かなでの碁 (ヴィヴィオ)
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1話

 

 

 私がヒカルの為に存在したのは純然たる事実です。ならばヒカルもまた誰かの為に存在しているのでしょう。ですが、私はヒカルともっと打ちたい。ヒカルと別れたくない。また虎次郎の時のように別れるというのですか? 私はまだ神の一手を極めてもいないというのに。それとも神は私の役目は終わったというのでしょうか? そんな事、断じて認めません!

 

「うわぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 それに、こんなに泣いているヒカルを置いて成仏する事などできましょうか? 私には無理です。この道にヒカルを巻き込んだ私には責任がある。完全に消える前にどうにかしなければなりません。例え神に逆らう事になろうとも!

 ヒカルの元を飛び出し、私は手段を探す為にあちこち飛び込んでいく。その内、気づけば何かに引き寄せられるように白い建物の中に入っていきました。そこには青みの掛かった銀色の髪の毛をした異国の少女がいました。

 

「……誰……?」

『貴女は私が見えるのですか?』

「……見える……お迎え……?」

 

 彼女は驚いた事に身体から私と同じように出てきました。どうやら彼女も幽霊……いえ、生霊みたいです。

 

『お迎えではありませんよ。私は……成仏せずに身体を得る為の方法を探しているのです』

『……そう、なんだ……私の身体……使う?』

『いいのですかっ!?』

 

 私は少女の提案に瞬時に返事をします。この際性別などどうでもいいのです。碁が打ててヒカルと喋れればそれで構いません!

 

『……病院の人達は……脳死だって言ってる……動かせるなら……お願いを聞いてくれたらあげるよ……』

『お願い、ですか?』

『……うん……お金……私の身体を使って……お金を稼いで欲しい……私のせいで家族に迷惑をたくさん……かけたし……』

 

 プロになって碁でお金を稼ぐくらいしかありませんが……問題無いでしょう。

 

『家族の事ですね。他には何かありますか?』

『結婚くらいが心残り……』

『ど、努力しましょう。とりあえず試してもいいですか?』

『……どうぞ』

 

 私は許可を貰ったので彼女の中へと入っていく。今までやった事はありませんでしたが、身体を掌握するというのは難しいです。ですが、頑張らないといけません。

 

『ぐっ、何かが足りない感じがしますね……』

『一緒に動かしてみる?』

『試してみましょう』

『うん』

 

 私達は一緒の身体に入ります。すると、さっきまで足りなかった物が満たされたように簡単に身体が動きました。

 

『成功みたいですね……』

『うん……でも、これ……私達が溶け合ってる……』

『そうですね……お互いに足りない部分を補って一つになろうとしているようです。今なら抜け出せますが、どうします?』

『貴方が嫌じゃなければ、このまま一緒でいいよ』

『私に残された手段はありません。どうか私と一緒になってください』

『わかった。じゃあ、これからよろしくね、私』

『ええ、任せてください、私』

 

 私達は一つの身体の中で溶け合い、一つとなりました。そして私は藤原かなでとなったのです。私の苗字と同じなのは何かの縁なのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 藤原佐為と藤原かなで改め、藤原かなで+となった。私の年齢は現在12歳。ちなみにかなでの方にあった知識にあったゲームでは、進化したら+を付けるそうなので+だ。最終進化すると++です。それと私は佐為であって佐為ではなく、かなでであってかなででない。そして同時にお互いでもあるという不思議な状態。

 

「目覚めるなんて奇跡としかいいようがない……直ぐに親御さんに連絡を!」

「はいっ!!」

 

 私が目覚めた事により、周りは大騒ぎになっている。それは仕方無い事だよね。十数ヶ月もの間、寝たきりだった私が目覚めたんだから。

 

「身体を動かすね。痛かったら言ってくれ」

「……は……」

「喋らなくていい。頷くだけでいいからね」

 

 言われた通りにしていき、しばらく色々な検査がされた。弱った身体では碁を打つことも出来ない。検査が終わり、しばらくするとお父さんがやって来て私を抱きしめた。

 

「よかった、良かった……」

 

 お父さんは泣きながら私を抱きしめてくれる。私はされるがまま大人しくしていた。お母さんは死んで、残されたのは私だけだからお父さんの好きにさせる。二人だけの家族だし。

 

 数週間後、リハビリは順調で心の統合も問題無くなってきた。囲碁の時は佐為が強く出て、普段はかなでが強くなる。この数週間のリハビリの御蔭でどうにか身体を動かせるようになった。

 

「かなでちゃん、テレビみる?」

「ん……囲碁ってやってますか?」

「囲碁? また渋い趣味ね。えっと、これね」

 

 テレビに映し出されたのは二人の少年。高永夏さんともう一人。その人を見た瞬間、心臓がドクンドクンと跳ね上がった。身体が勝手に熱くなってくる。もうその人しか目に入らない。

 

「……進藤ヒカル……ヒカル……」

 

 無性に碁がしたくなってくる。私も彼と戦いたいと全身が訴えている。私の中の佐為の部分が歓喜に震えている。手順を読み、次々と情報が入って来る。

 

「……半目……」

『進藤初段の半目負けのようですね。序盤が痛かったですね……』

 

 どうやらヒカルは立ち直って碁をしているみたいで心配ごとの一つは消えた。なら、これから私の復活を知らしめるだけ。

 

「この病院でインターネットってできる所はありますか?」

「あるわよ。案内してあげよっか?」

「お願いします」

「それじゃあ、車椅子を用意するわね」

「はい」

 

 そわそわする身体を落ち着けながら少し待っていると、看護婦さんが車椅子を持ってきて乗せてくれる。まだ一人じゃ歩く事はできない。なので連れて行ってもらう。

 

「ここよ」

「ありがとうございます」

「使い方は……」

 

 教えて貰ったあと、私はさっそくキーボードをおぼつかないながらも打って、上級者向けのネット碁にアクセスした。アカウントとパスワードは佐為が覚えている物を使う。すると、まだ残っていたのか、ログイン出来た。

 

「♪」

 

 楽しくなってきた私はさっそく対戦を申し込む。相手が受けて、囲碁のページへと飛んだ。使い方はヒカルのを見ていたので分かる。そして……私の意識は佐為へと切り替わる。

 

「さぁ、行きましょうか。私の復活を知らしめるのです」

 

 初手を天元に打つ。さあ、楽しみましょう。

 

 

 

 

 

 

 緒方

 

 

 

 

 なんだこいつは……まさか本物なのか?

 久しぶりにネット碁をやろうとして、画面を開いたらsaiが居た。また偽物だろうと喧嘩を売ったのだが……俺が押し負けている。

 

「進藤なのか……いや、奴はいま北斗杯で日本に居ない。ならば、これは……やはり本物か」

 

 確かに違和感はある。打つ手がゆっくりなのだ。前までのsaiなら即断していた所を時間をかけて打っている。それにたまにミスをしている。そこからのリカバリーは凄まじいの一言なのだが……まるで打つ場所を間違えてしまったみたいだ。

 

「これは他の対局もみてみないとわからんな」

 

 saiは挑まれるそばから対戦して蹴散らしていく。そして、少しした後、確信した。この強さは間違いなくsaiだ。俺は携帯で連絡を入れる。

 

「アキラ、俺だ」

『国際電話なんてどうしたんですか?』

「saiだ。本物のsaiがネットに現れた」

『本当ですかっ!?』

「間違いない。ミスをされたのに俺が負けた」

『ミスをする時点で違うのでは?』

「それがまるでリハビリをするかの如く打ってやがるんだよ。進藤に確認を取ってみろ」

『分かりました。直ぐに!』

 

 まだまだ伝説は終わらないってか?

 楽しませてくれるじゃねえか。

 

 

 

 

 塔矢アキラ

 

 

 

 

 表彰式が終わった後、緒方さんから連絡を貰ったボクはこれから食事に行こうとしている進藤の下へと走った。

 

「進藤! 大変だ!」

「どうしたんだよ、塔矢」

「saiだ! saiがネットにまた現れた!」

「っ!? いや待てっ! ありえないって!」

「緒方さんが対戦して負けたそうだ。打ち筋からしてsaiだと確信しなきゃ緒方さんはこんな事は言わない!」

「saiだと!?」

「誰か、直ぐにパソコンをもってこい!」

「分かりました!」

 

 僕の言葉を聞いていた他の人が直ぐにパソコンを用意させる。それを使ってサイトにアクセスする。そして、今も対戦が行われている。殆ど相手になっていない。

 

「進藤、君が一番詳しいだろう。どうだ!」

「嘘っ、だろ……確かにこれは佐為だ」

「でもミスしているぞ?」

「いや、これは多分パソコンに慣れていないか、身体が上手いこと動いてないんじゃないか? その証拠に直ぐに持ち返している」

「この打ち方、間違いない! 俺が断言するんだ! それよりも佐為は消えたはずだ……何故……って、まさか!?」

 

 進藤がパソコンを操作すると画面にこのアカウントは現在ログインされていますと出ていた。

 

「おい、進藤まさか……」

「佐為のアカウントだ。これを知ってるのは俺と佐為しか知らない」

「やっぱりお前は……いや、消えていた?」

「塔矢、今はお前のアカウントを貸してくれ」

「わかった。後で話せよ!」

 

 借したアカウントで進藤はsaiへと挑んでいく。そして、半目で返り討ちにあった。そして直ぐに進藤がチャットを送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 塔矢アキラだと思って始めたのだけど、ヒカルだった。そのヒカルからチャットが飛んできた。内容は私の事だ。

 

『佐為だろ! 俺だヒカルだ。お前、急に消えてからどうなったんだ! 今どこに居る!』

「かなでちゃん、そろそろ診察の時間よ」

「は~い」

 

 時間もないので簡単にメッセージを入れる。

 

『病院。入院中、なう。そっち、いけない。お金、ない。ヒカル、来る?』

『俺から行くから場所を教えろ!』

『ヒカルの電話、番号、書く……あとで、れん、らく……』

『わかった。090-****-****だ』

『じゃ、また』

 

 メモした後、画面を閉じて後ろに待っていた看護婦さんと診察を受けて部屋に戻る。その日はベッドで眠りに就いた。

 

 

 

 進藤ヒカル

 

 

 

 

 変な言葉で返してきているが、これは佐為とは別の奴だろう。俺と同じことになっているのかも知れない。

 

「おい、saiの場所はどこだ!?」

「連絡待ちだ。それに先ずは俺だけで行くぞ」

「「「進藤!!」」」

「ああ、うるせえよ!! どう言われようが却下だ! 塔矢、悪いけど後は頼む。俺は今から日本に戻る」

「そうか……必ず後で知らせろよ」

「わかった」

 

 とりあえず、急いで会場を出る。するとそこには塔矢の親父さんがいた。

 

「どうしたのだね、進藤君」

「直ぐに日本に戻りたいんです。佐為が見つかりそうなんです!」

「本当かね?」

「はい!」

 

 親父さん、塔矢先生にはあれから何度か佐為との対戦ができないか聞かれたから、素直に消えたと答えておいた。でも、その佐為がまた現れた。

 

「ちょっと待っていなさい。日本への航空券が用意できるかも知れない」

「わ、分かりました」

 

 それから少しして、塔矢先生が航空券を用意してくれた。これはおばさんのらしいが、俺のを代わりに渡しておいた。そして、俺は日本へと戻った。そして、次の日に連絡が来た。

 

『……ヒカル……ですか……』

『あ、ああ、そうです』

 

 小さな女の子に驚いてしまうが、なんとか返事を出来た。

 

『……今から……いう場所に……来てください……N市にある○○病院、305号室が私の、部屋です……』

『わかった。直ぐにいくから待っててくれ。何か見舞いの品を持っていった方が良いよな』

『……なら、碁石が欲しいです……練習しないと、いけないので……』

『わかった。買ってくよ。それじゃあ、また』

『はい』

 

 佐為とまた会える。佐為とまた会えるのだ。俺は直ぐに買い物を済ませてタクシーを使って病院へと向かった。以外に近くだったので、そこまで時間がかからなかった。そして、到着して聞いた場所に向かう。そこに居たのは銀髪の綺麗な少女だった。大きな金色の瞳でこちらを見詰めてくる。

 

「ヒカル……ヒカルですね」

「そうだ。そこに佐為は居る……のか?」

 

 俺には全然見えない。でも、アカウントの事からして確実に佐為である事は間違いない。

 

「……それについてですが……ヒカルに伝えておきます……佐為と私は二人で一人です。この体を二人で融合して使っています」

「それじゃあ、佐為は……」

「佐為としては消えました。ですが、同時に私は佐為でもあります」

 

 無表情で告げてくる女の子に俺は手っ取り早く分かる方法を取る事にした。

 

「一局打とうぜ。それでわかる」

「はい! でも、身体が上手く動かないのでヒカルが置いてください」

「わかった」

 

 それから、打ったが気迫や打ち筋、何よりも俺の身体が佐為だと認めていた。確かに彼女は佐為だ。自然に俺の目から涙が流れてくる。

 

「ヒカル」

「佐為……」

「今はかなでです」

 

 小さな女の子に慰められる俺はなんともいえず情けないが、それでも俺はベットに居る彼女に抱きついて泣いた。彼女も泣いている。それで、少ししてからお互いに椅子とベットに座って向き合う。

 

「じゃあ、結局佐為とかなでは同一人物になったって事でいいんだよな?」

「はい。前みたいにヒカルとずっと一緒にとは行きませんが、出来る限り一緒にいましょう」

「そうだな。だけど、これからはどうするんだ?」

「プロになってお金を稼がないといけません。入院費用とかが高いので。でも、生活がいっぱいいっぱいで、プロ試験を受けるお金もあるかどうか……」

「プロとアマチュアの大会に出て賞金掻っ攫えよ」

「それもそうですが、移動費も……」

「それぐらい俺が出してやるよ。そうだな、むしろ碁に関して欲しいのは俺に言ってくれ。金はあるから、出してやるよ」

「……援助交際みたいですね」

「チゲえよ! 俺は佐為……かなでに指導してもらいたいから、その代金だと思ってくれればいい」

「分かりました。もう少しで退院ですが、それまでここでよければ打ちましょう」

「ああ」

 

 それから俺は手合いの無い日はほぼ一日中ここに居てかなで……いや、佐為と打つ。囲碁の時だけは佐為と呼ぶようにした。手合いのある日は基本的に見舞いだけだったり、あった事を話したりした。携帯も持っていないかなでに買ってやって持たせたので連絡も大丈夫だ。メールの文章だけを使った碁をしたりと結構楽しんだ。塔矢は五月蝿かったが、メールアドレスを教えてやって、ネットで対戦できるようにしてやったら大人しくなった。問題はかなでが途中退席するのがしばしばあって3時間の持ち時間のある本格的なのはできない事だ。

 

 

 

 



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2話

お気に入り登録と感想ありがとうございます。


 

 

 今日は仕事で忙しくて滅多にこれないお父さんが病院にやって来た。私はつい楽しくて色々とお話をする。それはこの頃の事で、何か重大な事を忘れている気がする。

 

「かなで、そのヒカルとは誰だい?」

「あっ」

 

 そういえば、お父さんにはヒカルの事を伝えて居なかった。殆ど毎日来てくれていたから気にもしなかったけど、大丈夫かな?

 

「ひっ、ヒカルは囲碁のプロの人で……」

「プロの人なのか? いや、それ以前に先程の話だとよくここに来ているようだね。まさか、男だったりしないだろうね?」

 

 お父さんから何か凄く怖い気配が漂ってくる。

 

「おっ、男の人だったら……?」

「男なのか……病院だと思って安心していたらこれか。私の大切なかなでに近づく悪い虫は排除しないとな……」

「ひ、ヒカルは悪い虫じゃないです! 私の“大切な人”です!」

「大切な人だと!?」

 

 あれ? 師匠であり、同じ道を行く私の理解者だから大切な人で間違いないよね? なのになんでこんなに怒ってるんだろ?

 

「かなで、今日も打ちに来たぞ」

 

 病室の扉が無遠慮に何時ものように開けられてヒカルが入ってくる。私とお父さんは当然、そちらを見る。

 

「あっ、えっと……何かまずかったか? ちょっと出直して……」

「貴様かぁあァァァァァァァァっ!!」

「うわっ!?」

 

 お父さんがいきなりヒカルの首元を掴んでに殴ろうとしている。

 

「止めてっ!!」

「っ!?」

 

 だから大声で静止の声を掛ける。お父さんはなんとか拳を止めてくれた。

 

「ヒカルは私の大切な人なの! 傷つけないで!」

「ゆっ、許さん! 許さんぞ貴様っ!! このロリコンめ!!」

「違うわっ!? というか、何か絶対勘違いしてますってお父さん!」

「誰がお義父さんだっ!! 誰にも娘はやらんぞ!!」

 

 どっ、どうしよう! ここどうすればいいの!? えっと、確かドラマで見た台詞でいいよね。きっとこれで大丈夫。

 

「私はヒカルが好きなの! ヒカルを傷付けるお父さんなんて嫌いっ!!」

「か、かなで……父さん幻聴が聞こえたんだが……」

「父さんなんか大っ嫌いっ! ヒカルは大好きっ!」

「ぎざまぁ……」

「お前もう黙れよ!」

「?」

 

 なんでだろう? ヒカルを擁護したはずなのに黙れとか言われちゃった。不思議としゅんってなっちゃう。

 

「ややこしくなったじゃないか……えっと、かなでのお父さん、こっちで話しましょう」

「あっ、あぁ……」

 

 ヒカルがお父さんを連れて出て行っちゃった。なんだか寂しい。ヒカルの馬鹿。もういいや、ネット碁で憂さ晴らししよ。

 ヒカルが買ってくれた携帯電話を使って塔矢アキラにメールを打つ。それから同じくヒカルが買ってきてくれたノートパソコンを使ってサイトにアクセスする。それくらいになると返事が来たので待っている。するとAKIRAが現れた。勝負を挑んで憂さ晴らしがてらに全力で一刀両断してやる。他の人も同じで、このもやもやした気持ちを晴らす為にひたすら打っていく。

 

 

 

 

 

 進藤ヒカル

 

 

 

 

 

 今日、いつも通りにかなでの病室に来たらそこには知らないおじさんが居た。かなでの話から直ぐに両親だとわかったので色々と話したが、かなでの爆弾発言のせいで面倒な事になっている。

 

「つまり、君とかなでは師匠と弟子の関係だと?」

「そうです。一人で寂しそうにしていたので色々と教えてあげたのです」

 

 相手の考えている事は逆だろうが、どっちが師匠でどっちが弟子かなんてわからない。年齢とかを考えて俺を師匠だと思うだろう。佐為の事で色々と嘘をついてきたが、真実に嘘を織り交ぜたりしていくとバレにくいというのは体験で理解しているし、この程度は問題無い。

 

「仕事のせいであんまり来てやれないからな……」

「事情は伺いました。なので出来る限り来ているんです」

「あの携帯電話やノートパソコンも君が?」

「はい。俺……私も色々と勉強になって助かってますのであれぐらいは構いません」

「悪いね。無理させて。プロに子供の相手をさせるなんて……」

「かなでは天才ですから既にプロ並の実力を身につけています」

「そうなのかい?」

「はい。しばらくして退院が出来たらプロアマの大会があるので推薦して参加しようと話している所です」

「そうか。その、かなでは笑っているかい?」

「私と打っている時は笑っていますが……」

「そうか、なら良かった。いや、かなでは前から感情があまり出ない子でね。笑う事なんて滅多にないんだ。私も数度しか見た事が無い。元から身体も弱くて入退院を繰り返していたせいかも知れないが……」

 

 佐為と融合する事で笑うようになったのか? 佐為の囲碁好きは凄まじいからちょっと納得できてしまうな。

 

「そうだ。君にお願いがある」

「なんですか?」

「君がかなでを大切に思ってくれているなら、すまないがかなでを預かって欲しい」

「え?」

「私はかなでの治療費と妻の事故の慰謝料を払う為に家も売り払って仕事場で寝泊りしたり、国外に出張をしたりしているんだ。身体が弱く、介護の必要な今のかなでを国外に連れて行く訳にも行かないだろう?」

「そうですね」

「親戚も居ないから施設に預けるか、ヘルパーでも雇おうかと思っていたのだが、どちらも非常に心配でね。君なら少なくともさっきの様子からかなでは君を嫌っていないだろう。君もかなでを大切に思ってくれている。だから、こんなお願いを無理を承知で頼んでいる」

 

 佐為であるかなでと一緒に暮らすのか。前みたいにずっと碁が打てる。でも、かなではまだ小さいとはいえ女の子だ。どうする……って、悩む理由もないな。あの子は佐為だ。なら、かなでが自由に囲碁の出来る環境を整えるのも俺の役目だな。

 

「分かりました。責任を持って預かります」

「ああ、よろしく頼むよ。それと出来たらかなでの写真を送ってきてくれ」

「それぐらいなら構いませんよ。生活費の方もこちらで出しますし」

「いや、それは流石に悪いよ」

「大丈夫です。教育費だけ出してくれれば問題ありませんから。それよりも早く完済して一緒に住んであげた方がいいと思います」

「そうだね。じゃあ、振り込むだけ振り込むから何かあったら使ってくれ」

「はい」

 

 詳しい内容を話して、決めておく。かなでのお父さんはあと数日で日本を立つそうで、かなり忙しいようだ。

 

「っと、もう行かないとな。かなでの事を頼むよ」

「はい」

 

 帰っていく彼を見送ってから俺は病室に入る。そこには不機嫌そうにほっぺたを膨らませてノートパソコンで碁を打っているかなでが居た。ふと気になって携帯を見ると着信履歴が塔矢で埋め尽くされていた。

 

「……」

 

 仕方無いので病室から出て屋上に行き、塔矢の携帯にかけてやる。

 

『やっと出たか進藤!』

「どうしたんだよ?」

『どうしたもこうしたもあるか! 今日のsaiはどうなっている!』

「ネット碁をしているみたいだったが……」

『そのネット碁で問答無用に対戦者を一刀両断しているんだ!』

「あ~すまん。ちょっと機嫌が悪いみたいだな」

『それはまあ、いいんだ。問題は強すぎるんだ。いつも以上に容赦が無く、冷徹に的確に急所を見つけて抉ってくる。早碁で既に16人倒されてる』

「早いな……わかった」

『このままだと相手が居なくなるぞ』

「ちょっと機嫌取りに行ってくる」

『頼む』

 

 塔矢との電話を終えて売店に向かう。そこでアイスクリームを買ってから病室に戻る。かなでは相変わらず不機嫌そうに打っている。

 

「かなで」

「ぷい」

 

 そっぽを向いて囲碁を打つかなで。

 

「にゃろ」

「ひゃぁ!?」

 

 俺はアイスクリームをそのほっぺたに押し付けてやった。するとビクッと震えて飛び上がった。

 

「ひ、ヒカル……」

「拗ねるなよ。かなでのお父さんと色々と話し合わないといけなかったんだよ。ほら、アイスやるから機嫌なおせ」

「アイスなんかで機嫌が直るなんて思わないで……」

 

 そういいつつソフトクリームの蓋を外してペロペロと舐め出して美味しそうに食べるかなで。

 

「こんな美味しいものがあるなんて信じられない……ぺろっ、ぺろぺろ」

「佐為には食べさせてやれなかったからな。でもかなでの知識にはあるんだろ?」

「知識はあっても体感しないとわからない」

「そんなもんか」

「そんなもの」

「ああ、それとこれからの事なんだが、俺と一緒に暮らす事になった」

「わかった。家はどうする?」

「和谷みたいに丁度自宅を出ようと思ってたし、出来れば借りたいんだけどバリアフリーでセキリュティがしっかりしている所がいいな。かなでは女の子だし、何かあったらかなでのお父さんには申し訳ないしな」

「気にしなくていいのに……」

「駄目だ。はっきり言って、かなでの容姿は整っていて誰もが美少女と思えるほどなんだ。そんな子が車椅子に乗って一人でいたら誘拐されたり襲われたりする……らしい」

「お父さんがそう言ってた?」

「ああ」

 

 まあ、かなでが美少女だというのも納得できるし、実際にそうだと思うけどな。

 

「でも、高いよ。ほら」

 

 そう言ってかなでが見せてくれたのはアパートやマンションのページだ。どうやらネット碁を終わらせてこっちに合わせてくれるようだ。

 

「うわっ、高いな……」

「どうする?」

「……こうなれば最終手段だ」

「?」

 

 長く綺麗な銀色の髪の毛を揺らしながら小首を傾げるかなでに俺は堂々と外道な手段を言ってのける。

 

「お金はある所に出して貰えばいいんだよ」

「ヒカル……?」

「まあ、任せておけって。きっと乗ってくれるさ」

 

 俺は携帯を取り出して直ぐに連絡を入れた。連絡を入れたのはお金の持っていそうな二人だ。

 

 

 

 

 しばらくしてヒカルが病院から一時的な外出許可を貰ってきた。普通は家族しか取れないのだけど、お父さんがヒカルに私の事を任せるという委任状を書いていたので問題はない。役所でも手続きをヒカルがしたそうで、ヒカルは私の後見人だ。

 

「ねえ、本当にここ?」

「ああ、指定されたのはここだな」

 

 ヒカルに連れ出された私は古き日本の伝統的な老舗である料亭の前に居た。見た感じ、日本庭園まであり、かなり高級なお店だと分かる。

 

「とりあえず入るか」

「うん」

 

 ヒカルが車椅子を押してくれて店の中へと入っていく。店の中も綺麗に整えられ、綺麗な音色が響いてくる水のせせらぎにカポーンという鹿威しの音まで聞こえてくる。私の中の佐為の部分が何とも言えない懐かしさを醸し出せてくれる。

 

「いらっしゃいませ。ようこそお越し下さいました」

「あ、すいません。進藤ですけど……」

「はい。進藤様でございますね。お話は伺っております。どうぞこちらにお越し下さい。車椅子の方は車両をお洗いしますか、こちらでご用意致しましょうか?」

 

 中居さんの言葉で私はちょっと考える。

 

「部屋は遠いですか?」

「いえ、そこまで遠くはありません」

「ならいいです。ヒカル、抱っこして」

「おいおい……」

「駄目?」

 

 上目遣いで見詰めてみる。車椅子の移動ばかりでお尻が少し痛いし。

 

「……まあ、いいか。かなでは軽いしな」

 

 ヒカルは私をお姫様抱っこしてくれた。私はヒカルの首に手を回して抱きつく。

 

「おっ、おい」

「? 抱きつかないと落ちちゃう」

「わかったよ」

「クスクス、それでは御案内致しますね」

「お願いします……」

「よろしくお願いします♪」

 

 久しぶりに高くなった視界から除く景色は綺麗で新鮮でした。でも、少し歩いていくと離れにある部屋の前で中居さんが止まりました。どうやら到着したようです。

 

「お客様、お連れ様がご到着なされました。開けてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 

 中から渋い声が聞こえてきます。中居さんが襖を開けて横にずれてくれて、道を開けてくれました。

 

「失礼します」

「お邪魔します」

 

 中には着物姿のおじさんと、白いスーツ姿の怖いお兄さんがいました。この人達は佐為の記憶で覚えています。

 

「進藤、なんだその娘は」

「この子が今回の要件に必要な人ですよ」

「そうか、その子がsaiか」

「先生、何を言って……いくらなんでもこんな小さな娘が……」

「緒方先生、ごめんね。この子がsaiなんだ」

「初めまして藤原かなでです」

 

 私の挨拶に緒方さんは胡散臭そうにして、塔矢さんはかぶるので行洋さんとしておこう。とりあえず、二人が居ました。ヒカルの言っていた通り、確かにお金をもってそうです。

 

「進藤、いい加減にしろよ?」

「緒方君、打ってみれば分かるよ」

「そうそう。どっちから打ちます?」

「では、私から打とう。緒方君はまだ疑っているみたいだしね」

「ちっ、しまった……先を越されたか」

「あはははははは」

 

 爛々と輝く行洋さんの瞳に自然と私も楽しくなってきます。

 

「ヒカル」

「わかってるよ」

 

 ヒカルが用意された碁盤の前にある座布団に私を座らせてくれました。

 

「塔矢先生すいません、こいつまだ足がまともに動かなくて正座ができないんですよ」

「ああ、楽にしてくれて構わないよ」

「ありがとうございます……じゃあ、始めましょう」

「ああ。白は私か。いくつだね?」

「偶数で」

「12だ。そちらが先行だな」

「分かりました。それでは……参ります」

 

 私は碁石を握って、碁盤に置こうとすると、するっと碁石が抜け出して逃げていっちゃった。

 

「「……」」

「ヒカルぅ~~~」

 

 私は涙目になりながらヒカルを見つめる。

 

「はいはい、俺が代わりに打つよ。すいません、それでいいですか? まだ入院中なもんでネット碁くらいしかまともに打てないんですよ」

「構わないよ。私は打てればそれでいい」

「じゃあ、横から……」

 

 ヒカルが横に座ろうとするけど、それじゃ面倒だし背もたれも欲しい。なら、する事は一つだけ。

 

「ヒカルが碁盤の前に座って、そこに私が座るから」

「おい……」

「お願い」

「わかったよ。でも、そっちの方が良いか」

 

 ヒカルが私のお願い通りにしてくれる。背中にヒカルの体温が感じられて安心できる。緒方先生とかちょっと怖かったし……これなら十全に戦える。もともと佐為はともかく、諦めていない前のかなでは臆病で人見知りだからその分も入っているけど。

 

「右上スミ小目」

 

 パチパチとヒカルと行洋さんが碁石を打っていく。相手の気迫を肌で感じられ、私は感激する。これだ。これこそが碁だ。ヒカルの傍で霊体として打つのよりもやはり生身で打つ方が断然いい。こればかりはヒカルには悪いが私にとってはこちらの方がいい。

 

「佐為?」

「……流石ですね。では、ヒカル」

「ああ」

 

 私はヒカルに指示を出して乱戦に持ち込んでいく。

 

「確かに本物だ。私のリベンジに付き合ってもらうぞ」

「ええ、存分に来てください。そしてお互いに楽しみましょう」

「もちろんだ」

 

 私と行洋さんの勝負は苛烈さを増していく。そして、結果は―――

 

「4目、届かないか」

「今の私は調子がいいですから、誰にも負けませんよ」

 

 ヒカルが傍に居てくれて、生身である私はいつも以上に打てました。自分でもそれがわかります。

 

「次は俺だ!」

「どうぞ掛かってきてください」

「駄目だ」

「進藤!?」

「ヒカル?」

「塔矢先生と緒方先生にはお願いがあるんです。それを聞いてくれたらいいですよ」

「お願いとやらを聞いてやるから先ずは打たせろ!」

「分かりました。じゃあ、佐為いいよ」

「やった。打ちましょう打ちましょう♪」

 

 それから緒方先生や塔矢先生と3局ずつほど打った。その全てに私は勝利した。一局だけ危ないのがあったけど、大丈夫だった。

 

「お料理をお持ちしてよろしいでしょうか?」

「ああ、頼むよ」

「はい、畏まりました」

「進藤君のお願いはご飯を食べてからにしよう」

「ありがとうございます」

 

 出された豪華な会席料理を食べていく。高級日本料理はとても美味しい。辛いのも好きだけど、これはこれでいいの。

 

「ヒカル、次はそれ」

「ああ」

「あ~ん」

「ほら」

「ん~~美味しい~♪」

「進藤、甘甘だな」

「こいつ、まだ箸とか使えませんからね。リハビリ中なんで」

「その事と何か関係があるのかね?」

「はい。実は佐為……かなでを預かる事になったんですが、車椅子でしょ? バリアフリーのマンションやアパートを借りるとなるとその、お金が……」

「つまり、お前は私達に金を出せと?」

「その通りです。もちろん、稼いで返しますよ。何時かはわからないですけど」

「ふむ。構わないぞ。そうだな、佐為……いや、かなで君だったな。彼女と定期的に打たせてくれるなら問題ない」

「それくらいならお安い御用です。ヒカルが居ないと暇ですし、時間があえば何時でも来てくれていいですよ?」

 

 ウェルカムと言っておきます。あってますよね?

 

「先生……」

「それになんだ、娘みたいで可愛いじゃないか。アキラは男だったから棋士として育てたが、明子も娘を欲しがっていた。たまに明子の相手もしてくれるならあいつも文句を言わんだろう」

「あっ、それすごく助かります。女の子の事ってわからないんで相談できるとかなり助かります。ちょっと両親には相談しにくいんで」

「はぁ~~わかった。俺も協力してやるよ。saiを囲い込めるならそれはそれでいいしな」

「いや、大会に出して行く予定ですよ」

「でますよ。そして賞金を持って帰ります」

「……洒落になってないぞ。まあ、先生の家の近くに新築のマンションがあったはずですし、そこを押さえましょう。進藤、退院は何時の予定だ?」

「再来週ですね」

「わかった。先生、いくら出せますか?」

「ちょっと相談しないとわからないな。いや、ここに呼べばいいか。ちょっと待ってなさい」

「じゃあ、一局打ちましょう!」

 

 それから、明子さんも合流してお話をして許可を貰った。沢山抱きつかれたりしたし、服とかも用意してくれるらしい。退院したら一緒に買い物とかも連れて行ってくれるそうだ。それに家事も教えてくれるとの事なので、ヒカルの為にも頑張っていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話

 

 

 

 あれから少しして、私は無事に退院する事が出来た。そして、新しい家であるマンションへとやって来た。そこは高級マンションでした。セキリュティもしっかりしていて、綺麗な庭まであります。檜で作られた露天風呂まであるのです。そのマンションにある一番上の場所が私達の家になりました。

 

「景色もいいですね」

「高いんだろうな~」

 

 荷物は既に運び込まれていて、綺麗に整頓されていました。残っているのはヒカルと私の、前のかなでの小物ぐらいです。お父さんが病院に持ってきていた奴で、それ以外は基本的にありません。病院ではパジャマだけでしたしね。いつ目覚めるかもわからない娘の荷物は残念ながら家と一緒に処分されたのです。何着か母との思いである物は残っていましたが。まあ、服は明子さんが買ってきてくれたので問題ありません。

 

「進藤、かなで。どうだ?」

「緒方さん」

「凄いですね。いくらしたんですか?」

「高いぞ。まあ、ここのオーナーが先生のファンで指導碁を定期的にする代わりにかなり安くしてくれたがな」

「それはよかった」

 

 ヒカルと緒方さんがお金の事を話しだしましたので、私は逃げます。とりあえず、台所に移動します。そちらでは今日のパーティー用の料理をしている明子さんが居ます。

 

「手伝います」

「そうね。じゃあ、お願いしようかしら」

「はい」

 

 車椅子を操作してプレートをセットして机を作ります。ここのキッチンは低めな物に変えてもらっているみたいで、私でも使いやすいのですが、まだちょっと高いです。

 

「野菜を切ってくれるかしら?」

「斬ることは得意です」

「お願いね」

「はい」

 

 まな板を収納場所から取り出してプレートの上に乗せてまる。後は包丁で受け取った野菜を切っていきます。前のかなでは料理も教わっていたみたいで子供ながら結構作れます。幸い、リハビリは手を重点的にした為になんとかなっています。碁石を綺麗に置く事はまだ難しいですけどね。残念です。

 

「手付きも危なくないし、これなら大丈夫そうね」

「家事は一通り習っています。家事が駄目駄目なヒカルの面倒も私が見れます」

「駄目駄目なのね」

「はい。母親に頼ってましたから」

「まあ、うちのアキラも一緒ね。男の子だから仕方無いのだけど」

「男の子だと仕方なく、女の子だと必然?」

「花嫁修業ね。かなでちゃんは好きな人居るの?」

「ヒカルですね。行洋さんも好きです。碁を打つと楽しいですから」

「あらあら、やっぱり貴女も棋士なのね」

「はい!」

 

 切った野菜を花に加工して鍋に入れて煮ます。

 

「無駄に綺麗ね」

「食は芸術品です」

 

 佐為の古代日本の知識とかなでの現代知識を合わせて綺麗な日本食を作ります。

 

「お母さんは料理人だったの?」

「そうです。なので色々と教わっています」

「ならそっちは問題無いかしら。洗濯はかなでちゃんがしてヒカル君が干せばいいし、掃除も重たい物をどかしたりはヒカル君がすればいいわね。となると、問題はかなでちゃんのお風呂ね」

「お風呂は……一人じゃ入れません」

「入れても入っちゃ駄目よ。何があるかわからないんだから」

「はい、絶対に入りません」

 

 色々と危険が一杯です。足が動かないから滑っただけで溺死しちゃいます。佐為の時みたいに死ぬのは嫌です。あっちは池ですけど……その、溺死の感覚が自体験として覚えているのです。

 

「私が入れてあげるのも毎日は無理だし、そもそも日本に居ない事もあるからどうしましょう? 流石に一週間に一回か二回は女の子としても駄目よね」

「大丈夫です。ヒカルに入れてもらいます」

「12歳の女の子が16か17の男の子とお風呂を一緒にするのは問題があるわよ」

「? 何がですか?」

「……恥ずかしくない?」

「恥ずかしいですけど、ヒカルになら大丈夫です。何度か一緒に入ってますから」

「そっ、そうなの……」

 

 その時は私は宙に浮いたり、湯船から突然出てヒカルを驚かしたりしていましたけど。

 

「でも、やっぱり色々と問題あるわね」

「着替えもヒカルにやってもらうつもりですが……」

「そうよね、着替えも一人じゃ辛いわよね。トイレもそうだし……わかったわ。水着を買いに行きましょうか」

「水着……ですか?」

「そうよ。ビキニタイプの水着を買って、ヒカル君と一緒に入ればいいわ。その下は自分で洗えばいいからね」

「全部ヒカルに任せればいいと思うのですが……」

「辞めなさい」

「分かりました……」

 

 ちょっと残念です。

 そんな会話をしながら料理を作っていきます。出来た料理を運び、家で他の人の相手をしていた行洋さんもこちらにやって来て合流しました。それから、四人での私の退院祝いが行われました。

 

「おお、美味いな」

「確かにこの味は……」

「ヒカルはどうですか?」

「うん、美味しいよ。こないだの料亭で食べた所みたいな感じだ」

「えっへん。前の私はお母さんから免許皆伝を貰っています。プロ並の腕はありますよ」

 

 今の私では残念ながら免許皆伝並の料理は不可能なのですが、腕は多少鈍ってもそれなりの物は作れます。和食が中心ですけどね。

 

「いいな、進藤。お前、これが毎日食えるのか……しかも、佐為の指導碁付きだと……ちょっと俺と代われ」

「あははは……お断りだ!」

「緒方君もそろそろ身を固めたらどうだね」

「いや、それはまだ……」

「あら、お見合いの相手は直ぐに用意できますわよ」

「結構です! 全く、いらん事で飛び火したな」

「緒方さん、食材持ち込みなら料理しますよ?」

「それはありがたいな」

「まあ、定期的に食事会は開きましょう。あなたもどうせ入り浸るでしょうし」

「そうだな。週2、3日は居るが、それ以外は国内か国外の何処かだろうな」

 

 どちらにしろ歓迎ですね。この面子と打ち合えるのですから。

 

「あなた、二日後には韓国行きですものね」

「そうだな」

「俺は指導碁の仕事とリーグ戦で京都だな。その後はこっちに帰ってプロアマの大会の解説だ」

「って事はかなでとしばらく二人だけか」

「ですね」

「色々とサポートしてあげるからかなでちゃんとの生活になれるのよ?」

「はい、わかってます」

「そう、じゃあお風呂での洗い方とか教えないといけないわね」

「え? そっ、それを俺がするんですかっ!?」

「私が居る時はいいけど、それじゃあかなでちゃんが可哀想じゃない。もちろん、かなでちゃんは水着着用ね」

「ヒカル、よろしくね。そっ、それとも私と入るのは……嫌……? ひっ、ヒカルが嫌なら……我慢するよ……? 気持ち悪くなるけど……ヒカルの方が大切だし……」

 

 ヒカルを見詰めてお願いしてみる。するとヒカルはそっぽを向いた。その姿に悲しくなってくる。

 

「わかった、わかったから泣くな! 全く、どうなっても知らないからなっ!!」

「? 何かあるの?」

「いやっ、それは……」

「……? 言いにくいなら別にいいよ。私はヒカルになら別に何されてもいいから」

「お前はそうい事をさらっと言うなぁぁぁぁっ!!」

「?」

 

 ヒカルが何を言っているのかわからない。素直な思いを口にしただけなのに。

 佐為としての私はヒカルを信頼しているし、大切に思ってくれている。かなでとしての私も佐為との出会いを作ってくれて感謝している。その御蔭で自由に過ごせるようになったし、お父さんとも話せた。結論、融合した私達としてはヒカルに何をされてもいい。ヒカルによって与えられたチャンスと夢の続きなんだから。

 

「はっ、見せつけてくれるじゃねえか。好かれてるね、このロリコン野郎」

「違っ」

「それで、どうなんだ?」

「おっ、俺はかなでの事なんて……」

「きっ、嫌いなの……? わっ、私はヒカルの事……好きだよ……」

「嫌いじゃない。どちらかといえば好きだから直ぐに泣くなよ」

「ヒカルっ!!」

 

 私は隣に座っているヒカルに抱きついてスリスリする。ヒカルの匂いと体温がして安心する。ヒカルは生きていて、こんな私を好きでいてくれる。それだけの事なのに凄く嬉しい。冷たい水の中、苦しくてもがきながら、全てを諦めて沈んだ経験を思い出したせいかも知れない。

 

「お熱いわね」

「そうだな」

「いや、先生達も充分熱いですから……」

 

 お食事会が終わった後、碁を打ってお風呂に明子と共に入った。その後はヒカルに足をマッサージしてもらう。気が付いたら私は眠っていて、次の日になっていた。その日は皆が泊まっていったようで朝から楽しかった。緒方さんとヒカルは仕事に行き、私は行洋さんと明子さんと一緒に買い物に出掛けて色々と買ってもらった。二人と街を歩く時は本当に二人の子供になったみたいな感じがした。

 

 

 

 

 




お風呂は悩みましたが、水着くらいが限界ですね。明子さんも毎日これる訳でもないですし、行洋さんについて行きますしね。それにトイレも……筋力が無いかなで一人じゃ移動も無理っぽいですしね。


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4話

 

 

 

 新居での生活が始まり、2ヶ月。ヒカルに世話をしてもらったり、したりしています。お風呂に一緒に入ったりもしています。ヒカルは嫌がっていましたけど、上目使いでお願いしたら何だかんだ言って一緒に入ってくれています。朋子さんが言ってくれた通りにしたのですが、効果は抜群でした。でも、ヒカルには悪いのでヒカルの好物を作ってご馳走しています。今はヒカルが外に軽い買い物をしに出かけています。明日、待ちに待った日なので準備しているのです。

 

「ただいま~」

「お帰りなさい、ヒカル。ご飯にする? それともお風呂?」

「誰にそれを聞いたんだ……」

「緒方さんだけど?」

「あの人は……絶対に嫌がらせだろ……まあ、ご飯でいい。風呂は後だな」

「わかった。もうすぐ出来るから待ってて」

「手伝うよ」

「うん。じゃあ、運んで」

 

 お皿に乗せたハンバーグにデミグラソースを掛けて、ヒカルに渡します。私はサラダとかを持って台所のスロープを下がっていく。そう、スロープ。広めのキッチンの床を私でも使いやすいように敷物を敷いてあるのです。これによって、座ったままでも調理が可能です。一部収納スペースが埋まって居ますが、そこは広いので問題ありません。リビングにも追加の冷蔵庫と冷凍庫があったりしますし。

 

「これでいいな。それじゃあ、食べようぜ」

「うん。頂きます」

「頂きます」

 

 私はヒカルが食べるのを待つ。ヒカルがまず一口食べる。

 

「うん、美味い。カナデの料理は美味しいな」

「よかった」

 

 私もお箸を使って食べていく。この二ヵ月でようやく手は問題なく動かせるようになってきました。まだ碁石は上手いこと持てないのですけれど。

 しばらくテレビの話や碁の事を話して食事を終え、食後のお茶を飲みます。皿洗いなどの後片付けはヒカルがやってくれますので、楽ができます。

 

「そういえば、今日久しぶりにあかりに会ったよ」

「あかりさんですか? えっと、確かヒカルの幼馴染でしたよね?」

「ああ。あれから高校に入ったんだが、元気にやっているようだったな。高校でも囲碁部をやっているみたいだ。アイツも忙しい時期が終わったみたいだし、今度会ってみるか? そろそろ、あかりに頼っても大丈夫だろうし」

「そうだね……」

 

 なんだかモヤモヤしたような感じがしますけど、気のせいです。それにしても、昔から比べるとヒカルは大人になったみたいです。人様の事をちゃんと考えられるなんて小学校のころのヒカルとは大違いみたいです……逆に私は子供になりましたけど。

 

「じゃあ、今度アイツのとこの学校に指導碁しに行くし一緒に行くか」

「指導碁!? 行く行く! 絶対に行くからね!」

「わかったよ。相変わらずだな。ああ、それと明日のプロアマの大会だけど、俺はプロだからシード扱いなんだよ」

「そうなの?」

「ああ。それで解説とか指導碁とかしないといけない。会場には居るから何かあったり、終わったら携帯で呼んでくれ」

「わかった♪ 勝ち上がるから待っててね♪」

 

 明日は楽しみです。

 

「院生も一般で参加するが……手加減しろよ」

「何を言っているんですか、ヒカル。私が手加減をしない時なんて……」

「テンション上がってる時とか、トウヤとの対戦の時だな。あれは最初の時か」

「あうっ!?」

 

 確かになまじ強くて一刀両断してあげましたね。ええ、確かに大人気なかったです。あれ? でも、今の私は子供なのですから問題ないですねー。

 

「まあ、子供には手加減してやれよ。じゃないと潰れるぞ」

「わかってますよ。負けない限り大丈夫です」

「まあ、佐為の、カナデとしてのデビュー戦だからな。負けかけたら仕方無いか……」

「そうですよ。負ける気はありません」

「しかし、碁に関係すると佐為の方が強くなるんだな」

 

 ヒカルが手を付きながらそんな事を言ってきます。確かにその通りですね。囲碁の魔力は恐ろしいです。私だけかも知れませんが。

 

「別にいじゃないですか、既に私達は一人ですから」

「まあ、そうだな。しかし、明日は早いから今日はさっさと寝ないとな」

「お弁当も用意しないといけませんね」

「まあ、簡単な物ならいいけどな。あと、塔矢先生も明後日には来るって言ってたんだよな?」

「そうですよ。あちらも私と同じ扱いなんですけど、向こうはシードです。おかしいですよね? 同じアマチュアなのに」

「いや、お前の実力でアマなのがおかしいんだって。しかし、塔矢先生にも困ったもんだ。お前が出るって言ったら結局自分も出る事になってるしよ」

「公式の場で戦った事はありませんからね。ヒカルの身体を借りた状態で互戦すらしていません。今度が本当の勝負です」

「世間の連中がどう思うか楽しみだな」

 

 ヒカルがニヤニヤ笑っていますけど、世間の評価なんてどうでもいいです。私と行洋が勝負場で神の手を競い合うのですから。ここで打つのとは訳が違います。

 

「ヒカル、そろそろお風呂に入りましょう。戦う前に身を清めるのは当然の事です」

「そうだな。それじゃあ着替えからか」

「いい加減、いちいち着替えるのは面倒なんだけど……もう、裸でいいと思う」

「駄目だって」

「どうせ着せるのはヒカルなのに……」

「いいから」

「は~い」

 

 ヒカルに服を脱がせてもらって、水着を着けて貰います。それからお風呂場で身体を洗ってもらいます。洗ってもらったらヒカルが洗ってくれない所を洗って、今度はヒカルの背中を洗います。それが終わったら、ヒカルが入った湯船に私も入って、背中をヒカルのお腹にくっつけます。

 

「ふぅ~気持ちいい~」

「そうだな。しかし、随分慣れたな……」

「何が?」

「色々とだよ。それより100数えるんだぞ」

「うん……1、2、3……16四、星」

「またか……まあ、いいか。いい時間になるだろうし。じゃあ……」

 

 それから、私はいつもの通り、お湯に浸かりながら脳内で一局打ったあと、髪を乾かして貰って一緒にベットで寝ます。夜に一人は寂しいのでヒカルと一緒に寝れば安心して眠れます。何故かわからないですけど、一人で暗い所にいるのはとっても怖くて寒く感じてしまいます。暗い所は絶対に駄目です。泣いて泣いて取り乱したこともあります。それから、私はヒカルと一緒に寝ています。病院では少なくとも看護婦さんがいてくれましたのと、まだ身体に慣れていなくて平気でしたが、今は佐為の死の事とやお母さんの事故の事で深く繋がった今は特に大変です。一人だと悪夢にうなされる事もあるのです。そう、お母さんが無残な姿で……っ!?

 

「大丈夫か?」

「だっ、大丈夫です……」

「ほら、寝るぞ」

「うん……ありがと、ヒカル……」

 

 ヒカルは私を強く抱きしめてくれます。ヒカルのどくん、どくんという心音と温もりは何より私を安心させてくれます。お陰で私は今日も無事に眠れます。

 

 

 

 

 

 



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5話

 

 

 今日は待ちに待った全日本アマチュアプロ大会。お弁当のサンドイッチを用意して、ヒカルとともに会場に行きました。移動はタクシーなので楽チン。ヒカルがプロなので交通費を運営の方が出してくれたらしいの。もちろん、支給額は決まっているらしいけれど、タクシーは値段変わらないから大丈夫。

 

「さて、ここが会場だ」

「おっきいね」

 

 市民会館の何フロアかを借り切って行われるの。ここ意外でも全国で開催されているの。予選を突破して、プロも混ざる本線に出場。そこで勝ち上がると他県で勝ち上がって来た人達と戦う事になる。

 

「行くか」

「うん♪」

 

 今からでも体がワクワクして震えてくる。そんな私をヒカルが車椅子を押して中に連れて行ってくれる。中に入ると直ぐに日本棋院の男性が声を掛けて来た。

 

「進藤君、おはよう」

「渡辺さん、おはようございます」

「おはようございます」

 

 一応、私も挨拶をしておく。何時もヒカルがお世話になってるしね。

 

「おや、その子は?」

「今日の大会に参加するんです。もちろん、アマなんで予選からですけどね」

「そうなのかい。あそこが会場だよ。3階に指導碁のコーナーがあるから進藤君はそっちだね」

「助かります」

「もうすぐ締め切るから急いだ方がいい。君も頑張ってね」

「はい。任せてください。行洋にも勝つつもりですから」

「ははは……進藤君、大丈夫なのかね?」

「大丈夫ですよ、なんせ俺の師匠ですから。では、失礼します」

 

 ヒカルが渡辺さんとの話を切り上げて私を会場に連れていく。

 

「え? 師匠? 彼女が……あ、ありえないだろう……」

 

 後ろから声が聞こえて上を見上げると、ヒカルは笑ってました。

 

「頑張って来いよ。今日がデビュー戦だからな」

「はい♪ 任せて、ヒカル。全てねじ伏せます」

 

 ヒカルの言葉に途中から意識が棋士である佐為に切り替わっていく。

 

「いや、ねじ伏せるなよ……手加減しろよ。若い芽を摘むことになるぞ」

「……仕方ありませんね。ああ、ヒカル。扇子を貸して下さい」

「扇子か? それぐらい買ってやるけど?」

「ん~~ヒカルのがいいんです」

「そうか、わかった」

 

 ヒカルが鞄から扇子を取り出して渡してくれる。これを持っているとヒカルと一緒のような気になれて安心できる。

 

「あった。受付はここだな」

「そうですね」

 

 中に入って直ぐの所にある受付へと並ぶ。人が拓三並んでいるけど、入れ替わりは早いので直ぐに私達の順番が来たの。でも、結構な人が注目してる。まあ、ヒカルが一緒で車椅子の私が居れば当然だと思う。

 

「進藤プロ……」

「うわ、本当だ……」

「あの子って誰だろ?」

 

 などなど、興味津々。受付の人もそうだけど、とりあえず仕事はしてくれている。しかし、北斗杯でヒカルは有名人になったんだね。少し寂しい気もするけれど、直ぐに追いつくから大丈夫だよね?

 うん、きっと大丈夫。

 

「こちらに参加する方の名前を書いてください」

「ヒカル、書いてください」

「ああ、わかってるよ」

 

 ヒカルがペンを取って書いてくれるので、私は名前を告げる。

 

「進藤かなでで」

「おい」

「あっ、間違えた。藤原かなでで」

「だよな」

 

 郵便とか進藤になってるから間違えちゃった。でも、一緒に住んでるから違和感は別にないかな。

 

「藤原かなでちゃんですね。はい、これを失くさないようにしてくださいね」

 

 受付のお姉さんがネームプレートを渡してくれる。ネームプレートには名前と番号が書かれている。それを胸に付けてくれる。今の私の格好は白いワンピースに青色のジャケット。ネームプレートはジャケットの方につけてくれた。

 

「後はここに居ればいいのかな?」

「はい。最初は番号順ですので、席で待っていてくだされば問題ありません」

「わかった。ありがとう」

「いえ、それでは頑張ってください」

「ありがとう」

 

 お礼を言って私の番号の所に向かう。車椅子なので席と席の間に苦労しながら進んで私の席に着きました。私の対戦相手はまだ来ていないみたいです。とりあえず、ヒカルが椅子を退けて畳んで壁に寄りかからせて私の車椅子を入れてくれます。

 

「かなで、俺は上にいくから後は大丈夫か?」

「うん、平気だよ。係員の人に手伝って貰うから」

「わかった。じゃあ、また後で」

 

 ヒカルが鞄から水筒とひざ掛けを取り出して渡してくれる。それを受け取って、ひざ掛けを掛けて水筒を車椅子に引っ掛けておく。

 

「うん、またね」

「……いいか、絶対に手加減をしろよ?」

「わかってるよ、大丈夫だよ。うん」

「本当に」

「……たぶん」

「はぁ……気を付けろよ」

「うん」

 

 ヒカルが去っていくと寂しさが湧いてくるけど、ヒカルの扇子のお陰でなんとか大丈夫。それにヒカルも私が心配なのか、何度か振り返って係員の人に話してた。たぶん、私の事をお願いしたんじゃないかと、思う。

 

「ふぅ……」

 

 目を瞑って意識を集中する。意識的に切り替える。これから戦うのは戦場。それもハンデを付けた状態での戦い。しかし、このままじゃ楽しくない。

 

「碁を楽しまないのは駄目です」

 

 なら、やることは一つ。最初にハンデを与えて常に調整していきます。私の目標は決まりました。

 

「おっ、あんたが俺の相手か……って、なんだよ、女の子じゃん」

 

 私が目を開けるとそこにはツンツン頭の男の子が居ました。いつの間にか開会式も終わり、試合開始の時間となったようです。

 

「よろしくお願いします」

「よろしくな。俺は院生だから全力でかかってこいよ!」

「ええ、分かりました。全力、ですね」

 

 院生の今の実力を測るのに丁度いいでしょう。

 

「そっちが選んでいいぜ」

 

彼が握って私が答えます。そして、先行は私になりました。

 

「では、16の四、星」

「へ?」

「ああ、すいません」

 

 自分で碁石を持つのはあまりありませんでしたから、何時もの癖が出て扇子で場所を示してしまいました。反省は後です。とりあえず自分の碁石を持って置いて行きましょうか。ちゃんと置けませんがつまんでなら問題はないレベルまで回復していますし、練習していきましょうか。

 

 

 

 

 



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6話

今回は短いです


 

 

 

 

庄司

 

 

 

 今回のプロアマの全国大会は院生も参加する事が決められて俺も参加した。その一回戦の相手が可愛い車椅子の女の子だった。手付きも碁になれていないみたいで、石をことことと置いていく。これは楽勝かと思った。でも、手が進むうちに全然違うと思った。俺が打つ手打つ手対応されていく。何なんだよ、こいつ!

 

 

 

 

 最初は最後まで全力で行こうと思いましたが、ヒカルとの約束があったので序盤で相手の力を測って数手目から指導碁に切り替えました。そのお陰で勝負は一進一退を繰り返しています。でも、最後に勝つのは私です。この勝負は数十手目で終わりです。しかし、今回は碁を打つだけではなく、棋譜を書く事を義務付けられているので、書きながらやる事になるので少し大変です。

 

「まっ、負けました……」

「ありがとうございました。それじゃあ棋譜を確認しましょうか」

「ああ」

 

勝負は3目半で勝ちました。次の試合も全て指導碁にして僅差で勝利していきます。しばらくして、お昼ご飯になったころ、迎えが来ました。

 

 

 

渡辺

 

 

 大会も午前の試合が終わり、休憩に入る。私は職員用の所でご飯を食べながら集計されたデータを見る。今回の大会は全て棋譜を集めて間違いがないかを調べて負けた方にはこうした方がいいなど、書き込んでいく。しかし、あの進藤君が連れて来た車椅子の女の子は連勝しているのか。どれも僅差で勝っているようだが、相手は院生も居るのか。

 

「どうだね、渡辺君」

「桑原さん!? どうしたんですか?」

「何、緒方君や塔矢の奴が楽しみにしておったからな。特に緒方君の笑い方は何かを隠しておった。それとわしの観が何かあると思っての。それよりも、ちと見せてくれんかの」

「は、はい。どうぞ」

 

私は棋譜を桑原さんに渡す。すると桑原さんが車椅子の女の子の棋譜を見て止まる。

 

「ふぉっふぉっふぉ。これはこれは……面白いのぉ」

「どうしたんですか?」

「これを見て違和感が無いのかの?」

「接戦みたいですが……」

「これは指導碁じゃよ」

「そんな馬鹿な……彼女はせいぜい中学生くらいですよ。わざと接戦にしながら指導碁なんて事ができるのなんてトッププロくらいの実力がいりますよ」

「まあ、そうじゃの。しかし、これで何故あやつ等が参加しおったかわかるの。後でからかいに行ってきようかの」

 

桑原さんが帰っていく。その後、もう一度棋譜を見る。確かに違和感があるが、あまりわからない。

 

「渡辺さん、午後の組み合わせはどうしますか?」

「そうだな。車椅子の子が居るから、彼女を動きやすい場所でかつできる限り動かなくていい席にして、後は……いや、そうだな。こうしようか」

「棋院の人が多いですね。他にもプロレベルと噂されている人ですが……」

「早く終われば彼女の負担は少ないだろう。それに進藤君が教えて居るんだし、ひょっとしたら勝つかもしれない」

「そうですか。分かりました」

 

桑原さんの言葉が気になるからな。これで彼女の実力がハッキリするだろう。

 

 

 

 



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7話

かなでの威圧感放ってる状態はSakiの魔王姉妹みたいな感じ?


 

 奈瀬明日美

 

 

 

 

 私は順調に勝ち上がっている。お昼になり、院生やプロ専用として用意されている部屋の一つに向かったんだけど、なんだか沈んでる。

 

「ど、どうしたの?」

「そ、それが……庄司が負けたみたいで……」

 

 庄司君が負けたのか。でも、どうしたんだろ?

 

「プロの人並の人は居るんだから、負けるのは当然じゃないの?」

「えっと、どうやら同じくらいの女の子に負けたみたいで。それも初心者みたいな綺麗な女の子だって」

「へぇ……」

 

 岡君が教えてくれたけど、どんな子なのかしら?

 

「あとちょっとだったのに……」

「まあ、とりあえずご飯を食べて元気だしなさい」

「くそぉ~」

 

 置かれているケースからお弁当を取り出して、皆に配って食べていく。お茶も配って席に座って食べていく。庄司君はやけ食いみたいに食べてる。私も食べだすと、部屋の扉が開いて入ってくる人がいた。

 

「よぉ」

「あれ、和谷じゃない」

「和谷プロっ!?」

「悪いな。奈瀬、ここ空いてるか? 3人分だけど」

「ん~空いてるわよ」

 

 今は3人だけだしね。

 

「じゃあ、進藤とその連れが来るから」

「ああ、進藤君も来るのね。って事は指導碁終わったんだ」

「ああ。俺も進藤も終わったよ。今、1階に迎えに行ってるんで、俺が先に部屋の確保に来たってところだ」

「そうなんだ。じゃあ、お茶を用意してあげるわ」

「サンキュ。それで、そっちのは……」

「岡君と庄司君よ。1組14位と1組16位ね。二人共院生だから、来年のプロ試験に参加するのよ」

「よ、よろしくお願いします」

「よろしく……」

「来年のプロ試験は……荒れるらしいから気をつけろよ」

「荒れるの?」

「ああ、荒れるね。間違いなく。進藤の奴が笑いながら言ってやがった事が本当ならな。saiが出るって言ってやがったからな」

「「「ぶっ」」」

 

 慌てて口を抑えて落ち着く。saiって言えばネット碁最強と言われる人じゃない。確か、ネット碁で塔矢行洋先生と戦って勝っている人じゃない。

 

「ま、まじ?」

「凄いよ!」

「あちゃぁ、来年もやばいのかなぁ……」

 

 はっきり言って、本当に来るならトップ棋士の先頭クラスじゃない。そんな人となんて桁が違うわよ。

 

「で、でも、saiの正体は誰も知らないんじゃないですか! 進藤プロが知ってるのって……」

「ああ、進藤がsaiと繋がってるって噂もあったわね」

「噂じゃねえよ。あいつ、俺とsaiがネット碁で会話してた内容も知ってやがった。あんときはネカフェで後ろからちらっと見たとか言ってやがったが、あれは絶対に嘘だと思ってたが、まじだったって訳だ」

「まあ、進藤は色々とおかしかったしね。っと、ご本人が来たみたいよ」

 

 扉がノックされたので開けて見ると、車椅子に乗った銀髪の女の子を連れた進藤が居た。

 

「久しぶりだな、奈瀬」

「ええ。元気そうね」

「ああ」

「そっ、それで、その子は?」

 

 なんだか、無表情なのに睨まれてる感じがして怖いんだけど。

 

「ああ、この子はかなでだ。ほら、挨拶しろよ」

「藤原かなでです。何時もヒカルがお世話になっております」

「いっ、いえ、こちらこそ……」

 

 ああ、これは無意識か知らないけど、クギを指してきてるのね。この威圧感、やばい。早く誤解とかないと。

 私はしゃがんで顔を合わせる。

 

「私は奈瀬明日美。進藤とは元院生仲間だから安心していいわよ。むしろ、応援してあげる」

「何言ってるんだ?」

「はいはい。進藤は黙ってなさい」

 

 理解してくれたのか、威圧感はなくなった。

 

「ほら、さっさと入りなさいよ。お茶入れてあげたから」

「おっ、サンキュー」

 

 進藤がかなでちゃんを連れて部屋の中に入る。

 

「あっ、お前は!」

「?」

「知り合いか?」

「ん……さっき、午前中に対戦した人」

 

 小首を傾げて悩む姿は可愛いけど、次に出て来た言葉で庄司が誰に負けたのかわかった。こんな小さな女の子に負けたんだ。

 

「そうだ。俺はお前の一回戦の相手だ!」

「ああ、それでどうした?」

「……相手の実力の基準にさせてもらいました」

 

 少し雰囲気が変わった?

 

「ちゃんとヒカルに言われた通りに全力を出さず、途中から切り替えましたよ」

「ああ、なるほど」

「あ、あの、進藤プロ……」

「えっと、君は確か若獅子戦で相手した……」

「覚えててくれたんですか!?」

「ああ。戦った局は出来る限り覚えるようにしているからな。かなでも覚えてるよな?」

「局面は覚えていますが、相手まではうろ覚えです。対局時には局面に集中しているので強い人はちゃんと覚えられるんですけど、まだちゃんと混じり合ってない感じがして……」

「俺は強者じゃないっていうのかよ! 俺と僅差だったのに!」

 

 確かにちょっとおかしいわね。僅差で勝ったのに強者と認識していない。それってつまり……

 

「?」

「ああ、悪いな。こいつの棋力は塔矢先生や緒方さんも認めてるからな。俺が本気出すなって言ってあるんだよ。あと、元々病弱でついこないだ退院したばっかなんだ。完全に治った訳ではないんで、顔とかはあんまり覚えられないんだ。すまいないな」

「わぷっ。ごめんなさい」

 

 進藤がかなでちゃんの頭をぐしぐしと撫でる。本人は嫌がってないみたいだけど。

 

「進藤、それマジか?」

「大マジだって。和谷も負けると思うぞ」

「へぇ……ぜひ一局……」

「駄目よ。先にご飯を食べないと午後が辛いわよ」

「そうだな。和谷、今度家に呼ぶからその時でいいだろ。この頃塔矢先生達もよく来てるしよ」

「まあ、それならいいか。どうせなら奈瀬も来いよ」

「いいの?」

「大丈夫だ。住所は後でメールするよ」

「かなでちゃんは?」

「どうぞ。おもてなしする」

「なら行くわ。じゃあ、何か買っていくわね」

「頼む」

 

 進藤がかなでちゃんをテーブルに近づけ、鞄からお弁当箱を取り出す。そこには焼かれたパンで作られた美味しそうなサンドイッチがあった。

 

「ほら」

「ん」

 

 2人はそれを食べだす。しかも、進藤が食べさせてるし。私はお茶を入れてあげようかな。

 

「美味しそうだな。一つくれよ」

「そういえば弁当も用意されてるんだっけ。かなで、いいか?」

「ん。大丈夫」

「いいってよ。だけど、どれか一つだぞ」

「俺も」

「ボクも」

「じゃあ、私も」

 

 みんなで食事を終えると、また部屋に人がやって来た。今度はもっととんでもない人だったけど。

 

「ふぉっふぉふぉ、ここにおったか。小娘に小僧」

「「「「桑原さん!?」」」」

「小娘、わしと一局打たんか?」

 

 扇子でかなでちゃんを指名する桑原本因坊。

 

「くすくすっ、面白いですね……ぜひ、やりましょう」

 

 扇子を開いて口元を隠して笑いながら応じるかなでちゃん。有り得ないって、何考えてるの。

 

「ヒカル」

「はいはい」

「進藤?」

「おいおい……」

 

 部屋の隅にあった碁盤を用意する進藤。そして、碁石を握る。

 

「かなではちゃんと打てないんで、指示通りに代打しますね。いいですよね。本人に打たすとまだ石をちゃんと握れなくて時間がかかりますから」

「ふむ。かまわんよ。時間もない事じゃし、一手十秒じゃ。扇子で刺した時点までカウントでよいぞ」

「分かりました。ヒカル」

「はいはい」

 

 進藤がかなでちゃんを抱き上げて椅子に座り、自分の膝に乗せた。進藤が有り得ない事をしたけど、これから始まる勝負ももっと有り得なかった。

 

「奇数じゃ。ふむ、こちらからじゃの。では……参る」

「勝負」

 

 とんでもない威圧感を発する2人が笑いながら高速で打っていく碁はどれも尋常じゃないレベルだった。勉強になるとかの次元じゃなかった。遥か上の読み合いが行われていた。

 

「むっ、時間じゃの」

「残念です」

「勝敗は決められないな。桑原さん、すいませんが……」

「うむ、わかっておるわ。片付けはわしがしておくからお主らはさっさと行け。小娘、次は三時間の真剣勝負じゃ」

「ふぅ……ええ、楽しみです」

 

 2人が扇子を閉じると威圧感は霧散していく。それから私達は慌てて準備する。

 

「これからが楽しみじゃ」

「そうですか。では、本因坊のタイトルを守っててくださいね。それは私かヒカルが頂きますから」

「ふぉっふぉふぉ、言いおるわ。良かろう、期待して待っておるよ」

「おい、時間ないぞ。早くしろって」

「ああ。行くぞ、かなで」

「はい。すいませんが片付けお願いします」

「うむ。小僧、貴様は負けておったの」

「うっ、はい……」

「検討をするから付き合え。それに碁盤は年寄りでは重いしの」

「は、はい!」

「ずるいっ!」

 

 庄司君は桑原さんの指名が入り、岡君が悔しがってる。まあ、こんな好機なんてまずないからね。しかし、かなでちゃんって本当に何者?

 

 

 

 

 

 



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8話

 

 

 全日本アマチュアプロ大会。土曜日に行われている予選も全勝で勝ち上がりました。問題は桑原さんと戦ったせいで乗っていた為、手加減を少し忘れてしまったくらいです。っと、佐為の部分が強くなったままかな。私は本戦行きが確定したので終わるまで暇なのです。なのでヒカルの側でパソコンを使って勉強しています。

 

「なにをしているんだ?」

「あ、緒方さん。仕事はいいの?」

「昨日で終わりだからな。帰ってきた」

「そうなんだ」

「一局打つか?」

「ううん。今はいいかな。それより、緒方さんってパソコン詳しかった?」

「それなりだな」

「じゃあ、教えて欲しいけどいい?」

「構わないぞ」

 

 緒方さんが私の隣に座って画面を見てくる。画面にはホームページ作成のコードが打ってある。

 

「ああ、ホームページを作っているのか」

「うん。棋譜を乗せたりみんなと打つ時の調整をここでしようかなって」

「それはいいな。離れていても打てるなら俺も助かる。特に棋譜の公開は嬉しいな。いつでも勉強ができるからな。よし、ホームページの作成は任せろ。棋譜のデータを頼む」

「うん。でも、自分で扱えるようになりたいから教えて」

「わかった」

 

 緒方さんと一緒にホームページを作成していく。ホームページの名前は藤原佐為のぺージ。家で貯めていた棋譜のデータを全て登録していく。ホームページには烏帽子を被った佐為の姿をマスコットとしておく。

 

「緒方さん、かなで、何をしているんだ?」

「進藤か」

「ヒカルと私の棋譜などをネットで公開するんだよ。一般に公開した方が強い人が生まれやすいし。それにネット碁に入ったら対戦者がいっぱいで面倒なの」

「そうか。確かにそれはいい考えだな。こっちならチャットもできるだろうし」

「うん」

「よし、これで完成だ。しかし、近頃の奴だけでもデータが多すぎだな」

「毎日ヒカルと打ってるもん」

「そうだな」

「羨ましい限りだ」

 

 もう大会も終わったようで、かなりの時間が経っているみたい。数時間もやっていたみたい。

 

「そうだ。パスワードを決めないといけないんだが、どうする? チャットは流石に一般人に参加させない方がいいからな」

「じゃあ……」

 

 私は記憶にある佐為とヒカルが出会った年をパスワードにした。

 

「あっ、それって……」

「なんだ、知ってるのか?」

「俺と佐為が出会った日なんですよ」

「佐為とね……なるほど」

「これでいい?」

「ああ。後は関係者にパスワードを教えればいい。それと囲碁の問題を乗せて少しずつパスワードがわかるようにするのも面白いぞ」

「いいな。それにしようぜ。強い奴が参加するのは嬉しいからな」

「そうだね。せっかくだから公開ランクも決めちゃった方がいいかな」

「確かにそうだな」

 

 3人で問題を作成してそれをネットに乗せる。

 

「塔矢や塔矢先生にも手伝って貰おうぜ」

「それはいいな。ランクは10段階にして問題は100門中80門正解でランクアップにしておくか。制限時間は一手1分にする」

「時間足りなくないですか? 表示されてから直ぐに見るなら」

「それなら、順番に一手一手をちゃんと碁盤に配置していけばわかるよ」

「それなら確かにわかるな」

「問題は……ああ、進藤の指導後のデータもあったな。それを使おうか」

「うわっ、なんかはずいですって」

「諦めろ。よし、完成。しかし、トップ棋士クラスじゃないと解けない問題もあるな」

「しかし、こういうのって他にも褒美が欲しくなるよな」

「そうだね」

「ふむ……いっそ、指導碁の特典をランダムにくれてやるか。ネット碁限定になるが」

「仕事じゃなくボランティア感覚で、ですか」

「そうだ。進藤や俺、かなでや参加者達に検討なども手伝わせばいい」

「じゃあ、それでいこう。難しい問題を解いたら指導碁もプレゼントして」

 

 そのまま完成させたホームページを公開する。問題は随時追加していくけれど、一旦はこれで完成。

 

「すいません、そろそろ片付けますんで……」

「ああ、すまない」

「すいません」

「やべっ、和谷と飯食いに行く約束だった」

「アイツか……ちょうどいいな。進藤、俺も行くぞ」

「え?」

「和谷に試させればいい」

 

 ニヤリと悪い笑いをする緒方さん。悪役だね!

 

「いいのかなー」

「奢ってやるぞ」

「あ~わかりました。かなでもいいよな?」

「私はヒカルと一緒ならどこでもいいよ」

「そっか。じゃあ、行きましょうか」

「ああ」

「うん」

 

 一緒に移動していく。下に降りると和谷さんと奈瀬さんが居た。

 

「遅いぞ進藤」

「そうだよ」

「悪い悪い。だけどパトロンを連れてきたぞ」

「「え?」」

「今日は俺が奢ってやるから感謝しろ」

「「えぇえええええぇぇぇぇっ!?」」

「かなで、何か食いたいものはあるか? 本戦出場祝いだ」

「お寿司がいい」

「寿司か。進藤達もそれでいいよな」

「俺は大丈夫です。和谷と奈瀬は?」

「俺もいい、ですけど……」

「私もいいんですか……?」

「構わない。あとで少しテストに付き合ってくれ。君も少しは囲碁はできるんだろ?」

「はっ、はい。院生ですので大丈夫です」

 

 院生とプロならちょうどいいよね。

 

「なら問題ないな。むしろちょうどいい」

「ですね」

「だな」

 

 ヒカルも賛同してるし、問題なし。

 

「車を回してくるから待ってろ。それと進藤。アキラも呼べ。アイツも戻ってるはずだ。店はここだ。予約はしておく」

「了解」

 

 緒方さんがお店の方に電話をしながら駐車場の方へと行った。ヒカルは携帯を取り出して塔矢君を呼び出しています。

 

「ねえ、かなでちゃん」

「?」

「テストって何をするの?」

「ネットのsaiって知ってる?」

「そりゃ知ってるけど」

「saiが関係あるのか!?」

「うん。佐為のホームページを作成したから、そこででてくる問題のチェックだよ」

「ホームページを作成したっ!?」

「かなでちゃんが?」

「おっ、緒方さんがだよ。そこにいっぱい棋譜が載ってるから便利だよ」

「ふ~ん」

 

 ばっ、バレたかも。まあ、バレても問題ないよね。うん、平気のはず。やっぱりヒカルみたいに上手いこと嘘はつけないや。

 

「そりゃすげえな。でも、進藤がsaiについて何か知ってるとは思っていたが、緒方さんも知ってるんだな」

「よし、塔矢も直ぐに店に行くって。で、佐為の話か? まあ、テストに答えたらわかるから安心しろよ。まあ、他言無用だぞ。その方が面白いしな」

「わかったよ」

「はいはい。でも、進藤って緒方さんと仲良くなってたんだね」

「そうだな。塔矢先生と一緒に世話になってるよ。な」

「うん。緒方さんにも色々と世話して貰ってるよ。家を買ってもらったり」

「おい」

「そっ、そうなんだ……」

「ああ、今度遊びに来いよ。特に奈瀬は来てくれると嬉しい。かなでの買い物とか付き合って欲しいから」

「もしかして、一緒に住んでるの?」

「うん。2人で住んでるよ」

「へぇ~ほぉ~」

「なっ、なんだよ……」

「別に~」

「進藤ってロリコンなんだな」

「ちげえよっ!?」

「?」

 

 何かよく分からない事で言い合ってる。そんなヒカル達を見ていると、緒方さんが車でやって来た。狭いので和谷さんが助手席に座り、私を真ん中にして後部座席にヒカルと奈瀬さんが座った。車椅子は折りたたみ式なのでトランクにちゃんと入ったから大丈夫。なのでお店に行くの。

 

 

 

 

 

 



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9話

 

 

 

 回らないお寿司屋さんに到着して、個室に案内してもらったよ。そこでは既にアキラが待っていた。

 

「待たせたな」

「いえ、先程ついたばかりです。それと一通り注文はしておきましたよ」

「悪いな」

「そっちはどうだった? 勝ったか?」

「ああ、もちろんだ」

 

 ヒカルが話ながらお姫様だっこで運び、座布団に座わって自分の膝の上に座わらせてくれる。

 

「えっと、何時もそんな感じなの?」

「指定席」

「そうなんだ……」

「お前たちもさっさと座れ」

「「はいっ」」

「和谷君に奈瀬さんもこのコースを頼んだけど、大丈夫かな?」

「だっ、大丈夫です」

「ああ」

 

 あっちはアキラに任せて私達はパソコンの準備をする。

 

「アキラ、ノートパソコンは持ってきたか?」

「ええ、仕事先で対戦する為に持って行ってますから」

「じゃあちょっと貸せ」

「佐為のページを作ったんだ。お前もいるだろ?」

「当たり前だ!」

「安心しろ。入れておいてやるから」

「わかった」

 

 直ぐに緒方さんがパソコンを立ち上げて作ったホームページに入る。

 

「奈瀬君だったか」

「はい」

「届くまでの間でいいからこの問題をやってくれ。和谷はアキラのでだ」

「わかりました」

 

 2人が碁の問題をやっていく。最初はすらすらと進んでいったけど、だんだんと進む速度が遅くなってきた。

 

「これは問題集か」

「ああ。アキラはパスワードも教えるから携帯からアカウントを作れよ。それで棋譜が見れるからよ」

「わかった。直ぐにやる」

「俺達はどうします?」

「もちろん打つぞ」

「おー、といいたいけど、検討やろ。桑原さんと昼間打ち掛けの奴がありますので」

 

 ヒカルに石を持ってもらって桑原さんと打った奴をマグネットの碁で並べて貰う。

 

「どっちも凄いな」

「だよな」

「早碁でこれだからな。癪だが、あのくそじじいの力は確かだ」

 

 4人で検討していると、お寿司が届いた。

 

「和谷達も一旦やめて食おうぜ」

「そうね。でも難しいわね」

「そうだな。セーブとかできるのか?」

「あーそれなんだが、やっぱりセーブはなしの予定だ。ランダムだとはいえパターンがあるわけだから、攻略ができる可能性もあるしな」

「ふん。真に実力のある奴以外はいらん」

「でも、私じゃ全然いけそうにないよ……」

 

 がっくりと項垂れる奈瀬さん。

 

「奈瀬さん、一緒に勉強しましょう。大丈夫です、先生はいっぱいいますから」

「え?」

「そうだな。和谷も制作側に入っちまったし、先生の許可さえ出ればこっちこいよ。佐為と塔矢先生も居るぞ」

「い、いいのかな?」

「わかった」

「構わんぞ。和谷はともかく、奈瀬君には進藤も色々と頼みたいだろうしな」

「頼む。流石に塔矢のお母さんが協力してくれてるけど色々ときついからな。どうしても遠慮するならそれが代価だと思えばいい」

「ええ、そういう事なら。でも、打算とかじゃなく、友達として協力するから」

 

 女のお友達が増えた。今までいなかったし嬉しい。

 

「ほら、食えよ。まだまだガリガリだからな」

「あむ」

 

 美味しいお寿司を食べさせて貰って幸せな感じがする。しばらくお寿司屋さんでやった後、結局みんな家に来る事になった。

 

「うわぁ、高そうなマンションだな」

「父さんも出してるし、バリアフリーでかつセキュリティもしっかりしているよ」

「いいとこ住んでんな」

「そうね」

 

 エレベーターでお家の前まで上がってヒカルが扉を開けてくれる。鍵と指紋認証が必要なので私じゃ開けられない。

 

「上がってくれ」

「いらっしゃい」

「「「おじゃまします」」」

 

 皆をリビングに案内して私はお茶を用意していく。

 

「手伝うわ」

「ありがとう」

 

 奈瀬さんが手伝ってくれたので直ぐに終わった。といっても、私でも大丈夫なんだけど。

 

「おい、これって……」

「ああ、それは父さんが打った棋譜だね。置きっ放しになってたか。悪いけどそっちのファイルに入れておいてくれ」

「ああ……って、これ……」

「どうしたの?」

「佐為のファイルまである。これがsaiの……」

「みんなの棋譜があるぞ。それらを全部公開しようと思っている。もちろん、クリアした人だけにだが」

「ちゃんと段階を踏んだらだがな」

「よーし、やるぞ!」

 

 和谷君が元気にパソコンに向かいだした。私はテーブルに車椅子のままついて、大きめのぬいぐるみを抱きしめる。

 

「奈瀬さん、一緒に打ちましょう」

「ええ、お願いします」

「打つのは遅いけど許してね」

「大丈夫よ」

 

 私は奈瀬さんと打つ。

 

「塔矢、俺達も打とうぜ」

「ああ、打とう進藤」

 

 2人も対局をするみたい。緒方さんはリビングに置いてある冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

 

「あっ、車」

「大丈夫だ。今日は泊まっていくからな」

「ん、わかった」

「それと奈瀬と和谷。お前ら家に連絡して泊まるって言っておけ。保護者がいるなら俺がやるから。もう遅い時間だしな」

「わかりました。でも大丈夫なんですか?」

「俺は一人暮らしなんで大丈夫です」

「大丈夫ですよ。朝方まで打つなんでよくあることですから」

「お母さんには怒られるけどね」

「まあ、かなでは小さいからな」

「……悪影響しかなさそうよね」

 

 結構な頻度で寝落ちしてヒカルの腕の中で寝ちゃうのが沢山ある。ヒカルに包まれてると安心できるから。それから結局、日付が変わって2時くらいにみんな切り上げて眠った。部屋とお布団は沢山あるから大丈夫。私は何時も通りヒカルと一緒に寝たよ。

 

 

 

 



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10話

 

 

 

 奈瀬

 

 

 

 進藤とかなでちゃんの家に泊まらせて貰ったので、朝食の手伝いでもしようかと思ってかなでちゃんを探していた。そんな時、大変な場面を目撃してしまった。

 

「進藤……」

「んんっ、奈瀬か……どうした?」

「どうしたって……決まってるじゃない」

 

 私の固まった顔を見て、不思議そうにしている進藤。そんな彼が寝ているベッドの横には彼に抱き合うようにして寝ているかなでちゃんがいる。まだ、ここまではいいかも、知れない。でも、そのかなでちゃんが男性用のブカブカのワイシャツをボタンもとめずに着ていて、肩からずりおちて見えているのは下も何も着ていない状態。ご丁寧に部屋の中にはかなでちゃんの服が散乱しており、下着類も落ちている。そんなかなでちゃんと抱き合って寝ている彼に対していう言葉など一つだ。

 

「このロリコンめっ!」

「いや、待てってくれ! これは……」

「もしもし、警察ですか……」

 

 携帯電話を取り出して電話を掛ける。

 

「待てって!!」

「まあ、警察は冗談だけど、状況証拠的にアウトでしょ」

 

 電話ではなく別のものを起動しておいた。

 

「陰謀だ!」

「誰のよ?」

「さあ?」

 

 かなでちゃんの陰謀って可能性は充分にあるんだけどね。まあ、あたふたしている進藤をおちょくれたからいいかな? というか、本当にいいのか悩みどころだけどね。

 

「ん~おはよう……」

 

 そうこうしているうちにかなでちゃんが起きてきたようで、服を脱いでいく。

 

「んっ」

「はいはい」

 

 進藤はそれを普通に受け入れてベッドの脇に置いてあるタンスから下着や着替えを取り出して着替えさせ――

 

「って、待ちなさいよ! まさかそれを毎日しているの!?」

「そうだけど」

「麻痺してる! 麻痺してるからね! 色々と!」

「……問題ない……」

 

 無表情から少し嬉しそうな表情に変えてヒカルに抱きつくかなでちゃん。どうしよう、どうしたら……こちらを見て小首をかしげてくるかなでちゃん。すごく可愛い。

 

「奈瀬、諦めろ。俺は諦めた」

「でも、一緒に寝たりするのはどうなのよ? 着替えは仕方ないかも知れないけど」

「俺が側に居ないと泣くからな……かなでの涙には勝てない」

「確かに納得。でも、もしもの事があったらどうするのよ? かなでちゃん、男は狼なんだから食べられちゃうよ?」

「……? ヒカルになら何されてもいい……」

「ちょ!?」

「あらら」

「……私とヒカルは一心同体。運命共同体……?」

「進藤?」

「待て!? それはかなでじゃなくてさ……」

「……ヒカル、嘘ついた……うぅ……」

 

 ポロポロと涙を流しながら進藤の身体に頭を擦りつけるかなでちゃん。

 

「進藤……警察いこっか。詐欺容疑で」

「嘘じゃない! 嘘じゃないから待て! かなでも悪かった! だから泣き止め! な?」

「んっ、んん……」

 

 録音しておいたし、和谷にも聞かせてあげよっと。

 

「朝ごはんを作ろっか。手伝うよ」

「ん、お願いします」

 

 それから、洗面所で手洗いうがい、洗顔をしてきたかなでちゃんと一緒に料理を作っていく。和谷が起きてきたので進藤と二人で緒方さんと塔矢君を起こして来て貰う。

 

 かなでちゃんの作る朝食はかなり美味しい。進藤の好みの味に調整されているのかも知れない。でも、基本的に和食みたい。それも昔の人が食べているような。イメージが全然違うね。そんな事を考えていると進藤の携帯電話が鳴り出した。

 

「っと、悪い」

 

 進藤が携帯電話を見るよ嫌そうな顔をした後、しぶしぶ出た。それから話を聞いている感じ、進藤のお母さんみたい。

 

「緒方さん、明後日はどうするんですか?」

「なんだ、用事か?」

「ちょっとおふくろに呼ばれまして。数日は向こうで過ごす事になりそうなんで」

「わかった。かなではどうするんだ?」

「いく」

「いや、それは……」

「いく」

「いや、ばれると」

「おいおい、まさか知らせてないのかよ」

「面倒だからな」

「駄目でしょ」

「かなで」

「絶対、行く。一緒がいい」

「わかったよ」

 

 さて、そうなると私達はどうするかね。

 

「そういえばかなでって文化祭とか行ったことはあるか?」

「ないよ」

「ならちょうどいいか。約束もあるからな。緒方さん、明後日、送っていって欲しい所があるんですが、いいですか?」

「ああ、いいぞ。俺は仕事があるから送りだけならな」

「奈瀬と和谷も暇なら一緒に文化祭に行かないか?」

「俺も明後日は緒方さんと一緒で仕事だな」

「私は流石に帰らないと怒られるよ」

「わかった。それじゃあ、泊まりで出掛ける用意をするか。今日は大会があるからそこまで用意できないけど」

 

 二人はボストンバッグに着替えなどを入れていく。なんだかこの姿を見ていると夫婦みたいね。それにこれって言ってしまえば実家への挨拶なのかな?

 

 

 

 

 

 



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11話

 

 

 日曜日、大会二日目が幕を開けました。といっても、私は前の日に全勝しているからほぼ予選通過は確定です。でも、油断はしませんが。今の相手も指導碁で勝利しました。

 

「調子はどうだね?」

 

 振り向くと行洋さんがいました。ギャラリーの人も行洋さんの登場に驚いています。

 

「問題ありません」

「そのようだね」

「塔矢元名人……」

 

 対戦者の方も驚いています。

 

「まだ時間はありますから検討をしますか?」

「そ、それは……」

「私は気にしなくていい」

「むしろ、手伝ってください」

「良かろう。今日はかなでを見に来ただけだからな」

 

 検討をしていくと、ギャラリーがどんどん集まってきます。

 

「おい、塔矢元名人が来てるって」

「まじかよ」

「中学生くらいの車椅子の子を見に来たっていってたっけ」

「あの強い子かよ」

 

 噂が噂を呼んでどんどん人が集まってきます。流石に係りの人が飛んできました。それから話し合った結果、今日の最終戦の解説をしてくれる事になりました。その間は私の所には居られないようでした。どちらにしろ、私の後に沢山のギャラリーができるようになりました。

 

 

 

 予選の最終戦。私の相手はサラリーマン風の男性、片桐恭平さんです。その人と私は向かい合って沢山のギャラリーとカメラの前で打っています。相手の実力はプロ並みですね。

 

「これは……死んだはずの石が息を吹き返して……」

 

 ミスをしたように見せかけて準備を整え、後々有効活用して一気に巻き返す。ヒカルが好んで使う方法です。それを使って逆に包囲網を敷きました。もちろん、私なりに改造していますが。

 

「参りました」

「ありがとうございました」

 

 問題なく最後まで読みきって勝利を掴みました。席を離れようとすると直ぐに別のところへと連れられていきました。

 

「すいません、インタビューをお願いします」

「?」

「抱負とかですね。考えていてください」

 

 壇上に連れていかれ、閉会式の式典が行われて行きます。そこで予選大会優勝を祝われていきます。トロフィーはないですが、景品と本戦への招待状を頂きました。

 

「それでは優勝者にして全勝というとてつもない記録を打ち立てた藤原かなでさんにこれからの決意表明をしてもらいたいと思います」

 

 写真を取られたりして不安になりますが、ヒカルも撮影陣に混じっている事を見つけたので安心できました。

 

「では、お願いします」

「め、目指すは全勝優勝、です……」

 

 うぅ、噛んじゃった。恥ずかしいです……

 

「凄い言葉を頂きました! 本戦はプロの方々も出場してこられますが、それについては……」

「ただ、力の許す限り打つだけなので……」

「では、気になっている選手はどなたでしょうか?」

 

 これは決まっています。

 

「ヒカルと行洋さん、緒方さん、塔矢さん、桑原さんです」

「え?」

 

 おや、会場が静まり返っています。何故でしょう?

 

「塔矢元名人と戦って勝つ気なんですか?」

「? そのつもりです。神の一手を目指す良き友でありライバルですから」

「あ、あの、塔矢元名人……」

「なんだね?」

「藤原さんの事は……」

「事実だ。彼女は強い。私も本戦で戦うのを楽しみにしている」

「私もです」

「と、とととんでもない子が現れたようです! 藤原さんを教えているのはやはり塔矢元名人ですか?」

「私ではない。彼女は進藤君の師弟だ」

 

 嘘はついていませんね。確かに私とヒカルは師弟です。

 

「進藤プロのお弟子さんなんですね……」

 

 私が師匠で、ヒカルが弟子ですが、皆さんは勘違いする事でしょうね。

 

「では、彼女が全勝優勝する事もありえると……」

「有り得ん。私が防ぐ。全勝などさせん」

「むっ、負けません」

 

 互いに見つめ合っていると、パリンッという音が響いてきました。それに周りが暗くなったようですね。

 

「ど、どうやらガラスを落とした人が慌てて照明器具を倒してしまったようですね……インタビューはここまでとします。ありがとうございました。次に写真撮影を……できれば塔矢元名人と……」

「私はプロではないから辞退する。それよりも彼女には適任がいる」

「ヒカル、ヒカル!」

「あ~なるほど」

 

 行洋さんが降りていったので私はヒカルを呼びます。するとヒカルは嫌そうにしながら出てきました。

 

「まじで撮るのか?」

「はい」

「当たり前だよ。あ、あとでくださいね」

「もちろんですとも」

 

 さっきまでの雰囲気は何処かへぽいして、ヒカルに近づきます。それから、ヒカルと一緒に写真撮影をして貰いました。後はそれをデータと写真として貰いました。データは携帯電話の待受画面にするんです。写真は家に飾ります。

 ヒカルはまだ仕事があるらしいので帰宅出来るようになるまで碁盤を借りて行洋さんと早碁の一色碁を打って時間を潰していきます。ギャラリーは沢山ですが、わかるかなー?

 付いてこれた人には声を掛けてホームページのアドレスを差し上げました。

 

「二人共、家に来なさい。明子が食事を用意して待っている」

「分かりました」

「うん。楽しみ」

 

 タクシーを使って行洋さんの家に向かいました。それから私とヒカルの家でやっている事と変わらずひたすら打ちました。塔矢さんが飛行機か新幹線かは知りませんが、飛んで帰ってきたのは驚きましたけど、楽しいひと時でした。ちなみにヒカルは呆れていました。

 

「お前、無茶しすぎだろ……」

「彼女と同棲して常に打てる恵まれている環境にいる君にはわからないだろう!」

「いや、しょっちゅう打ってる……って、同棲じゃない!」

 

 

 

 

 

 



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12話

 

 

 

 今日はヒカルと一緒にお出かけです。月曜日も本来なら平日なのだけど、今日は祝日です。だからこそ、ヒカルは文化祭とかいうのに行こうと言ってくれたのかも知れない。

 

「緒方さん、送ってくれてありがとうございました」

「気にするな。それじゃあな」

「ばいばい」

 

 送ってもらった緒方さんと別れて少しヒカルが押して歩くと直ぐに華やかな看板が目に入ってきた。周りを見るとどんどん人がやって来ている。他の人は私達を不思議に見てきている。私は白いワンピースの上に青いジャケットで、ヒカルは普段着じゃなくてスーツだからかも知れない。ヒカルは普段着にしようとしてたけれど、私が指導碁をするならちゃんとした格好がいいと言ったからこんな感じになった。

 

「人がいっぱいだね」

「そうだな。っと、ここで受付か。すいません」

「招待券をお願いします」

「はい。それと囲碁部の所ってわかりますか?」

 

 ヒカルが招待券を受付の人に渡して、名前を記入していく。

 

「囲碁部はこちらになりますね」

 

 受付の人は学内の地図が書かれたパンフレットを広げて親切に教えてくれる。

 

「ありがとう。じゃあ、行こうか」

「うん」

「楽しんでいってね」

「はい」

 

 受付の人は私にチュッパチャプスをくれて手を振ってくれた。

 

「良かったな」

「うん」

 

 口に入れて舐めながら周りを眺めていく。周りはお祭り騒ぎみたいに賑やかだ。開始前みたいでまだ始まっていないからか、校舎の中には入れないみたい。

 

「朝食も食べて無かったな。何か食べたいものがあるか?」

「ん~わたあめ?」

 

 小首をかしげながら食べたい物を考えてみる。

 

「それはないな。焼きそばとかフランクフルトとか。クレープなんかもあるな」

 

 ヒカルが見ているパンフレットを覗き込んで囲碁部以外に一点だけ行きたい場所があった。

 

「麻婆豆腐」

「いや、無い――」

「んっ」

「――え!? マジかよ……何考えてんだ」

 

 パンフレットには激辛飲食店と書かれている。辛さを選べて一番辛いのを食べられたら無料らしい。

 

「ヒカル、やる」

「昼はここで決定か」

「決定」

「まあいいか。差し入れも兼ねて色々と買ってから囲碁部に向かうか」

「賛成。辛いのがいい」

「女の子は甘いものが好きって聞いたが……」

「甘いものも好き」

「じゃあ、クレープでも買うか」

「うん」

 

 クレープ屋さんの前まで移動して始まるまで待つ。

 

「準備できましたから注文いいですよ。売るのは開始のアナウンスが流れてからですが」

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えるか。かなではどれがいい?」

「ん」

 

 メニューから朝食になりそうなのを選ぶ。ヒカルも同じようなのを選んだ。

 

「あ、それと全メニュー一個ずつ持ち帰りで」

「え?」

「一回やってみたかったんだよな」

「本気ですか?」

「本気だから。差し入れも兼ねてだから問題ないよ」

「わかりました」

 

 数人で一生懸命に作ってくれる。その間に口からチュッパチャプスを取り出してヒカルに差し出す。

 

「ん、あ~ん」

「もういいのか」

「うん」

「はむっ」

 

 ヒカルはチュッパチャプスを口に入れて舐めた後、飽きたのか噛み砕きだした。

 

「うわぁー」

「……」

 

 なんだか視線が集まってる。

 

「?」

『只今より第43回風見学園学園祭、月曜日を開始致します』

「ど、どうぞー」

「ありがとう」

 

 沢山のクレープが入った袋を貰った私はそれを膝に抱いて自分で頼んだ分を食べていく。校舎に入って進んでいる間に半分くらい食べたらお腹が満たされて来たので車椅子を押してくれているヒカルの口元に運んでいく。ヒカルの分も同じようにして食べさせてあげる。そのまま進んでエレベーターに乗って2階に移動する。

 

 

 2階に到着して進んでいるとヒカルが最後の一口を食べる。

 

「ヒカル、指にソースが付いてるから舐めて」

「洗い場は無いな」

「ソースは落ちにくい」

「仕方ないな」

 

 ヒカルの舌が私の指を綺麗に舐めていく。

 

 ガンッ!!

 

「「っ!?」」

 

 後ろで何か重いような物を落とした音が聞こえてヒカルが振り返る。

 

「ヒカル、そんな小さな子に何をしているのかな? かな?」

 

 ペットボトルが入った袋を地面に散乱させたままに、ヒカルを怖い感じのする瞳で見つめているあかりさんが居た。すごく怖い。

 

 

 

 

 




短いけど、あえて切る!
かな? かな? はわざとです。イメージとしてわかりやすいだろうしね!
怖い瞳=ハイライトの消えた……


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13話

 

 

 

 ヒカル

 

 

 

 

 俺がいるのは暗い部屋の中で、目の前には机がある。机の中央にはスタンドがあり、部屋の唯一の光源となっている。そんな机に備え付けられた椅子に座らされ、対面にはあかりが座っている。あかりの背後には警察官の格好をした若い女の子がいる。

 

「さあ、きりきり吐きなさい。どこであんな可愛い子を誘拐してきたの!」

「お母さんが泣いているぞ!」

「大丈夫。罪を認めれば楽になれるから」

 

 あかりに続いて警察官の子がそう言ってくる。

 

「誘拐とかしてねえよ!」

「嘘だ!」

「なんでだよ!」

「ヒカルにあんな幼い彼女が出来るなんて信じられない!」

「彼女じゃない」

「ダウトだ」

 

 部屋に新たに入ってきた警官の子が机の上にカツ丼を置きながら話していく。

 

「彼女から事情を聞いた。一緒に毎日寝ているそうだな」

「このロリコンっ!!」

「待て! それはかなでが淋しいからって潜り込んで来てだな……」

「本当に?」

「当たり前だって」

「ふっ、次の証言だ。一緒にお風呂に入って身体の隅々まで洗っているそうだな」

「かなで~~~~!!」

「アウトっ!」

「110っと」

「待て待てっ、それは待てぇっ!!」

 

 あかりが取り出した携帯をどうにか奪う。

 

「まあ、同意の上なので問題はないのだろうが」

「いや、かなではな……」

 

 説明しながら出されたカツ丼を食べていく。ここはコスプレ喫茶の一種で取調室のように作られた場所でカツ丼を食べるというコンセプトらしい。まじで捕まえられた時はびびった。

 

「まあ、事情は理解したけど……とりあえずおばさんには連絡しないとね」

「今日、帰る予定だから問題ない」

「ヒカル、それって……」

「なんだよ?」

「ヒカルがわかっているならそれでいいけど、外堀を埋められていってるわよ」

「何言ってんだ?」

「はぁ~これはまずいかもね、あかり」

「そんなんじゃないから……」

 

 何かあかりが他の子たちと話していると部屋の中に慌てた男子が入ってきた。

 

「おい、あの子泣き出したぞ!」

「えっ!?」

「その人のところへ行こうとしているみたいで」

「あ~やっぱりか」

「よくあるの?」

「わりと。俺から離れるのを極端に嫌がるからな」

「それってまずいんじゃ」

「まあ、家や囲碁をしている時は大丈夫だが、知らない人ばかりのここじゃな。かなでは極度の人見知りだから」

「とりあえずかなでちゃんを拾ってから囲碁部に移動しましょうか」

「だな」

 

 あかりと一緒に外に出て、かなでの所に向かう。かなでは俺を見つけるなり車椅子から飛び出してくる。こけそうになるかなでを慌てて近付いて抱きとめる。

 

「ひかる~~」

「はいはい」

 

 しばらく落ち着くまで撫でてやってから車椅子に戻し、一緒に囲碁部へと向かう。

 

「随分と仲がいいんだね」

「まあな。長い付き合いだし」

「ふ~ん」

「ヒカル、誰?」

「ああ、こいつは幼馴染のあかりだ」

「あかりです。よろしくね、かなでちゃん」

「……」

「なに?」

「ヒカルは渡さない」

「……」

 

 俺の服を掴んで涙目で睨みつけるかなで。

 

「べっ、べつにいらないから!」

「そう、ならいい」

「おいおい」

 

 部室へとついたら早速指導碁を開始する。俺とかなでが並んで指導をしていく。かなでは俺の服を掴んだままだが、片手で行っていく。

 

「ヒカル、この子滅茶苦茶強いんだけど!!」

「そりゃ、俺も勝てないし、俺の師匠なだけあって実力じゃあ名人クラスだからな」

「え!?」

「それ、本当ですか!」

「こいつ、いつも家で塔矢名人と真剣勝負で勝ち越してるからな」

「えっへん」

 

 無表示で無い胸をはるかなで。サイのおちゃめな部分が出てきているな。

 

「あの、塔矢名人にサインを貰う事なんかは……」

「あ~」

「ヒカル、サイト」

「ああ、あれがあったか。実はだな」

 

 サイトの事を教えていくと皆が張り切って挑戦していく。

 

「すいません、一局頼めませんか?」

「あっ、本当に進藤プロがいる」

 

 しばらくすると一般のお客さんも入ってきて忙しくなってきた。なのでかなでと二人で多面打ちを使って指導を行っていく。

 

 

 

 

 

 



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14話

書けと言われて書いた。後悔はしていないが、書いている最中にずっとによによしっぱなしだった。黒幕は二人だ。


 

 

 

 

 ヒカルと一緒に学園祭で指導碁を行っていく。休憩時間にはヒカルと一緒に模擬店とかを楽しむ。お化け屋敷では怖くてヒカルにずっと抱き着いてた。楽しい時間はあっという間に過ぎて、いつの間にか私は眠っていた。

 

「んっ……」

「起きたか」

「ヒカル、ここって……」

「見覚えあるだろ」

「うん……懐かしい」

 

 回りにはヒカルの後ろで佐為として住んでいた場所。ヒカルの部屋。私はヒカルのベッドで寝かされていたみたい。窓から外を見ると、日が暮れて夜になっている。

 

「ごはんの準備……」

「ここは実家だからな、別にいいぞ」

「そっか……あっ、挨拶しないと……」

「そうだな」

 

 両手を差し出すと、ヒカルが抱き上げてくれる。そのままヒカルの首筋に顔を埋めてすりすりする。

 

「くすぐったいって」

「嫌?」

 

 ヒカルが嫌だったら、止める。嫌われたくないから。嫌われたら悲しくなる。

 

「嫌じゃないから、泣きそうな顔をするな」

「あうっ……ん~~」

 

 頭を撫でてくれるヒカルの手は大きくて気持ちいい。ずっとこのままでいいかも。そう思っていると、扉が開いて閉じた音がして階段を急いで降りる音もした。

 

「……」

「?」

「なんでもない。降りるぞ」

「あ、鞄」

「ああ、わかった」

 

 ヒカルに鞄を取って貰って階段を下りていく。怖いので、しっかりとヒカルに抱き着く。

 

 階段に入って、リビングに入る。

 

「ヒカル、アンタには色々と聞きたい事があるの」

「うんうん、その子との関係とかね」

「あっ、ああ」

 

 ヒカルに椅子に座らせてもらった後、隣にヒカルが座る。私はヒカルの服を掴みながら、前を向いて両親を見る。

 

「えっと、この子は……」

「かなで、です……ふつつかものですが、よろしく、おねがいします」

「おいっ」

「「っ!?」」

 

 頭を下げてから、緒方さんに事前に言われたように鞄からお土産を取り出す。

 

「ヒカルっ、あんたまさかっ!」

「誤解だっ!」

「そうだよな、ヒカルにはあかり君が……」

「これ、つまらない、ものですが……」

「あら、これはどうも……って、これは……」

「高級店のじゃないか!?」

「これ、から……すえ、永く……お世話になる……ので……」

「待て、誰に言われた。誰が用意した?」

「緒方、さんと明子、さん……だよ?」

「緒方さんの差し金かっ!!」

「いや、なの……? うぅ……ひかるは、私とずっと一緒は……いやなの……約束したのに……色々、したのに……」

 

 涙がぽろぽろと流れてきて、膝を掴んでうつむく。

 

「ヒカルっ、こんな小さな女の子を泣かせるなんて男らしくないぞっ!」

「それに手を出しておいて捨てるなんて……」

「いや、ちがっ……」

「……お風呂っ、一緒に入ったり……キスもして……寝ながら朝まで、ずっと……ベッドで色々したのに……」

「「ひかるぅぅぅぅぅっ!!」」

「まっ、待ったっ! 絶対考えている事と違うっ!!」

「ヒカル、父さん話がある。母さん、任せるぞ」

「ええ、任せて。大丈夫よ。ちゃんと責任は取らせるからね」

 

 お母さんが抱きしめて撫でてくれる。明子さんと同じでお母さんみたいで温かい。

 

 

 

 少しして、部屋から出て行ったお父さんが戻って来た。

 

「かなでちゃん、悪いんだけど君のお父さんへの連絡先を教えてくれるかな?」

「ん、いいよ」

 

 携帯を取り出して、お父さんの番号を渡す。

 

「あなた、一旦かなでちゃんから掛けて貰った方がよくないかしら?」

「おっと、そうだね。掛けてくれるかな? そして、お父さんに大事な話があると……」

「う、ん……」

 

 電話を掛けると少しして繋がった。

 

『かなでか、どうしたんだい?』

「お父さん、大事な話があるって、お父さんが」

『いや、よくわからないが……どういう事だ?』

「かわるね」

『ああ』

「ん」

「ありがとう。初めまして、私は進藤ヒカルの父親で……はい、はい……実はこの度、うちの愚息が……」

 

 お父さんは部屋から出て行って何か話し合っている。

 

「かなでちゃん、お菓子でも食べてようか。それとも……」

「夕飯、作る」

「え?」

「ヒカルのご飯、私が作る」

「あらあら、ヒカルの事が好きなの?」

「大好き」

「そう。少しジュースでも飲んで待っててね。おばさん、少し席を外すから、戻ったら一緒に作りましょう」

「うん」

 

 お母さんが出ていって、お父さんに何か話した後、戻ってきて一緒に料理を作っていく。

 

 しばらく料理をしていると、お父さんが携帯を持って来た。

 

「お父さんと話してくれ」

「うん。お父さん」

『ああ、かなで。かなでに聞きたい事があるんだ。ヒカル君の事だが……これからずっと一緒に居たいのかい?』

「うん」

『彼になら何をされてもいいのかい? こう言ってはなんだが、男は狼だからね。かなでみたいな可愛い子は食べられちゃうよ』

「いいよ。ヒカルになら」

『彼の事を好きなんだね』

「大好き」

『わかった。もう一度変わってくれるかな?』

「うん。はい」

「ああ、ありがとう」

 

 それから、こっちのお父さんは電話越しにもペコペコしながら話していた。少しして、お父さんが出て行ってからヒカルと一緒に戻ってきた。私はヒカルに抱き着く。

 

「いてて、ひどい目にあった」

「どうしたの?」

「ああ、ちょっとな」

 

 手と口に何かの跡がある。どうしたんだろ?

 

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。緒方さんには絶対に文句を言わないとな……裏で糸引いてるの、絶対あの人だ」

「料理が出来たわよ。席について」

「ああ」

 

 私はヒカルにお世話して貰いながら、楽しい食事をした。食事の後、お茶をゆっくりと飲んでまったりとしていると、お父さんとお母さんが真剣な顔をして話してきた。

 

「ヒカル」

「ん?」

「かなでちゃんと婚約する事になったからな」

「は? 誰と誰が?」

「何言ってるのよ。ヒカルとかなでちゃんに決まってるでしょ」

「えええええええええええっ!?」

「これは決定事項だ。しっかりと責任を取りなさい」

「いや、それは誤解で……」

「どちらにしろ、女の子の裸を見て、触ったりしたんでしょ。責任を取るのが当然よ」

「いや、それは……確かに触ったけど」

「?? 婚約?」

 

 小首を傾げる。

 

「ええ。かなでちゃんが大きくなったらヒカルと結婚して、夫婦としてずっと一緒にいるって事よ」

「夫婦? お母さんとお父さんみたいに一緒……」

「かなでの気持ちもあるだろ。それは……」

「私、ひかると夫婦になるよ」

「え? いや、わかってるのか?」

「ヒカル、大好きだから。ヒカルは嫌?」

「……かなで……あっ、あかりが言っていたのってこういう事か。ってなると、もしかして緒方さんだけじゃないな。明子さんと名人もかかわっている可能性が……」

「ひかる?」

「わかったよ。16になったら、結婚しようか。他の人に取られると思うと無茶苦茶いらつくし」

「うん♪ 私は私達を解放してくれたひかるのだよ」

 

 ヒカルに抱き着いて身体を擦りつけて、匂いをつける。明子さんの言う通りにして良かった。これからもずっとひかると一緒にいれる! また別れるのなんて絶対に嫌だから。

 

 

 

 

 

 

 



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15話

 

 

 進藤ヒカル

 

 

 かなでと婚約する事が決まった。その後、かなでと風呂に入った。両親には驚かれたが、何時もの事であり、かなでが俺と一緒がいいという事で押し通した。それから、部屋で囲碁の勉強をして、一局打った後は一緒のベッドで眠る為に布団に潜り込んだんだが、かなでは何時もより俺に匂いをつけるみたいに身体を擦りつけてくる。声を掛けると嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せてくれる。そんなかなでと一緒に眠った。

 

 

 朝起きてから朝食を食べて出かける。

 

「何処に行くの?」

「少し買い物にな。もうすぐ大会もあるし。あ、プロ試験の申込もそろそろだな」

「それは楽しみですね。前はヒカルの後ろで見ているだけでしたから」

「そうだな」

 

 佐為としての言葉が出て来ている。

 

「よーし、申し込みしてさっさとプロに来いよ」

「もちろんです!」

 

 楽しい会話をしながら電車に乗り、車内で碁を打ちつつ時間を潰す。到着したら銀行で大金を降ろしてから、店に向かう。

 

「ヒカル、ここは?」

「ああ、ここで買うものがある」

「でも……」

「いいから」

 

 店に入って店員を呼んで、かなでに似合う物を選んでもらう。俺にこういったセンスはないからな。

 

「では、こちらの商品などはいかがでしょうか?」

 

 銀製の天使の羽が描かれた指輪だった。

 

「じゃあ、これを下さい」

「いいの?」

「婚約指輪だ。気にするな」

「でも、高いよ?」

「大丈夫、大丈夫」

 

 二つで30万と高いが、出せない事はない。ぶっちゃけ、我が家の光熱費とか塔矢先生が出してくれてるし。まあ、あの人達も入り浸っていて、ほぼ別宅みたいになってるが。どちらにしろ、そのせいか貯金は結構ある。

 

「ありがとう、大事にするね」

「ああ」

 

 嬉しそうに笑うかなでに買った指輪をつけてやる。それから、服などをみたりして、かなでに似合いそうな服を買って帰った。家で買ってきた服に着替えたかなではとても似合っていて、嬉しそうに笑いながら指輪をみつめたりしている。当然、他の皆に色々と問い詰められて白状する事になった。

 

「やっとくっついたか」

「これで安泰ね」

「うむ」

「よし、今日は祝いだ。食べに行きましょう」

「いいね」

「おめでとう、進藤」

「ああ……」

「しかし、進藤がロリコンだったとは……」

「違うからなっ!?」

「ふふ、他の人達にも教えないとね」

「待ちやがれっ!」

 

 悪乗りしやがった塔矢はマジで電話しだしやがったので慌てて止める。それから皆で回らない寿司を食べに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が過ぎ、順調に予選を終えて大会の本戦へと進んだかなで。だが、そんなかなでの新たな試練。プロ試験が始まった。

 

「六目半でそちらの勝ちですね」

 

 第一戦目。六目半で勝利。

 

「参りました」

 

 第二戦目。相手の投了で勝利。

 

「と、投了です」

 

 第三戦目。最後まで行かずに勝利。それからも順調に予選を圧倒的な強さで勝ち進んでいく。しかし、それを他の参加者にさとらせないようにしている。かなでがやっているのは指導碁で勝利するといった事なのだ。

 

「ヒカル~全勝で予選突破だよ」

「お~よくやったな。よしよし」

 

 よたよたと、危なそうな足取りでやって来て抱き着いてくるかなでを撫でる。この頃、ようやく多少は歩けるようになってきた。もっとも、まだまだリハビリは必要だ。

 

「ん~~♪」

「ねえねえ、本戦大丈夫、かな?」

「大丈夫だって」

「でも、塔矢さんみたいな人が出てたり……」

「んな馬鹿な……」

 

 そんな話をしながら進んでいると、棋院の人が話していた。

 

「聞いたか?」

「塔矢名人がプロに復帰するってよ」

「まじか?」

「それが、プロ試験をもう一度受けようとしたらしいんだ。自分は辞めたからもう一度受けるのが筋だって」

「そんな事できねえだろ」「当然だ、だから、試験じゃなくてそのまま復帰だってよ。後、スケジュールは塔矢名人が好きに決めるらしい」

「そうだよな。また倒れられたら困るしな」

 

 そんな会話が聞こえてきた。

 

「残念です。真剣勝負の場で戦えると思ったのに」

「あははは、しゃれになってねえよ。あの人、まじで何考えてんの?」

「でも、プロに復帰なら……デビュー戦は指定できますね!」

「おい、待て。まさか、互先でやる気か?」

「もちろん! あの時の雪辱、晴らしてみせますよ、ヒカル!」

「あ~もう、二人で好きにやってくれ。俺は知らん」

 

 俺の代わりに佐為が打ったデビュー戦。今度は佐為自身が最初から最後まで自分であそこに立って打つのだ。とても楽しみではある。

 

「あ、ひかる。扇子を貸してください」

「いいぞ」

 

 次の日、院生相手にしても圧倒的な強さは変わらず連戦連勝を重ねていく。しかし、指導碁ではなく本気の戦いを見せている。原因はここの所、毎日繰り返される家での塔矢先生との勝負だ。まるで次の戦いの調整のように互いが互いに打ち合っているのだ。それは勉強になるが、別次元の戦いといえた。俺達が拳銃を持っているとしたら、あの二人は戦闘機に乗ってバルカンを放っているようなものだ。頑張って対空砲を手に入れないと一方的に虐殺されてしまう。そんな感じだ。

 

 

 そして、プロ試験が終わり、最年少女流棋士が誕生した。それから少しして、塔矢先生とかなでの一騎打ちが行われる。

 

「あの、五子では……」

「不要だ。そうだろう?」

「ええ、もちろんです。五子もあれば圧勝してしまいます」

「そうだな」

「あ、あのっ、だから……」

「では、始めようか」

「ええ」

「だから話を聞いてぇ~~!」

 

 悔しい事ではあるが、ある種の二人の世界に入ってしまったかなでと塔矢先生を止めるには俺じゃないと無理だろう。だが、あいにくと俺は止める事が出来ないので記帳をしっかりと行っておく。こうして、前代未聞の戦いが始まった。

 

 

 

「ぶいっ!」

「くっ、まさかあそこで進藤君の手を使うとは……」

「愛の力です」

 

 結果、互先で元名人が負けるというとんでもない事態が起きた。当然、そうなると記者の連中も逃すはずもない。

 

「おい、進藤! お前がいながら何をやらかしているんだ!」

「すいません、緒方さん。俺には止められません」

「まあ、いい。それよりも逃げるぞ」

「ええ」

「うん」

 

 緒方さんの車に乗って、俺達は帰る。塔矢先生はなんだか修行をしてくるといってアメリカの方へ行ってしまったそうだ。本当に自由な人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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