チルノの学校生活 (ヤングコーン)
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1話 げーむのきょうたい

人里にある寺子屋。私達はそこで授業を受けていた。明日は待ちに待った2連休。けーね先生の手には作文用紙。読者感想文と言う宿題にげんなりするいつものメンバーの中、チルノちゃんだけは心ここにあらず。一体どうしたんだろう。




「と言うわけで、今日の授業はここまで。それで、今日の宿題の事だが…」

 

けーね先生がプリントを配る。プリントは前の席から後ろに手渡され、この長机の人数分取ったら後ろに回す。

 

私はプリントを大ちゃんから受け取り隣のルーミアに渡した。これは作文じゃないか。一体どうしてこんなものを…。

 

「今日から2連休ある。その間に1つ本を読みその感想をそこに書くんだ。枚数が足りなければ教卓に紙は置いておくから取りに来るといい」

 

「先生、本って漫画本でもいいですか」

 

「いや、駄目だ。挿絵は入ってていいしページ数も指定しないが小説とかエッセイとかその類だ」

 

教室内がざわめく。また面倒くさい宿題だなぁ。

 

「質問等他にないなら今日はもう終わり。解散!」

 

生徒は蜘蛛の子を散らす様に下校を始めた。私もさっさと帰りたかったけど、皆と一緒に帰るので飛び出す事はできない。

 

我先にと廊下を走った生徒は捕まって説教を受けてる。私が皆と一緒に寺子屋を出るより時間がかかりそう。私はほくそ笑むと準備ができた皆と下校する。

 

「たった2連休で1冊本を読んで感想文書けだなんて、酷な話しだよね。休みを満喫できないよー」

 

リグルはボヤいた。

 

「厚みのない薄い本を読めばいいんだよ。そして中身のないそれっぽい文章を引き伸ばーし引き伸ばーし…」

 

ミスチーはジェスチャーを交えて説明している。

 

「薄い本…」

 

大ちゃんが1人笑った。

 

「大ちゃんは家に本を持ってたよね。いい感じに短くて面白い本ない?」

 

「リグルちゃんに合いそうな本、あるかなぁ」

 

皆わいわいと話している。ぼんやりしてるとルーミアが私の肩を叩いた。

 

「チルノはどんな本を読むのかー?」

 

「明日考えるよ。ルーミアは?」

 

「んー。私は感想文書かない!」

 

「先生の頭突き、痛いよ」

 

「私の頭は先生より硬い!よって大丈夫!」

 

元気いっぱいにこやかに答える。そうしているとその辺でゴツゴツと音が聞こえた。まるで木を斧で叩いている様な…。

 

けーね先生だった。けーね先生は頭で木をへし折るとそれを持ってどこかへ行った。

 

「どんな本を読もうかなー」

 

ルーミアは現実的で賢い選択をした様だ。

やがてミスチーとルーミアの2人と分かれた。大ちゃんの家に本を借りに来るためリグルは自宅へ向かわず付いてくる。

 

リグルは大きなため息をついて両手を頭の後ろにやった。

 

「大ちゃんはともかく、今日はやけに静かじゃんチルノ。何か悩んでる事でもある?」

 

「何か悩みでもあるの、チルノちゃん」

 

「ないよ。いつもこんなだって。それじゃ、私の家はこっちだから」

 

私は適当にあしらって自分の家に向かって歩き出す。

 

「チルノちゃん、読む本は決まってるの?良かったら家においでよ」

 

「んあー…気が向いたら!」

 

家についた。ふぅ…。家の中には河城にとりが機械の前で座っていた。一息付きながらカチャカチャと何かをした後に最後の蓋を閉じた。

 

ようやく私に気がついた様で私は声をかける。河城にとりは笑顔で私に手をひらひらとする。

 

「足は付かなかった?誰かに尾行されてない?」

 

「うん、多分。でもこの家ドアないしバレてるかもよ。事のついでに付けようか?」

 

「いや、遠慮しとく」

 

ドアは欲しい。でも最近はカッパコインの前借りが多く、これ以上借りれば後から上限が来ていざと言う時に借りられなくなってしまう。

 

現金を持たなくても売買なりサービスなりして貰えるカッパコイン。会員制のにとりカードが必要で、前借りできるのは10枚まで。私が会員に登録できたのはラッキーだったものの、カッパコインのない生活に戻る事は考えられない。

 

そしていつも下手に使ってしまうので、いつも激務の返済で済ませようとして苦労する。

 

「明日は7時からうちに来て手伝ってくれないかな。2時間で、カッパコイン2枚でどう?」

 

私は冷気を使ったサービスを行う事でカッパコインの前借りを返済している。現時点で7枚の前借り。あまりに便利なのでついつい利用して上限に達し、ハードなバイトをする事になる。

 

にとりのバイトは労働的にきつくはないがとても退屈だ。割と本気で他のバイトしてカッパコインを買ったり返済した方が賢いんじゃないかと思う事がある。

 

「4枚…」

 

「冗談きついなぁ。3枚」

 

言ってみるもんだ。私は3枚でその依頼を受けた。それからこの機械の使い方を教わる。そう…この機械は近くのゴミ捨て場にあったもの。

 

にとりが言うには「げーむのきょうたい」らしい。初めてこれを見た時は運命を感じた。どんなものか分からなかったけど、取り敢えず使えるようにと、にとりに修理を頼んだ。

 

扱い方を教わると、早速と電源を入れる。が…。

 

 

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「あれ、電源つかないよ」

 

「カッパコイン切れてるからねぇ」

 

電気を供給するにはカッパコインがいるんだった…。でもちょうど手持ちのカッパコインを切らしてる。

 

「そういえば今日の夕方に入ってたバイトがキャンセルされちゃってね」

 

「やるよ!やればいいんでしょ!」



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2話 青緑の本

ゲームの筐体を手に入れたチルノ。カッパコインを返済しつつ遊ぶためのカッパコインも無事にゲットした。ゲームに没頭して気が付けば2連休の1日目の午後。そろそろ宿題に着手すべく大妖精の家へ向かうが…。


「ふぎぎ、後何分…」

 

カッパコインの報酬は2枚から3枚になったけど、働く時間も2時間オーバー。私はパソコンの本体に囲まれている。これらを冷却するのが私の仕事。

 

昨日の稼ぎが2枚で、1枚は返済した。日付を跨いでるとは言え、昨日の仕事もあってしんどかった。

 

意識せずとも冷気は体から流れ出るものの、そのままではパソコンの発する熱量の方が多く、かと言って強過ぎる冷気を放ってもパソコンは壊れる。微細な加減が必要だった。

 

にとりはパソコンに集中している。スイッチが入ったら呼びかけには応答しない。聞こえているらしいが、気を散らすと再び集中するのに時間がかかるらしい。

 

にとりの機嫌を損ねた日には…。

 

「ようし、ありがとうチルノ。もういーよ」

 

やっと終わった。コイン3枚を受け取り、握り締めて家に帰る。1秒でも早く飛んで帰る。地上を歩く人を見て、空を飛べない人の生活は不便だろうなぁなんて思う。

 

カラスにぶつかりかけた。危ない危ない。私は素早く地上に降り立つと家の中に入った。ああ…やっぱりドアつけてもらおうかな。

 

そう思いながら玄関近くのコイン投入口にカッパコインを入れた。通電の確認ランプが光ったのを確認するとげーむのきょうたい…、ゲームの筐体の前に座った。

 

本当は100円入れなければ動かないが、コイン投入口のすぐ隣のボタンを押せばコンテニュー及びスタートできる。昨日は1面まで終わった。2面でゲームオーバーになって、コンテニューボタンを押さずに苛立ちに任せて通常ボタンを連打した結果メインタイトルに戻った。

 

かなり難しいアクションSTGだが、コンテニューボタンを押せば無限にコンテニューできる。しかしこれに甘んじていいものか…。

 

兎にも角にもプレイしながら考えよう。

 

プレイを始めて4時間。気がつけば昼の14時だった。途中で何度もコンテニューボタンを押し忘れて3回ぐらい1面からやり直した。

 

そしてこれが4回目。さすがに集中力も切れてきてため息をついた。ふと消えかかってる文字が見えた。辛うじて書いてある内容は読める。

 

「連コ」

 

連コ?その先はしっかり消えてて読めない。

 

カッパコインによる電気の使用可能な時間は残り2時間。使い切らなければ勿体ない気もするものの、考えれば今日はまだ宿題の感想文を書くための本さえまだ見つけていない。

 

より近く最も確実で、すぐに読み終わる本を入手できそうな場所と言えば大ちゃんの家だ。リグルは感想文用の本は見つけられたのかな。

 

家を出て大ちゃんの家に向かった。えっと、ドアベルはこれか。そう思って手を伸ばそうとすると、郵便受けの中に(チルノへ)と書かれてる手紙を発見した。

 

大ちゃん家の郵便受けなのに、私宛ての手紙?不思議に思って手紙を手に取る。私に宛てたものだから、私が読んでもいいよね?

 

私は手紙を見た。

 

〝チルノ、ここに来たのは本を借りに来たからだろう。でも残念ながらここに君が欲しがる様な本はない。他を当たるんだ〟

 

この内容…リグルか。読者感想文のための本を見つける事はできなかったのかな。

 

「チルノちゃん?」

 

いつの間にかドアは開いていた。

 

 

 

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「ぎゃあ!」

 

手紙に気を取られていたとは言え、ドアが開く音には気付くはずだ。大ちゃんがドアを開いた時、音もしなかった気がする。私は手紙を背中に隠した。

 

「驚かせるつもりはなかったんだ。でも、いつまで経ってもドアベルを鳴らしてくれないから待ちくたびれちゃって…。ごめんね」

 

私がここへ向かう所を見ていたらしい。

 

「こんな所で立ち話もなんだし、家にあがってってよ」

 

リグルの手紙を思い出す。あの子とは趣味は割と似通っている。この家には私の趣味に合う本はきっとないんだろう。日没までに感想文向けの本は手に入れたいからここは去るべきだ。

 

とは言え、家の前まで来て帰れば不審がられる。時間もない事だし、何か適当な言い訳を作ってこの場を離れなければ…。

 

「そうだった、この後急用があるんだった!」

 

「急用?」

 

「うん、14時30分にとりの所にバイトに行く用事があったんだ」

 

「…おかしいな。にとりさんは午後から出かけるって聞いたけど」

 

「そう、それであたいは店番をする事になったんだ!」

 

「ごめん、さっきの嘘。にとりさんは店にいるよ。今さっき買い物に行ってきたんだよね」

 

ぐうぅ…。

 

「み、店番だと思ったんだけどなぁ。何のバイトだったかなぁ」

 

「聞いてみようか?」

 

大ちゃんがドアから離れると家の向こうからにとりが現れた。何で事だ…。

 

「チルノ、どんまい」

 

だめぽ。観念して中に入る事にした。にとりは家を去って行く。

 

中はこざっぱりとしている。すぐに目に入ったのは6つの本棚で、4つの本棚は青緑の背表紙の本で埋め尽くされていた。残り1つの棚には様々な本が入っていて、もう1つの新しい本棚は空だった。大ちゃんの買い物と言うのは新しい本棚の事か。

 

他の本と違い青緑の本にはタイトルが書いてない。私は本の一つを手に取った。表紙にもタイトルがない。一体何なんだろう。

 

少し離れた所にある机を見ると書きかけの紙とペンがあった。作文ではないようだ。

 

「青緑の本は私が書いてるんだ。どれも一巻完結だから適当な所から引き抜いて読んでいいよ」

 

私は1つ適当な場所の本を引き抜いて読んでみた。全て手書きだ。しばらく見入っていた気がしたが、パタンと本を閉じた。そして元の位置に戻した。



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3話 夜更の胸騒ぎ

奇妙な夢を見たチルノ。
夜更に目が覚めるも、寝付けない。
夜風に当りに空を飛んでいると、何かにぶつかりそうになる。
その正体は…

(2連休に尺を割き過ぎて学校生活が始まらない…orz)


三話 夜更けの胸騒ぎ

どこまでも広がる霧。ここはどこなんだろう。見渡せど一寸先も見えない濃霧だ。きっと地平線の向こうまでこうなんだろう。

 

踏み締める地面は柔い。足元を眺めると素足が見えたが地面は真っ白。一歩踏み出して前に進むと、足の先はまたふわりと柔い何かに触れた様に僅かに沈む。

 

歩行の様な移動はできるものの、どちらかと言うと足の動きは水の中を掻く動作に近い。飛ぶ感覚にはなれてても、この浮遊感は慣れない。

 

行くあてもなくただ前へ進む。やがて宙に浮く本が見えた。これはどこかで見た様な…。私はそれを開いてみる。

 

本は真っ白。何も書いてない。

 

誰かが呼ぶ声がする。

 

〝…ちゃん。チルノちゃん〟

 

「…はっ!」

 

起きた。何だ今の。

 

目をパチパチさせて周りを見る。私の家だ。おかしいな、確かさっきまで大ちゃんの家の前に…。時計は23時を指していた。

 

手を開いたり閉じたりしてみる。感覚は普通だ。

 

どうも記憶が抜け落ちている。そもそも私は本当に大ちゃんの家に行ったっけ。

 

外に出て空を見上げる。暗い夜空にはダイヤモンドをちりばめた様に輝いている。

 

「こんな時間帯に起きてもなぁ」

 

知ってる本屋も図書館も閉まっている。ゲームもやる気が起きない。かと言ってまた眠れそうにもない。少し夜風に当たって来よう。

 

外に出て、ぐっと足に力を込めると空まで飛んだ。帰りの体力なんて考えなくていい。今はどこまでも全力で空を駆け抜けたい気分だった。

 

森を抜けてしばらくすると、前方に何か気配を感じた。向こうはこちらに気が付いていない。

 

「どいたどいた!」

 

「は?」

 

勢いを付けて飛んでいたので回避が難しかった。あっちもギリギリで回避するとこちらを追ってくる。

 

「待ちなさいよ!」

 

お札が飛んで来る。よりにもよって赤い通り魔じゃないか…。

 

「お札を飛ばすんじゃ止まるに止まれない!」

 

「あんたが止まればお札は飛ばさない!」

 

手加減はしてあっても下手に止まれば当たる。とは言え、いずれ追い付かれる。近くに池を確認すると低空飛行して近くの森に隠れた。

 

霊夢が遅れてやって来る。池の真ん中で私を探している。私は池の中に作った私のダミーを池から浮かび上がらせた。霊夢はとっさにお札を手に持って止まる。

 

しばらくしてお札をしまったのを確認すると木陰から出た。

 

「さっきぶつかりそうになったのは謝るけど、何もお札を飛ばす事ないじゃないか」

 

「こんな夜中に妖精が猛スピードで飛んでるもんだから、また悪戯でもしたのかと思ったのよ」

 

私も他の妖精が今さっきの私みたいに飛んでたら悪戯を疑うので、その事については何も言い返せなかった。

 

悔しいので、また今度何か悪戯しておこうと心に誓った。

 

「真夜中にパトロールだなんて、急に善行を積んでどうしたの」

 

「何か胸騒ぎがするのよ。異変の前触れの様な…」

 

「それって、怪異?」

 

「分からない。だからこうして探索してたのよ」

 

「何も感じないけどなぁ」

 

霊夢が穏やかな表情でにっこり笑う。

 

 

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「チルノは何か感じなかった?何か変わった事とか」

 

「物騒な巫女が夜間パトロールしてた」

 

「補導対象時間よ。帰りなさい」

 

そう言うとため息をついて帰って行った。それにしても怪異か…。思う所はあったけどもう遅いし、明日は早く本を見つけなきゃいけないそろそろ帰ろう。

 

池の近くに息を潜めながらこちらを伺う小さな気配を感じたが、気付かないフリをしてそのまま飛んだ。

 

家に帰るとヘトヘトになってベッドに戻った。でもこれならちゃんと寝付ける。私はふかふかな枕に顔を埋めて眠りについた。

 

翌日、目が覚めた。外に出ると日光を浴びながら大きく背伸びをする。遠くで屈伸をする大ちゃんが見えた。手を振るとあっちも手を振った。

 

まだ図書館は空いてないかもしれない。二度寝しようかな。そう思ってると電話がかかってきた。私は受話器を握って耳に当てた。

 

「おはよう、チルノ起きてる?」

 

「…今から寝る所」

 

「ごめん、外せない急用ができてさ。他に仕事を頼める人がいないんだよ。ただお届け物をするだけ!助けると思ってお願い!」

 

「…カッパコイン3枚」

 

「前借りカッパコインをチャラ、加えて3枚。ね、ね、頼むよー!」

 

「すぐに行く」

 

カッパコイン、相場が分からない。でもこんなに気前のいいバイトは引き受けない手はない。それにしてもどこに届けるんだろう。

 

私はさっさと支度をした。今日は少し暑くなりそうだ。水筒に水を入れてにとりの家に向かった。

 

家に到着するとドアをノックする前に開いて扉がデコにぶつかった。

 

「ご、ごめん!早かったね、ちょうど良かった」

 

よほど急いでいる様でほぼ一方的に私に荷物を渡すと、僅かに浮いているキックボードに乗って文字通り飛んで行った。

 

商魂逞しいと言うのも良し悪しだな。そんな風に思いながら宛先を見ると面食らった。この荷物、紅魔館宛てじゃないか…。

 

いや、でも考えればあの門番に手渡せばいいんだ。メイドに会う事もないだろうし何の危険もない。私は覚悟を決めると紅魔館に向かって飛んだ。



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4話 潜入!紅魔館のメイド長の恐怖に迫る!

にとりから渡された荷物を届けに紅魔館へ。
着いたはいいが門番は起きず通してもらえない。
困り果てていると変わった妖精のメイドが現れ、案内してくれると言う。
まさかこんな事になるだなんて…。


にとりに頼まれた荷物を持って紅魔館にやって来た。辺り一面は霧がかかっていて遠くは見渡せない。それでも紅魔館の方角は何となくわかる。何故なのかは分からない。強いて言うなら…えっと、凄み?

 

兎にも角にも何とか辿り着けた。霧のおかげであまり暑くもないけど、涼しくもない。巨大生物の体内にいるような、そんな何とも言えない湿度だ。

 

あまり長居はしたくないなぁ。今にも何かが飛び出して来そうだ。

 

門が見えた。門の前で門番が寝ている。あの門番は何から何を守るべくあそこで番をしているのだろう。私はおそるおそる彼女に近付いた。ピクッと動いたので警戒したが起きなかった。

 

「あ、あの…荷物を届けに来たんだけど…」

 

門番は起きない。大声で声をかけても、揺さぶっても起きない。どうしたものか…。仕方がないので門の中に入って通してもらおうと思って門に触れた。

 

重くて開かない。空から中に入ったら、侵入扱いになる…のかな。わざわざ門を作って外との隔たりを作ってるわけだし。

 

「うーん…」

 

髪をくしゃくしゃにして考える。とりあえずまた門番を揺さぶる。やはり起きそうにない。

 

そうこうしていると門が開き、中から小柄な少女が現れた。こちらと目が合う。彼女は手に持っていたゴミ袋をその場に落とすとこちらに駆け寄って来た。

 

何事かと思う間もなく目の前で立ち止まると背伸びをしてこちらの目を覗き、後ろ頭を掴むと少女の顔の方へ強引に引っ張った。

 

口に柔らかい物が触れた。一瞬の様にも感じられたし、数分の様にも感じた。呆気に取られていると彼女はすぐに距離を取ってニコリと笑う。

 

「この辺じゃ見ない顔だね。新しいメイドの妖精さん?」

 

「あ、えと…」

 

頭が混乱して思考が上手くできない。えっと、今キスされた?顔が熱い。

 

少女が再び近寄る。思わず両手で顔を守ると、手に握っていた荷物を取られた。焦って奪い返そうとするものの、遊ばれる様にひらひらと避けられる。

 

「返して、私はそれを届けなきゃいけないの」

 

「中に用があるんでしょ?ほら、中身を改めないと」

 

クスクスと笑う。確かにそれもそうだ。危険物を持ち込まれたんじゃたまったものではない。私は深呼吸をして冷静さを取り戻す様に努める。

 

 

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「ふうん…」

 

少女は私を見て目を細めて笑い、中身を開けて確認する。興味深そうに眺めているとまた中にしまった。

 

「いいよ。案内したげる。でも私は新入りでさ。道案内は出来ても宛先人と対面はできないの。直接手渡してくれる?」

 

「分かった」

 

「こっちよ、ついて来て」

 

彼女は歩き出した。不思議と彼女の周りだけ空間が僅かに歪んで見える。目を擦って見ると歪みは消えた。気のせいか。

 

私は彼女の後をついて行きながら尋ねる。

 

「ねえ、名前は?」

 

「今日明日で忘れる相手の名前なんて覚えてどうするの」

 

「私はチルノ」

 

「…私はジェーン」

 

彼女の後を追うが、およそまともな道を通らない。さっきも正面を避けたしまるで潜入みたいだ。人目を気にしながら先を進む。

 

「普通の道は通らないの?」

 

「遠いし、私も新人だからあなたの事を説明するのは手間がかかるでしょ」

 

段々とジェーンの事が怪しく思えて来た。新人なのに紅魔館の近道を知ってて、自身の仕事は放り出し、こんな私の事をメイド長にも伝えずにいるのだから。

 

ダクトの中を抜け、細い場所を抜けると廊下に出た。

 

「後は2階に上がって右側の部屋に行くだけ。簡単でしょ?」

 

そう言ってここから先は私が前を歩く様に言う。荷物は持っててくれるそうだ。

 

「その荷物誰宛てなの?」

 

「そんな事も知らないでここまで来たの?」

 

「門番に手渡せば話も通してあるでしょ、と思ってたんだよ」

 

「それは災難ね」

 

そう言う彼女の口調は少し楽しそうだった。私が階段を登ろうとした時、足音が聞こえて階段の下のロッカーの影に隠れた。

 

ジェーンは狭そうにしていたが今は仕方がない。足音が階段を降りると止んだ。隠れたまま静かにする。おかしい、もうどこかへ行ったんだろうか。

 

私は顔を出すとその人と目があった。まずい、例のメイド長だ。彼女はつかつかとこちらにやって来た。

 

「ま、ま、待って!怪しい妖精じゃないから…」

 

「どこからどう見ても怪しい妖精じゃない。あなた、チルノ…だったわね。どうしてここに?」

 

「実は届け物をしに来たんだ」

 

彼女はため息をついて腕を組んだ。

 

「それで、何を届けに?」

 

「ジェーン、荷物を返し…」

 

いない。ついさっきまで後ろにいたのに!見渡せどどこにもいない。荷物と一緒に消えてしまった。非常にまずい。

 

「…チルノ、どうやってここに迷い込んだか知らないけどあなた疲れてるのよ。外まで連れてってあげるから今日は家でゆっくりしていなさい」

 

厳しくげに、かつ優しく私に言うとほぼ瞬時に私を外へ追い出した。これが噂に聞く時止めか…。

 

彼女、は私にお菓子の小包を渡すと紅魔館の中へ帰って行った。荷物について聞く暇も与えてもらえなかった。

 

紅魔館の前で立ち尽くす。あの門番はまだ寝ている。頭にナイフが咲いていた。帽子が落ちている。帽子を拾うと、帽子の内側に名前が書いてあるのが確認できた。

 

「いい加減、起きてくれないかなぁ、みすずさん」

 

「メイリンです」

 

起きた!

 

「あの、紅美鈴さん。ジェーンって妖精見なかった?」

 

「うーん…。聞かない名前だね」

 

特徴を言っても知らないと言う。やっぱりメイド長の咲夜って人に聞かない事には…。私は改めて確認を取ってもらえないか尋ねる事にした。

 

「あの」

 

「…………」

 

寝てる。

 

「くれないみすず」

 

「ホン・メイリンです」



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5話 再度潜入、レミリア現る

謎の妖精メイド、ジェーンに連れられ紅魔館に潜入したチルノ。しかし、気配を悟られ掴まり外へつまみ出されてしまった。再びチルノの前に姿を現したジェーンと共に荷物を届けに潜入する。
もうすぐ宛先人の部屋、と言う所を紅魔館の主であるレミリアと出くわしてしまった。チルノの命運やいかに。



門番はまた眠ってしまった。荷物を送り届ける事に関して彼女に頼ろうと言う考えは捨てた方がいいかもしれない。どうしたものか、宛先に荷物を届けなければならないばかりか荷物を持ち去ったジェーンまで見つけなければならない。

 

「はろー、私を探してる?」

 

「ジェーン!」

 

いつの間にか影から現れて笑う。私は彼女の肩を掴んだ。

 

「あの荷物を返して!」

 

「荷物はちゃんと宛先の部屋に置いておいたよ。部屋のドア付近」

 

私はホッとした。

 

「それじゃあ、ちゃんと届けられたんだ」

 

「どうかな。ちゃんと手渡ししてないから小間使いにでも処分されるかも」

 

ううう…。また侵入して届けなきゃいけないって事か…。さっきは情けをかけてくれたあのメイド長も次は攻撃して来るだろう。気が進まない。

 

「大丈夫だって。近くまでは送り届けてあげるから」

 

「でもメイド長にバレたらまた逃げるんでしょ?話を付けて来てよ」

 

「持ち場を離れた事バレちゃうし、怒られるの嫌だし」

 

飽くまで協力してあげている立場って言いたいわけね…。私はもう一度彼女の協力を得て中に入る事にした。この館の広さからは妖精の数は少ない様にも見えるが、それでもこの数の中をバレずに中に入る道を知っているのは凄い。

 

本当に新人なのかとか、美鈴や咲夜がジェーンと言うメイドを知らないと言っていたとか色々と聞きたい事はあったがはぐらかされそうなので聞くのはやめた。

 

「さ、ついたよ。部屋に入ってすぐの所に置いてあるから」

 

「わかった」

 

深呼吸をする。この辺りは妖精の行き来も少ない。隙を見計らって部屋に向かう事は難しくはない。咲夜も訳もなくこの辺りを何度も来るはずがない。私はあたりを確認して進む。

 

階段下に行き、ロッカーの中に隠れて辺りの状況を確認する。ジェーンはロッカーの影に隠れる。そもそもここのメイドで、いざとなれば姿を消すのも難しくない彼女が隠れる必要はあるんだろうか。

 

辺りの静けさを確認してから階段を上る。大丈夫だ。周りには誰もいない。

 

「ここの廊下を右側だっけ?」

 

振り返るがジェーンがいない。なんなんだ。でもあの子の言う事が本当なら宛先人の部屋はもうすぐだ。私は慎重に先に進むことにした。

 

その時、廊下をだかだかとエネルギッシュに走る足音が聞こえた。隠れられる遮蔽物がない。非常にまずい。

 

「速いぞぉ!」

 

そう言いながら現れたのは、確か博麗神社の宴会にいた…。確かレミリアとかいう吸血鬼でこの紅魔館の主だ。ルーミアがよくやるようなあの両手を水平に伸ばしたポーズで走っていた。

 

 

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私と目が合うと彼女は飛び上がって驚いた。しばらくあたふたしていた様子だったが、急に思い出したように深呼吸をして睨みを利かせる。

 

「ほお…メイドでもない野良の妖精の分際でこの紅魔館を闊歩するとは。いいだろう。ネズミの始末一つできない不出来なメイドに代ってこの私が直々に相手してやる」

 

駄目だ…まともに相手をして勝てる相手じゃない。それに言葉の通りあのメイド長の様に見逃してもらえるとも思えない。ならば一か八か…その心を挫く!

 

「取り繕えてない!!」

 

「うぐぅ!」

 

言葉が矢として放たれたように胸の辺りを抑えて怯むレミリア。

 

「速いぞぉ!!!」

 

私は腕を水平に持ち上げながら叫ぶ。

 

 

「あがっ」

 

アッパーカットでも叩き込まれたように上を見上げながらよろよろとしている。言葉でこんなにダメージを与えられるとは思わなんだ…。彼女はその場に膝をついてうつむく。

 

「貴様…」

 

ヤバい。怒らせてしまったかもしれない。私は今のうちに走って逃げた。今はとにかく遠くに…。すぐには見つからない場所に…。

 

しまった、どうせならこのままあの右側の部屋に向かうべきだった。今は知っている方向は逆。とはいえ今から戻れば掴まってしまう。今はとにかく逃げないと…。

 

「チルノ、こっち」

 

声が聞こえた。そこへ向かうとドアが開き、私の手を引っ張った。私がよろめきながら部屋に入るとドアは閉まった。目をやるとそこにはジェーンがいた。彼女はドアに耳を当ててしばらくしてこっちへ戻ってくる。

 

私は呼吸を整える。上手く行ったとはいえあのレミリアと対峙した。今でも心臓がバクバクする。この事をにとりに話せば分かってくれるはず。今は荷物より自分の命が惜しい。できる事なら、とにかく帰りたい。

 

「あはは、やるね。さっきのはとても面白かった」

 

「見てないで助けてよ…」

 

やっとの事で落ち着いてきた。私の言葉は無視して部屋に干してある服の一つを持って来て手渡ししてきた。これは…メイド服?

 

「私ここで働く気はないよ」

 

「馬鹿ね、変装よ。その服で歩き回るよりはまだマシになるわ」

 

なるほど。私は早速と服を受け取って着替える。割とサイズはあってる。元の着替えはどうしようか…と思っていると彼女が預かってくれた。帰りに渡してくれるんだろう。

 

少し休憩して行こう。私は壁に背もたれて一息ついた。ジェーンは静かに私を眺めている。

 

「ジェーン、あなたはどうしてここに?」

 

「強大な勢力に属すると言うのはその立場を持つ事。外界を歩く時、下手に襲われたりされにくくなったりもする。そうでしょ?」

 

つまらない事を聞くなと言った口調で言った。私は言葉を返さず水筒の水を飲んだ。珍しそうに見てるので渡すとしばらく見つめていた。

 

「荷物を届け終えたなら、あなたはもうここへは来ないのよね」

 

「多分ね」

 

「ここを出たら、もう私達は会えないと思う」

 

「どうして?ジェーン・ドゥにはいつでも会える」

 

彼女は意外そうな顔をした。それからため息をつくとそっぽを向く。

 

「そう。それじゃ、荷物の配達頑張ってね」

 

そう言ってこの場からいなくなった。私もそろそろここを出るとしよう。

 



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6話 秒針に愛を込めて

「そんなぁ!こんなのって無いよぉ!」

悲痛の言葉が給湯室で響く。さながらメイド長と再会を果たしたチルノは再び彼女と対峙することになる。このまま引き下がるわけにはいかない。意を決したチルノはある作戦を決行する。


羽の形を調整した。これで遠目にはバレまい。しかし近づかれればアウトだ。私は早速とジェーンの言っていた道へ向かう。

 

雑用係の妖精は私の事を気にもかけない。潜入は順調だ。そう思っていると誰からか肩を掴まれた。

 

「そこの妖精さん、ちょっといいですか?」

 

「な、何?」

 

妖精…ではない。どちらかと言うとレミリアと近くにいる時の様なこの感覚、悪魔?

 

「お嬢様が咲夜さんを探してるみたいなの。どこかで見なかった?」

 

「どうだったかな。あっちで見たかも」

 

「そっか…。ところで見ない顔だね。新人さん?」

 

「まあそんな所かな」

 

「パチュリー様にお茶を持って行って貰ってもいいかな。給湯室はあっちなんだけど…」

 

「分かった」

 

パチュリー…。宴会の時ひょっこり現れたかと思うといつの間にかいなくなってる魔女だ。かなりの引きこもりらしい。

 

そう言えばジェーンは宛先人の事を知らないのかと私に聞いていたが…。

 

「パチュリー様、今日届く荷物の事とか言ってなかった?」

 

「え?ああ、忘れてた。その事も咲夜さん伝えなきゃいけないんだった。でも、そな話誰に聞いたの?」

 

「さっき咲夜さんに摘み出されていた野良妖精が、そんな事を騒いでたなって」

 

「げげっ!急がないと…」

 

走って行った。これだけ広いと常に移動する人物の場所を把握するのは難しいものだ。この後、私とあの子のどちらが遭遇するのが早いかは運次第だ。

 

宛先人の正体がパチュリーだと言う事が分かった。部屋に入ってしまえば私の勝ちだ。ここからならそう遠くないはず。

 

部屋を向かっていると部屋の向こうからあのメイド長が見えた。やむを得ず給湯室に入ってやり過ごす事にした。

 

続いて彼女も入って来た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そんなぁ!こんなのって無いよぉ!」

 

「はい?」

 

あんまりな不幸に思わず叫んでしまうと、困惑する咲夜。あ、そうだった。今の私はメイドに変装してるんだった。

 

落ち着け、落ち着け私。まだバレてないんだ。

 

…私は近くに置いてあったメモ用紙を千切って近くのペンで書き殴って逃げる。

 

「まさか、サボりに来たんじゃないわよね」

 

ジト目で彼女は呆れた。

 

「あははー、仕事に戻りまーす!」

 

「全く…」

 

私は彼女の隣を通り抜けて部屋を出ようとする。しかし、彼女の手に肩を掴まれてしまった。

 

「…あなた、担当と名前は?」

 

「配達、湖上の氷精チルノ」

 

私はそう言って彼女の手を振り払って給湯室を飛び出した。まだ困惑してる咲夜に人差し指を向けて叫ぶ。

 

「十六夜咲夜、私はあなたに決闘を申し込む!」

 

「何でそうなるの?」

 

氷符「コールドエッジ」

 

弾速の早い氷の弾を波状にばら撒く。発射台を2つ設置して弾速がそこそこ遅い氷塊を中に忍ばせ射出する。

 

弾速の遅い弾の辺りは氷の弾は手薄だ。咲夜は氷塊をナイフで撃ち落としての接近を試みる。氷塊は瞬く間に割れ、破片となって襲う。

 

「こんなにも仕事を増やして…。しばらく住み込みで働いてもらおうかしら」

 

咲夜は弾幕の濃い所へ飛び込んだ。予想していなかった動きで目を疑う。時間停止はしていないはずがない。なのにリアルタイムで回避している。

 

ヒュン、と言う音が聞こえた。私は上半身を後ろに倒した。ナイフの一つがデコの上をかすり僅かに血が流れる。壁に複数のナイフが刺さった。あの密度の弾幕をストレートで回避するばかりか反撃して来るなんて…。

 

私は後退しながら弾幕を張り続ける。ダメだ、もう持たない…。

 

遂に弾幕を抜けてきた咲夜が懐まで迫って来た。こうなったら一か八かやるしかない。大ぶりの斬撃、おそらく回避させた上で追撃するための一撃。回避しなければ肌がナイフで割かれる直前、私は自ら咲夜の方へ飛び込んでナイフを持つ拳に当たりに行く。

 

「!?」

 

咲夜は予想外の動きに驚いている。私は攻撃を受けて大げさに吹き飛んでみせる。この際、自然不自然はどうでもいい。そして壁にわざとぶつかってその場に倒れる。

 

「あなたの負けね」

 

「やーらーれーたー!」

 

大声で叫んで降参する。私の不審な動きに警戒しながらナイフを向ける咲夜。やる事はやった。

 

「…ねえ、何の騒ぎ?」

 

部屋からのそのそとゆったりした服を着た女性が現れた。間違いない、パチュリーだ。やった、ついにやったぞ!!私は思わずその場で涙のガッツポーズを取った。

 

「荷物を届けに来たんだ、でもこの通り捕まっちゃって…」

 

「嘘をおっしゃい、荷物なんてどこにも…」

 

パチュリーが部屋に入って何かを持って来た。私がにとりに頼まれた荷物だ。どうやら処分されたりせずに無事に見付けてくれたらしい。

 

「これ?」

 

私はうなずいた。

 

「咲夜、離してあげて。にとりの代わりに持って来たみたい」

 

私はやっと下された。咲夜は納得がいかない表情をしていた。改めてパチュリーの図書館に入って紅魔館に潜入するまでの経緯を説明する。結局、パチュリーもジェーンを知らないと言っていた。

 

私は出されたお茶を飲んだ。香りが良く後味あっさりしているハーブティーだ。その後、ようやくやって来た悪魔のあの子が咲夜と話をしている。

 

あまり長居はできないな。私は席を立った。

 

「もしまたジェーンって子に会ったら遊んであげて欲しい」

 

「命がいくつあっても足りないよ。何考えてるか分からないし」

 

「寂しいだけよ」

 

私は返事をせずに図書館を出た。窓を開けると、そこから紅魔館の門まで飛ぶ。行きと違って堂々とできていいもんだ。

 

門の外、まだ門番は寝ている。

 

その場で待っているとジェーンが現れた。その手には私の服と水筒が握られている。私はメイド服を脱ぐと彼女に手渡した。

 

「試合に負けて勝負に勝つ。上手くやったわね」

 

「それでも勝負に負けたんだ。ちっとも嬉しくないよ」

 

消耗が激しい。家に帰って寝よう。私は自宅に向かって歩き出した。にとりには自宅から連絡しよう。

 

「チルノ」

 

振り返ると金貨が飛んで来た。受け取る様に投げた速度には思えず思わず顔を腕で庇うとちょうど手の中に金貨が入り込んでくる。

 

「それあげる。もし私に会いたくなったらここに来てよ」

 

「だから私は!」

 

ここへは戻って来ないと言い終える前に姿を消してしまった。私はため息をついて家へ向かった。

 

 

 

…その夜無事ににとりから報酬をもらった私は明日までに仕上げなきゃいけない読書感想文の事を思い出して紅魔館に走り、彼女に頼んで図書館から本を一つ借りるのだった。



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7話 一夜明けて

にとりの頼み事も終えて、無事に読書感想文用の小説も手に入れた。
翌朝になって本を斜め読みしたり引用したりして急ピッチで仕上げていく。
書いてみれば以外に早く終わったためゲームをしていると…。


星空が見える。まるで空に光るダイヤモンドを散りばめたようだ。私は何となく手を伸ばしてみる。それでも掴めない。綺麗だなぁ。

 

隣ですすり泣く声が聞こえる。大ちゃんだ。

 

「大ちゃん、どうして泣いているの?」

 

「あれを見て」

 

彼女の指が差す方向の先を見ると、大きな光の壁が見えた。それは見渡す限り全方角から迫っている。なんだあれ…。

 

「あの光が全て消しちゃう…皆、皆…」

 

「あの光が…」

 

壁の向こう、見えるはずの距離の向こうが見えない。空がいつもより広く見えた。きっとあの光が触れたものは消えているんだろう。

 

大ちゃんが私のスカートの裾を掴んだ。

 

「私達、消えちゃうんだよ?!もう生き返る事もなくて…。もうこうしてチルノちゃんともお話しできなくなる」

 

「それは嫌だなぁ」

 

私は笑った。

 

「どうしてチルノちゃんはそんなに落ち着いてられるの?」

 

「慌てても仕方ないからね」

 

私は座って寄り添った。しばらくして落ち着きを取り戻すと、彼女は私にもたれかかった。光の壁ももうすぐそこまで来ている。

 

「ねぇ、世界が終わったら…その先って何があるのかな」

 

「きっと始まりじゃないかな」

 

私達は光に飲まれて行った。

 

 

…起きた。何か変な夢を見たな。私は頭を掻くと枕にしていた作文に目を落とす。作文用紙の上には小さな水溜りができているぐらいで、とても綺麗な白さだった。ちっとも進んでない。

 

私は口元を拭って紙をちり紙で拭いた。ジェーンから借りた本を斜め読みするも内容がまるで頭に入って来なかったため、一度仮眠を取る事にして今に至る。

 

登校時間までまだ2時間がある。全部埋めるのは無理にしたって1文字でも多く空白を埋めるべきだ。昨日は色々あってまだ頭の整理ができていない。

 

最初の数ページ、最後の数ページ、途中のいくつかの場面を適当に目を通す。挿絵ぐらいあってもいいだろうに、とぶつぶつ言いながら時折文章を引用して作文を書く。

 

全体的に「〜と思う」が多くなってしまった。感想文だしこんなものかもしれない。粗は目立つがこの短時間で書いたにしては上出来なんじゃないか。

 

…よし、ゲームやろう。

 

カッパコインを入れてゲームの筐体のスタートボタンを押した。ステージ1から攻略を始める。

 

「あっ」

 

1オチした。まずいなぁ、こんな所で残機を減らすだなんて後に響くよこれ。リセットも考えたがそのまま続行する。

 

ステージの中ボスと対峙する。こいつを相手に四苦八苦していたのがかなり昔の様に感じる。動作のパターンさえ分かってしまえば…こうだ!

 

これまでのプレイ経験を活かして2面のボスまで撃破する。やっとの事で3面だ。私は敵を撃破しながら進む。このステージ、ぎりぎりのジャンプを要求してくる。私はタイミングよくボタンを押したつもりだったが、画面のキャラは飛距離が足らず落ちてしまう。

 

「ウッソ」

 

思わず叫んだ。こんな所で。

 

「残念ー」

 

隣から声が聞こえた。隣を見るとルーミアがいた。

 

「げっ」

 

このゲームの事は他の誰にも知られたくなかったのに。仕方ない、やっぱりにとりに頼んでドアを取り付けてもらおう。

 

「何でこんな所に…」

 

「チルノ、宿題終わったかなーって」

 

「終わったよ」

 

「なんだ…」

 

何でそんなに残念そうなんだ。私はけーね先生から頭突きをもらうつもりはない。ルーミアの興味は再びゲームの方へ向いた。

 

改めて気を取り直してステージを再開し、向こう岸へ跳んだ。同じところでまた落ちてしまう。そこでコンテニューのカウントダウンが始まった。私はポカンとその画面を見つめる。いやいやいやいや、いやいやいやいや…。

 

私はコンテニューした。今何回目のコンテニューだっけ…。でもいくらなんでもあれは酷い。ここまで来てこんな所で引き下がれない。私はもう一度ジャンプして先へ進んだ。先ほどのプレイをリプレイしてしまったかのように綺麗に落ちる。

 

最後の1機で華麗に上り詰めていく。そして来たる中ボス戦、敵の攻撃の一つ一つを回避しながら果敢に攻めていく。相手の動きが把握しづらく、思う様に戦えない。手に汗がにじむ。

 

「私はこの先に行くんだ、どけよぉぉ!」

 

レバーを持つ手が滑りそうになりながらも一撃ずつ入れていく。敵の蓄積ダメージがグラフィックに出る。私はいよいよ勝利の時を感じた。その時、敵の方から目の前に寄ってくる。このまま攻撃を続ければ…と思った矢先、近距離攻撃を受けて死んでしまった。

 

「そんな、そんな事って…そんなのってないよぉ!!」

 

画面に映るコンテニューのカウントダウン。私はもう戦う気力が起こらずそのまま筐体の前に突っ伏して動かなくなる。

 

「…私ならもっと上手くやれるのになー」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ルーミアが大きな声で言った。私はピクリとする。

 

「今…なんて言った?」

 

「私ならもっと上手くやれるのになぁーって言った」

 

「でまかせを言うんじゃないよ!」

 

このゲームの筐体が他になければ、幻想郷で今このゲームが一番上手なのは私のはずだ。まだ3日目とはいえ、この時間差は大きいはず。その私より上手くやれると言うのだからとても大胆だ。私が席をどくとルーミアがその席に座る。

 

「さあ、自信か過信か見せてもらおうじゃないか!」

 

「はーい」

 

 

ルーミアはプレイを始める。初めての時の私みたいにぎこちないプレイ。私は操作方法の一式を教えた。

 

「…………」

 

「……………」

 

「もしかして私、乗せられた?」

 

「うん♪チルノって単純なんだぁー♡」

 

「くっ、ルーミアのクセに馬鹿にして!」

 

ゲームオーバーになりながらもコンテニューして先に進んでいく。ルーミアのプレイはお世辞にも上手とは言えなかったが、他人のプレイを見て気付く事も多いものだ。私は所々アドバイスをしたりして先行きを見守る。

 

ステージ2面。積極的な質問に答えていく。思っていたより飲み込みが早いなぁ。

 

「ところで、チルノ。一つ思うんだけどさ」

 

「うん」

 

「そろそろ登校した方がいいかな」

 

「あ」



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8話 読書感想文、朗読

2日前に手渡された作文用紙
来たる提出日、朗読発表が決定される
ななめ読みの小説、突貫工事の感想文
不安に曇る心を払いチルノは文章を読み上げる


私はルーミアの手を握って一緒に飛んだ。飛翔速度は私の方がわずかに早いので私が引っ張るような形だ。寺子屋の庭に着くと私が先に着地した。よし、まだ先生は来ていない。

 

リグルが私達に気付くと窓とドアを開けてくれた。私は靴を脱いで窓とドアを抜け教室に入る。ルーミアも遅れて入った。靴はバッグに入れて隠した。

 

「これは貸しだからね、チルノ」

 

リグルはニヤニヤしながら手をひらひらした。

 

「はいはい」

 

「もう、2人とも遅いよ。こんな事いつまでも続かないんだからね」

 

みすちーは口をとがらせている。いつもの事だ。

 

「私が迎えに行こうか?」

 

大ちゃんがニコニコ笑う。嬉しい誘いではるのだけれど、大ちゃんが寺子屋に行くのは割と早い時間。先に行って予習したり質問する所を考えたり、先生の手伝いをしたりしている。私は何と言うかその…そこまで殊勝ではない。

 

それほど時間感覚がきっちりしてる風でもないリグルが遅刻する事がないのが不思議だ。

 

「ううん、やめておくよ。それで、皆作文はできた?」

 

それぞれがうなずく中、意外に微妙な表情なのはみすちーだ。

 

「あれ、みすちー終わってないの?」

 

「うん…、時間が足りなくて」

 

「あー。あれか。やめたいっていうアレ?」

 

みすちーが首を傾げた。

 

「ほら、みすちーがやってるあの屋台の仕込みとか…」

 

「私、やめたいなんて言ったかな…」

 

どうも会話が繋がらない。大ちゃんが手をポンと叩いた。

 

「チルノちゃん、やめたいじゃなくて八目鰻だよ。うふふ」

 

みすちーとリグルも笑い出した。ルーミアは二人が笑っているのを見て雰囲気で一緒に笑う。くぅ…何という屈辱。先生、早く来ないかなぁ。あんな風に書いてやつめうなぎって読むのね…。

 

そう思っているとすぐにドアが開いた。先生、グッドタイミング。すぐに点呼を取ってから授業を始める。作文が完成していないと言う事もあってそわそわしていた。そして、この読書感想文…朗読すると言う事になった。地獄かな?

 

他の生徒の発表の間、あまりに盛り上がらなかったので適当に茶々を入れたりしてみたが先生にチョークを投げられてしまった。皆退屈してるって。

 

リグルの番だ。発表は明るくはきはきと、可もなく不可もないと言った文章を読み上げていた。先生はにこやかに拍手していた。ちなみに読んでいた本は「バッタの生態」と言うもの。先生、小説かエッセイだったんでは…。

 

大ちゃんの番だ。いつも大きな声で話す事はないので、大きな声がとても新鮮だ。本のタイトルは「シャーリンソンは夜も眠れない」と言うもの。世界中のどこへ行っても追いかけてくる母の再婚相手の男を撒いて、途中で会った公爵と恋に落ちて…と中々アレな内容の様だ。先生も読んだ事があるらしく、当時の情勢を知らないと描写について誤解してしまったり混乱したりする難しい内容なんだとか補足してくれた。それにしても5枚も書き上げてくるなんて…。凄い。

 

私の番だ。なるようになれ。怒涛の引用と、~と思うの連発で、リグルは必死に笑いをこらえている。仕方ないでしょ、急ピッチで仕上げたんだもの。くそう、序盤のハードルが低い所で発表したかった。

 

「しっかり読んだんだろうな」

 

「読みました」

 

「再提出」

 

「ですよね」

 

私は座りながらリグルの頭を叩いた。リグルは笑い過ぎて苦しそうにしている。

 

私が座ると次の出番はみすちーだった。彼女は立ち上がるときまりが悪そうにしている。先生が首をかしげていると覚悟を決めた様に言った。

 

「すみません、間に合いませんでした」

 

「ちょっと見せてもらっていいか?」

 

みすちーは途中の作文用紙を渡す。少し眺めていたが頷いて返した。

 

「中身は非常にいいが、限られた期間内でこなせるようにならないとな。完成を楽しみにしている」

 

そう言ってそのまま返した。頭突きはなし、一体どんな内容なんだろう。

 

次はルーミアだ。とても自信満々だけれど…。彼女は元気よく作文を取り出した。しかし、いつまで経っても文章を音読しない。

 

「ルーミア、音読してくれ」

 

「言葉、言葉、言葉」

 

日頃の声からは想像できないほど凛々しい声で言い切った。

 

「ハムか」

 

「いえ、大根でございましょう。それとも何か、リンゴでも磨けばいいのか」

 

けーね先生はルーミアの元に行って頭突きをした。無茶しやがって…。

 

 

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下校時間。私はにとりの所に用事があって向かった。何か私に用があるらしくリグルと一緒だ。にとりは家の前で倒れている。私は駆け寄った。

 

「にとり、にとり!!」

 

「あうう…」

 

「死んでる…!!」

 

「生きてるよ」

 

チョップされた。何も叩かなくてもいいじゃん。

 

「水、水を…」

 

リグルは聞くなり走って水を取りに行き、持って来た。それを飲んで息をついた。…ちょっとだけ、頭にかけるんじゃないかと期待していた自分がいた。まだぼーっとしている様なので家の中に入れた。

 

ちゃんと話ができるまで時間がかかりそうだ。家の中は暑く、私の家まで連れて行こうと思ったがどうしてもここが良いのだと言う。返事も曖昧でそれからはまた眠ってしまった。

 

このままにしておく訳にはいかないし、起きるまでは傍にいる事にした。



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⑨話 リプレイ&リプライ


チルノちゃん






「それで、私に用事って何?」

 

リグルは私に用事があって付いて来たのだ。その用事が何なのかもわからないし、何も聞いていない。せめてその用事が何なのか、にとりが寝ている今なら聞いても構わないはずだ。

 

「チルノ、読書感想文を書くための本を探しに大ちゃんの家に行ったんじゃないかと思ったんだけどどうだった?」

 

「…そこの所がはっきりしないんだ。行ったような気もするし、行っていない気もする」

 

「なんじゃあそりゃあ…。大ちゃんの家のポストに私からの手紙が入ってたはずなんだ。チルノ宛てに」

 

私は腕を組んで考える。そう言えばそんなものを見たような気がしなくもない。私は頷いた。

 

「ああ、確かに見た気がするよ。何だったかな。大ちゃんの家に私が探している様な本はないとか、何とかそんな内容だった気がする」

 

「それだ。大ちゃんはしっかりしてる様でぼーっとしている所があって、ポストに3日前の郵便物があったりすることがある。それでチルノに伝えるんだったらあそこがベストだと思ったんだ」

 

それなら正解かもしれない。あの手紙は確かに私の手に渡ったし、大ちゃんに読まれる事もなかった…はず。私が今思い出せる範囲だと、大ちゃんの誘いを断れず中に入った所までだ。そのあたりから記憶があいまいになっている。

 

私は覚えている限りの事を伝えると、リグルは考え込む。

 

「家の中に入ったのか。それなら、もしかしてアレも見ちゃった?」

 

アレ?何のことだか分からない。それに力作って?

 

「大ちゃんの家の中に入ったならすぐに目に入っただろ。増え続けるタイトルのない青緑の本。趣味で小説を書いてるって言ってなかった」

 

「…分からない。初めて聞いたよ」

 

リグルは困惑している。しばらくしているとにとりがこっちを向いた。

 

「お前、あの時中に入ったじゃないか。私から頼まれた仕事があるとかウソをついて逃げようとしてたけど」

 

そんな事、あったようななかったような…。無理に思い出そうとすると目の前にパチパチと星のようなものが浮かんでるような気がして来る。私は顔を振って気を取り直す。

 

にとりは這いずりながら何かを持って来た。青緑の本だ。これがリグルの言っている大ちゃんの本なんだろうか。

 

「これだよ。本当に見覚えないの?」

 

「いいや、ないよ」

 

「それはそうとどうしてにとりが持ってるんだよ」

 

「貸してくれるって言うんで借りたんだ」

 

にとりはその本を私に渡してくれた。一体どんな本なんだ?私は本を開いてみた。

 

 

 

私はどこまでも続く湖の上に立っていた。足元の水は叩けばパシャパシャと水飛沫を飛ばせるけど、立ってる位置より深く沈むことはない。地面がある訳でもなし、不思議な感覚だった。辺りを見渡していると、紙風船の大きさから私の身長を越えるほどの大きさの球体が水面から浮かんできた。

 

私はそれに触れてみると、ぶよぶよとしていた。これは一体なんだろう。ふと視界が霞んだ。私が目元をこすると手の甲が水にぬれる。自分が泣いている事に気付いた。

 

「涙…」

 

他の球体に触れる。私は急に胸が締め付けられた気分になってその場に膝をつく。

 

「う、うう……」

 

涙がボロボロと零れ落ちる。辛い。辛くて仕方がない。この気持ちを誰かに分かって欲しい。でも、この気持ちは自分の物ではない。何を悲しんでいるのか、何が辛いのか分からないからこの気持ちを解消できない。

 

この球体だ。この球体には哀しみが詰まっている。この球体は水面より出て、上空に向かって浮かんで行っている。空はどこまでも鉛色。暗くもないが、明るくもない。

 

「ルノちゃん…」

 

声のする方向を向いた。そこには真っ黒な影が立っていた。細かい物はまるで見えないが、その影が作る輪郭は紛れもなく大ちゃんだった。

 

「大ちゃん?」

 

「チルノちゃん」

 

私は大ちゃんの元に駆け寄った。

 

「大ちゃん、ここはどこ?」

 

「ここはね、終わりの先だよ」

 

そう言うと、大ちゃんの影は頭からボロボロと崩れ上空へ舞い上がっていった。

 

「大ちゃん、大ちゃん!!」

 

「………………」

 

 

 

「わああああああああああ!!!!」

 

私は起きた。辺りを見渡すと、にとりとリグルが驚いた表情で私を見ている。

 

「え、何?どこここ」

 

えっと、確か読書感想の朗読があって、リグルに用事があるって言われて…それで何だっけ。にとりが心配そうにハンカチを渡してきた。床に落ちる水滴を見て、今自分が泣いている事に気が付いた。

 

これまでの経緯をリグルとにとりから聞いた。それから、ぼんやり覚えている夢の内容を忘れないうちに二人に話した。

 

「…ううん、内容は気になるのに読むたびにこうなるんじゃ内容の知り様がない」

 

「実は私もそうなんだ。面白そうなら大量に刷って売り物にできないかと思って借りてきたんだ。で、読もうとした後の事は君らの知ってる通り」

 

「ふうん。それで、にとりは夢を見た?」

 

「いや、見てないよ」

 

夢は見てないのか。私はにとりに本を渡した。本をしまおうとすると私はそれを止めてにとりの顔をじっと見る。私の挙動に彼女は首をかしげたが、しばらくして意味を理解すると腕を組んだ。

 

「私に読めってか」

 

「私が本を見た時の状況が他人から見てどんな風なのか見てみたい」

 

「やだよ」

 

強情だな。一押ししてみるか。

 

「その本の調査、進むといいね」

 

私はリグルの肩を叩いてからこの店を出ようとする。この本はかなり特殊だ。調査に当たって下手に人に読ませていいやらも分からない。少なくともここには変な影響を受けずに読めるリグルとにとりと同じ反応をする私がいる。

 

その本が借り物と言う事も含め私達の協力なしの調査はさぞや骨が折れる事だろう。話によれば大ちゃん著書のあの本はかなりの数になる。売り物にできるのなら逃す手はないが、売り物にならないのであれば早く見切りを付けなければならない。

 

立ち去ろうとする私達をにとりは止めた。予想通りだ。

 

「わかった、わかったから…。でもあれだぞ。あんまり笑ったり、後までネタにしてからかったりしないと約束して」

 

「もちろん。秘密は共有と言う事で」

 

にとりはしぶしぶと本を読み始める。さて…。

 

1ページ目を開いたきり先へ進まない。2分ぐらい同じページを眺めていた。横から見ていたが、文字を追ってるようにも見えない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わああああああああああ!!!!」

 

にとりが叫んで出口に向かって走っていく。私達は追いかけた。彼女はドアを開けた先にある小石に躓いて倒れた。さっきとまるで同じだ。私は彼女を元の位置に戻してあげる。

 

しばらくするとにとりが起きた。

 

「ん…何で二人がここに?私は確かさっき…」

 

「にとりに用事があって来たんだけど、家の前で倒れてるのを発見して家の中に入れたんだ」

 

「(チルノがさっきの話を無かった事にしようとしている…)」

 

リグルの小声が聞こえたが気にしない。どうせにとりは今のやりとりを覚えていないんだし。私は元々の用事を果たすべくにとりにジェーンからもらったコインを見せた。にとりはしばらくそのコインを眺めていると、奥から何か本を持って来て見比べている。

 

本をその場に置くとにとりがこちらをジト目で見た。

 

「これ、フランス・フランって言う外の世界の通貨の一つだよ。こんなもの、どうしてチルノが持ってるのさ」

 

「この間、紅魔館に届け物をしに行ったでしょ。その時に会ったジェーンって子からもらったんだ。買い取るって言っても売らないよ」

 

にとりはしばらくその通過を眺めていたが私に返した。この通貨がないと、この間宿題のために借りた本が返せない。「もう戻る事はない」とか言いつつすぐに戻って来たので呆れられた。その時にこの通貨は返したのに、帰る前にまた私に渡したのだ。

 

あのジェーンって子は何を考えているかは分からない。

 

用事は済んだので私達は家に向かって歩きだす。にとりはまた横になった。

 

「にとり、その大ちゃんから借りた青緑の本は一人でいる時に見ちゃいけないよ」

 

「え、どうして?」

 

「倒れる前の最後の記憶、その本を読み始めたあたりじゃない?」

 

「…確かにそうだけどどうしてアンタが知ってるのさ」

 

私は店を出た。さっきは私達が通りかかったから良い物の、読むタイミングによっては危ないかもしれない。一応忠告はしたしこれで大丈夫に違いない。リグルがまだついて来るのがやや気になる。

 

「わああああああああ!!!!」

 

にとりの声が聞こえた。確かに一人の時に見ちゃいけないとは言ったけども…。私は咄嗟に家の前の小石を取った。しばらくすると走って来たにとりが出てくる。そして玄関の近く、小石があったはずの場所で同じように転んだ。一体何に躓いたんだ。

 

面倒くさいけどちゃんと説明しておく必要があるようだ。家に戻って全部説明した。ふとした拍子に本を開かれてもたまらないと思って本は縛っておいた。

 

「にわかには信じがたいけど…」

 

「それでリグル、結局この本ってどんな内容なの?」

 

「恋愛小説だよ。チルノと大ちゃんの」

 

「「!?!?」」

 

衝撃的だった。まさか、そんな事が…。てっきり魔導書的な何かだと思っていた。私とにとりは恋愛小説を読んで気絶したり記憶を無くしたりしていた訳か。

 

私とにとりは顔を合わせる。

 

「他の本は?」

 

「舞台設定だとかは違うけどあそこに並んでた青緑の本はほぼ全てチルノ と大ちゃんの恋愛小説だよ。本棚から適当に取って読んだ本の全て、2人が恋愛関係になる事だけは共通してた」

 

大ちゃん、まさか私の事が…。友達だとは思っていたけど、そんな風に意識した事はなかった。特別にアプローチして来てた様にも思えない。あるいはサインを見逃していただけなのか。

 

更に不思議なのはその気持ちを隠そうとしてる風でもない事だ。リグルやにとりに読ませている。また、私が大ちゃんの家に訪れた日も恐らく私は青緑の本を読んでいたはずだ。

 

私は一貫して本を読んだ直後に気絶している。にも関わらず、私が起きた時には家にいた。

 

「私、大ちゃんと話つけて来る」

 

「待って、話をつけるって?」

 

「わからないけど、このままでもいけないと思うんだ」

 

私はにとりとリグルをその場に置いて大ちゃんの家へ急いだ。

 



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10話 おともだち

青緑の本、内容はチルノと大ちゃんが恋に落ちる恋愛小説だった。
その事を聞いて大ちゃんと直接話をつけに行くもおかしな雰囲気になって…。

リグルとみすちーに発生した不和。音楽性の違いってなんぞ。
このわかだまり、どうなることやら。

の2本です。


「大ちゃん!」

 

私は大ちゃんの家までやって来た。そしてドアベルの紐を引っ張って鳴らす。少しして大ちゃんが出てきた。

 

「ああ、チルノちゃん。なあに、どうしたの?」

 

「ちょっと話があってさ…」

 

「うん、いいよ。入って」

 

私は導かれるままに大ちゃんの家の中に入った。

 

「どうしたのそんな険しい顔をして。お茶をいれて来ようか?」

 

「いいんだ。今は大ちゃんと話がしたい」

 

大ちゃんは私と向かい合って座る。私は深呼吸する。ここに来るまでどうやって切り出すとか、どんな返事を出すとか悩んでいた。でも、私は不器用だから…。

 

だから、当たって砕けろで行こうと思う。下手に取り繕うより自然な気持ちを言葉にできるはずだ。

 

「大ちゃんは…私の事が好き?その、恋愛対象として…」

 

「うん、そうだよ。大好き愛してる」

 

面を向かってここまで言われると次の言葉に詰まるな…。

 

しかし、ここまで言ってくれたんだ。ちゃんと向き合わないと。

 

「大ちゃん、私は大ちゃんが好き。でも、それは友達としてなんだ。しばらく考えてみたけど、大ちゃんとは友達でありたい」

 

「うん。私もそうありたい」

 

即答だった。

 

「そ、そうなの?」

 

「チルノちゃん、あそこの小鳥が見える?とても可愛いよね」

 

指を差した先には雀がいた。ちゅんちゅんと鳴いてて可愛い。

 

「うん。可愛い」

 

「じゃあさ、あの小鳥を捕まえて籠の中に入れて家に飾りたい?」

 

「いや…あのままでいいと思う」

 

「太陽が見えるよね。とっても綺麗。でも、星空から太陽を奪って独り占めにしたいとは思わないよね」

 

「うん…?」

 

「同じなんだチルノちゃん。君はありのままの姿であってこそ真の輝きを放つもの。あなたは私の愛の籠の中では光を失ってしまう。私はあなたを愛せない。だからチルノちゃんの恋人になりたくない」

 

大ちゃんの顔から笑顔が消える。どこか先ほどまでの空気が彼方へ行ったように張り詰める。彼女の背中から八つの足が生えて、それぞれの足が私を離すまいと掴んでるような気分になる。開かれた眼はまるで捕食者だ。

 

前に誰からか聞いた事がある気がする。造網性の蜘蛛は、獲物を糸で雁字搦めにして身動きを取れなくすると消化液を流し、溶けた所から吸うのだと。私の体を縛るものは何もないが、指先1つ動かす事はできない。

 

「チルノちゃんとの恋は小説の中で我慢できる。だからもっと色んなチルノちゃんが見たい。野原を自由に駆けるチルノちゃん、友達と談笑するチルノちゃん、悪だくみをするチルノちゃん…」

 

そう言いながら近づいて来た。酷くのどが渇く。やっぱりお茶を頼んでおけばよかったかな…。

 

「恐怖で怯えるチルノちゃんとか」

 

そう言って唇を重ねた。紅魔館で体験したソレとも違う、優しくひんやりした這う様なキス。

 

どのぐらい時間が経っただろう。1時間ほどだったかもしれないし、数秒だったかもしれない。大ちゃんが離れる。

 

「ちょうど今書いてる場面のチルノちゃんのリアクションの描写に困ってたんだ。ありがとう、参考になったよ」

 

そう言いながら机に戻っていった。私はどっと疲れてその場にへたり込む。

 

「怖がらせてごめんね。とにかく私も恋人にはなる気はないよ」

 

嬉しい様な…残念な様な。自分でも良く分からない感情が胸中を渦巻く。

 

「もし…私の方から大ちゃんと付き合いたいって言ったら?」

 

「どう答えるだろうね。試してみる?」

 

大ちゃんは振り返りもしなかった。時々、大ちゃんが何を考えているかわからなくなる。私は「じゃあね」と言って家を離れた。大ちゃんは机に向かいあいながら手をひらひらとした。自宅に戻ると、リグルがいた。ゲームの筐体をじっと眺めていたが、私に気が付くとこちらの方に歩み寄る。

 

私の顔を見ると、何かを察してハグしてくれた。

 

「怖かった…」

 

「どんなやり取りがあったかは敢えて聞かないでおくよ」

 

「ありがと」

 

私を離すと、軽く背中を叩いてから去っていった。

とにかく大ちゃんはこれまで通り友達。これまでも、これからもそうなんだろう。

 

 

 

翌日、私は寺子屋に向かった。今日は割と早く出たので遅刻はないはず。大ちゃんは相変わらず先に行っている。道中で木を殴っているルーミアを見かけた。何をやっているんだろう。

 

「シッシッ、シッ!蜂の様に舞い蝶の様に刺す!」

 

木の蜜でも吸うつもりなんだろうか。

 

「おはよ。何やってんの?」

 

「けーね先生の頭突きにビクともしない体作り。シッシッ、シッ!」

 

何故そう努力の方向が明後日に行くのか…。(無理だろうけど)頭突きを避けようとか、宿題しようとか、余計なことを言わないようにしようとか思わない所がルーミアらしいと言うか。ウォーミングアップを済ませていくとの事なので私は先を急いだ。

 

更に進むとリグルとみすちーと会った。2人ともいつになく距離を開けて歩いてる。私は2人の間に入って肩を叩いた。

 

「やっほー」

 

「わっ、チルノか…」

 

「珍しく早起きなんだね、チルノ 」

 

別にいつも寝坊してるから登校が遅いわけではないけどね。

 

「2人ともどうしたの、朝から話もしないで何となく距離あけちゃってさ。不仲?不仲説?」

 

「音楽の方向性の違いってやつかなぁ」

 

 

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みすちーが前髪を手櫛しながら言った。

 

「何そのワンフレーズ、イケてる。真似していい?」

 

「ダメ」

 

「昨日、みすちーが誘ってくれたからライブを聴きに行ったんだ。酷かったよ、あんなの音楽じゃない。頭に響いてぐわんぐわんしたよ」

 

「リグルってばこんな事言うんだよ。酷くない?」

 

「ただ叫んでるだけじゃないか。君の音楽には情緒がない。情景も浮かばない。そんなものは音楽とは言えない、そうでしょチルノ」

 

「またそんな事を言う。リグルが好きな音楽が古いんだよ。まるでお葬式みたいにしんみりした曲しかなくてさ。気が滅入っちゃう。チルノもそう思うでしょ?」

 

「ま、待ってよ二人とも。私は歌には疎くて…。そうだ、ルーミアとか大ちゃんに聞こうよ」

 

2人はしばらく考えていたが賛成してくれた。とりあえず何とかその場をしのいで寺子屋に到着すると、先生が来る前に早速とその話を大ちゃんにした。2人とも熱心に自身の好きな音楽について主張しているが当の大ちゃんはピンと来ている様子はない。

 

そのうち、大ちゃんはどんな曲が好きなのかとかそんな話になってきた。

 

「私は夜の女王のアリアが好きかな。と言っても香霖堂のクラシックレコードで一度聞いた事があるだけなんだけど」

 

聞いた事がない。リグルもみすちーも首を傾げた。

 

「へぇークラシックなんて聴いてるんだ、モーツァルト?」

 

ルーミアが扉をあけながらやって来た。

 

「おはよう、ルーミアちゃん。知ってるの?」

 

「知らない」

 

皆がその場でずっこけた。そうこうしているうちにけーね先生がやって来た。



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11話 取捨選択

けーね先生から出題されたトロッコ問題。
それはとても難しい物だった。
命の重みに違いがないのなら、生殺与奪の決定なんてどうしてできるだろうか。
ましてや人間は復活もできない。

その問題に対する先生の答えに考えていると、リグルが何やら面白い物を見たと言い出した。それは、耳にしたことはあっても見た事はない…。


先生は点呼を取ると、黒板にイラストを描き始めた。一つの線路があって、先が枝分かれしている。A線路には人が1人。B線路には人が5人。その線路の分岐前には1つのトロッコがある。

 

そのイラストに更に1人の人間とスイッチの様なものを描き加えた。

 

「このイラストのトロッコは、このままだと直進して先にいる5人を撥ねてしまう。君らはこのトロッコの進路先を変える事ができるスイッチの前にいる。切り替えればこの5人は助かるが、切り替えた先の1人を犠牲にすることになる。彼らに対して何ら働きかける事で回避を促す事はできない。彼らは何の変哲もないただの人間だ。君らならどうする?」

 

クラスがざわざわとする。みすちーが手を挙げた。

 

「スイッチを切り替えます。命の重さは量れませんが、犠牲は少なくあるべきです」

 

「ふむ。なるほどそうか」

 

リグルが手を挙げた。

 

「ちなみにこの1人と5人はどんな人物なんですか?」

 

「特に指定はない。好きに当てはめてくれ」

 

軽く流された。でも重要な事ではある気がする。どういう経緯で線路の上に立っているかは知らないが、例えばその5人は逃亡中の犯罪者で1人の方が善良な一般市民だったなら…。

 

そう考えていると何かが引っかかる。大ちゃんに意見を聞いてみよう。

 

「大ちゃんはどう思う?この6人を何で考える?」

 

「とりあえず一般市民かなぁ」

 

「この5人が極悪な犯罪者だったりしたら、犠牲になるのはこっちがいいかな」

 

「ううん…チルノちゃん、難しい事だよ。主観的に死んでいい生物、生きてていい生物なんて分からないから。もしそのご極悪な犯罪者の中に家族の治療費を稼ぐために犯罪に手を染めている人がいたら、そんな人でも犠牲になっていいと思う?」

 

「そんなに条件を複雑にされちゃ余計にどっちを選んでいいかわからないよ」

 

けーね先生はうなずいた。

 

「それでもいい。簡単な事じゃないんだ。選べないと言うのも一つの答えだよチルノ」

 

「もしかして即答できた私って人情味に欠けるのかな…」

 

みすちーが不安な顔をする。

 

「実際にそういう状況に居合わせたら多くの場合は何もできずにいるだろう。でも、判断が早く勇気がある人なら被害の少ない方を選ぶ事ができる人もいる。時に英雄や救世主と呼ばれる事もあるな」

 

リグルもうなずいている。

 

「私もみすちーと同じ考えかな」

 

ルーミアはぼんやりと頬杖をついて話を聞いている。さっきから一言も発しないが、授業はちゃんと聞いているんだろうか。

 

「ルーミアはどう思う?」

 

「見殺しにすれば事故。助ければ殺人。スイッチに触れる理由が無いよ」

 

「さ、殺人だなんて…」

 

「仮に罪に問われなかったとして、遺族にあれは事故だったと面向かって言える?」

 

「う…」

 

そう言われてみるととても難しい。あれこれ考えてみたけれど、それでも結論なんてでなかった。私がその状況に居合わせたとして、何ができるんだろう。ダメ元でも避けるように叫んでみるかもしれない。

 

クラスメイトが意見を述べるたびにけーね先生はそれについて賛否を述べていた。

 

「私、迷ってる間に5人を死なせてしまいそう」

 

ため息をつきながら言った。

 

「私もだよチルノちゃん。頭の中でシミュレートしてみたけれど、とてもスイッチを切り替える勇気が出ない」

 

だよなぁ…。

 

「先生、これ何が正解なんですか」

 

「正解なんてない。時と場合、社会的立場、主義主張でどんな風にでも変わる。この授業で私がやりたかったのは、同じ命に関しての考え方、向き合い方について視野を広めてもらう事だ。実際、かなり考え方に相違があっただろう?」

 

正解がない、と言う言葉に少し安心した。

 

心のどこかでそんな風には思っていた。もしそれに対する答えが提示されたとしたら、それは恐ろしい事なのかもしれない。

 

考えていると大ちゃんが手を挙げた。

 

「この問題、先生ならどうします?」

 

「頭突きでトロッコを止めるだろうな」

 

先生がウィンクをしながら肩をすくめて見せると、ドっと笑いに包まれた。

 

 

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「やっぱりさすが先生だなぁ、憧れるよ」

 

帰り道、リグルが授業を思い出しながら言った。

 

「先生ならやりかねない」

 

私もうなずいた。

 

「トロッコを止めるぐらいになると、さすがの先生でも満月の夜の時ぐらいじゃないとできないと思ってた」

 

大ちゃんが不思議そうに言った。

 

「でもこの間頭突きで木を折ってたよ」

 

見ようと思えばたまにそんな姿を見る事ができる。折った木をどこへ持って行っているのかは知らないが。

 

「破壊力Cなんでしょ」

 

ルーミアが小声でつぶやいた。

 

それにしても、もし本当に満月の夜以外にトロッコを止めるだけの身体能力が日頃からは持っていないとしたらあの答えはどういう意味なんだろう。単にはぐらかされてしまったんだろうか。

 

しばらく考えているとみすちーが急に何かを思い出したように手を叩いた。

 

「そう言えば忘れかけてた。チルノ、明後日のライブ来てくれない?」

 

「うん、いいよ」

 

リグルは叫んでるだけだって言ってたけど…。割と気になっていた。それからみすちーと別れて歩く。大ちゃんとルーミアも用事があるからと言って別の道へ行った。リグルと一緒に歩いて帰る。

 

リグルが蹴った石を私が蹴る。そんな事を繰り返していると一緒に蹴っていた石が田んぼに落ちた。

 

「実は最近面白いものを見つけたんだ」

 

「面白い物?」

 

「うん。…笑わないなら教える」

 

リグルの顔は真剣だった。

 

「この幻想郷で、海を見たんだ」

 

 



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12話 ラ・ヨダソウ・スティアーナ

私だ。リグルによると存在するはずのない幻想郷の海は妖怪の山の中にあるらしい。
何でも魔法の森に手掛かりがあるんだとか。魔理沙も一枚噛んでるかもしれない。
それから、ジェーンって言うあの女がやってきた。入れ違いにスカーレットデビルもやってきた。
ああ、これも世界の選択なんだろう。ラ・ヨダソウ・スティアーナ。


「幻想郷に…海?そんな馬鹿な、一体どこに…」

 

「山の中にあるんだ。妖怪の山だよ」

 

「…馬鹿にしてる?海を見た事なくても山の中に海なんてない事も知ってるし、あの山は余所者に厳しくてとても入れやしないよ」

 

「聞くんだ。私はある用事があって魔法の森に行ったんだ。そしたら何者かに奇襲を受けてしまって。戦おうにも相手の姿がどこにあるか分からないんじゃ戦いようがない。とりあえず隠れてやり過ごそうと茂みに隠れたら、そこに穴があったらしく落ちてしまったんだ」

 

ふと思い出した。ある夜に思い立って夜の空を飛びまわったあの日。人里の方角へ飛んで行っている最中に霊夢に会った。奇襲を受けて魔法の森の近くの池に隠れてやり過ごした。

 

霊夢の言う胸騒ぎの事が何なのかは分からなかったが、その場を飛び立とうとした時に感じたあの気配。

 

「ちょっと待ってリグル。その奇襲をした相手、正体は何となく誰だか分かってたりしない?」

 

「…まあ、何となくだけど確証ではないよ。でもなんで分かるのさ」

 

「魔理沙でしょ」

 

「………さっきの話の続きを言うよ」

 

リグルは答えなかった。あの間、あの表情。奇襲してきた相手の事なのにどうして明言を避けるのかはわからないが、私の返答はおよそあってるものと考えて言いに違いない。

 

池を飛び去ったあの時にこちらを覗いていた気配。私は魔理沙だったと考えている。数度に渡る弾幕勝負であの匂いをはっきり覚えた。用が無ければ頻繁に人前に姿を現したりしないが、それでも近くにいれば下手な妖怪や人間よりも明確に区別しておよその位置を探知できる。

 

何か面倒ごとに関わりそうだったから気付かないふりをした。霊夢の胸騒ぎ、リグルの見たとかいう海…何か関りがあるんだろうか。とはいえ現時点で霊夢に話すのはやめておこう。

 

「穴は深くなかったけどどこまでも続いてた。何か棲んでたら危険だって思ったりもしたけれど、そんな気配もなかったし興味本位で奥に進んだんだ」

 

「まさか、魔法の森から妖怪の山まで通ずる穴でした。なんてオチじゃないよね」

 

「ところがが通じてたんだ。妖怪の山の麓にまでだよ。良く分からない小さなお堂の後ろに繋がってた」

 

「あり得ない。魔法の森からでしょ?一体どれだけ距離があると思って…。それに、そんな穴を妖怪の山の妖怪が知らないとも思えない」

 

リグルは話の続きを言わない。

 

このままでは話が進まない。そういう事なんだろう。今はそのリグルのとんでも話が事実である事を前提に進めるしかないようだ。私は「ごめん」と言うとリグルは続きを話し出した。

 

「穴から出てるとどこからかチリンと鈴の音が聞こえた。気にせず先に進んで光景を見るとここが妖怪の山の麓だって気付いた。とんでもない所に来たって思った。もっと驚いたのはその後だ。穴に戻ろうとすると先ほどまでなかった道が左側にあるんだ。そこの先はその時刻にはあり得ないほど明るくて…」

 

リグルは少し興奮気味に話している。そしてその話の先は恐らく…。

 

「海に通じていたと?」

 

「うん。そうなんだ」

 

この表情、嘘を言っている様には思えない。リグルは私をからかったりするのに嘘をついたりすることもあるが割と表情に出てしまうからわかりやすいのだ。しかし、本当にあり得るんだろうか。何かの見間違いとか…。

 

リグルは大きく深呼吸をした。

 

「信じられないだろう。私も夢だと思った。その日は帰って、別の日にまた行ってみた。やっぱりあったんだ」

 

しばらく間が空いた。それからリグルは私の両手を掴んだ。

 

「今から行こう!チルノにも見てもらいたいんだ」

 

「そんな、急に言われても…」

 

「何も持ち物なんていらないよ」

 

確かに見に行くだけだしなぁ…。承諾しようと思ったその時、遠くにジェーンが見えた。

 

「え、ジェーン?」

 

私が驚くとリグルはそっちを向いた。ジェーンはこちらに気付くと駆け寄ってくる。リグルはため息をついてから私の肩に手を置いた。

 

「明日、学校が終わってから行こう。それまでに準備は済ませておいて。それじゃまた明日!」

 

そう言って走っていった。遅れてジェーンが駆け寄ってくる。もう、一体なんなんだか。私は呆れて一言何か言ってやろうと思っているとジェーンは私の目の前に来て勢いよくキスをした。私は驚いて突き飛ばす。

 

「ジェーン!キスはやめてよ!」

 

「まあ減るもんじゃないし許してよ。こっちで君を探すのに時間がかかったんだ」

 

「こっちで私を探すのと私にキスするのと何が関係……」

 

つい最近の大ちゃんの事を思い出した。

 

「もしかしてジェーンも私の事が好きなの?」

 

「給水ポイントみたいなものよ。それはそうといい加減私の事をジェーンと言うのはやめて」

 

「自分から名乗ったんじゃないか」

 

「だから、本名名乗ったでしょうが!この間の金貨、調べはついたでしょ?!」

 

お互いに怒鳴り声をあげるもので、少し離れていた所から見ていた人達から注目を浴びる。一度冷静になって場所を変える事を提案すると彼女も同意してくれた。近くの両替機でカッパコインを現金に換える。その金で茶屋に入った。

 

驚くことにジェーンはお金を持っていないらしい。仕方がないので私から支払うことになった。

 

「まず私から質問させて欲しい。どうして私を探していたのかと、紅魔館を離れられないんじゃなかったのかって事」

 

「1問目はあなたが私に会いに来ないから。2問目は今日は特別だったから」

 

答えてはいるが答えになってないような気がする。

 

「チルノは私の賭けに負けたの。だから私の遊び相手になる義務がある。でも来ない。酷いじゃん」

 

「まだ1週間も経ってないでしょ。さすがに毎日はいけないって、勘弁してよ」

 

「まあいいや。この間の金貨を貸して」

 

返して、じゃないのか。そう思いながら金貨を貸した。私もこんなものを丁寧に持ち歩かなくてもいいとは思っているんだけれども…。ジェーンはすぐにそれを私に返した。何やら不思議な力を感じる。何をしたんだろう。

 

「いい、これは肌身離さず持ってて。それから、絶対に売っちゃ駄目だからね」

 

「売らないよ…」

 

多分。

 

「それじゃ、そろそろ行くから」

 

ジェーンは立ち上がった。

 

「もう行くの?まだ色々と話したい事があるんだけど…」

 

「そのコインを通じて話ができる様にしたから。私の顔が見たいならいつもの場所に来ればいいし。もう時間がないから、じゃあね!」

 

本当に忙しいヤツだなあ。ジェーンは店を飛び出していった。彼女の通った後がゴォッと音を立てて後から風が吹く。少し姿勢を低く屈んだかと思うと枝の様な翼を生やした。その羽の先にはじゃらじゃらと宝石の様なものをぶら下げている。

 

そしてあっという間に飛翔していった。前紅魔館で見た時は姿を消したりもしていたが、結局何者なんだろうか。ひょうっとするととんでもない人と関わってるんじゃないかと段々と恐ろしくなって来た。

 

遅れてだかだかと誰かが走って来た。店の前で派手にどてーっと転ぶ。私は転んだ人の体を起こしてあげた。その人は肩で息をしながらこちらを向いた。

 

「はぁ…はぁ…。ね、ねえ…こっちに変な奴来なかった?」

 

「今この辺りで一番変なのはあなたよ…」

 

「ちが、そうじゃなくて…。金髪で赤い目で、いかにもな高慢ちきで、上から目線な物言いがいちいち鼻につく女の子が来なかったかと聞いてるの」

 

「よく似た子ならさっきいたよ。ジェーンって言うんだけど」

 

「あの子だわ。あ、もうだめ…」

 

そこまで言うと気絶した。参ったなぁ。私は店員に許可をえて店の中に入れて横にさせる。枕まで持って来たので頭の下に敷いた。ジェーンが一口もつけなかったお茶を飲む。この子どこかで見たような…。そう思っていると思い出した。あのレミリアと以下言う子だ。

 

まずい時にまずい子と会ってしまったなぁ。とはいえ、このまま置いて帰る訳にもいかないし…。

 

いや、ここは人里だ。ここで好き勝手暴れる事はできまい。素直に謝って確執を解いておくのもいいかもしれない。

 

…そう言えばけーね先生から授業で回復体位と言う物があると聞いた事があったな。まずは仰向けにして右足を左足に乗せてクロスさせる。次に右腕を胸の上に置く。そして体を左側に倒して横向きにさせる。顎を指で押して頭を少し上に向かせる。右手の甲を顎の下に敷いて呼吸がしやすいようにした。こんな具合だっただろうか。

 

※筆者は医療従事者ではないので記述が正確ではありません。気になる方は「回復体位」で調べてみてください。

 

しばらく休んでいるとレミリアが起きた。

 

「…はっ!いけない、気を失ってた。フラン、フランはどこ?」

 

「さっき言ってた金髪がどうたらの子?」

 

レミリアは私の肩を掴んで揺らす。

 

「すぐに連れ戻さないとまずいの!いつも大人しいから、パチュリーがいない3時間ぐらいって思ってたのに…」

 

「多分だけど紅魔館に戻ったと思うよ」

 

「そんな訳ないでしょ。サメ映画に出てくるサメよりも獰猛で理性的な考えができず、目に映った物を片っ端から襲っていくあの子が大人しく紅魔館に帰る訳がない!ああ、あるいは血が足りずに倒れてたらどうしようぅ…。たった1人の妹なのにぃ」

 

サメ映画?

 

「ああもう、分かった探すの手伝うって!お姉ちゃんなんでしょ、しっかりしてよ!」

 

レミリアをなだめてから一度外に出る。それからコインを通してこちらから連絡を試みた。案外とあっさりと通じる。

 

「あろー。紅魔館に帰ったよ。最初に連絡するのがそっちからとは思わなかった」

 

「おい、フラン!姉貴が心配してんぞ!」

 

「色々とツッコミたい気持ちはあるけど今は黙っておくね。とにかく家に帰ったって伝えてよ」

 

「信じてくれないんだよ!さっきまでここにいたけど自宅に戻ったって言っても!」

 

「あーあー、わかったわかった。一発で信じさせる合言葉があるの。私が去り際に『先に戻ってるね、レザンコンペトン』って言ってたって伝えて」

 

「は?レザ…」

 

「レザンコンペトン」

 

そう言って一方的に切られた。もう、何なんだか。私は急いで茶屋に戻った。

 

「レミリア、そう言えばフランから伝言をもらってたんだった」

 

「え、なに?」

 

「『先に戻ってるね、レザンコンペトン』だってさ」

 

「あのバカ妹、そうやってまた人を馬鹿にして!もう二度と心配なんてしてやるもんかよ!」

 

 

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そう叫んで立ちあがった。私にお礼の金を渡すとすぐに店から飛んで行った。迷惑な姉妹だなぁ。それにしても今まで関わってたあの子の正体がまさかあの紅魔館の主の妹だっただなんて。神社での宴会で何回か耳にしていた程度だったけれど。

 

私もなんだかドっと疲れて家に帰ろうと思っていた頃にレミリアが戻って来た。

 

「ところで、私達どこかで出会わなかったっけ」

 

げげっ、完全に忘れてると思ったのに…。ここはこの子が好きそうなノリで適当に流すとしよう。

 

「組織の機密保持のために、お互いに深入りしない条件だったはずだスカーレットデビル。それじゃ幸運を祈る。ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

レミリアは決めポーズをして去っていった。ふぅ、上手く乗り切った。疲れたしさっさと家に帰ろう。そう思って前を向くと偶然通りかかったらしいルーミアがいた。目の前でさっきのレミリアのポーズを決めてキリッとした顔をする。

 

「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

うるせえ。

 

仕方がないので私も決めポーズをした。

 

「ラ・ヨダソウ・スティアーナ」

 

お互いに用事もないのでそのままルーミアと別れて家に帰った。ラ・ヨダソウ・スティアーナってなんだよ。

 




畳む風呂敷より広がる風呂敷の方が多すぎて手に負えなくなって来た事を感じるこの頃。


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13話 山吹く風、稲穂揺らして

風邪を引いたチルノは寺子屋を休むことになった。
急にやってきたにとりからリフォームの相談を持ち掛けられ、
終わるまで妖怪の山にあるにとりの実家で過ごす事になる。

チルノを妖怪の山まで送ってくれた魔理沙は意味深長な言葉を残して去り、後から連絡が来たフランからはとんでもない悩み相談が…。


朝からにとりから電話がかかってきた。今は忙しくてバイトはできないと断った。残念そうだったがまた時間がある時に連絡して欲しいといって切った。ここ最近はとにかく目が回るほど色々あった気がする。

 

一つ一つ解決して行かなければならない。一度家をでて思い切り背伸びをする。遠くに体操をしている大ちゃんが見えたので手を振ったら向こうも手を振り返した。

 

「ここ最近なんてめっきりゲームなんてしてないよ本当…」

 

おかげでカッパコインの借金とかも殆どせずに済んでるんだけど。

 

えっと、今日は寺子屋に行ってリグルと幻想郷の海の調査。明日はみすちーのライブか。

 

「けほっ」

 

頭が痛い。頭も少しぼーっとする。良くない、風邪をひいてしまったかもしれない。そう言えば寺子屋には電話があるんだったか。私は電話をした。事務担当の人に事情を話すと伝えておくとの事だった。今日は夕方からリグルと一緒に出掛けなきゃいけない。それまでには体調を整えておく必要がある。

 

私はため息をついて敷布団の上で横になった。

 

…コンコン。

 

「はい」

 

「おはようチルノ。良かった、まだ寺子屋には行ってなかったんだな」

 

にとりだった。

 

「バイトなら断ったでしょ」

 

「違うって。いつもの店、ちょっと物の置き場に困って来ちゃってね。売り捌くのも手間だから今回はタダで配るんだ。店のいらないものを一気に処分できて、まだ見ぬ客層には必要な物が届く!そしてそれが販売促進になってますます繁盛する!」

 

「営業トークならまた今度にしてよ」

 

「分かってないな、チルノにもそれを譲ると言っているんだよ。…それにしても殺風景だなぁ。どれ、いい感じに見繕ってやろうか」

 

「…お願いしたいけど今日はいい。気分が悪いんだ。家の中をドタバタされたら病状が悪化する」

 

にとりは腕を組んで辺りを見渡す。

 

「とはいえ、こんな環境じゃ治りも遅くなるよ。うーん…、そうだな妖怪の山のの私の実家で休むとかどう?ちゃんと説明もする設備も悪くない。君が治るころにはここは生まれ変わっている。いいでしょ?」

 

妖怪の山…。にとりからの公認があればいざあの場所に潜入していても有効な言い逃れができるかもしれない。ゆっくりしたい気持ちはあったがここはにとりにお願いする事にした。丁寧にも、妖怪の山まで送ってくれる人がいるらしい。

 

さすがに私一人で行くのも辛いし、にとりからの公認だと言っても伝わるか自信が無かった。一応、簡易的な許可書ももらった。それで、誰が来るんだろう。

 

しばらく待っているとその人物が現れた。

 

 

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「呼ばれて飛んで来たぜ。それで、届ける荷物ってのはそこのドライアイスか?」

 

「護送に霊柩車とは斬新なサービスだ。行き先は本当に妖怪の山なんだろうね」

 

「何で二人ともそんなに喧嘩腰なんだ」

 

「お前の実家まで送り届ければいいんだろ?」

 

「ああ。頼むよ。チルノも異論はない?」

 

魔理沙と話しておきたい事がある。私はうなずいた。会話を終えると魔理沙の箒に跨った。一緒に空を飛んで妖怪の山へ向かう。私は余所を向いて軽く咳をした。風が気持ちいい。人の肌には少し冷たすぎるだろうか。そんな事を考える。

 

「風邪か?」

 

「馬鹿は風邪を引かないっていいたいのか?」

 

「そう邪険にするなよ。ただ珍しいって思っただけだ」

 

妖怪の山まではまだまだ遠い。前に会った時はもっと早いスピードで飛んでいたが、今日は割とゆっくり進んでいる。必要なければ急ぐ事もないし。私はしばらく黙って掴まっていた。

 

時間があるなら少し話を聞いた方がいいかもしれない。まともな答えは返ってこないかもしれないが、確認はしておきたい。

 

「最後に会ってからしばらく経ったね。元気にしてた?」

 

「何だ急に。そうだな。大方いつも通りだ」

 

「どうしてにとりのバイトなんか」

 

「野暮用があってね」

 

「…ここ最近、霊夢が胸騒ぎを覚えて辺りを調査しているらしい」

 

「へえ。知らなかった」

 

「魔理沙はこの異変の事、どう思う?」

 

「異変?霊夢がそう言ったのか?」

 

ミスリードで何とか何かを聞き出せないか試してみたが看破されてしまった。やはりまともに答えるつもりはないか。私は彼女に掴まる手を少しだけきつくした。魔理沙はため息をついた。それからこちらを向いて何かを言う。

 

「霧雨魔法店に水着とシュノーケルがある。貸そうか?」

 

「…魔理沙、それってどういう」

 

質問をしようとすると急降下を始めた。私は振り落とされない様に必死にしがみつく。低空飛行で妖怪の山を飛んで行く。ここまでの速度であらゆる障害物にぶつかる事なく正確に回避していく。許可証を見せずに向かった事もあって追手がやって来る。

 

余りに予測不能な動きに追っ手はついていけない。木々が立ち並ぶ林の中さえスピードを落とさない。目の前に巨木が立ちはだかる。私は今度こそ衝突してしまうと目をつむった。

 

しばらくしてもぶつかった感覚がない。急にふわりと風の抵抗が止んだ。私は目を開けると、魔理沙が飛んで逃げる後姿が見えた。許可証は私の手に握らされている。

 

何なんだ…。

 

 

 

なんやかんやあってにとりの家に着いた。ここがそうなのか。それにしても…大きい。店があんなに狭苦しいだけにまさか実家がこんな風だとは。本人から許可をもらっているので中に入った。しばらく帰っていないのか僅かに埃かぶっている。

 

私は近くにあったタオルをマスクの代わりに巻いて軽く掃除をして敷布団に横になった。

 

そのままうつらうつらとしていると持っていた金貨がわずかに熱を放ち光っている。私は手に握った。

 

「あろー。暇過ぎてやる事ない」

 

「そっか。こっちは風邪を引いちゃったよ」

 

「え、本当?加減したつもりだったけどなぁ…。ごめん」

 

「何で謝られてるの私」

 

フランドール・スカーレット。紅魔館の主のレミリアの妹。私がつい最近まで紅魔館勤めのメイドと思っていた、ジェーン・ドゥ。まともに聞いていたことがないので記憶は朧気だけれど、宴会でレミリアの言う事は少しずつ変わってたので幽閉されていた、引きこもっていた、とか実際の所どういう扱いなのか分からない。

 

少なくとも私と会っている間は自由に紅魔館を出歩いている様子だったが、聞けば外には殆ど出られないと言っている。不明な事も多いが、私の事を気に入っているのは確かだ。じっくり話せる今の機会に得られる情報は聞いておきたい。

 

「ねえ、幻想郷の海って聞いた事ある?」

 

「ない」

 

…しばらく間が空いた。どうやら本当に知らないらしい。

 

「私の友達が言うには妖怪の山にあるらしい」

 

「山の中に?あなた騙されてんじゃないの?」

 

「どうも魔理沙も知ってるみたいなんだ」

 

「………ふうん」

 

「今、理由があって妖怪の山にいるんだ。知人のカッパの許可付きで。それで今日は調査しようと思う」

 

「いいなあ。私も見てみたい」

 

「この間みたいに抜け出せないの?紅魔館の外でならいつでも会ってるじゃない」

 

「あなたと会ってる時の大半は自分の部屋からあなたと話してるけどね。キスした日以外は」

 

私と話している時に自分の部屋にいるなら、私が話している時に目の前にいたフランは何なんだ。

 

 

「ところで、いつもキスをすると不機嫌になるの何なの」

 

「あのね、恋人の様な関係になったりもしていない相手からいきなり口づけされるのは嬉しい事じゃないんだよ」

 

「じゃあ恋人になろうよ。そうしたら喜んでキスさせてくれるでしょ?」

 

何だか頭が痛くなって来た。このままだと病気が悪化しそうだ。

 

「そんなの、不純じゃないか」

 

「どうして?相手を好きになる動機がプラトニックでなければならないなんて誰かが言ったの?」

 

「それは…。いや、待ってよ。フランは私の事を好きじゃないんでしょ?」

 

「恋愛相手として意識はしてないけど、恋人にならないとキスの度に不機嫌になるんでしょ?」

 

「あまりトンチンカンな事言わないでよ。君はいつもそうやっておかしな事ばかり言って私を困らせる」

 

「ねえ、チルノ。私が外界に興味を持ったのはとても最近。分からない事が多いの。あなたの言う普通が、どんなものなのか私に教えて欲しい。誰も私に普通を教えてくれないんだもの」

 

「…ごめん、今しばらく時間が欲しい」

 

「わかった。…またね」

 

私は金貨を置いて布団の中に潜った。

 



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14話 幻想郷の新聞記者

魔法の森、例の通路へ向かうリグルとチルノ。
道中、香霖堂という店を見かけた。そこに射命丸の姿が。
彼女なら何か知っているかもしれない。そう考えたチルノは大きく息を吸い込んで…

「やっぱり新聞と言えば花果子念報だよねぇーっ!!」


夕方。ゆっくり養生していた事、非常に快適な環境である事もあって風邪の治りは早かった。私はにとりの許可書を持っているから堂々と下山できる。

 

私はにとりの家の電話を使って寺子屋に連絡し、リグルに魔法の森の集合場所を伝えた。私は山を降りていく。またここを登る事になるのだが。

 

いつ止められても良い様に手に通行許可書を持って歩く。周りの妖怪は私を見ていたが、特に話しかけはしなかった。

 

結局、誰からか引き止められる事もなく山を降りる事ができた。それから魔法の森へ向かう。集合ポイントとなるのはここ、魔法の森の入り口だ。いかにもなオンボロの看板がある。一体いつ壊れるんだろうか。

 

魔法の森に入り口なんてあるのか。初めはそう思っていたが、およそ人間も妖怪も利用しないだろうに割としっかり整地された道が続いている。誰も通らないなら、その道に草木が生い茂っても良さそうなものだが。

 

とは言え万人を歓迎する道でもない。人の通行のための道は迷わない様にどこかへ繋がっているものだが、同じ物と思って安心して歩いていると出られず力尽きて倒れる事になる。

 

「あるいは、そのために森が作っていたりしてね」

 

ぼんやり呟くと、リグルが向こうからやって来た。

 

「チルノ、もう風邪はいいのか?」

 

「すっかり快調。それじゃ案内を頼むね」

 

一緒に森の中を歩く。目的地までは遠い。

 

「チルノ、私を奇襲した相手が魔理沙だってどうして?」

 

「霊夢の話を聞いたあの日、湖に隠れてた気配を感じたんだ。それが魔理沙。元よりみだりに姿を現さない奴だけど、ここ最近は特に見なかった。霊夢の感じた何かに一枚噛んでる。それに関与してるのがここ、魔法の森だと思ったんだ」

 

この森に何かある。だからリグルを近づけまいと攻撃した。結果的に、リグルは魔理沙が隠したかった何かを偶然にも知ってしまった。

 

〝霧雨魔法店に水着とシュノーケルがある。貸そうか?〟

 

この言葉、湖や池、川の事を言ってるとは思えない。リグルと私が幻想郷の海について調べようとしているのを知っていると言いたかった様に思えた。

 

霧雨魔法店…。罠か、あるいは…。

 

「リグルも魔理沙と戦った事がある。魔理沙の魔法…光と熱をメインとした魔法。奇襲された時、攻撃がそうだったんでしょ?」

 

「参ったな。チルノの言う通りだ」

 

「でも、リグルは話をはぐらかしてた。どうして?」

 

リグルは頭を掻いてこちらの顔をじっと見る。私はリグルの目を見据える。

 

「…弾幕勝負は飽くまで遊びだ。例えそれが命を賭ける事になっても。この幻想郷を崩壊させないための一種のルールでもある。魔理沙は素行は良くなくてもそこは分かってるはずなんだ。それなのに、奇襲だなんて…彼女のやる事とはとても思えない」

 

言われてみれば何だか変な気もしてきた。リグルは魔理沙との弾幕勝負を通して彼女の実力を認めている。交わした戦いの中で、彼女の気性と言う物を感じ取ったのだろう。ゆえに攻撃の特性のみで彼女だと判断したくなかった。そんな所だろうか。

 

「リグルの言う事も一理あるかもしれない。頭に入れておくよ」

 

しばらく歩いていると一軒家が見えてきた。香霖堂と大きく看板に書いてある。

 

「こんな所に店?」

 

「チルノは知らないのか?知る人ぞ知る店だ」

 

「へえ。今度寄ってみようかな」

 

「やめておきなよ。店主は気難しいらしいし、店の中にある物には非売品も多いらしい。利用客も物好きばかりだから、チルノが興味あるようなものはないと思うよ」

 

そういうもんか…。私は両手を頭の後ろに組んだ。そうしていると風を切る音が聞こえてくる。見やると一体の烏天狗が空を飛んでいた。それは急降下して来るかと思うと、高速で新聞を香霖堂の家の中に投げ入れた。

 

「ぎゃーっ!」

 

けたたましい音が聞こえた。中の人は大丈夫だろうか。

 

そして飛んで行くあの姿は…確か文々。新聞の射命丸文とか言う新聞記者の…。

私は息を吸い込んだ。

 

「やっぱり新聞と言えば花果子念報だよねぇーっ!!」

 

射命丸がまるで銃に撃ち落されたかのように落下する。地面に落ちた音がしない。木に引っかかっているのかもしれない。やや困惑しているリグルを傍目に彼女の元へ歩み寄った。いた。枝と言う枝に引っかかり面白い事になっている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そこのお嬢さん、文々。新聞を読んだことない?」

 

「実は寺子屋の授業で少し見たぐらい」

 

「それは結構。ではますます読みたくなりますよ。さあさあどうぞ、最新号です」

 

射命丸はショルダーバッグから新聞を取り出して私に投げた。私とリグルは一緒に斜め読みにする。最新号でも大して大きなニュースは載っていない様に見えた。一応、見逃している情報がないか花果子念報も一読しておいた方がいいだろうか。

 

「お買い得でしょう?んああ仰らないで。花果子念報なんて横書きで読みづらいし、中身はセンセーショナル的でエビデンスに乏しくザ・ゴシップでとても読めたものじゃない。どうぞ熟読してください。コラムから4コマまで中身は充実していますよ」

 

私は1面を読み直す。1つの見出しが目に入った。ここ最近、幻想郷の所々で体調を崩す人が続出しているらしい。共通点がなく原因は不明とのことだ。とにかく手洗いうがい、栄養バランスの管理や睡眠時間の確保など生活習慣の見直しについて喚起されているとのこと。

 

私の風邪ももしかしてソレなんだろうか。でも、ここ最近は忙しかったしただの偶然かも…。あるいは季節的なものなんだろうか。

 

「いい記事でしょう?クオリティが違いますよ」

 

「確かに興味はあるけど、購読する金が無いよ」

 

「あやややっ?変ですね、おたくはあのカッパの元でバイトしてると耳にしておりましたが」

 

「最近は色々と忙しくてバイトに行けてないんだ。新聞代が払えないんじゃあなたも困るでしょ」

 

「うむむむ…」

 

射命丸はうなりながらペンをグルグルと回す。まだ食い下がる気なんだろうか。

 

「よろしい。それじゃあお嬢さんには特別にタダで新聞を配りましょう」

 

「チルノ、やめた方がいいよ。天狗との怪しい取引きは」

 

「私も新しいネタを探しに幻想郷中をあくせくと飛び回っておりますが、記事にする上で品質管理や裏取り、ライバルを出し抜いたりととても大変なんです。そこで、あなたにその手伝いをして欲しいんですよ」

 

「ほらでた」

 

リグルがジト目をする。不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

 

「難しい事をさせようってんじゃありません。主な手伝いはこのカメラでネタになりそうな写真を撮ったり、特定人物への軽い取材をするだけです。なお、そのカメラは私の方へ画像を送る事も出来るので、プライベート用と仕事用も分けることができます。現像は有料ですけどね。悪くないと思いませんか?」

 

射命丸はそう言いながら木の枝から落ち、着地する。そしてショルダーバッグからカメラを取り出した。変なカメラだ。使い方を教えてもらった。こんなに良い条件はない。私は快諾した。

 

詳しい連絡は電話で行うと言うと、再びこの場を去っていった。

 

カメラか…。これなら幻想郷の海と言うのを写真で撮り、フランに見せてやることができるかもしれない。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか」

 

「うん」

 

私達は魔法の森の、妖怪の山に通じる通路へ向かった。



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15話 魔理沙が2人

実在した「幻想郷の海」それは、踏んでも足跡の残らない砂と
触れても濡れない海水で満たされた謎の空間だった。
一度家に戻り、相談する相手の事で悩んだりしていたチルノだったが、
魔理沙の言葉がどうしても気になって夜の魔法の森へ赴いてしまう。
しかし、そこである人物からの襲撃を受けてしまい…。


複雑な道を歩いていくと、やがてリグルの言っていた場所へ到着する。よく迷わずにここへ来れる。リグルの指をさした先には、わずかにそこだけ草の色が異なる場所があった。あそこらしい。

 

「確かに入り口からはそんなに離れていないけど、どうしてこんなに正確に来れるんだ?」

 

「ああ、ちょっとした目印をつけてて」

 

ううん…。虫ならではのわかる目印なんだろうか。また来るかもしれないし、帰り道は何かわかりやすいように自分なりの目印をつけておこう。

 

草をかき分け、中に入って下から草で穴を隠して進む。穴の中はほとんど光が差さないというのに、不思議と道が見える。

 

「日の光が届かないのにどうして先が見えるんだろう」

 

「わからない。でも、あまり細かいものは見えないから足元にはしっかり注意してね」

 

そう言いかけた所で私は躓いた。ちゃんと気を付けよう。リグルの手を取って立ち上がって前に進む。リグルの話ではここからそう遠くない所に出口があって、妖怪の山につくらしいけど…。

 

3分と歩かないうちに光が見えてきた。先のわからない道を歩かされる3分というのは体験時間が長く感じるものだ。

 

「ほら、ついたよ」

 

チリーン…。鈴の音が聞こえた。これがリグルの言っていた音か。あたりをキョロキョロとみても鈴のようなものはどこにもないが。穴をくぐった先には何か建物があった。さらに進むと…幻想郷を見下ろす高い所へやってきた。リグルの話の通りなら、ここは妖怪の山らしい。

 

そして、これがそのリグルの言っていたお堂。

 

「チルノ、あまり目立つところに立つなよ。見つかったらまずいって」

 

「大丈夫。今日まではにとりの許可証があるから問題ないよ」

 

とはいえ無闇に目立つべきではないのは確かだ。さっさと隠れる。ここはにとりの家から少し離れた場所だな。魔法の森に向かう途中で見たのを覚えている。まさかここに出るとは。

 

こうして本当に妖怪の山に到着してなお信じられない。魔法の森からこんなに短時間で妖怪の山のこんな場所に来ることができるだなんて。明かりがなくてもちゃんと見えたり、一体なんなんだあの通路は。穴に潜ってからは特に上に登ったり道を曲がったりすることもなかった。

 

「チルノ、こっちだ」

 

そうだった、今日の目的は幻想郷の海。リグルが言うにはこの先に海があるらしい。私はリグルに連れられて洞窟の先へ進む。すると、この時間帯ではありえない光が見えてくる。その先には…海が広がっていた。

 

「あ……」

 

言葉がでなかった。生まれて初めて見る海。どこまでも透き通った青が広がっている。これが…海…。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「な、本当だっただろ?」

 

私は砂浜を歩く。…あれ、足跡がつかない。それに、これは本当に砂なのか?踏んだ感覚がとても不思議なものだ。リグルも中に入ってあたりを見渡す。海水に触れてみた。海水の水をすくって…持ち上げる。

 

「濡れない…」

 

「え?」

 

「リグル、この海は何か変だ」

 

リグルは海水にふれる。リグルの手も濡れなかった。海の中に入っていくが、水の抵抗を感じない。海面というものはあるが、中はまるで空洞のようだ。あるところを境にぷっつりと真っ黒が続いているこれは、なんなんだ…。

 

 

「…この事、話そう」

 

「話すって…誰に?私たちがバカだって思われるだけだよ」

 

「でも…」

 

「チルノだってそうだったじゃないか」

 

そういわれると強くは言えない。私はふと気が付いてカメラを取り出した。

 

「写真…これを見せれば信じてもらえるかも」

 

「そっか、今はカメラがあるんだ。…でも、誰に?」

 

話す相手は慎重に考えたほうがいい気がする。私は考え込んだ。

 

「まずはけーね先生?」

 

「そうだね。それが無難かも。間違ってもチルノ、あの新聞記者やにとりに教えちゃダメだからね」

 

「うん」

 

今後次第では教える事もできるかもしれないが、今は黙っておこう。

 

私たちはしばらくあたりを探索すると自宅に向かった。秘密を知る人間は少ないほうがいい。一体誰に話すべきで、誰に話してはならないだろうか。慎重にならなければならない。家に帰りついてもあの出来事が頭に焼き付いて離れない。

 

ふと頭に浮かんだのは魔理沙の事。あれは、霧雨魔法店を訪れろという意味なんだろうか。頭の中でそんな風に結論付けられていてならない。単純にそう思いたいだけなんだろうか。この不気味で不明瞭なこと、彼女なら何か知っている気がして。

 

しかし、魔理沙はリグルを襲っている可能性がある。本人は否定しているとは言え…、視野から外すことはできない。

 

明日は今日遅れた勉強とみすちーの事とある。今日はしっかり休んだほうがいいはずだ。それでも、頭にあの事が何度も反芻される。

 

「ダメだ。こんなに気になるんじゃ、明日の事も頭に入らないよ」

 

日が沈み始めている。夜の魔法の森はとても危険だ。すぐに行って戻らなきゃいけない。私は急いで飛んだ。

 

夜の魔法の森。入り口とか構わず飛んで入る。空から飛んで探せばいいはず。そう思った。でも、現実はそうでもない。どこもここも似たような光景で、やがて自分のいる場所さえ分からなくなってくる。この森は、そんなに広いはずではない。でも、出てこれなくなりそうな気さえしてくる。

 

私は一度、森の中に降りた。くそう、まずい。どこがどこだかわからない。私はとにかく走ってあたりを探索する。どこからともなく視線を感じる。身の危険を感じる。やっぱり来るべきではなかったのか…。そう思っていたその時だ。

 

「おーい。こんな所で何をしているんだ?」

 

魔理沙だった。私はため息をついた。

 

「何って…。今からあんたに会いに行くところだったんだ。でも道に迷ってしまって」

 

「そうか。だったら案内してやるぜ!」

 

魔理沙の手元が光った。直感的に回避すると、私のいたところがレーザーで焦げる。

 

「ま、待ってよ。私をここへ呼んだのは、弾幕勝負のためだったの?」

 

「どうだったかな」

 

弾幕が飛んでくる。地の利もない場所での戦いは圧倒的に不利だった。ここは相手のホームグラウンド。そして私は病み上がりと来たもんだ。一体、一体どうすれば…。氷の弾を作って発射する。相手の動きは早くとても捉えられたものじゃない。

 

ダメだ、ダメだダメだ…。追いつけない。こんな勝負…。

 

接近してきた魔理沙が乗っていた箒を棒のように振って私に攻撃した。

 

「うぐっ、く…」

 

どうしてこんな…。

 

魔理沙が笑顔でやってくる。どうやらここまでのようだ。次に復活するのはいつ頃になるかな…。そんな風に思っていると、魔理沙の真横から何かが光った。極太のレーザーが放たれ、魔理沙は消え果た。

 

「!?!?」

 

あれは…マスタースパーク?

 

がさがさと音が聞こえて、魔理沙が現れた。かなりボロボロだ。

 

「よう、平気か?」

 

言い終えると魔理沙はその場に倒れた。

 

「魔理沙!!」

 

私は自分の傷の痛みも忘れて駆け寄った。何が何だかわからない。魔理沙が襲ってきたかと思ったら、魔理沙が魔理沙を倒して…。いや、とにかくこっちの魔理沙の事が大事だ。このまま放置するわけにはいかない。こんな時、一体どうしたら…。

 

ポケットにゴツゴツ当たるものがある。金貨だ。そうだ。こんな頭の状態じゃ何も考えられない。まずは冷静な第三者の話を聞こう。私は祈るような気持ちで金貨を握りしめフランの応答を待つ。

 

 

 

 



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16話 燃えよ闘志!一対のディアボロスハート!

魔理沙がピンチ、チルノもピンチ!
こんな状況で頼れるのはフランだけ!
しかし、前回の脱走もあってあまり気が進まないフラン。
とはいえ友の窮地についに意を決して紅魔館を脱走する!

パチュリーは無事に欺けたものの、レミリアとエンカウントしてしまった!
最も面倒な相手と出くわしてしまったフラン!魔理沙の運命やいかに!


「離婚を前提に結婚してください!」

 

私は叫んだ。ううむ。違う。もっとこう、グッと来る何かとインパクトが欲しい。私はまた息を吸い込んで叫ぶ。

 

「結婚を前提に離婚してください!」

 

何か違うなぁ。いまいちピンと来ない。私はノートを開いて今のセリフの所に斜線を引いた。もっと他のセリフにしよう。私は他のページのアイデアを見る。よし、これにしよう。

 

〝フラン、フラン!〟

 

「たっぽい!たっぽいたっぽいたっぽい!」

 

〝えぇ!?〝

 

「あ、チルノ?いきなり連絡来るからびっくりしたよ」

 

〝たっぽい…?〟

 

「ちょっとした発声練習だよ。日頃から喋る習慣がないと上手に声が出せなくなったりするんだよ。それで、何か用?」

 

何でこのタイミングで連絡するかなぁ。

 

〝魔理沙が、魔理沙が死んだ!〟

 

「は!?」

 

〝いや、ごめん。生きてる、ちょっと頭が混乱しちゃって…〟

 

「混乱し過ぎだって。ほら、深呼吸。吸って…吐いて…吐いて…吐いて…吐いて…」

 

〝ゲホッケホッ…。殺す気か〟

 

「それで、魔理沙がどうしたの」

 

〝詳しい事情は話してる暇がないんだけど、魔法の森で死にかけてて…。どっちへ行けば出られるかもわからないし、魔理沙を抱えては飛べないし…あたいどうしたらいいか分からなくて…〟

 

魔法の森か…。それはとても厄介な所に迷い込んだな。土地勘がないと厳しい。その上に魔理沙を運ばなきゃいけないと来たもんだ。私は頭を掻いた。

 

「魔法の森と言えば誰かいなかった?えっと、何て言ったかな。魔理沙の知り合いの…つぶあん・マーガリン?」

 

〝もしかしてアリス・マーガトロイド?ここからじゃどっちに行けばいいか…〟

 

ああもう、困ったなぁ…。これじゃまるで救いようがない。チルノの話では今こうしている間にも魔理沙は少しずつ弱って行っている。

 

〝フラン、どうしよう、どうしよう!このままじゃ魔理沙が死んじゃう、このままじゃ…!〟

 

チルノの声に鼻をすする音が混じる。おいおいおいおい…。

 

「しっかりしなさいよ、あんたがしっかりしなきゃ助かるものも助からないでしょうが!…分かったよ、助けに行くよ…行けばいいんでしょ!他の妖怪に見つからない様に隠れてて!」

 

私は一方的に連絡を切った。チルノがもっている金貨の位置さえわかればそこへ行くだけだ。ついこの間、脱走がバレてピリピリしているという所をまた脱走しなければならないだなんて。

 

もちろん、本気になればこんな所に閉じ込められている私ではない。それでも、こうして大人しくしているのはここでの生活が気に入っている事と私が大人しくしてさえいれば皆が喜んでくれるからだ。

 

でも私は行かなきゃあならない。

 

私はドアを開ける。まずはパチュリーだ。私は息をひそめて羽を隠し、メイドに扮する。影から影に、柱から柱に。よし、図書館はこんなものだ。後は…。

 

「妹様。あまりおいたが過ぎるとお仕置きですよ」

 

バレていた…。パチュリーのお仕置きはいつも恐ろしい。前回のお仕置きは、冷やしたこんにゃくで5回ビンタされた。前々回はセミの羽化の映像をリアルタイムで見せられた。今回だって何をさせられたものかわからない。

 

だが、対パチュリーの対策はばっちりだ。私は素早くパチュリーの元へ駆け寄り、彼女の瞼を両手の人差し指で押さえる。

 

「おやすみパチュリー」

 

「zzz…」

 

いつも眠そうにしているパチュリーだ。こうして瞼を下ろしてやるだけで寝てくれる。

 

よし、ここはクリアだ。咲夜は時間帯的に通らないであろう場所を選んで出ていく。窓から飛んでも良かったが誰から見られているか分からない。せめて門までは…。私はあらゆる障害を越えて玄関前に来る。

 

よし、後はここを抜けていくだけだ。私はメイド服を脱いでいつもの服に着替えて先を急ごうとする。

 

「横格ぶっぱー!あ゛あ゛ーい゛!」

 

そこに愚姉ことレミリアが現れた。

 

「「なんでこんな所にあんたがいるのよぉぉぉぉおおお!!」」

 

ハモった。

 

「お、お嬢様?何かありました?」

 

咲夜まで現れた。絶体絶命だ。しかし、私はフランドール・スカーレット。こんな窮地ぐらいお茶の子さいさい、抜け出してやる。

 

「お姉さま!Fly to the moon!!」

 

そう言って私は姉に抱き着いてキスをした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ふもっ!」

 

ついでに血も吸ってやろ。

 

そう思っていると逆に血を吸われる。

 

「ふもも、ふもももふもふもふがっ(憤怒)」

 

「ふむむ、ふむーっふむむむ(激怒)」

 

「…ごゆるりと」

 

咲夜がにこやかに去っていった。よし、敵が1人いなくなった。私は口を離してヘッドバットを姉にぶつける。

 

「ちょっと出かけてくる!」

 

「一人じゃ、危険でしょうが!」

 

よろめいたかと思うと急接近してきてヘッドバッドをして来る。鼻血が出た。

 

「うげぇーっ!やりやがったな、愚姉のくせに!」

 

「愚妹の後始末は決まって姉なんだぞ!貴様に分かるかこの気持ちが!」

 

「ああ、分からん!分からんともさ!!」

 

私は負けじとヘッドバット。今度は姉貴の鼻柱に当ててやった。向こうも鼻血を出す。

 

「ならば勝負の二文字をもって教えてくれようぞ!!」

 

姉御のヘッドバットがまたヒットする。視界がぐらりとした。

 

「望むところだッ!!!」

 

「…じゃなくて、こんな時間帯に用事ってなんなの」

 

「話してる暇がないんだよ、魔理沙が死にかけてる!急いで助けに行かなきゃいけないんだって」

 

「私が同伴する、それでいいでしょ!」

 

「勝手にしなさいよ!」

 

ちょっと目的を忘れかけてたけど、とにかく今は1秒でも惜しい。私はすぐに飛んだ。後を追って姉も追ってくる。方角はこっち…。あっちだ、わかった。それにしても物騒な森だ。

 

私はチルノの元へ着地した。

 

「チルノ、大丈夫?」

 

「あたいは大丈夫だけど…」

 

後から姉も着地した。

 

「あれ、あんた確か…」

 

「はいはい、話は後々!とりあえず紅魔館に連れて行きましょ」

 

私は手を叩いた。

 

「いや、永遠亭でしょ」

 

「ああもう、永遠亭でも命蓮寺でもいいよ!」

 

「…あまり耳元で騒がないでくれないか。頭に響くんだよ。どこかゆっくり休める所に連れてってくれ」

 

魔理沙が起きた。どうやらチルノの早とちりでそこまで急を要するわけではないようだ。

 

それなら紅魔館で決まりだ。私は魔理沙を背負い、レミリアは迷わない様にチルノの手を引っ張って飛翔する。それにしてもこの瘴気…これが方向感覚を狂わせるのか。ただ飛べば脱出できるとも限らないわけだ。

 

尤も、私には何も問題ないが。魔理沙は長くここで過ごして大丈夫なんだろうか。

 

疑問はさておき紅魔館に到着した。客室に寝かせるとすぐにパチュリーの元へ急ぎ、瞼をオープンさせた。さも当然の様に起きたので、すぐに事情を話して魔理沙の応急処置を急いだ。

 

森を抜け出してからはチルノもそれなりに元気になってたが、あれだけ泣いたりわめいたりしてたんじゃ体力もかなり消耗している。今日はここで休んでいくように説得した。

 

「はぁ…ドタバタした」

 

今回の脱走劇は魔理沙の救助の事もあって不問とされた。でもとても疲れた。

 

「今日はありがとうね。おかげで助かったよ」

 

「今回みたいな事は頻繁にはできないから、今度からはあまり軽率な事はしないようにね。おかげで今日は姉とキスしたり鼻血を出したりしたわ」

 

「フランって、実はキス魔?」

 

「別にこだわりはないけど姉とだけはもうこれきりにしたいわ」

 

「そうだ、これ…」

 

チルノは何かを渡してきた。カメラ?映像が映っている。これは…。

 

「海?」

 

「うん…ちゃんと撮って来たよ」

 

「ふーん…やるじゃん」

 

しばらく眺めていたけど、それをチルノに返した。次に目をやるころには眠っていた。私はため息つくと、彼女の頭を撫でて自分の部屋に帰った。




正直、どんなテンションで書けばいいかわからなかった。


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17話 イミテーション

青緑の本を始めて読んで気絶した時に見た夢。
あの湖の上で目覚めた。目の前にはあの本がある。
私はこれが夢である事に気付くと辺りを探索してみる事にした。

すると急に目の前が暗転。視界はすぐに開けたけど…。
そこで私は、私と出会う。


目の前に本がある。青緑の本だ。確か大ちゃんが書いていた本だ。宙に浮いている。

 

私はあたりを見渡した。前に見た事がある。大ちゃんの本を始めて読んで気絶した時に見た夢。とても大きな湖の上。あるいは大海原かもしれない。

 

「これは…夢…」

 

そうだ。これは夢だ。私は初めて夢の中でそれが夢だと気付いた。少し新鮮。夢を見ている間の起き方が分からない。ここで何をしようか。起きてやるべき事は山ほどあるが、何をしても起きれば無かった事になる夢の中となると何をしていいか分からない。

 

ふと思い出した。リグルと一緒に見たあの幻想郷の海。触れた砂の感覚がせず、足跡もつかない砂浜。触れても濡れない海水。この湖も似ていた。水の上にいるのに沈む事はない。飛ぶ必要もない。

 

足でわずかに水面を叩けば水しぶきがわずかに飛ぶだけだ。

 

「変なの」

 

私は飛んでみた。すぐに見えない天井の様なものにぶつかってそこから上に行けなくなる。頭を打った感じではない。そこから上へ行けないだけだ。

 

退屈に思い、この先どこまで行けるのか前に移動してみる。すると、急に目の前が真っ暗になった。

 

「!?」

 

何か不味い事になったかと思って焦ったが、視界はすぐに開けた。

 

とても不思議な空間についた。まるでたまに見るとても凝った意匠のインテリアの世界をそのままズームアップしたような、とても奇妙奇天烈な空間。非常にアンバランスで…。

 

狭い道の先に誰かがいた。私はそこへ向かう。誰だろう。

 

その先にいたのは意外にも…。

 

「え、私!?」

 

私だった。何をするわけでもなく、瞼を閉じて人形の様に立っている。何というか…こうして自分の姿をまじまじと見るのは初めてだ。ふむ…強いて言うなら私はもう少しカッコいい気がする。

 

それにしても、寝ているんだろうか。私は立ったまま寝るほど器用ではなかったと記憶している。軽く触れれば倒れてしまいそうだ。ちょっと小突いてみようか。

 

「わっ、わーっ!何してるんですか!」

 

急に声がしてそっちの方を向いた。誰かが走って来て私を突き飛ばした。

 

「こいつはまだ試作段階なんです!勝手に触れられちゃ困りますよ!」

 

「あ、あんた誰…」

 

幻想郷で見た事がないやつだ。何かわけのわからないデザインの服を着ていて…いかにも鈍くさそう。

 

「あなたはチルノさんですね。本物からこちらに来られるとは。私は球磨(くま)と言います」

 

「はいはい、よろしくよろしく。それでその私は何なの」

 

「何って…模倣品です。イミテーションとでも言っておきましょうか」

 

「じゃなくて何の目的で私の模倣品なんて作ってるの。自分の模した人形を持ってる知らない人がいたら気味が悪いでしょ」

 

「とても精巧でしょう?見てくださいこの髪。元のデータはあってもこのフワッとした感じを出すのは大変でしたよ。それからこの腕。スラっとしてて指の先はこんなに細い。さあさ、チルノさんも触ってみてください。それにこの瞳!」

 

偽物の私が目を開いた。自分で言うのも何だが綺麗な瞳だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いいでしょう、いいでしょう!今はまだモーションを読み込ませていないので動かしたりはできないんですね」

 

「はぁ…。最近、頻繁にキスされるし。恋愛沙汰でごたごたを起こすし。挙句には私の模倣品を作って目の前で触りながらレビューするおかしな奴と来た。夢の中とは言え、そろそろ発狂しそう」

 

「今進めてるプロジェクトにどうしてもあなたが必要なので先に研究を進めたんですが、上手く行かないんですよ。それで後から取り掛かったリグルさんの方が先に完成しちゃいまして。あなたは特別な妖精なんですねえ。興味深い」

 

「さっきから会話が成立してないよ。いるよね、日頃は黙ってるくせに自分の好きな事になると周りが見えなくなるほど熱心にベラベラ話し続けるやつ。その癖直した方がいいよ」

 

「あう…。その、そんな酷い事言わなくてもいいじゃないですか」

 

そういう事はちゃんと聞こえるんだ。図太いのか繊細なのかちっともわからない。

 

……リグルの方が先に完成した?

 

私はふと、さっき球磨と言う人物が言っていた言葉を思い出す。目の前にあるのは私の模倣品。急に悪寒が走った。まさか…。

 

「まさか、魔法の森の偽物の魔理沙は!」

 

「ええ、私の作品です。ちゃんと実体であなたを捕獲しようとしてたんですがね」

 

「!!!!」

 

ただの夢じゃない!!こ、これは一体…。今、私が遭遇した異変の黒幕と話している。そう確信した。

 

「私達の模倣品を作って一体何を…」

 

「久しぶりに喋ると疲れますね、そろそろ帰ってもらいましょうか」

 

彼女が手を前に突き出すと、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

「私の話しはまだ終わってない!!」

 

私は起き上がりながら言った。頭が何かにぶつかる。ぐらりとしてまたベッドに倒れる。何だ今の衝撃…。そう思っていると、赤い何かが立ちあがった。げっ、霊夢だ…。

 

「あんたねぇ…」

 

「霊夢?何でここに…」

 

「何か良く分からないけど魔理沙の容態があまり良くないって咲夜から知らせがあって…。それでお見舞いに行ったら見てわかるほど空元気で。で、あんたを探してるって言うから呼びに来たんだ。そしたら凄くうなされてて起こしてあげようと思ったらこの有様よ」

 

「ああ…ちょっと夢見が悪くて。ごめん」

 

「あんたまでそんなだとこっちも調子が狂うわ。一体何があったの」

 

「今はまだ言えない。魔理沙と話をして考える」

 

「何か企んでるんじゃないでしょうね」

 

「だったらまだ良かったよ。霊夢の神社から茶菓子の一つでも取ってくるような、そんなのだったら」

 

霊夢は頭を掻いた。それから何も言わずにどこかへ飛んで行った。できる事なら今すぐにでも言ってこの異変を任せたい。でも、あの球磨とか言っていたヤツの話しが気になる。あの模倣品…イミテーションとか言うのは私とリグルと魔理沙の3体ある。

 

私の予想が正しければ魔理沙もあの魔法の森の通路を知っているはずだ。この関係をまず確かにしたい。下手に霊夢に動いてもらって、イミテーションが増えたりしたら危険だ。

 

寺子屋に向かうまでの時間まで僅かにある。今のうちに魔理沙と話しておかないと…。

 

 



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18話 ルーミアの演説

魔理沙と情報交換を交わすチルノ。
恐らく今回の異変の黒幕である球磨を倒す方法を模索する。
僅かな日常を謳歌しようとするチルノだが、異変はすぐそばに来ていて…。


私は魔理沙の元にやって来た。患者衣を着て上体を起こしていた。私に気がつくとこちらを向く。

 

「チルノか。あの時は助かった」

 

「こっちの台詞だよ。状態はどう?」

 

「ああ。もうコサックダンスを踊れるぐらいには元気になった。一週間ぐらいはゆっくりしておく様に言われたが後3日以内にはここを発つつもりだ」

 

「また倒れちゃうよ」

 

「あの偽物がいるからしょうがない。倒しても半日後にはまた復活するんだ。オリジナルほど強くないのは助かるが」

 

「ここ最近、魔理沙の姿を見なかったのって…」

 

「もう何人倒したかな…」

 

ため息をつきながら言った。

 

「チルノ。お前は幻想郷の海を見たか?」

 

「うん」

 

「じゃあ隠す必要はないな」

 

魔理沙はこれまでの経緯について話し出した。

 

今から一週間ほど前、魔理沙は貰った苺ジャムの瓶を返しにアリスの元へ向かったらしい。しかし、そこにアリスの姿はなく代わりにこの辺で見ない少女がいたらしい。

 

少女は球磨と名乗ったらしく、アリスに留守番を頼まれたらしい。不審に思いながらも魔理沙が来たら案内する様に言われたようで球磨は魔理沙を魔法の森の通路へ連れて行った。

 

そして例の海に到着すると、見渡しているうちにアリスはもちろん球磨も消えていた。

 

その翌日、霊夢から身に覚えのない事について怒られた。その時は謝って済ませたが、ついに偽物と遭遇してしまう。

 

襲って来たため戦い撃破。事情を聞き出すために加減はしたのに急に消滅したと言う。それから半日ごとにリスポーン。同じ様な冤罪を広げないために繰り返し撃破、調査を進めていた。

 

そのうちに体力も底をつきて行き、あの場に至るのだという。私を守ってくれたと同時に、私も魔理沙の窮地を助ける事が出来たわけだ。

 

どこからその球磨という人物が関わっているか分からないので、青緑の本から今日の夢までの事を手短に話した。

 

「大ちゃんの書いた青緑の本…気になるな」

 

「にとりでも借りる事が出来たらしいから、頼めば貸してもらえるかも」

 

「でも、内容はアレなんだろ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まぁ…。リグルは何ともなかったけど魔理沙はどうなのか分からない」

 

「夢の中で球磨に会えるか…。何とかこちらから仕掛けられないもんかねぇ」

 

「青緑の本、借りて来ようか?」

 

「所在地が分かればここへ持ってくるのはたやすい。私の事はいいからそろそろ寺子屋に行った方がいいんじゃないか?」

 

時間を見るとここを出る時間を少しオーバーしていた。魔理沙の事だ。きっと抜け出したりするつもりなんだろうが、止めるのは無理だろう。今までも上手く切り抜けてきた彼女だ。私が心配しなくとも敵にやられたりするヘマはしないだろう。

 

私はすぐに寺子屋にでかけた。今日はみすちーのライブもある。魔理沙には申し訳ないけど今はこっちに集中したい。

 

 

 

寺子屋の庭に着地した。リグルが窓とドアを開けてくれる。私は勢いをつけてジャンプして中に入った。そして中にいたリグルとハイタッチ。

 

「ありがとう、リグル」

 

「いいって事よ」

 

そうして私達は席について先生を待った。みすちーが私の肩を叩いてくる。ライブの事だ。私はしっかり覚えてると返事すると、19時ごろに来て欲しいと言われた。私は頷いた。

 

…それから何分も経過する。

 

「先生、遅いね」

 

大ちゃんが時計を見ながら心配してそういった。いつも来るはずの時間より遅れている。遅刻だ。これは凄く珍しい事だ。教室はざわざわと騒ぎ始める。今回の異変と何か関係あるんだろうか。そう思うと怖かった。

 

ルーミアが教壇に上がった。彼女が黙って生徒を眺めているとやがてクラスはしん…と静かになった。

 

「時は夕刻。君らは私の家にやってきた。授業に疲れた君らに私は問いかける。『今日の夕ご飯は食パンだ。バターと、ジャムがある。そのまま焼いて食べても美味しい』。君はこう言った『ジャムがいい』と。だから私はこう言い返す『何もつけなくても、焼くだけでとても美味しいんだ』。だから君はこういう『じゃあ、そのまま焼いてくれ』と。私はさらに『君がどうしてもと言うなら、ジャムを塗ってもいい』と言った。君は疲れているので『君の好きにしてくれ。ジャムを塗るなりそのまま焼くなり好きにしてくれ』と。私は怒って『じゃあバターを塗る』と言った」

 

何の話なのか分からず周りは困惑しながらお互いの顔を確認し合う。

 

「人は一日の間に数万回の決断を迫られる!だから、夕方には決断疲れを起こす!だから自分にとって無意味な選択を迫られるのははっきりいって疲れる!!」

 

生徒がいよいよおしゃべりを始めた。ルーミアは教壇を拳で叩く。

 

「他人がつまらない話をちゃんと聞いているのは1分以内まで!それ以上長い話を聞いていられないのは話がつまらないからだ!!」

 

身振り手振りを加えて大声で教室に響くように叫ぶ。おしゃべりしていた生徒が黙った。

 

「馬鹿を相手には感情をむき出しに難しい話をせずに何度も同じワードを強調して結論を最後に持って来る!賢い相手には結論を最初に持って来て、主張のメリットデメリットをゆっくり丁寧に説明する!!スピーチは聞いている人間に向けてマンツーワンで話している様に行う!!!」

 

ルーミアの熱弁に圧倒されて場の空気が支配されているかのようだ。どう考えても色々とおかしい雰囲気でスピーチの内容も変なのだが、誰もそれを指摘できない。

 

「我々が勉強ができないのは何故か!!頭が悪いからか!?違う!!!不真面目だからか!?違う!!!先生の授業のやり方が悪いからか!?残念ながらこれも違う!!!!」

 

スピーチのボルテージが上がっていく。これまでもハイテンションで行い続けたが、彼女は一気にまくし立てて行った。彼女の顔は力むあまり真っ赤に染まって鬼気迫る表情になっていた。誰もが次の言葉を待っている。

 

「先生が来ないからだ!!!!!!」

 

扉の影から先生がずっこけながら入って来た。

 

「ううう…。ルーミアが教壇に立ちながら何やら面白い事をしていると思って邪魔せずにいたが、何なんだそのオチは」

 

「てへぺろ」

 

そう言ってルーミアは席に戻っていった。先生は教壇に立った。

 

「皆さん、おはようございます。今日は皆さんに教える立場にありながら遅刻してしまって本当に申し訳なく思う。実はここへ来る最中に色々とあってな。魔法の森に面白い物がある、と触れて回るリグルがいたんだ。興味深い物があるのは確かだがあそこは危険だ。私はリグルを注意したが聞く耳を持たない。私にまで魔法の森に行くように説得を始めた」

 

リグルが驚いている。先生は何を言い出すんだろう、リグルはずっとここにいたのに。皆はそんな風な反応だった。私には分かる、それは偽物なのだ。球磨が作ったイミテーションに違いない。

 

「…そのうち半ば揉めるように口論になってしまって。そしたら攻撃してきたんだ。何とか止めようとしたが、力加減を誤ったのか消えてしまった。ごめんなリグル。お前はここにいるのに、訳の分からない事を。授業を始めよう」

 

生徒は何が何だか分からない様子だった。やっぱり先生にも話しておく必要がある。

 

授業を終えると私は放課後に話があるとけーね先生に伝えた。

 

 




最近、自分で小説を書いてて何を書いているのか分からなくなってくることが多々ある。あまり風呂敷を広げずに終わらせなければと思う。


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19話 囚われのアリス

「それで、ここはどこなの!?」

球磨が目を覚ました。焦ってこちらへ駆け寄ってくる。早く、アリス早く!!

「チルノの家だよ」

アリスは答えた。


私はこれまでの経緯についてけーね先生に話した。先生は話が終わるまで口を挟まず聞いてくれた。リグルの時でさえ何度も口を挟んでいた私とは大違いだ。とにかく助かる。

 

「幻想郷の海か…。なるほどな。よく話してくれた」

 

「球磨が作ってるイミテーションは現時点でリグルと私と魔理沙の3体。一度倒しても半日以内にリスポーン。3人とも魔法の森の謎の通路を使って海を見ているから、そこに何かがある。そしてイミテーションもそこに案内しようとしている」

 

「後、行方不明になったアリスの事も気になるな」

 

アリスのイミテーションは現れていない。その理由はわからないが、アリスの家にいた以上は球磨が何も関係していないとは考えられない。

 

「下手に幻想郷の海の事が噂になって、イミテーションが量産されたりすれば手に負えなくなる。だから一人で動いていたのが魔理沙。イミテーションが悪さをして回れば仲間からの信用も落とせる。解決に身を乗り出せば孤立させられるように働きかけている」

 

狡猾で厄介な相手だ。今この瞬間も、魔理沙のイミテーションはどこでなにをしているか分からない。私のイミテーションも動いているかもしれない。そう思うと不安な気持ちになった。

 

リグルにも説明しておくべきだっただろうか。あるいは…。

 

「ところで、その青緑の本があれば球磨ってやつに会えるのか?」

 

「わからない。本を読んだとき、にとりは夢を見ていないと言ってた。もしかしたら私だけが偶然会えるのかもしれない」

 

「どんな内容なんだ?」

 

私は何も言わず青緑の本を取り出した。大ちゃんが最新作ができたと言うので、今後の事もあって申し訳なく思いながらも読むために貸して欲しいと言ったのだ。これは今後、球磨を対処するために必要になってくる可能性がある。だから借りた。

 

感想を聞かれた時のためにリグルに貸して内容を確認するべきだろうか。そう思いながら先生に貸した。先生は机に本を置いて開いた。何も気にせず本のページを見てしまって、私は自分が本を読むとどうなるかを今更思い出した。

 

当然の様に意識が遠くなる。

 

「お、おいチルノ!」

 

 

 

例の湖、あるいは大海原にやって来た。目の前には2冊の本が浮かんでいる。位置は変わってないので右側にあるのが私が最初に中に入った本だ。もしかして、あの夢は本の内容だったりするんだろうか。

 

最新作はこっちの左側にある本。無視して先に進めば球磨のいる場所へ行ける。球磨が夢の中にいるのか、私がこの幻想郷のどこかへ特殊な状態で移動しているのか。どちらなのかは分からない。

 

前回球磨に会った時、必要な情報を聞き出せずに半ば強制的にあの空間から追い出されて目が覚めた。無策に行けば前回と同じように何の収穫もなく起きるだけかもしれない。

 

「そうだ、この本…」

 

青緑の本。読んだ相手にもよるが、場合によっては私やにとりの様に気絶したりする。球磨が読んだ場合はどうなるんだろうか。

 

「何とか持ち出せないかな」

 

前回はどうやってこの本の中に入ってしまったんだったか。触っただけで本の中に入るのであれば持ち出せない。でもこのまま手を拱いていても仕方がない。

 

「…チルノちゃん」

 

声が聞こえた。大ちゃんだ。振り返ると黒いシルエットとして動く大ちゃんがこちらに寄ってくる。私はこれが夢だと気付いているからか、これまでの経験の積み重ねからか、怖かったが冷静さを失ってはいなかった。

 

「大ちゃん?どうしてここに?」

 

「チルノちゃん」

 

駄目だ。会話が通じない。大ちゃんの影は私の方へ近づいてくる。思い出した。最初の夢はあの大ちゃんに掴まった事から本の中に入ったんだ。私はもう一冊の方を手に掴んだ。持ち出せる。

 

大ちゃんの影は私の名前を呼びながら近づいてくるが、私は無視して青緑の本を持ち出し球磨のいる場所へ向かった。

 

しばらくすると景色が暗転した。やはりあの球磨とか言う人物のいる場所へ到着する。私は床へ降りて彼女と対峙する。

 

「また来てくれたんだ。良かった。今度こそちゃんと動くようになったよ、見て行かない?」

 

何とか球磨にこの本を読ませないといけない。下手に警戒させればまたこの空間から追い出される。何とか機嫌を損なわない様にしつつ、自然にこの本を読ませなければならない。

 

返事をする前にカプセルの中からイミテーションの私が出てきた。前回と違いしっかり歩いている。

 

「分かった。実験を手伝うよ。これを持っててくれる?」

 

「いいですよ。これはなんですか?」

 

「私の友人が書いた小説だよ」

 

イミテーションが襲ってくる。まずは初手にアイスバーン。足の自由を奪おうとしたが私はすぐに飛ぶ。イミテーションは氷の弾で私の動きを制限しながら、氷で剣を作って斬りかかってくる。

 

「戦い方は随分私らしくないんだな、弾幕勝負はどうした」

 

「別に美しさを競ったりしません。欲しいのは殺傷能力だけ。どうです?プロトチルノは」

 

何だか複雑な気分になるネーミングだ。

 

プロトチルノは確かに戦いにおいて最善手を打ってくるようだがそれがゆえに狙いを読みやすい。思考に遊びがないからだ。

 

「考え方が短絡的で浅いんじゃないかな。こんなんじゃ、オリジナルの足元にさえ及ばないよ」

 

ただ逃げ回ってはいない。私は散らしておいた氷の弾を一気に集中させて浴びせる。対応に追いつく前に懐に忍び込んで左手でプロトチルノの腹を掴んで全身を氷の塊で覆った。そして上に持ち上げて右手の拳を突き上げて氷ごと破壊した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「前に会った時、私を特別な妖精だとか言ってたね。その貴重なサンプルが、どんな本を持ってここへ現れたか興味はない?」

 

「はは、面白いな君は…ますます興味が湧いた」

 

球磨は手に持っている青緑の本を開いた。さあ、どうだ…。すると彼女は急に眼を見開いた。

 

「あ…うわ、うわああああああああああああああ!!!!あああああ!!!」

 

凄まじい叫び声と共に本を投げ捨て、頭を抱えている。よし、リグルの様に無事じゃなかったらしい。これは使える。

 

空間にヒビが入った。球磨が消える。どうなる…。

 

 

 

やがて、空間が光に包まれた。

 

あたりが見える様になった。ここは…どこだろう。研究室に見える。近くには大げさな機械があって、誰かが機械に組み込まれていた。

 

「アリス!?」

 

私は駆け寄った。

 

「ん…その声は、チルノ?」

 

アリスだった。目はとろん、としている。何かされたな。

 

「アリス、今助けるよ!」

 

「うん…取り外しの操作はそこのレバーだったと思う」

 

私はそれに触れてみるが、動かす事はできない。

 

「あれ、あれ…なんで!?」

 

「肉体がないからじゃないかな」

 

のんびりとした口調で続ける。そうか。私は精神体だか何だかがそのまま遠くへ飛ばされているんだ。青緑の本を読んだとき、私は夢の世界へ行った。原理は分からないがこいつの夢に侵入して、破壊した。

 

そして何故か球磨のいる地点に精神体が留まってると言う状態らしい。

 

「アリス、アリスは一体何をされたの?」

 

「その辺は曖昧でさ…えへへ」

 

えへへって…。近くにはいろんなものが落ちている。その道の知識さえあればいいんだろうが…。

 

「アリスを助けたい。どうしたら助けられる?」

 

「うーん…。肉体を持ってここへ来ない事には…」

 

「分かった、目を覚ましたらできるだけ早くここへ来るよ!それで、ここはどこなの!?」

 

球磨が目を覚ました。焦ってこちらへ駆け寄ってくる。早く、アリス早く!!

 

「チルノの家だよ」

 

「は!?」

 

そこで意識が飛んだ。おそらく球磨の妨害を受けたんだろう。次に目を開ける頃には私は職員室にいる。一度、家に帰って調べてみるべきか…。

 

 




最近忙しくて毎話挿絵を投稿するのは無理そう。


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20話 鳥蟲文楽

ライブが始まる!でも幽谷響子がまだ来ない!
〝リグル!リグルを呼んで!〟
響子が来るまでの間、リグルと組んで歌って欲しいと響子は頼む。
「突然歌えと言われても…」
困惑のリグル。みすちーはステージに上がってライブ中止の宣言をしようとする。リグルはステージを駆け上がり…
「私、歌います!」


「チルノ、チルノ!大丈夫か?!」

 

「けーね先生…」

 

「ここは職員室だ。私がうっかり開いてしまった青緑の本をチルノは見てしまったらしい。それで、どこまで覚えてる?」

 

「……確か偽リグルの出現と、幻想郷の海について話したはず」

 

「何だ、ちゃんと覚えるんじゃないか」

 

変だ。今までならあの本を読んだら少し前までの記憶をなくしていたのに。今回はしっかり覚えてる。

 

「こんな事、今までなかったのに…」

 

「まぁ、今しばらくはこの本を読むのはやめておこう。借りても大丈夫か?」

 

「大ちゃんには私から説明する」

 

小説に関する事で言えば、大ちゃんの関心は常に過去作より最新作だ。断りもなく又貸ししてしまうのは良くない事だけど今はそう言っていられない。

 

異変解決の兆しになるかもしれない事と、内容についても具体的に知る事ができるかもしれない。

 

「この異変の事、既にイミテーションが作られている魔理沙とリグルと私の3人で動くべきだと思う。けーね先生には別方面での協力をお願いしたい」

 

「そうだな…。下手に動いて私のイミテーションまで増えては事だ。幻想郷の海、球磨の調査は任せる。私はイミテーションの撃破を手伝おう。どうだ」

 

「先生、戦えるの?」

 

「他人の姿を借りた紛い物には負けはせん」

 

よく分からないがもの凄い説得力だ。

 

「分かった。でも、本物と偽物はどう区別すればいいんだろう」

 

「露骨に他人を幻想郷の海に連れて行きたがったり悪さをしてたら分かりやすいが、素振りを見せなきゃ見分けるのは難しそうだな。うーん…合言葉なんてどうだ?クリックアンドクラックとか」

 

なるほど、合言葉か。イミテーションが私達の記憶を引き継ぐのか、共有するのかとかそういった事は分からないが有効かもしれない。リグルや魔理沙とも話しておこう。

 

それにしても、合言葉か…。

 

「RIP…?」

 

私はけーね先生に首を傾げてに尋ねた。先生は机を叩きながら勢いよく立ち上がった。

 

「AND TEAR!!」

 

ハッと正気に戻ると顔を赤くするけーね先生。帽子で顔を隠した。

 

「決まりですね、先生」

 

「今のは忘れてくれ。頼む」

 

「何で顔を隠すんですか、可愛いですよ先生」

 

「可愛い言うな!ばーか!ばーか!」

 

拗ねた先生の機嫌と威厳を取り戻すのには時間がかかったが、謝罪と誠意の水羊羹でなんとかなった。みすちーのライブまで後1時間。時間に余裕を持って行きたいけど、アリスの言っていた事が気になって仕方がない。

 

飛んで我が家に戻る。思えばまだにとりにお礼も言ってなかった。家のポストには手紙が3件と小包が1つあった。それらを持って家の中に入る。

 

魔法の森にでかけたあの日はじっくりと見なかったけど、かなり快適な空間になってるようだ。早く枕を高くして眠れる日が来ればいいのにと思う。

 

そしてアリスはやはりどこにもいなかった。今はここにいない事だけ確認すればそれでいいはず。私は手紙を確認した。1通目はにとりからだ。

 

〝いつまでも帰って来ないから先に帰るよ。家の鍵はゲームの筐体の裏。わからない事があったら聞いて。それと、仕事は山積みだから時間があったらかけて〟

 

あの日の帰りは夜だった。いつまで家で待っててくれたかわからないけど少し申し訳ない気持ちだ。また今度しっかりとお礼を言いたい。2通目は…射命丸からだ。

 

〝聞き忘れた電話番号はにとりに聞きましたが、家にかけても出ないし訪問してもいない。このままだと困るので、携帯電話を小包に入れておきました。これに折り返し連絡をお願いします。あまり連絡がない様でしたら、あなたに密着取材します。追記:にとりさん、弁当を作って販売する事を考えてるらしいんですが上げ底作戦に出るみたいです。止めてくれませんか〟

 

カメラを貸してくれたり、新聞をタダでくれたり、それで私にドロンされたんじゃたまったもんじゃないよね。

 

それにしても、まさか携帯電話が手に入るとは思わなかった。電話でさえ殆ど見かけないと言うのに。とは言え、いつでも射命丸やにとりからかかって来る様になるんじゃないかと思うと憂鬱でもある。

 

3通目を開いた。差出人は書いてない。

 

〝チルノ、逆立ちしたヒポポタマスはなんて呼ばれてるか知ってるか?〟

 

間違いなくルーミアだ。返事は明日、本人に伝えよう。

 

そろそろ向かわないとライブに間に合わない。私は急いでライブ会場に向かった。

 

猛ダッシュで行くと何とか間に合った。会場には大ちゃんもいて、私を見つけるとこちらに駆け寄って来た。それから一緒に舞台裏に来ると何やら不穏な空気が漂っていた。

 

「何、どうしたの?」

 

「それが…幽谷さんが遅刻するらしくて…」

 

「このままじゃライブ時間に間に合わないよ…どうしよう…」

 

みすちーが弱気になって塞ぎ込む。

 

「ソロライブで間を取らせれば…」

 

「鳥獣伎楽は2人で1つのユニットなんだ!ソロでは歌えないよ…」

 

その時、控室に電話がかかって来た。みすちーが受話器を取る。

 

「響子!まだ来れないの?!皆、待ってるよ!」

 

〝まだしばらくかかりそうなんだ!リグル、リグルを呼んで!〟

 

「あり得ないよ!あの子は私の友達だけど、私達の音楽を馬鹿にしたんだ!」

 

〝意固地なだけだよ。みすちーと喧嘩した事について相談しに来たり、私達の音楽についてに理解を深めようと聞いたり歌ったりしてたんだ〟

 

「でも…」

 

受話器から漏れる声を聞いて、自分が動かなきゃいけないと確信した。

 

もう時間がない。私は控室を飛び出してリグルを迎えに行く。リグルがいそうな場所…。そうだ、あの辺りなら…。このライブ会場を遠くから見られるいい場所がある。

 

もしリグルが本当に意固地になってるのなら、そこに必ずいる。私は飛ぶ。あの崖の向こう…。

 

「弾幕?!」

 

崖の上には確かにリグルがいた。しかし、2人。こんな時にイミテーションが復活しているとは!

 

「「チルノ?!」」

 

「こんな忙しい時に増えてんじゃないよ!」

 

「「そんな滅茶苦茶な…」」

 

瞬時に見分けなきゃならない。イミテーションの魔理沙とあった時、口調は似ていても性格は違っていた。もし、イミテーションのコピーが完全でないとしたら先入観から勘違いする事もあるはず。

 

「はーいお二人さん、本物はどっちかなー?!」

 

「私だよチルノ!」

 

「ボクだよチルノ!」

 

私はボク、と答えた方の足元をアイスバーンで凍らせ滑らせる。そして羽の一つを抜き取り長く鋭利な氷の刃に変える。そしてイミテーションの背中が地面に落ちるより早く鳩尾に刺突した。

 

リグルがボクっ娘だったなら詰んでいた。私はボクっ娘のリグルもいいと思うけどね!

 

「い、今のは一体…」

 

「説明は後、ついて来て!」

 

私はリグルの手を半ば無理矢理に引っ張った。リグルは特に抵抗する事もなく私に付いてくる。そしてみすちーのいる控え室まで向かった。

 

「チルノ、もうライブは始まってる時間じゃ…」

 

「幽谷って人が来ないらしいんだ」

 

「ええっ?!」

 

私達は部屋に入った。

 

「駄目だ…やっぱり中止にしよう…」

 

〝みすちー!あと30分ですぐに行けるんだ、頼むよ!〟

 

「リグル?何でここにリグルが…」

 

半べそのみすちーがリグルに気付いて目元を擦る。

 

〝リグル?!そこにいるの??代わって!〟

 

みすちーは受話器をリグルに渡す。リグルは耳元に受話器をあてた。

 

「何?」

 

〝少しの間だけライブで歌ってよ!歌詞も曲もちゃんと教えたし大丈夫!〟

 

「い、いや無理だよそんな突然…ちゃんと教えたって、たった2回聞いただけじゃないか」

 

〝バァーッと歌ってガァーッと歌えばいいんだ!リズムじゃない、ハートで歌うんだ!〟

 

「わからん…」

 

ステージから声が聞こえる。みすちーだ。

 

「せっかく集まってもらったけど皆…今日は…」

 

リグルは受話器を戻して猛ダッシュでステージに駆け上がって行った。観客の注目がリグルに向いた。みすちーも何事かと目を白黒させている。

 

「私、歌います!」

 

「ええっ?!」

 

会場がざわめいている。しかし、覚悟を決めたみすちーがギターを鳴らし出した。リグルはマイクをオンにして音色に合わせて体でリズムを整え、ギターが一度鳴り終えると同時にリグルが叫ぶ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

凄まじい声量が会場に響く。その声と同時に会場から歓声が上がる。リグルはマイクをオフにしてちょっと咳き込んだ。

 

「リグルの音域に合わせるから無理はしないで」

 

「分かった。幽谷が来るまでに声は枯らさない様にしないと…」

 

そうして即席ユニット、鳥蟲文楽のライブの幕が開けた。




最近、前書きで本編のネタバレしてる事に気付いた。次から気を付けよ


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21話 始動、プロトチルノ

一晩限りの奇妙なユニットによるライブが行われる中、
ついに真打ち登場。会場を去るリグルを追っていると、
ルーミアが落ちてきた。
そして、彼女を襲撃した相手は…。


響子が来るまでの2人のライブが始まった。マイクとマイクスタンドを私達が急いで運ぶ。

 

歌はハートだなんて言うが、本当にハートだけで技術面をカバーするのは無理だ。リグルも最初の叫びで観客の掴みは取れたものの、その後の歌はやはりぎこちなさが出る。

 

それでも何とか様になっているのはみすちーのエレキギターと歌声のサポートあってこそだ。現時点ではメロディを覚えてもらいやすい様に割と簡単な曲が多いと言う事もある。

 

曲が終わると、水を飲んだり簡単な挨拶と響子が遅れてくる事について話している。

 

そういえばカメラを持って来てるのを思い出したので、撮れそうな所に回って複数写真を撮って射命丸に送った。

 

2人の話が終わると次の曲に入る。リグルも緊張感がほぐれたり曲調を掴めて来たのか先程よりいい感じに歌を歌っている。観客もワイワイ騒いだり、中にはリズムを取る様に指を叩いてる人もいた。

 

見知った人もいるようで…。

 

「あれ、紅美鈴」

 

「お、チルノじゃん。まさかスタッフやってるとは」

 

「まぁ色々あってね。美鈴もライブ聴いてるなんて思わなかったよ。1人?」

 

「咲夜さんも誘ったんだけどねー。仕事が終わらないんだって」

 

メイド長も大変だなぁ。

 

「実は2人で音楽やらないって聞いた事あってさ。咲夜さんも満更でもなさそうなの」

 

「あのメイド長が?!」

 

「意外でしょ。そこにお嬢様が現れてさ、ギターは任せろってウクレレ持って歯弾きやってね『ワァーオゥッ!』て叫んで床に叩きつけて壊して以来、誰もその事について話さなくなったんだ」

 

「初めて会った時からずっと思ってるけどぶっ飛んでるよね、レミリアって」

 

ルーミアとレミリア、遭遇したらどんな会話をするんだろう。少し気になる。私は美鈴と別れてステージの裏に戻った。すでに次曲のイントロが始まっていると言うのにリグルの姿があった。

 

私はリグルの元に走る。

 

「次の曲、始まっちゃうよ?」

 

「真打ちの登場だよ、ほら」

 

リグルが指を差すと、明らかに移動速度がおかしな雲がこちらに向かっている。その雲には少女がぶら下がっていた。間違いなく幽谷響子だ。

 

やがて会場に近付くとその手を離し、ステージの上に大胆に着地する。

 

その手にマイクはない。彼女は開始一声、会場に大音声を放った。心臓を鷲掴みにする様な声。凄まじいものだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

私は聞き入っているとリグルが会場から離れていくのが見えた。私は急いで追いかける。

 

「最後まで聞いていけばいいのに」

 

「ご機嫌な曲は苦手なんだ」

 

「素直じゃないなぁ…」

 

そんな事を言っていると、何かが落ちて来た。その正体が分かると私達は2人でそれを受け止めた。

 

「あだー。チルノってば急にどうしたのさ」

 

ルーミアだった。私の顔を見るとギョッと驚く。まさかと思ってルーミアの飛んで来た方角を見ると、月の光をバックに空中に佇む私の姿が見えた。プロトチルノだ。

 

「む…オリジナルとリグルか」

 

しかし、その声は球磨だった。

 

「球磨!」

 

私が叫ぶとプロトチルノが笑った。

 

「アリスが教えてくれました。最近、また家に来たらしいですね。何をやったんですか?あれから問題だらけで苦労が絶えないんですよ」

 

どうやら青緑の本について記憶をなくしてるらしい。今後、この問題解決には使わない手はない。球磨から感じるのは冷ややかな殺意。口調はあの時と変わらないがかなり怒ってる様だ。

 

「球磨?」

 

ルーミアが尋ねた。私は何も言わずにカメラをルーミアに預ける。

 

「ルーミア、写真の撮り方は?」

 

「ここを押せばいいんでしょ?」

 

「これから私はあいつと戦う。何枚撮ってもいいから、私達が1枚の写真内に同時に写ってる写真が3枚ぐらい欲しい」

 

「おk」

 

ルーミアはカメラを携え闇に消えた。

 

「球磨、私はお前の居場所が分かった。じきにお前の目論見も潰れる。早い所、馬鹿な真似はやめた方がいいんじゃないのか」

 

「そんなはったりには乗りませんよ」

 

リグルが私達を見比べている。パッと見じゃ区別はつかないだろうな…。私はリグルにも話をする。

 

「リグル、あいつと戦うの手伝って欲しい」

 

「いいけど…」

 

「何とか偽物だけ区別して攻撃できる方法はない?」

 

「そうだなぁ」

 

リグルは急に私にハグをする。そして離れた。プロトチルノが氷の刃で襲って来た。2人で避けて距離を開けながら弾を撃つ。プロトチルノは私に攻撃を仕掛け見分けをつかなくしようとしたが、リグルのやったあのハグの効果なのか私に弾が当たる事はない。

 

少しずつプロトチルノを追い詰める。

 

「何が目的なんだ、球磨!」

 

「私だけの理想郷を作るのに、ちょいと君らの協力が必要だというだけです」

 

「理想郷?」

 

「誰も私を傷つけない、私だけの理想郷です」

 

「哀れな奴。痛みが教えてくれる事だってあるだろうに」

 

「だったら、あなたの大好きな痛みで心を埋め尽くして差し上げましょう!」

 

プロとチルノが放つ氷の弾幕の厚さが増す。私はギリギリのところで回避していると、先にリグルに攻撃しに行ったのが見えた。しかし、この弾幕のカーテンの中ではまともに近寄れない。プロトチルノは氷の刃で接近戦を仕掛けている。

 

あの間合いはリグルにとってやりづらい。どうにかしないと…。

 

「まず、ご友人の死に別れの痛みはどうですか?」

 

「リグル!」

 

氷の刃がリグルに届くかと思ったその時、リグルの姿が消えた。プロトチルノが驚いていると、リグルのいた位置にルーミアが現れた。

 

「はい、チーズ」

 

パシャリ。

 

「えっと…球磨だっけ、プロトチルノだっけ。どっちでもいいや。あのさ、私達に手を出すとあなたの大嫌いな痛みがついてくるよ」

 

プロトチルノがあたりに弾幕をまき散らして行動を制限しつつ斬撃を加えていく。ルーミアは姿を現したり消したりしながら弾幕を置いて空中遊泳している。ちゃんと回避できているかといえば、割とかなり被弾しているようだ。

 

私は何とか弾幕を抜けるとプロトチルノに掴みかかって地面に一緒に落ち、地面の直前で突き落としつつ自身は上昇した。

 

「蓄積ダメージが…。いいでしょう、今日の所は一度引きます。またお会いしましょう」

 

そう言うとプロトチルノは消えた。やれやれ…。

 

私はこれまでの顛末についての大雑把な所をリグルやルーミアに言った。少しずつ偽物の正体を知る仲間が増えていくのは嬉しいが、誤って誰かが魔法の森の秘密の通路でイミテーションを増やしたりしないか不安だ。

 

アリスの事は伝えなかった。アリスや球磨が私の家にいるということ…あれは一体どういうことなんだろう。

 

しばらくすると電話がかかってきた。射命丸からだ。

 

〝さっきの写真、あれ何ですか!?〟

 

「えっ?」

 

ルーミアからカメラを返してもらった。どうやら私とプロトチルノが同時に移っている写真を送ってしまったらしい。

 

「ごめんチルノ。なんか操作がよく分からなくって」

 

なんてことをしてくれたんだ…。

 

「ごめん射命丸。今忙しくて…またかけなおす」

 

そういって一方的に電話を切った。彼女が記事にするなら、何とか幻想郷の海や秘密の通路の事を隠して偽物の存在がいる事を知らせるようにしなきゃいけない。どんな風に話したものか…。あまり時間をかければ向こうから取材にやってきかねない。

 

私は頭をくしゃくしゃにする。

 

「どうしよ…あの新聞記者を煙に巻いたりするような話術、私にはないよ。今から人里に行けばけーね先生を頼れるかもしれないけど、みすちーのライブは最後まで聞けなくなっちゃう」

 

「それなら私の闇に隠れるといいよ」

 

ルーミアが言った。なるほど、その手があったか。リグルにイミテーションは半日に一度はよみがえることと、合言葉を伝えるとライブ会場に戻っていった。




20話のイラスト、みすちーの爪を描くのを忘れるというミス。割とショック


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22話 相棒

心躍るライブも終わった。
響子の遅刻には驚く理由があった。
青緑の本について、私の動きを不審に思っていた大ちゃん。
他のメンバーにはおよその事も話した事もあって大ちゃんにも説明する。
彼女は意外にも積極的に協力してくれて…?


大迫力のライブが終わった。結局、射命丸が私を探しに来たりすることはなかった。ちゃんと後から話を聞いてくれるのかもしれない。早めにけーね先生に相談しないと…。

 

私はルーミアと一緒に幽谷響子とみすちーに会いに行く。

 

「良かったよ、二人のライブ」

 

「それは良かった。ソウルに響くソング。それが歌だよね」

 

響子はうなずいた。

 

「それはそうと響子、今日は何で遅れたの?」

 

「ほら、前々から言われてるじゃん。騒音問題について」

 

そういえばそんな事を言われているんだった。人里を遠く離れている私の家でさえ少し聞こえてくるぐらいなので、迷惑する人や妖怪も多いのかもしれない。

 

「それでさ、今日は命蓮寺で幻想郷の重鎮が集まるって聞いて…。聞けば私たちのライブの話も議題に上がるっていうじゃないか。だから乗り込んできたんだよ」

 

えぇ…。どんなメンバーが集まるのかを想像すると、重圧につぶれてしまいそうだ。話を聞くだけで嫌な汗をかきそう。霊夢が言うにはフランクな人が割と多いとか聞くけど…。

 

みすちーも驚いてる。

 

「危ないじゃん…。で、どうなったの?」

 

「いやまあ、つまみ出されるかと思ったんだけど案外と同席していいって言われたから話題に鳥獣伎楽が出るまで座ってた。時折抜け出して連絡はしてたけどね」

 

肝が据わってるなぁ…。あの電話はそんな時にしてたのか。

 

「それで、どうなったの?」

 

「やっぱりライブはうるさいって。時間帯を変えるとか場所を変えるとか色々案も出たけど、代案として選ばれたのがファンが集まりにくい場所でさ」

 

場所によっては人間が集まりづらいかもしれない。いくら熱狂的なファンであっても。

 

「それで、代案のライブ会場はどこなの?」

 

 

「無縁塚」

 

何そのブラックジョーク。

 

「えいきっきもノリノリで賛成してたし、慰霊ライブやってくれって」

 

「えいきっき?」

 

「四季映姫様だよ。仲良くなったんだ。でもさすがに反対したよ」

 

何かそういう人はいるって聞いたことあったけどどんな人なんだろう。想像もつかない。

 

「私の反対もむなしく、話は本当にライブ会場の移動でまとまろうとしてたんだ。だから、立ち上がって曲のレパートリーを増やすって言ったんだ」

 

「曲のレパートリー?」

 

みすちーが首をかしげる。

 

「黙っててごめん。実は新曲を作ってたんだ。それを歌ってきた」

 

「「「ええっ!?」」」

 

どんな胆力だ…。響子は紙を取り出してみすちーにみせる。そして新曲を歌いだした。初めの曲調は抑え気味で大人しいが、サビに連れて訴えかけるように激しくなる。

 

鳥獣伎楽の曲としてはどうなのかと最初は思ったけど、サビに移る所からの転調が凄くいい。みすちーは聞きながら歌詞の所を指して何かを話している。

 

「で…どうなったの?そのあと」

 

「うん、しばらく様子見って事で先送りになった」

 

これからの活動次第ってわけか。決まりかけていた話を、歌一つで覆すだなんて…。これが幻想郷に響く新しい音楽の力なのか。

 

これからの活動を私は応援したい。その活動に支障をきたさないためにも、早いところこの異変は解決しないといけない。私は決意を新たにした。

 

 

 

家に戻った。時間的には寝なきゃいけないけど、あのアリスの言葉が気になって寝付けない。私は念のために家の中をまた探索してみる。それでもやはりアリスや球磨はいない。

 

窓から大ちゃんの家を見ると、まだ明かりが点いている。青緑の本…、借りてまたあの世界に行ってみるべきだろうか。とはいえ、もうすでに一冊借りてけーね先生に貸している。

 

いや、でも考えれば借りたことは説明すると言ってしまっているからなぁ…。

 

悩んだけど、一応けーね先生に貸していることは伝えに行こうと思う。私は大ちゃんの家に向かってドアベルを鳴らした。大ちゃんはドアを開けて迎え入れてくれる。

 

「今日のライブ、凄かったね。あの時の興奮が冷めないよ」

 

「リグルとみすちーが歌って、響子が雲にぶら下がって登場して、新曲まで聞いて…」

 

大ちゃんはうなずく。しばらく間が開いた。

 

「それで、どうしたのこんな時間帯に」

 

「あ、ああ。実はこの間借りた本なんだけど…」

 

「けーね先生に貸しちゃった?」

 

「…うん。本当にごめん。でもなんで知ってるの?」

 

「私、チルノちゃんの大ファンだから。チルノちゃんが思ってる以上にチルノちゃんの事を知ってるんだよ」

 

たまに怖いことを言うんだよね、大ちゃん…。

 

「ここ最近、チルノちゃんとても忙しそうにしてるよね。私の本も読む事以外に何か目的があって使ってるみたいだし…。改めてチルノちゃんから事情を教えて欲しい」

 

…もう既に大ちゃん以外のメンバーには本当の事を話している。ここまで言われて、今更大ちゃんにだけ秘密にしておく理由もない。私は改めてこれまでの経緯について話すことにした。

 

じっくり話せる時間もある事と、下手な隠し事は通用しない事も考えて大ちゃんにはこれまでの出来事を包み隠さず言った。

 

「うう…チルノちゃんのファーストキスの相手、私じゃなかったんだ…」

 

「反応する所、そこなんだ…」

 

「ねぇチルノちゃん。その調査、私にも手伝わせてよ。私のコピーなら作られても、そこまで強力な弾幕は張れないし問題ないと思う」

 

「でも、偽物が自分の知らない所で悪さをしたら…」

 

「射命丸さんに幻想郷の海以外の事を伝えればいいんだよ。イミテーションの存在をね」

 

「大丈夫かな…」

 

「現時点でいるイミテーションは3体。でも偽物が悪さする噂が流れれば、自分の行いを偽物のせいにして身の潔白を主張する人も出てくる。良くも悪くもいろんな人に認知されたりするんじゃないかな。そうだね。偽物は海に行こうとか言すとかも付け加えたらどうかな」

 

球磨のイミテーションは1人につき1体まで。あいつの言う理想郷がどんなものかは分からないけど、とにかく幻想郷の海と言う場所に連れて行ってイミテーションを増やそうとしている。

 

偽物の注意喚起と、その特徴の流布…有効かもしれない。

 

「さすが大ちゃん。それいいかも」

 

「恋人はとにかく、相棒にならなれるかもね。どう?」

 

大ちゃんは興味津々だ。こんなに食いついて来るとは思わなかった。私はうなずいた。

 

「ただ、私は戦いは得意じゃないからそっちはお願い」

 

「分かった」

 

大ちゃんは机に向かった。何か文章を書きだした。

 

「球磨と戦うには私の書いた文章が有効になるかもしれない。私が読書感想文を読み上げた時、誰もチルノちゃんの言う私の本を読んだときの反応はなかったわけだから…何かトリガーが…」

 

「前に読んだとき、気絶はしたけど記憶は失わなかった。何かあるのかな」

 

「私の書いてる小説はただの恋愛小説だから…、チルノちゃんの方に何か変化があったとしか思えない。今から文章を複数作るからそれで実験しようと思う」

 

大ちゃんは猛スピードで複数の紙に小説を書いていく。本当に早い。慣れているにしても、あんなに早く書けるものなんだろうか。文章量、内容ごとに細かく分けて紙を作ってそれぞれ実験していく。特に問題なく読める文章、気分が悪くなる文章、めまいがする文章はあったものの気絶するほどのものはなかった。

 

文章量が足りないのかもしれない、と私の体調が悪くなった小説の続きをもう1ページ書いて私に見せる。一瞬、気が遠くなった気がしたけど何とか耐えられた。

 

「気絶しない…。何がダメなんだろう」

 

「それにしても大ちゃんの書く小説って独特だよね…」

 

大ちゃんは棚から青緑の本を取り出して私に手渡した。

 

「まさかとは思うんだけど、ちょっと読んでみてくれるかな」

 

私は青緑の本を開いて読んでみる。1ぺージ、2ページ…。読める。

 

「読める…」

 

この本を読んで気絶する事がなくなったということだ。けど、それはこの本を読む事で急いで球磨の所に行く事ができなくなったという事でもある。睡眠であの場所に行けるかは寝てみない事には分からないけど、少し不安になった。

 

本を閉じると立ち眩みがして大ちゃんは私を支えてくれた。

 

「チルノちゃんの耐性が強くなったみたいだね。球磨はそうじゃないはず。2ページは携帯しておけば手荷物もそこまで増えずに使えるかも」

 

「ありがとう、助かるよ。後はアリスの居場所についてか…」

 

「チルノちゃんの家って言ってたっけ。あれどういう意味なんだろうね。調べ物もしたいし、チルノちゃんさえ良ければ家を調べてみてもいいかな」

 

「大丈夫」

 

そうして私の家を調べる事になった。

 




割と急ぎ足になってる気がする。あまり説明的になりすぎない様に気を付けたい。
後、今回の話はどこにも挿絵しておきたい場面がなかったのでここに一枚載せておく。


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23話 侵攻

大ちゃんとともに幻想郷の海を調べに出かける事になった。
大ちゃんがいると昔を思い出すなぁ…。
町にいるおじさんが、子供の前では厳かな雰囲気を保ってているのに友達の前になると若者の様な雰囲気になってしまうのと同じなんだろうかとか思いつつ。
球磨の目論見を潰すべく大ちゃんと策を練って魔法の森へ。
そして魔理沙と出くわすが…本物?


チルノちゃんの家を一緒に探索してみたけれど、結局どこにもアリスさんはいなかった。あれは一体どういうことなんだろう。あるいは、何か聞き違いとか異なる意味があるんだろうか。

 

疑問は尽きないけど、そろそろ明日の事もあるし休もうと私は提案した。

 

「それじゃあ、私はそろそろ帰るね」

 

「もう遅いし泊まって行きなよ」

 

「でも…家はすぐそこだし…」

 

「いいじゃん。昔はよく寝泊まりしてた事だしさ」

 

そんな事もあったなぁ…。私の寝床がなかった時とか、チルノちゃんの家が改装になった時とか…。最近は特に機会もなかったからずっと離れ離れだった。

 

「じゃあ、言葉に甘えちゃおうかな」

 

改装後のチルノちゃんのベッドは2人で寝ても少し広い。手を伸ばせばすぐ届く所にいるぐらいの近さで一緒に眠る。吐息が聞こえる。

 

電気を消してからはチルノちゃんが眠りにつくまで早い。私が知る限りではいつも10分以内には眠ってしまう。寝顔を見ていたい私は少しだけ頑張って起きて、寝息を立てるチルノちゃんを眺めていた。

 

時々、口をぱくぱくとする所とか指をぴくぴくさせているのが可愛い。たまに「んふふ」とか笑っている。

 

「チルノちゃんは可愛いなぁ…」

 

しばらくすると、チルノちゃんは半開きにしてこちらを見る。そうそう、たまにこんな風に目を開けたりする。起きてはいるんだろうけど、翌日聞いてもこの事は覚えてない。目を閉じる。

 

人肌さみしくなったのか、チルノちゃんは私に抱き着いてくる。前にあった時よりかなりしっかりしてきて、あの頃が懐かしいと思っていた。でも、こうした所は変わらないんだなあ…。

 

「甘えん坊だなあ、チルノちゃんは」

 

私はあやす様に頭をなでる。ああ、眠りたくない。ずっとずっとこうしていたい。心の中で何かが満たされていくのを感じる。

 

「…大ちゃん……」

 

「うん?」

 

「好き」

 

「私も」

 

「大好き」

 

「身悶えそう」

 

チルノちゃんは今後も一生気づかないんだと思うけど、純粋無垢だった頃の私を最も悪戯に歪めたのはきっとチルノちゃんだと思う。そのうち、私もうとうとしてきて眠ってしまった。

 

 

 

朝起きると、私はチルノちゃんを起こさないように引きはがして朝ご飯を作る。あまり材料がない。ちゃんとこまめに買っておかないから…。仕方がない。私は自宅まで取りに行ってから料理を作った。

 

それにしても、あそこに置いてある大きな箱はなんだろう。チルノちゃんは少し前にあの光る箱に熱中してたみたいだけど…。

 

ガスはまだある。私は簡単な炒め物を作って皿に盛りつけて机に置いた。

 

「チルノちゃん、ごはんだよ」

 

「…まだ眠い」

 

「ほらほら、起きた起きた」

 

毛布を掴んではがそうとすると、両手で必死に毛布を掴んで抵抗する。そういう健気な抵抗好きだなあ。私は手を放す。チルノちゃんは毛布から顔だけ出してこちらを見ている。私は手をわきわきとして、チルノちゃんの脇をくすぐる。

 

「あはは!あはははは!!ダメだって大ちゃ…あははははは!」

 

「ここが弱いんだったね、チルノちゃん。全然変わらないなあ!」

 

手が緩んだ隙に毛布を奪う。チルノちゃんの目が涙で潤う。

 

「酷いじゃないか…」

 

あああ…可愛い。泣いていいよチルノちゃん。

 

チルノちゃんを見ていると加虐心がくすぐられて仕方がない。反応が可愛くて、いじめたくなる。これがわざとじゃないだなんんて、嘘だと言いたい。…いけないいけない。この思いは小説に封じ込めると決めたんだ。

 

深呼吸深呼吸…。

 

私は猛る心を鎮めて、机に向かう。遅れてチルノちゃんも食卓についてご飯を食べる。まだ微睡みの中にいるようで、ぼーっとしているようだった。惚気はここまでにしておいて、今日の夢に球磨が出てきたか聞かなきゃいけない。

 

「チルノちゃん、今日の夢の事だけど…球磨とは会えた?」

 

「!!」

 

チルノちゃんがハッとした顔をする。

 

「よく眠れたと思ったんだ。そうだ、球磨には会えなかった…!」

 

「もう何度も彼女の元に夢を通して侵入してるから、対処されたのかも」

 

チルノちゃんは考え込む。

 

「どうしよう、まだアリスの居場所の事なにも分かってないのに…」

 

「チルノちゃんの家にいるというあの話、アリスさんが嘘をついてる可能性は?」

 

「それはない。何やら曖昧な様子ではあったけど、正確な受け答えはしてたはず」

 

「じゃあ、事実誤認してる可能性は?」

 

「それは…ないとは言えない」

 

「ちょっと確認したい事があるの。チルノちゃんの言う幻想郷の海、連れてってくれる?」

 

「でも今日は寺子屋が…」

 

「けーね先生も事情は知ってるし大丈夫だよ。それに、アリスさんを早く助けなきゃ」

 

少し考えてたけどうなずいた。寺子屋に連絡して2人休む事を説明する。その間にチルノちゃんは射命丸さんにあの写真について説明すると話した。

 

チルノちゃんが電話を切ると間もなく射命丸さんがやって来た。不用意な発言をさせない様に主に私がカバーしたり説明したりした。

 

「なるほど、それじゃあそれをネタに使わせていただきますね。それとこれ、今週号です。それとこの妖精は?」

 

射命丸さんは新聞を渡し、チルノちゃんに私の事を聞いた。

 

「大ちゃん。私の友達なんだ」

 

「お友達の大ちゃんですか。なるほどね。それじゃ、また新しいネタの提供とか、この件についての続報があればそれも願いします」

 

手短に済ませるとすぐに飛んで行った。チルノちゃんは新聞を斜め読みしている。聞くに、気になる新報はイミテーションとおぼしき魔理沙さんが悪戯をしているぐらいなものだ。

 

それからすぐに魔法の森に向かった。

 

「う…そうだった。前にここに来た時、道に迷って散々な目に遭ったんだ。リグルさえいればなぁ」

 

魔法の森の土地勘なんてない。下手に迷い込めば出られなくなるかも。私も困って考え込む。少し離れた所、香霖堂から魔理沙さんが出て来た。

 

私はチルノちゃんにそれを教えて一緒に向かう。

 

「ん?チルノに大妖精か」

 

「そう言えば目の前にいる魔理沙が本物か確かめる方法は現時点ではなかったんだった…」

 

チルノちゃんが後ずさる。怪我をしていたとは言え、本当に一週間まるまる紅魔館にいる事はないと本人も言っていた。だから本物かもしれたいし偽物かもしれない。

 

「何だ、疑ってるのか。確かに偽物か本物か分からないと厄介だよな。大妖精を連れてるとは言え、お前が大妖精を海に連れて行くために動いてるイミテーションとも限らないし」

 

「いや…それを言うと実は今から大ちゃんを幻想郷の海に連れて行ってる所だし何も言えなくなる」

 

魔理沙は首を傾げた。

 

「…何でだ?」

 

「さっきも言ったけど魔理沙さんがイミテーションの可能性があるから言えないよ」

 

私から答えた。

 

「もう、じれったいな…。分かった、私はお前らが本物だと信じる。何より大妖精なら偽物のチルノには騙されないだろうからな」

 

「付け加えておくと、偽物の私は球磨自身が操る事でしか動かせないらしいから間違える事はないよ。理由はわからないけど。性格を私に寄せられない」

 

「???」

 

「チルノちゃんは特別な妖精なんだよ」

 

適当に流したかった事もあるけど、実際にそう思っている。

 

「さて、後はどうやって私が本物だと信じてもらうかな…。」

 

「チルノちゃん、何かいい案はない?」

 

「えぇ…、そうだな。じゃあ魔理沙、うふふって笑って」

 

「な、何だよ急に」

 

「簡単でしょ。うふふって笑って」

 

「やだよ」

 

「ふふふ…無邪気に笑ってごらんよ、あの頃みたいにさ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やめないか!」

 

魔理沙さんがチルノちゃんに平手打ちをした。チルノちゃんは頬を抑えながら起き上がる。

 

「大ちゃん、保証するよ。この魔理沙は本物」

 

「チルノちゃん、うふふって何?」

 

「若さだよ」

 

それ以上は教えてもらえなかった。

 

魔理沙さんはつい先ほどイミテーションの魔理沙さんを倒したらしく、改めて調査も進めたいということもあって同行することになった。

 




3000文字じゃなかなか進まないなぁ(白目)
あまり文章を少なくするとそっけなく急ぎ足になるし、多くしすぎると1話辺りが全然進まない。23話、侵攻って銘打ってる割にまだ幻想郷の海にさえ行ってないからね。
いっそ1話辺りの文字数増やそうか…でも1話3000文字近くが一番軽く読みやすい気が…。


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24話 水の扉

魔理沙と大ちゃんと共に魔法の森の秘密の通路を探してみる事に。
通路の先の妖怪の山…そこには何故か河童も天狗もいなかった。
「ここは幻想郷の妖怪の山じゃない…」
見えない壁もある。ここは一体…。
問題の海に向かうと、魔理沙は水着に着替えて泳ぎだした。
今まで触れる事ができなかった海に入れる方法がある。
ここに置いてあったというこの水着とシュノーケルを使う事で泳げる。
球磨は魔理沙をここへ連れてくる最中、私についてしつこく聞いてきたらしい。
「何かヒントがあるかもしれない」
魔理沙は脱いだ水着とシュノーケルを私に差し出した。




私達は魔法の森の秘密の通路に向かう。先頭は私、後ろに大ちゃんと魔理沙だ。しばらく歩いてから私は立ち止まる。

 

「あれ…この辺じゃなかったっけ」

 

「黙ってたけど全然違うな」

 

魔理沙が呆れた。

 

「早く言ってよ!地の利があるんだからさ!」

 

「あまりに自信満々に歩いてるんで、止めづらかったんだ」

 

嘘つけ。絶対にさっきの仕返しだ。今度は魔理沙を先頭に歩いて行く。こんな時にリグルがいたなら、早かっただろうなぁ。リグルは今頃、授業を受けてるんだろうなぁ。

 

しばらく歩くとついた。アリスの家からそんなに離れていない場所だった。

 

「おかしいな。前に見た通路はアリスの家の近くじゃなかった」

 

「本当か?」

 

「地の利がなくても、こんなに近くに家があったら気付かない方がおかしいでしょ」

 

「幻想郷の海に通じる秘密の穴は複数ある…?」

 

大ちゃんが腕を組んで呟いた。リグルが見つけた穴は魔理沙から逃げてる最中に偶然見つけたもの。私は覚えてる範囲でその情報を話すと、魔理沙はおよその場所に焦点をあて数カ所探した。

 

少し時間はかかったが、以前入った穴が見つかった。中に入ってみたが、中の構造と出る場所はアリスの家の近くの通路と同じらしい。ますます訳が分からない。

 

同じ場所に繋がっているのに、一本道な事。一度妖怪の山に到着し、鈴の音を聞かないと幻想郷の海へ通じる道が出現しない事、帰りは必ず元来た穴に戻る事…。

 

一度穴まで戻ると、魔理沙は霊夢に「もらった」と言うお札を貼った。並の人間には見えなくなるし、弱い妖怪は入れなくなるらしい。妖精はどうなのか分からないが「触ってみるか?」と言っていた魔理沙の表情を見れば結果は察する。

 

 

 

念のためにアリスの家からの通路を通ってみる。魔理沙の言う通り、同じようにまっすぐの道を通って妖怪の山に到着した。他に道はなく、一度妖怪の山に着くまでは海も出現しない。私たちは一度妖怪の山に向かった。

 

「本当、どうしてここへ着くんだろうな」

 

「わかんない。にとりの実家の近くだけど、行っても本人いないしこのショートカットは使えないね」

 

大ちゃんがお堂から先を見る。私はあわてて大ちゃんを止めて引き戻した。

 

「危ないって、河童や天狗にあったら…」

 

「問題ないだろ。私がいるし」

 

魔理沙が笑った。

 

「チルノちゃん、今までここに来て河童や天狗に会った事は?」

 

「この間、風邪を引いた時はたくさん会ったよ。通行許可証も持ってたから襲われたりしなかったけど。あの時に会った魔理沙が偽物だったとは。『霧雨魔法店に水着とシュノーケルがある。貸そうか?』なんて言ってくるし」

 

「いや、それは本物だ」

 

「え、だって海に行くのを止めようとしなかったじゃん」

 

「あの後、お前私の家に来なかっただろ。まぁ道に迷ってるとは思わなかったんだが」

 

悪かったな。

 

「あの時、私を呼んでどうするつもりだったんだ」

 

「2人とも話の腰を折ってごめん。私が言ってる河童と天狗はこの通路を通った後の事だよ」

 

「いや…会ってないよ。会うつもりもなかったし」

 

そこまで聞くと大ちゃんは堂々と妖怪の山の道を飛んだ。私と魔理沙は驚いて一緒に後を追いかける。道はかなり続いているが、河童や天狗の姿はどこにもない。これはどう考えてもおかしい。大ちゃんは着地して考え込んで唸る。

 

2人とも一緒の位置に着地する。

 

「ここは妖怪の山じゃないんじゃないの?」

 

「でなきゃどこなんだよ」

 

「魔理沙さん、この先に触れてみて」

 

大ちゃんはパントマイムをするように空中に手を当てる。魔理沙は不思議に思いながらそこに触れると驚く。私も触れてみると、驚く事に見えない壁があった。なんだこれ。力強く押してみたり、攻撃してみたりするが壊れそうにない。

 

魔理沙がマスタースパークを撃ち込むと、手を当てた先に行ける。私はそこに踏み出すと、地面は見えてるのに実体の足場がないせいで落ちようとした。大ちゃんは私をしっかり掴んで支えてくれた。

 

「あ、ありがとう…」

 

「ここについてもっと調べてみるべきだよ」

 

「盲点だったな…」

 

皆で一緒に辺りを探索する。見えない壁は無理に壊さず色々と行ってみるものの、この妖怪の山に似た何かには何もない様子だった。

 

次に、幻想郷の海。ここに何かがあるはずだ。私は辺りを探索しているといつの間にか魔理沙は水着に着替えてて、シュノーケルを装備している。

 

「何やってるんだよ魔理沙。ここの海は触れても濡れないし、実質海のようなものがあるだけで…」

 

そう言っているうちに魔理沙は海に潜っていった。まるで本当にそこに水があるように、水しぶきが立つ。私と大ちゃんは驚いてその様子を見ていた。やがて起き上がってくる。

 

「チルノに言ってたこれなんだが、実はここに置いてあったんだ。これで海には潜れるんだが、何かあるかと思えば何も見つけられなくて…。お前なら新しい発見があるかもって思ったんだ」

 

「なんで私…」

 

「球磨がここへ私を連れてくる最中、やけにしつこくお前について尋ねてたんだ。何かあるんじゃないかと思って」

 

そんな安直な…。とはいえ手掛かりが1つでも欲しいならそう考えるのも無理はない。魔理沙は目の前で水着とシュノーケルを外すと私に渡してきた。私はぼんやりそれを眺めていて、その間に魔理沙はタオルで体をふいて着替え終えている。

 

大ちゃんの顔を見るけど、大ちゃんは特に表情1つ変えずこちらを眺めているだけだ。

 

「なんだ。着替えるところを見られるのが嫌なら外に出てるぞ」

 

「いや、そうじゃなくて…」

 

「??」

 

首をかしげる。私はしばらく考えた後、大ちゃんに手渡ししてみる。大ちゃんは何も言わずに服を脱ぎ始めるので、私は止めた。

 

ひょっとすると…おかしいのは私の方なのか?

 

しばらく考えたけど、このままというわけにも行かないので私はさっさと着替えて海に飛び込んだ。

 

「なにこれ…お風呂に入ってるみたいに丁度いい…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「自分でやらせておいてなんだが、たまにチルノを見てると哲学について考えさせられる」

 

「わかる」

 

人が海に潜ってやっているというときに何が悲しくて哲学なんぞ考えにゃならんのだ。

 

結局は何も見つからなかった。

 

「手がかりなしか…」

 

魔理沙は落ち込んだ。ここに来て何か手がかりさえ見つかればよかったが、そうでないと完全に骨折り損のくたびれもうけだ。調査は進んでいるものの、アリス救出と球磨の撃破の解決へはまだまだ遠い。

 

「チルノちゃん、もう海から出ていいんだよ」

 

「いや…できる事ならもうしばらくこうしていたい。香霖堂にビーチボールなかったっけ」

 

「初めての海水を楽しんでる気持ちはわかるがただでさえ不気味な場所なんだ。さっさと出て来い」

 

ちぇっ。

 

私はしぶしぶと海からあがって着替えた。それにしても、まさか泳げるようになるだなんて思わなかった。凍らせたりもできるんだろうか。ふと疑問に思ってそのまま海水に触れて凍らせてみる。

 

すると、砂浜から10mほど離れた場所に薄っすらと見える扉が出現した。

 

「扉!?」

 

魔理沙が変な声を出して驚いた。私達も驚いた。この空間には扉があったのか…。

 

触れてみると凍っている。液体でできてるのかこの扉…。侵入者除けのためにこんな事をしているのだとしたら、この先にあるのは…。私は2人の方を振り返る。

 

「行こうぜ…」

 

魔理沙の言葉に大ちゃんもうなずく。私はドアノブに手をかけ扉を開けた。




…物書きとしての腕が足りずどうしてもご都合展開に思うところが出て来て心苦しく思う。できるだけ自然な感じにしようと思うものの…、無駄な伏線を張りすぎてしまった感ある。
申し訳ない。



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25話 球磨の理想郷

ついに球磨の本拠地についた。


扉の先は人里の茶屋に通じていた。人は1人もいないので、先ほどの妖怪の山同様、本物の人里ではないんだろう。私たちは遠慮なく歩いていく。この世界は温かみも感じないが寒くもない。過ごすには快適な温度だ。

 

「チルノちゃん、着替えなくてもいい?」

 

「でもタオル持ってないし」

 

「はい」

 

魔理沙はタオルを渡した。

 

「お、おう」

 

私は体を拭いて着替えた。

 

人里を探索してみるけど、ある程度距離を歩くとやはり見えない壁があって先へは進めなくなっている。しばらくすると魔理沙が私と大ちゃんを呼んだ。妖怪の森へ進む道に壁がないらしい。

 

一緒に踏み出すと、湖に到着した。この先に進むと私の家がある。

 

「…アリスの言っていた、私の家って…」

 

「こっちの世界の、というわけか」

 

わからないはずだ。

 

「おいおい、お客さんなんて及びじゃないぜ」

 

向こうの道から魔理沙が現れた。イミテーションだ。

 

「もう何度も相手してきたが、もう1人の自分というのは見慣れないもんだな」

 

「同感だな。でももうすぐ元の1人に戻れるから安心してくれ」

 

両者ともにらみ合う。

 

「チルノ、ここで時間を食えばその間に球磨が何か小細工するとも分からん。隙を見つけて先に行くんだ」

 

「わかった」

 

星形の弾幕をばら撒くイミテーション魔理沙。魔理沙も同じように弾幕を張る。かなりの数が相殺されて美しく散る。まるで花火の様だ。複数の砲台かれレーザーを照射する。

 

1つが大ちゃんのほうへ飛んだ。上手く回避できず被弾しようとした所を氷の壁で防御させる。

 

「ありがとう、チルノちゃん」

 

「大ちゃんは私のそばを離れないで」

 

弾幕勝負なら私のほうが経験が多い。飛翔速度が遅いわけじゃないので、私と同じ動きをすれば多少なりと被弾も減るはず。

 

「くそっ、なんだ…前に戦った時よりパワーアップしてる!?」

 

魔理沙が押されている。

 

「あっちで戦うのとホームグラウンドで戦うのとでは訳が違うぜ、オリジナル」

 

「そうかい」

 

球磨の力が及ぶ範囲ではより強力になるという訳か。何にせよ厄介だ。私は力を込めて、一面の弾幕を凍らせた。イミテーションの魔理沙が驚いてる間に魔理沙が攻め込む。私と大ちゃんはその隙に先へ向かった。

 

私の家の前にはリグルがいた。

 

「魔理沙の次はリグルか…。今、時間がないからどいてよ!」

 

「そういう訳にもいかないんだよチルノ。それよりこの間は結構痛かったんだよ?一瞬で凍らされて、砕かれて」

 

「あの時はしょうがなかったんだよ…」

 

偽物とは言え、友達をあんな風にするのは全く心が痛まなかったわけじゃない。大ちゃんが前に出る。

 

「チルノちゃん、ここは私に任せて」

 

「大ちゃん?」

 

「大ちゃんが私に勝てるとは思えないなぁ」

 

リグルが構える。

 

「勝てなくても負けない事はできる。チルノちゃん、任せたよ」

 

にっこりと笑った。そうだ。イミテーションを操る球磨を倒す事ができれば…。私はうなずいて私の家に向かった。

 

家の中は、屋内とは思えないほどの広さになっていて捕まっているアリスと球磨がいた。球磨は私を待っていたようで、お茶を淹れている。

 

「やあ、来たかチルノ」

 

「球磨!もう気は済んだでしょ!」

 

「いや、済んでない。まあ聞いてよチルノ。私達は争いあうべきじゃない。似た者同士だからだ」

 

彼女はお茶に角砂糖を2こ入れている。

 

「イミテーションはあの幻想郷の海の空間に入った時点でコピーされる。あまり深い物は覗けないが、ある程度の記憶なら見られるんだ。君の記憶、覗かせてもらったよ」

 

「悪趣味だな…」

 

彼女は注いだお茶を一気に飲んだ。

 

「君がもっとも恐れているのは変化だ。人に好意を向けられるのも慣れていない。君は過ごす日々の中で、他人が自身に向ける感情の変化に動揺を隠せていない」

 

球磨はイミテーションの私をここへ召喚した。

 

でも、球磨の言う事は分からない訳じゃなかった。初めはフランドール・スカーレットからのキスだった。話を聞くに単にキスしてるわけじゃないが、あれは初めての経験で動揺した。

 

次は大ちゃんだった。自分と恋愛関係になっている小説を書いていて、私に向けている感情が恋愛である事が分かって、キスもされた。

 

意識が変わってくると、ただ友達だったりした関係が崩れていくような気がして…。少し怖かった。友情と愛情の境界はあまりに曖昧。

 

青緑の本も…、私が恋愛感情に少しずつ理解を深めていってからは気絶したりしなくなった。大ちゃんの小説の内容はおそらく普通の人でもかなりショックな内容なのだが、恋愛感情というのが理解できなかった私にとっての「こうであるべき」事が揺るいだショックが気絶するほどだったんだと私は思っている。

 

「君は強がっているが内心では人を傷つけるのも傷つけられるのも嫌っている。初めから好きになったり、好かれたりしなければ傷つく事はないと。だから徒に周りと関係を作ろうとしない」

 

大ちゃんと知り合ったのは、草むらで妖怪に襲われているのを助けてからだ。でも、その他の大抵は誰かを通して知り合った。確かに私から積極的に誰かと仲良くなろうとはして来なかった。

 

「私もだよチルノ。私も怖いんだ。だから生きてる間変わらないものを作ろうとしている。この世界だ。恋愛には一生発展しない、居心地のいい世界を作るんだ。その実現までもう一歩、君の力が必要だ」

 

「そんな事のために、人を傷つけてまでイミテーションを増やそうとしてたのか!」

 

「自分を傷つけるだけの存在に、どんな気遣いがいるというんだ!」

 

「移ろいゆくものが怖いのは皆同じなんだ球磨…。でも、その変化の痛みを受け入れながら、成長していく。いつまでも同じ時間の中では生きられないんだ。私もお前も」

 

「……、君となら分かり合える気がしたのにな…」

 

球磨はプロトチルノに乗り移り私に攻撃を仕掛けてくる。球磨も気を遣っているが、私も間違ってもアリスに攻撃しないようにしないと…。

 

 

【挿絵表示】

 

 

こちらの世界でのプロトチルノはやはりホームグラウンドということもあって強い。しかし、あの魔理沙やリグルほどではないのは操っているのが球磨だからなんだろう。

 

この体の扱いなら、誰よりも自分が慣れている。

 

最初は手こずったが、慣れてくると私が押し返す。プロトチルノは膝をつき、肩で息をしている。

 

「お前の負けだよ、球磨。アリスは返してもらう」

 

「駄目だ!」

 

プロトチルノから抜け出してきた球磨が歩き出す私の足にしがみついた。

 

「駄目だ…、アリスを失えばイミテーションを制御できなくなる…。私の理想郷が潰えてしまう。チルノ、お前も大事だけどアリスも同じぐらい大事なんだ」

 

「私はこの異変を終わらせに来た。だからそれでいいんだ。誰かにだけ都合のいい世界なんてありはしないんだよ」

 

私は彼女を無理矢理引きはがし、アリスの元へ行く。アリスに問えば、アリスを縛っているシステムの解除方法を教えてくれた。球磨はしつこくまた私に掴みかかる。

 

「チルノ、私からこの世界を奪わないで…」

 

「君が他人の痛みに無関心なら、他人も君の痛みには無関心だ。球磨、外で一緒に生きていく世界を見つけようよ。手伝うから…」

 

「無理だよ…今更どんな顔で向き合えばいいんだ」

 

私はレバーを引いてアリスを解放した。

 

しばらくすると魔理沙と大ちゃんがやって来た。魔理沙はアリスを介抱し、永遠亭に連れ行った。ここには大ちゃんと私が残る。球磨はしばらくうなだれたままだった。

 

「もう君らは行けよ。ここには何もない」

 

球磨は消えそうな小さな声で言った。

 

「球磨がいる」

 

「…好きにしなよ。私が君らにそうしたように」

 

私はため息をつくと、球磨の手を引っ張って一緒に私の家に向かった。

 

 

 




13話時点でピンピンしてたはずの魔理沙が夜にはボロボロになってたり、何で海に水着とシュノーケルが落ちてたのかとか、そもそもサイズはあってたのかとか、リグルを襲った魔理沙はイミテーションなのか本物なのかとか、矛盾点と説明不足点が見つかり過ぎて失踪したい←


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26話 後日

球磨を撃破した。
戻ってくるいつもの日々。
変わりゆく時間は戻せないけど、悲しい事ばかりじゃない。
色んなことがあるけど、今日という日も過ぎて行く。


球磨は半妖だった。物を食べなくても生きていけるため、娯楽として食事をする私とは違い彼女は食事を必要とする。半分は夢を食べる妖怪、半分は人間なんだとか。

 

生活費が必要だったのでにとりに紹介したら快く働かせてくれた。初めは乗り気じゃなかったけど、機械を弄るのが好きと言う所が趣味にあったらしく上手くやっている。

 

ただ、商い面で不安な所がややある。あれこれやってみてはいるものの…。私も寺子屋でにとりの店について話したりして関心をもってもらえる様にしているものの、まだイマイチな所だ。

 

品質は確かなのだが、販売戦略と言う面の壁は大きい。

 

アリスは快調に向かってるようで、4日ほどで退院らしい。球磨と一緒に毎日見舞いに行ったりしている。怒ってもいいはずだがそれほど怒ってもいない様で、2度とやらない事と退院するまでは家周りの管理について頼まれたりした。

 

遅くなったが霊夢にも異変について報告した。魔理沙に先を越された事を特に気にしてる様子だった。

 

けーね先生は球磨の能力と、今後また悪さをしないか心配していたが球磨は夢の空間を作ったりイミテーションを作られるがそれを動かすにはアリスの力が必要なため1人で大きなことはできないと伝えた。

 

彼女を連れて来てからの日々は忙しくあっという間だった。

 

 

 

私は寺子屋で冊子を開いてぼーっとしていた。教室にけーね先生が入って来て荷物を置いている。それから私の姿を確認するとギョッとしていた。

 

「チルノ、やけに早いな」

 

「…球磨にあれこれ言う立場になってから自分がだらしないんじゃ示しがつかないって事で気が張ってるんだ」

 

「お前も大変だな。時間も余ってるし少し勉強の手伝いでもしてやろうか?」

 

「今必要なのは授業時間までの脳の休憩かな」

 

「そうか」

 

けーね先生は笑って教室を出て行った。後から大ちゃんがやってきて、私を見てぎょっとする。

 

「私より早く教室に来るだなんて、珍しいね」

 

「人に物を言う立場になると、自分がしっかりしてないと示しがつかないんだ」

 

さっきも言ったんだけど、これ人が来るたびに説明しなきゃいけなくなったりしないよね。そう思ってると次第に生徒たちが集まってくる。みすちーとリグルが教室に来ると私の姿を見て驚いていた。

 

「チルノ、早いじゃん」

 

「どうしたの急に」

 

「教え導く者は常に他人の手本とならなければならないというだけだ」

 

皆が席に座りだす。まだルーミアは来ない。こうして考えると私たちはかなり遅く来ていたんだなぁと思う。今は球磨がいるからこんなだけど、きっと精神的に余裕が出てきたらいつものように登校しようと思っている。

 

けーね先生が遠くに見える頃、ルーミアがようやく窓から入ってきた。

 

「おはよー。チルノ、私より先に来てたのか―」

 

「人に道を教え諭す者の正しい姿勢だ」

 

「同じ質問に違う受け答えをしてて偉いねチルノちゃん」

 

大ちゃんが笑って言った。ルーミアが最後だからこれ以上聞かれる事はないだろう。やがてけーね先生がやってきて点呼を取る。それからいつもの様に授業が始まった。

 

ちょっと退屈なぐらいがちょうどいい。今はそんな風に思いながら授業を受ける。外を見ると魔理沙が窓の向こうで手を振っている。

 

「チルノ、どこを見ているんだ。授業に集中しろ」

 

「あっと…、ごめん先生。ちょっと顔を洗って来る」

 

「そうか。行ってこい」

 

私は寺子屋を抜け出して魔理沙の所へ行った。

 

「ごめんごめん、さっき紅魔館に行ってたんだが伝言をもらってだな」

 

「何?」

 

「フランからだよ。『ぴえん』だって」

 

ああ…最近忙しくてすっかり忘れてたけど、球磨を連れて来てから部屋の隅に置いてそのままになってたんだった。今日は球磨はにとりの家に泊まってくるらしいし、会いに行こう。

 

それから魔理沙と別れ、寺子屋で授業を受ける。けーね先生は真面目に授業を教えてくれるし、リグルや私は途中途中で茶々をいれるし、時々ルーミアがおかしな事を言って先生に頭突きをされる。

 

放課後になると大ちゃんが本を取り出した。青緑の本だ。

 

「新作が完成したんだ。読めるようになった事だし、読んでみない?」

 

「うん、せっかくだし挑戦してみるよ」

 

けーね先生がこちらにやって来る。

 

「読み終わったら私も読ませてもらえないか?」

 

「え、先生が?」

 

あの日貸したあの青緑の本、割と好みだったらしくあれから何度か大ちゃんに頼んで借りてるらしい。

 

「別に最新作を急がなくても大ちゃんの家にある本は読破してないんじゃないの?」

 

「まあそうなんだが…。大ちゃんの本は1冊で完結してるんだが最後まで回収されない伏線や布石があるんだ。それが他の本にさらっと出てきたりすると驚いてだな。私が前に読んだ本の伏線回収がそっちにありそうなんだ」

 

「ふふふ。嬉しいです先生。でも、今作も作中で完結できなかった所があったりするので少し待ってから呼んだ方がいいかもです」

 

「なぁ、チルノが湖に投げた割れた鏡から出現したあの3つ目のカラスのアレが気になって仕方ない。そこだけちょっと教えてくれないか…」

 

「最新作のキーになってるので話せません☆」

 

「チルノ、早めに読んでくれ…頼む。気になって気になって…」

 

「しょうがないですね。実は射命丸さんの持ってた緋色の貝殻と関係してますよ」

 

「ああっ、予感が的中してた…。ええい、ますます気になる!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

けーね先生が悶えながらその場でぴょんぴょんと跳ねる。まだ教室に残ってた生徒の注目を浴びてる事に気づくと、顔を赤くして咳払いをする。

 

「おほん。それじゃ…できるだけ早く頼むぞ」

 

そういってせかせかと教室を出て行った。けーね先生凄く可愛い。そんなに面白いのかこの本…。私も気になって眠れなくなったりしないよね。そう思うと少し不安になってきた。

 

「大ちゃんも凄いね、そんな本を書けるだなんて」

 

「でも結構ぎりぎりなんだ。ばら撒き過ぎた伏線を回収できなかったり、後から読み返すと自身が誤解してる所があったり」

 

「でも、けーね先生をあれだけ唸らせてたじゃん」

 

「あれはね…この話の真相を作者が知ってるって読者に思わせる事で何とか興味を持たせられるんだ。書いてる私でさえ良く分からない事が多いんだよ」

 

「うーーん…。ごめん。ちょっと何言ってるかわからない」

 

だって、真相が分かってなければ伏線も布石もばら撒きようがない。それにそれを知ってる人物がいるとしたら作者だけのはずだ。それが分からないなんて…。どういう事なんだろう。

 

私は帰る支度をすると紅魔館に向かった。今日は門番が起きている。

 

「あ、チルノ。何か用?」

 

「うん。ちょっとフランに会いに。ここで待ってれば来ると思うんだけど」

 

「会うなら通してあげるよ。最近はお嬢様も前ほど妹様を危険視してなくて」

 

「うーん…それじゃあせっかくだし」

 

私は案内されてフランの部屋に向かう。パチュリーの図書館にやってきた。後は彼女に聞いて欲しいという事だったので私はパチュリーに話を聞く事にした。パチュリーは長机の前で伏していた。授業中のルーミアみたいだ。

 

寝ているようだ。起こしていいのか聞いたら「やっちゃえ」と言われた。

 

私は体を揺さぶると半開きの目が開いた。

 

「我が眠り妨げる愚か者はどこの誰ぞ…」

 

声で図書館が揺れる。振り返ると紅美鈴はすでにいなくなっていた。

 

「ち、チルノです」

 

「ほお…湖上の氷精か。私を眠りから覚ますとはよほどの用と見える。して、如何様で我を訪ねたか聞かせてもらおうか」

 

「フランに会いたいんですけども…」

 

「ほお、妹様に…」

 

前会った時こんな感じだったっけこの人…。そんな会話しているとフランの方から現れた。良かった。

 

 

 




次で最終話に…なるのかなぁ。
文字数が伸びて次が最終話と断定できなひ


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最終話 昨日と違う今日、今日と違う明日

「良かった、一時はどうなるかと思ったよ」

 

「どうにかなるのはこれからかも…」

 

フランは苦笑いした。部屋に来るのはこれが初めてだ。いつもこの部屋で過ごしているのか。珍しそうに見渡してるとフランはベッドに寝転がる。

 

私はそばに来て彼女を見下ろす。

 

「ごめん、しばらく連絡できなくて」

 

「本当だよ。何度も連絡したのにさ」

 

拗ねたように言って目をつむる。眠いんだろうか。私は彼女の隣に座った。

 

フランと連絡をしなくなってからの出来事をいっぱい話した。返って来るのは生返事だけだけど、聞いている気はする。最近考えていることとか、これからどうするかとか…。

 

しばらくすると話す事もなくなって、室内が静けさで満たされる。何か言わなきゃ、何か話さなきゃ…そんな気持ちにはならない。一緒にいるだけで何か居心地が良かった。フランは座ってる私の掌の上に柔らかい手を置いた。

 

「…ねぇ、もっと話して」

 

「もう話のネタは尽きちゃったなぁ」

 

「もっと声を聴かせて」

 

甘えるように言って来る。フランの方を見ると、いつもからは見ないような…微睡の中をさまよう少女のような表情をしていた。私は彼女の隣に寝転がると何となく頭を撫でた。そうすることが普通の様に思えた。子ども扱いされることを嫌う気がしたが、この時の彼女はそれを心地よさそうにしていた。

 

頭を撫でられ、目を細めている。

 

「ずっとここにいるから、話題なんてないんだ…」

 

「そっか…」

 

「チルノに会えなくて辛かったな」

 

「ごめんね」

 

懐く動物の様に私に抱き着いている。彼女の体温が伝わってくる。私も彼女を抱きしめて頭と背中を何度も何度も撫でた。時々小さな声で唸っては、背中の羽がピクピクと動いて宝石もじゃらじゃらと動く。

 

私よりも何倍も強くてとても危険な妖怪。それでも私の中で小さく収まっている目の前の少女は、とても弱く小さく見えた。それはまるで守らなきゃいけないような…そんな儚ささえ感じさせる。

 

彼女の寝息が聞こえる。私も眠くなってきた。彼女をあやしながらも、私も次第に眠ってしまった。

 

 

 

何時間経った頃だろう。ふと目が覚める。フランはまだ寝ている。

 

この部屋に時計はないが、持ってきた携帯で時間の確認はできる。見れば21時を回っていた。そろそろ遅いし、もう帰らなきゃいけない。私はフランを起こさないようにそっと離れる。

 

ところがフランはすぐに目をパチリと開けて私の服を掴んだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「駄目、チルノは私と寝るの」

 

「でも、もう遅いし…」

 

「絶対に離さない」

 

「フラン…」

 

私の服を握る手がふるふると震えている。私はため息をつくと彼女の隣に寝転がる。彼女は私を逃すまいと少し強く抱きしめる。

 

「甘えん坊さんだなぁ、フランは」

 

「いい子にしてるのに誰も褒めてくれないんだもん」

 

「いい子いい子」

 

私は頭をなでる。

 

「チルノのくせに生意気。でも好き。もっとやって」

 

「はいはい、しょうがない子だなぁ」

 

よく見ると、目尻から涙が浮かんで垂れる。私は驚いた。

 

「大丈夫?どこか痛いの?」

 

「ううん。違う。違うんだ」

 

「だって、涙が…」

 

「泣いてない」

 

彼女は私の服に顔を擦り付けて涙を拭いた。

 

「そう…」

 

また眠るフラン。私も眠くなったのでそのまま寝てしまった。

 

 

 

朝になった。フランはベッドに座ってあっちを向いている。私は体を起こして大きく体を伸ばした。携帯を見ると登校時間の1時間前に起きた様だった。フランはあっちを向いたままだ。

 

「おはよう、フラン」

 

「お、おはようチルノ」

 

こっちを向かない。私は隣に座って顔を覗き込むとフランは顔を赤面させて余所を向いた。

 

「何、どうしたの」

 

「何でもないよ!チルノ、今日寺子屋があるんだよね!そろそろ支度をしに帰ったがいいんじゃないかな!」

 

「冷たいなぁ、昨日はあんなに甘えてきたのに」

 

フランは枕を持つと私にボフンとぶつけ、ベッドでうつぶせになってバタバタと手足でベッドを叩く。

 

「もうやだ…私、チルノにあんな醜態を見せてたなんて…。もう恥ずかし過ぎて死にそう」

 

私も横になって彼女の背中をさする。

 

「もー、そういうのいいからぁ…。ああもう、私のバカバカバカバカ…」

 

下手な慰めは返って神経を逆なでするかもしれない。確かにもうすぐ支度をしなきゃいけない事もあるし家に帰ろう。私は起き上がって部屋の外に向かう。振り返って別れの言葉を言おうとすると、フランが追いかけて来て私の手を掴んだ。

 

振り返ると目を潤わせたまま私の顔を見てくる。恥ずかしくなってまた目だけ余所を向けた。

 

「…たまにでいいから、また私に会いに来てよね」

 

「うん。約束する」

 

「金貨もちゃんと持ってなきゃ駄目だよ!」

 

「今度こそね。それじゃあね、フラン。また」

 

私は彼女を抱き寄せた。

 

「あ……」

 

小さい声を上げた。これが最後の別れでもないのに、別れを惜しむようにしっかり抱きしめるフラン。よほど寂しいんだろう。また近いうちに会いに行こう。私はそう思った。

 

 

 

寺子屋に向かっていると球磨から電話がかかってきた。

 

〝チルノ、合い鍵作るからオリジナルのキーを貸してほしいんだけどいいかな〟

 

「いいよ。今から家に帰るから。用が済んだらポストの蓋の上側に張り付けておいて」

 

まあ、鍵なんてかけてもあんな所にわざわざ盗みに入るような妖怪も妖精も人間もいないのだが。家に帰ると、寺子屋に行く準備をして鍵を球磨に渡した。球磨はまたうきうきとにとりの店に向かう。

 

「まさか幻想郷にあんな妖怪がいただなんて!出会いは不思議なもんだ。もっと早く知り合いたかった!」

 

「思っていたより上手くやってる様で良かった」

 

「これもチルノのおかげだよ。ありがとう!」

 

嬉しそうで何よりだ。私は球磨に鍵を渡した。そして準備をして寺子屋に向かった。

 

また昨日とは違う今日が始まる。ずっとずっと、こうして時は過ぎていくんだろう。

 

大切な時を切り取っていつまでも遊んでいたい。そんな風に思う事もある。

 

それでも、明日はやって来る。

 

これから起こる事が良い事でも、悪い事でも。

 

私はこれまで通り生きていくんだろう。

 

早く皆に会いたいなあ。

 

 

 

…終わり




二次創作でのオリキャラってどう扱っていいか分からず、球磨というキャラをあまり掘り下げたりしなかったんですが友達に見せたところ本編で未回収の伏線とか説明不足の部分、加えて球磨の能力や異変を起こすまでの経緯についても不明瞭な点が多いとの事でしたのでスピンオフ作品の「ストーリー オブ ザ 球磨」を書きたいと思いますので宜しければそちらもよろしくお願いします。

本編後の話になります。本編でねじ込み切れなかった内容を詰め込むつもりです。まだまだ未熟で至らない点も多くありましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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