東京喰種 √鬼 (MM氏)
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第一話 解放

東京喰種の別の話を書いてみたくて書いてみました。


「はぁ〜。いつまでここにいんのかね」

 

 

 

そう呟く男が部屋に1人。いや部屋というよりは監獄というべきだろうか。何故なら彼の体は鎖に繋がれていて、そこから一定の距離以上動くことを許されていなかったからだ。少し身体を動かすたびにジャラジャラとなる鎖に耳障りを感じる。

 その鎖に繋がれている彼の肉体は筋肉に覆われており、痛々しい数の傷跡も含めて、彼はとても常人と呼べる身体ではなかった。

 

なぜ彼がこれほどまで外部との接触を遮断され、鎖に繋がれているのか。彼が極悪な犯罪を犯し、牢に入れられているのか。いや犯罪を犯したには違いないが、まず前提として彼は人間ではなかった。人間ではないのなら何だというのか。人の形をしており、人の言葉を喋るのだ。人と認識するには十分な情報だ。しかしこの世界には、その情報が一致していたとしても、根本的に違う人ならざるものが存在していた。食物連鎖の頂点であり、食べるものは人間という所謂、食人族のようなものだ。しかし彼らが摂取できるのは人間だけであり、身体の構造上は確か食べれないのだ。そんな彼等を人は喰種(グール)と呼んでいた。そしてここは、その喰種を収監するために作られたコクリアという施設である。そこに収監されているということは、彼は間違いなく喰種であるということだ。

 

「いつまでここにいるんだろうな...」

 

そう彼が呟くのも当然だ。なにせ、彼がここに入れられてから五年の月日が経つのだ。何もない部屋で外部との接触も絶たれ、体も拘束されているこの状態。常人なら精神的におかしくなっても仕方がない。しかし彼は日々孤独と闘っていた。7年経った今でも、冷静に物事を考える頭も持っている彼を常人と呼んでいいものか。

 

 急に彼の寝転がっている地面が震えだした。ここにいて初めての体験だったので彼は警戒する。すると外から、小さくではあるが様々な声が飛び交っていた。

 

(何かここで問題でも起きたのか?)

 

そんな疑問は目の前の固く閉ざされた扉が開きだすと同時に頭の中から消えていた。本来、ここの扉が開かれることは処刑時以外にあり得ないことだ。しかし、先程の地響きや人の声、そのあらゆる情報から処刑ではない可能性を見出していた。

 

「開放しにきました」

 

そしてこの言葉でそれが確信に変わったのだ。拘束されている彼の前に立っているのは白髪の青年だった。顔には眼帯のマスクをつけており、その目は酷く冷たかった。

 

「へぇ〜俺はおとぎ話のお姫様ってわけだな」

 

「すぐに外しますね」

 

彼の言葉を無視して青年はそう言い放つと同時に、身体から赤い結晶体のようなものを出現させる。こんな芸当ができるのは無論、彼が人間ではないからだ。彼もまた喰種であった。そして喰種である彼の体から出現しているこの赤い結晶体は赫子と呼ばれてる。喰種特有の筋肉のようなものである。青年はそれを、横たわっている彼の体を繋いでる鎖めがけて叩きつけた。ピシッという音と共に鎖は崩れ落ち、彼の体は二年ぶりに自由の身となった。

 

「ありがとよ王子様。ところでお前、誰だ?」

 

純粋な疑問に戸惑わず彼は答えた。

 

「僕は金木研といいます。先程言った通り、あなたを解放しにきました」

 

金木の言葉に彼は頷き、大きく深呼吸をした。

 

「感謝するぜ。なんせ、7年ぶりのシャバの空気を吸えるからよ...。それにしても、ここコクリアによく入りこめたな。それとも強行突破か?」

 

彼がそういうのも当然だ。コクリアは喰種達にとって入ったら最後死ぬまで出られないという鉄壁の要塞のようなものだ。そんなところに入りこみ、ましてや自分を解放してくれようなどとは思いもしなかっただろう。

 

「1人では無理でしょうね。僕は”アオギリの樹”という組織に属しています。この襲撃は組織絡みです。コクリア内は現在大勢の喰種で埋め尽くされているでしょう」

 

「ん?アオギリ...そうか。お前アオギリの樹なのか」

 

アオギリという言葉を聞き彼の雰囲気が変わった。それを金木も感じ取ったようだった。疑問に思いながらも金木は話した。

 

「それで、貴方には解放を条件にアオギリの樹に」

「断る」

 

金木の言葉を遮り彼はそう口にした。

 

「何故?理由をお聞きしても?」

 

「まぁ色々あってね」

 

そう言った彼は神妙な顔つきになっていた。まるで何かを隠しているかのように。しかし金木にとって今は時間がなかった。一刻も早く他の喰種達の解放をしなければいけなかったからだ。

 

「そうですか...ならば力づくということでいいですか?」

 

そう言いはなち、眼帯から出ている片目を赤く光らせ、背中から赫子を出現させた。

 

「疑問形のくせにやる気だな兄ちゃん。ただ....」

 

突然、金木の前にいた彼は目に見えないスピードで金木の背後に立っていた。

 

(この人、とんでもなく早)

 

先程まで前の敵を捕らえんとしていた金木の視線は一瞬で下を向いた。いや向かされた。背後を殴られたのだろうか。金木は怯んだ。

 

 

「やる気なら相手に時間を与えちゃだめ」

 

そう言って彼は、金木の背中から出ていた赫子を掴み引きちぎった。引きちぎられた同時に、金木はあまり痛みに声をあげた。

 

「がはっ」

 

「いい赫子持ってるよお前」

 

そう言って、彼は先程金木からちぎった赫子を口の中に入れた。ガチガチと赫子が砕かれる音に金木は恐怖する。なにせ自分の一部を今食べられているのだから。

 

「あなたは一体......何者なんだ」

(この人には)

 

「俺か?ん〜まぁただのおっさんっていうのもあれだし」

(勝てる気が....しない)

 

ここで初めて彼の名前が明かされた。

 

「まぁ名前は四方龍二ってんだ」

 

「!!!」

 

To Be continue

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 自己犠牲

「ん?これは一雨来そうだな」

 

店内のガラス越しに外の様子を見ているのは、”喫茶店”あんていく”の店長である芳村だ。彼の経営しているここ、”あんていく”は表向きどこにでもある普通の喫茶店だ。しかし実際には喰種達にとっての拠り所であり、困った喰種や飢えている喰種達にとって希望の架け橋のようなものだった。そしてここで働いてるスタッフは皆、喰種だ。そして店長である芳村もまた....

 

「四方君、守るために自分を犠牲にすることに果たして意味はあるのか」

 

そう芳村が語りかけた相手は同じくあんていくの裏方で働く、四方蓮示という男だった。彼は少し考え、芳村の問いかけに応じた。

 

「研のことですか?」

 

彼がそう呼ぶ研というのは、以前まであんていくで働いていた心優しい青年だった。しかし彼はある事件を境に変わってしまった。いや変えられてしまったというべきか。想定していた答えを前に芳村は答えた。

 

「うむ、彼だけではないが......。彼が何故アオギリに入ったのか...」

 

「守るためでしょうね...。ここ(あんていく)を」

 

アオギリの樹というのは奪うためなら手段を選ばない卑劣で凶悪な喰種が集まる集団だ。彼らはあらゆる区を襲い縄張りを増やし、またCCGという喰種対策組織の各区に設置している支部を襲ったりしている。そんな組織の数は減るどころか襲った喰種を従わせ、どんどん拡大しているのだ。

 

「うむ.........だが、自己犠牲は誰も幸せにならない」

 

「自己犠牲とは誰かの為に自分の人生を潰す行為だ。やり続けるとそれが癖になる。結果、自尊心は失われ自らの人生を他人に委ねようとするのだ。それでは本人が破滅の道を辿るだけだ」

 

 

「そうですね。ですが....研はそれでも守りたかったんでしょうね。その為に自分の道を断ち切ってでも」

 

「あぁ。彼は優しすぎる。だが、その優しさが己の身を削っていることに気がついていない。だから.....ケアも含め、あんていくは彼の心の拠り所であってくれればいいと、私は思うよ」

 

そう言った芳村の顔はとても優しさに満ち溢れていた。彼もまた金木を心の底から心配しているのだ。本当なら自分たちを守るために自己犠牲を行ってほしくはない。しかし、金木が自分で決めた道なのなら仕方ないと止めないでいた。なので、芳村は金木のためにできることを最大限しようとしていたのだ。

 

「研だけじゃないです。芳村さんも十分優しい」

 

「私のは長い人生から出来た副産物だよ」

 

 

 

(金木君のことだけではないんだがね..............

 

 

 

 

 

 

《コクリア内部》

 

 

「四方龍二だ」

 

そう言った彼の名前に驚く金木。腕を震わせながらも立ち上がり問いただした。

 

「四方、もしかしてあなたは四方さんの.....」

 

「!!....お前あいつを知ってるのか?」

 

アオギリに続き四方という言葉で驚く龍二を見て金木は確信した。彼は四方蓮示の血縁者なのだと。そう考えるとどこか面影があると金木は感じた。金木はあんていくにいた頃、四方蓮示には戦いの基礎を教えてもらった。そんな彼の血縁者だから弱い筈がないと、金木はこう口にした。

 

「教える前に、もう一度戦ってください」

 

そう言った金木は対策を立て直し戦闘する構えをとった。彼が龍二との戦いにこだわる理由は、強い相手と戦いそこから得られる経験値が欲しかったからだ。

 

「そうか。じゃあ仕方なーーー

 

龍二が話している隙に金木は先手を取り攻撃を仕掛けた。真っ赤な赫子を彼の身体に思い切り叩きつけた。衝撃と共に地面がヒビが入り砂埃が舞う。

 

「やる時は先に仕掛ける。貴方がさっき教えてくれたことでしたね」

 

「へぇ、やるな坊ちゃん。だが......まだつめが甘いな」

 

「っ!!」

 

クリンヒットしたと思われた金木の赫子は龍二に全くダメージを与えて

いなかったのだ。いや正確にはクリンヒットしていたのだが、強靭な龍二の肉体を金木の赫子では傷付けられないでいた。それを見て金木は驚愕する。

 

(僕の攻撃が、何も聞いていない。....ヤモリを倒して力を手に入れたと思ったのに..)

 

「いんや、強いよお前」

 

その言葉と同時に金木の身体に痺れが走った。金木は予期せぬ全身の麻痺により頭が真っ白になっていた。その中で唯一よぎるのは、自分はいまだ強者になれていないという現実だった。

 

「ふん」

 

その間、強靭な拳が金木を襲った。金木の身体は遥か先の壁に押し当てられる。当たった壁は粉々に砕けちり、金木は地面に落ちた。

 

「準備運動に丁度よし。だな」

 

「がっ、うぁぁ」

 

「戦いはな、相手との力量差とかも頭ん中入れてやらないとな。痛い目みるぜ」

 

「僕は........まだ弱いっっままな、のか....っ」

 

金木は自身の置かれている状況に焦りと不安を感じていた。守るためにあんていくを出てアオギリに入ったというのに弱い自分のままでは何も守れないと。頭の中で葛藤を繰り返すあまりその精神は壊れかけていたのだ。

 

「あっあぁぁぁぁぁあ!!」

(僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い僕は弱い)

 

その脆く壊れやすい精神が崩れ落ちた。

 

 

「僕はぁぁぁぁ全部守りたいのにぃっっ」

(僕のせいで僕のせいで僕のせいで僕のせいでみんな死ぬみんな死ぬみんな死ぬ。りょーこさんも僕のせいで死んだ)

 

先程までの様子と変わった金木を目の前に龍二は動揺していた。ただ拳を入れただけだというのに、龍二の思っていたダメージ以上に目の前の金木はダメージを受けていたのだ。それは身体的ダメージではなく心身的なダメージも受けていることを感じ取っていた。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「ぼくがぁがぁぁあがぁぁぃぁあ」

 

「こいつ!」

 

龍二が驚いたのも無理はない。金木の身体には先程まで見ていた赫子とは別の赫子がでかかっていたからだ。その赫子は先ほどまでの赤い赫子とは違い、紫色で形状は百足に似た形に形成されていた。

 

「おいおい、嘘だろ。力を隠してた?!」

(いや恐らく自我崩壊してやがる)

「ぼぐがぁぁあぁぁぁぁはっはっはっはぁぁ」

 

咆哮のようなものをあげた後に彼の口から不敵な笑い声聞こえ始めた。その不気味さに龍二も迂闊に近づけないでいた。

 

「お前、赫者だな。しかもまだ未完成の.....」

 

「はっはっはっばっはぁばぁぁ!!1000-7はぁぁぁあ」

 

龍二が警戒して構える中、金木はその不気味な赫子を動かしながら龍二に向かって行った。大振りの赫子による攻撃が龍二を襲う。腕を構えてガードするが、先程受けた赫子とは桁が違い龍二は傷を負った。

 

「ちっっ!こいつ破壊力が桁違いに上がってやがる」

 

傷を負った龍二は金木と距離を取るべく後ろに下がった。しかし金木は龍二に休ませる暇もなく追撃を加えてきた。龍二の腹を金木の赫子が貫いたのだ。龍二は辺りに血を撒き散らし、赫子を見つめていた。

 

「がっはっっ!」

(こいつはヤベェ。回復が間に合わねぇ)

 

しかし龍二は自身の身体を貫いた赫子を掴み自らの身体ごと回転させ、壁に思い切り叩きつけた。と同時に金木の身体も壁にめりこんだ。

 

 

 

「全く、シャバに出れると思いきやとんでもない落とし穴だなこりゃ」

 

「ぼくがぁがぁぁあがぁぁぃ」

 

 

金木は再び立ち上がり龍二を睨らみ続けている。

 

「そんな睨むなよ。怖いな」

 

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第三話 強欲

龍二は目で金木を捉えながらも、視線の端では脱出口がないかを探していた。

 

(俺の体力的にも限界が来ている,なにせ7年の間ろくに食事を取れてなかったからな)

 

龍二の体には7年もの間にかなりの負荷がかかっていた。コクリア内の喰種達は活動を活性化できないように、食事にかなりの制限をされているのだ。普通の喰種なら外に出てからの戦闘などは一番避けるべきことなのである。しかし、龍二がこうして動けている理由は彼の頑丈な肉体や精神などの理由も挙げられるが、一番は間違いなく.......

 

 

 

自分の血肉を喰らうことであった。

 

 

(自分の身を喰らいすぎて痛覚がほぼ麻痺してやがる)

 

龍二は今、自らの身体にかぶりついたのである。龍二の喉奥を血と肉が流れていく。その高いrc値を誇る龍二の体は自身を一時的に回復させるに十分だった。

 

「ぁぁぁぼくがぁぼくがぁぁあ食べなくちゃ」

 

その場にとどまっていた金木が龍二に向かい、歪な赫子を向けて突進してきた。そんな金木を見つめ龍二は....

 

 

(一応、ここから出してくれた例だ)

 

 

攻撃を難なくいなし、金木の横腹に強い蹴りを入れた。骨が折れる音と共に金木の身体は吹き飛び、地面に倒れた。しかし、ダメージを受けていないのかあるいは、痛覚が麻痺しているのか金木は立ち上がる。そして更に赫子を出現させ、その場から赫子で龍二に攻撃した。

 

「普通の打撃じゃ聞かないのな」

 

なら

 

しかし龍二は地面を踏みつけて高く飛び上がった。そして上から金木を見下ろし、肩から翼を出現させた。それは喰種特有の赫子であるが、金木の赫子とはタイプが違った。出現したのは羽赫という遠距離型タイプだ。

 

(ごめんな,ちょっと怪我させるぜ)

 

無数の巨大な羽赫が龍二の身体から発射された。それは金木が次の攻撃に出ようと赫子を動かす前に、

 

 

「ぁがぁぁぃぁぁぁあぁぁ」

 

金木の赫子と身体を貫いたのだ。貫かれた金木を目に、龍二は再び地面に足をつけた。

 

「お互い身体はズタボロだな」

(ったく自喰は限界があるんだよ。早いとこ肉を食わねぇと)

 

龍二の身体は決して永久機関というわけではない。rc細胞が高いからといって結局は喰種の身体に一番必要な栄養素となる人の肉を喰らわなければ体の奥底まで回復はしないのだ。龍二が行っているのはただの、遅延でしかない。

 

 

 

 

「がはっ,ぼぐはどうすれば強くなれる?」

 

「!っお前意識があるのか?」

 

既に瀕死の状態の金木が口から言葉を吐いた。龍二はそのタフさに呆れてため息をつく。

 

「はぁ〜,たく貧相な身体して体力が見合ってねぇよお前」

 

 

 

「僕,はヤモ,リを倒し.. して強くなった気でいた。ぜぇぜぇ」

 

「ん?」

ヤモリという言葉に龍二は敏感に反応した。

 

「ヤモリ?へぇ、お前があのヤモリをね」

 

「でも,アオギリの...樹のなかにも...僕より強い人は沢山いる....そしてあなたも....」

 

(こいつは恐らく誰よりも強さに強欲だな。しかしただ強くなりたい訳ではなく....)

 

「僕は...まだまだ弱いっ!!」

 

そう強く言い放つ金木の目から流れるように涙が溢れていた。

 

(守るため。何かをガムシャラに守れるだけの力が欲しいのかこいつは.....)

 

すると金木は立ち上がる。よくみると貫いたの身体は先程よりも明らかに回復していた。

 

(こいつの化け物並みの回復力はなんだ..)

 

「へぇ..それで強くなるために、まだやるのかい?」

 

龍二の問いかけに応えようとせず金木は龍二に向けて足を動かした。しかし決して先程の強烈なスピードなどではなく、足をひきづる形でこちらまでゆっくり向かってきたのである。その姿を見て限界が来ていると悟る龍二。

 

「僕はぁ誰よりも強くなって”あんていく”を守るんだ!!」

 

「なぁ,お前....」

 

龍二が何かを言いかけた矢先,金木の身体は地面へと倒れた。龍二は大きなため息をついて頭をかいた。

 

「ふぅ,どうしたもんかな」

 

そう言って龍二は倒れている金木を肩に乗せた。

 

「踏ん張れよ兄ちゃん。一応命の恩人だからな」

 

そう言って龍二はコクリアからの脱出をはかった。

 

 

 

 

 

コクリア内部 監視室

 

コクリアで喰種達による暴動が起き、内部の職員達は次々に喰種達によって殺されてしまった。最初は戦うことを決めていた職員達だか、あまりの戦力差に戦意喪失し何人かは隠れている状態だった。見つかったら殺される,そんな緊張の中。ここ監視室ではありとあらゆる喰種達の監視を目的とする部屋である。ここから収監されている喰種をみることにより、脱出をはかってないか、あるいは反逆を図ってはないかを見破れるのだ。しかし今その部屋から見えるモニターの大半に,捕らえていた彼らの姿は見えなかった。アオギリの樹により次々に喰種達が外に出ているからだ。

 

「室長,我々はどうすれば,」

 

そう言った職員の声は酷く震えていた。それもそのはず今はここが安全だからと言って,いつアオギリの樹が監視室の存在に気づき乗り込んでくるか分からなかったからだ。

 

「今,CCG本部から職員が向かわされたらしい」

 

「今頃ですか?!そんなの間に合うわけ,無いじゃないですか!」

 

「あぁ,だが、向かっている職員の他に現在コクリアで2人の職員が戦っている」

 

「え?何故ですか??」

 

「ピエロの.....」

 

そういうと職員は何かを悟ったように口にした。

 

「亜門上等ですね」

 

「あぁそうだ。彼なら本部の捜査官が来るまで耐え凌いでくれるはずだ!他力本願で悪いが,私たちにはどうすることもできん」

 

コクリア職員達は如何なる時があった場合に備えて武器を持たされている。Qバレットと呼ばれる喰種に効果のある拳銃といったところか。しかし,今までコクリアがこのような事態に陥ったことはなかったのである。だから、コクリア職員は武器を扱う練習はおろか、実戦経験すらほぼないに等しい職員も多いのだ。それほどまでにコクリアは完璧な要塞であった。

 

「今のうちに凶悪な喰種が出ていないかをチェックだ。一応,凶悪な喰種の部屋にはcrcガスをまいとけ」

 

「はい!!っ!!!室長大変です。Vから頼まれていた極秘の喰種が.....部屋にいません!!!」

 

「なんだと!?!!」

 

職員の声に室長は口調を荒げた。

 

「まずい,まずいぞこのままでは,ここから出られたとしても,Vに消されてしまう」

 

室長の言葉に局員は,言葉を失った。そして瞳から光を失った職員は椅子から立ち上がり

 

「監視長,楽になりましょう」

 

そう言ってポケットから出したQバレットを頭に向けた。

 

「やめろ!!!」

 

「お世話になりました」

 

 

そう言い放ち,彼の頭は飛び散った。あたり一面に弾け飛ぶ血と一緒に職員の身体は床に落ちたのだった。

 

 

 

 

 

3 days later

 

 

そしてあれから3日が経ち,金木は見たこともない民家のベットの上で目を覚ました。

 

「ん....ここは」

 

そう言ってあたりを見渡す金木だか、一向に自分の置かれている状況に理解ができなかった。

 

「僕は...確かコクリアで....」

 

「おっ起きたか金木」

 

その声を聞いた瞬間,記憶が先ほどまでのことだったように鮮明に浮かび上がった。

 

 

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第四話 選択

「あなたが僕を,ここまで運んでくれたんですね」

 

そう言ってベットから起き上がろうとした金木だが,自身の身体が思うように動かないことに気づく。龍二は無理に起き上がろうとした金木の元により肩を貸した。

 

 

「感謝しろよ?細身と言っても怪我人の身体にはちと応えたぜ」

 

 

「ありがとうございます。............あなたには聞きたいことが沢山あります」

 

「....聞きたいことね。俺もあるんだがな」

 

「四方蓮示さんについてですね」

 

「.....まぁそれもあるがな」

 

彼が口にした”四方蓮示”という人物。それは”あんていく”で裏方の仕事を受け持ち,同時に金木に対して喰種としての戦い方の基本などを教えてくれた,いわば師匠のようなものでもある。彼のおかげで金木が救われた部分も数多くあった。そんな彼と苗字が一緒な龍二をただの偶然ではないと金木は悟った。

 

「四方さんの親族の方ですか?」

 

「まぁ血縁上,兄弟だな。俺が兄であいつが弟」

 

 

血縁上と言う言葉に金木は違和感を感じたがそのまま話し続けた。

 

「やはりそうでしたか。四方さんの兄弟ということならその強さにも説得力があります。四方さんのことで何か聞きたいことはありますか?」

 

 

「..............いや大丈夫だ」

 

 

 

間を置いて龍二はそう答えた。予想外の反応に驚く金木。

 

「やけにあっさりですね。.....いいんですか?」

 

 

「......あぁ。お前があいつを知っている。ただそれだけで十分だ」

 

 

「それは一体どうゆう......」

 

 

「別に意味なんて無ぇよ」

 

そう言った龍二の顔を見て,何か思い詰めているのだと感じた金木だが,そこから深く詮索する気はなかった。

 

 

しばらくすると龍二が口を開いた。

 

 

「なぁ,お前はなんでアオギリに入ってるんだ?」

 

問いかけに言葉を詰まらせる金木。

 

「アオギリは凶悪な喰種達の巣窟。お前もそれは十分承知な筈だ。お前は人間を殺し蹂躙し喰らうためにアオギリに入ったのか?」

 

その問いに金木は口を開いた。

 

 

 

 

 

「いいえ,僕は.....守りたいんです。大切な場所を.....。そのためにアオギリに入って,アオギリの標的からあんていくを」

 

 

 

「なるほどな....身を削ってるって訳か」

 

 

 

「だから僕は.............その為に強くなりたいんです。大切な人,場所を守れるぐらいの強さが。」

 

 

 

 

そう強く放つ金木に龍二は冷静に言葉を返した。

 

 

 

「お前が強さに執着する理由がわかったよ。だがな金木。.....................強くてもどうにも出来ないことだってある」

 

 

 

自分が求める強さという言葉を否定され,金木は少しだけ苛立ちを覚えた。彼が今,すがれるものはもう強さしかないのだ。

 

 

「それは,あなたのことを言ってるんですか?」

 

その発言に龍二は一瞬黙った。

 

 

「.............。結局,周りによって左右されちまう部分っていうのがあるんだよ」

 

 

 

 

「それじゃあ....何が......正解なんですか?僕は一体どうすれば」

 

 

 

「.........正解なんてものは無ぇよ。.......まぁなんだ。俺が言えることは選択を誤るなってことだ。大切なものを守りたいなら尚更な。俺は行くぜ」

 

そう言って龍二は金木を背に扉から出て行った。追おうとした金木だが負傷していた体のせいでベッドから動けずにいた。

 

「僕が選んだ選択は間違いだった,のか?」

 

 

 

side

 

 

 

コクリア襲撃事件から3日が経ち,本来,既にこの場にいる筈であろう青年の姿はどこを探しても見つからない。

 

「帰ってこないね。金木君」

 

暗闇の中で彼女が呟いた。すると上空を覆っていた雲が散らばりだし,

光が差し込んできた。月明かりで露わになるのは紫のマントに身を纏い,体を包帯でグルグル巻きにしている彼女だ。その容姿は一言で言うと不気味というほかない。

 

「誰かに背負われ連れ去られたと証言している奴が複数いる」

 

その彼女の横では白装束のようなものに身を纏い,口は赤いマスクによって覆われている男が1人いた。そんな彼の瞳には光が無かった。

 

「連れ去った?私たちみたいなことしてるね」

 

「どちらにせよ,うちの駒を連れ去るのは反逆行為とみなす」

 

「見つけ次第消す?」

 

「いや,証言によれば金木研の体はボロボロだったらしい。あいつをそこまで追いやったのだというのなら........見つけ次第スカウトするよ」

 

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第五話 再会

すいません。龍二がコクリアに囚われていた期間を二年から五年に修正しました。


「今日は特に人が多いですね」

 

 

その日、あんていくではいつもより大勢の客が出入りしていた。客の大半はあんていくで働いている者の友人,または知り合いで占めていた。普段の様なのんびりとした雰囲気は一変し,全員が仕事に追われている中,

 

「いらっしゃいませ」

 

店内に客が入ってきて当然,誰もが礼儀としてその言葉を使うが,この時その場で二名。言葉を発さずにその客をまじまじと見ていた。1人は入見カヤ。彼女は元々,荒んだ性格で人間を大量虐殺していたSSレート指定の危険な喰種であった。しかし,店長”芳村”のおかげ今では更生し,真面目にあんていくで仕事をこなしている。そしてもう1人も彼女同様,芳村に目をかけられ更生した古間円児という男だ。

 

「え?なんで?」

 

彼ら以外はてきぱき仕事をこなしていたが,そんな中ベテランの2人の時間だけ止まっている。たった今,入ってきた客をただ見つめているのだ。その光景に疑問を浮かべたのが同じく働く,西尾錦であった。

 

「どうしたんすか2人とも。忙しいから手動かしてくださいよ」

 

しかしそう呼びかけても2人の時間はまだ止まっていたのだ。すると

 

 

「龍さん!!」

 

入見は強く叫んだ。続けて古間円児も

 

「どうしてここに!!」

 

2人は驚きを隠せないでいた。しかしそれ以上に,周りは2人の印象と明らかに違う動揺ぶりに驚いていた。

 

(こんな2人,今まで見たことが)

 

「お前ら,久しぶりだな」

 

男の言葉を聞いて入見と古間,2人は涙ぐんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

《V》

 

 

 

「奴が,コクリアから脱走を図った様だ」

 

黒ずくめの男は不愉快なそしゃくおんを鳴らしながらそう喋った。ここはVという名の組織が管理している場所だ。彼らはこの世を自らの所有物と考えている偏った思想の持ち主達だ。

 

「龍二,いやオーガというべきか。あの裏切り者が」

 

裏切り者とそう呼ばれている男はつい先日,アオギリの樹によるコクリア襲撃の事件の後、金木を背に脱出を図った四方龍二のことだった。

 

「貴将,奴の出現する場所は大体予想がつく。見つけ次第捕らえろ」

 

「わかりました」

 

そういって男の前でひざまずくこの男の名前は、有馬貴将。彼は喰種達から死神と恐れられ,人間とは思えない底知らぬ力を持っている。一騎当千と言わんばかりのCCGが誇る最高戦力でもあるのだ。

 

「まぁ、いざとなったら奴の周りを使えばいいだけだ。脅し材料としては申し分ないだろう。Vとしても奴の戦力を失うのは惜しい。 CCGでいうところのお前(有馬貴将)というところか」

 

 

男は不気味に笑い,暗闇の中はと姿を消していった。

 

 

 

《あんていく》

 

 

「やっぱり美味いな,ここの珈琲は」

 

龍二はあんていくの客人をもてなす部屋で1人がけのソファーに座りながら珈琲を口に流していた。彼が珈琲を口にしたのはコクリアに囚われてからのおよそ5年ぶりだ。

 

「入るよ」

 

そう言葉同時に客室の扉が開いた。立っているのはあんていくの店長”芳村”だった。芳村は自身の珈琲片手にもう一つのソファに腰をかけた。

 

「久しぶりだね,龍二君。君がここに来たと聞いて驚いたよ」

 

芳村は懐かしげに龍二の顔を見た。龍二も芳村と同様の想いを胸に込めていた。

 

「本当に久しぶりですね。お元気そうで何よりです」

 

「もう大分歳だがね。君の方も少し老けこんだんじゃないか?」

 

「ははっ7年も檻に入られたら当然じゃないですか」

 

「そうかそうか。......君がいなくなって7年もの月日が流れていたのか。君はあのコクリア襲撃事件を機に?」

 

「そうですね。彼,金木研に助けられました」

 

金木という言葉を聞いて芳村は驚いた。

 

「…彼が君をね。まさしく運命というべきか」

 

「あいつ,ここで働いていたらしいですね」

 

「あぁ。そうだね。......少し彼の話をしようか」

 

 

そういって芳村は龍二に金木についてのことを語り始める。そこから時間が過ぎるのはあっという間だった。

 

「そんなことが.....あいつも苦労してるんですね」

 

「ああ。彼は隻眼だ。元は人間の世界で生きてきた彼に,いきなり喰種の世界を知るというのは酷なことだったと思う。しかし,それでも彼は諦めずにこの世界を知ろうと努力してくれた。ただ.......」

 

芳村が言おうとした言葉を龍二が発した。

 

「アオギリの樹ですね。俺があいつと戦った時,奴は赫者に近い形になっていました。しかし,なりきれてないんでしょうね。あれじゃあ,精神を侵され続けるだけだ....」

 

「赫者は,精神が脆い者ほどその扱いには注意が必要だ。特に金木君の場合は自分を削る諸刃の剣となりうる。赫者である君が、それを彼に教えてあげればいいんだがね」

 

赫者とは,喰種が共食いをし続けるとなる珍しい状態だ。飛躍的に赫子の精度や攻撃力は上がるがその代償として,自身の精神を安定させなければうまく扱えず,金木研の様に自我を失ってしまう可能性があるのだ。

 

「買い被り過ぎです。なにせ俺も未だにうまく扱えてるか分からない。なるべくあれには頼りたくないですね」

 

「まぁ,また彼とはいずれ何処かで会うだろう。その時は...........支えになってあげてほしい」

 

「まぁそうですね。助けてもらった礼があるし。まぁ何にしろ,カヤと円児,そして芳村さんを久々に見れたことは幸いです」

 

「そうだね。なにせ彼らを私に託してきたのも君だったからね」

 

入見カヤと古間円児が今現在ここで働いている理由を作ったのが龍二だった。龍二はかつて暴れまわっていた2人を押さえつけて,それを芳村に預けたのだ。

 

「押し付けみたいになって申し訳なかったですけど」

 

「いやいや、彼らの働きぶりは初めてきた時と比べて段違いだ。今では新しい子達の良き先輩としてあんていくに貢献してくれている。君には感謝してもし足りないよ。それに...」

 

「四方君には、会わないでいいのかい?それにトーカちゃんも」

 

その2人の名前を聞いて龍二は少し悲しそうな顔をした。芳村もその様子を悟ったのか少し視線を下に向けた。

 

「いえ、遠くから見守るのが丁度いいです」

 

「そうかい。彼らには君が来たことは黙っておくよ」

 

「ありがとうございます。久々に会えて嬉しかったです」

 

龍二はそういうと立ち上がり、部屋から出ていった。芳村はその龍二の背中を見ながら

 

「やはり君たちは似ている」

 

そう呟いた。



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第六話 かつての

あんていくから出て行った龍二は裏路地を歩きいていた。ふと空を見上げると無数の鳥が羽をばたつかせ自由に空を飛んでいる。その光景を見て龍二は鳥を羨ましいと思った。

 

「なんの悩みも無いんだろうな」

 

 

(俺がコクリアから出たとわかれば連中は再び俺の前に現れるだろう。消すか、若しくは)

 

連中というのは彼がコクリア収監前まで所属していたVという組織のことである。元々、Vという組織はCCGを創設した和周一家の本家ではなく、分家の出の者たちで構成されている組織だ。つまり、喰種を駆逐するCCGとは深い関係にあるのだ。現に本局(CCG)がピンチになった時、Vは特殊捜査官として潜入するシステムとなっている。しかしその組織に喰種である龍二が所属していたというのはおかしな話である。間接的に言えば,人間と喰種が裏で手を組んでいるというところだ。しかし、実際のところ真実は組んでいるという甘いものではなかった。

 

「ガキ共,元気にしてっかな」

 

龍二は懐かしい記憶を呼び覚ましてた。それは龍二がVに配属されてから白日庭という場所での日々だった。子供たちに稽古をつけたり,遊んであげたり,また龍二自身もそこである人物に修行をつけてもらっていた。様々なことが脳裏に浮かんだ。

 

「先生,まだ生きてっかな?」

 

本当に白日庭での日々は龍二にとって幸せそのものだった。常人なら狂ってもいい状況に身を置いていた龍二にとって白日庭だけが唯一の癒しであったのかもしれない。

 

龍二は突然,動いていた足を止めた。

 

「思い出に浸る時間も,無いわけか」

 

龍二はすぐ様後ろを振り向く。その瞬間に龍二の左頬を刃が通り抜けた。龍二の背後には黒服に身を包み,刀を片手に構える男たちの姿があった。その数8人。そして奥には不気味な笑みを浮かべ,不快な咀嚼音を立てる男がいた。その男に対し,龍二は問いかける。

 

「芥子,俺を消しにきたのか」

 

「ふふ,それもいいな」

 

龍二が体勢を変えて構えた瞬間,手前の男が既に動き出し龍二の首元目掛けて刀を下ろしていた。間一髪,体を捻らせて交わした龍二にその横から別の男の刀が入っていた。

 

(こいつら,人間の速さじゃねぇな。当然か.....お前らは紛い物だ)

 

龍二は切り掛かっていた男の拳を素手で掴んだ。掴んだ手から血が溢れ出す。龍二はその掴んだ刀を男もろとも壁に投げつけた。さらに飛び上がり追撃をと,怯んだ男の顔目掛けて足を振り下ろした。ぐしゃという音とともに頭部が潰れる。

 

(まずは1人)

 

その様子を見た芥子の表情からは焦りなど微塵も感じられなかった。まるで想定通りとその顔は不気味な笑みを浮かべ続けていた。龍二は背後から切り掛かっていた男の刀を避けて,男の体に飛び乗り首をもいだ。噴水のように男の首から血が溢れ出す。そのまま飛び上がった龍二は目を赤く染め上げ赫子を出現させた。

 

「チェックメイトだ」

 

あたり一面に高密度な電流状の赫子が放出された。その稲妻は次々と男の体を貫き,次々と地面に倒れていった。ただ2人を除いて。

 

(芥子,お前は避けるだろうな!!.......そしてもう1人)

 

上空から芥子目掛けて拳を放った。しかしその拳を芥子の刀によって真っ向から止められてしまう。その隙を見て一太刀,男が龍二に切り掛かった。龍二の腹部が裂けて血が流れ出した。

 

「臓物が溢れ出しそうだ,......が」

 

(捕らえた!!)

 

龍二の身体に一撃入れた男目掛けて,龍二は至近距離で稲妻を放った。この距離では避けられまいと思っていた龍二の思いとは裏腹に,男はしゃがみこんで回避した。そして回避直後,また一撃と龍二の身体に傷を負わせた。

 

「どうゆう反射神経してんだよ」

 

龍二は傷口を押さえながら2人から距離をとりつつ,両者を睨んでいた。

 

「龍二,戻ってこないか?」

 

芥子が龍二にそう問いかける。

 

「やはり帰るべき家がないと寂しかろう」

 

「帰るべき家?ブラック企業との間違いだろう」

 

「ふふ,そんなことはないさ。お前が帰って来さえすればきっと楽しいぞ?.」

 

 

「ぼざけ!!下郎供が」

 

龍二は怒りに任せて地面を強く殴った。アスファルトにヒビが入り砂埃がまう。男2人はすぐに気づき,龍二の元に走ったが時既に遅し,龍二の体は既にそこにはなかった。芥子はため息をついて男に問いかける。

 

「どうだった?奴の久々の動きを見て」

 

「だいぶ落ちてましたね」

 

「五年もの月日コクリアにいたのだからな。武の才が衰えていてもなんら不思議じゃない」

 

「........」

 

ここで黒服で覆われている男の顔が露わになった。白髪で眼鏡をかけており,喰種たちから死神と恐れられている有馬貴将であった。

 

 

「時に貴将,今のやつならやれたか?」

 

「.......三回,は殺せたかと」

 

「ふふ十分すぎるな。今のは小手調べだ。次はもっと強く叩くぞ龍二よ」

 

 

くちゃくちゃと鳴らしていた不気味な咀嚼音がピタリと止んだ。



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第七話 高槻

龍二が出て行った後,金木は大袈裟に大きくベットに沈み,そのままなんの色味もない無機質な天井を見つめていた。眠りこけていた三日間の間に金木の身体は大分回復していた。しかし身体は回復しているものの,心は同様ではなかった。彼の頭の中にあるのは大きな葛藤だ。自分が求める強さの先に本当に守れるものがあるのか。龍二の言葉を聞いてそう強く感じた。

 

『選択を間違えるな』

 

(選択を、間違えるな?僕の選択は本当に,正しいのだろうか)

 

選択という言葉が自身の脳を揺さぶる。あの時,自分がこうしなかったら,こうすれば。そうすれば今と少しでも状況は違っていだのだろうか。

 

(もし,僕がリゼさんと出会わなければ)

 

リゼというのは彼に悲劇を授けた人物だ。金木の人生は彼女との接触を境に大きく変化。人から喰種へと本来ではありえないような変貌を遂げた彼は常に悩みに悩み続けていたのだ。

 

たった一つ,パズルのピースが欠けただけで現在の自分ではなくなる可能性。金木は時々そんなことを考えていた。

 

「何を,考えているのかな?」

 

突如,自身の耳を声が通り過ぎて行った。金木は驚き,辺りを見渡した。本来この場にいるはずのない声が聞こえたからだ。幻聴と自身の耳を疑う金木だったが,部屋の角に小さく三角座りしている異質な者の姿を目にする。

 

「何で,君がここに」

 

「君」と金木がそれに問いただすには理由があった。部屋の隅で座り込んでいるそれの性別は女性。そして体型に至ってはコンパクトである。なので金木の中で彼女は勝手に少女と結びついていた。

 

「ふふふ,君があまりに戻ってくるのが遅いから迎えにきたよ」

 

 

 

「そうですか....アオギリには仲間を大切にする義理でも?」

 

 

「ふふ,なにそれ笑............君だからだよ」

 

 

「どうゆう意味ですかそれ」

 

金木は彼女に言葉に自然と身構えた。何故自分が身構えているのか。意図的ではなく意識的に金木の身体は動いていた。

 

 

「そんな警戒しないでよ。やっぱり君は病んでる顔がいいね」

 

 

「何を言って......」

 

 

その瞬間,彼女の左手は金木の右頬に触れていた。一瞬の出来事に対し理解が追いつかず金木は止まっていた。

 

(アオギリで僕より強いのはタタラ,ノロだけだと思っていた。だが,この子も警戒した方が....)

 

「あなたってとても寂しがり屋さんなのね」

 

 

「僕が,寂しがり?何を根拠に?」

 

 

「知ってるよ〜私とタタラさんは笑 君がアオギリに入った理由」

 

 

「そうですか。貴方はそれを脅し材料にでも使いたいのですか?アオギリにもっと忠義を尽くせと」

 

 

「ううん,そんな乱暴なことはしないよ。ただ貴方の本心が聞きたくて」

 

 

包帯に隠れていても彼女の表情は透き通るかのように確認できた。その表情は酷く歪んでいたのではなく,金木を心の奥底から震わせるような心にもない笑みを浮かべていたのだ。

 

(こんな表情をできる人が)

 

 

 

 

 

「私の可愛い欠落者」

 

その言葉を聞いたと同時に金木の頭に衝撃が走る。聞き覚えのあるフレーズ。彼は必死に記憶の中でこの言葉を探した。

 

「高槻泉」

 

それは金木が愛してやまない小説家であった。彼女の本の内容は独創的で他の小説家にはない物語や表現が多かった。それ故に万人受けではないがコアなファンが多いことで有名だった。そんな彼女の七作目の『黒山羊の卵』。

 

 

彼女の口から発せられたのはその作中で書かれていた言葉であった。

 

「確か,貴方とリゼちゃんを繋ぎ合わせたのも,この作家のおかげだよね」

 

「!!.............何故,それを?」

 

そう言った金木の言葉は酷く震えていた。何故か目の前の少女に全てを見透かされているような。

 

「確か,彼女(高槻泉)のその作品(黒山羊の卵)は殺人鬼とその息子をテーマにした親子劇。殺人鬼の母を持つ息子はその母の異常性に嫌悪しながらも,自らにも残虐な衝動が芽生えていることに気づく。やっぱり血は争えないのね」

 

金木は黙り込んで彼女の言葉を聞いていた。

 

「貴方のお母さんは,どうゆう人だった?」

 

「僕の,お母さんは.....」

 

金木は自分の母親を思い浮かべていた。金木は幼い頃父親を事故で亡くしていた。なので母親は金木を1人育てた。そんな母を金木は慕い,愛していた。しかし,母は伯母に金を無心されたせいで自身を追い込み,結果過労で死んでしまった。そんな母から金木が教わっていたのは「傷つける人よりも傷つけられる人になりなさい」という言葉であった。

 

 

「お母さんは,僕のために,働きづめで、僕のために」

 

 

「へぇ〜優しいお母さんだね」

 

 

「僕のお母さんは,.............優し」

 

「それは本当に優しさ?」

 

「え?」

 

 

金木に動揺が走る。

 

 

「それはね。優しさじゃないよ?笑 私が教えてあげる。あなたのお母さんはあなたを考えているようであなたを考えていない。ただ失うのが怖かっただけ......」

 

「嘘,だ。母さんは僕のことを....」

 

 

「じゃあ逆に聞くけど,あなたはアオギリの樹に入って何を守りたいの?」

 

 

「僕は,僕は,トーカちゃんや,あんていくのみんなを...」

 

 

「お仲間さん想いなのね。でも何のためにお仲間を守るの?」

 

 

「それは.........」

 

 

「自分のためでしょ?」

 

彼女の口調が変わった。その声には少し狂気が帯びていた。金木の脈拍がどんどん上がり,どくどくと大きく聞こえ始める。

 

「あなたは失った後の自分を考えるのが怖いんでしょ?失ってから救えなかった自分に絶望するのが怖いんでしょ?それは........みんなのためとは言えないよね」

 

 

「.............」

 

 

金木が言い返せないのには,おそらく自分自身で理解している部分があるからだろう。だから言い返せないのだ。

 

「あらよかったじゃない,ママと一緒だね」

 

その瞬間,金木の中で過去のフラッシュバックが起きた。遠い日の記憶。それは幼少期の頃,金木が母と暮らして場面に遡る。家でも内職に勤しむ母の姿を見て金木は心配していた。しかし,母親は心配している金木を抱きしめて..................いたのではなく絶え間のない暴力を行なっていた。

 

そう金木の母親は金木に日常的にDVを行なっていたのである。

 

「僕,もう欲しがらないから許して」

 

金木は下を向き俯いている。その目には光がともされてなかった。自身の中で母を良き母と錯覚することで自分を安定させていた。しかし現実を見たとき,彼はそのあまりのギャップに耐え切れないでいた。彼女は震えている金木の身体を優しく抱きしめた。

 

 

「可哀想な子,実の母からも暴力を受けて悲しかった?辛かった?。私がその痛みをわかってあげる。ほら,お母さんはここにいるよ」

 

 

その言葉を聞いて少女の顔を見た金木は驚いた。金木には少女の顔が自身の想像していた優しい母の顔に見えていたからだ。

 

「お母,さん。僕のお母さんは,やさ,しいんだ。僕のことを一番考えて」

 

「そうだよ。私は君のことを一番考えてるよ?」

 

 

金木の心の中が目の前の少女,虚偽の母の姿で埋め尽くされた。金木は彼女に問いただした。

 

 

「お母さん,僕,どうすればいいの?」

 

 

「ふふふ。お母さんはね,ある喰種を追ってるの。.........彼を見つけてね」

 

 

彼女が彼と呼ぶ人物こそ,もとVであり,そして元アオギリの樹のメンバーでもある,四方龍二のことだった。

 

 

私ね,あなたに嫉妬してるの

 

 

彼女は笑っていた顔を醜く歪めていた。

 

 



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過去編 

 四方家に生まれた長男,龍二,ヒカリ,蓮示。3人は優しい父,そして厳しい母に育てられすくすくと育っていった。しっかり者の長男に自分勝手な長女,そしてそんな姉とは対照的に次男は大人しく無口に。そんな温かな家庭は,ある日突然消え去った。彼らの父親がCCGに捕まってしまい,また母親も復讐に駆られ,3人の元に帰らなくなってしまった。まだ幼い3人を残して,両親いなくなってしまったのだ。

 

 

そこからは龍二が住む場所を探し,ヒカリと蓮二を餓死させないよう食料を、調達していた。両親がいなくなった後,龍二が大黒柱として2人を支えた。当然、ヒカリと蓮示は長男である龍二を慕い尊敬していた。

 

しかし,そんなヒカリと蓮示の前からある日突然,龍二はいなくなったのだ。ある置き手紙を残して。

 

「お前らの兄であることに疲れた」

 

2人は信頼していた兄に裏切られたと感じた。しかし,ヒカリは自分達のせいで兄は我慢をしていたのではないか,兄という立場なので全てを我慢して2人に尽くしていたのではないのかと悟り,龍二のことを責めることはできなかった。

 

 それ以降,弟である蓮示を導くため,姉としてしっかりしはじめた。今まで兄がおこなっていたことを,弟の手本になるべくこなしていった。蓮示も次第に兄のことを忘れていき,ヒカリと協力して生活した。

そして,2人は育ち,やがてヒカリは霧島アラタという男性と恋に落ちた。彼はとても優しい人間であり、2人もどこか兄に似ていると感じていたのだ。そして月日が経ち,ヒカリとアラタは結ばれた。弟である蓮示は,姉ヒカリの結婚を心から喜んでいたが,内心では少し寂しいと感じていた。しかし,そんな蓮示の気持ちを悟ったヒカリは蓮示にこう投げかけた。

 

「レン,あたしに子供ができようがババアになろうが,いつまで経ってもあたしはあんたの姉ちゃんだよ」

 

その言葉を聞いて,蓮示は安心した。蓮二は姉が兄同様,自分の前から消えてしまうのではないかと心配していたからである。蓮示にとって姉はかけがえのない唯一の家族なのだから.......。

 

 

 それからヒカリとアラタの間に子供が2人できた。蓮示は心の底から祝福し,2人の子供の世話などもヒカリから任された。子供の名前には

姉が董香,弟は絢人と名付けられた。幸せだった。まるで,昔のように家族5人で生活している時のように。

 

 しかし、現実は残酷だ。その幸せもすぐに消えていった。近所の人から通報が入り,彼らが喰種であることが噂されていたのである。そして,買い物から帰る家族4人の前に眼鏡の男が立ちはだかった。情報を聞きつけた時にはもう遅かった。姉はそのまま,捜査官の手によって死んでしまったのだ。

 

 

蓮示は、最愛の姉を失ってしまったのだ。そして絶望の淵にいた蓮示の前に,数年ぶりに長男である龍二が現れたのだった。なぜこのタイミングで現れたのか。蓮示は龍二の襟元を掴み溜め込んでいた感情をぶつけた。

 

「今更,なんの様だ??俺たちを見捨てたあんたが!」

 

「蓮示,俺は...」

 

「俺の名前を呼ぶな!!!なんで今なんだ。姉さんがいなくなった今現れたんだ。....俺は....あんたをこれからもずっと恨み続ける。姉さんもそうだ!!お前が,姉さんの代わりに死ねばよかったんだ」

 

強く言い放ち,蓮示は龍二の前から去っていった。呆然としている龍二はそのまま膝から崩れ落ち地面に屈んだ。

 

「すまない,....蓮二,ヒカル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 功善

龍ニが去っていた後、芳村は部屋を片付けながら懐かしい思い出に浸っていた。それは,芳村と龍ニが初めて出会った時のことであった。

 

芳村は1人の人間を愛し,子を授かり,幸せな時間を過ごしていたが,それは自分が所属するVという組織によって,瞬く間に壊されてしまったのだ。Vは人間と愛を育み庇う芳村を裏切り者として、殺害するべく使いを飛ばした。芳村は抗った。抗い続けて結果,愛する人間を亡くし,残った自分の娘でさえも、自分といると危険であると判断し,友人のノロイに託した。

 彼はそれからも必要以上につけ狙ってくるVを蹴散らし,古い廃墟ビルの一室に身を潜めた。

 

「ここまで来れば、しばらくは安心か」

 

芳村はずっと研ぎ澄ましていた身体の緊張を解き,ゆっくりと壁に腰をかけた。動き続きだったので持ち前の体力も底をつきかけている。疲労しきっていた芳村は目を瞑り,自分が愛した女性のうきな,そして、娘のエトを思い浮かべていた。もしも,自分がVなどに所属しなければこんなことにはなっていなかったのではないのか。

 

(俺は,愚かだった)

 

突然,大きな金属音とともに芳村が休んでいた一室の扉が正面から倒れてきた。芳村は解いていた緊張感を再び張り巡らせ,倒れたドアの砂埃に浮かんでいるシルエットを覗き込んでいた。

 

「おっさん,ここまでだ」

 

声を聞く限り,自分とかなり歳が離れていると青年と悟り,微笑した。

 

「青年.....いや子供にはまだ負けられないな」

 

「そうかよ。Vからあんたに対して排除命令が出ている。俺は仕事をしにきただけだ」

 

途端,青年が芳村に走ってくる。芳村は赫子を出現させて,構えた。青年も身体から羽赫を出現させて,無数の赫子を飛ばしてきた。芳村はそれを難なくいなし,青年の身体を赫子で突き破いた。

 

(許せ青年。こちらもまだ死ぬわけには行かないのだ)

 

貫かれて,青年は身体を一切動かさなくなった。芳村は事切れたと思い赫子を身体から抜こうとした瞬間,事切れたと思ってた青年の拳が動き出し,芳村の赫子をへし折ったのだ。

 

「ん!??」

 

芳村は一瞬のことに判断が追いつかなかったが,自身に備わっていた持ち前の反射神経ですぐに青年から距離を取り,折られた赫子部分に手を当てた。

 

「青年と思って油断していた」

 

青年はというと,折った芳村の赫子をそのまま口の中に入れて,かき氷のようにばりばりと食べていった。

 

(そうか。君も.............)

 

「なら,私も少し本気を出そう」

 

 

 

——————

 

 

(それが,私と(龍ニ)との出会いだった。まさか、あの場で出会った2人がここまでの腐れ縁になるとは)

 

そう懐かしき思い出を浮かべていた,芳村の鼻にツンとするような濃い血の匂いが混じってきた。と同時に芳村の表情は先程からは想像もできないような険しい表情になっていた。

 

「久しぶりだな功善,元気にしているか?」

 

 

「今になって現れるとはな...茶は...いるか?芥子」

 

そう言った芳村の目は赫眼に変貌していた。

 

 



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第九話 刹那

「おっと、怖い怖い,しかし生き急ぐことないぞ功善」

 

「生き急ぐ?その口ぶりだと自信があるのだな」

 

「さぁどうかな?今ここでやるのも楽しそうだ」ニチャア

 

赫眼を出現させた芳村に警戒しつつも、挑発する芥子。芥子を見つめる芳村の瞳には軽蔑、嫌悪、憎悪など様々な感情が浮かんでいた。しかし、その瞳とは裏腹に身体を落ち着かせていた。芳村に戦闘意欲が無いのを悟った芥子はゆっくりと店の椅子に腰をかけた。

 

「嘘だ。大事な店だろう?俺はここでは暴れない。俺はな…」

 

「…そうか。なら要件はなんだ?」

 

芳村が1番気掛かりなのは芥子が訪れた目的で会った。なにせ、二人が再会したのは実に十数年ぶりであり、本来なら芳村は追われている身ある。そして芥子はその芳村を追っているVの幹部だ。

 

「そうだな。さっき久々に懐かしい顔を見たよ。今日は懐かしい顔づくしで嬉しいものだな」

 

その一言で、ここに来る前に龍二にあったことを悟る芳村。開いていたしわまみれの手を強く握りしめ、その腕に血管を浮かび上がらした。

 

 

「彼は自分の人生を歩みはじめようとしている。見逃してやってくれないか。もう彼は十分お前たち(V)に尽くした筈だろう」

 

「尽くした度合いは関係ない。奴は私達(V)にとって宝刀である。貴様よりもな。なぁ,功善よ。貴様も戻ってこないか」

 

「私には店がある。そして彼にも自分自身の人生がある。それを妨げていいのは自分自信だけだ。お前が本当に奪おうものなら…」

 

気がつけば、芳村の身体に纏わりつく、血液の蒸気。その全てが芳村の鎧へと変化した。と同時に大幅に距離を取る芥子。その額には先程の余裕そうな表情とは違い、冷や汗を垂れ流している。

 

「ふっ,まだまだ現役だな。近づくと火傷しそうだ。近々また訪れるとしよう」

 

ドアの鈴の音同時に芥子は店内から姿を消して行った。芳村は、武装を解除し,ソファに腰を掛けた。深くため息を吐きながら、周りをそっと見渡し、その顔には悲しみの感情が溢れ出ていた。

 

「潮時か。……寂しくなるな」

 

芥子の言っていた『俺はここでは暴れない。俺はな…』。

 芳村は、もうあんていくで過ごす時間が短いことを悟っていた。本来、気付かれずに生活するだけでも大した事なのに、その中で人が集まる喫茶店を経営しているのだ。しかし、どれだけ続こうがバレてしまえばそれは一瞬で崩れ去ってしまう。

 

「これまでよくやったと……割り切れる者ではないな」

(私は強欲になっていたようだ…)

 

 

そっと息を漏らす。外では雷鳴が轟き、まるで不穏な声のようであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「はぁ,奴ら追ってこないな。ここまで来れば,安心か」

 

先程の戦闘で龍二の体はかなり傷ついていた。予想以上の出血量に焦り,地面に落ちていたボロボロな布切れを傷口に巻いていた。

 

「あいつ,致命傷になるところばかり狙ってきやがって。身体の構造をよく理解してやがる」

 

龍二は古びた廃墟の一室で腰を休めていた。そこは龍二がよく使っていた場所であり、愛着も湧いていた場所であるが、しばらく居ない間に生活感は無くなっていた。カラスの死骸や、虫など、常人なら誰もが嫌がる様な場所であったが、龍二はどこか居心地の良さを感じていた。

 

「7年もいなきゃこうなるか。…俺にはこうゆうところが1番合ってるな」

 

そのまま、汚いアスファルトの床に横たわり何もない天井を見上げていた。考え方をする時はいつもこうやって上を見ていた龍二だった。

 

「気がかりなことは多いが、今は何も考えずただ寝よう」

 

彼は自分がコクリアに収監されていた期間について何も知らない。それもそのはず、外界との交流を全て絶たれ、コンクリートでできた5平方メートルの壁の中でずっと生活していたのだ。外のことについて何も知らないのは至極当然な話である。

 

 

 

 

 

どれくらい経っただろうか。ここ最近体は常に緊張しており、安眠は愚か少しの睡眠しか取れていなかった。しかし,今は何故かとても心が休まる。龍二は夢を見ていた。

 

「兄貴!」

 

そう誰かに呼ばれた気がした。振り向くとそこには死んだ筈の妹がこっちを見て手を振っていた。龍二は驚いた。しかし,同時にあり得ない光景を前に夢と悟る。現実ならばどれ程良かったことだろうか。

 

「ヒカリ,俺は…」

 

「兄貴、なんでもっと早く来てくれなかったの?」

 

その一言に心が動かされる。そしてあの時の記憶が鮮明に浮かんできた。それは妹のヒカリが,喰種捜査官有馬貴将の手によって殺された時の場面であった。本来なら守れる筈だった。しかし,彼の優柔不断さが彼女の死に繋がったのだ。彼には守れなかったと言う死んでも悔やみ切れない想いがずっとあったのだ。

 

「ごめんな,こんな兄貴で」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「!!!」

 

ここで、夢の世界から一気に現実に引き戻された。そして身体から離れていた緊張という悪魔はまた、龍二を取り巻いた。龍二は急いでその身を起こし,外の様子を伺った。何故龍二が急に目を覚まして起き上がったのか,龍二の第六感がこう叫んでいた。

 

何か来る

 

廃墟を取り囲む,巨大なコンクリートのコンテナが赤い物体によって真っ二つ、或いはバラバラな姿に変貌していたのである。それも全て一瞬の内に。龍二は窓から身体を乗り出し,その何かをじっと凝視していた。

 

「みぃつけたぁぁぁあぁぁぁ」

 

「お前、その姿…」

 

 

彼の前に立ちはだかったのは数日前、自身をコクリアから出してくれた恩人であり、人と人ならざる者の狭間で生きる金木研の姿であった。しかし、以前あった面影は無く、その瞳には何も映されていなかった。何故なら彼の眼球は既になくなっていたからだ。

 

 

「よもりゅぅじじじじし」

 

金木は高速で龍二のいる場所に赫子を伸ばした。しかし龍二は難なく交わし、金木と同じ地面の上に身体をついた。と同時に龍二の足元から赫子が出現し龍二の左足を貫いた。

 

「がっ,,坊ちゃんこの期間に強くなりすぎだ。何があった?」

 

「ぼくはぼくはぼくはぼくは」

 

金木は全身から赫子を放出した。無数の禍々しい赫子が龍二に牙を向ける。

(これだけの赫子,一体どれほどのRC値を)

 

 

 



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第十話 痛み

金木の瞳に龍二は写っていないが、それでも金木は正確に龍二に向けて赫子を伸ばした。その速さと強度に先日までの金木とは明らかに実力が違うことを悟りながらも正当なやり方で力を手に入れたわけではないのだと感じていた。

 

「金木,この前までのクールフェイスはどうした?」

 

「ボクはあな、たをぉ殺して」

 

先程から会話が噛み合わない程、金木は意思疎通が通じなくなっていた。そして今は龍二を襲うことだけを目的とした人形と化している。しかし,金木の赫子は龍二に当たらない。

 

(戦いっていうのは如何に冷静にいられるかが鍵だ。だから,そうなっちゃ強くても勝てない)

 

龍二は金木の赫子を避けて,そのまま拳を金木の脇腹に強く入れた。骨が軋む音と共に金木の体はコンテナにめり込む。しかし、直ぐに金木の体は起き上がり,龍二に向かって動き出した。

 

「ぼぐばもうだれにもまげないぃぃぃ」

 

(お前を見ていると余裕のない頃の自分を思い出す)

 

 

龍二は悲しそうな目をしながら,金木に向けて羽赫を放った。金木の体を貫通した羽赫から微量の電流が流れ出し,金木はそのまま地面に膝をついた。龍二はそっと金木に歩み寄ろうとする。しかし,倒れている金木は身体を痺れながらも戦意を喪失させてはいなかった。

 

「よ、もりゅうじぃぃぃぃいいいい」

 

龍二は金木の気迫に押され、身体を少し後ろに下がらせた。金木の身体から新たな赫子が生成されていく。その赫子は百足に酷似していた。赫子の形は本人のイメージにより左右される。金木が百足に似た赫子を扱っている理由は,恐らくヤモリに受けた拷問の影響だろう。耳の中に入れられた百足は金木の心身を狂わせ,トラウマとなってしまったのだ。龍二は金木の赫子を見ながら,様々な想像を浮かべていた。

 

(誰が好き好んでこんな赫子をイメージさせれるんだよ。お前はどれだけのものを背負ってるんだ)

 

百足の形をした禍々しい赫子は龍二に向かう。

 

(この赫子は,当たったらやばい)

 

龍二は赫子を避けながら,金木との距離を大幅にとった。しかし,痺れが治った金木は龍二にすぐさま飛び掛かる。すると,上空に飛んだ金木の身体に向けて龍二の回転蹴りが炸裂した。吹き飛んだ金木はそのまま地面に沈み込むが,赫子だけは自分の意志があるように龍二に襲い掛かる。

 

「ぅぁぁぁぁぅぁぁあぁぁあ!」

 

(こいよ。俺にも少し背負わせてくれ)

 

その瞬間百足は龍二の身体を通り過ぎた。龍二の身体に大きな空洞が空く。そこから噴き出るおびただしい量の血。龍二は地面に膝をついた。

 

「がはっ」

 

「ぁぁあぁぁあぁぁやったよ,おかぁさんんん」

 

龍二の反射神経ならば,金木の赫子を避けることは容易かった。しかし,龍二は敢えて金木の一撃を受けることにしたのだ。それは決して,攻撃を受けても致命傷にならない耐久力の自信や余裕がある訳ではなかった。現に龍二は直ぐに回復することが不可能な程の致命傷を受けていた。口から吐血しながらも、龍二は金木をまっすぐ見つめていた。

 

 

「ぁぁぁぁぁぁああ」

 

「はぁはぁ,何でそんな辛そうなんだよ」

 

「はぁはぁ,ぁぁぁあ1000-7はぁぁ」

 

「どれだけ腹を貫かれようとも腕を失おうと」

 

「おれにぃぃいうばわせぇろぉぉぉぉぉ」

 

「俺に攻撃しているお前の方がずっと痛いよな」

 

龍二の一言に金木は頭を抱えて呻き声を上げた。その声から怒り悲しみの感情が凄まじく感じられる。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあ」

 

金木は叫び声を上げながら,龍二に向かった。無数の赫子が龍二を貫く。もう出血のしすぎで,意識が朦朧としている。

 

「お前は充分強い」

 

龍二は自分を貫いた赫子を押さえ込みそっと目を閉じた。金木は貫いた龍二の身体から自身の赫子を引き抜こうとするが,それは龍二の手によって塞がれる。

 

 

「!!!」

 

次の瞬間,龍二の身体から高密度な電流が流れ出し,そのまま赫子伝いに電流が金木を襲った。しかし同時に龍二の身体にも電流が襲う。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁあ」

 

 

「がっ,ゆっくりや、すめ」

 

 

金木はそのまま地面に倒れた。既に意識は途切れている。先程のように赫子が動くこともなかった。龍二は自身の体を貫いている赫子を引き抜き,そのまま地面に膝をついた。

 

「流石に血を流しすぎた。これ全部俺の血か…」

(もっと温存しとくんだったな)

 

龍二は金木との戦闘で体力の殆どを使い果たした。しかし,まだ体の緊張を解かずその場に立ち止まっていた。

 

(俺の第六感が言っていたのはこいつじゃない)

 

先程,龍二が休んでいた中急に起き出したのは誰かが来るという直感であった。しかし,それが金木を指していたのではないと龍二は最初から分かっていた。つまり,直感させた人物はまだこの場にいるということだった。

 

「出てこいよ、エト」

 

「久しぶり,もとアオギリの頭領さん」

 

 

不気味な彼女が龍二を見つめていた。龍二は冷や汗をかきながら拳を構えていた。

 



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第十一話 乾杯

 

 

「エト,久しぶりだな」

 

「懐かしいね,こんな形で再開するとは思わなかった」

 

「久々の再開を祝して乾杯でもって,、そんな訳にはいかないよな」

 

 

久々の再会を果たした龍二とエトだが,それは決して感動なものではないものをお互い悟っていた。何せ,今こうして龍二を襲っている金木を洗脳したのは他でもないエトなのだから。龍二は地面に倒れている金木に少し視線を向けて,再びエトに戻した。

 

「俺はお前達に,」

 

 

「……」

 

「あまりにも謎が多いんだもん。気づいたら直ぐいなくなっちゃう」

 

「なぁ,エト」

 

「Vの使いだったのね…」

 

そう言い放つ彼女の声はとても冷たかった。その声から感じ取れる感情はまさしく怒りであることを龍二は理解した。何も言わずに沈黙を貫く。

 

 

「……」

 

「私達のこと嘲笑って楽しかった?」

 

 

「そんなつもりは」

 

 

すると,エトの周りに赤い霧が溢れ出し次第に巨大な赫子が露わになった。その赫子が彼女の身体を纏い,体積は数倍膨れ上がる。その後の彼女の姿はまるで怪物だ。ひつつ目の隻眼が彼を睨む。

 

「あははははは,虚しいな。ワインはいかがかしら?」

 

エトの赫子が龍二に牙を向けた。しかし,龍二は攻撃が来るにも関わらずそのままその場に立ち止まっている。赫子が龍二を突き刺し,串刺しにされた龍二は壁へと投げつけられた。倒れた龍二はそのまま動かない。

 

「へぇ…抵抗しないんだ」

 

「はぁ,はぁ,もう体が動かねぇんだよ」

 

 

「それもそうね。でも」

 

すかさずエトの攻撃は龍二を狙う。無数の小さな羽赫が龍二の身体を貫く。龍二は吐血し、その場でそっと目を閉じた。

 

 

(きっと,これは報いだ。俺が犯した様々な罪の)

 

死ぬ間際,過去の記憶が全て浮かぶ走馬灯というものが存在する。龍二は現実では何も見えておらず、記憶の中で浮かぶ映像をそっと見つめていた。遠い過去の記憶。幼少期から大人になるまで,そして家族,友人,恩人,仲間。様々な記憶が交差する中,大きな心残りが存在していた。

 

(蓮二,結局ちゃんと話せてなかったな。そして……)

 

 

もう殆ど龍二の瞳には何も映っていなかった。ぼやける巨大な怪物の姿に視点を合わせて一言。

 

 

「エト,ありがとうな」

 

 

 

 

その表情はとても穏やかだった。しかし龍二にはエトがどんな表情をしているのか全く読み取れていない。

 

(おっかねぇ顔してるんだろうな。いつも不気味な顔してやがるけど,キレた時は顔に出やがるからな)

 

 

 

「最後に聞いていい?貴方にとって私達って何だったの?」

 

 

その言葉を最後に龍二の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十二話 アオギリ

 ここは,アオギリの樹が拠点としている流島という場所である。この場所は孤島である為、人が寄り付かず喰種達が住むにはうってつけの場所であった。そんな島はアオギリの樹の支配下となっており,未だ人にその場所はバレいない。そして,そんな島には沢山の喰種が住み着いており、皆交戦的な喰種が多かった。昔,教会が建てられていたであろう廃墟の中で,男が1人苛立っていた。

 

「ちっ,ここ最近半端野郎顔ださねぇな。これから大事な任務があんのによ」

 

そう呟く青年が1人。彼の名前は霧島アヤト。アオギリの樹に所属する幹部の1人であり端正な顔立ちをしているがその気性はかなり荒かった。現在,行動を共にしていた金木研がしばらく不在のため、愚痴吐いている。

 

「やっぱり半端者は仕事も半端だなクソが」

 

「こんなところにいたか…」

 

そんな所に1人の男が颯爽と姿を現した。暗闇で隠れていたシルエットは月の光によって照らされる。白装束に身を纏い,赤いマスクをつけている彼は,タタラというアオギリの幹部である。彼の目は冷酷でとても冷たい。そんなタタラを見てアヤトは尋ねた。

 

 

「タタラ,半端野郎がどこへ行ったか知らないか?」

 

「あぁ。奴はこの間,エトによって見つかった」

 

「何だ見つかったのかよ。それでどこにいるんだよ」

 

「さぁな。現在エトが連れ回している」

 

「エトの野郎,こっちが忙しい時に」

 

金木がエトと一緒にいることで任務を放棄していることに苛立ちを覚えながらも何か意味があることなのだと察し,それ以上は口を挟まなかった。

 

「それで,もう時期なんだろ?例の抗争」

 

「あぁ。今回の抗争で恐らくCCG側に多大なる犠牲者が出る。その隙をついて鳩の数を減らそう」

 

「なら,尚更半端野郎には戻ってきてもらわねぇといけねぇ。あんな奴でも戦いに置いては,あんたに一目置かれるレベルだ」

 

「あぁ。強いが精神的に脆い。あれではすぐにダメになってしまう。ヤモリが居なくなった後での代わりではあるが…」

 

「半端野郎だから仕方ねぇ。そこは躾りゃいい。あんたが直々に」

 

「ふっお前では役不足だな」

 

タタラの一言によってアヤトは表情が般若のようになった。それ程までに金木研に敵対心を抱いている。

 

「ふざけんな!俺がその気になりゃあいつぐらい」

 

 

以前,アヤトは金木研によって完全に敗北している。金木がヤモリに拷問されて日,それまでひ弱だった彼はまるで人格が変わったかのように冷徹にそして強くなっていた。そんな金木はアヤトを圧倒して、アヤトはプライドがズタズタになっていたのだ。恐らく再戦を望んでいるが,今は金木も同じアオギリの樹に属している為,中々望みが叶わないでいた。

 

「そう向きになるな。…瓶兄弟,そしてヤモリ。今,アオギリの樹は戦力が不足している。だから拡大のためにも新たな喰種が必要だ」

 

「あぁ、だからこうしてスカウトし回ってる。なぁタタラ,前から思ってたんだがこの組織って幹部はいるが,頭はいんのか?」

 

アヤトはずっと持っていた疑問を問いただした。現状,アオギリの樹はタタラが指揮をとっているがそのタタラが幹部という名目の以上,後ろには正当な王がいると考えるのは至極当然のことである。

 

「……あぁ。いるよ」

 

「じゃあ,何でそいつは一度も顔を出しやがらねぇんだよ」

 

 

「…さぁな」

 

 

「何だよそれ」

 

 

するとタタラはそっと椅子に腰をかけて寂しげな目で地面を見つめていた。そんな様子を見たアヤトは初めてのことに驚いていた。するとタタラは口を動かす。

 

「かつてアオギリには鬼人と恐れられた喰種が存在した」

 

「鬼人?初耳だな。強いのか?」

 

「あぁ。……少しそいつの話をしよう」

 

 

普段無口なタタラがこれ程までに口を開くことは珍しいのでアヤトは静かにタタラの話を聞くことにした。

 



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第十三話 復讐に駆られて

 

 CCG本部から中国に派兵された日本人捜査官,法寺項介。彼は持ち前の実力と頭脳,そして多くの捜査官の力を借りて,中国で危険視されていたSSレート喰種「イェン」を討伐することに成功した。しかし,イェンには弟が存在した。アオギリの樹に属するタタラである。タタラは兄,そして友人を葬った法寺に復讐すべく日本に渡った。そんなタタラであったが,他国そして孤独という二つの檻によって悩まされていた。 

 そもそも言語が通じず,喰種とも意思疎通が図れない。兄共に実力はSSレートでありながらも孤独感に蝕まれていた。そんな彼は,心を閉ざし日本で多くの捜査官や同胞である喰種を無差別に殺していた。全ては兄を殺した法寺という男を呼び寄せるため。しかし,そこでタタラは鬼人と恐れられる喰種と対面することになった。

 

 

「へぇ,お前がここ最近世間を騒がせている凶悪な喰種か…」

 

 

「……」

 

 

「変わった匂いだな。……他所者か」

 

 

鬼人はタタラに質問を投げかけるがタタラは何も答えない。警戒しているのか,或いは隙を窺っているのか。しかし,この時のタタラの内心は

 

こいつは兄よりもずっと危険 であった。

 

 

タタラの兄,イェンは中国で殺戮を繰り返していた赤舌連の頭領であり、当然その実力は折り紙付きであった。そしてその兄の間近にいたタタラは当然兄の強さ恐ろしさを知っている。しかし,目の前の男からは兄以上の何か感じた。普段は好戦的なタタラであったが,この時ばかりは戦うことを諦めた。自身と相手の力量を比較し,いかにリスクを減らすかを考える。その結果,戦わないという選択肢を選んだのだ。鬼人も戦闘意欲がないことを悟ったのか,緊張感を溶かしそっと歩みより急にフレンドリーに話し始める。しかしタタラは日本語を話せない為,鬼人は言語に詳しい友人に頼ることにした。

 

 

「なるほどな,じゃあお前は遥々日本まで漂流した桃太郎って訳だ。復讐のために」

 

啊啊(ああ)我不会原谅杀死我兄弟的人(俺は兄を殺したやつを許さない)

 

「それでお前,鬼退治1人でやるつもりか?」

 

「……」

 

「俺らのグループは頭数が不足しててな、強い奴がいないか探してたんだよ」

 

「……」

 

「どうだ?その感じじゃ仲間もいやしねぇだろ。」

 

 

兄を失い,仲間を失いタタラは天涯孤独の日々を送っていた。日本に漂流したのも己の身のみ,仲間というものの存在を忘れていた。彼にはもう復讐という道以外残されていなかったのだ。しかし,その復讐をやり遂げるのに1人ではあまりに無謀だった。

 

(今俺には,奴らとやり合えるだけの戦力がいる。これを利用しない気はない。それに,この男は誘いを断れば即座に俺の首を捥ぐだろう)

 

タタラがそう予測したのも無理はない。何故なら目の前にいるこの男,陽気に話しながらも決して目だけは笑っていなかったからだ。

 

 

好的(分かった)

 

 

一つ返事で答えたタタラに鬼人は少し驚いた。

 

 

「へぇー。お前みたいなタイプは断るもんだと思ってたが。へっ,何か企んでやがるな。まぁ,こちらとしては有り難てぇ話だ」

 

そう言った鬼人は少し笑いながら,タタラから視線を外し背を向けた。元来,人は背を向ける相手に対して安心感を持っていると言われているがこの場合は少し違った。鬼人はタタラのことを完全に信用しきった訳ではない。それでも背を向けるということは,いつでも殺れるという自信か或いは…。

 

 

 

 しかし,この時タタラも隙をついて鬼人を殺そうとは考えていなかった。自身の復讐の為,そして何より鬼人に対して興味が湧いていた。別に何か決定打があって彼に深く興味が湧いた訳ではない。ただ、何となくをという他ないだろう。

 

 

「一応名乗っとくぜ?俺の名前はーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい,どうして名前のところで止まるんだよ」

 

 

話しが途中で中断され,アヤトはそう疑問をぶつけた。

 

 

「……長く話しすぎたな。話はここで終わりだ。すぐに会議をはじめる」

 

 

「なっ,興味持たせといてそれかよ。…にしても不思議だな。普段無口なあんたがこんだけ話すなんて」

 

 

「それもそうだな」

 

(たまにアヤトを見ると,お前(鬼人)を思い出すよ)

 

 

 

 

「ただいま」

 

その時,二人は突如聞こえた女性の声の方に視線を向けた。するとそこには,綺麗な緑色の髪の毛をなびかせた女性が椅子に腰を据えていた。

 

 

「エトか,どうしたその傷は」

 

エトの体に刻まれた傷を見て,タタラはそう問いただす。アヤトもその様子に驚いていた。

 

(こんなに強い奴が…)

 

 

「うーんちょっとね」

 

そう答えたエトの表情は少し切なげだった。そんなエトの感情を読み取ってか,タタラは会議の時間を少し遅らせることにした。アヤトも一度その場から離れるよう指示される。タタラはエトが傷を負っている場所に包帯を巻いた。

 

「中々深いな。…奴と久々に会ったのか?」

 

「うん。それにしても,アヤト君に懐かしい話してたのね」

 

「聞いていたのか」

 

「えぇ。アヤト君は何も知らないものね。彼が……」

 

 

「そうだな。エト,何があったか聞かせてくれ」

 

二人はそのまま,奥の部屋に入っていった。

 

 

 



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