セキュリティ絶対突破するマン.EXE (エターナルマン.EXE)
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「バトルネットワーク ロックマンエグゼ」編+過去編
-X話 あるいはつけもの


 プレイ済みでも何の話をしているかわからないかもしれません。
 10話くらい読み進めれば違和感はなくなると思いますので、よければお付き合いいただければと思います。


西ニホンにおいて、古風を観光のウリとする都市――コートシティ。

そのとある屋敷、薄明るく広い寝室に、突如として声が響き渡る。

 

「お疲れ様でしたぁ!」

 

パソコンに接続された携帯情報端末・PET(パーソナルターミナル)……に更に接続されたゲーム用コントローラを、少年はその言葉と共に放り出した。

椅子の背もたれと肘掛けに体重を預け、天井を仰ぐ。長時間パソコンに向かっていた少年は目がしょぼしょぼするのを感じ、目元を指でこする。

モニタにいくつも表示されているウィンドウの1つ、銀行口座のページが視界の端に映り、大きなため息をつく。

口座名義には少年の名前、"七代渡(ななだいわたる)"とある。その預金額は、実に10桁に達していた。

 

「よ~~やく10億ゼニーか。リアルタイムやとこんなにかかるんやな。ゲームとちゃうとはわかっとったけど、飛び級したったのに時間カツカツってなんやねん」

 

画面の中、電脳世界には、大昔の人が考えた未来人を思わせる、今どきでは滑稽とも言えそうなデザインの人型――疑似人格プログラム"ネットナビ"が直立している。

本来オペレータたる渡と対話する存在でありながら、その言葉に対してうんともすんとも言わない。

 

(あー、もう夜かあ。飯食うんもめんどくさいな。寝る前に戦利品の出品もしたらんと……)

 

やや間を置いて、ピピピ……と、PETのアラーム音が鳴り、椅子の上で液状化しかけていた渡は正気を取り戻した。

PETを手に取り、届いたメールを開く。

 

(三通も来とるわ。一件目は……予備校の宣伝、削除。二件目は……兄ちゃんか。なになに)

 

『渡へ 送付してもらった実験結果の確認ができた。なんとか、修士卒論も目処が立ったといえるだろう。これでしばらく余裕ができたから、今度一緒に飯でも食いに行こう。 二階堂哲生(にかいどうてつお)より』

 

(研究はうまく行っとるみたいやな。しかし、家庭教師が生徒にたかるのはマジでどうにかならんのか……で、三件目。よし、熱斗の定期メールやな)

 

東ニホンに住む小学生、光熱斗(ひかりねっと)。数年前にインターネット上でネットナビを通じて知り合った。

年齢が同じで、趣味も合い、今の所仲のいいメル友をやっている。

 

("hasso(はっそー)へ。今日はどんなことがあった?オレは学校でデカオとネットバトルを……"いつものやな。テキトーに返しとくか)

 

眼精疲労に目を細めながらも、渡は近況をしたため始めた。

 

『光くんへ。僕は今日も一日中家で勉強とゲームばかりしていました――』

 

 

……

 

 

同日の深夜、ニホンから海を越えた、遙か北。

インターネット分野で他国に遅れを取り、それが原因で経済的にも衰退しつつある小国、クリームランド王国。

 

その政府の中央データベースに直結するネットワークに侵入した影が一つあった。また、対して立ちはだかる影も一つあった。

 

「我が国の最高セキュリティを全てくぐり抜けてきたとは……そなたは何者だ」

 

後者、巨岩のごとき体躯の重装騎士型ネットナビが誰何し、

 

「クラッキング郵便です。お手紙とナマモノをお届けに上がりました」

 

前者、全体的に細長いシルエットの人型ネットナビが答える。

 

「このナイトマンが守る、クリームランドの中枢と知っての狼藉であろうな!」

「お届けまでに25分頂きました」

 

ナイトマンはすぐさま左腕の先端からトゲつきの鉄球を発射。サイズは実に、直径が侵入者の身長と同じかそれ以上。

侵入者はそれを横っ飛びでかわし、右腕を光の剣へと変化させる。

 

「バトルチップか。少なくとも野良のナビではあるまい、どこの者だ」

「クラッキング郵便です。印鑑かサインをお願いいたします」

 

ナイトマンに向かって駆け出す侵入者。対して、ナイトマンは最初の位置から動かない。

 

(うつけめが。それがしのストーンボディに、ただのソードなど通じぬわ)

 

特定の性質を持たない攻撃によるダメージをほぼ無効化する体質、ストーンボディを利用して、反撃の準備に移ろうとしていた。

侵入者が跳躍し、素早く剣を振りかぶる。が、タイミングが早すぎて、空振りに終わる。

 

「かかったな、喰らえ!ロイヤルレッキング――がああっ!?」

 

ナイトマンが再び左腕に力を込め、鉄球を振り回そうとした、その出掛かりで。

空振りした勢いに任せて一回転した侵入者が、両手に握った緑色の大鎚で右肩を粉砕していた。

ストーンボディの防御を貫く特別な性質"ブレイク性能"。この緑色の大鎚、バトルチップ"ガイアハンマー3"は、それを持つ内のひとつだった。

 

(腕ごと、だと!これまでここを守り抜いてきたワタシが、このような得体の知れぬナビなどに!?)

「開封後は早めにお召し上がりください」

 

侵入者は持っていたハンマーで続けてナイトマンを打ち据える。一撃ごとにナイトマンの体が砕け、とどめと思われたその時、ナイトマンの姿が光となって消えた。

 

「……不在か?」

 

身構えて左右を見回す侵入者の前に、通話ウィンドウが現れる。その主は、目元に果てしなく深いクマができている少女。

病に臥す両親に代わって自国と民のために激務をこなす現王女、プライドその人だった。

 

「クラッキング郵便です。お手紙とナマモノをお届けに上がりました」

 

間髪入れず、侵入者が再び業務応答を開始する。少女はその内容を一切心に留めず、ナイトマンに代わって意思疎通を試みる。

 

「ナイトマンはプラグアウトさせました。まずは話し合いましょう。あなたの要求はなんですか?」

「時間を稼いで通信経路を閉じても無駄ですよ。25分の間に、バックドアをしこたま用意しましたから」

「!?」

「お手紙とナマモノ、確かにお届けしました。サインは結構です。またのご利用、お待ちしております」

 

侵入者もまた、ナイトマンと同様に姿を消した。

侵入者がいたところには、文書データが1つと多額の現金(キャッシュ)データが残されていた。

 

 

数日後。クリームランド王国政府は、姿も国籍も明かさないという1人のインターネット分野アドバイザーを、更にリモート勤務を条件に雇い入れた。



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1話 ファーストコンタクト

ストーンマン死亡のお知らせ


11歳になった年のある日の昼、渡は父の呼び出しを受けてその書斎へとやって来た。

毎日食事の時には顔を合わせているものの、用事を言いつけられるということは珍しかった。

 

「お父さん、おつかいって何? っていうかお手伝いさんに頼みーや」

「お前に目利きの才能があるか見ようと思ってな」

「何の話よ」

「そら、わしのコレクションの話や。ここにもあるやろ」

 

言われて渡が周囲を見やれば、確かに絵画や壺が部屋にびっしり。

渡の父・七代翔(ななだいかける)は資産家であり、美術品蒐集の趣味を持っている。古美術品、つまり骨董品も蒐集対象である。

専用の部屋があるのはもちろん、そこからはみ出して書斎にまでこうしてスペースを取っているくらいで、本気の趣味ということは渡もとっくにわかっていた。

それだけに、渡は自分に父ほどの審美眼があるとは思えず、父に対して難色を示す。

 

「そんな才能、ないと思うけどなあ」

「やってみなわからんやろ。いくらか小遣い持たしたるから、"これや"って思ったモン持って()い。母さんの絵が見つかったらそれでもええで」

「もっと不可能やんけ」

 

渡の母・七代鏡子(ななだいきょうこ)は元画家。といっても売れない画家だったので、絵はほとんど世に出ていない。

もちろん渡は母の絵を見たことがあるが、抽象画が専門ということもあって、それらが良いのか悪いのか、渡にはさっぱりわからなかった。

 

「渡な、ずーーっと家におるやろ。外の空気吸って来いって言うたりたかったんやけど、なんか目的があった方がええと思ったんや」

 

事実、渡は勉強とネットサーフィンとゲームに明け暮れ、たまに運動をするのも屋敷の中で済ませていた。

学校にも通わず、一緒に外で遊ぶような友人は家庭教師の二階堂くらいのもので、進んで外へ出ることはほとんどなかった。

 

「せやから別に今日明日に持って来いとは言わん。いろんなとこ回ってみ」

「そういうことね。わかった」

「ほれ、財布貸しい」

 

カード型の電子財布を手渡された翔が、自身の電子財布に接続して残高を移し、そして渡に返す。

 

「ああ、遠く行く時は気いつけや。なんや最近、物騒らしいやろ。つい今朝も、官庁街に新しくできたメトロが止まったとかなんとか、ネットワーク犯罪が増えとるいうニュースやっとったわ」

「大丈夫、なんかあったらちゃんと大人ぁ頼る」

「わかっとったらええわ。ほな、行ってき」

 

はーい、と返事をした渡は、自室から肩掛けカバンを持ち出す。

 

(まあ、どっちにせよ今日は出かける予定やったしな)

 

そして、どこかへ電話をかける父親を尻目に、そのまま外へ出ていった。

 

 

……

 

 

東ニホンの官庁街。渡はまっすぐここまでメトロラインで向かってきた。

渡が列車に乗り込んだ時には、ニュースになっていた秋原町・官庁街間を繋ぐ新規路線開通見合わせも解除されていた。

 

(西から東まで1時間かからん上に切符はタダ。流石は創作の未来世界やな、すばら……まぶしっ)

 

伸びをしながら地下の駅を出て、外の明るさに反射で目を細める。

視界には、かつてゲームで見たような小さく簡単な作りではない、官庁街らしいリアルな町並みがうっすら広がっている。

 

(そうでしょうなあ。家で地図見た時点で分かっとったわ。ゲーム通りやったら秋原町とか駅の近くに建物ほとんどないもんな!)

 

納得する渡をよそに、ピピピ、とPETがメールの受信を告げる。見れば、差出人は熱斗だった。

ゆっくり目を慣らしながら、メールを開く。

 

『今どの辺?』

 

渡は特急列車の中で、熱斗に"今日そっちに行くから、会って話でもしませんか"とメールを送っていたのだった。

熱斗もhassoなる友人にいつかは会いたい思っていたので、急な提案に驚きつつも二つ返事で了承し、官庁街の科学省1階で待ち合わせようということになった。

 

そして官庁街の中心。科学省や水道局にその他様々な役所が収まった巨大ビル(その名も官庁ビル)は、駅からすぐそこであった。

返事のメールを出すまでもなく、数分も歩けば到着した。

 

ビルに入って右、科学省の1階フロアには、手続き受付を行うカウンターの他に、テレビやソファの置かれた待合スペースがある。

 

(人少ないな?土曜でもこんなもんなんやろか。その分熱斗が簡単に見つかったから助かるけど)

 

そのソファの1つに、青いバンダナを額に巻いた少年がいた。渡のメル友、光熱斗に相違なかった。

 

(おお! 割と念願の生主人公……地道に電脳世界で人探しした甲斐があったなあ)

 

姿を認めた渡は、内心で感動しつつも、PETを持って持ちナビと何か話している様子のところに声をかける。

 

「すみません、光熱斗さんですか?」

「へっ?」

「僕はhassoというハンドルネームの者です」

 

渡が自分の名を明かすと、1、2秒遅れて状況に熱斗の頭が追いついた。

 

「あっ、ああ! そう、オレが光熱斗。で、こっちがロックマン。よろしくな」

「初めまして、でいいのかな。ボクはロックマン、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします。本名は七代渡というので、テキトーに呼んで下さい」

「わかった、渡だな。ベータはいるのか?」

「もちろんいますよ。といってもいつも通り、話はできないんですけれどね」

 

PETを取り出して見せる渡。その画面には確かにネットナビ・ベータの姿が映っているが、微動だにせず、一言も話さない。

 

「わざわざずっと古いナビを使うなんて変わってるよなー」

「まあ、せっかく貰ったものを死蔵するのも勿体ないですから」

 

渡の言葉に、熱斗が首をかしげる。

 

「シゾー……?」

「使う予定もなくずっとしまっておくこと、だよ。国語……には出てきてないか」

「こんな時まで勉強の話なんてやめろよなー、それよりほら、パパの研究室に行こうぜ。渡も一緒に」

「そうですね。まさか光祐一郎さんの研究室を見学する機会があるとは思ってもみなかったので、楽しみです」

 

秋原町に住む熱斗は今日、開通したメトロラインで父・光祐一郎に会い、彼が作ったロックマン用の強化プログラムをついでに受け取るために来ていた。

という渡も聞いている事情の他、インターネットを通じて友達ができたことを報告したい、という気持ちも、熱斗にはあった。

 

上階・研究室フロアへの移動許可を取るために、受付カウンターで熱斗が二言三言話すと、エレベータを使うようにと職員に指示された。

 

("光祐一郎の息子とその友達だから"で通行が許可される辺り、やっぱこの世界のニホンは民度とか治安がめちゃくちゃいいよなあ。せやから人の悪意に弱いんやろうけど)

 

研究室に着いてみると、いくつかの衝立がある他は開けていて、壁際には大型のコンピュータが据え付けられている。

しかしどこにも本人の姿は見えず、この階の受付カウンターで話を聞いてみると、"詳しい事情はわからないが、朝からいないので、当分戻ってこないのでは"とのことだった。

では強化プログラムだけでもと、熱斗が机のPCにロックマンをプラグインさせたところ、強化プログラムは光祐一郎が持ち歩いていてここにはないらしいことがわかった。

 

「ちぇー、せっかく苦労して来たのに。しょうがねえな、じゃ、伝言だけでもしとくか……っと、ロックマン、これ渡しといて」

「オッケー!」

 

肩透かしを食って落胆しつつも、PCでメールを作成し、それをロックマンに持たせる熱斗。そのキーボードの操作への慣れ加減を見て、渡は密かにこの世界の教育事情に関心していた。

ロックマンがPC内のプログラムくんにメールを手渡すと、プログラムくんはお辞儀をした。

 

「パパサンヘノ伝言、確カニオ預カリシマシタ」

 

用が済んでロックマンをプラグアウトさせ、熱斗は次に渡の方を見た。

 

「どうする?パパいないけど、研究室見てくか?」

「いえ、やめておきましょう。ご本人がいないのに、勝手にあれこれ見て回るのもよくありませんから」

「そっかー。じゃ、この後どうする?」

 

渡はPETで時計を確認すると、顎に手を添える。

 

「秋原町を案内してもらう……と、流石に遅くなりそうですね。少し早いですが、今日は解散ということになりますか」

「ええー、なんだよそれ!ちょっとくらい遅くなってもいいじゃん!遊ぼうぜ!」

 

非難するような、わがままを言うような、そんな熱斗の態度に、渡は苦笑して答える。

 

「まあまあ。勉強にも区切りがついて余裕ができましたから、熱斗くんが呼んでくれればいつでも遊びに来ますよ。幸い、僕たちはメトロにタダで乗れますから、運賃の心配もありません」

「そっか、もともと勉強が忙しいって言ってたんだっけ」

「少しは熱斗くんも見習ったら?」

「うるせーやい」

「ははは……」

 

そのままメトロの駅まで一緒に行った後、ずるずると立ち話を続けて、ふと、渡は午後5時近くなっていることに気付いた。

 

「おっと、いけない。これ以上は本当に遅くなりそうです。急ですが、この辺で。また近い内に会いましょう」

「おう、またなー!」

 

慌ただしく改札へ駆け込む渡に向かって手を振った後、熱斗もまた家路についた。



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2話 水道と卵の殻

光祐一郎の研究室に隠れる場合、その階の受付の人に見られてるからアウトなのでは?


渡が毎週末に秋原町を訪れるようになってから、およそ1ヶ月。

全国のネットワーク犯罪は激しさを増し、少ないながら死者が出るほどの規模となった。

 

 

……

 

 

ある土曜日の朝。トイレに起きて冷蔵庫から麦茶を出してごくごくと飲んだ渡が、たまには二度寝するのもいいかと寝室に戻ると、PCのモニタに映された新しいメールニュースが目に入った。

 

"デンサンシティで原因不明の水道停止 水以外の飲み物もすべて品切れに"

 

「?」

 

半分寝ぼけたまま、頭の上の疑問符が増えていき。

やがてこの状況を()()()()()渡の意識が覚醒し、起き抜けで重くなっていた瞼が大きく開く。

 

(来おった!)

 

指の背で目やにをこすり落とし、自室にダッシュで戻る。

クローゼットから服を引っ張り出して着替え、寝間着をベッドの上に放り投げ、机の鍵付き引き出しを開けて中身を鞄に放り込んだ。

外出の支度を済ませると、渡はリビングに見つけた父親へ向かって、

 

「出かけてくる!」

 

と叫んだ後、返事も待たずに家を飛び出した。

 

メトロの駅に向かい、駅横に自転車を停め、自販機で飲み物を2本買ってから、階段を駆け下りる。改札で電光掲示板を確認するや、発車直前の特急列車に乗り込んだ。

少ない乗客は誰も普段どおりという顔をしている中、渡ひとりだけが緊張していた。

窓の外を見て気分を落ち着かせようとしながら、頭の中で行動予定を何度も反芻する。

 

(科学省で待ち伏せて、水道局で身を隠して、ウォータークーラーを見張る。あいつが来た時は――)

 

 

……

 

 

学校が終わったその足で官庁ビル1階の科学省フロアへやって来た熱斗は、横から自分を呼び止める声を聞いた。

 

「こんにちは、光くん」

「えっ!? あ、渡!」

「大変みたいですね。話の前に、どっちかどうぞ」

 

渡がペットボトルのオレンジジュースとミネラルウォーターを差し出す。

 

「なんで飲み物持ってんだよ!? どこ行っても売り切れてるのに」

「デンサンシティの外はそうでもありませんから。来がけに買っておきました」

「そっか、サンキューな!」

 

言ってぱっとオレンジジュースを取り上げ、ごくごくと飲み干す熱斗。ペットボトルの中身はみるみるうちに減り、半分になった。

 

「ぷはーっ! 生き返った気分だぜ!」

「それはよかった。では本題ですが、光くんはなぜここへ?」

 

前世の知識と照らし合わせて確認するために、渡は熱斗の目的を問う。

 

「水が止まった原因を調べに来たんだ。でもIDカードがないと水道施設を見に行けないから、パパのがないかと思って」

「正式に調査に来たらしい国家公認(オフィシャル)ネットバトラーは、堂々と入って行ったんだけど……当然ボクたちは違うしね」

「いやいや、それってまずいでしょう。なんでズルして入る前提なんですか」

(まあ、入ってもらわなめちゃくちゃやばいんやけど、まずは話すだけ話して貰わんと、この先ついて行く理由付けが弱くなってまうからな)

 

熱斗とロックマンの言葉に渡は手を横に振り、否定のジェスチャーをするが、内心では、"吐け! 自分語りをしろ!"と強く念じていた。

 

「なんでって……うーん、どうするロックマン?」

「渡くんにも話そうよ! 力になってくれるかも」

「そうだな。渡、実はオレたち――」

 

熱斗は、自分の家がネット犯罪の標的になったこと、最近のネット犯罪の多くではWWWという犯罪組織が暗躍していること、その組織がどうやってか世界中を巻き込んだ戦争を起こそうとしているらしいことを語った。

先月のメトロのトラブルも、WWWの仕業だったと。

 

「それで、今回もそうではないかと睨んでいるわけですか」

「まだそこまではわからないけど、そうかもしれないだろ? だから知りたいんだ、何が原因なのか」

「わかりました。僕もついて行きましょう。水道局1階で話を聞いても何もわかりませんでしたから、僕自身煮え切らないところではありましたし」

(ってことにしとけば、まあ自然とちゃうかな)

「へへっ、よっしゃ!」

 

熱斗は小さくガッツポーズして、それから渡を連れて科学省の研究者フロアへ上がった。

光祐一郎の研究室に入ると、衝立の一つに白衣がハンガーでかかっており、その胸には職員用のライセンスカードがピンで留まっていた。

 

「パパ、ちょっと借りるよ」

 

 

……

 

 

光祐一郎のライセンスカードでエレベータを動かし、水道局上階へ。

壁や看板に書かれた案内に沿って、水道施設へ繋がる通路を探して進むと、浄水施設の入り口が見つかった。ただし、関係者以外立入禁止と書かれた扉は電子ロックされているようだった。

熱斗が、近くの白衣の男に話を聞くと、

 

「今忙しいんだ。用ならあっちの席にいる氷川さんに聞いてくれ」

 

と、何やらコンピュータに向かって作業をしている集団のいるスペースを手のひらで指した。

行ってみると、氷川と呼ばれた壮年の男は、忙しない他の職員に比べて落ち着いた様子だった。

 

「すみません、氷川さんですか?」

「確かに私は氷川だが、なんだ君は?」

 

邪険にするようではなく、あくまで疑問に思っているだけの様子だった。

 

「あのっ……秋原町の水道がストップしているんです!」

「ああ、うんうん。ポンプの吸水プログラムのちょっとしたバグでね。今、全力でバグを取っているところなんだ。ま、問題ないんじゃないかな」

「そうですか」

 

熱斗の横で2人の会話を聞きながら、渡は腿を指でトントンと叩いている。

 

「わざわざ来てもらって、済まなかったね」

「いえ、それならいいんです」

「そうだ、折角だから、見学していけばいい。あっちのドアから浄水施設の部屋に入れるから。今、鍵を開けるよ」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

 

熱斗と渡は礼を言うと、浄水施設の扉をくぐった。

役所の静かな廊下から一転して、ゴウンゴウンという低い駆動音が響く広い空間。そこここに黄色と黒の縞模様が躍り、手すりから身を乗り出せば、下は10メートル以上ありそうな深さの貯水タンクになっている。

貯水タンクといっても水はなく、聞けばポンプ室が機能停止しているためらしい。

渡が浄水施設の設備を眺めていると、熱斗がきょろきょろする内に何かを見つけ渡の肩を叩き、小声で話し始める。

 

「あいつ、さっき言ってたオフィシャルネットバトラーだ」

「あいつって、あそこにいる赤い服の男の子ですか?」

(おー、生炎山! でも正直、積極的に関わり合いになりたくはないなあ。一緒に遊ぶってキャラやないし)

「そう。あいつ、オレとそんな歳変わらないくせに、オレのことガキとか言ったんだ」

 

指差した先には、卵の殻を被ったような髪型の少年。

熱斗は水道局1階で、その少年が"オフィシャルネットバトラーの伊集院炎山(いじゅういんえんざん)"と名乗るのを見ていた。

 

「オフィシャルネットバトラーは中卒以上が採用条件ですから、飛び級生ということでしょうか。学年が違うからといって、そういうことを言っていいわけではありませんが」

「ウソ! 飛び級!?」

 

熱斗が大声を上げると、周囲の大人と、その炎山本人も何事かとこちらを見た。炎山は、熱斗のことなど覚えていないのか、すぐに浄水設備に視線を戻した。

熱斗は赤面しつつも、

 

「あんなヤなヤツが飛び級……」

 

と、どこか納得行かないようだった。

 

その後、部屋の様子を一通り見た渡と熱斗は、ドアから出て来た道を戻り始めた。

エレベータが見えた辺りで、不意に渡が、

 

「熱斗くん、ちょっとこっちへ」

 

と言って、熱斗をトイレの個室に連れ込み、鍵をかけた。

不思議がる熱斗をよそに、渡は問いかける。

 

「どう思います?」

「どうって、何が?」

「氷川さんの話のことじゃない? 確かに、単なるバグなら、オフィシャルネットバトラーが調べに来るのは何か引っかかるよね。それにほら、水以外の飲み物もなくなったのはやっぱりヘンだし」

「簡単に解決するような事件じゃない、ってことか……」

 

ロックマンの言葉に、熱斗が唸る。

 

(わざとらしい喋りになってへんやろか……全部知っとって知らんふりするのめんどくさいなほんま)

 

もどかしさを押し殺し、渡は頷いて話を進める。

 

「まとめると、理由はともかく、氷川さんは嘘をついてまで本当の原因を隠している可能性があるわけです。どうしますか?」

「話を聞いてもムダなら、ネットワークを調べるしかないよな……」

「ね、このままトイレに隠れて、12時を過ぎてみんながいなくなった頃に出ていけばいいんじゃない?」

「渦中のこの階は人の出入りも少なくありませんから、僕たちが残っていることを怪しまれることもないでしょう。いいと思います」

(というか、最初からそれが目的でトイレまで来たんやで。言わんけど)

「ん、それ乗った!」

 

蓋を閉めた洋式便器に二人で腰掛け、決議から待つこと数十分。正午を告げるチャイムがトイレの外から聞こえてきた。

 

「今日は土曜日、これでみんないなくなるはず。もうちょっと待ってから、水道のネットワークを調べに行こう!」

 

渡と熱斗は頷いた。



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3話 雷と吹雪の急襲

エグゼ1を見返すと、キャラ固まった後との違いが結構面白い。
炎山とか、暗黒竜のナバールのチンピラ言葉に通じるものがある。


「はーあ、なんでワタシが連絡係なんてやんなきゃいけないのよ。ワタシにはアクアプログラムの奪取っていう大仕事があるんだから、そんなの他のヤツにやらせればいいのに。人員ケチっちゃって」

 

誰もいないところで所属組織の愚痴を言う、二十代を自称する三十代の女性、色綾(いろあや)まどい。凶悪なネット犯罪組織WWW(ワールドスリー)の幹部であり、今回の事件では実働に駆り出されていて、水道局の様子を見に来たところだった。

エレベータを使って、予め脅迫しておいた職員、氷川のいる階へ。誰もいない廊下を進み……突如、背中、腰に激痛が走る。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い!! なんなの!? 体、動かない!)

 

体が言うことを聞かなくなり、前のめりに崩れ落ちる。

痺れて声も出せず、痛みは続き、意識と思考をかき乱していく。

うつ伏せに倒れたまどいは、背後の襲撃者によって目隠しをされ、口をガムテープで塞がれ、両手両足を固い紐のようなもので縛られ、どこかに引きずられていった。

 

 

……

 

 

息を乱しつつトイレから戻ってきた渡が、カウンター下に隠れている熱斗に向かって声をかける。

 

「もう、大丈夫です。プラグイン、しましょう」

「ほ、ホントに大丈夫なのか?」

「はあ、はあ……」

 

渡はミネラルウォーターのペットボトルを開けて、口をつける。

 

(11歳の体で成人を運ぶんはきっついわ……結束バンドつけたるんも、子供やとバレんようブカブカの革手袋つけてやったから手間取ったしなあ。いろんな汗がめっちゃ出たわ)

 

水を飲んで息を整え、一息つく。

 

「……ふう。あの人がオフィシャルなら、午前に手続きをして一度上がってきているはず、そうでないなら私服はありえません。職員の方はスーツか白衣か作業服を着用ですからね。十中八九、というかほぼ100パーセント、犯人グループの誰かです。念の為鞄に入れておいた護身用品が役に立ちました」

「おまえ、いつもスタンガンとか結束バンドとか持ち歩いてるのか……?」

「まあ、そんなことはどうでもいいでしょう。今すべきことはネットワークの調査です」

 

渡に促され、熱斗もPETからプラグイン用のケーブルを引き出し、二人で壁際に設置されたウォータークーラー(水は出ない)の前に立つ。

 

「プラグイン! ロックマン.EXE、トランスミッション!」

「ベータ、入ります」

 

接続されたケーブルで2体のネットナビが送り出され、ウォータークーラーの制御コンピュータを通して水道局の電脳世界に着地する。

内部は水道管を組み合わて作った通路が、迷路のように枝分かれし入り組んでいる。

 

「あれ? ところどころ、凍っちゃってる……それに、ナビもプログラムくんもいないみたいだ」

 

見える範囲に動くものはなく、ロックマンとベータだけが立っている。ロックマンの言う通り、床のところどころは、平らな氷に覆われている。

 

「あの人、全力でバグを取ってるって言ってたけど……」

「予想が当たって嬉しいやら悲しいやらですね。とにかく、まずは奥を目指しましょう。設備のプログラムがあるはずです」

 

この電脳世界に張られた氷は、その上を歩くナビを意思とは関係なく滑らせ、壁にぶつかるまで制御させない。

水道局だけあって電脳蛇口が設置されており、ここから電脳水を流して氷を溶かせばどうにか進むことができた。

道中で湧き出すウイルスも、ロックマンとベータなら無理なく蹴散らせる程度のものだった。

 

熱斗、渡、ロックマンが協力して、いくつもリンクを移動した先。そのエリアに入ったところに、別のナビがこちらに向かってきていた。

ボディは全体的に赤く、口元だけ空けたフルフェイスメットの後ろから長い銀髪を垂らし、右腕は光の剣になっている。ひと目で、戦闘向けのナビだとわかる出で立ちだ。

 

「……なんだ、キサマ?」

「ここのナビじゃない? まさかWWWかっ!?」

 

熱斗が言うと、赤いナビが動き出す。素早く踏み込んで、ロックマンに向かって右腕の剣を振るう。正体不明の相手を警戒していたロックマンは、後ずさってそれを回避した。赤いナビに向かって叫ぶ。

 

「何をするんだ!」

「フン、少しはやる! が、オレをWWWなんかと一緒にするとはな……」

「その声、浄水施設でわめいていたガキどもか。ブルース、構うな。ただの迷子だ」

 

赤いナビに呼びかける少年のような声の言い草に、熱斗は色めき立つ。

 

「バカにすんな!」

「さっさと家に帰るんだな。オフィシャルネットバトラーの伊集院炎山と――」

「――そのネットナビ、ブルース」

「オレたちの邪魔をすることがあれば、遠慮なくデリートさせてもらう。行くぞ、ブルース」

「ハ!」

 

赤いナビは、ロックマンとベータが来たリンクで移動して行った。

 

(今の芝居がかった口上、恥ずかしくないんやろか)

「やっぱ、ヤなヤツ!」

「いちいち気にしても仕方がありません。オフィシャルがきちんと仕事をしていると、ポジティブに捉えましょう」

 

熱斗を宥めつつ、再び水を流して氷を溶かし、道を作って進んで行く。何度かそれを繰り返し、ずっとこのままかと思いきや、一行は異常を発見する。

 

「……おや?」

「熱斗くん、これ……」

「げっ、蛇口のハンドルがない!」

 

道を作れそうな蛇口は見つかったものの、水を出すために回すハンドルが外されているのだった。

 

「ロックマン、他の蛇口からハンドルを外してこれないか?」

「うん、やってみる!」

 

ロックマンが別の蛇口のハンドルに手をかけて引くが、びくともしない。

 

「……ダメだ、簡単に取り外せるようにはなってないみたい」

「ロックくん、ちょっと失礼」

 

渡に言われてロックマンが退()き、今度はベータがハンドルに手をかけて引く。やはり動かない。

 

「確かに、誰でも外せる作りではないようです。が、これも必要なこと。やむを得ませんね」

 

渡がPETに繋がれたゲームコントローラを抜くと、ベータが蛇口のハンドルに手をかけた状態で静止する。続けて、空いたポートにキーボードを差し込み、なにやら操作する。

 

「何してんの?」

「この蛇口に働きかけて、"ハンドルを外させてください"とお願いします」

「それってクラッキング……」

「不法侵入して無断でプラグインした時点でクラッキングでしょう。おかしなことを言いますね」

 

不安がる熱斗をよそに淡々と作業は進み、ふと渡が手を止め、キーボードから再びコントローラに差し替えると、ベータがあっさりとハンドルを引き抜いた。それをハンドルのない蛇口にはめて回し、水を流す。

 

「では、進みましょうか」

(こういう面倒をカットするために、家庭教師までつけてお勉強してきたんや。縁起でもないけど、氷川の息子が助からんかった場合、進めんまま最悪の結末ってことも……ないとも限らんからな)

 

 

……

 

 

最後の凍結迷路を抜け、リンクで飛んだ先。そこには氷漬けの浄水プログラムがあり、1体の小柄なナビがいた。

人型で、もこもこした水色の服に、分厚いミトンを着用した、雪国の住人のようなデザイン。

警戒のまなざしを投げかけてくるナビに、ロックマンが話しかける。

 

「君は――」

「来るな!」

 

言葉を遮り、そのナビは口から冷気を放射した。ロックマンはガードするが、ダメージを受けて数歩後ずさる。

 

「浄水プログラムに触れるんじゃない! それには(とおる)の……息子の命がかかっているんだ!」

 

電脳世界に響く、オペレータらしき男の声。熱斗と渡は、それを少し前に聞いたばかりだった。

 

「氷川さん!?」

「WWWの指示を守れなかったら、透は……透は!」

 

男の感情と連動するかのように、冷気のナビが攻撃を再開する。

冷気を放射するだけでなく、ロックマンの身の丈よりも大きい氷塊を瞬時に生み出して、それを蹴って滑らせて来る。

 

「ロックマン、氷を壊せ!トリプルアロー!」

 

熱斗はPETの画面上で、チップフォルダから読み込まれたバトルチップデータのうち、魚のアイコンが描かれた1つを選んで送信する。

するとロックマンの右腕が弓のような銃に変形し、構えられた銃口から矢が3本連続で飛び出す。それらは狙い過たず、氷塊に1本2本と突き刺さるたびにヒビが走り、3本目が氷塊を砕いた。

その奥から新たな氷塊が造られ、床を滑ってロックマンに迫るも、横合いからベータのガイアハンマー3で殴打され砕け散った。

しかし、冷気のナビの攻撃は止まず、激しさを増していく。

 

「熱斗くん、ダメだ! 彼らは話ができる状態じゃない! 人質をなんとかしないと……」

「そんなこと言ったって、氷川さんの息子のことなんて――」

 

ピピピ、と場違いな音が熱斗のPETから響く。クラスメイトの綾小路やいとからのメールだった。

内容は長くなく、PETの画面端に全文が表示される。

 

「なんだよこんな時に……!?」

 

その文面をちらと見て、熱斗は目を見開く。

 

「これだ! ロックマン、一旦プラグアウトだ! ベータも頼む!」

「わかった!」

 

ロックマンとベータが光の線となり、電脳世界から飛び立つ。PETに戻ったナビたちはダメージを回復し、ひとまず安全になった。

 

「熱斗くん、さっきのメールに何かあったの?」

「やいとからだ。隣のクラスの男子が昨日から家に帰ってないって話は朝に聞いてたんだけど、それがやっぱりWWWに誘拐されたらしくて、その苗字が"氷川"だって!」

 

世界有数の財閥・綾小路家の令嬢であるやいとは、自身も飛び級するほど優秀であり、その家の力をある程度は自由に使うことができる。なので、小さな誘拐事件についても、こういった独自の情報網での調査が可能だった。

 

「渡、なんかわかんない!?」

「なるほど、綾小路さんのツテならソースも確かでしょう。少し待ってください。整理します」

 

目を閉じ、眉間を揉みながら考える仕草を取る渡。

 

(ええっと台本台本……)

 

しかしその実、昨日までに予め考えておいた"それらしい推理"の内容を思い出していた。

 

「……帰っていないということは、下校のタイミングを狙われたはず。よって、被害者が隠されている場所は……学校の近く、遠くても秋原町内。あるいは、車で運ばれた可能性もありますが……"オフィシャルがWWWの尻尾を掴めないのは、現実世界での派手な動きがないからだ"という話も聞きます。誘拐した子供を入れたままあちこち移動するのも、見つかるリスクが高い。恐らく前者でしょう。探せば見つかるはずです」

「よっし! そうと決まれば――」

「待った!」

 

エレベータにライセンスカードを差し込もうとした熱斗を、渡が鋭く呼び止める。

 

「なんだよ! 探せばって言ったのは渡だろ!」

「命がかかった大事(おおごと)ですから、逸る気持ちはわかります。しかし、まずは落ち着いて。僕たち素人だけで探すのは最善の手段ではありません」

「なんだよ、オフィシャルに通報でもするのか? オレたちの話なんてゼッテー信じてくれないに決まってるじゃん!」

「その通り、僕たち子供の話ではダメでしょう。だから、信じてもらえるような大人から話をしてもらえばいい。というわけで、代理通報をお願いしました」

 

熱斗に説明しながら、渡はPETからメールを送信し終えた。

 

「誰に頼んだんだ?」

「秘密です。さて、ああは言いましたが、探す人手は少しでも多い方がいい。かといって、水不足での消耗を考えると、町の人たちは頼れません。1人がここに残り、もう1人は秋原町へ行って、自力でも氷川トオルくんを探すべきでしょう。そこで――」



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4話 透すくい

大変申し訳ありませんが、警察の存在を抹消しました。
前話で渡が警察に通報したくだりはオフィシャルへの通報に差し替えます。詳しくはあとがきで。


「僕よりずっと秋原町の土地勘がある光くんに、そちらをお願いします。」

「渡はどうするんだ?」

「WWWの人間がまた来ないとも限りませんが、恐いのはあの伊集院という子もです。彼が功を焦り、人質の事情を無視して浄水プログラム復旧を独断強行する可能性がわずかにあります。万が一そうなった場合、僕が時間を稼ぎます」

「オレがやることは特に変わらないんだな。わかった!」

 

熱斗は今度こそエレベータを呼び、入った後に渡に声をかける。

 

「そっちもうまくやれよ!」

「もちろん」

 

渡は親指を立てて、自信たっぷりに答えた。エレベータの扉が閉まる。

 

「さーて、気い抜けんで。なんせ炎山は100パー来るんやからな」

 

 

……

 

 

官庁街駅でメトロに乗り込んだ熱斗。そのPETから受信音が鳴る。

 

「熱斗くん、メールだよ! 渡くんからみたい」

「さっきの今なのに、どうしたんだ? 読んでみてくれ」

「"建物の中には入らず、物陰や狭い路地、停められた車の中を探すとよいと思います。ジュースは人に見られないところで飲んでください"」

「確かに、飲み物を持ってるところを見られたらヤバそうだもんな」

「あと、"もし、僕個人やベータのオペレータについて質問されても、知らないとだけ答えてください。オフィシャルの前で名前を出すのもダメです"だって。どういう意味だろう?」

「なんだそりゃ?」

 

考えている間に、頭上から秋原町到着を知らせるアナウンスが聞こえてきた。

 

「熱斗くん、降りるよ!」

「いっけね」

 

慌てて降車し、駅を出てから、靴底のインラインウィールを立てる。普段は運動靴として使え、こうすることでインラインスケートとしても使えるという優れものだ。

 

「人が隠れられそうなところと、車の中だっけ」

「まずは学校まで行って、その近くを回ろう!」

「了解!」

 

秋原町はその面積の多くを住宅街が占め、現在は土曜の昼過ぎ。省庁がそうであるように、基本的に大半の学校や企業も終業後である。

それが災いして、熱斗は足止めを食うことになった。駅を出て少し進んだところで、周囲の光景に愕然とする。

 

「普段気にしたことなかったけど、停まってる車ってめちゃくちゃ多いじゃんか!」

「仕事場に行った人たちがみんな帰ってきてるんだ!」

「これを1台ずつ、全部覗かなきゃいけないのかよ……」

「確かに、これなら隠し場所としても効果的かもね……」

 

明らかに敷地の駐車スペースというケースを除いても、路肩や駐車場にあるだけでかなりの数の車が停められている。

それでも根気よく調べながら、学校へ向かい、その後は学校の周囲を調べる。

 

 

……

 

 

水不足で外には誰もいないことも相まって、静かな町。自分とロックマンの声、後は靴のウィールの音だけがする。

そんな状況が続き、もう100台は車をチェックしたのではないかという時。

路肩の軽自動車を覗き込むと、暗い中に、横になっている子供が見えた。ぐったりして動かない。

 

「いた!」

 

熱斗がドアを引くが、開かない。長時間車内にいるせいで危険な状態なのではと、ドンドンと窓ガラスを叩くと、その子供がもぞもぞと動く。

気絶こそしていないようだが、よく見ると縛られており、口も塞がれて声が出せないようだった。

 

「プラグインしても、ロックマンじゃ車の鍵は開けられないよな……」

「ボクじゃなくてもダメだよ! 勝手に鍵を開けるのは犯罪なんだから」

「じゃあ、どうする?」

「渡くん、オフィシャルに捜索を依頼したって言ってたよね。オフィシャルに電話したら、近くの人が来てくれるかも」

「そっか! よし、オート電話頼む!」

 

ロックマンがオート電話でオフィシャルに発信し、PETから発信音が数回した後。

 

「はい、こちらニホンオフィシャルセンター。事件ですか?事故ですか?」

「鍵がかかった車の中に子供が閉じ込められてて、その子は昨日から行方不明の子なんです!」

 

女性職員が電話を取り、ロックマンが事情を説明する。

 

「子供が車に閉じ込められているんですね。住所はわかりますか?」

「住所はデンサンシティ秋原町の……熱斗くん、どう?」

 

言われて熱斗も見回すが、近くの住宅は、どれもすぐ見える位置に住所が書かれていない。

 

「ダメだ、わかんねえ!」

「目印になるものはありますか?」

「秋原小学校の近くで……近くの家2つの表札に、中輪(なかのわ)(とばり)って書いてます!」

「中輪さんと帳さんですね。……はい、場所が分かりました。ちょうど近くに職員がおりますので、すぐ到着すると思います」

「ありがとうございます!」

「いえいえ。また何かあれば、今おかけのPETまでご連絡差し上げます。それでは、失礼いたします」

 

電話が切れた。そしてすぐ、誰かの足音が近づいてきた。

熱斗が振り向いて見れば、それはスーツを着た標準体型の若い男で、ジャケットを肩にかけ、袖をまくっている。

PETを見ながら歩いていたが、ふと顔を上げて、こちらに気付いたようだった。

 

「通報してくれ……んんっ、してくれたのはきみかな?」

 

やはり飲み物がないせいか、声が枯れ気味だった。

 

「そ、そうです! この車の中です!」

「オッケー。ご存知かと思うけど、僕はこういう者」

 

男が、ズボンのポケットからオフィシャルネットバトラーのIDカードを見せる。物理的にも様々な偽造防止加工が施されたそれは、淡く虹色に光って見えた。

 

「見たね? じゃ、後は任せて。ライナス、プラグインだ」

 

男が車にPETを接続して十数秒もすると、ガタッとくぐもった音がした。

ドアを開き、車内の少年を丁寧に抱えて出し、拘束を解く。不慣れなのか、体を縛るロープの方は中々解けない。

口が自由になってすぐ、熱斗が少年に話しかける。

 

「おまえ、氷川か? 大丈夫か?」

「ごほっ、ありがとう……それよりお父さんを止めないと! WWWに脅迫されて、水道を止めてるんだ!」

「ロックマン、渡にオート電話かけてくれ! 氷川、飲みかけで悪いけど、これ」

 

リュックサックから、半分になったオレンジジュースを渡す。

 

「あ、ありがとう」

「えっジュース!? いいなぁ……」

「お兄さんはダメ!」

「わ、わかってるよ」

 

透がジュースを飲み終える頃、オート電話の発信音が止んだ。

 

「はい、こちらベータ」




警察を抹消した理由ですが、オフィシャルと別に存在させる理由が見当たらなかったからです。
当初は現実の誘拐だから警察を頼り、「オフィシャルの担当部署(炎山のいるとこ)が人質の存在を軽視するかもしれないから残る」と渡に言わせる予定だったんですが、そうすると熱斗が透を見つけて警察を呼んでも車のカギを開けられなさそうなんですよね。
結果、警察が更にオフィシャルを呼ぶことになりそうで、じゃあ最初からオフィシャルでいいじゃん、と。
原作に警察が存在しないだけのことはありますね。近未来ネットワーク社会怖すぎる。

あと、原作の悪役を原作以上に叩きのめしたとして、それはアンチ・ヘイトなのか? と考えた末、タグを外しました。
この作品のあらゆる表現に、特定キャラを不当に差別する意図はありません。

あまりどうでもよくない話ですが、ニホン国の「シティ」は現代日本の「市」相当かと思っていたんですが(cityの意味的にも)、エンドシティのことを考えると都道府県相当なんでしょうか。
エグゼ世界はまともな地図とかないのが厄介。4で見られる飛行機行き先の世界地図は行かないところ省いてるし。

そしてこれはどうでもいい話ですが、民家の表札とモブオフィシャルナビの名前はアラン・チューリングとリーナス・トーバルズのもじりです。
多分エグゼ世界にはいない。


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5話 無血開水道局

長くなったので二分割です。


少し遡り、熱斗が透を発見する前。

浄水プログラムに続くリンクの前、電脳世界の通路で、ベータ……渡は時を待っていた。

 

(待ってるだけっつーのも緊張するもんやな。トイレ行かれへんし(はよ)してくれんかな)

 

そして、その時は来た。赤い剣士のネットナビ・ブルースが現れた。渡のコントローラを握る手がじわりと汗ばむ。

 

「またキサマか。先程の青いナビはいないようだが、なぜここにいる?」

「お邪魔しに来ました」

「……邪魔するものはデリートする、と言ったはずだが」

 

炎山の脅しにも、ベータは反応しない……というか、そもそも置物のように身じろぎ一つしない。ネットナビといえど、生気がしないと感じられるほどだった。

 

「気味の悪いヤツめ……ならば、望み通りにしてやる! やれ!」

「ハッ!」

 

高速の踏み込みから、右腕の剣による斬撃。しかし、緑十字が描かれた黄色い半球状の障壁が、その剣を弾き返す。

 

「"メットガード"だと? 1度使えばなくなる、そんな低レベルな守りで凌げるものか!」

「事前に申告しておきますと、このチップフォルダ、メットガードが10枚ございましてね」

「ぬかせ!」

(大真面目やぞ。石像化(アイアンボディ)使うたらどうせ素通りするんやろが)

 

踏み込む、斬る。回り込む、斬る。跳ぶ、斬る。ブルースのそれらの動作は、あまりに若い炎山をオフィシャルネットバトラーに押し上げるに足るスピードを持つ。

対してベータはそれを回避しない。渡が目で追えさえすれば、向きを変えてメットガードを再使用すれば止められる。心の中で悪態をつきながら、一撃一撃を確実に見切っていく……が。

 

「これで5回! チップ補充までにカタを着ける!」

 

バトルチップは、廉価なものでもウイルス対策として非常に効果が高い。一方で、1枚使用するだけでも、そのナビに見えない負担がかかってしまう劇物でもある。

そのためチップデータの送信にはセーフティがあり、ナビへの負担が一定ラインに達した段階で、再送信可能になるまでのクールタイムが発生する。

ベータは今、負担計算ルールの1つ、"バトルチップ5枚を1度に送信した場合、他の条件を無視してクールタイムが発生する"に抵触していた。

 

「確かに犯人はこの奥にいますが、WWWに人質を取られてのことなんですよ。せめて、救出まで待っていただけませんか?」

「こうしている間にもデンサンシティ全体でどれだけの市民が苦しんでいると思っている!」

 

炎山が言葉を切り捨て、ブルースもベータを斬り捨てんと斬撃を放つ。

ここへ来て、ベータが回避行動を取った。

 

「躱しただと!?」

「ブルース、手を休めるな!」

「ハ!」

 

ブルースのスピードに食らいつくベータ。全てを回避できるわけではなく、刃が腕をかすめ、デリートまでの猶予たるHP(ヒットポイント)を削る。

 

「フン、脆いな!」

(一発がめっちゃ痛い! やっぱこの時点でV1相当なんやな、今のロックマンには相手させられんわ。でも――間に()うた!)

「カタは着きませんでしたね。次はこれです」

 

通路上に、石でできた立方体(キューブ)がいくつも出現する。

キューブは、戦闘向けにカスタマイズされたネットナビなら概ね一息で飛び越えられる程度のサイズだが、たちまち見通しが利かなくなった。

いくら足が速くとも、敵を捕捉できなくては素早い切り込みは不可能となる。

 

「今度は目くらましか! きさま、戦うつもりがあるのか!?」

「いいえ、お邪魔しに来ました」

「……! 時間稼ぎか!」

「最初からそう申し上げておりますが」

 

炎山が次の手を考え始めたところで、渡のPETがオート電話の受信を通知する。

 

(よし、熱斗やな!)

「はい、こちらベータ」

「えっ? あ、そっか……」

 

渡ではなく、普段話さないベータの声がし、一瞬戸惑うも、口止めメールの内容を思い出す熱斗。

 

「えーと、ベータ! 今オフィシャルの人が来て、氷川は助けたけど、そっちは!?」

「だそうですよ、オフィシャルネットバトラーさん」

「チッ……だが、オフィシャルでないお前に捜査権限はない。オート電話を繋げたまま、人質の声を伝える役としてブルースに同行してもらう」

「わかりました。そういうわけで、こちらもクリアです」

 

バトルチップの効果が解除され、キューブが消える。

 

(突然斬られたりせんやろな?)

 

渡も内心警戒しつつ、ベータをブルースに続けてリンクで飛ばせた。

 

リンクの先では、未だにアイスマンがリンクを見張っていた。

一度来たナビであるベータ、あからさまに戦闘向けナビであるブルースを見て、警戒の色を強くする。

 

「ここなら氷川さんまで通じます。熱斗くん、お願いします」

「ああ。氷川」

「お父さん! ボクは無事だよ! もうWWWに従わなくていいんだ!」

「透!?」

 

オート電話を通して届いた透の声に、氷川はハッとする。

 

「本当に無事なのか!?」

「うん! 隣のクラスの光って子と、オフィシャルの人に助けてもらったんだ! だからもう大丈夫!」

「と、透……くっ、よかった……本当に……」

「よ、よかったです……」

 

安堵のため息をつく氷川と、その場にへたり込むアイスマン。

 

「……息子が助かって安心しているところ悪いが、水道局のネットワークを復旧して貰おうか」

「あ、ああ。そうだね。アイスマンよ!」

「はいです!」

 

よいしょと立ち上がり、アイスマンが大きく息を吸うと、浄水プログラムに張り付いた氷が消えていき、やがて正常に動作し始めた。

 

「後は吸水ポンプのプログラムを回復させれば、水道は元に戻る」

「ならば、そのナビをそこまでブルースに同行させてもらう。……おい、ベータとか言ったか」

「なんでしょう」

「次があると思わないことだ。ブルース、行け」

「ハッ!」

(熱斗の経験値事情も込みで、実際もうお前とは戦いたくないわ)

「透を助けてくれて、本当にありがとう。すまないが、お礼は後日改めてさせてもらうよ」

 

アイスマンの後ろにぴったりついて歩かせ、ブルースもエリア外へ去っていく。オペレータである氷川や炎山の声も聞こえなくなった。

 

「あー、ちょっといいかな。オート電話切らないでね」

 

完全に終わった雰囲気の中、車の鍵を空けたオフィシャルの男が言葉を発する。

 

「なんでしょうか?」

「こっちの……熱斗くんだっけ?彼はそばにいるからいいんだけどさ、きみの名前を聞いてないよね。オフィシャルとしてさ、事件にちょこっとでも関わった人は記録して報告を上げなきゃいけないんだよね」

「ベータです」

「いや、ナビのきみじゃなくて。ずっと黙ってるけど、いるんでしょ? オペレータの人」

(アホ抜かせ、吐くわけあらへんやろ)

「熱斗くん、ロックマン、僕のオペレータのことは一切秘密ですよ。信じてますからね」

「え!?」

 

 

……

 

 

一方、秋原町。

 

「熱斗くん、ロックマン、僕のオペレータのことは一切秘密ですよ。信じてますからね」

「え!?」

 

ベータ……渡は言うだけ言って、オート電話を切ってしまった。

 

「どうなってるんだ?」

「こりゃ当たりかあ。ま、ダメでしたってことでいいかな。熱斗くんも疲れてるし、嫌でしょ、しつこく取り調べとか」

「あの、当たりって何のことですか?」

「ん、彼から聞いてない? 僕ら、手回しされて氷川透くんを探しに来たんだけど」

「……あー!」

「そっか、あの時の通報!」

 

熱斗とロックマンのリアクションに、男は頷く。

 

「よかった、知ってるみたいだね。でもね、それがヘンな話だったんだ」

「ヘンって、誘拐の通報が?」

「んー、その点だと、僕ら下っ端は誰からの通報だったのか教えてもらえてないのがヘンなんだよね。匿名通報なら匿名通報って言われるはずだから、そうではなくて、上が隠してるみたいなんだ。代理通報ってことはわかってるんだけど、大元だけじゃなくて、実際に通報したのが誰かもわかんないんだよね」

(渡のヤツ、一体誰に頼んだんだ!?)

「ただ、実際に通報した中継役の人から指示があったらしくてさ。その大元の、代理通報を頼んだ誰かさんの身柄を押さえて欲しいってことでさ。その手がかりが、ベータってネットナビなわけ」

「え、ええー……」

 

予想外の方向で話が大きくなっていることを知り、熱斗はただただ驚き呆れる。

 

「ま、そういうことで。僕は、きみに話すつもりがないなら追及しないし、きみのことは、同じ学校の生徒が偶然被害者を発見したってことにしとくから」

「いいんですか?」

「子供の気持ちがわからない大人って、僕嫌いなんだ。じゃあ、透くん。悪いけど、センターまで来てもらっていいかな」

「はい、わかりました」

「ありがとう。熱斗くんも、今日はお手柄だったね。帰ったらゆっくり休むんだよ」

「熱斗くん、また学校でね」

「ああ、またな!」

 

軽く手を振って、男は透を伴って去っていった。

熱斗はそれを見送ってから、PETの中のロックマンと顔を突き合わせる。

 

「ねえ熱斗くん、今の話……」

「渡にはちゃんと事情を聞いた方がいいかもな。でも、今はそんなことより……」

「そんなことより?」

「水、いつ出るかなぁ……」

「もー、熱斗くんたら!」

 

喉が渇き始めた熱斗もまた、家路につくのだった。




炎山とブルースは本当にどっちが喋ってるのか区別できない。
比較的主体性があるのが炎山です。
あと「きさま」と「キサマ」の違いも原作から。


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6話 凡ミス

※カラードマンはオペレータが逮捕されたため、ただのお出かけ回になります


ニホンオフィシャル。

現実の日本でいう全国の警察に自衛隊を足したような組織であり、ニホンにおいては、ここに採用された職員のことをオフィシャルネットバトラーと呼ぶ。

旧来の警察や軍隊が解体された折に組織されたこのニホンオフィシャルは、科学省と密に連携することで最先端の技術を真っ先に実用化しており、国家が持つ現実世界・電脳世界両方での最高戦力である。

 

デンサンシティ、ニホンオフィシャルセンター。

ここは、そんなニホンオフィシャルの中枢であり、全国に分散している拠点のうち、デンサンシティを管轄とするひとつでもある。

なんだかんだ警察組織としての側面が強く、一般人の出入りも多い。

 

断水事件翌日、日曜日の午後。

そんなニホンオフィシャルセンターの地下の一室で、不毛な取り調べが行われていた。

 

「だーかーらー! ワタシはいきなり背中から襲われて、その後のことは何にもわかんなかったんだってば!」

 

対象は、昨日の午後、デンサンシティの断水事件についての通報がなされた際、"見るからにWWWなので、巻いてトイレに入れておいた"と言われた女、色綾まどいである。

逮捕の名分がないため当初は保護扱いとなる予定だったが、拘束を解いたところ逃走を図ったため、公務執行妨害の名目で逮捕。一晩留置所に収容された後、この取り調べで洗いざらい吐いてしまっていた。

しかし、それに対面している年配の職員の顔にも、疲労の色が浮かんでいる。それもそのはず、この取り調べは朝に開始され、昼食を挟んで既に4時間が経過していた。

 

「何かあるだろう、声とか、背丈とか。男か女かくらいわからないもんかね」

「わかんないわよ! そいつ、うんともすんとも言わなかったしぃ」

「水道局のアクアプログラムを奪ったオペレータについても、心当たりはないんだな?」

「知らなーい! ワタシがやる予定だったのに、手柄取られちゃってサイアクよ!」

「捕まってんのに、よくそんなことが言えるな」

(手柄、といえば。伊集院くんも災難だったな)

 

事件当日、炎山の指示で氷川・アイスマンによる水道の復旧は速やかに行われた。

が、実はその事件自体が、本命の作戦を遂行するためのダミーだったことが後になって判明した。

オフィシャルが気付いた頃には、4つの究極のプログラムの1つであるアクアプログラムを、WWWのナビが持ち去るところだった(アクアプログラムについては水道局の職員もその詳細を知らず、"それがあるとなぜかおいしい水ができる"という認識しかない)。

 

一般オペレータに遅れを取り、過ぎた独断行動についても関係者証言で露見。伊集院炎山に下された実際の処分はごく軽いものであったが、WWWの真の狙いに気付けなかったこともあって、プライドにつけられた傷は深かった。

 

年配の職員が、報告を上げていた時の炎山のイライラっぷりを思い出していると、取調室のドアがノックされた。

 

「おう、入れ」

「失礼します!」

 

入ってきたのは、威勢の良さそうな若い職員。年配の職員は、パイプ椅子に座ったまま顔だけを斜め後ろに向ける。

 

「本件受け持ちの在梨(ありなし)さん名指しで、先方からメッセージが届いています」

「おれにか。なんて?」

「"無理を言ってすまなかった"と。あれだけゴリ押ししといて、とんだお客様ですね。誰だかしらないけど、何様のつもりなんだか」

「なんだっていいけど、そういうの、思うだけにしとけよ」

(お客様、か。まあ、他国政府ともなれば、おれたちにとってもデカいクライアントか。振り回してくれやがる)

 

年配の職員――在梨は、断水事件に関する捜査責任者であった。そのため、通報者の素性も知っていた。

 

「失礼しました。それと、そのメッセージを受けて、確保対象の捜索は取りやめだと上から」

「だろうな。よかったなお嬢ちゃん。この取り調べ、終わっていいってよ」

「はー、やっと自由ってわけね」

「フッ、んなわけねえだろ、この後WWW全般の受け持ちが来て別の取り調べだよ」

「えーーっ!?」

「WWW構成員なら、叩けばホコリと情報がまだまだ出るかもしれんからな。おまえ、楽に裁判所まで行けると思うなよ」

 

くっくっくっ、と笑う在梨とは対照的に、まどいは顔を青ざめさせた。

 

 

……

 

 

この世界では、ネットナビをウイルスと戦わせることを、ウイルスバスティングと呼ぶ。

そして、ネットナビ同士を戦わせることを、ネットバトルと呼ぶ。

 

このネットバトルは、人格を有する存在同士の戦闘行為であることのほか、様々な理由から厳密には違法となっている。

が、娯楽性と訓練としての効果が高いことから、巷ではむしろ半ば積極的に行われ、近い将来にスポーツの一種として認められるに至ることになる。

 

断水事件翌日、日曜日の正午過ぎ。

熱斗のPCの電脳世界で、ロックマンとベータが対峙していた。現実世界の熱斗の部屋にも、熱斗と渡がいて、それぞれPETの画面を睨んでいる。

無傷のロックマンに対し、ベータは多少の傷を負っている状態。見た目では、ロックマンがややリードといった具合である。

 

「もう時間がない! ロックマン、頑張って後ろを取れ!」

「おおおおっ!」

 

右腕をリーチの長い"ロングソード"に変化させて突撃、ベータの後ろへ回り込もうとする。

すると突如ベータが地面に寝転び、仰向けになった。戸惑いつつも、視線を下に向けるロックマン。

 

「えっ?」

「はい、メットガード」

「あーーっ!?」

 

仰向けになったベータを、すっぽりと黄色の半球が覆い、攻撃を差し込む隙間がなくなる。予想外の一手に、熱斗が叫んだ。

ロックマンが戸惑っていると、熱斗と渡のPETに表示されたタイマーが時間切れを示し、アラームが鳴動する。両人がPETを操作し、アラームの動作を止めた。

 

「これで0勝1敗11分ですね。流石は光くんとロックくんといったところです」

「お前1回も攻撃してねーじゃねーか!」

「いかに隙を探し、作り、守りを切り崩すか、というのも大事ですよ。恐らく今の僕や光くんでは、あの伊集院炎山には10戦やっても1勝もできませんからね。切磋琢磨していきましょう」

「答えになってねー!」

「はははは」

 

熱斗はネットバトルにおいて、クラスでは負け知らずであり、ファイアマンやストーンマンといったWWW幹部のナビも倒した実績がある、紛うことなき実力者である。

それを承知の上で渡が、

 

「あのブルースというナビ、すごく強かったですね。光くんでも勝てないんじゃないでしょうか」

 

と言ったのが、この連続ネットバトルの発端だった。

簡単に乗せられた熱斗が渡に挑み、いつもあと一歩のところで攻撃を捌かれ、ムキになってリトライを繰り返していると、気付けば2桁回に達していた。

 

「しかし、疲れましたね。何かゲームでもしましょうか」

「渡くん、疲れてやることがゲームなんだ……」

「これは対人戦特有の気疲れですから。まだ目と指は平気ですよ」

 

渡がPETからゲームコントローラを外してケーブルを巻いていると、熱斗のPETからメールの受信音がした。

 

「熱斗くん、メイルちゃんからメールだよ!」

「急に冷えてきましたね」

「いっつもそれ言ってるよな、おまえ……」

「読むよ? "もうすぐやいとちゃんの誕生日だね。というわけで、これから一緒にプレゼント買いに行こうよ。待ち合わせは、メトロラインの駅の前。いいでしょ? じゃ、返事、ちょうだいね"……だって」

「あっ」

「ん? どした?」

 

渡は水道局で色綾まどいを留置所送りにすることで、今日本来起こるはずの事件を未然に防いだ。

事件を未然に防ぐということばかり考えていたせいで、事件の他にあるイベントを見落としてしまっていた。

それを、ロックマンが読み上げた内容で思い出したのだった。

 

(自分、こんままここにおったら貴重なおデートの邪魔になるんとちゃうか……? 鈍感主人公がヒロインに接近するほんまに貴重なチャンスなんやぞ……? そんなこと許されるか……?)

「何か用事でも思い出したのか?」

「ええ、まあ、できることなら思い出したいですね……」

「? よくわかんないけど、何もないんだったら渡も一緒に行こーぜ! せっかくこっちまで来てるんだしさ」

(どないしよ……いや、発想の転換や。メイルが事件に巻き込まれての吊橋効果がなくなった分を取り戻したるチャンスかもしれん。攻める方向で考えるんや!)



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7話 骨のあるやつら

比較的マシな知名度の作品で続けて感想がつかないと、多少クるものがありますね。
何がいけないんだろう。タイトルとあらすじと展開と文体が悪いのかな?


熱斗がメイルにメールの返事を出した後、待ち合わせの時間に結局メイルは駅に現れなかったため、先に行こうということになった。

メトロに揺られること、ほんの数分。デンサンタウン駅の出口階段を上がると、大通りの交差点に出る。

 

デンサンタウンはその名の通り、デンサンシティの中心となる街である。地図上では"田"の字をいくつもくっつけたような形をしていて、交差点が多い。

なお、デンサンの"デン"は"田"ではない。

道路沿いにはオフィスビルや飲食店、その他様々な店が並んでいる。ほとんどが住宅地の秋原町とは活気がまるで違い、都会という言葉がしっくり来る。

水道も復旧し、今日が日曜日ということもあって、多くの車や人が行き交っている。そんな街の様子を見て、渡は内心戦慄した。

 

(ゲームとは全然人口密度ちゃうやん! 赤信号んところには車も人もようけ溜まっとる。もしあいつを野放しにしとったら……死人が何百でもきかんかったかもしれん)

 

本来デンサンタウンで起きるはずだった、自動運転システムを利用した大規模テロ。

"信号を全て青にすることで車両を停止させず、それら全てを交通事故に追いやる"というそれが実現していれば、死者多数は必定。

水道局の事件が起こった日、事前準備までして渡が積極的に介入したのは、それを防ぐためという理由も大きかった。

 

「ったく、こっちの駅にもいないのかよ。ロックマン、さっき来たメールなんだった?」

「急用で遅れるから、先にお店探しといて、って。ロールちゃんの新しいナビチップが添付されてるよ」

「もうバージョンアップしたのか? まあ、一応フォルダに入れとこうかな……」

 

ウイルスを制するためのバトルチップの多くは、ウイルスのデータを元に作られる。数は少ないが、ネットナビのデータをベースにしたものも存在し、それらの多くはナビチップという分類に属する。

使用すると、そのナビのごく短い戦闘記録を再生する。要するに、ファンタジーなRPGによくある感じの召喚魔法である。

 

「要点は説明したけど、メールの内容、確認しといてね」

「ん」

 

熱斗がPETを操作し、メールに目を通す。

そこには、出先からメトロではなくバスに乗ったため到着が遅くなること、やいとが最近骨董品を集めていて、プレゼントもそれが望ましいだろうということが書かれていた。

 

「ったく、自分から誘っといてこんなのないよなー」

「急用じゃ仕方ないって。それより、お店探そうよ」

「骨董品のお店なー……ぜんぜんキョーミないから、あるかどうかもわかんないや。渡、なんか知らない?」

(……大まかな場所は知っとるけど、知っとる理由付けができへんのよな)

 

渡はその思考を顔に出さず、まさか、と否定のジェスチャーをする。

 

「デンサンタウンの土地勘は絶無ですよ。というか、コートシティに住んでる僕がここの地理に明るいわけないでしょう」

「いやー、渡なら知っててもおかしくないかなー、って」

「僕を便利な何かと勘違いしてません? ……まあ、人に聞いてみましょう。よくこの辺りを通る人なら、知っているかもしれませんから」

「やっぱ聞き込みしかないかぁ。メイルは1丁目のバス停で降りるって言ってたから、そっち方面に行こーぜ」

 

駅のあるデンサン3丁目から北へ歩くこと、およそ10分。

1丁目と3丁目の間であるデンサン中央に入り、聞き込みを続けていると、ひとりの老人がこう証言した。

 

「ちょうどわしも、骨董品屋に行くところなんじゃ。2丁目に新しくできたらしいんじゃが、歩き疲れてしもうてな……」

「詳しい場所も知ってるの?」

 

熱斗にそう問われると、老人はゆっくりと上着のポケットに手を入れ、丁寧に折りたたまれたチラシを取り出す。

 

「知り合いから貰ったチラシがあるから、これをやろう。わしゃもう道を覚えたからの」

「やたっ! ありがと、おじいさん!」

「お役に立ててなによりじゃ」

(こんなコッテコテの老人言葉、生で聞いたん初めてやわ)

「あとは写真をメールで送っとけば、あいつもまっすぐ来れるよな。渡、先に行ってやいとのプレゼント選ぼうぜ!」

 

 

……

 

 

デンサン2丁目。大通りに面したすぐ目につくところに、その骨董品屋はあった。

庇の上にかけられた古木の看板にも、はっきりと"骨董屋"と(だけ)書かれている。

 

(改めて考えると、えらい金かかりそうな好立地やな。それで骨董品屋って、子供の入れる店なんやろか?)

 

熱斗が引き戸を開けて入り、渡もそれに続く。

 

入って左右には赤い漆塗りの平箪笥が並べられ、その上に商品らしき皿や刀などの骨董品が陳列されている。

壁にかけられた山水画の掛け軸や、地面に直接置かれた大きな壺も含め、どれも値札がついていない。

 

(……やっぱあかんのとちゃう?)

「いらっしゃい……でも、今は開店準備中……」

 

店の奥、一段上がった畳敷きにはカウンターがあり、さらにその奥には古書が何十冊と積まれている。

声の主――カウンターに座っている少女の他に、従業員らしき人物はいない。

 

「準備中? こんな時間にですか?」

「そう、こんな時間に……」

(理由を言わんかい理由を)

 

渡が心の中でツッコみを入れている横で、熱斗が平箪笥の上を物色する。

 

「熱斗くん、触っちゃダメだからね!」

「そんくらいわかってるって! ……うーん、やっぱどれもただのガラクタにしか見えねーなー」

「……そちらのあなた、ちょっといいかしら」

「ん? オレ?」

「わたしは黒井みゆき。ここの全ての物には、魂が宿っている……あなたには見える?」

「……? いや、見えないけど」

 

呼ばれて振り向いた熱斗は、意味がわからないという風に答えた。

 

「わたしには、見える……あなたのナビに宿る、一際輝く魂が……」

(ほんとのこと()うてんのかどうか判別できへんなこれ)

 

店主はそう言いながらPETを取り出し、カウンターに置かれた虫眼鏡にプラグインした。

熱斗はそれを呆然として見ている。

 

「さ、魂を交わしましょう……」

「……なあロックマン、何言ってるかわかる?」

「えーっと……ひょっとして、"ネットバトルしましょう"ってこと……かな?」

 

ロックマンが絞り出した解釈を肯定も否定もせず、じっと熱斗を見つめる店主。

 

「えーっと……」

「……」

「……ぷ、プラグイン! ロックマン.EXE、トランスミッション!」

 

圧に負けた熱斗は、虫眼鏡へロックマンをプラグインした。

 

 

……

 

 

電脳世界へ送り込まれたロックマンを待ち構えていたのは、頭部が髑髏のネットナビ。

手足は骨だけかのように細く角ばっていて、両肩にも白い髑髏の肩当てをしている。

 

「……」

 

髑髏のナビは膝も背中も曲げ、両腕をだらりと垂らしているが、その顔だけがロックマンの方を向いていた。

目付きの悪い髑髏の視線に、ロックマンが身構える。

 

「さあ、スカルマン。おもてなしをっ」

「!」

「熱斗くん、来るよ!」

 

髑髏のナビ・スカルマンが、脱力した姿勢から肘を曲げて腕をわずかに上げ、戦闘態勢を取り。

顎が外れんばかりに口を開き、そこから青白い火球――鬼火を発射した。

 

「ひ、人魂!? ロックマン、避けろ!」

「ふっ!」

 

ロックマンは、真っ直ぐ飛んで来る鬼火を難なく回避する。

続いてスカルマンが、回避した先に手刀を向けると、その肘から先が分離。プロペラのように高速回転し、ロックマンへ向かって飛ぶ。

 

「い!? ロックマン、左だ!」

「わっ!」

 

さらにもう片方の腕も自切。追加の前腕ブーメランとなって飛び、ロックマンが躱す。

 

「そっちはダメだ、後ろに!」

「えっ? うわあっ!?」

 

背後から戻ってきた最初の腕がロックマンを弾き飛ばす。床を転がったロックマンは、受け身を取ってすぐ立ち上がる。

 

「飛んでくる腕が、2本!」

「よそ見はだめ」

 

みゆきの言葉と同時に、鬼火が再び発射される。

ロックマンの周囲には2本の高速回転する腕が不規則に舞い、逃げ場はない。

 

「なら、これでどかしてやる! ハイキャノン!」

 

右腕を大砲に変え、腕の1本に狙いをつけ、吹き飛ばす。そうして空いた空間へ駆け込み、火球はロックマンがいなくなったコースをそのまま通過して消えた。

 

「行ける!」

「だめって言ったのに……」

「? あっ!」

 

体勢制を整えたロックマンが、みゆきの言葉の意味を図りかねつつスカルマンの方を見ると、頭部の髑髏が消えていた。残った首から下は、何かを真上に放り投げたような姿勢を取っている。

 

「間に合わないわ。シャレコーベイ、直撃コース……!」

 

ロックマンの体より一回りほど大きい、巨大化した髑髏が、ロックマンを押し潰さんと頭上から迫る。それは、見るからに受け止められない一撃。

そして周囲にはやはり、2本の腕がロックマンを挟んで向かい合って飛び回り、隙を作らない。攻撃を当てて軌道を逸らすだけの猶予もない。

 

瞬間移動(エリアスチール)透明化(インビジブル1)も、まだフォルダからロードされてない! どうやっても避けられない――なら!)

「熱斗くん!」

「ロックマン、6時方向にダッシュだ!」

「うん! うおおお!」

 

包囲網の外側、スカルマンのいない方へ駆け出したロックマンの前に、左右から回転する2本の腕が迫る。

 

「くっ……うわああ!」

 

走りながら身を捩るも避けきれず、回転する腕のひとつがロックマンを打ち据え、吹っ飛ばす。そして、その先の上には大髑髏(シャレコーベイ)

 

(弱い攻撃をあえて受けて、強い攻撃から逃れる。セオリーのひとつやけど、相手はそれも織り込み済みでコンボを作っとるか)

「そこからは逃げられないわ……」

「いいや、振り切るさ! ダッシュアタック、送信!」

 

ダッシュアタックのチップデータが送信され、ロックマンの右腕が、紙飛行機と鳥の合の子のような姿のウイルス・キオルシンの形状に変化。

 

「飛べ、ロックマン!」

 

キオルシンの尾の部分で、白いアフターファイアが噴き出し、右腕を突き出したロックマンは倒れた姿勢のまま飛ぶ。

手を伸ばした先は、先ほど腕の一撃を受けたのとは逆、スカルマンの真正面。

ロックマンに起き上がる猶予がないのと同様に、一度ロックマンを迎撃した2本の腕も、今のロックマンには追いつけない。

そして――

 

「投げ上げた姿勢のままってことは――」

「――頭を外したキミは動けないってことだ!」

 

無防備なスカルマンの胴体にダッシュアタックが衝突。きりもみ回転しながら吹っ飛ばされたスカルマンは、ダメージが許容範囲を超え、強制プラグアウトした。

現実世界で熱斗がガッツポーズする。

 

「見たか! これが、"肉を切らせて骨を断つ"ってやつだぜ!」




タイトルでお察しの方も多かったことでしょう。
事件は起こりませんがネットバトルはありました。

この話だけ見ると渡がマジでモブですね……


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8話 我が逃走

情報が少ないR国とZ国のこと考えてたら遅くなりました。いや、割とホントに。


ロックマンがスカルマンを破った瞬間、現実世界の反応は三者三様であった。

喜ぶ熱斗とロックマンを、渡は"流石は光くんたちですね"と、拍手しながら手放しで褒める。

みゆきが逆転負けした驚きを顔に出したのはほんの一瞬のことで、すぐに無表情に戻った。

 

「魂の輝き、確かに見せてもらったわ……そのナビは、悪しき魂を祓うのに相応しいナビ。さあ、これを」

 

言葉とともに卓上に差し出されたのは、インターネット上で通行が規制されているリンクの通行許可証(パスコード)カード。

 

「あなたとナビ、2つの魂は成長し、そして重なっていく……」

「重なる? どういうこと?」

「……」

「えっと、ありがとう? でいいのかな? 何言ってるかわかんないけど……」

 

熱斗が困惑しつつもパスコードをPETに登録し、カードを返す。

みゆきは無言で店の奥へ消え、熱斗とロックマン、渡はネットバトルの振り返りを始めた。

 

 

……

 

 

みゆきが開店準備を終えた後に、入り口の引き戸が開く音がした。

入ってきたのは、赤い髪に缶バッジのようなヘアピンを留めた少女。光熱斗の隣家に住む幼馴染、桜井メイルだ。

 

「熱斗、渡くん、お待たせ! 遅れちゃってゴメン」

「おせーぞ、メイル! やっとみんな揃ったし、やいとのプレゼント選び、始めようぜ」

「先に来て見てたんだよね? 何かよさそうなのあった?」

「いや、全然わかんねー」

「もー。それじゃ先に来た意味ないじゃない」

 

メイルが頬をふくらませる。

 

「うるせーなー、わかんねーもんはわかんねーの! メイルだって絶対そうに決まってる!」

「そんなこと……」

 

左右を見回し、陳列された商品に一通り目を通すと、視線が折り返し、蛇行し始める。

 

「……うーん……」

「ほら!」

「わ、渡くんはどうかな?」

「あ、ずりぃぞ!」

「正直、僕も骨董品のことはわかりません。店主の黒井さんにおすすめを聞いた方が無難かと」

 

もともと渡は、父に買って帰る骨董品についても有識者たる商人に聞いて決めるつもりだったため、そう答えた。

 

「いいのかな?」

「素人目で選んで失敗するよりは。綾小路さんは本物ですから、なおさらでしょう」

「結局誰も選べないんだし、そうしようぜ」

 

結論が出て、熱斗がみゆきに声をかけようとカウンターに向き直ると、今度は金属製の小さな筒のようなものが置かれていた。先端の横合いには、平べったい円柱形の容器がついている。

見たことがない形状なので、熱斗はまずそれが何か聞いてみることにした。

 

「これは?」

「銅製の筆入れ、墨壺つき。蒐集家の友達に贈るなら、こういう小物がおすすめ……」

「いくらですか?」

「2万ゼニー」

「そんなに!?」

 

価格を確認したメイルがたじろぐ。その様子を見て、そういえば聞いていなかったと、渡が口を開く。

 

「お二方、ご予算は?」

「オレは5000ゼニー」

「わたしも……」

「なるほど。安物を3つ買うより、お金を出し合っていいものを1つ買ったほうがよさそうではありますが、2万ゼニーとなると……」

(ここで1万ポンと出すんは簡単やけど、ここで余計な貸しは作りたないよなあ……)

 

"自分の出費に気を使っている暇があったら、少しでも接近して欲しい"という考えが、渡の財布の紐を固くしていた。

 

「黒井さん、どうか5000ゼニーだけまかりませんか?」

「……いいわ」

「えっ、本当にいいんですか!?」

 

あっさり値切りに応じられ、予想外だと驚く渡。

 

「でも、条件がある。あなたひとりで、この店にまた来ること」

「ひとりで、というのは?」

「来ればわかる……」

(リピーターになれ、いう話やない感じか? なんやろ)

「……まあ、いいでしょう。それで丸く収まるなら安いものです。お二人とも、プレゼントはこの筆入れを3人で買うということで問題ありませんか?」

「オレはオッケー」

「わたしも、大丈夫」

「ということで、精算お願いします」

 

三人が電子財布から支払いを済ませた後、みゆきが紙箱に緩衝材と筆入れを詰め、紙で包んでテープを貼り、赤い紐を十字にくくって結ぶ。

スーパーの熟練レジ係がカゴや袋に商品を詰めるようなスピード感はないが、手さばきに迷いがなく、この作業に慣れていることが見て取れる。

 

(開店準備の手際といい、マジで一人で店やっとるんかこいつ)

「はい。お友達、喜ぶといいわね……」

 

みゆきが差し出した箱を熱斗が受け取り、3人は改めて礼を言ってから退店した。

最後に出た渡は、引き戸を閉じるその一瞬、みゆきが自分の目を見ている気がした。

 

(ネームドと知り合いになれて悪い気いせんはずやのに、なんや(なんだか)変な感じやな。風呂場で怖い話思い出す時みたいな……いや、考えんとこ)

 

先に出た2人に意識を向ける。

 

「ねえ熱斗、これからどうする?」

「どうって、帰るんだろ?」

「熱斗くん、まだ夕方まで時間があるし、もう少し遊んでもいいんじゃない?」

 

明るかったメイルの表情が、熱斗の一言で、ごくごくゆるやかに落ち込んでいく。

ロックマンは、オペレータの熱斗がメイルの感情に対して鈍感であることについて重々承知なので、機会を逃すまいと軌道修正を図る。

それでも熱斗はその心中などつゆ知らず、手を頭の後ろで組んで、

 

「えー、でも店を探したりして疲れたしなー」

 

と、渋る。

 

「そうですね、僕も少し歩き疲れましたし。帰る前に、喫茶店にでも寄って行きましょう」

「うーん、これ以上の出費はちょっと……」

 

今度はメイルが難色を示すが、渡は

 

「最近あまり行っていなくて、回数券の期限が切れそうなんです。勿体ないですから、飲み物だけですがご馳走させてください」

(まあ回数券なんてウソなんやけどな。奢る言うて遠慮されたらかなわんし)

「そ、それなら……いいかな?」

「さんせーい! オレ、ちょうど喉乾いてたんだ」

「ありがとうございます」

「シゾーせずに済んでよかったな!」

「熱斗くん、それは使い方間違ってるよ……」

 

 

……

 

 

雑談しながら駅への道を歩き、その途中の喫茶店に入った3人。

注文を済ませてすぐに渡は一言断ってトイレに立ったのだが、その後飲み物が届いても戻ってこない。

窓際、4人席のテーブルに、熱斗とメイルだけが向かい合って座っている。

 

よくあるフランチャイズの喫茶店だが、その中でも雰囲気が落ち着いている方の店舗であり、客入りはそこそこあるが程々に静か。

教室や町中はともかく、このようなところで2人きりになるのは、幼馴染と言えども初めてのことで、メイルは緊張気味だった。

 

他方で熱斗は、何も――メイルの様子も含め――気にせずに、サイダーに口をつけている。

2人の関係についてたびたびやきもきしているそれぞれの持ちナビも、緊張して状況を見守っていた。

 

ひとしきり喉を潤して満足したところで、熱斗が視線をコップから上げると、手を膝の上に置いたまま動かないメイルのことがようやく気になった。

 

「どうしたんだよ? 飲まないのか?」

「えっ? ……あ、ううん。いただきます」

 

指摘され、気まずさを誤魔化すように、りんごジュースをちびちびと飲む。原因はともかく、わずかに頬が紅潮していた。

他にすることもなく、熱斗はメイルの方を見て、ふと思う。

 

(そういえば、こいつとこんな風に2人でいるのって、いつ以来だっけ……)

 

いつしか熱斗も、無意識にこの状況に緊張し始めていた。

 

それから5分経ち、10分経ち。まだ渡は戻らない。

 

「……渡、遅いな」

「……うん」

 

ドリンクの氷が小さくなり、熱斗が"もう帰ろう"と切り出そうとして実行できずにいる中、ウェイターがテーブルに近づいて来た。

注文していないにも関わらず、ウェイターは盆から取った皿をテーブルに置く。

 

「こちら、お連れ様がご注文のタワーティラミスです。お手紙もお預かりしております」

 

皿の横に置かれた、手のひらサイズの紙――メモ帳のページを切り取っている――を、熱斗が取って、喉の乾きを感じながら読み上げる。

 

「"急用ができたので帰ります。お詫びにデザートをどうぞ"……」

 

なぜ直接言わなかったのか、といったことまでは頭が回らず。2人とも、なんとか内容を理解した、といった様相であった。

 

「精算は済んでおりますので、お帰りの際に確認等は不要です。では、ごゆっくり」

 

1枚の皿に乗った3段重ねのティラミスを、2人して恐る恐るスプーンを動かして崩し、食べていく。

スプーンがぶつからないよう気を使ったり、相手より取りすぎないように手を止めたりということを、互いに行い、互いが認識していた。

2人は気付いていないが、熱斗も含め、緊張その他の影響で顔は赤くなっており、そのぎこちなくも微笑ましい光景に、他の客の多くが視線を注いでいた。

 

(渡くん、やるなあ……)

(渡くん、やるわね……)

 

ネットナビ2人はといえば、オペレータたちとは対照的に内心までも息ピッタリだった。

 

その日、熱斗とメイルはどうやって帰ったか覚えておらず、自室へ行くなり着替えもせずベッドに突っ伏して動かなくなったということを、それぞれのナビから聞かされた。




サブタイはやり遂げた渡視点です。出番は次回。

恋愛系書けなさすぎ問題。
ADVやったりそういう本読んだりしていないのが原因でしょうか。
だからといってやる/読む気になれないのも難儀なものです。

1で言われてるR国は多分ロシアなので、シャーロに差し替えた方がよさそうですね。
他にも1には面白いことになってるポイントがいくつかあるので、都度曲げていきます。
4のZ国は評価の通りに想像すると、多分元ネタであろうNKとはかなり異なる実態の国になりますね。孤高みがある。
あと物凄く今更なんですが、エグゼ世界には首都の概念が存在しない(出てきていない)っぽいので、採用しようか迷っています。

下記アンケートはここまでの話と一切関係ありませんが、割と重要なポイントです。
項目ごとの意味がわかったらすごい。


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9話 黒い眼差し

この作品は1話あたり2000~3000字を目安にするつもりだったのですが、最近やけに長くなってしまっていけないなと感じています。
つまり、今回は短めです。


(うまくいっとるか確認できへんのが残念やな。まあ、明日の楽しみにしとくかねえ)

 

トイレに行ってしばらく待ってから、姿勢を低くして抜け出し、カウンターでテーブル番号を指定して追加注文と精算を済ませた後。

渡は来た道を引き返し、再び骨董品屋までやってきた。

 

「こんにちは」

「……もう来たのね」

 

他に客はおらず、みゆきは、じっ、と渡の目を見つめる。対して渡はわずかに視線を逸らし、店内の奥へ逃がす。

 

「それで、僕は何をすればいいんでしょうか? 無理そうならやっぱり差額分お支払いしますが」

「あなたは……何者なの?」

「は? 何者? あ、自己紹介か。えーっと、コートシティから来た七代渡です。よろしくお願いします」

「違う……」

 

ふるふると小さく頭を振るみゆき。

 

「あなたのナビの魂は、ここにある骨董品の魂にとてもよく似ている。ネットナビには珍しいこと」

「あー、それは、まあ。僕のナビもある種骨董品ですから、そういうことでしょうか」

(なんでナビの話に飛ぶねん)

「そう。だから輝いているのね。でも、あなたは? わたしより一回り小さい子供のはずのあなたの魂は、既に大人のように形を決めている」

「子供っぽくないってことですか? そのくらい、たまにはあるんじゃないでしょうか」

「どうして嘘をつくの?」

「嘘って……」

(転生者やからか? 中身が大人(だと)わかる言うんか?)

 

七代渡として生まれてから、人付き合い自体が少なかったせいもあり、このように何かを見透かされるのは初めてのことだった。何より、自分の正体を隠し続けなければならない立場として、渡はみゆきの詰問に少なからずショックを受けた。

二の句が継げない渡に、みゆきがさらに問いを投げかける。

 

「それだけではないわ。あなたの魂は力を求め、乾いている……淡いようで、あまりに大きな欲望。一体、その先に何を望んでいるの?」

「……いい加減にして下さい。お金なら払いますから」

「スカルマン」

 

渡はもう、さっさと切り上げて帰りたかった。しかし、みゆきが小さくナビの名を呼ぶと、入り口の引き戸からガチャッという音がした。

顔色こそ変えないが、渡の内心の焦りは徐々に募っていく。みゆきの圧が強くなっていくような気がした。

 

「僕なんか、取るに足らない人間でしょう。ここまでして、取り調べみたいなことをする必要があるんですか?」

「聡いのに。"取るに足らない子供"とは言わないのね」

「……」

 

渡は叱られる子供のように動けず、みゆきの吸い込まれるような眼差しを見返すばかり。

底冷えとは言わないまでも、汗が引っ込むような空気の冷たさを感じていた。

互いに言葉を発さず、数秒が過ぎたところで、みゆきの口元がふっ、と緩む。

 

「……ごめんなさい。大人気なかったかしら。"子供"相手に」

「……」

(皮肉で言うとるんか? "大人げない"とかけとるんか?)

「でも、もういいわ。わかったから」

「……わかった、とは?」

(どっからどこまでや?)

「……」

 

渡の質問に、みゆきは謎の笑みを浮かべるだけで、答えなかった。

 

(……こんなこと想定しとらん。マジの霊能力者かなにかやったんか? 出番が少ない相手やからと、情報の少なさに油断したこっちが悪かったんか?)

 

みゆきが畳敷きから出て、渡のすぐ横へ歩いてくる。

 

「あなたのことを探る必要はなくなったわ。だからこれは、単純な興味……」

「どういうことかわかりません」

「値引きの代わり。あなたの連絡先で手を打ちましょう」

「……嫌――」

 

入り口の引き戸は電子ロックがかかったままということを思い出す。

 

「――とは言えない状況ですよね。いいでしょう」

(ほぼ脅しというか、エウリアンとかとやっとること同じやんけ)

 

お互いPETを出し、連絡先を登録し合って。

 

「ありがとう。これからよろしく――」

「っ」

 

みゆきがそっと手を伸ばし、渡はそれを受け入れるでも弾くでもなく、かわす。

触れてしまえば、本当に何もかも知られてしまうような直感があった。そんなはずはないと思いつつも、半ば生理的な嫌悪から来る行動だった。

 

「もういいでしょう。鍵を開けてください」

「……いいわ。だってもう、わたしとあなたは繋がっているもの」

 

PETを軽く振ってみせ、静かな笑みをたたえるみゆき。解放されるようなされていないような状況に、渡は嘆息する。

 

(なんでボスキャラでもない奴にこんな神経使わなあかんねん……)

「スカルマン」

 

再びナビの名を呼ぶと、引き戸から解錠音がして。

 

「お邪魔しました」

「また、いらっしゃい」

 

渡は出がけに、引き戸を勢いよく閉めた。

 

この日、渡は、父の使いの分の骨董品を買うのを忘れていたのだった。




黒井眼差し。

今回もアンケートがありますが、8話のアンケもまだ生きています。
未投票の方はそちらもお願いします。


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10話 ヒグレヤで学ぶバトルチップ経済

世界観の補完回です。比較的長いです。
飛ばしても多分無問題ですが、アンケートもあるのでそちらにご用の方はスクロールしてください。



"不要なバトルチップを指定枚数入れると、ランダムなバトルチップが1枚排出される"――

これまでありそうでなかった、バトルチップトレーダーなる抽籤機だ。略称はチプトレ。

考案者は日暮闇太郎(ひぐれやみたろう)という自営業の男性で、自身もバトルチップコレクターが高じてショップを開くに至っている。

 

チップショップ"ヒグレヤ"には、お金を出してチップを買う用はないが、不要になったチップをくじ引きで処分しに来た、という客もよく来る。

光熱斗などは、特に頻りにやってくる。

 

ちょうど今日も、熱斗は溜まったチップを突っ込もうとやってきたのだが、店に入ると、店主の日暮と話し込む渡の姿が見えた。

熱斗に何も言わず秋原町までやって来ることは度々あったが、その時も結局向こうから熱斗に接触して来るので、このように姿を見かけるのは初めてのことだった。

 

「お、熱斗くん。いらっしゃいでマス」

「こんにちは、光くん」

「こんにちはー」

 

チプトレを回すのに店主へ確認を取る必要はないのだが、気になって、熱斗は二人の方へ歩いていった。

 

「何の話してたの?」

「チップの相場の話でマス。コレクターとして、ショップのオーナーとして、アンテナを張るのは大事なことでマスからな」

「最近、海外産のチップが値上がりしてますから。余計に動向から目を離せないらしくて」

「チップの値段が上がるの? なんで?」

「……」

「……」

 

渡と日暮は顔を見合わせると、互いに頷いた。

 

「いい質問ですね。こちらへどうぞ」

 

疑問符を頭の上に浮かべた熱斗を店内のトレードスペースに誘導し、パイプ椅子に座らせる。日暮はその対面に座り、渡はその隣に座った。

 

「え? え?」

「熱斗くん……高いバトルチップは、なぜ高いんだと思うでマスか?」

「そりゃ、強いとか、レアだからとかじゃないの?」

「50点、ってところでマスな。流石熱斗くん、算数のテストに比べてこっちの方が理解度が高いでマス」

「そ、その話はいいでしょ! だったら、残りの50点はなんなのさ!」

「"レアなチップ"とはどういうチップか、ということを説明できていれば100点でマス」

 

熱斗の目が点になる。

 

「レアなチップとはどういうチップか……? レアって、珍しいってことでしょ?」

「手に入りにくいチップは珍しい、珍しいから高い。ざっくり言うとそんなところですが、ここは友達としてひとつ、講義しましょう」

「講義って、勉強かよ!?」

「まあまあ。熱斗くんも、ネット商人が売っているチップがやけに高いと思ったこと、ありませんか?」

「そりゃ、あるけど……」

「それが不当に高いのか、本当に価値があって高いのか。見抜けるようになれば、お小遣いの節約にもなりますよ」

「う、うーん……じゃ、聞こうかな」

 

いつになく目を輝かせる渡を前に、熱斗は"やっぱりいいや"とは言い出せなかった。

 

「手に入りにくいチップは高い。では、どのようなチップが手に入りにくいチップなのか。それをご説明しましょう」

 

渡が肩掛け鞄からノートと筆記具を取り出し、ノートを机の上に開いて書き込んでいく。

 

「ひとつ、危険なウイルスのデータで作られたチップ。ウイルスを倒すと残骸データからチップデータを生成できることがありますが、強いウイルスは倒せる人が少ないですから、当然チップを作りにくい」

「それはわかるよ。同じようなウイルスでも、強いやつの方が強いチップになるから、高いのは納得いくし」

「ひとつ、危険なエリアのウイルスのデータから作られたチップ」

「……それって、"危険なウイルスの~"ってのと何が違うんだ?」

「では、極端なたとえ話をしましょう。四角いメットールがいたとします」

 

ノートの上に、被り物をしたウイルスが1体描かれる。通常は丸い工事用メットのはずが、箱の蓋のような四角いものになっている。

 

「強さは普通のメットールと同じで、一般のオペレータとナビでも簡単に倒せるくらい弱いです。生成できるチップ……仮に"シカクメット"としましょうか。それも、普通のメットガードと大差ない性能のチップです」

「それじゃ、シカクメットの値段も普通のメットガードと変わらないんじゃ?」

「でも、シカクメットの値段はものすごく高いんです。なぜならその四角いメットールは――」

 

メットールの周囲に、青い剣士(スウォータル)が続々と現れる。現状熱斗が戦ったことのあるウイルスの中で、最上級の強さを誇る種類だ。

 

「このように、強いウイルスばかりいるところに生息しているからでマス」

「そっか、四角いメットール自体は弱くても、そもそも見つけるのが大変なんだな」

「はい。では次ですが、倒しづらいウイルスのデータで作られたチップです」

「倒しづらいって、強いんじゃなくて?」

「戦わずに逃げてしまうウイルスですね。短時間で決着をつけられないと、倒してチップを生成することができません」

「そんなのいるの!?」

 

未知のウイルスの話に、熱斗はにわかに沸き立った。

 

「熱斗くんほどの実力者なら、いずれ出会うはずでマス。ちなみに、手に入るチップは実用性も高いと評判でマス」

「そっかー……見てみたいなあ」

「まあ、ウイルスの話はここまでにして」

 

ノートに線を引いて区切る。

 

「ここからは特殊なチップの例です。まず、ナビチップを含む個人制作のチップ。特定個人が作る以上、数は少ないですし、直接そのナビやオペレータを探して手に入れるのも難しいわけですが」

「手に入れにくいから、高いんだよな?」

「ところが、ピンキリなんですよ。これまた極端な話、何もカスタムしていない市販品ナビから作ったテキトーなナビチップなどでは、何の価値もありません。最低でも、とても強いチップであること。ナビチップなら、加えて有名なナビであることも必須条件ですね」

「じゃあさ、もしロックマンのナビチップを作っても全然売れないわけ?」

「知り合いならともかく、商売で知らない人に売るのは無理でしょうね。もし作ったら下さい」

「あ、それはアッシも欲しいでマス!」

「えっ? う、うん……」

(なんで?)

 

売れないと言う日暮や渡からロックマンのナビチップを要求され、熱斗は不思議がった。

日暮は友人として、渡はファンとして、あれば欲しいと常々思っていたのだった。

 

「そして最後。最初に話があった、外国産のチップです」

「外国でしか手に入らないから、ニホンでは珍しくて高いってことだよな」

「その通り。しかし、もう少し細かい話をしないと、熱斗くんの疑問は解消されません」

「オレの疑問?」

「どうしてチップの値段が上下するのか、です」

「今までの話からすると……チップを落とすウイルスがいなくなったとか、出てくる場所が変わったとか、作る人がいなくなったとか?」

「おお……!」

 

熱斗の回答に、日暮と渡が感嘆の声を漏らす。

 

「おっ、もしかして正解!?」

「今回は違います」

 

渡に期待を裏切られ、がくっ、とずっこける熱斗。

 

「でも、そういった要因で値段が変わることは実際にあります。見事な推理でした」

「うんうん、友達として鼻が高いでマスよ」

「そ、そう? へへ……」

「では、答えですが……僕と日暮さんがしていたのは、"外国のチップが高くなった"という話でしたね」

「そーいや、そんな話だっけ」

「この場合、ポイントの一つとして、国内に持ち込みやすいかどうか、が挙げられます。簡単に持ち込めれば、国内で数が増えて価値が下がる。そうでなければ、数が少なく価値が上がる」

「値段が上がったってことは、持ち込みにくくなったってこと?」

「その通り。さて、なぜでしょうか?」

 

渡はそこで言葉を切り、思考を促す。

 

「えー、わかんねーよ」

「持ち込みにくくなったのは最近から、というのがヒントになりますね」

「最近……?」

「そう。原因となる出来事については、実は熱斗くんもよくご存知です」

 

熱斗は考える。最近起きたことで、熱斗がよく知ること。

しばらくして、まさか、と思いながらその単語を口にする。

 

「……もしかして、WWWとか?」

「正解!」

 

渡がパチパチと拍手する。正解したはずの熱斗は、驚きの表情で固まっていた。

 

「そう、WWWの活動によって国間の移動ルールがより厳しくなっているんです。現実世界でも、電脳世界でも」

「電脳世界でも……」

「国内外を行き来するリンクのパスコードは、その多くが一度無効になり、より厳しい条件で再取得するように通達されています」

「より厳しい条件でって、それで再取得できなかった人は……」

「自国のチップを他国で売る、といった商売もできなくなります。WWWによる間接的な被害といえますね」

「はぁー……」

 

WWWといえば、目的を達成するために危険な事件を引き起こす組織。多くの市民はそういう理解でいて、熱斗もそうだった。

それだけに、"チップの値段が上がったのはWWWのせい"という話に筋の通った理屈があるのには、ただただ感心することしかできなかった。

しばし呆けた後、気付く。

 

「……結局、なんでそんな話してたんだ? 渡ってチップコレクターだっけ?」

「そうではありませんが、個人的なツテで得た情報を共有していました。熱斗くんの話では、日暮さんはショップ経営自体始めて間もないということでしたから、少しでも力になりたくて」

「ツテって、外国に友達でもいるのか?」

「それはアッシも何度も聞いたでマスが、いつも笑顔で――」

「秘密です」

「――って言うばっかりで、何も話してくれないんでマスよ~~」

(お父さんにも言えんホンマに秘密の話やからな。お外で喋れるわけあらへん)

 

話は終わりだと、渡がノートと筆記具を片付け、伸びをして。

 

「そういえば熱斗くんは何をしに? 買い物ですか?」

「えっ? ……あれ、何しに来たんだっけ?」

「もう! チプトレ回しに来たんでしょ!」

 

熱斗が忘れた用件をロックマンが再確認する。

 

「そうだった!」

「なるほど。レアなチップが出るといいですね」

「ああ! レアチップについて勉強した今なら、レアチップを出せる気がするぜ!」

(なんでやねん)

(そんなわけないでしょ!)

 

こうして、なんでもない一日が過ぎていく。

次の戦いの日がすぐそこへ迫っていることを、その輪の中で渡だけが知っていた。




胃もたれするんじゃないかというくらいコテコテの説明回でした。どうなんでしょうね、こういうの。どなたかアドバイス下さい。
それはそれとしてアンケート設置。
8~9話のアンケートも生きているので、まだの方はお願いします。


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X2話 渡の一日・午前編

謎アンケの答え合わせです。
10話のアンケが票めっちゃ分散してるのに対して、なぜ虫は一方的に不人気なんでしょう。あるいは馬が人気なのか?
わからない……いいじゃん、虫……

今回もそこそこ説明回です。長くなりすぎたので分割して、一旦区切りのいいところまで。


平日。かつ、WWWの事件を熱斗が解決する予定もない。

そんな日の渡は、一日中家にいる。

では、何をしているのか?

 

 

……

 

 

 朝8時。PETのアラーム音で目が覚め、一日が始まる。

 寝間着のまま顔を洗い、食事をとりに居間へ行く。

 

 「おはよう」

 「おはよ……」

 

 母・鏡子の挨拶に小さな声で返しつつ、席につく。

 起きてくる時間が決まっているので、母も決まってこの時間に配膳を終えている。

 食事中も眠たげに目を細めている渡だが、これでもいただきますとごちそうさまは欠かさない。

 食べ終えると食器をシンクに入れ、飲み物を持って自室へ戻る。

 

 一日のうち、鏡子が渡の姿を見る時間の実に3分の1は、これで終わりである。

 いつもその背中を見送る鏡子は、寂しいと思う気持ちも多少はあれど、我が子の心が離れているわけではないと信じていた。

 渡が手のかからない子供だからではない。飛び級という結果を出したからでもない。まして、通じ合っていると根拠もなく思っているわけでもない。

 

 椅子を倒してしまったり、食器を割ってしまったり。

 たまにそういうことがあると、音を聞きつけてやってきて、廊下からちらっと様子を見てから入ってきて、黙って椅子をもとに戻したり、どこか切ったかと尋ねたりして。

 表情豊かというわけではないが、渡が自分を家族だと思ってくれているという確信があるからだった。

 

 たまに昔の絵を見せるとき、渡は褒めるでもけなすでもなく、まず考えてから、その絵の意味を尋ね、それから感想を言う。

 子供らしくない振る舞いだとしても、真剣に絵のことを考えてくれるのが嬉しかった。

 

 所変わって、渡の部屋。PCのモニタにはチャットソフトや通話ソフトが開かれ、そこでは日常で見ることのない、国家機密の文書ファイルの名前があちらこちらに踊っている。

 また、高い翻訳技術によってニホン語として違和感のない文章になっているが、それらの名称や、チャット参加者の名前は、明らかにニホンのものではなかった。

 

 (さて、今日もお国のために頑張ろか。ニホンちゃうけど)

 

 

……

 

 

 渡の参加しているチャットルーム、その参加者の多くが現実世界で集っている場所。

 ニホンから海を越えた、遙か北の国・クリームランド王国、科学省。

 かつて"クラッキング郵便"を名乗る人物にクラッキングされた政府中枢サーバーの管理を受け持ち、クリームランド全体のネットワーク導入・管理、そして研究・開発を行う省庁である。

 

 行政機関としては小さい建物の中で、スーツや白衣を着た職員が忙しなく動き回り、ある者は書類を書き、ある者は電話で部下に指示を飛ばし、ある者は研究成果のプレゼンをしている。

 そんな科学省の、とある会議室の1つの席に、人が座らず、スピーカーとマイクだけが置かれている。

 

 「――以上が、ネットワーク基盤再拡大計画の調整案になります。どなたかご質問は?」

 

 プレゼンを終えたスーツの男がそう締めくくる。幾人かが質問し、スーツの男がそれに答える中で、

 

「ちょっといいですか?」

 

と、スピーカーから声がした。

 

 「はい、C.P.さん」

 「先月と先々月の資料も拝見しましたが、いずれも一貫して、事業を実施するにあたって雇用の――」

 

 その質問内容は、職員としては平凡なものだった。そこにあるのがスピーカーではなく、国内で正式に採用された職員であれば、何一つ不自然には思わないだろう。

 しかし、そうではない。だから男は、スピーカーに向かって語調を強める。本来気に障るような内容でないにも関わらず。

 

 「――なので、そこは心配するポイントではありません。ご理解いただけましたか?」

 「わかりました。ありがとうございます」

 

 質問への回答にいくら圧があろうと、バカにするようなニュアンスがあろうと、いつもC.P.(クラッキング郵便)――ベータの声、実際はそれを操る渡だが――は、なんでもないように受け流し、普通の職員としての役割を淡々とこなす。

 この立場にも慣れたもので、もはや渡は罵詈雑言があったとしてもいちいち気に留めず、業務内容へ意識を集中していた。

 

 また別の会議室では、短時間の会議が終わりに近づいていた。短時間、つまり小規模の会議でありながら、そこには王女・プライドが同席していた。

 

 「以上が、C.P.に関する調査の定例報告になります。質問がなければ、このまま解散といたしますが。……では、終了いたします」

 

 スーツの男がそう締めくくると、プライドはため息をつく。

 

 (今回も、一切収穫なし……)

 

 プライドを心配して、数人の職員が声をかけるが、

 

「わたくしは大丈夫です。さあ、みな仕事に戻りましょう」

 

とだけ言って、プライドは会議室を出ていく。

 

 プライドは、科学省出入口へ繋がる道とは逆、現在C.P.がプレゼンに参加している会議室の方をちらと見る。

 

 (C.P.……本当の名前も知らない、わたくしの"――"……いつになったら、あなたに逢えるのかしら……)

 

 速歩きで去っていく切なそうな表情のプライドを見かけ、職員たちが渋い顔をする。

 

 「またか……」

 「確かにあいつは今でもどこからかカネを運んでくるし、職員としても悪くない程度の仕事はするが、いつ獅子身中の虫になってもおかしくないって、わかっておられるのかね?」

 「ニホンから代理通報の依頼が来た時なんか、見つかるかもって舞い上がって、ニホンオフィシャルに身柄確保まで頼んでたんだろ。獅子身中の虫どころか、白馬の王子様か何かと思ってるフシさえある」

 「"彼の力が必要だから"って反対派を黙らせて、政府直下に雇い入れちまってな。上じゃどんな口出ししてるんだか」

 「彼っていうけど、そもそも男か女かさえわからないんだろ」

 「オペレータがいるかどうかだって、代理通報の一件がなきゃわからなかったよな」

 

 科学省内において、渡を信用する人間の割合は20%ほど。渡の存在を知る範囲での信用度は、プライドに近づくほど低くなる。その低さの主な原因は、正体を明かさないことではなく。

 

 「いつ、あいつがここのセキュリティをめちゃめちゃにしないとも限らない。みんなそれを分かってるはずなのになぁ」

 

 渡の能力が、セキュリティ関連、特にクラッキング側に特化していることだった。




 アンケートもあるので、ご用の方は一番下までスクロールしてください。
 10話にも展開に関するアンケートがあるので、まだの方はよろしくお願いします。

 今後は後書きを長くしていくかもしれませんし、長いという声があればやめるかもしれません。
 感想への返信が長いのとどっちがマシなんでしょう。とりあえず以下早口です。

●これまでのアンケについて
 というわけで、獅子身中の「虫」、白「馬」の王子様。プライドが渡に対して持つ第一印象がどうであるかのアンケでした。わかるか!
 この後どうなるかは10話のアンケートの今後次第です。今回は馬が選ばれましたが、必要とあらばぶち壊せるだけの爆弾を渡には抱えてさせてあるので、いらない派の方もご安心ください。
 今思うと「どちらともいえない」を導入したのは失策でした。一番多い……
 膠着状態が長く続くようであれば、四択でもう一度アンケ貼ります。猶予はたっぷりあるので。

●クリームランドあれこれ
 クリームランドの元ネタは(一応)君主制であるというのがイングランド、北国かつ小国というのがアイスランドだと思われるので、そんな感じでイメージしています。名前的にもアイスクリーム。
 産業はまあアイスランドベースで弱体化が無難でしょうか。大昔は漁業で稼いでたけど、近代では養殖技術が発展しすぎて小国では盛り返せず、観光産業に頼る比重が大きくなってきている、とか。
 するとネットワークの早期導入は一発逆転狙いのギャンブルということになりますが。
 プライドは「女王」と明言されていて、かつ「クイーン・プライド」や「プライド陛下」ではなく「プリンセス・プライド」と呼ばれています。少なくともアジーナ国王は「陛下」呼びだったのに。
 そもそも普通に考えるとあの歳で女王やってるのはおかしいので、語られていませんが、早い時期に両親を亡くして繰り上がってしまっているんでしょう。プリンセス呼びなのは歳からだとバカにしてることになるので、もっと小さい頃から親しみを込めて「殿下」ではなく「プリンセス・プライド」だったのかもしれません。

●なんで虫と馬の二択だったの? 中間は?
 -X話でも描写した通り、プライドは既に公務で過労です。
 予期せぬ出来事で女王のお鉢が回って来る以前からかどうかはともかく、今の国は常にピンチで、本来やっちゃいけないはずの「国王の顔がどうにかなるくらい使い倒す」という動きもやらなければならないほどです。
 数ヶ月後の「2」で、プライド自らが、世界転覆のテロに加担することを決意する程ですから、相当なピンチです。
 その件について、国があまりにピンチで、自身も働きすぎてて、多少おかしくなった部分もあるだろう、と考えられます。民を想う心も強いですから。爆発したのがゴスペルからのお誘い(多分)のタイミングでというだけで、もっと以前から。
 そんな精神状態のプライドの前に、謎の人物が10億ゼニーという(少なくとも個人がポンと払うには)とんでもない大金を持って売り込みにやってきたら? それも、ゴスペルのようなやり口でもなく、「微力かもしれないけど、お金あげるし、お仕事も手伝うから、体大事にしてね。でも身分は明かさないよ」って言われたら?
 トドメを刺しに来た他国のスパイを疑うか、降って湧いたヒーローと思い込むか。極端な方向へ行くでしょう。
 「怪しいけど実績は出してるし、でもあいつその気になればセキュリティぶっ壊せるし……うーん?」みたいな、中間の反応ができるほどの心の余裕はないはずです。
 それにしても、クリームランド衰退の原因が恐らく過去のアメロッパやニホンの政府にあるだろうことを考えると、結構な闇ですね。マジかよ光正最低だな!

●警察の存在
 以前、エグゼ世界には警察はない、というような話をしましたが、
 なにかの拍子に「あれっ?」と思ってエグゼ2の依頼掲示板の話を復習したところ、「署」や「刑事」という単語が出てきました。
 まあこれも設定のゆらぎと切って捨てるつもりですが、まだまだ原作の情報把握が甘かったと反省しております。

●「4」編について
 「4」編で渡側に用意する敵が別途必要なので、コロコロコミックに倣ってオペレータ&ナビの募集をする予定です。
 作者匿名だと活動報告使えないしアウトでは? と思って規約読んだところ、アンケート機能でできないことであれば感想欄使ってやってもOKっぽいので。
 まあ、「3」編に入るまでこの作品が続けばの話ですけどね!!!


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X2話 渡の一日・午後編

一部に掲示板形式が入っています。
口調は現実のネットユーザーではなく作中のネットユーザーにしていますので、想像される掲示板形式とは雰囲気が異なるかもしれません。
タグに掲示板形式を入れるのが嫌なので機能は使わず書いています。


 正午に昼食を取り、またも眠気がやってきたところで、PETに繋がれたゲーム用コントローラーを握る。

 

 ベータを操り、インターネットの奥へ。遠方への道を塞ぐセキュリティを軽々とすり抜け、さらに奥へ。

 ニホン科学省が廃棄を決定した旧エリア。インターネットから繋がる機器へのリンクは、ほぼ全てが新たなエリアに移設され、廃墟となったここは、科学省の管理を完全に離れ、アウトローやネット犯罪者のナビが跋扈する無法地帯となった。

 ……と、科学省の公式発表ではそういうことになっているのが、この通称"ウラインターネット"である。

 

 オフィシャルや駆除(バスティング)業者の手が入らなくなったここでは、ウイルスは増え放題、進化し放題。

 それゆえに、ここまで来ることができ、かつ腕自慢のネットバトラーは、ウイルスを狩ってチップデータやジャンクデータ――ものによっては科学省で換金できる――を手に入れようとする。

 だが、1度の戦闘に全神経を集中し、じっくり慎重に戦い、それでも(デリート)と隣合わせ。ウラの住人でさえ、それが共通認識だ。

 

 そんな魔境で渡が行うのは、一方的な狩りだった。

 戦闘が終わるまでの所要時間は5秒前後で並。10秒かかれば大きなタイムロス。それが渡に見えている世界だ。

 チップデータやジャンクデータが、ベータ内の一時ストレージに続々と蓄積されていく。更に、これを国内ではなく国外で売ることによって、渡は10億ゼニーという大金を稼ぐことができる。

 

 (これをほんまにできてまうのが、この世界の恐ろしいところやな。よう(よく)破綻せんわ(しないものだ)

 

 ほとんどの国が貨幣をゼニーで統一しているため、為替などの手間も必要ない。前世の経験と子供の吸収力をかけ合わせ、この世界でのウイルスバスティングを瞬く間に極めた渡だからこそ可能な芸当。

 少なくともこのウラインターネットにおいて、誰よりも速く、多く、稼いでいる。

 

 だから、狙われる。

 ウラインターネットから出ようと、浅いエリアを移動していたところ、一体のナビが立ちふさがった。

 

 「よう、オマエがベータだな?」

 

 ウラインターネットにおける、オーソドックスな戦闘用カスタムを施されたナビ。アーキタイプの製作者が"ヒール(ワル)ナビ"と名付けた、見るからに凶暴そうなデザインの人型。

 

 「はい、僕がベータですが」

 (邪魔すんなや)

 「見てたぜ。すげえバスティングテクニックじゃねえか。たんまり稼いでるんだろ?」

 「まあ、今日はそこそこですね」

 「ちょっとだけ分けてくれよ。馬でスっちまって、今月ピンチなんだ。ヘヘ、いいだろ?」

 「イヤです」

 (おうかかってこい)

 「だったら、テメーをデリートして頂いてやるぁああ!!」

 (いらっしゃいませ!)

 

 気勢よく叫び、右腕を青い剣(アクアソード)に変えて斬りかかるヒールナビ。に、緑色の大鎚(ガイアハンマー3)が叩き込まれる。

 本来地面を叩いて出た衝撃波で広範囲を攻撃するための大鎚が直撃した場合、その威力はタフな大型ナビでも――一国の王室が保有するような超ハイエンドでさえ――大打撃となる程。

 

 「ぐべえっ」

 「さようなら」

 (ざっこ)

 

 故に、並の相手では一撃必殺。打撃と同時に体内から衝撃波が拡散し、粉々になった後、光の粒子になって消える。

 たまに腕試し目的でやってくる骨のある相手の場合、避けるか、特異な耐久寄りカスタムで耐えて反撃を狙うが、このヒールナビはただのチンピラであった。

 

 消滅した跡に残るデータの残骸を漁る。

 

 (一時ストレージの中身は……たったの5k(5000)か。チップないし、しけたチンピラやな。カスタムもテンプレで、売りもんになるとこあらへん。時間無駄に使わせよって)

 

 こうしてウラで活動する渡は、ウラインターネットの数少ない安全地帯に存在する掲示板でも、熱斗と出会う以前から語り草であった。

 

 

……

 

 

308:NO NAME

花金だってのに元気すぎだろ

どんだけ稼ぎたいんだ

 

309:NO NAME

今日の実況配信は長持ちだな

カメラ係もウイルスバスティングの腕が上がって来たんじゃねーか?

 

310:NO NAME

逃げるのがうまくなっただけだろ

 

311:NO NAME

あっ

 

312:NO NAME

映像が切れたな……冥福を祈る

>>309、オマエが余計なこと言うからだぞ

 

313:NO NAME

長い海外出張から帰って来て、珍しく伸びてると思ったら

実況がどうのカメラがどうの

オフィシャルの話してねーじゃねーか!

 

314:NO NAME

オフィシャルじゃないが、面白いヤツが来るようになったからな

ウラの奥でウイルスを狩りまくった後、外国へのリンクをスーっと抜けていくんだ

だから多分外国のヤツ

 

315:NO NAME

奥ってどこだよ

 

316:NO NAME

今日はこの辺だ

[画像を開く]

 

317:NO NAME

あそこまで入れるヤツ自体少ないから、追いかけて実況するのも難易度が高い

出張野郎も腕に自慢があるならオレたちにエンターテイメントを提供してくれていいんだぜ

 

318:NO NAME

この掲示板まで来るのがやっとのオレには無理そうだ

しかし、強いのに悪口を書かれないのはなんでだ?

ここはウラだぞ?

 

319:NO NAME

ケンカ売ったヤツがみんなデリートされたからだよ

キャノン系どころかショットガンもかすりゃしなかった

強いやつには巻かれるのもウラ人情さ

 

320:NO NAME

それでいてヤツのガイアハンマー3は当たる……

 

321:NO NAME

そもそもガイアハンマー3なんて手に入らねえよ……

店に置いてあったとしたらいくらすんだ?あれ

 

322:NO NAME

そういえばウラのネット商人には流れてこないな

 

323:NO NAME

じゃあコレクションしてるのか?

あんなにたくさん要らないだろ

 

324:NO NAME

自分の国で売ってるんだろ

国外の強いウイルスから取れるチップとなりゃスゲー値段がつくからな

 

325:NO NAME

だからチップデータの売上だけで相当な金持ちのはず

……という話も、もう何百回目だろうな

 

326:NO NAME

じゃあ土下座して頼めば、強いチップの1枚くらい恵んで貰えるんじゃねえか?

 

327:NO NAME

無視されたぞ

翻訳プログラムはちゃんと起動してた

 

328:NO NAME

本当にやったのか……

 

329:NO NAME

しかしだっせーデザインにカスタムしたもんだな

やっぱ金持ちはどこかヘンなんだろうな

オレの方がマシなゲージュツ的感性ってものがあると思うぜ

 

330:NO NAME

それ、間違っても本人には言うなよ

 

 

……

 

 

 狩りを終え、モニタを見続けてしょぼしょぼする目をこすりながら、戦果を確認する。

 

 (ぼちぼちやな。まだ欲しいもんないし、これも換金したら全部寄付してまうか)

 

 帰ってきた父・翔と食卓につき、母の作った夕食に手を付ける。

 

 「渡、退屈しとらんか? どっか行きたいとかないか?」

 「んーん、大丈夫」

 「そうか。何かあったら遠慮せんといつでも言いや」

 「うん」

 

 変わったことがない限り、毎日変わらない会話。

 それでも、翔と鏡子は満足していた。

 

 「ごちそうさま」

 

 さっさと食べ終え、食器をシンクに入れると、冷蔵庫から小さな紙パックの野菜ジュースを取り出し、飲み干す。

 

 「風呂入るよー」

 「おう、ええでー」

 

 屋敷の浴室は広い。カギを閉め、床の上で軽いストレッチとトレーニングを行う。体を強くするためではなく、健康を維持するための運動。

 汗をかいてもすぐ流せるのが便利というのもあるが、なにより、子供っぽくない習慣としても度が過ぎているそれを両親に知られたくなかった。

 

 入浴を済ませると、再びデスクに向かう。PETやコントローラーには触れず、マウスとキーボードでPCを操作し、メールを開く。

 

 (届いとるな)

 

 熱斗のメールに返信し、二階堂から届いたメールの添付ファイルを開く。教材ファイルだ。

 家庭教師として渡のもとへ来ることはなくなったが、今でもこうして教えを請うている。

 

 (今日の課題はなんやろなっと)

 

 それから午後10時半過ぎに勉強を切り上げ、歯を磨いて床につく。忙しくも充実した一日の終わりである。

 ベッドの中で渡は、将来の夢に思いを馳せる。

 

 (長生きしたいなぁ……)




今明かされた渡の夢。
ベータについての説明は次回、二階堂の話で。
10話にアンケートがあるので、まだの方はよろしくお願いします。


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X3話 いつもいつまでも家庭教師

今更ですが、話数マイナスは原作のオープニングより前で、
話数にXがついている(定数でない)ものはタイミングが曖昧な話です。数字は変数の連番であって、値の大きさではありません。
定数のものは小さいものから順番に続いています。

(主に地の文で)過去を解説してばかりのド説明回です。でも今回はできれば飛ばさないでください。
チップ経済みたいなオマケな感じではないので。


 七代渡は、生まれついての天才とされてきた。

 二本足で立てないうちから、おもちゃよりもコンピュータや歴史書に興味を示した。1歳の誕生日を迎える前、二本足で立ち始めたころには、母親の手伝いで小学校の課程を学び終えた。

 

 ニホンには飛び級制度がある。未就学児でも4歳から利用でき、極めて稀だが、11歳の少年が大学の学士課程を修了した例もある。だから翔は、渡の好きなようにさせてみることにした。渡が4歳になる年に、家庭教師マッチングサイトを利用して、厳しい条件で募集をかけた。

 

 そうして巡り合わせたのが、二階堂哲生だった。当時13歳で、高校1年生。二階堂自身も、3学年飛び級の天才と呼ばれる存在だった。

 

 二階堂は当時から奨学金頼りの苦学生であり、最初は報酬に惹かれて土日の家庭教師を請け負っただけだった。厳しい条件も、金持ちが見栄やなんとなくで設定したのだろうと、たかをくくっていた。

 だが、違った。舌足らずだが、既に言葉は達者。教えれば教えただけ学ぶ。特に歴史以外の科目は、事前に全て覚えてきたとでも言うようなペースだった。小卒認定の試験を受けるまでに、高校課程の勉強を始めていた。

 翔と二階堂が連携し、渡に小卒認定と中卒認定を合格させた頃には、渡は6歳にして高校課程学習3年目、二階堂は15歳の高校3年生と並んでいた。渡と二階堂が同じ受験勉強をし、教え合っていた。

 

 渡が高卒認定を取得し、二階堂が大学に入学した年から、二階堂の時間が増えた。

 同時に、翔が契約を打ち切った。渡自身が進路を決定するまで、大学への入学を急いではいけないとしてのことだった。

 それからの二階堂と渡は、単なる年の離れた兄弟のような間柄となった。何の用事がなくともふらっと屋敷にやってきて、二人で遊ぶのが当たり前の日常だった。

 

 二階堂が入学したのは、ニホン人なら誰もが一番と答える大学、東央大学。その中の情報通信学部のISS(情報処理安全確保)学科で、セキュリティについて学び始めた。

 ある時そのことを知った渡の言葉に、二階堂は戦慄した。

 

 「兄ちゃん、セキュリティ教えて!」

 

 二階堂もまた天才。講義の内容は完璧に噛み砕いており、渡にそっくりそのまま教えることすらできる。将来の研究のために読み始めた学術書や論文も、渡とならより早く消化できるかもしれない。

 そう考えた二階堂は、再び渡のプライベートな家庭教師となることを決めた。報酬がなくとも、渡の部屋へやってきて共に学ぶ。

 もはや進学のための勉強ではなかった。ネットワークやセキュリティといった、この世界で最も熱い分野を、知りたいから、先へ進みたいから、学んでいた。

 

 気がつけば、二階堂は学内きってのセキュリティのスペシャリストと呼ばれるようになっていた。周囲の期待が、ハードルが高くなり、それらを悠々乗り越えていった。ルックスも備えていることから、学内にはファンクラブも――本人は迷惑がっているが――できた。

 学生の身分でありながら、科学省の研究に従事して報酬を受け取るようにさえなり、現場の最新技術を取り込み、自ら改良し、渡に教えた。

 

 そして今。二階堂は20歳の修士2回生、渡は11歳のよくわからない子供になり――

 

 

……

 

 

 とある昼。二階堂と渡は、二人で焼肉屋に来ていた。

 不在の父は仕方ないとして、渡は母を誘ったのだが、一番話をしたいのはあなたでしょうと、逆に気を使われてしまったのだった。

 

 烏龍茶で乾杯し、塩タンを網の上に並べていく。1枚置くごとに、ジュゥ、と控えめな音が立ち、肉の端が僅かに持ち上がって丸まる。

 個室の中が、少しずつ暑くなっていく。

 

 「ほんまに生徒に奢らすんやもんな。バレてファンに叩かれてまえ3K野郎」

 「今更だろ。タダ飯なんて、お前が赤んぼの頃から何百回と食ったさ」

 「それはお父さんの金やろ。事情がちゃうがな」

 「じゃあ授業料ってことで」

 「それ言われるとちょっと弱い……わけあらへんやろ! 親に請求せえ親に」

 

 渡は言葉では抗議しているが、表情はごく明るかった。研究漬けでしばらく顔を見せなかった兄と、久々に再会できた喜びに満ちていた。二階堂も似たようなもので、はたから見ればやはり年の離れた兄弟のようであった。

 

 「そいで、修士論文はもうええんやんな」

 「そうだな。残るスピーチの練習をこなせば、晴れて俺も博士課程入りだ」

 「入試通す前提で話すんやめーや」

 「お前に言われたくないんだよ」

 「いっつ」

 

 二階堂が渡の髪をピンと引っ張り、そういえば、と話を変える。

 

 「お前、ナビってまだあれ使ってるのか? ダサいやつ」

 「ベータがダサいのは科学省のデザイナーが悪いんやろ! まあ、まだ使(つこ)うとるけど。なんで?」

 「よく粘るな。ネットワークのアップグレードの話、前に教えてやっただろ? 科学省で聞いた話なんだから、ほぼ確実だぜ」

 

 ネットワーク、電脳世界を成立させる仕組みそのもののアップグレード。定期的に行われるそれによって、通信速度やセキュリティの底上げ改善が行われる。ネットナビもまた、生まれ変わった電脳世界で活動するために無償でアップグレードが受けられる。通常であれば。

 

 渡のナビ、ベータは、元々は渡の祖父・(のぼる)の所有物だった。

 ネットワーク黎明期に作られた、β版ネットナビ。製品名すらないまま、科学省関係者から僅かな数のインストールメディアが試供品として配布されたものである。

 

 しかし当時、ネットワークのアップグレードが行われた際に致命的な不具合が発覚し、回収騒ぎに。ほとんどが処分される中、将来希少価値がつくと踏んだ昇が、人伝いに所有者を探し出して買い取っていた。

 昇は、実際に使うつもりなどなく、致命的な不具合については知ろうともしなかった。渡に珍しく強気にせがまれ、仕方がないと譲ってやった翔も、実際に使っている渡から"特に問題ない"と聞いて、気にしていない。夫婦揃ってネットナビを持たず、電脳世界事情に疎いというのもあった。

 

 β版ネットナビは、アップグレード後の電脳世界において相互認識機能に異常が発見された。科学省による実験の結果、センサーやドアを幽霊のようにすり抜けてしまうことがわかった。

 その後すぐ、ネットナビのアップグレードでこの現象は解消されるようになったものの、種々のデメリットを覚悟してあえてアップグレードしなければ、悪用も可能。

 

 この事実は科学省が公開しているネットワークの歴史の片隅に記載されており、渡はネットワークについて学ぶ過程でそれを知り、翔の部屋に陳列されていたインストールメディアをねだったのである。

 

 一方のデメリットは、単に古いことである。

 最も顕著なのは、疑似人格を持たないこと。人格を持ったネットナビが開発されたのは後のことで、当時はまだ自律行動は全くできなかった。

 自律行動とは、オペレータ不在時の自由裁量の行動という意味ではなく、自分の意思で体を動かすことを指す。

 つまり、キーボードやコントローラーといった入力装置から命令を入力して動かすことしかできない。動作の自由度が高い現代のナビに対して、大きく遅れを取る部分である。

 渡はこれを逆手に取って、自分の声を使わずに話したり、弱点を補うために様々な動作を特定のコマンド入力に割り当てている。

 

 さらに、ネットワークが進化したその時その時の最新製品でいくら強化を施そうとしても、最新グレードのナビに追いつくことは決してできないという、単純な、性能と拡張性の陳腐化。

 デザインが当時の感性で作られていることも、一応デメリットとして挙げられる。

 

 そして、二階堂の見立てでは、通常のナビと同じように使用するのは、金をかけて強化したとしても、今のグレードのネットワークが限界ということだった。

 二階堂の知らせは、ベータがもうすぐ、ある種寿命を迎えることを意味していた。

 

 「聞いたけども、便利なんも確かやからなあ」

 「犯罪者め。将来の進路はWWWか?」

 「人様に迷惑はかけてへん。セーフやセーフ。ってかブーメラン刺さってんで」

 「はははは。でも俺はネットナビ持ってないから」

 

 素の関西弁で話しているのと同じように、渡は、二階堂にだけは秘密の一部を打ち明けていた。

 二階堂と共に学んだ技術、二階堂に教わった技術でインターネットの国内外を行き来していること、それを利用して小遣いを稼いでいること。

 二階堂はそれも知った上で、渡を弟とし、友とし、教え子としていた。というか二階堂自身も、外国の論文のコピーを手続きなしに早く買うなどの目的で、培った技術や渡のベータを利用していた。

 お互い様なので、このような会話を軽い調子でするのも、いつものことだった。

 

 だから、この後に二階堂が表情を曇らせた理由を、渡は推し量れなかった。

 

 「なあ、渡。……お前、夢ってあるか?」

 「夢って、将来の夢か?」

 「そうだ」

 「職業ってことやと、まだわからんかなあ。でもとりあえず、長生きしたいな」

 「生き急いでるお前の言うことじゃないな」

 「はいブーメラン二本目ー」

 「ははは……」

 

 自分まで暗くならないようにと言葉を選ぶが、二階堂の笑い声も先ほどとは違い力がない。

 

 「兄ちゃんの夢を聞いて欲しいんか?」

 「ああ、うん……そうかもな」

 

 渡は、次の言葉を待つ。ややあってから、二階堂が口を開く。

 

 「……新しい、もっと便利なネットワーク。俺は、それを追求したい」

 「アップグレードってことじゃなく、新しい、今と違う形態のネットワークってことか?」

 「そうだ。でも、現状を変えるには大きな力が要る。研究自体はほぼ完成してて、なんならすぐにでも使えそうなんだけど、反対者があまりに多くて実現しそうにないんだ」

 「そらあ(それは)……なるほどなあ。夢え叶えるのに、白い目で見られとったら、そら辛いか」

 「恥ずかしいな。年下の……弟の前でさ」

 「今更やろ。それに、たまにでもそういうところがあって家族って感じもするやん」

 「そうか? ……そうかもな」

 

 視線を落とし、儚げに笑う二階堂は、顔を上げて初めて気付いた。網の上の肉を次々に分捕っていく渡の姿に。

 

 「あっ!?」

 「だって兄ちゃん取らんねんもん。したら焦げるやろ?」

 

 どのように食べる時間を取ったのか、渡の皿に大量に積まれたわけでもなく、塩タンのほとんどはただただ消えていた。

 辛気臭さはどこへやら、二階堂の心は肉を失ったことへの焦りに支配される。

 

 「端に寄せるなり俺の皿に移すなりあるだろ!? あああっ、もう2人前も食ってる!」

 「金払うんやからな。当然の権利や」

 「なにおう! 店員さん、店員さーん!!」

 (よかったー、ずっとツッコまれんかと思ったわ)

 

 個室の外に向かって手をメガホンにし、声を張る二階堂を見て、"帰ったら忘れないうちに、兄ちゃんは元気だったと、両親にも話してやろう"と渡は思った。




10話のアンケートですが、エレキマンが死んだら締め切りとします。ありになったら、方向性について再度問うと思います。
現状プライドのメンタルはギリギリ守られているかもしれないし、どのみち砕け散るかもしれない。

下記アンケートは展開に大きな影響があるものではありません。多少はあるかもしれませんが。
テキトーに直感でお答えください。


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11話 電戦前夜に浮かぶ影

書いてる側としてもどうすればいいのかと悩んでいるポイントで、ここで詰まってしばらく書けなくなるかもと思っていましたが、どう通すか思いついた時にめちゃくちゃ笑いました。
意外な便利さを発揮していく。


 渡はこまめにメールをチェックする習慣をつけているが、骨董品屋での一件以来送られてくるようになったみゆきのメールに困惑していた。

 

 みゆきからのメールは、ごく短い。頻度も多くなく、長い返信を強要されるわけでもない。

 内容が、簡単すぎて意図のわからない質問や、そもそも何を言っているかわからなくて返信の際に困る話などで、"まさか、メールを通して心を読まれているのか?"と思ってしまうような、不安になるものばかりなのが問題だった。

 

 一度、骨董品の相場情報をくれないだろうか、と頼んでみたことがあった。

 翔が蒐集するような骨董品の相場は移ろいやすく、実際に売り買いする人間や、そこにコネのある人間でなければ追いかけることができない。

 だから、実際に商いをしているみゆきから話を聞いて、翔のおつかいの参考にしようと思ったのだが、

 

「店に来れば教えてあげる」

 

とだけ返されて、それ以上何も言えなくなった。

 今生では女性の知り合いができたのはこれが初めて(プライドは一方的に知っているだけなので知り合いではない)のことだったが、経緯や現状を踏まえて、渡としてはあまり歓迎できたものではなかった。

 

 あの日から数日。渡の悩みはそれだけではなかった。

 

 水道局の事件が解決した折、氷川が科学省のツテで熱斗をオフィシャルML(メーリングリスト)に受信のみで登録させたのだが、その後に熱斗に届いたメールの内容に有用なものはないとの判断で無視していた。

 しかし、熱斗からメールで"アクアプログラムが盗まれた"という事実を知らされて、渡は頭を抱えた。色綾まどいを早期に行動不能にし、そのままオフィシャルへ引き渡したのは、アクアプログラム奪取の阻止も目的の一つだったのだ。

 

 (誰がやったんや? あの日、内部におった人間は相当限られとるはずや。予備の人員がこっちと同じように隠れとったんか? それとも、タイミングをずらして侵入したんか? "事件は収束した"と油断した隙を狙う作戦? ……わからん。しかし、これで猶予がなくなってもうたんは確かや)

 

 究極のプログラム。ファイア、アクア、エレキ、ウッドの名を冠する4つ。アクアプログラムの奪取を阻止することでWWWの手元に4つを揃えさせないというのが、渡の算段だった。

 1つでも欠けていれば、WWWは終末戦争の引き金を引くことができない。

 

 (ファイア、アクアはもう盗られた。ウッドも、ゲームの通りならずっと前に盗られとるはず。エレキプログラム奪取の作戦は絶対に来る。でも――夜はあかん)

 

 渡はエレキプログラム奪取の作戦の内容も、いつ実行されるかも知っている。

 官庁ビルの地下レストランで行われる職員参加の立食パーティー。官庁の重要人物も集まるそこを封鎖し、更に空調による換気を停止させることで、酸欠に追い込んで一網打尽……という手だ。

 職員参加の立食パーティーの日時。それは科学省HP(ホームページ)を探せば見つかった。

 

 水道局の事件から数日後の夜7時。もし介入すれば、メトロで移動する時間も考えると帰宅は早くて9時から10時。

 ごまかしの効かない時間である。そして、既に日数的猶予がない。

 

 渡には、両親に戦いのことを打ち明けるつもりはなかった。だから悩む。

 行かなければ、ゲームの通りにことが運んで、熱斗がWWWの企みを破るかもしれない。しかしそうならなければ、熱斗やその両親を含み、多数の死者が出る。

 行けば、ほぼ確実に阻止できる。だから、本来は行くべきであり、悩んではいけない。渡も、頭では理解していたが、決断に至れていなかった。

 

 渡はこの世界において大きなアドバンテージを持っているだけで、ヒーローが如き気概を心に宿しているわけではない。だから、人の生き死にに比べれば些事だとわかっていても、ふと足を止めてしまう。

 

 それでも渡が水道局の事件に介入できたのは、人が死ぬのは避けたいという人並みの正義感と、仕損じれば怪我ではすまない闇討ちの計画を実行できるだけの、用意周到さと自信があってのことだった。

 

 突如、オマケ程度の機転が渡の頭上に電球を浮かばせ、その表情を苦渋に満ちさせた。

 渡は急いでメールを書いて送り、返事を待った。

 

 

……

 

 立食パーティー前日の夜。渡はリビングのソファで横になっている翔に声をかけた。

 

 「お父さん」

 「んー?」

 「明日友達ん()泊まりに行っていい?」

 「友達? 熱斗くん言う子か? 仲いい聞いとったな」

 「んーん、また別の友だち」

 「そうなん? 誰さん?」

 

 翔が体を起こし、渡の方を見る。

 

 「黒井ってやつ。熱斗と同じで、デンサンシティの方に住んどる」

 「向こうの親御さんには話通っとるんか?」

 「いや……そいつな、親おらんねん。せやから一人で店やっとる」

 「じゃあ、年上か?」

 「うん。16やって」

 「そうか。……でも、泊まりとなると流石に怖いからな。その子と話させてくれるか?」

 「わかった。電話かける」

 (やっぱこうなったか……用意はしとったけど、絶対かけたくなかったのになあ……)

 

 誰かの家に泊まるという口実で夜を越すのは、最初に思いついたことだった。

 しかし、口裏合わせの相手として、熱斗やデカオなど、秋原町のメンバーは選べない。"なぜ"と問われた場合、答えることができないからだ。

 その点、渡が秘密を持っていることを既に知っているみゆきは、逆に都合のよい存在だった。貸しを作るのは手痛いが、人の命には替えられない。そういう判断を渡はしていた。

 

 翔に言われ、渡が黒井にPETから電話をかける。関係や泊まりに至った経緯なども、予めダミーを考えて共有してある。後は変な気まぐれを起こさないことを祈るばかりだった。

 

 翔にPETに渡し、コール音が止む。二拍ほど置いて、みゆきの声が発せられる。

 

 「……はい、黒井です」

 「えっ!? あ、もしもし。七代渡の父です。うちの渡がお世話になっとるそうで」

 「そうですか、渡くんの。黒井みゆきといいます。こちらこそ、渡くんにはいつも楽しく遊んでもらっています」

 「ええと……女性の方ですよね?」

 「はい」

 「渡が、そちらに泊まる言うてるんですけど。その話()うてます?」

 「はい」

 

 みゆきの回答は淀みなく、"電話対応も慣れたものだな"と、渡は現実逃避気味に考えていた。

 

 「んんー……すんませんけど、渡とはどういう関係ですかね?」

 「友達で、お客様です。骨董屋をしております」

 「ああ、骨董屋! なるほど、それで渡がね」

 「はい。光くんたちと、お友達の誕生日プレゼントを買いに来たことがあって」

 「はいはい! なるほどね」

 

 大いに納得し、頷く翔。

 

 「そんで、その……お泊まり言いますけど、大丈夫なんですかね? 渡は立派な男子ですけども」

 「はい。わたし、人を見る目はありますから」

 「ああ、確かにその商売やってればそうでしょうね。わかりました。すみませんね、いきなり電話かけて」

 「いえ」

 「万が一迷惑をかけることがあるかもしれませんけど、仲良うしてやってください」

 「はい」

 「そいじゃ、失礼します」

 

 翔は電話を切り、ニタニタ顔で渡に向き直った。

 

 「惚れたんやろ?」

 「怒るで」

 「ごまかさんでもええって。どうなんや? 声からすると、かわいいってより美人さんか?」

 「ほんまに怒るで。友達や言うてるやろ」

 「そうは言うけど、同じインドアでも骨董屋の子と渡とじゃ趣味合わんのとちゃうんか?」

 「いや、そうでもないで。一緒に遊ぶのも、見たことない昔のゲームとか出してくれるし」

 「ええー……なんや、残念やな。そっちもマセてるんちゃうかと期待したのになー」

 「それより!」

 

 あらゆる意味で続けたくない渡は、声を張って話の流れを切った。

 

 「明日。泊まってええんか?」

 「ああ、ええよええよ。おれも職業柄、信用できるできへん人間はそこそこわかる。みゆきちゃんは大丈夫やろ。危ない趣味とかありそうやったら、絶交さすところやったけど」

 「そっか。ありがとう」

 「おう。いつも言うとるけど、友達は大事にな」

 (な、なんとかなった……)

 

 数分にもならない間にすっかり疲れた渡は、嫌な汗を流しに浴室へ向かった。




下記アンケートに"わい/ワイ"がないのはアキンドシティ出身との差別化です。
今の今までどれにするか決めきれていないので、いい加減アンケに投げようと。

10話とX3話のアンケートも、未投票の方がいればぜひお願いします。


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12話 電光石火

誤字報告ありがとうございます。これもWWWが悪い。
それと11話の内容の一部が二転三転していますが、話の流れには関係ないので流してください。

エレキマン編、エグゼ1特有のおかしな設定がいっぱいあります。曲げまくります。
今回は(多分)前編です。


 立食パーティー当日。関係者でもない渡は、誰にも止められずレストラン内部へ入ることができた。

 科学省側エレベータがパーティーのために開放されていたのと、渡を見た誰もが、誰かの子供だろう、と思った結果だった。声をかけられた場合の対策も講じていた渡は、少し物足りない気分だった。

 

 (止められたら"展示される海外の最新PETの話が聞きたいんです"ってことにでもするつもりやったのに。ニホンの民度はスペシャルやな)

 

 レストランは、異様なまでに広く、それに見合っただけのパーティー参加者で埋め尽くされている。

 渡の視線の先には、一般販売されているものより一回り大きなPETが、行き交う人の隙間から見え隠れしている。ペットボトルをリサイクルしたPETという触れ込みで展示されているものだ。

 

 (結局あれは本物なんか、WWWが用意した偽物なんか……本物なら是非話を聞きたいところやけどな)

 

 大人にぶつからないよう壁際を歩いていくと、談笑する光一家の姿が見えた。向こう側は、渡に気付く様子はなかった。

 渡は一応、遠目で見られても大丈夫なように、野球帽を被って伊達メガネをしていた。

 

 (あれが光祐一郎。写真はなんべんも見たけど、かっこええなあ)

 『光博士、光博士。至急、研究室までお戻りください。光博士、至急、研究室までお戻りください』

 (おっと)

 

 チャイムの後、祐一郎を呼ぶアナウンスが流れ、祐一郎が出口へ向かう。面識はないが、渡は一応近くのテーブルの陰で背中を向けた。炎山の姿もあった。

 周囲のテーブルはいずれもおいしそうな料理がこれでもかと並べられているが、事前に腹を満たしてきた渡は、そちらにはあまり関心を向けなかった。

 

 数分ののち。

 

 『皆さま、大変お待たせいたしました。これより、パーティー主催者の挨拶があります』

 

 再びのアナウンスに、レストラン内の人々が、レストラン二階に位置する舞台を見上げる。

 そこには外国人の男が一人立っていた。黄土色の上等なスーツに、点滅する電飾が散りばめられている。

 

 「皆さま、ようこそお集まり下さいました。この――WWW主催の死のパーティーへ!」

 

 どよめく階下を他所に、男は話を続ける。渡は肩掛け鞄のジッパーを開けて手を突っ込んだ。

 

 「(わたくし)どもは、先ほど地下発電所を乗っ取らせていただきました……ということで、最初で最後の出し物は、こちら。大規模な停電の始まりです!」

 

 男が腕を振り上げる。

 

 「エレキマン! 始めなさい!」」

 

 合図と共に、パッと明かりが消えた。人々のざわめきに混じって、大声で状況を知らせる声が飛ぶ。

 

 「電気と空調が止まったぞ!」

 「それでは、残り少ない空気をごゆっくり味わってください。ワハハハハハハ!!」

 

 言うだけ言って、2階に浮かぶ電飾人間は、悠々と歩いて去っていった。

 

 (これだけ人がおってパニックになれへんのやな。流石は官庁の職員ってとこか?)

 「ダメだ、電気がつかない! 誰か下の発電所で発電機を見てくれ!」

 「オフィシャルは!?」

 「ダメ! 電話も通じないわ!」

 

 また別の誰かが、助けを求めて叫ぶ。

 バタバタと足音がし、そちらを見ると、参加者のうち数人がPETなどのバックライトを頼りに動き出したようだった。

 はっきりと姿は見えないが、一番後ろに小さな影が見えた。

 

 (他には誰も動かんか? よし、行こか)

 

 鞄から取り出したペンライトを点け、レストランを出る。出入口付近や、エレベータへ続く廊下などでは、バッテリー式であろう非常灯も点灯していた。そのため真っ暗ではなく、明かりを持っていなくとも、目が慣れてくれば動けるだろう。

 

 官庁ビルにはダストシュートがあり、可燃ゴミ用のものは発電所階でストップし、集積された後は火力発電所で燃やされる。ダストシュートの大きさは、2メートル弱四方。成人でも、飛び込んで途中で詰まるということもない。

 自分より先に入っていった大人に続いて、渡もダストシュートの中を覗く。下の階まで4~5メートル吹き抜けとなると、ゴミがクッションになるとしても怪我の可能性は充分すぎる程のはずと、恐る恐るだったが――

 

 (あっ、そういう感じなんか! やったらええわ)

 

 落下の衝撃でゴミ袋が破れないようにするためか、ダストシュートは螺旋状の滑り台になっている。人が通ることを考慮していないのだろう、傾斜は詰まり防止のためかかなり急だが、これなら無理なく降りることができる。

 渡は斜面にへばりつくようにうつ伏せになり、手のひらを滑り止めにしてゆっくりと降り、開け放された下階のダストシュートの扉から出た。

 

 

……

 

 

 「いいかい、この部屋以外の電気がつかないってことは、発電機が動いているのに電力が正常に回っていないということだ!」

 

 発電所階の廊下を進むと、奥のコントロールルームから誰かの声が漏れ聞こえてきた。元よりそこへ行かなければならない渡は、扉へ近づく。

 

 「そんな状態で電脳世界へ入れば、ナビを維持するためのPETの電力も拡散するから、猛烈な速さでバッテリーを消費する。この状況でプラグインしている途中にバッテリーが切れてしまえば、ナビがネットワーク側からのエネルギー供給も受けられないまま、存在を維持できなくなって消滅するかもしれないんだぞ!」

 「……どうすればいいんだ!?」

 「行こう! 熱斗くん!」

 

 中で、発電所職員か誰かが、熱斗とロックマンと言い争っているようだった。

 

 「なに言ってるんだ、ロックマン! 下手したら……消えちゃうんだぞ!」

 「大丈夫! WWWのナビを倒して、すぐプラグアウトすればいいんだ!」

 「……ダメだ、できないっ!」

 「熱斗くん!」

 

 軽い調子で熱斗を叱ることはよくあるロックマンだが、このように声を荒げることは珍しかった。

 

 「今すぐ行かないと、ママや沢山の人の命が危ないんだ! それに……熱斗くんのオペレーティングを、ボクは信じてる」

 「……っ、そうだ、オレは絶対デリートなんかさせない!」

 「流石は熱斗くん。その勇気を、僕も見習わないといけませんね」

 「えっ、渡!?」

 

 いいタイミングでコントロールルームへ入ってきた渡の声に、熱斗と白衣の男が振り向く。

 電灯がつかない部屋で、コンピュータのモニタの光が室内を薄明るく照らしているのみ。熱斗は数拍おいてようやく、その影を渡と認識できた。

 

 「……お前、なんでここに!?」

 「話は後です。……おや?」

 

 渡は言いながらさっさとプラグインすると、PETにキーボードを繋ぎ、小さな画面をじっと見ながら叩いた。周囲が暗いこともあって、渡は目を細め、睨みつけるような格好になっていた。

 

 「プラグイン拒否プロテクトがありました。解除したつもりですが、一応気をつけてください」

 (とにかく、ちょっとでも時間短縮するんや。エレキプログラム盗られるのは阻止せなあかん)

 「わ、わかった。プラグイン! ロックマン.EXE、トランスミッション!」

 

 白衣の男はツッコみを入れるタイミングを見失っていた。

 

 

……

 

 

 電脳世界内部は、外とは打って変わって明るい。空間中を細い稲光が走り回り、床の隅からは進行不能な位置に向かって無意味に放電され続けている。

 発電所の電脳についての案内を担当するプログラムくんに話を聞くと、サイバー電池なるものを床に据え付けられた電池ボックスに入れ、スイッチを入れて電脳世界の明かりを点さなければ、文字通り道が開けないのだという。

 そして、その電池もロックマンがあるだけ受け取ったのだが――

 

 「ちょっと待って、これじゃ電池ボックスと電球の数が合わないよ!」

 

 目の前には道を作る電球が1つ、電池ボックスが3つ。ロックマンが受け取った電池は1つ。

 

 「デンキュウニ ツナガッテイナイ デンチボックスモ アリマス」

 「一応、そこの道を照らすための電球の数よりは多いですが……当たりを見つけろということですか」

 「スイッチを入れると、電池の残りが減るんだよな……渡、水道局のハンドルみたいに、なんとかできないのか?」

 「電池が必要な以上、直接道を作るのは無理ですが……そうですね」

 (この電池ギミックを全部一発で通せば、かなり早くなるはずや。いけるか……?)

 

 ベータがうろうろ歩き、床や導線にペタペタと手を触れる。その手が電池ボックスに触れた時、渡のPET上でデータが展開された。ひとつ頷いて、渡が口を開く。

 

 (よし、あった!)

 「ロックくん、よく聞いてください。これから僕は勘で電池ボックスの位置を指定します。そこに電池を入れて、スイッチを押してください」

 「カン? あれ? 前みたいにクラッ――」

 「光くん!!」

 (人おる時にその単語を出すなや!!)

 

 熱斗の疑問を遮り、狭いコントロールルームに渡の怒声がこだまする。熱斗と白衣の男はのけぞった。

 渡はわざとらしく咳払いをし、念を押す。

 

 「もう一度言いますが、僕は勘で電池ボックスを指定します。いいですか光くん、勘ですよ。わかりましたか?」

 「……わ、わかったよ。それで?」

 「まずは――」




 自分で置いておいてなんですが、「しなければならない」に票を入れた人の気持ちがわかりません。
 あと、ウラの設定が間違ってたのでX2話午後編を直しました。話の流れには影響ありません。
 10、X3、11話にもアンケートがあるので、まだの方はよろしくお願いします。
 それとは別に今回のアンケートもあります。

~曲げたヤバい設定たち~
・電源がついてないコンピュータにプラグインすると~
→そもそも電源がついていない場合プラグインできない(後の作品において、「電源がついていないのでプラグインできない」オブジェクトが登場)
 よって、本文中のような理由でナビが危ないという設定。リスクは原作よりも大きいという結果に

・ナビは自分で体力を回復することが~
→できるのは1だけ。当然なかったことに

~曲げてないけど割とヤバい設定~
 電脳世界は異世界とかではなくコンピュータネットワークでありながら、現実世界に近い物理法則が適用されたりされなかったりします。
 電気信号で成立しているであろう電脳世界の中で電池を使って電球を点けるの、結構めちゃくちゃな話だと思いますが、電池をプログラムくんの手で充電する必要がある辺り、電気回路を模したパズルによるセキュリティってわけじゃなくて、本当に電脳世界上での電気回路みたいですし。
 なぜここを曲げないかというと、後の作品の電脳世界でも異常気象みたいなことがいくらでも起きているからです。避けて通れない。


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13話 ロックマンよ、戦う前に一つ言っておくことがある。お前はオレを倒すのに発電機を切る必要があると思っているようだが、別にやらなくても倒せる

 設定のおかしなところは自力で直さなければ、と思っていましたが、そういえば設定資料集があるんでした。とりあえずオコワと「ひみつ」と「すべて」は全部ポチりました。
 世界観設定も網羅されているということですが、細かい設定の作品ごとの矛盾までされてた場合むしろ殺される結果になりそうで怖いです。
 なるべく書き直し・設定の作り直しは避けたいですね……

 長くなったせいで予定してたサブタイが使えなくなりました。そのせいで妙なサブタイを思いつきました。ヒノケン最低だな。


 ベータが電池ボックスを触って調べ、その間にウイルスが来ればロックマンが迎撃し、調べ終えたら電池をセットして進む。方法が確立されてしまえば、やはりこの2組のこと、電脳世界の奥へ進むのは容易いことであった。

 各々のPETのバッテリーは、確かに凄まじいペースで減少し続けているが、若干の猶予を残したまま、一行は発電室のロックとリンクしているという電球までたどり着いた。

 

 「アクアソード!」

 

 流水を纏う光の剣をロックマンが振るい、両腕が電極のウイルス・ビリーが動き出す前に両断する。その横でベータが床に這いつくばって、電池ボックスを調べ終えた。

 

 「4番・6番・11番です」

 

 渡が指示した電池ボックスにロックマンが電池を入れ、スイッチを入れる。3つの電球が点灯し、三色の光で道が照らし出された。

 

 「……よし! 熱斗くん、これで発電室の扉、開いたはず!」

 「発電室の前に、この奥を調べましょう。犯人が呼んでいた、エレキマンというナビが何かしているかもしれません」

 「わかった。ロックマン、先に進むぞ!」

 「うん!」

 

 照らされた道を進むと、果たしてそこにはナビがいた。頭部に稲妻模様、背中からコイルの柱が4本生えたその黒いナビは、発電室の機能を司る大型プログラムのひとつに手をかざし、なにやら操作しているようだった。

 熱斗のPET画面上にそれを見つけた白衣の男は、素早く口を開く。

 

 「送電プログラムだ。ということはやはり、そのナビが電力の送り先をめちゃくちゃにしているに違いない!」

 

 ロックマンやベータがたった今道を開いたばかりであることも含め、もはや敵であることが明白。ロックマンとベータが戦闘態勢で近づくと、そのナビが気配を察知して振り向く。

 

 「もうオフィシャルが来たのか? 案外早かったな。といっても、もうエレキプログラムはPETにダウンロードし終えたところだが」

 (間に合えへんかったやと!?)

 

 渡のコントローラーを握る手が汗ばむ。その心中など知るはずもなく、ロックマンは停電と関係のない話に戸惑う。

 

 「エレキプログラム?」

 「……? まあいい。官庁ビルを棺桶にするのも大事な仕事だ。邪魔するものはなんだろうとデリートする!」

 

 腕を振り上げて降ろし、ロックマンたちの方を指差す。すると、空間を無軌道に飛び回る小さな雷が束ねられて、電撃の槍となって向かってきた。

 

 「くっ!」

 

 ロックマンとベータが躱すと、エレキマンは二度三度と腕を振って指差す。電撃の槍が次々空中で生成され、2体のナビを狙う。

 

 「反撃だ! サンダーボール!」

 

 熱斗がチップデータを送り、ロックマンが腕を腕部砲(バスター)に変化させ、逃げながらあらぬ方向へ球電を撃ち出す。が、それはエレキマンの位置へまっすぐ向かっていった。

 

 「誘導弾か!」

 

 サンダーボールは弾速こそ遅いものの、敵の位置を捉え続け、追い続ける誘導弾。逃げられ続け時間が経てば消えてしまうが、回避行動を強要できるだけでも意義がある。

 サンダーボールと距離を保って電撃の槍を降らせるエレキマンを見て、渡が指図する。

 

 「そのまま動きを止められますか?」

 「ああ、まだあるぜ! 2枚追加だ!」

 

 答えつつ、熱斗がチップデータを連続で送信。

 ロックマンが逃げながら繰り出した3つの球電に追われ、逃げ道に迷ったエレキマンの攻撃の手が緩んだ。

 隙を逃さずベータが肉薄し、両手の中に緑色の大鎚を出現させた。

 

 「しまっ――」

 

 無言で振り抜かれたガイアハンマー3がエレキマンを直撃し、大きく吹っ飛ばす。地面を転がってぐったりしたエレキマンは既に体のあちこちが欠け――そして、急速に再生を始めた。

 

 「回復(リカバリー)チップ……じゃない!」

 

 熱斗の言う通り、それはよくあるナビの回復手段ではなかった。先ほどまで電撃の槍を形作っていた飛び回る雷が、今度はエレキマンに殺到している。

 送電プログラムを支配下に置いたことで、エレキマンは電脳世界に満ちるエネルギーを操り、強引だが効果的な自己再生を可能としていた。

 

 「ククク……ここにある全ての電気がオレのパワーの源、オレの味方だ! ここで発電が行われる限り、オレを倒すことはできん!!」

 

 ほんの数秒で、瀕死のダメージから完全に立ち直ったエレキマン。ゆっくりと起き上がると、再度腕を振り上げた。

 

 (発電機――いや、答えは他にある!)

 「2人とも落ち着いて! もう一度動きを止めてください!」

 「でも攻撃がっ」

 

 ロックマンを狙った電撃の槍を、ベータのメットガードが弾く。

 

 「いいから!」

 「わ、わかった! ロックマン、射撃系のチップ送る!」

 「了解!」

 「無駄だ! このフィールドにおいてオレは無敵! さっきの一撃は効いたが、あれ以上の奥の手なぞないんだろう!」

 「こちらもできることはします」

 

 突然、攻撃を再開するエレキマンの周辺に数個のストーンキューブが出現する。ベータの使用したチップだ。指を指そうとしたエレキマンの前から、ロックマンの姿が消える。

 

 「チッ、どけ!」

 

 が、エレキマンは手を止めなかった。ロックマンの盾となり、ストーンキューブはあっけなく破壊される。それと同時に、ロックマンが何かを投げた。

 

 「行けっ!」

 

 ネズミ型の爆弾(ラットン1)。サンダーボールと異なり一度しか進行方向を変えないが、代わりに弾速は比較的速く、威力も高めである。これも、回避行動を強要するに足る。

 

 「ちまちまと鬱陶しい!」

 

 エレキマンは大回りしてラットン1を振り切り、再びロックマンに狙いを定め、雷を束ね――られなかった。

 電撃の槍は空中分解し、それ以外の空間を走る雷も蜘蛛の子を散らすように消えていく。

 

 「な……こ、来い! 来いっ!!」

 

 何度も宙に向かって命令し、腕を振る。が、何も起こらない。

 

 「なぜだ! まさか発電機を!? いや、電源はメインから切り替わっていない……!」

 「さあ、なぜでしょうね」

 「ああ、なんでだろうな。ラッキーなこともあったもんだぜ」

 「えっ? ……ああっ!」

 

 渡と熱斗がしたり顔をする中、ロックマンひとりが置いていかれる。が、エレキマンよりも奥、送電プログラムを見て思わず声を上げた。

 送電プログラムに、ベータが手をついている。渡のPETには、コントローラーではなくキーボードが差し込まれている。白衣の男は額に手を当てていた。

 

 (権限を奪い返しただけやから、停電状態は解消されとらんが、電脳世界の問題は全部クリアや)

 「では、もう一度試しましょうか。あなたが無敵かどうか」

 「ぐっ……セットロッド!」

 

 エレキマンが"前ならえ"のように両手を前に向け、床からコイルの柱を数本生やす。

 

 「サンダー――」

 「アカツナミ!」

 「遅い!」

 「くそっ!」

 

 続けて攻撃準備に入るが、ロックマンの両手から放たれた赤い波がコイルごとエレキマンを飲み込む。エレキマンは流されまいと耐えつつも、視界では、再びガイアハンマー3を構えたベータが駆けてくるのを捉えていた。

 が、回避は間に合わない。再び直撃し、同じように吹っ飛ばされて転がり、ボロボロになる。一つだけさっきと違うのは、今度は再生しないというところだった。

 

 「まさか……このオレが、やられるとは……だが、キサマらももう、おしまい――」

 

 言葉を最後まで紡ぐことができぬまま、エレキマンは消滅した。それを見届け、ロックマンとベータは構えを解く。

 

 「やった!」

 「よっしゃ! ロックマン、送電プログラムの復旧を――」

 

 勝利を喜ぶ熱斗とロックマンだが、渡は口元に手を当てて思案していた。

 

 (間に合うかね? ブルース。巻いた分、時間稼がなあかんかもな)




 まだ戦いは終わりませんが、とりあえずエレキマンが死んだのでX3話までのアンケートは確定します。
 11-12話のアンケは生きているので、まだの方はご協力お願いします。
 それはそれとして今回もアンケがあります。

 ちなみに、12話のアンケはポルナレフに倣ってノリで3択を書いたものの、「誰かって誰だよ……」な状態になっています。マジで誰なんだ……
 (※そこに決まってもなんとかするので、投票の際忖度は不要です)

~曲げたヤバい設定~
・現実世界で遮断した電力をエレキマンが吸収
→電脳世界と現実世界が半ば連動するようなことはあるが、このケースは直接的すぎて説明がつかないため改変
 「送電プログラムを掌握することで官庁ビル内の電力の流れを操作し、副産物として発電所の電脳のエネルギーもエレキマンがほとんど握っている」という形に
 本当に現実の電力を一方向に集中したらショートするし、火事にもなるので……


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14話 紫電一閃

 13話のアンケートで「(増や)せ」を選んだ方は、ここの後書きをチェック!
 ウソをついて投票した人ばっかり、というのが事実だと辛いので、ご協力お願いします……
 (この意見募集は急ぎではないので、じっくり考えてからでも大丈夫です)


 大事かつ好きなシーンなのに大幅に改変しなければならない辛さ。
 それにしてもエレキマン編が長い。文字に起こす過程でダンジョンは消し飛んだはずでは……

 本来このサブタイでエレキマン編の戦闘パートは全部終わる予定でした。


 「なかなか厄介ですね。空調とエレベータはようやく復旧しましたが、明かりはまだかかりそうです」

 

 送電プログラムの復旧を開始して数分。エレベータが復旧された後、白衣の男はレストラン階に問題解決を知らせに行った。

 

 「渡がそんなに手こずるなんて珍しいな」

 「敵もさるもの、と言ったところでしょうか」

 (まあ見えてへんところで逆にプロテクト増やして復旧を引き延ばしてるんやけどな。……おっ)

 

 ほどなくして、ロックマンとベータが来た道とは別の方向から、赤いナビが現れた。ブルースだった。

 現場にエレキマンの姿はなく、ロックマンたちが送電プログラムに向かっているのみ。状況を確認したブルースは舌打ちした。

 

 「一足遅かったか……」

 「ブルース!?」

 「既にデータの欠片も残っていない。記憶データからWWWのサーバーの在り処を探れるところだったというのに、素人がとんだお節介をしてくれたものだ。WWWに情報を流しておびき寄せるまでは、計画通りだったのだがな」

 

 ブルースの言葉に、振り向いたロックマンと現実世界の熱斗がはっとする。

 

 「情報を流した? まさか、今回の事件は――」

 「ブルース、そいつらをデリートしておけ。オレたちの任務に邪魔な存在を、許しておくわけにはいかないからな」

 「了解しました、炎山さま」

 「何を言ってるんだ! まだ停電は完全には直っていないんだぞ!」

 

 左腕の剣を構えるブルース。戦う理由のないロックマンは抗議するが、ブルースは意に介さない。

 

 「問答無用っ!」

 

 一足飛びに距離を詰め、ロックマンとベータ両方を狙って横薙ぎの斬撃。散開して回避し、ベータは石像化(ストーンボディ)を使用して動かなくなった。

 

 「また時間稼ぎのチップだと!?」

 「ロックマン、1対1で戦ってください」

 「何か策があるの?」

 

 ブルースが狙いを変更し、ロックマンに接近。ロックマンはバスターで牽制するが、メットガードをリペイントしたような盾に弾かれる。ならばと連射しても、その盾は何度でも展開された。その間に、ブルースは剣の間合いまで踏み込んだ。

 

 「ダメだ! 当たらない!」

 「隙あり!」

 

 振り抜かれた剣がロックマンの胴を捉え、HPを削り取る。

 

 「ロックマン! くそっ、ラットン1!」

 

 ロックマンの手の中からネズミ型爆弾が飛び出すが、ブルースは後ろ、横と素早く切り返して移動して振り切り、またもロックマンへと距離を詰めていく。

 

 「本当に熱斗くんのオペレートを信じているなら、もう、僕の助けがなくともブルースに勝てるはずです」

 「そんなこと言ってる場合じゃ!」

 「言ってる場合なんですよ。熱斗くん、ロックマンをデリートさせないという言葉が本当だと証明して見せてください」

 「どうして!」

 「僕がいなければ勝てないのでは、熱斗くんはロックマンを守れない。それでもいいんですか?」

 「……っ!」

 

 (ベータと)渡の言葉に、熱斗が口を引き結ぶ。そして、覚悟を決めた。ロックマンとブルースの距離を測り、当たりそうなチップを次々送信する。

 アカツナミ、地を這う衝撃波(ダイナウェーブ)……ロックマンの攻撃はどれもベストの距離で繰り出されたが、そのことごとくが赤い盾に遮られブルースに届かない。後には決まって、ブルースの剣がロックマンを狙う。ロックマンの動きもまた素早いが、ブルースの太刀筋を全て見切ることは困難だった。

 

 「うわあああっ!」

 「ロックマン!」

 (アイツは必ずカウンターを決めて来る。どんなに攻めても手元が狂わないのか!)

 「一般ナビの割にはよく動くが、オレたちの敵ではない!」

 (……待てよ、"必ず"?)

 「ロックマン! 撃つ前じゃなくて、撃った後の動きをよく見るんだ!」

 

 再びチップデータ送信。ロックマンが腕を大砲(ハイキャノン)に変化させ、手を添えて発射。またも危なげなく防がれるが、熱斗の言葉に従ってブルースの動きを注視する。役目を終えて消滅する盾に隠れてではあるが、ブルースの初動が見えた。

 

 「熱斗くん!」

 「ああ!」

 

 ブルースがカウンターを狙って踏み込み、ロックマンも退くのではなく踏み込む。熱斗の送ったアクアソードのチップで、横に向けた右腕が流水迸る剣に変わる。

 

 「向かって来るだと!?」

 「行っけえええ!」

 「うおおおおお!」

 

 互いが行き違い、互いの剣が閃き……斬られたのは、ブルースだった。わずかによろめく。

 

 「ブルース!?」

 「このオレに、ソードで傷を……!」

 

 たった一撃。だがその一撃こそ、熱斗とロックマンがブルースとの戦いに順応し始めていることの、確かな証拠だった。

 

 「もう油断はせん……!」

 「また来るぞ、ロックマン!」

 「うん!」

 

 一際息を合わせた熱斗とロックマンが、活きよく動き出す。ブルースもまた、その動きは精彩を欠かない。

 刃と弾丸が行き交い、互いを傷つけていく。ブルースがパターンを変えて一太刀入れれば、ロックマンもそれに追いつく。

 まさに一進一退だった。

 

 (わかっとる……行けるはずなんや、行け! 勝て! ロックマン!!)

 

 熱斗の隣で手に汗握る渡。そして、とうとうその時が来た。サンダーボールとラットン1で追い込み、ロックマンが跳ぶ。

 

 「チャージショット!!」

 

 トドメの一撃を受け、ブルースが膝を折った。

 

 「グッ……なぜだ!? なぜ一般ナビごときに、オフィシャルナビのオレが負けるのだ!?」

 「はあ、はあ……分からないかい?」

 

 ロックマンもまた満身創痍。足下がおぼつかず、それでも立って言葉を絞り出す。

 

 「キミはオフィシャルナビで、強い。そのことを常に意識して、自信に満ちあふれている」

 「そうだ……どんな相手との戦いだろうと、オレが敗北したことは一度もなかった!」

 「その自信や誇りは、確かに大事かもしれない。でも、ボクたちネットナビには、もっと大切なものがある……一般ナビもオフィシャルナビも、オペレータとの絆を深める度にどんどん強くなれるんだ!」

 「絆……?」

 「ブルース! くだらん話に耳を貸すな! 早くプラグアウトするんだ!」

 「待ってください、炎山さま!」

 

 苛立ちを隠そうともしない炎山がブルースを急かすが、ブルースはまだ動こうとしない。オペレータに向かって請うた後、顔を上げてロックマンを見る。

 

 「……ロックマン、とか言ったな。最後に聞かせてくれ。お前にとって、熱斗とかいうオペレータとの関係とは、何なんだ?」

 

 ロックマンはふっと口元を緩め、迷わず口を開く。

 

 「一番大切な、友達さ!」

 「……友達……か。考えたことも、ないな……」

 「ブルース、プラグアウトだ!!」

 「……はっ!」

 

 

……

 

 

 停電事件が完全に解決し、熱斗含むパーティー参加者がレストラン階で改めて料理に舌鼓を打っている頃。

 渡は一人官庁ビルを抜け出し、メトロでデンサンタウンへ移動していた。

 

 (治安がよくても、この歳で夜道歩くんはちょっとアレやな。まあそれ以上に、ホテル取れんかったおかげでこれからが憂鬱なわけやけど……)

 

 みゆきの家に泊まるとウソをついて出てきた渡は、実際に一泊分時間を潰す必要があった。スイートルームだろうと宿泊料金をポンと払える渡は楽観視していたが、年齢のためにホテルの部屋を予約することができなかった。

 

 寝ずに身を隠せば帰った際に顔色でバレる危険性が大きい。漫画喫茶のようなところで個室を取ろうにも、ホテルと同じように門前払いされるだろう。

 もはや渡には、ウソがウソであることを撤回する他なかった。

 

 駅でメールを送った後、徒歩十数分。扉にたどり着き、軽く叩く。

 引き戸がからからと開き、家主――みゆきは、実に優しく微笑んでこう言った。

 

 「いらっしゃい……また、会えたわね」

 「……お邪魔します……」

 

 渡の真の戦いは、これからだった。




 今回もアンケがあります。あと、11・13話のアンケもよろしくお願いします。

 原作を知っている「増やせ」派が一定数いるようなのでお聞きしたいのですが、「2」以降(外伝含む)登場で具体的に接点欲しいキャラは誰でしょうか?
 アンケ貼ろうと思ったのですが、条件かけて削った上でも候補者がアンケ項目数はみ出したので、感想欄までご意見お願いします。詳細は未定ですが、意見多い順とかでアンケ作るか何かします。
 (※選ばれたキャラが本来登場するナンバリングより早く登場する場合もあります)
 感想欄でキャラを挙げていただく際、その数に上限は設けませんが、複数キャラ挙げる場合は(できれば1キャラの場合にも)何かしらキャラへの思い入れ等を語っていただけると幸いです。

 また、削った際の条件は下記です。③以降の対象に含まれるキャラでも感想下されば一考はします。優先度は低いですが……
①既婚(桜井メイル等)
②ストーリー上の理由(綾小路やいと、大園姉妹)
③年齢が離れている(「2」のミリオネア等。ボーダーは明確に親世代以上かどうか)
④専用グラフィックがない(「4」のユウコ等)
⑤人間性に問題がある(特に複雑な事情や明確な目的もなく犯罪組織に加担したキャラ)

~曲げたヤバい設定~
・オフィシャルナビはバトルチップを携帯でき、オペレータ抜きで戦える
→すなわち「オフィシャルナビは全部自立型ナビ」ということになってしまう
 後の作品でも触れられていない。よってなかったことに
 1特有のトンデモ設定の中でも結構ヤバい方な気がする


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15話 対価

 13話のアンケートで「(増や)せ」を選んだ方は、14話後書きのチェックをお願いします。
 ウソをついて投票した人ばっかり、というのが事実だと辛いので、ご協力お願いします……
 (この意見募集は急ぎではないので、じっくり考えてからでも大丈夫です)


 みゆきの骨董屋は2階建てで、1階は店舗、2階は住居スペースとなっていた。

 2階の広さは40平米弱で、床の間のある和室だ。階段を上がって右手に小さなキッチンがあり、その足下も板張り。押入れの引き戸の他にもう一つ引き戸があり、その先にトイレ・浴室らしきドアと洗濯スペース。

 

 (そんで洗濯機は小型で……おっと)

 

 開いた引き戸の奥、洗濯カゴが視界に入り、そっと目をそらす渡。

 

 家具は小さな冷蔵庫がキッチン横にある他、上等そうな木のデスクと椅子が一組あり、それらの下には緑色のチェアマットが敷かれている。デスクの上にはパソコンが1台。そして床の間に空気清浄機(壺ではなく普通のデザイン)と、壁上部にはエアコン。

 

 (置いてあるもんだけ見るとワンルームやな。一人暮らしで無趣味やとこうなる、って感じ。スペースがだだ余りや)

 「……お腹は空いてる?」

 「5時前に外で少し食べてきたので、それほど」

 「なら、先にお風呂にしましょう。あるものは好きに使っていいから、先に入って」

 「わかりました。お借りします」

 「明日はよく晴れるそうだけれど。洗濯物、預かりましょうか?」

 

 何でもない顔、何でもない声色で放たれた言葉に、渡も何でもなさそうに返そうと口を開く。

 

 「いえ。起きたらすぐ帰るので」

 「そう……」

 (タチ悪いなこいつ)

 

 鞄から着替えその他を取り出し、洗濯スペースに入って引き戸をしっかり閉め、脱いだものをビニール袋に入れて口を結ぶ。それから浴室の中折ドアを開くと、ぬるい空気が全身を包んだ。

 湯船は既に蓋を外され、湯も張られている。

 渡は内装を見て、ほうと息を漏らした。

 

 (一人用としては広い。湯船は大人でも余裕で足伸ばせそうやし、ええな。蛇口の温度調節パネルは……今はどの家にもあって当たり前なんかな? 外泊が初めてやからわからん。ボトルはシャンプーとトリートメントとコンディショナー……があって、ボディソープはなくて? 石鹸? なんでや)

 

 体を洗い、湯船に浸かる。

 

 「はぁぁー……」

 

 ボディタオルが柔らかめで、渡はあまり洗った気になれなかったが、湯船で全身の力を抜くと、その気持ち悪さもすぐ忘れた。

 

 (究極のプログラムは全部WWWの手に渡ってもうた。まず明日は熱斗とオフィシャル次第やな。ブルースにも勝ちよったし、多分うまくやるやろ)

 

 と、リラックスすること数分の後。

 

 「……渡くん」

 「っ、はい?」

 

 ノックもなく、浴室入り口から突然みゆきが声をかけた。すっかり弛緩していた渡は驚き、水面が揺れて音を立てた。

 

 「……わたしもまだだから、出る時にお湯を流さないで」

 「……わかりました」

 (先に()えや先に! ボケ!)

 

 いい気持ちでいたところに水を差され、渡は内心で罵声を飛ばした。

 

 

……

 

 

 ブオオオオオ!

 

 (うっさ)

 

 交代で入ったみゆきが上がった後、洗濯スペースへ続く引き戸の向こうからドライヤーの音が響き始めた。

 渡が畳の上に転がって携帯ゲーム機で時間を潰していると、騒音は止み、引き戸を開く音がした。

 

 (髪下ろすとこんな感じなんか。……直視せんとこ)

 

 出てきたみゆきの姿を一度見て、渡はすぐ携帯ゲーム機に向き直った。

 

 「……ご飯を作るけれど、渡くんは何か苦手な野菜はあるの?」

 「特にありません」

 「そう。えらいのね……」

 

 近付く気配を感じて、渡が横に四半回転して身を躱す。すると、見上げる形になった渡と、屈んで手を伸ばしたみゆきの目が合った。渡は俯き、携帯ゲーム機をスリープモードにして横に置く。

 

 「……やめて下さい」

 「このくらいの年の差なら、不自然なことではないと思うけれど」

 「それほど親しいとは思っていません」

 「友達でも、もっと親しくならないと、してはいけないの?」

 

 みゆきが手を引き、声のトーンは少し落ちた。

 

 「? ……! もしかして、他に……」

 

 はっとした渡が、みゆきの顔を見る。陰りがあった。

 

 「ええ、そう。私には家族もいなければ、友達もいない……」

 (あー。不思議ちゃん扱いの悪い方か……で、いざこうなったら距離の感覚が掴めてへんと)

 「……ごめんなさい。ご飯、すぐ作るから」

 

 数拍置いて、みゆきが立ち上がろうとした時。

 

 「それなら、いいですよ」

 「え……?」

 「親兄弟も友達もいなくて寂しかった、って事情があるなら……」

 「……本当に?」

 

 再び、渡とみゆきの目が合う。今度は、渡は目をそらさない。みゆきの問いに、小さく頷く。

 

 「はい」

 「……そう」

 

 体を起こした渡に近づいたみゆきは両手を広げ、渡をそっと抱きしめた。互いの顎を肩に乗せ合う形になり、渡が目を見開く。

 

 (そ、そこまでは許可しとらん! 密着するなんて聞いてへん!)

 「……」

 

 渡は焦りつつも、みゆきへの遠慮から抵抗はせず。

 みゆきは目を閉じて口元を緩め、小さく、ゆっくり、体を揺る。

 渡は背中の方から、みゆきの声を聞いた。

 

 「……ありがとう……」

 

 その静かな一言には、純粋な感謝の気持ちが込められていた。

 

 

……

 

 

 「どうかしら?」

 

 あの後、気まずそうにもせず()()と普段の様子に戻ったみゆきは、二人分の食事を作った。

 折りたたみ式の小さなテーブルを囲み、渡もみゆきの作った料理を口にしている。

 

 (人参とじゃがいもとアスパラを添えた、ホタテ貝柱のバター焼き。和食の予想が外れたのはまあどうでもいいとして、これは――)

 「――普通、ですね」

 「普通……」

 「自炊生活が長くて、でも料理に特別凝っているわけでもなくて、みたいな」

 (味付けの感じはともかく、美味さに関しては前世で作ってた飯に近いわ。評価に困る)

 

 普通と評され、少し思案したみゆきは。

 

 「……渡くんは――」

 

 と言いかけて、やめた。

 

 「? なんですか?」

 「いえ、なんでもないわ……」

 

 食事と片付けを終えると、既に深夜近かった。レトロゲームがあるという話は本当のことだったので期待していたが、渡は諦めた。

 みゆきは押入れを開け、布団を――一組だけ出した。

 

 「……もしかして、布団足りないんですか?」

 「誰かが泊まりに来ることなんてないもの……」

 

 しれっと言い放つみゆきに、一度は静まった怒りがぶり返す。

 

 (……こいつ……)

 「じゃあ、僕は畳の上で寝ますね」

 「万が一体を悪くしたら、お父さんに言い訳は効くかしら……?」

 「分かってて言ってますよね?」

 「なんのことかしら……ふふ」

 (なにわろとんねんしばくぞ)

 

 みゆきはエアコンの設定温度を下げてから、布団に入って電気を消した。

 

 「おやすみなさい……」

 「……おやすみなさい」

 

 布団の中は狭く、結果として室温は適正だった。




 11・13話のアンケがまだの方はよろしくお願いします。
 また、13話のアンケートで「(増や)せ」を選んだ方は、14話後書きでの意見募集も目を通してくださると幸いです。

~謎アンケ2の項目~
下手→植物のヘタ→柿
ポイズンクッキング→毒
店を出せるレベル→みせ→蝉
普通→経津主命(ふつぬしのみこと。刀の神様)→刀
上手→JAWS→鮫

 ということで、みゆきの料理の腕前でした。毒が比較的ストレートとはいえ、やはりわかるはずがない。
 まあただのキャラ付けなので、上手くなったところで特に何もありませんが……

 柿とか入ってる時点で戦いには関係なさそうなものですが、それでもなお刀が人気なのは、特に裏とか考えずになんとなく投票してるのかな、と感じます。
 いやそれで正しいんですが、もうちょっと票がばらけるような言葉選びを考えるべきでした。精進します。


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16話 許されざるもの

 いきなり数字が増えて何事かと思ったら、その他原作週間とか日間に載っていたようです。
 ありがとうございます。ついでにウラランクの存在を思い出しました。

 長くなったので分割です。


 官庁ビル停電事件の翌日、朝。

 オフィシャルとは別口で、熱斗も既にWWWサーバーの在り処を探り始めた頃。

 渡はそっとみゆきの腕の中から抜け出し、1階で支度と書き置きをして、出ていった。入り口の引き戸は、不正に施錠しておいた。

 

 (実感ないなあ。外の景色はなんも変わらんのに、明日は大一番か)

 

 人目も憚らずあくびをし、目元をこすって脂を落とす。土曜の朝だけあって、大通りもまだ静か。

 終末戦争の引き金に指がかかるまで、あと1日。

 今日の間に熱斗はWWWサーバーへの道を見つけて門番ナビ・ボンバーマンを倒す。そして得た手がかりから明日、現実世界のサーバーの位置を突き止めるだろう。

 

 (自宅待機かなあ。ブルースの時に念押したし、安易に頼っては来んやろうけど)

 

 だが明日、ドリームウイルスを完成させたWWWはテレビ放送をジャックして犯行声明を流す。そうなれば、表向き無関係である渡は、自宅でおとなしくしていることを余儀なくされる。

 ロックマンとブルースの戦いを見て、彼らがドリームウイルスに負けることはないという確信がある渡は、ここからは何もしないつもりだった。

 

 メトロを乗り継ぎ、コートシティへ。鍵を開けて家に上がると、居間の翔が渡に声をかける。

 

 「おかえりー。なんや手紙届いとったで。差出人の名前書いてへんかったけど」

 「手紙? どこ?」

 「そこのテーブルや」

 

 テーブルの上には、白い封筒がひとつ。宛名に"七代渡様"とあり、それと親展の他には何も書かれていない。

 渡は何も考えずに素手で封筒を破り、中身を取り出す。中身は折りたたまれたプリント用紙で、ごく短い文章が印刷されていた。

 

 "ネットナビ・ベータのオペレータに告ぐ。下記エリアへ来い。WWWより"と。

 指定されているのはウラインターネットの奥深くで、渡の数ある狩場のひとつだった。

 

 「渡、お泊まりはどやった? なんかええことあったか?」

 

 手紙を見て、渡は頭がくらくらした。手紙を開いたまま固まり、視界が回っているように錯覚した。が、それも一瞬のこと。

 

 「……ええことってなんやねん。普通に遊んで帰ってきたよ」

 「えー」

 「えーやないよ。ほんまそういうこと()うんやめてーや」

 

 少し間ができたものの、翔の追求を斬り捨て、渡は自室へ戻っていった。急ぎ、インターネットにベータを送り込む。

 

 (どうやってベータとこっちを繋げたんや? クリームランドから話が飛んだオフィシャルにもバレてへんのやぞ。情報を引き出そうにも、引き出す場所がないはずや)

 

 寄り付くウイルスは全て鎧袖一触し、そのエリアまでたどり着くのにそう時間はかからなかった。

 

 (熱斗やロックマンを拷問にでもかけるか? いや、それもないやろ。そんな事態になっとったら、どっかしらからオート電話が飛んできよるはずや。……うん?)

 

 そこには、渡の知らないナビがいた。

 金属光沢を纏う、銀色の人型ナビ。両前腕の外側からは湾曲した刃が生え、脛からは正面に向かって棘が生え、胸や肩は鋲打ちの板金装甲が貼り付けられている。顔は、真っ黒なバイザーと細かい穴の開いた板金マスクのせいで全く見えない。

 じっとしていたそのナビは、ベータが来ると、そちらの方を向いて話し始めた。

 

 「手紙は読んでくれたようだな。私の名はアイロニー」

 「……要件は? 脅迫ですか?」

 

 ベータを通して話す渡は、慎重に言葉を選んでいた。既にWWWに捕捉されているという大きすぎるリスクと、たった今思いついたひとつの仮説のためだった。

 

 「違う。勧誘だ。君さえこちらに来れば、WWWは計画を完璧に成し遂げる。そうすれば、ワイリー様は君の望みを叶えてくださるだろう」

 「あなたの望みはなんです?」

 「私の今の望みは、君を仲間に引き込むことだよ」

 「WWWの計画が成就したとして、あなたは何を得るんですか?」

 「……普通ではなし得ない悲願が叶う。とだけ言っておこう」

 「……」

 

 銀色のナビ、アイロニーが放つ一つ一つの言葉を反芻し、思考する。

 渡はそれに結論を出し――オペレータ音声をオンにした。

 

 「兄ちゃんやな?」

 「なんだ、バレたのか」

 

 オペレータ音声をオンにしたのは、アイロニーも同様だった。そしてそのオペレータの声は、二階堂哲生のものに他ならなかった。

 そもそもベータのことを知る人間は僅か。熱斗、翔、二階堂のいずれも、何か異常があったという話はなかった。そして渡は、二階堂の夢が科学省では叶えられそうにないということも覚えていた。

 

 「ちょっとヒントが露骨すぎたか?」

 

 二階堂はふっと笑い、軽い調子で続ける。嫌な予想が当たった渡は、自分を落ち着かせようと深呼吸をして、答える。

 

 「そんなことどうでもええねん。兄ちゃん、何でそこまで焦るんや。兄ちゃんの考える新しいネットワークってのは、そんなにすぐ必要なもんなんか? オフィシャルに捕まるような真似してまで?」

 「言い方を変えればな。正しくは、"今あるネットワーク技術は間違っている"ってところさ」

 「……は?」

 「まあ、初めて聞いた人は、みんなそういうリアクションをしたよ。でもな、渡。これは気付いてしまえば簡単なことなんだ。そもそもネットワークって、何のために作られたんだ?」

 「そんなん……生活を便利にするためやろ」

 「そうだ。じゃあ、その生活ってのは、誰の生活だ?」

 「人間やろ。他に誰がおんねん」

 「そうだよ。そうなんだよ! でも現状は違う」

 

 二階堂が、喉を鳴らして笑う。

 

 「なにわろとんねん。何がおかしいんや、何が違う言うんや」

 「だって、おかしくないか、渡。人間のために作られたネットワークなら、何でネットナビが電脳世界に社会を形成してるんだ? 人間の生活を便利にするために作られたなら、その仕事だけしていなきゃおかしいだろ。非合理的じゃないか」

 (……これは)

 

 それは、この世界の根幹を揺るがす思想。

 

 「プログラムくんだってそうだ。ネットナビに続いて単純な機能のプログラムにまで人格が与えられた結果、ファジーな命令入力を受け付けられるようにはなったさ。だが実際の運用状況はどうだ! データを運ばせれば迷子になり、あまつさえ他のプログラムくんといがみ合いさえする。不安定で、不正確。"便利"なんて言葉とは……もはや対極じゃないか」

 (安定して正確さを発揮するプログラム。そしてネットワーク)

 

 それは、あの世界の景色に繋がる思想。

 

 「ネットワークを生み出した光正は偉大だ。でも、ネットナビに人格なんて与えるべきじゃなかった。だって、ネットナビは――道具なんだから」

 

 そして渡は、一度その景色を見たことがある。だから、わかる。わかってしまった。

 

 「……兄ちゃんの考える新しいネットワーク()うんは、"電脳世界のないネットワーク"……!」




 とりあえず「すべて」の方は読了しました。今回の後書きも長い(し展開に関係ある話はない)ので、興味のない方は飛ばしてください。

 ゲームで描かれていない設定もいろいろありますが、その設定に無理や矛盾があったりもするので、取捨選択や調整が必要そうです。少なくとも今ある設定は崩す必要がなさそうで安心しております。
 例えばミステリーデータは採用しません。「オフィシャルがわざとチップ等を道端にばらまいたのが青ミステリーデータ」とか苦しい言い訳すぎて……
 誤植も多く、PoNの情報もなく(LoNは当時未配信)、正直いい出来とは言い難い本です。ないよりはずっといいんですが。

 「デンサンシティいちの大都会」「デンサンシティ郊外」という表現があるので、「~シティ」は都道府県相当でよさそうですね。
 1では県という単語も出てきますが、警察同様なかったことにします。「タウン」と「町」みたいな使い分けの可能性もありますが、1にしか出てないので……
 首都の概念があるかはやはり謎でしたが、デンサンシティが首都相当のようです。デンサン空港がニホンの空の玄関らしいので。

 あと地味に大変なことが書いてあって、クリームランドの衰退に関して「プライドは、それを他の国の妨害だと思い」とあるんですよね。本当に思っただけならとんだ逆恨みに……
 なお、この作品では実際に妨害があったこととします。プライドは現実から目をそらして逆恨みするようなタイプではないと思うので。

 ニホンはアジーナの一部という話が(確か)2のNPCから聞けますが、やはりアジーナは単独の国のようです。
 R国は記述がなく(やはりシャーロでしょう)、Z国は本当の名前も書かれず、原作以上の情報もありませんでした。そのうち正式名称をアンケで決めると思います。


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17話 相違えるものたち

 「正解! さすがは渡だな。これだけのヒントでその発想ができたのは、お前が初めてだ。お前を教えてきた立場として、嬉しいよ」

 (当たり前や。自分自身が、そういう世界で生きてきたんやからな)

 

 マイク越しに、二階堂の拍手の音が聞こえてくる。

 今日ばかりは二階堂に褒められても、渡は全く嬉しくなかった。

 

 (この世界でそれは……絶対に許されへん。兄ちゃんの夢は絶対に叶わんし、叶えさせたらあかん。そうしようとするだけで、もうどうしたって、敵になってまうやんか)

 

 "バトルネットワーク ロックマンエグゼ"という物語の世界観。それを壊すことは、その世界観の中で生きることを宝とする渡にとって、絶対に許せないことだった。誰かが傷つくからという正義感ではなく、自分の生きる世界を奪われたくないという、ごく個人的なエゴだった。

 その自覚があるからこそ、それを向ける対象が二階堂であるという事実に、手紙のショックに続いて再び、頭がくらくらし始めた。

 

 「誰でも全ての機能を使えるように、なんて考えるから、余計不便になるのさ。必要とする人間が、必要なだけ使えばいい。今のPETやネットナビについての教育よりは嵩張るだろうが、逆に言えばそれを職にできる人だって増える。世の中はちゃんと回る」

 「そうやな。その形のネットワークなら、通信効率だけを極めていける。人間の生活を便利にするという意味で、確かに画期的なネットワークや」

 

 この世界ではな、と心の中で付け加え。渡は、ここまでの会話にふと違和感を覚えた。

 

 「……ところで兄ちゃん。そのナビ、さっきから何で黙っとるんや?」

 「色々試したんだが、これが一番使いやすくてな。プリインストールされた疑似人格プログラムは破壊してあるんだ。ベータと同じように、コントローラーで動かせるようになってる」

 「……なんやと? なんでそんなことした。使いやすくって? 道具やからか?」

 「わかってるじゃないか」

 「ちゃうやろ(ちがうだろ)!」

 

 まるで参考書や論文の内容を解説するかのような二階堂の話しぶりに、渡の声のトーンが一段上がる。二階堂が敵となる事実、二階堂を敵とせねばならないショックが、二階堂の主張を否定することへの抵抗をなくしていく。

 それは兄弟喧嘩のような昂り方ではなく、渡の中で二階堂の定義がただの敵に傾いていく。

 

 「わかったんはな、仮にも人格を持つネットナビやプログラムくんを、兄ちゃんがただのモノ扱いしとる()うことや。そんな考え方を受け容れたつもりなんてあらへん」

 「なら、お前は違うっていうのか? ネットナビを金儲けや犯罪の道具に使っているお前が?」

 「最初っから人格のないベータと、持ってた人格を破壊されたアイロニーはちゃう。それを抜きにしてもな、ベータやなくて、ベータ以外のネットナビを見てきた上で、ちゃう言うとるんや」

 「……お前は、人間とネットナビの友情だの絆だのを肯定してるってことか」

 

 ふう、とため息をつく二階堂。

 

 「俺と同じ、ネットナビを道具として見ている者同士だと思ったんだけどな。これは完全に、アテが外れたらしい」

 「それに兄ちゃん、ナビは持ってない言うてたやんか。あれ嘘やったんか?」

 「ああ、半分はな。WWW団員としてしか使ってないから、私生活じゃ、ああ答えるしかなかったんだ。悪かったよ」

 「……待てよ、WWW団員として? 兄ちゃん、そのナビ使(つこ)うてなにをしとったんや?」

 「無能な同僚の尻拭いさ。もうこの際だから言ってしまうと、水道局のアクアプログラムと林業プラントのウッドプログラムを盗み出したのは俺だ。ベータのような幽霊体質があるわけじゃないが、こいつもセキュリティ突破に特化したカスタマイズを施してあってな」

 (そんなことあるか!?)

 

 ゲームのストーリーで明かされなかった、ウッドプログラム奪取の犯人。渡が色綾まどいの犯行を阻止したにも関わらず行われた、アクアプログラム奪取の犯人。その両方が二階堂という事実は、予想の遙か外側だったという意味で、渡にとってまたも衝撃的だった。

 

 「でもあの日の官庁ビルにどうやって入っ……! そうか、兄ちゃんは科学省で!」

 「そう。俺はオフィシャルみたいな当日限りじゃなくて、そもそも科学省で研究に携わる立場だったから、もともと正規入場できる。でも科学省関係者が連絡係兼任の実行犯をやると身元がバレるかもしれないから、当初は色綾に任せるつもりだったんだよ。ダメだったけど」

 「なるほど、なるほどな。すっきりしたわ」

 

 疑問が晴れるついでに、渡は冷静さを取り戻していく。狭くなった視野が広がり、コントローラーを握る手の指先に意識が行き渡る。二階堂への認識が回復する。きちんと兄として、師として、相対する気持ちを持てる。

 

 「それはよかった。で、どうなんだ渡? WWWに来てはくれないのか?」

 

 だが、世界を壊させたくないというエゴだけは、決して消えることはない。

 

 「嫌に決まっとるやろ」

 「じゃあ敵ってことか」

 「そうや」

 「なら、そのナビをデリートするしかない。味方になれば頼もしかったんだが、敵なら脅威だからな」

 

 全てが決まる明日の舞台へ上らせないため、敵を排除する。互いに、もはやその他に道はない。

 

 「せやろなあ!」

 

 アイロニーが、ベータめがけて突撃して来る。わかっていたぞと声を大にし、それを鬨代わりに気合を入れる渡。

 

 (パラディンソード!)

 

 送信されたチップデータが、ベータの右腕を緑色の大剣に変える。大剣でありながら重さはなく、ベータは軽々と振るい、アイロニーを袈裟懸けに斬りつけた。

 

 「なにっ!?」

 「!?」

 

 威力とリーチが非常に優れた、ソード系において最強のチップ。だというのに、アイロニーの受けたダメージは渡の想定を大きく下回り、およそ半分程度だった。二階堂が驚いた理由は、その逆だった。

 

 「こいつにこれだけの傷を負わせられるバトルチップがあるのか!」

 「なんでダメージがそんだけしか入らんのや!?」

 「おっと。さあな!」

 

 剣撃を受けながら前進したアイロニーが、鋼鉄の拳で反撃する。ベータは体捌きでかわす。

 

 「これでも避けるのかっ」

 (半分くらいは通るみたいやから、石像化(ストーンボディ)ってわけやない。ダメージ半減……半減? いや、ゲームにあったアーマーは実際には存在せんかった。でもそれ以外には多分ないよなあ……)

 

 アイロニーの防御力の正体について考えつつも、渡はチップデータを送り、ベータを操作し続ける。

 全身発火(バーニングボディ)で間合いを空けさせ、パラディンソードで追撃。追撃。反撃の棘つき回し蹴りをかわして、もう一撃。一進一退ですらなく、ベータの攻撃だけが当たっている。

 

 (……なんやろな。このナビの性能は高い。兄ちゃんの動かし方も、目的のためにネットバトルの腕は磨いたのが伝わってくる。道徳的な話は置いといて、プロ意識みたいなもんが確かにある)

 

 追撃。追撃。追撃。反撃を回避。間合いを詰め、追撃。

 

 (兄ちゃんとの、WWWが絡んだマジのネットバトル。やから、いきなりのことでも気合入れた。でも)

 

 強引に肉薄してきたアイロニーが、膝蹴りを繰り出す。膝の関節が僅かに光るのを見逃さず、アクアソードを突き入れる。光が消え、アイロニーはよろめく。

 

 「くそっ、隠し玉でもやらせてくれないか!」

 (それなりには強い。……でも、"それなり"程度じゃ、敵になるには弱すぎる!)

 

 渡は、二階堂の実力は確かに認めていた。それは失望ではなく、悲しみだった。

 

 (勝たなあかん戦いに勝てるのはいい。楽に勝てるのも喜ぶべきことや。でもその相手が、よりによって兄ちゃんなんか!)

 

 腕部の刃がきらめき迫る。その足下でセンサー爆弾(ダイナマイト3)が炸裂し、アイロニーが姿勢を崩す。

 

 「いつの間に……!」

 (兄ちゃんが、固いだけの、クソボス! そんなん、そんなん……!)

 

 その隙を逃さず、ベータがガイアハンマー3を直撃させ、アイロニーのHPは0になった。鉄人形が地面の上を無造作に転がり、行動不能となり、ただ消滅を待つ。

 ベータには、傷一つない。

 

 「はー、はー……!」

 

 勝利してなお、渡に油断はない。両手はコントローラーを決して離さない。だから、渡は頬を伝い始めた涙を拭えない。口から漏れ始めた嗚咽を抑えられない。

 

 (そんなん、ないやろ……!)




 11話のアンケは次話投稿時に確定します。
 13話アンケで「(増や)せ」を選んだ方は、14話後書きのチェックをお願いします。
 (展開に関係する意見の募集です)
 また、今回もアンケートがあります。

 それで、その意見募集のゴールなんですが、「ドリームウイルスが死んだら」にしたいと思います。
 急ぎじゃないとは言いましたが、キャラだけは早めに決めておかないと、いつどういう展開で出てくるか決められなさそうということに気付いてしまったので……
 ゴールした次の話で最終投票アンケ設置となると思います。
 ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします。

 ……本編が結構シリアスなタイミングでこのようなアンケートを設置するのは気が引けるのですが、後がつかえているので、どうかご容赦ください。


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18話 穏やかな別離

 1が終わるまでに10万字行かなそうでびっくりしています。いろいろ端折ってるので当然かもしれませんが。


「おいおい、渡。なんで泣くんだよ。お前は勝ったんだぞ。それも完勝じゃないか」

「……こっちはええねん。兄ちゃんは、なんで平気なんや。負けたんやぞ」

「そうだな。アイロニーはもう保たない。これからバックアップをPETにロードしても、明日には間に合わないだろう。でもいいんだ。どうせ俺は最初から、逃げるつもりだったんだからな」

 

 そう言う二階堂の言葉は、戦う前と同じ軽い調子で、悔しさや怒りといったものは感じられなかった。

 

「逃げる……?」

「高跳びだよ。WWWが勝っても負けても、ニホンにはいられなくなる。研究は外国で続けるさ」

(外国に受け皿があるんか?)

「それより、アイロニーのデータをサルベージしてみろ。まだ手品のタネが残ってるはずだ」

 

 言われた通り、渡は倒れたアイロニーを漁る。するとジャンクデータに混じって、"(ディナイアル)アーマー"という名前のプログラムが抽出された。

 

「Dアーマー……」

「ワイリー博士は、4つの究極のプログラムをひとつにして究極のウイルスを作った。けどその前に、俺も究極のプログラムの一部をコピーして組み合わせて、戦いに使える形にしたんだ。そいつを組み込むだけで、ナビやウイルスの攻撃で受けるダメージは半減する」

(ほんまにアーマーやったんか。しかし、無属性オーラを持つ(ドリーム)ウイルスに対して、弱点属性のない(ディナイアル)アーマーって、なんかできすぎた感じやな)

 

 同じプログラムを親とする、同じような名前の被造物たちに対し、渡は疑いのような念を持った。誰を、というわけでもなく、強いていえば運命に対する念だった。

 

「ただ、コピーできたのがほんの一部だったから、やっぱり不完全でな。疑似人格プログラムに干渉して拒絶反応を起こし、普通のナビには装備できない。俺やお前のナビには関係ないが」

「それで"拒絶(ディナイアル)"か」

「ああ。間違っても隣近所に配ったりするなよ? 目も当てられないことになるぞ」

 

 データを抜き取られたアイロニーの消滅が加速し、その姿が電脳世界から消えた。

 渡はコントローラーを置き、袖で顔を拭う。脅威は去り、緊張が解け、渡は深呼吸した。少し落ち着いた。

 

「さて、渡。後はお前の好きにしたらいい。お前ほどの力があれば、俺よりずっとデカい夢を持つことも許される。お前が貪欲に学んできたのは、きっと何か、思いもよらないようなことをするためだと思う」

「そんなもん、ないよ。今は健康に長生きさえできたらええ」

「そうか? まあ、お前が言うならそれで――ん?」

 

 二階堂が渡以外のどこかへ意識を向け、言葉を切り、数拍無言になった。

 

「どしたん?」

「……ボンバーマンがやられたか。すまん渡、お前をWWWサーバーに通してやるつもりだったが、経路が途絶えた。とはいえ、アドレスを手に入れたなら光祐一郎がなんとかするだろうが」

 

 ボンバーマンは、倒されたならWWWサーバーへ繋がる道を断つために自爆するよう命令されている。渡がアイロニーと戦い始めた頃、熱斗も同様にボンバーマンと戦い始めていた。

 

(熱斗はもうやったんか)

 

 自身の介入なくして事が進んでいると知り、渡の頬が緩んだ。

 

「……最後に忠告しておくぞ。渡、俺がWWW構成員だってことを親父さんに話せ。渡には勧誘目的で近づいたんだ、ってな」

「……え?」

「このまま何もせずにいると、後でオフィシャルに俺との繋がりを疑われるぞ。そうなる前に親父さんに話をして、明日、秋原小学校校門奥にある校長像の中に入れ。改札があるが、簡単に突破できる。メトロでWWWの研究所まで行くんだ。WWWと表立って敵対すれば、疑われることはない」

 

 寝耳に水だった。渡は、終始身を隠して、あくまで熱斗を助けるだけの立場を取るつもりだった。二階堂の忠告は、それを固く禁じるものであり、渡はしばし呆然とした。

 

「……兄ちゃんがWWWやったばっかりに、こっちも隠れてられへん立場になった言うんか」

「謎のネットナビ・ベータのオペレータも、これで明るみになっちまうわけだ。ごめんな」

 

 二階堂の語り口は変わらない。冷蔵庫のプリンを勝手に食べてしまったかのような、日常のそれと変わらない重さの謝罪だった。

 渡もようやく、それに合わせられる程度には落ち着いてきていた。

 

「ごめんで済んだらオフィシャルはいらんねん」

 

 いつもの調子が戻ってきた、と思ったのか。二階堂はふっと笑った。

 

「……もう、通信のロスタイムも終わりそうだ。忘れるな、秋原小学校の校長像だぞ。余裕ができたら、いつか連絡するよ。元気でな」

「兄ちゃん……」

 

 渡が、"そちらこそ元気で"とも、"逮捕されてしまえ"とも言えず、言葉を選べないまま。

 ナビが完全にデリートされた二階堂は、電脳世界への通信経路を失い、その声が途絶えた。

 

(……全部が終わるまで隠し通して、目立つつもりはなかった。明日はもう何もせんと、熱斗には気兼ねなくヒーローになってもらうはずやった。ベータのオペレータとして身元が割れたら、今後どうなるかわからん。でも、こうなったら兄ちゃんの言う通りや)

 

 PETを置き、手紙を持って席を立つ。自室を一歩出れば全ては渡の事情など関係なく、居間に行くと、翔はソファに寝転んでテレビのバラエティ番組を見ていた。

 

「お父さん」

「ん? ……渡。目え赤いで。どうした?」

「これ、さっきの手紙や」

 

 渡は翔に手紙を渡し、必要なことを取捨選択して話した。熱斗がWWWと戦っていること、それに手を貸したこと、手紙の主が二階堂で、WWWの幹部だったこと。明日、WWWの計画が最終段階に達し、それを阻止するためにデンサンシティへ行くこと。

 体を起こした翔は真剣にそれを聞いていた。気疲れその他が入り混じった声で話す渡の声をよく聞くために、途中でテレビを消した。渡が話し終えると、翔は手紙を横にやり、渡の前に屈んで視線の高さを合わせ、両肩に手を置いた。

 

「なんで黙ってそんなことしとったんや、なんてことは言わん。渡は賢い。お前の人生をお前自身で決められる。そんな中で、よく打ち明けてくれたと思うし、WWWと戦う勇気のあるお前を誇りに思う。よく……よく、話してくれた」

 

 翔がゆっくりと話す。最後まで聞くと、渡の目からは、一度は収まったはずの涙がぽろぽろとこぼれてきた。

 渡は言葉にできなかったが、WWWと戦ったという最大級の秘密について、前向きに捉えてもらえたことが嬉しかった。そして、まだ他の数々の秘密を、これからも隠し通していかなければならないことが、後ろめたかった。

 

「哲生くんのことも辛かったやろ。こうして話してくれたんも、きっと、戦うより勇気の要ることやったんやろ。……お母さんにはおれから(はなし)しとくから、お前はいっぺん寝とけ。落ち着いて腹減ったら、飯食いに降りてきたらええ。な?」

 

 渡が頷くと、翔は目を細め、渡の頭をぐしゃぐしゃと撫でた後、一回軽く叩いた。

 

「よし! ほな、行き」

 

 渡は水分を摂ってからまた部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。何も考えないように努め、夜まで眠った。




 11話のアンケは次話投稿時に確定します。
 13話アンケで「(増や)せ」を選んだ方は、14話後書きのチェックをお願いします。
 (展開に関係する意見の募集です)

 アンケ経過が中々面白い。上三段の分布はそこそこ意外です。きれいな昇順か降順になると思っていました。
 先延ばしが少ないのは予想通りでしたが、盲信が割と多い辺りがとても怖い。何か特殊な趣味をお持ちの方が多いんでしょうか……?

 今回もアンケがあります。後書きはめちゃくちゃ長いですが展開関連の意見募集とかはないので、アンケにご用の方はスクロールしてください。

 そろそろ「1」が終わるので、キャラの話でも。暇つぶしになれば幸いです。

~キャラの話 二階堂哲生&アイロニー~
 二階堂がこういう役回りになったのは、まずオリキャラは最小限にしたいという方針があって、その上で「主人公の日常を補強するために、原作にいない知り合いが欲しい」「主人公の有能設定を補強するために師匠が欲しい」「主人公のための敵が欲しい(いないと原作がイージーになっただけの世界だから)」という3つの望みを一挙に解決するためでした。兄兼友人兼師匠兼ライバル、みたいな。ポジション盛り盛り。

 当初はウッドプログラム編(林業プラント編)を追加して、ヒノケンやエレキ伯爵と同じようなWWW幹部の一人ってだけのつもりだったんですが、そもそも原作でウッドプログラムが超早期に回収されていることに気付き、ボツに。
 出すタイミングを考えた結果、次の案はWWWメトロ駅の門番として出して熱斗と二人で倒させるというものでしたが、WWWのテレビジャックが行われた後だと本文中の理由で渡が動きづらく、ボツに。メトロ駅の電脳内はトロッコとトラップを使ったあみだくじ的ギミックを設置する予定で、捨てるにはそこそこ勿体ないものでした。後述の通りアイロニーは鉄ナビなので、鉄道と鉄をかけたステージでもありました。本当に勿体ない。
 で、そもそも考えている間にストーリーが進みすぎて、「今から出るタイミングってボンバーマンと並行してしかないのでは?」ということで、急遽出ることになりました。ちょうどボンバーマン編の展開で渡をどう動かすか悩んでいたので、渡りに船でした。投稿が遅れた理由です。

 二階堂がWWW団員として活動することになった動機は概ね本人の弁の通りで、人間の暮らしを便利にしたいという気持ち、人間の暮らしを侵蝕する電脳世界を否定する気持ちがあります。暗い過去とか渡の才能(※厳密には違う)への嫉妬とかそういうのはなく、兼任ポジションの多さに対してキャラ付けは薄味だと思います。

 もうちょっとだけでも二階堂に思い入れを持ってもらえるような話を序盤に入れるべきだったと自分でも思うのですが、日常回のネタが思いつかなかったのと、オリキャラ同士でただの日常回やっても読む方は面白くないのでは、というのがありました。前者9後者1くらいで。

 ナビの「アイロニー」という名前は、「ネットナビの生きる場所を壊すためのネットナビという皮肉な存在だから」という由来から二階堂がつけました。ネットナビを道具と言い切りつつ、そこそこ凝り性かも。
 メタ的には皮肉を意味する英単語ironyと、鉄を意味する英単語のironをかけてます。二階堂の名前が哲生なのも鉄とかけてます。
 当初は名前を「メタルマン」「アイアンマン」「アイロンマン」のどれかにする予定でしたが、全部ボツになりました。理由は恐らくお察しの通りです。

 「心のない高性能ナビ→戦闘マシーン」ということで外見も、全身が鉄、全身が凶器、というイメージで、とりあえずトゲと刃物を生やしました。膝の奥の手は飛び出しドリルの予定だったんですが、後々脛に棘を生やすことになってボツになり、膝から何が出るかは結局決めていません。ひょっとするとビームかもしれません。

 「ベータと同じβ版ネットナビである」という設定がついたり外れたりし、最終的に外れました。セキュリティ破りと戦闘に特化している、ベータと似たようなナビ、という点だけは最初に決まりました。ライバルということで。

 ナビとしての純粋な性能はベータを大きく上回ります。ベータが弱い(古い)のと、アイロニーが強い(カスタムされている)のとで差は大きいです。その上からDアーマーを着てるので、オペレータが互角なら絶望的な相手になります。
 Dアーマー抜きだとヒノケンやエレキ伯爵と同程度ですが、DアーマーありだとNo.1幹部のマハ・ジャラマより強いです。ラスボスクラス。

 あっさり負けて退場しましたが、二階堂の出番はこれっきり、なんてことにはなりません。忘れた頃に出てきます。

 ※下記アンケの結果に関係なく、外伝作品のストーリーはやります。


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19話 夢破るるべき山河あり

 ゲージが赤い。UAが多い。原作知らないと(下手すると知ってても)ついていけないはずなんですが……
 夢かな?

 誤字報告ありがとうございます。


 夜。ベータにDアーマーを組み込み、コンディションのチェックを行う渡は、さながら修学旅行や引っ越しの前日のような浮ついた心持ちだった。

 二階堂との離別、ベータのオペレータとして正体を明かすこと、それらについて完全に整理がついたわけではなかったが、ふと頭をよぎった時に気分が落ち込むくらいで、そうならないために考えないようにしていた。

 チップフォルダの組み直しを検討し終え、全ての準備が完了した後、朝に備えて渡はもう一度眠った。

 

 そして翌朝。渡はいつものようにアラームで目を覚まし、顔を洗ってから居間に入る。

 

「おはよう」

 

 渡の挨拶に、居間にいた両親が振り向く。

 

「おはよう」

「おはよう。渡、大丈夫? ご飯は食べられそう?」

(プレッシャーやと思っとるんか。そら、普通そうやろな)

 

 食事の支度を済ませた鏡子は、真っ先に渡の体調を心配した。その理由が透けて見えた渡は、まさか、と頭を振って笑ってみせた。

 

「大丈夫。いただきます」

 

 三人が席に着き、箸を手に取る。縁起物が入っているわけでもなく、いつもどおりの軽めの和食。家族揃っての食事中には珍しく静かなものだった。

 

(お父さんとお母さんの方が緊張しとるんか? ……まあ、するか。ありがたいこっちゃ)

 

 両親が黙っていることから、両親が自分のことを思ってくれていると読み取れたが、渡は感謝を口にしなかった。負ければ全世界がどうにかなるような戦いに出かけるような時に、親に日頃の感謝を伝えるなどというのは、これから死にますと遠回しに伝えるようなものだと思っているからだった。

 

 さっさと平らげ、お吸い物まで腹に収めると、ごちそうさまをした。そのまま渡が食器を流し台に入れ、鞄を持ったところで、鏡子が席を立った。食事は残っている。

 

「渡、本当に平気なの? どうして平気でいられるの?」

 

 昨晩、翔は鏡子に、渡の話をそのまま伝えたし、渡は大丈夫だと、自分たちの子を信じてやろうと励ました。鏡子も、渡が翔に事情を明かすのに勇気が必要だったことは、想像に難くなかった。それでも、我が子が自ら危険へ向かっていくのを、笑って送り出そうなどとは考えられなかった。

 今、渡が出ていったら、もしかしたら帰ってこないかもしれない。なんとなく嫌な予感がするのではなく、現実にその可能性が口を開けているのだ。

 

「ちょっと緊張してるよ。なんというか――」

 

 修学旅行とか遠足の当日みたいな、と言いかけて、渡は今生で学校に通っていないことを思い出して、ふっと笑った。何かいい例えはないかと考えてみれば、思い至ったのは断水事件のことだった。

 

「――まあ、インターネットで知り合った友達に、初めて会いに行く日、みたいな」

「渡……」

 

 鏡子には、その笑顔が、危機感の欠如や根拠のない自信から来るものではないと理解できた。そして、これ以上引き留めるべきでないことも。だから、渡を信じて、帰ってきた時に暖かく迎えてあげようと、内心自分に言い聞かせた。

 

「晩ご飯、何がいいかしら?」

「んー……友達と打ち上げ行くかもしれんしな。まあ、帰る前に連絡するわ」

「そう」

「うん。行ってきます」

 

 渡が玄関へ向かう。その背中に向かって、次は翔が声をかける。

 

「渡! しっかりやれよ!」

「はーい」

 

 渡は前を向いたまま、右手を上げて返事をし、その姿は2人から見えなくなった。

 食事を再開しようとした翔が、渡の消えていった方を向いたまま動かない鏡子に気付く。

 

「鏡子? ぼーっとしとったら飯冷めるで」

「……そうね。帰りを待つ私たちも、気をしっかり持たないと」

 

 

……

 

 

 コートシティからデンサンシティは秋原町まで、およそ1時間。

 熱斗とは昨晩にある程度情報を共有済みで、校門前に集合する手はずとなっていたが、座席に座った渡が念のためにメールを確認していると、1件だけ新着が来ていた。みゆきからだった。

 

『テレビでWWWが演説をしている。渡くんは無事?』

『無事です。演説とは?』

(珍しくメールの内容が意味不明ちゃうな)

 

 と失礼なことを考えながら短く返せば、更なる返信が来るまでもごく短かった。

 

『シャーロの軍事衛星をウイルスで乗っ取り、終末戦争を起こすと』

『起きませんが、今日一日は店を閉めておいて下さい』

『渡くんは?』

『友達と約束がありまして』

『信じている』

(やっぱみゆきやわ)

 

 唐突に意味不明になった最後のメールへの返信を諦めた渡は、秋原町で降り、秋原小学校へ向かった。校門前には熱斗ひとりだった。

 渡がPETで時刻をちらと見てみれば、予定より少し早かった。熱斗に向かって軽く手を上げ、声をかける。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう。……渡、ほんとにいいのか?」

 

 両親に続いて熱斗もまた、深刻そうな顔で渡に問いかける。

 

「何がですか?」

「えーっと……」

「WWWと戦うために協力して貰ったけど、ここから先は本当に危険だよ」

 

 言葉に詰まる熱斗に代わり、ロックマンが答える。

 

「もし失敗すれば、終末戦争が起きる。これから起こる全てのことを、渡くんは受け止められるの?」

(それはお前のお父さんのセリフやんけ)

「偉そうなことは、勝ち越してから言ってもらいたいですね」

 

 受け売りに気付いた渡は、薄笑いを浮かべて肩をすくめ、そう答えた。それから、トーンを1つ下げる。

 

「それに、僕にとってももう、他人事ではありませんから」

「そっか……わかった。じゃあ、行こう!」

 

 意思を確認した熱斗が強く頷き、2人で校門をくぐる。校舎へ続く空間には誰もいない。そのちょうど真中にある、校長像の高い台座の裏を見れば、隠されているわけでもなく、塗装がところどころ剥げた金属製の扉が取り付けられていた。

 

(池のメンテ用ってことにでもなっとるんかな)

 

 事前に熱斗の方から学校へ事情を伝えてあり、鍵はかかっていない。蝶番の軋む音と共に扉を開くと、奥には灯りがなく、反射した日光を込みにしてようやく、薄暗い程度と形容できるようなものだった。下へ向かう階段の先がよく見えない。

 

 渡は一度、校門の方の様子を窺い、誰もいないことを確認してから、ペンライトをつけて降りていった。階段の下には、本物を狭く殺風景にしたようなような改札口と、そのすぐ後ろにホームがあった。

 

「駅員さんがいるわけじゃないし、無理やり行けそうだけど……」

「何かしらセンサーに引っかかると思いますよ。天下のWWWがそんないい加減な仕事はしないでしょう」

「それもそうだな。じゃ、頼む」

「承りました」

 

 渡が改札機にプラグインして1分とかからない内に、改札の扉が開き、そのまま動かなくなった。渡が試しに通り、熱斗もそれに続いたが、改札の扉はやはり動かない。

 

「おおー……って、メトロはいつ来るんだ?」

「ボタン式ですよ、ほらそこに」

 

 指差されて熱斗が振り向くと、確かに大きなボタンがあった。その上に、メトロ呼び出し用と書かれたシールが貼られている。指差す腕を伸ばしたまま渡が歩き、その指でボタンを押した。線路の遠くから、レール接合部と車輪がぶつかる音が響いてくる。ヘッドライトが近づき、無人メトロはすぐに到着した。

 メトロに乗り込み、車両内部のボタンを押して扉を閉める。発進したメトロの座席にさっさと座った渡が、呆けている熱斗を呼んで座らせた。

 

 渡が熱斗のチップフォルダを添削したり、持っているバトルチップを分けたりしている内に、20分弱が経過。メトロが減速を始め、停車した。

 

 メトロから降りると、ホームや改札口の作りは同じだった。またも渡が改札をこじ開け、通過する。暗い階段を上って出た先は、これでもかと繁る木々が日光を遮り、朝だというのに薄暗い山中だった。

 山肌は段々に削られ、内部はくり抜かれて人工物に置換され、おおよそ自然界ではありえない色の廃液が水路を伝って流れ落ちている。人工物の部分にも緑が侵蝕しているが、廃液の流れる周辺には寄り付いていない。

 

(分かっとったけども、やっぱグレープジュースちゃうな)

 

 上段ある髑髏型に彫られた壁の、更に上の段では、軍事衛星へウイルスを打ち込むためのミサイルが、既に発射台にセットされている。

 2人して見上げていると、PETの中でロックマンが口を開く。

 

「ついに……来たね……」

「……これが、WWWの研究所か」

 

 家庭のオーブンレンジに始まり、WWWが起こしてきた一連の大事件全てに関わってきた、熱斗とロックマンだからこそ、その声には万感の思いが込められていた。

 

(これがエグゼの実家か……)

 

 渡もまた、前世の記憶に知る一つの節目を飾る象徴としてそれを見て、"とうとう来たか"とも、"もうここまで来たか"とも思っていた。

 

「ロケット自体は既にセットされています。行きましょう」

「ああ、突入するぞ!」




 13話アンケで「(増や)せ」を選んだ方は、14話後書きのチェックをお願いします。
 (展開に関係する意見の募集です。ドリームウイルスが死ぬと締め切ります)
 今回もアンケートがあります。

 「S県北部山中」を「埼玉県北部山中」とする説があるので、東京~秩父御岳山で仮の距離を出しました。この作品においてS県が何シティなのかは決めていません。
 京都~東京(コート~デンサン)の距離を走ると1時間、メトロの速さも同じとして計算すると、20分弱になります。
 実際にはWWWアジトに通じる隠しメトロは(この作品では)複数あるのですが、二階堂は光熱斗のことも知っているので、秋原小学校のものを指定しました。

~キャラの話 黒井みゆき&スカルマン~
 渡特効能力持ちの問題児。
 敵対するか遊びでネットバトルするかも未定のまま、漠然と「骨董品買いに来てネットバトルする流れになる」ということだけ決まっていました。結果はご覧の通りです。
 渡の魂から「淡いようで大きすぎる欲望」「子供なのに大人のように形が安定している」といった情報を得ています。本文中に記述がありませんが、実はもうこれ以上のことは読み取れません。あくまで魂が見える(らしい)のであって、心を読めるなんて設定は原作にないので。
 渡の魂が見てわかるレベルの変化を起こせば、あるいは?

 世の中がネット犯罪まみれになっていることをそれなりに危惧しており、それゆえに可能性を感じた熱斗を試し、リンクを渡した……というのが原作の流れであると解釈した結果、人一倍邪悪に敏感、的なキャラに。読心術はありませんが、勘は鋭いです。

 渡の魂に大きすぎる欲望があることを見抜くや否や、割引と引き換えにドアをロックし、問答して渡を試します。強引に抜け出せば危険人物と判断するつもりでしたが、渡が存外平和主義者だったので、単純に変わった魂の持ち主として興味を持つことになります。
 本文中にもあるような理由から孤独で、互いの同意の上で知り合いになった渡に対し、前のめり系コミュ障が発動しています。メールは送るけど内容が意味不明だったり、ものすごい勢いで接近したり。
 お泊まりイベントに発展したのは、平日夜に起こる停電事件への介入方法に悩んでいた時、偶然最適な方法として思いついてしまったからで、思いついた時はめちゃくちゃ面白かったです。

 原作でそこそこ寡黙キャラだと思うんですが、割引の一件以来キャラ崩壊しているのでは? と心配です。読者の皆さんから見てどうなのか、ご意見お聞かせいただけると嬉しいです。

 スカルマンですが、WWW幹部と多少渡り合える程度に強いです。というのも、作中のネームドナビは、秋原組以外はWWW幹部に対抗できるレベルである、という設定にしています。でないとロックマンにとっての強敵になり得ないので。4の大会に出てくる固有グラがないネームドは流石に例外ですが……

 「あらゆるものを粉砕する」みたいに言われてるシャレコーベイは半ば即死技みたいな扱いにしました。その分隙を晒しますが、それを腕ブーメランでカバーする戦法を取ります。


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20話 幽霊は扉をすり抜ける

 誤字報告ありがとうございます。バグのかけらがいっぱい。そのうちフォルテが生まれそうです。

 2分割するか悩みましたが、話が大して進まない回をそうするのも、と思ってそのままです。
 つまり長めです。


 露出した重い金属扉を開くと、内部は通路だった。外観と違って壁や天井は塗装され、床もコンクリートで平らに均されている。

 その床の上、入ったばかりの渡たちの目の前に、ロープで拘束されガムテープで口をふさがれた3人の人物がいた。

 

「あっ!」

 

 その顔ぶれに熱斗が驚く。ヒグレヤの日暮の他に、女性と老爺。いずれもWWWの元メンバーで、熱斗をボンバーマンが守る門まで導いた者たちだ。扉が開き、熱斗の姿を認めるとすぐに、日暮と女性はくぐもった声を出し、体をよじり始めた。

 拘束を解くと、日暮が一番に礼を言い、ひとり動じていなかった老爺は、横でゆっくりと肩を回している。

 数日間閉じ込められていたという程ではないようで、衰弱している様子はなかった。それでも、誘拐の原因になった熱斗は、引け目を感じているようだった。

 

「3人とも、オレに情報を教えてくれたばっかりに……」

「はっはっは、気にせんでもよい。この程度のことは慣れとる!」

「そ! それより、ね。早く上へ」

 

 女性が通路の先、坂の上を指差してそれだけ言う。一刻を争う事態なのだから自分たちに構っている暇などないと、言うまでもないことを伝える時間も惜しかった。日暮は渡を見て何か言いたげにしていたが、やはりそれどころではないので黙っていた。

 促された熱斗も、気を取り直して頷く。

 

「わかりました!」

「お言葉に甘えます」

 

 坂を登り、2階の外へ繋がる扉の取っ手に熱斗が手をかけるが、びくともしない。その後ろからPETのコードを持った渡の手が伸び、プラグインした。

 

「難しそうなら光くんにも手伝ってもらいます。一応、準備しておいてください」

 

 扉の電脳世界はあちこちから火柱が立ち上り、道を塞いでいる。元々赤い地面がさらに赤く照らされ、その中を歩いて先へ進むことは困難に見える。渡のPETの画面を見て、熱斗が、あっ、と漏らした。ロックマンも見覚えがあったのか、続いて反応する。

 

「これ、ヒノケンの!」

「うん、うちのオーブンレンジ!」

 

 WWW幹部の男・火野ケンイチと、そのナビ・ファイアマンが、ファイアプログラム奪取のため、熱斗の自宅のオーブンレンジに侵入したことがあった。その際、後から邪魔が入らないように、電脳世界内部を火の海にして進行妨害を行っていた。

 電脳世界の炎の影響で高温になったオーブンレンジをウォーターガンで冷ますことで炎の勢いを弱めたり、電脳世界の炎を消すアイスブロックというプログラムを使用することで、当時の熱斗は切り抜けていた。

 そのアイスブロックを、入り口すぐのところに待っていたナビが、WWWのやり方についていけなくなったからと差し出したが、渡は一旦それを断った。

 

(見た目は炎やけど、ファイアマン本人がここを守ってへんのやったら……ひょっとするんちゃうか)

 

 ベータの手が炎に触れる。何も起こらない。その中へ足を踏み入れ、全身が包まれる。何も起こらない。渡は確信した。

 

「道を塞ぐために作られた、炎の形をしたプロテクトですね。本物の炎と違って、維持する人手が要らないというメリットはありますが……裏目ですね」

 

 数並べられただけのプロテクトをベータ1人通り抜ける分には、解除するまでもない。爆発物や炎を操るウイルスたちも軽くあしらいながら、不成立となった炎の迷路の中を軽快に走り抜けていく。

 その最後には見上げんばかりの巨大な火柱がごうごうと燃え盛っていたが、ベータにかかれば眩しいだけだった。最奥に安置されたロックプログラムに触れれば、あっけなく、現実世界の扉から金属の擦れる音がした。

 解錠までの所要時間は1分を切っていた。

 

「上までこれ一本で行けそうですね。楽な仕事で何よりです」

「す、すげー……」

「光栄です」

 

 自分はあんなに苦労したのに、と呆ける熱斗を置いて扉を開けて出ると、慌てて熱斗もついていく。

 通路で来たのと逆の方向へ、草生した土の道をまっすぐ進み、1階入り口の真上に位置する扉に、また渡がプラグインした。またも、熱斗が声を上げる。

 

「今度は学校かよ!?」

 

 日暮が起こしたスクールジャック事件では、校内ネットワークのあちこちにセキュリティドアを設置していた。解除にはネットナビ自身の計算能力が求められる。

 計算に特化した日暮のナビ、ナンバーマンならではのやり口だった。この扉の電脳世界にも、全く同じものが、塩を振ったように大量に配置されている。

 時間さえかければ解除できるセキュリティだけに、時間稼ぎとして効果のある一手と言えるだろう。相手がベータでなければ。

 暖簾でももう少し引っかかるだろうという勢いで扉をすり抜け、最後の高く複雑なセキュリティドアも、その堅牢さはまるで関係がなかった。ウイルスへの対処の方が、よほど手間がかかっている。

 

「ゴールです」

 

 最奥のロックプログラムに手を触れ、施錠状態を切り替える。現実の鍵が開かれた。

 扉の奥は1階と同様の通路で、坂の上に扉があるのも同じだった。熱斗も法則性が見えてきていたのか、電脳世界に仕掛けられた策が断水事件の時のものであることには驚かなかった。

 凍結した滑る床のせいで比較的時間はかかったが、最後に道を塞いでいる氷塊をすり抜けてロックを解除する。

 

 大きな髑髏の前を横切り、次は発電所かと思っていた熱斗は、その扉の前で首を傾げた。

 

「なんだこれ?」

 

 電脳世界には交差点のような模様が描かれた踊り場があり、そこから赤・青・灰色の通路が伸びている。三色の道があみだくじのように張り巡らされ、あちこちに白い球が浮かんでいる。

 

(阻止したったけど、あるもんはあるんか)

 

 灰色の通路を塞ぐ白い球を通り抜けると、片方の色が暗い通行不可の道になり、片方の色が明るい通行可能な道になる。本来起こる事件を事前に阻止した、デンサンタウンの信号機の電脳のセキュリティだ。

 滑る床は滑った先を見る必要があるのに対し、この場合は通過する順番を考える必要がある。渡にはない。

 

「見たことないけど、いけそうか?」

「ふーむ」

 

 渡は念の為、ベータを最寄りの白い球のところで何度も往復させてみる。赤と青の通路が点滅した。

 

(これも知ってる通りか。多分関係ないんやけどな)

「道路の信号みたいな感じでしょうか。まあ、車が通るわけでもなし。律儀に守る必要もないでしょう」

 

 通路の状態を無視して、最短経路を走る。最後の一本道を塞いでいた岩もやはりすり抜け、解錠完了。

 

「知らない感じの電脳世界だったし、オレ一人だったら危なかったかも……」

 

 熱斗の一言に、渡は思わず噴き出した。

 

「なんだよ?」

「いえ、何でも」

(あーカラードマンかわいそ。いや、当然の仕打ちか? どうでもええか)

 

 扉の奥はまたまた通路。が、ロケットのある最上階へ出る扉はプラグイン端子がない。代わりに、入り口正面には今までなかった扉がある。Wの文字が描かれていて、いかにも特別な部屋のように思えた。

 

「こっちを調べるしかないみたいだな」

「ええ。上の扉のロック、もしくはロケットへ繋がる別の道があるはずです。鍵は……開いてますね」

 

 中は広い空間で、よくわからない機械やコード、本が散乱している。その中でも目を引くのが緑・赤・黄・青の大きな機械だが、渡はそれが、4つの究極のプログラムをひとつにするためのものだとひと目でわかった。

 

(空洞部分になんも浮いてへん。ドリームウイルスはもう上行ったか)

「他の部屋に行くための扉とか、ないのかな」

 

 熱斗が壁の大きなモニタから始めて、部屋をぐるりと見回す。扉は、入ってきた1つのみだ。

 その間に渡は、モニタの横に据え付けられた大きな縦長の肖像画(にやりと笑うワイリーが描かれている)まですたすた歩いていき、それを拳でぐっと押した。肖像画の端がわずかにたわみ、隙間の奥には壁ではなく暗闇が覗いていた。

 

「秘密基地といえば、ですよ。来てください」

「何かあるのか? ……あっ、隠し扉か! プラグインもできそうだな」

「まずは様子を見てみましょう」

 

 肖像画の縁にある端子を通して、ベータが送り込まれる。電脳世界の構造は、停電事件で見たものだった。

 だが、電池ボックスやスイッチ、電球が見当たらない。かといって、電力が掌握され、ナビが危険な状態というわけでもない。残る問題は、跋扈するウイルスのみ。

 熱斗は、ようやく出番が来たか、と拳を握った。

 

「なあ渡、これならロックマンも一緒に行けるよな?」

「そうですね。お願いします」

「ああ! プラグイン!」

 

 熱斗がプラグインし、ベータとロックマンが駆け出す。ウイルスこそ強力だが、この2人ならやはり障害にはならない。切り飛ばし、打ち抜き、時には爆発で吹き飛ばす。そうして奥へ、さらに奥へと、ハイペースで進んでいった。

 しかし、ロックプログラムを目の前にして、道が途切れていた。その途切れ方も、発電所で見たことがある。電球で道を照らす前のそれだった。

 依然として電球はどこにもない。電池ボックスも、スイッチもない。これまでで最大の関門は、ほんの1メートル四方程度の虚無だった。

 その光景を見つめて、発電所での経験から矛盾を見抜いたロックマンが指摘する。

 

「おかしい……ここ、電池は使えないよ」

「マジかよ……渡、なんとかならないか?」

 

 熱斗がそう問いかけた時にはもう、渡はキーボードを取り出していた。

 

「幸い、今は特に電力に気を遣う必要もありません。この程度の大きさなら、地面に向かってお願いすれば、床を作ることもできるでしょう。ただ――」

「ただ?」

「ここは隠し扉の電脳です。いかにも大事そうで、もしかすると最後の関門かもしれません。そんなところで、ロックプログラムを野ざらしにしておくとは到底思えません。

 それでいて、作り出した床を維持するためにベータは動けません。通れるのはロックマンだけです」

「……罠に気をつけろ、ってことか」

 

 渡の説明は、半分は嘘だった。ベータを釘付けにせずとも、短時間であれば床は保つ。ほんの少しの距離ならば、その時間で渡ることができる。極力、熱斗とロックマンの経験や手柄を奪いたくないという気持ちが、今でもずっと働いているのだった。

 

「いいぜ。何が来ようが、オレたちは負けない! だろ、ロックマン!」

「うん!」

 

 熱斗は、考えるまでもないと、快く声を張ってロックマンに呼びかけた。ロックマンもまた、熱斗と気持ちを同じくしていた。

 

(滅茶苦茶に巻いたったから、saito.bat(サイトバッチ)の配達は間に合えへんやろな。でも構わん。ロックマンは殺させへん)

 

 渡も静かに決意を固め、ロックマンを送り出すべくクラッキングを開始する。ベータが床に手をつくとそこから電撃が迸り、途絶えた道の先で渦を巻く。

 

「うっ……!」

 

 光と音を撒き散らす雷の渦を前に、ロックマンは反射的に腕で顔を庇う。虫歯治療用のドリルを耳の奥まで突っ込んで思い切り回したような轟音は、数秒するとピタリと止み、同時に光も収まった。

 真っ白だったPETの画面が景色を再度映し出すと、ベータの手元から流れる電流が、さっきまではなかった青い床に流れ込んでいる。

 どうぞ、と渡が言った。熱斗とロックマンはPETの画面越しに頷き合い、先へ進む。ベータは床から手を離し、ロックマンはロックプログラムをバスターで破壊した。鍵の形をしたそれは跡形もなくなり、現実世界の肖像画が部屋の奥に向かって倒れ、バタンと音を立てた。コンクリートで上下左右を塗り固められた、狭い通路が顕になっている。

 

「よし、やったぞ!」

「ああ、こっちの隠し扉も開いた!」

 

 その。

 さあプラグアウト、というタイミングで。

 

「お待ちなさい!」

 

 鋭い声が飛んだ。それは部屋にいる誰の声でもない。たった今、ロックプログラムがあった場所に現れたナビの声だった。同時に、現実世界ではワイリーの肖像画が起き上がり、再び道を塞いだ。

 

「えっ?」

「ああっ!?」

 

 渡はいきなりどうしたのかと、熱斗はせっかく開けたのにと驚き、そこにオペレータらしき男の声が続く。

 

「扉は私たちが再び閉ざした。ここから先に進ませるわけにはいかん……」

「お前、誰だ!?」

「WWW、ワイリー様の片腕のマハ・ジャラマと申す」

「そして、そのナビのマジックマンでございます」

 

 これまでの経緯から最大の敵と言っても過言ではないはずの熱斗の誰何だというのにも拘らず、WWW構成員としては珍しく、慇懃無礼ということもなく、ただただ堂々とした名乗りだった。

 姿の見えているマジックマンに至っては、西洋紳士風に礼などしてみせている。

 マジックマン。奇術師ではなく、魔術師のネットナビ。魔術師らしいローブに、羽を刺したとんがり帽子。袖の中をまっすぐ伸びた両腕は魔法の杖で、先端にはついているのは手ではなく、大きな丸い宝石。ペストマスクのような嘴型の仮面をつけ、帽子の鍔との間から、細い目の光が覗いている。

 当然その視線は、目の前の敵、ロックマンに注がれていた。隔絶した空間にいるベータは微動だにせず、そのオペレータの渡も、隠し扉が再び閉じるという予想外の事態に頭をかく。

 

(計算狂ったな……まあ、逆に危なくなったら加勢もできるか。させんとってくれ(させないでくれ)よ、熱斗、ロックマン)

「では、行きますよ……」

 

 マジックマンは静かに、両腕と殺意をロックマンに向けた。




 13話アンケで「(増や)せ」を選んだ方は、14話後書きのチェックをお願いします。
 (展開に関係する意見の募集です。ドリームウイルスが死ぬと締め切ります)
 19話のアンケもドリームウイルスが死んだらゴールにします。この締切方式便利。趨勢が定まりつつあるので言ってしまうと、改題案は上から気に入った順に置いてます。虫と馬程度の差ですが。
 今回もアンケートがあります。ふと気になったので。

 それにしても、打ち切り漫画が如きペースで実家爆破まで行くつもりが、蓋を開けてみればそこそこ文字数(≒話数)がかさ増しされてしまっていますね。アンケ用の話数に余裕がないと思っていたんですが、そうでもなかったようです。


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21話 空舞う魔術師

 UAやお気に入りやしおり、高評価といった数字をいただくのも、まさかのランキング掲載という形で読者の方が一気に増えたことも含め、「これは一体……? いつの間にダークチップ使ったんだ……?」と思うくらいに嬉しいです。

 が、なにより、原作の話を交えた感想や書き方の感想を頂くと、「その手があったか」とか、「あれは握手だったのか」とか栄養になる部分が多かったり、そうでない感想でも「ああこの人は作品読んだ上で、どう感じたか伝えてくれてるんだ」ということが直に感じられ、じんわり温かい気持ちになり、感謝の念や、同好の士としてのシンパシーが尽きません。
 いつもありがとうございます。この力で、未だ立つことができています。
 醜い感想乞食の話は以上です。

 前話でベータがロックプログラムを破壊したことになってますが、主語(ロックマン)が抜けているせいです。一見ミスに見えないのが一番怖い。直しました。

 長めです。


「サモンウイルス!」

 

 マジックマンが宣言すると、その周囲に魔法陣が2つ出現。魔法陣の上にウイルスのデータが3Dプリンタめいて急速ロードされ、完成すると生きたウイルスとして動き出す。白い幽霊(ゴースラー3)青い光を纏う胸像(メガリアA)。いずれも対処が困難とされるウイルスだ。

 ゴースラー3はロックマンの視線を避けながら、メガリアAは青いオーラを曳きながら向かってくる。

 さらに。

 

「マジックファイア!」

 

 マジックマンの両手――赤い宝石が内側から輝きを放ち、高まったエネルギーが青白い火球となって発射される。何の特性もない単純な射撃攻撃だが、その早くも遅くもない弾速により、他のウイルスと合わせて弾幕形成が成立する。

 マジックマン自身は魔法陣のある所から動かないが、相手に攻撃の暇を与えなければ、動く必要がなく、一発でも多く火球を飛ばすことに専念していた。

 

「ロックマン、まずはウイルスから倒すぞ! アクアソード送る!」

「うん!」

 

 火球を避けながら下がっていき、側面まで追いついてきたゴースラー3を流水の剣で迎え撃ち、一撃で真っ二つにする。10歩ほどの距離にいるメガリアが、ロックマンめがけて頭部を射出した。速度は充分。だが、バスターからゆっくり這い出た球電(サンダーボール3)を見るとその表情が、彫像ゆえ僅かではあるが、恐怖に歪んだ。

 射出された頭部は急には曲がれず、台座たる首部分から発せられる青い防護オーラにも守られていない。ある種文字通りの玉突き事故を起こし、メガリアAも消滅した。

 

「ほう」

 

 表情を持たないマジックマンが続けて放出した火球も、ロックマンは油断なくかわす。

 

「よし、突撃だ!」

 

 熱斗の合図でロックマンが走り出す。ウイルスを排除した今、マジックマンを攻撃するチャンスだ。

 

「サモンウイルス!」

 

 再度の召喚。急速ロードされ命を吹き込まれたウイルスたちが、またもマジックマンを守る使い魔として立ちはだかる。スウォータルに、橙の光を纏う胸像(メガリアH)。ロックマンが急ブレーキをかけ、一瞬にして敵で満たされた目の前の光景に身構える。

 マジックマンたちの攻撃をやりすごそうと下がったために、ロックマンは反撃の機会を失い、振り出しに戻ってしまっていた。

 

「何回でも出てくんのかよ!」

「それに、補充までが速い!」

「このマジックマンの布陣を破った者は過去にたった一人だけ。そしてロックマン、あなたは二人目にはなれない!」

 

 ウイルスたちに落ち着いて対処すれば、反撃を試みる頃には再度召喚で補充される。熱斗とロックマンはすぐに攻略法を理解したが、それはおよそ攻略法と呼べるものではなかった。

 

「熱斗くん!」

 

 躊躇い歯噛みする熱斗に、ロックマンが呼びかける。やるしかない、やるんだ、と背中を押す気持ちを込めて。

 

「……ああ、やるしかない! 突っ込め、ロックマン!」

 

 退かないこと。それが、マジックマンを攻略するための、今できる唯一の手立てだった。過去にマジックマンを破った一人――アイロニーも、Dアーマーがもたらす脅威の防御力によってそれを成していた。

 熱斗がチップデータを送信する。広範囲を攻撃できる濁流(オオツナミ)だ。

 

「はっ!」

 

 火球とスウォータルの剣をかわし、ロックマンの手が地面を引っ掻く。そこから噴出した黒い津波に触れたスウォータルが消滅し、それを見たメガリアHは盾となるべくマジックマンの前へ移動。攻撃を橙のオーラで相殺する。

 オーラが消えただけで、マジックマンは勿論のこと、メガリアH自身も無傷だった。だが、追撃するためのチップデータを送るには、発生したクールタイムを待つ必要があった。

 ロックマンは右腕をバスターに変化させ、メガリアとマジックマンに向けて連射する。繰り返し飛んでくる火球とメガリアHの頭部を避けつつ、少しずつではあるが、一方的にHPを削っていく。

 怯まず撃ち合いに応じるマジックマンを見て、ふと、熱斗が違和感に気付く。

 

(……なんで避けないんだ?)

 

 そう、なぜマジックマンは撃ち合いに応じているのか。足を止めて。そもそも――

 

「ロックマン! あいつ、なんで戦い始めてから一歩も動いてないんだ?」

「そういえば、確かに!」

 

 言われたロックマンが攻撃の手を止め、回避に専念する。その次の火球と頭部が過ぎ去った時、マジックマン自身を観察する。火球発射の光に混じって、その足の下に何かが見えた。部分的にしか見えないが、同じくマジックマンを観察していた熱斗と、全く同時に気付き、叫ぶ。

 

「魔法陣だ!」

「おや、もう気付きましたか」

 

 看破したロックマンが、チャージショットでメガリアHにトドメを刺す。

 

「魔法陣の上に立ってないと、ウイルスが消えちまう……とかか!」

「その通り。しかし、それを理解したところで」

 

 三度魔法陣にデータがロードされる。

 

「一人で戦う限り、ロックマンは正面から来る他ないのだ」

 

 マハ・ジャラマの言う通り、多対一である限り、ロックマンがどこから切り込んでもウイルスにカバーされる。

 

「いや……見えたぜ! だってお前は、魔法使いだからな!」

「む……?」

「ごめん、ロックマン! 一回だけ、反撃もせずに真っ直ぐマジックマンのところまで突っ込んでくれ!」

「何か作戦があるんだね?」

「ああ!」

 

 聞き返すロックマンに、熱斗は即答した。

 

「よし、わかったよ!」

 

 言われた通りに、ロックマンはバスターすら構えず、ただ全力で走り出した。

 

「マジックマン、油断するな。意味は分からないが、何かある!」

「御意!」

 

 マジックマンが指示をせずとも、新たに生まれた傘を差した黒雲(クモンペ3rd)黄緑の光を纏う胸像(メガリアW)がロックマンの道を塞ぐ。クモンペ3rdが吹き出した雨雲からは1粒で石を穿つ雨粒が降り、A・Hの更に上位のメガリアWがより高威力高耐久の頭部を射出する。

 

「ぐうっ!」

 

 雨雲を避けるように横っ飛びしてまた走り出したところで、メガリアWの頭部にぶつかってロックマンの体が半回転する。予め攻撃を受ける覚悟があり、歯を食いしばっていたが、それでも苦悶の声が漏れた。

 

「ロックマン!」

「うう……! まだだっ!」

 

 たたらを踏むが、痛みを堪えてマジックマンに向き直り、走る。

 

(強引に抜けて来たか。だが、これで我らがお前を囲む形となったのだぞ、ロックマン!)

 

 今、ロックマンの背後にはクモンペ3rdとメガリアW。正面にはマジックマン。このまま戦いを続けるならば、回避することすらままならない。

 ロックマンは自らを窮地に立たせてしまったと、マハ・ジャラマも思った。つまり、ロックマンが走り出した時も持っていた確かな警戒心が、薄れてしまった。

 熱斗がチップデータを送信する。たった1枚だけ。

 

「決めるぞ、ロックマン!」

 

 送信されたチップデータがロックマン側にロードされる前、そのチップが何かを知覚した段階で、ロックマンは熱斗の言葉の意味を知った。

 

「うん、熱斗くん!」

「決めるだと? できるはずがない、マジックマンが受けたダメージはまだ……いや、いかん!」

 

 WWWきっての実力者であるマハ・ジャラマも、まだその自信の正体には気付けていなかった。それでも、熱斗とロックマンが確信を持って立ち向かってきているのだということを、ようやく思い出した。そして、マジックマンにも警戒を促す声を発しようとした頃には、もう遅かった。

 

 ロードされたのは、ウラインターネットで半ば伝説的な扱いを受けている攻撃用バトルチップ――ガイアハンマー3。その重みを感じつつも、スピードは落とさない。

 

「うおおおお!」

「マジックファイア!」

 

 駆けるロックマンの手元に緑色の大鎚が出現し、ロックマンはそれを両手で後ろに構える。ウイルスの壁の内側に入った今、マジックマンに向けて突撃し続ける限り、ロックマンに届く攻撃はマジックファイアのみ。

 

「当たるもんか!」

 

 だから、避けられる。

 マジックマンたちは、ロックマンを包囲状態というピンチの中に見ていた。だがロックマンたちは、包囲を破る必要も、包囲の中で攻撃を凌ぐ手段を講じる必要もなかった。一瞬だけでも、"どうしてもそこから動けない"マジックマンと一対一の状況を作れれば、それでよかったのだ。

 

「いっけーー!!」

「っ、ここだっ!」

 

 短く息を吐きながらグッと力を込め、大鎚を振り抜く。打撃の威力と、拡散するはずの衝撃波全てが、マジックマンに叩きつけられた。

 

「!?――――」

 

 声を上げる間もなく斜め上に打ち上げられたマジックマンは、空間の端まで吹き飛ばされ、地に落ちた。

 魔法陣を通しての制御を離れたウイルスたちも、粒子に還元されていった。

 

「一撃! まさか、そのような方法があるとは……」

「渡直伝の必殺技だ! ウイルスに頼ってる魔法使いなら、打たれ弱いに決まってるもんね!」

(別にそこで名前出さんでええやん)

 

 突然呼ばれ、鼻を鳴らす。少し照れ臭く思い、口元が緩んだが、まだ渡は"勝った"とは思っていない。熱斗とロックマンに向けて忠告する。

 

「エレキマンの例もあります。最後まで油断してはいけません。追撃を」

「うん!」

 

 遠くで動かなくなったマジックマンをロックバスターでしっかと狙い、チャージショットが命中。マジックマンは完全にデリートされた。オペレータの男の声もせず、今度こそ肖像画の隠し扉が開いた他には、目に見えた変化は何もない。

 

「やったぜ!」

(間に合わんのは向こうも同じやったか。ドリームマジックなんてなかったんやなって)

 

 熱斗と渡はナビをプラグアウトさせた。ようやくPETの画面から目を離せるようになった熱斗は、初めて隠し扉の方をきちんと見た。

 

「この奥か……暗いな」

「足元に気をつけて行きましょう。ここまで来て、転んだせいで終末戦争になったとあっては笑えませんからね」

「わかってるって」

 

 浮かれ気分を隠しきれない熱斗を横目に、渡がペンライトをつける。

 2人は倒れたワイリーの肖像画を踏み越えて、通路へ入っていった。




 13話アンケで「(増や)せ」を選んだ方は、14話後書きのチェックをお願いします。
 (展開に関係する意見の募集です。ドリームウイルスが死ぬと締め切ります)
 今回もアンケがあります。一応2で元々登場するキャラではあるので、早めの対策を……
 これも締め切りはドリームウイルスが死ぬまでです。そろそろ死ぬはず。

 サブタイはホームランされるマジックマンです。無印シリーズの方でも(手品師のマジックとはいえ)空飛んでないんですよね。

 これまで出番のなかったリモコゴローやロックオンを使って召喚対決、というのも考えたのですが、それで対処できちゃうとマジックマンの強キャラ感がなくなるのでボツに。
 既に長いので前段階への追加もしていませんが、もしやっていたら精密動作性で負けて一方的にロックマン側の設置物だけ破壊されてた、という感じです。


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22話 目覚めの時

 暗さのために最初はわからなかったが、狭い通路は途中から上り坂になっていた。坂の終わりはトンネルの出口のように薄明るく、それが外の光のためだとわかった。

 

 通路を出ると、先ほどの部屋と同じくらいの広さがあり、先ほどの部屋と同じ4色の機械がある。奥には地上から見上げたロケット発射台があり、これみよがしに据え付けられた赤く大きな押ボタンの前に、白髪の老人がいる。

 熱斗と渡の足音が聞こえたようで、たった今振り向くところだった。

 

「もうここまで来おったか、光熱斗、そして七代渡よ。やはり光一族、最後までワシの邪魔をしよる」

 

 頭髪は後退し、皮膚にはシミもあるが、眼光は鋭く、言葉も鮮明でよく通る。杖も何も支えにせず、仁王立ちで2人を睨みつけている。光一族、という言葉を聞いて熱斗が目を見開き、それから声を張る。

 

「光一族? うちが一体なんだっていうんだ!」

「ふん……教えてやろうではないか」

 

 鼻を鳴らしたワイリーは、余裕たっぷりに、という様子ではなく。何も知らない熱斗に対してということを承知で、"忘れたのならば思い出させてやる"、とでも言いたげだった。

 両拳を握る熱斗の横で、渡は視線をワイリーとロケットの間を数秒置きに行き来させている。

 

「30年ほど前、この国では、2人の優秀な科学者が腕を競っておった。……ワシと、お前のじいさんの光博士じゃ。ワシはロボット学の権威、光はネットワーク学の権威、2人は切磋琢磨して、科学の発展に取り組んだ」

 

 演説でもするように身振り手振りを交えて話すワイリー。

 

「ところが! じゃ!」

 

 が、拳から肩を震わせる。

 

「ある時、科学の激しい国際競争に勝つため、2つの学問が共倒れにならないよう、国として、どちらかの研究に予算を集中することが決まったのじゃ! そして激しい議論の末――ワシのロボット学の研究は、中止されることになった……」

 

 熱斗を睨む目が、さらに細まる。

 

「ワシは納得できなかった。ワシの理論は最高じゃった! なぜそれが認められないのだ!? ……」

 

 叫び、拳槌で空気を叩く。そこに机でもあればいい音が鳴ったであろうと、渡は思った。一方でワイリーは、渡のことなど視界に入っていないような様子で、掠れた音を立てて短く息継ぎして続ける。

 

「次第にワシの居場所はなくなり、ワシは、最後は追われるように科学省を去ったのじゃ! だから、ワシは憎いのじゃ! 光さえ、アヤツさえいなければワシは……! アヤツの理論を元に発展した、この世の中が憎い! だからこそ、この世の中を破滅させるべく、WWWを結成したのじゃ!」

「でも、それがみんなで決めたことなんだろ! そんなの、ただのワガママだ!」

「ええい! アヤツもそう言いおった!」

 

 熱斗の反論への反応は早く、蝿でも払うように右手を振るった。

 

「だがおまえらには、ワシの……敗れた者の気持ちは、決してわかるまい! 話はもう終わりじゃ! 直にドリームウイルスがロケットの機能を掌握する。そうなれば、世界はデリートじゃーー!!」

「渡!」

 

 熱斗と渡が互いに頷き合い、ワイリーのいる方に向かって同時に駆け出す。

 

「プラグインか!? やってみるがいい! この腐ったネットワーク社会の前に、おまえたちのナビからデリートしてくれるわ!」

 

 ステップを上り、発射台のプラグイン用端子から、2人がナビを送り込んだ。

 

 2体のナビはロケット発射台を経由し、ロケットの電脳へ着地する。

 内部は何もない平地で、一面に銀色のパネルが敷き詰められているのみ。

 正方形のそのエリアの中心に、高さ・幅・奥行きすべてが4、5メートルはあろうかという巨大なウイルスが佇んでいた。

 

 腰から下は脚の太い蜘蛛、首から上は棘の生えた鋭角の芋虫。丸い胴体からはやはり巨大な腕が生え、肩から上に向かって湾曲して伸びる2本ずつの角は威嚇のためか。緑色と茶色の構成が、虫らしさを印象づける。

 一番前の脚一組の間、股の部分には、カメラのレンズのようなものがついている。それは目のようでもあるが、渡は攻撃のための器官だと知っている。

 

 熱斗とロックマンは、巨大で、かつ見たことのないウイルスを前に息を呑む。

 

「これが……ドリームウイルス」

「ああ、こいつをデリートすれば、WWWの野望も……」

(デカかろうが、ビビったらあかん。勝てる相手やとしても、しくじることは許されへんのや。冷静に冷静に)

 

 熱斗の、PETのグリップを握る手に力が入る。渡も実物をPETの画面を通して見て、その威容に負けまいと自分に言い聞かせる。

 ドリームウイルスの首がわずかに動いた。ドリームウイルスに表情というものはないが、所作に敵意があった。それを感じ取り、ロックマンが身構える。熱斗が叫ぶ。

 

「行くぜ、ロックマン、渡!」

「うん!」

「必ず勝ちます」

 

 ドリームウイルスの戦闘の意思が、紫色のオーラという形を成す。攻撃の意思が、自身のビットデータを新たなウイルスとして出力する。

 その上で、額の赤い水晶にエネルギーを収束させ始めた。

 

「オーラ! と――」

「小さいドリームウイルス!?」

「おお! 流石はドリームウイルスよ、戦いというものを既に理解しておるのだな!」

 

 通常のウイルスと同程度のサイズで、赤色や青色のそれらが、ドリームウイルスの前に立ち、本体同様に額の水晶にエネルギーを蓄え、すぐに放出する。

 ドリームウイルスの元となった究極のプログラムを由来にしてか、放たれるのは火球や、地を這うように連続して噴き出す噴水といった、属性攻撃だった。

 

「小型はベータが対処します。そちらは本体を!」

「わかった、メガキャノン!」

(あっ、それは)

 

 ロックマンが右腕を大砲に変え、発射する。弾速が速く、直線上の敵を攻撃するチップの中では素直な挙動のキャノン系でも、最高の威力を持つメガキャノン。メガリアのオーラであれば、最高防御力でもギリギリ剥がすことができる。

 それでもドリームウイルスのオーラは破れない。着弾した箇所から赤い煙が上ったが、それだけだった。

 

「もっと威力が高いチップじゃないとダメなのか!? ……ロックマン、来るぞ!」

 

 ドリームウイルスの水晶の光と全身を包むオーラが消え、脚部のレンズからレーザーが照射される。レーザーはパラディンソードを抜いて小型(ドリームビット)たちを薙ぎ払うベータの横を通り、ロックマンを狙う。

 それを躱して、今ならいけるかとバスターを構えると、ドリームウイルスはまたオーラに包まれ、水晶にエネルギーを溜め始めた。

 

「だったら接近戦だ! 行け、ロックマン!」

「うん!」

「いつでもどうぞ」

 

 ドリームビットを片付け終えたベータが、ドリームウイルスのオーラをアクアソードで切り裂いた。全体からすれば小さな傷だが、綿菓子が水に溶けるようにしてオーラ全体が消えていく。ドリームウイルスはまだ動かない。

 

「アクアソード!」

「やああっ!」

 

 脚を狙った斬撃が往復し、ドリームウイルスのHPを削る。そのドリームウイルスがチャージを終え、視線は足元のロックマンの方を向いた。

 

(この距離やとドリームソードが来る!)

 

 ベータがロックマンの前に躍り出、その眼前に紫色の小さな球体が出現する。球体から棒状の光が長く長く伸び、2体のナビに向かって振るわれる。

 

「ロックマン!」

 

 熱斗が危ないと叫ぶがロックマンは避けられず、それがわかっていた渡が、ベータに剣を受け止めさせる。両腕を交差させてガードして踏ん張るが、1秒と保たずに押し切られ、真後ろに転んで倒れる。

 

「ベータ!」

「ロックくん、事前に連絡した通り今のベータは頑丈です。こちらは気にしないでください」

「う、うん! 熱斗くん、攻撃用チップお願い!」

「わかった!」

 

 起き上がったベータと、気を取り直したロックマンが戦いを再開する。赤青黄緑と色とりどりのドリームビットが来れば、来たそばからベータが処理し、それによってドリームウイルスとの1対1をキープするロックマンが、レーザーを回避してオーラのない隙にチップの攻撃を叩き込む。

 間が悪く近づきすぎたロックマンにドリームソードが向かえば、ベータが庇うか、瞬間移動(エリアスチール)ですり抜ける。

 ドリームビットへの対処が遅れ、火球、球電、噴水、それに木造フェンスのような尖った木がベータをすり抜けて飛べば、ロックマンはその大半を躱してみせる。

 

 そうしてロックマンやベータにダメージは蓄積されていくが、それ以上にドリームウイルスへの攻撃もまた激しい。もう一息でデリートできそうだと熱斗やロックマンの闘志が煮立ち、互いを呼ぶ声や気合が自然と大きくなる。

 ロケット発射台のコントロールパネルからその様子を見ていたワイリーは、ロックマンたちが善戦し攻勢が極まってきた様子を見て、そんなはずがないのに、まるでドリームウイルスのオペレータだとでもいうかのように怒鳴り、音を立てて床を強く踏んだ。

 

「ええい、なにをしておる! そんなちっぽけなナビどもなんぞ、一撃で吹き飛ばしてやらんか!」

 

 憎しみが奇跡を生んだのか、ワイリーの声に応えるように突如、ドリームウイルスがロックマンやベータのいる下ではなく、上を向いた。

 必死で戦う熱斗とロックマンはその僅かな動きに気付いていない。余裕を持って全体を見渡せる渡だからこそ、にわかに眉間に皺を寄せ、ドリームウイルスの頭部に注意を払う。

 

(ウイルスが音声認識しとんちゃうぞ! ロックマンのHPに余裕は……あらへんか!)

 

 ベータが走り出し、ドリームウイルスがエネルギーを解放する。ふと空気の震えを感じてロックマンが見上げると、彼方から赤黒い星が迫って来ていた。視界の中でどんどん大きくなっていく。その攻撃は、レーザーによる射撃でも、ドリームソードによる斬撃でもなく。より多くを、より強く、ただ滅ぼすための――

 

(ロックマン狙いの隕石(メテオ)は絶対に許可できへん!)

 

 渡は閉じた口の奥で歯を食いしばり、汗で滑るな震えてくれるなと念じつつコントローラーを操作する。

 ロックマンの体が不意に揺れ、倒れた。横からその視界が塞がれた。それはベータの背中だった。

 

「ベータ!?」

 

 ベータはロックマンを突き飛ばし、もうすぐそこまで迫っていたメテオを真正面から受け止めた。折れそうな細身の四肢を、Dアーマーの見えない力が支える。メテオに込められた破壊の力はゴゴゴと音を立てて、貼り付いたような格好のベータのHPをみるみる焦がしていく。

 突然の戦況の変化に、ロックマンはしばし呆然としてしまっていた。

 

「ドリームウイルスを!」

(こっちはどうせ耐えるから!)

 

 光くん、と名を呼ぶ時間も惜しかった。渡は食い入るように画面を――オーラを失い、メテオのコントロールに集中するドリームウイルスを――見つめていた。

 

「でもベータが!」

「今がベストなんです!!」

(お前がやるんや! こんだけおいしいお膳立てないで!!)

 

 渡の方を向いた熱斗に対し、渡は画面を見たまま叫ぶ。熱斗は、渡の表情に諦めではなく確信を見たような気がして、かつて、ロックマンを守れなくてもいいのかと言われたことを思い出した。

 動かなくなっていたロックマンは、渡の叫びで正気を取り戻した。追い詰められてなお勝利へ向かおうとする意志を感じ、かつて、1対1でブルースに打ち勝った時のことを思い出した。

 

 はたして偶然なのか、同調した思考が熱斗とロックマンの意識を一つにした。

 ロックマンはPETの画面を通してドリームウイルスの位置を確認してベータの陰から飛び出し、熱斗はロックマンの目を通してタイミングを計り、チップデータを送信する。

 右腕が弓のような砲身に変化し、それを突き出して構える。熱斗とロックマンの声が重なった。

 

「トリプルランス!!」

 

 短い間隔で連射された3本の矢がドリームウイルスの頭部へ飛ぶ。1本目が額の赤い水晶に突き刺さり、2本目3本目が全く同じ箇所に継ぎ矢して1本目を押し込むと、ドリームウイルスの長い頭部の半ば側面にヒビが入った。

 ヒビは1拍置いて広がり、内部が爆発した。自身の爆発でドリームウイルスの上体がぐらつき、腕で傷を抑えようともしないまま、爆発がひとりでに、全身に、連鎖していく。

 

「ド、ド、ド、――」

 

 ドリームウイルスを構成するデータが、端から粉のようになって散り、どこかへ消えていく。

 

「ドリームウイルスがーーーーー!!!」

 

 結局メテオを耐えきったベータがプラグアウトし、熱斗とロックマンもまたプラグアウトした。さっきまで電脳世界にいたかのように錯覚し、熱斗がPETを取り落しそうになった。

 

「なんと、なんと、なんということをしてくれたぁーーーーーー!!! 我がWWWの、血と、汗と、なっ、涙の結晶ががががが!!!」

 

 ショックで顎の筋肉が震えて"が"の音を繰り返すワイリー。そこへ追い打ちをかけるように、研究所内部から自動放送が響く。

 

「危険警報! 危険警報! ドリームウイルス暴発! 施設内の全機能が感染! 自爆装置作動しました! この研究所は間もなく爆発します!」

「げっ、やべ! 渡!」

「押さない駆けない喋らない、ですよ」

「ワシの! 我がWWW研究所がーーーー!!」

 

 わめくワイリーを尻目に、来た道を走る。施設のどこを悪くすればそうなるのか、地面が不規則に揺れるもので、2人は何度か足をもつれさせた。

 

(ドリームウイルスよりこっちの方がよっぽどヤバいわ!)

 

 溢れる廃液を避け、下り坂で冷や汗をかきながら、降りていく。最後に、1階にいた3人の姿がないことを確認してから、2人は開けっ放しの改札を通り過ぎ、列車を呼んで駆け込んだ。




 後書きは長いですが、ドリームウイルスが死んだということで、重要なアンケートがあります。
 アンケートだけ用がある方はスクロールして下さい。

 一応ラスボス回ということで、前書きに書く分もこちらに回しています。

 21話に誤字報告を下さった方、ありがとうございます。
 ですが、「しっかと」は「しかと」「しっかりと」と同じ意味の言葉であり、誤字ではありません。
 スーパーデカオくん人形はボッシュートになります。

 その他の誤字報告も多く頂いております。ありがとうございます。
 いつからここはウイルスの餌場に……?

 少し投稿が遅れたのは、「ワイリーはあとボタン押すだけなのに、どうやってプラグインして、どうやってドリームウイルス倒すまでの時間取るの?」ということを考えていたためです。
 ロケットの電脳にプログラムくんがいないこと、ドリームウイルスが軍事衛星の破壊ではなく掌握を目的としていることから、ドリームウイルス自身がロケットの操縦をするという設定にしました。
 原作と違い超速進行でゴールしたので、「まだドリームウイルス入ってないんじゃが」というのも考えましたが、その場合、渡がいなかったら熱斗がプラグインする暇を貰えず詰んでたことになるので、ボツにしました。
 結果、渡によって超速進行になっても、ロケットのタイムリミットにはほぼ関係ないということになりました。グライドやガッツマンの出番が消滅したくらいですね。
 もちろんワイリーへのダイレクトアタックも候補でしたが、渡はダイレクトアタックを極力禁止しています。明確な理由はありませんが、"ロックマンエグゼ"の世界における卑怯な手段にあたり、それをすればしっぺ返しが来ると考えている、みたいな感じです。

 サブタイはドリームウイルスの死ということで真っ先に思いついたものです。もう一つ意味を持たせられたらと思い、熱斗とロックマンを初フルシンクロさせようということになりました。
 トドメのチップがトリプルランスってしまらないのでは? チャージショットの方がかっこよくない? と思われる方もいるかもしれませんが、実際はそんなものかな、と。豆バスターよりはマシと思ってください。

 ところでサイトバッチですが、直接の強化能力はないものとします。
 原作マジックマン戦後の復活やパワーアップも、熱斗の意思に呼応(=フルシンクロ)してのものですし、サイトバッチによってシンクロ率が高まるという説明も祐一郎からあったので。
 フルシンクロしやすくなった、くらいですね。

 「3」以降で登場するナビカスプログラムやチップとしてのサイトバッチも存在しないことにします。
 細かい説明はややこしくなるので省きますが、「ロックマンの根幹に関わるサイトバッチが外付けになるのはおかしい」というのが大方の理由です。
 逆に「サイトバッチをアンロックするプログラム/チップである」というのも考えましたが、サイトバッチ+フルシンクロの二重パワーアップは、サイトバッチは強化パーツではないという設定と矛盾するので、ナシです。

 というわけで、この話ではフルシンクロ=原作「1」のサイトバッチ状態です。
 ここまでかなり自分の意思が強く入った設定変更で、自分でも「これって原作準拠の作品としてどうなの?」と思うんですが、これ以上の着地点が見つかりませんでした。サイトバッチによる超パワーアップを期待された方には申し訳ありませんが……

 逆に、フルシンクロが全体的なパワーアップになります。これも本来はそういう設定で、チップ威力だけに干渉するのがおかしい話ですから。
 わかりやすく書くと、
この作品のフルシンクロ=(ゲームのフルシンクロ+サイトバッチ)÷5
 くらいでしょうか。とにかくそんな感じです。漫画版が近いですね。

 エンディングにあたる話がまだなので、少し早めの「1」終了までの感想なんですが……
 早い。
 ここまで100k字に満たないのもそうですし、投稿ペースも自分の中では速いと感じました。1話2k~3k字程度を目安にしていたのもありますが、不思議とエグゼは書きやすかったです。元々ネタのつもりで気楽にスタートしたからかもしれません。

 ロックマンシリーズという比較的メジャーな原作ということか、ランキング掲載や赤フルゲージ達成など、自分の作品としては信じられない高評価を頂いています。ダークチップシンジケートの方ですか? うち、訪問販売はお断りしてるので……
 ちょっと前の前書きにも書きましたが、やはり賤しい人間なんでしょう、モチベになっております。特に感想。いつもありがとうございます。

 原作キャラへの憑依でないオリ主作品なのでどうなるかと思っていたら、渡や、二階堂のことまで好きになってくれた方もいらっしゃるようで、とても嬉しいです。ありがとうございます。
 どちらも悪く言えば安易な天才キャラなので、嫌われやしないかと思っていました。今でも思っています。

 原作キャラの再現度も不安(言葉遣いや、どういう時にどう考えて動くか)ですが、できるだけ考えただけあって、違和感を持たれたりもしていないようで、今の所安心しております。怪しいのが1人いますが。


 いつも通り長くなりましたが、挨拶はここまで。
 改題実行についてはもうちょっとキリのいいところまで行ってからにします。


 さて、長く引きずった14話後書きの件ですが、ドリームウイルス死亡ということで結果確定です。感想欄に名前が出た回数は以下の通りです。

4回:緑川ケロ、アイリス
3回:城戸舟子
2回:サロマ、ジャスミン
1回:ミリオネア、パクチー・ファラン、アネッタ、白泉たま子、チロル

 そもそも人間ですらないアイリスがまさかのトップ組。舟子といい、薄幸属性が効いているんでしょうか?
 ケロは……何が要因なんでしょう。登場作の多さとか?
 ⑤のフィルターにかかるキャラも2回名前が挙がって驚いております。新たなチームオブ犯罪者が完成してしまう。

 というわけで、アンケートは下記の通りになりました。
 締め切りはまだ決めていませんが、早ければ3日後くらいになると思います。速歩きくらいでの投票をお願いいたします。


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23話 日常へ

 なんだかアンケートが大変なことになっていますね。もう決定でいい気がしてきました。早くて3日と言いましたが、もっと早まるかもしれません。
 おかしいな、ケロとアイリスは同程度のはず……

 それとは別に設定関連で大変なことが起きました。詳しくは後書きにて。


 列車の規則正しく揺れる音に混じって、遠くから地響きが聞こえていたのも、ほんの十数秒のことだった。

 熱斗は糸が切れたように座席に上半身を横たえて眠ってしまい、起きている渡も、メトロが秋原小駅に着くまでの20分弱を、ただ天井を見上げてぼーっとして過ごしていた。

 

 渡が熱斗を起こして、暗い地下から出れば、そこには出迎えが……ということもなく。最初にここへ来た時のように、誰一人外にはいなかった。熱斗が頭の後ろで手を組み、伸びをする。

 

「んんー……なーんか実感湧かないなぁ」

「それはそうでしょう、終わったと連絡してもいないんですから」

「ええっ!? 渡は起きてたんだろ?」

「地下は圏外ですよ。それに、僕の役目ではありませんから。光くんからお父さんに報告してあげてください」

「そうだよ熱斗くん、きっとパパもその喜ぶって! オート電話、かけるからね!」

 

 ロックマンが本当に電話をかけ、発信音に慌てて熱斗がPETを手に取る。緊急時だからか、電話が取られるのは早かった。

 

「熱斗! どうした? 無事でいるのか?」

 

 出たのは祐一郎本人だった。早口気味で、今も忙しなく動き回っていたのだろうとわかり、熱斗は笑って言った。

 

「パパ、オレたち、やったよ!」

 

 

……

 

 

 祐一郎は既に日暮たちから話を聞いていたらしかった。渡やロックマンも交えて祐一郎に詳細を説明した後、ひとまず、熱斗は待っている母親――光はる香のために帰ることになった。

 友人かつ当事者の渡も、熱斗の家に上がることになった。家の前まで来て、熱斗がドアを開けると、"ただいま"を言う前に、玄関に立っているはる香の姿が目に入った。

 

「ねっと~!」

「うぐっ」

 

 上履き用であろうスリッパのまま降りてきて、熱斗に抱きつく。渡は、リビングの方から、WWW壊滅を知らせるアナウンサーの声を聞いた。

 

「ん~! 無事でよかったぁ~!」」

 

 熱斗が、はる香の腕をばしばしとタップする。お構いなしに満足するまで抱きしめられた後、ようやく解放された。解放されたところで、今度は背後から現れたメイルが抱きつく。

 

「ねっと~!」

「うわっ!?」

 

 つんのめったところを引き戻され、肩を振って振り払い、振り向く。

 

「い、いきなり何すんだよ!」

「だ、だって、熱斗が帰ってきてたから……」

 

 メイルはずっと、自室で熱斗の無事を祈っていた。隣家ということもあって、ドアが開く音やはる香の声が聞こえ、飛び出してきたのだった。

 

「だからってぶつかってきたら危ないだろ!」

 

 メイルがしばし目を見開いた後、その頬が少しずつ膨れ始める。はる香は二人の様子を見て微笑んでいたが、スリッパで降りたことに気がついてか、手で持って奥へ去っていった。

 

「……なによ! ずーっと、熱斗が無事で帰ってきますように、って祈ってたのに!」

 

 前かがみで熱斗の目をまっすぐ見つめて怒るメイル。それに対して熱斗もむっとした表情で言い返す。

 

「そんなこと誰も頼んでないじゃん!」

「熱斗くん! もっと優しく!」

「ロックマンまで!」

「光くん、もっと優しく」

「わ、渡もかよ!?」

(助けに来る見せ場なくしてもうたからな。フォローせんとな)

 

 ロックマンの発言に乗る渡の表情も、先ほどのはる香のように穏やかだった。2人がかりで言われると、熱斗も気勢をそがれ、何か言おうとしたが、口を閉じた。

 膨れたままのメイルの前で、熱斗がどうしていいかわからず立ち尽くし、数秒。

 

「光くん。桜井さん、心配してくれたそうですよ」

「な、なんだよ」

(ほんまめんどくさいやっちゃな)

 

 小さく首を動かして渡を見る。渡は薄笑いを浮かべていた。

 

「すごく心配してくれたこんな時、かける言葉があると思うんですよ」

「……あー! もう、わかったよ!」

 

 両手を振り上げて叫ぶ。メイルは驚いてのけぞったが、真っ直ぐ立って熱斗の次の言葉を待った。

 

「メイル、その……ありがとな、心配してくれて」

 

 熱斗は頭をかき、目をそらしながら言った。その言葉を聞いてようやく、メイルはふっと笑った。

 

「熱斗ったら、こんな時だけ男らしくないんだからっ」

「あんだと!」

「熱斗。わたしからも、ありがと。帰ってきてくれて」

 

 怒って向き直り、メイルのその笑顔を見た熱斗は、気まずそうに言葉に詰まって、「かっ」とか「くっ」とか言った後、わずかに頬を染める。

 

(よしよし、軌道修正としては充分やろ)

 

 いい雰囲気になった2人を見て、渡は満足そうに頷いていた。ふと、PETからオート電話の着信音が鳴る。

 

「おっと、失礼」

 

 玄関から出て軒下を回り、家の横辺りで電話に出る。

 

「はい、もしもし」

「七代渡さんですか? 私、オフィシャルの津戸と申します」

(あっ)

 

 

……

 

 

 あの後、光一家から昼食の誘いを泣く泣く断り、渡はオフィシャルセンターに出頭していた。今回WWWの研究所で何をしたかの他に、ベータの名で色綾まどいを間接的に引き渡した件の説明を求められるということだった。

 事情聴取を担当するのは、電話口でも話した津戸という壮年の男だった。午前中の騒ぎのおかげで忙しかったのだろうか、渡と顔を合わせてから数度、目をしばたたかせたり擦ったりしている。

 

「驚いたなぁ。噂に聞くベータのオペレータがきみのような子供とは。もうひとりも光祐一郎のお子さんだっていうし」

「そういうこともあります」

(ただの事情聴取とわかっとっても、圧迫感あるなあ)

 

 取調室に通された渡は狭い部屋をぐるりと見回した。こうなるとわかってはいたが、それでも気分はよくなかった。

 

「それじゃ、事件に関わることになったきっかけから話してくれるかな?」

 

 渡は、科学省に出入りする二階堂がWWW団員だったこと、その二階堂の忠告でWWWの研究所へ行ったこと、そこで起きたことを話した。

 そもそもきっかけである水道局の出来事については、熱斗と会った日に偶然起きたと言い、色綾まどいを闇討ちした件も、WWW団員だと言っているのを聞いたとウソをついた。後で口裏を合わせなければ、と心に留めた。

 11歳の子供が大の大人をスタンガンで襲って拘束したという事実に、津戸はため息をついた。罪に問われるのかと渡が尋ねると、不法侵入と合わせて功績で帳消しだという。日本とはえらい違いだな、と渡は思った。

 洗いざらい話した渡が、そろそろ帰れるかなと掛け時計を気にしていると、そういえば、と津戸が口を開いた。

 

「きみ、海外旅行行ったことある?」

「? いえ、ありませんが」

「そう? ……まぁ、今更聞いても仕方ないか」

(マジで何の話や? 世間話にしても唐突すぎるし)

 

 唐突で心当たりもない話題に、きょとんとする渡。その表情を、天井に据え付けられた監視カメラが記録していた。

 

 

……

 

 

 渡が家に帰り着いたのは、昼の2時過ぎだった。子供相手だからということだったのかはわからないが、とりあえずオフィシャルとしては渡を拘束する理由はもうないようだった。熱斗たちに合流するには遅く、結局昼食を取るタイミングがないままだった。

 帰りのメトロから翔やみゆきに一報を入れ、腹を空かせて家の扉を開けた。

 

「ただいまー」

 

 奥から、麻婆豆腐の匂いが漂ってきた。帰りがけに渡がリクエストしたものだった。靴を脱いで居間まで上がると、翔はいつものようにテレビを見ていたが、渡が入って来るなり、ずんずんと近づいて両脇の下に手を添え、持ち上げた。

 

「わっ」

「おかえりー! 早かったなあ!」

(やたら元気やな)

 

 そして回転。肩掛け鞄が揺れて翔の手に当たるが、翔はそんなことは気にならないようで、笑って我が子の困り顔を見上げていた。

 キッチンの方から、鏡子の声がする。

 

「おかえりなさい。もうご飯出来てるから、手を洗ったら食べましょう。遅いお昼になったから、私たちもお腹ペコペコよ」

(遅いお昼? なんでお父さんとお母さんが? ……あっ)

 

 テレビに映されたワイドショーでは、まだWWWの話題が尽きていないようだった。翔と鏡子は、昼前にテレビで渡の勝利を知り、ずっと帰りを待っていたのだと、渡も気付いた。

 

 翔に降ろされ、手を洗い、一家揃って席についていただきますをしてから、食事に手をつける。

 最中、しきりに翔が武勇伝をせがんだが、渡は「ほとんど熱斗くんについてっただけみたいなもんやし」と苦笑気味にごまかした。

 

 ドリームウイルスを倒したが、これはゲームではない。エンディングムービーも、感動的な音楽もかからない。知らないタレントやどうでもいい評論家の的外れな対話をBGMにして、いつもとそう変わらない食事風景が続く。

 

(……うん、修学旅行の帰りって感じやな。昼やけど)

 

 みゆきからメールで食事の誘いが来ているのに気付いたのは、夜寝る前だった。

 しまらない一日の終わりになってしまったと、渡は思った。




 今回もアンケがあります。特に締め切りは設けませんが、テキトーなタイミングで締め切ります。その程度のものです。が、ご協力ください。


 ようやく届いた「ひみつ」に「クリームランドの第一王女」と記載されていて、あれっ? と思ってエグゼ2本編の台詞見直したら……

 普通に王女でした。女王じゃなかった。まさかの見間違い。
 なんということでしょう。凡ミスで設定を作り直しになるとは……
 ということで、後々、序盤の本文を修正します。幸い大した量にはなりませんし、話の流れも変わりません。
 読者の方々を混乱させてしまい申し訳ありません。修正が完了したら、その次に投稿する最新話の後書きででも修正点をお知らせします。以下の説明で充分かもしれませんが。

 ひとまず設定の追加と修正は下記のようになります。上の項目ほど独自解釈度が低いです。

・プライドはクリームランド第一王女で王位継承者
(後半は明言されていなかったはずだが、他に誰がいるという話もないため)

・ネットワーク導入を行ったのは祖父の代。時期は20~22年前で、当時の父が13~17歳程度、プライドはまだ生まれていない
(「ひみつ」にて、「2」当時11歳の熱斗の生年月日がネットワーク(※別に西暦があるので恐らく元号。すごい)12年6月との記述あり。
 23年前のニホンで世界初のネットワーク(プロト)が導入されたとすると、30年程前にネットワーク学が政府に選ばれていたという情報とひとまず齟齬はない。
 クリームランドはどこよりも率先してネットワークを導入したという話なので、遅くとも20年前には導入しているだろうと考えられる。
 クリームランドは小国なのでなおのこと結婚する年齢はゆるく見積もれないことから、王位継承者は20歳程度で結婚するものとして計算)

・祖父の代から他国の妨害によって再度の衰退が始まり、祖父・父はそのことで他国を恨んでいて、プライドもその影響を少し受けている。
(でなければ「2」で復讐という言葉は使わない)

・祖父母は既になく、両親は事故や病気で植物状態。そのため、幼すぎず大人並に働ける唯一の王位継承者であるプライドが実権を握っている。プライドにきょうだいはいない
(親なしに近い状態でもなければプライドが「2」のように追い詰められる事態にならないし、こうすれば親やその代理、プライドのきょうだいの話が全くないことにも説明がつく。
 逆に親が健在なら実行犯がプライドでも親が責任を取らされてしまうし、そのことをきちんと理解しているであろう真面目なプライドはゴスペル加入なんてそもそもできない。自分自身以外失うものがない状態であることは絶対に必要)

 結局のところ、現状とあまり変わりません。両親が「死んでる」から「生きてない」になったくらいですね。原作においてプライドがゴスペルで活動している、という事実がほとんどの原因です。
 つくづく不幸な国です。こんなのでよく「5」までに立ち直りましたねプライド……


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24話 デカオ家電を買う

 誤字報告ありがとうございます。あれは多分ドリームビットです。大切に育ててあげてください。

 タイトル変えました。どうでもいい話ですが、ロックマンエグゼのタイトルから「バトルネットワーク」が取れるのは「4」からです。これも「3」で一区切りってことが感じられるポイントのひとつですね。

 原作の登場タイミングで得票数が変化するという事実が浮き彫りに。
 次の機会があればもう少しうまくやる必要がありますね。
 とりあえずアンケートは締め切りました。この段階でダブルスコアはもうどうしようもないので……

 思いの外長くなりました。


 青い空を流れる白い雲。そこへ届こうかという超高層ビルが立ち並ぶ。その密度は、一体どれだけの建物が日照権を得ているのかと心配にさせるほど。

 それらを縫うように敷設された超高度ハイウェイを、3機のスーパーマシンが駆けていく。遠目には、赤、緑、黒の点が線上を進んでいるように見える。

 ハイウェイには壁がないが、いずれも巧みなコーナリングで線上にしがみつき、急激な減速と加速を繰り返し、誰よりも速く、誰よりも先へと争っていた。

 

 ほぼ直角の曲がり角に差し掛かった時、それは起きた。緑のボディに黄色のラインが入り、エンジンがむき出しになった凶暴そうな大ぶりの車両に、白と赤で二重に縁取られた黒い車両がぶつかる。

 落ちれば数百メートルは真っ逆さまという状況で、躊躇いは一切見られなかった。意図的な追突――攻撃だった。

 

「ちっ、邪魔だ!」

 

 ガツンガツンとぶつかってくる黒いマシンを振り払おうと、黄色のマシンが猛回転。回転に巻き込まれた黒いマシンが弾き飛ばされ、コースの外に放り出された。

 

『スピネル選手、コーナーで仕掛けたがコースアウト! 返り討ちに遭ってしまったァ~! これで残るマシンは2つ。最終ラップは、ジーン選手とマッハ選手の一騎打ちだ!』

 

 都市上空を飛ぶ楕円形の飛行船に吊り下げられたようなもの、あるいは高層ビル壁面が丸ごとそうなっているもの。都市のあちこちに浮かぶ立体映像モニターに、反撃の瞬間が映され、合わせてMCの実況音声が流れる。

 

「待ちやがれ!」

「……!」

 

 黄色い危険重量級マシン――マッハ機がコーナーを抜け、エンジンから工事現場もかくやという轟音を響かせて加速する。向かう先には、赤と白のツートンカラーのバイク――ジーン機。

 プロテクターやフルフェイスヘルメットこそ身につけているが、ほぼ生身といっていい状態で、この狂気のハイウェイの内側をキープしている。よそ見することも、振り向くこともない。

 加速したマッハ機がジーン機の後ろに迫る。白い線の立体映像――ゴールラインもまた、それぞれの視界の中で大きくなっていく。

 

「今だああっ!」

「!!」

 

 マッハ機とジーン機が接触するという瞬間で、それぞれ、何かを仕掛けようと身じろぎし――

 

 ――全てが闇の中に消えていった。マシンたちも、コースも、街も、空も、光も、音も。

 

 

……

 

 

 WWW壊滅からおよそ一週間後、土曜日。

 

「ああーーっ!?」

 

 大柄でたらこ唇の少年、大山デカオが、胡座をかいてコントローラーを握ったまま叫ぶ。その視線の先には、何も映さなくなったテレビ。

 デカオの横で、その大声に渡がビクッと震えた。デカオは立ち上がってずんずんと詰め寄り、テレビをバンバンと叩き始める。

 

「このヤロっ! 今オレさまが勝ってたろうが!」

「あー……」

 

 後ろから渡がテレビを観察する。突如映像が切れたテレビは、映像を映してこそいないが、電源が切れたわけではなかった。

 

「デカオくん、寿命です。バックライトは生きてますが、画面に色を出す部品がダメになってます」

「なに!? そ、それじゃ修理か?」

 

 テレビにバンッと手をついたままの姿勢で、デカオが振り向く。

 

「修理……より、買い替えた方がよさそうです。判断はお任せしますが」

「ぬぬぬ……」

 

 デカオが腕を組んでテレビを睨むが、テレビはうんともすんとも言わない。やがて眉を八の字にして、今までより小さな声で渡に話しかける。

 

「なあ渡、お前を友達と見込んで頼みがあるんだけどよ……」

「お父さんに訳を話せば、ちゃんと後でお金は振り込んでもらえるでしょう。後で返してくださいよ」

「当たり前だ! 友達に金をせびるようなヤツはオトコじゃねぇ!」

 

 拳を握って力説するデカオに、渡は苦笑した。

 

「……それじゃ、電気街にでも行きましょうか」

「おうよ!」

 

 ゲーム機をそのままに、デカオと渡は大山宅を出て、雨の中メトロ駅へ向かった。

 行き先は、電気街駅。

 

 

……

 

 

 デンサンシティ、電気街。名前から受ける印象とは違い、店が並ぶ通りではなく、街そのもののことを指す。

 行政が直々に"電気街"と定義したここは、名実ともに電気の街。街のどこを切り取っても、電気に関する専門店ばかりが見えるだろう。

 表通りでは新製品入荷や高価買取を掲げる看板がピカピカ光り、一歩路地に踏み込んでみれば、ジャンクショップや機械部品の販売店が顔を見せる。

 

 秋原町に住むメイル、デカオ、やいとは、いずれも両親の都合で一人暮らしを余儀なくされている。

 デカオの場合、両親は離婚しており、親権を持つ父親と弟のチサオはアメロッパで暮らしている、という事情があった。

 生活費は仕送りを受け取っているが、このように大きな買い物をすることは基本的に考慮されていない。テレビの代金を実際に受け取れるのも、インターネットの国外エリアからの送金となると時間がかかる。なので渡は、まずテレビを買ってから、後で説明して代金を受け取ろうという話をしたのだった。

 

 デンサンタウンも休日の人通りは多いが、電気街はそれ以上だ。電気街は同じものを扱う店ばかりであり、店をはしごして最安店を探す者も多い。そういった人々が用事を済ませるまで長時間街をうろついているおかげで、この街は実際の来訪者数よりも賑わって見える。

 今日は雨が降っているので比較的マシだが、それでも行き交う傘同士がしょっちゅうぶつかり合う。

 

 渡とデカオが向かったのは、電気街の表通りにおける最大規模の店舗、ジョーモン電気・デンサンシティ電気街店。ジョーモン電気は、日本全国に支店を持つ大企業。基本的に、ここで買い物をすれば外れはない。

 

「おい、渡、あれ見てみろよ」

「ん?」

 

 見れば店先に、"ネットワーク犯罪対策推進キャンペーン実施中! ウイルスバスティングに成功した方は全品20%オフ!"と書かれたのぼりが置かれている。運のいいことに、割引キャンペーンが行われているようだった。

 

「このデカオさまのバトルテクニックが家計の助けになる時が来るとはな。行くぜ渡!」

「いや、テレビを選ぶのが先ですからね? 手ぶらでカウンターに行っちゃだめですよ?」

 

 腕まくりしてあらぬ方向へ行こうとするデカオ。そのごつい肩に渡が下から手を掛けて止める。

 

「わ、わかってらぁ!」

 

 店内に置かれた家電は色とりどり。僅かに青みがかった蛍光灯に照らされた真っ白な空間で、渡は少し肌寒さを感じた。のしのしと自信満々に歩いていくデカオの後についていくと、早くもデカオは買う物を決めたようだった。カウンターで渡す商品IDカードを手に取って振り向いたデカオの後ろに、赤い"格安"の文字が見えた。

 

「よし、カウンターに行くぞ!」

「もう決めてしまったんですか?」

「テレビなんてどれもそんなに変わんねぇだろ」

(えーっと……)

 

 テレビの詳細が書かれたプレートに、渡がさっと目を通す。

 この世界は科学が発展しているが、ネットワークに重きを置いており、全てにおいてSFマンガのようになっているわけではない。

 テレビに関しても、今後どんどん薄型の液晶テレビが台頭して行くのだが、今はまだブラウン管テレビがあちらこちらで見られる。といっても、調子が悪ければプラグインしてメンテナンスを行うこともできる、この世界らしいハイテクさを備えているのだが。

 

 デカオが選んだのは、今使っているものと比べれば新しいが、最新というわけでは決してない……といった位置のブラウン管テレビだった。

 このような大型家電量販店で古めのモデルが取り扱われていることに違和感を覚えた渡が、近くに立っていた店員に話を聞くと、メーカーへの発注の際に型番を間違えてしまったらしく、スペースを空けるために赤字覚悟でとにかく早くはけさせたいということだった。

 話をしている横で待っていたデカオが、痺れを切らせて渡に声をかける。

 

「おい渡、もういいか?」

「そうですね。お待たせしてすみません」

 

 移動し、いよいよカウンターで購入手続きという段。

 

「こちらのテレビが1点ですね。ただいま、ネットワーク犯罪対策推進キャンペーンというものをやらせていただいてまして、当店が用意したウイルスの駆除に成功された場合、全品20%オフとなるんですが、いかが致しましょうか?」

「もちろんやるぜ!」

 

 デカオは力こぶを叩き、威勢よく宣言した。若い女性店員は営業スマイルを崩さず、カウンターの裏から金属製のマグカップを取り出した。どういう機能がついているのか、全体的に分厚く、プラグイン用の端子がついている。

 

「こちらのマグカップにプラグインしていただき、ウイルスバスティングを行っていただくことになります。制限時間はございませんが、ナビのHPが半分以下となった場合には強制プラグアウトプログラムが起動いたします。また、そのプログラムがあるため基本的には安全ですし、いつでもプラグアウトでのギブアップが可能となりますが、万が一デリートされてしまった場合、当店は補償いたしません。それでもよろしいでしょうか?」

(早口やなこの店員さん。できる!)

「おうよ! このデカオさまとガッツマンにかかれば、どんなウイルスだろうと瞬殺だ!」

『瞬殺でガス!』

 

 デカオが取り出したPETからも威勢のよい声がした。

 

「かしこまりました。では、こちらの端子にプラグインの方お願いいたします」

「プラグイン! ガッツマン.EXE、トランスミッション!」

 

 間違えて壊さないだろうな、という渡の懸念をよそに、デカオは普通にプラグインした。

 

 マグカップの電脳の中は狭い。単純な機能しかないのか、プログラムくんの数も少なく、彼らは予めウイルス避けの鉄格子を挟んだ向こう側に避難しているようだった。

 鉄格子は緑の噴流推進鳥(キオルシン)3体に何度も体当たりされてなお歪まないが、中にいるプログラムくんたちは怯えている。

 

 プラグインしてきたガッツマンの体は通常のネットナビより一回り大きく、重機を思わせる黄色と白のカラーリング、角張った頭部からせり出した下顎。"ゴツい"という言葉がとにかく似合う。渡は、ただでさえ狭い電脳世界が、より狭く見えるような気がした。

 3体のキオルシンが、プラグインしてきたガッツマンに気付いて回頭する。尾の部分が光り始めた。

 

「ガッツマン! タイミングを合わせろ!」

「ガッツでガス!」

 

 ガッツマンが右拳を引いて構える。3体のキオルシンが光を爆発させ、突進を開始した。

 

「今だ! ガッツパンチ!」

「ガッツ!」

 

 連なって飛ぶキオルシンのうち先頭の1体が、渾身の拳打を受けてバラバラのジャンクデータとして飛び散った。2体目が続いた時、デカオがチップデータを送信する。メットガードだ。

 横で見ている渡が、片手で口を覆う。

 

(ちょっと無理があるな。そもそもガッツマンに合う戦法でもないやろ)

 

 ガッツマンを守る黄色の盾が展開される……途中、そこにそのまま突っ込んできたキオルシンが、ガッツマンに衝突する。

 

「ぐわーーっ!?」

「ガッツマン!」

 

 盾の展開は中断され、キオルシンはガッツマンのHPを削りながらその体を貫通し、宙返りして元の位置へ向かう。ひるんだガッツマンは偶然3体目の突進を避ける格好になったが、体勢を整える頃には、残り2体のキオルシンがまた正面から突撃してきていた。

 

「お、落ち着けガッツマン! もう一度ガッツパンチだ!」

 

 PETを持っていない方の手をブンブン揺らし、指示を出すデカオ。

 

(うーん……まあ、勝てはするやろな)

 

 

……

 

 

「――お買い上げありがとうございました! またのご来店お待ちしております!」

 

 支払いを済ませ、配達及び設置の日時を決めた後、2人は店を後にしていた。

 

「まあ、いいじゃないですか。勝ったんですから」

「ダメだ! あんな勝ち方じゃ納得いかねぇ!」

 

 あの後、ガッツマンはとにかくガッツパンチを繰り出し、キオルシン3体を全滅させた。しかし、1回突進を受けた後は冷静さを欠き、攻撃を避けることを忘れ、タイミングもろくに取れず。

 ガッツマンの耐久性に任せて何度も突進を受けながら、パンチを数打って当てて勝利したという、快勝とは言えない勝ち方だった。

 

「こんなことじゃ熱斗にもお前にもリベンジなんてできねぇな……」

「感覚が麻痺してるだけで、開けた場所でキオルシン3体って、普通に難題ですよ。光くんや僕に勝つことに、どうしてこだわるんです?」

「オレさまは秋原小最強のネットバトラーなんだ。だから、勝てねぇといけねぇだろ?」

 

 当たり前のことを年下に説明するような口調で支離滅裂なことを言うデカオに、渡は呆れて肩をすくめた。

 

「めちゃくちゃですね……というか、それなら僕は関係ないでしょう」

「お前がコートシティに住んでようと、いっつも一緒に遊んで、ネットバトルで勝負してるなら、そんなの関係ねぇんだ! 例え熱斗に勝っても、お前にも勝てなきゃ、胸を張って秋原小最強は名乗れねぇ。違うか?」

「……」

 

 店内では肌寒さを感じていた渡だったが、デカオの言葉を聞いて、胸が熱くなった気がした。

 

「……いや、やっぱり僕は関係ないと思います」

 

 頬を緩ませつつも、その返しはどこまでも冷静だった。デカオにはそれが、挑戦者に対する不敵な笑みに見えた。

 

「こんにゃろ、わかんねーやつだな!」

「いたっ、痛い!」

 

 傘を差したまま、デカオの大きな手が渡の肩を強く叩き、渡が痛みに顔を顰めた。

 

「いいか渡、オトコってのはな――」

 

 

 デカオのオトコ語りは、メトロでの移動を挟んで15分程、絶え間なく続いた。




 後書きがいつも長い気がします。今回は3本立てです。
 アンケートもあるので、ご用の方はスクロールしてください。

①デカオの独自解釈
 今回はデカオ回でしたが、書くにあたって独自解釈がつきました。デカオの両親が離婚している、という点ですね。
 ゲームの都合で親の存在が消されがちなエグゼ世界ですが、ここがこうなったのは意外でした。光家って恵まれてるんだなって……

 判断材料となる事実はこちら。

・デカオの部屋がとても散らかっていること。
・デカオが母親について一切口にしていないこと。(※似たような境遇のメイルとやいとの両親については言及されている)
・父親の仕事の都合で、父親と弟のチサオの2人がアメロッパで暮らしていること。
・チサオはデカオをアメロッパへ連れて行こうとした。

 以下が考察です。

 両親が健在で、父親が仕事の都合でアメロッパに行くというのであれば、ニホンへ仕送りをし、チサオとデカオの面倒を母親が見る、という形でよいはずで、わざわざ兄弟を引き離す理由がありません。あるいはそもそも、一家で行けばよいという話でもあります。
 (よしんばニホンに母親とデカオが残っているというという形だとしても、デカオの部屋の散らかりようと、デカオが母親について一切触れないのは不自然ですし、母親の面倒見が悪いのでなければ、部屋はしょっちゅう掃除されているでしょう)

 また、「3」でチサオはデカオをアメロッパへ連れていくためにニホンに来た後、ホームシックになったという理由でアメロッパにすぐ帰っています。
 どうしてもすぐに戻る必要があるのでなければ、母親が病気なら見舞い、亡くなっているなら墓参りに行くはずです。「3」のチサオ関連でも母親の話が出て来ない以上、離婚と見る他ないでしょう。

 ではなぜデカオ一人でニホンにいるのか? というと、デカオの「秋原小を~」という発言が本気と捉えるしかありません。その根拠として、デカオの主体性と勇気が並外れていることが挙げられます。
 メイルややいとと共に、シリーズ通して度々熱斗の手助けをしてくれるのはもちろんですが、「1」のスクールジャック事件では、動こうとした熱斗を押しのけてまで、自分とガッツマンだけが行くことにこだわっています。ガッツマンのデリートというリスクを承知でそうするのは、見栄を張る気持ちだけではできないことで、この点が他の2人より抜きん出ています。
 後々秋原町の町長になる人間ですし、他者を先導するというか、他者の前に立つという気持ちが強いのは間違いありません。
 乱暴なところがないとも言えませんが、本人の言うように、実に男らしい性格です。情に厚く、感動して涙を流すシーンもありますし。
 チサオが来た件を考えると、父親に無理を言ってニホンに残っているのでしょう。小学生とは思えないメンタルです。将棋好きだし渋い男です。

 以上、考察でした。後書きはまだ続きます。

②「すべて」の杜撰さ
 「すべて」に書いてある歴史がめちゃくちゃなのに気付きました。
 ロックマンが生まれた後にプロトの反乱が起きてるとか、もうどうやっても信用できませんねこの本……

③日常回書けない問題
 日常回って難しい……何書けばいいかわからない……
 と思っていたんですが、調べてる内に「ファンディスク」という単語に行き当たり、「あ、テイルズオブのドラマCDみたいなのにすればいいのか」ということに気付きました。
 どのみちどんな話にするか思いつく必要はあって苦労するのですが、ある程度助けになりました。今回はリアルの近況をネタにしました。
 日常回やらなきゃ、ということだけに囚われていたので、日常回とはどういうものか、まで頭が回っていなかったんですね。ひとつ成長した気がします。


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25話 埋め合わせて埋まる

 みゆきってそんなに人気のあるキャラでしたっけ……?
 アニメでは確かに比較的出番ありましたけれども……

 埋め合わせを具体的にどうするか考えておらず、いらぬ苦労をした気がします。軽はずみなことを言うのはよくありませんね。

 長さ適切。


 官庁街、官庁ビル前広場。

 ここには2つの露店が隣り合って存在し、昼時や夕飯前といった時間帯に客足が増える。

 

 ひとつは自然保護活動家の少女・サロマが開く、自然食弁当屋。官庁ビルで働く職員たちが毎日、昼休みに列を作っている。本人は自然保護活動の一環として行っているつもりだが、売上も高い。

 

 そしてもうひとつが、魚っぽい顔をした男・マサの開く魚屋である。この時代にあって新鮮さをどこまでも追求し、仕入れは魚市場の直売のみ、前日の売れ残りは出さない、バッテリー式の冷凍庫で鮮度を維持する、など徹底している。

 新鮮な魚を求める客が遠くからもやってくる程度には名の知れた魚屋であるが、売上では隣の弁当屋にどうしても勝てない。

 

 とある平日の昼前。子供が1人、魚屋の方へ歩いてやってきた。渡である。

 

「こんにちは。切り身ってありますか?」

「よう、切り身はねえぜ。うちはカルシウムの多い魚がメインだからな。ぼうず、学校は行かなくていいのか?」

 

 マサが魚屋を開いたきっかけのひとつが、現代人のカルシウム不足だった。客の要望で()()()サービスはやっているが、バラ売りはしていない。

 

「家庭の事情で通っていないんです。勉強はしてますよ」

 

 言いながら渡は冷凍ショーケースを覗き込む。

 

(イワシにシシャモに……シシャモあるんか。シシャモでええな)

「へえ、変わった家もあったもんだ。じゃ、お使いか?」

「そんなところです。シシャモ20匹下さい」

「おっ、太っ腹だねぇ。オスメス半々で詰めとくぜ」

 

 渡が顔を上げて注文すると、マサが氷とシシャモをパックに詰め、ビニール紐で括って袋に入れた。

 

「まいどあり! うちの魚はうめえぞ。また来いよ!」

「ありがとうございました。またお世話になります」

 

 魚の入った袋を持って駅でメトロに乗り、向かうのはコートシティ方面ではなくデンサンタウン。

 以前にみゆきからの食事の誘いを無視してしまったため、何か詫びの品でもと考え、悩んだ結果が魚だった。

 

 メトロを降り、徒歩10分と少し。引き戸の透けた所から中の様子を見るに、骨董品屋は開店中のようだった。やいとのプレゼントを買いに来た日にはまだ開店準備中だった時間である。

 他に客もいない。

 

「こんにちは」

「……あら、いらっしゃい」

 

 渡が挨拶すると、カウンターでぼーっとしていた(少なくとも、渡にはそう見えた)みゆきが目を細めて返事をした。

 

「お昼、もう食べました?」

「まだだけれど……それは?」

 

 みゆきの視線が、渡の手の袋を向く。

 

「魚です。このあいだのお詫びということで、お昼ごはんご一緒しようかと。2階、上がってもいいですか?」

「ええ、どうぞ……」

「お邪魔します」

 

 手で階段を示され、渡は2階へ上がる。その途中、階下から鍵の閉まる音がした。渡の後について、みゆきもゆっくり上がってくる。

 

「いいんですか?」

「お昼休みには閉めているから……」

 

 手すりを握ったまま振り向き、渡が問いかけると、みゆきはいつものことだと答えた。

 

(客が頻繁に来る店ちゃうからええんか? 特殊やから当たり前のラインがどこなんかわからん)

 

 2階に着くと、渡は炊飯器を確認する。米は既に炊けていた。

 

「それで、渡くんが持ってきたお魚でご飯を作ればいいのかしら?」

「僕が作るつもりでしたが、黒井さんが作るならそれでも」

「……料理、できるの?」

「一人ではやるな、と言われていますが」

 

 実際、鏡子がいる時だけという条件で、台所に立つことも許されていた。日常的にというわけではないが、家族に関する記念日には料理や菓子作りをしている。

 

「そう……それなら、お願いしようかしら。楽しみに待っているわね……」

「過度な期待はしないでくださいね。というか、魚はシシャモなので簡単なものになりますよ」

 

 冷蔵庫や台所の収納を確認する。

 

(圧力鍋は案の定ない。天ぷら粉があって、油はごま油があるな。青のりがないけど……? 抹茶あるやん。じゃあいけるな)

 

 調理を始めた後、みゆきは渡の背後に立って頭越しにじっと様子を見ていたが、シシャモを揚げ始めた渡に追い払われてからは、少し離れてじっと様子を見ていた。

 

(なんかプレッシャーやな……)

 

 

……

 

 

 テーブルの上に配膳されたのは、2人分の白米とお吸い物と、大きな皿1枚にシシャモの磯辺揚げが5本。渡の言う通り、揚げ物に関する諸々の手間を除けば簡単なメニューだった。

 

「内臓は取って、頭と尻尾も揚げた後に一応切りましたから、苦手なら残して下さい。それじゃ、いただきます」

「いただきます……」

 

 みゆきが胴体だけになったシシャモを箸でつまみ、半分かじってよく噛む。飲み込んだ後、顔を綻ばせて渡の目を見る。

 

「……おいしいわ。ありがとう、渡くん」

「そうですか? ありがとうございます」

(久々の揚げもんやったけど、失敗はせんかったみたいやな。普通に食える)

 

 その対面では、渡が頭と尾を順番にひょいひょいと取って食べていた。みゆきに言われて軽く会釈したが、その後すぐ食べる作業に戻った。

 

 ごちそうさまをした後、片付けまでやると言った渡が皿洗いを始め、みゆきはその隣に立った。

 

「……渡くんはあの日、どこへ行っていたの?」

「さあ?」

「教えてくれるつもりはないということかしら……?」

「そうですね」

 

 他人の家ということもあって皿洗いに集中し、生返事気味になる渡。その様子を見て、みゆきはひとつ思いついた。

 

「……ネットバトルでわたしが勝ったら、教えてくれる?」

「いいですよ」

 

 どうせ無理だろう、と考えて、渡は二つ返事をした。

 洗い物を終えた後、1階に降り、みゆきはカウンターに座り、渡はその前に立って、それぞれが虫眼鏡の電脳にナビを送り込んだ。

 

 

……

 

 

 ベータのロングソードがスカルマンの額を貫き、そのダメージが許容範囲を超え、強制プラグアウトさせた。ベータもダメージは受けているが、まだまだ余力を残していた。

 

(タイムアップ狙いやと手抜きがバレるし、本気でやったら何言われるかわからん。こんなとこやろ)

 

 涼しい顔で息をつく渡。結果はいかにとみゆきの方を見ると、PETを置いて渡に向かって微笑んでいた。

 

「……わかったわ」

「何がですか?」

「やっぱり、渡くんも戦っていたのね」

 

 わかるはずがない。ハッタリだ。渡は頭ではそう考えていたが、言葉を返すのが一拍遅れる。

 

「根拠はなんですか?」

「そんなものは必要ないの。渡くんとベータがどれだけ長く戦い続けてきたかが、伝わってきたから……」

 

 渡には、穏やかな表情のみゆきの目だけが、黒く塗りつぶされているように見えていた。

 以前のような無表情ではないというのに、その鍵をかけられて試された時と同じような感覚に襲われ、じり、と片足に力が入った。渡の秘密を守ろうとする心が起こした防衛反応が、渡をみゆきから遠ざけようとしていた。

 

 出ていくか立ち止まるか、感情を表に出すまいとしつつ決めあぐねている渡に、みゆきが続ける。

 

「……お礼が言いたかったの。きっと、あなたたちが守ってくれたのだと思ったから」

「……」

「渡くんの魂に興味があるのは、今も変わらないわ。けれど……わたしたちは友達だから……」

 

 みゆきが小さく俯いたその時に初めて渡は、みゆきの肩が僅かに、本当に僅かにだが、震えていることに気付いた。

 

「……渡くんが嫌がることは、もうしないから……どうか、わたしを怖がらないで……」

 

 渡は、みゆきの言っていることは理解できていたが、みゆきが何を感じているのか、自分がどうすればよいかがわからなかった。

 ただ立ち尽くして、同じく何もできないでいるみゆきを見ているうち、ようやくかける言葉をひとつ思いついた。

 

「……大丈夫ですよ。僕はちょっとやそっとのことで絶交だとか言い出すような子供じゃありませんから」

 

 渡は笑顔を作り、"子供"の部分でエアクオーツをつくって見せた。

 

「……ありがとう。ありがとう……渡くん……」

 

 それを見ていたかはわからなかったが、みゆきは顔を上げ、再び感謝の言葉を口にした。繰り返し、ゆっくりと。

 渡は畳敷きに上がり、みゆきの隣に座って、営業を再開するまで待った。




 今回もアンケートがあります。後書き短め。

①マサ&シャークマン
 今思えば、シャークマンには原作で台詞が一切ない。スカルマンと違って人格が希薄とかいう設定があるわけでもないので、扱いに困りすぎる。
 「3」のN1GPで実はベスト8に残ってたりするそれなりの実力者の初登場回なんですが、今回はバトルなしのちょい役でした。
 後の作品も含めてシリーズ通してシナリオに一切関わらないのが辛い……

②セリフ書く時の話
 みゆきっぽさを出すために、台詞は三点リーダーを多めに入れていますが、難しいです。
 マサといい、もっと台詞が多ければ考えようがあるんですけれども……

③サブタイ
 「埋まる」は渡とみゆきの間にある溝のことです。最接近とまではいきませんが、また多少は距離が縮まったんじゃないでしょうか。取ってつけたような形ですが、渡が何をしたかも知ったことになりましたし。

④文字数
 アンケートやってて思うんですが、項目の文字数が厳しい。せめて30くらいは……


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X4話 今更聞けない?やいとが教えるP.A.の不思議

 登場していないことを説明する回なので、飛ばしても全く問題ありませんが、アンケートにご協力下さい。
 導入部分が思いつかなかったのは内緒です。


 もう少しすれば夏休み……という時期には、"テスト"や"ツーチヒョー"などという怪物が口を開けて待っているもので、その事情は秋原小学校においても例外ではない。

 

 "今回に限っては、世界を救ったのだから、大目に見てもらえるだろう"などと考えていた熱斗の頬をメイルがぐにぐに引っ張ったりした結果、どっちを向いても住宅街の秋原町の中にでんと置かれた洋館――綾小路宅にて、勉強会が開かれることになった。

 メンバーは熱斗、メイル、デカオ、家主のやいとの他、熱斗が道連れにする気持ちも込めて渡を呼び出したため、総勢5名となった。

 綾小路家においてもやいとの両親は普段家にいないことが多く、この勉強会に際しても、昼過ぎから夕方にかけて子供たちによる貸し切り状態となる。

 

 突如呼び出されたため遅れて到着した渡がインターホンを鳴らすと、やいとの執事役を務める持ちナビ・グライドが解錠して迎え入れ、渡はエントランスに足を踏み入れた。

 エントランスの時点で既に、内装は"豪勢"とか"上品"としか表現できない有様で、渡は同じ金持ちの家の生まれながら、方向性の違いを感じていた。同じ美術品を並べるのでも、ただ集めている父親とは違い、組み合わせや配置も考えられているように思えた。

 

 10秒ほど待ってようやく、やいとが1階奥から姿を現した。歩くのが遅いのは所作が優雅とかそういうわけではなく、単に体格の問題に見えた。

 

 やいとは2学年の飛び級生であり、8歳で小学5年生である。成長期で2つ歳が違えば、当然一回り背が低い。やいとの場合はそれを差し引いてなお低い。髪も後ろできつく縛っていて、"むしろ低く見える努力をしているのでは"という邪推が脳裏をよぎったこともある。

 幸いにして、その邪推を気取られたことは今の所ない。

 

「こんにちは、七代くん。あなたも災難ね」

「こんにちは、綾小路さん。まあ、貴重な友達の頼みですから」

「そんないい子ちゃんだから、光くんにいいように使われるんじゃない? たまにはビシっと言った方があいつのためよ」

「そうでもありませんよ」

(あんま甘やかして(よわ)なられたら困るからな)

「そう? ……ま、どっちでもいいわね。じゃ、行きましょ」

 

 自分から振っておいて心底どうでもよさそうに話を切り上げたやいとの後について、勉強会会場たるサロンへ向かう。廊下に並べられた調度品や綾小路一族の像を横目に歩いていくうち、話し声が聞こえて……来なかった。

 見れば席についている熱斗とデカオはうとうとしていて、メイルが隣の熱斗の肩を叩いている。

 しかも、テーブルに置かれたグラスの中で男子二人の分だけ氷までなくなっていた。渡は表情を変えないまま頭を掻く。

 

「予想以上ですね」

(これはこれでええな)

「同じクラスメートとして恥ずかしいわね……2人とも!」

 

 やいとが机をコンコンと叩くが、熱斗とデカオの反応は鈍い。

 

「どうしたもんかしら……」

「目覚ましに楽しい話でもしましょうか」

「なによ、紙芝居でもやるつもり?」

「それでもいいんですが、どうせならためになる話で。……光くん?」

「んー……?」

 

 呼びかけに応じる声にも力が入っておらず、既に1度世界を救った英雄とは思えない体たらくだった。メイルが頬をつねった。熱斗が飛び起き、椅子がガタンと鳴る。驚いてデカオも飛び起きた。

 

「いって! なにすんだよ!」

「人の話はちゃんと聞く!」

「……へいへい。それで、なんだって?」

 

 熱斗がため息をつき、それから渡に聞き返した。

 

「ネットバトルにおいて最も強力な攻撃手段はなんだと思いますか?」

「攻撃って……バトルチップだろ?」

「ふんっ、甘いわね……」

 

 渡の横でやいとが腰に手を当て、鼻で笑ったので、熱斗はむっとした顔でそちらを見た。

 

「なんでお前がえらそうなんだよ」

「渡くん、その講義、あたしが引き継いで構わないわね?」

「えっ? ええ、どうぞ」

(……説明したかったけど、まあ、ええか)

 

 少し残念に思いつつも、やいとに先を促す。やいとは満足そうに頷き、続ける。

 

「あんたは忘れてるかもしれないけど、前にメールで話したことあんのよ。キャノンを3枚転送したら別のチップになった、ってやつ」

「……ごめん、覚えてない」

(渡が言うような強力な攻撃手段なら、忘れるはずないんだけどなぁ……)

 

 熱斗は首を傾げたが、どんな話しかより、なぜ忘れてしまったかが疑問だった。

 

「でしょうね。だから、このやいとちゃんが一から解説してやろうってわけよ。まず、キャノンを3枚転送したら別のチップになった、みたいな現象と、それでできたチップのことを、P.A.(プログラムアドバンス)って言うの」

「その、P.A.って強いのか?」

「そりゃもうスゴかったわよ。正直あたしはあんまりウイルスバスティングも得意じゃないから、よくわかんない内に終わってたけどね」

「なんだよ、そんな話じゃ強いかどうかわかんねーじゃん」

 

 頬杖をつく熱斗を見て、渡がフォローを入れる。

 

「いえ、強いですよ。P.A.には様々な種類がありますが、どれも強力です。そこは最初に話した通りで、大抵のバトルチップでは足元にも及びません」

「そうなの!?」

「そうなのよ! なんたって、科学省やオフィシャルが真面目に研究してるくらいなんだから」

「じゃあ、なんでみんな使わないんだよ? キャノン3枚入れたら使えるんじゃ……あっ」

 

 言って、熱斗は思い出した。やいとのメールを受け取った後に、何度もキャノンを3枚揃えて状況を再現しようとしたこと。そして、できなかったことを。

 つまり、自分で使えなかったために存在を忘れていたのだった。

 

「思い出した! それ、オレも試したんだよ! でも何回やっても、別のチップになんて変わらなかったぜ?」

「まさにそれが問題なのよね。みんなが使わない理由であり、科学省やオフィシャルが知恵を絞っても解決しない問題。トリガーとなるチップの組み合わせは噂や証言で明らかになってるのに、誰が何回やっても中々姿を現さないってわけよ」

 

 やいとがやれやれと肩をすくめ、熱斗は口を尖らせる。

 

「えーー、使えないと意味ないじゃんか」

「それが使えるようになれば、というのが理想なんですが……成果は全くと言っていいほど挙がっていないそうです」

(自分も散々試してダメやったし、まさかP.A.フォルダがゴミになるとは思わんかったわ)

 

 まだウラを見つけてもいなかった頃を思い出し、窓の外を見る渡。

 

「それで、話ってそれで終わり?」

「このやいとちゃんを舐めてもらっちゃ困るわね。人づてに聞いたネットバトラー耳寄りな話があんのよ。なんでも、偶然データを取れたP.A.を部分的に再現するバトルチップが開発中らしくてね」

「マジかよ! それがあればオレもP.A.を使えるのか!?」

「僕も初耳です」

 

 P.A.を部分的に再現するバトルチップ、というものに、原作知識含めて心当たりのない渡は、素直に驚いていたし、好奇心を刺激されていた。その目の輝きを見て、やいとがしたり顔をする。

 

「"ベータソード"って呼ばれてるP.A.を元に作られてて、1枚のチップでも使う度に違う攻撃ができるんですって。名前はまだ決まってないみたいだけど」

(バリアブルやんけ! そんな関係があったんか……)

 

 "ベータソード"は複数種類のソード系チップを内臓したようなP.A.で、使用後はそれらのチップの効果を合計6回使用できる。後に生まれる"バリアブルソード"は、使用時のコマンド入力で攻撃範囲や回数が変化するチップである。

 

「ベータソードかぁ……渡のベータと関係あるのかな?」

「流石に偶然でしょう」

 

 まさか、と手を小さく振る。

 

「あと、デカオが好きそうなP.A.のもあったわね。"ビッグストレート"ってP.A.がベースで、遠くまで飛ぶパンチができるとか」

「おおっ!? それは聞き捨てならねぇな」

「ふふん、そうでしょ」

(今度はフィスト系……か? 「3」のガッツパンチかもしれんけど、それやと遠いから、多分フィストやんな。なんか、普通にためになる話やなあ……)

 

 頭の中で答え合わせをしながら頷く渡。

 "ブロンズ"、"シルバー"、"ゴールド"の枕詞を持つフィスト系チップは、コマンド入力でパンチを飛ばすことができる。チップによって3方向を攻撃したり、1方向を連続で攻撃したりといった差はあるが、パンチが飛ぶという点では共通している。

 

「P.A.を元にしたチップかあ……使ってみたいなー」

「じゃ、目も覚めてきたみたいだし、勉強を再開しましょうか。七代くんここまで待たせっぱなしだし」

「えー! もっとバトルの話しよーぜ!」

「趣旨違うでしょーが! はい、七代くんもそっち座んなさい」

 

 抗議する熱斗を一言で黙らせ、場を仕切るやいと。

 

(自分ももうちょっと聞きたかったわ……キャノン系の威力上がったのとパワードキャノンが関係してるとかありそうで気になるやん……)

 

 渡もそれに従いつつ、内心では話の続きを聞きたいと思っていた。

 

 その後、勉強会は粛々と行われ、結局、渡が帰るまで、P.A.に関するマル秘情報の続きは公開されなかった。




 今回もアンケートがあります。
 もったいない精神で毎回何かしらのアンケートを設置していますが、アンケートのネタに困るのは何か本末転倒な気がします。いや今回はそこそこ重要なアンケートですが。

 書くだけ書いて掲載するのを忘れていたので、渡の設定まとめを。

~キャラの話 七代渡&ベータ~
 「主人公のことがわからないからダメ」という話があって慌てて情報を吐いたので、大方のことは明らかになりましたが、元々はいろんな設定が隠されたまま話が進む予定でした。明らかにして正解だったと思います。感想を下さる方々には頭が上がりません。

 渡はロックマンエグゼシリーズに明るい転生者で、転生後、生まれた時から自我がはっきりしてました。体が自由に動かせるようになるまではさぞ辛かったことでしょう。
 前世の記憶がある状態で若い体を手に入れたので、初期経験値と吸収力の相乗効果でえらいことになっています。アクションカードゲームの経験をリアルタイムのネットバトルに活かせるのもありますが、強いのは単純に超スピードで上達しただけ、という部分が大きいです。その土台にエグゼシリーズのプレイ経験と知識があるので、原作の人物は誰も追いつけません。
 ただしそれはコントローラーでナビを操作している場合に限った話で、例えばこの世界で渡がロックマンを口頭オペレートすると格段に戦闘力が落ちます。

 金持ちの家の生まれになったのは、当初は登場ネームドナビ全員と戦う予定があった名残です。スカルマンと戦う理由を作ろうとして、「骨董品蒐集の趣味を持つ親がいることにしよう。それなら金持ちになるしかない」という経緯がありました。骨董品だけ集めている人間だと露骨すぎるので、美術品全般ということになりました。
 その後にベータの設定の都合で骨董趣味設定が活きたりした後、渡の性格から、省くところは省く方針となって現状に至ります。サロマやマサは断水事件に介入する前後でついでに戦う予定だったので、専用の設定はありません。そして2人して省かれました。

 名前や性格はとにかく「普通の人」をイメージしています。探せばいそうな名前。ロックマンエグゼシリーズが「6」までなので、「七」の字を入れることは最初に決めていました。深い意味はありませんが。

 父親が「翔」で祖父が「昇」なのは渡の名前に合わせて似たような名前にしています。鏡子は嫁入りしてきた立場なので全く違う感じの名前をテキトーに考えた結果で、元絵描きの設定は翔側の設定と名前の「鏡」の部分からついでに思いつきました。

 住んでいる所がデンサンシティから離れているのは、ロックマンエグゼの世界に生まれてかつデンサンシティに、というのは都合がよすぎる、リアリティがなさすぎる、というなんとなくからです。
 それでついでに方言キャラにしようと思ったのですが、方言に詳しいわけでもなく、書けそうなのが関西弁くらいだったので、関西かつアキンドじゃないところとしてコートシティを考えました。「コート」は「古都」と「京都」を混ぜています。わかりやすい。

 ナビの「ベータ」という名前はβ版ネットナビという意味からつけましたが、他に気取ってなくてそれらしい名前が思いつかなかったというのもあります。気取った名前をつけると呼ぶ時恥ずかしくなるので。アイロニーは恥ずかしいと思います。

 タイトルの「人格破壊済みマン.EXE」は勿論ベータのこと……になる予定だったのですが、原作ストーリー見直すと昔のナビには人格がないという話があったので、そこから思いつきでいろいろ設定を変更しました。
 当初は「人格に割くリソースを全部戦闘力に割り振ることで、ノーマルナビでありながらハイエンドにも食らいつける。戦いに勝つためだけの非道なカスタムであり、周囲には白い目で見られている」みたいな設定でした。それが昔のナビということになり、昔のナビだから不具合があるということになり……気付けば面白いことに。
 そういう意味ではアイロニーは旧ベータともいえます。(オペレータが)兄という点もあわせるとロックマンに対するブルースみたいで、やっぱり面白い。

 後にスタイルチェンジやソウルユニゾン、クロス、獣化を会得し、ナビカスも使えるロックマンに対し、外付け強化パーツをつけようと考え、思いついたのがDアーマーで、敵由来のそれを獲得するイベントとして考えたのが二階堂との戦いでした。

 今のところはこんな感じですが、未開示の設定や迷ってる設定などまだあります。明らかにならないままエタらないように頑張ります。


~アンケート項目~
試験的にアンケート項目を外側に出してみます。
①オリジナル要素のために原作を捻じ曲げるようなことさえなければ、いくらキャラを増やしたり新しい用語を作ったりしてもよい
②原作で出番少ないキャラをより活用することを優先しろ、そのためなら新しい話を作ってもよい
③原作の裏話程度ならともかく原作にない大規模な事件とかは許せない
④渡と二階堂の存在だけでも堪忍袋の緒が切れそうなくらいだからもうやめろ
⑤その他orアンケ結果見せろ(その他として選択した場合、感想欄で詳細をお願いいたします)


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X5話 ランダムエンカウント

 誤字報告ありがとうございます。コトブキの交換屋へどうぞ。

 思えばエグゼ世界の掲示板はレスタイトルありでしたね……


[731]NO NAME

Re:マントのナビ

マジで消されるかと思ったぜ!

散々追いかけ回してきやがって、容赦なさすぎだろ

 

[732]NO NAME

Re:マントのナビ

流石はカメラ係、いい仕事したな

こっちまで出てこないとわかりゃ安心ってもんよ

 

[733]NO NAME

Re:マントのナビ

つええやつ同士、ベータの野郎と鉢合わせになれば面白そうだな

あいつと違って目撃証言が少ないから望み薄だが

 

[734]NO NAME

Re:マントのナビ

流石にそれは実況中継なんて無理だからな?

 

[735]NO NAME

Re:マントのナビ

ベータ見かけたら頼んでみようぜ

 

[736]NO NAME

Re:マントのナビ

触らぬ神に祟りなしという言葉を知らんのかお前は

よく今日までウラで生きてこられたもんだな

 

[737]NO NAME

Re:マントのナビ

案外とっくにマントのナビのことも知ってるのかもよ

最近の動きが妙なのはもしかして……?

 

[738]NO NAME

Re:マントのナビ

どうだろうな

他にも一風変わったナビが見つかったって話も聞く

一概に目的がそうとは言い切れん

 

 

……

 

 

 ウラインターネット深部を行くベータ。これまではここに来れば狩りをしていたものだが、その頃とは打って変わって、ウイルスを積極的に追わず、辺りを見回しながらエリアを通過していくだけであった。

 

(はあーー……ウラ掲示板で目撃証言上がっとんのになぁ)

 

 渡が探しているのは、マントを身に着けたナビ・フォルテと、エジプトの王の棺のようなナビ・ファラオマン。

 いずれも、「ロックマンエグゼ」においてクリア後のみ戦える隠しボスという位置づけである。もし戦って勝利すれば、それぞれに設定された限定のバトルチップが入手できる。

 

 そのうちフォルテは、シリーズ最終作まで最強の敵として登場し続けるナビだ。ドリームウイルスと同じ強度のオーラを纏う"ドリームオーラ"のチップが手に入る。

 

 渡は、"ゲームではないこの世界なら、それ以外にも戦いを通してフォルテのデータがひとかけらでも手に入れられれば、何かできるのではないか"と前々から考えていた。

 ドリームオーラ欲しさではなく、ほとんど未知の宝を求める心持ちだった。その期待があった分、こうして見つからない現状が歯がゆかった。

 

(イベントもないランダムエンカボスとはいえ、厳しいなあ。最悪今無理でもええっちゃええけど、どうせなら会っときたいし)

 

 ウラインターネットに出没することは、この世界においても掲示板で裏付けが取れていて、その上で毎日探し続けている。

 しかし、フォルテは一所に留まらないため、目撃証言のあった場所へ向かっても意味はなく、そして実際のウラインターネットはゲームのマップより遙かに広大で複雑である。

 そうなると当然、手がかりなしで特定の誰かを探すというのは、困難を極める作業だ。

 行けども行けども、ベータのストレージに換金用ジャンクデータやチップデータが貯まっていくばかりで、主目的を果たせそうな気配はなかった。

 

 就寝時刻も迫り、今日も収穫なしかとプラグアウトしようとしたところで、PCモニタの端にちらりと、はためく布のようなものが目に入った。

 

(フォルテ来た!?)

 

 一度置いたコントローラーを急いで手に取り、ベータを走らせる。角に消えていった影の方へ、多くのウイルスたちが向かっていった。方向を定めているということは、そちらに何かあるということである。

 

(見間違いやない! ようやく会えたなフォルテよお!)

 

 誰もいない部屋で、興奮して口の端を吊り上げる渡。

 ウイルスは多く、ベータの位置から前が見えなくなるような長く幅広い列をなしていた。追いかけるのにはいちいちデリートしなければならず、本命のフォルテとすぐに戦えないのがもどかしかった。

 斬り裂き、殴り飛ばし、撃ち抜き、視界が開けたとき。先制攻撃のチップデータを送信しようとした渡の手が、ピタリと止まった。

 

 確かに、そこにはナビがいた。

 目を引く特徴は、蝙蝠の羽が生えたような黒いヘルメットと、首から下を覆い隠すマント、力に飢えた鋭い眼光……のはずだった。

 

(いや……いや、そうはならんやろ!?)

 

 不敵な笑いから一転、息を呑む渡の目に映ったのは、蝶の髪飾りに長い髪、淡い色のスカート。

 ネットナビらしからぬ、人間の少女が電脳世界に迷い込んだのかと錯覚させるような容貌。無表情ながらに儚げで、漠然とした不安や物寂しさを感じさせる目元。

 

(――アイリスうう!?)

 

 およそ1年後、「ロックマンエグゼ6」の始まりに、光熱斗の前に突如姿を現すはずのキャラクター、アイリス。フォルテとは異なり、それまでは物語において影も形もない存在。

 

(なんで今ここにおるんや!? この時期にアイリスは存在せん――いや、おることはおるんか(いるにはいるのか)!)

 

 電子機器を操る能力を持った軍事用ネットナビとしてワイリー博士に生み出されたアイリスは、戦場で敵の兵器を操る道具として運用され続けた後、ふとした拍子に電脳から電脳を彷徨うようになったという過去がある。

 過去があればその分だけ、表舞台に出ずとも、確かに存在していたはずではある。どういう巡り合せか、フォルテを探してウラインターネットを回っていた渡は今、その過去に偶然触れてしまった。

 

 追ってきたウイルスが次々と倒されたのに気付いて振り返ったアイリスと、ベータの目が合った。渡は戦闘態勢を解きつつ、目は画面に釘付けだった。心臓が早鐘を打つ。

 レアなウイルスを前にして、どうやって取り逃がさず、確実に仕留めるかを考えている時の感覚に似ていたが、緊張度合いはその比ではなかった。

 

(どうする? 戦う気バリバリやったから都合よく傷つけんと足止めできるようなフォルダにはなっとらん。脅して連れて行く……のは後々まずいことになる気がする。見逃せば……知ってる通りの流れで行けば、助けるタイミングはいくつかあるけども……そもそも、それまでに捕まったり、今すぐにでもデリートされる可能性が残るか。放っておくのは危険や)

 

 渡が手を止めたために微動だにしなくなったベータを気にしてか――表情は全くないが――アイリスがゆっくりと近付いてくる。

 

(冴えた方法は思いつかん……手札切って正面から行くしかあらへんか!)

 

 キーボードで文章を打ち込み、メールを作成、送信。ベータの手に持たせる。数度深呼吸をしてから、渡はベータとして話しかける。

 

「アイリスさん……ですよね? このメールを読んでください。後の判断は任せます」

「! ……」

 

 ベータが封筒を持った手をその場で伸ばすと、アイリスは一度足を止めた。知らない相手に名を呼ばれたからか、無視して背を向けるでもなく、硬直している。表情はない……が、やや目を見開いているようだった。

 

「……」

(なんか喋ってくれんと自分も困んねんけど)

 

 ベータを前に、小さく首を動かして左右を見るアイリスを、渡は釣り糸を垂らして魚がどう動くか観察するような気分で見守る。

 

 数秒の後、安全と判断したのか、その手が封筒に触れた。アイリスは添付ファイルなどの埋め込みがないことを確認すると、メールを開封した。その内容はこうだった。

 "あなたとカーネルのことは知っています。ワイリー博士は、あなたを再び軍事利用するために探している。それを望まないなら、あなたを保護させて下さい。 オペレータ・七代渡"

 

(逃げよったら無理にでも連れて行くしかない。頼むで……!)

「……」

 

 手に持ったメールをじっと見つめて固まっていたアイリスが、顔を上げてベータを見る。先ほどと違い視線が少し逸れ、ベータと目を合わせようとしない。ダメか、と渡が誘拐を決断しかけたタイミングで、小さく口を開いた。

 

「……どこに……行けばいいの?」

 

 

……

 

 

 気がつけば、渡はもう寝る時間だというのに冷や汗でびっしょりで、PCとの接続を切ったPETの画面の中からアイリスがその顔を(微妙に瞳だけ逸らして)見ていた。

 渡は、思いがけず早期にアイリスに接触し、あまつさえ保護にまで成功した喜びで、フォルテのことや翌朝の業務内容、あと眠気も吹き飛んだが、息を整えてから、ふと思った。

 

(……これからどうしたらええんや? こいつ……)




 今回もアンケートがあります。

 急遽6を復習したんですが、カーネルが生まれたのって(ネットワーク史的に)かなり昔なんですね。
 アイリスも大抵のナビに比べればお年寄りサイドなのでは……?

 あと、キャラの一人称に頭を抱えています。同じ作品の中でも違っている現場を見てしまった……


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X5+1話 心の栄養バランス

 「X5話の次の話」であって「X6話」ではありません。


 ウラインターネットでアイリスを拾ってから2日間……

 

「アイリスさん、どこか行きたい場所はありますか?」

「……」

 

 といったように、声をかけてもリアクションに乏しく、どう接していいかわからなかった渡は、アイリスについて考えていた。

 

(最初に熱斗と会った時でももうちょっと口数多かったよな? 何が足らんのや?)

 

 ゲーム「ロックマンエグゼ6」の序盤に登場した時点で、少なくとも現状よりはまだ情緒豊かであった。では、何が差を生んでいるのか。

 

 アイリスは20年近く前に作られた、ベータ程ではなくとも古い世代のナビである。当時のナビには人間に近い高度な感情というものはなく、ほとんど命令を遂行するだけの疑似人格プログラムだった。

 ごく一部、非常に高性能なナビに限れば例外もないわけではなかったが、アイリスにはさらに特殊な事情がある。

 

 ワイリーが作った、カーネルというナビがいた。非常に高性能で、心優しく、持ち主の少年と心を通わせる完璧なナビだった。

 しかしある時、カーネルは"電子機器制御能力"と"優しさ"をワイリーの手で奪われ、完全な戦闘マシーンと化した。

 

 カーネルから奪ったそれらを組み込んでワイリーが作り出したのが、アイリスだった。電子機器制御能力によって敵味方問わず兵器を自在に操るアイリスは、軍事用ネットナビとして生まれた。

 優しさのデータを持つが、その運用目的から、元来感情は与えられていなかった。

 

 戦場で兵器を操り、目に映るのは命を奪い合う兵士ばかり。そのような日々がアイリスの持つ優しさのデータを刺激したのか、アイリスは前触れ無く忽然と、ワイリーの下から姿を消した。

 とはいえ目的があるわけでもなく、電脳世界をさまよう存在となった。

 

 戦場でもワイリーの研究所でもなく、ごく一般的な平和な町を、アイリスは電子機器を通して見た。これまで"人間=殺し合う兵士"という認識を持っていたアイリスが、ほんの少しずつではあるが、普通の人間について、見て学び始めた。

 それからゲームのシナリオにおいて熱斗と出会うまでの間で、既に人間についてある程度学習しており、決め手になったのは学校で行われる児童教育の光景。

 校内のネットワークに身を隠し、子供たちが受ける授業を、アイリスも見聞きしていたことであった。

 

 渡が持つ前世の知識は完璧にこの世界を網羅しているわけではない。だが大筋は理解している。よって、渡がよく考えて出した結論は、アイリスの現状に合致するものとなった。

 

(――情操教育が足りひんのやな!)

 

 渡はテキストエディタを開いた。

 

 

……

 

 

 それから数日後の夜、アイリスの仮宿となったPETに、渡のPCから1つのファイルが送られてきた。そのファイルには、"優しさを持つあなたのために"とメモが添えられていた。

 

「……?」

 

 アイリスは何の気なしにファイルに触れる。それは、絵本プログラムだった。

 表紙の画像が表示される。傷ついた、大岩のような(いかめ)しい男が、怪我を押して船を漕いでいる絵だった。

 自動読み上げ機能が起動し、紙芝居を読むような音声が流れ始める。

 

 

……

 

 

 ゴゴ太郎

 

 むかしむかし、平和な山のふもとの村に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました。

 

 おばあさんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこと、大きな岩が流れてきました。

 

「ひゃあ!」

 

 驚いてしりもちをつくおばあさんの前に岩が流れ着き、ゴゴゴと音を立てて、ひとりでに割れてしまいました。

 割れた岩の中からは、なんと元気の良い赤ちゃんが飛び出してきました。

 

 子供のいなかったおばあさんは、その子を連れ帰り、おじいさんと相談して、我が子として育てることにしました。

 おばあさんは、その子が生まれた時の様子から、ゴゴ太郎、と名付けました。

 

 おじいさんとおばあさんに愛され、ゴゴ太郎はすくすく育ち、15の頃には、とても頼もしい大男のようになりました。肩幅は広く、四肢は大地と空を衝くようで、その筋肉は石のように頑丈でした。

 言葉をどんなに懸命に教えても「ゴー、ガー」としか話せませんが、不思議とゴゴ太郎の気持ちが伝わってくるので、村の人たちとも仲良くしていました。

 

 ある日、ゴゴ太郎は、村の大人たちがこんな話をしているのを聞きました。

 

「昨晩もジゴク島の鬼に襲われて、畑が荒らされた」

「うちなんか、牛がみんな死んじまった」

「村長さんの宝物が奪われた」

「けが人も大勢いる。やつら、百ぺん村を襲っても気がすまねえって言ってたぞ」

 

 ゴゴ太郎は夜になるとすぐに眠ってしまうので、そんなことは今まで知りませんでした。ゴゴ太郎は子供心に"ゆるせない"と思いました。

 

 その次の朝。ゴゴ太郎はおじいさんとおばあさんに、ジゴク島のある方を腕で指して言いました。

 

「ゴ!」

(※訳:ゴゴ太郎、ジゴク島へ行って、悪い鬼を倒す!)

 

 おじいさんとおばあさんは、ゴゴ太郎を我が子として育ててきましたから、そのような危険な目にあわせたくないと思いました。

 しかし、ゴゴ太郎はとても真剣で、強い子なので、"もしかしたらこの子は、最初からそのために現れたのかもしれない"とも思いました。

 

 おじいさんは昔使っていた立派な鎧を与え、おばあさんはきび団子を作って持たせました。

 

 ジゴク島へ出かけたゴゴ太郎の背中が小さくなっていきます。ゴゴ太郎を呼ぶ声が、何度も、何度も、村中に響きました。

 

 旅路は過酷なものでした。ゴゴ太郎がやってくることを知った悪い鬼たちは、そうはさせまいと刺客を送り込んだのです。

 

 口から炎を吐く狼、鉄砲の名人の猿、猛スピードの突進が自慢のコンドルは、いずれも強敵でしたが、ゴゴ太郎はボロボロになっても諦めませんでした。

 鎧は使い物にならなくなり、きび団子は刺客への弔いに使ってしまいました。

 

 いざジゴク島についたゴゴ太郎でしたが、鬼の姿などどこにもありませんでした。

 人々が畑を耕し、牛の世話をする。それはまるで、ゴゴ太郎のいた村のようなのどかな風景でした。

 

 しかし、村人の一人がゴゴ太郎を見つけると、こう叫びました。

 

「鬼が出たぞ!」

 

 もちろん、ゴゴ太郎は鬼ではありませんから、あわてて釈明しようとしました。

 いつものように、ゴー、ガー、と話しますが、村人たちは聞き入れず、それどころか、より警戒心を強めました。

 

(どうして伝わらないんだろう? 村の人たちには伝わったのに)

 

 戸惑うゴゴ太郎の前に、武装した男たちが徒党を組んで現れます。彼らは口々にこう叫びました。

 

「畑は荒らさせんぞ!」

「家畜や女子供には一歩も近づけさせん!」

「誰かが怪我をする前に、やつの首をはねてやる!」

「奪え!」

「殺せ!」

 

 疑い、憎しみ、恨み、そして殺意。そのような暗い心を宿した人間たちを見て、ゴゴ太郎は理解しました。

 

(これが、"鬼"か!)

 

 ゴゴ太郎の言葉が通じないのは、彼らが"鬼"と化してしまったからでした。

 

 "鬼"たちが、一斉にゴゴ太郎に飛びかかります。

 しかし、流石はこれまで強敵を破ってきたゴゴ太郎。その硬く太い四肢で刀を折り、鎧を砕き、あっという間に"鬼"たちを無力化しました。

 

 もうこれで戦えないだろう。そう思ったゴゴ太郎は、沈んだ気持ちで山のふもとの村へ帰ろうとしました。

 そこに、倒れた村人のひとりが言います。

 

「おまえ、山のふもとの村のもんだな」

 

 ゴゴ太郎が驚いて振り向くと、その男は口の端から血を垂らし、頭を震わせながら、ニタニタと笑います。

 

「やっぱりそうだ。絶対に仕返ししてやるぞ。今度は畑や牛だけじゃ済まさねえ。村のもんは根絶やしにしてやる。村そのものを、潰してやるぞ!」

 

 ゴゴ太郎は、男が見得やはったりではなく、本気で言っていることがわかりました。なぜなら、男の、"鬼"の姿がだんだんと禍々しさを増していったからです。

 

 "鬼"となった村人と言葉を交わせないゴゴ太郎は、説得を試みることすらできません。

 このまま村を離れれば、本当にまた村が襲われ、今度は大勢の人が死ぬかもしれません。

 

「ゴオオオオオオオ!」

 

 雄叫びを上げ、ゴゴ太郎はのしのしと歩き、男を踏み潰しました。

 それを見た他の男たちや、遠くで様子を見ていた女子供は、すくみ上がりました。しかしゴゴ太郎は、それなのに、その誰もが鬼のまま変わらないことに気付きました。

 

 ゴゴ太郎は、もう後には引けませんでした。完全に禍根を断ち、山のふもとの村を守るためには、最後まで"鬼"と戦うしかありませんでした。

 自分こそ"鬼"ではないのかと、何度も自問自答し、村人を手に掛けなければならない悲しみに涙を流しながら、ジゴク島の村を滅ぼしました。

 

 誰もいなくなったジゴク島で、ゴゴ太郎は、足元が濡れていることに気付きました。

 ゴゴ太郎が流した涙が、大きな水たまりになっているのでした。

 

 ゴゴ太郎が覗き込むと、水面のゴゴ太郎が覗き返します。その顔は、悲しくて泣いているだけの、(いかめ)しくも優しいゴゴ太郎の顔でした。そこに、"鬼"の姿はありませんでした。

 

 ゴゴ太郎は、ジゴク島の人々を弔った後、奪われた宝物を持って、今度こそ山のふもとの村へ帰りました。

 

 おじいさんとおばあさんは、帰ってきたゴゴ太郎を暖かく迎えました。"鬼"のことも全て知っていた2人は、毎日泣きはらすゴゴ太郎を、優しく慰めました。村の人々も、ゴゴ太郎に感謝し、早く立ち直るようにと励ましました。

 

 それからゴゴ太郎は、その力を村を守るために使うことを決心しました。戦いの悲しさに、たまに涙することもありますが、長く長く、幸せに暮らしました。

 

 

……

 

 

 この時点のアイリスは、直接物語を読んで聞かされるなどという経験はしたことがなかった。新鮮な体験に没頭し、劇中で傷つくゴゴ太郎の姿を見ると、アイリスは、自分のどこか、なにかが、ざわつくのを感じた。

 

 かつてワイリーの研究所から抜け出した時のように、自分の中の何かに突き動かされるように、アイリスは繰り返し、絵本プログラムを何度も起動する。

 

 優しさ。アイリスは、自身にそのデータが組み込まれていることは知っていても、それが何かは理解していなかったし、理解しようとすることさえもなかった。

 絵本に触れたアイリスは、それが気になって仕方がなくなった。優しさとは何か。ゴゴ太郎が感じているという、悲しさとは何か。自分の中のなにかに起こっている、この不明な変化は何を意味するのか。

 

 絵本プログラムは物語を読み上げ、絵を映し出すのみで、ゴゴ太郎や人々について、解説してくれるわけではなかった。それでも絵本の中から知らない何かを見つけようとして、アイリスの中に、ただただ不明が降り積もっていった。

 

 

……

 

 

 翌朝、目が覚めた渡がPETを手に取ると、それに気付いたアイリスが、画面の中でこちらを向いた。腕の中に絵本プログラムを抱いている。渡が、何か言った方がいいのかと思う前に、アイリスが小さく口を開く。

 

「……この本……わたし……どうすれば……」

 

 言葉はたどたどしく、自分でも何を言えばいいかわからない、という風だった。

 

 寝起きで頭がぼーっとしていて、表情は動かなかったが、渡はまず、向こうから自発的に話しかけてきたことに驚いた。そして、絵本が効いていたことにも驚いていた。

 アイリスが自分の力で得た疑問を、言葉として完成させようとしていることに気付き、目やにを落としてじっと見つめ、その瞬間を待った。

 

「……優しさ……って、なに……?」

 

 渡は安心して、息をついた。アイリスは、どうして渡の口元が緩んだかもわからないまま、ただ質問の答えを待っていた。

 

(この歳で、子供にもの教えるようなことになるとはなあ)

 

 おかしく思いつつも、渡も質問への返答を真剣に考え、数秒してから言葉にした。

 

「まずは、一緒に読んでみましょうか」




 今回はアンケートありません。

 折角のアイリス登場だったのに前回の少ない分量で終わると出した意味ないのでは、と思ったので、続きを足しました。この後は24話アンケートの残りの消化に戻ります。

 感想欄で情報提供いただいたので、デカオの設定について補足します。
 設定解釈や把握漏れへのツッコみは随時募集しておりますので、あればどしどしお送り下さい。

①デカオの家族の設定解釈
 「2」で一度キャンプの誘いを断る際、デカオが"母ちゃんに留守番頼まれちまったんだ"と発言しています。
 素直に受け取れば、"それならデカオには母親が無事にいるのか"ということになるのですが、そうすると「3」のチサオの行動と矛盾します。
 デカオ曰くチサオは"デカオを連れ戻すためにニホンに来た"ので、やはりここで母親について触れられていないのは不自然です。母親を残してデカオ一人連れ戻しても大問題ですし、両方アメロッパに連れて行くなら話に出てこないのはおかしいですし。
 よって、警察の存在と同様、過去作品で起きたブレとしてなかったことにし、現状の解釈のままとなります。

②ゴゴ太郎と鬼
 アンケートがすごいことになって真っ先に展開を思いついたのは出会う過程でしたが、より具体的なことを考えたのはこちらが先でした。
 「ゴゴ太郎」という単語を前々に思いついたまま放置していて、それを再利用した形です。
 「鬼」という単語がクローズアップされていますが、本当は漫画版ロックマンXのネタを入れる予定だったのに、それができなかったため、特に意味なく入っているだけという結果になっています。
 おわかりのことと思いますが、ゴゴ太郎のモデルはストーンマンです。見た目とか名前とかだけですが。

③アイリスの過去
 「3」の戦車掌握にアイリスが関係ない辺り、ずっと昔からアイリスが逃げているのは確かそうなんですが、学校に行き当たって覚醒するまでに時間が随分かかっているような、そうでもないような、といった感じです。
 あてもなく彷徨ってたらそんなものなのかな、ということにしています。


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X6話 バックドラフト

 誤字報告ありがとうございます。どうしてバグは発生するんだろう?
 長めですが実質前編です。


 WWW壊滅から日が浅く、巷はその話題で持ちきり、という頃。

 平日朝、渡が業務用のチャットにログインすると、個別チャットに新規メッセージの通知が浮かんでいた。しかし、自分が主導している案件や遅らせているタスク、勤怠管理の漏れなどといった心当たりはない。

 

(……? えっ)

 

 どこからの連絡かと相手を見てみれば、プライド王女だった。

 

 最初に侵入した時こそ、契約の関係でプライドと話をすることはあったが、そこは健康を売って国力を買うような王女、その後は直接接触する機会はほぼなかった。

 献金は正規の窓口で行うようになったし、ネットワーク事業への口出しは科学省の職員として、現地チームの中で行うようになったからである。

 

(直々に話すようなことは……特にないよな? 何の話やろか)

 

 メッセージに目を通す。

 

 "C.P.改め、七代渡へ ニホンオフィシャルより、WWW討伐に大きく貢献したオペレータとしてのあなたについて、善意の情報提供をいただきました。"

 

(は!? ……いや、筋は通るんか? 通ってもうたなあ……)

 

 契約に際し、渡は自らの本名や国籍を含め、個人情報を一切明かさないことを条件にしていた。クリームランド側からはそもそも特定が不可能な状況であり、渡が素性を隠すにはそれで十分となるはずだったからである。そのはずが、なぜこうなったのか。

 

 クリームランドに情報が渡ったのはニホンオフィシャルのせい。WWWに対抗したオペレータとしてニホンオフィシャルに名が知れたのは、やむを得ない事情で渡が自分からWWWとの敵対関係をアピールしたから。

 そのやむを得ない事情が何かといえば、身内の二階堂が、究極のプログラムを奪取するなどしたWWW幹部だということである。

 

 つまり、全ての原因は二階堂だった。

 

(こんなところまで……兄ちゃんんん!!)

 

 渡は拳底で机を叩いた。"ははは"と笑って済ませようとする兄の姿が目に浮かぶようだった。

 歯噛みし、頭を振ってから、メッセージの続きを読み始める。

 

 "つきましては、日頃の我が国への尽力に対する感謝も込めて、急ではありますが、会食を開催することに致しました。移動及び宿泊の費用は経費とし、会食は往復にかかる時間も込みで業務工数に含めることとします。詳細な日時はメールでお知らせします。"

 

 不法侵入によって実力を示し、その上金銭で取り入った立場。そこから身元が割れた今、渡が思いつく呼び出しの理由は一つだった。

 

(出頭命令……早くもツケが回って来たか)

 

 机に両肘をつき、組んだ手で額を支える格好になり、しばらく頭が空っぽになった。

 

 

……

 

 

 後日。

 一度は平静を取り戻したものの、クリームランドまで飛行機で丸一日と少しかかると知ってキレそうになった渡は、役所でパスポートを取得した後、停電事件の時と同じように、みゆきの家に3泊すると両親に説明した。

 みゆきにも詳しい事情は伏せたが、追及されるようなことはなかった。しかしみゆきには今回も本当に来るのではないかと問われ、翔にはしこたまからかわれた。

 それらをあしらってようやく、デンサン空港からクリームランド行きの飛行機に乗った。

 

 クリームランドは屈指の緯度を誇る北国中の北国だが、気候に関しては北国の面汚しとでも言うべきか、活火山の地熱と国土を囲む暖流のおかげで、比較的温暖である。

 冬の最低気温でも、マイナス5度に達することさえ稀だというのだから、住むのに都合のいい話だった。

 夏が近い今、最高気温は10度ほどまで伸びる。現地で上着一枚買えば、防寒策としては充分。ニホンに比べ物価がかなり高いが、渡にとっては問題ではないため、友達の家に泊まりに行くような少ない手荷物での出発が可能だった。

 

 出国時、犯罪対策として空港職員にPETを預かられたが、その後はスリやハイジャックに遭うようなこともなく。ゲームで暇をつぶし、午後6時に無事到着。入国審査の窓口へ。

 

「パスポートの提示をお願いします」

「これです」

 

 預かられたPETからデータを移された、ナビを搭載できない簡易PET"ミニPET"の画面にパスポートを出して見せる。

 

「ええと……クリームランドへは何をしに来ましたか?」

(そら、この歳の子供が一人で来れば、対応に困るわな)

 

 入国目的を尋ねようとした若い審査官が言葉選びに迷い、渡は笑いそうになった自分を戒めた。が、返答しようとして、"あれっ?"と思い、神妙な顔つきになる。

 渡が来たのは旅行でも家族に会いに来たのでもなく、業務上の呼び出しだというのを思い出したのだった。顎に手を添え、自分でも確かめるように言う。

 

「仕事、ですね……」

「えっ……仕事?」

「ええ、一応……」

 

 微妙な空気が流れた後、渡は本来のPETを返却され、そのまま通された。

 

 道すがら免税店で上着を買い、空港のロビーへ。観光産業が主力の国だけあり、人が多い。

 

(入り口があっちやから……迎えの人は、っと)

 

 メールで指示された位置へ向かうと、黒服の男が。その直立した姿は、思い思いに過ごす人々の中で浮いていた。

 男は自分のPETの画面と渡の姿を見比べているようだった。

 

(なんや別室送りにしそうな格好しとるけど、この人なんか?)

 

 判断しかねる渡に、男が、日本語で話しかける。

 

「七代渡さんですね? 私は運転手を仰せつかっているストールムルと申します」

(失礼なこと考えてすんませんでした)

 

 日本語を流暢に話せるというだけで、なりすましの線はグッと薄くなる。更に渡の名前を知っているので、騙してどこかへ連れて行こうというケースではなさそうだった。

 勝手すぎた評価を改めながら、渡も挨拶を返す。

 

「あ、どうも。ニホンから来た七代渡です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。時間が押しておりますので、早速ですがこちらへ」

 

 速歩きするストールムルについて行き、車に乗る。大型だったり妙に長かったりはしないが、タクシー以上に快適装備が充実しているのか、揺れや外部の雑音はほとんど伝わってこなかった。

 そんな静かな環境、それも異国の密室という状況で運転手と二人きりにされ、子供の体ということもあって、渡は少し不安になった。ストールムルは、そんな渡の様子をバックミラー越しにちらと見て、口を開いた。

 

「国外へ出られるのは初めてですか?」

「そうですね」

(今生ではな)

「私は国政に携わる立場でもなければ、科学省の職員でもありませんが、プリンセスをお助けする者の一人として、C.P.、つまりあなたの噂を耳にすることもありました」

「不審人物としてですか?」

 

 窓の外を眺めながら無感動に聞き返すと、ストールムルは数拍ぶんだけ、返答に窮した。出で立ちに似合わず、"困っています"と顔に書いてあった。もうちょっと言い方があったか、と渡は思った。

 

「そのように捉える人が多かったことは事実です。同じクリームランド人として、申し訳ないと思います」

「いや、謝る必要はないでしょう。僕自身、怪しい自覚はありましたよ」

 

 渡はC.P.を不審人物として見る者たちの前に晒され続けていたし、それを正当な扱いとして受け止めていた。なので、ストールムルが主語を大きくして、渡を要人か何かのように扱うのには恐縮した。

 

「そう言って頂けると、気が楽になります。しかし逆に、渡さんにも誤解しないでいただきたいことがあるのです」

「誤解? 僕が?」

「あなたを不審がる者もいれば、純粋に歓迎していた者もいる。そこまではご存知のことと思います。しかし――」

 

 

……

 

 

 空港を出発して20分ほど経ち、窓の外をいくつものレストランが過ぎ去っていった後、車は、レストランどころか安い食堂さえない場所に停まった。路肩に寄せているので、信号待ちでもない。

 食事をする場所はないが、寄せた場所というのが、大ぶりのホテルだった。

 降りたストールムルが後部座席のドアを開き、渡に向かって手を差し出す。慣れない扱いに戸惑いつつも、渡も促されるまま降車した。

 

「会食と聞いていたんですが、ホールか何かあるんでしょうか? あっても、急に取れるような場所ではないんじゃ?」

「さあ? 私も、ここまでの案内について指示を受けただけですから」

 

 渡の問いに対して、ストールムルは意味ありげにニヤリとしながら返し、1枚の手のひら大のメモを手渡した。

 釈然としない気持ちで見ると、短い文章の後に渡の名前が書かれていて、なにやら仰々しい印章が押されている。朱肉をつけたのではなく、溶かして落とした封蝋の上に押されていて、その部分だけ紙がたわまなくなっている。

 まさか、と思いながら印章を見つめる渡に、ストールムルが補足する。

 

「それを受付で見せれば、会食の会場までご案内する手はずだそうです。どうぞ、ごゆっくり」

(は? 会食参加者に配るだけの紙切れに? 国璽(グレートシール)を? アホちゃうか?)

 

 メモを見て呆気に取られている間に、ストールムルは車に乗って去っていった。エンジン音が遠ざかっていく。

 風が吹き、寒さで我に返った渡は、さっさとホテルに入ることにした。

 

("ホテル・トルフ"……うーん、流石にこんなところに入った経験は前世でもなかったなあ。ホテル言うたらビジネスホテルとかカプセルホテルやったし)

 

 いざ入ってみると、暖色の照明で薄明るく照らされたロビーは、一見ごく普通のホテルのロビーだった。ラウンジも含め、やけに壁掛けの絵画が多く、渡は翔の書斎を想起した。

 カウンターに近付くと、受付係の女性は子供が一人で来たことへのリアクションも特になく、話しかけられるのを待っているようだった。

 

「すみません、これを見せるように言われたんですが、合ってますか?」

「七代渡さまですね。お待ちしておりました」

 

 メモによく目を通しもせず即答し、一枚のカードキーを取り出して、カウンターの上に置いてすっと滑らせた。

 

(話早いな。流石王族主催の会食ってことか? グレートシールがひと目見てわかるってのもあるんやろか)

「こちらのカードキーをお持ちになって、あちらのエレベーターで3階まで上がっていただき、右手すぐにお部屋がございます」

「えっ、部屋?」

 

 見れば、カードキーには部屋番号が刻印されていた。

 

「会食なんですけど、ホールか何かじゃないんですか?」

「当ホテルにも宴会場はございますが、七代さまはそのお部屋をご予約ということで伺っております」

 

 受付係の顔に貼り付いた笑顔は一切動かない。

 

(待機……いや、メールで貰った日程にそんな余裕はなかったはずや。何が起きとるんや?)

「わかりました。ちょっと、後でまた何か聞くかもしれません」

「かしこまりました」

 

 渡は一礼する受付係を尻目に、開始までの時間がないことに焦りつつ、部屋へ向かった。

 言われた通りエレベーターで3階へ上がり、出てすぐ右に、カードキーと番号が一致する部屋があった。カードキーを読み取り装置にかざすと、電子音とともに解錠された。

 

 ドアを開き、中を見る。

 

(奥にあるベッドを見るに、セミダブルかダブルルームか。部屋の中まで壁に絵え掛けてあんな。んで、本来なんもなかったやろう(であろう)スペースにテーブルがドン、そこに椅子2つが向かい合わせで置い――あっ、はい)

 

 椅子のひとつは、既に埋まっていた。やや浅めに腰掛け、背筋をピンと伸ばしたその人物は、ドアが開く音を聞いて、まさに今振り返るところだった。

 一周してファッションを疑われるほどに青黒く深い隈が、金髪や白い肌とドレスの中で浮いている。

 

(んんんんんん……!)

 

 渡は、その姿を見て胸から噴煙のように湧き上がる"なんでやねん"という言葉を、やっとの思いで飲み込んで、立っているだけで精一杯だった。




 移動時間、日本からアメリカとニホンからアメロッパが両方10時間程度なので、ニホンからクリームランドは日本からアイスランドに合わせました。遠すぎる。

 アイスランドの人名について調べたら、既定の人名リストみたいなのがあって、それ以外から名前をつける場合は役所で審査する必要がある、みたいなシステムがあるようです。
 なのでリストからランダムにピックアップしました。ストールムル(Stormur)は嵐を意味する名だそうです。

 ホテルの名前はアイスランドに実在のホテル・ホルト(Holt)のアナグラムです。先に都市名を考えていたのですが、まだ出す必要性がないのでこちらが先になりました。


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X6+1話 消えない炎

 誤字報告ありがとうございます。ひょっとしてこのテキストエディタにウイルスが……?


 プライドは青い目を輝かせてサッと立ち上がり、手を合わせ、早足で渡に近付くと、それから挨拶するでもなく中腰になり、メモやカードキーを持ったままの渡の両手を取って、その目を覗き込んだ。

 

(なんやこいつ!?)

 

 相手が相手なので手を振り払うわけにもいかず、渡は言葉を選ぶ。面と向かって王族に物を言う経験などあるはずもなく、自信はないが、いい加減に心の整理をさせてくれという気持ちだった。

 

「……失礼ですが、殿下、その、何がどうなっているのか」

 

 渡の声を聞いたプライドは、はっとして手を離し、のけぞるように一歩下がった。

 

「ご、ごめんなさい。わたくしったら……この時をずっと楽しみにしていましたの。気を悪くしましたか?」

「……いえ、大丈夫です」

(こっちは"はい"と言える立場ちゃうやろが)

 

 表面上落ち着いた渡を見て、プライドも落ち着いた。着席を勧め、渡とともにテーブルに着いた。

 

「こうしてお会いするのは初めてですわね。改めて、わたくしはプライド。クリームランドの王女です。七代渡、あなたが遠路はるばる来てくれたこと、礼を言います」

「七代渡です。こちらこそ、殿下直々にお招きいただいたこと、感謝しております」

 

 渡がプライドの言葉に対して頭を下げた後、身を乗り出さんばかりの様子で、プライドが話し始める。

 

「本当に……本当に、楽しみにしていましたのよ。ニホンオフィシャルから連絡が来た時は、夢でも見ているのではないかと思ったんですもの。11の男の子だと知って驚いたけれど、それはそれで――」

「恐れ入りますが」

 

 またも渡の声に()()として、プライドの動きが止まる。

 

(だるまさんが転んだしてんちゃうぞ)

「殿下のお話中に失礼しますが、発言してもよろしいでしょうか?」

「え、ええ」

 

 プライドは、こんな大事な時に見苦しいところを見せてしまって恥ずかしいとも申し訳ないとも思い、目を伏せたが、すぐに視線を戻した。

 

「そんなに畏まらないで、もっと楽に話してくれて構いませんわ」

「承知しました。それで殿下、一体これはどういうことでしょうか? 私……僕は、会食ということで案内されて来たのですが、場所や人数がおかしいように思います。確認させていただきたいのは、僕をここへ呼び出した理由です」

 

 ついでにテンションの高さにも違和感を覚え、渡は警戒する。記憶の中で連続殺人に手を染めようとした人物であり、その種が完全に取り除かれていない今、躁状態は赤に近い黄信号だと考えていた。

 

「ああ……そのことですのね。簡単なことですわ。いち早く、渡と二人でお話したくて、無理を言ってセッティングしてもらいましたのよ」

 

 プライドが口角を上げる。渡は、見えるところに汗をかいていないだろうかと思った。

 

「お話、といいますと……いや」

 

 頭を振って言葉を切る。背もたれに体重を預け、小さくため息を付いて、深く息を吸ってから、真っ直ぐプライドの顔を見た。

 

「はっきり言いましょう。僕をどうするつもりですか? クリームランドを脅かした罪人として処罰したいのか、それとも、それを免じる代わりに手駒にしようとしているのか。わざわざニホンを離れさせたのは、ニホンオフィシャルの介入を許したくないからでしょう」

 

 プライドの顔から笑みが消えた。

 

「先に悪さをしたのは僕ですから、どうされてもそれは正当でしょう。ですが僕とて仮にも、終末戦争秒読みまで迫ったWWWを退けた者の一人。どうこうすれば、きっとニホンも面子のために庇いに来る。そうなれば争いは必定。ネットワーク社会の先頭を行くニホンは、今この国が最も喧嘩相手に――」

「違います!!」

 

 テーブルに両手を置き、少し前のめりになって、力強く否定するプライド。

 言葉を遮られた渡は一旦口を閉じた後、言い返そうとしたところで、プライドの表情の変化に気付いた。怒りではなく、悲しみが滲んでいた。先の鋭い声は強気から来たものではなく、悲鳴だった。

 

「渡……あなたは、それ程までにわたくしを信用してくれていなかったのですか? わたくしが、あなたを……夢に見るような"――"を賊として使い捨てるような、恩知らずだと思っていたのですか!?」

「……えっ!?」

(なんかとんでもない言葉が聞こえたような……いや、今はそこじゃなくて)

 

 渡はここへ来て、ストールムルの言葉を思い出した。

 

『あなたを不審がる者もいれば、純粋に歓迎していた者もいる。そこまではご存知のことと思います。しかし、プリンセスは、それらとは一線を画しておられます』

 

 誤解しないで欲しいと言いながら、それはそれで言葉足らずだろうと、他人事のように思った渡だが、目の前で狼狽するプライドを放っておくのはまずいと思い直し、すぐに声をかける。

 

「てっ……撤回します! どうか、今の無礼は忘れて下さい!」

「わ、忘れられるはずがありません! よりにもよってあなたに、そんな風に思われていたなんてこと、わたくしには……」

 

 言葉尻が小さくなっていく。ええい、と渡が右手で机を叩いた。プライドの背筋が跳ねる。

 

「僕は信じていたし、今でも信じています! でなければ国境を犯してまで売り込みには行きません」

「……わたくしの、何を信じているというのですか?」

「愛国心……もとい、民を思う気持ち、です。クリームランドを、そこに住む人々の生活を豊かにしたいと本気で思っているあなた――殿下だから、僕は助けたいとも、必要だとも思ったんです」

(やらなぶっ壊れるなら、やるしかないんやからな)

 

 言い切った渡は、ちょっと芝居がかったかな、とむず痒くなった。反応を待っていると、プライドはまたも()()と立ち上がり、渡の前で膝をついて、その両手を取った。

 どうしたと渡が問う前に、プライドが無表情のまま渡の顔を見上げて口を開いた。

 

「やはり、わたくしは間違っていませんでした。あなたしかいません。あなたこそ、わたくしの"――"です」

「あの、さっきから言ってるそれって一体――」

 

 ノックの音が渡を止めた。

 

「頼んでおいた食事が届いたようです。一緒にいただきましょう」

 

 ドアの方を振り向いた渡に説明し、ルームサービスを通すプライド。温かい食事が配膳され、スタッフが去っていった後、プライドはすっきりしたという様子で、渡はまだまだ腑に落ちないという様子で、それぞれ食べ始めた。

 

(骨のない魚料理。ありがたい)

「お口に合うかしら?」

「こういうのは好きな方です」

「そう。それはよかった」

 

 食事の時間になって緊張が解れてきたのか、プライドは自然な笑顔を見せ始め、当初したがっていたであろう話を始めた。

 C.P.についてどう思っていたかについてだけは話さず、渡が手を貸すようになってからどれほど上向いたかという話題からだった。

 

「本当は1日2日かけて、わたくしが渡にこの国を案内したかったのですが……それだけの時間が取れるようになるには、後少しだけかかりそうなのです。今日も、この時間が終わればすぐに戻らねばなりません」

「光栄ですが、もしそれだけの時間があったなら、ご自身の睡眠に回すのが先決だと思います」

「あら、渡の恩に報いさせてくれないのですか?」

「殿下が健康になって下さる方が、僕としては嬉しいですから。具体的に言うと、隈は消していただきたいですね」

「まあ」

 

 渡が何に期待していると思ったのか、プライドが含み笑いした。

 

「そういえば、渡が何か報酬を望んだことはありませんでしたわね。我が国のオフィシャルネットバトラーに認定するというのはどうでしょうか」

「WWWの件で名を売ったのは訳あってやむなくのことなんです。目立つ肩書は持ちたくありません」

「困りましたわ……あげられるものがなくなってしまいました」

「僕のことより、ご自身の健康のことを考えてください。僕が望めるようなことはそれくらいです」

「渡がわたくしに望んでくれるというならば、応えないわけにはいきませんわね。ふふ」

(さっきからなにわろとんのや)

 

 再びの含み笑いに、渡は密かに訝しんだ。

 

 その後、ささやかな会食は終わり、プライドは別れを惜しんで何度も会話を引き延ばした後、様子を見にやって来た政府の人間に連れられて公務へ戻っていった。渡は、無給とはいえ午前様の身として、いつも夜中まで大変だなと改めて思った。

 ホテルの部屋は会食会場ではなく、あくまで1泊の予約であり、その後はそのままこの部屋で一晩過ごすことになった。

 

 

……

 

 

 翌朝、帰りの飛行機に乗った渡は、天井を見上げながらプライドとの会食を思い返す。

 ひとまず、自分の存在を好意的に受け取られていることに安心したが、どうも行き過ぎているような気がして、なんとも言えない気持ちになった。

 

 また、その時にプライドの口から出た言葉のセンスを疑っていた。

 

(今どき"勇者"はないやろ……自分やっとること盗賊やし……)




 中々口調が難しい。人名に敬称がつかない点はわかりやすいんですが、気がつくと敬語が強くなってしまいます。

 虫馬アンケ当時は"白馬の王子様"という言葉をベースに考えていましたが、プライドの立場を考えるとおかしい気がしたため、このように変更したというのが、X2話午前編を投稿した時のことでした。あれから20話くらい経ちましたから、再登場まで長かったなあと思っています。


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26話 ある男は電脳世界を海と呼んだ

 マサは出ません。
 ほぼ渡一人だけ、地の文ばかりの説明回ですが、存外オマケ的な内容でもありません。


(200X年! 電脳世界は、アップグレードの炎に包まれた! ってかあ)

「あーあー……」

 

 科学省HPからダウンロードした、ネットワークそのもののリリースノートをモニタ一面に表示し、気の抜けた声を出す渡。

 

(……ほな、やろかあ)

 

 気だるげにコントローラーを手に取る様は、さながらゲームオーバーにされてやり直しを強要されるプレイヤーのようであった。

 

 PETからベータを電脳世界に送り出す。渡のPCの電脳からリンクを踏んで、インターネットへと出ると、その景色は様変わりしていた。地形そのものから、数々のリンクの位置関係さえもが変化している。現実世界でいうと、山が谷に、北が南になるようなものであり、とんだ天変地異である。

 

 その天変地異も、アップグレードの一端に過ぎない。渡にとってはむしろ些事である。

 ベータを走らせ、ウイルスを探す。

 

 ネットワーク全てを巻き込んだアップグレードは、天変地異の中でも、神によって引き起こされる大洪水に近い。初期化と再設定の波濤が隙間なく電脳世界を覆い、その過程で全てのウイルスは一度死滅する。

 だが、人間によるリセットでは不完全だとでもいうのか、新生した電脳世界には単純で低レベルなウイルスがあらゆる場所で自然発生し、電脳世界の持つ性質やウイルス同士の競争といった要因で変化・進化を繰り返す。

 すると、人為的にウイルスを培養するまでもなく、1日もあれば以前までとそう変わらない生態系が出来上がる。

 もちろんアップグレードの影響も小さくなく、それまでとそれからで発生するウイルスの種類が変わるのはよくあること、一部の種類のウイルスがその日で絶滅というのもよくあること。

 電脳"世界"とはよく言ったものである。

 

 アップグレード当日たる今日でも、メットールが1匹、あっさり見つかった。小さく丸っこい、愛嬌さえあるウイルス。最弱のウイルスとして知られ、小学校の教材にも用いられる。

 メットールはベータを前にして敵意を表した。ツルハシを振り上げてジャンプし、地面に叩きつける。ゆっくりとした衝撃波が地を這う。ベータはそれを避けずに受け止めた。

 Dアーマーをインストールしている今、ダメージは無いに等しい――というのは、昨日までの話。直撃を受けたベータは、爆弾でも爆発したかのように吹っ飛ばされ、無様に地面の上を転がった。

 にも拘らず、渡に驚きの色はない。黙々とチップデータを送信する。

 

(被ダメ検証よし。パラディンソード!)

 

 立て直したベータが、のろのろと再度ツルハシを振り上げるメットールに接近。右腕を最強の大剣に変え、これまでと変わらない鋭い踏み込みから、冴えた太刀筋で振り抜く。今までならメットールが5回死ねるコースである。

 剣はシャープペンシルの芯のように折れた。断面から順に、溶けて流れるように粒子に還元されていく。メットールへのダメージはほとんどなかった。

 

(旧チップ検証よし。次)

 

 ベータがメットールの周辺を走り回る。直進するだけの衝撃波では捉えられず、目を回しそうになりながらいたちごっこを余儀なくされるメットールに向かって、ベータが前方誘爆銃(ショットガン)を構えて、2度撃つ。

 無反動の軽い一射がメットールのメットを打ち、その背後の誰もいない空間で誘爆が起きる。間髪入れずに2発目が撃ち込まれ、メットールは消滅した。

 

(いつも通りやな)

 

 ベータはくるりと反転し、一目散に渡のPCのある方へ逃げていった。

 これをウラの狩人だと言っても、誰も信じないであろうという程の、気持ちのいい逃げっぷりであった。

 

 

……

 

 

「ふう」

 

 PETに戻ったベータの修復が開始されるのを見て、ため息をつく。

 

 この流れは、渡がベータを手にしてから、ネットワークの仕組みがアップグレードされる度に幾度も繰り返されたことだった。

 ネットワークに合わせてアップグレードしないことで幽霊体質を守っているベータは、相対的に性能が低下し続けるという体質を持っていると言い換えてもよい身の上。

 

 技術者に金を積んで基礎性能を上げることはできる。思い通りに体を動かす膂力、立ち回り逃げ切る機動性・推進力、バトルチップを100%の性能でロードするのになくてはならない基礎出力。

 これらに関しては、世に言う高性能ナビの基準をなんとかクリアできるだけのものが、金に糸目をつけなければ、いつでも揃う。

 

 だから、パラディンソードが折れたのはベータのせいではない。

 チップデータはナビの出力で電脳世界上にロードされ、電脳世界のバックアップを受けて効果を発揮する。この理屈は、ナビが種を植え、電脳世界が水をやるようなもの、と例えられる。ナビの出力が低い、つまり種が小さいと、充分な水があっても大きく育たない。

 また、古いバージョンのチップは新たな電脳世界において基本的に効果が低下し、無理に使用すると使用したナビ自身が危険な不具合に晒される恐れがあるため、バックアップ自体を打ち切られている。

 水やりをしないのであれば、種から芽は出ない。そういう原理で、パラディンソードはハリボテに成り下がったのだった。

 

 新たな電脳世界に適合していない古いバージョンのチップが使用不可であるというのは、科学省やオフィシャル、各所のバトルチップ販売店が毎度知らせていることで、もはや市民の常識。

 下取りや新バージョンとの交換などサービスも手厚く、目くじらを立てる者はほとんどいない。

 チップに関しては、ただ試しただけで、渡にとっても問題というほどのことではなかった。

 

 真の問題は、最弱のメットールに吹き飛ばされたこと。

 自身の存在を維持し、傷つけさせない防御力だけは、他の点のようにはいかないのである。

 

 ネットナビは常時、電脳世界そのものからのバックアップによって、電脳世界上に存在することを保証される身である。バージョンが異なるほど、電脳世界の加護を失っていく。

 そこにナビ自身の性能を加えて、総合的な防御力となる。

 つまり、防御力に限っては、ネットナビの純粋な性能だけでなく、バージョンも関わってくるのである。

 

 ベータの場合、バージョンの乖離はネットワークのアップグレードが行われる度に進み、アップグレードしないことによる他のナビとの相対的な性能低下もまた進んでいく。

 金を積んで解決できるのはナビ自身の性能のみ。よって、ベータの総合的な防御力は、電脳世界とのバージョン差が開くほどに低下し続ける。

 そのような事情があるので、かつてベータに太刀を浴びせたブルースが"脆い"と感じたのも、当然のことだった。

 

 ベータの運用が今日で限界になると断じた二階堂から渡の手に渡った、Dアーマーというイレギュラーな鎧も、新たなネットワークには対応しておらず、たった1日で芯まで錆だらけになったようなものだった。

 もしかしたらと期待していた渡だったが、もはや有用性はない。

 

「ハードモードって感じになってきたなあ」

「……?」

 

 呟いた渡を、国語の教科書を読んでいたアイリスがPETの中から見上げた。

 

 アイリスのようなオペレーターを持たないナビであっても、電脳世界にいる場合、いつでもどこでも自動的なアップグレードを受けられる。

 ベータと同じ理由で性能が低下してウイルスから逃げられなくなったりしないのには、そういうからくりがあった。

 

「ああ、いや、なんでもありませんよ。どうぞ、続けて」

「……」

 

 笑顔を作って軽く手を振ると、アイリスはまた教科書に目を落とす。

 円滑なコミュニケーションは、まだ遠い。渡は椅子を半回転させて、その前のベッドに倒れ込んだ。

 

(100%当たらん自信があっても、また絶対に負けられん戦いになった時、それは油断にも焦りにもなり得る。"2"の時点でこんなに苦労するのは想定外やったなあ……なんか手はないやろか)

 

 可能性があるとすれば、やはりDアーマーだろう。渡はそう考えていた。

 

 ベッドの上で二度三度と転がるうち、ポールハンガーにかけられた銀一色のペンダントが目に入った。

 ロケットが吊り下がっているそれは、以前クリームランドへ行って帰ってきた後に郵送――わざわざ局留めで――されてきたものである。

 ロケットの中には、二人きりの会食の終わり際に押し切られて撮らされた、プライドとのツーショット写真が収められている。

 

 ニホンに来てから身につけたことはないが、今それが、渡に閃きを与えた。

 

(勇者呼ばわりするんやったら、旅支度をしてもらわんとな)




 2に向けての準備回にして、2までのインターバルの終わりです。結構長かった。

 アイリスとの会話形式にしようかとも考えましたが、まだ早いと思ってやめました。次の育成回をお待ち下さい。
 エアーマンが死んだ頃にやると思います。

 チップ関連で妙な話が出ていますが、これは「4」のモブナビが使うチップの威力が低いことの理由付けです。キャノンが10ダメージで、しかも瞬間着弾じゃないというやつですね。
 逆にロックマン含めネームドは誰が使っても同じ威力なので、上限はあるということにしました。ユニゾンやフルシンクロ等が絡むと事情が変わりますが、それはまた別の問題ということで。

 この話に出てくる設定に無理を感じた場合、どんどん指摘して下さい。自分でも悩んでいるので……


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「バトルネットワーク ロックマンエグゼ2」編
27話 勇気も希望もない


 誤字報告ありがとうございます。脳みそをアップグレードしたいです。

 原作ストーリーは開始しますが、実質説明回です。
 ナンバリング変わって新しい用語が増えるとこういうことになるんでしょうか……


 ネットワークのアップグレードから数週間後。

 秋原小学校、夏の終業式の日。

 渡はこの日を事前に調べ、生徒でもないのにPETのカレンダー機能に記録していた。WWWの次となる脅威、ネットマフィア"ゴスペル"が事件を起こし始める日だからだ。

 

 起床後、出かける支度をしてから降りた渡を見て、鏡子が首を傾げた。平日は出かけること自体が少なく、午前ともなれば勤務のために更に少ないためであった。

 

「朝から出かけるなんて珍しいわね」

「うん。ちょっと買い物して、それから遊びに行ってくる。昼も外で食うわ」

「そう。わかりました」

 

 2人でテーブルを囲んで朝食を済ませた後、渡は自転車でメトロの駅へ。向かう先はデンサンシティの電気街。

 今日事件が起きるタイミングは昼過ぎ、場所は秋原町。なので、まずはほどよく近い場所で時間を潰し、ついでに必要なものを買って、それから秋原町に合流するつもりだった。

 

(いつまでもベータと一緒の所に入れとってもかわいそうやし、まずはPET買おか)

 

 ジョーモン電気に入店し、PETのコーナーへ。PETだけで棚2つが埋まっているところを右から左へ流し見て、品揃えをチェックする。

 陳列されているうちの大半が、ニホンで圧倒的シェアを誇るIPC(伊集院PETカンパニー)ブランド。他の企業のものもないことはないが、1企業あたり2~3モデルといったところだった。

 価格はピンキリだが、最安値も最高値もIPCブランド。価格競争でさえ、他の企業のものは見事に埋もれているように見えるが、それでも生き残っているのは、ニッチな需要を満たしているからである。

 

(どこもこんなもんか)

 

 初めてPETを買いに翔と家電量販店へ行った際も似たような並びだったことを思い出す。IPCモデルで無難に高性能なものを選んで、それから一度も買い換えていない。なんとなくそのPETと同じものを探してみるが、見つからなかった。

 

(そら、何年も前のが店頭にあるわけないわな)

 

 ふっと笑い、アイリスを入れておくためのPETを吟味する。

 

 渡はこれから最長で一年、アイリスを外へ出さず隠し通すつもりでいる。WWWに存在・所在を知られるリスクを避けるには必要と考えてのことだった。

 よって最優先の要件は物理的な故障耐性、他は二の次となる。前者は耐衝撃・耐振動・耐水圧・防塵防水などといった性能になるが、それらはおまけ扱いされるのが常で、それら自体を追求したモデルは非常に少なく、IPCからは販売されていない。

 

(すると、これか)

 

 モックの一つを手に取る。黒くゴツゴツしたラバーで側面背面が覆われ、PETのサイズ自体が大きく、分厚くなってしまっている。

 

(見かける度に思うけど、ちゃんと在庫はけるんかこれ。いやまあ自分は買うんやけどな?)

 

 "ラギッドターミナル"シリーズ。

 ニホンで白物家電の企業として生まれ、ネットワーク社会化の際にPCへ進出、さらにその後、科学省よりPETの製造・販売認可を得た、Gatrue(ギャトルー)社のモデル。

 アメロッパ軍の定めた耐久性規格をベースに設計されていて、実際にアメロッパ軍の備品として納入されてもいる。

 PETとしての性能が特段高いわけでもなく、一般人でこのモデルが好きだという者がいれば、軍事オタクかネタにしている者くらいである。

 

 (軍事利用させへんために軍が採用するPET買うんも変な話やな……えーっと、後はイヤホンとカメラと――)

 

 

……

 

 

 渡が買い物を済ませ、デンサンタウンの蕎麦屋で出汁の効いたカツとじ丼に舌鼓を打っていると、メールが届いた。デカオからだった。

 

『オレたちは終業式だったから、昼から休みで、市民ネットバトラーのことをオフィシャルスクエアまで聞きに行くんだけどよ、お前も暇してたら来ねぇか?』

 

 "市民ネットバトラー"に"スクエア"。いずれも、今回のネットワークアップグレード以降に生まれ、広がった単語である。

 端的に言えば、"市民ネットバトラー"は資格制度、"スクエア"は電脳世界に作られた町を指す。

 

 WWWが壊滅しても、ネットワーク犯罪がなくなったわけではない。

 むしろ、WWWがいかに恐ろしい存在だったかが人々の間に伝わっていくにつれ、防犯意識は高まっていった。

 訓練や娯楽としてネットバトルを行うケースは今までにもあったが、それがさらに増加したのである。

 

 そういった機運の中でニホンオフィシャルが制定したのが、"市民ネットバトラー"制度だった。

 本来はオフィシャルでなければ禁止されているネットバトルを、試験で実力が認められた者には許可するというライセンス制度。

 より困難な試験をクリアし、ライセンスのランクを上げた一線級の市民ネットバトラーともなれば、国内外を繋ぐリンクを通過できるようにもなるという、世界が認める国家資格である。

 

 ネットナビは電脳世界上に社会を形成しているが、その活動はウイルスの存在のせいで、不便や危険を伴うものだった。

 そこで、サーバーの機能をただそのエリアを維持することだけに絞り、エリアの広さも狭く限定することで、ウイルス自然発生のほとんど完全な抑止を可能とした、人工的な安全地帯、"スクエア"が考案された。

 外部ネットワークとの間に、同様の安全策を施した入り口エリアをもう1つ挟むことで、スクエア内へのウイルス流入のリスクは更に低下。スクエアへ繋がるエリアを増やしたければ、スクエアではなく入り口エリアとのリンクを設置すれば問題なし。

 

 これまでもインターネットの各所には偶然や努力でできた安全地帯があり、ナビたちはそこを憩いや商いの場としていたが、今回のネットワーク・アップグレードを機に、このスクエアの仕組みが世界中で導入され始めている。

 

 デカオの言うオフィシャルスクエアは、そのスクエアのうち、ニホンオフィシャルが設置し、市民向けに開放しているニホンオフィシャルスクエアのことである。

 

 始まったか、と渡は思った。

 秋原小学校終業式の日、デカオの提案で熱斗たちが市民ネットバトラーサブライセンス(実ライセンスの前段階で、まだ効力がない)を受験し、入浴を理由に欠席したやいとが事件に巻き込まれてしまう、というのが今後の流れ。

 事件というのは、犯人がガス湯沸かし器や換気扇をジャックして浴室内をガスで満たすというもの。

 

 そう、人死にが出得るのである。渡が珍しく平日午前にデンサンシティへ来たのは、ここに、確実に、介入するためであった。

 

 では、メールが来た今、渡がここで取るべき行動は何か。

 

(秋原町にはおらんと介入が間に合えへん。かといって今ほんまに秋原町におって、熱斗ん()のPCからプラグインするとかやと、なんで用事もないのにこんな早くに来たんかって聞かれてまうやろな。やから受けるわけにはいかん。でも断った場合、自分がコートシティにおることになって、やいとん家まで間に合えへん計算になって行かれへんなる。……うーん?)

 

 デカオの質問にYESと答えても、NOと答えても、不都合がある。正道は進めない。

 

(デカオ、すまん)

 

 なので渡は、メールを無視して駅へ向かった。




①26話の設定の今後
 案の定、ベータの防御力の設定に無理が出てきました。ドリームウイルスの攻撃に耐えた後、Dアーマー外したとはいえメットールに吹っ飛ばされて転がるのはおかしいですね。最弱相手なんだから本来の倍のダメージとかでもそこまでは行かないはずですし。
 おそらく26話(のメットール)を修正すると思います。詳細が決まり次第、また後書きでお知らせします。混乱させてしまいすみません。

②初期の誤記の修正
 今更ですが、プライドに対する誤った「女王」表記を全て修正しました。両親の代わりを努めていると付記したくらいで、話の流れは変わっていません。

③PETの意外な機能
 会話はもちろん、外の様子が見えていたりもするPETですが、「2」を改めて復習すると、なんとにおいもわかるようです。
 ガスチェックができる辺り、そこまで無理のある話でもなさそうなので、一旦は採用しますが、何かの拍子に存在を消すかもしれません。

④買ったPET関連
 モデルはノートパソコンのTOUGHBOOKです。TOUGHをRUGGED、BOOKをTERMINALに置き換えました。
 出しているのがパナソニックなので、社名は本部がある大阪府"門真"市から"GATETRUE"、縮めて"GATRUE"としました。
 タフブックが米国の軍や警察で実際に採用されているモデルなので、このような設定になりました。

⑤風吹アラシの生死
 「GP」にも登場するアラシですが、爆発のシーン、GPという作品の立ち位置、爆発に関してGPで説明がないことから、死亡するものとします。エアーマンと一蓮托生。

⑥サブタイ
 サブライセンスの試験で求められる「ゆうきのデータ」「きぼうのデータ」より。試験に出ないため。


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28話 ガスでガス

(デカオん()が見えて向こうから見えへん場所は……)

 

 秋原町駅を出て、PETで町内の地図を確認。刑事ドラマとは違ってアンパンと牛乳もなければ車中でもないが、デカオの家に対して張り込みを開始。発電所ぶりに野球帽と伊達メガネを身につけ、遠目では渡だとわからないようにもしている。

 

 ブックカバーをかけた子育ての本を読みながら、待つことおよそ40分。ドンッという音と共に大山宅のドアが開き、デカオが鍵どころかドアも閉めないまま全力疾走して行った。太ってこそいるが運動は得意な方であり、通りから消えるまで足を止めなかった。

 デカオが向かった先は綾小路宅のある方であり、急いでいる様子からも、既に事件が始まっていると推測できる。

 

(よし、ついてくか)

 

 渡は大山宅のドアを不正に施錠し、帽子と眼鏡をしまってから、速歩きで綾小路宅に向かった。

 

 

……

 

 

 綾小路宅が目に入った時、既にデカオは入っていった後だった。閉じたドアの前で熱斗とメイルがそわそわしつつもPETの画面を見ていた。

 

「こんにちは。大山くんが随分焦っているようでしたが……」

 

 声をかけられ、熱斗とメイルが顔を上げた。いるはずのない渡を見て、熱斗が思わず指をさす。

 

「渡! お前、デカオが連絡が取れなかったって……」

「メトロの車内で寝ていましたからね。秋原町駅を出た後、走っていく大山くんを見かけたもので、追いかけて来たんです。それで、何が?」

「えっと、やいとが風呂から出てこないんだ。ガス湯沸かし器もおかしいって!」

「グライドが言うには、ガス湯沸かし器の警報が鳴ってるみたいなの。デカオくん、5分で戻ってくるって言ってたけど……」

「確かに全員で一気に入るのは得策ではありませんが……ちょっと待って下さい」

 

 熱斗が"あっ"と声を上げるのにも構わず、ドアを開けて中へ。邸内は一見して何の異常もないが、ガスの臭いが確かにする。

 入って間もなく、渡の後ろで施錠音がした。取っ手を握って押し引きするが、動かない。

 通常、オートロックというものは外側から開けられないようにするものだが、渡は外側から入ることができ、そして今、内側から開けられない。侵入者を防ぐものではなく、入った者を逃がさないものになっている。

 

(まずここやな)

 

 ドア横のコントロールパネルにプラグイン。ベータの前に立つウイルスたちを、メットガードと喰らいつく盾(カースシールド)で全滅させ、ロックプログラムを正常化する。

 そうしてからもう一度取っ手に手をかけると、今度はきちんとドアが開いた。ドアを開けたまま、熱斗とメイルに要点を伝える。

 

「ガス漏れと、ドアのロック異常による閉じ込め。人為的なものと思われます」

「なんだって!?」

「桜井さんはオフィシャルを呼んで、ここでドアを開けておいて下さい。ロックくん、ガスチェックを」

「う、うん」

「わかった!」

 

 渡とロックマンがPETのガスチェック機能をオンにする。画面の隅に、色で危険度がわかるインジケータが表示された。

 

「PETがガスの濃い所に入ると赤くなるから、気をつけて!」

「サンキュ! 渡、行こう!」

 

 オフィシャルにオート電話で事情を説明するメイルを置いて、熱斗と渡が中へ入った。

 

「浴室の方へ。助けに入ったデカオくんも恐らくそっちでしょう」

 

 腕を目一杯伸ばし、懐中電灯で照らして見回すような動きでPETを振る。そうしてガスの濃い所を避けながら、廊下を進んで行き、浴室に続くドアを開けると、インジケータの色が急激に変化した。

 強まるガスの臭いに、熱斗が顔を顰める。

 

「うっ……」

(本能的に身の危険を感じる臭さやな。これが人工の臭いやって言うんやからすごい話や)

 

 浴槽のある浴室はさらにもう一つガラス戸を隔てた向こうで、そのガラス戸は開いている。ガラス戸の手前は板張りの床のスペースになっていて、その端、床に換気扇のある所で、デカオがうつ伏せに倒れている。

 

「デカオじゃんか! ……このガス、どうすりゃいいんだ!」

「あちらのコンパネですね」

 

 渡が湯沸かし器用のコンパネを指す。その下にはデカオのPETが落ちていて、ケーブルがプラグイン端子に刺さったままだった。PETからは時折、デカオを呼ぶガッツマンの声がする。

 

「意識を失うほどとなると、単なるガス漏れだけでなく、各所の換気扇も止まっているんでしょう。何にせよ、あちらから調べられるはずです」

「渡は?」

「先に、大山くんを部屋の外に。ここよりはマシなはずです」

 

 口を小さく開けて息を吸い、止める。デカオを仰向けに転がしてから、腕を動かしてバンザイの姿勢を取らせ、両脚をそれぞれ腕に抱え、タイヤ引きのように引っ張る。

 浴室の湿気が幸いして皮膚と床の摩擦は少なく、途中で引っかかることもないままデカオを廊下まで引きずり出すことができた。ガスの薄い場所まで引っ張った後、渡自身もガスに注意しつつ息を整えた。

 

(えーっと、心拍……は大丈夫やろから、呼吸の確認やな)

 

 デカオの口元に耳を近づけて待つ。自身の緊張を押さえ、視聴覚に集中する。

 

(息は……聞こえる。心臓マッサージはせんで大丈夫か)

 

 呼吸があることを確認した渡はデカオの横に膝をつき、その肩を軽く叩き始めた。

 

「大山くん、起きて下さい、大山くん」

 

 呼びかけながら何度も叩く。十数秒ほど経つと、デカオは呻いたり咳き込んだりし始めた。

 

「……うう……ゲホッ、ゴホッ」

「大山くん、起きて下さい」

「……わ、渡か……大丈夫だ……」

 

 辛そうに細めてはいるが、デカオは確かに目を覚ました。

 

「グッ、ふぅー……」

 

 上半身を起こし、大きく息を吐いてから、ゆっくり周囲を見回し、また吸う。余裕がないのか、渡ではなく体の向いている方を向いたまま、渡に問いかける。

 

「……ここまで、運んでくれたのか?」

「換気扇が止まったままですからね。今、光くんが対応してくれています」

「そうか……ありがとよ、渡」

「どういたしまして。立てますか?」

「ちょっと待ってくれ……」

 

 ガスに囲まれた中、慎重に呼吸を繰り返す。数回の後、楽になってきたのか、デカオは四肢にぐっと力を込めて立ち上がった。

 

「よし! もう大丈夫だ。行くぞ渡!」

「あっ、ちょっと」

 

 復帰早々、デカオは浴室に向かって突撃して行った。

 

(前のめりやなあ)

 

 後に続くと、板張りスペースのガスが減っていて、かすかに換気扇の動作音が聞こえた。

 

「熱斗! 今どうなってる!?」

 

 換気扇の音をかき消して、デカオの声が響いた。

 

「換気扇動かしたとこ! ガッツマンはなんとか大丈夫!」

「デカオさまーー!!」

「すまねぇ、ガッツマン! こっから汚名返上と行くぜ!」

「大山くん、待って下さい」

「なんだよ!」

 

 PETを手に気合を入れるデカオへ、渡が待ったをかけた。続けて熱斗に質問する。

 

「光くん。ガッツくんはロックくんと一緒ですか?」

「いや、ガッツマンじゃ速いガスを避けられないみたいで……」

「電脳世界でもガスが噴き出してて、触ると押されちゃうんだ」

 

 質問には熱斗が答え、ロックマンが補足した。

 

「だったら、ドアのロックを――」

「それは解決済みです。大山くんには、扇ぐものを探して欲しいんです。浴室のガスは相当濃いですから、電脳世界にも影響があるかもしれません。頼めますか?」

 

 渡より先にデカオが口を開いたが、遮って渡が指図をした。その間デカオは口を噤んでいたが、返事の際に握り拳を見せる。

 

「……ああ。でもな、オレさまの代わりに湯沸かし器を調べる以上、ヘマは許さねぇからなっ!」

「もち!」

「お気をつけて」

 

 熱斗は頷き、渡は軽く頭を下げた。デカオは熱斗と渡に活を入れた後、プラグアウトして部屋を出ていった。

 デカオを見送った後、熱斗はロックマンのオペレートを再開し、渡は空いた端子からプラグインした。

 

(相手が雑魚でも現実のガスがヤバい。急がんとあかんな)




 開幕通報は市民の常識。
 救急も消防も恐らくオフィシャルの管轄。すごい世界ですね。

 書籍を揃えたつもりでしたが、どうも知らない設定(エアーマンは非戦闘用ナビを改造したもの、とか。ソース不明)がまだあるようで、公式ガイドブックも揃えるべきか悩んでいます。
 「OSS」「3BLACK」「GP」は公式ガイドブックがなかったり、「6」だけ電子書籍があったり、これはこれでよくわからない……


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29話 次なんてない

 湯沸かし器の電脳世界。

 黄色く薄い雲や、換気孔の空いた金属板が床になっていて、細長い道が枝分かれしている。

 電脳元栓から定期的に噴き出す電脳ガスはナビやプログラムくんを強く押し、ある時は障害物に、ある時は地続きでない場所への移動手段になる。前者は噴き出すタイミング、後者は元栓や床の位置関係が重要となる。

 電脳ガスとはいうが、実際は風圧で押し出す機能のみで、燃料や有害物質としての特性は持たないし、叩きつけられてダメージを受けるようなこともない、安全なものである。

 

 ガスを避け、元栓を開け閉めし、プラグインしてからおよそ1分。

 

「ロックくん、その換気扇プログラムは?」

「もう動いてるんだけど……違う部屋の換気扇だったのかな。あっちの道はそのままだし……」

 

 ベータはロックマンのいる所まで追いついたが、そのロックマンはガスの吹き溜まりを前に足止めされていた。それは元栓ではなく床の下から噴き出し、止めようがないように見えた。

 そんな折、現実世界にドタドタと足音が響く。デカオだった。振り向いた渡と熱斗に向かって、畳んだ扇子3本を差し出す。

 

「待たせたな! 扇子三丁だ!」

「ありがとうございます」

「お前、倒れたばっかで無茶しちゃダメだろ!」

 

 行きも帰りも全力疾走だったのか、汗をかいているデカオを見て、熱斗が呆れる。

 

「今は言いっこなしだぜ! それより、どうなんだ? 役に立ちそうか?」

「ちょうどいいタイミングでした。これで浴室を扇ぎましょう。こちら側の換気扇は動いていますから、奥からガスを持ってくるんです。現実のガスが薄くなれば――」

「電脳世界のガス溜まりも消えるかも!」

 

 現実世界での対処が電脳世界の状況を変える。熱斗にとってはよく知る理屈だった。

 

「そういうことです。デカオくんも行けますか?」

「オレさまを誰だと思ってやがる! 行くぞお前ら!」

 

 肩を回し、浴室の入り口を扇ぐ。PETを置き、引き戸を開けきってスペースを作ってから、熱斗と渡も横に並んで扇ぎ始めた。湯気も煽られ、湯船に浸かったままぐったりしているやいとの姿が見えた。

 渡は、緊急時に余計なことを考えるなと、心中で自分に言い聞かせた。電脳世界の様子を確認すべく、ガスを吸わないよう後ろを向いてから叫ぶ。

 

「ロックくん、そちらのガスは!?」

「ちょっと減ってきた!」

「よし、このままやいとのいるところまで……!」

 

 近くのガスが薄くなるごとに踏み出して、さらに扇ぐ。2歩、3歩と進んだが、溜まっていたガスをいくら外へ送り出しても、ガス漏れ自体が止まったわけではなく、奥からガスが増えていく。

 それでも無意味ではなく、熱斗とデカオがムキになりかけたところで、後ろからロックマンの声が変化を知らせる。

 

「熱斗くん、こっちのガスなくなった! 奥に換気扇プログラムあるよ!」

「渡っ」

 

 熱斗が手を止めて判断を仰ぐ。渡は前を向いたまま小声で指示をする。

 

「ここは僕一人で続けます。熱斗くんはオペレートを。デカオくんは桜井さんの所へ行って、オフィシャルが来たら家の入口以外を見張るように伝えて下さい」

「わかった、頼む!」

 

 頷いて熱斗が行った後、デカオが扇ぎ続けながら渡の方を向いた。

 

「オレじゃなくていいのか?」

「ロックくんに何かあった時のためです。犯人が逃げるとまずいですから、行って下さい」

「そうか、さっきは見なかったけど、隠れてやがるんだな。わかった、よ!」

 

 デカオは最後に扇子を大きく一振りし、そのまま部屋を出ていった。

 渡も浴室に向き直り、ガスを流す作業を再開する。

 

(順調に行けば最後までこんままか……若くて健康な体に感謝やな)

 

 

……

 

 

 電脳世界。ロックマンはガスの吹き溜まりが消えた時点で進み始め、熱斗のオペレートを受けて足場をガスで渡り、最後の換気扇プログラム前まで来ていた。

 正常化しようと近付くロックマン。その前に立ち塞がるように、ナビがワープした。

 

 ハンドルのないドライヤーから手足を生やし、排気口にプロペラをつけたような人型ナビ。メタリックブルーにシルバーの線が入っていて、銀色の排気口とプロペラはエンブレムのように見え、外国の自動車を思わせる。

 そのナビは排気口からゆっくり、"ホアーー"と息を吐き、瘤のような小さな頭部からロックマンを睨みつけた。長く続く息に、そのうち声が混ざる。

 

「お前かーー、邪魔をするのはー」

「家の中のガス、お前の仕業だな! すぐにガスを止めるんだ!」

「それはーー、できないーー!」

 

 目つきは鋭いが、言葉は間延びしている。ロックマンの呼びかけに対しても一言答えただけで、後は息を吐いているだけで何もしない。ロックマンはそのナビの意思が希薄であるように感じた。

 

「無理さ! エアーマンが聞くのは、オンリー、オレの命令だけさ!」

「!? さっきの……ガス会社の!」

 

 青いナビ・エアーマンのオペレータらしき、若い男の声。熱斗はその声を聞いたことも、声の主を見たこともあった。ガス会社を名乗る男が住所を間違えて光宅に来ていて、金髪が印象に残っていた。

 

「なんでガス会社のくせにこんなことするんだよ!?」

「会社なんかカンケーないさ! もっと大きな目的があるのさ!」

「やいとに恨みでもあるのかよ!」

「ないさ! 金持ちの子なら誰でもよかったのさ! そうしておけば次に、"金を出さなきゃ、お前の子供がガスで死ぬぜー!"って脅した親どもから、1億でも2億でもふんだくれるってものさ!」

 

 ガス会社の男は、自分だけが安全を確保し、身を隠してもいることから来る余裕なのか、ペラペラと計画を熱斗に喋った。熱斗は、男の犯行が無差別かつただの金目当てであると知って歯を剥く。

 

「こいつ! なんてヤツだ!」

「お金のために子供を狙うなんて! ボク、こんな人許せない!」

「なんとでも言うがいいさ! お前もこのまま、ガスを吸って死んでしまうのさ!」

「そううまくは行くもんか! 行くぜ! ロックマン!」

 

 熱斗と意志を一つにし、ロックマンが戦闘態勢を取る。エアーマンが動き出す前に、送信されたキャノンを構えて撃ち込み、怯ませた。

 エアーマンもよろけて動かした足に勢いをつけて走り、ロックマンの銃口から逃れようとするが、ロックバスターやショットガン、後方V字誘爆弾(ブイガン)を撃ち込まれ、HPの減少が止まらない。

 

「何やってる! 攻撃しろエアーマン!」

 

 男の指示を受けたエアーマンが、ホアー、と息を吐き、プロペラを回転させる。排気口の奥から流れ出す息にプロペラの回転が加わり、2つの細い竜巻に変化した。

 竜巻はそれぞれが別の軌道を取るが、ロックマンは両方が当たらない位置を見切り、そこへ駆け込んだ。竜巻の行く先も確認せず、振り向いてチャージショットを放ち、エアーマンを更にデリートへと一歩近づける。

 

「ああー! もう! だったらエアシューターで……!」

 

 苛立つ男から送信されたチップデータを知覚し、エアーマンの目が輝く。両手を掲げたエアーマンの前に、青い竜巻3つが一列に並ぶ。上げた両手をロックマンに向け、排気口からの風で竜巻たちを押すと、それらが緩急をつけて地面の上を滑る。

 壁のように迫ってくる竜巻を見て、熱斗もまたチップデータを送信する。送信された2枚のチップデータから熱斗のメッセージを受け取り、ロックマンは竜巻に突っ込むように走り出した。

 

「なんだよ、ナビまでガスでどうかしちまったのか? いいぞー、消えちまえ!」

(……)

 

 熱斗は、近付くロックマンと竜巻を見つめる。衝突まで3秒、2秒、と心の中で数えて、叫ぶ。

 

「今だ!」

 

 発声の始まりと同時にロックマンの姿が消え、そこを竜巻が通過する。消えたロックマンは、エアーマンの目の前に現れていた。姿勢を低くし、右手を左肩の近くまで引いている。

 

「あっ……!?」

 

 2枚目のチップ、ワイドソードで右腕を剣に変化させ、エアーマンの両腕を薙いだ。HPがゼロになったエアーマンは、即座にバラバラのジャンクデータになって消えた。

 

 

……

 

 エアーマンをデリートされ、2階の一室に身を隠していたガス会社の男、風吹アラシ。"組織"に所属することになったのは、ネットワーク犯罪の常習者だからだった。それだけに、引き際は心得ているし、計画も立てていた。

 

 まず、社内の顧客データで間取りを把握。ドアと窓を封鎖し、1階にガスを充満させ、自身は安全な2階からエアーマンをオペレート。中に入り異常に気付いた者は、手を加えられたロックプログラムにより外に出られない。

 

「なんでこんな子供なんかに……だが……いいさ! 次はこうは行かないぜ! オレたちの組織は最強なのさ! あばよっ!」

 

 そして万が一失敗しても、予め用意したロープを伝って、自分だけ窓から逃げる。

 熱斗たちに捨て台詞を吐いたアラシは、早速窓を開け、適当な家具に固定したロープを外へ垂らした。備品の滑り止めつき軍手を装着し、窓の縁から足をおろして壁につける。手足を動かすごとに、窓が遠ざかっていく。

 子供相手と油断してついネットバトルに応じ、あまつさえエアーマンをデリートまでされ、今回の仕事は完全な失敗という結果になってしまったが、それでもアラシの頭はクールに保たれていた。思考は次での挽回へと向いている。

 

(バレちまったから、デンサンシティは離れた方がいいかもな……ボスに報告したら、次はコートシティにでも行くか?)

 

 地に足をつけ、手元のリモコンを操作すると、家具に固定されたロープが外れた。2階の部屋に伸びるそれを、下から引っ張る。

 

(あとはこいつを回収して――)

「きみ、ちょっといいかね」

 

 アラシに声をかけたのは、スーツ姿の壮年の男だった。アラシはロープを離して逃げようとするが、男はその手首を掴んで捻り上げた。

 

「いっだだだ!」

 

 振りほどこうとするアラシの膝裏に蹴りを入れ、アラシとは別の方向に大声で呼びかける。

 

「西側だ! ホシが来たぞ!」




 久々にアンケートがあります。そこだけに用がある方はスクロールして下さい。

①ガッツマンの出番
 ロックマンとガッツマンのタッグでエアーマンを倒させるチャンスだと思ったんですが、ガッツマンは高速ガス地帯抜けられなさそうなのでボツに。グライドが無理でガッツマンが行けるとも思えないし……

②アラシ生存
 アラシを死なせようとして、「あっ通報してる……」となったので、生存する方向に。

 死んだ場合の理屈ですが、原作で爆発事故について報じるメールは"爆弾は小型で、被害はさほど大きくなく、現在のところ怪我人等は確認されていない"という文面で、メールが来たタイミングから考えてもまだ充分に調べられていない状況と考えられます。
 破片ではなく爆風で殺傷するタイプの爆弾なら、物は壊れても壁や天井が崩れたりはせず、爆弾によるものとしては"被害はさほど大きくない"程度に収まるでしょう。
 爆風で殺傷されるため、アラシは吹き飛ばされた後どこかの物陰に落ちてしまい、見つかる前に速報が打たれたとすれば、なんとか説明がつきます。

 結構強引な理屈ですが、それより大事なのは、ゴスペルという組織がメンツを重要視し、人命を軽視しているということです。アラシの上司らしき人物(首領本人かは不明。恐らく異なる)の台詞とあの流れからして、死なない方がおかしいというのが一番の肝です。
 原作のメールニュースが間違っていることにするのも考えましたが、駅がぐちゃぐちゃになると後でマリンハーバー行けなさそうなので、こういう形に。

③エアーマンが弱い
 小物と強い設定のないナビの組み合わせが1作品分の修羅場くぐってるヒーローたちに勝てるわけもないので……


~キャラの話 光熱斗&ロックマン~
 ご存知主人公コンビ。原作からの変化は少ないため、それほど語ることはありません。

 友達として付き合ってくれない炎山や、戦力としていささか頼りない秋原組と違い、渡のことは比較的頼ってきます。とはいえ熱斗自身がやりたがりな性分のため、最初から頼り切りにはなりません。

 断水事件のアイスマン戦や信号ジャック事件そのものがスキップされ、エレキマン戦が2対1になったりしていますが、経験値の不足分を渡との日常的な対戦で補っており、ネットバトルにおいては原作(=渡が放置した場合)と同じかそれ以上の戦闘力を発揮します。

 最初の最初、渡の名前や設定すらない頃は「転生者も敵わない無敵のヒーロー」として動かしていくつもりだったんですが、よく考えた結果、「正史で勝利が確定している主人公」と「ゲームオーバーにならない保証のないプレイヤーキャラ」の中間くらいの存在になりました。
 そのため、原作キャラ中でもまだ最強ではありません。仮に今の時点でWWWエリアのナビやバレル&カーネルと対戦すればほぼ負けます。ドリームオーラ覚えたてのフォルテにギリギリまで迫れる程度のラインです。

 メイルとのゴールインを渡に心配されていて、たびたびちょっかいを出されています。原作での鈍感主人公っぷりを考えると、それで進展が早まるかはまだまだわかりませんが……


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30話 鑑定と感謝

 誤字報告ありがとうございます。
 元栓だから開け"締め"かな? と思っていたんですが、開け"閉め"が正しいんですね。


 風吹アラシの逮捕と時を同じくして、浴室の換気扇はロックマンによって正常化された。後で逮捕について聞いた渡は、"人が死なないに越したことはない"と静かに息をついていた。

 やいとは軽症と判断されたが一旦病院まで搬送された。その後すぐに意識を取り戻し、検査だけしてそのまま帰されたという連絡がグライドからあったのは、夕方頃のことだった。

 事件が終わった直後は誰しもやいとが心配で、遊ぶような気分ではなく、その日は解散となった。渡は駅に向かう途中までデカオについていき、大山宅の鍵を開けた。

 

 デカオと別れ、メトロに乗車して向かった先は、コートシティではなくデンサンタウン。まだ日は高いので、ついでにもう一つ用事を済ませておこうという考えだった。

 渡がデンサンタウンで行く場所といえば、飲食店とゲームセンター、そして夜間を含む外出のダミー行き先になりがちな骨董品屋である。

 

「こんにちは」

「いらっしゃい……?」

 

 今日も客がいないな、と視線を左右に動かしながら近付く渡を見て、みゆきが小首をかしげた。渡自身とその周囲に見える魂の数が違っていたからだ。

 

「……あなた、ナビを増やしたの?」

「今日はそのことで来ました」

 

 鞄に手を突っ込み、黒のごついPETを取り出し、開いてカウンターに置く。画面が点灯すれば、木の椅子に座って本を読んでいるアイリスの姿が映し出された。アイリスは、2人の会話は聞こえてこそいるが、関心は持っていないようだった。

 

「このナビの魂は黒井さんから見てどうなのかな、と……」

 

 みゆきが画面を覗くと、それに気付いたアイリスも開いた本を膝の上に置き、少しだけ首を動かして、画面の外――みゆきを横目に見る。

 互いに表情はないが、アイリスは黒井が何者かも知らなければ、今何をしているのかもわかっていない分、ぼーっとして見えた。

 

「……」

「……?」

 

 目が合ったまま、二人の時間だけが止まったかのようになった。数秒すると、アイリスは再び本を手に取って、そこに目を落とした。みゆきも顔を上げ、感じたままを渡に伝える。

 

「……起きているけれど、目覚めていない……スカルマンやベータに似ているように見えて、でも、確かに違う……不思議なナビね」

「それだけですか? 魂が半分になってたりとかはしませんか?」

 

 渡の発した"半分"という言葉が耳に入り、ページをめくろうとしたアイリスの手が一瞬止まった。

 

「半分に?」

 

 みゆきは再びPETを見る。先ほども、そして今も、半分になった魂などそこには見えなかった。どういうことだろうと疑問に思いつつ、今度も見えたままを伝える。

 

「……いいえ、そんなことはないけれど……?」

「そうですか。それはよかった」

(もしそうならどうにかカーネルに戻した方が良さそうやったけど、ちゃうなら別にええかな)

 

 渡は、アイリスがカーネルから分かたれたデータをベースに作られた存在である、という点に引っかかりを覚えていた。アイリスがどうあるべきか、カーネルの一部分に戻ることこそがそうではないのか、という考えも持っていた。

 みゆきにアイリスを見せに来たのは、アイリスにとってのベストを模索する過程の一環としての確認だった。カーネルに戻った際のリスクを考えずに済むことなどを思い、渡は人知れずほっとした。

 

「……ベータからナビを換えるの?」

「いえ、一時的に預かってるんです。本当は人に見せてはいけないナビなので、このことも内緒にして下さい。事後承諾で申し訳ありませんが……」

 

 PETを畳んで片付けながら頼むと、みゆきは目を細めた。

 

「そう……秘密、なのね」

(……?)

 

 普段、渡によってここを行き先のダミーにされる時などは、みゆきに詳しく説明されることはなかった。より具体的な秘密を共有するという体験を通して、みゆきは胸に温かいものを感じていた。

 渡はその表情の意味はわからなかったが、とりあえず悪いことにはならないだろうと思い、何も言わなかった。いつもどおり周囲の骨董品に目もくれない様子に、もう帰るのだろうか、とみゆきは思った。

 

「今日の用事はそれだけかしら……?」

「はい。すみません、冷やかしみたいになって」

 

 まともに買い物をした覚えがない渡は、多少申し訳無さそうな顔をして、軽く頭を下げた。

 

「構わないわ……友達と会うのに、特別な用事なんて必要ないでしょう?」

「あ……」

 

 気を遣うでもなく当たり前のようにみゆきが言うと、渡は不意をつかれて頬をかく。

 

「そうですね。それじゃあ、また」

「ええ。また……ね」

 

 みゆきに見送られて、渡は店を後にした。

 

 

……

 

 

「友達……って、なに?」

 

 家族での夕食後、ひと風呂浴びて自室に戻った渡は、PETからアイリスの声を聞いた。デスクまで歩き、PETを手に取って、ベッドに寝転んだ。

 渡に保護されて以降、度々耳にする単語。渡に与えられた絵本や教科書でも、何度も読んだ。"優しさ"と同様、辞書通りの意味はインプットされていても、感覚として掴むことができない言葉だった。

 

「一緒に遊んだり、誰かが困った時は助け合う関係、でしょうか。例えば、僕と光くんや大山くん、綾小路さんや桜井さんが友達ですね」

「"困った"……?」

「苦しいとか悲しいとか……そう、ちょうど、今日の昼過ぎにありましたね。綾小路さんがお風呂から出られなくなって、僕たちで助けに行ったのも、友達としての行動です」

 

 アラシの起こした事件の最中、アイリスのPETは鞄の中だったが、会話は聞こえていた。

 大きな声が何度も聞こえたり、不穏当な単語が出たり、聞こえてくる様子が日常と離れていたのは確かだが、アイリスは自分でも理由がわからないまま、外の様子を気にしていた。

 

「……ガスは、危ないわ……なのに、どうして行ったの?」

「もし自分が綾小路さんの立場だったら、助けて欲しかったはずだからです」

「……?」

 

 アイリスはわずかに首を傾げた……ように、渡には見えた。

 

「えーっと……」

 

 切り口を変えようと、声を出しながら考える。

 

「アイリスさんは、僕たちがガスだらけの家の中に入ってまで綾小路さんを助けようとした時、どんな感じがしましたか?」

「……」

 

 アイリスは、何を言えばわからないといった様子で目を伏せ、考える。

 

 外の様子が気になった理由は、自分でもわからなかった。わからなかったが、漠然とした嫌な感じがあってのことなのは確かだった。

 その嫌な感じが最初にしたのは、やいとが風呂から出てこないという話を聞いた時だった。渡たちがやいとを助けると決めた時やそれを実行した時に、更に大きくなっていったことも、アイリスは思い出した。

 

「……あなたが行った時、いやな……感じがした」

「仮に僕が行かなかったら、その感じはしたと思いますか?」

「……しなかった、かもしれない……けど……」

 

 目を伏せたまま、自信がなさそうに答えたアイリスに対し、渡は頷く。

 

「誰かが危ない目に遭うと、嫌な感じがする。それはきっと、心配していたんでしょう」

「"心配"……」

「そう、心配。綾小路さんの家に入る前、綾小路さんがお風呂から出てこないという話を聞いた時、同じ感じがしませんでしたか?」

 

 アイリスが僅かに顔を上げる。

 

「……した。と思う」

 

 今度の返答には、もう少しだけ力が籠もっていた。

 

「それも、心配です。僕たちも綾小路さんを心配していました。心配するというのは、危険な目に遭ってほしくないという気持ちです。それが嫌だから、助けに行ったんです」

 

 友達が危ないから助けに行く。当たり前のように語る渡の言い分を、アイリスは理解できない。

 

「……あなたたちは……どうして助けに行ったの? 行けば、自分も危ないのに……」

「そこまで来ると、もう理屈ではありませんね。そうしたいと感じたからそうする、というだけです」

 

 渡が苦笑すると、アイリスは何度か瞬きした。そうそう、と渡が付け足す。

 

「心配する、助ける。こういった気持ちや行動も、"優しさ"なんですよ」

「……自分が傷つくことも、"優しさ"なの……?」

 

 それは不合理ではないか、と問うアイリスに対し、渡は大きく頷く。

 

「ええ。誰かが困った時に嫌だと感じられること。その人を助けたいと思えること。優しさとは、自分がどうというものではなく、他者に向けるものです」

「……」

「もちろん、闇雲に自分が傷つくようなことをしてはいけませんが……」

 

 アイリスが動かなくなった。返事をするでも本を読み始めるでもなく固まった姿を見て、渡は首を傾げる。

 

「アイリスさん?」

 

 目を合わせないまま、アイリスが小さく口を開く。

 

「……"ありがとう"……」

「!?」

 

 渡は、驚きで口から空気が漏れそうになるのを喉で押し留めた。

 

「……何かして貰った時、この言葉を使うって……読んだから」

 

 アイリスは、本に書いてあった通りにしただけのつもりだったが、また、自分の中の何かがざわつくのを感じた。だが、決して昼のような嫌な感じではなかった。

 

(なんや、来るもんがあるよなあ。明日からも頑張ろって気持ちになるわ)

 

 驚きが抜けていくにつれ、渡は、アイリスに教えてきたことへの手応えを感じ始めていた。PETのじっと画面を見つめ、言っておこうと口を開く。

 

「こちらこそ、ありがとうございます」

「……」

 

 感謝の言葉に、アイリスは何もリアクションを返さなかったが、渡はそれでよかった。

 

 その日にアイリスが話したのはこれきりで、渡は寝るまでの間に何度か様子を見たが、ずっと読書に没頭していた。

 文章の中に"友達"という言葉が出てくる度に、アイリスは何度もページを捲ったり戻したりして、読み込んでいるのだったた。




 犯人としてはネットバトルに応じず逃げるのが正着のはずなので、アラシが犯人としてネットバトルを何度もしてきたというような記述はおかしいということに気付きました。29話の記述を修正しました。
 話の流れは変わりません。


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X7話 鏡の湖

 (本編進める以外の話が書きたいけど教育回以外の具体的な)ネタがない。
 分不相応なペースで書くと無理が出てくるということですね。

 誤字報告ありがとうございます。


 ポケットから小銭を掴みだした手が、顔が映るほどに磨かれたカウンターの上で逆さにして無造作に開かれた。

 窓一つなく、暖色のランプだけが薄明るく照らす店内で、空のグラスを拭く白衣の若い男が、小銭の落ちるちゃりちゃりという音の出どころに目をやる。渡の他にはまともな客などおらず、出入りもなく、音楽などもかけていないため、それで小銭の音が余計によく通っていた。

 次に、小銭を置いた子供を見た。席に置かれたマグカップには、口をつけた跡はあるものの、中は熱いコーヒーがなみなみと注がれている。

 

「どこへ行くんだ?」

 

 持ったものを置かず、手だけ止めて、男は渡に問いかけた。まだほとんど残っているじゃないか、とはわざわざ言わなかった。

 

「ちょっと涼みに」

 

 隣の席に置いてあった鞄のベルトを持ち上げて肩にかけ、渡は男に目も合わせずにそう言った。男が何も言わず、グラス拭きを再開するのを見て、渡はそれ以上断らずに出ていくことにした。

 ドアの取っ手を掴んで押すとドアベルが鳴り、ドアの開いた隙間から外の明かりが差し込んで、暗闇で顔に懐中電灯の光を当てられたように、眩しさに目を伏せて顔をしかめた。

 渡は生来、ピカピカに明るい空間は苦手で、私室の照明も弱めにしているくらいなので、こういう時に人一倍眩しく感じるものだった。

 光に遅れて流れ込んできた乾いた空気が全身の肌を滑って通り抜けると爽やかで、同時に、瞼を押さえつける光の当たる所はじんわりと温められた。

 1歩2歩と外に足を踏み出すと、分厚く柔らかいものを踏む感触があり、サクサクという音が足元からした。

 薄目を開けて下を向いて歩いていき、次第に目が慣れてくると、そこからほんの十数歩先に湖があった。行き過ぎると落ちるところだったな、と思った。電柱に当たるのとどっちが嫌なのだろうか、とも思った。

 

 いい景色だ、と左右を見回す。くるぶしより少し高い草は視界の端までずっと生い茂り、地平線になって消えていた。風が吹けば地上に緑色の濃淡で波が立ち、ざあざあと鳴りもした。

 地平線を境にした上半分は、白い雲が流れる青空がどこまでも広がっていた。これだけ晴れていれば鳥の一羽や二羽くらい飛んでいてもバチが当たらなそうなものだが、本当に雲以外には何もない青空だった。たまに吹き下ろす風が涼しい。

 目の前に向き直れば、緑の折り紙の上に丸い手鏡を乗せたように、湖が草原にぽっかり穴を空けている。大きな湖だった。果てしないという程ではなく、何歩か下がって前を向いていれば全貌が視界に収まるくらいのものだった。深さも4、5メートルといったところに見えた。

 

 湖の水はごく透き通っていて、膝をついて顔を近づけて覗き込むなどする必要もなく、立ったままでも底まで見通すことができた。赤、青、黄、緑、淡い色、濃い色、明るい色、暗い色。環境を選ぶはずの魚が、こんなに色とりどり、ひとところにあるものかと、渡は目を瞬いた。

 いや、よく見れば、水底で揺れる水草や、じっと動かない石、時々小さく舞う砂までもが、魚たちと同じように鮮やかに色付いている。

 情報過多な水中の景色は、油の中にビー玉や植物を入れて作る人工のインテリアを連想させたが、これは手に持って傾けたりせずとも、中の魚が自由に泳ぎ回っているので、やはり違う、と渡は思った。ただ思っている間にも、魚はあちらからこちらへとすいすい泳いでいる。

 

 見ているうち、ここで釣りでもすれば、さぞ楽しいのではないか、と思った。そう思ったところで、そういえば、もうここで魚を釣ったことがあったか、と思い直した。

 やはりこれだけ澄んだ湖では釣り針にかかる魚は少ないのだろう、傍らのクーラーボックスは決して空ではないのだが、釣果が芳しくなかったのは確かだと、今思い出した。

 

 ぼーっと湖を見ているうち、水は冷たいだろうかとふと思って、湖のそばに屈んで右手の人差指をぽつっと入れると、途端に、乾いた絵の具が水に溶け出すようにして、指から肌色の汚れた煙が滲み出した。

 

 わっと慌てて引き抜く。すると、渡は水の中にいた。息ができなくなったわけでも、目を開けていられなくなったわけでも、水が冷たくてたまらないわけでもなかったが、ただ、水に体を取られていた。

 足はついていない。浮力と重力が全く相殺しあっているかのように、高さを保って浮遊している。半袖のシャツが上下にゆっくり揺れ、捲れ上がったりぴったり張り付いたりした。

 反射的にもがき、手足が水をかくが、それはどうしてか、体の位置を動かしてくれない。水中特有の重い手応えを手先足先にはっきり感じてはいるし、揺らした水が底の砂を巻き上げもしている。水の透き通り加減のおかげで、それがよく見えた。

 見えないし触れない、刺されても痛くない、そんな虫ピンでその場に留められているように、ただただ体がその場から動かなかった。

 

 全身から滲み出す汚れた煙の隙間から、湖の様子が見えた。魚たちは煙から逃げるようにして飛んでいったり、戸惑うようにぐるぐる回ったり、ほんの数匹、追い立てられるようにしてこちらへ向かってきたものは、渡の体をかすめたりした。

 魚が煙を割きながら顔に近付いた時は叫びそうになったが、その声は喉から泡として出ていき、水面へと真っ直ぐ上っていっただけだった。

 

 次第に渡は冷静になってきたが、状況は変わらない。むしろ、湖は渡から滲み出し続ける煙で汚れていくばかりで、一定の緊張はあった。腹を上にして浮かんでいく魚を不思議と見かけなかったが、湖の変わりようが惨憺たる有様なのは間違いなかった。

 上まで泳いで湖から出ることもできない今、渡は、動けない自分のことより、魚たちに悪いと思った。不思議と、いつまでもここから出られないのか、という考えや恐怖はなかった。

 色とりどりの魚や、その下にあるこれまた色とりどりの背景が目に入っていて、そのことだけを考えていた。

 

 視界が濁っていく中、突如、渡は巨人につまみ上げられるようにしてそこから消えた。

 

 湖の水ではなく寝汗にまみれた状態で、渡は自室のベッドの上で目を覚ました。もう、鏡子が朝食を準備している時間だった。




 「2」をおさらいしているとオフィシャルの設定がまた危なっかしくなってきました。


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31話 時期尚早が追い立て来やる

 クイックマン死亡のお知らせ。


 ある午後。

 

「テレビ、見ましたよ。お手柄だったそうですね」

「だーかーらー、あれは炎山のおかげなんだって」

 

 渡は決して嫌味っぽく言ったわけではなかったし、熱斗も別にそう感じたわけではなかったのだが、その声の後には空気の抜ける音が続いて、顔の方は眉尻を下げているところがPETの画面に映っていた。

 それぞれ渡は自室で、熱斗はメトロの駅で、オート電話で話をしていた。駅は混雑しておらず、周囲の雑音で渡の声が聞こえなくなるといった心配は不要だった。

 

 一体何を、渡がテレビで見たのか。

 

 風吹アラシの逮捕から数日後、秋原町の4人は連れ立って日帰りキャンプをしに行った際、おくデン谷のキャンプ場のそばで起きたダム爆破事件に巻き込まれていた。アラシと同じくネットマフィア・ゴスペルに所属するオペレーターの仕業だった。

 前日にオフィシャルスクエアの掲示板で犯行予告があったため、オフィシャルである炎山が現地で待機しており、1度目の爆破の後に全ての爆弾を見つけ出して解除することで事なきを得たのだが、世間的には、熱斗の手柄ということになっている。

 

 事件後日に行われたテレビ放送のせいだった。

 スピード解決された事件の様子をカメラに収められたのもまた偶然で、サッカーチームのキャンプを取材するために出発した、テレビ局・DNN(デンサンニュースネットワーク)の職員が、何をどうしたのか、そのキャンプ場で行われているものと勘違いして中継車を乗り付けてしまったからだった。

 解決後、さあインタビューというタイミングで、実際に爆弾自体の処理を行った炎山は姿を消していたため、起爆プログラムの停止を担当するも完全にはやり切れなかった熱斗が捕まり、カメラの前で調子に乗ったデカオ共々、お茶の間に顔と名前を提供することとなった。

 インタビューを行ったのが、持ちナビ共々市民に人気の女性アナウンサー・緑川ケロであったことも幸い――あるいは災い――して、ダム爆破を目論む悪を成敗した小さなヒーローとしての周知度合いは高めとなってしまったのだった。

 

 なぜそれほど危険な事件を、渡はテレビで見ていたのか。

 

 無論、そういう席に呼ばれるようになって久しい渡のこと、渦中にいなかったのにはいなかっただけの理由があった。

 ダム爆破に関して、介入不可能という結論を出したためだ。

 

 正確には、介入はできても、一番肝心な部分に関与できなかった。それは熱斗が起爆プログラムの停止を完遂できなかったことと密接に関係している。

 熱斗は主人公、ヒーローである。爆破を遂行しようとした大学生・速見ダイスケと、そのネットナビ・クイックマンも、勿論倒すことができた。できたのだが、その勝利は、ダム爆破の阻止という意味では何一つ貢献しない徒労に過ぎなかった。

 4つある起爆プログラムのうち最後の1つを守るクイックマンだが、同時に自身もまた起爆プログラムとしての役割を持っていた。クイックマンがデリートされてしまった場合、即座に起爆信号が送られるという、死なば諸共のシステム。

 

 つまり、ダム爆破を阻止できたのは、本当に100%炎山の働きによるものだった。

 その炎山がダム内部へ出向いて爆弾の処理に取りかかれたのは、オフィシャルとしての任務や権限があってのことである。熱斗はもちろん、渡もまたオフィシャル所属ではない。

 

 渡が行ったところで、ダム爆破の阻止については何の役にも立たない。クイックマンを倒す手助けはできようが、そこにメリットはない。ダム爆破事件が起きるために、単純にキャンプを楽しむこともできない。

 NPCである炎山は予定通りに動くだろうという予想ももちろんあったが、渡が行かなかったことに関しては、このないない尽くしが最大の要因だった。

 

 とにかくそういうわけで、テレビで熱斗のヒーローインタビューを見かけ、今に至る。

 

「で、何の用だったんだ?」

 

 こうなるなら折返し電話しなければよかったかと若干後悔しつつ熱斗が尋ねると、渡はカメラから目線を外し、唇の下の窪みを親指の関節で押さえた。返答までに数拍の間が開いた。

 

「光くんたちが大変な中、僕はそこにいませんでしたから。その、負い目があるというか」

「なんだよ、そんなの気にしなくていーって」

 

 口ごもる渡に、熱斗は小さくため息をついて、手も小さく払うように振りながら、言った。渡はこめかみを人差し指の爪で押し、硬めの笑みを浮かべた。

 

「そう言ってもらえると助かります」

 

 言い終わると指を離し、表情も平静に戻った。

 

「ところで、光くんは今忙しいんでしょうか? さっきかけた時は不在でしたし」

「ああ、メトロに乗ってたんだ。今、Aランクライセンス取るために依頼こなさなきゃいけなくて。自由研究のために、インターネットでアジーナまで行きたいんだよ」

 

 インターネット上で外国に友人を作り、あわよくば現実で招待してもらい、当地のご馳走にありつければ、などというあんまりな願望については、熱斗も馬鹿正直に話すつもりはなかった。言われるまでもなく知っている渡としても、詳しい動機を追及する必要はなかった。

 

「なるほど。まあ、光くんならすぐ取れると思いますよ」

「そういう渡は市民ネットバトラーのライセンス取らないのか?」

 

 デカオの提案でサブライセンスを集団受験した際、渡はいなかった。その後にライセンスの話題が出ることもなかったので、それはライセンスを持っていないものだと思っての発言だった。

 渡の鼻から息が抜けた。引っかかったな、とでも言いたげに口元を歪めたのを見て、熱斗は訝しんだ。

 

「取っていない人間が"すぐ取れる"なんてことを言うのは、無責任だと思いませんか?」

 

 チッチッ、と人差し指でも振っていそうな、自信満々の顔で言った。

 

「えっ? それじゃあ……」

「キャンプを断った時に言った用事。Aランクライセンスまでの受験だったんですよ。僕も国外に知人を持つ身ですから」

 

 熱斗の視線が、通話画面からロックマンの方へ移る。

 

「そんなこと言ってたっけ」

「言ってた……と思うけど」

「まあ、知人のことは、別の話の流れでちょっと触れただけでしたから。忘れても仕方ないことですよ」

 

 自信なさげに顔を突き合わせる2人に、苦笑しながら渡がフォローを入れる。より具体的には、今より幾分か涼しかった頃、ヒグレヤでバトルチップの価格変動について話した時のことだった。

 

 いきなり、"あっ"と熱斗が声をあげた。

 

「じゃあ、その渡の知り合いに外国の食べ物のこと聞けばいいんじゃん!」

 

 カメラ越しに小さく渡を指差して、熱斗が言った。

 

「確かに、それならわざわざ試験受けることもないけど……もう依頼受けちゃったし、やれるところまでやってからにしない?」

「えー」

 

 既に渡の知人なのであれば取り入り易かろうと、早くも悪知恵を働かせてその気になっていた熱斗は、自分の顔にこれ見よがしに"イヤです"と書いた。その4文字を読み取ったロックマンが軽く叱ろうと口を開こうとしたが、それより早く渡が付け足す。

 

「といっても、尋常じゃなく忙しい人ですから、協力してもらえるかは怪しいですよ。それに、"この自由研究のために市民ネットバトラーのAランクライセンスも取りました"なんて言っておけば、箔もつくでしょう。

 やっぱり試験は受けた方がいいと思いますよ。再三ですが、光くんなら受かるでしょうからね」

「なーんだ、じゃあいいや」

 

 自分で描いた図面が頼りにならないと知るや、熱斗は自分でそれを放り出した。

 

「じゃあいいやって、熱斗くんね……」

 

 肩まで落とし、続けてかける言葉も見つけられず、ロックマンの口から出たのはため息だけだった。

 

「それで、渡は今なにしてんの?」

 

 ここまでの会話を全て忘れたかのような切り替えっぷりで言った。

 

「特に何も。ゆっくりしてますよ。気楽なものです」

 

 ちらっとだけ、渡はPETから視線を外した。別のスタンドに立てられた黒いPETの中で、アイリスが教育番組を観ている。PCのモニタには、アジーナ政府直営スクエアたるアジーナスクエアの風景が映し出されている。

 他にデスクの上に載っているのは、マウスやキーボード、カバーをつけたティッシュ箱、飲み物に、ゲーム用コントローラー等々だ。

 

「そっか」

 

 渡によるまるで情報の得られない返答に対し、熱斗はコメントを思いつかなかった。

 

「そうです。まあ、長話をしていると、試験が終わる前に日が暮れてしまいそうですし、そろそろ切りますね。合格したらメールでも下さい」

「おう。じゃな!」

 

 話を軽く切り上げると、通話も切断された。デスクに左肘をつき、人差し指と中指を曲げてその上に顎を乗せた渡が、モニタをじっと見た。

 多くのネットナビが行き交い、商いや歓談が行われている空間の片隅で、ベータは押入れに仕舞われた人形のように大人しくしていた。

 

(間に合えへんかったな……)

 

 賑わうアジーナスクエアのごく近い将来と、そこで自分のすべきこと。

 それぞれに思いを馳せる渡は、準備が充分と言い切れないことに、心臓が締め付けられるような緊張を覚えていた。




 改めて昔買った小説をもう一度読んでみたら、よくも短いシーンをとんでもない文字数にするものだな、と感じました。話す人のしぐさや空間の情景と変化、奇想天外な比喩表現……書く消費者になってみて初めて、プロの凄さの一端を理解した気がしました。
 同時に「やっぱり恋愛ものも読まないと、苦手(=書けない)は苦手のままだな」とも思ったんですが、買って読みたい作品が頭の中にありませんでした。ぎゃるがんのノベライズとかあればよかったんですが……
 恋愛以外は今読んでるものがあるので、何かおすすめがあれば教えて下さい。プロで長くやってる方の作品で、「恋愛要素もある」じゃなくて「恋愛ばっかり」の小説がもしあれば、そちらの方が望ましいです。


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32話 金と力と

 29話謎アンケートの結果発表です。


 熱斗との通話が切れて以降も、渡は頬杖をついてモニタをぼーっと見ていた。デスクの上で開封されたスナック菓子を噛み砕く音を押しのけるようにして、広大なアジーナスクエア一帯でナビたちによって行われる種々の活動の雑音が、有線イヤホンを通して両耳に届いていた。

 ことが始まっていないうちに頼んだ荷物が来てくれないかと何度も思っては、それに頼らずにやり果すんだろうと小さくかぶりを振った。

 水分の取りすぎと緊張で度々トイレに立ち、バタバタと戻ってきては、何事もないアジーナスクエアを見てため息をついた。

 

 ふと、アジーナスクエアに黒い風が吹き抜けた。多くのナビやそのオペレーターには、そのように見えていた。そこに別のものを見た渡だけが、跳ねるようにしてデスクの上のコントローラーを押し取り、ベータが黒い風を追いかけた。

 黒い風を見たナビたちはデリートされるか、悲鳴を上げるかした。悲鳴を聞けば、心得のある者はプラグアウトし、向こう見ずな者は風を掴もうとして、その風に切り裂かれた。

 どちらでもない多くの者は、わけもわからず、タンポポの綿毛のように吹き散らされる順番を待つ形になっていた。実際には逃げ散っていたのだが、風の速さに比べれば止まっているのとそう変わらなかった。

 5、10、15……どこか新天地にたどり着くわけでもない綿毛たちが、ジャンクデータになって宙を舞った。アジーナスクエアの空にそれが立ち上っていくにつれて、助けを求めて叫んだりオフィシャルを呼べと喚いたりする声の混沌も拡大していった。

 

 さっと流れ、つむじを巻き、ある時は直角に折れ曲がる黒い風を、風より速く飛来した頭ほどの大きさの緑色の電撃輪(ラビリング2)が捉え、捕らえた。

 ラビリング系は単なる電気属性攻撃チップではなく、ダメージを与えると同時に対象の運動を停止、一時的に制限する、麻痺効果を備えている。

 捕らえられた黒い風――暗い紫色の忍者装束を着たナビ、シャドーマンと対峙し勝利するため、今の渡が必要と見込んだうちの1つだった。

 

 刀を抜いたままの姿勢で硬直したシャドーマンの眼前で、うつ伏せに倒れたノーマルナビが逃げていき、途中で光の柱になって消えた。プラグアウトだった。

 スプーンの先を口に入れようとしたその時に横から引ったくられてそうするように、麻痺の解けないシャドーマンの視線だけがすっと後ろを向いた。その先にはベータがいた。

 姿は大きくなっていく。近付いている。右前腕を剣に変じさせ、剣先を自身の左肩の方へ運んだ。さらに近付いて来た。

 突如、天井裏から不意打ちを仕掛けるようにして現れた別の黒い忍者風ナビ数体が、シャドーマンとベータの間に立った。その全員が、シャドーマンに指一本たりとも触れさせまいとも、そのためならデリートされようが構わないとも考えていた。

 彼らはゴスペルの構成員のうち、シャドーマンに充てがわれた親衛隊であり、いずれも元々が戦闘のプロ。組織内での立ち位置でいえば、エアーマンやクイックマンとは一線を画する者たちだった。そのそれぞれが、味方ごと踏み潰す勢いで駆け出し、ベータに殺到した。

 予め両腕から換装してある白刃たちが、ベータを狙う。ベータの剣と親衛隊たちの刃、それぞれの間合いが重なる直前、ウラの住人やオフィシャルが見ても正解だと断言するようなタイミングで、親衛隊たちが左右に分かれようとした。

 

(なまじっかチームワークがええから、揃いも揃って考えが甘いんやな)

 

 ベータが光の剣を横一線に振るう。開いて真横から見た傘に近い形状のそれが、あっという間に伸び、広がろうとした親衛隊を全て薙ぎ払い、ジャンクデータとなって溶けるだけの千切れた人形に変えた。

 かつて見たドリームウイルスのように広く遠くまで届く一閃を可能にするのが、この剣、バリアブルソードだった。

 使い手の体幹や腕の重心移動、振るう方向やその時の各関節の開閉度合いを敏感に感じ取り、技を認めて自らその姿を変えるその様は、"変幻自在のテクニカルソード"とも謳われる。

 ただのソードと同じように使っても高い威力を発揮するというハイエンドチップだが、電脳世界の剣の道を行くならばと決意した者、剣が持つかつてない性質にロマンを見出した者、そして、絶対に使いこなして勝利するという意志を持つ者は、このチップの全てを引き出さんと修練する。

 渡はそのうち3番目、威力と当てやすさを両立し得る強さ、コントロールさえできれば手に入る高い実用性に惹かれた者だった。

 勿論、前世と今生では使い方は全く異なる。それでも、前世で一度は修めた技。この先戦い抜くならば、この程度できなければ話にならないと、既にウイルス相手の実戦の中でマスターしていた。

 

 振り抜いた剣が役目を終えて消え、身代わり球(バリア)を纏うベータの前で、シャドーマンが麻痺状態を抜け出した。ウイルスや大抵のナビであればもう少し長く拘束できる代物ではあるが、高性能なナビならば気力次第で抵抗して終わりを早めることが可能だった。

 ベータに体ごと向き直り、構える。まだアジーナスクエアの混乱は続いており、徐々に遠ざかる悲鳴やそれに混じるプラグアウト音など届いていないかのように、2体のナビは静かに相対していた。

 

「おぬしがベータ……いや、七代渡と呼ぶべきか」

「おや、ご存知で」

「当然だ。危険な相手の情報は持って置かねば、闇の道を生きて歩くことはできぬ。大方、ここにいるのも偶然ではなかろう。WWWの起こした事件にも度々居合わせていた不自然さ、お館様や拙者には隠し通せん」

 

 初対面かと思いきや、シャドーマンは渡のことを知っていた。ウォッチングされたりウラ掲示板で話のネタにされていることは渡自身承知だったが、さも有名人のように扱われてむず痒かった。

 渡にとってはシャドーマンの方こそ有名人なので、余計にそう感じた。頭をかこうとして、その間に何が飛んでくるかわかったものではないと思い直してやめた。

 ナビを散々デリートしたさっきの今、真面目な話のように――本人としてはそうだ――芝居がかった言い回しをするもので、渡は毒気を抜かれたような気になった。

 

(なんかもう色々と大げさやな。そのくらいの感覚やないとやっとれへんのやろか。まあ全部偶然じゃないのは事実なんやけどな)

「偶然ですよ。少なくとも、偶然でないという証拠は出せないでしょう」

 

 コントローラーを握る手は緩めず、心中で舌を出して、渡は表面上の事実で返した。

 

「ふん……ならば、逃げないだけの理由はどこにある?」

「僕にだって、人並みの正義感はあります。あとはちょっぴりの欲望、でしょうか」

「……この状況で、お館様へ依頼しようというのか?」

「おお、話が早いですね。まあ、とりあえず前金をどうぞ」

 

 ベータが一時ストレージから現金(キャッシュ)データを投げて寄越す。シャドーマンが刀を握っていない右手で受け取ると、シャドーマン側の一時ストレージに消えていった。

 

「……これほどの額を払ってまで、一体何を求める? よもや、退けとは言うまいな。金で雇われはするが、金で裏切りはせぬぞ」

「そうではなくて。僕もそろそろ、盗賊として割り切ろうと思いましてね」

 

 マスクと手裏剣型の額当てに挟まれたシャドーマンの双眸は揺れず、読み取るべき表情はなかった。それでも構わずに続けるベータが、"盗賊"のところでエアクオーツを作って強調した。わざわざこのためにキーボードのキーを動作に割り当ててあった。

 

「これから実力行使するので、勝ったら弟子にして下さい」

「抜かせ、小童」

 

 言ってその場で刀を振るうと見せかけ、シャドーマンが垂直跳躍。見上げる視線が追いつかないスピードで高度を確保し、真上から一抱えほどの大きさの手裏剣を生成して投げ下ろした。

 リリースから着弾までの間に、ベータが左腕を丸みを帯びた砲身に変え、無反動で何かを撃ち出す。受け止めたシャドーマンの前腕の甲で、大小無数の泡が文字通り炸裂し、その視界を洗濯桶に変えた。

 ショットガンと同じ最速級の弾速、ショットガンと同じ誘爆性能、ショットガンより1ランク上の威力、そして水属性。バトルチップ、バブルショットだった。

 反動がなく、弾速が手裏剣よりずっと速いため、ほぼ同時に攻撃したシャドーマンは泡を被ったが、ベータは横に2歩ずれて手裏剣を躱せた。狙いは正確で、反応が遅れればベータの脳天に突き刺さるはずのコースだった。

 バリアの保険こそあるが、それも貴重なもの。ツッ、と渡が歯の間から空気を押し出した。

 

 飛び上がるのが速ければ、着地も速いのか、ベータのすぐ目の前にシャドーマンが現れた。砲口をコイルに変えてラビリング2を直撃させると、そのシャドーマンはふっと消えた。

 消えたシャドーマンの足元から、くるぶし程の高さの草むらが広がり、その波があっという間にベータのいるところも抜けて行く。

 

(分身か――っ!?)

「バクエン!」

 

 消えたその後ろにいたもう一人のシャドーマンが見得のような構えを取ると、その足元から爆炎の花が咲き、地を這い進んでベータを目指していった。一見青々と生きている草を爆炎は容易く飲み込み、火力を増して迫る。

 電脳世界では基本的に植物は燃えるものと定まっており、それを利用した戦法がこうして存在する。そのためのバトルチップが、草むらを広く展開するクサムラステージや、限定的な範囲に地形変化を起こすクサムララインだった。

 金太郎飴か何かのように続けてシャドーマンが現れたのに驚いたのもほんの一瞬のこと、渡はすぐ状況を飲み込み、コントローラーを動かした。

 

(多分これもやな)

 

 2人目のシャドーマンも真っ向からベータがバスターで貫けばふっと消え、手裏剣に比べればなんとも鈍い爆発の波を悠々躱した。躱したからといって安全というわけではなく、本物のシャドーマンのことを、渡は忘れていない。

 

(そんで、ここで後ろなんやろ)

 

 回避運動した先から、野球でボールを打つバットよろしく正面衝突するように刀が迫っており、まんまとベータを斬りつけた。降りてきていた、本物のシャドーマンの一太刀だった。

 ベータが纏った青い球が身代わりとなって消え、その内側から炎が噴出した。炎は急速に広がってシャドーマンの目をくらまし、全身を包んで焼いた。回避しながら発動したバーニングボディだ。

 

「ムゥッ!」

(読み読みやで)

 

 たまらず呻いて怯んだところへ、振り向きざまにバスターをチャージし、構えて撃つ。立ち直ったシャドーマンが刀を振るえば、躱して脇から2発3発と通常射撃。

 

(はよ降参してくれ、ミスりたくない)

 

 焦りとは裏腹に渡のミスもないまま攻防は続く。攻防とはいっても、ベータは全ての攻撃をバリアと回避で対処し切り、シャドーマンだけが傷を負っていった。シャドーマンは格下のナビたちを素早くデリートして回るためのセッティングだったが、ベータに対しては自慢のスピードでも攻め切れなかった。

 

「おっと」

 

 そうしてある時、ベータが攻撃を躱した後、わざとらしく背中を晒した。

 

(またバーニングボディか?)

「シャドーマン、もうよい……」

 

 無防備さを罠と見たシャドーマンはチップデータ転送や指示を待ったが、オペレーターの若い男が交戦停止を言い渡した。

 

「お館様?」

「アドレスを渡してやれ。これ以上続けても何も得られん」

 

 この主従も、強敵と戦うことを楽しみとする部分はある。しかし彼らはあくまで傭兵で、今は作戦の遂行途中。ゴスペルから貸し出された部下は全滅し、交戦してみれば旗色はベータ一色。

 攻めきることを諦めてとことん時間をかけて渡の体力を奪う方法が残っているが、成功する保証もなければ、実行した場合は自身も体力を失い、そこをアジーナオフィシャルに囲まれることは必至。

 ゴスペルの依頼を成功させることはもはや不可能で、退くことを決断するべき時だった。シャドーマンもそれを理解し、足を止めて刀を納めた。

 

「承知。そら、受け取るがよい」

 

 シャドーマンがカード型のデータを手裏剣のように鋭く速く投げて寄越す。振り向いたベータがそれを体で受け止めると、HPがわずかに減った。

 また、その左腕はラビリング2のチップデータでコイルに変化していた。バーニングボディを警戒したシャドーマンが射撃攻撃で対応することを読んでの選択で、これを当ててバリアブルソードで一突きするつもりだった。

 

 シャドーマンに戦闘の意思がなさそうだと判断し、渡は武装解除した。落ちたカードを拾い、貴重な殺し屋とのコネを大事にベータの一時ストレージへ仕舞った。

 

「今ので傷を? ……今回のアップグレードも適用しておらなんだか。聞きしに勝る、β版ネットナビへの入れあげ振りだな」

「お褒めの言葉と受け取っておきます、師匠」

「……クク」

 

 "師匠"をエアクオーツで強調すると、ミヤビは愉快そうに喉を鳴らした。

 

「シャドーマン、プラグアウトだ。雇い主に詫び状の準備をするぞ」

「御意!」

 

 シャドーマンとベータが光の柱となって消えた。アジーナスクエアの恐慌はまだ終わっておらず、ようやく三々五々のプラグアウトでナビが目に見えて減り始めたところだった。

 通報を受けて数分後にやってきたオフィシャルのナビたちが見たのは、避難が進んだ結果被害者も加害者もなくなった、がらんどうだった。




 29話謎アンケートは
 し:師匠になってもらう
 や:雇って戦わせる
 でした。

①シャドーマン襲撃の謎
 結果としてアジーナが壊滅という話になっていますが、襲われたのはアジーナスクエアであって、現実のアジーナとか、ニホンのようなマザーコンピューターがどうこうみたいな話は出てきていません。
 王様のナビを暗殺したことをもって壊滅したと取ることもできますが、王様は取り巻きがやられる前に「この国が壊滅させられるとは」と発言しており、壊滅の定義に王様は関係ないようです。
 なので、アジーナスクエアは政府直営の大規模スクエアで、経済活動その他の規模もまた無視できないものであり、アジーナスクエアの機能停止とナビの一斉デリートによって請けた被害は甚大すなわち壊滅的と表現可能だった、と一旦解釈しました。
 本当にアジーナという国が立ち行かなくなったわけではない(アジーナスクエアやアジーナエリアは消滅していないし、後の作品でもアジーナはけろっとしている)のは確かなので。
 本文中でこの辺に触れていないのは、重要でもなければ後に続く設定でもないからです。時系列関連でも曜日とか考えると頭が痛くなるので、たまにぼかしています。基本的に設定はバシっと決めたいのですが、情報がなさすぎて決まらないとこういうこともあります。
 戦闘シーンは具体的なHPを考えないようにしているのと展開が思いつかないのとで毎度中略しています。

②ミヤビはどこの人?
 公式で国籍不明です。その設定のために服のデザインまで間違った和装にされています(オコワより)。
 「2」では度々ロックマンが翻訳システムを起動しますが、シャドーマンに対してはしていないため、少なくともニホン語は堪能である可能性があります。ニホン人かどうかはさておき。
 「5」では普段はどこかの里にいるというような話をしていたり、現実世界のミヤビがドロンと煙を出して消えたり、ますます日本の忍者っぽいのですが、それでもニホン人という証拠にはなりません。

 ミヤビの話というわけではありませんが、エグゼ世界のニホンは世界の中心と言っていい国なので、我々の世界でいう英語に相当するのがニホン語である、と解釈しています。後の作品で出てくるキャラもだいたい普通に喋ってるはずですし。
 渡はスルーしていますが、実は会食(X6~X6+1話)の時もプライドはニホン語を話していました。


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33話 リテイク

 誤字報告ありがとうございます。

 評価☆9が2ゲージ目入るの初めて見ました。重ね重ねありがとうございます。


 シャドーマンのアジーナスクエア襲撃が中断された後、入り口エリアからリンクを通じてオフィシャルの精鋭部隊がなだれ込んだ。なだれ込んだといっても整然としていて、やってきたナビたちは次々に陣を形成していった。

 周囲を警戒する彼らの中心、最も守られている立ち位置に、1体、図抜けて大柄なナビがいた。アジーナ国王のネットナビ、クックマンだ。ずんぐりむっくりした体型の上に、カイゼル髭の小さな顔とコック帽が載っている。

 クックマンはかつて電脳料理人として世界を旅したということもあって、自身もアジーナ指折りの実力者だ。一大事となればお供を付けて自ら駆けつけ、解決に動くというのも、よくある話だった。そのため一般ナビとの距離が近く、国民からの信望も厚い。

 

 アジーナにおいてもネット犯罪はもちろん存在するが、アジーナスクエアが襲撃されるなどというケースは、これまでになかった。だからクックマンも出張ってきたのだが、既に襲撃者の姿はない。

 襲撃者はおらずとも、襲撃があったことは事実で、それは無人になったスクエアが示していた。陣を崩さず通路を進み、部隊のリーダー格のナビの指示で班分けが行われ、スクエア中にオフィシャルのナビが散らばった。

 

 配置についたナビたちは、一般のナビも襲撃者の手の者もいないことを確認してから、現場検証や通報内容の整理を開始していた。

 方々でネット商人の露店が無造作に打ち捨てられ、ネットナビのための娯楽施設やオープンテラスも同様。倒れた椅子やテーブルが散乱してはいるものの、破壊の痕はなく、スクエアそのものが受けた被害は小さいだろうというのが、ひとまずの見解だった。

 

「やはり、今回もゴスペルの仕業なんだろうか」

 

 調査を続けながら、クックマンを囲む一団のひとりが呟いた。クックマンも含めて、全員がそう感じていた。

 WWWに輪をかけて過激で、示威目的で引き起したと思われる事件が多いのが、ゴスペルという組織だ。ニホンでいえば、中断されはしたが、ダム破壊などもそれに分類され、単純な被害のペースだけでいえば、WWWを上回っていた。

 アジーナスクエアを壊滅させれば、確かにアジーナは打撃を受ける。受けるが、一方で下手人はほとんど何も得られない。大規模の被害を出し、混乱や恐怖を振りまくこと。それが目的としか考えられないやり口は、まさにゴスペルのものと思われた。

 

 アジーナスクエアは、とにかく広い。調査にも時間がかかっていた。

 危険もなくオフィシャルのナビに気の緩みが生まれようとした頃、封鎖したはずの入り口リンクから、またもナビの集団が現れた。

 オフィシャルが設置した警報プログラムはその存在を検知し、スクエア中にサイレンを鳴り響かせた。少なくともオフィシャルの予備人員ではないことが、すぐにわかった。

 オフィシャルナビたちの対応は早かった。リンクに近いナビは通路を塞ぎに向かい、そうでないナビが応援を要請する。そのうちの前者のナビが見たのは、宙を泳ぐ、腕よりも長い銀色の鋏だった。

 

「なんだあれは!?」

 

 すぐにメガキャノンで破壊を試みたが、砲撃を受けても鋏は壊れるどころか、刃の歪みすらも一切なかった。シャキシャキと開閉しながら泳ぐスピードにも変わりはない。

 ブレイク性能を持ったチップならあるいは、と当たりをつけたが、該当するバトルチップを使用することはついぞなかった。刃を鳴らす鋏とは別の一回り小さい鋏が、認識の外から飛来し、頭部に深々と突き刺さった。回転していたその鋏の勢いが移って体を揺らされ、体勢を崩したところを、泳ぐ鋏が食い千切った。

 デリートされたナビの後ろから他のオフィシャルナビも続いて現れるが、威嚇するように泳ぐ鋏の切れ味を目の当たりにして、近づくのを躊躇ってしまった。それをいいことに、侵入者たちが次々と通路を抜けてスクエアの中へ散っていった。

 

「し、侵入者が中へ!」

「王様をお守りしろ!」

 

 通路を塞ごうとするオフィシャルをすり抜けていった中に、1体、小柄なナビがいた。全身オレンジ色で、両手を常にチョキの形にしている。

 頭部から生えた鋏は、先ほどデリートされたナビの頭部に投擲したものだった。その1体を除けば、全てヒールナビだった。

 オレンジのナビがスクエアの奥へ行くと、リンク付近でオフィシャルを寄せ付けなかった鋏が消えた。スクエアの奥へ行かずに残っていた侵入者の一部と、通路を塞ぎに来たナビたちが向かい合う。数にして、互いに20体程だった。

 

「お前たちは何者だ!」

 

 これ以上は通さないと立ち塞がるオフィシャルナビの1体が、侵入者に向かって誰何した。

 

「俺たちゃゴスペル! テメーらを1体でも多くデリートして、王様もデリートする、そいつが仕事よ!」

「やはりゴスペルか!」

 

 オフィシャルにとってはそれだけ聞ければ充分で、ゴスペルにとってはそれだけ言っておけば充分だった。後は敵を殲滅し、同胞や王を守り抜くか、恐怖の存在としてまたひとつ名を上げるかのみ。

 全員がチップデータをロードした。剣が、砲口が、手投げ弾が、鬨の声とともに互いに向けられ、ぶつけられる。情けない悲鳴や無念の呻き声とともに、新たにアジーナスクエアの空へジャンクデータの霧が浮かんでいった。

 

 オフィシャルナビに1体、射撃系チップを主力にしている者で、最後衛から援護射撃に徹している者がいた。彼はその位置から戦況を把握し、この線が破られれば後退するつもりでいた。

 

(互角……互角!? このチームで互角なんてことが、あるのか!?)

 

 バックアップの利くネットナビでも、デリート――死への恐怖は、ある。オフィシャルナビはそれを抑えている場合が多く、中にはオペレーターの反対を押し切って自爆戦法を取る者もいる。

 しかし、オフィシャルナビといえど、個性がないわけではない。よって、そのように覚悟を決められない者も、少数派ながら、いる。彼もそのひとりだった。

 味方との合流とか、逃げ回ることで敵の目を引きつけるとか、言い訳のしようもあるが、逃げたいという気持ちが確かにあった。

 とはいえ、電脳世界の国防では世界屈指を誇るアジーナオフィシャル、その精鋭部隊に抜擢されるだけあり、能力は確かだった。

 

「おっと、危ねえ!」

 

 ゴスペルのナビに向かって、身の丈よりも大きなストーンキューブがエアホッケーのパックのように滑った。回避された後に地面との摩擦で減速して停止し、ゴスペル側の陣地に穴を開ける。彼の空気砲(エアシュート)で押し込まれたものだった。

 続けて、手投げ弾が飛来する。たった今キューブを避けたナビを越えるコースだが、それは爆風が十字型に広がるクロスボム。見て種類がわかるわけではないが、オフィシャルの使うものならそれだろうと、ゴスペルのナビも経験からすぐに予想がついた。

 前進による回避を決め、フレイムソードをロードしたのと、彼が前線のナビに呼びかけたのは同時だった。

 

「ビジャリー、10時っ!」

 

 壮年の男――彼のオペレーターに、上ずった声で"ビジャリー"と呼ばれたオフィシャルのナビが、言われた通りの向きに体を向け、チップデータをロードする。

 右前腕を剣に変化させ、居合の構えを取った。ビジャリーに、居合の心得はない。構える動作までが、このイアイフォームというバトルチップの仕様の一部だった。

 構えから斬る動作までが高速化され、剣自体の威力も高い。しかし一度構えたが最後、振り抜くか放棄するかの二択となり、それ以外の行動は指一本動かすことすらできない。構える動作そのものも、小さけれど確かな隙となる。

 "どの方向から"、"いつ"、敵が来るかがわからなければ使えない。使えば、構え続けるかどうかの判断に迫られ続ける。いくつかある玄人向けソード系チップの一端。

 ビジャリーを含む一部のメンバーは、これを集団戦用フォルダにだけ投入している。

 

「だりゃああ!」

「……」

 

 ゴスペルのナビが間合いまで近付いてフレイムソードを振りかぶるより早く、ビジャリーは攻撃を終えていた。2人のうち1人だけが早回しになったかのように、横一閃に振り抜いた。

 攻撃に使われなかったフレイムソードが消えないまま、ゴスペルのナビは前に倒れ込んで、それからようやくデリートされたことに気付いたかのように、ジャンクデータに還り始めた。

 

 ストーンキューブをエアシュートで押し込んで敵の動きを制限し、クロスボムでさらに絞り込み、そこを前衛の味方が仕留める。

 一連のセットプレイを可能にした、彼自身の精密動作と、その時点でトドメ役をやれるのが誰なのかを見切った、彼のオペレーターの判断力。この2つが、彼らのオフィシャル精鋭たるゆえんであり、同僚たちがフォルダを編集してまで信頼している点だった。

 

(いや、互角なんかじゃない……いける、いけるぞ!)

 

 最初に互角と判断したのも彼らで、それは正しい評価だった。押せば押し返されるのが戦いというもの。手応えを感じた次の瞬間には、ビジャリーの頭上に巨大な金色の分銅が()()()湧いていた。

 雪だるまよろしく手をつけてマジックで顔を書いたような分銅は、小さな手投げ弾から変化したものだった。彼は他のオフィシャルナビ同様に口元はマスクで隠れているが、そうでなければぽっかりと開けているところだった。

 他の戦闘音にも劣らぬ重く響く音と、爆発音がした。分銅はビジャリーを押し潰し、その下の床まで砕き、クロスボムと同じ周囲を巻き込む爆風が床の残骸を巻き上げた。

 前衛として戦っていたビジャリーには、それに耐えるだけのHPがなかった。分銅とビジャリーの両方が消えた後に、電脳世界の自己修復作用で塞がろうとする穴だけが残った。

 

 他のナビたちはビジャリーのデリートされる瞬間を見た見ていないに関わらず、変わらず戦いを続けている。一方で、彼の心がまた揺れた。怖い、助けてくれ、と思った。その恐れが、狙いをつける腕をぶれさせた。

 

 ぶれた先で、炎や爆風やゴスペルのナビたちの隙間越しに、彼は青い子供型ナビの姿を見つけた。




①カットマン編の処遇
 ロックマンが来てカットマンをデリートしました(だいたい1500字)、で終わらせようかと思ってやめました。原作と違う話になるならきちんと書かなければ……

②ナビマーク
 ナビマークの意味が書籍に書かれてなくて困っています。マジックマンやミストマン辺りわかりません。ナイトマンは国旗……?
 ファラオマンは没デザ見てようやく目だと理解できました。ナビマークって難しい。

③攻略本
 公式ガイドブック買ったら新情報出てきました。ヒノケンとかケロはともかくミリオネアとかラウルまで紹介がないのがひどい。メインシナリオで必須戦闘なのに。

④ビジャリー
 適当現地語命名シリーズです。"雷"をヒンディー語翻訳しました。


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34話 ディレクターズカット

 少し前、Aランクの市民ネットバトラーライセンス試験に合格した熱斗が、逸る気持ちに目を輝かせながらロックマンをインターネットに送り込み、アジーナの地から手紙つきの風船を飛ばしたという人物にコンタクトを取ろうと、アジーナスクエアへ向かった。

 

 国内外を仕切るセキュリティキューブを市民ネットバトラーライセンスで通過し、妙にひと気のないアジーナエリアを、違和感を覚えながらも進んで、ロックマンはやってきた。

 誰に出会うこともなかったので、なぜそうなのかを教えてくれる者もなかった。だから、辿り着いて奥を覗いてみた時、そこではゴスペルとオフィシャルによる合戦が行われていたというのにも、オペレーターの熱斗共々、理解が追いつくのに僅かながら時間を要した。

 

 一般ナビの一切が避難し終えていたこともあり、それは、予め場所と日取りを決めて争いを始めたような、まさに合戦の様相だった。

 スクエアいっぱいを戦場に使い、目を瞑って適当に指差せばそこでオフィシャルとゴスペルそれぞれのナビが切り結び、あるいは撃ち合っているような、戦国時代や近代の大戦を取り上げた娯楽映像さながらの光景だった。

 アジーナオフィシャルであろうナビも、襲撃者であろうナビも、互いに容赦はない。血煙はなくとも、ジャンクデータが舞い飛んでいれば、ただ事ではないと解釈するのに充分だった。

 

 最初にロックマンの姿に気付いた彼に続いて、口元まで青いマスクで覆ったナビの姿を認めたのは、その他のオフィシャルのナビだった。

 向かい合うゴスペルのナビたちが同じくするよりも先に、ロックマンの手にするツルハシが床に走らせた強化衝撃波(ソニックウェーブ)がその陣に線を引いた。幾人かは巻き込まれ、これ幸いとしたオフィシャルナビに追撃を受けてデリートされた。

 ロックマンからオフィシャルナビたちまでは距離があったため、誤射はなかった。

 被害を受けた、と認識したゴスペルのナビの1人が振り返った。

 

「何モンだ、テメエ!」

 

 ニホン語でも、アジーナ語でもなかった。事前に翻訳の準備をしていなかったので、ロックマンや熱斗には何を言っているかはわからなかった。一方で、声の調子や身振りから、やはり敵ということでよさそうだと判断した。

 翻訳プログラムを起動する前に、ロックマンは乱戦の中へ切り込んだ。それだけでロックマンを中心に混乱が広がり、ゴスペルの一団は不利になった。

 手投げ弾の着弾地点から離れ、迫る剣や拳を1撃につき1歩のステップで回避して、反撃にロックマンがチャージショットやハイキャノンでHPを削れば、またもオフィシャルナビがトドメを刺した。

 一度傾けば、終わりまでは早いものだった。最後の1体に遠距離からのメガキャノンがクリーンヒットし、この1グループの掃討が完了すると、誰かに命令されたわけでもなく、散っていたオフィシャルナビたちが駆け足で集まり始めた。

 

 元々一番近くにいたオフィシャルナビが、ロックマンに近付いた。ロックマンは翻訳プログラムを起動した。

 

「協力に感謝する。私はアジーナオフィシャルの者だ。君は市民ネットバトラーか?」

「はい。アジーナスクエアに何が起きているんですか? 外にも誰もいなくて……」

「不審な点があって、我々も全てを掴めてはいないのだが、奴らはゴスペルを名乗っている。一般のナビはいないが、スクエア自体への被害を防ぐために応戦中だ。まだ危険だから、プラグアウトしなさい」

 

 言われて、ロックマンはPETの画面越しに熱斗を見た。互いに頷きあってから、オフィシャルナビに向かって口を開いた。

 

「ボクたちも戦います!」

 

 オフィシャルナビは、駄目だ、と返そうと思った。しかし、ロックマンの実力、現在の戦況、問答している暇がないことなどをほとんど無意識のレベルで勘定し、一拍だけ置いて返答を決めた。

 ロックマンと同様にオペレーターに無言で同意を求めた後、ロックマンだけでなく、周囲の仲間全体にも呼びかけるようにして、戦闘音の中でもよく通る声を張った。

 

「これより、彼を含めて戦闘続行が可能な者でチームを組み、王様のもとへ向かう! その途中で他の交戦箇所を通過、または接触する場合、ゴスペルのナビへの攻撃を行う!」

 

 不揃いながら、人数分の了解の声が上がった。バトルチップでの回復による戦線復帰が困難な何人かがプラグアウトし、その他の何人かがロックマンの肩を叩いたり、守ってやるとか、無理はするなとか、声をかけた。

 大人たちやメイルから何度も言われ、何度も反抗してきた言葉に対しての反応は、今回も変わらなかった。

 といっても、今の熱斗のそれは、自信が無鉄砲を支えているだけではなかった。ロックマンの秘密を知ってからは、ただの無鉄砲ではなく、やり遂げる気持ちを強くして、オペレーターとして共に戦う覚悟を持つようになっていた。

 

「逃げたりなんてするもんか! 行くぞ、ロックマン!」

「うん!」

 

 現在のチームメンバーやルートの確認を終え、ロックマンを加えたオフィシャルの一団は、駆け足で移動を始めた。

 

 

……

 

 

 襲い来る敵は、ゴスペルのナビばかりではなかった。本来スクエアで姿を見ることのないウイルスも、いくらかゴスペルによって持ち込まれ、放たれていた。ロックマンたちはそれらも見かけ次第駆除し、まだ動ける味方のナビを他へ向かわせ、スクエアの奥を目指した。

 敵はナビもウイルスも、その強さに代わり映えがなかったが、いずれの交戦箇所においても、味方が劣勢に立たされていたし、あるいはどこか全滅したところから、敵だけが流れてきて、それに出くわした。ロックマンがいなければこのチームもそうなっていただろうと、メンバーの多くが思った。

 ロックマンと共に戦うナビの数は減っていき、5分、10分と時間が経過して行ってようやく、最奥にて、大柄なナビ・クックマンの姿が見えた。

 

 クックマンの他には、鋏を操るオレンジ色のナビがいた。それぞれが連れていた手勢はすっかり数が減り、クックマンを守る陣は崩壊していて、本人も、オレンジ色のナビとの直接対決を余儀なくされていた。

 丸太のような巨大なすりこぎ棒を振り回し、泳ぐ鋏を弾いては、オレンジ色のナビがちょこまか動きながら隙を伺っているところを牽制するように構えてみせた。頭部の鋏を取り外して投擲されれば、それもすりこぎ棒で打ち払った。

 互いにそれほどダメージはないが、クックマンの目には疲れが浮かんでいるのに対し、オレンジ色のナビは相変わらず両手をチョキの形に保って、攻撃を差し込む隙間を探していた。

 

「王様!」

 

 ロックマンの周囲の誰かが叫んだ。そこで戦っていたナビの全てが、ささやかながら心強い援軍の到着に気付いた。いくらかのナビが視線を動かし、ゴスペルのナビの1人が、その隙に独断での撤退に走った。たった今まで切り結んでいたオフィシャルナビは、プラグアウトした敵へ執着せず、近くの味方を援護しに行った。

 

 オレンジ色のナビが後ろ飛びして間合いを離し、ロックマンたちの方を向いた。

 

「随分抜けてきたみたいだね。そこの青い助っ人のせいかな?」

 

 ここはスクエアの最奥で、ゴスペル側としては多勢に無勢、囲まれた形となっていた。それでも、そのナビは焦る様子を見せず、2本の指で無遠慮にロックマンを指していた。ロックマンも一団の前に出た。

 

「戦いをやめて、アジーナスクエアから出ていくんだ!」

「ダメだね。こっちも予想外の事態で後がなくて、上からせっつかれてるんだ」

 

 ロックマンとオレンジ色のナビが問答している間に、横からオフィシャルナビが飛び出し、泳ぐ鋏と格闘するクックマンの方へ走った。オレンジ色のナビが投擲した鋏が突き刺さり、そのうち1人がつんのめって倒れ、そしてデリートされた。

 クックマンが唸り、オレンジ色のナビは、わざとらしく、つまらなさそうに、目を伏せてため息をつき、肩をすくめてみせた。続こうとした他のオフィシャルナビは思いとどまった。最後尾で1人だけ、脚を震わせていた。

 

「お前!」

 

 熱斗が短く叫んだが、オレンジ色のナビは、どこ吹く風で、強そうだと当たりをつけたロックマンに視線を向けた。

 

「こんなのでボクらを止められるはずがないのに、どうしてこうなったんだか。まあ、キミをデリートすれば、こっちの勝ちってことでいいよね」

 

 上げた顔には、風吹アラシのような欲望も、速見ダイスケのような復讐心も見当たらなかった。面倒だが、寝る前には歯を磨かなければならない、というような、当たり前のことをこなそうという平坦な義務感があった。

 幼くデフォルメの効いた顔立ち――デザインに、一応程度に引き締まっただけの、険しさのない表情を作っていた。

 

「ボクは、ゴスペルのアジーナ攻略部隊臨時隊長、カットマン!」

 

 名乗りを上げたナビ――カットマンは、両手をチョキの形にしたまま、特撮番組のヒーローのように決めポーズを取った。

 それをふざけていると思ったのは1人や2人ではなかったが、ナビが鋏でバラバラのジャンクデータにされたところを見た後では、誰もその思いを口にしなかった。




 危うく名前通りになるところでした。
 6の結末をすでに考えている以上、そこまではそうなるわけにはいきません。


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35話 ロック・ビーツ・シザース

あけましておめでとうございます。とうとう年が明けてしまいました。
こう見えて意外と死んでいません。6どうなるかを決めた以上書きたいのでそれまでは……

随分遅いお祝いになりましたが、RXDにエグゼキャラも実装されましたね。めでたい。
エックスサーバーでそうとわかる名前を使っておりますので、見かけた時はよろしくお願いします。


「青いやつのオペレーターはよーく覚えて、負けて帰ったらちゃんと宣伝してよね」

 

 敵意が自分ひとりに収束するのを感じ、ロックマンは左右に素早く目配せしてから、カットマンを見据えて口を開いた。

 

「あいつはボクたちが抑えます! 皆さんは王様と他の人たちを!」

「すまない、任せた!」

 

 すぐ隣の1人が即答して動き出すと、他のオフィシャルナビもそれに続いた。カットマンが鋏を投擲しようと自分の頭に手をやったが、ロックマンがその動作に反応して、足元を狙ってヒートショットを撃ち込んだ。

 カットマンは回避しようとして攻撃を中断してしまっただけでなく、結局地を短く這った爆風に追いつかれてダメージを負い、小さく息を漏らした。口をへの字に曲げ、今度こそ本当に、ロックマンと戦うことだけに意識を集中し始めた。

 

 散ったナビたちは、言われた通り、クックマンや交戦中の仲間を助けに向かった。その先でクックマン共々泳ぐ鋏の対処に追われたり、ゴスペルのナビやウイルスと武器を向け合い、押し引きし始めた。

 電脳世界の国宝が展示された"国宝の間"に向かう道だけは一際密度と熱気が大きいが、戦う者たちは広い空間に散らばっていて、ロックマンとカットマンの戦いに手助けする余裕は、そのいずれにもなかった。

 単純な一対一の形ができていた。

 

「ロックマン、あいつを止めるぞ!」

 

 熱斗はあえて、分かりきったことを確認した。意思をひとつにすることがナビとの繋がりを強め、ナビとの繋がりが強くなる程に自分たちの感覚が研ぎ澄まされていくことを、父の教えと実践で知っていたからだった。

 

「うん!」

 

 ロックマンが力強く頷き、明確な目的が熱斗とロックマンを結びつけると、2人の意識のシンクロ率がじわじわと高まった。かつてドリームウイルスと戦った時のような現象は起きなかったが、2人は、五感がクリアになったように感じた。

 

 カットマンは鋏の投擲でも間合いの調節でもなく、ストレートな接近を選択し、先ほどまでクックマンを翻弄していたのと同じスピードで動き出した。

 ロックマンがエレキソードをロードしても、カットマンは足を止めなかった。頭部の鋏を掴む様子もないまま、あと数歩分まで踏み込んだところで、カットマンが突然上体を倒した。

 

「跳べ!」

 

 カットマンが地面に手をつくまでの間で、カットマンの頭部の鋏がにわかに大きくなり、開かれた。刃渡りはエレキソードより長く、反撃は届かない。

 熱斗がロックマンに向かって叫んだのは、鋏に起きる変化について事前に察知したわけではなかった。カットマンの動きそのものは見えていたので、わけがわからないなりに危険を感じ、咄嗟に勘で指示を出していた。

 それでもロックマンは信じ、跳んだ。鋏がパチンと閉じ、ロックマンは着地しながらカットマンの頭にエレキソードを叩きつけた。甲高い声で短く鳴いて、カットマンは転がり、手のひらで地面を押して、勢いのまま起き上がった。

 まだまだ余力はある。チョキの手を構えて、ロックマンとじっとにらみ合い始めた。ロックマンとしても、その一撃で一本取ったとは思っていなかった。一方でカットマンは、言葉として出こそせずとも、心中穏やかでなかった。

 

(なんだよ、なんだよ。こいつ……強いじゃないか!)

 

 実際に戦いが始まり、初めて見せた攻撃にも対応されたカットマンは、確かにこいつは強力な助っ人に違いないと納得した。そして既に、自身がピンチであるというところまで考えが及んでいた。

 

 戦闘力が極めて高いナビのほとんどが、自身だけで戦う術をある程度備えている。ブルースの剣やナイトマンの鉄球のような武器であったり、エレキマンやエアーマンの電気や空気を操る能力もそれに該当する。

 そういったナビのオペレーターは、それらの武器・能力を一時的に強化して行使したり、活きるように補助するための、そのナビ専用のバトルチップを独自に持っている。

 一般のナビやロックマンの構築するフォルダに比べれば戦術や対応範囲の幅は狭まるが、特化することで得意分野は飛び抜けて伸びる方法である。

 

 一方で、カットマンのような自立型ナビは、バトルチップを使えない。

 それでもアジーナスクエア攻略部隊隊長という大任を――繰り上がりの臨時だが――任されるだけあり、そのハンデが気にならないだけの実力があり、武器である銀色の鋏がそれを支えている。

 しかし今は、味方を支援し、敵の動きを抑制するため、2つしかない鋏のうち1つ、泳ぐ鋏(ローリングカッター)を手放している。

 

 カットマンの本来の戦闘スタイルは、ローリングカッターと2方向から敵を追い詰め、頭部の鋏の投擲(カットブーメラン)直接切断(サプライズチョッキン)で仕留めるというもの。

 高性能かつ戦い慣れしているカットマンにとって、大抵のオフィシャルナビは有象無象であり、クックマンも相手になりこそすれ格下という認識だった。だから、自身とローリングカッターで別々の敵を相手取り、そして狩っていく……という手順も成り立っていた。

 

 それが、全く想定外の助っ人が現れたことで、破綻してしまった。ここから本来の力を発揮してロックマンと互角以上に切り結ぼうと思えば、ローリングカッターを呼び戻さなければならない。が、それはできなかった。

 ロックマンに助けられ、ロックマンと共にやってきたオフィシャルナビたちの分だけ、全体の戦力でも押し返されているからだった。それをカバーするためには、ローリングカッターを他所で泳がせておかなければならなくなる。

 呼び戻せば味方がやられ、余裕のできたオフィシャルナビたちがロックマンに加勢する。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。どうしても埋まらない穴が1つ、カットマンの計画に空けられていた。

 

 カットマンの精神が見た目通り全くの子供であれば、失敗に向かって流れていく状況への思考を、目の前に立つ敵に悟られずにやりきることは、できなかった。

 互角以上の敵と戦う機会はこれまでに少なく、恐怖も確かにあるが、それは(デリート)に対するものではなかった。任務への失敗や、自らに役割を与えた組織、ゴスペルに対して悔やむ気持ちだった。

 

 カットマンは戦闘継続を決定した。冷静な判断のもとで、やけではなかった。今度こそ頭部の鋏を人差し指と中指に挟み取り、ロックマンに向かって投擲した。

 その動作も、熱斗やロックマンにははっきり見えていた。あえて何か口にする必要はなく、ただ躱した。動きながらでも、ロックマンはチャージショットを正確に命中させた。送信されたヒートショットを続けて撃ち込み、カットマンが爆炎に覆われた。

 小さく悪態をついてロックマンから見て横に走り出したカットマンに、間を空けて2度、さらに撃ち込んだ。攻撃を避けようと折り返したり、蛇行したりしたが、1発が命中した。

 

 逃がさず、近づけさせず、攻撃用バトルチップに間合いを合わせ、攻撃する。なまじカットマンの動きがいいために、ロックマンや熱斗は一切油断せず、それを仕損じなかった。

 ローリングカッターを失ったカットマンは、エアーマンよりも攻め手が薄く、クイックマンのように他の一芸があるわけでもない。どんなに探したところで、反撃の機会は見つからなかった。

 

 ゴスペル側の最善の成果はもはや、カットマンがロックマンを抑えていることで、どれだけアジーナオフィシャルに打撃を与えられるか、というレベルにまで落ちていた。それも、自分たちが全滅するまでに、というゴールの設定の上でのことだった。

 それでもカットマンは、泣き言を漏らしたり、癇癪を起こしたりしなかった。

 身の丈ほどの時限爆弾(カウントボム1)が現れれば爆発前にカットブーメランで破壊し、落ちてきたアースクエイク1の陰からカットブーメランを放ち、ラットン1の追跡を振り切った。それでも、そうする度に、バスターでの追撃を受けた。

 

 何度目になるかわからないチャージショットの直撃で、カットマンのHPが0になった。頭部の鋏を握ろうとして、指先の感覚が薄れていくのに気付いたことが、戦いの決着をカットマンに受け容れさせた。クックマンたちを惑わせたローリングカッターもまた、カットマンとの繋がりを失って消滅していた。

 電脳世界に存在の維持を許されず、カットマンを構成するデータは、爆発的な揮発によって塵や灰のように巻き上げられていく。

 

 倒れたカットマンには、もはやロックマンへの敵愾心を含むあらゆる関心がなくなっていた。

 心残りは、ついぞシャドーマンの身に何があったのかわからずじまいであることだったが、ゴスペルの事情を知るのはゴスペルのみであり、ロックマンやその他のナビには、ただ動けなくなっただけのように見えていた。

 ぼんやりした思考さえも途切れ、カットマンは完全に消滅した。見届けたロックマンも、体の力をようやく抜くことができた。

 

「や、やった……」

 

 

……

 

 

 それ以外の脅威への対応に追われていたオフィシャルのナビたちも、カットマンがいなくなったことで形勢は一変。

 あっという間に盛り返し、半ば恐慌状態に陥ったゴスペル側のナビを追い立てていき、アジーナスクエアの防衛が完了するのにもさほど時間はかかからなかった。

 

 一体のオフィシャルナビが、ロックマンに声をかけた。スクエア入り口付近で号令をかけていた、リーダー格のナビだった。

 ロックマンが振り返ると、他のオフィシャルナビたちが状況確認や負傷者の回復といった作業を行うのと、クックマンがプラグアウトするのが、そのナビの肩越しに見えた。

 

「ありがとう、ニホンから来た勇敢な市民ネットバトラー、そしてそのナビよ。君たちがいなければ、このアジーナスクエアの被害は食い止められなかったし、王様もデリートされていたかもしれない。これは大げさな話ではなく、オフィシャルとしての判断と評価だ」

 

 手放しで称賛されながらも、ロックマンは傷ついたオフィシャルナビたちが忙しなく動き回っていることが気になった。

 

「あの、ボクたちにまだ手伝えることは何かありますか?」

「君たちの活躍があったことを隠したりするつもりはないのだが、このような大事(おおごと)にオフィシャルでない君たちを必要以上に関わらせてはいけない決まりなんだ。気持ちだけ受け取っておく」

 

 そう言ってから、オフィシャルナビは何かを思い出したような様子で、さらに言葉を付け足す。

 

「そうそう、受け取るといえば、この件で後々お礼が贈られるだろうと思うんだが……参考までに、どういった物が嬉しいか聞かせてもらえないだろうか? 何分、外国のネットバトラーとこういう形で交流する機会というのは、滅多にないことでね」

 

 ロックマンと熱斗が、PETの画面越しに顔を見合わせた。

 熱斗がガッツポーズするのを見て、ロックマンは何を言い出すのかをすぐ理解し、もう、と苦笑いした。




①カットマンあれこれ
 カットマンは原作でロックマンに負けた後、まさに死の間際でも、泣き言はいわず、ロックマンを挑発していました。
 デフォルメな感じのデザインだったり、ポーズを取ってみたりと、見た目は子供っぽい彼ですが、そういうところに注目してみると、中々クールだと思います。オペレータのいない自立型ナビで、拠り所がゴスペルしかないから……というのもあるかもしれません。
 最初はロックマンを格上と見たところで逃げ出そうとする流れにしていたんですが、そういうところを見て、絶対に逃げ出したりしないようになりました。逃げたところで上に消されますが……

 ロックマンにあっさり負けたのは、熱斗とロックマンが強くなったのもありますが、カットマンも(ローリングカッター抜きだと)ロックマンを相手にできるほどには強くないからでした。
 原作でもローリングカッターがとても厄介なだけのキャラで、カットブーメランも強そうに描写しましたが、本当は微妙です。サプライズチョッキンは予備動作が非常に短く、油断していると大ダメージを受けますが、頭に入れておけばまず当たりません。
 設定上はそうでもありませんが、ゲーム上の性能としては単体ではクイックマンの方が強いと思います。

②サブタイトル
 ロックマンのロックとかけたタイトルです。じゃんけん。
 ただ、ロックマンのロック=ロックンロールのロックは、綴りこそ岩を意味するRockと同じですが、意味は異なるそうです。


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36話 ダーク塾

 原作でその辺のネームドナビが軽々やってますが、あれってとんでもないですよね。


 ゴスペルの自立型ナビ・カットマンがデリートされたという連絡が熱斗からもたらされた後。渡はダーク・ミヤビの呼び出しを受け、ベータとしてウラインターネットへと足を運んでいた。

 アップグレードで姿を変えた迷宮を進み、脇道に逸れたところにある部屋――扉などはない。ただのスペースだ――で、シャドーマンと顔を合わせた。シャドーマンがベータの姿を捉えた時にまず確認したのは、道中でのダメージの程度だった。

 

「ほう、無傷か」

 

 シャドーマンの反応は、感心するような、納得するようなものだった。

 

「こんにちは。もしかして、ここまで来るのも試験だったとか?」

「人目を避けるためだ。まあ、本人確認も兼ねているが」

(偽物ならここまでは来られまいってことね、はいはい)

 

 答えながら、シャドーマンは右手に立方体を出現させる。どの面も淡い和柄をいっぱいに敷き詰められ、そういうラッピングが施されているようにも見える。投げ渡されたそれをベータがキャッチして、渡はそれが木箱だとわかった。馴染みのあるものではないが、それが何なのかはなんとなく知識にあった。

 

寄木(よせぎ)細工というやつでしょうか。ええと、パズル的な」

「確かに寄木細工でもあるが、それは秘密箱という。寄木細工は複数種の木材を組み合わせて模様にしたもの全般を指す」

「なるほど。寄木細工の秘密箱、ということですね」

 

 箱というものは普通、どこかの面が蓋になっていて、簡単な押し引きで開く。秘密箱は、見た目から想像もつかないような細かい手順をなぞってようやく開くことができるもので、現実世界において工芸品として売られている。

 また、寄木細工が木材を組み合わせて模様を描く都合上、その模様の縁に沿って入れた切れ目は目視できなくなるため、秘密箱を作るのに寄木細工は都合がいいという事情も存在する。

 

(ミニゲームでパズルってのはありそうな展開やけど、これはちょっと)

 

 秘密箱を開くには、面全体をスライドしたり、一部分だけをスライドしたりを繰り返し、最終的にどこか一面を蓋として開く。一度動かした部分を戻す手順が含まれていることもある。

 知恵の輪やジグソーパズルは形状や絵柄を手がかりに解いていくが、秘密箱は見た目ただの箱なので、そうもいかない。

 

「1時間やる。開けてみよ」

「壊すのはナシですよね? 構造解析とかそういうのは?」

「拙者は"開けろ"と言ったぞ」

(壊して中身取り出すんは開ける行為に該当せんってことか。んで開けられれば何でもええと。じゃあやるか)

 

 ベータの手を通して木箱の情報を表層から順々に読み取らせると、PETにインストールしたセキュリティ解除用の自作ツールがいくつも反応した。PCのモニタに木箱の3Dモデルが描かれる一方、PETの画面には連続するロック解除のログが下から上に伸びていき、情報の取得・3Dモデルの描画ペースが遅れ始めた。渡は内心舌を巻き、自動化しておいてよかった、とため息を付いた。

 

(フリーハンドで解除やらされたら1時間とか絶対無理やろこれ)

 

 数分で取得が完了し、秘密箱の構造が明らかになったが、複雑な形状の組み合わせを見ただけでは開け方はわからず。渡がPCモニタ上で秘密箱のモデルを回転させたりズームさせたりしていると、木の壁の中に気泡が浮かんでいることに気付いた。

 ズームすると、それは壁の中をくり抜くようにして彫られた、ごくごく小さな文字の羅列だった。画像解析にかけてテキストデータに変換し、それを暗号解析ツールに放り込むと、箱の開け方が書かれていた。これで問題なく箱を開ける目処がついたが、渡の口から出たのはため息だった。

 

(いやなっが……100回仕掛けとかどうやって作っとんねん。っていうかこれ、あかんやつちゃうか……?)

 

 ベータ――すなわちβ版のネットナビは、コントローラ等の命令入力で動作するため、予め登録されている大雑把な動作しかできない。

 ドアを開ける、蛇口をひねる、などは融通が利くし、ルービックキューブのような単純な作りのパズルも動かせるようになっているが、個体ごとに構造が全く異なる秘密箱は考慮されていない。

 

(でもなあ……開けろ()うたもんな。解法のテキストデータ提出して許してもらうのもナシやんなあ)

 

 セキュリティを抜いて箱の開け方を明らかにするのに5分経過。それから、手順を実行するのに15分かかった。

 箱の角をずらそうとした親指が辺を空中を往復したり、面を押さえてスライドしようとして箱全体を回転させたり。失敗する度に渡の手に汗が滲み、擦れるような吐息が漏れた。箱の蓋が開いて現れた中身は、小さな巻物データだった。巻物の形をしているだけで、実際に開いて読めるわけではなく、ただの模型だった。

 

「20分33秒。あまり手先は器用でないようだな」

 

 箱の中から巻物を掴み出したところで、シャドーマンが言った。

 

「まあ、これもβ版ネットナビの大きな欠点の一つですね。もしかしてわざとこういうテストにしたとか?」

「そうではない。その秘密箱は、お館様が弟子候補に課す決まった試験だ。さりとて、おぬし――ベータの弱点、都合に合わせるわけには行かぬ。実践の際に言い訳が通じんということはわかるだろう」

「もちろんです」

 

 これまでに困ったことはないし、これからも物理的に手先の器用さが求められる場面があるとは思っていないが……という余計な部分を飲み込んで、渡は神妙そうに答えた。

 

「さて、七代渡。おぬしの能力は戦闘・技術いずれにおいても申し分ないと見受けられる。秘密箱が解けないようであればクラッキングの手ほどきをするつもりであったが、それも必要ないというのであれば、暗殺者として必要な技を身につければすぐにでも仕事ができるようになろう」

「……えっと? ひょっとして、セキュリティに関してはさっきので免許皆伝だったりします?」

「そうだ。レベルを測るための試験だからな」

(その割に驚いてへんやん。こっちの実績はある程度把握済みとかそういう話か? どこまで知っとるんやろ)

 

 肩透かしを喰らい、考えても仕方ない裏を想像しながら机を指でトントンと叩いて、それからようやく、渡は本来の要件に話を戻そうと口を開いた。

 

「暗殺者になりたいとかダークの称号が欲しいとかじゃないんですよ。確かに僕はセキュリティの勉強は結構して来たんですが、他はそうでもなくて。例えば、ベータ用のオリジナルバトルチップとか作れやしないし、自分でベータのカスタマイズもできない。どっちもお金に飽かせて解決してるんです」

「必ずしもウラの技術者がオモテのそれより優れているというわけではない。何より、我らのような暗殺者は畑違いだろう」

「それがそうでもないんです」

(無理って言われたらめっちゃ困るとこや。頼むから首い縦に振ってくれよ……)

 

 渡は、その答えあれかしと望む心から乾いた風が出て、口と鼻から抜けていくように感じた。手のひらをズボンの腿で拭い、麦茶で喉を潤す。

 

「僕が欲しいのは2つ。まず、別のナビになりきる方法。パッと見ではなく、あれこれ検査されてもバレないような、限りなく完璧な偽装。これって忍びの技術ですよね?」

 

 シャドーマンが目の色を変えた。

 

 オペレータではなくナビ自身の情報、身元を隠すというのは、たとえウラで立ち回るとしても不要なもの。

 影武者を立てて敵を混乱させる、ノーマルナビに見せかけて油断を誘う、などといった使いみちもあるが、そうやって戦闘で敵を幻惑する程度の使いみちであれば、そもそも外見をごまかすだけで事足りる。

 

 そして、渡ほどの実力の持ち主にその程度のことがわかっていないとは思えなかった。

 渡には何らかの事情があり、ナビの身元を隠す必要がある。それが将来のベータなのか、はたまた全く別のナビなのかは分からないが、とにかく普通のナビ、並の事情ではありえない。

 ……ということを、シャドーマンは渡の要求の中に見ていた。

 

 無論、それは自分たちのような忍びにこそ近しい技術。教えを請う先として選ばれたことにも得心が行った。

 

「なるほど。もうひとつは?」

 

 目を閉じて頷いてから、先を促した。

 

「セキュリティ封鎖ではなく、物理的に地続きでない場所の移動手段。平たく言えば、空を飛ぶ方法でしょうか。こっちはオモテでも限定的にできてるケースが稀にあるといえばあるみたいなんですが、これもまあ現職の忍者に話を聞いたほうがいいかなと」

「……お館様、いかが致しますか?」

 

 それまで一人で渡と受け答えしていたシャドーマンが、ここで初めてダーク・ミヤビに判断を仰いだ。回答はすぐだった。

 

「何に使うか、使ってどうなるかなどは私たちに関係のないこと。先払いされた月謝を考えれば安い仕事だ、教えてやれ」

「御意」

 

 シャドーマンの返事の後、渡がパンッと手を叩く音が、ダーク・ミヤビの方まで聞こえた。




 昔なつかしアンケートがあります。そこだけに用がある方はスクロールして下さい。

①キャラの一人称、二人称、パートナーの呼び方
 原作でシャドーマンが「せっしゃ」、ミヤビが「ワタシ」、シャドーマン→ミヤビが「おやかたさま」。
 凝ってると同時に、この辺の確認ってすごく面倒だなと思うところもあったり……

②ナビの外見偽装
 実際、原作でもシャドーマン親衛隊がシャドーマンに化けてました。マザーコンピューター編の、一人称が「オレ」で若者っぽい口調の偽シャドーマン。
 その他の例だと「3」のデザートマンとか。
 ああいう例が少ない辺り、外見変えるだけでもそこそこ大変なんだろうなあと思います。そうでもないと、おしゃれ感覚でナビの外見しょっちゅう変える人とかいそうですし。

③飛行(跳躍、遊泳など含む)による地形無視
 エレキマンステージのような問題が解決するだけじゃなく、「つわもののデータ」が楽々取れたり、割と洒落にならない能力です。
 この辺そもそも整合性を取ろうとしてすらいないんでしょうけれど、真面目に考察するとめちゃくちゃ頭が痛い問題でした。敵サイドはともかくアクアマンとかグライドもできてしまう辺りも。
 どんな屁理屈がついたのかは後々。


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37話 餅のレシピ

 これでもかという程の説明回です。


 教えることが決まった後、シャドーマンとベータは、手近にあったU字通路の片端まで移動していた。なにもない幅数メートルの空間を挟んだ向こうにもう一本の道が見えていて、シャドーマンはそのなにもない空間に向かって立っていた。

 

 シャドーマンはまず、そのなにもない空間と道の境目、見えない壁をノックした。そこには確かに壁があった。その上で、助走もつけずに軽くひと跳びすると、なにもない空間を越えて、向こうの道へ着地した。そして、同じようにして戻ってきて見せた。

 

「これが、おぬしの言う”空を飛ぶ方法”。我々が壁跨ぎと呼ぶものだが、これは理屈が分かっていればできるというものではない」

「でしょうね。もしそうならやってるナビはもっと多いはずですし。何が必要なんですか?」

「金だ」

「えっ」

「更に言えば、ベータにやらせるには金で解決せん可能性がある」

 

 予想外の回答に言葉もない渡に、シャドーマンは追い打ちをかけるように補足した。できる保証がないとは思っていた渡だが、望み薄と分かって、やや体の力が抜けるようだった。

 

「結論から入ってみたが、そもそも吹けば飛ぶようなβ版ネットナビのことなど考慮しかねるというのが実のところ。最終的におぬしがやってみなければ、どうなるか分からん」

「まずは知らないと始まりませんし、講義をお願いします」

「いいだろう。早速質問だが、先程の往復を見てどう思った?」

「どう、とは?」

「率直な感想でいい。言ってみろ」

(回答の自由がありすぎると何答えてええか分からんって話なんやけど)

 

 渡は、左の手のひらを右手の指で数回弾きながら考えた。一応の答えは思いついたが、その表情には冴えや閃きといったものはなかった。

 

「随分簡単そうに飛ぶなあ、と思いました」

 

 そう答えた渡自身、恐らく期待されている内容ではないだろうと感じていた。だが、シャドーマンはその言葉に対して確かに頷いた。

 

「簡単なこと、楽なことに見える。それでいて実際は困難。つまり、直感に反しているわけだ」

「ああー……なるほど。直感に反するようなルールの中で飛んでるんですね」

 

 シャドーマンの返しに、渡は素直に感心していた。

 

「壁跨ぎではそこに壁がないかのように移動するが、本当に壁がなくなっているわけではない。壁は確かにあり、しかしその中を移動する。それでいて、壁を破壊するわけではない」

「これがドリルで掘りながらとかなら直感に反してませんでしたね」

「実際にそういうアプローチもある。だが、それでは飛んでいるとは言えんだろう?」

「違いないですね」

「では、本題だ。これを見ろ」

 

 シャドーマンの横に、長方形の画面が出現した。画面には、簡略化された線一本の地面と、右端には真っ直ぐ縦に流れ落ちる滝が表示されていた。

 左の画面外から紙飛行機が右に向かって飛んでいき、滝の表面に触れた途端、くしゃくしゃに形を失って墜落した。

 

「紙飛行機がナビ、滝が壁ってことですよね」

「無論、厳密に壁と滝の性質が同じというわけではないが、そうだ。滝はその流れの力で内部への進入を阻む。しかも、この滝は滝口や流身を塞ぐことはできん。では、軟い紙飛行機が滝の中へ入るにはどうすればよいか。分かるか?」

「……本物の紙飛行機なら無理ですけど、全体を金属でコーティングして、飛ばすスピードをものすごく速くするとか?」

「正解だ」

 

 もう一つ、黒くていかにも素材が違いそうな紙飛行機が飛び出した。見やすさを損なわないためか画面上での速さはさほど変わらないが、先端に衝撃波のようなものがあり、いかにも速そうに見える。

 黒い紙飛行機が滝に近づくと、画面が右方向へスクロールし、滝の向こう側が見えた。黒い紙飛行機は滝を通過し、そのまま右の画面外まで飛んでいった。

 

「え、これで終わりなんですか!?」

「そうだ。後は紙飛行機をナビに置き換えて考えればよい」

「えー……」

 

 机に肘をつき、顎に手を添えて頭を支える格好で、渡は息を吐いた。

 

(置き換えるっても……あ、シャドーマンは別に猛スピードって程でもなかったから、そのまんまではないんか。純粋に向こうまで跳べるだけのジャンプ力だけやったから、代わりのもんが何か要る。代わりの……力? いや――)

「――エネルギー。鉄の鎧を着てロケットエンジンを吹かしたようなエネルギーをナビの体に持たせる。そんな感じじゃないですか?」

 

 この答えにも、シャドーマンは頷いた。

 

「正解だ。適切な形と量のエネルギーを纏って移動することで、壁がないかのように振る舞うことができる。そして、そのエネルギーはナビが負担するのだ。十分な出力を持たなければ、壁跨ぎはできん。故に、条件を満たすだけのカスタマイズにも相応の金をかけなければならん。ひとかどの専門家であれば話は別だが、おぬしはそうではない」

「お金の話まで戻ってきましたね。それで、ベータには無理かもしれないというのは?」

「では訊くが、お前に鉄の鎧を着せて後ろにロケットエンジン取り付けたとして、無事に済むのか?」

「あっ」

 

 これまでの文脈とは異なる比喩だったが、他ならぬベータのオペレータである渡だからこそ、それが何を意味するか、すぐに理解できた。

 

「……電脳世界に守られてないベータでは、そのエネルギーに耐えられずにぐちゃぐちゃになると」

「あくまで予想だがな。しかし、よしんばそれでナビがデリートされなかったとしても、ひとたび壁の中で制御不能になれば、最早自力では抜け出せんぞ。壁の中を落ちてPETとの繋がりを失う前にプラグアウトするしかない」

「壁の中なのに落ちるんですね」

「滝の中で無防備になれば押し流されるのみよ」

 

 渡はさらに十数秒は考えたが、手立てを思いつけなかった。頭の中でいくつもの紙飛行機がふやけて千切れ飛んでいた。

 

(絵に描いた餅……って程やないけど。餅食いたいのにレシピしかないって感じやな)

 

 今悩んでも仕方がないと頭を振り、考えを切り替えた。すると、新たな疑問が浮かんできた。

 

「どうするかは自分で考えてみます。あといくつか質問というか感想に近いんですが、お訊きしても?」

「言ってみろ」

「壁ってもうちょっと絶対的な進入不可領域というか、空間自体がないようなものだと思ってました。力技で通れるものなんですね」

「ああ、そんなことか。考えてもみろ」

 

 シャドーマンは向こう側の道を指差し、ベータの方を向いた。

 

「こちらからあちらが見えるには、あちらの景色がこちらの目まで伝わって来なければならんだろう」

「あっ、そっか。少なくとも視覚の通り道にはなってますね。普通に歩いて通れないだけで、情報の行き来している空間であると。もう1つ、壁の力ってどこでも同じなんですか? もしそうなら出力さえ足りてれば誰でもできそうですけど」

「そうだ、壁の力は場所ごとに異なる。事実、力が極端に弱い場所であれば、特別な工夫のないナビでも越えられる場合もある。だが、場所の問題だけではない。力の強さは一定ではなく、常に変化し続けている。先程言った通り、エネルギーの形や量は壁に対して合わせなければならん。そのためのプログラムを手に入れるのにもまた金がかかる」

 

 ではそのプログラムをどこで買うのか、いくらかかるのか、金さえあればすぐに手に入るのか、そうではなく他の条件があるのか――などと、渡が何を質問しようか考え始めるより早く、シャドーマンが指を鳴らした。

 それを合図に、ベータの目の前、その目線の高さに、一抱えほどの箱が現れて、足元に落ちた。

 模様で飾らないただの板張りに、黒い鉄の縁取りに鋲打ちがあった。秘密箱とは異なり、大きめの錠前がこれ見よがしに取り付けられていた。

 

(はあ、千両箱。随分グレードが上がったな)

 

 背もたれに体を預け、肘掛けに頬杖をついて見ている渡の反応はそんなものだった。

 

「それがそうだ。といっても、結局はナビに合わせて組み込める形にしてやる必要があるが……この手のウラのツテの1つや2つ、自分で探せんようであれば、壁跨ぎを身につける資格はない」

「で、いくらですか?」

 

 売ってやるからここで買えと言うんだろう、と察した風でいた渡に、しかしシャドーマンは首を横に振った。

 

「教材費ということにしておいてやる」

「……あ、ありがとうございます」

(はした金ってことか。いや、前払いした金に比べて小さいってだけで、一般的には大金なんやろうけど。そうやとしてもなんか優しないか? いや、仕事に対して無駄に高い金は受け取らん主義とか、そう()うやつかね。えーと、鍵は後で開けてまう(しまう)として、とりあえず持って帰るか)

 

 ベータが箱をきちんとストレージに収め、シャドーマンはそれを確認した。

 

「以上だ。壁跨ぎについて、拙者が教えること、与えるものはもうない。後はおぬしの勝手にするがいい」

 

 そして、話を終わらせた。渡の口から、へえっ、と気の抜けた声が出た。

 

「シャドーマンさん、あの、ナビを偽装する方法は?」

「後でメールで送る」

 

 渡の心の中に、ただ6文字のツッコミがこだました。



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38話 患部は全身

 前回ほどではありませんが説明回気味です。
 原作の時系列上でもアジーナスクエア襲撃(とその後すぐに発生するマザーコンピュータ襲撃)からアメロッパ城密室殺人事件までは結構間が空くので、こういうことやるなら今のうちに、となってしまうのが痛いところ。
 次回辺りから原作本編進める……はず……


 アジーナスクエア襲撃の後、「2」ではシャドーマンは間もなくしてニホンのマザーコンピュータ制圧を開始していた。

 マザーコンピュータはニホンオフィシャルセンターで厳重に監視され、ニホンという国家の中枢として、またニホンじゅうに敷設されたネットワークの中心として、それらの維持管理を行うマシンであり、”マザーコンピュータが乗っ取られたらニホンは終わり”と言っても過言ではない。

 この一連の事件、作中の描写でもシャドーマンが実力と策を大いに披露し、ロックマンとブルースの2人がかりでも苦しめられるという、「2」における危険度トップクラスの事件だった。

 

 しかし現実には、アジーナスクエア襲撃は失敗。その後どうなるかと思えば、1日、2日、3日と経っても、ニホンにゴスペルが攻めてきたなどという話は、渡の耳には聞こえてこなかった。

 ダーク・ミヤビに訊いてみれば、後詰のカットマンらまでやられた段階で、襲撃部隊は丸ごとゴスペルから手を切られており、その多くが落とし前をつけさせられたということだった。

 ゴスペルは失敗した者に容赦しないはずではと問うと、ダーク・ミヤビやシャドーマンが無事なのは、そもそも現実世界の居所を掴ませないとか、追手がいくら来ようと物の数ではないとか、そういう理由だった。

 

 猶予があると知った渡の行動は早かった。

 

 

……

 

 

 ウラスクエア。

 無法地帯のはずのウラインターネットに突如現れた、オモテのスクエアと全く同じ仕組みで守られているエリアである。ウラインターネットのほどほどに深い場所にあり、交通の便は悪い。

 かつてウイルスの目を掻い潜るようにして各所に設置されていた掲示板たちは、ウラの住人たちのコミュニケーション基盤としての役割をウラスクエアに任せることになった。奇しくも、ここに来られるかどうかが実力を分ける一種のボーダーであるという点も同じである。

 

 内部に掲示板が設置されていたり、ウラの路上でゲリラ的に商いを行っていたような者が商店を開いていたりと、実利面では通常のスクエアと遜色ない。

 

 むしろ、オモテでは得られない情報、見かけないチップデータやプログラムなど、得られる物はより充実しているとさえ言える。

 ガセネタ、厄ネタ、盗品、偽物、そうでなくてもオマケとばかりに起こる対人トラブルなどなど、付き纏うリスクは品質の差以上に段違いだが、それで大損したりデリートの憂き目に遭うようであれば、避けられなかった方が悪い。

 ウイルスが進入できないというだけであり、ここもウラ、保障のない危険地帯には変わりはない。

 

 ベータはこれまで、ウラスクエアに来たことがなかった。

 特に欲しい物がないこと、集めたチップを売るにしても面倒事が伴いそうであることが主な理由だった。

 ウラでのウイルス狩りの最中にチンピラに絡まれることがあるのは今でも変わっておらず、スクエアに足を踏み入れればたむろしている同類に目をつけられるのが容易に想像できていた。

 

「珍しいお客さんが、珍しい注文をつけて来たもんじゃわい」

 

 それを押してやってきたのは、ついこの間欲しい物ができたからだった。

 すなわち、ウラの技術者のツテ。目の前にいる、少し古い型のオフィシャルナビ――の横流し品――の、自らを闇医者と称する男を頼って来たのであった。

 

 闇医者は仕事に法外な報酬を請求するが凄腕の技術者であり、その存在はウラでは有名。

 生き残る強ささえあればウラスクエアには来られるが、ここで闇医者に会うには呼び出し用のキーワードを知る必要があり、これはウラの住人の中でさえ知る者は限られている。

 知っている誰かを探して尋ねたところではいそうですかと行くわけもなく、キーワードの手がかりを求めて情報屋を頼ればそこそこのゼニーを払うことになるし、よほどの要件と手持ちがなければ闇医者に会う意味がない。よって、キーワードを知る者の数はほとんど増えることがなかった。

 

 あまりウラの住人と積極的に関わってこなかった渡にとって、そのキーワードは本来知り得ない情報。

 しかし、闇医者を呼び出すイベントが「2」本編にあるため、渡は当然覚えていた。

 

「音に聞くβ版ネットナビの狩人とて、アップグレードされておれば他のナビとそう変わらんじゃろうと、儂は考えておったのじゃがな。よもや、その体で今のインターネットを生き、あまつさえ壁跨ぎがしたいなどと宣うなどとは、夢にも思わなんだわ」

 

 二者を遠目に見る者はあっても、関わろうと近づく者はなかった。渡が懸念していたような、運よくウラスクエアまでたどり着き、なおかつ闇医者含むウラの力関係が理解できていないチンピラというのは、今日のところはいなかった。

 

 闇医者の不興を買えば、闇医者と関わりのある誰かに殴られかねない。そしてその誰かは、最低でも闇医者に代金を払うだけの力がある。自分で呼び出した場合を除き闇医者への接触はご法度、というのがここでの共通認識であった。

 

「直近で必須というわけではないんですが、将来的に使いたい予定があるもので。現状として無理なら無理で一旦は構わないんですが、どうでしょうか」

「難しいことは否定せんが、無理などと言ってしまえば闇医者の名折れよ。じゃがお前さん、代金は払えるのかね? 言っておくが、診察して無理だと分かった場合にも金は頂くぞ。たんまりとな」

「その闇医者の名前がいい意味でも売れているのは、過分に足元を見たりしないからでしょう。これまで積み上げた信用を換金するような真似をされない限りは、きちんと払いますよ」

「なんじゃ、からかい甲斐がないのう。ま、診せてみい」

 

 闇医者に言われて渡がベータのセキュリティを緩めると、闇医者はどれどれとベータを解析し始めた。

 珍しいものを見る態度を隠そうともせず、”ほう”とか”ははあ”とか、感嘆の声をしきりに漏らしていた。アップグレードされていないβ版ネットナビをあの手この手で補強してあるため、これまで頼ってきた技術者の工夫や腕前も見て取れていたのだった。

 

 

……

 

 

 待つことおよそ30分。渡がアイリスを見つめて時間を潰していると、診察が終わったと闇医者の声がした。

 

「簡単にまとめると、可能性はあるがこのままでは無理。という感じじゃな」

 

 闇医者が画面を浮かせ、診察結果を表示した。図上で両腕を開いたベータの体のあちこちから線が伸び、それぞれの先には細かい字で所見がびっしりと書き込まれていた。そのうちのひとつ、Dアーマーを指した記述の部分を拡大した。

 

「おぬしが唯一公開を拒否した、このアーマープログラム。壁跨ぎの際にエネルギーが全身を覆う時、これが骨のような役割を果たす見込みはあるんじゃが、残念なことに、いかんせん強度不足での」

(あ、じゃあDアーマーの改良終わったらまた来たらええな)

「そこで、ものは相談なんじゃが――」

「ダメです」

 

 闇医者から渡の仏頂面は見えていないが、目に見えるようだった。

 

「なんじゃ、まだ何も言うとらんではないか」

「”耐えられるように改良してやるからアーマーの中を見せろ”でしょう。ダメですって」

「むう。面白いもんが詰まっておるに違いないのに、見れんというのは非常に口惜しいんじゃが……」

 

 言い出しを挫かれて抗議したものの、自分の提案を先読みされた上で却下された闇医者はどうにか食い下がろうと思案した。しかし、相手は通常コミュニケーションを取ろうとしない存在で、情報が少ない。交換条件になるものがうまく思いつかず、強気に出られそうもなかった。

 

「……診察と施術をタダにしてもダメか?」

「ダメです。わかってて言ってますよね?」

「まあの。それが金で買えるもんならいくらでも払っとったわ。ヒョッホッホッ!」

「もう」

 

 大笑いする闇医者に、渡も苦笑していた。

 

「じゃあ、今日は診察だけで、施術は今度ですね。代金は?」

「そうじゃなあ、お前さんが施術に来る保障もなし。しめて100万ゼニー頂こうかの」

「どうぞ」

 

 ノータイムでの支払いに、闇医者はほんの一瞬硬直し、それからまた笑った。

 

「よほど稼いでおるのか、それとも糸目をつけぬほどにも欲しいのか……事情を知ろうとは思わんが、その思い切りと芯の通りは気に入ったぞい。アーマープログラムの都合がついたら、儂が忘れてしまわん内に来るんじゃぞ。ほれ、連絡先」

「はい。実はもう改良に着手してたりするので、そう遠くない内にまた来ます」

「ほう? そりゃ、アーマープログラムの作り主直々かい?」

「秘密です」

「じゃろうな」

 

 軽く挨拶して、2人はそれぞれ帰っていった。

 

 

……

 

 

 その日、ウラスクエアの掲示板で闇医者とベータの話題が急速に伸び、しばらくはベータの狩りの最中にチンピラナビが闇討ちを仕掛けてくる回数が増えた。

 渡は、支払いを渋るフリでもしておけばよかった、と後悔した。




 グラフィックがオフィシャルナビのそれであることも含めて謎が多い闇医者。
 原作の言動からしてブラックジャック的なキャラクターにも見えますが、普段の客がウラの住人(≒犯罪者)なのを思うと、やっぱり基本は闇医者のようです。

 結局あおワクチンが作れずじまいでしたが、やりかけた仕事としてどう思っているんでしょうか……


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39話 現実世界で空を飛ぶ方が先だった

 世間の夏休みが半分を過ぎた頃。

 次なる原作イベントを察知するため、渡は熱斗と密に連絡を取り合っていたが、今回はそれが全くの無駄となった。

 目印として熱斗がとあるメールを受信するタイミングを見張っていたのだが、そのメールが渡にも同時に届いたのだった。

 

 アメロッパ語の本文を翻訳にかけると、このような内容だった。

 

『七代渡さまへ

 今回のアジーナ襲撃事件でもわかるように、ネットマフィア「ゴスペル」の脅威は、ますます大きくなって来ています。

 しかし、この度私たちは「ゴスペル」についての重大な情報を手に入れました。

 そこで、優秀なネットバトラーの皆さんにその情報を連絡し、今後に備えたいと思います。

 あなたも私たちの開催する「オフィシャルネットバトラー会議』に是非参加して下さい。

 会議は、アメロッパにある「オフィシャルネットバトラー世界本部」で行います。

 ONB(オフィシャルネットバトラー)世界本部より』

 

 ONB世界本部。名前からしてニホン含む世界各国のオフィシャルのさらに上の組織のように思えるが、これは各国が加盟している同盟であり、直接的なつながりはない。

 渡の前世でいう国際連合のような立ち位置の組織であり、その目的も、ネットワーク社会の平和と秩序の維持やそのために必要な国家間の連携、としている。

 

 しかしこの組織自体の規模はさほど大きくなく、決めたことを自分でやるだけの力を持たない。ここで打ち立てられた方針を各国オフィシャルが行動に移すという形となっている。

 それでいてONB世界本部から各国オフィシャルへの命令権なども制度として存在せず、完全に互いの信用で成り立っている。

 

 世界本部そのものの力が弱いことにはきちんとした理由が存在する。

 例えば、各国の最先端技術や保有プログラムを世界本部に集中してしまった場合に起こる経済への影響・セキュリティ上のリスクや、本部が力を持った場合にどの国が主導国家になってその力を振るうかという利権問題など。

 

 なので、例え本部自体の活動の規模が小さくともそれは仕方のないことで、今回行われる国際会議も、準備に関わっただけの者を除いた実参加者は10名足らずであった。

 

 事実、今回の会議はゴスペルに狙われていて、スパイを除いた全ての参加者を始末して情報を根こそぎ奪う手はずであったが、そういう最悪に類するケースで失われるものが最低限で済むという寸法である。

 

 もっとも、下手人になるはずだったプライド王女は、渡が骨を折ったおかげでゴスペルのスパイになることはなかったため、会議自体の問題はクリアされていた。

 

(こっちにこのメール来るんやったら(なん)もせんでよかったやん……)

 

 だがそれはそれ。メールの存在そのものに、努力が空回りであったことを報されて、渡は項垂れた。

 

(ていうか、やっぱ飛行機は今日の便なんか……呼ぶかどうか迷ってたとかか? まあ、ニホンオフィシャルの代表は炎山で、所詮市民ネットバトラーの熱斗と自分はついでのオマケってことなんやろうけど)

 

 渡は親に承諾を取るより先に、旅行の支度を始めた。指定のホテルで2泊3日なので、荷物の量は多くならなかった。

 

(有事に熱斗んとこ駆けつけたいから、メールが来んかっても(こなかったとしても)行くのは既定路線やった。んで、パスポートは前取ったから大丈夫と。問題はマグネットマンなんやけど……)

 

 このアメロッパ行きに問題がないのであれば、熱斗を追って飛ぶ必要などどこにもなかったが、熱斗には、ニホンへの帰還を待たずして再び危機に陥る予定があった。

 

 アメロッパからの帰りの飛行機がハイジャックされ、あわや墜落、というのが少し後の、「2」でのシナリオ。

 ハイジャック犯の目的のひとつは、墜落に巻き込んで熱斗を始末すること。その正体はゴスペル幹部の男、ガウス・マグネッツ。そしてその持ちナビ、マグネットマン。

 

 原作では、まず長く複雑なダンジョンギミックを越え、地形を利用した回避困難な攻撃を凌ぎながら、HPが初めて1000の大台に乗ったボス――マグネットマンを相手取ってダメージレースに勝利しなければならず、事前の対策がなければシャドーマン以上の苦戦を強いられる。

 

 単にゲームシステム上の強さだからという考えもなくはないが、渡としては、その強さは万が一があると考えるに値するものだった。

 

 しかし、介入するなら介入するで、渡にとっての課題があった。

 事件の現場がフライト中の旅客機であり、同乗していなければ一切手出しできないという点であった。

 

(帰りの便を確認して、AAL(アメロッパ航空)のサーバ行ってその便のチケットを無理やり取って……ってしたかったんやけど、ONB世界本部の方からチケット出してる以上、それと別の便に乗ったのがバレるんはまずい。夕方過ぎ出発やから、腰据えて作業するだけの時間はあんねんけど……流石にあかんよなあ)

 

 いかな渡でも、遙か上空には手出しできない。故に無理やり同乗するための工作も視野に入れていたが、その機会すら与えられなかった。

 だが、そこはダメで元々。

 

やったら(だったら)次善策やな)

 

 

……

 

 

 両親に事情を説明し、デンサン空港から10時間少々のフライトを終えて、現地時刻で午後1時過ぎ。

 機内で一眠りした渡は薄ぼんやりしながら入国審査を終えたあと、空港内の売店で土産物コーナーを流し見てから買った甘い缶コーヒーを眠気覚ましにちびちびと飲みながら、ロビーまで出てきた。

 

「渡ー」

 

 さて待ち合わせている熱斗を探そうかと思ったところで、横合いからその本人に声を掛けられて、渡の眠気がいくらか飛んだ。

 

「ああ、光くん。おはようございます」

 

 返事をしたのは、1秒の混乱を経て、コーヒーが溢れてはいないかと右手に視線をやってからだった。もう少し減らしておくかと、更に口をつけた。

 

「おう、おはよー」

「すみませんね、お待たせして。出国前にスられたお金は取り返せました?」

 

 熱斗は出国前、日本語に多少慣れた外国人の男にぶつかられ、電子財布をスり取られていた。

 渡も原作知識としてこの出来事を知っていたが、今回は相談できる相手としてその時すぐにメールを受け取っていたので、可能な限り犯人の特徴を思い出しておくとか、職員に一応言ってみるとか、できることをアドバイスしていたのだった。

 

 それで万が一を心配して訊いてはみたものの、見るからに落ち込んだり苛ついていたりはしていないようなので、答えは想像がついていた。

 

「ああ、同じ飛行機に乗ってたみたいで、降りてからすぐ見つかったよ。問い詰めたらあっさり白状したし、PETにウイルス入れて来たけど大したことなかったし」

(確かヘルコンドルとか入ってたと思うんやけど、それを”大したことない”って言えるのはプレイヤー目線でもちょっとしたもんやで)

 

 キオルシン系最上位種、ヘルコンドル。見た目はキオルシンがオレンジ色になっただけだが、突進速度は弾丸と形容できるほどで、かつ段違いのタフさを併せ持つ。

 高速故に攻撃を当てにくく、突進は避けにくく、かといって一撃で倒すことが困難なのでカウンター戦法も成立しない。

 シンプルな強敵で、対策と呼べる対策は少ない。「2」の時代ではまだ珍種で存在があまり知られていないのも、種としての強みと言える。

 

「それならよかった。でも気をつけて下さいよ、ニホンは特に景気のいい国ですから、そこの子供だけで出歩くとなれば何かとトラブルに遭いやすいですし。僕たちは旅行初心者でもありますから、余計に」

「じゃあ渡もエラそーなこと言えないじゃん」

「僕はある程度予習して来たのでまだマシです」

「もー、優等生なんだから。……それで、これからどうするんだっけ」

「言ったそばからダメじゃないですか。向こうですよ」

 

 自宅で作成した旅行計画書をPETの画面上に開き、空港の出口を目指して二人で歩き出す。

 

「空港からアメロッパタウンまではバス、そこからホテルまでは徒歩ですね」

「街を見て回れるまで、もうちょっとかかるわけか」

「窓から外の景色を見るのもいいんじゃないですか?」

 

 道すがら雑談しながらも渡が一番気に留めていたのは、口先で騙してハイエースを仕掛けてくる黒人がいないかどうかだった。

 もっとも、渡を待って出発が遅れたからか、陽気そうな黒人が空港の出口で声をかけてくることはなく、そのチップ全ロストイベントへの警戒は杞憂に終わったのだった。



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40話 突撃!隣の裏通り

 39話ですが、時差の考慮を忘れていました。
 ワールドマップ(「4」の国移動UIで表示される世界地図。モルワイデ図法の様子)を見ると、北アメロッパは日本からプラス7~8時間くらいの位置。
 1日目のイベントの多さから、到着が日の高い内であるということは決めていたので、出発19時、移動と時差でプラス18時間、到着が午後1時、くらいとしました。
 19時は夕方過ぎと言うには遅く感じるかもしれませんが、これはバリバリ夏休み中故に日の入りがすごく遅いためです。


 機内食では足りないと言う熱斗に合わせ、目についた店で軽く食事を取った後。

 ホテルで着替えなどを置いて荷物を軽くしていざ観光となり、行きたいところがあると言って渡が先導した先は、とある日の当たらない裏通りだった。

 

 建物の壁に囲まれ、たまに出入り口があったと思って見れば古びたマンション。ちらほら見かける現地人には表通りに比べて有色人種が目立ち、近くを通る2人を見る目つきは、そのひとりひとりのいずれも、少なくとも友好的ではなかった。

 連れ込まれた熱斗も、能天気さか度胸からか、そう怯えるようなことはなかったが、明らかに観光で来るところではないと困惑していた。

 

「こんなところに何があるんだよ。てゆーか、めちゃくちゃ見られてるし」

 

 ドラム缶に支えられたラジカセから垂れ流される重低音もどこ吹く風の渡に、熱斗は声の調子を落として苦言を呈した。渡は、まあまあ、とだけ返して、足を止めなかった。

 

 そう広くない幅の道で踊る男女を壁際に沿って躱していくと、いっとう背が高い男がいた。肌は浅黒く、険しい顔つきの男は、通行止めフェンスに取り付けられたバスケットゴールの下で、見張るように立っていた。

 男もまた、真っ直ぐ近付いてくる2人を見ていた。会話の距離になるとすぐ、挨拶もなしに口を開いた。

 

「ここは観光客の来るところではない。早く出ていった方がいい」

「こんにちは、ラウルさん。僕たちは明日の会議に呼ばれたネットバトラーで、こちらが光熱斗くん、僕が七代渡です。折角ホテルが近くなので、一足先に挨拶しておこうと思いまして」

 

 ラウルの顔が一層険しくなった。

 

「私のことを知っているのなら、私たちのことも知っているのだろうな?」

「ここの皆さんでなくても、流石に初対面の余所者を信用しないのは当たり前だと思います。そこはこちらの光くんが実力で証明するということで」

「そこでオレなの!? ちょっと渡、何の話してるのかさっぱりなんだけど!?」

「だそうだが」

「仕方ないですね」

「何が仕方ないんだよ……」

 

 わざとらしい言い様に熱斗が呆れるのを見て、渡は小さく笑った。

 

「この裏通りはルーツとなった土地を失った少数民族の方が主に集まっている場所で、同様の事情を持つラウルさんが取り仕切っています。利益とか欲望を共有しているチンピラ集団とは何もかも違いますから、ここまで睨まれはしても絡まれはしなかったわけです」

「明日の会議に出るならオフィシャルの人なんじゃないのかよ? この人がアメロッパ代表ってこと?」

「もちろんオフィシャルネットバトラーですが、さっき言った少数民族系を代表されてる方ですね。アメロッパ代表とは別の枠です」

「ふーん?」

「とはいえ、逆に僕たちが参加者という証拠はメールくらいしかありませんから、挨拶ついでにひとつネットバトルでもと」

「いや、何でそこでオレになるんだよ!」

「クイックマンの件でテレビに出たり、直近でもカットマンを倒した実績があったりするのを買われて来ただろう光くんと違って、多分僕はおまけみたいなものですから。それに、外国のオフィシャルネットバトラーと対戦できる機会は貴重ですよ? やりたいかやりたくないかで言えばやりたいですよね?」

 

 言われて、熱斗はハッとした。元々ネットバトルが好きで毎日のようにやっている熱斗としては、国際会議に出席するような外国の実力者が気にならないはずがなかった。

 

「そ、そりゃー……」

「というわけでお願いします」

 

 渡がそこまで言ってラウルに視線を移すと、いくらか険が取れていたが、話す前の状態に戻った程度だった。

 

「お前は戦わないのか?」

「いえ、間接的に参戦します。熱斗くん、フォルダはホテルで貸したやつに切り替えておいて下さい」

「えー? 折角なら自分のフォルダでやりたいんだけど」

「まあまあ。ああいうのを使えるようになってこそですよ。今日のランチ奢ったでしょう」

「しょーがないなー、勝手なことばっか言ってくれちゃって」

 

 熱斗がPETの画面に向かっている間、ラウルが再度渡の方を向いた。

 

「お前のフォルダで、光熱斗とやらが戦うということか?」

「そういうことです。折角の機会ですから、光くんにはサンダーマンの手の内を知らない状態で戦って欲しいんですよ。もちろん、終わった後でご希望なら僕も対戦しますが」

「考えがあってのことというわけだな。わかった、子供相手と油断はしない」

 

 サンダーマンという言葉が横から聞こえ、熱斗は嫌な予感がした。

 

 

……

 

 

 道中で見かけたラジカセ、その電脳。

 ラウルが余所者とネットバトルをするということで、そこには裏通りの住人たちのナビまでもが見物にやってきていた。

 電脳世界の様子をモニタできる機器がないため、プラグインしてPETの画面で見るしかないからという事情もあった。

 

 当然、そのナビたちの視線の先、空間の中心に立っているのは、方やラウルのナビ、サンダーマン。球電を雷神像の太鼓のように背負い、長身のその頭から更に長い避雷針を生やした姿だった。

 そしてもう片方はロックマン……だが、その全身はかつてのような青色ではなく、水色。また、バックパックは上部の2本の突起物を中心に大型化しており、グローブやブーツ、ボディスーツにも細かな変化があった。

 

 カットマンの一件から2週間の間に光祐一朗博士が完成させた、新パワーアッププログラムの賜物。

 ロックマンの強化形態、アクアカスタムスタイルの姿だった。

 

「やっぱりっていうか、どう見ても電気属性のナビだよな……」

 

 電脳世界でネットナビ同士が対面してみて、熱斗は相手ナビの姿に警戒心を抱いていた。

 アクアカスタムスタイルとなったロックマンは、その名の通り水属性。効果を失うアクアアーマーとも異なり、純粋に受けるダメージが倍増してしまうからだった。

 

「承知の上です。自分のナビと相性の悪い相手、普段と違うフォルダですが、光くんとロックマンならやれますよ」

「……お前なー。まあ、言いたいことはわかったよ。ロックマン、やるぞ!」

「OK! 熱斗くん、くれぐれもチップ選びは慎重にね!」

 

 熱斗たちが気合を入れている一方で、サンダーマンは無言で佇んでいた。

 

「準備ができたなら、そちらからかかって来い」

「上等!」

 

 ラウルの言葉に返し、同時にチップデータを転送。ロックマンの足下から緑の円が広がり行き、それは端で観戦しているナビたちの許まで及んだ。

 クサムラステージという名そのままの、地形変更系バトルチップの効果だった。

 

「木属性のナビやウイルスは草生した大地から活力を得るが……そうではないようだな。そして」

 

 サンダーマンもまた、直接攻撃の構えを取っていなかった。ロックマンから離れるように移動しながら、地表スレスレに浮く人間大の黒雲3つを出現させると、それらはロックマンを囲むように広がり、三方向からゆっくりと滑っていった。

 そのうち1つに向かって、ロックマンが反射的にバスターを撃ち込むが、雲は攻撃をすり抜けさせるでもなく、ただ傷つかなかった。

 

「スカスカでもなくて、硬いわけでもない……のか!? なら、これだ!」

 

 次のチップデータを受け取ると、黒雲との距離を維持しようと後退するロックマンの足元を中心に、今度は黄色の粉塵――胞子(バッドスパイス3)が噴き出した。

 花粉の発生そのものが草の上で波紋のように広がり、黄色の円の縁が黒雲に触れた時、黒雲の放電が胞子を焼くのをロックマンと熱斗は見た。また、胞子を浴びたサンダーマンはそのHPを急激に減らした。

 

「バッドスパイス……! 実戦用のフォルダに入っているのか!」

 

 電気属性のナビであるサンダーマンに、木属性のバッドスパイス系は効果倍増。これらは元々の威力が高い傾向にあり、2の時点であらゆる電気属性ウイルスを一撃でデリートせしめる。

 攻撃範囲も広く、ストーンキューブなどを盾にしてもそれを無視して足元へ到達する。

 

 ただし、このバトルチップを使用して胞子が発生するのは、草が生えている部分のみ。

 

 よって単体では役に立たないケースがほとんどで、直接敵に何かするわけではないクサムラステージと組み合わせてまで使おうとするネットバトラーはいない。電気属性のウイルスやナビは多くないし、別段バッドスパイスを使わなくてもそれらと戦えるからである。

 いくら高威力といえども、その使いづらさには到底見合わない程度に留まっている。

 

「やっぱり触っちゃダメなやつか! ロックマン、雲に囲まれないように動くんだ!」

「了解!」

「逃がさん! サンダーマン、サンダースパーク! そして、サンダーボルト!」

 

 サンダーマンが両手を掲げ、黒雲から球電(サンダースパーク)が生まれる。ロックマンを囲む3方向からサンダースパークが連続して撃ち出され、その裏拍を取るようにして、真上からは落雷(サンダーボルト)が襲った。

 

「避けるのに集中して! さっきのもっかい送る!」

 

 ロックマンは言われた通り、サンダーマンから視線を外し、バスターを含めた武器攻撃を断念して回避に専念。その間に2枚めのバッドスパイス3が発動し、胞子の波紋がサンダーマンに到達する。

 

「ぐふっ……」

 

 無言を貫いていたサンダーマンが苦悶の声を漏らし、怯んだ。呼応するように、続いていた落雷の連打が止んだ。ロックマンが最後のサンダースパークを後ろに見送り、サンダーマンへ視線を戻して構える。

 この時、落雷が止んだ理由が本体へのショックだと踏んでいたのは、熱斗も同じだった。ラウルとサンダーマンも、ロックマンが真っ直ぐ向かってくるであろうと読んだ。

 

「ロックマン、チャンスだ! ど真ん中をダッシュ!」

 

 ロックマンは距離を詰めて来ていた黒雲2つの間へ突っ込み、体で黒雲を押しのけた。放電のダメージを受けて一瞬硬直したが、一歩一歩力を込めて踏み出し、強引に通り抜けた。そこから、バスターをチャージしながら、サンダーマン目掛けて走り出した。

 

 ここまでの動きはラウルの読み通りだった。サンダーマンに拳が届く程の距離まで20歩程というところで、チャージが完了したのも見えていた。

 ロックマンが立ち止まって狙いをつけて、アクアのチャージショット――バブルショットを放った。

 

 バトルチップのそれと同じ瞬速の弾丸はしかし、2人の間に並べられた黒雲にかき消された。ロックマンの背後にあった黒雲は消えていた。サンダーマンの手による再配置だった。

 バブルショットで発生した泡が消えると、さながら巣をつつかれた蜂のように、黒雲たちからサンダースパークが顔を覗かせた。

 

「撃て!」

 

 一斉射され、サンダースパークの放電音が重なって大きくなった。

 ロックマンにとって避けられない攻撃の密度ではないが、ここで攻めなければサンダーマンに逃げられる。しかし、進んで弱点の放電を浴びて来た今、もう一度耐えながら前進するのは危険で、チャージショットがまた防がれない保障もない。

 

 最初に熱斗のPETに読み込まれたバトルチップは、クサムラステージ2枚、バッドスパイス2枚の後、5枚目はフミコミザン。

 エリアスチールとソード系を連続発動したように、一定距離を瞬間移動して斬りつけるチップ。バッドスパイスとは打って変わって、距離感やタイミングに慣れられれば攻防一体となる逸品として評価されているものだ。しかも、既に熱斗とロックマンはこれを扱い慣れ始めていた。

 

 フミコミザンが送信され、ロックマンの姿が消えた。

 サンダースパークを越え、黒雲をも越え、踏み込んだ位置でソードを振り抜いたが、そこにサンダーマンはいなかった。単純な距離不足だった。

 

「今度こそ逃がさん! サンダーマン!」

 

 好機を逃さず、攻めて仕留めに行く判断だった。サンダーマンが両手を上げ、黒雲がロックマンを囲むように陣取った。再度の連続攻撃を開始し、ラウルはロックマンの動きを見逃すまいと攻撃の中心を、ロックマンを凝視した。

 

 ふと、その目元が目についた。目測を誤ってのフミコミザンの無駄遣いがあったのに、ロックマンの目に失敗への動揺や後悔が全く浮かんでいない……ラウルはそう評価して、より気を引き締めた。

 

 攻撃開始から間もなく、ロックマンの姿が消えた。続いて、サンダーマンのデリート判定ブザーが鳴った。黒雲が霧散し、サンダーマンを斬りつけたソードが元の腕に戻った。サンダーマンの目と鼻の先で、ロックマンが腕を振り抜いた姿勢で立っていた。




①スタイルチェンジ
 スタイルチェンジのプログラムは元々開発されてたので、シャドーマン危機での緊急国宝窃盗とは関係なく完成しました。
 熱斗を使いに出さなかったのを加味しても遅れは数日ほど。なんせ光祐一朗博士なので……
 この世界ではアジーナ王に貸しがあることも大きそうです。

 公式イラストがあること、一番なりやすくてかつバランスが取れていることから、ロックマンはアクアカスタムになりました。
 ノーマルとの背中合わせのイラストがあるヒートガッツもより特別な位置にあって有力候補でしたが、バトルチップで戦うゲームであること、割と重めのデメリットがあることからコンペ落ちしました。

②サンダーマン戦での初手

内訳:
クサムラステージ
バッドスパイス
クサムラステージ
バッドスパイス
フミコミザン
クサムラステージ
フミコミザン

 初手は30枚から抜いていく形でダイス振って決めました。
 見事に偏りました。

③ラウルの一人称
 どうして「2」では「オレ」、「4」では「ワタシ」となっているんでしょうか。「2」では口調が安定していないことも加味し、ここでは「4」に合わせています。


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41話 熱斗は置いてけぼり

 誤字脱字報告ありがとうございます。「1」編にもまだ結構残っているようです。

 ミリオネアの帽子とバッグの名前を調べましたがわかりませんでした。誰か助けて下さい。
 服とか髪型とかも調べるの地味にしんどいところ……


「よしっ!」

 

 最後のフミコミザンが決まったのを見て、熱斗は、その快哉を静かな一息と小さなガッツポーズに留めた。

 

 一撃一撃の重い勝負の光景に振り回された裏通りの住民やそのナビたちは、暫しサンダーマンの敗北に動揺していたが、それは観戦に集中していたことによる疲れや、打倒したネットバトラーがニホン人の子供だという事実への驚きへと変わっていった。

 電脳世界・現実世界の両方で、当事者たちには届かない程度に、ぽつぽつとギャラリーの囁き声がした。

 

「……強いな」

 

 斬られた胴を片手で押さえながら、サンダーマンが初めて言葉を発した。ロックマンはマスクを解除し、構えを解いて、それから小さくかぶりを振った。

 

「ボクもずっと気が抜けなかった」

 

 返答の話し出しは吐息混じりだった。

 

「ああ。2枚目のフミコミザンが別のチップだったら、オレも突破口を見つけられなかったかも知れないし。いい勝負だったぜ」

 

 後の2枚は被ったクサムラステージでどうしようもなかったし――とまでは、熱斗は言わなかった。

 

 アクアカスタムスタイルの、”カスタム”要素。スタイルチェンジというパワーアップでロックマンに上乗せされるはずの力が、ロックマン自身ではなく、PETの強化へと向けられて生まれた能力。

 PET上におけるフォルダからのバトルチップの読み込みを、ロックマンのリソースを貸し出して補助することで、PETがフォルダから一度に読み込むチップデータが7枚となり、本来ならば選択肢にすらなかったはずのフミコミザンを武器にできていたのだった。

 

 ネットバトルは終わった。ラジカセから、全てのナビがプラグアウトした。自分のナビをプラグアウトさせた住民たちは、こぞって、ラウルと2人の少年へ注目した。

 

「いい戦いだった。認めよう、光……熱斗、そしてロックマン。そして、一足先に出会えたこと、戦えたことに感謝する」

 

 ラウルが熱斗へ右手を差し出した。渡や熱斗からは、ラウルの表情は変わったように見えなかったが、熱斗は汗ばんだ手のひらを逆の袖で軽く拭ってから、その握手に応じた。

 日陰に吹く緩やかで乾いた風が涼しい中、熱斗はラウルの手の力強さと血の熱さを感じた。

 

「渡に連れて来られた時はどうなっちゃうかと思ったけど……オレも、ネットバトルできて楽しかった。次があっても負けないぜ!」

 

 そして、ラウルに合わせるように力を込め、握られた2人の手が縦に揺れた。ようやく、ラウルが微かな笑みを見せた。

 

(ずーっと気い張ってて無表情以上にならんとかかと思ったけど、そんなわけでもないねんな。しかしまあ、予想以上の成果や)

 

 いいものが見られたと渡が満足していると、手を離したラウルがそちらを向いた。

 

「すまないが、そちらの名前も聞かせてくれないだろうか?」

「あ、はい。七代渡です」

「渡か。ニホンにはいつ戻る?」

「明後日の朝ですね」

「では、明日。会議の終了後にネットバトルを申し込みたい」

「えっ明日」

 

 渡はやるとすれば今だろうと思っていたが、ラウルは、熱斗の実力を見た今、渡のそれも同等であろうと見積もり、対決の前に調整しておきたいと考えていた。

 

(んー……会議場でやり合って出席者に見学されたら、その内の誰かに妙な目の付けられ方するかも知れへんよな。かといって対戦自体はコミュの一環としてやっときたいし……)

 

 徹底的に隠しているわけではなく、なるべく注目されるのを避けるようにしているだけなので、渡の実力とベータの性質などがネームド級ネットバトラーやその関係者の間で広まることについてはいずれ起こると分かっていた。

 

「あー……」

 

 しかし、いくらゲーム上で固有グラフィックが用意されていなかろうと、いや、ゲーム上で固有グラフィックが用意されていないくらい情報が少ないからこそ、ONB会議に出るような立場の人間たちに見学された場合の影響は予想できず、受け入れ難かった。

 

「すみません、夕食後……というか暗くなった時間帯でも大丈夫でしょうか? ちょっとやることがあって」

「ああ、構わない。連絡先を渡しておこう」

 

 熱斗も含めて連絡先を交換し、軽く挨拶をしてから2人は表通りへと出ていった。

 来た時に比べると熱斗の足取りはやや軽く、2人へ向けられる住民たちの眼差しは見知らぬ余所者へのそれではなくなっていた。

 

 

……

 

 

 自販機で買った飲み物で喉を潤しつつダウンタウンの表通りを歩き、次に渡が熱斗を連れ込んだ先は宝石店だった。ツッコミを飲み込んだのか、路地裏に比べればまともだと思ったのか、熱斗は呆れつつも何も言わなかった。

 

 実際、ここはアメロッパで最も有名な宝石店であり、そこで売られている宝石を見るために来る観光客も一定数存在するため、観光名所と呼べなくもない。ゲームとの内装の違いから辺りを見回す渡の目にも、明らかに日本人観光客であろう女性がちらほらと目に入った。

 

 渡は話ができそうな手隙の店員を探したが、カウンターの外にいる店員はいずれも客と話していた。仕方なくカウンターに近づくと、ふとショーケース内の宝石やアクセサリの値札が目に入った。

 

(いや宝石のブランドとか全然知らんけどたっっっか。欲しがる気持ちが理解できへん。って、用もないのに見とったらあかんな)

「何かご用でしょうか?」

 

 カウンターに立つ女性店員から先に声をかけられつつもPETを取り出し、つい最近受信したメールを開き、それを見せた。

 

「すみません、この話通ってます? 連絡入れたの昨日なんですけど」

「はい、七代様ですね。そちらの方はお連れ様でよろしいでしょうか?」

(子供2人なん(であるの)にもうちょっと驚いてくれてもええと思うんやけど。プロやなあ)

「そうです」

「かしこまりました。ご案内いたします」

 

 カウンター端の跳ね上げを通って出てきた店員に丁寧に誘導され、奥の階段を上がる。またも妙な雲行きになり、熱斗も耐えかねて渡の肩をつついた。

 

「今度は何?」

「すぐ分かりますよ」

 

 小声の会話を他所に、店員が1つのドアの前で止まった。ドア脇には大柄な白人の男が立っていた。スーツ姿で、ジャケットのボタンは外していた。ボディガードだった。

 その男と店員が、PETのマイクが拾わず翻訳されない程度の声で二言三言話すと、男はドアから1歩離れ、店員がドアを3回ノックした。

 

「失礼いたします。七代様とお連れ様をご案内しました」

「ええ、どうぞ」

 

 部屋の中から女性の声が了承すると、店員が片手でハンドルをゆっくりと引き、もう片方の手で部屋の中を指し、小さく頭を下げた。渡が率先して部屋に入り、熱斗とボディガードがそれに続くと、背後で扉の閉まる音が小さく鳴った。

 

 渡と熱斗が部屋に抱いた感想は”やいとの家にありそう”で共通していた。金持ちの屋敷にあるような調度品や美術品で構成され、この店のものかどうか分からないアクセサリ数点が飾られていた。2人にとってそこそこ見慣れた光景だった。

 ボディガードは部屋に入ってすぐ、壁際に立った。

 

 2人の正面では、白人の女性がウッドソファに座っていた。茶鼠色の髪の上に帽子を乗せ、レンズの小さい眼鏡を低めにかけていて、薄い紫のアイシャドウと口紅が目立っていた。

 化粧のせいか、どの程度の年齢なのかが判然としない顔立ちだった。その中で、緩やかな吊り目と自然に上がった口角が、余裕や優雅などといった言葉の似合う表情を作っていた。

 

(まあどんなに若くても20代後半って感じやけど、声は若いんよなあ)

「初めまして、でいいのかしらね。七代渡」

「こんにちは、でいいんじゃないでしょうか。こちらが、何度か話に出た光熱斗くんです。光くん、この人はミリオネアさん、世界長者番付に名を連ねてる人です」

「貴方がそうなのね。お話は彼からかねがね聞いているわ。今日はよろしく」

 

 知らない所でどんな話が進んでいたというのかと、熱斗は後ろ頭を掻いた。

 

「はあ。よろしくったって、そんな人にオレが何か関係あるの? っていうか、渡もなんで知り合いなの?」

「ミリオネアさんは有り体に言うと暇人で、娯楽に飢えてるんですよ。財産を守るために作らせたナビがきっかけでネットバトルを初めて、それが結構な腕になったもので、今では強い対戦相手を探されてるんですね。報酬も出るので、今夜はそれで美味しいものでも食べに行きましょう」

「ふーん。それはいいけどさ、お前食い物で誤魔化そうとしてない?」

「例によって秘密なので」

「うわー出たよ久々」

 

 こうして”秘密です”で疑問点を流されるのに懐かしさを感じ、熱斗は苦笑した。渡は()()()と笑った。

 渡が狩りで得たバトルチップの卸先のひとつがミリオネアであるというのが事実だったが、そもそも狩りをしていることなども共有していないため、伝える気にならなかった。

 

「そういえば、渡はやんないの? 強いじゃん」

「1回やったら”面白くないからもういい”って言われました。それから二度と対戦してません」

「ええー……」

(飽きっぽいのか大差がついたのか知らないけど、随分勝手だなー)

 

 会話を真正面に見ているミリオネアの表情に動きはなく、ただ寛いで2人を見ていた。横目でそれを見た熱斗は、何を考えているのか分からず、小さくため息を吐いた。それからPETを取り出し、画面に視線を落とした。

 

「ま、どんな相手か知らないけど、勝負なら受けて立つ。だよな、ロックマン!」

「うん、いつでも行けるよ!」

 

 意思を確認したミリオネアがボディガードに目をやると、ボディガードはソファに置かれたこれまた高そうなバッグ――ブランドものにしてはいやに大きい――を持ち上げ、ソファの前のローテーブルに置いた。

 それを前に、ミリオネアが自分のPETを取り出した。

 

「それじゃ、始めましょうか」




①カスタムスタイルのカスタムX能力
 ADDだのカスタムゲージだのの存在を考えると、ロックマンではなくPETが強化されてるとしか理屈がつけられませんでした。
 本来のPETとナビを繋ぐ線とは別にロックマンがもう一本線を出してて、それを通してPETに力を分け与えてるようなイメージです。

②空港のイベント
 アメロッパ空港降り口にケロがいるのをすっかり忘れていました。
 渡の到着が遅かったのでどの道エンカウントはさせなかったと思いますが……
 あと日暮も出ません。

③ミリオネアの年齢周辺
 不明で通すことにしました。「声が若い」に関してはアニメより。担当声優の方が他に演じられてるキャラも割と若い傾向にあるようで、結構わけがわかりません。
 基本的にアニメの設定は持ち込みませんが、声は5DSとかのゲームと共通してるのでギリギリアリということにしました。ミリオネアのケースが特殊なだけで、今後使わない気がしますが……

④修正
 39話ですが、2泊3日の間違いでした。会議前に一泊、ナイトマン戦後の飛行機の時間が午前なのでその前に一泊です。
 また、ONB会議出席者は音頭を取っていた人を含め7名、つまり10名足らずでした。内2名がニホン人って……

⑤アンケ機能
 今更ですが、アンケート機能で出せる項目数がすごい増えててびっくりしました。
 キャラ指定アンケの際に感想欄を使う必要がなくなりそうで何よりです。


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42話 食うか食われるか

 普段のあとがきは書きたいことを書いているだけなので読んでいただく必要は皆無なのですが、今回はそこそこ大事な話が出てきてしまったため、できればご一読下さい。
 はちゃめちゃに長い(2500字くらいの)あとがきですが、結論は最初に置いておきましたので、そこだけでもお願いします。


 バッグの電脳世界。ロックマンと対峙する影は……壺。高さは50~60センチ程で、側面下部からバーナーのような火を噴いて浮いていた。

 こういうウイルスがいると言われればまだ信じられそうなくらいには、ネットナビからかけ離れた造形だった。

 

 まあ一応……といった塩梅にロックマンが身構えていると、壺の中から緑色の縄がバッと飛び出し、ロックマンは小さく仰け反った。それが縄に見えたのは飛び出す瞬間だけで、蛇型ネットナビであることはすぐに分かった。

 首はコブラのように幅広で、その両横の裾からは2本の腕が、これまた蛇のようにニョロニョロと伸びていた。手まで蛇の頭ということはなく、4本の指が中空を掴んでいた。

 

 ネットバトルが開始するとすぐ、スネークマンを囲うように、地面に穴が発生した。さながら、城への侵入を拒む掘りだった。

 

 穴とは、そのための進入能力がなければ踏み入れない地形で、例えば、キオルシンのような空を飛ぶウイルスであれば穴の上を飛んでいける。

 電脳世界の壁ほど難解・難儀な存在ではなく、それを簡単に生み出すバトルチップもあれば、進入を可能とするバトルチップ・エアシューズが開発される程度には突破が容易で、そもそも何もせず放っておけば電脳世界による地面の自然修復で直る。

 

 が、スネークマンはそれが必要なので、当然放っておかなかった。維持されている限り、真っ直ぐ走ってきて殴るような真似を敵に許さずに済むからだった。

 

 スネークマンの取る戦術は防衛・遅滞戦術。敵といえばミリオネアの財産を狙う不届き者であり、守る者としての役割が自然とそうさせていた。

 

 まず自身の周囲の地面に穴を発生させて維持し、その穴から一直線に飛ぶ蛇(スネークアロー)を発生させて放つ。攻撃はそれに任せ、自身はダメージを通さない壺へと引きこもって攻撃をやり過ごす。

 遠距離攻撃の火力に優れていればスネークアローは撃ち落とせるが、弾切れまでは非常に長い。集中力を欠いて対処を誤ればHPを齧り取られるのは勿論、スネークアロー以外にもスネークマン本体が姿を現してバスターで追撃してくる場合もある。

 

 スネークマンが壺に隠れていられる時間には限りがあり、息継ぎのように一瞬姿を現すところが攻撃のチャンス。といっても律儀に一定時間ごとに出入りするわけではなく、緩急をつけて攻撃のタイミングを掴ませまいとする。時には壺を横倒しにして飛び出し、本体の強力な噛み付き(スネークバイト)で差を広げる。

 

 常にチャンスを伺い、それまでスネークアローを捌き続ける……という行動を強要する。

 この戦術が周知でありながらその守りを破れた者がほとんどいないために、巷でネットバトルの話題にスネークマンの話が挙がる時には、”倒すにはそれこそ蛇のような執念が必要だ”などと評されていた。

 

 また、スネークマンは外見でそうと分かり辛いが木属性のナビで、クサムラステージを使用すると足元の草を通して電脳世界の力でHPを徐々に回復してしまう。

 そのため渡は貸したフォルダの使用を止めさせた。

 

 結果、フォルダに偶然複数枚入っていた爆炎の前方誘爆銃(ヒートショット)が木属性のスネークマンに対して連続して大打撃を加え、それを契機に流れが短期戦に傾いたこともあって、ロックマンは無傷で勝利を収めた。

 最後のチャージショット――バブルショットが、両者の間に出現した発射直前のスネークアロー諸共泡で撃破していた。

 

 部屋の入り口から見て左側、天井のスリットからせり出して来た大型のモニタから、ロックマン・スネークマン両名の姿が消えた。

 ネットバトルが始まった時も変わらずただ部屋を監視するように立っていたボディガードは、いつの間にか軽く肘を曲げて両拳を固く握りしめていたのに気付き、しかし慌てる素振りは見せず、すっと姿勢を正した。冷房が耳周りの髪を冷ますのを感じた。

 

 負けたミリオネア当人は、戦闘中こそ声を低くして鋭く指示を飛ばしていたが、決着の瞬間からは何事もなかったかのように元の様子に戻り、ただ一言スネークマンを労ってPETをしまった。

 熱斗もロックマンと軽く健闘を称え合った後、PETをしまった。やり切った、と息をついていた。

 

「フフフ……負けたけど、気持ちよかったわ……」

 

 目を細めて首をやや後ろに倒し、誰に言うでもなく、ミリオネアが小さく笑った。

 

「いつ喉元まで刃が届くか気を抜けない緊張、最後の糸が切れる瞬間が近付いて来る時の、じりじりと灼かれるような感覚……久しぶりだった」

(こっわ)

 

 たった今さっき拍手を止めた姿勢で、渡は戦慄した。熱斗も、何を言っているのか分からず、顔だけが引き笑いしていた。

 小さく息を吐いて、ミリオネアが熱斗を真っ直ぐ見た。

 

「感謝しましてよ。約束通り、七代くんに貸し1つね。ああ、それと美味しいディナーも。ご希望通りに手配させるわ」

 

 熱斗が、あっ、と目を見開いた。

 

「ありがとうございます。服はこのままでも?」

 

 その横から、七代が返事をした。

 

「もちろん、つまらない手間は掛けさせないわ。それで、他の用事は……ああ、秘密だったわね」

「ははは、まあまたの機会に」

「美味しいもの食べに行くってホントだったの!?」

「ウソだと思ってたんですか!?」

「そうじゃないけどさ! ……そっか、やったーー!!」

 

 熱斗がぐっと拳を握り、突き上げて叫んだ。渡はその肩をそっと掴み、迷惑ですよと窘めながら、困惑していた。

 

(なんやこいつ……)

 

 短いアジーナ旅行で異国の美味を堪能した熱斗は、アメロッパのそれにも多大に期待していたのだが、異様なテンションの爆発がそれに由来することに気付くまでには、渡はもう少し時間を要した。

 

 

……

 

 

 流れを引き寄せて短期戦に持ち込んだとはいえ、スネークマンとの戦いは神経を削るものだった。

 しかし、金持ちが美味しいディナーと呼ぶものへの楽しみに疲れが吹き飛んだらしく、宝石店を出てから2~3時間程、アメロッパ観光をしようということになった。

 

 土産探しも兼ねて、と市場に入ったところ、いい匂いのする屋台を前にする度、熱斗の葛藤する姿が店主を笑顔にしていた。

 面白がるにせよ好機と見るにせよ、押しが熱心になりすぎた時は、流石に渡が止めに入った。デザートの類は数点買い、2人分を渡が持った。

 

 値札つきで小ぶりな青銅器を扱っている店――店主曰く歴史オタクの観光客向け――では、写真を送ってみゆきに目利きを頼むも、”どうして出発前に知らせなかったのか”というようなメールが返ってきただけだった。

 抗議なのか単純な疑問なのか意図を掴みかねている内に、面白そうなものを見つけたらしい熱斗に袖を引かれ、無駄遣いはやめておこうとその場を去った。

 

 そして、ここがニホンに比べ高緯度の北アメロッパで、環境維持システムにより日照量がコントロールされているとはいえ、夏は夏。歩き回って程よく疲れた2人はホテルに戻り、それぞれの部屋で食事の時間まで休むことにした。

 

 ホテルのシングルルームに入り、渡はテーブルの上に荷物を置いた。日差しで熱を持った肩掛け黒い鞄のジッパーを開いて、アイリスのPETを取り出し、挿さったままの端子を引き抜いた。

 そのケーブルは、鞄の側面に空いた穴に固定されているカメラから伸びていた。マイク機能も付随している小型の高級品だった。

 

 冷蔵庫からサイダーのペットボトルを取り出し、中身を一口飲んで一息つくと、渡はベッドに腰掛け、PETのディスプレイを点灯した。




①スネークマン戦のダイジェスト化、台詞がないナビの処遇
 はちゃめちゃに長いので、まずは色々端折った結論から述べます。

 原作でスネークマンの台詞がないことを主な理由に、このようにスネークマン戦を省きました。
 今後も、シャークマン、スネークマン、キングマンについては詳細な描写を行わず、本編への登場を(あくまでナビに関してですが、そうなると必然的にオペレータもある程度)避けさせるつもりです。
 なぜなら、この作品が「ロックマンエグゼの世界に転生者を投げ込んで動かす」ことを主旨としているからです。

 以下本論です。

 まず、スネークマンはシャークマン同様原作に台詞がないのですが、41話を書いた時点ではそのことを失念していました。

 もしやと思ってシリーズのナビを一通り確認したところ、他だと「3」のキングマンも台詞がありませんでした。
 トラキチは同じ関西出身ということで渡と会わせようと考えていたのですが、仮にここでスネークマン戦をカットしてそのまま行くと、またキングマンとのネットバトルをカットすることになるわけで、流石にそれはまずいと思いました。

 マサは「1」のみ(「3」ではちらっと画面に映るだけ)、ミリオネアは「2」のみ、トラキチは「3」のみ登場。トラキチが大分マシなくらいで、いずれも出番の少ないキャラで、それらの持ちナビの台詞がないのも無理からぬことではあるのですが、それだけを理由にキャラの出す出さないを決めるのもおかしな話だと考え、悩みました。

 仮に書いた(出した)とすれば、それは他の原作ナビが「原作のあのキャラはこういう性格だから、こう言う/こうする」という模倣・再現であるのに対し、「特に確固たる根拠は原作にないけど、多分こう言う/こうする」という捏造・妄想の域を出ず、要は全くの別人で代役を立てているようなものになってしまいます。

 所詮二次創作。読まれる方からすればどうでもいいことと思われるかも知れません。というか、もしこの作品を書いているのが自分ではなく、自分がこれを読む立場だったとすれば、そこそこどうでもよかったと思います。
 でもそれは、書く人が原作に対してどういうスタンスを採るかが自由だからです。

 この作品は、これまで度々原作至上主義的な話をして来た通り、「ロックマンエグゼの世界に転生者を投げ込んで動かす」ことを主旨にしています。

 その中で、原作で影も形もない要素、例えばIPC以外のPET関連会社は自由にしています。IPC以外のPET関連会社があることは設定でされているものの、具体的には企業名が出ておらず、仮に自由にしても、劇中で起こることは対して変わりません。
 27話のアイリス用のPETを買う辺りでいろいろと全くのオリジナル設定を並べましたが、PETのモデル名や出している企業の名前がどうであろうと、何も起こりませんし、変わりません。

 しかし、キャラの性格はそうは行きません。性格に依る言動が変わり、言動に伴う結果が変わるからです。

 極端な例を挙げると、もし炎山が友情を重んじる熱血正義漢だったら、発電所の一件ではエレキマンを倒した熱斗たちの腕前を褒めて後日ネットバトルの約束を取り付けたり、ダムで協力する時には激励したり申し訳無さそうにしたりしたでしょう。

 アメロッパ城で炎山と熱斗以外が行動不能になった際なんかには「消去法では熱斗が犯人だが、そんなはずはない!」とか言ってもおかしくありません。友達になって、プライベートでの付き合いも一気に増えそうです。
 他にも考えればいろいろ変化がありそうですが、とにかくこのように、キャラの性格が違うだけで、原作と全然違う話・違う世界になります。ロックマンエグゼの世界であるとするならば、変えてはいけない部分ということです。

 スネークマンを始め台詞のないナビにどのようなキャラ付けをしても、原作のそのキャラがそうであるという保証がありません。そのキャラが原作通りである保証がないということは、その世界が原作の世界に沿っている保証がないということです。

 また極端な例を述べると、シャークマン、スネークマン、キングマンのいずれかが「熱斗やロックマンとすぐに打ち解け友達になる」かつ「どのような困難が立ちはだかろうとオペレータを引っ張って絶対に友達の危機に駆けつける」ような性格だったら、ナンバリングごとの終盤とかに登場してしまいます。
 これは出番がなかった原作と矛盾し、つまりロックマンエグゼの世界から乖離します(極端な例とは言いましたが、キングマン辺りだと実にあり得る展開でもあります)。

 なので、キャラの性格を一からこちらで決めるということはしません。
 性格のないキャラはろくに登場・行動させようがないので、詳細な描写を行わず、本編への登場を(あくまでナビに関してですが、そうなると必然的にオペレータもある程度)避けさせるつもりです。チラっと映るくらいはあるかも知れませんが、そのくらいです。
 ただ、文中での描写等を避けるだけであって、見えない所でも全く関わりがないわけではありません。これまでも渡とミリオネアの間でバトルチップの取引があったのに、何ら記述がなかったことと同じく、何もない日常の中では何かしら関わっていて、しかしそれは本編に何の影響もないということです。

 また、身も蓋もない話ですが、性格のないキャラであれば、自然ファンもいないだろうから、出さずとも困らないという点も勘定に含んでいます。
 好き嫌いを論じる要素はありますが、それはキャラデザや戦法、コロコロでの公募ナビであるかどうかなどくらいです。
 この思考も中々遺憾というか作品ファンにあるまじきとすら言えそうなものですが、きちんと認めておかないと考え事として正しくないので、述べておきます。

 長々書きましたが、うまく言語化できた自信はありません。
 上記主張への反論も積極的に受け付けます。むしろ、上記を踏まえて書くべき理由があれば欲しいです。
 彼らに思う所があるわけでも、逆に関心がないわけでもありません。あくまで「気持ちとしては出したいけど、この作品において出すべきではないという結論に達した」ということです。

 以上です。本編共々、読んで頂きありがとうございました。


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43話 男2人の食事会

 ボスの数、概ね(原作の)1話当たり1体なんですが、「2」の5話(アメロッパ到着~航空機離陸)は3体なんですよね。6話は航空機の中だけで完結するのもあってすごく短いですし、一方で7話はめちゃくちゃにお使いで走り回るので、落差がすごいです。


 ディスプレイ内には、机や本棚、ベッドや壁掛け時計など、家具が増えていた。

 ある時、勉強のモチベーションの足しになるかと、渡が欲しい物を尋ねて、アイリスが時間をかけて考えた末に思いついたのが、いつも見る光景――渡の部屋にある、家具だった。

 その時、”どうして”とか、”家具なんかよりもっといい物があるのでは”とか、そういった気持ちも渡の中に生まれたが、まずは一度与えてみて、それでどう感じるかを見て考えよう、と黙って了承したのだった。

 

 1つ設置する度に、いろんな方向から見たり、あちこち触ってみたりと物珍しがった後、1日もすればアイリスの日常に組み込まれた。

 答えづらいだろうなと思いつつ渡が感想を訊くと、案の定固まったが、他のものにするかと問うと、必ず”これがいい”と答えた。

 何度目かの時、いい子だなと頭に手を伸ばしかけ、アイリスに不思議そうに見られて、そのまま画面上のアイリスの頭をつついたことがあった。アイリスの首がほんの数度傾けられ、渡は目を伏せて自分自身を鼻で笑った。

 

 そのように人間の部屋に幾分近付けられた空間で、アイリスは椅子に腰掛けていた。鞄の外の映像――今日は視覚に直接入力されていた――が途切れて間もなかったので、目を瞑っていたが、ディスプレイが点灯されたのを知覚して、首を動かして渡の方を見た。それから、椅子を回して座り直した。

 

「観光スポットらしい観光スポットを回ったわけではありませんが、アメロッパ旅行初日、どうでした?」

「……楽しそう、だった。市場には色んなお店があって、みんなが笑ってて……」

 

 感想を語るアイリスの表情は、明るくはなかった。言葉にウソがあるわけではないのだろうと、渡は思った。

 

「何か気になったこととかありますか?」

「……いえ、何も」

「外に出たいと思ったとかは?」

「……」

 

 図星だった。それでも、アイリスはは小さく俯いただけで、何も言わなかった。自分が渡の善意から守られている立場で、PETに押し込められたままの現状も必要でそうあると知っているからだった。我儘を言って渡を”困らせる”のを嫌だと感じる気持ちがそうさせていた。

 

 実のところ、外に出たいと思ったのはこれが初めてではない。渡と出会って以来軟禁状態で、外に出られないのは、たとえ安全でもストレスだった。渡が情操教育目的で与えた本もあれば、テレビ番組を見ることもでき、外について知ることは出来た。

 

 だが、それだけだった。人間と同じように、ネットナビもあちこち出かけて遊ぶのは普通のことで、アイリスにはそれが出来ないということに、変わりはなかった。こうして渡が鞄にカメラを仕込んでまで外の景色を見せても、アイリスの中に生まれた外への憧れが萎むことはなかった。

 

 街の景色に楽しそうな人々がいて、渡も楽しそうにしていて、それを見ているとアイリスも暖かい気持ちになった。渡が自分を気にかけてくれていることへの自覚もあった。だからその分、我慢しなければいけない……と、どこかで思っていた。

 

「んーー……」

(そこそこ打ち解けてきたつもりやったんやけどなぁ。この手の話題になるとどうも反応がよろしくない。なんか言ってくれたらそれだけでも変えてけそうなんやけど)

 

 渡とアイリスは、まだまだ心を通わせられていなかった。

 最初からそのことへの危機感があった渡は、出会っておよそ一ヶ月、距離を縮め、同時にアイリスに物事を教える努力をしてきた。それはある程度実を結び、会話もいくらかスムーズになって来てはいた。ただ、アイリスの優しさの一端――控え目さが、ここに来て意思疎通を阻む壁になっていた。

 

(いや、焦るな焦るな。時間はある)

 

 気持ちを切り替えようと、目を閉じて小刻みに頭を振った。アイリスにはそれが、何かを残念がっているように見えて、何かが良くなかったのだと、却って後ろ向きな気持ちになった。目を開けた渡はその変化を見て、話題を変えなければと思った。

 

「そういえば、今日は光くんも普段と違う相手とネットバトルをしてましたけど、見ててどうでした?」

「……よく分からなかった」

「やっぱりそうですか……」

 

 アイリスは、武道や格闘技、ネットバトルなどを楽しむ気持ちが理解できなかった。傷つけ合うのは苦しく、恐ろしいもので、当人たちもそう感じていないわけではないからだった。

 球技などのスポーツやゲームはそうではないのに、なぜ進んで戦うのかが分からなかった。

 

 そもそも、勝ち負けを決めること自体へも否定的だった。

 渡の提案でゲームを始めて、娯楽自体への理解は進んでいた。程々の困難に挑んで達成感を得るという気持ちも、自分の身で味わっていた。だが、アイリスが勝てるかどうかとは無関係に、対人戦だけは楽しめなかった。

 

(ナビとネットバトルは切っても切れへんし、アイリスも見て楽しめるようにはなって欲しい。でも、これも時間掛けてくしかないんかなあ。……なーんか思ってた感じと違うな。つら)

 

 折角の海外。この機会にアイリスについても新たな成果が得られるのではないかと期待した渡だったが、少なくとも今日は好感触ではなさそうで、肩透かしを食った気分になった。

 

 

……

 

 

 ミリオネアから伝えられていた時間になり、渡と熱斗がホテルの外に出ると、迎えの車が来ていた。普通の乗用車だった。金持ち趣味の車を想像していた渡が、なぜなのか運転手に尋ねると、無駄に目立たないようにとの配慮でわざわざレンタカーを借りてきていたとのことだった。

 渡もそうするよう頼もうかと思ったものの、不要な手間だからとやめておいたことだったが、ミリオネアが渡の人柄から気を回していたのだった。

 

 車に乗り、落ち着かない熱斗の隣で20分程ぼうっとした後、ドアが開く音で気がついて降りると、大きくはないものの、いかにもという装いのレストランだった。

 

(肉料理リクエストしたんやけど……あれっ)

 

 渡は、表には本日のおすすめメニューが書かれた看板が出されているのを見つけた。ローストビーフのヨークシャープディング添え。恐ろしくシンプルなメニューに対し、価格は時価だった。

 

(おお、もう……)

「おーい渡!」

 

 熱斗はそんなところには目もくれず、さっさとドアに手を掛けていた。呼ばれて渡がそちらを見ると、熱斗の手に力が籠り、ドアを開けようとしていた。渡を見る目にも必死さが滲んでいた。今、食卓へ着くことに対して全力だった。

 

「早く来いって!」

「ああ、すいません。行きます行きます」

 

 レストラン内部は薄明るく、厨房から漏れる音がごくごく小さく聞こえていた。事前に言われた通りに渡がレジで名前だけ伝えると、予約席、2人用のテーブルへ案内され、好きに飲み食いしてよいこと、帰りには誰でもいいからスタッフに一声かけて欲しいことを説明された。

 好きにとは言われたが、テーブルには既に水の入ったグラスが2つあり、プレートも2つあった。片方はハンバーグ、片方はフィレステーキだった。

 

 それを見た熱斗が音を立てて着席する横で、渡が椅子に手を置いて店内を見回すと、客はスーツを着ているか、そうでなくてもビジネスカジュアルの範疇に留まる服装だった。

 

(まあ熱斗は気にせんみたいやしええか)

 

 既にナイフとフォークを手にしている熱斗に目で急かされて席に着くと、いただきますをして、それぞれ食べ始めた。チーズインハンバーグの味に熱斗はいたく感動していて、実に幸せそうだったが、流石に場所を弁えてか、叫んだりはしなかった。

 

「なあ渡、ちょっと交換してくれよ」

「追加で頼めばいいじゃないですか」

「あ、そういやそうだっけ。……あれ、ボタンは? 大声で呼ぶのって多分ダメだよな?」

「店員さんを見つめるとこっちに来るシステムじゃないですかね。そういうの正直好きじゃないんですが」

 

 実際に渡が目でスタッフを探すと、見つけるよりも早くやって来て、注文を取って行った。

 

「うっそー……」

「ちょっと引くというか、悪いことしてる気になりますね……」

 

 それからも、熱斗はもちろん、内心楽しみにしていた渡も、時々今日のことを話したりはすれど、主に食べることに集中していた。渡は食べるペースも量も熱斗に負けていたが、十分に食べ終わったのは同じくらいのタイミングだった。

 

「ううーん、もう腹いっぱい……付け合せの野菜までうまいんだもんなぁ」

「僕もちょっと食べすぎましたね……」

 

 オレンジジュースを飲んで一息つき、帰ろうかと思った所で、渡はなんとなくレストランについての話題を閃いた。

 

「光くんも、こういう所ってあんまり来ないんでしたっけ。綾小路さんと付き合いがあると読めないというか」

「えー、ないない。たまーに自慢話聞くくらいだし」

 

 熱斗が手を振って否定したのを見て、渡がふっと笑った。

 

「ああ、じゃあ桜井さんもそうなんでしょうね。どうせ2人なら僕なんかより、桜井さんとの方がよかったんじゃないですか」

「な、なんでメイルの話になるんだよ。あいつは関係ないだろ!」

 

 急な話題に声量が大きくなり、一部の客が渡と熱斗の方をちらと見た。渡は熱斗に手のひらを向けて、軽く押し下げる動作をした。

 

「光くん、声、声」

「あっ……なんだよもー!」

「ははは」

(いやーええ反応するわ。たまに隙見つけたらつついたらんと(てやらないと)な)

 

 話題のせいか、声を上げてしまったせいか。熱斗は顔を赤くしていた。

 

「そうだ、それより昼に買ったやつ、お前が持ってったままだろ。帰ったらくれよな」

「はいはい。いいですけど、寝る前にちゃんと歯を磨いてくださいね」

「るせー。……んじゃ、帰るか」

 

 その後、帰り際にスタッフから土産を持たされ、熱斗はすっかり機嫌を直したのだった。



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44話 苦しげな暗号

 ニホンへ帰り着くまでに何話かかるんでしょうか……


 オフィシャルネットバトラー会議当日の朝。

 渡は、オート電話の着信音で目が覚めた。時計を見ると、予め熱斗と合わせて起床用にアラームを設定しておいた時刻より、幾分早かった。

 

(なんやねんクソ死ね)

 

 心の中で悪態を吐きながらのそりと起き上がり、いまいちはっきりしない頭、覚束ない手付きで、テーブルに置いたPETから電話に出ようとした。

 途中で1度PETを取り落し、再度悪態を吐いてから、発信者を確認した。熱斗だと分かると、起こされたことへの怒りが和らぎ、落ち着かなければと小さく深呼吸した。

 

「もしもし」

 

 起き抜けは話すのに喉を震わせる気力もなく、口から出たのは無声音だった。

 

「渡? 大丈夫か?」

「はい」

「ドア開けてくれる?」

「……」

 

 渡はPETを持ったまま歩いていき、寝る前に準備しておいた鞄からもう1つのPETが出ていないことを確認してから、ドアを開けた。

 早い時間ながら出かける準備を済ませた熱斗がいた。ここで熱斗はおはようと声をかけるつもりだったが、いかにも眠そうな渡の姿を見て口を噤み、とりあえず電話を切った。それを見た渡のPETを持つ手がだらんと垂れ下がった。

 

「それは大丈夫じゃない気がするけど……」

「すいません、顔洗って来ます」

 

 ぼそぼそと呟いた渡がユニットバスへ入り、顔を洗う音、口を濯いで水を吐く音の後に出てくると、瞼こそ重そうではあるが、それ以外の怪しさはなくなっていた。

 

「おはようございます」

 

 言いながら、渡はベッドに腰を下ろした。勢いから、その体が縦に揺れた。

 

「おはよ」

「まだちょっと早いですけど、どうしました?」

 

 言葉も、ほんの僅かに舌が絡まって詰まっている他は、元の調子を取り戻しているように思えた。

 

「早く目が覚めちゃって、それでPET見たら、ONB本部から会議場所についてのメールが来てたんだけど、自分で探せとか書いてあってさ。これ。渡も同じの来てる?」

 

 熱斗がPETの画面、メールの文面を渡に見せた。

 まず最初に、ゴスペルの妨害工作を避けるため会議場は極秘であること、出席者各位は自らの手で会議場を見つけ出して出席するようにとの旨。

 それから、オフィシャルを無責任と言うべきではないこと、信じられるのは自分だけであること、ロックマンが出席することが書かれていた。

 

 渡も自分のPETからメールを確認したが、全く同じ文面が送られていた。

 

(あー、あの縦読みそのまんまか)

「同じですね」

「どこか分かるか?」

「最後の中身がない文章三行を縦読みすると”おしろ”になるので、アメロッパ城です。最初のメールと違ってわざわざニホン語なので、そういうことかなと。このホテルから遠くない場所ですし」

「さっすが渡! じゃあすぐ行こうぜ!」

 

 熱斗が手を叩いた。着替えようとしていた渡の手が止まった。

 

「えっ、朝ごはんは?」

「ルームサービス頼んだら出てくるまで時間かかるだろ、コンビニでなんか買ってこーぜ」

 

 

……

 

 

 ホテル近くのコンビニで買ったサンドイッチを朝食にしてから、2人は空港行きのバス停があるアメロッパークまで戻り、上り坂を含んだ芝生を抜けて、アメロッパ城へ足を踏み入れた。

 

 一般公開されている1階エントランスまでの出入りは自由だが、ただそれだけであり、見る物もさほどないので観光客が長時間留まったりすることはない。

 現在も、問題が起きないように見張っている職員等こそいるが、閑散としていた。むしろ、外から城全体の写真を撮っている者の方が多く見受けられる程だった。

 

 エントランスで見る物といえば金色の女神像くらい。他には封鎖された階段や扉があるのみで、熱斗はどうするのかと渡を見た。

 

 渡はアメロッパ王家の紋章が掲げられた壁に近付くと、周囲に誰もいないことを確認してから、そっと右手をつこうとして、その手が壁の中へ沈み込んだ。

 熱斗の口から、いっ、という声が漏れた。渡は熱斗に向かって軽く手招きしてから、歩いて壁の中に消えた。

 

 熱斗も恐る恐る壁に手を触れてから、ゆっくりと壁の中に進んだ。城の壁とは思えないほど薄く、その奥は通路だった。振り向いて壁の様子を見ようとした時、まず足元に、そして頭の上に、通路の入口へ向けられる何らかの装置があるのを見つけた。

 

(立体映像の壁かぁ……いかにも秘密基地って感じだけど、大人がそんなことするのってなんか意外だなー)

 

 通路の先にあった重い扉を2つくぐると――間の空間に”両方同時に開けるな”という注意書きがあった――、エントランス程ではないが、広い空間があった。

 

 まず正面の壁にはオフィシャルネットバトラーのロゴが大きく描かれていて、左手の壁には学校のものより大きな電子黒板(ブラックボード)が掛けられ、部屋の中心にはモニタを埋め込んだ大きなテーブルがあった。

 モニタには世界地図が表示されていて、いかにも世界規模の会議に使うテーブルなのだろうと見当が付いた。

 

 こちらの部屋も人の入りはまばらで、渡と熱斗の他にほんの数名のみだった。そもそも置かれている椅子が少なく、初めから出席者が少ないことが見て取れた。他の出席者に挨拶している渡が熱斗を見て手招きしたので、輪に加わった。

 視界の端に炎山が映り、熱斗は少し気にしたが、すぐ前を向いた。

 

「初めまして。貴方が熱斗くんね。私はジェニファー、南アメロッパの代表よ。よろしくね」

「初めまして、ニホンから来た光熱斗です。……えっと?」

 

 黒人の女性・ジェニファーが挨拶する横で、恰幅のいい白人男性が片手で目を覆っていた。アンビリーバボー、と呟いているのが聞こえた。熱斗も、その言葉くらいは知っていた。

 

「いや、悪い。ちょっとマジで心配になってきたというか、ああ、マジかよ」

 

 もう片方の手のひらを肩の高さで熱斗に向け、言葉が見つからず、その手を力なく下ろして、首を小さく横に振った。それから、すっと背筋を伸ばし、手を大きく1度だけ叩いた。

 

「OK!」

 

 落ち込んでいるように見えたのが全くの気のせいに思えるような、明るい表情をしていた。

 

「俺はアメロッパのジョンソン、自由と平和をこよなく愛するネットバトラーさ! で、この会議の数少ない常連でもあるんだが、だからそのー、ニホンからキッズが3人も来るなんてのは初めてでな? ニホンはどうしちまったのかって――」

「ジョンソン!」

「おっと失礼」

 

 ジェニファーに咎められ、ジョンソンが両手を軽く上げた。

 

「だがマジな話、ゴスペルへの対応から手が離せないって国ばっかりの中、っていうかオレだって全然暇じゃないのに、大事な話があるからって会議の開催が決まったんだぜ。ああ、それで比較的余裕を保ってるらしいってニホンの代表なら、ニホンで実績を上げてる強いネットバトラーが来るのが筋ってもんだろ?」

 

 強いネットバトラー、という部分を聞いて、熱斗は()()とした。

 

「オレだってゴスペルのナビとは何回も戦ったさ。だよな、渡」

「エアーマンとクイックマンの話は微妙なところですが、アジーナスクエアのカットマンについてはかなり大事でした。ジョンソンさんやジェニファーさんにも伝わっていたりしませんか?」

「アジーナスクエアのカットマン!」ジョンソンが指を鳴らした。「確かに、解決したのは小学生って話だった……ほお」

 

 ジョンソンにじろじろと見られ、熱斗はたじろいだ。ジェニファーがやめなよと言い、またジョンソンが軽く謝った。

 

「分かった分かった。OK、会議に呼ばれるだけの実力はあるんだろう。俺が悪かったよ。だが、それでも子供3人ってのは、やっぱ例がなさすぎるぜ。いや、我が国は若き天才ネットバトラーたちを抱えてますよってアピールなのか? ふーむ……」

 

 勝手に始めた話を勝手に打ち切り、ジョンソンは顎に手を添えて考え込み始めた。話が途切れたところで、いつの間にかすぐそこまで来ていた白いドレスの少女が熱斗の前に一歩出た。穏やかな表情だが、深い隈が目についた。

 

「今のお話は聞きました」

 

 言葉を続ける前にプライドは渡の顔をちらと見たが、渡は目だけを横に逸した。その対応に思う所がないではなかったが、プライドは表情を崩さなかった。

 

(余計なこと喋んなって事前に()うたやろ。こっち見んなや)

「初めまして、光熱斗、七代渡。わたくしはクリームランドの王女、プライドといいます。オフィシャルネットバトラーを兼任し、国防にも加わっています。よろしくお願いします」

(よろしい)

「はい、本日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 渡と熱斗が挨拶を返すと、プライドは会釈して自分の席へ戻っていった。渡は内心、熱斗が妙な勘を働かせていないかとヒヤヒヤしていたが、その場を解散しても熱斗にそんな様子はなかった。

 

 会議が始まるまで何をして時間を潰すかと渡が考え始めた時、全員揃ったのを確認したのか、入り口から正面左端に見える扉が開き、中肉中背の白人の男が現れた。オフィシャルのロゴが入った制服を着ていた。

 

「皆さんお揃いですね。お好きな席にお掛け下さい」

 

 男はそう言って、ブラックボードの前に立った。




①会議場の秘密
 原作では出席者のいずれにも会議場の場所は伏せられているような雰囲気でしたが、しかしアメロッパ城の隠し部屋は以前から会議場として存在していたため、「見つけた」と語っていたジェニファーは、初めて南アメロッパ代表になった(前回までの参加者とは別人)ということと解釈しました。
 当地アメロッパ代表のジョンソンはもちろん、同じく当地に在住かつ替えの利かない立場を持つラウルも常連。プライドは微妙ですが、原作で炎山やジェニファーと違いアメロッパ城を調べる描写が事前になかったので、恐らく常連。

②世界地図
 そういえばここにもあったなと思って確認したところ、南北アメロッパらしきものが西側にあるのはともかく、ほかは「4」の世界地図とは大きく異なっていて、なんとも言えない気持ちになりました。


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45話 その名は

 シナリオ上避けられない説明回です。飛ばすと後がよく分からなくなる類の話です。
 サブタイを「オフィシャルネットバトラー会議」と「レスラー会見」で絡められないかと思いましたが無理でした。


 熱斗や渡も席に着き、全員が聞く姿勢に入ったことを確認して、ブラックボード前の男が口を開いた。

 

「世界を代表するネットバトラーの皆様、ようこそ! ただいまより、オフィシャルネットバトラー会議を開催します。私はジュード、本会議の司会進行を務める、アメロッパのオフィシャルネットバトラーです。それではまず、輝けるネットバトラーである皆様の紹介を――」

「そんなのもう自分たちでやっちゃったよ。それより、早く本題に入ろうよ」

 

 一番後ろの席から、ジェニファーがひらひらと手を振った。

 

「盛り沢山抱えてる事件をほっぽり出して来たんだからさ」

「わたくしもそう思います。ゴスペルに関する重大な情報、それを伝えるためにわたくしたちを呼び出したのでしょう?」

「は、はい。それでは、ゴスペルに関する重大な情報の内容について説明します」

 

 続けてプライドからも口を挟まれ、ジュードは苦笑いして後頭部を掻いてみせた。が、合図でもあったかのように、一瞬にして表情を引き締めた。

 

「ゴスペルは恐ろしいことに、究極のナビを開発しています。それは、全てにおいて完全なナビです。そして、ゴスペルはそれを使って、いよいよ本格的に、現実と電脳、両方の世界を制服しようとしているのです。究極のナビが完成されれば、理論上、それをデリートすることは不可能です」

 

 国際会議の司会進行を任されるだけあり、ジュードはプレゼンテーションには慣れたもので、視線は広い会議場をまんべんなく、かつ自然に見渡していて、同様に自然な手振りが聞く者の関心を離すまいとしていた。

 

「我々はなんとしてでも、その開発を阻止せねばなりません。そして、そのための重大な情報を、本部では入手しました。それでは、前方のスクリーンをご覧下さい」

 

 黒一色のブラックボードが一面白地になり、資料が表示される。向かって左側には1体のネットナビの正面画があり、右側にはそのナビについての記述が箇条書きされていた。

 

 そのナビは黒と金色を中心とした人型で、頭部メットからはは蝙蝠の羽のような、あるいは獣の耳のようなものが生えていた。メットは額や頬までを覆っているが、ノーマルナビと異なり顔は人間のものだった。

 また、胸にはナビマークを置くような低い台状のパーツが乗っているが、そこには何も描かれていなかった。

 

(オフィシャルもこの時点でそこまで掴んどったんやな)

 

 感心しつつ、渡はペットボトル入りの水を一口飲んだ。

 

「ご存知の方もいらっしゃるでしょう。このナビの名前は”フォルテ”。世界初の自律型ネットナビであり、20年近く前にニホンで起きたインターネット大破壊事件、”プロトの反乱”において、当初、犯人と考えられていたナビです。その根拠となっていたのが、このナビの持つ”ゲット・アビリティ・プログラム”です」

 

 画面が切り替わって次に表示されたのは、プロトの反乱に関する記述だった。

 

「実際の犯人は事件名にもなっている通り、蓄積したバグによって自我を得た初期型インターネットそのものでしたが、それに気付いたのは、フォルテを容疑者として追撃し、その行方がわからなくなってからのことでした。そしてその追撃作戦において、従事したオフィシャルナビ部隊はいずれも甚大な損害を被っています。フォルテという1体のナビの手によって、です」

 

 連日行われたフォルテへの攻撃、その経過の記述が、画面上で強調された。見るからに、投入された戦力は尽く1体のナビを相手取るには過剰で、そして例外なく全滅していた。

 

「この強さこそ、他のネットナビやウイルスの能力を取り込み、自己強化を行うプログラム、ゲット・アビリティ・プログラムによるものです。これはフォルテを開発したコサック氏が組み込んだプログラムですが、現在はコサック氏自身も行方不明となっており、我々の技術による再現や対策は不可能と考えられています。しかし、ゴスペルの開発しようとしている究極のナビこそが、まさにこのフォルテなのです。もしゴスペルがフォルテの開発に成功した場合、我々には有効な対抗手段がないのです。では、そのようなナビをゴスペルがどうやって開発するのか?」

 

 再度画面が切り替わった。右側に、中身のないフォルテの輪郭に緑色でグリッドが引かれ、一部分だけ着色された、未完成を意味するであろう図が表示された。

 そのフォルテに向かって左から矢印が伸びていて、矢印の根本、つまり左側には、紫色の物体が積み上げられていた。

 

 物体は未精錬の鉱石のような質感で、紫色の中に一部赤みがかっていたり、黄色から黄緑色の範囲の光を放つ粒が混じっていた。

 

 熱斗はこの物体に見覚えがあった。電脳世界の目立たない所に時折落ちている、バグの欠片と呼ばれるものだった。最近コトブキスクエアに回収・処分を行う業者が出来、これが危険物らしいともそこで聞かされていた。

 

「バグの欠片からフォルテを、ネットナビを生み出す。あまりに荒唐無稽ですが、これは、各国オフィシャルの手でゴスペルの事件から断片的に得られた情報を集積し、整理した結果、そうとしか考えられないと判断されたことです」

 

 情報の正当性を説明する部分では特に、ジュードの声と身振りに力が籠っていた。

 

「詳細な工程や原理は未だ不明であり、恐らくこのイメージも正確ではないでしょう。しかし、これに近い事例も過去に存在しています。プロトの反乱からインターネットが復旧され、それから間もなくして突如誕生した――」

 

 フォルテと矢印が消え、バグの欠片が画面中央に移動し、青く角張った四つ足の獣に変わった。それは狼型ウイルスのガルーとも異なる姿をしていて、顔から後方へ放射状に伸びるたてがみが、体を大きく見せていた。

 

「電脳獣グレイガ。あまりの強大さにエリアごと封印されたこの存在も、当時の観測で、元は大量のバグの欠片だったことが判明しています。これと同様のバグ融合によって、フォルテを生み出そうとしているというのが、我々の見解です」

 

 グレイガがバグの欠片に戻って画面左へ寄り、矢印とフォルテが再び現れた。

 

「インターネットじゅうそこかしこに存在するバグの欠片の流れを追うのは簡単ではありませんが、我々の取れる対策は、フォルテが生み出されると思われる場所を突き止めることしかありません。よって」

 

 積み上げられたバグの欠片に大きなバツ印がかかり、中央下に現れたオフィシャルのロゴからそこへ矢印が伸びた。

 

「本部が出した結論としては、各国のオフィシャルで連携し、ゴスペルがバグの欠片をどこへ集めているかを突き止めて欲しいということです。説明は以上ですが、何か質問はありますか? はい、ジョンソンさん、どうぞ」

 

 ジュードが言い切る前に、ジョンソンがバッと手を上げていた。

 

「内容は大方俺も初耳だったが、まあ理解はできた。それで確認なんだが、こりゃ世界を挙げてのローラー作戦ってことなのか? 俺たちゃただでさえネット犯罪の収拾に追われてるんだぞ。っていうか、お前もそうなんだろ?」

「その通りです。なので、オフィシャルだけではなく、民間ネットバトル資格者……ニホンでは市民ネットバトラーという制度名ですね。そういった方々にも協力を要請することになるでしょう。例によって、詳細な方針は各国オフィシャル内で詰めて頂くことになります。例えば、ゴスペルについて調べるわけですから、一般市民の負うリスクについて考える必要もあります」

「ま、そーなるよな。OK、次行ってくれ」

「他に質問のある方は? ……ないようでしたら、次の議題に進みます」

(えっ、次?)

 

 早くも会議は終わりかと思っていた熱斗が、ジュードの宣告に目を丸くした。そう来たか、と渡は眉間を押さえた。

 

「では、各国におけるネットワーク犯罪の状況と、ゴスペルの関与している被害の分布傾向について――」

 

 その後、会議はノンストップで正午まで進行した。




①司会進行役の名前
 同じくアメロッパ所属のモブ出席者二人が「ジェニファー」「ジョンソン」なので、それにつながる形でJu始まりの英語男性名にしました。
 ついでに思いつきで調べたんですが、ジュノ(ジュノー、ユノ)は女性名で、元は女神の名前なんですね……

②プロトの反乱の時期
 プロトの反乱が原作で「十数年前」。プロトが運用され始めたのは推定23年前(熱斗の誕生日から逆算。詳細は23話あとがき参照)。
 それと現代に残る影響の小ささとタイミングから、プロトの反乱は18~19年前程度と解釈しました。電脳獣封印もプロトの反乱の直後の出来事であるため、この辺りになります。

③Q:アレをナビの「開発」って言うの? あとオフィシャル有能すぎない?
 光祐一朗曰く「究極ナビ開発計画」らしいので、そのはずです。
 原作のこのシーンにおける「重大情報」等がそもそもゴスペルの流した偽報という線も考えましたが、その場合ゴスペルによって盗まれるのはおかしいので、情報自体は本物だったはずです。
 その上で重大情報なので、実はかなりいい仕事をしていたわけです。
 プロトの反乱も電脳獣事件もオフィシャルならみんな知らないとおかしいレベルの大事件なので、これだけのヒントがあれば、バグ融合でナビを作るという発想くらいは出てくるでしょう。

④Q:でもその時の光祐一朗が「アレでナビなんて作れない」って言ってたじゃん
 性能が目標水準に達していないだけで実際に作れてはいますし、後のジャンクマンの出自のこともあるので、事実としてそうではありません。
 また、その時言われていたのが「究極のナビなんて作れやしない」であって「ナビなんて作れやしない」ではなかったことから、作れるかどうかで言えば作れるのだろうと解釈できます。
 さらに言うと、「2」攻略本でラスボスについて「ゴスペル首領が作り出した究極のナビ。(中略)融合体に変化してしまった」と書かれていたりもします。実際変化前はフォルテの形をしていたので、あの段階ではまだナビだったとも取れます。

 フォルテ開発の細かい理屈については近い内に更なる説明回で公開しますが、かなり端折った説明をすると鋳造刀ガチャです。

⑤Q:グレイガの元は厳密にはバグの欠片じゃないよね?
 上記説明回をお待ち下さい。

⑥アメロッパ城について
 モブが屋上からの眺めについて語っていたり、エンディングで屋上に登ったりしているので、行楽シーズンに日程決めて公開しているとかその辺りだと思います。
 少なくとも、オフィシャルの秘密基地という側面を隠した建物である以上、常時公開はリスクが高くてできないはずです。

⑦初期炎山を見ていて思ったこと
 語尾に「~ぜ」とかついている部分でふと思ったのですが、もしかしてファースト(無印ロックマンシリーズ)のブルースがベースなのでは?


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46話 御前試合

 ウオリャ!


 オフィシャルでもない小学生が聞かされても活かしようのなさそうな会議は昼で一旦中断され、ブラックボードに”13時再開”と表示された。

 萎れていた熱斗は立ち上がって伸びをして、それから”昼飯食いに行こーぜ”と言って渡を町へ引っ張ろうとしたが、ジュードからストップがかかった。

 

 奥の扉が開き、オフィシャルの制服を着た職員が、ジュードを除いた出席者と同じ数のバスケットと水の入ったグラスをトレーに乗せて出てきた。

 各々が席に着いたまま受け取る中、中身はなんだと座り直して期待していた熱斗だが、確認すると、目に見える程ではないまでも、落胆した。それはさっぱりした見た目でいかにも美味しそうではあったが、サンドイッチだった。

 

(あちゃー。朝は別のにしとけばよかった)

 

 ジュードが出席者全体に食べるよう促し、それで渡その他が特にリアクションもなく――ジョンソンは持ち込んだランチボックスを取り出していたが――手を付け始め、熱斗がワンテンポ遅れてサンドイッチを食べ始めたところで、ジュードは2人の側まで来た。

 

「そのまま食べながら聞いて下さい。会議の再開は13時としますが、光君と七代君にとっては退屈なだけの話になると思います。なので、午後の参加は自由にします。あまり大きな声では言えませんが、今回お二方の実力を見込んで招待したのには、オフィシャルと仲良くして欲しいという意図もあるんです。なので、この機会にアメロッパ旅行を楽しんで貰って大丈夫です」

「そういうことなら、遠慮なく」

 

 口の中のものを水で流し込み、渡が先に返事をした。熱斗も、サンドイッチを持った手を膝の上に立てた。

 

「えー、なんか意外。渡ってこういう話好きそうだし」

「いや正直僕も後半はめちゃくちゃ眠かったですよ。オフィシャルでもないのにそれ聞かされても、みたいな話もありましたし」

「アハハ、すみません」

 

 ジュードは渡の言い草に目くじらを立てず、朗らかに笑った。

 

「そのお詫びというわけではありませんが、ONB本部が発行するアメロッパのパスコードを特別にプレゼントします。市民ネットバトラーライセンスでもアメロッパエリアへの通行だけはできませんからね」

「えっ、そうなの?」

「アメロッパはネット犯罪大国なので、犯罪者が外に出たり、入ってきた人が被害に遭ったりというケースをなるべく減らすため、制限を厳しくしているんです。アメロッパ国内の民間ネットバトル資格者も通常は国内でしか活動できないんですよ」

(知ってた)

 

 へー、と感心する熱斗の横で、渡はグラスに口を付けたまま、テーブルに使い捨てのパスコードカードが2枚置かれるのを横目に見ていた。

 

「じゃあ食べ終わったら挨拶して帰るか」

「あ、待った。ちょっと失礼します」

「?」

 

 熱斗に返した後、断りを入れて席を立った渡を、どうしたのかとジュードが見送った。渡は、既にサンドイッチを食べ終えていた炎山の所まで行き、話しかけた。

 

「伊集院さん、ちょっといいですか」

「七代渡……ベータのオペレータか。何の用だ」

 

 炎山は声をかけられてようやく顔を上げた。

 

 水道局や発電所の電脳世界で対立したことはあったが、ナビとオペレータの名前からすぐ身元が分かった熱斗とは異なり、渡は可能な限りベータのオペレータであることを隠していたため、炎山がそれを知ったのはWWWが壊滅してからのことだった。

 渡が会議に出席しても炎山は自ら関わろうとはしなかったが、心のどこかで、これはチャンスだとも思っていた。炎山にとって、熱斗と渡は、自分とブルースに土を付けた気に入らない相手だった。

 

(なんでわざわざあんなやつなんかに?)

 

 態度が原因で同じく気に入らない相手として覚えている熱斗も、ジュードと共にそのやりとりを見ていた。

 

「お昼ご飯を食べ終わったらネットバトルしてくれませんか」

「フン、いいだろう。以前のようにあしらえるとは思わんことだな」

(あ、普通に受けてくれるんか)

 

 渡はここで相手にされないだろうと予想して、ミリオネアに頼んで仕込みをしていたが、それを使わずに済んで拍子抜けした。

 

「ありがとうございます。じゃあ熱斗くん、お願いしますね」

 

 渡は熱斗に向かって、ひらひらと手を振った。その投げっぷりに、ジュードどころか、炎山さえもが硬直していた。プライドのごく小さなため息は、誰にも聞こえなかった。熱斗は真顔でPETを取り出して、ロックマンと顔を見合わせた。

 

「なあロックマン、オレ渡に何かしたっけ?」

「さ、さあ……?」

(早めに起こしちゃったことかな……)

 

 実のところ、渡はファンとして純粋に熱斗と炎山を戦わせたいだけだったが、ロックマンにそれを知る由はなかった。

 

 

……

 

 

 渡がジュードから許可を取り、ブラックボードの電脳へロックマンとブルースがプラグインした。

 明かりを落とした部屋で、その大きな画面いっぱいに電脳世界の風景が映し出され、ジュード含む出席者たちは観戦者となっていた。ジョンソンがどちらが勝つかの賭けを周囲に提案したが、炎山に横目で睨まれて肩をすくめた。

 

「アンタ、まさか普段から」

「おーっと勘違いするなよジェニファー。俺たちが一番大きく張るのは自分が出る時さ、モチベーションは大事なんだぜ」

「聞くんじゃなかったわ……」

 

 ジェニファーは額を押さえた。

 

「……」

「……」

 

 熱斗と炎山はブラックボードの両脇に立ち、テーブル脇に立つジュードの合図を待っていた。画面上でも、ロックマンとブルースが睨み合っていた。

 

「それでは、光熱斗VS伊集院炎山の試合を始めます。バトルオペレーション、セット! イン!」

 

 ジュードが号令と共に、手を振り上げ、下ろした。

 ロックマンが横に駆け出し、ブルースは左腕を剣に変えて飛び出した。水平に近い跳躍を繰り返してロックマンへ距離を詰め、バスターをシールドでガードした。

 この時点ではまだ剣の間合いに達していないが、シールドが消えると同時に剣を振り抜いた。

 

「そこだ!」

 

 熱斗は目を慣らすまでもなく、剣を振る動作が見えていた。それ故に斬撃が届かないと確信し、ラビリング3での反撃に踏み切った。見えていたのはロックマンも同じで、ブルースに狙いをつけ続けた。

 

「っ!?」

 

 そうして緑色の電撃輪を発射したロックマンが見たのは、それとすれ違ってやって来る、飛ぶ斬撃(ソニックブーム)だった。弾速はラビリングの方が速いが、ブルースとの距離は剣では届かないという程度で近く、この2つの飛び道具が互いに届くまでの時間はそう変わらなかった。

 熱斗の狙い通りガードの間に合わなかったブルースはラビリングの直撃で麻痺し、ロックマンもソニックブームを受けて2歩仰け反った。ダメージはロックマンの方が大きかった。

 

「ロックマン――」

「ブルース――」

 

「――動け!」

 

 攻撃を仕掛け、命中したのも同時であれば、熱斗と炎山が叫んだのも同時であり、ロックマンが衝撃から、ブルースが麻痺から立ち直ったのも同時だった。

 

 ここまでの打ち合いの時点で、多くの観戦者が息を呑んでいた。

 

イツァウェサン(こいつぁスゲー)……」

 

 無声音で感嘆の呟きを漏らすジョンソンの手の中で、自家製のチリドッグが冷め始めていた。

 ジェニファーは自分の膝に爪を立て、ラウルは腕を組んだまま表情も含めて微動だにせず、渡は内心気楽に眺めつつも、両手の指を小さく動かしていた。プライドの様子は会議中のそれとそう変わらなかった。

 

 そのようにどんな会議の時よりも注目されているブラックボードの中で、ブルースが斜め前に一歩跳び、ロックバスターの砲口がその姿を追った。赤いシールドに身を隠したブルースが、連射されるバスターを弾きながら前後左右に動き回った。

 

 斬撃かソニックブームかを読ませない機動から大きく一歩下がった。互いがチップデータの受信を知覚した。ブルースが、まだ熱斗やロックマンでさえはっきりとは分からない僅かな溜めを、足元に作った。

 2人はその僅かな一瞬で、真っ直ぐ前に跳ぶための予備動作だと予想した。だから真っ直ぐに迎撃すると決め、そしてその予想は的中していた。バスターが青い扇風機に変化し、その羽が高速回転を始めた。ブルースが跳んだ。

 

「来た――っ!?」

 

 跳躍の途中でブルースが消え、ロックマンが発生させた木属性の竜巻(コガラシ)は数歩先でヒュウと音を立てるに留まった。

 

(消えた!? もっと速くなったのか!?)

 

 2人がそう思考する間に、ブルースは到達、いや出現した。ただ跳んだはずの姿勢は攻撃の準備を完了していて、赤い刃がロックマンの胴を横薙ぎした。瞬間移動、即時攻撃。跳躍と合算することで射程を伸ばしたフミコミザンの一撃だった。

 

 その威力にロックマンが再び怯むという、コンマ秒先の予想は覆された。今度は、攻撃を受けたロックマンの姿がブルースの視界から消えた。

 

「ブルース、上だ!」

 

 ただ、ブルース以外には見えていた。ロックマンが上方へ瞬間移動し、その手元にチップデータによる手裏剣の生成が起きていた。

 一抱えほどの大きさの手裏剣を3つ、真下のブルースへ投擲し、炎山の呼びかけを受けたブルースの反応はシールドでの防御に間に合わなかった。

 

「ぐっ!?」

 

 1枚目の手裏剣が右腕に突き刺さり、上半身がブレた。

 

「っ! おお……!」

 

 見上げたブルースへ2枚3枚と投げ込まれ、ブルースは呻き、後ずさり、その片膝が折れかけた。

 

変わり身の罠(カワリミ)……! こんなチップまで持っていたのか!)

 

 被弾を阻止できなかった炎山が舌打ちした。こめかみに汗が滲み始めていた。熱斗も、胸や顔がかっと熱くなるのを感じていた。

 

「今だ!」

「これなら!」

 

 着地したロックマンの腕が扇風機に変わった。後ろ跳びしながら羽を回転させると、発生したコガラシがブルースに巻き付いた。

 

「ぐあああああ!」

「ブルース、立て! まだ追撃が来る! ガードしろ、ブルース!」

「させるもんか! いっけーっ!」

 

 ロックマンが大きく右足を下げ、姿を消し――

 

「――はああっ!」

 

 現れると同時に、青い刃でブルースの胴を薙ぎ払った。今度は完全に膝を突かせた。ロックマンはその目の前で回復(リカバリー)チップを使ってダメージを回復し、見下ろす形でバスターを構え、チャージし始めた。

 

 カワリミとコガラシのクリーンヒット、そしてフミコミザンのお返しで、形勢は決まりつつあった。

 

「……炎山さま。オレの――」

「オレの負けです」

 

 ブルースに最後まで言わせず、炎山がジュードに向かって降参宣言をした。また、確認するように見返してきたジュードに向かって頷いた。

 

「勝者、光熱斗!」

 

 ロックマンがバスターを腕に戻し、ため息を吐きながら、前腕で額を拭う動作をした。熱斗がブラックボード前からこちらに向かってサムズアップしているのに気付くと、片腕を高めに上げてのガッツポーズと、瓜二つの笑顔で応えた。

 

 ジョンソンを皮切りに拍手が広がり、少ない出席者ではありえない数の音が広い部屋を満たした。

 いつの間にか、オフィシャル職員のギャラリーが増えていたのだった。




 ちょっと前の前書きで原作6話のボスを3体と書きましたが、ブルースも強制なので4体ですね……
 やっぱりおかしい。

①試合開始の掛け声
 確認したところ、「3」のN1GPでは「イン」まで司会、「4」の各大会では「イン」のみナビでした。後出し側を優先するつもりでいたのですが、選手本人が開始タイミングを取るのはおかしいので、「2」の方を採用しました。

②今回の初手
内訳:
コガラシ
コガラシ
フミコミザン
ラビリング3
カワリミ
リカバリー300
バッドスパイス

 フォルダ内訳はサンダーマン戦と同じです。
 クサムラステージがあってもバッドスパイスが効きづらい相手なので、1枚しかないカワリミを引けたことも含め今回は運が味方していました。
 ブルース相手ならもうちょっと苦戦しても、とも思いましたが、引きがよかったのでこうなりました。

 もう使用予定がないので公開します。

構成:
フミコミザン×5
バッドスパイス3×5
ラビリング3×5
コガラシ×5
リモローソク3×1
エリアスチール×1
クサムラステージ×5
リカバリー(300)×2
カワリミ×1


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47話 電撃戦

 誤字報告ありがとうございます。
 ようやく二日目夜です。帰宅が近づいて来ました。


 拍手といくらかの歓声に熱斗は一瞬だけ戸惑ったが、その一瞬の間に、オフィシャル職員たちの一部が熱斗と炎山をわっと取り囲んだ。彼らは肩や背中を叩いて称賛したり、ネットバトルに関する話を熱心に求めたりしていた。

 賑やかな部屋で、元々座っていた者たちはやや窮屈だったが、落ち着いたもので、ジョンソンが手にしたチリドッグが冷めてしまったことに眉をひそめた程度のものだった。

 ジュードや、何事かと奥から出てきた別のオフィシャル職員たちによって、この騒ぎが収まるまでに、10分近い時間を要した。

 

 落ち着いてから、炎山は自分から熱斗に声をかけに行った。

 

「光。オレはお前の実力を知った気でいたが、認識を改めることにする」

「いきなり何だよ?」

 

 熱斗はもみくちゃにされてズレた額のバンダナを調節し直しながら、顔だけ炎山の方に向けて答えた。

 

「次は負けん、ということだ」

 

 言うだけ言って、炎山は自分の席に戻っていった。それと入れ替わりに、渡が来た。

 

「すみません、流石にここまでになるとは」

 

 渡は、少なくとも申し訳無さそうな顔はしていなかった。

 

「そーゆー問題じゃないだろ」

「でも、楽しかったでしょう?」

「そりゃ……まあな」

 

 納得いかないが、反論もできない。その決まりきらない心情が、そのまま熱斗の表情に出ていた。

 

「じゃ、行きましょうか」

「ああ」

 

 いつものスタイルがバッチリ決まったところで、熱斗と渡は会議場を後にすることにした。入り口の扉の前まで行き、出席者たちに向かって振り返った。

 

「午前だけの出席になりましたが、いい経験になったと思います。ありがとうございました」

「えっと、オレも来てよかったです。ありがとうございました!」

 

 熱斗は特にコメントが思いつかなかったが、それを気にするような者はいなかった。

 

「いつかウチのオフィスにも来いよ!」

 

 挨拶の終わりに、ジョンソンが手をメガホンにして叫び、それから笑った。ジェニファーは手を振って見送り、プライドも控え目にそれに倣った。

 

 その後2人は、秋原町の親友たちが熱斗に頼んでいた土産物を探し、熱斗の頼みでアメロッパが誇るサッカースタジアムの内部を見て回った。

 

 デカオから細かい指定のあったアニメのロボットの模型以外については、渡(と、そこから下請けされたみゆき)のセンスに委ねられ、メイルにはシンプルな金色の指輪、やいとには翡翠のブローチを贈ることになった。

 指輪は似たようなものが土産物屋に沢山あり、恋人へのプレゼントにおすすめのものが欲しいと店員に言って渡が選んだのだが、その時熱斗には聞こえないように話していた。

 

 スタジアムでは熱斗が”昼が軽いサンドイッチでよかった”と言いながら、渡の金を使って売店であれこれ食べ物を買い、運良く当日券の残っていた国内チーム同士の試合を観戦しながら、それを2人で分け合って食べた。

 熱斗は観るよりやる派らしく、どちらのチームにも肩入れせず、スタジアムの雰囲気を味わったり、プロの好プレーに目を輝かせたりしていた。

 

 気がつけば日が傾き、遅い時間になっていた。用事があるのではなかったかと、今になって思い出した熱斗が尋ねたが、大したことではないから大丈夫だと、渡が答えた。

 事実、ラウルにああ言ったのはギャラリーを寄せないためで、実際は狩りでもして時間を潰すつもりだった。

 

 冷めた余り物を大きめの紙箱2つにまとめて持って帰り、それが夕食ということになった。

 また明日と言って互いに部屋へ戻った後、渡はラウルと連絡を取った。危ないからということで、ラウルから迎えに来ることになった。

 

 

……

 

 

 夏真っ盛りではあるが、ここアメロッパは湿度が低い。昼でさえ日が差さない裏通りには、冷たい風が吹いていた。半袖で出てきた渡は、腕に鳥肌が立つのを感じ、肩を上げ下ろしした。

 忘れ物のようにも見える路上のラジカセには、2つのPETがプラグインしていた。片方を持つラウルが、渡を見下ろしていた。もう片方はラジカセに立て掛けられ、さらにそこからコードが伸びた先にあるコントローラーを、渡は握っていた。

 

(β版ネットナビ……なぜそんなものを使っているかは分からないが、見世物になりたくなかったということだろうか)

 

 ラウルは、スティックを倒してベータの挙動を確認する渡の様子を見ていた。10秒もしない内に、渡が振り向いた。

 

「準備OKです。合図はこちらで決めても?」

「ああ、構わない」

「じゃあ……これで」

 

 渡は、スタジアムの物販で買った記念コインを取り出した。ラウルがそれを見て頷いたのを確認し、コインを乗せた親指を上に弾いた。軽い金属音がして、コインは跡切れ跡切れに光を反射しながら打ち上がった。

 それから、静かな路地裏に、コインが落ちる音がした。

 

「サンダーマン!」

 

 ラウルの号令、コインが転がる音、スティックやボタンの控え目な音が同時に鳴った。サンダーマンが後退し、攻防一体の黒雲たちを差し向けた。

 ベータは真っ直ぐサンダーマンに向かって駆け、チャージショットを数発命中させつつ、自身も黒雲の隙間をすり抜けた。

 

「狙いに迷いがない……決め打ってきたか、だが――」

 

 ベータの背後でそれらが消え、前方に再び配置された。ベータの眼前に広がる黒雲全てが、サンダースパークを充填した。

 

「これを忘れてはいないだろうな! 撃て!」

 

 重なって何倍にも大きさになったサンダースパークの発射音、そして一斉射されたそれらを見ても、渡に動揺はなかった。ベータは走るコースをジグザグに曲げて、前進しながら全てを躱し切った。

 

「もちろんです。この通り」

(勝ったかな)

 

 正面のベータを囲い込むようにして、両脇の黒雲が動き出した。だがベータは退くでも曲がるでもなく、密集した黒雲にそのまま突っ込んだ。当然包まれ、ベータの姿は見えなくなった。接触により黒雲全てが放電した。

 

「追い打ちをかけろ、サンダーボルト!」

 

 アップグレードしていないという事情を知らないラウルも、タダでは済むまいと思ったが、油断なく追撃の指示を出した。それに従ってサンダーマンが両腕を上げ――黒雲の中から伸びた光の刃が、肩から脇腹を斬りつけた。

 何が起こったのか、次にどうするかを考えている暇はなかった。2度、3度、4度と斬撃は連続し、4度目でサンダーマンはデリート判定を受けた。黒雲が消え、ベータの姿が露わになった。無傷だった。

 

「移動したわけではない……どういうことだ?」

透明化(インビジブル3)です。残りのソード系チップ4枚で倒しきれなければ、インビジブルの残り時間で雲をかき分けて一旦逃げてましたね」

「すると、先程の攻撃は大剣(ファイターソード)系バトルチップ……いや、バリアブルソードか。ファイタソード系は入手が極めて困難と聞く」

(ほんまやで。まあ投入してるんやけど)

 

 ファイターソード系バトルチップ……ファイターソード、ナイトソード、パラディンソードの三種は、高性能かつシンプルで癖がないため、高級品ながら支持を受けていた。

 

 しかしネットワークのアップグレード後、新たなネットワークで使用可能なものの作り方がわからない状態が続いていた。

 数多くのバトルチップ研究・開発者が新世代ファイターソードを求めたが、未だ安定生産には漕ぎ着けていなかった。

 彼らの努力の副産物として偶然できた僅か数十枚だけが、費用を取り戻すためなどの理由でインターネット上に流れており、入手には見つけ出すだけの手間と引き換えるだけの財力が多大に必要となる状況だった。

 

 ウイルスバスティングが最大の収入源である渡にとっては無視できない存在であり、いち早く入手していた。いずれも決して安い買い物ではなかったが、とっくに元を取っていた。

 

「私たちのことを知っていたとはいえ、見事な戦術の組み立てと勇気、そして技術だ。熱斗とも親しいようだし、きっと切磋琢磨しているのだろうな」

「そうですね。僕がこれだけ強いのも光くんとロックマンのおかげです」

(かつて経験を積み重ねたプレイヤーキャラとして、って意味やけどな)

「熱斗、炎山、そして渡。お前たちのような有望なネットバトラーが、ゴスペルから人々を守るべくニホンでその力を振るってくれるのなら、これほど頼もしいことはない」

 

 ラウルが右手を差し出した。そういえば自分は握手していないのだったか、と渡は思った。

 

「会議から改めてになるが、志を同じくする者として、よろしく頼む」

「……」

 

 渡は自分の手を出す前に、ラウルの顔を見上げた。それは、PETの画面のバックライトに照らされるようにして、そこにあった。

 ゲームのキャラクターが実際にそこにいて、自分を直に見ている感覚。一方的に知っている誰かに出会い、一対一で対面するということがしばらくなかったため、渡がそれを感じるのは久しぶりのことだった。

 

 渡は2度ほどまばたきし、右手を強く握り込んでから開いてから、握手に応じた。ひと回り大きいその手の熱さが、目の前に立つラウルが人間であることを伝えていた。




①今回の渡の使用フォルダ
内訳:
バリアブルソード×5
ファイターソード×5
ナイトソード×5
パラディンソード×5
バリア×5
インビジブル3×5

初手:
インビジブル3
ファイターソード
ファイターソード
パラディンソード
パラディンソード

 ソニックブームで黒雲を貫通する流れが来ると思ったんですが、そんなことはありませんでした。


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48話 電磁戦

 人知れずネットバトルが行われた翌日。

 

 王城を始めとしたアメロッパの町並みは見納め。バスの中、それを惜しむように窓の外を向いたままだった熱斗は、渡に促されてアメロッパ空港前に降り立った。その後もアメロッパの景色をなんとなく眺めた後、ようやく空港へ足を向けた。

 

 行きも別なら、帰りも別。渡と熱斗が持つチケットはそれぞれアメロッパ時間で午前13時過ぎのものだが、同一の便ではなかった。

 搭乗口前にある売店で買ったサンドイッチをさっさ胃に詰め込んだ熱斗は、待合席に座ってぼうっとしている渡に話しかけた。

 

「疲れたか?」

「というか、これから疲れるんじゃないでしょうかね」

 

 きちんと熱斗の顔を見て、渡が返した。瞼は上がっており、眠気は見て取れないが、爽やかな旅立ちという気分ではないだろうことが、平坦な表情と声から伝わった。

 

「もしかして飛行機嫌いとか? 聞いたことなかったけど」

「椅子やベッドに長時間押し込められるのは嫌いな方ですね。いや、大嫌いという程でもないんですが、なにしろ長いフライトですから」

「寝ればいいじゃん」

「椅子で寝づらいたちなんです」

 

 渡は片手で肩をすくめ、サンドイッチを手に持っていることを思い出して、一口食べた。

 

「そういや、ラウルとのネットバトルは済んだんだっけ?」

「勝ちました。隙は見せませんよ」

 

 渡が空いた方の手でサムズアップしてみせると、熱斗は落胆混じりに苦笑した。

 

「ちぇっ、やっぱりダメか」

「それはラウルさんに失礼でしょう」

「いーじゃんこれくらい」

 

 それから2人はロックマンも交えて、短い旅をざっくりと振り返った。

 突然ONBから送られたメールに始まり、渡が振り回すような形で裏通りや宝石店を巡って異国のネットバトラーと対決したこと、本場でのサッカー観戦や市場での土産選びといった観光を楽しんだこと。

 そして、ONB本部たる王城の隠し部屋で、御前試合がごとくギャラリーつきで、炎山とのネットバトルを行ったこと。

 

 話をするにつれ、熱斗の中に寂しさが募った。ここから見えるのはせいぜい滑走路くらいのものであるにも拘らず、ガラス張りの壁へ目を向けた。

 無言の時間が長くならないうちに、熱斗の乗る便の搭乗受付開始のアナウンスを聞いて幾人かの客が立ち上がった。

 

「もう時間ですね」

 

 飛行機に乗らなければと意識を引き戻された熱斗だったが、ふと、ホテルの部屋にでも何かを置いてきてしまっているかのように、こめかみに指を当てた。

 

「あれ、なんか忘れてるような」

「気のせいでしょう。パスポートだって忘れようがありませんし、部屋の中は二人で確認したじゃないですか」

「うーん……まいっか。じゃ、ニホンで」

「ええ、ニホンで」

 

 熱斗が小さく手を上げ、渡が返した。熱斗はそのまま搭乗口へ向かい、短い列に並び、すぐに飛行機へ乗り込んだ。

 

 搭乗口へ視線を向けていた渡は、熱斗の何人か前に、右半分が赤・左半分が黒の奇抜なスーツを見ていた。

 それは巨大財閥・ガウスコンツェルンの会長にしてゴスペル幹部、ガウス・マグネッツ本人であり、これから熱斗を含む乗員を皆殺しにする予定の男だった。

 

 渡はシーッと歯の間から息を吸い、頭を横に振った。

 

(こればっかりはもうどうもならん。かけた保険が機能することを祈るしかないな)

 

 

……

 

 

 飛び立った機は、一見して何の変哲もない旅客機だが、同一のモデルが存在しないワンオフ仕様。座席数が少なくエコノミー座席でもゆったり過ごせるが、反面マニアが記念に乗るのにも苦労を強いられるという代物だった。

 しかし、それ以上に特異なのは、現状で機体と同じく世界に1つしかないプログラム、"ハイパワープログラム"が組み込まれていること。

 

 エネルギーのロスや計算上の情報の損失を抑えながら出力を高めることを可能にするこのプログラムは、ゴスペルがその目的のために必要としているものであった。

 熱斗の動向を掴んだガウスは、組織の邪魔者を排除すると同時に計画を進行させる一石二鳥の手を打つことにした。

 

 離陸からおよそ9時間後。

 旅客機制御コンピュータの電脳世界への攻撃によるハイジャック計画が、既に開始されていた。

 

「高度が上がってきたぞ!」

 

 コクピットで、機長の男が前を向いたまま叫んだ。スロットルレバーを離し、操縦桿を握った。

 

「墜落の危機は、免れたか……」

 

 隣に立ち、PETを握る熱斗が呟いた。

 だが、両者の表情は険しいままであった。

 

 右翼、尾翼、機内気圧、そしてスロットル。機を撃墜せしめんとする、航行機能への致命的な攻撃は、立て続けに、既に4度行われていた。その度に、熱斗とロックマンが機能のバグを取り除いてきたのだった。

 

「機長、あと5分でデンサン空港です」

「よし、着陸態勢に入れ!!」

 

 緊迫した副操縦士と機長の会話に、熱斗はフロントガラスの外を見た。確かに、陸地が見えていた。

 

 最初の不調……もとい攻撃より、既に2時間以上が経過していた。

 コクピットにいる三人は、空調の効いた部屋で全身から嫌な汗をかき、それより後ろでは、自分を含めて乗員を落ち着かせようと、女性キャビンアテンダントがおろおろ歩き回っていた。

 

「まだ、何が起こるかわからん! 油断するなよ!!」

「ラジャー!」

 

 副操縦士の男が、ランディングギアレバーを掴み……その手が止まった。

 

「……機長……」

「どうした!?」

 

 計器を再び確認し、副操縦士が声を絞り出す。

 

「ギア制御プログラムに異常発生! ギアが出ません……」

「何!?」

「ギアって!?」

「タイヤのことだ! ギアが出ないとなると、胴体着陸するしかない」

「胴体着陸!?」

 

 説明されて熱斗にもなんとなく想像がついたが、席に着いた2人の心中には、より深刻な破壊と死のイメージがのしかかっていた。副操縦士の唇が震えた。

 

「つまり、タイヤを出さずに機体を直接地面に下ろすんだよ……」

「失敗すれば……大惨事だ……」

「ロックマン! ギア制御プログラムに行ってくれ! このままじゃ、大変なことになる!」

 

 どのように、などと考えている暇などないことだけは、熱斗にも直感的に理解できた。

 

「わかった! すぐに行くよ!」

 

 ロックマンは、修正を終えたスロットル制御プログラムのある小部屋から離れ、急流のようにナビやウイルスを押し流す磁力がそこかしこで発生している通路へと飛び出した。

 

「熱斗くん、チップデータを!」

 

 進路上にウイルスの群れを見るや、ロックマンが脚を止めぬまま熱斗を呼ぶ。

 トカゲ型ウイルス・マグニッカーは磁力弾(マグネットボム)を放つべくコイル状の角にエネルギーを溜め、電流を纏う衛星型ウイルス・ユラユラはロックマンに向かって蛇行突撃を開始し、円盤型ウイルス・UFOサニーは幾分弾速の遅いラビリング――UFOリングを発射した。

 

「クサムラステージ! バッドスパイス!」

 

 熱斗のコールとともにロックマンの足元から広がりゆく草原、そしてその上に噴き出す胞子が、ウイルス全てを飲み込んで分解した。残るUFOリングをロックマンはワンステップでかわし、通路を走る。

 

 電気属性のウイルスが多いこの飛行機の電脳では、渡から借りて返しそびれたままの対サンダーマンフォルダが、猛威を振るっていた。

 属性上の弱点を突かれるリスクなど機能せず、アクアカスタムスタイルの手数の多さはフォルダの効きと合わさって、このように、ロックマンに触れることさえ許していなかった。

 

(ごめん、渡。後少しだけ、力借りる!)

 

 ダンジョンと化した電脳世界を磁力の流れに乗ってあちらこちらへ遠回りし、飛行機の電脳の中心へ向かったロックマンは、ランディングギア制御プログラムの前に立ちはだかる、赤いネットナビを見つけた。

 そのナビは背が高いだけでなく、両腕には赤い金属の輪が巻かれ、中心が胸を鎧のように覆いつつ両端が背中に向かって伸びるU字磁石が、その体の大きさ・重さを強調していた。

 

「お前が、この事件の犯人か!?」

「まあ、そんなところだな」

 

 ロックマンより一回りも二回りも大きい、紅白のナビは、ロックマンが来たことに驚くでもなく、敵意を剥き出しにするでもなく、ただ質問されたからという風に、堂々と答えた。

 

「なぜ、こんなことをする!」

「冥土の土産に教えてやろう。この飛行機に搭載された、"ハイパワープログラム"をいただきに来たのさ」

「フフフ……もう、既にいただいた後だがね。これで、"究極のナビ"の完成は、確実だ」

 

 熱斗がナビの声に続いてPET越しに聞いた敵オペレータの声は、安定飛行中に機内を探検している時に話した、いかにも人が良さそうで、背筋の真っ直ぐな、初老の男の声だった。

 

「ガウスコンツェルンの会長さん!? アンタみたいな人が、なんで、こんなことをするんだ!」

「いいだろう……教えてやろうじゃないか」

 

 ガウスは語った。

 幼くして家族というものを失い、独りになったこと。誰の助けも得られず、人と社会への憎しみを募らせ、それを原動力に必死で働いて成り上がったこと。

 社会を破壊してリセットすべきと考えていたところでゴスペルにスカウトされ、"究極のナビ"開発プロジェクトのリーダーとなったこと。"究極のナビ"によるネットワーク社会壊滅をもって、ガウスの報復が完了すること。

 

 いくら語っても語り足りぬとばかりにこんこんと語るガウスの様子は、吐き出される言葉の源流には、確かに憎しみが湖のようにでも溜まっているのだろうと、熱斗とロックマンに思わせた。

 

 初老の男の半生は、国語や道徳の教科書で見るような悲惨なものだったが、熱斗には、同情しようという気持ちは湧いてこなかった。

 

 幾度も理不尽に見舞われ、命の危険にさえ晒されてなお、諦めずに状況に立ち向かってきた熱斗は、ガウスが持たない家族や友の存在を支えとしていた。

 諦めない気力の持ち主であることは共通していながら、熱斗は、自分とガウスははっきり違うのだと、今ここで相容れないであろうと、意識より深い心のどこかで、そう思った。

 

 その無意識が、PETを握る手に力を込めさせた。

 

「そんなことは、させないぜ! ロックマン、行くぜ!!」

「うん!!」

 

 今、熱斗とロックマンが、心をひとつにした。




 この作品のことを覚えておられる方がどれだけいらっしゃるのか。
 とりあえず、アンケートはありません。

 お久しぶりです。
 ハーメルンのUIを忘れ手探りで管理画面を動かすようにはなっても、作品のことを忘れたことは片時としてありません。
 3日に2回くらいはラストの展開を妄想してはネタを研いでいました。……ホントです。

 やや唐突な感じでマグネットマン戦が始まりましたが、渡抜きで垂れ流すには飛行機内部の話はあまりに長すぎるため、カットしました。

 ガウスの自分語りも地の文で要約して切り詰めましたが、やはりこれも長すぎるためでした。500字以上の長台詞とかラスボスでもちょっとどうかと思うくらいなので……


~今回の考証(?)~
・機内にて到着予定時刻を「日付変更線を跨いで7時45分」とするアナウンスがある
・午前5時を伝えるアナウンスからマグネットマン戦少し前程度のタイミングに、副操縦士が「あと5ふんでデンサンくうこうです」と発言している
→出発は13時過ぎ、飛行機の電脳での活動時間は2時間オーバー(!?)

・マグネットマン戦前のガウスの台詞には熱斗以外誰も反応していないが、マグネットマン戦後は他の乗客が反応している
→乗客は軽度のパニック状態であり、ガウスの台詞は聞こえていなかった

・ハイパワープログラムは世界に1つしかない
・この機に乗るのが念願だったという飛行機マニアが上記のことをおぼろげに知っている
→この機自体も世界に1つ

・ハイパワープログラムの具体的な効能が語られていない
→ゴスペルの用途や欠けた結果から解釈


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49話 リバーシ

 前回一瞬で感想がついてびっくりしたとともに、気長にお気に入りに入れて待って下さっている方がまだいらっしゃったということで、感謝の念にたえません。
 ありがとうございます。

 あと、アンケート一覧見たら4桁突入してるのがあってこれもびっくりすると同時に、こんなに数字が増えたと感じるまで放置してしまったのだと心が痛みました。


「マグネットマン。デリートして差し上げなさい」

「仰せのままに!」

 

 戦闘開始と同時、マグネットマンの足元からロックマンに向かって青い光のラインが走った。幅1メートル程の着色された直線は引き合う磁力を帯び、その上に立つロックマンは僅かに体が重くなるのを感じた。

 このマグネットパネルと呼称される引き寄せる磁力を帯びた地形は、今、飛行機の電脳でそこかしこに発生しているものであり、それは既知の感覚だった。

 

「熱斗くん!」

「おう!」

 

 ロックマンの足元から広がる草原が、青い光の線を覆い隠していった。同時に胞子も噴き出し、緑と黄色の波紋が広がる。

 

「マグミサイル!」

 

 マグネットマンの足元に、一抱えほどの紅白のU字磁石が連続して2つ生成され、両極をロックマンに向けて地上を滑り、その2つともが胞子の波にぶつかって爆ぜ、それに穴を開けた。

 

「爆弾か!」

「そんなバトルチップで……!」

 

 この時、熱斗とガウスは互いに"攻撃を防がれた"と思っていた。

 

「マグネットライン!」

 

 マグネットマン側でロードされたバトルチップによって、草原の一直線上の草が溶けるようにして消え、その部分が代わりに青い光を放ち始めた。

 バトルチップ等で地形に付与された性質は重複せず、ただちに上書きされる。元来マグネットパネルを前提に戦術を組み立てているガウスは、相手による上書きも考慮して、マグネットラインをフォルダにフル投入していた。

 

 熱斗は続けてもう1枚のバッドスパイス3を送信しようとしていたが、草むらではなくマグネットパネルに立つマグネットマンに対しては胞子が届かない。

 チップデータが送信されないなりにロックマンが自己判断でバスターを連射し始めるが、マグネットマンは怯まずに受け止めながら両手をボールを持つようにして構えた。

 

 初めこそ手の中には何もなかったが、小さく黒い球体が現れ、紫電を纏いながら成長し、バスケットボール大にまで膨れ上がった。

 マグネットマンが片手を振ってそれを投じると、空中をふわふわと浮いて緩やかにロックマンのいる方へと向かい始めた。

 

 熱斗とロックマンは、これに似たものを見たことがあった。マグニッカーのマグネットボムの炸裂が、同じような黒と紫の球体状だった。

 戦いのみならず道中でも磁力に散々手を焼かされた2人には、ゆっくり迫ってくるそれに触れればどうなるか、大体想像がついた。

 

 ロックバスターが球体を傷つけずすり抜けるのを見て、熱斗は対処を即決した。

 

「ロックマン、ギリギリまで引きつけてから避けるんだ!」

「うん!」

 

 マグネットマンは、磁力の球体(マグボール)を放ったままの姿勢で、バスターでHPを削られるがままだが、ロックマンを見据えて微動だにしなかった。

 

「今だ!」

 

 ロックマンがバスターの構えを解き、真下のマグネットパネルが放つ磁力を強引に振り切りながら脚を動かして、マグボールを一歩横に回避しようとした、その時、マグネットマンがニヤリと笑った。

 

「かかったな!」

 

 突如マグボールが軌道を変え、ロックマンに向かって追尾し始めた。

 

「曲がった!?」

「欲をかいたな、光熱斗!」

 

 ガウスは、唸るように低く、快哉を叫んだ。

 マグボールそのもののスピードは依然変わらないものの、一度至近距離まで引きつけてしまい、かつマグネットパネルに引かれてスピードを出しきれない今、誰の目にも回避は不可能と思われた。

 

「くっ!」

 

 ちらと振り向いたロックマンの視界の端で大きくなるマグボールがロックマンに追いつき、弾けるように稲光が散らばった。

 

 そして、ロックマンの姿がマグネットマンの視界から消え、ロックマンのいた場所には、デフォルメされたロックマン人形が放り出された。

 

「何っ!?」

 

 熱斗がクサムラステージよりも前に仕込んだトラップ系バトルチップ、カワリミが作動したのだった。ガウスやマグネットマンが状況を理解するより早く、見上げるような高さで、ロックマンの手から手裏剣がリリースされた。

 

「ぐっ、おおお!」

 

 マグボールの反動で動けなかったマグネットマンに、3枚の手裏剣が立て続けに突き刺さった。ロックバスターの連射を浴びて顔色ひとつ変えなかったマグネットマンも、これには苦悶の声を漏らした。

 

 着地したロックマンは、この隙に、更にマグネットパネルの線から離れ、磁力の影響を感じない場所まで移動した。

 

「逃がすな、マグネットマン!」

「マグネットライン! マグミサイル!」

 

 再びマグネットマンから青い光の線がロックマンへ向かって伸び、草原をその中に溶かし込んでいき、続けてマグミサイルも追いかけるように放たれた。

 

「ロックマン、もう一度草むらの中に!」

「! OK!」

 

 マグミサイルに向かってバスターを構えかけたロックマンだったが、指示を聞いてマグネットパネルから草むらへと移動した。

 マグボールのみならずマグミサイルもまた、今度はラットンのようにはっきりカクッと、向きを変えた。

 そして、これまたふたたび広がり来た胞子の波にぶつかって爆発した。2枚目のバッドスパイス3だった。

 

「おのれ、またしてもそのチップか!」

「よっし、大成功! ロックマン、突撃だ!」

「迎え撃て、マグネットマン!」

 

 バスターを連射しながらロックマンが走り出し、マグネットマンはどっしりとマグボール生成の構えを取った。

 

「図に乗るな! わざわざ距離を縮めて、これを避けられるつもりか!」

 

 マグネットマンの手からマグボールが放たれた。

 

「怯むなロックマン! ギリギリまで引きつけるんだ!」

「うん!」

 

 ロックマンはまだ、直進をやめなかった。熱斗の目測で7メートル、5メートル……僅か1メートル先にまで迫ってきたところで、ロックマンは新たなチップデータを知覚した。

 衝突の瞬間、自分からぶつかって行く形だったロックマンがまたしても消え、しかし今度はマグネットマンの視界を塞ぐようにして、目と鼻の先に現れた。

 そこから振り抜かれた光の斬撃(フミコミザン)が、無防備なマグネットマンの胸をひと薙ぎした。

 

「がああっ! このっ!」

 

 マグネットマンが痛みに耐えながら苦し紛れに腕を振るい、ロックマンが飛び退いてかわした。そこへ、三度(みたび)マグネットラインが展開された。

 

「かわしたな? この間合いだ!」

 

 マグネットライン上のロックマンに対し、マグネットマンは肩から肘にかけてを突き出して、浮遊して突進を始めた。

 同時に、ロックマンを挟んで全く逆の位置に赤ではなく青のマグネットマンが現れ、鏡写しの構えで突進を始めた。

 

「な、なんだ!?」

「NSタックル!!」

 

 熱斗が判断を下す間もなく、2人のマグネットマンの声が重なった。

 

「うわああっ!?」

「ロックマン!!」

 

 ロックマンは咄嗟にかわそうとしたものの、マグネットパネルがそれを許さなかった。2人のマグネットマンによって挟み込むようにして繰り出されたショルダータックルをまともに喰らった。

 これはただでさえ高威力の攻撃だが、アクアカスタムスタイルのロックマンに、電気属性の攻撃はダメージが倍加する。よって、たった一撃で、ロックマンはデリート直前まで追い詰められた。

 

「くうっ……」

 

 足元に働き続ける磁力のせいで吹き飛ぶこともなく、ロックマンはマグネットマンの目の前で蹲るばかりだった。

 青いマグネットマンは消滅し、赤いマグネットマンが"どうだ"と拳を見せて笑みを浮かべてみせた。

 

「こんなのもう一発くらったら……! ロックマン、しっかりしろ!」

 

 マグネットマンがもう一度助走距離を空けて構えを取り、発進し、そして再度青いマグネットマンが出現した。

 

「NSタックル!!」

「ロックマン、真横に跳べ!!」

「っ!」

 

 新たに草原が広がり、2人のマグネットマンは胞子の波をもろに被ったが、それが弱点属性の高威力バトルチップであるにも拘らず、真っ直ぐブレなく衝突した。

 ロックマンはかろうじて、磁力から解放されたことで回避に成功していた。といっても転がり出るような形であり、マグネットマンに有利な状況が続いていた。

 

 ここまでの戦いでなんとなく感じてはいたものの、マグネットマンの頑強さをこれだけ見せつけられて、熱斗は舌を巻いた。

 

「なんてタフなんだ!?」

(いや、かなりのダメージを与えてるはずだ! 落ち着かなきゃ!)

 

 間合いは至近距離から変わらず。マグネットマンがトドメのNSタックルを繰り出そうと後退しようとし……その動きが止まった。

 

「こ、この期に及んで……」

「捕まえたぞ、マグネットマン……!」

 

 ラビリング2のチップで右腕をコイルに変えたロックマンがゆらりと起き上がり、今度は扇風機に変化させてマグネットマンに向け、羽が急速に回転を始めた。マグネットマンの目が見開かれた。

 

「それは……!!」

「いっけーー!!」

 

 木属性の竜巻(コガラシ)がマグネットマンを包み、吹き続く限りHPを削り続け、消え去ると同時にその全てを奪い取った。

 

「う、うおおおおおおお!!」

 

 この戦いで一度として膝をつくことのなかったマグネットマンは、ようやくその輪郭を失い始めた。

 

「ガウス様……申し訳ございません……ゴスペルに、光あれ!」

 

 ゴスペルへの忠誠を最期の言葉として、もはやマグネットマンは意識もなく、体の端から粒子に還元されるのみとなった。

 

「あぁ、私のマグネットマンが!」

 

 完全なデリートまでのロスタイム、残された通信状態で、ガウスの震える声が聞こえてきた。続けて、言葉にならない、怨嗟が満ちた声がした。

 

「おのれ! 私のハイジャック計画が台無しじゃないか!!」

「"私のハイジャック計画"?」

 

 ガウスのPET側から、ガウスとは別の、壮年の男の声がした。

 ガウスと同様、飛行機の中で熱斗が出会った人物、日本昆虫学会員の男だった。

 

 

……

 

 

 ビジネスクラス客室内。

 パニックに包まれた空間で、はっきりと前の席のガウスから間抜けな自白を聞いてようやく我に返った日本昆虫学会員の男は、シートベルトを素早く外して立ち上がると、席の後ろから怒りの形相を覗かせた。

 

「お前が、犯人か!?」

「し、しまったーーー!!」

 

 上を向いてそれを見てしまった驚いた拍子に、ガウスはPETを取り落とした。

 

「この野郎!! とっ捕まえてやる!!」

 

 日本昆虫学会員の男は、そのままずんずんと回り込んで詰め寄り、ガウスの胸ぐらを掴んだ。

 

「お、おいやめろっ! 私を誰だと思っているんだ!!」

 

 男は、そのままガウスを地面にうつ伏せに引き倒して背中を膝で踏みつけ、首根っこを抑えた。

 

「わっぷ!」

 

 ガウスは健康体かつ長身の白人であったが、フィールドワークにおいても現役の日本昆虫学会員の男の体力は、それをものともしなかった。

 

「犯人は捕まえた。着陸次第、オフィシャルに引き渡すよ」

 

 男は、落とされたPETに向かって声をかけながらガウスの両手首を背中側で縛ると、トイレのある機の後方へと連行を始めた。立ち上がったガウスは、すっかり顔を青ざめさせていた。

 

「こっちに来い!!」

「ひいい~」

 

 この騒動に目を引かれたビジネスクラスの乗客たちは皆、呆然としたまま、2人を見送った。




※今回はアンケートがあります。そちらだけご用の方は下へスクロールしてください。

 最初「楽勝ムードでさっと済ませるから戦闘の尺は短めになるし、後半で帰国シーンとか入れて文字数補う感じかな」とか思っていたんですが、チップ配牌のダイス振って戦闘の流れ考えた結果まさかのピンチに。アクアカスタムスタイルにしたことがめちゃくちゃ効きました。
 実際のプレイでも(特別な対策とかプリズムコンボとかしない限り)強敵なだけあって意地を見せてくれたものだと感じ入るばかりです。

~今回の考証~
・コクピットから機内放送で「ガウスを止めろ」って言えばよかったんじゃ……
→余計に混乱を招いて危険であるという判断と考えられる
・一撃でデリート寸前
→NSタックルの威力は200、この時点でロックマンのHPは500程度。他の攻撃は電気属性で威力50なのもあり、アクアスタイルだと一撃でデリート寸前。このNSタックルはV1ナビにおける最高火力で、2位がカットマンのサプライズチョッキンやブルースのワイドソード等の100ダメージであることを考えると途轍もない威力
・日本昆虫学会のおじさんが強すぎる
→一人で拘束しているのと会話の流れを考えると大体こういう感じになってしまう


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50話 漸く憩う

 やっと帰国、終盤に差し掛かりました。早くタグに「進捗:ゴスペル死亡」って書きたい気持ちです。
 マグネットマン編(「2」6話)がエレキマン編(「1」6話)相当なのを考えると、あちらが15話終了、こちらが(「2」のみで数えて)24話終了と、かなり開きがあります。原作5話(アメロッパ編)だけで8話も使ってるのがやっぱりおかしい……


 ニホン時間にして午前8時半前、デンサン空港の待合スペース。

 浅く腰掛け背もたれに体を預けてぐったりしている熱斗の姿を見つけた渡は、ゆっくりと息を吐いてから近づき、声をかけ、熱斗の汗が滲んだ顔を見て眉をひそめた。

 

「光くん……大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。よっ、と」

 

 熱斗は、肘置きに手をついて立ち上がり、リュックサックを背負って、目線で先を促した。

 

「ほら、行こうぜ」

 

 列に並んで入国手続きを順繰りに済ませながら、渡は、機内で何があったのかを、熱斗から聞き出した。

 機内で昆虫学者と話したり、ミュージシャンに頼み込んで機内サービスのウイスキーを譲ってもらったこと、それを使って毒蜘蛛騒ぎを解決したこと、そしてマグネットマンのこと。

 何も問題はなさそうだと聞き流していたところ、マグネットマンとの戦いでロックマンがピンチに陥ったと聞かされて、今度は渡が肝を冷やす番だった。

 

「そうだ、これ」

 

 話の流れで思い出したと、熱斗がリュックからチップフォルダを取り出して差し出した。渡が対サンダーマン用にという名目で貸し出した、対マグネットマン用に構築したフォルダだった。

 空港を出る時まで、渡が返せと催促しなかったのは、これが熱斗の勝率を詰めるためのキーだからだった。

 

「これがなきゃどうなってたか……ホント、ありがとな」

 

 感慨深そうに手の中のフォルダをしげしげと眺めてから、熱斗はそれを手渡した。

 

「いえいえ。なんであれお役に立てたようで何よりです」

 

 一見いつものように返事をしながらも、渡の心中は、真冬に窓を割られて寒風がごうと吹き込むかのようだった。

 

(……マジで? アクアスタイルやった(だった)から? 保証されてるのは勝つことであって、楽勝かどうかは関係ないとか? いや)

 

 要因整理やメタ思考による考察を行おうとした自分に気付いた渡は、それを振り払い、歩きながら、フォルダを自分の肩掛け鞄にしまった。

 

(今考えることやないな。そういうこともあるってだけ覚えとこ)

 

 渡は機内であまり眠れなかったための眠気をこらえ、親指の関節で眉間を押した。

 

「それで、ハイパワープログラムはどうなったんですか?」

「さあ……PETもオフィシャルの人が持っていったみたいだし、オフィシャルが返すんじゃない?」

「なるほど。なら心配は要らなさそうですね。光くんは秋原町のみんなにお土産を渡して帰るんでしたっけ」

「ああ。渡は……あれ、お土産買ってたっけ?」

「いや、何も。レストランで貰った分だけですね。家族で食べます」

「そっか。じゃあ駅までだな」

「そうですね」

 

 空港出口すぐのメトロライン駅で、2人は別れることになった。

 

「じゃ、また。寝過ごすんじゃねーぞ」

「ええ、また。熱斗くんも、ゆっくり休んでくださいね」

 

 

……

 

 

 夏休み真っ盛りとはいえ、午前8時過ぎ9時前となるとメトロラインはそれなりに社会人が座っているものだった。

 デンサン空港から乗り換えを繰り返した渡は、やはり座って寝るわけにもいかず、やっとの思いで、自転車で自宅まで乗り付けた。

 

「ただいまー」

「おかえりなさーい」

 

 母の声がしたリビングを横切って自分の部屋へ着替えを取りに行き、戻ってはレストランの土産を冷蔵庫に、洗濯物を洗濯カゴに放り込んで、浴室の扉を開けた。

 

「朝ご飯もう食べた?」

「んーん、めっちゃ眠いからいらん」

「はーい」

 

 シャワーで汗を流し、日課の浴室内トレーニングもせずにすぐに出て、渡は自室のベッドの上に倒れ込んだ。

 ベッドの上でのたくって頭を枕のある方へ向けたところで、机の上に出した黒いPETがピピッと鳴った。

 

「……」

 

 何と返事をしようか迷ったが、渡は、血行がよくなってすぐには寝付けそうにないと感じたので、充電ケーブルを挿したままPETを取り、再び寝転んだ。

 

「寝るまでの少しだけですよ。余裕があれば喜んで長話するんですけど、流石に疲れているので」

 

 画面の中では、アイリスが薄紅色調のベッドに腰掛けていた。自分の目を見る渡をそっと、いつものような伏し目気味の表情で見返して、それから口を開いた。

 

「あなたは……大丈夫?」

「それなりに疲れてますね」

「……ううん」

 

 考えるのも面倒だとばかりにノータイムで返答した渡だったが、アイリスはふるふると静かに首を横に振った。

 

「空港で、話していたこと。"心配"じゃ……なかったの?」

「あー……そうですね。そこはあんまり大丈夫じゃなかったですね」

「……」

 

 得心の行った渡が返答すると、アイリスは押し黙った。

 

「どうしてそんなことを?」

「ホテルで、話した時と……様子が違ったから」

「違った? どんな風に?」

「あの時も疲れていたけれど……なんとなく、今と違って見えたの。それで、光くんと関係あるのかと思って……」

「関係はありますね」

 

 気だるさから無表情のまま、渡が寝返りを打った。

 

「僕が現場にいれば、直接助けることだってできたはずで、それができずに光くんに任せっきりだったわけで、歯がゆかったというか」

「"歯がゆかった"……?」

「ああ、えーと……」

 

 渡は、その感情をどう説明したものかと、疲労の重しで蓋をされた頭で思案した。

 

「そうだ。もしも光くんが力及ばず、ガウス・マグネッツに負けていたら。飛行機は落ちて、光くんを含めて、大勢の人が死んだでしょう。で、僕がいて手伝うことができれば、それは避けられたかもしれないわけです」

 

 目を閉じて空想して語る渡を、アイリスが見ていた。

 

「でも、実際にはそうじゃなかったから、死んだんだと。そうしたら、僕はきっとものすごく嫌な思いをしたでしょう。"どうして僕はあそこにいなかったんだ"とか、"僕さえいればみんな助かったのに"とか」

「……うん」

 

 言い切り、渡の目の奥の奥が揺れるのを感じたところで、アイリスが返事をした。

 

(おーっと、疲れすぎか?)

 

 渡は、空港でしたように、親指を曲げて骨で眉間をぐりぐりと押さえた。

 

「やりたいことがあるのに、できない。手が届かない。"歯がゆい"というのはそういう気持ちです。こうして考えると、心配するのとは密接な関係にある概念ですね」

「じゃあ……それも、"優しさ"なの……?」

「……!」

 

 ぼうっと半目を開けるのがリアクションとして限界だったが、渡は確かに驚いていた。関心したことを伝えようと、頭を上下に動かした。

 

「確かに、そうですね」

「"優しさ"は、他の誰かに向けるもの。誰かを助けたいと思うこと……」

「そう、いつだったかにそんな風に言いましたっけ。よく覚えてましたね」

「……」

 

 もはや渡は眠気が限界に達し、自分では表情筋の変化を知覚できていなかったが、目を閉じたまま、口元を緩めていた。

 そして、それを見たアイリスが戸惑うように瞳を揺らしたのも、渡の目が閉ざされているのに無意識に顔を僅かにそらしたのも、見えていなかった。

 

「すみません、いい感じに眠くなってきたので、そろそろ勘弁してください」

「……うん。おやすみなさい、渡……くん」

「はい、おやすみなさい、アイリスさん」

 

 渡は、PETのディスプレイ電源を切って机の上に伏せて置き、自身もまた、スイッチを切るようにして布団の中で意識を手放した。




 今回はアンケートを設置していますが、漏れ確認や統計取りの意味合いであり、決定版ではありません。「このキャラに入れたいんだけどいなくない?」と思った場合は感想でのご指摘をお願いします。
 ※今回、秋原町組・大園姉妹・ミリオネア・チロルは除外となります。除外基準に関しては14話あとがきをご参照ください。

 2人きりならとりあえず余った字数に差し込めるアイリスパートの便利さを噛み締めています。


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51話 天罰

 旅客機ハイジャック事件より数日後、ニホンオフィシャルセンターの会議室。

 2人の科学者が話し込んでいると、突如として部屋そのものを含めたありとあらゆるものが揺れ始めた。

 卓上のカップは飲み口からコーヒーを吐き出し、少し遠くのロッカーも、中で誰かが暴れているかのように、バンバンとやかましく騒いだ。2人の男たちも、襲い来た震動によろめいた。

 

「地震だ!! デカいぞ!」

 

 白衣を着た色白の男が、1歩2歩とよろけながら、声を上ずらせた。もう一人は連日の激務による疲れからか踏みとどまれず、床の上に転がった。

 揺れは4、5秒ほどでピークを過ぎて収まっていき、ほどなくして静かになった。

 

「大丈夫か?」

 

 転倒した男、光祐一朗が、頭を抑えながらも、話し相手の顔色を確かめながら言った。取り乱したのは一瞬のことだったので、白衣の男は、平気だと小さく頷いた。

 

「ええ、ビックリしましたけどね。地震なんて久しぶりですから」

「おかしいな……ニホンの地震は、環境維持システムによって抑えられているはず――」

 

 祐一朗が言い終わるのを待っていたかのように、備え付けのスピーカーからアラートが鳴り始めた。

 立っている白衣の男だけが、会議室の壁に埋め込まれた大型モニタに表示されたものに気付いた。祐一朗はまだ、ゆっくり起き上がろうとしたばかりだった。

 

「緊急警報です!」

「読んでくれ!」

「アジーナ国、並びにアメロッパ国において大規模な災害が起きている模様、アジーナは大洪水、アメロッパは強力な紫外線による被害です!!」

「なんだって?」

 

 立ち上がり、自分の目でも緊急警報の内容を確認したが、祐一朗は続きの言葉を変えようとは考えられなかった。

 

「おかしい!! そんなはずはない!!」

 

 二言目は、半ば吠えるようにして放たれた。

 通常、災害の発生などというものは、世界各国に存在する環境維持システムたちがそれを許さない。

 一時のトラブルで、どこかで地震や台風といった自然災害が起きることはあるが、このように同時多発的に大規模災害が起こるなどということはなかった。

 祐一朗自身、環境維持システムに何かあればトラブルシューティングを行う立場であるからこそ、このようなことはありえないと首を横に振った。

 

「被害状況、悪化していきます!!」

 

 2人の目の前で、状況を示す表示は目まぐるしく更新され、白衣の男は、一瞬視界がぼやけるのを感じた。

 

 再び、会議室全体が揺れた。2人は壁に手をついた。

 

「くっ!! 一体、何が起ころうとしているんだ?」

 

 床と壁から伝わる力に耐えながら、祐一朗は胸をざわつかせていた。

 

 

……

 

 

 電脳世界、ゴスペル本部。

 

 そこは、黒と赤が最近のウラインターネット深部を思わせる、長方形の大広間のような空間だった。しかし、その最奥だけは本来の様相と異なり、白・黄・赤・青と色とりどりの明滅する氷で埋め尽くされていた。

 

 今、ゴスペル本部にいるのは、その氷の山の前に立っている、自身も肩や腕から氷柱を生やした長身の青白いナビ、ゴスペル最高司令官・フリーズマン、ただ一人だけだった。

 インターネット全体を攻撃することで環境維持システムまでダメージを与え、これまで抑え込まれてきた自然の力を暴走させることで現実世界の全てを破壊するという"文明破壊作戦"。それがフリーズマンの任務だった。

 そのためにフリーズマンは、通常の方法では破壊できない氷で本部の入り口をも塞いでまで、ゴスペル本部に閉じこもっていた。

 

 そこへ、ニホンで本日2度目の地震が収まったほんの数分後、誰もやってこないはずのこのエリアに、一体のヒールナビが足を踏み入れた。

 

 ウラで最もポピュラーな戦闘用カスタムナビ"ヒールナビ"は、ゴスペル構成員でも多くが、とりわけ戦闘員はほぼ全てが、利用しているものであった。

 また、ゴスペル構成員の証さえあれば、ゴスペル本部へのセキュリティドアを自由に通過できた。

 よって、ヒールナビがここへ現れることは、何ら不自然なことではなかったが、それは氷が道を塞いでいなければの話であり、フリーズマンは、ヒールナビへ訝しげな視線を向けた。

 

「何者だ?」

「……」

 

 ヒールナビは何も答えず、ただフリーズマンのいる方へと歩き続けた。

 

 ゴスペルにおいて上下関係は絶対。最高司令官たるフリーズマンの問いに"答えられない"ならまだしも"答えない"というのは、その場で罰を下されてしかるべきことだった。

 

「もう一度だけチャンスをやろう。何者か、答えるがいい」

 

 フリーズマンはエリア中に冷気と満ちさせ、足元から広がる凍結床(アイスパネル)をもって、ヒールナビへの威嚇とした。

 

 ヒールナビは何も答えず、ただフリーズマンのいる方へと歩き続けた。そして、その足がアイスパネルの直前に差し掛かると、ピタリと止まった。凍結の波紋はヒールナビの足元を過ぎ、床面は全てアイスパネルで満たされた。

 

 水属性を持たない者が一歩踏み出せば、アイスパネルの続く限り止まることはできないという、アイスパネルの作用は、一方で自由に動ける水属性のウイルスやナビが一方的に狙い撃ちにできるという、機動力の差を生むものである。

 無論、フリーズマンは水属性のナビであり、マグネットラインで戦いを有利に進めるマグネットマン同様、この状態での戦いこそがフリーズマンの本領だった。

 

 大剣(ファイターソード)でさえ攻撃はできないこの距離で、ヒールナビが右拳を振りかぶった。

 ただ一度ストレートパンチが虚空を打つ瞬間、その拳が体躯ほどある金の拳(ゴールドフィスト)に変化し、更にそれがいくつにも増え、ロボットアニメのロケットパンチのようにして飛んだ。

 

「!?」

 

 一発一発が1メートルを越えるロケットパンチの連打を前にしたフリーズマンの視界は、赤信号の車道で、()()()()の時間帯に、車の来る方を見ているような有様であり、反射的に防御を選択させた。

 フリーズマンが膝を曲げ腰を落としてガードの姿勢を取ると、全身を覆う氷のバリアが現れた。

 不測の事態で咄嗟に選択する程度には信を置いている防御手段だが、果たしてゴールドフィストを受け止めると、それはあっけなく砕け散った。

 

「がっ」

 

 破られざまに一撃。強烈な衝撃で、フリーズマンが押し飛ばされた。バリアの破片が舞い散る中、さらに後続の拳が迫っていた。放射状に繰り出された人間大の拳が、残り8発。

 

「バカな……!」

 

 バトルチップ・ゴールドフィストは、目の前にブレイク性能のあるパンチを放つだけのチップだが、バリアブルソードのような"技"が隠されている。

 必殺の拳の威力を真に引き出すには、素早く、そして寸分の狂いなく、ナビ自身のエネルギーを拳へと注ぎ、そして打ち出す必要がある。

 バリアブルソードを変幻自在と使いこなせる者がごく限られているのと同様に、フィスト系バトルチップの極意を会得している者もまた、ごく限られているが、このヒールナビには、それができた。

 

 バリアの再展開もできなければ、フリーズマン自身、追い詰めるような遠距離範囲攻撃に特化しているために、攻撃による破壊も間に合わなかった。

 回避を試みたフリーズマンを、2発目の拳が胴の横に触れて撥ね飛ばし、その先へ飛来した3発目の拳が上半身を打ち据えた。

 

 残り6発のコースを外した拳はエリア奥の氷の山にぶつかり、そちらには傷一つつけられないまま消滅したが、その中に混じるようにして、ヒールナビがアイスパネルの上を滑っていた。

 仕方なくそうなっているのではなく、いかにも明確な目的を持って前進しているという風に堂々と、落着したフリーズマンへ向かっていた。フリーズマンが起き上がるより先にその体を踏みつけることでブレーキを掛け、急停止した。

 

 この距離なら大氷柱(アイスタワー)で刺し貫ける、とフリーズマンが見上げた先で、ヒールナビは、空手の下段突きのように、地を見据え、天へ肘を引いていた。

 

「アイスタワー!!」

 

 仰向けのフリーズマンの周囲の地面から、これまた人間大の氷柱が急速に生え、ヒールナビを刺し貫いた。拳は振り下ろされず、ヒールナビは串刺しになって持ち上がった。

 

「逃げられんぞ……!」

 

 フリーズマンがニヤリと笑い、追撃にと2本目のアイスタワーを発生させるより早く、串刺しのヒールナビは、デフォルメされたヒールナビ人形になった。

 

「!!」

 

 察して見上げるフリーズマンの腕や脚を制するように、立ち上がらせまいとするように、3枚の大きな手裏剣が打ち込まれた。

 続けて、フリーズマンの直上、空中で手裏剣を投げ終えたヒールナビが、今度こそ下段突きを放とうと肘を引いた。

 

「ハハ、ハハハハハハ……!」

 

 金色の流星群が立て続けに9つの破壊音を轟かせ、フリーズマンの哄笑はその中に(うず)もれて終わった。

 時を同じくして、世界中で起きていた自然災害は、急速に収束を始めた。




 フリーズマンが笑っていた理由は以下です。
1.自分がデリートされても環境維持システムのダメージはそのままで、どちらにせよ世界は終わると思っているから(※実際は問題なく正常化する)
2.何もかもいきなりのことで思考が追いついていないから

 "必殺の拳"はフィスト系のチップ説明文より。
 バリアブルソードと違ってコマンドが単一であること、説明文通りの強さはコマンドあってこそと考えられることから、コマンド入力の原理はバリアブルソードと別にしました。
 それで、よくある格闘マンガ的設定として"気"的なものを制御して技を出すイメージにすればしっくり来そうだということで、このような設定になりました。
 フィスト系は「2」のみですが、コマンドあり拳チップ自体はまだあるので、そちらも同じ原理になるかと思います。

 本当はゴールドフィストで削ってエレキソードでトドメみたいな流れを想定していたのですが、引きが偏りました。
 タイトルの"天罰"も電気属性攻撃という部分に合わせて決めていたのですが、本文書いてみたら星が降ったのでそのままにしました。

 原作ではインターネット上の移動の手間がものすごいため、熱斗が(プレイヤーの都合で)アメロッパとニホンを往復しまくるのですが、そうすると何日かかるのやらというのと、一応アメロッパに行かずにフリーズマン撃破まで行けるため、アメロッパには行っていないものと考えています。
 関係ありませんでしたが……


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52話 事後報告

 世界各地を襲った災害が、早足の通り雨のように消えていった、すぐ後。

 渡の机の上、PETのディスプレイの中で、ヒールナビがベータへと姿を変えた。かつてダーク・ミヤビから金で買った偽装技術による変装を解いたのだった。

 

(死人を出しまくる相手ばっかりは見過ごせへん。多少後が怖いけど、待ち伏せて即行で叩いといた。スムーズにガサ入れできるよう、コトブキスクエアにあったゴスペル本部のドアは開けっぱにしといたから、あとは……)

 

 渡はPETを操作し、オート電話を発信した。3、4回ほどコール音がしてから、受け手の出る音がした。

 

『もしもし?』

 

 受信側からは、熱斗の声がした。

 

「もしもし、七代です。少し話せますか?」

『ああ。もしかして、地震のことか? こっちは大丈夫だぜ。インターネットがおかしかったとかっていうのも、すぐ直ったみたいだし』

「その辺もそうなんですが、ちょっとゴスペル絡みの話で。今、周りに人は?」

『!』

 

 数拍の無音の間に、渡自身も、階下の両親のことを思った。リビングのテレビに映されているらしいバラエティ番組の音声が、不明瞭に聞こえていた。

 

『1階にママがいるけど、大丈夫』

「わかりました。じゃあ、落ち着いて聞いてください。先程の地震ですが――」

 

 渡は、フリーズマンとその企みごとについて、そしてその作戦を食い止めたことについて話した。

 至って真剣な語り口ではあったが、ゴスペルがもたらし得た被害の甚大さに神経を尖らせていたというよりは、突拍子もない話を受け入れられるかどうかを心配していた。

 

「一番大事な点は、電脳世界上でのゴスペル本部はコトブキスクエアにあったということです。僕がオフィシャルにそう言ったところで、信じてもらうどころか怪しまれそうなので、光くんのお父さん(づて)にでも、どうにかこの情報を伝えて欲しいんです」

『そんなこと言われたって……』

 

 急な頼みに、渡の想像通り、熱斗の声には困惑の色がにわかに滲んだが、熱斗は熱斗で、答えに窮している間に、別な疑問に思い当たった。

 

『っていうか、どうやって調べたんだよ? ゴスペルの本部の話なんて、これまで一言もしてなかっただろ?』

「説明できるものならオフィシャルにしてるんですよ。急を要する話で、かつ、事情の説明のしようがないから、こうしてお願いしてるんです。"夢で見たから庭を掘ったら埋蔵金が出てきた"みたいな話をして、大人が信じると思いますか?」

『そりゃ、思わないけどさ』

 

 熱斗は、自分は違うだろう、と口を尖らせた。

 

『ホントに夢で見たのかよ?』

「僕としてはそうとしか言えないんですよ。ですから、どうかお願いできませんか? オフィシャルの動き出しはなるべく早くしないといけないでしょう。災害作戦を止められたゴスペルが次に何をしてくるかだって、分かったものではないわけですし」

『……分かったよ、パパに電話してみる』

「よかった、ありがとうございます」

 

 PETを机の上に置いたまま、渡は椅子の背もたれと肘掛けに体を預け、鼻から息を吐いた。

 

『でも、それでダメだったらどうすんだ?』

「光くんのお父さんは光くんの言うことを無視できませんし、ニホンオフィシャルや科学省の人たちは光くんのお父さんの言うことを無視できませんから、きっと大丈夫です」

『そんなにうまくいくかな? 確かにパパはすごいけど、オレが言ったから信じてもらえるかだって……』

「いくんです。まあ、ダメだったとして、これ以上できることがないのも事実なんですが、そもそもオフィシャルの仕事ですからね。できないことを考えても仕方ないということで」

『なんか気が抜けるなぁ……それじゃ、すぐ電話してみる』

「はい。メール送っておくので、他にも何か訊かれるようならそれを転送してください。頼みましたよ」

 

 手を伸ばして通話を切り、続けて、予め用意したメールを送信して、渡は力なく首を横に傾け、ぼんやりとPCのモニターを見た。

 

(ここ何日かずーっと家で地震待ちしてたのが、一気に暇になったな……お父さんの美術品のことあるから耐震めっちゃ力入れてて、地震で物落ちたり倒れたりしてへんくて片付けもいらんし。あー……)

 

 

……

 

 

 デンサンシティ、骨董屋前。

 家のことからこの店のことを連想した渡は、物的被害はなかろうかと、なんとなく気になって、様子を見に来ていた。

 

(お、開けてる)

 

 道中で見かける飲食店やコンビニなどはいずれも通常営業だったため、恐らく大丈夫だろうと思っていた渡は、大事はなさそうだと判断して、ドアのガラス越しにざっと中を確認して帰ろうかと思った。

 そうして一歩近付いたところで、いつもどおりカウンターに座っているみゆきと目が合った。

 

「……」

 

 声も聞こえなければ、口元も動いておらず、互いに完全に無言だった。

 何かしろともするなとも言われたわけではなかったが、あまり行儀のよくないことをしているところを見られたという後ろめたさからか、それとも何か別の力が働いてのことか、渡はドアの前から退けなくなった。

 今立っている場所を元の道と切り離されたかのように感じながら、渡は、みゆきがゆっくりと目を細めるのを見て、観念して店内に入った。

 

「いらっしゃい……」

「はい、こんにちは」

 

 渡は改めて堂々と店内を見回し、焼き物だの古い本だのに異常がないのを確認した。

 

「地震でひょっとして、と思って来たんですが、何事もないようでよかったです」

「……ありがとう。あなたの家は……?」

「そういう趣味のある金持ちの家ですから。片付けの手間もなくて助かってます」

「……そう。今、お茶を用意するから……好きに寛いでいて」

「いや別に、おかまいなく、って……」

 

 渡がそう言うのを気にも留めず、みゆきは2階へ上がっていった。

 

(意味わかってへんのか?)

 

 仕方なく、カウンター横、畳間に腰掛けて待っていると、戻ってきたみゆきが湯呑を2つ置いた。

 

「ありがとうございます」

(冷えた麦茶はありがたいけれども、特に話題とかもうないで)

 

 どうしたものかと思って渡が湯呑を傾けていると、みゆきの視線がちらと腰の方、肩掛け鞄へ向いたのに気がついた。アイリスのことだろうか、と思った。

 

「もしかして、PETが何か?」

「……」

「……あっ」

 

 そうだと答えないみゆきの反応を見て、渡は、アメロッパで土産物の相談をしたことを思い出し、ここへ来たことに対する後悔が少し強まった。

 

「えーと、特にお土産は買ってなくて……相談しておいて、すいません」

「……いえ、いいの。旅の話を聞かせてくれれば……」

 

 みゆきの表情は読めなかった。

 

(意外と図太いというか踏み込んでくんな……まあ、他に何かする気分でもなし。ちょうどええか)

「わかりました、それでよければ。といっても、元々オフィシャルの呼び出しなので、部外秘なところもありますが」

 

 

……

 

 

 口数の少ないみゆきを相手に、渡は、都度都度麦茶で口の中を流しつつ、アメロッパでの一部始終を語って聞かせた。

 

 地震の影響があるのか客も来ず、話す中で肩の力も抜けてきたので、渡は靴を脱いで畳間に上がり、壁にもたれて脚を投げ出して座っていた。

 みゆきも、カウンターの前から少しずれて、渡の真正面に、そのさらに後には渡の横に、座っていた。

 

 2泊3日の旅の終わり、空港で熱斗と別れた後、そのまま帰って眠りこけたのだと話を締めくくると、しかしみゆきは何も言わないままで、暫しの沈黙が訪れた。

 

「……もう話のネタはないですね」

 

 気まずさを紛らわせがてら、渡が念押しして反応を引き出そうとすると、みゆきは目だけを俯かせた。

 

「……羨ましいわ」

「?」

「……その、熱斗って子……とても仲のいい、気の置けない友達と、旅行に行けることが、羨ましくて」

「ああー……なんとなく分かります」

 

 何度目かに空になった湯呑を盆の上に置き、渡は頷いた。

 

「僕も、友達らしい友達ができたのは、結構最近の方ですからね。昔から兄のように面倒を見てくれた人は、よく一緒にご飯を食べに行ったりしたんですが」

(今はおらんけど)

「……」

「……どうしました?」

 

 同調して身の上を語る渡の顔を、みゆきが、ただ黙ってじっと見つめていた。

 

「……」

「……えっと、今度どこか遊びに行きます?」

「……!! ええ。是非、お願いするわ……七代くん」

 

 わかりやすく目を輝かせ、そっと自分の手を渡の手に乗せるみゆきを見て、渡は、やはり来るべきではなかったとも、来て話をしておいてよかったとも、相反する気持ちを抱いた。

 

(まあ、何にしても目先のゴスペル壊滅が済んでからやな。羽根を伸ばすのは「3」までのインターバルに入ってからや)

 

 帰り道、渡はこのことは絶対父には話すまいと心に決めた。

 




~渡の追加一問一答(オフィシャル向け)~
Q1.どうやってゴスペル本部に入った?
A1.特に障害となるものはなかった
   (セキュリティドアはあったがベータの障害にはならない)

Q2.インターネット上に発生した氷はどうした?
A2.手持ちのデータでワクチンを作れたのでそれで破壊した
   (事前に準備をしていないとは言っていない)

Q3.どこでゴスペル本部の場所や計画の内容を知った?
A3.回答不可
   (全て前世の知識を頼みにした行動であり、今生でゴスペルがどこに本部を作ってどういう計画を練っていたかなどを調べたわけではない)


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53話 ディシジョン

 短いと思って次のキリのいいところまで書き足すと長くなりました。
 あさましく分割しようとしましたが無理だったのでそのままです。


 電脳世界上のゴスペル本部が、コトブキ町敷設のコトブキスクエアにあるという情報は、すぐにニホンオフィシャルの手で検証がなされた。

 

 開け放された会員制エリアのセキュリティドアの先へニホンオフィシャルのナビが突入した頃には、そこは既にもぬけの殻だったが、通常のスクエアとしては異様な内装、そして奥の壁一面を覆う巨大な(ゴスペル)の紋章があった。

 コトブキスクエア自体、不審なナビの出入りが度々報告されていたこともあり、この情報は事実として組織内で共有された。

 

 情報源の渡については怪しむ声もあったが、祐一朗の信用や熱斗のWWW壊滅の実績などから、追求する必要はないだろうとされた。

 

 現実世界での捜査も行われた。

 コトブキ町は、メトロラインの開通も完了していないような、新開発の都市であったが、その成り立ちの段階からゴスペルの手が及んでいたことがわかった。

 スクエアサーバー上にゴスペル本部を隠しておけたのは、行政やインフラ整備業者・技術者に、ゴスペルの息がかかった者がいたからだった。

 コトブキスクエアに存在する、バグの欠片を危険物として景品と引き換える交換所も、実際はゴスペルがバグ融合に使用するために敷いていた集積経路の1つだった。

 

 無論、そのような者たちはすぐさま追跡・逮捕されたが、いずれもわずかな役割・権限だけを与えられた構成員に過ぎず、オフィシャルが持っている以上の情報など何一つ持ってはいなかった。

 

 それからも、ゴスペル本部、そしてコトブキスクエアサーバーを逆さに振るような勢いで、捜査は進められたが、ゴスペルに関する手がかりは見つからなかった。

 

 一方の科学省その他の機関の調査では、仮に環境維持システムが回復しなかった場合の被害として、まさに地上の文明の継続が困難になる程度であることが試算されていた。

 調査結果とゴスペル本部がまっさらであることと合わせて、オフィシャルは、さしものゴスペルも大打撃を受け、その活動の勢いは衰えて行くであろうと予測していた。

 

 

……

 

 

『――この通り、オフィシャルは公式にゴスペルによるネット犯罪は収束していく見込みであると発表しており……』

 

 情報はメディアにも伝わり、テレビニュースでも、ゴスペル壊滅の報が見られるようになった。

 渡の自室のモニタに映るウィンドウの1つにそのニュースの映像が流れ、音声だけを聞きながら、渡は無感動にコントローラを操作していた。

 

(してへんしてへん)

 

 テレビ番組ではなく、PETの映像出力を取り込んでいるウィンドウの中で、ベータの操るバリアブルソードが閃き、3つの光刃がウイルスの群れを薙ぎ払った。

 ベータは特に目的地もなく、ウラインターネットを駆けずり回り、目についたウイルスを残さずデリートしていた。

 

(コトブキ町の電磁波騒ぎが起きて避難が始まるのが多分、今日。調査のために国が急遽電磁波対策を準備するのにもう2日くらい。その辺りでゴスペルの大陽動作戦が始まって、3日後にコトブキ町に突入してラスボス戦……)

 

 野生ではなく飼いならされたウイルスの一団が背後に現れ、そのうち2匹と飼い主のヒールナビはベータのパラディンソードの横一閃で斬り飛ばされデータの粒子となり、袈裟懸けのもう一振りで残り1体も両断された。

 

(本来はオフィシャルこそ災害で大打撃を受けて戦力を喪失して、ゴスペルよりずっとピンチになる予定やった。そこをどうにかしてもうた今、現実世界の本拠地にはニホンオフィシャルから戦力をドバドバ投入して、熱斗が行く理由がなくなる可能性もある)

 

 飛来する緑色の丸鋸をかわして黄金のラッシュを放ち、小型宇宙船(ヨーシップ)を撃墜、炎上するローブ(デスファイア)を押し潰し、それらの影に隠れていた子犬(ラッシュ)を見つけて追いかける。

 

(できれば展開は変わって欲しくないし、どうにかして熱斗は押し込んでいきたいところや。避難が始まったらコトブキスクエアに張ってオフィシャルがどんだけ動いてるか確認、終盤展開通りにロックマンが来ればよし、来なければ……無理するしかないな)

 

 

……

 

 

 翌日、コトブキ町に避難勧告。人体に悪影響を及ぼす程の電磁波が町に垂れ流されていると聞くや、住民たちは速やかに外部の官営住宅へ移り、ものの2日でコトブキ町はゴーストタウンとなった。

 ネット犯罪の対処に追われているためか、現地調査を行うための装備調達が滞り、電磁波異常そのものの続報はなかった。

 

 

 4日後、世界各地でネット犯罪がさらに急増。自立型ナビによる無差別デリートや電化製品の故障などが相次いだ。現地オフィシャルが対処するも、蝗の群れを手で捕らえようとするような構図となり、全く追いついていなかった。

 

 

……

 

 

 そして、6日後の朝。

 

『市民ネットバトラーに告ぐ!

 ゴスペルが依然活動を続けているという疑惑アリ。

 至急、コトブキスクエアを再調査せよ!』

 

(いや何も変わらんのかい!!)

 

 張り込みを再開する前にニホンオフィシャルから届いたメールを見て、渡は机に立てていた肘を滑らせ、頭を揺らした。

 

(……っていうか時間ないやん!)

 

 それからすぐ、鞄にアイリス用カメラをセットし、PETや電子財布の他に、季節外れの黒いコートを詰め、遊びに行くと言って家を飛び出した。

 

 メトロに乗り込んだ後は、ニホンオフィシャルのメールにかこつけて会う約束を取り付けようと、熱斗に連絡を取った。

 熱斗は既にロックマンとコトブキスクエアを確認したようで、ゴスペルの紋章からナビが湧き出すという怪現象の話をした上で、現実世界のコトブキ町を直接調べるために裕一郎に相談に行くのだと言っていた。

 

 

 ニホンオフィシャルセンター。

 かつて科学省でそうしていたように、熱斗の顔パスで2階に上がると、熱斗はエレベータの中から祐一朗の研究室へ一気に駆け込んだ。

 

「パパ! オレたち、コトブキスクエアのこと調べてきたよ!」

「熱斗……それに、渡くん。やはり……君たちが来たか」

(こっ……)

 

 挨拶の言葉が渡の喉まで出かかっていたが、顔を出すのが遅れたせいでタイミングを逃し、飲み込んだ。

 見ると、熱斗は張り切っているのに対し、裕一郎はあまり気が進まないような素振りで、熱斗が調べてきたことをあれこれと説明する間も、何かを言い出そうとして躊躇っているようだった。

 ひとしきり見てきたことを説明し終わると、熱斗もそれに気がついた。

 

「どうしたの? せっかく調べて来たのに?」

「ああ……ありがとう。だが、できれば熱斗たちには……今度の事件に深く関わって欲しくないんだ」

「なんで? オレ、べつに今までそんな危ない目に遭ったりしてないのに……」

「いや、ガスとか飛行機とか危ない目には遭ったでしょう」

「おい、渡!」

(事実やろ)

 

 熱斗が渡の方を見て、余計なことを言うな、と抗議するトーンで言った。渡は首を横に振った。

 

「ハハッ、分かってる……」

 

 祐一朗は、知ってのことか、特に触れようとはせず、熱斗に軽く手のひらを向けただけだった。

 

「ただ……パパは、感じるんだ。この事件が、ゴスペルとの最後の……そして、最も厳しい戦いになるだろうってな」

「……どういうこと?」

「ここ数日の間、世界各地でゴスペルのナビによる被害が増加している。炎山くんたちオフィシャルネットバトラーが対応しているが、それでも十分には……いや、ほとんど手が回り切っていないと言うべき状況だ。

 いくらゴスペルが大きな組織といっても、これは異常なことだ。恐らく奴らは既に……バグ融合を使って、ナビを生み出し始めている」

(えっ、そうなん? フリーズマンおらんでも手え足りへんなんのかよ)

「バグ融合って、フォルテとかいうナビの!? でも、オレたちが見たのは――」

「ああ、フォルテじゃない」

 

 今しがた説明された話を踏まえて、祐一朗は頷いた。

 

「ゴスペルはフォルテを生み出すために、これまで相当量のバグの欠片を集めたはずだ。

 そして恐らく、フォルテを生み出してなお余裕があると判断したんだろう。余る分のバグの欠片を使って、熱斗が見たようなナビを量産して、戦力を増やしているんだ。フォルテを完成させるまでの時間を稼ぐために」

(めっちゃ話変わってるやん……)

「じゃあ、すぐに止めないとヤバいじゃん!」

「その通りだ。……だから、オフィシャルの緊急任務を果たした熱斗に、伝えることがある。ロックマン、そして渡くんも、よく聞くんだ。いいね?」

 

 祐一朗は熱斗を、次に渡を見てから、瞬き一度分だけ、視線を下に逸らした。

 

「うん!」

「はい」

 

 熱斗のPETからは、熱斗同様に張り切っているロックマンの声がした。

 

「……今回の事件、コトブキ町に起きている異変のことだ。パパたちの調査で分かったんだが、どうやらコトブキ町一帯に大規模な電磁波異常が発生しているらしい。

 熱斗が見た、ナビが次々現れてくるコトブキスクエアの(ひずみ)も、この電磁波異常が原因と考えられる。そして、それはゴスペルの仕業……ゴスペルの本当の拠点がコトブキ町にあると見て間違いない」

「ゴスペルの拠点……」

 

 熱斗が呟いて、ズボンをぎゅっと握り、離した。

 

「それで、電磁波の異常ってどの程度のものなの?」

 

 代わりをするように、ロックマンが尋ねた。

 

「ああ、通常の1万倍以上の電磁波が発生しているようだ。当然、人体への悪影響も考えられる……」

(最終的にその50倍くらいになるんやで)

「そんなとこに行って、ボクはともかく、熱斗くんは大丈夫なの?」

「当然、そんな大量の電磁波を浴びればただでは済まないだろう……最悪、精神がやられて死んでしまうこともないとは言えない……」

「でも、オレ行く! 行かなきゃ! パパ、なんとかならないの?」

 

 熱斗の声で、祐一朗は気付けをされたようにはっとして、熱斗の顔を真っ直ぐ見た。

 

「うん、パパたちもできるだけのことをしたつもりだ」

 

 祐一朗は頷くと、壁際に置かれた開封済みの小包の中から、ベスト1着とプラスチックのカード1枚を取り出して、両手にそれぞれを持って熱斗たちに向けた。

 銀色のカードにはオフィシャルのロゴがプリントされていて、"コトブキ町"と印字されたシールが貼られていた。

 

「……対策は2つ、まず、コトブキ町には、開通前のメトロライン・コトブキ線を使って行くんだ。電磁波をカットする特別な車両も作ってある」

「メトロラインを降りた後はどうすれば……?」

 

 ロックマンの問いに、祐一朗はベストを持った手を僅かに持ち上げた。

 

「うん、そこでもう一つが、電磁波から身を守る"防磁スーツ"だ。これを着ていれば、通常の5万倍までの電磁波なら遮断できるはずだ」

(足りんくて熱斗は失神するんやけどな)

「そして、コトブキ町にあるゴスペルの拠点を叩き潰せば、奴らの息の根を止めることができるんだね!」

 

 腰の辺りで拳を握って見せる熱斗を前に、祐一朗は、目を離すまいとしつつ、その瞳を前と下とに僅かに揺らした。

 

「ああ、だが……コトブキパスはともかく防磁スーツは特注で、数を作るだけの時間が足りなかった。1着しか用意できなかったんだ」

「……えっ!? じゃあ……」

(あっ、さいですか)

 

 熱斗に何かを言われるまでもなく、渡は僅かに首を傾けて小刻みに縦に振りながら、肩掛け鞄を開けて手を突っ込むと、黒いコートを取り出した。

 垂れた裾が床にぶつかると、生地の割には重い、ドッという音を立てた。

 

「おっと」

 

 渡はコートを持ち上げるように振って、腕の上に乗せ直した。

 

「コートタイプの防磁スーツです。同じく、5万倍程度の電磁波ならどうにかなります」

(60万倍想定で金に糸目つけんと作らしたんやけどな)

「渡くん、どうして……」

 

 ぱあっと明るくなる熱斗と、祐一朗の驚きや心配が混じった複雑な表情の変化を見て、渡は空いた左手で自分の顎のヒレを指でつまんだ。

 

「どうもこうも」

 

それから控えめに親指を立てた。

 

「コトブキスクエアがそうだという話をしたのは僕ですしね。人体に有害って話はニュースでもあったので、急いで用意しておいたんですよ」

「さっすが渡!」

「……そうか」

 

 観念したように、祐一朗が俯いて首を振った。

 

「できれば、こんな危険な任務には――」

「オレやるよ! パパ!」

 

 祐一朗を見上げる熱斗が、変わらず気合を入れて宣言した。

 

「熱斗!?」

「だってパパ、そんな危険な任務なら、他の人には余計に頼めないでしょ? それに、オレがもし……死んだとしても、それが大変な事件を解決するためだったってこと、誰よりパパがよく分かってくれるんだし、そして何より、オレには兄さん、ロックマンがついていてくれるもの!」

 

 ロックマンは何も言わなかったが、PETのディスプレイの中で強気な笑みを浮かべ、頷いた。

 

「熱斗……ママの言う通りだ。大きくなったな……」

 

 もう一度、熱斗とロックマンの顔を見て、祐一朗は壁に備え付けられたコンピュータを操作した。細長い排出口から、銀色のカードが1枚飛び出し、コトブキパスを持った手でそれを取った。

 

「分かったよ……2人分のコトブキパスと、熱斗の分の防磁スーツを渡そう」

 

 熱斗は防磁スーツをその場で着込み、コトブキパスを受け取った。

 

「じゃ、オレたち行くね!」

「熱斗、渡くん、くれぐれも無理はするんじゃないぞ……」

「はい、気をつけます」

 

 熱斗は出ていくときも走っていき、渡は深く一礼してからエレベータへ向かった。

 祐一朗は、2人の姿が見えなくなるまで、そこから動かず見送っていた。




 原作での光祐一朗との会話は「具体的には何かわからないけどゴスペルは切り札を残している気がする!」的な内容だったのですが、ナイトマン編カットのバタフライエフェクトで全然違う話になりました。
 書いていて楽しかったです。

 よく考えると、夏なのに防磁スーツを私服の中に着込むのはおかしい気がしますね。グラフィックの都合なんでしょうけれども、そもそも上着着てるところからおかしいんだから普通に"着た"でいいと思うんですが……
 というわけでその辺りをぼかしました。

 原作ではサーバー出力150%時点でロックマン曰く20万倍、その後400%まで上がるので、53.33……万倍という計算です。

 ここ最近、ゆういちろうの字を間違えていました。恥ずかしい……


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54話 手足を切り離せ

 マリンハーバー駅の専用ホームに待機していた特別車両は直通でコトブキ町駅へと向かい、ものの数分で到着した。

 車両を降りて地下から出口へ向かうまでの間、すでに、PETの電磁波検知プログラムが通常の3万倍にもなる異常値を示していた。

 しかし、それでさえただの数字に過ぎないのだということを、熱斗やロックマンは思い知らされる。

 

「!!!」

「なに、これ……」

 

 そのリアリティの大半を喪失した町の光景に、2人は絶句した。

 道を覆うブロックやアスファルト、それに建物の外壁などは、電子回路や電車の路線図にも似た幾何学的模様を形成するようにして、互いが互いを侵食していた。街路樹などは葉と木の色が入り乱れると同時に、枝先が溶けてしまったかのように垂れもしていた。

 

 だが、何より目を引いたのは、町の中心にある最大のマンションの有様であった。外観の相互侵食はもちろんのこと、上階に行くにつれ電子的な虹色の光の格子(グリッド)に覆われていき、建物の一部が消しゴムで消したように消失していた。

 さらにマンションの周囲には、不定形気味の球電にモザイクがかかったような"何か"が、蛍の真似でもするかのように飛び回っていた。

 マンションが曇り空の下に聳えていることで、これらの異様さがいずれも強調されていて、もはや、ゴスペルの本拠地がどこかということは、火を見るより明らかだった。最も異様なマンションの、最も異様な最上階、それ以外になかった。

 

「光くん、呆けている暇はありませんよ」

「!」

「どう見てもあれが事態の中心です。光くんのお父さんの手を借りてここに来た僕たちには、果たすべき責任がある」

「……ああ!」

 

 渡と気を取り直した熱斗は道なりに、マンションの入り口へ回り込むようにして進んだ。

 異常は町を覆い尽くしており、正常な構造物はどこにもなかった。もぬけの殻となった町には、雑踏や人の声などもなく、空を舞う"何か"のバチバチという放電音だけが響いていた。

 

 道中には逃げ遅れた市民がわずかにいて、彼らは電磁波の影響で歩くこともままならないようだったが、それを駅の特別車両まで運んでいるだけの時間的余裕はなかった。楽な姿勢にして、呼吸や脈拍、意識などに問題がないことを確認することが精一杯だった。

 今は仕方がない、電磁波さえ止められれば何も問題はないはずだから、と渡は言ったが、熱斗は改めてこの町の惨状と、それを生み出したゴスペルの力を肌で感じて歯ぎしりをした。

 

 

 マンション入り口の自動ドアは正常に作動し、2人を招き入れた。内部もまた、壁や床などが外と同様に侵食していた。じっと観察すれば現実感を失いそうな光景だが、それを気にするだけの時間はなく、熱斗はすぐさまエレベータのボタンに飛びついた。

 1回2回、それから何回もボタンを押したが、小さなディスプレイも含め、うんともすんとも言わなかった。

 

 どうにかならないかと渡の方を振り返ったところで、エレベーターが動き出し、1階への到着を知らせるチャイムがすぐに鳴った。

 

「え?」

「熱斗くん、誰かいる!」

「ゴスペルの奴らか!?」

 

 熱斗がエレベーターから離れようとするが、渡が動かないことに気付くと、自身もその視線の先を目で追った。開くドアから徐々に姿を現したのは、ここにいるはずのない人物たちで、熱斗は目を見張った。

 

「デカオ! それに、メイルとやいとまで!」

「へっ! その面が見れただけでも、はるばる来た甲斐があったぜ」

「なんで!? こんなとこ来ちゃダメじゃないか!」

 

 防磁装備がなければまともに歩けもしないということを否応なしに理解させられてすぐのことで、熱斗は動転したが、その横で感心した様子の渡が口を開く。

 

「なるほど、とっくに対策済みというわけですか。綾小路さんらしい」

「七代くんこそ、中々いいコート着てるじゃない」

「今はお世辞にツッコんでいる時間も惜しいです。状況は?」

「話が早くて助かるわね、ほんと」

 

 やいとは、マンション内の大量のサーバーをまとめて1つのサーバーのようにしているらしいことと、電磁波により発生したマンションの電脳の異常を修正しなければエレベーターが動かせず、現状では2階までしか行けないことを説明した。

 

「ただ、アタシたちの防磁ウェアじゃ、ウイルスと何度も戦いながら電脳世界を進んでいくのは厳しいみたいなの。悔しいけど、後は任せるしかないわ」

「ここまでお膳立てしてやったんだ、負けて帰ってくんじゃねえぞ!」

 

 デカオが熱斗の肩を掴んだ。熱斗は、その手が震えているのを感じた。

 

「デカオ……みんな、ありがとう! 安全なところまで離れて、休んでてくれ!」

 

 熱斗の言葉に従い、3人が熱斗と渡の横を通り抜け、マンションから出ていく。一番後ろにいたメイルは何か言いたげに振り返ったが、何も言えないまま去っていった。

 気配が遠ざかってから、熱斗はエレベーターの方をまっすぐ見たまま口を開く。

 

「ロックマン、渡、行こう!」

「うん! みんなの努力、無駄にはできない!」

「まずは2階から、ですね」

 

 熱斗が、再度ボタンを押し、エレベーターで2階へ。

 このマンションは30階建ての1フロア3部屋という作りで、2階には電磁波異常のせいか扉の開かない部屋が2つあり、唯一開いたのは021号室だった。

 

 外やロビーも異常なら部屋の中もまた異常で、ゴスペルが設置したと思われる10余台の大型サーバーがスペースを浪費しつつも、何台かは床から生えるような形で存在していた。

 ごく普通のサーバーが床を突き破るようにして筐体の途中から顔を覗かせていて、かつ突き破ったならあってしかるべき痕跡、例えばサーバーとカーペットの間の切れ目などといったものが一切なく、とにかく"床から生えている"という他に一言で形容のしようがない状態だった。

 

 プラグイン可能な1台を見つけると、熱斗と渡はすぐさまプラグインした。

 ロックマンとベータがマンションの電脳に降り立ち、電脳世界の風景がPETの画面を通してオペレーターの2人に共有される。

 

 まず目が行ったのは、電脳世界そのものではなく、歩いていけない場所……見えない壁の外の光景だった。

 

「わ! 何だよそれ? 上の方に見えてるの、マンションか?」

 

 現実のマンションの一部が消失しているのと対応するかのように、そこにはマンションの一部が浮遊していた。切り口の部分は、マンションの電脳のデザインたる緑のグリッドに覆われていて、マンションの壁や窓の色がその中へ侵食していた。

 

「そうみたい……電磁波異常のせいで、こっちとそっちの世界が入り乱れてるんだと思う」

「信じらんねぇな……」

「まったく同感ですが、状況からそう判断するしかないでしょう」

「とにかく、ネットワークの異常を直して、最上階に乗り込もうぜ!」

「それなんですが、ここからは二手に分かれましょう」

 

 思わず、熱斗は渡の方を向いた。渡が注視しているPETの画面は、熱斗のそれとは異なり、電脳世界に関する詳細な情報が展開されて、半分以上を占められていた。

 

「このサーバー、プラグインするとマンションの電脳に転送されたわけですが……サーバー自体はゴスペルのもので、備え付けのネットワーク設備ではないはずです。たった今軽く確認しましたが、プラグインしたナビを誘導(リダイレクト)して、サーバーではなくマンションの電脳に飛ばす仕組みだと思います」

「それがどうしたんだよ?」

「マンション全体が1つのサーバーだというなら、きっとこの部屋のサーバーもバグ融合のために使われる……いや、今まさに使われているはず。戻りのリンクアドレスを細工してサーバー内に逆侵入、内部から安全に停止できれば、バグ融合そのものを足下から崩すことができる……!」

 

 これは渡にとっても寝耳に水の発見だった。プラグイン時の違和感からなんとはなしにチェックをかけて、熱斗に説明するのと事物の関係性を組み立てるのとが、渡の頭の中で並行していた。

 

「ほんとか!? だったらオレも!」

「ダメです。既にゴスペル側が動き出している以上、この作戦だけでバグ融合を阻止するだけの猶予があるかわかりません。このサーバーから直接停止できるのはどうせこの部屋の分だけでしょうからね」

「!」

「ですからどちらにせよ、ネットワークを復旧してエレベーターを直して、上階に行かなければならないんです。妨害工作の効果は、あくまで究極ナビ完成までのタイムリミットを引き延ばす程度のものと思ってください。本命はやはり、光くんが最上階に行って直接止めることなんです」

「なら、やっぱり最上階まで一緒に行けば!」

 

 効果が薄いなら、それこそ渡も直接最上階を叩いた方が速いはずだと、熱斗が声を荒らげた。対する渡は目を閉じ、またも首を振る。

 

「それまで電磁スーツが耐えられる保証は?」

「え……?」

「事前に聞いていた電磁波レベルは1万倍。実際に来て観測したのは3万倍。じゃあ、この後は?」

 

 熱斗は、ハッと息を呑んだ。それは、熱斗の身を案じる電脳世界のロックマンも同じだった。

 

「安全な停止さえできれば、失われたサーバーパワーの分だけ電磁波も弱めることができるはずです。だからこそ、これがベストなんですよ」

 

 我ながらこの土壇場でいいことを思いついたものだと、渡は得意げに笑みを浮かべた。熱斗なら自分がいなくてもうまくやっただろうとも思っていたが、この思いつきがどれだけうまくいって、結果をどれだけ変えられるだろうかという、冒険心のような気持ちもあった。

 

「渡……」

「さあ、早く行ってください。お互い心配は無用です。間違っても、様子を見に来ようなんて思わないでくださいよ」

「ああ。わかったよ」

 

 熱斗は、ここへ来て渡をひとり残していくのも、渡と別れて進むのも認めがたいところがあった。それでも、いつもと変わらぬ渡の自信と自分たちへの信頼に応えようと、自分も笑ってみせた。

 

「ロックマンも、それでいいな?」

「うん。サーバーのことは渡くんとベータに任せて、先に行こう!」

 

 画面越しに頷き合い、ロックマンが駆け出した。



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