!!」

 

俺がメアリーを助けた後、メアリーはずっと俺の跡をつけていた。

 

なぜ彼女は俺の部屋の前にずっといるのだろうか。

なぜ誰も止めないのだろうか。

 

「周りには誰も居ませんよ…?皆さんにはわたしの無性に外に出て散歩がしたくなる呪いを掛けましたから……」

 

なんだそのかなり限定された呪いは。

 

「あなたがお弁当をくれた時から、わたしはあなたに運命を感じました……ああ、間違いない!この人は運命の人だって!」

 

なぜ俺なのだろうか。

炊き出しのおじさんじゃダメなのだろうか。

 

「お願い、部屋から出て?今ならまだやり直せるから…!」

 

俺は母親を悲しませる引きこもりの息子か?

 

「お願いします!外に出て一緒にデートをしてください!なんでもします!あなたの望むことはなんでも!なんでもしますから!さあ!!」

 

じゃあ帰れ。

 

「お゛願゛い゛で゛す゛か゛ら゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 

藤原竜也風に言ってもダメだ。

 

「あ、あの……お話くらいは聞いてあげてもいいんじゃないですか……?」

 

突然天使が俺の前に現れる。

まったく、人の苦労も知らないで……

 

「いいか?こういった輩はな一度つけ上がると段々エスカレートしてくるんだよ。最悪無理心中なんてパターンになる可能性だってあるだろ」

「でも、メアリーさんずっとあなたの部屋の前であなたを待ってるんですよ?一度くらいはいいんじゃないでしょうか?」

 

と言われ、俺はしばし考えた。

 

たしかに、ずっと俺が相手をしなければ、ずっと俺を待っているかもしれないし、もしいなくなっても近くで張っている場合がある。

やはりここは一度相手をした方が良いのだろうか……

 

「分かったよ、今開けるよ」

 

俺はそう言って部屋の鍵の一つを外した。

俺の部屋は幸運にも鍵が二つある。

 

その瞬間ガチャン!!とまだ鍵のかかったドアの隙間から無理やり開けようとするメアリーと目があった。

 

「あっ…やっと開けてくれたぁ………」

 

やめろ、その不気味な笑顔とセリフは俺以外だったら確実に失禁するぞ。

 

「お前の執念深さには参った。本当に参った。見ろ、この目のクマを。お前が呪詛のように俺への愛を一日中唱えていたおかげで俺はめちゃくちゃになりそうだ」

「めちゃくちゃになればいいじゃないですか。狂った方が楽ですよ?」

 

コイツは倫理や道徳をお母さんのお腹の中に置いてきたらしい。

 

これ以上部屋の前にいられると本当に精神が崩壊しそうだ。

ここは一つ、懐柔策を出した方が良さそうだな。

 

「なぁメアリー、この後時間あるか?」

 

俺がなんの気なく言うと、メアリーは一瞬きょとんととぼけ、そのあと頬を一気に紅潮させた。

 

「まさか……!」

 

俺は一つ決意を固めるように呼吸を整える。

 

「––––デートに行こう」

 

俺は決意を込めて彼女に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とても面白かった!ネイキッドキングVSスカイシャーク〜シャークリユニオンの野望〜……とても良いタイトルね!」

 

タイトルうるさっ。

 

「内容はB級映画みたいだったけどな」

「特にスカイシャークが復活して海に潜った後ダンゲルが海パン姿になって銛を使って倒そうとしたシーンは最高!」

 

そういうわけで、俺はメアリーと劇場に来ていた。

 

彼女は楽しんでいたようだがその時俺は一体何を見せられているんだと混乱していたな。

 

それに、俺は映画や劇といったものは好きではない。

いや、好きだったっと言うべきか。

 

俺が子供の頃、大好きな人気ヒーローの映画が上映すると言うことで、ウキウキ気分で映画のチケットを購入し、ベストな座席で映画を見ようとした。

だが、評判が良いものは大勢の人間が観に来るものだ。

生身の人間ならざるものも。

 

…そう、幽霊だ。奴らはチケットなど買う必要がないため、いつでも観たい時に観にくる。

だから館内はぎゅうぎゅう詰めで、クラブのパーティーと言っても差し支えないような密集地帯だった。

 

知らないおっさんの背中を観ながら映画を観なければいけない気持ちが分かるか?

 

そんな状態で観れる訳もなく、俺は映画館が嫌いになってしまった。

今日見にきた劇も例外ではなく、内容は明らかなB級映画なのに、劇場内は人と幽霊のギチギチの密着状態だった。

 

あの手の映画を作ったヤツは絶対俺達と同じ世界からやってきたサメ映画好きの人間だろう。

 

「次は何をする?何処に行く?ナニをする?近くに休憩所があるから寄っていきます?」

 

積極的過ぎだろ。

 

お誘いは後ろ向きに検討して断っておくが、今日はデートをするためだけに来たわけではない。

 

もう一つの理由、それは……武器調達。

 

俺は皆と出遅れて武器を買っていなかった。

今頃彼等はモンスターの討伐依頼を受けて一生懸命働いている事だろう。

 

正直言って俺が魔王討伐なんて出来ると考えていないし、やるつもりもないが冒険者として登録した以上、モンスターを狩って日銭を稼がなければ明日はない。

 

女神からスマートフォンに金は送金されているがそれが尽きるのも時間の問題だ。

スマホの中には20万ジールという単位のこの世界の金が入っていたが、このままニート生活を続けていればいずれ金が尽きる。

 

「次は武具屋だ。冒険者なのに武器を持っていないのはさすがにまずいからな」

「あなた武器必要あります?あんなに凄い能力があるのに……」

 

メアリーはなぜか分からない、と言った表情で聞いてくる。

たしかに俺の能力も力はついてきているが、幽霊を怖がらない奴に当たったら一発で終了だからだ。

 

せめて剣の一本でも持っておかないと不安になってくる。

 

数分歩くと、目的地にたどり着いた。

『リーサル・ウェポン』と書かれた看板が見える。

名前からしてとても良い武器がありそうだ。

店主は刑事だろうか。

 

カランコロンと心地の良い音が聞こえた。

一瞬カフェに間違って入ったかとも思ったが、中に入ると様々な武器が展示されていた。

 

ふふ……いいなこういう場所は。

男心が燃え上がりそうだ。

剣、盾、鎧、刀、弓、数え上げればキリがない程の豊富な武器がそこかしこにあった。

 

見ているだけで小一時間は軽く過ぎてしまいそうだ。

 

「よぉらっしゃいらっしゃい!お客さん新人冒険者かい?」

 

俺が武器を見ていると褐色肌で顎に髭を生やした気のいいおじさんが俺に話しかけてきた。

 

「ああ、武器を探してるんだ」

「ならおすすめがあるぜ兄ちゃん!コイツは魔力がたっぷり詰まったマナタイトっつー石で丁寧に研いだ芸術品だ!ああコイツにならケツを掘られてもいいぜ!」

 

そう言って俺に一振りの剣を持って笑顔で俺に宣伝してきた。

掴みやすい柄、豪華な装飾、透き通るような銀色の刃、見ていると俺の顔がイケメンに見えるくらい輝いていた。

 

「へぇ……いくらするんだ?」

「60万ジールだ!こんなに破格なのはウチくらいなもんよ!よく喋るブス女のアソコより安いぞ!」

 

た、高い!

あとさっきから例えが汚すぎる。

 

俺の残金は20万ジール、明らかに足りない。

値下げ交渉をすれば買えるだろうか。

 

「あぁ、何盟友?お金がない?そりゃあトゥーバッドだぜ。

そんな盟友に合う武器は……これなんてどうだい?」

 

俺の金がない状況をどうやって判断したのか店主さんは俺に代わりの武器を持ってきた。

まぁ、しょうがないか。

人生は妥協だと、つくづくそう思う。

 

店主さんが見せてきたのは、錆に錆びまくり、抜刀できないのではないかと思わせるくらい朽ち果てた剣だった。

 

「妥協するにも程度ってもんがあるだろ」

 

俺はつい、うっかり突っ込んでしまった。

だが店主はいやいやと首を横に振った。

 

「この剣はな……かの有名なダンゲル国王が使っていたと噂される伝説の剣さ!こんな見た目のせいで誰も信じちゃくれねぇけど、俺の親父がどうやってか極秘ルートで手に入れたんだよ!」

 

嘘くさい。

こんなものが伝説の王の武器だと?

まったく馬鹿馬鹿しい。

 

「なぁアンタ……」

「ん?」

 

不意に俺は声をかけられた。

宙に浮いていることから幽霊だろう。

男の幽霊が俺にこそこそと内緒話のように語りかける。

 

「ソイツ適当な事言うから信じない方がいいぞ」

 

幽霊もコイツに呆れているのか。

もう別の店にしようかな………

 

俺がそう思って別の武器を見ようとしたその時、

 

「ハァ……コイツモカ………」

 

ふと、誰かの声がした。

店主でもメアリーでも今の幽霊でもない、別の男の声だ。

酷く淀んで覇気がない、聞いていてこっちが滅入るような、そんな男の声だった。

 

「やっぱりいらねぇか。まぁそうだよな。俺もこんなガラクタいらねぇから素人あんちゃんに売り付けようと思ったけどダメか……」

 

やっぱりガラクタだと思ってたんじゃねえか。

客をナメるな。

 

俺が内心地味にイラッとした、その時だった。

 

「いい……!これがいいわ!これにしましょうカナデさん!」

 

なぜかメアリーは朽ち果てた剣を御所望した。

 

彼女は瞳を怪しい赤色に染めながら、これがいいこれがいいと言い続けた。

一体何を根拠に………

 

「おお、姉ちゃんこの武器の良さを分かってくれるのか!いやぁ実はこの武器は聖剣エクスカリバー」

 

黙れ。

お前の言葉には絶対に騙されんからな。

 

「カナデさん、この剣……呪いが掛けられています」

 

とメアリーが気になるような事を言った。

 

「呪いだって?」

「そう。しかも上級の呪いね。だからこの剣は錆びて今にも朽ち果てそうなの。私なら解除出来るかもしれない……」

 

とメアリーが真剣そうな表情で言った。

 

彼女は呪いに関してはエキスパートだ。

だから呪いにも詳しい。

もしかしたら、掘り出し物の可能性もある。

 

一か八かで賭けてみるのも一興か。

 

「なぁ、この剣はいくらだ?」

「あぁ?そんなもんウンコだウンコタダでい……えっ!?買ってくれんのか!?」

 

今ウンコって言ったよな。

 

「まぁそうだな……1万ジールでどうだい?」

 

こ、コイツ……さっきまでめちゃくちゃ罵倒してたくせに金だけは取ろうとしてやがる……まぁ、周りの武器に比べたら格段に安いほうか………

 

「分かった、それで良いよ。買わせてくれ」

「いやぁお目が高いな兄弟!アンタならその価値が分かるって信じてくれたよ!」

 

お前の武具屋には絶対来ないからな。

あとだんだん呼び名がグレードアップしてないか?

 

 

 

こうして、俺達は今日のデートを終わらせて、各自の家へと戻っていった。

 

今日は疲れた。

明日だ、明日ギルドに行ってクエストを受けよう。

 

外を見ると空は夕暮れ。

太陽が既に沈みかけ、夜の顔を見せる寸前だった。

 

「はたしてこんな剣が伝説の剣なのか……?」

 

俺は疑問に思いながらも錆びた刀身を見る。

鞘から抜くのにも一苦労した剣は風化を重ね、とても剣とは言えない見た目になっていた。

 

「それにここ見てください……呪詛が貼られてあります」

 

確かに、メアリーが言ったところには謎の言語が書かれておおっと?

 

––––いたのか。

 

各自の家に帰ったと思ったら俺の部屋にいつのまにかヌルッと俺の部屋に入っていた。

合鍵とか普通に作ってたらどうしようかと、俺は戦慄する。

 

「この剣の持ち主、どうしてここまでするのかってくらい呪いを何重にも掛けているわ。この呪術師は相当心が病んでいたみたいね……」

 

多分その呪術師とやらは絶対にお前にだけは言われたくないと思うぞ。

 

「闇の精霊よ、呪われし命よ……此の朽ち果てた剣の呪縛を解きたまえ…!」

 

メアリーは剣に手をかざし、何やら呪文を唱え始めた。

すると、剣から暗い紫色の光が溢れ出し、部屋中は剣呑な雰囲気に包まれた。

剣はガタガタと震え、内から何か邪悪なものが飛び出しているように見えた。

ドクロのような物や悪魔のような顔など、徐々に封印が解かれているように見える。

 

俺は幽霊が見えるが、幽霊以外のものもたまに見えることがあるのだ。

明らかに人とは思えない物や、その土地の神など、幽霊とはちょっと違う別の存在。

今回の場合もそれに該当するような類の物だった。

 

「あっ、もうちょっと!もうちょっとで解けるわ!」

 

メアリーは嬉しそうに言った。

呪いを解いている彼女の姿は、いつもの倫理観ゆるキャラくんみたいな姿は無く、一人前の呪術師のようだ。

彼女の横顔は危険な雰囲気を孕みながらも、とても綺麗に見えた。

 

「もう少し……!ハアァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

メアリーが渾身の気合を入れた瞬間、錆びて朽ち果てた剣は徐々にヒビが入り、やがて爆発するかのように、光が放たれた。

 

閃光手榴弾のような眩い光で圧倒されながらも、俺とメアリーは呪いを解き終わった剣を見た。

 

その剣は、今まで見たどんな刀身よりも白く、見た者全てを浄化してしまうような、この世のものとは思えない、芸術品のような代物だった。

 

「凄い…綺麗……」

 

メアリーはうっとりするように観察する。

俺も彼女と同じ感想しか出ないくらい、魅了されていた。

これは……本当にいい買い物をしたかもしれないな。

 

「ふあぁ〜………やっと出られたぜ………」

 

俺達が剣だけを凝視していると、何やら近くから誰かの声がした。

さっき聞いた同じ声。

だがくぐもってなく、そして聞いていて不快にならない声の主に、俺は後ろを振り向いた。

 

「よお、よくぞ封印を解いてくれた。俺はサンゼーユ国の前王、ダンゲル・サンゼーユだ」

 

そこにいたのは自らを王と名乗る布一枚纏っていない、全裸のおっさんだった。

 



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第7話 裸の王様は助けたい

幽霊にも、色んな趣味嗜好を持った者がいる。

風呂場を覗いたり、人の食べてる物に唾を入れて興奮したりなど、見えないからなんでもやっていいという奴もたまにいる。

 

幽霊は悪い奴ばかりではないが、変わった奴もいるということだ。

 

少し、昔話でもしようか。

 

俺は小学5年生の頃、初恋の女性がいた。

彼女の名前は宮元今日子(みやもときょうこ)さん、俺の6歳年上で、町の人気者だった。

彼女は黒髪のロングヘアーをいつもたなびかせ、顔がよく整っており、制服が良く似合う女性だった。

 

俺は少しでもお近づきになりたくて彼女に話しかけてみた。

 

「お、俺……御影奏って言います!こんにちは!」

 

この時の俺はとてもシャイだった。

女の子一人に話しかけるだけで顔は赤面し、全身から熱が吹き出るような、そんな少年だった。

 

「こんにちは奏くん。わたしになにかようかしら?」

 

そんな俺にも優しく微笑みかけてくれる今日子さんは、俺の人生初めての初恋の人だった。

 

…だが俺と彼女には、一つの巨大な壁があった。

 

「おいカナデ!誰と話してんだ?」

 

クラスメイトの一人が、俺にそう聞いてきた。

 

「えっ…?」

 

俺は彼女を見た。

彼女は少しだけ悲哀の表情で微笑みかける。

俺は彼女の手を掴もうと右手を伸ばした。

だが彼女の手は俺の手と触れることなく、すり抜ける。

 

彼女は、幽霊だった。

 

彼女は若くして不治の病で亡くなり、母校にふらふらと寄っては俺達の事を見ているのだと言う。

 

「幻滅したよね……わたしが幽霊だったなんて」

 

今日子さんは笑う演技をした。

口元は口角が上がっているが目だけは笑っておらず、悲しみの色を深く、染み込ませていた。

それが分からないほど、俺は子供でもなかった。

小学生だったがな。

 

「俺、大丈夫です!今日子さんが幽霊でも……今日子さんのこと……だ、大好きですから!」

 

俺はそれでも構わないと思った。

その時、愛に限界なんて無いし、あっても乗り越えられる……そんな風にさえ思っていた。

 

俺はそんなクサいセリフを大きな声で言った。

今思えば青かった。

 

「そっか……ありがとうね?」

 

だけど、今日子さんはそんな俺の言葉を笑わずにちゃんと聞いてくれた。

俺の想いが彼女に届いた、最高の日だった。

 

俺と今日子さんが話をする回数も増えていった。

朝昼晩、時間がある時はいつでも話した。

好きな食べ物、趣味、映画、本、ありとあらゆる事を語った。

 

「わたしはね、先生になりたかったんだ」

 

彼女は子供が好きで、将来は小学校の教師になりたいと言っていた。

だから小学校に通って俺達のことを見ていたのだ。

俺には夢がなんなのかまだ分かっていなかったから、なんとなくでしか彼女を褒めることができなかった。

 

「いつか君にも夢が出来るよ。その時は、わたしに聞かせてね?」

 

と言ってくれた。

 

俺は今日子さんの雰囲気が好きだった。

優しくて、一緒にいて身体の奥から心があったまってくるような、彼女といるとそんなロマンス的な事を感じた。

 

だが、今日子さんも完璧では無いということをある日思い知ることとなった。

 

俺が学校から帰っている時、40代くらいの男の幽霊が俺と目があった。

男はなぜか気まずそうに、視線を合わせないようにしていたが、どうしても気になった俺は問い詰めることにした。

 

「人の顔ジロジロ見て何か用ですか?」

 

俺がそう言うと幽霊は参った、とでも言うように肩を下ろし、俺はと身体を向けた。

 

「君、あの子のことが好きなんだろう?」

 

あの子、とはもしかして今日子さんのことだろうか。

 

「君、あの子と付き合うのはもうやめなさい」

 

男は説得するかのように言った。

いきなり現れて恋人をやめろだと?

まさかコイツも今日子さんのことを………

 

「僕も綺麗な子だな、とは思ったよ。でも、完璧な人間などこの世には居ない。幽霊だって同じさ。誰にでも欠点や知りたくないような事だってある」

 

と思っていたがそんなことはお見通し、とばかりに幽霊は俺の顔を見た。

 

何が言いたいんだこの男は。

 

俺は今日子さんのことを信じているが、なぜか動悸が止まらなかった。

 

「夜の7時、この町の近くにある梨墓尾怨塾に行ってくるといい……そしたら、全部分かるから………」

 

男はそう言って俺の前から消えていった。

今思えば、あれリボーン塾って名前だったのか。

子供に読ませる気が微塵も感じさせんな。

 

なにはともあれ、あの男の言葉の意味が気になった俺は、男の言っていた塾へと足を運んだ。

夜なのに内から余裕で漏れ出るくらい明るい蛍光灯が暗い夜道を照らしていた。

 

俺はそこで少し待ってみたが、彼女の姿は無い。

というよりも昼も夜も俺の目には人間や幽霊がごっちゃになって見えているので、人を探すのには苦労する。

 

もう30分近くは待っただろうか。

今日子さんが一向に現れないことに業を煮やしたと同時に、安心しながら俺はその場を立ち去ろうとした。

 

その時、塾から一人の少年が出てきた。

年齢は俺と同じくらいの小学生で、眼鏡を掛けた男の子は偏見かもしれないがとても賢そうに見えた。

 

「あぁたまらないわ……美味しそうなショタがこんな時間にいるなんて……誰かに襲われでもしたらどうするの……?」

 

近くから女の声がした。

なんと、少年の前でスカートを見せながらあられもない格好をしていた。

なんて卑劣な女だ……自分の性欲の発散のためだけに無知な少年を利用して。

 

しかしなんだ、気色の悪い声と同時にどこか聞いたことのある声だな。

それにはぁはぁ言いながら不気味な笑い声を出して、一体どんな不審者なんだ?

 

「ふふふ…!こんないたいけな少年を路地に連れ込んでめちゃくちゃにしてやりたい……!」

 

これ以上はまずいと判断した俺は少年と痴女の元に駆け出した。

そこまでだ性犯罪者。

大人しくお縄につけ。

 

俺が女の正体を見破ろうとした。

 

見破ろうと、した…………

 

「えっ?」

 

ふりかえった女は、今日子さんだった。

端正な顔立ち、美しい黒髪、スラっとした制服姿……それはまちがいなく彼女だった。

 

「えっ、今日子さん…?なんで…………」

 

俺は言葉を失い、どう対応すればいいか分からなかった。

 

「あっ奏くん……これは違うの…!これには訳があるの……」

 

今日子さんは必死に取り繕うとしたが、俺は憧れの、初恋の女の人が超の付くほどの淫乱ド変態ショタコンだという事実を認めることは出来ず、俺は………

 

「う…うわァァァァァァァァァァッ!!!!!」

 

俺は堪らず走り出した。

 

「あっ待って!奏くん!」

 

彼女が引き留める声がしたが、俺は聞かずに走り続けた。

認めたくなかった。

今日子さんが変態だったなんて。

男の子を見ながら舌舐めずりをしてスカートを自分でめくり、下着を見せて興奮する変態だったなんて。

 

その日から俺は、彼女と二度と会うことは無かった。

 

俺は人を見る目が無いらしい。

彼女の裏の顔を見抜けなかった俺が悪かったのか、彼女の趣味を受け入れられなかった俺が悪かったのか……ふと、考えてしまう時がある。

 

忘れようとしても一生俺の後ろについてくる。

 

それからは俺からも彼女からも、どちらからも歩み寄ることなく月日は流れ、今に至る。

 

「いやぁ〜封印を解いてくれて本当に助かったぜ。剣の中にいるのは退屈でな。なんと礼を言えばいいか」

 

俺の前に立派なモノを見せびらかすようにブラブラと理由もなく動かす。

 

なぜこんな辛気臭い話をしたのかというと、今俺の前には全裸の男が立ちはだかっていた。

 

世の中にはとんでもない趣味や性癖を隠し持っている人間もいるもので、それを否定するつもりはない。生まれ持ったものであるかもしれないし、生きているうちに何かに感銘を受けたからかもしれない。

 

だが、人に迷惑をかけることはしないでほしい。

なぜ筋肉モリモリマッチョマンの変態が俺の借りてる部屋の中にいるのだろうか。

ここは普通の宿屋であってボディービルダーの大会ではない。

 

「…?どうしたのカナデ?そこに誰かいるのかしら?」

 

メアリーがあたりをキョロキョロしながら言う。

見えていないということは、つまり彼は幽霊だということだ。

 

まぁ、見えなくてよかったのかもしれない。

いきなり現れたのは巨大なイチモツをぶら下げた良いおっさんだったのだから。

 

「見え過ぎるっていうのは良いこととは限らないということを改めて知ったよ」

「…?」

 

俺はメアリーに羨望の眼差しを向ける。

その意図に疑問を浮かべながら部屋のあちこちを見始めた。

 

「んだよその嬢ちゃん俺のこと見えてないのかよ!」

 

全裸の男はとても残念そうに言った。

何残念がってんだお前……それ普通に犯罪だからな?

もし見えてたらどうするんだ。

即お縄だぞ。

 

「もう俺のことは知っているとは思うが……改めて自己紹介しておこう!」

 

知りません。

 

「俺の名はダンゲル!サンゼーユ国の前王で、どんな敵もこの拳一つで打ち滅ぼしてきた!」

 

知りません。

 

「おい、なんだせっかく俺が自己紹介してるっていうのに。お前、俺のこと見えてんだろ?」

 

知りません。

見えてません。

 

「なにシカトしてんだ!?オオ!?人が話しかけてるのに無視するなんて人として最低の行為だぞ!」

 

その前に服を着るという人としてのルールを守ってもらいたい。

 

なぜ、彼は裸なのだろうか。

なぜ、俺は変な人間、幽霊に遭遇しやすいのか。

俺は頭を抱えて苦悩した。

 

「でも何かいる気配はあるわね……ねぇカナデ、わたしにも見えるようにできない?」

「やめておけ、世の中には見なくて良いモノだってあるんだ」

「なんだと!?俺のこの筋肉を見てもまだ言うか!ほら見ろ!この逞しい上腕二頭筋を!」

 

うるさいやかましいうっとうしい。

 

だがこのままにしておくともっとウザくなりそうだ。話だけ聞いて本物の除霊師に追い払ってもらおう。

 

「分かった、だがまずは服を着ろ。話はそれからだ」

 

俺がそう言うとダンゲルと名乗る変態は渋々服を着始めた。

 

だが奴が着たのは、青の半ズボンのみだった。

 

「ほらよこれでいいか?」

「いいわけねぇだろ」

 

服着ろっていってんだろ。

そこまでして見せつけたいのか。

 

なぜか幽霊は自在に服を変えることが出来る。

見た服をそっくりにして着てみたりなど、俺でも分からないことがある。

念のため言っておくが俺はただ霊が見えるだけで、霊媒師でもエクソシストでも寺生まれのTさんでも無いただの人間だ。

 

俺が今まで生きてきた16年の中でも分からない事はある。

 

だからご都合主義だとか設定がふわっとしてるとかは言ったりするな。

 

言われて傷つくのは俺ではなく作者なのだからな。

 

さて、聞いていても面白くない話はやめにして、目の前の問題を片づけるべきだな。

 

「あの、わたしにも見せてくれない?どんな人か見てみたいわ」

 

コイツもコイツでなかなか引き下がらないな。

 

「分かったよ。……破ァッ!」

 

と、俺が右手を突き出し、腹から声と雰囲気を出して彼女にシェアリングをした。

 

「……なにしてんだお前?」

 

ダンゲルは俺を哀れむような目で見た。

まさか筋肉の化け物に哀れまれる日がくるとは……一生の不覚だな。

 

「いや、ちょっとやりたかっただけだ。もう二度としない」

「なにをしているのですかカナデさん……」

 

天使にまでヤバイ奴を見るまで言われた。

もう絶対二度としない。

 

「まぁ、そういうことをやりたい年頃ですものね。むしろ当たり前のことですから大丈夫だから、元気出して?」

 

メアリーにまで言われるとは……あと違う。

思春期だとか厨二病とかじゃなくて、なんとなくやりたかっただけだから俺を慰めるのはやめろ。

 

「えっ……ちょっと待って。この人……」

 

メアリーが口元を手で押さえながら声を震わせて言った。

 

「なんだ、知ってるのか?」

「知っているもなにも!この人、さっき劇場で見たあのダンゲルだわ!なんでこんな所に!?」

 

メアリーは涙を流しながら感動していた。

 

なんでここにいるのかという言葉には凄く意見が一致したが劇場で見たが本当にコイツはダンゲルなのか?

 

「す、凄い……握手してもいいですか!?」

 

とメアリーはおずおずとダンゲルに歩み寄る。

するとダンゲルはそのことに気を良くしたのかニカっと笑い、

 

「おお、お前俺のファンなのか!いいぜ!ファンサービスは気前良くしないとな!」

 

そう言ってダンゲルは右手を差し出す。

だがお忘れでは無いだろうか。

奴は幽霊、握手をすることはできない。

 

「「あっ…」」

 

お互い気まずそうに差し出した手をしまった。

少しだけ気の毒に思えてきたな。

 

「これで見えるようになっただろ。それで、お前なんで封印されてたんだ?」

 

俺は話題を逸らすように、避けるように変えた。

すると「おおそうだった」とダンゲルはうなずく。

 

「俺には、どうしても雪辱を晴らしたい奴がいる。ソイツに勝つまで、成仏できねぇんだ」

 

ダンゲルは悔しそうに言う。

俺には戦いの経験なんて無いし、歴戦の戦士の見抜く力なんて無いが…素人目から見てもこの男はいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたことが分かった。

 

先程見たあの筋肉も、見せるためではなく戦うために鍛えられた身体なのだろう。

 

そんな奴を打ち倒すとはいったいどんな奴なんだ……

 

「俺の魂は解放されたが、肉体は戻らないままだ。おそらくその剣に俺の身体がまだ封印されている。そんな気がするんだ」

 

ダンゲルは剣を恨めしそうに見ながら言う。

 

「おかしいわね……掛けられている呪いは全部解除したはず。わたしですら気づかない、それも解除できない呪いを掛けるなんて……」

 

メアリーは自分の腕にかなりの自信があったのだろう、全て解いたと思ったはずの物にまだ呪いが残っていた事実にショックを受けていた。

 

「やっとその忌々しい剣から解放されたんだ、なんも問題ないって」

「でも身体はその中に残ったままなのでしょう?わたしの実力不足のせいで……」

 

そこまで言ったメアリーにダンゲルは「それは違う」と真面目な顔で彼女の言葉を遮った。

 

「君は、結果的に私の魂を解放してくれた。身体の事は、後で考えればいい。今は君のしてくれた事だけで十分だ」

 

さっきのふざけた態度とは違い、一端の上流階級の人間のような振る舞いでメアリーに微笑み掛けた。

側から見ればそれは、誰だお前と言いたくなるような、とても違和感のある光景だった。

 

「ダンゲルさん…」

 

メアリーは頬をポッと控えめに赤く染め上げた。

もうここで俺からこのノンファッションモンスターに鞍替えしてくれればいいのだが。

 

「ああ、いけない!もう少しで恋に落ちるところだったわ!でもわたしには夫がいるの……だからごめんなさい」

 

チラチラと照れながら俺の事を見るメアリー。

 

誰が夫だ。

お前みたいなちょろいヤンデレと結婚した覚えはない。

そして見てみろ、別に告白してもいないのに断れたみたいなダンゲルの困惑の表情を。

俺が奴の立場だったら確実にビンタしてやるところだ。

 

「お前も大変だな……」

 

ダンゲルは可哀想なものを見る目で俺に言った。

 

やめろ、慰めるんじゃあない。

余計惨めに感じるだろ。

 

「あの、カナデさん……」

 

と、天使が申し訳無さそうに耳打ちしてきた。

 

「そろそろクエストを受けた方がいいと思います。同僚に聞いたんですが皆さんすでにクエストを受けたり、他の街に行ったりしているそうです」

 

俺は天使にさりげなくクエストを受けるよう急かされた。

そして何より驚いたのは、天使なのに同じ仲間のことを同僚と言うんだな。

 

たしかにアイツの言うことにも一理、いや百理ある。

俺の手持ちは残り17万ジール、このまま働きもせずに宿に泊まり続ければやがて金は尽き、追い出されること間違いナシだ。

 

「申し訳ないが、俺は今金がない。だからギルドに行ってクエストを受けてこようと思う。だからお前の身体の事は後回しだ」

「クエストか……俺もついて行っていいか?俺は様々な人間の手に転々と回ってきたが、ここ最近はずっと武具屋に居て暇だったんだ」

 

ダンゲルも行くつもりらしい。

まぁ幽霊だし、居ても居なくても同じだろう。

 

「わたしも行くわ。夫婦の共同作業というのも一度はやらなくちゃいけないし……!」

 

夫婦じゃないぞ。

というか戦えるのか?

 

俺の心配を感じ取ったのかメアリーは人差し指を俺に押し当て、

 

「心配には及ばないわ。わたし、これでも結構強いのよ?」

 

と割とフラグ的な事を言った。

そういうこと言われると後が怖いんだが。

 

「それじゃあ、クエスト行きますか」

 

俺達は日銭を稼ぐため、冒険者ギルドへと向かった。

 

だが、後に俺はギルドに行ったことを深く後悔することになる。

それを俺達は、主に俺はまだ知らない。

 



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第8話 裸の王様は助けたい②

 

「クエストが……ない?」

 

俺達はギルドに来て即、頭を抱えた。

あんなに意気込んでいたというのに……クエスト、つまり依頼が無い。

なぜだ、前は掲示板を覆い尽くすくらいあっただろう……今は閑古鳥が鳴いていそうなくらいほとんどない。

 

「もしかして…クエストを受けに来たのですか?」

 

暇そうにしてた受付嬢がおずおずと話しかけてきた。

 

「なんでこんなにもクエストが無いんですか?前はあんなにあったのに!」

 

俺は抗議するように言った。

この調子ではただの霊能力者からホームレス霊能力者になってしまう。

 

それはマズイ。

非常にマズイ。

 

ただでさえ異世界に送られ、帰る手段は見つからず、おまけに金が尽きてホームレスにでもなったら確実にこの地に骨をうずめることになる。しかも餓死で。

 

何か、何でもいい。

俺達に金を稼がせてくれ……!

 

「あ、あのもしお金が尽きて行く当てがないならわたしの家に来ても……」

 

メアリーがまたもやもじもじしながら言ってきた。

普段ヤバい発言と行動で俺をドン引かせてるくせになぜこういう時だけ恥ずかしがるのだろうか。

順序がバラバラである。

 

そしてこうなる可能性もあるからいやなんだ。

もし俺が「えっいいの!?やったぁ!」(これはイメージです)なんて言ってのこのこついていったら確実に喰われる。

尊厳を捨ててまでコイツの家には行きたくない。

人間、捨てて良い物と悪い物がある。

 

「気持ちだけで十分だ」

 

俺がそう言うとメアリーは「素晴らしい精神だわ!」と言って感激していた。

恋は盲目というが、ここまでくるとアホの領域だな。

 

「実は……貴方と一緒にいた若い期待の新人冒険者さん達が次々と依頼を引き受けてしまって……ほとんど残っていないんですよ」

 

受付嬢が申し訳なさそうに言ってくる。

その期待の新人冒険者達に俺は入っていたのだろうかと疑問に思ったがすぐに考えるのをやめた。

 

クソ!アイツらめ!

物には限度というものがあるだろう!

次に会ったら幽霊の奴らに一緒に添い寝させて金縛りにさせるよう頼んでおこう。

 

だがどうしたものか……依頼はほとんどない、そして依頼を受けるのは初めて。

どうすればいい、どうすればいい?

 

「なぁ、依頼が無かったなら依頼を募集すればいいんじゃないか?」

「依頼を募集…?」

と、不意にダンゲルが俺の身体と一体化するという謎の遊びをしながら言ってきた。

まるでパンが無ければお菓子を食べればいいのよ、みたいな事を言ってきた。

そして次に俺の身体でそんなことしたらエクソシストを呼んで追い払ってもらうからな。

 

「あぁ!その方法もありますね!依頼が少なかった時にたまに募集するパーティの方々を見かけますが、それなりに依頼をされる方が多いんですよ。一度ご検討されてみては?」

 

俺とダンゲルが話していた事を聞いた受付嬢が提案した。

そもそも受付嬢にはダンゲルの姿は見えないので、結果的には俺が独り言を喋っていたのを聞いていたということになる。

 

なるほど、その手もあるか。

 

背に腹は代えられない、依頼が来るかどうか分からないが早速募集の紙を書いて出しておこう。

 

俺はできるだけ丁寧に文字を書き、自分達のアピールポイントを書き出した。

幽霊が見える能力を持っているので霊に関する相談を受け付けること、優秀な呪術師がいて占いが出来たりすることなど、他とは違うと強調させるように書き掲示板に張り出した。

 

「さすがに一人は来るだろう」

「そうね、優秀な霊能力者と呪術師が二人もいるんだもの!軽く数十人は押し寄せるはずよ!」

「そうだそうだ!この嬢ちゃんは俺の呪いを解いたんだからな!」

 

俺達は謎の安心感を覚えていた。

さすがに誰かは来るという、根拠のない安心感があった。

 

 

 

そして…待つこと一時間。

 

 

 

「「誰も来ない……」」

 

俺とメアリーが息ぴったりに呟いた。

依頼募集の紙を掲示板に貼って近くのテーブルに座って約一時間が経つが、誰一人として来ない。

ギルドの中はそれなりに人がいるのに、誰一人として来ない。

どうなっているんだ、人間、一つくらい悩みがあるだろう。

それを解決することが出来るのに、いいのか?今お前らは損をしているぞ?

 

ああ、ダメだ。

マイナスなイメージしか湧いて来ない。

考えるな、嫌な事を考えるな。

 

もうこの際どんな地雷を持った人間でもいい、金になる仕事をくれ!

 

「あっ!ねぇねぇキミ達!依頼募集の紙を見て来たんだけどここで合ってるかな?」

 

絶望しかけていた俺達の前に現れたのは、茶髪の短い髪の女性だった。

年は俺達よりも同じか、少し上で見た目は女冒険者のような軽装、腰にナイフをぶら下げていて胸やら太ももやら色々と見えそうな危険な格好だった。

 

「あっあたしの事はアイバって呼んで!悩み事があって困ってたんだけどその時ちょうど掲示板見かけてさー!君達がここにいたから声をかけて見たんだ!」

 

そう言ってアイバはケラケラと笑う。

なんだ、ちゃんとした人じゃないか。

これなら依頼もそこまで大変なものではないだろう。

 

「そうなんですか。ちょうど俺達も依頼を待ってたんですよ。それで、何か悩み事があるそうですね?どうぞお話ください」

 

俺が出来るだけ失礼のないように聞くと、アイバは「いやぁ悪いね!」と言って俺達の前に座った。

そして俺の隣にはさも当然かのように肌と肌が触れ合う距離にメアリーが座っていた。

文句の一つでも言ってやろうと思ったが大切な依頼人一号の手前、そんな事は出来なかった。

 

「仲良さそうだね君達〜!」

 

不意にそんな事を言われて俺は曖昧に愛想笑いでその場を切り抜けようとした。

だがメアリーは「クフフ」と謎の笑いで俺の顔をチラリと見ると、

 

「そうなんですよ。私達、既に愛の契りを交わしていまして、この場では言えないようなことも………」

「そんな事は断じてしていない。妄想と現実を混ぜるんじゃない」

 

俺達がそんなやりとりをしているとアイバは「ハハハ!」と笑いながら俺達を見ていた。

できれば早いとこ依頼を言ってて欲しいのだが……

 

「そうだ!君達悩み事相談してくれるんでしょ?実はあたし悩み事があってさ〜」

「悩み事というのは?」

 

俺が聞くとアイバはニコニコ笑顔から一転、瞬時に表情が無に還った。

 

「実は死のうと思ってて………」

「えぇ……?」

 

 

 

俺達の初めての依頼人は………とんでもない地雷でした。

 



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第9話 裸の王様は助けたい③

ちょこちょこ読んでくれてる人がいて嬉しいです。


いきなり重い。

なんなんだ、さっきとはまるで雰囲気が違うじゃないか。

情緒不安定にも程があるだろ。

 

「…詳しく聞いても良いですか?」

 

俺は慎重に聞いた。

もし下手な事を聞けば、このような状態の人間はなにをするか分からない。

 

それにしてもギャップが激しすぎる。

本当にさっきの朗らかな女の子か?

二重人格と言われても否定できないレベルの代わりようなんだが。

 

「実はここ最近悪夢にうなされてばかりで……金縛りにあったり、誰かに追いかけ回される夢を見たり、誰かに監視されてるような気がしたり……もう心が限界なんだよね………」

 

悪夢…金縛り……幽霊関連の可能性は無いわけでは無いが、基本的にアイツらは手を出して来ない。大体は本人の疲れやストレスのせいというのがあるが、稀に悪霊に取り憑かれるというケースがある。

 

彼女もそういう状況なのだろうか。

と、俺が思案しているとメアリーが謎のカードをテーブルに並べながら水晶玉を置いた。

 

おい、一体何をする気なんだ。

 

「今から貴方の運命を調べます……このマジカル☆メアリーカードを一枚引いてください……」

 

突然タロットカードのような物を出した。

それ以前にカードの名前がダサい。

これで金とか取られた日には訴えてやる。

 

「おい大丈夫なのか嬢ちゃん…?なんか怪しさがぷんぷんするぜ…?」

「ふふ……ダンゲルさん、わたしがこの街で何て呼ばれてるか知ってるかしら?」

 

メアリーは自信ありげにもったいぶるかのように言う。

 

「ゴッドアイ☆メアリーよ!」

 

胡散臭い。

そして☆が二度もついてしつこい。

 

いよいよ怪しくなってきたな。

さて、一体どうなることやら……頼むから変な事は言わないでくれよ。

 

メアリーは謎の呪文を唱えながら煙を焚く。

おいバカ、こんなところでやったら迷惑だろうが。

 

「あ、あの……ギルド内でお香を炊くのはやめて頂きたいのですが……」

「あらごめんあそばせ。では別の儀式をするとしましょうか」

 

そう言って今度はどこにしまっていたのか鶏を懐から出してきた。

もうこの時点で何をするか分かってしまう。

 

「今からこの鶏の首を切断し、その生き血をこの女神ティアラの像にぶっかけますわ!」

 

やめろやめろやめろ。

活気に溢れたギルドが悲鳴と恐怖の阿鼻叫喚に変わるぞ。

ギルド内は、それはそれはひどい有様だった。

テーブルの台に乗りながら鶏の首を掴みブンブンと振り回すゴスロリ衣装を着た少女。

俺はその時の当事者だったが、まったく訳が分からなかった。

タチの悪い悪夢でも見ているんじゃないかと正気を疑ったが目の前の光景が現実だと突きつけられるように感じた。

 

…ん?そういえば今女神ティアラって言わなかったか?

アイツ一体なんの女神なんだ?

 

「お願いですからこんなところで儀式をしないでください!あぁもう!これだからティアラ教徒の人は……!」

 

受付嬢は慌てながらやめて欲しいと懇願する。

恥ずかしい、俺の異世界に来て初めて知り合った人間がこんな奴で本当に恥ずかしい。

 

「やっぱりヤベェなティアラ教徒は……」

「あの女神の教徒になる奴は大体心の何処かに問題を抱えたヤバい奴と聞くが近くで見ると凄いな……」

 

メアリーの騒ぎを聞いたギルド内の人間達が俺達の近くでヒソヒソと言っていた。

マジかよ、こんな邪教徒みたいな奴がまだいるのか……

いや、そんな事を考える前に目の前の問題に対処しなければ………

 

「オイいいか邪教徒、人に引かれない儀式にしろ。さっきから多人数にヤバい奴らだと思われてて辛いんだよ」

「いいじゃない、羞恥プレイみたいで……興奮するわ」

 

こんなとこで興奮してんじゃねぇよ。

時と場合を弁えろこのド変態が。

 

「俺も身体があればあの美しい肉体美を見せびらかせたのになぁ……」

 

ああここにもいたな、筋肉狂いのド変態が。

 

「いい加減にしろ!依頼人の前だぞ」

「…!ご、ごめんなさい……」

 

狂気に身を委ねそうになったメアリーが俺の言葉を聞いた途端、びくりと肩を震わせると黙り込んで俯いた。

 

…少し罪悪感が湧いてきたな。

いや、せっかくきたカモ……もとい依頼人の前だ、俺の判断は正しかったはずだ。

 

「ウッウゥ……ヒグッ…………俺はただ筋肉を見せたかっただけなのに……」

 

ダンゲルが歯を食いしばりながら子供が駄々をこねるように泣いていた。

側から見れば男泣きのように見えるが泣いている理由が理由なだけに、めちゃくちゃ情けない。

そしてお前については知らん。

というか泣くなよ、いいおっさん(故人)だろ。

 

「あの、続きいいかな…?」

「すいません、続きをお聞かせください」

 

しまった、依頼人に気を使わせてしまった。

これを逃したら次はいつ来るか分からない、しかもこの乱痴気騒ぎが原因で依頼が来なくなるなんて最悪のケースもありえる。

絶対にこのチャンスを逃がすわけにはいかない。

 

「あたし、前はこんなんじゃなかったんだ。さっきのも空元気で、ちょっとでも気を抜くとすぐにこんな暗いテンションになっちゃって」

「悪夢を見始めたのはいつからですか?」

 

「2、3週間前かな。最初はただの疲れすぎかなーなんて思ってたんだけど、だんだん悪夢を見る回数が増えてきて……身体も重く感じて、頭痛もヒドイ。友達家族病院に相談しても分からずじまい。もうどうすればいいかって思ってた時、キミ達の張り紙を見たんだ」

 

そんなに重症なのになぜ俺達の元に来たんだろうか。

霊能力者、メンヘラ呪術師、筋肉お化けという自分でいうのもなんだがゲテモノばかりしかいないというのに。

 

「おかしい現象にはおかしい人達をぶつけたら相殺されてどうにかなるんじゃないかなーなんて思ってね!それで声をかけてみたんだ!」

「あのひょっとしてバカにされてます?」

 

死んだ目のままでハハハと笑うアイバ。

確かにキワモノ揃いだというのは自覚しているがこうも言われると少々胸に突っかかる物があるな。

 

「同じパーティ仲間ともだんだん疎遠になってきたし、これで解決しなかったらわざと高難易度クエストを受けて死のうと思ってるんだ。だからそんなに気負わずに、楽な気持ちで引き受けてくれていいからね!」

「いや重い重い重い」

 

そんなこと言われて楽な気持ちになれるわけねぇだろ。

今ので余計荷が重くなったぞ。

 

なんというか、俺はまるで厄介事や個性の強い人間を引き寄せる人間磁石だな。

そもそも、霊が見えるといった時点で俺も個性の強い人間なのだろうか。

嗚呼、今日もこの世界は残酷也。

 

「なぁカナデ、この女の子からすげぇドス黒いオーラ出てるんだが…見えてるか?」

 

ダンゲルが俺にそっと耳打ちしてきた。

いや幽霊だから周りから見えないしコソコソする必要ないんだが。

 

たしかにアイツが言った通りアイバからは黒いモヤみたいな、煙みたいな禍々しい何かが無尽蔵に溢れて出ていた。

今までいろんな幽霊、人間を見てきたがこれはひどいな。

 

「それでは、マジカル☆メアリーカードを一枚選んでください」

 

まだやってたのか。

ギルドの皆さんに迷惑だからやめろ。

 

「大丈夫よカナデ。次は控えめな占いをするから」

 

俺の考えを読んだのか、メアリーは親指を立てながら言った。

控えめな占いという単語に若干引っかかるが先程の生贄にされかけていたニワトリもお香もなかったので特別に許可した。

水晶玉を真ん中に置き、カードを六枚机に並べ始め、メアリーは謎のヒラヒラした薄い布を頭から被った。

 

「おお、なかなか雰囲気が出て来たぞ」

 

ダンゲルが感心するように言った。

たしかに、普段から変態発言で俺をドン引かせる彼女の姿はなく、一流の占い師の雰囲気が溢れ出ていた。

これならアイバが何に取り憑かれているか分かるかもしれない。

 

「カードを一枚引いて、手に持ったままにしてください」

「分かった」

 

メアリーが指示し、アイバがカードを一枚引く。

そして、水晶玉が怪しい明るい紫色に光った。

その光る水晶玉をの周りに巧みに手を交差させながら真剣な表情で見るメアリー。

そして最終局面なのか、水晶玉から光が消える代わりに、アイバの持っていたカードが大きく青白い光を放った。

 

「終わったわ。さてアイバさん。カードを見て頂戴」

 

メアリーは頭に被せていた布を取った。

その姿はまるで困難な手術を無事成功させた名医のような所作だった。

 

まったく、こういう時は綺麗なのにな……と俺は思ったがもし言えば絶対に調子に乗るしついでに求婚されそうな気がしたので俺はそんな事を口には決して出さず、心の中に留めておいた。

 

そして、占いが終わったカードには謎の黒いモヤの絵と文字が記されていた。

 

『大いなる魔の軍勢の一人が逢魔が時に汝に災いをもたらす……だが見えざるモノが見える者が魔を見抜き、千を超える呪いを操る者が戒め、太陽に愛された者が汝を魔の脅威から救うだろう』

 

との謎の文が羅列されていた。

 

「これは……ひょっとしてあなたたちのことかしら?」

 

アイバは自信なさげに言った。

 

見えざるモノが見える者、なんかカッコイイ表現をされているがこれは俺だな。

…なに?調子に乗るなだと?こちとら幽霊が見えるしか能のない能力だぞ?少しくらい調子に乗ったっていいだろう。

 

そして千を超える呪いを操る者か……呪いと言えば、やはりメアリーだよな。

呪い関連で今のところは右に出る者はいなさそうだ。

 

「最後の太陽に愛された者って誰かしら?見当もつかないけどね……」

 

メアリーが首を傾げる。

そう、最後の人物が誰なのか分からないのだ。

 

「…へぇ。最初は胡散臭いと思ってたけど、中々当たってるじゃねぇか」

 

ダンゲルがなぜかニヤリとそう言った。

 

残念だったな、カードに自分のことが書かれていなくて。

まるでお前だけハブられたみたいになっているがこれは占いの結果だ。

半信半疑で十分だからな。

 

俺はダンゲルに優しい視線を送った。

それが何を意味するのか分からず眉を細めて「何見てんだ?」と不良みたいな事を言った。

 

「なるほどね。あなたのその体調不良は私達で解決すると記されているわ。大丈夫、仮に私達のことが書かれていなかったとしても必ず解決するから、安心して」

 

メアリーは不安定な状態のアイバに安心させるように言い聞かせた。

 

なんだ、コイツにも良いところはあったのか。

危うく俺はコイツの事を人間失格のメンヘラ女などという最低の評価をしてしまうところだった。

 

…いや、さすがにこれは酷いな。

こんな事を考える俺の方が人間失格だ。

これからはこんな事を考えないようにしないと……

 

俺がメアリー人間としての評価を改めようとした、その時だった。

 

「あら、まだ続きがあったわ。なになに……今日中に解決しなければ………汝は死ぬ。心しておけ………」

 

……はい?

 

「お、おいおい。随分物騒になってきたぞ。大丈夫なのか…?」

 

ダンゲルが心配そうにアイバを見る。

 

待て待て待て。

今日中に解決しなければ死ぬだと?

いや、今は彼女に落ち着くよう促さないと……

 

「あ、あたしが今日死ぬ…?い、いやよ…死に方くらい、自分で決めさせてよ……」

 

あぁ、マズイ。

これ以上はダメだ。

どうにかしないと。

 

「そう、貴方死ぬわよ!」

 

突然、メアリーが叫ぶように声を上げた。

何やってんだあのバカ。

 

「死ぬことは怖いことではないわ!女神ティアラ様がいる限り、畏怖することはない!死は救済です!さあ今すぐ女神ティアラ様のご加護を――!」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

メアリーの狂言によって限界になったアイバはテーブルから立ち上がりギルドから出て行った。

 

「あ、行っちゃった……」

 

メアリーはぼそりと「やっちゃった」と呟き拳を頭にこつんと舌を出した。

 

「て、てへ!メアリーやっちゃった☆」

 

あぁ、あーあ。

 

「この………」

 

俺は今までに感じたことのない怒りを感じていた。

そして、女を本気でグーで殴りたいと思ったのは、本当に初めてだ。

火山が噴火する直前のような、燃え滾るこの感情は。

 

「こンのバカ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

俺は殴る代わりにメアリーにジャーマンスープレックスを放った。

 

「ふんぬらば!!」

 

メアリーは派手な音を立てて気絶した。

 

そうだ、そうだよ。

俺の周りには、頭のおかしい奴しかいなかったじゃないか。

 

俺はそのことを深く、深く後悔しながらアイバを追いかけ始めた。

 

 



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第10話 裸の王様は助けたい④

「おーい!アイバ!どこだー!」

 

俺はサンゼーユの街の中を駆けながら精一杯出せる声で彼女を探した。

だが俺の声に応える事はなく、俺の問いを返すのは人々の活気溢れる声だけだ。

 

「わ、わたしまたやっちゃった……どうしてこうも裏目に………」

 

…このバカが余計な事をしたせいで面倒な事になっていた。

コイツが依頼人を恐怖に陥れた後、俺はたっぷり絞ってやった。

 

息も絶え絶えだったメアリーが最初に開いた言葉は「またやってしまった」だった。

 

「あの時はわざと怖がらせようとした訳じゃなくて、安心させようとしただけなのに……」

「あれで本気で安心させようとしたのならお前は致命的におかしい」

 

俺はメアリーにため息混じりに言った。

最初は怒り心頭だったがもう起きてしまったこと、過ぎてしまったことだ。

いつまでもそれにかまけてアイバを放っておくわけにはいかない。

 

「今日中に解決しないと死ぬんだ、早く見つけ出さないと」

 

ダンゲルが真面目そうに言った。

 

「関係ないのにお前まで手伝っていいのか?」

 

俺が辺りを見回しながら何気なく言った。

 

「関係ないわけがないだろう。この国の民の一人が困っているのだ。助けない手はない」

 

眉をキリッと顰めながら言った。

そうか、コイツは筋肉裸族の前に腐っても王様だったな。

自分の国の民を心配するのは当然の帰結なのだろうか。

 

しかし、探しても探しても見つからないな。

街にはいない。

人に聞いても見ていない。

 

クソッ!俺達は彼女を見つける事は出来ないのか!?

 

 

 

と、思うじゃん?

 

ダンゲルが腐っても王様であるように、俺も腐っても霊能力者だ。

普通の人間なら一日以上かかるかもしれないが、俺なら人探しは得意だ。

基本的に幽霊は好意的だ。

聞きたいことがあれば大抵は答えてくれる。

 

「ちょっといいか?」

「はいはい」

 

俺は空中浮遊で通り過ぎようとした若い男の幽霊に声をかけた。

俺の声を聞いた幽霊はくるりと俺に向きを変えた。

 

「この辺で結構きわどい恰好をした女を見てないか?」

 

俺がそう聞くと男は「きわどい恰好…」と反復させながら思い出そうとしていた。

 

「あっ!そういえばいたなぁ!おっぱいがでかかった!すげぇブルンブルン揺れててな!いやぁ、揉みしだきたかったぜ!まぁ俺幽霊だから触れないんだけどな!」

 

と興奮しながら喋っていた。

 

幽霊ジョーク。

 

そして俺が聞きたいのは乳の話ではなくどこにいるかなのだが。

 

「でも変な女だったよ。叫びながら森の中に入ってったんだからな」

「森?」

「そう森。ここらじゃ有名なところだよ。よく子連れの家族やカップルがピクニックに来るんだ」

 

森か。

余計見つけづらくなった気がする。

 

「ちなみにその女はなんて言っていたんだ?」

 

ダンゲルが男にそう聞いた。

すると男は答え辛そうにこう言った。

 

「森の中で首吊って死んでやるよー!って言ってたな」

「早く行くぞ!彼女の命と森の景観が危ない!」

 

俺はメアリーとダンゲルを急いで連れて森へと向かった。

 

死なせないのも大事だ。

だが子供連れの家族がピクニックに行った時に首を吊った女の死体を見てしまったら一生トラウマになるに決まっている。

それは子供の精神衛生上マズイ。

絶対に止めないと。

 

「お前があんな事を言わなければ……」

 

俺は言ってもしょうがないと分かっていながらもつい言ってしまった。

 

「ち、違うのよぉ!安心させようとしただけなの!確かに死は救済ってのは言い過ぎたけど!本当に自殺を促そうだなんて思ってなかったのよ!」

 

メアリーは泣きながらもそう訴えた。

お前の家庭環境がどういったものかはあまり知りたくないがアレはさすがにないな。

 

森の中に入って探す事数十分が経った。

だが彼女は見つからない。

 

「おぉい、全然見つからねぇぞ!このままだと本当に死んでしまう!」

 

ダンゲルが俺に慌てて言った。

そんな事は分かっている。

だがここまで広いと見つけるのは至難の技だ。

幽霊に聞こうと思ったが何故か幽霊が居ない。

一人もいない。

普通の人間なら幽霊がいると不安がるだろうが、俺からすれば幽霊がいないこと自体が俺を不安にさせる。

こんな事は友達に半ば強制的に肝試しに連れてかれた時にガチの殺人現場で怨霊が地縛霊として住み着いていた時と同様にヤバい。

 

つまり、ここには悪霊、またはそれ以外の何かが有る。

ただ、俺はそのヤバイ雰囲気が見える。

おそらくここにいる呪術師であるメアリーや幽霊であるダンゲルも見えているだろう。

 

近いな。

アイバと、何かがこの先にいる。

俺達は忍び足で近づいた。

そして、そこにはアイバがいた。

 

「見つけたな。だが雰囲気が変だ。何かドス黒いオーラが出ているような……」

「えぇ、カナデ。あれ、結構ヤバイわよ」

「…フフ……アハハハハハハハハハハハ!!!」

 

俺達が様子のおかしいアイバを観察しているとアイバが突然笑い出した。

 

「なんだ?なんで笑って……」

「やっトこのからダを手に入れタぞ…!」

 

アイバ?は嬉しそうに笑った。

だがそれは人間がするような笑顔ではなかった。

明らかに異形が取り憑いているような、恐ろしい形相だった。

 

「あーアイバさん?さっきは悪かった。コイツが100%悪いけど、反省してるらしい。許してやってくれ」

 

俺が異形ではなく、アイバに話しかけるとアイバはゆっくりとこちらを向いた。

 

「なンだ人間……生憎ダがこの女ノ身体は頂いた。残念だが諦めるんだな」

 

そう言ってアイバを乗っ取った何かは鼻で笑った。

 

「貴様の目的はなんだ!彼女を解放しろ!!」

 

ダンゲルが怒りを剥き出しで叫んだ。

 

「俺は魔王軍幹部レイギス………」

「魔王軍幹部だと!?」

 

なんてことだ、いきなり魔王軍幹部と鉢合わせるとは、なんて運の悪い……!

 

「…の忠実なる部下の一人、フリーカーだ!」

「なんだただの雑魚じゃん」

 

ダンゲルが今度は鼻で笑った。

 

「な、なんだと…?貴様、我を前に雑魚とはいい度胸だな」

「その部下が何故その女に取り憑いた?」

 

俺がフリーカーに聞くと、フリーカーは「よくぞ聞いた」と言ってアイバの身体をぐねぐねと動かした。

 

「別に人間なら誰でも良かった。一人の人間を支配し、我が分身を作り家族、親戚、友人、他人に取り憑きいてこの国を裏から支配しろと命令されたからな」

「なんだと…?」

 

ダンゲルが眉をぴくりと上に動かした。

 

「我が主は全国民を支配し、内側から破壊する事を望まれた」

「なんでそんな大切なことをペラペラ喋ったんだ?」

 

ダンゲルは声を低くしながら言う。

 

「フン、それはお前ら如きが俺を止められるわけ無いからなぁ!」

 

フリーカーがそう言うと木の影や草の中から何かが飛び出した。

現れたのはゲームやアニメで出てくるようなゴブリン、オーク、コボルトだった。

数はざっと見ても20、30以上いた。

 

「わざわざこの俺を我を追いかけてきてご苦労なことだが、貴様達にはここで死んでもらおう」

「死ぬのはお前だクソ幽霊」

 

フリーカーがそう言うとメアリーが俺達の前に出た。

彼女は怒りを剥き出しにしながらフリーカーを見据えた。

 

「なんだ、女。貴様がこの軍勢をどうにか出来るのか?」

「人に取り付くことしか能のない浮遊物如きが粋がるな」

 

そう言うとメアリーは詠唱を始めた。

気迫は凄まじく、眼光だけで敵を倒しそうな雰囲気だ。

 

「怨嗟の火よ。わたしの憎悪を乗せたまえ…!カースド・ファイア!」

 

メアリーは何も無いところから火炎を発射した。

だがその火の大きさはお世辞にも大きいとは言えなかった。

バレーボールサイズの火の玉に、フリーカー達は嘲笑した。

 

「ハッハッハ!なんだあの小さい炎は!こんなもの弾き返してくれるわ!」

 

そう言ってオーク達が鉄製の盾で防ごうとした。

 

「ふん、口程にも無い」

 

フリーカーはメアリーの魔法を鼻で笑った。

だがメアリーは笑みを三日月のように口元を歪めた。

 

「なんだ?なぜまだ燃えて……」

 

炎は未だ燃え続けていた。

盾で封殺されたと思っていた炎は消えず、炎はやがて大きくなり、彼等オークの軍団に襲い掛かった。

 

「アッアヂィィィィィィィ!アヅイヨォォォォォォォ!!」

 

やがて盾から指へ、指から腕へ、やがて全身が炎で包まれる。

炎で全身を焼かれ、絶叫しながら絶命した。

 

「な、なんだお前……今の魔法は今の炎はなんだ!?」

 

フリーカーは動転していた。

それもそのはず、小さかった炎は消えることはなく、むしろ大きくなってオークの集団を焼き尽くした。

 

「あらやだ、ビビっちゃって。ただのファイアですわ。……わたしが呪いを込めた、対象を焼き尽くすまで絶対に燃え尽きる事のない、ただのファイアよ……」

 

なんかNARUT●でそんなの見たことあったな。

 

メアリーは悪魔のような笑みでフリーカーを見つめた。

 

こわい……コイツこっち側じゃなくて明らかに魔王側だろ。

15代くらいの少女がする顔じゃない。

 

「わたしの許嫁を殺そうとしたことは絶対に許さない……確実に殺してティアラ様の元に丁重に送ってあげる。さぞかし喜ぶでしょうねぇ……」

 

さらに笑みをこぼし、殺戮者の目でフリーカーを脅す。

 

コイツ俺と会う前に人間何人か殺ってそうだな……許嫁になった覚えはないし、言い方変えてるだけで言ってることは変わらないぞ。

 

「なんだお前は…!?」

「恋人です」

 

違います。

 

「なら……貴様のその弱そうな恋人から殺してくれるわ!」

 

フリーカーは俺に向けて数匹のゴブリンを送った。

だが、今度は赤い炎ではなく、黒い炎がゴブリン達を焼き払った。

 

「ウオオオオオオオオオ!!」

 

まるで彼女の怒りが顕現化したような、それはそれは恐ろしい光景だった。

 

「何してんのアンタ……?」

 

今まで見たことないくらい目が殺意で満ちていた。

怒りで我を忘れそうなくらい燃え滾っていた。

 

「私の大事な人に何してんだって聞いてんだよォ!!!」

 

メアリーが激昂した瞬間、彼女の背後から巨大なドクロが浮かび上がった。

おどろおどろしい赤黒い髑髏のオーラがフリーカーとその手下達をビビらせた。

 

「な、なんなんだコイツらは……?あの方の話と違う!」

「なにわけわかんねぇ事くっちゃべってんだオラァ!?」

 

そう言ってメアリーは髑髏をフリーカーの元に飛ばした。

口調が変わって今はカチコミに来たヤクザみたいな血眼でフリーカーを殺そうとしていた。

 

「うおっ!?」

 

フリーカーは間一髪ギリギリでかわすと彼の後ろにいたオークやコボルト、ゴブリンの多くが髑髏に喰われた。

 

「ギャ……」

「ヒィア……」

 

彼等は悲鳴を上げる間もなく消えていった。

髑髏はそれらをボリボリと咀嚼するとメアリーの背後に佇む。

 

「コイツ怒らせると怖いな……」

 

最初からヤバイ奴だとは思ってたがここまで来るといっそ清々しい。

 

「お前もホント大変だな……」

 

俺が戦慄を覚えるとダンゲルはまたもや俺に同情してきた。

肩にポンと手を当て、親指をグッと立てる。

だからお前は幽霊だから触れないし、なんならお前の手が俺の心臓に達してる。

 

「貴様らァァァァァァァァ!!!」

 

自らの手駒を潰されたフリーカーは俺達に怒りをぶつけた。

だが俺の仲間が死神レベルに怖いのでさほど脅威に感じなかった。

 

「おい、降参するなら今のうちだぞ。このまま行くと依頼人まで殺される。いや、というか頼むから降参してくれ。これ以上やると手がつけられなくなるから」

「そうだぞ!お前髑髏の化け物に喰われて死にたくないだろ?このまま取り憑くのはやめて成仏すれば俺達もこれ以上は追わないと約束するぞ?」

 

俺は「殺す殺す殺す」と呪詛のようにブツブツ呟くメアリーを羽交い締めにしながら説得する。

ダンゲルも説得を手伝った。

するとフリーカーはプルプルプルと震えながら俯くフリーカーを見据える。

 

「俺はあの方にこの汚れた魂を捧げると誓った……呪術師がなんだ、俺は、俺は………」

 

覚悟を決めたかのようにフリーカーは俺達を見据えた。

 

「引かぬ!媚びぬ!省みぬゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

そう言ってフリーカーは恐るべき速度で俺達の前から姿を消した。

 

「あっ!あいつどこ行った!?」

 

俺は辺りをキョロキョロと確認したがフリーカーはどこにもいない。

諦めの悪い奴だ。

だがいったいどこに……

 

「やべぇぞ、アイツを逃がしたらアイバを元に戻すことが出来なくなる!」

「分かってるよ!」

 

たしかにダンゲルの言う通りだ。

アイツをほったらかしにしておくと依頼人が取り憑かれたままになる。

さっき俺がマジでヤバイ幽霊が出るスポットに行った時のことを覚えているだろうか?

俺はあの時何もなかったが俺の友人のTがヤバイ悪霊に取り憑かれたことがあった。

彼は周りに不幸が続き、みるみるうちに痩せ細り、いずれ死にそうになるほど衰弱していった。

そこで俺は父は陰陽師、母は退魔人、友達はエクソシストの寺生まれの知人に悪霊を祓ってもらったことがあった。

知人曰く、悪霊が長い時間人間に取り憑いていると徐々に衰弱し、周りに厄災をもたらして死んでしまうという。

 

だから俺は、俺達は絶対に止めなくてはならない。

手遅れになる前に。

 

「ああ、わたしまた余計な事を……」

 

死神……もといメアリーはまたもやガックリと肩を落としていた。

 

やらかす時は派手にやらかすくせに、事が終えたら突然うなだれる。

 

「何言ってんだ嬢ちゃん。お前のおかげでコイツは助かったんじゃねぇか!落ち込むこたぁねぇって」

 

ダンゲルはメアリーを励ました。

 

「わたしがこんなイカレ女だから……」

 

間違ってないといってやりたいところだが今はそんな雰囲気ではないな。

 

「いいや、それはちがうぞ」

「えっ?」

「俺は幽霊が見えて話せるしか能のない男だ。あの時お前が俺を守ってくれた時、ちょっと引いたけど安心したんだよ。だからまぁ、お前がいてくれてよかったって、俺はそう思ってる」

 

俺はできるだけ言葉を選んで彼女に言った。

…くそ、自分で言っていてなんだが、少し恥ずかしかったな。

俺はメアリーの顔を確認すべくちらりと見た。

 

「…ッ………そっ、それならよかった……」

 

メアリーは俺の目を見れずにプイっと顔を逸らした。

妙にもじもじしながら頬を赤くさせながら下にうつむいたり、かと思えば目を泳がせたり。

 

……や、やめろよ、こっちもなんだか恥ずかしくなってきただろうが。

 

「おーいカナデさーん!」

 

俺達が変な感じになっているとちょうどタイミングよく邪魔が入ってきた。

俺に声をかけてきたのは昼も夜も女湯を覗くことを日課としている幽霊のゾイダだった。

 

「なんだ?…あぁ、お前はよく女湯を除いているゾイダじゃないか。どうした?」

「町が大変なんですよ!なんか気持ち悪い幽霊に取り憑かれた女の子が町の中で暴れまわってるんだ!」

「「「えぇ!?」」」

 



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第11話 本当はお金が欲しかっただけなんです

 

ーーなんて日だ。

 

いや、別に突然ツルツル頭の芸人の真似をしたくなったとか、そういうわけではない。

本当に今日はついてない日だと、そう言いたかったのだ。

そもそも死神(女神)と出会った時点で俺の幸運値はゼロになったと感じてはいるが。

 

「まずい、まずいぞ……!あそこには沢山の市民がいるというのに……!」

 

ダンゲルは焦燥に駆られていた。

この国の王様として不甲斐ない、と悔しながらも浮きながら街へと向かっていた。

 

「俺は先に行っているぞ!お前らも早く来いよ!」

 

ダンゲルはそう言うと超スピードで街へと向かっていった。

 

幽霊は肉体を持たない、魂だけの存在だ。

故に身体的制限に縛られず、人間には出来ないくらいの高速移動もできる。

俺とメアリーは必死こいて走っているのに、ダンゲルは焦りながらも涼しい表情で去っていった。

 

「くそッ……お前……そういうのずるいぞ……!」

 

俺は文句を言いながら走る。

するとメアリーが

 

「それなら!わたしが足が早くなって疲れない呪いを掛けてあげるわ!」

 

と気の利くことを言った。

 

「なんだ、ポンコツ呪術師でもいいものを持っているじゃないか」

「その代わり使い終わった後は激しい筋肉痛と吐き気に襲われるけどね」

「ざけんな」

 

前言撤回、ポンコツではなく超ポンコツだ。

 

あぁ、辛い。

普段運動をしていないとこんなに大変だとは……これからは朝6時に起きてランニングをしよう。

俺はそう心に決めた。

 

走り始めて15分以上は経っただろうか。

遂に俺達は街へとたどり着いた。

 

「いやぁー!助けてぇ!襲われるー!」

「ひぃぃ!なんなのぉあの女は!?」

 

街は騒ぎが起こっていた。

町の住人が叫び、慌てふためき、逃げるなどの乱痴気騒ぎだ。

 

「くそ、おっぱいはデケェくせにすげぇ動きだ!」

「あぁ、尻がキュッと引き締まっている割に力強いパンチだ!」

 

胸と尻の話しかしていない衛兵が膝をついて胸を抑えていた。

 

「早く見つけないとな」

「えぇ!……向こうよ!街の中心にアイバがいるわ!」

 

メアリーは前に指を向けながら俺に知らせた。

そこでは驚きの光景があった。

武器を何も持たないアイバが衛兵相手に素手で圧倒していた。

 

「な、なんだコイツ!?鎖骨がエロい割になんという素早い動き……!」

「確かに、肋骨がいやらしいのにあのしなやかさ……!」

「アイツ等さっきから身体の話しかしてねぇじゃねぇか」

 

彼等はハアハアと息を荒立てながらアイバ、もとい彼女の身体を乗っ取ったフリーカーに剣を向けた。

その息遣いは疲労によるものなのか興奮によるものなのか分からないからどっちかにしろ。

 

「これでも喰らえェ!」

 

俺が衛兵達の言動に疑問を抱いていると、何やら聞き覚えのある男の声があった。

 

「ハァ!オラァ!」

 

パンチキックキックパンチを繰り返していた。

キミ達は知っての通りアイツは肉体を剣に封印された魂だけの存在だ。

だからアイバの身体を乗っ取ったフリーカーには攻撃が通じない。

幽霊に対抗できるのは幽霊、それと例外で寺生まれの俺の知人だけだ。

 

「フハハハハハ!ただの魂だけの存在が我に触れることなどできるわけないだろう!」

 

フリーカーは愉快そうに笑った。

ダンゲルは悔しそうに歯をギリリと噛み締めた。

 

「くそ……!俺に身体があれば……俺に奴を倒すだけの力があれば……!」

「…………」

 

ダンゲルは俯き、地面を叩いた。

幽霊だからそんなことは……いや、そんな卑屈なことを考えるのは、もうやめだ。

助けたい人物を助けることのできない王、悪霊に取り憑かれて苦しみ、助けを必死に求める女、そんな彼等を黙って見るのは、一人の人間として、力を持つ能力者として見過ごすのは…………

 

「ダンゲル!その女を救いたいか!?」

 

俺はダンゲルに大声で呼びかける。

 

「…ッ!当たり前だァ〜ッッ!!」

 

俺の声に気づいたダンゲルは俺の顔を見る。

その顔は怒りと驚きが混じった複雑な表情だった。

「俺に取・り・憑・け・!」

「ハァ!?」

 

俺はダンゲルに取り憑くよう言った。

ダンゲルは何を言われたかわからず、訳がわからんといったいった顔だった。

 

「何言ってんだお前!?俺はあの化け物みたいな悪霊じゃねぇ!俺にはアレは出来ねぇよ!」

 

そう、普通の良い幽霊は取り憑くことなどできない。

魂を腐らせ、堕落した幽霊、悪霊だけが人に取り憑く事ができる。

だが、俺は霊能力者。

霊関連の事で俺にできない事など無い。

 

「違う!俺の新しい力を使ってお前を取り憑かせてやるって言ってんだよ!」

 

俺はダンゲルにそう言った。

 

あぁまったく、俺は、俺もアイツをバカにできるほど賢くはないらしい。

目の前に困った奴がいたらなんやかんや悩んで結局助けてしまう。

そういうタイプの賢くないバカだ。

だが、俺は自分のために他人を踏みつけにして見て見ぬ振りが出来る賢い奴にはなれない。

だったら俺は、うだうだ言って結局人を助ける救いようのないバカになってやる。

 

「まさか会って一日も経ってない奴に身体を許す事になるとはな……」

「は?ソイツ誰よ。連れてきなさいわたしがありとあらゆる呪いを付与してやるわ」

「お前ちょっと黙っててくれる?」

 

まったく、余計な水を差さないでもらいたい。

メアリーは俺に黙れと言われて結構傷ついたのか固まってしまった。

まあ後で元通りになるから放っておこう。

 

「ほらさっさとしろ!お前のこの国の人間への愛はただ見てるだけでいいしょうもないモンなのか?」

 

俺は未だ何故か悩んでいるダンゲルに分かりやすい挑発をした。

 

こっちはまともに使えるかもわからんものに腹を括ったんだ。

むこうも同じことをしてもらわないと困るってものだ。

 

「あぁ…やるよ。やってやるよォォ!!」

 

ダンゲルは俺の元へと超スピードで迫った。

俺はそれに身構え、両の手を差し出し受け入れる姿勢を取った。

 

「「ウオオオオオオオオオ!!!」」

 

ダンゲルは俺にぶつかるように透けていき、俺の中に入っていった。

その瞬間、俺の身体は金色の輝きを放った。

 

「なんだ!?」

 

衛兵を叩きのめしていたフリーカーは俺達の光に驚き、こちらに視線を向けた。

だがもう遅い。

お前がテンプレの悪役ムーブをするからこんな事態になったのだ。

 

「貴様…一体何者だ?」

 

フリーカーは俺、いや俺達の姿を見て首を傾げた。

どうやら誰か分からないらしい。

ここは一つ、口上でも上げてやろう。

 

「俺は、そうだな……カナゲル…いや、カナデル……なんか違う…ダンデ……うん、ダンデだな……俺の名はダンデ、今からお前を倒す者だ!」

 

俺はフリーカーにそう宣言した。

初めてこの力……『憑依』を使ったので名前をいきなり言うのに少し時間がかかってしまった。

だが本名を知られるよりはマシだろう。

 

「筋肉モリモリでパンツ姿……気持ち悪いなお前」

「は?何言って……」

 

俺は自分の身体を見てみた。

俺の腕は太く、分厚く、丸太がペンキで肌色にでも塗られたのかと疑うくらい変貌していた。

 

突然だが…逆転裁判、というゲームはやったことがあるだろうか?

すごく簡単に言うと新人の弁護士が活躍する超有名なゲームだが、その中に霊を自身の身体に憑依させる事ができる女の子がいる。

その女の子は霊を憑依させると自分の身体もその霊と同じ身体付きになるのだが、今の俺はそのゲームの女の子とほぼ同じような状態だった。

 

まずはこの腹筋。

シックスパックと言うには優しすぎるくらいに割れていた。なんだこれは。

格闘漫画で出てきてもおかしくない身体だぞ?

 

しかも何故か俺の服が弾け飛んでしまった。

残ったのはパンツだけ。

そのパンツもパツパツで無理に動けば絶対破れる。

 

俺はハルクか。

 

だが制服じゃなくてよかった。

もし着てたら思い出の品が無くなってしまう。

 

いや、そんなことより今は目の前の敵に集中すべきか……

 

「これが俗に言う……薔薇!」

 

割と早く復活したメアリーが俺に対してよだれを垂らしながら物騒な事を言ってきた。

 

「やめろ!変な言い方するな!」

「カナ×ダン、いやダン×カナ……?」

「やめろっつってんだろうがァ!」

 

本当にやめて欲しい。

俺だって好きで浴槽にプロテイン入れて悦に浸ってそうな筋肉野郎と合体(憑依)なんかさせないんだが。

 

(お、おいさすがの俺でもそんなことしねぇよお前俺を何だと思ってんの?)

 

意外な事に俺の心の中の言葉をダンゲルが聞いていた。

まさかこの力は憑依させた幽霊は俺の心の中の声まで聴きとれるのか?だとしたらめちゃくちゃ嫌な能力だな、解除しようかな……」

 

「ええいうっとうしい!大人しく消えろ!」

 

フリーカーが落ちていた衛兵の槍を俺達の元に投げた。

その速度は凄まじく、一瞬ながらもブオンと風を切る音が聞こえた。

 

「カナデ!危ない!」

 

メアリーが言い終わる前に槍は俺達に刺さった。

恐るべき勢いで槍は俺達を吹き飛ばす。

 

「な、なんだと…?なぜだ、なぜ立っていられる!?」

 

と奴は思っていたのだろう、フリーカーは顔を顰め、なぜだなぜだとうろたえていた。

 

「おいおいマジかよあの男…とんでもねぇ勢いの槍を『フッ……今何かしたか?』みたいな顔で素手で掴みやがった…!」

「フッ……今何かしたか?」

「し、しまいには言ったぞ!」

 

正直に言おう、ぶっちゃけこういうのにも憧れていたし刺さったらどうしようと思ってビビってた。

 

「フン、その程度で勝ち誇ってもらっては困るななななななななな!?」

 

俺はフリーカーが言い終わる前に奴の前に一瞬で近づき、素手で拘束した。

いや、俺というよりダンゲルが、と言った方が良いか。俺は戦ったことなど微塵も無い。

だから経験豊富なダンゲルに身体の指揮権を預ける事にした。

 

「き、貴様一体何を……」

「このままだとお前を気持ちよくぶん殴れねぇ。だから一旦お前とこの女を引き剥がす!」

 

そう言ってダンゲルは何やらパワーを溜めた。

俺の身体からオレンジ色の明るい光が沸き起こり、その光がフリーカーにも伝わってきた。

 

「グッ…グアアアアアアアアアア!?なんだ!?なんだこの力はァァァァァァ!?」

 

フリーカーはガタガタと震えて痙攣し、白目を剥き始めた。

最初は顔色が白かったのが段々人間と同じ肌の色に戻ってきた。

 

「お前らが忌み嫌ってる王族の力だよ」

 

ダンゲルはそう言ってアイバの身体から出かかっていたフリーカーの本体を右手で掴み、一気に引きずりだした。

 

「やった!やったわ!これでアイバを傷つけずにあの忌々しいクソッタレのタンカス野郎に目に物見せてやれるわ!」

 

おーい言葉使い。

メアリー……お前はキャラがブレたりブレなかったり、いや、それがアイツなのか。

考える必要はないか…というか考えたくない。

 

「何故だ…!?何故貴様がその力を……!?」

 

引きずり出されたフリーカーはしかめっ面で俺達を見た。

確かに、俺もダンゲルにこんな力があるのは知らなかった。

王様だって言ってたのもプロテインとささみの摂り過ぎで脳味噌までもが筋肉になってしまった可哀想な人間だと思っていたしな。

 

「だから聞こえてんだって!お前人をおちょくるのも良い加減にしろよ!俺は王だぞ!?……前代の」

 

最後だけもにょもにょ言って聞こえなかったがまぁ気にする事ではない。

それよりも、俺達が気にするべきはフリーカーの方だろう。

 

「…貴様、何者だ?この俺を人間から引き剥がすなど、俺の知る限りでは『祓い屋』、『聖十字教会』、そしてサンゼーユの王の力だけのはず……」

「待て待てそれ以上訳の分からん事を言うな。専門用語を一度に沢山言われると困る」

「はぁ?なんだ貴様、そんなに頭が弱いのか?まぁ見た目通り筋肉ばかりに栄養が行ったのだろう。脳味噌はガムボールより小さいのか?記憶力は赤ちゃん以下なのか?」

 

見た目と頭を馬鹿にされるとは……身体に関しては100%奴だから何も言う事はないが俺の頭まで馬鹿にされるのはちょっとムッと来たな。

 

というか口悪!

俺以外の人間だったら泣くぞこれ。

 

「どうした〜?思ったより簡単に計画が頓挫して怒ってるのか?あんな無用心に計画をペラペラ喋るからこうなるんだよ」

 

ダンゲルが逆にフリーカーを煽り始めた。

確かにまだ悪い事を企んでいる時に達成寸前だからって敵にあれこれ話すのはちょっとアレかな、とは思うがね。

 

「さっき俺は引かぬ媚びぬ省みぬといったな?」

 

とフリーカーは眉をピクピクさせながら俺達に聞いた。

 

「うん」

「それは嘘だ!お前らなんかに殺されてたまるかバーカバーカ!」

 

急に語彙力が低くなったフリーカーは俺達から逃げるべく反対方向へと向かっていった。

だが、奴は忘れていた。

俺達の仲間にはとてもとても執念深い女が居たということを。

 

浮遊しながら逃げていたフリーカーは突然止まった。

まるで金縛りにでもなったかのように。

 

「なっ…身体が……動かん…!?」

 

フリーカーは必死に身をよじるがまるでパントマイムをやっているかのようにちょっと動くだけで実際にはほとんど動かなかった。

 

「あらあらどうしたの?なにか急に止まって?何か言い忘れた事でもあったのかしら?」

 

コツコツと、音を鳴らしながらゆっくりと、だが確実に近づく死神……もといメアリーはやはり死神のようにニコニコと見るだけで漏らしそうな笑顔でフリーカーの元へと近づいていった。

 

「クソッ!離せ!貴様!この俺を誰だと思っている!?あの魔王の幹部レイギス様の部下だぞ!?殺したらどうなるか分からないほど馬鹿じゃないだろ!?」

「あらぁごめんなさい、わたし今は恋に恋する乙女ですから頭が馬鹿になっちゃってテメェが何言ってるか分からないですわ!」

「ヒィッ!?」

 

フリーカーはメアリーの微笑みに顔を一瞬で青冷めさせた。

見るからにおっかない札を右手に、そして左手には見たことのない形状のナイフを5本も指に携えていた。

 

……いや確かにこれは怖いわ。

 

「本当はわたしが仕留めようと思ったけど、ご主人様に活躍させなきゃいけないから今日はこれでわたしの出番は終わりね……」

 

メアリーは少し名残惜しそうにしながらも俺に視線を送り、ウィンクをした。

なるほど、さほど俺も頭が良いわけではないが、彼女の意図くらいは分かった。

 

(存分に振るえダンゲル。ツケを払ってもらおう)

 

俺が心の中でダンゲルに言うと、ダンゲルはこれ以上ないくらいの笑顔で、

 

「おう、この国の民を傷つけた罪は重い。覚悟しろ」

 

右の拳をグッと握りしめた。

拳には空から力が与えられるかのように拳に燃えるような赤やオレンジ、まぶくて目を細めてしまうくらいの黄色い輝きがダンゲルの拳へと還元されていく。

 

「俺はサンゼーユ国24代前王、ダンゲル・シャイン・サンゼーユだ!俺の名を覚えて逝きなァッ!!」

 

そう言ってダンゲルは、燃え上がる灼熱の拳をフリーカー目掛けぶん殴った。

 

「グアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

紅く黄金のように輝く拳はフリーカーに当たった瞬間、フリーカーの胴体に奥の奥まで、限界までめりこみ、内側から灼き尽くすように火が燃え広がった。

 

「な、なんだ…!?俺の身体が……灰になって……!?」

 

フリーカーは自身の胴体に焼き付いたダンゲルの拳の跡を手で触れようとした瞬間、その手は黒く染まりやがて粉のようにボロボロと落ちていった。

 

「クソッ……!俺の、俺とレイギス様の野望が……俺・の・夢・が……こんなところで終わりかよ………」

 

フリーカーは悔しそうに、諦めるかのように力なくぼそぼそと呟くように言った。

 

…そういえばどうでもいいことだが口調が『我』から『俺』に変わったな。

キャラ作りだったのか?

 

「夢…?人をこんなに苦しめておいて夢だと?図々しいにも程があるぞ」

 

ダンゲルは朽ちてゆくフリーカーに怒りを含めながら言った。

だがフリーカーはそれを鼻で笑う。

 

「俺には、俺とレイギス様には人を何人、何十人何百人苦しめてもやりたい大きい夢があるんだよ。お前らには分からないだろうがな……そうだ…お前、名前はなんだ?」

「ハァ?聞いてなかったのか?ダンゲルだよ」

 

ダンゲルが自分の名前を言うとフリーカーは「違う」と言った。

 

「その身・体・の・持・ち・主・だよ。お前、名前は?」

 

フリーカーは俺とダンゲルが身体を共有していることに気づいたのか、フリーカーはダンゲルではなく俺に話しかけるかのように俺の瞳を見据えた。

 

「あぁ、そんなことが。コイツの名前はーー」

「マイケルです。マイケル」

「えっ」

 

ダンゲルは間抜けな顔をしながら幽体になったじょうたいで俺を見た。

俺はダンゲルがふざけた事を言う前に彼をを俺の身体から追い出した。

 

「おい!なにやってんだよ!?コイツは人を傷つけたがもう死ぬんだ、名前くらい教えてやっても良いだろ?」

 

ダンゲルは俺にツンツンと俺に触りながら言ってきた。

ふざけるな、敵に自分の名前を言う奴があるか。

誰が何処で聞いているか分からないのに名前なんか出せるか。

せめて偽名でも使わないといけないだろう。

 

「……なんか偽名っぽいな」

 

俺はビクッとしたがもう意識が薄れかけているのか何も言わなかった。

というかあんなの喰らったのにまだ喋れるのか。

はよ地獄に行ってくれ。

 

「ふっマイケルか……めちゃくちゃ偽名っぽいがその名、我が主、レイギス様に伝えておくぞ……」

 

そう言ってフリーカーはようやく、天へと登っていった。

奴は確かに、アイバの身体を乗っ取って彼女を苦しめて精神を著しく衰弱させた。

それだけでなく街の中で乱闘し、市民と衛兵に怪我を負わせた。

だがそれでも、俺は一つだけ奴のために祈った。

 

ティアラとかいうヤブ女神には、絶対に遭遇しないように…と。

 

「オイオイ……マジかよ…あれほど衛兵がてこずった相手を一瞬で倒しやがった……!」

 

通りには、もう戦いが終わった事を確認するために市民が建物の中から出てきていた。

 

「すげぇ…」

「カッコいい……」

「よくやったぞ!」

 

称賛の声が嵐のように街の中で沸き起こる。

なるほど、なかなかどうして悪くない。

俺は今まで感じたことのない満足感を覚えていた。

 

「すごいわ!さすがカナデね……なんでも出来ちゃう!よっ!ヒーロー!勇者!今夜はあそこの宿でたっぷり英雄譚を聞かせて頂戴!」

 

メアリーがいつの間にか用意していた籠の中に入っていた桜吹雪を手でパッとばらまきながら褒めちぎっていた。

なんだろう、とても充実感のある、気持ちのいい感情だった。

 

だが、ある一人の少女が俺を、俺の顔の少し下を指で示しながらこう言った。

 

「あのお兄ちゃんなんで裸なの?」

 

何気なく、悪意なく言ったのだろう、少女はいたいけな表情で俺のアレを笑顔で見ながら笑っていた。

 

「確かになんで裸なんだろうな…」

「いや普通モンスター倒す時に裸になるか?」

「全裸でチ●ポ振り回しながらモンスター倒して興奮してんの…?キモ……」

 

黄色い声援は、一瞬でドス黒い悪口へと変わり、明るい声は暗いヒソヒソ声へと変わっていった。

 

いつの間にか、俺のパンツは破けて、俺の全てが丸見えだった。

俺はそれに気づかず間抜けにも棒立ちしていた。

 

「お、おいカナデ、こっちを見ろ。安心しろ、人の噂もうんたらかんたらって言うだろ?気にするこたぁねぇって!」

 

あぁ、俺は忘れていた。

 

「か、カナデ……?大丈夫よ?私は貴方の事軽蔑なんてしたりしないし、それに貴方の貴方……とても可愛い形してるし……」

 

こんなクソみたいな能力を持った瞬間から、俺はこうなる運命だったのだろうか。

 

「神よ…………」

 

嗚呼、もしも、もしもこの世に神がいるのなら、次は普通の、ごく普通のありふれたただの人間にしてくれますように………

 

俺はそんな薄い望みをただひたすらに、生まれたままの姿で一筋の涙を流しながら俺は祈った。

 



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第12話 デデンデンデデン

趣味全開の作品だから見る人を選ぶのではないかと思ってたけどお気に入りに登録してくれてる人がちらほらいるので書いててよかったなと思う今日この頃。


 

俺こと御影奏はサンゼーユの街を一人で歩いていた。

そろそろここに来て1週間くらいは経つし、最初は家に帰りたいと思っていたが割と近代的なところがあったり感じの良い人達がいるからそう悪いものではない。

 

「おい、来たぞ!」

 

ある青年が、こそこそと聞こえないように喋った。

 

「全裸マンだ…全裸マンが来た……!」

 

俺の考えは開始数秒で打ち砕かれた。

 

「あれ、今日は服を着てるのか……」

 

人生で初めてだよ、服を着ていないのが珍しいと思われるのは。

 

こそこそと、街の人達は失礼極まりない視線と言葉を俺へ向けていた。

誰が全裸マンだ、好きでやったわけないだろ。

最初に呼んだ奴は取り返しのつかなくなるくらいの社会的制裁が必要なようだな。

 

「おい全裸マン!」

 

そんな中、一人の少年が不名誉なあだ名で俺の元へと駆け寄ってきた。

 

「おい全裸マン!」

「お兄ちゃんはキン肉マンに出てくるような名前じゃないよ~」

 

俺はあと一歩でシバキ倒したくなりそうになったが相手は子供、流石に冷静さを取り戻した俺はこめかみを引くつかせながらもなんとか紳士的に対応した。

 

「えっとね、あの時一生懸命僕達のために戦ってくれたでしょ?あの時の全裸マンかっこよかった!」

 

と、少年は屈託のない笑顔で言ってきた。

なんだ、ただ俺にお礼を言いたかっただけか。

変に警戒したのがアホらしいな。

 

「全裸マンにやってほしいことがあるんだ!」

 

少年は目を輝かせながらそんな事を言ってきた。

 

「なんだ?俺にできることがあれば言ってみろ」

 

俺はそんな少年に紳士的に、できる限りの大人の対応した。

そうだ、俺は一応この街を救い、魔王の幹部の部下を倒したのだ。

少しくらいチヤホヤされたって、報われたっていいじゃーー

 

「じゃああのターミ●ーターの登場シーンやれよ変態の全裸マーン!」

 

少年は「ギャハハハ」と笑いながら嘲った。

 

「…………………」

 

俺は、クソガ…少年の言葉を聞いて俺は白目を向きながら痙攣していた。

 

俺の中の最後の一線が、砂に消えるように無くなっていくような気がした。

 

「て……」

「て?なんだよ?」

 

俺は激しく痙攣させながらただ一言、こう言った。

 

「テメェらの血は何色だァ~~~~~〜~~!?!?!?!??!?」

 

俺は拳を握りしめて涙を流しながら走り去って行った。

 

 

 

********************************

 

 

 

「…ということがあって、カナデは出てこないんです。電話を200回くらいしてるのに出ないし、メールも400回くらい送ってるのに見てすらくれないし、どうすれば……」

「メアリーよ。まずはそのストーカー行為からやめた方がいいと思うぞ」

 

メアリーはハアハアと顔を青白くさせながら心配そうにダンゲルに話していた。

 

現在、彼等は街の一角のレストランで軽食を取りながら話していた。

メアリーはオムライスとボンゴレパスタ、ステーキとコーヒーというよく分からない組み合わせで食べていた。

彼女曰く、これが彼女の"軽食"らしい。

 

ダンゲルはそんな彼女からボンゴレパスタを貰っていた。

ダンゲルはパスタを啜りながら彼女の話を聞いていた。

 

「意外ですねぇ。霊でもご飯が食べれるなんて……」

「あぁ、転生者とか転移者とかいるだろ、アイツらの中に墓に食べ物を置くという文化があってな。そうすると俺達幽霊でも飯を食えるって近所の幽霊に聞いたのさ!」

 

ダンゲルは美味しそうに食べていた。

実際にはパスタは減っていないのだがメアリーがパスタを試しに食べてみると顔を少し顰めた。

 

「あら、さっき食べた時と味が落ちたような……」

 

ボンゴレパスタの特徴である塩味が薄いとメアリーは感じていた。

別に味覚が変わったわけでも実際に薄いわけでもない。

なんとなく、五感ではなくそれ以外のどこか特別な感覚で薄いとメアリーは思った。

 

「俺が食べるとそんなことが起きるのか!世の中は不思議なことだらけだな…」

「本当ですわね!」

 

ウフフ、ハハハと笑う二人。

だが周りの客はそんな二人をドン引きしながら見ていた。

顔を引きつらせて苦笑いしながら見ている者も居れば目を合わせないように黙々と食べる者もいた。

 

「…すまない。俺のせいで奇異な目で見られてしまったな」

 

ダンゲルは顔を俯かせてメアリーに申し訳なさそうに言った。

誰もいない1人きりのテーブルでただひたすら喋る少女。

そんな彼等のやりとりは普通の人間からしたら異常な光景だった。

 

「仕方ありませんよ。不思議に思うのも、疎ましく思うのも、不気味に思うのも結構、わたし達はわたし達。それでいいじゃありませんか?」

 

メアリーはコーヒーを飲みながら何の気なく言った。

 

「君…誰もいないのに話しているけど大丈夫かい?」

 

客の1人がメアリーに話しかけてきた。

年は50代の初老で、温和な笑みでメアリーへと語りかける。それが嫌味でも皮肉でもなく、純粋な心配と配慮であるということはメアリーもダンゲルもなんとなく察してきた。

 

「あら、心配ご無用ですわ。あなた、わたしが何歳に見えます?」

「そういう質問をするってことは30代から40代かな?」

「なんで余計な勘繰りをするの!?どう見てもピチピチの10代でしょうが!」

「いやピチピチとか言ってるじゃないか。そういうこと言うと余計思われるよ?」

 

初老の男は冷静にメアリーのツッコミをいなす。

 

「あなたイマジナリーフレンドという言葉は知っているかしら?」

「あぁ、転生者が言ってたな。たしか『皆には見えないあたしだけのお友達!』とか言って娘が友達を作らなくて困ってるって聞いたことが……」

 

男が思い出しながらうぅむと唸った。

 

「そ、そうなの…?まぁわたしもそういうわけで、一見見えないけど実はそこにいるわたしの友達と食事をしていたのよ!」

 

メアリーはその娘の父親に同情しながらも言った。

 

「そうそう、ソイツの娘も人形を連れながら言ってたよ。『この子には魂が宿っているの!』って言って聞いてくれないって……」

「そうなの?子育ては大変………」

 

メアリーはそこまで言って急に固まった。

何か、とても画期的な考えを思い付いたかのように思考を巡らせながら石のように動かない。

 

「あのお嬢ちゃん……?大丈夫?」

「幽霊、ター●ネーター、魂、イマジナリーフレンド、人形…………」

「呪文みたいなこと言ってるけど本当に大丈夫?」

「あばばばばばばばばばば」

 

初めは謎の単語を呟くだけだったが次第に悪魔に身体を乗っ取られたかのように身体をピクピクと小刻みに震わせた。

 

「これよ……」

 

そしてメアリーの震えは突然ピタリと止まり、周りの客は一瞬の静寂に包まれた。

 

「お嬢ちゃん?これよってどういうーー」

「これよォォォォォォォォォォォォォォオーホッホッホッホッホッホッホ!!!!」

 

メアリーは急に高笑いしながら天井に顔を向けて狂喜乱舞した。

 

「お母さん……」

 

1人の子供が自分の母親の裾を掴む。

 

「あのお姉ちゃんヤバイよ」

 

無表情で子供は母親にそう言った。

 



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第13話 お前を生き人形にしてやろうか

 

「と、いうわけでダンゲルさんを生き人形にしちゃえばいいのよ!」

「どういうわけなのよ」

 

俺は頭が痛いと言いたい事態に遭遇した。

かなしいかな、俺はショックで一日中寝込もうと思っていたのになかなかどうして奴らは放っておいてくれない。

常日頃から危険思想を持つ女と思ってはいたが人形に魂入れるとか言い出してる時点でヤバイな。

もしかしたら心の奥底に塵ほどの良心があるかも、なんて期待していたがもうダメだ。

コイツには精神病院という名の高級ホテルに宿泊してもらうしかない。

 

「メアリー」

「なぁに旦那様♡」

 

……コイツなんかムカついてきたな。

藁人形を五寸釘で打ち付けている時に人に見られて死なないだろうか。

 

「メアリー、実は色々調べたんだけどデッドエンド精神病院っていう所に君を入院……もとい宿泊させようかと思ってパンフレットを貰ってきーー」

「いやあああああああああああああああああ!!!もういやなのぉ!精神病院に無理矢理入院させられて脱走するのはもう嫌なのォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

そう言ってメアリーは俺の両肩を掴んでガクガクと揺さぶってきた。

 

「やめろ、悪かった、だからやめ……ん?お前今脱走したって言わなかったか?」

 

俺は彼女の不可解な発言に注目して問いただすと、メアリーはアヒル口で明後日の方向を見た。

 

「おいこっちを見ろ。俺の目を見ろ。今の言葉はどういう意味だよ?」

 

俺がグイッと彼女の顔に近づくとメアリーは何故か目をさらに逸らした。

 

「いや、ちょっと近っ……!」

「早く言わないとずっと見つめ続けるぞ」

「ずっ、ずっと!?待って近い…!」

 

何故かメアリーは目を泳がせながらあわあわと焦り始めた。

頬が赤い。

なんで恥ずかしがって……あっ。

 

「そうか近過ぎだったよな?悪い」

「えっ!?いや別に嫌だったわけじゃ……」

 

俺はメアリーから離れた。

するとメアリーは何故か残念そうな顔をしていた。

なんなんだ本当に…?

 

「まー聞いてやってくれ。この話はお前のためにもなるんだ」

「俺のため?」

 

ダンゲルは空中でクルクル回転しながら言った。

コイツを蝋人形にするのと俺のいわれなき罵倒とどう関係してくるのか、俺は話だけでも聞いてみることにした。

 

「つまりね、今あなたはダンゲルさんを憑依させてあのフリーカーを倒した結果ターミネーターの登場シーンって小馬鹿にされてるわけじゃない?」

「的確なあらすじをありがとう。お礼は俺のコブラツイストでいいか?」

「待って待って!全裸になって倒したのがダンゲルさんではなくカナデだと思われてるんでしょう?でももしダンゲルさんそっくりの人形を作ってあなたの汚名を彼が払ってくれるとしたらどうする?」

「…!」

 

俺は心の中で手をポンと叩いた。

 

そういうことか、合点がいった。

つまりダンゲルそっくりの人形を作ってそこにダンゲルを憑依させる。そしてダンゲルが『倒したのは御影奏ではなく俺だ』と街中に言いふらして噂を消す。

 

町の奴らは俺の顔ではなくダンゲルの影響で現れた筋肉のみを見ていたし、なんなら憑依の影響で顔もダンゲルそっくりになっていたから成功すれば俺の噂は無くなる。

なかなかいいアイデアじゃないか。

 

「それで、何か当てはあるのか?」

「よく聞いてくれたわね!この街にはとある玩具屋さんがあるの。わたしはその店主と友達だからその子に人形を作ってもらうよう頼むわ」

「俺の依代になる人形なんだ、カッコよく作ってもらうよう頼んでくれよ?」

「もちろんですわ!」

 

そうして俺達は活気を取り戻し、俺の名誉挽回、ひいてはダンゲルをパーティーメンバーとして生まれ変わらせる作戦は始まった。

 

「それじゃあさっそくその玩具屋さんのところに案内してくれ」

「ガッテン承知の助!」

「なんだそのキャラ」

 

変なテンションながらもメアリーは俺を宿から連れ出した。

 

 

 

 

******************************

 

 

 

 

空は既に暗くなって星々が一つ一つ自己主張するかのように眩しく光っていた。

 

目的地に着くと、玩具屋だというのにまだ灯りがついていた。

俺達は引き戸をガラガラと音を立てて開けた。

そこには沢山の玩具があった。

玩具屋なのだから当然だが入った瞬間、俺は懐かしい気持ちになっていた。

そういえば、お気に入りのヒーローの人形が欲しくて父さんに連れてきてもらったっけ。

 

「モラン?いるかしらー?」

 

メアリーが呼びかけた。

店主さんの名前だろうか?

呼び捨てにしていることからメアリーとモラン、とやらは仲がいいのだろう。

 

「は〜い……ってあら?メアリーじゃない。こんな夜中にどうしたの?」

 

モランと呼ばれた女性は物珍しそうにメアリーを見た。玩具屋の店主と言われると疑うほどの美しい女性だった。

健康的な意味での白い肌、金色と間違えそうな茶色のポニーテール。雑誌モデルのような美形なスタイルなどなど。

なぜこの店の店主をしているのか分からないほどのそれはそれは綺麗な人だった。

 

「紹介するわ!この子はモラン。わたしの数少ない友人であり腹心よ」

「たしかにわたしは友達だけど…腹心なんてたいそれたものじゃないんだけどなぁ……」

 

モランは笑顔でメアリーと話す。

一見彼女と同じようなクレイジーサイコガールかと思っていたがなんだ、ちゃんとした人じゃないか。

 

「こんな遅くにごめんね?実は折り入って頼み事があって……」

 

そう言ってメアリーはかくかくしかじかとここに至った経緯を話し始めた。

 

「なるほど、それはそれは……興味深いわね」

 

モランは手を顎にさすりながらふむふむと頷きながら聞いていた。

 

「どう?作れたりするかしら?」

「不可能ではないわ。ただ……」

「ただ?」

 

モランが意味深に言葉を濁す。

なんだろう、こういう時は大体厄介なことに巻き込まれそうな気がする。

 

「魂を入れて動かす人形となるとそれ相応の素材が必要になってくるのよね……」

 

ほら来た。

 

「素材?どんな物なの?」

「ソウルクレイっていう魂のエネルギーによって形を変える粘土が必要なんだけど、その粘土の元になる材料が足りないのよね。わたしが急いで採取しに行けば1週間で作れるんだけど……」

 

モランは申し訳なさそうに言う。

 

「そんな、急にお願いしたのはこちらなんですから大丈夫ですよ。ただ、一刻も早く汚名返上をしたいので俺達がその粘土を調達しても大丈夫ですか?」

 

俺がそう言うとモランは表情を明るくさせた。

 

「あらいいの?それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」

 

モランはそう言い残すと奥の部屋に入り、ガチャガチャと音を立てながら何かを探し始めた。

 

「たしかここに……あったわ!」

 

探し物を見つけたのか、こっちにも聞こえるような大きな声で言った。

 

「はいこれ。ソウルクレイが取れる場所を記した地図よ。これを頼りに探してね」

 

俺はモランから地図を貰った。

地図はとても古そうだった。

本来は真っ白だった紙は長い年月を引き出しの中で過ごしたことが分かるように、色褪せた黄土色へと変わっていた。

 

「分かりました。粘土ってことは……土か砂を探せばいいんですかね?」

「まぁ概ねそう。でも一つ気をつけてね」

「はい?」

 

モランが念を押すように俺と距離を縮めてくる。

 

「人の顔をした石には絶対に近づかないで」

「…?はい、分かりました」

 

モランに謎の忠告をされたが俺はなるべく早く人形を作って欲しかったので深くは聞かなかった。

そしてなぜ俺が出会う女はパーソナルスペースが小さすぎるのだろうと疑問に感じていた。

 

なんだかここに来て久しぶりにファンタジーな単語を聞いた気がするな。

いや、今までがおかしかったのか。

全裸の王様幽霊に身体を貸し、挙げ句の果てに不名誉なあだ名を付けられている現状こそが異常だったのだ。

 

「モラン……」

 

メアリーが不穏な雰囲気でモランの肩に手を置いた。

 

「えっ?どうかした?」

「次あんなことしたらアゴが外れやすくなる呪いをかけるからね」

「ほんとにどうしたの!?」

 

……なにやら向こうでは小競り合いが起こっていた。

 

こうして、ダンゲル人形化作戦及び、御影奏風評被害揉み消し作戦が決行された。



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第14話 粘土探しも楽じゃないぜ

 俺、メアリー、ダンゲルの3人は粘土の元になる土を探しにモランから渡された地図を頼りにとある山まで来た。

 

山の名前はエポタチタ山という。前にフリーカーに遭遇した時と似たような自然溢れる山だ。

小鳥のさえずりや流れる水の音が気持ちいい。

そして冷たくなさすぎない涼しい風。

ピクニックに来るならばあの公園やここに来たいものだ。

 

「細かすぎて伝わらないモノマネしまーす!学芸会とかで出てくる木!」

「ハハハハハ!似てる!似てる!ていうか似過ぎだろ!ギャハハハハハ!」

 

このクソ迷惑な男幽霊が居なければな。

 

コイツらは木と一体化して小学生の学芸発表会とかの劇で出てくる木のモノマネをしていた。

お前らこの国の幽霊だよな?

なんでそんな限定的なモノマネしてんの?

 

普通の人間からしたら森の中は静かだろう?

さっき言ったみたいに居心地の良いイメージを伝えたと思うが俺の場合は違う。

俺の部屋の中ではホームパーティー並の人数と騒がしさ、外を出れば某コミックマーケットやコス●コの中にいるような人数の多さ。

今の状況を例えるならば休み時間に男子が悪ふざけしている教室並にうるさい。

 

「盛り上がってるところ悪いんだが俺は静かな空間にいたいんだ。声のボリュームをもう少し下げてくれると助かる」

 

俺は耐えきれなかったので騒いでいる男幽霊2人組に注意をした。

すると、

 

「あ?」

「なんだと?俺達に言ってるのか?」

 

男幽霊の2人組が俺に視線を向ける。

一触即発か、と君は思うだろう。

だが、

 

「そっか、悪かったな。まさか俺達が見える君がこんなところに来るとは思わなくてね。どうか許してほしい」

 

今までの不穏な空気は一変、温和な顔になり、ペコリと頭を下げた。

 

「俺もごめん。俺達声大きかったか?今度からは気をつけるよ」

 

もう片方の男も謝罪をしてきた。

 

基本的に幽霊はいい人間しかいない。

元の世界でもいい人間しかいなかった。

人に悪さをする幽霊や悪霊は本当に稀にしか見なかった。

俺は幽霊が見えるだけの人間で詳しい事は分からなかった。

 

以前話した幽霊退治をするために生まれてきたかのような寺生まれの知人を覚えているだろうか?

俺はその男に聞いたことがある。

なぜ悪人の幽霊はいないのかと。

 

寺生まれのTさん曰く、悪人の幽霊は魂が汚れているので地上に留まる事はできず、強制的に閻魔大王のところへ送られ、秤にかけられるのが()()()()だという。

だから俺が見える幽霊は善人ばかりで悪さを行う幽霊はいない。

 

だが、たまに閻魔大王の審判を逃れ、地上に留まる悪い幽霊もいるらしい。その幽霊は人に取り憑いて衰弱させたりポルターガイストを起こして人々を怖がらせたりする。

そんな悪い奴らの魂を祓い、地獄に送るのが自分の仕事だと彼は語っていた。

今日も彼は元気に悪霊を祓っているのだろうか?

最後に聞いた話では死者の国を現世に解き放とうとしていた影の軍団と戦って勝ったらしいが。

 

「幽霊って恐ろしい存在だと思ってたけど案外そうでもないのね」

 

メアリーがペコペコと頭を下げていた男幽霊達を尻目にそんなことを言っていた。

と言ってもメアリーは彼等を視認できていない。

ダンゲルしか見えないようになっている。

なせかは知らんが。

 

「なんだ、お前幽霊苦手なのか?呪術師なんてものをやっているから全然大丈夫だと思っていたのに」

「ここでか弱い乙女アピールをすれば惚れられるかと思って言ってみただけです。きゃーゆーれいこわーい」

 

面倒くさい、なんだコイツ。

 

「良く言えば正直、悪く言えばカスだな」

「えっ?それわたし?わたしに対する評価?」

 

俺がメアリーにジャッジを下してそんなことを呟きながら山を登っていると、

 

「助けて……」

 

か細い声がどこかで聞こえた。

 

「なんか聞こえるな…」

 

ダンゲルもうんうんと頷きあたりをキョロキョロと見回す。

 

「えっ?何も聞こえないけど?」

 

いつもは変な所で勘が鋭く、えげつない判断をするこの女だけなぜか気付かなかった。

 

「なぜ彼女だけ聞こえないかは私が説明いたしましょう!」

 

と、俺が思案しているとしばらく姿を見なかった天使が後光を浴びながら突然現れた。

 

「なんだ?最近出れなかったから派手に登場して読者の気を引こうとしたのか?」

「違いますよ!コレは天使が良くやる登場の仕方なんです!ほら、なんか神聖さが出てお祈りしたくなるようなその、ね?」

 

ねって言われても困るんだが……

こっちに判断を委ねないで欲しい。

 

「ちょうどいいわ。あなた天使…でいいのかしら?なんでわたしだけ見えないの?」

 

メアリーは突然出てきた天使に特別驚きもせず、なぜ聞こえないのかを聞いた。

 

「まず貴方は御影様に霊の透視、つまりは霊が見える能力を共有することによってダンゲル様を視認出来ているわけです」

 

天使がそこまで言うとメアリーは赤べこみたいにうんうんと首を縦に振る。

 

「ですが、私が御影様の能力を改めて確認してみるとちょっと変な部分が多過ぎたんです」

「えっ、俺の能力地味なくせに変なとこまであるの…?」

 

なんか聞くの嫌だな……と俺は耳を塞ぎたくなった。

 

「そもそも貴方達の能力は内に秘めた本来なら生涯を終えても気づかない潜在能力を女神ティアラ様が引き出す事によって能力を発現出来ます」

「その能力は誰でも持ってるのか?」

「例外なく持っている……()()でした。そこでイレギュラーな存在が現れました。それが……」

「俺っていうわけか。けどそれがメアリーの見えない理由とどう関係があるんだ?」

 

俺がそう聞くと天使は「それは順を追って説明します」と言って天使は自分のスマートフォンを起動させて一つのスクリーンを出現させた。

 

「これは今御影様の御学友がドラゴンと戦っているライブ映像です」

「えっ今やってるの?そもそもそのスマホそんな機能あったの?えらく未来的だな……」

 

なんだこれ、こんな事出来るのか。今度試して…いや、今はそれよりもコイツの話を聞くとするか。

 

『今週のエンジェルズアイ!はスイーツ特集をお送りいたします!見てくださいこの純白のクリー」

「あっやべ」

 

天使は見せる物を間違えたのか今までの丁寧な口調から一転、粗雑な言葉遣いに一瞬変わった。

 

「すみません。間違えて私が週一で録画していた番組を流してしまいました」

「いや別に……ねぇ?」

 

俺は天使がさっき俺にやってきたような口調で応えた。

天使のくせにテレビを見るのか……しかもスイーツ特集の。

 

『シャイニングスラーーーーッシュッッッッッ!!!』

『グゴアァァァァァァァァ!!!』

「あぁそうこれですこれ」

 

映像の中で起こっていたのは、ガチガチの重そうな鎧を着たクラスメイト兼友人の伴田仁也だった。

一応覚えていない読者の方に説明すると巨乳の受付嬢に褒めちぎられて調子に乗ってた男その1と言えば分かるだろうか。

 

『パパパパーンパーンパーンパッパッパーン!』

『よっしゃあ!これでレベル45だぜ!』

 

ドラゴンを倒した瞬間、仁也の身体から某大人気RPGゲームのレベルアップ音のような音が鳴った。

だが微妙に音が違う。

 

「流石に丸パクリするとまずいので少し音を変えてます」

「そもそもパクった時点でダメだと思うんだが」

 

俺は即座に突っ込んだが天使はとぼけた顔をしながらも「まぁまぁ見ててください」と宥められ、仕方なしに映像を見た。

 

『やっとレベルが上がったし新しいスキルでも覚えるか。んー……このガトリングソードって必殺技もいいな……でもこっちのストライクエンドというのも……』

「伴田様すみません!時間の方押してるんで御影さんに一言!一言!」

 

天使と思われる羽が画面に映り、仁也に耳打ちしながら伝えていた。

 

「あっそうかそうか!おい奏!お前なんでまだ街に残ってるんだ!?クラスほとんどは街から出て打倒魔王を目標にレベルを上げてるぞ!お前は知ってるか知らんがモンスターをスキルを使って倒してレベルを上げると新しいスキルを取得できる!だけどこれが大変でな、レベル一つ上げるのに」

 

後半がただの愚痴になりかけた瞬間、映像は途切れた。

皆真面目に魔王を倒そうとしているんだな。

頼むから俺まで駆り出されないように討伐して欲しい。

 

「なぜ御影様が魔物を倒しても戦ってもいないのに能力が拡張されているのか。それは貴方が()()()()()()()()()()()()からです」

 

探偵ドラマでよく見るようなしてやったりな表情で天使は言った。

天使のくせに妙に俗世に浸かってるな。

 

「そもそもレベルと言ってもそれは例えで、ティアラ様が皆さんに分かりやすいようにゲームのようなシステム、UIをひょうじして管理しています。そして貴方以外のクラスメイト達は戦い、スキルを使い続ける事で能力を拡張しているのです」

「へぇ、改めて聞くと結構面白い設定じゃないか。それじゃあ俺はずっと幽霊を見ているから自動的に新しい能力を手に入れてるってわけか」

「ですがおかしいんですよ。貴方の能力を調べた所、不可解な点がーー」

「お前らいい加減にしろやァ!!」

 

天使が何かを言おうとした時、森から怒鳴り声がした。

 

「なんだなんだ?」

 

俺と天使の会話に退屈していたダンゲルが嬉々として声のした方向に目を向けるとそこには、そこには………

 

「おオおレガたすケてとイッテるのがきこえなイのカああア…!?」

 

現れたのは人の形を辛うじて保った砂の塊の化け物だった。

 

「なんだァアイツ…?」

 

ダンゲルは珍しい物を見るかのように首を傾げる。

 

「ホラー映画とかに出てきそうなビジュアルね……」

 

メアリーはキラキラした目で化け物を見つめる。

いや、お前……趣味悪いぞ。

 

「いえ……どちらかと言えばスパイ●ーマン3の下水道でブラックスーツのスパイダーマンにやられて水と一体化して溶けそうになっているサンドマンに見えますね」

「分かりづらい例えやめろ」

 

天使はよく分からない例えを挙げた。

いやその伝わりそうで伝わらないどうでもいい例え必要?

そもそも分かる奴と分からん奴に別れるわ。

 

「おい、そんな事よりどうにかしてくれないか。俺はああいうクリーチャーみたいな奴が苦手なんだ」

 

俺は指で示しながら言った。

 

いやもう本当に勘弁して欲しい。

そして何故俺がそこまで苦手なのかというと子供の頃に父が俺のためにゲームを買ってきてくれたが、俺は動●の森が欲しかったのにあろうことか父は間違えてバイ●ハザード4を買ってきてしまった。

唯一の共通点は村しかない。

 

そんな純真無垢な俺は何も知らずにプレイしてしまったせいで見事気色の悪いモンスターは苦手となり、見ているだけでも鳥肌が立つようになってしまった。

 

そんなわけでトラウマを植え付けられたという至極どうでもいい事なのだが。

 

なに?幽霊はどうなのかだと?

アイツ等はただの気のいい女風呂を覗く浮遊物としか思っていない。

むしろ幽霊が怖いと思っている奴の気が知れん。

毎日毎日ぷかぷかぷかぷか……世間話に人間観察。

そんな奴らを怖がるなどどうかしてるだろ。

 

「カナデ様のお手を煩わせるまでもありませんわ。わたしが動きを封じて差し上げましょう」

 

俺の前にメアリーが歩みを進めた。

コイツキャラブレ過ぎとは思ったが目の前のアイツをどうにかしてくれるならこの際そんなことは気にしない。

 

「紅べにの水、天の絹、冥府の鎖で悪を吊す……」

 

メアリーは天に向けて言葉を紡ぐように呪文を唱えた。

なんだか今までとは違う、魔女のような雰囲気に、俺とダンゲルに天使、そのほかの幽霊も息をごくりと飲んだ。

 

「骨の歯車で脳髄を掻き乱せ……死光暴凱しこうぼうがいッ!」

 

メアリーは右手をあの化け物に向けて何かを放った。

 

「グァッ!?」

 

見事的中した呪文?魔法?は砂の化け物の動きを止める事に成功した。

化け物は両手で頭を抱え、声にならない声で呻き声を上げる。

 

「ウゥゥ……アアギィィィィィィ………!」

 

化け物はまともに言葉すら発せず、その場で苦しむばかりだ。

凄い…効いているぞ!

 

「メアリー……お前、ちゃんとした呪術師だったんだな」

「今までわたしのことを何とお思いになってたのかしら!?わたしだってやる時はやる女よ!?」

 

俺がメアリーを柄にもなく褒めていると、化け物は少し、言葉を紡ぎ始めた。

 

「ま、まかロん……」

 

化け物は一言呟く。

 

「えっ?なんだって?」

「マカロンと似た単語ってなんだっけ……」

「はっ?」

 

化け物は訳の分からない事を言い出した。

えっ、なにコイツこれだけ苦しんだいてマカロンと似たような単語を思い出そうとしてたの?

 

「おいメアリー、お前の呪文まるで効いてないんだが」

「いいえ?ちゃんと呪文は掛けたわよ?」

「……ちなみにどんな?」

 

俺は恐る恐るメアリーに聞いた。

 

「似たような単語を思い出すまでスッキリしなくて集中できなくなる呪い、その名も死光暴凱よ」

「名前だけじゃねぇかお前のそのヘボ呪文!?」

 

メアリーはまたもやロクでもない呪いを掛けた。

なんでそんなに露骨に限定された呪いなんだ?

 

「なんかお前の呪文ちょっとだけスタイリッシュなった気がするな……なんかブ●ーチみたいな詠唱みたいだったぞ」

「ギクっ」

 

俺がただ似ている、と言っただけなのに露骨に汗を吹き出し終いには「ギクっ」と口で言った。

 

「お前……まさかぱくーー」

「リスペクトです」

「リスペクト……」

 

メアリーが即答し、ダンゲルがオウム返しで呟く。

パクりとリスペクトは似ているようで違う。

彼女も漫画を読んで詠唱を工夫したのだろう。

初めは真似をして徐々に自分だけの物を作る……うん、まぁ、努力をしていて良いのではないか?

 

「クソッ!全然出てこねェ!マカロンと似た語幹の単語ってなんかあったか!?」

 

化け物はまだマカロンと似た単語を思い出そうとしていた。

よく見ると俺達に近づこうとしているがマカロンの事が気になり過ぎて立ち止まったまま虚空を見つめながら「うーんうーん」と唸っていた。

 

あれ……?思ったよりアイツの呪いって凄いのか?

 

「…ごめんな、お前の呪いって凄かったんだな」

「えっいきなりどうしたの…?」

 

俺が謝罪をするとメアリーは目が飛び出そうな勢いで俺を見た。

 

「畜生……こうなっあのも全部あの女のせいだ………」

 

化け物は悔しそうに歯軋りしながら、

 

「これも全部モランのせいだ…!」

「…は?」

 

まさかの人物の名前をポツリと呟いた。

 



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第15話 双子は見た目が同じだが中身も同じとは限らない

 

「まるでわけが分からん」

 

 俺は問題をほっぽり出すかのように言った。

 

「いやほんとなんだよ!モランって女のせいで俺はこんな化け物みたいに身体にされたんだ!」

 

 砂の身体をした化け物は困ったように言う。

 

 なぜ俺は幽霊だけでなく怪人とも会話しているのだろうか。ここは異世界であり、アメコミのようなワクワクする設定はない。

 

「それで、お前はモランの何を知ってるんだ?」

「なんだ聞いてくれるのか!?今まで俺の姿を見ると逃げ出す奴が多くて困ってたんだ!あぁ生きた心地がしなかったよ!まぁ俺もうーー」

「オーケーまずは落ち着いてから話してくれサンドマン」

 

 人と話せることがうれしかったのか砂の男は意気揚々と話し始めた。

 

「俺はサンドマンなんてダサい名前じゃない。サードマンだ」

「大して変わらないな」

「あれは、俺がまだ人間で二枚目なイケメンだった時の話だ。俺は野心に溢れてて…ここの頂上に宝箱があるって噂を信じて山を登っていたんだ」

「宝?」

「そう、宝。んで、俺は見事頂上まで辿り着くと待っていたのは、宝じゃなかった」

 

 明るい顔から一転させながらもサンドマンは続けた。

 

「待ってたのはモランだった。どういうわけかアイツは俺を不意打ちで気絶させて自分の実験のために俺を利用した」

 

 それを聞いて俺はゾッとした。まさか…コイツは元は人間で、モランによって非人道的な実験をされて砂人間にされたってのか……?

 

「あの女は噂を流したのは自分だって言って何故か名前まで自分で暴露したんだ」

「名前を言ったのか?わざと?なんでわざわざ……?」

「俺は拘束されて謎の儀式をされた。下に魔法陣があって呪文みたいな言葉をブツブツ呟いた後砂が俺の身体に纏わりついてきたんだ。身体の中に一粒ずつ入ってくるのを感じながら俺は必死に命乞いした。…そしたらアイツどんな顔してたと思う?」

 

 サードマンは全身を震わせた。

 

「俺の苦しむ姿を見て笑ってたんだよ……!俺が砂に変えられる最後の瞬間までアイツは笑いながら見てた」

「酷いな……」

 

俺はサードマンの恐ろしい体験を引きつった顔のままで聞いていると、メアリープルプルと震えているのがチラリと見えた。

 

「ちょっと……ちょっと!貴方いい加減にしなさいよ!モランがそんな残虐なマッドサイエンティストなわけないじゃない!」

 

 メアリーがそう反論するが、今の話を聞いてマッドサイエンティストではないと答えるのは無理というものだ。映画の中だけの存在かと思ってたのにこんな身近に居たなんて信じられん。

 

「俺はこんな身体にされて半年経つが、あの女の容姿だけははっきりと覚えてるぜ。でっけぇおっぱいに派手な金髪に眼鏡を掛けた女だよ」

「なによ全然違うじゃない。さっさとソウルクレイを採取して帰りましょ」

 

 メアリーはあっさりと言い捨てるとサンドマンの前から背を向けて離れようとした。たしかに俺達が見たモランは金髪ではなく茶髪だ。それに唯一の共通点が巨乳という時点で人違いだなと考え始めたが、

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はこのままかよ!?」

「悪いけどわたし達はソウルクレイを探しに来たの。厄介事に巻き込まれるつもりはないわ」

 

 メアリーは冷たく突き放した。

 

「おい、このままでいいのかメアリーよ。この男は今はこんな見た目だが元は人間で戻りたがっているのだろう?何もしないというのは酷い仕打ちじゃないのか?」

 

 ダンゲルは両腕を胸に組んで言った。やはり元は人間で何十年も剣の中に居た身からすると同情してしまったのだろうか。

 

「彼女は私の友達よ。私は少しやんちゃだった頃もあったけど、彼女は普通の人間。後ろから気絶させて惨い実験をする子じゃないわ」

「少し……?」

 

 そんな元不良だけど今は更生しましたみたいなツラ下げられてもコイツの今までの所業を見るとなぁ……と俺は彼女の言葉に疑問を抱いたが、メアリーは毅然とした態度で言い放った。俺は初めて会った人だからモランの事は詳しくないが、あの大人しそうな女性がこんな事をするとは思えない。

 

「頼む!俺、もうこれ以上人の目に怯えて森に住み続けたくないんだよ……!」

「うーん……」

 

 彼はいきなり訳の分からない実験に巻き込まれて異形に変えられ、半年も森の中で彷徨い続けていたのだろう。もしサードマンが俺だったなら、1週間も耐えられないかもしれない。

 

「なぁメアリー、もし自分がサードマンと同じ目にあったらどうする?」

「犯人を捕まえて四肢をバラしたあとにダークマタードラゴンの餌にするわ」

「なんて?」

 

 俺が聞きたかったのはそういうことじゃない。いや、まぁあながち間違いでもないんだが。

 

「いや、俺が聞きたいのはもし自分が同じ状況に陥ったら?もし訳も分からず実験に利用されて放置されたら?嫌だろ?同じ人間として助けてやらないと」

 

 俺は柄にもなくそんなことを言った。するとダンゲルがうんうんと頷いた。

 

「流石だ、素晴らしい精神だ!カナデよ!人助けは立派な行い、キスをしてやりたいところだ!」

「お前が今幽体で心の底から安心したよ」

 

むさいおっさんのキスなんて絶対に御免だし、ただこの可哀想な男を見てみぬふりをしたら安心して眠れなくなる。だがどうしたものかな…直接聞くのはなんか憚られるなぁ……

 

「なら話は簡単よ。モランに直接聞けばいいわ」

 

 メアリーが俺の考えていた事をハッキリと言った。

 

「おい、いいのか?さっきはあんなに嫌がってたのに」

「私の親友が疑われてるのよ?だったらちゃんと聞いて違うって言ってもらえればいいのよ」

 

 なんか短絡的にも思えるが、たしかにこれが一番シンプルで簡単な方法かもしれないな。

 

「どうする?一旦店に戻って聞くのか?」

「そうね、面と向かって聞いた方がいいかしら……」

 

 本当なら携帯で話をしてくれると楽なんだがなぁ……とこんな暗い雰囲気の中で言える訳もなく、俺が心の中でため息を吐こうとした時、

 

「私ならここにいるわ」

 

 と、女の声が森の中から聞こえた。あまり聞き馴染みは無いが、つい最近まで覚えがある声だった。木の影から出てきたのはモラン本人だった。

 

「モラン!?貴方なんでここに……」

 

メアリーは突然現れたモランに驚いたが、

 

「テメェどの面下げてのこのこ出てきてんだオラァ!!」

 

 怨敵を見つけたサードマンは怒りで我を忘れ、地面が砕ける勢いで走り出した。

 

「まずい!このままだとモランが襲われる!」

 

 ダンゲルは迷わず俺の元に近づき、俺の体に入り込んだ。

突然身体に入られたことにより目眩と吐き気に若干襲われたが、半ば強制的に憑依をさせられた。

 

「止まれ!今は落ち着くんだ!」

 

憑依により身体が巨大化した俺達は間一髪でサードマンの猛攻を食い止めた。

 

「テメェだけはぜってぇぶっ殺してやる!!俺をこんな姿にしやがって……!」

 

 サードマンの目は血走り、完全に冷静じゃない。だが何故このタイミングでモランは現れたんだ…?

 

「貴方をそんな姿に変えたのは私じゃない」

「じゃあ誰だってんだ!あぁ!?」

 

 クッ……!怒りで力がさらに増した気がする。しかも砂を地面から取り込みさっきよりも3倍の大きさになった気がする。このままだといくら俺とダンゲルの力でもいずれ限界が……

 

「どうするの!?一時の感情で違う人間を殺すか、このまま大人しく私の話を聞いて真犯人を探すか、好きな方を選びなさい!」

 

 モランは声を張り上げてサードマンに怒鳴るように聞いた。

 

「…………クソが!!」

 

 サードマンはしばし固まって逡巡した後、身体から余分な砂を吐き出して体を縮めた。

 

「…ふぅ」

 

 モランは一呼吸置いた。

 

「ね、ねぇ……モラン?一体どういうことなの?」

 

 メアリーは突然の親友の登場、そして複雑な事情があると感じ取り、先程の自信を無くしてしまったがモランに声を掛けた。

 

「ごめんなさい、メアリー。私、あなたに言ってなかった事があるの」

 

モランはメアリーにそう言った後、サードマンの方に向かい合った。

 

「貴方を砂の姿に変えたのは私であって私じゃない」

「なんだ?まさか二重人格だから私は悪くありません許してくださいなんて言うつもりじゃねぇだろうな?」

 

 サードマンは睨みながら言った。ふと彼の手を見ると右手をハンマーに形作っていた。

 

「彼女の名前は……フラン。彼女は……」

 

 モランはそう言って自分の手を胸に当てながらそう呟いた。

 

「彼女は…私の心の中にいた私の妹なの」

 

モランは悲しげな瞳で俯きながら俺達に真実を打ち明けた。

 



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第16話 双子は見た目は同じだが中身も同じとは限らない②

 ある日、ごく普通の夫婦の元に一人の女の子が誕生した。女の子はすくすくと成長し、父と母に十二分の愛情を注がれながら自我が生まれ、7歳になる頃、とある変化が訪れた。

 

「モラン、今日は何して遊ぶ?」

 

 女の子の父親はモランにどんな遊びをしたいか聞いた。するとモランは笑顔で

 

「おいしゃさんごっこ!」

 

 と言った。我が子の笑顔の答えに父親はくしゃりと顔を綻ばせながら遊ぶための小道具を準備した。

 

「貴方に似てお医者さんごっこが大好きね。あの子」

「子供の前でそういう話はやめてくれよ……」

 

 夫婦は笑いながら言う。しかし、モランは「あっ、待って」と父親を止めた。

 

「どうしたんだモラン?」

「あのね、モランは良いんだけど…()()()がいやだって」

「あの子?あの子って誰だい?」

「うん!おままごとしたいって言ってる!」

 

 少女は両手の人差し指で自分の頭を指しながら笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

 

 

 

「私が生まれた日に、私の他にもう一人生まれたの。身体を持たないまま魂だけ生まれたもう一人の家族……フランがね」

 

 モランは真顔でそう言った。

 

 なんて事だ。話だけ聞けばただの怪談話なのだが……

 

「生まれる時に一つの肉体に二つの精神が宿るなんてそんな事が可能なの……?」

「不思議なものよね。両親は彼女を悪霊か何かかと思ってお祓いさせたりしたけど、元々私と同じように生まれるはずだった存在だから幽霊じゃなかった」

 

 つまり頭の中に二つの意識があるってことか。まあ四六時中アホやってる幽霊ばっか見てるから俺だったらなんとか耐えられるが……

 

「フランは私の少し後に生まれたから、彼女を妹として愛してた。でもフランは自分の事を愛してなかった……もしかしたら私は本当は幽霊で、たまたまモランの中に入ってきただけかもしれないって悲観してたの。だから私は魂を移すために研究者になって、意識だけで身体を持たないフランに身体を与えて自分を大切にして欲しかった」

 

 俺達は黙って聞いていた。

 

「数年間意識や魂に関するあらゆる資料を読み漁って、研究と実験を繰り返したわ。勿論、倫理的観念から逸脱しない程度にね」

 

 モランは科学者のように捲し立てる。

 

 つまり彼女はただの玩具屋の店員ではなく、なんと頭も良いらしい。おまけに身体のない妹のために一生懸命勉強と研究をする姉の鑑と来たものだ……なんでメアリーと友達なのだろうか。何か弱みでも握られているのだろうか。それとも友達料でももらって仕方なく付き合っているのだろうか。

 

「何かわたしの顔についてるの?」

「いや、お前の友達って良い人だなって」

「なんか嫌味に聞こえるような……」

 

 嫌味だよ。だがこれ以上掘り返されると後々まずいので話を戻してもらおう。

 

「そして1年前、ついに成功したの。魂のエネルギーによって形を変える粘土を用いた人形と私を繋いでフランの意識を転送した」

 

 俺はモランの話を分かるような分からないような感じで聞いていた。こういう頭の良い人や研究者の話を聞いていると、なんか理解した体で物事を進めなければいけないせいで微妙に気持ちが沈んでいた。なんか申し訳ない。

 

「意識を転送していた時に、突然エラーが起きて機器と部屋の中が爆発した。器具や装置が暴発して中はめちゃくちゃ。おまけに人形は消えてた。でも私の中から声がしなくなったの」

 

 声が聞かなくなったと言うことは意識の転送は成功したということか。だが人形は消えていた……なぜだ?

 

「私が目覚めた時にはフランは部屋の中から消えてたの。どこを探しても見つからなくて、もしかしたら爆発で人形体もろとも消えたんじゃないかってとても心配してた。……2ヶ月前まではね」

 

 モランは表情を曇らせながらスマホの画面を見せた。

 

「なんだ……動画か?」

 

 画面の中には顔を布で覆われて拘束された男と一人の女性が立っていた。金髪、そしてモランと瓜二つの顔、あと関係ないけど巨乳。コイツがフランだろうか。なにかの実験映像に見える。

 

「頼む!やめてくれ!なんでこんなことを!?俺がお前に何かしたか!?」

 

 狭い部屋の中でフランと思しき女と身体中を拘束された男が映っていた。男はバケツ一杯分の水を浴びせられたかのような汗をかき、瞳を恐怖に歪ませていた。

 

「ねぇ、モルモットくん。自分の存在をこの世に残すためにはどんな事をすればいいと思う?」

 

 初めてフランの声を聞いた。見た目同様モランとほぼ同じだ。

 

「は、はぁ?……友達を作るとかか?友達がいれば存在を覚えてもらえて自分がこの世にいたってことになるだろ?」

 

 男の話を興味深そうにフランは聞いたが両の人差し指を交差させてバツ印を作って「残念ハズレ」と言った。

 

「自分の存在を世界に残すためには歴史の一部にならなきゃいけない。友達を作ったってその友達が死ねば忘れ去られて塵になる」

 

 そう言ってフランはコンピュータのキーボードと似たような機械で何かを入力しながら笑顔で、

 

「私はこの世で一番凄い物を作って、この世界の一部になる。伝説を残すのよ」

「おい、冗談だろ?やめろ…やめてくれ……!」

「貴方はこれから私の伝説の一部になれるのよ。もう少し嬉しい素振りをしたら?」

 

 そう言ってフランは機械のとあるスイッチを押した。すると男の周りでガコンガコンと機械音を立てながら4本の棒が男を囲み、徐々に回転していった。

 

「な、なんだ!?何が起こってる!?」

「少し不快感を感じるかもしれないけど、すぐに済むよ」

 

 棒が目にも見えぬスピードで回転し、徐々にイナズマが走り始めた。男の身体はそのイナズマに当てられ、激しく痙攣を起こした。

 

「あがががががががが!」

 

 少しずつだが、男の顔の皮膚がペリペリと剥がれ、イナズマと同化していった。やがて同化する速度は速くなり、身体全体をイナズマが覆い尽くした。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 男は人間としての最後の悲鳴を上げた後、別の装置の中に吸われるかのようにして消えた。

 

 男は消えて、静かになった部屋の中でカメラを自分の顔に向けながらフランは笑顔で、

 

「見てる?お姉ちゃん。次はもっと凄いの作るから、ちゃんと見ててね」

 

 そう言ってカメラの電源を切った。そこで映像は途切れた。

 

「…………うわぁ」

 

 うわぁ。

 

 それしか言えなかった。いや、怖い。これガチの奴じゃん。もう嫌なんだが。関わりたくないんだが。

 

「ダークナイトで似たようなシーンありましたよね」

 

 さらにファンタジーの化身のような存在である天使からも有名な映画の名前が出てくることにもだ。異世界転生とはなんだったのか?

 

「あなたの妹かなりヤバイわね……」

 

 人を四六時中ストーキングしたり人前で鶏の首ちょん切ろうとしてた奴が引いていた。自分の事を棚に上げ過ぎだろ、コイツはたまに記憶が飛ぶのだろうか。

 

「というかヤバイどころではないだろう。君の妹は我等の国で人体実験を繰り返している。次の犠牲が出る前に早く止めなければ!」

 

 ダンゲルが慌てながら言う。そうだ、コイツをこのまま野放しにしておけばさらに犠牲者が出る。そしてこれを知っているのは俺達だけだ。早く阻止しなければ!

 

 …ん?いや待て、なぜ俺達が止めなきゃ行けないんだ?この場合は警察に通報だろう。いや、警察じゃなくて騎士団とかなんかだろうか。

 

「よし、この事件は俺達には手に負えん。ここはちゃんと通報しよう。電話番号は110番でーー」

「ちょっと!騎士団なんかに通報したら私の可愛い妹が捕縛されちゃうじゃない!」

 

 あれ、なんだか様子がおかしいな。さっきまで大人しかったんだが。

 

「いや当然だよね?むしろそれ以外何があるの?」

 

 俺は確認するように言った。

 

「私の!可愛い!妹よ!妹を探すのに協力して欲しいの!妹に会ったらちゃんと説得するわ!実験に協力した人達に一人ずつ謝罪させるから!そしたらタダで人形を作ってあげる!なんなら報酬もたっぷり渡すわ!だからお願いよ!」

 

 だが凄い勢いで捲し立てるモラン。俺はその剣幕にタジタジになりながら大人しく黙って聞いていた。なんでだ、さっきまでは普通の女性だったのにフランの事になると急に態度が変わったぞ。

 

「もしかしてあなた……シスコンね?」

 

 ターバン巻いたインド人のおっさんみたいな顔をしながらメアリーはズバッと当てた。ヤンデレにシスコン、ここに来てから俺は出会いに恵まれていないなと、つくづくそう思う。

 

「お願い……あなた達しか頼れる人がいないの。もし騎士団に捕まったら、妹はあの場所に収監されるに決まってるわ」

「あの場所?」

「デッドエンド精神病院っていう所よ」

「あっ」

「ん?」

 

 俺はメアリーを見た。だがメアリーは動じない。というか視線を合わせない。

 

「あの場所はここ、サンゼーユでも指折りの凶悪な犯罪者やサイコパスがひしめき合ってる悪夢みたいな場所よ!」

 

「いや、ちょ、モラン」

「んん?」

 

 俺はメアリーを見た。今度は至近距離で。だが彼女は目を合わせない。

 

「そ、そうよね。そんな危ない所に入れられないわよね!」

「オイ」

 

 コイツ前の会話を無かった事にしようとしてるな。

 

「メアリー、そういえばお前その精神病院に収監されてたって言ってなかったか?」

 

 俺がそう聞くとメアリーは冷や汗をダラダラ流しながら目を逸らした。この反応はクロだな。うん、完全にクロだ。

 

「い、いや違うのよ!私はただ呪術で人々に祝福を与えてたのよ。元気にして欲しいとか強くなりたいとかラノベ主人公になりたいとか色んな要求に応えてきたのよ!……代償はあったけど」

 

 最後の方が良く聞こえなかったんだが。

 

「とにかく!あんな場所に妹なんか入れたらどうなるか分かるでしょう!」

 

 モランは怒鳴るように言った。そうだった、今はモランの妹についての話だった。

 

「いやぁ……仲良くできるんじゃないんですかね?」

 

 クズとカスとクレイジーな野郎の寄せ鍋みたいな場所だ、さらにこの女の妹は真性のマッドサイエンティストと来た。おそらく同じシンパシーを感じた方々と仲良く交流出来るだろう。と俺が思っていたその時。

 

「お願いよォォォォォォォォ!!!!私頑張って説得するから!だから私から可愛い可愛い妹を取らないでェェェェェェェェェェェ!!!!」

 

 モランはみっともなく涙と鼻水を垂らしながら俺の膝下に擦り寄って来た。なんで俺が出会う女はこんな頭おかしい奴ばっかなんだ。女運だけヘルアンドヘルなんだが。

 

「安心してモラン。大丈夫、ちゃんとアナタの妹さんは見つけるわ」

 

 するとメアリーがモランの肩に手を置いて安心させるように言った。

 

「おい、俺達は見つけるなんて一言も言ってないぞ」

「それじゃあこれは『依頼』よ。行方不明の妹を見つけて欲しいっていうね。無事達成出来ればお金ももらえる。さらにダンゲルさんの身体も無料で作ってもらえる。でしょ?モラン?」

「え?……えぇ、そうよ。これは正式な依頼よ」

 

 メアリーはモランと共謀して俺を言いくるめようとしていた。実際俺達はフランを探し、見つけさえすれば後はモランが説得でもなんでもすればいい。そうすれば俺はお金を貰い、さらにダンゲルの身体もタダで作ってもらえる。たしかに悪くない。悪くない、が……

 

「な、なぁ…俺の意見は……?」

 

 完全に置いてけぼりにされたサードマンがおずおずと参加して来た。そうだった、コイツ被害者だったもんな。申し訳無いが完全に頭の中から消えかけていた。

 

「その件はどうか姉である私に免じて許していただけないかしら?」

「許せるわけねぇだろうが!こっちは身体魔改造されてんだぞ!?」

 

 サードマンはキレた。そりゃそうだ。身体を砂にされたのにごめんなさいで済まそうとしている。それで話が終わるなら警察はいらない。

 

「どうしても…ダメかしら……?」

 

 モランは白い研究服を脱ぎながら黒のタンクトップを右手の人差し指で伸ばしながら屈み始めた。……もしや色仕掛けか?確かにこの男はバカに見えるがそんなあからさまなハニートラップで恨みが消えるわけが……

 

「いや、ちょ、困りますよお姉さん……」

 

 いやこれ案外行けるな。

 

「あぁ、暑いわね。口論してたせいか身体が熱くなって来ちゃったわ。でもこの下ブラジャー以外なにも付けてないのよね……」

「そ、そうですね暑いですよね!」

「もし許してくれたら、アナタの身体は治してあげるし、これよりもっとスゴい事しちゃうんだけどなぁ……?」

「僕全然根に持ってないですよ!なんなら一生このままでもいいかなー!アハハハハ!」

 

 一瞬で解決した。やはりおっぱいは凄いのだなとこの瞬間で理解した。そしてこの女の危険さも。

 

「さて、こっちは解決したし、後はどうやってフランを探すかだけど……」

「それなら良い方法があるわ!私の呪術を持ってすれば探し人の場所くらい簡単に……」

 

 メアリーとモランは淡々と進めていった。やはり女は怖い。もう嫌だな……

 

「カナデよ」

 

 彼女等の恐ろしさに嫌気が差していると、ダンゲルがポンと俺の肩に手を置いた。何度でも言うが幽霊なので肩からは当然すり抜ける。

 

「女というものは男にとっては厄介で戦争の種火になるような奴等ばかりだが、それでも俺達男は惚れちまうのさ。男っていのはそういう生き物だ」

「ダンゲル……」

 

 なんか良い感じに纏めようとしていたんだろうが、結局男はアホって意味だよなと勘繰りながら、俺は巻き込まれるようにモランの(ヤバい)妹探しが始まった。



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第17話 双子は見た目は同じだが中身も同じとは限らない③

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「私の腕の見せ所ね!」

 

 メアリーが張り切って言う。俺達は今、どういうわけか玩具屋の店主であるモランの妹探しをする事になった。ちなみに妹はヤバい。はっきり言ってクレイジーだ。どれだけヤバい奴かと言うと、その辺の人間を拉致して砂にしたり稲妻に変えたりするイカれた女と言えば良いだろうか。

 

「でも、一体どうするの?最後に送られたのはさっき見せた動画だけで、場所の特定も出来ないのに……」

 

 モランが首を傾げながら言う。

 

「私はアクション映画の中で例えれば椅子の人よ!」

「椅子の人?」

「目の前のパソコンをカタカタ打って敵の情報を分析し、場所や弱点を調べる役って事よ!」

 

 メアリーはどこからか取り出した眼鏡を掛けてクイッと指で動かしながらもう片方の手でパソコンを打つふりをした。

 

「いつからお前はパソコンが得意なオタクになったんだよ」

 

 いつの間にかジョブチェンジしていたメアリーはフランを探す呪術の準備をしていた。地面に木の棒で何かを描きながら片手で祭り道具らしき謎の鈴をシャンシャン鳴らしながらブツブツと何かの呪文を唱えていた。

 

 しかし、今まで俺はコイツの事を人を呪う能力があるだけの女かと思っていたがまさか人探しも出来るとは思わなかった。呪術とは案外奥が深いのかもしれない。

 

「いやぁ凄いな呪術は!」

 

 ダンゲルがメアリーを関心を持って褒めた。それに対してメアリーはにへらと顔を緩ませた。褒め慣れていないのか?

 

「や、やぁね……お世辞なんて……」

「そんな事はない!先程の砂男の動きを止めた時も凄かった!アレがなければ俺とカナデはどうなっていたか分からない!君の力は凄い!」

 

 ひたすらダンゲルは褒めに誉めた。それに比例してメアリーはもっと顔を赤くさせ、手で顔を隠した。

 

「お前ってキャバ嬢向いてそうだな」

 

 褒めるのが上手いダンゲルに俺も何か褒めてやろうかなと思い、なんとなく言ってみた。

 

「キャバ嬢ってなんだ?」

 

 そもそもキャバ嬢という単語を知らなかった。

 

「御影様、貴方絶望的に誉め方が下手くそですね」

「やかましいわ。なあ天使、ここは俺達の世界の文化ってどれくらい根付いているんだ?」

 

 俺は天使に聞いてみた。最初に来た時には街頭テレビがあったり元の世界と同じような食べ物があったりと結構見劣りのない光景だったので少し気になっていた。

 

「そうですね…ある程度は浸透しているとは思いますよ。ですがそれではこの世界の景観を損ねてしまいますから建造物などは元のままの方が多いです。貴方達が見たあの建物は一部分に過ぎませんから」

 

 と簡潔に説明してくれた。言うなればアレか、京都のセブンイレブンのような地元の雰囲気に配慮したような作りが多くて俺達が見た景色だけが全てではないということか。

 

「それにしても呪術ですか……なんというか、旬ですね」

「何がだ?」

「今人気の週間少年ジャンプの漫画ですよ!アニメ化もしたあの!」

 

 さっきから何を言ってるのかさっぱり分からん。天使がジャンプの話してるのもさっぱりだがもう段々慣れてきた。慣れが怖い。

 

「悪いがジャンプは最近読んでないんだ」

「そんな!なんでですか!?」

「もう脳年齢が老化してきてな……最近の奴は受け付けないんだ」

「貴方まだ高校生ですよね?」

 

 まぁ読む気力が無いというのは正解ではあるが、もう一つ理由がある。ああいうトレンディー(死語ではないと信じたい)な漫画やアニメ、創作物等は人間だけでなく幽霊という例外もめちゃくちゃ好きなのだ。

 

 俺がコンビニに用があって入った時、ジャンプを立ち読みしてた20代のサラリーマンの後ろには20人以上の幽霊達がぎゅうぎゅう詰めで盗み見していた。それ以降最近のサブカルチャーには手を出しにくくなり、ついでに月曜日の朝のコンビニと本屋にもあんまり行きたくなくなった。

 

「ちょっと!あんなしょうもないのと一緒にしないでくれるかしら!?」

 

 メアリーが意外にも反論して来た。案外漫画が好きそうな気がしていたのだが彼女は好きではないのか?

 

「本ッ当に勘弁してほしいわ!あの漫画のせいで必ず聞かれるのよ!『呪術って妖怪倒せんの?』とか「領域展開出来るんでしょ?』とか!呪術をバカにしてんじゃねぇよ!!」

 

 メアリーはキレ散らかしながら呪術の準備をしている。というかさっきから一体何をしているんだ?俺には土いじりしてるようにしか見えないが……

 

「呪術は、人を殺すも活かすも出来る力。一度でも力の使い方を誤れば、心を呪いで蝕まれるの……()()()()()()()()

「あの人……?」

「…準備出来たわ。モラン、円の中に入って」

 

 俺はオウム返しで聞いたが、答えが返ってくる事はなかった。

 

 モランが円の中に入ると、メアリーは腰につけていた鞄の中から化粧品を取り出した。白い塗料と赤い塗料、そして黒の塗料。それらを自分の顔に塗りつけた。

 

「お、おい。何してんだ?」

「儀式の前のお化粧よ。これをしないと……」

「しないと?」

「死ぬわ」

「死ぬの!?」

 

 メアリーはさら謎の香水をシュッシュッとかけ、先程の鈴のついた道具を持った。

 

「さっ、これで今度こそ準備良しよ。それじゃあ始めましょうか」

 

 ついに準備を終えたメアリーがぱんぱんと手を叩いた。今のメアリーはまるでなんというか……

 

「ジョ…ジョーカーじゃん……」

 

 そう、顔が完全にあの道化王子だったのだ。怖い。俺はピエロが苦手なんだ。スプラッタ系のホラー映画や殺人人形、モンスターが出てくる奴は軒並みNGなのだ。

 

「えっ?ちょ、ちょっと?なんで引いてるの?」

「や、やめろ……これ以上寄るな……」

「……!」

 

 俺は彼女にそう頼んだが、何故か彼女はジリジリと寄ってきた。なんだ、息が荒い。そして俺は怖くて身体が上手く動かせない。

 

「おい!やめろ!来るなって言ってるだろ!?」

「ハァ…ハァ……!なんだが興奮してきたわ……!」

 

 クソッ!なんでこんなタイミングで発情してんだよ!頼むから時と場所を考えてくれよ……!

 

「あの……準備が終わったのなら早く始めてもらえないかしら?」

 

 後一歩、といったところでモランがメアリーに早く儀式を始めるよう急かした。

 

「そ、それもそうね!早速始めましょうか!」

 

 間一髪で俺はメアリーの魔の手から逃れる事ができた。モランが喋らなければ、俺は奴にエゲツない目に遭わされていたかもしれない……

 

「モラン……お前は良い奴だよ。本当に……」

「えっ?あぁそれはどうも…?」

 

 彼女には借りができた。この恩はいつか必ず返す。

 

「それじゃあ手順を説明するわ。まずこの儀式はティアラ様の力の一部をお借りして探したい人物の位置を割り出すの。さらにそれだけじゃなくて相手の五感を共有し、今何をしているか何を考えているか、さらに過去の記憶まで見ることができる。どう?凄いでしょう?」

 

 メアリーは淡々と説明してくれた。凄い能力だ、一方的に位置を割り出してこちらには何のダメージもない。本当に凄い力だ。

 

「お前、そんな便利な能力があったのか!今まで俺はお前の事をファッションヤンデレポンコツ呪術師だと思ってたが今回ばかりは本当に凄いぞ!」

 

 たまには褒めてやるのも仲間兼相棒の役目だ。俺は興奮しながらメアリーを褒めた。彼女は最初のうちだけキメ顔をしていたのだが砂の城のように徐々に崩れ、最終的にエヘエヘと恍惚的な表情になってしまった。

 

「も、もう!褒めても何も出ないわよ?あっ、愛情以外はね……」

「貴方達本当に仲がいいわね」

 

 未だ蕩けきった表情を元に戻さず、デレデレしてるメアリーを白い目で見ていたモラン。

 

「そ、そうかしら?まぁそうよね!なんたってここには皆の期待に応えるエリート呪術師がいるものね〜〜〜!」

 

 完全に皮肉を込めていったのだろうが、全く意味を理解していないメアリー。表情を戻すのに数秒を要し、ようやく儀式の準備を済ませ、キリっと澄ませた表情になった。

 

「さぁやるわよ!」

 

 メアリーの掛け声に、モランは無言でうなづいた。

 

 メアリーは両手で鈴のついた道具を掲げ、未知の言語で天に仰ぎながら呟く。

 

「ヌ・ボルタラ・ドゥ・ゲンド・ティアラグ・ガイ……」

 

 シャンシャンと鈴を鳴らしながら呪文を呟くメアリー。その姿は普段俺を困らせ引き攣らせ憔悴させるネジが数本飛んだようなヤンデレの姿は無く、さながら御仏にお祈りをしている麗しき巫女のような姿だった。

 

 少し雲があり、青を十分に見れなかった空は通常よりももっと速い速度で雲を邪魔だ邪魔だと押しのけるように消え、真っ青な空になり、太陽は燦々と燃えるように輝いた。

 

「ズリーズ・ズリーズ!ゲンド・ガイ・ドブ・ドルーズ!」

 

 カッと目を見開き、鈴をさらに天高く掲げ、祈るように見つめた。

 

 その瞬間、一瞬だったが俺達の周りが真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点は変わり、メアリーとモランはフランの中へとダイブした所から始まる。

 

『あぁもう!こんなんじゃダメよ!地味すぎる!もっと凄い物を作らないと!皆が私を忘れないような素晴らしい発明を!』

 

 フランは焦っていた。何かに追われるように頭を抱えながらガリガリと筆で何かを乱雑に書いていた。

 

「これが、フランの視点?」

 

 モランは誰に聞くでもなく確認するように呟いた。目の前にはテレビがあった。古いタイプで今時のような薄い板ではなく、分厚く、重そうな昔ながらのテレビだった。見続けているとフランの見ている物、考えていること、感じていること全てがモランに流れ込んで来ていた。

 

「いいかしら?ここはモランの今行っていることをリアルタイムで追跡出来る場所よ」

 

メアリーはモランにそう語りかけた。だがどこにもメアリーの姿はいない。

 

「ちょっと!どこにいるのメアリー?」

「ここにいるけどここにはいないわ」

「いや普通に私の後ろにいるでしょ」

 

 と思わせておいてモランの背後にいた。囁くように言っていたが吐息も聞こえて気配もあったため秒でバレた。

 

「普通の人が分かるように言ってくれる?私は貴方みたいな不思議ちゃんじゃないのよ?」

「ちょっと!?酷いこと言わないでよね!…私達は意識だけここに辿り着いたの。場所はもう特定した。でも長い間はここには居られないから出来るだけ早く彼女の目的と原因を探すのよ。わたしは五感を担当するからあなたは記憶と感情を探して。いい?」

 

 メアリーの言葉に、モランはうなづいた。

 

「記憶の探し方は簡単。周りを見れば光があるから、その光に近づけば記憶の断片を見ることが出来るからね」

 

 メアリーはそれだけ言うと目を閉じた。

 

「さぁて貴方は一体何をしようとしているのかしら?」

 

 メアリーはフランの視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚を共有し、フランに限りなく近づいた。今のメアリーはフランそのものだ。

 

『次の……次の段階に進むしかない』

 

 フランは謎の焦燥感に駆られながら次の段階とやらに移行しようとしていた。彼女の目に映ったのはたくさんのモニターだった。モニターの中には沢山の文字が羅列され、研究のデータのような物が表示されていた。

 

 さらに、どういうわけかメアリー達が暮らしているサンゼーユの街全体の地図も表示されていた。

 

『この粒子を人体に浴びさせれば能力は発現させられる……後は拡散装置を組み立てるだけ……』

 

 フランはモニターを時折見ながら呟いていた。チラリと見ては、キーボードをカタカタと鳴らしながら指で叩いている。入力してる内容も分からないメアリーにとっては何をしているのかさっぱりだった。

 

『魔法人間の元になる粒子を作って、それをサンゼーユ中の人達に摂取させられれば……私もお姉ちゃんと同じように……!』

 

 メアリーはフランの鼓動が速くなるのを感じた。そして多幸感がさらに高まり、嬉しさで汗がジトリと直で感じた。

 

「モラン…貴方の妹思ってたよりヤバい事考えてるわよ……!」

 

 メアリーはフランの恐ろしい計画を曲がりなりにも理解した。彼女は砂人間や雷人間といった超人を街全体の規模で作るつもりだ。こんな事を野放しにすれば一体どれだけの被害が生まれるか分からない。早く止めなければとメアリーは考えた。

 

 

 

 

    ***

 

 

 

 

 視点は変わり、モランはフランの記憶を探していた。何故こんな事をしたのか、モランには全く分からなかった。記憶に触れれば少しは理解できるのだろうかとモランは不安に思っていた。

 

 するとメアリーが言っていた通り、目を凝らすと鈍く光る小さな灯りが見えた。

 

「あれがメアリーの言ってた記憶の断片かな?」

 

 モランは光に少しずつ近づいた。すると光は徐々に強くなり、モランの周りを包み込んだ。

 

「うわ眩し……!」

 

モランは咄嗟に目を瞑った。だが一瞬だったため、すぐに目を開けると、今まで真っ黒だった空間から一変していた。

 

「あ、あれ?今まで周りは真っ暗だったのに……しかもここ私の家!?」

 

 モランは気づけば家の庭にいた事に、そしてここが自分の家だと理解した。だが今の家ではない。かつて子供の頃家族と住んでいた、懐かしい景色だった。

 

「凄い…昔と全く同じだわ……!何で植えたか分からない無駄に大きい木!何で買ったか分からない悪趣味なおもちゃ!何で読んでたか分からない全然タメにならない自己啓発本!…今思えば本当に何でこんな物が家にあるか分からないわね……」

 

 せっかく懐かしの家にやって来たのに急にナイーブな気分になったモランは自身の目的を改めて思い出した。そうだ、フランがこうなったきっかけを調べなければ……!と。

 

 モランは家の扉を開け、玄関へと入る。中に入ると二人の男女の声が聞こえた。

 

『貴方ー?私の本を知らない?』

『えっ?もしかしてあの【女の興味を財布の中身からパンツの中身にすり替える108の方法】ってやつ?庭に置きっぱなしだったような……そもそも誰も読まなそうだし娘達には悪影響だから捨てた方がいいんじゃないか?』

 

 父と母だ、とモランは確信した。そして庭にあったあの謎の本のタイトルも明らかになった。何故あんな自然素材の無駄遣いのような本が家にあったのかは謎だが、モランはこっそり隠れていた。

 

「こ、これは隠れた方がいいのかな?そもそも記憶の中だから動き回ってもいいのかな?」

 

 モランが判断を決めかねていると、目の前に彼女の母が現れた。

 

「うわっ!」

『それがねぇ、結構タメになる事が書かれてるのよ。女の心理が事細かく記されててこんな女にならないよう気をつけよう!って気になれるのよ』

 

 だがモランの母はモランを貫通したまま通り抜けていき、庭へと出ていった。

 

『あんなの資源と金の無駄だろう……』

 

 モランの父は呆れながら呟いた。モランも「それは私も同意するしかない」と聞こえないとは分かりつつもうんうんとうなづきながら言い、2階へと上がっていった。2階には私のの部屋があったはず、と思い出しながら階段を上がる。

 

『それでね、その本に書いてあったのよ。【女は金持ちの男が好きだがイケメンとスポーツが出来る優秀な男にはすぐについていく。なのでまずは顔面を変え、何かスポーツに励むべし】って!コレって本当なのかな?』

 

 幼少期のモランが一人で喋っていた。正確には彼女の中にいる妹であるフランとだが。

 

『お姉ちゃんその本は興味ないかな』

『ええっ!?』

 

 フランはあっさりとモランの言葉を一蹴した。

 

『じゃあ次は【ババゴリアンでも分かる!ゼロから始める魔法入門書】を……』

『それも興味ないかな』

『そんな!?』

 

 フランは残酷にもモランの読んだ本の話題をゴミを捨てるかのように切り捨てた。現在のモランも「何故私はこんな本を読んでいたんだろう」と自分で後悔していた。

 

『じゃあ話題変えよっか……フラン。もし、もし自分の身体があったら…何がしたい?』

 

 と、いきなり幼少期のモランが核心をついたような事をフランに聞いた。フランは『う〜ん』と考え込んだ。

 

『分からない。考えた事もなかったな。特にないかも』

『またまた〜。何かしらあるでしょ?お腹が爆発するくらい料理を食べたいとか、目が枯れるまで本を読みたいとか足がボロボロになるまで大地を踏みしめたいとか!』

『そこまで自分を苦しめたい願望はないかな』

 

 明るく話すモランに冷静な返しをするフラン。昔の私はこんなにもアホだったのかと現代のモランはため息をこぼした。

 

『本当に?本当にないの?』

『うん…ないかも。ごめんね』

 

 フランは申し訳なさそうに謝り、『そっかー』と返すモラン。

 

『…私はいつかフランの身体を作ってみせる。そしたら『私の自慢の妹のフランはここにいる!』って皆に言うの!』

 

 モランは意気揚々と将来の夢を語る。そうだ、私の原点はいつだって妹のためだった。妹のためだったらどんな辛い事だって耐えられるし、実際研究していた時は大変だったけど楽しかった……とモランはフランの記憶の中で思い出していた。

 

『だから……私の妹なんだもん、私の発明を超えるような発明をしてほしいの!私が貴方にしてあげるように、誰かのためになるような素敵な発明をして欲しい。これならどう?』

『……!』

 

 モランは笑顔でそう言った。もっとも心の中で会話しているため、笑顔は必要なかったがフランはモランの話を聞いて、何か感銘を受けたようだった。

 

『分かった。私、お姉ちゃんを超えるような発明をする!皆に私の存在を知ってもらうような凄い発明をする!』

 

 フランは明るい声でそう言って笑った。彼女には顔が無かったが、モランは今の彼女は笑顔で微笑んでいることはすでに分かっていた。

 

「もしかしてフランは子供の頃からずっとこの夢だけを実行しようとしていたの……?」

 

 記憶で出来た部屋は消え、辺りは再び暗闇に戻った。

 

「モラン!」

「メアリー?そっちはもう終わったの?」

「もうここから出ないと!」

「え?そ、そうね!確かフランが危ない事を……」

「それもそうだけど違うわ!奴ら……()()()()が私達を嗅ぎつけた!」

「えっ?」

 

 そこにメアリーが現れた。メアリーは必死な形相で儀式の最中に唱えていた呪文を早口で言い終え、モランの手を掴んだ。そして、メアリーの言う通り、彼女の後ろには死神のような恐ろしい姿をした異形の存在が近づいていた。

 

「ギャアッ!?」

「いい驚き方ね!私も初めてやった時貴方にも負けないような顔をした物だわ!」

「そんな事より早く出してよォ!?」

「目をつぶって。そしてここから出るイメージをするの。いい?」

「いいわよ!」

 

 メアリーとモランはお互いの手を掴み、目をつぶってここに来る前の外の風景を頭に思い浮かべた。

 

 すると身体が羽のように軽くなり、上昇しているような感覚になった。

 

「絶対に目を開けちゃダメよ!開けたらアイツ等があっという間に追いつかれてずっとこの中で彷徨い続けることになるからね!」

「わ、分かったッ!」

 

 メアリーの警告をしっかりと聞き、メアリーの手をガシリと掴み自分の目をギュッと瞑った。

 

「オアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

死神の嗚咽のような叫びが聞こえた。モランは「ヒィィィィィィィィ!」と怯えた。

 

「あばよとっつぁ〜〜〜ん!」

「今ここでモノマネするゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 ルパン3世の微妙に似てるような似てないような声真似をしながらこの空間から出ていった、、

 

 

 

 

 

********************************

 

 

 

 

 

 やがて上に昇るような感覚は消えた。だがモランはメアリーに言われた通り、まだ目を瞑り手を握っていた。だが。

 

「モラン。もう手を離しても大丈夫よ。現実の世界に戻ってきたわ」

 

 メアリーが安心させるように言う。ここは現実、ここは現実……モランは自分で念仏のように心の中で唱え、少しずつ目を開けた。

 

「ねっ?大丈夫でしょ?」

 

 モランの目の前には真っ白な顔面に目元が黒く、赤い口紅をつけたピエロのような顔の女が肩を掴んで笑顔で笑っていた。

 

「ヒィィィィィスレジャァァァァァァァァ!?!?!?」

 

 直後モランはあひあひと痙攣しながら気絶した。

 



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第18話 家族たるもの言いたいことがあるならはっきり言え

 

 俺は今、困惑していた。

 

「モラン!モラン!?そんな……嘘だと言ってよォォォォォォォォォォォォ!!!」

「あ…あ……あひ…………」

「まずいぞカナデ!救急車……かかりつけ医……誰かー!どなたかお医者様は居ませんかー!?」

 

 何をどうすればこうなるか、君達には理解できるか?……俺は分からない。

 

「あわわ……!ど、どうしましょう御影様!?」

「家に帰って寝たいなぁ」

「御影様!?しっかりしてください!」

 

 現実逃避したくても、時間は常に進み続けて俺を現実に戻してくる。そしてSNSで「〜で涙が止まらない」という構文があるが今の俺はそれだ。ガチのマジで涙を流していた。仁王立ちで。

 

「……とりあえずモランの家に運ぼうか」

 

 俺は無心でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

******************************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ〜ん……海外ドラマ……シーズン多過ぎなのよ…………ハウアッ!?」

「なんだその寝言」

 

 変な寝言を言いながらモランは目覚めた。いや、本当に変な寝言だったな。何故寝ている時に海外ドラマ視聴者特有の悩みを……?

 

「ああ!良かった!目が覚めたのねモラン!」

 

 ガバッとメアリーはモランを抱きしめた。実際はピエロ姿の女がドアップで迫って気絶しただけなのに大げさな……いや、俺でも気絶するかちびるだろう。ピエロ姿の女だぞ?恐怖でしかない。

 

「それで?フランはどこにいるんだ?目的は?」

 

 俺はちゃんと把握できてるかどうかメアリーとモランに聞いた。

 

「それはね……かくかくしかじかよ」

「いやそれじゃ分かんないからちゃんと言えよ」

「長くなるでしょ!?」

 

 メアリーはぷんぷんという謎の擬音を放ちながら彼女達が何を見たのかをある程度は聞くことができた。

 

 モランの妹であるフランは遂に自分の身体を手に入れ、姉の偉業を超えるためこの国、サンゼーユの人間に彼女が作った魔法を使えない人間でも魔法を使えるようになる謎の粒子を撒き散らしてメタヒューマン…ならぬマジックヒューマンを作ろうとしているということだ。

 

「早く説得しに行かないと。場所はわかってるんだろ?」

「ええ、ちゃんとこのスマホに表示されてるわ」

 

 そう言ってメアリーは自分のスマートフォンを見せてきた。画面には簡略化された地図とピンマークがあった。つまりはG〇〇gleマップだ。

 

 なに?隠しきれてない?ちゃんと丸で誤魔化しているだろう。それが露骨?そんな小さい事を気にするほどお前のケツの穴は小さいのか?

 

「いやぁ、でもいいのかなぁ……」

 

 天使が突然疑問を口にした。

 

「ん?何がだ?」

「この国は魔法を使える人間と使えない人間とはっきり分かれてるんですよ。それゆえに魔法を使えない人間達は不当な扱いをされている事が多いんです」

「……そうなのか?」

 

 俺は天使の話を聞いて少し心が揺らいだ。

 

「たしかにその子の言う通り、この国では魔法を使えない人達をイジリと称して精神的苦痛を与えるマジックハラスメント、通称『マジハラ』なんて言葉が流行ってるくらいだしね」

「うわ、陰湿だなオイ」

 

 マジかよ、そんな日本でも起こっている似たような言葉があるのか。

 

「あまりに耐えられなくて身体を壊したり精神を病んだり、最悪自殺なんて事も起こってるみたい。だからモランの妹ちゃんがやろうとしてる事も、分からなくは無いかなって思うの……」

 

 メアリーは複雑そうな困った表情で俯いた。

 

 確かに、人は自分より下だと思っている人間に対して酷い事を平気でしてしまう。全ての人間がそうではないが、半分以上はそうなのかもしれない。

 

「…だから?関係ない人間を捕まえて拘束して実験台にするの?そんな事が許されると思ってるの?」

「モラン…」

 

 ただ、5人の中でただ一人はっきりと否定したのはフランの姉であるモランだった。

 

「私はフランが大好きよ。可愛い妹だし、妹がしたいと思ってることはなんでも尊重してあげたい。さっきまではそう思ってた」

 

 モランは吐き出すように言う。先程まで過保護気味だった姉とはまるで雰囲気が違う。この短期間で何故ここまで心変わりが……?

 

「でもそのために関係ない人間を捕まえて、酷いことをして間違った方法でやろうとしたことは許せない。ちゃんと面と向かって怒ってあげなきゃ」

 

 彼女はもう決めたようだ。妹と会って顔を見て叱る。ただ甘やかすだけが家族じゃない、俺はそんな当たり前な事を改めて理解した。

 

 俺は一人っ子だから兄弟姉妹の楽しいこと悲しいことは分からない。だが、彼女の瞳からは家族として、姉としての矜持のようなものを感じた。

 

「モラン……俺はアンタを誤解してたよ。妹大好きなサイコシスターでコイツらと同じく人間としての常識が欠如してたかと思ったけど、ちゃんと善悪の区別は出来るんだな」

「ちょっとそれモランに対して失礼でしょ!?」

「流石に女性に対してそれはないだろう。謝った方が良いぞ」

「僕もそう思います」

「えぇ…?」

 

 俺以外の全員が侮蔑の目で俺を見た。

 

 自分のことは良いのか……

 

「まぁ乗りかかった船だ、最後まで付き合うさ。で、場所は?」

「付き合ってるのは私とカナデでしょ!?この女たらし!」

「お前それ以上事をめんどくさくしたら地中海に沈めるぞ」

 

 いつも通りの漫才をしながら俺はスマホの中のフランのいる場所を見る。なんとその場所は……

 

「あのタワー…か?」

 

 場所はこの王国サンゼーユの中でも一番高い建物のマテンロータワーだった。俺はスマホだけでなく実際にあるマテンロータワーを見つめる。様々なビル群や家の中でも群を抜いて高くそびえ立っていた。

 

「変な名前だな」

「マテンロータワーは我が国サンゼーユを一番高い場所から見渡せる塔。私の先代の王が計画し、カナデのような別の世界から来た技術者の手を借りて設立した我が国の象徴的塔だ」

 

 ダンゲルはしみじみと鑑賞に浸りながら言う。

 

「あそこは私が子供の時からある塔だ。あの頂上に登るたび、私はこの国の人々の生活している姿、生きている姿を見て私は心を引き締めていた」

 

 俺にとってはただのバカでかいタワーだが、ダンゲルにとっては思い出であり大切な場所というわけか。

 

「あそこからばら撒く気か。実行に移す前に早く行かないと」

「そうね、恐らく向こうも私達の存在を感知してるだろうし」

「だな。それじゃあ早速……おい、お前今なんて言った?」

 

 今、メアリーがおかしな事を口走った。なんで俺達の存在を……?

 

「言い忘れてたけどあの儀式はね、対象の記憶や五感をジャックする事が出来るけどそのかわりに相手にも同じ事が一瞬起きるのよ」

「ふむふむ」

「だからフランはもう知ってるだろうから計画を早めちゃうかも!だから早く行くわよ!」

「は?」

 

 えっ何コイツ、そんな大切な情報を今の今まで言わずにいたの?ほうれんそうって知ってる?

 

「お前さぁ……」

 

 俺は怒りを抑えるべく深く呼吸をした。だが、何故かするたびに怒りはみるみる溜まっていく。

 

「もー!こういうのは連携が大事なのよ?あなた一人がぐずぐずしてると皆に迷惑がかかるんだからね!」

「は?」

「ごめんなさい私のミスですもうしません」

 

 コイツはやる時はやる奴だと思わせといて結局なぁ……褒めたら褒めたで次は致命的なミスを犯してしまう。本人は頑張ってるつもりなんだろうが……

 

「お前次こういうミスしたら2時間鼻うがいさせてやるからな」

「拷問じゃない!?」

 

 俺は警告も含めてメアリーに言った。ちなみに鼻うがいとは、液体を鼻腔から入れ口や鼻から出し、鼻腔内を洗浄する方法のことである。さらに生理食塩水鼻スプレーまたはネブライザーを使用して粘膜を湿らせることを指すこともある。

 

 俺は一体誰のためにこんな説明をしているんだ?

 

「じゃあ場所もわかったし今度こそ彼女を止めに行くか」

 

ようやく場所を特定し、準備もモランも復活したので出発できるようになった。目指すはマテンロータワー。どうして俺がこんなアクション映画の後半みたいな状況になっているのかは分からないがもうかなり深く関わってしまった。後には引けない。

 

 そして展開が遅すぎると読者に言われていないか不安な作者のためにも、俺達は足早にタワーへと向かうのだった。

 



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第19話 家族たるもの言いたい事があるならはっきり言え②

不定期ですが投稿はしていきたいと思いますよろしこしこ。


 

「でかいな〜」

 

 俺はタワーを見上げながら言った。

 

 もしかしたら東京スカイツリーを越えるんじゃないかと思わせる程高い。強固な骨組みと豪壮な見た目、そして一面ガラス張りの螺旋構造という豪華な装飾だった。本当はもっと言いたかったが語彙力が足りないので割愛させていただく。

 

「やっぱりフランちゃんは屋上かしらね?それにしてもここに入るのは初めてだわ」

 

 メアリーが俺と同じく上をボーっと見上げながら言う。彼女は現地人だからこういう有名な場所には来たことがないのだろうか?

 

「なんだ、メアリーよ。来たことはないのか?」

 

 ダンゲルがメアリーに問う。すると彼女は「言い方が悪かったかしら」と言った。

 

「ここには私が赤ちゃんの時に来たの。でも覚えてないから初めて来たようなものねそ、その……」

「その?なんだよ急にもじもじして?」

 

 メアリーが俯いて両指の人差し指をつんつんくっつけながらごにょごにょ口元を動かしていたので俺は気になって聞いてみた。

 

「と、友達と来るのは初めてだったから、こんな状況だけど…楽しくって……!」

「えっ……」

 

 と、またもや普段とは段違いの友達ゼロの乙女みたいな事を言い出した。何故だ、いつものテンションで言っとけばこんな変な空気にならずに済んだのに何故そんなくねくねしながら言うのだろうか。

 

「そ、そうよね!モランの妹ちゃんが大変な事をしでかそうって時にウキウキなんかしてらんないわよね!ごめんなさい!」

 

 とメアリーは謝罪をした。

 

「あのなぁ、普段俺を精神的に追い詰めて愉悦に浸ってるお前がいきなりそんな事言ったら温度差激しくて風邪引くわ」

「えぇっ!?そんなに!?」

 

 俺がそう言うとメアリーと俺以外のメンツはうんうんと首を縦に振って頷いた。

 

「会ってちょっとしか経ってないお前に言うのも不自然だけど、嬉しい時くらい嬉しいって言え」

「!」

「第一俺は日常的に人と幽霊の声が聞こえてうるさいんだから騒音少女のお前一人が騒いだところで大して変わらないよ」

「わたしそんなにいつもうるさいの!?」

「そういうところだよ」

 

 俺はピーピーうるさいメアリーの声を両手で耳を塞ぎながらタワー内部へと入った。基本的に誰でも入れるからか結構な数の人達がいた。老若男女、焼肉定食。最後の言葉はいらないが様々な年齢の人達がいた。皆楽しそうにタワー内部の売店の商品を見ている。

 

「いやーなんていうか……本当に日本と変わらないな」

「まあ転生者の皆さんが頑張り過ぎたんですかねぇ……多分割とそちら側の文化の影響を強く受け過ぎているかもしれませんね。あっでもこのタワーは現地のとある人が作ったんですよ

。名前は確か……マゴール、マゴールなんとかって名前だったような……」

「マゴール・ナントカって名前じゃないよなまさか」

 

 俺は独り言として言ったつもりだが天使がそれを拾って言った。これは大丈夫なのだろうか。こっちの世界の文化を完全に潰しにかかってないか?

 

「ああでもでも、地元の方達が議論を繰り広げた結果残しておくべき文化はそのままに、取り入れるべき文化は取り入れていい感じに交わっているらしいですよ」

「本当かよ……」

 

 天使のあやふやな物言いに俺は不信感を覚えたがそんな事は後で考えれば良い。今はフランをどうにかせねば。

 

「なぁモラン、何かいい考えはあるのか?」

「お姉ちゃんである私がお姉ちゃんの愛を伝えてハッピーエンド。以上」

 

 以上ではなく異常だよ。

 

「出来ればちゃんと考えて欲しいんだが」

「ちゃんと考えてるわ。私がフランに今やってる事は危ないし人に迷惑をかけてるって事を説明して考えを改めさせるの。そうしたらやめてくれるはず」

 

 そんな風に上手く行くかなぁ……勝手に人の身体弄って高笑いする女だしなぁ……

 

「誰かに聞いてみるか。もしかしたらフランを見たって人がいるかもしれない」

 

 人探しの定番、聞き込みだ。タワー周辺に怪しい人物や物がないか一人一人に聞いていこう。何か見た人がいるかもしれない。

 

「すいません、今お時間よろしいですか?」

「ん?いいけど。なんだい?」

 

 俺は近くのカップルに聞いてみた。俺の少し上くらいの雰囲気だったが服装がどうも場違いだった。灰色のジャケットだが所々紫色のネオンのような光が袖や

肩やらについていた。しかも目がおかしい。カメラのようなレンズで機械的な見た目だった。

 

「え、いや、あの……」

「ああ!もしかして君転移者だろう!?そりゃあ驚くのも無理ないよ!僕は隣の国のマッドギアからやってきたんだ」

 

 いや待って待って。えっ、隣の国はこんなサイバーパンクな奴らがいるのか?

 

「やっぱり転移者は驚いてくれるから飽きないね、ブルート」

 

 隣にいたのは彼女だろうか、ブルートと呼ばれた男の後ろから姿を見せた。

 

「ルミール、君も好きだろう?」

 

 人の形を残したピンク色のメタリックな装甲を身につけたサイボーグの姿がががががが!!!

 

「うわあああ!!なんなんだよアンタら!?なんでサイボーグがいるんだよ!?一体どうなってんだ!?」

「レディに対してうわあ!とは酷いじゃない?」

「レディ!?アーマロイドが先につくタイプの!?」

 

 俺は混乱し錯乱した。いったいここはどうなっている?魔法があったり魔物がいたりビルがあったりサイボーグがいたり……気が狂いそう。

 

「ハハハ。やっぱり彼も君のマゼンタの肌を見て心を奪われたようだね」

「もう!私の肌を触る権利があるのは貴方だけよ。悪いけど私に触れるのは彼だけなの。ごめんなさいね?」

「俺が奪われたのは心じゃなくて正気だよ」

 

 勝手に自分達のラブラブワールドに入らないでいただきたい。俺達は急いでいるのだから。

 

「あー、あのすみません、俺達この女性を探しているんです。心当たりありませんか?」

 

 俺はモランのスマホを彼等に見せた。写真のライブラリが彼女自身の自撮りだらけで君が悪かったが、その中で顔が1番写っている画像を見せた。

 

「ん……?あぁ!似てる似てる!さっき通った作業員の人と似てるよ!」

「えっ本当ですか?」

「もちろん!僕の脳に記録データが入ってるけど見る?」

「いや記録データってなに……?」

 

 言ってる事は理解できるんだが突然SF的な事言われると驚く。

 

「ちょっと待って今見せるから」

 

 そういうとブルートは固まった。というより動かなくなった。笑った表情はそのままに、人形みたいに動かなくなった。

 

「あ、あれ……ブ、ブルートさん……?」

 

 だが俺が声をかけた瞬間、ブルートの両目から床に何か映し出された。映像だ。FPSのガンシューティング系のゲームをやったことはあるか?俺達が目にしているのはそれだ。ブルート自身の目線だった。

 

「えぇ〜……なんでもありかよこの世界……」

 

 俺は目の前の何度目になるか分からない現実に助走をつけられて頭突きをされるような感覚に陥るがとりあえず彼の目から映る映像を見てみた。流れに身を任せる事も時にはまた大切なのだ、と俺はとにかく自身に言い聞かせる。

 

『今日は一番上まで登ってみようよ〜!前来た時は登れなかったじゃん!』

『確かにそうだね。僕も一番上からこの国を見下ろしてみたい。職員の人に聞いてみようか』

 

映像の中にはタワーの中を彼の恋人であるルミールとまたもやイチャイチャする様を見せられていた。いつ見ても他人の惚気ているシーンは見てて良い気分はしないな。まるでピザデブの臭い靴下を鼻に押し付けられてる気分だ。

 

『あ〜すいません。実は今日は頂上付近の点検の予定が入っていて登れないんですよ』

 

 そこに突然説明を加えてきた人物がいた。青い作業服と帽子を深く被っていて茶髪、長かったのかゴムで縛り後ろに纏めてポニーテールにしていた。見た目はチラリとしか見えなかったが肌が白く、まつ毛が長かった。

 

 どうやら作業員なのか、かなり大きめのサイズの機材をカートに乗せて運んでいた。

 

『えっそうなんですか?残念だなぁ』

『えぇ〜行きたかったぁ〜』

『すいませんねぇ〜。こっちも仕事でやってますから、勘弁してください…ですがこれから特別なショーがあるんですよ』

『ショーだって?それはいい!ルミールも見ていくだろう?』

『もちろんよ!楽しみにしてるわ!』

『ありがとうございます』

 

 そう言って女作業員?はエレベーターへと入っていった。そして映像はここで止まり、俺とメアリーとダンゲル、そしてモランは顔を見合わせる。これは間違いなく……

 

「早く頂上に行かないとヤバイことになりそうだな」

 

 俺がそう言うと皆うんうんと首を縦に振った。

 

「ありがとうございました。おかげでどこに行けばいいかわかりました」

 

 俺はちゃんとお礼の言葉を言いたかったが今は時間が惜しい。俺達は頂上に向かうべくエレベーターへと向かった。

 

 エレベーターの中は割と広めで数十人は入れる大きさだった。中は緩やかな音楽が流れていて緊急事態だというのに気持ちが落ち着いて和らいでしまった。いや、冷静になれるのは非常にいいことなんだが。

 

「ねぇブルート、今日は楽しい出来事がいっぱいあって楽しいねぇ!」

「そうだなマイチャッピー!今日は最高にツイてるぜ!」

 

 なんでまだいるの?

 

 いや、まぁ行き先が一緒だった可能性もある。避難勧告でもしようかとも考えたが、フランの気に触れさせたくなかったし正直言ってこういうことはこっそり片付けて目立たないよう片付けたかったのもある。だが何故…?

 

「あら?貴方達なんで一緒にいるの?屋上からの景色でも見たかったの?」

 

 おお!俺が聞きたかったことを聞いてくれたなメアリー!後で褒めてやろう!

 

「え?なんでって……あのエンジニアの人も言ってたじゃないか!これから楽しいショーが始まるって!」

「い、いやでもひょっとしたら危険かもしれませんよ?」

「安心して!彼の勘は当たるのよ!」

 

 俺がボソリと呟くと、ルミールは付け加えるように言い放った。

 

 確かに当たってる。当たってるよ。俺達はこれからイカれた科学者のイカれた妹の狂気の計画を阻止するために説得しに行かなければならないからね。

 

「それにしても随分長いわねぇ。これ何階まであるのかしら?」

 

メアリーが少し退屈そうに言った。それもそうだ、俺達が乗り始めて30秒以上は経過してる。東京スカイツリーかそれ以上になりそうだ。

 

「ふふ、そりゃそうさ。この建物は蚊の有名な建築家、ジジステン・ビルドベルクスの孫のマゴール・ビルドベルクスが作った建物だ。見た目も中身も完璧に決まってる!」

「凄いな!マゴールが作ったとは!俺の国のマッドギアも一目置いてる有名人だよ!」

 

 このタワーの建築者の名前で盛り上がってるとこ悪いんだが、君達これから何するかわかってる?

 

「き、危機感が!危機感が足りないわよ貴方達!」

 

そんな中、唯一黙っていたモランが大声を上げた。やっぱり彼女が1番大局を見据えていた。彼女の妹が凶行を企てているのだ。神経質になるのも当然だがどうか気を強く……

 

「こ、こここんな高さのエレベーターに乗って落ちたらどうなるか分からないの!?」

「危機感ってそっちのかよ」

 

 可哀想に、高所恐怖症だったんだ。個人の病気や苦手な物にとやかく言うほど嫌味な性格は持っていないが、これから妹を説得するのにそんな状態で大丈夫なのだろうか。

 

 チン、と小気味のいい音がなった。到着の合図だ。エレベーターの扉は正常に横に開き、外の空気がエレベーター内に侵入した。思ったより長くエレベーターに乗り、高い場所に上っていたからか耳がキンキンとなっている。正直言って何も聞こえない。

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!聞こえない!何も聞こえないぃぃぃぃぃ!」

 

 モランが何か叫んでいるが何を言っているのかまったくわからない。多分なにかどうでもいいことを必死に訴えているのだろう。

 

「とりあえず耳がよく聞こえる呪いをかけておくわ」

 

 メアリーは俺たちに何か言った。寛恕は両手をかざし、ブツブツと呪文のような言葉を囁いた。するとどうだ、今まで耳つんぼだった俺たちの耳はあっという間にクリアになった。耳の中から老廃物を掻き出されて風通しが良くなったみたいだ。

 

「ハイ、耳が良くなる呪いよ。その気になれば100メートル先に落ちた針の音だって聞き分けられるようになるわ」

「本当なのかそれ?だとしたら凄いバフじゃないか」

「その代わりに幻聴が聞こえるようになるけどね」

「あーカス」

「ひん!」

 

 そう、彼女の呪いは一見使えるようで全く使えないカスみたいな能力だ。まぁ使い方さえ考えれば千人力なんだがね。

 

「し…!皆静かに!聞こえる?」

「聞こえるとは何が聞こえるのだモランよ」

 

 モランは目をつむって俯いたまま首を傾げたりしていた。そして数秒後、カッと目を開くとブルブルと震えながらニヤリと笑った。

 

「妹の吐息よ」

「どこ聞いてんだよ」

 

 重度のシスコンが妹の吐息が聞こえるとかいう恐怖発言に俺は鳥肌が走り、ついツッコんでしまったが少なくともフランは近くにいる。それもかなり近くに。

 

「フラーン!お姉ちゃんよ!お姉ちゃんが、お姉ちゃんが!あなたを迎えにきたわよ!」

 

 わざわざ変なところを強調してフランを探すモラン。俺も彼女と同様、耳を澄ます。確かに今までよりも鮮明に聞こえる。風が雲を運ぶ音、下にいる民衆の声。

 

「冷やし中華は好きじゃない……夏に食っても美味くねぇよ……」

「いや、そんなことよりチャーハンにかまぼこ入れる方がどうかしてるだろ……」

 

 見知らぬ誰かの食事情まで聞こえた。これアイツの言ってた幻聴だろ。こんなどうでもいいことに耳を貸すな。探すのは1人。俺達と同じ階にいるフランだ。俺達とフラン以外にもたくさんの人がいた。幽霊もそうだ。アイツ等浮遊できるからあまりここにはいないが、それでも何人かはいた。そいつ等を除いても、人気観光施設故にここの景色を見たいと思っている人間はザラにいるのだ。何か起こる前に一刻も早く見つけないと。

 

「オイ、ブラザー見ろよ!アレじゃないかお前の探してる女性って!」

 

 ブルートが指で示したのは巨大な筒状の装置を組み立てているモランと瓜二つの女性が居た。

 

「でかしたぞブルート!早く行こう!彼女を止めないと!」

 

 俺達は急いで彼女の元に走り出した。遂に見つけた。さぁ、後はモランの出番だ。強大な姉妹パワーでさっさと解決してくれ。

 

「フラン?貴方よね?私よモランよ!」

 

 モランに名前を呼ばれると、その女は装置を組み立てる手をピタリと止め、こちらをゆっくりと振り返った。

 

「久しぶり。お姉ちゃん」

「ああ〜かわいい!流石は私の妹!振り返る姿も可愛いわ!」

「頼むから落ち着いて冷静にしててくれないか」

 

 シリアスな場面だったろ今。なんでこの妹狂いのシスコン女はこうも空気をぶち壊す。最悪だ。これで一気に空気が変わった。

 

「お姉ちゃ〜〜〜ん!私も会いたかったよ〜〜〜!」

 

 !?お前も!?お前もそのスタイルで行くの!?

 

「この姉にしてこの妹あり、と言ったところだな、ルミール」

「姉妹愛というのも悪くないよねブルート」

 

 しみじみと感慨深く感じてうんうん頷きながらブルートとルミールは笑っていた。クソ、どうするんだこの空気。おまけにこの騒ぎで周囲の観光客達がこちらを見ている。

 

「もう!心配したのよ!?連絡もあのサプライズビデオ一本だけ!気が気じゃなかったわ!」

「ごめんなさい、お姉ちゃん。どうしても成し遂げたい事があって手が離せなかったの!許してくれる?」

「うーん、許す!」

 

 前言ってた事をこの女はもう忘れたのだろうか。更生させるみたいなこと言ってただろ。なにちゃっかり許してんだ。

 

「それじゃあもう帰りましょ!その身体はちゃんとご飯も味わえるよう作ったの。だから食卓を囲んで一緒にご飯を食べて、どんなのが好きだったとかあれは嫌いとか、いっぱい話しましょう!」

 

 モランがフランにそう言った時、フランは「ごめんなさい」と静かに呟いた。途端に空気が変わった。表情が一瞬で冷たくなった。彼女の瞳には、何か、熱のようなものがあった。

 

「私は、お姉ちゃんに誇れるような妹になりたい。だからこれだけはやり遂げないと」

 

 そう言って装置の前に立ち戻った。その装置はキーボードと筒状の太く長い棒が4本あり、あの動画の中の装置をそのまま大きくしたかのような見た目だった。それはゆっくりと、始動運転するかのようにゆっくりと周り、ブォンブォンと不穏な音が鳴り始めた。

 

「フラン…?フラン!やめなさい。こんなことしたら街が大パニックになるわ。もうこんなことはやめて帰りましょう?もう一人でいる必要はない。もうやめて」

「いいえ、こればかりは邪魔させないわ。例えお姉ちゃんでも」

「わがままを言うところも可愛いけれど、そこまで言うなら力づくでやめさせる」

 

 モランがフランに近づこうとすると、5人の男がモランの前に立ちはだかった。それぞれ黒い外套とマントを羽織り、虚な瞳で目の前に姿を現した。

 

「お姉ちゃんを傷つけたくない。だからそこで見てて。私が偉業を成す瞬間を」

 

 フランはキーボードの音を鳴らしながら黙々と作業に移る。モランは拳を握って黙ったまま突っ立っていた。こうなることは薄々分かっていた。俺は一人っ子だから体験出来なかったが、これは姉妹喧嘩というものだろう。ただの姉妹喧嘩ならいい。双方が喧嘩をして、あとで仲直りするもしないも勝手だ。所詮はちっぽけな一つの家族間での争いなのだから。だがこれは違う。このまま野放しにしておけば街は大パニックだ。魔法を使えない鬱憤を抱えた人間達が突如超人的な力を身に着けたら?これから起こることは分かり切っている。止めないと、俺達で。

 

「フラン!!」

 

 モランが男達を押しのけて行こうとしたところで俺は彼女の肩を掴んで止めた。

 

「止めないで!」

「いや止めるよ。お前は戦えないだろ」

 

 

そう俺は言い、俺達は彼女を後ろに回し、男達に向き合った。

 

「モラン、下がってろ。ここからは俺達の出番だ」

「親友の妹をどうにかするのは気が引けるけど、そうも言ってられないみたい」

「我が民に混沌を強いることは断じて許さぬ」

「ワクワクするねブルート」

「ああ、スウィーティー。楽しもう」

 

 まずはこいつ等をどうにかする。そのあとはフランだ。

 



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第20話 俺が倒したのか剣が倒したのか、それが問題だ

お待たせしました。


 

 俺は何をしているんだろう。

 

 ちょっと前まで幽霊が見えると自称する痛い高校生として現世を生きていたはずだ。なのにどういうわけか、俺はまるでコミックの世界のような奴らとばかりつるんで、あまつさえ共に戦っている。まったくもってどうかしているとしか思えない。

 

 ちなみに今の俺の姿を教えてやろうか?かのハルクのような筋骨隆々で短パン姿の狂人だ。笑えるな。いや、笑うな。

 

「なんだコイツら!?面白人間が過ぎるだろ!」

「そんなに捲し立てたら舌を噛んじゃうぜ全力少年!」

 

 俺は飛んで跳ねて逃げ回る魔法人間のうちの一人を追いかけながらブルートに文句を言った。あいつら安直に炎とか氷とかの能力かと思っていたのに全然違った。

 

 フードの後ろに1号の文字が入った時空間移動できるやつ、そして次に俺とダンゲルが戦っている2号と書かれた身体を伸ばしたり固くしたりできるやつ、さらに3号のいろんな魔物?とかいうのに変身できるやつ、4号の魔法陣を作って殴ったり飛ばしたりするやつ、5号の指や目、胸から破壊光線を放つやつなど、サーカス団もびっくりの玩具箱だ。

 

 そうだ、市民のことなら心配は無用。彼等は俺達が奴等と戦うと分かった途端、急ぎ足で急いでエレベーターの中へと入って逃げていった。(ちなみに「我が市民達は思慮深いな」などとダンゲルは満足げに言っていたが)なぜ彼等がこのように冷静に対処出来たのか疑問だが、今の俺達には都合がいい。これで少しは集中して戦える。

 

 1号と5号がブルートとルミールに襲いかかった。

 

 ブルートは銃身が俺の腕と同じ太さのリボルバーを1号に向けて撃つが、予期していたかのように瞬間移動で避けられてしまう。

 

 ルミールは移動先の1号を迎え撃つべく、左腕を変形させ、しなやかに唸る鋼鉄の刃の鞭を這わせる。だがすんでの所でまたもや瞬間移動で躱されてしまった。

 

 5号は目から両指から光の弾を放つ。

 

 拳銃を模した指の形で撃ちまくり、ブルートとルミールはアクロバティックな動作で飛んで回避する。

 

「すばしっこくていやね」

「ああまったくだ。しかも指から花火を出す手品野郎までいると来たもんだ。おい!他には無いのか?もっと面白いモン見せてくれよ!退屈で死にそうだ!」

「……」

「……」

 

 1号は黙ったままルミールは観察するように見る。フードの下から見えたその瞳は焦点が合っていない薬物中毒者のような目だった。5号もまたそうだった。

 

「まったく、俺の街にも似たような薬中見たことあるぜ。気味が悪ぃな」

「ホント、うんざりするわ」

 

 ブルートは右手でサングラスを外し、1号を見据える。瞳は監視カメラのレンズのような黒い光沢の中に機械があり、人間の眼球ではなかった。

 

「あと少し戦闘データが必要だ。ルミール、もうちっとだけ奴の相手をしてくれ」

「ダーリンの頼みは断れないわ」

 

 ブルートの頼みを受け、ルミールは再び、1号の前に立ちはだかる。

 

「アナタには特別に、色んなわたしを見せてあげるわ」

 

 左手に再び金属の鞭を、右手には両刃の剣、そして両足にはロケット噴射の火と煙が噴き出した。

 

「逃げられるものなら逃げてみなさい」

 

 ルミールはメタリックな口元を三日月の如く鋭利に尖らせて笑った。

 

「うわっ!何こいつ!私並みに魔法が使えるじゃないのよ!」

 

 一方、メアリーは魔法使いの4号と対峙していた。4号は両の手の魔法陣からカラフルな飛翔体を出し、メアリーに当てようとグミ撃ちするかのようにけたたましく放っていた。

 

「リフレクト・ラブ!」

 

 メアリーが異能力系バトルマンガのような名前で叫ぶと、紫色の膜が彼女を覆う。俺だったら恥ずかしくて言おうなんて思えないが、彼女は堂々と言い放っていた。良いメンタルだ。見習いたくはないが。

 

 なんて考えていると4号の放ったエネルギー弾は吸い込まれるように消えた。

 

「お返しよ。半沢直樹!」

 

 今度はなんとメアリーの右手から4号の放ったエネルギー弾を繰り出した。しかも奴のよりもずっと巨大で光度の高い代物だった。カウンター系の技だろうか。名前以外は完璧な魔法だ。本当に。名前以外は。

 

 4号は想定外だったのか、慌てて両手の魔法陣を大きくしてガードしようとした。だが間に合いそうにない。これが決まれば1人敗退が決定する。

 

「あっ!」

 

 しかし、そこに何者かが割って入った。ゴ、ゴリラだ。ゴリッゴリのゴリラだ。全身の毛の色は黄金色だったが、ゴリラが間に入って4号を守った。そうか、3号か。3号が変身して攻撃を食い止めたのか。

 

「クソ、4対5か。少しキツいな」

 

 俺は内心苦戦していることを吐露した。こっちは5人いるが戦える奴は4人。もう1人は非戦闘員。そして向こうは5人。しかも全員特殊能力持ち。さらに打ち上げを阻止するためにもう1人必要だ。このままじゃ時間切れになってしまう。もう1人戦力が増やせれば……

 

「ミエイさん!少し早いけど、報酬を渡すわね!」

 

 その時モランが俺に対して何か言った。なんだ?何をするつもりだ?

 

 俺はモランに対してクエスチョンマークを頭に浮かべた時、モランは右の人差し指で天を指した。

 

 俺は空を見上げると、ある飛翔体に気づいた。しかもそれは俺達の元に向かってきている。お、俺だ!俺の元に向かってきている。このままだとミンチになる!

 

「うわああああ!?」

 

 俺は身体の制御権をダンゲルから無理やり奪い返し、その場を飛んで回避した。飛翔体は俺のいたすぐそばに着陸し、ガパリと空き、液体窒素のような煙と共に白い人型の人形が出てきた。

 

「その中にダンゲルさんを入れちゃって!最新型よ!必ず成功するから!」

 

 モランの言葉を聞いた俺は人形の元に近づいた。だがどうすればこの中にダンゲルを入れればいいか分からない。そもそも俺は幽霊を人形に入れた経験なんかない。勝手に入ってくれれば良いのだが。

 

「なぁ、どうだダンゲル、入れそうか?」

「ああ、なんとなくこの人形が入れ入れと催促している気がするぞ」

 

 俺とダンゲルが話している時、背後に2号が襲いに来ていた。2号は足をとろけるチーズみたいに緩慢な動きで足を伸ばし、俺達の元に迫っていた。近づき方が怖い。ホラーゲームや映画で出てきそうな化け物みたいだった。

 

「おい!早くしろよこのままじゃお前は良くても俺が死ぬ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺だって人形の中に入るのは初めてなんだ」

「来てるって!もうすぐそこまで来てるって!」

「分かった分かった!」

 

 やばい!もうすぐそばまで来てる!奴は拳を黒く硬化させて伸ばし、俺目がけて殴りに来ている。こんな所で死んでたまるか──!

 

 俺の願いが届いたのか、煙の中から巨大な手が2号の拳を止めた。

 

「お前の身体も悪くなかったが、この義体も悪くはない」

 

 煙が空気と溶けて消え、そこからダンゲルが出てきた。おまけに黒と赤を基調としたヒーロー然としたタイトでピチピチな伸縮素材の伸びる服を着ていた。

 

「奏よ、お前は下がっていろ。コイツは俺がやる」

 

 ダンゲルは首の骨を鳴らし、2号を豪快に全身をのめり込ませる形でぶん殴った。ゴムだからダメージが通らない、とはいかず、パンチの威力が凄まじかったのか、物凄い速度で吹き飛び、タワーから消えてしまった。飛ばされてから数十秒経ったが、戻ってくる気配はない。

 

 2号はともかく、これで俺の身体は無事元に戻った。だが全裸だ。何か服を着たい。

 

「ベイビー!いつもの頼む!」

「はいはいはい!」

 

 一方、ブルートはルミールに『いつもの』を頼んだ。するとルミールは四足歩行になり、身体を変形させた。胸や背中、腕がガバリと開き、中には追尾ミサイル、胸にはガトリングガン、両腕にはグレネードランチャーがギッシリと入っていた。

 

「最高だぜベイビー」

 

 そして今度はブルートがジャケットを脱ぎ、上半身を露わにした。身体の中にはあらゆる箇所に目玉のようなカメラが仕込まれており、ギョロギョロと動きながらブルートの身体から続々と虫のように出て行き、宙に浮き始めた。

 

「スダーナ・スダーナ・マッツ・ダ……」

 

 俺達とブルートが応戦してる間に、メアリーは反撃の為の呪文を準備していた。するとメアリーの胸から黒い鎖が蛇のように這い出てきた。

 

「ドラッグア!」

 

 胸の中に鎖が入っているのに器用に呪文を発し、それは彼らの元に向かった。3号と4号に鎖が行き、彼らを拘束した。首から下まで鎖で覆われ、身動きが一切取れなくなっている。

 

「もう寝てなさい」

 

 メアリーがそう言うと、鎖から悍ましい紫炎の闇が滲み出た。すると3号と4号がバタバタと足掻き始め、痙攣にも似た震え方だった。次第に動きが緩慢になり、やがて動かなくなった。

 

「あっ、魔界の邪気に耐えられなくて気絶しただけよ。死んでないから安心してね♡」

 

 メアリーは俺に語尾に♡を入れたような猫撫で声で俺に言った。別に聞いてないのに。

 

 そして、ブルートとルミールは迎撃する準備が整い、1号と5号にありったけの弾丸と爆弾をぶち込んだ。1号は瞬間移動でそれを躱し続ける。だが、今までとは違い、1号の移動する場所を予測して、撃ち続けているので、連続で能力を使わなければならなかった。

 

 次第に1号に疲弊し、苦悶のの表情を見せ始め、次に移動した空中で、ミサイルが直に当たった。爆発し、空中から力なく地面に1号は落ちた。ミサイルが直撃したのにローブがほぼ破れた状態だったが五体満足であった。

 

「へっ、ベイビーのミサイルを受けて気絶しただけだなんて、頑丈な野郎だ」

「私とダーリンのコンビネーションは誰にも打ち破れないってまた証明されちゃったね」

 

 ブルートとルミールは身体を密着させ、熱い抱擁とキスを交わした。戦闘中なのに何故こんなにも余裕があるのか。いつもこうなのだろうか?

 

「……」

 

 残された5号は空中に浮かんだまま硬直していた。だが直ぐに顔をこちらに向かせた。こちら、つまり俺。ということは狙われるのは、あれ?俺?

 

 理解した瞬間5号は空中浮遊しながら俺にターゲットを向けた。

 

「あっ!ヤバイわカナデがヤられちゃう!」

「マズイ!カナデよ!いま待っておれ!」

「あっ、ちょっとこんなところで……♡」

「その方が興奮するんだろ?」

 

 ダンゲルとメアリーが俺を守ろうと走り出した。一方ブルートとルミールは未だイチャイチャしていた。

 

「う、うわあああああああああああ!!」

 

 5号は目と指から黄の光を放つエネルギー弾を俺に近づきながら発射しようとしていた。確実に俺を狙っている。ゼロ距離で俺を殺す気だ。

 

 俺は咄嗟に腰に携えていたダンゲルの霊体が入っていた剣を引き抜き、それを一心不乱に振り回した。

 ブンブン振り回していると、なぜか、偶然に、運良く、俺の剣が5号の肩にまともに当たった。闇雲に振ったせいで当てたのは刃ではなく剣の腹だった。

 

 その瞬間、軽く当たっただけなのに剣が衝撃波を発して5号の身体を揺さぶり、俺の剣の一撃よりも剣の発する衝撃波だか超音波で5号は地面に倒れ伏した。

 

「お、俺が倒した……!?正真正銘、俺の力で倒したのか!?」

「いや、俺の剣のお陰だろう。俺はほとんど使ってこなかったが性能だけは超一流だからな」

「ま、まぁ初のカナデ自身の勝利よ!よくやったじゃない!」

「あん♡本当に私のクロームのボディが好きね……♡」

「君は生身の時に出会った時から美しいが、改造すればするほど美しくなるよ……」

「お前らもう他所でやれ」

 

 俺の初白星は愛想笑いで讃えてくれる仲間と乳繰り合うサイボーグコンビに囲まれて幕を閉じた。

 

「なにこれ」

 

 俺はせっかく生身で敵を倒したのに何も感慨深い物を感じなかった。無味乾燥な眩い勝利が俺を男として、一人の人間として成長させてくれたかどうかは、誰にも、俺にもわからない。

 



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第21話 姉妹と説得、そして強敵と友

続きを投稿しました。


「もうセッティングは完了した。後はこのスイッチを押すだけよ。貴方達の努力は水泡に帰したようね」

 

 1号から5号を倒した俺達に、フランが勝ち誇るように言い放った。フランの後ろには丸いドーム型の大きな機械の塊にロケットような物が佇んでいる。

 

「マズイぞ……このままじゃ起動されてしまう!」

 

 俺は焦りながら言った。

 

「その前に俺達が撃つ」

 

 ブルートはリボルバーをフランに向け、引き金に指を置いた。もしフランがスイッチを押してしまうようなら、押す前に容赦なく撃つつもりのようだ。

 

「フラン、もうやめなさい」

 

 そんな時、俺達のよりもフランに一歩二歩近づいたのがモランだった。悠然と自分に近づくモランに対し、フランはスイッチに手を掛ける。

 

「押すわよ」

「ならなぜまだ押さないの?こうやって話している間にもいくらでも押せるでしょ?」

 

 モランが冷静に言うとフランは押し黙る。フランは計画を成功させる前に何か別の目的があるのだろうか、未だにスイッチを押さない。

 

「へっ、どうせ姉ちゃんに構ってもらいたかったから、こんな騒動を引き起こしたんだろ?もう自分の計画はボタンひとつ押せば達成出来るってのに、押さないのが何よりもの証拠だろ」

 

 ブルートは銃を構えながら笑っていった。その言葉に、微量ながら怒りを顔に滲ませたフランは、

 

「私はお姉ちゃんみたいになりたかった」

 

 ポツリと言葉を溢した。

 

「私は別にお姉ちゃんの中にいるだけでも幸せだったのに、お姉ちゃんは私のために身体を作ろうとしてくれた」

「そうよ…!姉が妹の幸せを思うのは当然の気持ちでしょ?」

「私はお姉ちゃんに何もしてあげられていない。いつも貰うばかりだった。だからお姉ちゃんに見合う自慢の妹になるために私なりに、一生懸命考えてここまで来たの」

 

 フランは訴えかけるように言う。彼女は自分のしていることを正しいと思っていた。自分の体を作ってくれた偉大な姉に相応しい妹になるべく、こんな大層で破滅的な実験を繰り返している。

 

「貴方ったら、頭はいいのにおバカだったのね」

 

 モランは呆れたように言った。突然の姉の発言に妹は目を見開いて愕然としていた。

 

「えっ……?なんでそんなこと言うの?私、お姉ちゃんに褒められるためにここまで頑張ってきたのに……!」

「私が貴方に倫理的教育をしてこなかったことは謝るわ。今なら間に合うからこんなこともうやめなさい」

「嫌だよ。この計画は絶対に達成しないとお姉ちゃんに認めてもらえない……!」

「…本当に認めてもらいたいなら、私に一言相談くらいしなさいよ!!」

「えっ?なんで怒ってるの?」

 

 モランは声を荒げてフランに向かって言った。フランはなぜ自分が怒られているのか分からず茫然自失としている。

 

「私はね、貴方が居なくなって本ッ当に心配したのよ!?探しても見つからないし、夜は全然眠れないし、もしかしたらどこか知らない所で迷って泣いてるんじゃないかって気が気じゃなかったわ!」

 

 モランは彼女自身の赤裸々な思いをぶつけた。俺達といる時はあんなに明るく振る舞ってたのに、心の奥底では不安や心配を押し殺していたのか。

 

「やっと見つけたと思ったらこんな人様に迷惑かけて貴方自身も危険に巻き込んで一体何考えてるの!?」

 

 姉のモランに怒られてフランはあわあわと口に手を当てたり目が泳いだりと明らかに動揺している。あまり怒られたことがないのだろうか、慌て様が尋常ではなかった。

 

「それに、貴方は科学者として間違っていることがあるわ」

「な、なに…それってなに……?」

 

 フランは縋るようにモランを見る。

 

「影響力よ。貴方は自分で考えてるよりも他者への影響を考えていないのよ」

 

そんなフランにモランはキッパリと言い放った。

 

「私は私自身の発明を悪用されないために常に徹底しているわ。それで貴方は?もし野心のある悪人に力が渡ったら?何も知らない子供に渡ったら?一般人に与えるあらゆる影響を貴方は考えていない。そんな人が一人で私と同じになるなんて無理よ」

「そんな……」

 

 フランはスイッチを押そうとする手をぶらりと下ろし、両膝を地面に着いた。自分と姉では志の時点で既に姉に負けていた。そう噛み締めていたのか、無念そうに俯いていた。

 

 モランは少しずつフランに近づき、手が届く距離にまで来た。そして───

 

「もう姉妹喧嘩はやめましょう」

 

 と言ってモランは膝を折ってうずくまるフランを抱きしめた。

 

「あっ……」

「これが妹を抱きしめる感触ね……中々どうして、悪くないじゃない」

 

 モランはしみじみと感傷に浸りながらフランを力強く抱きしめていた。フランもそれに釣られて、モランの背中に両手を絡めて抱きしめた。

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん。何も言わずに出ていっちゃって……!」

「本当よおバカ……!今度やったら許さないからね……!!」

 

 姉妹はついに再会し、お互いを愛しく感じながら抱きしめ合った。

 

「…どうやら撃たなくて済みそうだな」

 

 ブルートは銃の引き金にかけていた人差し指を離し、ホルスターに閉まった。張り詰めていた空気はいつの間にか解け、2人の姉妹が仲睦まじく泣きながら笑い合っていた。

 

「…俺も兄弟とか欲しかったな」

 

 俺はふとそんな事をを呟いてしまった。一人っ子の心境としては、モランフラン姉妹のような喧嘩や仲直りなどが羨ましく感じた。俺にも兄が弟が居れば俺のこの孤独を分かち合うことはできたのだろうか。

 

「兄弟が欲しいなら、この我が兄になっても良いのだぞ?」

「お前みたいな裸族の王様が兄だったのなら、俺は今以上に鬱になってるよ」

 

 俺の肩を強く叩いて揺らすダンゲル。俺はそんな彼に鬱陶しさを感じつつも、不器用な励ましとして解釈し、俺も不器用ながらもその気持ちを受け取った。

 

「なぁ、この5人のお友達はどうすれば良いんだ?」

 

 ブルートが実験体の5人に指を差す。彼等は未だ倒れ伏し、動き気配がない。

 

「俺達は一応奴らを拘束しておく」

 

 ブルートは銃を構え、気絶している奴等に近づく。

 

「いや、その必要はない」

 

 俺達の背後から、声が聞こえた。どこからともなくいつの間にか男がいた。

 

「…なんだ、アンタ。俺達と同じ観光客ってェ訳じゃじゃなさそうだな」

 

 ブルートは男を睨みつける。男は長身痩躯の白い長髪が目立っていた。髪だけでなく肌も極端に白いため、まるで死人が死化粧をしたような儚さを感じる。

そして何より、真っ黒なスーツを着用している。まるで今日葬式があったかのような雰囲気を含んでいた。そもそもこの世界に日本の礼服までもが存在するとは露程も知らなかった。

 

「フラン、私と交わした契約は覚えているかな。私が施設や資金を提供する代わりに君の技術は全てこちらに帰属するものとすると」

 

 男はフランに語りかける。愛想のかけらもない冷たい氷のような視線がフランに向かう。フランは何故か震え、恐れのあまり、両手で自身の身体を包む。

 

「貴方、何者?私の妹と何の関係があるの…?」

「私は彼女の支援者だ。感動の再会の所悪いんだが、彼女、つまりフランに用がある。そこを退いてくれないか」

 

 男は簡潔ながらも丁寧な口調で言う。退いてほしいという彼のお願いに、俺達は

 

「「「「「断る」」」」」

 

 俺以外の全員が同じ言葉を言った。ちなみに俺は言ってない。だって怖いもん。面と向かってあんな怖そうな顔したお兄さんにそんなこと言えないよ。

 

「…彼女の姉はともかく君達はどう言った関係かな?私は彼女のビジネスパートナーなんだが」

「其方の言葉でフランは怖がっている。それを無視する事は出来ない」

「乗りかかった舟だ、最後まで付き合うさ」

「ダーリンがそういうなら私もね、生きる時も死ぬときも一緒よ」

 

 ダンゲルが胸を張って言う。ブルートやルミールも仲良さげに笑い合っていった。だが銃口は男に向けたままだが。

 

「私、貴方みたいな高圧的な態度の男の人嫌いなのよね。ほら、カナデも私達と同じこと思ってるわ」

「すいません、俺を巻き込まないでください」

 

 メアリーがフンと鼻を鳴らして言う。ブルートやルミール、俺以外の全員が同じ気持ちだった。彼等が感じてるかは分からないがこの男、何か他の奴等とは違う。コイツが現れた瞬間、幽霊達が怯えて逃げ出した。今俺の周りには生者しかいない。

 

「…そうか。では致し方ないが、実力行使で行かせてもらおう」

 

 男がそう言うと、ゆっくりと歩き出す。

 

「おいおい、馬鹿みたいに真っ直ぐこっち来られちゃ、ただの的だぜ」

 

 ブルートは銃口を男の頭に向けながら言った。そして3発男にお見舞いした。弾丸達は真っ直ぐ男の元に飛んだ。だが、それらは男の頭をすり抜け、空を切った。

 

 このすり抜け方、どこかで見た覚えがある。実体は確かに目で見えるのに、蜃気楼のように掴めないこの違和感を、俺は知っているはずだ。

 

「なんだ…?すり抜けやが──」

 

 ブルートが言い切る前に、男は刹那の瞬間にブルートの目の前に近づき、手を胸に添えた。中国拳法の発勁のように、男がブルートの胸を軽く押した。

 

「うっ……!?」

 

 その瞬間、ブルートは大の字で倒れた。意識が持ってかれたような、魂が抜けてしまったような倒れ方だった。

 

「ブルート!!」

 

 ルミールが叫び、男に怒りの視線をぶつける。

 

「気をつけろ!奴の身体は幽体だ!物理攻撃が効かない!」

「テメェ!あたしのダーリンに何してくれてんだァ!!」

 

 俺はたった今確信し、皆に向かって叫んだが、頭に血の登ったルミールは身体の中から全ての武器を出し、照準を全て男に向けて撃ち放つ。彼女の怒りと共に轟音が鳴る。爆弾と銃弾と火炎が男を包んだ。だが、

 

「流石、マッドギアは機械文明が発達している。しかし、ここまで改造すれば自我が崩壊してもおかしくないのに正気を保つとは……素晴らしい忍耐力だ」

 

 男は炎の中から現れ、またもや瞬間移動してルミールの前に近づき、頭を掴んだ。

 

「ぐっ!?離せ!」

「勿論」

 

 男は言葉の通り、ルミールの頭から自身の手を離した。するとルミールはブルート同様同じ倒れ方をした。

 

「ブルート!ルミール!」

 

 メアリーが叫ぶ。ダンゲルやメアリーが応戦しようとするが、男は二人まとめて先程と同じように手で触れただけで二人を倒してしまった。

 

「メアリー!ダンゲルさん!」

 

 モランが叫ぶ。フランはただ震えることしかできない。俺も同様に、汗を拭って震える身体を抑えるしかなかった。

 

 どういうことだ、と俺は混乱していた。だが俺が混乱していたのは、ブルートやルミールの倒され方じゃなく、その後だ。倒された後の四人が()()()()()いる。宙に浮いている。これじゃあまるで──

 

「魂を、抜かれているのか…?」

「何…?まさか君、見えるのか……?」

 

 俺のボソリと呟いた一言に、男は驚いた。見えるのか、という事は奴は実際に彼らの魂を抜いたのだ。

 

「そうか、おそらく君も私と同じ……」

 

 男は意味深なことを呟いた。

 

「だが、圧倒的な力を羽虫に使っても、虚しいだけだ」

 

 男は俺の方に目を向け、近づこうとした。やられる。俺は悟った。心臓が高鳴り、汗が噴き出す。その時だ、その時俺は奴の動きが、スピードが辛うじて見えた。どういうわけか分からないが、実体が消え、煙のように動く姿が見えたのだ。高速移動の正体がその時点で分かった。コイツは幽霊だ。だから物理攻撃が効かない。

 

 俺は男の手を払い、距離を取った。触れる事が出来た…?俺だけが奴の身体に物理的接触が出来た。俺だけが奴に攻撃手段がある。いざとなれば、俺の持っている剣だけでやるしかない。物理攻撃が効くかわからないが、それでも死なないために抵抗はしなければならない。

 

「私の攻撃を見切った…?しかも私に触れただと……?」

 

 男は自分の手を見つめ、あり得ない、と呟く。それと同時に男の喉元には笑いが込み上げていた。

 

()()()と同じ能力者か……!ならこちらも手加減はしない。全力で叩き潰す」

「嘘だろ!?今のは偶然だから手加減してくれよ!」

「無理だ」

 

 もう先程の舐めプをする気は微塵もなく、本気の雰囲気を感じた。次は回避できる自信がない。俺はただ霊が見えるだけの、それ以外は普通の男なのに、なんでこんな死の危険に怯えなきゃいけないんだ。

 

「おい」

 

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえた。懐かしい男の声、その声の主が、俺を殺さんとした男の顔をぶん殴った。

 

「俺の親友に何をしようとしてるんだ?」

「ぐっ……貴様は……!」

 

 男、いや、礼服の男は頭に顔を滲ませ、口から血を吐く。対して現れた別の男は、いたずら小僧のように俺を見て笑った。

 

「えっ……?なんでお前が……」

「会いたかったかい?」

 

 突然現れて俺の窮地を救った男の名は封元祓(つかもとはらい)、俺の……親友だった。

 



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第22話 本物の霊媒師

「奏、霊媒師になれよ」

 

 いきなり何を言うかと思えばいつもこれだ、と俺はため息を一つ。

 

「やだよ。幽霊が見えるだけでもうんざりしてるのに余計面倒事に巻き込まれるだけじゃないか」

 

 いつも祓は俺に霊媒師になるよう勧めてきた。事あるごとに必ず、一日一回くらいの頻度で言ってくる。確かに俺には素養があるかもしれないが、俺は普通の暮らしがしたかった。

 

「お前は自分の才能を自分で考えてるよりも凄いことに気づいていないんだ。お前なら俺を超えられる」

「俺とお前はライバルじゃない。何か競い合ってる訳じゃなくて共に悩みを分かち合える友達だろ?俺はそんな関係がいいんだよ」

「でもこれじゃあ才能を無駄にしてるだけだ。お前がその能力を持って生まれたのは何か意味があるはずなんだよ」

 

 今回は何故かいつもよりもしつこく食い下がってきた。いつもなら一回俺が断ったらその日は話題を出すことはないのに。

 

「霊媒師はいつだって人手が足りない。お前みたいなスーパースターが必要なんだ」

 

 祓は若干真剣そうな、深刻そうな表情で言う。俺は何かあったのか聞いてみると

 

「最近神からの啓示を受けたんだが、一度追放した霊王レイギスだかが復活するかもしれんから再度封印してくれって言うんだよ。人使いが荒いと思わないか?」

「いや脈絡無さすぎて何言ってるかわかんねぇよ」

 

 俺は唐突に振られた規模のデカい話に辟易する。馬鹿げたホラ話をさも当然かのように言っているが、俺は祓が実際に悪霊退散している所を何度か見た事がある。世界の危機に対処している所も一度か二度だけ見た事があるので俺は本当の事を言っているんだろうなと思っていた。

 

「まぁ俺は霊媒師とかエクソシストにはならないけど、助けが必要なら呼んでくれよ。悩み相談なら聞くからさ」

 

 俺がそう言うと祓は満面の笑みで笑いながらこう言った。

 

「俺もお前がピンチの時は必ず駆けつけるぜ。約束する」

 

 大袈裟だが真剣な表情で言ってくれる祓と俺は互いを見ながら笑い合った。

 

 

✳︎

 

 

 かつて、俺には霊媒師の友達がいると言っていた事を覚えているだろうか?まぁ俺自身いつ言ったかは覚えていない。何話だったかな……まぁとにかく、俺には霊媒師の友達がいる。別名エクソシスト。念仏を唱えたり、聖書やら聖水やらを使って悪霊を祓う職業だ。

 

 大抵がインチキで嘘つきだが、中には本物もいる。その中でも俺の友達は凄腕のプロだった。本人の話じゃ世界を何度か救ったとか、伝説の霊媒師達の内の一人に入るとか、ウソっぽいが本当の話だった。何故なら、今目の前で俺を救ったからだ。

 

「テメェ〜〜レイギス。俺の親友にまで手を出すたぁ良い度胸してンなぁ〜!今度こそ地獄にまで叩きのめされたいのか?」

 

 首をバキバキと捻りながら鳴らし、金の十字架が特徴的なナックルダスターを見せつけながら祓は静かに怒っていた。

 

 何故こんな所に祓がいる?どうやってこの世界に?そもそも何で来た?などと疑問が俺の頭の中で渦巻いていたが、今俺にとって重要なのは親友が俺を助けに来てくれた事だ。

 

「待ってろよ奏。コイツぶちのめしたら美味いラーメン屋に連れてってやるからな」

「えっ?えっ?誰なのこの人?」

 

 モランはフランを抱き抱えながら俺に問う。俺は混乱しながらも「俺の友達」とだけ答えた。祓はナックルダスターを手にはめたまま器用にサムズアップをし、俺に笑いかける。

 

「…やはり貴様か、ツカモト。忌々しいエクソシストめ」

 

 殴られて倒れていたレイギスと呼ばれた男は、立ち上がって憎悪の目で祓を見る。彼等二人には俺の知り得ない因縁があるのだろうか。互いの目は抜き身の刀のようにギラついていた。

 

「貴様だけなら葬ることは容易いが、二人のエクソシストを相手取るのは骨が折れる。今日は潔く引こう」

 

 レイギスは俺達から背を向け、フランのマシンの元へと歩く。

 

「なんだ?ビビったのか?俺は面倒くさいから早くお前を片付けたいんだがな」

 

 祓が見えすいた挑発をする。レイギスはピタリと止まり、こちらに振り向いた。

 

「調子に乗るなよ人間風情が。今命があるだけでも有難いと思うことだな」

 

 表情は冷たい真顔で語っていたが、内から怒りが滲み出ていた。再度レイギスは前を向き、マシンに手を触れる。するとその瞬間、レイギスとマシンは消えた。彼のいた周りには黒い塵のみが残っていた。

 

「へっ、小心者が。男なら勝負しろってんだ。なぁ、奏もそう思うだろ?」

 

 祓は胸糞悪そうに言う。俺は彼の言葉に「ああ、うん」と曖昧な返事をした。

 

「さて、早速事の経緯を話したい所だが、アレ、どうにかしなきゃな」

 

 祓は「アレ」と言って宙を指差す。その先にはダンゲルやメアリー、ブルートにルミール達が幽体のまま宙をプカプカ浮いていたからだ。

 

「あっ、忘れてた!」

 

 俺は大切なことを忘れていた。そうだ、こいつら魂抜かれてたんだった。

 

「あーあ。このままほっとくとほかの幽霊に体乗っ取られて死ぬな」

 

 どうすればいい。俺は考える。このまま放っておけば死ぬ。だが俺にはどうすることもできない。なにせ俺は幽霊が見えるだけだ。触れることはできない。ただ俺ができるのは見ることだけ。

 

 でも俺はさっきレイギスの身体に触れることができたはず。

 だがただの偶然かもしれない。

 

 俺はわなわなと慌てふためきながら頭を抱える。だが祓は冷静で落ち着きのある状態で「そうだ」と俺に言う。

 

「ちょうどいい。奏、修行の一環だ。アイツらを元の身体に戻してみろ」

「はぇ?」

 

 俺は祓の突然の提案に素っ頓狂な声を上げた。いきなり現れて窮地を救ってくれたのは本当にありがたいが、無茶な要求をしないでほしい。なぜなら俺は、

 

「知ってるだろ?俺は幽霊が見えるだけで、他は何も出来ないんだ」

 

 と言ったが祓は呆れた表情で肩を上げ下げしながら首を振る。

 

「あ?何言ってんだお前は?あの女神さんから能力貸・し・て・もらったんだろ?」

「あの女神……?あのスウェット履いてただらしない女か?」

「そうそれ!」

 

 何故祓がティアラを知っているのか、そもそもあのだらしない格好で意気投合したのか、俺は疑問を口にしようとしたが今はそれどころではない。戻せる方法があるなら教えてほしい。俺にできるかわからないが。アイツらの魂は今もぷかぷかと身体から離れて浮いたままなのだ。

 

「まぁ今回は俺も手伝ってやる。まず霊力だ、霊力が身体の中で巡っているのを感じろ。それを両手に集中させるんだ。あると思い込むだけでも良い。やってみろ」

 

 祓は簡単にそう言ってのけるが唐突に霊力と言われても困る。だが今は奴の言う事を聞いてみようと俺は決意する。

 

 俺は両手に神経を集中させた。ある、俺には霊力がある、とただひたすら思い込んで深呼吸する。最初は何も出なかった手から、一瞬だけ蜃気楼のような空間が捻じ曲がって見えるような錯覚を覚えた。手から何かエネルギー的な何かが出ている。

 

「うわ!?なんか出てきてる!?湯気みたいな泡みたいなよく分からん気体液体みたいなのが出てる!キモッ!?」

「おっ!飲み込みが早いな、もう出せるとは。それを維持したままアイツらの霊体に触れてみろ」

 

 俺は言われたまま彼らのうちの1人、まずはダンゲルに触れてみる。すると実態のないはずの彼の霊体に、容易に触れることが出来た。感触は薄い膜を握っているような、布に触れているかのような触り心地だった。人間の肌の感覚ではない。

 

「よし、次に元の身体に近づけて戻すんだ」

 

 祓に言われ、俺はダンゲルを掴んだまま入っていた人形の身体に近づけさせる。押し込むように人形に入れると、スゥっと中に入り込んでいった。

 

「いいね、成功!それじゃあ他の3人も同じようにやってみろ」

「あ、ああ」

 

 コツを一度掴んでしまえば後は簡単で、ブルートとルミールをまとめて両方の腕で掴み、それぞれの体に近づけると、ダンゲルの時よりも引力が強く、早めに身体に戻っていった。そして最後にメアリーだ。危なかった、彼女を最後に掴んだ時、彼女の身体がさらに薄くなっていたのだ。本当にやばいところだった……

 

「う……」

 

 はじめにダンゲルが目覚めた。そしてブルート、ルミール、メアリーの順に目を覚ます。

 

「んおっ…!?なんだ、夢か今の!?」

「いや、現実なんだなそれが」

 

 祓がしゃがみながら話す。ダンゲル達は混乱していた。それもそうだ、身体から魂が離れていた体験など普通はないのだから。

 

「お前ら良かったな。奏が居なかったらお前ら今頃あの世行きだ。言っとくが比喩でも冗談でもないぞ。大マジだ。閻魔の野郎、魂無理やり抜き取られてもめんどくさがって元に戻さないからな。少しは大目に見ろってんだあのデブ」

 

 祓は「いっけね。聞こえちゃうかも」と言って両手で手を押さえる。閻魔大王も実在するのか、と俺は驚きの表情を見せるが、幽霊がいるなら閻魔大王もいるか、という結論に行き着いた。

 

「そうか、お前が戻してくれたんだな。カナデ、ありがとうよ」

 

 ブルートはそう言って俺に抱擁を被せた。上半身裸で汗だらけの男が抱きつき、俺は顔を顰めながらも「う、うん」とだけ返す。

 

「めっちゃ怖かったー!ありがとうカナデー!」

 

 次にルミールも俺に抱きついてきた。彼女の場合、身体が金属の塊なので、ヒヤっとしていた。あったかくて男臭い男と、金属の体を持つ鉄の匂いを放つ女にハグをされて俺は早く解放されたい、と強く願った。

 

「お前にまたしても助けられるとは……お前は俺の親友だ!カナデ!」

 

 さらにダンゲルまでもが同じ行動を取った。ダンゲルはデカいので俺とブルートとルミールに覆い被さる形になる。

 

「妹を助けてくれてありがとうカナデさーん!」

 

 あぁ、今度はモランだ。まあ俺は彼女の妹を助けたしお礼を言われて悪い気はしない。だがもう俺をハグするのは勘弁してくれないだろうか。もう周囲から俺がどうなっているのかは分からないほど囲まれている事だろう。

 

「ほら、フラン!貴方も恩人にハグを!」

「えっ…いや別にしなくていいから……」

「えいっ」

 

 フランは有無も言わずに姉のモランの後ろでハグをする。もはやそれは俺をハグしているのではなく、姉のモランをハグしているのではないだろうか。しかも空耳か知らないが、「うぇへへ……」という恍惚そうな女の漏れ出た嬌声が聞こえた気がした。

 

「なんか面白いことになってんな。俺も混ぜろよ」

 

 はいはい、祓も一緒になった。読者の皆さん、次の展開は次はどうなるか分かるかな?

 

「わ、私がカナデの1番の想い人なんだからァ!」

 

 最後にメアリーが抱きつく。もはや限界を留めない人の塊に押しつぶされかけ、気を失いそうになっている俺は、振り絞るようにただ一言、これだけ言った。

 

「た、助けて……」

 

 だが、皆俺に感謝を伝えるべく強く抱き続け、俺の願いが遂に叶えられることはなかった。

 



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第23話 女神の再来、そして覚醒した男

 

 前回のあらすじ。個性の塊の変態共にハグと言う名の拷問をされ、圧迫されて意識を失った。

 

 気絶した俺は病院のベッドの上に居た。外も仲も、やはり見た目は完全に俺の居た地球と同じ物だった。白いベッドに白いシーツ、天井は白いがブツブツがついていてカーテン、いや仕切りがあり、机には花が置いてある。

 

「俺……いつここに来たんだろうな」

 

 最近、俺は可哀想な人間だと再認識するようになった。元々哀れな運命を強いられているとは思ってはいたが、それにしても度が過ぎる。何故、俺は霊が見える?何故、俺は異世界転移した?何故、俺はメンヘラ女にストーカー行為をされている?何故、俺は露出趣味の筋肉ゴリラだと思われている?何故、何故、何故……

 

「あら、ミエイさんお目覚めになられたのね?」

 

 俺の元に現れたのは白衣の天使とも呼べる白い服装をしたナースのお姉さんだった。俺はそんな人にどう対応して良いか分からず言葉に詰まっていた。

 

「えっと…」

「ああいきなりごめんなさいね。私の名前はピルカ。貴方、2時間くらい前にここに連れてこられて来たのよ。でも安心して。一時的に気を失っていただけだから何も心配はいらないわよ」

 

 俺がお得意の自己憐憫に耽っていると俺の様子を見にきたナースさんが俺にニコリと微笑みかける。

 

「うひょひょひょひょ!やっぱりピルカさんのお尻は大きくて良いのお!」

 

 ピルカさんの後ろでは緩んだ表情で彼女の尻に顔を埋めているジジイの幽霊がいた。

 

「何かしら。寒気がするような……」

「御愁傷様です」

「え?」

 

 俺は彼女がゴーストセクハラされていることを哀れに思っているとどこからともなく白い札がヒラヒラと空気に乗って現れ、ジジイの幽霊にペタリと張り付いた。

 

「ヒィエアアアアアアアアア!」

 

 張り付いた時、札と共にジジイは光り粒子となって消えていった。

 

「たく、なんで幽霊になった老人共はセクハラすることしか頭にないのかね。さっさとあの世に行ってろ」

「あら?なんだかお尻についてた違和感が消えてスッキリしたような……」

「看護師さんも大変だな。このお守りをやろう。セクハラジジイくらいは追っ払ってくれるだろうよ」

「いいの?よく分からないけど頂いておくわね」

 

 室内に入ってきたのは祓だ。彼はピルカさんに神社で買えそうなごく普通のお守りを彼女に渡してため息混じりに椅子に座る。ピルカさんは他の患者の世話をしに俺のベッドから離れて行った。

 

「よお、目ェ覚めたか」

 

 祓はニヤけた面を俺に見せながら話しかける。

 

「他の皆は?」

「ああ、あのヤンデレちゃんとボディービルダーと双子ちゃん、あとサイボーグ達か?アイツらは今席を外してる。すぐに戻ってくるさ。今はそれよりも……」

「それよりも、なんだ?」

「お前の力がほんの少し覚醒した。その事について話し合いたくてな」

 

 祓は訳の分からない事を言い出した。俺はただ「ハァ?」ぽかんとしながら目を丸くして言った。これ以上力に目覚めたくなんてないんだが。

 

「まぁまず順を追って話す。はじめに俺は地球で仕事をしてた。仕事の内容は地球を征服しに来たレイギスを完全に葬り去る事だった。結構良いとこまで行ってたんだが、トドメの一撃を喰らわせる前にアイツは自分の住んでるこの世界に逃げた。また地球に来て悪さされちゃたまんねぇから俺が直々にこの異世界にやってきたんだが……」

「突飛な話過ぎてもう付いていけない」

「追いつけ追い越せ引っこ抜け。俺はレイギスを追っていくうちに、俺とレイギス以外の第三の霊力を感じた。それが……」

 

 「俺、というわけか」と先んじて口に出した。祓は「その通り」と指を鳴らして人差し指を俺に向ける。

 

「この世界は魔力が主な力だが、霊力を持っている人間は存在しない。ジャンルが違うからな」

「例えるなら?」

「ティッシュペーパーとトイレットペーパーみたいなもんだな」

 

 いや分かりづらいわ、と俺は突っ込んだ。

 

「軟水と硬水みたいなものか?」

 

 俺が付け加えるように言うと祓はあからさまに「何言ってんだこいつ」みたいな怪訝な表情で俺を見た。例え話がこんなにも難しいものだとは思わなかったが、なんとなくムカつくな。

 

「とにかく出来る事が違うんだよ。しかも霊力持ちはそんなに多くない。お前はラッキーボーイってわけだ」

「俺がラッキーボーイか。なら霊力がない奴はもっとラッキーだろうな。こんな目に遭わずにすんでるんだから」

「…そうかもな」

「でもこの話をするにはあと一人役者が足りないんだよ。でも近くに来てる。オイ、いるんだろ、出てこいよ」

 

 祓が天井に向かって言うと、俺のポケットに入れていたスマホが振動し、青白い光を放った。俺は賛同し続ける携帯に不快感を感じ、すぐに携帯を取り出す。

 

「おやおや、やはり貴方には敵いませんね」

 

 携帯の画面から徐々に何もないところから色を取り戻すように姿を現したのは、俺達をこの世界に引き込んだ張本人、というより張本神のティアラだった。

 

「ティアラ…?なんでお前が……」

「天使から報告を受けてここに来たのです。貴方の力が覚醒しつつあると」

 

 まただ、俺の力が覚醒、目覚める。そんな厨二臭い言葉で俺をどうか出来るとでも思っているのだろうか。俺は頭の中が少年ジャンプのクラスメイト達じゃないんだぞ。

 

「御影奏さん。貴方には他のクラスメイトの方々とは別に、使命を全うして欲しい。どうかあのレイギスを倒して欲しいのです」

 

 ティアラは俺に頭を下げて懇願してきた。俺はただただ訳が分からず呆然とするばかりだった。

 

「ティアラ、なんで奏を巻き込んだんだ?この案件は俺一人で片付けられるって前も言っていただろうが」

 

 祓はティアラに対して昔から知り合っているような砕けた言葉で話す。

 

「レイギスの力の源はこの世界。貴方が地球で戦った時よりもより強大になって苦戦することは確実です。どうしてももう一人の霊力を持った能力者が必要だったのです。お許しください」

 

 ティアラは謝罪しながら祓に言うが、祓自身はまだ納得していないと言わんばかりに不満そうな表情だ。

 

「コイツは無関係だ。お前の面倒事に引き込むんじゃねぇ」

「いいえ、それは違います。力ある者はその力を正しき事に使う責務があります。そうしなければ、この世界も貴方の世界も彼に支配されてしまう」

「いいか、コイツは今まで苦労して人生を歩んできた。普通の人間とは違う痛みを抱えて生きてるんだ。コイツにはこれ以上苦しんで欲しくないんだよ」

 

 二人は俺を差し置いて勝手に話を進めている。まるで俺は部外者みたいじゃないか。話くらいはまともに聞かせては欲しいものだ。

 

「なぁ、ここ最近訳が分からない出来事だらけだけど、今度は本当にどうかしてる。どういうことなんだ。ちゃんと話してくれ」

 

 俺の言葉にティアラは祓に目で訴えかけた。祓は腕を組んで「うーん」と唸ったあと

 

「分かった、分かったよ。仲間はずれは良くないよな」

 

 と渋々了承した。それを確認したティアラは「良かったです」と言って話の続きを再開した。

 

「まず初めに、私と祓はお互い契約を交わした間柄なのです」

「契約?」

「私は女神。下界の人達に関わるには神々の作った規定に基づきいくつか条件を満たさなければなりません。そしてそれはほとんど突破することはできません。そんな私が直接介入できない事件が起こった時、私の代わりに祓に解決してもらっているのです。それで対価として私が彼に力を与える、という契約です」

「俺が地球滅亡レベルの悪霊や悪魔を楽々ぶち転がせるのは、半分くらいコイツのおかげなんだ。何回も来られると流石にキツいがな」

 

 俺は今まで知らなかった祓とティアラの関係性に驚きの表情を露わにする。そしてそんなに頻繁に地球が危機に見舞われていたとは及びもつかなかった。

 

「そういうわけで今回はレイギスが俺達の住む世界を侵略しにやって来た。今までなら俺は即座に倒していたんだが、野郎オツムが少し良いせいか、あと一歩っつーとこで姿を消したんだ」

「ああ、それは聞いたぞ」

「だけどこの女神、ティアラ様は俺だけじゃ不十分だと申されてる。そしてそれを補ってくれるのが奏、お前っていうわけだ」

「それが分からない」

 

 俺は即座に疑問を投げかけるが、今度はティアラが前に出て話をし始める。

 

「まず、レイギスはあらゆる物理攻撃、魔法はほとんど通用しないと思ってください。彼は肉体を持っておりません。しかし霊体でありながら周囲の物質や人間に影響を及ぼす事が可能です。貴方のお友達がしてやられたように」

 

 ティアラの言葉に俺はフラッシュバックに近い記憶を思い出す。メアリーやダンゲル達がやられた魂を抜き取られたあの瞬間を。

 

「彼の二つ名は『霊王』。神に最も近い、この世界のルールから外れた存在。そんな人物を倒すには、同じくこの世の理から逸脱した存在でなければいけません」

「俺とお前は唯一の霊力の保持者だ。お前の中に眠ってる霊力を完全に覚醒させる事ができれば、あの男を倒す事ができる。本意じゃねーけどな」

「お願いします。レイギスをこのまま放っておけば、この世界や貴方の世界だけじゃない。多次元宇宙が彼の手に落ちてしまう。どうか御助力を……」

 

 俺は祓とティアラの話を聞いてしばらく黙った。自分がどうしたいか、どうするべきかを、この短い会話の中で俺なりに真剣に聞いて咀嚼して吟味した結果、俺はとある決断を下した。

 

「分かった。やる。祓と一緒にレイギスを倒す」

「オイッ…!本気か?」

「本当に良いのですか…?」

「だが条件がある。俺と祓がレイギスを倒す事ができたら、その時は俺とクラスメイトを元の世界に戻せ」

 

 俺はその事を条件に彼女の提案を呑んだ。他の奴らが倒せるかも分からない魔王を倒すのを待っているより、自分で行動した方が早いと判断した。それに早く元の世界に帰りたいという想いは今も変わっていない。

 

「本当に、それで良いのか?」

 

 祓は何故か俺にそんな事を聞いた。

 

「良いのかって……いいに決まってるだろう。勝手に連れてこられて家に帰れない日が何日も続いてるんだぞ?誰だって自分家が良いと思うのは当然だろ」

「違う。俺が言いたいのは、友達をほったらかしていいのかって聞いてんだ」

 

 祓は俺に痛い所を鋭く突くように言った。アイツらメアリー達は曲がりなりにも俺の事を友として認めてくれている。そんな彼等を裏切るような行為は果たして許されるものなのか、と祓は言いたいのだろう。だが、

 

「最近、ずっと疲れてたんだよ。ありもしない汚名を付けられたり危険な目に巻き込まれたりな。もううんざりだ。早く帰りたい。それが俺の本心だ」

「それで良いのですね?分かりました。ではこれから祓には奏さんに稽古をつけてもらいましょう」

 

 俺は今まで俺が溜め込んでいた不満や鬱憤を少しだけ吐き出した。アイツらといるのも悪くはなかったがそれでも居れば居る程疲れる。それに、一生会えなくなるというわけではないかもしれない。交渉次第ではたまにこの世界に遊びに来るのも……

 

「カナデ……なに…言ってるの……?」

 

 病室のドアから、メアリーの声が聞こえた。

 

「メアリー?」

 

 俺はいつの間にか帰ってきたメアリーに釘付けになる。彼女の表情はとても苦しげで悲しげで、涙を堪えて口元を押さえていた。

 

「あー、メアリー、聞いてくれ。これにはちょっとした事情が……」

「ごめんなさい……貴方がそんなに悩んでたなんて知らなかった……ごめんなさい!」

 

 メアリーはドアを閉めて俺の元から去っていった。俺はおい、とメアリーに声をかけたが彼女は聞こうともせず俺の前から逃げていった。

 

「おい!カナデ!一体どういう事だ説明しろ!」

「そうだぜブラザー!お前にはまだ恩を返していないってのにのよぉ!」

「私もフランのお礼をまだしていないわ!」

 

 メアリーと一緒にのぞいていたのか、ダンゲルとブルートとモランが一斉に俺の前に来て問い正した。彼等の質問に俺はなるべく答えてやりたいが、あれはなんとなく、なんとなくだがメアリーを追わないといけないような気がした。

 

「悪い、また後で!」

 

 俺はメアリーを追いかけた。彼女に会って話さないと、またとんでもない馬鹿を起こしそうだという危機感を感じていたからだ。そして、俺の言葉足らずな言動を訂正するために。

 



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第24話 ひょっとして俺のことバカにしてる?

 

「メアリー!待て!」

 

 俺は逃げるメアリーを走って追いかける。タイミングの悪い所で会話を聞かれた。せめて弁明だけでもさせてもらわねば。

 

「おい!メアリー!待てって言ってるだろ!」

 

 俺は再度メアリーに止まるよう声をかける。だがメアリーは走りながら首を横に振った。

 

「いやよ!カナデが帰っちゃうなんていやよ!」

 

 メアリーは駄々をこねる子供のように泣きながら逃げる。あまり走りなれていないのか、走り方のフォームが良くなく、腕と足が上がっておらず、いかにも女の子走りというべき走り方をしていた。

 

「メアリー頼む!止まってくれ!お前は勘違いをしているんだ!」

 

 メアリーの走りを酷評した俺もまた運動がそこまで得意というわけではなく、徐々に体が重く感じ、呼吸が荒くなっていた。

 

「いーや!いーや!いー…げべふ!」

 

 いやいやと言っていたメアリーは道端にあった石ころに足を引っかけて転んでしまった。俺は焦燥感に駆られ、メアリーに駆け寄る。怪我をしていないといいのだが……

 

「メアリー!大丈夫か?」

「うう……」

 

 俺はメアリーに声をかけるが、頭をぶつけてしまったのか、返事がない。俺は直ぐに介抱すべく、彼女に近づこうとした。

 

「お前か?」

 

 俺がメアリーの元駆け寄ろうとしたその時、何か恐ろしい存在に睨まれたような感覚に陥り、嫌な汗が吹き出した。

 

「お前がメアリーを泣かせたのか?」

 

 突然どこからともなく声が聞こえた。怒気を孕んだ獣の唸り声のような恐ろしい声だった。

 

「殺す……!」

 

 声の正体はメアリーだった。いや、正確に言えばメアリーの背後に佇む赤黒い皮膚に筋骨隆々、鬼の如き形相の不動明王のような恐ろしい姿をした何かだった。

 

 俺はあの怪物をいつかどこかで見た事がある。だが思い出せない。そして今はそれどころではない。正体不明の怨霊が俺を殺さんとしている。

 

「ちょ、待て。俺はメアリーの味方だ。俺は彼女に危害を加えていないし泣かせてもいない」

「いいやお前はメアリーを泣かせた」

「なんだよ、心当たりでもあるのかよ?」

「お前はメアリーを切り捨て、彼女を悲しませようとしている」

「いや誤解っていうか、説明不足だっただけだ」

 

 俺はメアリーの背後霊?守護霊?にそう言ったが、霊は俺を睨みつけたままだ。

 

「だがお前が原因だ。メアリーを悲しませたのは、お前のせいだ。俺がお前を殺す」

 

 霊は俺にそう言うと俺に迫ってきた。筋骨隆々な逞しい腕が俺の眼前まで襲い来る。俺は両腕で防御の構えを取り、目を瞑る。F1カーみたいな早さだったし、ただ頭を殴られないようにするのに精一杯だった。だが来るべき痛みがやって来ない。俺はゆっくりと瞼を開けた。

 

「平気か。奏」

 

 俺の窮地を救ったのは、またしても祓だった。祓は袖の中から黄金色に光る鎖を出し、手綱を取るように固く握ったままそれで霊を縛っていた。

 

「祓!来てくれたのか!?」

「ああ。なんかそこの嬢ちゃんから嫌な霊力が壊れた蛇口みたいに漏れててな。変だと思ったから追いかけてきたのさ」

「グゥゥゥゥゥ!離せ!」

 

 霊は忌々しそうに鎖を体を振るわせ、鎖を引きちぎろうとしていた。

 

「やめとけ。コイツは天界の金属で作られた神聖な鎖だ。お前レベルでもコイツを砕くのは骨が折れるぜ」

 

 祓は「へへ」と笑いながら鎖を握り、何故か鎖を離した。

 

 すると鎖は意思を持ったかのように這うように動き、霊の体の周りを回転しながら縛り上げるように絡みつき、そして地面に海賊船のアンカーのように深く沈むように抉りながら刺さって固定した。

 

「ぐぐぐ……うおおおおあおおお!!」

 

 霊はガシャンガシャンと鎖を激しく揺らしながらもがく。拘束具と化した鎖は破壊こそされないものの、金属が擦れるような耳がつんざくような音を出していた。

 

「コイツ凄いな。呪いで作られたのか。しかも半端ない力だ」

 

 祓は観察するように目を細める。独り言のように呟くと勝手に納得しながら言った。

 

「なぁ、どういうことだ?呪いで作られた、って」

「ん?ああ、言葉通りの意味さ。この霊は人間から"成った"んじゃない。呪術師によって作られたのさ。しかも凄腕の」

 

 祓は霊の額をつんつんと突っつきながら言った。霊が「気安く触るな!」と怒っていたが祓は気にせず話を続ける。

 

「あの嬢ちゃんの感じからして、つい最近守護霊と人間の間の境界が曖昧になったみたいだな。恐らくレイギスと接触したのがきっかけだろう」

 

 俺はレイギスがメアリーの身体から魂を抜き取った事を思い出す。想像するのも少しゾッとする。もしかしたら彼女が死んでしまうかもしれないとあの時は予感していたからだ。

 

「守護霊?守護霊なら、彼の親父さんだったぞ。成仏して天に帰ったのも見たが……」

「いや、そっちの方じゃない。普通守護霊は必ず一人につき一人ずつだ。二人いるということは、誰かが嬢ちゃんを守るために作ったのさ。とびきりすげぇのをな」

 

 俺と祓はチラリと霊を見る。すると霊はもう鎖を解けないと理解したのか、抵抗する様子を見せなくなった。

 

「ようやく落ち着いたか。これで話し合いが出来るな!だろ?」

「……」

 

 霊は祓の言葉に耳を傾けず、代わりに俺を見た。まるで俺に何か言いたい事があるかのような不満そうな目だった。

 

「お前はメアリーの気持ちを考えたことがあるか?」

「えっ?」

 

 唐突なメアリーに関しての質問に俺はそのまま聞き返してしまった。

 

「メアリーはな、父親は早死にし、母親がいなくなってからずっと一人だった。しかも母親から与えられた能力を気味が悪いと避けられて生きてきたのだ。お前に会うまではな」

 

 霊はメアリーを哀れむように見ながら話す。その瞳はまるで家族に向けられたかのような眼差しだった。

 

 俺に会うまで、メアリーは寂しい思いをしていたのか。なんとなく分かってはいたつもりだったが、それでも俺は彼女についてあまり知らなかった。

 

「メアリーは俺を外に出さないよう封印した。俺は彼女の幸せを願っていたから、抵抗はしなかった。ただ彼女の後ろで、彼女の人生を見守っていた。彼女が食うものに困っていた時、お前が現れた。その時から彼女の人生に光が差した」

「そんな大袈裟な……俺はただ弁当を渡しただけだ」

「お前は分かっていない。お前は孤独なあの子に手を差し伸べただけでなく、借金取りからメアリーを救った。お前は理解していないようだが、お前はあの子の人生を変えたんだ。お前のことを深く想っている。人は誰かと関わった時、無責任に側から離れてはいけないんだ。お前はあの子といるべきだ」

「化け物の癖に人間を語るなんて、コイツは最高だな」

 

 祓は鼻で笑いながら言った。だが霊は気にしない。未だ俺を見据えていた。

 

「お前は知らないだろう。メアリーがどれだけお前を好いているか。どれだけお前の事を考えているか。どれだけお前で──」

「もうやめて!このバカ守護霊!」

 

 霊が何か言いかけた時、突如起き上がったメアリーが霊の頭を思い切り叩いた。

 

「人の赤裸々な恋愛事情を勝手に語るなんて、ありえないわ!」

 

 メアリーはつま先から頭頂部まで真っ赤になってそうな勢いで恥ずかしがり、鼻息を荒くして幽霊を睨んでいた。

 

「メアリー!?大丈夫か?怪我はないか?」

「ええ、大丈夫よ。少し服が汚れちゃっただけで……」

 

 そう言うメアリーは笑顔を俺に向けたが、俺は彼女の笑顔が俺を安心させるための作り物の笑顔だと言うことに気がついた。俺は彼女の右手を触って手の甲を確かめた。

 

「えっ?カ、カナデ?」

「お前、ここ怪我してるだろ。なんでそんな嘘をつくんだよ?」

「だって…迷惑かけたら、余計元居た場所に戻りたがっちゃうでしょう?」

「そうだそうだ。お前は無責任にもメアリーを置いていくつもりだろう」

 

 メアリーもその守護霊も同じような事を言っていた。俺はそこまで無責任に見えるだろうか。いや、さっきのあの発言だけを切り取られたらそう見えるかもしれない。だが俺はまだティアラに俺の取引の全てを話していなかった。だから勘違いされているのだ。

 

「メアリー、聞いてたんだろう?俺がさっき奴と話してた事」

 

 俺がメアリーに聞くと彼女は静かに首を縦に振った。

 

「私、まだ貴方と一緒に居たいの。貴方が好きだから」

 

 メアリーは潤んだ瞳と共に真剣な表情で俺を見ながら言った。いつものふざけた態度の彼女ではない。本気の言葉だ。

 

 これは俺もちゃんと彼女に対して誠実な気持ちで答えないといけないだろうと俺は考え、彼女に対して前を向いて見据える。

 

「俺もお前が好きだ」

「えっ!?!?嘘!?!?!?!?!?」

「すげ、大胆じゃん」

 

 メアリーは何処から出したかわからないほどの街全体を震わせるほどの声量を声を荒げる。あまりにも声が大き過ぎて鼓膜が潰れるかと思ったほどだ。

 

「お前は変だけど結構面白いし、良い奴だ。それに悪いウソはつかない。なんだかんだ言ってるけどな、お前とダンゲルと一緒にいるのは楽しい」

「お前、それは本当か?助かりたいがために嘘をついてるわけじゃないのか?」

 

 霊は俺に対して胡乱な目で俺を見ながら言う。

 

「そんなこと思ってない。お前は捕まってるから手は出せないし彼女が何処かズレててネジは飛んでるけど良い子なのはお前も分かってるんじゃないのか?」

「まあ確かに」

「何に対して納得してるの?貴方が捕まっててカナデに手は出せないってこと?それとも私がおバカでズレてるってこと?」

「そ、そうは言ってないよメアリー。ただちょっと常識がないという意味で言ったまでだよ」

「やっぱり言ってるじゃない!もう!なんで守護霊にまでバカにされなきゃいけないのよ!」

 

 メアリーはプンスカプンスカと茹でダコのように怒りで顔を真っ赤にしながら言う。いつものメアリーに戻ったみたいで俺は安心する。

 

「俺は無責任にお前から離れたりしない。たまにこっちに来たりできるよう取引するつもりだ。ただ家には帰りたいだけだ。家族が心配してるし、安心させたいんだ」

 

 俺がメアリーに対して言うと、祓が「いやいや」と申し訳なさそうな表情で割って入る。

 

「お前の親父さんとお袋さんな、お前がいなくなってもなんの心配もしてないぞ」

「は?」

 

 俺は突然の祓の衝撃の告白を聞いて、心の底から「は?」という疑問の一文字を口から吐き出した。

 

「俺、お前をカラオケに誘おうと思ってお前ん家行ったんだけどよ、お前の親父さんが『奏は海外旅行に行ってるからその間俺はママとラブチュッチュッできるから良いなぁ!』って言ってたぞ。めちゃくちゃ嬉しそうだった」

 

 あの万年色ボケ親父が、息子が今どんな惨状に置かれてるかも知らずにそんな事を言っていたのか。子供が突然学校から帰ってこなくても心配じゃないのか。

 

「あと『やっぱり奏は外の世界が好きなのね。私の冒険家だった曾々お爺さんに似てるわ。奏がいない間パパと旅行でも行ってこようかしら』って言ってたな。お前の曾々じいさんは冒険家なのか?」

「知らねーよ!なんなんだ俺の家族は!心配のしの字もないじゃないか!どうなってるんだ!?」

 

 俺は天に向かって吠えた。だが空の向こうにはあのスウェット姿のズボラ女が微笑みながら中指を立てているように思えてまた腹が立ってきた。

 

「俺はもう怒ったぞ。向こうが心配するまで帰らない。レイギスを倒してもだ俺はそれまで絶対に帰らない」

「本当!?残ってくれるの!?カナデ!?」

 

 メアリーがパァッと目を輝かせて俺に抱きつく。そうだ、俺は帰らない。もし帰ってきてくれと懇願されても友達とガールフレンドに囲まれて帰れないと言ってやる。

 

「メアリー、俺は決めた。この街に俺の居を構える。家を買おう。そうすれば簡単に帰ることはできない。お前とダンゲルも住まわせてやる。ルームシェアだ!」

「キャー!大胆な同棲宣言だわ!これはもう確実でしょう!」

 

 俺とメアリーが盛り上がっているのを尻目に、幽霊はもう俺に対して敵意を完全に無くしたのか、先程よりも表情が柔らかくなっていた。

 

「…お前の言葉に嘘偽りはないようだな。ミエイカナデ、貴様を認めてやる。お前はメアリーに相応しい相手だ」

 

 幽霊は俺にそう言って身体を光の粒子に変えて空気と共に消えた。

 

「えっ?なんだ?消えたのか?」

「いや違う。彼女の元に戻っただけだ。守護霊ってのは人を守るために存在するんだからな」

 

 なんだか良い感じに話がまとまり良い感じに良い話になったような気がする。だが俺は一つ疑問に思っていた。霊の言っていた言葉だ。それは……

 

「アイツ…俺がメアリーに相応しいって言ってたけど、アレって俺を馬鹿にしてたのか?」

「違うわよ!?」

 

 メアリーに両肩を掴まれワンワン泣きながらグワングワン揺さぶられながら俺はその言葉の意味が何なのかを考えていた。

 



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第25話 男三人と雑魚寝〜天井にストーカー女を添えて〜

お久しぶりです。突然ですがなろうで書いてるこれとは別の作品のストックがちょうど良い感じに溜まってきたのでこっちでも載せようと思います。この作品同様ギャグテイストの作品となっています。近いうちにあげるので楽しみに待っていてくださいね。


「親に心配してもらえないから家を買うって?お前ハグされて気絶して脳に酸素行かなくなったからおかしくなっちゃったのかやっぱ」

 

 俺はサンゼーユのとあるダイナーのテーブルに座りながら祓におかしいやつを見る目でそう言われた。首に骸骨のネックレスぶら下げて変な指輪やら聖書を持っているやつに言われたくない。おかしいのはコイツの見た目だ。

 

「皆に抱かれて気絶して、病院に運ばれて目が覚めたら病院抜け出して、戻ってきて報告したいことがあると言うから聞いてみたら家を買うだなんて。お前は面白い奴だなカナダ」

「カナデなブルート」

 

 俺はナチュラルに名前を間違えるブルートに訂正しながら言う。まぁなんというかあの時はその場のノリで言ってしまったが、今考えても腑が少し煮え繰り返りそうになるので俺のこの怒りは間違っていない。

 

 俺達は一度病院に戻り、正式な手続きをしてから退院した。

 

 そしてその足で腹も減ったと言うこともあってガッツリでも軽食でも出来るカフェへと向かった。俺はフレンチトーストとコーヒー(異世界に来たのに何故かこんな俗っぽい物を食べている)、メアリーはチーズハンバーグステーキ、ダンゲルはこの世界のオリジナル料理のチャブタス(スープ料理)ブルートはホットケーキ、ルミールはアイスクリーム、モランとフランはコーンスープのみで、祓は酒を飲んでいた。

 

「面白いお前の事をもっと見ていたいんだが、俺達旅行中でな。明日ここを発ってしまうんだ。チケットももう取ってある」

「へぇ。どこに行くの?」

 

 メアリーがオレンジジュースを飲みながらブルートに聞いた。するとブルートの代わりにルミールがテーブルの上から身を乗り出して答えた。

 

「ウィルヒル王国よん。私達が住んでるマッドギアと戦争してたらしいけどもう和平は結んだみたいだから旅行できるんだ。あそこはスイーツが美味しいらしいの」

「へぇ?なんてお店?」

「ヴァリエールってとこなんだけど」

「ヴァリエール!私も知ってるわ。あそこはいちごタルトが美味しいのよね」

 

 二人の間でスイーツ談義が始まった。俺も加わろうか迷ったが二人の世界に入ってしまっている。俺の介入の余地はないだろう。

 

「あの、今良いですか?」

 

 俺があぶれてチャンスだと思ったのか、モランが俺に話しかけてきた。

 

「ん?なんだモラン」

「妹を助けていただいて、ありがとうございました!」

 

 モランは頭を下げて言った。勢い良く下げたからか、テーブルに頭をゴン!と痛そうな音が聞こえた。やはり痛かったのか額をさすりながら顔を顰めていた。

 

「と、とにかく…私が出した依頼は完璧にやってくれたし、報酬を支払いたいんだけど」

 

 そうだ、なんだか大変な事ばかり起きてすっかり忘れていた。これは依頼だった。

 

「とりあえず、この金額でどうかな?」

 

 モランはスマホを取り出すと画面を何回かタップしてピロン、という電子音が鳴った。

 

 すると俺のスマホに着信音が鳴った。俺はスマホを開き、見てみる。すると、画面上に数字が羅列していた。

 

「えっとこれは」

「電子決済よ。かさばると運ぶのも大変だからね」

 

 いや異世界で電子決済てどうなの?普通目に見える形で金貨やらなんやら貰うのが異世界転移の醍醐味でしょ常考!と、太田くんなら言うだろうな。いやそれにしても異質すぎる。

 

 俺はどのくらいの報酬が振り込まれたのかを確認するために画面を注視する。ゼロが1つ、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、ん?ゼロが7つ。えっ!?ゼロが7つ!?

 

「Wow!マジかよ!大金だぜこりゃあ!」

「ちょ、おま、これ、桁が間違えてるぞ!?」

「本当!?た、足りなかった!?」

 

 いや別に俺が言いたいのはそう言う事じゃない。やった事に対してのお礼が大き過ぎる。ゼロが七つで最後の数字は5、つまり5千万だ。5千万ジールが振り込まれている。

 

「いや金多く入れ過ぎだろ!人探しで払う金額じゃないよ!」

 

 俺はそう反論するが、当のモランは心底疑問そうに首を傾げながら「そう?」と逆に俺に問う。

 

「貴方は私の命よりも大事な妹を探し出した上に妹を狙っていた悪人から身を挺して守ったのよ?色をつけて報酬を支払うのは当然では?」

 

 報酬を払う本人に当然のように言われ、俺は「そうかな……そうかも……」と納得しつつあった。

 

「モラン?こんなお金どこにあったの?おもちゃ屋さんの経営そんなにうまくいってるの?」

 

 メアリーがやや不安そうに、だがほとんど好奇心のみで聞いてきた。

 

「そこそこね。でも副業の方が儲かっちゃってて。私の扱ってる魂についての学問をとある企業が食い気味に提供してほしいって言ってたの。冗談で100億ジールとか言ったら本当に払ってきたから即決で引き受けたの。だからお金には困ってないのよ」

「100億!?あ、アナタ大丈夫なの?怪しくない?それ?」

「まぁその話は良いじゃない。大切なのはメアリー、貴方達が私の妹を助けてくれたこと。それが大事なのよ」

 

 モランはニコリと笑って言う。俺達はモランの意外な事実に衝撃を隠せないが、一旦それは置いておくほかない。

 

「あ、あの……今回は、本当にありがとうございました…!」

 

 今度はフランが頭を下げて感謝の言葉を述べた。

 

「私、お姉ちゃんに認められたいからって身勝手な行動をして他人を巻き込んで酷い目に合わせたのに、助けてくれて、でも私だけ助かってよかったんでしょうか……?」

 

 フランは迷いを見せながら俯いて言った。確かに彼女は見ず知らずの他人を人体実験に使って危うく国を混沌に陥れる寸前まで行った。だが、俺は大して気にしてはいなかった。

 

「さぁ、どうなんだろうな。俺達はモランに依頼されたからお前を探した。俺はこの国の、外の人間だ。だから俺にはこの国がどうなっても割とどうでもいい。だが俺はまだここには滞在する予定だった。だからお前を止めた」

 

 これは俺の本心だった。せっかく居を構えるのに国がめちゃくちゃになっては意味がない。だから彼女の計画を止めたまで。それ以上の貴賎はない。

 

「そんなこと言っちゃって〜本当はそんな淡白な事考えてないんでしょ?もう!私にはお見通しよ!」

 

 メアリーは俺の頬に人差し指をツンツンと押し当てながらニヤニヤして言う。

 

「じゃあお前の目は腐ってるな。目玉を交換したらどうだ」

「な、なんでそんな酷い事言うの!?」

 

 俺はイラッとしたからメアリーにそう言ってやった。するとメアリーは途端に涙目になって俺を批難する。

 

「本当に酷い事をしたと思ってるなら何か別の形で罪を償うんだな」

 

 俺はそう言ってフレンチトーストを食べ、コーヒーで流し込んだ。甘味と苦味が口の中で溶け合って悪くない。

 

 俺達はそれぞれ食べたり飲んだりをして、食器を綺麗に空に、汚く空にすると会計をして店を出た。ここでブルートとルミールとは別れることになる。

 

「なぁ、ダンテ。お前には命を救ってもらった。お前の事は一生忘れねぇ。今度マッドギアに来いよ。お前も身体改造してカッコよくしてもらおうぜ」

「カナデだ。まずは名前を覚えてから帰ってくれ」

 

 ブルートはにこやかに礼を言った。ルミールはメアリーと何やらスマホを近づけながら互いを見つめて泣いていた。

 

「うう……こんなに仲良くなれたのにもう別れるなんて寂しいよ……メアリー、絶対マッドギアに来てね!今度は私達が案内するから!」

「うんッ!必ず行くわ!」

 

 いつの間にやら彼女達は割と親密になっていた。まぁ仲が悪いよりは断然良いので大いに結構だが、あの短時間の間でどうやってあんなに涙を流して別れを惜しむ仲となれたのか。後でご教授願おう。

 

「それじゃあな!お前ら!素敵な旅の思い出をくれてありがとうよ!」

「バイバーイ!」

 

 ブルートとルミールはそう言って俺達に背中を向けて去って行った。

 

「さて、これからどうする?」

 

 ダンゲルが俺に向かってそう言った。空を見るともう既に日暮れだ。ダイナーに長居し過ぎただろうか。もうすぐ夜になるし、今日はもう家に帰ってしまおう。

 

「そうだな。今日は食べて話疲れたし、もう帰って寝るとしよう」

 

 俺はそう言って家路に向かおうとする。だがそこで祓が「待て待て」と言って俺の肩を掴んだ。

 

「なんだ、祓?」

「なんだじゃねぇよ。俺を置いてくつもりか?」

 

 唐突な謎の質問に俺は首を傾げる。

 

「いや、だってお前、どっかの宿を借りてるんだろう?」

「借りてねぇよ!昨日突然やってきたし、ここの通貨は持ってない。俺は野宿して過ごしたんだ。そろそろ暖かくて柔らかい布団で寝たいんだよ。お前ん所使わせろ。良いだろ?俺達親友だし」

 

 こんなタイミングで親友という言葉を使うコイツは果たして本当に親友と呼べるのだろうかと疑問に悩んだが、流石に放っておくのも後味が悪い。俺は渋々許可を出す。

 

「分かったよ。お前には助けられたし。親友のよしみだ。使わせてやる」

「やったぜ」

 

 祓はガッツポーズをし、俺の肩に手を回す。一見厚かましくて煩わしい奴だがこれでも俺の数少ない友達だ。むげにするのも良くないと思い、俺は今度こそ家路へと向か──

 

「待て待て」

 

 俺の肩をまた誰かが掴んで止めた。後ろを振り向いて見てみるとダンゲルがいた。

 

「なんだダンゲル?」

「なんだじゃないぞカナデ。俺はどうすれば良い?」

 

 ダンゲルは俺に不思議な事を聞いた。コイツは何を言っているのだ。いつも通り来れば良いだろうが。それか幽体なんだからその辺をぷかぷか彷徨ってろ。

 

「何言ってるんだ。お前はいつもみたいにすれば良いだろ」

「いや、何を言ってるはこっちのセリフだ。俺は仮にとはいえ身体を手に入れた。身体機能的にもほとんど人間の身体と言っても過言ではない。そんな俺に外で寝てろというのか?」

「あっ……」

 

 そうだ、と俺は口をあんぐりと開けて思い出した。モランから魂を収納できるボディーを貰ったのだった。だからコイツを今は幽霊ではない。一応人間という扱いは出来るわけだ。

 

「どうせ家を買うんだから俺達二人をお前の借りてる部屋に入れても良いだろ?少しの辛抱だ」

 

 祓はなんの悪気もなさそうに言う。男三人、しかもそのうち一人はマッチョでガタイがいい。そんな奴等が一人部屋に入ってくるとどうなるか。一人暮らしをしている人間ならわかるだろう。

 

「ウソだろ……」

 

 俺は大地に両膝をついた。

 

「いやウソじゃないぞ現実だ」

 

 ダンゲルが俺の肩をポンポンと励ますように叩きながら言う。俺は項垂れる。俺には幽霊だけでなく生身の人間にもプライベートな空間を持つことすら許されないのか?

 

 俺は宿に帰り、風呂に入り、パジャマを着て歯を磨いてベッドに入る。俺の両隣には男二人が布団の中にギチギチに入り、俺を圧死させる勢いで寝ていた。周りには幽霊が俺をバカにするように笑いながらチラチラ見て、天井には俺の見知ったストーカー女が張り付きながら俺の寝顔写真を撮るべく待機していた。

 

 ここが地獄か。

 

 俺は絶望しながら瞼をゆっくりと閉じた。明日起きてたら、全てが変わっていますように。そんな淡い希望を抱きながら俺は全てを諦めて寝た。



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第26話 そうだ、不動産屋へ行こう①

 最悪の目覚めだ、頭が痛い。

 

 頭だけでなく身体全体が痛い。何故痛いのか、その原因は硬い床の上にいたからだ。俺はいつの間にか床に移動して寝ていた。大方祓とダンゲルが蹴飛ばしたのだろう。寝相の悪いダンゲルが俺のベッドを占領している。祓は居なかった。

 

 あっ、あとメアリーもいなかった。俺の寝顔を撮った後ゴキブリみたいにカサカサと部屋を出たのだろうか。

 

「……」

 

 俺は床の上から立ち上がり、軋む床の音を聞いて慎重にゆっくりと地に足をつける。別に床は脆くないが軋む音が一瞬聞こえ、咄嗟に反応というか、直感で抜き足で床をゆっくり踏み締めて歩いた。

 

「グググ……ギギギ……」

 

 ダンゲルは白目を開け、口を大きく開けていまだに寝ていた。久しぶりに寝るという事ができたからか、その表情は満足気だ。だが表情がブサイクな寝顔の犬みたいで醜い。これが人間の顔なのか、と目を疑う。

 

 寝覚めは悪かったが、かと言ってまた寝ようと思う気にもならなかったため、俺は立ち上がって部屋をうろうろ徘徊した。

 

 すると俺はテーブルの上に一枚紙を見つけた。書き置きみたいだ。近づいてみると何か書かれていた。

 

『お前の修行の準備をするため外に出る。少ししたら戻る』

 

 とだけ書かれていた。これは祓が書いた物と見て間違いないだろう。修行、一体どんな事をするのだろうか。思えばこれが初めての本格的な霊媒師になるための修行なのだろうか。

 

 いや俺は別にエクソシストとか坊主になる気など毛頭無いが、修行と聞いて俺は少し胸を躍らせた。これでもジャンプ愛読者だったのだ。友情努力勝利は俺のお気に入りの言葉だった時期もあった。

 

「うぅ〜んむにゃむにゃ……」

 

 寝言が聞こえた気がしたので俺はダンゲルの方を見た。ダンゲルが何かうなされていた。アホ面をしているが、眉間に皺を寄せ、何かに抗っている様子だった。

 

「返せ……!」

 

 今度ははっきり聞こえた。返せ、返せとうわ言のように呟いている。彼の中の悲しい記憶を反芻しているのだろうか?俺は気になり、彼の寝言に耳を傾けた。一体どんな夢を見ているんだ?

 

「俺の…俺のチ◯ポを返せ……!」

 

 一体どんな夢を見ているんだ?

 

 俺は途中でアホらしくなり、聞き耳を立てるのをやめた。ダンゲル、お前は変な奴だと思ってたが本当に変だな。スルメイカみたいに噛めば噛むほど疑問が湧いてくるよ。

 

「カナデ!おはよう!」

 

 俺の部屋にノックもなくドアを開けたのはやはりあのストーカー女のメアリーであった。

 

「うわでた」

「その言い方はないんじゃない?」

 

 メアリーは心外だ、と言わんばかりの驚きの表情をしている。いや、今のお前にピッタリな態度なんだが。

 

「お前次天井に張り付いて動画撮影したら友達から知り合いに降格だからな」

「……?」

 

 メアリーはあからさまに惚けた顔で俺を見る。本気で忘れた振りをしているのだろうか。その顔はアヒル口で、しかも首を傾げている。あまりにもムカつき過ぎてもうちょい首を曲げて首の骨を折ってやろうかと思ったくらいだ。

 

「そんなことより!」

「そんなことより?お前人の家の天井に張り付いて動画撮影してたのをそんなことで済ますつもりなのか?」

 

 俺は話を戻そうとしたがメアリーは「そんなことより!!」と語を強くして掻き消すように声を張った。

 

「家を見に行きましょう!」

 

 メアリーはとある提案をした。それは不動産屋に行って家を探す事だ。

 

 今俺は宿を借りている。元々ティアラからある程度何もしなくても生きていける程の金を渡され、そしてそれも尽きかけていた時、俺はアイバやモランの依頼を受けて十分な金を手に入れた。この世界に定住するならもういっそ家を買うべきだろう、という決断を下した。

 

 元々俺は魔王なんて倒すつもりはなかったし、クラスメイトの皆がどうにかしてくれるだろうという期待も合ったため、俺はこの国、サンゼーユから一歩も出ていない。金はあるし、そこそこ広い家も買えるはずだ。

 

「いつまでもヤドカリ生活なんてしてないで、私と貴方の愛の巣を手に入れるべきよ!」

「俺はただ家が欲しいだけでお前との愛の巣が欲しいわけじゃない。住みたいなら勝手にしろ」

 

 俺はやや棘のある言い方をしたが、メアリーはどこ吹く風、と言わんばかりに部屋の中でクルクル回って喜びの舞を披露していた。

 

「まず私とカナデの部屋があるわね。ベッドは勿論キングサイズ、色々ムフフな事もする事を考えてベッドは大きいほうがいいわ。それから子供の部屋も確保しておかないと。男の子ならおもちゃをたくさん、女の子ならお人形さんをたくさん用意しなくちゃ。子供といえばいつ作ろうかしら。私としては今すぐでも構わないけれどカナデの都合もあるからその辺はゆっくりと考えないとね。だって私達二人の愛の結晶、新しい家族を迎えるんですもの。ちゃんと責任を持って……!」

 

 メアリーは勝手に俺との将来を壮大なスケールを広げて早口になりながらブツブツと呪文を唱えるように喋っていた。怖い。俺はこんな女と同居することになるのか。

 

 俺は一瞬背筋が凍ったが、ダンゲルをチラリと見る。思い出した。俺はコイツとも一緒に住まなければならないのだ。幽霊だからいつもはその辺を散歩してただけのアイツが、今度は身体を手に入れたから人間と同じ生活をしなければいけなくなる。

 

「チ◯ポ返せつってんだろが!殺すぞ!」

 

 またあの変な夢の続きだろうか、イチモツの名前を叫びながらダンゲルは「ハッ!」と言って飛び上がるように起きた。

 

「ハァ……ハァ……!あっ、カナデ、メアリー、おはよう」

 

 悪夢を見ていたにも関わらずダンゲルは白い葉を見せつけながらサムズアップをして朝の挨拶を交わす。

 

「あらダンゲルさん、おはよう。私とカナデ二人で不動産屋さんに行こうかと思ってたんだけど、貴方も来ます?」

 

 メアリーはダンゲルに一緒に来るかどうか誘った。ダンゲルの答えは、

 

「ああ、勿論!まだこの身体には完全に慣れてなくてな、散歩がてら慣らしたい。一緒について行ってもいいだろうか?」

 

 答えはイエスだった。先延ばししててもいつかはやらなきゃいけない事だったし仕方ない、と俺は思い部屋から出た。

 

「あっ……!お、おはようございます。奏さん。今日もいい天気ですね」

 

 部屋から出ると、宿の中を箒で掃除している黒髪のセミロングの女性がいた。彼女の名前はシセル。俺と同年代の子で、この宿の管理人の娘だ。明るい性格で愛想は良く、こんな俺でもちゃんと笑顔で挨拶をしてくれる良い子だ。

 

「聞きましたよ。摩天楼タワーでの活躍!謎の能力者集団から市民を守ったそうじゃないですか。とてもカッコいいです……!」

 

 シセルは目を輝かせながら俺にズズイと近づき、褒め称える。クラスメイト達と同じ気持ちを抱いて大変遺憾であるが、人から褒められて良い気分になってしまう。そうだ、済し崩し的にとはいえ、俺もこの国を守っているのだ。少しくらい人から尊敬されたって良いはずなのでは?そんな気持ちが俺の中で駆け巡る。

 

「結構この国で噂になってるみたいですよ。新参者の冒険者が街に潜む悪を打ち滅ぼしてるって」

 

 大層な噂だが、その噂にダンゲルと俺が混入していないのを聞いて俺はホッと胸を撫で下ろす。変態キン肉マンは御影奏!16歳!なんて言われようものなら俺は本当に気がどうにかなってしまいそうだ。

 

「私、前から奏さんの事素敵だなって思ってたんです。どうです?この後お茶でも行きませんか?」

 

 シセルは俺にそう言ってきた。これはつまり、逆ナン、というやつか。気持ちは嬉しいが、急に言われてもどう返事をしたら良いか俺には分からない。まともな女性経験は微塵もないからな。

 

「ほら、カナデ。そろそろ行きましょう」

 

 メアリーが俺の服の裾をクイッと引っ張り、催促した。別に急いでいるわけではないが今日の本来の目的をすっかり忘れていた。

 

「ああそうだな、悪いなシセル。俺ちょっと出かけなくちゃいけないんだ。また話そう」

「…はーい。行ってらっしゃい」

 

 シセルは笑顔で俺を見送りながらも、どこか不満気な雰囲気を醸していたが、ともかく俺達は宿を抜けた。

 

 昼の暖かな太陽の光が俺を鬱陶しくも突き刺した。

 

「ああ、眩しさにも限度というものがあるだろ」

 

 俺は心の中で思っていた事をつい口からポロッと出てしまった。別に何も問題ないから、気にしないように努めたのだが、ダンゲルが「おい!」と俺に突っかかってきた。

 

「太陽の光は強くてナンボであろうが!太陽の日の光は俺達の世界も、お前の世界も毎日闇の脅威から守ってくれているのだぞ!少しは感謝くらいするべきだ!」

 

 何故かダンゲルは珍しく怒り、説教じみた話を俺にしてきた。

 

「我々サンゼーユ家の人間は太陽の神、インヒリウスにより力を賜った。その力を用いて今まで幾度もの侵略戦争、魔王軍、災害、病魔を退けてきたのだ。俺にとっては太陽は敬愛すべき神だ」

 

 ダンゲルは頭上の太陽を見やり、誇らし気な表情をしていた。そういえば以前にもちらほら彼は太陽がどうのこうのと言っていた。つまりダンゲルは太陽の神から力を借りる事であのような怪力と神聖なエネルギーを纏っているというわけか。

 

「……」

 

 俺とダンゲルはつい後ろをチラ見した。普段はうるさ過ぎてうんざりするほどのメアリーが右手の親指の爪を噛み噛みしながらブツブツ何か言っている。

 

「あの女、カナデに色目なんか使いやがって……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す呪い殺す」

 

 また病んでいる。今の彼女はテレビ画面から出てきた貞子、もしくは呪怨の伽倻子そのものだ。目を血走らせて呪詛のみを吐き続けるモンスターと化していた。

 

「お前……頼むからシセルを呪ったりしないでくれよ?」

 

 俺の縋るような頼みに、メアリーはハッと口を開けて俺を見る。

 

「もう!全然気にしてなんかないわよ!自意識過剰過ぎ!」

「いや騙されないよ?」

 

 メアリーは一瞬で口角を上げて表情を作り、ニコリと俺に微笑む。そんな仮初の笑顔であの殺意に満ちた目を誤魔化せると思っているのだろうか。

 

「ほら、そうこう言ってる合間にもう着いたわ!」

 

 メアリーがとある建物に指を向ける。彼女の指が示す先には、ブロンソン不動産という看板が立てかけられたビルがあった。



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第27話 そうだ、不動産屋へ行こう②

 俺達は不動産屋へと入店した。そろそろ見慣れるかと思ったが全然慣れない。何が慣れないのかと言うと、店の中は俺達が暮らす現代の地球とほぼ同じような内装だった。

 

 建物の内側は白とオレンジが基本カラー、そして木を使ったフローリングで、昼にも関わらず眩い丸型の電灯、四角いオレンジ色のテーブルに椅子、異世界とはまるで思えないモダンなイメージを持つ雰囲気だった。異世界ってなに?

 

「あれ……?ねぇカナデ、あそこの奥ある人ってカナデのお友達じゃない?」

 

 メアリーはとある男のいる場所を指差す。メアリーの声を聞いた男は俺達のいる方へと振り返り、「よう」と言って手を振った。

 

「えっ?祓?」

 

 不動産屋にいたのは祓だった。なぜこんなところにいるのだろうか。祓はテーブル付きの椅子に腰を深く落とし、そのテーブルに足を掛けていた。

 

「おお、奏。来たな。待ってたぞ」

「待ってた?それってどういう意味だ?」

 

 祓は用事を済ませたら帰ってくると言っていた。だがどういうわけかこの店に居座り、俺を待ち構えていたかのようだった。

 

「言っただろ?お前を鍛えてやるって。おい、あれを持ってこい」

 

 祓は指をパチンと鳴らし、従業員の男に何か命令を下した。すると「少々お待ちください」と男は行って店の奥へと潜っていった。祓は随分と偉そうな態度だったが店員の男は嫌な顔一つせずに命令に従った。

 

「事故物件は知ってるよな?」

 

 祓は突然俺達に話題を振った。俺はまぁ」とだけ言って答える。

 

「事故物件。人死にが出たりして土地価格がグンと下がったいわくつきの物件。俺達霊媒師からしたら恰好の稼ぎ所だ」

 

 祓は説明口調で淡々と言う。確かに事故物件が何なのかは理解している。殺人事件や事故が起きて人が死んで特殊清掃員が派遣されたその物件は、もれなく全部事故物件となる。心霊現象も起きるとも言われているが、一体それが俺と何の関係があるのだろうか。まさか俺に何かさせる気か?

 

「いや、俺霊媒師じゃないんだけど」

 

 俺は改めて祓に言う。

 

「いいや、奏。お前は今日から霊媒師になるんだ」

 

 祓はビシッと俺に人差し指を俺に向けて言った。だから何度も言っているのが分からんのか、俺は霊媒師にはならない。そう言おうとした時、メアリーが割って入って来た。

 

「あの、私達家を探しに来たのよ?カナデの修行は後からじゃダメなの?」

 

 メアリーが祓に対して修行は後にするよう言った。しかし祓は「いやいや」と言ってメアリーに近づく。

 

「君達が住む家にも非常に関係があるんだなこれが」

「んん?どういうことだ?」

 

 ダンゲルが訝しみながら聞くと、返事の代わりに一冊のファイルを渡してきた。中身はそれほど厚くなく、俺は渋々受け取り、中身を開いてみると、何やら家の写真付きの資料が入っている。

 

「…これは、我々ブロンソン不動産が保有する、サンゼーユ国内の事故物件のデータを収めた物です。ツカモト様御一行の皆様には、この事故物件の問題を解決して頂きたいのです」

 

 不動産の店員の男が補足するように会話に入る。

 

「俺達が住んでる世界にも、死んでも死にきれない地縛霊やその瘴気に当てられた他の悪霊共がその物件を不当に占拠してる。どうやらこの世界も同じらしい。おかげで生者のお客様は大変迷惑してるってワケ。そこで俺達の出番なんだよ。なぁ?」

「勿論、タダでとは言いません。事故物件を全て浄化して頂ければ、我々が保有している内の一つを、ミエイ様に無料でお与えします」

 

 不動産の男の言葉に、俺は困惑するばかりだった。こんなにあっさり霊の存在を信じているが、祓はどうやってフレンダ不動産に仕事を持ちかけたのだろうか。

 

「オイ、あれ寄越せ」

「ははァ!」

 

 祓があれ、と言うだけで漢はすべてを理解したかのようにカウンターの下から葉巻を取り出し、専用器具のパンチカッターを用いて葉巻の先端を切り取り、祓に差し出す。祓はそれを口に咥える。

 

「オイ、火」

 

 またしても祓は催促し、ライターで火を点けるよう要求する。あまりにも傍若無人な振る舞いだが、店員の男はまたしても、

 

「はぁいィ!」

 

 とくしゃくしゃの笑顔で火を点けた。なんというか、あまりにも対応が異質過ぎる。一体彼等の間に何があったのだろうか。

 

「でも…見た感じ事故物件沢山あるわよ?中々骨が折れそう……」

 

 メアリーは不安を口から零した。それもそのはず、ファイルの中には決して多くはないが、かといって少なくもないほどの物件の数だった。流石に全てやり終えるには一朝一夕では終わらなそうだが……

 

「ああその点は心配ご無用。一件を除いて、全て俺が浄化した」

 

 祓は見透かすように先んじて俺に言った。

 

「えぇ!?」

 

 俺は驚き、事故物件リストを改めてもう一度覗いてみた。いつの間に、と俺は聞こうと思ったが、不動産の数十名の店員、そして社長全員が祓を崇め奉るかのように膝を着いて敬礼していた。

 

「ツカモト様のお陰で我々は経営難から脱する事ができました!これで安心して物件を紹介することができます!」

 

 社長が祓に感謝に言葉を述べると、「俺も!」「私も!」と堰を切るように続々と祓にお礼を言う店員達で溢れかえった。

 

「「「「「「「「「「「「「「神!神!神!神!神!」」」」」」」」」」」」

「えぇ……?なにこれ……?」

 

 祓を神と信仰する、不動産から宗教団体へと変わっていった。どうやらいつの間にか新興宗教を興したようだ。俺は唖然とする。一体何をすればこうなってしまうのだろうか。

 

「さて、行くぞ奏。それにお友達も。時間は待ってくれないからな」

 

 祓は椅子から立ち上がり、付いてくるよう言った。

 

「おい、祓……!」

 

 俺は訳が分からないまま進む展開に、不安気な声を出した。すると祓は振り返り俺の肩を軽く叩く。

 

「お前の中の力を、ようやく俺は引き出してやれる」

 

 祓は微笑みながらそう言って俺の肩に手を掛けて強引に歩き出した。目指すは得体のしれない事故物件。

 

 だが俺はもう不安を感じることはなかった。何故なら今俺の肩に並んでいる男は、史上最強の霊媒師なのだから。

 



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第28話 そうだ事故物件に行こう

 

 事故物件とは、広義には不動産取引や賃貸借契約の対象となる土地・建物や、アパート・マンションなどのうち、その物件の本体部分もしくは共用部分のいずれかにおいて、何らかの原因で前居住者が死亡した経歴のあるものをいう。ただし、死亡原因によって事故物件と呼ばないものもあるなど、判断基準は明確に定まってはいない。(byウィキペディア)

 

 流石はウィキ様だ。分かりやすく簡潔にまとめてくれている。俺はウィキペディアが好きだ。調べればなんでも出てくるし、暇つぶしにもなる。何故ウィキ・サマーを引用したかというと、今これを読んでいる君達にはちゃんと知ってほしいからだ。

 

 何を?だって?それはこれからお見せしよう。諸君。早速だが君達は事故物件と聞いたら何を思い浮かべる?

 

 人が死んだ?正解。

 幽霊が出る?正解。

 呪縛霊に呪い殺される?正解。

 

 大体事故物件と言えば大体のホラー作品のメインとして使われている。髪の長い白い女とか、おかっぱ頭の白い男の子とか、大体歌舞伎役者みたいな白い肌の人間が出てくるのが定番だ。何故幽霊は白い肌が当然、みたいな風潮になったのだろう。マジのガチで霊が見える俺からすれば、解像度が低すぎる。

 

 おっとすまない。何故俺がこんなにも半ば愚痴のようなことを言っているのかというと、想像と現実は違うという事だ。

 

 俺達は今、不動産屋の男達に例の幽霊屋敷へと連れてこられた。見た目は古めかしい屋敷だ。煉瓦調の壁と屋根に、庭園があった。だが手入れは長いことされていないのか、植物が生い茂っていた。

 

「うぅ……相変わらず不気味な場所だ……」

「まぁ!庭園があるじゃない!お野菜やお花なんか植えちゃおうかしら!」

「ええ!?ここに住むおつもりですか!?」

 

 一方メアリーと言えば、重苦しく仄暗い雰囲気など微塵も感じず、目の前の屋敷の庭をどう自分好みにしてやろうかと考え始めていた。もうこの時点でここを買おうとしていることは明白だった。俺の意思は無しか。

 

 不動産屋の社長が不安そうな表情を浮かべながら猫背になって怯えながら言った。確かに、見た目はホラー系の洋画に出てきてもなん等違和感のない、完璧とも言える見た目だろう。

 

 そして不思議な事に、幽霊が全く居ないのだ。そう、居ない。普段は夏場の公園の木の中にうようよいる蚊のような数の幽霊がいるのに、俺達の周りには全く居ないのだ。

 

「幽霊が居ない、となると…中に少し厄介な奴が可能性があるな。そういう強い霊は他の弱い霊を引き寄せないんだ」

 

 祓も俺と同じ事を考えていたらしい。異常事態だと思いつつも、俺達は屋敷の中に足を運ぶ。

 

「わ、私はここで待っておきますね……」

 

 社長と社員達が愛想笑いをしながら言った。俺は別にそれでも良かったのだが、祓がニヤリと笑うと、スタスタと競歩並のスピードで彼らに近づいた。

 

「なんだよ、アンタ等言ってただろ?封元様が幽霊退治をするところが見たい!ってよ。今回は特別だ、俺と奏が華麗に奴等をお陀仏してやるところを見せてやる。滅多にないから感謝しろよ?」

「い、いえ、遠慮しておき──」

「まぁ遠慮するな!これから凄ェの見せてやるから!」

 

 彼等が言い終える前に祓は彼等をつかんだ半ば無理やり連れて行った。哀れな被害者達だ。

 

 不動産屋の社員の一人が錆びた金属製の合鍵を使って玄関扉を開けた。扉は長い事開けられていなかったのか、ギギ…という気味の悪い音を立てて開いた。

 

 屋敷の中は俺達部外者を拒むかのような重苦しい雰囲気だった。蜘蛛の巣があちこちに張り巡らされ、階段の手すりやテーブルと椅子などの家具には灰色の埃が被っていた。

 

「うーん、随分古い屋敷ね。掃除と修理が大変そう……」

「力仕事なら俺に任せるがいいぞメアリー。ちょうどこの身体にも慣れておきたいところだったしな」

「お前等本当にブレないな」

 

 相変わらず雰囲気クラッシャーのメアリーとダンゲルは怖さなど微塵も感じさせず、これからどう家の中を改造しようか悩んでいた。

 

 俺達が入った瞬間、誰も座っていないはずの椅子が音を立てて後ろに引くように動いた。

 

「ヒィィ!?」

「うわぁ!?」

「えっなに!?」

 

 社員達一同は悲鳴を上げ、発狂一歩手前と化す。ポルターガイストという奴か。しかも自分から動かず、超常的な力で何もないところから霊障で物を動かしている。

 

 そして今度は、天井にあるシャンデリアが揺れる。最初は小さく動いていたのが、だんだん大きく揺れ動いていた。それだけでなく、電気が通っていないはずなのに、シャンデリアは光を点けたり消えたり、近くにあった洋風の電話がジリリリと鳴り始めた。

 

「うわああああああ!」

 

 ついに発狂した社員の一人が玄関まで走り、扉を開けようとする。しかし、開くことはなく固く閉ざされたままだった。

 

「えっ!?開かない!?開かないィィィィ!!嫌だァァァァァァァァァ!!」

 

 ドアを開けられず咽び泣く社員に釣られて、続々と不動産の人間達は悲鳴や発狂を共鳴するかのように叫び出した。

 

「あーあもうめちゃくちゃだよ」

 

 祓は両の小指で両の耳を塞ぎながらうるさそうに言った。他人事のように言ってるが連れてきたのは紛れもない本人なんだが。

 

「お前が連れてきたくせに何言ってんだ」

「社会見学でもさせてやろうと思ったんだ。霊を見れるなんてそうそうないだろ?」

「普通の人間は霊なんて見たくないんだよ」

 

 祓はふわふわとしたふざけた態度だった。コイツは初めて出会った時からこんな人間だったが、あまりにも適当過ぎる。コイツについて行ける友人は俺の他にはたしているのだろうか。

 

「本物の心霊現象に遭遇できたのは面白いけど、あまりにも騒がしいわ……」

 

 メアリーは少々うんざり目にため息混じりに呟いた。彼女の言っている事は正しい。ポルターガイストは不意に起こるから恐怖感が倍増するのに、今のこの状態は心霊現象というよりもはや災害だ。田舎のゲームセンターのような騒がしささえ感じる。

 

「嬢ちゃんの言う通りだ。うるせぇし黙らせるか」

 

 祓はそう言って懐から一冊の古めかしい本を取り出した。祓はその本のとあるページを開き、ある一節を読み始めた。

 

「ダー・プラット・ナバーク・パラスト・ラフラクトラ……」

 

 呪文のような解読不能の言語を紡ぎながら祓は十字架を天に掲げた。祓の呪文に対して、ポルターガイストによる振動や物の動きが鈍くなり始めた。やがて、それは完全に沈静化し、初めに屋敷に入った時と同じ状態へと戻った。

 

「…消えた?音が、消えた……!」

 

 社員達は音と振動が消えた事に驚き、歓喜の声を上げた。

 

「やっぱりツカモト様、貴方はやっぱり最高だ!」

「ヒュー!霊媒師は最強!」

「このまま邪悪な霊もパパッとやっつけてください!」

 

 元はと言えば祓に嫌々連れてこられたはずなのに、いつの間にやら祓のパフォーマンスによって彼等はテンションが爆上げ状態になっていた。フロアは大盛り上がりである。

 

「こっから先はもっとヤバい現象が起きる予定だが、それも一興だろう。お前等覚悟は?」

「「「「「出来てます!!」」」」」

「声が足んねぇぞ。覚悟は!?」

「「「「「「「「「出来てます!!!!!!!!!」」」」」」」」」

「なんなのコイツ等」

 

 まるでその辺の歌手のライブみたいなノリでテンション上げている祓に対し、俺は冷ややかな視線を送っていた。

 

「ハライって随分明るい人ね。カナデとは対照的だわ」

 

 メアリーが俺とアイツを交互に見比べながら物珍しそうに言った。確かに祓と比べると俺はどうしても暗い印象を持たれがちだ。

 

 どうして、祓はあんなにも明るく振る舞えることができるのだろう。俺と同様、祓は幽霊が見える。それとは他に悪魔や妖怪なんて超常的な存在も見えている。普通の人間とは違う目線で物事を見てきたはずだ。なのにどうして俺と彼はあんなにも違うのだろう……

 

「どうした奏?暗い顔しやがってよ。楽しくやろうぜ楽しく!」

「いや、俺達これから幽霊を除霊するんだぞ?どうやって盛り上がればいいんだよ……」

 

 こんな雰囲気の悪い辛くて埃臭い屋敷の中でテンションぶち上げで除霊するほど俺はネジが外れていない。しかし、一体どうやって除霊などするのだろうか。俺はまだ祓に修行のしの字すら教えてもらっていない。

 

「なぁ、俺はどうすればいいんだ?除霊除霊って言うが、俺は……」

「ああ皆まで言うな。先に言ったら楽しみがなくなっちまうだろ?それに霊力さえ持ってりゃすぐに身につく。それこそ土壇場の状態でもな」

 

 『俺は霊媒師じゃない』お決まりの言葉を言おうとした所で、祓は俺の言葉を遮るかのように先走ってしゃべった。こんな状況でも彼は愉快に、楽しそうに言う。

 

「ゲームのチュートリアルを思い出してくれたら良い。俺が方法を口頭で教えるから、お前はそれに従って行動すれば良いんだ。簡単だろ?」

「いや、簡単だろってお前……」

 

 相変わらずの適当さに、俺は口を半開きにしてしまう。土壇場で覚えろってか。俺はそこまで器用じゃないぞ。

 

「…この先の扉、なんだが嫌な雰囲気を感じるわ」

 

 メアリーが顔を顰めながら指で示した。

 

「……そこは、寝室です」

 

 不動産の社長が神妙な面持ちで言った。

 

「寝室?…もしかして、女の子?」

「え、なんで分かるんですか!?」

 

 メアリーが部屋の持ち主を当てた事に社長は驚いた。

 

「私はカナデやハライさんみたいにくっきりはっきり見えたり聞こえたりするわけじゃないけど、少しだけ分かるのよ。第六感?てやつかしらね」

 

 メアリーは先程とはまるで違う、のほほんとした柔らかな表情から真顔に変わっていた。真剣な表情だ。先程まで死人が出ていた事故物件で庭や部屋の内装をどうするか考えていた女の顔とは思えない。

 

 そして、俺と祓も、はっきりと知覚していた。部屋の向こうに、普通の霊とは違う、暗い空気がドアの隙間から漏れ出ている。

 

「それじゃ、お掃除の時間だ。いや、害虫駆除か。この家に巣食っているはた迷惑な悪霊を追い出そうぜ」

 

 祓はその空気になんら侵食されることはなく、勢いよくその扉を開いた───



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第29話 除霊しろよ

 

 その寝室には、一人の少女が居た長い銀髪をたなびかせ、肌の色は病的なまでに白い。顔つきは幼過ぎる事はなく、俺と同年代くらいの雰囲気がある。幽霊屋敷の中に人が居たことに社員一同は驚くが、俺と祓だけは気づいていた。コイツは……

 

「おお、これは麗しい女性だ。俺の名前は柄本祓。ハライ・ツカモト。良ければ貴方の彫刻のように美しい指先にキスをしてもよろしいか?」

 

 祓は何を思ったのか明らかに幽霊である少女に対してナンパをしてきた。

 

「お前何やってんの?コイツの正体は分かってるだろ。幽霊だぞ?」

 

 俺は事実を言うと、祓は「それは違う」と食い気味に否定してきた。

 

「彼女は芸術とも呼ぶべき美しい女性だ。幽霊だなんてありえない。ほら、この透き通るような綺麗な肌を見てみろ」

「いや透き通ってるっていうか文字通り透けてるんだよ。肌が。透け過ぎて後ろの家具とか壁が見えてるんだよ」

 

 俺はさっきまでまとも(だったか?)だった祓が急にポンコツになった姿を見て、それと同時に思い出した。

 

 祓コイツは女に弱い。弱いというのは女に耐性が無いと言う事ではなく、好みの女を見ると幽霊だろうが人間だろうがナンパしてしまう癖があるのだ。

 

「何故、貴方達はここに来たの?」

 

 少女は俺達に質問してきた。俺達の目的はこの家を生者である人間が住めるような環境にする事。それを達成するためにはお祓いをして清めなければならない。

 

「何故だって?野暮なことを聞く物だ。可愛いレディーがいるから来た。それだけのことさ」

「お祓いだろ色ボケ」

 

 俺は祓の頭を平手ではたきながら突っ込む。が、まるで祓は意に介さない。それどころか幽霊少女にどんどん近づいていった。

 

「指先失礼」

 

 そう言って祓は少女の手に触れようとする。がしかし、わかりきっているはずなのに、祓の手は少女の手をすり抜けた。その事に祓は愕然とする。

 

「ま、まさか……本当に幽霊だったのか……!?」

「お前何しに来たの?」

 

 急にポンコツになった祓を見て愕然とした表情で呆れていると、少女の周りのテーブルや本棚、ランプなどがガタガタと揺れ出した。

 

「う、うわああ!?」

「またポルターガイストよ!」

 

 不動産の社員達には俺の見えるスキルを使っていないからか辺りをキョロキョロと見回しながら慌てふためいていた。

 

「出てって……今すぐ……!」

「そんなわけにはいかない」

 

 祓は髪をかきあげ、キメ顔でそう言った。ようやくやる気を出したか。お前が手本になってもらわないと俺は何もできないんだ。だから頼むぞ、祓。俺はそう念じながら祓を見る。

 

「まだ君の名前を聞いていない。言うまでは帰らない」

「まだナンパしてるのか!?良い加減にしろよお前!」

 

 前言撤回。コイツはどうかしている。

 

 祓がふざけている間に幽霊少女はポルターガイストを起こし、椅子が重力に逆らうかのようにふわりと浮き、意志を持ったかのように祓目掛けて突撃してきた。

 

「祓!危ないぞ!」

 

 俺は祓に警告した。

 

「破ァッ!」

 

 祓はカッと目を見開いて人差し指と中指を立て、気合の入った声を上げた。

 

 すると祓に投げつけられた椅子は急に制御を失ったかのように地面に力なく落ちた。

 

「…!貴方、普通の人間じゃないわね」

「ああ、俺はキミのフィアンセさ」

「やめてやれよ。嫌がってるぞ」

「暴力系ヒロインか……俺は嫌いじゃないぜ?女に殴られるのもまた一興だ」

「な、何を言っているの……?」

「やめろって」

 

 俺は祓を二度諌めるが奴はまるで聞く耳を持たない。というか本当に耳が聞こえてなさそうだ。

 

 少女は困惑した表情で祓を見つめる。いや、俺も同じ気持ちだよ。何を言ってるんだコイツは。

 

「それで!お名前は?キミの事だ、キミに相応しい美しい名前があるはずだ!」

「…しつこい。早く出てって」

 

 少女は頑なに教えようとしない。出ていけの一点張りだ。

 

「くっ…!なかなか手強い子だ!だが嫌いじゃない」

「お前はもうナンパするのを諦めろよ」

 

 ここへは除霊をしに来たはずなのにどういうわけかお茶に誘っている。というか、だが嫌いじゃないじゃないんだよ。向こうはしつこ過ぎてお前の事嫌ってるよ。

 

「そこまで強情なら、こちらもそれ相応の技を使うしかないな」

 

 祓はスッ…と両の手のひらを合わせ、目を閉じる。

 

「何をするつもり……?」

 

 幽霊少女はキッと祓を睨みながら距離を取った。

 

「奏。今日はお前に霊媒師の技の一つを伝授してやる。その名も……」

 

 祓は霊力を使って何か凄い技を繰り出そうとしている。その証拠に、俺には祓から高密度の霊力が湯気や蒸気のように立ち昇る光景が見えた。

 

「口寄せの術ッ!」

 

 祓はそう言って、屋敷内を光で包んだ。

 



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第30話 速さと猛烈

 光で包まれた屋敷は、徐々に薄気味の悪い仄暗さを取り戻した。発光の原因である祓だけが未だに光を放っている。

 

「ふふふ……!」

 

 自信たっぷりの陽気な笑いが響く。遂に祓が纏っていた光が消えて姿が見える。その姿は……変わっていなかった。服・以・外・は・。

 

「えっ!?カナデ!ハライさんが……これってどう言う事!?」

「う、ウソだろ……!?魔術か何かか!?真には信じられない」

 

 メアリーやダンゲルまでもが口をポカーンとと開け、惚けた面で祓を見る。とやかく言うこの俺までもが、にわかには信じられない光景を目の当たりにし目を疑っている。なぜなら、祓の、祓の、顔・が・全・く・の・別・人・だ・か・ら・だ・。

 

「この術を使うのは久しぶりだ……使ったのは2週間前か……」

「割と最近だろ」

 

 俺はツッコミを入れるが、またしても祓は聞かない。コイツ本当に自分の都合の悪いことは聞かないな。殴りたくなってきた。

 

「な、なんなの…!?」

 

 幽霊少女は身構える。得体の知れない術を使う相手に不用心な攻撃は却って危ないと思っているのか、距離を取ったまま祓を見ていた。

 

「ふっふっふ……せっかくだから教えてやろう。口寄せの術とは、死者を冥界から呼び出し、俺の身体に憑依させる技だ。悪霊の乗っ取りとは違って、完全に術者のコントロール下で従わせることが出来るのさ。それで、キミの趣味はなにかな?」

「ついでにまたナンパするな」

 

 祓は今際の際というのにまだ口説くつもりのようだ。しかし、一体誰を口寄せしたんだ?

 

 祓の今の見た目は完全に元の祓の顔ではない。日本人特有の平たい顔と黒髪だった祓の今の姿は、短めの金髪で碧眼だった。そしてイケメンだ。年齢は30から40だろうか。大人の男性の色香を漂わせ、微笑めば大抵の女性が卒倒しそうなほどの整った顔立ちだ。

 

「いや、まさかそんな……ありえないわ……!」

 

 メアリーがわなわなと口をパクパクさせながら顔面蒼白になっていた。

 

「ん、どうしたメアリー。知っている顔か?」

 

 ダンゲルがメアリーに若干心配そうな目で見つめながら聞いた。メアリーは過呼吸気味になりながら「ぽ、ぼ、ぽ」とだけ呟く。八尺様みたいだな。

 

 メアリーの他に、不動産の社員達もざわつく。恐怖や焦燥による動揺というよりは、黄色い悲鳴が混ざったような声が目立つ。一体誰なんだ?誰を呼び寄せたんだ?

 

「ククク……どうやら何人か既に気づいているようだな。まぁ無理もない。この顔はもはや伝説として語り継がれてる英雄の顔そのものなんだからな」

 

 祓は勿体ぶるように言う。伝説として語り継がれる英雄……オイオイ祓、幽霊少女1人祓うのに少し大袈裟過ぎじゃないか?

 

「オイ、別れの言葉は無しか?」

 

 祓が唐突に喋る。すると不動産屋の人間達とメアリーがキャーキャーと悲鳴のような嬌声を上げた。

 

「やっぱり!やっぱりあの人よ!ポール・ウォーカーだわ!ワイスピのブライアンを演じたあの!ポール!こっち向いて〜!」

 

 メアリーが大声で祓に向かって叫んだ。ポールウォーカーって誰だ。

 

「オイオイオイまさかカナデ、彼を知らないのか?ポールウォーカーはワイルドスピードでブライアンを演じたイケメン俳優だぞ!この俺ダンゲルは純粋なカーアクションも好きだがビルからビルへ車で移動するスカイミッションも大好きだ!」

「聞いてねぇよ」

 

 ダンゲルまでもが興奮気味に話していた。なんで地球出身の俺が知らなくて異世界のお前らがワイスピ詳しいんだよ。頭がどうにかなりそうなんだが。

 

「ハライにどうしてもって言われて呼ばれたんだ。天国は心地よくていいトコだけど、それと同時に退屈でもあるんだ。だから生者の世界に再び来れてとてもうれしいよ」

 

 祓、もといポールがさわやかな笑顔で答える。しかし、よくよく見れば俺も見覚えがあるような気がしてきた。俺は映画はたまに見るくらいだが、ワイルドスピードはいくつか見たことはある。しかし、どんどんスケールアップし、元のカーレースアクションからもっとド派手になり、純粋なカーレースアクションを楽しんでいた俺はいつしか離れて行ってしまったのだ。だから俺は一瞬彼のことが思い出せなかったのかもしれない。

 

「ふふふ、ポールを呼び出すのには相当骨が折れたぜ。ハリウッド俳優を口寄せするのはアポを取ってスケジュールを組んでさらにいくつもの段階を踏んで手続きをしないとできないからな。一回呼び出すのにかなりのギャラを渡さなきゃならない」

「ギャラってなんだよ。幽霊呼ぶのにギャラもクソもないだろ」

 

 幽霊にギャラを払って何になるのか。あの世は現実と同じような世界観なのだろうか。だとしたら死ぬのか億劫になってきたな。

 

「それで、今回僕はどんな用で呼ばれたんだい?」

「ああ、実は目の前にいる美人幽霊が中々俺に靡いてくれなくて、アンタのその甘いマスクとボイスで俺に惚れさせて欲しいんだ」

「除霊しろっつってんだろ」

 

 コイツはいつも平常運転だ。第一、俺の後ろのアホ共ダンゲルとメアリーはともかくとしてこんな儚げな雰囲気を醸す金髪の美少女がワイルドスピードなんてアクション映画見てるわけないだろ。完全に失敗だよ。

 

「ウソ……本物なの?」

 

 お前もかよ。

 




皆さんワイスピは見たことありますか?僕は最新作除いて全て見ました。その中で好きなのは外伝シリーズのスーパーコンボです。二人の筋肉ハゲが黒人スーパーマンと戦う映画なのですから面白くないわけがありません。


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第31話 ゆるさない

 

 なんという偶然であろうか。この少女もウチの映画好きのアホ共と同じであった。というかなんでどいつもこいつもワイスピ見てんだよ。

 

「本物?本物なの?」

「HAHAHAとてもキュートな女の子だね。僕は僕だよ」

 

 喋り方が典型的な吹き替え俳優の声のそれなのだが、少女は完全に信じていた。

 

「あ、あの!サインください…!」

 

 少女はポールにサインをねだる。しかし悲しいかな、2人とも幽霊だ。しかもそのうち1人は実体がない。

 

「うーん、どうかな。オートグラフ用の紙はないし、2人で記念撮影してその写真を君にあげるよ。そこにサインも書こう。それでどうだい?」

 

 ポールがそう言うと少女はコクリと恥ずかしそうに頷き、ポール(祓)の隣に並ぶ。

 

「ちょうどよかった!ハライがポラロイドを持ってきてるみたいだ。それで写真を撮ってみよう」

 

 ポールはコートの下から射影機を取り出した。コートの下に入れるには少し大きいサイズだったが、どうやって入れていたのであろうか。そもそも何故あんなものを持ってきているんだ?

 

「カナデ、君が撮影してくれないか?」

「え、俺が?」

「君は他の人達と違ってあまり僕に驚いていないようだから手元を震わせずに撮影できるだろう?頼むよ」

 

 ポールは笑いながら言う。辺りを見回すと確かに俺以外の奴等はキャーキャー言ったり興奮していたり、膝から崩れ落ちて涙を流している奴もいたりで全く撮影できるとは思えない。

 

「分かったよ」

 

 俺はそう言って射影機を受け取る。

 

「そういえば君、名前は?」

 

 ポールが少女の名前を聞く。少女は恥ずかしそうにはにかみながら「シャロン」とだけ言った。

 

「シャロンか!とても良い名前だ。君の家族はネーミングセンスがあるね」

 

 ポールが少女、シャロンに笑顔で言うと、シャロンは「そうなの!」と元気な表情で答える。

 

「私のパパは商人さんなの。いつも仕事ばっかりしてるけど私と一緒にお話も毎日必ずしてくれるし、ママはとっても綺麗で、美しいドレスも作れるの!」

 

 シャロンはポルターガイストを利用して一枚の写真が入った写真立てを持ってきた。その中には三人の家族が写っていた。一人は頬全体に濃い髭を生やした成人男性、もう一人は華美なドレスを着た成人女性、そしてそんな真ん中にはシャロンが写っている。これはシャロンの家族だ。

 

「へぇ、パパとママの名前はなんていうんだい?」

「パパがモリス・ダランベールって名前でママがリン・ダランベールっていうの。良い名前でしょう?」

「良い名前だ。早くパパとママに会えるといいね」

「…うん」

 

 ポールの言葉にシャロンは一拍置いた後、何か曇った表情で答えた。俺はそれが少し気になったが、いつまでも待たせるわけにはいかないので俺は射影機を構え直し、ピントが合うようにレンズを弄って調整する。

 

 それにしてもこのカメラ、見た目はガチャガチャゴチャゴチャとしていて重い。アコーディオンとカメラが合体したかのような古臭い見た目をしている癖にレンズを除くとクリアな視界にUIのような物が浮かんでいる。右上にはバッテリー残量を表しているのか100%という文字が浮かんでおり、シャロンの身体を丸い青白い線が囲んでおり、まるで彼女だけを切り取るかのような状態になっている。なんなんだこのカメラは。

 

「カナデ、僕達は準備は出来ているよ?いつでも写真を撮ってくれ」

 

 ポールは俺がいつまでも写真を撮らないことに疑問を抱いたのか、俺にさりげなく催促をしてきた。確かにこのまま無駄な時間を喰わせるわけにもいかない。一旦このカメラのことについては後回しにしてしまおう。後で思い出した後に祓にでも聞けばいい。

 

 俺は改めてカメラを持ち直して二人をレンズ内に写す。レンズの目盛りを調整し、二人がくっきりはっきり見えるまでレンズを動かす。そして二人の顔が綺麗に映った時、俺はここだ、と思い撮影ボタンを押した。

 

「!?……なにこれ?身体が動かない!?」

 

 シャロンは自身の身体に異常を感じ、身体を捩って動かそうとするも、全く身動きが取れない。それどころか、身体がある一定の場所へ吸い込まれるかのように動いた。その場所は──

 

「なんだ……このカメラか!?」

 

 俺はカメラのレンズを除くと、シャロンが彼女自身の意思とは別に、カメラの元まで向かっていた。俺はカメラを落とした。

 

「い、いや!助けて!誰か!」

 

 シャロンはカメラのレンズに吸い込まれていくうちに人間の形を失い、白い靄のような霧状の形となってカメラに吸い込まれていった。

 

「ポール!助け──」

 

 シャロンはポールに助けを求めていたが、言葉は最後まで紡がれず、遂には完全にカメラの中へと吸い込まれていった。

 

 突然の出来事に俺も、メアリーやダンゲル、不動産屋の社員達も言葉を失っていた。ただ一人を除いては。

 

「スゲェだろこれ。ピントを合わせて撮影ボタンを押すだけでカメラん中に封印して浄化できるんだ。骨董品でちょいとボロいが、効果はある」

 

 祓が陽気に喋る。皆が呆然と祓を見ていた。

 

「これでお祓いは終了だ。皆、ご苦労さん」

 

 俺が落としたカメラを拾って祓は何の感情も持たずにそう言った。さっきのあの飄々とした態度とは大違いだ。恐らくポールは既にいないのだろう。

 

「祓、どういうことなんだ?」

「何って、仕事をこなしたまでさ。俺は不動産屋の奴等から受けた幽霊屋敷の悪霊を祓っただけだ。ピエロになって祓う瞬間を狙ってたのさ」

「女好きだっただろ。あれもウソだって言うのか?」

「いや、俺は女は好きだ。だがな、優先順位はある。ここの幽霊屋敷はお前らが想像してるよりもかなり危険だ。あの幽霊は油断させて封印するしかなかった」

 

 じゃあ何故不動産の人間や俺達を連れてきた、と聞こうとしたがその前に、いつの間にかポールから祓に切り替わっている。しかも全く戻る気配がない。

 

「ポールはどうした?」

「ポール?ああ、あの大根役者か。アイツなら既に向こう…霊界に戻ったよ。ちなみにアイツは本物のポール・ウォーカーじゃない。ただのそっくりな顔した奴さ」

「ええ!?ポール・ウォーカーじゃないの!?」

「言っただろメアリー。有名俳優を呼ぶのは簡単じゃないんだ。手間が掛かるのさ」

 

 メアリーがギョッとした表情で驚く。ショックだったのかワナワナと手を震わせて白目を向いている。気絶してるのか起きてるのか分からない。

 

「お前……あの子を騙して封印したのか?その射影機に」

 

 俺は少し憤りを感じていた。自分でも分からない。なぜ怒っているのか。ただ、このままでは済ましたくない、という思いだけがあった。

 

「聞いたかどうか知らんが、この屋敷では人が何人も行方不明になっている。恐らく肝試しや窃盗目的だろうな。そいつらは自業自得だ。だが仕事で来た不動産屋の社員が犠牲になった。そこまで来ると馬鹿を見たじゃ済まされなくなる」

「でもだからってこんな……」

「奏、俺達霊能力者ってのは、迫り来る悪霊や悪魔、妖怪の魔の手から生者を守るためにこの力を使うんだ。死人に口なし、って言うわけじゃねぇが、どっちが守るべき存在かは天秤に掛けずともわかるだろ」

 

 祓は至極当然とばかりに俺に言い放つ。

 

 祓の言っている事は、間違ってはいないと思う。悪魔、悪霊、妖怪、呪い、超常的な存在から人々を守るためには祓のような退魔師が必要だ。だがこんなやり方、俺は認めたくない。

 

「奏、口寄せのやり方は分かったか?」

「え?」

 

 突然祓は俺に口寄せについて聞いてきた。元々俺は祓から霊力を使った技を教えてもらいに来たのだった。

 

「ああ、なんか…お前から陽炎みたいなのが見えた。その上から人影がお前に降りてくるような錯覚も見た…気がした」

 

 あの時、祓のパフォーマンスみたいな行為で俺の記憶の中に埋もれてきたが、一瞬見えたあの不可思議な光景は幻ではない。

 

「…スゲェなお前、もうそこまで見えてるのか。気のせいじゃねぇぜ。なら後は簡単だ。お前の中にある霊力を解放して霊界への扉を開けるんだ。そしたら霊体になって、霊界へと入れ。そこから会いたい霊を頭の中で念ずるんだ」

 

 何故か祓は今このタイミングで俺に口寄せを教え始めた。俺はまだ話を終えていないのに。

 

「祓、今はその話じゃなくて──」

 

 俺は祓に伝えるべきことを伝えるべく、喋り掛けていたその時だった。祓の持っている射影機が、ガタリ、と震えた。

 

『許さない……!』

 

 どこからともなく、怨念の籠った少女の声がした。シャロンだ。シャロンの声がした。彼女は今とてつもない怒りで満ちている。

 

「やべぇな……おい皆!外に出ろ!」

 

 祓は全員に退避勧告を促した。祓の顔にはいつもの余裕そうな表情はなく、真剣な表情で射影機に謎の布を巻いていた。

 

「ひ、ひぃ!逃げないと!」

 

 不動産屋の人間達が一目散に屋敷から出て行った。幸い鍵は掛かっておらず、またポルターガイストや霊障によるドアの封じ込めは発生してなかった。

 

「クソ抑えきれねぇ……!」

 

 祓はお経の書かれた布で射影機をガチガチにがんじがらめにしたが、それでも抑えが効かず、遂には祓自身が弾かれてしまった。

 

「ぐっ…!」

「祓!」

 

 俺は祓に駆け寄り、無事かどうかを確認した。

 

「俺は平気だ!お前は逃げろ!これはちょっとヤバい感じだ」

 

 祓は俺にそう言うが、それよりも射影機の事を案じていた。

 

 射影機はガタガタガタと震え、次第にヒビが入り始める。ヒビの隙間から黒い影のような靄が溢れ出す。

 

『皆……私を助けてくれない……皆……死ねば良い……!』

 

 シャロンの黒い声が、屋敷に響き渡る。

 

 幸いなことに不動産の奴等は全員逃げた。屋敷にいるのは俺と祓、そしてメアリーとダンゲルだ。

 

「これ……なんかボス戦みたいな雰囲気じゃない?」

 

 メアリーが半笑いで言う。

 

「メアリー、冗談を言ってる場合ではないぞ。この感じは俺でも分かる。とてつもなくヤバい」

 

 ダンゲルはメアリーを諌めながら冷や汗を垂らして言う。

 

「お前ら、全員戦えるか?」

 

 祓が俺達に目配せをしながら言ってきた。その言葉に俺以外の2人が頷く。

 

『皆……殺してやる……』

 

 シャロンの言葉がポツリと溢れた瞬間、射影機は完全に破壊された。

 



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