ガバ転生メイリンによる「こずみっくいら」再現物語 (めんりん)
しおりを挟む

プロローグ
第一話 : めざせ原作再現、勝ち取れ花の美少女らいふ


以下に注意書き

・主はガチ勢ではなくにわか勢です
・↑のため、ガバ設定多々
・主人公のポジ的に、戦闘描写は極々僅かです。

それでもいいよという慈母観音の如き精神をお持ちの方は、⬇︎へどうぞ


 

 

どうしてこうなった。

 

ZGMF-2000「グフイグナイテッド」のコクピット内で私は内心で何度目かなるその呟きを漏らした。といっても、操縦しているのは私ではなくこの事態の発端を巻き起こした隣の「彼」なのだけど。

 

 

だがそれはいい。なるべくしてなったのだし、むしろこうなることを望んだのも、手助けしたのもまた私。問題は、ここに至って私たちが絶賛命の危機に瀕していること。

 

 

おかしい。確かに原作でもまあまあな絶望感溢れるシチュエーションだったのは覚えているが、なぜかここに至ってそこに追加スパイスが加えられている。

 

 

「彼」が現在操縦してくれている機体、通称「グフ」は確かに高性能な機体。要約すると「つえーけどコスパわりーからエースにだけ配備しよー」的なノリで実戦配備されるような高性能量産機…だったはず。

 

 

だが、そんな機体に乗った私たちを血眼かどうかは知らないが追撃せんと迫ってきている奴らには遠く及ばない。

 

 

量産機ではないことを示す鋭角的なV字アンテナと、この大雨の中でも爛々と光るツインアイ。通称"ガンダム"。一機一機それぞれがトンデモ技術を持つパイロット専用に限界までカスタマイズされたワンオフ機。正真正銘の化け物機体。

 

まさに怪物に怪物を乗せたような恐ろしいモンスターが、()()。それがあとものの数分もせずに私たちに接敵する彼らの正体。

 

 

どうしてこうなった。もう何度漏らしたかもわからないこの呟きの原因、本当はもう分かっている。

 

 

私の我が身かわいさ故の偽善が招いた結果だ。非情に徹することが出来ず、背負うべき十字架から逃げた結果が、この手痛いしっぺ返しということに他ならない。

 

 

これ、死んだかも。本能がそう感じ取ったのだろうか、こんな時だというのに私は脳裏を過る走馬灯に想いを馳せた。

 

 

これは、私がウキウキからの絶望の淵に叩き落とされた末、なんとかよっこいしょとここまで物語を紡いだ記憶と、記録。

 

 

 

* * * *

 

 

自分が転生者だと自覚したのは、3歳の誕生日の日。今まで年相応の幼児のように衝動に任せて生きていたはずなのだが、何故だかその日の朝に眠りから目覚めた時にハッとなった。

 

 

いつもなら目覚めてすぐに隣で眠る姉を起こしてトイレをせがむのだが、その日は一人で行けたことを鮮明に覚えている。両親にあれだけ駄々をこねて買ってもらい、以後肌身離さずと言っていいほどに持ち歩いていた人形も持たずに、一人洗面台の前に立った。

 

 

そこに立っていたのは、赤い髪を腰まで伸ばしたそれはそれは可愛らしい幼女だった。いつもなら母か姉に二つ結び、俗に言うツインテールにしている髪も起床時なために背中に流したままだ。

 

 

脳内記憶では、私は純日本人な若きくたびれた女子社会人なはず。染めたわけではないだろう綺麗な赤い髪はもちろん、年に関しては三歳児であるはずがない。

 

 

が、どうにも私の最後の記憶は深夜に勤めさきから一人暮らしをしているアパートに帰る途中で途切れているし、その最後の瞬間に目に写っているのは間違いなく私の前に到達する前には止まれない大型トラックだ。

 

 

つまり、私はそこで一度死んだのだ。そしてこの人形の如き容姿を持つ赤髪の幼女に転生したと。身も蓋もないが、受け入れるしかなかろう。

 

 

しかしこの髪といい顔といい、どこかが見たことがある気がする。だが仮にここがどこぞのアニメの世界で、しかも私がその登場人物だったとしても、これはあまりに候補が広い。

 

 

Googl○あたりに「赤髪 少女」なんて聞いてみようなら、それこそ星の数ほど候補があるに違いない。

 

 

二丁拳銃を振り回す女子、刀から炎を出すやつ、宇宙戦闘民族の傘を持ったエセ中国娘。言い出したらキリがない。なんだこのくぎゅう率。

 

 

まあよかろう、アニメ漫画だろうが名も知らぬ異国だろうが、まさかの前と同じ地球のどこかだろうが。拾って当たった宝くじのようなセカンドらいふ、存分に楽しもうではないか。

 

 

なんて、思っていた私のこれからの人生への甘い期待は、抱いてから秒で木っ端微塵に爆散することとなる。

 

 

「メイリン? といれ、ひとりでいけたの?」

 

私…メイリンというらしい人物の姉らしき幼女が、目元を擦りながらトコトコとやってきた。

 

 

私よりも暗度が深い赤髪をショートカットに切り揃えた、こちらも大変可愛らしい幼女だ。

 

 

が、今大事なのはそこでない。

 

 

「メイリン…?」

 

 

何かを確かめるように私はその名を呟いた。そして同時に見つけた、前の私がまだ幼少の頃に放送されていたとあるTVアニメに、メイリンなる人物を。

 

 

そして同時に戦慄した、私の花のセカンドらいふは、今この時点でもはや崖っぷちであるという事実に。

 

 

メイリン。本名は『メイリン・ホーク』

 

 

TBS系全国ネット初のガンダム作品、【機動戦士ガンダムSEED】の続編にあたる【機動戦士ガンダムSEED DESTINY】の登場人物だ。当初は可愛いちょいキャラで終わるかと思いきや、まさかまさかで彼女の運命は転がるに転がり、最後には世に「メイリン賛成派閥」と「否定派閥」を生むまでに至ったある意味曰く付きの女の子だ。

 

 

私としても人物自体に恨みはないどころかリアタイで見ていた当時の私はこの子に憧れてツインテールを目指して髪を伸ばしていた気さえするが今は割愛。

 

 

内面も、可愛く無邪気。けと土壇場で大胆かつ度胸を発揮する健気で愛らしい女の子だ。あくまで、圧倒的な外野にとっては。

 

 

一見すると、チョイ役からヒロインの座に返り咲いたシンデレラのような彼女だが、私からすれば彼女の特筆すべき点はそこではない。

 

 

私が今現在戦慄している理由は、彼女がもたらした物語の趨勢だ。そんなもん、いてもいなくても一緒だという貴方、少し待って欲しい。

 

 

まず、原作中盤におけるアスラン脱走事件。巷ではメイリンの寝取り大作戦とか、ミーアルートの破局だの、運命のデビュー戦だの言われているがそうではない。

 

 

仮にここでメイリンがアスランに協力せず、その影響でアスランが脱走に失敗した場合において。あの近辺には実はバルトフェルドの手のものが近くに潜伏していたという裏話があるが、それにしても、だ。

 

 

アスランが脱走に失敗してあの場で死亡していた場合、すでにそこで物語の趨勢は決まっているのだ。

 

 

いかな作中最強のパイロットであるキラと彼の駆るこれまた最強と名高いストライクフリーダムガンダムを有するラクス様陣営とは言え、アスランという中核を欠いた状態で果たしてデュランダル議長に反旗を翻したあの戦いで勝利出来ただろうか。

 

 

私は、不可能と予想する。さしものキラと言えど、単騎で運命Gと伝説Gを相手取りながらアークエンジェルとエターナルを護衛しつつメサイアに突入するのは、些か以上に厳しいだろう。

 

 

また、あわよくばアスランが脱走に成功したとて、その後にメイリンがラクス様陣営に存在しなかった場合。劇中終盤、ルナマリアが駆る衝撃Gがエターナルを撃ち抜こうとした場面に、メイリンが必死に姉に呼びかけるシーンがある。

 

 

もし、あれがなかったら。あのまま今目の前にいる姉がそう遠くない未来で躊躇なくその引き金を引いてしまった場合。果たして世界はどのような変革を迎えてしまうのか。

 

 

歴史の修正力なるものが発動して、どうあってもデュランダル議長が倒れラクス様陣営が勝利するよう世界が定められているならいい。

 

 

だが、仮にそうでなかった場合。ここは私が知っているアニメの世界、だが同時に紛うことなき今の私にとっての現実だ。現実は甘くない、というのが世の常。

 

 

デュランダル議長がラクス様たちを打ち倒し、彼の政策が実現した時、人類はその瞬間に歩みを止めるだろう。文明だけが発展し、人の精神に基づく文化は一切進歩することなく、ただ無味無臭で殺風景な時代がやってくる、かもしれない。

 

 

そんなものはごめんだ。せっかくこんな可愛い女の子に生まれたのだ。前世みたいに自宅と職場の往復ソロプレイから死をもってだが解放された第二の人生だ。

 

たくさんオシャレしたいし、美味しいものも食べたいし、旅行も行きたいし、素敵な彼氏も欲しいし、結婚して家庭も持ちたい。

 

 

そして最後は子供たちとそのまた子供たちに囲まれて健やかに天寿を全うしたい。今度は人並みの幸せとやらの中で死んでいきたい。

 

 

で、あるならば。

 

 

やるしかあるまい。完全なまでの原作再現とやらを。軍に入って、ミネルバの管制官になって、アスランと脱走してアークエンジェルに行き、そして最後まで事の行く末を見守りつつ要所要所でコントロールするしかないだろう。

 

 

 

「うん! おはよう、おねぇちゃん!」

 

 

こうして、私こと新生メイリン・ホークの長い長い戦いが幕を開けた。打倒、デュランダル議長。貴様のそっ首、必ず貰い受ける。

 

 

…えっと、うん。最強のコーディネーター様御一行(私は違うよ)が….

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 : 新たなる戦い(戦うとは言ってない)

ガバ設定出没警報(・ω・)


 

打倒ギルバート・デュランダル、許すまじデスティニープラン。ビバ美少女らいふ(きゃぴ)

 

 

と、息巻いては見たものの。なんか士官アカデミーに入学するまで特別やれることなくね、というのが現状。

 

 

前世の知識で初等、中等までの勉学ならまだしも、さすがに今ここからミネルバの管制官を目指すのは不可能だ。なんでかって? 前世の私は数字を見ると蕁麻疹が出るレベルのゴリゴリな文系だったからだよ()

 

 

それに三歳の娘がなんの前触れもなく「わたし、ざふとぐんのかんせいかんになりゅ」とか言ってみろ、両親からしたらホラー以外の何物でもない。

 

 

それにまずはこの国、というか「プラント」での読み書きを覚えねばならない。そこから順当に義務教育っぽいものを終え、士官アカデミーに入学するとしよう。恐らく、私が早い段階で言えば若干過保護が入っている姉も同じ道を歩んでくれるだろう。ごめんねお姉ちゃん、でも未来の彼氏に会えるから許して。

 

 

と、いうことで。とりあえず両親に読み書きを習ってみた。管制官になる、は無理でも新聞を読んでいる父に「これなーに?」と言ったら流れでそのまま教えてくれた。

 

 

流石は第一言語、英語やらドイツ語やらを詰め込むのとは吸収力が違う。未成熟児&コーディネーター補正だろうか、僅か2日で私は読み書きどころか新聞の読解すら可能になった。わたしもーと一緒になって学んだ姉はまだ読めるが意味は分からないと言った具合なので、私も今は年相応のフリをしておこう。

 

 

こうして、昼は三歳児、夜は成人というもはや訳わからん二足のわらじ生活が始まった。ちなみに、私は純粋なアニメ(SPエディションとリマスターを含む)しか見てないにわか勢なので、私ことメイリン自身を含む主要人物の過去などは一切知らない。小説とか設定資料集とか異次元だなもはや。

 

 

なんなら、最後に見たのは転生してからを除いても数年は前だし繰り返し見返していたわけでもない。ガバもいいとこである。

 

 

ので、現在進行形でホーク姉妹の幼少期を体験しているわけだが、家庭内は良好だ。「さすが綺麗事はアスハのお家芸だな」とかを人前でぶっ放すミネルバのエースや、アスラン諸共原作メイリンをパンパンパン(他意はない)してくる金髪仮面二号ほどブッ飛んだ過去はない模様。いやあったら人事じゃないんだからたまったもんじゃないが。

 

 

 

とりあえず士官アカデミーに入学するまでは大人しくしておこう。そしてお小遣いを貰えるようになったらバレないように専門書などを買って今後に備えよう。

 

 

 

ちなみにだが、私の目的はあくまで原作再現であり死亡キャラ救済とかではない。助けられない命に手は出さないし、死ぬべき人物には原作通り死んでもらう。

 

 

そもそもSEEDの人物(やめてよね系赤髪ヒロインとか)は時系列的にどうしようもないし、destinyに入っても私が救える人物などいない。パッと思いつくのはゲリラ街中ダンシング&度重なるラッキースケベをかましたステラ・ルーシェか。

 

 

確かに彼女と邂逅するタイミングや命の危機に瀕するタイミングは分かっても、それが彼女を救済できるかと言えばそうではない。

 

 

エクステンデッドである彼女は定期的な薬物投与と記憶操作を行わなければ生きていけない体にされてしまっている。しかるべき時に返還しなければそのまま衰弱死してしまうし、返したところでデストロイに乗らされてデストロイされる。いわばどん詰まりだ。

 

 

まさか私がMSに乗ってフリーダムからデストロイを守るなんて冗談じゃない。相手はあのキラ・ヤマトだぞ? 無理やん(呆れ)

 

それにあそこでステラが死んでシンがフリーダムに対する憎しみを覚えてくれないと、彼がフリーダムを討ち、アスランが脱走してアークエンジェルに行くという一連の流れにガバが出る可能性が高い。

 

 

と、いうように。私は転生者であって神ではない。救える命には限りがあるし、目の前の理不尽を打ち崩せる御業も持ち合わせていない。

 

 

非情と罵られようが人でなしと指を指されようが構わない。私が守りたいのは、私が私でいられる平凡で当たり前な未来のみ。そのための結末を迎えるためなら、捨てるべき命は全て見捨てさせてもらう。

 

 

それから、私は着々と年月を重ねていった。引きこもりがちな私を、姉はあれやこれやと理由をつけては外に引っ張り出してくれた。人形遊びをしているフリをしながら今後について脳を回している私を、外で駆けっこ諸々に付き合わしたり、友達の輪の中に入れてくれたり。まあその友達ってのが色々あるのだがその話はまた今度。

 

 

内気な性格が災いして、近所の悪ガキにいじめられそうになった時には必ず助けてくれたり。

 

 

魂は肉体に引っ張られる、とは誰の言葉だっただろうか。お陰で私も原作メイリンさながら立派なお姉ちゃんっ子になってしまった。おかしい、前世分も含めれば私の方がおねーさんのはずなのに。今や生粋のシスコンである。

 

 

そうして、お姉ちゃんや家族その他諸共の人々と時を過ごすことおよそ十年。その間、実に色々なことがあった。軍部に志願すると言ったら両親に反発されたり、お姉ちゃんが私も一緒に行くからと言ったらさらに反発された。

 

 

そりゃそうだ、言ったそばから金髪仮面一号の陰謀で再び核の力を手に入れた地球軍…というかあれは半分くらいブルーなんたらの思想入ってかも知らん奴らが我らがプラントに核ミサイルかましてきたんだから。

 

 

両親からしたら可愛い娘二人が核ミサイル飛び交う職場に行くなんて言い出したら反対するに決まってる。まあ最後は「こんな私でも、お父さんやお母さん、お姉ちゃんを守れるようになりたいの」なんて言ったら渋々了承してくれた。

 

 

嘘は言ってない。こんな紛い物みたいな娘に愛を注いでくれる家族には心から感謝しているし、何よりマジで私が軍部に入らないと原作ルートがねじ曲がる。

 

 

あと、そんな核ミサイルの脅威からわたしたちを守ってくれたイザークさんまじ神、まじリスペクト。リマスター見てた時にオカッパ型拡声機とか言ってホントごめん。あとエターナル含めたラクス様陣営の方々もありがとうございます(ハイパー土下座)

 

 

すでにこの時点でラクス様とか吉良大和や亜巣乱the laとか命の恩人じゃんもーやだーミネルバなんて経由しないで直でアークエンジェルいきたいー。

 

 

「じゃ、私は準備があるから先に行くけど。ほんとに一人で大丈夫?」

 

 

なーんて内心でごねてたら、玄関で心配そうに振り返るお姉ちゃんがそう私に声を掛けてくる。強いて言うなら、しばらくはアカデミーと軍部で距離が離れて会えなくなるのが寂しいよお姉ちゃん。

 

 

休暇取ったら絶対帰ってきてねはーと。

 

 

「大丈夫だってば。友達と一緒にいくから一人じゃないし。早く行かないと遅刻しちゃうよ、お姉ちゃん」

 

 

「まあ、そうよね。じゃあ行ってきます。また後でね、メイリン」

 

 

「うん。後でね、お姉ちゃん」

 

 

透き通るような坂本真綾ボイスを響かせながら玄関を出て行く彼女を見送り、私も最後の身支度を整えるためにリビングへと戻る。リビングではコーヒー片手に新聞を読む父と、洗い物に励む母。すでに見知った光景だ、「私」の家族の、いつもの風景だ。

 

 

「忘れ物はない? ハンカチとかは待ったの?」

 

 

私に気づいた母が洗い物を中断して歩いてくる。

 

 

「うん、バッチシ」

 

 

「気をつけて行ってくるんだよ、何かあったら父さん達かルナマリアに言いなさい」

 

 

「ん、わかった。じゃあ行ってくるね」

 

 

そう言い残し、私はリビングを抜け玄関にやってきた。この日のために新調したローファーの爪先でトントンと床を叩き、カバンを持ち、

 

 

「行ってきまーす」

 

 

丸っこくて可愛らしい折笠富美子ボイスを響かせ、私は玄関の扉を潜る。今日は士官アカデミーの入学式だ、いつものようにツインテールに結んだ赤髪を翻し、歩み出す。

 

 

目指すは卒業成績二十番未満の緑服かつそれなりに優秀だから新造艦に乗せておくか的なポジ。新たな運命を、切り開けガンダム(乗らない)

 




アカデミー編はキングクリムゾン(`・∀・´)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〜きゃぴ☆ミネルバ編〜
第一話: とべ、いんぱるすっ!




ストックがあるうちは毎日更新、切れたら隔日or不定期。相変わらずガバ出現警報発令中でこんでぃしょんれっど(・Д・)


 

 

C.E (コズミックイラ)73

 

 

夜勤どぅーえ、マジ卍、喧嘩、だめ。

 

はいSEEDの回想おわりまる。マリューさんのナレーションをこれでもかとブっチョっパしてしまったきょうの良き日に。  

 

私ことメイリン・ホークはプラントの巨大砂時計が一つ、アーモリーワンのとある場所にてスタンバっております。

 

無事に士官アカデミーを二〇番未満かつそこに近しい成績で卒業した私は、基礎的な研修を終え、晴れて新造艦「ミネルバ」の管制官に抜擢されました、はいパチパチパチ。

 

え? なんで士官アカデミー時代が丸々キングクリムゾンかって? 今後に関わってきそうなイベントがほぼなかったからだよ(怒)

 

まあそれもそのはず。基本的に士官アカデミーの在籍期間が一年だからね。お姉ちゃんたち未来の赤服組(ゆるすもんかー系主人公と金髪仮面二号)は私よりもお姉ちゃんと同じく一歳上の世代なのです。

 

つまり。私のアカデミー時代は物語の主要人物一人もいないというね。チラホラ見たことあるような同期もいた気がしないでもないが、まあ所詮その程度。

 

強いて言うなら、お姉ちゃんがアカデミー時代に未来のお仲間であるシンやあのレイを家に連れてきたこと。いやシンはまだしもレイはよく引っ張ってきたな。妹はビビったよお姉ちゃん、どんなコミュ力してんの?

 

ここでレイ暗殺しときゃワンチャン終わるんじゃねとか思った、少しね。

 

しかしまあ、私も管制官目指して頑張ってますーーとか言ったらみんな揃って色々教えてくれたからまたビビった。あのレイに「筋がいい」と言われたのはまじでビビった。いやーあの冷たいけどどこか優しげな関さんボイス、プライスレス。

 

 

その一年弱後に、教官から「数ヶ月後に進水予定の新造艦の管制官をやらないか」と言われた時にもうあれです、一も二もなく飛びつきましたね。それはもう「ヤルヤルヤルヤルヤルヤルヤルっ!!」って凄い勢いで飛びついた。そして教官に少し引かれました。解せぬ。

 

どうにも同じくミネルバのMSパイロットに任命されたお姉ちゃんたち御一行が推薦してくれたっぽい。ありがとうお姉ちゃん、今度パフェ奢るね。シンとレイは……うーん、まあ来るべき命令違反の時に少しだけサポートしてあげようかな。

 

原作メイリンは社交的かつ赤服という優秀で美人な姉にどこかコンプレックスを抱いていたらしいけど、私にはどこ吹く風。妹思いのいい姉だと思う。だからお姉ちゃん泣かしたらまじ許さねーかんなシン・アスカ。

 

いや、まず私が泣かすな。主に脱走した時とか。ごめんねお姉ちゃん。いつか必ず…また会えるから(フラグ)

 

まあそんなこんなで、だ。あとはもうすでにここ青森ーワン公…失礼、コロニー「アーモリーワン」に侵入している六番目のえすぱーだと死神代行系主人公と護廷十三隊二番隊隊長兼隠密機動総司令官及び同第一分隊「刑軍」総括軍団長(ながすぎわろた)の三人組が混沌と深淵と大地の名を冠する例のアレがあるとこでパンパンパン(他意はない)をするのを待つだけです。

 

 

てかメンツ強すぎ。私の袖白雪じゃ勝ち目ゼロです(使えない)

 

 

というか最近、前世の頃の意識が殆ど消えてきてる気がする。前までは「私」と言う意識がメイリン・ホークの身体を使ってる感じだったけど、だんだんと「前世」の記憶があるメイリン・ホークになってきてるみたいな。

 

まあ、身も心もメイリン・ホークに染まりつつあることは決して悪いことじゃないはず。でも一ファンとして、せめて最後にやるあの石碑の前で「一緒に戦おう」、「はい…っ!」、キミノースーガーターハーまでは残っててほしい。知らんけど。

 

 

おっと、そんなことを言ってたら凄まじいサイレンの音が。来ましたね悪の3バカ2ndシリーズ。

 

ちなみに。あの三人が侵入する時間は曖昧だが、場所だけなら今の私には容易に特定できる。だってあの三機がある場所じゃん? アカデミーで電子工学や情報学その他諸々、オペレーターやハッキングに特化したコース選んだのは伊達じゃない。νガンダムは伊達じゃない!

 

はいふざけました。つまり、内側から軽ーくハッキングすれば侵入を感知して事前に対策を立てるなんてお茶の子さいさいなんですよ。そうすればパンパンパンされる軍の人とか、これからあの三人が乗るガンダムに乗って殺される多くの人を救うことができた、かもしれない。

 

でもしない。理由は前も言った。私の目的はあくまで原作再現。しかるべき終局において、然るべき人たちにデュランダル議長を討ってもらうことにある。

 

もちろん、他の道筋はあるのかもしれない。でも、私は原作しか知らないし、他の方法なんて不確定な手段を使うくらいなら転生特典とも言える記憶を使って原作再現した方が確実だ。

 

私が守りたいのは、平凡で当たり前な未来。私が私でいられる未来だ。そのためには、顔も名前も知らない人たちには申し訳ないが、救いの手を差し伸べたりはしない。

 

チクっと胸が痛むのを感じながら、騒がしくなってきた周りへと私は意識を割く。

 

 

「一体何が起きているのっ!?」

 

 

巨乳不倫なうな艦長がそう仰るので、私はきちんと備え付けられた端末を叩いて情報を収集してから口を開いた。これやる前に言ったら完全に内通者だからね。

 

 

「き、基地内部で爆発がっ! 何者かに奪取されたこちらのMSによるものですっ!」

 

と、動揺を隠せない風な新人オペレーター感を出すのは忘れない。やるな私。迫真の演技やん。全部片付いたら役者でもやって------

 

 

「何ですってっ! 彼はっ!? 今どこにいるの!?」

 

 

あ、はいすません。彼ならたぶんパイロットスーツ着て走ってるんじゃないですかね。てことは、私の初仕事がかもんぬ。ビシッと決めましょうか、この日のためにちゃんと練習したんですよ、かとぅでとぅ。……噛みまみま、滑舌。

 

 

あ、来ましたね。では行きますよ!

 

 

『"インパルス"、発進スタンバイ。パイロットは"コアスプレンダー"へ。モジュールはソードを選択。シルエットハンガー二号を解放します』

 

 

私の案内でミネルバ内がウィーンしてガシャーンしてます。やばいなんか楽しいかも。これだよねー、私こういう発進シークエンス??みたいな時のオペレーターの台詞大好きだった。冗談抜きでこれやりたくてアカデミー時代頑張ってたとこある。

 

それを今自分がやってるわけでしょ? いやーやばいですね、だから噛みゅなよ私、マジで。

 

 

『シルエットフライヤー、射出スタンバイ。プラットホーム、セット完了。中央カタパルト、オンライン』

 

 

着々とその時が迫ってきた。向かう先ではすでにザクウォーリアーに乗ったアレックス何某さんがオーブの国家元首さまを乗せて孤軍奮闘…かどうかは分からんが戦ってるころだろう。

 

流石にパイロットがアレでも如何せんマシンポテンシャルがね。しかもお姫様乗せてるし。だから急げ主人公。そして私、はよ発進させろやゲシゲシ(無理)

 

 

『ーーシャッターを閉鎖します、非常用員は待機してください。中央カタパルト、発進位置にリフトアップ。"コアスプレンダー"、全システムオンライン、発進シークエンスを開始します』

 

 

ここからが、ある意味本当の戦いだ。今まではなあなあのにゃあにゃあで流れに乗ってなんとか来れたけれど、ここから先はそうはいかない。なんたって戦争なのだから。少しのミスで、物語が大筋から外れる、なんなら命すら落とすなんてこともあるかもしれない。

 

 

『ハッチ解放、射出システムのエンゲージを確認』

 

 

それでも、やるしかないんだ。私はMSに乗って戦うことはできない。だから、私の戦場は「ここ」だ。誰も死なせない。シンだって、何よりお姉ちゃんは私が守る。くらいの気持ちで努めたいと思います。

 

 

『カタパルト、推力正常。進路クリア』

 

 

どれだけ辛かろうと、心を痛めつけることになろうと。必ずやり遂げて見せる。だって私はーーーーーー

 

 

『"コアスプレンダー"発進、どうぞ!!』

 

 

花の美少女コーディネーター、メイリン・ホークなのだから。さあ、運命を在るべき場所に誘う異世界転生要素丸潰しのわがまま物語を始めよう。

 

 

全ては、私の花の美少女らいふのために(ゲス)

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 : ふぁーすとこんたくと。

アーモリーワンで混沌G &深淵G &大地Gがあれしてこれして「また戦争がしたいのか、あんたたちはっ!」してから、さらにもう一悶着したあと。

 

具体的にはミネルバが船体の右部分をバキバキにしながらボギーワン?1?と呼称することにした敵の母艦に「倍返しだぁぁぁぁっ!!」をしてなんとか危機を脱したあと。

 

 

私、メイリン・ホークは束の間の休憩をもらってとある場所へと床と壁を蹴っています。それはというと

 

 

「お姉ちゃんおかえりっ!」

 

 

そう、混沌Gとしんえ…めんどいなもう3Gでいいや。3Gとの戦闘を終えて無事に帰還したお姉ちゃんたちのお出迎えです。ハンガーに通じているエレベーターの扉がちょうど開き、私が出待ちしようとしていた人たちが出てきました。

 

 

「あ、やば、あわわわっ」

 

 

が、嬉しさのあまり力加減を間違えた私の足は予想の三倍ほどの力で床を蹴ってしまい、無重力空間である船内通路を気持ちマッハでテイクオフ。

 

 

「え、ちょ、メイリンっ!?」

 

 

慌てて受け止めようとお姉ちゃんがこちらを振り向きますが、それだと二人で一緒に突き当たりまで一直線じゃないかな?? あーこれやばたにえんおわたンゴーとか思ってたいた私、しかし

 

 

グワシっ

 

「おっ、とと」

 

片手でエレベーターの扉に指を引っ掛け、もう片方で私の二の腕を掴む細くも力強い手。あれ、これお姉ちゃんじゃないや。

 

「姉の帰還に喜ぶのはいいが、少しはしゃぎ過ぎだな」

 

おっふ。まさかの金髪仮面二号ことレイ・ザ・バレルさんが哀れな艦内デブリになろうとしていた私を助けてくれました。にしてもすごい体幹ですね、ほぼ指の力だけで私を止めてるじゃんあなた。あ、私が軽いからかな⭐︎ …はい、すみません気をつけます

 

「えへへ、ごめんなさい。レイもシンも、おかえり」

 

お姉ちゃんがよく連んでた(言い方)なだけあって、私もこの二人に関しては年上にも関わらず呼び捨て。アカデミーに入学する前から交流があったので、もう数年来の付き合いになり…つつある。

 

「ただいま。にしても相変わらず仲良いな」

 

「…ああ」

 

上がシンで下がレイ。二人とも無事で何より。シンとお姉ちゃんは3Gの相手、レイはダレ・ダ・フラガさんとの激闘お疲れ様。残念ながらゲイツ…だったかな? に乗ってた二名のパイロットさんたちは帰らぬ人となってしまったけれど。

 

 

関わりがあまりなかったとはいえ、艦内で死者が出たのはこれが初。が、皆んな涙を流しているような様子はない。これを冷酷ととるか、戦時の正しい兵士のあり方ととるかは、私には判断できない。

 

 

家族と友人が無事に帰って来てくれた。私にはそれで十分だ。だからこそ、そう遠くない未来で皆んなから離れなくてはならない身の上が少しだけ憎い。まあ、今はとりあえずこの三人の無事を喜びたい。

 

 

「まったく、いつになったら姉離れするのやら」

 

 

あ、またそういうこと言うんだ。いいだろうならば戦争だ。

 

 

「お姉ちゃんに彼氏でも出来たら考えるのになー」

 

 

はぁ…と分かりやすく大きなため息でそう言ってみる。私のシスコン指摘に対するお姉ちゃんへの必殺カウンターだ。もうそろそろ殿堂入りしそうなくらいは愛用してる。いわば伝家の宝刀、名を「袖白雪」と名付けようかな。

 

 

「なっ!? まーーた心にもないことを、この子はっ!」

 

「むにゅうっ!?」

 

で、この後の返しは大体これだ、ほっぺサンドイッチ。両の掌で妹の頬をぶちゅうぅとやってくる暴力お姉ちゃん。そんなんだから見た目も中身もいいのに劇中終盤まで彼氏ができないんだっ!

 

 

「ほ、ほうひょひゅふぁんふぁい〜」

 

 

うりうりうりと攻勢を強めてくる姉に対し、私はあらん限りの力で暴力の非生産性と世界平和についての何かを訴える。そう、力で全て解決しようとするから争いはなくならないのだ、もっとこう、ほら。アレをこうしてこうしてみたりしてだな、

 

 

「そうか? 俺には妹離れが出来ん姉にもその責があると思うがな」

 

 

ぬぅおっとぉっ!? 君そんなこと言うキャラだっけ? なんかこう…「くだらん」とか言いながらサッと立ち去るようなキャラじゃなかった? えっ? 

 

 

「ちょっ!? レイ〜〜っ」

 

「…あー…レイ、それ言っちゃう?」

 

 

そして苦笑しながら言うけどな、シンきさま。なんでお前が一番一歩引いた常識キャラみたいなポジしてんだ、さっき国際問題引き起こしかけたろうがおい。私知ってんだからな、誤魔化せると思うなや。

 

 

「事実だ。それとじゃれ合いはその辺にしておけ、通行の邪魔だ」

 

「「はい…」」

 

 

レイにお小言をもらうホーク姉妹。その後はとりあえずなんか飲もうぜ的なノリで休憩室的なとこに行くことに。道すがら戦闘どうだったん?的なこと聞いてみると、どうもお姉ちゃんは今のザクの装備に懸念があるようで。

 

 

「射撃苦手なのよねぇ…なんで私ガナー装備使わされてるんだろ」

 

 

そういえば度々ネタにされてたなお姉ちゃんや。「狙いは完璧よっ!」とか言いながら堂々と誤射しちゃう某ゲームでも。そうか、うーん…あ、そうだ。

 

 

「今度ドサクサに紛れてソードシルエット出してあげよっか?」

 

「…やめなさい。あんた本気で怒られるわよ…」

 

「ていうかそれ、パイロットの俺の前で言うか普通…」

 

 

ありゃ、だめか。名案だと思ったのに。お姉ちゃんとシンの二人がかりで言われたら仕方ない。まあシンが運命(意味深)を手に入れたらお姉ちゃんにインパルスが降りてくるから今は我慢してね。

 

 

その時は私、もうここにはいないけど。ごめん。

 

 

「ふむ…戦術としては一理あるか」

 

「「ない(わよ)」」

 

 

………やっぱり君、キャラ変わってない?

 

 

* * * *

 

 

いや待てそうじゃない。いやそう言うわけでないわけではなかろうもん雷門。

 

そんなことよりも大事なイベントがあったから私がちゃんとフラグ立てとかないと。確かこれ言い出したのも私だったよね、原作。ほんっとにやること多いなもう。

 

「そういえば、今ミネルバにあのアスラン・ザラがいるんだよ。ほら、あのオーブ代表の護衛の人」

 

 

すっかり忘れていたが、実は先の戦闘のドサクサに議長にブリッジで身バレされた夜勤(ヤキン)の英雄。ここいらで立てとかないと「だれやおまん、えっ!? アスラン・ザラっ!?」とかってなっても困る。

 

 

「へぇ…やっぱそうなんだ。お姫様がアスランって呼んだ時にもしかしてーとは思ったけどさ」

 

 

あら。そんなことあったのね。これなら私が立てなくてもフラグ立ったんじゃなねとか思ったけどまあいっか。転ばぬ先のなんとやらってね。

 

 

「でもなんで名前まで変えてオーブに行ったんだろ、あの人だって前はザフぅぅぅっ!?」

 

 

と、言いかけた私は慌てて口を物理的に塞いでお姉ちゃんの背中に隠れた。そりゃそうだ、言いながらたどり着いた休憩室に件のアスランその人がシートに座っておられるのだから。あっぶね、いるならいるって言いなさいよ(横暴)

 

 

「………」

 

 

無言てこっちを見ないでくれさい圧がやばいっす。フラグのためにいらんこと言いそうになったの謝るからーーー。

 

 

「へー。ちょうどあなたの話をしていたところでした、アスラン・ザラ。まさかと言うかなんと言うか」

 

 

そう言いながらスタスタとお姉ちゃんはアスランへと歩いて行ってしまう。必然的に背中にひっつき虫している私も行かざるを経ず。ちょっとお姉ちゃん、社交的なのはいいけど時と場合と背中を考えて。

 

 

「伝説のエースにこんなところでお会い出来るなんて、光栄です」

 

「こ、こうえい、です」

 

 

ぐ、こんなところで私の持病である先天的社交性欠如病(人見知り)がっ!

 

 

「…そんなものじゃない。俺はただのアレックスだよ」

 

「だからもう、モビルスーツには乗らない、と?」

 

 

ぐぅ、流石は石田彰ボイス。安定のイケボだなぁおい。そしてお姉ちゃん、あなたの背中のひっつき虫がいろんな意味でガクブルしてるからもう勘弁してください。帰りたい、切実に。ほらぁぁめっちゃ睨んでるやんアレックスぅ。

 

 

「よせよ、ルナ。オーブなんかにいるやつに。なにもわかってないんだから」

 

「シンっ。失礼します」

 

 

あんのやろうっ! 言うだけ言ってサッサと消えやがった。あ、こらレイも待てこら。くせぅ、今回ばかりはお姉ちゃんじゃなくてレイかシンに隠れるんだった。どっかのエースのおかげで空気だけが悪くなった空間に取り残されるコミュ障コーディーネーター。すみません許してくださいもうしません()

 

 

「でも。船の危機は救ってくださったみたいで。お陰で妹も無事です、ありがとうございました」

 

「あ、ありがとう、こざいまし、た」

 

 

ビシッと敬礼して去っていくお姉ちゃんに置いて行かれないよう、私も形だけの敬礼だけしてサッと去っていく。あ、待ってよお姉ちゃん置いてかないでーっ!むり、むりだからぁっ!

 

 

「…姉妹、か」

 

はい姉妹シスターズですけど何か? あ、待ってステイお姉ちゃん〜っ!

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 : かいひぃっ!

 

 

はーい、皆さんっ! ツインテ系美少女コーディネーター兼ミネルバ新人管制官、メイリン・ホークです☆きゃぴ。

 

と、ふざけてる場合じゃなかったやっべ。アスラン・the・ laから逃げ帰るようにして座り込んだブリッジ内でのマイ座席。そこでボケーっと画面見ながらこの後なんだっけとか考えてたら、反対の席に座る先輩オペレーター♂がなんか言い出した。

 

名前なんだっけ、なんかサイコパスが濁って監視系から執行系になっちゃった人と同じ声の人。と、あれなんか私の方にも通信がががぁぁぁぁっ!? 最高評議会っ!? ざっけんなどこ行きやがったあの不倫艦長っ!!

 

 

決して命令やマニュアルだけではない何かに従って、私は今頃自室でイチャコラしているだろう艦長に容赦なく通信を繋いだ。おら、あくでろや

 

 

『なに?』

 

 

なに? じゃねんだよっ! なにってなにか? さっきまでお楽しみだったナ○のこと言ってんのか?! ああっ!? とりあえず服着てサッサとこっち来んかい!……おっといけない、美少女はこんな汚いことは言いません、なのでスマートに仕事をこなします。

 

 

「最高評議会より、デュランダル議長にチャンネル1です」

 

『すぐに向かうわ』

 

 

さて、とりあえず作戦継続中の艦内で堂々と不倫しやがってる巨乳艦長と赤い彗星議長を待つ間に、えっと、うーん……あ、思い出した。

 

 

「バートさん、なにかあったんですか?」

 

 

その三十秒後、私は保留チャンネルをバートさんにぶん投げて皆んながいるだろう休憩スペースにメロスした。あ、ちゃんと許可はとったかんね?

 

 

* * * *

 

 

メリスは走った、この未曾有のエマージェンシーをお姉ちゃカンティウス達に伝えるために。それはもう床をけり壁を蹴り終いには勢い余って天井を蹴り、あわや目的地で止まれずエア犬かきで無駄な足掻きを敢行する勢いで走ったというか飛んだなむしろ。そして

 

 

「ぐぇっ」

 

 

休憩スペースからニョキッと伸びてきたつい最近見たことある腕に襟首を掴まれ、そのまま直立させられた。ふぅ、あっぶねーたすかっ

 

 

「お前は理由もなく艦内を自制せずに飛び回る趣味があるのか?」

 

 

てねーですね…人ではない何かを見るような目をしたレイレイがいるもん。いやごめんって。だからその目はやめて下さいみんな見てるから。メイリンこわい。

 

 

「メイリン? あんたまた何かやったの?」

 

 

その言い方は色々語弊があるよお姉ちゃん。さも私がいつも何か問題行動や奇行を行う問題児みたいだろうが。いや、まあたしかにハロみたいに艦内跳ね回ってるけどさ。いや、違うから、理由あってのことだから。だからいい加減その目やめろつってんだろレイこら。

 

 

「違うからっ。それよりも大変なの」

 

 

私は出来る限り完結に、わかりやすく事態の詳細を伝えた。クソデカメテオがユニウスセブンになって地球にズッキュンやばたにえん。

 

 

「地球への衝突コースって、本当なのか?」

 

「うん、バートさんがそうだって」

 

 

シンがいつになく真剣な顔つきで聞いてきた。いや、むしろさっきみたいに笑ってる方がレアなのかな。

 

 

「アーモリーでのゴタゴタだって片付いてないのに今度はこれ? ほんとどうなってんのよ」

 

 

ほんとな。誰だよこんなカツカツのスケジュール組んだの。私たち中の人(意味違う)のことも考えろよな。ま、その場合は中だるみのダルンダルンで局にクレーム入ったかもしれんけど。あくしろって。

 

 

「で、今度はそのユニウスセブンをどうすればいいの?」

 

「え、いや、うーん…」

 

「どうしろって言われてもな…」

 

 

お姉ちゃんのはぁ…みたいな言い方に周りの男子達がキョドり始めた。なに、思春期ですかこのやろー。ちがうな、はい。

 

まあ実際どないせって話だよね。だってデカイもん(適当) 普通に考えて「元」人の居住地が宇宙でゴーイングマイウェイしてるから止めろって無理ゲーなっしょ。

 

普通に考えてみ? 東京が落ちてくるから止めてって言われて「はいそうですか」と言えるほど私は

 

 

「砕くしかない」

 

 

…さいですか(呆れ) 何か言い出しそうなレイの元をシレっと離れてお姉ちゃんの隣に座り込む。そのまま肩に頭乗せてぐりぐりしてみた。デコピンされた、ぴえん。

 

 

「軌道の変更など不可能だ。衝突を回避したいのなら、砕くしかない」

 

 

「でもあれデカイぜ? ほぼ半分に割れてるって言っても、最長部は8キロはある」

 

 

嘘やん。エベレストやんそれ。そんなんが落ちんの? 「月光蝶でぇあるぅっ!!」とかでも無理なきがす。サイコフィールドとかないのかな。てか地味にこのガン黒系エンジニア君、杉田ボイスやん。

 

 

「だが衝突すれば地球は壊滅する。そうなれば、なにも残らないぞ。そこに生きるものも」

 

 

レイのその言葉に、みんな押し黙る。…全く関係ないけどさ、そう言うことが言える君はやっぱりあの金髪仮面とはちがうと思う。周りに恵まれれば、君の運命は変わるのかな。

 

最後には死ぬからと思ってたけど、もう十分私はレイに対する情がある。なんとかしたい、そう思わないといえば嘘になる気がする程度には。

 

でも、それはきっと許されない。いつか必ず、彼とは袂を分かたねばならないのだから。私なんかが軽い気持ちで関わってはいけないんだ。

 

 

「でもさ、しょうがないんじゃね?」

 

 

ん、なんですか杉田くん(仮)。そして思い出した、これまた空気悪なるやつやん。ほら、廊下をチラッと見てみるとかのオーブ代表のお姫様とその護衛のアレックス何某さんが。

 

 

「不可抗力っていうかさ。これで地球との色んなゴタゴタも片付いてラッキー、みたいな?」

 

 

ふむ。ふむふむ……いやないですね。だってそれじゃあ議長生きてるし() まあ冗談はさておき。現在、某アレックスさんのような地球在住のコーディネーターもそれなりにいらっしゃるはず。

 

それに、臭いものには蓋、みたいなやり方は好きじゃないです。問題解決のために議論しようとせず、相手を一方的に迫害するのはちょっと個人的にはナンセンスです。まあ、ゲッスいこと企んでる私があーだこーだいえた筋はないけど。

 

ここは一つ注意しときますか。ほら、お姉ちゃんですら何かムッとした顔し出したし。べ、べつに空気が悪くなっていたたまれなくなるのが嫌だとかそんなんじゃないからね!(必死) あとこれ以上友人(お前のことだぞシン)に国際問題起こして欲しくないし汗

 

 

「ていっ」

 

「あだっ」

 

とりあえず不謹慎パーリナイトな発言をした杉田くん、本名ヨウランくんの脳天にチョップをかます。

 

 

「そういうの、冗談でも良くないと思います」

 

「メイリン?」

 

何言ってんだコイツ的なこと言うガン黒くんに、私怒ってます的な顔で向き合います。

 

 

「もし、君の家族が住むプラントに核ミサイルが撃ち込まれて。その時、地球の人たちに不可抗力だ、仕方ない、って言われたらどうしますか?」

 

「っ!? それは…」

 

 

立場を自分に置き換えて、先の発言の至らなさに気づいたみたいですね。流石に根っからの頭パーじゃないみたい。

 

 

「曲がりなりにも私たちは軍人です。力なき人々を守るべき私たちが、今回のような事態に対して、あまり不謹慎なことを言ってはいけないと思います。それにようやく地球とプラントが手を取りあい出した矢先、先のような軽率な発言は控えるべきです。今この艦には、オーブの代表がのられているのですよ」

 

 

原作だとたしか、このあと廊下で立ち聞きしてたカガリ姫が怒鳴り込んでしてシンと険悪な雰囲気になるんだよね。べつにそうなってもよかったんだけどさ。地球育ちの記憶もある私にとっても、この事態に対する彼の発言には少しばかり思うところがあったから。

 

「正論だな」

 

と、レイがまたもや援護射撃してくれました。わたし、嬉しい。

 

「…ああ、そうだな。軽率だった、わるい」

 

「い、いえっ!? 私もつい出過ぎたことをっ!」

 

 

しまった。自分の先天性社交性欠如病のこと忘れてた。人前でこんな小っ恥ずかしいこと言った反動が今になって駆け上がってきた。どうしよう頭から湯気出そう。

 

 

「あう」

 

 

そんな私の湯気噴出口である頭の帽子の上から、手を乗せる人が一人。振り返る先にいるのはやはりお姉ちゃん。あんたかい。

 

 

「まったく…普段から私たちの前以外でもそうならいいのに」

 

「お、お姉ちゃん〜」

 

 

撫で撫でしてくれるのは嬉しいけど、ここ、人前よ。だめだ、恥ずかしさと嬉しさとかで耳まで熱くなってきた私はそのまま床を蹴ってブリッジに駆け戻ることにした。

 

 

* * * *

 

 

 

不味い、と思った。

 

 

今さっきデュランダル議長から伝えられたユニウスセブンの落下軌道と地球への衝突コース。そして、それに関するエンジニアらしき少年の余りに軽率な発言。

 

悪気もなければ本気と言うわけでもないだろう。だがそんなことに気を回してやれるほど、彼女は気が長くはない。

 

 

「カガリっ」

 

 

予想通り、怒り心頭といった様子で休憩室に殴り込もうとする彼女の手を掴んだ、その時だった。

 

 

「そういうの、冗談でも良くないと思います」

 

 

中から、そんな少女の声が聞こえてきたのは。たしか、ブリッジで管制官をしていたはずの少女だ。先程、姉と思しき人物の背中に隠れながら接してきたのを覚えている。

 

少女は軍人の責務と現在の地球とプラントの情勢を交えつつ、今回の事態に対する先の彼の発言を咎め始めた。

 

見たところ、まだアカデミーを卒業して間もない年頃だろう。それでいて、プラントだけに囚われない広い視野での発言と、軍人としての心構え。

 

素直に感心した。ニコルが生きていれば、彼女と似たようなことを言ったかもしれないと思うほどには。

 

ひとしきり場を収めると、人前で褒められたことによる恥ずかしさからか足早にこちらに駆けてくる。廊下で俺たちの姿を見ると、慌てて腰を90度に折って頭を下げた後、そのまま床を蹴っておそらくブリッジに戻っていった。

 

咄嗟に出る挨拶が敬礼ではなくお辞儀なところは、まだまだ軍人としては未熟だが。既存の価値観に囚われない、いい軍人になるだろう。

 

 

「いこう、カガリ」

 

「あ、ああ…」

 

 

言いたいことを全て言われてしまったからか、生返事をする彼女の手を取り、俺たちは与えられた客室へ向かうために床を蹴った。

 

たしか、メイリン、と呼ばれていたか。礼を言う、激情家のこいつが、また余計な傷を負わずに済んだ。

 

俺も、やれることをやらないとな。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 : びば、ちきゅうっ!

成績表示はガバ適当(・Д・)


 

えーーーーーーくそだーーーーーすっ! 

 

ついに、ついにっ!! 母なる地球デビューを果たしました打倒不倫ダル議長めざせ美少女らいふなツインテ系妹属性コーディネーター、メイリン・ホークでっすきゃっっっっっっっっぴ。

 

 

 

 

はい、と言うわけで今回はですね。

 

なぜこんな多方面から舌打ちされそうなくらいに私がウザいスーパーハイテンションかと言うところから始めていきたいと思いますはーい。

 

にしてもやばいなまじ。今なら全身ピンク色になって蒼天破斬ブッパしてアルゴングゥゥレイトっ!とか一撃で殺れそう。

 

まあ冗談はさておき。理由に関しては冒頭で殆ど言ってますけどね、実際。だって地球ですよ地球。やっぱ地球とプラントのハーフ(気持ち的に)とは言え、やっぱり母なる大地最高っすわ。人間は地に足つけて生きていくべきだと思う、宇宙の砂時計なんかに篭らずに。

 

いやーにしても久しぶりだなー地球。久しぶりってのも違和感だけどさ。メイリン・ホークとしては初だしね。

 

んーーー潮風が気持ちいいし、空もいい天気…じゃねーんだなこれが。あーやばもうテンション落ちてきた。凍てつく波動食らったかも。

 

そもそもなぜ宇宙でボビーoneを死に物狂いで追っかけ回していたミネルバがこんな太平洋のど真ん中にプカプカ浮いているかと申しますと。偏にユニウスセブンを地球にズッキュンしようとした一部の過激派コーディネーターどもの仕業です。

 

ユニウスセブンで亡くなった家族だか仲間だかの無念とか怒りそう言うのを忘れられず、彼らは今回の凶行に及んだんだっけ。あとその無念を晴らす前に戦争終わっちゃったからとか? まあ知らんけど。

 

たしか「撃たれた者の嘆き忘れ、なぜ撃った者と偽りの世界で笑うか、貴様らは」、だっけ? 答えてあげようか、私の独断と偏見で。

 

 

うっせーバーカ。

 

 

何が「パトリック・ザラの示した道こそ、我らコーディネーターにとって唯一無二の道」だよ。勝手に私の気持ち無視して代表気取ってんな。私がいつそんなこと頼んだよ。

 

パトリック・ザラがこう言ったから? 自分を正当化する理由に、他人を利用してんじゃねーよ。どれだけ理屈こねようが、君らはただの大量殺人のテロリストだ。

 

君らがしたことでどれだけの被害が地球で出たと思う? これから出ると思う? どれだけの罪なき子供たちが露頭に迷う、孤児になると思う。

 

極め付けに、君らの浅はかな行いは、戦争で飯食ってる奴らに余すことなく利用され、結果的に地球とプラント間の関係は悪化するよ。ヤキンドゥーエ攻防戦で散って行った数多の同胞たちの命を余すことなく犬死に追いやった蛮行、誠に乙。

 

 

誰かに誰かを殺された。そんな痛み、このご時世だれだって抱えてんの。それでも、皆んな何とか折り合いつけて現実と向き合って生きていこうとしてんの。お前らの独りよがりで踏みにじっていいもんじゃねーんだよ。

 

 

はい、以上感想おわり。異論は認める、だって私はまだ大切な誰かを失ったことはないから。そして、己の目的のために人の命と気持ちを踏みにじってるそのクソ野郎が他ならぬ私だから。

 

多分私のこれは、どこか同族嫌悪的な意味が含まれているのだろう。まあ、だからと言ってやめる気は更々ないけどね。私は止まらない、こうすることでしか、私は私の未来を守る術を知らないから。

 

 

* * * *

 

 

くら〜い雰囲気はみんなでキングクリムゾンっ! というわけでやって来ましたよ。え、どこにって? そんなの決まってんじゃん。大人が溜め込んだ鬱憤を晴らす方法なんて、「打ちにいく」しかないっしょ!

 

まあ、実際は「打つ」じゃなくて「撃つ」なんだけどね。え? 私? パチンコもスロットも競馬も競艇も、ついでに言えばゴルフもやったことない生粋のコミュ障よ?はーと

 

誰かの粋な計らいで、いつもは艦内の下の方に位置する射撃場が今は甲板にやって来ました。ガン黒くんかな、知らんけど。

 

そう、私のストレス解消法(職務中)のひとつ、射撃訓練です。引き金を引いている時だけは、何も考えなくていいから…とかではなく。人に向かって撃つのは嫌というかしたことないけど、的に向かって撃つならなんかゲーセンのアレみたいで楽ひい。

 

それに、射撃は私がお姉ちゃんに勝てる数少ない軍事項目の一つなのだ(ニッコリ)

 

今も私の右隣で難しい顔しながらパンパンしてる。着弾もパラパラしてる。やーいへたっぴー。

 

「何か言った、メ、イ、リ、ン?」

 

「な、なっにもー?」

 

ぴ〜ひょろろ〜と鳴らぬ口笛を吹きながら、私は自分の的に向かって銃を構える。

 

「ふー…っ!」

 

パンパンパンっ! とウォーミングアップがてらターゲットの頭にヘッドショットを三連発。続けてパンパンパンっ! とハートショット三連発。全て的心ないしそれに近しい位置に命中。ふっ…

 

 

「どやっ」

 

と、お姉ちゃんにニヤッと笑って見せる。すると何故かカチャって音の後に額に冷たい感触が。アレ?

 

 

「ねぇメイリン? この距離なら私でも当たると思わない? ヘッドショット」

 

 

めっちゃいい笑顔のお姉ちゃんが「私」の額に銃を突きつけそうのたまう。そりゃ当たるでしょうねぇっ!? ゼロ距離だかんねぇ!?

 

 

「んにゃぁぁぁぁっ!」

 

「やかましい」

 

 

あたっ。おでこを指でグイってされた。ひどい、先に殺人未遂してきたのお姉ちゃんなのに。

 

 

「なーんで射撃だけそんなに上手いのよ。対人格闘もパイロット適性も軒並みパーなのに」

 

 

知らにゃい。いやパイロット適性と対人格闘がゴミなのは本当に知らんけど、射撃だけはアレだよ、後に絶対使うから必死に練習したからね。何ならアカデミー時代に管制官方面の5倍くらい通い詰めたからね。

 

もう教官からは「白兵戦闘員にでもなるのか?」って真顔で言われるくらいには通ったな。だって使うじゃん? 主にミーアさんお付きの方々によるラクス様暗殺事件の折に。

 

とりあえずその時までに投げられた手榴弾を空中で撃って相手にクーリングオフ出来るくらいにはなっとこうと思って必死こいて学んだら何か目覚めた(小並感)

 

ちなみに、私の卒業成績はというと。

 

 

オペレーター適性:A+

 

射撃術: B+

 

対人格闘術: C+

 

エンジニア適性: C

 

パイロット適性: C

 

って具合でありまして。基本的にAはすごい、A+はまじ卍。逆にCはほぼ赤点ギリギリ、と言った具合。

 

んでもって、アカデミーの卒業成績上位二十人は私みたいなパンピーが着てる緑色じゃなく、赤服っていうお姉ちゃんたちが来てるオシャンティーな軍服になるんだけど。そういう人たちはB以下は基本的になし、ほぼAかA+しかないみたいな化け物みたいな成績で旅立っていく。

 

まあ、お姉ちゃんは射撃C+だけどね(笑) その分他はエンジニア適性以外は全部Aだからね。流石「忘れてた? 私も赤なのよっ!」なだけはあるよお姉ちゃん。

 

と言った具合に。私は皆んなに比べたら慎ましい成績ですよーって感じでこの話は締めようかな。さっきから後ろで見てる人にそろそろフォーカスを当てないと話が進まない()

 

「やります?」

 

というかやってー。伝説のエースの腕前(射撃)みたいなー。そういやこの人近接寄りの機体ばっか乗ってる印象だな。手足が「ところがぎっちょぉんっ!」みたいなサーベルのイージスに、背中が一人でに飛んでくジャスティス二種。セイバー? あれ期間が鬼短いからノーカンじゃね(適当)

 

 

「いや、俺は…」

 

ここまで来といてそりゃないっしょ。いやね? さっきお姫様から悪気なく「ユニウスメテオ破砕ありがとぅー」的なこと言われてめっさ複雑な気持ちなのは分かるけど。

 

あとまたその節はウチのシンがお世話になりましたほんと。隙あらばすーーぐ国際問題起こすお姉ちゃんの彼氏(予定)、どうにかなんねーかな。

 

「パーっとやりましょ、そしてパーっと見せてください。気晴らしになりますよ」

 

「…変わった趣味があるんだな、君は」

 

めっちゃ苦笑された。解せぬ。

 

「このアホ妹のわけわからん趣味は置いとくとしても。個人的には私も見てみたいですね。あの伝説の機体『フリーダム』と双璧をなしたと言われる『ジャスティス』のパイロット。その実力のほんの一端でも」

 

 

私、苦手なんですよ。と言いながらクルッと手首のスナップで銃身を回し、グリップをアスランさんに向けるお姉ちゃん。射撃の腕はアレだけどそういう小技は出来るのね。流石の赤()

 

何気にお姉ちゃんの隣でパンパンしてたレイは一回チラ見したっきり、またパンパンし出しました。ほんとブレねーなおまえ。

 

 

「…まあいいか。君には礼もあることだしな」

 

 

そう言って私の方をチラッと見てお姉ちゃんから銃を受け取る伝説のアレックス。はて? 心当たりがございませぬよあーしには。

 

そしてコンソールをピッポッパといじり、まさかの最高難度の「チラッと登場ツチノコファイターズ(命名、私)」を迷いなく選択。

 

じーまーですか? それくっそむずいよ? だって小さい人型が画面の隅っこから一瞬「ヒョイっ」となるだけよ? まあだからチラ見せツチノコなんて名前つけたんだけど。

 

 

「ええ??」

 

 

ほら、お姉ちゃんがビビってる。多分お姉ちゃんがやったら二割も当たんないんじゃないかな。私も多分よくて六割、レイでも七割ってとこだと思うよ。

 

ビーっというブザーとともに、クリアボードみたいな的に次から次へと人形のターゲットが入り乱れる。しかも、さっきまで私たち三人が相手したのよりも半分以下の大きさで、だ。

 

それを

 

 

ダンっ ダンっ ダンっ ダンっ

 

 

と次から次へとヘッドショットorハートショット。全て的心。出てくる人形の位置を数個先まで予測して、さらにどの人形にヘッドショットかハートショットをするかを即座に選択して、ファイヤ。

 

えげつな。冗談抜きでバいやーなんですけど。私がアサルトライフルで彼がピストルでも勝ち目なさげっす。流石伝説のエースパイロット、伊達じゃねー人外っぷりです。

 

 

「君は引き金を引くときに手首を捻る癖がある。バラつくのはそれが原因だ」

 

 

サラッと命中率十割を達成した彼は、銃をお姉ちゃんに返しがてらそうアドバイス。わおイケメン、こら原作ホーク姉妹も惚れるわ。あ、私は大丈夫です間に合ってます。

 

 

「君は管制官だったかな? それにしては筋がいい。経験を積めばもっと上達するだろうが…まあ、そうはならないことを祈っている」

 

 

あ、はいあざっす。たしかに、管制官である私が銃撃の経験を積むって…ミネルバ占拠でもされんのかよ案件だしね。まあ、実際にはやる羽目になるんですけど、あなたと一緒に(ため息)

 

そう言い残して去っていくイケメソ。多分上の階にいるカガリ様と目が合ったからですね。

 

 

「…伝説、半端ない」

 

「概ね同意するわ…何よアレ、反則じゃない。あんな人と五分以上のフリーダムってなんなの?」

 

 

それな。おっかなさすぎてもうこの時点で会いたくねーわ吉良大和。

 

 

ダンっ ダンっ ダンっ

 

 

……おまえほんとブレねーな(呆れ)

 

 

* * * *

 

 

伝説エースまじやばくね騒動から数日。我らが母艦ミネルバはオーブ領・オノゴロ島に入港致しました。目的はもちろん、オーブ連合首長国の国家元首であられるカガリ・ユラ・アスハその人と護衛のアレックス()なる人物の護送である。

 

まあ面倒なのであったことを要約すると。

 

・二人(主にお姫様)を送り届けてくれてありがとうミネルバの外部はモルゲンレーテで修理するね☆

 

とのこと。私からすれば「あ、どーもおなしゃーす」と言った感じ。

 

たしかここで今までナレーションだけやってたマリューさんとか、砂漠の虎さんとか、件のキラ・ヤマトとかラクス様とかがゾロゾロと出始めるんだったような。まあ、ここオーブだしね(適当)

 

本題はここからだ。オーブと言えば「オノゴロ島」なんて名前からも分かるとおり、日本をイメージして作られた島国だ。ちなみにオノゴロ島ってのは日本の最高神かつ最古の神であるイザナギ、イザナミが最初に作ったとされる島とおんなじ名前よ。

 

もし万が一イザナギとイザナミが分からない人は是非一度ペル○ナ4the黄金でもプレイしてみてくれさい。きっと日本神話に興味が出るよ。私のJK時代の実体験。

 

そんなこんなで、故郷をモチーフに描かれた架空(今は現実)の国と聞いて、私のテンションはまたも臨界寸前。気持ち的にはネズミーな夢の国にいく前夜に通ずるものがある。

 

そして極め付けに不倫艦長からでたまさかの「上陸許可」の四文字。 軍の機密云々に関わる場所はダメだけどオーブ本島の都市に買い物くらいなら行って良しという太ももっぷり。

 

行くっきゃねーっしょ(使命感) どうせあと数日したら今までのスローペースが嘘みたいにドッタンバッタンし始めるんだから。

 

なんかどっかで聞いたことあるようなTM革命な声をしたオレンジ髪のパイセンとか、フリーダム乱入事件とか、ステラ案件のはじまりとか。うへぇ…考えただけでも胃の中身リバースしそう。

 

そんなわけで。ここで英気を養って勢いをつけるためにも。ここオーブでのショッピングは避けて通るわけにはいかぬビッグイベントなのですよ。原作ではここの描写なかったからまじで楽しみ。

 

ちなみに。不倫艦長が出した上陸許可は明日からなので、今日のうちに下準備を進めます。

 

 

「と、いうわけで。お姉ちゃん買い物いこっ!」

 

「なにがどういうわけでそうなってんのかさっぱりよ」

 

 

大丈夫、為せばなる。

 

 

「…行かないの?」

 

 

と、少しだけ上目遣いで問いかけてみる。知っている。私もかなりのお姉ちゃんっ子だが、お姉ちゃんもお姉ちゃんで私に対して極度の過保護でシスコンなことを。

 

故に、こうして可愛さを全面的に押し出してお願いすれば大抵のことはオッケーしてくれる。ゲスいな、私。まあこれも可愛い妹の特権よ。

 

 

「はぁ…行くわよ。あんただけじゃまた変なのに絡まれそうだし」

 

 

やったっ。てか変なことは失礼な。私の美少女フェロモンにやられたDQN or ハァハァおじさんと言いなさい。

 

 

「とは言っても。私も色々買い足しものあるし。誰か男手が欲しいところね」

 

「あー。たしかに」

 

 

荷も…失敬、たしかに男手が欲しいですね。それにほら、昨今地球ではコーディネーター許すまじみたいな気運高まってますし。か弱い(笑)な乙女二人では色々と物騒な気がしますし。色々と重いですしおすし(本音)

 

 

「うーん…どうしよう」

 

 

今の私は原作ほどメカニックの二人組と仲良くないんですよね。ほら、あの前髪の真ん中だけ赤い人とガン黒不謹慎系杉田くん。顔を合わせれば喋りますが、プライベートまではなぁ…。

 

どっかに私たち姉妹双方と仲良い荷物持ちいねーかなと思ったその矢先。私の脳裏に稲妻の如き天啓が駆け巡った。具体的には休憩室の外の廊下に見知った金髪が見えた。

 

そこからの私の行動は早かった。艦が修復中ということで立食パーティー並みに混んでる休憩室の人混みを巧みに捌きながら廊下に到着。その後は前世の遅刻気味なタイミングで地下鉄に駆け込み乗車する時の如く力強く、かつ素早く両足で地を蹴り、己が全てを懸けるつもりで疾走。

 

 

「レイっ!」

 

 

そうして、肩越しに無言で振り返る彼の右手を両手で掴み、笑顔でこう言う。

 

 

「お買い物、いこっ!」

 

「……なに?」

 

 

次回、ドキドキワクワクショッピングに、だーいじょうぶっ!!(世代ネタ)

 

 

 

 




世代ネタが通じる人いない疑惑(・Д・)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 : わがまま

 

 

はーーい皆さんご機嫌よう!! 地球に再誕オーブに爆誕、こずみっくいらが生んだ奇跡の美少女コーディネーター、メイリン・ホークでっすっ!

 

 

 

と、まあ挨拶もそこそこに。私は現在オーブ連合首長国の本島、『ヤラファス島』に来ております。

 

そのヤラファス島のほぼ真ん中に位置するこの国の首都、『オロファト』にデデーンと建てられた巨大なショッピングモール。なんか超進化したジャ○コみたいな雰囲気を醸し出すこの空間で、今日は思う存分ショッピングぅを堪能します。

 

もう見まくって買いまくってカロリー気にしながら食べまくってオメーは夢の国でも来たんかってくらいテンション爆上げで行こうと思います。

 

と、ここで本日のパーティーメンバーをご紹介。

 

一人目、私の大好きなお姉ちゃんことルナマリア・ホークさんです。私が甘えたら秒で一緒に来てくれた優しいお姉ちゃんですすき。

 

次は、というか原作ならお姉ちゃんどころか私の同行メンバーってエンジニア型の野郎どもオンリーだったはず。そんな誰得つまらん展開なんて例え神が仏が許しても私が許さない。

 

どうせやるならとことんまで原作から外れたことしてやるぜ(本筋に関係ないことに限る)ってことでエンジニア組の「なんか可愛い女の子いた方がよくね」的な意味の声かけを情け容赦なく一刀両断した私は、一も二もなくお姉ちゃんを引っ張ってきた。

 

これ逃すともうお姉ちゃんと思い出作る機会、終戦までないからね。いや、あるっちゃあるけどそこでは最重要案件の一つが起きてるから精神的に無理かなと。

 

あとは、私とお姉ちゃんと両方と交流があって尚且つ私が内弁慶できる男手がほすぃってなった。まあもうこの時点で二択なんだけど。

 

シンに関してはここオーブで彼を外出に誘うのは無神経過ぎるので却下。それに君は一人で慰霊碑にいってモノホンのラクス様とフリーダムのパイロットとファーストコンタクトしてきてくれさい。

 

ので、残った選択肢などただ一つ。他の人が誘っても一万パーセント断られる超難関ミッションを見事達成し、私が連れてきた荷物持ちの方がこちら。

 

「………」

 

……絶賛ご機嫌斜めなレイ・ザ・バレルさんですはい。昨日声かけた時は「いかん」と取り付く島もなくぶった斬られたけども。そんな程度でへこたれるほど、私のショッピングへの情熱は緩くない。

 

色々言ってみた。たまには息抜きしよーよーとか。レイと外出したことないからしてみたいなーとか。奥の手のご飯奢るとも言った。

 

が、上から順に「必要ない」、「興味がない」、「艦内のもので十分だ」とすげなく断られた。

 

正直、この野郎とか思った。こんな可愛い女の子が他の野郎どもの誘い断ってわざわざ声かけとんのやぞとか思ったりした。だから最終兵器を使うことにした。

 

「議長もこの間、『市井の人の声を直接耳にするのは重要だ』って言ってたのに」

 

知らないの? みたいな気持ち煽り気味にやるのがコツ。そしてこの外道作戦が功を成したと私ははっきりと断言できる。レイの眉が明らかに上に動いたからね。ふっ…いつもの冷静さはどこへやら。

 

私が生粋のお姉ちゃんっ子であるように、彼は彼で議長大好きっ子だ。それはもう彼の前では無垢なこどものように笑って抱きつくくらいは好きだ。

 

そして、しばらくの膠着した睨み合いの末に、

 

 

「…集合は朝だ、夕方には帰艦するぞ」

 

 

ぷいっとそっぽを向いて立ち去る彼の背中に、私は内心で超ガッツポーズした。それはもうどっかの生徒会長がトイレで意味もなくシャドーボクシングをかますくらいに。

 

 

と、まあこんな具合に意外とチョロいレイを誑かして外に引っ張ってきたっちゅう話っすわ。

 

ちなみに私らの服装を順に説明すると。

 

お姉ちゃんは黒のタンクトップに桜色の七分丈ジャケット。下は白いスラックスと低めのヒール。

 

私はブルーの膝上丈のワンピースにベージュのジャケット。下は至高の生足と白のヒールサンダル。あと頭の上に白いキャスケット。

 

そしてレイは白のワイシャツに紺のチェスターコート。下は黒いジーンズとブーツ。

 

いや、あんた私服持ってたんかい。言っちゃあなんだけど絶対どっかの黒ウサギ隊の隊長みたく軍服しか持ってないと思ってたよ。

 

にしてもなー、うん。やっぱしイケメンって何着ても映えるよね。むしろバエルよね。なんでだろ、アグニカかな。レイ・ザ・バエル(激寒)

 

 

「それで、何を買うのメイリン」

 

 

お、流石お姉ちゃん。乗り気ですね。しかし、ショッピングとは買う、ではなく見ることから始めるのが鉄板。後からこっちのが安いっ! とかってならないように、まずは満遍なく敵情視察と洒落込もうではないか。

 

 

「とりあえずシャンプーとリンスーみたいなお風呂グッズでしょ? あと折角だからドライヤーとかブラシも変えちゃおっかなって」

 

「あ、そういえば在庫切らしてたわね。なら一通り見て回ってから決めましょうか。その方がレイの負担も減るし」

 

 

だね。買ってから歩くのめんどい。まあこれでも軍人だから多少の荷物くらい平気だけどね。たぶん、知らんけど。

 

 

「…待て、どうしてそこで俺の負担が出てくる」

 

 

あ、ミネルバ出てからただの一度も口を開かなかった奴がようやく口を聞きましたね。

 

 

「どうしてって。荷物待ちするためにメイリンに連れてこられたんでしょ?」

 

 

何を馬鹿な、みたいな顔をするお姉ちゃん。…なんかレアだな、レイがこういう顔されるの。いつもは私の役割なのに。

 

 

「ふざけるな。お前らの荷物だろう、お前らが持て」

 

「じゃあ、これに持たせる?」

 

 

と、お姉ちゃんが私を見てる。レイもなんか見てる。え、なにこれ。どゆこと? なにすればええのんわたし。

 

とりあえずジャケットを脱いでレイに渡し、真っ白な両肩両腕をむき出しにしてから全力で力こぶを作ることにした。管制官とは言えアカデミー時代から鍛え続けたこの上腕二頭筋を見るがいい。えい、むきっ。

 

 

「………………」

 

 

徐にレイがなんか無言で右手で顔を覆い始めた。どした? 体調わるい??

 

 

「…とりあえず早く上着を着ろ。そして荷物は最低限だ、いいな」

 

 

ジャケット投げてきた。ねーねー、これどういうこと? お姉ちゃんおしえてくんろ。

 

 

* * * *

 

 

ひとしきり必要物資の目星をつけ、購入をある程度済ました頃。レイの両手は私たちの戦利品が入った紙袋で塞がってきた。そして私の腹の虫は鳴き出した。

 

 

「ぎゅるるるるる」

 

「こら。はしたないことしないの」

 

 

私がお腹の虫のリピートしてたらお姉ちゃんに怒られた。仕方ないじゃんーーお腹空いたーー。

 

 

「ご飯たべたい」

 

「あんたって子は…まあいいわ、そろそろいい時間だものね。レイもいい?」

 

「好きにしろ。俺は必要ない」

 

 

あ、そういうこと言うんだ。でもそうは問屋が卸しません。

 

 

「ダメだよ。ご飯は奢るって約束だもん」

 

「だからいらんと言っている。お前らだけで済ませろ、俺はこの荷物を持って艦に戻る」

 

 

むぅぅぅっ! それじゃ意味ないじゃん。ちゃんとお礼をしないと気が済まないんだよ私は。

 

 

「やっ。三人で食べるの」

 

「…いい加減にしろっ。今がどういう状況か分かっているのか、これ以上は付き合いきれんっ!」

 

 

マジおこモードのレイと駄々っ子モードの私。稀に訪れるこの嵐。シンだったら間違いなく右往左往してる、エンジニア組だったら距離を取るか逃げる。

 

けど、ここにいる三人目はそのどちらでもなく。

 

 

「レイ」

 

 

名前を呼ばれたレイがいつになく鋭い目線でお姉ちゃんを見る。けど、お姉ちゃんはそんな圧を物ともせず、柔和に笑って言う。

 

 

「これが最後よ。ご飯食べたら早めにミネルバに帰りましょ。メイリンも、それでいいわね?」

 

 

その折衷案でいいと、私はコクリと頷く。そしてじーーーーっとレイを見る。それはもう目から怪光線が出る初期のポケ○ンのゲームのにらみつけるくらい見る。

 

やがて、

 

 

「…勝手にしろ」

 

 

やや吐き捨てるようではあるが、そんな言葉が溢れでた。内心ではやったと思ったが一応は駄々っ子モードなのでしかめっ面は継続させておく。ありがとね、レイ。お姉ちゃんも。

 

 

「はい、じゃあ喧嘩は終わり。そこのフードコートでご飯食べて帰りましょうか」

 

 

と、いうや否や。お姉ちゃんはさっさと四人席の一つに腰を下ろして私にウインク。なんだろ、なんか企んでんな。

 

 

「荷物と席見てるから、二人で買ってきなさいな。あ、メイリン。私そこのチキンカツバーガー」

 

 

そう言ってお姉ちゃんが指さしたのは、今では珍しい店頭で直接店員にオーダーを言うタイプのファーストフード店。しかも結構高めのやつ。なるほど、借りは飯で返せと。

 

 

「はーい。んじゃ行こ」

 

 

もしかして来ねーんじゃねーかなとか思ったけど荷物置いて普通に着いてきた。まあ私の斜め後ろっている若干びみょい位置だけど。……

 

 

「私もお姉ちゃんと同じとこにしよ。レイは?」

 

「…どれでも構わん。手早く済ませろ」

 

 

全くこいつは。まあいいいや、妥協してもらってんのこっちだしね。

 

 

「私と同じのでいい?」

 

「…ああ」

 

 

ふむ。なら折角だから珍しいのにしよっ。えっとねぇ…あ、これなんかよさげ、絶対思い出になるよっ! 善は急げ、私は早速オーダーを店員さんに通すことにした。

 

 

「えっと…チキンカツバーガーのセットが一つと…。このスペシャルウルトラアルティメットユニバースビックバンタイフーンバーガーをふたっ」

 

「待て。待て待て、メイリン」

 

 

あり、珍しくレイに名前呼ばれた、何じゃろ。

 

 

「ほえ?」

 

「そんな得体の知れないものを頼む奴があるか、もっと普通のものにしろ」

 

 

えー。まあそう言うなら仕方がない。えっとねぇ…あ、ならこれにしよ。

 

 

「じゃあこのランダムブラックホールバーガーをふた」

 

「却下だ。なにも変わってないだろうっ」

 

 

んもーーー。注文が多いなーー。

 

 

「…はぁ…。店員、先程のチキンカツバーガーのセットと、チーズバーガーのセットが二つ、以上だ」

 

「あ、ちょっ」

 

 

レイがそういや否や、店員さんはかしこまりましたーと奥へとオーダーを通しに行ってしまった。えーーー普通すぎー。

 

 

「もう。これじゃ何のためにオーブにきたの」

 

「あんな名前から中身がカケラも想像出来ん物体がオーブの名物なわけがないだろう。金輪際あんなものには手を出すな」

 

 

なにおう。そう言うものを頼んでから実物を見ておったまげーするのが旅行の醍醐味なのにぃ。

 

でも、なんか。うん、これ言っていいのかな。いいや、言っちゃお。

 

 

「ねぇねぇ、レイ」

 

「…なんだ?」

 

ふっ…食らうがいい。男子が女子に言われて割と驚くワードTOPファイブをっ!(偏見)

 

 

「お父さんみたい」

 

「なっ!?」

 

 

お、予想外に効いてる。ポーカーフェイスが剥がれましたね。へいへいへーい、いつもの済まし顔はどーしたー??

 

 

「くだらんっ」

 

 

あり、そっぽ向いちった。からかい過ぎたかな、でも怒ってどっか行かない辺り優しいねやっぱ。

 

 

「お待たせしました〜」

 

 

と。きました。そう思っていたらレイがさっさと私とレイの二つ分のトレイをかっさらって行ってしまった。迷いなく二つ持つ辺り、男の子だねーやっぱ。

 

 

と、いけないお姉ちゃんの分が。あ、こら待てレイ。ケチャップちゃんと持ってけ〜っ!

 

 

 

 

* * * *

 

 

「さて、と。少しお手洗い行ってくるわ」

 

「はーい」

 

 

無事に昼食を食べ終えた私たちはいそいそと帰り支度をしていた。お姉ちゃんがお花摘みに行っちゃったので、必然的に席には私とレイの二人だけ。

 

ふむ。先に切り出しておくか、事情はどうあれ、悪いのは私だしね。

 

 

「ごめんね、無理言って」

 

「…そう思うなら、初めから俺なんかに声をかけるな」

 

 

うにゅう。手厳しい。まあ原作では絶対あり得ないシチュエーションだよね、やっぱ。

 

 

「あはは…。でも偶にはいいかなって。シンやお姉ちゃんとはあるけど、レイとこうして遊んだりしたことなかったから」

 

 

事実だ。お姉ちゃんはもちろん、今日みたいにお姉ちゃんとシンとなら何回か出かけたことはある。もちろんプラントでね。けど、レイとは皆無だ。原作知識を除けば、私は付き合いの割にレイのことは何も知らない。

 

アカデミーの総合成績がお姉ちゃんやあのシンを上回る神童であること以外に。レイの『人として』のことは、何も知らない。

 

 

「…必要ないんだ、俺には」

 

 

ん? 

 

 

「俺の役割は、議長の目指す平和な世界を実現させること。それ以外に、俺の存在価値はない」

 

 

んんん?? 待ってこれなんか雲行きが、

 

 

「存在そのものが平和を否定している俺に、人並みの生活など許されない。俺に、その資格はない」

 

 

…何この最終回直前みたいな流れ。タイミングも場所も相手も間違えてるよ…それは最後の方にメサイヤでキラにぶつけてくれよぉ…私みたいなチョイ役お邪魔虫にぶつける話じゃねーだろうが。

 

 

「偽り、紛い物だ。名も、姿も、存在そのものさえ。俺の使命は、新たなる平和な世界のために、それを妨げている人類の膿みを、俺諸共消し去ることだけ。ただ、それだけだ」

 

 

はぁ…なんでこうなった。え、それ私に言う? 君の根幹に関わる部分じゃないのそれ。それを? 今? 私に? うそでしょ…どうすんのこれ。

 

いや…逆にチャンスなのかもしれない。でもいいのかな? 下手をすれば今この時からもう道筋が狂いかねない。

 

確実性を選ぶなら、適当に流すべきだ。なーに急に?とか言ってレイに、なんでもない、と言わせるのが最も無難な選択だ。私が守りたい、辿り着きたいあるべきエンドロールのためには、それがベストな解答のはずだ。

 

ただそこに、レイの姿はないということだけ。

 

 

「………」

 

 

言え、急にどうしたのって。何も気づかず、悟らず、全部知らないフリして。

 

私にはなにもない。理不尽に抗う力も、趨勢を自在に操る戦術眼も能力も持ち合わせていない。

 

ラクス様のような絶対的な影響力も、キラ・ヤマトのような圧倒的な戦闘力もない。あるのは生半可な原作知識と、ちょっとしたオペレーター能力だけ。能動的に何かを起こす力を何一つ持たない弱者だ。

 

そんな私に、一体何ができる? 原作どうりの道筋を辿る以外に何ができるという。

 

だから、私が言うべきは一つ。急にどうしたのって。なにも悟れぬ愚者を演じることだけ、それだけだ。

 

 

「…急に済まなかったな。忘れてーーーー」

 

「レイがね、褒めてくれたの。筋がいいって」

 

 

だが、気づけば私の口から出た言葉、そのどれでもなく。

 

 

「アカデミーに入学する前から、いっぱい教えてもらったよ。お姉ちゃんやシンと一緒になって、いっぱい。卒業試験がやばいって言ったら、休暇取ってみんな総出で試験練習手伝ってくれた」

 

「なにをーーーー」

 

「緑の私を、ミネルバの管制官に推薦してくれた。アツくなりやすいお姉ちゃんやシンを、いつも纏めてくれたり。私たちの艦を、命がけで守ってくれる」

 

 

言い出したら止まらなかった。止めなくてはならなかった。

 

 

「艦の中で浮いてたら助けてくれる。お願いしたら、なんだかんだ言いながらお買い物に付き合ってくれる。さっきだって、私を見てた男の人達の視線を遮って歩いてたでしょ?」

 

そう、先程彼が私の斜め後ろなんて場所を陣取っでいたのは、なにも怒っていたわけではない。私のことを不躾に見ていた不審な男性達の視線を遮ってくれてたから。私一人だったら、もしかしたら不穏なことになってたかもしれない。

 

「だからさっきからなにをーーーー」

 

「私が知ってるのは、そんなレイだよ」

 

 

それでも、止められなかった。欲が出てしまった。もし、そんな可能性が、未来があるのならと。

 

 

「レイにどんな過去があって。どんな気持ちで戦ってるのかは、正直分からない。でもね」

 

 

そんな都合のいい未来を、望んでもいいのならと。私は彼の右手を、両の掌で包み込む。

 

 

「ここにいるのは、他の誰でもない、紛い物なんかじゃない。私が知ってる、私の大切な友達、レイ・ザ・バレルだよ」

 

 

「…………」

 

 

私は私の気持ちを口にした。彼は、もうただのキャラクターでも、ましてクローンでもない。私のかけがえの無い友人、その一人だ。

 

 

「隙ありっ」

 

「なにっ」

 

 

レイの手を包む、いや拘束した私は、掌に隠しておいたシルバーのミサンガをそのままレイの右手首に結びつける。

 

本当は自分の願がけ用に買ったのだけど、こうする方がいいと思ったから。

 

 

「それ、内側から切れるまで取っちゃダメだかんね。ハサミで切ったりしたら怒るから」

 

「なにを勝手なことをっ」

 

 

ぬわっはっはっは。そのミサンガにはもう私の願いが込めてあるから、勝手に切ったりしたらおこなのだ。そんなことしたら今度からレイのザクに毎回ガナー装備つけてやるんだから。

 

レイの未来は明るくない。例え戦後に生き残ったとしても、クローンである彼の寿命は、私たちと比較すればずっと短いのかもしれない。

 

それでも、せめて。せめてこのミサンガが、自然と切れて落ちるくらいまでは、生きていて欲しい。

 

神様。もし私をこの世界に転生させた神様なんかがいるのなら。

 

こんな愚かで卑怯な私ですが。散ると分かっている命に手を差し伸べぬ外道の身ではありますが。

 

せめてこんな私の、友を願う我儘くらい、見逃してくれますよね。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 : せいばーっ

 

 

どうも皆さんグッモーニン、どらすとびーちぇ、イブニングっ!押しキャラはラクス様、、押し機体はガンダムバルバトスルプスレクスの美少女管制官コーディネーター、メイリン・ホークでっす!

 

押しの理由? ラクス様はもう同性として反則じゃん? 美人、歌姫、聖女。無理、尊い。仰げば尊死。

 

ルプスレクスはねぇ…うーん。緑ロックぶーかくしーえすかな() あれやる分には楽しいよね。やられると殺意マシマシになるけど。

 

なんて言ってるけど、絶賛私というか私達は現在進行形で大ピンチ。なーんかオーブがキナ臭いことになってきたからパパッと出港したらオーブの領海ギリギリ外で地球軍艦隊に出待ちされました。

 

ちくしょーめ。覚えてろよユウナ浪漫性乱。今度会ったらブーツで股間蹴り上げてやる。ほんとアイツ余計なことしかしねーな。

 

あーもー。こんな物量相手に戦艦一隻で立ち向かうとか無謀すぎー。こっちMS三機しかないんだよ? うち二機のレイとお姉ちゃん飛べないからね? 大気圏、しかも海上だとほぼミネルバの固定砲台じゃん。

 

幸いレイもお姉ちゃんも被弾はしてないからいいけども。シンのインパルスがそろそろガス欠。VPS装甲がそろそろ維持できなくなりそう、不味い。

 

まあ一人であのでっかいたがめみたいなMA、「ザムザザー」だっけ? の相手してくれてるから当然と言えば当然なんだけど。

 

とか言ってたらインパルスが片足掴まれてそのまま千切られた。しかもエネルギーが枯渇寸前になったせいでVPS装甲も解除されてそのまま海面に落下していく。

 

かと言って救援に行く暇なんてあるはずなし。お姉ちゃんもレイもミネルバの護衛で手一杯だし、何ならレイのザクはバックパックにあるミサイルの弾数も危険域。

 

と、まあ何も知らない人からすればこの上ないほどに絶体絶命なんだけども。ぶっちゃけ私は見た目ほど慌ててない。そりゃね? ミネルバの最強武装である陽電子砲「タンホイザー」を防がれたり、逆に相手のエネルギー砲がこっち掠めたりした時はびびったよ? 流石に。

 

でも原作知識ガバガバな私でもここは覚えてるんだよね、ちゃんと。

 

ほら、インパルスが灰色装甲のまま海面スレスレ飛行して態勢を秒で整えてこっちにかっ飛ばしてくる。うん、やっぱし。アイツ種割れしたな。

 

この戦いは今までそんなに戦果を上げられなかった主人公シンがきちんと主人公として、かつエースとして目覚めるイベ戦みたいなもんだからね。みんなには申し訳ないけど、初めから私は制限時間付きの耐久戦してるつもりでした。

 

覚醒しなかったらあの世でシンを呪うつもりだったけど、無事に種割れしたようで何より。たしかこのあとって、

 

『ミネルバ、メイリン! デュートリオンビームをっ! それとソードシルエット、レッグフライヤーを射出準備!』

 

あ、はいただ今っ! ということだけどどうするのん? と一応艦長を見てみる。

 

「指示に従って!」

 

イエスマム。と、いうことでやりますよ。

 

『デュートリオンチャンバー、スタンバイ。測的追尾システム、インパルスを捕捉。デュートリオンビーム、照射っ!』

 

はいポチ。そうするとミネルバからほっそいビームみたいなのがブイーンと出てって空中でスタンバってるインパルスの頭にペカーっと当たる。

 

これでエネルギー総量をMAXまで回復させた片足のインパルスが、フォースシルエットのとんでも推力に任せて突進。ザムザザーのエネルギー砲に盾構えて押しつつ、最後の最後で盾を投げ捨てるようにして受け流す。

 

ええっ!? とマスオさん状態のザムザザーにビームサーベルをぶっ刺したところで決着がついた。あ、足とソードいきますよはーい。

 

『カタパルト、進路クリア。レッグフライヤー、ソードシルエット射出、どうぞっ!』

 

すでにスタンバってくれてたこの二つを射出して、私の仕事はほぼ終了。お姉ちゃん、レイ、帰っておいでー(はやい)

 

ほら、ソードに換装したインパルスが敵艦隊に飛び移って千切っては投げ千切っては投げの大奮闘。

 

……種割れ、ハンパな。

 

 

* * * *

 

 

と、いうことがありましたまる。この時期ってフリーダム復活とかカガリ様結婚事件からのフリーダムによる花嫁(カガリ様)強奪事件とか割りかしあっちにフォーカス向いてる時期だよね。

 

え、私? 無事にカーペンタリア基地に着きましたよ。とりあえず帰ってきたお姉ちゃんに抱きついて頭グリグリしてデコピンされたりはしたけど概ねなんも。

 

現在ミネルバは出港してから秒でボロクソにされたからドックで整備中。やることねーから軍の商業施設でもいくかと思ってプラプラしてます。必要なものはこの間オーブで買ったから特にないし、そも軍の施設という時点で夢もクソもないのでショッピング欲もありましぇん。

 

コンビニっぽいとこで買ったチョコレート棒をかじりながらあっちへフラフラこっちへフラフラしてたらなんかピアノの音してきた。綺麗な音色、誰か弾いてんのかな。

 

「あっ」

 

そうしてたどり着いたテーブルと椅子だけが置かれた休憩スペース的なところ。その真ん中に鎮座したグランドピアノと、それを弾く見知った金髪の後ろ姿。君だったんね、そういや弾いてるシーンがあったような。

 

後ろ姿しか見えないからはっきりとはわからんけど、割とノリノリで弾いてんなコイツ。邪魔すんのもわりーしと思ってシレッと彼のすぐ後ろの椅子に座る。………気づいてねーなこれ。

 

と、いうことで彼のソロコンが終わるまで数分。演奏が終わったのを見計らって拍手する。いや普通に聞き入ってしまった。

 

 

「…何をしている?」

 

「なにをって…はくひゅ?」

 

 

振り返る彼がなんやお前みたいなしてきたからとりあえず聞かれたことに答えてみる。

 

 

「そういうことでは…まあいい。それよりも、人前でそんな程度の低いことはやめたほうがいい」

 

 

なんだとこら。と、思ったけど今私は拍手をするために食べてた三本目のチョコレート棒を口に加えたまま喋ってるんだった。やっべ、前世時代の育ちの悪さが。てかバレたらお姉ちゃんに怒られりゅ。

 

ん? あり。そういやここでセイバーに乗ったアスランが合流するんだっけ? なんかピアノをBGMにしながら着艦してたような……やっべ、戻ろ。

 

モゴモゴと残りのチョコレート棒を口に押し込み、いそいそと席を立つ。

 

 

「そろそろ戻るね。機会があったらまた聞かせてね」

 

 

残り一本になったチョコレート棒をレイに押しつけ、早足で駆ける私。いそげいそげ、生セイバーなんてそう何度も見れないよ。来たばっかなのにもうすでにスクラップまでの秒読み段階だからね、アレ。フリーダムえげつな。

 

 

「…考……こう…」

 

 

あり? レイなんか言った? 

 

 

 

* * * *

 

 

駆け足でドックに戻ること数分後。予想通りミネルバのハンガーに見たことあるガンダムタイプが一機。うーん……やっぱこの機体はタイプじゃないや()

 

とか言ってたらコックピットから誰か降りてきましたね。まあ、中身知ってるんですけど笑 で、その彼がヘルメットを外した直後の反応がこちら。わんつーすりーー。

 

 

「アスランさんっ!?」

 

 

っていうのお姉ちゃんかいっ。

 

 

「認識番号、285002、特務隊【FAITH】所属、アスラン・ザラ。乗艦許可を」

 

 

FAITHだからいんじゃね(適当) まあ冗談はさておき。これ確かお姉ちゃんが案内するんだっけ?

 

 

「ねぇ、さっきのっ!? アンタっ」

 

 

…てめーはほんとに次から次へと。国際問題の次は上下問題か、もうお腹いっぱいなんだよこっちは。チョコレート棒三本食ったんやぞこっちは。

 

 

「何だよこれはっ。一体どういうことだ」

 

 

ねーーもうやめてーーー。誰かこのバカエース止めてーーーっ。

 

 

「もうっ! 口の利き方に気をつけなさい! 彼はFAITHよ」

 

「えっ!?」

 

 

お姉ちゃんっ! さっすが未来の彼氏、そこに痺れる憧れるぅ。そしてようやくアスランさんの首元についた徽章に気がついたようで。

 

 

「何でアンタが」

 

 

んもーーーーーーっ! これで連帯責任とかって言われたらお前絶対許さないからな! お姉ちゃん嫁に下さいって言いに来たらお父さんの前に私が「お前に娘はやらんっ!」ばりにキレてやるぅぅ。

 

ほら、アスランさんめっさ苦笑してるやん。で、私たちが敬礼してるのを見てようやくそうしようとし出したシンだけど、彼の右手はストロー付きのマッ○シェイクみたいなやつとコンビニ帰りのビニール袋みたいなので塞がってる。ついでに軍服の襟開いてる。

 

 

「あ…えっと…はい」

 

 

あ、ちょ、この野郎っ。流石にまずいと思ったのか彼はよりにもよって私に荷物を押し付け襟を正し、そのまま敬礼しやがった。んにゃろう。これじゃ私が両手塞がってて敬礼出来てない阿呆みたいじゃんか。許すまじシン・アスカ。こういうとこで主人公としての差が出るんだぞ、メサイヤとかで(ちがう)

 

 

「艦長は艦橋ですか?」

 

 

じゃねーかな。もしくは部屋じゃね。あ、今は服着てると思うよ()

 

 

「確認してごあんな」

 

「なら…そこの、管制官の君。案内頼めるかな?」

 

 

ん? 誰? 彼の視線を追って後ろを振り向く私。

 

 

「バカっ! アンタよ!」

 

 

いったぁっ! お姉ちゃんが叩いたぁっ! うわぁぁんおかーーさーーーんっ!

 

てかこれ私なの? たしか案内しようとした原作の私をお姉ちゃんが無意識社交性アピで押し除けちゃったちょっとトゲのあるイベちゃうの?

 

 

「ほらっ! さっさとしなさい!」

 

「わ、わかってたばぁっ」

 

 

うぅ、私、何も悪くないなのにぃ。いや悪いか、軍のトップエリートの命令に天然かましてんだもんな。すんませんっす。

 

 

「えっと…ん、これ」

 

「あ、ああ、ごめん」

 

「許さん、アイスの刑に処す」

 

 

ハーゲンダッ○だかんな。スーパー○ップなんて持ってきたらどうなるか分かってんだろうなお義兄ちゃん(予定)

 

 

「バカ言ってないの、早くいくっ」

 

 

はぁーい。

 

 

「では、こちらに」

 

 

ほら、アスランさんはよ。なんか言いたげなシンは私がアイスの刑で牽制しといたから。

 

 

「済まないな、わざわざ」

 

 

エレベーター内でそんな感じでFAITHさんが話しかけてきた。すません、こういう話題作りって格下からやんないといけないのに。すんばらしいお気遣い痛み入りますです。

 

 

「い、いえ、とんでもありません。仕事ですので」

 

 

……はい、コミュ障おつ。

 

ここは「なんで復隊したん?」とか言って会話を広げるとかじゃん私のあほぉ。

 

二人きりになった途端に先天性社交性欠如病発動させてんじゃねーーよこの間のパンパンしてた時には普通に話しかけれたじゃんかもうっ! 

 

 

「…そうか。君は聞かないんだな、この間までオーブにいた俺が、なぜ急に復隊したのか、とか」

 

「え?」

 

 

うん、まあ。知ってるしね、概ね。なんて言えないし、うーん。どうしようかな。

 

 

「いや…その。理由があるから、ですよね?」

 

「うん?」

 

 

くっ。イケメンボイスやめろやまだ石田耐性はついてねんだぞこっちは。

 

 

「それなりに理由があるからかなって。色々、複雑でしょうし。私から言えるのは、あなたみたいな人が艦にいてくれるなら、これから心強いなってくらいです」

 

 

まあ本心だ。つい最近三途の川が見えるくらいの激戦をしたこっちとしては、作中最高クラスのMSパイロットがいてくれるってのはありがたい。原作知識云々があっても、怖いものは怖いしね。

 

まあ、そう遠くないうちに私はこの人と命懸けの逃避行をしなきゃならんのでそれなりに仲良くはしたいかな、うん。

 

 

「…やはり、君は変わっているな。ああ、誤解しないでくれ。もちろんいい意味で、だ」

 

 

あ、そりゃどうも。こちとらそこらの人とは成り立ちが違うんでね(呆れ)

 

 

「オペレートする機体が増えて申し訳ないが、俺も出来る限りのことをするつもりだ。よろしく頼む」

 

「い、いえ。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」

 

 

差し出された手を、キョドリながら握った。大きな手。これが年上の男性の、歴戦のパイロットの手なんだろうか。いかん、乙女か私は。

 

ちなみにこの後オーブでカガリ姫が結婚式の最中にフリーダムに拉致られたって言ったらクソ驚いてた。あり、そういや知らなかったんだっけ。すまそん。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 : 不穏

 

 

ディオキアなう。

 

あ、どうもこんにちはメイリン・ホークですよきゃぴ。

 

え? なんで今日は挨拶が普通なのかって? ……疲れたんですよいろいろあって(ため息)

 

そしてこれから起こる怒涛のイベに備えて体力を温存してるという意味合いもあります。

 

今我らが不運戦艦ミネルバがプカプカしてるのは、黒海沿岸都市 ディオキアのザフト軍基地です。まあそれはいいんすわ、ここめっちゃ綺麗な街だし。日本人が想像しそうなザ海が綺麗な街みたいで。

 

基地から基地にキングクリムゾンしてる間にあった出来事思い出すとそんな猪口才な感想なんてあっちゅう間に消し飛ぶけど。

 

とりあえずアスラン…えっと、ザラ隊長が合流したら不倫艦長がFAITHになったり色々した後。マハ何とか基地とかいう砂漠ほどではないけど砂しかねー場所に行けと言われ。

 

そこに行くまでになんかウインダム30機+α(テメーらのことだぞアーモリー3Gども)の大群にタコ殴りにされかけたり。

 

たどり着いた先にいるのはまたもやミネルバの最強武装「タンホイザー」を陽電子リフレクターでペカーしてくる妖怪アラクネみたいな化け物MA。この砲台まともに効いたの物言わぬ隕石だけじゃね今んとこ。

 

その怪物MAが敵基地に続く一本道の前にデデーンと置かれてる地球軍の陽電子砲「ローエングリン」の子守してっから何とかせぇと言われた。

 

はぁ……帰りたい() しかもシンが呼ばれて飛び出てバビューンするまで敵の注意を引けとかも言われた。アホやん。おかげでローエングリン撃たれたし、ミネルバに。避けたけどね、ナイス操舵。

 

まあそんなこんなで。またもや命辛々の戦場をはしごしてここまで来たって話。しかもこの後にシンがステラに出会ったり、西川パイセンがミネルバに加わったりするんしょ? 勘弁してよ…ストレスでハゲそう。

 

せめて静かな場所でゆっくりココアでも飲もうかと思ったら、今度は基地に着くなりラクス様(偽)による慰問ライブやってっし。

 

しずかなー♪このよるにぃ♪、って全然静かじゃねぇわ。

 

うるっさいし騒ぐなら他所でやれまじで。こちとらオペレートとこれからの重っくるしいイベに想いを馳せてクタクタなんだよ。

 

もういっそブリッジに戻ろうかとか思った。多分一番静かっしょあそこ。人も少ないからココア飲みながら仕事しても許される気がする、というか許してくださいお願いします何でもしますから。 

 

と、言うことがあって私は今ミネルバ直下付近のライブ会場端っこにいます。

 

は?なんで?とか思うじゃん? お姉ちゃん見つけたから甘え倒してやろうと思ったらザラ隊長と外行くって言うからついて来た(アホ)

 

原作だとその性格故に積極的にアタックを仕掛ける姉を私が色んな顔芸しながら悔しがったりしてたはずで。それでも姉に負けじと外まで付いてくんだけど。

 

今の私はお姉ちゃん成分を摂取するためにくっついてきたのであってザラ隊長にはあまり用はありません。何なら雰囲気的にお姉ちゃんとザラ隊長サンドイッチしてるけど本音的にはお姉ちゃんの隣行きたいもん(

 

ごめんね空気が読めない妹で。でもほんとに今お姉ちゃんに甘えたい欲が爆発してるから許して(平常運転)

 

 

「ご存知なかったんですか? ここにいらっしゃること」

 

 

お姉ちゃんが気持ちテンション高めで話しかける。乙女だねー、うん。

 

 

「え、あ、いや…まあ…」

 

 

いや誤魔化すの下手くそか。よくそんなんで今までやってこれたなおい。私みたいな特殊個体じゃなくても何か勘付くぞこんなん。

 

 

「まあ、ちゃんと連絡取り合ってる状況じゃなかったですものね」

 

「あ、ああ、うん…」

 

 

何なんだろ、素直なんねこの人。絶対嘘とかつけないタイプだ。にしてもお姉ちゃんニッコニコしてんなー恋してんなー。私もしたいなぁ…いやまあ今はいいけどねうん。

 

ま、それはそれとして。

 

 

「…やっぱし。いるよねぇ…」

 

 

ま、あの真っピンクに染色されたきゃぴってるザクを運搬してる時点で見えてたけど。私の視界の先にいるのはノリノリでアイドルしてるラクス様二号ではなく。

 

オレンジに塗装された見たことあるし見たくなかったしけどもう少ししたらおんなじやつに乗って海にエクスプロードダイビングしなきゃならん例のアレ。

 

『グフイグナイテッド』、西川専用機。もしかしたら来ねーんじゃねーかなとか、最悪どっか違うとこで死んでたりしてくれねーかなとか思ってたけど、まあ世の中そう甘くないっすよね。

 

会いたくない。あのオレンジのグフのパイロットには切実に会いたくない。会うと私はこれから犯す自らの罪を否応なく自覚せねばならないから。

 

 

「…はぁ…どうしきゃっ!?」

 

 

多分作業を終えて急いでたらしいメカニックの誰かが私にぶつかって来た。そのせいで必然的にザラ隊長に抱き付く形に。しまった、原作だとわざとやったことが偶然起きてもうた。なんだこの細かすぎる歴史の修正力は()

 

 

「大丈夫か?」

 

 

むっ…わざとではないとはいえ私のお胸様でラッキースケベっぽいもの食らって無反応だと。くっ…これが経験の差か(なにが)

 

 

「す、すみませんっ! ぶつかられちゃって…」

 

 

慌てて離れようとするも、何故か肩を優しく抱かれてしまう私。why? なにあなたも不倫ですか隊長。

 

 

「こ、ここは危ないな。違う場所に行こうか」

 

 

なるほ、まあすすんでみたいものでもないでしょうしね。と言うことでシレッとミネルバ指差したらそっちまでガードしながら付き添いしてくれた。

 

役得っちゃ役得なんだけどさ、これ、後でお姉ちゃんに甘えられなくないい? チラッと振り向いた先にむくれてるお姉ちゃん見てそう確信した。はぁ……ついてね、今日。

 

 

* * * *

 

 

日を跨いで翌日。不倫艦長から上陸許可も出たし適当に散歩でも行こうかなと思っていた今日この頃。

 

夜くらいなら部屋に帰ってくるかなとずーーっとお姉ちゃん待ってたら端末に

 

 

「議長の計らいで高級ホテルでシンたちと一泊してくる」

 

 

みたいな連絡きててガン萎え不可避だった。一応はレイだけは帰って来てたけど。甘えたい時に甘えられずに欲求不満になった私はチョコレート棒やけ食いして不貞寝しましたよ。

 

ホテルにお泊まりってことはまだ暫くは帰ってこないだろうし、今から合流するのも流石に面倒だし。諦めて一人でお出かけするつもりで私服に着替えてミネルバの外に出た時。

 

 

「「あっ」」

 

 

ちょうど帰って来たらしいザラ隊長と鉢合わせして二人して間抜けな声が出た。おっと、いかんいかん。

 

 

「お、おかえりなさい、ザラ隊長」

 

 

若干どもりながらと敬礼と挨拶は忘れない私。うん、やっとこさ最近敬礼が自然と出るようになって来たかも。

 

 

「あ、ああ…ただいま」

 

 

ん? どしたん。めっさ疲れとるやん。何か帰艦した直後よりもずっとぐったりしてる。

 

 

「君はその…ルナマリアの妹、だったよな?」

 

「ええ、まあ。そうですけども」

 

 

急にどしたの。あ、もしかしてアレか。

 

 

「すまないが…少し時間、あるだろうか」

 

 

多分これ、お姉ちゃんが悪いやつなので。話くらい聞いてあげようか。仕方ない、お出かけは諦めるとしよう。

 

 

「構いません、艦内でよろしいですか?」

 

「そうだな、そうしてくれると助かる」

 

 

ぬ。そうすると着替えないと。休憩室でこの後待ち合わせることにした私は、このタンクトップにパーカーとショーパンという女子力のかけらも無い服装から軍服にファームチェンジするために自室に向かった。

 

さて、どんな話が出てくるのやら。

 

 

* * * *

 

 

「実はな、俺の不手際でその…ルナマリアをひどく怒らせてしまって…」

 

 

ですよねーはい。たしかこれ原作の朝チュン修羅場シーンだったような。まあ怒るよね、朝っぱらに意中の男性の部屋から半裸の女性出てきたら。いやどっちかと言うと怒る方も怒る方な気がしないでもないけど。

 

まあ人だもの。理屈でわかってても感情的になっちゃうことだってあるさ。それを持続させるお姉ちゃんもお姉ちゃんだけどね、はぁ。

 

 

「出かけたいようだったから、俺が船に戻るから行ってこいって言ったら…さらに機嫌を損ねてしまって」

 

 

……。あ、さいですか。なんだこれ、どこのラブコメだよ。ガンダム要素ないやん。まあこれはこの人が鈍すぎるだけな気もするけどさ。

 

 

「シンに加えてルナマリアまでもあの態度では今後に支障が出る。なんとかしたいのだが…生憎とこの手のことはさっぱりでな。妹の君なら、何かいい方法が思いつくんじゃないかと思って…」

 

 

ええ、ありますね。とりあえず私ではなくお姉ちゃん誘って出かけてりゃそれで解決したんじゃね? とか。今この瞬間にも火に油を注いでいることに気づいてねーなこの人。

 

 

「はぁ…今日の夜にでもお姉ちゃんをご飯に誘ってみてください。艦内でも外でもいいです。拗ねてたら多少強引でも構いませんので」

 

「そんなことで…いいのか?」

 

「そんなことで、いいんです」

 

 

『そんなこと』にすら気づいてねーのはアンタくらいだよまったく。ほんとに戦闘以外じゃ朴念仁もいいとこですね。まあ、不器用で真っ直ぐだ、とも言えますけどね。

 

 

「分かった、そうしよう。わざわざすまないな。君には世話になりっぱなしだ」

 

「いえ、とんでもないです。こちらこそお姉ちゃんがすみません」

 

 

まあこれに関してはお姉ちゃんの方が悪いと思うので。それに、近いうちにあなたには命がけで私を守ってもらうことになると思うので、売れる恩はなるたけ売っておきますよ。

 

さて、やることないし部屋に戻るか、それとももう少しこのひととの仲をほぐそうかなぁとか思った矢先。

 

 

「お、アスラン。さっきぶりだな」

 

 

「っ!?」

 

 

うそだ。なぜこの人物がいる。着任はまだ少し先のはずだ。まだ少し猶予があったはずだ。唐突に響いたどっかの革命的なボイスに、私は戦慄した。

 

 

「ヴェステンフルス隊長、いらしてたんですか」

 

「んだそりゃ、ハイネでいいっての。面倒ごとは先に済ましておく方なんでな」

 

 

そう言って、()は私たちの方へゆっくり歩いてくる。やめろ、来るな。私は、あなたに合わせる顔なんて持ち合わせていない。

 

だが、そんな甘えが許されるはずもなく。

 

 

「ハイネ・ヴェステンフルスだ。着任はもう少し先になるが、まあ世話になるぜ。よろしくな」

 

 

逃げるな、と言うことか。己の罪から目を背けるなと。ああ、そうだ、その通りだ。

 

ハイネ・ヴェステンフルス。それが私が()()()、彼の名前だ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 : 心の呵責

おかしい。もっとキャピキャピしたものをかくつもりだったのに。


 

…はぁ…。あ、えっと。メイリン・ホークです、はい。

 

 

私たちとミネルバはダーダネルス海峡に向けて移動準備中。目的は周辺の巻き返しにきた地球軍艦隊とその増援部隊の侵入阻止及び撃退。

 

で、その増援部隊ってのがオーブ軍っと。ええ、ええ、分かってますとも。これから始まる戦いこそ、第一次フリーダム乱入事件&あのカガリは偽物だ事件&………ハイネ・ヴェステンフルスの死亡事件。

 

ったく…目白押しにも程があるっての。シンはシンでちゃっかりステラと初コンタクトして来てるし。すぐ顔に出るんだから。

 

こっからほんと忙しい。まあ…私のこの過去最高レベルの低テンションの理由はそれだけじゃないんだけどさ。

 

いやだってわかんないじゃん? 今から人殺そうとしてる人間の心のあり方がわかる人いたら教えてほんと。

 

顔でも洗ってこようかな。特に通信等が来てないことを確認して、私は左耳にしてるインカムを外してブリッジを出る。とりあえずモヤモヤしたら冷水を顔にぶっかけるようにしてる16歳。

 

カツンカツンと踵を鳴らして乙女の安息所を目指していると、今一番会いたくない顔を含むメンツが向こうから歩いて来た。

 

 

「あ、メイリン」

 

 

お姉ちゃん、とシンにレイにザラ隊長に…ヴェステンフルスさん。勘弁してくれよ、何のために顔洗いに行くか分かんなくなったわ。

 

 

「お、君さっきの。ルナマリアの妹で名前は…あ、メイリン・ホーク。MS管制官なんだって?」

 

「…あっ…えっと、はい…まあ…」

 

 

気さくでいい兄貴分なんだよね、普通に接してれば。それが余計に私の胸中をかき乱すんだけど。いっそ清々しいくらいにクズだったら楽なのに。

 

 

「なんかどんどんオペレート大変になってくけどさ。俺も気合入れてメイリンちゃんが楽できるよう頑張るから、一つよろしく」

 

「…え、あ、よ、よろしくお願いします、ヴェステンフルスさん」

 

 

私のその呼称に、彼は分かりやすく眉を潜めた。知ってるよ、そういう()()()だってことは。

 

 

「堅っ苦しいのはなしでいこうぜ? これから関わる機会いっぱいあるだろうし、ハイネでいいって。さっきこいつらにもそう言い聞かしたとこでさ」

 

 

無理だ、悪いがあなたと関わる機会はあと数日もない。このまま距離を保たせてもらう。あなたに情を移すわけにはいかないんだよ。あなたには、次の戦闘で確実に死んでもらわねばならない。

 

私が知る未来への道筋に、あなたは障害でしかない。

 

 

「いえ…そういうわけには…仕事がありますので、失礼します」

 

 

これ以上顔を合わしたくなかった私は、体を反転させてきた道を戻る。なんなんだまったく、なんでよりによってこうも人格者なんだこいつは。

 

 

「あ、ちょっと、メイリンっ!」

 

 

ごめんお姉ちゃん、今はお姉ちゃんとも喋りたくないや。

 

 

 

* * * *

 

 

深夜。パパッとシャワー浴びて休憩室に逃げてきた。部屋にはお姉ちゃんいるし、顔合わせたら絶対さっきの話になるからね。

 

仕方ないけど、今夜はここで夜を過ごすとしよう。歯ブラシとかの必需品はかっぱらって来たから、ここで夜明けまで過ごしてブリッジに行けば問題ナッシン。

 

さて何しよう。一人トランプでもしようかな。タワーとか立ててれば意外とすぐ時間なんて過ぎるもんさ。

 

心のモヤモヤを吹き飛ばさんがためにノリノリでトランプタワー建設に取り掛かろうとした矢先。

 

 

「なんだ、こんな時間に一人でトランプか?」

 

 

そんな彼の言葉で私のトランプタワー建設計画は日の目を見ることなく頓挫した。理由は私の心境の悪化。

 

 

「ヴェ、ヴェステンフルスさん、こんな時間にどうしんですか?」

 

「ルナマリアからメイリンちゃんが部屋に戻らないって連絡来てな、原因だろう俺がお話しついでに迎えにきたってわけ」

 

 

…あっそ。もうお姉ちゃんたちとそんなに打ち解けてるんだ。やっぱあなたは危険だよ、生かしておけば必ず大きな歪みを生む。

 

みんなのため、お姉ちゃんたちの、私の知るあるべき結末のため。次の戦闘で確実に死んでもらう。

 

 

「あと呼び方な。ハ、イ、ネ。そこんとこも含めてちょっと話そうぜ。どのみちすぐ帰るつもりもないんだろ?」

 

「…いえ、もう休みます。明朝には出港です、ヴェステンフルスさんもお休みになられた方がよろしいかと」

 

 

部屋には帰らない、こうなったらトイレにでも篭って意地でも雲隠れしてやる。背中と腰が不安だが背に腹は変えられない。

 

そう思い立ち、彼の隣を抜けてトイレに向かおうとした時、

 

 

「その作戦のために。こんなんじゃダメだと思って来たんだ。悪いが少し付き合ってもらうぜ」

 

 

手を掴まれた。気持ちさっきよりも低い声音と一緒に。

 

 

「必要ないですよ、仕事はきちんとこなします。任務ですから」

 

 

嘘だ。私は明日、意図的に仕事を放棄する。彼が死ぬタイミングは、乱入してきたフリーダムが攻撃を開始し、彼の駆るグフの右腕がフリーダムに切り落とされてから最初にフリーダム、グフ、ガイアが一直線に並んだ時だ。

 

より正確に言えば、フリーダムとガイアの間に彼のグフが入り込んだ時。MS管制をしてる私からなら、逐一その動きは補足できる。

 

だから、()()()()()()。ただそれだけのことだ。死ぬタイミングも状況も分かっている。ならあとはその時にただ指を咥えて見ていればいい。

 

 

「あのな、同じ艦に乗る以上俺たちは仲間だ。俺は仲間を全力で守る。だが管制官の君にそういう態度を取られると、こっちとしては戦いにくくてしょうがないってこと。艦全体のためにも、パイロットとオペレーターの信頼関係は戦場を生き抜く上で必ず必要になるもんだ、違うか?」

 

 

違わねーと思いますよ。むしろごもっともだ、私が原因でパイロットのコンディションに影響が出るというのなら、それはクルー全員の生死に直結すること他ならない。私は、間接的に艦を危機に晒していることになる。

 

でも、それがなんだという。どのみち次の出撃で彼は死ぬのだ。私が彼のMSをオペレートするのは明日が最初で最後、尚且つ私は彼の死神も同然だ。

 

私と彼の間に、必要なものなど何もない。むしろ今作れば作るだけ、後が辛いだけだ。

 

いっそ言ってやりたいくらいだ。明日お前は死ぬんだと、私が殺すからんなもんいるかよって。でもそれはできないし、したところで意味はない。

 

かと言って、このままでは彼は恐らく私の手を離してはくれないだろう。だから、私はさらに最低な手段を使うことにした。

 

 

「…では、明日。作戦が終了したら、全てお話しします。それまでに私も気持ちを整理しておきますので。それで今日はご納得いただけませんか? もちろん、作戦行動中に私情を挟まないことをお約束します」

 

 

反吐が出る。何もかも嘘だ。私情もいいとこなうえ、作戦終了後に彼はこの世にはいない。これほどまで嘘に塗れた約束も珍しいだろう。

 

 

「…わかった、バッチシ帰ってくるから、そん時は腹割って話しようぜ。約束な?」

 

「ええ、承知しました」

 

 

割るのはアンタの腹じゃなくてグフのコクピットだけど、なんて皮肉が頭をよぎった。マジでクズだな、私。

 

 

「悪かったな、こんな時間に。お、そうだ、ちゃんと部屋には帰れよ。…姉ちゃん、心配してたぞ」

 

 

そう言って、私の手を離して彼は去っていく。私も帰ろう、トイレなんがじゃなくて、もう頭から布団被って何も考えずに寝たい。

 

 

* * * *

 

 

と、そんな気持ちでフラフラと部屋に帰った私も迎えたのは、明らかに怒なお姉ちゃん。

 

 

「あんたねぇ、こんな時間まで一体何してたのっ!? 明日作戦なのよ?」

 

「…ごめんなさい」

 

 

ダメだ、色々あったせいで心の許容量がオーバーヒートしてる。何も考えたくない、聞きたくない、したくない。

 

 

「ハイネにもあんな態度で。徽章見たでしょ? 彼もアスランと同じくFAITHなのよ?」

 

「…ごめんなさい」

 

 

知ってる。見る前から、会う前から知ってる。それに選ばれるくらいに人格が優れて、お姉ちゃんたちとアスランさんとの間にあったわだかまりをあっという間に消してしまいそうなほどの存在だということも。

 

だからこそ、ここで確実に殺さなくてはいけない。

 

彼の存在は、シンたちに必要以上の成長をもたらすかもしれない。そうなれば、今後の物語のターニングポイントに致命的なズレが生じる可能性がある。

 

彼が生きていれば、シンは憎しみに駆られてフリーダムを撃つだろうか? アスランさんとああもすれ違うだろうか? そして、アスランさんは本当にザフトを脱走するだろうか?

 

全て不明瞭だ、もしかしたら私の考えすぎなのかもしれない。だが、何か一つでも歯車がズレてしまえば、物語の結末は必ず変わる。危ういバランスの上で成り立っている物語に、ハイネ・ヴェステンフルスという存在はあまりに不確定過ぎる。

 

だから、殺すしかない。私が目指す未来のために。彼はなにも悪くない、ただただ運命に恵まれなかった、それだけの話だ。

 

 

「ちょっと、聞いてるのメイリン。いつまでも子供みたいなことしてないで、ちゃんと話してみなさい。いい人よ、少なくてもあんたが嫌いになるような人じゃないんだから」

 

 

ああもうっ!! だからっ!! そんなの全部っ!!

 

 

「わかってるってばぁっ!!」

 

 

「っ!? メイリン…?」

 

 

思わず耐えきれなくなって大声が出た。心のぶつける場所を探すようにスカートをぎゅっと握りしめる。あれ、なんだろ。視界が霞んでる、鼻も詰まってきた。

 

 

「わかってるもん…でもっ…でもっ…!」

 

 

嗚咽で声もうまく出ない。もういやだ、どうして私なんだ。どうせならキラとかに転生すれば良かったのに。なんで何もできない私がこんなことしなきゃいけないんだ。

 

力もない影響力もないただのオペレーターに、他にどうしろってんだ。

 

文句あるなら今すぐ誰かなんとかしてよ、今すぐ議長とロゴス殺して世界救えよ。

 

でもそれがっ!! 

 

 

「それが…できないからっ…頑張ってるのに…っ!」

 

 

頑張ってるのに。それでもなんとかしようと頑張ってるのに。

 

 

「なのにぃっ……っ!?」

 

 

………あれ、あったかい。

 

 

「…ごめん、言い過ぎたね」

 

「お…ねぇ…ちゃん」

 

 

わたし、抱きしめられてる?

 

 

「…そうよね、アンタはアンタなりによくやってるわ」

 

 

…………

 

 

「大丈夫よ、何があっても、私はアンタの味方だから。疲れたでしょ、今日はもう寝なさい」

 

 

…そう、お姉ちゃんに言われると。急に瞼が重くなってきた。これが泣き疲れってやつなのかな。やめよ、考えるのめんどくさいや。…これ以上はもう、何も考えたくない…。

 

 

* * * *

 

 

なんてことが、ほんの数分前。

 

 

「…すぅ…すぅ…」

 

「まったく…どうしたんだか」

 

 

そう呟いて、私は隣で泣き疲れて眠る妹の髪を撫でる。久しぶりに、と言うか初めてみた、この子のあんな泣き顔。

 

小指ぶつけて涙目になってたりはよく見てるけど。あんなに何か思い詰めて押し潰されそうになってるような顔は、多分はじめて。

 

 

「…わかってる、か」

 

 

そうよね。普段からトンチンカンなこと言ってアホやらかしてるからたまに忘れそうになるけど。

 

この子はバカじゃない。まして理由もなく人を避けたり嫌ったりするような子でもない。人見知りがあるのはまあ…しってるけど。

 

だから、きっと理由があるのだろう。この子なりに、仲良くしたくてもできない理由が。仕方ない、少しだけ待ってみよう。ハイネには悪いけど、まあこればっかりはね。

 

流石に妹にあんな泣き顔されて無碍に出来るほど、私は薄情じゃない。

 

 

「それでもまあ……やっぱ甘いのかな、私」

 

 

可愛い顔で寝ちゃって、もう。さっきまで涙と鼻水でグシャグシャにしてたくせに。いいわよ、でも。

 

アンタがいい相手見つけて嫁に行くまでは、私が守ってあげる。何があっても、私が必ず守ってあげるから。

 

だから、今はゆっくり休みなさい。

 

 

「おやすみ、メイリン」

 

 

可愛らしい寝息を立てる妹の額に軽い口づけをして、私も一緒のベッドに入る。何があったか知らないけど、今日くらいはいい夢見なさいよ。

 

 

 

* * * *

 

そう、誓ったはずなのに。

 

この数日後、私は自らの無力さをこれでもかと痛感させられることになる。でもこの時の私には、そんなこと知る由もなくて。

 

いつまでもずっと、この子が隣にいてくれるんだと無意識に思い続けていた。

 

けれど、そんな私の浅はかな願いを、運命はまるで嘲笑わうかのように奪い去っていく。

 

 

全ては、あの雨の降りしきる、雷鳴の夜に。

 

 




西川案件が終わるまではこんな雰囲気(・Д・)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 : ハイネ・ヴェステンフルス

タイトルが

・きゃぴった平仮名⇨そういうこと

・真面目なひらがな⇨ちょっぴり真面目

・その他⇨?



 

 

『そうか…そんなことがあったのか』

 

 

翌日。ダーダネルス海峡に到着するまであと僅かと言ったところ。私たちパイロットはそれぞれの機体のコックピットで待機してた。

 

通信越しに昨日夜に妹と話したことを件の彼に報告すると、彼は何でもないと言うように笑って言った。

 

 

『わかってる、か。何かこれじゃ、俺が歳下の女の子追い詰めたみたいになっちまった。…悪いな、妹、泣かしちまって』

 

「まあ、仕方ないわよ。私だってこんなの初めて。だからってわけじゃないけど…もう少しだけ待ってあげてくれる? そのうち、さらっと平気な顔して接してくれると思うわ」

 

『ああ、もちろんだ。それに、約束もしてくれたしな、何も気にしてねーよ。んじゃま…お互い、生きて帰ってこようぜ』

 

「ええ、もちろんっ!」

 

 

じゃあな、と言って彼との通信が途絶える。それにしても、約束? そんなこと聞いてないけど…さて、どうなるかな。

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

はい、こんにちは。朝起きたらお姉ちゃんに髪を撫で撫でされててちょっぴり嬉しかったメイリン・ホークです。

 

昨日部屋に帰ってギャン泣きした後くらいから記憶があいまいmeまいん。まあ、そんなことは至ってどうでもよくて。え? いま? 

 

 

「"タンホイザー"、軸線よろし!」

 

「よし、起動っ。照準、敵護衛艦群」

 

 

って感じです。もう戦闘真っ只中。アスランさんとシンは既に出撃して飛び回りながらオーブ軍のムラサメと扇風機みたいな羽つけたアストレイの大群と交戦中。

 

で、私たちは現在信用皆無の"タンホイザー"発射態勢。まあ、体勢ってだけで発射は出来ないけどね。理由は後ほど、とりあえず私は今のうちにシレッと対ショック姿勢っと。

 

 

「ーーーーセーフティー解除」

 

 

あー来るかなー…やだなぁ…。体をやや丸め頭を守るような姿勢になりながら心の中でそう溢した。これから来る様々な出来事と犯す罪から、目を背けるように。

 

 

「ぅてぇぇぇっ!」

 

 

パキュン。ええ、撃ちましたよ。ただし引き金を引いたのは天空からの使者であり、撃たれたのはオーブ軍ではなくミネルバのタンホイザーですけどね。

 

直後、発射直前まで充填されていたタンホイザーのエネルギーが行き場を失って暴発、凄まじい轟音と衝撃が私たちとミネルバを襲う。

 

黒煙を吹き上げるミネルバ、突然の衝撃に悲鳴の上がる艦内、そして、蒼穹を突き抜け凄まじい速度で降下してくる影。

 

やがて、その影の姿がはっきりと見えてくる。

 

ガンダムタイプの特長である鋭角的なV字アンテナと輝かしい琥珀色の双眸。白と黒を基調にしながらも、要所に青と赤をアクセントに加えた美しくも幻想的なカラーリング。そして何より、絶対的な存在感を放つ背面の大型ウィングスラスター。

 

 

「…()()()()()…」

 

 

 

蒼き翼を携えた最強のMSが、今戦場への堂々たる降臨を果たした。

 

 

 

* * * *

 

 

と、言うことがあってから数分。ダメージで着水しちゃったミネルバにこれ幸いと地球軍からアーモリー3Gを筆頭にした猛攻が襲いくる。あとオーブ軍。

 

お姉ちゃんとレイ、それから…ヴェステンフルスさんも出撃してそれぞれが迎撃にあたってくれてるけど、それでも数が多い。

 

オーブ軍には、フリーダムと一緒に、あの"アークエンジェル"とカガリ様の駆るストライクルージュが戦場に出てきて、オーブ軍に戦闘を止めるよう呼び掛けてくれたけど、今更そんな理屈が通る道理なし。

 

あのユウナ浪漫性乱に偽物呼ばわりされたカガリ様やアークエンジェルまでもがオーブ軍の攻撃対象になる。

 

そして説得が不可能と見るや、フリーダムはカガリ様を下げ、自ら戦線に躍り出てくる。

 

はっきり言おう、化け物だ。あんなの単機が保有していい戦力じゃない。

 

たった一機で、ただの一度も相手を殺さず、被弾もせず、アークエンジェルを守りながらザフト、連合、オーブ軍の三勢力に対して図抜けた戦果を上げ続けている。

 

一機、また一機と、流れ作業のようにメインカメラやバーニア、主兵装と言った重要部位を撃ち抜かれたまたは切り落とされた機体が急増していく。そんななか、

 

 

『くっそぉっ! 何なんだよこいつはっ!?』

 

「シンっ!? だめっ!」

 

 

縦横無尽に暴れ回るフリーダムに業を煮やしたインパルスがライフルを乱射する。でも、その光の弾丸はただの一発足りたりとも、掠りともせず。逆に、

 

 

『なっ!?』

 

 

一呼吸のうちに距離を詰められ、すり抜けざまに一閃。ただのそれだけで、私が注意を促す暇もなく、今までの活躍が嘘のようにインパルスは一瞬で右腕と主兵装のライフルを失った。

 

そして、インパルスの右腕を切り落としたフリーダムは間髪入れずに海面に腰のレールガンを二発。海中を高速移動するアビスを、海上からの射撃のみで無力化する。しかもVPS装甲の隙間を縫うように背面バーニアのみに当てるといった離れ業。この間、実にわずか十秒弱。

 

無茶苦茶だ。アレにとって、今のインパルスもアビスも全部雑兵でしかない。

 

そして、ついに運命の時が近づいてきた。フリーダムが怪物じみた速度で飛翔する先には、鮮やかなオレンジに染色されたグフと、地に四本の足をつけ睨み合っているガイア。

 

…仕方ないんだよ。こうするしか、私は私の未来を守れないんだから。ごめんね、()()()()()、恨んでくれていいから。

 

こみ上げる罪の意識に、私は思わず目を瞑り、唇から血が出ることも厭わずに強く噛みしめる。

 

そう、仕方ないんだ。そういう運命なんだ。だからーーーっ

 

 

 

『わかった、バッチシ帰ってくるから、そん時は腹割って話しようぜ。約束な?』

 

 

 

『大丈夫よ、何があっても、私はアンタの味方だから』

 

 

だからーーーーーっ!

 

 

 

* * * *

 

 

「ちくしょう、冗談じゃないぜっ!」

 

 

急に出てきて暴れまわってるのがふざけた速度でこっちに突っ込んでくる。

 

それに逆上したらしいガイアが獣じみた動きがヤツに飛びかかるが、逆に居合切りみてぇに抜いたヤツのビームサーベルに前脚を切り飛ばされてそのまま海面に落下していく。

 

そのあまりに傍若無人ぶりな振る舞いに、俺は完全に頭に血が上った。戦場に出てきて戦いをやめろ、無理なら纏めて撃墜ってか? 英雄だかなんだか知らないが、

 

上せてんじゃねぇぞお前。

 

 

「手当たり次第かよっ! この野郎生意気なぁっ!」

 

 

機体の右腕に取り付けられたビームガンをヤツ目掛けて連射する。一発の威力は低いが、ライフルとは弾幕の密度が違う。蜂の巣にしてやる。

 

だが、

 

 

「なにぃっ!?」

 

 

あろうことかヤツはこっちに向かって突っ込んできながら最低限の軌道で全弾躱し切りやがった。しかもすり抜けざまに撃ちまくってた俺の機体のビームガンを右手ごと切り落としていく始末だ。

 

ちくしょうっ! どんな反応速度してやがる!

 

ありえねぇ。この俺が、こんなわけわからんやつにあっさりと。すっかり冷静さを欠いた俺は、周囲への警戒を疎かにしてあの蒼い翼を睨みつけた。

 

 

だが、これがいけなかった。イレギュラーなことに思考を囚われ、周りへの注意を欠いてしまった結果、俺は自分の意思とは関係なくヤツへ迫る凶刃の前にしゃしゃり出ちまったらしい。

 

 

『後ろっ! 避けてっ!』

 

 

「っ!?」

 

 

その声より一瞬遅れて、けたたましく鳴り響く警告音。俺は反射的にバーニアペダルを思いっきり踏み抜いた。直後、急上昇する俺の機体のコクピット、その僅か数メートル下をガイアのビーム刃が通り過ぎていく。

 

 

「うおぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

両脚を失ってバランスを崩し、急速に落下していく俺の機体。やべぇ、このままじゃどのみち海面に叩きつけられてお陀仏だ。

 

 

『ハイネっ!』

 

 

だが、すんでの所で吹っ飛んできたアスランのセイバーに左手を掴まれた。あぶねぇ、マジで死ぬとこだった。

 

 

「悪い、助かった」

 

 

そう礼を言ったが、アスランはじっとフリーダムの方をじっと見つめて反応がない。そうか、アレに乗ってんのはお前の知り合いだっけか。

 

 

その後、地球軍、そしてアークエンジェルとあの機体…フリーダムもやることは終わったと言わんばかりに撤退していく。

 

気に入らないことこの上ないが、まああの状態から生き残れたことだけでもとりあえずはよしとしねぇと。

 

それに、

 

 

「…そうか、助けられちまったな」

 

 

俺のことを執拗に避けてた女の子に、一生モンの借りも出来ちまったしな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 : 『罪』と選択

 

 

「すみません艦長。情けない話ですが、俺はここで離艦させてもらいます」

 

 

ミネルバの艦長室で、俺は艦長にそう告げた。ここはマルマラ海 ポート タルキウス。あのアークエンジェル乱入戦闘を終えて、艦首に大きなダメージを負ったミネルバ修復のため、この軍港に立ち寄った。

 

 

「そう…残念だわ。でも仕方ないわね、機体があれじゃ」

 

「ええ、まったくです」

 

 

俺の機体、議長から頂いた最新の試験機「グフイグナイテッド」。今はまだ俺たち"FAITH"級の奴らにしか与えられてない高性能機だ。

 

それがまぁ、片腕と両脚持っていかれたとあっちゃぁ、流石に修復は難しい。やってくれたぜ、フリーダム。

 

 

「それで、あなたこれからどうするの?」

 

「議長にこの件を報告したら、使いを回すから合流するようには言われました。詳細は俺も知らされてません」

 

 

そう、謝罪と一緒に機体状況と今後のついて議長に指示を仰いだところ、とりあえず合流するよう言われちまった。多分新しい機体を預けてくださるんだろうが、さてどうなることやら。

 

 

「そう。全て了承しました。短い間だったけど、この艦とクルーみんなを守ってくれて、ありがとう」

 

 

へっ…。なるほど、こりゃべっぴんさんだ。そりゃ議長も懇意に…ってあっぶね、これは考えちゃいけないやつだな。

 

 

「いえ、こちらこそ。大したお力添えも出来ず、申し訳ありません。またいつか、どこかでお会いできる日を心待ちにさせていただきます」

 

 

俺は笑顔で差し出された右手を握り返す。まあ、またいつか会うこともあるさ。生きてさえいりゃ、必ずな。

 

 

「それで、出発はいつなのかしら? 時間が空くならこれまで通り本艦の部屋を使っても構わないわよ」

 

「いえ、そういうわけには。議長が仰るに、今日中には迎えが来るそうなんで、それまではゆっくり街の観光でもしてますよ」

 

 

まあ、俺がいつまでもここにいちゃ、()()()に悪いしな。でも約束があるんだよなこれが。段取りはつけさせてもらった。悪いが、最後に少しだけ付き合ってもらうぜ。

 

 

 

* * * *

 

 

やっちゃった。あれだけわんわん泣いて悩んで決めたはずなのに。気付いたら声に出して叫んでた。

 

これからどうしよ。もうこれで彼の生存はほぼメサイヤまで確定だ。人ってのは不思議で、一度身の危険を感じるレベルの失敗をすると、そう簡単に同じミスは繰り返さない。

 

それがコーディネーターで、しかも"FAITH"でしょ? まー死なないっしょ。それに物語の鉄則、死亡フラグを乗り越えた奴はもう死なない法則とかもあるし。ここ現実だから知らんけど。

 

で、私メイリン・ホークが何をしているかと言いますと。タルキウスに着いてひと段落したら甲板に行けと言われたので仕方なく来ました。理由はまあ…察した。

 

 

「はぁ…なんて言おう…」

 

 

次に会うとは思わなかった。つもりもなかったし、何ならその芽を私が自分で摘むつもりでいた。血塗られた十字架と一緒に。

 

でも、結果はこの有様だ。最後の最後で自分が可愛くなってしまった。目の前で死んでいく仲間を、大義のために見殺しにするほどの非情な覚悟が、私にはなかった。

 

 

「よう。ちゃんと来てくれたんだな」

 

 

私が逃れた罪で悶々としていると、橙色の髪を潮風になびかせた件の彼が甲板に上がってきた。

 

 

「…まあ、約束しましたから。お姉ちゃんにも言われたし」

 

「なんだよ、そっちが本音か? ほんと仲良いよな、二人」

 

 

そりゃそうさ。なんたって私はあなたを殺すつもりであんなデタラメを取り付け逃げたんだ。その私が今更約束なんて。

 

 

「…あの、それで。えっと…私は…っ」

 

「あの約束な、延長できないか?」

 

 

はい? なんとかその場凌ぎの言い訳を考えていた私の声を遮って、彼はそんなことを口にした。

 

 

「バッチシ帰ってくるって言っておいてこのザマだ。こんなんでメイリンちゃんにだけ約束を守らせんのは、フェアじゃない」

 

 

いやまって。色々まって。延長? はい?

 

 

「でも、だからって一度した約束をなしってのはまたズルいだろ? だから延長。俺が君にこのデカイ借りを返したら、今度こそ名前で呼んでくれ。そんな他人行儀じゃなくて、仲間としてな」

 

 

なんだそれ。なんだそれ。仲間? 私が? あなたを見殺しにしようとしたゲスだぞ私は。

 

 

「最後にこれだけは聞いてってくれ。艦を離れる前に、どうしても君にこれを伝えときたくてな」

 

 

なんですか、告白ですか? 生憎と私は自分で殺そうとした男とのうのうの付き合えるほどサイコパスじゃーーーーー

 

 

「助けてくれてありがとう。俺が今ここにいられるのは、全て君のおかげだ」

 

 

……は?

 

 

「君が俺に対して何を思ってるかは、わかんねぇ。でも、それでも君は俺の命の恩人だ。これだけは、何にも変えられない事実だ」

 

 

いや…違うし。恩人なんかじゃない、むしろ私はーーーーー

 

 

「このデカイ借り、必ず返すからよ。だから色々含めて、ありがとう」

 

 

私はーーーーーっ

 

 

「そんだけだ。じゃあな、またどっかで会おうぜ。出来れば、戦場以外でな」

 

 

俯く私の頭にそっと手を置いて、そのまま彼は甲板を、そしてこの艦をも去っていく。

 

 

「私は…そんなんじゃっ…ちがうのに、ちがうのにっ!!」

 

 

理不尽な理由で殺そうとした相手に感謝され、胸に刺さる名前のわからない感情に支配される私。

 

助けた命、でも助けてはいけなかった命。もしこの罪に名前があるとしたら、いったいどんなだろう。

 

様々な思いが渦巻いて止まらず、私は誰もいない甲板で一人、止まらぬ涙を流し続けた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「…ぐすっ…はぁ…ズビ…」

 

 

短いスパンでギャン泣きは目と鼻にくるな。見る人が見れば何やこいつみたいな顔になってるかも。その時はあ○花見てたとかって言い訳してやる。

 

 

さて、

 

 

「すぅっ……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

なんだよもうっ!! いいよもうっ!! やってやるよ、このままあの西川ボイス生存してようが不倫ダル議長倒してやるよ!

 

しょうがないだろ、助けちゃったんだから。ならこのまま行くしかないの。どうせやることは変わんない。何がなんでもですてにーぷらんとか言う誰得、いや私損な計画なんて阻止だ阻止。

 

全ては、私の私による花の美少女らいふのために。そして、私の大切な人たちがみんなで結末にたどり着くために。

  

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ふぅ…」

 

 

やってやる、何がなんでも。泣き言なんて終わってからいくらでも言える。だから今は戦え、私に出来ることを、為すべきことを為す。そうしたら、きっと上手く行く、ううん、やる。

 

よし、叫んではっちゃけたらスッキリした。とりあえずご飯食べよ、お腹空いた。

 

 

幾分か軽くなった足で、私は甲板を後にした。この先、気が滅入るイベント盛り沢山で、何なら例の脱走の時だって近づいてる。それでも、私はやり遂げる。

 

だってそれが、私に出来る、みんなの守るただ一つの方法だから。

 

 

ちなみにこのあと甲板で奇声発してたの見てたお姉ちゃんにめっっっっっちゃ怒られた。艦長にもちょっぴり怒られた、ぴえん。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 : ごはん☆りかん☆まんちかんっ☆

そろそろキャピキャピした話を打っ込むのが限界な雰囲気になってきて悲すぃ。


 

トントントントン。ジャボボボボ。パカっ、チュルン。 トポ、トポトポ。シャシャシャシャシャシャ。モミモミモミモミモミモミ。パンパンパンパン。

 

 

ジュワぁぁぁぁっ。

 

 

はいおっけ。あ、どうも皆さん。一度は心折れかけ、それでも前に進むんだ系のイベントを乗り越えました。

 

ツインテールは萌えの証、戦火にひしめく戦場とみんなに可愛いをデリバリー。花舞う美少女コーディネーター、メイリン・ホークでっす☆きゃっぴぴーん。

 

え? 冒頭何しとんって? "唐揚げ"に決まってんじゃん何言ってんの(逆ギレ)

 

西川兄貴とただならぬ約束を交わし、奇声を発したことでお姉ちゃんに叱られ艦長に窘められた私は現在、ミネルバ内にある食堂の厨房に立っています。あ、もちろん可愛い花柄のエプロンも忘れずにね☆

 

色々、そうほんと色々あってストレスMAXな私はそのストレスをご飯で解消しようと致しました。しかし、ただ食べるだけでは最早私の中に蓄積した厭離穢土城の如きストレス軍団を攻め落とす事などできる道理なし。

 

ので、いっそ自分が好きなものを好きなだけ作って食べることにしちゃった♡

 

ストレス解消ガチ勢となった私は、不倫艦長からのお小言が終わるや否や厨房に直行、廃棄寸前になっていた鶏肉とその他諸々の食材、調味料の使用許可を担当の方から得て、現在私手ずから鍋の前に仁王立ちしている。

 

とりあえず唐揚げが最強だと思った私は使用できるだけのありったけの量の鶏肉を根こそぎ油とフォーリンラブ。一口大にカットし、様々な調味料と生卵を合わせた味付け湖に肉をぶち込み、片栗粉をまぶして油鍋に放り込む。

 

そうして出来上がる、唐揚げのみで構成されたマウント富士の如き肉の山。ふっ…流石私、前世の私が節約のために自炊しまくってた記憶が生きたぜ。

 

しかし、ここで問題が一つ。

 

 

「どうしよ。私、五個くらいしか食べれないんだけど」

 

 

そう、いくらストレスMAXな私とて、一度に食せる唐揚げはせいぜいが五個。だが目の前に聳え立つ唐揚げ山の構成数は五十を平気で上回る。アホやん、私。やり始めたらハイになって気づいたらこれだもん。

 

 

「あ、そうだっ」

 

 

一人で無理ならみんなで食べればいい。幸い、今はお昼時。みんなお腹を空かせているに違いない、てか減らしとけ。あと少ししたら恐らくアスランさんはアーク天使陣営に会うために一時的に離艦してしまう。

 

そうなる前に、こちらの戦力が減少する前に。方をつけねばなるまい。そう決心した私は、可愛い花柄のエプロンを外す時間も惜しんでミネルバ内を駆け巡った。

 

唐揚げガチ勢は携帯なんか使わない、足を使う。ここ大事。

 

わっはっは。いつぞやと同じと思うなよ、ここは地球圏、つまりは重力ありきの空間だ、そんななかで私が同じ轍を踏むと思ったら大間違いだぁっ!! 

 

 

* * * *

 

 

「で? それで艦内走り回って壁にぶつかって床で転んでレイに捕まった、ってことでいいのね? メイリン?」

 

「…はい、誠に申し訳ありませんでしたごめんなしゃい」

 

 

数分後。私はスタート地点であるここ食堂で問答すら許されずに正座させられている。みんなにカロリーをお届けするために風となった私はミネルバ艦内を飛ぶように駆け巡った。

 

そして文字通り飛んだ。何かにつまづいて壁におでこをズッキュンさせ、そのあまりの痛みと反動で後ろに後退、今度は踵から躓き後頭部と地面がズッキュン。

 

痛みに悶え転がる私の先に、あなたですかとレイ・ザ・バレル。哀れな私を氷点下以下の瞳で見つめた彼は、そっとお姉ちゃんに電話をかけその後私の首根っこ掴んでここまで強制連行を敢行した。

 

 

「…はぁぁぁぁぁ…なんか…毎度毎度悪いわね…レイ」

 

 

マリアナ海溝が埋まりそうなほどの深いため息でお姉ちゃんがそんなこと言う。ねぇねぇ、頭にダブルパンチ食らった私の心配は? え? なし?

 

 

「気にするな。…改善への期待は既に捨てている」

 

「捨てないでよっ! いつまでも胸に持ち続けてよっ!」

 

 

お前金髪このやろうっ! 大体お前がお姉ちゃんに連絡しなきゃこんなことには…いやどうせ私が呼びに行ってたし一緒か。むしろ手間が省けたまである。よくやった、褒めて遣わす。

 

 

「それで、いきなり俺たちを呼びつけて何なのさ」

 

 

ふっ…気になるかミネルバのエースくん。いいだろう、なら耳の穴かっぽじってよく聞きやがれぃっ!!

 

 

「食事のお誘い、らしいわよ」

 

 

うおっふ。レイの近くにいたからとりあえず呼んでみたスペシャルゲストが遅れて登場しながら私の台詞をぶんどった。もう、

 

 

「いいとこなのに遮らないでくださいよ、艦長」

 

「あら、それはごめんなさいね」

 

 

ぷくぅと膨れる私を慈母神の如き瞳で見つめるのは、我らがミネルバ、その艦長であらせられあそばしけりたもうタリア・グラディスさんその人である。

 

 

「「「艦長っ!?」」」

 

 

呼んだ当人の私と呼ばれた本人、そしてその場にいたレイを除いたお姉ちゃんとシンとアスランさんが綺麗にハモった。いいないまの、録音しときたいくらい綺麗だった。

 

 

「す、すみませんこの度はうちのアホがとんだ失礼をっ!」

 

 

お姉ちゃんがすっ飛んできて正座してる私の頭を押さえつつ自分も頭を下げる。いたいいたい、この姿勢結構腰にくるってっ。

 

 

「気にしないでちょうだい。そろそろお昼にしようと思っていたところだしね。それに、貴方たちパイロットとこうしてゆっくり話す機会なんて、そうないものね」

 

 

ほらぁ。だから大丈夫だって。ヴェステンフルスさんに言われたんでしょ? 隊長とか何とか呼んで壁つくるなって。まったくこれだからお姉ちゃんは()

 

 

「それで、今日は何をやらかしたの?」

 

 

やらかしたとは失礼なまいしすたー。私がみんなに手料理を振る舞ってやろうと言うのだよ。

 

 

「唐揚げ作った、いっぱい」

 

 

なぜかお姉ちゃんが、…ああ…、みたいな顔し出した。なんに。どしたんね。

 

 

「メイリン、アンタはいくつ食べられるの?」

 

「五つ」

 

 

え? お姉ちゃん知ってるじゃんそんくらい。何で今聞くん?

 

 

「じゃあいくつ作ったの?」

 

 

ねぇねぇ、それ聞く前に立っていい? そろそろ足痺れてきたんだけど。ビリビリって来てるんだけど?

 

 

「んっとねぇ…ごじゅう…ごじゅう…なな?」

 

 

指をおりながらひーふーみーと数えてたらはぁ……って今世紀最大級のため息をつく我が姉。そんなことすると幸せ逃げちゃうよ。

 

 

「バカね」

 

お姉ちゃん。

 

「バカかよ」

 

続けてシン。

 

「バカだな」

 

三コンボ、レイ。

 

「…バカ…なのかな…」

 

まさかのアスランさん。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 

わぁぁぁぁぁ! 赤服パイロットの鬼が寄ってたかって私をいじめるぅぅぅぅぅぅっ!!! なんだよっ! 誰だってあるだろこういうことっ! 許さん、今度みんな纏めてガナー装備つけてやるぅっ!!

 

 

「…こら。みんなしていじめないの」

 

 

艦長っ! ああ、やっぱし大人は違うなぁ…ほら、これを見習え慈愛のかけらも知らん畜生どもめ。泣き喚く私の頭を撫でる思いやりの心をだな、

 

 

「…算数は…できるわよね?」

 

 

こっちもかよっ!

 

 

 

* * * *

 

 

中程度の大きさの皿に盛られたサラダボウルのようなものが二つと、大小様々な形をしたパンが入ったバスケット。

 

人数分の取皿と小皿に注がれた薄味の野菜スープ。そして何より目立つ………マウント"KA RA A GE"。

 

 

「…まあ何はともあれ。今回は…いえ今回もウチのコレのソレにお付き合いくださり、感謝と謝罪の言葉がありません」

 

 

何その何一つ伝わらない食前の挨拶。こういう時って「思えばここまで来れたのは偏に皆様のー」みたいなこと言うんちゃうの?

 

 

「ほらアンタもっ!」

 

 

ひそひそ声で怒鳴ると言う稀有なスキルで私に話しかけるお姉ちゃん。なにそれ、どこで学んだの。

 

 

「えー…うーん…んー…召しあがれ?」

 

 

あ、誰かずっこけた。なんだお姉ちゃんか、びっくりさせないでよもう。

 

 

「はい、ならいただきましょうか」

 

 

流石年長者、なんかもう学校の給食みたいになってる。

 

とりあえずみんなトングで取皿に唐揚げを一つずつ。ほれ、たんと食べなはれ。私は五個しか食えんのやぞ。

 

そして皆様がパクッと一口。カリカリからのじゅわぁぁを堪能しておくんなましあそばせはーと。

 

 

「…まあ、美味しいわよね。知ってるけど」

 

 

だしょぉ? それもっと褒めるがよろしよお姉ちゃま。

 

 

「…ああ、とても家庭的な味がする」

 

 

お、アスランさんからも高評価とは。この人オーブで城みたいなとこで暮らしてたし元々の出自的に舌は肥えてるとおもってたんだけど。案外こういうのも好きなのかな? …お母さんかな、知らんけど。

 

 

「普段の言動行動はともかく、…まともだな」

 

 

一言多いんだよテメー。素直に美味いっていえやこんにゃろう。

 

 

「本当に。その歳で偉いものだわ。きっといいお嫁さんになるわね」

 

 

絶賛不倫なうなあなたにそう言われると凄まじく反応に困るんだけど。嬉しいような破滅が確定してるような。

 

 

「……ええ…普通に美味いんだけど…メイリンなのに」

 

「よし分かった表でろや」

 

「「やめなさい」」

 

このエースには一度常識と言うものを教えてやろうとおもったらお姉ちゃんと艦長に止められた。仕方ない、お姉ちゃんはともかく艦長のは命令に当たりそうだからね。ん? だれだお前が言うなとか言ったやつ。

 

 

「もきゅもきゅ」

 

 

私も自らで創造した唐揚げを頬ばる。うむ、ニンニクと生姜も効いていいお味。サラダとかスープとかパンとかの口直しも用意したからいくらでもいける、五個までは。

 

 

「あら。メイリン、こっち向きなさい」

 

「ふぁい?」

 

お口モゴモゴさせながら隣に座る艦長に言われるがまま顔を向けると、口元をナプキンで拭われた。あ、どうもどうも。

 

 

「あ、ちょっメイリンっ!」

 

 

お姉ちゃんさっきから怒りすぎぃ。そんな短気だと彼氏出来ないよ。できるけど。

 

 

「いいのよルナマリア。それにしてもこう…どうもこの子には母性がくすぐられてしょうがないわ」

 

「…はい、まあ…ええ」

 

 

なんか私を挟んで女性二人が言い始めた。だれが子供だコラ。

 

 

「…なんなんだこの光景…」

 

「いつものことだ、特別気にすることでもない」

 

「いつも…なのか? これが?」

 

 

そこの男三人うるっさし。てかシンはもっと食え、何なら山の半分くらいはお前が食え。これから先、君にはかつてないほどの辛い試練が待ってるんだから。何のために私が大量の肉を生産したと思ってる。たんと食え、吐くまで食え。

 

あ、レイは食べ過ぎちゃダメだよ。本当に吐いちゃうからね、この後のとある任務で。言い出しっぺ君だけど。

 

 

そしてこの食事会の後。アスランさんはアークエンジェル捜索のために一時離艦、艦長から彼の追跡任務を受けたお姉ちゃんも出動。

 

シンとレイはここから少し離れたところで確認された地球軍のものと思われる研究施設の偵察に向かうことになった。

 

 

シンと()()の邂逅まであと少し。運命は、ここから大きく動き出す。結末は悲劇と決められた残酷な運命の足音が、私には聞こえた気がした。

 




私事ではありますが、昨日に本作が日間ランキング6位を記録することができました。

思いつきとノリだけで構成されたこの駄文に目を通し、感想評価お気に入り登録されて下さった、また下さっている全ての方々に。このような場で恐縮ではありますが、感謝の気持ちをお伝えさせていただきたく思います。

これからも無理のないペースでの投稿を続けて参ります、最後までお付き合いいただければ、これ程嬉しいことはございません。

文才なき駄文ではありますが、どうかこれからもよろしくお願い致します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 : 罪のありか

 

「メイリン、ここは大丈夫だから行ってきていいよ」

 

 

心配しずきて涙目でコンソールにしがみついていた私に、そんなイケメソな野島ボイスが聞こえてきた。

 

 

「で、でも、まだーー」

 

「そんな目じゃコンソール見えないでしょ。俺だけで大丈夫だから。お見舞いついでにコーヒー持ってきてくれたら嬉しいな」

 

 

う、やばい嬉しさと心配とか感情の嵐でわけわからん。涙で霞む視界の中、何とかお礼を言って私はブリッジを退出して目的地である医務室へと走る。

 

今回ばかりはいつもみたいなキテレツ奇行とかではなく明確な目的があるため、どうか見逃して欲しい。

 

私が涙でモヤモヤになった視界で駆けていくと、ちょうどその目的地の扉から治療を終えたらしい人物が出てきた。

 

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

 

そう、その人物こと私の姉ルナマリア・ホークその人だ。先のオーブ軍との戦闘で機体に甚大なダメージを負ったため、操縦していたお姉ちゃんも軽くはない怪我を負ってしまうことになった。

 

 

「メイリン、どうしたのそんな血相変えて」

 

 

どうしたもこうしたもあるもんか。駆けた勢いのままたまらなくなった私はお姉ちゃんに抱きついた。

 

 

「だって! 被弾して機体もあんなになって、そんな怪我までっ!」

 

 

今のお姉ちゃんは頭に包帯を巻き、左手を骨折して肩から吊るしている。その他見えないところにもすり傷打ち身とオンパレードだ。お姉ちゃん大好きっ子の私がこの状況で落ち着いていられるはずがない。例え、原作の流れの通りのことが目の前で起きていたとしても、だ。

 

 

「大丈夫よ、オペレートしてたんだからわかってるでしょ?」

 

「でもぉっ!!」

 

 

もちろん、その辺は分かっている。でなきゃフリーダムにスクラップ同然に解体されたセイバーの中にいたアスランさんとかの心配だってしている。しかしそれとこれとは話は別だ、私は生粋のシスコンなんだぞ、舐めるなよ。

 

 

「でも、でも、だってお姉ちゃんがーー」

 

「もう…よしよし、大丈夫だから。そんなに泣かないの」

 

 

今も涙止まらずグスングスンと嗚咽を漏らす私の頭をそっと撫でてくれるお姉ちゃん。よかった、本当によかった。被弾して機体が大破した時とか思わず戦闘中にお姉ちゃんっ! って叫んじゃったし。

 

 

「うっ…ぐすっ…喉渇いた」

 

「泣きすぎよ。でもまあ…そうね。何か飲みにいきましょ」

 

 

苦笑しながらも痛めてない右手で私の手を引きながら歩くお姉ちゃんの後ろを、涙を拭いながらトコトコ歩く。

 

私たちが天元突破レベルのシスコン姉妹であることは既にこの艦では周知の事実。今更手を繋いで歩いてるくらいじゃ誰も気にしない。てか気にされても今は手離さないもん。

 

とりあえず移動中にここまであったことをサラッと流します。

 

一つ目、悲劇の引き金ステラ・ルーシェの収容。

 

二つ目、アスランさんの帰艦。

 

三つ目、クレタ沖におけるオーブ軍との戦闘及びそれに伴う被害としてセイバー及びお姉ちゃんのザク大破。

 

びっくりするくらい原作通りだけど、レイから提供された情報からポートタルキウス付近に地球軍のものと思われる廃棄された研究施設を発見。これが通称「ロドニアのラボ」ってやつ。そこに単騎でやって来たガイアをシンと帰還したアスランが撃退、鹵獲したのち、パイロットである地球軍のエクステンデッドの少女ステラ・ルーシュを捕虜として収容した。

 

現在彼女は日に日に原因不明の体調悪化が進行しており、呼吸器がなければ生命維持すら困難な状況。ここに関しては後に重大な出来事が発生するため、要警戒。

 

二つ目はそのままなので省略。三つ目は……まあ要するにステラというサンプルを輸送するためジブラルタル基地へと向かい出港したミネルバをまたも"ユウナ邪魔しかせーやん"率いるオーブ軍と先の通りガイアを欠いた地球軍の例の部隊に出待ちされたことによる戦闘。

 

二度目となるアークエンジェル陣営の乱入、カガリ様によるオーブ軍の戦闘中止号令、そしてフリーダムによる戦闘介入と中々にカオスな事態に陥るなか、フリーダムにブチ切れたシンが再び種割れを起こし、あのアビスGを撃破。

 

が、その激情のままシンは敵オーブ艦隊を単騎で壊滅させてしまう大暴れを敢行。結果、彼は知らずのうちに家族を失った直後の自分を励ましアカデミー入学へのきっかけを作ってくれたトダカ一佐を殺害してしまった。

 

また、オーブ軍ムラサメ隊による決死の総攻撃の末にミネルバは艦全体に甚大な被害を被り、お姉ちゃんのザクはその余波により大破。そして、フリーダムの猛攻に晒されたアスランさんのセイバーもまたコクピットブロック以外を切り落とされる惨状となった。

 

これから、迷いを抱えたままのアスランさんと、怒りやその他の感情で不安定になっていくシンとの溝はさらに深まることになる。あの人がいればまた違ったのだろうけど、良くも悪くも結果は先日の食事会の雰囲気なんて見る影もないほどの曇り空。

 

現在私たちはどことも知れぬ岩陰に隠れて緊急メンテナンス中。搭載機体の半数を大破させられ、みんなのテンションは激落ち。エンジニア組は過労死まっしぐら。

 

お姉ちゃんも軽くはない怪我を負ってしまったけど、これでしばらくは…少なくても私がミネルバにいられるうちはもう出撃は出来ないと思う。そこに少しばかりの喜びを見出してしまう私は、やっぱ内面終わってんなと思った。

 

さ、これからまた重大イベントだ。原作では私蚊帳の外だけど…今回は少しだけ動かさせてもらう。散ると分かっている命を救うその偽善、背負うべき罪は私にこそあるはずだから。

 

 

 

* * * *

 

 

「どんな命であれ、生きられるなら、生きたいだろう」

 

 

例のエクステンデッドの少女を連れたシンに、俺はそう口にした。深夜に様子がおかしいシンを追ってみればこの騒ぎだ。無断で捕虜の連れ出しと返還など、重要な軍規違反だ、下手をすれば銃殺すらあり得る。

 

だがそれでも、こいつは今やろうとしていることをやめはしない。俺も、止める気はない。すでにクルーへの暴行を行った俺たちにそんな後戻りできる道などない。そこにある命を生かすというのなら、少しくらいの手助けはする。

 

 

「いけ、ゲートは開けてやる」

 

 

シンにコアスプレンダーへの搭乗を促し、俺はサブコントロールルームへと向かう。ハッチを開けるためのコンソールはそこかブリッジにしかないが、ブリッジには今も艦長をはじめとした多くのクルーがいるだろう、操作は困難だ。

 

ならば守りも手薄なサブコントロールルームからハッチの解放とインパルスの出撃をサポートする方が成功率が高い。

 

おそらく、すでに艦内への異常は通達されているはずだ、急ぐ必要がある。扉の前に到着した俺は開閉パネルを操作、迅速に室内を制圧すべく扉が開くと同時に室内に侵入し拳を構える。

 

だが、そこにいたのは数人の武装した兵士ではなく、

 

 

「やほ。大丈夫だよ、他の人には格納庫に行くようお願いしたから」

 

 

普段は二つに結んだ赤髪を背中に流した、見知った少女ひとりだった。

 

 

「なぜ、ここに?」

 

「レイと同じ理由、って言えば分かるかな?」

 

 

いや、撤回しよう。たしかに目の前にいるのはメイリン・ホークで間違いない。だが、俺が普段から見知った彼女では、断じてない。

 

普段から年不相応な幼い言動行動を繰り返すような彼女ではない。こんな、こんな悲しげに遠くを見つめるような瞳をする彼女を、俺は知らない。

 

 

「それは…意味がわかっていて言っているのか?」

 

「もちろん。あの子を連れ出したシンを発進させてあげればいいんでしょ?」

 

 

そう言って、彼女は何気なく片手でコンソールを叩き、ハッチ解放の手順を完了させる。あとはその最後のキーを叩けば、それでシンは発進できるだろう。

 

 

「なぜ、こんなことをする」

 

「なぜ…か。なんでだろう、自己満足かな。何もしないでいるよりは、私も何か罪を背負いたいから。そうした方が…私が楽だから」

 

 

なんだ、これは。だれなんだ、この少女は。俺は今だれと話をしている。

 

 

「助けられない命を、ほんの一時でも助けたつもりになりたいから。私は、できるだけのことをしたんだって、後から言い訳したいから。だから…二人の罪、私にも分けて」

 

 

そう言って、彼女はコンソールの最後のキーを叩こうとする。あれが作動すれば、ハッチは解放されてシンはインパルスで発進することができる。そして、それを手引き手助けした俺と…彼女もまた軍法会議にかけられるだろう。

 

そう思い至った瞬間、気づけば体が勝手に動いていた。

 

 

「ちがう、それはお前の罪じゃない」

 

 

指を叩こうとする彼女の手を掴み、最後の一手を遮る。

 

 

「…離して」

 

「離さん、何度でも言う。これはお前の罪ではない」

 

 

華奢な腕が震えているのが、掌越しに伝わってくる。罪を分けろと言いながら、こんなにも震えるものがいるものか。

 

 

「…何もわかってない。いいから離して、これは私がやらなきゃいけないの、私が背負わなきゃいけないの。じゃないと…私はシンに何も償えない」

 

 

 

何を言っている。まるでこの先に待つものが分かっているかのような口ぶりだ。一体お前がシンに何を償うと言う。お前に、どんな罪があるという。

 

 

「ちがう、これは俺たちの罪だ。俺たちだけで済む罪だ。わざわざ艦内から違反者を増やす必要はない」

 

「ちがわない、いいから離して。じゃないとーー」

 

 

気づいていないのなら、教えてやる。

 

 

「なぜ、これから罪を犯そうとする人間が涙を流す」

 

「……え?」

 

 

俺の言葉でようやく気がついたのか、彼女は空いている方の手を恐る恐る目元に当てた。

 

 

「あれ? なんで? おかしいな…」

 

 

慌てた様子で涙を拭おうとするも、溢れる涙を片手で拭い去ることなど出来るはずもなく。

 

これは俺の知らない彼女の一面なのか、これこそが彼女の本質なのか。答えは出ない。

 

唯一はっきりと分かるのは、気づいたときには彼女の手を引き、その華奢で震える体を抱きしめていたことだけだ。

 

 

「何度でも言う、これは俺たちの罪だ。お前が背負う必要はない」

 

「レ、レイ…?」

 

 

突然のことに、ひどく困惑しているのが声音でもはっきりと分かった。そんな彼女の鳩尾に、拳を打ち込む。

 

 

「うっ!?…れ……い…」

 

 

痛みと衝撃で意識を失い、倒れ込もうとする彼女を抱きとめ、コンソールを叩く。解放されたハッチからシンが飛び立つのを確認すると、気絶した彼女を横抱きに抱えてコントロールルームの扉を開ける。

 

 

「……何をやっているのだろうな、俺は」

 

 

頬を涙で濡らしたまま眠る彼女を見た俺の口から、そんな呟きが漏れた。

 

おそらくすでに包囲されているだろうが、連行される前に、あの過保護な姉に一発殴られてやらねばな。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 : 悪夢の前触れ

 

 

じーーーーーー。

 

 

「………………」

 

 

じーーーーーーーーーーーーっ。

 

 

「…………………」

 

「じーーーー」

 

「…なんだ」

 

 

ようやくこっち向きやがったなこのやろう。あ、皆さんこんにちは遂に腹パンヒロイン属性を獲得しました、ツインテールは女の懐刀、美少女オペレーター、メイリン・ホークですんきゃっぴきゃぴ。

 

ってんなことはどうでもいいんだよ今は。なあ、レイ・ザ・バレルさんよぉ。

 

 

「痛かった」

 

 

いやまじで。内臓に直にきたわ。まあだからこそ一瞬で意識も飛んだんだけどさ。流石というか何というか。が、それとこれとは話は別なのだよ。

 

 

「…すまなかった」

 

 

まったく。私の玉柔肌に拳ねじ込んどいてそれだけとは。許すまじこの金髪。お返しにドロっドロになったチョコレート棒でも差し入れてやろうとか思ったけど、それは今のレイの顔見てやめた。

 

 

「…ま、いいけどね。もうだいぶキツいのもらっちゃったみたいだし」

 

「…分かっていたことだ」

 

 

そう言って営倉のベッドの上で膝を組むレイの左頬は、この薄暗い空間でも分かるくらいの痣が出来てる。下手人? お姉ちゃんだよ?

 

レイが私に腹パンして意識刈り取った後、シンは原作通りにインパルスで無許可発進、んでこれまた無許可で捕虜であるステラを敵に返してしまった。

 

当然そんなことが許されるはずはなく。実行したシンとそれを手助けしたレイは、それそれは様々な軍規違反で拘束。艦長は怒髪天つくんじゃねかなってくらいプンプン。

 

でもって二人は司令部からの通達が来るまで営倉入りを命じられた。

 

ちなみに。シンは帰艦して格納庫で投降。レイは眠る私をお姫様抱っこした状態でコントロールルームを出て、包囲してる武装した兵士さんに混じってたお姉ちゃんに私をクーリングオフ。

 

びっくり仰天するお姉ちゃんにそこまでの経緯を説明して、次の瞬間には渾身の右ストレートがレイの顔面にダイレクトアタック。いやむしろ怒りに任せて振りかぶってたらしいからロシアンフックだったのかもしれない。

 

いくらわざと受けたとはいえ、あのレイを、拘束しようとした兵士の皆さんともども吹っ飛ばす激おこお姉ちゃん。その場にいたアスランさんが止めなかったら確実にお姉ちゃん傷が開いてたって。

 

 

「…まだ、痛むか?」

 

 

べっつにー。痛みもなければ君みたいに痣もなかったよ。本当にうまく殴ってくれやがった。

 

 

「…へーき。お姉ちゃんも分かってると思うから。だからその一発は、許してあげて欲しいな」

 

「ああ、分かっている。気にするな」

 

 

一応、お姉ちゃんに事情は説明した。めちゃめちゃ怒られたけど。だからこそレイは私を助けてくれたんだってこともわかってくれてる。でも、まあそれとこれとは話違うよね。

 

理解と納得ってやつ。めっちゃ居心地悪そうな顔してたもん。

 

 

「…ありがとう、と言うべきなのかな、私は」

 

 

私は、ステラを逃すつもりでいた。もちろん理由は原作の流れのために。私には、あの子は救えない。ヴェステンフルスさんの時とは状況も何もかもが違う。

 

例えシンとレイを私が妨害したとしても、その後にステラは間を置くことなく衰弱死するだろう。彼女の体は、もはや専用の薬物と機械による記憶操作なくして生きられない。プラントの医学では、彼女は救えない。

 

だから、私も罪を背負うことにした。何もしなくてもステラはシンによって返還される。そして、あの焼け野原となったベルリンで死ぬ。

 

ザフトのサンプルとして解剖されるか、それとも最期はシンの腕の中で安らかに逝くか。私には、彼女に後者を選ばせることくらいしかできない。

 

ならば。その命の終わりを弄ぶ傲慢の罪くらいは、私も背負うと決めた。そう、決めたのに。

 

 

「…さあな。俺は俺でやりたいようにやった、それだけだ」

 

 

まったくこいつは。でも、君があの時止めてくれなかったら、今頃は私もこの暗くて冷たい場所に押し込められてたってことだよね。

 

 

「…そっか。何か欲しいものとかある? シンも」

 

 

レイの隣に入れられているシンにそう声をかけると、寝っ転がったまま不貞腐れたような声が聞こえてきた。

 

 

「ないよ。てかもう来るなよ、あんまルナに心配かけんな」

 

「同意見だな」

 

 

…ほんっとにこいつらは。もう少し言い方ってのをだな。んなこと言ってたら、扉から見知った青髪の青年が入ってくる。ああ、そういえばもうそんなタイミングか。

 

 

「…君は…邪魔だったかな?」

 

「いえ、私はもう出ますから」

 

 

ここから、アスランさんとシンの対立が目に見えて深くなっていく。どちらが悪いって話でもないけれど、今の二人はまだ心を通わすことはできない。

 

 

「アスランさん」

 

「ん?」

 

 

それでも、少しだけお節介を焼くとすれば。

 

 

「あまり、シンをいじめちゃダメですよ」

 

 

あなたが言わなくても、じきに彼は自らの行いのツケを、最悪な形で払わされることになる。…あんまし、喧嘩しないでくださいね。

 

 

「…わかった、覚えておくよ」

 

 

そんな彼の言葉を聞いた私は、暗い営倉部屋に背を向けて足を動かした。

 

ごめんね、止めようと思えば止められるけど、今止めてもどのみち無駄だから。天使が落ちれば、あなたたちの対立は決定的なものになってしまう。私にできることは、何もない。ごめんなさい。

 

 

 

* * * *

 

 

何か飲み物でも、と思って休憩室に立ち寄ると、赤服のジャケットを肩にかけるように羽織った赤髪が見えた。

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「あ、メイリン」

 

 

多分医務室帰りかな。包帯とかが新しい。怪我人がフルパワーで拳振り抜いたんだからね、そりゃ軍医さん怒るよ。

 

 

「大丈夫?」

 

「まあ、とりあえず。次は死ぬほど染みる消毒液使うって脅されたわ」

 

 

よかった、傷が開いたりはしてないみたい。

 

 

「二人に会ってきたよ、とりあえず元気そう」

 

「…そう」

 

 

あら、なんか暗いお顔。まあ、自分が殴り飛ばした友達に私が会ってきたって言ったらこうなるよね、普通。

 

 

「レイ、気にしてないって。今度謝りにいこ、私も一緒に行くから」

 

「……うん」

 

 

妹殴られたから殴ったら、その相手が妹を助けてくれてたってめちゃめちゃ複雑だと思う。私もそう思う。それでも、謝ろって言えば素直に頷くあたり、

 

 

「えへへ」

 

「な、なにすんのよっ!?」

 

 

なんか急にお姉ちゃんが可愛く思えてきた。頭撫でたら逃げられたけど。やーいめっちゃ照れてやんの。

 

 

「小腹空いちゃった、お姉ちゃんなんか食べに行こ」

 

「あ、ちょっとメイリンっ」

 

 

もうすぐ、嵐がやってくる。命も涙も全て飲む混む、破壊の嵐が。そんな事実から目を背けるように、私はお姉ちゃんの手を引いて歩く。

 

もうすぐ、この艦とも、みんなとも、お姉ちゃんとも、お別れしなくちゃいけなくなる。

 

だから今だけは。この優しくて甘いひと時に、身を委ねていたい。けれどそんな私の小さな願いを打ち砕く非常警報が、この後に鳴り響くことになる。

 

向かう先はベルリン。雪に覆われているはずのこの街が、今は戦火と悲鳴に覆われている。あの、破壊の名を冠する死の巨人によって。

 

そして、その巨人の体内に囚われた一人の女の子によって。

 

願わくば。次にあの子が生まれてくるのなら。その時は、こんな戦争しかない世界なんかじゃなくて。あったかくて、優しい世界に生まれてきますように。

 

普通の女の子として、幸せな家庭に生まれてこれますように。

 

 

 




来るべき時のため、少しの間これくらいの短いのが続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 : 今はまだ

 

 

シベリアでのデストロイ撃破作戦が終わり、現在ちょっとした小休止。まあ、休めと言われて言われて休めるほど平和な心境じゃない。

 

ステラが死んだ。

 

まったくの、寸分の狂いなく原作通り。シンの必死な呼び掛けに、ほんの一瞬動きを止めたデストロイ。でもその直後に再起動を果たし、それまで以上の無差別攻撃を開始。

 

シンによる静止の声ももはや届かず、最後はフリーダムによって発射直前の陽電子砲を貫かれ大破。その余波と、おそらく既に生物学的に限界が近かったステラは、これもまた原作の通りに、シンの腕の中でそのあまりに過酷で短い生涯を終えた。

 

 

『ううぅぅぅあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

「っ!?」

 

 

あの時のシンの絶叫が、ステラの亡骸を抱いて慟哭する声が耳から離れない。フィクションではない、本物の怒りと悲しみに満ち溢れた友人の声が、今も私を内側から引き裂かんばかりに叫んでいる。

 

おかげでさっきから吐き気が止まらない。油断すれば胃液ごとぶち撒けかねない。

 

それに、今ミネルバは、というよりシンとレイとアスランさんの仲が最大級にギスギスしている。

 

おそらく、シンは今フリーダムを撃とうと必死に研究とシミュレーションを重ねているはずだ。それこそ、部屋から一歩も出ず、食事や睡眠すら惜しんで。多分、レイも。

 

それが結局、かれらの仲をどんどん険悪にしていくことになる。

 

はぁ…。ほんとに気が休まらない。分かっていたこととはいえ、空気が重過ぎる。まあ、だからと言って私に出来ることなんて何もないんだけど。

 

 

「…あっ」

 

 

シンとレイの部屋の前を通り過ぎようとした時、中からアスランさんが出てきた。しかも、相当怒ってる。そのまま彼は今までに見たことがないほどの早足で歩いていく。

 

そして私も、気づけばそんな彼の背を追いかけていた。出来ることなんてなにもない。そんなこと、分かっていたはずなのに。

 

 

 

* * * *

 

 

どうすればいい。沸き上がる怒りの正体も分からぬまま、俺は無心に足を動かした。今止まれば叫び出してしまいそうだった、だからひたすらに足を動かしどこに行くかも考えぬまま歩き続けた。

 

そうしてがむしゃらに歩き続けていると、いつぞや彼女がユニウスセブン落下の折に仲間を諭していたあの休憩室が見えてくる。中に誰もいないことを確認した俺は、年甲斐もなく乱暴にソファに腰を下ろした。

 

苛々する。だがどうしてこうも腹が立つのか、何に対して腹を立てているのかすら分からない。

 

アイツを…キラを撃とうとするシンになのか、それをうまく伝えられない俺自身になのか。それとも、この訳のわからない状況そのものになのか。

 

 

「くそっ!」

 

 

そう口汚く叫んで感情のままに拳を叩きつけても、一向にこの居心地の悪い感情は消えない。

 

感情が堪えきれなくなり、二発目の拳を振り抜こうとした俺の前に、

 

 

「…えっ?」

 

 

突然、一本の缶コーヒーが差し出された。そこの自販機にあるものだろう。

 

 

「君は…」

 

「…お隣、よろしいですか?」

 

 

見慣れた二つ結びの赤髪の少女が、俺を見つめていた。

 

 

「あ、ああ…」

 

 

差し出されたコーヒーを受け取り、彼女を隣に促す。正直他人と話す気分ではなかったが、不思議とこの少女を拒絶する気にはなれなかった。

 

 

「…それで、俺に何か用か?」

 

 

自分でも驚くほどに低い声だ。まるで八つ当たりだ、これでは。

 

 

「…シンは。彼はきっと、フリーダムを撃ちます」

 

「っ!?」

 

 

なにかと思えば、この少女は一体何を言っている。

 

 

「なにをーー」

 

「それに、アークエンジェルも。私の推測ですが、近々正式に命令が降ると思います。あの艦を撃て、と」

 

 

なんだ、なんなんだ。さっきからなにを言っている、彼女は。

 

 

「…どうして君にそんなことがわかる、それにあの艦は敵じゃ」

 

「敵ですよ」

 

 

俺の言葉を遮って、彼女はハッキリと口にした。あの艦は、アークエンジェルは敵だと。

 

 

「違うっ! 何故そうなる!? 君も見ただろう、フリーダムも、アークエンジェルも俺たちの敵じゃないっ!」

 

 

なぜ彼らが敵になる。彼らを撃つ必要がある。敵は地球軍と、その裏にいるロゴスという連中のはずだ。なのになぜ。

 

 

()()()の敵ではないのかもしれません。でも、他の人はそうじゃない。あの艦を敵とみなしている人達は多かれ少なかれいます。この艦にも、そして…プラントにも」

 

「しかしっ!」

 

「そう思う人がっ! …こちらにもいるということです。どうしてもあの艦を敵にしたい人がいる。そういう人が、私たちに命令を下せる立場にいるということを、忘れないでください」

 

 

あの艦を…敵にしたい人物がいる? プラントに? なんなんださっきから。何を言っている。この少女は、一体何を見ている。

 

 

「アスランさん」

 

 

先日の幼い様子などどこにもない、まるで…まるでいつかのラクスと話しているかのような錯覚に陥りそうになる。

 

 

「この先、あなたにとって信じがたいこと、耐え難いことが起きるかもしれません。でもその時に、どうか思い出して下さい。あなたの仲間の強さと、本当の敵が何なのかを。目の前の出来事だけに踊らされず、激情に流されず、どうか本質を見極めてみてください。あなたなら……必ずそれが出来ると、私は信じています」

 

「君は…」

 

 

仲間の…強さ? 本当の敵? わからない、彼女は何を言っている、俺に何を伝えようとしている。

 

 

「このことは、誰にも話しちゃダメですよ。お姉ちゃんにもです。それ、口止め料ですから」

 

 

そう言って彼女が微笑しながら指差したのは、先ほど彼女から手渡された缶コーヒーだ。

 

 

「…内容に比べて、随分と安い口止め料だな」

 

 

本当に、安い口止め料だ。これだけのことを聞かされて、コーヒー一本で黙っておけ、とはな。

 

 

「…いつか、わかる時が来ますよ。必ず」

 

 

そう言い残し、彼女は席を立ち去っていく。目の前のものだけに踊らされず、怒りに流されずに本質を見ろ、か。なるほど、なかなか…痛いところを突かれたな。

 

手渡された口止め料の中身を乾いた喉に流しながら、彼女に言われたことを反芻する。何があるのかは分からないが、まあ…そうだな、肝に命じておくことにしよう。

 

 

* * * *

 

 

「…メイリン…お前は…」

 

 

* * * *

 

 

 

この後ほどなくして、ミネルバに新たな作戦が通達される。

 

 

『エンジェルダウン作戦』

 

 

これが後に、運命に翻弄される者たちの対立を決定的なものとすることを、この時はまだ、彼女以外の誰も知る由はなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 : 決意

 

 

見渡す限りの雪景色な山間部。思わず見惚れていたいほどの幻想的な風景のなか、憎悪に駆られた影が一つ。

 

エンジェルダウン作戦が開始され、私たちとミネルバにはアークエンジェル及びその搭載機であるフリーダムの撃破命令が下された。

 

先日デュランダル議長が発表した、対ロゴス声明。これにより世界の声は一気に議長に傾くこととなり、各地でロゴスやそれに関係した家屋や施設が暴動に見舞われている。

 

それに先しての、このエンジェルダウン作戦。なぜ、この時期にアークエンジェルを討つ必要があるのか。少し考えれば疑問を持つのは当然だ。

 

いまだ確かな目的も示さぬまま、悪戯に戦火を拡大する者共を討て、だったっけ。

 

要するに、ロゴス許すまじという世界の情勢を囮にした、議長の職権濫用でしょこれ。この先、間違いなく自分の障害になるオーブ、厳密に言えばオーブのカガリ様派閥の人たち、アークエンジェル、そして本物のラクス様。

 

特にラクス様はあらゆる意味で議長にとっての致命的なカウンターになる。

 

だから今のうちにその最大戦力のアークエンジェルとフリーダムが悪ではないと示される前に片付けてしまおう的な。適当だから外れてるかもしれないけど。

 

さっき、艦長が国際救難チャンネルでアークエンジェルに投降を呼び掛けた。でも、答えはノー。画面越しとは言え初めてみたマリューさんがきっぱりと否定してきた。

 

その後は、いまここ。画面越しからでもひしひしと伝わって来る、シンの怒り、憎しみ。性能差のあるインパルスであのフリーダムを徐々に追い詰めてる。まあ、全部想定通りなんだけどさ。

 

 

『メイリンっ! ソードシルエット!!』

 

 

そろそろ、だね。シンの要望に答えて、ハッチを解放してソードシルエットを射出する。

 

 

「タンホイザー起動。目標、アークエンジェル!」

 

 

こっちも終盤かな。潜航を開始するアークエンジェルと、追従しようとする片翼のフリーダム。そして、それを決して逃すまいと猛追するインパルス。

 

 

『はああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

インカム越しに、シンの怒号が聞こえて来る。すでにライフルを失い、投擲されたブーメランで態勢も崩されてるフリーダムに、エクスカリバーを構えて突貫してくるインパルスを迎撃する手段はない。

 

そして、インパルスの凶刃が、シンの憎悪と執念が、フリーダムの腹部を貫く。

 

 

 

「ぅてぇぇぇっ!」

 

 

同時に、副長の指示で、タンホイザーから放たれた熱線が海面諸共アークエンジェルを穿った。ついでやってくる、タンホイザーの海面直撃による海面の大規模水蒸気爆発。強烈な爆発と爆風がミネルバと、海上のインパルスを襲う。

 

 

『…は、はは…ははははは…やった、やったよ、ステラ…これで…はははは…』

 

 

余波でVPS装甲すら維持できなくなるほどボロボロになったインパルス。でも、インカムから聞こえてきたシンの声に、命が助かった安堵なんてない。

 

ただひたすらに、仇敵を討った余韻に浸って、壊れて乾いた笑い声だけが聞こえてくる。

 

そして、海中から上がる巨大な水柱。これにより、アークエンジェルが海中で撃沈した……と思うだろう、普通なら。

 

でも、私は伝えたよ。曖昧なことこの上ないけど。仲間を信じて、怒りに我を忘れないでって。

 

だからあなたなら、大丈夫だよね。アスランさん。

 

 

 

* * * *

 

 

フリーダムが撃墜された。アークエンジェルも、だ。正直取り乱した、死んだかもしれない親友の名前を叫ぶほどには。

 

だが、そんな俺を押しとどめ我に帰させたのは、先日の彼女の言葉。

 

俺にとって信じられないこと、耐え難いこと。例えそれが起きたとしても。仲間の強さを思い出せ、目に見える出来事だけに踊らされず、激情に流されず、本質を見ろ。

 

まったく驚かされる、まるでこうなることを初めから予感していたようだ。

 

そして、もう一つ。

 

「やったなシンっ!」

 

「すげぇやお前!」

 

 

格納庫で帰艦したシンを迎える拍手と喝采、称賛の声。キラを、フリーダムという最強の()を討った彼を迎える仲間の姿。

 

これがそうなのか。例え俺にとってはかつての仲間で、今も志を同じくするもの達でも。ひとたび上から命令されれば、そんなものは関係なくなる。

 

そして、彼らを()としたいものが、その命令を下しているという事実。ザフトに、プラントで彼らを討って得をする者など、まして討つ理由がある人物など、そうはいないだろう。

 

アークエンジェルに、とくにフリーダムに挑めば、どれだけの損害を被ることとなるかなど、これまでのデータから明らかだ。それでも、どうしても彼らを討たねばならない理由がある人物。

 

障害となるのはなんだ。アークエンジェル? フリーダム? もちろんそれもある。だが、本当にそれだけか? 違うさ。今()()()が最も始末したい対象は、アークエンジェルでもフリーダムでもない。

 

それはーーー

 

 

「アスラン」

 

 

頭の中で思考をめぐらしていた俺を、当のフリーダムを討ったエースが呼んだ。

 

 

「なにしてんです? こんなとこで。俺を褒めにきたわけでもないでしょう?」

 

 

…相変わらず、よく突っかかる奴だ。

 

 

「別に。お前が無事かどうか見に来ただけだ」

 

「はっ! 嘘ですよ、本当は言いに来たんでしょう? なんでフリーダムを討ったんだーってさ」

 

 

ああ、本来ならそうしていた。お前の胸ぐらを掴んで怒鳴り散らして喚き散らしていたさ。彼女の言葉がなければ。

 

 

「…命令されたから討った、そうだろう?」

 

「…っ、ええ、そうですよ。俺が討ったんだ、あのフリーダムをっ!」

 

 

そうか。アイツを討てたことがそんなに得意か。それほどまでに、アイツが憎かったんだなお前は。

 

 

「あんたの言ってた親友とやらは俺が討った。アークエンジェルだって沈んだ、なのに何もなしですか? 偉そうにあれは敵じゃないとか言っといて、死んだら死んだでーーー」

 

「死んでない」

 

 

死ぬはずがない。この程度であの艦が、アイツが。そう簡単に殺れる相手なわけがない。

 

あまりに冷静な俺の態度が気に障ったのか、はたまたとったはずの仇をとれていないと否定されたからか。逆上したシンがさらに詰め寄ってくる。

 

 

「な、なんでそんなことが言えるんですっ!? 俺がフリーダムを討ったんだっ! 俺が討ったんだ! ステラの敵をーー」

 

「こんなことで死ぬようならっ!」

 

 

ああ、そうさ。こんなことで死ぬようなら。

 

 

「こんなことで死ぬようなら、とっくに俺が殺しているさ」

 

「な、なにを…」

 

 

そうだ。こんなことで死ぬようなら、俺がこの手で殺している。なにも生まれない、雷鳴の中ただひたすらに憎しみをぶつけ合った、あの日の戦いで。

 

 

『アスラァァァァァァンっ!!!』

 

『キラぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

 

だから、死んでない。アイツも、アークエンジェルも。

 

そろそろ、潮時かもしれないな。アイツの言っていたことが、今ようやく分かった気がする。プラントは信用できない、ラクスの暗殺事件。そして、今回のこの作戦。覚悟を決めなくてはならないな。

 

 

俺は、()()()()()

 

 

「…………」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 : 嵐の前

ガバ警報。頭がパーだから議長出すとめっちゃ書きづらい()

後書きにてちょっとしたご報告を書かせていただきました、よろしければお目通しください


 

『なるほど…君の意思は理解した。残念だが私にそれを止めることはできないようだ』

 

 

ジブラルタルへ入港した直後。

 

出頭を命じられた格納庫で彼と二人きりとなったタイミングで、俺は除隊の意を告げた。これ以上、俺は今のプラントの、いや彼のやり方に賛同できそうにない。

 

キラのことを戦う人形になれなかった不幸な存在と断ずるその言葉に、俺はこの人の内側に潜む冷徹なまでの傲慢さ、そんなものを垣間見た気がする。

 

 

『だがそうは言っても、手続きに少々時間がかかる。今しばらく猶予をもらうことになるが、いいかね?』

 

 

ああ、かまわないさ。どのみちすんなり抜けさせてはくれないだろう。

 

 

 

* * * *

 

 

 

はーい皆さんこ、ん、に、ち、わぁっ! たてばタンポポ座ればヒマワリ、歩く姿は…えっと…うーん…チューリップ!

 

硝煙の匂いを花に変え、今日も今日とて美少女らいふ。みんなのツインテ系妹属性アイドルぅぅっ、メイリン•ホークでっす☆ きゃっぴぴぴーーんっ。

 

 

と、いつにも増してうぜぇと思ったそこの方。仕方ないじゃん、もうこういう挨拶かませるのも最後になりそうなんだもん。

 

ついに、ええついにやってきましたジブラルタル。物語最大級のターニングポイントにして良きも悪きも様々なフラグが立ち並んだ原作屈指のカオスエリア。

 

しかも私という異物が入り込んでるのでどっかの聖○ダンジョンでももう少しマシな作りしとるわってくらいにごちゃごちゃしてくる危険すらある。

 

まあそれでもやることはシンプルさ。アスランさんがホテルの私の部屋逃げ込んできたら半裸になって兵士を追い返して脱走かませばいい。まあそれこそ私が一番命懸けなきゃならんシーンなんだろうけど。

 

ハッキングは出来るはず。今の私なら内側から軍のメインシステムにちょっかいかけて警報を誤作動なんておちゃのこさいさい。なんでかって? 練習したからね、ミネルバで。何回目かに艦長に見つかってめちゃくそ怒られたけど。

 

今は夕暮れ。アスランさんが転がり込んでくる正確な時間が分からない以上、早めに部屋で待機しといた方がいい。もちろん、鍵は開けたままでね。

 

 

さっさと夕飯食べて諸々に備えよう。普段通りに、いつものように振る舞え。

 

 

「メイリン、そろそろ行くわよ」

 

「あ、待ってよお姉ちゃん」

 

 

余計なことは考えるな、これが終わればお姉ちゃんに会えなくなるとか、私がいなくなったら…ううん、死んだと聞かされた時のお姉ちゃんの心配だとか。

 

今は考えるな、やるべきことをやる。大丈夫、また会えるから、絶対に。絶対にーーーーー

 

 

 

* * * *

 

 

「へぇ…さすがにいっぱいあるわね」

 

 

券売機に記された多種多様なメニューを前に、お姉ちゃんがそう呟いた。どれにしようか真剣に悩むその顔は、まさしくどのキャベツが一番か見比べる主婦のそれだった。まあそんな主婦実際は見たことないけどね、私。

 

にしても色々あんなまじ。パンの時点で食パン、クロワッサン、フランスパン、果てに揚げパンもある。いや最後のなに時代だよ。

 

無難にクロワッサンにハンバーグにしようか、それとも興味本位で揚げパンに手を出すか迷っていたところに、

 

 

「おいおい見ろよ。コーディネーター様があんな真剣な顔してパン選んでやがるぜ」

 

 

絶滅危惧種レベルの典型的な嫌みな言葉が聞こえてきた。今日び聞かないぞ出典はかぐや姫ですか?

 

 

「呑気なもんだなぁ。自分らの国の議長様があんなこと言い出したってのによ」

 

 

振り向けば地球軍の制服を来た若い男が三人、私とお姉ちゃんを指差している。なに、こいつら。ああ、そういえば対ロゴスのために地球軍も一部協力する人たちいるんだっけ。知らんけど

 

 

「それともなにか? コーディネーター様は戦場で地球人殺しまくっておきながら地球のパンは平気ってか?」

 

 

…まあ、協力するとは言っても、一定数はこういうのもいるよね。

 

 

「…さっきからなに? 私らになんか用事?」

 

 

異変に気付いたお姉ちゃんが割りかし怒な感じになってる。まあ私も心境穏やかではないけどさ。

 

 

「べつに? ただこれから世界を左右する戦いなのに呑気なもんだなって言っただけだろ? いちいちキれんなよ、コーディネーターさ、ま?」

 

 

大方、私たちを煽って手を出させての正当防衛か、もしくは殴られての被害者演じてこっちの責任問題にしたいのか。どっちにしたって幼稚な八つ当たりだ。

 

いや、僻みか。

 

 

「お姉ちゃん、私これにする」

 

 

この手の輩は無視が一番。騒げば騒ぐほどこいつらの思う壺。そう思い、私はさっさと注文を終えてお姉ちゃんを連れこの場を立ち去ろうとする。

 

 

「ぶっ!? お姉ちゃん!? おいおいザフトはこんなお子ちゃまが入隊できんのかよ!」

 

「お姉ちゃーん、わたしーこれにするー。はははっ! ザフトなんて名前やめて幼稚園にでもしちまえよ!」

 

 

ゲラゲラと私たちを指差して笑い物にする三人組。周りに目を向けてみると薄く地球軍の一部の人たちが私たちを取り囲んでるのが分かった。

 

なるほど、ちょっと嵌められたかも。

 

 

「きさまらっ!」

 

 

私を馬鹿にされたか、お姉ちゃんのお怒りボルテージが一気に跳ね上がるのが分かった。やめなよ、せっかく包帯取れたんだからこんなことで無理しないで。

 

 

「…低俗、低脳」

 

 

ので、私がやることにした。今にも飛び出しそうなお姉ちゃんの手を掴み、ボソッとつぶやく。これが効くんだなぁこの手の輩には。

 

 

「…あ?」

 

 

ほら釣れた。

 

 

「やり方も言葉遣いも品がないです。これで軍に勤める兵士だなんて、地球軍はよっぽど入隊規定が甘いんですね。あなた方みたいな頭の弱い方でも簡単に入れるくらいには」

 

「んだとこのガキっ!」

 

 

ガキはどっちだクソガキ。

 

 

「これから一緒に戦うことになる友軍にこのような態度を取って、何になるんですか? 世界を左右する戦いとが自分で仰っていたのに」

 

「ふざけんなっ! お前らコーディネーターなんて友軍じゃねぇ!」

 

 

あー…。あのさぁ、なんでこういう奴らがここにいるわけ? 地球軍の人事ザルかよ。仕事しろちくしょーめ。

 

 

「友軍ですよ、上がそう定めたなら。上の命令に従うのが軍人の務めです。それとも、地球軍では上の指示にそうやって駄々をこねても赦されるのですか?」

 

 

気持ち、煽り気味に。売り言葉に買い言葉の時点で私も子どもだが。わたしだけならともかく、お姉ちゃんまで馬鹿にしたのは絶対に許さない。

 

 

「てめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

 

「っ!?」

 

 

逆上した一人がズカズカと歩いてきて私の胸ぐらを掴み上げる。いいさ、殴ればいい、そうしたらこっちはこっちでありとあらゆる方面に出て徹底的にお前らを追い詰めてやる。

 

軍に残れると思うなよ、クソガキども。

 

 

「っ!!」

 

 

目の前の光景を見たお姉ちゃんが完全に戦闘態勢に入った。瞳孔の開き切ったお姉ちゃんの拳が、私の胸ぐらを掴む男の顔面にねじ込まれようとした、その時。

 

周りの人の輪を割いて疾走した影が、私の目の前にいた男の首を掴みそのまま壁に叩きつける。

 

 

「よぉ、なんだか楽しそうなことやってんじゃないの」

 

 

どこかで聞いた革命的なボイスと、薄橙色の髪。ザフトのエリートである証の赤服。そして、その中でもさらに選ばれた者の一人であることを示す、襟元に付けられた白金色の徽章。

 

 

「俺の連れになんか用か? あ?」

 

 

ザフト軍特務隊"FAITH"所属、ハイネ•ヴェステンフルスその人が、片手で男の首を掴み上げながら、聞いたことのないほどの低い声でそう尋ねた。

 

 

「て、てめぇっ…っ!」

 

 

せめてもの抵抗なのか、目つきだけは一丁前にヴェステンフルスさんを睨みつけているが、まあ首掴まれながらのそれは負けフラグだよね。足バタバタしてるし。

 

 

「今すぐこの子に謝罪して消えるなら、ここでのことは見なかったことにしてやる。それができねぇってんなら…」

 

「ぐえっ!?」

 

 

首を掴む握力にさらにブーストをかけるFAITHパイせん。おっと、止めないと。それ以上はめっ。

 

 

「離してあげてください、ヴェステンフルスさん。私は大丈夫ですから」

 

 

彼の手を掴み、なるべく優しく、清楚に。イメージはアイスクリームに出てくる私気になります少女。ふっ…真の美少女は時に属性すら使い分けるのだ。普段は衝動に任せて生きているとも言う。

 

 

「そうか」

 

 

最後の鬱憤なのか、片手で掴んでいた男を取り巻きに向かって放り投げる。そしてすぐに彼らとその一味だろう輩はクモの子を散らすように逃げていった。最後の最後までお約束のような連中この上ない。

 

そしてFAITHパネェなおい。こんなんしかいないのか特務隊。三人しか知らんけど。

 

 

「大丈夫か、メイリンちゃん。それとルナマリア、落ち着け。めちゃくちゃおっかねぇ顔になってんぞ」

 

「あ、はい…え、ハイネ?」

 

 

今かお姉ちゃん。どんだけ頭に血上ってたんよ。嬉しいけども。

 

 

「久しぶりだな。元気そうで何より…ってことでいいのか?これ」

 

 

元気ですよ。とりあえずあなたを見て内心ええええっ!! となるくらいには。うそん。なんでここにいんのあなた。ガバもいいとこじゃんどういうこと。

 

 

「ハイネこそ、ここでなにを?」

 

「議長のお付き。まあここに来たのはそれだけじゃねんだけどな」

 

 

だろうね。なんだろうこのあからさまな嫌な予感。こういう時ってたて続くよね、いやーなこと。

 

 

「メイリン」

 

 

ほらぁ! こんどはお前かなんだよもうっ!

 

 

「お、レイ。久しぶり」

 

「ハイネ。変わりなさそうで何よりです」

 

 

なに、レイきみ知ってたのこの人がここにいるの。って当然か、議長と連絡取り合ってるんだからお付きにハイネがいること知ってても。それで、なんぞね。

 

 

「レイ、どうかしたの?」

 

「議長がお呼びだ、俺と来い」

 

 

は? だれを? 

 

 

* * * *

 

 

と、いうことでやってきました基地内ホテル最上階スイートルーム。ピアノとかあんじゃんどこよここ()

 

 

「議長。ミネルバ所属、レイ•ザ•バレル及びメイリン•ホーク、出頭しました」

 

 

はい、そうらしいです。なんだこれ、予想外もいいとこじゃん。私がこの人と直接関わることなんて前代未聞なんですけど。私の知らないとこですごいこと言ってすごいことやってメサイヤと共に消えるんじゃないの?なんで?

 

 

「レイ、それに君…メイリンと言ったね。よく来てくれた、かけたまえ」

 

 

黒髪ロングなイケメンシャアボイス。私の宿敵にしてプラント最高評議会議長。ざっくりいえば今のプラントで一番政治的権限の強い人だ。まあ知ってるけども。

 

おずおずと言った様子で勧められた高級そうなソファーに腰を下ろす。

 

でもってなんだこの状況は。こんなの記憶にもなければ私なんかが議長に呼ばれる心当たりもない。まさかもう謀反の疑いあり! ってのは流石にムリがあるだろう。てかあってくれ。

 

 

「急にすまないね。レイが君の話をしてくれるうちに、私も是非直接話をしてみたくなったのだ。メイリン•ホーク、君という一人の人間と」

 

「そ、そんな。私なんかに…」

 

 

こんにゃろう。レイなに言ったんだ。あり得ないぞこんなの。私はただの管制官で、緑だぞ。その私に議長が興味を持つ? 一体どんな嘘吹き込みやがったちくしょう。

 

 

「聞けば、ハイネも戦場で君に命を救われたと。その歳で見事なものだ、あのフリーダムがいた戦場でそこまでの活躍とは」

 

 

お前もかヴェステンフルス!

 

 

「レイが私に他者を称賛する報告をするのは稀有なことでね。そうかしこまらず、出来れば普段に近しい態度で構わない。君の姉…ルナマリアと言ったかな? 彼女と接するときのように」

 

 

アホか、無理に決まってんだろ。いや逆にこの場できゃぴ☆とか言えば帰れって言われそう。ワンチャンあり? なしですかそうですか。

 

 

「い、いえ。買い被り過ぎですよ、私みたいなどこにでもいるーー」

 

「どこにでもいるような管制官に、未来の戦局が予想できたりはしないさ。あのベルリンの悲劇や、アークエンジェルの時のようなね」

 

 

あー…なーるほど、これはやらかした。あの時のことレイのやつ洗いざらい吐いてやがんな。何ならアスランさんとの会話も抜かれてねこれ。

 

「若くして君のような能力を培っている者は希少だ。今後とも是非その力を存分に発揮してくれたまえ」

 

 

あははー…、私今日で軍抜けまーす。…ほんとなにこれ、え? まさか私の脱走勘付かれてる? いやまさか。ならこれはなに、何故こんなわけわからん展開になる。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

とにかく、適当に話を切り上げて部屋に戻らないと。こんなことでアスランさん脱走失敗とか話にならない。だから聞くもん聞いたら急げよそこの壁に隠れてるラクス様二号機。

 

 

「その類稀な眼力を持つ君に訊ねよう。世界から争いをなくすにはどうすればいいと思う?」

 

 

さあ、とりあえず世界中のみんながお腹いっぱいになるとかじゃないですか。

 

 

「議長は、どうお考えなのですか?」

 

 

こういうときの必殺。質問に質問返し。相手の考えを聞いてそれに適当に同意する。これ世の中の処世術の基本ね。

 

 

「ふっ…やはり聡明だな、君は」

 

 

ええはいそうめんは好きですよ、なんて言ってる場合じゃない。怖すぎる、この人どこまで勘づいてんの。

 

 

「結論から言えば、誰もが幸福であればいい。そうであれば、争いなど決して生まれはしないだろう」

 

 

そりゃね。誰もが幸せハッピーセット万歳ウェーイなら戦争なんて起こらないだろうさ。

 

ただ、何にどう【幸福】を感じるかは、その人次第な気がするけど。私はお腹いっぱいご飯を食べてオシャレして買い物してお姉ちゃんに甘えられれば幸福ですよ。

 

 

「では、その幸福の条件とは?」

 

「誰もが満ち足りていることだ」

 

 

…さいですか。

 

 

「己を知り、精一杯出来ることをし誰かの役に立つ。これが人の幸せだ、違うかな?」

 

 

違わない。誰だって他人に心から「ありがとう」と言われれば嬉しいさ。誰かに感謝されることが嫌いな人なんていない…と思う。

 

 

「いいえ、違いません」

 

「ほう…では君は私の考えにさんどーー」

 

「ただし、それが他人から強制されたものじゃなければ、ですけれど」

 

 

そう。例え誰かから感謝されるとしても、それが他人に強制された行いならば。私は幸福を感じない。

 

例を言ってやろうか。キラ•ヤマトに「今日はフリーダムで○人殺したな、すげーなありがとう」と言ったら、彼は幸福を感じるだろうか。

 

否、断じて否だ。

 

 

「やりたいことを思いっきりやって、誰かに"ありがとう"と言われたら。それは幸せなことかもしれません。しかし」

 

 

そこに自らの意思があれば、の話だ。

 

 

「強いから、素質があるから。ただそれだけの理由で望まぬ者に銃を握らせる世界が、本当に平和な世界なのですか?」

 

 

誰かに強制されて嫌々やったことにありがとうなんていわれるくらいなら。オシャレして友達に"可愛い"、"似合ってる"なんて言われた方が幸せだ。

 

お姉ちゃんに"仕方ないわね"って頭撫でてもらう方が何倍も嬉しい。

 

 

「誰かに押し付けられた幸福なんて、私はいりません。私の幸福は、幸せは、私が決めます」

 

 

あなたは為政者で、世界規模の話をしているのは分かる。対して私のは個人の、私の目線だけの意見だ。全体に対して個の意見をぶつけるのは、お門違いかもしれない。

 

でも、やっぱり私は。あなたの考えを認められない。私は"私"でいたい。明日の私は、私が決める。誰かに強制される私なんてまっぴらだ。

 

 

「…なるほど、見事なものだ。聞いていた通りの、いや聞いていた以上に君は聡明だ。実に、実に興味深い問答だったよ」

 

 

平和を願うあなたの考えは、決して間違いではないのかもしれない。そうまでしなければならないほど、今のこの世界は争いの種に満ち溢れているのかもしれない。

 

でも。それでも私は。()()が欲しい。私が、私の大切な人たちがありのままでいられる、明日が欲しい。

 

 

だからーーーー

 

 

 

* * * *

 

 

まるでかの歌姫のようなことを言って、彼女は退室していった。その姿に思わず圧倒された。

 

自分の幸せは自分で決める、己の明日は己で決める。普段に艦内を駆けずり回って躓き転がっているような彼女からは、考えられないくらいに強い言葉だ。

 

 

「…君が気にかける理由が、私にも分かった気がするな」

 

「ギル?」

 

 

まさかこんなことになるとは予想していなかった。普段の彼女であれば、恐縮して俯くだけで終わるのではないかと思っていた。

 

いや、違うな。あの日の彼女を見た時から。そして先日のアスランとの会話を聞いていた時から。俺はこうなる可能性をずっと考えていた。

 

あの日、部屋を出た時にたまたま見かけた彼女の様子が妙だったので追いかけようとした先での、アスランとの会話。いや…あれはもはや会話ではない、未来を見据えた忠告だ。

 

だからこそ危惧した、そうせざるを得なかった。近い将来、彼女は()()()()の敵になるかもしれないと。俺たちの…ギルの敵となるやもしれんと。

 

 

「本当に困ったものだ、あれほどの隠し玉がミネルバに残っていたとはね」

 

 

ギルのその声を聞いた時、俺は自らの失敗を確信した。彼女のことをギルに教えたことも、彼女をギルに会わせたことも。

 

 

「だが、残念なことに。新たな世界にあのような考えを持つ者は不要だ」

 

 

見通しが甘かった、間違いだった。彼女を、ギルに会わせるべきではなかった。そうすれば、こんなことにはならなかった。

 

 

「この際アスランは後でいい。まず彼女から頼むよ、罪状はこちらで用意しよう。あれは()()()。なるべく穏便に、だが確実に処理してくれ」

 

 

こんな名前のわからない感情に胸を支配されることはなかった。

 

 

「あれほどの意思と未来を見透すかのような凄まじい眼力。放っておけば、いつか第二の白のクイーンに足るやもしれん。あくまで可能性の話だがね」

 

 

 

初めてだ。ああ、初めてだ、こんなことを感じるのは。これから発せられるギルの命令を、その声を、聞きたくないと感じてしまうのは。あなたの声が、こんなにも冷たく感じてしまうのは。

 

 

「だからそうなる前に、可能性のうちに手を打たねばならん。分かっているな、レイ。あの少女が我々の確かな障害となる前に」

 

 

ー消してくれー

 

 

 

俺は、

 

 

『レイがね、褒めてくれたの』

 

 

『なにをって…はくひゅ?』

 

 

俺は、

 

 

『私が知ってるのは、そんなレイだよ』

 

『あれ? なんでだろ? おかしいな…』

 

俺、はっ。

 

『紛い物なんかじゃない。私が知ってる、私の大切な友達、レイ・ザ・バレルだよ』

 

 

俺は…っ!

 

 


 

 

救いたいと思った命。救ってはいけなかった命。そして、救われて欲しいと願った命。

 

全部守りたかったけど、やっぱり世界は残酷で。

 

きっとこれが、私への罰なんだ。背負うべき罪から逃げて、それでも多くを手にしようとした、愚かな私への。

 

 

次回

『訣別』

 

 

激情の刃、振り下ろせ。()()()()()()

 

 

 

 

 

 




↑のような、予告風にしてみました。次の話がこの物語で最重要なポイントになると思ったので。

以下、ご報告です。

↑の話は長いので前編と後編の二分割にしました。前編の投稿日はいつも通り明日(2020/09/12/10:00)………ではなく。本日16時に投稿します(予約済み)

気合と時間があれば後編も今日中に出します。

この物語最大のターニングポイント、楽しんでいただければ幸いです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 : 訣別 (前編)

注意書き&お詫び。

皆様ご存知のとおり、今回は「プロローグ」に続く答え合わせ前半です。プロローグという意図的に情報を遮断、隠蔽した結果、プロローグ時と現在で主人公(メイリン)の心情が

『ほぼ別人』

レベルに乖離してきます。矛盾と捉えられるかたが多数おられるかと思われますので、先にお詫び申し上げます。

それでは、原作本作のターニングポイント兼答え合わせ前半、お楽しみいただければ幸いです。




 

「雨…か」

 

与えられたホテルの自室で俺はそんな何の変哲もない呟きを漏らした。除隊の意思を示してからおよそ数時間。必ず何か仕掛けてくると踏んで警戒していたのだが。

 

予想と反して現状は何もない。刺客の一人や二人は覚悟していたんだが。まあ、この不気味なまでの静寂が、却って胸中の不安を掻き立てるような気もする。

 

 

「ん?」

 

 

明かりすらつけていない部屋のドアを、誰かが叩く。遂に来たかと警戒心を高めながらドアに近づこうとしたが、その前に鍵をかけ忘れていたらしいドアを開けられてしまう。

 

 

「アスラン! ああもう、やっぱりいた」

 

 

ドアから入ってきたのは、武装した兵士などではなく見知った一人の女性だった。姿も声も、あのラクス•クラインそのもの。議長によって見出された、()()()()()()()

 

 

「ミーア?」

 

 

自身の本名を呼ばれた彼女は、消してあった部屋の明かりをつけ俺の方へ駆け寄ってくる。

 

 

「ダメよ! こんなとこにいちゃ。あなた、さっきも格納庫で議長にちゃんとお返事してなかったし」

 

 

そういえばそうだったな。議長の語る平和への思いや人の幸せの条件。争いのない世界を真に望んでいるのだと分かる彼の言葉は、一見すれば正しいのかもしれない。

 

現に、シンは目を輝かせて聞いていた。受領する新たな機体への期待を多分に含まれていたとは思うが。

 

 

だが、今の俺にはどうしても心から頷くことができなかった。今の彼からは、どこか俺の目の前で死んだ()()()に似た感覚を覚えてしまった。

 

 

「こんなことしてたら、あなたまで疑われちゃう。あのシンって子、もうずっと新型機のとこにいるのよ? あなたも早く」

 

 

そう言って腕を引っ張り、彼女は俺を部屋から連れ出そうとする。疑われる? ちがう、あなた()()

 

 

「まて、ミーア。どういうことだ、疑われる? 俺まで?」

 

「ほら、これ」

 

 

そうして手渡された一枚の写真を見て、驚愕した。そこには、タルキウスで俺がキラやカガリと会っている光景が映し出されていた。

 

 

「さっき、議長があのレイって子と話してて」

 

 

迂闊だった。これではいくらでも俺を拘束する理由ができてしまう。

 

 

「ね? だからヤバいのっ!まずいのっ! このままだとあの子みたいに消されちゃう!」

 

 

…あの子?

 

 

「ミーア。俺まで疑われる、とはどういうことだ? 俺の他にも、議長に目をつけられた奴がいるのか?」

 

「ええそうよ。レイって子と一緒に議長と話してた女の子。多分ミネルバにいるでしょ、こう…赤い髪をこんな風にした」

 

「っ!?」

 

 

そう言って両サイドの髪を持ち上げるミーアを見た瞬間、俺は彼女の言う()()()の正体を悟った。

 

 

「まさか…メイリン?」

 

「そう、たしかそんな名前の」

 

 

馬鹿な。なぜ彼女が議長と? そもそも彼女が消される理由はなんだ?

 

 

「あの子、議長に正面から逆らっちゃったのよ。私の幸せは私が決めます、みたいなこと言って」

 

 

…なるほど。己の出来ることを最大限にしていることが幸福だという議長の考えに異を唱えたのか、彼女は。

 

他者から押し付けられた幸福などいらぬと。人形として生きるのはごめんだと。

 

 

「それで、議長はなんて?」

 

「何か、第二の白のクイーン足るかもしれないとか何とかって仰って。レイって子に『消してくれ』って。ね? だからヤバいの、このままじゃあなたまで」

 

 

白のクイーン……っ!? まさか、議長の言うそれは…っ!今、彼が一番始末したいだろう人物。それに足ると言うことは、おそらく議長は本気で彼女を消しにくる。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

気づけば体が動いていた。ドアを開けて廊下にだれもいないことを確認した俺は、ミーアに向かって手を伸ばす。

 

 

「君も早くっ!」

 

「え、アスラン? 一体どうしたの?」

 

 

まだわからないのかっ!?

 

 

「議長は、自らが与えた役割をこなす者にしか興味はないっ! 彼に都合の良いラクス、モビルスーツパイロットとしての俺っ! そして、自身に対する危険分子は徹底的に排除する!」

 

 

先日の彼女の姿。俺でさえ一瞬ラクスに諭されているかのような錯覚に陥りかけた。もし、あれもまた彼女の本質だと言うのなら。あの未来予知の如き眼と、議長に対する確かな反抗の意識。

 

彼が無視をするはずがない。

 

 

「君だっていつまでもこんなことを続けられるはずはないだろうっ!? そうなれば君だっていずれ殺される! 俺や、彼女のように!」

 

「っ!?」

 

 

自分が命を狙われると知って、彼女は驚愕に表情を染める。

 

 

「君も来るんだ、でないとっ!」

 

 

でないと、いずれ必ず消される。彼女は議長の有用な道具であり、同時にウィークポイントでもある。そんな存在を、いつまでも手元に残しておくわけがない。

 

 

「あ、あたしは…あたしはラクスよっ!」

 

 

だが、伸ばしてた手は彼女に拒絶された。

 

 

「ミーアっ!!」

 

「ちがうっ!!」

 

 

強く、それでいて酷く悲痛な叫び。

 

 

「あたしはラクスっ! ラクスなのっ!」

 

 

それほどまでに。命を危険に曝されているというのに。それでもなおそこにいたいと思わせるほど、『ラクス』という名と立場は彼女を冒してしまったらしい。

 

 

「役割だって良いじゃないっ! ちゃんと…ちゃんとやればっ!」

 

 

ダメなんだ、それでは。たとえそうやって涙を流しながら訴えたとしても、そんなものは通用しない。狙われれば殺される、ここにいる限り避けられはしない。

 

 

「ちっ!」

 

 

外が騒がしくなってきた。保安局が乗り込んで来たのだろう。時間がない。

 

 

「ミーアっ!!」

 

 

だが、再度伸ばした俺の手を取ることなく、彼女は怯えるように後ずさる。

 

その姿を見た俺は、数瞬の躊躇いの後、彼女に背を向けて廊下に駆け出した。背中を刺されるような嗚咽を必死に聞こえないふりをしながら、俺は今この瞬間にも命の危機に晒されている少女の元へ走った。

 

頼む、間に合ってくれっ!

 

 

 

* * * *

 

 

はい皆さんこんにちは。メイリン•ホークですよきゃぴー。

 

 

いや仕方ないやん、めっさ疲れたんだもん。何で私が今ここでラスボスと舌戦しなきゃならんのよ。私、モブキャラじゃないの? 原作で議長と直接関わる機会なくない?

 

まあある程度は好き勝手やってるからそれなりに何かあるかなー程度は覚悟してたけど。まさかここまでなんてね。

 

そしてそのラスボスに盛大に噛み付きわっしょいをかます私のガバマーブル。やだぁ、これでロックオンされたらりーむーなんですけど。

 

あ、今ですか? とりあえず議長ルームから颯爽と抜け出した私は精神体力を回復すべくお姉ちゃんルームに無断で侵入。食堂であれやこれやとあったからか、全面的に甘えさせてくれるお姉ちゃん。

 

これは好機とベッドに座るお姉ちゃんの膝に頭を乗せて飼い猫のようにゴロゴロしてた私が数分前。今は自分の部屋に戻るべく廊下をトコトコ歩いてますよ。心配になってついてきてくれたお姉ちゃんと一緒に。

 

このあと、私は飛び込んで来たアスランさんと保安局の人たちに半裸を披露してそのままさよならバイバイ。

 

そうなる前に、お姉ちゃんには何かしらメッセージ残しとくかなぁとかおもったけどまあそんなに現実は甘くなく。だらだらグダグタしてたらあっという間に太陽沈んで雨降り注ぐってね。

 

 

「まったく…あんな奴らとこの先一緒に戦うなんて信じらんない。これだから地球軍は」

 

「ごく一部だよ。みんながみんなあんな風じゃないよ、きっと」

 

 

いまだにお姉ちゃんはぷんぷん。まあ普段私があれやこれやとかましてレイに捕まってることに比べれば軽いことよはっはっは()

 

 

……大丈夫だよ。この先何があっても、お姉ちゃんはきっと。どんなことがあっても、シンが隣にいてくれるから。

 

だから私がいなくても、きっと大丈夫。そう自分の胸に言い聞かせ、自室のドアを開けようとした時、

 

 

「メイリン•ホークだな? こちら保安局だ。お前を拘束するよう命令が出ている、悪いが同行してもらう」

 

 

はい? なんだって?

 

背後からかけられたなんのこっちゃブレイドワークスな声に振り返れば、ボディーアーマーとアサルトライフル構えた兵士の皆さんがこんにちは。

 

いやいや待て待て、お前らが追うべきは私じゃなくね? 結果的に私も含むがそうじゃねぇだろうがおい。

 

 

「どういうこと、この子に何の用?」

 

 

お姉ちゃんが私を庇うように前に出る。やばい、これは流石に予想してなかった。

 

 

「部外者に仔細は伝えられない」

 

「ざけんじゃないわよ、どこからの命令だって聞いてんの、用件も言わずにいきなりこんなの、おかしいでしょ」

 

 

やめてお姉ちゃん。それ以上やるとお姉ちゃんにまで余計な火の粉が飛んじゃう。かと言って私にアスランさんみたく素手で兵士を打ち倒すほどの腕力もない。

 

だが、この親指の爪を噛みしめたくなるような状況をぶち壊すチャンスは、意外とすぐにやって来た。

 

 

「伏せろっ!」

 

 

鋭い叫び声に、私は咄嗟にその場で屈む。直後、私の上を弾丸のような速度で影が飛び越した。

 

影は私を飛び越した勢いのまま兵士の一人に飛び膝蹴りをくらわせ、着地同時に左右の兵士の顔面にそれぞれ膝と拳を打ち込む。

 

瞬く間に武装した兵士三人を物言わぬ死体…ではないけど気絶させたのは、今し方に貧弱な私と引き合いに出した、ここにいるべき張本人のアスラン•ザラその人だ。

 

 

「アスラン!? なにしてるんですかこんっ!!」

 

 

声を出すお姉ちゃんの口を、アスランさんは原作の私にしたように手で塞ぐ。

 

 

「すまない、説明してる時間がない。外に出たいだけだ、静かにしてくれ」

 

 

倒れる兵士と、いつになく真剣なアスランさんの声を聞いたお姉ちゃんはおずおずといった様子で頷いた。

 

それを確認したアスランさんは、お姉ちゃんの口から手を離して倒れる兵士からアサルトライフルを一丁拝借。次いで私に目を向ける。

 

 

「メイリン、事情は移動しながら説明する。俺と一緒に来てくれ。ここにいるのは危険だ」

 

 

……なるほど。どうやら今議長にタゲられてるのは私ということか。そしてそれをラクス様(偽)づてに聞いた彼がここまで突っ走って来てくれたんだね。

 

 

「ちょ、ちょっと、どういうことよ、いったい何が」

 

「お姉ちゃん」

 

 

アスランさんに詰め寄ろうとしたお姉ちゃんの手をきゅっと掴み、視線を私に向けさせる。

 

 

「ごめん、私行かなくちゃ」

 

「メイリン! アンタまで何言ってーー」

 

 

ごめんね、こんな急な形になっちゃって。

 

 

「こんな形でお別れしなくちゃいけなくて、ほんとにごめん。でもきっと、必ずまた会えるから」

 

 

全てが終われば、生きていれば。きっと会えるから。

 

 

「な、何言ってるのよ? 全然わからないわよっ!」

 

 

だから…だから。

 

 

「また…また()()ね、お姉ちゃん」

 

 

涙で霞み始めた視界の中、私はお姉ちゃんを突き飛ばす。直後に、アスランさんの手を取って自分の部屋に入って鍵を掛ける。

 

 

「メイリンっ!? 何してるの! 開けなさいっ!!」

 

 

ごめん…っ! でもきっと、必ず会えるから。

 

 

「…いいんだな?」

 

 

確認の意を込めたアスランさんの低い声に、私は頷いた。

 

 

「いつかはこうなるって、分かってましたから。だから大丈夫です、絶対に、また会えますから」

 

 

そう言って、私は備え付けられた端末の最後のキーを押した。直前の直前まで用意しておいた、警報装置の誤作動コマンドだ。

 

瞬間、基地のあちこちで警報が鳴り響く。流石に今港のサイレンだけ鳴らしても意味ないからね。格納庫方面を避けた色んなとこに悪ささせてもらっちゃった。

 

「今のうちに格納庫へ、飛行可能な機体があるはずです」

 

「分かった。外に出たら車を回す、見えたら乗り込んでくれ」

 

 

私が頷くと、彼は部屋の窓ガラスを体当たりでぶち破りそのまま雨が降りしきる外へと駆け出していく。

 

少しでも私だと認識されづらくされるため、両サイドのヘアゴムを外して原作のようにそれなりに長い髪を背中へ流し、引き出しにしまっておいた拳銃を懐にしまう。

 

 

「開けてっ! お願いだからここを開けて、メイリンっ!!」

 

 

叫ぶお姉ちゃんの声に涙が溢れそうになるが、それは唇をきつく噛むことで我慢する。

 

 

「ごめんね、お姉ちゃん……っ!」

 

 

その言葉を最後に、私もまた彼を追って雨が降りしきる夜へと駆け出す。

 

大丈夫、きっとまた会える。全てが終わったら。ううん、その前に。あの運命の戦いの中で、宇宙で必ず会える。

 

だからその時まで、ちょっとの間のお別れ。

 

私、頑張るから。頑張って生きて必ずそこにたどり着くから。

 

だから……

 

 

ーまたね、お姉ちゃんー

 

 

 

* * * *

 

 

「ハッキングされてるぞっ! くそいつの間に!」

 

 

鳴り響いたサイレンの出所を特定した保安局の兵士達が続々と車に乗り込み走り去っていく。

 

聞けば、彼女を拘束しようとした兵士数名を突然現れたアスランが打ち倒し、ルナマリアの制止を振り切って一緒に逃走したとか。

 

あの何よりも姉を第一にしている彼女が、その姉の声を振り切って逃走したという事実。恐らく生半な覚悟ではなかったことだろう。

 

反対に、俺は未だに決められないでいる。ギルに「消せ」と言われた直後、頭が真っ白になる俺をよそに、彼は保安局に彼女の拘束を通達した。

 

拘束とは名ばかりで、実際は捕まったら最後。あらぬ容疑を着せられて人知れず闇に葬られる。

 

どうすればいい? 

 

これまで俺は、ギルの目指す平和な世界を作るために、ただそれだけのために戦ってきた。二度と争いなど起こらない二度と俺のような、()()()のような者が生まれてこない、平和な世界を目指して。

 

だが、彼女はそんな彼の世界を否定した。清々しいほどにあっさりと、正面から。

 

排除すべきだ。これまで通り、俺が目指すもののために。なのになぜ、俺は今こんなに迷っている。なぜこうも引き金にかける指が重い。

 

なぜこうも、胸に刺すような思いに支配されなくてはならない。

 

迷うなと、撃てと、いくら頭で命じても。俺の身体は一向にいうことを聞く気配がない。

 

そんな曖昧な思考のなか、何気なく走る車の窓の外を見た、そのとき

 

 

「っ!? アスラン…?」

 

 

猛スピードで走り去る乗用車のハンドルを握る、逃亡中の男の顔を見た。

 

 

 

* * * *

 

 

 

アスランさんがF1レーサーばりの爆走運転をかましてたどり着いた格納庫には、やはりと言ったように原作通りの機体が置かれていた。

 

グフイグナイテッド。いつぞやにとある人物が乗っていた機体の、正式量産カラーリング。

 

 

「急ぎましょう、いずれここにも追っ手が来ます」

 

 

頷いた彼とともに、機体に乗り込むためのリフトに乗ろうとしたその時、ふと小さな疑問が頭をよぎった。

 

たしかに小さい、だが決して軽くはない疑問。

 

追っ手…そういえば、原作でレイが格納庫に一人で来れたのって…っ!!

 

そう、取り返しのつかない失敗に気づいた時には、

 

 

「そこまでだ」

 

 

鳴り響く一発の銃声。空へと向けられた銃口からは硝煙が漂い、それを持つ彼の鋭い視線が私たちを射抜く。

 

 

「そこまでだ、メイリン」

 

 

低い声に、鋭い視線。来ないで欲しいと切に願った彼が…レイが、いつもよりも数段重い雰囲気を漂わせ、そこに立っていた。

 

 

「レイっ!」

 

「っ! 待って!!」

 

 

銃を向けようとするアスランさんを、慌てて押し留める。

 

 

「レイ…ひとり?」

 

 

見たところ、レイのほかに保安局の兵士は見当たらない。足跡も、車の音も、何も聞こえない。

 

 

「…ああ」

 

 

どうして一人で来たの、なんて言えない。理由なんて、分かってるから。兵士に拘束されるより、一人で来たほうが確実に()()できるからね。

 

 

「…私を、ころーー」

 

「戻れ、メイリン。俺は…お前を…お前を撃ちたくはない」

 

 

殺しに来たの? そう聞くつもりだった私の声を、彼が遮った。

 

……え? 今、なんて?

 

 

「今なら、まだ間に合う。議長には俺から掛け合う、軍にはいられなくなるかもしれない。だが、決してお前が殺されることになるようにはしない」

 

 

…あのレイが……議長に殺せと言われた私を……?

 

 

「今より不自由な生活を送ることになるかもしれない、だが死なせない。尊厳も失わせない、家族と……ルナマリアと会えなくなるようなことにもしない」

 

 

議長の、彼の作る世界のために。そのためだけにと戦ってきた、戦ってきたはずの彼から、こんなことがあるの?

 

 

「…レイ…」

 

「約束する。議長は…ギルは俺が必ず説得する。俺の言葉なら、きっと聞き入れてくれる。だから」

 

 

戻ってこい、メイリン

 

 

そう言って、彼は私に右手を差し出した。普段は隠している、私があの時押し付けたミサンガが見えるほどに、大きく。

 

 

ああ、そうか。こういうことになるわけか。なるほど、ひどい話だ。

 

 

ここで私が彼の手を取れば、彼の運命は変わるだろう。最後には死ぬしかないはずの彼の運命は、おそらく違った形で、違った場所にたどり着くに違いない。

 

 

私の命と、世界の命運を代償に。

 

 

なんて、なんて残酷な話だ。友達一人救うのに、私は己と世界の双方の命を捧げねばならないらしい。

 

願ったのは私だ。もしそんな未来があるのならと、彼に願いを込めたのは私だ。

 

けど許さないと。代償なき甘ったれた願いなどゆるされないと。そういうわけか。

 

彼を救いたいのなら。悲劇の結末から彼を救い出したいのなら、彼以外の全てを差し出せと。

 

私の命も、世界の明日も、全て捧げるのなら救ってやるぞと。そう言いたいのか、神様とやらは。

 

 

「………」

 

 

そっと手を動かす。ゆっくり、ゆっくりと。その時、初めて私は、レイの顔に僅かな安堵と、笑顔を見たような気がした。

 

 

 

そして私は、彼に右手を差し出した。……懐から取り出した、()()の銃口とともに。

 

 

「っ!? メイリン…?」

 

 

驚愕か、悲しみか。目を見開く彼に、私は告げる。

 

 

「…ありがとう、レイ。君にそこまで大切にされてるなんて……思ってもみなかった」

 

 

涙でもう、彼の顔はよく見えない。それでも、この突きつけた銃を下ろすわけにはいかない。

 

 

「…本当に、本当に嬉しい。叶うなら、私も君の手を取りたい」

 

「ならっ!!」

 

「でもそれじゃぁっ!!」

 

 

聞いたことのないほどに張り詰めた彼の声を、私の声で覆い隠す。嗚咽で震えながら、必死に思いを紡ぐ。

 

 

「でもそれじゃ…私の守りたいものが…守れないから…っ」

 

 

私にはできない。彼を救うために、それだけのために、自分を、お姉ちゃんを、家族を、世界を、全て捧げるなんてこと。

 

 

「君の…()()()のやり方じゃ……私の守りたいものは守れない……っ」

 

 

彼は選んでくれた、私を守ろうとする道を。

 

でも足りなかった、彼は議長の元を離れることはしなかった。

 

もし彼が私を、私だけを選んでくれていたのなら。今私の隣にいたのは、彼だったのかもしれない。

 

でも、そんな未来は。そんな都合のよくて我儘な未来なんて、どこにも無い。

 

 

「…だから…レイ」

 

 

涙を拭う。悲しいから、泣いていたから。そんな理由で、目を背けてはいけない。

 

言わなきゃいけない。しっかりと目を見て、そらさずに。それが、私にできる最後だから。

 

 

「…今までありがとう…それ、つけててくれて…嬉しかった」

 

「やめろ…やめろっ!! メイリンっ!!!」

 

 

 

 

ごめんね、

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

「っ!?」

 

 

駆け寄ろうとした彼の頬を、一発の弾丸が僅かに撫でる。引き金を引いたのは、私。切れた傷口から流れた一筋の血が、彼の頬を伝う。

 

それが涙に見えたのは、私の錯覚なのかな。

 

呆然と崩れ落ちる彼に背を向けて、私はリフトを操作してアスランさんとコックピットに乗り込む。

 

 

「…いきましょう。もう…いいですから」

 

「…わかった。…すまないな」

 

 

謝らないでください。これでいいんです。これで、()()()()ですから。

 

アスランさんがシステムを起動させ、機体を起こす。肩を掴むように機体を固定しているアームを解除して、格納庫を出る。

 

カメラは見なかった。

 

別れは告げた、この先の未来で彼と会うことも、もうないだろう。私が救おうとして手を伸ばし、彼が伸ばしてくれた手を、最後に私が跳ね除けた。

 

なんて、なんて傲慢。勝手に願い、無理だとわかれば踏み潰す。自ら撒いた希望の種を、私は自分で踏みにじったんだ。

 

これが罪だということは、私が一番分かってる。命を弄ぶ外道だと言うことも。だから咎なら受ける。いくらでも、この身で贖える限り、いくらでも。

 

でも、今は止まれない。

 

世界が救われて、みんながみんなでいられる未来にたどり着くまで。その日が来るまで、私は走り続ける。

 

この罪に塗れた心と体を引きずって、這いつくばって泥を啜ってでも、必ずたどり着く。

 

決意の空は闇色で、空も海も罪人の出港を嗤うかのように荒れて乱れる。目指すは天使の名を冠するあの艦。そして飛翔する私たちを追従する、()()の影。

 

いいさ、これもまた私が招いた罪だというのなら、全部纏めて背負うまで。

 

こんなもので止まれるほど、止まることが許されるほど、私の運命は、優しくないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




…やってしまった…罵詈雑言を浴びる準備はできております。

後編は間に合えば今日中。可能性はビールのアルコール度数くらいです.°(ಗ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 : 訣別 (後編)

ま、間に合った…戦闘描写クッソへたっぴーなのでこれが限界ですすいません。


 

 

荒れ狂う海上を飛翔する、四機のMS。一つはもちろん、私とアスランさんが乗るグフ。

 

それを追撃するために来たのが、後ろの三機。うち二機は予想通りのやつ。…もちろん、来て欲しくはなかったけどね。

 

蒼と赤を基調としたボディーカラーと巨大な赤翼を広げる「デスティニーガンダム」と、ダークグレーな色合いにドラグーンシステム背負った「レジェンドガンダム」

 

パイロットはそれぞれシンと……まあレイだろうね。

 

そして、三機目。そうか、()が生きてるってことはこういう展開になるわけだ。

 

彼のパーソナルカラーであるオレンジを基調とした、シンとは色違いの同型機。「デスティニーガンダム•ハイネ専用機」

 

量産機部隊じゃなくて最新鋭機を、それも複数を作戦前に全部出してくるなんて。私、よっぽど議長に嫌われたっぽいね。

 

 

『止まれアスランっ! メイリンちゃんもっ!』

 

 

撃つ前に通信か。原作だと問答無用でレ…レジェンドがライフルぶちかましてきた気がするけど。優しいな、ヴェステンフルスさん。

 

 

『なに考えてんだお前らっ! 基地に戻れ、今なら間に合う! 俺が間に合わすっ!』

 

 

一切の迷いなく、降伏を呼びかけて、さらには助ける宣言までしてくれる。でもね、もう遅いよ。

 

戻ったところで、元々マークされてたアスランはもちろん、爆速でヘイト買ったガバな私に今更そんな余地なんてない。

 

 

『ハイネ』

 

 

ほらね?

 

 

『先ほども言ったが、メイリン•ホークには機密漏洩…つまりスパイの容疑がかかっている。そしてアスランがそれを助けたと言う。可能ならば生け捕りが好ましいが、作戦前の君たちに万が一があるようなことは避けたい。…撃墜を許可する』

 

『議長っ!!』

 

 

そう言って、一方的に通信を切る。いや、こちらの状況は見て聞いてるが、話すことはねーよって感じか。にしても、機密漏洩にスパイか…強ち間違いじゃないのが皮肉過ぎる。

 

 

『……っ……。最後だ。降伏しろ、アスラン、メイリンちゃん』

 

 

奥歯を噛み締めるような音が、通信越しにも聞こえた気がする。それほどまでに、必死に何かを堪えるような顔で、ヴェステンフルスさんが問いかける。

 

 

「…すまない、ハイネ。それはできない」

 

『なんでだよっ!? 戻れよ、なんでこんなことしてんだっ!!』

 

 

ヴェステンフルスさんではなく、その怒号はもう一機のデスティニー…シンの方から聞こえてきた。

 

 

『いいから戻れって!! こんな…こんな…っ! ルナはどうなるんだよっ!? メイリンっ!!』

 

「っ!!」

 

 

分かってる。きっとお姉ちゃんは傷つく。言葉じゃ表せられないくらいに、もしかしたら、立ち直れないくらいに。

 

でも、だからこそ君が必要なんだよ。誰よりも家族を失う気持ちを、悲しみを知る君が、お姉ちゃんのそばにいてくれるって分かってるから。

 

身勝手に押し付けて、本当にごめん。でも、こうするしか出来ないから。私は、お姉ちゃんの側にはいられないから。

 

 

「戻れないんだっ! 彼女はっ!!」

 

 

アスランさんも、私がもうミネルバに…軍にいられないことはわかってる。でもそれを全て言ったところで状況は変わらない。むしろ、聞いてしまった彼らの立場が危うくなってしまう。

 

 

「頼むシン、ハイネ。行かせてくれ。ダメなんだ、このまま彼の言う通りに戦い続けては」

 

 

伝えたいのに、伝えられない。今も彼はじっと見て、聞いているんだろう。私たちが…いや私が下手なことを言わないか。

 

随分と買いかぶってくれたもんだ、私の知識の源なんてブルーレイとスマホで調べられる程度のものしかないと言うのに。

 

 

『…降伏は、しねぇんだな?』

 

「ハイネっ!」

 

 

ゆっくりと。普段の溌剌とした気さくな声音とは正反対に、寒気がするほどに冷たく、低い声だった。

 

 

『…分かった…』

 

 

瞬間、凄まじいマニューバでオレンジに染められたデスティニーがライフルを連射しながらこちらに突進してくる。

 

 

「くそっ!?」

 

 

アスランさんが流石の反応で避け、外れた光の球が海面に巨大な水飛沫を突き上げる。

 

でもって、これがMS軌道のGってやつ? めちゃくちゃじゃんこんなのいつも乗ってんのかよこいつら。頭ぶつけ回るわこんなのに立ち乗りしてんだぞこっちは。

 

 

『ハ、ハイネっ!?』

 

『戦えねぇなら引っ込んでろっ!!』

 

 

いまだに迷うシンの声を、ヴェステンフルスさんの血を吐くような怒鳴り声が覆い潰す。

 

 

『さっきの聞いたろ!? 命令なんだよ議長のっ!! 動けねぇなら邪魔すんなっ! お前もだ、レイっ!!』

 

『っ!? お…おれは…』

 

 

シンも…そしてレイも。いまだ動かず、武装も抜かず。そっか、原作と違って、シンに"迷うな、撃て"って言うはずの彼が動かないんだからこうなるのか。

 

やれ、じゃなくて。邪魔をするな、か。彼らしいのかな。

 

 

「やめろハイネっ! こんなことっ!」

 

 

巨大な対艦刀…アロンダイトだっけ?を振りかぶって突進するオレンジのデスティニー。それを受け止めたシールドごと、グフの左手が切り落とされる。

 

本調子に近いアスランさんと言えど、機体ポテンシャルの差は勿論、コックピットに私という重た過ぎるハンデを背負っている彼は本気のマニューバを行えない。彼一人なら回避できる攻撃も、私がいるせいで防御という選択肢を取らねばならない。

 

 

『こんなこと、だと?』

 

 

低く、ドスの効いた声だ。怒ってるのが一目瞭然なくらいな彼の口から、そんな声が聞こえた。

 

 

『分かってんだよ…そんなことはぁっ!!』

 

 

吠え、再度剣を構えてデスティニーが突っ込んでくる。背中の両翼から鮮烈な光を闇色の景色に撒き散らしながら、胸の内にある心の呵責を振り切ろうとするかのように。

 

 

『助けてもらった命で、今その子に刃を向けてるっ!! 分かってんだよ!! テメェに言われなくても、くだらねぇ真似してるなんてことはっ!!』

 

 

…だから、違うって言ったのに。私は、あなたに恩を返してもらえるような女じゃない。人に役割を押し付け思い通りの未来を描こうとしてるだけの、いわば議長と同じ穴のなんとやら。

 

そんな女に、助けてもらったなんて言わないでよ。

 

 

『けどな……俺は…俺たちは、軍人なんだよアスラン』

 

「ハイネっ!」

 

『や、やめろぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

 

大剣を振りかぶるヴェステンフルスさんの機体を、突貫してきたシンのデスティニーがシールドで横合いから突き飛ばした。

 

 

『シンっ!』

 

『もういいだろ! ハイネも、アスランもっ!』

 

 

睨み合う二機のデスティニー。混乱し戸惑うシンの叫びが、狭いコックピットに反響した。

 

 

『降伏しろ、勝てるわけないだろこの状況でっ!』

 

 

頼むから、と。心の底からそう呼び掛けるシン。私たちを庇うように立つデスティニーと、それを見据えるもう一機のデスティニー。そして、

 

 

『何をしている、レイ』

 

 

再び、悪魔の囁きが聞こえてきた。未だ棒立ちを続けるレジェンドに…レイに業を煮やした議長が、発破…ちがうね、脅しかな。

 

 

『私は、撃てと言ったはずだ』

 

『し、しかし』

 

 

あんなことしたのに。あんなこと言ったのに。君に生きてと願い、最後にはその手を払って切り捨てた私に、まだ迷いをもってくれるんだね、君は。

 

 

『彼女を撃て。それは敵だ、我らの』

 

 

…どうあっても私を殺したいらしいな、この人は。議長の通信から艦長の制止を呼びかける声が聞こえてくる気がするけど、そんなものこの人はなんのその。

 

 

『俺は…っ』

 

『レイ』

 

 

私に、怒る資格なんてない。今し方彼を切り捨て、銃を向けた私にそんな権利などあるはずがない。

 

でも、それでも憤らずにはいられなかった。それがあなたのやり方かと。ただ殺すだけでは飽き足らず、レイの手で私を殺させたいんだ。

 

己の都合の良い戦闘人形に、誰かを思う情など必要ないと。だから消せと、自らの手で。

 

 

『彼女を撃て、レイっ! それは平和を乱す我らの敵だ! この基地に集った全ての者たちの思いを踏みにじる悪だ』

 

 

…言ってくれる。ほんの少しだけ当たってるのがまた痛烈な皮肉だけど。

 

 

『撃て! レイっ!』

 

 

『っ!? ………っ…!』

 

 

何かを押し殺すように俯いた後、これまでの硬直が嘘であるかような化け物じみたスピードでレジェンドが向かってくる。

 

向かう先にいるのは私たち…ではない。彼がその手に掴んだのはライフルでもサーベルでもではなく、デスティニーの両肩。

 

 

『やめろっ! 離せよレイっ!!』

 

 

戸惑うシンとデスティニーを、レジェンドが引き離す。

 

 

『…仕方ない。ハイネ、後は頼んだよ』

 

 

そして、直後。再び翼を展開したもう一機のデスティニーが、声なき叫びを上げるように、光の涙を撒き散らすように私たちに向かってくる。

 

 

『くそ…くそっ…くっそぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁっ!!!』

 

「ハイネっ!!」

 

『やめろ、やめろっ!! ハイネ!!!』

 

『…っ!!』

 

 

激情のままに振るわれたデスティニーの刃が、残ったグフの右手を背中の飛行ユニットの翼ごと切り飛ばす。武装を握るための腕と、飛ぶための翼を失った私たちの機体を、彼は海面へと蹴り落とす。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 

蹴られたものと海面への落下による凄まじい衝撃の中、

 

 

『…すまねぇ…恨んでくれ…こんな、こんなことしかできない俺を…っ!!』

 

 

消え入りそうな涙声とともに、雨のように降り注ぐ破壊の光が次々と海面諸共私たちの機体を貫いた。

 

 

「メイリンっ!!」

 

 

機体の限界を感じ取った彼が咄嗟に私を庇うように抱き締め、刹那の後に私の視界は光に覆い潰された。

 

シンの絶叫、レイの押し殺したように私の名前を呼ぶ声、そして体を襲う凄まじい衝撃を最後に、私は意識を手放した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〜ヘブンズベース蹂躙編〜 守る者、狂う者、閉ざす者
第十八話 : 失われた光


お待たせしました、後編…というよりは諸事情(中身で察して下さいお願いします)で閑話みたいな形で始めさせていただきます。

以下、ご報告です。

一つ目。これからの更新頻度は一部の時のような毎日ではなく「隔日」または「3日に一度」とさせていただきます。

理由として、やはり執筆速度です。今までは原作を何となーくなぞりつつ主人公にガバってもらうだけで何とかなっていたのですが、ここから先は色々と構成やら何やらをいじくり回す必要があります。一応、5、6本のストックはあるため、この貯金を維持しながらやっていくつもりです。

加えて、ここから頭のいいオシャンティーな言葉回しを連発する奴らが結構出てきます(議長ぇ、歌姫一号機とその彼氏、ダレ•ダ•フラガさんなど)

ので、言葉の一つ一つを慎重に考えながら構成をいじりながら…とやっているため、毎日更新ではただでさえ低いクオリティがさらに低下する恐れがありますです。
最後まで描き終えたら毎日更新&最終局面はまたハイマットフルバースト投稿を予定しておりますので、どうかご了承のほどよろしくお願いします。

基本的にこの小説の更新は「午前10時」です、これは法律です。そこを1分でも過ぎて更新がなければ「あ、今日ねーわ作者クソ」と思ってください。

二つ目。アンチ•ヘイトのタグを追加しました。

三つ目。役割を終えた予告編は皆様がこれを目にされている瞬間かその前に削除させていただきます。

以上です、それでは本編二部…一.五部? お楽しみいただければ幸いです。


メイリン・ホーク及びアスラン・ザラ両名の脱走とその搭乗機の撃墜。そんな未曾有の事件から一夜明け、ジブラルタル基地内は騒然としていた。

 

 

知らされた真実に絶望する者。

 

無力に打ちひしがれる者。

 

感じたことのない感情に支配される者。

 

振り下ろした刃の感触を消せない者。

 

 

それぞれの心の行き着く先は、果たしてどこにあるのか。それを知る者は、どこにもいない。

 

 

 

* * * *

 

 

「昨日はすまなかったね、三人とも」

 

 

二人を()()()翌日、俺たちは招集に応じて彼の元を訪れている。プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルの元に。

 

 

「君達と彼女らの間柄には報告を受けている。…辛いことを、させてしまったね」

 

「…いえ…そんな…」

 

「………」

 

 

辛いこと、ね。そんなもんじゃないはずだ。俺にとって恩人であるあの子は、二人にとっては昔からの馴染みだ。喪失感という面だけ見れば、それは恐らく俺の比じゃない。

 

 

「…議長、質問の許可を頂いても?」

 

「構わないさ。言ってみてくれ、ハイネ」

 

 

これだけは、ハッキリさせとかなきゃいけないんでな。

 

 

「あの二人の嫌疑についての詳細を。俺にはまだ…あの子がそんなことをしたなんて、信じられません」

 

 

あの子は、そんなことをする子じゃない。付き合いは短いし、俺はあの子に距離を置かれてる。そんな俺に何が分かる、なんて思うかもしれないけどな。

 

ありがとうと言われて、泣き崩れるような心の優しい子がそんなことをするなんて、俺はどうしても信じられない。

 

 

「ふむ…まだコクピットも見つからず、何も分かってはいないがね。こちらの『ラグナロク』のデータに侵入された痕があったようだ」

 

「ラグナロク?」

 

「ヘブンズベース攻撃作戦のコードネームさ。大層な名前だがね」

 

 

まったくだ。それじゃなにか? あの子は聖戦の生贄にでもされたってか? ざけんじゃねぇ。

 

 

「ただその中には、『デスティニー』と『レジェンド』のデータもある。侵入は容易ではないはずだが…情報に精通している者がいれば…或いは」

 

「…それが、メイリン・ホークだと?」

 

 

なるほど、それで()()()()か。それともそういう筋書きか。

 

 

「報告によれば、彼女らが逃走を図るより少し前。アスランがラクスを連れ出そうとしていたらしい。考えたくはないが、初めから二人は繋がっていた、と考えていいだろう」

 

 

何か心当たりは? そう問われて口を開いたのは、ここまで口を噤んでいたレイだ。

 

 

「…アークエンジェルとフリーダムを撃て…つまりエンジェルダウン作戦が発令される直前に、二人が話しているのを聞きました。その時点でメイリンは既に作戦の内容を知っているような口ぶりでした」

 

「つまり、彼女の内偵はこれが初めてではないと?」

 

「…おそらくは」

 

 

…なんだそれ。

 

 

「では…これは恐らく計画的なものだったのだろう。作戦内容と機体データ、そしてラクス。欲しがるところはいくらでもいるが…現時点で最も有力なのは、彼らだろう」

 

 

なんだそれ。あの子とアスランがロゴスのスパイだってのか? ありえねぇ…そんなのありえるわけがねぇ!

 

 

「認めたくないが、事実だ。これが私から提示できる現時点での全てだが…まだ何か、気になることはあるかな?」

 

「…いえ、ありがとうございます」

 

 

こじつけもいいとこじゃねぇか。そんなことで俺は殺したのか? アスランを、あの子を。ただ命令だからと。

 

 

「君達の心中は察するが、どうか今は堪えて欲しい。次の作戦には世界の命運がかかっている。君たちの働きに、期待しているよ」

 

 

「「「はっ!」」」

 

 

けど、今の俺にはどうしようもできない。ロゴスを撃つ、ここに関して異を唱えるつもりはないからな。だが、その先は…

 

 

「それとレイ、悪いが少し残ってくれ。話がある」

 

 

…そうかよ。なら俺は先に失礼させてもらうとする。…どうしても会わなきゃいけない奴がいるんでな。

 

 

「…シン、いくーー」

 

「…申し訳ありません、議長。どうしても、会っておきたい人物がおりますので。なにとぞお時間をいただきたく。後ほど必ず伺わせていただきますので」

 

 

いくぞ。そう言いかけた俺の言葉を遮って、レイが口を開いた。

 

 

「…そうか。いや、構わないよ。ミネルバだろう?」

 

「…はい」

 

 

…なんだよ、俺と同じ用事じゃねぇか、それ。

 

 

「分かった。私もミネルバには用がある。後ほどそちらで落ち合おう、いいかな?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

失礼します、と敬礼して出て行くレイを追って、俺たちも続く。多分、行き先は全員一緒だろうしな。

 

 

…切り替えろよ、ハイネ・ヴェステンフルス。これからお前には、やらなきゃいけないことが待ってんだからな。

 

 

* * * *

 

 

「まったく…厄介なものだ、人の情というものは」

 

 

* * * *

 

 

嘘だ。

 

保安局からの取り調べで、そんな言葉しか出てこなかった。あの子が…メイリンがスパイ? アスランと脱走? そんな…そんなことするわけない。

 

けど、そんなことすら霞む一言を聞かされて、それどころじゃなかった。

 

 

「モビルスーツによって逃亡を図った彼らは既に撃墜されている。シン・アスカ、レイ・ザ・バレル、ハイネ・ヴェステンフルスの三名によってな」

 

 

どれもこれも、知ってる名前。でもそうじゃない。

 

 

撃墜、()()()()()。つまり…あの子はもう死んでるってこと。もうどこにも、あの子はいないということ?

 

吐き気がした。急に足元が消えてどこまでも落ちて行くような感覚に襲われて、取り調べどころじゃなかった。

 

そこからは、何を話し何を聞かれたか、よく覚えてない。ただひたすらに、嘘だ嘘だと自分自身に語りかけていただけ。

 

目の前に突きつけられた現実を、根拠のない言葉で必死に否定しようとしていただけ。

 

そうして気がつけば、ミネルバの廊下を歩いてた。ただひたすらに歩き回って、必死にあの子を探した。もしかしたら、何事もなかったかのように帰ってきてるかもしれない。

 

いつもみたいに私に抱きついて、甘えて。お腹空いたってご飯をせがんで。どんなに言っても、いつでもどこでも「お姉ちゃん」って呼ぶことをやめなくて。いっつもいっつもトンチンカンなことやって。私やレイ、艦長に捕まって叱られて。

 

二人の部屋、食堂、休憩室、トイレ、シャワールーム、ブリッジ、甲板。ひたすら走って、探して、駆け回って。それでも、見慣れた二つ結びの小さな背中はどこにもなくて。

 

 

「…あっ…」

 

 

代わりに出会ったのは、見たこともないくらいに暗い顔をした彼ら。さっき名前を聞いたような、いつもの二人といつかの仲間。

 

 

「…ねぇ、メイリン…は?」

 

 

震える声で、震える手で、シンの肩を掴んだ。

 

 

「…メイリンは、どこ…?」

 

 

祈るように、すがるように掴んだ彼の肩が震えていることすら気に留めず、ただただ問いかけた。

 

 

「…あの子、どこにもいないのよ? もう、朝ご飯の時間なのに。いつもなら、一緒に食堂に行くのに。お腹空いたって…私の手を引っ張って…」

 

 

お願いだから答えて。嘘だと言って。私のこのあり得ない現実を、否定して。

 

 

「…ねぇ、答えてよ! メイリンはどこ!? あの子はどこにいるのっ!? シンっ! レイっ! ハイネぇっ!!」

 

 

けど、どんなに願っても現実は変わらない。どんなに否定しても、見ないフリをしても、

 

 

「…ごめん…っ」

 

 

シンの押し殺すような言葉を聞いた時、私の中で何かがぷつんと切れた。必死に切れないように、ちぎれないようにしていた何かが、音を立てて切り離される。

 

 

「…嘘よ…こんなの…嘘に決まってる、そうでしょ? だって、こんな、こんなこと」

 

 

肩を揺すってすがっても、視線を合わせて問いかけても。私の願いを聞き入れてくれる仲間は一人もいなくて。

 

 

「…お願いだから、嘘って言って…言ってよ、ねぇ言ってよっ!! 嘘って言ってぇっ!!! シンっ!!!」

 

 

どれだけ縋り付いても、彼はただ涙を流すだけで。レイすら俯いたまま何も言ってくれなくて。

 

 

「そいつじゃねぇよ」

 

「…え…?」

 

 

…けれど、最後の一人が唐突に口を開いた。……は…? なにを言ってるのよ、アンタ。

 

 

「そいつは邪魔しただけだ、そうだよな?」

 

「…っ…ハイネっ!!」

 

 

聞いたこともないくらい冷たい声で、彼が言う。いや、聞きたくない、聞きたくない、聞きたくないっ!!

 

 

「俺だよ、俺が殺した」

 

 

…………嘘、そんなの。

 

 

「…な、にを…」

 

「聞こえなかったのか? それとも意味がわからねぇか? 俺が殺したって言ったんだ、アスランも、お前の妹も」

 

 

呆然とする私に、彼は容赦なく責め立てる。

 

 

「そいつらはただ見てただけだ。俺が殺した、一人でな」

 

 

……メイリンを、ころした? 

 

 

「わからねぇなら何度でも言ってやる、お前の妹を殺したのは」

 

 

ー俺だー

 

 

そうして気付いた時には遅かった。頭の中が真っ白になって、周りの音が聞こえなくなって。まるで、体が自分のものじゃないみたいに、燃えてるんじゃないかってくらい熱くなった。

 

 

「ルナやめろっ!!」

 

「よせっ!! ルナマリア!!」

 

 

二人の、恐らくは制止を叫ぶ声すら届かずに。私の制御を離れた両手は、あらん限りの力で彼の首を締め付けていた。

 

 

「…アンタが…アンタがメイリンをっ!!!」

 

 

怒りと涙でグシャグシャになった視界のなか、掌から人の皮膚を潰す感覚だけが鮮明に伝わってくる。

 

 

「殺すっ!! 殺してやるっ!!!」

 

 

爪が食い込み皮膚が裂け、骨すら軋ませる勢いで、いっそ握り潰してやるつもりで力を込める。もっと、もっともっともっと。絶対に殺してやる、メイリンの、メイリンのかたっ!?

 

 

「がはっ!?」

 

 

そう殺意を滾らせた私の体は、たかが鳩尾に一発の蹴りを浴びただけで簡単に引き剥がされる。

 

 

「ルナっ!!」

 

「がっ、あっ!?」

 

 

息ができない。呼吸すら忘れて力を込めていたところに、腹部への重撃。私の体は、怒りに燃え滾っていたはずの私の体は、いとも簡単に地面に転げ落ちる。

 

 

()()に対する暴力行為及び殺害宣言、軍法会議ものだな」

 

「ま、待ってくれ、ハイネっ!」

 

 

蹲る私に駆け寄ったシンにわずかに視線を向け、彼は何事もなかったかのように襟を直し、そのまま背を向けて立ち去ろうとする。

 

 

「ま、…っ」

 

 

まて、という一言すら絞り出せない。追いかけようにも、未だ立つことすら叶わない体で何ができるわけもなく。息が詰まるなか無様に吠えることすら出来ず。

 

 

「…だが今回だけは…不問にしといてやる。…次はねぇぞ」

 

 

低い声で吐き捨てるように言葉を置いて、彼は背を向けてそのまま去っていく。

 

なんて、なんて無様なのだろう。何もできず、気づいてすらあげられず、仇も討てず。ただ這いつくばって吠えることすら満足に出来ない。

 

 

「う…うぁ…あああああっ…ああああああああああああああ…っ!」

 

 

怒り、悔しさ、悲しみ。湧き上がる様々な感情の名前すらわからないまま、私はひたすらに涙を流した、いつ枯れるとも知らない大粒を涙を。

 

 

「ごめん…っ! ごめん………っ!!」

 

 

抱きしめてくれるシンの胸にすがり、子供のように泣き叫んだ。けど、どれほど泣いて悔やんでも、縋り付いて祈っても、あの子はもう帰ってこない。

 

もっと話がしたかった。もっと一緒にいたかった。色んなことをして、色んなところに行って。この戦争が終わったら、二人でいっぱい遊ぶんだって、言ってたのに。

 

 

『お姉ちゃん!』

 

 

守るって…誓ったのに。

 

 

『また…また()()ね、お姉ちゃん』

 

 

そう…言ったのにっ!!

 

 

ごめんね、メイリン。こんな、どうしようもないお姉ちゃんで。何もしてあげられなくて、守ってあげられなくて…………ごめんっ

 

 

 

「………っ………」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 : 夢の終わり

今日はいけると思った(仕事休み)。

いつもたくさんのコメント、評価、誤字報告(⇦おい)ありがとうございます(これが言いたくて今日投稿してる味あります)

…そしてなんとなーく感想欄で叩かれそうな話なので早めに投稿してしまえという勢いの投稿でもあります。…おかしいどうしてこうなった…(お前のせい)

批判されても流れは決めてるので変えないスタイルですすみません


 

メイリン・ホーク及びアスラン・ザラ両名の裏切りと死亡。今し方艦内に通達されたこの事実に、多くの、実に多くのクルーが衝撃を受けた。

 

とくにメイリンに関しては、彼女の人となりを知るからこそ、皆一様に驚き、戸惑い、涙を流す者さえいた。

 

姉のルナマリアが何より大好きな自他共に認めるお姉ちゃんっ子。艦内だろうが人前だろうが「お姉ちゃん」と呼ぶことを憚らず、彼女にしてみればシスコンなんてのは褒め言葉。

 

人見知りな子かと思えば、打ち解けたらどんどん顕になる年齢不相応な幼い発言と行動、無邪気、天然、ポンコツ。宇宙では何度艦内デブリになりかけたかわかったものじゃない。 

 

遊びでミネルバのシステムをハッキングしてるのを見つけて大目玉を喰らわしたこともある。あまりにワンワン泣くものだから途中から怒るのをやめてしまったのだけど。

 

特にパイロット組と仲が良く、あのレイが外へと彼女に連れ出されたと聞いた時はまさに青天の霹靂だった。あの時は思わず自分の頬をつねったものだわ。

 

挙げ句の果てに厨房を占拠した上、摂取可能の十倍以上の食事を作り、それの処理に艦長である私まで巻き込む度を越した破天荒。

 

まさしく、嵐のような子だった。まあ、嵐と言っても大きさは可愛いものだけれど。

 

そんな子が、基地のデータベースから機密情報をアスランと共に持ち出そうとした。なんて、俄には信じられないわ。

 

それに、戦闘時におけるレイに対する()の執拗なまでの撃墜命令。あんなに戦闘中に迷うレイもだけど、なによりあそこまで()()のようなものを露わにする彼の姿も、初めて見た気がする。

 

彼女と一体何があったのか、何があれほどまでに彼を掻き立てたのかは、今となってはわからない。

 

レイに頬にできた傷を尋ねても「何でもありません」の一点張り。…まあ、本人がそう言うのならこれ以上は聞けないわ。

 

艦内の空気が重い。直接関わった者にもそうでない者にも、彼女の裏切りと死亡という事実は、皆に決して小さくない影を落とした。

 

 

「…かく言う私も、例外じゃないのだけれど」

 

「艦長?」

 

 

…いけない、内面の呟きが口から漏れるなんて。思った以上に私も彼女の影響を受けていたのかしら。

 

 

「いえ、何でもないわ。アーサー、悪いんだけどもうしばらく頼めるかしら? 今のままじゃ…私もシートに座れないわ」

 

 

副官である彼…アーサーに今しばらく艦内をお願いしたい。彼も彼で思うところはあるだろうけど。

 

 

「は、はい。…艦長、その…本当に、あのメイリンが…?」

 

 

…当然よね、そう思うのも。

 

 

「通達は聞いたでしょ? なら…そう言うことよ」

 

 

私だって、そう簡単に納得出来るものではないわ。でも、仕方のないことだわ、上が…彼がそう言うのなら。

 

 

「それと、ルナマリアを呼んでちょうだい。…彼女には、これからについて話をしておかなくてはならないわ」

 

 

そう、この件で何よりショックを受けているだろう彼女には、話をしておかなくてはいけない。もしかしたら、彼女はもう、戦えないのかもしれないのだから。

 

 

 

* * * *

 

 

「…ルナマリア・ホーク、入ります」

 

 

シンたちと別れて部屋に戻ったら、副長に呼ばれた。あの子の遺品整理でもしろとかって言われるかと思ったら、ただ艦長が呼んでるって話。

 

また事情聴取か、そんな冷めた感情のまま艦長室に足を踏み入れる。

 

 

「…おはよう、ルナマリア。…その…何といえばいいのかしらね、こういった時って…」

 

 

…そんなもの、私が教えてほしい。私は、これからどうすればいいの。あの子がいない世界で、あの子がいない明日を、私はどうやって生きていけばいいの。

 

 

「…ルナマリア、短刀直入に聞くわ。あなた…まだ戦える?」

 

「……それ…は…」

 

 

…どうだろ。今までは国のため、家族のためって戦ってきた。ミネルバにはあの子が…メイリンがいたから。何が何でもって思って戦った。

 

でも…いまは…

 

 

「あなたには、除隊という選択肢もあるわ」

 

「…えっ…?」

 

 

こんな時に。こんな大きな作戦の前に。パイロットの私が?

 

 

「…こんな時期に、艦の貴重なパイロットを失うことは普段だったら容認できません。…けれど…あなたたち姉妹のことは、私も少なからず見ていたつもりよ」

 

 

その言葉で、また脳裏にあの子の笑顔が浮かんだ。いつまで経っても子供のままで。何もないとこで転んで、宇宙で飛び跳ねてレイに捕まって。その癖、たまにまともなこと言い出して。

 

頭の中がめちゃくちゃになりかけて、それでも何か言おうとした時

 

 

『すまない、ルナマリア・ホークがここに来ていると聞いたのだが。いるかね?』

 

 

私でも艦長でもない、第三者の声がした。

 

 

「議長? どうして…こちらに?」

 

 

慌てて艦長が扉を開閉して敬礼をする。私も一瞬遅れて艦長に倣うと、扉から先程の声の主…思いもよらない人物が目に映る。

 

 

「先程言った通りだよ。ルナマリア・ホークに少し話しておきたいことがあったのでね。…例の、メイリン・ホークの件について」

 

「…っ…」

 

 

なによ…まだ何かあるって言うの…もうそれは、

 

 

「ルナマリア、君の妹を奪ったのは私だ。アスランの裏切りを阻止出来ず、彼らの撃墜を命じたのは…この私だ」

 

 

……は…? アスランが…裏切り?…そういえば…。

 

 

「彼らに…シン、レイ、ハイネに彼らを撃てと命じたのも、皆の前で二人を悪と断じたのも、この私だ」

 

「…議長…?」

 

 

…だから、何だって言うのよ。だから許せとでも言いに来たの? そんな…そんな…っ!

 

 

「そんなーー

 

「故にその怒りは、全て私に向けたまえ」

 

 

……え?

 

 

「今、君の胸中は大切な者を失った怒りや悲しみ、そして先の見えない絶望に支配されていることだろう。どのような形であれ、大切な妹を奪われたのだ。憎しみだってあるやもしれん」

 

 

…そのとおりよ…ほんとうに。

 

 

「だがその怒りや憎しみは、どうか私に向けて欲しい。彼らはただ、私の命令に従ったに過ぎない。…もう会ってしまったかな、彼らとは」

 

「…は、はい。先程…」

 

 

…何ならあなたに報告がいけば一発で私に厳罰が下るまでの悶着を起こしましたよ。

 

 

「…そうか…それはすまなかったね、話をするのが遅れてしまって。…ルナマリア、先にも言ったが、君の内に燻る怒りや憎しみは、全て私に向けるべきものだ。彼らに…君の仲間である彼らに向けてはいけない。今回のことでこれ以上…君は大切な人を失ってはいけない」

 

 

…たいせつな、ひと。

 

 

「君の憎悪の対象は私だ。ロゴスを撃ち、平和な世を実現する。これはその為にと下した私の決断だ」

 

 

…ロゴス…へいわな…せかい。

 

 

「君には、私を撃つ権利がある。だが今しばらく預けて欲しい。私に課された使命を、ロゴスを撃ち、争いのない世界を実現するという使命を為し遂げるまでは。それが済めば…この命、喜んで君に差し出そう」

 

「議長っ!」

 

 

…ロゴスを…うつ。…わたしは…わた…し…は…。

 

 

「私の話はそれだけだ。なにかお話し中だったかな?」

 

「…いえ…彼女にはその、除隊を勧めていたところで」

 

 

ロゴス。戦争を起こす存在。己の欲を満たすために、命を金に変える存在。戦争…戦争、それがなければ、そんなものがなければ…っ!

 

 

「そうか…それもまた」

 

「…やめません」

 

 

そうだ。戦争さえなければ…そんなものを起こす奴らなんていなければ。メイリンは…っ!

 

 

「戦争がなかったら…そんなものを起こすやつらなんて…ロゴスなんてものがいなければ…アスランが裏切ることはなかった、あの子は…メイリンは死ななかった……そうですよね…そうなんですよね…?」

 

 

髪の毛をぐちゃぐちゃに握り潰しながら、確かめるように、すがりつくように議長を見る。そして、

 

 

「…ああ、そうだとも」

 

 

この人は、頷いてくれた。

 

だったら、私のやるべきことは。私が為さなきゃいけないことは。逃げることじゃない。

 

 

「…私…戦います。ここで戦わないと…じゃないと…あの子が…何のために死んだのか…わからなくなる」

 

 

そうだ、メイリンは死んだ、死んだんだ。戦争なんてものを引き起こす奴らのせいで。だったら、そんな奴らを生かしておく理由なんか、私がここで逃げる理由なんか、

 

 

「…だから、私はっ!」

 

「ルナマリア」

 

 

涙や怒りや何やらで視界も内面もグシャグシャになっている私の肩に、議長の手が置かれてる。

 

 

「…ありがとう、君の平和への…いや家族への思い、見せてもらった」

 

「…議長…?」

 

「タリア、インパルスを彼女に。乗り手が必要だろう、アレには」

 

 

…インパルスを、私に? 私なんかに、シンが使ってた機体を……

 

 

「そ、それは…たしかに可能ですが、今の彼女には…」

 

「なら頼む。それと次の作戦の間だけではあるが、ハイネにもこの艦に乗ってもらうことになっている。…ルナマリア、一度彼と話をしてみてくれ。思うところも多分にあるだろうが…」

 

 

…そうだ……謝ら…ないと。彼は命令に従っただけ、だから。

 

 

「…はい、そうさせて、いただきます」

 

「ありがとう。では期待しているよ、ルナマリア」

 

 

そう言うと、議長はもう一度私の肩を優しく叩いて去って行く。メイリンの敵…それは、議長でも、ましてハイネでもない。

 

戦争と、それを引き起こす奴ら、ロゴス。こいつらさえ、こいつらされ、こいつさえいなければっ!!! アスランがあの子を連れ出すことも、あの子が死ぬことだってなかったんだ。

 

そうだ、ロゴスが悪い、全部ロゴスが。あいつらが奪ったんだ、あいつらが殺したんだ、メイリンを、私のたいせつな妹をっ!!!

 

 

「…殺して…やる…絶対に…絶対に…っ!!」

 

「…ルナマリア」

 

 

膝を折って涙を落とす私の肩を、そっと艦長が抱き締めてくれる。それが、すごくあったかくて、優しくて。私はそのまま泣き続けた。

 

さっきから、私泣きっぱなしだな。でも今だけだから。いっぱい泣いたら、また戦うから。

 

…アンタを殺したやつら、全部、全部、皆殺しにしてやるから。一匹も、生かしておいたりなんてしないから。

 

だから、今だけは。泣き虫なお姉ちゃんでいさせてね、メイリン。

 

 

 

 

* * * *

 

 

艦長室の前。中から先程聞いたばかりの泣き声が聞こえて来る。…そうか、それがお前の選ぶ道なのだなルナマリア。いや…知らず知らずのうちに選ばされたというべきか。

 

 

「レイ、来ていたのか」

 

「ええ。ギル、彼女に…何か?」

 

 

ルナマリアは特にギルの目に留まるほどの何かを持ってはいないはずだ。それはギル自身も分かっているはず。

 

 

「…いや、妹があれほどのイレギュラーだったのでね。姉の方ももしやと思って来てみたが。どうやら杞憂だったようだ」

 

 

それでも彼女には、彼女の役割があるがね。そんな呟きが聞こえたような気がした。なるほど、遺伝子上のデータをこれでもかと否定した彼女の血族ということで見に来たと言うことか。

 

 

「…ところでレイ。話というのは…君も分かっているだろう」

 

 

ええ、分かっていますよギル。()()()()を決めたから、ここに来たのです。

 

 

「はい。昨夜はご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ありません、ギル」

 

「…ふむ」

 

 

そう、決めたのだ。いや、寧ろ醒めたと言うべきか。居心地のいい、あたたかな微睡みから。

 

 

「…どうやら、柄にもなく夢を見ていたようです。優しく…心地の良い夢を」

 

 

だがそれも終わりだ。彼女はもういない。俺に夢を見せてくれた彼女は、俺を惑わす笑顔も、柔らかな声も。時折見せる別人のようなあの姿も。もう、どこにもない。

 

 

「…ですが、もう終わりです。私に夢を見せた小さな花は…既に散りましたので」

 

 

だから、いい加減に目を覚ませ。お前の使命を思い出せ。お前は誰でもない、ただのクローン。()と同じ、ただのクローンだ。

 

 

「…だから、大丈夫です。私は戦えます、いつでも、誰とでも、何とでも」

 

「…そうか。ならばいい、これからもよろしく頼むよ、レイ」

 

「はい。次の命令を心待ちにしています、議長」

 

 

頬笑みながら去っていく彼の背中が十分に遠ざかり、やがて見えなくなったところで、俺は廊下の死角に隠れている男に声をかける。

 

 

「…出てこい、シン。もう隠れなくてもいいだろう」

 

 

俺に名前を呼ばれた男…シンがおずおずといった様子で姿を見せる。

 

 

「…その、えっと…盗み聞きとか、別にそういうわけじゃ」

 

「構わん。それで、お前はどうしてここに? …もしルナマリアに用事なら…今はやめておけ」

 

 

……図星か。大方艦長室に呼び出された彼女が気になって様子を見に来たのだろう。

 

 

「…そっか。なんか聞いてたか? 話」

 

 

…まあこれくらいなら、教えても構わんか。

 

 

「いや、特に。ただインパルスには今後ルナマリアが乗る、とだけは」

 

「ルナが?」

 

 

正直なところ、除隊するのではないかと思ってはいたが……いや、今更俺がそれをいう資格はない。俺にだけは。

 

 

「…シン」

 

「ん?」

 

「俺は…俺は作るぞ。もう二度とこんな悲劇が生まれない世界を」

 

 

ギルの理想の世界を。争いのない、誰もが幸せでいられる世界を。

 

彼女が生きていれば、違う答えが出たのかもしれない。自分の幸せは自分で決めるといった彼女ならば、俺に違った世界を見せてくれたのやもしれん。俺があの時彼女を、彼女だけを選んでいたならば、別の道があったのかもしれない。

 

彼女を守り、ギルを裏切っていたならば。俺が今の()を捨て、彼女と同じ未来を望んだならば、或いはそんな可能性もあったのかもしれない。

 

だが、結局俺はそれを選べなかった。ギルを裏切れず、しかし彼女も捨てられず。そんな半端な迷いが招いた結果が今なのだ。ルナマリアのあの悲痛な叫びを生んだのは他ならぬ俺だ、俺の迷いが生んだ結末が今だ。

 

だから、もうそんな未来はありえない。戯言と甘い微睡みは、もう終わったんだ。だから戦え、今まで通りに、目指した世界のために。誰もが満ち足りた、平和な世界のために。こんなくだらないことが、二度と起きぬ世界のために。

 

 

「ああ、分かってる。やってやるさ、これ以上ルナが泣かなくていい世界にする」

 

 

…そうだな、守ってやれ。今の彼女には、お前の支えが必要だろう。家族を失う悲しみは、同じ悲しみを持つ奴にしか、分からんだろうからな。

 

たとえそれが、用意されたお前の楔であったとしても。心の中で親友にそう呟き、俺は右手首につけられた、彼女のくれたそれを()()()()()

 

当たり前だ、俺の目指す世界に、俺は生きていてはいけないのだから。これが内側から切れるまで生きるなんてことは許されない。

 

もう止まらない、迷わない。夢はここで、終わりにする。

 

 

『ごめんね…さよなら』

 

 

ああ…、

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 : ヘブンズベース蹂躙

今日もいけると思った(仕事休み)

隔日にするつもりでしたが応援してくださるような感想、コメ付き評価をあんなにいただくと嬉しくなって投稿してしまうぅ……。

反対することなく、むしろ背中を押していただくようなコメント、ありがとうございます、これからも全身全霊やりたい放題フィーバー侍で頑張らせていただきます。


 

ヘブンズベース攻略作戦まで、およそあと僅か。とりあえずロゴス差し出せって勧告は出したみたいだが、まあ戦闘になるだろうさ。そんな楽にいくほど、現実は甘くないってね。

 

俺が今いるのは、出撃前のパイロット専用の待機室、に続く廊下。その壁に寄りかかって出撃命令が出るのを待ってる。部屋に入れって思うかもしれないが…まあ俺の顔を見たら殺意を漲らせる奴がいるって分かってんのに態々入る必要もねぇだろって話。

 

…命令とはいえ、俺があの子とアスランを殺したのは事実だ。どんなに言い訳したって、それは変わらない。それを許せなんて言わないし、許す必要もない。まして、許されるつもりもない。

 

…ロゴスを討つ。それに関しては俺にも異論はない。たとえ奴らが地球の経済圏の中枢だろうが、だからと言って奴らの都合でやたらめったら戦争を起こされたらたまったもんじゃない。

 

けど、その後はな……まあ。そんなことを考えてた時だ、俺が部屋に入らず壁にもたれるなんて地味なストイックをしてた理由がわざわざ部屋から出て俺の方に歩いて来たのは。

 

 

「…ヴェステンフルス隊長…いや、えっと…ハイネ」

 

 

…ったく、無理して名前で呼ばなくてもいいってのに。

 

 

「…なんだ?」

 

 

わざと低い声を出してみたが、帰る気はないらしい。

 

 

「…その…先日は、大変申し訳ありませんでした。私、気が動転して」

 

 

動転して当たり前だ、お前ら姉妹の仲は良いのは知ってるからな。たとえ、一緒に過ごした時間が僅かでも。けどな、

 

 

「謝るな」

 

「…え?」

 

 

そうさ、そんなのは、やめてくれ。

 

 

「俺がお前の妹を殺したのは事実だ。命の恩人だったお前の妹を殺したのは俺だ。たとえそれが命令だったとしても」

 

 

どんな理由を並べても。たとえ後から違和感に気付いたとしても。そんなものは関係ないんだよ。

 

 

「無理に許す必要なんてない。どのみち、この作戦が終わりゃまたお別れだ」

 

 

事実だ。艦長にはいてくれていいって言われたが、俺がここにいちゃ、こいつが心穏やかにはいられないだろうしな。

 

宇宙で俺の部下だった奴らの面倒見てくれてるやつのとこにでも行くとするさ。…そいつはアスランのダチらしいから、まあそこでも色々あるかもしれないけどな。

 

 

「俺は、お前の妹を」

 

「ちがいます」

 

 

…ん? なんだ、急に様子が。

 

 

「悪いのは戦争と、ロゴス。メイリンを奪ったのは、奴らです。あなたじゃない」

 

 

…おいおい。こいつは…

 

 

「だから、あなたは悪くない。あいつらさえ、あいつらさえいなければ…っ!」

 

「おいルナマーー」

 

「ルナっ!」

 

 

すげぇ勢いで瞳がドロドロしだしたルナマリアに声をかけようとしたら、それより早くこいつの名前を呼ぶ声がした。

 

 

「ルナ。コアスプレンダー、もうすぐ出るはずだ。中で座ってろ」

 

「…シンは?」

 

 

…なるほど、そういうことか。

 

 

「俺もすぐにいく、先に入っててくれ。大丈夫だから、インパルスは俺が守る」

 

「…うん」

 

 

シンに頭を撫でられて、ルナマリアは待機ルームに入っていく。

 

 

「…ハイネ、ルナとなにを」

 

 

まあ、そりゃ睨まれるわな。あの子を撃った挙句にお前の女の心抉ってさらには腹に蹴り入れてるんだから。

 

けど、いまはどうしても確かめたいことがある。何かを言いかけたシンに肩を組み、俺は奴の言葉を遮る。

 

 

「な、なんだよ急に」

 

「シンお前…今ルナマリアと…これか?」

 

 

そう言って小指を立てて揺らせば、頬を赤く染めて、けどどこか辛そうな顔をする。まあ、そうだろうさ。自分の好きになった女があんな目してたら、な。

 

 

「…なら守ってやれ。絶対に手、離すなよ。…あいつ、今スレスレだぞ」

 

「…っ!!」

 

 

お前が手を握ってるから留まってはいるが、ありゃ()()()寸前だ。何があったか知らねぇけど、あんなドロドロな目をする奴じゃなかった。少なくても、昨日俺の首を絞めてきた時はな。

 

…一体、アイツに何があった。

 

 

「お前は死ぬな、あいつも死なせるな。いいな?」

 

「…お前に言われなくても、そのつもりだ」

 

 

…言うじゃねぇの。てっきり実力はあってもまだまだ甘ちゃんかと思ったが、中々どうしていい目をしやがる。

 

…心配すんな。お前も、ルナマリアも。死なせやしねぇよ、俺がいる限りな。

 

 

「ならいいさ。おらいけ、出撃前にキスぐらいはしとけよ」

 

「なっ!? ハイネっ!」

 

 

顔を真っ赤に染めるこいつの背中を押し込んで待機室に放り込む。そばにいてやれよ、シン。お前が繋ぎとめてやらなきゃ、ルナマリアは二度と戻って来れない場所にいっちまうからな。

 

 

「…お前は、行かなくていいのか? ああ、悪い。やっぱ少し待ってくれ、あいつらがやることやるまでな」

 

 

…んだよ。随分とつまらねぇ顔するようになったな、こいつ。

 

 

「…構いません。特に中に入る必要もないので」

 

 

はっ、そうかよ。

 

 

「なぁ、お前、議長とちょいちょい話してるよな?」

 

「ええ。色々と報告することがありますので」

 

 

…本当に、つまらねぇ顔だ。

 

 

「…メイリンちゃんとアスランの件、ありゃなんだ?」

 

「なんだ、とは?」

 

「こじつけだろうが、あんなもん。なんであそこまでして二人を…あの子を討つ必要があった? 議長は…一体なにを考えてる?」

 

 

あの時、こいつは確かにメイリンちゃんを撃つことを迷ってた。最後の際まで、絶対に武器を抜くことをしなかった。

 

けど、それを許さんと言わんばかりの議長の声、過剰なまでの撃墜命令。少し考えりゃ分かることだ。議長にとって、あの子の存在はこの上なく目障りだったってな。

 

 

「議長はただ、理想を実現されたいだけです。誰もが幸福に満ち、争いの起こらぬ平和な世界を」

 

「その世界にっ! お前らの言う理想の世界に、あの子の居場所はないって言いてぇのかっ!!」

 

 

あんな心優しい子に。自らが作る平和な世界に生きる資格はないって言うのか、あの人は。

 

 

「…彼女は裏切り者です。平和を目指す、我らの敵です。そう思ったからこそ、彼女を撃ったのでしょう?あなたは」

 

「てめぇ…っ!」

 

 

視界が真っ赤になるような怒りに包まれて、思わず目の前のこいつの胸ぐらを掴み上げそうになる。けど、今は作戦前だ。そんなことをしていい場合じゃない。

 

 

「…それでいいのかよ」

 

 

だから、せめても意趣返しとして。こいつの心に一本の矢をぶっ刺してやることにした。見てろよ、その澄ました、いや澄ましたつもりになってる顔を思いっきり歪めてやる。

 

 

「…お前、メイリンちゃんのこと好きだったろ」

 

「っ!?」

 

 

ほれ見ろ、動揺が隠し切れてねーってんだ。

 

 

「それが人としてか…女の子としてなのかは知らねぇけどな。そんな子がこんな死に方して、なんでもありませんってフリしてんのは…めちゃくちゃダセェよって話だ」

 

「…貴様っ…!」

 

 

なんだ、出来んじゃねぇかそんな顔も。そっちのがずっと俺好みだぜ、まったく。

 

 

「お前のすべきことはな、無理にそんな澄ました顔することじゃなくて、俺に掴みかかって怒鳴り散らしてブン殴ることなんだよ、レイ」

 

 

けど、そうはしないってことは。お前もまた、逃げられない何かに囚われたままだってことか。

 

 

「俺は……っ!!」

 

 

ん? 何だよ言ってみろ。吐き出せよ、その溜め込んでるもんを。無理やり押し込んで見ないフリをしてるもんを。

 

 

「……失礼します。間も無く出撃でしょう、貴方もコックピットに向かった方がよろしいかと」

 

 

そう言って足早に去っていく奴の背中を見て、俺は何とも言えない苛々が胸の奥に燻っているのを感じた。

 

 

「…くそっ!!」

 

 

口汚く壁を殴りつけたところで、なにも変わりはしない。言いようのない感情を抱えたまま、俺もまた与えられた新たな機体…彼女とアスランを葬った忌むべき機体のコックピットへと向かった。

 

 

 

* * * *

 

 

ザフト、地球連合軍よりヘブンズベース基地へと勧告されたロゴスと名を挙げた人物の引渡し及び基地内の武装解除要求、その期限までおよそあと三時間。開戦の狼煙は、突如として上げられた。

 

勧告に対する返答のないまま、へブンズベース側が突如として攻撃を開始。豪雨のように降り注ぐミサイル群。これの対応に遅れた連合艦隊は初手に多大なる被害を被った

 

さらに、へブンズベースから出撃した多種多量のMS、MAの中には、あのベルリンの悲劇を引き起こした破壊の化身、「デストロイ」の姿も確認された。それが、()()

 

その五機のデストロイの放った長射程高出力ビーム砲、"アウフプラール・ドライツェーン"は連合艦隊の並ぶ海を一瞬で破壊の嵐で呑み込み、集結していた連合艦隊の前衛に壊滅的な損害を与えた。

 

また、遅れて攻撃を開始したザフト軍の「オペレーション・ラグナロク」によって、衛星軌道上から放たれた降下揚陸部隊は、これを予期していたロゴス側と、基地に設置されていた対空掃討砲"ニーベルング"によってその大半を消滅させられた。

 

以上、当初は勧告を無視し先んじて攻撃を開始したロゴス側が有利に運ぶ戦況かと思われた。しかし、事態を見兼ねたプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダルはここで軍の主力かつ切り札であるMS群の投入を決定。

 

戦艦"ミネルバ"より四機のMS、「デスティニーガンダム」二機、「レジェンドガンダム」、「インパルスガンダム」が発進した。

 

これらの投入により、ロゴス有利に傾いていた戦局は一気に覆されることとなる。

 

四機の出撃後すぐ、空を覆っていたロゴス側のMSや海上のMAは彼ら四人の手によって羽虫の如く打ち落とされ、瞬く間にその数を減らし、息つく暇も無く彼らによる内陸部侵入を許してしまう。

 

 

『こんなことをする…っ! こんなことをするやつら、ロゴスっ!!』

 

 

目の前に立ちはだかる破壊の巨神を前にした一人の少年の脳裏には、様々な者達の姿があった。

 

無力だった少年の前で虫けらのように散った己が家族。守ると誓い、しかし最後には少年の腕の中であまりに悲惨な生涯を終えた少女。

 

そして、最愛の想い人である彼女が何より大切にしていた、かけがえのない妹。その全て、尽く彼は取りこぼした。

 

なぜか? 少年に力がなかったから? 

 

それもあるかもしれない。だが、そもそも力が必要な状況を、人と人とが争わなければならない世界を作る者たちがいる。他者の命を金に変え笑っているものたちがいる。

 

そんな者たちがいるから、そんな者たちの身勝手な所業が、彼女らを死に追いやったのだとしたら。

 

 

『許すもんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

心の種を弾けさせた少年の怒りの刃は、鉄壁の防御力を持つ筈の巨神さえただ一刀の元に斬り伏せる。

 

 

『…アンタたちさえ…アンタたちさえいなければっ!!』

 

 

この世で最も大切な家族を、己の半身である妹を奪われた少女は、ただひたすらに怨嗟の叫びを上げる。

 

争いさえなければ、それを起こす者さえいなければ。ただその一点にのみ溢れる憎しみを凝縮させ、涙を流し軋む心で刃を振るう。

 

この巨神を前に、高機動型では意味を為さないと判断した彼女は、誰の助言を得るまでもなく機体の装備を巨大な対艦刀を携える格闘型に換装。

 

甲羅のような巨神の頭部に飛び乗り、両の手に握ったあまりに大きな刃を徹底的に叩きつける。装甲を剥がし、突き刺し、高出力ビーム砲の砲身を叩き割り、機能を維持できなくなり倒れ伏した巨神になお、彼女は憎悪を込めた刃を叩き込む。

 

 

『…返せ、返せ、返せっ!! メイリンを…メイリンを返せぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

 

 

そして、その光景に胸を鷲掴みにされる者もまた。

 

 

『…くそっ…くそっ!!!』

 

 

躊躇い迷い、疑念を持ちながらも。ただ命令されれるままに決して撃ってはならない存在を撃ってしまった彼は。

 

 

『…今よ、とんでもなく機嫌が悪いんだ、俺は…』

 

 

彼を見据える巨神が一つ。それが彼や狂乱する彼女の背を穿たんと両の手を向ける。

 

 

『…ちょろちょろと…出てくんじゃねぇよっ!!』

 

 

放たれる光の雨に、ビームシールドを前面に押し当て強引に距離を詰める。やがて巨神の懐に飛び込んだ彼は、機体の右手に破壊的なエネルギーを凝縮させ、

 

 

『邪魔だぁっ!!!』

 

 

その右の掌を、怒りと光に満ちる掌を、彼は巨神の心臓部…コックピットへと叩き付け、爆散させる。

 

内部機構と操縦者という機体の中枢部分を同時に蹂躙された巨神は、なす術もなく地に倒れ伏す。

 

 

『…………』

 

 

そして、かつての感情を夢と断じ、鉄の如き意志で戦う者は。ただ粛々と基地に残る残存兵力に照準を合わせその引き金を引いていく。

 

無数の銃口から放たれる破壊の光は、ただそれだけで地を這うことしかできない者たちを犯し尽くす。空を飛ぶ羽虫を撃ち落とし、這いつくばる芋虫を焼き尽くすその様は、さながら裁きを下す天使の様。

 

暴虐なまでの力を振るう彼らの出撃から、ヘブンズベース基地が戦線維持に必要な戦力を駆逐されるまで、実に半時いらず。

 

圧倒的な力で全てをねじ伏せるデスティニー。

 

敵の命尽きるまで、何度でも憎しみの刃を振り下ろすインパルス。

 

ただひたすらに冷徹な光を放ち続けるレジェンド。

 

この日ヘブンズベース基地は、たった四機のMSによって、その姿を名が示すものとは全くの逆、阿鼻叫喚の止まぬ地獄へと変貌させられた。

 

 

 

* * * *

 

 

戦闘は終わった。主力であるデストロイ五機を全て失い、まともなMSすら残ってないやつらが白旗上げて要求に応じるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

『…はぁ…はぁ…はぁ…』

 

 

限界まで力を振り絞り、もはや装甲すら維持できなくなったインパルスが、ボロボロになり既に実剣でしかない対艦刀を引きずって、基地内部へと歩いていく。

 

 

『…どこ、どこにいるっ!! ロゴスっ!!!』

 

 

叫ぶや否や、握った実剣をやたらめったら振り回し、すでに戦闘の意思がない基地施設をさらに破壊、蹂躙していく。半壊した建物や動くことすらできないMSを徹底的に叩きのめし、生身の人間にすら容赦なく刃を振り下ろし、踏み潰す。夥しい血と弾けた肉と臓物、そして無数の悲鳴が、インパルスの灰色の装甲を染め上げていく。

 

おい馬鹿っ!! そいつらは降伏した奴らだぞっ!! やめろっ!!

 

 

『死ねっ! 死ね、死ね死ね死ねっ!!!』

 

『やめろルナっ!!』

 

 

飛び出そうとした時に、俺より早く翼を広げてぶっ飛んできたシンがインパルスを羽交い締めにする。機体の性能差に加え、インパルスはガス欠寸前だ。抵抗できるはずがない。

 

 

『メイリンの…メイリンを…っ!!』

 

 

それでもなお、デスティニーの拘束を破ろうと暴れるインパルスだが、やがて活動限界を迎えた機体は、さっきまでの狂乱が嘘のようにピクリとも動かなくなる。

 

 

『…終わった。終わったんだよ、ルナ』

 

『……あ……え……?』

 

 

機体が動きを止めると同時に、それを動かしてたパイロットもまるで糸の切れた人形のように動かなくなる。

 

 

『……帰ろう、ルナ』

 

『……シ…ン…』

 

 

動けなくなったインパルスを、デスティニーと上空から降下してきたレジェンドが両サイドから抱えて帰艦していく。

 

 

「……っ!!!」

 

 

分かってる、声なき叫びを拳に変えて操縦桿に叩きつけたって、何も変わりはしない。でも、これは…これはあんまりにも酷すぎるっ!!

 

これが、俺の罪か。生かされた命で、あいつらの光を奪った俺への。

 

言いようのない怒りを抱えたまま、俺もまたあいつらと同じようにミネルバへと機体を飛翔させた。

 

……宇宙へ上がる前に、直接確かめさせてもらうとしよう。何となくだが、今の俺には心当たりがある。ルナマリアをああまでした人間の、心当たりがな。

 

…あんたのその真意、暴かせてもらうぜ、()()

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 : 選択

今日も行けると思った(仕事半日)

たくさんの感想とコメ付き評価、本当にありがとうございます。返信は出来ておりませんが、すべてに目を通させていただくとともに、大きな励みにさせていただいております。


 

 

「…はぁ…はぁっ!」

 

 

見知った光景、覚えのある体験。戦場の中をただひたすらに走る自分と、家族の姿。

 

海で出会った少女。溺れていたところを助けたことが、運命の始まり。

 

赤い髪。年不相応に幼い発言と行動。俺にとっての友達で、恋人である彼女のかけがえのない妹。

 

そして、今も隣で眠る大切な彼女。

 

 

「…はぁ…っ! はぁ…っ!」

 

 

強烈な爆風、振り向いた先にあったのは数秒前まで家族()()()もの。手足が吹き飛び巨木に潰され原型すらなくなった、俺の家族。

 

約束したのに。守るって約束したのに、最後はボロボロになって俺の腕の中で死んだあの子。

 

わけのわからないまま、ただアイツと一緒に目の前で海に沈んでいく、彼女の妹。

 

狂気と憎悪に取り憑かれ、ひたすら狂乱の限りを尽くす恋人の姿。

 

 

「…はぁ…っ! はぁ…っ! はぁ…っ!」

 

「…ン、シ…」

 

 

『母さんっ!? 父さんっ!? マユっ!!?』

 

 

『…シン……ステラ…まも…』

 

 

『戻れないんだっ! 彼女はっ!!』

 

 

『きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?』

 

 

『死ねっ! 死ね、死ね死ね死ねっ!!!』

 

 

「…はぁっ…はぁっ! はぁっ!!」

 

「シ…、…ン」

 

 

『お兄ちゃんっ!』

 

 

『……シン……すき…』

 

 

『おかえりっ! シン』

 

 

『よくやった、シン』

 

 

『もうっ! シンっ!!』

 

 

「はぁ…っ! はぁ…っ!!」

 

 

 

「シンっ」

 

 

っ!?

 

 

……ルナ?

 

 

「…うなされてた。大丈夫…?」

 

 

俺の胸を枕にして寝てたルナが、心配そうな顔して覗き込んでくる。ああ、そっか。ここルナの部屋だ。……ルナと、()()()()の、部屋。

 

 

「…ああ、大丈夫。心配させた、悪い」

 

「…んーん。ちょっと待ってて」

 

 

そう言ってベッドから抜け出したルナが持ってきてくれたタオルとスポーツ飲料を素直に受け取る。とりあえず誤解のないように言っておくと、服は着てるからな、お互い。

 

本当はいつも通りレイと一緒に使ってる部屋に戻ろうとしたんだけど、ルナがどうしても腕を離してくれなかったんだ。そりゃ…今のルナを一人にしておくのは不味いとは思ったけど。

 

そしたら、通りかかった艦長に「レイには言っておく、見なかったことにするから他にバレないように」なんて言われた。めちゃくちゃ驚いたけど、まあここは甘えておくことにした。もしかしたら、艦長も分かってるんじゃないかと思うから。

 

……今のルナは、メイリンを失ったことがトラウマになってて、俺までいなくなるんじゃないかって不安に駆られてる、んだと思う。

 

それに戦場での錯乱っぷりを見れば分かる通り、精神が非常に不安定になってもいる。正直、艦に乗ってるのが不思議なほどに。それでも議長がインパルスを預けたって言うんだから、仕方ない。

 

俺が守るんだ、今度こそ。もうなにも守れないのはたくさんだ。家族も、ステラも、メイリンも、俺は守れなかった。せめて、せめてルナだけは、何がなんでも守ってやる。

 

 

「…ありがとう、落ち着いた」

 

 

なにも言わずに笑って俺にくっついてくる彼女の髪をすきながら、胸の中で誓った。ああ、そうさ。ルナだけは、今度こそ絶対に。

 

 

 

* * * *

 

 

「議長、少しよろしいでしょうか」

 

 

ジブラルタルでヘブンズベース基地における戦闘での勲章授与式が終わった直後。

 

シンやレイの"FAITH"入隊やロゴスの中枢であるロード•ジブリールとかいうやつを取り逃したなんてこともあったが、そんなことは今はいい。

 

今の俺にとっちゃ、これが最優先事項だ。

 

 

「ハイネ、どうかしたかね?」

 

「議長にお聞きしたいことが。…できれば、内密に」

 

 

…特に、シンとルナマリアにだけはな。

 

 

「…ふむ。わかった、隣の部屋で話そう。皆、少しの間ここで待っていてくれ。ハイネもそう長い話ではないだろう?」

 

「ええ、すぐに終わります」

 

 

では行こうか、と促されて俺たちは授与式に使ったものの隣に入る。部屋を出る際にパイロット組の視線はもちろん、グラディス艦長とも目が合った。…なるほど、あなたも興味ある話だと思うぜ。

 

 

「それで、話というのは?」

 

 

…話が早くて助かる、なら単刀直入にいかせてもらおうか。

 

 

「議長、失礼を承知で申し上げます。……ルナマリア・ホークに、一体なにを仰られたのですか? なぜあのような彼女に、インパルスを与えて戦場に出すのです」

 

 

確信はない、だが明らかに今のあいつの心には人為的な何かが加えられてる。じゃなきゃ、短時間であんな濁り切った瞳はしない。怒りと悲しみに震えて俺の首絞めてきたやつが、次の日あった時にはロゴスが悪いってまるで呪詛みてぇに。

 

…そんなことができる人物に、俺は一人しか心当たりがない。

 

 

「…なるほど。君からそんなことを聞かれるとは、少々驚いたな」

 

 

…そうかよ、その割には全く驚いてるようには見えないけどな。むしろ予想通りって顔してるぜ。

 

 

「率直に言えば、君の妹を奪ったのは私だ、故に君たちパイロットを恨むのはやめてくれ、そう言っただけの話さ」

 

 

違うな。嘘じゃないが、全てじゃない。いいぜ、そっちがその気ならこっちから仕掛けさせてもらう。

 

 

「…そして…こう仰られたのでは? ロゴスを撃って世界を平和にするまで、ご自身の命を預けてくれ、と」

 

「……………」

 

 

図星か。……なるほど、そりゃ効くわけだ。わざわざ仇の方から殺していいなんて言われたらな。しかもしれっと"ロゴスのせいだ"って暗に誘導してもいる。

 

…大切にしてた妹を失ってボロボロになってたところに、この人の掌握術が合わさりゃ、わけねぇことだったろうよ。

 

 

「…鋭いな、君は。流石と言うべきか」

 

「お褒めに預かり、恐悦至極であります」

 

 

だがまだ分からない。この人がルナマリアの心を中途半端に()()()ってのは理解した。正直、はらわたが煮え繰り返る思いだが、まだ本題を聞いてない。

 

 

「…それで、そうまでして彼女を戦場に出す意味はなんです? 先日の戦闘、議長も見ていらしたでしょう? ……降伏した兵にまで武器を振るう、彼女の常軌を逸した姿を」

 

 

あれは明らかな命令違反だ。下手すりゃ軍法会議どころか条約にすら引っかかりかねない。そしてそんなパイロットを前線で、しかも高性能機であるインパルスを与えるなんて、とても正気の沙汰とは思えない。

 

 

「……ハイネ、人が最も力を発揮する条件はなんだと思う?」

 

 

…なに?

 

 

「人が持てる力を最大限に発揮する条件。怒りや憎しみといった強い感情や、金や栄誉などと言った報酬。その他にも、様々な要因があるだろう」

 

 

……それがなんだって言う。それとルナマリアの心を壊すこととなにが関係が……っ!?

 

 

「しかしね、私はこう考えている。人が最も強さを発揮する条件とは……大切ななにかを、守る時だと」

 

 

まさか……まさかっ…

 

 

「彼女のことは…きっと()が守るだろう。今や自身と同じ悲しみを持つに至り、心をすり減らしながらも戦う彼女を、それこそ死に物狂いでね」

 

 

そうか…そんなことのために……あいつを戦う道具にするためにっ!! 彼女の心を壊し、戦場に立たせるってのかっ!!! 

 

そうすれば。彼女が戦場にいる限り、あいつは戦い続けるから。そこに彼女の存在がある限り、あいつは守るために常に持てる力の全てを振るい続けるから。

 

 

…いや、ちがう。シンを戦う道具にするために、ルナマリアの心を壊したんじゃなく…。

 

…そもそもルナマリアの心を壊すために、必要なものはなんだ? 馬鹿が、んなもん今更考えるまでもない。

 

寒気がする、一瞬怒りを通り越して背筋が凍りつくような悪寒に襲われた。そうか、初めっからここまで全部見越して仕組んだってことか。

 

既に手駒であるレイにいらない影響を及ぼしたあの子の抹消と、今度はシンを自分の傀儡にするために。

 

そのためにあの子を人柱にして、ルナマリアを壊したんだ。

 

冗談だろ…ここまでするのか、この人は…。そのために、自身に都合のいい戦闘人形たちを作る為に、あの姉妹の運命をここまで狂わせたのか。

 

そんなことのために……っ!! 俺はまんまと踊らされてっ!!! あの子を撃ったのかよっ!!!

 

 

「…それで、この話を聞いて君はどうするかね? 君も軍を抜けると言うのかな、君が殺した…彼のように」

 

 

…こいつ……っ!! 

 

 

「別に構わないよ。残念なことに変わりはないが…それもまた、仕方のないことだ」

 

 

…本音を言えば、今すぐこいつをぶち殺してやりたい。善良な為政者の仮面を被り、人々を騙すこいつを差し違えてでも。けど、それはきっと今じゃない。

 

それに、これは脅しだろうからな。ここで抜けますなんて言ってみろ、それこそ……間違いなくアスランの二の舞だ。…今がどんなに悔しくても、殺されるわけにはいかない。

 

堪えろ、ハイネ・ヴェステンフルス。お前のやるべきことは、今ここで激情に身を任せることじゃない。

 

 

「…いえ。たとえあなたにどのような思惑があったとしても。一度は国のためと軍に捧げた命です。今更それを覆すつもりはありません」

 

 

だが国の為には戦っても、あんたの為には戦わない。

 

 

「お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。失礼します」

 

 

敬礼をして、俺はさっさと部屋を出る。…早いとこ宇宙に上がっちまおう。今ここで俺にできることは、もう何もない。

 

 

「ハイネ。議長と何話してたんだ?」

 

 

部屋から出て階段を降りようとすると、踊り場でシンが何のつもりもなく声をかけてくる。なんだ、待ってたのか。

 

 

「…別に、なんでもねぇよ」

 

 

…すまねぇな、シン、ルナマリア。今の俺は、お前らに何もしてやれない。いいように使われてお前らの大切な光を奪っておきながら、ルナマリアをこうまでした原因を作っておきながら。

 

情けねぇ。何がFAITHだ、目の前で悪意に雁字搦めにされてるガキ一人助けられないなんて。

 

 

「…悪いな、中途半端なとこで抜けちまって。死ぬなよ、お前ら。あとシン…俺が言ったこと、絶対に忘れるな」

 

「…ああ、分かってる。ハイネも…その、気をつけろよ」

 

 

…へっ…ありがとうな。

 

 

「…ハイ…ネ…」

 

 

シンの腕にしがみ付きながら、それでもこいつは俺を名前で呼んでくれるんだな。…本当は、辛くてしょうがないだろうに。

 

本当はミネルバに残ってこいつらを守ってやりたいが…そんなことをしちゃ結果的に思う壺だ。……信じるしかない、今は。

 

 

「………………」

 

 

……お前も、気をつけろよ、レイ。何も言わず、俺はこいつの肩を軽く叩いてこの場を離れる。

 

心残りはある。でもそれにかまけてたら、本当に今度こそ何もかも終わりになっちまう気がした。だから、今は信じて先に進ませてもらう。

 

とりあえず、これから行くとこの指揮官…イザークってやつが、少しは話のわかるやつだと…いいんだがな。

 

 

 

* * * *

 

 

「………っ…ここ…は……?」

 

 

 

 

 




明日まではいける…はず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〜 アークエンジェル編〜 壊れゆくもの
第二十二話 : 目覚め



今日まではいけます、明日はなしです。

明日は新人教習の指導役(おかしい、私も社会人二年目のぺーぺー)に駆り出されるため、精神力を振り絞ります(仕事内容が他者の命を預かるもののため)

ので、本日(2020/09/22)と明日は新たなストックの執筆と、現在のストックの添削や修正に専念させていただきます。



 

「……ここは…?」

 

 

知らない天井、知らない匂い。少なくても病院ってわけじゃなさそう。多分想像通りだと思うけど、とりあえず色々確かめないと。

 

 

「…うっ!?」

 

 

そう思って体を起こそうとしたけど、半身を起こそうとした時点で異変ありまくりだった。体は熱くて力が入らないわ頭はグワングワンするわ視界はまともに定まらないわの不調目白押しオンパレード。体調不良の集大成、いやバーゲンセールかってくらい。

 

 

「あ、ちょっとっ! まだ寝てなきゃだめよ」

 

 

快活なカワボ…らしき人が部屋に濡れタオルっぽいものを持って部屋に入ってきた。聴覚視覚、ついでに脳内がまともに機能してない今の私に確かなことは何も分からないけど。

 

 

「怪我は少なくても、撃墜された機体の中にいたのよ? まだしばらく休んでなきゃダメ」

 

 

…だれだっけ、この人。私の身体を寝かしつけシーツをかけ直してくれるこの女の人。頭がまともに働けば思い出せるんだろうけど、残念ながら今はまだ無理っぽい。記憶領域に検索かける機能が熱で炎上してるみたい。

 

 

「…アス、ラン…さん…は…」

 

 

絞り出すように声を出すと、心配するなと言うように額に手が乗せられる。

 

 

「大丈夫よ。少し怪我はしてるけど、命に別状はないわ。あなたよりも先に意識も取り戻したから」

 

 

そっか…よかった。目下最大の懸念事項が無事だという事実を聞いたからか、私は途切れかけの意識の維持を諦め、再び眠りについた。流石に体が動かなさ過ぎる。おそらくは人生最大の危機を乗り越えたんだ、もう少しくらいはベッドに沈んでいたい。

 

 

 

* * * *

 

 

「…そっか。あの子が議長に」

 

 

未だベッドから満足に体を起こさない俺の隣に座った彼女…カガリに、俺はここに至った経緯を出来る限りで説明した。

 

軍を抜けようとしたこと。その過程で彼女が命の危険に晒されていること知り、無我夢中で連れ出してきてしまったこと。

 

 

「…なんだかすごい子だなって思ってはいたけど…まさか議長に命を狙われるなんてな。一体何があったんだ、あの子に」

 

 

さあな。おそらく彼女は議長の理想を否定してしまったんだろうが…詳しいことは直接彼女に聞いてみなければわからない。

 

 

「分からない。彼女が回復したら聞いてみよう。…確認しておきたいともあることだしな」

 

 

殺されるくらいならと、俺は良かれと思って彼女を連れ出した。"いずれはこうなると分かっていた"、そう言った彼女の真意を聞いておかねばならない。

 

 

「大丈夫だよ。さっき目を覚ましたってミリアリアが。熱が酷くて、お前が無事だって聞いたらまた眠っちまったらしいけど」

 

「…そうか。良かった、というべきなのかな」

 

 

機体が撃墜される寸前に咄嗟に庇いはしたものの、守れたかどうか曖昧だった。そもそも、俺たちがこうして生き残っていられた最たる原因は、あの時ハイネが最後に放った弾の着弾地点が大きく関係している。

 

意図的なのか、それとも無意識か。あいつが撃った弾は全て俺たちの機体の肩や膝、足といった四肢を穿ちはしたものの。ただの一発もコックピットには当たらなかった。

 

流石に無傷とはいかなかったが、あいつが本気で俺たちを殺すつもりだったら、とっくの昔にそうなってる筈だ。それに、最後まで俺たちを庇おうとしたシンや…レイが議長に背いてまで俺たちを…彼女を撃たなかったのは驚いた。

 

いや、俺が知らなかっただけでレイと彼女はなにか特別な関係だったのかもしれない。でなければ、格納庫であれほどまでに悲痛な叫びを交わしはしないだろう。あのレイが、見たこともないほどに感情を露わにして彼女に静止を呼び掛ける光景が頭から離れない。

 

それと…一番の気かがりは彼女の姉…ルナマリアの状態だ。二人が言葉では言い表せないほどに仲のいい姉妹だということは俺も知っている。というより、ミネルバ内で知らない者は絶対に存在しない。

 

そんな彼女が、突然大切な妹に別れを告げられて…俺たちは恐らくは死亡したとされている筈だ。平常心を保っていられるとはどうしても考えにくい。場合によっては、もしかして……

 

 

「…大丈夫だ。彼女のことは私も面倒を見る、心配するな」

 

「…頼む。色々、辛いだろうからな」

 

 

……いや、これ以上はよそう。いくら考えたところで今は答えは出ないだろうからな。

 

逆に答えが出たものも、いくつかある。その一つが、俺が今アークエンジェルにいるということ。そして、あいつも…キラも生きていたこと。

 

しかもキラのやつピンピンしてた、なんなら俺の方が重症なくらいだ、一体どういう体してる。

 

 

「…それで、その…私のことは、許してくれるか」

 

 

…何を言うんだ、こいつは。

 

 

「謝るのは、俺の方だろ。キラに言われたことの意味に気づいた時には、このザマだ」

 

 

議長は信用できない。まったくその通りだった。まさか俺ではなく彼女から消しに来るなんて。機密漏洩? そんなもの、体のいいでっち上げだ。

 

 

「…結婚、しようとした。お前に、何も言わずに」

 

「守りたかったんだろ、オーブを」

 

 

…それに比べて、俺は。一体何をしているんだろうな。カガリが国を背負って必死に戦って、キラも、アークエンジェルも。

 

なのに、俺は。

 

 

「…俺は、何もできなかった。戦争を止められず、議長の思惑にも気づけず。…メイリンの、彼女の居場所を奪って」

 

「…アスラン…」

 

 

何より姉を好きでいた彼女を、事情はどうあれ引き裂いてしまった。彼女が何より大事にしていたものを、居場所を。挙げ句の果てに、その彼女を大切に思っていた仲間に撃たせてしまう始末。…本当に、何一つ守れなかった。何もできなかった。

 

 

「…何も守れなかった。オーブどころか、女の子一人すら」

 

「…そうかな」

 

 

………え…?

 

 

「…どんなに大切な居場所があったって。生きてなきゃ、意味ないだろ」

 

 

……カガリ…。

 

 

「お前も、あの子も。ちゃんと生きてる。…何があったか私には分からないけど。それだけで、私は嬉しいよ」

 

 

…生きてなきゃ、意味がない……。

 

 

「彼女の様子見てくるよ。お前はしっかり休め、勝手に動いたりしたら承知しないからな」

 

 

そう言って席を立ち、カガリは部屋を出ていく。言った通りに、メイリンの様子を見に行ってくれたのだろう。俺もそうしたいのは山々だが…生憎とそれができるのはもう少し先になりそうだ。

 

 

そうして俺が意識を手放してしばらくした時だ。"エターナル"がザフトに発見されたと火急の知らせが入ったのは。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 : 仮面

今日からは翌日、隔日、3日のランダムガチャです。3日以上開ける時は活動報告か前書きで報告いたします。


 

 

寝て起きたらアークエンジェルでしたはいまる。ヴェステンフルスさんに蹴っ飛ばされてパンパンされたと思ったら普通に生きてた私ですよ。アスランさんがあの時身を挺して私を庇ってくれたのも大きな要因だと思われます。

 

ヴェステンフルスさんの事だから意識的か無意識かは分からないけど、多分コックピットは避けたんでしょうね。じゃなきゃ生きて私とアスランさんがこの艦にいるわけがない。

 

ま、ここまで来ると私のやるべきことなんて殆どないんだけど。せいぜい怪我してるアスランさんをもうそろそろ大気圏外からそれはそれは凄まじい速度で降下してくるジャスティスのコックピットまで肩貸してよいしょするくらい。

 

その時に一つ二つ忠告を入れて、後は最後の方にミーア•キャンベルをラクス様の盾にして見殺せば、大方の仕事は終了。なんなら「これ罠だから行かなくてよくね」まである。

 

……唯一気がかりがあるとすれば、お姉ちゃん達の精神状況。

 

特にお姉ちゃんは、原作とは比にならないくらいに荒れてると思う。シンが寄り添ってくれてるといいんだけど。レイは…多分、原作みたいに戻ってるんじゃないかな。

 

私という邪魔者も消えたことだし、議長の言いたい放題やりたい放題。次に会う時は…多分彼は私が一緒に過ごしてきた彼じゃないだろうね。

 

今更もうどうにもならないし、どうする気もないけれど。

 

余計なことをした、だからあんな結末を招いた。彼との一件でよく思い出した、私は無力だ。力もなく声もない、ただのモブ。そんな私が誰かの運命をどうこうなんて烏滸がましいことなんだと。

 

だからもう、何も望まない、ひたすらに私が知る結末を目指すだけ。たとえそれがオーブでジブリールとか言うロゴスの中枢にしては小物臭いゲスを取り逃し、レクイエムによってプラントに甚大な被害と死者が出ると分かっていても。慈悲も哀れみも抱く必要はないし、今更抱く権利もない。

 

私にできることはただの道案内であって救済ではない。破壊される運命にある砂時計に住む方々とその家族友人恋人その他には申し訳ないが、どうすることもできない。恨むだけ恨んでくれて構わない、けれど結果は変わらないし、変えるつもりもない。

 

何とか重い体を起こしてみたものの、原作でも私がここの人たちと仲良くしてる描写とかなかったと思うしできることもないしと言うことで、大人しくしていようかなと思う。

 

もうすぐ、この物語も終末を迎える。私の長い長い戦いも、じきに終わる。なんなら出番まで仮病使ってこのまま不貞寝しててもいいんじゃないかな。

 

 

「ああ、起きてたか。どうだ? 体の方は」

 

 

…ダメか。てかなんでこの人がここに来るの? 原作にあったかなこんなの。

 

 

「…だいぶ良くなりました、ありがとうございます」

 

 

オーブ国家元首様、カガリ・ユラ・アスハ。ある意味あなたは私をぶって良いかもしれませんね、将来的に。…あ、違うや、そも議長倒せればハッピーなんだから私別に、

 

 

「そうか。良かった、アスランも随分と心配してたぞ」

 

 

…そうですか。私より先に目覚めて話が出来てるなら、怪我の方も想定通りみたいですね、安心しました。

 

 

「…あのさ、聞いていいか?…何があったのか…とか」

 

 

…あなたに話しても、あらゆる意味で時間の無駄なんですが。

 

 

「…大したことはありません。議長にとって、私は邪魔だった。それだけの話ですよ」

 

 

少なくても、自分の根底みたいなところをこんな乳臭い小娘に否定されて、しかもそれが自分の手駒の在り方を狂わせる不穏分子だったなら。

 

それだけで私を消す理由くらいにはなるんじゃないかな。私からすれば結果オーライだから別になんでもいいけどさ。

 

 

「そ、そんな理由でっ」

 

「構いませんよ、別に。やることは変わりませんので」

 

 

どのみち私とアスランさんは脱走して瀕死になってこの艦に来る予定だった。元から決まっていた予定調和、今更理由がどうこうとか関係ない。

 

 

「だって、それじゃお前はっ。そんな理由でっ、もうプラントにも戻れないじゃないか、そんなのっ!」

 

 

……ああもう、うるっさいなぁ…っ!

 

 

「だから、それがどうしたのですか?」

 

 

戻るつもりもなにも、議長さえ倒せばいいんだから。そのためになるべくしてなったんだから。何も知らない外野がごちゃごちゃ言わないで欲しい。

 

 

「…どうしたって…お前っ」

 

「…もう、いいですか。少し疲れました」

 

 

あなたはさっさとアカツキに乗ってシンに負けてジブリールとやらを取り逃してくれればいいんですよ。それで世界は救われます、あなたの国もね。

 

 

「あ、ああ…すまない。また来るよ、ゆっくりしていてくれ」

 

 

だから来なくていいですって。何なんだこの人、別に喋ったこともないのに。微笑んで部屋を出ていく彼女の背中に、私は聞こえないように呟いた。

 

 

「…めんどくさ」

 

 

…一応、アスランさんの様子は後で見に行ってみよう。ないとは思うけど、万が一原作よりひどい、とかじゃ困るし。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「…ぐっ!? は、あっ…っ!?」

 

 

エターナルがザフトに発見された。エターナル…おそらくそこには、()()()っ。

 

 

「…キ、ラ…いけ、ラク、スを…」

 

 

何か伝えなくては。アイツに…キラに。彼女を…ラクスをっ!!

 

 

「おいおい、何やってんだ」

 

 

隣のベッドの住人に訝しげな声をかけられたが、説明している時間も、余力もない。起きろ、起きろっ! 今ここでラクスを失えば、

 

俺が鉛のように重たい体をなんとか起こそうと足掻いていると、扉から見知った赤髪の少女が姿を見せた。普段のような二つ結びではなく、あの時と同じように長い髪を背中に流したままの姿で。

 

点滴スタンドを持ち歩いているということは、彼女もまだ回復していない証拠だ、なのになぜ。

 

 

「メ、メイリン…っ!? 君、起きて、」

 

「…大丈夫です、落ち着いて」

 

 

僅かに荒い呼吸と苦しそうな声で、彼女は体を起こそうとする俺を手で制し、ベッドに横たえさせる。

 

 

「フラガ少佐、ブリッジへ通信を開いてください」

 

「はぁ?」

 

 

…どうして? 彼女が彼の名を…?

 

 

「おい嬢ちゃん、いきなりやってきて」

 

「早くっ!」

 

 

彼女の刺すような声に、彼は何なんだとぼやきながらもベッド横に備え付けられたモニターにブリッジへの通信画面を開いてくれる。

 

 

「おい、なんか横のやつと嬢ちゃんがうるさいんだけど」

 

『え?』

 

「キラいけ、ラクスをってさ」

 

 

…そうだ、ラクスを、

 

 

「ラクスを、守るんだ…彼女、を…ぜったい、に」

 

「…………」

 

 

頼む、いけ、キラ。ラクスを守れ、彼女を死なせるな、絶対にっ!! でないと、

 

 

「彼女を失ったら全て終わり、だそうだぜ?」

 

 

すみません、ありがとうございます、フラガ少佐。

 

 

『カガリ、ルージュ貸してっ!! それからブースターをっ!!』

 

 

そうだ、いけ、キラ。彼女を守ってくれ。そうしないと、きっと取り返しのつかないことになる。

 

 

『ありがとう、アスランっ!!』

 

 

…いいから、早くいけ。頼んだぞ、キラ。

 

 

『…ブリッジの通信コードは覚えてるのね』

 

「え?」

 

 

ラミアス艦長のその声を最後に、通信が切断される。よかった、なんとか伝えることができて。…大丈夫だ、アイツがいくならきっと。

 

 

「ありがとう、ございますフラガ少佐。…それとメイリンも。もう歩いて平気なのか?」

 

 

人伝にしか聞いていなかったから、心配だった。熱が酷かったと聞いていたが。

 

 

「…ええ、アスランさんのおかげです。…戻りますね、あなたもゆっくり休んでください。…じきにまた、戦いになります」

 

 

…まて、それはいったい、

 

 

「まてまて嬢ちゃん。なんでそこの坊主も君も俺のこと少佐って呼ぶの? 俺はネオ・ロアノークた、い、さ」

 

 

…ええ?

 

 

「…それもじきに、分かる時が来ますよ」

 

「…メイリン?」

 

 

おかしい。体調が悪そうなのは分かるが…それだけでこうも違って見えるものなのか? 違って聞こえるものなのか?

 

 

「失礼します」

 

「あ、おいこら」

 

 

振り返ることなく、彼女は俺たちの部屋を後にする。なんだ、あれは。普段の無邪気で天真爛漫を絵に描いたようでもなく、いつかに俺を諭した時のようでもなく。

 

 

「…メイリン…」

 

 

…一体、彼女に何があったんだ。一体何が、彼女をあんな底冷えするような冷たい仮面を被った姿にした。決して心当たりがないわけではない、だがあれは…。

 

尽きぬ疑念が渦巻く胸を握りしめ、俺はただ彼女が出て行った扉を見続けた。彼女は言った、いずれ戦いになると、分かる時が来ると。

 

 

『いつかはこうなるって、分かってましたから』

 

 

…メイリン…君は一体…何を見つめているんだ。その小さな背中に、何を背負い込もうとしている。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 : 予兆

ご報告です。

この度、ドロップ&キック様の作『機動戦士ガンダム進藤』とのコラボ?をさせていただくことになりました。と言っても、私の方はすぐにどうこうという話でもないのですが…。

私の活動報告に詳細についてを投稿しましたので、興味がおありの方は是非そちらまで足を運んでみてくださいませ。






…はぁ…はぁ…。

 

視界がグラつく、頭はガンガンするし体も熱い。気になってアスランさんの様子見にいく途中に体調悪化ぶり返し&ラクス様発見されましたとかタイミング悪過ぎでしょ。

 

おかげで余計なことやっちゃったし。朦朧としてたからついフラガ少佐って言っちゃった、初対面なのに。まあ…どうとでもなるんだけどね、別に。

 

無理せず寝てればよかったんだけど、どうにもあの方とお話ししたせいで色々寝付けなくて体動かしてみたらこれだもん、何やってんだろ私。

 

点滴スタンドに半ばもたれ掛かるようにしてフラフラと歩く。おかしい、彼らの部屋と私の寝てた部屋ってこんなに遠かったかな。数分とかからず辿り着けるはずなのに、今の私にとっては砂漠に映る蜃気楼よりも遥か遠く感じる。

 

やば、そろそろ足に力が入らなくなってきた、意識も…

 

 

「な、何やってんだお前っ!?」

 

 

…ん? だれ…? 肩に背負われた?

 

 

「ああもうっ! だから休んでろって言ったのに」

 

 

耳元でガンガンうるさい。その声、あなたですか、カガリ様。

 

 

「…だい、じょうぶ。はな、し」

 

「ふざけんなバカ。今にも倒れそうなくせして何言ってんだ、ったく」

 

 

うるさいな、いいから離せって言ってるじゃないですか。

 

 

「…一応言っとくと、無駄だからなそれ」

 

 

グイグイと肩を離して押し戻そうとしても、うまく力が入らない。…鬱陶しいな、離せって言ってるのに。

 

 

「いいから、大人しくしろ。部屋までは運んでやるから」

 

 

だから、はな、せ、って。

 

 

「はいはい」

 

 

……っ!!はな、してって言ってるの…っ!!

 

 

「なっ?! おいっ!!」

 

 

渾身の力で彼女を突き飛ばして引き離す。が、まあ既に瀕死みたいな状態だった私がそんなことしてただで済むはずもなく。

 

突き飛ばした勢いのままバランスを崩した私は、そのまま点滴スタンド諸共地面に倒れ込む。派手な金属音と共に点滴スタンドは私の腕に差し込まれていた針を強引に抜き去り離れていく。

 

痛みを感じることすらなく倒れ伏す私の体。ダメ、だ…これ…たて、ない…。私の名前を叫ぶ彼女の声を遠くに感じながら、馬鹿なことした私の意識はそこで途切れた。

 

 

 

* * * *

 

 

キラが私のルージュかっぱらって宇宙にぶっ飛んでいってすぐ。通信越しに見てたアイツとあの子が心配になった私はすぐにアスランの寝てる…はずの部屋に向かった。

 

キラなら大丈夫だ、アイツがいくならきっとラクスだって。

 

問題はこっち。まったくアスランといいこの子…メイリンとか言ったかな。どうしてこうも無茶するんだか。つい最近死にかけたこと忘れてんじゃないだろうな。

 

なんだ、量産機に乗ってガンダム三機に追われながら脱走って。だれが生き残れんだそのぶっ飛んだデスレース。生きてたけど。嬉しいけど。正直生きた心地がしなかった、私がな。

 

 

「…はぁ…はぁ…」

 

 

で、目の前で苦しそうな息を吐きながらベッドで寝てるのがさっき私を全身全霊で突き飛ばしてそのまま倒れた張本人。とりあえず急いでベッドに担ぎ込んで軍医さん呼んだ。

 

新しい点滴スタンドと点滴液を用意してもらって、私が絶賛監視中。またバカなことされたら堪らないからな。てか次は怒る、本気で。

 

 

「…それにしても。随分と様子が変わったな、この子」

 

 

殆ど、っていうか直接話したことなんてないんだけど。ミネルバで見てた限りでも、こんな…うまく言えないけど、こんなワザと人を突き放そうとするような子じゃないはずだ。

 

ユニウスセブンの時にクルーを諭していた時、地球に降りてアスランや他の仲間と射撃訓練してた時。後はブリッジでの管制官としての彼女。私が直接見たこの子のことと言えばこのくらいしかない。

 

けど、だとしてもだ。こんな、こんな無理に他人から距離を置こうとするような子じゃなかった。とりあえず冷たく突き放せば他人と距離が置けると思ってるのがその証拠。

 

多分、人との距離の詰め方は分かってても離し方は分かってないんじゃないかな。何となくだけど。

 

あのデュランダル議長がすぐにでも消そうとした女の子。考え方が少し変わってるとは思ってたけど…一体この子になにがあったんだろう。何がこの子の心をそんなにも頑なに閉ざそうとしてるんだろう。

 

何が彼女をそこまで駆り立てているんだろう。

 

 

「…まぁ、いいか。今は」

 

 

そんなもの、後からいくらでも聞けばいい。覚悟しとけよ、アイツらがこんな態度の女の子を放っておくわけないんだからな。

 

もう少し付き添って、目が覚めそうになかったらアスランにこの子のことを聞きに行こう。どんなの子だったのか、そして何があったのか。

 

………そうすれば、少しは踏ん切りもつくかもしれない。まだどうなるかわかんないけど。左手の薬指に嵌めた指輪を見つめながら、私は未だ苦しそうに呼吸を漏らすこの子の髪をすく。

 

……ちよっと複雑っちゃ複雑なんだが……まあ、こればっかりは…な。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 : 迷う心、軋む心

そろそろ作品タイトルが内容に負けてる(手遅れ)


 

「…そうか、やっぱり」

 

 

メイリンの様子がおかしい。カガリから聞かさせたこの一言に、俺の頭の中には先程の彼女の姿と声があった。微塵の笑顔もない、ただひたすらに氷のように冷たい彼女の声音。

 

たしかに、俺は彼女のことを全て知っているなんて豪語するつもりはない。付き合いだってそう長くはないし、過ごした時間も決して多いとは言えないかもしれない。

 

しかし、それでもあれは流石におかしいだろう。艦内を走り回ってレイに首根っこ掴まれているような彼女でもなければ、いつかの時のようにまるで先の未来を見据えて俺に何かを諭すような…儚くも強い意志を秘めていたわけでもない。

 

 

「それに、あの子…さっき部屋の前で倒れそうになってて…」

 

「…な…っ!? あ、っ…!」

 

 

思わず驚いて体を起こそうとした瞬間に、激痛が走った。

 

 

「何やってんだお前まで。大丈夫だから、私が部屋まで運んで軍医の人に診てもらった。今はまた眠ってる」

 

 

…そうか、よかった。思えば部屋に入ってきた時からすでに苦しそうだったからな。無理に起こそうとした体をカガリに支えられながら、また体を横たえる。早くこの体を何とかしないとな、せめて立てるくらいにはならないと、何もできない。

 

 

「…ただ、その時にちょっとな……」

 

「…どうした、何かあったのか?」

 

「…突き飛ばされたよ、彼女に。フラフラで今にも倒れそうだったのに、支えようとした私を」

 

 

…そんな、あのメイリンが? カガリを突き飛ばした?

 

 

「彼女、それで気を失っちゃって。だから私も彼女を部屋までは運べた…ってわけなんだが」

 

 

信じられない、彼女が人にそんな。しかもカガリを。仮にもオーブの国家元首だぞ、それをわからない彼女ではないはずだ。それがなぜ?

 

 

「すまなかった、カガリは大丈夫だったのか?」

 

「何でお前が謝るんだよ。大丈夫だ、それくらいで怪我なんかしないって」

 

 

よかった。彼女がカガリに怪我をさせていたら…なんだかやるせない。

 

 

「なあ、アスラン。あの子、ミネルバではどんな子だったんだ? 私、殆ど知らないけど…でも、今のあの子は絶対に何かおかしい。…なんか、無理に一人になろうとしてるっていうか…上手く言えないけど、その」

 

「分かってる、それは俺にも何となく」

 

 

ほぼ接点がないカガリでも気付くんだ、今のメイリンが普段のあの子でないのは明白だろう。…少なくてもあんな露骨に人を遠ざけようとするような子じゃなかったはずだ。

 

 

「…どんな子、か。難しいな、一言で表そうとすると」

 

 

発言行動ともに歳不相応に幼くて、姉のルナマリアを中心に動く、生粋の姉っ子。艦内だろうが作戦中だろうが戦闘中だろうが、いつだって呼び方は「お姉ちゃん」 いくらやめろと姉から言われても決して辞めなかった。あのグラディス艦長すら黙認してるくらいだ。

 

 

「…そうか、姉妹でミネルバに。仲、良かったんだな」

 

 

たまに…よりは多い頻度でキテレツなことをやり、主に姉やレイに捕まって。艦長まで巻き込むんだから、ある意味大したものだとは思うが。

 

 

「ぶっ!? 唐揚げ作ったのに食べきれないからってグラディス艦長まで呼ぶのか、嘘だろ」

 

 

でも、真剣な相談には真剣に乗ってくれて。

 

 

「お前…そういうの鈍いからな。目に浮かぶよ、まったく」

 

 

それに……あの時。キラとアークエンジェルを撃てって命令が下る前。俺に細やかすぎる口止め料と一緒に口にした言葉。これから先に起こる事態をまるで全て予期していたような口ぶりと、普段とはかけ離れた大人びたような雰囲気。

 

多分、議長はジブラルタルであの彼女を見たんだろう。そして自らの理想を否定された。そんな彼女を危険視した彼によって、あらぬ容疑をかけられてしまった、そんなとこだろうか。

 

 

「…なるほど、それがあの子が命を狙われた理由か。…白のクイーン…ラクスに足る、か。すごいんだな、あの子」

 

 

彼女が危ないって聞いて。いてもたってもいられなくて。気付いたら体が動いてた。困惑すると思った、反対されると思った。けど実際はいつかはこうなると分かっていた、そう言って彼女は何より大切な姉の手すら振り切って俺について来てくれた。

 

 

「…俺のやったことは、本当に正しかったのかな」

 

「…アスラン」

 

 

俺なりに、正しいと思って連れ出したつもりだ。彼女を失ってはいけないと、死なせたくないと、強く思った。

 

でも、今の彼女を見ているとそんな思いもわからなくなってくる。

 

 

「…俺が無理に連れ出したから、こんなことになってるんじゃないかって。彼女にあんな顔をさせているのは、俺のせいなんじゃないかって」

 

 

彼女がいたかった場所から無理やり連れ出して、ルナマリアと引き裂いて、レイとあんな別れをさせて。命を守ったつもりで、心を殺してしまったのではないか。

 

彼女の笑顔を奪ったのは、俺なんじゃないか。

 

 

「…俺は、本当に正しい選択をしたのかな」

 

 

彼女にとって、これは最善だったのだろうか。これが本当に彼女の望んだことだったのだろうか。

 

 

「やめろよ、そんなこと言うの」

 

 

…カガリ?

 

 

「助けたいって思ったんだろ? 死なせたくないから連れ出したんだろ?」

 

 

………。

 

 

「…話聞いて、私にも少しだけ分かった気がする。たしかに今のあの子は普段のあの子じゃないのかもしれない。…言葉じゃ推し量れない悲しみを抱えているのかもしれない」

 

 

…そう、かもしれない。こうなると分かっていた、そう口にした彼女の表情が脳裏に浮かんだ。…一体、彼女は何を見据えいるのだろう。なにを抱え込もうとしているのだろう。

 

 

「…だから、支えてやれよ。そうしたいから、助けたんだろ?」

 

 

………俺は……。

 

 

「…カガリ、俺はーー」

 

 

『カガリさん、至急ブリッジへ。ジブリールの居場所が判明したと、キサカさんから通信が』

 

 

っ!? ジブリール…ヘブンズベースから逃亡したロゴスの残党が?

 

 

「…悪い、行ってくる」

 

「あ、カガリっ」

 

 

カガリが早足で部屋を出ていく。彼女の目元がほんの少しだけ光っていたのは、気のせいじゃないはずだ。

 

 

『…だから、支えてやれよ。そうしたいから、助けたんだろ?』

 

 

…俺は……。

 

 

 

* * * *

 

 

…やらかした。何やってんだろ、私。ついカッとなってオーブ代表突き飛ばして気絶とか意味わからない。危うく私が国際問題引き起こすとこだった。

 

…まあいいけどね、どうせあの人はさっき入ったジブリール発見の報を聞いてオーブに飛んでいく、黄金のMS"アカツキ"に乗って。

 

あとは適当にバカ晒してるユウナなんとかせーやとか言うのふん捕まえてシンに負けてもらってジブリール逃したらあの人の役割はほぼ終了。ああ、私が見ているなかでは、の話だけど。

 

ジブリール…か。私はベッド横に備え付けられたモニターから連日流れるヘブンズベース攻略作戦の録画映像に目を向けた。いや、これはもはや攻略じゃなくて一方的な蹂躙とすら言えるけど。

 

衛星軌道から曇りのちザクウォーリアーの大半が消し飛ぶまでは予想通り、けどそこから基地が白旗上げるの流れはまるで違った。

 

出撃する四機のガンダム。シン、ヴェステンフルスさん、レイ…そしてお姉ちゃん。負けることはありえないし、ヴェステンフルスさんのデスティニーが一機増えてる分早く終わるだろうとは思った。

 

けど、甘かった。シンが一騎当千の活躍するのは分かってた、ヴェステンフルスさんもシンには及ばずとも戦果を上げるとも思ってた。

 

でも、お姉ちゃんとレイについては完全に私の予想を超えていた。あのデストロイに飛び乗ってこれでもかとエクスカリバーを叩きつけるインパルスを見て……正直絶句した。

 

あれが、今のお姉ちゃん。画面越しからでも十分伝わってきたお姉ちゃんの心の悲鳴。私が思っていたよりも、ずっとずっとお姉ちゃんの心は傷ついてる。

 

そして、レジェンド。…ゾッとするほどに冷たかった。自分を見上げるしかできない地上戦力を、一方的に上空から殲滅していくその姿。基地施設、逃げ出した歩兵、MS、戦車。全て例外なく粛々と消していくそのありように、恐怖を感じなかったと言えば嘘になる。

 

 

「……っ…」

 

 

私のせいだ。私がいなくなったから、お姉ちゃんはあんなに苦しんでる。私が余計なことをして、レイにあんな一方的な別れを告げたから、彼をあんな風にしてしまった。

 

全部、私のせい。私が選び、私が生んだ、私の罪。勝手に願い、押しつけた末がこの地獄。

 

そして、これからもっと人が死ぬ。ロード•ジブリール、彼がオーブから月に逃げた後、彼の手によって引き起こされる惨劇はプラントにかつてないほどの被害と死者を出すだろう。

 

引き金を引くのは彼だとしても、知っていて止めない私も同類、もしくはそれ以上の罪人だ。私が一言カガリ様に「セイランの所有するシャトルに気を付けろ」と言うだけで、おそらく結果は変わってくる。

 

でも、そうはしない。レクイエムの惨劇でロゴスの…と言うよりはジブリールの悪性を全世界に報道し、それを撃ったことによる議長にデスティニープラン導入宣言をしてもらわないといけないから。

 

それが、私の知ってる未来だから。それ以外の道筋なんて知らないし、探すつもりもない。死ぬべき命にはちゃんと死んでもらう、そう最初に決めたはずじゃんか。

 

忘れるな、メイリン•ホーク。お前は英雄じゃない、お前に何かを為す力なんてない。分不相応な何かを望んだお前の甘さが生んだ罪を忘れるな。

 

 

「…そうだよ、仕方ないんだよ。私には、何もないんだから」

 

 

私の役割はただの道案内。誰かを救う力なんてどこにもない。あるのはただ、みんなの血溜まりから己の罪を拾い上げる汚い両手だけ。

 

ああ、戦争が終わっても…これじゃ、ダメだな私。ごめんね、約束したのに。

 

 

「…こんなんじゃ…もうお姉ちゃんに会えないよ」

 

 

こんな汚れきった妹じゃ、お姉ちゃんの側になんていられない。罪のない人々を平気で見殺しにするような罪人の身に、そんなこと許されるはずがない。私に許されるのは世界と皆んなの明日を望むことであって、自身の明日を望むことじゃない。

 

…ごめんね、お姉ちゃん。約束……守れそうにないや。

 

二度と会えない最愛の家族を思い、私はただ膝を抱えて流す資格すらない涙とともに、静かに嗚咽を漏らした。……泣き止んだら、アスランさんのところにいかないと。

 

もうすぐまた、戦いになるんだから。何も得ず、ただ無数の命を浪費させるだけの無駄な戦いが。予定調和という名の血と罪に塗れた劇場の開演まで、あと少し。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 : 燃ゆるオノゴロ島

最近真面目に前書き書いてるどうした私⇦まあ書くことがあるから書かざるを得ないのですけれど…汗

そろそろ出番が近い上に後から感想欄などで争いが勃発しないよう予め報告させていただきます。

作者は『どちらかと言えばラクス肯定派』です。この考えに賛同できない、理解できない、受け入れられないと言った方は今のうちに読了を控えることをお勧め致します。

先にも申しあげましたが、批判をされても物語の道筋や私自身の考え方を変えるつもりはございません。ラクス否定派ないし彼女の行動が悪、否と考えておられる方は、この前書きを最後に、読了をお辞めになることをお勧めいたします。

そうでない方、中立派、どっちでもええやん派、考えは人それぞれでイイジャナイ派、チャーハンはオカズ派などの方々には、変わらず物語をお楽しみいただければ幸いです。


 

オノゴロ島沖合。ジブリールを匿っておいてそんな奴いないとかふざけたこと抜かしたオーブを叩くため、俺たちはミネルバの待機ルームで出撃のタイミングを待ってた。

 

この期に及んで舐めたこと言ったこの国を、今度こそ踏み潰してやる。

 

 

「ジブリールはまだ見つからないか。なかなか頑固に抵抗しているようだな、オーブ軍も」

 

 

関係あるか。平和を乱す奴を匿うって言うんなら、まとめて潰す。叩き潰してやる。

 

 

「…ジブリール…ロゴス…今度こそ…っ!!」

 

 

…っ。ああ、そうだ。今度こそ、今度こそ終わりにしてやる。ルナにこんな…こんなことさせる奴らなんて。

 

 

「初手から三機出ることもないだろう、俺がいく」

 

 

…それはちがう、レイ。

 

 

「…いいや、俺がいく」

 

 

オーブを撃つならっ! 俺が撃つっ!! 全部終わりにするんだ、今日、ここで。そうすれば…っ。

 

 

「駄目だ、俺がいく」

 

「レイっ!!」

 

 

どうしてっ!? オーブを撃つなら俺がやる、俺がやらなきゃいけないんだ、だってここは、

 

そう何か言おうとした俺の腕を、レイが引っ張る。そして耳元で小さな声で言ってきた。

 

 

「…いずれお前の力も必要になるかもしれん。その時までルナマリアをあやしておけ」

 

 

っ!? レイ……。

 

 

「いざ出撃の時にお前まで使い物にならんでは困る。初手は俺がいく、いいな?」

 

 

……分かったよ。

 

俺の腕を離し、レイはエレベーターの扉を潜る。…あやしておけ、か。出来れば出撃もして欲しくないんだけどな、ルナは。…ルナにあんな…ヘブンズベースでしたようなこと、もうして欲しくはないから。

 

 

「…レイ」

 

 

考え込もうとした俺の思考を、彼女の声が遮った。

 

 

「気をつけて…ね」

 

 

心配そうに、泣きそうな声で、ルナがそう言った。俺に対するものほどではないにしろ、今のルナは仲間が離れていくと途端にこんな顔をするようになった。…くそっ…なんだってこんな…。いや、原因はわかってる。彼女さえ…メイリンさえいてくれれば、こんなことにはならなかった。

 

俺がちゃんと守れてさえいれば、こんなことには…っ!

 

 

「……ああ。大丈夫だ、ルナマリア」

 

 

その言葉を最後に、レイはレジェンドのコックピットに向かうためにエレベーターの扉を閉める。待機時間が延長された俺は、怒りやら何やらの感情を鎮めようと気持ち乱暴にソファに腰を下ろす。

 

 

「…はぁ、くそっ」

 

 

オーブを撃つなら、俺の手で撃ちたい。その思いはほんとだ、あんな国、今度こそ滅ぼしてやるって何度も心の中で思ってきた。でも、

 

 

「…シン?」

 

 

隣に座って、心配そうに俺の頬に手を当ててくる彼女を見たら、そんな思いも少し揺らいでしまう。

 

 

「…大丈夫、俺はもう少しここにいるから」

 

 

肩に頭を置いてくる彼女に、そっと手を乗せる。…そうだ、守るんだ。この温もりだけは今度こそ。何も守れなかった俺でも、これだけは絶対に。

 

父さん、母さん、マユ、ステラ、そしてメイリン。何も守れなかった、俺に力がなかったから。でもルナだけは…せめてルナだけは、守ってみせる。何が相手だろうと、ルナだけは…。

 

 

* * * *

 

 

「ん…くっ…」

 

 

ロード・ジブリールがオーブにいる。彼の引き渡しを要求するザフト軍に対してオーブ…ユウナ・ロマが出した声明は、要求に対してシラを切るというとんでもないものだった。

 

この状況でそんないい加減な子供騙しがあのデュランダル議長に通用するはずがない。予想通り、オノゴロ島沖合に展開していたザフト軍は攻撃を開始、オーブ軍と熾烈な戦闘を繰り広げていることだろう。

 

カガリとムラサメ隊は先んじてオーブに向かった。俺もいつまでもこのまま何もせずに寝ているわけにはいかない。

 

そう思って、なんとか体を起こそうとしているのだが…。

 

 

「罪な男だなぁ、ボウズ」

 

 

…普段ならカーテンを閉め切ってる隣の彼が、俺に声をかけてくる。

 

 

「あのオーブのお姫様と、なんか訳ありそうな赤い髮の嬢ちゃん。はっ、贅沢な悩みだなおい」

 

 

…何が言いたい…? 

 

 

「まあ、未来ある若者へ少しだけおじさんからのアドバイスをしてやろうかと思ってね。なあに、ただの独り言だ、そう構えなさんな」

 

 

アド…バイス…? 何のことだ?

 

 

「…正直、俺にもなんでこんなこと言ってやろうと思ったのかわからんがな、まあ言わせてくれよ。ただの気まぐれだ」

 

 

……フラガ少佐? 

 

 

「どんなに強がったところで、男が本当の意味で守ってやれる女ってのは…多分、生涯一人きり……だと思うぜ」

 

 

………っ…。それは…、

 

 

「そんだけだ、まあ…どうするかは自分で考えな。…後悔ってのは、後からどれだけしても足りないもんだからな」

 

 

……俺は……。

 

 

「…大丈夫ですか、アスランさん」

 

 

考え込み中途半端に立とうとしていた俺の肩を、部屋に入ってきた彼女が支えてくれる。えんじ色の上着に白い無地のパンツ。髪は……流したままだ。

 

…どうするか、か。…俺は…今の俺は…どう思っているんだろうな。この胸に燻る名前の分からない感情の正体を知らぬまま、支えてくれる彼女に声をかける。

 

 

「…メイリン、もう体はいいのか?」

 

「ええ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」

 

 

…やはり、言葉に熱を感じない。俺の体を支えてくれる気遣いは感じても、言葉の節々にどこか投げやりで、それでいて他者を突き放そうとも取れるトゲを感じる。用意されていたオーブ軍の上着を着た俺を支え、そのまま立ち上がらせてくれる。

 

 

「なぁ、嬢ちゃん」

 

 

部屋を出ようとする俺たちを、先程俺にアドバイス……をしてくれた少佐と思っている人物が呼び止める。

 

 

「君、一体何者? 俺と会ったことないよな? どうして俺の…こいつらが勝手に呼んでるフラガって名前を知ってんだ?」

 

 

…そうだ。彼女は確かに彼の名を読んだ。しかも階級をつけて『フラガ少佐』と。彼女と少佐に…接点などあるのか?

 

 

「…今、その質問に答える必要性を感じません。自分が何者かすらも分かっていないような今のあなたには、尚のこと」

 

「っ!? 嬢ちゃん……?」

 

 

っ!? なんだ、それは。一体どういう……いや、それよりも、そんなあからさまに人を傷付けるようなことを言うような人間じゃないだろう、君は。どうしたんだ、メイリン。

 

 

「メイリンっ、今のは」

 

「行きましょう、じきにこの艦もオーブに向けて出るはずです」

 

 

驚愕に固まるフラガ少佐に目も向けず、彼女は俺の肩を支えながらCICへの道を歩く。

 

 

「…メイリン、一体どうしたんだ。さっきの少佐への態度といい、カガリを突き飛ばしたこといい…何がそんなに君を」

 

「何もありません。私は私のすべきことをしているだけですから」

 

 

…その君のすべきことと言うのが、ああしてわざと人を遠ざけ仮面を被り続けることだとでも言うのか。

 

 

「メイリン、君は今何を見ている。何を見据えて行動してる。軍から抜ける際に言った"いつかこうなることが分かっていた"とはどういう意味だ?」

 

 

何を目的にしている。君は今は、()()()()()()()

 

 

「…それを今あなたに説明したところで意味はありません。大丈夫ですよ、あなたの大切なものは、何一つ消えたりしませんから」

 

 

…俺の、大切なもの、か。いいや、すでに消えてしまっているものがあるさ。君の言葉を借りるなら、それを今の君に言っても意味がないのかもしれないが。

 

 

「アスラン? もう大丈夫なの?」

 

 

CICについた俺たちを見て、彼女…ミリアリアが声をかけてくる。

 

 

「…大丈夫だ、CICに座るくらいならできる」

 

 

こんな時に、ただ寝ているだけだなんてごめんだからな。

 

 

「メイリン、きみは」

 

「私も行きます。まだやるべきことが残っているので。迷惑にはなりませんから」

 

 

残れ、そう言おうとした俺の言葉を彼女の言葉が遮る。そうして誰の許しを得ることもなく空いた席に俺を下ろし、彼女もまた隣の席に腰掛ける。その横顔が氷のように冷たく感じたのは、きっと気のせいじゃない。

 

別人だ、まるで。ミネルバにいた天真爛漫と無邪気を絵に描いたような彼女とは。何が彼女をこうまでした、ここまで彼女に冷たい目をさせる。

 

俺が連れ出したからなのか。俺が強引に引き裂いたから、君にそんな顔をさせてしまっているのか。命を助けたつもりで、俺は君の心を殺してしまったのか?

 

だがどんなに自問して彼女の横顔を見つめても、彼女は決して俺に顔を向けることはしなかった。どこを見つめるかも分からないその昏い瞳を、俺に向けてくれることはなかった。

 

 

* * * *

 

 

お父様から託された黄金の機体"アカツキ"に乗り、キサカたちムラサメ小隊とオーブに飛び出して来た私は、ガタガタな戦線を立て直すために国防本部へと通信を開いた。

 

国防本部に居座っていたユウナを国家反逆罪で拘束させ、残存兵力を纏めて防衛線をなんとか立て直すことはできた。あとは少しでも戦線を押し返して停戦の、

 

 

『カガリ様! お気をつけ下さい、ザフトの新手が!』

 

 

そうしてモニターに映し出されたのは、とある一機の機体。全体的に暗い灰色の装甲をして、背中に背負った円盤のような機械翼の突起から無数のビームを撒き散らしながら迫るムラサメを事もなさげに撃ち落としている。

 

あれは、ヘブンズベースのっ!!

 

 

「ちぃっ!!」

 

 

今あんなのに来られたら、オーブはひとたまりもない。

 

 

「えぇぇいっ!!!」

 

 

ライフルを乱射しながら、アカツキを奴目掛けて突っ込ませる。アストレイやムラサメじゃこんなの歯が立たない、私がやるしかない。

 

牽制目的で撃った弾を半身を逸らしただけで避けたソイツは、そのまま右手に持ったライフルを私に向けて放つ。けど無駄だ、ビームはこのアカツキには効かない。

 

アカツキの装甲に当たった瞬間、奴の放った弾丸はそのままの軌道を描いて奴の元へと飛来する。が、慌てる様子もなく左手に展開したビームのようなシールドで反射された弾丸を防ぐと、ライフルを背中にマウントし右脚からサーベルを引き抜いて突進してくる。

 

あまりの切り替えの速さと向かってくる速度に距離を取る選択が出来ず、咄嗟にアカツキの左手にあるシールドで繰り出された袈裟斬りを防ぐ。

 

 

『代表自ら出てくるとは、手間が省けて助かりますよ』

 

 

通信越しに聞こえてきた声は、あまりに冷たいものだった。こいつ、ミネルバにいた金髪の、

 

 

『ここであなたを撃てば、オーブを撃てたも同然。のこのこと前線にしゃしゃり出てきたこと、後悔させてやる』

 

「なにをっ!!」

 

 

ライフルをマウントし、腰から引き抜いたサーベルを振るおうとするが、それよりも早く動いた奴の左手がアカツキの右手を押さえつけ動かせない。

 

 

『…綺麗事だけでは、結局何も出来はしない』

 

 

直後、コックピットを蹴飛ばされた私は衝撃に飲まれて機体諸共体勢を崩される。しまった、これじゃ機体の制御が…っ!!

 

 

『…死ね』

 

 

立て直そうとする私目掛けて、殺意を隠そうともせずに奴が迫ってくる。ダメだ、間に合わない。光の刃が目前に迫り、思わず私が目を瞑ったその時、

 

遥か上空から飛来した無数の光の弾丸が、私と奴の間を駆け抜けた。

 

 

『ちぃっ!?』

 

 

直後、凄まじい速度で私の前に降下してきた影が両手に持ったサーベルを振り抜いて今し方私を殺そうとした奴を退ける。

 

多少姿形が変わっていても、見間違えるはずがない。先程の正確無比な射撃と、目の前で絶対的な存在感を放つ、蒼き翼。

 

 

「…キラ?」

 

 

姉である私の機体をかっさらって宇宙に上がったコイツが、新しい力と共に今再び帰ってきた。

 

 

『…フリーダム…っ』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 : 囚われの心

 

 

『…フリーダム…』

 

 

私を庇うようにフリーダム…キラが前に出る。翼の形が以前と異なっていたり、節々の関節が黄金に輝いたりと色々違いは見受けられても、はっきりと面影は残してる。幾度となく私を、私たちを守ってくれたこの背中を、見間違えるはずがない。

 

 

『マリューさん、ラクスを頼みます。ここは僕が引き受ける、カガリは国防本部へ』

 

 

引き受ける、か。やっぱり力強いな、コイツの言葉は。…頼んだ、ありがとうな。

 

 

「わかった」

 

 

私の言葉を聞くや否や、翼を広げてバカみたいな速度で私と戦ってた暗色の機体に突っ込んでいく。任せたからな、キラ。私も私で、やるべきことをやらないと。

 

兎にも角にも国防本部へ行かないと。キラ、皆んな、頼む、あと少しだけ、無力な私に力を貸してくれ。

 

 

 

* * * *

 

 

キラが戻ってきた。カガリがレジェンド…レイにやられる直前に、とんでもない速度で大気圏外を突破しながら。そして新しいフリーダムと一緒に降下してきたもう一機の機体を見てハッとした。

 

見間違えるはずがない。あの機体は、俺に宛てたものだ。未だ万全とは言い難い体を起こし、格納庫へと向かおうとすると、

 

 

「…………」

 

 

やはり分かっていたかのように彼女は俺の肩を支えてくれる。相変わらず…と言っていいのか、その表情は冷たく無機質なままだ。先程、レジェンドが出撃してきた際にはかなり動揺していたが…やはりレイに何か思うことがあるのだろうか、それともまた別の理由か。

 

 

「…これも、君の予想通り…なのか?」

 

 

道すがら、そう聞いてみる。いまさら大した答えを返してくれるとは思ってはいないが。

 

 

「……さあ…どうでしょうね」

 

 

…やはり、か。本当に君は、何を見ているんだろうな。その後は特に話すこともなく、俺たちは格納庫へとたどり着いた。そしてそこに、見知った桃色の長髪の後ろ姿があった。

 

 

「…ラクス?」

 

 

ラクス・クライン。…本物の彼女がそこにいた。見たことのないパイロットスーツを着ていたために一瞬気付くのが遅れてしまった。

 

 

「アスラン」

 

 

まさか、()()に乗っていたのか?

 

 

「君が乗っていたなんて。大丈夫だったか?」

 

「はい。本当に、ただ乗っていただけですから」

 

 

…よかった。キラのやつ、相変わらずふざけた速度で機体を振り回してたからな。ラクスをこれに乗せて…無茶をする。目眩しと機体の運搬が一緒に出来てちょうど良い、とか言ってそうだが。

 

 

「アスランこそ、大丈夫ですか?」

 

 

…生憎、万全とは言い難いが、そうも言ってられない。だからこそ、()()を持ってきたのだろう?

 

 

「…大丈夫だ」

 

「…お身体のことではありませんわ」

 

 

っ…。そうしてラクスは、ほんの少しだけ、未だ俺を支えてくれているメイリンに視線を向け、また再び俺を見る。……まだキラに少し事情を伝えたくらいなんだがな。この一瞬だけで彼女は何かを感じたのか? …凄まじいな、やはり。

 

 

「…ジャスティス、か?」

 

 

多少俺の知るものとは違うが、見間違えるものか。これは…かつて俺の機体、"ジャスティス"…キラのフリーダムと対を為す機体だ。あの時ジェネシスで自爆させたはずだが、後継機ということだろうか。

 

 

「はい。ZGMF-X19A "インフィニットジャスティス"…それがこの機体の名前です」

 

 

……インフィニット…無限の正義、か…大層な名前だな。…今の俺には、その名前すら皮肉に聞こえてくるような気がするが。

 

どうするべきなんだろうな、俺は。力が必要なのは分かっている、今が戦わなければいけない状況だと言うことも。

 

だが、なら俺は何と戦えばいい? その選択を間違えたからこそ、今こんなことになっているのではないか? 隣にいる彼女に、こんな顔をさせてしまっているのではないか?

 

なら…

 

 

「…傷ついた今の貴方に、これは残酷なのかもしれません」

 

 

………。

 

 

「でもキラは…"何かしたいと思った時、何も出来ないこと。それが一番辛いこと"だと。だから、これを貴方に…と」

 

 

……っ。キラ…

 

 

「力はただ力です。どう使い、どう活かし、何を為すのか。それは貴方が決めること。…アスラン、貴方が今求めるもののため、これは不要なものですか?」

 

 

俺が今…求めるもの。それは……。

 

 

『…支えてやれよ。そうしたいと思ったから、助けたんだろ?』

 

………。

 

 

「…この戦いを止める。話はそれからだ」

 

 

思うことはある。知らなきゃいけない、話さなきゃいけないことだってたくさんある。だが今は…、オーブを守らないと。このままこの国を戦場にしたくはない。

 

 

「…行くんですね、アスランさん」

 

 

……メイリン?

 

 

「二つ、忠告があります」

 

 

やはりか。彼女の言っていた"じきに戦いになる"と言っていた言葉が今を指すのだとしたら…。

 

 

「一つ。今はレジェンドだけですが、じきにデスティニー…シンも出てくるはずです。現時点で出てこないのならば、既にヴェステンフルスさんはミネルバを離れていると見ていいでしょう」

 

 

なるほど、たしかにハイネの性格なら飛び出して来ていそうではある。レイにだけ行かせて自分はジッとしている…なんてことをするとは考えにくい。

 

 

「…その時にレイはもちろんのことですが……気をつけてください、今のシンは…おそらくとても強い。私たちを追撃してきた時と同じように考えるのは危険です」

 

 

…そうか、オーブはあいつの…。…なら尚のこと止める必要がある。あいつにオーブを撃たせるわけにはいかない。憎しみのわけも知らないまま、その引き金を引かせるわけには。

 

…それに、もし彼らと少しでも言葉を交わすことが出来れば君の、

 

 

「二つ。戦闘中に彼らと話すチャンスがあったとしても、私の生存は絶対に知らせてはいけません」

 

 

…っ!? メイリン…?

 

 

「どうしてだメイリン。君の生存を知れば彼らは…。君だって先日のヘブンズベースの映像は見ただろう、あの時のインパルスに乗っていたのは」

 

 

君が死亡したと知らされて、おそらく彼らの心には大きな影が落ちているはずだ。先日のベブンズベース攻略の映像を見ればそんなもの一目瞭然だろう。

 

特にインパルス…おそらく今あれに乗っているのはルナマリアだ。その彼女が……あんな戦いをする様を君も見たはずだ。一刻も早く生存を知らせてやらないと、

 

 

「だからです。お忘れですか? 議長が消したかったのは私です。もし私の生存が彼に知れれば、間違いなくお姉ちゃんたちに危険が及びます」

 

 

……それは、そうかも知れないが。しかし、このまま放っておけばいずれルナマリアは…手遅れになるかもしれないんだぞ。

 

 

「絶対に駄目ですよ。たとえお姉ちゃんが…彼らがどんな精神状態だったとしても。私の生存は決して伝えてはいけません」

 

 

いいですね? と確認の意を込めた瞳を向けて、彼女は俺にそう告げる。どうしてだ、メイリン。それが分かっていながら、君が何より大切なルナマリアが危険な状態だと分かっていながら。

 

なぜこうも頑なに閉ざす。何が彼女をここまで縛り付けている。彼女は一体、何を見据えている、何を目指している。それは…そこまでしなければなし得ないことなのか? 彼らを…ルナマリアを犠牲にしてでも、君には求めるものがあるというのか。

 

 

「……………」

 

 

 

* * * *

 

 

…はぁ、焦った。初手にミネルバからレジェンドが出てきたこととか、もしかしたらヴェステンフルスさんも来ちゃうんじゃないかとか色々と心配したけど、概ね予定通りって感じかな。

 

まさに結果よければってやつ。レジェンドが初手だろうがどのみち大筋の流れは変わらない。宇宙から黒と紫のズングリムックリ三兄弟も落ちてきたし、多少原作より内陸にザフトが残っていても大丈夫でしょ。

 

アスランさんにも忠告はできたしね。…今のシンは、おそらく原作と比べて遥かに強い。私たちを…アスランさんを自身の手で討ってないどころか、最後まで守ろうとしたからね。迷いや葛藤がない分、きっと手強い。

 

…二つ目は…。分かってるよ、私が生きてるってこと伝えたら、きっとみんなの心は僅か以上に救われる。お姉ちゃんを安心させてあげられるかもしれない。

 

でも、それはできない。もし私の生存が議長に知れたら、彼は間違いなくお姉ちゃんを利用する。彼が目的のためには手段を選ばず、また不穏分子の存在は決して許さないということも、身を以って実感した。

 

そんなことが分かっていて、お姉ちゃんたちに私の生存を知られるわけにはいかない。それに……お姉ちゃんとは、宇宙で会えるから。

 

お姉ちゃんはあの戦いの最中に、初めて私の生存を知るの。それが私の知る物語の流れ。それまでは、シンと支え合って戦い抜くんだから。そうすれば、きっと大丈夫。

 

それにね? 違うんだよ、アスランさん。お姉ちゃんは宇宙で、シンは多分、この戦争が終わってからでいい。…レイは、もう最後の一瞬に至る全てにおいて知る必要はない。…そんな中途半端な感情なんかいらない。

 

ここで彼らに私の生存を知らせる? 彼らを安心させる? そんなもの、

 

 

「…そんなもの、()()()()()()()()じゃない」

 

 

出撃していくジャスティスを格納庫で見送りながら、私は知らずのうちにそんなことを呟いた。…CICに戻ろうかな…ないとは思うけど、ここで本筋と大きな乖離とかあったら不味いし、ちゃんと見ておかないと。

 

 

「……知ってる……未来…?」

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 : ぶつかる思い

 

 

「…そんな、なんで…」

 

 

空から降下してきた新たな機体の姿を見て、俺は思考も体も硬直した。嘘だ、だってアレは…俺が撃ったんだ、あの時。なのになんでまたアイツが…フリーダムが出てくるんだ。それにアークエンジェルも、両方揃って生きてたってのか。

 

……ステラの…仇……っ!!

 

 

「シン、シン…顔、こわい」

 

 

…悪い。知らずのうちに怖い思いさせちゃったな。泣きそうな顔で俺の肩を揺するルナの頭を撫でながら、俺はCICに通信を繋ぐべくモニターを操作する。

 

 

「艦長、俺も出ます。どのみちあれをやらなきゃ、オーブは落とせない」

 

 

あいつがオーブを守ってる限り、オーブは落とせない。あいつは…あいつだけは…俺が落とすっ!! 

 

 

『…いいわ、デスティニー発進。出撃後の判断は任せます。…コックピットに乗り込んだらもう一度通信をお願い。話しておくことがあるわ』

 

 

了解です、と伝えて通信を切る。…話しておくこと、か。おおよその見当はつくけど。多分、今俺の隣で心配そうに見つめてくる彼女のことだろうさ。

 

 

「…シン、いくの?」

 

 

…ごめんな、ルナ。でもあいつだけは……フリーダムだけは。俺が撃たなきゃいけないんだ。じゃないときっと…俺は前に進めない。争いのない世界を、ルナがこれ以上辛い思いをしなくていい世界を。ステラやメイリンのような悲劇が二度と生まれない世界を。

 

そのために…俺が目指す世界のために、あいつは邪魔だ。だから、

 

 

「すぐ戻るから。ここで待っててくれ」

 

「…いや、私もいく。ロゴスも、オーブも、全部…全部っ!!」

 

 

…ごめん。俺…これ以上、ルナに戦って欲しくない。これ以上、ルナにあんな思いはさせたくない。

 

「…すぐに終わらせて帰ってくるから。少しだけ待っててくれ」

 

「…いや、いや、私もいく、私が殺すの、そうじゃないと、そうしないと、メイリンがっ……!」

 

 

両手で顔を覆って錯乱し出した彼女を、そっと抱き締める。ダメだ、ルナ。そんなことしたって、メイリンはきっと喜ばない。あいつが望むのは、多分…ルナがただ笑顔でいることだと思うから。

 

だから、これ以上…ルナに余計な戦いはさせられない。メイリンの仇は…俺が討つ。

 

 

「…大丈夫、絶対に帰ってくる。だから少しだけ待っててくれ、な?」

 

「…シ…ん…」

 

ルナをそっとソファに座らせて、額に軽くキスをする。大丈夫、すぐに帰ってくるから。

 

最後にルナの頭に軽く手を乗せて、格納庫に通じてるエレベータに乗り込む。急がないと、レイは今も一人であいつと戦ってる。レイのことだから大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配なものは心配だ。

 

レジェンドは大気圏内じゃその性能をフルには発揮できない。加えて新しいフリーダムの性能が未知数だ、早く合流してやりたい。

 

 

「艦長、シンです」

 

 

コックピットに乗り込んだ俺は、さっき言われた通りに艦長に通信を繋ぐ。多分、周りに俺の声が聞こえないよう受話器を使ってると思う。

 

 

『…分かってるとは思うけど。貴方もレイもなしに今のルナマリアは出撃させられないわ。そちらに合流させるわけにもいかないし、かと言って他で暴走でもされたらこちらに止める手立てがありません』

 

 

…分かってる。もしまたヘブンズベースの時みたいなことになって、それを他の奴ら、ザフトはもちろん連合やオーブにも見られるわけにはいかない。デスティニーやレジェンドには劣ると言っても、インパルスは高性能機だ。ルナだって決して弱いパイロットじゃない、見境なく暴れてしまったら間違いなく被害が出る、敵は勿論、味方にも。

 

 

「…分かってます。…その、なんていうか。…お気遣い、ありがとうございます、艦長」

 

 

正直、ルナは艦を降ろされると思ってた。あんなことをしたパイロットを、艦長が見逃すわけがないと思ったから。それでも艦長はルナを未だにミネルバに置いてくれる。…こうやって、理由をつけて彼女を戦場から遠ざけてくれる。

 

 

『…これよりミネルバはアークエンジェルへ向かいます、そちらの援護は出来ないわ、いいわね?』

 

「はい、もちろんです」

 

 

任せたわよ、という艦長の言葉を最後に通信は切れる。元々ミネルバの援護なんて当てにしてない。フリーダムは俺が撃つ、俺の力で、デスティニーの力で今度こそ。

 

 

『進路クリア、デスティニー、発進どうぞ』

 

 

……っ…。慣れ親しんだ管制官ではない別の声がコックピットに響くことに僅かな気持ちのざわめきを感じながら、俺はデスティニーの操縦桿を押し込む。

 

 

「シン・アスカ、デスティニー、行きますっ!!」

 

 

フリーダム、オーブ、ロゴス。全部終わらせてやる、今度こそ…今日、ここでっ!!!

 

 

 

 

* * * *

 

 

オーブ領オノゴロ島沖合。その上空にて、一際激しく、また鮮烈な戦いを繰り広げるMSが三機。

 

 

暗色の強い装甲と、背中の機械翼のようなドラグーンのプラットフォームを背負ったレジェンドガンダムと、文字通り赤き翼から薄紫の光を放出するデスティニーガンダム。どちらも先のヘブンズベース戦で多大な戦果と被害を叩き出した怪物級のMSである。

 

そして、そんな怪物のようなMS二機を同時に相手取るのは、蒼き翼を羽ばたかせ空を駆ける生ける…いや生きていた最強、フリーダム。新しきその名は"ストライクフリーダム"。

 

撃墜間近のアカツキを守るように、凄まじい速度で大気圏に突入してきたフリーダムは共に降下してきた僚機の手を放し、その勢いのままレジェンドと交戦に突入。両者の実力は拮抗、ないしややフリーダムが有利に傾きつつあった。

 

だが、ここに赤翼を羽ばたかせ飛翔してきたデスティニーが参戦したことにより状況は変化。単独故に前線に出ざるを得なかったレジェンドは、デスティニーに前衛を任せ自らは後衛に役割を変更。

 

クロスレンジにて巨大な実体剣「アロンダイト」と掌に莫大なエネルギーを凝縮させる「パルマフィオキーナ」による多彩な連撃で、圧倒的な速度を誇るフリーダムに追いすがるデスティニーと、そのデスティニーの攻撃の隙を縫うようなレジェンドの正確な射撃。

 

徐々に、しかし確実に追い詰められていくフリーダム。そして、レジェンドによるドラグーンによる背面からの一斉射撃、それを防ぐためにフリーダムは動きを止めビームシールドを展開せざるを得なかった。衝撃のあまり体勢を崩し宙を回るフリーダム、それは一瞬、だがこの攻防においてはそんな致命的な隙を見逃す者など存在しない。

 

 

『今だっ! シンっ!!』

 

 

友の声に従い、少年は宿敵を撃つべく機体に搭載された長射程、高出力を誇るビーム砲を構える。照準は、もちろんフリーダム。これが当たれば、勝負は決まる。短いようで永劫のように思われた因縁も全て。万感の思いで少年は引き金に指を掛ける。そして未だ体勢を立て直せない宿敵に、機体のロックオンが完了する。

 

これで終わる。これで全て。怒り、憎しみ、迸る感情のまま、少年はトリガーを引こうとした。

 

 

『やめろぉぉぉぉっ!!!』

 

 

突如、少年の元に飛来するビームを纏った飛刃。咄嗟に左手に装備されたシールドで弾き返すと、間髪入れずに突貫をしてきた新たな機体による体当たりは防ぐこと叶わず、衝撃により後方へと弾き飛ばされる。

 

 

『やめろっ!シンっ!!』

 

 

体勢を立て直し、聞き覚えのある声に振り向く。そして、通時越しに映し出させれた顔を見て、少年は絶句した。

 

 

『…アス、ラン…?』

 

『…馬鹿な……』

 

あの時、()()とともに海へと消えたかつての仲間が、そこにいた。呆然とする少年と彼の友を他所に、青年が口を開く。

 

 

『もうやめろ、シン。お前、自分が今何を撃とうとしているのか、本当に分かっているのか』

 

 

『な、なんで、なにをっ!!』

 

 

生きていた? 本当に? 目の前の現実が信じられず、少年は思ったように言葉を紡ぐことができない。

 

 

『戦争をなくす。だからロゴスを討つ、だからオーブを撃つ。それが本当に、お前が望んだことか?』

 

 

…俺は…俺が…俺が望んことは…。そんなものっ!!

 

 

『…そうだよ、戦争さえなければ…ロゴスなんていなければっ!! こんなことにはならなかったんだっ!!』

 

 

戦争さえなければ、ロゴスなんていなければ。彼女さえいてくれれば、少年の想い人は、あんなことにはならなかった。憎しみと狂気に囚われ、心を壊すことはなかった。

 

 

『…なぁ、アスラン。メイリンは…? メイリンは、どうした?』

 

 

だが、彼女さえ。自分たちの中心で光になっていた彼女さえ生きてくれているのなら。まだ希望はあるのかもしれない。そんな、微かな希望を込めて、少年は問い掛ける。

 

 

『………っ………』

 

 

だが、それに対する青年の答えは、ただひたすらに押し殺した無言をつらぬくのみ。

 

ギリっ。そんな奥歯を噛ましめる音と共に、少年は視線を上げる。怒りに燃える真紅の瞳が見据えるのは、仲間()()()一人の青年と、彼の駆る機体。

 

青年は生きていた。それをよかったと、僅かでも思わなかったと言えば嘘になる。…だが、そんな思いは直後に煮えたぎるような激情に塗り潰される。

 

理不尽だとは分かっている。だがそれでも、少年は思わずにはいられない。何故だ、どうしてだと。

 

 

『…そうか…それが答えなんだなっ!! アスランっ!!!』

 

 

直後、赤翼を展開し少年は目の前の機体…かつて仲間()()()青年の駆る機体…ジャスティスへと飛翔させる。少年の振りかぶった巨大な剣を、青年は左手に装備された大型のシールドで何とか受け止める。

 

それでもなお、デスティニーの刃がジリジリとジャスティスに迫る。怒りを滾らせる少年の激情に応えるかのように。コックピットに間近に映し出されるデスティニーの頭部、その瞳の下に刻まれた一筋の赤いラインが、青年には血の涙に見えた。

 

二度と取り戻せぬ光を思い、怒りと憎悪を溢れさせる少年の涙に。

 

 

『…なんでだ、なんでなんだよ…。あんたは…あんたは生きてるのにっ!!』

 

『…っ!!』

 

 

少年の激しい憎悪が、心の内の種を砕く。光の消えた瞳から流す涙が示すは怒りか、それとも悲しみか。

 

 

『なんでメイリンはいないんだっ!!』

 

 

激情のままに振るわれるデスティニーの巨剣が、ジャスティスを弾き飛ばす。

 

 

『あんたが余計なことをしたから…あんたが裏切ったからっ!! メイリンは…っ…ルナはぁっ!!!』

 

 

少年の脳裏に、あの姉妹の姿が映し出される。見るたび見るたび仲睦まじく、ただそこにいるだけで周りに温もりを与えてくれるような彼女らの姿を。天真爛漫に笑う、想い人の妹の姿を、それを失い凶器の坩堝に囚われた想い人の姿を。

 

 

『…何も知らないくせに、わかってないくせにっ!!!』

 

『…っ!?』

 

 

…わかっていない、だと? 

 

 

『…わかっていない、はずがない…っ!』

 

 

青年は知っている。己が助けたつもりの少女が、無邪気に笑い光に溢れていたあの少女が、あれからただの一度も笑っていないことを。彼の知らぬ間に、全てを閉ざす硬い仮面をつけてしまっていることを。

 

振るわれた巨剣、それを青年は力に任せて()()()()

 

 

『っ!?』

 

 

分かっている。己の至らなさが、力不足が、こんなことを招いてしまったことは。エースだFAITHと持ち上げられておきながら、結局は一人の少女すら守れなかった不甲斐なさが招いてしまっていることを。

 

 

『…分かっているさ。俺が、俺のせいでお前たちの光を奪ってしまったことくらい…』

 

 

青年だけが知っている。守れず、救えず。無力と後悔に打ちひしがれている彼だけは知っている。あの彼女が、天真爛漫と無邪気を絵に描いたような彼女が、彼らの元を離れてからただの一度も笑っていないことを。

 

全てを遠ざけ、突き放し。冷たい殻に閉じこもり仮面を被ってしまっていることを。

 

 

『…自分が情けなくてしょうがない。俺は結局…何一つ守れてなどいなかった』

 

 

あれだけの戦争をして。あれだけの経験をして。あれだけの犠牲を生んで。結局、一人の少女の心一つ守れやしない。

 

 

『だがな。だからこそ、お前にオーブを撃たせるわけにはいかない。お前に、お前たちにだけは、俺は撃たれるわけにはいかない』

 

 

あの仮面の真意も知らぬまま。あの冷たい壁の意味すらわからぬまま。ここで彼らに撃たれるわけにはいかない。撃たせるわけにはいかない。

 

これ以上、彼らと彼女の心を傷つけるわけにはいかない。

 

決意を燃やす青年の心の内で、翡翠の種が爆ぜる。

 

 

『お前を止める、お前にオーブは撃たせないっ! お前に、撃たれるわけにはいかないっ!!』

 

『…なんだよそれ…ふざけるな…ふざけるなぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

怒りと覚悟。それぞれの胸に燃やすものは違えど、思うものは同じ。少年は光を失い狂う姉を、青年は自らが咲くべき場所を奪ってしまった妹を。

 

皮肉にも、彼らのぶつかる理由はそれぞれの姉妹を想う心。

 

大上段から振るわれた巨剣をシールドで受け流し、青年は右腰にマウントされたビームサーベルを逆手居合の要領で振り上げんとする。が、それを素早く察知したデスティニーの左手がジャスティスの右手を掴み阻止。

 

一瞬の膠着の末、互いにとった選択肢はほぼ同じタイミングで交差、二機体による痛烈な頭突き。衝撃で僅かに出来る隙間、先に動いたのはジャスティス。

 

刹那の間に発生させた爆発的な推進力を乗せた脚撃による斬撃が、デスティニーの頭部に迫る。それを上半身を反りすんでのところで交わすも、ジャスティスの攻撃は止まらず。

 

右上段から始まった脚撃は、勢いそのままベクトルを縦方向に変更、サマーソルトの要領で後方へ僅かに距離を取り、右手には柄尻で連結させたビームサーベル…ハルバードを、左手にはシールドの先から出力する大型ビームサーベルをそれぞれ機体の回転に連動させて振り回す。

 

 

『ちいっ!?』

 

 

両手両脚による合計五本の刃の猛攻がデスティニーに迫る。その姿はまさに生み出す風全てを斬撃に変えた凶悪な竜巻。一挙手一投足の全てが必殺と化したジャスティスの連撃に、少年が取った選択は回避と後退。

 

密着した白兵戦では不利と見るや、繰り出される連撃の隙間を縫って後方へ向けて全力のバックブースト。その際に僅かに頭部を掠めた脚撃により、デスティニーの片角と頭部左側の装甲が弾き飛ぶ。

 

距離を置くデスティニーだが、遠距離武装では決め手に欠けると判断。爆発的な推力と光を生む赤翼を展開しつつ巨剣による一撃離脱の要領でジャスティスへと迫る。

 

それを迎え撃つジャスティスもまた、自らに迫るデスティニーへと機体を突貫。絶速の最中に起こる刹那の交錯、激しい刃と刃の打ち合いが空に無数の火花を咲かせる。

 

 

『アスラァァァンっ!!!』

 

『シンっっ!!!』

 

 

拮抗する両者、膠着する戦況。オノゴロ沖合の上空を駆け巡りぶつかり合う二つの機体。永遠にも続くかと思われたこの戦いはしかし、

 

唐突に終わりを告げる。幾度かのすれ違いの直後、裂帛の気合いと共に機体を駆っていた青年の視界の左半分が赤く染まる。

 

 

『…っ!?』

 

 

勝敗を分けたのは、技術でも、機体性能でもなく。単なるパイロットの身体状況。

 

ぐらつく視界、希薄になる意識、突如として動きが緩慢になるジャスティス。そんな隙を少年が見逃すはずもなく。何度目になるか最早わからぬ交錯、だが、視界も意識も朦朧した青年が、今の怒りに燃える少年に勝てるはずもなく。

 

デスティニーとジャスティス。刃と刃の交錯の末に、ついに()()()()()()の右腕が切り飛ばされる。

 

 

『アスランっ!?』

 

 

彼の親友の駆るフリーダムは、かつての宿敵を思わせる者との対峙により彼への援護が出来ず。先程よりも数段動きが激しく、しかし何処となく切なさを感じるような……怒りとも悲しみとも分からない感情を露わにするレジェンドの猛攻が、フリーダムを相手に膠着状態を押し付けていた。

 

あわやここまで、そう思われた瞬間、

 

 

パンっ!

 

 

『『『『っ!?』』』』

 

 

その音の正体を知っているからこそ、数瞬まで目まぐるしい戦闘を繰り広げていた彼らは皆一斉に動いを止める。ミネルバより打ち上げられた信号弾は、赤、青、緑。

 

 

『くそっ!! なんでっ!? あと少しでこいつをっ!!』

 

『…やめろ、シン。……行くぞ』

 

 

怒りを隠そうともせず、しかし命令には逆えず。あと僅かで撃つことの出来た仇敵である二機を前に、デスティニー、レジェンドがそれぞれ機体を翻し彼らの元を去っていく。

 

 

『…次は殺す。絶対に』

 

 

怒りと殺意を隠そうともせず、その言葉を最後に少年は離脱していく。

 

 

『…う…っ…』

 

 

そして、限界を迎えた青年の意識は途切れ、ジャスティスもまた糸が切れたように海面へと落下していく。

 

 

『アスランっ!!』

 

 

自由落下をしていくジャスティスを猛追するフリーダム。動かぬジャスティスを抱え、海中より浮上したアークエンジェルへと機体を翻す。

 

 

この戦闘により、オーブは軍事施設や市街地を含め多大な被害を被った上に、ザフト、オーブの両軍はセイランが独断で匿ったロゴスの中枢人物、ロード・ジブリールを宇宙へと取り逃した。

 

後にこれが、世界の歴史に名を残す、未曾有の事態を引き起こすことなど、このときは誰にも知る由はなかった。

 

たった一人の、少女を除いては。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 : 僅かなる光明

 

 

「大丈夫…って、君にそう聞くのはダメだね、アスラン」

 

 

目の前にいるこいつ…キラに支えられながら、俺は未だ重い体をベッドから起こした。

 

オーブでの戦闘は終わった…らしい。シンと戦ってる最中に意識が希薄になった俺の記憶は、デスティニーとレジェンドがミネルバへと帰っていく光景を最後に途切れているが。

 

だが、次は殺す、そう言い残したシンの声だけは…はっきりと憶えている。彼女の言った通りだった。今のシンは強い。…正直、万全な状態で戦ったとしても、勝てるかどうか分からない。

 

メイリンがいなくなったから、だからルナマリアは。その叫びこそ、あいつの今の力の源なのかもしれない。妹を何より思い、そしてその光を失ってしまった彼女の痛々しい姿が、見てもいないのに目に浮かぶ。

 

いや、違うな。きっと俺の想像なんて遠く及ばないほどに、彼女は傷ついているに違いない。傷つき、怒り、悲しみ、そして狂う。そんな彼女を間近で見ているこそ、シンのあの叫びなんだろうか。

 

 

「…大丈夫だ、べつに。オーブの方はどうなってる、ジブリールは?」

 

 

それらを確認する前にこのザマだからな、色々確認しておきたい。

 

 

「…あまり良くない、市街地にまで被害が出たって。シェルターはまだ解放できないし…それに、ジブリールは捕まえられなかった。戦闘の最中に、シャトルが一機宇宙に上がっていたらしいから、多分それだろうって」

 

 

なるほど…。

 

 

「俺たちのせい、か」

 

 

俺たちがしゃしゃり出たせいで、結果的にジブリールをのがしてしまった、と。プラント…議長はそう言うのかもしれない。世界の敵を、悪を、オーブが庇った、と。

 

 

「ムラサメ隊やザフトの隊も追撃しようとしたらしいけど、無理だったみたい。…ザフトからすれば、僕たちが邪魔をしたって言ってきても仕方ない…のかな」

 

 

オーブを守ったつもりが、結果的には世界の敵の味方をした、と言うことになるんだろうな、おそらくは。

 

 

「キラ、ザフトの追撃部隊のなかにインパルス…今はパイロットは違うが、フリーダムを撃ったあの機体はいたのか?」

 

 

戦場で一度もインパルス…ルナマリアを見なかった。ヘブンズベースでのあの姿が今の彼女の心の有り様を示すのなら、やはり気になる。

 

 

「いや、あの機体の出撃は確認してないよ。ザフトの追撃部隊も、近くのバビとグフが何機か向かっただけみたい」

 

 

…そうか、彼女は戦場に出てきてはいないんだな。…安心していいことなのか、それともそれは、ある意味また違うことを意味しているのか。

 

 

「そういえばラクスは? 一緒じゃないのか?」

 

 

当たり前過ぎて気付くのが今の今まで遅れたが、この部屋にいるのは俺とキラだけだ。同室だった少佐…本人は大佐と言っていた彼は、どうやら艦を離れてまたすぐに戻ってきたらしい。今は…どこにいるかは分からないが、まあ艦内にはいるだろうさ。

 

 

「…ラクスなら。気になることがあるからって、あの子のところに。すぐに戻ると思うよ」

 

 

…なに…?

 

 

* * * *

 

 

戦闘は終わった。ジブリールとか言う世界の敵ナウなやつを匿うオーブ許すまじと攻め込んだザフトと、国を守らんとしたオーブ軍との戦闘で生まれたこの光景はまさに悲惨の一言。

 

…想像はしてたけど、やっぱりシンは強かった。体が万全じゃないとは言え、あのアスランさんの乗るジャスティスに勝っちゃうんだから。まさに原作とは真逆の展開、二人の戦闘中、まだかまだかと必死にミネルバからの信号弾を待ってひたすら祈ってたのが少し前の私。

 

…でもね、別に大丈夫なんだよ。いくらシンが強かろうと、彼は別に問題じゃない。今の彼には、致命的な弱点がある、()っていう絶対的な弱点が。戦闘中に私が通信だろうが何だろうが、一声かけられれば、それで恐らく方がつく。

 

精神に迷いや綻びを抱えたシンじゃ、絶対にアスランさんには勝てない。いくら今強くとも、結果は変わらないの。

 

…レイは…正直分からない。でも彼の相手はあのフリーダムとキラ・ヤマトでしょ? よっぽどのことがない限り、大丈夫じゃないかな。

 

そんな未来に私が考えを馳せているこの場所は…正式名称は分かんないけど、アークエンジェル内のでっかい窓があるデッキ…みたいなものと廊下が融合したみたいな場所。原作だと海中でキラ・ヤマトとラクス様が仲良くしてたとこって言えば伝わるかな。

 

まあ、今私の目に映る光景は海中なんて幻想的なものなんかじゃなく、戦後処理に奔走するオーブ軍と、破壊された街並みだけどね。

 

あちこちに残る戦いの爪痕。破壊されたMSの残骸や倒壊した建物の撤去、大規模な消火活動に市民の安全確保やらで、今頃オーブ軍とカガリ様は大忙しだと思う。

 

加えて、ロード・ジブリールの確保失敗。原作通り、戦闘のドサクサに紛れて一人宇宙…月面に逃避行を成功させたらしい。いいけどね、それで。それが物語の道筋なんだし。…ただ、そこにインパルスの姿がなかったことだけは、少しだけ気がかりだけど。

 

 

「…いっぱい、死ぬんだろうな…」

 

 

いや、すでにたくさんの犠牲者も出ているか。結局、私はカガリ様に何も伝えなかった。伝えるつもりも、なかったのだけど。

 

そのせいでジブリールを取り逃し、彼を確保しようとした兵士の方々は勿論、この戦いによる犠牲者なんてほぼ全員犬死だ。だって、私は知っていたんだから。ジブリールの確保は失敗する、それゆえに攻め込んできたザフトの人たちも、国を守ろうとしたオーブ軍の人たちも、全て無意味な戦いに命を散らしたことになる。

 

私が一言、カガリ様に伝えていれば。ジブリールの確保に成功していれば、こんなに戦いが激化することもなかったかもしれない。これから撃ち抜かれるプラントの人々だって救えたかもしれない。

 

 

「…なにを今更。無理だって言ってんじゃんか…」

 

 

そうだよ、これが正しい選択なんだ。くだらない絵空事をなんていらない。あるべき世界の明日のために、私は最善を尽くしている。余計なことさえしなければ、後は勝手に周りが世界を救ってくれる。私の役割は、用意された舞台の外で完全な傍観者に徹すること。

 

そこにある罪だけ背負って、見ているだけでいい。それだけが、私に残された最後の役割。

 

その後は…どうしようかな。この戦争が終わったら、どうしよう。当初はちゃちゃっと議長倒してお姉ちゃんと遊びに行こうとか、軽く思ってたけど。…もうそんなこと、出来るわけがない。

 

許されるわけ、ない。

 

いっそ名前も何もかも捨てて、私のことなんて誰も知らない場所にでも行こうかな。

 

そんな時だ、カツンカツンと規則正しく踵を鳴らして誰かが後ろから歩いてくる音を聞いたのは。人と会うのは面倒、話しかけられる前にさっさと退散してちゃお。どのみち、この艦の人にとって私は真っ赤な他人、そんな私にわざわざ話かけてくるような酔狂な人はいないだろう。

 

そう思って、私は近づいてくる人の正体も確認せずにこの場を立ち去ろうとした。

 

 

「こんにちは、メイリンさん」

 

 

………………嘘でしょ…。

 

 

「少し貴方とお話ししたいことがございまして。今、よろしいですか?」

 

 

…カガリ様といいこの方といい…。なんで私なんかに絡んでくるの、もういいじゃん、放って置いてよ、私なんか。

 

透き通るような声に振り向いた先にいたのは、ただそれだけで見るものに慈愛を感じさせるように微笑む美しい女性が一人。

 

平和を謳う姫君、本物のラクス・クラインその人が、私の前に静かに佇んでいた。

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

「ジュール隊指揮官、イザーク・ジュールであります」

 

「同じく副官…のようにこき使われてるディアッカ・エルスマンであります」

 

 

目の前で敬礼する二人は、俺にそう名乗った。議長…いやデュランダルとの問答の後、俺は用意させたシャトルに乗って機体共々宇宙に上がった。

 

正直、ミネルバに残ったあの三人が気がかりで仕方なかったが、情にかまけて奴の思惑に乗るわけにもいかない。俺のやるべきことは他にある、そう自分に言い聞かせて、当初の予定通り俺は宇宙で目の前にいる指揮官…イザークってやつの部隊に合流した。

 

…ぶっちゃけ、刺客の襲撃やシャトルの整備不良という名の事故、後は合流前に何かしら敵襲なんてこともあるんじゃねえかとそれなりに警戒してたんだが…予想とは裏腹に無事にここまでたどり着くことができた。

 

まあ…この短期間にFAITHを二人も始末するような派手な真似は流石に控えたってことか。…どうだっていいんだが。

 

 

「特務隊、ハイネ・ヴェステンフルスだ。あいつらの世話してくれてんだってな、礼を言わせてくれ」

 

 

この艦…というかイザークは今、FAITHになる前に俺の部下だった奴らを纏めて自分の隊で面倒を見てくれている。ご丁寧に全員がザクウォーリアの右肩をオレンジに染めてるような奴らを全部、だ。

 

さっき俺の顔みて「げっ!? なんで隊長がこんなとこにっ!?」なんて言いやがった奴がいたから連帯責任で全員即刻で便所掃除の刑に処してやったが。

 

 

「いえ、とんでもありません。彼らからも…そして報告でも、ご活躍はかねがね」

 

 

…ご活躍、ね。

 

 

「なら知ってんだろ、俺がやったこと」

 

 

俺はお前らの同期を…アスランを殺した。なのによく俺を艦に受け入れてくれたもんだ。

 

 

「…まあ、一応報告だけは。しかし奴のことです、この程度でくたばりはしないでしょう」

 

 

…なんだって?

 

 

「失礼ですかヴェステンフルス殿は、奴の死体を見たのですか?」

 

「いや、それはまだ確認されてないが…」

 

「では撃墜した機体のコックピットは? その他奴が死んだと断定できる証拠は?」

 

 

…それもまあ…ない。けどあの状況で無事なんてことは流石に、

 

 

「なら生きているでしょう、残念ながら」

 

 

…なんだ、こいつ。なんでそんなにはっきりと言い切れる。俺は、アスランを…アスランとあの子が乗っていた機体を撃墜したんだぞ?

 

 

「あのいけ好かないバカタレが、たかだかその程度で死ぬわけがない」

 

 

………。

 

 

「奴がそんなもので死ぬものか。たかが一回二回三回四回五回撃墜された程度で」

 

「いやそんなされてないから。むしろお前だろされたの」

 

「…何か言ったか、ディアッカ?」

 

 

睨み合う指揮官と苦笑する副官(?)

 

 

「ストライクにやられて泣いて帰ってくるわ、フリーダムに瞬殺されて回収されてくるわ…よく生きてるよなぁ…流石だよイザーク」

 

「…いいだろう、死にたいのだなディアッカ。機体を出せ、ここで宇宙の塵にしてやる」

 

 

青筋を浮かべるイザークに、それをおちょくるディアッカ。こいつら…本気でアスランが生きてると思ってる。むしろ死んだなんて可能性、少しも考えちゃいない。

 

 

「…そうか…それ、俺も信じてもいいのか?」

 

「信じるも何も、生きていますよ。だからあなたもそんなつまらない顔はさっさとやめて、仕事をしていただきたい。なんだかおかしな宙域で妙な動きをしている奴らがいるらしいので」

 

 

…こいつ、俺がFAITHだってこと忘れてんじゃないだろうな。

 

 

「…分かったぜ。あと呼び方な、ハイネでいい。長ったらしいだろヴェステンフルスじゃ」

 

「ではハイネ、と。出撃の準備をしていただいても? 一応、俺にあなたに対する命令権はありませんので」

 

「…了解だ、バッチシ頼むぜ、隊長」

 

 

…なんなんだろうな、ったく。人が並々ならぬ覚悟を決めて、必死に堪えてきたもんなのによ。簡単に言ってくれやがる、こいつら。

 

…生きてる、か。殺した俺がそんな夢物語にすがるなんて許される話じゃねぇのは分かってる。軍人として、そんな情けねぇことしていいはずないなんてことも…分かってる。

 

 

……でもよ、本当に…生きててくれるのか? アスラン、メイリンちゃん。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 : 届かぬ声

 

 

「少し貴方とお話ししたいことがございまして。今、よろしいですか?」

 

 

黒い和服とミニスカートを組み合わせたような独特な衣装と、白い陣羽織のような上着。透き通るように際立った容姿と美声、軽いウェーブのかかった桃色の美しい長髪。

 

平和を謳う姫君、正真正銘本物のラクス・クラインが、私の名を呼んだ。

 

 

「…私なんかに、何かご用ですか? ラクス様」

 

 

めんどくさいな。ここでさよならするカガリ様とは違い、この人とは終戦まで一応一緒にいなきゃいけない。何ならこの人が指揮するエターナルに私は管制官として乗り込む必要すらある。

 

あまり不用意なことを言ってこの人の不興を買うわけにはいかない。この人に悪い意味でマークされれば、最強のMSパイロットの彼からの好感度ダウンが間違いなくバリューセットで付いてくる。それは私の望むとこじゃない。

 

仕方ない…適当に話を合わせて退散させてもらおうかな。

 

 

「…そんなに警戒なさらなくとも大丈夫ですわ、本当にただお話しがしたいだけですから」

 

 

…っ。…議長といいこの人といい、人の内心を簡単に看破してくれる。キャラクターとしては魅力的でも、実際に人として対面するとなると好きと嫌いとか全く関係ない、一秒でも速くこの場を立ち去りたい。

 

これ以上、余計なことはしたくないの。

 

 

「お話し、ですか。なんのでしょう?」

 

 

私の問いかけにただ微笑みだけを返し、ゆっくりと隣に歩いてくる。内心穏やかではない私のことなど気に留めず、数秒前まで私がしていたように窓の外を見つめ出した。

 

憂うような、悲しむような。そんなどこか儚げな横顔で。

 

 

「…これが、今し方貴方が見ていた光景なのですね」

 

 

…ええ、そうですよ。どっかの誰かが己の都合で泥沼化させた戦争の爪痕です。人の死と嘆きと悲しみに彩られた、この上なく不毛な黄昏です。

 

 

「どうしてこちらに?」

 

 

…見ておきたかったからですよ、己の犯した罪を。背負うべき罪を目にしておくのは、罪人の責務でしょう?

 

 

「…べつに。ただ焼き付けておきたかっただけです、自分への戒めに」

 

 

どうせこの人に嘘は通じない。私程度の嘘に騙されるくらいなら、そもそも平和を求める活動家としてここまで持ち上げられてなんていないだろうし。

 

 

「ではこの景色のなかに、貴方の罪があると?」

 

 

なかどころか、この景色を生んだのが他ならぬ私ですって。私がひとことカガリ様に口添えしてれば、こんなことにはなっていないのだから。街は蹂躙されて火の手が上がり、無意味な戦場に出た兵士たちはそのまま無意味に命を散らした。

 

一つの死が、いったいどれだけの悲しみを生むのか。それは私よりあなたの方がよっぽどご存知なのでは? そして、それを引き起こしたのが今あなたの目の前にいる薄汚い女って話です。

 

 

「…さあ、そうかもしれませんね」

 

 

…嘘はつかない。でも全てを話す必要もない。いくらこの人でも、はっきりと拒絶の意思を示せば踏み込んではこれない。所詮貴方も物語の駒、キラ・ヤマトやそれに続く反デュランダル派の旗頭という役割を担う自覚なき一人の役者。

 

そして、そうなるべく舞台を整えるのが私の仕事。世界をあるべき結末に導くための、運命の奴隷。

 

 

「…それとも、貴方が私を救ってくれますか?」

 

 

…何となく皮肉を込めて、半笑い気味に言葉を投げかけてみる。無理に決まってるけどね。役者は役者、どのみち舞台の筋書きには逆らえない。

 

貴方にも、誰にも。私と同じ景色は見えませんよ、永遠に。

 

 

「…いいえ。貴方を救うのは、きっと私ではありません」

 

 

…ほらね。

 

 

「今の貴方に、残念ながら私の言葉は届きません。硬く閉ざした氷の中に閉じこもる貴方には…きっと」

 

 

……話が早くて助かりますよ。もう一人のお姫様もこうならいいのに。ついでに言えば貴方どころか誰の言葉も届かせるつもりはありません。私の役割を果たすのに、私と他者の感情は不要ですから。

 

世界のあるべき結末を目指すのに、そんな些末なことはどうでもいいんですよ。

 

 

「ですが。それでも今私から貴方に言えることがあるとするのなら」

 

 

…だから無駄だって言って、

 

 

「己が罪でないものを、掬って背負うのはおやめなさい」

 

 

……っ……。

 

 

「それは慈愛でも、まして贖罪でもありません。ただの傲慢です」

 

 

なにを…そんな、そんなことない、これは私の罪なの、私が悪いの。いい加減なこと言わないでよ、なにも、なにも知らないくせに…っ!

 

 

「そんなことをして、一体誰が救われるのですか? 誰が報われるのですか? ただ貴方が貴方を苦しめ、貴方を思う人たちの心を苦しめるその行いに、どんな意味があるというのですか?」

 

 

…なんなのよ、どいつもこいつも。

 

 

「…どうかこれ以上、貴方の心を貴方自身の手で傷つけないでください。己が悪い、己のせいなのだと。自らを偽りの罪で縛りつけた先に得た()()…そこにあなたの望むものなど、一つもありはしませんわ」

 

 

…っ!? …なんで……?…。

 

その言葉を最後に、彼女は振り返ることなく私に背を向けて去っていく。黄昏だったはずの空は、いつのまにか夜の帳が顔を出し始めていた。

 

 

「…違うよ、ラクス様…。そうなるように世界が成り立ってるの、そうなるように私がみんなに押し付けてるの、役割を、死を。……それを罪と呼ばないで…なんて呼べばいいんですか……?」

 

それに、私に救われる資格なんてないんですよ、初めから。

 

例え世界があるべき結末を迎えたとしても。そこに私の居場所はない、あっていいはずがない。遺伝子で他者に役目を強制する議長と、物語という舞台での役割を他者に強制する私。

 

ほらね? 居場所なんて、初めからなかったんだよ。

 

 

「…どうだっていい。それが私の役割なんだから」

 

 

あるべき世界へ、あるべき結末へ。それ以外に、私は何かを守る方法を知らないんだから。

 

 

 

* * * *

 

 

『ちっ…報告通り結構な数だぞ』

 

 

俺のデスティニー含む発進したイザーク隊全機に、そんな不機嫌そうな通信が入った。現在俺たちは廃棄コロニーなんてわけわからんものを護衛する連合艦隊が展開している宙域に来ている。

 

何を企んでるかは知らないが…良からぬ思惑があってのことだけは確かだな、こりゃ。

 

 

『けど、なんだってこんなとこに』

 

 

少なくても、俺たちのためにわざわざこんなグレート級な粗大ゴミを運搬してるわけじゃないだろうぜ、ディアッカ。

 

 

「理由なんていい、とりあえずあれと守ってる奴らを蹴散らす。意味もなくこんなとこに来たりはしねぇだろ」

 

 

嫌な予感がする。今ここであれを何とかしないと、取り返しのつかないことになるような。こういう時の勘ってのは、案外当たるもんだ。外れて欲しいと思う悪い勘ほど、な。

 

 

『出たよ、隊長の山勘。これ外れないんだよなぁ…』

 

『まったくだ、たまにはいい予感も欲しいくらいだぜ、俺に可愛い彼女ができる予感とか』

 

『何言ってんだ、んな大層な予感が出来た試しがあるか? てかそれは予感に頼らずお前が自分で何とかしろ』

 

「よしわかった、お前ら帰ったら便所掃除期間延長だ、あと半年はトイレから出てくんな」

 

 

鬼っ!! 悪魔っ!!! とか言ってくるオレンジショルダーな奴らの声を容赦なく俺は切り捨てる。…変わらねぇな、こいつらは。ありがたいことなんだが。

 

それとこれとは話が別だ、しっかりやれよ、便所掃除。これ特務隊権限な。

 

 

「ガナー付けてるやつらはとにかくあれぶっ壊せ、それの護衛と補助に一個小隊。残った奴らと俺、イザーク達で敵を叩く。それでいいか?」

 

『賛成です。あんなものをわざわざえっちらほっちら運んでいるんだ、ろくでもないことを企んでいるのは確かでしょう』

 

 

まったくだ。ならやるか、色々あって鬱憤溜まってんだ、悪いが八つ当たりさせてもらおうか。赤翼から膨大な光を放出させて、俺は攻撃を開始した連合艦隊目掛けて機体を突っ込ませる。

 

 

だが、この時の俺たちは知らなかった。目の前にある巨大な置物が、後に歴史に名を刻むほどの大量殺戮兵器の足掛かりであることを。

 

予感は当たっていた、だが予測の規模が足りていなかった。

 

俺たちが戦闘を始めてしばらく、その無慈悲な引き金は引かれてしまう。そして悪意と利己に塗れた光の奔流が、すべてを奪い去っていった。

 

その結末を知るのは、己の欲のためにと引き金を引いた一人の男と、世界のためと犠牲を黙認した者。

 

そして全てを知り、しかし全てを見逃し心をすり減らす一人の少女のみ。

 

 

この日、宇宙に無数の血の花が咲いた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 : 拒絶

お待たせしました。火曜から昨日までほぼ自由に使える時間なく働かされておりました私です。

ので、憂さ晴らしも兼ねて今日と明日は法律違反を敢行します。具体的には添削が終わり次第投下してもいいストックは全部ぶっ込みます。

どのみちあと少ししたらまた休載期間(ストック確保期間)をいただく予定なので、まあやってしまえと。

おそらく今日はこれ含めて3本か4本くらいを目処にしています、時間はマチマチです、その辺は未来の私に任せよう思います(これを書いているのは2020/10/09 22:30)

そして、↓の話は過去一の不快回の恐れありです。これを機にお気に入りとしおり外して私にブーイングされる方は勿論、この先もお読みいただける方もなにかしら口直し(物理的でも精神的でも可)のご用意を推奨致します。


「すみません、お待たせしました」

 

 

聞き馴染んだ声とともに、彼女が部屋に入ってきた。ラクス・クライン、平和を謳う歌姫、俺の元婚約者にして、今は目の前にいる親友の恋人だ。

 

 

「おかえり、どうだった?」

 

 

会ってすぐ肩に頭を乗せる彼女と、その肩を抱くキラ。…少しは人目を憚れと思うが、残念ながらこの場においてその人の目なるものは俺の二つ分しかないし、たとえ俺以外の戦力が増えたとしてなにが変わるというわけではないだろうけども。

 

強いて言うなら…ラクスの顔がひどく物憂げなことは気がかりだが。

 

「まだ核心に至るものまでは…。ただ、今の彼女は目的に囚われるあまり、それ以外の全てを見失っているように思えます。…それこそ、彼女自身の本当の心すらも」

 

 

…ラクスをして、そう言わせてしまうのか、今の彼女は。

 

一応キラには、こいつが宇宙に上がる前に簡単にだが事情は説明してある。

 

彼女の人となりや、俺が軍から半ば無理やりに連れ出したこと。放っておいたら議長に消されてしまっていただろうこと。これらをキラから聞いていたラクスが格納庫で初めて彼女を見て……まあなにか思うことがあったのだろう、というのが今の状況だ。

 

 

「……おそらく彼女は、目の前で起こる全ての悲劇の責をその背に背負おうとしているのでしょう。なぜそのようなことをするのか、なにが彼女をあのような姿になるまで駆り立てているのか…それは私にもわかりません」

 

…なら彼女は目の前で起きる、起きている戦火の全てをその身で背負おうとしているというのか? なぜ彼女がそんなことを…。

 

 

「…あの時…アスランの出撃を見届けながら彼女は言っていました、"そんなものは、己の知る未来ではない"、と」

 

 

…つまり、彼女には既に見据えてる未来があり、そのために動いていると? そのために、あんな仮面を被り他人を突き放していると? 何を犠牲にしてでも…自分や最愛の姉すらも蔑ろにしてまでも、勝ち得たい未来があると、そういうことか?…馬鹿な、そんなことが、

 

 

 

「…私では今の彼女を救えません。自らを氷で閉ざし、鎖で縛りつけている彼女の心に、()()()()()で私たちの声は届きません」

 

 

…ラクスでも、無理なのか。これまで俺たちの心に進むべき道標を示してくれた彼女の言葉でさえ、今のメイリンには届かないというのか。

 

 

「ですが、一筋の亀裂さえ、きっかけさえあれば…或いは」

 

「…そうすれば、彼女の心を救える、のか?」

 

 

それはなんだ、教えてくれ、ラクス。彼女を救うには、彼女に元の笑顔と心を取り戻させるには、どうしたらいい? どうすれば…俺は彼らから奪ってしまった光を取り戻せる。

 

 

「それを作るのは、私ではありません。…私には、あと一歩…どのようにしても埋められないものがあります」

 

 

…ラクス…?

 

 

「故に、アスラン。彼女を心から救いたいと願い、守り寄り添うと覚悟を決めること。それだけが、彼女を孤独な闇から救えるかもしれない、ただ一つの方法です」

 

 

…寄り添う…覚悟を…決める…。

 

 

「どうするべきなのか、どうしたいのか。貴方には、もう分かっているのでは?」

 

 

…ラクス………。

 

 

「残酷な道を貴方に、()()()()に示しているのは…承知しております。ですがーー」

 

「ねぇ、ラクス。ヘアゴム持ってる? 出来れば二つ」

 

 

キラ? 何をするつもりだ? 珍しくラクスの言葉を遮って、キラが口を開いた。

 

 

「はい? ありますが…どうするのですか? キラ」

 

「僕も少し会ってくるよ。そうすれば、うじうじしてる誰かさんの心も少しは決まるかなって」

 

 

………………キラ…………。

 

 

「アスラン、僕はね。カガリには幸せになって欲しいんだ。それがどのような形でも、彼女が心から幸せだって言ってくれるような、そんな未来を掴んで欲しい。家族として…一応、弟として」

 

 

………………。

 

 

「…でも今の君は…カガリに相応しい相手なのかな? …自分の心すら満足に決められないような君に、一体何が出来るの?」

 

「キラっ!!」

 

 

…いいんだ、ラクス。…キラの言うことは…尤もだ。俺は……。

 

 

「…僕らは知ったはずだ。何かを守ることは、何かを殺すことよりもずっと難しいことだって。……アスラン、そうやって迷ってたら、多分何も守れないよ」

 

 

そう言って、キラはラクスから受け取ったヘアゴムを持って部屋から出て行ってしまう。……迷っていたら、誰も守れない、か。

 

 

『いつかはこうなるって、分かってましたから』

 

 

『支えてやれよ、そうしたいから…助けたんだろ?』

 

 

『次は殺す…絶対に』

 

 

……うじうじ迷っていても、何も始まらない、何も守れない、か。たとえお前に殴られるようなことになったとしても、自分に嘘をついたままじゃ、結局何も出来はしない。…そういうことか、キラ。

 

……そうだな。…覚悟を決めろ、アスラン・ザラ。この先何があろうと、傷も、恥も、罪も、涙も、全て背負え。そうしなければ、お前に何かを救うことなど、決して出来はしない。

 

奪ってしまった光を、消えてしまった光を、再び取り戻したいのなら。

 

 

* * * *

 

 

モノホンのラクス様からのありがたいお言葉をいただいてしばらく。手すり?にもたれかかってぐだぐだしてるのが私です。

 

己が罪でないもの? そんなもの、この光景のどこにあるのですか? 全部全部私のせいなのに。私が招いた戦火の爪痕。この戦いで、一体どれほどの命が散ったのか。そしてその散った命に思いを馳せる人たちのどれだけの心を踏みにじったのか。

 

 

「……私の罪ですよ、全部。今までも、これも、これからも」

 

 

思えば、止めようと思えば止められたものなんて今回以外にいくらでもある。アーモリーワンの襲撃は勿論、シンとステラの邂逅を止めることだって出来た。彼に余計な悲しみを背負わさないようにすることだって出来た。

 

二人の邂逅を防ぎ、ステラを返還せずにそのまま死なせていれば、デストロイによるベルリンの悲劇だって防げたかもしれない。

 

でも、結局私はそうはしなかった。なんで? そうするのが物語の道筋だから。アーモリーワンで沢山の兵士が殺されて、シンにステラを失う痛みと悲しみを背負わせるのがあるべき結末への道筋だから。

 

…結局、私は他人のことなんて考えてなかったんだ。最善を尽くしているつもりで、平気で他者の気持ちと命を踏みにじる外道だった。目指す場所が違うだけで、結局はあのデュランダル議長とおんなじ。

 

いや、役割だけ押し付けてその後の未来まで丸投げしてるから私の方が尚のことタチが悪い。

 

そんな私を、思ってくれる人? ……いないですよ、そんなの。思ってもらう資格なんて、いまさら…

 

 

「よかった、ここにいたんだ」

 

 

……聞いたことある、しかし切実に聞きたくなかった声が背中にかけられた。ショートジャギーに切り揃えられた茶色の髪に、優しげな紫紺の瞳。

 

最強の名を冠する機体、フリーダム、そのパイロットにしてこの物語の元祖主人公。それが今し方私の背中に声をかけてきた人。

 

 

「…ヤマト…さん。どうかされたんですか?」

 

 

…本当に、なんなんだろ。カガリ様にラクス様、挙げ句の果てにこの人まで。なんでこの人たち初対面の私に自分からむっちゃくちゃコミュニケーションしてくんの? 私、別にあなたたちみたいな人たちの目に留まるような存在じゃないって。 …いらないって。原作になかったじゃん、こんなの。

 

せいぜいがミーア・キャンベル死亡イベントについていくくらいでしょ?なんなのよ、どいつもこいつもめんどくさいな。

 

 

「何となく、話しておきたかったんだ。アスランが連れ出したって子が、どんな子なのかなって」

 

 

あっそ。もう飽きましたよその展開。姉弟恋人そろって無駄なことがお好きなんですね。あなたの役割はご自身の大事なお姫様を守りつつミーティアで暴れまわってレイをこてんぱんにして議長と対面することです。

 

それで望む世界が訪れますよ。ラクス様はプラントの実質最高指導者に、あなたはザフト軍のお偉い様に。私なんかにかまけてないで、今から理想の世界についてラクス様と語り明かした方がいいと思います。

 

…その先の未来まで、面倒見るつもりはないんだから。

 

 

「…そうですか。ご足労いただき申し訳ありませんが、私からお話し出来ることなんてありませんよ」

 

 

あなたと私が直接関わる必要なんてない。さっさとこの後に声明を発表して電波ジャックされるあなたのお姉様のとこにラクス様乗せてフリーダムかっ飛ばしてくれませんかね。

 

 

「そっか…これ。話、少しだけ聞いたよ。向こうでは結んでたんでしょ、髪」

 

 

そう言って、彼は右の掌を私に差し出してくる。上に乗っているのは、二つのヘアゴム。何となく高級そうだから、多分ラクス様のかな。

 

ああ、確かに…予備のゴム持ってないや。別段結ぶ必要もなかったから気にしてなかったんだけど。何となく、躊躇いながら私は差し出されたそれを受け取ろうとした。

 

でも、

 

 

「これくらい遠慮しなくても大丈夫だよ。一応、仲間なんだから」

 

「っ!?」

 

 

…なにを、言っているの、この人は。

 

 

「…なんか、向こうで色々彼を助けてくれたんでしょ? いや、今もかな」

 

 

それが、どうしたっていうの…。それは、ただ物語を進める上で必要なことだから。それ以外に、理由なんてない。

 

 

「アスランを助けてくれた。何度も、何度も。それだけで僕には十分だったんだけど…ダメかな?」

 

 

…ダメに決まってる、何を言っているの。なんで私があなたたちなんかの……っ。

 

…あ、そっか。なるほど、そういうことか。わざとやってるのか、さっさと()()をどうにかしろってことか。だからわざわざこんなものを持ってきたんだ。

 

それに思い至った瞬間、私は差し出された彼の手を力の限りで振り払う。パンっと音を立てて弾かれる手と、床に飛ぶヘアゴム。驚く彼に、私は言葉の刃を振り下ろす。

 

……いいよ、わからないなら教えてあげる。今あなたの前にいる女が、あなたが仲間だなんてほざいた女が、どんな奴か。

 

 

「…すみません、配慮が足りませんでしたね」

 

「…えっ……?」

 

 

そうですもんね、そりゃ結んだ方がいいですよね。被りますもんね、()()と。性別、年齢、背丈、髪色。ごめんなさい、私が不用意でした、キラ・ヤマトさん。

 

今の私の姿は、それだけであなたの心を逆撫でしてしまっていますもんね。

 

「…正直に言っていただいて構いませんよ? 

 

 

()()()()()()()()()と重なって目障りだって」

 

「っ!? …なんで…君が…」

 

 

本当にごめんなさい。私が悪いですね、私のせいですね。でもすみません、なんかそれ、受け取りたくなくなりました。

 

 

「いいですよ、何なら切りましょうか。目障りですもんね、すみませんでした、気付いてあげられず」

 

 

私は流したままだった長い髪の先端を掴み、力任せに引きちぎろうと試みる。無理やりに皮膚から髪が引き抜こうとされる痛みに襲われるが仕方ない。彼にとって、私のこの姿が邪魔だと言うのなら。

 

彼が自分の役割の果たす障害となるのなら、自分の髪の毛くらい幾らでも捨ててあげる。それで世界と皆んなが救われるなら、安いもんでしょ?

 

 

「…っ」

 

「はなしてくれませんか?」

 

 

けれど、そうしようとする私の手を、険しいような、悲しいような目をした彼の手が押さえつける。

 

 

「はなしてくださいよ」

 

「……っ!」

 

 

なお力を込める私の手を、さらに力が増した彼の手が押さえつけてくる。

 

…黙ってないで早く手をどかして下さい。別に切りますから、結ばなくても、別に切ればいいんでしょ? あなたにそんな些細なことに捕われてしまっても困るんです。そうしないと世界が救われないんです。私が望む明日に辿り着けなくなるんですよ。

 

あなたにはレイと議長を倒して世界を守ってもらう必要があるんです、いいから離してくださいよ。どうでもいいでしょ、私なんか。

 

 

「キラっ!! メイリンさんっ!!」

 

 

不毛な膠着を続ける私達のもとに、彼の恋人さんが駆け寄ってくる。なんか新鮮だな、この人の切羽詰まったみたいな声。

 

 

「おやめください、なにをしてらっしゃるのですっ!?」

 

 

私達の間に割って入り、慌てて引き離す。意外、この人もこんな顔するんだ。余裕ありげに微笑んでるか、訳ありげな意味深モードしか知らないから、こんな慌てふためく顔見るの初めてかも。

 

まあ…どうでもいいけど。

 

 

「…これで分かったでしょう?」

 

 

驚愕と困惑に支配された表情の二人に、私は冷たく言い放つ。…世界最強カップルでもこんな顔するんだ。

 

……いい加減に理解してよ。いくらあなた方でも無理なの、役者は役者、台本には逆らえない。

 

いいじゃんか、それに沿うだけで、与えられた役割を果たすだけで望んだ未来が手に入るんだから。なにも知らず、見えず、ただ突き進むだけで夢が叶うなんて、幸せなことでしょ?

 

……私のように、知りたくもないことを知らされずにすむんだから。ごちゃごちゃ言ってないでやることやってよ。

 

 

「…どうですか、自分の心の傷を、見ず知らずの他人に逆撫でされる気分は」

 

 

私だって、あなたたちみたいに生きたかった。なにも知らないで、ただ自分の居場所を大切にしていたかった。そうやって、みんなと生きていたかった。…みんなと…お姉ちゃんと一緒にいたかった。

 

…物語の奴隷なんかに、なりたくなんてなかったのにっ!!

 

 

「…そんな私が、仲間? はっ……笑わせないでくださいね」

 

 

なにも知らない役者のくせに。ただ演じることしか出来ないくせに。私の苦しみなんて、何にもわかってないくせに。

 

…ただの人でいられるくせに。ドロドロとした感情が胸を渦巻きながら、私は早足で二人の元を立ち去ろうとする。

 

 

「…それでも僕は、君のことを仲間だって思うよ」

 

 

………っ!?………だからっ!! そう言うのがウザいって言ってるのっ!! いい加減にわかってよっ!!

 

 

「…僕を傷つけたかったの? 皆んな遠ざけたいの?」

 

 

…はい、正解です。何ならあなたたちにさっさと役割を果たして欲しいも追加してください。こんな薄汚い罪に汚れた娼婦以下のゴミにかまけてないで、早いとこ世界を救ってくださいよ。それがあなたたちの役割でしょう?

 

 

「…だからそうして、他人を傷つけるフリをして自分を傷つけるの?」

 

 

………何を言ってるんですかね、この人は。話きいてました? フリーダムに乗りすぎて頭沸いてんですか? …スーパーコーディネイターが聞いて呆れますね。

 

……ウザいって言ってんじゃん、さっさと消えてよ。

 

 

「そんなことしても、意味ないよ。…君だって、本当は分かってるんでしょ?」

 

 

…うるさいな。何のことだがわかりません、早いとこ発進してください、今現在あなたのお姉様が声明出してるんじゃないですか?デュランダル信じられなーいって。

 

早くいってよ。今この瞬間あなたがここにいること自体が無意味なんですって。

 

 

「…ごめんね、何もしてあげられなくて。でもいつか…君が僕たちに本当のことを話してくれる日が来るって…信じてる」

 

 

…っ!! だからないって言ってんでしょっ!!

 

役者と語り手では見ている世界が違うっ!文字通り、私とあなた方では住む世界が違うんです、見えてるものが違うんですっ!!

 

私とあなたたちの道が交わることなんか……絶対にない。絶対に、絶対に有り得ないっ!!

 

 

「…キラ…」

 

 

その言葉を最後に、二人は私の前から遠ざかっていく。あの方向は…格納庫かな。…寄り道なんかしてないで、初めからそうして欲しかったよ。

 

 

「…どいつも…こいつもっ!…うるっさい…っ!!」

 

 

なんでこうなるのよ。私なんかに構ってないで世界のために戦ってよ、自分の役割果たしてよ。何のために私がこんなことしてると思ってんの。

 

グダグタ言ってないで、あなたたちは議長を倒せばいいの。罪は私が全部背負うから。私が一人でもらうから。私が一人で汚れるから。

 

…だから、早く私を解放してよ、早く終わらせてよ、この物語(地獄)を。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 : 何のために

 

『その方の言葉に、惑わされないでください』

 

 

突如としてスクリーンに映し出されたラクス・クライン…だと思う人物が、そう言った。たかがそれだけでなに驚いてんだって思うか? そりゃ驚くさ、今スクリーン内には()()()()()()()()()()()が映ってるんだから。

 

しかも、間違いなく二人は別の場所にいて、この配信は録画じゃない。あのオーブ代表の隣にいるラクス・クラインも、今画面端で右往左往してるプラントのラクス・クラインも、どちらも今この瞬間、別々の場所にいる。

 

 

『私と同じ顔、同じ声、同じ名の方がデュランダル議長と共にいらっしゃることは、知っています』

 

 

なんだよこれ…一体どうなってるんだ。

 

 

『ですが、シーゲル・クラインの娘であり、先の大戦ではアークエンジェルと共に戦いました私は、今もあの時と同じかの艦と、オーブのアスハ代表の元におります』

 

 

ミネルバの休憩室はどよめきの嵐だ。まあ当たり前か、俺だって混乱してる。隣にいるルナが俺にしがみつく感触がなかったら、俺もみんなと同じように驚愕してたかもしれない。

 

 

『彼女と私は違う者であり、その思いも違うということを、まずは申し上げたいと思います』

 

『わ、わたくしはっ』

 

『私は、デュランダル議長の言葉と行動を、支持しておりません』

 

 

…オーブのラクス・クラインの言葉が、なんとか口を開こうとしたプラントのラクス・クラインの言葉を覆い隠すように響く。

 

 

『戦う者は悪くない、戦わない者も悪くない。悪いのは全て、戦わせようとする者、死の商人、ロゴス。議長の仰るそれは、本当でしょうか?』

 

「……っ!? …ち、がう…っ。わるい、の、ロゴス…っ!」

 

 

しまった…っ。 よりによって今のルナに一番聞かせたくない言葉を聞かせたくないニュアンスで言いやがった。腕に感じた感触が消えて、その手は彼女自らの頭に伸びる。

 

 

『それが真実なのでしょうか?ナチュラルでもない、コーディネイターでもない。悪いのは彼、世界…貴方ではないのだと語られる言葉の罠に、どうか陥らないでください』

 

「…ち、がう。ちがうちがうチガウチガうっ!! ロゴスが悪イ…ロゴスが悪いノ…全部…全ブっ!! だってっ!!!」

 

 

錯乱して自分の頭をかき乱すルナの手を取って、優しく抱きしめる。安心させるように、包み込むように。

 

 

「…大丈夫、大丈夫だから。…部屋に戻ろう、ここにいちゃだめだ」

 

 

手を握って、頭を胸に抱き寄せる。俺たちが部屋を出ようとすると、周りがなんとなく道を開けてくれる。それが優しさから来るものなのか、それとも違うものか。

 

まあぶっちゃけ、半分半分ってとこだろうさ。あの日…ヘブンズベースから帰艦した俺たちを…というかルナのインパルスを見て、恐怖を感じなかった奴なんていない。装甲とエクスカリバーに付着した大量の血と肉と臓物。それが何のものだなんて、見たことないやつでも一発で分かる。

 

驚愕して絶句するだけならまだいい、あまりの不快さにその場で吐き出すやつも…まあ仕方ない。でも、一番俺が許せなかったのは、まるでルナを化物みたいな目で見る周りの視線。

 

それをした奴らに、じゃない。こんなことになることを止められなかった俺自身に、だ。止められなかった、そもそも考えてなかった。ルナがまさかあんなことするなんて。

 

俺が目を離したから。ハイネにも言われたのに、ほんの少しだけ、戦闘が終わった余韻にかまけて油断した。その一瞬で、()()は起きた。

 

気付いた時には遅かった。暴れ回るインパルスと、殺戮される兵士たち。

 

あの一件以来、ルナの精神状況はほぼ艦全体に知れ渡ってる。今じゃ誰もルナに話しかける奴なんていない、ヨウラン達でさえ、なるべく気取られないようにしてるが、まあ避けてる。

 

そんなルナが今もミネルバにいられるのは、偏に議長にインパルスを託されたルナを、艦長が全力で擁護してくれてるから。作戦時でもなるべくルナを出撃させないよう、守ってくれてるから。…オノゴロ島の時みたいに。

 

 

「シン、ルナマリア」

 

 

…あとは、俺の他にもルナを守ってくれる仲間がいるから、かな。レイが反対側から人混みを割いてくれたおかげで、何となく角を立たせずに俺たちは休憩室を後にできた。

 

 

「…大丈夫か、二人とも」

 

 

…俺は別に平気だよ、ルナももう落ち着いた。

 

 

「…大丈夫、平気だ。サンキューな、レイ」

 

「………ん……」

 

 

そうか、とだけ呟いてそのままレイは背中を向けて歩いていく。多分部屋に戻るんだろ、方向は一緒だしとりあえずレイの後ろについていく。さっきの配信…どっちが本物のラクス・クラインだ、とか。気になることはあるけど、それを言ってしまったら何の意味もなくなってしまう。

 

レイもそれが分かっているからこそ、何も言わずに助けてくれたんだと思う。…いや、レイのことだからまったく気にしてないって線もあるかも。

 

 

「シン、さっきの戦闘を解析したデータだ。……一人になったら目を通しておけ」

 

 

部屋に入る直前、レイがそれとなくデータチップを俺のポケットに入れてくる。…さっきの、戦闘。

 

 

「…ルナマリアには見られるなよ」

 

「…分かってる。悪い、何から何まで」

 

 

…ジャスティスのこと、アスランが生きていたことは、まだルナには話してない。いや、これからも話すつもりはない。あの時、帰艦するまでの道すがら、レイと通信で決めたことだ。

 

 

『…分かっているな、シン。ジャスティスのこと…アスランのことは、ルナマリアには伏せておけ』

 

『…ああ、そのつもりだ。今ルナにアスランが生きてて、メイリンは…メイリンは死んでるなんて言ったら……多分今度こそ……ルナは耐えられない』

 

『…分かっているならいい。解析して後からデータは渡してやる…お前はあいつの側にいろ』

 

 

……ほんと、なんか世話になりっぱなしだな。こんなに面倒見のいい奴だったかな。…いや、元からか。好き放題やらかしたメイリンの首根っこ掴まえてるのって、いっつもレイかルナだったもんな。

 

…メイリン…。…次は、絶対に逃がさない。フリーダムも、ジャスティス…アスランも。次で絶対に堕としてやる。今度こそ、終わりにしてやるんだ。

 

終わりにしなきゃ、いけないんだ。…こんなことは…っ!

 

 

「…シン…?」

 

 

…そして、平和な世界にするんだ。もう、なにも…争いもなにもない、あったかくて優しい世界に。

 

これ以上、ルナが苦しまなくていい世界に。

 

 

 

 

* * * *

 

 

…ラクス様によるミーア・キャンベル公開処刑全世界生配信から翌日。アスランさんのお見舞いすらブッチして私はベットで不貞寝を決め込んでいた。

 

いや、だってしょうがないじゃん。ラクス様からのヤマトさんってこの世界ではいろんな意味で最大級のコンボでしょ。誰が耐えられんの?

 

あれだけの景色を見てあなたのせいじゃないから自傷すんなとか、訳がわからん自分ルールで勝手に仲間判定してくるとか。流石こんな混乱極める世界をゴーイングマイウェイ出来る人たちは違うなって思ったよ。

 

私のせいじゃない? …馬鹿じゃないの。全部私のせいだって言ってるじゃん。人がたくさん死ぬって分かってて止めなかったんだから。そんな人間が、仲間?……ほざくな。

 

これから私のせいでどれだけの人が命を散らすと思う。どれだけの人の心を引き裂くと思う。これまでも、これからも。戦火の拡大という大罪を犯している私が、無実なはずないじゃんか。

 

……それでも、私は止まらない、止まれない。あるべき結末のために、みんながみんなでいられる世界のために。今あるどれだけの命を踏みにじることになったとしても、私は私が知ってる未来を実現する。

 

……そうすれば…そうすれば、きっと…、

 

 

「……ん?…」

 

 

なんか艦内が騒がしくなってきた気がする。………っ!?

 

それに思い至った瞬間、私は被っていたシーツを蹴飛ばす勢いでベッドを飛び出して、壁に備え付けられたモニターのスイッチを入れた。

 

 

「……ヤヌアリウス……」

 

 

映像に映し出されなのは、プラント内の基礎微細工学や応用微細工学を専門とする居住地…()()()もの。砂時計のような形をしていたはずのそれは、もはや僅かな跡を残す残骸となって宇宙に散乱している。

 

…レクイエム、発射されたんだ。…あれ、でもおかしい。たしか原作だと隣のディセンベルもヤヌアリウスの衝突に巻き込まれる形で崩壊したはず。……なんで? 原作より少な………

 

 

「……は……?」

 

 

………まて、まてまてまて。今、私なに考えた?

 

思ったより少ない? ヤヌアリウスだけでもどれだけの人が暮らしていたと思ってるの? 百とか千なんて数じゃ到底及びもつかない人たちがいたはずなんだよ? 

 

それを……思ったより…少ない?

 

 

「…うゥ!?」

 

 

直後、喉元にこみ上げるものを感じた私は、口元を押さえながら部屋を飛び出しそのままトイレに駆け込む。

 

 

「うおえぇっ!!?」

 

 

便器を覗き込むようにした直後、直前まで堪えていたものをそのまま吐き出した。ここ最近はゼリー状のものしか口にしていないのが幸いし、固形のない吐瀉物を吐き出すのはそれらが含まれるものよりも僅かだが楽な気がした。

 

 

「…はぁ…はぁ…っ!?」

 

 

だが、吐き出した汚物の中に赤い液体…恐らくはストレス故の己の血液がそこに混じっているのを見ると、そんな些細な気持ちなど一瞬で消え失せる。

 

 

「…はぁ…はぁ…は、はぁ、は、ははは、ははははっ…」

 

 

…なんだ、私…もうとっくに壊れてるんだ…。心と体を罪と血で汚して、もう自分の願いも叶わなくて。

 

…私、何のために戦ってんだろ、何のために………。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 : 届く凶刃、守れぬ心

…もういいや、明日の分も今日にいれます⇦

これ含めてあと3本? です(アホ)


 

「無駄なことは、しないのか?」

 

 

アークエンジェルのCIC。レクイエム発射と、それに次ぐザフトとジブリール派の連合軍との争いが激化する中。

 

キラとラクスから語られる議長の目指す世界。生まれいでる全ての人達の未来を、その人間の遺伝子で最初から決定し、管理する世界。それにそぐわない者は管理、調整、淘汰する世界。

 

デスティニープラン。望むものを全て得ようと、人の根幹…遺伝子にまで手を出した、俺たちコーディネイターの究極…だそうだ。

 

たしかに、そこに争いはないのかもしれない、自分の知らない自分とやらに苦しむこともないのかもしれない。争っても無駄だと、お前の役割はこうなのだと、何より己の遺伝子が知っているから。

 

…無駄、か。こうではない、こうしたい。そうやって足掻いて手を伸ばすことが、無駄だと言うのか。…運命に抗おうとするその意志に意味はないと…そう言うことか。

 

そんなこと…っ!!

 

 

「…無駄じゃないよ」

 

 

…キラ…?

 

 

「未来を決めるのは、運命じゃない。そうでしょ?」

 

 

……ああ、そうだな。自分の道は自分で決める、そうしたいと思ったから俺は、

 

 

ガタンっ。

 

 

「メイリンっ!?」

 

 

俺の座るシートの横に静かに立っていた彼女が、急に片手で覆うように顔を押さえて姿勢を崩した。さっきの音は、咄嗟に彼女がもう片方の手で俺が座っているシートの肘掛けに手をついた音だ。

 

 

「…大丈夫です。ちょっと立ちくらみが」

 

「…それを大丈夫とは言わない。俺はいいから君が座ってくれ」

 

「いえ…部屋に戻ります、アスランさんはそのまま座っていてください

 

 

オノゴロ島の戦いの後。ラクスやキラが彼女と話をしたらしいが、結果はこの有様だ。ラクスですら彼女の心を開くことが出来ず、キラには至っては目の前で自身の髪を引きちぎろうとしたとか。

 

いくらそのことを問い詰めても、何もありませんの一点張り。以降、彼女は自身の部屋に引きこもり誰とも接触することもなかった。

 

今日久しぶりに…と言っても実際にはそう時間は経っていないはずなのだが。…今し方彼女の顔を見た時は…正直驚いた、月並みの表現だがな。元から色白だった肌はさらに青白くなり、目の下には隠せない隈。そして何より…荒みきった瞳。

 

ろくに食事も睡眠もとっていない証拠だ。そんな彼女ともに今このアークエンジェルのCICにて来たわけではあるが…。

 

 

「メイリンさん」

 

 

体を引きずるようにしてCICを出ていこうとする彼女に、ラミアス艦長が声をかける。

 

 

「…あまり、無理しないでね。遠慮なんてしなくていいから。困ったことがあればいつでも言って頂戴」

 

「お気遣い…ありがとうございます」

 

 

そう言って、振り返ることなく彼女はみんなの視線を背中に受けながら去っていく。視線の種類は…まあ概ね心配する視線ばかりだ。俺はもちろん、特にミリアリアなんかも。

 

 

「まったく…あいも変わらずミステリックだなおい。人に心配されるのが仕事か? あの嬢ちゃんは」

 

「…こら。そういうこと言わない」

 

 

苦笑する少佐を、ラミアス艦長の肘がつつく。みんな気づいている、メイリンが並々ならぬ事情を抱えているだろうことは。だが、そのみんなからの声を彼女は尽く振り払った。

 

誰と話すこともなく、誰と関わることもなく。ただ一人で抱え込んで必死に孤独を守ろうとしている。…そして、そんな彼女に何もしてやれない人間の一人が俺と言うわけだが。

 

「…宇宙に上がろう、アスラン」

 

 

…キラ…。

 

 

「議長を止める。…多分、それがいろんなことへ繋がる唯一の道だよ」

 

 

…そうだな。彼女の見据えているものがなんなのか、進めば分かるかもしれない。あらゆるものを切り捨ててまで彼女が成し遂げようとしているものがなんなのか…それがわかれば。

 

 

「…………………」

 

 

 

* * * *

 

 

月面にあるダイダロス基地。そこにある砲を止めろ、ってのが俺たちに与えられた任務。

 

……ヤヌアリウスを吹き飛ばしたあの砲台を、何千何万…いやもしかしたらそれ以上のプラントに住む人達の命を奪ったロゴス…ロード・ジブリール。

 

絶対に許さない、基地から引き摺り出してやる。プラント、家族、ステラ、そして…メイリン。…もう逃げられると思うなよ、見つけ出して八つ裂きにしてやる。

 

 

「…ジブ、り…ル…ろ、ゴスっ!! 殺す…コロスっ!メイ、リン…のっ!!」

 

「…大丈夫。落ち着いて、ルナ」

 

 

……ルナの精神は、もう限界に近い。落ち着いてる時間とそうでない時間のインターバルが日に日に短くなってきてる。こうして作戦前は俺が一緒にいないと確実に錯乱するようになった…と思う。ミネルバを離れたことないからはっきりとはわかんないけど。

 

…正直、崩壊したヤヌアリウスを見たルナを落ち着かせるのは骨が折れたけど。騒ぎを聞きつけて鎮静剤持ってきた軍医さんをなんとか説得しながらルナをあやすのは流石に大変だった。

 

…あの時、オーブでジブリールを討ててれば。アイツらが邪魔さえしなければ、 …俺がもっと早くアイツを…アスランを撃ててれば、なんて思ったりもした。今更言っても、仕方ないけど。

 

 

だからこそ、これで終わらせるんだ。ロゴスさえ…ジブリールさえ討てれば。…そうすれば、ルナの悪夢も……。

 

 

「作戦を説明する。…二人ともいいか?」

 

 

待機ルームのモニターを操作しながら、レイが声をかけてくる。…悪い、もう大丈夫だ。

 

 

「…ああ、頼む」

 

「…うん」

 

 

大丈夫、俺が側にいればルナもこうしてすぐに自分を取り戻す。それが僅かな時間だったとしても、俺が手を握ってる限りは。絶対にルナを()()()()になんかいかせない。何がなんでも守ってやる、繋ぎ止めてやる。

 

 

「第二射までに月艦隊が第一中継点を落とせれば、辛うじてプラントは撃たれない。だが奴らのチャージの方が早ければ…艦隊諸共薙ぎ払われる」

 

 

…そうはさせないために、俺たちがいるんだ。そのための作戦だ、そうだろ、レイ。全ての元凶。ロゴス、ロード・ジブリール。ここで殺してやる、終わらせてやる。

 

プラントも月艦隊も、絶対に撃たせない。

 

 

「…覚悟は決まってるようだな。では作戦を話そう」

 

 

ああ、頼む。

 

 

「今回の優先目的は砲の無力化だ。従って、こちらの戦力を二つに分ける。陽動を兼ねて正面から基地を制圧する隊と、裏から砲のコントロールを落とす隊だ。隊と言っても、ミネルバには俺たち三人しかいないがな」

 

 

なるほど。なら戦力の割合は正面が二機、別働隊が一機ってところか。…機体性能を考えればデスティニーとレジェンドが正面、インパルスが別働隊……なんだと思うけど…。

 

 

「奴がいるんだ、間違いなく基地の防衛にはデストロイが出てくると見ていい。アレを素早く無力化するためには、やはりデスティニーの力が不可欠だ」

 

 

…分かってる。ならそれは俺がやる。

 

 

「分かった。なら正面は俺だけで」

 

「よって、別働隊は俺がやる」

 

 

…レイ?

 

 

「デスティニーとインパルスのエクスカリバーなら、デストロイにも致命打を与えられる。それは先のヘブンズベース基地でも実証されている」

 

 

…それは、そうかもしれないけど。でもそれは、

 

 

「…どのみち、今のルナマリアを一人で放っておくことはできん。なに、裏から少し小突いて砲を制圧するだけだ、すぐにそっちに合流できるだろう」

 

「…レイ?」

 

 

心配そうに腕を掴むルナの手を、レイはそっと離す。

 

 

「…俺は大丈夫だ。二人とも気を付けろよ、敵の戦力数で考えればそっちの方が遥かに多いのだからな」

 

「…ああ、分かってる。任せろよ、正面は俺が必ず殲滅する」

 

 

そう言って格納庫に向かおうとするレイの肩を、またルナが掴む。心配そうに、泣きそうな顔で。

 

 

「…そう心配するな。また、後でな」

 

 

そっとルナの頭に手を置いて、レイは一人でエレベーターの扉を閉じる…前に俺たちを見る。

 

 

「作戦までまだ少し時間がある。…急ぐ必要は、ないと思うぞ」

 

 

そう言って、今度こそエレベーターの扉を閉じて一人で格納庫に向かっていく。……何から何まで、ほんとに頭が下がる。

 

 

「…シン。レイ、ひとり」

 

 

…ああ、俺たちのためにレイは自分で別働隊を買って出たんだ。ルナを…一人にしないために。

 

 

「そうだな。だから俺たちで守ろう、レイを。そうしたら、絶対大丈夫だから」

 

「…まも、る…。…うん、守る。レイを、守る」

 

 

…そうさ、もうこれ以上、なにも失うもんか。守るんだ、絶対に。そうしたら…っ!?

 

 

「…シンも、守る」

 

 

…っ!?……ルナ…っ!!

 

 

虚な瞳で、それでも俺の頬に手を当ててそう言ってくれる彼女を、俺は力いっぱい抱き締める。そうしたかった、堪らなくそうしたかった。こんなにボロボロで、傷ついて。それでもルナは……。

 

 

「…だい、じょうぶ」

 

「…ああ、大丈夫だ。君は俺が守るから…っ! 君だけは…絶対に…っ!!」

 

 

涙を流す俺の頭を、そっと撫でてくれる彼女の手を取って誓う。彼女だけは、心をすり減らし、狂気の坩堝に囚われてなお、俺に温もりを感じさせてくれる彼女だけは。

 

そうさ、守るんだ。ミネルバを、仲間を、レイを、プラントを。もうこれ以上、失ってたまるか。

 

そのために、今は討つべき敵を撃つ。ロゴス、ロード・ジブリール。平和を乱し、自分の欲のために命を弄んでいるような奴。殺してやる、家族の、ステラの、メイリンの仇。

 

そして、もうこれ以上ルナが苦しまなくていいように。戦いのない、あったかくて平和な世界のために。…もう一度、ルナが笑ってくれる世界のために。

 

そのために。俺に力を貸してくれ、デスティニー。

 

 

* * * *

 

 

ミネルバ接近。その報を受けたダイダロス基地は泡を食ったようにスクランブルを発令。慌てふためきながら迎撃態勢を整える。

 

これより接敵するのは、間違いなく現ザフトの最強戦力。昨日にベブンズベースをものの数十分で壊滅に追い込んだMSのうち三機を有するかの艦の姿は、ダイダロス基地に勤めるもの達の脳裏に今も焼き付いていた。

 

起動する固定砲台。発進する無数のウィンダム、かつてミネルバを苦しめた大型MAのザムザザー、ゲルスゲー。迎撃戦力は万全だと、ダイダロスの誰もがそう思った。

 

だが、その認識はおおいに甘かった。これより彼らに迫るのは、ただのザフト軍兵士ではない。失った光に、それぞれの思いを馳せ力を振るう者たち。雑兵如きがどれほど群れようと、彼らの進撃を食い止められる道理はなし。

 

 

『デスティニー、インパルス、発進っ!!』

 

 

ミネルバより、二機のMSがダイダロス基地正面に展開。どちらもベブンズベースではあのデストロイを相手に単騎で致命打を与えた者たちだ。片方は光を失い、いや奪われ哀れな傀儡と化しながらも狂乱とともに力を振り回す者。

 

 

『アアアアァぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

狂気のまま、彼女は高機動装備の速度で駆け回りながらライフルを引き金を引く。かつて隣にいた妹に茶化されていたとは思えぬ正確なその射撃は、道を阻むものたちのコックピットを容赦なく射抜く。

 

爆散する機体を前に、彼女は心の狂気を垂れ流す。

 

 

『ロゴす、ジブりールっ!! メイリンの、仇っ!! 全部…全部死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!』

 

 

破壊の光を振り撒きながら、ひたすらに黒き憎しみを撒き散らす。手が届かぬなら引き金を、届くのなら刃を。滾る憎悪に身を委ね、彼女はただ目の前の命を奪うためだけに機体の操縦桿を振り回す

 

 

『…お前らのせいだ…。お前らなんかがいるから…世界はっ!!』

 

 

想い人のそのあまりに痛々しい姿を目にした少年は、自らの心の内で種を爆じく。

 

 

『…消えろよ、お前ら……っ!! この世界から……ルナの…前からっ!! 消えろぉぉぉっ!!!』

 

 

怒りに燃える少年は、機体背部に取り付けられた赤翼を展開、薄紫の光を放出させて敵機の群れに機体を突貫。迫りくる敵機をエネルギーを凝縮させた掌で握り潰し、巨剣で叩っ斬り、ライフルと長距離超エネルギー砲で薙ぎ払う。

 

その姿、まさに一騎当千。彼の近くのものはもちろん、そうでないものですら気がついたらコックピットを爆散させられていた。戦慄するダイダロス基地のMSパイロット。出撃からものの僅か数分で、彼らは自分たちが決して敵わぬもの達と戦っているだと直感で理解した。

 

また、この戦いは全世界にありのまま全てがリアルタイムで映し出されていた。ある者の策略によって。自分の運命の行く先を知る権利がある、そう言葉にしたとある支配者足ろうとする者によって。

 

 

『……………』

 

 

激戦のなか、ついにダイダロス基地から破壊の巨神が出撃する。名を"デストロイ"、かつて単機でベルリンを火の海に包み込み、また少年の守ろうとした一人の少女とともに沈んだ最悪の機体、それが、三機。

 

 

『…性懲りもなく…また…っ!いいさ、全部ぶっ壊してやるっ!!』

 

 

残像を残しながら凄まじい速度で突貫したデスティニーが、振りかぶった巨剣を力任せに振り下ろす。ただそれだけで、巨神はなにをするまでもなく胴体を縦にかち割られ爆散する。

 

 

『ミネルバっ!! ソード、シルエットォっ!!』

 

 

巨神を目にした少女は、艦に対艦刀を搭載した換装機の射出を要請。出撃してきたバックパックに換装…はせず、輸送されてきた装備だけを湯水のように消費。

 

飛翔してきた装備を前に、彼女は間髪入れずに二本の対艦刀を携え巨神を強襲。

 

 

『ハアアアアアアっ!!』

 

 

振り撒かれる破壊の雨を掻い潜り、右手に持った刃を巨神のコックピット目掛けて力の限りで突き刺す。そうして崩れゆく巨神には目もくれず、バーニアを全力で吹かして急上昇した彼女は死にゆく巨神から引き抜いた対艦刀を迷わず残った最後の巨神の超距離陽電子砲目掛けて投擲する。

 

発射間近だった陽電子砲に刃を突き刺され、暴発。体勢を崩す巨神。そんな隙を、少年が見逃すはずはなく、

 

 

『堕ちろぉぉぉ!』

 

 

コックピットに巨剣を突き立て、そのまま急上昇。機体中枢を余すことなく切り裂かれた巨神は、胴体を巨木のように裂きながらな爆散する。

 

全てを蹂躙、焼き払わんと出撃したデストロイは、三機全てがなにをするまでもなくものの数分で全て粉砕された。あらん限りの憎しみと狂気を撒き散らす少女と、それを守らんと怒りに燃える少年の手によって。

 

 

『デストロイ、三号機も大破…ぜ、全滅しました……』

 

『馬鹿なっ!? まだ出したばかりだぞっ!?』

 

 

デストロイに発進を命じたダイダロス司令部はまさに驚愕と恐怖の嵐だった。虎の子であったデストロイその全てが何もできずに全滅し、敵MSは今なおこれと言った損傷もなく進行形で基地を侵略中。

 

今司令部にいる誰もが、既に自分たちに勝ち目がないことを薄々と感じ始めていた。そして、それは数多の命を食い物にし、同胞すら切り捨ててここまで逃げてきたかの者も同じ。

 

 

『レクイエム発射だっ! フルパワーでなくともよい、撃てっ!! 奴らを薙ぎ払うんだっ!!』

 

 

もはや何度目かもわからぬ命の危機。憎きコーディネイター共の国ではなく目先の敵だけでも薙ぎ払わんと男は司令官に指示を出す。

 

しかし、

 

 

『えええいっ!!』

 

 

中継点…廃棄コロニーを防衛せんとする部隊相手に奮戦するザフト艦隊により、レクイエムの放つ光の奔流を屈折させるための廃棄コロニーに異常が発生していた。

 

 

『…やらせるかよ…っ! もうこんなっ!!』

 

 

今ダイダロスで大暴れしているデスティニー、その同型機を駆る者の猛攻が、コロニーを守る部隊を次々と蹴散らし、彼の元部下たちや多くの艦隊の一斉放火により、既に廃棄コロニーはその機能を殆ど消失していた。

 

 

『駄目ですっ! フォーレに異常発生っ!! ポジション取れませんっ!!』

 

 

今引き金を引いたところで、そのレクイエムはプラントではなく己への鎮魂歌と成り果てる。その事実が男の精神をさらに逆撫でた。

 

 

『…駄目ならそれでもよいっ! フォーレの奴らだけでもっ!』

 

『それでは終わりですっ! 次のチャージまではとてもっ』

 

『いいから撃てっ!! ……その隙に脱出する』

 

 

呆然とする指揮官に、男はさも当然と言わんばかりに囁く。

 

 

『私が生きてさえいれば、まだ幾らでも道はある。基地を降伏させ、同時に撃つんだ。言い訳は幾らでも作る』

 

 

どこまでも自己保全を優先とした、下劣な策だった。青い顔をして冷や汗を流す司令官の肩に、同じく引きつるような笑みを浮かべながら男は優しく手を置いた。

 

 

『…君はよくやってくれた。ともにアルザッヘルにでも逃げれば、また…』

 

 

だが、いくら足掻こうとこの男に送られる死は、彼の知らぬ間に着々とその背に迫っていた。

 

 

『ん? なんだ、べつど』

 

 

それの存在に気付いた時には、名も知らぬパイロットたちの命は既に消えていた。だが、ある意味ではその方が幸運だったのかもしれない。突如として接近してくる新たな機影に、まだ生きていた者たちは戦慄することとなるのだから。

 

 

『あ、あれはベブンズベースのっ!? なんでこんなとこ、うわぁぁぁぁっ!?』

 

 

迎撃しようとした者たちは、その武器を構えることもなく爆散する。

 

 

『邪魔だ、消えろ』

 

 

円盤のような機械翼、その突起のようなものが翼と機体腰部から分離する。

 

その名を"ドラグーン" 、一つにつき2門のビーム砲を内蔵する分離式攻撃端末、それが…八機。縦横無尽に宙を駆け巡るそれらが保有する砲門は……総数にして16門。

 

個による多、圧倒的な理不尽を難なく実現させた光の雨は、驚愕する彼らを一切の容赦なく蹂躙していく。

 

 

『な、なにをしているっ!? 早くゲルスゲーを』

 

 

前に出せ、そう言おうとした者の前で、アラクネのような大型MA…ゲルスゲーの腹部に二つの孔が穿たれる。ミネルバの主砲すら防ぐ陽電子リフレクターを物ともせず、今現在彼らを蹂躙しているドラグーンよりもさらに大型のものが、先端からビームスパイクを展開して貫いたのだ。

 

 

『いやだ、死にたくないっ!! 死にたく』

 

 

だが、背を向けたところで彼から逃れられるはずもなく。まるで羽虫を手で払われるかの如く愚かな兵士たちは散っていく。立ち向かえば死、背を向けて逃げれば死、もはや彼らに生き残る道など、どこにもありはしなかった。

 

 

『…ん?』

 

 

背後からのアラートに振り向けば、いつぞにミネルバを苦しめ、最後にはシンの手で葬られた大型MA、ザムザザーが一機。だが、インパルスでは苦戦するそれも、レジェンドの前では無意味。

 

先程と同じように、背の大型ドラグーンを射出しようとしたその時、

 

 

『レ、イっ!!』

 

 

巨大な対艦刀を真っ直ぐに構えたインパルスが凄まじい速度で突貫、今まさに彼が撃ち抜こうとしたザムザザーを背後から串刺し、爆散させる。

 

 

『…レイ、だい、じょうぶ』

 

 

錯乱し狂乱し、だがそれでも仲間を思う少女の声がコックピットに届く。

 

 

『…助かった、ルナマリア。俺はこのまま制御室を落とす、お前は基地司令部を。…早く戻ってやれ、シンが心配するぞ』

 

『う、ん……また、後でね』

 

 

対艦刀を失い、ある意味身軽となった彼女は想い人への元へと機体を翻す。…無茶をする、今頃シンの胸中は間違いなく穏やかじゃないだろうな。

 

そんなことを思いながら、彼女を追跡しようとする部隊がいないことを確認した彼は、自らの役割を果たさんと目的地へと飛翔する。

 

 

『カウントダウン開始、発射までT➖30』

 

『よし、全周波数で回線開けっ! トリガーはこちらに』

 

 

そして、男の命令通り再びレクイエムを発射させるべく着々と準備を整えていた哀しい司令官の元に、

 

 

『てやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

それを防がんと飛翔してきたデスティニーの振り撒く高出力ビーム砲のうちの一発が着弾し、ただそれだけでダイダロス司令部は薙ぎ払われた。自分勝手で独善的な男の命を守るためだけに破壊の引き金を握らされた者たちは、それをするまでもなく、呆気がないほどにその命を散らした。

 

 

『…ふん』

 

 

また、同時にレクイエムの制御室へと難なくたどり着いたレジェンドは、躊躇なくその引き金を引く。これによって、司令部と本命であったレクイエムの制御を同時に失ったダイダロス基地は、ほぼ完全に戦闘力を失った。

 

 

『…ええいっ!』

 

 

それを見届け、唇を噛みながら逃げ果せようとする男の艦。だが、

 

 

『…? ……っ?!!』

 

 

ここで待機。そう想い人に言われて敵のいない…正確には彼女の想い人が殲滅したのでいなくなった基地上空を浮いていたインパルスが、発進する艦影を察知。

 

それが為せたのは、まさに神の悪戯。彼女を駆り立てる際限なき憎悪が起こした、誰もが望まぬ闇色の奇跡。

 

 

『…ジブリ、ル…? …ロゴ、すっ!!!』

 

 

本能で分かった。あれだ、と。あれこそが全ての元凶だと。自らの欲のために要らぬ争いを引き起こし、その陰で得た利益で笑うものたち。戦火の絶えぬ世界を望み、彼女の最愛の妹を奪った憎き者たち。

 

 

『あああああぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

機体を翻し、彼女はまさに飛び立ったばかりの艦の真前に飛翔。

 

 

『なあっ!?』

 

 

ブリッジでそう慄く仇の声など知るよしもなく、彼女は憎しみのまま握ったサーベルをブリッジに叩き付ける。爆散するブリッジと、サーベルの熱で生きたまま体を蒸発させられる男。

 

だが、溢れる憎しみのままに暴れ回る彼女が仇を前にそれだけで終わるはずがなく。

 

 

『ロゴすっ!! ジブ、リールっ!!! 死ね、シね、死ネ、シネシねしネ死ね死ネェっ!!! メイリンの、メイリンのっ!!!』

 

 

仇。溢れ出る憎悪を叫びに変えて、彼女は残ったインパルスのエネルギー全てを使い切らんばかりにライフルを乱射。

 

その数実に二十発超。憎悪の光に晒され、既にあらゆる意味で役割を失った艦はさらにその上から徹底的に蹂躙される。撃ち抜かれ、爆煙を吹き上げ、形を失い、それでもなお彼女の攻撃は止むことはなく。

 

やがて限界を迎えて爆散する艦。異変に気づいた彼がデスティニーをフルスピードで飛翔させ戻ってきた頃には、文字通り全てが終わっていた。

 

 

『……はぁ……はぁ…はぁ…は、あは…ははははは…』

 

『…ルナっ……………』

 

 

なるべく戦わせたくない。そんな思いで彼女を置いていったことが、最大限に裏目に出た。

 

響く彼女の笑い…いや、()()()

 

 

『…ふふふ…ふふふふ…あはははははは……やった、やったよ、メイリン…お姉ちゃん、やっと殺せたよ………やった、やったぁ……ふふ…ふふふ…あはははははははははははははっ………』

 

 

久しく聞いた想い人の笑い声は、あまりに黒く残酷だった。そしてそれを聞いた少年は人知れず機体の操縦桿を殴り付ける。これだけは止めようと、何としても止めなければと。そう胸に誓って戦ってきたはずなのに。

 

中途半端に守ろうとした結果が、いまの彼女の乾いた笑い声。一人にすべきではなかったのに。つい自分の感情が先走って彼女を置き去りにしてしまった。それが、取り返しのつかない結果を招くとも知らず。

 

 

『……作戦は終わった…。帰ろう、二人とも』

 

 

そう仲間に促されて、少年は文字通り何もかも()()となったインパルスの手を取る。

 

 

『……かえろう…帰ろう、ルナ』

 

『…ふふ、ふふふふふ。はははははは』

 

 

未だ仇を撃った余韻から目覚めぬ想い人の手を取りながら、少年たちは帰るべき場所へと機体を翻す。

 

戦いは終わった。世界の悪であるロゴス、その最後の生き残りにして中枢、ロード・ジブリールの死亡。ミネルバとそれに属する者たちは、またもや快挙を成し遂げた。

 

だが、この戦いで笑うのは世界でたったの二人。失った…いや奪われた妹の仇を遂にその手で葬ったと思っている一人の少女と、

 

 

『…ありがとう、ジブリール。…そして、さようならだ』

 

 

己が理想のため、全ての運命を掌で転がす男のみ。

 

 

まもなく世界は変革を迎える。全ての人類が争わず、誰もが満ち足りた平和な世界。それを為さんとする彼が、遂に本性を曝け出さんとしていた。

 

 

『……………』

 

 

だが彼は知らない。全てを転がしている己ですら、たった一人の少女が描く舞台の自覚なき役者であることを。

 

 

だが、得てして運命とは酷なもの。世界の罪を一身に背負い、その身を汚し心を削りながら、それでもなお己が知る未来だけを目指さんとする少女は、まだ知らない。

 

 

その罪の本当の意味を、痛みを。

 

 

全ては、真と偽り…二人の歌姫が邂逅せし、かの他にて。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 : 約束


本来ならここまでのつもりでしたが……まあいいや、ってことで


 

 

 

「おつかれ。怪我の方は大丈夫か?」

 

 

夜。もっと詳しく言うなら、アークエンジェルのCICでキラやラクスから議長の真の目的を聞かされたり、それでフラガ少佐に叱咤されたり、メイリンがみんなに心配そうにされながら途中退室したり、そして俺たちも宇宙に上がることを決めたりとてんやわんやとした日の、だ。

 

覚悟を決めて彼女に話を切り出そうとしたら、

 

 

「なあアスラン、話したいことがあるんだ。今夜、甲板で待ってるから……頼むな」

 

 

そう、先を越された。彼女…カガリの声音から何となくだが、言いたいことを察せられた、俺としては珍しく。

 

これから俺は人として、いや男として、最悪なことを言わなくてはならない。

 

万人から指を差される行為だろう。場合によっては、大事な親友すら失うかもしれない。…だが、その程度の覚悟なくして今の彼女は救えない。全てを拒絶し、ただ冷たい仮面を被り続ける…メイリンは。

 

あいつは言った、迷っていたら何も守れないと。だからあいつは強いのだろうか。たとえ己の行動で犠牲が出ると分かっていても、そうしなくては守れないものがあるからと。

 

それが罪だとしても、守りたいものがあるのだと。

 

 

「大丈夫だ、もう」

 

「そっか…よかった」

 

 

なら、俺も覚悟を決めよう。これが罪であり、許されないことだと言うことはわかっている。だが、今の彼女にはそうしなければ声を届かせることすらできない。彼女の硬く閉ざした氷の壁に、傷一つつけることはできない。

 

 

「カガリ、俺は」

 

「あの子、変わったな」

 

 

正直、どう言ったらいいかわからない。だが何とか言葉にしようと口を開いた俺を、カガリは遮った。

 

 

「カガリ…?」

 

 

思わぬ返しに混乱する俺をおいて、カガリは続ける。

 

 

「お前から聞いたあの子と、私が僅かだが直接接したあの子。…まるで別人だ。……みんなの中心にいた子が、今は必死に一人になろうとしてる。差し伸べられた手を全部払い除けて、ひたすら殻に閉じこもろうとしてる」

 

 

…………。

 

 

「…ボロボロだよ、あの子。一体何をどれだけしょい込めばあそこまでになる。…あんな、痛々しい姿になる」

 

 

……たぶん。それがわからないから苦しいんだろうな。俺も、みんなも。

 

 

「…あの子、もうプラントにも帰れないんだろ? ミネルバになんてもっと。…どうしたらいいか、ずっと考えてたんだ。事が済むまでオーブで匿ってやろう…とかも考えたけどさ、多分それじゃ…何も変わらない」

 

 

だろうな。今のメイリンは、あらゆる他者からの助けを受け付けない。声を聞かない、差し伸ばされた手を握らない。…必死に自分で自分を責め続けている。まるで、自分にその資格はないのだと言わんばかりに。

 

 

「…だからさ。めちゃくちゃ身勝手だけど…お前に全部任せることにした」

 

 

…カガリ…?

 

 

「お前、鈍感だからな。こうでもしてやらないと分からないかと思って」

 

 

やめろ、カガリ。それは俺から言うことだ、俺から言わなくてはいけないことだ。俺が、背負うべき罪なんだ。だから、

 

 

「カガーーー」

 

「支えてやれよ、アスラン。どんだけ拒絶されても、跳ね除けられても、なんならぶん殴られても。…それでも、手を伸ばせ。…絶対に諦めんな」

 

 

涙ぐむ彼女が、ゆっくりと左手に嵌めている指輪を外す。やめろカガリ、頼むから。…それは俺に言わせてくれ、俺に背負わせてくれ。君が背負うことはないんだ。

 

俺の罪なんだ、だから、

 

 

「カガ」

 

「だからさ、アスラン。()()()()

 

 

そう言って、彼女はそれを…俺が渡した()()()()を、海に投げ捨てる。

 

 

「…どうして……それは、俺から、」

 

「どっちからだとしても同じだろ。結果はこうなんだから」

 

 

多分、もう互いに視界はぼやけて顔は見えていないだろう。

 

 

「すまない…っ! カガリ、俺はっ!」

 

 

情けないことこの上ない。俺が悪いのに、俺のせいなのに。俺が言わなきゃいけないことを、全て彼女に言わせてしまった。…彼女に、背負わせてしまった。

 

 

「…いいんだ、アスラン。私はもう、大丈夫だから。もう十分…助けてもらったから。だから、これくらいは私に背負わせろ。……お前が背負うもんは、他にあるだろ?」

 

 

…カガリ…っ……。

 

 

「絶対に諦めんなよ、支えてやれ、助けてやれ、救ってやれ。……でもって、全部終わったらまたオーブに来いよ、あの子と…一緒に」

 

 

…………っ……。

 

 

「覚悟しとけよ、めちゃくちゃ高い店予約してやるからな、お前が奢るんだからな。……ちゃんと、()()()

 

 

………ごめん、ごめんっ!! カガリ……っ!!

 

 

「…ああ…っ! 約束する…っ!! 必ず…必ずっ!!」

 

 

涙でガラガラな声しか出ない俺の肩をそっと叩き、

 

 

「今までありがとう、アスラン。…これからも、またよろしく頼む」

 

「…ああ、ありがとうカガリ…っ!……これからも、頼むっ……」

 

 

それを最後に、彼女は甲板を去っていく。拭った目で足元を見つめれば、俺のではない大粒の涙が甲板にシミを作っていた。

 

 

「…アスラン」

 

 

……やっぱり、聞いてたんだな。

 

 

「…どうした、思いっきり殴っていいぞ。何しろここにいるのは、お前の姉にプロポーズしておきながらそれを相手に破棄させた、最低最悪の男なんだからな」

 

 

…なんなら、殺されても文句は言えない立場だ。いや、いっそ罵倒されて殴られて絶交でもされた方が楽なのかもしれない。

 

 

「…別に、それが君たちの選んだ道なら、僕にとやかく言う資格はないよ」

 

 

……………。

 

 

「…でも、まあ個人的な八つ当たりを君にするとしたら」

 

 

……するとしたら、どうするんだ、キラ。

 

 

「…これであの子を救えない、諦める、なんてことになったら……ジャスティス諸共、君を撃つ。それが僕から君に叩きつける一方的な約束、かな?」

 

 

…なるほど、それはまた。

 

 

「…おっかないな、とんでもなく」

 

「一応、弟らしいからね。これくらいはいいかなって」

 

 

……少し見ない間にシスコンになったか、お前。俺に対してかなりシビアな死刑宣告した自覚ないだろこいつ。

 

 

「…絶対に、帰ってこないとね」

 

 

そうだな。戦争を止めて、議長を止めて。そして……メイリンを救って。盛り沢山だ、まったく。

 

 

「あ、でも帰ってきてもお金貸さないからね」

 

 

…馬鹿にするな。きっちり奢ってやるさ、焼肉でもフルコースでもなんでも……きっちり、三人分。

 

 

 

 

* * * *

 

 

「ーーーーだが、アークエンジェルには、正式にオーブ軍第二宇宙艦隊所属として出来る限りのサポートを約束する」

 

 

…はい、昨日ヤマトさんの演説中に貧血起こしてそのまま部屋に早退しました私です。とりあえずゼリー状の栄養食品を流し込んで皆さんがオーブ軍の軍服着てならえの姿勢決めてるなか一人だけ無地のパンツに臙脂の上着というラフな格好で紛れ込んでます。

 

目の前では察しが悪くて話の通じない方のお姫様がアークエンジェル頑張って演説してる。別になんでもいいけどね、もうあなたの仕事終わってるから。とりあえずデュランダルはんたーいって言って寝っ転がってれば全部終わってますよきっと。

 

……あの人指輪外してる。まあいいや、そこは別に()()()()()()し……。

 

 

「本艦はこれより、月面都市コペルニクスに向かい情報収集活動の任に就く。発進は三十分後、各員部署につけ」

 

 

…了解ですよラミアス艦長。まあ、アークエンジェル内に私の場所なんてないけどね。だってハウさんとかいるし私の出番ないでしょ? これまで通り出番までもらったお部屋で不貞寝させてもらいましょうか。

 

 

「あ、えっとメイリン・ホーク。話がある、私と来い」

 

 

……鬱陶しいな、なんなのよ。

 

 

「…なんでしょうか」

 

「いいから来い。……なに、すぐに終わるさ」

 

 

 

* * * *

 

 

 

なんか原作にない無駄なムーブかましました頭悪い方のお姫様に連れてこられたのは、アークエンジェルの客室。しかも二人っきり、私がスパイとかだったらどうすんだろ。……いっそ首でも絞めてみようかな。

 

 

「…そう邪険にするなよ、少し話がしたかっただけだ」

 

 

話すことなんてありません。あなたの役割は終わりました、さっさと私の前から消えてくれませんか?

 

 

「…別に、話すことなんて」

 

 

役目を終えた役者はさっさと舞台から降りてくださいよ。邪魔です、世界があるべき明日を迎える妨げになってるんですよ。

 

 

「なあお前…メイリン。この戦いが終わったら、オーブに来いよ」

 

 

……は…?

 

 

「なんでも食いたいもん食わしてやる。ああ、心配すんなよ、財布ならもう用意してあるから」

 

 

いや、だから言ってる意味が、

 

 

「なんでもいいぞ、値段は…なるべく高いところがいいな。食いたいもん決まったら教えてくれ、私が国内でいっちばん高いとこ予約しといてやるから」

 

 

あの、話聞いてます? 私はべつに、

 

 

「約束、だからな」

 

 

…………だから、話がよくわかりませんってば。

 

 

「お前、この戦争が終わったらいなくなるつもりじゃないだろうな?」

 

 

…っ……………。

 

 

「許さないからな、そんなの」

 

 

私の両肩をがっしり掴んで、彼女は涙目になって訴えてくる。

 

 

「許さないからな。私のいないところで、あいつの心めっちゃくちゃに振り回して…っ! なのに…なのにこんな顔しやがって…っ!!」

 

 

…言ってることの意味が、わかりません。…いいから離してくださいよ、もう終わりですって。

 

 

「…許さないからな。このまま飯の一つ、愚痴の一つも付き合わないままいなくなるなんて、私は絶対に許さないからな…っ!」

 

 

うるさいな……っ! いいから離せって言ってんでしょっ!! あなたの役目はもう終わったの、部外者が余計なことしないでよっ!!

 

そう思って無理に振り払おうとしても、彼女の両手は決して私を離さなかった。私の肩を掴んで、涙でぐしゃぐしゃになった顔でなお、力強い瞳は私に逃げることを許さなかった。

 

 

「お前、生きろよ。死ぬんじゃないぞ、勝手に消えたりなんかするんじゃないぞっ!」

 

 

……うるさい…うるさいうるさいうるさいっ!!!

 

 

 

 

 

「みんなの前から、いなくなったりなんかするんじゃないぞっ!!」

 

 

 

……うるさい……うるさい……うる……さ、い………。

 

 

「…約束、したからな。逃げたりしたら、それこそ国を挙げて見つけ出してやる。……それが嫌なら、素直に食いたいもん決めて()()()()()……いいな?」

 

 

そっと私の頭に手を置いて、この人は去っていく。……なによ、なにも知らないくせに、部外者のくせに。……ただの人のくせにっ!!

 

…あなたの国を焼いたのは…私なのに…っ!!

 

 

「…うるさい…うるさいうるさいうるさいっ!!!」

 

 

一人になった部屋で、誰に言うでもなく私は地団駄を踏みながら髪の毛を掻き毟る。霞む視界のなか、振り乱した髪が頬を撫でる感触が気持ち悪い。

 

私は間違ってない、私は正しいことをしてるんだ。世界のために、みんなのために、出来る限りのことをしてるんだ。そんな戯言に意味なんて、

 

 

『約束、したからな』

 

 

違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!!

 

 

「……違う、私は、世界の、ために…みんながみんなでいられる……未来の、ために」

 

 

 

世界のために、あるべき結末のために。そのためだけに、私、は………。

 

 

 


 

 

 

罪と死、そして命。

 

 

その全てを、少女は背負ったつもりでいた。擦り切れた心で、その本当の意味も知らぬまま。

 

 

だが、一発の弾丸が愚かな少女にそれらの真なる重さを知らしめる。

 

 

壊れる心、砕かれる意志。絶望の果てに、少女が辿る運命とは。

 

 

次回

『少女の願い』

 

 

その心、こじ開けろ。()()()()

 

 

 

 

 

 

 






と、いうわけで。はい、次は前編後編の二分割のやつです。両方とも今日中に投稿できるので、暇だったら見てやってください


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 : 少女の願い (前編)

 

 

…はい、私です。もう色々嫌になって部屋に引き篭もって布団の虫になってます。

 

カガリ様との約束? …知らないよあんなの。関係ないもん、私了承してないもん。…この戦争が終わった後の世界に、私の居場所なんてあるわけないでしょ。

 

 

…誰が見捨てて焼いた国の元首様と同じテーブルを囲えるのよ…無理に決まってんじゃんか。

 

 

アークエンジェルは無事にコペルニクスに着きましたよ。原作ならこの後ラクス様、ヤマトさん、アスランさんと私の四人でショッピングついでに偽物射殺イベがあるんですが…。正直、私がそこに行けるかどうか微妙なとこ。

 

現在の私はラクス様とヤマトさんに対してかなりの好感度ガバ…マイナスの意味のそれをしているのでそもそもお声がけがあるかどうかすら不確定。

 

まあ、あのイべは私ほとんど空気だからいてもいなくても問題ない気がするからいいけどね。だってアスランさん一人で襲撃者あらかた返り討ちにしちゃうし、ラクス様は偽物が身を挺して守るだろうし。

 

…けどまあ…万が一そうならない可能性のために、私も行くべきなんだけど。絶賛真っ暗にした部屋に引き篭もってベッドで不貞寝かましてる私にそんな気力があれば、の話。

 

…アスランさんとヤマトさんいたら大抵のことは何とかなるだろうし。ミーア・キャンベルは放っておいてもどうせ死ぬ。…いや、もしラクス様たちが彼女と会うなら、むしろ()()()()()()()()()()()

 

…まあ彼女が生き残ってなおかつ向こうに帰る、なんて展開は天地がひっくり返ってもないだろうけどさ。

 

もうすぐ、もうすぐなの。物語の完結まで、あとほんの少し。舞台はほとんど整ってる、あとはみんなが適当に戦ってくれればそれで終わる。私の長い長い戦いも、ようやく終わる。

 

…やっぱめんどいや、このまま寝てよ。部屋の扉はかんっぜんにロック固めてるから開けられない。呼び出されてもガン無視しとけば誰も、

 

 

「うわ、なによ真っ暗じゃない」

 

 

…入ってこれないはずなんだけど…。開かずの扉と化していた扉の向こうから差し込む光と、そこに映る一人の女性の影。

 

 

「はい、起きる起きる。やって欲しいことがあるの、いいから起きて」

 

 

そう言って頭まで被っていたシーツを引っ剥がした上に、部屋のライトを最大出力で点火する彼女。

 

 

「…ハウさん。私、ロックかけてたはずなんですけど」

 

 

ミリアリア・ハウ。アークエンジェルの古参(?)オペレーターにしてヤマトさん達の同級生…なのかな、わかんないけど。それが今し方部屋に無断で侵入してきて勝手の限りを尽くしている女性の名前。

 

いや、まあ私は居候みたいなもんだからあまり強く文句を言える立場じゃないのかもしれないけどさ。

 

 

「ミリアリア。艦内の部屋のロックくらいお茶の子さいさいよ、CICをちょこっと悪用すればね」

 

 

…随分と大胆なことをする人ですね。普通にプライバシーの侵害な気がするんですけど。

 

 

「キラとアスランがラクスさんに付き添って街にいくから、あなたも一緒に行ってきなさい。はいこれ、私の服。それあげるから、早く支度して」

 

 

そう言って、彼女は私に服やらメイク用品やらを大量に押し付けてくる。いや、だから私行くなんて一言も、

 

 

「体調悪そうだったらやめとこうと思ったんだけど……あなたのは部屋に閉じこもってたら余計に悪くなっちゃうやつみたいだから」

 

 

……逆に外に出たところで何が変わると思ってるんですか。意味ないですよ、こんなの。

 

 

「じゃあ、よろしくね。エレベーターのとこで三人とも待ってるから、くれぐれも急ぐように。いいわね?」

 

 

ビシッと指を突きつけて、やりたい放題言いたい放題やって、彼女は私の部屋を出て行く。残ったのは、彼女が私に押し付けていった数点の洋服とメイク道具。

 

 

「……ちっ………」

 

 

口汚く舌打ちをかましながら、私は最大限に嫌々と身支度を整える。あの三人…特にラクス様のことだ、来なければどうせ呼びにくるに違いない。

 

行き当たりのない苛々を感じながら、私は彼女に押し付けられた洋服の袖に腕を通す。ベージュのジャケットに青色の膝上丈のワンピース。……いつぞやにオーブで買い物に出かけた時の衣装とそっくり。

 

 

「……なにを、いまさら」

 

 

頭にチラついた記憶を振り払おうと、私は嫌々ながらハウ…ミリアリアさんに押し付けられた服に着替え、身支度を整える。…最後に小さめの肩掛けバックに最低限の用品と…拳銃を入れれば一応の準備は終了。

 

まあ、行ったところで起こるのは楽しいショッピングじゃなくて哀れな偽物人形のラストダンスですけどね。

 

 

* * * *

 

 

「メイリンさん、お待ちしておりました」

 

 

身支度を整えて言われた通りエレベーター前に向かうと、物の見事に原作通りのコーディネートをした御三方が揃い踏み。…この三人を待たせるとかなんか変な気分…知らないけど。

 

 

「…すみません、お待たせしてしまいました」

 

 

…別に行きたくて行くわけじゃないんだけど。一応は頭を下げておく。原作通りのコーデのなか悪いが、私だけは原作通りじゃない。…髪だけは結ばずに流したままにしてある。

 

……この姿が見たくなかったら私を同行させなきゃいいんですよ、そこの方。

 

 

「じゃあいこっか。メイリン…って呼んでいいかな、コペルニクスに来たことはある?」

 

 

…まるで意に介さない。貴方が少しでも微妙な顔してくれたら大手を振ってさよなら出来たのに。

 

 

「…いいえ、ありません」

 

 

なんなんだろ。ここまで非友好的な態度を取ってる人間によくそんな優しく接してくるよね、あなたも、あなたの恋人さんとお姉さんも。

 

普通、トラウマ無遠慮に抉ってくるような人間に会話ふります? …鬱陶しくて仕方ない…。

 

 

「…やっぱり、私戻ります。私がいたら空気が悪くなりそうなので」

 

 

ので、いっそ正面切ってみることにした。押してダメなら引いてみろならぬ、引いてダメなら押してみろ的な。

 

けど、そんな私の試みは思わぬ人物に阻まれることとなる。背を向けようとした私の手首を掴む、男性の手。

 

 

「…離してください、アスランさん」

 

「いや…その、えっと」

 

 

よりにもよってあなたですか。原作ならむしろあなたが一番この状況KY外出に反対してたはずなんですけど。いいですけどね、あなたからの好感度はそれほど大事じゃないので。

 

…別に、戦後のことは私に一切合切関係ない。ここは力ずくでも、

 

 

「そう仰らず、どうかご一緒してくださいませんか?」

 

 

………めんどくさいな…。

 

 

「それは…命令ですか?」

 

「ではそういうことに。さ、参りましょう、メイリンさん」

 

 

…やっぱだめか。

 

さぁさぁとラクス様に手を引かれるままエレベーターに乗り込み、そのままヤマトさんがラミアス艦長に行ってきますして車を走らせる。…そういえば道すがら既に私の隣にいるラクス様暗殺エージェントがこっち見てるんだっけ。

 

 

…まあ、いいけどね。どのみち死ぬのはあなたたちの囲ってる偽物の方なんだから。

 

 

* * * *

 

 

…到着しましたショッピングモール。真っ正面にどでかい第五ないし第六使徒みたいな噴水があるとかって言えば通じるかな。

 

 

「とってもお似合いですわ。ささ、次はこれなどいかがでしょう?」

 

 

…正直、終始不機嫌顔の私の手を引いて何が楽しいのか全く理解できない。男二人は護衛だと言わんばかりに少し離れたところから決して動かないし。

 

そしてアクセサリーショップで私に似合いそうと勝手にバカ高いイヤリング買おうとしたのは全力で止めた。

 

で、色々振り回されて現在は服屋でこの方の着せ替え人形にされているのが私。身バレ防止で呪術師のローブみたいなものを着たラクス様が次から次へと服の試着を強要してくる。

 

なんでよ、あなたがあれやこれやとお着替えして彼氏に感想をねだるとこじゃん、なんで私が、

 

 

「…いえ、もういいですからっ」

 

 

手渡される焦げ茶色のリボンシャツと黒いスカートを突き返し、私は試着室を強引に出る。

 

 

「お気に召しませんでしたか?」

 

 

…その言葉に同意していいですかね、なんならアークエンジェルを出る前からって補足付きで。

 

 

「…べつに。私が今さらこんなこと」

 

 

…何になるっていうんですか。どうせあと少しで物語も終わる、あなたたちと私の関係はそれまでなのに。…それに、今さら私に普通の人と同じことをする資格なんてあるわけない。

 

誰かとお出かけして、お買い物して……くだらない。いらない、必要ない、そんなもの、私の役割じゃない。

 

 

「では、いつであればよいのですか?」

 

 

……いや、だから……。

 

 

「ただひたすらに戦って、背負って、傷ついて。それだけが貴方の役目だと?」

 

 

……違う、私は戦ってなんかいない、押し付けてるだけ。それで傷ついたなんて言う資格があるわけない、そうして生まれた罪を背負うのは当たり前。

 

そうだよ…当たり前のことなんだよ。自分じゃ何も出来ないから、無理やり人にやらせて都合のいい筋書きを書いてるだけ。人の血と嘆きで望む未来を作ろうとしてる私に、許される瞬間なんてあるわけないじゃない。

 

 

「…それは違います。貴方がすべきことは、取るべき手段は…そうではないはずです」

 

 

…何が言いたいからさっぱりです。私のすべきことはみんなに役割を押し付けてあるべき結末へと世界を導くことです。それが私の役割であり、そこに至るための手段ですよ。

 

…あなただって、同じようなことしてるじゃないですか。平和を謳いながら他者に銃を握らせる。…そんなあなたに、とやかく言われる筋合いはありませんね。

 

 

「…そろそろお食事にいたしましょうか。キラ、アスランも」

 

 

………いらない……。

 

 

「だね、いい時間だと思う。混んでくる前にどこか入ろうか」

 

 

……少しは人の話聞いて下さいよ……っ。

 

 

「店内はやめたほうがいい。何かあったときに対応がしにくい」

 

 

……なら帰りましょうよ、あなたはさっきからこっちを見張ってる連中に気付いてるんでしょ?

 

 

「じゃあフードコートかな? それとも何か買って座って、とか?」

 

 

…だから、私は…っ!!

 

 

「メイリン、君はどうす」

 

 

あああっもうっ!! うるさいっ!!!

 

 

 

「…いらないってばっ!!」

 

 

「…メイリン……」

 

 

今がどういう状況かわかってるんですか? 今ごろ議長はメサイヤに踏ん反り返って着々と自らの野望を、デスティニープラン導入の準備を進めてる。こんなところで余計なことしてる暇なんてないの。

 

…そんなことしてる暇も資格も、私にはないんだってば。もうわかってよ、どれだけいえばこの人たちは私を放っておいてくれるの? なんですか、トラウマが足りませんか? 

 

フレイ・アルスター、トール・ケーニヒ、シーゲル・クライン、パトリック・ザラ、ニコル・アマルフィ。まだまだありますよ、なんなら全部ぶちまけてあげましょうか?

 

そんな、ドロドロとした怒りとともに視線を上げたその時、

 

 

『ハロッ、ハロッ! ドゥアンダースタァン??』

 

『ハロッ?』

 

 

声を上げたのは、私でもラクス様でも他二人でもなく。どこからかピョンポコピャンポコと跳ねてやってきた赤い球体ロボット。小さな紙切れを加えたそれは、最後の一跳ねで私の胸に飛び込んでくる。

 

 

「これ、ミーアのっ」

 

 

反射的に受け止めてしまった球体ロボ…ハロを見てアスランさんが慌てて駆け寄ってくる。…ええ、まあ、そうでしょうね。

 

 

「助けて殺される…罠ですね」

 

 

ハロが加えていた紙切れの内容はもちろん、SOSという名のラクス様を誘き出すための嘘。…いや、少なくとも将来的には殺されるから全てが全て嘘ではないのかもしれないけどさ。

 

 

「だが放っておくわけにもいかない。それも見越して仕掛けてる」

 

 

…いいえ、むしろ行かないことが最適解なんですど。気付いてないんですか、アスランさん。

 

 

「別に…いかなくてもいいと思いますけど」

 

「っ!? …メイリン? なにを」

 

「私は参りますわ。彼女は、助けを求めているのでしょう?」

 

 

……だから、助からないんですって。

 

 

「それに、どこかでいずれ…ちゃんとしなければならないことです。そうでしょう?」

 

 

………無駄だって、言ってるのに。

 

 

「分かった。アスラン、艦に連絡してくれる? …大丈夫、罠だって分かってていくんだし。何かあっても、二人は僕らが守るよ。そうだろ、アスラン?」

 

 

………私は、守られる側じゃありません…。ラクス様だけ守ってればいいんですよあなたは。

 

 

「ああ、そのつもりだ。連絡がつき次第向かおう、これは…野外ステージ…なのか?」

 

 

……無駄なのに。…どのみち結果は変わらない、何一つ、救えやしないのに。

 

 

 

* * * *

 

 

指定された場所…なんかコロッセオ風な野外ステージみたいなとこに到着し、位置的に舞台袖みたいなとこからアスランさんがゆっくりと外に出る。

 

 

『ハロッ、ハロッ! センキューベリマッチ!』

 

 

場違いなほどに陽気な声で転がっていく赤ハロ。そして、それが転がる先に、彼女はいた。

 

 

「…アスラン…っ?」

 

 

ミーア・キャンベル。議長によって見出された彼の人形。ラクス・クラインという偽りの姿と名前を与えられ、ただひたすらに利用された挙句、何を成すでもなく散っていくことを定められた哀れな少女。

 

着々と自身に迫っている死の定めなど彼女が知るはずもなく、死んだとされていた想い人の登場に驚きと喜びが混じり合った表情でアスランさんに駆け寄ってくる。

 

…そうだよ、このままこっちに。本物のラクス様を舞台に誘い込めって言われてるんでしょ? まあ、目の前にアスランさんが現れたらそんなこと忘れちゃうのも無理ないかもだけど。

 

 

「アスランっ!! あなた生きて」

 

「そこで止まれ」

 

 

駆け寄ってくる彼女に、アスランさんは懐から取り出した拳銃の銃口を彼女へと向ける。

 

 

「ア、アスラン…?」

 

「メッセージは受け取った、罠だってこともわかってる。だが……これが君が助かる最後のチャンスだ」

 

 

……いいえ、それは違いますよアスランさん。もうとっくに、()()()です。

 

 

「アスラン」

 

 

ヤマトさんと私が手に持った拳銃でそれぞれ通路を警戒しているなか、ラクス様がフードを外して彼女の前に姿を晒す。

 

 

「…ラクス、さま」

 

「こんにちは、ミーアさん。はじめまして」

 

 

驚愕に目を見開く彼女を前に、ラクス様は少しずつ彼女へと近づいていく。そして、そこから逃れようとするように後ずさる彼女。

 

 

「お手紙には助けてとありました。殺される、と。では、私たちと一緒に参りましょう」

 

 

……さて、そろそろかな。

 

 

「…あ、あれは私よっ!! 私だわっ!!」

 

 

…今頃、彼女の頭の中には自身を唆した付き人や、議長の言葉がてんやわんやと反芻してることでしょうね。……まるで走馬灯のように。

 

 

「だって、だって…そうでしょ? 声も、顔もおんなじなんだものっ!!」

 

 

彼女が心の叫びを吐露するなか、私はその瞬間に備えて銃のグリップを握り直す。原作だとアスランさんの役目だけど…まあ念には念をってことで。

 

 

「私がラクスで…何が悪いのっ!!」

 

 

はい、ここ。

 

 

「あうっ!?」

 

 

発狂?ヒステリック?を起こして彼女がバックから取り出した拳銃を、構える前に撃ち落とす。響く銃声と、弾かれるようにして転がっていく拳銃。

 

取り出すタイミングが分かっていれば、これくらい簡単ですよ。

 

 

「メイリン!?」

 

 

すみませんね、出番取っちゃって。まあここで万が一あなたやラクス様に怪我でもされたらたまったもんじゃないんで。

 

 

「…だから言ったじゃないですか、無駄だって」

 

 

自分でもゾッとするくらい冷たい声が出た気がする。ほら、彼女私のこと見て止まってる。

 

 

「…あなた、たしかアスランと一緒に」

 

「…ええ、まあ…ご覧の通り生きてますよ」

 

 

…会わないのなら、彼女のことなんて眼中にはなかったんですけど。

 

アスランさんは気付いてないようなので言っておきますが、ここまで来たら私は彼女を()()()()()()つもりはありません。

 

彼女は…というより彼女の付き人のあのバイザー付けた女の人は議長と繋がってます。つまり、もうこの時点で私の生存が向こうに知られてしまった可能性があるんですよ。

 

原作なら私なんかモブ中のモブだったからまったく問題ないんだけど、今回の私は議長に直々にロックオンされてしまっている。たとえ彼女らが私のことを知らなくても、ことの次第を報告されるだけであの人なら自ずと察しをつけてくる。

 

…そうしたら、絶対にお姉ちゃんが危険に晒される……。そんなもの、容認するわけにはいかない。

 

 

「メイリンさん」

 

 

……彼女に向けている私の銃を、ラクス様の手がそっと下ろす。

 

 

「名が欲しいのなら差し上げます、姿も。…それでも、貴方と私は違う人間です」

 

「…あ、あ……」

 

 

その言葉に崩れ落ちる彼女を尻目に、私はいままさにラクス様を狙っているだろう狙撃手の位置を脳内と目線の二つで探す。二、三箇所しか覚えてないけど、それでも何もしないよりはマシなはず。

 

…タイミングは、彼の鳥が教えてくれる。

 

「私たちは誰も、自分以外の何にもなれないのです。でも、だからこそ貴方も私もいるのでしょう? ここに」

 

 

…その自分とやらすら、知らず知らず何かに押し付けられたものに過ぎないものだとしたら…なんてちゃちな考えが浮かんだ。

 

 

「だから、出会えるのでしょう? 人と、そして自分に。貴方の夢は貴方のものです。それを歌ってください、自分のために。夢を、人に使われてはいけません」

 

 

……違う。あなたたちが誰かに出会うのは、そう世界に仕組まれているから、運命に予め定められているからですよ。…そして夢なんてものは、所詮あなたたちが舞台の役目を果たすために与えられた仮初の光。

 

…人に使われなくとも、自らの預かり知らぬところであなたたちは利用されているんです、物語という不可視の支配者に。

 

…そんなこと、気付かない方が幸せだとは思いますが。

 

 

『トリィッ』

 

 

っ!? 来たっ!

 

 

「っ!? ラクスっ!!」

 

 

それに気づいたアスランさんがラクス様の頭を下げつつ舞台袖にいるヤマトさんに突き飛ばす。無音で飛来する弾丸が石畳を抉るなか、アスランさんが呆然と動けない彼女の手を取って、私たちとは少し離れた陰に身を隠す。

 

 

「何人だっ!? 知ってるかっ!?」

 

「わかんないっ! サラしかっ!!」

 

 

向こうでそんな会話をした直後、このままでは埒が明かないと判断したアスランさんが彼女をこちら側に預けて、一人舞台袖を飛び出していく。…分かってたけどすごいな、相手マシンガンとかライフル持ってんのに、拳銃だけで向かってくんだから。

 

 

「う…うぅ…っ」

 

 

…ちっ。

 

 

「…しっかりしてください、じきに走りますから」

 

 

頭を抱えて涙を流す彼女のもとに歩み寄り、そう声をかける。ここでうだうだされてラクス様やヤマトさんに怪我をさせるわけにはいかないんですよ…それだけです。

 

 

「…あ、あなた…」

 

 

こちらを見上げてくる彼女を尻目に私も窓枠のようなところから銃を撃ってるけど、正直あんまし意味がない。私のはあくまで射的がうまいだけで実戦経験は皆無のほぼパンピーだ。…現にいま手も足も震えてる。

 

撃たれるかもしれない、なんて恐怖に駆られながら照準を定めて狙った場所を撃つ…なんて芸当は出来ない。せいぜいこっちも弾丸あんだぞって相手に牽制かける程度の意味しかない。

 

 

「っ!? 走ってっ!!」

 

 

分かってますよっ!! こちらに制圧射撃かけてた一人が手にしたものに気づいたヤマトさんの声を聞いて、私は咄嗟に隣にいる彼女の手を取って通路を走る。

 

直後、後ろで強烈な爆発音がして煙で通路が見えなくなる。たどり着いた階段の陰に隠れながら、頭を打たないように両手で下げる。

 

 

「ちぃっ!!」

 

 

それを見たアスランさんが煙が晴れる直前を狙って飛び出していく。走って銃弾を躱すなんてとんでもムーブをしつつ、空中で横回転して銃弾を避けつつ引き金に引くなんてビックリ人間ばりな攻撃で敵を仕留める。

 

 

「ああっ!?」

 

 

片手を負傷したらしい彼女のお付きの女性が投げてきた手榴弾は、私が何をするまでもなくヤマトさんが空中で撃ち返してクーリングオフ。自分で投げた手榴弾の爆風を受けて女性は吹き飛ぶ。

 

見ればアスランの無双もあらかた終わったようで、

 

 

『大丈夫か、ボウズども』

 

 

フラガ少佐?ロアノーク一佐? が乗るアカツキがステージにたどり着いたときには、私たちに降り注いでいだ銃弾は完全に止んでいた。

 

 

「遅いです、ムウさん。彼女たちを早く」

 

 

へいへいとボヤきながら彼はアカツキの掌をこちらに差し出してくる。

 

 

「メイリン、大丈夫か?」

 

 

…べつに、なんともないですよ。

 

 

「…はい。アスランさんもお怪我がなくて何よりです…」

 

 

嘘ではない。ここで彼に怪我でもされたらそれこそガバどころの話じゃ済まない。

 

 

「…そうか、よかった」

 

 

………………。

 

 

『さ、お姫様』

 

 

コックピットに乗る彼に促され、ラクス様がアカツキの掌に乗る。……うん、あの人…意識取り戻してるね。

 

私の視線の先には、倒れてボロボロになっても何とか拳銃を構える女性が一人。震える銃口が見据えてるのは、もちろんラクス様。

 

 

「はい、君も」

 

「…あ…あの…」

 

 

ヤマトさんに差し出された手をどうしようか迷う彼女。……ほら、気付きなよ、あと視線を少し右に。

 

 

「…っ!?」

 

 

…そして、手を取ろうとした直前に彼女は気がついた。自分のお付きの女性が、いままさに凶弾を放たんとしていることに。

 

 

「あぶないっ!!」

 

 

……そう、これでいいの。これで私の生存を知る人はいなくなる。…これでいい、これで原作通り。

 

彼女の命を救う必要はない、むしろ彼女の死はラクス様が議長打倒を改めて誓ういいスパイスになるはず。…そうだよ、だから何も気にする必要はない。これまで通り、ただ見て見ぬ振りをすればいい。世界のために、未来のために、それが正しい選択なの。

 

余計なことはしない、もうこれ以上、私は私の役割から逸脱したことはしない。…そんなこと、許されるはずがない。

 

 

だから、さっさとその銃を握る手から力を抜け。まさか自分の預かり知らぬところで無数に人が死ぬのはよくて、目の前で起こる悲劇は見逃さないとでも……?

 

 

………ふざけるな。どこまでお前は汚いんだ、周りの人たちに散々押し付けて、助けられたかもしれない数々の命を見殺しにして。

 

なのに今さら…今さらっ!! 我が身かわいさに吐き気がするような偽善を行うと? そんなことは許されない、許されていいはずがない。たとえ誰が、何が許したとしても、()が私を許さない。

 

 

動くな、見逃せ、殺せ。それがお前の役割だ、全てを知り、他者に運命を押し付けるお前の罪だ。

 

 

それが、お前の

 

 

『助けてくれてありがとう。俺が今ここにいられるのは、全て君のおかげだ』

 

 

…お前の、おまえ、の、

 

 

『このデカイ借り、必ず返すからよ。だから色々含めて、ありがとう』

 

 

……私のっ!! 罪なんだからっ!!!

 

 

 

* * * *

 

 

『あぶないっ!!』

 

 

その叫びの意味を理解できた者が、果たしてこの場に何人いただろう。言葉の意味はわかった、その言葉が誰を指すのかもわかった。

 

だが、ではどうすればよかったのか。その答えを知る者は、残念ながらこの場にはたったの一人しかいなかった。

 

それは、最強のMSパイロットではなく、その彼と対を為す親友でもなく。

 

平和を謳う姫君でもなく、在りし日の思い出を失った歴戦の戦士でもなく。

 

 

()()()()()だった。

 

 

響く一発の銃声。撃ち抜かれたのは、叫びを上げて真なる姫を庇おうとした偽りの歌姫……ではなく。彼女を利用し唆し、真なる姫をとある人物の策略のため葬ろうとした、一人の女性、その眉間。

 

 

そして、その引き金を引いたのは、

 

 

『…メイリン?』

 

 

青年は、己があるべき居場所から連れ出し、いままさに硝煙を漂わす拳銃を握る少女の名を呼ぶ。だが、

 

 

『…あ、あ、ああああ……っ』

 

 

瞳孔を開き切り、震える手で銃を構えたまま動かぬ彼女に、青年の言葉は届かない。

 

ドミノ倒し、という言葉がある。大量かつ慎重に並んだそれらを、意図的かそうでないかは別として、板を一押し。

 

少女がしてきたのは、まさにそれなのだ。目の前で起こる悲劇や罪といった大きな板を、一つ一つ並べていただけ。だが、そこへ到来する、小さな風、それが全てを……薙ぎ倒した。

 

つまり、いま彼女はようやく知ったのだ。これまで自分が背負い、切り捨ててきたものの大きさを、重さを。背負ったつもりでいたそれらの容赦なき重圧のなかにいる彼女に、そんなものは届かない。

 

命と罪、そして死。自らの行いとその本当の意味を理解していなかった愚かな咎人に、もはや何ものをも届かせることはできない、そんなものを受ける資格はない。

 

 

 

『あ…あ、あ…ひぃっ!? いや、いや、いやぁっ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

 

少女に許されるのは、ただひたすらに金切り声を上げ、耐えられぬ業火にその身と心を焼かれ、いるはずのない屍の影に苛まれるのみ。

 

 

『メイリンっ! メイリンっ!!』

 

 

己の名を叫ぶ声すら聞こえず、少女はただ罪の業火に焼かれゆく。

 

 

あらゆるものを切り捨て、己が身と心でさえも捧げ世界の明日を目指した少女の心は。誰でもない、少女自らの手によって砕かれる。

 

 

この日、世界から()が消えた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 : 少女の願い (後編)


「すまないね、今は誰もこの部屋には入れないよ」

 

 

彼女が眠っているだろう病室の前で、軍医の人にそう言われた。あの時、ラクスの危機を察知して飛び出したミーアを救った、一発の弾丸。

 

それを放ったのが、今も扉一枚隔てた向こうで眠る彼女…メイリンだ。おかげでラクスもミーアも無事だ、今はラクスやフラガ少佐の声もあってミーアも一時的にだがアークエンジェルで保護ができることになった。

 

…これで話が終わってくれたら、よかったんだが。

 

 

「…やはり、駄目ですか?」

 

 

俺の言葉を聞いた軍医は、とても難しい表情になる。

 

 

「駄目だよ。今の彼女は…そうだな、溜め込んでいた心の負担を、一気に破裂させてしまったようなものだ」

 

 

心の負担…。ラクスの言葉をなぞるなら、目の前で起こる戦火、その全ての責、ということか。今まで積み重ねていた罪の意識を、あの弾丸が崩してしまった。

 

そういう…ことなのだろうか。

 

 

「人間が一度に耐えられる心の負担には限度がある。だが彼女は、おそらくその遥か数倍の負荷を知らず知らずのうち自分の心にかけてしまっていた。それが勢いよく決壊したんだ、精神崩壊を起こしている可能性も十分にありえる」

 

「そんなっ!?」

 

 

精神、崩壊…? 嘘だ、それではもう……っ!!

 

 

「本当なら、こんなところではなく今すぐに専用のメンタルケアが受けられる病院に入れるべきだ。それができたとしても、回復の見込みがあるかは…正直半々、と言わざるを得んがね」

 

 

……嘘だ……そんな、そんなっ!!

 

 

「君も戻りなさい。…彼女だって、今の姿を君に見られたくはないだろう」

 

 

その言葉を最後に、彼は俺から視線を外し手に持った…おそらくは彼女のカルテか何かに目を通して始めた。

 

…本当に、これで終わりなのか? 何も守れず、為しえず、彼女の心を取り戻すこともできず。カガリやキラとの約束すら果たせず、俺は……俺はっ!!

 

 

「…くそっ!!」

 

 

悔しさから流れた涙とともに、壁に拳を叩きつける。だが、いくら待ってもくるはずの痛みがやってくることはなかった。当然だ、体の痛みなんかよりもはるかに痛みを感じてるものが、俺の内にあるのだから。

 

 

「…アスラン」

 

 

心配そうに肩に手を置いてくれるキラには申し訳ないが、今は言葉を返せる気がしない。

 

なんて、なんて無力なんだ、俺は。なぜいつもこうなる、なぜいつも間に合わない。……俺はいつも遅すぎる。為すのも、決めるのも、何もかも。

 

 

…俺は…彼女を……守れなかったんだ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

上も下もわからない真っ暗な空間に、私は立っている。風の音も、地に足をつける感覚もない場所に、一人で。

 

 

「…ここ、は?」

 

 

何もわからず、見えず。ひたすらに裸足の足で歩くこと少し。足の裏が、なにかを踏んだ。

 

グチャリと生々しい音に足元を目を向ければ、そこには血塗れになった誰かの顔がある。踏みつけた私の足に歯を突き立て、憎悪を滾らせているかのような血走って真っ赤な眼球を私に向けながら。

 

 

『イタイ、イタイ、イタイ』

 

 

苦しみを訴える声、悲痛な叫びに思わず耳を塞いで駆け出そうとした私の両手両足にかけられる、血塗れの腕。

 

 

『タスケテ、タスケテ』

 

『シニタク、ナイ。シニタク、ナイヨ』

 

 

必死に振り払おうとしても、彼らは決して私を逃がそうとはしない。当然だ、だって彼らを殺したのは私なのだから。世界のため、あるべき結末のため。ただそれだけのために、私が見捨てた数多の命。

 

 

『ナンデ、タスケテクレナカッタ』

 

 

だって、それが世界のためだから。

 

 

『オカアサン、オトウサン。イヤダ、アイタイ、シニタクナイ』

 

 

仕方ないじゃない、私に救えるものには限りがあるの、全部を守れるわけなんてないじゃない。

 

 

『デモ、タスケタ』

 

 

…っ!? それは…それはっ!! 目の前で、手の届くところに、

 

 

『ワタシタチ、ミステタ。デモ、タスケタ』

 

 

…うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!

 

 

『オマエ、ニゲタナ』

 

 

…私は、わたしは……わたし………は………。

 

 

『ユルサナイ。ゼッタイニ、ユルサナイ。ワタシタチハ、オマエヲユルサナイ。ヒキョウモノ、ギゼンシャ、ノオマエヲ、ゼッタイニユルサナイ』

 

 

一生許さない。その言葉にゆっくりと足元を見た時、ようやく私は今自分がどこに立っているのかが分かった。私が踏みつけている()()の屍、それを頂上にした、()()()()

 

血塗れの屍のみで構成された赤黒い巨山。それが、今私が踏みしめているものの正体だ。そしてこの巨山こそ、私が今まで見捨てて踏みにじってきた命と罪に他ならない。

 

千、二千、万。そんなものでは到底到達できない罪過の果て。それが今私立っている場所の正体だ。

 

 

「…あ、あ、あ、あああああ…っ」

 

 

これが、私の罪。永遠に消えることなく積み重ねられた命の数。私が殺し、見捨てた命達の成れの果て。怨嗟を叫び、痛みを叫び、ただひたすらに私を犯さんとする亡者の群れ。

 

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

…死んでしまえ、消えてしまえ、メイリン・ホーク。己が都合で切り捨てられた者たちの怒りを知れ。永遠に苦しめ、悠久に続く罪過の重みを背負いながら、ひたすらに苦しみ抜いて死んでいけ。

 

顔も名前も知らない彼らに、罪人の私はそう告げられた。

 

 

 

* * * *

 

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

想像を絶する悪夢の中、叫びとともに体を起こす。冷や汗で薄い患者服や長い髪が肌に張り付いて不快なことこの上ないが、残念ながらそんなものに気を回していられる余裕なんてない。

 

 

「いや、いや、いやっ!! 触らないで、来ないでっ!! いやぁぁぁっ!!」

 

 

誰かが私の肩に手を置いている、誰かが私の足を掴んでいる、誰かが私の髪を引っ張っている、誰かが私の服に手をかけ破ろうとしている、誰かが私の首を絞めている。

 

あるはずのない無数の影に犯された私の体は、錯乱してやたらめったらに手足を振り回す。壁を殴りつけベッドの支柱を蹴り付け、髪の毛を掻き回しひたすらに叫びを上げる。

 

 

「大丈夫、大丈夫だからっ!!落ち着いて、ねっ?」

 

 

私の体を押さえつけ、抱きしめながら耳元でそう囁く女性の軍医さんが極度の錯乱状態にある私を必死に抱き留め、暴れ回る私の爪に首元を引っ掻かれながらも決して彼女は私を離さない。

 

 

「…あ、あ……。は、は、はあ…はあ…」

 

 

やがて、肉体的に限界を迎えた私の体は急激に消費した酸素を補充するために活動を停止する。それを見た軍医の人はそっと私を離して何やらカチャカチャ背を向けて弄り出した。

 

けれど、

 

 

「…っ!?」

 

 

彼女の背中に、さっき夢で見た顔が写っている。あの血塗れでグチャグチャになった、誰かの顔。…うそだ、夢から抜け出してまで私を殺しに来たんだ、彼らは。

 

そう思い至った私の体は、そっと立ち上がって腕から伸びる点滴スタンドを手に取った。そしてそのまま、私は私を睨み付ける顔目掛けて振りかぶった点滴スタンドを振り下ろす。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

苦悶の声とともに私の目の前に倒れる女の人と、いつの間にか消えたあの顔。逃げないと、そう思い至った私の体は、病室を抜け出してひたすらに廊下を覚束ない足取りで駆ける。

 

やがて、壁伝いに触れていた右手が空を切った。見れば、人の存在を察知して扉が開いたらしい。

 

そこは、明かりの消えた食堂。明るくて人の声に溢れたいつもとは違い、まるで全てを飲み込む真っ暗な闇に、私の体は吸い込まれるように消えていく。

 

そして、気づけば私の右手には一本の食事用ナイフが握られていた。ああ、そうか、これなら。

 

 

「…これなら、()()()()()

 

 

そうだ、これを喉に突き立てればいいんだ。そうすれば終わる、この長い長い苦しみも、私を追い詰める影からも、全部終わりにできる。

 

もう無理なんだ。あの一発の弾丸ではっきりとわかった。私は今まで罪を背負ってきた、背負ったつもりでいた。己の都合で見棄てた命の死とそれに伴う罪を背負って、一人で汚れたつもりでいた。

 

でもそれは誤りだった。私はただそうやって罰を受けたつもりになって逃げていただけ。悲劇のヒロインを気取り、ただ自分で自分を哀れんで目を背けていただけだけの卑怯者。

 

それを、あの弾丸が教えてくれた。あれが、命の重み。誰かを殺すという行為の痛み。それがあといくつ、私の肩に乗ってるの? 吹き飛ばされたヤヌアリウスにいた人たち、オーブでジブリールを巡って戦った兵士の皆んな。

 

アーモリーワン、ユニウスセブン、オーブ、レクイエム、ヤヌアリウス、ステラ、シン、レイ…お姉ちゃん…。

 

どれだけの罪が私の肩にあるのだろう。どれだけの悲しみを私は生んだのだろう。

 

耐えられる人がいるなら教えて欲しい、何千何万という命を切り捨て、そこに生まれる数多の人の嘆きに耐えて生きていく方法を。

 

私には…それができそうにない。それだけのことをして、後で「ハッピーエンドだやったー」なんて…どう考えても狂ってる。

 

だから、これで終わり。私の戦いはこれまで、後は皆んながなんとかしてくれる。…これ以上、私は私のこれまでに耐えられそうにない。

 

 

シン、レイ、アスランさん、お姉ちゃん…。ごめんなさい、私は…メイリンは……もう、()()()()

 

 

いっぱい振り回してごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。私なんかが……生きていてごめんなさい。ごめんなさい、本当にごめんなさい、

 

 

 

()()()()()

 

 

 

その気持ちを最後に、涙を流して私は両手で握った刃を自分の喉に向かって突き入れようとする。でもその時、

 

 

 

 

「メイリンっ!!!」

 

 

 

 

誰かが、私の名前を呼んだ。

 

 

 

 

* * * *

 

 

キラと軍医の人に促されて部屋に戻った後。俺はどうしようもないやるせなさからひたすらにベッドに座り込んで頭を抱えていた。付き添おうとしてくれたキラやラクスをなんとか追い返し、今は絶賛一人無様に黄昏れているというわけだ。

 

精神崩壊、回復の見込みは良くて五割。先程突きつけられた事実に、正直打ちひしがれていた。今のこの状況下でそれは、限りなく可能性がゼロに近いことを物語っている。

 

彼女は一度、プラント最高評議会の議長に命を狙われたのだ。どこに彼の息がかかったものがいるかわからない。そんななかで彼女を一般の医療施設に預けるわけにはいかない。

 

唯一、オーブなら何とかなるかもしれないが…今そのためだけにオーブにアークエンジェルで向かう、なんて事もまた不可能な話だ。

 

また、だ。また俺は守れなかった。守ると言っておきながら、カガリとキラと大層な約束までしておきながら。結局俺は彼女に何もしてやれなかった。ただ一発の弾丸ですら、彼女に引かせてしまった。

 

なんだ、なんなんだ、俺は。どうしてこうも無力なんだ、どうしていつも間に合わない、届かない。俺には…誰も救うことなどできないと、そういうことか?

 

いくら足掻いたところで、俺は目の前の敵を斬り伏せることは出来ても、孤独に罪を背負おうとしている少女一人救えないと。お前に殺すことは出来ても、何かを守ることなど出来はしないと。

 

 

そう言いたいのか、運命とやらは。

 

 

「アスランっ!!」

 

 

そんな時だ、キラのやつが血相を変えて部屋に飛び込んで来たのは。

 

 

「彼女がいなくなったっ! 今みんなで艦内を探してる、君も早くっ!!」

 

「…っ!?」

 

 

メイリンが、いなくなった? 面会すら不可能だった彼女が? ……馬鹿な、今の彼女はっ!!

 

 

「早く見つけてあげないと…なんだか、取り返しのつかないことになるような気がして」

 

 

だろうな、間違いなくお前のその想像は正しい。残念ながら、俺も同意見だ。

 

 

「僕は一度甲板にいく、ラクスたちも探してるから。君は艦内をっ!」

 

「ああっ!」

 

 

飛び出していくキラを追って、俺もできる限りの速度で廊下を走る。取り返しのつかないこと、精神崩壊、この二つだけで容易に想像がついてしまう最悪の未来。お願いだメイリン、どうか早まらないでくれっ!!

 

 

「アスランっ!!」

 

 

向こうから駆け寄ってくるラクス…ではないな、ミーアか。彼女も随分と慌てている、もしかして彼女もメイリンを探しているのか?

 

 

「アスラン、えっと…聞いたわ、色々と。それで、その…私、あの子を見たのよ。…フラフラになりながら、壁に寄りかかるように歩いてた」

 

 

……っ!? 本当かそれはっ!!

 

 

「あっち、多分食堂…よね? 明かりが消えてたからよく見えなかったけど…」

 

「ありがとうミーアっ!」

 

 

聞くや否や、何かを叫ぶミーアの声を待たずに俺は駆け出した。食堂はすぐこの先だ。頼む、間に合ってくれ。

 

これ以上、彼女に悲劇を背負わせないでくれ。その一心で食堂にたどり着いた俺が目にしたのは、薄暗い室内の中、今まさに己の喉にナイフを突き立てようとする彼女の姿だった。

 

 

「メイリンっ!!!」

 

 

カウンター裏にいる彼女目掛けて、限界を超える速度で駆け寄る。テーブルに飛び乗りカウンターを飛び越え、彼女の持つナイフを強引に奪い取る。

 

 

「何をしているんだ、メイリンっ!!」

 

 

彼女の肩を掴み、そう怒鳴りつける。感情的になっては不味いと思ってはいたが、それでも止められなかった。俺が止めなければ、後一歩遅ければ…今ごろ彼女は血みどろになってここで死んでいたのだから。

 

 

「…アス…ラン、さん……?」

 

 

……っ!?……なんて、なんて目をしているんだ。瞳孔が開ききった虚な瞳…メイリン、君は今…本当に俺が見えているのか?

 

 

「…とめ、ないで」

 

 

そうして彼女は緩慢な動きで俺が彼女から奪い取ったナイフを再度手に取ろうとする。

 

 

「ふざけるなっ!! やめろ、こんな馬鹿なことっ!!」

 

「……っ!? ……ばかな、こと……?」

 

 

直後、彼女は信じられないほどに強い力で俺の体を突き飛ばす。そして、自らの体を抱きしめ、腕に爪を突き立てながら俺を見る。

 

 

「…なにが、ばかなこと…なんですか? なにも知らないくせに……っ! わかってないくせにっ!!」

 

「…メイリン…?」

 

 

まるで心が引き裂かれるかのような叫びが、彼女の口から漏れ出でる。

 

 

「私の気持ちなんか……なにもしらないくせにっ!! 私がどれだけ苦しんだのか、罪に汚れたのか……あなたに一体何がわかるっていうんですかっ!!」

 

 

………君の、気持ち…。

 

 

「なにも、知らないくせに…分かってなんていないくせにっ!! 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

…見た、こと………。

 

 

「みんなして私に押し付けるっ!! 私だけに背負わせるっ!!」

 

 

……………メイリン……君は……。

 

 

「…なんで? どうして()なの? どうしてラクス様じゃないの? ヤマトさんじゃないの? アスランさんじゃないの? なんで………なんで…っ! なんで私なのよっ!!!」

 

 

…痛々しい、まるで自身や世界そのものに対する怒り、憎しみ……そして、悲しみ。……そうか、それが君の苦しみか、メイリン。

 

 

「なにも出来ないのにっ!! なにも持ってないのにっ!! 私には……力も何もないのにっ!! なのに……なのにどうして私を選んだの……? …そんなの…できるわけないじゃない……」

 

 

……気づいてあげられず、すまなかった。俺がうじうじと悩んでいる間にも、君はただ一人で背負い続けていたんだな。何かを背負うには、あまりに小さく華奢なその両肩に、背負い切れない罪を抱えてここまで来たんだな、君は。

 

爪を突き立てた腕からは、既に患者服に滲むほどに血が出ている。自らを抱きしめ、そして痛め付けて膝を折る彼女に、俺はゆっくりと歩み寄る。

 

 

「…もう無理なの、耐えられないの……。もう、私、いなくてもいいから。…あとはみんなだけで大丈夫だから」

 

 

…いいや、それは違う。君がいなくては意味がないんだ、たとえこの先、どれほど幸福な未来が待っていようと、そこに君がいないのなら…そんな未来に価値はない。

 

君という光がない世界なんて、俺はいらない。

 

 

「…あとは、私が背負うから。ちゃんと、死ぬから…。汚い私は、ちゃんといなくなるから…だから…っ!?」

 

 

死なせない、絶対に死なせない。なぜなら君は、

 

 

「いいや…それは違う、メイリン」

 

 

震える彼女の体を抱きしめ、そう誓う。

 

そうだ、簡単なことだったんだ。なのに俺は、ラクスに諭され、カガリとキラに背中を押されて、そして君のこんな痛々しい姿を目にするまで、俺は気づかなかった。

 

馬鹿だな、俺は。最低で、最悪の大馬鹿野郎だ。

 

 

「…君が罪に汚れていると言うのなら、俺も一緒に汚れよう。背負った罪に耐え切れないと言うのなら、俺も一緒にそれを背負う」

 

 

自分の気持ちに、こんな土壇場まで気づかないなんて。本当に、救いようのない馬鹿野郎だ。

 

でも、だとしても。ようやく分かった、気づけたこの気持ちは、決して無駄なんかじゃない。…無駄になんて、するものか。

 

 

「…いや…はなして、ください…。わたし、汚れて」

 

 

…いいや、離さない。もう決して、君を離したりなんかしない。

 

 

「…俺も一緒だ。君が罪に塗れていると言うのなら、俺も一緒に塗れる。君が罪人だというのなら、俺もその道を共に歩こう」

 

 

たとえ君が咎人だとしても、消えぬ罪を背負っているのだとしても。それでも俺は、君に生きていて欲しい。

 

一人では背負いきれない罪だとしても、世界中が彼女を許さぬとしても、皆の憎悪と悲しみに晒されて消えたくなったとしても。

 

俺が支える、俺が彼女の手を握り続ける。何が立ち塞がるとしても、俺が必ず彼女の前に立つ。

 

それが俺の示す、俺だけの正義だ。独善と罵られようと、偽善だと謗られようとも構わない。彼女を脅かすというのなら、容赦なく俺が斬り伏せる。

 

…何が来ようと、何が相手だろうと、彼女をこれ以上傷つけるというのなら、例外なく全て叩き潰す。それが、俺の背負う罪であり、覚悟であり、掲げる正義。

 

 

だから、

 

 

「俺が支える、絶対に君を一人にはしない……約束する」

 

 

 

ー君は、俺が守るー

 

 

 

呆然と目を見開く彼女の唇に、唇を重ねた。

 

 

 

* * * *

 

 

新たなる覚悟とともに重ねた唇を離すと、青年の前には虚ながらも感情に揺れ動く少女の瞳があった。それはかつての無邪気なそれではなく、しかし全てを突き放す氷のそれでもない。

 

久方ぶりに顕となる少女の感情に、戸惑いを隠せぬ少女。そこへ、

 

 

「アスラン、メイリンさん」

 

 

暗き食堂に光を灯しながら、一人の女性が騎士を伴って歩み寄ってくる。平和を謳い、かつて迷う彼らに真に進みたいと秘めた道を示した姫が、罪と温もりに戸惑う少女の前に降り立った。

 

膝を折り地に伏す彼女に合わせ、同じく地に膝をつけ目線を合わし、姫は戸惑う少女の手を握る。

 

 

「メイリンさん。聞こえますか、私の声が」

 

 

聞くもの全ての心を浄化するような慈愛の声に、少女の肩が震える。

 

 

「…いいえ、聞こえるはずです。貴方を心から思い、守り寄り添うと誓ったアスランが穿った小さな穴…今の貴方にならば、私たちの声が聞こえているはずです」

 

 

硬く閉ざされた氷の壁に、確かに青年は穴を穿った。青年の掲げる覚悟と正義が、少女を思う真っ直ぐな思いが、開かずの壁を貫いたのだ。あとは、壁の中にいる少女がこちらを見れば、

 

 

「ですから…顔を上げ、私を見なさい、メイリン・ホーク。今し方、貴方は聞いたはずです、彼の覚悟を、思いを。貴方を思い、全てと戦うと誓った、彼の言葉を」

 

「……っ!?」

 

 

だが、そんな甘えは許さない。姫の言葉に、俯こうとしていた少女は、弾かれたように顔を上げる、上げさせられる。

 

 

「…大丈夫ですわ、メイリンさん。貴方はもう、一人ではありません。ここには私が、キラが、皆が……そして何より、アスランがおります」

 

 

今し方、彼女のために全てを捧げ戦うと誓った青年が、彼と志を同じくする姫が、それを守る最強の騎士が。その全てが、いま彼女に手を差し伸べている。

 

 

「ですから、どうか教えてください。貴方の願いを、思いを。その傷ついた心の底にある、貴方の本当の気持ちを」

 

 

手は差し伸べられた、あとは彼女がその手を取るのみ。だが、

 

 

「…わた、し…は…。ぎちょう、とめて……みんな、の……みらい、を」

 

 

少女は、まだ気付かない。己の心、その奥底に眠る真実に。当然だ、今まで少女は遠くばかりを見てきた。彼方に浮かぶ光だけを目指し、なにに目をくれることもなく歩んできた。

 

だからこそ、気づけなかった。足元に転がる小さな願いに。誰もが抱いて当たり前な、そんなありふれた願いに。

 

 

「いいえ、違います」

 

 

だが、今彼女の目の前にいる姫は決して見逃さない。彼女の本当の願いを、気持ちを。かつて迷う者たちに彼ら自身が進みたいと願う道を示してきたこの姫に、そんな誤魔化しは通じない。

 

 

「それは、私たち皆の願いです。今世界に生きる全ての人々が抱く願いです。貴方一人が背負うものではありません」

 

 

みんなの、世界の。そんな大層なものではない。もっと単純で簡単で、それでいて、難しい。

 

だがそれでも、姫は言う。その願いを言えと、それが少女のすべき選択であり、それこそが未来に繋がる道であるが故に。

 

 

「だから、貴方だけの、貴方のためだけの願いを教えてください。…さあ、メイリンさん。貴方を縛るその鎖、解き放つのは今なのです」

 

 

閉ざし、突き放し、そして縛り付ける。その呪縛を断ち切るのは、今において他になし。

 

 

「大丈夫ですわ、貴方は一人ではありません、貴方は孤独ではありません。貴方には……私たちと…そしてアスランが、共におりますでしょう?」

 

 

暖かな微笑みとともに、姫は握る少女の手を彼女の前に掲げる。一人ではないのだと、自分たちがいるのだと、擦り切れた少女の心に届かせるために。

 

やがて、

 

 

「……わ…を………け……」

 

 

掠れた声で、聞き取れぬほどの小さな声で、少女が口を開く。

 

 

「……………」

 

 

姫は動かない。もう語る言葉は尽くした、後は少女の心が決めること。ただじっと、彼らは少女の発する小さな声を待つ。

 

 

「……たし……て」

 

 

震える声で、震える唇で、震える肩で。己にそれが許されるのかと、少女は咎人たる己に問い掛ける。

 

だが、

 

 

「…メイリン」

 

 

そんな少女の小さな肩に、大きな掌が乗せられる。今し方彼女を守ると誓い、彼女のために全てと戦うと決意をした青年の手だ。

 

やがて、その時は訪れる。小さな声だった、掠れた声だった。聞く者が聞けば、憤慨するような願いだったのかもしれない。それでも、彼らは少女の願いを聞き入れる。

 

世界を背負い、罪を背負い、咎に汚れた少女の、そのあまりに小さな願いとは、

 

 

「……わた、し…………わたし、を……」

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

愚かな願いなのかもしれない。数多の命を切り捨て、見捨て、手の届く命をだけを掬い上げてきた少女の、あまりに傲慢な願いなのかもしれない。身勝手なのかもしれない。

 

だが、その消え入りそうな声を聞いた英傑たちの答えは、とうに決まっていた。

 

 

「はい」

 

姫も、

 

「うんっ」

 

騎士も、

 

 

「ああっ…っ!」

 

そして、何に代えても少女を守ると誓いを立てた青年も。皆一様に、一切の迷いなくその言葉を口にした。

 

 

「貴方の願い、確かに聞き届けました」

 

 

瞳に涙を溢れさせる少女に、姫は静かに語りかける。優しく、暖かく、柔らかな微笑みとともに。

 

 

「これまで…よく一人で耐え抜きました、戦い続けました。もう大丈夫です。これよりは私が、私たちが

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

その言葉が、最後だった。大粒の涙を流し泣き崩れる少女を、姫はただ優しく抱きしめる。幼子をあやすように、ゆっくりと胸に抱きしめ頭を撫でる。

 

 

「……ぁぁぁぁぁ………っ!!…はぁ、は、…う、うぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!」

 

「大丈夫、大丈夫ですわ」

 

 

慈愛の限りを尽くして、姫は少女を抱きしめる。泣きじゃくる少女をあやし、背中をさすり、頭を撫でる。

 

 

「ごめんなさい…っ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい………っ!!」

 

 

姫の胸の中で、少女はひたすらに嗚咽とともに懺悔する。救えなかった命に、見捨てた命に、切り捨てた命に。そして、今生きて彼らに悲しみを捧げる全ての人たちに。

 

それでも、背負った罪が消えることはない。この重さは、痛みは、生涯彼女の心に残り続けるだろう。だがそんな少女の隣には、常に一人の青年がいる。

 

彼女に寄り添い、支え、守ると誓った青年が。彼女を脅かすもの全てと戦うと決意を秘めた青年が。そして、彼を絶対の仲間とする最強の騎士と、平和を謳う姫君が。

 

 

この日、たしかに少女は救われた。降り注ぐ雨のなか、ただ蹲りその身を血で染めるしかなかった少女に、一人の青年が傘を差し出した。

 

小さな傘だ、一人を守れば一人は濡れる。だがそれでも、青年は彼女を雨から守るだろう。たとえ己の肩を濡らしても、彼は決して彼女を雨の下に置くことはない。

 

 

それが彼の誓いであり、戦いなのだから。

 

 

 

 


 

 

今更だが、これは悲劇の物語ではない。

 

罪を知り、過ちを知り、後悔を知り、苦難を知り、絶望を知り、己を知る。

 

だが、それでも何かを求めて前へと進んでいく物語である。

 

 

消えた光は灯された。これより先に悲劇は要らぬ、絶望は要らぬ。ただ明日に輝く光を求め突き進むのみ。

 

 

さあ少女よ、今こそ始めよう。

 

 

全てを取り戻し、真なる未来を紡ぐ戦いを。

 

 

 

次話より、" 終章 エターナル " 編

 

 

 

希望の光、届かせろ。()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サラッと章の名前変えてるのは許してください(涙)

と、言うことで。ここまでお読みの皆様、本当に、ほんっとうに、ほんっっっっっっっとうにお疲れ様でした。

いかがでしょう? 鬱々とした気分になっていただけましたか? 胸を締め付けられるような気分を味わっていただけましたか? 私はそうでした。

これより、再び一週間ほどのストック作成期間をいただきます。彼女の物語、その終幕まであと少し、お付き合い頂ければ幸いです。

迎えるべき結末のため。皆さまと一週間ほど先の未来でまたお会いできますことを、切にお祈り申し上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

〜終章 エターナル編〜 それが見えぬ未来だとしても
第三十六話 : それぞれの一歩


お待たせしました。何となく精神エネルギーが回復しない日々のなか長時間労働をしており、執筆活動放り投げてました。…HSPほんとめんどくさい。

投稿頻度は念のため3日に一度、くらいでいかせてもらいます。5日以上空く時は活動報告します。



 

 

 

「…それは…本当なのか? メイリン」

 

 

今し方俺が諸々の気持ちを告白し、ラクスによって心の呪縛を解かれた彼女から語られる衝撃の真実。正直、半信半疑……と言いたいところだが、何故かそう言われると府に落ちるものもあるのがまたおかしな話だ。現に俺はもちろん、あのキラとラクスですら驚愕に染まった表情を隠し得ない。

 

 

「…事実です。お話した通り、これまでに起きたことも、今起きている戦乱も、そしてこの後に起こることも、全て承知しています」

 

 

ヘリオポリス襲撃から始まり、アラスカ、ヤキンドゥーエ、そしてアーモリーワンからレクイエムなど今ここに至る全ての戦乱、そしてこの後に起こるらしい『メサイヤ攻防戦』や、それに伴う議長の『デスティニー・プラン』の導入宣言。

 

 

…開いた口が塞がらない、とはこのことか。驚いているのに納得もしているからもはや情報と感情の処理が追いついていないのだが。もちろん、過去に起こったことや未来を知っている、などという彼女の言葉は、一見は戯言に思えるかもしれない。

 

だが、そうだと断ずるにはあまりに内容が正確過ぎる。何故なら彼女は誰がいつ、どこでどう死んだのかすらを全て正確に言い当てて見せたのだから。いや、百歩譲ってミゲルやニコル、そしてクルーゼ隊長のようにザフトに所属していた人間のことなら、まだギリギリ説明がつく……かもしれない…が。

 

ドミニオンの艦長だったナタル・バジルール、ブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエル、元アークエンジェルのクルーであるフレイ・アルスター、その他機密事項やそこに立ち会ったキラ達でしか知り得ない情報や、彼彼女らの今際の際の言葉ですらも彼女は全て知っていた。

 

 

「なぜ私がこのような情報を持っているのか…理由についてはお教えできません。これは皆さんへの拒絶ではなく、説明しても文字通り何の意味もないからです」

 

 

…だろうな、ハッキング…などと言われても到底無理だ。明らかに個人が知り得ていい範疇を逸脱している。何ならかつて俺が最初にジャスティスを受領する直前に言われたラクスの言葉すら彼女は知っていたことだしな。

 

もはや信じるしかない、彼女はこれまでか今に至るその全てが見えていた、もしくは知っていた、と。それが未来予知に迫るかのような予測によるものなのか、それとも他の何かなのかは…わからないが。

 

 

「私の最終目標は、デュランダル議長をあなた方に止めてもらい、あるべき未来を実現すること、でした。…そしてそのために、ここに至る全ての悲劇を見逃し、救えるかもしれなかった命を見殺しにしてきたのが…私、メイリン・ホークという人間です」

 

「…メイリン」

 

 

食堂のテーブルで俺の隣に座る彼女は、そう言って太腿の上に置いた手をキュッと握った。

 

…これが、彼女がこれまで一人で抱え、そして見据えていたものか。最初から見えていたが故に。そこにある平和を実現するために、ただ一人で奔走しここまでやってきた。

 

目の前の戦火の責を背負い、命を背負い、それを罪として自らに刻みつける。そんな痛ましい行いを、今の今までしてきたというのか。

 

 

「…気色悪いですよね。頭おかしいですよね。未来を知っていたから、そんな狂った絵空事を描くために、何千何万、それ以上の命を踏みにじってきたんですから」

 

 

……メイリン…。

 

 

「…信じて頂けなくとも結構です。もう私がなにをしようと、おそらく結末は変わりませんから」

 

 

…結末、か。俺たちが議長を止めて、彼の野望を阻止する未来。俺たちはシンたちと和解し、プラントの指導者となったラクスとともに世界平和の実現のために生きていく。

 

一見すれば、いい落とし所な未来だろう。デュランダル議長の理想を否定する以上、その先の未来を守っていくことは俺たちの責務だ。その思いは今も変えるつもりはない。

 

だが、果たしてそこに彼女の笑顔はあるのだろうか。世界を守ることが、彼女を守ることに繋がるとは、どうしても思えない。

 

俺はただ世界を守りたいんじゃない、()が生きる世界を守りたいんだ、メイリン。

 

 

「えっと…大体分かったよ。…いや、ごめん嘘。本当はまだ色々飲み込めてないけど」

 

 

…キラでも困惑することなんだよな、この状況って。お前がけろっとしたらどうしようかと本気で頭を抱えそうになったぞ俺は。違う意味で。

 

 

「君が僕らしか知り得ないことや、これから起こる…かもしれない未来を見据えてることまでは、とりあえず分かった…ことにするよ。なんで、とかって聞いても意味ないんでしょ?」

 

「…はい、説明のしようがありませんから。知っているから知っている、としか」

 

「でも、まだ分からないことがあるんだ、メイリン」

 

 

そうだな、同感だキラ。俺たちは彼女の見据えているものを知った、彼女の目的だったことも知った。だが、そうじゃない。俺たちは、まだ重要なことを彼女の口から聞いていない。

 

 

「…ヤマトさん?」

 

「キラ、でいいよ。君はラクスに…いや僕たちに()()()()って言った。でも、どう助けて欲しいのか分からないんだ」

 

 

そうだ。彼女の助けを求めたあの言葉。彼女の知る未来を実現してくれ、という意味ではない…と思う。いや、たしかにそれも含まれているのかもしれないが、おそらく全てじゃない。

 

未来を実現するだけでは、彼女を救えない。

 

 

「だから教えて、メイリン。君は、どうしたいの? いや違う、()()()()()()()()()?」

 

「…っ!?」

 

 

…まあ、おおよその答えは分かっているのだがな。そしてそれは、俺の知る人物たちだろうことも。

 

 

「…わ、わたし、は」

 

 

苦しいだろう、辛いだろう。見えていながら、分かっていながら見捨てた命に、申し訳が立たないだろう。

 

それでも、俺は君を…()()()を助けたい。

 

 

「メイリンさん」

 

 

これまで口を噤んでいたラクスが、その清らかに澄んだ声で彼女の名を呼ぶ。

 

 

「知っていたから、見逃したことが罪ならば。…それを起こした者、そしてそれを止められなかった私たちも、皆罪人です」

 

「…でもっ!!」

 

「メイリンさん、罪とはただ背負うだけのものではありません」

 

 

いつも浮かべている優しげな微笑はなりを潜め、強い眼で彼女を見つめる。

 

 

「背負うだけでは駄目なのです。それを受け止め、向き合い、自分なりの答えを探してもがき苦しみ、それでも前に進むこと」

 

 

自分なりの…答え…。

 

 

「贖いとは、そんな長く険しい道のりを、生涯歩み続けること。ただ背負い立ち止まっていては何も為せません」

 

「…ラクス、さま」

 

 

メイリンに、君は悪くない、とは口が裂けても言えない。言ってはいけない。もちろん、君のせいだ、とも言うつもりはない。

 

ただ、目の前の戦火やその悲劇、そしてそこで散った数多の命全てを君一人が背負う必要はない。そして、だから君に誰かを助ける権利はない、なんてことも絶対にない。

 

 

「メイリンさん、今一度申しましょう。己が罪でないものを、掬って背負うのはおやめなさい。それは貴方の…貴方だけの罪ではありません」

 

 

そう、それは俺たち全員の罪だ。救えなかったことが罪ならば、救わなかったことが罪ならば、そこにある血溜まりから罪を掬うのが彼女だけでいいはずがない。

 

 

「ですから、どうか仰ってください。謂れのない罪を背負わせてしまった私たちに、どうか貴方に贖罪する機会を与えてはくださいませんか?」

 

「…そんな、でもっ」

 

 

瞳に涙を溜める彼女の手に、俺の右手を重ねる。

 

 

「大丈夫だ、メイリン。…俺たちが助ける、君と君の仲間を…家族を」

 

「…っ!? …アスラン、さん」

 

 

そうだ、助けるんだ。彼女と、彼女が今も心の奥底で大切に思っている彼らを。仲間を、家族を。それが、それだけが、俺が彼女を本当の意味で救える唯一の方法なのだから。

 

だから、

 

 

「…たすけたい、人たちが、いますっ」

 

 

ああ、そうだ。

 

 

「…議長を止めたい、みんながみんなでいられる未来に行きたい。その未来に……()()()で一緒に辿り着きたい…っ!」

 

 

命が消える戦場で限られた命を選んで救うことは、傲慢なのかもしれない。卑怯なのかもしれない。許されないことなのかもしれない。

 

だが、それでも俺は彼女を救いたい。罪を背負おうが偽善者だと罵られようが裏切り者と蔑まれようが構わない。

 

もう一度、彼女をあの場所へと導きたい。彼女という光が最も絢爛に、そして暖かく輝く、彼らのもとへ。

 

 

「…私の仲間を、私が見捨ててしまった彼らをたすけたい…っ」

 

 

そうだ、そしてあと一人。君にとって、何より大切な家族の元へ。

 

 

「…お姉ちゃんに……会いたい……っ!」

 

 

君を失い、おそらく最も傷ついているのは彼女だ。悲劇に囚われ、自身を見失い、今ももがき苦しんでいる。…彼女を救うには、絶対に君が必要だ。

 

そして君を救うには、彼女たちが必要だ。だから、

 

 

「貴方の願い、確かに。では叶えましょう、その願いを。キラ、アスラン、お二人も宜しいですか?」

 

「うん、やろう。…たくさんなんだ、もうこんなのは」

 

 

…当然だ。もう目の前で彼女が悲しみの涙を流すのは見たくない。無力に打ちひしがれて、なにも救えないと嘆くのはたくさんだ。

 

多くのものを取りこぼしてきた、奪ってきた。でもだからこそ、今度こそ…。たった一人の女の子くらいな。

 

 

「ああ、もちろんだ。シン、レイ、ハイネ…そしてルナマリア。…君を待っている人が、たくさんいるんだからな」

 

 

そして全員でたどり着くんだ、彼女が…いやみんなが目指す未来に。

 

 

「…アスランさんっ…」

 

 

…約束も、あることだしな。彼女を連れて、オーブに帰って、財布の中をごっそりと持っていかれてやらなきゃいけない、大事な約束が。

 

その時には今は涙を流している彼女の顔が笑っていられるようにするのが、俺のやるべきこと、だな。

 

 

 

* * * *

 

 

…えっと…はい、あの…メイリン・ホークです。正直、頭の中が混乱してカオスして困惑してます。

 

見捨てるつもりだったミーアさんを救ったことで罪の意識に潰されて自殺しようとしたらアスランに告白されたり……キス、しちゃったり。

 

間髪入れずにラクス様にほんのちょこっと出来た壁の隙間から容赦のないハートスナイプを頂いてわんわん泣いて色々ゲロって。てかタイミング的に私たちのやり取り聞いてたんじゃないの疑惑がありますよラクス様。

 

私の心を閉じていた壁にアスランさんが傷つけるのを待つ…って体で私たちのZ…ではないか、Dくらいのあれやこれ全部見てたんじゃなかろうか。

 

……その、どうすればいいのか。いや、正直まだ気持ちの整理が追いついていないというか、でもなんか手を握られたりすると安心するというかドキドキすると言うか。

 

…私なんかのことを、こんなにまで思ってくれて、守るって言ってくれて…みんなを、お姉ちゃんを助けるって言ってくれて…。

 

嬉しくない、なんてことはない。でも、本当に許されるのかな、私に。私なんかに、誰かを愛することが、誰かに愛されることが。

 

…いや、違うかな。罪を言い訳に、目の前のことから逃げちゃダメなんだ。背負うだけじゃ意味がない…。

 

私が歩む道は、きっと険しい。想像も出来ないくらいに。こうして色々と状況が変化したとは言え、私のしたことが全て許されたわけじゃない。

 

今も私は自分のしたことを覚えているし、罪の意識だってハッキリと残ってる。手の届かないところでたくさん見捨てて、切り捨てて、押しつけて。でも目の前に突きつけられたものだけは我が身かわいさに掬いあげる。

 

…正直、今も怖い。隣にいるアスランさんが手を握ってくれていなければ、またいつ自分を見失ってしまうか分からないくらいには。

 

けど、それでも私は前に進まなくちゃいけない。苦しいからってそこで蹲ってるだけじゃ何もできない。

 

これから少しずつ、私は私なりの答えを探していかなくちゃいけない。救えたかもしれない数多の命に償う方法を、術を。死んで消えてしまいたくなる時だって、これから何度もある。

 

だとしても。逃げないで、向き合って、前に進む。それが多分、私がしなくちゃいけないことだから。

 

…怖いよ、すごく。でも、きっと大丈夫。そんな道を、険しくて苦しい道を、隣で一緒に歩いてくれるって言ってくれる人がいるのだから。こんなに汚れた私の手を……握ってくれる人がいるのなら。

 

それに…約束もあるから。ちゃんと謝りたい、あの人に。……いやまあ謝らないといけない要件が一つ増えてるのだけども。原作通りというか、なんか違うような、そんな案件が。

 

 

「…あの、そろそろいいのかしら……?」

 

 

私の隣に座った彼女が、おずおずといった様子で口を開いた。

 

そう言えばこの人もいるんでした。色々ありすぎて頭の片隅にすら気にしていませんでした。めっさアウェーにしてしまった、ごめんなしゃい。

 

 

「ああ、すまないミーア。君の話しがまだだったな」

 

 

そう、私の偽善ムーブの被害者二号さんことミーア・キャンベルさんです。見かけたからちょうどいいやとそのまま食堂まで同行していただきました、私ではなくラクス様によって。

 

とりあえずこの辺でいくつか事後報告をばさせてくださいましおくんなましさいたま市。

 

私がラクス様のお胸の中でギャン泣きした後、とりあえず諸々の用事を片付けるために一度皆様付き添いのもとに部屋に帰りました。

 

自分で自分を抱きしめながら爪食い込ませて血が滲んでた患者服を取り替えてくれたのが…まあ私が点滴スタンドでぶん殴った女性の軍医さんだったり。

 

全力で謝ったら、これで私の世話になるのが最後になるといいわねって笑ってくれた。いやほんとすんません、多分ちょいちょい抗鬱剤とかもらいにくるかもです。…あ、これはアスランさんとラクス様に止められてるんでした。ほんっとに容赦のない方々です。

 

私のカルテを持ってた男性の方の軍医さんに至っては、私の精神が回復……したとは言い切れないけど、殆ど奇跡みたいなものだから気を付けろってさ。要経過観察、とのこと。

 

で、お着替え(えんじ色の上着と白い無地パン)したことだし一度食堂へ、とラクス様に促されてる途中に心配そうな目で様子を伺ってたミーアさんをラクス様が問答無用で確保して、私のぶっちゃけ話を一緒に聞いてもらいました、はいまる。

 

…胸焼けしそう、いや濃すぎだろ。なんだこの脂マシマシ具大盛り汁多め麺大盛りみたいた次郎系ラーメン並みの密度は。私のラーメン知識なんてカップ麺袋麺、そしてスガキ○とかしか外食ラーメンしたことないんやぞ。

 

 

「…私は、どうなるの? 一応はあなたたちを…ラクス様を殺そうとしたのよ?」

 

 

…それを言ったら、私はあなたを殺すつもりだったんだけどな。…まあだからこそ、彼女のことは私が責任を持たないといけないですけれど。見捨てるつもりで救った命、これは絶対に私が責任を持たないといけないことだから。

 

 

「あの、ラクス様。この人を…ミーアさんを戦争が終わるまで艦に乗せてあげてください。多分…プラントに返しても殺されます、彼女は」

 

 

…それか、もうすでに殺されたことになっている可能性すらある。どのみち用が済んだら十中八九消されることには変わりないのなら大人しくプラントに…というより議長のもとに返す必要はない。

 

もちろん問題はそれだけじゃないけれど、兎にも角にも目先の安全を確保しないことには元の木阿弥&本末転倒。この戦争が終わるまでアークエンジェルかエターナルにいればとりあえずは何とかなる…はず。

 

その後とのことは、またその時に考えます。…今はちょっと、頭の中がキャパオーバーです…。

 

 

「もちろんですわ。そうする為にお連れしたのですから。それで構いませんか? ミーアさん」

 

「…あの、えっと」

 

 

…まあ、煮え切らないのも無理はないか。今の彼女は、これまでに積み上げてきたものを全て失ったのだから。

 

彼女はもう、ラクス・クラインじゃない。ただのミーア・キャンベルだ。あれよこれよと持ち上げられ、踊らされ、利用されてきた者に、はい今から自由ですよレッツfreedomいぇーいと言ったところですぐに決断出来るはずがない。

 

 

「…私は、ずっと嘘をついてた。プラントの人やザフトに所属する人たちに。言われた通りにラクス様の名前と姿を勝手に使って、偽って…最後にはあなたたちを殺そうともした」

 

 

…嘘、ね。本当にそうかな。あ、いやまあ確かに彼女はラクス様じゃないし、姿そのものは借りパクのようなものかもしれないけど。最後のやつはそも傷心の彼女につけ込んで唆したあのバイザーの人とそれを指示したと思われる議長に責がある気がするし。

 

…あ、しまっ、

 

 

「…あ、あ、は…っ」

 

 

引き金を引く指、弾丸が額を撃ち抜く感触、押し寄せる罪の重圧。バイザーの人…サラって人を殺し、私の心を押し潰したあの感じが一瞬でフラッシュバックする。

 

 

「…は、はぁ…はぁ…っ!」

 

 

鼓動は早まり、呼吸は荒く。歯と歯が打ち合ってカタカタと音を鳴らす。まじか、ただあの人を思い浮かべただけでこうなるのか私は。まずいまずいまずいこれ止まんな、

 

 

「メイリン」

 

 

そんな時、隣にいるアスランさんの手が、膝の上でパンツを握り潰していた私の手に重ねられる。それだけで、パニックに陥りそうになっていた思考が鎮静化し、呼吸や鼓動も徐々に平常運転に戻っていく。

 

 

「…ありがとう、ございます」

 

「…無理はしないでくれ、気分が優れないなら休んだ方がいい」

 

 

大丈夫ですよ、こうやってあなたが私を繋ぎ止めてくれるなら。

 

 

「…いえ、あと少しだけ」

 

 

みんなに心配そうに見つめられながら、私は思考を再開する。さて、どこまでいったっけ。アスランさんの手をキュッと握って押し寄せる重圧に耐える。甘えるな私、まだまだいける。

 

それで、えっと…そうだ。つまり何が言いたいかと申しますと、

 

 

「嘘…だけではないと思います」

 

 

今し方の彼女の発言に、私は異議を申し立てる。

 

 

「…え…?」

 

 

呆然とする彼女に、私は思いの丈をぶつける。だって、嘘じゃないから。あなたのしてきたこと全てが嘘だなんてとんだお門違いだもん。

 

 

「確かに、あなたはラクス様じゃない。そこは否定しませんし、するつもりもありません。名前と姿、どちらも借り物です。そこにあなたの介在する余地はありません」

 

 

そう、確かに借り物だ。でも逆に言えばこれだけだと思う、彼女の嘘は。

 

 

「ですが、声は違います、歌は違います。声と姿が似ている、ただそれだけで掴めるほど人の心は簡単ではありません」

 

 

長年疑問だったんですよ、こうも歌い方どころか方向性も何もかも違う彼女とラクス様がなぜ同一人物だと思われたのか。歌のいくつかはラクス様のcoverだとしても、だ。

 

小林幸子とAKBくらいは違うと思うぞ個人的に。

 

なんか歌の感じ変わった? とかじゃ到底納得出来ないレベルでしょ、いくら姿形が一緒でも疑問に待とうぜって言うのが私の見解。いや確かに私とその他では見えてるものが違うけれども。

 

 

「それでも、あなたの歌は何度も人々の心を癒し、また熱狂させてきました」

 

 

そう、それでもなお彼女の歌と声は人々の心を震わし、ラクス・クラインというあまりに大きな存在を演じ続けた。

 

 

「たとえそれが他者から与えられた役割であり、虚構の姿だったとしても。あなたが戦火に晒され疲弊した世界と人々に光を届けたことだけは、決して嘘じゃない」

 

 

ある日突然見出された一般人が一朝一夕で演じ切れるほど、ラクス・クラインという名前と存在は軽くない。

 

戦時下という特殊な環境で、人々の娯楽と癒したり得る歌を届けられたのは、間違いなく彼女のひたむきな努力と研鑚によるもの。ただ声が似ているだけの素人が満員御礼のドームコンサートを開くまでに一体どれだけの歌唱力とパフォーマンスを身につける必要があったのか。

 

それを為し得た彼女の功績は、間違いなく本物だ。

 

 

「あなたの歌に救われた人達が大勢いる、救われた沢山の心がある」

 

 

歌い方も、喋り方も性格も何もかも違う。でも彼女の人々と世界を思う心だけは、きっと違わない。確かに彼女はラクス・クラインとしては偽物で、嘘で紛い物なのかもしれない。でも、

 

 

「あなたの()は本物です。あなたの人々を癒したいと思う心は本物です。自分の努力と心まで否定しないでください」

 

「…メイリン…」

 

 

…ふう、言い切った。喋ってる間ずっとアスランの指ギュってしてたからなんか手も疲れた。大丈夫かな、指取れたりしてない? 私の精神安定剤的な役割あざました。

 

 

「私の言わんとしたこと、全て言われてしまいましたわ」

 

 

おおふ…それは誠に失礼仕りましたモノホンのラクス様。

 

 

「ですが、彼女の仰る通りです。ミーアさん、貴方には私が果たさねばならなかった数々の使命を押し付けてしまいました。それについては、謹んでお詫び申し上げます。私が至らぬばかりに、貴方に取り返しのつかない悲劇を負わせてしまうところでした」

 

「…ラクス、様…」

 

 

悲痛な表情でそう口にするラクス様の言葉が、私の脳裏に一人の人物が浮かんでくる。彼女の言う悲劇を仕組もうとした、彼の姿が。……そうですね、いずれはケリをつけないといけません。

 

同じ穴のなんとやら。近いうちに勝手にお会いさせて頂くことにしましょうか、議長。……それが多分、私のつけるべきケジメだから。

 

 

「…そして、何よりの感謝を。貴方のおかげで、多くの人々が救われました。戦火に苦しむ人々の心、傷ついた世界に、貴方の歌を届けて下さったこと、本当に、本当にありがとうございました」

 

 

その言葉に、ついに彼女は泣き崩れる。

 

ラクス・クラインというあまりに大きすぎる存在を演じ、それを迫られ最後には容赦なく使い捨てられる定めにあった彼女は、今ようやくその呪縛から解き放たれた。

 

 

 

* * * *

 

 

「彼女のことはこのままアークエンジェルで保護できるように僕からも言っておくよ。エターナルに来たら、多分みんな混乱しちゃうから」

 

 

ミーアさんが落ち着いた頃を見計らってヤマ…キラさんがそう口を開いた。ですね、エターナルのシートにラクス様と一緒に座っていようものなら皆さん「ええっ!?」とかってなって戦闘どころじゃないでしょうし。

 

髪質、髪色、髪型、髪飾り。見分ける方法もないことはありませんが。…って全部髪の毛じゃねーかつっかえな原作知識。

 

 

あ、そうそう。私からも一つ。

 

 

「必要なものがあれば私に言ってください。ミリアリアさんからのいただき物が沢山ありますから」

 

 

多分ポジ的に私はエターナルに行ってしまうし、てかそうなるようにラクス様に頼み込むから今のうちにこの人には私がこれでもかと押し付けられた…というかまあいただいた女性用品を彼女にシェアしておきたい。

 

艦内にあるだろって? 細かいこと言わない、こういう些細なコミュニケーションが傷心な人には必要なのですよ、多分。

 

 

「…ありがとう。…えっと、メイリン、さん?」

 

「メイリンで構いません。たぶん歳下ですし」

 

 

というか私に敬称付けてんの育ちがグゥゥレイトなラクス様ぐらいじゃね今思えば。あ、ラミアス艦長もか。まああの人は基本恋人さん以外は敬称付けてるからノーカンです。

 

 

「じゃあ、メイリン。私からも一つあなたに言いたいことがあるわ」

 

 

ん? 私に? 

 

 

「髪、前みたいに結んだら? あっちの方が似合ってるわよ」

 

 

…それは私みたいなガキンチョにはあなたみたいな長髪背中流しは早いと言うことですか。

 

…と、まあ冗談はさておき。もう闇落ち反抗期は終わりにしたいのでそうしようかとかとも思ったんですけども。ないんですよね、ヘアゴム。ミリアリアさんからのいただきものにもなかったし。まああの人は髪短いから当然と言えば当然なんですが。

 

 

「はい、これ」

 

 

そう言って、私の前に差し出される高級そうなヘアゴム。キラさんがいつぞやと同じように掌に乗せたそれを差し出しながら、優しげな口調で口を開いた。

 

 

「今なら、受け取ってくれるかなって」

 

 

…そうだ、私謝らないと。この人にも、ロアノークさんにも。

 

 

「…その……あの時は、すみませんでした。あなたの心を土足で踏みにじるようなこと言って…」

 

 

八つ当たりでこの人の目の前で死んだ女性の名前を口に出すなんて、外道極まりない。そしてそんなことをした私を助けてくれるって言うんだから正直心苦しいことこの上ない。

 

 

「…気にしないで、とは言えないけど。もうしないでしょ? あんなこと」

 

 

…はい、もうしないです。絶対に。

 

 

「じゃあいいよ。だからこれで、仲直りってことで。別に怒ってないけど」

 

 

…どこまで心穏やかなのこの人。魂の穢れをどこかに捨ててきてない?…いや、四六時中魂浄化機能付きの恋人といればそうなるか。それともそう言う人だからラクス様のパートナー足り得るのだろうか。

 

 

「…はい、ありがとうございます」

 

 

小さくお礼を言って、差し出されたヘアゴムを受け取った。…なんか、すっごい久しぶりな気がするな、髪結ぶの。

 

 

「貸して」

 

 

いざ結ぼうとしたら、隣に座っていたミーアさんにひょいっと取られる。そして慣れた手付きで私の長めの髪を両サイドに纏めると、取り出したコンパクトミラーで私の顔を映す。

 

 

「うん、バッチシ。やっぱり結んだ方が可愛いわ。髪を下ろしてるあなたは…何となく無理をしてるような感じがしてたから」

 

 

あなたがツインテモードな私を見たのはジブラルタルの一回こっきりな気がしますが。そんなあなたにすらこう言われてしまうなら世話ないですね…。

 

鏡に映っているのは、確かに私だ。見慣れたような、でも久しぶりに見た、いつもの私。なんか不思議、ミネルバにいた頃はこれが当たり前だったのに。

 

私がいっつもなんかやらかして、シンに笑われて、レイに無言で首根っこ掴まれて…お姉ちゃんに叱られて。そんな当たり前の時の私。

 

 

「…あれ?」

 

 

テーブルに一滴の涙が落ちて初めて自分が泣いていることに気がついた。でも、そう気付いたらなんか止められなくて。

 

 

『ちょ、ちょっとタンマっ! 離して、とりあえず離そ、そして話を聞いてレイ』

 

 

『ああ、離してやるし聞いてやる。……お前の姉の目の前でな』

 

 

『それじゃ手遅れだってばっ!!』

 

 

『なんだメイリン、今度は何やったんだ?』

 

 

シン、レイ……。

 

 

 

『もう、メイリンっ!!』

 

 

 

…お姉、ちゃん……っ!!

 

 

 

「はいはい、泣かないの」

 

 

当たり前だった日常を反芻していた私を今に呼び戻したのは、そんなミーアさんの声と、彼女の指が私の目元を優しく拭った感触。

 

 

「可愛い顔が台無しよ。それに…友達と家族に会うんでしょ? それなのにあなたが泣いててどうするの」

 

 

………ミーア、さん。

 

 

「…あなたに何があったか私には分かんないし、未来とかあるべき結末とかはもっと分かんないし、無神経なこと言ってるのかもしれない。でもね」

 

 

……………。

 

 

「そんな私でも、一つだけ分かることがある。…きっとみんな、あなたの笑顔が見たいのよ。…私も頑張るから、あなたに助けてもらったこの命で。だから笑って、涙はここぞって時にとっておきなさい」

 

 

そう言ってみんなの座る方へ視線を移す彼女にならって、まだ少しだけボヤけた視線のままキラさん達の方へと私も顔を向ける。

 

 

…嘘、まだまだ全然ボヤけてる。それでも、見えなくても分かった、キラさんも、ラクス様も、そして何より

 

 

「メイリン」

 

 

隣で優しく私の名前を呼ぶ彼も、みんな私に向かって微笑んでくれてるってことは。

 

 

「仲間だったり、家族だったり…大事な人たちに会う前に、まずはあなたがちゃんと笑えるようにならなくちゃ。辛気臭い顔でなんてダメよ、絶対に」

 

 

…笑えるように、ように。ちゃんと、みんなに会えたときに、笑える、ように。でも、私、

 

 

「大丈夫だ、メイリン。必ず会える、俺たちが必ず君と彼らを引き合わす。だから」

 

 

 

……なんですか…ズルいですよ、今だけこんな。いっつもいっつもこう言うことにはてんで鈍いくせに。私に、お姉ちゃんのご機嫌取りの方法を聞きに来るようなどうしようもなく鈍臭い人のくせに。

 

でも、そうですね。傷ついて、苦しくて、それでも今彼らは戦ってるんだから、そんな彼らを差し置いて私が泣きべそかいてちゃいけない。

 

 

…だから、

 

 

 

* * * *

 

 

それはひどく不器用で、ぎこちなくて、その上涙も流れていて。かつての彼女が浮かべていたものと並べれば、比べるべくもない出来損ないだ。

 

 

だがたとえ出来損ないだろうと、過去のそれにはまるで及ばなかろうと。数多の罪に塗れ、癒えぬ傷を抱え、全てを閉ざそうとした少女は。

 

 

『………っ』

 

 

この日ほんの僅かに、在りし日の笑顔を取り戻した。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 : ひとときの団欒

遅刻失礼します。アニメに描写が殆どないキャラは想像と勘です。


トントントントン。シャーシャーシャーシャー。サササササっ。パカ、チュルン。モミモミモミモミ。ムチュムチュムチュムチュ。

 

 

「あら? メイリン、そっちにパン粉ある?」

 

「えっと…ありました。あ、ミーアさん胡椒振りました?」

 

「胡椒? いるの?」

 

 

唐突な展開失礼します、メイリン・ホークです。……ええ、仰りたいことはわかりますとも、見たことある展開ですよね、私もそう思います。

 

 

「気持ち程度でいいですから。ちょびっと」

 

「へぇー。ならそうしてみようかしら」

 

 

可愛いエプロンに動きやすいようにとポニーテールに纏めた髪に三角巾まで付けた厨房ガチ勢…ミーアさんがそう言ってボウルにぶちまけた挽肉と生卵の上に胡椒を振り始めた。あ、少しですからね、ほんの少し。

 

私? 私は今さっき大量虐殺(微塵切り)した玉ねぎを皿に取り出して冷ましているところです。もうお気づきのことと思われますが、私たちが今立っている場所はアークエンジェルの食堂…の厨房です。

 

色々とお話が済んだから解散かなーとか思ってたら徐に

 

 

「それで、私はここで何すればいいの?」

 

 

とか言い出す元ラクス・クライン。いや、命の危機だから保護したのに何をするもクソもなかろうに。拾った命を大事にしてつかぁさいってこと以外に何をしろとは言いませんよ。CICに座るなんてことされたら寧ろ皆さん混乱するので大人しくしててください。

 

たとえエターナルにいけばバルトフェルド隊長のテンションが天を貫くレベルだろうと大人しくしていてください。

 

「何かしてないと落ち着かないのよ。あ、みんなご飯まだよね? 私が作ったげる。アスラン、ここの艦長さんに厨房の使用許可もらってきて。メイリン、あなたは私の手伝いよ」

 

 

何かしてないと落ち着かない⇨ご飯作る⇨私は手伝い。誰かこの史上最難関の方程式を証明してください。私? 私の数学は因数分解で終わってるので証明は管轄外でーーす。

 

 

「働かざるものなんとやら。どうせろくに人と喋らずコソッとタダ飯してたんでしょ」

 

 

……ぬおふ。とてつもなく心に刺さる。確かにゼリー用品だけとはいえ人のいぬ間にコソ泥の如くブツを掻っ攫っていたのは事実。居候みたいな待遇に甘んじていたことがこんなところで響いてきた、何だこの過去一しょうもないガバは。

 

 

「はい決定、ほらアスラン早く行く」

 

「あ、ああ、分かった」

 

 

困惑しながら走っていく私の恋人さん(になったのかな?)。え、うそんそこのお二人は何もなしですか。平和の歌姫さんとフリーダム(中身)さん止めてよこの暴走アイドル。

 

 

「まあ。お二人がお食事を作ってくださるのですか?」

 

 

いや、ニコニコするとこじゃないですラクス様。

 

 

「よかった、実はお昼食べ損ねてお腹ペコペコなんだ」

 

 

なるほど、神はとうに死んでました。そういえばこのお二人こそ他の追随を許さないコズミックイラ最強のマイペースカップルでしたね、へいへい、私が悪ぅございましたぁー…。

 

 

……で、はい冒頭に戻るわけなんです。許可が出る前から既に行動を開始した独断キャンベルさんに首根っこ掴まれてこき使われること小一時間。男性が数人いるだろうことも考慮に入れて二人がかりで量産していたブツが出来上がりつつあります。

 

え、なにをって? 見りゃ分かるでしょ"ハンバーグ"以外に何があるんですか、まったく察しの悪い方ですね(逆ギレ)。

 

てかミーアさん手際いいなおい。何なら私いらないレベルですよ。絶対この人自炊生活ベテランでしょ、ハンバーグの形を作る時のペンペンペンみたいな工程マジで主婦だったかんな。むしろ路上ピエロのジャグリングかと思ったわ。

 

 

「よし、焼き上がる前にスープとサラダもやっちゃいましょ。メイリン、あなたはサラダよ。あら、生ハムもあるじゃない、これも使っちゃお」

 

「あ、はいただいま」

 

 

ほんっとにやりたい放題だなこの人。てかその生ハム絶対厨房用じゃなくて個人名義のやつじゃん。二パックってもうお酒のつまみじゃん、なんかすいません、人の楽しみを悪意なく蹂躙してしまって。誰のだろ、マードックさんかな?

 

冷蔵庫の中身を見てきゃっきゃする元ラクス様、実に庶民的でよろしい。ただしタイミングが今じゃなければ。今さっきまで見殺しにしようとしてた人とキッチンに立ってレッツハンバーグな私の心はカオスタイフーン真っ只中ですよ。アルゴングぅぅぅレイトどころかドルマゲス第二形態すら一撃で殺れるくらいにはビュンビュンでぶおんぶおんですからね。

 

 

「ソースはケチャップと赤ワインでいいわよね。スープは野菜とコンソメにするとして…あ、いいパンがあるじゃない、ラッキーっ」

 

 

……もうどうにでもなればいいんですよ、はぁ……。あ、この生ハム美味しい、どこのだろ? 

 

 

 

* * * *

 

 

はいというわけで無事焼き上がりましたよ、ええ全部。アスランさんの掌サイズと大きさこそ控えめですがその実、個数に関してはまっこと大人気ないハンバーグの山…を通り越してもはや山脈。

 

いやね? 私だって過去に似たようなことやったよ? 唐揚げで。でも唐揚げって個数食べてなんぼみたいな食べ物だし、成長期の男の子とか普通に二十個とか食べるし? だからミネルバで私が作ったマウント富士(唐揚げ)って四、五人で食べるならむしろ適切な量みたいなとかあるじゃんか。

 

でもさ…ハンバーグて(呆れ) …食べても二枚とかやん、グラムによりけりだけど。びっくりゴリラとかでもそんくらいでしょ言うて。…なのに今回のこのキャンバーグ(ミーア・キャンベルによるハンバーグ)、軽く五十超えてるからね。なんなら七十くらいあるかんね、マジで疲れた作るの。腱鞘炎でCIC休めるかな。

 

これに加えてこちとらサラダボウルまでやってんだかんな、やっぱ明日私エターナルで寝てていいですか。

 

だってほら、アルプス山脈並みの量と密度、現に大皿三枚に連なってるからね。キャンバーグだけで。

 

アーループースーいちまんじゃーくオロチーのうーえで三ー点ー倒立さあはじめましょ、のアルプス山脈。ちょっと歌詞が曖昧だけどまあニュアンスは伝わるっしょ。

 

 

「メイリン、何してるの。取り皿にナイフにフォーク。何人分いるか分からないのよ、あるだけ出して」

 

 

寸胴スレスレ並々タプタプにまでなってる野菜スープを皿によそいながらまだまだ私をこき使う気満々のキャンベル氏。アップにした髪から覗くセクシーな頸を見せてるとこすみませんが、私明日もあるのでこの辺で失礼したいであります。ちょっと世界の命運をかけたあれやこれやがあってですね。

 

 

「明日、大変なんでしょ? ならいっぱい食べて暖かくしてぐっすり寝る。…言っとくけど、今帰っても連れ戻すわよ」

 

 

…エスパーかな。何か私の周りにちょいちょいコーディネイターじゃなくてニュータイプいるんだけど。寧ろフェストゥムとかエスペラントの類じゃないの、ねぇ。

 

ミールにやたらめったら私の内心を看板するんじゃありまそんって伝えたい、何ならこれを私の祝福にしてください。よー意味わからんけどその辺。

 

 

「はーい…」

 

 

故に私に出来ることはただひたすらに肉体労働(無賃)に従事するのみ。そうして言われた通りにこれでもかと席を用意すること十分と少し。終わった後の洗い物が恐怖になるレベルの人数ですね、はい。

 

はぁ…何人分あるんだろうこのキャンバーグ山脈とその他草原(サラダ)と湖(スープ)と大地(パン)。間違いなく私たち五人だけじゃ収まらない、なんならラミアス艦長やらCIC中枢メンバーかき集めても無理じゃない? ほら、ノイマンさんとか食細そうだし。

 

 

「あら、いい匂いね」

 

「おお、こりゃ凄い。二人だけでやったのか?」

 

 

あ、噂をすれば何とやら、艦長とロアノークさんいらっしゃいませです。一番乗りですね、まあアスランさんが真っ先に声をかけたはずなので当然と言えますが。

 

 

「メイリンさん…もう、いいの?」

 

 

…ああ…。そういえば病室から逃亡した私を探してくれてたのはアスランさん達だけじゃないのか。もしかしたらこれから来る人全部にこの手の話しなきゃダメかな? 

 

 

「…はい、大丈夫です。これまでご迷惑おかけしてすみませんでした、ラミアス艦長。乗艦してから碌に挨拶もしてなくて…」

 

「…いいのよ、そんなこと。でもこれからは、ちゃんと無理せずに言って頂戴。…もう、あんなことしちゃ駄目よ?」

 

「はい…」

 

 

それだけ言うと、二人はまだ誰もいないテーブルへと背を向けて歩いていく。…あ、待ってください。

 

 

「フ…、ロアノーク、さん」

 

「おお? どした嬢ちゃん」

 

 

まさか私に呼び止められるとはおもっていなかったのでしょう、なんだ何だと目を見開く彼の視線を合わし、そして下げる。謝罪の意を込めて頭と一緒に。自分の記憶に自信を無くしている彼に、私は決して口にしてはいけない言葉を吐いてしまったのだから。

 

 

「あの時は…不躾なことを言ってすみませんでした」

 

「ん…? ああ、あれね」

 

 

どうしたの? と言った様子のラミアス艦長に何も言わず、彼は少しずつ歩み寄ってくる。頭下げてるから足しか見えないけど。まあ張り倒されるくらいは覚悟してますがいざそれを目の前にするとなかなか怖いものがありまして。

 

そして内心ビクビクの私の前にやってくると、

 

 

「気にしなさんな。強ち、間違いってわけでもないしな」

 

 

ぽんっと。大きな掌が私の頭の上に置かれた。その感触に驚いた頭を上げると、大人の男性らしい、優しげな瞳と目が合った。

 

 

「…嬢ちゃんこそ、大丈夫か? 色々と」

 

 

……大丈夫ですよ。支えてくれる人たちがいるんだって、みんなが教えてくれたから。

 

 

「はい。…ほんとに、すみませんでした」

 

「だからいいって。まあ、俺以外にあんなこと言うのはやめとこうな」

 

 

それだけ言うと、彼はもう一度私の頭を優しく叩いて離れていく。けど、そのままラミアス艦長と席につくのかなと思ってた私の予想を裏切り、徐に振り向いてくる。

 

 

「あんなことと言えば…前に嬢ちゃんが言ってた"いずれ分かる"って言葉…そのまま受け取っていいのか?」

 

 

…ああ、そういやそんなことまで言い散らかしてましたね。吐いた唾が飲み込めないとはよく言ったものです。…どうしよう、本当に言葉通りの意味なんで説明のしようがないですし、だからと言ってミネルバのへっぽこ(名誉毀損)タンホイザーでのショック療法なんて口が裂けても言えないですし。

 

とは言え、なんでもありませーんってのも何か悪いし…。仕方ない、あんましこう…意味深モードは使いたくないのですが、まあ贖罪も兼ねて少しだけ。

 

 

「…私からは何も。ただ、答えはすでにあなたの中にあります。心の感じるままに行動してください。そうすれば…きっと大丈夫です」

 

 

たとえ記憶がなくとも、心に刻まれた思い出は決してなくならない。あなたが今感じているものが、懐かしさが、温もりが、きっとあなたを導いてくれるはずです。

 

 

「…なるほどね。いいアドバイスだ、従わせてもらう。んじゃ、俺たちは先に座って待ってようかね。おお、美味そうじゃん」

 

 

…つまみ食いは駄目ですからね、皆さん揃ってからですよ。あと何人くらい来るか知らんけど。

 

 

* * * *

 

 

 

「…ええ…。何か俺の知ってる食堂じゃない…」

 

 

ロアノークさんとのアレやこれやが終わった後。次から次に食堂にやってこられるアークエンジェル中枢の皆様。

 

まずはミスターバレルロールにしてアークエンジェルを不沈艦たらしめているノイマンさんをはじめミリアリアさん達CICメンバーさん。

 

 

「あなた…っ。大丈夫なの? こんなことしてて」

 

 

そう、それですよミリアリアさん。やっぱそういう反応になりますよね、寧ろふつうこうなりますよね。なのにそんな私とっ捕まえて肉体労働に従事させる某ハイレグ暴走キャンベルが間違ってる、そうに決まってる。

 

 

「…一応は。ご迷惑おかけしました、ミリアリアさん」

 

 

ぺこりと頭を下げる。実際、この人が強引に私を外に放り出さなきゃ今の私はなかったのかもしれないし。

 

 

「…そう、よかったわ。何かあればいいなさい、無理しちゃダメよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

ザ、常識人。私の周りにいる一部の方々も少しはこう言う一面を学んだ方がいいと思います。

 

 

「おー…坊主に言われて来てみりゃ…こいつはすげぇ」

 

 

苦労人メカニックのマードックさん御一行ですね、キラさんが呼んでくれたみたいです。流石はスーパーコーディネイター、先んじて私達だけでは処理できなくなることを予期していたみたいです。

 

 

「すまない、遅くなった」

 

 

そして先ほどより幾ばくか疲労顔のアスランさん。ご苦労様です、アイスティーとスポーツ飲料用意しておきましたよ。

 

 

「お疲れ様です、準備整ってますよ」

 

「……ああ、いや…何か強烈な既視感がしてな…」

 

 

わかります、思わず立ち眩みを催すほどのデジャブですよね。まあ今回の下手人私じゃないですけど。

 

 

「案内ご苦労様、メイリン。こっちは片付いたからあなたも座りなさいな」

 

 

あ、きたなこの騒動の下手人こら。てかエプロン外してねーし。

 

 

「いえ、私は最後で大丈夫です。アスランさん、お先にどうぞ」

 

「それだとあなたアスランの隣に座れないわよ?」

 

 

…うっ。確かに知らない人に挟まれるのは私の先天性社交性欠如病によろしくないですが…まあ背に腹は代えられません、流石に皆さんを差し置いて私が座る気にはなれないですし。

 

 

「大丈夫です」

 

「…分かった。ミーア、悪いが頼めるか?」

 

 

こうやって適度に私の意思を尊重しつつ気遣いしてくれるのほんと嬉しい。何どうしたのアスランさん、あなたこう言うこと苦手じゃなかった? 頼む相手のチョイスがアレだけども。

 

 

「りょーかい。ほら、座る座る」

 

 

ミーアさんに促されてアスランさんも席に着いていく。少し空いてますが、あの人の周りはキラさんとラクス様に埋めてもらいましょう。その近くにはラミアス艦長とかいるし、流石にあの面子の中に入る勇気はありません。経歴的にもね。

 

 

「…そう心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと私が隣に座ってあげるから」

 

「…だから心配してるんですー」

 

 

やび、これ心の声にするつもりだったのに。私のお口のおバカ。

 

 

「あら、素直じゃないのね。じゃあこの手はなーに?」

 

 

ん? あっ…。微笑む彼女が指差す先には、彼女の袖をそっと掴む小さな手が。…はい、私の手です。どうやら無意識に心の安息を求めて彼女の肘あたりを掴んでいた様子。

 

まあ…出会って間もないのにここまで私が油断してるってことは相当居心地いいんでしょうかね、この人。

 

私を腫れ物…とまで行くと言い過ぎですけど、容赦なく接してくれるところが逆に私も気を遣わなくていいと言うか。

 

……すっっごい納得いかない話ですけれど。あと限度というものがあると思いますけど。

 

 

「…大丈夫だから。一人で放り出したりなんてしないわよ」

 

「………」

 

 

そのままミーアさんの暖かい手に繋がれて後の人たちを待つこと少し。

 

 

「僕らが最後かな、ごめんね」

 

「すみません、お待たせいたしました」

 

 

我らがお姫様と騎士様がお帰りになられた。そういやこの人たち誰を呼びに行ってたんだろ? ミリアリアさんとかマードックさんとかもういるし、あと残ってる人って、

 

 

「ほぉー…こいつはまた…いいことあるもんだなたまには」

 

「まったくだぜ、ウチのリーダーじゃこうはいかぐはぁっ!?」

 

 

…ああ、なるほど。アニメではほっとんど描写なくて完全に忘れてました。そう言えばこの方々もいるんでしたね。だからラクス様が呼びに行ったんだ、この人たちと関わりあるの現状あの方だけだしね。

 

 

「馬鹿言ってないでさっさと歩きな。殴られたくなきゃね」

 

「…こ、言葉と行動の順序が、お、おかしくねぇか…」

 

 

ずんぐりむっくり三連星…失礼、ドムトルーパー三機のMSパイロットの御三方。橙色の髪をオールバックにして右目に眼帯をはめた女性と眼鏡をかけて釘?を加えた男性、そして今しがた鉄拳を横っ腹に食らって悶えてる男性。大丈夫かな? すごい音したけど、どごぉっ みたいな。

 

どういう人たちかマジで記憶にないので戦闘中の言葉遣いから察するしかないのですが……なるほど、そういう感じですか。

 

…ていうか多くね? なんなら今アークエンジェルにいるネームド人物全員集合レベルなんだけど。しかも色々用意が終わってやっとこさ私も席に着いたらあらびっくり。

 

 

「ん? ああ、アンタかい。デュランダルに追われてザフト抜けてきたオペレーターってのは」

 

 

…なんで私の隣があなたなの…。もう片方にはしっかりミーアさんが座ってくれてるけども。いやまあ来た順に座ればこうなるかもしれないけどさぁ…よりによっていっっっちばん情報ない人なんだけど、原作知識にすらないんだけど。どうすりゃいいのこれ。

 

 

「は、はい。メイリン・ホークです。えっと…」

 

 

この人のような『ザ、姉御っ!』みたいな人は初めてなので接し方が分かりません。しかも私の持病である先天性社交性欠如病の対象のせいでめっちゃどもるし。

 

 

「なに緊張してんだい、別にとって食やしないよ。ヒルダ・ハーケンだ、そっちのバカ二人合わせてよろしく」

 

「ヘルベルト・フォン・ラインハルトだ。気をつけろよ嬢ちゃん、んなこと言ってるが普通にとって食うからなこいつ」

 

「…マーズ・シメオンだ。おう、こんな風にな…」

 

 

私達の前に座ってる二人がそう挨拶してくれるのはありがたいのですが、なんかこう…一人がすでに死にかけてる。え、大丈夫ですか? ご飯食べれる? ゼリー持ってきましょうか?

 

 

「やかましい。で、そっちが…ラクス様の替え玉かい?」

 

 

…声のトーンが一段下がりましたね…。そういやこの人たち筋金入りのクライン派、大丈夫かな、この人たちからしたらミーアさんってかなり際どい立場なんじゃ。

 

 

「ミーア・キャンベルです。皆様のご厚意でしばらくの間この艦でお世話になることになりました」

 

 

なんて思ってたら今までの暴走特急が嘘のように冷静なお声が。…この人こういう喋り方できんだ。てっきりラクス様モードか独断進行モードしかないと思ってました。

 

 

「…そうかい。まあ…ラクス様が決めたことならいいさ、私らは」

 

 

…ほっ。話のわかる人たちで助かりました。偽物許すまじとなったら私が盾になる覚悟でしたが杞憂だったみたいですね。さっすがクライン派話がわかりゅう(違う)

 

…おっと、そろそろ食べましょ。折角のキャンバーグ山脈with湖と大地が勿体ないですよ、皆様さあ召し上がれ、たんと召し上がれ、どんどん召し上がれ。…私の小さな小さな胃袋のためにも。

 

 

 

* * * *

 

 

「こいつは…美味いねぇ…」

 

 

あら、ヒルダさんが唸ってる。よかったねミーアさん、とりあえず胃袋掴んどけばコミュニケーション何とかなるんじゃないかな。まあ私と違ってこの人コミュ力高そうだけどさ。

 

 

「それだけじゃない、なにせこれ作ってくれたのは他でもないこの子たちだろ? ……ラクス様に着いてきてよかったぜ」

 

 

ヘルベルトさんのモチベーションが分かりませんが御満足頂けたようで何よりです。そういやこの人が釘咥えてるのって戦争の後遺症による鉄分不足を補うためでしたっけ。なら沢山食べて下さい、一枚ですでにお腹の容量が圧迫されている私のためにも。

 

 

「…出来れば腹の調子がいい時に食いたかったぜ…」

 

 

…泣くほど? え、美味しいの? それともお腹痛いの? てか腹の調子ってさっきの鉄拳じゃん。胃薬…いや湿布のがいいのかな普通に。

 

 

「ふぅ…」

 

 

私? もうお腹いっぱいですよ当たり前じゃないですか。でもパン一個にキャンバーグ一枚、そして野菜スープもちゃんと食べましたからね。病み上がり(内外ともに)にしては十分な栄養摂取をしたのではないでしょうか。寧ろ過剰摂取じゃないかな、栄養に過剰とかあるのか知らんけど。

 

…お水欲しいな。でも水が入ってる容器に手が届きそうもありませんし……仕方ない、少しウズウズしますが皆さんの食事が終わるまで我慢しましょうか。

 

 

「ほら、これだろ欲しいのは」

 

 

なんて思いが通じたのか、ヒルダさんが容器をとってそのまま私のグラスに水を注いでくれる。これはどうも、お手数おかけして。ていうかよくわかりましたね。

 

 

「こっちが見えない分、反対側はよく見えるのさ。もちっと周りを頼りな、またぶっ倒れて病室を抜け出したりなんてしないためにもね」

 

 

…その言い草とヘルベルトさん方の視線…なるほど、あなた方も脱走した私を捜索してくれた人たちの一人ということですね。

 

 

「…ありがとう、ございます。ヒルダさん」

 

「あいよ、いいってことさ」

 

 

頼る、か。押し付けるではなく、ただそうあれと願うでもなく。簡単に言ってくれます。それが出来たらあんなに苦労はしなかったというのに。

 

…いえ、それだけ単純なことだった、ということなのかもしれませんが。あ、では頼るついでに一つ。

 

 

「ミーアさん、そのペーパーナプキン一枚ください」

 

 

ちょうどお口の周りを拭きたかったのですよ、私届かないのでミーアさん取ってー。

 

 

「はいはい。ほら、こっち向きなさい」

 

「んむぅっ」

 

 

あ、ちょ。取ってとは言いましたが拭いてくれなんて言ってないですよ。てか何なんですかみんなして私を子供扱いして。これでもザフトの正式訓練を受けた立派な軍人なんですよ、私は。脱走したけど。

 

 

「それで、ミーア、って言ったね。アンタはこれからどうするんだい、このままこの艦にいるのかい?」

 

 

ヒルダさん、どうせその話を振るならお口ふきふきされてる私を助けてからでもよくないですか。今絶賛そのミーアさんに捕まってるんですけど、私が。

 

 

「はい。私がエターナル? に行くと皆さん混乱してしまうとかで」

 

「はっはっは。なるほどな、そりゃ混乱しそうだ」

 

 

ヘルベルトさんは比較的話の分かる人みたいですね。ミーアさんとラクス様が作戦時に同じ空間にいたらいらぬ混乱を招くことが説明しなくとも察してくれたようで。皆さんが『さあ行くよ!! ラクス様のためにっ!!』みたいな決め台詞言ってる時にしれっとミーアさん映ったら色々アレですし。

 

 

「そうか? 見分ける方法あんだし大丈夫な気もするんだけどな」

 

 

…果てしなくいやーな予感するのでお口チャックしてもらっていいですかマーズさん。

 

 

「ほら、髪飾りとかむネうごあっ!?」

 

 

……あーあ、言わんこっちゃない。

 

 

「今のはお前が悪いな」

 

 

おそらく向かいに座るヒルダさんに脛蹴られて本日二度目の悶絶をしているマーズさんと、それをため息混じりに軽ーく叱責するヘルベルトさん。そしてしれっと食事を続けるヒルダさん。

 

…痛そ、ブーツで脛とか風穴開きそう。大丈夫? 次の戦闘でマーズさん出撃不可になったりしない? 主に身体的負傷で。ジェットストリームアタックって二人でも出来んのかな。

 

 

「ねぇ、私とラクス様を見分ける方法って?」

 

 

…さぁ、自分の胸に聞いてみたらどうですかね。胸だけに。

 

 

 

* * * *

 

 

「ご馳走様でした、ミーアさん、メイリンさん」

 

 

上品に口元を拭ったラクスのその言葉を最後に、この混乱団欒極まった食事会も無事に終了した。正直なところ、離れた対角線上に座っていたメイリンの様子が気になって仕方なかったのだが…。

 

 

「ごちそーさん。美味かったよ」

 

「いいえ、お粗末さまでした」

 

 

ドム…と言ったか? 三人のパイロット組ともミーアが上手いこと取りなしてくれたのだろうか、今も五人で談笑している姿が目に映る。

 

 

「じゃ、メイリンはあっちで会ったらよろしく。なに心配いらないよ、エターナルは私らがきっちり守るからね」

 

「…はい、よろしくお願いします、ヒルダさん。ヘルベルトさんとマーズさんも」

 

 

ヒルダ、と呼ばれた女性が去り際に優しくメイリンの頭に手を置いていく。そしてそれに続くように二人の男性も食堂を後にする。ラミアス艦長やフラガ少佐をはじめ他のみんなも彼女らに一言二言お礼を言うと、同じように食堂から姿を消していった。

 

後に残ったのは予めある程度の片付けが済んで少量のカップと小皿だけが並んだ使用済みのテーブルとシンクにある大量の洗い物。さて、片付けくらいは俺も手伝えるだろう。

 

 

「…キラさん、少しいいですか?」

 

「ん? うん、どうしたの?」

 

 

大きめのトレイに皿を乗せようとしていたキラを彼女の言葉が呼び止める…メイリンの雰囲気が変わった。なるほど、その類の話か。そして俺と同じことを感じ取ったのだろう、ラクスもまた手を止めて彼女とキラに視線を向ける。

 

 

「…先程、伝え忘れたことがあります。私の我儘を聞いていただく上で、あなたにはどうしても知っておいて欲しいことが」

 

 

…また心の呵責に耐えているのか、視線は俯き知らず知らずのうちに彼女の右手は自らのもう片方の手に爪を立てる。

 

 

「メイリンっ」

 

 

慌てて彼女に駆け寄り、今まさに自分を傷つけようとしていた彼女の右手を取る。何を話すのか知らないが、これ以上彼女が自分の身も心も痛める必要はない。…そんなことを、許すつもりもない。

 

 

「大丈夫だ、ゆっくりでいい」

 

「…は、い」

 

 

俺の右手の中で、彼女の小さな手がゆっくりとだが握り返してくる感触があった。そして心を落ち着かせるように深呼吸をすると、改めてキラに向き直る。

 

 

「これから話すことは、もしかしたら再びあなたの心を傷つける行為なのかもしれません。…彼の過去を勝手に暴くのは、酷く傲慢で残酷なことなのかもしれません。ですが…」

 

 

……彼…?

 

 

「…いずれ必ず知ることになるでしょう。ならば、今の少しでも時間が許すうちに、お伝えさせて下さい。 …あなたがメサイヤで相対することになる機体…レジェンド。そのパイロットであるレイ・ザ・バレルの生い立ちと、正体を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 : 決める、やり通す

ワシャワシャワシャワシャ。サーサーサーサー。フワッフワッフワッフワ。サーサーサーサー。サザーーっ。

 

 

「はい、もう目開けていいわよ」

 

「いや子供じゃないんですから、大丈夫ですよ」

 

 

はい、メイリン・ホークです。…ええ、仰りたいことは分かりますよ、とっても分かりますよ、だから言葉にするのはやめてくださいお願いします。

 

え? 今何してんのかって? お風呂ですよ、そんなの見れば一目瞭然じゃないですかお馬鹿なんですか。あ、訂正です、見てたら絶対許しません、月に代わってお仕置きです。ていうかそれ以外に何だと思ったんですか? まったく(逆ギレ)

 

……いやまあ、実のところ今この時に対して「何故だ」と世界に最も強く訴えているのは他ならぬこの私です、間違いありません。だってそうでしょ? もうそろそろこういうのお腹いっぱいになりません? 胸焼けしてきません?

 

ちなみに私は先程のキャンバーグのせいで物理的にもお腹いっぱいなんですけどね、今。

 

とりあえずこの『ハンバーグだけだと思った?? ところがぎっちょぉんっ!!』みたいな状況と経緯を説明しますね。……はぁ。

 

一応、キラさんにはレイの出生から今に至る私が知り得ていることは全て話しました。彼がアル・ダ・フラガ…ロアノーク一佐の父親のクローンであり、ラウ・ル・クルーゼと同じ遺伝子を持つ者だと言うことも。

 

彼の願いは、自らとともにあなたという自分たちの結果である存在を抹消すること…だったかもしれないということ。そして、変わろうとした彼の手を振り払い、切り捨ててたのがここにいる私であるということも。

 

…今のレイがどんな思いで戦ってるのかは分からない。ただ一つ言えるのは、彼が並々ならない覚悟で戦場に出ているということだけ。その根幹にあるものが何なのかまでは、分からないけれど。

 

……正直、レイに会うのは怖い。いや、どの口が言ってんだって話だよ、それは私が一番分かってる。あの議長の命令に逆らってまで彼は私を救おうとしてくれた。それがどれほどの葛藤の末にある選択であると知りながら。

 

私が撒いて、そして摘み取った。手を差し伸べておきながら、彼が手を伸ばした瞬間に振り払った。傲慢で残酷、彼の心をこれ以上ない形で弄んだ。

 

そして、おそらく私がいなくなったことで最も心に深刻なダメージを負っているお姉ちゃんと、その隣にいてくれているだろうシンについても。

 

原作の流れなんてものを優先して、私は二人の心をズタズタに引き裂いた。後でまた会えるから、そんな甘い言葉を免罪符にして。その過程で二人が一体どれだけ傷だらけになるのかすら、多分考えてなかった。

 

どれもこれも、取り返しのつかないことばかり。本当に、私は彼らに会う資格があるのだろうか。 ……私の声は、彼らに届くのだろうか。

 

 

「大丈夫よ」

 

「…っ!?」

 

 

そう言って彼女に握られた私の右手は、小さく震えていた。…心の呵責やら不安が抑えられずに外に出たのかな。

 

 

「…私、何も言ってないですよ」

 

「さっき言ってた友達と家族のことでしょ? 顔見れば分かるわよ、ほら」

 

 

彼女の指が差す真前には、シャワー用の一枚の鏡がある。そこに映される、まだ少しだけ幼さの抜け切らない少女の体と…不安そうに俯いていたであろう辛気臭そうな顔。

 

 

「…私、会ってもいいのかなって。未来のためにって、散々切り捨てて、蔑ろにして…いまさらそんな都合のいいことが許されるのかな…って」

 

「私が知るわけないじゃない、そんなこと」

 

 

……ド直球ですね。まあ、その手の答えを返してくれるであろうから投げかけたのですけど。あなたは私に気を遣わない、言いたいことをはっきりと口にしてくれる。……お姉ちゃんみたいに。

 

 

「だって、そんな考えに意味なんてないもの」

 

 

………。

 

 

「会ってもいいのってどういうこと? 生きてるんでしょ? 会えばいいじゃない。会っていいのか、じゃなくて。どうせなら会った時に何を言えばいいのかで迷いなさいよ」

 

 

………会った時に…何を言うか。

 

 

「会うのよ、絶対。そのためにアスランたちが手伝ってくれるんでしょ? だからそんなことでうじうじしないでシャキッとする。そして笑う、はいスマイルっ」

 

「むぎゅうっ」

 

 

こ、このっ。暴力反対です、私の顔がまるで失敗した菩薩みたいになってるじゃないですか。いくら気を遣わないスタイルとはいえ物理攻撃まで許容するなんて言ってないですからね。たとえお姉ちゃんに秘蔵のプリンを食べられても五、六時間で心を入れ替えて甘え倒すほどの慈愛精神の固まりである私でも怒ですよ。

 

ちなみに内心では賠償金(お菓子)とハグがあれば三秒で許していたのは内緒です。

 

 

「いっぱい話す、謝る、何でもいいのよそんなの。その時は…まあ泣いてもいいと思うわよ。…柔らかいわね…お餅みたい、うりうり」

 

「ふぁ、ふぁふぁりまひふぁはらふぁひゃひへふははいぃぃぃっ」

 

 

# : 分かりましたから離してください

 

って、なんで心の声で翻訳つけなきゃいけないんですか。ていうか良いこと言いながら私のほっぺをムギュムギュするのやめ、やめろっつってんだろこの暴走アイドルぅぅぅぅ!!

 

 

* * * *

 

 

半年分の小顔マッサージをするかの如く延々とほっぺをこねくり回されること少し。

 

 

「はいおわり、私も髪流すから先入ってなさい」

 

「…いや、私もう疲れたから上がりたいんですけど」

 

 

これでもかと全身綺麗になりましたから、頭の先から爪先まで余すことなくピッカピカですから。早く私を解放してください。さっきまでメンタル崩壊三秒前とかだったんですよ、病人(?)はここいらでさっさと

 

 

「ダーメ。すごいストレス抱え込んでたでしょ、なのに何のケアもしてないんだから。髪が少し傷んでるわ、ちょっとでいいからお湯に浸かりなさい」

 

 

…はーい。なんでしょうね、段々とこの人の私に対する命令権が効力を増してきている気がします。そろそろ手を打たないと肥大化する既得権益にてがつけられなく…ふぁぁぁ…。

 

 

「…気持ちいいー」

 

 

湯船最高。ひっさしぶりに浸かるお湯は格別ですね。え? さっきと言ってることが違う? 細かいこと言わないでくださいよ、ホカホカタプタプの湯船の前ではそんな些末ごと、児戯にすら劣りますよ。

 

 

「ふふふ。大変仲がよろしいのですね。少し妬いてしまいますわ」

 

 

…いや、仲がいいというか、やりたい放題されたい放題というか。私の自由意志が行方不明というか。

 

 

「…見てたなら止めてくださいよ、ラクス様」

 

 

ていうか何一人で先にちゃっかり湯船満喫してんですか。私がミーアさんにあれやこれやと好き勝手されてる時に、お団子巻き巻きみたいな頭で悠々と湯船でプカプカしてただけですからねこの人。

 

 

「必要なことですから。止める必要がありませんわ」

 

「私がお風呂でお人形にされることが、ですか…?」

 

 

ほっぺを挟みながらジト目気味にラクス様のお美しいご尊顔を睨みつける。いやまあ似たような顔の人がさっきまで私の髪とかほっぺとか弄り回してたけども。

 

こっちの苦労も考えてくださいよ、こうしている私は今も絶賛経過観察中の精神患者だって忘れてません? …廃人or自殺という最悪のバッドエンドから救い出してくれたのもこの人だけどもさ。

 

 

「悲しみと苦しみ以外の感情を徐々に感じていくことが、です。拒絶と苦しみで満たされていた貴方の心に、少しずつこうして暖かさを注ぐこと。…恐らく、貴方なくして私達は真の未来に辿り着くことは出来ませんから」

 

 

…なるほど。これまでやたらめったら悲劇のヒロインムーブにかまけてボロンボロンのけちょんけちょんになった私の心のケアということですか。徐々に、という言葉の限度は些か気になる所ですがね、徐々にってとこに。

 

キス⇨ハートスナイプ⇨キャンバーグ⇨今ここ。…徐々にってとこに。

 

しかし…真の未来、か。言い得て妙、ですかね。今の私にとっては原作通りすら九割バッドエンドみたいなもの、まあ今更それを目指すつもりもありません。

 

たとえ困難でも、私は違う未来が欲しい。シンも、お姉ちゃんも…そしてレイも、みんな助けたい。描いたつもりで丸投げて放り捨てて、今こうして都合のいい改変をしようとしてることくらい分かってる。

 

大勢見捨てて、切り捨てて、殺して、背負わせて、押し付けて。それなのに大事なものだけを掬い取ろうとするこの身勝手のツケ、それくらいは自分で払う。

 

私が最後の引き金を引く。物語のトゥルーエンドとやらの為には、どうしても私がそれをやらなきゃいけないから。

 

 

「議長を止めるだけではいけません。貴方と、貴方のご友人と、そしてご家族。先ほどのまでの貴方と同じように、今彼らもまた、深い悲しみの渦中にいらっしゃることでしょう」

 

 

そう、でしょうね。お姉ちゃんは狂気に、シンはそんなお姉ちゃんの一番近くに、レイはあらゆるものを振り払い何かを求めて。上手く言えないけど、多分こんな感じ。

 

みんな苦しんでる、みんな戦ってる。身も心もボロボロになりながらも、それでも必死にもがいて生きている。

 

 

「怒り、悲しみ、苦しみ…それらが作る暗闇に囚われてしまっている彼らの心を照らすことが出来るのは、この世界に一人だけ。残された僅かな猶予で、でき得る限り貴方には本来の貴方を取り戻して頂きます」

 

 

残された猶予って…。もう数日とありませんよ、何なら明日くらいに議長が世界中にレッツ運命計画ーってやると思います。いくらなんでもそれは無理すぎRTAな、

 

 

「わぷっ!?」

 

 

うぇ、ぺっ!? 水が鼻と口に入った、ちょ、何すんですか。

 

 

「ですから、はい、このように。ふふっ」

 

 

その形のいい水鉄砲が私の精神にプラスな要因をもたらすことを三十文字以内で説明してくださいぃぃっ。

 

ん……。そういえばこれ何か知ってるような…あ、あれか。

 

 

「…"まず決める、そしてやり通す。それが何かを為すための唯一の道"、でしたか?」

 

「…………」

 

 

これ、初めてアークエンジェルがオーブとザフトの戦争に割って入った後のやつだ。これでよかったのかと悩むカガリ様の背中を、この人はそうやって押したんだっけ。

 

まず決める、そしてやり通す…か。この場合、私はみんなを助けて未来に辿り着くってことを決めて、それをやり通すってことなのかな。何という精神論、木の葉隠れのゲジ眉ビーストもここまでじゃないですよ、きっと。会ったことないから知らんけど。

 

 

「…やはり、ご存知でしたのね」

 

 

ええ、まあ。それなりにおおっとなったシーン…な気がするので。もう遠い昔のような気がしますが。

 

 

「私は決めましたわ。もう逃げない、と。ですがその道を行くには、やはり貴方の存在が必要です。ですから」

 

「ぶわぁっ」

 

 

なんかシリアスぶってるけれど、今あなたがしてんのはニッコニコで私の顔に水鉄砲ピュンピュンしてるだけだかんな、世界平和の第一歩がお風呂で水鉄砲とかショボすぎる。てかいい加減にしろよ撃ち返すぞ歌姫コラ。

 

 

「えいっ」

 

「むぎゃっ」

 

 

なんか反対側からも砲撃が来た。って貴様もかミーア・キャンベルぅぅぅっ!!

 

 

「ちょっ、ぶぇ、ミーアさんまで、な、むびゃっ」

 

「んー…何か楽しそうだったから?」

 

 

ふざけんなこのぱちもんアイドル。てか連射速度すげーなその水鉄砲、フルオートマシンガンみたいに弾丸飛んでくるんだけど、乱れ撃つぜ!ってくらい飛んでくんだけど、手先どうなってんのよこの人。アイドルの前は大道芸人でもやってたんかよ。

 

……っていうかっ!!

 

 

「い、つ、ま、で、やってるんですかっ! 顔が水浸しじゃじゃないですかっ!!」

 

「いやここそういう場所でしょ? お風呂なんだから」

 

 

あ、たしかにぃっていーーやそうじゃなくてっ!! なにしれっとツッコミ入れてんだこんにゃろう、そこじゃないんだよ今は。

 

これ以上の無差別砲撃は看過せぬと、私の両手はそれぞれの砲台(指鉄砲)をグワシと握り潰す。ふん、あなた方とは違って私はこれでも軍人なのだ、握力が違うってんだ舐めんなこら。民間人とは違うんだよ、民間人とはっ。

 

 

「まあっ。メイリンさんの手、小さくて可愛いですわね」

 

 

ねぇ、なにさらっと抜け出してんの歌姫様。そしてなにニギニギしてんですか。あなたの手の方が白魚すら裸足で逃げ出すレベルでめさめさ綺麗じゃないですか。私のようなパンピーなんて話にならんでしょうに。

 

 

「あらほんと。小さいのねー、それにフニフニしてる。癖になりそうこの触り心地」

 

 

癖になんな、するな、そして離せ。てかあなたは何回も触ったろうがさっき。今更再確認してんじゃねーわ。

 

てか離して、はーーなーーしーーてーーっ。もうやだ私出る。この二人に付き合ってたら精神が幾らあっても足りないんだと言うことが分かった。出るかんな、もうマジで出るかんな、だから離せっつってんだろラクシーズ。

 

 

「ほっぺも柔らかくて…。はぁ…メイリンさん、今日は是非私の部屋でお泊まりを」

 

「い、や、で、すっ!」

 

 

ほっぺツンツンしてくんな、抱きしめて頬ずりしてくんな。いくらラクス様でもそろそろキれるぞこら。ただのメイリン・ホークだと思って甘く見るなよ、こちとら庶民育ちで上流階級に対する礼儀なんて鐚一文持ち合わせてねーからな。

 

 

「あ、ズルいっ。この子は私が抱いて寝ますから、ラクス様はキラさん?と一緒にいればいいじゃないですか」

 

「いえ、ミーアさんは先ほどメイリンさんの髪を洗ってらしたではありませんか。次は私ですっ」

 

 

ふ、ざ、け、ん、なっ。何一つ了承してねーわ、私挟んでおんなじ顔で喧嘩すんな、おんなじ声で私の意思を無視するな。なんだ抱いて寝るって、私は枕じゃないわ、そして次もクソもあるか、強いて言うなら次こそは私の意思を尊重しろや貴様ら。天上天下ゴーイングマイウェイも大概にせんかい。

 

 

「私の番ですっ!」

 

「いーえっ!! 私が面倒見ますっ!!」

 

 

……ああもうっ!! だからっー!!

 

 

「…人の話を聞けーーーーっ!!!」

 

 

決めた、この戦争終わったら二度とアークエンジェルにもエターナルにも乗らない。誰に何を言われても、食堂で毎日特製生クリーム乗せ焼プリンをただで食べていいって言われても、ぜっっっっったいに乗ってやらない。

 

ん?…そういえば隣って男湯だよね? ……これ、アスランさんとキラさんに丸聞こえなのでは?

 

…ええええ…もういやぁ……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話 : 決める、やり通す(男湯)

「楽しそうだね、あっち」

 

「…騒がしい、の間違いだ」

 

 

キラと二人して頭の上にタオルを乗せて湯船に浸かること幾数分、隣の女湯から次から次へと騒ぎ声が聞こえてくる。真剣な話をしていると思えば直後のこれだ。

 

本調子ではないとはいえ、あのメイリンが完全に振り回されている。さしものミネルバの問題児でも、歌姫二人組に挟まれては形無しらしい。

 

…まあ、順調にメンタルが回復に向かっているようで何よりだ。多分な、そういうことにしておこう。俺なんかに今彼女を振り回している二人は止められん、何ならジャスティスでも無理だ。

 

 

「それで…お前の方は大丈夫なのか?」

 

 

隣であーだこーだと騒いでいる…というか巻き込まれている彼女から伝えられた、レイの生い立ち…いや、正体と言うべきか。だからと言って何が変わるかと問われればわからないが。

 

…正直、俺もまだ上手く受け止め切れていない。

 

 

「大丈夫…だよ。知らないで戦うよりは、ずっといいから」

 

 

アル・ダ・フラガ。少佐の父親である人物のクローンであり…クルーゼ隊長と同じ遺伝子をもつ存在、だったか。もはやどこに驚いていいのかわからない。

 

少佐の父親というところか? クルーゼ隊長と同じ遺伝子? それともそれら全てを見てきたかのように口にするメイリンにか? …本当に、情報密度の濃い日だな、今日は。もう少し段階ごとな展開にして欲しかったところだ、まったく。

 

 

「初めてあの機体を見たときから何となく感じていたことだから。それを彼女が形にしてくれた。……それだけだよ」

 

「それだけって…お前な」

 

 

割り切るの早すぎるだろ。もう少しこう…そんな、まさか、みたいなこと言っていいと思うぞ俺は。てか俺が言いたいむしろ。

 

 

「彼は…レイは僕が止めるよ。君こそ勝てるの? シンって子に。あとメイリンのお姉さん…ルナマリア、だっけ」

 

 

シンとルナマリア、か。メイリンの予想…というか殆ど予知だが、キラはレイと、そして俺はシンとルナマリアと戦うことになるらしい。シン…か。正直、勝てると断言するには些か厳しい相手だ。

 

あいつは強い、それはオーブでの戦いでも十分に分かった。あいつは、目指すもののために全力を尽くすやつだ。家族も、あの地球軍の少女も、そしてメイリンも。全て失った、守れなかった、そう思っているのだろう。

 

だからこそ、今のあいつは唯一残されたルナマリアを守るために死に物狂いで戦っている。悲しみと狂気に囚われているだろう彼女の安息を求めて、ただひたすらに、がむしゃらに。

 

 

「僕だけならまだしも、ジャスティスに乗った君にすら勝ってるんだ。簡単じゃないよ、彼を無力化してエターナルに連れて行くなんて」

 

 

まだしも、と、すら、に入るのが逆だバカ。でもそうだな、大層なことをやろうとしているが、俺もキラも一度シンに負けている。心の迷いや怪我云々があったとしても、だ。容易ではないことはわかっている。

 

しかも機体を無力化してエターナルに連れ込もうとしているんだ、ただ戦うよりも難易度は跳ね上がる。最悪、俺たちが撃たれる可能性も、ないとは言い切れない。相手は…シンもルナマリアも、そしてレイも、間違いなく俺たちを殺そうとしてくるだろう。

 

そんな彼らを殺さずに無力化するなど、都合がいいにも程がある。

 

 

「分かっている。それでもやるしかないんだ、そうしなければ、俺は彼女を救えない。やっと心を取り戻しかけている彼女を」

 

 

そう、彼女を…メイリンを救うには、どうしても彼らの存在が必要だ。そして彼らを救うには、やはりメイリンが必要だ。俺が奪ってしまった彼らの光を、あるべき場所にあった光を。

 

分かっている、これは彼女の願いであると同時に俺の我儘であることは。散々奪ってきておいて、今更救われて欲しい、救いたいなど戯言も甚だしい。それでも俺は、彼女と彼女の大切な仲間を救いたい。

 

彼女に、心から笑ってほしい。だから、

 

 

「誓ったんだ、他でもない俺自身に。戦うと、守ると。だから必ず取り戻す、彼女の笑う姿が当たり前である日々を」

 

 

今はまだ、希少なことなのかもしれない彼女の微笑む姿が当たり前である日常を。そんな彼女を厳しく、だが暖かく囲む世界を。失われた日々を、もう一度取り戻す。

 

それが俺の誓いであり、償いであり、戦いだ。

 

 

「そっか…なら手伝うよ、僕も、あと隣で騒いでるラクスも。メイリンのこと、なんかすごい気に入ってるみたいだし」

 

 

そう…なのだろうか。たしかに部屋に連れ込むだの抱いて寝るだのわけわからんベクトルで今も争いが起こっているみたいではあるが。

 

 

「今のうちに言っておく。…ありがとな、キラ。彼女の願いを聞いてくれて、助けてくれて。……正直……とても、心強い」

 

 

メイリンが二人と関わって数日と経っていない。俺だけならともかく、出会ってそう時間が経っていないメイリンのためにここまでしてくれることには、感謝しかない。

 

俺だけでは救えなかった。キラも、ラクスも…そしてカガリにも。その他多くの人たちが彼女を暖かく囲んでくれた。傷つき突き放し、一人になろうとする彼女に手を伸ばしてくれた。俺から言うのもおかしな話かもしれないが…感謝の言葉がない。

 

 

「別に、そうしたいと思ったからしただけだよ。僕もラクスも…多分、カガリも」

 

 

……キラ……。

 

 

「だから必ず助けよう。彼女も、彼女の友達も…そして家族も。悲しいだけの戦いを、今度こそ終わらせるためにも」

 

「…ああ、そうだな」

 

「あと、君には後できっちり財布の中身を散財してもらわないといけないからね、オーブで」

 

 

なんだ、やっぱ根に持ってるんじゃないかこいつ。まあその通りなんだが。…きっちり散財してやるさ、カガリがやると言ったんだ、恐らくとんでない値段の店を予約しているに違いない。メイリンの目玉が飛び出るくらいの、な。

 

…とりあえずこの戦いが終わったら預金残高の確認をしておくか、一応、それなりに貯蓄はあるはずだが…まあカガリのことだ、その辺は一切合切の容赦はしないだろうからな。念には念を、と言うやつだ。

 

 

「それに、なんか取り戻してあげたいなって。これが君の見てた光景なんでしょ? ミネルバで」

 

 

そう言ってキラが指差すのは、壁? に仕切られた向こうの女湯。やいのやいのと騒ぐラクスとミーアに必死に自らの自由意志を主張するメイリンの声。

 

…ミネルバでの光景とはある意味180度違う光景な気がするが。主に被害を受ける側ともたらす側的な意味で。

 

問題児からマスコットに鞍替えしたのだろうか? それともあの二人がメイリン以上の問題児なのか。

 

 

「そうであるような、決定的に何かが違うような…」

 

「変わらないよ、きっと。…だって、あんなに楽しそうじゃない」

 

 

…だから、騒がしいの間違いだ、まったく。

 

 

 

* * * *

 

 

じゃあ、また明日。そう言い残したキラと別れて自室…として割り当ててもらった部屋に帰ってきた俺は何をするでもなくベッドに座り込んでいた。誤解のないように言っておくが、何も無意味に黄昏ていたり暗いことを考え込んだりするためでもない。

 

 

「…ふぅ…」

 

 

単に…そう単に頭の整理をしたいだけだ。色々とあったからな、本当に。言葉にすると"色々"で済んでしまうが、そのど真ん中にいたこちらとしてはたまったものではない。

 

もちろん悪いことばかりではない、寧ろ良いか悪いかの二択で篩い分けをするならば、良いことなのだろう。命の危機にあったであろうミーアの保護が叶い、自責の念に潰されかけていたメイリンがようやく俺たちに心を開いてくれた。

 

メイリンが内側に抱えていたものの正体を知った、彼女の願いを聞くことができた。彼女を救うための道筋も見えた。…まあ後半は捉え方次第といった感じがしないでもないが。

 

 

「シン、ルナマリア…」

 

 

明日、相対することになる二人の名が自然と口からこぼれ出る。メイリンの予測ではルナマリア⇨シンの順に接敵するだろう、とのことだが…果たしてどうなるか。

 

戦力差だけで見ればそうなってくれるのが理想的と言えるだろう。こういう言い方は好きではないが…いくら理性のタガが外れているとはいえ、ルナマリアとシンでは戦闘の難易度が桁違いだ。機体性能も加味してな。

 

シンが俺に接敵してくる前にルナマリアを無力化出来れば、道はある。だがもしこれが叶わなかった場合、もしくは接敵順が逆になってしまった場合は…少しまずいかもしれない。

 

それに…問題は二人だけではない。間違いなく彼…もう一機のデスティニーも戦線に出てくるだろう。彼を…ハイネを説得出来れば、そのチャンスがあればいいのだが…果たしてどうなるか。

 

 

「ん…?」

 

 

そんな時だ、俺の耳に部屋への来客を知らせる電子音が聞こえてくる。誰だろうか、キラか?

 

だが、そう深く考えず、そして来客の正体すら確認せずにドアを開けた俺の最初に働いた五感が捉えたのは親友の声ではなく…トンっという軽い音とともに軽い振動が胸を打つ感覚と直後に鼻腔をくすぐるシャンプーの香り。

 

 

「メ、メイリンっ!?」

 

 

まだ湿り気を残した髪を流したままの彼女が俺の胸に飛び込んで来た。…待て待て待て、何がどうなっている、どういう状況だこれは。

 

だが、一瞬で心拍数が跳ね上がる俺のことなどお構いなしに、更に事態を混沌へと叩き落とす一言が至近距離…いやもはやゼロ距離にいる彼女の桜色の唇から発せられる。

 

 

「助けてアスランさんっ! 私…攫われるっ!!」

 

 

…………敵襲か?

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話 : (ちょっとした)真意

あとこれ含めて2話ほど、この中ダルーにお付き合いください(作者もそろそろ次行きたい)


……ええ、はい、メイリン・ホークですよ…。え、開幕早々やる気がない? 勘弁してくださいよ…。

 

 

「わかりました、じゃあ三人でしましょう。これが私が出せる最大限の折衷案です。いくらラクス様でもこれ以上は譲れません」

 

「…そうですわね。これ以上は不毛な争いです。それに三人で、というのもまた楽しそうですわ」

 

 

はい、説明終わり。私の補足? いらないでしょもう察してくださいよ。ここ脱衣所ですからね? お風呂上がってまだやってんですよこの二人。しかも話聞かねーし、私なんも了承してねーし。

 

 

「部屋はメイリンの部屋でいいですか?」

 

 

よくないでーす、いれませーん。

 

冗談じゃない、私は未だピーチクパーチク勝手に話を推し進めるあまりお着替えが進んでいない二人にバレないよう、しかし手早く着替えを終わらせる。

 

はぁ? ブラ? 時間短縮です、そんなもん嵌めてる暇あったらさっさと部屋帰ってロックかけて呼び出し音の機能だけウイルスでぶっ壊す。世の中にはキャミソだけで日々を乗り切ってる猛者だっているんですよ、てか今この時は私もそれになります。

 

同じ理由でドライヤーもカットです、女子力の悉くをかなぐり捨ててますが仕方ありません、背に腹は代えられないのですから。ドライヤーとブラでは命を守ることはできないのですよ、お分かりですか。

 

ごめんなさいアスランさん、この危機を乗り越えたらちゃんと女を磨くことを約束します。

 

でもどうか…今、この果てない危機の連鎖を、断ち切る力(女子力代償RTA)をっ。

 

 

「はい、あの部屋であればミリアリアさんが外側からロックを外してくれますから」

 

 

……待てコラ。今なんかすっっごい聞き捨てならないこと聞いた気がするんですが。

 

 

「へー、そうなんですか?」

 

「ええ、確かコペルニクスにお出掛けする際もそうしたと、先程のお食事の時に」

 

 

…あんの民兵上がりがぁっ!! 常識人って言った私の言葉返せぇっ!! ちくせう、愚痴ったところで始まらん、こうなったら少しでも早く帰ってバリケードを…ってダメだ、材料がない、某クラフトゲームのようにまさか砕いて材料にするわけにもいかないし…てかそれは流石にバレるし。

 

ああーーっもうっ!!

 

 

「あ、こらメイリンっ!! 髪ちゃんと乾かしなさいっ!!」

 

 

いーーーやーーーーっ!! 逃げる、もう逃げるぅぅぅぅぅっ!! 

 

 

* * * *

 

 

そしてメリス(真名:メイリン)は走った、この未曾有のエマージェンシーから一歩でも遠くへと。いくあてなんてありはしない、しかし止まれず、彼女たちより速く、彼女たちより遠く、彼女たちより先へ。もはや走ることしか許されぬ私に出来ることは、ただ濡れた髪を人力ドライヤーしながら風になることのみ。

 

けれど、疾走する私の脳裏に閃く蒼き稲妻の如く鋭い天啓。具体的には多分今私が助けを求めれば手を差し伸べてくれる人類筆頭がいらっしゃるお部屋の前を通りかかった。これは幸いとおバカな私はお借りしているスニーカーから火花がでるんじゃねーかってくらい全力で脚による急ブレーキをかけ、迷わずコールボタンをポチくり。

 

だが、この選択がいかに安易であり、そして今瀕している危機とは全く別の危機を招くことになると、この時の私は知る由もなかった。

 

 

「助けてアスランさんっ! 私…攫われるっ!!」

 

 

…そう、こんなダラシないこと極まりない格好で一応は交際相手の男性の部屋に来てしまったことが、どれほどの事態を引き起こすことになるのかということを。

 

…許せ三十秒後の私、そしてあとは頼んだ(現実逃避)

 

* * * *

 

 

……ああ、すまない。あまりの衝撃に一瞬で意識が別のところへ持って行かれてしまった。なんだ、なんなんだ今日は。前置きなしの急転直下型展開の押し売りでもやっているのか?

 

買わないぞ、俺は。そんな訳のわからんものの叩き売りなんて絶対に買わん。……売り手が彼女でないのなら、だが。

 

 

「…と、とりあえず入ってくれ」

 

 

だめだ、とりあえずこの俺に密着して離れない存在を引き離すことから始めよう、思考がまっったく定まらない。

 

 

「…で、どういうこと……いや、やはりいい。まずその格好を何とかしてくれ」

 

「ほえ? …あっ……」

 

 

…言われなきゃ気づかなかったのか…それともそんなことに気を回す余裕がないくらいに切迫した状況だったのか。…正直、目のやり場に困る…いや毒だ。

 

薄手のシャツと殆どシャツに隠れている程に丈の短いショートパンツ、濡れた髪。…そして何より、片手で抱えているが本来は服の下に身に付けているはずの白いそれ。

 

……頼む、もう少し俺の目と精神に優しい服装をしてくれ。

 

 

「す、すみませんっ!! 私っ」

 

「…いや、俺こそもっと早く気づくべきだった」

 

 

とりあえず俺は部屋を空けるとしよう、じゃないとその…着替えがままならないだろうしな。ついでにドライヤーを借りて…飲み物も必要か。それともう少し布面積が広い服も忘れずに。

 

あとは…そうだな、この騒ぎを起こした二人に少しお灸を据えるとしようか。彼我の戦力差(俺vs歌姫二人)は明らかだがメイリンのためだ、ここはどうにか強気に行こうと思う。……ラクスとミーア…かぁ…。

 

 

「部屋を空ける、ついでに入り用なものも幾つか用意してこよう。十五分ほどあればいいか?」

 

「…す、すみません。お願いします」

 

 

必死に彼女に視線を向けないように首を横にしたまま、俺は部屋の扉を開けて外に出る。…勘弁してくれ、あんな格好で部屋に来るのもだが、艦内とはいえ外を出歩くことも、だ。

 

気が気じゃないぞ、まったく……。まあおおよその事態の見当はついているのだがな。というかことのあらましの何割かは聞いてたからな、風呂で。

 

 

「「「あっ」」」

 

 

まずはドライヤーを確保しようかと先程後にしたばかりの風呂…天使の湯と言うらしいところにやって来てみれば、この騒動を引き起こした下手人二人が先程とは幾分かラフな服装でタイミングよく中なら出てきた。……どっちがどっちだ、髪飾りもなしに髪型まで一緒だといよいよ、ってそうじゃないだろう。

 

 

「君たちな、いったい何を」

 

「よかった、その様子だとちゃんとあの子はあなたの部屋に行ったのね」

 

 

…なんだって?

 

 

「私とラクス様ですこーし小芝居したの。そのまま捕まえればそれもよかったんだけど」

 

「やはり、アスランの元に行っていただくことが一番ですから。私たちよりも、貴方の元に」

 

 

…すまない、俺も俺で今日はいっぱいいっぱいでな。出来れば詳しく、しかしなるべく簡潔な説明を所望する。特にえっと……そっちがラクスか、君だ。

 

 

「…今の彼女を一人にしてはいけません。どれほど本来の彼女に近づこうと、私達が暖かく囲もうと。彼女が自らを囲う悪夢や罪の意識から解放されたわけではないのです」

 

 

だから、わざと必要以上にはしゃいでメイリンを一人にしないように誘導したと? 彼女が一人ではなく君たちか俺の元に来るような状況を作ったと?

 

 

「私が彼女に届けられた言葉は、あくまで貴方は一人ではないのだと、助けを求めても良いのだということ。私達がどれほど言葉を尽くそうと…おそらく彼女はこの戦争の責を背負うことをやめられないでしょう」

 

 

なるほどな…この戦争が続く限り彼女に…メイリンに真の安息はないと。いくら心を開いてくれたとしても、これまでの彼女のあり方そのものは変えられない、そう言うことか。

 

 

「そんな時、隣に彼女の手を握る者がいなければ、彼女を繋ぎ止める存在がいなければ…。もしかしたら、再び悲劇が繰り返されてしまうかもしれません」

 

 

だから、か。彼女を一人にしないために、俺かもしくはラクス、ミーアが隣にいられるように、わざとこうしてどんちゃん騒ぎを起こしたと。なるほど、納得はした。たしかに軍医の人が言うように、彼女は今この時ですら紛れもない経過観察中の精神疾患予備軍の患者だ。…失念していたのは俺も同じ、彼女たちを責められん。

 

もし眠っている間に何らかの悪夢か、それに準ずる記憶をフラッシュバックした際、再び自らを亡き者にしようとする可能性は…決してゼロではない。

 

だが…

 

 

「…君のやり方にしては、些か品性が足りない気がするな、ラクス」

 

「あら。明るく楽しく実用的に、それもまた心のケアですわ」

 

 

いやまあ確かに感情を露わにしてはいたような……ちょっと待て、なら今日は俺の部屋に泊まるということか、メイリンは。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 : 覚悟を胸に


…すみません、お昼に予約投稿ができていませんでした…。


はぁ…。あ、どうもこんにちはメイリン・ホークですよ。…ええ、そうです、今し方髪の毛濡らして寝巻き三割裸のノーブラ手ブラ(手にそれを持つと言う意味)で交際一日目の彼氏の部屋に駆け込んだバカチン女ですはい。

 

いやだって、仕方ないじゃん。目の前でラクス様に"お前の部屋、鍵壊れてるから"、とか言われたら逃げるしかないじゃんっ。しかもあのバカたれラクシーズを除いたら、私が知る限りこの艦に女性って三人しかいないんだよ?

 

ちなみにその一人であるミリアリアさんは二人の共犯だかんね、むしろこの人が私のプライベートルームぶっ壊した張本人だかんね。同時に私の運命的に見た時の恩人だからまた話が複雑なんだけど。

 

ラミアス艦長は…助けを求めたら保護してくれそうですが何やかんやラクス様に押し切られそうだし、そもあの人にはなるべくロアノークさんと一緒の時間を過ごして欲しいので私の良心に従って却下。

 

ヒルダさん? あの人がラクス様に逆らうわけないじゃないですか、秒で却下です。…まあ別の理由もなくはないですが、これ以上は彼女の内面的かつプライベートかつデリケートな話題になるのでしません、お互いのために。

 

どうしても気になる人はジェンダーに対するある程度の理解と寛容さを持ってご自身でお調べください。

 

とまあ、以上のことから、私が頼れるのはもはやこの艦内にはたった一人のみ。正義の名を冠する赤い機体を駆り、かのフリーダム(中身)さんの相方にして今さっき私なんかを守るなんて言ってくれた彼のみ。

 

…致し方なかったんですよ、他にどうすれば良かったんですか。黙って二人の人形になればよかったんですか、嫌ですよ私は。……まあ、ミーアさんとくっつきっこして寝るのは少しいいかなーとか思いまいいえそんなことはありませんカッパ海老せん、私は人形でもなければ子供でもないですからね、大人のれでぃーなんですから。

 

 

「よいっしょ…っ」

 

 

うし、これで無事に乙女の最強悩殺武装が一つ、ブラの装着も終わりました。にしてもアレですね、折角…かどうかは知りませんが私はアスランさんにジブラルタルで半裸を披露しなくて済んだのに、結局はここで似たような痴態を晒しているという。何という無駄な歴史の修正力、もっと他でやることあるやろがい。

 

 

「メイリン、とりあえずタオルとドライヤー、あと飲み物も持ってきたがど……」

 

 

どうする? と言おうとしたんでしょうね、アスランさん。私も今そう思います、どうします、これ。

 

 

「す、すまないっ!!」

 

 

慌てて扉を閉じて再び外に蜻蛉返りしていく彼と、それを見送る上半身オンリーブラの私。……咄嗟に声すら出なかった……すません、上半身ほぼノーガード&ノーロックのまま考え事するような救いようのないアンポンタンで。

 

…顔の火照りが引いたらドア開けますね、今しばらくお待ちください。具体的には二、三種の恥ずかしい思いによる体温の上昇が鎮静化したらです。

 

そうして、何とかかんとか無事に顔の火照りと体温の鎮静化が無事に終わった(と思いたい)頃。

 

 

「…お待たせしました。どうぞ、っていうかここあなたの部屋ですけど」

 

 

部屋の前で荷物持ちながら直立してる彼をそろ〜…っと中に招き入れる。てかめっさ荷物持ってんね、コス◯コ帰りかな。私あそこのトルティケーヤみたいなのめっちゃ食べてた気がする、もううろ覚えだけど。

 

 

 

「…いや、その。すまない、ノックをすべきだった」

 

 

どこの世界に自分の部屋に入る際にノックする人がおるんですかい。実家にいる時なんてお菓子食べながら足で開けてるわ私。お姉ちゃんと共用だからバレた時とかにめっちゃくちゃ怒られるんだけどね。

 

 

「…い、いえ。…ありとあらゆる意味で私が悪いですから、そんなに謝らないでください。私こそ、つまらないものをお見せしてしまって…」

 

 

にしてもなぁ…この人の女性遍歴…という言い方は悪意があるけども。ど直球でいくとラクス様からのカガリ様からの私だからね。宇宙レベルの女神⇨気高き獅子⇨カナブンみたいなもんだかんね、なんかもう全面的に申し訳ない。え? 何で私なん?

 

 

「えっと、その、別につまらないなんてことは…いややめよう、なんだか雲行きが怪しい気がする、この話は」

 

 

…同感です。そういうラブコメちっくなフラグは禄でもない方向に話が引っ張られていくお約束ですからね、はいしゅーりょーしておきましょう。

 

 

「とりあえず髪を乾かしてくれ、そのままでは風邪を引く。それと湯上がりなら水分補給も必要だろう。あとは…上に羽織るものも借りてきた、出来れば着ていてくれると助かるのだが…」

 

 

両手に抱えたものを次から次へと渡してくる彼の手から順繰りにものを受け取っていく。こんなに持ってくれたんですね、お手数おかけしてすみませんほんと。

 

ではとりあえずドライヤーからしてしまいましょうか、折角お風呂入ったのにベトベトでは気持ち悪いですし。

 

 

「あ、ありがとうございます。…では失礼して…ほっ」

 

 

見つけたプラグにコードを差し込み、長い髪の毛を温風で靡かせる。鏡がないのでいまいち加減が分かりませんが…まあ乾けばいいんですよ、乾けば。

 

にしても面倒ですよねドライヤー。これだけ長いとドライヤーだけで十分以上とか普通にかかりますから。世の中の女性ってすご、デート前にお風呂入ってドライヤーして化粧してオシャレして…狂気やん、もはやバーサーカー。そんなだから被ダメも与ダメも五割り増しなんかな。

 

朝シャンだけして部屋でひたすらアニメ観てたわ私なんて。まあそんな私を強引に外に連れ出していくのがお姉ちゃんなんだけどね。

 

恋愛経験二日目のぽんちくりんは既に路頭に迷いそう。

 

 

「? どうかしました?」

 

 

先の見えない未来と己の過去を照らし合わせて暗夜航路しながら、髪の毛ぶふぁーしてたらアスランがぼーっとこっち見てる。どしたんだろ、なんか用事? あ、不法滞在に関しては見逃してください、終わったらすぐに出て行くつもりなので。

 

 

「い、いや…なんでもない。その、大変そうだな、と」

 

 

ほんっとにね。そういうあなたも男性にしては長めですよね、ってよく見たらあなたこそまだまだ髪の毛に湿り気残ってるじゃないですか。男性だからってドライヤーサボりましたね、お説教ですよもうっ。

 

私? 私はほら、やむを得ない事情(ラク以下省略)がありますからノーカンで。何なら走りながらセルフエコドライヤーしたのでいいんです。

 

 

「アスランさん」

 

 

手招きでひょいひょいとやると目をパチクリしながら近づいてくる。

 

 

「屈んでください」

 

 

身長差で上手いこと出来ないんですよ、ほらほら。訳もわからず私の目の前で膝を折る彼の頭を抱えるようにして紺色の髪に残った湿り気をドライヤーの熱風で吹き飛ばす。さあいけピジョット(ドライヤー)、ドリルくちば、間違えた、かぜおこしです。

 

 

「なっ!? おいっ!?」

 

「動かないでくださいよ、まだ乾いてないじゃないですか」

 

 

ジッタンバッタンと暴れそうな彼の頭を片手と胸を使ってホールドしつつ最も濡れている…とうよりは湿っていると思われる後頭部を熱風でなぞる。ほれみそ、水滴だけは拭き取りましたーくらいにしか拭けてないじゃないですか。風邪ひきますよあなたこそ。あと起きた時にトルネードになりますよ、髪が。

 

 

「ふぅ…これでよし、もういいですよ」

 

 

拘束していたアスランの頭を解放して私は再びなっがい髪の毛との戦いを再開する。はぁ…髪の毛に撥水加工したい。多分私の背中側にいるアスランさんの顔が真っ赤だと思うのでここは武士の情けで振り向かないであげましょう。アバンギャルドな女は気遣いが出来るのです。

 

……決して終わった後に自分がやったことに気づいたとか、彼の顔を鏡にして自分の顔色を想像したとかじゃないですから、ええ違いますとも。

 

 

* * * *

 

 

疲れた。何か今とっさに喋れと言われたら脊髄反射でそう答える自信がある。そろそろ今日という激動に次ぐ激動な一日を終えても許されるのではないだろうか。というか許してくれ、お願いだから。

 

…あ、いや…そう言えばまだ残っていた、ラクスとミーアというその気になれば今すぐにでも世界を混乱に陥れることすら可能な二人による優しさと悪戯混じりな陰謀が。

 

 

「…うーん、やっぱりこれサイズ合わないですね」

 

 

そう言って俺に振り向く彼女の服装は、先程よりも幾らか布面積が増して俺の目に優し…、

 

 

「…こういうの、趣味だったりします?」

 

 

くなってないじゃないか馬鹿。

 

 

「違う、いや決して悪いというわけではないが…ってそうじゃなく」

 

 

キョトンとしている彼女は今し方に俺の目と心を毒した薄着の上に、頼むから何かないかと艦内探索をした俺にミーアが半ば強引に持たせてくれたワイシャツだ。

 

が、どうもシャツのサイズが幾分か大きかったようで…見方によれば今の彼女はワイシャツ以外は何も身につけていないようにも見えてしまう。ショートパンツが完全にシャツの下に隠れてしまっているのが最たる原因だろうか。それとも袖口から除く腕部分が指の第一関節しかないところか。

 

……ほんっとに許さないからな、ミーア。この戦いが終わったら覚悟しておけよ。

 

 

「違うものを探してくる、君の部屋になら他にあるだろう」

 

 

流石にその…扇情的過ぎる。もう迷わずに長袖と長ズボンを取ってこよう、それが俺のためであり彼女のためであり宇宙のためだ。なんならパーカーとズボンとかでもいい、というか布があればなんでいい。

 

 

「いえ、もういいですから。なんか申し訳ないですし…」

 

 

…メイリン、悪いが今の俺にとっては君がその格好で俺の部屋にいることが最大の問題なんだ。そしてそんなあられのない姿で俺の袖を掴み俯く動作すら俺の心に巨大な波風を立てていることを自覚してほしい。

 

 

「ご迷惑おかけしました、戻りますね。明日…最後の戦いになるでしょう、ゆっくり休んでください。おやすみなさい、アスランさん」

 

 

……そうは問屋がなんとやらでな。少しぎこちなさげにではあるが微笑んで背を向ける彼女の手を掴む。ミーアとラクスがはしゃいでいた通りに、いや想像以上に小さな手だった。

 

 

「アスランさん?」

 

 

キョトンとする彼女の表情に心をくすぐられることを感じつつ、俺は二人に言われたように彼女に選択肢を提示する。…まあ、選択肢と言ってはいるが実際には意思確認のようなものになってしまうのだが。

 

 

「すまない、今の君を一人にするわけにはいかないんだ。ここか、ラクス達の元か…病室か。悪いが選んでくれないか?」

 

 

…情けない、と言われるかもしれない。だが流石に交際初日である彼女に部屋に泊まっていけと言えるほど剛毅な精神は持ち合わせていない。願わくばラクス達の元が安定な気がするのだが…。

 

 

「ここではない選択をするのなら送る。どうする?」

 

「…いや、どうすると言われましても…」

 

 

困惑するよな、だがわかってほしい。君を、他ならぬ君から守るためにはこうするしかないんだ。

 

 

「まあ…言わんとしていることは分かりました。けど、私がここに残ると言ったらアスランさんどこで寝るんですか?」

 

「…うっ」

 

 

…生憎、この部屋にはベッドは一つしかない、しかも一人用。もちろんここは彼女に譲る、というか使ってくれ。俺は…まあシーツでも借りてきて床で寝るか…椅子に座って机に突っ伏してでも寝るさ、最悪な。

 

 

「言っておきますが、床とか椅子とかはダメですよ。パイロットであるあなたにこんなことでコンディションを崩されたら未来も何もないです」

 

 

しかしだな、そうする他に道がないんだ。俺のことは大丈夫だから君がベッドを使え。悪いが俺が駄目というがこっちとしても君を床や椅子で寝かせるつもりはないからな。

 

 

「…今更病室は嫌ですし、あの二人のところはもうゴリゴリなので…必然的にこちらにお世話になろうかと思うのですが」

 

「…そうか、なら」

 

「ただし。私からも条件があります」

 

 

…一応、聞いてみよう。なんとなく、予想はついているのだが…。

 

 

「…ベッドは、その…ふ、ふた、ふちゃりでつか、つかかうというにょがですにぇっ」

 

 

……言えてないぞ、なにも。自身の髪よりも顔を赤くした彼女を見て、ああ、自分も今似たような顔をしているのだろななと、どこか他人事のように思った。

 

明日は最後の戦い…らしいと言うのに。なかなかどうして、前途多難だな、まったく。

 

 

 

 

* * * *

 

 

支度を済ませ、二人してベッドに入り消灯すること幾数分。自然と互いに背中合わせの姿勢となり、現在俺は背中越しに感じる己のものではない体温や甘い匂いやらを無視しようと壁と睨めっこしている。

 

目を瞑れば視界が閉ざされる。そうすれば自然と視覚以外の感覚が鋭敏になってしまうため、今は何としても目を閉じるわけにはいかなかった。

 

駄目だ…かんっぜんにラクスとミーアの術中に嵌ってしまっている、彼女のためだと必死に自分に言い聞かせてはいるが、そうでない想像をしてしまうのは男の性だろうか。

 

……とりあえずこの戦いが終わったら必ず何かしらの方法で二人には報復してやるとしよう、いつもいつもやられてばかりだと思うなよ。

 

 

「…起きてますか、アスランさん」

 

 

俺が心の内に小規模な反逆の火を灯していると、背中から細く囁くような声が聞こえてくる。

 

 

「…生憎と、この状況下ですんなり眠れるほど能天気な性格ではない…つもりだ」

 

 

どっかのフリーダム(中身)と違ってな。あいつのそう言う話、一切合切ほとんど聞いたことないから詳しいことはわからないが。

 

 

「…私もです。ねぇ、眠れないついでに、ちょっとディープなこと聞いていいですか?」

 

「…好きにしてくれ。俺も少し聞いておきたいことがあるしな」

 

 

特にさっきのこととかな。君のその眼は…いつから、なにを、どこまで見ていたのか、見ているのか、とか。

 

 

「…多分、話ついでにお答えできると思いますよ」

 

「…そうか。それで? 聞きたいことというのは?」

 

 

世の中には深夜テンションなるものがあるらしいが…なるほど、暗闇というのは人の本性を曝け出す手助けをするような性質があるのだろうか。言われてみればいつもより幾分か内面の鍵が緩い気がする、気のせいかもしれんが。

 

 

「…アスランさん。今更なんですけど…カガリ様とはどうしたんですか? 指輪、渡してましたよね。たしかプラントに渡る前に、セイバーを受領する直前、でしたっけ。ほら、ヘリに乗る前に」

 

 

…本当に、まるで見ていたかのような言い方だ。今更、なのかもしれんが。

 

 

「…フラれたよ、時間的には昨日に。俺から言わなきゃいけなかったのに、気付いたら全部言われて…指輪も海に投げられた」

 

 

俺が悪いのに。俺が背負う罪だったのに。それなのに、カガリに背負わせてしまった。…いや、背負ってくれたんだ、俺のために、そして何よりメイリンのために。

 

 

「…私のせい、ですね」

 

「ちがう、これは俺の問題だ。君がとやかく言う問題じゃない」

 

 

人として、男として。俺の不甲斐なさが招いた結果だ、君が背負うべきものなんて一つもない。

 

 

「…ねぇ、何で私なんですか? あなたならもっと素敵な人、たくさんいるのに。それこそカガリ様やミーアさんとか」

 

 

…何で、か。なんでなんだろうな。というかミーアを入れるな。

 

 

「…未来が見えるなんて妄言かまして、散々見捨てて、切り捨てて。気持ち悪くないんですか、憎くないんですか。私…あなたにこうまでして守ってもらう価値のある女なんですか」

 

 

………………。

 

 

「あなたの仲間も家族も見殺しにして。ハイネさんやミーアさんだって見捨てるつもりだったような汚らしい女を、守る価値なんてあるんですか」

 

 

…家族、か。口ぶりからして血のバレンタインとジェネシスのことを言っているのだろうな。それとミーアにハイネ、か。…ハイネもまた、君の見た未来には生きていなかったんだな。

 

そんな彼が俺たちを…彼女をその手で撃ったと…なんとも皮肉な話だ。

 

 

「…知っていたから、どうしたと言うんだ。知っていても、何も出来ないことだってある。ただ事実だけを突きつけられて、それだけで君が悪いんだと、一体誰が言う」

 

 

知ろうとしたわけでもなく、ただこうなるのだと知らされたところで一体彼女に何が出来たと言う。まだ軍人ですらなかった少女に、世界は何をさせようとしたんだ。

 

それに、

 

 

「救いたいと思ったから、そうしたんだろ? ハイネも、ミーアも」

 

「…偽善ですよ。自分に預かり知らぬ命は切り捨てるのに、目の前で散るのは見逃せない。…ただの卑怯者です、自身の手を汚したくないだけの臆病者です」

 

 

たとえそうだとしても。その行いが偽善と言うのだとしても。

 

 

「…先日のプラントを撃ち抜いたあの兵器、レクイエムの話は聞いているか?」

 

「…ええ、()()()()()()

 

 

超射程超出力のビームを廃棄コロニーを利用して屈折させる恐ろしい戦術兵器。プラントを貫き蹂躙せんとした光は、たしかに多くの被害をもたらし多数の死者を生み出した。

 

だが、

 

 

「…ビームを屈折する中継ステーションを巡る攻防戦には、ハイネとデスティニーの姿もあった。彼がいなければ、さらに多くの被害が出ていたかもしれない」

 

 

いや、間違いなく出ていただろう。デスティニーの力はそこいらの量産機など歯牙にも掛けないほどに圧倒的だ。それは実際に戦った俺が知っている。

 

そんな機体とともにハイネがいたからこそ、プラントの被害は最小限に抑え込まれたんだとしたら。もし彼がいなければ、もし中継ステーションの破壊がもう少し遅れていたならば。プラントはさらに多くの被害を被ったかもしれない。さらに多くの死者を生み出していたかもしれない。

 

 

「全てを救えたわけじゃないのかもしれない。でも、それでも確かに、救われた命がある。今があり、未来がある。罪だけが君の全てじゃないんだ、メイリン」

 

 

見捨てて、切り捨てた。その言葉が全て間違いだと言うことは出来ない。いくら俺が言葉を尽くしたところで、今すぐに彼女の在り方を変えることは難しい。だから、言葉では足りぬと言うのなら。

 

 

「…君は俺が守る。何に変えても、何と戦うことになったとしても。いつか君が心から笑えるようになるまで、そんな世界になるまで」

 

 

行動で示そう。この戦争を止めて、議長を止めて。もうこれ以上、彼女が罪を背負わなくていい未来を。全てを取り戻し、当たり前だった日々に彼女を送り届ける。

 

そのために、俺は俺の力を使う。何に強制されるわけでもない、俺自身の意思で。

 

 

「…ふふっ。すみません、少し意地悪な話でしたね」

 

「まったくだ。気が気じゃない」

 

「…でも、一つ答えてもらっていませんよ」

 

 

…? と言うと?

 

 

「…どうして、私なんですか? こう言ってはなんですけど、そんなにアスランさんと関わった記憶がないと言うかなんというか…」

 

「…それを言うなら、なぜ君は俺を受け入れたんだ。あまり自分から話すのもどうかと思うが、中々の女性遍歴だぞ、今の俺は」

 

 

世間一般から見れば、間違いなく女性の敵に括られる人種だと思う。なんせ婚約破棄を行った舌の根も乾かずにこうして彼女と関係を持っているのだから。もちろんそこに至るまで日にちだけでは到底説明できない多種多様紆余曲折なあれやこれやがあると言えばそうなのだが。

 

 

「…はっきりとは、わかりません」

 

 

………………。

 

 

「…でも、何もかも怖くなって、耐えられなくなって…。どこにも逃げられなくて。全部終わりにしようとした私を、あなたは繋ぎ止めてくれた」

 

 

…無我夢中だった。いなくなったと聞いて、走り出して、目の前でナイフを握る君を見て。…考えるより先に体が動いていた。

 

死んでほしくなかった、生きていて欲しかった。ただその一心で、気づいたら君を抱き締めていた。

 

 

「こんな私を守ると言ってくれた、こんな私の手を握ってくれた。…私は、あなたを愛したい。あなたに愛されることが赦される私になりたい、あなたを愛することが赦される私になりたい」

 

「…メイリン…?」

 

 

何を言っている、赦される? そんなことは、

 

 

「私、議長に会います」

 

 

…っ!?

 

 

「会って、終わらせてきます。世界のためとか、未来のためとか、そんな大層な物じゃなくて。私自身のけじめのために」

 

 

起き上がり、振り向いた先には。俺と同じく体を起こした彼女が、暗がりのなかただ前を向いて言葉を紡いでいた。その声音は、いつかの一本のコーヒーを受け取った時のように静かで、透き通っていて、それでいて強い意志を感じさせるようなそれだった。

 

 

「今まで、沢山の人達に押し付けてきました。運命を、役割を、死を。私には何もない、何も出来ない、だから仕方ないんだって、必死に自分に言い聞かせて」

 

「しかし、」

 

 

どうするつもりだ、まさか戦闘中に敵要塞に乗り込むとでも言うのか、君一人で。そんなこと、

 

 

「でも、それももう終わりにします。押し付けるのも、逃げるのも。だから、私行きます。行って、終わらせてきます」

 

「駄目だっ!!」

 

 

許せるわけないだろうっ。危険すぎる、君が一人で議長に会うことも。戦う力を持たない君が戦場に身を晒すことも。

 

 

「忘れたのかっ! 議長は俺ではなく君を消そうとしたんだぞっ!! そんな君がのこのこ彼の前に姿を現したら間違いなく殺されるっ!! 第一、どうやって彼の元に行くつもりだっ!!」

 

 

モビルスーツもない、フリーダムやジャスティスに乗せるわけにもいかない、乗せるつもりもない。あんなものに乗るのは俺たちだけで十分だ。

 

 

「エターナルに搭載されているはずの内火艇(ランチ)を使います。大丈夫ですよ、流石に操縦方法くらい心得てます」

 

「そう言う問題ではないっ!!」

 

 

あんなもので戦場に飛び出すなど自殺行為だ。一度でも敵機に狙われたらそれで終わりなんだぞ。

 

 

「お願いします、行かせてください。私を想ってくれるなら、こんな私のことを大切だと思ってくれるなら。誰のためでもない、私自身が歩みを進めるために」

 

 

……しかしっ…!

 

 

「大丈夫ですよ、タイミングは間違えません。分かってますから」

 

 

………メイリン……。

 

 

「約束します、必ず戻るって。必ず帰ってくるって。あなたの…元に」

 

 

そう言って俺の胸元を掴む彼女が、微笑みながらそっと目を閉じる。……わかった、それが君の望みなら。君が自身の未来に踏み出すために必要なことだと言うのなら。

 

守ってみせる、君を、君達を。何度目も分からない決意を胸に、暗闇のなか華奢な彼女の身体を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。

 

この微笑みを、温もりを。たとえ何と戦うことになろうとも、俺が守る。

 

シン、ルナマリア…悪いが加減はしない、全力でお前達を打ち倒す、そして彼女に引き合わす。

 

彼女の悲しみも、お前達の悪夢も、明日で全て終わりにしてやる。だからそのために、もう一度俺に力を貸せ、ジャスティス。彼女たちを捕らえる暗雲を切り裂き、俺の正義を示すために。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話 : 狂い出す歯車

 

 

はい、おはようございます、メイリン・ホークです。…久しぶりに、普通の朝というものを感じて少し呆然としそうです。本来、私は朝ちょい弱乙女なんですが…まあ状況が状況なのでお目目ぱっちりんこです。

 

あ、言っておきますがキスと添い寝以上のことはありませんでしたからね、そこんとこ誤解なきようにっ。でも生まれて(多数の意味)初めての男性の腕枕はえもいわれぬ安心感と温もりがありましたとだけは感想として述べておきますはい。

 

それにアークエンジェルに来てからは目の前の現実と訪れる未来から逃げるようにシーツ引っ被ったり、生きて目覚めた事実に舌打ちしたり、そもゴリゴリに不健康な精神故にまともに寝れなかったりとかなりストイックな自業自得をしていたものでして……。

 

久しぶりの普通の朝が、世界の運命を決定づける戦いの前に残された最後の猶予だなんて、なんかなぁ…って感じがしますけど。

 

 

「たしかこの辺に…あった」

 

 

ちなみに、今は自室…というか自室に割り当ててもらっている部屋にきております。隣で綺麗な寝息を立てるアスランさんを起こさないよう抜き足差し足忍び足レバ刺し馬刺しでサイレントに部屋を後にして、朝シャンでかなぐり捨てた女子力を取り戻して、取るべきものを取りに自室に戻ってきた、って感じです。

 

久しぶりに袖を通すそれはどこか懐かしいような、それでいて切り捨てた過去の温もりを目の当たりにして物悲しいような。いけない、そんなことを考えてる暇はありません。

 

今は、そして今日は。やるべきことをやらないと。

 

とりあえずアスランさん起こしますか。彼女におはようって起こされるって彼氏の理想シチュTOPファイブですよね。俗に言う朝チュンです、これは勝ちました。はいそこ既にキャンベル何某がやってるとか言わなーいっ。

 

そんなわけで朝シャン洗顔歯磨きお着替えを終えたパーフェクトFAメイリンと化した私はそれなりにしっかりとした足取りで今も眠るであろうアスランさんの自室に向かいます。誰かに会うかなーとか思いましたが皆さん真面目にお仕事されるようで通路は無人の極み。

 

 

「おはようございます、アスランさん」

 

 

とりあえずノックなしで入った部屋では予想に反して既に着替え諸々の支度を終えた彼がベッドに座っていました。あら、朝は割と普通な方なのね。

 

 

「ああ…っ…おはよう、メイリン」

 

 

少し、言い淀みましたね。まあ仕方ないないでしょう、今の私はザフトの緑服を身に纏い髪を二つ結びにした、原作準拠なメイリン・ホーク。あなたからすれば、ミネルバで見ていた私そのものですから。

 

…大丈夫ですよ、少し気合いを入れたかっただけです。死装束にするつもりはありません。約束しましたから、必ずあなたの元に帰ると。

 

数瞬の沈黙の後、鳴り響く呼び出し音に振り返ると、モニター越しにいるのはかのお二人。アスランさんに視線を合わせると、彼は無言で頷き立ち上がる。

 

 

「おはよう、二人とも」

 

「おはようございます、アスラン、メイリンさん」

 

 

ふむ…流石に雰囲気が違いますね。柔和に笑ってますが、その裏に秘めた覚悟は本物、昨日にどんちゃん騒ぎをしたとは思えないくらい別人です。

 

…ええ、行きましょう。直に始まるはずです、彼による人類に対する最終演説が。…いいえ、違いますね。私達がそれを彼の最後の演説にするんです。

 

 

* * * *

 

『皆さんにも、すでにお分かりのことでしょう。有史以来、人類の歴史から戦いのなくならぬ訳。常に存在する最大の敵…それは、いつになっても克服出来ない我ら自身の無知と欲望だと言うことを』

 

 

ラクス様とキラさんとともにアークエンジェルのCICに辿り着いた後に

小一時間。メサイアからと思われる彼の中継がモニターに映し出される。

 

ギルバート・デュランダル。私達の目下最大の敵にして、私がこの数時間後に堕ちゆくメサイアで相対する人物。

 

 

『地を離れて宇宙を駆け、その肉体を、能力を、様々な秘密をも手に入れた今でも、人は未だに人を分からず、自分を知らず、明日が見えないその不安。より多く、より豊かに、飽くなき欲望に限りなく伸ばされる手。それが今の私達です』

 

 

だから自らが管理すると。お前らは自分のことすら分かってねーからこっちで適性測って割り振ってやるよと。

 

そして、従わないなら滅ぼすぞと。

 

 

『全ての答えは、皆が自身の中に既に持っている』

 

 

分かってますよ、あなたが争いのない世界を目指して今も必死に戦っていることは。たとえその始まりが自らの過去であるとしても。いつか知って絶望するくらいなら、初めから知っておけ、そう言いたいのだとしても。

 

 

『私は、人類存亡を賭けた最後の防衛策として、デスティニー・プランの導入実行を、今ここに宣言いたします!!』

 

 

私はあなたを否定する。人類のため、未来のため、そんなご大層なものなんかじゃない。私が幸せになってほしい人達のために、私が守りたい人達のために。

 

誰かに何かを強いなければ実現しない未来を見るのは、もう辞めました。だから……っ。

 

 

「メイリン…っ」

 

 

…そんな顔しないでください。こうしてあなたが隣にいてくれるから、あなたが私の手を握ってくれるから、あなたが待っていてくれると知っているから、私は行けるんです。

 

さあ、議長。ジブラルタルでの続きと洒落込もうじゃないですか。他者に運命を押し付けた未来を描こうとした者同士、いっちょ腹割ってお話ししましょうよ。

 

 

 

* * * *

 

 

「…議長…」

 

 

つい今し方に放送された議長の演説、その内容のあまりの突拍子のなさに俺は驚愕した。したけど、少しだけ納得…とは違うけど、ああ、これが議長の理想なんだなって気もした。

 

ジブラルタルで議長が言ってたこと。自分に出来ることをして、誰かの役に立って、満足して。みんながそうならもう戦争なんか起きないって。これがそうなんだなって考えると、まあ多少は。

 

…それに、今の俺にとって優先することはそこじゃない。

 

 

「ルナ、喉乾いてないか? ちゃんと水分取らないと駄目だぞ」

 

「…………」

 

 

…あの日、ダイダロス基地でジブリールを撃った日からずっと、抜け殻のようになってしまったルナの面倒を見る方がよっぽどだ。

 

あれ以来、仇を撃って嗤う声を聞いて以来、ルナは殆ど喋ってない。いや、喋るどころか、()()()()()()()()

 

ご飯を食べよう、水を飲もう、シャワーを浴びよう。何かしようと訴えかけなければ、それこそひたすらメイリンと過ごした部屋のベッドから動こうとしない。光を失った空洞のような瞳で、ただずっと失った温もりがあった場所に座っているだけ。

 

唯一行動を起こすとすれば、俺が一人で部屋を出て行こうとすると袖を掴んでか細く俺の名前を呼ぶくらい。

 

まあ、ご飯は一緒に取りに行けばいいし、水分補給も予め用意しておけば問題ない。けどシャワーは無理だ、流石に人の目があるしそもそもそういう問題だけじゃない。

 

だから、そこだけは艦長にお願いしてる。事情を察してる艦長は一日に一回、俺達…というかルナの様子を部屋まで見に来てくれる。その都度、ルナをシャワールームまでお願いしてるって感じだ。

 

忙しいはずなのに、なにかと時間を作って俺たちを気にかけてくれる艦長にはほんと感謝しかない。多分副長とかが代わりにブリッジにいてくれてるんだろうから、正確には艦長だけじゃないんだろうけど。

 

なんなんだ、メイリンの仇を討つためだけに戦って、傷ついて、苦しんで。それが終わったらもう何もないってか。……何でだよ、もういいだろ、もう十分ルナは頑張ったじゃないか。

 

……解放してくれよ、彼女を。これ以上、彼女から心を奪わないでくれ。俺から…ルナまで奪わないでくれよ。

 

 

『シン、少しいいか』

 

 

……レイか。ああ、さっきの議長の話だろうな。僅かな躊躇いもなく部屋のロックを解除してレイを中に招く。…ごめんな、わざわざ話しにしてくれたんだろ。俺が…俺たちが簡単に部屋から動けないことを分かってるから。

 

 

「…大丈夫か?」

 

 

…別に、いつも通りさ。

 

 

「平気だよ。さっきの…議長の話だろ、どうしたんだよ」

 

 

どのみち、レイは知ってたんだろ。戦えというなら戦うだけさ、ルナの分まで。もう二度とインパルスを、ルナを戦場になんて出すもんか。

 

 

「落ち着いているんだな。てっきり慌てふためいているんじゃないかとこうして来てみたんだが」

 

 

…ああ、こういう状況じゃなかったら、多分俺から話に行っただろうさ。

 

 

「…これから大変になるから、気合い入れろって話か? 分かってるさ、戦争のない世界を作る、平和な未来を作る。デスティニープラン? ああ、やってやるさ、それで世界が変わるなら」

 

 

それでルナが戦わなくていい世界になるのなら。もう二度と彼女が傷つくことのない世界になるのなら。

 

 

「全部ぶっ潰してやる。邪魔をするなら、俺が」

 

 

それを遮るなら、彼女をこれ以上脅かすのなら。彼女の安息を妨げるというのなら。俺が潰す、全部全部叩き潰してやる。たとえそれが…かつての仲間なんだとしても。

 

 

「………シ、ン……」

 

 

……っ!? 黒い感情に飲み込まれそうになった俺の袖口を、弱々しく彼女が掴む。……そうだ、そうだよ。

 

 

「…ごめん、怖かったな」

 

 

作るんだ、今度こそ。争いのない、平和な世界を。あったかくて優しい世界を。そうしたら、そうすれば…いつかきっと…ルナの心も。

 

 

「…そうか。分かっているなら、いい、邪魔したな」

 

 

背を向けて部屋を出ていこうとするけど……レイ、なんかさっきから体調悪そうじゃないか? 何となくフラフラしてる気がする。

 

 

「待てよレイ、気分悪いなら無理すんなよ、休んでけって」

 

 

明らかに様子がおかしい、額の冷や汗だって増えてきてる。そんなで帰れるかよ、ゆっくりしてけ。

 

 

「…なんでもない、構うなっ!!」

 

 

…っ!? 

 

 

「…レイ……?」

 

 

肩にかけた手を振り解きながら、聞いたことのないような怒号をあげるレイの姿に、咄嗟に体が固まった。

 

 

「…っ。すまん、少し感情的になり過ぎた」

 

 

そう言って、ポケットから取り出したカプセル状の薬品が入ったボトルから掌に数粒取り出して一気に飲み込む。おいおい、水もなしにそれは駄目だろ。

 

慌ててテーブルの上に並べておいた水の入った新品のボトルをレイに手渡す。ルナのために貯蓄…というか掻っ攫ってたのがまさかこんな形で役に立つなんてな。

 

 

「…悪いな」

 

 

手渡したボトルを素直に受け取ったレイが蓋をあけてそのまま小さく一口水を飲む。壁に寄りかかってたり、目と目の間を手で抑えたりはしてるが、顔色は少し良くなった…よな。

 

 

「…今のなら気にするな、持病のようなものだ。それよりもさっき自分で言ったこと、忘れるなよ」

 

 

気にするなって…無理だろそんなの。今まで一回も見たことないぞあんなの。ずっと隠してたのかよ。

 

俺が何か声をかけようと思考している中、レイは何事もなかったかのように俺たちに背を向けて去っていこうとする。

 

 

「待てって。どういうことだよ、何だよ持病って。大丈夫なのか?」

 

 

いきなり親友のこんな姿見せられて、はいそうですかって納得できるか。

 

 

「…シン。この先、お前には幾つもの試練が待ち受けている。これまでとは違う見方、そして選択を迫られることもあるかもしれん」

 

「いや、だから」

 

 

そんなことよりも、レイのことだろ。なんなんだよ、どいつもこいつも勝手に抱え込んで、勝手なこと言って。

 

 

「だが何があっても、決してルナマリアの手を離すな。たとえ何を犠牲にすることを迫られても、絶対に彼女を選べ。それがお前にとって全てを守ることに繋がる」

 

 

…なんだよ、何が言いたいんだよ。やめろよ、そういうこと言うの、こんなのまるで。

 

 

「…分かってるよ、そんなの。けど、何で急にそんなこと言うんだよ、やめろよな。なんか、ドラマで死んでく親父みたいだぞ、それ」

 

 

まるで、もうすぐ自分はいなくなるみないな。そんな感じがするようなこと、言うなよ。もうこれ以上失いたくないんだよ、レイまでいなくなったら、俺たちは、

 

 

「…実際、俺にはもう、そう時間は残されていない」

 

「…え…?」

 

「テロメアが短いんだ、生まれつき」

 

 

………は? テロメア? ふざけんな、何言って、

 

 

「…俺は…クローンだからな」

 

 

 

 

* * * *

 

 

デスティニー・プラン。生まれ持った遺伝子で個人の未来を予め決定、管理する世界。人の意思ではなく、遺伝子によって全てを決定して統治する世界。

 

…そう、それが、貴方の選択なのね…ギルバート……。

 

 

『艦長、艦隊司令部より入電です』

 

 

…いけない、少し思考に没頭し過ぎたかしら。自室として使っている艦長室、そのシートに預けていた身体を起こして端末のキーを押す。

 

 

「なに、アビー」

 

 

メイリンの代わり…という言い方は好きではないのだけど。あの子の代わりにそこに座る彼女の名を呼ぶ。あの子と違って悪さもしない、艦内システムにハッキングなんて大問題も起こさない、至って普通のオペレーター。あの子と比較すると、少々実践経験が浅い一面があるけれど…って。

 

…切り替えなさい、今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。

 

 

『連合軍、アルザッヘル基地に動きあり。月艦隊並びにミネルバは直ちに座標、四二八六に集結せよ』

 

「分かったわ」

 

 

…そう、今はそんなこと考えてる暇はない。今は…戦わないと。

 

 

『…それと、これはメサイアから、なのですが』

 

 

メサイアから? ということは議長…ギルバート? それにアビーのどこか言い淀む声音を気になるわね、一体どうし

 

 

『レイ・ザ・バレル及び…その…ルナマリア・ホークに、メサイアへの招集命令です』

 

 

…何ですって…?

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話 : 憎悪の矛先は

お久しゅうございます。仕事やら何やらでゴッタごたしておりました。何とか投稿させて頂きますが、もしかしたら手直しのために削除、再投稿の可能性が微レ存ヌです。

メリークリスマス、1人でお過ごしの同志の方も、そうでない幸せな方々にも、どうか等しく祝福のあらんことを。


「…クローンって…なに言ってんだよ、レイ」

 

 

突然の告白に、俺は硬直した。意味がわからなかった、発せられた言葉の意味を脳が理解するのにこうも時間を要することがあることを初めて知った。

 

クローン? 誰が? もちろん、レイが。

 

 

「キラ・ヤマトという夢のたった一人を生み出す為の資金として俺は、俺たちは作られた。恐らくは、ただ出来るという理由だけで」

 

 

なんだよそれ。意味がわからな……待てよ、キラ? キラってどこかが聞いたような…。そうだ、確かアスランが。

 

 

「そうだ、キラ・ヤマト。お前も戦場で既に会っている()()()()()()()()()()()。奴を産み出すための糧として、俺は生み出された」

 

 

………嘘だ。そんなの、だって、

 

 

「人より早く老化し、もうそう遠くないうちに死に至る。それが俺の運命であり、決められた結末だ」

 

 

ま、まてよ、待ってくれ、そんな、そんなのは、

 

 

「だがただ朽ちるのを待つつもりはない。その前にこの戦争を終わらせて、新たな世界を作る。二度とお前達が何かを失わなくてもいい世界を、悲劇なき未来を」

 

「レイ、まーー」

 

 

やめてくれ、頼むから。もう俺たちから何かを奪わないでくれ。これ以上誰もいなくならないでくれ。なんでこうなる、アスランも、メイリンも、レイも。

 

なんでいなくなる、なんで守れないんだ。まだ足りないのか、なにが足りないんだ。なんで失ってばかりなんだ、俺たちは。戦って戦って、なんでその先には何もない。守る為に戦ってるのに、気付けば大切なものは全て俺の掌から溢れていく。

 

何のために、俺たちはこれ以上失えばいい。俺は、俺には、なにも守れないのかよ…っ!! ルナも、みんなも、なにもっ!!

 

 

「生きろよ、お前達は。この先も、世界が変わった後も。戦争さえなくなれば、争いさえなければ、再び光が見えてくるかもしれない。…お前が守るんだ、シン。世界も、未来も……ルナマリアも」

 

 

まて、待ってくれ。俺は、

 

 

「待てってっ!! レーー」

 

 

『シン、ちょっといいかしら』

 

 

……艦長…? こんな時に一体何を。唐突な通信でさっきまで考えてたことが全部吹き飛んだ。言いたいことを言えなかったもどかしさからチラッとレイに視線を向けると、通信に出ろって指で促された。そんなレイの態度と直前のやりとりを思い出してまた頭の中がごちゃごちゃしそうになるのを堪え、平静なフリをしてコールボタンを押す。

 

 

「シンです。艦長、どうかしたんですか?」

 

 

そういやミネルバ動いてるよな、これ。出撃待機しとけってことか? …いや、それなら先にブリッジに呼ばれるはずだ、こんな細々とした通信なんかじゃなくて、艦内放送で。

 

 

『…少し厄介なことになって。ルナマリアは一緒かしら? 出来ればレイも呼んで欲しいのだけど』

 

「艦長、先程まで少しシンと話をしていたところで、皆揃っています。如何されましたか?」

 

 

俺が何か言う前に、レイが自分もいるという報告を兼ねて通信に顔…というか声を出した。俺たち三人に用事って…しかも通信で? ますますわからない、一体なにがあったんだ。

 

 

『そう、ならちょうどいいわ。…今ミネルバはアルザッヘル基地の動きを察知した司令部の命令であるポイントに向かっているわ。…それに際して貴方たちのうち二人に、メサイアに機体と一緒に出頭するよう命令があったの』

 

 

アルザッヘル…連合軍、まだ戦う気なのかよ。っていうか俺たちの中から二人はメサイアにって…いや、それは…っ!

 

 

『レイ、そして…ルナマリア。直ちに出撃準備をして頂戴。貴方たち二人には、準備ができ次第メサイアに向かってもらいます』

 

 

っ!?

 

 

『シン、気持ちは分かるけど…これは命令よ。こうなると思ったから通信を使ったの。それと、貴方には個別に議長からお話があるそうよ。艦長室のロックを開けてあるから、そこであちらからの連絡を待ちなさい』

 

 

……待ってくれ、今のルナはもう戦える状態じゃない。そんなの艦長だって分かってるだろ、なのにどうして…っ!

 

 

『…以上よ。三人とも急いでね』

 

 

それを最後に、艦長からの通信は途切れる。…何で、何で何だ。どうして俺じゃなくて、ルナを…。

 

 

「シン、聞いていたな。艦長室に行け、万が一にも議長をお待たせするようなこと、あってはならん」

 

「…分かってる! でもっ!!」

 

 

激昂する俺の肩を、レイが片手で掴む。その痛みと振動が、取り乱した俺の思考を少しだけ鎮静化…させてくれた気がする。

 

 

「落ち着け。メサイアに行くと言うことは議長に直接お会いする機会があると言うことだ。俺からも少し掛け合ってみる、可能性は低いだろうが、何もしないよりはいいだろう」

 

 

……レイ……。

 

 

「お前ほど上手くは出来んが、なるべくはルナマリアが落ち着けるよう最善を尽くす。だからお前はお前のやるべきことをやれ、いいな?」

 

 

……分かった。ここで騒いだって何もならないよな。それに、ルナを一人残して俺たち二人がメサイアに行ったりするよりはいいのかもしれない。

 

レイが付いていてくれるなら。今は…そう思うしかない。その後は…また考えるさ。

 

 

「ああ……分かった」

 

 

…ルナ、ごめんな。少しだけお別れみたいだ。今のいままでひたすら焦点の合わない瞳のまま俯いて口を閉じていたルナの前にしゃがみ込んで、手を握りながら優しく話しかける。虚な彼女の目に合わせて、少しでも安心させるように。

 

 

「…ルナ、出撃だ。レイと一緒に、議長のところに行ってくれ」

 

「……………」

 

 

……少し、ほんの少しだけ、視線を上げたルナの光を失ったような瞳が俺を見る。

 

 

「…………シ、ん………は……?」

 

 

掠れたような、今にも消えてしまいそうなか細い声で。それを聞いた俺は、ルナの手を握っている手に込めている力を強める。

 

 

「……ごめん、俺はいけない。…俺は…ミネルバを、守らないと」

 

 

本当は、一緒に行きたい。ルナの側を片時も離れたくない。…二度と戦場に立たせたくない。…でも、今はそれも叶わない。

 

 

「…大丈夫、レイが一緒に行くから。レイの側にいれば大丈夫、絶対にルナを守ってくれる」

 

 

…座り込むルナを支えるようにして立たせて、そっと抱き締める。ごめんな、一緒に行ってやれなくて。……ごめんな、そんなボロボロなのに、また戦場に出すようなことになって…。

 

 

「…だから、また後でな、ルナ」

 

「…………………」

 

 

いつのまにか弱々しく握られていた袖口から、そっと手を離させる。自分で立てることを確かめると、離した手をそのままレイの肘あたりに持っていて掴ませる。

 

 

「…頼む」

 

「…ああ。行くぞ、ルナマリア」

 

 

ゆっくりと背を向けて部屋を後にしていく二人に続いて、俺も部屋を出る。…まあ、一緒に行けるのはほんとに部屋の外までしかないんだけどな。

 

ダメだと分かっていても、背中越しに去っていく二人へ振り返ると。俺と同じようにほんの少しだけ振り向いて光を灯さない暗い瞳で俺を見つめる彼女がいた。その僅かに動いた唇から発せられた音は、残念ながら届かなかったけど。

 

それでも俺には。彼女が必死な叫びが聞こえた気がした、行かないで、離さないでと、俺に訴えかけているような。

 

 

「……くそっ!!」

 

 

…切り替えろ。レイが一緒なんだ、きっと大丈夫だ。頭の中の不安を誤魔化すために、足早に廊下を歩いていたらすぐに艦長室の前に辿り着いた。途中で食堂を横切った際にヴィーノとヨウラン達と目があった気がしたけど、悪いが今誰かと話す余裕なんてない。

 

ロックが外されてる、そう言われた通りボタン一つで部屋の扉は開いた。無人の艦長室に一人で入るなんて、普通はあり得ないんだけどな。

 

部屋に残る微かな香水の香りすら気に留めることなく、俺はただ端末の前で立って連絡を待った。まさか座るわけにもいかないしな、ここに。

 

 

そして、それは数分と待つことなくやってくる。通信が入ったことを知らせるコール音がした瞬間に応答ボタンを押し、敬礼とともに姿勢を整える。

 

 

『やあ、シン。久しぶりだね、活躍は聞いている。ご苦労だったね、色々と』

 

 

モニター越しに映し出された人物は、柔和な声でそう話しかけてくる。相変わらず、人を惹きつける優しい声音…だと思う。

 

 

「…お久しぶりです、議長」

 

 

デュランダル議長。さっき世界中に向けてデスティニープランの導入宣言をしたり…そしてレイとルナをメサイアに呼んだ…んだよな、この人が。…艦長からルナの様子はこの人も聞いてるはずなのに、どうして。

 

 

『…そうだな、先ずはそこから話そうか。その方が君も話しやすいだろう』

 

 

…この一瞬で見抜いたのか、この人。いや、当然と言えばそうか、どうせ俺のことだ、もろに顔に出ているに違いないさ。こう言うことすると、昔はルナやレイには子供っぽいって怒られてたんだけど。

 

 

『と言っても、殆ど言い訳になってしまうがね。レイを呼んだのは個人的に彼と話すことがあったのと、単純にメサイア防衛の為の戦力とさせてもらうためだ。後者について説明はいるかね?』

 

「いえ、ありません」

 

 

そこは別にいい、ついさっき本人の口からとんでもないこと聞かされた上にまだ話が中途半端なとこで終わったから不完全燃焼気味なのはあるけども。レジェンドを戦力として手元に置きたいって話ならまあって感じか、ミネルバ単体の戦力は下がるけどこればっかりは仕方ないさ。

 

一戦艦よりもあなたがいる要塞の方が優先度が上なのは事実なんだから。

 

 

『…ルナマリアを召集した理由は…そうだな…。シン、これは私と君だけの話としてくれるかな? …立場上、あまりこう言う真似を堂々と行うのは避けねばならんのでね』

 

 

…ってことは、何か個人的な理由か、もしくは…。

 

 

「わかりました、議長の仰る通りに」

 

『ありがとう。…単刀直入に言わせてもらえば…シン、君の目から見て、彼女はまだ戦えるかな?』

 

 

…それは……っ。でも、だからってミネルバから下ろすなんてことされたら、ルナはっ!!

 

 

『誤解しないでくれたまえ。戦えぬから駄目だ、と言う話ではない。君たちミネルバには、現在レクイエムの第一中継ステーションに向かってもらっている。それについては知っているかな?』

 

「…いえ、え、レクイエム?」

 

 

レクイエムって…俺たちがダイダロス基地で堕としたあの兵器だろ? 何でその中継ステーションなんかに今更、

 

 

『先程、それを使って地球軍のアルザッヘルを堕とした。これで残っていた地球軍の残存戦力の殆どは討てたと言っていいだろう』

 

 

…使ったのか、あの大量破壊兵器を。プラントの人たちを大勢殺した兵器を…っ!

 

 

『君の言わんとしていることは分かる。だが、これも平和のためだ。あの勢力は、言ってみればロゴスの残党のようなものでね、残すわけにはいかなかったのだよ』

 

 

…そんなの…だとしても…っ!

 

 

『それとも、君が私に聞きたいのはこんな話なのかね?』

 

 

……っ…。違う…俺が聞きたいのは、何でルナの状態を知っておきながらわざわざメサイアに呼んだのかってことだ。…今はそれだけ聞ければいい、そうだろ。

 

 

『次は間違いなく彼等がくる。あのアークエンジェルとオーブのラクス・クラインを名乗る者達がね。君たちミネルバには、彼等から第一中継ステーションを守って欲しい』

 

 

…それで、だからなんだって言うですか。理由になっていない気がするんですが。

 

 

『こう言う言い方は好ましくないのだが…仮に私が君とレイを召集したのなら、ミネルバのモビルスーツ戦力は彼女一人となる。その場合、如何に彼女の精神状態が好ましくないとはいえ、戦闘となれば出撃は免れない』

 

 

それは…でも、だからってあんな状態のルナを呼びつける必要なんて、

 

 

『だが、こちらの防衛部隊というなら話は別だ、その必要がなければ出撃はしない、()()()()()()

 

 

………っ!? 出撃、しない?

 

 

『分かるかね? メサイアにいる限り、彼女の出撃は私の権限で止められるのだ。もちろんレイには出撃してもらうし、要塞が危機に瀕すれば彼女にも出撃を命じざるを得ない。だが、そうでないのなら』

 

 

…メサイアが危機に陥らなければ、そもそもそんな状況にさえしなければ。…第一中継点であいつらを叩き潰せれば、ルナは…インパルスは戦線に必要ない、そう言うことか。

 

 

『少し…回りくどいかもしれんが。彼女にインパルスを与えたのは私だ、であれば彼女を追い詰めた責任の発端もまた私にある。だが今は状況が状況でね、現状私に打てる手立てはこれが精一杯だ』

 

 

…ミネルバはこれからあいつらと戦闘になる。ここにいたら、間違いなく出撃せざるを得なくなる。でもメサイアにいるなら、俺がここで奴らを叩ければ。

 

ルナを守れるのなら、ルナがもう戦わなくていいのなら…あなたの思惑に乗ってやるさ。潰してやる、今度こそここで。メサイアには行かせない、ここでまとめて踏み潰してやる。

 

 

『彼女さえ、あのラクス・クラインを名乗る者さえ倒すことが出来れば。旗頭を失った彼らに戦う術はない』

 

 

…ラクス・クライン。あいつさえ、あの女さえいなくなれば…今度こそ…っ

 

 

『もし彼女の召集が君の戦意を害しているのなら、今すぐにでも取り消すが。…どうするかね?』

 

「…いえ、お気遣いありがとうございます。…インパルスを、彼女をよろしくお願いします」

 

 

これからの戦場に、インパルスはいらない。俺がやる、俺が終わらせる、今度こそ全てを。…次にルナに会うのは、それが済んでからでいい。新しい未来で、生まれ変わった世界で。だから、

 

 

『…ああ、分かった。インパルスの出撃は可能な限り私が留めておく。…頼んだよ、シン。これが最後の戦いだ、争いなき平和な世界、その実現の為の。君の活躍に期待している』

 

 

それを最後に通信が切れる。…やってやる、やってやるさ。これで全部終わりにしてやる、それで平和になるのなら。ルナが戦わずに済むのなら。俺が叩き潰してやる、インパルスを戦場には出させない、そうなる前に、この戦争を終わらせる。

 

本物だろうが偽物だろうが、どっちだっていい。それでようやく終わるんだ、このくだらない戦争が。俺たちから、ルナから奪ってばかりの苦しい世界が。

 

母さん、父さん、マユ、ステラ…メイリン。もう何も失わない、何も奪わせない。今度こそ守るんだ、俺に残ってるもの全てを。だから…っ!!

 

 

『生きろよ、お前達は。この先も、世界が変わった後も。戦争さえなくなれば、争いさえなければ、再び光が見えてくるかもしれない。…お前が守るんだ、シン。世界も、未来も……ルナマリアも』

 

 

…………っ!!

 

 

「…殺す、殺してやる…っ!」

 

 

世界のために、守るために。そして…ルナがこれ以上傷つかなくてもいい未来のために。お前は邪魔だ。

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話 : 歩む道


あけましておめでとうございます。年明け前夜までリツイートとはツイートに対する返信のことだと思ってました私です。

目に見えて低迷していく更新速度に申しわけが立たない次第でありますが、どうかこれからも(と言っても物語的にはあと僅か)よろしくお願い致します。


話がある、そう言われて連れてこられた…というか有無を言わさず連行されてきたのはナスカ級戦艦"ボルテール"、そこの一室だ。ざっと見た感じ誰かに使われているって雰囲気じゃなさそうだが。

 

 

「さて。前置きはいらないでしょう」

 

 

振り向いた先には、この部屋から外に通じる唯一の扉を塞ぐように立つイザークとディアッカ。いつでもどこでも顔を見ればまず間違いなく顰めっ面のイザークだけならともかく、ディアッカにまでそんな真剣な顔されたら…まあ誤魔化せねぇよな、多分。

 

 

「答えろ、ハイネ・ヴェステンフルス。あなたは何を知っている、何が目的でここに来た」

 

 

…と、言われてもな。あと感情昂り過ぎて敬語抜けてるぜイザーク。

 

 

「…少なくても、今さっきのデスティニー・プランとやらについては何も知らねーよ」

 

 

逆に返せばそこ以外はいくつか知ってることになんのかね。あの男の内面とか。

 

 

「俺が知ってるのは、ついさっきに全世界に向けて大層な宣言かました男の本性と、あいつが…アスランが脱走した理由くらいだ」

 

「「っ!?」」

 

 

驚くわな、そりゃ。外面だけ見てれば、あの男…デュランダルは紛うことなき優れた為政者だ。大局を見定め、人々の心を撃つ発言を発信し続けて、その姿勢は世界の、人々の平和のためと言って憚らない。多分、プラントだけじゃなくて地球からの支持だって少なくないだろうぜ。

 

けどな、

 

 

「議長は…いやデュランダルは、お前らが思ってるような聖人君子じゃない。…自分の目的の為には、なんの罪のない女の子すら平気で始末するような外道だ」

 

 

ただ都合が悪いから、邪魔になるから。自分の手駒に余計な影響を与えたから。そしてあの子の死をすら利用してルナマリアの心を壊し、シンを手駒に引き込んだ。

 

そして、そんな奴の言葉に惑われされてあの子とアスランを撃った大馬鹿野郎が、この俺だ。気づいた時には全て後の祭り、もう二度と取り返しがつかなかった。

 

 

「教えてやってもいい。アスランが何故あんな真似をしたのか、あの事件の裏には何があったのか。…そして奴の…ギルバート・デュランダルという男の正体を」

 

 

けどな、それを聞いたら後戻りはできない。お前らに残される選択肢は、俺をこの場で拘束して命令あるまで営倉にぶち込むか、()()()()()()に手を出さないか、だ。

 

それでもいいのかと、確認するように鋭くしたつもりの目線を向ければ、そこには何とも難しい…まあ平常運転な顔をして視線を下に向けるイザークがいた。

 

 

「…アイツは確かにバカだ、気に食わなさに関してはどうしようもないくらいの、底無しの、救いようのないバカだ」

 

 

…ひでぇ言われようだな。なあ? アスラン。

 

 

「……だが、理由もなく脱走など愚かな真似をするクズではない」

 

 

……だとさ。お前はどうすんだ、ディアッカ。部屋を出るなら今が最後のチャンスだぜ。

 

 

「俺は…前の戦争ではアークエンジェルにいた。ザフトでのアスランも、あっちでのアスランも、両方見てきたつもりだ」

 

 

…………………。

 

 

「だから、俺も知りたい。なんでアスランがあんな真似したのか、なんであんなことになったのか。…あんたが何を考えてここに来たのか」

 

 

………はぁ。どいつもこいつも、揃いも揃って…。だがまあ…ありがたいことなんだろうな。

 

なら、俺も腹括るか。こんなに機会に恵まれることなんて、もうないだろうからな。

 

 

「…分かった、教えてやる。俺が知ってること全て、アスランがあの時俺たちに言った言葉も、デュランダルの言葉も、本性も」

 

 

そして、俺の目的も。

 

 

「俺は、オーブのラクス・クラインに協力する」

 

 

 

* * * *

 

 

アルザッヘルが大西洋連邦のお偉いさんと残存戦力もろともレクイエムで吹き飛ばされてはや小一時間。目眩立ちくらみ過呼吸ギャン泣きのフルコースでそれを目の当たりにし、アスランさんの甲斐甲斐しい付き添いのもとなんとか復活しました。

 

メイリン・ホークですよ、こんにちは。分かってたこととはいえ心にきましたね、レクイエム。プラントの人達もあんな風にして命を奪われたのかと思うと色々フラッシュバックが大変でした。あれです、スピーカの調節が効かない大ノイズを発するテレビに耳を押し当てられるくらいやばかったです(伝わって)

 

今はそこをなんとか乗り越え、皆さんに心配されながらも合流したエターナルに乗り込み、そのエターナルの艦長室っぽいとこにおります。何故か?

 

 

「さて…と。初めましてからはじめようか。君が噂のシンデレラだろ? 話は聞いてるよ、人伝だがね」

 

 

ラクス様に『議長に会いに行くから内火艇貸してー』ってお願いしたらこうなりました。てっきり反対されるからマジモードのこの方を何とか説得するために、ない頭を捻り、足りない脳をこれでもかとブン回し必死に言い訳を考えていたのですが、

 

 

「…アスランには、お伝えしたのですか?」

 

 

というまさかの第一声が反対ではなくほぼ意思確認。ええ、伝えましたよ昨夜に。ダークでアダルティックな雰囲気で流そうとしましたがそうは問屋がドントclose。めっちゃくちゃ反対されましたが、正直な気持ちを全部伝えたら渋々了承してくれました。……ほんと、私には勿体ないくらい素敵な恋人です。

 

 

「わかりました、ならば私が反対する理由はございません。ただし」

 

 

最低限、伝えなければならない方の許可は必要ですわ、と。

 

昨夜に風呂場で私を掻っ攫おうとでんでんドンドンパンパカパーンな騒ぎをしてらしたとは思えぬ…というか本来はこっちが本業な柔和かつ強い意志を秘めた笑顔でこう言われ、現在に至ります。

 

 

「アンドリュー・バルトフェルドだ。よろしく、メイリン・ホークちゃん」

 

 

許可が必要な方、それがエターナル副艦長にして"元"砂漠の虎と呼ばれた凄腕軍人なこの人です。

 

 

「さて、自己紹介は済んだことだしさっそく本題に入ろう。この一秒の猶予すら惜しい状況でわざわざ俺を呼び出したのは何故かね?」

 

「はい、実はーー」

 

 

カクカクしかじか。流石に私の個人事情まで説明してる暇はないので、戦闘中に折を見て議長に会いに行くから内火艇をお貸し下さい、とだけお願いしてみる。

 

まあ…なんとなく返答は見えていますけどね、そのダンディーな顰めっ面見れば。

 

 

「…ふむ…なるほど、理解した。却下、だな」

 

 

ほら、やっぱり。

 

 

「こんな大規模な戦闘中にただの管制官でしかない君が、戦闘力皆無の内火艇でデュランダルの元へ行くと? …悪いが、気は確かかね?」

 

 

隻眼となった片目でギロリと睨みつけられて思わず息を呑みそうになる。怖い、ここまでそれなりの修羅場を体験してきたつもりだったけど、そんなものはこの人からすればまたまだヒヨッコもいいとこ。

 

…これが、歴戦軍人の圧ってやつなのかな。文字通り潜ってきた場数が違うわこりゃ。

 

 

「何故そんな馬鹿な真似をする、何故君が行く必要がある。わざわざ殺されに行くようなものだろう? まあ、俺は君が奴に狙われた理由すらまだ聞いとらんのだがね」

 

 

それを説明する時間が、残念ながらないんですよ。もっとも、あったところでアスランさん達のように信じていただけるかは不明瞭ですけれども。

 

 

「俺を呼んだと言うことは、お前は許可したんだろう、ラクス。何故許す、拾った命をわざわざ捨てに行くようなものだ」

 

 

一から十までまさにごもっとも。私が行かなくても多分キラさんあたりが何とかしちゃうだろうし、議長に直々に狙われた私が彼の前に姿を晒す必要はないし、そもそこにたどり着くまでが既に運ゲー極まりないスーパーギャンブル。倍率は全盛期のディー◯インパ◯トに無名の競走馬が勝ちをもぎ取りにいくレベル。

 

何もかも、私なんかが出しゃばる必要ナッシングなこの状況。多分二日くらい前の私ならどうぞ仰せのままに、って感じだったんだろうけども。

 

 

「私からは何も。ただ彼女にとってそれが、それこそが未来へと歩むために必要なことであるから、としか」

 

「分からんな。その未来を自ら投げ捨てているようにしか思えんが?」

 

 

そうでしょう? というラクス様の視線を受けて私は改めて彼の残された右眼を見据える。今必要なのは、少しの理屈と大きな決意。

 

 

「バルトフェルドさん、これが何かわかりますか?」

 

 

そう言って私が懐から取り出したのは、一枚の紙切れ。精々大きめなメモ用紙程度のものに、誰かしらのサインと思われる名前がスタイリッシュな一筆書きで描かれている。

 

 

「…サイン、かね? 誰のものかは分からんが」

 

 

でしょうね。たとえ名前が見えたとして、その意味を理解できるのは、この世界でまだ私を含めて五人といないでしょう。だからこそ、あなたにそれを理解してもらいます。それを持って、私の決意表明としましょう。

 

 

「ここに書かれている名前は、ミーア・キャンベル。あなたが陰ながらファン活動をしている、()()()()()()()()を演じている…ううん、演じていた女性の本名です」

 

「なっ!?」

 

 

知っていますよ、あなたがミーアさんの熱烈なファンだと言うことも。会員限定のビデオクリップすら入手するほどの熱狂ぶりなことも。まあ、そんなことはどうでもいいんですけれど。

 

 

「彼女は言っていました。この戦争が終わったら、自らの行いを全て世界に晒すと。ラクス様の姿と名前を使って世界を欺いていたこと、人々を偽っていたことも」

 

 

きっといっぱい叩かれる、心ない言葉を突きつけられ、指を指され、石を投げられることだってあるかもしれない。

 

それでもと、彼女は言ってくれた。エターナルに渡る直前に、私を抱きしめてそう言ってくれた。この小さなサインは、彼女の決意の表れだ。

 

ラクス・クラインとしてではなく、ミーア・キャンベルとして新たな一歩を踏むのだと。いつの日か、この紙切れをワールドクラスのプレミア品にしてやると、彼女は笑って言っていた。

 

だから私も。

 

 

「逃げたくないんです。未来から、罪から…何より、自分自身から」

 

 

原作通りだとか、物語だとか。そんな耳障りのいい予定調和を言い訳にして、ずっと逃げてきた。ここは私の知るフィクションじゃない、紛うことなき現実だ。

 

命を懸ける人がいて、命を失う人がいて、それを悲しむ人がいる。そんな当たり前の事実にすら私は気づけていなかった。今更もう遅いと言われても仕方がない。でも、それを言い訳にこれからも逃げていいわけじゃない。

 

取り戻せるなんて甘ったれるつもりはない。失った命は取り戻せないし、そこに生まれた痛みや悲しみをなかったことになんて出来るわけがない、出来ていいはずがない。

 

それでも、

 

 

「ケジメをつけたいんです、自分の全ての行いに。こんな私を支えてくれる皆のためにも、こんな私を守ると誓ってくれた…彼のためにも」

 

 

 

ラクス様、キラさん、ミーアさん…そして、アスランさん。他にもたくさんの方々に助けられて、支えられて、私は今ここに立っている。罪の意識に潰されるはずだった私が、こうして前に進もうとしていられるのは、間違いなく皆さんのおかげです。

 

 

「…まったく…これだから女という生き物は」

 

 

バルトフェルドさん? 失った片目を撫でながら、どこか哀しげに、でもほんの少し優しげな呟きのような声が聞こえる。

 

 

「…未来だ世界だ、そんな曖昧なことのために命を捨てに行く、と言うのなら反対のしようがあるんだが」

 

 

………………。

 

 

「愛する男のため命を賭す女を、止められはせんよ。……俺にはな」

 

 

………バルトフェルドさん。

 

 

「いいだろう、内火艇の使用を許可する。ただし、状況が無理だと判断したら容赦なくそう指示する、それには従うこと、いいな?」

 

「ありがとうございます、それで構いません」

 

 

問題ありませんよ。タイミングは、分かってますから…って、もうこう言うのはやめたんだろって? はっはっは、使えるものは使えの精神ですよ。こちとらそこいらの人たちに比べて何もかも能力値が足りてないんでね、利用できるものならなんだって利用しますよ。

 

それが自分の中にあるものなら、何だって。

 

 

「…お礼、と言うわけではありませんが。ミーアさんにはもう一枚実名サイン頼んでおきますね」

 

「う、うむ…。お願いして…おこうかな」

 

 

決してもので釣ったわけではありませんからね、そのへん誤解なきようにっ。

 

 

* * * *

 

 

これでお話終わり、さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい、これから私メイリン・ホークの百億年ぶりの本領発揮だぜぃ(オペレート)、となれば話は平和でピースでいぇい、だったんですが。

 

 

「ああ、メイリン。聞いときたいことが出来たんだよ。わるいけど少し付き合いな」

 

 

橙色の髪をオールバックにした隻眼の女性…ヒルダさんが、パイロットスーツに身を包んだまま部屋を出たばかりの私の名を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 : 開戦

「目標まで百八十」

 

 

どうも皆さんこんにちは。無事にバルトフェルドさんからも内火艇使用の許可をいただきあとは殺戮兵器レクイエムの要、中継ステーションとメサイア、そして大元のレクイエムの無力化を残すのみとなりました。

 

現在、私がひっさびさに左耳にインカム引っ提げて本業を発揮しているのは、もちろんエターナルのCIC兼ブリッジ、そこの管制官スペース。これからレクイエムの第一中継ステーションに向かい、それを破壊。然るのちにメサイア、レクイエムへと向かいます。

 

まあメサイアの詳細を知っているのは私だけなんですが、それはそれ。一応こうなるかもよーくらいにはアスランさん達御三方には伝えてありますが、ほとんど出たとこ勝負なんで楽観はタブー。

 

…それに私が知っている通りなら、ここでインパルスが襲撃してくるはずです。

 

 

『じゃあなにかい? あんたは自分の姉貴と闘り合うことになるって分かっててここにいるってのかい』

 

『はい、そうです。お姉ちゃんは…インパルスは間違いなく戦場に出て来ますし、それを止める手立ても私にはありません』

 

 

私の脳裏に先程交わしたヒルダとの会話が反芻する。責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ事実を確認するように淡々とした声で、彼女は私に質問してきた。

 

 

『…だとしても、手加減するつもりはないよ。たとえ戦場にあんたの姉や大事な奴らが乗ってる機体を見かけても。そいつらがラクス様を脅かすってんなら、私は迷わず引き金を引く』

 

 

強い言葉だった。決意、覚悟、信念。彼女が何のために戦うのか、私は頭の中にある知識ではなく、感情を以って理解した、理解させられた。

 

でも、これが当たり前。どこまで行っても戦場は残酷です、やらなきゃやられる、迷えば死ぬ。誰だって殺したくて殺すんじゃない、それしか生き残る術がないから、それしか守る術がないから。自分も、仲間も、国も、何もかも。

 

キラさんやアスランさんが特別なだけです。でも彼女はそうじゃない、彼女は()()の軍人です。敵は敵、ご丁寧に敵の武装や四肢を狙って無力化するなんて不殺はしない。

 

だって、そうしないと守れないのだから。だから私は彼女に言えない、言うべきじゃない。自分にとってかけがえのない存在を守る為に命を賭して戦う彼女に、私の口から()()()()()、なんて言うことは許されない。

 

 

『…それだけさ。邪魔して悪かったね、作戦前に』

 

 

恐らく、これがあの人の最大限の譲歩なんだと思います。彼女にとって、ラクス様の存在は絶対です、何に代えても優先し守る対象です。それを脅かしかねない私の我儘を止めるでもなく、ラクス様に直訴するでもなく、ただ傍観に徹してくれると言うのですから。

 

…それだけで、十分にありがたい話です。てっきり、ふざけたこといってんじゃないよ、とかって怒鳴られるかなとか思ってたのに。

 

迷いあっての答えだと思う。自分が絶対に死なせたくない人の命を危険に晒しているかもしれない企みを見逃すって言ってくれてるんですから。しかもろくに話したこともない私の。

 

……もし、彼女と唯一言葉を交わすことが出来たあの食事会がなければ。もし、そのきっかけを作ってくれたミーアさんが生きていなければ。

 

もしそうだとするのなら、そうであってくれるのなら。確定している未来なんてどこにもない。望む未来を掴みたいなら、もう逃げないと、向き合うと心に決めたのなら。

 

全力でアドリブかますのみです。これからも…いや違いますね、()()()()()、です。

 

 

「ザフト軍防衛戦、光学映像出ます」

 

 

そして見えてくる巨大な廃棄コロニー…、レクイエムの第一中継ステーション。あれをいかにして素早く堕とせるかどうかが、こちらの作戦の肝。

 

ちなみに、そもそもなぜヒルダさんがそんなことを知ったのかと言うと……アスランさんとキラさんが話してるのを偶々聞いたという奇跡なのかガバなのか分からんしょーもないことが原因だったりします。

 

……ほんっとに、どうなるか読めないもんですね、未来って。

 

 

『ラクス、発進する。メイリン、お願い』

 

 

なんて考えてたらフリーダム…件のキラさんから通信。いいですか、とラクス様に視線を送ると、彼女は力強く頷いた。

 

 

「了解。ハッチ開放、カタパルト推力正常、進路クリア。フリーダム発進、どうぞっ」

 

 

…うん、大丈夫、やれる。たとえこの先何が待ち受けていようと、どんな未来がそこにあろうと。それを得るために、そこにたどり着くために、私も戦うって決めたから。

 

 

『大丈夫、必ず連れて帰るよ。君の仲間と…家族を』

 

 

……っ…はい、よろしくお願いします。

 

 

『キラ・ヤマト、フリーダム。行きますっ!!』

 

 

凄まじい速度でエターナルを飛び出したフリーダムが、灰色の翼を蒼く輝かせながら飛翔していく。私はその光景を見届けつつ、次の機体の発進準備に取り掛かる。

 

 

「続けてジャスティス発進、どうぞ」

 

 

モニター越しに見るパイロットスーツの彼は、とても落ち着いていて、凛々しくて、ただそれだけで何とかしてくれるような安心感みたいなものがあって。でも、大事な人を戦場に送り出さなきゃ行けないことに少しばかりの葛藤もあって。

 

今までは大丈夫って分かってたから何ともなかった…ううん、なんとも思わないようにしていたけれど。…まあこれも、不確定な未来を選んだこと、今まで見ないようにしてきたことのツケということで。

 

でも、

 

 

「…必ず、帰ってきてくださいね」

 

 

こんな一言を恋人に送るくらいのわがままくらいは、見逃してくれるかな。

 

 

『ああ、勿論だ。帰ってくるさ、()()でな』

 

 

……アスランさん。

 

 

『…だから君も、気をつけて』

 

 

はい、ありがとうございます。

 

 

『アスラン・ザラ、ジャスティス。出るっ!!』

 

 

その一言を最後に、ジャスティスもまたフリーダムに続いて宇宙(そら)へと駆けて行く。蒼と紅、自由と正義、まさに私たちが議長に示す為の心のあり様の名を冠する二機。

 

 

「ミーティア、リフトオフっ!」

 

 

そしてバルトフェルドさんの指示でエターナルの艦砲として取り付けられている巨大兵装を切り離す。それは二人のための剣であり、ただの一機で戦場を支配しうる戦術兵器。

 

モビルスーツ埋め込み式戦術強襲機、"Mobilesuit Embedded Tactical EnfORcer"、略して"ミーティア"。本来はアルファベットですが、この方が見やすいでしょってことで一つ。とんでもないマニューバと単騎に託すには余りにも過剰な火力の塊。それが今、フリーダムとジャスティスの背中に装着される。

 

 

「メイリンさん、通信回線を私に」

 

 

了解です。私は彼女の声が宙域に存在する艦隊全てに行き渡るように回線を開いて、ラクス様に眼で合図を送る。それに頷いた彼女が、ゆっくりと口を開いた。いつもの優しく、慈愛を感じさせるものではなく。どこまでも力強く、人々の心に訴えかける凛とした声と共に。

 

 

「こちらはエターナル、ラクス・クラインです。中継ステーションを護衛するザフト軍兵士に通告致します」

 

 

これから私たちが行うのは、究極の理性にありったけの感情論をぶつける、そんな戦いです。

 

 

「私たちはこれより、その無用な大量破壊兵器の排除を開始します。それは人が守らねばならないものでも、戦う為に必要なものでもありません」

 

 

子供の我儘と言われるかもしれない、理想主義者と笑われるかもしれない。くだらぬ論より確固たる策、分かってますよ、そんなこと。

 

 

「平和の為に、その軍服を纏った誇りがまだその身にあるのなら」

 

 

それでも、それでも私達は…ううん、私は。明日が欲しい、人が人でいられる明日が欲しい。皆んなが皆んなでいられる日々が欲しい。誰に強制されるでもなく、力で捩じ伏せられるでもなく。

 

自分の道を自分で決められる、自分の居場所を自分で選べる、そんな当たり前で暖かい、平和な世界が欲しい、そんな未来を私は選びたい。だから、

 

 

「道を開けなさいっ!!」

 

 

 

戦います、今も、これからも。私は一人じゃない、私達は孤独じゃない。今日を生きるために、明日を見るために。あなたの許可はいりません、議長。

 

 

* * * *

 

 

メサイアへと宇宙を駆け抜けて行くレジェンドとインパルス…ルナをブリッジから見送った後、俺はパイロットスーツに着替えてデスティニーの中でひたすらシステムチェックも兼ねて待機してた。

 

艦隊司令部から入った通信じゃ、第一ステーションに奴らが…アークエンジェルとエターナルが来たらしい。今も護衛艦隊と奴らが激しい戦闘を繰り広げてるって話。そしてそこには、フリーダムとジャスティスの出撃も確認されてる。

 

 

『シン、いいかしら?』

 

「はい、どうかしましたか? 艦長」

 

 

戦闘準備しとけって話か? だったら大丈夫さ、何なら今から先行してもいいくらいに。

 

 

『先程レジェンド…レイから通信が入ったわ。無事にメサイアに到着したそうよ。勿論、ルナマリアも一緒にね』

 

 

…そっか。レイのやつ、わざわざそんなことまで。…ありがたいけど、なんか見透かされてるみたいで少し悔しいな。…そっか、大丈夫なんだな、そっちは。

 

 

『これより本艦はアークエンジェルとの戦闘に入ります。ステーションIは護衛艦隊に任せて、貴方は敵の旗艦…エターナルをお願い。あれさえ落とせれば、こちらの勝利と言っても過言ではありません』

 

 

…エターナル…ラクス…クライン……っ。

 

 

「了解、そちらは任せます。俺はエターナルを」

 

『ええ、お願いね。…じゃあ、気をつけて。なにかあれば知らせるわ』

 

 

そうして艦長からの通信が終わると、モニターに映される人物が艦長からアビー…管制官に切り替わる。…出撃だな、ああ、やってやる。

 

アークエンジェル、フリーダム、ジャスティス。なんだっていい、絶対にメサイアには行かせない。…ルナを戦場になんて出させない。

 

終わらせるんだ、今度こそ。このくだらない戦争を、俺たちから…ルナから奪うばかりの世界を。だから、

 

 

「シン・アスカ、デスティニー。行きますっ!!」

 

 

潰してやる、消してやる。世界のために、未来のために。…お前さえ、お前らさえいなくなればいいんだ。新しい世界のために、暖かい未来のために。

 

キラ・ヤマト、ラクス・クライン…そして、アスラン。……言ったよな、俺。次に会ったら、

 

 

()()()()

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話 : 急襲、赤き瞳

描写を知らない機体やその他に関しては想像です


道を開けなさい、ラクス様のこの言葉に敵軍が一瞬硬直するも、やはりそう上手くいくはずもなく。私たちをロゴスの残党、自らの利権と古巣を守らんとする奴らの残存兵力と断ずる声により、戦いの火蓋が落とされた。

 

おったまげーな流石の突破力で突き進んでいくフリーダムとジャスティスが第一陣をものの数分で無力化してくれましたが、敵の兵力はこんなものじゃない。すぐにでも次の部隊が来るはずです。

 

ちな、敵軍のMSビーコンが凄まじい勢いで消えていく(パイロットは生存)様が表示されるディスプレイの前にいる身としてはちょっとしたホラーだった。自由と正義withミーティアまじ卍、もはやレギュレーション違反。

 

 

「メイリンさん、彼らを」

 

「はい」

 

 

なんて内心でふざけてる(強がり)場合じゃありませんね。ラクス様の言葉に従い、私は今もエターナル内で出撃待機している三人に…具体的には彼らのリーダー的な存在である彼女へと通信を開く。

 

 

「ヒルダさん、出撃願います。大丈夫ですか?」

 

『あいよ、さっさと開けな』

 

 

その言葉を是と判断して、私は今しがた二人が飛び出していったハッチを開放する。カタパルト…おっけ、進路も今ならまだ空いてる、クリアです。

 

 

『…さっき言った通り、私は手を抜くつもりはないよ』

 

 

……ええ、分かってます。でもそれでいいんですよ、あなたはあなたの為すべきを為せばいい。自分のわがままくらい、自分でなんとかしますよ。……他力本願甚だしいですが、現状は。

 

 

「大丈夫ですよ。…根拠はありませんが、えっと、大丈夫なんです。だってその…うんと…大丈夫なんですからっ」

 

『なんだいそりゃ』

 

 

私にもわかりません、語彙力が足りな過ぎることこの上なしですが。大丈夫なんですよ、大丈夫にするんです。そのためにここにいるんですから、そのために我儘を聞いてもらってるんですから。

 

 

「…だからヒルダさんも、お気をつけて」

 

『…………』

 

 

誰にも欠けて欲しくなんてないから。すでに銃火器ビームなんでも飛び交う戦場の真っ只中でほざくなとか言われるかもしれませんが、それが私たちが目指す未来です。みんなに、お姉ちゃんたちに会えたとしても、今目の前にいる誰かがいなくなってるんじゃ意味がない。

 

全部欲しい、全部守りたい、全部がある未来がいい。我儘上等、戯言万歳。それを実現するんだって、もう決めたんだから。

 

 

『…躊躇もしない、加減もしない』

 

 

はい、分かってます。

 

 

『…でも、約束は絶対に守る。ラクス様は、エターナルは絶対に撃たせない。そのついでに、あんたも守ってやるよ』

 

 

…ありがとうございます。十分です、それだけで。

 

 

『さあいくよ、野郎どもっ!』

 

 

ふっと微笑んだ彼女は、私に向けた優しげな視線を鋭いそれに変えて、手下(?)二人組に呼びかける。…マジで女海賊みたいだな、ここだけ見ると。FG◯の星5ライダーにいそう。

 

 

『いくのかよ?』

 

『おうっ!!』

 

 

と、記憶のどこかにあるようなないような決まり返しを聞くと、彼女は操縦桿を握り直してキッと前を向き直る。いつでもどうぞ、と視線を送ると、彼女は力強く頷く。

 

 

『ヒルダ・ハーケン、ドム、行くよっ!!』

 

 

そうして敵軍ひしめく宇宙(そら)と飛び立つヒルダさんを追って、ヘルベルトさんもマーズさんも続いていく。見ればアークエンジェルからもロアノークさんの駆るアカツキやムラサメ隊も出撃が完了した様子。

 

でも、こうしてこちらの迎撃態勢が整った瞬間に映し出された艦影に、私は心臓を握り潰されるような重過ぎるプレッシャーを味わうこととなる。

 

 

「…ま、そう来るよなやっぱり」

 

「……………」

 

 

アスランさん達を狙った艦砲の雨、その先に、それはいた。ダークグレーを基調としながらも、外枠を赤いカラーリングで縁取られたその艦を、私はよく知っている。

 

当たり前だ、つい先日までそこに搭乗員として乗り込んでいたのだから。そして自ら別れを告げたものでもあり、再会を望んだものでもあるその艦の名前は、

 

 

「…ミネ、ルバ…っ」

 

 

分かってた、ここにくるってことは。筋書きだろうが戦局的にだろうが、あの艦がこうしてやってくるのは至極当然のことだし、そうなることを私も望んだ。でも、いざこうして姿を目の当たりにすると、言いようのない圧迫感みたいなのに襲われて。私の体は、脳は、視覚情報以外の処理を停止した。

 

戦場の真っ只中で、艦の管制官が呆けるなんてあってはならない大失態。だと言うのに、それがいかに重大な失態なのだと知っているはずなのに、私の体はうんともすんともいかない。

 

 

「ーーーさん」

 

 

動け、動け。でもそうして念じて活動を再開したのは心拍数が激増している心臓と、過度な空気を取り入れて悲鳴を上げる喉と肺。焼けるように熱くなる喉とキャパオーバーを起こす寸前の肺が、私の制御を変えて暴れ出す。

 

 

「メーーーさん」

 

 

どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようっ!! 分かってたのに、こうならなきゃいけなくて、それをどうにかしないといけなくて、なんとかするんだって決めたのに、

 

 

「ーーイリンさん」

 

 

会いたいってお願いしたのに、謝りたいって思ったのに。助けたいって思ったのに、助けてくれるって、約束したのに。

 

私、私……わたし、は、

 

 

「メイリンさんっ!!」

 

 

「っ!?」

 

 

…ラクス、さま…?

 

 

「何をしているのですか、貴方は」

 

 

わ、わたし、は、、

 

 

「決めたのでしょう? 戦うと。誓ったのでしょう? 己と向き合うと」

 

 

…………ラ、クス、さま…。

 

 

「…約束、したのでしょう? 必ず助けると」

 

 

…やく、そく……。そうだ、約束。……助けるって、助けてくれるって、言ってくれたんだ、この人が、キラさんが……アスラン、さんが。

 

 

「ならば前を向きなさい。望むものがあるのなら、勝ち取りたいものがあるのなら、守りたいものがあるのなら。…大丈夫ですわ、そのためにここにいるのですから。私も、キラも、アスランも…そして、貴方も」

 

 

…そう、ですね、そうでした。どんなに胸が苦しくても、張り裂けそうなほどに痛くても。それでも前を向いて進まないと、何も得られない。我儘を通すと決めたなら、甘ったれた理想を貫くと誓ったなら。

 

 

「…大丈夫、なのかね?」

 

 

心配、というよりは。確認の意を込めたバルトフェルドさんの低い声と鋭い視線が私に突き刺さる。

 

 

「すみません、大丈夫です。やれます」

 

 

そんな彼の視線を真正面から受け止めて、私はこう答える。本音を吐けば。今だってとてつもなく辛い、どれだけ覚悟を決めようと目の前で爆散していく機体や戦艦を目にするたびに、言いようのない刃のようなものに切り裂かれる感覚を覚える。

 

ミネルバの姿が、私に筆舌にし難い罪悪感や苦痛を押し付ける。苦しい、辛い、逃げ出したい。ほんの僅かでもそう思わないと言えば、それはきっと嘘になる。

 

それでも、だとしても。たとえどれだけ胸が苦しかろうと、心が苦痛に苛まれようとも。私は、みんなに会いたい、会って、いっぱい話して、謝って、思いを伝えたい、思いを聞いてあげたい。

 

助け出してあげたい。そうであるなら、そう願うのなら、そう足掻くのなら。今は戦え、お前の役目を果たせ、お前に今出来ることを全力で為せ、メイリン・ホーク。どうしようもなく無力で、卑怯な私に出来ることを。こんな私を助けるって言ってくれた人たちのためにも。

 

 

「新たに接近するモビルスーツあり、ザク7、グフ3」

 

 

ディスプレイに表示される敵機の識別コードをもとにブリッジ全体に伝わるように私は声を張り上げる。私に何かを打ち倒す力はない、何かを跳ね除ける力はない。それでも、今この場で私にしか出来ないことはある。

 

ないなら絞り出せ、振り絞れ、出来ることを死ぬ気でこなせ。私に出来ないことはきっと彼らがやってくれる。私を助けると誓ってくれた最強の騎士と、今も私の側で戦う歌姫と………そして、私の心を救い上げてくれたあの人が。

 

 

「………?」

 

 

そんな決心を新たにした私のインカムが、更なる敵機の接近を知らせるべくアラートを響かせる。ついにきた、そう思って私はその機体の名前を読み上げようとして

 

 

「………え…?」

 

 

咄嗟に出た言葉は、ただそれだけだった。目の前に表示される機体の名称を反芻しようとした私の口から出た言葉はその一文字のみ。お姉ちゃんが…インパルスの接近を知らせようとしていた私の脳に、それはあまりに衝撃的な事実だった。

 

 

「…そん、な……」

 

 

どうして、この機体がここにいる。どうして彼がここで出てくる。ミネルバから発進し、尋常ではない速度で突貫してくる機体の姿を見て、私はあらん限りで目を見開いた。

 

 

「メイリンさん?」

 

「…て、敵機接近」

 

 

まずい、まずいまずいまずい。単純ゆえにこの状況で彼の接近は非常にまずい。今のエターナルの防衛戦力では絶対に彼の攻撃は防げない。本来の力を、おそらくは十二分に発揮できる彼に、対抗することはできない。

 

 

「デ、デスティニーが…デスティニーが真っ直ぐにこちらに向かってきますっ!!」

 

 

…デスティニー。しかもあの機体色は……シン。私が再会を望む一人にして、今や敵軍の主力筆頭のような存在。満身創痍だったとは言えジャスティスに乗ったアスランさんすら下した、最強の敵。

 

それが今、フリーダムもジャスティスもいない、ほぼ無防備なエターナルに急速接近してくる。

 

 

「っ!?」

 

「くそっ、ここで出てくるかっ!! キラとアスランはどうした、まだ取り付けないのかっ!?」

 

 

あの機体に対抗できる戦力は、こちらにはフリーダムとジャスティスしかいない。でも今彼らは中継ステーションを破壊するために敵陣のど真ん中を突き進んでいる最中、とても間に合うとは思えない。

 

それに、

 

 

「どちらでもいい、近い方を呼び戻しーーー」

 

「なりませんっ」

 

 

私と同じことを思ったらしいラクス様の鋭い声がバルトフェルドさんを押し留める。そう、それではどのみち意味がないんです。

 

 

「ここで中継ステーションを落とさなければすべて無意味です、今お二人を呼び戻してはいけません。あの機体には…デスティニーには現状の戦力で対処してください」

 

 

不可能だと、誰もが分かってる。デスティニーの強さはみんなデータなり映像なりで分かってる。単騎で多数を捩じ伏せるその様を、ここにいる誰もが理解してる。あれに対抗するには、キラさんかアスランさんが必要だなんてこと、言われなくても分かってる。

 

けれど、今二人を呼び戻したところでステーションの破壊に手間取ればどのみち数で圧倒的に劣る私たちはあっという間に敵に包囲されて、最悪レクイエムも発射される。そうなれば反デュランダル派の要であるオーブ諸共私たちは焼き尽くされることになる。

 

 

「お前を失えば俺たちはおわりなんだぞっ!?」

 

 

聞いたことのない怒号を発するバルトフェルドさんの言葉も痛いほど分かります。旗頭のラクス様を失えば私たちはどのみちジ・エンド、世論を味方に出来なければ元の木阿弥もいいところ。

 

つまり…現状は限りなく詰みです。希望があるとすれば、キラさんとアスランさんがステーションを破壊してこちらに戻られるまで持ち堪えることですが…。

 

ミーティアという主砲を失ったエターナルに、VPS装甲を貫ける兵装は殆どありません。加えてデスティニーの速度と攻撃力はザクやグフを遥かに凌駕しています、迎撃なんてとても現実的な話ではありません。

 

取り付かれれば一巻の終わり、しかし接敵まであと数分もなし。まさに崖っぷち、絶体絶命。

 

 

『何やらゴチャゴチャ言ってるみたいだけどね』

 

 

そんな時です、絶望に暮れる私の耳にどこまでも気さくで勝気な彼女の声が届いたのは。

 

 

『ようはアレをどうにかすりゃいいんだろ?』

 

 

そう言って彼女は…ヒルダさんは目の前のザクのコックピットを撃ち抜きながら、もう肉眼で視認できる距離までやってきたデスティニーに向き直る。

 

…まって、やめて、やめて下さい。いくらあなたたちでも今の彼…シンの相手は、

 

 

『いくよ野郎どもっ! のこのこ1人でやってきたアホに目にモノ見せてやろうじゃないさっ!!』

 

『あいよ』

 

『よっしゃぁっ!!』

 

 

ダメ…ダメです、ダメ……、待ってっ!!

 

 

「ダメーーーーーーーっ!!! ヒルダさぁんっ!!!」

 

 

* * * *

 

 

戦艦()()()()()。敵軍の旗艦にして旗頭である歌姫が搭乗するその艦に、一機のモビルスーツが立ち塞がる。

 

名を、デスティニー。今やザフト側の主力最有力候補にして、一騎当千を軽々と実現せしめる最強の一角。そして、恐らく今ザフト軍で最も歌姫を憎み消さんとする少年の愛機でもある。

 

沸る憎悪を力に変えて、背に背負った赤翼からは眩いばかりに薄紫の光を噴出させる。全てはかの歌姫を葬らんがために。

 

守ると誓い、今や少年に残された唯一の存在である彼女の安寧のために。争いなき世界のために、暖かな未来のために。そのためならば、いくらでもこの手を血に染めて見せよう。

 

それで世界が変わるのならば。それで優しい未来が訪れるならば。それで彼女を守れるのならば。

 

 

『……ここで消えろ……ラクス……クラインっ!!』

 

 

左翼側に取り付けられた長射程高出力ビーム砲と右手に持つライフルを同時に乱射するも、ビーム砲はバレルロールにて回避、ライフルに至っては拡散され装甲を穿つには至らない。

 

加え、

 

 

『ラクス様の艦を撃とうなんざ、いい根性してんじゃないのさっ!!』

 

 

アラートに目を向ければ、少年に対して突貫してくる三機のMS。黒と紫を基調としたずんぐりとしたその機体は、見た目に反した脅威的な速度でデスティニーへと飛翔してくる。

 

見たことがある、直接交戦したわけではないがオノゴロ島の戦いで内陸部に侵攻したザフト軍を相手にたった三機で大立ち回りをした手練たちだ。経験に裏打ちされた確かな実力は勿論、三機によるコンビネーションには目を見張るものがあるため、接敵した場合には十分注意すべし。

 

と、ジャスティス、フリーダムの交戦データに付随する形で添えられていた内容を少年は脳内で思い返す。

 

女性らしきパイロットの怒号とともに、デスティニーに向けてビームの雨とロケットランチャーの弾頭がまさに三機分、怒涛のように迫ってくる。だが、

 

 

『………っ……』

 

 

少年が機体に命じたのは回避行動ではなく前進、それも両翼から膨大な光を噴出させての全速マニューバ。ビームの雨を最低限の動きとバレルロールでいなし、その最中に放ったライフルの弾丸でロケットランチャーの弾頭を射抜き、爆散。

 

 

『ちぃっ!?』

 

 

加え、煙の中を突き抜けなおも速度を上げながら迫るデスティニーのライフルの光が女性の駆る機体の右手に抱えていたバズーカを射抜く。誘爆を防ぐために撃ち抜かれたバズーカを虚空へ投げ捨て、彼女は背中に取り付けられたサーベルを引き抜く。

 

 

『ヒルダっ!!』

 

『問題ないよ、それよりアレだ。どうやら出し惜しみしてる場合じゃないみたいだしね』

 

 

仲間の声にそう返し、彼女は自身も含め仲間二人の機体を一直線に並べる。

 

 

『いくよっ!! 最短最速でコイツを落とすっ!!』

 

『あいよっ』

 

『おうっ!!』

 

 

彼らの機体が…ドムが赤く赤く染まっていく。《スクリーミングニンバス》と呼ばれるこの武装は、胸部に装備されている装置よりビームと同じ性質を持つ粒子を散布し、ミラージュコロイド電場技術を応用することで、敵にダメージを与える攻性の幕状に展開する防御フィールドを形成する。

 

また複数機のフィールドを合わせることで強固に増幅させることも可能でなり、機体全体がビームサーベルのような状態となる、まさに攻防一体の武装。

 

 

『『『ジェットストリームアタックっ!!』』』

 

 

これこそが彼らの真骨頂であり、彼らの駆るドムにのみ許された奥の手でもある。ここに彼らの熟練な連携が合わされば、それはさながら巨大なビームサーベルが弾丸を放ちながら突撃するかのような、まさに手のつけようのない攻撃性を発揮する。

 

 

『…ちぃっ!?』

 

 

事実、高速で迫りながらビーム、ランチャーを発射する彼らの連携を前にさしもの少年も苛立ちを露わにし機体に回避行動させることを余儀なくされた。少年の放つビームライフルの弾丸は攻性フィールドに難なく弾かれ、かと言って左翼の高出力砲を撃つ隙はない。

 

そして、

 

 

『そこっ!!』

 

 

横薙ぎに払われたサーベルを避けた先に飛来するビームとロケット弾の応酬に、少年はやむを得ず防御の構えを取る。

 

 

『ぐぅぅぅぅぅぅっ!?』

 

 

受け止めたビームシールド越しに伝わってくるロケット弾の爆発の手応えに歯を食いしばるも束の間、間髪入れずに再度払われた女性のサーベルがさらにシールドを打ち付ける。

 

 

『おわりだよ、ボウヤ』

 

 

シールドを全面に押し出してなんとか機体を守りながらも鍔迫り合いを行うも、既に少年の背後からは女性の仲間の二機がそれぞれバズーカとサーベルを引き抜き迫っている。

 

 

『……んだ』

 

『…あ?』

 

 

電撃を散らす剣と盾による鍔迫り合いのなか、少年の呟くような声が女性の耳を僅かに撫でる。

 

 

『……こし……だ』

 

 

だが女性は気づかない。この状況のなかであまりに小さなこの呟きが、引き金となることを。

 

 

『あと…少しなんだ…っ』

 

 

もう少し、あと少し、あと一歩。今、少年のほんのわずか先を駆ける桜色の戦艦。それさえ、そこに乗る一人の少女さえ葬れば。

 

 

『…ま……るな…っ…』

 

 

それで訪れるのだ、新しい世界が。暖かな未来が。彼女がもう戦わず、傷付かず、奪われない時がようやく。そのために、そのためだけに、今少年はここにいる。妄執と呼ばれようが構わない、それで守れるのなら、それで傷ついた彼女に安寧が訪れるのならば。

 

それで、全てを終わりにすることが出来るのならば。

 

 

『ーー邪魔をスるなァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!』

 

 

 

黒き激情が、少年の内の種を爆じく。直後、まるで奔流の如き光がデスティニーの両翼から吹き出し、彼女の機体を凄まじい速度で後方へと押し流す。

 

 

『がっ!?』

 

 

殴り付けるようにシールドを機体に押し当て、尚も圧倒的な推力でデスティニーはドムを押し返す。そして、

 

 

『…くそっ!!』

 

 

自らが押し戻される延長線上に守るべき艦がいることを悟った彼女は咄嗟にスクリーミングニンバスをカットし、直後に機体を母艦に叩き付けられる。

 

 

『ガハっ!?』

 

 

全身を突き抜ける重過ぎる衝撃が、ほんの刹那彼女の意識を奪う。だが瞳から光を消し、燃えたぎる憎悪を持って機体を駆る少年がそんな隙を見逃すはずもなく。

 

 

『『ヒルダっ!!』』

 

 

リーダー格の彼女を救うべく追ってきた彼らに対し、少年が取った手段はまさに冷酷。振り向き様に左翼側に取り付けられた高出力砲を展開し、ほんの少し機体を離し、間隔をつくる。

 

直後、瞬間的なバックブーストとともに高出力砲の石突のような背面部分を用いて、女性の駆るドムのコックピットをまるで突き刺すように殴り付ける。

 

再度の重撃に、彼女の意識は再び昏倒。身体の内側で何かが折れる音をききながら意識を手放す。

 

 

『てめぇぇぇぇぇっ!!』

 

 

そんな仲間の姿を見た男が一人、激情に駆られバズーカを投げ捨てつつサーベルを構えながら突貫してくる。

 

 

『まてマーズっ!! 罠だっ!!』

 

 

だが、時既に遅し。自らに迫る敵機に対し、少年は僅かなためらいもなく引き金を引いた。結果、少年の放った高出力プラズマ砲は男の駆るドムのスクリーミングニンバスを易々と貫き、その左胸部を腕諸共吹き飛ばした。

 

 

『がぁぁっ!?』

 

『マーズっ!?』

 

 

そして、背面にて僅かな動きを感知した少年は機体の両脚を折り曲げつつ彼女の機体コックピットに押し当て、直後に翼を広げ全速マニューバ。デスティニーの爆発的な推力と暴力的なまでの質量を用いて、三度パイロットに直接打撃を敢行した。

 

また、ここで唯一被弾していない男…ヘルベルトの機体のスクリーミングニンバスが限界時間を迎え、赤い発光色に包まれていた機体が元の色へと戻る。だがそれでも引くわけにはいかない、少年の狙いは自身ではなく被弾した彼の仲間…マーズなのだから。

 

 

『くそったれがぁっ!!』

 

 

手に持つバズーカとビームを乱射するが、そもそも三機分のそれを悠に捌く少年には焼け石に水ほどの効果もなく。

 

 

『おおおおおっ!!』

 

 

殆ど一瞬でクロスレンジに詰められ、彼がサーベルを引き抜きそれを袈裟斬りに振るった瞬間に、その腕は少年に届くことなく斬り飛ばされる。背に背負った巨剣ではなく、肩口に取り付けられないブーメラン型の武装を両の手に持った少年の片腕がそれを成し、

 

 

『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

もう片方の刃を、少年は敵機の肩口から縦に思いっきり突き刺した。内部機構を光の刃で蹂躙され、コックピットを襲うは爆散と電撃の嵐。咄嗟に機体を捻り直撃を回避したものの、パイロットは生死不明の重傷を負い、機体は大破、もはや戦闘が可能な状況ではない。

 

 

 

『まだ……終わってねぇんだよぉぉぉぉっ!!!』

 

 

左腕を失い、スクリーミングニンバスを失い、額から血を流しながらも雄叫びとともに振るわれた刃を、やはり少年は腕ごと斬り飛ばす。

 

 

『うおおぁぁぉぁぁぁっ!!』

 

 

それでもなお身一つで己に向かってくる機体に対し、

 

 

『がっ!?』

 

 

デスティニーの右手が男の機体の頭部を鷲掴み、

 

 

『…死ね』

 

 

直後、デスティニーの掌から放たれた超密度の光の刃がドムの頭部を貫いた。爆炎を吹き上げながら虚空へと漂流していく機体には目もくれず、障害を排除し終えた少年は機体を翻し、敵の母艦、いや旗艦たるエターナルへと再度突貫。

 

エターナルより放たれた雨のようなミサイル群を速力を持って振り切り、右手に持ち直したライフルで迎撃。そしてエターナルのブリッジ、その直線上についにデスティニーが現れ、高出力砲を構える。

 

 

『…やらせ、ないって……言ってんだよっ!!』

 

 

何とか意識を取り戻した女性が少年に特攻、曖昧になる意識と骨折による激痛をただ気合で押し留め、眼帯に隠れていない瞳を自らの血で染めながらも、彼女は機体を走らせる。

 

今から迎撃は間に合わない、敵わない。故に彼女は残り時間僅かとなったスクリーミングニンバスと腕に内蔵されたビームシールドを全開にしつつ、デスティニーとエターナルに挟み込むようにして機体を入れ込む。たとえ完全には防ぎきれずとも、直撃さえさせなければ。

 

それで自分が死することになろうとも。そうだとしても、彼女には守らなければならない人がいる、守ると約束した少女がいる。

 

 

『消えろ、ラクス…クラインっ!!』

 

 

そう叫び、少年は引き金を引こうとした。これで終わると、ようやく終わるのだと。そう思った。

 

 

しかし、

 

 

『…っ!!?』

 

 

鳴り響くアラートと同時に横合いから飛来する光の雨が、少年とエターナルを引き離す。

 

この期に及んでまだくるか、そんな思いとともに自らの邪魔をした敵の正体を確かめるべく、そちらへ振り返り。

 

 

 

『…は…?』

 

 

そこにいたのは、少年のよく知る機体だった。だが同時に、その機体の存在は少年を強く困惑させた。当然だ、なにせ()が少年に銃を向けるはずがないのだから。

 

仲間のはずだ、たとえともに戦った時間は少なくとも。今ここで彼に銃を向けられる理由が、少年には何一つ思い当たらなかった。

 

だが撃たれたのは紛れもない事実、しかも敵の旗艦を撃つ寸前のときに、だ。………ならば…そういうことなのだろう。

 

 

『……そうかよ…っ…アンタも裏切るのかよっ!?』

 

 

自らに銃口を向ける()に、少年はただ純粋な怒りと、そして悲しみを込めた叫びを上げた。

 

 

 

 

* * * *

 

 

ドムトルーパー隊の壊滅。目の前で起きるあまりに一方的な戦闘に、私に息をすることすら忘れさせられた、それほどまでに壮絶な戦いだった。

 

強すぎる、圧倒的過ぎる。アスランさん達ほどではないにしろ、こちらのエース級三機をこうもあっけなく蹂躙するシンの姿に、私は内心で肩を抱きしめずにはいられなかった。

 

何故なら、あれが彼の今の心のありようなのだから。私が見捨てて押し付けた結果が、彼をあんな風にしてしまった。あれほどまでの戦いをしなければならないほどに追い込んでしまった。

 

声を、かけることが出来なかった。今の彼に、果たして本当に私の声は届くのだろうか。

 

そうして戸惑う私の前に、デスティニーが現れる。ボロボロになったヒルダさんが、それでも私たちを守る為に盾になろうとしてくれてるけど、多分デスティニーの攻撃は防げない。

 

突きつけられる死の恐怖に、誰もがそう覚悟した。目を逸らしたり、唇を噛み締めたりと、各々がそうするなか。

 

 

突如として飛来する光の雨が、エターナルとシンを引き離した。一瞬の硬直の後、私は慌てて光学映像で光の方角を拡大する。アスランさんやキラさんではありえない、あれはミーティアの武装じゃない。ムラサメ隊やロアノークさんだってこちらに援護を回す余裕なんてないはず。

 

一体だれが……っ!?

 

 

「…………え……?」

 

 

そこに映る機体を、私は知っている。あの日、荒れ狂う海上で耐え難い激情のままに私たちを撃つしかなかった、彼の機体。

 

パーソナルカラーであるオレンジを基調としたカラーリングと、ガンダムタイプ特有の鋭いV字アンテナ。

 

そして、背中に背負った赤き両翼。

 

 

「……()()()()()()………」

 

 

シンのものではないもう一機のデスティニーが、今まさに私たちを葬らんとしていた機体に、銃口を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 : 衝突

 

『で、どうすんだよ隊長』

 

 

呆れ半分に一応は体裁を取り繕っておこうと言った声音のディアッカがモニター越しの隊長…まあイザークに尋ねる。オーブ側のラクス・クラインによるレクイエム破壊宣言よりおよそ十数分。その一時中継点付近の宙域じゃ、既にド派手なドンぱちが始まってやがる。

 

ミネルバが制圧したはずのレクイエムを再使用してる時点でもう俺は今のザフトに味方する気はないとか、多分自分には声をかけてこなかったエターナルやアークエンジェル陣営に半ギレのイザークがいたりと色々あるが。

 

そんなことはどうだっていい。いや、光学映像で映し出されたある機体を見てどうでも良くなった。今も中継ステーションを守るザフトの大群相手に大立ち回りをしてるフリーダムの相方。

 

あの機体…俺の記憶違いじゃなきゃ…()()()()()()、と呼んでいいはずだ。そして、そのパイロットは……っ。

 

 

『一応出てって瞬殺されてくる?』

 

『そんな根性なら最初から出るな馬鹿者がっ』

 

 

そうなるわな。戦艦並みの火力持った化け物がMSを遥かに超える速度で飛び回ってんだ、ザクだのグフだのが何機居たって勝てねーよあんなの。接敵から三秒で手足もがれて漂流物にジョブチェンジだ。

 

 

「…イザーク、ハッチ開けろ。俺が出る」

 

 

確かめなきゃいけねんだ。もし本当にあいつなら、あいつが本当に生きていてくれたなら。話さなきゃいけないことがある、何より……聞かなきゃいけないことがあるんだ、どうしても。

 

 

『……っ…了解、俺とディアッカもすぐに出ます。出来れば貴方には先行してあのバカと接触していただきたい、迂闊に近づけばこちらが灰にされかねん』

 

「了解だ」

 

 

ああ、言われなくてもそのつもりだ。

 

 

『ハッチ解放、進路クリア。デスティニー発進、どうぞ』

 

『ハイネ・ヴェステンフルス、デスティニー。出るぜっ!!』

 

 

聞き慣れないオペレーターの声に従って、俺は機体の操縦桿を握り直し、ペダルを思いっきり踏み込む。凄まじいGに体を押さえつけられながらも、俺の頭にあるのはただ一つだけだった。

 

本当に、本当にお前なんだよな? 生きててくれたんだよな、()()()()………。なら、だったらっ。

 

俺は…俺はっ!!

 

 

* * * *

 

 

エターナルより、彼女の声に従って出撃することおよそ二十分弱。中継ステーションを守る多数のモビルスーツとナスカ級を始めとする戦艦数隻を戦闘不能に追いやりながら俺とキラは着実にステーションへ近づきつつあった。

 

が、

 

 

「ちぃっ!?」

 

 

飛来する数十のミサイルを前に、俺は思わず舌を打った。今ジャスティスに取り付けられている戦術強襲機"ミーティア"は、確かに火力と推力は凄まじいの一言だ。

 

が、如何せんその大きさ故に取り回しに難があるのが否めない。俺の力量不足かもしれないが、近距離迎撃に際しては少し窮屈さを感じずにはいられない。だからといってこんなところでミーティアを脱ぎ捨てるわけにもいかず、仕方なくビームとイーゲルシュテインを乱射すべく引き金を引こうとした瞬間。

 

 

「っ!?」

 

 

突如として放たれた俺のものではないビームライフルの光弾がミサイル群を纏めて射抜き爆散させる。何事かとその方角に振り向けば、同じく俺に目線と銃口を向ける機体が一機。

 

オレンジのボディカラーに一対の赤翼。鋭角なV字アンテナの下のカメラアイを通じて、パイロットの険しい目線が伝わってくるようだった。

 

 

『こちら、ザフト軍特務隊"FAITH"所属、ハイネ・ヴェステンフルス。……アスラン・ザラ……なのか?』

 

 

やはり、お前か。

 

 

『ああ、そうだ。……久しぶりだな、ハイネ』

 

 

こうも早くに出会えるとは…幸運なのかどうか、果たして。モニターに映し出された彼の表情は、驚き、戸惑い、そして何より耐え難い何かに必死に耐えるような、そんな痛々しくて苦しそうなそれだった。

 

 

『…本当に、本当にっ……お前、なんだよなっ!?』

 

 

彼もまた、苦しかったんだろう。軍人だから、命令だから。そう言いながらも感情を押し殺して振るった刃で俺たちを…彼女を手にかけてしまったのだと、悔やみ続けてきたのかも知れない。

 

その上で、彼なりにできることをと一人孤独に耐えて戦い続けてきたのかもしれない。

 

なら、

 

 

「俺だけじゃないさ」

 

 

彼もまた、彼女が救いたいと、会いたいと願う一人に違いない。そしてそれは彼もまた。

 

 

『…っ!?』

 

「エターナルに行け、ハイネ。……会ってこい、彼女に。彼女も…メイリンもきっと…それを望んでいる」

 

 

それでお前の苦しみは終わる、抱えなくてもいい罪を下ろすことができる。お前は、俺たちを殺してなんかいない。

 

 

彼女を…メイリンを殺してなんか、ない。

 

 

『…お、俺はっ』

 

「ハイネ。俺たちがこうして生きていられたのは、お前のおかげだ。だから…会ってあげて欲しい。お前がそうやって苦しんでいるように、彼女もまた苦しんでいる」

 

 

それでも、彼女は必死に前を向こうと歩みを踏み出している。戦おうと、向き合おうと足掻いている。傷ついた心で、一歩を踏み出そうともがいている。

 

 

『…生きてるのか、本当に……あの子が』

 

「生きてる。エターナルで、今も戦ってる」

 

 

だから、会ってあげて欲しい。お前の迷いが、苦しみが、俺たちの命を繋いでくれた。なのに互いにそれを知らずに苦しんだままなんて、あんまりじゃないか。

 

 

『……っ…すまねぇ、後で必ず』

 

「……ああ、期待している」

 

 

その言葉を最後に、デスティニーは背の両翼から黄昏に輝く光を放出しながら凄まじい速度で俺から離れていく。行き先は教えた、彼女が生きていることも伝えられた。あとは…

 

 

『貴様ぁぁっ!! またこんなところにおめおめとっ!!』

 

 

なんて少しナイーブな感傷に浸ろうとした俺の頭を、聞き慣れた甲高い怒鳴り声が突き抜ける。見れば白いグフと黒いザクが一機、それぞれ俺の周りを包囲…してないなこれは。一応はグフの方が右手のガトリングを向けてきてはいるし、ご丁寧にロックオンまでしているが…大丈夫だろう。なにせ、

 

 

「イザーク? それにそっちは…ディアッカか?」

 

『おう、久しぶりアスラン。やっぱ生きてるよな、そりゃ』

 

 

悪かったな、無駄にしぶとくて。

 

 

「お前たち、ここで何を」

 

『何って、アレ落とすんだろ? それの手伝いに来たんだって。な、イザーク』

 

『うるさいっ! 俺に命令するなっ!!』

 

『してねーから』

 

 

相変わらず耳をぶち抜く声をしている。…変わらないな、こいつらは。いや変わったのか。俺がオーブでぼんやりしている間にも、二人は軍人としての責務を果たし続けてきたのだから。その結果がこのやり取りというのは……まあ、そんなこともあるさ、多分な。

 

 

『いいから、さっさとやることやっちまおうぜイザーク』

 

「そうだな、いくぞイザーク」

 

『よしわかったそこに並べ貴様ら。艦砲射撃で消し炭にしてやる』

 

 

さて、いつまでもキラだけに任せるわけにもいかない、早急にアレを落とすとしよう。エターナルは……大丈夫だろう、今考え得る限りでは最高の援軍が向かったはずだ。

 

俺は、俺の役割を…約束を果たす。

 

 

 

 

* * * *

 

 

『…そうかよ…っ…あんたも裏切るのかよっ!!』

 

 

己が悲願、その成就をあと一歩のところで妨げられた少年が憤激の限りで叫んだ。湧き上がる怒りに、決して少なくはない悲しみをのせて。

 

少年の駆る機体…デスティニーに対しビームライフルを発砲したのは、同じく一対の巨大な赤翼を背負う機体、デスティニー。ただし、赤と青というどこかフォースインパルス…かつては少年が操った機体であり、今は心を喪失しつつある少年の恋人が駆るそれに似通ったカラーリングではなく。

 

パイロットである彼のパーソナルカラーともいえる派手派手しい橙色を基調とした、もう一機のデスティニー。

 

 

『答えろよ…っ…ハイネっ!!』

 

『………っ……』

 

 

少年の激情に、彼はただ無言を持って応えた。いや、かける言葉が咄嗟に見つからなかったのだ。守ると誓い、断腸の思いで別れを告げた少年の血を吐くような叫びに、ただ言葉を返せなかった。

 

まだ確かめられたわけではない。だが間違いなくそうであるという一つの真実を聞いた自分とは違う。目の前の少年は、今この時もずっと苦しんでいるのだ。もがいてもがいて、それでもなお何も得られず、守れず、失った光を追い求めて足掻き苦しんでいる。

 

伝えるのは簡単だ。ただ一言でいい、先程彼自身が聞いた言葉を少年にかけてやればそれでいい。困惑はするだろう、明かされた真実に戸惑い混乱するかもしれない。

 

だが、果たして本当にそれでいいのか。今ここで自分がそれを口にして、目の前の少年を救うことが出来るのだろうか。全てを失い、それでも残された何かに縋り付くように戦う少年を、本当の意味で救い出すことが出来るのだろうか。

 

答えは…おそらく否だ。もはやこの少年を、いや彼が知る少年たちを本当の意味で苦しみの連鎖から救い出すには、言葉だけでは到底足りない、言葉だけでは止められない。

 

彼らを救えるのは、かつて悪意に踊らされた彼自身が撃ち、それでも生きていてくれたという一人の少女を措いて他にない。

 

そして、彼女と彼らを引き合わすことも…おそらくは彼の役目ではない。もっとふさわしいも者達がいる、それを為すに相応しい者達がいる。

 

故に、彼がいますべき選択は…ただ一つ。

 

 

『…シン』

 

 

武器を取り、この桜色の戦艦を守ることのみ。今ここでこの艦が撃たれれば、今少年にこの艦を撃たせてしまえば、今度こそ取り返しのつかない悲劇を生み出してしまう。

 

ボロボロになりながらもここまでがむしゃらに突き進んできた、突き進むしかなかった少年の心に、背負いきれない悲しみと絶望を背負わせてしまう。

 

 

そんなことを、許すわけにはいかない。

 

 

『…やらせねぇ…っ…お前に、お前にだけは……っ!』

 

 

かつて彼自身が味わったあの絶望を、無力を、悲しみを、この少年に背負わせるわけにはいかない。二度と彼らに悲劇の引き金を引かせるわけにはいかない。

 

もう二度と、()()を失うわけにはいかない。

 

 

『……邪魔を…スるな…っ…どけよ……っ…そこを……っ…どケぇぇぇぇぇぇぇ…っ! ハイネぇぇぇぇぇっ!!』

 

『やらせねぇ…やらせねぇぞっ!! シンっ!!!』

 

 

狂乱と憤怒に身を委ねるデスティニーと、確かな覚悟を身に宿すデスティニーの巨剣がぶつかり合う。守りたいものは同じ、失ってしまったものも同じ。それでもなお、ぶつかり合うしかないもの達の叫び。

 

運命と運命、悲劇と悲劇。かつて未来という誰に定められたでもない結末に取り憑かれていた少女ですら知らぬ、名も無き小さく、そして何より哀しくもはげしい戦いが、今始まった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 : 揺るがぬ覚悟

今のうちにご都合戦力推移なるものをば。原作と比較すれば、ということでお願いします。

・キラ⇨ほぼ変化なし(元がチート、どんとまいんど)
・ラクス⇨以下同文
・アスラン⇨上昇(最たる原因はメイリン)
・ハイネ⇨不明、原作では既に故人。

・シン⇨著しく上昇(精神デバフを諸々でブラックバフに変換&本来の実力を発揮可)

・レイ⇨上昇(理由は色々)

・ルナマリア⇨著しく上昇(精神が極めて不安定&内、外からの制御が非常に困難)


ステーションI防衛の為に航行するミネルバを発ち機体を動かすこと二十分と少し、俺は…いや俺たちは無事に宇宙要塞メサイアに到着した。フルスピードで飛べばもう少し早く来ることも出来たと思うが、些か以上の不安…と言うより懸念を考慮し、インパルスの手をレジェンドで引きながら飛翔しここまでやってきたための結果だ。

 

戦闘以外で推力の調整にここまで神経を使ったのはこれが最初で、そしておそらくは最後だろう。

 

光を喪失したかのように空虚な瞳をしたルナマリアの手を出来る限りで優しく引きながら、俺たちが辿り着いたのはメサイア内部、その中枢である司令室。

 

……こう言うことは得意ではないのだが、まさか一人残して俺だけほっつき歩くわけにもいかん。メサイアに到着したことはミネルバを通してあいつに…シンに伝わるはずだ。こんな状態の恋人と離ればなれになり不安だろうが、今はこれくらいしかしてやれることがない。

 

まあ…そんなことを言う資格が、果たして今の俺にあるかどうか、と言った話もあるのだが。

 

 

「やあレイ、それに…ルナマリア。よく来たね」

 

 

エレベーターと重なる扉を潜った先には、数名のオペレーターが忙しなくディスプレイと格闘しながらインカム越しに何かを話していた。おそらくは今既に始まっている戦いに関してだろうが、さして興味はない。

 

どのみち奴らの攻勢をステーションIで止められるとは考えていない。そんなことで止められるのであれば苦労はないし、そもそも今この時まで俺たちが討ち損じることもないだろう。いかにシンが本気で暴れようと、まず間違いなく止められない。

 

ステーションの代わりは既に用意してある、ようはここに来るまでにどれだけ奴らを消耗させられるか、という話だが…そればかりは流石にわからん、シンの頑張り次第、と言ったところか。

 

 

「はっ。レイ・ザ・バレル及びルナマリア・ホーク、出頭致しました」

 

「……………」

 

 

敬礼する俺と、無言のままただ立ち尽くすルナマリア。本来なら軍法会議、とまではいかないが立派な規律違反だ。評議会の、それもトップである議長に敬礼はおろか挨拶一つ出来ないのは、軍人としては目も当てられない。

 

…だが、

 

 

「…議長、彼女は」

 

「分かっている。咎めるつもりはない、寧ろよく連れてきてくれた、本当に」

 

 

今の彼女に、軍人としての責務を問うのはあまりに酷だ。それは議長も…ギルも分かってくれている。いや、そうなるように導いた、と言ったほうが正しいだろう。

 

 

「…久しぶりだね、ルナマリア。ジブラルタルの時以来かな?」

 

 

立ち上がり彼女の正面にまで歩み寄ったギルが、頬に触れながらそう声をかける。そこでようやく、これまで無言無心でいた彼女が僅かな反応を見せる。

 

 

「………っ…?」

 

「…色々、大変だったろう。報告は聞いているよ、よく頑張ったね、ルナマリア」

 

 

光すら映さない暗い瞳が、ギルの優しげな薄琥珀色の瞳を見つめる。憂うような、労うようなその瞳に、僅かだか彼女が安堵を感じているように思えるのは、きっと間違いではないのだろう。

 

……それがあまりに甘く残酷な毒であるとも知らずに。

 

 

「……がん……ば…………?」

 

「ああ、よく頑張ったとも。君のおかげで我々はロゴスの首魁であるロード・ジブリールを討ち果たすことが出来た。君は立派に…彼女の仇を撃ったのだよ。彼らの醜い欲望が産んだ戦火、それに巻き込まれてしまった…君の妹の」

 

 

…………………っ…。

 

 

「…メ…い………り…」

 

「本当に、よくやってくれた。期待した通り…いや、それ以上だ」

 

 

…そうだな。もし本当に言葉通りの意味であったのなら。ただ彼女の奮闘を労い讃えるだけであるのなら、まだ救いがあったのかもしれない。

 

……くだらん、今更何を言っている。それがまやかしだと言うことは、俺が一番よくわかっている。

 

彼女の役割は、まだ終わっていない。いや、これからもずっと続いていくのだろう、ただそこに存在し、守られるために。そのための存在に、その為だけの()()に、余計な心など必要ない。

 

 

「レイ、積もる話もあるが…続きは他でしよう。ああ、ルナマリアも連れてきてくれ。彼女にも大事な話がある」

 

「…はっ」

 

 

それが、この人の考えだ。そしてそれを理解しつつも賛同しているのが俺と言う人間…いや、俺もまた人形か。少なくとも友と呼ぶべき彼らの心を弄んでいるような奴に、今更友人を名乗る資格などあるはずがない。

 

だが、それがどうした。そんな瑣末な躊躇いは、もう捨てた。あの日、ジブラルタルで千切り捨てた、たった一つの約束とともに。

 

彼女はもういない、俺に微かな夢と、胸に抱いていたものとは違った未来を見せようとしてくれた彼女は。

 

だから捨てたんだ、やめたんだ。夢はもう終わりだと、微睡から目を覚ますのだと。たとえいま友たちが狂い、悲しみ、喪失の中にいようとも。それでも俺は、もう止まらない、止まれない。

 

新しき世界を、俺たちのような存在が生み出されない平和な世界を。……二度とあんなくだらない悲劇など起きない暖かな未来を。

 

思い出せ、お前の使命を。思い出せ、お前の役割を。存在そのものが平和の否定であるお前の役割はなんだ? 

 

友の幸せを願うことか? 罪もなく葬られた彼女を憂うことか? 

 

違う。俺の役割は、ただギルの願いを成就させること。デスティニー・プランにより人類を統治し、争いの生まれない世界を作ること。そして…俺とともに、()の存在を世界から抹消すること。

 

忘れるなよ、レイ・ザ・バレル。お前が選んだこの道を。他の道を中途半端に歩こうとした結果、何が起きた、何が生まれた。悲劇と絶望以外の何をお前は生み出せた。

 

 

「…分かっているさ、そんなことは」

 

 

呆然とするルナマリアの手を引きながら呟いたその言葉は、誰に聞かれるでもなく虚空へと消えていく。発した俺自身さえ、なぜそんな呟きが漏れ出たのかもわからずに。

 

 

「………レ…い………」

 

 

……分かっている。俺はもう止まれない、止まるわけにはいかない。この連綿と続く悲劇の連鎖を……断ち切るためにも。案じることは許されん、共にいることも許されん。

 

ただ平和な世界を、彼らがもうこれ以上、何を失うことのない未来を。それが俺の選ぶ道であり、せめてもの贖罪とさせてもらう。今更謝るつもりはない、謝る資格もない。

 

だから、命を以って償おう。それがこの誰に望まれたものでもない命の、俺の命の使い道だ。

 

 

* * * *

 

 

『堕ちろぉぉぉぉっ!!!』

 

 

怒号のままに振り下ろされる巨剣を、同じ形、同じ名称の巨剣が受け止める。伝記によれば、円卓における裏切りの騎士がその手に振るったとされる剣と同じ銘を与えられた巨剣同士がぶつかり合い、鍔迫り合い、嵐のような電撃を宇宙に撒き散らす。

 

デスティニーとデスティニー。名も同じなら兵装も同じ、故にその機体性能もまた然り。にもかかわらず、戦いの均衡が保たれたのはほんの数瞬であった。

 

 

『デヤァァァァァァァァっ!!』

 

『ぐ…っくそっ!!?』

 

 

薄紫の光を噴出させた少年のデスティニーが、黄昏色の光を放つデスティニーを力の限りで押し返し、吹き飛ばす。凄まじい衝撃と無理やり付与されたGに耐えながらも彼が機体の体勢を整えたのも束の間、生み出した残像を置き去りにするかの如き出鱈目な速度で肉迫して来た少年の振るう凶刃が迫る。

 

これほどかと、彼は機体の操縦桿を握り直しながら奥歯を噛み締める。同じ機体、同じ装備、機体を受領した時期もそれによる戦闘経験にすら差は殆どないに等しいはず。

 

にも拘わらず、こと機体戦闘力において少年は彼を大きく上回っていた。操縦テクニック、状況判断、反射速度、武装の使い方その他全て戦闘における悉く、少年のそれは彼を置き去りにして余りある。今彼がこの少年相手に何とか食い下がるような戦いを続けられているのは、その凌駕されている全てを長年の経験と戦士の直感とも言える何かで誤魔化しているに他ならない。

 

歯を食いしばり、負けじと彼も背の赤翼より光を放ち、残像を生みながら少年へと突貫する。だが、

 

 

『邪魔……っ、ダァァァァっ!!』

 

 

左肩口を狙った絶速と逆袈裟斬りは、少年の力任せに叩き付けられた刃に叩き落とされ、続く大振りかつ高速な回転切りで強引に機体ごと弾き飛ばされる。左手のビームシールドがなければ、今の一閃で胴体を真っ二つにされていたかもしれない。

 

これほどか、ここまでになるか。再度後方へと吹き飛ばされる機体の中で、彼は胸の内で少年に問いかける。想い人を守る、ただそれだけの思いで戦う少年の心を蝕む深い悲しみと絶望。それが純粋な思いと覚悟を黒く染め、憎悪となりて少年を駆り立てる。

 

守る、故に殺す、蹴散らす、叩き潰す。あの時、別れ際に彼がかけた言葉をこれ以上ない最悪な形で今も貫かんとする少年の姿。

 

全て己のせいだと、彼は叶わぬ後悔を胸に抱く。あの時、悪意に満ちた命令ではなく、ただ己の心に従っていたならば。彼らから光を奪うようなことをしていなければ。少年がここまで狂うことはなかったのかもしれない、少年の想い人が心に深すぎる傷を負うことはなかったのかもしれない。

 

ここにはいないもう一人の少年に、あんなにも辛く何かを押し殺すような顔をさせることはなかったのかもしれない。

 

 

『終わりだ…っ…消えろ…消えろ……っ…! …このっ!!』

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

だが、たとえそうだとしても。いや、そうであるならば。己の弱さが、選択が、彼らにこうも悲劇を押し付けてしまったならば。そこから救い出すのもまた責務…いや、誓い。

 

思い出せ、お前はジブラルタルで何を胸に誓ったのだと、彼は己に問いかける。何を聞かされ、何を思い、何のためにここまでやって来た。あの時知らされた真実を前に、それでもと胸の内で燃えたぎる激情を押し留め、辛酸を舐め、傷つく彼らの元を離れてここまでやって来た。

 

何のためだ。お前は、何のためにここにいる。ただこうして少年に打ち負かされるためにここに来たのか? ただ無力と後悔を嘆くためにここまでやってきたのか?

 

 

『…んなわけ、ねぇだろうが……っ』

 

 

そう、そんなものは否、断じて、決して、絶対に、絶対に否。

 

 

『…やらせねぇ、撃たれねぇ……っ!』

 

 

実力で劣っていることは、もう十分に痛感した。今の己の実力では、狂乱のままに機体を駆る少年を倒すことは愚か、傷を与えることさえも難しい。

 

それでも、だとしても。己の役割は変わらない、胸に誓った覚悟は変わらない。

 

 

『お前に、お前らにっ!! もう何一つ、失わせるわけにはいかねぇんだよっ!!』

 

 

守ると決めた、救い出すと決めた。だから、どうか力を貸してくれと、彼は己の機体に強く願う。今の己では、少年ほど上手くお前を扱えない、お前の力を使いこなすことはできない。

 

けれど、それでも。今この瞬間を、戦い抜く力を。勝てなくてもいい、傷を負わせられなくてもいい。自らの役目を果たすだけの分だけでいい。だから、

 

 

『うおおおおおおおおおっ!!』

 

 

裂帛の怒号とともに、右手に握る巨剣を両手で脇に構えるようにして宇宙(そら)駆ける。彼の思いに機体が応えるかのように、これまで以上の勢いで背の赤翼からは鮮烈なまでの黄昏色の光が暗き宇宙を染め上げる。

 

彼が駆ける先から、同じく背から光を放ちながら突貫してくる少年の機体。互いに速度は絶速、交錯の時は刹那。振り下ろされる凶刃と、振り上げられる覚悟の刃。

 

凄まじい抵抗とともに刃がせめぎ合い、光と光の衝突が眩いまでの電撃を生む、

 

かと思われた。

 

 

『っ!?』

 

 

衝突の瞬間、彼は巨剣を手放し左腕のビームシールドで少年の振り下ろす刃を受け止める。圧倒的な質量を誇る対艦刀を受け止める左腕関節が悲鳴を上げるも、彼は渾身の力で操縦桿を押し上げ、機体の背より奔流の如く光を放出し続ける。

 

また、自ら武器を手放すという行為に理解が追い付かず、ここまで熾烈なまでの戦いを続けてきた少年の思考がほんの数瞬、停止した。

 

 

刹那、狙いすましたかのように彼は無手となった機体の右手で少年の持つ巨剣、その刀身を掴む。

 

 

『…っ!? しまっ』

 

 

だが、少年が彼の狙いに気付いて刃を戻そうとするよりもほんの僅かに早く。眩い光が輝く直後、少年の持つ巨剣が半ばから爆散し虚空へと消えていく。咄嗟に敵の腹部を蹴り付けつつバックブーストで距離を稼ぐも、今の一撃で少年は機体の最たる近接武装を失った。

 

 

『……………』

 

 

パルマフィオキーナ。デスティニーに搭載されている超至近距離ビーム兵器。掌から僅かという射程と引き換えに、凄まじい密度と出力の光を放つ、まさに奥の手。

 

それが、今し方少年の握る巨剣を半ばからへし折り爆散させたものの正体だ。

 

 

『…ハイ、ネぇぇぇぇぇぇ……っ!』

 

『………………』

 

 

力も、速度も、何もかも少年が上回っていた。その上で、少年を思う彼の意地と覚悟が為したこの必然。光を消した瞳を血走るように燃やす少年が彼を睨みつける。

 

 

『…殺す、コロス、コロしてやるっ!!』

 

 

沸き上がる殺意をおくびも隠そうとしない少年が、拾い上げた巨剣を構える()()()()へ迫ろうとした瞬間、

 

 

『…っ…ちぃっ!?』

 

 

新たに鳴り響くアラートとともに飛来する高出力ビームと数えるのが馬鹿らしいほどのミサイルの嵐。先程目の前の敵が自身に放ったものとは数も火力も何もかも桁外れなそれを、少年は全力の回避行動とライフルによる迎撃でいなす。

 

火線の先に見えるのは、二機のモビルスーツ。見覚えのない白い大型強襲機のようなものを背に装着した機体、蒼き翼と紅き刃翼を持つ、少年の因縁深きものたち。

 

 

『…フリー、ダム…っ…。…ジャスティス…っ…!……アス、ラァァァン……っ!!』

 

 

これまでで最大限に憎悪を込めた彼方から、尋常ではない速度で彼らはこちらへと迫ってくる…いや、役目を終えて帰投してきた、のか。であるなら、

 

 

『シン、残念だけどステーションが堕ちたわ。一時帰投して頂戴』

 

『ふザケるなっ!! ここで、ここまで来てーーーーーー』

 

『なら貴方一人であの二機とハイネ…デスティニーまで相手にするのっ!?』

 

 

溢れ出す激情を押し留められずに怒号を発する少年を、叱咤するような怒号が覆い潰す。

 

 

『…まだチャンスはあります。本隊と合流し戦線を立て直すために、今は戻って補給を受けなさい。ここで貴方を失うわけにはいかないわ、いいわね?』

 

『…っ…了解…』

 

 

その言葉に僅かながら思考を冷却した少年は、撃つべき者たちを一瞥すると、宇宙に薄紫の光を放ちながら母艦へと帰投していく。そして少年と行き違うかのようなタイミングでエターナルの二振りの剣が母艦へと舞い戻る。

 

 

『大丈夫か、ハイネ』

 

『まあ、何とかな。…七、八回死ぬかと思ったが。それより、』

 

『…ああ、わかっている』

 

 

先程会った時より幾分か以上に機体パイロットともに疲弊している彼の声を聞き、紅き機体…ジャスティスを駆る青年は自らの母艦へと通信を促す。

 

そこにいるであろう、己の恋人へと向けて。

 

 

* * * *

 

 

『こちら、ザフト軍特務隊"FAITH"所属、ハイネ・ヴェステンフルス。エターナル、応答願う。こちらに戦闘の意思はない』

 

 

そんな通信音声とともに、エターナルのブリッジにある中央モニター(中央にあるから暫定的にこう呼ぶことにしました)に映し出される彼の姿に、私は見えない鎖に締め付けられるような痛みを感じた。

 

戦闘がはじまってもはや何度目かもわからない驚きとともに死を覚悟した私を、私たちを救ってくれた彼。デスティニーでデスティニーを迎え撃つなんて万国ビックリな戦いを繰り広げつつも、あのシンを、本気の彼を相手して私たちを守り抜いてくれた恩人。

 

どうして彼が今ここにいるのかは分からないし、私たちを…エターナルを助けてくれたのかはもっとわからない。けれど、間違いなく彼は私たちを助けてくれた、FAITHという立場を恐らくは投げ捨ててまで。

 

 

「こちらはエターナル、ラクス・クラインです。ご助力、感謝致しますわ」

 

『その分だと、やはり貴方は本物…ということでいいみたいですね』

 

 

…そっか。彼は一度ミーアさんの護衛を務めている。であれば、今のラクス様の反応は些か以上に不自然に映るわけですね。…なんて、言ってる場合じゃないのですが。

 

 

『俺からの用件は一つです。……メイリンちゃん、いるか?』

 

 

………そう、ですよね。

 

 

「…なるほど。貴方もまた、彼女に縁のある方なのですね」

 

 

…そんなんじゃないですよ。見殺しにしようとして、最後の最後で我が身可愛さに勝手しただけです。縁なんて…そんな綺麗なものじゃ、ないですよ。

 

 

「メイリンさん、こちらに」

 

 

そう言われて、私は黙って席を立ってラクス様の隣に立つ。おそらくこれで、彼からも私の姿が確認出来たのだろう。信じられないと言ったように目を見開く彼に、私はただ静かに語りかける。

 

 

「…お久しぶり、です。ヴェステンフルスさん」

 

『……メイ……リン…ちゃん……?』

 

 

…ええ、私ですよ。

 

 

「はい、そうです。あ、幽霊とかじゃないですよ、ちゃんと足はーーー」

 

『やめてくれっ!!』

 

 

…………すみません、ふざけるタイミングじゃ、ないですよね。

 

 

『…すまない、すまない…っ! 俺はーーーーーー』

 

「生きてますよ」

 

 

ええ、生きていますとも。私も、アスランさんも。

 

 

「生きています、あなたのおかげで」

 

 

あなたが助けてくれた、とは言えません。それを言ったら、きっとあなたは自分を今よりもっともっと責めてしまう。それはダメです、生きてるという一言すら黙って、物語の筋書きなんてものを優先した私の言い訳に、あなたを巻き込むことはできません。

 

 

「あなたの迷いが、葛藤が、私たちを生かしてくれました。ありがとう、とは言えません。それはあなたの苦しさだから、辛い気持ちの上にあるものだから」

 

 

感謝はしてる、彼のあの時の涙を呑む決断と迷いが、私たちを救ってくれた。でもそこにありがとうだなんて言えない、言ってはいけない。全ては私が仕組んだ出来レース、人の心をこれでもかと弄んだ最悪の仕掛けもの。

 

 

「…でも、それでも。生きてますよ、私」

 

 

迷ってくれたから、戸惑ってくれたから。あなたを見捨てて殺そうとした私なんかのために、あなたはあんなにも迷って、叫んで、救おうとしてくれた。

 

 

『…お、おれ、は……俺は……っ』

 

「私、議長を止めたいです」

 

 

あの人に会って、遺伝子で管理なんていや、心のままに生きていたいんだバカやろーって言いたい。みんながみんなでいられる、当たり前な未来が欲しい。

 

望む人の隣でいられる未来が欲しい。

 

虫がいいのは分かってる。こんなこと言える立場も資格もないって分かってる。それでも私は、あなたに言わなきゃいけない。私には出来ないから、私一人じゃ、何も出来ないから。

 

戦う力も、生まれも、立場も、権威もない。どうしようもなく無力な私は、何かを為すにはこうするしかないから。誰かの力を借りなくちゃ、私はこの願いを実現できない。

 

 

「あの人を止めたい、みんながみんなでいられる未来を掴みたい。……みんなに、シンに、レイに……お姉ちゃんに、会いたい…っ」

 

 

みんなに会いたい。もうやめてって言ってあげたい。いっぱい謝って、話して、助けてあげたい。でも私一人じゃそれは出来ない。戦う力を持たない私じゃ、今の彼らに会うことすら叶わない、声を届けることは叶わない。

 

 

だから、

 

 

「だから、お願いします…っ! 私たちに、私にっ! 力を貸してください、」

 

 

()()()()()()()()

 

 

ずるいってわかってる。卑怯だって、わかってる。それでも私には、こうするしか出来ないから。一人で見る未来は、もうやめたから。みんながいて、みんなでいて、それでも平和であったかい未来を作るんだって決めたから。

 

あなたには、私に怒る権利がある、怒鳴って、罵倒して、張っ倒す権利がある。でも今は、今この時だけは、どうか私の我儘を聞いて欲しい。一人じゃ何もなくて、何も出来ない私の我儘に付き合って欲しい。

 

だから…っ!!

 

 

『…ははっ……ずりぃぜ、そいつは…っ』

 

 

………はい、わかってます。涙を流し、泣き笑いのような彼の目を真っ直ぐ見据える。

 

 

『…ああ、分かった。あの時の約束を覚えててくれた…。こんな俺に、まだそう言ってくれるって言うのなら』

 

 

…………………。

 

 

『ラクス様。勝手ながら、これよりそちらの指揮下に入れていただきたく思います。どうかその許可をいただきたい』

 

「もちろんです。心強い限りの申し出、どうかよろしくお願いしますわ、ハイネさん」

 

「…この嬢ちゃんの人脈が一体全体どんなものか興味がつきないが、いい拾い物だ、あてにさせてもらおう」

 

『あの砂漠の虎にそう言って頂けると、些か恐縮に過ぎますね。バルトフェルド隊長』

 

「よせよせ、昔の話だ」

 

 

…色々ありましたが、とりあえず中継ステーションは落とせたみたいです。見ればヴェステ…違う、ハイネさんが大破したドム・トルーパー隊の搬入を手伝ってくれている様子。

 

医療班の方々に緊急コールをかけつつ、私はハッチを解放する。ヒルダさん達の搬入もすぐに終わるはずです。……っ。

 

 

「行きましょう」

 

 

その声に振り向けば、ラクス様の強くも優しげな瞳と目が合った。

 

 

「戦いはまだ終わっておりません。進軍を、速やかにレクイエムを破壊し、この戦争に終止符を打ちます」

 

 

…そうです、まだこの戦いは終わってなんかない。レクイエムとメサイアを落とさなければ、議長を止めなければ終わらない。進まなきゃ、私はみんなに会うことはできない。声を届けることはできない。

 

だから進みます、たとえこの先にどんな困難が待ち受けているとしても。その先にいる、その先で苦しんでるみんなに会うために。

 

 

『行こう、メイリン。彼らに会いに』

 

 

インカム越しに聞こえてくるアスランさんの声に、私ははっきりとした口調で答える。

 

 

「はい、行きましょう。レクイエムへ」

 

 

そして、メサイアへ。シン、レイ、お姉ちゃん。待ってて、今行くから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 : 血戦

お久しぶりです。ストックはありますが投稿頻度は未来の私にガン投げです


 

『来たようだ、彼らが』

 

 

レジェンドのコックピット内に響くギルの声音には、ほんの僅かな焦りも見られない。それもそのはず、流石に中継ステーションの攻防だけで奴らを仕留め切れるとは考えていない。むしろそれそのものには質量以外の防備のない中継ステーションよりも、本隊と防衛設備の整っているメサイアとレクイエム付近に来た奴らを挟撃した方が戦いやすい。

 

『それと、どうやらハイネがあちらに付いたらしい。特に問題はないとは思うが、一応は気をつけてくれ』

「了解です」

 

 

自分でもよくすんなりとその事実を受け入れられたとは思う。だが少し考えれば当然のことだ。ヘブンズベース攻略戦後に彼がミネルバから離脱していった時点で、なんとなく予想はしていた。

 

恐らく彼は気づいたのだろう、アスランと彼女の脱走の裏に隠された陰謀に。いや、疑問を確信に変えるために、あの日彼は授与式の後にギルを呼び止めた。そこで答えを得たからこそ、今行動を起こしたのだろう。

 

…どうだっていい、今更。たしかにデスティニーが敵となることは厄介ではあるが、既に代わりはいる。この上ないほどに奴にとって致命的で、どうしようもないほどに残酷な代わりが。

 

 

「…ん?」

 

 

出撃シークエンスに入ろうとしたレジェンドのコックピットに、小さな通信要請。相手は…コアスプレンダーか。

 

 

「どうした、ルナマリア」

『……あ……っ……』

 

 

…噂をすれば、と言うやつか。おそらくその様子だと半分無意識で呼びかけてきたのだろうな。

 

 

「…心配するな、すぐにシンが迎えにくる。それまで大人しく待っていろ」

 

 

半分事実で、半分嘘だ。たしかにシンは彼女を迎えにやってくるだろう、だがおそらくそれはここメサイアに、ではない。戦場で、だ。だからこそ、全てを見越しているからこそ、ギルは今の彼女に()()を持たせたのだ。

 

心を無くし、光を失い、それでもなお彼女は戦わなければならない。戦う哀れな人形でなければならない。脆く儚く、傷だらけの存在であらねばならない。シン・アスカという最強たりえる戦士の護るべき存在であり、何よりの弱点であるために。

 

じきに彼女にも出番がやって来る。今の彼女は、ハイネだけでなくアスランにとっても致命的なカウンターになり得る。そこにあの力があれば…あるいは奴らを撃つのは、シンではなく彼女になるのかもしれない。

 

 

『……シ…ん……』

 

 

…頃合いだな。じきに奴らが射程に入る。それが済めば…そこからはほぼ耐久戦だ、ただ物量にものを言わせて凌ぎ切ればいい。奴らさえ、フリーダムとジャスティスを俺たちで押さえておけばそれでいい。押さえる、などと甘ったれたことをするつもりはないがな。

 

 

「そろそろ出撃する、切るぞ」

『…あ…っ…う……?』

 

 

…どうやら、ネオ・ジェネシスが発射されたらしい、出るなら今だろう。

 

 

「…()()()()、ルナマリア。…あまり、無理をするなよ」

 

 

ささやか過ぎる別れを告げ、何かを言いかけたルナマリアの言葉を待つことなく通信を切る。…これで、もう二度と俺が彼女と言葉を交わすことはないだろう。友と呼んだ者にするにはあまりに呆気ないとは思うが、それでいい。

 

俺を友と呼ぶ必要はない、俺を仲間とする必要はない。お前を、お前たちの運命を狂わせたのは他ならぬ俺だ。お前の光を奪い、心を弄び、そのツケを全てシンに押し付けた。

 

そうまでしても、俺はこの道以外を選ぶことはできなかった。俺に違った未来を見せようとしてくれた可能性を切り捨て、変わることを拒んだ。結局俺は、ギルを裏切れなかった。俺たちという存在の結果にいる奴の存在を忘れられなかった。

 

なればこそ、その選択の結末をもたらそう。今日、ここで、全てを終わらせる。フリーダムを…奴を撃ち、全ての過去に決着をつける。

 

 

「レイ・ザ・バレル。レジェンド、発進する」

 

 

新たな世界に、俺たちは存在してはいけない。二人がこれ以上何も失わぬ未来に、俺たちは必要ない。……消えてもらうぞ、世界から、未来から、俺とともに。

 

 

* * * *

 

 

デスティニー…シンによる鬼神の如き猛攻を受け、全機大破という甚大な損害を被ったトルーパー隊の三名を艦内へ収容、医務室へ直行させた。裂傷、打撲、骨折、その他諸々、三者三様の大怪我を負っていたものの、生命活動に関わる内臓までは傷ついておらず、命に大事はないらしい。

 

かと言って再出撃など言語道断。三人の中で唯一意識があり機体の損傷が比較的軽微なヒルダさんは出ると言っていたけれど、ラクス様と軍医さんからのダブルパンチにより断固禁止。

 

出始めから旗艦防衛の要であったトルーパー隊を失ったのは痛過ぎるものの、その穴は今しがた決死の攻防でシンを退けてくれたヴェステ…ハイネさんのデスティニーが引き継いでくれることに。

 

これでひとまず中継ステーションはクリア、このまま勢いに乗ってレクイエムを…と意気込んだのも束の間。

 

闇夜を切り裂く巨大な雷撃が、私たちの艦隊を貫いた。

 

 

「くそっ!! あんなものまで伏せていのかっ!!」

 

 

悪態をつくバルトフェルドさんに、私も唇を噛む。ネオ・ジェネシス…来ると分かっていても、出所不明な情報で私の素性に理解のあるラクス様ならともかく、艦隊全体を混乱させるわけにはいかないと黙っていたことを、今更ながら後悔する。

 

……また、まただ。私は救える命を切り捨てた。

 

 

「……っ!!」

 

 

込み上げる罪悪感を封じ込めるように、唇を噛み締める力を強め、そのまま皮膚を破る。ひりつく痛みを熱に変え無理やり頭と身体を動かす。

 

前方には、月面の後方から姿を現した巨大要塞<メサイア>に、目下最大目標の殺戮兵器<レクイエム>、そしてそれらを守る膨大な数の艦隊とMS群。

 

そして後方には私たちエターナルとアークエンジェルを追撃せんと迫るミネルバはじめ中継ステーション防衛部隊。

 

しかも、

 

 

「…………レジェンド……」

 

 

メサイアから大量に出撃してきたザクやらグフの最前列でレジェンド……レイが、信じられない強さでキラさんのフリーダム、そしてアスランさんのジャスティスの二機を相手に足止めしている。

 

ドラグーンの猛攻で二人…特に近接を得意とするジャスティスを近づけず、フリーダムからの射撃には回避と防御で応戦。

 

…徹底した足止め、時間稼ぎ。けれどこれは彼が勝ちを諦めているわけでは毛頭ない。

 

なぜか、それは。

 

 

「後方よりミネルバ、及びデスティニー、来ますっ!!」

 

 

彼が…シンが来るから。それも原作時とは比べ物にならないくらいに強い…恐らくは持ち得る力の全てを限界まで発揮出来る状態で。

 

ここに来てまだお姉ちゃんのインパルスが出てこないのはかなり気がかりだけど……。反応がない以上、今は戦場には出ていないって信じるしかない。

 

 

「不味いぞラクス、これではっ!!」

「…………っ」

 

 

先のネオ・ジェネシスの攻撃で、レクイエムの攻撃に向かうためのオーブ艦隊に甚大な被害が出ている。しかもレクイエム発射口には超大型の陽電子リフレクターが装備されていて、おそらく<ローエングリン>じゃ突破できない。

 

あれを破壊するには、どうしても原作同様にMS…それもこちらの主力機が必要になる。けれど、その問題をクリアするにはまず目の前の困難をどうにかしないといけない。それもレクイエムの次発のチャージと中継ステーションの再配置が終わる前に。

 

でないと…………オーブが撃たれてしまう。

 

原作ならここでキラさんがエターナルと一緒に足止めを買って出て、アークエンジェルとアスランさんが先行して結果的にデスティニーとレジェンドを各個撃破することに成功した。

 

……でも多分、それじゃダメ。あの時とは状況が違う、いくらハイネさんでも一人でトルーパー隊と同じ働きはできないし、現に今もエターナルを包囲するMS群の減りが先程より緩やか。

 

味方を撃つ。恐らくは断腸の思いで今ハイネさんは戦ってくれている。それでもやはり、数の差は如何ともし難い。

 

レクイエムを破壊するためにはどうしてもアークエンジェルとアカツキ…ロアノークさんに加えてアスランさんを先に行かせないといけない。でもこの状況下でそれをして、万が一シンとレイがこちらに留まった場合、その瞬間にこちらが詰む。いくらキラさんでも、今の二人を一度に相手取るのは無謀すぎる。

 

忘れてはいけない、レクイエム云々よりに加え、エターナルが堕ちても私たちは負ける。ラクス様を失ったりでもしたなら、反デュランダルの火は消えてしまう。

 

オーブも、カガリ様も、ラクス様も。なに一つ失えない、失いたくない……もう何一つ。

 

だから……何か、何かないの……っ!? シンとレイを確実に分断出来て、なおかつ迅速にレクイエムを破壊する方法は……っ!?

 

 

「………え?」

 

 

考えがまとまらず、思わず自身の赤い髪を掻きむしりそうになった時。一本の通信が、エターナル、アークエンジェルの両艦へと響き渡った。

 

 

 

* * * *

 

 

「ちぃっ!?」

 

 

ミーティアを取り外し、接敵したレジェンド…レイと交戦を開始すること数分。キラと二人がかりだというのに、まるで近づけない。

 

勝てない、ではなく押し切れない、と言った方が正しい。ドラグーンを縦横無尽に操り、本体は牽制と回避に専念。

 

……乗せられた。これではエターナルとアークエンジェルがミネルバとデスティニーに後ろを取られる。ハイネも奮闘しているが、一人で艦を守りながらさらにシンまで相手をするのは不可能だ。

 

……ジリ貧だな。ドラグーンの光の雨を掻い潜りながら、俺は頭の中でそう結論づける。半壊同然のオーブ艦隊だけでは、おそらくレクイエムを迅速に破壊することは不可能だ。

 

エターナルを守りつつ、レクイエムを迅速に破壊し、そのためにデスティニーとレジェンドを双方から引き離さなければならない。

 

 

……一つだけ、考えがある。メイリンの話によれば、レイはキラに対して並々ならぬ思いがあるという。…クルーゼ隊長と同じ遺伝子を持って作られた彼は、なんとしてもこの戦いでキラを葬ろうとするはずだと。

 

そこに状況が重なれば……おそらくは。シンの相手は…言うまでもないさ。……それは、俺の役割だ。

 

ならば、取れる手段はこれしかない。

 

 

「キラ、先にいけ、ラミアス艦長も。ここは……俺とエターナルで抑える」

『アスランっ?』

 

 

エターナル、アークエンジェルの両艦に通信を繋げ、俺はそう提案する。

 

 

「このままではこちらがジリ貧だ。今は何としてもレクイエムを破壊しないと。……だから」

『………………』

『で、でも。それじゃエターナルが』

『行ってください、マリューさん』

 

 

躊躇うラミアス艦長の声を、ラクスの優しく、厳かな声が押しとどめる。

 

 

『この艦よりも、オーブです。あの国はプラントに対する最後の砦…失えば、世界は飲み込まれます。絶対に護り抜かねばなりません、そのために今私たちはここにいるのです』

 

 

…………ラクス。

 

 

『だから行ってください、キラ、ラミアス艦長』

『で、でも』

『俺もそれに賛成ですかね』

 

 

ハイネ? 長距離砲でザクとグフを薙ぎ払いながら、デスティニーがこちらの通信に割り込む。

 

 

『今、こっちにザフトからの援軍…まあアスランの馴染みが向かってます。ソイツらの助けがあればエターナルだって暫く持たせられるはず、そっちは早いうちに行った方がいい』

 

 

…馴染み…なるほど、あの二人がまた協力してくるのか。それならエターナルの防衛力は申し分ない、あとは俺があいつを抑えられれば…。

 

 

『…わかった。アスラン、あとで必ず』

「ああ。……そっちは頼む、キラ」

 

 

レクイエムを、とは言わなかった。それでも、全て分かっていると言うようにモニター越しに頷いたあいつは、フリーダムを旋回させレクイエムへ向かっていく。それに伴い、アークエンジェルとフラガ少佐の駆るアカツキもまた戦線を離脱。

 

 

『………………』

 

 

……そして、こちらを一瞥しつつもレジェンドはそれを阻止せんと同じく離脱、凄まじい速度で彼らを追撃していく。

 

 

『アスラン』

「…ああ、わかってる」

 

 

エターナルの後方、守るべき母艦はアークエンジェルの追撃に向かったと言うのに、やはりあいつはこちらにまっすぐに向かってくる。ここからでも確認できる奔流のような薄紫の光。

 

その力の源は、抑えきれない俺への憎悪、だろうな。

 

 

『エターナルは任せろ。………だから行ってこい、どうせこれが目的なんだろ』

「……すまないな、付き合わせて」

 

 

ああ、そうだ。レクイエムを破壊しなければならない、それもある。オーブを守る、もちろんそれもだ。…だが、果たして今この瞬間にあるものがそれだけかと言われれば、否だ。

 

個人的な都合だ、分かってる。それでも、叶えたいと思ってしまった。叶えると、誓ったんだ。

 

取り戻すと、必ずあいつらを再び彼女に会わせると、他ならぬ彼女と俺自身にそう誓った。

 

 

「…………っ」

 

 

罪悪感もある、不甲斐なさだって感じている。俺がもっとしっかりしていれば、違うやり方があったのかもしれないと。

 

……それでも、それでも今は、今この瞬間だけは。

 

 

「いくぞ、シン。…全力で、お前を撃つっ!!」

『アスラァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁンっ!!』

 

 

微塵もフェイントをかけず一直線な突貫のままに降り下ろされる巨剣を、ジャスティスのスラスター出力を全開にしてシールドで受け止める。モニター越しに目にしたあいつの顔は、これ以上ないほど黒い激情に満ち溢れ、その赤い瞳に映るのは憎き仇の姿のみ。

 

…いいさ、受け止めてやる。その上で、力ずくでお前を捩じ伏せる。お前を縛る憎悪という名のその鎖、全部纏めて叩き斬ってやる。

 

お前たちが彼女に会うのに、そんなものは一つたりとも必要ない。

 

 

* * * *

 

 

彼女にとって、妹は全てだった。もちろん喧嘩も言い争いもたくさんしたし、趣味も好みも違うし、性格など似ても似つかない。

 

それでも、幼少期から軍属に至るほぼ全ての時間を共有し、ともに歩み支え合ってきたことは何にも変え難い事実であり、彼女自身の心の支えでもあった。

 

年齢不相応に幼く純粋で、それでいて人見知りなところがまた可愛い。

 

守ってあげたいと、心から思った。自分が幸せになるのは妹がそうなった後でもいいと本気で思った。もちろん、生中な馬の骨に妹を任せるつもりなど毛頭ないけれども。

 

妹が好きだった、この上ないほどに愛おしかった。いくつになっても『お姉ちゃん』と人目も憚らず背中をついてきて手を繋ぐことをせがむ妹が何よりも愛くるしかった。

 

妹さえいればいいと思った。妹さえいれば、自分はなんだってやれるし、何にだってなれる。最愛の家族を守る為ならば、どんなこともすると己が胸中に誓ったつもりでいた。

 

 

『ルナマリア』

 

 

だが、それほどまでに愛した妹は、もういない。あの日、生まれて初めて妹に突き放された雷雨の夜に。彼女の愛する妹は彼女自身の親友たちの手によって帰らぬ人となり暗き海へと消えた。

 

彼らを恨まなかった、とは言えない。いかに命令とは言え、彼ら自身もまた断腸の思いだったとは言え。それでも、何故妹を殺したんだと叫ばずにはいられなかった。

 

彼らを憎んだのも、おそらく嘘ではない。それを命じた者もまた、この上なく恨んだことだろう。

 

だがそれ以上に、世界を憎んだ。そんな世界を作り、自らの私腹を肥やし妹を死に追いやる根源を作り出した存在を憎んだ。

 

 

『ルナマリア、出撃だ。シンがロゴスの残党に襲われている。君のその新たな力で、彼を助けて欲しい』

「……っ!? シん……ろ、ごす……」

 

 

だが皮肉なことに、それは全て造られた憎しみだ。彼女の妹を危険視した者によって植え付けられた偽りの真実と、偽りの憎悪。しかし、甘い毒に仕込まれたそれらを見抜くには、彼女の心は傷つき過ぎていた。

 

それはやがて彼女の心を犯し、彼女を支えんとした一人の少年をも黒き憎悪で蝕んだ。

 

 

『すまない、だがシンを救えるのは君しかいないんだ。出撃してくれるかな? ルナマリア』

「…シん……たす、ケル。わたし、が。シン、ま、もる」

 

 

壊された心で、光すら映さぬその瞳に宿すは、彼女に寄り添う一人の少年を守らんとする心と、

 

 

「ロゴ、す……っ!……コロスっ!!!」

 

 

植え付けられ、もはや少女の心の根幹にすら根を伸ばしたひたむきな憎悪のみ。

 

 

「あああああアアアアアアアァァァァァァッ!!」

 

 

狂乱の雄叫びを上げ、彼女の機体が……インパルスが灰色の装甲を蒼く染め上げ飛翔していく。

 

 

『ルナマリア機、発進を確認。チェストフライヤー及び四号機シルエット、射出』

 

 

彼女の機体を追従するように、要塞内からそれら二つが射出される。コックピット内にてその声を聞いた彼女は殆ど無意識にコンソールを打ち、シークエンスを開始。

 

インパルスの上半身が切り離され、追従してきた新たなる身体とバックパックを装着。機体色をさらに暗く変化させたその機体は、

 

 

「……シん……まも、る……ろご、す……コロスっ!!」

 

 

()()()()()から()()()()を噴出させながら、戦火の広がる宇宙(そら)へと駆けていく。

 

全ては、自身から最愛の妹を奪った者たちを殺し尽くさんがために。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 30~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。