たとえば俺が、場末の酒場でゴリラと出会ったとして。

たとえば俺が、場末の酒場でゴリラと出会ったとして。

　この物語はフィクションです。

　実在する『たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして』の設定とは関係ありません。またWEB版の設定をお借りしているため、書籍版のネタバレが含まれています。ご注意ください。

　原作には出てこない謎のアルカディアキングゴリラの話を笑って許せる人だけお読みください。

　飯と酒、そして女。

　働く男達の気力を支えるのは、いつでもどこでも大して変わらない。

　決して治安が良いとは言えない細い路地に所狭しと店が並ぶこの場末の横丁は、そんな男達の気力の源か。

　質より量、何より値段。お世辞にも上品とは言い難いが、それでも酔っぱらいの声は楽しげに、時に騒がしく街を盛り上げている。

　特に闘技場（スペクタクラ）が完成してからは、工事で潤った金を懐に飲み歩く肉体労働者のお陰で売り上げは増え、また参加した闘剣士の中でも指折りの人気者がよく現れるということで以前よりも活気が溢れるようになった。

　そして、活気が溢れれば。

「なんだコラァ、やんのかぁ！？」

「上等だ、表出ろォ！！」

　有り余る活力を持て余した男達が現れるのも常である。

「なんだなんだ、今度は何が原因なんだ？」

「なんでも闘剣士でどっちが強いのかを話してたら、熱くなっちまったみたいでよ。あっちの兄さんはアイルーン、こっちのオッサンはイズナの方が強ぇってお互い譲らなくて、始まっちまったらしい」

「おいおい、最近の喧嘩はそればっかりじゃあないか。昔みたいに娯楽も何もなくて、気に入る気に入らないで喧嘩するよりはよっぽどいいけどねぇ……」

　店主の親父はそう嘆きながら、掴みあう二人を眺める。

　年若いアイルーン推しの男は細身ながら日に焼けた引き締まった体をしており、イズナ推しの男は年は多少上だが盛り上がった筋肉を見ればどれだけの力があるのか想像するのは容易い。

　少なくとも、小ぢんまりした店の酒樽を運ぶのが精々の店主が間に入っても怪我をするだけで止められるとは思えなかった。

「予選では涼しい顔で百戦百勝、決勝だって負けたのはチャンピオンのフウタだけ。一回戦でフウタに手も足も出なかったイズナよりアイルーン様の方が強いに決まってらァ！」

「イズナのことを知らないやつが勘違いしてるみてぇだが、あいつは本物の漢よ。オレはあいつと一緒に酒を飲んだことがあるんだが、あいつ程、腕っぷしの強ぇやつぁ知らねぇ……あんな逞しい身体にお嬢ちゃんの蹴りが通用するもんかよ！！」

　そんな額をぶつけ合いながらヒートアップする二人の男を肴に、酒場は盛り上がる。気が気でないのは、店が壊されないか心配する店主だけで、無責任に囃し立てる周りは、しまいにはどっちが勝つかで賭け始めている始末だった。

　あとはどちらが先に手を出すか。

ゴングを待つ闘技場の空気となった二人の勝負は、

「あら、随分楽しそうじゃなぁい。アタシも混ぜてもらえないか・し・ら」

　アルカディアキングゴリラの貴重な雌の参戦で水入りになった。

「いつも悪いねぇ」

「お互い助け合いでしょぅ、気にしないでいいわん」

　あれほどいがみ合っていた二人は、いつのまにか等しくゴリラの腕に抱かれ大人しく――ぐったりと白目を向いていた。

　アルカディアキングゴリラは基本的に群れを成さない。一匹一匹が強い力を持ち、外敵に襲われる心配がないためだ。

　しかし、当然ながら種族維持のためには雌雄が番いを作り、子孫を残す必要がある。その際に雌は雄を屈服させるために争い、一匹の雌に対して複数の雄が世話をする女系の群れを作るという。

「はーい、お二人様、ごあんなーい」

　酒場の酔っ払いの頭の中では誰もが知っている童謡が流れ、ズルズルと引きずられていく男達を哀れに見つめていたが、酒場の隅にいた年若い一人の客が驚きの表情のままに固まっていた。

「なんだい、お前さん、アレは初めてかい？」

「初めても何も、なんだろう、その、あの化け物は……」

「おっと、間違っても本人の前では言うなよ。お前さんの命だけじゃなく、店が消し飛ぶからな」

　白色交じりのヒゲを撫でながら店主は真面目な顔で男をたしなめる。その真剣な表情は決して冗談を言っているようには見えなかった。

「あの人はなぁ、なんだ。この横丁の顔役というよりは守護神って言った方がいいかな。この横丁が決して治安が良いとは言えないが、悪くはないと言える程度に秩序立っているのはあの人がいるからと言っても過言じゃあないな」

「ゴリラが、横町を、守っている」

「冗談じゃあないぜ。俺らみたいな腕っぷしに自信がない年寄りが店を構えてられるのは、揉め事があれば必ずあの人が出てくるって、みーんな知ってるからさぁ」

「随分信頼されてるんだな」

「見た目が全てじゃあないってことさぁ。人間中身よ、中身。行動が伴ってれば信頼だって人気だって後からいくらでもついてくるってもんよ」

「そう、か」

「しかし、あんた、なんか、どこかで見たような――」

　店主が青年の顔をじぃっと見つめる前に、店の前で大きな歓声が上がった。

「イズナさんだー！！」

「今日はどんな悪党をシバいてきたんですかー！！」

「イズナさーん、今日はうちの店にも寄って行ってくださいよー！！」

　爆発的な歓声は酔っ払いだけでなく、あちこちの店の店主達からも声がかかり、人気の程を窺わせる。

「すみません、待ち人が来たみたいなんで、お会計を」

「おおう、それじゃ銅貨3枚でいい。適当に机の上においといてくれ、おーい、イズナさーん、うちにもどうだい！！」

　青年のお会計もそこそこに店の外へと駆け出していく店主に、相変わらず凄い人気だなぁなんてトボけたことを考えながら。

「見た目じゃなくて行動、か」

　今後どうなろうとも、胸を張って歩けるようにと誓いを新たにする青年であった。

　まさか自分がゴリラと戦う運命にあるとは、この時まだ知る由もなかった。

　―完―

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　書籍版俺チャン発売が嬉しくて書いた。
　二次創作が読めれば何でもよかった。
　今では反省している。

　これを皮切りに、誰かが素晴らしい『俺チャン』の二次創作を書いてくれることを楽しみにしています。
　本当に書いてください、お願いします！！何でもしますから！！

たとえばあたしが、場末の酒場でゴリラと出会ったとして。

　この物語はフィクションです。

　実在する『たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして』の設定とは関係ありません。

　が、WEB版『たとえば俺が、チャンプオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして』の設定をお借りしているため、書籍版のネタバレが含まれています。ご注意ください。

　原作には出てこない謎のアルカディアキングゴリラの話を笑って許せる人だけお読みください。

　らしくない。

　という自覚はしっかりあるけれども、それでも譲れないものがある。

　その意地みたいなものを抱き続けてきたからこそ、ここまで来れたことを考えれば、らしくないこの行動もまたある意味では自分らしいのかもしれない。

　等と、ちょっと哲学的なことを考えるくらいに彼女は疲れていた。

「はぁ……なんで、こう、なったの、かしら……」

　息も絶え絶えに赤い髪を汗で頬に張り付かせる彼女、パスタ・ポモドーロはここ数刻のことを振り返る。

　どこかのヒモの重荷にならないようにと誓ったその日から、まずは基礎体力をつけようと始めた日課のランニングの最中。

　今では『パスタちゃん』で定着した自分を元の『ベアトリクス』だと結びつける人間はどれほどか。万が一の可能性はついてまとうにせよフードを外しても差し支えなくなったこともあり、動きやすい軽装で夜の帳が明ける早朝に街を走っていたところ、思わぬ身の危険に襲われたのがつい先ほど。

　そして、その危険は、未だ彼女に追いすがる。

「パスタちゃぁぁぁん！！」

「いーたーぞー、パスタちゃんだぁぁぁぁ……」

「なんでこんなところにいるのか分からないけど、パスタちゃんだぁ！ヒャッハー！」

「はぁ、嘘、でしょ……あいつら、本当に、なんなのよ……」

　決して足が速いわけでも、体力があるわけでもない少女を未だ捉えることが出来ないことを考えれば、脅威という脅威ではないが。

「パスタちゃぁぁぁん！！」

「パスタちゃっげほっ…ごほっ…」

「ヒャッハッ……オロロロロロロ……」

　虚ろな目で今にも倒れそうになりながらで自分を追い回すその姿は、まるで物語に出てくる生ける屍（リビングデッド）のようで、うすら寒い恐怖を感じずにはいられない。

　彼女の力である弁舌が、そういった正気を失っている相手に役に立たないことは身に染みて知っている。

「くっ……なんて……」

　無力なのか。

　足を引っ張りたくない、弱みになりたくないと思って始めたランニングでまさかこんなことになるとは。

　追いかけてくるやつらは傍目に見た限りではただの一般人。ただの酔っ払いで、捕まったとしても命の危険があるわけではないだろう。それでも、正気を失った人間が何をするかは分からないし、捕まらないに越したことはないと考えるのは当然の帰結。

　第一そう簡単に『誰か』に触れられたくない。

　その思いで、歯を食いしばって足を動かす。

　助けてくれるであろう衛兵の詰所まではまだ遠く、彼女にとってこの辺りで馴染みのある場所は行きつけの食堂くらいではあるが、酒場もかねるそこは今まさに追いかけてきているような人種を追い出して眠りについた頃か。

「それでも、簡単に、摘まれるほど、あたしは安くないのよ！」

　どこまででも走ってやろうじゃないか。

　そう気合を入れた瞬間であった。

「しゃぁぁぁぁぁしぃぃかぁぁぁぁぁああ！！」

　明け方の静かな空気が、雄々しき咆哮に吹き飛ばされた。

　その雄叫びは、森の王者であり獣の頂点。

　振るわれた剛腕が風を裂き、亡者の群れは空高く舞い上がる。

　ゴリラは何故強いのか、元より強いからよ。

「ちにゃ」

「あわびゅ」

「うわらばっ」

　断末魔の声を上げながら地面に叩きつけられた男達はそれきり動かなくなった。

　王都中心のように石畳になっていれば命はなかったかもしれないが、この辺りはまだ固められてはいるが地面になっている。打ち所が悪くなければ生きてはいるだろう。

　例え死んでいたとしても、あまり関係のないことと割り切れる程度には人の生き死にを見てきている。

　それよりも彼女にとっての問題は――。

「あぁ、もうっ……飲み過ぎちゃって、頭が痛いっていうのに……」

　目の前に現れたのは、アルカディアキングゴリラの貴重な雌。

　交渉ごとはそれなり以上に場数を踏んできた彼女であっても、流石にアルカディアキングゴリラとコミュニケーションをとったことはない。人語のようなものは聞こえた気がするけれども、果たしてどう対応すべきかと逡巡していると――。

「あらぁん、アナタ……」

　鈍く光る野獣の眼光に射竦められる。

　しかし、先程の亡者を土に還した時とは違う知性の光がその双眸からは感じられる。不機嫌と言うよりは怪訝そうに上から下へと動く瞳は何かを思い出すようにゆっくりと動き、

「そう、パスタちゃんじゃなぁい。こんな時間にこんなところに来るなんて、レディにしてはちょぉっと不用心だと思うわよぉん」

　そのウィンクには、ズギャオン！！という音が聞こえた気がした。

　その後、雄叫び（さわぎ）を聞きつけた住民達が、謎のゴリラの姿を確認してはいつものことかと口々に言い始めたのを見ると、どうやらこの街ではこの手の騒ぎは日常茶飯事のようで、それよりもパスタちゃんという物珍しい闖入者に人が群がりだしたところをゴリラに攫われることになった。

　攫われた先はそびえ立つ塔の先端……ではなく、場末の横丁のこじんまりとした店。

　Bar Arcadiaと掲げられた看板をくぐると、そこは少女趣味を極限まで煮詰めた結果、実らぬ想いが黒魔術に傾倒させたかのような混沌と、それでいて埃ひとつなく手入れの行き届いた秩序が同居しており、店主の人柄を窺わせる。

　窺わせるが、百戦錬磨の経営者であるパスタの目をもってしてもどんな人柄なのかは読めなかった。

　そして、そこから始まったのは夢とも現ともつかない一時だった、と後に彼女は語る。

「すごく甘くてちょっと酸っぱくて、素敵な恋ね、パスタちゃん。だけど、少しだけ年上のオンナからのアドバイス。別に酔っ払いの戯言だと思って聞き流したって良いわ。フフッ、経験値にして一人前のレディになりなさい」

「アナタのそれが『恋』でいいなら、私は今のままでもいいと思うのよ……でも、パスタちゃん、それは『恋』なのよ。しかも、アナタにとっての『初恋』ね。ええ、アナタが色々とあったことは何となく瞳を見れば分かるわ。9歳とは思えないナニカがアナタの中にいるようね。これはオトメの直感。何も言わなくていいわ、当たり外れは無粋だもの。話を戻すわね。アナタの過去のあれこれは関係なく、その気持ちはきっと『初恋』なの。とっても素敵よ、きっとこの恋が実らなくても素敵な『思い出』になる、そんな恋。この先どんなことがあっても輝かしい過去を思い出して『あの時は幸せだった』って自分を慰めることが出来るわ。それが今、アナタが大切に抱えている想い――恋なのよ」

「でも、違うでしょ、あなたが欲しいのはそんな浸れる『思い出』なんかじゃなくて、意中の殿方のは・ぁ・と、でしょ。相手の重荷になりたくないっていう気持ちは分かるわ、私にもそんな頃があったもの。でもね、男はそうやって自立してる女を見て『君は一人でも生きていけそうだね』なんてことをいう生き物なのよ〇ァァァァック！！」

「あら、ごめんなさい、おほほほ。そう、あなたの気持ちは尊いものだけど、それだけじゃダメなの。時には弱さですら武器として、時には嘘ですら身だしなみとして、自分の中の使えるものは片っ端から利用しなくちゃいけないのよ。いざというときに男が助けたくなるお姫様の資質、それこそが殿方を手に入れるための切り札よ。え、私の知ってるお姫様と違う？パスタちゃんの知っているお姫様がどんなお姫様かは知らないけれど、童話に出てくるような一般的なお姫様を想像しなさい。白馬の王子様が現れて、お姫様と結ばれるそんなハッピーエンドの物語よ」

「いいのよ、一人で何でもしようとしなくても。出来ないこと、苦手なことは押しつけなさい、共有しなさい、支え合いなさい、依存しなさい、表向きは。そして、手のひらで転がしなさい。白馬の王子様がいつか来るなんて思ってるのは夢の中だけでいいの。白馬の王子様はアナタが仕立てあげるものなの。好きになったオトコを誰よりも素敵な王子様にしてあげるのが本当のイイオンナなのよ」

「アナタのカレは絶対、ぜぇぇぇったい『ああ、彼女に僕は必要ないんだ……』って勝手に解釈して、勝手に絶望して、勝手に離れていくタイプだから。それよりも自分が必要とされていると思わせた方が上手く行くわ。実際カレのこと必要なんでしょ、アナタ身体弱そうだものね、うん、お似合いじゃなぁい。デコとボコがかみ合うくらいの方が男と女は長続きするのよ。適材適所、なーんて経営者のアナタに説くのは釈迦に説法かしらね。っていうか、もう面倒くさいからちょっと押し倒して既成事実作っちゃいなさいよ、そのカレ、『勢いとは言えすまなかった、責任は取るから！！』とか言って一生大事にしてくれるんじゃない？？ヘタレのくせに責任感強くて頑固でコレと決めたことを曲げないタイプでしょ。それだけでイチコロよ。早く子供作っちゃいなさいな、結婚は勢いとタイミングよ。勢いで行動できるのは若いうちだけ。それを逃したら、中途半端な責任と中途半端な社会的立場の中でいつ来るか分からないタイミングを待ってるうちに年をとって、もういいかな……なんて中途半端に落ち着いた気持ちになる頃には、周りから勝手に行き遅れ扱いされて腫物に触れるように扱われてあああああ〇ァァァァァック！！あらあらあらあらうふふふふふ、ほら、そうなる前にライバルを全員出し抜いて幸せへの道を駆け出しなさい。身体鍛えるためのランニングよりよっぽど有意義だわ！！」

　琥珀色の見るからに酒精の強そうな酒をジョッキで流し込みながら、ゴリラは一刻に渡って吼え続けた。

　驚愕の事実であるが、ゴリラは意外にも聞き上手で、誰にも話したことのないような身の上の話をしても良いかなと思うくらいに、パスタちゃんの心にすんなりと入り込んだ。

群れを作らないという性質上、子育てをしないように思われているアルカディアキングゴリラではあるが、実は独り立ちするまでは母親が子供にしっかりと愛情を注ぎ、一人でも問題なく生活できるように育てるからこそ群れを作る必要がないのではないかという見解が近年なされるようになっている。

　上りかけだった太陽はいつしか人々に恵みを降り注ぎ、果たして巣立ちを迎える朝はこんな感じなのかと随分と毒されたことを考えながら。

「いや、あたしは子供でもないし、これが間違ってるとも思わないし――」

　ただ少しだけ、今後の戦略を修正すべきかと検討する少女であった。

　まさか自分がゴリラとアイドル対決をする運命にあるとは、この時まだ知る由もなかった。

　―完―

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『馬鹿野郎！！なんでこんな二次創作を書いた！！言え！！なんでだ！！』
　と詰め寄られそうですが、続いてしまいました。
　何故こんなことを書いたかと言えば、アルカディアキングゴリラという存在に心を奪われてしまったからとしか言えません。
　最近は愉快な魔獣の仲間達も増えましたが、これからも私はアルカディアキングゴリラを推していこうと思います。

　とりあえず、皆さんにお願いがあります。
　書籍版2巻の発売や、アニメ化（勝手に内定）で一気に増えたファンがハーメルンで二次創作を探そうとして、訳の分からないゴリラの話を見せられるという事態を避けるためにも、是非ともラスｂ……姫様や、愉快なメイドや、ﾊﾟｽﾀﾁｬﾝｶﾜｲｲﾔｯﾀｰなラブコメのある作品を書いてください、お願いします！！何でもしますから！！
　あ、ラスボス様。

　#スペクタクラの頑固な汚れ