大図書館と生徒会(仮) (天神神楽)
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第1話

他の作品書き終わってないけれど、大図書館の羊飼いの二次小説を書きます。
ポリフォニカはお待ち下さい。最近ポリフォニカの小説も増えてきましたね。うれしい限りです。
ちなみに、私は大図書館の羊飼いファンディスク予約済みです。小太刀のタペストリー待ち。佳奈すけの抱き枕カバーも捨てがたいですがな。
とりあえず、イーニァ好きな私にとって、いかに自然に彼女たちを登場させるかが(させないかが)腕の見せ所ですね。全くの未定ですが。最近はスィーリア先輩推しですが。とりあえず、彼女のタペストリーはほぼ集めております(キリッ
……我ながら気持ち悪ぃ


大図書館の羊飼いSS

 

4月19日

暇というわけじゃない。やることはそれなりにあるし、依頼などもいくつかある。しかし、それ以上にやりたいことというものはあるものだ。

つまり。

「こらっ! 清涼院君、待ちなさい!」

「申し訳ないが待ちません!」

生徒会長に追いかけられているこの現状をどうにかしなければ、やりたいことも出来ないのである。

「もう! どうして逃げるの!」

「捕まったら生徒会室直行だからです!」

「当然でしょう! 何の説明もなしに辞めるだなんて許さないわ!!」

つまりは元生徒会役員(仮)の俺が、正式に辞退したことに怒った望月真帆会長が追いかけてきているのである。休み時間・昼休みと逃げ切ったのだが、放課後になって遂に追い詰められたのである。生徒会・風紀委員総出で捕まえに来ているのだから会長も本気である。

十分ほど逃げたところで、とうとう捕まり、そのまま生徒会室に連行された。

「……逃げたことは今は置いておきます。それよりも、なぜ突然生徒会を抜けるなどと言ったのですか?」

声の大きさこそ普通であるものの、妙に座っていて逆に怖い。加えて、ピクピクとしている笑みもなおさら怖い。

「俺はもともと(仮)が付いていたのですが……」

「そんなものはとっくに取れていました」

「聞いてないんですけど!?」

「というか、そんなこと気にしていたのはあなただけです。……まぁ、今回はそこを突かれたのですけどね。どこかの誰かさんが、会長である私を飛び越して、直接事務のほうに書類を回したお陰で。しかも、押した記憶のない印まで押されたものが」

やばい。全てばれている。しかも、めっちゃお怒りである。

「まぁ、書類不備があるということにして、今回の件は未遂となりましたけどね」

そういってくるのは多岐川葵。俺と同じ2年L組のクラスメイトである。とはいっても、あまり選択科目ではかぶらないが。

「うるせい。第一、多岐川は俺にやめてほしいんじゃないのか?」

「そ、そんなこと一度も言ったことないでしょう!?」

「一度自分の胸に……いやごめん」

「今どこも見て謝ったんですか、ん?」

決して他意はなかったのだが、残念通じなかったようだ。夜叉が二人に増えてしまった。

「ともかくっ! 清涼院君には明日改めて出頭してもらいます。これを破ったら、しかるべき措置をとるので、必ず来ること。いい?」

「……真帆ちゃんのいけず」

わざと昔からの呼び方で会長のことを呼ぶと、面白いように反応してくれる。

「そ、その呼び方は人前ではしないでといってるでしょう!?」

「じょーだんですよ、会長。では今日のところはこれにて。実は別件で仕事があるのですよ。では失礼します」

「あ、ちょっと! まちなさ」

再び捕まる前に部屋を出て、怒られない程度に急いで建物を出る。とはいっても、会長の性格的にこれ以上は追いかけてこないだろう。

「さてと、時間的には少し急がないといかんね。……走るか」

本日何度目になるのか。依頼主のところに走ることにした。

生徒会役員(仮)である俺は、その仕事以外に色々な依頼を受けている。大した理由はないが、人脈作りや次の日のお昼をご馳走してもらうくらいの役得はある。そんでもって今日の依頼は図書委員からの依頼で、不要になった図書の移動である。

走った甲斐あってか、予定の時刻の五分前に大図書館に到着できた。図書委員の依頼は初めてではないので、いつものように図書委員の子に概要を聞き仕事に移る。

今回は重複本の移動である。確か、図書部の部室のところだ。

「ま、鍵はあるからいいか。筧もいそうだし」

図書部で活動しているのは現在一人。それが筧京太郎である。常に成績トップ3に位置する秀才である。あと、重度の読書中毒者。

と、本を抱えて図書部の前に着くと、何やら賑やかである。殆ど物音のしない普段とは異なる。

「ん? 新入部員でも入ったのか?」

「そんな申請はなかったけれどね」

…………。何で会長がいるのだろうか。

「筧君の勧誘にね。サボりがちの人がいるから、有望な人材を勧誘しているのよ」

何もいってないのに……。

「ともあれ、筧君までも取られるわけにはいかないわね」

「取られるって、白崎さんに?」

「そういうこと。……こほん」

会長は軽く息を整えると、図書部の部室の中に入る。

「そんな活動に、筧君を参加させるわけにはいかないわ」

「あなたは生徒会長の」

会長に最初に話しかけたのは桜庭玉藻。通称姫様。あながち嘘でもないのだが、本人は嫌がっている。

「望月真帆です。こんにちは。そしてこちらが」

なぜかそのまま俺に言葉を促してきたので、本を抱えたまま部室の中に入る。

「現在図書委員のお手伝い中の清涼院輝夜です。重複本置きに来たんだけど、どこに置けばいい?」

いきなり手伝いだと言われて反応に困ったのであろう図書部の面々。わざと言ったので成功といえば成功だが、会長が睨みつけてきたので防御力が下がったような気がする。

「馬鹿なことを言っているけど、生徒会役員よ」

「後ろに(仮)が付くけどね」

よっこらせと本を置き、分類だけ分けて適当に棚に入れていく。

けっして会長の視線が怖いからというわけではない。決して。

「望月さん、『そんなこと』ってどういうことですか?」

会長の言葉に、白崎さんがムッとしている。自分の決意を「そんなこと」呼ばわりされたのだから当然といえば当然かな。

「目的も活動方針も、おまけに動機も曖昧な活動のことよ。違うのなら訂正してもらっても構わないわ」

ムッとする白崎さんだが、それは自覚していたのか反論できないでいた。そこに助け舟を出したのは桜庭。

「生徒会長とあろうものが、わざわざ喧嘩をしに来たの? もしそうなら高く買わせてもらうけど?」

「あら、お姫様と喧嘩なんてとんでもない」

「さすが、生徒会長は何でもご存知なんですね」

「そこにいる子が色々知っているので」

とりあえず、俺に矛先を向けないでほしい。どことは言わないが、ひゅんとしてしまう。

「そ、それで望月さんは何の御用ですか?」

一触即発の雰囲気に慌てた白崎さんは、話を変える。

「筧君を生徒会に勧誘しに来たのよ」

「え……」

「生徒会役員!?」

白崎さんと桜庭は、凄い勢いで筧のことを見る。

「か、筧君、生徒会役員になるつもりなの?」

「凄いじゃないか。なろうと思ってなれるものじゃないぞ」

「私もそう思うんだけど。なかなか首を立てに振ってくれなくて」

やれやれといった仕草をする会長。そこでちらりと俺を見ないでほしい。

「ちょっと待ってください。筧くんとはわたしがお話をさせてもらってたんです」

「あら、どんな話?」

そこで概要を説明してくれる白崎さん。どうやら。学園をよりよくしたいとの事。俺としては面白そうだと思うのだが、会長にとっては、白崎さんの計画が杜撰なものに見えているのだろう。普段優秀な人間に囲まれているからこそか。会長は最後までその説明を聞くことなく、途中できる。

「もういいわ。筧君は高い能力を持っているわ。その能力をあなたの意味不明な活動に参加させるわけにはいかないわ」

「ですから、活動内容はこれから考えていく部分で」

「最低限のビジョンくらいは示すべきだわ。あなたはそれすらもできていない。人を誘うならそれなりの説明をするのが礼儀だわ。私……いえ、そこの清涼院君も筧君の能力を高く買っているし、ずっと前から勧誘しているわ。横槍を入れるならば、もう少し準備をしてからにしてほしいわ」

ここで俺の名前を出され、自然と注目される。ここまで黙ってきたが、そうもいかないようだ。

「はぁ。振らないでくださいな。えーと、白崎さんは学園を楽しくしたいといってるけど、今の学園は楽しくないの?」

「ち、違います。今も楽しいですけど、今よりもっと楽しくしたいっていうことです」

「でも不満があるなら生徒会に任せるのでもいいんじゃないかな? 相談窓口もあるし、そもそもそういう活動は生徒会の役目だよ?」

とりあえず、彼女自身もまとまっていないようだったので、根本的なところを聞いてみる。「私は自分で活動を」

「生徒会には任せられないと?」

白崎さんの言葉にムッとした会長がとげのある言い方で聞き返す。こりゃしこし怒っているな。

「違います! どうして悪い方にとるんですか」

対する白崎さんの声も先ほどより大きくなっている。少々お互いヒートアップしてきている。とりあえず会長を静めないと。

「はいはい、真帆ちゃんはリラックス。熱中しすぎ」

生まれてからの付き合いがなせる業。それは後ろから抱きしめること。一歩間違えばぶん投げられるが、真帆ちゃんは昔からこうすると落ち着くのである。

「おっ」

「んな!?」

「えぇ!?」

「わわっ!?」

「ぼっほぅ!?」

四人と一匹が俺の行動に驚いていた。

「か、輝夜!? い、いいいきなり何するの!?」

「ヒートアップしすぎ。とりあえず冷静に」

「わ、分かったkら離して! 恥ずかしいわ!」

いう通りに離れると、顔を赤くした会長は暴れて乱れた髪を整えながら気を取り直すように咳払いをした。みれば白崎さんや桜庭も落ち着いていたので今回のことは成功のようだ。

「ともあれ、このままじゃ筧も生徒会入りはしないだろう?」

「そうだな。望月さんには悪いけど、俺は生徒会入りする気はありません」

「じゃあ、何かと交換とかは? どうやら二人にはカップル疑惑がかけられてるみたいだけど」

「…………」

筧はだんまりだ。冷たそうに見えるがその実面倒見はいい奴だ。恐らくこのまま押し切れば筧は生徒会に入るだろう。

だが、俺の本命は白崎さんである。

「で、聞きたいことがあるのは白崎さんだ。どう? もし、筧君を譲ってくれるなら、全力をもって火消しにあたるよ」

この手の噂は女の子にとっては相当嫌なものだろう。特に白崎さんのような引っ込み思案の子にとってはなおさらだ。

しかし、白崎さんはきっぱりと即答した。

「そんな取引には応じません!」

「でも、このまま放っておいたら色々面倒なことになると思うけど?」

「私は我慢できます。たとえ私が痴女扱いされても、筧君がわたしのために嫌な目に遭うくらいならそっちを選びます」

どうやら白崎さんはこの手の話が嫌いなようだ。後ろで高峰と桜庭がひそひそしているし。

まぁ、ともかく。白崎さんから立派な決意を聞くことができた。

「というわけです。今日のところは会長の負けですよ。今日は俺がお仕事手伝ってあげますから、帰りましょう。委員長には俺から連絡しておくから、今日は夜までお付き合いしますよ」

「え、ちょ、ちょっと!? 引っ張らないで!?」

「んじゃ、失礼しますよ。とりあえず筧、重複本についてはよろしくな。というか、元々図書部員の仕事だろ、それ」

少し含みを持たせた笑みを浮かべて筧にお願いをする。筧なら気付いてくれるはずだ。

しかし、図書部もこれから面白くなりそうだ。

筧に白崎さん、桜庭に高峰。

中々面白いメンツが集まったものである。不安要素はあるが、彼らなら文字通り学園をよりよくすることができるだろう。

まあとりあえずは後ろで顔を真っ赤にさせながらあうあう言っているお姫様を宥めることから始めることにしよう。

 

 

 

Another side 筧

 

望月さんと清涼院が帰って、みなホッとしていた。嫌なわけではないが、あの二人といると、自然と背筋を伸ばしてしまうような雰囲気があの二人にはある。

まぁ、俺にとってはまだ悩みの種があるわけだが。清涼院にも釘を刺されたし。

「それにしても、流石は汐美学園の二大巨頭だな。緊張してしまったよ」

「二大巨頭?」

「あぁ。生徒会長の望月真帆と清涼院輝夜。特に清涼院の方は会長をもしのぐ人気だ。白崎も清涼院グループのことは知っているだろう?」

「うん。確かうちの制服も清涼院下ループがって、もしかしてその清涼院?」

「そう。そこの長男が輝夜だ。日本はおろか世界中に影響力を持つ一族の次期後継者とされているのがあいつだ」

そういう桜庭は、どうやら清涼院のことを知っているかのような物言いである。

「たしか、会長とは生まれてからずっと一緒にいる幼馴染だったはずだ。もっともあいつは生徒会の仕事よりも、自分の仕事を優先しているようだが、それでもなお次期生徒会長に推す声は大きい」

聞けば聞くほど化け物のようなやつだ。しかし桜庭が言っていることは誇張ではなくれっきとした事実だ。現に今期と来期の生徒会は汐美学園史上最高の生徒会になるだろうとも言われているほどだ。

「しかし、桜庭ちゃんは清涼院のことをよく知ってるね」

「なんだ、喧嘩か? 高く買ってやるぞ?」

とりあえず笑顔で言うことではないだろう。高峰もすぐに白旗を振っていた。

「まぁ、清涼院のおかげで丸く収まったし、ひとまずは安心だね」

「へ?」

高峰の台詞に白崎が首をかしげる。

「たぶん、清涼院が言っていたことは会長が言おうとしていたことだ」

恐らくだが、望月さんは朝の件を出汁にして俺を勧誘しに来たのだろう。そして、その話を持ち出したがそのまま望月さんだったら、さらに話がこじれていただろう。

「(ちらり)」

「なんだ筧? 言いたいことがあるなら言うといい」

怖い。

「それより筧はどうするんよ? 清涼院のおかげで生徒会の話はひとまずおいておくとして、つぐみちゃんの方はどうするんだ?」

あ。

「そういえばそうだね。筧君、協力してくれないかな?」

少し望月さんたちの登場であやふやになっていたが、そもそもの本題はこれだ。しかし、俺としてはこの聖域だけは死守したい。

と、どう断ろうかと考えていると、桜庭の携帯が鳴った。

「はい、もしもし……え? 清涼院? はぁ? スピーカーにしろだと?」

どうやら相手は清涼院らしい。どうして番号を知っているのかも気になるが、それはひとまずおいておこう。恐らくやぶ蛇となる。

そんなことを考えていると、桜庭がスピーカーモードにして、携帯を机の上に置いた。自然と、全員が携帯の周りに集まる。

『あー、聞こえる? とくに筧。いたら返事してくれ』

「あぁ。いるぞ。なんのようだ?」

『いやな? 多分お前のことだから、聖域を守ろうだとか考えているだろ?』

なぜこいつが俺の考えていることをばらしているのか。……まぁ、先ほどのやりとりをしていれば分からないでもないが。

『そこでこちらから一押し。筧、お前、白崎さんのことは理解できるかい?』

たったひとこと。それだけだったが、俺には十分すぎる一言だった。白崎たちは首をかしげているが、清涼院の言葉のせいで、俺は退くわけにはいかなくなった。

『んじゃ、そういうことで。あ、それと重複本の整理は忘れないように。見張りを立てといたから逃げられないからな-』

それだけ言うと、清涼院は電話を切った。桜庭が電話をしまうと俺のことを見てきた。

「筧、今のはどういうことだ?」

「いや、たいしたことじゃないさ。それより白崎、さっきの話だが協力させてもらうよ」

これから先、どうなるかは分からない。読書の時間も減りそうだし、なにやらいやな予感もしないわけでもない。

だけど、「分からない」ことを、放っておくことなんて俺にはできない。

それが分かるのであれば、この不思議な少女の誘いに乗るのも悪くはないだろう。

 

……まさか、こいつらが図書部に入部するとは思っていなかったが。

いやな予感はこれか……。

 

Another side End

 

 

 



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第2話

図書部の部室を後にし、生徒会室に到着すると、まず多岐川にため息を憑かれた。

「いや、さすがに失礼じゃね?」

「仕事を増やしてくれたあなたには言われたくない台詞ですね。で? わざわざ怒られに来た理由はなんなんです?」

こいつははなからオレを怒る気でいるようだ。さて、どうしてくれようか。

「まあいいです。とりあえず、こちらの書類を片付けておいて下さい」

そう言って机の上に置かれたのは、書類のチョモランマ×2。死ぬわ。

「全く……あなたのせいで今日も遅くなること必至ですよ」

ジト目で睨んでくる多岐川。これ以上言っても無駄なので、おとなしく最高峰踏破に向けて作業に取りかかろう。何せ、ふた山あるのだし。

「……仕事は本当に速いんですから恨めしい限りです」

「ん? なにか言ったか」

「さっさとやりなさい」

ひどす。

しかし、いくら言ったところでこの娘っこは聞きやしない。であるのならさっさと仕上げてしまうことが最善の策である。

それから黙々と、延々と書類を片付け片付け、踏破完遂した頃には、いつの間にやら十一時近くになっていた。

ふと室内を確認すると、同じく会長も多岐川も仕事が一段落したらしく、肩をもんだり、目頭を押さえたりしていた。

「二人とも。帰る前にお茶でも飲む?」

「え? えぇいただくわ。あなたの入れるお茶は美味しいもの」

「これだけは認めざるを得ませんからね」

なにやら含むところがありそうだが、素直に褒められているということにして。

数ある趣味の中で、特技と言っても差し支えないと自負しているものの1つにお茶がある。煎茶・抹茶・紅茶・黒茶・烏龍茶・ハーブティーなどなど、コーヒーも含めてお茶を入れることが好きなのである。それ故、俺が生徒会室にいるときは、お茶くみは俺の担当なのである。

「ま、今日は見た目で楽しめるマロウブルーベースのハーブティーを。レモンを搾って下さいな」

そう言って渡したのは青色のハーブティー。このまま放っておくと灰色になってしまうが、レモンを垂らせば、ぱっとピンク色に変化する。リラックスできるようなブレンドにしたから、今の俺たちにはぴったりだろう。

「あら、かわいらしい。それに香りも見事ね。さすがは輝夜ね」

「本当に美味しいです。こればっかりはかないません」

どうやら二人も気に入ってくれたようだ。俺は満足しつつ自分で入れたお茶を飲む。

しばらくリラックスしていると、不意に会長が話しかけてきた。

「ねぇ清涼院君。聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」

「なんですか?」

「どうして筧君を図書部に入れたの? あなたの立場からすれば、生徒会に人員が補充されれば、あなたの負担が減るわ。なのにどうしてわざと図書部に入るように誘導したのかしら?」

いくら冷静さを欠いていたとしても、さすがは生徒会長……いや望月真帆。しっかりとこちらの思惑には感づいていた。まぁ、隠す気ゼロだったといえばそうなのだが。とりあえず、俺の考え分かってるなら、仕事を積極的に割り降らないでほしいっす。

「言うなればそっちの方がいいかなって思ったんですよ。確かに筧は優秀だし、生徒会に入れば活躍できる人材です。でも、いやだからこそ、白崎さんのような人物と一緒に行動して欲しかったんですよ」

「……私からしてみれば納得できないけど、あなたがそう思ったのならそうなのでしょうね。分かったわ。諦めるわけじゃないけど、必要以上に迫るのはやめるわ」

「良かった。これで俺も嫉妬しなくてすみますよ」

少し冗談を言ったら、多岐川が盛大にため息を憑いた。なぜに?

「……それなら少しくらいそぶりを見せなさいよ、ばか(ぼそっ)」

「このくそむし」

「ひでぇな多岐川さん」

いきなりくそむしとか言われればそら驚きます。会長は会長で睨んでくるので助力は望めず。

結局は明日の昼食を奢ることになってしまった。絶対高いの頼まれるんだろうな。経験的に。

 

 

 

翌日の放課後。昼休みに予想通りスペシャルランチセットを嬉野さんのスマイルLLサイズ(3000円×2)付きで奢らされ、軽くなった財布をのぞき込んでいると、なにやら賑やかな声。

「お、図書部。みんなで清掃活動?」

そこには大きなゴミ袋をもってゴミ拾いをしている図書部の面々がいた。

「あ、清涼院君! えっとね、図書部の活動でゴミ拾いをしてるの。それでなんだけど……」

少し言いずらそうに白崎さんが俺のことを見上げてくる。まぁ、昨日いた面子しかいないところをみると、アタックは失敗に終わっていたのだろう。

「うん。昨日はウチの会長が迷惑をかけたし、ご一緒させてもらおうかな。あ、一番拾ったら何か景品とかあるのかな?」

「あぁ。一等賞には豪華な景品付きだ」

そういう筧から軍手とゴミ袋を受け取ると、早速ゴミ拾いを始める。清掃業者がいると言っても、五万人もいる汐見学園だ。それなりにゴミはある。こういう仕事は何度もやっているので、いつものようにヒョイヒョイ拾っていると、なにやら視線が。振り返ればそこには白崎嬢。

「ん? どうかした白崎さん?」

「あ、ご、ごめんなさい。随分慣れてるんだなーって」

「まぁ、慣れてるからね。昨日みたいなことで昼食代稼いでるようなもんだし」

ボランティアではなく、依頼として様々な依頼を受けている。とは言ってもこちらは一人。多くのことができるという自負はあるが、どうしても数はこなせない。しかも、金稼ぎは現金だし、昨日の図書委員のように、なじみの客以外からはそれこそ、その客からの紹介くらいしか依頼されない。

何が言いたいかというと、とくに大きな意味はないのである。したいからしているといったところか。俺としてはそこに大義なんてものはなく、お昼代が浮けばラッキー程度である。前に会長や多岐川に説明したときは、ため息をつかれた。まぁ、自覚はしているのだが。

そのことを説明すると、なぜか白崎さんは目をキラキラさせながらこっちを見てきた。

「すごいです! 私がやりたいこと、清涼院君がやっているようなことなんです!」

「確か、「学校をより良くしたい」だっけ? 俺にはその気はないんだけどねぇ……」

「ううん。実はね、昨日、本の整理をしてたとき、清涼院君の話になったの」

 

 

 

Another side 白崎

 

――前日。

 

清涼院君から頼まれた本の整理を終えた私たちは、委員長さんからもらったお茶とお菓子を部室でいただいていた。いくつか話している内に、先ほど話していた清涼院君の話題になる。

「そういえば、筧は清涼院と知り合いなのか?」

そう尋ねたのは玉藻ちゃん。私としては清涼院君と玉藻ちゃんの関係も気になるけど。

「それをいうなら桜庭はどうなんだ? 番号を知っているみたいだし、俺よりも親しいんじゃないか?」

「わ、私の場合は家同士が知り合いなだけだ。それより話をそらすな」

そういいつつ、話をそらす玉藻ちゃん。顔を真っ赤にしてとっても可愛い。

「……まぁいいか。といってもそんなたいした話じゃないさ。今もやってたけど、今日みたいにこの部屋に来ることがあったんだ。それに、あいつの家にお邪魔して貴重本とかも見せてもらったりもしてるな。たとえば太宰のサイン入りの初版本とか」

筧君ほど本に詳しくない私でも、その本がとても貴重なものだと分かる。

「そういえば清涼院家って代々文化発展に貢献してるんだよね。宿を貸したり、新人賞を作ったりして。たしか、清涼院家にお世話になった人が特別に寄贈してくれた作品とかを集めた博物館もあるよね?」

初代当主の名前にあやかって、《竹寶館》と名付けられた博物館は、数多くの著名人にまつわる物が保管・展示されている。世界各国の有名な芸術家たちの作品は勿論、それらの人々の愛用品なども展示されており、その道の人たちから絶大な支持を受けている博物館である。さらにすごいのは、それらの作品は購入したものではなく、そのほとんどが当人たちから感謝の印として送られた作品なのである。近代芸術の作品の質と量ならば、世界でもトップクラスであると言われている。

汐見学園の芸術科の生徒たちも、お世話になっている人がいるくらいだ。

「そうだな。私も何度か行ったことがある。常設展示だけでも素晴らしかった」

絵を描いている玉藻ちゃんがいうのだから、相当なものなんだろう。

「ま、清涼院家の輝夜姫って言えば、学園だけじゃなくて、世界でも有名らしいしな。本人はその呼ばれ方は好かないみたいだけど?」

「輝夜姫?」

「そ。清涼院って、少し化粧を整えるとまんま女性にみえるんだよ。たしか、去年の夏祭りの時の写真が……」

そう言って高峰君が見せてくれたのは、去年の学園祭のときの写真である。たしか、写真部主催のコスプレコンテストだったはずだ。

携帯の画面には、表彰式の時の写真なのか、十二単の立派な着物で着飾られた女の人が写っていた。写真で見てもものすごい美人だ。

「……って、もしかしてこれ、清涼院君!?」

どこか見覚えのある顔、というか、先ほどいた清涼院君である。たしかに和風の化粧がされていて、束ねてあった長い髪も解かれているが、清涼院君である。

「汐見学園の女子の尊厳をこれまでかと奪い取った生徒会の送り込んだ刺客。最初は男と気付かれずに、告白されたとかなんとか。今でも服飾部なんかは、名誉部員に招き入れたがっているみたいだな」

とんでもない内容だけど、服飾部の気持ちも分かる。こんなに綺麗な人に、綺麗な服を着させてみたいと思うのは自然なことだ。

「まあ、それはおいといて。長期休みのときなんかに、清涼院グループ系列で、各国に行って仕事とか、ボランティアとかもやっているみたいだぞ。代表代理として赴くこともあるらしい」

「清涼院グループの代表代理、ねぇ……。生徒会長以上の仕事だな」

「流石に優秀な部下がいるらしいから、深いところはそちらが担当しているみたいだがな。たしか、インタビューかなにかで言っていたはずだ。とは言っても、清涼院のお家の者の最大の魅力はそのカリスマ性だがな」

私も聞いたことがある。というか、知らない人は日本にほとんどいないだろう。世界的企業である清涼院グループの最大の強みは人材にある、ということ。そして、それらの人材を確保するのは、他でもない会長や社長のカリスマ性にあるということ。彼らが作り上げた会社や方針、そして成果など、働く者にとってこれ以上もないやりがいを与えてくれる。彼らは当然だと言うが、あれだけの規模をもつ会社が、それをやりきることは非常に困難であることは言うまでもないだろう。

「清涼院の母親の珊瑚氏に清涼院自身もだが、やはりカリスマ性は健在だ。私もできるならば、清涼院グループに就職したいものだ」

「募集は汐見学園にもきてるぞ。一番競争率が高いみたいだけど」

筧君の言うとおり、汐見学園には募集がきている。しかし、評判・業績ともに最高な会社なため、競争率はものすごく高い。

「噂では、清涼院がやってるボランティアも、人材捜しを兼ねているみたいだぜ?」

「ボランティアって、今日の本の整理みたいなもの?」

「そうそう。他にもアプリオの手伝いとか、部活の手伝い、果ては構内のゴミ拾いまで。埋もれそうな人材の能力とか、人柄とかを見ているらしい。今年の採用者のなかに、突出した実績を持たない人がいたらしくて、後々調べてみたら、清涼院が手伝いをしていた部活の部長だったらしい」

それなら噂が出ても不思議じゃない。人材育成も清涼院家の得意技みたいだし。

「ま、本人は否定しそうだけど。お金は受け取らないみたいだし、せいぜいお昼とか夕飯をおごってもらうくらいだし」

聞けば聞くほどすごい人だなぁ……。

「……清涼院君とも一緒に活動したいなぁ」

「「「えっ?」」」

「ふぇ?」

私、もしかして私、口に出してた?

「それは……生徒会と全面対決になりそうだな」

「会長も本気で来そうだな」

「しかも、個人的な感情込みで」

みんなが苦い顔をしているけど、確かに……。望月さんって、清涼院君のこと好きそうだし……。

「もしかして、白崎さん、清涼院のこと気になっちゃった?」

「にゃ!? そ、そんなんじゃないよ~」

高峰くんの言葉に反論したけど、玉藻ちゃんが異様に食いついてきてしまったので、この話はうやむやになってしまった。

 

Another side End

 



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第3話

今回と次回(次々回も?)はオリジナル要素が入ります。
まだ未定ですが、サブヒロイン勢を中心に追っていくことが多くなるかもしれません。
それでも私は会長派。

ちなみに未定ですが、ハイスクールD×Dの天界陣営の話と、ワルキューレロマンツェの話、魔法科高校の劣等生目指せ鈴ちゃんヒロイン化の小説も執筆中です。

投稿を目指しているのはこの3つですが、IS with MUV-LUVやハイスクールD×D会長の婚約者などあります。IS小説は五本書いてた。

もしかしたら、更新未確定で投稿するかもしれないですが、気にしないでください。
……気にしてもいいのよ。

ちなみに私が好きなキャラ
琴乃宮雪さん(さんをつけろばかやろう)
イーニァ・シェスチナ(イーニァァァッァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!! ふぅ……)
クリスカ・ビャーチェノワ(噛まなくなるまで繰り返し発声練習!)
リーラ・シャルンホルスト(知らない? 耳に水銀でも流し込め!)
スィーリア先輩(タペストリーは四種類保持。チアと着物はジャスティス)

随所に彼女たちの面影が出てきますが、完全なる趣味です。これに関しては何を言われようと譲らぬのでご了承を。
彼女たちを登場させやすくするために、輝夜たちの立ち位置が調整されている気があるのは、気のせいではありません。

ポリフォニカも、頑張りますのでそちらもよろしく。




「……というわけなの」

「……あの写真、まだ出回ってのか」

生徒会の本気を見せつけられたあのコンテスト。会長に脅され、多岐川に拘束され、多くの女子にまわされた。正直思い出したくない。

「でも、清涼院君。本当に人材捜ししてるの?」

「そんなんじゃないよ。単純に昼食代程度。あと、俺の趣味みたいなもん。こうでもしないと人と関われなくなっちゃうしね。まぁ、そういう意味では繋がりを大事にするためって言えるかな?」

確かにそういう目的があるのは嘘じゃない。生徒数5万人を超すこの学園にいると、自分の周囲にいる人以外との交流がとたんに薄くなる。人との繋がりの重要性を小さい頃から説かれ続けてきた身としては、少々もったいない気がしてならないのである。

「人との繋がり……」

「そ。親からの受け売りだけど、それを俺は大事にしてるんだ。そんなに重く考えないでも、まぁ、友だちは大切だってこと。白崎さんも桜庭さんみたいな友だちがいるでしょ?」

「は、はい。でも、私には玉藻ちゃんくらいしか」

確かに、引っ込み思案っぽそうな白崎さんには、桜庭さんみたいな友だちはそんなにいないだろう。だからといって、俺にだってあそこまでの友だちとなると真帆ちゃんくらいか。

「1人でもいればたいしたものだ。それに、図書部の面子だっているじゃないか」

「でも、図書部は無理矢理入ったようなものだし」

どうやら、白崎さんはマイナス思考に入りやすいようだ。

「経緯はどうあれ、あの筧が許可したんだ。それだけでもたいしたもんさ。むしろ、筧にはそれくらい強引に行かなくちゃ動かないだろうし」

面倒見はいいんだけどね。如何せん自分からは中々動こうとしない。そこら辺は白崎さんたちの影響を受けてもらえればいいのだが。

「そうなのかな……」

「そうそう。ほら、筧が1年生引っかけてるし、そっちに行こう」

見れば、筧がかわいらしい女子生徒を捕まえている。ちょこちょこ図書館で見かける子だし、筧とも話が合いそうな子かな。

案の定そちらに行ってみると、ゴミ拾いに参加してくれるらしい。

「鈴木さんね。よろしく。よく図書館にいるよね」

「はい。えっと、清涼院さんですよね、生徒会の」

「(仮)がついてた筈なんだけどね」

どうやら外堀は埋められているらしい。

「それにしても、ゴミ拾いに参加とは、なかなか希有な性格だね」

「それを先輩がいいますか?」

苦笑しながら言われてしまった。たしかに、普段していることを考えれば、希有な人間筆頭だろう。もしくは白崎さんも筆頭かもしれないけど。

「(ちらり)」

「な、なにかなっ」

どうやら、本人にも自覚はあるらしい。

「ま、一等賞には賞品も出るみたいだから頑張って。あとで、美味しいお茶でも入れてあげるから」

そう言って白崎さんたちと別れた。とりあえずひとかたまりになっているのは効率が悪いし。

とまあ、ひょいひょいと拾い続けていたらあっという間に袋が埋まった。新しいのをもらうために白崎さんのところへ行くと、何やらみんなで集まっている。

「どうした? ラブレターでも拾ったの?」

冗談のつもりでいったのだが、どうやらその通りのようで。鈴木さんが拾ったらしい。捨てるにも捨てにくいらしく、処理に困っていたらしい。

「たしかに、生徒会では受け付けてないし、Webニュースの連中もNGだろうな」

というか、いちいち引き受けていたらパンクしてしまうだろうし。

「それで放送室にいこうってなったんです。放送してもらえないかなーって」

なら芹沢さんかな。

「じゃあ行こうか。とりあえずアポとってみるよ」

そういって、芹沢さんに連絡をしてみる。お仕事中でなければいいけど。

『はい、もしもし。どうしたんですか輝夜さん?』

「あ、芹沢さん? いきなりごめんね。今大丈夫?」

とりあえず、少しだけならOKらしい。お礼を言ってから切ると、その旨をみんなに伝えた。

高峰は一応ということでその場に残し、他の面子で事務棟に向かうことになった。

「ねえ清涼院先輩。先輩って、その声優の人と知り合いなんですか?」

話しかけてきたのは鈴木さん。チラリと見れば、白崎さんと桜庭さんも聞き耳を立てている。

「うん。何度かだけど、仕事で一緒させてもらったりしたからね。歳も近いし、頑張り屋さんだし、母さんも気に入っているみたい」

一応、アニメ産業にも手を広げているため、声優の人たちとも交流がある。中々厳しい世界なため、才能の発掘には一苦労なのである。ちなみに《More&More》というスタジオである。

「清涼院くんの母親というと」

「まぁ社長の清涼院珊瑚だよ。あぁ見えて結構オタク気質なところもあるから、アニメ産業への力の入れ方は凄いぜ。それなりに結果は出してるけど」

そう。動機はどうあれ、結果を出しているからあの人には頭が上がらない。一生かけてようやく追いつけるかどうか。

「流石は清涼院家代表というか、なんというか……。でも、公私混同はしないと思ったけど」

「そこは経営者だからね。結果を予想したからこそ思い切ってるんだと思うよ。それに、芸術家の確保は得意だし、アニメーターとか技術者とかは昔からいるしね」

なんというか、我が家の癖はアニメーションにも当てはまっているのである。俗に言う「サブカル」をどこまでも支援したがるのである。そういう意味では小説も昔はサブカルだったし。

「ともかく、今度の夏アニメは本腰入れるらしい。その中に芹沢さんも入ってるってわけ。流石に主役級はまだだけど、脇役ながら主役の傍らにいるってところかな?」

たしか、今夜収録があったはずである。

「そっかぁ。年下なのにすごいなぁ」

「放送室で待っていてくれてるから急ごうか」

途中事務棟の高さと白崎さんのギャグセンスにうんざりしつつ、芹沢さんを待たせてはいけないので八階の放送室に向かう。

この部屋は他とは違ってカードロックされているので、ノックをすると、すぐに中から開けてくれた。

「いらっしゃい、輝夜さん」

「お仕事の前にごめんね」

「いえ。まだ余裕はあるので大丈夫です。輝夜さんから呼び出されるなんて中々ありませんしね」

クスクスと笑いながら言われながら、中に招かれた。

「今日は俺じゃなくて、図書部からなんだけどね。白崎さん」

「は、はいっ。えっと、落し物のアナウンスをしてもらえないかと思ってお願いしにきたんです」

ゴミ拾い中にラブレターを拾ったことを説明する白崎さん。しかし、やはりというべきか落し物のアナウンスはしていないといわれてしまう。

「それじゃあフリートークの中でそれとなく話すのはダメ? その程度だったら作家さんもOKしてくれそうじゃない?」

「うーん……たしかにそれなら大丈夫かもしれないですけど」

「あ、えーと、金銭的なことは無理ですけど、図書部としてお礼をします」

「図書部として? なにか本でもくれるんですか?」

たしかに図書部のお礼といわれればそれを思い浮かべるだろう。

「いえ、なにかお願いをお聞きするというか、なにかお手伝いとかをするんです」

「あぁ、輝夜さんがやっているようなことですね。……わかりました、その件引き受けました」

芹沢さんが頷くと、白崎さんたちはパッと笑顔になる。

「ありがとうございます!」

「いえいえ。でも、お願いはちゃんと聞いてもらいますよ」

「はい。それで、お願いというのは?」

芹沢さんのお願いというのは、御園千莉という生徒について調べてほしいというもの。俺は以前聞いたことがあるが、どうやらまだ色々難しいようだ。

「一つ確認させてほしいですけど、それは御園さんにとってなにか迷惑になることにはなりませんか? そこだけは誤魔化さずに教えてほしいんです」

そういう白崎さんの目は真剣だ。とはいえ、このようなことは簡単に嘘をいうことも可能である。どうやら筧も同じようなことを考えているようだった。

しかし、芹沢さんは笑みを浮かべつつもしっかりと頷いた。

「はい。御園さんの迷惑になるようなことはしません。約束します」

「俺も約束するよ」

俺が約束してもどうということにもならないだろうが、二人の関係を知る者としては、一言添えておきたい。

「では、ご依頼お受けします」

「放送の方は私に任せてください」

その後細かい部分を話していると、芹沢さんの携帯に着信が入る。どうやら少々引き止めすぎたようだ。

「すみません、これから仕事なので失礼します」

「送るよ。じゃあ、みんなまた明日。昼になったら図書室に行ってもいいかな?」

ここまできたら、最後まで見たい。仲間はずれは寂しいのだ。

「うん! じゃあまた明日ね」

白崎さんたちとの挨拶も早々に、急いで芹沢さんと校門に向かう。

「ごめんね、水結ちゃん。忙しいのに呼び止めちゃって」

「いいですよ。それに、こうして輝夜さんも来てくれるみたいですし。他の出演者の方々も喜びます」

「迷惑じゃないならなによりかな。今日は母さんも来れたら来るって言ってたから、みんな緊張していると思ってね。葉月堂の限定シュークリームの差し入れをお願いしておいたから、楽しみにしててね」

そう。第一話の収録のためか、今日の収録は母さんも来る。出演者の人たちもスケジュールを合わせてくれたので、今日は出演者勢ぞろいなのだ。つまりはアニメ好きにはたまらない状況である。

「わぁ! 本当ですか? それならがんばらないと。珊瑚社長に見ていただけるときいたら、張り切らないわけにはいけません!」

どうやらやる気十分のようだ。これなら心配はいらないだろう。

「うん、じゃあ行こうか。監督さんにもOKもらえたから、とりあえず急ごう」

「はい!」

持つべきは可愛い後輩かな。マネージャーさんにも話をつけ、一緒にスタジオに向かう。三十分ほどで到着し、スタジオの中に入ると、何人かのキャストの人たちや監督さんが出迎えてくれた。

「よくきてくれました御曹司」

「佐藤監督、やめてください。それは悪乗りしすぎです。そういう言葉は社長に言ってあげてください」

「それは勿論です。この景気でこれほど贅沢に力を入れられるのはあなたたちのお陰です。こんな贅沢な予算が組めるのは《More&More》くらいですよ」

そういってくれることが、何よりも嬉しい。色々批判もあるが、こうして現場に感謝してもらうことは嬉しいものだ。そして、それが作品にも良い影響してくれるならなおさらだ。

監督さんと話していると、後ろから声をかけられた。

「輝夜様、頼まれましたものをお持ちいたしました」

「ありがとう月さん。タイミングばっちり」

彼女は神城月(かみしろゆえ)さん。俺が紛いなりにも仕事が出来ているのは彼女がサポートしてくれているお陰だ。

「ありがとうございます。葉月堂のご主人も、会心の出来だと仰っていましたよ」

「そっか。ならみんなで食べないとね。監督さん、差し入れのシュークリームです。葉月堂のですから美味しいですよ」

監督さんからお土産のことを伝えると、ワッと歓声が上がる。

「ありがとうございます! 輝夜さん!」

そういって喜びながらこちらに来てくれたのは、篠宮琴音ちゃん。芹沢さんと同い年だが、今回の主役を務める実力派声優である。

「琴音ちゃん、調子はどう?」

「バッチリです! 今日は輝夜さんのことをメロメロにしてあげますよ!」

「ほほう。なら楽しみにしてるよ」

そういうとエヘヘと笑う琴音ちゃんは可愛らしい。周りのキャストの皆さんの同じらしく、スタジオの雰囲気が和らいだ。

他のキャストの人たちに挨拶をしていると、不意にみなの視線がスタジオの入り口に向いた。

「ごめんなさい、遅くなってしまったわね」

入ってきたのは、母さん――清涼院珊瑚。清涼院グループを仕切る人物である。我が母ながら、流石のカリスマというか、母さんが来てから、場の緊張感がピシッと引き締まる。それでいて、圧迫感はないのだから、俺には到底真似できない。

「輝夜もお疲れ様。学園はどう?」

「相変わらずかな。汐見学園は色々な人がいるから飽きないよ」

「なら良かったわ。そうね、これが終わったらご飯でも食べに行きましょ」

なかなか実家の方に帰れないため、もう少し話したい所ではあるが、これから収録なので、スタジオの横の部屋に移動する。声優さんたちがスタジオに入り、収録が始まる。

「今回のはかなり力を入れたみたいだね」

収録が半分ほど進んだところで、母さんに声をかける。台詞へのこだわりも強く、納得がいかない部分には、何度もリテイクを入れている。スケジュールにも余裕を持たせているし、時間もお金も贅沢に使っている。

「そうね。テレビ局の方も脅したし、しっかりと期間を取らせたわ。それに、可愛い新人さんたちのステップアップのアニメよ。清涼院として、妥協は許さない。ま、それはみんな分かってくれているから、私から言うことはないけどね。今の私はただのアニメオタクよ」

「じゃあ、俺もかな。水結ちゃんとか琴音ちゃんとか、どんどん上手くなっていくのは見てて嬉しくなるし。俺も二人の大ファン」

どうやら、俺たちは親子らしい。Voice Actorと言われる彼らの演技は、演劇とは違う素晴らしさがある。その舞台裏を見られるのは、なかなか得がたい特権か。

いったん休憩に入り、声優さんたちがスタジオから出てきた。やはり疲れた様子だが、皆満足そうな顔つきであった。そう感じてくれたことは、こちらとしてはとても嬉しい。

「輝夜さん、私の演技いかがでしたか?」

スタジオから出てきた琴音ちゃんが、ピョンピョン跳ねながら聞いてきた。自分でも手応えを感じていたのだろう。彼女の笑みには自信が含まれていた。

「最高だったよ。とっても可愛らしかったよ」

「ふふーん。ありがとうございます!」

「あれ? 輝夜さん、私の演技はダメだったんですか~?」

琴音ちゃんのことを褒めていると、口をニヨニヨさせた芹沢さんが近づいてきた。彼女もこの収録に手応えを感じているらしい。

「まさか。水結ちゃんだって良かったよ。可愛かったよ、メイドさん?」

「ふふふ、ありがとうございますご主人サ・マ・?」

キャラの声で言ってくれる水結ちゃん。やっぱり可愛らしい。

「あら、輝夜君。モテモテね」

ベテランの声優さんたちからからかわれたが、みんな二人のように自分たちの演技に満足しているようで、テンションが上がっている。

「皆様、葉月堂のシュークリームでございます。お土産でもありますので、お好きな味をどうぞ」

月さんがシュークリームを持ってくると、皆が沸き立つ。流石は葉月堂。月さんに手伝ってもらって入れた紅茶と一緒に出して、キャストのみんなを労う。

「んー♪ とってもおいしーです!」

琴音ちゃん、とろけすぎです。

「はわぁぁぁ♪」

芹沢さん以下略。

「相変わらずあなたのお茶は絶品ね。お菓子との相性が最高だわ。またお茶のプロデュースしてもらおうかしら」

母さんも満足してくれたようだ。

「それは月さんのおかげだよ。葉月堂さんにこのお茶にあうお菓子を、ってオーダーしてくれたからね。ね、月さん?」

決して俺だけの功じゃないのだけど、月さんは首を横に振る。俺の従者としての姿勢を崩さない。今度なにかお礼をしなければ。

「さぁ、御曹司からの差し入れも堪能したことだし、残りの収録、気合い入れていこう!」

監督の激も入り、キャスト一同頷くと、再度収録が始まった。

 



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第4話

ここは完全にオリジナルです。
というより、前回の続き。
次回からは本筋に戻ります。


「お疲れ様でした!」

無事に収録が終わり、みな順々に解散していく。

「お疲れ様でした。輝夜さんも来てくれてありがとうございました!」

主役として、見事に演技しきった琴音ちゃんが挨拶をしに来てくれた。流石に疲れた様子だが、休憩時同様やりきったようで満足そうだ。

「お疲れ様琴音ちゃん。どう? このあとお食事でも。母さんも一緒だから来にくいかもしれないけど」

関係者、しかも社長と一緒なのは普通はまあ来にくいだろう。だが、琴音ちゃんはいいえといって首をふる。

「社長、いえ珊瑚さんは私のお母さんのような人です! ですから是非ご一緒させてください」

「あら、嬉しいことをいってくれるわね琴音。水結あなたも来れる? あなたも私の可愛い娘だしね」

「はい! お供します、珊瑚さん、輝夜さん」

娘といわれて嬉しそうな芹沢さん。俺としても可愛い後輩と一緒に食事の方が楽しい。

「お店の予約は取ってあるわ。今日は琴音の好きなイタリアンよ。高級店ではないけど、堅苦しいのは面倒だしね。でも、私の行きつけだから味は保証するわ」

「わっ、楽しみです!」

「珊瑚さんの行きつけのお店なんて楽しみです」

二人は随分と喜んでくれているようで何より。母さんは美食家としても有名なので、そんな母さんの行きつけとあれば期待しないわけにはいかないだろう。

「お車の用意はできています。私は車の方でお待ちしております」

「じゃあ、俺も月さんと一緒にいるよ。二人もゆっくり来てくれていいからな」

「私も監督と少し話をしてからいくわ。そんなに長くならないから安心して」

とりあえず、月さんと一緒に裂きに車に乗り込んで三人を待つ。最近は学校を優先させてもらっているので、月さんとは電話やメールでしかやりとりしていなかったので、二人っきりで話すのは久しぶりだ。

「お疲れ様月さん。仕事は最近忙しい?」

「継続したものはありますが、多くは順調です。私としては輝夜様と一緒にお仕事をしたいのですけれど」

クスクス笑いながら言ってくる月さんはとても魅力的。外ではこのように笑うことはないので、これを見られるのは少し自慢だ。

「夏休みに入ったらヘイゼルリンクに行くし、それまでは月さんに任せることになっちゃうけど、よろしくね」

「はい。今回は文化交流が主ですから、お互いの摺り合わせなので、幾分仕事が楽です。シャルロット妃殿下が多くの提案をしてきてくださるので、それを選別するのは少し大変ですけど」

どうやら、同い年の王女様は多くの案を出してくれているらしい。

「今度俺もシャルと話したいな。もし向こうの都合がつくようなら調節してもらっていい?」

「はい。お聞きしておきます。詳細が決まりましたら連絡いたします」

「ごめんね余計な手間かけさせちゃって」

「むしろ手間をかけさせてくださいませ。私としてはもう少しお世話させていただきたいのですが」

笑みを浮べながら言われるので、なかなか返答しにくい。それが魅力的なのだからたまらない。

「あら、二人で密談? 相変わらず仲が良いわね」

「輝夜さんと月さん、仲がよろしいですねぇ~」

「これは新聞部に良いネタができたかな?」

そこに三人そろってやってきて、ヒョイとのぞき込んできた。三人とも意地の悪い笑みを浮べている。先程の月さんの笑みとは天地の差だ。魅力的なのは認めるが。

「はいはい、冗談はそこまで。じゃあ、行こうか。月さん」

「はい。では皆様お乗りください」

にやつく三人をさっさと車に乗せると、月さんの運転で目的地に向かう。とはいっても、そんなに遠いところではないので十五分ほどで到着する。

「メディアに出てこないから、あまり知られていないけど、美味しいのよ。あなたたちにはまだ早いけど、ワインセレクトは日本でも随一と思っているわ」

「それは言い過ぎだぜ珊瑚」

そういって出てきたのは苦笑いをした男性。店長である宮川遠矢。通称マスター。

「あら、言い過ぎではないと思うけれど。まあ良いわ、今日は可愛いレディも一緒だから、気合いを入れて作ってね」

「っと、失礼。おぉ、今日は輝夜も一緒か。ほれ、入れ」

中に案内され、料理を待っている間、話題は先程の収録のことになる。

「琴音も水結も、さっきのアフレコよかったわよ」

「ありがとうございます。初日だったから緊張しましたけど、イメージ通りできました」

「私も、イメージ通りでした。姫に素直に感情を入れられたと思います。輝夜さんはどう思います?」

「さっきも言わせてもらったけど、アフレコとしては最高のできだったと思うよ。感情の込め方、それぞれの呼吸、あとはそうだね、細かい部分だけど、吐息なんかもセクシーだったかな」

この二人はそこの所の表現が上手い。レッスンをつんだプロなのでそういう演技はできる。でも、そのような部分の外の表現が非常に巧い。やはりそれは才能なんだとおもう。

「一話ですからそこまで感情的になる部分はなかったですけど、後半は泣く演技とかも出てきますから、そこが勝負ですね」

「監督さんの指示も勉強になりますよね。それに答える皆さんの演技もすごいですけど」

琴音ちゃんも芹沢さんも演技の勉強に余念がない。

「おまっとさん。今日は大勢いるから大皿でだな。どうやら初日の打ち上げみたいだし、色々作ってみた」

パスタやラザニア、ピザにサラダなど、次々料理が運ばれてくる。これには話を中断し、料理に集中せざるを得ない。

「わー、美味しそー!」

「相変わらず良い香りね。楽しみだわ」

「ではお取り分けいたします」

これまで後ろに控えていた月さんが本領発揮とばかりに料理を取り分けてくれる。……メイド服が似合いそうな様子だが、普段はスーツを着こなす才女のはずである。

ともかく、綺麗に盛りつけられた料理をいただく。うん、やっぱりマスターの料理は美味しい。

「わ、美味しい」

思わずといった様子で感想を漏らしていた。

「透矢は元マラソン選手でね。オリンピック代表候補にもなるほどだったのよ」

「……ったく、これまた古い話を」

母さんにワインを持ってきたマスターが、苦笑をしながらワインを注ぐ。

「あら、話してあげなさいな。酒の肴にね♪」

注がれたワインを嬉しそうに飲む母さん。俺は聞いたことがあるが、初めてここに来た二人は興味津々である。

二人の純粋な瞳に負けたマスターは、あきらめたようだ。

「といっても、あんまりたいした話じゃねぇよ。怪我をしてな。選手生命が絶たれたんだ」

思っていた以上に重い話に、わくわくしていた二人の表情が固まる。

「そんな顔はするなって。で、夢破れたわけだが、こうして自分の城を持てたってわけだ。ちなみに、そのきっかけがいま珊瑚が飲んでるワインだ」

「ワインですか?」

母さんの飲んでいるワインを見て琴音ちゃんが首をかしげる。

「俺の人生を変えた、いや、新たに歩き出すきっかけを与えてくれた、って感じだな。……って、なんでこんなこと話させたんだよ」

話していた恥ずかしくなったのか、マスターは奥に引っ込んでしまった。

「人生を変えたワイン、かぁ……」

一杯のワインの意味を改めて知ったからか、芹沢さんは母さんが持つワインを見つめる目が変わる。

「そうよ。陳腐な言葉かもしれないけど、実際にそれに触れた人間はとても少ない。それが料理にも現れているのかしら? だから、私はこのお店が大好きなのよ」

そう言ってワインを飲む姿は、我が母ながら美しい。それは二人も同じようにポーッとしていた。

「私はね。あなたたち二人には、このワインのような可能性を見つけたのよ。どうなるかはあなたたち次第だけど、こういう姿もあるって、言いたかったの。ごめんなさいね、説教くさくて」

「いえっ、素晴らしいお話でした」

「このお話、しっかりと考えていきたいと思います」

母さんの言葉を、真摯に受け止める琴音ちゃんと芹沢さん。そんな二人の姿をみて、母さんは本当に嬉しそうにわらったのであった。

 




 芹沢さんの声優sideの話は、完全にオリジナルです。アニメの収録の風景などは、私の想像なので、現実からは乖離しているかと思います。
ちなみに参考にしているのは、「ARIA」の佐藤監督のコメンタリーです。
 「ARIA」シリーズのアニメに対する姿勢は、私が心から尊敬している作品です。
キャストの方々の声の吹き込み方に関しても、演技よりも外にある部分での言葉を引き出そうとする監督のこだわり、どう構成をするかについての考え方、そして、終わらせ方に対するこだわりも、このアニメの素晴らしさにつながったのだと思っています。
 第3期に関しては、原作漫画の完結と同時にアニメも完結させるという、前代未聞の終わらせ方には、当時本当に驚きました。原作を愛してやまない監督と、アニメを愛してやまない天野先生。互いに互いを愛していたからこそ、あのような素晴らしいアニメになったのだと思っています。
 一つの漫画原作アニメの理想型ではないかな、と思い、この話のモデルとして使わせてもらっています。とはいっても、そこまで登場することはありませんが、このSSの裏で、彼らは一つの作品を作っていると思っていただければ、これ以上嬉しいことはありません。
 原作と話を変更して書く二次創作小説ですが、私が書くときに、どのように話を変えていくか、というのは、この「ARIA」の影響を受けています。原作の世界観を変えてはいけないのは当然ですが、そこに新たな要素をいれるには、どこをずらすのか、というのはいつも考えています。そこに賛否両論はあるでしょうが……、
 ぜひ、皆様もネオ・ヴェネツィアに行ってみてはいかがでしょうか。最終回の灯里が泣くシーンの演技は、シリーズ随一です。また、最終巻の座談会も必見ですよ。

 


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第5話

第5話です。今回から本すj(ピチューン
会長がログインしました。
会長がひろいんの本領発揮をしたようです。


「じゃあ、芹沢さんは俺が送るから、琴音ちゃんはお願いね」

「分かったわ。あぁ、たまにはメールでも良いから連絡しなさい。これでも、心配してるのよ」

「はは、了解。琴音ちゃんも、これから頑張ってね」

「はい! あ、私にもメールくださいよ! じゃないと、ラジオとかであることないこと行っちゃうんですからね!」

微妙に恐ろしいことを言い残し、琴音ちゃんたちは車に乗って行ってしまった、

残された俺と芹沢さんは、タクシーを拾い、寮に向かう。

「今日はお疲れ様。ごめんね、いきなり食事に誘っちゃって」

「いえ、本当に楽しかったです。素敵なお話も聞けましたしね」

どうやら喜んでもらえたようだ。

「そういえば、今回は水結ちゃんがエンディング歌うんだよね? どう、感触は?」

「バッチシです。聞いて惚れちゃってもいいんですよ?」

「ほほぅ? なら、でき次第では何かご褒美をあげよう」

芹沢さんも冗談でいっているが分かるので、こちらも冗談で返す。

「じゃあ、美味しいお茶を入れてください。生徒会に入らないと飲めないって、半ば都市伝説級の扱いなんですよ?」

まさか、そんなことになっているとは思わなかった。誰だよ発生源。

その後も学園でのことなどをたわいも無く話していると、あっという間に芹沢さんの寮に到着した。

「じゃあ、俺はここで。明日は図書部の件、よろしくね」

「はい。お任せ下さい。お休みなさい」

芹沢さんが寮に入るのを見届けて、俺も寮に戻る。と、寮の前につくとそこには見知った顔が。

「会長、いまお帰りですか?」

「輝夜? あぁ、そういえば今日は仕事っていっていたわね」

随分と遅い時間なのだが、今日も仕事だったのだろう。それでいて凜とした佇まいは失われていないのだから、流石というほかない。

「あなたも今帰りなのね。お疲れ様」

「真帆ちゃんこそ。どう? 時間は遅いけどお茶くらいならごちそうするけど」

寮が同じだし、部屋も二つ隣である。お茶をのむくらいの時間はある。

「あら、素敵なお誘いね。是非ともごちそうさせてもらうわ」

プライベートだからか、物腰も自然体だ。そんな会長と一緒に部屋に戻る。

「お邪魔します。あら、相変わらず綺麗ね」

「どういたしまして。ベッドにでも座ってて。美味しいお茶仕入れたから」

会長、いや真帆ちゃんに入れるお茶は特別だ。思えば、美味しいお茶を入れたいと思ったのは、彼女がいたからだろう。恥ずかしいから、絶対に言わないけど。

お湯を沸かす間、クッキーを用意して持っていく。リビングに戻ると、ベッドに腰掛けながら、本をめくる真帆ちゃん。

「あ、ごめんなさい。何となく気になって」

「いや、別にいいよ。今度、ヘイゼルリンクで文化交流会があるから、何かないかなって」

真帆ちゃんが持っている本は、染め物に関する本だ。友禅や西陣は有名で喜ばれるが、他のものでも良いものはないか探していたのだ。他にも、昔からの遊びや武道等々。有数の親日国で親日王家であるヘイゼルリンク公国の人たちを満足させるのは結構大変だ。

「あの国の人たちは、日本人よりも日本を知っているんじゃないかと思うほどだものね。やっぱり、夏休みは忙しいのね?」

「うん。夏祭りが終わったら一週間は向こうに行かないといけないしね。それに、図書部も気になるしね」

図書部の話を出すと、少しピクリとする真帆ちゃん。

「やっぱり気にくわない?」

「気にくわないとかじゃないわ。……いえ、そうなのかもね」

ため息をつきながら頷く真帆ちゃん。白崎さんの理想について思うことがある真帆ちゃんにとって、やはり割り切れない部分もあるのだろう。

「でも、真帆ちゃんだって、図書部の活動の意義については認めているんでしょ?」

「まあね。白崎さんの言うとおり、私たち生徒会ではカバー仕切れない部分があるのは事実よ。そして、それで何かをあきらめなければいけないという人がいるのも事実。そういう意味では、彼女のいうように、「学園をもっとよく」してくれようとしてくれる団体が一班生徒から出てきたのは喜ばしいことよ」

「でも、割り切れない?」

「……えぇ。悔しい、とでも言えるかしら。私ではできないことだったわ。あそこまで無邪気に楽しい学校を作る、だなんて私にはできないことだった。うらやましかったのかもしれないわ」

真帆ちゃんはそういって、一息つく。真帆ちゃんは優秀な人間だから、大抵のことはできる。それでいて、自分だけで背負い込むわけでもなく、適材適所に割り振る能力もあり、生徒会のような組織を動かす能力も非常に高い。そういう意味で、真帆ちゃんの生徒会は、多くの生徒に賞賛され、その実績は確かなものになっている。

だからこそか、白崎さんがやっている活動が信じられないという感情がわくのだろう。白崎さんの場合は、彼女の感情が先にある。感情的に動く図書部の活動は、真帆ちゃんにとって、危なっかしくて仕方ないのだろう。筧の件のとき、言い争いになったのも、無計画に、一緒に活動したいから、という頼りない動機でかっ攫われたからだ。しかも、それが良い方向に進むのもまた、悔しいのだろう。

「ま、それだけ白崎さんもリーダーの素質を持っているってことだよ。真帆ちゃんとは少し違うけどね」

それを理解している真帆ちゃんは、何も言わないまま頬を膨らました。

「と、お湯沸いたか。じゃあ、ちょっと待ってて」

とりあえず、真帆ちゃんを呼び込んだ目的を果たすことにしよう。

「あぁ、とっても良い香り。これだけで疲れが取れそうだわ」

ポットにいれて持って行くと、真帆ちゃんは目を細めながら香りを楽しんでいた。

「そう言ってもらえると嬉しいね。そのクッキーにも合うから一緒に食べて」

「えぇ。……あぁ、やっぱりあなたの入れるお茶は絶品だわ。今日の疲れが抜けていくようだわ」

「それなら招待した甲斐があったかな」

それからは、お互い何も話さずお茶を飲む。いやな沈黙というわけでは無く、心地よい静寂という感じか。

「ねぇ輝夜、一つ聞いても良いかしら?」

「ん? なに?」

お茶も無くなり始めた頃に、真帆ちゃんが不意に口をひらく。真帆ちゃんの顔をみると、なにやら真剣な様子。

「どうしてあなたは生徒会に入ってくれないの?」

彼女が聞いてきたのは、俺が生徒会に入らない理由。生徒会で活動こそしていれど、俺は役員名簿には載っていないはず。俺が正式に了承していない以上、真帆ちゃんが勝手に記載するはずが無い。

「俺が入らない理由ねぇ。こんなこと言ったら怒られてしまうかもしれないけど、生徒会に入ることに魅力を感じないから、かな?」

生徒会長である真帆ちゃんに対してこんなこと言うのは失礼だろう。でも、以外にも真帆ちゃんは怒っていなかった。

「あなたが意味も無くそんな理由を言うとは思えないわ。詳しく教えてくれるのよね?」

「勿論。その前に入れ直すから、少し待ってて」

長くなるかもしれないので、新しくお茶を入れ直す。先程とはまた違うハーブティーを入れる。

「お待たせ。お好みで蜂蜜入れてね」

「ありがとう。それで」

「うん。さっきは興味が無いって言ったけど、正確には他のことに興味があるってほうが正しいかな。それをしたいから生徒会に入らないんだよ」

「他のこと? 何かしら?」

「俺は、誰かを支えるのが好きなの。勿論引っ張っていくのもいやじゃ無いけど、そういう意味では図書部の理念は好きだよ」

「後々清涼院を継ぐのに?」

俺がこの話をしなかった理由はそこ。社長である母さんは気にしていないが、周りはそうではない。そんな俺が皆を引っ張る気がない、というのは色々まずいのである。その隠れ蓑として、「人材発掘」と称して色々な手伝いをしているというのも嘘では無い。

「だからこそ、真帆ちゃんのお手伝いは楽しいよ。優秀な人材のサポートほどやり甲斐があるからね」

「その割に手伝ってくれないみたいだけど?」

それを言われると弱い。

「ふふふ、冗談よ。でも、あなたの言葉が聞けて良かったわ。輝夜ってば、なかなか本音を言ってくれないんだもの」

「謎多き男はいい男なの。真帆ちゃん、夕飯食べてないでしょ? もう遅いから、スープでも用意するよ」

この寮は朝夜とご飯が出てくるが、流石にこんなに遅いときはキャンセルを入れる。流石にこの時間に夕飯をそのまま食べるのはあまり良くないので、あまり支障の無いものを作らなければ。

と、下ごしらえを終え、具材を炒めていると、真帆ちゃんがこっちに来た。

「ん? 真帆ちゃん、手伝ってくれるの?」

「……私が料理をしたことがないことを知ってるでしょ?」

この寮はご飯がでるので、料理をしなくても大丈夫である。アプリオなどでも、栄養重視のメニューが充実しているので、外食でもかまわないのである。

とはいえ、料理をできるようになりたいと常々思っているのは、真帆ちゃんも女の子。

「ごめんごめん。じゃあ、良い機会だし、やってみる? 面倒な作業はほとんど終わってるから、そんなに難しくないよ」

「ちょ、ちょっと!?」

予備のエプロンをちょちょいと着させて、位置を入れ替わる。

「もうたまねぎは入れたから、透明になるまで炒めて」

「え、えぇ……」

料理といっても、へらを動かすだけなので、まぁ、失敗も無いだろう。すこし、腕の動きはぎこちないけど。

「そんなに固くならない。全体に火が通るように。こうやって」

お約束というか、幼馴染み以外にやったら通報ものの、後ろからテニス方式で動かし方を教える。

「……わざとでしょ」

「うん、わざと」

まぁ役得というやつである。真帆ちゃんもあきらめてくれたらしく、素直にタマネギを炒める。

「で、透明になったら、トマトをつぶして入れて、でブイヨンとかをいれる、と」

「ほとんど輝夜がやっているとはいえ、簡単に作れちゃうのね」

「今日のはミネストローネだし、スープ系は材料刻んで、ブイヨンにぶち込めばそれでOKだからね。美味しく作るには、慣れが必要だけど」

何を入れるだとか、味を調節するだとか腕の見せ所だが、美味しいスープを作るのはそんなに難しくない。初心者にも優しい、ついでに胃にも優しい料理である。

「後は野菜が柔らかくなるまで待つだけだから、とりあえずここまで」

普段ならこの時間に他のことをするが、夜食だしせいぜいパンを二、三枚焼くだけである。オーブンは暖めてあるので時間はかからないので、とりあえず休憩だ。

エプロンを解いていると、真帆ちゃんは台所をキョロキョロと眺めていた。

「どうしたの?」

「調理器具もそうだけど、お茶の種類はすごいのね」

そう言われて改めて周りを見てみると、確かにお茶の種類は多い。さっき母さんにもチラリと言われたが、会社のお茶に関する催しなどは俺も参加させてもらうことが多い。それも伴い、多くの茶葉を手に入れることができる。生徒会室に常備しているのは、紅茶十種類ほどなので、壁一面に置かれているこの光景は確かに驚くだろう。

「紅茶に、緑茶、ハーブティー、中国茶もあるのね。それにコーヒーもあるのね」

「生徒会室に置いてるのは紅茶だけだしね。ハーブティーなんかは、随時持って行っている形だし」

ハーブティーのレシピは大量で、俺なんかは毎朝ブレンドして持っていくのが好きなので生徒会室には常備していない。真帆ちゃんや多岐川さんは、いつも夜遅くまで仕事をしているので、大抵リラックスできるハーブティーを持っていくことが多いけど。

「これだけの中から、よく的確なお茶を出せるわね。分からなくなったりはしないの?」

「基本になるレシピはあるからね。あとは、時々の気分かな」

「それでもよ。私からすれば、そのレシピを把握するだけでも大仕事になりそうだわ」

確かにレシピの量は膨大である。基本のものでも多いが、オリジナルのレシピも合わせれば種類は無限に存在する。

「ちょっと見てみる? いくつか簡単にできるレシピなら真帆ちゃんでもできると思うし」

「じゃあ見せてもらおうかしら。ふふ、なんだか楽しみだわ」

レシピ自体はキッチンにある。引き出しから取り出すと、横のテーブルに置く。ファイル三冊。

「す、すごい量ね」

「二冊は俺だけじゃ無くて、会社の人のレシピもあるよ。一冊は俺が考えた、というか、アレンジしたレシピ。真帆ちゃんたちに飲んでもらってるのはここに入ってるやつが多いかな」

「道理でお店にいって飲むハーブティーと違う味なのね」

「そういうこと。ウチの系列のお店だと出してることもあるけどね。えーっと、これがこの間入れたのと、あとおすすめのやつを」

ファイルの中から五枚ほど取りだして、真帆ちゃんに渡す。リラックスできるのと、お肌に良いものが中心だ。

「へぇ……、面白いものね。それに色々な効能もあるのね」

「流石に漢方は専門じゃないから薬用とまではいかないけど、ホッとするのには最適だよ。お店で買うのに参考にしてね。入れ方自体はそんなに難しくないから」

「えぇ、そうさせてもらうわ。これはもらってしまっても良いの?」

「これは原本というか、殴り書きの部分とかもあるから、データにしたやつを送るよ」

見ながら買い物をするのなら、携帯に送った方が使いやすいだろう。

レシピについて話していると、ちょうど良く時間が過ぎる。そろそろいい頃合いあろう。

「さて、そろそろミネストローネもいい頃かな」

鍋の蓋を開けると、ふわりとトマトの良い香りが広がる。小皿にとって、真帆ちゃんに渡す。

「はい味見。この段階での感想を聞かせてね」

「ありがと。……美味しいわ。これだけでも十分なように感じるのだけれど……」

たしかに、十分美味しい出来だ。これで完成にしても問題はない。

「たしかに十分美味しいけど、もう少し味にまとまりを出すには」

そう言って塩と胡椒を少し入れる。それを馴染ませてから、再度真帆ちゃんに味見をしてもらう。それを食べた真帆ちゃんは驚いたように目を開く。

「美味しい……。さっきよりも全体が引き締まったというか……」

どうやら上手く言葉に出来ないようだが、微妙な差なので仕方ない。

「日本料理みたいに、ひとつまみでガラリと変わるわけじゃないけど、最後の調節で味が変わるんだ。これは数をこなして感覚をつかむしか無いから練習あるのみだね」

とりあえず完成したミネストローネ。二人分よそってリビングに持っていってもらう。その間に焼いてあったパンを持っていく。

「じゃあ、真帆ちゃんお手製のミネストローネ、いただきます」

「もぅ……、いただきます」

少しからかいつつ少し遅い夜食を食べる。時間も時間なので大きな声では話さないが、先程の収録の話などをする。真帆ちゃんも多岐川さんのおもしろ話などを暴露してくれた。ふむ、良いネタ入手。

話しながら食べていると、あっという間に時間は過ぎる。食器を洗い終えた頃には日をまたぐ頃合になっていた。

「っと、ごめんね。こんな遅くまで付き合わせちゃって」

「そんなことないわ。とても楽しかったもの。またお邪魔しても良いかしら?」

「もちろん。大歓迎だ。ご飯はともかく、お茶くらいならいつでも。今度は紅茶を入れてあげる。時間によってはケーキとセットで」

あら魅力的なお誘いね、と微笑む真帆ちゃんは、それ以上に魅力的だ。さすがに恥ずかしすぎるので口にはしないが。

「? どうしたの?」

「んや、何でもないよ。それじゃあお休みなさい」

「えぇ。お休みなさい輝夜」

そうして真帆ちゃんが部屋に戻るのを見送り、俺も休むことにするのだった。

 




芹沢さんを送って家に入ろうと思ったら、いつの間にか会長が出現してました。会長恐るべし。
次回からは本当に本筋に戻ります。戻るはずです。


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第6話

今回こそ本筋に戻ります。
つぐみちゃんは大変動かしやすいキャラ。
おい、筧。しゃべれよ。


「ちゃーす」

今日の昼休みが用事もなく、昨日のラブレターの顛末を見届けるために図書部にお邪魔することにした。会長には先日連絡済みなので、追いかけられる心配もない。

「あ、清涼院君。こんにちは!」

「昨日は色々手を回してくれてありがとう。助かった」

入ると同時に白崎さんと桜庭さんに歓迎を受ける。見ると図書部の面子の他に鈴木さんもいる。

「今日の放送を聞きにね。お昼ご一緒しても良いかな?」

「もちろんだよ! どうぞどうぞ」

白崎さんに引っ張られて席につく。今日ははじめから図書部で昼食を食べるつもりだったからお弁当だ。

「お、清涼院も手作り? もしかして彼女の手作り?」

俺の弁当をみて高峰がそんなことを聞いている。ちらりと横を見ると女性陣が興味津々のご様子。

「残念ながら俺は独り身。これは俺の自作だよ」

「先輩、料理も出来るんですね。……私の嫁になってくれませんか?」

なぜ嫁。

「清涼院君、早く見せて?」

「そんなにたいしたもんじゃないよ?」

ハーブティーのブレンドの傍らで作っているので、簡単なものが多い。春の山菜や煮物が中心だ。地味にならないように、錦糸卵なども散りばめているので、なかなかに春らしい。

「わぁ……とっても美味しそう」

「彩りも鮮やかだし、春らしいな」

「桜は散っちゃってるけど、まぁ、お弁当くらいは春らしくと思ってね」

「それに比べてお前等ときたら。少しは見習え」

「それは桜庭にそのまま返そう」

桜庭さん→おにぎり一個・サラダ・ほうれん草の白和え・カップ味噌汁

鈴木さん→サンドウィッチ(メンチカツ)・ホットドッグ・野菜ジュース

高峰→おろしチキンカツ弁当・缶コーヒー二本

筧→おにぎり(梅と昆布)・ミネラルウォーター

桜庭さん以外は不健康である。とくに後半二人。

「まぁ、男の昼飯なんてこんなもんでしょ。清涼院が異常なだけ」

「それは否定しないけど。あ、後でお茶も入れてあげる。図書部ブレンド作ってきたから」

「ま、まさか、都市伝説にある清涼院先輩のハーブティーですか! 本当にあったなんて……」

鈴木さんが、芹沢さんみたいなことを言っていた。あの話本当だったのか。

「清涼院君。図書部ブレンドって?」

「図書部をコンセプトにしたハーブティーだよ。レシピも置いてくから、気に入ったらまた飲んでみるといいよ」

ちなみに図書部らしく、ホッとできるものをコンセプトにしている。筧にも気に入ってもらえるだろう。

その後、昨日のゴミ拾い選手権の表彰式など行っていると、スピーカーから軽やかな音楽が流れてくる。

「お、始まるな」

『はーい、皆さんこんにちは。四月二十一日、ランチタイム・アベニューの時間です。これからの約三十分、私、パーソナリティーの芹沢水結と一緒にお散歩しましょう』

「昨日話したときとは、随分声が違うね」

「プロの声優だからね。このラジオでは明るめなイメージで声を出してるらしいよ」

「お昼のお散歩って言ってましたしね。なんだか元気になるような声ですよね」

芹沢さんの声にはそんな魅力がある。一年生ながら、お昼の三十分を任されているのも納得である。

『今日は本当に良い天気ですね。スタジオから外が見えるんですけど、なんだか今にでもお出かけしたくなってきました。え? ちゃんと仕事しろって? あはは、作家さんにおこられちゃいました。新入生の皆さん、私はこのままお仕事ですけど、皆さんはお外に出てお散歩してみてはいかがですか? もしかしたら、素敵な出会いがあるかもしれませんよ?』

「あはは、ないない」

「白崎……、お前は一人暮らしのOLか」

「あはは……、ごめんね?」

まぁ、一人暮らしを一年も過ごせば独り言も多くなる。とくに、テレビへのツッコミとかは無意識のうちにしてしまう。

『そういえば、昨日お散歩してたら、ありましたよ、素敵な出会い。事務所は大丈夫かって? 残念ながら素敵な男性はいませんでしたよ。実はカフェテリアの近くで素敵な可愛らしいシールを拾ったんです。購買で人気のリンゴのシールです。私も愛しの君にアタックするときに使おっかな-? え? 学生課にちゃんと届けろって? でもでも、一枚だけですよ? ……分かりました。では、心当たりのある方は、放送部まで是非取りに来て下さい。もしかしたら、その人にとって、とても大切なものかもしれませんから』

どうやら芹沢さんは、上手くまとめてくれたようだ。これなら名乗り出やすいのではないだろうか。

「さて、どうなるかな?」

「来てくれるといいな……」

これからは来てくれるのを祈るばかりである。

そして放課後。授業を終えて図書部の部室に向かっていると、気の弱そうな女の子が図書室の中でキョロキョロしていた。

「ちょっと失礼。君、もしかして図書部の部室を探してるのかな?」

「きゃっ。あ、ごめんなさい……」

いきなり話しかけたため、女の子は肩を跳ねさせて驚いてしまった。しかし、どうやらその通りであったらしく、弱々しく首を縦にふる。

「じゃあ、君が林檎のシールの持ち主なんだね?」

「え、えっと、その」

まさかこんなところで言われるとは思っていなかったのか、女の子はワタワタと慌てだす。

「あーごめんごめん。こんな所でいうことじゃないか。一応俺もその場に居合わせた当事者だったものだから。詳しい話は図書部でしよう。案内するよ」

「あ、は、はい。ありがとうございます……」

女の子を図書部に案内して部室の前までいくと、なにやら中が騒がしい。どうやら連絡はいっているようだ。

「失礼するよ。白崎さん。例の女の子連れてきたよ」

「あ、清涼院くん。じゃあ、あなたが」

「はい……」

「じゃあ、これが手紙です。確認して下さい」

女の子は手紙を確認すると、そうですと頷く。女の子は白崎さんたちにお礼を言うと、部室を出て行った。

「……あの子、なんだか落ち込んでたけど」

「そうだな。でも、私たちにはここまでしか出来ないぞ?」

「うん。でも……」

やはり、白崎さんは納得していなかった。しかし、これ以上踏み込むべきか悩んでいるらしく、もじもじしていた。

「じゃあ、俺は失礼するよ。流石に会長に怒られちゃうからね」

「あ、うん。ありがとう、清涼院くん。私たちに協力してくれて」

白崎さんは立ち上がって頭を下げた。白崎さんは当たり前のことと思っているようだが、それが白崎さんの良いところなのだろう。

「こちらこそ楽しかったよ。またね図書部のみんな」

部室を出ると、俺はある人物を探してあたりを見渡す。奥の目立たないテーブルに行くと、探していた子、先程の女の子が座っていた。ただ、ラブレターを持ちながらうつむいていたが。

「大丈夫?」

「あ、清涼院さん……」

女の子は目元を拭うと、頭を下げてくれた。女の子に許可を取ると隣に座る。

「やっぱり、余計なことをしちゃったかな?」

「……お気づきだったんですか?」

少々不躾だとは思ったが、ストレートに聞くと、女の子はクスリと笑いながらそう言ってきた。

「もしかして、くらいのだったけどね。こちらこそごめん。失礼なことをしてしまった」

俺たちのしてしまったことは、結果的にあまりいいことではなかったかもしれない。この子にとっては辛いことを思い出させてしまったのだから。

「いえ。私も少し後悔していたので……。それに、私にとって大切なものでしたから」

どうやら、芹沢さんの言葉が胸に来たらしい。

「そっか。……よければ、お茶でもごちそうするよ。ついでに愚痴も聞いてあげる」

「……でも」

「相手が男だから言いにくいかもしれないけど、話せばすっきりするよ。図書部になら白崎さんたちもいるだろうし」

はじめは悩んでいたものの、やはり誰かに話したかったのか、女の子は小さく頷いたのだった。

 

 

 

Another side 白崎

女の子と清涼院くんが出て行って十分が経つと、男の子がやってきた。いやな予感がしたけど、まさにその予感は的中。その男の子は、女の子が出て行ったことを聞や否や、飛び出していってしまった。

「みんな、女の子を探しに行こうよ」

私がそう言うと。玉藻ちゃんが困ったような表情をしてしまった。

「落ち着け白崎。この学園で連絡先も知らない人間を探せるか」

「でも、見つからないかもしれないけど、探すことは出来るよ」

出来ないからといって、初めから何もしない、だなんてことしたくない。

「私はあきらめたくないよ。ううん。こういうときに探す自分になりたくて活動を始めたの」

他の人には理解されないかもしれない。面倒だと、無駄だと、一蹴されるかもしれない。それでも、探したい。

「探してみるか」

「言われるまでもない」

「はいよー」

筧君を皮切りに、玉藻ちゃんと高峰くんも頷いてくれた。

「えーと……」

「鈴木さんはここで待ってて」

流石に鈴木さんにまで私のわがままに付き合わせるわけにはいかない。

そう思ったのだけれど、鈴木さんは首を横にふった。

「ご冗談を。不肖、鈴木佳奈。苗字は普通で胸もアレですが、ここで仮入部します」

「鈴木さん……」

「姉を助けるのは、妹として当然のことです!」

「ありがとう!」

「時間が惜しい、さっさと探そう」

嬉しさのあまり鈴木さんに抱きつきそうになってしまったけど、玉藻ちゃんの言葉を聞いて落ち着くことにした。あぶないあぶない。

「行き先に心当たりはあるのか?」

「部屋を出て行くときに、泣いたらおなかがすいたと言っていた。とりあえず学食や購買を中心に探してみよう。そのとき聞き込みもしつつ、だな」

筧君の問いかけに、玉藻ちゃんが簡単な方針を説明してくれた。やはり、玉藻ちゃんはとても頼りになる。

行き先がきまり、部室を出る私たち。慌てるあまり、小太刀さんに怒られてしまったが、このときの私たちには周りが見えていなかったのだと思う。

三時間後。結局女の子を見つけられず、がっくりしていた男の子ととりあえず連絡先だけ交換して別れた後、部室に向かう私たち。

「……」

「……」

「……」

「……」

「ま、まあ、こういう日もありますって」

私を含め皆肩を落としていると、沈黙に耐えられなかった鈴木さんが口を開いた。

「そうだな。やれるだけのことはやったよ」

「でも、男の子、残念そうだったね」

見つけられなかったのだ。男の子は肩を落としてしまっていた。

「見つからない可能性の方が高いことは、相手も承知してくれていた。それに、感謝もしてくれていたじゃないか」

「うん、そうだね」

確かに、男の子は去り際に頭を下げてお礼を言ってくれた。でも、だからこそ申し訳ない気持ちで一杯だ。

私が落ち込んでいると、高峰くんがいつもより明るい口調で口を開いた。

「いいんじゃねえの、これはこれで。いつもみたいに、ゲーセンとかファミレスでぶらぶらしてるよりも楽しかったし」

「私も、すごく楽しかったですよ」

高峰くんも鈴木さんも、私を励ましてくれている。うん、いつまでも落ち込んでちゃダメだね。

「ありがとう、みんな」

私のわがままに付き合ってくれたこと。そして、私のことを慰めてくれたこと。とても嬉しい。

「さ、今日はもう帰ろう。結構遅くなってしまったしな」

「うん、そうだね。荷物も部室に置きっ放しだし。ギザ様も置いて行っちゃったしね」

そして、部室につくと、消したと思っていた電気がついている。

「ん? 電気消し忘れてたのか。いかんな。また、小太刀に怒られてしまう」

「あれー? 確かに消したと思うんですけど」

玉藻ちゃんと鈴木さんが首をかしげながら扉を開けて入ろうとすると、入り口で立ち止まる。思わずぶつかりそうになり、慌てて止まり、部屋の中を覗くと、私も中にいる人を見て固まってしまった。

中にいるのは二人。

一人は清涼院くん。清涼院くんがいるのはまだ分かる。清涼院くんも、今回協力してくれた人なのだから、もしかして心配して戻ってきてくれたのかもしれない。

ただ、もう一人が、ずっと探し回っていた女の子だった。彼女を見た瞬間、今までの疲れが一気に押し寄せてきたような気がしたのだった。

 

Another side End

 



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第7話

部室で白崎さんたちと合流した後、急いで女の子がラブレターを渡した相手に連絡。その男子生徒は自分がしたことを謝罪し、その勢いで告白をした。それを女の子は受諾し、何ともはちゃめちゃな騒ぎは最良の結果で終結した。

「でも、清涼院くん。一つ連絡入れてくれれば良かったのに」

二人が付き合うことになったことを喜んでいた白崎さんだったが、流石の彼女でも三時間の捜索は骨が折れたようだ。俺のことをジト目で睨んできた。

「はは、ごめんごめん。まさかすれ違っているとは思わなかったからね」

聞いた限りでは、本当に一瞬のすれ違いだったようだ。しかも、俺と女の子が図書館でも奥の目立たない机にいたため、全く気付かなかったらしい。

「でも良かったじゃん。二人をくっつけることが出来てさ」

「む? バカをいうな高峰。私たちが二人を結びつけたのではない。二人が結びついたのは、二人の想いの力が強かったからだ」

乙女ヂカラ炸裂な桜庭さん。流石に恥ずかしくなるフレーズだ。

「桜庭先輩って、意外と乙女なんですね」

「知らなかった? 玉藻ちゃん、可愛いものとか大好きなんだよ?」

こそこそ話す白崎さんと鈴木さん。まぁ、思春期とでもいえばいいのだろう。むっつりと乙女が共存しているみたいだし。

「でも、桜庭さんじゃないけど、白崎さんたちもああいう恋愛とか憧れるんじゃないの?」

「えぇ!? うーん……確かに憧れるけど、私はもっと平凡な恋愛がいいかな? Fドラマみたいのは、ドキドキしすぎておかしくなっちゃうから」

「だってさ、筧」

「なぜ俺にふる」

だって、ねぇ?

「じゃあ、清涼院はどうなんだ? 色々経験してそうだし、会長との関係も気になるんだけど」

周りが「ナイス高峰」といっているような気がした。確かに、そういう噂が聞こえてくるのは確かだが、こうあからさまに見られると居心地が悪い。

「恋愛ね……、特定の人と付き合ったことはないな。仕事柄出会いは多いけど、それが目的ってわけじゃないし」

「そりゃそうか。じゃあ、たまに校門で待ち合わせしてる美人の年上お姉さんは?」

「そりゃ月さん、俺の仕事をサポートしてくれてる人だな。正式にじゃないけど、秘書みたいなことをしてくれてる人だよ。待ってくれてるのは、その後仕事があるから。まぁ、色恋沙汰ではないわな」

俺の答えにあからさまにがっくりしている女性陣。そこまでして恋愛に結びつけたいのか。

「というか、それほど女性に囲まれているのに、付き合うとかないのか? 昨日だって、芹沢と一緒に帰っていたじゃないか」

ここで昨日の出来事を持ち出された。どうやら今日は俺が質問攻めにされるらしい。

「芹沢さんとはお仕事。昨日の収録はウチの会社で手がけてるものだから、挨拶もかねてね。それに、芹沢さんと主役の子は、母さんも期待しているから付き合い長いんだ」

「あのアニメの主役っていうと、四宮琴音だったよな? 清涼院、そんな人気声優とも知り合いなのかよ」

「私も知ってるよ。すっごくかわいくて歌も上手な子だよね?」

「去年、新人賞を取っていたな。そういえば、清涼院グループはアニメにも関わっていたんだったな」

「《More&More》ね。まぁ、そういう繫がりで知り合いが多いってわけ。特に二人とは年齢も近いし、芹沢さんは同じ学校だしね」

色恋につながることではないことがそんなにもつまらないのか、みなこちらのことをジト目で見つめてくる。

「……じゃあ、望月さんとの関係は?」

「今度はそっちか……」

今度は白崎さんからの追求。それにしても、会長、真帆ちゃんとの関係か……。

「会長としての望月さんとは、仲のいい先輩後輩かな」

「じゃあ、幼馴染みとしては?」

ワザとぼかしていったが、少々わざとらしすぎたか。今回はおとなしく観念することにしよう。

「幼馴染みとしての真帆ちゃんは、守ってあげたい女の子かな? ああ見えて寂しがり屋なとこもあるし、それに、彼女はサポートのし甲斐がある。公私ともに最高のパートナーがだれか、と聞かれれば、彼女だね」

これは紛れもない真実。真帆ちゃんはとても愛おしい存在だ。正直彼女との生活がなくなるというのは耐えがたい。

「わわっ、情熱的ですね!?」

「そこまで込みの幼馴染みってことだよ。それ=恋愛とはならないし、もしかしたら芹沢さんと付き合うことになるかもしれないし、はたまた月さんと付き合うことになるかもしれない。ともかく、俺にとって仲が良い女性っていうのはそういう存在。一生を添い遂げる相手となると、また違うかな?」

すこしオーバーな言い方かもしれないけど、仲が良いからといって付き合うわけではない。そんなこといったら筧も俺もハーレム作成の最低野郎だ。

「むー、でも、清涼院くんのことが好きな子がいたらどうするの?」

「そういう子がいたら、もちろん光栄なことだけどね。付き合うか付き合わないかはそのときどう感じたかによるよ」

誠心誠意答えたつもりだが、女性陣には少々不評。恐らく、誰が好きなのかはっきりしろってところだろう。しかし、そう簡単に言ってたまるか。

「まあまあ、それより遅くなっちゃったけど、大丈夫?」

時計を見れば8時5分。話している内に少し時間が過ぎてしまったようだ。

「そうだな、今日は解散にしよう」

「明日からは御園さんの調査の仕事が入ってるから、そのつもりでよろしくね」

そういえば、図書部として依頼を受けていたんだっけ。

さてさて、あの子は随分難しい子だから、一筋縄ではいかないが、白崎さんたちはどうするのだろうか。非常に楽しみである。

 

 

 

Another side 白崎

四月二十三日

私たちは、いま御園さんの寮の前に来ている。お昼に御園さんが体調不良で休んでいると聞いて、いてもたってもいられなかったからだ。

みんなには呆れられちゃったけど、それでも来てくれたことが嬉しい。

「ふふっ」

「ん? どうした白崎? 御園と話せるのがそんなに嬉しいのか?」

思わず声が出てしまい、それを玉藻ちゃんに聞かれてしまった。私は違うの、と首を振る。

「私のわがままに、みんなが協力してくれるのが嬉しくて。つい、顔がほころんじゃった」

私がそう言うと、玉藻ちゃんや佳奈ちゃんが肩を落としていた。な、なんで?

「いや、私が言うのはなんだが……、白崎、それはいくら何でも恥ずかしい」

「私的には世界遺産認定なんですけど、流石に紅くなっちゃいますね」

「うー、みんなのいじわる-。も、もう。早く御園さんの部屋にいこ!」

なんだか私も恥ずかしくなってきたので、ごまかすように御園さんの部屋に向かう。

寮母さんに事の次第を伝え部屋の前までいく。インターホンを鳴らしても応答がない。

「寝てるのかな?」

「そうかもしれないが、倒れている可能性もある」

玉藻ちゃんはそう言ってドアノブをひねるが鍵は閉まっていた。

「ふむ、当然だが鍵は開いていないか」

「警察を呼んだ方がいいですかね?」

玉藻ちゃんや佳奈ちゃんの言うとおり、中で倒れているのならそういうことも必要かもしれない。

「まずは、寮母さんに連絡をしてから……」

「あら、筧君?」

突然かけられた聞き覚えのある声。振り返ってみると、食材がたくさん入った袋を持った望月さんが、不思議そうに私たちのことを見つめていた。

 



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第8話

間を入れ忘れていました



Another side End

 

 

 

Another side 真帆

――4月23日14時ごろ。

「ふぅ、何とか終わりそうね」

いきなり舞い込んだ急を要する案件をどうにか終わらせることが出来た。葵は授業があるから手伝ってもらえなかったけど、輝夜が珍しく手伝ってくれた。

「そっちはどう?」

「こっちもOK。後は相手方に送れば大丈夫。残り手伝うよ」

「じゃあこっちのをお願い」

輝夜は渡した資料を一瞥すると、すぐに仕事に取りかかる。そのスピードは私では到底追いつかないほどだ。

と、こちらもいつまでも眺めている訳にはいかない。輝夜の仕事ぶりに喚起されたのか、私の処理スピードも高くなっていたので、残った仕事もさほど時間が経たぬ内に終了した。

「ふぅ……」

「お疲れ様。はい、紅茶。お昼の前だけど、一服淹れて」

一足早く仕事を終えていた輝夜が、紅茶を淹れてきてくれた。

「ありがとう。あぁでも、輝夜は午後の講義は大丈夫? 私は休みだけど」

学園の中だが、今は部屋には私と輝夜しかいない。元々休みだったはずの所に舞い込んだ仕事が終わったのだ。今くらい気を楽にしてもいいだろう。

「俺もだよ。今日は午後は空けといたから、この後はフリー。お茶飲んだらアプリオででも食べようか」

そういうと輝夜はソファの方に座った。私も輝夜の前に移動する。

「それにしても助かったわ。まさか、こんな時に限って、他のメンバーが捕まらないとは思わなかったもの。輝夜が来てくれなかったら、夜までかかってたわ」

「こういうときこその(仮)だよ。こういうお手伝いなら大歓迎。それに、そう言ってもらえるなら、手伝った甲斐があるってもんだよ」

相変わらず(仮)という姿勢を崩さない。そういう割に、こうして手伝ってくれるのだから、怒るに怒れない。先日はつい追いかけっこをしてしまったが、恐らく変える気はないのだろう。

「私としては葵と一緒に生徒会を盛り上げて欲しいのだけど。まぁ、葵が渋い顔をするかしらね」

「もしくはいい笑みを浮べて書類を渡してきそうだな」

あながち間違いでもなさそうなので、苦笑してしまう。とはいえ、あの子にとって、輝夜は気を許せる相手だ。一緒に働きたいとも思っているだろう。口に出すのはいつになることやら。

「さ、お腹も空いたし、アプリオに行きましょうか。手伝ってくれたお礼に奢るわよ」

「では、ご相伴にあずかりますか。嬉野さんのスペシャルスマイルもセットでOK?」

「NOよ。それに、あの子、私がいたら近寄ってこないわよ」

そんなバカなことを話しつつ、アプリオに向かう。中途半端な時間だからか、お昼には大混雑しているここも、人がまばらにしかいない。昼とは異なる靜かな空気も私は好きだ。

すぐに料理は届き、随分と遅い昼食を取る。久しぶりの休みだ。仕事の話ではなく、輝夜の話を聞くことにした。

それにしても、随分と手広くやっているようで、私たち生徒会では気付かないようなことも、多く知っているようだ。それに、学園外の仕事も順調らしい。昨日のアニメの話もそうだが、流石は清涼院家。芸術芸能方面に対することに関しては他の追随を許さない。珊瑚さんの手腕が素晴らしいこともそうだが、目の前の輝夜もその一端なのだろう。彼の交友関係は、バカに出来ない規模だ。

「ここに入る前から動いているとはいえ、年下とは思えないわね」

「昔は母さんにくっついていただけだけどね。それに交友関係っていっても、近い年齢の人たちだけだから、社会に影響力をもっているとかじゃないし」

「それこそ素晴らしいことよ。というか、今の段階で社会にまで影響力を持っていたら、珊瑚さんも泣くわよ」

今は影響力はなくとも、将来は違う。ここは汐見学園だ。将来国を牽引する人材を育てる場であり、その場所において、強固な繫がりがあることは大きな強みだ。勿論輝夜は承知しているだろう。

「っと、失礼」

食事も終わり、コーヒーを飲んで一休みしていると、輝夜が携帯をとって席を立つ。どうやら電話がきたようだ。少し離れて二、三話したかと思うと、すぐに戻ってきた。表情を見ると、少し困ったような顔をしていた。

「どうかしたの? 何か急用かしら?」

「用事ではないんだけど……、知り合いが熱出しちゃったみたいで、もしかしたら寝込んでるかもしれないらしいんだ。それで、様子を見てもらいたいっていわれて」

「それは大変ね。私のことは気にしないで行ってあげて」

熱が出たときに一人というのは心細いものだ。寮暮らしならではの悩みだが、輝夜が看病に行くのなら安心だ。

「いや、できれば真帆ちゃんにも来て欲しいんだよ」

「私に? 別にかまわないけれど……」

聞けば、その相手は一年生の女の子らしい。なるほど。それは輝夜一人には任せられない。

「じゃあまずはその子のアパートに行きましょうか。その子はあなたが来るのを知ってるの?」

アプリオを出て、その子のいる神無月寮に向かう。

「いや、メールをしても返信がないらしい。代わりに寮長さんに連絡して、鍵は渡してもらえるようにしておいてくれるみたい」

それなら、私が行ったほうが確実だろう。寮長さんとしても、女の子の部屋に男を入れるのは戸惑うだろうし。

寮に到着して寮長室に行くと、しっかりと連絡がされていたおかげで、すんなりと鍵は受け取れた。そのまま7階に向かい、701号室のチャイムを鳴らす。が、応答はない。念のためもう一度鳴らしてみたが反応はなかった。

「寝ているとも考えられるけど……」

「倒れている可能性もあるね。とりあえず一度入ろう。もし寝ていたら寮長さんにその旨を話してお願いすればいいし」

とりあえず預かった鍵で扉を開ける。すると、玄関には無造作に脱ぎ捨てられた靴と放り投げられた鞄。どうやら、相当に体が重かったようだ。

「どうやら来て正解だったみたいね」

「うん。悪いけど、真帆ちゃんが先に入って。御園さんも男の俺より、女の子の真帆ちゃんの方がまだ驚かないだろうし」

「分かったわ」

輝夜に言われたとおりに部屋に入ると、勝手に入られたことに警戒したようにこちらを見つめる女子生徒――御園千莉さんがいた。

「っ!? 会長? それに、清涼院さん?」

入ってきたのが生徒会長である私と、面識がある輝夜だと気付いた彼女は、とりあえず警戒を緩めてくれた。

「無断で入っちゃってごめんね。ただ、御園さんが体調が悪いから様子を見てきてくれって依頼を受けてね」

「そんな……私はそんなこと聞いて……」

御園さんは起き上がってこちらに来ようとしたが、やはり体調が良くないようで、咳き込んでしまう。

「まずは横に、って、まだ着替えてないのね。まずはパジャマに着替えなさい? 輝夜はとりあえず寝室を出て行きなさい」

「了解」

輝夜を部屋から出した後、御園さんを着替えさせる。着替えるのもおっくうだったのか、ブレザーも着たまま布団に入っていたようだ。彼女も苦しかったのか、素直に着替えてくれた。

そのまま彼女を横にさせて、おでこに手を当てる。やはり、熱は高い。

「熱は測った?」

そう聞いたが、やはり熱は測っていないようだ。周りには食べかけの菓子パンが一つに、ペットボトルの水があるだけだ。恐らく、食材も満足にないのだろう。

「輝夜、ちょっと来てちょうだい」

輝夜を呼ぶと、輝夜は湯気の立つマグカップを持ってきた。

「声楽家だから、蜂蜜くらいはあると思ってね。はい、御園さん。辛いかもしれないけど、とりあえず何か口にして」

輝夜は慣れた手つきで御園さんの状態を持ち上げると、そのまま蜂蜜湯を飲ませる。ほどよく温かい飲み物は、食欲がない彼女も受け付けるようで、コクコクと少しずつ飲んでいた。

「……輝夜、あなたが御園さんのことを見ていてちょうだい。何か必要な物はある?」

「とりあえず、風邪薬がないからそれを。。近くに薬局があったはずだから、そこに行ってきて。もし、そこに食材なんかが売ってたら、なにか消化によさそうなものを。とりあえずメールでリストを送るから。まずは薬を買ってきて」

「分かったわ。じゃあ、御園さんのことはよろしくね」

輝夜に言われたとおり、通りに出たところにある薬局で薬を買う。あいにくレトルトや冷凍食品しかなかったので食材は変えなかったが、いくつかの調味料を買い、急いで寮へ戻る。

そして、7階に着くと、御園さんの部屋の前で5人の見覚えのある人たちがいた。

「筧君?」

なぜか図書部のメンバーが勢揃いしていたのだった。

 

Another side End

 




「AUGUST Summer Vacation 2014 in AKIHABARA」行ってきました。
取り敢えず玉藻姫の艶姿を愛でています。
小冊子が会長のショートストーリーだったので感激。帰りの飛行機で読みました。
番外編を書くかもしれないので、よろしくお願いします。
会長への愛はとまらない


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第9話

第8話が新しい内容となっていますので、そちらもご覧下さい


真帆ちゃんが出て行った後、俺は御園さんに蜂蜜湯のおかわりを渡していた。どうやら、これなら飲めるようで、もう少し飲みたいと言ってくれた。本当なら何か食べさせたいのだが、米くらいしか満足にない。

先程のように飲ませてあげると、多少は落ち着いたのか、少しだが笑みを浮べてくれた。

「ありがとうございます……、今度は蜂蜜レモンなんですね」

「台所にレモン汁があったからね。さっきは急いで作ったから見つけられなかったけど、流石は声楽家だ。さ、とりあえずは横になって。ぬれタオル持ってくるから」

そういって水を汲みにいこうとしたのだが、御園さんに腕を捕まれてしまった。御園さんも無意識だったらしく、すぐに手を離してしまった。

やはり1人は心細かったのだろう。とりあえず、タオルは額の汗を拭うのに使うことにして、真帆ちゃんが来るまではここにいることにした。代わりにというわけではないが、俺の手を額に乗せる。

「あ……」

「とりあえずはこれで我慢してね。それを冷ますために氷触ってたから、少しは冷たいはずだから」

冷凍庫の中に氷はあったので、それを使って蜂蜜湯の温度を下げていたのだ。取り敢えずの代用にはなったようで、御園さんは気持ちよさそうに息をはいていた。

「冷たい……気持ちいいです」

「なら良かった。取り敢えず真帆ちゃ、会長が帰ってくるまではここにいるから、目を閉じてて」

そういうと、御園さんは目を閉じてすぐに寝息をたてる。温かい物をのんで、少しは落ち着いたのだろう。

その後少ししてチャイムが鳴る。はて、真帆ちゃんには鍵を預けたのだが。少しすると、扉が開いた音がする。が、足音はたくさん聞こえてくる。新たな増援か?

「輝螺、取り敢えず薬とお店にあった物は買ってきたわ。それと、白崎さんたちがいたから、入ってもらったのだけど」

真帆ちゃんの後ろには白崎さんに桜庭さん、それに鈴木さんの図書部の女の子たちがいた。とりあえず、御園さんは真帆ちゃんに任せて、俺は白崎さんの相手をすることにする。

「それにしても、どうしたの? 確かに調査は頼まれてたかもしれないけど」

流石にがさ入れはしないとは思っていたけど、案外にアグレッシブだったようだ。

「そ、その、お昼休みに音楽棟にいったら、御園さんが相対したって聞いて、それで、1人じゃ心細いと思って」

白崎さんにとっても、少々後ろめたいところがあったのか、一生懸命説明をしてくれる。とはいっても、こちらとしては怒るつもりはない。

「落ち着いて。別に怒るつもりはないから。白崎さんたちがいるってことは、筧たちもいるの?」

「あぁ。外で待ってもらっている」

「なら、食材でも買ってきてもらうか」

人手が増えたことはありがたい。玄関にいくと筧と高峰にリストとお金を渡す。

「じゃあ頼んだ」

「了解」

「薬とかはいいんだな?」

「あぁ。さっき会長に頼んだしね。あぁ、あと氷とかもあったら頼む」

筧たちを送り出し、部屋に戻る。すると、真帆ちゃんに変わって白崎さんが御園さんの看病をしていた。

「白崎さん。御園さん、どんな様子?」

「うん。薬とかはまだだからちょっと寝苦しそうかな」

「今からおかゆ作るから、取り敢えず筧たちが帰ってくるまで寝かせてあげようか」

「材料はあるのか?」

「さっき見たときお米はあったからね。さっき会長にいくらか買ってきてもらったし、おかゆくらいなら作れる」

そういって取り敢えずキッチンに移動する。とは行っても病人相手のご飯だから、栄養重視だ。作るといっても塩味のお粥。一度準備をしたらしばらく時間は空く。

「それにしても、白崎さん。随分思い切ったことをしたね」

「うぅ……。で、でも、清涼院君と望月さんがいなかったときのことを考えると……」

「全く……、今回は緊急を要することだからいいけど、少し間違えたら迷惑行為になるんだから気をつけなさい?」

真帆ちゃんに言われて縮こまる白崎さん。真帆ちゃんもそれ以上攻める気はないらしく、そこで引き下がる。

「でも、どうしてお二人は御園さんが風邪をひいてるってわかったんですか?」

今度は鈴木さんが質問してくる。確かに俺たちがここにいる方が不思議だろう。

「ある人に電話で頼まれてね。会長は、男一人で来るのはまずいから手伝ってもらった。それに、御園さんとは知らない関係ではないから、そこまで警戒されないと思ったしね」

話しつつ淹れたお茶を皆に渡す。

「お、すまないな」

「ありがとう。ひとまず休憩しましょうか」

「白崎さんも一端こっちに来たら?」

「うん。じゃあ、いただこうかな、って、あれ?」

白崎さんがこっちに来ようと立ち上がろうとしたが、立ち上がれなかった。

「ん? どうしたんだ白崎」

「えっとね、よく眠れるようにって手を握ってたんだけど、離してくれなくて……」

白崎さんの手元を見てみると、御園さんにしっかりと手を握られていた。

「あらら、それじゃあ白崎さんはそこで待機。お茶は持っていってあげるから」

ここまで頼られているのだ。離してしまうのは心苦しい。真帆ちゃんも桜庭さんも同意のようで、クスクスして白崎さんを助けるつもりはなさそうだ。

「うー、意地悪」

そういいつつ離れる気がない白崎さん。やっぱり優しい子だ。

 



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第10話

「はい。前に渡した図書部ブレンド」

「ありがとう。あっ、美味しい」

どうやら気に入ってもらえたようだ。桜庭さんもご満悦のようでなにより。

「それにしても、生徒会ではいつもこれを飲めるのか。羨ましいかぎりだ」

「正確には彼が来てくれたときね。美味しいのは確かなのだけど」

「……ウチに来たときに淹れてあげてるでしょう?」

不定期参加のことを責められると弱い。

「あれ? 清涼院さんって、会長のご近所さんなんですか?」

「うん。二つ隣。生徒会の仕事で遅くなったときとかは夜食作ったりするんだ。そのとき、色々お茶も出してるんだよ」

幼馴染みの間柄。少し間違えられると色々危ないが、そこは新聞部に脅しをかけているので大丈夫だ。

「羨ましいなぁ。こんなにおいしいお茶を飲めるなんて」

片手でお茶を飲みながら、こちらを見てくる白崎さん。そう言ってもらえるのはうれしいが、どうしようもないので諦めてもらうほかない。

「さて、そろそろ筧たちも帰ってくるだろうし、仕上げちゃいますか。そういえば、みんなはこの後どうするつもり?」

キッチンに立ちながら、白崎さんたちの今後の予定を尋ねる。男子連中はともかく、白崎さんたちは、たぶん残って面倒を看たいと思っているだろう。

「私たちはとりあえず目を覚ますまでは、ここにいたいんだけど……」

「了解。会長は?」

「午前中は特に仕事がないから付き合うわ。といっても、あなたがいれば万事解決のような気もするけどね」

クスクスと笑われたがそうもいかない。看病自体は問題ないが、御園さんは女の子である。それだけで1人で看病することは難しい。

「ありがとう、助かるよ」

白崎さんにお礼を言うと、チャイムが鳴った。筧達が帰ってきたらしい。

「ありがとさん。急いでくれたみたいだな」

「こういうのは早いほうがいいだろ?」

筧から荷物を受け取り、メニューを考える。少し多めに買ってきてくれたらしく、何人かの分のご飯なら作れるだろう。

「随分沢山買ってきたんだな」

「普段自炊しないから、よく分からなかったんだ」

筧の言葉に、桜庭さんはため息をついていたが、正直助かった。

「それより御園さんの調子は?」

手が空いていた高峰が、御園さんの様子を聞いてきた。

「まだ薬を飲んでないけど、眠ってるから多少は楽になるかな?」

薬を飲むにも先に食事をしなければならない。いつ起きても大丈夫なように、料理に取りかかることにしよう。

「そういえば、玉藻ちゃんと清涼院君って知り合いなの? 今まで聞いてこなかったけど」

「し、白崎っ!?」

あぁ、桜庭さん、話してなかったのか。

「俺と桜庭さんは小さい頃からちょくちょくパーティーとかで会ってたからね。たまにダンスとかも踊ったりしたよね?」

「ち、小さい頃の話だ!」

「へー、桜庭さん、中々ご親密なようで~」

「ね~♪」

何やら鈴木さんと白崎さんがノリノリだ。まぁ、一応否定しておかないと。

「まぁまぁその位で。それで筧達はどうする? よければ筧達のも作るけど?」

「いや、俺たちは帰るよ」

「可愛い女の子達とのディナーもいいけど、今日の所は帰るわ。何かあったら連絡してくれや」

「そっか。今日は助かったよ二人とも。ありがとな」

筧と高峰は御園さんに気を遣ったのか帰って行った。

「二人は帰っちゃったけど、取り敢えず皆の分はできたよ。簡単なものしか作れなかったけど、どうぞ」

卵焼きや簡単な野菜炒めくらいしか作れなかったけど、みんな女の子だし大丈夫だろう。

「わぁ、ありがとう。とっても美味しそう」

「いただきまーす」

ちなみに白崎さんは桜庭さんに食べさせてもらっていた。

「この卵焼き、ふわふわで美味しー!」

「うちの味付けだけど、お口にはあったかな?」

「はい! 清涼院さん、うちの嫁に来てくれません?」

「お友達で。真帆ちゃん、美味しい?」

「だから、人前ではそれは止めなさい。……美味しいわよ」

それならよかった。

「それにしても、清涼院君、何でもできるんだね」

「できることをやってるだけだよ。小さい頃から母さんに仕込まれたのもあるけどね」

「母さんっていうと、清涼院珊瑚社長ですよね?」

「うん。母さんは料理苦手だったからね。その分月さん、秘書さんに教わったりしてたわけ」

料理の先生は月さんである。あの頃は忙しい母さんに代わって家政婦のようなことをしてくれていた。妹もかなり懐いているので、もう一人の母親のような存在だ。まぁ、そんなに歳は離れてないけど。

「考えてみれば、輝夜の料理は月さんと似た味ね。習っていたのは知らなかったけど」

「自分だけで作れるようになってから、色々自分で改良したからね。まだまだ月さんには叶わないよ」

月さんの料理は非常に美味しい。世界中を回り、現地で料理を習ってきた月さんのレパートリーはすさまじい。ちなみに一番の得意料理は肉じゃが。食べるとほろりと涙が出るほどのお袋の味である。

「月さんって、たまに校門のところにいる人だよね? すっごい美人さんの」

「そ。いまは母さんとか俺とかの仕事のサポートをしてもらってる。夏休みにちょっと仕事があるから、最近はよく来てもらってるけど、見たことある?」

「うん、私は何度か。挨拶もしてくれたから、よく覚えてるよ」

「私も何度か話をしたことがある。確かパーティーにもいらしていたよな?」

「桜庭さんの人たちは何度かお呼びもしてたからね。俺もまだ小さかったから、傍にいてもらったんだよ。まぁ、それは今もだけど」

「おぉぅ、はいそさえてぃな会話だ……」

鈴木さんが何故か戦慄していた。まぁ、あまり普通のことではないからなぁ。

「んう……あれ……?」

「あ、御園さん。目が覚めたんだね」

話していたからか、御園さんが目を覚ました。お腹も空いているだろうから、御園さんの分のご飯を温め直す。

「先輩?」

「よく眠ってたけど、大丈夫?」

「は、はい」

目が覚めたら見知らぬ先輩が増えていたからか、御園さんは困惑している。温め直したお粥と卵焼きを持っていきながら事情を説明する。

「まぁ、俺じゃ夜ついていられないから、これ幸いということで来てもらったんだ。はい、お腹も空いてるでしょ? 食べられるだけ食べてね」

やはりお腹が空いていたのか、出したご飯を全部食べてくれた。その後、薬を飲んでもらい、それを見てとりあえず一安心ということで、俺と真帆ちゃんはお暇することにした。

「じゃあ、俺たちはこれで失礼するよ」

「お邪魔したわね御園さん。お大事に」

「あ、材料のお金……」

「気にしないで。先輩からの選別だと思って。今度アカペラでも聴かせてよ。それがお礼ってことで」

御園さんは白崎さん達に任せることにして、俺たちは先に帰る。

「真帆ちゃんもありがと。本当に助かった」

「いいのよ。ウチの生徒が苦しんでるなら助けてあげなきゃくちゃね」

どうやらウチの生徒会長さんは、大変な世話焼きさんのようだ。

「じゃあそんな働き者さんが風邪をひかないように一杯ご馳走するけど、来てくれる?」

「ふふっ、せっかくですもの。ご馳走になるわ」

じゃあ、とっておきのお茶をご馳走しなければ。

 



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天敵服飾部

羊飼いではお久しぶりです。
夏休みの前半は完全オリジナルの予定です。


 

土日が空けて月曜日。今日は図書部のビラ配りの日のはずだ。こんな面白いことは見逃せない。ということで。

「筧、いや京子ちゃん。随分似合ってるな」

メイド服姿の筧を見にきた。白崎さんが何やら画策していることは聞いていたが、予想以上の出来である。

「くっ……笑いたければ笑え」

「いや、俺にも覚えがあるからな、そういうの」

「あっ、清涼院くん!」

振り返れば巫女服姿の白崎さん。

「こんにちは白崎さん。その服、似合ってるよ」

「ははは、喜んでいいのかな?」

恥ずかしがり屋の彼女にとっては、やりづらいだろうけど、頑張っているようだ。

「お、清涼院。待っていたぞ」

白崎さんと話していると、やってきたのは桜庭さん。というか。

「待っていたって?」

「あぁ。突然で悪いのだが」

さっと手をあげる桜庭さん。すると、さっと現われる一人の女子生徒。って、こいつらっ!?

「お久しぶりです、清涼院さん」

俺のトラウマ。服飾部部長錦遙香(にしきはるか)。去年のアレの実行犯である。彼女を見た瞬間逃げようとしたが、他の部員に捕まった。くっ!

「さぁさぁ、清涼院さんの衣装は日々こつこつと作っています。今日のコンセプトにあったものをご用意していますので、こちらへどうぞ」

「ちょ、引っ張らないで!?」

ずるずると図書部の部室に引きずられ、あれよあれよという間に、服を着せられた。あぁ……トラウマが再発する。

「あぁ……やはり清涼院さんは最高のモデルです。よくお似合いですよ、和風メイド服」

「似合いたくないわっ!」

しかし、錦は聞く耳持たず。というか、聞いておきながら、右から左に聞き流している。

「まぁ、このまま出ないのであれば、今すぐビラ配りを中止していただきますので。清涼院さんに衣装を着ていただくことを条件に、図書部に衣装をお貸ししておりますので」

俺は図書部ではないので関係ないと言いたいが、そうも言っていられない。流石に、今から中止にさせるのは忍びない。

「ぐっ……出ればいいんだろ、出れば」

「はい。その通りです」

もうこの人に勝てる気がしない。

 

 

 

Another side 白崎

清涼院くんが服飾部の人たちに引きずられていなくなってしまっている間、私たちはビラ配りを再開していた。

「あの……どうぞ……」

普段人前に出るのが苦手なのに、こうしてか、過激な衣装を着るなんて、いつもに増して恥ずかしい。

「白崎、大丈夫か?」

そんな私に見かねてか、玉藻ちゃんが心配した顔で来てくれた。

玉藻ちゃんも普段は着ないような服を着ているのに、すごく堂々としている。

「うん、ちょっと恥ずかしいけど大丈夫。玉藻ちゃんこそ、大丈夫?」

「あぁ……恥ずかしいが、まぁ、仕事だからな」

訂正。玉藻ちゃんも恥ずかしいみたい。

「あ、でも、清涼院くんは大丈夫かな?」

「ははは……黙っていて悪いことはしたが、服飾部が清涼院を貸してくれるなら無償で貸し出してくれると提案してきてくれたからな。まぁ、楽しみにしていようじゃないか」

「うん。御園さんも協力してくれたんだし、頑張らなくちゃね」

まぁ、確かい楽しみではあるけど。なんせ、あの写真を見たのだから。どれだけすごいことになるのだろうか。

「……じゃあ、これで満足か?」

と、後ろから聞き覚えのないような、あるような。でも、とても綺麗な声が聞こえた。後ろをふり向くと、そこには、とても綺麗なメイドさんが不機嫌そうな顔で私たちのことを睨んでいた。

「えと……佳奈ちゃんのお友達かな?」

「いや、先輩じゃないか?」

こんなに綺麗な人は見たことがない。でも、どこか見覚えがあるような……。何だろ、不思議な感覚だ。

「ほら、輝夜姫様。そんな表情をしていては、お客様が逃げてしまいますよ」

「誰が輝夜姫だ、だれが」

急に声が低くなって、この美人の人が清涼院くんだと分かった。……………………え?

「えぇぇぇぇぇぇっ!?」

えぇぇ!? えぇ!? 清涼院くん!? こんなに綺麗なのに!?

「…………そう驚いてくれるのはいいことなのかどうなのか分からん」

「良いことでしょうね」

「うるせぇ」

未だに信じられないけれど、改めて清涼院くんの姿を見てみる。

和服のようなデザインの何層にも重なったロングスカート。

簪をモチーフにしているであろう、ヘッドドレス。

様々な花がうっすらと刺繍されているエプロンドレス。

まさしく和風メイド、いや、平安風メイドだ。

「す、すごいな。いや、衣装の見事さもすごいが、それを着こなす清涼院が一番すごい」

玉藻ちゃんも清涼院くんの変貌っぷりに呆然としていた。

「さ、清涼院さん。存分にその美貌を生かしてビラをお配り下さいな。きっと一瞬でなくなってしまいます。あ、でも、長い時間見られないのは残念ですね」

「もう静かにしていてくれ……。行ってくる」

そう言って、ビラを持ってそれを配りに行く清涼院くん。服飾部の部長さんも追加分のビラを持ってついていった。

「第一食堂アプリオと料理部とのコラボです。よろしくお願いします」

決して大きな声ではないのに、不思議と周囲に響きわたる。その声に気が付いた人々が清涼院くんに気が付くと、ぴたりと固まった。そして、男女問わず顔を紅くしながらビラを受け取っていた。

気が付けば、大勢の人たちが清涼院くんの周りに殺到し、ビラを受け取ろうとしていた。

そして十分も経たない内に、ビラはすべて無くなってしまった。それでも、人だかりは消えず、アプリオの前は人の壁が出来ていた。

「ちょ、ちょっと! これは何の騒ぎですか!」

すると、人垣の外から、望月さんの声が聞こえた。流石に生徒会長が来たからか、壁が割れ始めた。

「まったく……ビラ配りは許可しましたが、こんな騒ぎを許したわけで、は……」

最初は怒っていた望月さんだったけど、清涼院くんの姿を見た瞬間、ぴたりと黙り込む。

「…………取り敢えず、ビラ配りは終わったのでしょう? でしたら、すぐに解散しなさい! このままでは通行の妨げになるわ」

望月さんの言葉で、その場に留まっていた人たちも離れていった。そして残ったのは私たち関係者のみ。

「白崎さん」

「は、はい!」

「このような活動を行うのならば、周囲の迷惑にならないようにしなさい。まぁ、今回は一概に貴女たちが悪いというわけではなさそうですので、不問にしますが、今後は、このような事態にならないような計画をしなさい。分かった?」

「はい。すみませんでした」

今回のこれは不測の事態とは言っても、私たちのミスだ。心を込めて謝罪をすると、望月さんは許してくれたのか、笑顔を浮べてくれた。が、すぐに険しい顔になる。

「でも、あなたに関しては別よ。葵。この後の仕事は貴女に一任します。輝夜は私と一緒に来なさい」

「え? いや、それは分かったけど、せめて着替え!」

「いいから、来なさい!」

望月さんは清涼院くんの腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張って行ってしまった。

「え、えと……」

「まぁ、何はともあれ、成功だな」

多少のトラブルはあったものの、ビラ配りの仕事は大成功に終わったのだった。

…………清涼院くん、大丈夫かな?

 

Another side out

 

 

 

「で、あなたは何をしているのよ」

真帆ちゃんに連れられて生徒会室に入った途端、盛大にため息をつかれた。

「俺だってこんな格好するつもりはなかったって。錦にはどうも敵う気がしないんだよ」

「まぁ、確かにあの子はすさまじいけれど……」

これには真帆ちゃんも同感のようだ。何せ、昨年のアレは、その前の年に一年生ながら新たに立ち上げた服飾部(コスプレ衣装制作部)の部長として、一年間の実績と共に生徒会に企画を持ち込み、真帆ちゃんを言葉巧みに丸め込んだのだから。あんなにお淑やかそうなのに、中身はとんだ飛び道具である。

「全く、そんなことで大丈夫なの? 彼女、もう貴方の会社の内定決まっているんでしょ?」

そうなのである。錦は清涼院専属のデザイナーとして入社が決まっている。確かに腕だけを見れば、見事としか言いようがない。願わくば、男性用を作って欲しいのだが。

「まぁ、貴方も不可抗力ということでおとがめ無しにするけど、気をつけなさい」

「ありがと。そう言って貰えれば助かるよ」

話も終わり、ソファにもたれかかる。疲れた、主に心が。

「それにしても、また一段と似合ってるわね。メイクも薄化粧でしょ? もう、女の子で通るんじゃない?」

「あれだ、それほど錦の教育がすさまじいんだろうな。悔しいことに全く違和感を感じない。悔しいことに」

「ふふっ、私個人としては、また貴方の綺麗な姿を見られて嬉しいのだけれど。えいっ」

カシャリと写真を撮られた。どうしようもないので睨み付けるが、真帆ちゃんは素知らぬ顔。

「絶対に周りにばらまかないでね」

「えぇ。せいぜい自慢するだけにするわ。うふふ、葵がうらやましがるわね」

むしろけなされるような気がする。

「そんなことないわよ。だって、葵は貴方の輝夜姫姿の大ファンなんだから」

え、初耳。

「あの子も素直じゃないから、貴方から言ったら殴られちゃうと思うわよ」

「それは想像できる」

「ならいいわ。私も今日の仕事終わりだから、一緒に帰りましょう? もちろんそのままで」

「マジで止めて……」

「駄目よ。それがこの件の罰ですから。制服は予備があるのでしょう? なら問題はないわ。まぁ、せめてもの慈悲としてエプロンだけは外していいわよ」

それは慈悲とはいわない。

しかし真帆ちゃんは一歩も退いてくれず、結局このまま帰宅することとなった。しかし、外に出た瞬間、注目の雨霰。となりに真帆ちゃんがいるからか、囲まれることもなく、不思議と写真を撮られることもなく、しかしかなり注目されていた。

「ふふふ、流石ね。注目されていますね、姫様?」

「やめて、心折れそう」

本当に。

「でも、本当に惚れ惚れしちゃうわ。声まで寄せてるんだから、満更でもないんじゃないの?」

「それは、あれだ。母さんと仲の良い声優さんにたたき込まれたんだよ。母さんに脅されてね」

「それで。通りで上手な訳ね。声だけでも惚れ惚れしちゃいそうですもの」

「今度母さんに文句言ってやらないと……」

そんなことを呟いたら、笑われてしまった。

「そんなことをいうものではないわ。そんなに素敵な特技を持っているなら大切にしなさいな」

「嬉しくないわ、そんなこと言われても」

真帆ちゃんの笑顔が憎い。

周囲に注目されながら、ようやく部屋にたどり着く。

「よかったら寄って行きなさい。あぁ、着替えてからでいいわよ」

「お邪魔するよ」

ようやく普通の格好に戻ったところで、真帆ちゃんの部屋に行く。

「はい、お茶。あんな格好じゃ喉も渇いたでしょう?」

「助かる。流石にアレは熱い」

「それでも汗を流さないのは流石よ。コツでもあるの?」

「あるみたいだけど、俺の場合は気合いと根性」

精神論である。直前に水を飲み過ぎないようにはしてるけど。

「っと、メールだ。あぁ、白崎さんだ」

今日の活動のお礼とごめんなさいとのこと。まぁ、主導していたのは錦だろうから、白崎さんは特に悪くないだろう。

「随分と白崎さんには優しいのね」

「ん? 嫉妬してくれてるのかな?」

「違うわよ。ただ、貴方が一つのことに執着するなんて珍しいでしょう? どうしてなの?」

確かに、白崎さんたちとは随分付き合っている。いつもは依頼が終われば、一歩退くことが多い。それを考えれば、図書部へ執着していると思われてしまうのも無理はない。

「そうだな、白崎さんたちには期待をしているのかな」

「期待?」

「そ。白崎さんだけじゃなくて、筧や高峰、桜庭さんに佳奈ちゃん、それに御園さんもかな。この五人が集まったのは偶然じゃないと思う。そんな図書部が何をするのか、傍で見ていきたいんだよ」

図書部のやることは全部面白い。図書部本来の活動とはかけ離れた活動だが、それはそれこれはこれ。だからこそ面白いのである。

「傍で、ね」

「? 真帆ちゃん?」

「あなた、生徒会の傍にはいてくれないのに、図書部の傍にはいるのね」

ふくれっ面の真帆ちゃんも可愛いが、このままでは駄目なのも事実。

「どしたの? 嫉妬してくれた」

「ばか……」

あら、やり過ぎた。

「だって、あなた生徒会室には殆ど来てくれないじゃない。それに、来たとしてもすぐに帰っちゃうし。そのまま図書部に入っちゃえばいいのに」

つーんとそっぽを向く真帆ちゃん。そんなことはないのだが、誤解をさせてしまっていたようだ。

「ほら、真帆ちゃんカモン」

手を広げて真帆ちゃんを呼ぶ。

「ちょっ!? 輝夜!?」

「子どもの時みたいに、スキンシップをしようじゃないか。ほら、誰もいないし」

真帆ちゃんはたっぷり三分ほど考え、多少目をグルグルさせながらこっちに来てくれた。

「ほい」

「きゃっ……全く、私の方が年上なのよ?」

「年上の女性というのに関しては、ウチの女性連中が強力すぎるからね」

母さんに続いて、御当主さんやら会長さんやら最強なのだ。

「まぁ、珊瑚さんも瑠璃さんも玻璃様も那夜様ももの凄い方だものね。それに瑠璃ちゃんも。改めて考えると、もの凄い女系一家ね」

「あの人たちにはかなう気がしないよ。ま、そんなわけだから、この扱いについては諦めて」

「というか、関係ないわよね」

そう言いつつも、離れようとはしないので、慣れとは恐ろしいものである。

 




また濃い人物が登場しました


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