異世界に適応する少年 (Yuukiaway)
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魔界コロシアム 編
#1 First Contact


ワァーー!!!!! ワァーー!!!!!

観客席は大歓声に包まれていた。

 

 

『なんという波乱の展開でしょうか!!!

前大会準優勝者にして今大会の優勝候補でもあるゼース選手がいきなりのダウンだーーーー!!!!』

 

『この少年、テツロウ・タナカ選手は 一体 何者なんだァー!!!!?』

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「なぁ、お前は何買ったんだよ?」

「僕?僕はね、このラノベ!今ちょー流行りなんだ!」

 

ぽっちゃりとした少年と痩せ型の少年が今日の買い物の話をしていた。

 

「哲郎、お前は?」

「僕は別に本屋さんには欲しいものはなかったけど。それにあまりあそこに詳しくなくて上手に買い物出来なかったし……」

「そんなことを言うなよな!せっかく1年ぶりにこうして集まることができたんだからよ!」

 

1年ぶりとはどういうことか。そんなことは簡単だ。この少年 田中哲郎とこの2人は別の学校に通っているのだから。

 

田中哲郎(たなかてつろう) 11歳

幼い頃から転勤の多い父のために幼稚園から既に15回の転園、転校を経験してきたのだ。しかし、それも悪い事ばかりではない。

まず、多種多様な人間と交流し、様々な友情を育むことが出来た。彼は転校によって現代人に不足しがちなコミュ力(・・・・)を養うことができたのだ。

 

それに今では離れている人と交流する手段などいくらでもあるし、乗ろうと思えば電車にくらいは乗れる。

実際、こうしてかつての友達とも会うことができているのだ。

 

「そんじゃあな。また遊ぼうぜ!」

「うん!またね!」

 

元気よく返事をして哲郎と3人は別れた。

 

(買い物は出来なかったけど……やっぱり友達と遊ぶのは楽しいな……!!)

 

傍から見れば広く浅い付き合いをしているように見えがちだが、哲郎は友達の顔や名前はただの1人も忘れたことは無い。

もちろん、その全ての友情が同じ程度だといえば嘘になるが、「どうせすぐ転校するんだろ」などという理由で友情を軽視したことは1度もない。

 

しばらく歩いて駅に着いた。

親には少し遅くなることはちゃんと伝えてある。それに転勤ばかりで色んな所を転々とすることを押し付けていることに負い目を感じているのか、こういう遠出には寛容に接してくれていた。

自分はそんなこと全く気にしていないのに。転勤は仕方の無いことだし、父だって大変なんだから。

 

電車はガタゴトと帰路を走っている。哲郎は赤ん坊の頃からこういう電車の揺れを心地よく感じ、眠ってしまうタイプの人間だった。

それに今日は歩き回って疲れていた。いつの間にか哲郎はすっかり寝入ってしまった━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「うーん……そろそろ着いたかな…………」

哲郎はぼんやりと目を開けた。

 

 

「え…………何ここ…………」

 

哲郎は目を疑った。そこは辺り一面真っ白な場所 少なくとも電車の中でないことは確かだった………

 

「あ……ハハハ

何だ何だ。夢か」

 

哲郎はすぐに夢だと結論づけた。

しかし、夢なら急いで覚めなければならない。現実の自分が乗ってる電車はもうすぐ家近くの駅に着くはずだからだ。

 

『……夢ではありませんよ。』

「ッッッ!!!!?」

 

哲郎は後ろからの声に酷く驚き、ひっくり返った。

 

振り返ったところにいたのは、緑の髪をした女性だった。

年齢は分からなかったが、8回目の転校で訪れた田舎町。そこによく居た女子高生というもの。彼女の雰囲気はそれによく似ていた。

 

『危ない所でした………あなたは死ぬところだったんですよ?』

「……………え?」

 

哲郎は耳を疑った。聞き間違いでなければ彼女は今 『死』というあまりにストレートな言葉を言ったのだ。

 

『ああ。でもご安心ください。死んではいません。死ぬ直前でこの空間に転送しました。』

「死ぬ直前?どういうことですか?」

『あなたが乗っていた電車は脱線して事故を起こしたんです。』

「事故!!? そんなまさか!!!」

『嘘だと思うならそうしてくれて構いません。ここにはそれを証明するためのものは何一つありませんから。』

 

哲郎は頭を抱えた。もしこれが夢だとしてもなんだってこんな夢を見るのか。

しばらく悩んで哲郎は目の前の女性に話を合わせ、色々聞き出してみることにした。元々それが出来るだけの話術は持ち合わせていた。

 

「……わかりました。ひとまずはあなたの言うことを信じましょう。

でもなんで僕を助けたりしたんですか?他の乗客は見捨てたんですか?」

『見捨ててなどおりません。あの事故で死ぬところだったのは 田中哲郎さん、あなただけでした。』

「そうですか……。それで、僕をこれからどうするんですか?

ひょっとして、元の世界に帰してくれたり?」

『私もそうしたいところですか、それは難しいんです。

しかし、あなたを転生(・・)させることはできます。』

「転生?」

 

その言葉に聞き覚えがあった。

記憶が違ってなければ、オタク気質の友達が愛読している小説がそういうテーマだった筈だ。

 

『転生させる世界の名前は【ラグナロク】。

特殊能力や異種族が当たり前に出てくる世界です。

そこで田中哲郎、あなたにもひとつ特殊能力をさずけようと思うんです。』

「僕に?言っときますけど殺し合いに身を投じるなんてまっぴらごめんですからね?」

『そんな野蛮なことは押し付けませんよ。あなたがその力を使ってラグナロクで何をするかは自由です。』

「で?その能力って何なんですか?」

『それなら既にあなたに授けました。』

 

 

ヒュパッッ!!!

ゴトッ

「!!!!?」

 

女性が手刀で哲郎の左腕を切り落とした。

 

「な、何を…………

あれっ!!?」

 

哲郎が左腕を見ると、その腕は切れていなかった(・・・・・・・・)

 

「どういうこと!!!?

確かに今……!!!!」

『それこそあなたに授けた能力

【適応】です。

あなたはどんな攻撃や環境にも適応することが出来る体になったのです。』

「【適応】………!!?」

『そう。あなたの腕は確かに切れましたが、すぐに適応して再生したのです。そしてあなたの左腕はもう何者でもいかなる力を持ってしても傷つけることは出来なくなりました。

今まで様々な人に接することや様々な場所で生活してきたあなたらしい能力と言えるでしょうね。』

 

「宇宙でも……!!?」

『はい。もし丸腰で宇宙に出たとしても最初の一瞬は息苦しく感じるでしょうが、その後は問題なく生きていけるようになるでしょうね。』

 

もう哲郎はこの事実を認める他無かった。再生した左腕を見た時点で既に彼は心のどこかでこのことを認めていたのだ。

 

『ではこれから色んなことに適応していきましょう。』

「………ハァ!!!?何を言ってるんですか!!!?

まっぴらごめんですよ!!!!

第一そんなことしてなんになるんですか!!!

僕を兵隊にでもしたいんですか!!!?」

 

『ご安心を。あなたにもメリットはあります。今、ラグナロクではひとつの巨悪が暗躍しているんです。あなたがそれを倒してくれるなら、あなたを元の世界 元の時間に帰すことができます。

実は私もラグナロクの住人で、死んでここに居座ってるんです。』

「え?住人?

神様とかじゃなくてですか?」

『アハハ。神様と思ってたんですか?私も出世したものですね。

それで、どうしますか?』

「約束を守ってくれるならやりますよ。

ですが、この適応だけで戦えるとはとても思えないんですよ。」

『それならちゃんと策はあります。

運良くあなたの世界には対人用を想定した格闘術が豊富にありますから、あなたにそれを教えこみます。』

 

 

 

 

 

 

あれからどれくらいたっだろう。

 

 

『本当にお疲れ様でした!

これでもうあなたはラグナロクのあらゆる攻撃に適応できるようになりました!』

 

本当に様々な攻撃を受けた。

体を切り刻まれること。

目を潰されること。

絶対零度に晒されること。

焼き尽くされること。

内蔵を中から壊されること。

身体中の骨を折られること。

 

とにかく様々な攻撃に適応する訓練を課せられた。

それでも彼の心が折れなかったのは、その苦痛の全てが一瞬だったからだろう。

 

 

様々な格闘技も仕込まれた。

格闘技だけでなく、相手に効果的にダメージを与える技術もみっちり仕込まれた。

 

 

『では、これよりあなたを異世界 ラグナロクに転移させます。

あなたの異世界生活に どうか加護があらんことを。』

 

やっぱりこの人 神様じゃないのか?

哲郎はそんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

哲郎は街中を歩いていた。

ラグナロクに来てからしばらく経ち、色んなことがわかった。

あの女性からのアドバイスでは、まずはギルドを作った方がいいらしい。

 

ひとまずそれは後回しにして、哲郎には他にやりたいことがあった。

 

「………この辺りか………」

 

哲郎が向かっているのは、とある大会だ。

 

【魔界コロシアム】

魔神族という種族を中心に様々な種族が集まり、魔法や武器などを使ってその強さを競い合う。ラグナロクでも最も盛り上がるイベントのひとつなのだと言う。

 

修行の成果を試すにも、ギルドの仲間を募るにもこんなにうってつけの機会はないと思った。

 

「……ねぇ、」

「ん?」

 

哲郎が声に振り返ると、そこに居たのは銀髪に青い目をした女の子だった。

 

「あの、僕に何か?」

「…魔界コロシアムの会場って どこか分かる?」

「それなら僕もそこに行きますから、一緒に行きましょう。」

 

哲郎にはこんな 初対面の人ともすぐに話が出来るだけの話術があるのだ。

 

 

 

「僕、テツロウ・タナカっていいます。

あなたは?」

「…ミナ。 ミナ・ブラース。」

「ミナ・ブラースですか。

あなたも大会に参加するんですか?」

「…ううん。出るのは私のお姉ちゃん。」

「へぇ。お姉さんが。」

 

そんな話をしながら哲郎は会場へと向かった。聞くとミナは【天人族】という人間とは違う種族なのだと言う。

人間とほとんど変わらないのに と意外だと思った。

 

 

「…テツロウ そこに出るの……?」

「えぇ。僕、実はずっと田舎で暮らしていてついこの前旅に出たばかりなんです。

ですが、腕に自信はありますから、心配いりませんよ。」

 

田舎で暮らしていたというのはあの女性が考えた設定のようなものだ。

腕に自信があると言うのは嘘ではない。

というか ここで結果が出せなければ今までの努力が報われない。

決して楽な時間では無かった。

 

 

「……おい、そこのガキ!」

「ん?」

 

哲郎が呼ばれて振り向くと、そこに褐色で人相の悪い男が立っていた。

 

「あの、僕に何か?」

「お前、さっきなんて言ってた?この魔界コロシアムに出るって言ったのか?」

「はぁ 出るつもりですけど、それが何か?」

 

「なんだと!!?

てめぇ、このコロシアムをなんだと思ってやがる!!?

これは頂点を決める大会なんだ!!!てめぇみてぇなガキに入る枠はないって言ってんだよ!!!」

「……確かに僕にはこの大会がどんな規模なのかは分かりかねます。

ですが、僕に辞退を命ずる権利があなたにあるんですか?」

「俺が誰かわかってんのか?

魔界公爵家のゼース・イギアだぞ!!!!」

 

「申し訳ないですが、僕はこの前まで田舎で暮らしてたんです。

ですからあなたがどれくらい偉いのか 僕には分からないんですよ。」

「……そうか。だったら今ここで覚えるんだな………」

 

 

 

「身体でなァ!!!!!」

 

チュドンチュドンチュドン!!!!!

 

突如 哲郎を3つの爆発が襲った。

 

「ざまぁねぇ!!!

これくらいも避けられねぇ雑魚なんざハナからこのコロシアムに参加する資格なんざ無かったんだよ!!!」

 

ゼースは勝ち誇っていたが、その表情はすぐに変わることになった。

 

 

「ナッ………!!!!?

バカな………!!!!!」

 

哲郎は問題なく立っていた。

様々な攻撃を乗り越えた哲郎の体にはあんなもの 蚊に刺されるのと大差ない。

 

「危ないですね。他の人に当たったらどうするつもりだったんです?」

「貴様ァ………!!!!

なめやがってぇ!!!!!」

 

ゼースが怒りに任せて拳を振るってきた。

こうなったなら哲郎のペースである。

 

向かってきた拳を受け流し、その勢いを乗せてゼースの体を倒す。

その後は右上を上にあげて組み伏せるだけの簡単な作業だ。

 

「アギッ!!?

イデデデデデ………!!!」

 

流石にあの女性と過ごした時間だけでムキムキの筋肉は手に入れられなかったが、その分彼は対人用に特化した技術を手に入れたのだ。

こういう関節技は、一見は地味だが、実際は危険であり、軍隊にも取り入れられているそうだ。

 

「どうか懸命な判断を。

このまま何もせずに立ち去ってください。」

 

こういうことに哲郎も1度は憧れた。

しかし、自分には到底不可能だと諦めていた。だが、自分は今こうしてできている。

あの女性と頑張った事が あの苦痛が少しだけ報われた気がした。

 

 

ゼースはバツの悪そうな表情でその場を去っていった。彼にとって幸いだったのはこの醜態を誰にも見られなかったことだろう。

 

 

「………テツロウ………

 

………凄い………!!!!!」

 

後ろにいたミナが目を輝かせてそう言った。

 

「…テツロウっていくつなの?結構頑張らないとあんなことできないよ!」

「僕、こう見えてまだ11なんですよ。

でもちょっと訳ありでね。ああいうことにはめっぽう強くなりましたよ。」

 

実際はちょっとではないが。

 

「…ほんとに!!?

私も14だけど、あんなに動けるのは見たことないよ!!!」

 

哲郎は誤魔化すのに必死になった。

そういえば力を得た過程を偽るすべはあの女性から教えられていなかった。



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#2 Ready?

「エントリーはここでいいですか?」

「はい。こちらに名前と生年月日 そして種族をお書き下さい。」

 

哲郎は今魔界コロシアムの受付に来ている。ここで自分の力を試すのだ。

 

「テツロウ・タナカ様

8月10日生まれ

人間族 で間違いありませんね?」

「はい。それでお願いします。」

「しかし、人間族とはめずらしいですね。

人間族ならそれにあった大会があるんですけど……」

「僕、実はずっと田舎で暮らしてまして

そういうことはよく知らないんですよ。

また そこにも行ってみます。」

「では、エントリーを完了するということでよろしいですか?」

「はい。よろしくお願いします。」

 

「終わりましたよ。」

後ろで待っていたミナに哲郎が近づいて言った。

「テツロウって、魔界コロシアムのこと全然知らないの?」

「えぇ。やっぱり大会と言うからには反則とかもあるんでしょうか?」

「うん。魔法も武器も使っていいけど、殺したらダメなの。」

「ハハハ

なら心配はいらないや。今の僕には人を殺す力なんてないでしょうからねぇ。」

 

謙遜と冗談を織り交ぜて哲郎は苦笑いした。

 

 

「よォ、また会ったなぁ。

本当にエントリーするとはな。」

聞きたくない聞き覚えのある声がして振り返ると、案の定そこにさっきのイキリ顔をした男が立っていた。

 

「まだ何かあるんですか?」

 

哲郎は嫌悪感を表情に出し、ゼースに言った。

 

「お前は武器を使うのか?」

「は?」

「答えろよ。武器を使うのかって聞いてんだ。」

「それを知ってどうするというんです?

敵の手の内を知っておきたいのですか?」

「やっぱり答えねぇよな。」

「だったらどうします?

また暴力に頼りますか?」

「いや、今はそんなつもりは無い。

ただひとつ言っておくとだな、

 

俺は同じ手は食わない

肝にでも命じとくんだな。」

 

そう言うとゼースは立ち去って行った。

 

「ミナさん、あなたはあのゼースを知っているんですか?」

「……うん。名前だけなら聞いた事あるよ。」

 

ミナの表情はかなり張り詰めていた。

確かに自分は彼の力量は把握しきれてはいない。油断はしないようにと哲郎は自分に言い聞かせた。

 

 

「ちょっといいかしら?そこの坊ちゃん。」

「坊ちゃん?」

 

哲郎が声の方に振り返ると、そこに一人の少女が立っていた。

透き通る金髪のツインテールに赤褐色の目をした少女だ。

 

「僕に何か?」

「あなた、私の妹に何してるの?」

「妹? あぁ。あなたがミナさんのお姉さんでしたか。」

「質問に答えて。何をしたの?」

「何って……何もしてませんよ。

僕はただここに向かう途中で妹さんが道に迷っていたから一緒に来ただけです。」

 

「そうなの? …ならいいわ。

ところであなた、この世の死因で1番割合が高いのは何だと思う?」

「何が言いたいんですか?」

「答えてくれればいいのよ。」

「……さぁ がん……とかですかね?」

 

「人間のものさしならそれも正解かもしれないわね。だけど、ラグナロク全体で見るならそれは不正解よ。」

「……だったら、何が1番の死因何ですか?」

「それはね、【無知】よ。」

「無知? というと僕がこの大会で死ぬ とでも言いたいんですか?

この大会 殺しは反則だと聞いてますが。」

「何も魔界コロシアムで死ぬとは言ってないわよ。

だけどこれからも戦い続けると言うならあなたは近い将来確実に死ぬわ。

私には分かるのよ。そういう人を何度も見てきたんだからね。」

 

見透かしたような態度をとるその少女に哲郎も言い返す。

 

「警告でもしてるつもりですか?

僕にどうしろと言うのです?辞退しろと言うのですか?」

「素直じゃないわね。そんなんじゃないわよ。逆にあなたみたいな人は1度現実の厳しさを知っておくべきだわ。

もし あなたが勝ち上がったらそれを私が教えこんであげるわ

 

 

体に、ね♡」

「………」

 

「ところであなた、年はいくつ?」

「11ですけど。」

「11。やっぱり子供だったのね。きっと田舎では獣を倒したり鍛えたりしてきたんでしょうけど、それだけじゃ辿り着けない境地。それがこの魔界コロシアムよ。

肝に命じておくのね。」

 

 

哲郎に顔を近づけてその少女は鼻を鳴らした。

 

「最後になるけど、私の名前はサラ・ブラース。

そこのミナとは双子なの。」

「そうですか。」

 

言わずもがな、哲郎の目の前の少女への第一印象は最悪といっても過言では無かった。

 

「ミナ、行くわよ。」

「お姉ちゃん、テツロウを控え室に案内してからじゃ ダメ?」

「……別にいいけど?」

 

そう言ってミナは自分の控え室に向かっていった。

 

「じゃあテツロウ、案内するね?」

「はい。お願いします。」

 

 

***

 

「ではテツロウ選手はCブロックになりますので、出場の時間になったら呼びますので。」

「お願いします。」

 

 

哲郎は控え室であの女性とやってきたことのおさらいをしていた。

これがはじめての実戦の場だ。哲郎も内心緊張はしていた。しかし、あの女性が見守ってくれていると思うと安心できた。

 

少しだけうざったいとは思っていたが、そもそもあの女性がいなければ自分は今頃死んでいた。

その恩義を忘れるほど哲郎も堕落した人間ではない。

 

しばらくそうしていると、控え室のドアが開いた。

 

「テツロウ・タナカ選手

あと10分で出場です。」

「わかりました。すぐに行きます。」

 

 

役員の案内で哲郎が通路を歩いていると、一人の男性が目に止まった。

黒い髪に黒い目をした細身の高身長だが、人間は自分以外には居ないはずなので、彼も異種族ということになる。

 

「彼は?」

「彼はAブロックの選手です。

名前はノア・シェヘラザード。

魔人族の選手です。つい先程1回戦を突破しました。」

「選手も他の試合って見ることができるんですか?」

「もちろんできますよ。魔界コロシアムでは他者の試合を見て対戦相手の対策を練るのがセオリーになっているくらいですから。」

「そうなんですか……」

 

あのサラという女が言った通り、自分はやっぱり無知なのか と哲郎は少し落ち込んだ。

 

 

***

 

 

『さぁ皆様、これよりCブロックを開幕致します!』

 

実況者が元気の良いハキハキとした声で観客達を盛り上げる。

 

『片や魔界公爵家の一族、前大会準優勝者にして今大会の優勝候補の一人、

ゼース・イギアァッッッ!!!!!』

 

『片や初出場にして今大会唯一の人間族の選手、

テツロウ・タナカァッッッ!!!!!』

 

 

なんだ あのガキ?

戦えんのか?

ありゃ かませ 決定だな。

 

そんなアウェーな空気が哲郎を包む。

だがそんなことは全く気に留めない。

この世界に来た時点でこういう困難に直結するのは分かりきっていた。

自分が今できる唯一のことは、目の前にいるこのおちゃらた顔の男に自分が培った技術をぶつける。ただそれだけだ。

 

 

「どうやら俺は神サマに感謝しなくちゃならねぇみたいだな。初っ端から汚名を返上するチャンスをくれたんだからよ。」

 

まだあのことを引きずってるのか。

公爵家の人間にしては随分器の小さい男だ と哲郎は心の中で毒づいた。

 

「それよりお前、武器はどうした?」

 

丸腰の哲郎にゼースが聞いた。

当のゼースの腰には身の丈ほどの大きな剣が装備されていた。

 

「この試合なら素手で十分ですよ。」

「ナメてんだろ?」

「いいえ。僕はこの大会を素手で勝ち上がる所存でした。

もっとも、あなたのことなら舐め腐ってますがね。」

「言ったはずだよな。俺は同じ手は食わないって。まぁいい。その根性ごと潰してやるだけだ。」

 

 

『何とテツロウ選手、この大会を素手で勝ち上がると宣言!!!

これはハッタリなのでしょうか それともぉー!!!?』

 

実況者がちょうどいいくらいに観客達の興奮を煽る。

 

「殺害 以外の全てを認めます!!

両者 構えて!!」

 

 

「初めッッッ!!!!!」

 

 

先に突っ掛けたのはゼースだ。剣を抜いて哲郎に向かっていく。

一瞬で剣の間合いは哲郎を捉えた。

 

「死にな」

 

凶悪な笑顔を浮かべてゼースは哲郎の胸を狙って剣を振った。

「死」とはいっても殺害は反則になる。その程度の分別くらいはついていたようだ。

 

 

ズダァン!!!!!

 

軽く大きな音が場内に響いた。

次に外枠に大きな音が響いた。

 

『な、何だァ!!? 何が起こったァ!!!?』

 

外枠と場内の土煙が晴れていく。

その瞬間、観客達は目を疑うことになった。

 

 

『えぇッッ!!!??

吹き飛ばされたのは ゼース選手!!!!?』

 

続いて場内の土煙が晴れていく。

 

『あ、足です!!!

テツロウ選手、腕1本で逆立ちし、足をまるでナイフのように鋭く向けてます!!!』

 

そう。哲郎は蹴り飛ばしたのだ。ゼースの頬を。

ゼースが斬りかかってきた瞬間、上半身を仰け反らせて剣を躱し、その反動を利用して彼にカウンターで渾身の蹴りを叩き込んだのだ。

 

筋力はさほど鍛えられなかった哲郎だが、それがカウンターでなおかつ急所に直撃したのなら話は別だ。

 

『ゼース選手、立ち上がれないッッ

ダウンしています!!!

 

なんという、なんという波乱の展開でしょうか!!!!!』



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#3 Martial Arts

『なんという波乱の展開でしょう!!!

ゼース選手からいきなりダウンを奪った!!!

このテツロウ選手、只者ではないぞ!!!!』

 

実況に応えるかのように観客のボルテージも一気に最高潮になった。

 

いいぞ小僧!!

やっちまえー!!

ゼースを倒せー!!

 

観客からも哲郎を支持する声援が飛び始めた。

 

「……まぐれだァッッ!!!!」

その声援を振り払うかのようにゼースは怒りに任せて叫んだ。

 

「だったらもう一度仕掛ければよろしい。」

 

『立ち上がったぞゼース選手!!

やはり優勝候補の実力がこの少年を打ち砕くのか!!?』

 

 

ダッッ!!!

外枠付近の地面をバネにしてゼースは再び哲郎に急接近した。

 

今度は突きで哲郎を強襲する。

 

しかし、哲郎はゼースの剣の刃を受け止めた。そしてその勢いを受け流してゼースの体制を崩す。

 

「おアッ!!?」

 

スダァン!!!

そのまま哲郎はゼースの背中を地面に叩きつけた。

 

「ガハッ」

 

背中に衝撃が走ると呼吸が乱れる。

それは魔人族のゼースも例外では無かった。

 

その一瞬を見逃さず、哲郎は仰向けになった彼の喉に狙いを定めて足を踏み入れる。

その攻撃をゼースはかろうじて躱した。

 

「……今度は投げ技かよ」

「僕はね、今日まで対人用に様々な技を得てきたんです。

時にあなた、今まで何と戦ってきましたか?」

「それに答える必要があんのか?

あの時俺の質問に答えてくれなかったのによ。」

 

なんという器の小さい男だ。と 哲郎は最早怒りにもならない呆れの感情を抱いた。

 

「別に構いませんがね。答えてくれなくとも。まぁあなたが今日まで魔物と戦って来たというならあなたは僕には勝てない。

僕の手の中にある技にはね。」

 

哲郎が話し終わるや否やゼースはもう一度哲郎に仕掛けた。

 

哲郎はその勢いを利用し、ゼースの顎を掴んで地面に叩きつける。

 

『す、すごいすごいぞテツロウ選手!!

あのゼース選手がまるで赤子のようにあしらわれている!!!』

 

「……テメッ………!!!」

「言っておきますが僕はあなたを見くびってもいないし慢心もしていない。

だからこそ全力であなたを潰しにかかる。」

ゼースにだけ聞こえるほどの小さな声で哲郎は囁いた。

 

哲郎は離れ、ゼースは再び立ち上がった。

しかし、ゼースを異変が襲う。

 

(グッ………!!!? こいつは………!!!!)

 

「グラグラしますか?当然でしょう。

脳にダメージを負ったんだから。」

 

「クソがッッ!!!!」

 

なおもゼースは仕掛ける。

それを冷静に受け流し、哲郎はゼースの体を倒す。

しかし、ゼースは踏みとどまった。

そのまま強引に哲郎を空に舞わせた。

 

「なッッ!!?」

「かかったな!!!」

 

哲郎の体は地面に叩きつけられ、一瞬の隙ができた。

それを見逃さず、ゼースは哲郎の胸を切りつけた。その胸から血が吹き出す。

 

『遂に、遂にゼース選手が反撃したァー!!!

テツロウ選手の技を切り返し、剣での攻撃に成功!!!

テツロウ選手のダメージは深刻か!!?

果たしてこの勝負、どうなる!!!?』

 

「ハハハ

ぬかったな 小僧ォ!!!

俺達 魔界公爵家にはな、軍隊もいるんだ!!!お前の使った技を沢山持ってる兵隊たちがな!!そして俺はそいつらと実戦を繰り返してきたんだよ!!!」

 

ゼースは勝ち誇り哲郎を笑い飛ばした。

 

「つまり、お前の技を俺は対策できた!!

惜しかったな まぁ、技だけじゃこの魔界コロシアムを勝ち上がることはできなかったってわけだ!!!………!!!!?」

 

そこまで言い終わるとゼースの顔色が変わっていく。

 

「……どうしました?話は終わりですか?」

「バ………バカな お前、血が………」

 

『こ、これはどうしたことでしょう!?

テツロウ選手の出血が みるみるうちに引いていく!!』

 

「そう。僕には盾もあるんですよ。

技だけであなた達に勝ち得るなんて そんな夢を見てはいません。」

 

 

「そしてッッ!!!」

 

今度は哲郎が飛びかかり、ゼースの左頬を狙って蹴りつけた。ゼースはそれを剣を持っている左腕で受ける。

 

そのまま飛び上がり、

 

 

『く、組み付いた!!

テツロウ選手がゼース選手の首に組み付きました!!!』

 

「ウッ クッ ウッ」

「僕が投げ技しか脳のない一本槍使いだとでも思いましたか!?」

 

哲郎は両足でゼースの首を締め上げる。左腕ごと剣も封じられているので反撃ができない。

 

そのまま哲郎は体をゼースの後ろ側に向け、全体重を後ろに預けた。

当然 ゼースは地面に倒される。

 

『これは長い歴史を持つ魔界コロシアムにおいても異様な光景だ!!

本来 魔法などが飛び交うこの試合において、人間族が、寝技で魔人族に対抗しているのです!!!』

 

「終わらせましょう!!!」

「何っ!?」

 

哲郎が次に選択した行動は、

 

『な、何と裏返った!!

果たしてゼース選手、この状態をどう切抜ける!!?』

 

「まだまだッ!!」

 

哲郎はゼースにまたがった状態で仰け反り、ゼースの膝裏を掴んだ。

そのまま起き上がり、ゼースの体を折り曲げる。

 

「あがあァァァァ!!!!!」

 

背骨と股関節を強引に折り曲げられ、ゼースの全身に激痛が走る。

 

『き、決まったァー!!! テツロウ選手、ゼース選手の体を身体を極めることに成功した!!!

 

このラグナロクにおいて 弱者が強者に勝つため、そして軍人が勝つために作り出された魔法と対局をなす技術、マーシャルアーツ!!!

 

その真髄が今、ゼース選手の身体を蹂躙しているのです!!!!』

 

「さぁ、ゼース・イギア。

懸命な判断を。 敗北を認めるのです!!!」



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#4 Strike the ballistae

『これはゼース選手 なすすべなしか!!?

テツロウ選手は鉄壁の固め技でゼース選手を拘束しているー!!』

 

いいぞ 小僧ォー!!!

そのまま決めちまえー!!!

ゼースをぶっ倒せー!!!

 

いつの間にか観客達の声は哲郎のためのものになっていた。

この男、よほど周りから恨みを買っていたのか と哲郎は思った。

 

応援はありがたいが、今はそれどころではない。今 彼ができるのはゼースにさっさと降参を言わせることだけだった。

 

 

「さぁ もう一度言いますよ。

懸命な判断を。 敗北を認めてください!!!」

 

哲郎は追い討ちをかけるようにさらにゼースの両足を引きつける。

 

「………ヘヘッ」

「!!?」

 

今、ゼースは不気味に一笑した。

 

「……お前は……やっぱり未熟だぜ。

相手が勝ちを確信した時に敗北してる。

それが俺のやり方よ。」

「何を言ってるんです!!?」

 

 

「………上を見るんだな。」

 

ゼースの言葉につられて哲郎、そしてアナウンサーや観客達も上を見上げた。

 

「!!!?」

「ヘヘッ 気づいた時にゃ もう遅い。」

 

『あっ、あれはまさか━━━━━━━━』

 

場内全員が見上げた上空に、巨大な魔法陣が展開されていた。

 

 

「食らいなァ!!!!!

 

黒之霹靂(ブラック・バリスタ)》!!!!!」

 

チュドォン!!!!!

 

魔法陣から放たれた落雷が、哲郎を直撃した。

 

『き、決まったァーーーー!!!!!

なんとゼース選手、あの体勢から無詠唱で、高度魔法を放って見せたァーーー!!!!』

 

落雷による土煙がだんだん晴れていき、ゼースはよろけながら歩いてきた。

その背中は酷く爛れている。

 

「ハァハァ………ハハッ ざまぁねぇな。

こっちだってな、ハナから無事で済むなんて思っちゃいねぇよ。それがこの魔界コロシアムだ。」

 

『まさに肉を切らせて骨を断つ

自らの背中を代償に、テツロウ選手の固め技から逃れ、強烈な反撃を決めたゼース選手。

 

そう。黒之霹靂(ブラック・バリスタ)

魔界公爵家 イギア家の血を引くものが、苦痛と難行を乗り越えて初めて使うことを許される高度魔法のひとつ。それを無詠唱で放って見せたのです。

これが大会優勝候補の実力か!!?』

 

落雷による土煙はまだ完全に晴れていなかった。

 

「悪かったなァ 大人気なく必殺しちまってよ。

まぁこれが魔界コロシアムの恐ろしさよ。」

 

ゼースが話している最中も土煙が晴れていく。

 

「……………!!!!? バカな!!!!!」

 

哲郎が立っていた。 服はボロボロだが、体は土の汚れが多少着いているだけで傷らしい傷は付いていなかった。

 

まだ試合が見られることに観客達のボルテージも再び盛り上がる。

 

「……申し訳ない。あの程度の技で勝った気になってしまって。やっぱり僕はまだ無知だったようだ。」

「そんなバカな!!! 一体どんな手を使った!!!?」

 

ゼースは哲郎がノーダメージであることを認めようとしなかった。認めることは彼の中の誇りが許さなかった。

 

「…このラグナロクにあるものは、魔法だけですか?」

「何の事だ!?」

「他に 陣地を超えたものは何かありませんか?そう 例えば………

 

特殊能力とか。」

「!!!? ま、まさか………!!!!」

「そう。持ってるんですよ。【適応】。

それが僕が授かった能力の名前です。」

「適応!!?」

 

「僕はその能力と何年もの鍛錬で、いかなる攻撃をも無効にする適応力を手にしたのです。 あなたの黒之霹靂(ブラック・バリスタ)はもう効きません!!!」

 

「嘘だ!!! デタラメだ!!!! そんなものが存在するかァァ!!!!!」

 

ゼースは感情に任せてたくさんの魔法陣を展開した。

 

「食らえ!!! 《迅雷槍(ケラノウス)》!!!!!」

 

魔法陣から無数の雷が槍の雨のようになって、哲郎に襲いかかった。

 

『出たァー!!! またしてもゼース選手、高度魔法を無詠唱で発動。

これはどう切り抜ける!!? テツロウ・タナカ!!!』

 

哲郎はゼースに向かって走り込んだ。

雷が彼の体を襲うが、やはりダメージは与えられない。彼が感じたのもピリッとした感覚だけだった。

 

そのままゼースとの距離を詰め、体勢を崩して拳を叩き込んだ。

ゼースは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

『こ、ここに来てジョルトブロォーーー!!!!

前かがみに拳を放ち、全体重を乗せる一撃必殺の拳!!!

その随意が今、ゼース選手に炸裂したァー!!!!』

 

 

ゼースはまだ地面に倒れ伏している。鼻から酷く血を垂れ流し、のたうち回っている。

 

『効いています。効きまくっています!!

ゼース選手、立つことができない!!!』

 

その隙を見逃すはずもなく、哲郎は止めを加えようと近づいていく。

 

しかし、ゼースが隙をついて哲郎の足をすくった。体勢の崩れた哲郎に対し、

 

グサッ 「!!!!」

 

『さ、刺した!! 刺しました!!!

ゼース選手 遂にテツロウ選手に決定的な一撃を打ち込んだ!!!』

 

哲郎の腹に剣が深々と刺さっている。

予想外の事態に驚きを隠せない。

 

「さぁ、お前がさっき言ったことがデタラメだって証明してやんよ。

体内を防御してみろ!!!」

 

 

バチバチバチ!!!

哲郎の腹を貫いていた剣から放電が始まった。その電気は次第に大きくなっていく。

 

『こ、これはなんという攻撃だ!!!

相手の体内に直接 魔法を流し込む!!!

これは決まったかァー!!!?』

 

ゴッ!!!!

 

ゼースの顎に哲郎の拳が直撃した。

脳をゆらされてゼースは地面に倒れた。

 

「何………だとォ………!!!!」

「だから言ったでしょ。僕には効かないと。まぁ、あなたが全力を出すというならまだわかりませんがね。」



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#5 Greet Magic Sword

『さぁ、熾烈を極めるゼース選手とテツロウ選手の試合は、果たしてここからどのような局面を迎えるのでしょうか!!?』

 

場内は激しく熱狂していた。

予想外の活躍を見せる哲郎と優勝候補の実力を持つゼースの一進一退の攻防に激しく興奮していた。

 

「…全力を出せ……だと……!!?

この俺にか………!!?」

「えぇ。あなたはおそらくまだ僕を子供だと過信して手を抜いているんじゃありませんか? あなたとの試合は僕にとってデビュー戦のようなものなんです。全力のあなたを倒さなければ意味が無い。

 

それに、

 

 

後で全力を出す前にやられた なんて言い掛かりをつけられては困りますからね。」

「!!!! ………言いやがったな………!!!!!

 

いいだろう。 望み通りにしてやろう!!!!」

 

その言葉に観客達の熱量はさらに上がった。

遂にゼースの本気が見られることと、それを哲郎が如何にして迎え撃つのか。その好奇心を抑えることができるものは観客席に1人もいなかった。

 

 

ぶおおぉぉ!!!!

ゼースの持つ剣から炎が上がった。

 

「驚いたか!!?これこそが俺の一族に代々伝わる魔剣、イフリートよ!!!!

こいつで望み通りに叩き潰してやる!!!!」

「感謝しますよ。それでこそ僕の苦行も報われるというものだ。」

 

『ゼ、ゼース選手 遂に魔剣を抜いたァーーー!!!!!

波乱の幕開けを迎えたCブロックの第1試合が遂に決着を迎えるのでしょうか!!!?』

 

「………行くぜ。」

 

ゼースの足に紫色の電気がほとばしる。

その瞬間、哲郎の胸がパックリ裂けた。

 

(!!!? いつの間に!!!?)

 

連続して哲郎の体から血が吹き出す。

痛みは感じないが、全く見えず 成すすべがない。

 

『い、一体何が起こっているのでしょう!!?

ゼース選手の姿が全く見えません!!!』

 

(ど、どこだ……!!!?)

「ハハハハハハ!!!!

驚いたか!!!? これこそが俺の最強の魔法、黒之霹靂(ブラック・バリスタ)なんざへでもねぇ 【電光石火(スピリアル・ファスタ)】だァ!!!!!」

 

電光石火(スピリアル・ファスタ)

それは、ゼースの最強の魔法の1つであり、黒之霹靂(ブラック・バリスタ)と双対をなす高度魔法。

 

足に電気を纏い、移動速度を格段に上げる魔法である。

 

「さぁ、ここでお前の言葉を返すぜ。

懸命な判断を。 敗北を認めるんだなぁ!!!!」

 

ゼースの笑い声が響き、哲郎の体から絶え間なく血が吹き出す。

 

『これは苦しいテツロウ選手、一気に形勢逆転だ!!! やはりマーシャルアーツもゼース・イギアには通用しないのか!!?』

 

「オラオラどうした 本当に死ぬぜ!!!」

 

ゼースの声に耳を傾けていると、哲郎がある異変に気づく。

 

 

「どうした?やっと気がついたのか。

そうともよ。この魔剣の本当の恐ろしさは傷を焼くことにあるんだ!!!」

 

そう。哲郎に起きていた異変とは、傷が焼け爛れているということだ。

 

「この魔剣でつけた傷は、ちょっとやそっとじゃ治らねぇ。

これ以上体を傷物にされたくなきゃ、さっさと敗北を認めるんだなァ!!!!」

 

『と、止まらない 止まる気配がないぞ!!!

ゼース選手の強烈な猛攻!!! まるで悪魔を見ているようだ!!!! このまま決まってしまうのかァー!!!?』

 

 

その最中、哲郎の体にもう1つの異変が起こった。

 

 

 

「……フフ。」 「?」

「アハハハハ。 馬鹿馬鹿しい。

どうして気が付かなかったんでしょう。こんな簡単なことに。」

「どうした? おツムでもイカれたかよ?」

 

「再びあなたの言葉を返しましょう。

あなたは既に敗北している。」

「何言ってやが……

ッッッ!!!!?」

 

 

『な、何とゼース選手の腹にテツロウ選手の蹴りが突き刺さったァー!!!!!』

 

「な………ッッッ!!!!?」

「あなたに感謝しますよ。これで僕は報われる!!!!」

 

 

哲郎は気づいたのだ。適応できるのはダメージだけではないことに。

イメージは彼にどんな速度で動く物体にも適応し、視認できるだけの動体視力を授けたのだ。

 

「終わりだ!!!!」

 

哲郎は回転してゼースを全力で蹴りあげる。

ゼースの体は軽々と空高く打ち上がった。

 

(!!!? いねぇ!!!? どこだ!!?)

腹にダメージを負ってもゼースの意識は次の攻撃への警戒に集中していた。しかし、その精度が甘かった。

 

ガッ! 「!!!?」

哲郎がゼースの首に組み付いていた。

さらにゼースの腕を気おつけの姿勢で固定する。

 

「テ、テメッ!!!」

「終わりです。」

 

そのまま全体重を乗せてゼースに抱きついた哲郎は急降下する。

 

『こ、これはまさかの━━━━━━━』

 

ズドォン!!!!

「!!!!!」

 

受け身が取れずにゼースは頭から地面に叩きつけられた。そしてゼースは完全に意識を失った。 すぐにレフェリーが駆けつけ、ゼースの脈を確認する。

 

 

「命に別状はありません。 テツロウ選手の勝利です!!!!」

 

哲郎も嬉しさに思わず拳をあげた。

それに答えるかのように観客席からも歓声が沸き起こる。

ゼースを応援していた観客たちも哲郎の勝利を称えた。

 

『決着ゥゥゥーーーーーー!!!!!

テツロウ選手、なんと優勝候補のゼース選手を撃破したァーーー!!!!!

なんという大番狂わせ!!!幕切れは突然でしたァ!!!!

二転三転の逆転劇を制し、今大会初出場にして唯一の人間族の選手、テツロウ・タナカ!!! 2回戦進出を決めましたァーーーーー!!!!!』

 

哲郎は心の底から喜んだ。遂に長いこと続けた苦行が報われたのだ。



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#6 Pride and pride

「テツロウ選手、お疲れ様でした。

控え室でゆっくりお休みください。」

 

レフェリーの1人が哲郎に声をかけた。

哲郎は会釈だけをしてその場を後にした。

 

「……テツロウ………

おめでとう!!!!」

 

闘技場を抜けて少しした所にミナがいた。後ろにサラもいる。

 

「ギリギリだったとはいえあのゼースが白星奪うなんてね……」

 

サラも哲郎の実力を認める他なかった。

 

「…でも私は予想してたよ!

あの時ゼースを組み伏せたんだから!」

「いいえ。 それは違いますよ ミナさん。

その時はただ彼が油断してるだけで、彼の実力は全く出さないまま倒しただけです。

実際、彼の魔剣に防戦一方でしたから。」

 

「随分 謙虚なことね。それをゼースが聞いたらどう思うかしらね?」

 

サラはおそらくゼースが情けをかけられたらどう思うかと言いたいのだろう。

しかし哲郎はそんなこと気にする必要はなかった。この瞬間 彼との因縁は切れたのだから。

 

「さっき言ったこと、覚えてるわよね?」

「この世界の厳しさを教える でしたっけ?

それなら大丈夫ですよ。 たった今彼からたっぷり教わりましたから。」

 

「…ゼースを倒したくらいでこの魔界コロシアムを優勝できるとでも思ってるのかしら?」

「いいえ。それはこれからわかるんじゃないですか。これから戦いを繰り返していくことでね。」

 

哲郎とサラが言い合っていると、レフェリーが駆け寄ってきた。

 

「テツロウ選手、そろそろ第二試合が始まりますので、退場を願います。」

「あぁ。 すみません。」

 

レフェリーに促されて哲郎は足早にその場を去ろうとした。

 

 

その時、

 

 

男の絶叫が聞こえた。

何事だと哲郎が声の方へ駆け寄ると、控え室への通路でゼースの喉を掴む1人の男がいた。

黒の長い髪をオールバックにし、肌はゼースと対照的に色白で、目は彼同様につっていた。

 

 

「あ、兄者………!!! 許してくれぇ……!!!

あいつはいつか必ず俺が………!!!!」

「黙れ。」

 

その黒髪の男は首を掴んでいた手に明らかに力を込めた。

哲郎にも魔法の類であることはわかった。

 

 

ガッ!

 

黒髪の男の手首が掴まれた。

掴んだのは哲郎だ。

 

「……何をしているんだ。」

「貴様、テツロウ・タナカ……!!」

「何をしているんだと聞いている」

 

哲郎は内心激怒していた。 最早この男には敬語すら必要ない。

 

「分からぬか? 処刑だよ。」

「処刑……!!!?」

「そうだ。こいつは貴様という【下等種族】に不覚をとった。

魔界公爵の名に傷をつけた。その罪を処刑以外でどうやって裁くというのだ?」

「そんなことで弟の命を……!!!?」

「甘い事だな。我が一族は力こそ全てだ。」

 

その黒髪の男の言うことは哲郎の怒りに油を注いだ。

 

「人の命を、何だと思っているんだ!!!!!」

 

遂に哲郎の怒りが爆発した。ゼースもいけ好かない男ではあったが、人の命を弄ぶこの男の方がよっぽどの外道だ。

 

「おい貴様、あまり思い上がった口を聞くなよ。まるで貴様が人の命とやらの重要性を知っているかのようだ。」

 

そう。哲郎は知っていたのだ。人の命の重さを。

転校を繰り返した彼は様々な人と友情を育んだ。しかし、その全てが報われた訳では無い。

一人、固い友情を育んだ人が交通事故で死んだ。

一人、固い友情を育んだ人が不治の病に侵されて死んだ。

 

この経験から哲郎は人の命がいかに尊いものであるか思い知らされたのである。だからこそ目の前のこの男を許す訳にはいかなかった。

 

「…貴様の過去に何があったかは分かりかねるが、それは弱者の戯言に過ぎん。

だが、この魔界公爵 跡取りであるこのレオル・イギアに盾突く貴様の度胸に興味が湧いた。」

「……………」

 

レオルと名乗るその男はゼースの首から手を離し、指で哲郎の胸に触れた。

 

「私はCブロック出場だ。

何が言いたいか分かるか?」

「僕が勝ったら彼を許そう。 そんなところでしょ?」

「その通りだ。そして私が勝った暁には魔界公爵家の名のもとに貴様を処刑させてもらう。」

「……いいでしょう。」

 

哲郎の言葉を聞くなりさっきまで怯えていたゼースが立ち上がった。

 

「バカな!!!やめてくれ!!! お前はイキってるんだ!!! 兄者は俺なんかとは比にならねぇ!!!

だから止めて━━━━━━━━━」

 

そこまででゼースの言葉は遮られた。

哲郎とレオルが彼に同時に貫手を向けたからである。

 

「……………」

「……………」

 

2人は見合い、同時に貫手を引っ込めた。

 

「…僕がこの世において絶対に負けない確信のある人間の種類(・・)が何か分かりますか?」

「何だ?」

「あなたのように慢心している人ですよ。」

「馬鹿馬鹿しい。 その心根自体が慢心であろうに。」

 

哲郎がポケットから何かを取り出す。

 

「もしあなたが勝ったなら彼や僕をどうしてくれても構わない。

ただし、」

 

哲郎がポケットから取り出したのは1本のナイフだった。あの女性から護身用にと手渡されていたものだ。

それを哲郎はレオルに向けた。

 

「僕が勝ったらあなたの首を貰いますよ?」

「よかろう。貴様のような下等種族に遅れを取るようなら私の存在価値などない。」

 

そこまで言ってレオルは哲郎に背を向けた。

 

「では私は失礼させて貰うぞ。これから試合が控えているのでな。」

 

そう言うとレオルは去っていった。

さっきまで腰を抜かしていたゼースが哲郎に詰め寄る。

 

「め……面目ねぇ 面目ねぇ!!!!

もうダメかと思った 死ぬかと思った!!!

何て礼を言っていいやら………!!!!」

 

泣きながら差し出してくるゼースの手を哲郎は払った。

 

「これから僕のことは絶対に応援しないと約束しなさい。もし命惜しさに僕を応援するなら、僕はわざと負けることもできる。」

 

その哲郎の言葉にゼースはうなだれた。

その風体に公爵家の威厳は微塵も無かった。

 

 

***

 

 

「聞いたわよ。あなた、あのレオルと一悶着あったようね?」

「えぇ。まあね。」

 

レオルに宣戦布告して戻ってきた哲郎にサラが言った。

 

「大変なやつに喧嘩売っちゃったわよあなた。あいつはやると決めたら絶対にやるやつなんだから。」

 

レオルと面識があるのかサラは親身に哲郎の心配をしてくれる。しかし哲郎にはそんなことは問題ではなかった。

 

忠告に無視を決める哲郎にサラが言う。

 

「じゃあテツロウ。ゼースとあいつ、どっちがクズいと思う?」

「そんなこと考えたくもない。」

 

哲郎は既にレオルへの怒りを押さえ、切り替えていた。

彼の前に来る次の試合に全てを集中させていた。



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#7 The Salamander

「じゃあ僕は控え室に戻りますので。」

「……試合、見ていかないの?」

「大丈夫です。それに手の内を明かした相手を倒したところでさほど意味もありませんから。」

 

ミナに答えている哲郎にサラが口を挟む。

 

「あなた、レオルを見下してるなら痛い目見るわよ。」

「とんでもない。僕は彼のことを見下してはいませんよ。ゼースも弱くはなかった。

彼の実力は計り知れない。それは十分に分かってます。それからあなたのこともね。」

「……そう。 ありがと。」

 

哲郎は2人に背を向けて控え室へと向かった。

 

 

***

 

 

哲郎は控え室へと歩いていく。既にレオルへの怒りに蓋をし、次の試合だけに集中していた。

 

「テツロウ選手、」

 

野太い男の声がして振り返った。

振り向いて哲郎は少し驚いた。そこに居たのは哲郎の身長の2倍、いやそれ以上の体躯を持つ大男だった。

年齢は40代から50代といったところか。

 

「あの、僕に何か………」

「私の名はエティー・アームストロング。

Bブロック出場の選手だ。

先程のレオルに対する君の勇敢な行動、見させてもらった。」

 

そのエティーと名乗る男は哲郎に手を差し出した。

 

「あ……ありがとうございます。」

 

哲郎は彼の握手に応じた。

 

「これはこれは。

さっきまであんな確執があったというのに私に応じてくれるとは、礼を言うぞ。」

 

大男は大げさな反応で哲郎の手を握り返した。 大げさだ それとも自分が心も子供だと思われていたのか。

いや、それも仕方ないことかもしれない。

 

 

「そこにいるもの、テツロウ・タナカとエティー・アームストロングだな。」

 

2人に話しかけてくる者がいた。

「あ、あなたは」

 

その者はさっきのAブロック出場の選手、ノア・シェヘラザードだった。

 

「俺も見させてもらったぞ。お前の勇気ある行動をな。そして心を打たれた。

このラグナロクにおいて、ましてや貴族()に命の尊さを説くお前をな。」

「あ、ありがとうございます。」

 

哲郎は戸惑いながらと礼を言った。

勇敢というよりかは反射的に体が動いただけなのだが。しかし後悔はない。哲郎はあのレオルを許す訳にはいかなかった。

 

 

「ノア選手、エティー選手、テツロウ選手、ここにおられましたか。」

 

3人に1人の役員が駆け寄ってきた。

 

「どうしました?」

「まもなく Dブロックから始まりますので、みなさんにもご報告を。」

「Dブロック?Cブロックはもう終わったんですか?」

「えぇ。残りの試合は全て秒殺でした。」

「そうですか……それで、レオル選手は?」

 

「もちろん 2回戦に進出しました。」

「そうですか………」

 

哲郎は腹を括った。いよいよ退路が無くなったのだ。

 

「それで、僕の2回戦の相手は誰か分かりますか?」

「ホキヨク・ツキノワという、獣人族の選手です。」

 

つまり、次の試合に勝てばレオルと真っ向からぶつかることになる。

そのホキヨクという男を見下すつもりは無いが、レオルの踏み台にさせてもらおうと哲郎は思った。

 

 

***

 

 

「やっぱり見ることにしたの?」

「えぇ。コンディションは既に整いました。」

 

哲郎は試合を控えたサラのそばにいた。

これから起こるサラの試合を見ることにしたのだ。

 

「手の内が見たいと言うなら悪いけど、きっと何も得られないわよ。すぐに終わるでしょうから。」

「…………」

 

サラのこの自信を慢心と捉えたのか、哲郎は何も答えない。

 

「…テツロウ、お姉ちゃんのこれは慢心じゃないよ。お姉ちゃんは前の大会でも勝ってきたんだから。」

「ミナ。その辺にしときなさい。」

 

「サラ・ブラース選手、まもなく試合開始です。」

「わかったわ。 それじゃぁね。」

 

レフェリーに促されてサラは試合会場に向かっていった。

 

 

***

 

 

『さぁさぁ皆様。この魔界コロシアムも盛り上がって参りました。ただ今より、Dブロックを始めたいと思います。』

 

哲郎が盛り上げたCブロックの盛り上がりがさらに大きくなる。

 

『片や 騎士を目指し 鍛錬を積んでこの魔界コロシアルに挑む剣士、

パラル・オーナァァッッ!!!!』

 

パラル・オーナ

銀の短髪に鎧と剣を装備した選手だった。

 

『片や 前大会に引き続き今大会でも勝ち残ると宣言した 魔法使いの天才少女、

サラ・ブラースゥゥッッ!!!!!』

 

哲郎やあのパラルとは比べ物にならないほどの大歓声が沸き起こる。

彼女、それほど人気なのかと哲郎は感じた。

 

 

『殺害 以外の全てを認めます。

両者構えて、

 

 

始めェ!!!!!』

 

試合開始と共に観客達の興奮も最高潮になった。

 

『おおっとパラル選手、剣を構え、サラ選手に詰め寄る。

果たしてこれにサラ選手はどう応える!!?』

 

哲郎達が緊張に包まれる中、試合は唐突に動いた。

 

『パラル選手が先に仕掛けた!!!

それに対しサラ選手はまだ動きを見せない!! どうする!!?』

 

ノーガードも構わず騎士の男は剣を振り下ろす。 しかし、

 

ガッ 「!!!!?」

 

『な、何とサラ選手、片手で剣を受けた!!!』

 

間髪入れずサラはパラルの腹に手をかざす。

 

「惜しかったわね。 まぁ、これがあなたの実力ってわけよ。

 

それじゃぁね。」

 

 

ドゴォン!!!!! 「!!!!!」

 

サラの手のひらから大爆発が起こった。

パラルは観客席まで吹き飛ばされる。

 

「レフェリーさん、確認を。」

 

振り向いたサラに促されてレフェリーが観客席まで走り、パラルの脈を確認する。

 

「命に別状ありません。

サラ選手の勝利です!!!」

 

観客席から大歓声が巻き起こり、サラもそれに答えんと高々に両手を上げた。

 

『サ、サラ・ブラース恐るべしぃー!!!!

Cブロックに引き続き秒殺で試合を決め、2回戦進出を決めました!!!!!』

 

あまりのことに哲郎も愕然としていた。

自分もこんな人達と戦うのかと考えると、自分でも気づかないほど心の奥に一抹の不安が芽生えた。



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#8 Finger snap of the death

哲郎はサラの試合を見終わった後は再び控え室に戻り、心を落ち着けていた。

 

「テツロウ選手、まもなく2回戦が始まります。」

「カードは?」

「ノア・シェヘラザード選手と、ネロ・サムワン選手です。」

 

「ノア…… 分かりました。

観戦しましょう。」

 

哲郎は立ち上がり、試合会場に足を運んだ。

彼は無意識の内に彼と戦うのではないかという予感がしていていたのだ。

 

聞くところによると、サラ以降の試合も瞬殺だったそうだ。

 

「おぉ、小僧 来てくれたのか!」

 

会場に足を運ぶ最中、哲郎はノアと会った。

 

「えぇ。何となくあなたの試合は見ておいた方がいい予感がするんですよ。」

「そういうことなら、お前の前では少し 本領発揮といくか。」

 

ノアが見せた笑顔からも哲郎は彼の強さを感じていた。間違いなく彼は自分に立ち塞がると。

 

「もうすぐだな。失礼するぞ。」

「えぇ。僕もお邪魔しました。」

 

 

***

 

 

哲郎が足を運んだ試合会場は輪をかけて熱くなっていた。

2回戦になり、さらにすごい試合が見られるという期待が膨らんでいるのだ。

 

『さぁ皆様。この魔界コロシアム、早くも2回戦が始まろうとしています。』

 

アナウンサーの宣言は観客達をさらに盛り上げる。

 

『まずはAブロック 第一試合から。

 

片や 魔法と体術を組み合わせた一族特有の格闘術を引っさげて、魔界コロシアムに名乗りを上げた

ネロ・サムワン!!!!』

 

ネロ・サムワンという男は、長めの金髪に特徴的な腕輪を両腕に付けていた。

 

『それを迎え撃つは、1回戦を回し蹴り一発で勝ち上がった今大会一のダークホース、

 

ノア・シェヘラザードォォォ!!!!』

 

ノアは悠々と立っていた。1回戦の印象がそんなに良かったのか、観客達は歓声を上げた。

 

『さぁ 両者とも1回戦をノーダメージで勝ち上がって来ました。

この試合、いや もはやどの試合においても誰が勝ってもおかしくありません!!!』

 

 

2人は初めの位置に立った。

 

「殺害 以外の全てを認めます。

両者構えて、

 

 

初めェ!!!!!」

 

試合開始と共にネロは身構えてその場に静止した。

 

『これはネロ選手、防御に徹した構えをとりました。 両腕には既に魔法陣の展開されています。

この魔力を込めた拳こそがネロ選手の一族の十八番。

 

さぁノア選手、これにどう応える?』

 

身構えたネロに対し、ノアは予想外の行動をとった。

 

『こ、これは予想外だ!

ノア選手、何の構えも見せずにネロ選手との距離を詰めていく!!

 

悠々と、ゆっくりとその間合いが詰まっていく!!!』

 

「………!!!? な、なんの真似だ!!?」

 

警戒して下手に手が出せないネロが啖呵を切った。

 

「一族の誇りを持つ者よ、悪いな。

本命(・・)が見てくれているんだ。

 

だから、」

 

 

「本気を出させてもらう。」

 

ドクゥン!!!!! 「ブフォッッ!!!!?」

 

ネロが全身から血を吹き出した。

 

「な、一体何が起こった!!!??

ネロ選手がいきなり血を吹き出した!!!!」

 

そのままネロが膝をつく。それを見下ろしてノアは口を開いた。

 

「聞こえたか?今の()が。

そう。鼓動だ。魔力を込めた鼓動がお前の体を内側から攻撃した。

 

そして、」

 

ひざまつくネロにノアが手をかざした。親指と中指を伸ばして付けている。俗に言う指パッチンの構えだ。

 

カンっ! ブシャッ!!!!

「!!!!!」

 

その指パッチンが起こったと同時にネロの体がバラバラになって吹き飛んだ。

 

『こ、これはいった………… あれ??!!!』

 

アナウンサー、観客達、そして哲郎までもが目を疑った。バラバラになったはずのネロの体が元通りになっていたのだ。

 

場内にいる全員が呆気にとられていた時、ノアが口を開いた。

 

「おい レフェリー、これで勝負ありじゃないのか?」

「あ、しょ、勝負あり!!!」

 

こうしてAブロック2回戦 第一試合が唐突に終わりを告げた。一瞬のことに観客席から歓声はなかった。

 

『い、一体何が起こったというのでしょう

しかし、これは決して反則ではありません。

確かに、確かにネロ選手は生きています。

そして、これは自他ともに認めざるを得ない完全勝利です!!!!!

 

これほどの差を誰が予測できたでしょう!!!

圧倒的な実力差を見せつけたノア・シェヘラザード選手、3回戦進出を決めました!!!』

 

アナウンサーの言葉が決定打になり、呆然としていたネロも自分が完敗した事実を痛感し、うなだれた。

 

 

***

 

 

(まさか、あんなことが……………………!!!!!)

 

試合を見終わった哲郎は再び控え室に足を運んでいた。

観客達には見えなかった恐るべき事実を彼は目撃していたのだ。

 

あの時、ネロの体がバラバラになった瞬間、彼は手から液体のようなものを飛ばした。

それは血だった。

 

そう。彼はバラバラになって死んだはずの彼を蘇生させてみせたのだ(・・・・・・・・・・)。勿論そんなことができるのならの話だが。

 

この時、哲郎は既に彼と真っ向からぶつかるのだと確信していた。

そしてそのことは、彼の気を十分すぎるまでに引き締めることになる。



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#9 Strength of the wild

哲郎は残りの試合を見る事を止め、再びコンディションを整えることにした。

先程 ノアという男の圧倒的な実力を見せられたのだから。もうすぐ自分の試合の番だ。

 

レオルという男との激突のためにもこの試合には勝たねばならない。

 

「テツロウ選手、まもなく試合開始です。」

 

噂をすれば影とやら。レフェリーが控え室に入り、哲郎に伝えた。

いよいよ試合開始だ。哲郎は気を引き締め直し、試合会場に向かう。

 

 

***

 

 

『さぁ皆様。この魔界コロシアムも後半戦に差し掛かろうとしています!!!

これより Cブロック 2回戦を始めようと思います!!!』

 

アナウンサーが観客席を盛り上げる。

 

『まずは初出場!!

1回戦で優勝候補と謳われたゼース・イギア選手を己の持つ技量で打ち負かした人間族の少年

テツロウ・タナカァァ!!!!!』

 

ゼースを負かした実力に期待してか、観客席から歓声がしばしば聞こえた。

 

『それを迎え撃つは、1回戦をベアナックル一発で制した獣人族の戦士、

ホキヨク・ツキノワァァ!!!!』

 

ホキヨク・ツキノワ

 

哲郎より2回り以上も大きな体躯を持っており、毛に覆われた筋骨隆々の体を持つクマの獣人と呼ぶべき大男だった。

 

『1回戦を相手が初出場で先制だったとはいえ、一撃の元に下して見せたホキヨク選手。

 

それを迎え撃つはイギア家の血を引く者を己の実力のみで倒してみせたテツロウ選手。

 

どちらが勝っても全くおかしくありません!!

3回戦の切符を掴むのは、果たしてどちから!!?』

 

哲郎とホキヨクは対峙した。

 

「前の試合、確と見させてもらったぞ。そして君の力を確認させて貰った。

だから、俺は君を全力で潰す!!!」

「僕も全力でいきます。」

 

哲郎とホキヨクが話し終わり、試合が始まる。

 

「殺害 以外の全てを認めます。

両者構えて、

 

始めェ!!!!」

 

哲郎は手の内を見ようと防御に徹した構えを取る。ホキヨクは構わず突っ込み、右の拳を振るった。

 

『やはり 先に仕掛けたのはホキヨク選手!!

これはテツロウ選手、どう応える!!?』

 

哲郎のやることは変わらない。

まずは大きく屈んで彼の足をすくう。

 

『こ、これは………』

 

ホキヨクが屈んだ哲郎に躓いて派手に転んだ。

すかさず立ち上がり、ホキヨクの拳が向かってくる。哲郎はそれを後方へと捌いた。

 

伸びきった腕をつかみ、崩れた体勢を利用して大男を背負って投げた。

 

ズドォン!!!

ホキヨクは地面に叩きつけられたが、厚い毛皮のおかげかあまり効いていない。

 

『す、すごいぞ テツロウ選手!!!

あの巨体が宙を舞ったァーー!!!!』

 

ホキヨクはすぐに立ち上がり、哲郎に拳を振るう。スピードが上がっているため完全に捌くことは出来ず、弾くことで精一杯だ。

 

『あ、当たらない!! 当たらない!!!

テツロウ選手、獣人族相手になんというディフェンスだ!!!』

 

確かに防げてはいるが、それでは埒が明かない。一撃必殺のカウンターが欲しい所だ。

 

その時、哲郎の腕から血が吹き出した。

見ると ホキヨクの手にある爪が赤く染まっていた。

哲郎は咄嗟に距離をとる。

 

「かなり鍛錬された技術の持ち主らしいが、人間の域を出ていない。」

 

『ホキヨク選手、ここに来てテツロウ選手に攻撃を加えました!!

果たしてこの傷が試合にどう響くのでしょうか!!?』

 

ホキヨクのその一言で哲郎は再確認した。

一体いつから自分が俺TUEEEE系の主人公になったと錯覚していたのか。

自分には油断できるだけの強さも実力もないと言うのに。

 

そして哲郎は確信した。自分に出来るのは、ダメージに体を【適応】させること。そして、自分が培ったこの技術を持って目の前のこの大男に勝つことだけだった。

 

『テツロウ選手、構えを変えてきました。

先程のゼース選手のように、ここから逆転劇が見られるのか。それともこのままホキヨク選手が押し切り、その夢を打ち砕くのか!!?

 

先に動くのはどちらか!!!?』

 

仕掛けたのは哲郎だ。体勢を低くしてホキヨクに全速力で突っ込む。

そこから一気に姿勢を上げ、伸びきった体でホキヨクの顎を掴む。そして浮いた姿勢を利用して頭から地面に叩きつけた。

 

『は、早い!!!

実況が追いつきませんでした!! テツロウ選手、ここから逆転の狼煙をあげるのか!!?』

 

しかし、これで勝てるなら苦労はない。ホキヨクもすぐに起き上がり、哲郎の腹に向けて拳を向ける。

 

拳が哲郎の腹に突き刺さる。しかし哲郎は咄嗟の判断で後ろに飛び、その衝撃を受け流す。

外枠まで飛ばされたが、それだけだ。

 

腕の傷も既に治っている。腹へのダメージは感じる前に適応した。

 

自分にはこうして無敵の適応力がある。だけどそれだけでは勝てない。

だからあの女と何年も鍛錬を続けた。

今こそその成果を見せるのだ。

 

『テツロウ選手が再び仕掛ける!!!』

 

今度は倒すのが目的ではない。哲郎はホキヨクの腕をがっちりと掴み、肩にかけた。

今度は背負うのではなく、それを越えて全力で投げた。

 

背中から地面に叩きつけられたホキヨクは一瞬 隙だらけになる。それを哲郎は見逃さなかった。

掴んでいる腕を上げてひしぎ、体を完全に極める。この体制からは逃れられないと彼女から聞いていた。

 

「レフェリーさん!!! 判定を!!!」

「しょ、勝負あり!!!」

 

レフェリーが手を挙げ、試合は唐突に終わりを告げた。

 

『決着ゥゥゥ!!!!

一瞬の隙を付いたことによる華麗な逆転劇を演じ、テツロウ選手が、3回戦にコマを進めたのです!!!』

 

哲郎が立ち上がり会場を後にしようとすると、後ろから呼ぶ声がした。ホキヨクだ。

振り返って見た表情からは悔しさなど微塵も感じないほどに生き生きしていた。

 

その顔だけで十分だ と哲郎は会場を後にした。これで完全に退路は絶たれた。

 

あの男は必ず上がってくる。いよいよ激突の時が来たのだ。



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#10 Right blind

楽しみを待つ時間は長く、嫌なことはあっという間にやってくる。

これは、哲郎が実感した事実のひとつである。

 

なぜ異世界にいる今になってこんなことを思い出しているかというと、それが今自分に起きているからだ。

 

2回戦のホキヨクという大男との試合が終わり、あっという間に時が来た。

 

宣戦布告したレオル・イギアとの激突の時がだ。

哲郎は今 その試合会場に立ち、黒髪の男と対峙している。

 

 

『さぁ皆様、この魔界コロシアムも佳境に入ってまいりました!!

これより、Cブロックの3回戦 準決勝進出決定戦を始めたいと思います!!!

 

今回もまた異色にして胸踊る対戦カードが実現しました!!!』

 

アナウンサーの言葉が観客席をさらに盛り上げた。

 

『片や 純血の一族 魔界公爵の跡目であり、魔界の王子の二つ名を持つ男、

 

レオル・イギアァァ!!!!!』

 

黒髪で長身の男が悠々と哲郎を見下ろしていた。これから始めるのは公開処刑だとでも思っているのだろう。

 

『片や この魔界コロシアムに突如名乗りを上げ、華麗な逆転劇をいくつも演じてきた少年、

 

テツロウ・タナカァァ!!!!!』

 

哲郎もレオルを見返した。これからこの公衆の面前で彼の間違いを見せつけなければならないのだ。

 

「申し訳ありませんが、約束は破ります。」

「何?」

「あなたの首は必要ないと考え直しました。ここであなたを叩きのめす。それで十分です。」

 

「この私に勝つ気でいるのか?()を弁えろよ。雑種が。」

「あなたがそうやって慢心している内は、絶対に負けませんよ。」

 

2人は互いを睨み合い、それで終わった。

 

 

「殺害 以外の全てを認めます。

両者 構えて

 

始めェ!!!!!」

 

 

火蓋は切って落とされた。

先にしかけたのは哲郎だ。

出方を伺うつもりでいたレオルは一瞬で怯む。哲郎はその隙をつき、

 

 

彼の右目に指を突き立てた。

そのまま指を押し込む。

 

 

ブシュッ!!!

レオルの右目から血が吹き出した。

 

 

「!!!!!」 観客席にも衝撃が走る。

『な、なんといきなり目潰しだァー!!!!!』

 

「ッッッ…………!!!!

貴様ァ…………!!!!!」

 

抑えていた顔を上げたレオルの顔が怒りから驚きに変わる。

視界から哲郎が消えていた。

 

「ど、どこだ!!!?」

 

レオルは動揺し、辺りを見回す。魔界公爵家の彼でも隻眼での戦い方は未経験だった。

 

ドッ!!! 「!!?」

 

レオルの右頬に衝撃が走る。

さらに連続攻撃が彼を襲った。

 

『潰した右目の死角から、怒涛の連続攻撃を仕掛けます、テツロウ選手。レオル・イギア このまま終わってしまうのか!!?』

 

場内から歓声は聞こえなかった。しかし、哲郎を卑怯だと罵る言葉もなかった。

ここにいる全員がこれは立派な作戦であり、『殺害以外の全てを認める』という魔界コロシアムの掟に基づいたものであるとわかっていたからだ。

 

魔界コロシアムの門をくぐった者が五体満足で帰っていく確率は、決して100%ではない。

 

ある試合では、剣の刃が選手の腕を切り落とした。

ある試合では、炎の魔法が体を焼け爛らせた。

 

魔界コロシアムでの負傷は何者であっても罪に問うことはできないし、レオルもその覚悟があってこの魔界コロシアムに挑んでいる。

 

そして、哲郎がこんなにも躊躇い無く目を潰せた理由は他にもあった。

 

『レオル選手、ここでテツロウ選手と距離をとった!』

 

レオルが抑えていた右手を下ろす。その血だらけの瞼に小型の魔法陣があった。

 

『これは、治癒魔法です!!

レオル選手、この局面で右目の治療を試みます!』

 

治癒魔法

この存在故に哲郎は彼の体を容赦なく攻撃出来たのだ。彼のこれからに対する責任までは取れなかったから。しかし、勝ちを譲る気は毛頭ない。治療に時間がかかるのは分かっていた。

 

『テツロウ選手、再び距離を詰める!!!』

 

哲郎が足を構えた。

 

(!! まずい!! 距離感が掴めん!!!)

 

一瞬で脛、腿、腹、顎を蹴る。

レオルの体が揺らいだ。

 

『四段蹴りがクリーンヒットォ!!!』

 

さらに哲郎が一方の足を前に出し、拳を大きく振るった。

 

『こ、これは1回戦でゼース選手からダウンを奪った、一撃必殺のジョルトブローだ!!!』

 

哲郎の拳が顔面にめり込む。吹き飛ばされて外枠に激突した。

 

『ダ、ダウーン!!!

レオル選手、この魔界コロシアムにおける初めてのダウンだァーー!!!!』

 

哲郎は人の命を重んじる人間だが、敵が立ち上がるのを待っているほど人格者ではない。

 

「終わりです!!!!」

 

『テツロウ選手、跳び上がった!!!

決着か!!!?』

 

ガッ 「!!!?」

『こ、これは━━━━━━━━』

 

レオルが哲郎の首を掴んだ。

 

「……惜しかったな 小僧。

そして認めようぞ。自分の間違いを。ゼースが劣っていたのではなく、貴様がそれ以上に優れていたと言うことを。

 

しかし━━━━━━━━━━

 

 

タイムリミットだ!!!!!」

「!!!!」

 

レオルが右目を見開いた。そこには健康な眼球があった。

 

『レ、レオル・イギア 復活ーー!!!!

この短時間で右目を治して見せた!!!』

 

 

「散るがいい!!!!」

 

哲郎の首を掴んでいたレオルの手から、真っ黒い電気が走った。

それは大きくなって哲郎の体を容赦なく襲う。

 

 

「ああああああああぁぁぁ!!!!!」

「これがあの時 ゼースに食らわせるはずだったものだ。代わりに貴様がたんと味わえ!!!」

 

哲郎が叫び声を上げた。ゼースやホキヨクの攻撃とは明らかに格が違う。

 

『つ、遂に恐れていたことが現実に!!

レオル選手の魔法がテツロウ選手に襲いかかる!!! 逆転勝利か!!?』

 

ゴッ!!! 「!!?」

 

哲郎がレオルの顎を蹴り上げ、脳を揺らした。たまらず手を離し膝を着く。

 

『レオル選手の拘束から逃れたテツロウ選手、このダメージからの逆転はあるのか。はたまたレオル選手がその幻想を打ち砕くのか!!?』



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#11 Wave impact

『ダメージは五分。

両雄、再び向かい合った!!

準決勝への切符を掴むのは、果たしてどちらか!!?』

 

哲郎は全身が焦げていたが、すぐに適応するだろう。レオルも右目を治し、身体のダメージの治癒に取り掛かる。

 

 

「テツロウ・タナカ。貴様のおかげで準決勝、そして決勝に向けた攻撃のシミュレーションに入れそうだ。」

「!!?」

 

レオルが右手を上げた。その瞬間、テツロウの上空周りにいくつもの魔法陣が展開させる。

 

『こ、これはまさか━━━━━━━』

「食らうがいい!!!!

 

閃光機銃(フォトンゲイザー)》!!!!!」

 

その魔法陣から一斉にレーザーが放たれ、哲郎に襲いかかる。

 

 

『出たァーーーー!!!!

レオル選手が、前大会で放ったとされる大技、《閃光機銃(フォトンゲイザー)》が炸裂ゥーーーーー!!!!!

 

テツロウ選手、万事休すか!!!?』

 

場内が熱狂する中、哲郎は冷静に構えをとった。

 

『おっと テツロウ選手、両手で手刀を構えました!! テツロウ選手、この猛攻をどう迎え撃つ!!?』

 

哲郎は襲いかかるレーザーに軽く触れた(・・・・・)

そのまま身体をきりもみ回転させる。

 

「ハイヤッッッ!!!!」 「!!!!?」

哲郎が身体を振るい、回転でレーザーの軌道をずらした。レーザーはあらぬ方向に飛ばされ、四方八方を舞う。

 

 

ズダダダダダン!!!!

「きゃっ!!!」 「うわぁっ!!!」 「危ねぇ!!!」

 

ずらされたレーザーは観客席にも飛んでいく。観客席とは障壁があるため、観客には危害はなかった。

 

飛ばされたレーザーはレオルにも向かっていく。しかし、レオルはそれを見切り、躱した。

 

「そうか………。ならばこれはどうだ!!?」

「!?」

レオルが人差し指と中指を伸ばしつけて哲郎に向けた。

 

「《白雷(ハイヴェン)》!!!!」

「!!!?」

 

グサッ

哲郎の胸に白い雷が細い槍となって突き刺さる。

 

『な、何という速さだ!!!

ラグナロク 最速とも揶揄される白雷(ハイヴェン)がテツロウ選手の胸を貫通!!!

 

これは勝負あったか!!!?』

 

しかし、哲郎は難なく立っている。

それをレオルは何の同様もなく見ていた。

 

『テツロウ選手、何のダメージも見せず立っている!! 何という耐久力だ!!!』

耐久力ではなく 適応力だが。

 

白雷(ハイヴェン)!!!!」

「ッッ!!!」

 

次の攻撃は難なく避けた。

最初は不意をつかれて攻撃を受けたが、ゼースの電光石火(スピリアル・ファスタ)に適応した動体視力なら、見切るのはやってやれないことではない。

 

レオルは白雷(ハイヴェン)を避けられても動揺を見せない。

同じ攻撃が2度 通用しないということは分かっていた。

 

『テツロウ選手、攻撃を避けて 攻めの構えをとった!! ここから逆転劇が始まるのか!!?』

 

 

哲郎が地面を蹴り、レオルとの距離を詰めた。

『テツロウ選手、ここに来て間合いに入った!!!』

 

「愚かな!!!」

レオルが再び手を白雷(ハイヴェン)の構えで向けた。

 

バシッ 「!!?」

哲郎がレオルの手を弾いた。不意をつかれて一瞬 隙ができた。

 

その隙を見逃さず、哲郎はおおきく振りかぶって

 

 

バチィン!!!!! 「!!!!?」

 

渾身の掌底突きを叩き込んだ。

 

 

『レ、レオル選手 グロッキー状態になってしまった!! 一体何が起きたのでしょうか!!!?』

 

 

場内も戸惑っている中、ノア・シェヘラザードだけが冷静に答えを出した。

 

今のは、魚人武術に似ている と。

 

 

マーシャルアーツとは、人間族などの魔法の使用が苦手な人種が 魔法に対抗するために発明した技術である。そして、それは獣人族や魚人族も例外ではない。

 

魚人武術 その基礎技のひとつに【魚人波掌】というものがある。

ホキヨクが使ったような肉体を鍛え上げ、相手の身体を破壊する 獣人族の格闘に対し、魚人武術では、生物は液体という考えに基づいている。

 

【魚人波掌】とは、生物に含まれる水分に衝撃を伝える技術である。

人間に含まれる水分が60%であるなら、自分の筋力の1.6倍の衝撃を体内に打ち込むことができる。1番水に携わってきた魚人ならではの技術といえる。

 

 

そして、人間はこれをさらに改良した。

魔王などの魔人族と戦う使命を持つ勇者 が中心になって、魚人族が伝えたこの【魚人波掌】を恐ろしく改良したのだ。

 

人間族は長年の試行錯誤で衝撃の媒体を水分から魔力に変えたのである。

つまり、相手が優れた魔法の使い手であればあるほど伝わる衝撃は大きなものになる。

魔人族の天敵と言うべき技だ。

 

 

レオルは全く動かなくなってしまった。

目は虚ろになって、体が小刻みに震えている。

 

追い討ちをかけるように哲郎は彼の腹にパンチを打ち込み、そして全身のバネを使いレオルの顎を両足で蹴り上げた。

 

レオルは吹き飛び、外枠に叩きつけられた。

 

『レオル選手がダウンだー!!!!

テツロウ選手の逆転劇が、ここから始まるのか!!!?』

 

レオルがはね起き、哲郎と向かい合った。

口から血が漏れ、顎も赤くなっている。

 

「驚いたな………少々貴様を甘く見ていたようだ。 まさかあの【魚人波掌】を対 魔人族用にして放つとはな………」

 

それでもレオルは不敵に笑っている。

まだ 引き出しがあるようだ。



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#12 The source

「"完全決着の定義"が何か知ってるかね…?」

「?」

 

レオルが唐突に口を開いた。

 

『な、何を言ってるのでしょうレオル選手。

話術で混乱をさそっているのか!!?』

 

「それはね、

相手の土俵で戦った上で勝つことだよ。」

レオルが両の拳を上げた。

その拳に魔法陣が浮かんでいた。

 

「………!!!?」

『こ、これは

これは ネロ・サムワン選手が見せた、魔法と武術の合わせ技だ!!!』

 

レオルが両手を構えて哲郎に詰め寄る。

「行くぞ!!!」

 

レオルの魔力を込めた掌底が哲郎を襲う。

それを何とか捌いた。

しかし、その直後 哲郎の背筋を恐怖が貫いた。

 

後ろの外枠が破壊されたのだ。

掌底に乗った魔力が後方の外枠を破壊した。

 

『レ、レオル・イギア 恐るべしィーー!!!!!

一撃でも貰ったら致命傷だァーー!!!!』

 

哲郎も負けじと隙のできたレオルに魚人波掌を見舞う。しかし、同じ手は食わないと躱した。

 

「決着だ!!!」 「望む所!!!」

 

バンッッ!! バンッッ!! バン ッッ!! バンッッ!!

哲郎とレオルが零距離で掌底を撃ち合う。互いに完全に躱し続けている。

 

『こ、これは予想外の事態だ!!!

レオル・イギアとテツロウ・タナカが真っ向から技を撃ち合う!!!

何という光景!!

魔界公爵の血を引く男に、人間族の少年が、1歩も引かずに張り合っている!!!!』

 

観客席からも溢れんばかりの歓声が響いた。どちらが勝ってもおかしくないこの試合に見入っている。

レオルの力を信じる者と、哲郎の逆転に賭ける者とに二分されていた。

 

レオルの掌底は圧倒的だ。それは、哲郎の後方の惨劇からも明らかだった。しかし、哲郎の掌底も一撃でレオルをグロッキーに持っていくだけの威力がある。

場内は熱狂と緊張感に包まれていた。

 

 

攻撃のタイミングが揃い、両者ともに掌底を振り上げた。

 

哲郎とレオルの掌底が、同時に腹を直撃した。哲郎は吹き飛ばされ、レオルの表情も苦痛に染まる。

 

『ク、クロスカウンターだーーーー!!!!!

余波で外枠を破壊する衝撃を腹にくらったテツロウ選手、そして 再び自らをグロッキーに持っていく衝撃をくらったレオル選手!!!

 

ますますわからなくなって参りました!!!

この試合の結末は、果たして!!!?』

 

 

ガハッ

 

哲郎が血を吐いた。レオルの魔力が乗った衝撃は、適応の力を持ってしても堪えるものがあった。

レオルも腹を抑えて膝を着く。

自らの水分、そして魔力に衝撃を叩き込まれたのだ。

 

『さあ、トドメの一撃を加えんと、レオル選手が近づいていく!! 遂に決着の時か!!?』

 

「テツロウ・タナカ。貴様の反抗は生の刺激になったぞ。

さらばだ!!!!」

 

哲郎の顔面に掌底を振るう。しかし、哲郎は意識を取り戻した。

レオルの手首を掴み、身体を捻った。

レオルは宙を舞い、反対側の外枠に叩きつけられる。

 

「こ、ここに来て投げ技だ!!!

テツロウ選手、まだ闘えるのか!!?」

 

息は上がっているが、闘争心は失われていない。彼の中には既に人の命を軽んじた怒りは失われていた。

 

 

土煙が晴れて見えたレオルは既に立っていた。受け身にも精通しているのだろう。

 

「テツロウ・タナカ。

貴様になら見せてやろう。私のとっておきをな!!!!!」

「!!!?」

 

レオルが右手を高く上げた。そこに巨大な魔法陣が形成させる。

 

「兄者、あれを使う気か!!!?」

 

枠の外から見ていたゼースが驚いて言った。

その後 哲郎に言った逃げろという叫びは攻撃音によって掻き消された。

 

 

「貴様となら刺し違えてでも悔いはない!!!!

食らうがいい!!!!!」

 

根源魔法 《皇之黒雷(ジオ・エルダ)》!!!!!

 

「!!!!!」

 

哲郎に巨大な黒い雷が襲いかかる。ゼースの黒之雷霆(ブラック・バリスタ)の比ではなかった。

反応し 両腕のガードを固めたが、その雷は哲郎の身体を容赦なく飲み込んだ。

 

 

『で、で、で、出たァーーーーーーーー!!!!!

根源魔法!!!! 魔力の根源から力を借りて放つ禁断の奥義、それがこの魔界コロシアムで炸裂したァーーー!!!!!

 

これは勝負あったか!!!!?』

 

 

レオルが膝を着いた。その腕は焼け爛れている。根源魔法は、使った者の身体も無事では済まないのだ。

 

(こ、これでは次の試合を戦うのは無理か……

だが 悔いはない。こんなにも熱い戦いができたのだからな………。)

 

レオルの心には悔しさと満足感があった。

 

『さあ、根源魔法の土煙が晴れていきます!!

勝者はどちらか!!!?』

 

土煙が晴れた時、観客席に衝撃が走った。

 

 

「!!!!? バカなァ!!!!!」

 

哲郎が立っていた。服はボロボロになり、髪は先が縮れ、全身に土汚れがつき、そしてガードした両腕は焼け爛れていたが、確かに意識を保ってそこに立っていた。

 

 

『こ、根源魔法 敗れたりぃーーー!!!!!

何とテツロウ選手、あの根源魔法をも、耐えしのいだァーーー!!!!!』

 

観客席が熱狂に包まれる中、哲郎は限界を迎え両腕をダラリと下げた。その腕が小刻みに震えている。麻痺しているのだ。

 

(だ、ダメだ……………!!!

腕が動かない………!!! 適応に時間がかかる……!!!)

 

腕が動かないながらも弱気にはならずレオルに言い放つ。

 

「こ、こんなことが…………!!!!!」

「レ、レオル・イギア…………。

あなたが僕に奥の手を使ったから、僕も奥の手を使う………。

 

武器(・・)を使わせてもらう!!!!!」

「!!!!?」



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#13 I have a weapon

「武器……だと……!!!?」

 

哲郎は確かに自分に武器(・・)を使うと言った。しかし、それはありえない。彼の両腕は今、根源魔法で麻痺しているからだ。

もっとも、麻痺で済むはずのない攻撃だったが。

 

『武器を使うと言いました!テツロウ選手!!

彼の体は既に満身創痍!!!

遂に決着の時か!!!?』

 

アナウンサーの声に応じるように、観客の熱狂も再び最高潮を迎えた。

 

哲郎が何を考えているかは分からないが、それをやらせる訳にはいかない。

根源魔法を使った反動は大きく、全身を激痛が走っているが、魔界公爵家の名にかけて、こんな所で不覚を取る訳には行かない。

 

そのことは、彼の身体をさらに動かした。

 

「終わりだ!! 《白雷(ハイヴェン)》!!!!」

「!!!?」

 

『こ、これは 何という光景でしょうか!!!

 

レオル選手、両手で白雷(ハイヴェン)の乱射を始めた!!!

これは決定打になるのか!!!?』

 

 

何故だ…………!!!!

何故この下等種族(・・・・)は倒れない…………!!!!!

 

レオルの口から、腕から、手からどくどくと血が吹き出した。根源魔法を使った身体は限界を迎えているのだ。

 

両腕を動かせない哲郎の身体に、白雷(ハイヴェン)は確実に当たっている。しかし、彼が倒れる気配も自分が勝つ予想も全くしなかった。

 

 

倒れろ!!!

倒れろ!!!!

倒れろ!!!!!

 

レオルの虚ろな意識は、その一つに集中していた。しかし、それも終わりを告げる。

 

「……タイムリミットだ」 「!!!?」

 

哲郎の意識と腕が、完全に復活した。

 

『テ、テツロウ選手、走り出しました!!

ここから何を見せる!!?』

 

哲郎が一瞬でレオルとの距離を詰めた。そして空高く飛び上がった。

 

そこからは一瞬だった。

 

 

「ッッ!!!? 貴様……ッッ!!!!」

「終わりです。」

 

 

ズダァン!!!!!

「!!!!!」

 

 

哲郎が落ちる反動を乗せてレオルの首に組み付いた。そのまま一回転して全体重をレオルの首にかける。

 

レオルは後頭部から地面に叩きつけられ、辺りに血飛沫が舞い、レオルは完全に動かなくなった。

 

 

哲郎以外の全員、何が起こったのか分からなかった。

 

 

哲郎の体力も尽き、その場に仰向けに倒れた。それが場内に決着を告げた。

 

 

「しょ、勝負あり!!!!!」

『決着ゥゥゥーーーーーーーー!!!!!

テツロウ・タナカ ゼースに続きレオル・イギアを打ち破ったァァァーーーーー!!!!!

彼の言う武器とは、この武道場の地面のことだったのです!!!

 

イギア家の血筋を退けてテツロウ・タナカ

遂に準決勝に駒を進めたのです!!!!!』

 

 

アナウンサーと観客達が熱狂に包まれる中、哲郎はよろけながら立ち上がった。

 

そして、

 

『こ、これはどうしたことでしょう!!?

テツロウ選手、レオル選手を抱えました!!』

 

哲郎はレオルを抱え、レフェリーの元に歩いて言った。

 

「彼を早く医務室へ!!」

『これは驚きました!! 齢11 テツロウ・タナカ!!なんとレオル選手の身体を気遣っています!!! なんと美しい光景!!相手の健闘を称え、敬意を表す これもまた魔界コロシアムのあるべき姿と言えましょう!!!!』

 

アナウンサーの言葉により、観客席の熱狂は次第に拍手に変わっていった。

その観客席に一礼し、哲郎は去っていく。

その姿に命を軽んじたレオルへの怒りは微塵も無かった。

 

 

***

 

 

(……これは どういうことなのだ…………)

 

ベッドの上でレオルは思考を巡らせていた。

自分が負けた事はすぐに理解出来た。

そして、ここが医務室だということも。

 

両手両足はベッドの端に縛られており、口には枷がつけられている。何より分からないのは、魔法を使えないようにされていることだ。

 

「兄者!!!」

 

医務室に男が入ってきた。レオルの実弟 ゼース・イギアである。

 

「返事はしなくていい。ただ、ある奴(・・・)から伝言を預かってんだ!!」

(伝言?)

 

この状況で言う事のある人間は1人しかいない。

 

 

まず、自分をこうするように指示したのは哲郎だった。

きっと目を覚ましたら、自害しようとする筈だから、それをさせないように両手両足の自由を奪うように と。

それから、舌を噛み切ることもないように、口に枷もつけて欲しいとも言ったそうだ。

 

レオルの顔は苦痛に歪んだ。それは肉体ではなく、敵に情け(・・)をかけられた故だ。

 

「それからもう2つ、伝言があんだ。」

まだ何かあるのか とレオルは意識を向けた。

 

「まず1つは、自分の"完全決着の定義"は、あなたとは違い、『相手の思うことを1つもさせずに倒す』ことだと。

 

それから、これは情けではなく、あなたという誇り高い戦士への敬意のためだ と。

 

あいつはそう言ってたぜ。」

 

「………!!!!!」

 

 

レオルはその言葉でハッとした。

自分の考えを、あんな子供に見透かされていたのか と。

そして 瞼から一筋の涙が零れた。

叶うことなら、「完全に私の負けだ」と声に出して言いたかった。

 

 

***

 

 

息を切らしながら、哲郎は廊下を歩いていた。

 

「テツロウ選手、準決勝を戦えますか!!?」

「……休めば 何とかなります…………。」

 

レフェリーに哲郎は息を切らしながら返答した。彼はレオルへの怒りを完全に断ち、意識を準決勝にだけ 集中させていた。



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#14 Semifinal

観客席は、引き続き熱狂に包まれていた。

 

『さぁ皆様 この魔界コロシアムも遂に3試合を残すことになりました!!!

 

ここに集いし4人の戦士は、この魔界コロシアム 出場選手 32名から勝ち上がった、いわば四強です!!!』

 

試合会場には、哲郎を含む4人が立っていた。哲郎は両腕両脚に包帯を巻き、レオルとの試合の負傷を手当している。

 

 

『まずはAブロック!!!

その甘いマスクと圧倒的な魔法技術でこのトーナメントを制したこの大会のダークホース、

 

ノア・シェヘラザードォォォ!!!!!』

 

この大会を無傷で勝ち上がってきたノア。

哲郎、そして観客の歓声に一礼をした。

 

 

『続いてBブロック!!!

圧倒的な巨体と筋肉で魔人族の魔法を打ち破った愛国戦士、

 

エティー・アームストロングゥゥゥ!!!!!』

 

彼は自分の行動を賞賛してくれた男だ。

 

 

『そしてCブロック!!!

 

その五体に培われたマーシャルアーツで並み居る強豪に対し華麗な逆転劇を魅せた人間族の少年、

 

テツロウ・タナァァカァァァ!!!!!』

 

観客席からも惜しみない歓声が沸き起こる。

ゼースやレオルを倒したインパクトが大きかったらしい。

 

 

『最後にDブロック!!!

 

その華麗な身体から放たれる爆発で、この魔界コロシアムを勝利の華で染め上げた 人呼んで【紅蓮の姫君】!!!

 

サラ・ブラースゥゥゥ!!!!!』

 

 

金髪ツインテールの彼女は、歓声に応えるようにその髪をなびかせた。

きっとミナは今頃 自分と彼女のどっちを応援していいか 悩んでいる頃だろう。

 

 

『さぁ、これからこの4人が戦い、そしてこの中からこの大会の優勝者が決定します!!!

この世にいる全員、たとえ神であってもこの4人の誰が優勝するかは分かり兼ねることでしょう!!!!』

 

アナウンサーのその言葉が、観客席をさらに熱狂させた。哲郎を含む4人はそれぞれの形で観客に応えた。

 

 

『では、まもなく準決勝 開始です!!!!!』

 

 

***

 

 

試合会場には、青年と大男が対峙していた。

両者は挑発もデモンストレーションもなく、ただただ見合っている。

 

『ただ今より、セミファイナル 第1試合を行います。』

 

それに応えるように観客席から歓声が巻き起こる。

 

『片や、圧倒的な魔力でこの大会を勝ち上がってきたダークホース

 

ノア・シェヘラザードォォォ!!!!

 

片や、その巨体で様々な相手を打ち破ってきた愛国戦士、

 

エティー・アームストロングゥゥゥ!!!!!』

 

哲郎もこの試合に並々ならぬものを感じていた。エティーの試合は1度も観ていないし、ノアもほんの少しの力しか見れなかった。

 

手の内は知りたくないとは思っていたが、そうも言っていられなくなってきた。

 

『たった今 入ってきた情報によりますと、エティー選手の種族は人間族と獣人族の混血から発展しており、故郷は発展途上国だそうです。エティー選手はこの大会に私が出ることで故郷のためになるなら、出る意味があるものだと言っていました!!

 

その思いが優勝へと結びつくのか!!?

はたまた ノア選手の魔力がその夢を打ち砕くのか!!?

 

決勝にその駒を進めるのは、果たしてどちから!!!?』

 

 

青年と大男が激突する時が遂に来た。

 

「殺害 以外の全てを認めます。

両者 構えて

 

始めェ!!!!!」

『遂にゴングが鳴らされたァァァーーーーー!!!!!』

 

 

先にしかけたのはノアだった。

 

「北国の男よ。全力で行くぞ。」

 

ドクゥン!!!!!

 

『こ、これはノア選手がネロ・サムワン選手を一撃で沈めて見せた、【魔力を込めた鼓動】です!! しかし、エティー選手はなんのダメージも受けていません!!!!』

 

「ほう。これは驚いたな。混血の力がこれほどのものとは。なら これはどうだ!!?」

 

ノアが一瞬でエティーとの距離を詰めた。

 

『は、早い!! そしてノア選手のあの手の形は━━━━━━━━━━』

 

カンっ!!!

 

『出ました!!! ネロ選手の身体を吹き飛ばした強烈な【指パッチン】!!!

しかし、エティー選手の身体は、少ししか出血していません!!!!』

 

これにはノアも面食らった。

後ろの外枠は粉々に破壊されたのに、この大男にこれほどの耐久力があるとは想定外だった。

 

「今度はこちらからだ」

 

その言葉の直後、ノアの腹、そして頬にエティーの拳が炸裂した。

ノアの身体は 外枠に激突した。

 

『ノ、ノア選手 吹き飛ばされたァァァーーーーー!!!!

この大会を通じて初めて攻撃を貰ったのです!!!!』

 

 

隙をつかず、エティーはノアに詰め寄り、そして

 

『つ、掴んだ!!

がっちりと捕獲しました エティー選手。

果たしてここから何を見せる!!?』

 

 

場内が緊張に包まれる中、エティーの取った行動は、仰け反ってノアを空高く投げ飛ばすというものだった。

 

『な、投げたァーーー!!!!

飛ぶ!!! 飛びます!!!! 人間が飛ぶぅぅぅーーーー!!!!!』

 

そのままノアは受身を取れずに地面に激突した。

 

『決まったァァァーーーーー!!!!

ノア選手の頭部に深刻なダメージ!!!

 

これは勝負あったかァ!!!!?』



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#15 Blizzard fist

『さぁさぁ盛り上がっております準決勝 第1試合!! 試合開始からエティー選手の猛攻がノア選手を襲います!!』

 

アナウンサーの実況は、観客席を熱狂させる。

エティーに投げ飛ばされ、ノアは頭から地面に叩きつけられた。

 

誰がどう見てもノアは立てそうにないが、観客席の熱狂はまるで彼の勝利を信じているように聞こえた。

 

『おぉ!立った!立ちました ノア選手!!!

波乱の準決勝は、ここから新たな局面を迎えるのか!!?』

 

「詫びを言うぞ。北国の人よ。

どうやらお前を馬鹿力だけの脳筋だと読み間違えていたようだ。

 

だから、ここからは本気で行く!!!!」

 

ノアの両手に魔法陣が展開された。

 

『ここに来てノア選手、本気を出すと宣言!!!!ここから何が起こる!!!?』

 

遂にノアが本気を見せる と、観客の熱狂はピークを迎えた。

 

「《純白百雷(ジオヴェン・ハイヴェン)》!!!!!」

 

ノアの魔法陣から、レオルの比にもならない程の数の白雷(ハイヴェン)がエティーに飛んでいく。

 

『こ、これは何という攻撃だ!!!

レオル・イギアを凌駕せんとする程の猛攻が、エティー選手に飛んでいく!!!!』

 

対するエティーは両手を手刀にして構えた。

 

哲郎はその構えに見覚えがあった。

 

「ハッッ!!!!!」

 

エティーはノアの魔法に軽く触れ(・・・・)、身体をきりもみ回転させた。

 

『こ、これは、テツロウ選手がレオル選手の閃光機銃(フォトンゲイザー)を迎え撃った動きにそっくりだ!!!!』

 

幾つもの白雷(ハイヴェン)は四方八方を舞い、不発に終わった。

そのままエティーはノアに突っ込んでいく。

 

その勢いのままノアの顎をつかみ、地面に叩きつけた。

 

『こ、今度はマーシャルアーツです!!!

ノア選手、再び脳に深刻なダメージだ!!!!』

 

そしてエティーはノアに馬乗りになり、渾身の拳を振り上げた。

 

『き、決まってしまうか!!!?』

 

場内が一瞬 静寂に包まれた瞬間、ノアの逆襲が始まった。馬乗りになったエティーの腕を、ノアが掴んだ。

 

『こ、これは

下から腕ひしぎだァーーーーーー!!!!』

 

そのままノアは全ての力を回転に変え、エティーの巨体を崩す。

 

『エティー選手 つんのめる!!!

決まったか!!!?』

 

しかし、エティーもこれでは終わらない。

地面に腕を力強く突き立てた。

 

『た、耐えた!!腕1本で耐えている!!!

このままノア選手を持ち上げるのか!!!?

何という怪力でしょう!!!!』

 

エティーが腕にノアをしがみつけたまま立ち上がる。しかし、それもノアは想定していた。

 

ボォン!!!! 「!!!!?」

『ば、爆発魔法!!! エティー選手の腕に爆発魔法が炸裂したァーーー!!!!』

 

一瞬の激痛により出来た隙をついて、ノアはエティーと距離をとった。

 

 

その口が一瞬綻び、

「……やっと一発 まともなものを入れることが出来た。ここから本当の勝負だ そうだろ?」

 

ノアの言葉にエティーも応える。

「……そうだな。私も本気を出そう!!!!」

 

エティーが再びノアに突っ込んでいく。

殴るではなく、ノアの腕を掴んだ。

 

 

『こ、これは一体━━━━━━』

バキバキバキッッッ!!!!! 「!!!!?」

 

『な、一体何が起こった!!!?

ノア選手の右半身が、一瞬にして凍りました!!!!』

 

「こ、これは━━━━━━━━━!!!??」

一瞬の事態に、ノアも驚きを隠せない。

 

「これは魔法では無い。

ブリザードが吹き荒れる国で生き延びてきた我が一族にのみ許された【凍結闘術】だ!!!!」

 

エティーの両の拳には、冷気が立ち込めていた。

 

「お、恐るべき【凍結闘術】!!!

ノア選手、戦闘不能か!!!?」

 

場内が緊張に包まれる中、ノアが口を開いた。

 

「……なるほど… 冷気を拳に………。

恐れ入った。だが、詰めが甘かったな!!!」

「!!!!?」

 

 

『こ、これは信じられない光景だ!!!!

ノア選手の体を覆う氷が、一瞬で溶かされた!!!!

 

この2人、人間業を超越している!!!!』

 

 

 

「さあ、決着だ!!!!」

「望む所!!!!」

 

ノアとエティーは2人とも同じ形で拳を構えた。両者の拳には、炎の魔法と冷気が立ち込めている。

 

『両者、構え直した!!!

その拳には、魔法が込められています!!!

決勝に駒を進めるのは、果たしてどちらか!!!?』

 

ノアとエティーは、同じタイミングで地面を蹴った。

 

ズドォン!!!!!

「「!!!!!」」

『ク、クロスカウンターだ!!!!!』

 

ノアの顔面に冷気を帯びた拳が、エティーの顔面に炎を帯びた拳が炸裂した。

両者は吹き飛び、同時に外枠に叩きつけられた。

 

『な、何という威力だ!!!!

両者 吹き飛ばされた!!!! この試合、果たしてどうなる!!!!?』



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#16 For my homeland

ノアとエティーは両方とも外枠に叩きつけられた。試合は佳境を迎え、観客席はさらに熱狂する。

 

『ダメージは五分!両雄、再び向かい合った!!!

対峙する青年と大男!!魔法と体術!!!

 

決勝に勝ち進むのは、果たしてどちから!!!?』

 

 

立ち上がったエティーは、拳から冷気を解き、拳を下ろした。

 

「? なんのつもりだ?」

「勝つのさ。私の最も得意とする戦法でな。小細工無しで真っ向からな!!!」

「…なるほど。終わらせると言うわけか。」

 

決着の時を迎えようとしているこの試合に、並々ならない歓声が沸き起こる。

 

『いよいよ 決着なのか!!!?

エティー選手は無構えでノア選手と対峙している!!

対するノア選手は魔法陣を展開し、臨戦態勢だ!!! 果たして勝つのはどちから!!!?』

 

最終ラウンドのゴングは、唐突に鳴らされた。

 

『エティー選手、ノア選手に全速力のタックルだーーーー!!!!

ノア選手、腹部にモロに食らった!!!!!』

 

ノアより一回り以上大きなエティーの全体重が乗ったタックルがノアに炸裂した。

重さ200kg近い砲丸を腹にくらったようなものだ。

 

しかし、ノアもこれでは終わらない。

背中に魔法陣から爆発魔法を見舞う。

 

エティーは地面に腹うちで、ノアは外枠に背中から叩きつけられた。

 

『腹と背中にそれぞれ クリーンヒットだ!!!』

 

エティーは外枠に密着したノアに拳を振るう。ノアはその拳をいなしている。

そして飛んできた拳を躱し、その勢いを利用してエティーの顔面に拳を見舞う。

 

『これはすごい!!!

両者譲らず 一進一退の攻防です!!!!』

 

エティーは力任せに拳を振るう。ノアはいなしてはいるが、躱しきれずにダメージを受けている。

 

「この体は、私の存在は、祖国の明日のためにこそ存在する!!!

だから私は勝たねばならない!!! 祖国の明日が明るくあるために!!!!」

「……そうか。祖国のために………

ならば 俺に勝って見せろ!!!!!」

 

ノアの手のひらがエティーの腹に触れた。

 

ドガァン!!!!

 

『き、決まったァーーーー!!!!

エティー選手の腹部に爆発魔法がクリーンヒット!!!!!

 

エティー選手、吹き飛ばされた!!!!

巨体が宙を舞う!!!!』

 

外枠に叩きつけられたエティーは、グロッキー状態になった。終わらせんとノアはエティーとの距離を詰める。

 

「………愛国心………

気高く美しい精神だった。

楽しめたぞ。

 

━━━━━━━終わりだ!!!!!」

 

ノアが手のひらを振り上げ、エティーの頭部に魔法を見舞う。

 

しかし、

 

『エ、エティー選手 間一髪躱した!!!!

まだ反撃する余力がありました!!!

ここから逆転を見せるのか!!!!?』

 

エティーがノアの腰に腕を巻き付けた。

 

『ノア選手をがっちりと捕らえたエティー選手。ここから逆転が始まるのか!!?』

 

「ぬあああああああああああああああ!!!!!」

エティーが渾身の叫びと共に、全力で仰け反った。

 

『な、投げたァーーーー!!!!

 

 

い、いや!!!!』

 

ノアが素早く足を地面に付けて踏みとどまった。

 

『ノ、ノア選手 強引に切り返しました!!!!』

 

そのままエティーの勢いも乗せて、ノアが仰け反った。

 

『エティー選手が飛ばされたァァァーーーーー!!!!!

 

体重 200kg近くある巨体が宙を舞う!!!!

軽々と投げ飛ばしてみせましたノア選手!!!!

決着の時か!!!?』

 

エティーは顔面から外枠に激突した。

しかしすぐに立て直し、ノアの追撃に備える。

 

「わ、私は…………

 

祖国のために!!!!!」

 

エティーは最後の力を振り絞ってノアに拳を振るう。しかし、拳はノアの顔の横の空を切った。

ノアはその手首を掴み、

 

 

『な、投げ技です!!!!

エティー選手、背中から地面に叩きつけられた!!!!』

 

そしてノアの手刀が振り下ろされ━━━━

 

 

 

『こ、これはどういうことだ!!?

ノア選手の手刀が顔面直撃 寸前で止まった!!!!』

 

 

「な、何を…………………」

「お前はもう十分祖国に尽くした。

そうだろ?」

「!!!!!」

 

ノアの一言に、エティーは驚愕した。

自分の思考を見透かされたことに。

 

『ノ、ノア選手 背を向けました

これは一体…………』

 

エティーがむくりと起き上がった。

 

 

「………私の負けだ。」

 

 

エティーのその一言で、準決勝 第1試合は唐突に終わりを告げた。

 

 

「……君は私の理念を認め、それでいて救いの言葉をかけてくれた。

それに、さっきの寸止め。あれは私を戦士と認めての敬意だったんだろ?

 

私の完敗だよ。」

「その通りだ。お前は立派に祖国に尽くした。」

 

そして、ノアとエティーの手が固く結ばれた。

 

 

『決着ゥゥゥゥゥーーーーーーーー!!!!!

魔法vs(たい)体術の対決 ノア選手に軍配が上がりました!!!!!

そして、互いの健闘を認め合うその姿はかくも美しい!!!!

 

ノア・シェヘラザード選手がエティー・アームストロング選手を下し、決着進出を決めたのです!!!!!』

 

ノアがエティーの肩を抱えて試合会場を去っていく。その2人に、惜しみないほどの拍手が送られた。



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#17 Little Flower

『さぁさぁ皆様、これより準決勝 第2試合を行います!!!

 

先程のノア選手とエティー選手の名勝負に続き、これからどんな試合が見れるのかと 場内は盛り上がっております!!!』

 

その2人は試合会場で対峙している。

 

『まずはCブロックの覇者!!!

人間族の少年でありながら、華麗な逆転劇を魅せ、ここまで勝ち上がってきた

 

テツロウ・タナカ!!!!』

 

観客席からは、哲郎にも歓声が送られた。

既に優勝候補として、期待を寄せられているのだ。

 

『対しましてDブロックの覇者!!

類まれなる魔法で相手を打ち破り、ここまで勝ち上がってきた【紅蓮の姫君】

 

サラ・ブラース!!!!!』

 

サラにも惜しみない歓声が送られる。

おそらくミナは今頃 どちらを応援していいか迷っている頃だろう。

 

遂にゴングが鳴らされる時が来た。

 

「殺害 以外の全てを認めます。

両者構えて、

 

始めェ!!!!!」

 

遂にゴングが鳴らされた。

先にしかけたのはサラだ。

 

 

ドカァン!!!! 「!!!?」

哲郎の足元に魔法陣が展開され、次の瞬間に大爆発した。

哲郎はそれを咄嗟に跳んで回避した。

 

『強烈!!!! サラ選手の爆発魔法がテツロウ選手を襲う!!!!

テツロウ選手もそれをかろうじて回避しました!!!!!』

 

哲郎は初手の爆発魔法をかろうじて回避し、地面に着地した。

 

「………フン。

これくらいじゃ終わらないわよね。

今のはちょっとした小手調べよ。」

 

サラは再び哲郎の頭上に魔法陣を展開した。

 

「受けてみなさい!!!

閃光機銃(フォトンゲイザー)》!!!!!」

 

哲郎を幾つものレーザーが襲う。

 

「レオルのとは比べ物にならないわよ!!!」

『サラ選手も閃光機銃(フォトンゲイザー)を使用!!!

万事休すかテツロウ選手!!!?』

 

しかし、哲郎の動体視力()は既にこのレーザーを見切る程に適応している。

襲ってくるレーザー全てを最小限の動きで躱して見せた。

 

『テツロウ選手、かろうじて難を逃れた!!!

何という反射神経でしょうか!!!』

 

哲郎の足元には、レーザーが開けたクレーターがいくつもできていた。それが会場に緊張を走らせる。

 

「へぇ。やるじゃない。」

「今度はこちらから行きます!!!」

 

哲郎は全速力で走り出した。狙いはサラ 1人である。

 

『テツロウ選手が仕掛けます!!!

果たしてマーシャルアーツでサラ選手の魔法にどう対抗するのか!!?』

 

真っ向から向かってくる哲郎に、サラは魔法陣をかざす。しかし、哲郎はそれも想定していた。

 

『こ、これは━━━━━━━━━━━』

 

哲郎はサラの1歩手前で足を踏み込んだ。

そしてその勢いを利用し、

 

『な、何というフットワークでしょうか!!!

テツロウ選手、一瞬でサラ選手の背後をとった!!!!』

 

一瞬のことで反応が遅れたが、サラは振り返って背後の哲郎に魔法陣を向ける。

 

哲郎はそれも予測しており、かざされた魔法陣を手ごと蹴って弾いた。

サラに一瞬の隙ができた。

 

そして哲郎は思いっきり振りかぶり━━━━

 

 

バチィン!!!!! 「!!!!!」

 

サラの腹に渾身の掌底を見舞った。

 

『こ、ここに来て再び魚人波掌です!!!!

相手の体内の魔力に衝撃を流し込む魚人族と人間族の英知の結晶!!!!

その随意が紅蓮の姫君に炸裂したァーーーー!!!!!』

 

サラは顔をしかめてうずくまる。

今頃 彼女の身体には衝撃が駆け巡っているはずだ。

 

『効いています!!効きまくっています!!!!

サラ・ブラースの体内には今、我々の想像もつかない衝撃が走っていることでしょう!!!

 

この技術の考案者はこう言葉を残しています。

相手の力を利用するこの技術は、人間族が異種族に勝つ唯一の希望だ と!!!

 

その言葉が現実のものになるのでしょうか!!!!』

 

しかし、紅蓮の姫君は反撃に転じた。

隙の出来た哲郎の両腕を掴み、

 

 

ドガァン!!!!! 「!!!!!」

 

「ああああああああぁぁぁ!!!!!」

両腕が焼け爛れ、哲郎は絶叫しその場に崩れた。

 

『サ、サラ選手も負けじと強烈な反撃!!!!

テツロウ選手、両腕を持っていかれた!!!!!』

 

プッ とサラは血を吐いた。

 

「……これが魚人波掌っていうものね。

多分 今までで1番痛かったかも。

 

だけど君は所詮 子供だったのよ。

 

……それじゃあね。」

 

サラの手に魔法陣が展開された。

 

『サラ選手の魔法がテツロウ選手を襲う!!!

決まったか!!!!?』

 

バシッ!!! 「!!!?」

 

『ロ、ローキックで足をすくった!!!!』

 

体制が崩れたサラは着地するのに精一杯になった。

その隙をついて哲郎は距離を取る。

 

『負傷した両腕を庇いながら、間合いを取ります テツロウ・タナカ!!

 

この目を覆うような凄惨な試合を止めるものはいません!!!

サラ選手かテツロウ選手 どちらかが負けを認めるか、あるいは動けなくなるまで この試合は続けられるのです!!!!』

 

場内には緊張が走っている。

 

「……悪く思わないでね テツロウ君。」

「?」

「もう二度とあなたの間合いには入らないわ。」



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#18 Flame Engage

「この魔界コロシアムに卑怯なんてものは存在しない。

相手の嫌がる作戦(こと)をやるのが鉄則よ」

「?」

 

言い終わり、サラは哲郎に魔法陣を向ける。

 

『ここに来てサラ選手、自分の土俵に引きずり込もうとしています!!』

 

「食らいなさい!!!

魔炎(グレイ)》!!!」

「ッッ!!!」

 

魔法陣から放たれた炎弾を間一髪で躱す。

「まだまだ行くわよ!!!」

 

サラが矢継ぎ早に炎を打ち出す。

哲郎は何とか全て 避けている。

 

『サラ選手、ここで魔法の連発!!

まるで炎のマシンガンだ!!! テツロウ選手が避けきれなくなるのが先か、サラ選手の体力が尽きるのが先か、

この試合、果たしてどうなる!!!?』

 

(………!!!

……ダメだ………!!!! このままじゃ 根負けする………!!!!

 

やるしかない!!!!)

 

哲郎が勝負に出る。

 

『おっと テツロウ選手、外枠に足をかけた!!!』

 

そのまま哲郎は足の力を外枠にかけ、

 

『と、飛び上がった!!!!

テツロウ選手、外枠を踏み台にして大きく空へ!!!!!』

 

一瞬動揺したが、サラは空中の哲郎に魔法陣を向けた。

 

「なんのつもりかわかんないけど

 

隙だらけなのよ!!!!」

 

上空に撃たれた炎弾を哲郎は身を捩って躱した。

 

『テ、テツロウ選手 急降下していく!!!

ここから何を見せる!!?』

 

サラに急降下した哲郎は、勢いと全体重を足に乗せ━━━━━━━━━━━━━

 

ズドォン!!!!! 「!!!!!」

 

『ど、胴回し回転蹴りィィーーーーー!!!!!

テツロウ選手、サラ選手の弾幕を破って見せた!!!!!』

 

サラの頭上に哲郎の蹴りが直撃し、形成が急変した

 

 

 

かのように見えた。

 

土煙から哲郎が倒れた。

 

「あがぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

『な、一体何だァ!!!?

倒れたのはテツロウ選手!!??

テツロウ選手の足が焼け焦げています!!!!』

 

「………なかなか 小細工を考えるじゃない?

だけど言ったでしょ?

 

相手の嫌がることをやるのが鉄則だってね!!!」

 

土煙から見えたサラの姿に、場内は戸惑いの色を見せた。

 

『あ、あれは━━━━━━━━

 

で、出ました!!! 炎之装甲(フレイム・エンゲージ)です!!!!

全身に高熱を纏い、あらゆる攻撃を退ける絶対防御の鎧!!!!』

 

足を抑えてのたうち回る哲郎にサラが冷たい視線を送る。

 

「私はあなたのマーシャルアーツを見くびってなんかいない。だからこの方法を取らせてもらったわ。

腕は治ってるみたいだけど、その足が治る前に

 

終わりにするわよ!!!!」

 

サラが足を燃やして哲郎の頭上にかざした。

 

『焔を纏ったストンピングだァーーー!!!!

今度こそ万事休すかテツロウ選手!!!?』

 

哲郎は意識をサラに向け直し、2連続のストンピングを首を振って回避した。しかし、サラはそれも想定していた。

 

哲郎の腹に掌をかざす。

 

「!!!!」

「チェックメイトよ♡」

 

 

ドガァン!!!!! 「!!!!!」

『出ました!!!!

1回戦でパラル選手を下してみせた爆発する掌底!!!!

 

まさに眼には眼を、歯には歯を、掌には掌で対抗だァーーーー!!!!!』

 

自らに魚人波掌を見舞った相手に対し、爆発する掌底を見舞う。しかし哲郎は何とか外枠スレスレで踏みとどまった。

 

『ふ、踏みとどまったぞ テツロウ選手!!!

その目にはまだ闘志が燃えている!!!!』

 

観客席はサラの華麗な魔法と哲郎の勇姿に惜しみない歓声を送っているが、哲郎の耳には既に入っていない。

 

「……やっぱり甘いわね。

もう攻撃は始まってるのよ!!!」

「!!?」

 

哲郎の足元から火柱が上がった。

咄嗟に躱したが、避けきれずに左手に大火傷を負った。

 

「アギァッッ!!!?」

 

『テ、テツロウ選手 ここに来て疲労が出たか!!? サラ選手の攻撃を避けきれなかった!!!』

 

体勢は立て直したが、息が切れている。

肉体の疲労とサラの威圧感が限界に達しようとしていた。

 

「もうやめときなさいよ。

あなたは十分 頑張ったわよ。」

 

『サラ選手、ここに来て口撃に入った!!

テツロウ選手、戦意喪失か!!!?』

 

しかし、哲郎の耳には入っていない。

 

 

アスリートの扱う精神回復の方法に、【スイッチング・ウィンバック】というものがある。

ピンチなどに追い込まれた時、ショックや恐怖に蓋をし、闘志だけを引き出すものである。

哲郎は無意識の内にそれを実行していた。

 

『なおも仕掛けます テツロウ選手!!!!』

 

サラは半ば 呆れた顔で魔法陣をかざす。

 

『と、止まった!! テツロウ選手、急停止した!!━━━━━━━━

 

いや、これは』

 

哲郎は振り返る動きを乗せて、無造作に伸ばした腕を

 

ガシッ!

「!!!??」

 

掴んだ。

 

 

ジュウ!!!

「ッッッ!!!!!

ゥアアアアアアアアァァ!!!!!」

「イっ!!? あああっ!!!」

 

サラの腕をつかみ、全力で体を折り曲げる。

もちろん炎之装甲(フレイム・エンゲージ)をもろに掴み、手に激痛が走るが、それも気にかけていられない。

 

 

ズダァン!!!!! 「!!!!!」

 

哲郎がサラを全力で投げた。



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#19 The Evil Eye

『テツロウ選手、ダメージを顧みずサラ選手を投げ飛ばした!!!!!』

 

哲郎の起死回生の一撃に、彼を応援していた観客達は立ち上がって歓声を上げた。

 

しかし、哲郎の表情は苦悶に染まっていた。両手のひらが焼け爛れている。

 

『肉を切らせて骨を断つ。

テツロウ選手の両手は無事ではすみません。

しかし、これを蛮勇とは呼ばせません!!!

これは人間族が異種族に立ち向かう、美しい勇士なのです!!!!』

 

 

これ以上攻撃を貰ったらは身が持たない。

哲郎はトドメをさす決意を固めた。

 

『テツロウ選手、飛び上がった!!!!

サラ選手はまだグロッキーしている!!!』

 

哲郎は体を折り曲げ、全体重を足にかける。

 

『胴回し回転蹴りの動きだ!!!!

決まるか!!!?』

 

その刹那、サラの意識が一瞬早く戻った。

 

ガッ!!!! 「!!!!?」

『こ、これは━━━━━━━━』

 

火竜だ。

炎の竜がサラの腕から伸び、哲郎に噛み付いた。

 

『サ、炎之龍神(サラマンダー)だ!!!!!

サラ選手の大技が、テツロウ選手に炸裂したァーーーーーーーー!!!!!』

 

サラは起き上がり、そのまま体を拗らせる。

 

『な、投げ返した!!!!

テツロウ選手、外枠まで一直線だ!!!!!』

 

そのまま哲郎は外枠に顔面から激突した。

 

「……やってくれたわね。

まさか炎之装甲(フレイム・エンゲージ)の上から掴んでくるとは思わなかったわ。」

 

『遂にサラ選手も本気を出した!!

 

顔面から激突したテツロウ選手、まだ戦えるのか!!?』

 

哲郎は起き上がり、鼻の穴から血を吹いて出した。既に意識はサラ 一点に集中している。

 

 

バギュン!!!! 『な、こ、これは』

 

サラの指から炎の弾丸が放たれた。

哲郎は冷静に躱した。

 

『ま、魔弾の早打ちだ!!!

何という早さ!! それをテツロウ選手は躱して見せたのです!!!!』

 

「次はこれよ!!!」 「!!?」

『す、既に上空に魔法陣が!!!

この術式はまさか━━━━━━━』

 

 

「《炎之弾幕(フレイム・ディァーズ)》!!!!!」

 

『え、炎弾の強襲だ!!!!

これは勝負あったか!!!?』

 

しかし、哲郎はそれも見切り、冷静に躱して見せた。

 

『す、すごいぞテツロウ選手 全てを最小限の動きで躱している!!!!』

 

その瞬間、哲郎の足に炎之龍神(サラマンダー)が噛み付いた。

その牙から高熱が放たれる。しかし、哲郎の足は既にサラの炎に適応していた。

 

噛み付かれた足を軸に身体をきりもみ回転させた。炎之龍神(サラマンダー)と直結していたサラの腕は引かれ、そのまま宙を舞う。

 

しかし、地面に激突する前に炎之龍神(サラマンダー)を腕から離し、空中で難を逃れた。

 

『凄いぞテツロウ選手!!

サラ選手の奥の手を強制的に解除した!!!』

 

サラはその場に着地をした。

 

「……フン。甘いわね。」

「!?」

「決勝まで使いたくなかったけど

まあ 仕方ないわね。あなたがそれほど(・・・・)だったってことだし?」

 

「『な、何を━━━━━━━━━』 ブフォッッッ!!!!?」

 

アナウンサーと哲郎の声が偶然 重なろうと思われた矢先、哲郎の口から血が吹き出た。

 

『な、これはどうしたことだ!!!?

テツロウ選手に何が!!!!?』

 

アナウンサー、そして観客席の疑問はすぐに解けた。

 

「言ったでしょ?この世界の死因 第1位は【無知】だって。あなたに現実の厳しさを体に教えてあげるって。

ま、私が本気を出せばイチコロだったってワケよ♡」

 

開かれたサラの眼に、異様な模様が浮かんでいた。

 

『な、な、何と魔眼だァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

信じられない光景です!!!!見たものの精神、そして肉体を内側から破壊する【破滅ノ魔眼】!!!!! それがサラ選手の眼球()に宿り、テツロウ選手の体を蹂躙している!!!!!』

 

哲郎はおびただしい量の血を吐き出し、

 

『ダ、ダウーーン!!!!

テツロウ選手、ダウンを奪われたァーーーー!!!!』

 

「すぐに治療すれば何とかなるわ。

レフェリーさん、彼を早く医務室へ!」

 

サラの一言で我に返ったレフェリーが手を上げた。

 

「しょ、勝負あ━━━━━━━━━━」

「? どうしたのよ? 勝負あり、でしょ?」

 

ガンッ! 「!?」

ガンッ!! ガンッ!!! ガンッ!!!! ガンッ!!!!!

 

突如 サラの耳に奇妙な音が飛び込んだ。自分の真後ろ、哲郎が居るはず(・・・・・・・)の方向からだ。

 

振り返ったサラの目に飛び込んできたのは異様な光景だった。

哲郎が土下座の体制で、何度も頭を地面に打ち付けている。

 

「な…………!!!??」

「……どこへ行くんです………!!?

 

決着も無しに!!!!!」

 

その一言で、観客席が大熱狂した。

 

『テツロウ選手 立ち上がったァァァーーーーーーーーーーー!!!!!

サラ選手の魔法、そして魔眼まで受け切ったテツロウ選手

 

人間族の少年が、遂に腹を括った!!!!

決勝進出を決めるのは、果たしてどちらか!!!!?』

 

観客席からはまだ試合が見られることを喜ぶ者、サラの勝利を信じる者、哲郎の勇気を讃える者 色々な歓声が鳴り響いていた。

 

 

「ちょっと、もうやめときなさい!

もう十分頑張ったでしょ!?

これ以上 続けたら 死ぬわよ!!?」



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#20 Straight!!!

「もう止めときなさい。

そんなになってまで続ける意味はないでしょ?

これ以上続けたらホントに死ぬわよ!?」

 

サラは本心で、そして哲郎の体を気遣って言った。

しかし、哲郎は聞く耳を持たず、サラに闘争心だけを剥き出しにしている。

 

「……ならしょうがないわね。

もっとキツいのやって、降参させるしか。」

 

サラはおもむろに両の手を向け、そこに巨大な魔法陣を形成した。

形成された魔法陣に大量の魔力が溜まっていく。

 

(………今までもあんまり成功したことはないけど、それでもやるっきゃない!!!

 

成功率 二割……いや、そんなこと考えてる場合じゃない

 

こいつを倒して私は進むのよ!!!!!)

 

「これでトドメよ!!!!!」

『こ、この魔力はまさか━━━━━』

 

 

 

サラは魔法を構成することに全てを集中させた。たとえ哲郎がこれから何をやろうとも。

今の自分に出来るのは、この魔法を成功させる事だけだ。

 

 

 

「《煉獄之豪砲(フラマ・グレイズ)》!!!!!」

「!!!!!」

 

 

サラの魔法陣から巨大な、それこそ太陽に例えて差し支えないほどの火球が哲郎に向かって放たれた。

 

『で、出ました!!!!! 《煉獄之豪砲(フラマ・グレイズ)》!!!!!

炎の魔法において、最上級の威力を持ち、極限までの魔法精度を求められるラグナロクの歴史上においても秘技中の秘技 究極奥義!!!!

 

その真髄が今、テツロウ選手を襲うゥゥゥゥゥ!!!!!』

 

(よし!成功した!!!!)

 

 

しかし、哲郎が動揺を見せたのは一瞬だけだった。次の瞬間には再び『スイッチング・ウィンバック』を使用し、己を奮い立たせる。

あの時の修行の時、彼女から言われた言葉がこれだ。

 

『ピンチをチャンスに変えれば、道は開ける』と。

一見 当たり障りのない薄っぺらい言葉かもしれないが、今の哲郎にはこれ以上に勇気を出させてくれる言葉はなかった。

 

行ける!!!!!

 

そう確信して哲郎がとった行動は━━━━━

 

ダッ!!!! 『「!!!!?」』

 

 

『テ、テツロウ選手走り出した!!!!

ここから何を見せる!!!?』

 

両腕を交差させ、ガードを固める。しかし、それだけだった(・・・・・・・)

 

 

ズボッ!!!!!

 

 

『な、な、な、な、何と飛び込んだァァァーーーーーーーーーーー!!!!!

これは無謀!!!!! テツロウ選手、最上級魔法をその身一つで迎え撃つのか!!!!?』

 

 

 

煉獄の中で、高熱に身を灼かれながら哲郎は極限まで集中していた。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━耐えろ。

そして走り続けろ!!!!!

 

少しでも気を緩めたらこの炎に殺られる!!!!

出来る 耐えれる やれる 走り続けろ!!!!!

 

ここで決めなければこっちが負ける!!!!!

 

 

熱さなんて気にするな!!!!!

あとどれくらいなかんて考えない!!!!!

僕は向かっている!!!! まっすぐ!!!!!

 

 

ここで負けたら あの苦労が水の泡だ!!!!!

そんなのは嫌だ だからやる!!!!

走って走って 走り続ける!!!!!

 

 

少しでも足を止めたら根負けする

ここまで来たなら絶対 勝ちたい!!!!!

大丈夫だ 僕には【適応(無敵の力)】がある!!!!

 

 

だから走れ!!!!! まっすぐに!!!!!

 

 

自らを鼓舞し続け、遂にその時が来た。

炎を抜け、サラと合間見えた。

 

 

「!!!!?」 サラは驚愕の表情を見せた。しかし、哲郎には最早それすらも問題ではない。

 

残る力全てを振り絞り、正真正銘 最後の攻撃の準備に入った。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

「!!!!! マズっ━━━━━━━━━━」

 

 

「倒

 

 

ろォォォォォォオォォおォォオォォォッッッ!!!!!」

 

 

スパァンッッッ

 

 

攻撃は掌底

箇所は顎。

 

 

力は極限まで抜き、そして最速で彼女の顎をはたいた(・・・・)

その瞬間、サラの意識は遠くなり、地面にバッタリと倒れ、完全に昏倒した。哲郎も体力の限界を迎え、四つん這いに倒れ込んだ。

 

一瞬の内に色々なことが起こり、場内は戸惑いの色を見せた。

 

『テ、テツロウ選手が炎魔法を抜け…………サラ選手に……………

 

こ、これは………………』

 

「し、勝負あり!!!!!」

 

レフェリーが決着を宣言した後、哲郎に駆け寄った。その手には一着の下着(・・・・・)が握られていた。

 

「テツロウ選手、これを。」

「え? ……あっ。」

 

そこまで言って哲郎は気がついた。

衣服が完全に燃え尽きて火傷まみれの全裸体であることに。それでも場内から悲鳴の類が聞こえなかったのは幸いだった。

 

素早く渡された下着を履き、仕切り直す。

レフェリーの肩を借りて立ち上がり、そして高々に腕を上げた。

 

 

その時、我に返ったように観客席から大歓声が巻き起こった。

 

サラの力を信じていた者も、哲郎の勝利に賭けていた者も一様に哲郎の勝利に惜しみない歓声を送った。



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#21 Prince of naked,Princess of burned out

『け、け、決着ゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーー!!!!!

 

我々は今、信じられないものを見ました!!!!

なんと人間族の少年、テツロウ選手が【紅蓮の姫君】 サラ・ブラースの奥義 《煉獄之豪砲(フラマ・グレイズ)》を耐えしのぎ、そして勝利を収めたのです!!!!』

 

観客席から巻き起こるのは大歓声だけで、サラの敗北を惜しむ声は1つも無かった。

ひょっとしたら惜しんではいたが、哲郎の勝利を素直に讃えようと思ったのかもしれない。

 

『その身を纏う衣服は全て燃え尽き、この公衆の面前に裸体を晒そうと、全身 火傷まみれで這いつくばろうと、その姿はかくも美しい!!!!!

 

果たして彼を醜いと罵るものがこの世に居るでしょうか!!!?

彼は弱小種族と罵られ続けた人間族の代表として、その身にマーシャルアーツを引っ提げて、絶対に勝つという信念と執念を持って、【紅蓮の姫君】サラ・ブラースから、勝利をもぎ取ったのです!!!!!』

 

 

顎を揺らされて昏倒していたサラも意識を取り戻し、そして自分が全力を出した上で(・・・・・・・・)負けた事を確信した。

 

そしてその場で動けない哲郎に歩み寄った。

 

「ほら、何やってんのよ。

勝者(あなた)がそんなんじゃ カッコつかないでしょ?」

 

哲郎に肩を差し出し、姿勢を支える。

 

『こ、これは素晴らしい!!!

サラ選手が敬意を持ってテツロウ選手に肩を差し出す!!

 

これぞまさにすがすがしい戦い!!

サラ選手の表情に、悔恨の念は全く見受けられません!!!!』

 

哲郎はサラに抱えられ、背中に大歓声を受けながら会場を後にした。

 

 

***

 

 

「お疲れ様 お姉ちゃん!」

「うん。ありがとう。」

 

サラは控え室に戻り、ミナと合流していた。

 

「凄いこと教えてあげよっか?

私、なんでかちっとも悔しくないのよ。」

「だろうね。 テツロウも全力でやってたから。」

「あいつの【適応】ってマジだったのね。

まさか煉獄之豪砲(フラマ・グレイズ)を耐えきるとは思わなかったわ。」

 

サラは準決勝敗退という無念を味わった。

しかしそれは今まで中々成功しなかった煉獄之豪砲(フラマ・グレイズ)を成功させ、その上での華々しい敗北だ。

だから、彼女の心には悔恨の念は全く無かったのだ。

 

 

***

 

 

「うぅ………ッ くっ…………」

「大丈夫ですか テツロウ選手!!?」

「え、えぇ。

もう少し休んだら決勝に行けます。

ここまで来たんだからやらせて下さい。」

 

哲郎は医務室のベッドの上で唸っていた。

流石に全身を焼かれたのは堪えるものがある。

 

「う、うぅ………!!!」

 

哲郎はベッドから起き上がった。

ようやく前身の火傷が適温してきた。

 

「それで、決勝はいつから……」

「今から30分後を予定しております。」

 

哲郎が役員と話していると、

「邪魔をするぞ。」

 

と男が医務室に入ってきた。

 

「ノ、ノア選手!!」

「彼の容態(コンディション)はどうなんだ?」

「見ての通りです。」

 

起き上がれたものの、全身が包帯まみれで火傷もかなり酷い。

 

「なぁ、彼と話がしたいから、外してはくれないか?」

「かしこまりました。」

 

 

ノアに促されて役員は医務室を後にした。

 

 

「どういうつもりですか?」

「どうもこうもないさ。

ただ これから戦う相手とひとつ 話がしたかっただけの事だ。」

 

哲郎はベッドに座り、ノアと話を始めた。

 

「決勝には出るんだろ?」

「当然でしょう。せっかくここまで頑張ってきたんだから。」

「そうだ。それでいい。

それでこそお前だ。」

 

この男はまるで自分を見透かしているようだと哲郎は嫌悪感を示した。

 

「ところでお前にはこれからやりたいことはないのか?」

「…そうですね。ここに出たのは今の実力が知りたかったからですし、この後は自分でギルドを作ろうと思ってます。」

「自分のギルドか……… 夢があるな。」

「?」

 

何が言いたいのかと思った直後、彼は思いもしない事を言った。

 

「いいだろう。

この後の試合で俺が負けたらお前のギルドのNo.2になってやろう。」

「!!!? 何を!!?」

「それくらいの賭けがなくては面白くあるまい。」

 

何を言うかと思えば と哲郎は馬鹿馬鹿しくなって返しをする。

 

「賭けだなんて……

 

じゃあ僕が負けたら一体何をしたら良いんです?」

「何も求めはしないさ。 強いて言うならギルドを組むための能力を付け直せ とでも言うべきかな。」

 

そこまで言ってノアは立ち上がった。

 

「じゃあ失礼するぞ。」

 

哲郎は言葉を返さない。

 

「もっと仲良くしても良いんじゃないのか?

 

俺たちは同じ運命(・・・・)を辿ってここに居るんだから。」

「??」

 

哲郎の表情が疑問に染まったのを見て、ノアは医務室を後にした。

 

 

***

 

 

『大変長らくお待たせ致しました!!!!

ただ今より、この魔界コロシアムの最終章!!!

決勝戦を行いたいと思います!!!!

 

総参加選手 32名!!

このラグナロク全世界から集められた超人たち、その頂点が今 決定の時を迎えるのです!!!!!』



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#22 Overwhelming

『この世界、ラグナロクの全土から集められた名だたる超人、その中には高度な魔法を扱うもの、五体に筋力を引っさげた者、多種多様な戦士がいました!!!

 

総参加選手 32名!累々たる屍を踏み越えた2人の武士(もののふ)が今、合間見えようとしています!!!!!』

 

 

大歓声の中、2人 田中哲郎とノア・シェヘラザードは試合会場に足を運んだ。

 

『ここに合間見えた2人、青年と少年

この2人こそが魔界コロシアムを制してきた戦士たちです!!!!』

 

 

『片やその甘いマスクから放たれる強力な魔法で様々な完封劇を演じ、ここまで勝ち上ってきた 魔人族

 

ノア・シェヘラザードォォォ!!!!!

 

 

片やその身に引っさげたマーシャルアーツと尋常ではない耐久力で並み居る優勝候補を倒し、大番狂わせと逆転劇を演じてきた人間族の少年

 

テツロウ・タナァァカァァァ!!!!!』

 

 

相対した青年と少年を囲んで熱狂が場を包む。

 

『この試合にはもう1つの大きな意味があると思われます!!

 

準決勝では第1試合は魔法の、そして第2試合ではマーシャルアーツが勝利しました!!!

 

つまり、この試合によって 魔法とマーシャルアーツ、どちらが強いのかが決まるといってもいいでしょう!!!!

 

少なくとも、この一戦がラグナロクの歴史に新たな1ページを刻むのは、想像に難くありません!!!!!』

 

 

魔人族などが得意とする魔法、そしてそれに対抗するために人間族などが作ったマーシャルアーツ

その優劣はラグナロクにおいても最も有名な謎の1つ、そして1部からはタブー扱いされているものだ。

それが証明されるであろうこの試合に ラグナロクの全人類が興味津々であることは言わずとも分かる事だ。

 

 

「殺害 以外の全てを認めます。

それでは決勝戦

 

 

始めてください!!!!!」

『さぁ遂に、火蓋は切って落とされた!!!!!

一戦一戦を全力で勝ちに行ったテツロウ選手、そして並み居る強豪を余力を持って制したノア選手

 

先に仕掛けるのは果たして━━━━━━━━

ああっ!!!!』

 

 

仕掛けたのは哲郎だ。

その指をノアの目に突き立てんと貫手を繰り出す。しかし、

 

 

ガッ! 「!!!」

『と、止まった!!!

テツロウ選手が魔界公爵 レオル・イギア選手に繰り出した初手目潰し

 

それを難なく止めて見せた!!!』

 

 

グリンッ!! 「うっ!!!」

 

ノアが掴んだ哲郎の手首を捻り、体をきりもみ回転させる。

体制の崩れた哲郎の背中に手のひらをかざし、

 

 

ドォン!!!! 「!!!!」

『ば、爆発魔法!!!!

ノア選手、マーシャルアーツで崩したテツロウ選手に、魔法を繰り出しました!!!』

 

吹き飛びはしたが、哲郎はすぐに回転して受身をとる。

 

 

『尚も仕掛けます テツロウ選手!!!

今度は何が繰り出されるのか!!?』

 

今度はノアの直前で立ち止まり、腕を掴んで体を翻した。

 

『こ、これはサラ選手に使った投げ技だ!!!!』

 

ドガァン!!!! 「!!!!!」

 

『ま、またしても爆発魔法だ!!!!

背中にもろに食らったテツロウ選手、叩きつけられて宙を舞う!!!!』

 

今度は受け身が取れず、哲郎は地面に倒れた。

 

『や、やはり無謀なのか!?

人間族が魔人族に勝ち得ることなど有り得ないのか!!!?

しかし、テツロウ選手は試合前にこう言ったそうです!!!

折角ここまで来たんだから やらせて下さい と!!!! 今までどんな逆境にも屈してこなかったテツロウ選手!!! その不屈の闘志を証明するかのように観客席からは惜しみない声援が声援が送られています!!!!』

 

哲郎は再び立ち上がり、ノアと相対した。

 

『立ち上がってくれました テツロウ選手!!!!

彼を支えれいるのは根性 のみ!!!

しかし、彼はその根性で決勝戦(ここ)まで勝ち上がってきたのです!!!!』

 

ボロボロになりながも立ち向かってくる哲郎にノアの口が綻び

 

「なぁ小僧

1つ提案がある。この試合を盛り上げようと思う。」

「?」

 

そしてノアはおもむろに足元を指さした。

 

「ハンデだ。俺はここから1歩も動かない。」 「!!!!!」

 

『ノア選手、ここに来てなんという挑発だ!!!! テツロウ選手の精神を揺さぶっている!!!!』

 

しかし、哲郎はやることを変えることはできない。彼には飛び道具も魔法もなく、遠距離から攻撃する術は無い。

接近戦しか哲郎が勝つすべは無い。

ノアが何を策していようとも、自分の培った技術をぶつけるしか出来る事は無い。

 

『行ったァーーーー!!!!

テツロウ選手、ノア選手に一直線だ!!!!』

 

哲郎は助走のスピードを完全に乗せた最速の拳をノアに見舞う。

ノアは難なく捌いたが意に返す事無く攻撃を続ける。

 

『は、速い!!!! なんという連撃だ!!!!!

両手両足をフルに使った人間族の少年の本気がノア選手に牙を剥く!!!!!』

 

その場その場で最善の攻撃を仕掛けるがノアに当たる気配はない。

 

『ノア選手も驚異的だ!!!!

有言実行!! その場から1歩も動かずにテツロウ選手の猛攻を捌いている!!!!

まるで彼の周りにバリアでも展開されているようだ!!!!!』

 

 

ドクン!!!!! 「!!!!? ガバッ」

突如 音が響き、哲郎が血を吐いた。

 

『わ、忘れていた頃に魔力を乗せた鼓動だ!!!! ネロ・サムワン選手を一撃の下に屠り去った一撃必殺の攻撃を至近距離でモロにくらった!!!!!』

 

 

「……楽しかったぞ 小僧。

だが、これで終わりだ!!!!」

『ノア選手の背側蹴りが襲う!!!!

決まるか!!!!?』



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#23 Rain of despair

ノアの蹴りあげが哲郎を襲う。

しかし哲郎は間一髪 横に飛んで躱した。

 

「ほう。」

『テツロウ選手は冷静です!!

あの猛攻から一瞬で攻撃を回避した!!!』

 

哲郎はすぐに体制を攻撃に移す。

そしてフットワークでノアの背後に回り込んだ。そしてそのまま魚人波掌の構えをとる。

 

『テツロウ選手の反撃か!!? ━━━━━━━━━━━

い、いや━━━━━━━━━━━』

 

ノアは背後に回った哲郎に全身のバネを使った蹴り上げを見舞った。

 

『ノ、ノア選手の蹴りが直撃した!!!!

全身のバネを使った渾身の攻撃!!!

テツロウ選手、これは効いたか!!!?』

 

ノアの蹴りに飛ばされた哲郎だが、すぐに体勢を立て直して受身をとる。

ノアの蹴りを咄嗟に右手で受け止め、上手く衝撃を流した

 

 

 

 

かに思えた。

 

 

ボキッ!!!! 「!!!!?」

哲郎の右腕がありえない方向にへし曲がった。

 

『お、折れたァーーーーー!!!!

かろうじて蹴りを受け止めましたが、その右腕が破壊された!!!!!』

 

哲郎は不意の激痛に顔をしかめるが、すぐに意識をノアへと向け直し、適応する時間を稼ぐために間合いをとる。

 

『やはり無謀なのか!!?

人間族が魔人族に勝つなどというのはできないのか!!?

マーシャルアーツでは種族間の差は埋められないのか!!!?』

 

アナウンサーの声も既に哲郎の耳には入っていなかった。

右腕を抑えて己を奮い立たたせる。

 

 

「…小僧、お前にだけは教えておこう。俺の正体をな。」

「?」

 

ノアが唐突に口を開いた。

 

「さっき、俺が言ったことを覚えているか?」

「…さっき言ったことと?あの『同じ運命を辿ってここに居る』ってやつですか?」

「そうだ。

 

……お前、【転生者】だろ?」

「!!!!?」

 

哲郎は不意に図星を付かれて驚愕した。

別に修行相手の女性から転生者であることがバレてはならないと言われていた訳では無かったが、出会って間もない男に言い当てられて動揺を見せた。

 

「おそらく、何かの事故で死ぬところをこのラグナロクに逃げ延びたというところだろうな。」

「……それが何だって言うんですか?」

 

哲郎は強気を装って恐怖に押しつぶされそうになるのを堪える。

そんなことを気にもとめずにノアは話を続ける。

 

「2000年前、このラグナロクを圧倒的な力と権力で統治した男がいたんだ。

人々はその男を恐れおののき【魔王】と呼んだ。」

「???」

「そしてその魔王と呼ばれた男は実力を出せない退屈という苦痛に耐えかねて、より強い者を求めて自らの魂と記憶を未来に送った。

つまるところ()()だ。」

 

「何の話を…………

 

!!!!! ま、まさか!!!!!」

「どうやら分かったようだな。」

 

哲郎の表情が驚愕に染まった。

今までのノアの話から哲郎が得たのは()()()()()()()()

 

「そうだ。

その魔王の転生体が俺だ。」

「……………………!!!!!」

 

同じ運命とは、転生した者と言う事だったのだ。

転生した魔王なら同じ転生者である自分に注目していたのも、貴族を【貴族()】と蔑称したもの全て説明がつく。

 

「ところで、前の試合でレオル・イギアが根源魔法を使ったな?

あの後 ヤツの腕が焼け焦げたのは 何故か分かるか?」

「?」

「それは()()()()()()()()。魔力の根源からチカラを借りたなら、その体には必ずガタがくる。

 

逆に言えば、()()()()()なら魔力の続く限りいくらでも使うことができる。」

 

哲郎は彼の言葉の意味を理解し、そして身構えた。

 

「そう。いくらでもな」

 

『!!!!! こ、これは━━━━━━━━━━』

 

哲郎の上空に巨大な魔法陣が()()()形成されていた。哲郎はその形に見覚えがあった。

 

『こ、これは絶望的ィーーーーー!!!!!

ノア選手、なんと根源魔法の魔法陣を幾つも展開した!!!!!

ダメ押しの攻撃か!!? テツロウ選手、絶体絶命ィーーーーー!!!!!』

 

 

根源魔法 《皇之黒雷(ジオ・エルダ)》!!!!! 「!!!!!」

 

魔法陣からレオルの時と同じ漆黒の雷が放たれた。

 

『出たァーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

根源魔法!!!!! 決まったか━━━━━━━

 

い、いや!!!!!』

 

哲郎はそれを見切り、横方向に回転して躱す。

 

『テツロウ選手、かろうじて難を逃れた!!!!

し、しかし』

「まだまだ行くぞ!!!!」

 

幾つもある魔法陣からは未だに雷が哲郎を襲う。直感と反射神経で躱しているが、1発でも貰ったら致命傷。

それは哲郎だけでなく場内の全員が暗黙に理解していた。

 

『まさに絶望の雨霰!!!!!

1発でも受けたら命の保証すらないこの猛攻!!!! それなのにノア選手の肉体には何の異変も見られない!!! こんな不公平が許されていいのか!!!!?』

 

 

無限ではない根源魔法の猛攻は、遂に終わりを告げる。

トドメの一撃を加えんとノアは最後の雷魔法を渾身の力で放った。

 

しかし、哲郎はそれを待っていたのだ。

 

ダッ!!!! 「!!!?」

『テツロウ選手 走り出して回避した!!!!

ノア選手に一直線に突っ込む!!!!!』

 

そして哲郎はノアの反射をも上回る程の全速力で彼の背後に回り込み、ノアの首に腕を回す。

 

『こ、これはまさか━━━━━━━━━』

 

そのまま全体重を後ろにかけ、首を締め上げながら仰向けに倒れた。

 

『は、裸絞!!!!! スリーパーホールドだァーーーーーーーーーーー!!!!!

 

ざまぁみろ ノア・シェヘラザード!!!

そう言いたくなるような華麗な逆転劇を魅せました!!!!

 

人はトドメを刺した時にこそ油断をする!!!!

そこに付け入った見事な逆転です!!!!』

 

哲郎は全力でノアの首を締め上げ、そして両足で彼の腹を固定した。

 

『か、完全に極まったぞ!!!!

ノア選手 仰向けで動かなくなってしまった!!!! これでは一回戦でゼース選手が見せたような上空からの魔法での返し技も使えない!!!!!

 

ノア選手、絶体絶命!!!!!』



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#24 Sleeper hold

『さぁテツロウ選手、全身全霊の力でノア選手の首を締め上げる!!!!

このまま決まってしまうのか!!!?』

 

スリーパーホールドとは、脳に血液が大量に送られると誤認させ、急速に血圧を落とさせて気絶に持っていく、肉体の本能を逆利用する技である。

 

哲郎がとったこの体制は初めから地面に背中が密着しているので、投げ飛ばされることも無い。完全に決着はついた

 

 

 

かに思えた。

 

「……見事だ。」

「!!!?」

「だがやはり、詰めが甘い!!」

 

ノアはそう言っておもむろに()を指さした。

 

『!!!!? あ、あれは何だァーー!!!?』

 

上空に、白色の魔法陣が展開されていた。

 

『こ、これはまさか』

「《白雷鎗(レラン・ハイヴェン)》!!!!!」

 

グサッ!!!!! 「!!!!!」

 

魔法陣から放たれた鋭い雷が、ノアを胸を通して哲郎の胸を貫通した。

 

『な、何とノア選手、自分の胸ごとテツロウ選手を攻撃したァ!!!!!』

 

突然の激痛に哲郎の拘束が緩み、ノアは難なく脱出した。

その口からは血が垂れている。

 

「ガハッ!!!」

『テ、テツロウ選手が吐血した!!!

あの傷口は、心臓を撃たれたのか!!!?』

 

足元がふらつく哲郎にノアはゆうゆうと口を開いた。

 

「安心しろ。急所は外してある。

そしてお前に敬意を表して、俺もこの傷を治さない。」

 

『ノア選手、大胆不敵!!!

ここに来て自らにハンデを課した!!!』

 

ノアは一気に地面を蹴り、哲郎に強襲した。

 

『ノア選手が来た!!!!

万事休すか テツロウ選手!!!?』

 

哲郎は首を狙って振られた手刀を屈んで躱し、次の蹴り上げも身を引いて躱す。

しかしノアはそのまま軽いローキックで哲郎の足をすくった。

 

『テ、テツロウ選手 転んだ!!!』

 

地面に蹲った哲郎にノアは手を構えて向けた。 2回戦で彼が見せた人体をバラバラにする【指パッチン】だ。

 

かろうじて回避するが、哲郎がいた地面が大きく割れた。

 

『ゆ、指パッチン!!!

ノア選手の殺人指パッチンが炸裂だ!!!!

1発でも貰ったら無事では済まないぞ!!!!』

 

ノアの追撃は止まらない。

 

『危なァーーい!!!!』

 

連続して指から放たれる衝撃波を地面を転げ回って躱している。

回りきって出来た一瞬の隙をつかれ、哲郎は袖を掴まれた。

 

『テツロウ選手、捕まった!!!』

 

ノアの拳が哲郎を襲うが、この時を待っていたのだ。

掴まれた肩を少し前に出し、急激に引き寄せる。

 

「はいやァッッ!!!!!」 「!!?」

 

ノアの身体はその力に引っ張られて肩を掴んだまま宙を舞った。

 

そして顎から地面に叩きつけられる。

 

『で、出ました!!!

テツロウ選手のマーシャルアーツ!!!!

ノア選手に 強烈なカウンターが決まった!!!!』

 

しかしノアは全くダメージを見せずに立ち上がる。

 

『た、立ち上がりました ノア選手!!!

何という耐久力!! 顎に衝撃を受けても何のダメージも見られないぞ!!!』

 

ノアは哲郎と向かい合って不敵に笑いを浮かべた。

 

「……いいぞ。こんなに早く味のある戦いができるとは。

まだ終わりじゃないだろ?もっと俺を楽しませろ!!!!」

「ッ!!!!」

 

ここに来てもノアの心には余裕しかない。

これが魔王の力を持つ男なのか

 

しかし弱気になりそうな己を鼓舞し、哲郎は再び構えをとる。

 

『テツロウ選手、仕掛けます!!!

ノア選手にどう太刀打ちする!!?』

 

哲郎の出した答えは1つだった。

自分と魔王(ノア)との実力差を埋める唯一の手段がこれだ。

 

『テツロウ選手、振りかぶっている!!!

この構えはまさか━━━━━━━━━━』

 

 

バチィン!!!!!

 

哲郎は全身の力を使って渾身の掌底をノアの腹に見舞った。

ノアの顔も一瞬 苦痛に歪む。

 

『ぎょ、魚人波掌だァーーーーーー!!!!!

体内の魔力に衝撃を流し込んだ!!!!

その手があったか!!! 根源魔法をも易々と使うその規格外の魔力量!!!!

その膨大な魔力に今、常軌を超えた衝撃が走っていることでありましょう!!!!!』

 

しかし、サラとは違ってノアは倒れない。

彼女とも明らかに格が違う。

 

『た、倒れない!!倒れません ノア選手!!!

彼の全身には今、絶叫物の衝撃が駆け巡っているはずなのに!!!!

 

その激痛をも耐え切るのか!!!?ノア・シェヘラザード!!!!!』

 

反撃される前に哲郎が追撃に転じた。

さらに腹に渾身の拳を見舞い、崩れさせた体勢を利用してノアの背後に回り込む。

 

『テツロウ選手の快進撃が止まらない!!!

果たしてここから何が飛び出す!!!?』

 

ノアの身体に腕を回し、がっちりとホールドする。そのまま渾身の力で仰け反った。

 

『こ、これは━━━━━━━━━』

 

ズドォン!!!!!

 

そのままノアは後頭部から地面に叩きつけられた。

 

『何とここに来て、ジャーマンスープレックスが決まったァーーーーー!!!!!

 

齢11 の少年の身体から、こうも豪快な技が飛び出すとは!!!!

脳に直接喰らいました ノア・シェヘラザード!!! これは決まってしまったのかァーーーー!!!?』

 



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#25 Miracle of flying

ハァハァ………

 

哲郎は息を切らしながらノアと距離をとった。

 

『テツロウ選手の体力ももう限界か!?

ノア選手はまだ立ち上がれないぞ!!!』

 

「……ふふっ」

「!!!」

「こうしてみたら初めての経験だな。

脳天に衝撃を食らったのは。

 

だが、こんなものか。」

 

ノアは軽々と立ち上がった。

血が垂れている頭を抑えているが、表情は何一つ変化はない。

 

「その体術……

ますます気に入ったぞ。お前の本気が見たくなった。」

「……………」

「本気を出させてもらおう。」

 

そう言ってノアは自分の足元に魔法陣を展開した。

 

『こ、これは一体何だ!?』

 

アナウンサーや観客席のざわつきをよそに、ノアは話を続ける。

 

異世界(ここ)に来て間もないお前には分からないだろうが、今から起きることは奇跡(・・)以外の何物でもない。」

 

ブオッ!!!

 

ノアの足元から突風が吹き出した。

そしてノアの身体が浮き上がった。

 

『!!!!?

 

こ、これは一体どうした事だ!!!?

ノア選手の身体が 宙に浮いているぞ!!!!』

 

哲郎、アナウンサー、そして観客席の視線が全て上空のノアに集中していた。

 

『あれは、あれはまさか━━━━━━━━』

 

「そうだ。【浮遊魔法】

これはラグナロクの歴史で実現不可能と言われてきた魔法の1つ。

 

前世の俺が作った、俺にしか使えない魔法だ。」

「………!!!!」

 

『さぁ、人間族が魔人族に挑むこの試合、新たな局面を迎えて参りました!!!

突如として空中に浮いたノア選手、果たしてここから何を見せる!!?』

 

 

「…さあ、」

 

ノアの手から巨大な魔法陣が展開した。

 

「第2ラウンドだ!!!!」

「!!!!」

 

魔法陣から、巨大な火の玉が幾つも発射された。

 

『出ました!!!

ノア選手、なんという魔法の猛攻だ!!!!』

 

しかし哲郎の精神は既に冷静な状態にあった。降りかかる火の玉を全て躱している。

冷静な哲郎だったが、ノアが次に何をしてくるかまでは予想していなかった。

 

ドスゥン!!! 「ブッ!!!?」

ノアが哲郎の頬を踏み蹴った。腕でガードはしたが、無視できないダメージが入る。

ノアはそのまま全体重を乗せた蹴りを連続で哲郎に見舞う。

 

(ダメだ…………!!!

反撃 出来ない………!!!!)

 

哲郎は上空からの攻撃にガードするので精一杯になっていた。

 

『これは苦しい テツロウ・タナカ!!

ノア選手の上空からの猛攻に防戦一方だ!!!

このままテツロウ選手、足蹴にされてしまうのか!!!?』

 

ノアが哲郎の顔を踏み台に高く飛び上がる。

 

「終わりだ!!!!」

『ノア選手の無慈悲な一撃!!!

決まるか!!!?』

 

その時に哲郎は攻撃の隙を見出した。

身体を低く屈め、そして横に移動してノアのストンピングを躱した。

そして間髪入れずに反撃に転ずる。

 

左手のひらをノアの腹に密着させ、右手で全力の掌底を見舞う。

 

場内に掌底の衝撃音が響いた。

 

『ふ、再び魚人波掌が決まった!!!!

し、しかもこの動きは振りかぶる時にできる隙を無くし、そして威力を引き上げる いわば改良型の魚人波掌!!!

 

魚人の中でもこの技を使えるのは達人の中でも選ばれた人間にしか使えないと言われる奥義中の奥義!!!

その大技が人間の少年の身体から放たれたのです!!!!!』

 

「……フッ。」 「!!!」

 

「見事!!!!」

 

ノアが唐突に哲郎を蹴り飛ばした。

ガードの上から外枠まで吹き飛ばされる。

外枠に追い詰められた哲郎にノアは無慈悲な強襲をかけた。

 

『魚人族の奥義までも耐えしのいだノア・シェヘラザード。ここに来て人間族の少年に凶悪な猛攻を仕掛けます!!!

テツロウ選手、為す術なしか!!!?』

 

ノアの拳や蹴りが体格の小さい哲郎に斜め上から襲いかかる。

しかし哲郎には体格差を利用する技術も持っていた。

 

ノアの攻撃が一瞬止む隙をついてしゃがみこみ、両腕に外枠をつけてバネにし、ノアの足の隙間を潜り、背後に回り込んだ。

 

振り返ったノアの腕と胸ぐらを掴み、全力で身体を折り曲げた。

 

「せいやァッッ!!!!!」

『テツロウ選手、マーシャルアーツで投げた!!!!』

 

ノアは回転しながら反対側の外枠まで一直線に飛んでいく。

しかし激突寸前で受け身を取った。

 

追撃を加えんと突っ込んでくる哲郎にノアは悠々と魔法陣を展開する。

 

「ッッ!!!!」 ドガァン!!!!

 

顔面スレスレで放たれた爆発魔法を間一髪躱した。

 

ガッ!!! 「!!!」

 

『つ、掴まった!!!

ノア選手、ここに来てテツロウ選手の腕を掴んで捉えた!!!!』

 

バチバチッ!!

 

ノアの手のひらに黒い雷が蓄積されていく。

 

「!!!!」

「青ざめたな。

そうだ。この攻撃はレオルなんぞの比では無い。

改良型の魚人波掌 人間族でそこまでにたどり着いた実力は認めよう。

 

だが、さらばだ!!!!」

 

ノアの魔法攻撃が哲郎の全身を襲う

 

 

 

その前に哲郎の技がノアに炸裂した。

 

「せぇい!!!!!」 ブオォン!!!!!

 

掴まれた腕を振り下ろし、その勢いでノアの腕を回す。捻って下半身を宙に舞わせた。

ノアは背中から叩きつけられ、その反動でうつ伏せに倒れ伏した。



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#26 Come my field , Go your field

『テツロウ選手 起死回生のマーシャルアーツが炸裂!!!

ノア選手 再び地面に叩きつけられた!!!』

 

地面に叩きつけられたノアは全く動かない。しかし哲郎はこれで終わったなどとは微塵も思っていない。

すぐに次の攻撃の準備に入る。

 

『こ、これは一体!!?』

 

哲郎はノアと間合いをとって正座をし、左手首を掴んで構えた。

 

『これはどうしたテツロウ選手!!

まるで観念したかのように 座してしまった!!!』

 

ノアは再びゆうゆうと立ち上がった。

そして座っている哲郎を見て口を緩めた。

 

「…ふん。そう来たか。

 

対人はもちろんのこと、

対異種族 対魔物 対武器 対魔法

その全てに対応出来る究極の武術

 

《オールマイティ・マーシャルアーツ》

 

俺の転生前の時代から存在は謳われていたが、不可能なおとぎ話として本気にする者は1人もいなかった。」

「……………」

 

「だが、お前の身体にはそれが宿っている。

果たして究極の武術がこの魔王(おれ)に通じるのか、確かめさせて貰おう。」

 

ノアはそう言って魔法陣を解き、悠然と歩を進める。

 

『ノ、ノア選手、魔法を使わずにテツロウ選手との間合いをつめる!!

まさかこの無防備の少年に接近戦を仕掛けるつもりなのか!!!?』

 

あの有象無象共は何も分かっていない。

ノアは漠然と心の中で呟いて、哲郎に攻撃を仕掛けた。

 

 

ここからは自分との戦いだ………!!

少しでも集中を切らしたら即座にやられる………!!!!

自分の間合い(フィールド)にいるこの時に勝ちを掴む!!!!

 

 

ブォッ!!!!

ノアの強烈な回し蹴りが哲郎を襲う。

『が、顔面に下段(ロー)!!!!!』

 

哲郎はノアの蹴り足を掴み、蹴りのエネルギーを上方向にずらした。

ノアの身体は足を軸に上半身を弧を描いて舞い、地面に叩きつけられる。

 

『な、何だ!!?』

 

続けざまに左フックを見舞うが、哲郎は拳が達する前に掴み、全力で引いた。

ノアの身体は左腕に引かれ、バランスを崩し地面に転ぶ。

 

しかし意に返さずノアは背後から哲郎の首筋を狙って手刀を仕掛けた。

哲郎は手刀が当たる直前で肩でノアの手首を掴み、上半身を前かがみに折り曲げる。ノアはその勢いに巻き込まれながら宙を舞い、再び地面に叩きつけられた。

 

『な、何が起こっているんだ!!?』

 

場内は哲郎の圧倒的に不利な構えから魅せる捌きに歓声をあげた。

 

『これは凄いぞテツロウ選手!!!

まるで暴風を凌ぐ柳の木のようだ!!!』

 

ノアは再びダメージを全く見せずに立ち上がる。そして座っている哲郎に不敵な笑みを浮かべた。

 

「まるで要塞 さしずめ武術の要塞だな。

 

だが俺は、

 

 

魔法を使わないなどとは一言も言ってないぞ!!!!!」

「!!!!!」

 

ハッとした哲郎の足元には赤色の魔法陣が展開されていた。爆発を避けるために哲郎は正座から立ち上がってその場から身を翻した。

 

「…やはりガキだ。」

「ブッ!!!!?」

 

ノアは哲郎の腹に蹴り(・・)を見舞った。

 

『これは驚きだ!!!

ノア選手が得意の魔法を囮に使い、接近攻撃を決めた!!!

武術という鉄壁の要塞が今、無残にも破られたのです!!!!』

 

哲郎は吹き飛ばされ、外枠に背中から叩きつけられた。

 

『何という皮肉か!

ノア選手を何度も投げ、地面に叩きつけてきたテツロウ選手の背中が今、外枠に深深と叩きつけられたのです!!!!』

 

「ガハッ」

 

哲郎は一瞬呼吸を乱された。

背中の衝撃がここまで呼吸を崩すとは思ってもいなかった。

 

地面をのたうち回る哲郎に対し、ノアはゆうゆうと歩を進める。

しかし哲郎の回復の方が一瞬早かった。

 

『た、立ち上がった!!!

テツロウ選手、再び魔人族に向かい合った!!!』

 

息を切らしているテツロウにノアは不敵に笑いを見せる。

 

「この俺の筋力をも拒絶する武術の要塞………

しかもそれをやってのけたのが人間族の小僧

 

ちゃんちゃらおかしいよな。」

「…………」

 

 

「…だが、もうお前には付き合えない。

もう十分 お前の間合いで戦っただろ?」

「!?」

 

ノアの足元に再び風が巻き起こった。

 

『き、強烈な風!!

これは━━━━━━━━━━━━』

 

ノアの身体は再び宙に舞った。

 

「今度は俺の間合いだ。

お前が俺の間合いで戦う番だ。

そうだろ?」

 

『ふ、再び浮遊魔法を使って見せた!!!

空中という圧倒的アドバンテージ!!!!

この不利状況を、どう迎え撃つ!?テツロウ・タナカ!!!!』

 

 

間合いに入れ………か………

確かに僕にはその義務がある。

 

自分のわがままに付き合ってくれたんだから。

 

浮遊魔法 それがどれだけ凄いのかは分からない。だけど、今の僕でも似たことならできる。

 

 

そう。あの時 動体視力()をあの速さに【適応】させたように

見えない状態(・・・・・・)に【適応】し、克服したように。

 

こうやって飛べない状態(・・・・・・)に【適応】して克服すれば

 

 

『わ、我々は一体何を見ているのか!!!!

夢を見ているのか!!! 幻覚を見せられているのか!!!!

 

テ、テツロウ選手の身体が…………

 

 

 

宙に浮いているのです!!!!!』

 

 

事実、人間族の少年と魔人族の青年とが、観客席最上段にいて尚 見上げねばならないほどの上空で相対していた。

 

「ほう。そう来たか。」

「言われた通り、あなたの間合いに入りましたよ。

決着をつけましょう!!!!!」



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#27 Marlin

『こ、こんな展開を誰が予想出来たでしょう!!!?

突如として、この魔界コロシアムで史上初の、空中戦が始まろうとしている!!!!!』

 

空中に浮かび上がった哲郎を見たノアは口を緩めた。

 

「面白い。そう来るか。」

「これで終わらせます!!!!」

 

そう言って哲郎は構えをとった。

今まで使っていない構えだ。

 

『こ、これは一体━━━━━━━━━━』

「ほう。【カジキの構え】か。」

 

 

カジキの構え

左腕を前方に伸ばし、相手に向け、右腕は折り曲げて発射に備える。

下半身は低く屈め、いつでも仕掛けられるようにする。

伸ばした左腕が吻を、折り曲げた右腕が活きのいい尾びれを(かたど)るこの姿にカジキを見出したため、【カジキの構え】という名が付けられた 魚人武術の高級技と揶揄される構えである。

 

「魚人武術の秘伝と来たか。

 

で?そこからどうするのだ?」

「どうするか ですって?

こうするんですよ!!!!!」

 

哲郎が全身の力をノアに向け、急接近した。

そして伸ばした左手をノアの腹に密着させ、そこに右手で全力の掌底を見舞う。

 

バチィン!!!!!

 

と再び轟音が響き、場内に衝撃が走った。

 

『ぎ、魚人波掌が決まったァ!!!!

2度目は耐えられるか!!? ノア・シェヘラザード!!!』

 

それでもノアの表情には変化が見られない。

それも哲郎の想定内だ。

 

哲郎は再びカジキの構えをとり、

 

 

バババババァン!!!!!

 

と、ノアの上半身に一瞬で5連撃の掌底を撃ち込んだ。

 

「………ッ!!!」

(効いたか!!?)

 

ノアもこの連撃にはたじろいだ。

 

『な、何と魚人波掌 5連撃!!!!

テツロウ選手、どこまでその真価を発揮する!!!?』

 

カジキの構えは、哲郎がラグナロクに来る前の女性との修行で身につけたものだ。

本来 魚人波掌は一撃必殺の技だが、これが効かない者に対して考案された、連撃の魚人波掌 【波時雨】 という技が存在する。

 

この【波時雨】による衝撃は、雨の中の水溜まりの水面が乱れるように、魚人波掌 5つ分(・・・)ではなく、様々な衝撃が一気に体内を駆け巡る。

 

魚人族の中でも過酷な修行を耐え抜いた者にしか使えない高等技術。そしてそれを可能にするのがカジキの構え

 

カジキの構えとは、魚人波掌を撃つためだけに編み出されたものなのだ。

 

 

「………ッ!!!!」

 

ノアの口から一筋の血が垂れた。

これを見逃さない哲郎では無い。

 

「これで終わりだ!!!!!」

 

再びカジキの構えをとった。

 

そして、ノアの腹にアッパーの要領で渾身の魚人波掌を放った。

再び鼓膜を劈く衝撃が響き、遂にノアの身体が吹き飛んだ。

 

 

『決まったァーーーーー!!!!!

 

遂に、遂にテツロウ選手のマーシャルアーツが、執念が、今、

 

化け物 ノア・シェヘラザードに届いたのです!!!!!』

 

ノアの身体は観客席をとうに越えて吹き飛んだ。

 

魔界コロシアムのルールは空中戦を想定していない。故に今のノアの状態を判断する術は無い。

もっとも、ノアの場外負けなどという結末に納得する者などいるはずもないが。

 

 

「…フフ。」

 

「………フフフフフフフフ」

 

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

その声の主はすぐにわかった。

ノアはそう高笑いしながら武道場に戻ってきた。

哲郎はその様子を不気味な物を見るかのような目で見ていた。

 

「嬉しいぞ!!!

こんな緊張は 高鳴りは!!!!

 

礼を言うぞ!!! テツロウ・タナカ!!!!

 

これでこそ転生した苦労が報われると言うものだ!!!!!」

 

ノアは、その心にある純粋な闘争心や喜びを哲郎にぶつけた。

哲郎も冷静にそれを聞いていた。

 

『………わ、笑っている!!! 笑っています

ノア・シェヘラザード!!!!

 

あれだけの技を受けて尚、戦意が喪失していないと言うのでしょうか!!!?』

 

 

「………戦意喪失するだと?

笑わせるな。 こんなにも

こんなにも良い好敵手に巡り会えたというのに!!!!!」

「!!!!!」

 

遂に本性が見えたか。

これが魔王の裏の顔。強さと強敵を求め続けた一人間(・・・)の表情だった。

 

「……そして」 「!!?」

 

さっきまでの興奮に蓋をし、ノアは冷静に胸の前に手をかざした。そこに魔法陣ができている。

 

『今度はノア選手の反撃か!!?』

 

 

「………!!!!」

 

警戒せんと身構えた哲郎にノアが啖呵を切った。

 

「お前になら、

 

 

本気を出しても良さそうだ。」 「!!!!!」

 

 

厄災豪雨(ディザスゲイザー)》!!!!!

「!!!!!」

 

哲郎の悪い予感は的中した。ノアの魔法陣から放たれたのは、禍々しくて赤黒い、魔力で作られた槍だった。

 

それが何千、何万本も哲郎の上空に展開しており、その全てが哲郎に引導を渡さんかの如く 向けられていた。

 

ぜースの黒之雷霆(ブラック・バリスタ)も、レオルの皇之黒雷(ジオ・エルダ)も、サラの煉獄之豪砲(フラマ・グレイズ)も、全て 魔法の紛い物だとせせら嗤ってしまえるかのような威圧感を哲郎は確かにひしひしと感じていたのだ。



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#28 Revenge of the adapt

「……Check Mate(チェック・メイト)だ。」 「!!!!!」

 

ノアのその無慈悲な一言と共に、哲郎に対して無尽蔵の赤黒い槍が襲いかかった。

そのスピードも段違いである。ゼースの電光石火(スピリアル・ファスタ)より、レオルの白雷(ハイヴェン)よりはるかに速い。

哲郎は何をするべきかを考えるより先に決断した。

 

 

それは、この無慈悲な猛攻を全て受けきると覚悟する(・・・・・・・・・)ことだった。

そして槍が届く寸前で哲郎のガードが固まった。

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!

 

一体、いつまでそんな音が鳴り響いていただろう。観客席もそしてアナウンサーまでも実況を忘れてその惨劇(・・)に言葉を失っていた。そして、誰もが哲郎の敗北、いや、下手をすれば命すら危ぶまれるという思考に陥っていた。

 

 

『あ、あ、あ…………』

 

思い出したようにアナウンサーが実況を再会しようとするが、目の前のことに呆気に取られてなかなか言葉にならない。

 

 

『圧倒的ィ!!!!! ノア・シェヘラザードォ!!!!!

 

これほどまでの高度な魔法が今まで存在したでしょうか!!!!?

ラグナロクの二大戦力、魔法とマーシャルアーツ!!! その雌雄を決するこの試合に、遂に終止符が打たれたのか!!!!?』

 

 

その実況の最中にも土煙は晴れていく。

これから何を目にしようとも、それが揺るぎない真実なのだ。

 

そして、その場にいた全員がその真実(・・・・)に驚愕した。

 

 

 

哲郎はその場に意識を保って立っていた。

 

両腕は焼け焦げ、顔はケロイドを患ったかのように大火傷を負い、全身から血を垂れ流していたが、それでも確かに意識を保ってその場に、ノアの対峙する空中に立っていたのだ。

 

 

「……驚いたな。」

 

これにはノアも意外と言わんばかりの声を漏らした。

 

 

『死んでいなかったァーーーーーーー テツロウ・タナカ!!!!!

満身創痍とはいえ、何とか踏みとどまっています!!!

し、しかし!! 彼はまだ戦えるのか!!!!?』

 

 

アナウンサー、そして観客席の不安は的中していた。

かろうじて耐えしのぎはしたが、哲郎はもう身も心も限界をとうに超えていた。

 

それでもこのラグナロクに来る前の過酷な修行を思い起こし、自分の原点を思い直す。

 

そして、哲郎は再び構え直した。

 

再び、今まで使っていない構えだった。

 

 

『これは一体何だ!!?

テツロウ選手、大きく振りかぶっていますが、これは魚人波掌とは明らかに違う構えです!!!!』

 

アナウンサー達の動揺を後目に哲郎はノアに対して口を開いた。

 

「…………ノア。

………ノア・シェヘラザード…………。

 

 

……これは…… 最後の技です。

この技を打った後、僕は倒れます。

………だから、その時あなたが立っていたなら、

 

 

 

 

 

あなたの勝ちだ!!!!!」

 

 

ビュゴオオオオオオオオ!!!!!

 

突如、哲郎の周辺から金色の旋風が巻き起こった。それはみるみるうちに肥大化し、コロシアムの場内をも飲み込んでいく。

 

『こ、これは一体何だァ!!!!?

ノア選手の猛攻をまともに受けたテツロウ選手、ここに来て最後の反撃に出るのか!!!?』

 

 

「……なるほどな。

こんな使い方があったとはな。」

 

 

哲郎が今 放とうとしている技は、

《リベンジ・ザ・アダプト》

 

これは、最後に技を放つまでに適応した全てのダメージを手のひらに集中させて、対象に一気に解き放つ、【適応】の能力を持つ者の唯一の必殺技である。

 

哲郎が実戦でこれを使うのは、この試合が初めてである。

 

哲郎の手のひらには今までの魔界コロシアムで受けたダメージが全て集まった。

遂に決着の時が来た。

 

哲郎はノーガードでノアに強襲をかけた。

狙いは彼の腹。そこに向けて今までの試合で受けたダメージを全て打ち放つ。

たとえ勝っても負けても、この一撃にここに来る前での修行、そして今までの試合の相手達の思いも全て乗せる。

それだけだった。

 

 

「全力か。 いいだろう!!! 来い!!!!!」

 

ノアも全身全霊を持って哲郎の最後の攻撃を受ける決意を固めた。

この攻撃を避けるなどという無粋な真似が出来よう筈が無かった。

 

 

ズッドォン!!!!!

 

 

ノアと哲郎を中心に、金色の大爆発、そして大旋風が巻き起こり、そして場内をそれらと轟音が蹂躙した。

 

『き、き、き、

決まったァーーーーー!!!!!

 

テツロウ選手の全身全霊の一撃が、ノア選手に直撃ぃーーーーー!!!!!

遂に決着の時か!!!? この大波乱の魔界コロシアム決勝戦、果たして勝者は 魔法の魔人族か それとも、マーシャルアーツの人間族か!!!!?』

 

遂に決着の時か来た。

旋風によって大量の土煙が場内を包み、試合結果を隠す。

それが晴れた時、結果が明るみに出る。

その時も刻一刻と迫っていた。



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#29 Champion and MVP

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━静まり帰っていた。

 

場内を包み込んだ轟音はとうに止み、そして場内もまたこの迫力に圧倒されていた。

 

 

しかし、それも終わりを告げる。

 

 

『アッ!!!

 

ご、ご覧下さい!!!

あれは━━━━━━━━━━━━━』

 

 

アナウンサーが指さした位置から、哲郎とノアのいた煙の場所から、何かが降ってきた。

 

それは地面に、まるでたんぽぽの綿毛が落ちたかのような静かさで地面に落ちた。

 

それは煙に包まれていたが、それもすぐに晴れた。

そして、場内に衝撃が走ることになる。

 

 

『テ、テツロウ選手!!!!

落ちたのはテツロウ選手です!!!!!』

 

哲郎は完全に力尽きて地面に落ちたのだ。

《リベンジ・ザ・アダプト》を打った右腕は赤黒く焼け焦げ、服も右上が完全に吹き飛んでいた。

 

『と、ということは━━━━━━━━━』

 

場内が次に注目したのは空中、哲郎とノアが激突した場所だった。

答えは明確に、そしてすぐに出された。

 

『ノ、ノア・シェヘラザードが立っているーーーーーー!!!!!

空中で堂々 仁王立ちだァ!!!!!』

 

仁王立ち

 

確かに事実はそうだが、ノアのダメージも深刻だった。

腹から右半身が赤黒く焼け焦げ、右目も潰れているかどうかという状態だった。

 

 

「ガハッ」

 

遂にノアも血を吐いた。そしてたまらず地面に降り立ち、息を切らしながら膝を着いた。

 

 

「しょ、勝負ありィーーーーー!!!!!

 

勝負あり!!!! 勝負ありィーーーーー!!!!!」

 

レフリーの宣言に誘発されたかのように観客席はこれまでにないほど大熱狂した。

 

そして、膝を着くノアにレフリーの1人が駆け寄った。その手にはトロフィーが握られている。

 

「おめでとうございます!!!!

ノア選手!!!!」

 

ノアはよろけながらも立ち上がり、その手でトロフィーを受け取った。そして次に向かったのは哲郎の所だ。

 

「ノ………………ノア…………さん」

 

哲郎はかろうじて起き上がった。既に自分が敗れたことは理解しており、悔恨の念は微塵も無かった。

 

「……互いに胸を張ろう。」 「!?」

 

ノアは哲郎の腕を支え、立ち上がらせた。

 

「……このラグナロクでたった2人の転生者。

俺はチャンピオン、そして━━━━━━」

 

 

ノアは哲郎の腕を掴んだまま両手を上げた。

哲郎の腕も同時に上がる。

 

それが意味していたのは、

 

 

「お前がMVPだ!!!!!」

 

2人の武士(もののふ)が同時に手を上げた。それを包み込んで惜しみない拍手が場内を埋め尽くす。

 

 

『き、き、き、決まったァーーーーーー!!!!!

魔人族 ノア・シェヘラザードが魔界コロシアム チャンピオン、そして、人間族 テツロウ・タナカがMVPに輝いたァーーーーーーー!!!!!

 

 

参加選手 32名!! 試合数 31!!!

 

ラグナロク全土から集められた選手の全員がボロボロになり、そして誇り高く散っていった今大会!!! その頂点が今、決定しました!!!!

 

二度と、二度とこんな大会は見られないでしょう!!!!

 

突如としてこの大会に名乗りを上げ、そして数々の名勝負を繰り広げてくれた2人、そして選手の全員の名は、必ずこのラグナロクの歴史に深く刻まれる事でしょう!!!!!

 

感動をありがとう!!! 熱狂をありがとう!!!

そう言って送り出したくなるような、素晴らしい終幕でした!!!!!

 

ただ今をもって、この魔界コロシアム、閉幕の運びとしたいと思います!!!!

選手の皆様、本当にありがとうございましたァ!!!!!』

 

 

アナウンサーのスピーチがさらに観客を、そしてこのラグナロク全土をも震わせた。

 

 

そして、その大歓声を背に2人の英雄は去っていった。

 

 

***

 

 

 

魔界コロシアムは完全に終わりを告げた。

大会を見終わった観客達の足取りはただひたすらに軽く、そして弾んでいた。

 

 

しかし、そのコロシアムの会場に未だに残っている者がいた。

 

 

「フゥー

 

あそこまで来たなら勝ちたかったなぁー」

 

哲郎は未だに会場の医務室のベッドで横になっていた。まだ傷が完全には癒えていない。

 

「何だ。まだ帰ってなかったのか。」

「まだ歩けないんでね。」

 

医務室にノアが入って来た。

 

「ところでお前は昨日までどこで寝泊まりしてたんだ?」

「その辺の宿を転々としてました。

ここに来てまだ数日も経っていなかったのでね。」

 

「……そうか。 それからこれを」

 

そう言ってノアは哲郎の前に袋を置いた。

 

「なんですかこれは?」

「賞金の1割だ。俺からの礼として受け取れ。」

 

「…………」

 

哲郎は躊躇したが、それでも受け取ることにした。

 

「ところで、明日は何か予定はあるのか?」

「ありませんけど、それが何か?」

 

「うちの両親が優勝を祝ってパーティーを開くと言うんだ。

お前も来てみないか?」



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#30 【Epilogue】 Shall we party?

「……もうすぐだな。」

 

哲郎はノアの家に向かっていた。夜は魔界コロシアムの一室に止めてもらい、試合での負傷を治していた。

 

そして今、ノアの両親がノアの優勝を祝ってパーティーを開くと言い、哲郎もそれに呼ばれたのだ。

 

ノアの家、正確には転生した際の両親の家 は、魔界コロシアムの会場から歩いて行ける距離にあった。

 

「……ここか。」

 

哲郎が着いたのは、木製の一軒家の平屋だった。1階建てだが、見た目では部屋数は二階建てと同じくらいだろう。

 

ラグナロクの家にはインターホンという文化がないので、哲郎はドアをノックした。

 

「あぁ! いらっしゃい!」

 

ドアを開けて出てきたのは、1人の女性だった。見た目は自分の母親より一回り若いくらいだろう。

 

「あの僕、ここに呼ばれてきた 哲郎という者です。」

「聞いてるわ。さぁ。入って」

 

 

***

 

哲郎はリビングに案内された。

そこのテーブルには、自分の誕生日で見た料理より一回り豪華な料理が並んでいた。

 

強いて不振な点をあげるなら、中央の料理がキノコのソテーだったということだ。

聞くところによると、それがノアの好物なのだと言う。

 

哲郎は遠慮なくいただくことにした。

ノアの優勝だけでなく、自分の準優勝までも祝ってくれているようだった。

 

 

しかし、哲郎にとって本当に重要だったのは、その後の話だった。

 

 

***

 

 

 

 

「いいんですか本当に。

ご馳走させてもらっただけじゃなく、泊めてくれて。」

「構わんさ。

俺たちはこのラグナロクでたった2人の転生者なんだ。

これくらいのことはやらせてくれ。」

 

 

哲郎はノアの部屋に来ていた。

そこでベッドの傍に寝て泊まるようにと勧められた。

 

ラグナロクには布団は無いので、クッションを並べてそこで寝ることになった。

 

「ちなみにですが、あの両親(?)に自分が転生者だということは伝えてるんですか?」

「いや。伝えていない。

成長してはいるがな。」

 

「成長?」

「そうだ。産まれてから数年経って、自分が転生者だということに気付いたんだ。

そしたらいつの間にかこの姿になっていたんだ。」

 

「……それでバレたりしないんですか?」

「いや。急成長というのはラグナロク全体で見たらさほど珍しいことではない。

だから俺も珍しい子供 ということで処理されたよ。」

「…そうですか………。」

 

ノアはとてもフレンドリーに話してくれた。

油断すると目の前のこの男が昨日 死闘を繰り広げた魔王であることを忘れそうだ。

 

「ところで、お前はこれから何をやるか決まってないのか?」

「さぁ。ギルドを作ろうと思ってましたが、それはもう少し先にするべきだと思いましてね。」

「……そうか。なら、俺たちの学校に来るか?」

「学校?」

 

「そうだ。あらゆる種族が一同に会して通う学校。俺はそこに通いながら今のラグナロクを調べてきた。

 

ちなみにだが、お前が戦ったサラ と、その妹のミナも学部は違うがそこの生徒だ。」

 

「……それはありがたいですけど、もう既に修行は済ませてますし、僕には通う理由が━━━━━━━━」

「そう言うだろうと思った。

確かに今から通ったところで得られるものは少ないかもしれない。

 

━━━━━━━━━━━━━━━だが、」

 

「?」

 

ノアは懐から1枚の紙を取り出した。

 

「『ギルド』の『以来』があるならどうだ?」

「以来?」

 

哲郎が受け取った紙に書かれていたのは、いじめで悩んでいる という旨の以来だった。




第一章 魔界コロシアム 完結


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学園潜入 編
#31 The transfer student


「初めまして!!

3ヶ月の間 ここに通うことになったマキム・ナーダです!!

よろしくお願いします!!!」

 

それは、田中哲郎が学園で言った言葉である。

 

 

 

 

***

 

 

昨夜

哲郎はノアの家に泊まり、そしてとある提案をされた。

 

「……いじめの依頼?

これがギルドに来てたんですか?」

「そうだ。」

「……こんなもの、わざわざギルドに依頼しなくても、教師に相談すればどうにでもなるんじゃないんですか?」

 

依頼の書かれた紙を突っぱねようとした哲郎にノアは話を続ける。

 

「……そうなら苦労はないんだがな。」

「…すると、その加害者に問題があるんですか?

例えば、親が大物で 悪行がもみ消されてる とか。」

「俺も詳しくは知らないが そんなところだろう。

ちなみにそれが受注されてないのは、おそらく割が合わないからだろうな。

だから、ギルドを始めようとしているお前にはいい 依頼だと思ったんだがな。」

 

ノアの話を聞いて哲郎は考えを変える。

 

「……依頼自体はやるべきだと思うんですが、どうやってその学園に入ったら良いんですか?

ラグナロク(ここ)には僕の身内はいないし、それに僕はこの前のコロシアム 準優勝で顔が割れているし。」

 

まさか魔界コロシアム 準優勝という喜ぶべき称号がこんな形で枷になるとは思ってもいなかった。

 

「そういうことなら、俺が協力してやろう。」

 

 

「……ていうかそもそも ノアさんが動けば万事解決なんじゃないんですか?」

「悪いが俺は正義のヒーローとは違うからな。その依頼もギルドのいずれ連中が受けてくれるとふんで手をつけていなかったんだ。」

 

 

***

 

 

「……ここがその学園か…………。」

 

パリム学園 人間 亜人科

それがこの学園の名前だった。

 

亜人族とは、ラグナロクに存在する種族の一種だ。

 

ついさっき知ったことだが、このパリム学園は学科によって校舎も建っている場所も違い、哲郎がこれから潜入するこの人間 亜人科もノアやサラ達が通っている学科とは違う。

 

「この変装でバレないかな………」

 

ノアがしてくれた協力というのは、変装と推薦だ。

 

「このボタンを襟につけていれば大丈夫って言ってたけど………」

 

ノアはボタンに偽装魔法をかけ、身につけている間は容姿が別人になり、他の人には自分が魔界コロシアム 準優勝者であることはバレないだろう ということだった。

 

それから彼は哲郎の短期入学の推薦状を書いてくれた。

 

これで哲郎は気兼ねなく学園のいじめ問題の解決に尽力出来る筈だ。

 

「そうそう。 これも付けてろって言われたんだった。」

 

そう言って哲郎が胸に付けたのはノアのものとは違うカフスボタンだった。

依頼の受注者である目印として依頼書に同封されていたものだ。

 

 

 

***

 

 

 

「と言うわけで彼がこの3ヶ月の間 諸君と共に学ぶことになったマキム君だ。

みんな 仲良くするようにな。」

 

ここの担任教師、見た目からして4、50代の男がそう言った。

 

その日は短縮だったらしく、授業は直ぐに終わった。

 

 

***

 

 

「ここで待ってればいいのか………」

 

依頼書には学園内の講堂の裏で待てという指示だった。

ここにいれば依頼主が来てくれる手筈になっていた。

 

そして、それは直ぐにやって来た。

「「お待たせしました!!」」

 

哲郎は最初に違和感を感じた。

そして、それは直ぐに驚きに変わることになる。

 

やって来たのは2人だったのだ。

金髪 ポニーテールの少女とボブカットの少年だった。

 

少女と少年と言っても哲郎よりは年上だという印象だった。

 

 

***

 

 

「……では、あなた達は依頼を別々にしたということでよろしいですね?」

「はい、そうです。」

「お互い 依頼してることはさっきまで知りませんでした。」

 

哲郎は依頼主の2人と向かい合って 食堂の隅の机に座っていた。

 

少女は名前をアリス・インセンス と言い、少年は名前をファン・レイン と言った。

2人とも今年 入学したばかりなのだと言う。

 

 

「僕がいじめ問題の依頼を請け負ったテツロウ・タナカ といいます。」

「テ、テツロウ!!?」

「それって、この前の魔界コロシアムで準優勝した人間族の………!!!?」

 

案の定の反応だった。

まさかあの大会で成績を残すことがここまで目立つことだとは思ってもいなかった。

 

「……早速 本題に入りますが、いじめはあなた達が受けているんですか?」

「いいえ。今はまだ受けてませんが、いつ火の粉がかかるか分からないし、それに放っておけなくて ギルドに依頼したんです。」

 

「そうですか。では、そのいじめ問題の概要を教えてください。」

「それなんですけど、主犯は女性なんです。」

「女性? と言いますと、いじめは集団での無視 とかそういう類のものですか?」

 

哲郎の問いかけに2人は首を横に振った。

 

「その逆で、いじめの内容は単独で暴力を振るうものなんです。」



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#32 The princess of ogre

「暴力? それはまた野蛮ですね。」

哲郎は少し驚いた様子で言葉を返した。

 

「ええ。これがその生徒の写真です。」

 

ファンは懐から写真を出し、哲郎に手渡した。

その写真にはゴツゴツとした女性の顔が写っていた。恋愛感情の類を持ち合わせない哲郎の目にも別にブサイクには映らなかったが、人相はかなり悪いと感じた。

 

目はかなりつっているし、鼻もまたゴツゴツとしている。そして口には猛獣と錯覚するほど鋭い牙が生えていた。

 

顔つきからも全身が筋肉に覆われているのが分かる。

 

「名前はグス・オーガン。

僕らより3歳上級生の生徒です。」

「種族は何ですか?」

「「はい?」」

 

「種族は何ですかと聞いてるんです。

亜人族も細分化するとかなり細かく別れると聞きました。

肌は黄緑だし、髪もかなり明るい茶色だ。

おそらくは………」

「そうです。彼女は【オーク族】です。」

 

哲郎の質問にアリスが返した。

 

「それで、この女がいじめをやっているという確かな証拠はあるんですか?」

「証拠はちゃんとあるんです。ただ………」

「ただ 何ですか?」

 

ファンが重々しく口を開いた。

 

「彼女のバックに何やら大きな陰謀(・・)があるとかないとか言われていて………。」

「陰謀? どういうことですか?

詳しく聞かせてください。」

 

 

***

 

 

ファンの話はこうだった。

 

彼女、グスという女はとある学園内の組織の下っ端を務めており、彼女を敵に回すことはその組織を敵に回すも同然である。

だから何者も彼女のいじめに言及できない ということらしい。

 

あくまでも噂の域を出ていなかったが、現実味 という観点で言えばかなり有り得る話だと哲郎は感じた。

 

また、彼女の親もかなりの権力者だが、その素行の悪さでいつ勘当されてもおかしくない状態なのなという。

 

「…そうですか。では、先にその噂の真意を確かめなければいけませんね。

間違いならそれでこちらが出やすくなるし、本当なら、その組織がどれほどのものなのかも知らなければならない。」

 

哲郎は立ち上がり、ファンとアリスに質問を投げかける。

 

「彼女、そのグスという女はどこに?」

「えっ!!? まさか1人で行くんですか!!?」

「もちろんです。この依頼は僕一人で受けたんですから。」

 

それだけを言って哲郎は再び2人に答えるよう催促した。

 

 

***

 

 

哲郎が今いる所はパリム学園の高学年校舎。

その教室の一角にその女はいた。

 

彼女、グスという女は教室のど真ん中で机に行儀悪く膝を組んで座り、友達と思われる女性数人とくちゃべっていた。

 

哲郎が思った通り彼女の五体はかなり筋肉に覆われており、あの馬鹿力に任せて暴力を振るっていたと言われても十二分に納得出来た。

 

服装は制服のシャツの袖をまくっており、そこから丸太のような太い黄緑の腕が見えた。

哲郎はそこから昔 田舎で見たギャル という女性達を連想した。

 

「んじゃ、アタシこれから用事あるから。」

 

そう言ってグスは唐突に立ち上がり、教室を出ようとした。

哲郎は咄嗟に消火栓の裏に隠れてその場を凌ぐ。撒いたことを確認すると、直ぐに行動を尾行に移す。

 

 

グスはしばらく廊下をぶらぶらと歩いていた。ただ普通に尾行していたのではいずれ気づかれるのがオチである。だから哲郎は工夫をして彼女を尾行した。

 

(……どうしたんだ?もう廊下の突き当たりに入るぞ。)

 

そう思いながら懐から学園の見取り図を取り出した。

 

逆さまの状態で(・・・・・・・)

 

そう。哲郎は魔界コロシアムの決勝戦で【飛べない状態】に『適応』して空中に浮くことを覚えた。

 

それを応用して天井スレスレを飛び、擬似的に【天井に張り付いて尾行する】状態を作り出すことに成功した。

 

そして、その尾行も終わりを告げることになる。

 

「グス・オーガン! 失礼します!」

「!?」

 

グスがそう言うと、突如何も無い廊下の床から巨大な扉が出現した。

 

哲郎は まずい! と咄嗟にその閉じかけた扉に飛び込んだ。

間一髪中に入ることに成功したが、そこには既にグスの姿はなかった。

 

とはいえ扉の向こうは下りの階段が1つあるだけなので、哲郎のやることはすぐに決まった。

 

哲郎が階段を降りた先で天井裏に通じていそうな穴を見つけ、これはいいとそこに入った。

 

やっぱり空を飛べるようになっておいて良かった と思いながら、耳を澄ませて状況を確認する。

 

自分がこの空間に入ってきた痕跡は残っていないはずだ。たった今入ってきた穴も踏み台は使っていない。

 

(どうやらこれは、噂は本当らしいな……)

 

哲郎は漠然とそう感じた。でなければ学園内にこんな空間がある説明がつかない。

 

なら、重要なのは彼女のバックにいる組織がどれほどのものなのかということだ。

 

哲郎は天井裏を進み、何か手がかりは無いかと辺りを模索した。

 

そして、彼はその確信を掴むことになる。



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#33 A tiger that borrows the power of a tiger

哲郎は天井裏にいる。

いじめの容疑者、グス・オーガンのバックにどういう組織がいるのかを確かめる為に彼女を尾行していた。

 

そして、彼女が何やら学園内の異空間に移動したので、哲郎も咄嗟にその空間に入った。

 

この時点で彼女のバックに何かがあるのは間違いないが、そうなると重要なのはその組織がどれほどのものなのか ということだ。

 

 

「!?」

辺りを探っていた哲郎はその時、奇妙な声を聞いた。

 

天井裏を器用に這って進むと、開けた所に出た。 ちょうどいい所に外せそうな天井板を見つけたので、それをずらして覗き見る。

 

 

「………!!?」

 

哲郎がそこで見たのは、大広間だった。

内装は低い階段で仕切られた講堂と石造りの座席、そしてそこに複数人の人がいた。

 

「今日も特に問題はありませんでした。」

 

そう言ったのはあのグスだ。

教室とは違って比較的 行儀のいい座り方でそう報告した。

 

「……そうかい。

ところでよ、ラドラさん。

やっぱりここにも警備をつけとくべきじゃないですか?

万が一 侵入者でもいたら………」

「その必要は無い。 ここの扉は人知れない場所にあるし、それに扉自体が厳重な魔法にかけられているからな。」

 

黒髪に小さなサングラスをかけた男の提案を奇妙な仮面を着けたフードの男が切って捨てた。

 

「……そうそう。 グズ。」

「はい。 何でしょう?」

 

そう言って銀色の髪を肩くらいの長さにした男が振り返った。 その腕には何やら奇妙な人形が抱き抱えられている。

 

「お前が私達のメンバーであることは 誰にも知られていないだろうな?」

 

その男はそう 凄んで言った。

その威圧感にグスも哲郎もたじろぐ。

 

「いやいや。 決してそんなことは」

「それならいい。 いじめの噂から足がつくといけないからな。」

 

 

「……………」

 

哲郎も天井裏から見ていた。

あの部屋にいる人数はグスを除いて7人。

 

(……とりやえず 写真を撮っておくか。)

 

哲郎は懐から1つの結晶を取り出した。

ラグナロクではカメラが無い代わりに結晶にデータを記録して紙に転写する技術が存在する。

哲郎は結晶に男たちの顔を記録した。

 

(………で、どうやって戻ろうか。)

 

咄嗟のことで気にかけなかったが、出る時の事を考えていなかった。

 

「ではアタシ、これで失礼します。」

(しめた! これはいい!)

 

そうだ。彼女が出るのと一緒に出て、すぐに天井に張り付けばそれで済む。

早速 哲郎は行動を起こした。

 

 

結論から言うと、作戦は完壁に上手くいった。

 

グスが廊下から離れるのを見計らって哲郎も床に降りた。 今日の尾行はこれで十分。

あとは学園寮の自室でこの情報を整理するだけだ。

 

 

***

 

 

「………こんなものか………。」

 

哲郎は寮内の自室で今日の尾行で得た情報を整理していた。

 

 

・グスがいじめをしているという噂 (確定)

・グズのバックに組織の存在がある (確定)

・組織内で何らかの陰謀がある (要確認)

・組織の人数は7人以上 (確定)

 

「………そして、この男か。」

 

哲郎はさっき現像した銀髪の男の写真を手に取った。

この男が何者かによってグスのバックの組織がどれほどの大きさなのかが分かるはずだ。

 

「………おい、何やってんだ?」 「!!!?」

 

哲郎は咄嗟に振り返った。

 

「ええっと、あなたは確か………」

「ここのバディのマッドだよ。

ま、何はともあれ これからよろしくな、マキム!」

「あ、はい。 よろしくお願いします。」

 

彼の言葉で哲郎は今 自分がマキム・ナーダという別人であると再確認する。

捜査に意識を集中力させすぎて自分が田中哲郎であるとバレれば元も子もない。

 

哲郎に声をかけてきたこの男の名前は マッド・ベネット。

赤い髪と それから今は外しているが黒いバンダナが特徴的だった。

 

「なぁ もうすぐ消灯だぞ。 もう寝ようぜ。」

「あぁ。わかりました。 すみません。」

 

このマッドという男は何かと馴れ馴れしく自分に接してくる。

こういう状況にも対応出来るコミュニケーションが取れることを哲郎は改めて感謝した。

 

「ところで、明日 何か予定はあるか?」

「どうして?」

「ほら、俺たち こうして同室になった訳だろ? だから この学園のこと、もっとしっかり案内しようと思ってよ。」

「ありがとうございます。

それはまたの機会に。」

 

マッドは少し暑苦しくはあるが、真っ直ぐに会って間もない自分のことを気にかけてくれている。

こうした友情こそ 哲郎が最も大切にしていることの1つだ。

 

 

***

 

 

翌日 授業を適度にこなした哲郎は再び食堂でアリス、そしてファンと密会した。

 

「早速昨日 あの女を尾行したんですが、気になることがありまして。」

「「……気になること?」」

 

哲郎は懐から写真を取り出し、2人に見せた。 例の銀髪の男だ。

 

「この男に見覚えはありませんか?」

 

「「えっ!!? こ、この人は…………」」

「何か知ってるんですね?」



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#34 Achievements and evidence

「…まず、この男の名前を教えてください。」

 

哲郎は食堂で2人に質問をした。

 

「はい。名前はラドラ・マリオネス。

この学園でもトップクラスの実力者です。」

「実力者?」

 

実力者とはどういう意味だろうか。

学業か、それとも単純な強さの意味か。

 

「でも、この人が今回の件とどう関係が………」

「わかりました。 順を追って説明しましょう。 僕が昨日見た事を全て。」

 

 

 

哲郎は全てを説明した。

グスがいじめをしており、なおかつ彼女のバックに組織の存在があるという確信を掴んだこと。

人知れない場所にある廊下に秘密の扉が存在していたこと。

そこにあった大広間に複数人の人がいて、そのリーダーらしき男がそのラドラという男だということ。

 

 

「……な、なんて事だ。

まさかラドラさんの手先になってたなんて………!!!」

「こ、これじゃあもう問題解決なんてとても……!!!」

「落ち着いてください。

ひとまず、そのラドラという男が何者なのか、説明願えますか?」

 

動揺を隠せないファンとアリスに哲郎は冷静に説明を要求した。

 

 

結論から言うと、2人も彼のことはあまり知らなかった。それでも2人がくれた情報を整理するとこうだ。

 

 

彼、ラドラ・マリオネスとは、このパリム学園において、一、二位を争う成績と実力を持つ生徒で、彼を取り巻いて大規模な組織が作られているのだという。

その構成員が、哲郎が昨日 あの部屋で見た黒髪黒眼鏡の男や、仮面を着けた男なのだと言う。

 

 

「……なるほど。

………ところで、ファンさん……でしたね。」

「はい。 何でしょうか?」

「確か昨日話してくれましたよね?

このグスという女がいじめをやっている証拠は持っていると。

とりあえず それを見せてくれませんか?」

「ああ。わかりました。」

 

ファンはそう言って懐から1つの結晶を出した。

 

「? これは一体………」

「それは映像結晶です。

そこに入っている映像を見てください。」

 

哲郎が結晶を持って指示通りに操作すると、何も無い空中に映像が流れた。

しかし、その内容はファンが体育館裏で学園紹介のVTRのリハーサルをやっているというものだった。

 

「あの、すみません。

これのどこに証拠が………」

「3分20秒 位の所の左端を見てください。」

「3分20秒?」

 

哲郎が言われた通りにやり、画面の左端に注目すると、そこにうっすらとグスの姿が映っていた。

 

「この時間に体育館裏で………

まさかこれって!!」

「察しの通りです。

彼女はその時、1人の女子生徒を暴行していたんです。」

「な、何と…………!!!!」

 

哲郎は返す言葉を失った。しかし、すぐに話の筋を戻す。

 

「し、しかし、こんなうっすらとしたものを証拠と言うには………」

「証拠は他にもあります。」

 

そう言って今度はアリスが1枚の写真を手渡してきた。

 

「その写真は、その映像が取られた時と同時刻に1つの部活が屋上から校庭を撮ったものです。その端に彼女といじめの被害者が映っていたんです。

それはその場面を拡大して解析したものです。」

 

哲郎が見ると、そこには確かに、表情が分からないとはいえ緑色の肌をした巨漢と女の姿が映っていた。

 

「それから、暴行を受けた生徒も、相手は言ってくれませんでしたが時間帯は証言してくれました。

ちょうど その映像と写真が撮られた時です。」

 

「………なるほど…………。」

 

哲郎は言葉を濁した。

確かに証拠は揃っているが、これを活用する術が見当たらない。

仮に今すぐに教師に突きつけたところで、あのラドラという男にもみ消されるのは火を見るより明らかだ。

 

「今日はこれで失礼します。

もう少し 彼女のことを探ってから作戦を考えようと思いますので、引き続きご協力をお願いします。」

「「わかりました。」」

 

 

***

 

 

(……このままじゃ 埒が明かないな…………。)

 

哲郎は寮の自室のベッドの中で思考を巡らせていた。ちなみにルームメイトのマッドは既に眠りについている。

 

(……何か対策を練らないと、ただひたすらに時間が過ぎていくだけだ………

それに、早くしないとあの女がいつ何をするか分かったもんじゃないし………)

 

結果を急ぐのは良くないと分かっていても焦ってしまう。

 

(……こうなったら、ノアさんにも協力を仰ぐしかないか………)

 

この依頼を勧めてくれたノアだが、哲郎は当初 彼の力は借りないと決めていた。

彼は哲郎がこのラグナロクで初めてぶち当たった壁なのだから。

 

(まぁ、彼への協力は視野に入れるくらいにしておくか………

 

いかんせん 情報が足りないな…………

よし 明日、またあの大広間に潜入してみるか…………)

 

哲郎はそう 明日の予定を決め、今日はもう英気を養おうと眠る準備を進めた。

 

慣れない学園生活の故か、睡魔は存外に早く哲郎の意識を奪っていった。



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#35 BAD agents

(………まだ来ないのか………)

 

翌日

時は放課後

 

哲郎は件の場所の真上の天井 スレスレを浮かび、擬似的に天井に張り付いてグスが来るのを待っている。

かれこれもう1時間が経とうとしている。

 

張り込みにしてはまだまだ短い方なのかもしれないが、何もしない分にはかなり長いと哲郎はぼんやりと感じた。

 

そして退屈の中で自分には刑事は向いていないな と心の中でぼやくのだった。

 

 

カンカンカン………… 「!!!」

 

哲郎の意識はすぐに集中した。

足音がしたのだ。 そして、こんなところに来る必要がある人間は一人しかいない。

 

 

(………来た!!!)

 

グスか来た。

哲郎は息を殺して天井に潜む。

 

人が天井にはあまり注目しないとはいえ、何回も同じ手を使っていれば、いつ気づかれてもおかしくない。

 

「グス・オーガン! 失礼します!」

(よしっ!)

 

この前と同様、床に巨大な扉が現れた。

哲郎は隙を着いて扉の奥に入り込む。

 

 

***

 

 

(よし。まだ変わっていないな。)

 

哲郎には1つ 懸念があった。

それは大広間の警備が厳重になっていないかということだ。

昨日、警備を厳重にしないかという話題があったので、万が一 感じでもつけられたなら一巻の終わりだからだ。

 

(ようし。

この前と同じように………)

 

哲郎は天井の手頃な穴から天井裏に侵入し、例の大広間を覗き見るために移動した。

 

 

「ケッ 相変わらずシケてやがるぜ

この大広間はよォ!!!」 (!?)

 

グスとも、この前の人達とも違うドスの効いた声がした。

哲郎が覗くと、そこには銀色を切り込んだ髪型の男がふんぞり返って座っていた。

 

ちなみにそこにグスはいても、あの ラドラ達はいなかった。

代わりにいたのはグスを含めた3人、どれも知らない顔だった。

 

「なぁグス、お前はそう思わねぇのかよ。」

「んな事 どうだっていいじゃないか。

こういう隠れ家を使わせてもらえるだけありがたいと思いなよ。」

「チィ。 澄ましたこと言いやがってよォ。」

 

 

大広間にいたのは3人、1人は件のグス、そして銀髪の他に物静かな顔で紅茶を飲んでいる男がいた。

髪色は緑が混ざった茶色という印象で、長さは肩にかかるほど。 男がするには長めの髪型だった。

 

 

・グスはこの前のラドラ達には丁寧な態度をとっていた。

・ところが今日の2人にはまるで同級生のような接し方

 

そこから辿り着く結論は簡単だった。

 

 

(あの2人もラドラの下っ端なのか………)

 

確証はないが、十中八九 そうだろう。

 

 

 

***

 

 

以下のことは、哲郎があの後数時間見張って得られた情報である。

 

・今日、あの大広間に来たのはあの3人だけだった。

・あの3人が話していたことは、他愛もない世間話で、手がかりになりそうな事は特に無かった。

・結局 あの紅茶を飲んでいた男は頷きはしたものの声を発することは無かった。

 

つまり、哲郎が今回の捜索で得た情報は、【ラドラの組織にはグスの他に、少なくとも3人以上 配下が居る】 という少し考えれば想定できそうなつまらないものだけだった。

 

しかし、写真を撮ることは出来た。後でこの写真の男達が何者なのか、あの二人に確認せねばならない。

 

こんなことを続けていたらいじめを解決するなんて一体 どれだけ先になるだろう と少しだけ面倒くさくなってきた哲郎だったが、そこに予想外の人物が現れた。

 

 

 

「………おい。」 「!!!?」

 

哲郎が突如声の方に振り返ると、そこには長身の男が立っていた。

 

髪型は前髪を分けた短髪 どこでも見かける髪型だった。

色は右側が黒で左側が黄色 という、哲郎のいた世界ならともかくラグナロクではあまり珍しくないものだった。

服装はこのパリム学園の制服 そのものだった。服装も顔つきも10代に見えるが、同時に哲郎の目には何か得体の知れないものが映ったような気がした。

 

「えっと………僕ですか?」

「お前以外に誰がいる?」

 

一瞬 そんな言い方無いだろう と言いそうになるのを堪えると、哲郎が質問するより早くその男が口を開いた。

 

「お前に話がある。 ついて来い。」

 

警戒はしたものの哲郎はついて行くことにした。もしこの男が自分の敵ならば、こんなまどろっこしいことはせずに有無を言わさず 拉致するはずだからだ。

 

 

***

 

 

哲郎が案内されたのは、どこかの事務所のような部屋だった。

 

「……ここは………?」

「何をしている。早く座れ。」

 

男に促されて哲郎は渋々と椅子に座った。

 

「……まぁ、こんな形にはなったが、俺はお前に危害を加える気は無い。」

「……まぁ、そうでしょうね。」

 

その男はテーブルを挟んで哲郎と向かい合った。

 

 

「……ここ気にて貰ったのは他でもない。

マキム……いや、テツロウ・タナカ。

お前に手を貸そうと思ったからだ。」

「!!!??」

 

この男、今なんと言ったのか。

自分の耳が正しければ、今確かに自分の本名を言い当てた。

 

自分は今、パリム学園の短期留学生 マキム・ナーダとしてここにいるはずなのにだ。

 

「……俺は全てを知っている。

だが、驚く必要は無い。俺はお前の味方だ。」



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#36 Assistance by the paradhin

「……あなたが僕の味方?

どういうことですか?」

「どうということも無いだろ。

そのままの意味だ。」

 

哲郎は今、謎の男に連れられてどこかの部屋に来ている。そしてその男は今、自分が味方だと言ったのだ。

 

「……そうだ。 自己紹介がまだだったな。

俺はエクス・レイン という者だ。

ここでは学業を積みながら聖騎士(パラディン)としても活動している。

以後 よろしく頼む。」

「はぁ……… ってえッ!!?

今、苗字を何て………」

 

哲郎は驚いて聞いた。 この男は今 確かに自分の苗字を━━━━━━━━━━━

 

 

「もう分かったか。 そうだ。俺はお前の依頼者 ファンの兄だ。」

「やっぱり……………」

 

ファン・レイン

彼が出した依頼を哲郎が受け、そして今このパリム学園にいる。

この男は自分を彼の兄だと言った。

思い出してみればファンの髪には一筋 金髪がメッシュのように入っていたし、この エクスの髪 の金色部分が血の繋がりの証明と言われても不思議はない。

 

「……わかりました。あなたが彼の兄というのは信じましょう。しかし、あなたが僕の味方だというのは何を根拠に信じれば良いのでしょうか?」

「……随分 達者な口だな。まあいい。

お前の望む根拠なら、ここにある。」

 

そうしてエクスは懐から何かを取り出し、哲郎に渡した。

 

「……これは……?」

 

エクスが手渡してきたのは、生徒手帳だった。

 

「中を見てみろ。」

 

哲郎が手帳を開くと、そこに書かれていたのは

 

【エクス・レイン】

パリム学園 人間族 科

エクス寮 寮長

 

「寮長?」

「お前はここに来たばかりで知らないだろうが、この人間族 科だけでなく、このパリム学園は全体的にいくつかの寮に別れているんだ。そして、お前とマッドが暮らしている寮も俺のエクス寮だ。」

 

マッドと生活していることまで知られているとは。この男はどこまで自分のことを知っているのだ。 と言いたくなるのを堪えて話を聞く。

 

「そこでだ、テツロウ・タナカ。

お前の先の魔界コロシアムでの好成績を見込んであることを頼みたい。」

「あること?」

 

「ああ。俺はやつの、ラドラの陰謀を潰そうと思っている。協力してくれ。」

「陰謀? どういうことですか?

詳しく聞かせてください。」

 

 

***

 

 

ラドラの陰謀とは、以下の通りだ。

 

ラドラ・マリオネスは、エクスとは別の寮の寮長で、彼は仲間を募って【七本之牙(セブンズマギア)】なる組織を作り、パリム学園を我がものにしようとしているのだと言う。

 

「それで、僕に何をしろと言うんです?」

「簡単な事だ。手始めにまず、グス達を潰すんだ。」

「潰すですって!? まさか殺せと言うんじゃ無いでしょうね!!?」

 

哲郎は机を乗り上げてエクスに凄んだ。

例えどんな人間であったとしても、人の命を奪うつもりなぞ哲郎にはさらさらなかった。

 

「落ち着け。 話は最後まで聞くものだ。」

「……わかりました すみません。

それで、潰す というのは具体的にどういうことですか?」

「公式戦でヤツらと闘い、そして勝てと言ってるんだ。」

「公式戦?」

 

 

【公式戦】

それは、パリム学園 全体で認められている、生徒同士がその実力を競うものである。

受ける側が対戦を受けるか否は自由だが、【負けた方は勝った方の命令を一つだけ 必ず聞かねばならない】というリスクが存在する。

 

そのあまりにハイリスクハイリターンな条件故に、誰もそれをやりたがろうとはせずに、次第にパリム学園の都市伝説に扱われていくようになった。

 

「あなたがやる訳にはいかないんですか?」

「寮長は対戦を申し込むことができないんだ。それから、成績や実力に明らかな差がある場合も対戦は認められないとこになっている。」

「それで、今の僕の学園での扱いとグスとの差はどれくらいですか?」

 

哲郎の質問に、エクスは苦々しげに答える。

 

「お前は今 マキム・ナーダという生徒としている訳だ。

まだ力量は知れないだろうから、十中八九 対戦は認められないだろう。

 

 

ただ、

 

 

俺がお前を推薦したなら話は違ってくる。

テツロウ・タナカ。俺はお前の実力を信じてこの話を持ちかけた。

俺に協力 してくれるか?」

 

「……この学園で横行しているいじめを許す訳にはいかない。

その1点は、あなたと同じです。」

 

「……なら、」

「やらせて頂きます。」

 

ここに、田中哲郎とエクス・レインの協定が成立した。

 

「それから、僕からもひとつ お願いしたいことが。」

「何だ?」

 

哲郎は懐から写真を出した。

 

「この写真はラドラの隠れ家で撮ったものなんですげと、ここに写っている人のことを詳しく教えて下さい。」

「……分かった。」

 

***

 

 

これは大きな進展だ。

 

哲郎は寮内のベッドの中でそう 喜んだ。

ここまで頼もしい協力者に恵まれたのは、幸運以外の何者でもなかった。

 

明日の放課後、依頼主のファンとアリスを連れてエクスの元に行き、更なる作戦を練るのだ。



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#37 Three weak arrow

「何だって!!!?

お兄様に声をかけられた!!!??」

「お兄様って、あのエクス寮長ですよね!!!?」

 

翌日の放課後、哲郎を待っていたのは案の定 ファンとアリスの驚き の反応だった。

 

「ええ。 昨日もう一度 あの大広間に潜入した後にね。しかし僕も驚きました。

まさか僕の正体も目的もバレることになるなんてね。」

「お兄様の情報力はこのラグナロク全体で見てもかなり大きいです。

そのくらい やってできない事じゃ無いですよ。」

 

そうですか と哲郎は頷き、そして話を昨日の潜入結果へと変えた。

 

「それで昨日の調査で、グス以外に下っ端の人間が 2人以上いることが分かりました。」

 

グスと一緒にいたこの2人が何者なのか、エクスが教えてくれた。

 

1人目の銀髪で人相の悪い男は、名前を【アイズン・ゴールディ】という。

グスの同級生で素行の悪さと対称的に実力は高く、鉄柱を具現化する魔法を扱うのだと言う。

 

2人目の茶髪で紅茶を啜っていた男の名前は【ロイドフ・ラミン】

植物を育て、使役する魔法を扱う

 

「……それからですね、エクスさんが今日これから僕たち3人に部屋に来るようにと言ってるので、来てくれますか?」

「お兄様が?

分かりました。すぐに用意をします。」

 

 

***

 

哲郎は2人を連れてエクスの部屋の前に来た。

 

「エクスさん?哲郎です。

2人を連れて来ました。」

 

哲郎は扉をノックした。

 

「……待っていたぞ。 入れ。」

 

重々しく扉が開いた。 哲郎は違うが、ファンとアリスは遠慮気味に扉をくぐった。おそらく、この部屋は本来 普通の生徒は滅多に入れない所なのだろう。

 

「失礼します。」

 

哲郎は2人と一緒にエクスの前の椅子に腰を下ろした。

 

「お兄様 お久しぶりです。」

「ファン お前はここに来てからも何も変わってないな。」

 

こうしてみるとやはり兄弟だ と哲郎は漠然と思った。

 

「それで、僕たちをここに連れてきた要件は何ですか?」

「そうだな。お前たちに来てもらったのは他でもない。」

 

 

 

エクスは重々しく口を開いた。

 

「お前たち3人に、あの3人と公式戦をやってもらう。」

「「「………………ハッ!!!!?」」」

 

3人は同時に驚きの声をあげた。

 

「バカな!!! 僕はともかく この2人にまで出ろというのはどういうつもりですか!!!?」

「バカはお前だろ。 お前は1度でも2人の実力を見たのか?」

「!!!」

 

同様で興奮した哲郎の抗議をエクスは切って落とす。

核心を突かれて哲郎は言葉を失った。

 

「……ではあなたは2人の実力を信頼していると?」

「そんなことは無い。第一そこのアリスとは初対面だ。」

「……だったら、何を根拠にそんなことを」

 

哲郎の質問をエクスは次々にさばく。

 

「確かに2人の実力は奴らには及ばない。

だが、実力差(そんなもの)は戦略と技術があればいくらでも埋められる。

実際、お前は【慢心している人には負けない】と言ったそうじゃないか。

今の奴らはまさしくその類 そうは思わないか?」 「………!!!」

 

この男には自分の考えを全て見透かされているのか と哲郎は痛感した。

 

「それから、今のお前たちでは公式戦を申し込むことはできない。

だから、俺の推薦でお前たちは俺の差し金で来たということにする。

方式は3対3の団体戦だ。」

「……それは構いませんが、勝算はあるんですか?」

「勝算はこれから作るのさ。

こいつらに奴らの対策とマーシャルアーツを叩き込んでな。」

 

マーシャルアーツ

その言葉に哲郎ははっとした。

この学園の生徒からその言葉が出てくるとは思ってもいなかった。

 

「この学園で、それが通用するんですか?」

「もちろんだ。 この地域、特にグス共にはマーシャルアーツは魔法より劣っている物だという考えが根付いている。

だが、俺はそうは思わん。 むしろ、人間を短期間で強くするにはこれ以上の方法はないと思っているくらいだ。

その鍛錬が相手の対策に特化しているなら、尚更 効果的だ。」

「………なるほど……」

 

シニカルな口振りではあるが、とても理にかなった考え方をするな と感心させられた。

 

「昨日 教えた通り、グスは筋力に物を言わせた格闘を、そしてアイズンは鉄の、ロイドフは植物の魔法を扱う。

それを想定して鍛えれば実力差くらい どうにかなる。

それに奴らは十中八九 お前たちを甘く見て何の対策もしないだろう。

そこに漬け込む隙は十分にある。」

「「「…………」」」

 

当初こそ驚いていた2人もエクスの説明を聞いていくうちに頷いていくようになった。

 

「作戦実行は2週間後だ。それだけあれば十分だと思っている。

それから言っておくが、今までの話は全て あくまでも勝てる可能性が上がる と言うだけで、勝てるかどうかはお前たちに懸かっているということを忘れるな。」

 

哲郎、そしてファンとアリスも首を縦に振った。

いじめに対する方法が依頼するだけだと思っていて、何も出来ないのが悔しいと心の奥底で思っていた彼らにとって、この提案は渡りに船だった。



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#38 Partizan

「……以上で話は終わりだ。

ところでテツロウ・タナカ。 俺と立ち会う気は無いか?」

「?」

 

エクスは突如 突拍子もないことを言い出した。少なくとも哲郎にはそう感じられた。

 

「どうして?」

「あの3人を潰すのはあくまでも段階の1つに過ぎない。その後はラドラ共の目論見も潰そうと考えている。そこでだ、お前の実力をこの身体で体験しておきたいと考えているんだ。」

「………なるほど………。

それで、あなたは自分と彼の、どちらが強いと考えているんですか?」

「もちろん俺だ………と 言いたいところではあるが、いかんせん ヤツの情報も少ないからな。」

 

「……そうですか。しかし、公式戦でもないのに寮のトップと一生徒が立ち会うのはまずくはないですか?」

「それは問題ない。この学園の離れに俺の私有地の場所がある。

そこでなら人目を気にせずに戦える。」

 

 

 

***

 

 

「それでは恐縮ながら、ルールのおさらいをさせていただきます。」

「分かりました。」

「やるなら早くやれ。」

 

場所は変わって学園の離れ。

哲郎達はエクスに案内されて彼の私有地の闘技場に来ている。

 

そこで哲郎はエクスと対峙していた。

 

「ルールは魔界コロシアムと同様、魔法も武器も使用を認めます。

相手が負けを認めるか、あるいは動けなくなった時に試合が終了します。」

 

魔界コロシアム

哲郎がついこの前まで身を置いていた環境だ。あれを乗り越えたならきっと、どんな敵にも負けないだろうと 自分に言い聞かせて己を奮い立たせた。

 

「両者、元の位置へ!!」

 

哲郎とエクスは相対した。

遂にゴングが鳴らされる。

 

「始めてください!!!」

 

試合開始と共に、哲郎は左腕を伸ばし、右腕の弓を引いた。

 

「…ほう。 それが【カジキの構え】か。」

 

哲郎の五体に刻まれた魚人武術 それを武器に魔界コロシアムを勝ち上がったのだ。

しかし エクスは意に返さずにゆうゆうと片手をあげた。

 

カッ! 「?」

 

エクスがとった行動 それは ただの【指パッチン】だった。 しかも、ノアのものとは違って何も起こらない。

 

「………………… ッッ!!!!?」

 

突如、上空に嫌な気配を感じて上を見上げると、何かが哲郎 目掛けて降ってきた。

 

「ッッッ!!!!!」

 

哲郎はほとんど 条件反射で横っ飛びに躱した。 すぐに哲郎のいた場所にそれ(・・)が深深と突き刺さり、轟音と土煙が巻き起こった。

 

「何だ!!!??」

 

土煙が晴れた場所に突き刺さっていた物は━━━━━━━━━━━━━━━━

 

「剣!!!!?」

 

言葉の通りの剣 だった。

勇者の手に似合いそうな大剣が地面に深深と突き刺さっていたのだ。

 

「……ほう。あの1発を避けたか。」

 

哲郎は何とか着地に成功した。

そして、再びエクスと向かい合う。

 

「………今のは………!!?」

「そうだ。今使ったのが俺の魔法(ちから)

具現化魔法 《無限之剣(パルチザン)》だ。」

 

無限之剣(パルチザン)

エクスの扱う 具現化魔法

自分の魔力が続く限り、何も無い所から剣を生み出すことが出来る。

 

「……何をやっている?

攻撃はまだ 続いているぞ?」

「!!!?」

 

哲郎が気配を察して見た方向から再び別の剣が飛んできた。

哲郎は身体を捻って攻撃を躱す。

 

「……かなりのものだな。

だが、これはどうだ?」

「!!!!!」

 

哲郎が上を見上げると、再び上空に幾つもの(・・・・)剣が浮かんでいた。

 

神罰之剣(ジャッジメント・レイズ)》!!!!!

 

哲郎の身の丈ほどもある剣がまるで雨あられのように降ってくる。しかし、哲郎にとっては経験済みの状況だ。

何しろ、この手の攻撃は魔界コロシアム 決勝戦でノアから受けているのだから。

 

哲郎は剣の隙間を縫うようにして躱し、エクスとの距離を詰める。

そして、剣が突き刺さる時にできる土煙を逆利用してエクスとの死角を作り、遂に間合いに入った。

 

「!!!」 突如 目の前に現れた哲郎にエクスもたじろぐ。

その隙を見逃さずに一瞬の動きでカジキの構えを取り━━━━━━━━━━━━

 

 

 

バチィン!!!!! 「!!!!?」

 

魚人波掌を叩き込んだ。

哲郎のメインウェポンだ。

エクスの魔力量が並外れていることは想像にかたくない事。

そこに全力で衝撃を流し込んだのだ。立っていられる筈が無い。

 

 

 

━━━━━━━━━━━と、思われた。

 

 

「!!!?」

 

哲郎の目に土煙が晴れて飛び込んできた光景は、自分の掌が剣に当たっている というものだった。

その瞬間、剣は粉々に壊れる。

 

「……これ程のものか。 魚人武術という物は。 俺の魔力の塊の剣を一撃で破壊たらしめるとはな。」

 

あの煙幕から放った攻撃に対処して見せた

哲郎にはとても受け入れられない自体だった。

 

バチィ!!

 

エクスが剣を振り上げて、哲郎は弾き飛ばされた。我に返り、すぐに体勢を立て直して受身を取る。

 

「魔界コロシアム 準優勝者の実力がこの程度とは笑わせるな!!

これは試合なのだから全力で来い!!!」

 

エクスの一喝が広場にこだました。



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#39 Infinite Sword

観客席に当たる場所で、ファンとアリスは哲郎とエクスの手合わせを見ていた。

 

「……あのお兄様と張り合ってるなんて………!!!」

 

ファンが1人、驚愕の声を漏らした。

自分が1番エクスの実力を知っている。そして、魔界コロシアムというのがどれ程ハイレベルな大会なのかも知っている。

 

だからこそ、この試合に並々ならぬものを感じていたのだ。

 

 

***

 

 

「どうした!!? まだ攻撃は終わっていないぞ!!!」

「!!!?」

 

エクスの一喝が聞こえた瞬間、哲郎は再び嫌な予感を前方に感じ取った。

刹那、鼻先に無限之剣(パルチザン)の鋒が触れた。哲郎はそれをバク転の要領で躱した。しかし、攻撃はまだ終わらない。

 

今度は上前方から7本、剣が飛んできた。

躱すのはやってできないことではない。第一 仮に当たったとしても自分には【適応】がある。しかしながら、それでは一向に勝機がやってこない。

 

飛んでくる7本の剣を続けざまに躱しながら哲郎はエクスの懐に入り込む方法を考えていた。

 

「!!!」

 

その最中、哲郎の視界端に飛び込んできたのは、先の攻撃で地面に突き刺さった無限之剣(パルチザン)の1本だ。

 

(そうだ!! これなら!!!)

 

そして哲郎は隙を見て地面からその1本を引き抜いて構えた。

 

「………そう来たか。」

(………よし、行ける!!!)

 

剣はずっしりと重かったが、戦うには支障のない程度だった。

再びエクスの攻撃が飛んできた。

7本の剣が一気に哲郎に向かって飛んでくる。

 

 

ガキン!! ガキン!!! ガキィン!!!!

 

哲郎は剣をタイミング良く振り上げ、剣を弾いた。

 

(よし!!! いけた!!)

 

ぶっつけ本番だったが、上手くいなすことが出来た。難攻不落の剣の要塞に、1つの突破口が見えた。

 

エクスの攻撃が一瞬 止まった隙を着いて哲郎は一気に距離を詰める。 手に握った剣は両手で大きく振りかぶる。

 

「甘い!!!!」

 

ガキィン!!!!! 「!!!?」

 

その時、哲郎の目に入った光景は、握られていない剣が哲郎の一文字切りを受けた という物だった。

 

(飛ばすだけじゃなくて操ることも出来るのか!!!?)

 

哲郎は一瞬でその事実を理解した。

 

バキン!!! 「うおっ!!?」

 

エクスの剣が哲郎を吹き飛ばした。

哲郎はその場で回転して受身をとる。

2人は再び向かい合った。

 

エクスの無限之剣(パルチザン)の本当に恐ろしい点は生み出した剣の全てを意のままに操ることが出来る点にある。

とある者の分析では、理論上は1つの軍隊すら屠り去ることが出来る と評価されたことすらある。

 

 

軍隊葬列(ミリタリー・パレード)》!!!!!

「!!!!!」

 

エクスの周りに数え切れないほどの剣が展開され、一斉に飛んできた。

しかし哲郎は直ぐに冷静さを取り戻し、対策を講じた。

それは━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

(!? 何だ!?)

 

哲郎は目を閉じた(・・・・・)

そして向かってくる剣を━━━━━━━━

 

 

「!!!!?」

全て弾いている。1本の剣で。

エクスは一瞬 驚愕した、しかし、直ぐに答えを出す。

 

 

(………そうか。

目で見て避けるのでは間に合わないと、そうだ判断したか。)

 

ガン!!! ガン!!! ガン!!! ガン!!!

 

目を閉じ、音と気配だけで避けられる攻撃はよけ、そうでない物だけを剣で弾く。

これで何とかエクスの攻撃に対処出来ている。

 

(………避けれてはいるけど、攻撃に回れない………!!!)

 

このままではいずれ 押し切られる という焦りが哲郎の中に起こり始めていた。

 

どうにかして活路を見いだせないか

その時、哲郎の頭に1つの策が浮かんだ。

 

 

 

バガッ!!! 「!!??」

 

突如、エクスの剣の1本が内部から崩壊した。それに連鎖するように周りの剣も崩壊していく。

 

「……… 何をした!!!?」

「魚人波掌の衝撃を剣に伝えました。」

 

エクスの無限之剣(パルチザン)は魔力の塊。その内部に衝撃を伝えれば、破壊するのはやってできないことではない。

哲郎は魚人波掌の衝撃を剣を媒体にして伝えることが出来るのではないか

 

そう考え、それを実行した。

 

「………確かに、魚人武術の派生技には剣術も存在する。だが、それをどこで知った?

それとも、この場で思いついたとでも言うつもりか?」

「そうです。 たった今、この場で思いついたんですよ!!!」

 

 

適応

それがあるからこそ哲郎はそれを試行することが出来たのだ。

たとえ失敗したとしても自分が怪我こそすれ死んだり敗北することは無いのだから。

 

 

「……いいだろう。

その精神力に経緯を評して、俺が直々に相手をしてやる。」

 

そうしてエクスは剣を抜いた。

今までの無限之剣(パルチザン)より重厚で、巨大な1本だ。

 

「これは今までとは違って 魚人波掌で壊せるような代物じゃない。

全力で来い!!!!!」



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#40 Shining dragon fang

あの剣は本物だ。

少なくともゼースが使った魔剣 名前を確か イフリート と言っただろうか。

それよりも優れていることは、理屈ではなく直感で理解した。

 

そして、哲郎はそれに無意識のうちに萎縮していた。

 

しかし、弱気になってはいられない。

 

魔界公爵の跡取り、紅蓮の姫君、そして、かつての魔王

あの大会で闘ってきた経験が、哲郎を鼓舞させた。

 

そして1つの決断を下す。

 

 

カランカランッ!

「「!?」」

「……なんの真似だ?」

 

哲郎はその手に握っていた無限之剣(パルチザン)の1本を捨てた。

そして魚人武術 カジキの構えをとる。

 

「……あんな使い慣れてないものじゃ、絶対に勝てない。

この身体、あのコロシアムを闘ったこの素手で、闘いたいんです。」

「……なるほど。一番信用に足るのは自分の肉体と言うわけか。

だが、素手がお前のベストだと言うならば、俺も俺のベストのこの剣を使わせてもらうぞ。」

「………はい。」

 

最終ラウンドのゴングが鳴らされる時は刻一刻と迫っている。

エクスもその剣を両手で振りかぶる。

 

「………行くぞ。」 「!!!!!」

 

エクスの一言で、哲郎の緊張は最高値を迎えた。

地面を全力で蹴り、エクスが強襲をかける。

 

それに対し哲郎は━━━━━━━━━━━

 

 

バッチィン!!!!! 「!!!!?」

 

地面に向けて魚人波掌を放った。

地面の中の水分に衝撃を巡らせ、流動した大地は巨大な砂埃を巻き上げ、エクスの視界を封じた。

 

ブォンッッ!!!!

 

とそのまま剣を振り下ろすが、その攻撃は空を切る。

 

視界を封じられ、空振りで隙のできたエクスに哲郎が懇親の攻撃を見舞う。

 

 

《波時雨》!!!!!

 

ズドドドドォン!!!!! 「!!!!?」

 

哲郎が懇親の魚人波掌をエクスに向けて5発、つるべ打ちした。

本来なら1発 直撃すれば体内の水分と魔力に衝撃が駆け巡り、立っていられなくなるほどのダメージを被ることになるが、それを5発、しかもダメージは魚人波掌 5発分 以上(・・)である。

 

これで勝負は決した━━━━━━━━━━

 

 

「!!!!?」 ヒュオッッ!!!!

 

突如 自分に飛んできた何か(・・)を咄嗟に身を引いて躱した。それは直ぐに元の位置へ戻る。

 

 

「ま、まさか…………!!!!」

 

体勢を整えた哲郎は1つの可能性を予測、否、危惧した。

 

土煙が晴れて目に飛び込んだ光景は、自分の闘争心を壊す、それに十二分に足る事実だった。

 

エクスは立っていた。その手に握られた件は所々ヒビが入っている。彼が魚人波掌 波時雨をあの剣でガードしたのはすぐに理解出来ることだった。

 

「………カッ!!!」

 

エクスは血を吐いた。

 

おそらく、微かに手に残っている感触から察するに、最初の1、2発は何とか当たったのだろう。しかし、あの攻撃で倒しきれなかったのは、非常にまずい。

むしろ、自分の負けが既に確定している と哲郎は直感した。

 

「………どうした………。

………何をやっている…………?

俺はまだ立っているぞ…………?」

 

エクスは息で途切れ途切れに哲郎に問いかける。

その一言ではっとした。

 

そうだ。

自分はこんな逆境を何度も乗り越えてあの魔界コロシアム 準優勝に漕ぎ着けたのではないか と。

 

恐怖心に押しつぶされそうになっていた己を奮い立たせ、構え直す。

カジキの構えでは無い。

 

「…………それは………

いいだろう。俺も最後の技(・・・・)だ。」

 

哲郎がとった構えとは、

 

 

【適応】の能力を持つ 田中哲郎の唯一の必殺技

《リベンジ・ザ・アダプト》の構えだ。

 

対するエクスは剣を後ろに引いて構える。

鞘こそ無いが、それは正真正銘 【居合】の構えだ。

 

 

「お、お兄様が………!! あんな………!!!!」

「し、死んじゃうんじゃないの………!!!?」

 

場内にえもいえない程の緊張が走る。

それは場外から観戦していたファンやアリスにまで伝わり、なおかつ2人までも押し潰してしまいそうなほどの気迫だった。

 

 

エクスが角度、タイミング 共に絶好の場所に入ったのを見計らって、哲郎は最後の強襲をかけた。

その手にはあの魔界コロシアムからずっと、この試合だけでない適応してきたダメージの全てが蓄積されている。

 

 

聖騎士 抜刀術

神龍之牙(セイグリド・チザン)》!!!!!

 

本来、実戦では隙だらけで通用する筈のない技術 居合。

それをレインの一族は途方もない歴史の中で少しずつその速度を上げ、隙を無くして行った。

 

今では、抜刀までのタイムラグは、人間の反応速度を追い越し、そこに隙は生まれない。

 

いくらヒビが入っていても聖騎士(パラディン)の一族に代々伝わる剣には変わりない。

 

 

 

ズッドォン!!!!!

 

 

《リベンジ・ザ・アダプト》と《神龍之牙(セイグリド・チザン)

 

両技の激突は場内を金色の旋風と轟音で包んだ。



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#41 The letter induce anger

ゴトッ

 

 

それは、静まり返った武道場にぽつんと響いた。

 

「……………!!!?」

 

驚愕したのはファンだった。

 

地面に落ちたのはエクスの持っていた剣の刃だったからだ。

 

「…………まさか……………!!!!!」

 

彼が危惧したのは兄の敗北。

どちらを応援していると言うわけで無かったが、彼は兄の実力に全幅の信頼を寄せていた。

 

土煙が晴れていく。

真実が明るみになった。

 

 

「「……………アアッ!!!」」

 

哲郎もエクスも立っていた。

 

哲郎の胸は真一文字にパックリと裂け、エクスの胸にも哲郎の掌底が直撃していた。

 

 

ゴトッ

 

唐突に2つの音が同時に鳴った。

哲郎が倒れ伏した音と、エクスが膝をついた音だ。

 

しかし、エクスは踏みとどまり、倒れるのを堪えた。

 

「…………………」

「こ、これは…………」

 

 

動揺が場内に起こる中、レフェリーのおとこが手を挙げた。

 

「勝負あり!!!!

勝者、エクス・レイン様ァ!!!!」

 

「…………違う。」

「!?」

 

エクスが口を開いた。

 

 

「…………引き分けだ。」

 

エクスはよろけながらも立ち上がり、哲郎を見下ろした。その口からは一筋の血が垂れている。

 

「…………お前の今の攻撃、本身じゃ無かっただろ?

あの時のものとは違う。

もし今受けたのが魔界コロシアムで出たものなら、俺は今頃地面に顔を付けていた。」

 

哲郎は何とか意識を取り戻し、立ち上がった。

 

 

「俺とこいつの手当を急げ。

準備が出来次第、すぐに作戦会議に入る。」

 

 

 

***

 

 

「まだ30分も経っていないぞ。

もう 動いていいのか?」

「大丈夫です。もう適応しました。」

 

 

エクスの屋敷の中の一室に哲郎達4人は集められた。

 

「もう一度言うが、準備期間は2週間。

効率を考えて放課後の2、3時間で切り上げることにする。」

「僕は何をしたら……」

「お前には特訓の必要な無いな。

引き続き 情報収集を頼む。」

 

哲郎は二人を見た。

やはり緊張でアガってしまっている。

 

「……どうしてあの二人を選んだんですか?」

「そんなこと 決まっているだろ。

依頼に無関係の人間を巻き込むのはまずいからだ。」

「なるほど。

でもこの2人を特訓させて勝てると思いますか?」

 

哲郎自身 ただの小学生から特訓でここまでの力をつけたが、それは気の遠くなるような時間があったからこそだ。

2週間程度でこの2人が学園の実力者に勝てるようになるとは思えない。

というのが本音だった。

 

「それから、果たし状も必要だな。」

「果たし状?」

「そうだ。公式戦を申し込むにしても、相手が拒否したら意味が無い。

人間というのは中身が薄っぺらい程プライドは無駄に高くなると相場は決まっている。

挑発的な文面でヤツらを絶対に逃がさない。そんなものが必要だ。」

 

「………それを僕が書くんですか?」

「あくまでも戦うのはお前たちだからな。

だが、お前たちは俺の差し金としてヤツらに伝えるから、文章は俺が考える。」

 

 

***

 

 

ごきげんよう

弱者をいたぶることしか脳がない哀れなゴミクズ共よ。

 

貴様らの悪行もここまでだ。

2週間後の公式戦で、公衆の面前で完膚無きまでに叩き潰してくれよう。

 

我々が勝った暁には二度とこの学園でいじめをしないと神に誓ってもらおう。

そして貴様らの醜態を全校生徒の見せしめにさせてもらう。

 

敗北しにむざむざとやってくるがいい。

もっとも 貴様らごときにそれだけの度胸があればの話だがな。

 

 

「………ほんとにこれを送るんですか?」

 

書いてはみたが、露骨すぎて逆に怒らないのではないか と哲郎は率直に思った。

 

「この際 ヤツらが怒るか怒らないかは問題では無い。これはお前たちを小物だと錯覚させるためのものだ。

こうして相手を大したことないと見せかければ、ヤツらは十中八九 こちらの対策はしない。そこに特訓を積んだお前たちがぶつかれば、付け入る隙は必ず生まれる。」

 

そこまで考えているのか という賞賛と、そんなに上手く行くものか という不安が哲郎に生じた。

 

「……それで、これをどうやって送るんです?やっぱりあの大広間の隠し扉がある場所に置くとか?」

「それはまずい。

お前たちはあくまで ヤツらのいじめを止めるために公式戦を仕掛けるという事になっている。

ラドラ達と通じている事は誰も知らないと思っている筈だ。もし 何か大きなものがあるとでも勘ぐられようものならそれは勝機を逃すことになる。」

 

「…………」

 

「果たし状はそんなもので良いだろう。

公式戦の手続きは俺が済ませておくから、お前たちは特訓のことだけを考えてくれ。」

「……それは良いですけど、その前にヤツらのについて知ってることって他にありませんか?」

「それは後で話す。

2人に話は終わったから、これから特訓に入ると伝えてくれ。」



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#42 【Intermission】 The enthusiastic fan club Part 1 ~ Reunion is sweet and bitter ~

拝啓 ノアさん

お元気ですか?

 

早いもので、あの魔界コロシアムからもう1週間が経とうとしています。

 

僕はあれからずっと依頼遂行のために情報を集めていました。それで、いじめ問題以上の陰謀を暴くことになりました。

 

それについては協力してくれる人が現れてくれたので、何とかなりそうです。

知っているでしょうが、名前をエクス・レインと言いまして、人間族科のトップの1人なんですって。

そして、一週間後に団体の公式戦をやることになりました。

 

もし良かったら、ノアさんも来てください。

 

 

 

追伸

この前は魔神族科に招待してくれてありがとうございました。

でもまさか ノアさんにあんなに熱狂的なファンがいるとは思ってもいなかったです。

 

 

敬具

テツロウ・タナカ

 

 

 

「………こんなものでいいかな?」

 

哲郎は寮の自室で手紙を書いていた。

 

「…今日はもう寝ようかな?」

 

哲郎は寝る準備を始めた。

ちなみにルームメイトのマッドは既に寝てしまっている。消灯時間まではあと15分くらいある。

 

哲郎はベッドに入り、灯りを消した。

ベッドの中で考えるのは、あの時の事だ。

 

 

***

 

 

数日前

 

哲郎がいじめ問題の調査でエクスと出会うより前の事。

学園の休日に哲郎は魔神族科の学園に呼ばれた。

 

学科が違って離れているといっても空中に浮かび 飛ぶことが出来るようになった哲郎には行けない距離ではなかった。

 

「ここか…………」

 

哲郎が着いた場所は、見慣れた人間族科の校舎と瓜二つの建物だった。

なお、魔神族科と天人族科がこの校舎にある。つまり、ここにはあのサラとミナもいるという事だ。

 

「よく来たな。 待っていたぞ。」

 

校門でノアが出迎えた。

魔界コロシアムでの祝勝会で呼ばれた時以来だった。

 

「お久しぶりです!」

 

 

***

 

 

「それで、あれからはどうなんだ?」

「調査はやってるんですが、今ひとつ有益な情報が掴めない状態が続いてましてね。」

 

2人は学食に移動した。

そして2人で昼食を食べている。

 

パリム学園は全寮制では無く、希望者だけが寮で生活し、それ以外は自宅から通学する。

哲郎は前者、ノアは後者 だった。

 

 

「それで何ですか?

僕をここに呼んだ理由っていうのは」

「たいした理由はない。

ただ、依頼調査で根を詰めすぎていないかと思って、こんな時間を作っただけだ。」

 

「そうですか………。まあ確かに、授業以外はそれくらいしかやることが無かったですからね。」

 

哲郎は学園での活動を振り返りながら食事に手をつける。

 

「それで、何か分かったのか?」

「えぇ。いじめの主犯の人物は分かりました。名前がグス・オーガンと言ってました。」

「グス………? あぁ。あの女か。」

 

ノアは指で顎を擦りながら言った。

 

「知ってるんですか?」

「噂で聞いたことがあるだけだ。

亜人族科にゴリラのような女がいると言うな。」

「ハハハ……… ゴリラですか…………。」

 

身も蓋もない評価に哲郎は苦笑いを零した。

 

「ところでそれ、今は外しておいていいんじゃないか?」

「それ? あぁ。これですか。」

 

哲郎は胸襟に付けていたボタンを見た。

それはノアが支給してくれた変装魔法を付与したボタンだ。

これをつけている間、哲郎はマキム・ナーダという生徒に変装してパリム学園に潜入することが出来ている。

 

この場合、魔界コロシアム 準優勝という称号は、自らを悪目立ちさせる枷でしか無かった。

 

「…別に変装したままでも良かったんですけどね。 体力を使うわけじゃないし。」

「まぁ そう言うな。

そのままじゃいつアイデンティティが崩壊してもおかしくないぞ。」

「崩壊してたまるもんですか。」

 

冗談交じりの会話を交わしながら哲郎は食事を進める。

 

 

 

「……………え?」

「?」

 

不意に後ろから声がして振り返ると、そこには1人の女子生徒がいた。

 

「………何か?」

 

その生徒はこちらを見つめたまま動く気配がないので哲郎は声をかけた。

 

「!! まずい!!」

「? 何が?」

 

柄にもなく動揺を見せるノアを哲郎が不審がると、

 

「ど、どちら様ですか?

なんでノア"様"と食事を…………」

「え? 僕ですか?

僕は田中哲郎です。彼に呼ばれてこの学園に来たんですよ。」

 

"様"という言葉が気になったが、名前を聞かれたようなのでとりあえず答えた。

 

「彼、ノアさんとは1週間くらい前から仲良くさせて貰ってます。

まぁ 友達みたいなものですね。」

「バッ……止せ!」

「?」

 

 

振り返るとノアはさらに動揺していた。

どうしたのか と哲郎が不審がっていると、突然肩を掴まれた。

 

「!!? 何ですか!!?」

「あなた、今なんて言った?

ノア様の何ですって?」

 

振り返って見た女子生徒の顔はまるで何かに追い込まれたように危機迫っていた。

 

「悪いけど、ちょっと来てくれますか?」

「?? 良いですけど、食べ終わってからにしてくれますか?」

 

 

この後彼は常軌を逸したある物と直面することになる。



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#43 【Intermission】 The enthusiastic fan club Part 2 ~ Who uses the balance? ~

哲郎は半ば急ぎ目で食事を取り、フォークを机に置いた。

 

「……食べ終わりました。

で、何ですか? 僕に用って。」

「終わったの? じゃあ直ぐに来て貰えるかしら?」

「??」

 

やはり分からない。

分かっているのは、この女がこの学園の生徒であり、種族が魔人族か天人族かであるという事だけだ。

 

 

***

 

 

「……あの、一体どこに向かってるんですか?」

「いいから。 私に着いてきて。」

 

この女は、自分が名前を言ってから明らかに態度が険しくなった。それに口調も余裕が無いように見える。

 

哲郎の後ろにはノアも着いてきていた。

『誰なんですか 彼女。

知ってる人ですか?』

『今は何も言えない。着けば否が応でも分かる事だ。』

『??』

 

階段をいくつか昇り降りし、渡り廊下を過ぎると、何やら大きな建物に辿り着いた。

 

「………ここは?」

 

それは、塔 だった。

1つの巨大な塔が哲郎の前にそびえ立っていた。

 

「……ここに入るんですか?」

「そうよ。 」

 

哲郎はしぶしぶと扉を開けた。

中には十数名の女子生徒がいて、その全員が一斉に振り向いた。

 

「いっ…………………」

「?」

 

 

「ぃやあああああぁぁぁぁぁぁぁあぁッッッ!!!!!」 「!!? !!!? !!!!?」

 

その全員が一斉に悲鳴、否、歓声をあげた。

哲郎は面食らってたじろぐ。

 

「ノア様!!!! ノア様が来てるゥ!!!!!」

「嘘でしょ!!!? 私今日 メイクし忘れて来ちゃったんだけど!!!!」

「どどどど どうしよう!!!?

今 ノア様と同じ空気吸ってるってこと!!!?」

「みんな落ち着いて!!! それはみんな同じだよ!!!!」

 

その場にいた生徒の全員がそれぞれ 絶叫と歓声が混ざったような声を上げている。

 

 

「な、何なんだここは…………!!!?」

 

動揺している哲郎が一つ分かったのは、この場にいる全員 ノアしか眼中に無いという事だけだ。

 

「ちょっと!!! 何なんですかここは!!!」

「掛札を見れば分かる。」

「掛札?」

 

哲郎は言われた通りに掛札目を送った。

そして目を疑った。

 

【Noah fan union】

 

そこには確かにそう書いてあった。

 

「ま、まさかここって…………」

「そうだ。俺のファンが集まって俺の魅力を語り合う。

ここはそんなユニオンだ。」

「……それ、よく学園が許しましたね。」

 

ユニオン

それは、パリム学園に存在する いわば部活動のようなもので、生徒が学園の職員に希望書を提出して作ることが出来る。

本来は生徒同士が集まって、剣術や魔法の鍛錬を行うために存在する。しかし、哲郎の目にはこの光景はそれらとは完全に別物に映った。

 

そして内装をよく見ると、壁にはノアの写真がいくつか飾ってあった。

 

「……じゃあまさか…………」

「あぁ そうだ。

今、お前はあいつらの目に【何故かノア"様"と友好を交わしているガキ】と映っているんだ。」

 

 

***

 

 

「だから、さっきから言ってるでしょ!!?

僕はこの前の魔界コロシアムで彼と知り合ったんですって!!」

 

哲郎はユニオンの部屋で、生徒たちに囲まれていた。

 

「バカを言わないで。

証拠がある訳でも無いのに!!!」

 

 

(……全く 何で結果発表が一ヶ月後になってるんだ………!!!)

 

 

そう。魔界コロシアムの結果発表は一ヶ月遅れなのだ。

 

魔界コロシアムの様子は中継されず、リアルタイムで見ることが出来るのは観客席にいる人間だけに限られる。

中継しようとすれば、視聴が集中して追いつかないからだ。

 

結果発表は、大会の翌日に優勝者が発表され、それから整理期間として一ヶ月後に全世界、新聞などを通して準優勝者やその他の成績が公表される仕組みとなっている。

 

そして、この場にいる女子生徒達全員はコロシアムの観客席を取ることが出来なかったのだと言う。

 

つまるところ、今は哲郎が魔界コロシアムで準優勝したという証拠が無い状態なのだ。

 

「貴方みたいな子供がノア様と友達になるだなんて、おこがましい(・・・・・・)とか思わないの!!?」

「おこがましい? 馬鹿な。

僕は彼がこの学園でどれだけ有名かなんて知らなったんですよ。

コロシアムで試合をして意気投合したから友達になった。

 

それのどこがおかしいんですか?」

 

哲郎も引き下がる気は無かった。

自分の友好関係にとやかく言われる謂れも自分がノアと釣り合う人間かどうか勝手に見定められる謂れも無いからだ。

 

しかし、生徒たちは一向に納得する気配がない。

 

「……どうすれば納得してくれますか?」

「どうしてもって言うのなら、あなたがノア様と釣り合う人間かどうか、私たちに見せて見なさいよ!」

 

その一言で、哲郎にも火がついた。

 

「……なら、ここにいる中で1番の実力者を連れて来てくださいよ。

僕がその人に勝ったら、僕の言うことを信じてくれますよね!!?」



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#44 【Intermission】 The enthusiastic fan club Part 3 ~ The Flame pike ~

哲郎は学園 中庭の武道場に立った。

 

 

「……やはりこうなってしまったか…………」

 

ノアは観客席から苦々しげにそう呟いた。

哲郎は既に着替えを済ませ、いつでも闘える状態に身を整えている。

 

武道場に入ってきたのはあの食堂であった女子生徒だった。

 

「……来ましたか。」

「…約束通り、私が勝ったらノア様と友達だと言い張った事を間違いだと認めてもらうわ。

 

そうね。 百歩譲って下僕なら認めてあげる。」

 

この女は一体 友情を何だと思っているのか。

と 言いたくなるのを堪える。

この世界には口で言うより行動で示した方がいい事もあるからだ。これから彼女を叩きのめすという行動によって。

 

「……そう言えば、まだ名前を聞いてませんでしたね。」

「随分 余裕ね。

私はレーナ・ヴァイン って言うの。

大会に出た経験はないけど、実戦なら沢山やってるわ。」

 

彼女は背に身の丈ほどの槍を背負っていた。

恐らくは、あのゼースのように武器に魔法をかけて戦うのだろう。

 

 

「……あら、ノアじゃない。

なにやってんのよ。こんな所で。」

 

校舎から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「おう。サラか。」

「何? 誰かケンカでもやってんの?」

 

武道場とは、実技授業とは別に生徒同士のいざこざを解決する場でもあった。

 

「そうだな。 あそこを見てみろ。」

「あそこ?

 

 

…………エエッ!!!? テツロウ!!!!?」

 

その一言で、哲郎も振り向いた。

 

「あぁ!サラさん!

お久しぶりです!!」

「なんであんたがここに居んのよ!!?」

 

哲郎は戸惑いを見せるサラに駆け寄り、そして ノアに呼ばれてこの学園に来た事、女子生徒に言いがかりをつけられて立ち会うことになった事 などを順を追って話した。

 

 

「…………あぁ。なるほど。

あれの結果 まだ出てないから無理もないかもね。」

「全くですよ。 結果さえ出せれば彼女たちも納得してくれるのに。」

 

哲郎はサラとの話を終え、再び武道場に足を運んだ。

 

「……ちょっとあなた、まさか サラ"様"とも友達だなんて言うんじゃないでしょうね?」

「そうですよ。 彼女とも魔界コロシアムで知り合ったんです。」

 

「………ますますあなたに負ける訳には行かなくなったわ。」

 

【紅蓮の姫君】という2つ名を持つだけあって、サラ"様"という敬称も持っているのか と漠然とそんなことを考えていた。

 

 

 

「……では、始めましょうか?」

「ええ。 身の程と言うものを分からせてあげるわ。」

 

 

レーナは徐に背中から槍を抜いて構えた。

そして、刃から炎が上がる。

 

(……やっぱりか。)

 

ここまでは哲郎の想定内だ。

しかし、それでも油断は無い。

自分の"技"を全力で振るうだけだ。

 

 

「行くわよ。」

 

レーナは刺突の構えで哲郎に強襲をかける。

しかし哲郎は全く動きを見せない。

 

レーナの放った突きを哲郎は手でずらして躱し、そして刃と柄の付け根を逆手で掴んた。

そのまま拳を回し、レーナの突進の動きを上方向に変換する。

 

「アアッ!!!?」

 

自分の突進力と体重で地面に叩きつけられそうになるのを堪え、何とか着地して危機を逃れた。

 

 

「……………!!!!!」

 

哲郎の方を見たレーナの表情は明らかに驚愕に染まっていた。

自分の身に何が起こったのかを理解するのに数秒の時間を費やした。

 

 

「………私今、投げられたの………!!!?」

「どうです?これで分かったでしょう?

僕の実力がノアさんに認められるものだと言う事が。」

 

これで納得してくれるなら苦労はないが、そんなに上手く行く筈はない。

 

「………バカを言わないで!!?

1回のまぐれで勝った気になるんじゃないわよ!!!!」

 

どこかで聞いたことのあるセリフが飛び出したが、哲郎はあえて反応をしなかった。

挑発は彼女には効かないだろうからだ。

 

 

***

 

哲郎とレーナの試合を ノアとサラは観客席から見ていた。

 

「ねぇ、あなたの口からは何も言わないの?」

「言ったことろでさほど 効果はない。

こういうことは本気でぶつかって冷静になってこそ初めて収まりがつくと言うものだ。」

「……そういうもんかしらね。

ところで、あのレーナって子、どんな人か知ってるの?」

「実を言うとほとんど知らないんだ。

そもそもあのユニオンの事はなるべく見ないようにしてきたからな。」

「……人気者は辛い とでも言いたいの?」

「お前も同じようなものだろ。」

 

ノアと同じように、サラも男女を問わず、その美貌と華麗な魔術で高い人気を得ていた。

 

ちなみに、ノアとサラの2人が同時に魔界コロシアムに出場すると決まった際には、どちらが優勝するか、あるいはどちらがより良い成績を残すのか という議論が両ファンの間で三日三晩 行われたというのはここだけの話である。

 

 

***

 

 

「……飽くまで 認めてくれませんか。

なら、こちらも本気で行かせて貰います!!!」

 

哲郎は、遂に魚人武術 【カジキの構え】を取った。



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#45 【Intermission】 The enthusiastic fan club Part 4 ~ The right to decide ~

(……魚人波掌を直に打つ気は毛頭ない……。

打つのは武器に対して。もちろん壊す気は無いけど、それで戦意を無くすことが出来れば……………)

 

 

哲郎が立てた作戦はこうだ。

・武器に直接 魚人波掌を打ち込む

・その気になればいつでも倒せるのだと分からせ、降参させる

・身体を傷つけることなく、自分の実力を見せる

 

 

(……もっとも、そんなに上手くいくとは思ってないけど、それならそれでいくらでも方法はある………。)

 

哲郎の脳内には様々な策が浮かんでいた。

例えば、武器攻撃が失敗したとしても、魔界コロシアムでサラを下した顎への掌底で脳を揺らすだの 方法はいくらでもある。

 

作戦はまとまった。

 

 

「………次は投げられると思わないでよ!!!!」

 

ゴオオオオオオ!!!!

 

レーナの持つ槍の刃からさらに激しく炎が上がった。

 

「……これが私の本気の力よ!!!!」

(……本気の魔法(ちから)か…………

それは好都合だな。そこに魚人波掌を打ち込めば………!!!)

 

両者の作戦は完全にまとまった。

あとはどちらの作戦が成功するかだ。

 

哲郎は動こうとはしなかった。

この手の戦いでは先手必勝という言葉が存在しないことは、魔界コロシアムに出る前から知っていたことだ。

 

レーナも下手に動く気配はなかった。

今しがた この自分よりも一回りも小さな"ガキ"に投げられそうになったことは揺るぎない事実だった。

 

 

哲郎は攻撃を待つ間、様々な思考を巡らせた。

武器攻撃を仕掛けるのは変わらないとして、どうやってそこまで繋げるかを考える必要があった。

 

その間にもレーナは哲郎に最高の攻撃を仕掛けるチャンスを伺っている。恐らくは、この1発で決めるつもりなのだ。

先程 待ちに徹す姿勢を見せたから、レーナはきっとこちらが仕掛けてくるのを待つつもりでいるのだ。

 

先手必勝は存在しないが、不意打ちは有効であることを哲郎は理解していた。

 

 

バッ!!!! 「!!!!?」

 

レーナの姿勢が傾いた出鼻に合わせ、地面を全力で蹴って強襲をかけた。

哲郎の狙いは瞬間的なことに動揺を誘い、咄嗟の単調な攻撃を誘発させる事だ。

 

案の定 レーナは驚きから真っ直ぐの突きを繰り出した。

 

 

哲郎はそれを読み━━━━━━

べチィン!!!!! 「!!!!?」

 

レーナの突きに合わせて槍に魚人波掌を放った。

レーナは宙を舞い、後方 10数メートルまで飛ばされて倒れ伏した。

 

(……魚人波掌 《引き潮》………!!!

まずは上手くいった………!!!)

 

魚人波掌 《引き潮》

それは、魚人武術の基本戦術 魚人波掌の技の一つである。

相手の攻撃に合わせて掌底を放つことで、衝撃を100%相手に返し、相手はまるで潮が引くかのように後方まで吹き飛ばされる、魚人武術きってのカウンター攻撃である。

 

 

「……どうです?

2回目のまぐれは、勝ったことになるんでしょうか?」

 

哲郎は本心ではない言葉でレーナを揺さぶった。このまま降参してくれれば御の字だからだ。

 

レーナはよろよろと立ち上がった。

 

「………じゃあ何………!!?

今 倒れた私にトドメを刺さなかったのも余裕だとでも言うの…………!!!?」

「さあ。どうでしょうね。」

 

レーナは明らかに冷静さを欠いている。

ここにさらに追い打ちとばかりに演技で煽るような言葉を投げかける。

 

ゼースのような短気さはないが、それでも動揺が攻撃に支障をきたすのは間違いない事だ。

 

「………ノア様はね、この学園のトップなのよ。私たち【Noah fan union】はノア様を崇拝するためにあるの。

あなたみたいなガキが関わっていいお方じゃあないのよ!!!!!」

「馬鹿馬鹿しい。

あなたが彼の何を知ってるんですか?

彼の交友関係に口を出す権利があなたにおありですか?」

「!!!!!」

 

これは半分以上 本心だった。

彼女達がノアをどれだけ尊敬していようとも、ノアが誰と友達になろうとそれに口を出す権利がある筈は無かった。

 

レーナの言葉が放たれることは終ぞ無かった。彼女はとうとう 冷静さを完全に失い、一直線の攻撃を仕掛けた。

 

 

(……もういいか………)

 

レーナ達のノアへの盲信は哲郎の想像を超えていた。最早 武器を攻撃したところで諦めることは無いだろう。

 

レーナは確かに本気を出していた。

それは彼女の槍から上がる炎の大きさが物語っていた。

 

哲郎は心底 残念に思った。

ラグナロクの炎には既に適応 しているからだ。もし魔界コロシアムの準決勝でサラと戦った日とこの日が逆だったなら、哲郎はきっと もっと苦戦を強いられていたことだろう。

 

そんなことを考えながら、向かってくる突きを手で上方向に受け流した。

 

そして無防備になった顎に自身の力とレーナの力の全てを乗せ━━━━━━━━━

 

 

全力で蹴りあげた。

 

ガキン という音が響き、今度こそレーナは地面にうつ伏せに倒れ伏した。



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#46 【Intermission】 The enthusiastic fan club Part 5 ~ Friendship ~

顎を打たれるのはまずいことだ。

このパリム学園に入学して彼女、レーナ・ヴァインが真っ先に教わったことだ。

正確には脳を攻撃されることがまずいのだ。

種族が違えど急所の場所は同じ。人間族でも天人族でも脳は重要な器官。そこを攻撃されることがどれほど危険なことか、理屈で分かっていたつもりでいた。

 

 

間違っていた。

 

 

何かを知ることにおいて、実体験に勝るものはない。

そう。彼女はたった今 脳をゆらされることを【実体験】したのだ。

 

彼女は闇の中にいた。

覚えているのは少年に正論を言われ、激昂してしまった所まで。

 

 

脳内活動の一切合切が完全に停止する。

何かを思い描く事など出来るはずがない。

 

 

 

(…………

……………………………

………………………………………………

 

 

!!!!!)

 

レーナは目を覚ました。

 

起き上がると、目の前で少年が座り込んでいた。自分は待たれていたのだ。

それを痛感した時、自分の中で何かが切れた。それが自分が彼にぶつけたものが如何に薄っぺらく身勝手なものだということだと理解した。

 

 

「………」

 

少年、哲郎はレーナに歩み寄って来た。

レーナはまだ立つことが出来ていない。

哲郎はレーナの前に座り込んだ。

 

「………当初は武器を攻撃して戦意を削ぐつもりでいましたが、こんな荒っぽいことになってしまいました。

……どうです? まだ続けますか?」

「………いや、もういい。

私の負けよ。」

 

 

その一言を聞いて哲郎は背を向け、試合会場を後にした。

 

 

***

 

 

「……嘘でしょ………!!!?」

「レーナさんが負けた……!!?」

「しかも1発で………!!!?」

 

 

哲郎はそんな言葉を聞いていた。

彼の攻撃は顎への蹴り ただ一つだが、哲郎にとっては何よりも重要な1発だった。

 

「…………終わったか。」

「…………お疲れ様。」

 

ノアとサラが迎えた。

 

「……どうだった? 彼女は。」

「……なんというか、虚しいだけでした。

だけど、彼女は間違ってはいませんでした。

ノアさん、あなたが誰と友達になっても自由なら、彼女が誰を尊敬しても それも同じように自由です。 それが今になって分かりました。」

「………面倒なことに巻き込んで悪かった。」

 

哲郎は1回首を左右に振った。

 

「……僕は、今までに何人も友達を作ってきたんです。だけど、その内の2人が死んでしまったんです。だからだと思います。あの時彼にあんなことが言えたのは。

 

友達っていうのは誰とでもなれるとは限らないって 何かにぶつかることもあるんだって、その時知ったんです。

そして、これからもこんな事は繰り返し起きるんだと分かってます。」

 

「……………」

「……………」

 

「だけど、これからも友達を大切にすることを止める気はありません。

そして、誰になんと言われようとも、僕はノアさんと友達を止める気もありません。」

「…………!!!!

よく言ってくれた。 お前のそんな所に 俺は惹かれたのかもしれないな。」

 

哲郎とノアの話をサラは傍で聞いていた。

この少年となら、友情を育んでもいいと再確認できた。

 

「それでこれからどうする?

景気直しにもう1回、軽く食べていくか?」

「いいですね そうしましょう!」

 

 

***

 

パリム学園 人間族科

寮のベッド

 

 

何かを一心に思い続ける姿はかくも美しい

哲郎は友達が作品を愛する姿からそれを知った。そして、その想いが行き過ぎるのは良くないということも同時に知った。

 

あの時のレーナはその両方を併せ持っていた。ノアを一心に思い続ける美しい心と、自分の独り善がりな考えを他人にぶつける醜い心 の両方を。

 

(………僕はこのラグナロクで あと何人友達ができるのかな…………)

 

このパリム学園に潜入してまだ1週間程度しか経っていない。にもかかわらず、既に3人、 ファンとアリス、そして隣に寝ている マッド

 

友達を作ることを止める気はない。

ラグナロクでの生活は充実しているし、たとえいつか元の世界に帰ることになったとしても、元の世界にも友達も家族も待っている。

いずれ選ぶ時が来るということは分かっている。

 

だが、今は目の前の戦いに集中しよう と哲郎は意識を落ち着け、眠る準備に入った。

 

《幕間 終わり》



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#47 Danger game beginning

「……皆さん 覚悟は出来ましたね?

では、行きましょうか。」

 

その一言を2人にかけ、哲郎は門をくぐった。

 

 

***

 

 

哲郎がパリム学園に潜入してから既に2週間以上が経った。

哲郎は今 エクスの自室に来ている。

 

「……いよいよ明日ですね。」

「まるで他人事のような口ぶりだな。

お前も出場者だと言うことを忘れるな。」

 

もう彼のこのシニカルな言動にも慣れた。

 

「……それで、2人は今どんな状態ですか?」

「結果からいえば、2人はかなり真剣に特訓に取り組んでくれた。

決して100%とは言えないが、それでも勝算は十分にある と言って良いだろう。」

 

哲郎は初めて2人と会った時のことを思い出していた。

あの時の2人はギルドの依頼者に頼らねばならない程に弱く、まさに実力に屈している状態だった。

その2人が かつての自分のように特訓を積んでこうして実力を身につけた。それは自分の努力の賜物であり、何物にも変え難い自分だけの力である。

今の2人にもそれだけの力が備わっていると考えると、これ程心強い者は無かった。

 

 

「……ところで、お前の方は今日まで何をやっていた?」

「もちろん 今まで通りに特訓したり、僕なりに情報を集めたりしていましたよ。」

「それで? 何が分かった?」

「色々 分かりましたよ。

彼らの素性とか戦法とか扱う魔法とか

とにかく 有益な情報はたくさん集まりました。」

 

その一言を聞いてエクスは右端の口角を上げた。

 

「そうか。 なら今日は最終の打ち合わせをやってくれ。」

「打ち合わせ?」

「そうだ。 実を言うと2人には今日まで特訓だけをやらせていたんだ。もっとも、対策は練らせておいたがな。

だから今日 お前が得た情報の全てを伝えて明日の公式戦への最終調整に入るんだ。」

「…分かりました。」

 

 

***

 

 

哲郎は門をくぐった。

それは 公式戦試合会場へと続く通路の門だ。

そこを通ると哲郎の両脇から大歓声が巻き起こった。これから何が起こるのかを理解しているからだ。

 

『さぁさぁ皆様 どうぞご静粛に!!!!

一時期は都市伝説とまで言われたこの【公式戦】!!!!

それがなんと今宵 開催される運びとなりましたァ!!!!!』

 

1人の女子生徒のアナウンスが響く。それを起爆剤として観客席の熱狂は更に激しさを増す。

 

 

『……弱気になってはダメですよ?

大丈夫。堂々としていればいいんです。』

 

そう。決して弱気になってはいけない。

この公式戦にはいじめの撲滅 というこの学園の希望になり得る意味があるのだから。

 

哲郎達 3人は毅然として歩を進める。

そして、3つの玉座に向かい合った。

 

そこにはあの3人がふんぞり返って座っていた。

 

「おやおや こんなガキ共がアタシ達にケンカを吹っかけてきたってのかい!?」

「はっきり言って不快だ。

まぁ 見せしめにはさせて貰おう。」

「そうだな。 売ってきたのはあっちなんだから、どれだけぶちのめしても大丈夫なんだろォ!!?」

 

案の定 あの3人はこちらの事を全く警戒していない。むしろ 余裕だと思っている節すらある。

対して自分たちはあの3人をあの玉座から引きずり下ろすためにそれぞれが特訓を積んできた。もちろん 簡単に行くとは思っていないが、それでも全力でやるだけだ。

 

 

『ではこれより、今回の公式戦のルールをお話したいと思います!!!

 

今回は3対3の団体戦です!!

そして、公式戦は勝った方が負けた方にどんな命令も出来ます!!!

そして、公式戦希望者の方々の要望は、【負けた方に今後一切のいじめ行為を禁ずる】というものでした!!!!』

 

その一言で、観客席、特に低学年の生徒が大いに湧いた。 それだけあの3人、もしくはそれ以上の人間に苦しめられていたのだろう。

 

『ではただ今より、公式戦の対戦カードを発表致します!!!!!』

 

先鋒戦

ファン・レイン vs グス・オーガン

次鋒戦

アリス・インセンス vs ロイドフ・ラミン

大将戦

マキム・ナーダ vs アイズン・ゴールディ

 

『ご覧下さい この対戦カードを!!!!

これこそまさに下克上!!! 対戦希望者の3人は今日まで あのエクス・レイン氏の元で特訓を積んでいたのだという情報も入っております!!!!

果たして、その特訓が実を結ぶのか!!? それとも、圧倒的な実力差が打ち砕いてしまうのか!!!!?』

 

 

哲郎達を支持する者も、グス達に服従している者も、観客席にいた全員が大いに熱狂した。この公式戦の行く末に注目していた。

 

 

***

 

 

「作戦はまとまったな?」

 

哲郎達3人がいる控え室ににエクスが入ってきた。

エクスが視線を向けたのはファンだ。

怯えてはいないがその表情には明らかな緊張が見られた。

 

「ファン、お前に一つだけ言っておく。

聖騎士(パラディン)の誇りを胸に戦ってこい。」

「………はい。分かりました。」

 

兄弟の間で交わさせる会話はそれで十分だった。

その言葉を胸にファンは試合会場へと歩いて行った。



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#48 The shield of the tiny courage Part1 ~Impossible to escape~

試合会場

 

グスは入念にウォームアップを済ませていた。

 

(……フフ……

いいねぇ……… これから存分に暴れられるなんてさ……!!!)

 

グスは猛っていた。

これから1人の少年を好きなだけいたぶることを学校公認で出来るのだ。 仕掛けてきたのはあっちなのだから と。

 

この時まではそう確信していた。

 

 

コツコツ……

と 足音が聞こえてきた。

 

「……来たね。」

 

向こう側から対戦相手、 ファンという下級生が入ってきた。その振る舞いはかろうじて(・・・・・)毅然としていた。

 

 

『皆様ァ!!!!

大変長らくお待たせ致しました!!! これより公式戦 先鋒戦を始めたいと思います!!!

両者 出揃いました!!!!!』

 

 

実況者の生徒のはきはきとした声が満員御礼の観客席を熱狂させる。 これでこそやる気が出るものだ とグスは感じた。

 

『さぁ ご覧下さい この対戦カードを!!!!

小柄な人間族に対し、相手は亜人族にして屈指の実力者!!!

 

しかしながら!!! 先程も申し上げました通りファン選手達のチームはあのエクス・レインの元で特訓を積んだという情報が入っております!!!

その特訓の成果が今 花を開くのか、それとも圧倒的な実力差がそれを打ち砕いてしまうのか!!!? 重ね重ね 必見です!!!!』

 

 

***

 

 

小柄の男と大柄の女 が場内に出揃った。

男と女という、倫理観で言えば男性が女性を相手取る 紳士的とは言えないものである。

 

しかし、性別(・・)以外は全てこちらが上。 体格 実績 権力 そして実力差

どれをとっても劣る所が見当たらない。

 

そもそも 女性が男性を出し抜く例はざらにある。性別などというのはハンデにはならない とグスは確信していた。

 

 

『ではただ今より、先鋒戦を始めたいと思います!!! 両者 元の位置へ!!!』

 

2人は距離をとった。

これから 先輩後輩などというものは一切無関係の試合が始まるという確信だけが両者の共通に感じていた事だった。

 

 

二人の間にレフェリーの人間が歩き寄って来た。

 

「武器 そして魔法の使用を認めます。

どちらかが負けを認めるか、動けなくなった時点で試合は終了します。

よろしいですね?」

 

返事の代わりに2人は頷いた。

 

「両者 下がって!!」

 

2人は位置に着いた。

いよいよ 公式戦の幕開けの時だ。

 

『それでは公式戦 第1試合

始めてください!!!!』

 

 

(……あんなガキ、しつこくいたぶってもアタシの評価が下がるだけか………)

 

そう思考を巡らせたグスがとった行動は、

 

 

地面を全力で蹴る事だった。

 

『行ったァーーーー!!!!

グス・オーガン いきなり一直線に突っ込んでいく!!!!

 

対してファン選手は全く動きを見せない!!!!』

 

(……舐めた真似を………

いいじゃないか。 このまま格の違いを………………

 

!!!?)

『こ、これは━━━━━━━━━━━』

 

 

グスの足元が揺らいだ。

見てみると、ファンが視界から消えていた。

 

ファンはその体格差を利用し、身を屈めてグスの足元を掬ったのだ。

 

『グス選手 いきなりつんのめる!!!!

決まるか!!!?』

 

こんな下級生に転ばされるなんて冗談じゃない と言わんばかりに踏みとどまり、ファンに振り向きざまに拳を振るった。

 

ガシッ!! 「!!?」

 

今度は顎に感触が走った。

両手で顎を掴まれたのだ。

 

そのまま身体が宙を舞った。

 

「オアッ!!!?」

 

ズドォン!!!! 「!!!!」

グスは頭から地面に叩きつけられた。

脳に未体験の衝撃が迸る。

 

『な、何が起きているんでしょうか!!?

あの女の巨漢 グス・オーガンが まるで魔法で操られているかのようです!!!!』

 

(こ、これはまさか…………!!!)

 

 

混濁する意識の中でグスは1つの思考を巡らせた。

 

「あれってまさか……」

「マーシャルアーツ?」

「あの 弱小の?」

 

マーシャルアーツ

魔法と対局をなす格闘術

パリム学園の生徒 特にグス達はそれが魔法には劣るものであると決めつけていた。

 

(…よし、ここから!!)

 

ファンの攻撃は止まらない。

倒れているグスをうつ伏せにし、その肩にまたがった。そして右手首を掴み、そのまま上に上げる。

 

 

「アギッ!!? アガガッッ………!!!!」

「よし! 決まった!!」

 

 

『き、決まったァ!!!!

信じられない光景です!! これぞまさに下克上!!! グス・オーガンが下級生に完全に下された!!!!』

 

この世界には、脱出が出来ない技 つまりかけられたらギブアップしかない技が存在する。

今ファンは、あと少しでも体重を後ろにかければ上級生の関節を破壊できる状況下にある。

 

「し、勝負あ━━━━━━━━━━

 

「!!!!?」」

 

グスは突如 片手を地面に着けた。そこに力が加わっていく。

 

そのまま身体はファンを乗せて浮かんでいく。最終的にファンを乗せたまま片手倒立をやってのけた。

 

「………オラァッッ!!!」 「!!!!」

 

グスは力任せに腕を振るった。ファンは吹き飛び、空中で隙だらけになる。

 

 

━━━━━━━━━━そして、

 

ズドォッッ!!!!! 「!!!!!」

 

ファンの顔面にグスの拳が炸裂した。



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#49 The shield of the tiny courage Part2 ~Awaken~

『行ったァァァーーーーーーッッッ!!!!!

グス・オーガン、固め技から逃れ、ファン選手に起死回生の1発を見舞いました!!!!』

 

ファンは強かに回転しながら吹き飛ばされ、反対側の外枠に激突した。

 

「ああっ!!!!」

「ファンさぁん!!!」

 

観客席にいたアリス、そして哲郎も突然の攻撃に動揺した反応を見せた。

土煙が晴れて見えたファンはグロッキー状態になっている。グスはトドメの一撃を刺さんとばかりに歩み寄っている。

 

「ファンさん!!! 早く起きてください!!!!」

 

哲郎は全力で呼びかけた。

この状態が圧倒的に不利だということは哲郎には手に取るように理解出来た。

 

 

「……下級生の分際で……と言いたい所だけど、そうは言ってられないね。

せめて苦しまないように、一撃で倒してやんよ!!!!」

 

指を鳴らしながらそう宣言し、倒せ伏すファンに馬乗りになった。

 

『つ、遂にグス選手、マウントポジションをとった!!!

特訓を積んで一矢むくいたとはいえ、やはり種族間の実力差は埋められないのでしょうか!!!?』

 

会場が緊張に包まれる中、グスはおもむろに拳を振り上げた。

 

「オラァッッ!!!!!」

ズドォン!!!! 「!!!!!」

 

ファンの顔面に、グスの全体重を乗せた拳が炸裂した。

 

「!!!! ファン!!!」

「早く、早く脱出を!!!!」

 

哲郎も冷静さを失いかけていた。

あのままではファンが敗北、下手をすれば死んでしまうことは目に見えていたからだ。

 

「オラッ オラッ オラァッッ!!!!」

 

グスは執拗に拳を見舞う。

その耳を覆いたくなるような鈍い攻撃音に、観客席からは熱狂の声は微塵も聞こえなかった。

 

『グス選手の猛攻です!!!!

いや、猛攻と呼ぶにはあまりに苛烈!!! 壮絶!!! そして、絶対的です!!!!

 

まるで、格の違いを思い知らせると言わんばかりの攻撃です!!!!』

 

哲郎はグスの拳、そして上半身に返り血が飛んでいるのを見た。

このまま終わってしまうのか と再び全力で呼びかけよう

 

とした。

 

 

「……お前たち、騒がしいぞ。」

「「!!!?」」

 

後方から声がして、2人は振り返った。

そこに居たのはエクスだった。

 

「騒がしいですって!!?

これが 騒がずに居られますか!!!」

 

哲郎の声に耳を貸すことはなく、エクスは隣に座った。

 

「お前たち、

黙って見ていろ。」

「「!!?」」

 

「聞こえなかったのか? 黙って見ていろ と言ったんだ。」

 

哲郎は一瞬 戸惑ったが、すぐにその言葉の意味を理解した。

ファンがこの2週間 精一杯頑張ってきたその努力の成果を信じて 見届けろ と

 

エクスはそう言ったのだ。

 

 

(精一杯 頑張って、このパリム学園に入り、俺の手で特訓をつけてもレインの血を目覚めさせるには至らなかった。

 

 

ファン、思い出せ。

お前の身体に流れているのは、レインの一族の、聖騎士(パラディン)の血だ!!!!)

 

 

 

「ガアアッッッ!!!!!」

「「!!!!?」」

 

静まり返っていた場内に突如、 悲痛な叫び声が響いた。

それは、酷くかすれていたが間違いなく グスの声だった。

グスは馬乗りの姿勢から崩れ、ファンの前方の地面をのたうち回っている。

 

『な、一体何が 起こったのでしょうか!!!?

グス選手が鉄壁のマウントポジションを自ら解いた!!!!』

 

「~~~~~~~ッッッ!!!!!

あ、あのガキ、一体 何を…………!!!!!」

 

グスは左の拳を押さえている。

その拳に負った負傷を見て、場内は騒然とした。

 

「きゃあッ!!!」

「何だあれ!!?」

「何が起こったんだ!!!?」

 

グスの左の拳が完全に破壊されていた。

指はあらぬ方向に折れ曲がり、手の甲の手首からは折れた骨が皮膚を貫通している。

 

「ウッ グッ………!!!」

『ファン選手、立ち上がりました!!

彼はまだ戦えるのでしょうか!!!?』

 

「………え? 今僕 何を…………???」

「ファン!!!!」 「!!? お、お兄様!!!」

 

「え? お兄様?」

「本物のエクス様だ!!」

「なんでここに!!?」

 

場内はエクスの存在に気付き、少しばかり騒然とした。

しかし エクスは全く気にとめずに話を続ける。

 

「見てみろ!!! お前の手の甲を!!!!」

「? ………え? これは………」

 

ファンは促されて手の甲を見た。

そこにあったのは 魔法で作られた半透明の装甲のような物だった。

 

「そうだ。 それこそがお前の お前だけの魔法

聖騎士(パラディン)の持つ盾

騎士之盾(イージス)》だ!!!!」

「!!!! ………イージス…………?」

「思い出せ。 お前の身体に流れているのはこの俺と同じ レインの一族の、聖騎士(パラディン)の血だ!!!!!」

 

 

「オォイッッ!!!!!」 「!!!」

 

突然の声にはっと振り返ると、グスが立ち上がっていた。その表情はまるで本物の鬼のように怒りで汚れている。

 

「………よくもやってくれたな このクソガキが!!!! 楽に死ねると思うな!!!!!」

「…………

 

それはこっちの言葉だ。 グス・オーガン。」

「何!!!?」

 

「僕がこれから見せるのは、僕の身体に流れるレインの一族の力、

聖騎士(パラディン)の力だ!!!!」

 

そう叫んで ファンは身構えた。

右手を掌底の形にして右腕を弓のように引いている。

 

「…………騎士之盾(イージス)

(バッシュ)》!!!!!」

「!!!!?」



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#50 The shield of the tiny courage Part3 ~Bash~

騎士之盾(イージス)(バッシュ)》!!!!!」

「!!!!!」

 

ファンがそう叫んで掌底を放った瞬間、グスがその目で見たのは

 

【自分に向かってくる半透明の緑色の巨大な壁】 だった。その後は目の前が真っ暗になった。

 

彼女はその時 いつか聞いたことを思い出していた。

津波とは、水でできた巨大な壁だということを。今 自分に向かってくる物もそれと酷似していた。

 

グスは全身に衝撃を受け、そのまま後方の外枠に激突した。

 

『こ、ここに来てファン選手の起死回生の反撃!!! あの巨体 グス・オーガンが軽々と吹き飛ばされました!!!!』

 

(…………………!!!!

こ、これがお兄様の………………

聖騎士(パラディン)の力……………!!!!)

 

ファンは心の中で愕然としていた。

今まで 何をされてもなんの抵抗も出来ず、挙句の果てにギルドに依頼を出す 弱者そのものの惨めな行動しか起こせなかった自分が 今こうして その上級生を圧倒しているという事実を理解するのに時間を要した。

 

「……………!!!!」

グスはふらふらとしているものの 何とか起き上がった。

 

 

「どうやらもう1回 教え直さなきゃいけないようだね。

上級生への口の利き方 をねェ!!!!」

 

グスの激昂も今のファンにはまるで 野良犬がただ 吠えているだけのような 弱々しいものにしか聞こえなかった。

 

「………もう勝った気でいるんだろうが、こっちにはまだ切り札があるんだよ!!!!」 「!!?」

 

グスは身構えて全身に力を込めた。

 

「……………………!!!!?」

 

ファンはグスの変貌ぶりに呆気に取られた。

その筋肉は肥大化し、そこに女性らしさは微塵も感じられなかった。

顔も豹変し、ゴツゴツとしているもののかろうじて整っていたその表情も 醜く そして理性を失ったかのようにファンを狙っている。

 

正しくオーク

 

それ以外に形容する言葉が見つからなかった。

 

「…………………………フフフフフフフフフフ!!!!

今更 怖気付いたってもう遅いよォ………!!!!

今からお前は 他の下級生共への見せしめに ズタボロにしてやるからな!!!!」

「…………!!!!」

 

そう言い切った瞬間、グスは全力で地面を蹴った。まるで 砲弾を思わせる巨体が ファンに迫ってくる。

 

考えるより早く ファンは前方に騎士之盾(イージス)を展開した。

グスの巨体を丸ごと拒絶してしまえるような巨大なものを。

 

 

しかし、

 

 

バリィン!!!! 「!!!!?」

障壁が粉々に割れた。

 

「クッ!!!!」

 

ファンは身を捩ってかろうじて躱した。

この類の攻撃を捌く技術も エクスから叩き込まれた物の1つだ。

 

 

コヒュー コヒュー

という 最早言葉とも取れない獣のような呼吸音が後方から響く。

振り返ると グスは既に姿勢を直していた。

 

「グフフフフフフフ!!!

今にその身体をズタズタにしてやるよォ!!!!」

 

その下卑た笑顔から放たれる言葉にファンは動揺を禁じ得なかった。

それは、彼の頭に1つの思考があったからだ。

 

(…………そんな………!!!

僕の、聖騎士(パラディン)の一族の力があんなデタラメなぶちかましに負けたのか………………!!!?

 

 

いや、待てよ。 もしかして………!!!)

 

ファンの思考が整うや否や、再びグスの巨大が迫って来た。

 

『再び仕掛けます グス選手!!!!

万事休すか ファン・レイン!!!!』

 

強襲をかけるグスに対し、ファンは両手をかざした。

 

(お願いだ!! これが失敗したら負ける!!!)

 

再び騎士之盾(イージス)を展開する。

ただし、今度は手のひらに収まるほどの小型の物だ。

 

 

ガキィン!!!!! 「!!!!!」

 

ファンの展開した障壁がグスの額と激突した。しかし、今度は砕けない。

 

 

ガァン!!!!! 「うわっ!!!?」

 

グスは吹き飛ばされ、その反動でファンも仰け反る。

しかし、この攻防で彼は1つの結論に至った。

 

(やっぱり 思った通りだ!!

僕の騎士之盾(イージス)は狭ければ狭いほど硬く、 広ければ広いほど脆くなるんだ!!!)

 

ファン・レインの固有魔法 《騎士之盾(イージス)》は実体化した盾とは違い、魔力の塊である。

故に その範囲が狭ければ狭いほど 魔力が凝縮し硬度は上がり、広ければ広いほど 魔力の密度は下がり脆くなる。

 

「~~~~~~~!!!!」

 

言葉としては聞き取れないが、今すぐにでも咆哮しそうな唸り声が鼓膜を震わせる。

グスの顔には明らかな負傷があった。

 

『こ、これはものすごい出血です!!!

グス選手 先程の衝撃で 頭が割れたのでしょうか!!?

まるで蛇口を完全に開いたかのような おびただしい出血です!!!!』

 

「…………よくも、よくも私の顔に傷を付けてくれたなァ…………!!!!」

「……それがどうした? お前は今日まで一体何人の身体に傷を負わせて来たんだ!!!?」



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#51 The shield of the tiny courage Part4 ~Thrilling Almighty~

「……何人…………だと……!?」

「……そうだ。 お前は今日まで何人の人をいたぶって来たんだ と聞いているんだ!!!」

 

グスはファンの言葉を聞くや否や、グスは肩を震わせた。

 

「私が……誰をいたぶったって…………?

私に殴られるしか利用価値の無いクズの下級生共だろう!!!!!」 「!!!!!」

 

「そしてお前もその1人だろうがァ!!!!」

 

グスは再び突進を仕掛けてきた。

しかし、今度は殴るためではない。

一瞬のフットワークでファンの背後に回り込み、腕を首に回して片方の腕で固めた。

 

『な、何と 打撃技を十八番にしていたグス・オーガン ここに来てファン選手を 締めめ技に引きずり込みました!!!!』

 

「このまま 自分の出過ぎた背伸びを後悔しながら死んで行きなァ!!!!」

 

グスは全力で首を締め上げる。

この方が他の下級生への見せしめになると考えたからだ。しかし すぐに違和感に気づく。

 

(…………!!!?

………何だこの硬さ(・・)は………!!!?)

 

グスが感じたのは硬さだった。

それはファンの首の筋力では到底 説明できないほどだった。

 

「……ま、まさか……………!!!!」

「悪い予感は的中だ。

今 僕は首の周りを囲うように筒状の《騎士之盾(イージス)》を展開している。

締める力ならこの大きさでもガードできる!!!!」

「…………!!!!

な、舐めた真似をォ!!!!!」

 

その言葉に誘発されたかのようにさらに力を込めて首を締め上げた。

その時、

 

 

バガッ!!!! 「!!!!?」

 

グスの顔面を謎の衝撃が襲った。

たまらず仰け反り、拘束を解いてしまう。

 

「……………!!!!!」

 

グスは顔を抑えてうずくまった。

そして、今 彼が首のスナップだけで自分に後頭部による頭突きを見舞ったということを理解した。

 

「今ので鼻の骨が折れた筈だ。

これ以上は続ける意味が無い。」

「何!!!?」

 

「………降参しろ と言ってるんだ。」

「!!!!!」

 

まるでその言葉が起爆剤になったかのようにグスはまさにケダモノとしか形容できない咆哮を上げ、ファンに急接近してきた。

 

「思いあがってんじゃねぇ!!!!

人間風情がァ!!!!!」

 

そのまま右手で全身の力を最大限に発揮した拳を顔面に打ち込む。

 

しかし、

 

 

ボキィン!!!!!

「!!!!! あがァァァァァァァァァ!!!!!」

 

左手同様、 右手も完全に砕かれ 絶叫を上げながら地面をのたうち回る。

 

「………無駄だ。

僕の身体に流れているのは誇り高い聖騎士(パラディン)の血だ。

聖騎士(パラディン)の盾は、こんな品性のかけらもない暴力なんかで壊れたりしない!!!!!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!」

 

 

その時、グスの口が綻んだのを彼女以外 気づかなかった。

 

(…………その油断が命取りなのさ、聖騎士(パラディン)!!!!)

 

再びグスは拳を振るった。

しかし それはフェイントで、本当の攻撃は膝による腹への攻撃だ。

 

(これなら間に合わない!!!

地獄を味わいな!!!!)

 

 

ズドォン!!!!! 「!!!!」

 

グスの膝が完全にファンの腹を捉えた

 

 

 

かに思えた。

 

 

「ァガァァァァァァァァァ!!!!!」

『グ、グス選手 再び地面に倒れ伏した!!!!』

 

グスの膝の皿が完全に砕けた。

そこから考えられるのは、ファンのガードが間に合った ということだけだ。

 

「……『なんでガードが間に合ったんだ』って顔だな。簡単な事だ。

まず、無事な武器がもう足しかない事。

それから 僕が局所的なガードしかできない事を知っているということ。

 

それだけの情報があればお前の行動を読むなんて簡単な事だ!!!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

ファンの言った 局所的なガードでグスのフェイントに対処出来る というのは嘘偽りない事実である。

しかし、それは1回でも失敗すれば命取りになる という極限の集中があってこその産物である。

 

エクスとの過酷な特訓と強靭な精神力を持って初めて成立する荒業

それをファンはこの土壇場でやってのけたのだ。

 

「両の拳は砕け、更には片足も失った。

最早 動くことすらままならない。これだけ言えば分かるだろう?

それに、

 

 

これ以上はお前達と同類になってしまう。

そんなことを僕は求めていない。

だから、降参するんだ。」 「!!!!!」

 

「悪いけど、これからレフェリーさんに報告して来る。」

 

そう言ってファンは背を向けて去っていく。

その時 グスの頭には様々な思考が混濁していた。

 

下級生に完膚なきまでに叩き潰された屈辱

公衆の面前で這いつくばらされた羞恥

 

そして、下級生に情けをかけられた事

 

その感情の全てが起爆剤となった結果、グスの身体は勝手にファンに向かっていった。

残った片足で地面を蹴り飛ばし、全体重を乗せたシンプルなタックルだ。

 

 

(………あぁ、お兄様。

あの時の言葉はこういう事だったんですね。)



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#52 The shield of the tiny courage Part5 ~Stop the pike. Protect the weaker.~

5年前

 

「ファン、お前は《イージス》を知ってるか?」

「? イージス………ですか?」

「そうだ。それは 女神が用いる防具。

つまり、女神を守るという使命を背負う盾 と言うわけだ。」

「……それが、どうかしたんですか?」

 

「厳しいことを言うようだが、お前は剣の腕が立たない。

だから、お前は盾になれ。

自分の大切な人を守るための盾にな。」

「………盾に ですか…………」

 

「それから、あの窓を見ろ。

兵士達がマーシャルアーツの特訓をしてるよな?」

「……はい。」

「マーシャルアーツ、言い換えて《武道》

お前は、《武》という字をどう書くか知ってるか?

 

《戈を止める》と書くんだ。」

「?」

 

「これから成長していく中で様々な理不尽がお前を待ち受ける。時にはそれがお前の大切な人に向くこともざらにあるだろう。

その時、お前は盾としてその理不尽な暴力という《戈》を《止める》

 

そんな聖騎士(パラディン)を目指せ。」

 

 

 

***

 

 

(………お兄様。

僕はあの時、あの言葉の意味がまるで分かりませんでした。

だけど、今ならしっかりと分かります。

 

僕の《騎士之盾()》はこのために、このような理不尽な暴力からみんなを守るためにあったんですね。)

 

グスは今まさに、その五体を砲弾に変えてファンの息の根を止めんと急接近している。

その事さえもファンには手に取るように理解出来た。

 

(………分かりました お兄様。

僕はこの日、この時から 自分の大切な人を守ることが出来る《盾》になります!!!!!)

 

ファンは振り向きざまにグスの顎を掴んだ。

グスの身体に乗っていた凄まじいスピードは顎を支点にして上方向の力に変わり、下半身は中に舞い、対称的に上半身は下方向へ急降下する。

 

 

ズドォン!!!!! 「!!!!!」

 

グス自身の全速力と全体重が乗ったカウンター投げが炸裂した。

グスは後頭部から地面に激突し、その意識は完全に闇に葬られた。

 

 

『こ、これは…………………!!!!!』

「しょ、勝負あり!!!!!」

 

一瞬の事に圧倒されていた観客席はその宣言で我に返ったかのように熱狂の声を上げた。

 

『つ、遂に勝負が決しましたァ!!!!!

なんと、なんとファン・レインがあの筋力の要塞 グス・オーガンに引導を下し、白星を掴みました!!!!

これこそまさに、下克上!!!!

この目で見ても信じられません!!! グス・オーガンが無残にも地面に倒れふしています!!!!!』

 

 

***

 

 

控え室

 

哲郎はアリスと共に待機していた。

そこにファンが歩み寄ってきた。改めて見ると、全身が生傷と鮮血に覆われており、見るに堪えない有様である。

しかし、彼はその状態でこの公式戦の始まりを白星で飾ってくれたのだ。

 

「ファンさん!! お疲れ様でした!!!」

 

哲郎はハイタッチをしようとファンに駆け寄ったが、それは叶わなかった。

ファンはまるであやつり人形から糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。

 

「おおっと!?」

 

哲郎は咄嗟に かろうじてその崩れ落ちる身体を受け止めた。

声をかけようとして、彼の意識が途切れていることに気付いた。

 

「……無理もない。もう既に限界だったんだ。」

「エクスさん!」

 

声の方へ振り返ると、そこにエクスが立っていた。

 

「あの時、最初に受けたタコ殴りの時点で身体は限界だった。

もしあと少しでも受けていれば、あと少しでも精神力が綻んでいたら、結果は違っていた。きっとファンの方が先に地面に顔をつけていただろう。

傍目で見たら圧勝に見えたかもしれないが、実際はどっちが勝ってもおかしくなかった。」

 

「……実の弟の成長を 素直に認める気は無いんですか?」

「過剰な評価は慢心を招くだけだ。

こういう時に叩いてこそ戦士は伸びる。」

 

エクスの冷たくも核心を突いた言葉に哲郎は返す言葉を失っていた。

 

 

***

 

 

ファンとグスの試合から僅か10分と少し

観客席の注目は既に新しい試合に向けられていた。

 

『さぁさぁ皆様 お待たせ致しました!!!

お次もまたまた異色のカードが出揃いました!!!!』

 

 

次鋒線を闘うアリスは、遂に試合会場に降り立った。

視線の先では茶髪の男が澄ました顔をして佇んでいる。

 

「改めて自己紹介しよう。アリス・インセンス君。 僕は ロイドフ・ラミン。

 

先程はあの雌豚(・・)が粗相をして申し訳無かったね。彼女は僕らが責任を取って処遇を決めておくから、安心して。」

「…………………」

 

アリスは彼の言葉に何の反応も見せようとしなかった。その笑顔の奥底に得体の知れない何かを感じ取ったからだ。

 

「……それから欲を言うとね、君にはこんな無謀(・・)な試合は止めて欲しいんだ。

僕はこう見えて紳士な人間だからね。

それでも僕と戦うと言うならば仕方ない。

 

すぐに場外に追い出してあげよう。」

 

ロイドフ・ラミン

彼の背中から無数の蔓が伸びていた。



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#53 Alice in Wonderforest

「…………蔓……!!?」

 

アリスの注意はロイドフの背中から生えている奇妙な蔓に集中していた。

 

『それでは公式戦 次鋒戦

始めてください!!!!』

 

「………最初に言っておこう。

君は僕には勝てない。」 「!!?」

 

 

シュパッ!!!! 「!!!?」

 

その言葉を言い終わった直後、アリスの鼻先に何かが飛んできた。

咄嗟の判断でそれを横に跳んで回避する。

 

「…………!!? 蔓!!!?」

 

アリスの視線の先にあったのは、植物特有の光沢を纏った緑色の球体と、そこに繋がれていたひも状の物体だった。

それを蔓 以外の何物にも形容できなかった。

 

空中で何とか姿勢を立て直し、着地に成功してアリスはロイドフと向かい合った。

 

「……エクス・レイン

彼と特訓したって話は本当だったらしいね。

僕の初撃を躱したのは、あの人(・・・)以来だよ。」

(………あの人……!?)

 

彼の言う《あの人》とは、彼らを束ねているラドラ だろうと結論付けた。

 

「ご褒美に、後ろのヤツを見せてあげよう。」

「……………………………… !!!?」

 

ロイドフの背後から奇妙な風体をした植物が現れた。

その植物の大部分はウツボカズラのようにずんぐりとしており、口にはおぞましい牙が無数に生えていた。

下側には足のように無数の根が生えており、翼まで生えているその姿はまるで植物のようには見えなかった。

 

「嘘だろ!!?」

「あれってまさか!!」

「なんであれが!!?」

 

その異形の姿を見るや否や、観客席からはどよめきの声が響いた。

哲郎はその理由を理解できなかった。

 

「…………?」

「まさかあれを手にしていたとは………

…………まずいな。」

「まずい!? そんなに危険な物なんですか!!?」

 

「……そうだ。異世界(ここ)に来て間もないお前は知らないだろうが、あれは厳重な管理下でしか飼育を許可されていない危険植物

名を《ヘルヘイム》という。」

「………ヘルヘイム………!!?」

 

哲郎はその名前になみなみならない物を感じた。

 

「……あれはまだ下等種の幼体だが、それでも攻略は厄介だぞ。」

「下等種?」

「……そうだな。

人間で例えるなら、あれは俺達から見た猿のようなものだ。 あの種族が進化した人間体が、ある組織の幹部を担っているという話もあるくらいだ。」

 

哲郎は再び試合会場に視線を送った。

あのずんぐりとしたなんとも名状し難い植物に本当にそれほどの危険度があるのか 未だに半信半疑だった。

 

「ラドラの事だ。間違いなくヘルヘイムを完全な管理の下 育て上げたのだろう。

それにロイドフ・ラミン やつの植物飼育の技術の高さはプロを含めてもかなり高い水準にあると聞く。」

「しかし何でしょう あの余裕満々の顔は?」

「それはヤツの《習性》 故だろうな。」

「習性?」

 

 

***

 

 

 

「どうしたんだい? 全然 来ないじゃないか。この《ヘルヘイム》が怖いのかい?

もう分かっただろう? 僕はあの筋力しか能がない単細胞とは違う。

ましてや君と僕との実力差は歴然。

今ならまだ遅くはない。

降参を━━━━━━━━━━━━」

 

その言葉が言い終わる前にアリスは地面を蹴り、ロイドフに向かっていった。

しかしその姿勢が崩れた。

 

「!!!?」

 

咄嗟に見ると、脚に蔓が巻きついていた。

いつの間に巻き付かれたのかという疑念が頭をよぎるよりも早く、その身体は宙を舞った。

 

ズドォン!!!! 「!!!?」

 

アリスは地面に叩きつけられた。

 

 

「何だ!? 何をしたんだ!!?」

「見ただろう。あれがヤツの習性だ。

ヤツは植物だから自我は持たない。ただし、《人間の攻撃の意思》に反応して対象を攻撃したり、場合によっては 捕食することもある。」

「攻撃の意思!!?」

「そうだ。 早い話、あの習性をどうにかしないとあいつに勝機はない。」

 

 

***

 

 

「…………!!!」

 

『土煙の中らアリス選手、再び立ち上がりました!!!

その目には、未だに闘志が失われていません!!!!』

 

「今ので分かっただろう? 僕はこのヘルヘイムをちゃんと育て上げたんだ。

【攻撃しようとした者を場外に落とせ】と躾てね。

そして、僕が植物を武器に使う事しかできない凡才だと思っているならそれもまた命取りだよ。」 「!!?」

 

その突如、ロイドフは地面を蹴り アリスに向かって仕掛けた。その予想外の行動にアリスは一瞬 たじろぐ。

その隙をついてアリスの手首を掴み、捻って姿勢を崩した。

 

ドゴッ!!! 「うぐっ!!?」

 

アリスは地面に叩きつけられ、完全に組み伏せられた。

 

『こ、これは信じられない光景です!!!

あの ラドラ寮のロイドフ選手の身体から、マーシャルアーツが飛び出しました!!!』

 

「……驚いたかい? 言っておくけど僕はマーシャルアーツが下等だというあの人の考えた方を否定してるわけじゃない。

だけど、僕のような人間なら優秀な武器になることは認められている!!

さぁ、おしゃべりはここまでだよ。

降参するんだ アリス・インセンス君!!!」



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#54 Muscle-building collagen

『これは苦しい アリス・インセンス!!

完全に組み伏せられてしまった!!!』

 

場内の熱狂は比較的 穏やかなものだった。

それもあのロイドフの実力をその場にいた全員が理解していたからだ。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」

「もう一度だけ言おう アリス君。

今すぐに降参するんだ!!」

 

 

アリスがこの口撃に屈する事は決して無かった。否、もしこれが先鋒戦であったのなら 考えは揺らいでいたかもしれない。

しかし、今の彼女には決して屈さないという確固たる決意があった。

 

その支えとなったのは、先程の試合でファンが()せたあの激闘である。

ギルドに一緒にいじめ問題の解決の依頼をした友達が自分達のためにあそこまで奮闘してくれた。

その事実が逆境に立たされている今の彼女を支えていた。

 

「……じゃあ何かい?

さっきの聖騎士(パラディン)の友達が頑張ってたから自分も頑張ろう と言いたいのかい?

確かに育ちが良ければそういうまぐれも起きるかもしれない。だけど君はどうだ?

別に抜きん出た能力があるわけでもないしましてや優れた血が流れている訳でもない。

 

そんな君がたった2週間 努力したくらいで僕たちとの差を埋められるとでも考えているなら

 

悪いけど 君の正気を疑わざるをえないよ!!!!」 「!!!!」

 

 

毎日2、3時間を2週間

合計時間にして約一日とちょっと

上級生との実力差を埋めるにはあまりに乏しい時間だ。

 

しかし、その乏しい限られた時間でも絶対に公式戦に勝って今もどこかで苦しんでいるはずの仲間(・・)達を救い出すという確固たる決意を胸にエクスとの特訓を耐えしのいだのだ。

 

そのエクスへの恩義を返す事も、この公式戦でやらなければならない事の一つだった。

 

 

(………慌てちゃダメ。

《その時》は絶対に来る。気を取られて拘束が緩む時が絶対に…………。

仕掛けるのはその時!!!)

 

 

「………悪いけど、これ以上は待てないよ。

どうしてもと言うなら、あっちにいるヘルヘイムに引導を━━━━━━━━━━━━

 

(今だ!!!!)

 

!!!!?」

 

ロイドフの押さえ込みが緩んだ一瞬を見逃さず、アリスは掴まれていた腕を抜け、脱出した。そして動揺してロイドフに一瞬出来た隙をついて━━━━━━━━━━━━━

 

 

ガッ!!! グイッ!!! 「な、何ッ!!!?」

 

まず、うつ伏せの状態から海老反りの要領で下半身を浮かせ、そのまま足でロイドフの首に組み付いた。

そして背筋を使って起き上がり、その上半身は完全にロイドフより上に行った。

 

あまりにも一瞬の事に、観客席は呆気に取られている。

 

「あ、あれってまさか━━━━━━━!!!!」

「そうだ。魔界コロシアムで、お前がゼースの小僧を切って落とした技だ。

実は俺も、あの観客席に座っていた。

そこで見たあれを、お前には内緒で伝授していたんだ。」

 

 

***

 

『こ、これは信じられない光景です!!!

なんとアリス選手、ロイドフ選手の拘束から脱出し、あまつさえ 逆に技をかけることに成功しました!!!!』

 

「バ、バカな……………!!!!」

「残念ですがロイドフさん、終わらせて貰います!!!」

 

エクスによって哲郎の動きを叩き込まれたアリスが次にとる行動も決まっていた。

 

『ああっ!!

アリス選手、今度はロイドフ選手の後方に回り━━━━━━━━━━━━』

 

そのままアリスの全体重によってロイドフの身体は地面に倒された。

 

『こ、今度はアリス選手がロイドフ選手に対してマウントを取ったァーーーーー!!!!』

 

(哲郎さんは、ここから裏返って相手の足を掴んで折り曲げて関節を極めたんだっけ。

だったら私も…………………………

 

!!!?)

 

その時、アリスが感じた違和感は 【浮遊感】である。

今 寝技を掛けている彼女が感じるはずのない浮遊感を 背中に感じていたのである。

 

 

「…………………………………えぇっ!!!!?」

 

アリスは信じられないものを見た。

自分の両足を掴み、ロイドフが脚の力だけでアリスごと起き上がろうとしているのを。

そして、その両脚に何か緑色の紐状の物が巻きついているのを哲郎は見逃さなかった。

 

「何ですかあれ!!?」

「………《プロテンアロエ》だ。」

「プロテンアロエ!?」

 

 

プロテンアロエ

ラグナロクに存在する植物の一種。

極めて安価でありふれた植物であり、加工することで作られる健康食品は庶民にも広く普及している。

また、人体にコラーゲンの部分を巻き付けることで、一時的に筋力を活性化させる。

 

「………だが、普通ならあれを巻き付けた程度ではあそこまでの力は出ない。」

「え? そうなんですか?」

「ああ。あれのコラーゲンをそのまま摂取して得られる効果など 高が知れている。

元から脚が鍛えられていなければああは行かない。」

 

「だけど、どうするんですか!!?」

「どうするも何も、俺たちにできることは無い。できるのは信じて見守ることだけだ。」



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#55 Fall to the hell

「……あれって………プロテンアロエ だよね………?」

「近所の市場で売ってるの見た事あるぞ?」

「あれであんな事できるのかよ………!!」

 

観客席も目の前で起きている光景に動揺し、あちこちからどよめきが起こっていた。

そして、哲郎も心の中でとはいえ動揺を見せていた。

アリスが今使っている技が自分も得意としていた物だったからだ。そしてその技を見舞ったゼースも決して弱いわけではなかった。

仮にまた立ち合うことがあったとして、楽に勝てる保証はない。

 

それだけの技をいとも簡単に返しているこの光景に肝を抜かれていた。

そして、ロイドフの身体は遂に地面と垂直になった。

 

『つ、遂にアリス選手の寝技を切り返し、ロイドフ選手 立ち上がったァーーーー!!!!』

「………………!!!!」

 

アリスはロイドフの肩の上で呆然としていた。自分の切り札の1つだと自負していた技をいとも簡単に返されてしまった事実は彼女の心に少なからずダメージを残した。

 

いくらプロテンアロエという補助を使っていても、それの基盤となっているのはロイドフ自身の脚力である。

これが上級生()の実力なのか と思考を巡らせた その時

 

バッ!!! 「!!?」

 

アリスの身体は宙を舞った。

ロイドフが彼女を方に乗せたまま飛び上がったのだ。

当然 上半身の方が重いので、アリスを乗せたロイドフの身体は空中で姿勢を変え、アリスの頭が一番下になった。

 

(!!! まずい!!!!)

 

そう思った時には既にアリスは頭から地面に叩きつけられていた。

 

「!!!!! アリスさん!!!!」

 

哲郎はたまらず観客席の柵に乗り出した。

 

『き、決まったァーーー!!!!!

固め技を返されたロイドフ選手が、逆にアリス選手の寝技を返し、そして強烈な投げ技を見舞ったァーーーーーー!!!!!』

 

「頭から行ったよな…………!!?」

「死んだんじゃないのか…………!!?」

「おい誰か!! 医者を呼んでこい!!!!」

 

『さぁ勝負が付いてしまったか!!?

先鋒戦で我々は聖騎士(パラディン)の血筋が勝利を収める奇跡(・・)を見ましたが、奇跡は何度も起こらない!!

 

アリス選手は、ロイドフ・ラミンという圧倒的な力に屈してしまったか━━━━━━━

 

い、いや!!!!』 「!!!!?」

 

ロイドフも咄嗟に振り返った。そして、その目を疑った。

アリスが息を切らしながらも立っていた。

 

『た、立っているぅーーーーーー!!!!

なんとアリス・インセンス!! あの絶体絶命の状況から奇跡の生還だァーーーー!!!!』

 

「バ、バカな…………!!!!

…………!!?」

 

驚愕の後でロイドフの視線は彼女の両手に移動した。その手が赤く腫れていた。

 

「ま、まさか!!」

「えぇ。 何とか受身が間に合いました!!」

 

アリスは頭から激突する直前で両手を後頭部に回してクッションにし、難を逃れたのだ。

しかし、自身とロイドフの全体重を受けた両手が無事で済む筈がない。

窮地に陥っていることに 変わりは無かった。

 

 

「よ、良かった……………!!!」

 

目の前で友人の命が失われたのではないか という不安が払拭され、哲郎はたまらず胸を撫で下ろした。

 

「何が『良かった』だ。

少しは彼女の実力を信じたらどうだ?」

「!? じゃあ何ですか?

彼女が受身を取ることを予測してたって言うんですか!!?」

「当然だ。 誰があいつを鍛えたと思っている。」 「!!」

 

哲郎はその言葉ではっとさせられた。

ファンとアリスの二人を鍛えたのはこのエクスであり、彼は二人の成長も実力も理解しているはずだと 再確認した。

 

「……すみません。

少し熱くなってしまって。」

「構うな。」

 

 

 

***

 

 

『さぁ 両者再び向かい合った!!

一瞬 目をそらすことも許されない緊迫の展開が続くこの一戦!!!

ここから果たしてどのような展開を見せるのか!!?』

 

 

しばし見合った直後、ロイドフの背後から2つの紐がアリス目掛けて飛んで行った。

彼の使役する ヘルヘイム の蔓である。

 

「ッッ!!!」

ガッ!! ガッ!!!

「!!?」

 

飛んできた蔓をアリスは両脇に挟んで固定した。

 

『つ、掴んだ!! ロイドフ選手の秘密兵器 ヘルヘイムの動きが封じられた!!!』

 

それでも構わずヘルヘイムの蔓はアリスの二の腕に巻きついて締め上げる。

 

「ッッ………!!!」

 

既に負傷した腕に鈍痛が走るが、構わずにアリスは身体を振るった。

 

「ヤアァッッ!!!!!」 ブチンッッ!!!!!

「!!!! 何ッ!!?」

 

アリスの回転に巻き込まれてヘルヘイムの両腕に当たる蔓が引きちぎれた。

 

『蔓がブっちれたァーーーー!!!!!』

 

ヘルヘイムの両腕がだらりと情けなく垂れるのをロイドフは呆然として見ていた。

 

「……私もヘルヘイム(それ)のことを全く知っていないわけではないんです。

蔓などの再生には最低でも数時間は掛かるってこともね!

その【武器】はもう使い物にはなりません!!!」



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#56 Big lance of the vine

『ここに来てアリス選手、ロイドフ選手の矛であるヘルヘイムの蔓を奪ったァ!!!』

 

「…………………!!!」

 

ロイドフはしばし 呆然としていた。

余裕では勝てずとも苦戦はしないであろうと高を括っていたこの下級生に自分の頼る【武器】を奪われた事実を受け入れるのは用意ではなかった。

 

「………………!!

ヘルヘイムを奪って、それで勝ったつもりでいるのか………。」

 

ロイドフはアリスの顔を見てそう言った。

その言葉を虚勢に捉える者は1人としていなかった。それは全員がロイドフの実力はヘルヘイムという武器が1つ失われただけで無になる物では無いと理解していたからである。

 

「………確かに君を見くびっていた。

ここからは僕も本気で行こう。」 「!!」

 

ロイドフは懐から種子のようなものを複数個 取り出した。

そしてそれを自分の後ろに投げた。

 

「…………!!!」

『こ、これは……………!!!』

 

種子が発芽してロイドフの背後に巨大な蔓が伸び、彼の周囲を覆った。

 

『ロイドフ選手、今度は巨大な蔓を展開だァーーーーーー!!!!』

 

その直後、アリス目掛けて巨大な蔓が飛んできた。アリスはそれをかろうじて躱す。

しかしその後、

 

ドガッ!!! 「!!?」

 

アリスの腕を衝撃が襲った。

見ると、ロイドフの拳がアリスの両腕のガードに直撃していた。

その腕には件の【プロテンアロエ】が巻かれている。

 

(つ、蔓を牽制に…………!!!)

 

吹き飛ばされる最中、アリスはロイドフの戦法の変化を考察していた。

今までのヘルヘイムに重点を置いた戦法は完全に捨て、背後の巨大な蔓を【サブウェポン】にして本命はプロテンアロエで強化した五体による格闘。

 

詰まるところ、ロイドフは格闘でアリスとの決着をつけるつもりなのだ。

 

(……格闘ですか。 なら、やることは1つ!!)

 

アリスは踏みとどまり、飛んでくるロイドフの拳を受け止め、そして空中でその首を両足で固定し、全体重を掛けた。

 

「おあっ!!?」

『う、腕十字だ!!! ロイドフ選手、再び組み伏せられてしまった!!』

 

「くぬっ…………!!!!」

アリスは寝そべったまま全背筋を使って仰け反り、ロイドフの関節を極めにかかった。

 

『さぁアリス選手、追い討ちをかける!!

このままロイドフ選手の腕を 折ってしまうのか!?

 

い、いや!!!!』

 

その時、ロイドフは固められていない方の腕を地面に付け、そこに筋力を集中させた。

プロテンアロエで強化された腕には筋肉が集まり、やがてアリスの身体に再び【浮遊感】が襲った。

 

そして、

 

ブオッ!!!! 「!!!?」

『な、投げた!!!! ロイドフ選手、再びアリスの寝技を強引に切り返したァ!!!!』

 

アリスは投げ飛ばされ、空中を横断する。

そこにロイドフの追い討ちが襲う。

 

「終わりだ!!!」 「!!!!」

 

空中で無防備なアリスに無慈悲な蔓の槍が襲う。しかし、それでもアリスの思考は冷静だった。

 

ガッ!!! 「!!?」

 

アリスは空中で蔓の槍を受け止めた。

そしてそのまま身体を翻す。

 

『こ、これは一体━━━━━━━━━!!?』

 

 

「あ、あれって………!!!」

 

そう言ったのは哲郎だった。アリスのとった動きに見覚えがあったからだ。

そう。 アリスが今とっている動きは魔界コロシアムで自分がサラの使った《炎之龍神(サラマンダー)》に対して使った技だったからだ。

 

「ハイヤッッ!!!!」 「うおっ!!?」

 

ロイドフは蔓を掴んでいた。その蔓に引っ張られて彼の身体は宙を舞った。

 

ズダァン!!!!! 「!!!!! ガハッ!!!」

 

ロイドフは背中から地面に強かに打ち付けられた。全身に走る激痛と乱された呼吸で地面をのたうち回り、グロッキー状態になっている。

 

その隙を見逃す事無く、アリスは飛び上がった。そしてそのままロイドフの腹に全体重を乗せた蹴りを見舞おうとした

 

 

その時、アリスの脚に件の蔓が巻きついた。

蔓のしなやかで豪快な動きに引っ張られてアリスの身体は空を切る。

 

ドゴォン!!!!! 「!!!!! ガハッ!!!!」

 

今度はアリスが背中から地面に打ち付けられた。

 

『なんという熾烈な勝負だ!!

ロイドフ・ラミンを相手取り、アリス選手、1歩も譲りません!!!

そして凄いのはロイドフ選手も同じ!!

付け入る隙を、全く与えません!!!!』

 

互いにグロッキー状態が続いたが、それも終わりを告げた。

 

『おおっと! ロイドフ選手、立ち上がりました!! しかしこれは一体!!?

彼の背後の蔓が、まるで『黙って見ていろ』と命じられたかのように、その場に静止している!!』

 

「…………………??」

 

ロイドフは地面に伏しているアリスを見下ろしていた。

 

『何をしているのか!? ロイドフ・ラミン!!

あと一撃でも入れればそれで終わるのに、全く動きを見せない!!!』

 

「……………………???」

「何をしているんだ。起き給え。

 

起きて戦い給え!!!」 「!!!」



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#57 Scatter brilliantly

「……………何だって…………!!!?」

 

哲郎は自分の耳を疑った。

もし 間違いがないのならば彼、ロイドフは今『起きて戦え』と言ったはずだからだ。

平気で下級生をいじめるような人間の口からは到底 聞こえるはずのない言葉だった。

 

哲郎と同様に 会場にも戸惑いとざわめきが起こっている。

 

『き、驚愕の一言が飛び出したッッ!!!!

何と、起きて戦えと!!!

下級生を相手取り、正々堂々と決着をつけるつもりなのか!!? ロイドフ・ラミン!!!!』

 

実況の言葉か、あるいは会場のどよめきか もしくはその両方か。

とにかくそのいずれかによってアリスは意識を取り戻した。そして、その身体を地面と垂直にした。

 

『た、立ち上がったァーーーーー!!!!

アリス・インセンス!!! まるで 我々の期待に応えんとばかりに立ち上がってくれました!!!!

 

一瞬も目が離せない展開が続くこの次鋒戦も遂に最終局面を迎えるのか!!!?』

 

アリスは会場の期待に身構えることによって応えた。この2週間 エクスに骨の髄まで叩き込まれた兵士が素手で闘うための構えである。

一方のロイドフも臨戦態勢に入った。

両腕両足に件の プロテンアロエを巻き、その手首からは無数の蔓が伸びている。

 

「………信じていた。必ず起き上がってくれると。」

「…………………」

「約束は守る。

君が勝ったら、僕は、(いや)、グズやアイズンにも二度といじめをしない と誓おう。」

 

『さぁ 両者動きません!!

ある意味ではパリム学園のこれからがかかっていると言っても過言ではないこの一戦!!!

最後に立っているのは、果たしてどちから!!!?』

 

この公式戦のルールは【殺害以外の全てを認める。どちからが敗北を認めるか、動けなくなるまで続く。】というものである。

つまり、殺さなければ武器だろうも魔法だろうと使っても良いということだ。

 

丸腰のアリスに対し、ロイドフは【ヘルヘイム】や【プロテンアロエ】等の植物を多用している。それでも会場にいる全員がそのハンデを肯定している。

 

その逆境の中でアリスに残された選択肢は1つしか無かった。

 

 

「はああああああああッッッ!!!!!」

 

アリスが全力で地面を蹴り、ロイドフとの距離を詰める。対するロイドフはそれを読んでいたかのように蔓を鞭の要領で振るった。

 

バチィン!!!! 「!!!!!」

 

しなやかかつ強固な鞭がアリスの左腕を直撃した。2人分の体重とヘルヘイムの蔓の締め上げを食らっている腕に追い討ちの如く炸裂したその衝撃は彼女の腕を完全に破壊してしまった。

それでもアリスは止まらず、遂に間合いに入った。

 

アリスは負傷した腕は使わず、残っていた両脚を武器に使ってロイドフに渾身の蹴りを何度を見舞った。

 

脚には腕の3倍から4倍の力が備わっていると言われている。加えて射程も上となれば、それを使わない手は無かった。

 

『こ、こんな打撃戦は前代未聞です!!!

アリス・インセンス!! まるで花園に舞う蜂のように、ロイドフ選手の身体にその蹴りを突き刺している!!!!』

 

エクス直伝の蹴りは確実にロイドフの体力を削っていった。ロイドフも腕や蔓を最大限に活用してその蹴りを捌いているが、遂に決定打が放たれた。

 

(!!! そこだッッッ!!!!!)

 

アリスは一瞬見えた右腕の関節に出来た隙を見逃さず、そこに蹴りを突き刺した。

けたたましい音が響いてロイドフの右腕があらぬ方向に曲がってしまった。

 

(よし!!! 次に━━━━━━━━━━━━)

 

アリスは脚を構え、ガードできなくなった右のこめかみにつま先を突き刺そうと構えた。

 

「 !!!! 止せ!!!!」

 

そう叫んだのはエクスだったが、当時のアリスの耳には入らなかった。

 

「!!!?」

 

突如、アリスの姿勢が崩れた。咄嗟に見ると、蹴り足とは逆の脚が蔓に巻き付かれ取られていた。

それは、ロイドフの右手から伸びていた蔓だった。

 

「…………………フフ」「!!!!」

「見誤ったな。アリス・インセンス。

この勝負、

 

僕の勝ちだ!!!!!」 「!!!!!」

 

負傷した右腕の手首を左手首で掴み、両腕の力を使ってアリスを全力で投げ飛ばした。

アリスの身体は一直線に吹き飛び、そしてそのまま試合会場を飛び越えてしまった。

 

『こ、これは━━━━━━━━━━!!!!!』

「じ、場外!! 場外!!!

勝負あり!!!!!」

 

あまりに突然の幕切れに、会場は戸惑いを隠せなかった。

 

『決着ゥゥゥーーーーーー!!!!

アリス・インセンス 公式戦に散る!!!

勝ったのはロイドフ選手だァーーーーー!!!!!』

 

 

「場外!!? 馬鹿な!!!

そんなこと一言も━━━━━━━━━━」

「いや、間違いはない。公式戦だけでなく、パリム学園の全ての試合では場外負けが設定されている。

今更 言う必要も無いという判断だろう。

 

 

それに、この試合はロイドフの完全勝利だ。

 

あの一瞬、自分の右手を餌にしてアリスの隙を作った。その【覚悟】が勝敗を分けたんだ。」

「…………………………!!!!!」

 

哲郎も言う言葉が見つからなかった。

予期していない事態になったからだ。



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#58 Iron fist

「…………すみません!!!!」

控え室

アリスは悲痛な思いの中、哲郎とファンに頭を下げた。

 

「いえいえ!謝ることはありませんよ!

あなたが精一杯頑張ったのは僕らが1番よく知ってますから。

第一、上級生相手にあそこまで頑張れただけで十分 御の字でしょう!」

「……………そうですけど、しかし…………!!!」

 

哲郎にはアリスが何故ここまで気負いしているのか理解出来ていた。

先鋒戦でファンが限界寸前まで死力を尽くして勝利をもぎ取ったのに対し、アリスはまだ余力が残っているにも関わらず【場外負け】という不甲斐ない結果で惨敗したからだ。

 

「………大丈夫です。

僕は必ず勝ちます。そして、このパリム学園を救ってみせます。そのためにここに来たんですから。」

 

哲郎はせめて彼女の心が少しでも楽になればいいと思ってその手をとって語りかけた。

 

「……………ありがとうございます。」

「では、行ってきます。」

 

哲郎は控え室を後にして試合会場(戦場)へと歩を進める。

彼の中には2人の人間 《田中哲郎》と《マキム・ナーダ》の2人分の使命感が混在していた。

 

 

***

 

 

『急展開に続く急展開!

この公式戦、いよいよ結末が読めなくなって参りました!!!

両組共に一勝一敗!!泣いても笑ってもこれが最後の試合!!!

この一線で、全てが決します!!!

それがこのパリム学園のこれからを決するのは、決定づけられた運命なのです!!!!』

 

そのはきはきとした宣言と共に会場が熱狂に包まれた。彼らの注目はこの大将戦に集中していた。

 

『それではただ今より、大将戦を始めたいと思います!!!!!』

 

哲郎改めマキム・ナーダは相手と向かい合った。

アイズン・ゴールディ

 

向かい合って改めて分かるのは、その表情が慢心で構成された下卑た笑顔に汚されているということだ。

 

「こいつがオレの相手だァ!!?笑わせんな!!!

おい!! くたばりたくなかったら さっさと降参するんだな!!!!」

 

哲郎はその罵声に反応しなかった。するとアイズンが歩きよって至近距離で睨みをふっかけてくる。

 

「………チョーシに乗んなよ ガキが。

これ以上オレを怒らせると腕の骨をここに置いていくことになるぞ?」

 

「………今僕に手を出すと、ルール違反で失格になりますよ?」 「!!!!」

 

哲郎は冷静さを崩さず 淡々とした口調でそう言い放った。アイズンもたじろいだがすぐに冷静さを取り戻し、元の位置に戻る。

 

「武器 そして魔法の使用を認めます。

どちらかが負けを認めるか、動けなくなった時点で試合は終了します。」

 

2人の間に立ったレフェリーの発言が試合開始の合図の前座だった。

 

「両者 下がって!」

 

哲郎はアイズンと距離をとった。

これから起こる結果が全てパリム学園の将来に反映されるのだ。

 

『それでは大将戦

始めて下さい!!!!!』

 

(…………まずは様子を……………

!!!!?)

 

その瞬間、哲郎は瞬時に嫌な予感を察した。

 

ズドォン!!!!! 「!!!!!」

 

直後、哲郎の腹に硬い何かが直撃する。

 

(………………!!!? な、何だ…………!!!!?)

 

哲郎はかろうじて冷静に攻撃してきた何かの正体を確認した。

 

(………!!? 鉄柱!!?

…………そうだ!! 思い出したぞ!!!!)

 

瞬時に鉄柱が攻撃してきたことを理解し、そして彼が鉄柱を具現化する魔法を扱うことを思い出し、それが地面から生えてきたのだということを理解した。

 

腹へのダメージはすぐには《適応》出来ず、哲郎はそのまま地面に落ちた。

 

『 き 決まったァーーーーーー!!!!!

強烈な先制攻撃!!! アイズン選手の固有魔法 《鋼鉄之拳(アイアン・フィスト)》が炸裂したァーーーーーーーー!!!!!』

 

哲郎の腹のダメージはほとんど適応していたが、すぐには立ち上がらず 苦しむふりをして出方を伺うことにした。

 

『ダメージは決定的か!!?

マキム選手、立ち上がれない!!!!』

 

「…………こんなもんかよ。呆気ねぇな。」

 

思った通り、アイズンは自分がダメージを負って立てないと思い込んでいる。

このまま油断を誘っていればいずれ 攻撃の機会はやってくるだろう。

 

「…………終わらせるか。」

 

アイズンは悠々と哲郎に近づき、手の平をかざした。そこに小規模だが魔法陣が浮かび上がる。

 

(手の平(あそこ)から魔法か!!)

 

頭の所を狙って放たれた鉄柱を身を翻して躱す。

 

『マ、マキム選手 かろうじて難を逃れた!!!』

 

 

***

 

 

観客席

ファンとアリスが哲郎の試合を見ていた。

 

「テ、テツロウさん 何をやってるんだ!!?

あの時はお兄様と張り合っていたのに!!!」

「ま、まさか手を抜いてるんじゃ……!!!」

 

「そんなはずが無いだろう。」

「「!!! お兄様!!」エクス寮長!!」

 

「あの男、アイズンは戦いにおいては玄人だ。今は舐めてかかっているが、ひとたびやつの実力を知れば 勝率は遥かに落ちるだろう。

だからやつが狙っているのは

 

【一撃での必殺】だ!!!」



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#59 Tidalwave impact

『さぁ マキム選手、負傷をおった身体で何とか間合いを取ります!!

この屈指の実力者を相手取り、如何なる戦法を見せるのか!!』

 

マキムのダメージは既に適応していたが、それを悟られてはいけなかった。

無傷なことに気づいたらアイズンはきっと 今度こそ全力を出して倒しにかかるだろうからだ。もしそうなれば死にはしないにしても場外に追いやられかねない事態に陥るだろうとそう考えていた。

 

「威勢のいい事言ってた割にへっぴり腰じゃねぇかよ!!!!」

 

アイズンはマキムに対して何本もの鉄柱を展開する。 それを何とか避けられているふりをして、一撃必殺のチャンスを狙っている。

 

魔法のない哲郎がこの屈指の実力者を倒す唯一の方法がそれだった。

 

 

「………もう 終わらせっか。」 「!!!」

 

アイズンを取り囲っていた鉄柱が一つに束ねられ、そこから牙や翼が生えてきた。

これには哲郎も動揺を隠しきれなかった。

 

「…………………!!!! 龍…………!!?」

「そうだ。 こいつが鋼鉄之龍(アダマント)だ!!!!」

 

アイズンの宣言を起爆剤とし、会場には熱狂と騒然とが入り乱れた。

 

『で、出ました!!!! 鋼鉄之龍(アダマント)!!!!!

アイズン・ゴールディ きっての必殺技がこの公式戦の場で発動しました!!!!』

 

その龍を見上げて哲郎が考えていたのは サラの《炎之龍神(サラマンダー)》とそっくりだということだった。

 

「この牙を喰らえや!!!!」

 

アイズンは腕を振るって鋼鉄之龍(アダマント)をマキムに襲わせた。

 

(サラさんの炎之龍神(サラマンダー)に似てるなら、対処法も同じはず!!!)

 

哲郎はアイズンに脚を向け、その牙を自分の脚に噛ませた。

鋼鉄の牙が脚の肉に食い込むものの、その激痛に構うことなく、すぐに行動に移った。

 

「はいやァッッッ!!!!!」

「うぉッッ!!!?」

 

哲郎は身体をオーバーヘッドキックの要領で縦に回転させ、脚に繋がった龍に直結しているアイズンの身体は回転に引っ張られて宙を舞う。

 

ドゴォン!!!!! 「!!!!!」

 

サラとは違い、アイズンはそのまま頭から地面に激突した。

あまりに一瞬の事に、会場にも衝撃が走る。

 

『な、何とマキム選手がアイズン選手を投げ落としたァーーーーーーーーー!!!!!』

 

アイズンの下半身は少しの間 静止し、そして地面に大の字に倒れた。

受け身を取れなかったアイズンの身体には少なからずダメージが刻み込まれ、起き上がれなくなっている。

 

『ダメージは決定的か!!? アイズン選手、未だに立ち上がれない!!!

しかし、それはマキム選手も同条件!!

追撃が下されていません!!!』

 

時間にして十と少しの秒数が経った後、アイズンはよろけながらも立ち上がった。

振り返ってマキムに送った視線には、【屈辱】や【困惑】などの様々な感情が入り交じり、表情からは明らかに冷静さが消えていた。

 

「……たった1発 ぶち込んだくらいで 俺を超えたつもりかよォ!!!? エェ!!!!?」

 

哲郎は何の反応も見せない。

その言葉が虚勢である事は火を見るより明らかだった。

 

「………まぁいいさ。

お前は俺を本気で怒らせちまった。」

「試合の場で攻撃して、どうして怒られなければいけないんですか?」

「!!!!!」

 

哲郎の何気ないその一言は、アイズンの心を深深と抉った。こうして 演技によって相手の感情を揺さぶることも重要だと教わっていた。

 

哲郎は棒立ちで怒りに震えているアイズンに対し、跳び上がった。

そして全体重を乗せて彼の鼻先に両足で蹴りを見舞った。

 

『け、蹴ったあああああぁぁぁッッ!!!!!』

 

アイズンは鼻から大量の血を噴き出し、再び背中から大の字に倒れた。

 

「~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

 

アイズンは上半身を起き上がらせたもののその鼻からは蛇口を限界まで開いたようにおびただしい程の血が流れている。

 

『一気に形勢逆転だ!!

マキム選手、あの屈指の実力者 アイズン・ゴールディを 完全に圧倒している!!!!』

 

哲郎は試合を終わらせようと、アイズンと距離を詰めていく。しかし その間合いに入る寸前でアイズンが立ち上がった。

その口が何故か綻んでいる。

 

「!!」

「……もう終わりだ。」 「??」

 

「俺がこいつを使ったからにはおまえはもう手も足も出せねぇぞ!!!」

 

アイズンは胸の位置に魔法陣を展開した。

 

鋼鉄之鎧(イエラ・ラグリマ)!!!!!」

「………………!!!?」

『こ、これは━━━━━━━━━━━━』

 

魔法陣からいくつもの鉄柱がぐねぐねも曲がりながら展開していき、身体を覆っていく。

アイズンの姿は騎士が着る甲冑のようになった。

 

『アイズン・ゴールディ、ここに来て奥の手を発動したァーーーーーーー!!!!』

「こいつは魔力の塊だ。

お前のちっぽけな拳骨なんかじゃ ヒビ1つ付けられねぇよ!!!!」

「…………………………。」

 

 

哲郎は誰にも気づかれないように心の中で喜んだ。 これこそが 待ち望んだ 【一撃必殺の機会】だったからだ。

 

哲郎はこのパリム学園の誰にも見せていない(・・・・・・・・・) 【カジキの構え】をとった。

そして地面を蹴り、アイズンに強襲する。

 

「…………んぁ?」

『こ、これはマキム選手、

一体 何を━━━━━━━━━━━!!!?』

 

《魚人波掌 杭波噴(くいはぶき)》!!!!!

バチィン!!!!! 「!!!!?」

 

身体を振るって、アイズンの胸に掌を叩き込んだ。



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#60 Jellyfish Armbreaker

《魚人波掌 杭波噴(くいはぶき)》!!!!!

 

バチィン!!!!! 「!!!!?」

 

哲郎は全身の力を存分に振るってアイズンに渾身の魚人波掌を叩き込んだ。

 

魚人波掌 杭波噴(くいはぶき)

魚人武術の御業の一つ。

攻撃に特化した魚人波掌で、波を1本の柱のようにして叩き込むような衝撃を相手に見舞う。

まともに食らえば全身の水分が衝撃に揺り動かされ、目や全身の毛穴から大量に血を吹き出す。

 

今 食らったアイズンもまさにその状態になっていた。

 

「があぁぁあああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

 

アイズンは全身 血まみれになり、絶叫しながらのたうち回っている。

 

『い、一体何が起こったのでしょうか!!?

アイズン選手、まるで 赤子のように地面に崩されてしまった!!!』

 

「…………な、何故だァ……………!!!?

俺のこの鋼鉄之鎧(イエラ・ラグリマ)の魔力の密度の前には今まで誰も傷をつけられたことがないのに……………!!!!」

「誰も? それは【ラドラ】さんでもですか?」

「!!!!? て、テメェ

なんでその人の名前を……………!!!?」

 

哲郎は言葉巧みにアイズンの動揺を誘った。

ダメージを負った身体、そして心には今の言葉は酷く堪えていた。

 

「ちなみに教えておくと、僕が今使ったのは 魚人波掌。相手の水分と魔力に衝撃を叩き込む技です。

魚人武術の技 と言えば分かるでしょう?」

「!!? 魚人武術だと!!?

ふざけんな!!! この俺が 俺の魔法があんな貧弱なお遊びなんかに負ける筈があるか!!!!!」

「ふざけているのはあなたの方だ。

自分の力を過信し、ましてやよく知りもしない物をなんの根拠も無しに 貧弱と罵るその慢心!!

 

そんな性根に漬け込むなんて猿でもできる事だ!!!!」 「!!!!!」

 

アイズンの額には既にいくつもの青筋が浮かんでいた。

今、彼の頭の中には【屈辱】や【憤怒】や、【恥辱】など、とにかく様々な感情が入り乱れ、押し潰していた。

 

「…………フフフ。」 「?」

「1回魔力に衝撃をぶち込んで 俺に勝ったつもりか………………?

 

甘いんだよォ!!!!!」

 

アイズンは無詠唱で鉄柱を展開し、それを哲郎の腹に炸裂させた。

身体がくの字に折れ曲がり、外枠まで一直線に吹き飛ばされる。

 

『こ、ここに来てアイズン選手の起死回生の一撃が炸裂したァーーーーーーーー!!!!!』

「ハハハハハハハハハハハ!!!!!

ざまぁねぇ!!!! 一瞬 自分(てめぇ)の力を過信したのが命取りだったなぁ!!!!!」

 

哲郎は大の字に倒れていた。

誰の目からも もう立ち上がることは出来ない

 

 

かのように見えた。

 

スック 「!!!!?」

『た、立った!!!!』

 

「………………!!!!

ま、まぐれだ!!!! 俺の魔法をもろに食らって立ってられる筈が 」

「もろに食らった ですって? 僕が?

一体 何のことですか?」

「~~~~~!!!!

んなら もう1発でそのハラワタ ズタボロにしてやる!!!!!」

「やれると言うならどうぞ」

 

哲郎はそう答え、再び構えをとった。

しかし、それは【カジキの構え】とは違う両腕の力を抜いてだらりと下ろし、全身の重心も下がっている いかにも隙だらけの構えだった。

 

そこにアイズンの鉄柱が容赦なく襲いかかる。その先端が哲郎の顔面に直撃する

 

 

 

直前で身体がまるで 風にあおられる風船のように宙に浮き、鉄柱の強襲を完全に受け流してしまった。

 

「な…………………!!!!?」

 

そのあまりに異様な光景にアイズンは肝を抜かれていた。それに構うことなく哲郎は空中で一回転し、元の位置に着地する。

 

「分かりましたか? あなたの魔法は僕にはただの1回も直撃などしていないんですよ。

これが 魚人武術 最大の防御

 

海月(くらげ)の構え】です。」

「………クラゲ……………!!!?」

 

 

海月(くらげ)の構え

両腕の力を抜き、全身を脱力させ相手の攻撃への迎撃のみに焦点を絞った 待ちの構え。

相手の攻撃と完璧にタイミングを合わせれば 受けるダメージを完全に無効化できる。

 

その際の動きが波に身を任せ漂う海月(くらげ)に似ていることから、【海月(くらげ)の構え】という名が付けられた、魚人武術の防御の奥義と揶揄される構えである。

 

「……………下らねぇ。」

「何ですって!?」

 

「そんなもん、この手でぶん殴れば終いだろぉがァ!!!!!」

 

アイズンは十八番の鉄柱魔法を使わず、哲郎に強襲した。それは誰の目にも 悪手としか言いようのない行動だった。

 

「くたばれやァ!!!!!」

 

アイズンは鋼鉄のグローブを纏った拳を哲郎の顔面目掛けて振るった。 しかし、哲郎はそれも予測していた。

アイズンの拳が到達する前に掴み、逆に引き寄せた。そのまま横方向に飛び上がり、アイズンの肘を自分の脇腹に掛けた。

 

「はいやァッッッ!!!!!」

ボキンッッ!!!! 「!!!!?」

 

そのまま身体をきりもみ回転させ、脇腹を支点にして てこ の要領でアイズンの右腕を破壊した。

 

「があぁぁあああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!」

『な、何とマキム選手、アイズン選手の右腕を奪ってしまった!!!!!』

 

アイズンは腕を折られた激痛に崩れ落ちた。

 

「これは魚人武術の技ではありませんが、僕が海月(くらげ)の構えから編み出した我流の技

 

安っぽい名前ですが、【ジェルフィッシュ・アームブリーカー】とでも呼ぶとしましょう。」

「~~~~~~~~!!!!!」

 

腕の激痛に苦しみ悶えるアイズンを哲郎は悠々と見下ろしていた。

 

「さて、そろそろあなたにもお見せしましょう。あなたが貧弱なお遊びとこき下ろした魚人武術 その真髄をね!!!」



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#61 The Execution

公式戦の3日前

哲郎はエクスに呼ばれて彼の自室に来ていた。

 

「テツロウ、お前をわざわざここに呼んだのは他でもない。

お前が戦うであろうアイズンについての事だ。」

「はい。 アイズン・ゴールディの事ですよね。それなら僕も独自に調べてあります。」

 

 

以下に記載するのは、パリム学園の生徒の一人アイズン・ゴールディ

彼のいじめの被害者達の証言である。

 

・『偽善ぶったやつの心をへし折るのが好きだ』と言っていた。

・鉄柱で腹を何度も打たれ、危うく内臓破裂寸前まで追い込まれた。

・下級生がひざまつかされて、降参しても殴られていた。

 

 

そして、この証言をした生徒全員が 一刻も早く何とかして欲しい と懇願していた。

 

「……あの男共がどれほど下劣な人間であるかはしっかりと分かりました。」

「一応 聞いておくが、どんな方法で【裁く】つもりだ?」

「あの公衆の面前で赤恥をかかせた後、二度と誰もいじめる気など起こさないよう徹底的にいたぶる。

 

それしかあの男を止める方法は無いでしょう。」

 

哲郎の中には静かに怒りが煮えたぎっていた。その決意を持って、公式戦の場に立つことになる。

 

 

***

 

 

「ハァッ ハァッ ハァッ…………………」

(い、息切れ………!!!?

この俺が あんな下級生のクソガキにビビってるのか……………!!!!? 冗談じゃねぇ!!!!)

 

己を虚勢で鼓舞しても、自分自身の恐怖心を拭うことは出来なかった。

右腕に走っている激痛がそれを遥かに凌駕していた。

 

「……アイズン・ゴールディ。

言うまでもないでしょうが、あなたのやってきた事は到底 許されるものでは無い。それはあなたが一番分かっているでしょう。」

「……ふっ ふざけんな!!!

俺が何をした!!? あのクソの役にも立たねぇ下級生のクズ共を俺のストレス解消として使ってやった(・・・・・・)!!!!

感謝して欲しいくらいだ!!!!」

「………………………………………!!!!!」

 

これはアイズンが恐怖に飲まれんとして口から出した虚勢だが、彼は後にこの発言を強く後悔する事になる。

 

「……………全く持って残念です。

あなたがここで自分の非を認めてその頭を下げてくれたなら、少しでも寛大な処置をしてあげようと思っていたのですが、そのつもりは無いようですね。」

「……………………何…………………!!!?」

「どうせあなた達の事だ。

僕たちのことを侮って、この公式戦を他の生徒たちへの見せしめの公開処刑だとでも思っていたんでしょう?」

 

「………………!!!!

だ、 だったらどうだってんだ!!!?」

 

哲郎は少しの間 目を閉じて、アイズンに一瞥した。その目からは怒りは消え、ただ憐れみだけが残っていた。

 

「…………僕もそうさせて貰います。

これから 神、校則、倫理観、道徳、そして 天。

これら全てを代行してアイズン・ゴールディ 貴様に刑を執行する!!!!!」

 

哲郎はその指を堂々とアイズンへと向け、宣戦を布告した。

その頼もしさに誘発され、観客席、特に下級生の席が大いに湧いた。

そしてあれよあれよという間に、会場はマキム・ナーダを支持する声で埋め尽くされた。

 

「……………………!!!!!

調子こいてんじゃあ ねえェェエエ工!!!!!」

「!!!」

 

アイズンは 駄々っ子のように怒鳴りをあげた。

 

 

「俺を裁くだと!!? 刑を執行するだと!!!?

やれるもんならやってみやがれ!!!!!」

 

アイズンは胸の魔法陣に手をかけ、そのまま力任せに鎧と服を引きちぎった。

彼の 事実上 鍛えられた身体が晒された。

 

『な、なんとアイズン選手、己の鎧を自ら捨てた!!!』

「………お前に出来ることは全部 分かってんだよ!!!! お前はただ魔力に衝撃を流すだけ!!!! つまり!! こうしちまえば お前は俺に手も足も出せねぇ!!!!

悔しかったら この俺を膝まつかせて見せろ!!!!!」

 

アイズンの言葉に 全く反応せず、哲郎は口を開いた。

 

「…………この期に及んでまだ油断するとは。 馬鹿は死なないと治らないとはよく言ったものです。」

「……………!!!!

くだくだ ほざいてねぇでさっさと掛かって来やがれ!!!!」

 

「僕は待っていたんだ。

あなたが()()()()()()()()()()()()のを。

その鎧を脱いでくれるのを。」

 

そして、哲郎がとった行動に場内は唖然とした。

 

哲郎はその身体を弛緩させ、姿勢をゆらりと崩したのだ。

身体はくねくねとだらしなく揺れ動き、まるで骨が抜けてしまったかのような動きをとっていた。

 

到底 戦いには不向きな動きだと そう思われた。

 

(………アイズン・ゴールディ。

執行するのは、《鞭打ちの刑》だ。

この激痛をもって、罪を償え!!!!!)

 

哲郎は豹変したように急速にアイズンとの距離を詰め、その腕を振るった。

 

ビタァン!!!!! 「!!!!!」

 

掌が彼の剥き出しになった背中を捕らえ、けたたましい音が響く。

 

場内が戸惑いに包まれる中、エクスの口が綻んでいた。

 

(………テツロウ・タナカ。

まさかそれ(・・)までも使うとはな。

あの時の言葉、嘘では無かったのか。

 

せめて自分の無事を祈るんだな。 アイズン・ゴールディ。

ここからは地獄。 それが貴様に下される天罰だ。)



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#62 Whiplash octopus

ビタァン!!!!!

 

、と けたたましい音が響き、哲郎の掌がアイズンの剥き出しの背中を捕らえた。

 

 

観客席では、ファンがその様子を困惑しながら見ている。

 

「!!? 何だ!? マキムさん、一体何を……………!!?」

「《蛸鞭拳(しょうべんけん)》だ。」

「「しょうべんけん??」」

 

エクスの口から出たその聞きなれない言葉に 2人は聞き返した。

それに構わず エクスは口を緩めて続ける。

 

「知らなくて当然だろう。

だが、これから爽快なものを見られるぞ。

見てみろ。 アイツを。」

 

 

 

 

***

 

 

 

「アガァああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!

ああああああああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

あぎゃあああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!」

 

 

観客席は、その異様な光景に戸惑っていた。

 

アイズンが、この世の物とも思えない程悲痛に絶叫しながら地面をのたうち回っているのだ。

 

『い、一体何が起こったのでしょうか!!??

アイズン選手が まさに痛がって(・・・・)、 いや、これを痛がっていると形容するべきでしょうか!!??』

 

しばらくして、アイズンの身体から痛みが引き、絶叫は途絶えた。

息を絶え絶えとさせながら起き上がり、観客達はその目に飛び込んできた光景に度肝を抜かれた。

 

『な、一体これは!!?

あの背中の傷は 一体!!!?』

 

アイズンの背中に、真紅の色で掌の跡がべったりと刻み込まれていた。

その痛々しい光景にファンやアリスも思わず目を背けてしまう。

 

「分かったか? あれが《蛸鞭拳(しょうべんけん)》。そしてやつが今取ったのが、魚人武術の御業の一つ、 《(たこ)の構え》だ。」

 

 

(たこ)の構え

海月(くらげ)の構え》とは対極をなす、攻撃に特化した脱力の構え。

全身の筋肉を極限まで弛緩させ、肉体を最大限まで脱力させる。

 

達人の行うそれは、敵愾心にすら蓋をし、攻撃を読むのが困難になる。

 

 

蛸鞭拳(しょうべんけん)

(たこ)の構え》による極限の脱力状態から放たれる、平手打ちの攻撃。

魚人武術の中でも、最上位の妙技と謳われる神技である。

 

 

「そして、この技の考案者はこう 言葉を残している。

『これこそが、全人類の意表を突く技術(わざ)だ』と。」

「「………い、意表??」」

 

「正しくそうだ。 俺もその言葉の意味を理解した時には目が皿のようになったものだ。 このラグナロクに生き、そして強さを希う全ての人類には、【盲点】が存在するんだ。」

 

「「………盲点??」」

 

「そうだ。人間には、例えばグス。ファン、お前はあいつの身体をどう思った?」

「?? …………到底 女性のものとは思えない程に鍛え抜かれて、硬い筋肉に覆われていました。」

「その通りだ。 しかし、たとえその身体であっても、そこには弱点が存在する。

 

それは、《皮膚》だ。」

 

 

皮膚

 

戦闘、特に己の五体のみを用いた格闘や闘争の場では、拳や脚による殴打が重視されるが、有効打は他にも存在する。

 

皮膚とは、人間が持つ最大の広さを持つ器官であり、いかなる方法でも鍛えることは出来ない。たとえ出来たとしても、その完成度は筋肉などには遠く及ばない。

 

仮に生まれて間もない乳飲み子と筋骨隆々の巨漢の皮膚状態を比べても、その状態は酷似している。

 

蛸鞭拳(しょうべんけん)とは、その皮膚を無慈悲に打つ技。つまり、そこには急所、弱点の概念は存在せず、攻撃される場所は全て急所と化す。

 

その激痛は、到底 名状しがたい代物であり、五体のどこで受けても同じだけの激痛が襲う。また、強力な鞭で連打された場合、ショックによって死に至る危険性すらある。

 

今のアイズンには、それだけの激痛が走っていた。

 

 

***

 

 

「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ…………………」

「……………………………………」

 

哲郎はアイズンの恐怖に歪んだ顔を見下ろしていた。頭には慈悲の心は全くなく、あったのはこれから二度といじめをする気を起こさせないように裁かねばならないという思考だけだった。

 

「……………今から味わう地獄の全てが、あなたがやってきた悪行の報いと心得なさい。

そしてせいぜい 祈っておいてください。

また明日 生きてこの地を踏める その奇跡(・・)を。」 「!!!!!」

 

哲郎は再び(たこ)の構えを取り、アイズンの左肩と右の太腿をしたたかに打ち付けた。

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

 

アイズンは再び激痛にのたうち回った。

その絶叫は最早 言葉にならないほどだった。



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#63 Whiplash octopus 2

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

 

アイズンはのたうち回っている。

彼の左肩と右の太腿には正しく鞭傷のように赤々と一筋の裂傷が刻み込まれていた。

 

「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ………………!!!!!」

 

アイズンはうずくまりながらもかろうじて哲郎の方を見た。その目には未だに戦意が消えていない。

 

『アイズン選手、再び立ち上がった!!!

怒涛の展開が続くこの公式戦もいよいよ佳境に入ってきました!!!

果たして、このままマキム選手が畳み掛けるのか、それともアイズン選手がここから奇跡の逆転を見せるのか!!!!』

 

哲郎は再び身体を柳のようになびかせた。

 

(!!!!! 来るぞ!!!!)

 

アイズンは残った体力を振り絞って歯を食いしばった。

 

しかし、哲郎の攻撃はその戦略の更に上を行った。

 

 

バチィン!!!!! 「!!!!!」

 

哲郎の脚による打撃はアイズンの腰の部分を捕らえた。

 

「あがあああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!」

 

アイズンは更に絶叫をあげた。しかし、彼の負傷は先程までのものとは格が違っていた。

 

『!!!! あ、あんな負傷は前代未聞です!!!

い、一体マキム選手の身体のどこにあんな力が!!!!』

 

アイズンは腰の皮膚が破られ、赤黒い筋肉が露出していた。そこからは少しづつではあるが血が吹き出している。そのあまりに醜怪な惨劇に会場は騒然とした。

 

「い゙ い゙ い゙ (い゙)でええぇぇえええええええええええええええ!!!!!

あ゙ (あ゙づ)い!!! (あ゙づ)い!!!!!

お゙ (お゙れ)の肌が 焼げて 焼げてるううう!!!!!

 

何でだ!!!? 何であんなガキのビンタなんかがこんなに、こんなに痛てぇんだァああ!!!!?」

 

アイズンが悲痛に訴えた疑問の答えは《脱力》にある。

 

実に奇妙なことではあるが、人間の四肢は脱力していくとそれに反比例して徐々に重さを増していく。 そして、その脱力が完成していくに連れ、人間の五体は《鞭》を超えた《凶器》へとその本性を変える。

 

蛸鞭拳(しょうべんけん)とは、皮膚を【叩く】技ではなく、皮膚を【破り破壊する】攻撃なのだ。

 

「…………………………」

 

哲郎はアイズンの醜態を誰よりも冷酷に眺めていた。

 

実際に彼のやってきたことを見た訳ではないが、このように弱っている下級生を平気でいたぶって今まで生きて来たことは容易に想像できる。

 

(………神様、もし僕を見ているなら、一つだけ僕のわがままを許してください。

僕を、少しの間だけ彼の悪行をなぞる権利を、彼を裁く権利を僕に下さい!!!!)

 

哲郎はトドメに出た。

 

再び腕の鞭を振るってアイズンの顔面に炸裂させた。

頬の皮膚が破れて再び赤黒い筋肉が晒される。

 

「~~~~~~~~~!!!!!」

「終わらせましょう。」 「!!!!」

 

哲郎はアイズンと至近距離に立ち、その両腕を開いて構えた。それは、蛸が獲物を捕食する動きを真似て作られた構えである。

 

 

蛸鞭拳(しょうべんけん) 奥義

蛸壺殴(たこつぼなぐ)り》!!!!!

 

バチバチバチバチバチバチバチバチィン!!!!!

「 !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!! !!!!!」

 

哲郎は腕を高速で振るってアイズンの全身に八つの衝撃を一斉に見舞った。

その時アイズンが受けた衝撃は、最早 《激痛》という言葉で言い表すことすら難しい程の代物だった。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ !!!!!」

 

アイズンは三度 地面に崩れ落ちた。

その時彼の頭にあったのは 自分が死んでしまうかもしれないという、純粋な恐怖だけだった。

 

「………ひ、ひぃっ!!!!」

 

哲郎が見たアイズンの表情は正に恐怖 一色に染まっていた。 後に彼はその時 哲郎がまるで死刑執行人のように冷酷に見えた と言葉を残している。

 

「ア、アイズンが 圧倒されてる…………!!?」

「行ける?! 行けるのか?!!」

「このままなら勝てるぞ!!!」

 

このままマキムが勝てばもうアイズン・ゴールディという呪縛から解き放たれるかもしれない 下級生達が切望したその期待はマキムを支持する声に変わって場内を埋めつくした。

 

(…………もう攻撃する必要は無いな。

終わりにしよう。)

 

哲郎は観客席の方へ振り向いた。

 

「パリム学園の皆さん、申し訳ありませんが、一つ 謝らなければならないことがあります。」 「!?」

 

観客席は、哲郎の予想外の行動にざわついた。

 

「………僕は、マキム・ナーダではありません。」 『!!?』

 

(……ノアさん、せっかくここまで協力して頂いたのにすみません。でも、分かってくれますよね。)

 

哲郎は心の中でそう謝ると襟のボタンに手を掛けた。そのボタンを外し、身体を覆っていた魔法を解く。

 

「…………………………!!!!?」

『………あ、あれは…………………!!!!!』

 

「僕はマキム・ナーダではなく、テツロウ・タナカです!!!!」

 

テツロウ・タナカ

その名前と姿に場内にいた者は全員 【魔界コロシアムの準優勝者】という情報を連想した。 それは、アイズンもまた然りである。

 

「………ひ、ひぃッッ!!!!」

 

振り返った哲郎に対し またしてもアイズンは恐怖の声を漏らした。

 

魔界コロシアム

彼にとってそれは今の自分でも挑戦することすらはばかられる未知の領域であった。

それを不完全ながらと勝ち上がったテツロウ・タナカという存在は 彼にとって 必要以上に (おお)きく見えた。

 

「ひ、ひぃっ ひぃっ ひぃっ ひぃっ ひぃっ!!!!」

 

アイズンは近寄ってくる哲郎に対し、地面を転がりながら逃げ惑う。 そして、場外まで追い込まれた。

 

哲郎は再び蛸鞭拳(しょうべんけん)を撃ち込む フリ をした。

 

(!!!! こ、降参したヤツを執拗にいたぶる…………………!!!?)

 

アイズンは、ようやくこの状況が自分のやってきたことと同じであることを理解した。

 

(や、止めろ!! 止めろ!!! 止めろ!!!! 止めろ!!!!!

もう一発も耐えられねぇ!!! 死ぬ!!!死ぬ!!!!死ぬ!!!!!死ぬ!!!!)

 

アイズンは身の危険を感じた。

 

上級生のプライド と 自分の命

その2つを秤にかけた時にどちらか勝るかは火を見るより明らかだった。

 

 

「俺の負けだああああああああああぁぁぁ~~~~~~~~~~~~ッッ!!!!

許してくれぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

 

アイズンは地面に蹲ってとうとう 降参 の言葉を口にした。

哲郎は振りかぶった手を下ろした。

 

自他ともに認める完全な敗北だった。



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#64 The victory decorated by lamentations

「勝負あり!!!!!」

 

アイズンの降参の言葉を聞くや否や、審判の男がその手を挙げた。

哲郎の勝利を確信した場内はそれまでの熱狂の全てをかき消してしまうほどに大いに湧いた。

 

「け、け、け、決着ゥーーーーーーーーーーーーー!!!!!

なんとアイズン選手が ギブアップを宣言した!!!! これぞまさに完全敗北!! 完全決着!!!

それを決めたのはこの男!! マキム・ナーダという仮面を被った あの魔界コロシアムの準優勝者 テツロウ・タナカ氏!!!!

 

魔界の2番目に立った少年が今、この稀代の卑劣漢に 天誅を下したのです!!!!!」

 

最初こそアイズンが暴れたものの、終わってみれば哲郎のワンサイドゲーム。

そして、これでアイズン達のいじめという今まで逃れられなかった呪縛から遂に開放される という確信は下級生達を喜ばせた。

 

そしてその喜びは拍手という行動に変わって哲郎に降り注いだ。

場内には哲郎への感謝や賞賛の言葉が送られた。

しかし、哲郎には喜びの感情は無かった。

あったのは 少しの罪悪感と虚しさだった。

 

もうこの会場に用は無いはずの哲郎だったが、会場の歓声を気に留めずに跪いているアイズンに歩きよった。

 

「ひ、ひぃっ!!!!」

 

アイズンの心は既に 《テツロウ・タナカ》への恐怖心で埋め尽くされていた。

哲郎はそれを怒りを超えた呆れと哀れみの表情で見つめている。

 

哲郎はアイズンの目の前に座り込んだ。

 

『マ、マキム いや テツロウ氏 一体?』

 

「………もう十分 分かっていただけた筈ですよね? あなたがこれまでいじめてきた下級生達の気持ちが。

これからその気持ちを忘れないのであれば、僕はもう何もしません。」 「!!!!!」

 

アイズンはうなだれた。

その時、彼の中で何かが音を立てて切れていた。

 

これまで暴力の限りを尽くしてきた人間の心を非暴力によって折る という行動に、会場は熱狂と感謝から賞賛の拍手へと変わり、場内を埋め尽くす。

 

哲郎は踵を返し、試合会場を後にする。

これで、田中哲郎のギルドとしての最初の依頼 【パリム学園のいじめ問題を解決する】という依頼は完遂された。

 

 

***

 

 

 

公式戦から3日後

あれから しばらく面倒事が続いた。

 

まず初めに素性を偽って学園に潜入した事を少しだけだが問い詰められた。

 

しかし、それは正式にギルドから依頼を受けた事実と推薦人 兼 協力者 のノアが証人になってくれたおかげで大事にはならずに済んだ。

 

そして、ルームメイトのマッドとも一悶着あった。

 

自分との付き合いは表面上のものだったのか などと様々なことを問いただされたが、これも 依頼とは別の事だと言うことや、ファンとアリスの助言のおかげで穏便に済んだ。

 

そして今、哲郎はエスクの自宅の部屋に来ている。

 

「………やはり、学園は退学になったか。」

「……ええ。 まぁ当然と言えば当然です。

いくら理由があったとしても素性を偽ったのは何かしらの罰がないといけないようです。」

 

過程はどうあれ、哲郎はギルドの初依頼をやり遂げた。 それはあの3人の顛末を見ても明らかだった。

 

グスは公式戦での敗北が決定打となり、無期限での停学を命じられた。

ロイドフもまたラドラ達に責任を取る形で自主的に謹慎したという。

 

肝心のアイズンはあれから人と敵対することにすら恐怖を感じるようになり、これから実技の授業がままならなくなるが いじめを繰り返す危険性は無いのだと言う。

 

哲郎の心には一抹の罪悪感があった。

いくら 彼が卑劣の限りを尽くしてきたと言っても、彼の心に一生消えない傷を残してしまった。

果たして自分にそれだけの権利があったのだろうか と

 

ギルドの依頼で、たくさんの下級生を救うためにやった結果だと割り切っているものの、ふとした時に考えてしまうのだった。

 

「……話は変わるが テツロウ・タナカ。

パリム学園の寮長 としてでは無く1人の対等な人間として一つ お前に依頼する。」

「……はい。」

 

「1週間後、 俺たちはラドラの陰謀を止めるために真っ向からぶつかり合う。

そこでテツロウ お前にも一役かって欲しい。」

「はい。 覚悟は出来ています。」



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ラドラ寮 全面衝突 編
#65 The courage to be warrior


公式戦から一週間

哲郎は依頼料から少し使って格安の宿で骨を休めていた。

 

「……でね、はい。

 

あーそうそう そんなこともありましたよ。

 

……だから僕ね、その時 みんなの前で心をへし折ってやったんですよ。 そう。 もう二度といじめをする気を起こさないためにね。

 

……だって そうでしょ? こっそり再犯でもやられたら元も子も無いでしょ?」

 

今は宿の公衆電話でノアに依頼を滞りなくこなした事を報告していた。

 

「……えー はいはい。

 

……あぁ。 もう電話料金が切れそうです。

じゃあ続きはまた後ほど。 それでは。」

 

哲郎は受話器を置いた。

 

(……さて、そろそろ支度しないとな。)

 

哲郎は宿の一室に戻った。

ひとつの部屋にトイレと台所、そしてベッドが備え付けてある簡素な部屋だ。

 

(………ここで過ごして もう依頼料の半分くらい使っちゃったな。

……まぁ魔界コロシアムの賞金も残ってるし、初めはこれくらいいいでしょ。)

 

哲郎は学校の調理実習では食器の容易や洗い物を請け負い、調理は他の生徒に任せ切りだった。 つまるところ、家事の類はずぶの素人なのだ。

 

次にここで身につけなければならないのは家事力かもしれない と考えながら、リュック1つ分の荷物をまとめた。

 

 

***

 

 

「……では一週間、お世話になりました。」

「……こちらこそありがとうございました。

またのご利用 お待ちしております。」

 

哲郎は受付に鍵を返し、宿を後にした。

止まった部屋こそ簡素だが、温泉も食堂も完備されている かなり快適な生活が出来た と心の中で感謝の気持ちを送った。

 

「………さて、行くか!」

 

哲郎は脇目も振らずに歩を進める。

目的地はとうに決めていた。

 

 

***

 

 

哲郎は目的地に着いた。

エクスの自宅である。

 

「……なんだ もう来たのか。

まだ3日も後の事だぞ?」

「ええ。 もう十分休みました。

それにあのままじゃ 貯金が底をついてしまいますよ。」

 

あの時 全校生徒に自分の正体を明かしたことで、パリム学園に出入りする資格を失ってしまった。 もっとも依頼を完遂した今は必要ないが、これからを考えると少しばかり不便になる と漠然と思った。

 

「まぁ こんな玄関で立ち話もなんだ。

話は中に入ってやろう。」

「はい。」

 

 

***

 

 

「ここには1人で住んでるんですか?」

「そうだな。 親とは離れて暮らしている。

言うならここは俺一人が仕事をするための家と言うべきだな。」

 

哲郎はリビングのような部屋に案内された。

 

「……確認するが、お前が請けた依頼は《いじめ問題の解決》だったよな?」

「はい。 既に依頼料も貰って完遂しています。」

 

「そうか。 だったら何故 今になっても俺に協力することを承諾した?

俺は依頼こそしたが、お前は断ることも出来たはずだぞ?」

「確かにそうですね。

 

……そうですね。 理由があるとすれば、『この学園を放っておけないから』ですかね?」

「……放っておけない?」

 

「ええ。 それから、『自分のやった事を無駄にしたくない』ってのもありますね。」

「それは どういうことだ?」

 

「……僕は、このパリム学園で苦しんでいる生徒がたくさん居る事を知らされました。

例え あの3人を止めたとしても、他から問題が出てきては意味が無いでしょ?

 

だったらせめて 今目の前にある危険だけでも止めておきたい とそう思うんですよ。」

 

哲郎の話をエクスは口を結んで聞いていた。

 

「……テツロウ・タナカ。

俺から言うことは一つだけだ。

 

はっきり言って、お前は《無謀》だ。

だが、それでいてとても真っ直ぐで輝いている。

 

しかし、力のない正義などは無力で虚しいだけだ。 ならば 俺に貢献して、それがはったりでないと証明してみせろ。」

「もちろん そのつもりです。」

 

 

***

 

 

「ラドラ様、 あの敗走した3人の処遇、如何致しますか?」

「今更 何もする必要は無い。 兵力の無駄だ。」

 

ラドラ・マリオネス

アイズン達を配下につけたパリム学園の寮長の1人である。

 

「それよりも皆に伝えろ。 時間はいくらあっても足りない。

作戦実行までもう3日しか無いんだぞ。」



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#66 The chaser underground

「分かっているだろうが、突入は3日後だ。」

「それはもちろん 分かっていますが、どこからどうやって敵陣に入るんですか?」

 

「お前が情報を得るために忍び込んだ隠し階段があっただろう?

あそこはそのまま敵の本拠地に通じている。

俺ならそこを自分で開ける事が出来るから、そこから突入する手筈になっている。

 

ちなみにこれはファンとアリスには既に説明済みだ。 あの二人にも戦力として戦ってもらう必要があるからな。」

 

「………それと、もう1つ良いですか?」

「どうした?」

 

エクスの話をある程度聞いて 哲郎は手を挙げた。

 

「……エクスさんの家庭には軍隊とかもあるって言ってましたよね?」

「ああ。 だが それがどうした?」

「いや、 それなら どうしてその方向の人達から協力を要請しないのか 少し疑問に思っていまして。」

 

「何を言うかと思えば。

頼める筈が無いだろう。 これは学園内の問題だぞ。 第一 軍隊は毎日のように仕事が詰まっている。 俺個人の要請が通るくらいなら初めからそうしている。」

「ああ。 そうですか。

じゃあ 戦力がどれくらいあるのか教えてください。」

「まだ完全には分からないが、少数精鋭で行くつもりだ。 入口が狭いし、何より目立った行動は出来ないからな。」

 

「なるほど。

それで、時間帯は何時ぐらいを予定しているんですか?」

「夜を予定している。

奇襲は成立しないだろうが、それでもなるべく可能性は多くしておきたい。」

「分かりました。」

 

そこまで言って哲郎は質問を止め、代わりに1つの意見を出した。

 

「もし迷惑で無ければ、僕から1人 戦力になりそうな人を推薦したいんですけど。」

「構わないが、 それは誰だ?」

「マキムの時に同室だった マッドさんです。 彼もあなたから見ればかなり荒削りに見えるかもしれませんが、それでも即戦力としては十分だと思うんですが。」

 

「そいつなら知っている。

考えておこう。」

「ありがとうございます。」

 

哲郎は素直に頭を下げた。 彼のこういう表面上に出ない人間性への接し方にも慣れてきた所だ。

 

「ところで、御手洗ってどこにありますか?」

「そこを出て角を曲がったらすぐに見える。

迷うことも無い。」

「分かりました。」

 

 

哲郎は部屋を後にした。

 

 

 

***

 

 

「フゥー」

 

哲郎はトイレから出た。

妙な緊張で催していたのは本当の事だ。

 

(えーっと 角を曲がってすぐだから…………)

 

ドアのすぐ傍にある角を曲がってエクスの部屋に戻ろうとした━━━━━━━━━━━━

 

 

「!!!!?」

 

その時、足元に奇妙な感覚が走った。

まるで地面が消えてしまったかのように身体が傾いたのだ。

 

(!!!!? な、 こ、これは━━━━━━━━━━)

 

地面に視線を送ると、その地面が流動化し、足首が飲み込まれていた。

足首からズブズブとどんどん飲み込まれ、地面に引き込まれる。 哲郎は少なからず 恐怖を覚えた。

 

咄嗟に助けを求めて口を開こうとした時には身体全体が流動化した地面に引き込まれてしまった。

 

 

 

***

 

 

(……………………!!

…………な、 何が起こったんだ……………!!?)

 

全身に冷感が走り、息が出来ずに右も左も分からない状況 それは正しく水中の状況だった。

 

 

『………目ェ覚ましな。

マキム・ナーダ(・・・・・・・)。』

「!!!?」

 

マキム・ナーダ

それは、哲郎がパリム学園で生活するために身につけた仮の姿

公式戦が終わった時点で捨てたその名前を呼ばれて哲郎ははっと 目を開いた。

 

「!!!?」

 

目も呼吸器も【適応】して問題なく視界が鮮明になって動けるようになり、哲郎は前方を確認した。

 

そこには男が立っていた。

そこがどういう状態かは分からないが、 見知らぬ男が1人 立って哲郎を見つめていた。

 

『やっぱり息はできるようだな。

しかしどうだ? 浮力に足が捕らわれている気分は?』

「……………………………………!!!!」

 

その男は 黒色の短髪に 限りなく白に近い肌をしており、服は黒の繋ぎをしていた。

 

『どうやら 俺が誰なのか気になって仕方ないって顔だな?

教えてやるよ。 俺はお前がぶちのめしたアイズンの上に立つ者だ。』

「……………!!!」

 

『お前は出過ぎたんだよ。 ラドラさんの目的を邪魔するお前は 殺す もしくは少なくとも3日間は大人しくして貰わなければならない。 そのために俺は来た。』

 

泡の出る音と水に響きすぎて聞き取りにくいが、彼の目的と素性の大まかな予想はついた。

 

「………あなた、【七本之牙(セブンズマギア)】の差し金ですね?」

『そこまで予想がついたか。

そうだ。 俺はハンマー・ジョーズ。

お前を仕留める男の名前だ。』



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#67 The shark palm

「……………………!!!」

 

哲郎の呼吸器は 目の前の男によって作られた謎の水中空間に適応していき、その中にあった酸素を取り込めるようになって行った。

 

そして眼球も同様に視界がだんだんと聡明になり、目の前の男の様子もはっきりと見れるようになった。

 

(…………魚人………!?)

 

その男の肌は薄い灰色に染まっており、 背中には背びれとしか判断できない物が付いていた。

 

『………どうやらその顔、俺が魚人であることに気づいたようだな?

そしてここは俺の魔法で作られた仮の水中。

俺はあらゆるものをドロドロに液状化させ、その下に水中を作ることが出来る魔法を持つんだ。』

「………そんなにペラペラと自分の力を喋って大丈夫なんですか?」

 

哲郎はこの得体の知れない男への恐怖心を何とか押さえ込んで口を開いた。

 

『分かってないようだな。

俺がこうして話せるのはお前に勝てる可能性が100%あるって事だろうが。

 

それに何より、

 

俺の強さは魔法に無い。』 「!?」

 

哲郎の心の奥には恐怖が滲み出ていた。

不気味な余裕さや得体の知れない何かをひしひしと感じ、足が引きそうになる。

 

それを何とか堪え、 先制攻撃に転じた。

 

(……ここが水中なら、あれ(・・)が使える筈だ!!)

魚人波掌 《海鳴(うみな)り》!!!!

 

バァン!!!!!

(よし!! 出た!!!)

 

哲郎は身体を振るって何も無い所、水中を叩いた。 その衝撃が水中を伝って巨大化して向かっていく。

 

魚人波掌 《海鳴(うみな)り》

水中で魚人波掌を打つ事で周囲の水に衝撃を伝え、遠く離れた相手に攻撃する。

魚人武術だけでなく マーシャルアーツにおいても数少ない遠距離攻撃である。

 

 

本来、 魚人武術とは 魚人が水中で闘うために作り出された格闘術

だからこそこの状況は彼だけでなく自分にとっても 有利

 

 

バシンっ 「!!!」

 

その男、ハンマー と名乗る男は哲郎の放った衝撃を手のひらの動きだけでかき消してしまった。

 

「………………!!!」

『『水中は俺だけじゃなく自分にも有利な状況』だと考えたんだろうが、 そいつァぎゃくだぜ。 マキム・ナーダ。

 

お前が魚人武術を使ってアイズンをぶちのめしたってことは調べがついてる。 だから俺が来たんだよ。』

 

ハンマーは構えをとった。

それは正しく 哲郎が最も得意とする構えの1つ 【カジキの構え】だった。

 

「…………!!」

『もう分かったよな?

魚人武術の戦闘経験(キャリア)なら、俺の方が上だ!!!!

 

魚人波掌 《海鼓(うみつづみ)》!!!!!』

 

ハンマーは魚人波掌を目の前の水に叩き込んだ。 哲郎より大きな衝撃が目の前に迫って来る。

 

 

「うおっ!!!!」

 

哲郎は身体を捻って向かってくる巨大な衝撃波を何とか躱した。

後ろに視線を送ると彼の衝撃波がどんどん大きくなって水中をどこまでも駆けていった。

 

自分の《海鳴(うみな)り》をゆうに超える規模だった。

 

「………………!!!」

 

哲郎は肝を抜かれた。

彼の言ったことは本当だった と理屈で考えるより先に直感した。

 

『おいおい どこを見てんだ?

マキム・ナーダ!!!』 「!!!!」

 

はっとして振り返ると、ハンマーがすぐそこまで迫っていた。 一瞬で距離を詰められた魚人の身体能力に驚く暇もなく、攻撃は襲って来る。

 

魚人波掌 《波時雨(なみしぐれ)》!!!!!

「!!!!!」

 

哲郎も愛用する魚人波掌の連撃が向かってくる。 愛用する故にその威力は誰よりも理解していた。

 

この連撃をもろに受ける訳にはいかない と言わんばかりに哲郎は両手を振るい、 手をハンマーの手首に添えた。

 

魚人武術 《滑川(なめりがわ)》!!!

「!!!」

 

哲郎は両手を巧みに操り、ハンマーの魚人波掌を全て捌いた。 反撃を予想したハンマーは後ろに飛んで哲郎と距離をとる。

 

滑川(なめりがわ)

魚人武術における 防御特化の技術

両手を川が流れるように動かして相手の攻撃を迎撃する。

熟練者となれば武器だけでなく、魔法の軌道を変えて防御することも可能となる。

 

『《滑川(なめりがわ)》まで使うとは…………。 そこまでの魚人武術 一体どこで覚えた?』

「それを僕が教えるとでも思いますか?!」

『………いや。 思っちゃいねぇよ。

いっぺん言ってみただけだ。

 

今度は重いの行くぜ。』 「!!!!」

 

ハンマーは再び【カジキの構え】をとった。

 

魚人波掌 《杭波噴(くいはぶき)》!!!!!

「!!!!!」

 

その時哲郎は 明確に恐怖を覚えた。

地上で人間の身体を容易く破壊してしまう技が水中で放たれたら一体 どれほどの破壊力になるのか 最早 想像もできなかった。

 

「!!!! 杭波噴(くいはぶき)!!!!!」

 

哲郎は掌を水に打ち付けて衝撃を放ち、ハンマーの衝撃波を迎え撃った。

 

『そりゃ悪手だぜ。 マキム君。』 「!!!!」

 

哲郎の衝撃波を破壊してハンマーの衝撃波が哲郎の腹を直撃した。



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#68 The closed room filled with the water

バキンッッ!!!!! 「!!!!?」

 

哲郎の放った杭波噴(くいはぶき)が破られた。 それに驚く暇もなく腹に衝撃が炸裂する。

 

「………………………!!!!」

『本場の魚人波掌の威力はどうだ?

申し分無い(・・・・・)だろう?』

 

水中で放たれた魚人波掌の衝撃は、ミサイルのように変形して哲郎の腹に直撃し、そのまま吹き飛ばした。

 

「…………………!!!

フンッ!!!」 『!!?』

 

哲郎は身体の力を抜いて魚人波掌の衝撃を受け流した。 ミサイル状の衝撃はそのまま哲郎の後ろに飛んでいく。

 

「…………………!!!

ハアッ ハアッ ハアッ………………!!!」

『……《海月(くらげ)の構え》か。 そいつは正解だな。 あのままだったらお前の内蔵がどうなっていたか、俺でも分からなかったぞ。』

 

哲郎は依然として恐怖を隠せずにはいられなかった。 水中 という彼の得意な場で闘うのは悪条件だと それを解決しなければ勝機を見出すのは難しいと 感じていた。

 

(………………!!

そ、それなら………………!!)

 

ブオッ!!! 『!?』

 

哲郎はハンマーに背を向けて上方向に高速で移動した。

 

『………………ほう。』

(…………!! この水中空間を抜け出せば…………!!!)

 

水には重さがあり、水圧が存在することは知識として理解していた。 しかし、適応によってそれを感じなくなった今では 今 自分がどれくらい深いのか 知る方法はなかった。

 

それでも方向感覚は途切れていない。 このまま上方向に進んでいれば水中から抜けられる

 

 

筈だった。

 

 

ガンッ!!! 「!!??」

 

哲郎の頭は水中を抜けるより先に硬い何かに激突した。

 

「………………!!!!

こ、これは…………!!?」

『ハハハハハハハハハ!!!!

残念だったなァ!!!!』 「!!!」

 

哲郎は急接近してきたハンマーの振り下ろされる拳を食らった。 ガードは出来たが 再び水中深くまで飛ばされる。

 

『【上に進んでいれば水中から抜け出せる】とでも考えたんだろうが、甘かったな! 俺がその程度のことを想定していないとでも思ったか!?

 

俺の、この水中空間の範囲は自由に調整出来る!! つまり、 この空間は今 四方を硬い石で囲まれた水槽も同然!! どうやっても脱出は出来ない!!!!』

「…………………!!!!」

 

哲郎は少しだけとはいえ愕然としていた。

あの時 完全に余裕で勝てたアイズンや魔界コロシアムとは違い、この戦いにはルールが存在しない。

 

ハンマーが自分を殺そうとして掛かってくればそうなってしまう。 ましてやどこを対戦場所に選ぼうと、そこをどれだけ自分に都合良く改造しようとも、咎める者は1人としていない。

 

『それから、勘違いしてくれるな。』 「?!」

 

『俺はこの状況に少しばかりではあるが苛立って(・・・・)いる。

 

そうだろ? 考えても見ろ。 魚人族以外の人間はこうしてしまえば あっという間に窒息してお陀仏だ。 この場でここまで俺とやりあったのは《マキム・ナーダ》お前が始めてだ!!!』

「…………………!!!」

 

『どうしてもここから出たいのなら、そのまま硬い(・・・・・・)床を破るしか方法はない。 もっとも、お前如きにそこまでの力があるとは思えんがな。』 「!!!!」

 

哲郎は核心を疲れて一瞬 たじろいだ。

自分にそこまでの筋力か無いことは本当の事だからだ。

 

『俺を卑怯と罵るならそうすればいい。

それでも俺はお前を殺しに掛かるがな!!!!!』

「!!!!」

 

ハンマーが水中を蹴って急接近して来た。

その手の形は魚人波掌の形になっている。

 

魚人波掌《津波叢雨(つなみむらさめ)》!!!!!

魚人武術《滑川(なめりがわ)》!!!

 

ハンマーの魚人波掌の連撃をかろうじて捌いている。 1発でも受けたら致命傷となるこの状況は依然として不利だった。

 

『ほらほら どうした!!?

守ってばかりでは何も変わらんぞ!!!』

「………………………ッッ!!!」

 

(…………ここだッッ!!!!)

 

ガッ!! 『!?』

 

哲郎はハンマーの手首を掴んだ。 そのまま振り返って身体を折り曲げる。

 

(………………………!!!!

み、水が重い…………!!! だけど、 絶対に投げる!!!!)

 

「はああああああああああッッッ!!!!!」

『ウオッ!!?』

 

哲郎は水の抵抗の中 ハンマーを投げ飛ばした。 そのままハンマーは水中深くまで飛んでいく

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━が、

 

ガシッ! 「!!?」

 

ハンマーは何も無いところで着地したように静止した。

 

『考えが甘いと言ったろ!?

ここは俺が自由に変化できる!!! 水に変わる魔法を部分的に解除して足場を作るくらいわけは無い!! どうだ? あんなに苦労して投げた努力が水の泡になった気分は!!!!』

 

哲郎はショックを心の隅に追いやった。

すぐに新しい解決策を考えなければあっという間に負けてしまう。

 

『もう水中にいるのも疲れたろう?

こいつで楽にさせてやる!!!』 「!!!」

 

ハンマーは水中の足場を蹴って急接近した。

手の形は魚人波掌の構えになっている。

 

『終わりだ!!!!

魚人波掌杭波噴(くいはぶき)!!!!!』

「……………!!!

いや、 まだ終わりませんよ!!!!」

 

哲郎はカジキの構えをとってハンマーと向かい合った。

 

魚人波掌 《引き潮》!!!!

 

 

バチィン!!!!!

 

哲郎とハンマーの魚人波掌がぶつかり合った。



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#69 Deep deep diving

『もう一度吹っ飛べ!!!』

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

哲郎の魚人波掌とハンマーの魚人波掌がぶつかってせめぎあい、辺りに衝撃が駆け抜ける。 哲郎の使った防御特化の《引き潮》でもハンマーの身体から放たれる攻撃を跳ね返す事は容易ではなかった。

 

 

バキィン!!!!!

「うわっ!!!!」 『うおっ!!!?』

 

遂にぶつかり合っていた衝撃が爆発し、哲郎とハンマーはそれぞれ 吹き飛ばされた。2人はそれぞれ 体勢を整えて再び向かい合う。

 

(……………!!!

僕の《引き潮》でも弾かれるなんて!!)

 

『…………今のがお前の《引き潮》か。

お前がそれと顎へのケリでレーナ・ヴァインに引導を渡した事は調べがついてんだ。

 

お前、最近天狗にでもなってたんじゃねぇか?』 「!!!」

 

哲郎は魔界コロシアム、そしてエクスとの後はレーナとアイズンの2人に圧勝した。 それは彼の心の奥底、彼自身でも自覚できない所に【慢心】という腫瘍を作ってしまっていたのではないか と 哲郎はハンマーの一言で気付かされた。

 

『俺の言ったことがデタラメだって言うんなら、この状況を何とかして見せろ。

出来なきゃお前はラドラ様の崇高な目的の生贄になるだけだ!!!』

 

ハンマーはカジキの構えを取り、哲郎に狙いを定めた。

 

魚人波掌 《海鼓(うみつづみ)》!!!!

「!!!!」

 

ハンマーは再び水中を叩き、衝撃波を放った。 それはどんどん大きくなり、哲郎を覆う程の大きさとなって迫って来る。

 

哲郎はそれを下方向に移動して躱した。

 

(……………ダメだ。 これじゃ いつか根負けする……………!!! 何か 何か無いのか!?

 

この魔法の弱点が………………!!!)

 

哲郎は必死に思考を巡らせた。

この水中というハンマーに絶対的に有利な状況を何とかしないことには 彼に近づくことすらままならない。

 

(…………!! 待てよ 確かあの時!!)

 

哲郎の頭を過ぎったのは ハンマーの『普通の人間ならあっという間に窒息してお陀仏だ。』という言葉だった。

 

そして哲郎は1つの事に気付く。

 

 

もし自分が普通の人間なら、真っ先にここを出ようとして上方向に浮上するだろう という事を。

 

(……………もし それで上側を念入りに硬くしているとしたら、下側はどうなんだ………。

 

やってみる価値はあるぞ!!!!)

 

哲郎の頭の中で1つの作戦がまとまった。

その直後 身体を翻して下方向に泳いで潜る。

 

((!? 何だ………!?))

 

 

水圧とは、水中でその深さを測る貴重な要素である。 哲郎の身体はそれに【適応】し、それを感じることが(・・・・・・)出来ないが、 それは同時に どこまでも潜っていける身体ということでもある。

 

そして、哲郎は水圧を感じることはできないが、それを利用して攻撃する事は出来る。

 

(………『普通は上に浮上しようとする』と踏んで上を硬くしているなら、 その分 下の方は脆いんじゃないか…………!?)

 

ハンマーはこの水中は自分の意のままに出来る と言った。 それならば深さも自在に調整出来る。

 

それでも哲郎はこの家には地下があるということを知っていた。 どれだけ深くても潜り続けていればいつかは地下にたどり着く

 

哲郎はそう信じて潜り続けた。

 

 

カンッ!! 「!?」

 

哲郎は硬い地面にぶち当たった。その音は天井とは違って軽い音だった。

 

『甘いと言ったろう!!!

俺がそれをやるのを見逃すと思うか!!!?』

「!!!」

 

哲郎がこれからやろうとしていることを察してか ハンマーが血相を変えて急接近して来る。

 

「………いいえ。 もうあなたには付き合えません。 ここは出ていかせて貰います!!!!」

 

哲郎は上方向に腕を上げた。

 

魚人波掌 《水圧轟打(すいあつごうだ)》!!!!!

 

バガァン!!!!! 『!!!!』

 

哲郎は海底に向かって魚人波掌を放った。

そこを中心に亀裂が走り、海底が崩落する。

 

『!!!!』

(よし!!! 上手くいった!!!)

 

魚人波掌 《水圧轟打(すいあつごうだ)

水中で 下方向の相手に対して打つ魚人波掌

掌に水の重量を乗せて放ち、深ければ深いほど 破壊力は増す。

 

 

哲郎は海底に出来た穴を潜り、遂に水中を脱した。

 

「………………

………やっぱり普通の水とは違うのか………。」

 

哲郎は天井に空いた穴と そこから零れない(・・・・)水を見て そう呟いた。

 

(………すぐここに水を引き込まない辺り、 広範囲な分 あまりコントロール出来ない魔法みたいだな……………。)

 

天井の穴からハンマーが降りてきた。

その顔は 怒りに汚れている。

 

「…………全く やれやれですよ。

ようやく あなたの術中から抜け出せました。」

『…………正論だな。 俺もまだまだ改良が必要なようだ。

 

………後 2分もあれば、ここにもあの水を引き込める。 その後はもうお前にターンはやらねぇよ。』

「その心配はありませんね。

【その後】は決して来ない。 2分以内にあなたと片をつける!!!!」



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#70 Demonstrate

「…………じゃあ何だ?

お前、2分で俺に勝つ気でいるのか?

 

アイズンをぶちのめした程度でいい気になるなよ。 俺の強さはアイツとは比にならねぇ。 それは地上(ここ)でも同じだ!!!」

「…………………………。」

 

ハンマーの言葉に偽りは無かった。

アイズンを蛸鞭拳(しょうべんけん)で打ちのめした時のように上手くいく筈は無く、ましてや自分の立てた作戦が全て都合良く通用するとは到底思えなかった。

 

「…………どうした? もたもたしてたら2分なんてすぐに経ってしまうぞ。」

「…………!!」

 

ハンマーは地面を蹴って哲郎と距離を詰めた。

 

「魚人波掌 杭波噴(くいはぶき)!!!!」

「ッッ!!!」

 

ハンマーの掌底を半身で躱した。

そしてその手首を両手で掴む。

 

「はっ!!!」 「!?」

 

哲郎はハンマーの腕に体を掛け、鉄棒の前回りの要領で回転し、そのままハンマーの身体を崩す。

ハンマーは背中から倒れ、哲郎に腕を掴まれたまま仰向けになった。

 

哲郎はハンマーの肩に足を掛け、手首を掴んで身体を仰け反らせ、彼の腕の関節を極めた。

 

「…………………ッッ!!!」

 

ハンマーの腕の関節に痛覚が走り、彼の顔が一瞬 歪む。

 

(…………なるほど。 確かに水から出て動きが格段に良くなってる。

だが忘れてないか? マキム・ナーダ。

 

こいつは公式戦みたいなルールに守られたやわな《試合》とはわけが違う。

どっちかがくたばるまで終わらない ルールもへったくれも無い《潰し合い》だ!!!!!)

 

「!!!?」

 

哲郎の身体が浮いた(・・・)

そしてそのままハンマーの振り上げた腕に引っ張られて宙を舞う。

 

「ッッ!!!」

 

哲郎はハンマーの腕を離し、地面に激突する寸前で踏みとどまった。

 

「……………!!」

「確かに俺の水中から出て 動きのキレは格段に上がっている。

 

が、

 

お前の動きは所詮 人間族の範疇に留まっている。 アイズンを打ちのめして いい気になっていただけだ!!!」

「!!!」

 

ハンマーは魚人波掌の構えで哲郎に仕掛けた。 例え地上であっても彼の身体能力は健在だと 考えるまでもなく分かった。

 

「ッッ!!!」

 

哲郎はハンマーの掌底が直撃する寸前 彼の手首に手を掛け 起動をずらして攻撃を防いだ。 そして 反撃に転ずるために彼の手首を掴む。

 

「甘いぞ!!

このハンマー・ジョーズが 2度も同じ手を食うと思うか!!?」

 

当然 哲郎はそんな甘い事を思ってはいない。ハンマーを投げるのではなく身体を自分の方へ引き寄せた。

 

「!!?」

魚人波掌 《引き潮》!!!!!

 

バチィン!!!!! 「!!!!?」

 

哲郎はハンマーの身体を引き寄せた力を最大限に乗せて腹に掌底を見舞った。

ハンマーの身体は吹き飛び、後方の壁へ激突する。

 

魚人波掌 《引き潮》とは、カウンター特化でも迎撃(・・)特化ではない。

 

その真価は相手が向かってきている時、つまり 自分に向かって動いている時に適応される。

 

「…………………!!!!

ガフッ!!!」

(…………やっと……………………!!

やっと一発まともなのを撃ち込むことができた………………!!!)

 

ハンマーは口から血を吹いた。

その一撃は、哲郎が水中という不利な状況にいた時から耐え抜いて狙い続けていた貴重な一撃だった。

 

(…………間違いなく動きのキレは上がってる。それは認めてやる。

魔界コロシアムを勝ち抜いたってのも頷けるくらいにな。

 

だがな、テツロウ君(・・・・・)よ。

水中じゃなくたって 攻撃の手段はいくらでもあるんだぜ!!!)

 

ハンマーは哲郎に気づかれないようにさりげなく壁に手を当てた。 その壁が次第に流動化していく。

 

魚人武術 《水切り》!!!!

ピジャンッッ!!! 「!!?」

 

ハンマーは手首の動きを使って手のひらに乗せていた流動化した壁を打った。

それは薄くなって刃状になり、哲郎に強襲する。

 

哲郎はそれをかろうじてバク転して躱した。

 

《水切り 時雨鎌(しぐれがま)》!!!!

 

ハンマーは両手で《水切り》を打ち、哲郎の動きを乱す。 そしてついに哲郎の動きに一瞬の隙が出来た。

 

「!!!?」 「貰ったぜ。」

 

一瞬の内にハンマーは哲郎との距離を鼻頭が付くか付かないかの近さまで詰めた。

 

ハンマーの渾身の掌底が 体格差を最大限に活用して上から襲う。 何とか両腕で防御するも、その上からも衝撃が全身に響き、哲郎の身体は床に押して倒された。

 

「今度はこっちの番だな。」 「!!!」

 

魚人波掌 《水圧轟打(すいあつごうだ)》!!!!!

 

ドガァン!!!!! 「!!!!!」

 

ハンマーの掌底は床に巨大な亀裂を走らせる程の威力があった。 それを何とか横に飛んで避けるが、ハンマーはそれも想定していた。

 

ハンマーは哲郎に対して馬乗りになった。

 

「!!!」

「フフフ。 読み違ったな。 マキム・ナーダ。 2分までもう少ししかないが、それを待ってやる義理もないか。

こいつで終わらせてやる!!!!」

 

ハンマーは哲郎に掌底を振り上げた。



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#71 Waterfall strike

「……読み違ったな。 マキム・ナーダ。

こいつで終わらせてやる!!!!!」

 

ハンマーは哲郎に対して掌底を振り上げた。

片腕は哲郎を逃さないように胸ぐらをがっしりと掴んでいる。

 

哲郎はすかさずその手首を掴んだ。

 

「!!?」

 

ハンマーは攻撃に転じるために身体を少し浮かせ、哲郎の身体との間に少しだけだが隙間が出来ていた。

そこから下半身を抜き、両脚をハンマーの首に絡めた。 そのまま身体を下に倒し、ハンマーは背中から倒れた。

 

首から肩へと足を移し、哲郎は再びハンマーの腕の関節を極めた。

 

(……………!!!

ナメてるのか!? この俺に同じ手を2度も使うとは………………!!!!)

 

腕の関節に鈍痛が走るが、それでもハンマーの思考は至って冷静だった。 この状況から逃れる方法を知っているからだ。

 

(……いいさ。 それならこっちも同じ手(・・・)を返してやる。

それにもうすぐ天井から水を落とせるようになる。 その勢いを乗せてその土手っ腹にこの魚人波掌を打ち込んでやる!!!!)

 

「オルァッッ!!!!」

 

ハンマーは掴まれている腕を振るって力任せに哲郎を投げ飛ばした。

ハンマーの思惑通り、哲郎の身体は天井スレスレまで飛ばされる。

 

 

「!?」

 

その時ハンマーの目には奇妙なものが映った。哲郎が天井の穴に手を差し込んでいた。

 

「!!!!! ま まさか!!!!」

「そういうことです。 策にはまったのはあなたの方だ!!」

 

2分が経ち、水はハンマーの予定通り(・・・・)に部屋に流れ込んでくる。

 

ただし、その先端は哲郎が掌握していた。

落ちてくる水の勢いを全て乗せて 哲郎はハンマーに急接近する。 掌には大量の水が握られていた。

 

 

「魚人波掌

《打たせ滝水》!!!!!」 「!!!!!」

 

ハンマーの鳩尾に哲郎の全体重と水の重量を乗せた掌底が直撃した。 苦しむ声を出す暇もなくハンマーの意識は刈り取られる。

 

それによって魔法が解け、流れ込んでくる水は止まり、辺りには固められた土が散乱した。

 

 

哲郎は気を失ったハンマーに近づき、その場にあった紐で彼の身体を縛った。

 

「………早くエクスさんの所に戻らないと………。 ここはどの辺りだ……………? 」

 

肩にハンマーを抱え、哲郎は部屋の扉を開けた。

 

 

***

 

 

コンコン と扉を叩く音が鳴った。

 

「……道にでも迷ったのか?

随分長い便所だった━━━━━━━!!!??」

 

扉を開けて入ってきた哲郎を見て、エクスは一瞬 たじろいだ。

 

全身が傷と汚れに覆われ、肩に一回りも大きな男を抱えていた という状態はどう考えても普通では無かった。

 

「どうした!? 一体何があった!!?」

「……一言で説明すると、 襲撃に遭いました。」 「襲撃!!?」

 

 

***

 

 

「………なるほど。 このハンマー・ジョーズがお前を襲ってきた と そういう訳だな?」

「はい。 それで何とか勝って、その身柄をここに連れてきたんです。」

 

哲郎とエクスの前には椅子に縛り付けられたハンマーがいた。

 

「それで間違いないのか? こいつが《七本之牙(セブンズマギア)》の一味だと言うのは?」

「間違いない とは言いきれませんが、僕の質問にそう答えていました。」

 

ハンマーは未だに気を失っていた。 尤も フリをして追求を逃れようとしているかもしれないが、兎に角 警戒する必要性は見られない。

 

「決戦の前にいい情報が手に入りそうだ。

目を覚まし次第 こいつに情報を洗いざらい吐いてもらう必要がある。 それこそ、場合によっては拷問もやむを得ないが、 手伝えるか?」

「………えぇ。 そのくらいは我慢します。」

 

「なら これからこいつを部屋に連れていく。 お前も着いてこい。 お前からも色々聞いておかねばならない。」

「分かりました。」

 

 

***

 

 

エクスと哲郎がハンマーに近づいていた時にラドラは仲間たちを集めて指令を告げた。

 

「諸君に命ずる。 ハンマーが敗走した。 ついては尋問 及び拷問にかけられる前にハンマーを連れ戻して来い。

 

間違っても戦おうと思うな。 少しでも奪還が不可能と判断した時には 迷わず帰ってこい。 これ以上 欠員を出しては勝てるものも勝てなくなる。」

 

ラドラの呼び掛けに配下たちは腕を上げて応じた。

 

 

***

 

 

「名前はハンマー・ジョーズ

辺りを流動化させる魔法を使って僕を引きずり込んで水中に閉じ込めました。」

「魚人という事は、やはり」

「えぇ。 彼も魚人武術を使ってきました。

彼が油断していなければきっと押し切られていたと思います。」

 

哲郎は彼との死闘を思い出しながら、続いてこう告げた。

 

「……彼が僕に言ってきたんです。『最近 天狗になっていたんじゃないか』って。

無意識の内にそうなっていたんじゃないかとは考えます。 だけど もう二度と ラドラ寮と戦う時には そんな事にはなりません。」



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#72 Help fastest

「………何度も言ってるだろ!?

お前らに話す事なんか何もねぇ!!!」

「……お前、自分の状況を分かってそう言ってるのか?

悪いがこっちには時間が無い。 このままではもっと手荒な手段を選ぶしか無くなるぞ。」

 

エクスの自室でハンマーは椅子に括り付けられて尋問にかけられていた。

哲郎はそれを少し距離をとって見ている。

 

尋問及び拷問には一切関与しない という条件で哲郎は彼に協力した。

 

心が痛む事ではあるが、そんな事を言っていられないという事も十分に分かっていた。

我儘や無理を通さずに解決出来る問題ならば、自分が関わるまでもなく彼が解決していただろう。

 

甘い事を言っている状況では無いという事は十分に分かっている。

 

 

***

 

哲郎は頭の中で少し前にエクスに言われた事を思い出していた。

 

「15分だ。

それ以上 口を割らなかったならヤツの拷問に掛かる。

それを見たくなければ 外に出て怪しい者が来ないか見張りでもしていろ。」

「……分かりました。」

 

 

そして現在、尋問に入って間もなく10分が経とうとしている。

 

ハンマーはエクスの質問に依然として黙秘を貫いていた。

 

(………あと5分か……………。

もし追っ手がいるならもう近くにいてもおかしくないだろうな……………。

 

時間も近いし、外を見回って来るか………。)

 

と、哲郎が部屋を後にしようとしたその時、

 

 

………て貰いに来ました。 「!!!??」

 

と、どこからか声が聞こえた。

聞こえてきた方向が分からず、咄嗟に辺りを見回すが、どこにも誰もいる気配がない。

エクスもハンマーにだけ注目していて、声に気づいていないようであった。

 

「……彼は返して貰いますよ。

マキム・ナーダ(・・・・・・・)さん。」 「!!!!」

 

今度ははっきりと、それこそ方向も鮮明に分かるほどに聞こえた。

 

聞こえてきた方向は部屋に通ずる扉の方向。

そこに視線を送った時、哲郎は一瞬 言葉を失った。

 

 

そこに立っていたのは 全身を赤褐色のマントでおおっていた1人の人間だった。

頭部にもフードがかぶさっていて、顔を見ることが出来ない。

 

「……………!!!」

「何を黙っているんです?

彼を返して欲しいと言ってるんです。」

 

その人間は哲郎に対して敵意の類を一切見せることなく堂々と歩き寄って来た。 その時でさえ 足音は少しもしていない。

 

「!!!」

「……おや? 《これ》が気になりますか?」

 

目に飛び込んできたフードの中のもの(・・)を見て、さらに肝を抜かれた。

それは《仮面》だった。

 

そしてその時 哲郎はその人間がマキムとして学園に潜入してラドラのアジトらしき所に忍び込んだ時に居た人間の中の1人だと言う事に気がついた。

 

「……そんなに強ばった顔をして頂かなくて結構。 さっきも言ったように あなたには用はありません。」

 

 

その人間は哲郎の顔を覗き込んでそう 小声で呟いた。 その威圧感で《後ろのエクスに助けを危険を知らせる》という単純な動作を行う余裕さえ削がれていた。

 

「………私の目的はただ1つ

 

そう。」

 

 

 

突如、 『バオッッ!!!!!』 という突風音が響き、人間が哲郎の前から姿を消した。

 

 

「!!! エクスさん!!!!」

 

ほとんど 反射的に哲郎は後ろのエクスの無事を確認した。 しかし、その姿も土埃に覆われて確認できない。

 

やがて土埃が晴れていき、エクスが無事に立っていることが確認できた。

 

 

 

ただし、そこに居たのはエクスだけ(・・)だった。

 

「 ああっ!!!」

「……………!!!

……お前の言いたいことは分かる。

してやられた。」

 

その部屋からハンマーの姿は消えていたのだ。 彼が縛られていた椅子の拘束は強引に外されていた。

恐らく、何か鋭利な刃物のような物で切断されたのだろう と2人は推測した。

 

「………すみません!!!

せっかく僕があそこに立っていたのに 早くあなたに危険を知らせるべきでした!!!」

「…………いや、 お前のせいじゃない。

俺が油断していたからだ。 ハンマーの自由を奪って、 すっかり慢心していた…………!!!」

 

哲郎とエクスはそれぞれ自分の非を悔いた。

残された2人に出来ることはそれ以外に無かった。

 

 

***

 

 

「………悪い。 あいつらに合わせる面がねぇよ。こんな手間掛けさせちまって。」

「……………………」

 

フードの人間は 抱えているハンマーの謝罪を聞き流していた。

 

「お詫びは後で結構です。それに今 あなたがすべき事は謝罪ではない。

帰ったら 彼 テツロウ・タナカ(・・・・・・・・)について分かったことを話してもらいますよ。」

「………分かってる。

先に言っておくと、不覚を取っちまったのは完全に俺の慢心だ。 安っぽい挑発に乗ってヤツの策に嵌っちまった。

 

だがな、逆を言やァ 対策さえしてれば俺でも負けてなかったって事だ。」

 

「………するとつまり?」

「ああ。 そういうこった。

俺がラドラさんにそれを伝えたら、俺たちの勝ちは磐石になるって訳だ。」



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#73 SCARY ~The first part~

「………まんまとしてやられましたね。」

「ああ。 認めざるを得ない。

今回はヤツらに一杯食わされた。」

 

哲郎とエクスは部屋の中で自分たちが敗けたという事実に呆然としていた。

 

「……恐らくあのハンマー はお前について分かったことを洗いざらい話す事だろう。」

「……返り討ちしたつもりが、逆に彼らに情報を流した という事ですか…………。」

「そういう考えたかをする物じゃない。

万が一 お前という戦力を失うことが一番避けねばならない事だった。」

 

エクスにとって哲郎は、ラドラ達と関わりを持ち、それでいて自分と一緒に戦ってくれる数少ない戦力だった。

 

「……そうだ。 情報と言えば、」

「? 何だ?」

 

「エクスさんは、ラドラ達について何か知ってることは無いんですか?」 「!!」

 

「言い忘れてましたがあの男、何か変な人形のような物を抱えてたんです。

そう。 大きさはこれくらいの、赤ちゃん位の。 顔は泣いてるのか分かってるのか分からないような、 とにかく不気味で気持ち悪かったのを覚えてます。」

「…………………!!!!」

 

「そこで僕なりに考えたんですが、彼ってもしかして━━━━━━━━━━━━」

「正解だよ。」

「!」

 

「ヤツ、 ラドラ・マリオネスは人形魔法の使い手だ。」

「………やっぱり………………。

ですが、その情報は確かなんですか?」

「間違いない。

 

実を言うと、ついこの前、俺の部下がその術中に嵌って返り討ちにあった。」

「!!!?」

 

 

 

***

 

 

 

約1か月前

 

「これより突入するが、その前に、今回の目的をおさらいしろ。」

「はい!ラドラ共の陰謀の手がかりを掴むためであります!!」

「よし! それから 分かってるだろうが、無謀な交戦は絶対に避けろ。少しでも危険だと判断したらすぐに引き返せ。 そして俺に情報を提供しろ。」

 

「「「はっ!!!!!」」」

 

エクスは自分の部下の中でも特に隠密や潜入に優れている者 3人をラドラの元へ向かわせた。

理由は ラドラがこのパリム学園に何かやるという噂を耳にしたからだ。

 

「いいか? ヤツらはこの場所に地下室を作り、そこを魔法で隠蔽ている。

その魔法を こいつで解くんだ。」

「それは?」

 

エクスは懐から水晶のような物を取り出した。

 

「こいつは魔法解除に特化した魔法具だ。

これを使って隠蔽魔法を解き、そこから侵入しろ。

それから分かっているだろうが、こんな大それた物を使えば間違い無くヤツらにもバレるだろう。 だから侵入できる時間は15分と見ておけ。」

 

 

 

***

 

 

「………ラドラ様」

「言わなくても分かっている。

エクスの手先がここに来るんだろう。」

「はい。それで、如何しますか?

入口にて迎撃しましょうか?」

 

「いや。 迎撃よりもいい方法を考えている。」「?」

 

「こちらの戦力拡大と奴らの戦意喪失を同時に行える策がな。」

 

 

***

 

 

エクスの部下たち3人は予定通りに魔法を解除して現れた階段を降り、通路を進んでいた。

 

「エクス様、現在は異常ありません。」

『良いか? 決して気を抜くな。

ラドラ共は間違いなくこちらの侵入に気づいている。

場合によっては攻撃してくることも考えられる。 現にこの近くで生徒複数人が行方不明になっている。

 

奴らの仕業とみて間違いないだろう。』

 

エクスは自室から通話魔法で部下たちに指示を飛ばしていた。

 

「!」

『どうした!?』

 

「何か落ちています!」

『気をつけろ。 有害なものかもしれない』

「はっ!」

 

 

エクスに言われた通りに男は手袋をして落ちているものを拾い上げた。

 

(………これは……………

糸…………?

いや、髪の毛?)

 

『どうした? 何が落ちていた?』

「報告します。 通路に毛髪が落ちていました。」

『毛髪? 分かった。持ち帰って行方不明者の物かを確認するぞ。』

「了解しました!」

 

男は髪の毛を袋に入れ、さらに歩を進めた。

 

 

「報告します。

只今 曲がり角に到着しました。」

『十分に注意しろ。

待ち伏せされているかもしれない。』

 

男は明かりを照らしながら角を曲がった。

そしてその目に奇妙なものが入る。

 

「………?」

『? 何だ どうした?』

 

「……何か、細長いものが見えます。」

『細長いもの?』

「はい。 三本、蛇のように動いているような。」

 

男の目には確かに曲がり角から細長いものが動く という光景を映していた。

 

『馬鹿な。 ここは学園内だぞ。

蛇なんているはずが』

「………近付きます。」

『慎重に行けよ。』

 

男は恐る恐る ゆっくりとその動く何かに近づいて行った。

 

 

 

「!!!!!」

『!? おいどうした!!?

何があった!!?』

 

 

男はその動くものの正体に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

それは、人間の腕だったのだ。



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#74 SCARY ~The latter part~

「う、腕です!!!!!

に、人間の腕が三本、 動いています!!!!」

『何、腕だと!? どういうことだ!!?』

 

「わ、分かりません!!

とにかく腕があるということしか!!!」

『落ち着け!! 冷静さを失うな!!!

慎重に行動しろ!!!』

 

エクスは侵入した男たちに指示を飛ばした。

彼の言葉だけで そこがどれほど切迫しているか理解でき、それを抑えなければならないとはっきり分かっていた。

 

「…………はい。 すみません。落ち着きました。」

『よし、それで良い。

まずはその腕がどういう状態なのか報告しろ。』

「は、はい。

数は三本 色は………… 赤褐色のようです。

………長さや細さは、不釣り合いのように思われます。」

『待て。その三本はどれも赤褐色なのか?』

「はい。 間違いありません。」

 

〘……長さや細さがバラバラなのに、色は同じだと…………?〙

 

エクスは思考を巡らせながら部下たちに指示を続ける。

 

「………ではこれより、接近します。」

『分かった。 繰り返すようだが慎重に行け。』

「はい。」

 

 

***

 

 

 

「こちらエクスだ。 そっちの状況はどうだ?」

『はい。 ただいま 件の腕のあった曲がり角の直前に居ます。』

「そうか。 俺の指示で突入しろ。 いいな?」

『はっ!

 

 

━━━━━━━━━━━━ウグァッ!!!!!』

「!!!!? おいどうした!? 何が起こってる!!?

応答しろ!!! 応答しろ!!!!」

 

『ガッ…………!!! ギッ……………!!!!

 

や、止め……………!! 止め………………!!!』

「応答しろ!!!! 応答しろ!!!!!」

 

 

『あ゙ あ゙がッ………………!!!!

ラ、ラド━━━━━━━━━━━━』

ブツッ

 

 

 

通信はそこで途絶えた。

後にエクスの耳に入ったのは砂嵐の音だけだった。

 

 

***

 

 

後に、ラドラの地下通路に突入した3人組の内の2名がこう証言する。

 

当時の状況は、彼が前衛に立ち、2人はその後ろで待機していた。

そしてエクスの指示を待っていたその一瞬の間に、件の三本の腕が前衛にいた男を掴み、そして曲がり角に引きずり込んだ。

 

もちろんすぐに2人は後を追ったが、そこには何も無かったのだと言う。

その後、2人はエクスの撤退命令を受け、今に至るのだ。

 

そして2人は口を揃えて、『『その時、カタカタと乾いた木と木がぶつかり合うような音が聞こえていた』』と証言していた。

 

 

 

***

 

 

 

「…………と、言うのがその時の状況だ。分かってくれたか?」

「……………………………………!!!!」

 

哲郎は半ば呆然としていた。

まるで本やテレビで怪談話を1つ聞き終えた後のような気分になっていた。

 

「……すると、あなたはその男の『ラド』という証言、そして色が同じで長さ細さがバラバラの腕とその木と木がぶつかったみたいな音 から推理してそのような結論に至ったと言うわけですね?」

「………そういう事だ。」

 

エクスは躊躇いながら返答した。

それは自分自身の失態を自分でさらけ出して、認めるような行動だったからだ。

 

「……それで、その推理は本当に当たっていると思いますか?」

「……どういう意味だ?」

 

「いえ、 ただ可能性を一つに絞ってしまうのは危険だと思っただけでして。

確かに僕も彼の懐に人形が抱えられてるのを見ましたが、それだけで結論づけてしまってそれが外れていたら勝てるものも勝てなくなってしまうのでは と考えたんです。」

「………そんなに疑うのならその証言をした2人に掛け合ってみれば良い。

嫌でもそれが本当だと分かるだろうさ。」

「いや別に疑ってる訳じゃないですが分かりました。 案内して下さい。」

 

 

 

***

 

 

「……ラドラ様、報告致します。

ハンマーを無事に保護致しました。今は医務室にて待機させております。」

 

「ご苦労だった。 部屋に入ってくれ。」

「失礼致します。」

 

フードを被った男がラドラの部屋に入った。

 

「………その人形、ひょっとして………。」

「そうだ。あの時のエクスの手先共だ。本当は3人とも戦力にしたかったのだが、まんまと逃げられてしまった。

おそらく奴らに私の能力も割れている事だろう。」

 

ラドラは人間程の大きさのある人形を磨きながら悲観的にそう呟いた。

 

「一応聞いておこう。

あれから戦力はどれくらい増えた?」

「はい。 少なく見積もっても250人は戦力にできたかと。 なお、やはり表では行方不明者の多発で随分と騒いでいるようですが。」

「そんなものは捨ておけ。

予定は変えずに今まで通り戦力拡大に尽力しろ。 私の目的さえ完了すれば、誰も何も言わなくなるんだから。」



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#75 The testimonyer

「……もしもし……… そうだ 俺だ。

これからそっちに行く……………

 

そうだ。 そいつがお前らの話を直接聞きたいそうだ。 だから今から用意しててくれ。」

 

エクスは小型の水晶に向かって話をしていた。

 

「それで、どうでした?」

「今から来てもらって構わないと言っていた。」

「分かりました。じゃあ直ぐに行きます。」

 

哲郎は荷物を手に取り始めた。

 

 

 

***

 

 

 

哲郎はエクスに連れられて廊下を歩いていた。

 

「……それでもしその人が襲われなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「その時は後続隊も突入させて、さらに深堀りするつもりでいたさ。」

 

「それから考えたんですが、もし仮にラドラ達が侵入に気づいたとして、そこから短時間であそこまでの罠を仕掛けられるかと言われたら 無理があると思うんですよ。」

「………………!!!」

「ですからこう考えたんです。

 

『彼らはもっと前から侵入することを知っていた』と。」

「……その可能性なら俺も考えた。

そして内通者の線も考えて周辺を洗ったが、その可能性は否定されている。」

「どうしてです?」

 

「その侵入作戦は俺が1人で考え、そして数人に伝えただけだからだ。」

「なら、その侵入した人の中にいたという事じゃないんですか?」

「それも無い。

あの時襲われたあいつが近づいたのはあいつが独断で決めたことだ。 それにその2人にも 古臭い方法だが嘘発見器にかけて あいつらは無実(シロ)だと結論が出た。」

 

「そうですか………。

ちなみにその嘘発見器でどうやって見抜くんですか?」

「簡単な事だ。

その装置に魔力を送ってそれを《真偽を見抜く魔法》に変換して使用する。

実際の裁判でも活用されているものを使った。」

「……そうですか。」

 

哲郎は俯きながら答えた。

少しでも薄い根拠で裏切り者を疑ってしまった自分を恥じたくなった。

 

「……だから俺はヤツらが何らかの魔法を使って俺が作戦を考えた所を覗いて情報を掴んだのだ と考えている。」

「………なるほど。」

 

「ほら着いたぞ。 2人はこの中に居る。」

 

気がつくと廊下を歩き終わって大きな扉の目の前に立っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「俺だ。 言っていたやつを連れてきた。

入るぞ。」

 

エクスが扉を開けて哲郎が見たのは椅子に座っている2人の男だった。

ほんの少しだけではあるが やつれている印象も受けた。

 

エスクの手指示で哲郎は2人の前にある椅子に座った。

 

「……それではまず、お名前を伺ってよろしいでしょうか?」

「ああ。 私はバウラールだ。」

「私はガイマムという。」

 

「……早速本題に入りますが、ラドラの所に侵入した当時の事を教えて頂けますでしょうか? 彼、エクスさんから大体のことは聞きましたが、あなた方からも直接聞いておいた良いと思いまして。」

「「………………分かった。」」

 

バウラールとガイマムは互いを見合い、同意した。

 

 

 

***

 

 

 

「これで知っていることは全てだ。

これ以上話せる事はないが、何か君の役に立ったか?」

「………ええ。 ご協力 感謝します。」

 

結論から言うと、新しい情報はなく、エクスが話してくれたこと以上の話は無かった。

それでも彼らの口調は当時の状況をありありと思い起こさせ、それを実際に体験したかのような気分にさえさせた。

 

「それでは僕は彼の所へ戻りますので。」

 

哲郎は椅子を立ち、部屋を後にした。

 

 

 

 

***

 

 

 

哲郎がバウラールとガイマムから話を聞いていた頃、ラドラは一室で人形の数を確認していた。

 

「………時に聞くが、」

「はい。 何でしょうか?」

「攫ってきた家畜(・・)共は何匹くらい溜まった?」

「はい。 ざっと見積もっても40()くらいにはなったものと。」

 

40()という数字を聞いてラドラの口元が僅かに緩んだ。

 

「……そうか。ならそろそろ頃合だな。」

「と、仰いますと」

「奴らをこれから私たちの戦力にする。

それからハンマーは動けるか?」

「はい。 腹に1発受けただけですので動くだけなら問題はありません。」

「それから、催眠魔法の用意を急げ。」

 

「かしこまりました。

ですが それで何を?」

「エスクはおそらく彼の強さに全幅の信頼を寄せ、主力だと考えている。」

「と言うことは…………!!」

 

「そうだ。 テツロウ・タナカを拉致し、こちら側に引き込む。」

「………………!!!

かしこまりました。 直ちに準備に取り掛かります。」

 

振り返ったラドラの顔には明らかに勝ち誇っているが故の笑みが浮かんでいた。



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#76 Elite rally

「……何か分かった事はあるか?」

「ええ。 彼が決して内通者などでは無いという事と、彼らの言っている事が紛れもない事実だということが分かりました。」

 

哲郎は来た廊下を戻っていた。

 

「それから あとしばらくしたらここに俺を含めた突入班が集まる手筈になっている。

ファンとアリスにも声をかけてある。」

「分かりました。

僕もマキムの格好で立ち会った方が良いですかね?」

「いや そのままで良い。

お前は【テツロウ・タナカ】として戦力に迎え入れる。」

 

 

 

***

 

 

 

「言いたいことは多々あるが、まずは俺の独断に付いて来てくれる事に心から礼を言いたい。」

 

居間のような部屋にエクスを囲んで数人の人間が集められていた。

そこには哲郎はもちろんの事、ファンとアリスも居る。

 

そして見知らぬ顔が3人程いた。

 

3人とも細身で切れのある顔つきをしており、その表情からはありありと真剣さが伺える。

 

「………君がテツロウ・タナカか。」

「!」

 

その3人の中で1番身長の高い男が哲郎に話しかけた。

 

「あ、はい。 僕がそうです。」

「君の魔界コロシアム及びエクス様との手合わせ、そして公式戦での活躍はかねがね聞いている。

私はエクス様の親衛隊を務めている ミゲル・マックイーンと言う者だ。

私の隣にいるのがトムソン・ハベル そしてその隣がエルコム・ダーリ だ。

よろしく頼む。」

「こ、こちらこそよろしくお願いします。」

 

ミゲルはその硬い表情からは想像もできないほど柔らかい物腰で哲郎に挨拶をした。

 

「あの、エクスさん?

それで 親衛隊というのは一体…………」

「深く気にする必要は無い。

あいつらが自分たちのことをそう言ってるだけでそんなことは思っていない。

あいつらはただの部下だ。」

 

哲郎はエクスの返答を聞いて頷き、再びミゲルに話しかけた。

 

「あの、ミゲルさんと呼べば良いでしょうか?」

「うむ。 どうかしたか?」

「エクスさんから聞いたのですが、前に侵入したバウラールとガイマムと言う人も、あなたの言う親衛隊の人間だったんですか?」

「!!! ……………そうだな。

彼らは親衛隊の中の侵入班として駆り出された。 その時 捕らえられた隊員を救出することもこの作戦の1つだ。」

「…………なるほど。 分かりました。」

 

 

「もういいか?

早く本題に入りたいのだが。」

「ああ。 すみません。」

 

エクスに呼びかけられて哲郎は振り返った。

 

 

 

 

「……これが作戦のあらましだ。

もう一度言うが 俺たちは少数で突入する。 この中の1人でも欠けようものなら 簡単に作戦が瓦解しかねないということを自覚して貰いたい。」

 

その場にいる哲郎を含めた全員が彼の話を鬼気迫る表情で聞き入っていた。 哲郎もまたその一員としての自覚を持たねばならないと自分に強く言い聞かせた。

 

「この後に 各々と個別で話したいことがある。 それからその前にこいつを渡しておく。」

 

そう言ってエクスが懐から取り出したのは透明な大きめのビー玉のような物体だった。

 

「……なんですか それは?」

「こいつには魔力が込められて、三つの用途に使うことが出来る。」

 

哲郎が聞いた説明を要約すると以下の通りである。

 

・魔力を媒体とした通話

・鎖程度を断ち切れる程の衝撃波

・照明程度の発光

 

「そしてこれは個人の証明の意味も兼ねている。 これを持っていれば、たとえヤツらが俺たちに変装しようとも、俺たちは俺たちを区別できる。」

 

 

 

 

***

 

 

 

エクスが哲郎達に作戦を説明するのと同じ時に、彼の部屋の天井裏に一人の男が潜入していた。

 

「もしもし? 潜入に成功しましたぜ。

しっかしザルにも程がありますぜ。 屋根に俺の魔力流し込んでやったらすぐに空いちまってよォ。」

『油断をするな 無駄口を叩くな。

そっちの状況だけを教えろ。』

 

「へいへい。

あー、エクスのやつがなんか人を集めてますね。 何を言ってるのかは分かりませんが、そん中にあいつら、公式戦で暴れやがったガキ共もいますよ。」

『テツロウ・タナカはその中にいるんだな?』

「間違いありません。

あのガキ 一番話に聞き入ってるみたいですぜ。」

 

『………そうか。 確認するが、催眠魔法は準備出来ているな?』

「馬鹿にしてもらっちゃ困ります

バッチリ用意できてますぜ。」

『なら問題は無い。 いいか。 奴を子供だと思って甘く見るな。 奴はマーシャルアーツに精通している。 1回しくじったら二度と機会は来ないと思え。』

 

「もちろん 分かってますぜ。

ヤツの口にこいつを押し当てて意識奪えば俺の魔法で秒でここまで拉致ってこれる。」

『今私は、お前には全幅の信頼を寄せている。 ではこれより作戦を第二段階に移す。

お前はテツロウ・タナカを拉致してこっちに戻って来い。

 

私も準備に取り掛かる。』



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#77 The Disappearance

「何、テツロウが消えただと!!!?」

 

哲郎が消えた

 

それはミゲルが確かに確認し、エクスに伝えた情報だった。

 

 

 

***

 

 

 

「……話はこれで以上だ。

後ほど 個々に詳しい話をするから、それぞれ部屋で待機していて貰いたい。」

 

エクスの言葉に全員が声を揃えて返事をした。

 

「それからミゲル、テツロウを部屋に案内しろ。 テツロウとは最初に一対一で話をするから、時間が来たら迎えに行ってくれ。」

「かしこまりました。」

 

そう言うとミゲルは哲郎を部屋に行くように促した。

 

 

 

***

 

 

 

「……あとこの廊下をまっすぐ進んだら部屋に着く。そこで待っていてくれ。」

「分かりました。

 

それで ミゲルさん。一つお話 良いでしょうか?」

「何だ?」

 

「潜入班が捕まった謎について、ミゲルさんの意見を聞きたいんですけど。」 「!!」

 

哲郎はそこまで言うと一瞬 間を置いて話を続ける。

 

「あなたも知ってるはずでしょうけど、エクスさんはそのラドラという男が人形魔法を持っていて、それを使って拉致したと推理しているんです。

ミゲルさんはどう考えていますか?」

「…………!!」

 

口ごもるミゲルに哲郎は話を続ける。

 

「言っておきますが 別にエクスさんに話を合わせていただく必要はありませんし、それに僕はエクスさんの推理が間違ってると決めつけている訳でもないです。

 

ただ、この段階で結論を急ぐのは危険だと考えているだけで、確かにガイマムさんとバウラールさんの証言も聞きましたけど、やはり決断はまだ早いと考えているんです。」

「………………………」

 

「それで、どうなんです?」

「…………確かに私も結論を出すのは早いと思っている。 だがそれでもエクス様の考えが間違っているとは思えない。 だから我々はラドラが人形魔法を持っている と結論づけると同時にそれ以外の可能性も視野に入れて作戦を立てているのだ。」

「そうですか。 それなら大丈夫です。」

 

「ちなみに言っておくが、ラドラの奴はパリム学園に来てから1度も固有魔法を見せていないのだ。 使ったのはとても高い精度の誰でも使える魔法だけで、素性もひた隠しにしてある。 だから我々も対策に苦戦しているのだ。」

「……なるほど。 肝に銘じておきます。」

 

そうしている間に哲郎は部屋に着いていた。

 

 

 

***

 

 

「準備が出来たらこちらから呼びに行く。

それまで待っていてくれ。」

「分かりました。」

 

哲郎が準備された部屋で考えていたのはエクスから渡された水晶のようなアイテムの事だった。

 

(………さて、まずこれをどうやって持ち運ぶか考えなくちゃな………………。)

 

これが無くとも戦いには支障は無いだろうが、それでも必要になる場面はあるかもしれないし、それにこれが無くなっては戦場で信用が無くなりかねない と哲郎は考えていたのだ。

 

ポケットに入れるという選択肢は真っ先に切って捨てた。 落とす危険性も高いし、何より万が一敵の手に捕まって没収されたりしたらそれこそ戦況を掻き乱されてしまうからだ。

 

(…………でも、それならどうする? どうやってこれを持ち運ぶ?)

 

 

その時 哲郎は身体のある場所(・・・・・・・)を見て、パリム学園で習ったある事(・・・)を思い出した。

 

 

 

***

 

 

 

哲郎が待機している時、潜入した男が哲郎の下(・・・・)に来ていた。

 

「報告します。 配置に着きました。

今ヤツの()にいます。」

『そうか。 もう一度言っておくがくれぐれもしめてかかれ。

しくじったら二度とチャンスが来ないばかりか、お前までハンマーの轍を踏む可能性もある。』

「もちろん分かってます。 手筈は完璧です。」

 

『それで、エクスは何か妙な事をやってなかったか?』

「何を話してるかは分かりませんでしたが、何かを渡しているようでしたよ。」

『そうか。 なら拉致した後で身体検査をする。 ポケットの中身や口の中とかを調べるからこっちに連れて来い。』

 

「分かりました。 では3・2・1でやつにかかります。 通話を切って下さい。」

『分かった。健闘を祈るぞ。』

 

 

 

***

 

 

「テツロウ。 時間だ。エクス様がお呼びだ。すぐに支度をして来てくれ。」

 

ミゲルが時間になって哲郎を呼ぶために扉をノックした。

 

「……………………?」

 

しかし、いくら待っても返事が無い。それどころか支度をする物音一つして来ない。

 

「!!!」

 

不意に嫌な予感を感じ、ミゲルは扉の鍵を開けて部屋に押し入った。

 

「!!! こ、これは━━━━━━━━━!!!」

 

そこには誰一人いなかった。しかも部屋はとても静かで争った形跡もない。

そして、窓や扉にはしっかりと施錠し、許可なく出たりする事は禁じていた。 哲郎がそれを破ったともミゲルには思えなかった。

 

田中哲郎はこの時、完全にこの誰も立ち入ることの出来ない筈のこの部屋から完全に姿を消してしまったのだ。



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#78 HIDE & SEEK

【テツロウが部屋から消えた】

その報告を受け、エクスは一目散に哲郎の待機部屋に足を運んだ。

 

「それは間違いないのか ミゲル!?」

「ええ。 窓にも扉にもちゃんと鍵が掛かっておりましたし、廊下を見張っていた者も テツロウは一歩も部屋から出ていないと証言しておりました。」

「しかしあいつの技はかなりの完成度で磨かれていたんだぞ! 不意打ちであってもそんじょそこらのやつに不覚を取るなんて到底思えん!!」

「エスク様、これを!」

「何だ!?」

 

ミゲルが指さした所には、透明に近い白色の粉のようなものが少しだけ付着していた。

 

「こ、これは【魔素】か!!?」

「………となると敵は床に魔法を仕込んで彼を拐ったという事になりますね。」

 

 

魔素

それは、魔力を構成する物質である。

魔法を使った後の発射部や当たった箇所には必ずそれが付着する。

付着した魔素は少なくとも24時間は持続する。そして、いかなる方法でもそれを取り除くことは出来ない。

 

「エスク様、それからもうひとつご報告が。

テツロウに渡したあの魔法具がどこにも見当たりません!」

「何?! もしかせずとも身体に持った後で拐われたのか?!

よし! ならばその魔法具に通信を繋げ! それでテツロウか敵の居場所は割り出せる筈だ!!

それとミゲル、お前はこの事をトムソンとエルコムに伝え、あいつが屋敷にいる可能性も考慮し、手分けしてこの屋敷の中をくまなく探せ!!

 

俺はテツロウの魔法具に通信を試みる!」

「かしこまりました! 直ちに!!」

 

 

 

***

 

 

 

哲郎を拉致した男は今、本部に戻ってラドラに報告していた。

 

「命令は完璧にこなしましたぜ。

テツロウのガキはちゃんと拉致って今ぶち込んであります。」

「そうか。 よくやってくれた。

それからヤツは何かを受け取っていたんだろ? それはどうなった?」

「それなんすけどね、身体のどこを調べても何も出て来ないんですよ。」

 

男の気の抜けた発言にラドラの眉間のしわが少しだけよった。

 

「……間違いなく隅々まで調べたんだろうな?」

「もちろんすよ。 ポケットの中から口の中までちゃーんとね。 まぁおそらく それを仕舞う前に俺が襲ったってだけでしょうよ。」

 

「……身体のどこかに隠し持っているということは無いのか?」

「そんなバカな。カンガルーみたいに腹に袋がある訳じゃあるまいし。 あのガキも所詮は人間ですぜ。魔法が使えるならいざ知らず、そんな芸当出来る筈が無いでしょう。」

 

終始 納得いかない様子ではあったが、ラドラは話を変えた。

 

「まあいいだろう。 それより、拉致に成功したならすぐに始めるぞ。」

「もう始めちゃうんですかい?

じゃあ今まで後回しにしてたガキ共も一緒にやっちゃうって事で良いすかね?」

「そうだ。 すぐに準備を開始しろ。

その際に、こいつ(・・・)を使う。」

 

 

 

 

***

 

 

 

哲郎は目を覚ました。

そしてすぐにここが広さも分からないほどの暗闇で、両手の自由が奪われていることに気付く。 手首に走る独特の冷感から、鎖のようなもので縛られていることを理解する。

 

そしてその後考えたのは、自分を襲った人物についての事。

 

 

一瞬だった。

哲郎がエクスから貰った水晶型の魔法具をしまおうとした(・・)その時、背後から水が跳ねるような音が響いた。

 

そこからは本当にあっという間の事だった。

口に おそらく睡眠のための薬か あるいは魔法か とにかく自分を眠らせるものを口に当てられ、一瞬 意識を奪われた。 技を使って抵抗する暇さえ与えられなかった。

 

その催眠こそ【適応】の能力ですぐに克服したが、その時には既に両手を縛られて、視界も目隠しで塞がれた。

 

そこからの移動も素早かった。

時間にして1秒かかるかかからないか程度の間、全身に冷感(・・)を感じながら 気がついたら拉致は完了していた。

 

 

(………まんまとしてやられた………………。

きっとあのバウラールさん達の仲間の人も こうやって連れてこられたんだ……………。)

 

そして哲郎は次に身体の隅々を調べられたことを思い出していた。

 

目隠し故にそこがどこかは覚えていないが、大勢の声がする中、服に付いている全てのポケットの中身、そして口や耳の中まで覗かれ、しばらくだった後に再び連れられて今に至る。

 

今は目隠しをされておらず、視界は確保出来ている。 つまりここは《視界があっても大丈夫な空間》だということなのだ。

 

(…………音は聞こえない……………。

ここには見張りとかは居なさそうだな。

拉致されたのは予想外だったけど ここまでは良い。)

 

自分がやるべき事は既に分かっている。

 

心の中でそう呟くと哲郎はうつ伏せの体勢を取った。そしてこの事を敵に見つからないでくれと願う。

 

(……ヤツらはまだこの事(・・・)に気づいていない。

まずは、これを取り出す(・・・・)!!!)



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#79 HIDE in the hand

治癒魔法

 

それは、哲郎が魔界コロシアムの3回戦でのレオルとの試合で見、そしてパリム学園に潜入する中で学んだ事である。

 

治癒魔法とは、基本的にしてとても繊細な魔法である。

そしてそれを未熟な状態で使う事はとても危険な行為としてこのラグナロクの全土に知られている。

 

 

なぜなら、【傷口に異物が入った状態で治癒してしまうと、異物が入ったまま塞がって化膿してしまうから】だ。

 

 

 

***

 

 

哲郎はパリム学園にて治癒魔法のことを粗方教わった。 そして、そのデメリットを逆利用できないかと考えていた。

 

(エクスさんからこれの使い方は教わっていた。 確か、こうやって『飛ばす』イメージを水晶に送り込んで…………。)

 

ブシュッ!!! 「ッ!!!」

 

衝撃波と血が吹き出した。

 

哲郎の手のひら(・・・・・・・)から。

そしてコロンと音を立てて水晶が手の平の傷から転がった。

 

哲郎はそれを両手を縛られた状態で拾い上げる。 先程の傷は既に【適応】している。

 

 

 

***

 

 

待機部屋にて哲郎が考えていたのは、エクスから貰った水晶を持ち運ぶ方法だった。

そこで考え出したのは、【手のひらの傷口に水晶を埋め込んで適応で塞ぐ】方法だった。

 

哲郎の左手にはメス程度の刃物が握られていた。 これが失敗したらまた別の方法を考えれば良い 程度に試しにこの方法をやってみることにした。

 

グサッ!! 「!!!」

 

哲郎は手のひらに刃物を突き刺した。

一瞬 刺痛が走るが、それを意に返す暇もなく、その傷口に強引に水晶を押し込んだ。

その直後、傷口が完全に塞がった。

 

その時は純粋に成功したことに喜んだ。

そして同時にまさかパリム学園で学んだ事を ましてやデメリットを逆利用するとは思ってもいなかったと驚きもした。

 

 

男の襲撃にあって拉致されたのはこの直後である。

 

 

 

***

 

 

ジャキンッ!!!

 

派手な音を立てて手首を縛っていた鎖が断ち切られた。

 

自由になった事を確認するかのように両手首を擦りながら周囲を見渡す。

 

哲郎には時間が無かった。 エクスから貰った水晶があると言っても、もしこの事がバレたらあと何回彼らを出し抜く策を思いつけるか分からなかったからだ。

 

(………よし。 あれやこれやしている間に視界の方も暗さに【適応】してくれたみたいだ………。)

 

そこは、細長い通路だった。

細長いと言っても横幅は人間が3~4人並んで通れるだけの広さがあり、長さは行き止まりすら見えない程だった。

 

(僕一人にここまで広い監禁場所を取るとは思えない…………。

僕の他にも連れてこられた人がここにいるのか?)

 

哲郎は次に振り返って逆方向を見渡した

「!」

 

そして一瞬 息を飲んだ。

そこにはたくさん人が居たからだ。

人種を振り分けると、そのほとんどが哲郎と同年代と思われる女性だった。

 

(僕と同じくらいの女の子ばかり?

拉致に簡単だから選んだのか……?

 

というかなんでみんな僕の方を見ないんだ? アッ!)

 

そこまで考えて哲郎は自分しかこの暗闇に適応していないことに気がついた。

彼女達は今 明るい水槽の中で暗い場所にいる客が見えない魚のように哲郎の事が見えていないのだ。

 

(そうだ。 これには明かりをつける機能もあるんだった。)

 

哲郎が水晶を握ってイメージを送ると、水晶が発光し、通路を見渡せる程度の光源の確保に成功した。

 

(よし。 ここまでは良い。

まずはこの人たちを連れて脱出する方法が無いか探さなくちゃ)

 

「…………明かりを、明かりを消して………。」

「!?」

「早く、早く消さないとあいつ(・・・)が……………」

 

声に振り返ると、そこで一人の少女が涙目で哲郎の裾を引っ張っていた。

 

「早く………!! 早くしないとあいつが………!!!!」

「落ち着いて下さい! 僕は敵ではありません!」

 

「あいつに……!! あいつに殺される………!!!!」

「しっかりするんだ!!!」 「!!!」

 

哲郎に両肩を掴まれて諭され、その少女はようやく正気を取り戻した。

 

「あぁ 失礼しました。 つい焦ってしまって……!」

「………私も ごめんなさい。」

「……では 教えて頂けますか? さっき言っていた《あいつ》とは一体………」

 

 

ガシッ! 「!!!?」

 

質問しようとした直後、哲郎の足を何かが掴んだ。

 

「こ、これは……!!!?」

「いっ 嫌っ 嫌ァッ………!!!」

 

あいつ(・・・)だ……!!!」

「また あいつ(・・・)が………!!!」

 

先程まで話していた少女以外からも悲鳴が聞こえてくる。

 

「てっ 敵か!!?

何者だ!!? 姿を見せろ!!!!」

 

かろうじての啖呵を切って 哲郎は足を掴んでいるものに光を向けた。

 

「!!!??」

 

 

 

そこに居たのは、くるみ割り人形のような顔をした二人の怪物だった。 1人が四つん這いになり、もう一人がその上に覆いかぶさっている。

 

「な、何だ……… こいつらは…………!!!」

 

哲郎に言えるのはそれだけだった。



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#80 Guilt & Responsibility

笑い声なのか顎の木が擦れる音なのか、ケタケタと不気味で甲高い音が暗い通路に響く。

 

(い、一体何だ こいつは……………!!!

 

人間なのか異種族なのか魔物なのか

分類できない…………!!!!)

 

哲郎の意識は目の前の怪物の正体とその分類のみに集中していた。

 

「嫌ァッ!!!! 逃げて!!! 逃げてェ!!!!」

「!!!」

 

さっきまで話していた少女の声でハッと 意識のずれを修正した。

 

その直後、その怪物は哲郎の足を離し 全身のバネを使って哲郎の上半身に飛びかかった。

その窮地は哲郎から恐怖を払拭させ、【目の前のこいつを倒さねばならない】という闘争心を引き出した。

 

 

ゴッ!!!!! 「!!!!!」

 

哲郎は顔面に迫ってきた方の怪物の顎に相手のスピードを最大限利用してアッパーカットを叩き込んだ。 怪物は大きく仰け反り、隙ができる。

 

「くっ!!」

 

ズゴォッ!!!!! 「!!!!!」

 

すかさず身体を翻し、今度は仰け反った体勢の顎を全身のバネを使って蹴り飛ばした。

怪物は吹き飛ばされ、その姿は遠い闇に消えて行く。

 

 

「………フー! 危なかった!

だけど何だったんだ あの怪物は………!!」

「あ あの…………!!」

 

哲郎が視線を送ると、その少女は依然として座り込んだまま呆然としていた。

 

「もう大丈夫です。 さっき言っていたあいつ(・・・)とは あの怪物の事だったんですね?!」

「……う、うん。 それよりあなた、脚 大丈夫なの………?」

「脚? アッ!」

 

哲郎はその少女の左足首が腫れているのに気がついた。

 

「え、ええ。

折れていたのかもしれません(・・・・・・・・)が、大丈夫です。

それより教えてください。 一体ここで何が起きているんですか?」

 

哲郎は議題を変えた。 今 重要なのは自分の足首よりも今の状況だからだ。

 

 

***

 

 

「………わかった。 私の名前は【ミリア・サイアス】 あなたは?」

「ミリアさんですね? 僕は〖マキム・ナーダ〗と言います。」

(僕の顔を知らないって事は、この人はあの公式戦より前からここに居るのか?)

 

哲郎は混乱を避けるため、偽名を名乗った。

 

(考えたくはないが、このミリアさんがラドラ達の手先という可能性も考えられなくはない。 とにかく 孤立している今は慎重に事を運ぶんだ。)

「まず教えて欲しいのですが、ミリアさんはいつからここに居るんですか?」

「いつからかは分からないけど、連れ去られたのは3日前だよ。」

 

(!? 3日前だって?!

あの公式戦があったのは一瞬間前なのに、どうして僕の顔を知らないんだ!?)

「……分かりました。 では どこで連れ去られたか覚えていますか?」

「…その日は職員室に行こうとして、道に迷ってしまったの。 そしてそのまま行き止まりに入ってしまって。」

(行き止まり? あのグスがラドラ達のアジトに入った場所の事か?)

 

「連れ去られたのはそこなんですね? ではあなたを襲った人の顔を見ませんでしたか?」

「顔は見なかった。 後ろから口を押えられて、眠ってしまったの。」

(彼女の言ってる事が本当なら、僕と同一の犯行か。 よし、ここで探りを入れる!!)

 

哲郎にはミリアがなぜ公式戦の事を知らないのか確かめる必要があった。

 

「それから参考までにお聞きしたいのですが、1週間前はどこで何をしていましたか?」

「? 1週間前?」

「はい。 差し支え無ければで良いのですが。」

(もしこれで回答を渋るなら、少なくとも距離をおかないとまずいことになる。)

 

「…その時は風邪をこじらせて家で休んでいたの。」

「なるほど。 分かりました。

では次に、あなたの言う【あいつ】が何なのか 教えて頂けますか?」

 

哲郎は話を変え、このミリアが本当に信頼出来る人なのかの手掛かりを探る事にした。

もしそれが出来ないなら、この場にいる全員を疑わなければならないかもしれない という覚悟も心の中で決めていた。

 

 

 

「………あいつは、時々やって来て 私達を順番に殺していくの。ここには男の人もいたんだけど、みんな足を折られたり縛られたりして身体の自由を奪われて、何の抵抗も出来ずに襲われていくの。」

(……仮にこの人がラドラの手先で 治癒魔法の類を持っていたなら、予めわざと足を負傷させて、僕が油断した時に足を治して襲うという事も考えられる。

油断しちゃダメなんだ。 ところで……)

 

哲郎は再び周囲を見渡し、ミリアの方を向いた。

 

(……ここに男の人は見当たらない。ということは、男性を優先的に襲っているのか?)

「殺されるとは、どういう風に?」

「分からない。 襲われる時は皆 首に薬みたいなものを入れられて眠らされてから連れ去られるから。」

「では、実際に殺される所を見た訳では無いのですね?」

「……そう だけど殺されたに決まってるよ!!

いずれ私も皆みたいに…………!!!」

 

「もう諦めてしまったのですか?

助かろうとは思わないのですか?」

 

「………!!! 思ってるよ!!!!

でもどうしようもないの!!!!」

「!!!」

 

ミリアは目に涙を浮かべながら哲郎に迫ってきた。

 

「あ! ご、ごめんなさい。

あなたは悪くないのにきつく………!!」

「いえ。 僕も口を慎むべきでした。」

(今の顔、今の涙 嘘は全く感じなかった。

僕は、あの純粋な涙を疑おうとしているのか!!? だ、だけど…………!!!!)

 

哲郎は心の中で頭を抱えた。

ミリアのことを疑ってはならないという罪悪感と、エクスから信頼されているという責任感が揺らいでいた。

 

(もし、ミリアさんでなくとも 誰かから襲撃されたら、それは僕だけの問題じゃない!!

僕を信頼してくれているエクスさんにとても大きな迷惑がかかる事になるんだ!!

 

何か、何かないのか!!?

このミリアさんの言ってる事が本当だと確認する方法は!!!)



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#81 A voice of a crane

「エクス様、この屋敷をくまなく探しましたが、テツロウは何処にもいません!!」

「そうか。 やはり拉致されたと見て良さそうだな。」

 

ミゲルの報告をエクスは冷静に受け流した。

しかし、心の中ではかなり焦っている。

 

(まずい事態になった…………!!

ヤツらはテツロウがハンマーを倒したことを知っている。 それを見込んで戦力にしようものなら、テツロウだけでなく俺達全員に被害が出る………!!!)

 

今のエクスに出来るのは、哲郎に渡した水晶の魔法具と通信を取ることだけだった。

 

 

 

***

 

 

 

哲朗は心の中で頭を抱え、そして苦悩していた。

そして彼が求めたのは、ミリアが信頼できるという確固たる証拠だった。

 

「!」

 

その時、手の中にしまった水晶がぼんやりと光った。 そして初めて、この水晶に通話機能が備わっている事を思い出す。

 

『聞こえるか!? 俺だ エクスだ!!

出ているのは誰だ!!?』

「エクスさん!!! 僕です、 僕が水晶を持ってます!!!」

『……そうか。まずは一安心だな。

一体何があったんだ!? まずはそこを教えろ!!』

「……はい。 分かりました。」

 

哲郎はエクスに部屋で待機している時に何者かに背後から襲われ、その後どこか分からない場所に放り込まれた事を説明した。

 

『そうか。 実を言うとだな、お前がいた部屋から魔素が見つかった。 敵は何かしらの魔法を使って潜伏し、隙をついてお前を襲ったと考えている。』

「なるほど。 ところでエクスさん、

学園内の行方不明者の名前って分かりますか?」

『? リストなら渡されているが、それがどうした?』

「僕のいるこの場所に、拉致されたと主張している僕と同年代の女性たちが十数人いるんです。」

『何?! という事はそこは監禁場所ということか?!』

「ええ。 彼女の言ってることがほんとうならそうなります。 それでエクスさんに頼みたいことがあるんですが、そのリストの中に【ミリア・サイアス】という名前はありますか?」

『? ちょっと待ってろ

…………あるぞ。 ミリア・サイアス 捜索願いも出ている。』

「では、いつ失踪したか分かりますか?」

『3日前だと記録がある。』

「…………!!!」

 

哲郎は心の中で旨を撫で下ろした。

気を張らなくていいという安心と、確証を得られた喜び、そしてミリアを疑ってしまった申し訳なさが一気に彼の心に押し寄せた。

 

「それからもう1つ頼みたいことあるんですが、これに拡声機能は付いてますか?」

『ああ。 お前の操作で可能だ。』

「なら、僕がその機能をつけたらこういって欲しいんです━━━━━━━━━━。」

 

 

 

***

 

 

「━━━━━━━━━━━━では、そういう事ですのでお願いします。」

 

そこまで伝えて哲朗は通話を切った。

 

「………あの、マキム さん?

さっきから後ろを向いて何を…………?」

 

ミリアの声に振り返った。

その目を見て、謝る決意を固める。

 

「………ミリアさん、すみません。」

「?」

「僕はひとつ、あなたに嘘をつきました。

僕の名前はマキム・ナーダではなく、【テツロウ・タナカ】といいます。

あなたが【危険人物】かもしれないという可能性を恐れ、偽名を使ってしまいました。」

「偽名? それに私が危険ってどういう……」

 

ミリアの純粋に疑念を抱く声を聞く度に哲朗の良心は痛んでいく。

そして哲朗は打ち明ける決意も固めた。

 

「言い訳する気はありませんが、理由を言わせて頂くと、僕には【責任】があるんです。」

「責任?」

「はい。 詳しくは【彼】が説明してくれるでしょう。」

 

哲朗は手に持っている水晶を揚げ、【話す】とイメージした。 それで通話は可能になる。

水晶が光り、哲朗は次に【拡声する】というイメージを固める。

 

「エクスさん、もう大丈夫です。」

『そうか。分かった。

諸君、私の声が聞こえるか!!?』

『!?』

 

暗い通路にエクスの声が響き、その場に居た全員が一斉に振り返った。

 

『私の名はエクス・レイン!!!

パリム学園の寮長を務めている。』

 

「エクス!?」

「寮長って言った!?」

「本物!!?」

 

エクスの名前を聞いただけでその場に居た少女達の目に光が戻り、哲朗の方を向き始めた。

 

『私は諸君らが行方不明になっていることを知り、そして救出のために今動いている!!

今腕を掲げているであろう少年も私の仲間だ!! 君たちの救出は約束する!!!

 

どうか今しばらく耐え忍んでくれ!!!!』

 

エクスの鶴の一声は彼女たちに希望を与え、活力を与えた。

 

『これで良いか?』

「はい、完璧です!! ありがとうございます!!! それで、この水晶のある場所が何処かは分かりませんか?」

『それは今 逆探知をやっている所だ。 だが いかんせん時間がかかっている。 恐らくその場所に妨害系の魔法が仕掛けられているのだと見ていいだろう。』

「なるほど。 ではそれまでは僕が彼女たちを━━━━━━━━━━━」

 

 

「嫌あああ!!!!!」

『「!!!?」』

 

通路に絶叫が響き、哲朗がその方向を向くと、そこに居たのは先程 哲朗を襲った2人組の怪物だった。

その怪物が 一人の少女の上に馬乗りになっている。

 

「ば、馬鹿な……!!

さっき僕は確かに………!!!」

『おい どうした!!?

何が起きてる!!? 応答しろ!!!!』



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#82 Jellyfish Suplex

哲朗は目の前の光景に肝を抜かれていた。

さっき撃退したはずの怪物が再び立ち上がっている。

 

「ば、馬鹿な…………!!!

僕は確かに……………!!!!」

『おい! 応答しろと言ってるだろうが!!!

そっちで何が起こってる!!?』

(……さっき僕はあいつの顎を殴って、それからさらに蹴飛ばしたんだぞ………!!!

あの攻撃でどれ程脳が揺れたか……………!!!!)

 

顎を攻撃する事は即ち脳を揺らし攻撃する事である。 それは哲朗が信じて疑わない事の1つであり、彼の戦闘での拠り所にもなっていた事だ。

しかし目の前で起きている光景はそれを根本から否定している。

 

 

哲朗が呆気に取られていると、怪物の目は哲朗に向いた。 するとさっきまで襲っていた少女には目もくれず哲朗の方へ向かって来る。

 

(攻撃目標を唐突に僕の方に変えた!!

もしかしてこいつは男性を優先的に襲うように命令されてるのか!!?)

 

怪物は哲朗に向かって腕を伸ばす。

動揺しているものの怪物の直線的な動きは哲朗に対処出来ないものでは無かった。

怪物の手首を掴み、身体を翻して背中を全力で折り曲げる。

 

「おりゃァっ!!!!」

「!!!?」

 

怪物は自身のスピードに乗って哲朗の背中を発射台にして通路の闇へと飛んでいく。

 

「……!! よし!!

今のうちに………!!」

 

哲朗は隙をついて通路を進み、怪物に襲われていた少女の元へ駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!!?」

「う、うん…………!!!

あ、ありがとう………………!!!!」

 

少女の顔は涙でいっぱいになっていた。

彼女もまたこの通路でたくさんの人が怪物に襲われ、自分もそうなる確信があったのだ。

 

「みなさんも僕より後ろに下がってください!! 僕はエクス寮長の部下で、あなた達を助け出す責務を負っています!!

やつはすぐにまた必ず来るでしょう!! やつの狙いは僕です!! やつを僕より後ろへは下がらせません 約束します!!!」

 

先程のエクスの演説で哲朗の信用は確固たるものになっていた。

足を折られたり拘束されているにも関わらず、少女達は必死に哲朗より後ろへと下がっていく。

 

「エクス寮長は必ずあなた達を助け出してくれます!! だからあなた達も諦めないで下さい!!!」

「……………!!!!」

 

(………とは言ってみたものの、それには問題が山積みだ。 どうやったらあの怪物を止められるか分からないし、何より出口のようなものが全く見当たらない。

僕は、こことは違う場所で身体を調べられてここに連れてこられた。 それならどこかにその出入口がある筈なのに………!!!)

 

哲朗はそこまでで考えるのを止め、怪物に対して構えをとった。両腕をだらりと下げて重心を下に取る脱力の構え

 

海月(くらげ)の構え】である。

 

(考えるのは後だ!!!

とにかくこいつを何とかしなくちゃ どうにもならない!!!)

 

怪物は獣のような四肢を地面について屈む体制から全身の力を使って哲朗に飛びかかった。

怪物の顔が哲朗の顔面に接触する直前に怪物の勢いに任せて哲朗は身体を反らせて飛びかかる怪物と並行の体勢を取った。

 

怪物の腰に手を回して手首を掴んで固定し、身体を回転させて怪物の速度を下方向の力に変える。

 

《ジェリーフィッシュ・スープレックス》!!!!!

「!!!!!」

 

怪物は顔面から地面に激突した。

 

ジェリーフィッシュ・スープレックス とは、公式戦で使った《ジェリーフィッシュ・アームブリーカー》 同様 魚人武術の技ではなく哲朗の我流の技である。

 

(こいつを僕より後ろにやる訳にはいかない!! だったら!!!)

 

哲朗は身体を回転させて怪物の首に足をかけた。そして背中の筋肉を稼働させて再び怪物を頭から地面へ落とす。

 

通路にはけたたましい衝撃音が響き渡った。

 

(…………どうだ!? 今度は脳に直接の二連撃だ!!! これでも効かないか!!?)

 

哲朗は油断することなく倒れた怪物に構えを取り直した。

 

(……だけど分からない。

なんでこいつらは1人が背中にしがみついてるんだ………??)

 

「!!!」

 

怪物は難なく立ち上がった。

 

(………何なんだこいつ!!

脳が揺れてない いや、脳が存在して無いのか…………!!?)

 

揺れる脳が最初から存在しないとでも考えなければ説明がつかない程の事を目の前の怪物はやってのけていた。

 

「………………!!!??」

 

しかし、哲朗の疑心はすぐに吹き飛ばされた。 立ち上がった怪物は脳が揺れるか否かなどどうでもいい程に異常な状態にあったからだ。

 

「ば、馬鹿な!!!! こ、こいつは…………!!!!!」

 

怪物は1人がもう1人にしがみついている(・・・・・・・・)訳ではなかった。

怪物の下半身は一人分しか(・・・・・)なかった。

 

 

その怪物は一人の腰にもう1人の上半身がくっついていたのだ(・・・・・・・・)



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#83 The puppet monster

哲郎の頭の中からは脳が揺れる揺れないなどという疑心は消え失せ、目の前の怪物の異常な姿に圧倒されていた。

 

 

「じょ、上半身がくっついてる…………!!!?」

 

『おいなんだ!!? 上半身が何だと!!?』

 

 

今の哲郎にはエクスの声など届く余裕は無かった。哲郎の感覚は目の前の怪物を観察することに集中していた。

 

 

自身の窮地故に余裕がなかったが、良く観察すると口の端から顎へ日本の溝のような線が伸びており、腕の関節は何やら球体のような物で繋がれていた。

 

 

そこから哲郎が導き出した答えはひとつしか無かった。

 

 

(…………人形………………!?

 

!!!)

 

 

そこまで考えて哲郎は思い出した。

 

エクスが話してくれた奇妙な失踪事件の話を。

 

 

男をさらった謎の三本の腕

 

長さや細さがバラバラなのに色は同じ赤褐色

 

男の『ラド』という最期の言葉

 

カタカタという謎の音

 

 

「………そうか。 やっぱりそうだったんだ…………。」

 

『やっぱり? 何がやっぱり何だ?

 

応答しろ!』

 

 

哲郎は水晶を口に近づけた。

 

 

「……エクスさん、報告します。

 

ヤツの、ラドラ・マリオネスの能力の正体が分かりました。

 

エクスさんが推測した通り、やつは人形魔法の使い手です。」

 

『何!? どうしてそんなことが言える!?

 

そっちで何が起こってるんだ!!?』

 

「詳しく説明している余裕は無さそうです。

 

それからもう通信を切ります。 これ以上続ければいつ僕が自由の身であるか分かったものじゃない。」

 

『!! そうか 分かった。

 

なら俺たちはお前の水晶を辿って引き続き逆探知を試みる。 場所が分かり次第、すぐに応援を寄越してやる!!!』

 

「分かりました。」

 

 

その言葉を最後に哲郎は通話を切った。

 

それは同時に退路を断つという事でもあった。 今 背後にいる少女達の身を自分が守らなければならないという責任を自分に課す決意を固めた。

 

 

 

目の前の怪物は未だにケタケタと薄気味悪い笑い声を通路内に響かせている。

 

その最中にも哲郎は思考を巡らせていた。

 

 

(こいつの狙いは間違いなく僕だ。だけど僕とやつの距離が離れていた時、やつは別の人を襲っていた。

 

きっとこいつは近くに男性がいれば優先的に襲い、いなければ近くにいる人を襲うように命令されているんだ!!)

 

 

哲郎はそこまで推測し、作戦を纏めた。

 

 

(こいつから一定以上離れなければこいつは優先的に僕を襲い、その間は彼女達の身の安全は約束される!!)

 

怪物の嘲笑の声は依然として通路中に響き渡っている。 その最中にも哲朗は思考を巡らせていた。

 

(だけどどう対抗する………!!?

こいつには何度も脳を攻撃してるのに全く効いてる気配が無い………!! それにこいつと戦うってことは上半身だけなら二対一と同じだ………。 きっと寝技や関節技を仕掛けても一方を攻撃してる間にもう一方に邪魔をされる………!!! 第一 関節を極めて痛がるって保証も無いんだ……………!!

 

!! 待てよ!)

 

哲朗は一つの策に賭ける決心を固めた。

 

地面を蹴って隙だらけの怪物との距離を詰める。

 

(せめてエクスさんがここを突き止めるまでの時間稼ぎにでもなれば!)

 

哲朗は怪物と接する直前に身を屈めその脚を両手で掴んだ。 そして地面で身体をコマのように回転させて掴んでる怪物の太ももを両足で挟み、全体重を後ろにかけた。

 

怪物の身体は倒され、哲朗はその脚を取って身体をそらし、その関節を極めた。

哲朗は下半身は1人だと気づき、そこを攻撃すれば自分の技も通用すると考えた。

 

しばらく 数十秒の間 怪物は振るえるだけで解こうとはしなかったが哲朗はすぐに怪物が脱出する事を直感していた。

そして作戦を次の段階に移す。

 

「皆さん!!!! 僕がこいつを抑えてる間に早くここから離れて下さい!!!!!」

『!!!』

 

ここにいる少女たちの中には足を負傷したり縛られたりして動くことがままならない状態にあるが、哲朗は彼女達の心に訴えかけた。

 

「皆さんが足を負傷していることは承知の上です!! ですがエクス寮長は必ず皆さんを助け出してくれます!!! 希望はあります!!!

ですから皆さんも諦めずに頑張って下さい!!!!!」

 

エクス・レインというこれ以上ない頼もしい存在に心を鼓舞され、少女達の中に少しずつ助かろうとする決意が固まっていった。

 

怪物に集中しているので聞こえないが少女達の這う音が少しずつ遠ざかっていくのが分かる。 そしてその直後に哲朗の身体は宙に浮いた。 2人の上半身の力が哲朗の寝技を強引に返したのだ。

 

怪物が身体を振るって哲朗の身体は飛ばされた。しかしすぐに体勢を立て直してあまり離れない所に着地する。

 

「やっぱり関節技も効かなかったか。返してくるのは予測できたよ。

だけどもうこの場には彼女達は居ない。これで一対一だ。

目的は僕なんだろ? かかってこい!!!!!」

 

哲朗はそう啖呵を切って己を奮い立たせた。



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#84 The gambler

この通路には哲郎と怪物以外 誰もいない。

足を負傷して思うように動けなかったが、哲郎の演説とエクスの信頼によって拉致監禁されていた少女達はこの場を離れ、怪物の手が迫る危険性は無い。

 

これで自分がこの怪物をせき止め続ければ少女達を守りながらエクス達がここを突き止めて助けに来るまでの時間を稼ぐ事が出来る

 

しかし、言うは易く行うは難しとはよく言ったものである。 哲郎にはこの怪物への有効策が思いつかなかった。

 

(……単純な動きが出来る反面、こいつはそこまでの知能は無い。 僕だけを狙い続けるはずだ。

ミリアさん達を守るにしても、どこまでやれるか…………!!)

 

「…………………うしろ。」

「!?」

 

不意に斜め後ろ側から声がしてその方向に視線を送った。 怪物に不意をつかれないように横目でその方向を見る。

 

「……俺を、解放しろ…………!!

()エクス寮長の仲間なんだろ……!?

俺はあの人の部下だ………!!」

「………!!?」

 

そこには両腕を鎖で縛られた屈強な男が地面に突っ伏していた。

 

哲郎の頭には一瞬で『なぜ他に男がいるのか』 『本当に彼はエクスさんの部下なのか』 『なぜ襲われずにここにいるのか』などという疑問が浮かんだ。

 

「……あなた、どうして襲われていないんです………!!?」

 

哲郎が最初にした質問は【本当にこの男がエクスの部下なのか】と【なぜ襲われずにいるのか】という疑問への問い掛けだった。

 

「……あいつは、君の推理通り 男を優先的に襲い続け、俺が最後の一人だった。

君がここにいなければ今襲われていたのは俺だった…………!!」

 

(そんな偶然があるのか!?

あまりに都合が良すぎる……!!)

(あの時あの怪物は僕の足を掴んだ。

それから僕から離れた少女を襲った。

、と いう事は…………!!!)

 

哲郎は彼の言う事を否定する要素と肯定する要素を一瞬で頭の中に用意した。

 

(だ、だけど簡単に信用していいのか……!!?)

「あなた、名前は?」

 

「ガリウム・マイケルだ。」

 

判断の遅さは更なる災いを招く

その事を知っていた哲郎はすぐに決断を下した。

 

(エクスさん、 僕は賭け(・・)をします。

もし僕がこの賭けに負けたら、その時はお願いします!!!!)

 

哲郎はガリウムと名乗る男のそばに駆け寄った。そしてその鎖に水晶を添える。

 

「ガリウムさん でしたね。

あなたには僕が見えますか(・・・・・)?」

「ああ。 この眼に魔法を掛けてるからな。 テツロウ君。君の顔ははっきりと見えるよ。」

 

哲郎は水晶から衝撃波を流し、ガリウムの鎖を断ち切った。

 

「さっき見てはいたが、エクス寮長はこんなに画期的な魔法具を生み出していたのだな………。」

「ええ。 僕もここまでこれが機能するとは思ってませんでした

 

!!!」

 

 

哲郎がガリウムを解放した直後、怪物が2人に向かって一直線に突っ込んで来た。

 

「………任せろ。」

「?!」

 

ガリウムはそう言った直後、振り向きざまに怪物の顔面に拳を叩き込んだ。 カウンターの直撃をもらった怪物は吹き飛び、闇の中へ吸い込まれる。

哲郎はその様子に呆気に取られた。

 

「………………!!!」

「これが俺の戦い方だ。

身体強化の魔法を扱う。 さっきも眼にそれを使ってこの暗闇の中で君の顔を見たんだ。」

 

(エクスさん、どうやら僕は賭けに勝ったみたいです。 ここを突き止めて助けに来るまで、持ちこたえて見せます!!!)

 

哲郎は心の中で歓声を上げた。

 

 

 

***

 

 

「エクス様、再びテツロウから通信が!」

「今は手が離せない!

ミゲル、お前が通信を取ってくれ!」

「はいっ!」

 

ミゲルが光る水晶に触れた。

 

「こちらミゲル

テツロウか? 何か問題でも起きたか!?」

『その声はミゲルか!?

俺だ、ガリウムだ!!!』

「何、 ガリウム!?

お前、ガリウムか!!?」

「ガリウム!? ガリウムだと!!?

おいミゲル、通信を代われ!」

 

エクスは半ば強引にミゲルから水晶を取った。

 

「通話を変わった エクスだ。

お前、ガリウムか!!?」

『その声はエクス寮長!!

ガリウム・マイケル 敵に不覚を取ってしまい 申し訳ございません!!!』

「それは後だ。 今どこにいる?

テツロウと一緒にいるんだな!?」

『はい! 彼が私を助けてくれたのです。

私もこれより戦線に復帰します!そしてこの失態を少しでも挽回したいと思います!!!』

「頼むぞ。 俺たちは今お前達がいる場所を逆探知しているところだ。 だからそれまで持ちこたえろ。 必ず救出に向かう!!!」

『かしこまりました!!!』

 

 

通信はそれで切れた。

 

 

***

 

 

「……話は終わりましたか?」

「ああ。 それからテツロウ 俺を信じて解放してくれた事、心から感謝する!!」

 

「どういたしまして と言いたい所ですがそんな余裕は無いでしょう。

ヤツはたとえ脳を攻撃してもビクともしない。すぐにまた来るでしょう。

それまでは持ちこたえますよ!!!」



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#85 Unreliable bridge leading to hope

ついさっき この不死身とも思い込んだこの怪物もダメージを与え続ければ魔法が解けて元に戻るという極めて有力な情報を得たばかりでも哲郎の頭からは不安は拭えなかった。

 

たとえ対抗策が見つかっても自分の後ろにいる大勢の少女達を守りながら戦えるかと聞かれれば即答できないのが現実だった。

 

自分は今 例えるなら希望に繋がった脆く弱々しい橋の上に立っているような気分に晒されていた。

 

それでも自分を奮い立たせ、後ろに立っているガリウムに指示を出す。

 

「………ガリウムさん、僕の方を立っているなら後ろを、僕の背後を見張って下さい。」

「………!!?」

「後ろからまだ追っ手が来るかもしれないでしょう!!? 早く!!!!」

「!!! わ、分かった!!!」

 

たとえ厳しい言い方をしてでも哲郎にはミリア達を守って無事にエクスの元へ帰るという責任があった。

 

己の背中を出会って幾許もない男に任せ、哲郎は構えを取った。 ガリウムも構えてくれていると信じて全幅の信頼を寄せる。

 

 

「……………やれやれ。」

「!!!?」

 

目の前の怪物より遠くの闇から男の声が静かに聞こえた。 哲郎はその声に聞き覚えがあった。

 

「………全く、こいつの帰りがやけに遅いと思えば、まさかあの拘束を逃れるばかりかガリウム・マイケルを解放して貴重な戦力を一つも潰されるとは……………。

この【七本之牙(セブンズマギア)】始まって以来の大失態ですよ。」

「……………………………………!!!!!」

 

暗闇から歩いてきたのはあの赤褐色のマントを羽織った男だった。 あの時 尋問にかけたハンマーを哲郎とエクスを出し抜いて一瞬で奪還してみせたあの男だ。

 

 

「……今 黙って投降してくれるのならば手荒な真似はしないと約束しましょう。

しかし、抵抗するのならば どんな手を使ってでもあなたを引き込みますよ?」

「……………!!!!」

 

男の背後からも怪物が十数体ぞろぞろと出てきた。

 

 

「………………ガリウムさん、 彼女を連れて逃げて下さい。」

「!?」

 

「早く逃げろと言ってるんですよ!!!!!」

「!!!! 分かった!!!」

 

その言葉を引き金としてガリウムやミリア達 少女は蜘蛛の子を散らすように後ろへと逃げていく。 最早脚を負傷するなどと言っている場合では無かった。

 

「…………愚かな。」

「!!!」

 

「その程度の策でこのレイザー・ディパーチャーの脚から逃げられるなどと思わないで頂きたい!!!!!」

「!!!!」

 

レイザーと名乗った男の身体はとてつもない速度でガリウム達を襲った。 哲郎の身体は【あの時の動きと同じ】などと反応する暇もなくマントの男を迎撃する。

 

哲郎の脚がレイザーを塞き止め、少女達の眼前でけたたましい音が響く。

 

「ッ!!!」

 

哲郎の脚に鈍痛が走った。

見てみると脚はレイザーではなく棒状のものを捉えている。

先にレイザーの方が引き、哲郎との距離を取った。

 

「………私の()は鋼鉄でできている。

その直撃を受けて立っていられるとは。

それとも『折れているけど大丈夫な状態になっている』のでしょうか?」

「!!!」

 

「何より、ここに放り込む時に既に拘束して脚の自由も奪っているのに、どうやって脱出したのでしょうね?」

「…………………!!!」

 

哲郎は動揺を隠しきる事が出来なかった。身体が勝手に防御反応を示し、後退りをしてしまう。

 

「マキム・ナーダさん。

あなたはあの公式戦でエクス・レインの名目で出場している。 そこから考えるならば、あなたはエクスの一員として私達に探りを入れているのでしょう?」

「……………!!!」

 

「ならば、あなたを拉致した事もエクスに知られ、あなたを助け出すために彼らもここに援軍を送るでしょう!!!

 

その援軍も頂きましょう!!!!」

 

レイザーは鞘から剣を抜き、その先端を哲郎の方に向けた。

 

「……ガリウムさん、聞こえているなら僕の そしてエクス寮長の命令(・・)を聞いて下さい。 彼女たちは任せます。

この男は、ぼくが相手をします!!!!」

 

もうそばに居ないであろうガリウムにミリア達を任せ、哲郎は構えを取った。

 

「逃がす訳にはいきません!!!

やりなさい!!!!」

 

レイザーの指示によって人形の怪物の一体が襲いかかった。 しかし、それを哲郎が食い止める。

 

怪物の顎を打って体勢を崩し、そのがら空きになった腹に対し魚人波掌の構えを取り、

 

《魚人波掌 波時雨(なみしぐれ)》!!!!!

 

怪物の腹を5発の衝撃が一気に襲った。

怪物は吹き飛ばされ地面に倒れ伏し、その姿が2人の人間に戻る。

 

「………既に気づいていたのですか。 ラドラ様の魔法の正体に。 ならばもういくら差し向けても無駄ですね。 いたずらに手駒(・・)を失うだけだ。

やはり私の手で直々に倒す他無いでしょう!!!!」

 

レイザーは剣を構えた。



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#86 The mach edge

「……あなた一人でこの私を足止めしようというのですか? それは愚かな選択だ。」

「………………!!!」

「アイズンやハンマーを倒した程度でいきがっているようではこのレイザー・ディパーチャーには到底 勝ち得る事は無いと言ってるんですよ!!!」

 

哲郎は恐怖を隠しきることが出来なかった。

先程 速度に圧倒されて捕虜を奪い返されたからだけでなく、レイザーの発する一言一言に本能に訴えかける迫力があった。

 

「それでも、我々からハンマーという貴重な戦力を奪ったその力に敬意を表して この私の手で直々に捉えてあげましょう!!!」

 

レイザーは剣を構えていた腕を少し下げた。

次の瞬間にはその剣の鋒は哲郎の眼前に迫る。

 

「ッッ!!!!」

 

その突きを哲郎は咄嗟に身体を仰け反らせて躱した。

それだけで満足することは無く、その手首を掴まんと手を伸ばす。

 

しかし、哲郎が手首を掴む前にレイザーの腕は元の位置に戻った。 間髪入れずに飛んでくる追撃を身を翻して回避する。

 

(…………!!!

もう 一回見てるから避けられないことは無い!! けど、攻撃しても戻りが速すぎる!!!

あれをどうやって捕まえる!!?)

 

哲郎の思考を見透かしたかのようにレイザーは口を開く。

 

「……思考を巡らせるのは無駄というものですよ。 もう理解しているでしょうが私は《加速魔法》を扱う。

魔法も使えない弱小人間の小細工程度にどうこうできる代物では無いのですよ!!!」

「………その弱小人間の小細工に、あなたの部下やお仲間は負けたのではないのですか?」

 

「その身の程知らずの暴挙をわたしが止めると言ってるんですよ。」

 

レイザーはあくまで冷静だ。

わざと怒らせて冷静さを奪う事も、策を考える暇も与えて貰えない。

 

(………確かあの人が言ってたな。

いざという時は《肉を切らせて骨を断つ》戦法が道を開くって。)

 

それを思い出して 次に考えたのはかつての魔界コロシアムの準決勝での サラとの試合だった。

あの時は【適応】に全てを任せて強引にサラとの距離を詰めて辛くも勝利をもぎ取った。

 

(あれと同じ策が試合だけじゃなくて実戦でも通用するなら、賭ける価値はある!!!)

 

哲郎が策を講じている間にもレイザーは剣を向けている。

 

「残念ですが、すぐに終わらせて貰いますよ。 あなたの後にはあの女達を捉えねばなりません。

彼女共の口から我々の作戦が漏れるのは、絶対に避けねばならない事態です。」

「……………!!!」

 

レイザーの剣の突きはとてつもない速度で哲郎を襲った。 哲郎は腕をかざして腕に剣を突き刺せ、強引にせき止める。

 

「ッッ!!!!」

「!!?」

 

哲郎は腕に走った激痛に一瞬 顔を歪め、レイザーも相手のとった予想外の行動に一瞬 面食らった。

 

しかし、哲郎にとって【覚悟した激痛】は既に経験済みのものであり、それを意に返す暇もなく、腕を振るった。

 

「ッ!!?」

(このまま 僕の腕をてこにしてこの剣をへし折ってやる!!!!)

 

レイザーの持つ剣がギチギチと悲鳴をあげてへし曲がる。 しかし 哲郎の考えを察したレイザーは限界まで体制を崩して剣と身体を垂直にする。

 

「!!?」

 

そのままレイザーの身体は哲郎の動きに合わせて地面を滑り、そのまま剣は哲郎の腕から抜け、着地を取った。

 

(……………!!!!?

な、なんだ今のは!!!?

身体を強引に捻って剣を折らないように僕の動きを流した……………!!!!?)

 

自らの身体を犠牲にせんとした策をいとも簡単に封じ込まれ、動揺を露わにする哲郎にレイザーは口を開く。

 

「残念でしたね。 全く冷や汗をかかされました。 この剣を奪われることもまた避けなければならない事態でしたからね。

ですがこれで状況は大きく《好転》しました。」

「??!」

 

「気づかないのですか?

今、 彼女共はとても危険な状況下にあるのですよ?」

「!!!!!」

 

哲郎ははっとして 地面を蹴った。

しかし時は既に遅く、レイザーは身を翻して逆方向、すなわちガリウムやミリア達が逃げた方向へ走る。

 

(しまった!!! 迂闊だった!! 勝ちを急ぎすぎた!!!!

どうする!!? 何か、何かないか!!?

《飛び道具》さえあれば!!!

 

!!)

 

哲郎の頭に浮かんだのはハンマーとの戦いの光景だった。

 

(これをやるしかない!!!!

頼む、決まってくれ!!!!)

 

 

哲郎はそう心に念じると 【カジキの構え】を取った。

 

《魚人波掌 海鼓(うみつづみ)》!!!!!

 

バチィン!!!!!

 

という音が通路内にこだました。

 

哲郎は全力で殴ったのだ。

【空気中の水分】を。



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#87 Ripple

体の位置を入れ替えたレイザーは哲郎と戦うより先に逃げ出したガリウム達を追跡する事を優先した。

 

それに気づいた哲郎は咄嗟に構えを取る。

 

(ガリウムさん達を追わせる訳にはいかない!!! 当たってくれ!!!!)

《魚人波掌 海鼓(うみつづみ)》!!!!!

 

哲郎は全身を振るって【空気中の水分】を打った。 その衝撃は哲郎とレイザーの間にある空気を巻き込んで巨大化し、レイザーに襲いかかる。

 

バシッ!!! 「!!?」

 

空気中の微量な水分ではたとえ巨大化しても決定打には程遠い。 それでもレイザーの動きを一瞬止める事に成功した。

 

「!!!?」

 

哲郎が何をしたのかを確認するために振り返ると、既に目と鼻の先にまで接近していた。

 

(ば、馬鹿な!!! いつの間にこの距離を!!!)

(マーシャルアーツを見下したあなたには分からないでしょう!!

これが魚人武術の『膝抜き』 《(さざなみ)》です!!!!)

 

 

膝抜き

それは、身体の力を抜くことで予備動作を消し去り、相手に攻撃を気づかれないようにする格闘技術である。

 

魚人武術によって行われるそれは、膝だけでなく全身の力を抜き、自然落下のエネルギーを前方への推進力に変換し、短距離を一瞬で移動することが出来る。

 

 

距離を詰める事 一点なら、加速魔法の使い手であるレイザーにも負けていなかった。

 

手の形は魚人波掌を打つ 片方の手の甲が触れている形になっている。

 

《魚人波掌 杭波噴(くいはぶき)・突》!!!!!

 

バチィン!!!!!

「!!!!!」

 

片方の手のスナップで加速が乗った魚人波掌がレイザーの腹に直撃した。 回避する暇もなくまともに貰い、レイザーは仮面越しでも分かるくらい鈍い呻き声をあげ、顔をしかませる。

 

(動きが止まった!!

次に隙をあげたらもう捕まえられない!!!

このまま畳み掛ける!!!!)

 

哲郎は追撃を打ち込むために構えをとった。

再び 膝抜き《(さざなみ)》を使い、レイザーに詰め寄った。

 

《魚人波掌 波時雨(なみしぐれ)(うず)》!!!!!

身体を回転させながらレイザーの全身に何発もの魚人波掌を打ち込む。 その全てを直撃させた。

 

(…………… どうだ…………??)

 

ブシャアッ!!!!!

「!!!」

 

哲郎がレイザーの様子を見ようとした次の瞬間、全身から血を吹き出した。

 

「……………フフ。」

「!!!」

 

「………ここまでとは…………。

テツロウ・タナカさん。 なぜハンマーが、魚人武術(マーシャルアーツ)の使い手が我々と同等の立場に立っているか分かりますか…………?」

「??」

 

レイザーは仮面の口から血を流し、哲郎に口を開く。

 

「マーシャルアーツを弱小とみなすラドラ様が、彼を例外的に強いと認めたからですよ。

だから我々は研ぎ澄まされた魚人武術の恐ろしさをよく知っている。

 

まさか あなた如きが(さざなみ)を使うとは思いませんでしたよ。」

(!!? さ、(さざなみ)を知っている……!!?)

 

「今の攻撃で息の根を止める事が出来なかった あなたの負けです。 しかしあなたの強さに敬意を表してガリウム達を追うのはあなたを仕留めてからにしましょう。

こいつらにも大人しくしていて貰います。」

「…………………!!!」

 

哲郎の頭の中に2つの思考がよぎった。

1つは、ガリウムやミリア達の身の安全をこれで確保出来たという些細な喜び

そして2つ目は これで自分の退路が完全に断たれてしまったという緊張だった。

 

「心配しなくても命を取る気はありません。

あなたはラドラ様の貴重な戦力として使っていただく必要がありますからね。」

「……………………!!!

僕はエクスさんの元へ無事に帰らなければならない【責任】があるんです。

あんな醜い人形になる訳にはいかないんですよ!!!」

 

「………ほう。

既にラドラ様の魔法の正体に気づいていましたか。 ならば、尚更 帰す訳にはいきませんね。」

 

まともに受けた攻撃のダメージも回復し、レイザーは呼吸を整えるとおもむろに剣を構えた。

 

「………あなたが1番分かっているでしょうが、もうあなたに先程のようなチャンスはありません。 一応聞いておきますが、素直に降伏する気はありますか?」

 

哲郎の人生において最大の愚問だった。

言葉に動じないように構えを取って無言を貫く。

 

「………ならば 思い知るといいです。

私の力の真髄を。」

 

その直後、レイザーの周囲に薄い赤色の領域のようなものが展開された。

 

「一瞬で終わらせて差し上げましょう。」

 

展開されたそれは、レイザーの魔法が周囲に影響して起こるものだった。 その言葉の直後に哲郎に向かって四方八方から剣の刃が襲いかかった。



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#88 First look arts

ガリウムは追っ手を哲郎に任せ、脚を負傷した少女たちを連れて少しずすではあるが通路を進んでいた。

 

「…………!!

まだ繋がらないのか………!!」

 

哲郎から秘密裏に通話出来る水晶を預かり、エクスに通話を試みていた。

 

『……………………し』

「!」

 

『応答した。 エクスだ。』

「エクス寮長!! こちら ガリウムです!!」

『ガリウム?! ガリウムか?!

なぜお前が出ている!? テツロウはどうした!? 状況はどうなっている!?』

「彼は今 現れた追っ手を食い止めております!!」

『追っ手だと!!? どんなやつだ!?』

「はっきりとは見ておりませんが、何やら奇妙な仮面を被っていました!」

 

(仮面!? あの時の侵入者か!?)

 

エクスとガリウムが通話をしているさなか、ミゲルがエクスの方へ駆け寄ってきた。

 

『エクス寮長、ご報告します!』

『ミゲル! どうした!?』

「!? ミゲル!? そこにミゲルもいるのですか!!?」

 

『エクス寮長、通話の逆探知ができました!』

『本当か!? それはどこだ!!?』

『それが、場所はこの屋敷の真下の地下通路を表しているんです!』

『それは間違い無いんだな!!?

おいガリウム、聞いているな!? 聞いての通りだ!! 今からすぐに加勢を送る!!!

それまではお前がそこにいる女達を守り通せ!!! いいな!!?』

「!! はっ!!!」

 

ガリウムの返事を最後に通話は途切れた。

 

 

***

 

 

「もう一度聞いておくがミゲル、特定した場所は間違いないんだな?!」

「はっ! 確かに責任をもって断言します!」

「なら話は早い。 さっきも言ったがすぐに加勢を送るぞ。 ファンとアリスにこの旨を伝えろ。」

「? なぜ2人を?」

「皆まで言わせるな!!

加勢は3人 ファンとアリス、そしてミゲル お前だ!!!

俺はここで引き続き奴らの動向を見張る!!」

「!! 分かりました!!!」

 

ミゲルはエクスに背を向けて走っていった。

 

 

 

***

 

 

「ならば思い知るといいです。

私の力の真髄を。」

「!!!」

 

その瞬間、哲郎の目の前からレイザーの姿が消えた。しかし哲郎にはレイザーが自分から逃げていない事は簡単に理解出来た。

 

「一瞬で終わらせて差し上げましょう。」

 

シュパンッ!!!!! 「!!!!?」

 

レイザーの声が響いた瞬間、哲郎の腕が裂けて血が吹き出した。 しかし、既に斬られる攻撃には【適応】しているのですぐに傷口が塞がる。

 

しかしそれでもレイザーの攻撃は目にも留まらぬ速さで四方八方から何度も襲いかかる。

 

「………もうあなたに攻撃の機会はありません。このまま手も足も出ないまま我々の手に落ちなさい。」

 

レイザーの四方八方からの攻撃は収まる所か手が緩まる気配すら無かった。しかし哲郎は冷静にある事を考えていた。

 

(…………す、凄い攻撃だ……………!!!!

だけど、これはあの時と同じだ……!!!)

 

あの時とは彼の日の魔界コロシアムの一回戦でゼース・イギアが奥の手のして繰り出した【電光石火(スピリアル・ファスタ)】による四方八方からの高速の剣の攻撃である。

 

(同じ種類の攻撃なら、対処の仕方も同じ筈だ!! 攻撃が後ろから来る時に…………!!!!)

 

哲郎の目は既にゼースとの戦いで【適応】し、レイザーの攻撃の方向を把握し、攻撃が後ろから来る瞬間を見逃さなかった。

 

(今だ!!!!!)

 

哲郎は全身の筋肉を振るってレイザーの腹目掛けて脚を振り上げた。 目で確認する前に蹴りが直撃する音が響く。

 

「!!!!?」

 

哲郎は自分の目を疑った。 脚はレイザーの剣に受け止められていた。

 

「…………全くお見事ですよ。

この局面でまだこんな技を隠し持っていたとは。 しかし、上を行ったのはこの私です!!!!!」

 

レイザーは一瞬で哲郎の上を通り、数メートル先の地面を蹴り飛ばした。

 

(!!!! 今度は前から来る!!!!

あれを使うしかない!!! 決まってくれ!!!!!)

 

レイザーの剣による突きが哲郎の眼球に迫った。 瞬間 哲郎は身体を一瞬で弛緩させ仰け反り、腰に組み付いた。

 

「!!!??」

(食らえ!!! 魔界コロシアムでも公式戦でも使っていない技だ!!!)

 

哲郎はレイザーが既にアイズンやハンマーとは格の違う敵であることを理解していた。

そんな彼に1度見せた技が2度通じることはないという事は想像にかたくない。 だからこそ哲郎はレイザーに1度も見せていないこの技(・・・)に賭けた。

 

《ジェリーフィッシュ・スープレックス》!!!!!

「!!!!?」

 

ドゴォン!!!!!

 

レイザー自身の圧倒的な速度を下方向の力に変えて、顔面から地面という凶器に叩き落とした。



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#89 We are ONE

(食らえ!!!まだ1度も見せていない技だ!!!!)

 

《ジェリーフィッシュ・スープレックス》!!!!!

「!!!!?」

 

ドゴォン!!!!!

 

レイザーを頭から叩き落とし、周囲に轟音と土煙が舞った。

 

(……………もうこれで終わってくれ……………!!!)

 

「………残念でしたね。」

「!!!!!」

 

極限状態にあった哲郎の精神を突き落とすレイザーの声が聞こえた。 土煙が晴れて目に入ってきたのは刀身を地面に突き立てて受け身を取っている彼の姿だった。

 

咄嗟に反撃に備え、レイザーとの距離をとる。

 

「本当に冷や汗をかきました。 あのまま地面に落とされていたら負けていたのは私の方だった。」

「………………!!!!!」

 

「もう万策尽きたようですね。 ならば今度こそ終わらせて貰いましょう!!!!」

 

哲郎の眼前にレイザーの刃が迫って来た。

 

 

 

***

 

 

ガリウムは通路内を走っていた。 といっても、脚を負傷している少女達に合わせているので少しずつ離れる程度になっている。

 

「諸君! たった今 エクス寮長から援軍を送ると連絡があった! 君達はかならず助かる!! だから、もう少し持ち堪えるんだ!!」

 

長時間の監禁によって精神が半壊しており、なおかつ脚の激痛を耐えている少女達の心に訴えかけ鼓舞する。

 

「彼らを信じろ!! テツロウ君は必ず奴を食い止めてくれる!!! 希望はあるのだ!!諦めずに頑張ってくれ!!!!」

 

微かではあるが少女たちの掛け声が通路に響く。

 

(彼女達も身を粉にして頑張ってくれている。俺もそれに応えなければ

 

!!!!)

 

背後に気配を感じてガリウムは振り返った。

 

「…………!!!! な、何だと……………!!!!」

 

暗視の魔法をかけた眼に映ったのは人形の怪物だった。 それも一体ではなく、二体も三体もぞろぞろと迫ってくる。

 

「い、嫌ァ!!!!」

「た、助けて助けて!!!!!」

「こ、殺させる!!!!」

 

(!!! まずい!!!)

 

かろうじて落ち着いていた少女達の情緒が崩れ、悲鳴が響き渡る。

 

「落ち着け皆!!!! パニックになってはいけない!!! 俺の後ろにつくんだ!!!

 

大丈夫だ!!! 君達の無事は俺が保証する!!!」

 

エクスの息がかかったガリウムの言葉に少女達のパニックは一時的に収まった。

 

(………とはいえどうする!!?

どうやってこの大軍から彼女達を守れば

 

!?)

 

そこまで考えてガリウムは自身の異変に気付いた。 既に暗視の魔法を使い続け、全力とも言える攻撃を何回も使っているというのに、身体の疲労が全く感じられないどころか疲労がじわじわと回復している感じさえしていた。

 

「………こ、これは…………………!?」

「ガ、ガリウムさん…………!!」

「!?」

 

ガリウムが振り向くと、自分の方に手を伸ばしている少女がいた。

 

「き、君は確か……!」

「はい。 このパリム学園のミリア・サイアスです。 今、あなたに強化魔法をかけています。 それに、皆の魔法ももうすぐ掛かる筈です。 だから、あいつらをやっつけて下さい!!!!」

「……………!!! 分かった!!!」

 

自身に掛かっている全幅の信頼を胸に、ガリウムは拳を構えた。

 

(テツロウ君が俺に言っていた、ヤツらが男性を優先して襲ってくるという推理が正しいなら、必ず俺を狙ってくる筈だ。

ならば、そこを叩くだけだ!!!)

 

怪物の内の一体が全身のバネを使ってガリウムに飛びかかった。 その迫力に少女達の間に緊張が走る。

 

「ぬゥン!!!!!」

ドゴン!!!!!

「!!!!!」

 

全身の筋肉を振るって怪物の顔面に鋼鉄の硬さを持つ拳を叩き込んだ。 ミリア達の強化魔法によって攻撃の威力も上がっているのが実感できる。

 

(……………!!!

これならやれる!! 彼女達を守り通せる!!!

 

いや 違うな。 彼女達は庇護者じゃない!!

彼女達も一員だ!!! 俺達は皆で一つなんだ!!!)

 

「皆!!! 俺を信じてくれ!!!

皆で無事に帰るぞ!!!!」

 

今度は微かではなく少女達が一致団結したのが分かる歓声が響き渡った。 既に 少女達も意識しない内に皆が一つになって無事に帰る という目的に向かって進み始めていた。

 

 

 

***

 

 

「 伝えることは以上だ。 総員 すぐに支度をしろ。状況は一刻を争う。ミゲル・マックイーン、ファン・レイン、アリス・インセンス 直ちに拉致監禁された少女達の救出及びテツロウとガリウムの加勢に向かえ!!!」

 

「「「はっ!!!」」」

 

エクスの自室にて、3人の掛け声が響いた。



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#90 No rules

万策尽きた

 

レイザーのその指摘は的を突いていた。

少なくとも今の哲郎の頭の中には彼の高速の剣技に対抗する術を持ち合わせていなかった。

 

「今度こそ終わらせて貰いましょう!!!!!」

「!!!!!」

 

レイザーの剣があらゆる方向から飛んできた。 哲郎はそれを横に飛んで回避する。

 

「無駄です!!!」

「!!!」

 

哲郎の回避に合わせてレイザーは横に剣を振るった。 それもかろうじて回避するが、追撃は止まらない。

 

「策がないならせめてできるだけ時間を稼ごうというのですか!!? ソレなら無駄ですよ!!!

すぐに始末してガリウム共を追うだけです!!! あなたはエクス・レインの足枷として散るのです!!!!」

「…………!!!!」

 

レイザーの攻撃の一つ一つから確実に【自分の命を奪う】気配を感じ取っていた。 そして哲郎は再確認する。

自分が今立っているこの場所は魔界コロシアムや公式戦とは完全に一線を画す【ルール無用】の【戦い】の場であるという事を。

 

(…………………!!!

あの時の言葉に嘘はないし、この人の命を奪う気も最初から無い…………!! だけどこの人は確実に僕を仕留めに来てる!!!!

 

今の僕にできるのは、この人をできるだけ足止めする事だけだ…………!!!)

 

エクスから『援軍を送る』という連絡があった事は知る由もないが、それでも彼が自分を信じてくれいるように哲郎も彼の事を信じていた。

 

「?!!」

ふと足元に ジャリッ という触感を感じて視線を送ると、足元に鎖が転がっていた。

 

(こ、この鎖ってまさか……………!!)

 

哲郎はその鎖に見覚えがあった。

何を隠そうそれは自分やミリア達のような拉致監禁された人間を拘束していた鎖だったからだ。

 

(しまった!! せっかく前進していたのにいつの間にか元の場所まで追い詰められていたのか!!!)

「どこを見ているのです!!!?

マキム・ナーダ!!!!!」

「!!!」

 

鎖に気を取られた一瞬の隙を見逃さず、レイザーは哲郎に剣を振るった。

 

ガキンッ!!!!

「!!!?」

 

剣を握っているレイザーの手首に蹴りを入れて 弾き飛ばした。

その隙をついて後ろに下がり、今までいた場所から距離をとる。

 

ガシッ!! 「!!?」

 

レイザーが哲郎の胸ぐらを掴んだ。

そのまま身体を翻して哲郎を投げ飛ばす。

 

(……………!!!

な、投げ技を返された………!!!)

 

しかし、心の苦痛に気を取られている場合ではない。 すぐに体勢を立て直して着地する。

 

「!!!」

 

その最中にもレイザーが弾き飛ばした剣を拾って哲郎に強襲する。

 

間一髪 放たれた攻撃を躱し、そしてそれは後方の壁を深々と切り裂いた。

 

「甘い!!!」

「!!!!」

 

さらに飛んできた追撃も躱し、壁は十文字に深々と切り裂かれた。

ガラガラ と壁が崩れる音が響いた。

 

「?!!」

 

その直後 哲郎の耳に入ってきたのは【水音】だった。

 

「………この壁は後で始末書を書かなければいけませんね。 それより気づいたようですね。 そうです。ここは地下水路に通じているんですよ。

まぁ、それを知ったところであなたに利点があるとは思えませんがね。」

「……………!!!」

 

しかし、魚人武術を扱う哲郎にとって【水】はとても強力な武器だった。

そしてこの場で見つけた【ある物】を結びつけて、彼の万策尽きた頭の中にさらに一つの【作戦】が浮かび上がった。

 

「これで最後です!!!!」

「!!!」

 

レイザーの鋒が哲郎の眼前に迫って来た。

それを既のところで躱し、この場で見つけた【ある物】へと手を伸ばす。

 

「………!!!!

往生際が悪いですよ!!! いい加減に観念さない!!!!」

 

攻撃を躱され続けて内心穏やかでは無くなり、単調な攻撃を撃ち込む。

 

「フンっ!!!」 「!!?」

 

屈み込んだ体勢からレイザーの足首を蹴り飛ばし、前身を寸断した。

その一瞬の隙をついてレイザーによって開けられた穴から地下水路へと逃げ込む。

 

穴からある程度離れたところでレイザーも追ってきた。

 

「………芸のない事ですね。

ここに逃げ込めば時間を稼げるとでも思ったのですか?」

「…………………」

 

哲郎は答えない。 この状況では肯定も否定も命取りになり得るからだ。

 

(………これはルール無用の【戦い】なんだ。

だけどそれなら僕も策を使って良い筈だ!!)

 

哲郎は手に隠し持った【ある物】を握りしめて自分に言い聞かせた。

 

(卑怯な手なんて存在しない。

僕が考え出したこの《3つ目の作戦》に全てを賭ける!!!!!)



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#91 Tactics No.3

(………今度こそ絶対に失敗は出来ない。

この作戦に僕の全てを賭ける!!!!!)

 

哲郎は手の中に隠し持った【ある物】を握りしめて己を鼓舞した。

その間にもレイザーは冷たく凍りつきそうな鋒を哲郎の方へ向けている。

 

「あなたに稼がせる時間は1秒たりとも無いのですよ。 一瞬で終わらせます。」

(………一瞬か。 僕もそのつもりだよ。)

 

レイザーは鋒を動かして哲郎に狙いを定め 確実に仕留められるタイミングを伺う。

哲郎が自分から仕掛けに行くという無謀な策を取らない人間である事は既に理解していた。

 

 

鋒が射程に入った瞬間、地面を蹴る音が爆発音として響き、レイザーの身体が眼前に迫って来た。

 

( 今だ!!!!!)

 

ジャラッ!!!!

「!!!??」

 

レイザーの足に手に持っていた【ある物】を巻き付けた。

 

(金属音?!! 何だ!?

何をしたんだ!!!?)

「フンッ!!!!!」

「!!!!?」

 

自身の足に起こった異変を確認する暇を与えることなく身体を翻してレイザーを投げ飛ばす。

投げた先は無論 地下水道の水の中だ。

 

ドブン!!!! 「!!!」

(よし!! ここまでは良い

次だ ここからが重要なんだ!!!)

 

 

レイザーも水中ではまともに呼吸ができず、冷静さを乱される。

 

(…………!!! 小癪な真似を!!

脚に巻き付けたのは 恐らくは鎖か!!

地下水道に逃げ込んだのは水中(ここ)に投げ込む為か………!!

だが私がカナヅチだと思っているならとても甘い考え

 

!!!!?)

 

水中から浮上しようとした瞬間、足が何かに固定(・・)されたように動かない事に気がついた。

 

(こ、これは……………!!!!)

 

水中にも慣れ視界が晴れてきたレイザーの目に入ったのは握り拳大の【球体】だった。

 

(これはまさか あの足枷か!!!?)

 

それは紛れもなく自分達が拉致監禁した少女達を拘束していた足枷だった。

 

哲郎はレイザーの攻撃から身を躱し続けている間に自分が水晶の魔法具で切断した足枷を拾って隠し持ち、それと【地下水道】という要素からこの作戦を考えついたのだ。

 

(………この程度の足止めで!!

!!!!)

 

浮上しようと顔を上げたレイザーが見たのは水面の上から構えを取っている哲郎の姿だった。

ぼやけてはっきりとは見えないが、跳び上がって手を上に伸ばし、打ち下ろす(・・・・・)体勢を取っている。

 

(まずい!!! あの構えは!!!!

奴はこれを狙っていたのか!!!)

 

 

レイザーの予感は当たっていた。

《魚人波掌海鼓(うみつづみ) 》!!!!!

 

全体重を乗せて地下水道の水面に全力の掌底突きを叩き込んだ。

その衝撃波は水中を一本の槍となって圧倒的な速度で突き進んでいく。

 

(!!! まずい!!!!)

 

レイザーは慌てて脚に巻きついていた鎖を切断し、自分自身に魔法をかけて衝撃波の槍を躱し、水中から脱した。

 

(なんと抜け目のない少年だ!!

ここまで読んでいたとは ですが今度も上を行ったのは私の方だ!!!)

 

 

しかし、無防備な空中で彼は信じられない物を目にする。

 

「!!!!? なっ………!!!!?」

「それをやると思いましたよ。

上を行ったのは僕の方だ!!!!」

 

哲郎が跳び上がり、水中から飛び出たレイザーの眼前に迫っていた。

その手足はまるで骨が抜けてしまったかのように弛緩しきって(・・・・・・)いる。

 

 

(まずい!!!! あれ(・・)が来る!!!!!)

蛸鞭拳(しょうべんけん) 奥義

蛸壺殴(たこつぼなぐ)り》!!!!!

 

ビタビタビタビタビタビタビタビタァン!!!!!

「!!!!!」

 

両手両足による8回の打撃がレイザーの腹部を集中的に襲った。 そこから全身に激痛が走り、身体が一瞬 硬直する。

公式戦でアイズンの痛がりぶりを見ていたレイザーでも、実体験はその想像を遥かに超えていた。

 

(……………………………!!!!!

つ、次が来る…………!!! ガードを………………!!!!)

「これで最後です!!!!」

 

哲郎は再び手を上に振り上げた。

狙いはレイザーの腹部 一点である。

 

《魚人波掌 打たせ滝水》!!!!!

「!!!!!」

 

レイザーの鳩尾に哲郎の全体重を乗せた掌が突き刺さった。

 

「ぬあアッ!!!!!」

「!!!!?」

 

そのまま手を振り、レイザーの身体を叩き落とす。

レイザーは高速で落下し、そのまま地下水路の水に落ちた。

 

そこからあまりにも巨大な波が発生し、それはさらに大きくなって哲郎の勝利を讃えるかのように響き渡った。



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