CLANNAD ~IF~ (皆笠)
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01 渚編

渚~坂の下の別れ~をお供にどうぞ

 

 

「渚ぁっ」

 

いつだって温かい渚の手は信じられないくらいに冷えきっていて、俺を驚かせた。同時にそれは嫌な予感へと変わって、その予感はすぐに的中した。

赤子の産声が聞こえる様な気がするが、あまり気にならなかった。

ただ、俺は高校時代に失い、取り戻した色がまた失われていくのを感じていた。

 

ーあの日、渚は死んだー

 

ーその代わりに、汐が産まれたー

 

ー汐はとにかく渚に似ていてー

 

ー必然的に渚のことを思い出させたー

 

ー分かってるー

 

ー分かってるさー

 

ー俺は後悔なんてしちゃいけないのをー

 

ー分かってるんだー

 

ーでもー

 

ーソイツは俺を苦しめ続けたー

 

ー俺の中の時間を止め続けたー

 

ー俺の時間はあの日に終わりー

 

ー今あるのはただの蛇足だー

 

ー渚のいない世界ー

 

ーそんなものに意味はないー

 

俺はただ生活費を稼ぐために、以前やっていた電気工の仕事を再開した。全てを忘れたくて休みの日も仕事を大量に受けた。他の人の仕事だって代わりにやった。心配されようがお構い無しでただただ働き続けた。風邪でも俺は働いた、働き、働きまくった。

 

一年に何回か春原は俺のところに来る。

渚が亡くなってから、アイツは俺を悲しい目で見る様になっていた

だが、前来た時、ついに俺はアイツに殴られた。

「渚ちゃんがいなくなって寂しいのは分かるよ。でもさ、もっと自分を大事にしろよっ汐ちゃんはどうなるのさっいつまでそうやってるつもりなんだよっ」

俺には、殴り返す気力さえ無かった。

「ぐっ」

春原は殴るのを止め、俺を睨み付けた。

「岡崎、どうしてやり返してこないんだよっ」

春原はその苛立ちを床を殴ることによって解消しようとする。

俺は、それを呆然と見ていることしかしなかった。

 

智代や藤林姉妹、有紀寧、ことみが訪ねてきたこともあった。

アイツらも、俺を悲しそうな目で見た。

だが、構わなかった。

 

おっさんや早苗さんはよく訪ねてきた。

二人は、その二人は俺を悲しそうな目では見なかった。俺はそれが逆に辛かった。

たまに汐を連れてきたこともあったが、俺は汐をあまり見ないようにしていた。

 

俺はどうしようもなく、ただただ絶望してしていた。

 

ーそんなとき、俺は夢を見たー

 

闇の中で俺は一人うずくまっていた。

そんな中に一筋の光が差す。

俺がどうにかその光を元を見ると、そこには渚が微笑んでいた。

「渚ぁっ」

俺はただ叫んだ、ただただ叫んだ。

渚は微笑みを崩さず、俺に声をかけた。

「朋也君がなかなか行かせてくれないから来ちゃいました」

 

懐かしい、素直にそう感じた。

 

「朋也君は私が亡くなっちゃったことを後悔してますね」

「あ、ああっ」

「それは嬉しいです。とっても、とっても嬉しいです。でも、だからって汐ちゃんを遠ざけないであげて下さい」

「え?」

「汐ちゃんは私たちの子供なんです。だから遠ざけちゃ、ダメです」

「……」

 

俺は、何も言えなかった。

 

「今までずっと私のことを思ってくれて、ありがとうございました」

 

いつの間にか、俺の両頬には一筋の涙が伝っていた。

 

「私なんかのために、ありがとうございました。私はもういいです。もう十分です。私は幸せでした。だから、今度はそれを汐ちゃんにもあげてください」

 

「渚…」

 

……正直に言うと、すごく悲しかった。

夢だとは分かってはいたけれど、それでも、渚からそんなことを言われるのは辛かった。

でも、俺はそう考えちゃいけないんだよな。思っちゃ、いけないんだよな。

 

「分かったよ、ようやく心の整理がつけた」

 

俺は流れ続ける涙を必死に止めようとして顔をゴシゴシと拭いながら、どうにか言葉にした。

 

「だけどな……」

 

だけど…

だけど俺は…

 

「渚、愛してる。今までも、これからも。隣にいなくたって構わない。それでも、好きだ」

 

俺は、結局涙を止めれなかったが笑顔をどうにか浮かべた。

そこでようやく渚は笑顔を崩した。

渚の頬に一筋の涙が走る。

 

「さよならですね、朋也君」

「ああ」

「あ、最後にひとつ、お願いしても良いですか?」

「ああ」

「私のことは気にせず、新しい恋とかしても良いですよ?杏ちゃんとかなら大歓迎です」

「ぶはっ」

 

なんちゅうことを言い出すんだよ。

 

「さようなら、朋也君」

「ああ、さよなら」

 

昔と同じような、渚が微笑みを浮かべ、俺が苦笑を浮かべていた。それが、とても懐かしく感じた。

さっきの妙な会話で一度止まった涙が出そうになる。……でも、必死に堪えた。

最後くらい、笑顔でいたい。

 

ー周りが白い光に包まれるー

 

ー夢の終わりってわけかー

 

ーなあ、もう良いよな?ー

 

ーもう、泣いても良いよな?ー

 

ーはぁ……ー

 

「うぅ」

日の光が俺の顔を差した。

夢をみてる間、現実でも泣いてたのか頬が濡れていた。

体を起こし、周りを見回してみた。

 

ーその朝、俺の世界に色が戻ったー

久々に朝飯を作っていると、ガチャ、と鍵が開く音がして、どかどかと誰かが入ってくる。

「よぉ、まだ死んでんのか?」

「駄目ですよ、秋男さん。そんなこと言ったら」

おっさんと早苗さんだった。

「久し振り、でもないか」

「おう、二日振りくれえだろ。ってか何で泣いてんだ?」

「ああ、ちょっと泣ける夢でも見たんだよ。渚と話してきた」

「はっはっはっはっはっ、馬鹿かテメエは」

おっさんは遠慮なしに堂々と笑いやがった。

「マジだよ、だから泣いてんだよ」

そこへ、

「朋也さん、もう、大丈夫なんですか?」

と、早苗さんが心配するように聞いてきた。

「ええ、もう大丈夫です」

俺はしっかりとした口調で言った。

「良かった……」

「ま、普通になったのは良いことか」

おっさんと早苗さんが納得した。

 

それから、俺は作った朝飯を食べつつ二人と久々にちゃんとした会話をした。

今までのこと(俺にあまり記憶が残ってないからだ)、俺の観たさっきの夢のこと、そして、汐のこと。

 

おっさんは窓の外が明るくなったことを確認した後、壁掛け式のアナログ時計を見てから、

「んじゃ、そろそろ帰るわ」

と、話した。

「お邪魔しました」

「いつでも来てください、大歓迎ですよ」

俺は二人を見送った。

「ふぅ」

扉が閉まるのを確認し、俺は一息吐く。

ようやく、一人になれた。

俺は色々と頭を回す。

明日からどうしようかな?

 

今まで無理やらせてきたせいか体が重い。

俺はとりあえず睡眠を取ることにした。

 




感想などを頂けたら幸いです。

実はしっかりやったのは数年前だからキャラぶれも激しいかもしれないです。


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02 風子編

はーりぃすたーふぃしゅをお供にどうぞ

 

 

「……」

ふにふに。

……誰だ、俺の頬を突っついているのは。

「……」

ふにふに。

「うがーーー!!!」

寝ている俺の上に座っている何者かを突き飛ばしながら俺は起床を迎えた。最低の起床だ……

「……」

サッ、と軽い身のこなしでソイツは飛び起き、俺から隠れる様にタンスの物影に体を潜める。その後、タンスの端を掴みながら、左目だけを出してこちらを見ていた。

「誰だ、お前」

俺が声を掛けると、ソイツはビクッと体を震わせた。

「バレてますっ」

「そりゃそんだけ分かりやすければなっ」

声からして女の子か。

「出てこいよ」

「嫌です」

「拒否された!?」

俺は咄嗟にツッコミをいれた。

何だ、この既視感、前にもやった様な……ま、気のせいだろう。

「取って食ったりはしねえからさ」

「風子は食べられませんよっ」

「食わねえっつっただろっ」

また突っ込んでしまった。

「……ん?お前は風子って言うのか」

「どうして分かったんですか!?もしかしてエスパーですか」

「さっき名乗ってただろうがっ」

「止めてください、風子の個人情報がだだ漏れですっ」

「いや、お前自身がしてることだからな」

ふむ、なかなか面白いな、コイツ。

俺がそう思ったところで、玄関が来客を報せた。

 

「風ちゃん、勝手に入らないの」

「よお、岡崎。元気して……その様子じゃ復活したみたいだな」

「公子さんと芳野さん!?」

公子さんは風子をガシッと捕まえる。

芳野さんはいつもの如く、決めポーズを無駄に決めていた。

「知り合いですか?」

俺は人差し指を風子に向けながら訪ねた。

「妹なんです」

「……は?」

「正真正銘、公子さんの妹だ」

「嘘だろ…」

信じられない。

あの公子さんにこんな小さな妹がいたことも驚きだ。

「娘なら納得出来るんだけどな」

「ばかやろうっ」

何故か芳野さんに叩かれた。まあ、力を込めてないのか、痛くはなかったが。

「ほら、風ちゃん、挨拶して」

「嫌ですっ。風子、この危ない人とは仲良くしたくありませんっ」

あえて擬音を使うとするならば、風子はきゅ~、と公子さんにしがみつき、俺を見ながら言いのけやがった。

「失礼な奴だな」

軽い脅しのつもりで学生時代によく使った不機嫌な顔で、拳を握りしめながら、ドスの効いた声を出した。

「ひいっ、お姉ちゃん、この人怖いですっ。とっても恐いです。それはそうと、恐い怖いで恐怖ですね。風子、恐怖しましたっ」

「脅すな」

ペシッと芳野さんに頭を叩かれた。

「そうですよ、風ちゃんは"一応"岡崎さんより年上なんですからね」

「なっ」

嘘だろ…?

こんなちっこいのに俺より年上だと!?

「事実だ、つっても」

芳野さんが補足を入れようとしたところで、風子が強引に口を挟む。

「風子はずっと病院で寝てたので…」

…そうだったのか。

「確かに、高校一年生の時から入院してたけど、その頃と今、変わらないよ?」

更なる補足を公子さんが挟んできたっ。

「それは要らない情報です」

風子は拗ねた様にツーンと斜め上を向いた。

「必要な情報です」

構わず公子さんは続けた。

 

それから、俺と三人は昨日おっさんと早苗さんたちと話した様な世間話をした。

もっとも、それは芳野さん、いや祐介さんと公子さんとの間のみであって、風子はたまに毒を俺に吐くのみで、それ以外は俺の作った朝飯を勝手に食ってた。

……いや、食うなよな。

「美味しくは無いですけど、風子はお腹が減ってるので我慢してあげます」

本当に、失礼な奴だな。

 

昼頃になり、三人は去っていった。

また、一人になった。

「飯、作り直すか」

朝飯は結局風子に全部食べられちまったからな。

俺は立ち上がり、キッチンに立った。

「そうは言ったものの、何作ろうかな」

風子の相手で疲れたし、手軽に腹も膨れる飯が良い。

とりあえず、冷蔵庫の中見てから決めるか。朝飯で結構使った気もするが、まあなんとかなるだろ。

 

「ぐあ」

酒しか無かった。

俺は朝で全部使ってたのか。

自分の愚行に呆れつつ、後悔しつつ、俺は重い足をどうにか動かし、財布を持ち、買い物に出掛けることにした。

 




はい、と言うわけで一応書いてみた二話目です。
メインのプリキュアの方は文量とか内容も多いから全然進まない……。


私は智代派だったりします。
続きが書けたら、早く智代出したいな☆


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03 杏編

それは風のように、をお供にどうぞ

 

 

「朋也?」

スーパーで買い物に悩んでいると、聞き慣れた声で呼び掛けられた。

「ん?」

「やっぱり朋也じゃない」

「どうした、藤林……凶悪?」

「誰が凶悪よっ。私は藤林杏」

そう、コイツは杏だったな。

「って朋也、もう大丈夫なの?」

「おう、久しぶりだな」

軽く挨拶を済ませ、俺は食材に目を戻した。

ふむ……炒飯辺りで良しとするか。

「って、勝手に会話を終わらせるな」

肩を捕まれる。

「離せよ、今大事な決断をしたところなんだ」

「変わんないわね、本当。それで?」

やれやれ、と言った表情とポーズ、コイツも変わんねえな。

「それで?と言うと?」

「その大事な決断って何よ」

「ん?昼飯のメニューだが。今日は炒飯を作ることにした。手軽に作れて旨いからな」

「……料理出来たんだ」

何で本気で驚いてんだよ。……少し傷ついたぞ。

「ま、簡単なもんだけなんだけどな。飯はずっと渚に頼ってたから」

簡単な料理が出来るのは渚が教えてくれたってのもあるが、それ以前に俺が親父から自立したいと思っていて、やろうとしたこともあるからだ。結局、独学だけでは限界があったけどな。

「それにしても、そんな馬鹿なことで大事な決断って言ってたのね」

くふふ、と笑いを堪えてやがる。

「仕方ねえだろ?俺にとっては生きるか死ぬかの大事な決断だったんだからよ。朝飯はどっかの風子が食っちまったからよ」

「あっはっはっはっ、ところで朋也、風子って誰?」

「知り合いの妹だな」

「あっそ」

どうでもよさげに答えやがったな。

「ま、そんなこんなでうちの冷蔵庫の中はすっからかんだった」

「本当、馬鹿ね」

「悪かったな」

さて、次は卵だな。

「ねえ、もし朋也が良いならさ」

ラッキー、今日は特売の日だったか。

「私が……その……」

さて、米も買わなくちゃな。

「って、何自然と買い物を続けてんのよっ、少しは人の話を聞きなさいっ」

「ぐわっ」

突然肩を掴むなよ、杏。

「アンタが悪いんでしょっ」

「はあ?」

「はあ?じゃないっ」

「やれやれ」

少し付き合ってやるか。

「んで、何だ?」

「だーかーらー、私が朋也のお昼を作ってあげるわよっ」

「は?」

「聞こえなかったの?」

赤面しながら言う杏、その照れ隠しを不覚にも可愛いと思ってしまった。

コホン、と一度咳払いする。

「良いのか?」

杏の料理の腕前はかなり高い。

それは学生時代にも感じたことだ。

「良いわよ、別に」

「なら頼む」

遠慮なく、ってやつだ。

「よし、じゃあ買い物続けましょうか」

俺は杏の満点の笑顔にこれまた不覚にも目を奪われた。

 

そして、家に着いたのが午後二時。

少し時間がかかり過ぎたな。

「さて、それじゃ頼んだぞ。俺は補助をやるから、何かあったら呼んでくれ」

「はいはい」

杏は髪を邪魔にならないように結び、服の腕をまくった。

「さて、少し本気出しますか」

 

それから二十分も無くして、藤林杏特性炒飯が完成した。

にしても、すごい手際の良さだった。

まるで千手観音の様、は言いすぎか。

と言うわけで、俺は手伝う必要すら見出だせず、皿を並べたりする仕事くらいしか出来なかった。

そして、現在俺の目の前には自分で作る炒飯の数倍以上に食欲をそそられる炒飯が用意されていた。

「はい、どうぞ」

「いただきますっ」

俺はがっつくようにスプーンをかき回した。

やはり、

「旨いな」

むしろ上達してるんじゃなかろうか。

学生時代に何度か弁当の具を交換したりしたからな。あの頃は渚も生きてて、俺たちは色々はしゃいでたっけか。

「そう?まあ、当然だけどね」

「相変わらずだな、お前」

自信過剰とでも言うのか。

 

飯は順調に片付き、食後のお茶を味わっていた。

「渚が亡くなってもう五年だっけ?」

唐突に杏は話を切り出して来た。

「ああ、そうだな。もう五年も経ってたのか」

俺は渚が亡くなってからというもの、忘れよう忘れようと必死になってたからな。時間の経過は分からなくなっていた。

「汐ちゃんは私の居る幼稚園に来たわ、これって何の因果なのかしらね」

「さあな、この町は狭いからそういうこともあるだろ」

「…そうね」

「ああ」

俺は温くなったお茶を飲んだ。そこで茶碗に入っていたお茶がなくなり、俺は新しく淹れ直す。

「俺がこうやって立ち直れたのはさ、渚のおかげなんだよ。渚で絶望して、渚で立ち直った。なんともおかしい話だよな」

俺は少し笑って見せた。

「ふっ、確かにおかしな話ね」

杏も少し笑った。

「この前、つっても昨日のことだけどさ、夢を見たんだ」

「夢?渚の?」

「ああ、その夢の中で俺は怒られちまった。汐ちゃんにも私にくれた愛を分けてあげて、ってさ」

「何か、本当は夢じゃなくて化けて出たみたいね」

「俺もそう思う」

俺は淹れ直したのに放置をしたせいか、冷えてしまったお茶をまた飲んだ。

「その夢の中で渚はとんでもないことも言ってたな」

「何て?」

今の杏の顔は懐かしむ様な、そんな感じだった。たぶん、俺も今はそんな顔をしてるんだろうな。

「私のことは忘れて、杏と結婚しちゃえー、とか?」

「ぶはっ」

俺は直感で感じた。

 

ーたぶん今、雰囲気が壊れたー

 

まあ、良いけどな。

杏の顔は赤く染まって行く、リンゴになるのも時間の問題なんじゃなかろうか。

グングンと赤くなって行く。

「馬鹿じゃないの!?」

「あ、俺もおんなじ反応したわ」

「本当に馬鹿なんじゃないの!?」

「だよなー」

とりあえずの同意。

「さて、旨い飯も食い終わったし、そろそろお開きにするか。昼飯、ありがとな」

俺は立ち上がって、急須と自分の茶碗をキッチンに持っていった。

「そうね……」

藤林杏の赤面はまだ直らない。

だが、そのまま杏は帰っていった。

事故るなよー。

俺は心の中で呟いた。

 




風邪引いた……

今回は杏編です


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04 智代編

時系列メチャクチャかも……
汐誕生は渚卒業一年後、という設定でお願いします


彼女の本気、をお供にどうぞ

 

 

「ん?岡崎じゃないか、おーーい!!」

 

それは渚の夢を見た日から数週間が経過したある日のことだった。凄まじい過労により見てるこっちが不安になるという理由で強制的に停止させられていた(らしい、と言うのも芳野さんに教えてもらったことだからだ)電気工の仕事にも復帰し、前の様に芳野さんに叩かれつつ、日の光を浴びながら仕事をしていると、懐かしい声を聞いた。

 

「久しぶりだな、智代」

俺は軽く下を向いて手を振る。

「余所見するな馬鹿」

直後、芳野さんに叩かれる。むしろ叩かれた衝撃で落ちそうなんすけど、と心の中だけで言う。本当に言ったらもう一発くらうのが見えてるからな。

「まあ、仕方ないか。岡崎、ここは俺に任せて挨拶でもしてこい」

「え?良いんすか?」

「ああ、どうせすぐ終わる」

「すみません」

俺は軽快なリズムで梯子をタタンタタンと降りる。

 

「よお、久しぶりだな、智代」

あえてもう一度挨拶をする。

「岡崎、もう大丈夫なのか?」

「ああ、もう大丈夫だ」

手を開いてアピールまでしてみる。

そして、智代の頭に手を乗せ、撫でてやろうとしたが、それは避けられてしまった。残念だ。

「それより智代、こんなところに何か用でもあったのか?」

「ああ、少し旅に出ていた、さっき帰ってきたばかりなんだ。最初に会った知り合いが岡崎とはな」

気付かなかったが、智代の足元にはそれほど大きくは無いキャリーバッグがひとつ。

「荷物はそれだけか?あと、どのくらい旅に出てたんだよ」

「ああ、必要最低限のものしか持ち歩かないからな。ええと、二年くらいか」

……二年。

「大学出たてでか?」

「ああ、そうだ。よく分かったな」

「そんな難しい計算じゃねえよ。それに四年制の大学に行った、っていうのも単なる予想だしな」

「結果、何も見出だせなかった。確かに旅は新たな発見があるから楽しかった。だが、旅の本来の目的である自分探しは失敗したみたいだ」

智代は肩をすくめる。

 

 

「にしてもよく金がもったな」

「ああ、基本徒歩だから交通面ではお金がかからないが、どうも宿泊費でな……途中で小さい子に貰ったみかんはとても美味しかったことを私は忘れない」

「もういい」

苦労したんだな、智代も。

「それはそれとして、岡崎はたくましくなったんじゃないか?」

「そうか?」

確かに、まさしく無我夢中で仕事ばかりをしていたからな、体力や筋力が付くのも無理はない、かな。

「ああ、そう思う」

そう言いつつ智代は俺の体をペタペタと触ってきた。

「腕も胸も前よりも筋肉がある」

「や、止めろっ」

俺が制止を望むと同時、

「何イチャついてんだ馬鹿。嫁が亡くなったからと言って、そんなにすぐ新しい女を作るのは問題じゃないのか。お前には愛ってやつが無いのか?」

と、スコーンと頭をヘルメットで叩かれつつ芳野さんに言われた。

しみじみと思う、滅茶苦茶痛い、と。それと、既に五年が経過してるので時効なんじゃないですかね。あと、愛が深いからこそ最近まで俺が絶望してたのを芳野さんは知ってるでしょうが。まあ、これも言うのは心の中だけだが。

 

「今日の仕事はこれで以上だ。岡崎、その子、確か智代さん、だったかを送って帰れ」

芳野さんは話を切り替えて俺に命じた。

「はい?でももう一件あったような気がするんすけど」

思わず俺は聞き返す。

「そっちは俺一人でも十分だ。そもそもお前も一人で色々出来るようにはなってるだろうが。ベテランは二人も要らん。それよりも久々の再会だろ、積もる話でもあるんじゃないか?丁度昼だ、奢ってやれ」

「ええ!?」

いや、奢ることは別に苦ではない、むしろ望んでやりたいくらいだ。俺が言ったのは、話の流れの唐突さ加減についてだ。あと、俺はベテランのつもりとか無いんすけど。

「その服は今日、洗濯してこい。汚れが染み付いてるぞ」

「なっ」

俺は焦りつつ自分の服装を見る。……確かに、結構汚いな。

「はあ、分かりましたよ。それじゃあ、お勤めご苦労様でした、お先に失礼します」

ヘルメットや工具などを軽トラックに乗せ、財布を取り出す。

「おう、また明日な」

芳野さんはそう言って車に乗り、去っていった。

 

「なあ、岡崎。どうしてお前は一緒には帰らなかったんだ?」

芳野さんを見送った後、智代は俺にそう聞いてきた。

「智代を送ってけ、だとさ。ほら、昼飯時だし、腹も減ったろ?奢るぞ。ファミレスでも行こうぜ」

俺は智代の荷物の入ったキャリーバッグを代わりに持とうとして、寸前で智代に回収され、男としての見せどころを見事に失敗させた。……流石智代だな。

「岡崎、このくらいのものならば任せるまでもなく自分で持てる」

少しあきれ顔を向けられたので、こっちもあきれ顔を返した。

「んなこと分かってるよ。つーか、俺に持てて智代に持てねえもんなんてねえだろ」

「いや、そうとは限らないよ」

「例えば?」

「……」

智代はサッと虚空を向いた。

「ほらな」

やっぱりねえじゃねえか。

「い、いや、新幹線とか」

あからさまに無理なことを。

「俺は肩に星のマークのある超人かっ!!」

「すまない」

「申し訳なさそうに言うなよ、逆に悲しくなる」

儚き時間が漂うのに耐えかね、俺は一度息を吐いて、それから

「……さ、行くか」

と提案した。

 

俺はハンバーグ定食を注文し、智代は日替わりランチを注文し、料理が来るのを待った。

「なあ、岡崎」

無駄話から本題に入るためだろうか、仕切り直す様に智代は俺の名前を呼んだ。

「どうひた?」

そこで丁度注文した料理が到着し、俺はハンバーグを食いつつ答える。

ん、これは中々旨い。

「いや、とりあえず話をするときは口に物を入れるな」

やや呆れ気味に智代に指摘されちまった、こりゃ失礼。

「んで?」

「ああ、その、岡崎の今後のことだ」

「俺の?」

「そうだ。岡崎、お前はこれからどうするんだ?」

「どうする、とは」

焦れったいのか、智代は頭を大きく掻いた。

「汐ちゃんのことやお前自身のこれからの生活のことだ」

「そうだな……」

すっかり考えてなかった……

そういや、汐とは会ってねえな。

おっさんや早苗さんに預けたまんまだ。

それを言うと、智代はやっぱりあきれた顔で

「岡崎は肝心なところで抜けてるな。そういうところは変わってないみたいだ」

と、懐かしみつつ言った。

いや、俺ってそんなに抜けてたか?

「とりあえず、汐には会っておかねえとな。渚と約束したし」

「渚と約束した?岡崎、何を言ってるんだ。渚さんは亡くなっただろう」

智代は怪訝とした視線を送ってくる。

当然なのは分かるが、あからさま過ぎんのも少し困るな。

「夢で会ったんだよ、そこで色々話した。だからこそ俺は立ち直れたんだ」

「ははっ、おかしな話だな」

「分かってるよ、だけど本当の話だ」

「それこそ分かってる、疑ってる訳ではない」

智代にも飯が届き、いただきます、をしてから食べ始めた。

それが合図となり、この会話はしばしの休息を得ることとなった。

 

「ご馳走さま」

「お粗末様でした」

「確かに岡崎の奢りだが、作ったのは岡崎ではないだろう」

「ま、良いじゃねえか。とりあえず、店出ようぜ」

智代はコクンと頷いた。

 

「そうだ岡崎」

店を出てからすぐ、智代は言った。

何がそうだ、なのかは分からないが、智代のことだ。言い出したら止まんないだろう。

「どうしたんだ?」

「明日、汐ちゃんに会いに行こう」

「は?」

「明日は日曜だ。休みじゃないのか?」

「うちは日曜も仕事あるっちゃあるが……そうだな、ちょっと待っててくれ」

俺は智代から少し離れて未だ操作に慣れない携帯電話を取り出した。

そのまま職場の所長さんに電話を掛ける。

トゥルルル、と言う馴染みある通信音が聞こえた後、ガチャッと鳴った。

『はい、こちら』

「岡崎です、明日って仕事ありましたっけ?」

『ああ、岡崎くんか。えーと……無いね。急遽入ったりしなければ無い予定だよ』

「そうですか、わかりました」

『うん』

通話が終わり、またガチャッと鳴った。

俺は携帯電話を閉じ、智代の元へと戻る。

「今のところは大丈夫らしい」

「そうか、では明日迎えに行こう」

「ああ、わかった」

しっかり忘れないようにしとかないとな。

「それはそれとして岡崎、この後は予定がないんだよな」

「ん?まあな」

「では、私の思い出の場所にでも行かないか?」

あまりの遠出は避けたいところだな。

少し悩んでいると、智代はそれを察したのか、言葉を付け加えた。

「大丈夫だ、徒歩でも行ける」

「……分かった」

 

智代に連れられた先は俺もよく知る桜並木だった。

「ここなのか?」

「ああ。私が転校し、生徒会長となった最大の理由」

「そうか……」

そりゃそうだよな。

俺は確かに智代を生徒会長にする手伝いをしたが、それもそもそもとして智代に目的があったからだろう。

生徒会長になるだけならば、転校する必要なんか無かったのだから。

「……ああ」

あえて深く聞かず、俺たちはしばらく桜を眺めていた。

 

日も暮れてきた頃、俺は智代を送り届け、そのまま寄り道せずに家に帰った。




智代のキャリーの強度は世界一ィィィィ!!

………すみません、深く考えてなかったんですけど、二年も肩身離さず持ち歩いたら普通壊れますよね?


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05 ことみ編

智代を送り届け、少しボーッとしつつ自宅の扉を開けた。

ガチャッ、聞きなれた音だ。

………ん?

「あ、おかえりなさいなの」

何で鍵掛かってないんだ?

あ、どうせ誰も来ないだろうと思ったからか。

それは俺自身の失態だな。

だが、何で部屋の明かりがついてんだ?

「って、えぇっ!?」

部屋に居たのは藍色の髪の少女。

ちゃぶ台に温かな飯があり、その匂いは食欲を大いに誘っていた。

メニューは至って普通の米に味噌汁、それに白身魚の開きを焼いたもの。

「何でことみがこんなとこにいんだよ」

「朋也くんがまともになった、って聞いたから飛んできたの」

ああ、確かにアメリカくんだりから来たんだから、まさしく飛んできたの、だな。

いや、そうじゃなくて。

「?」

ことみは何を不思議なのだろう?とか思ってんだろうな、それは俺の気持ちだっつの。

「とりあえず、だ。分かるよな?不法侵入」

「鍵は開いてたの」

「いつからいたんだ?」

「ほんの少し前、四時間くらい前なの」

智代と桜並木に行ってるときかよっ!!

「んで、その飯は?」

「そろそろ夕食の時間だと思ったから作っておいたの」

「………そうか」

「もしかして気に入らないものでもあったの?それとも……もう食べてきた?」

泣きそうな目で見るなよ。

本当、変わってねえな。

「いや、夕飯はまだだし、旨そうだとも思ったよ」

ことみは哀から喜へと表情をあからさまに変化させた。

「良かったの」

「はぁ…もういい」

これ以上いっても伝わらないもんは結局伝わんねえな。

それより、ことみお手製の飯でも頂くことにしよう。

 

いただきます、から始まる夕飯。

「旨い」

ことみの料理スキルの高さは学生時代に理解してたつもりだったが、更に腕を上げたな。

「とってもとっても嬉しいの」

「そ、そうか」

イマイチ捉え所がないようなのもかわんねえか。

俺は変わらないことみにホッと安心した。

 

夕飯も食べ終え、ことみと幾らか話をした。内容は他愛の無い、ただの世間話だ。最近のことみは何をしているのか、とかな。

俺がふと時計を見ると時刻は11時を過ぎていた。

「もうこんな時間か。ことみ、今日は

泊まってけ。これから帰すのもなんだしな」

布団は渚の使っていたのを使ってもらおう。

「良いの?」

「ああ、遠慮すんな」

「じゃあ、遠慮せず泊まらせていただくの」

「布団の用意とかすっから、シャワーでも浴びてきてくれ。渚の着てたパジャマ貸すからさ」

俺はタンスから記憶を呼び起こしながら、パジャマを引き当てた。

「うん」

本当に素直だよな、コイツ。

 

渚の布団を下ろすと、渚の匂いを感じた。安らぎのある暖かな匂い。……なんか、日に干した後の布団とおんなじこと言ってんな、俺。

「さて、と」

感慨深くなんのもそこそこにして、用意しないとな。

 

ことみとは入れ替わりに俺もシャワーを浴びた。

シャワーの後は電気を消し、布団へと潜り込む。

あらかじめ窓を開けておいたので、月明かりが辺りを密かに照らしている。

「ねえ、朋也くん」

「どうした?」

「朋也くんはまだ渚ちゃんのことを想っているの?」

「……まあな」

俺の渚への想いはそれこそ一生モノだ。

無くしたりなんかしない。

「それなら、汐ちゃんは?」

「汐も俺の大切な娘だよ。今まで構ってやらなくて、酷いことしちまったけどな」

「そっか」

ことみの声は安心したような口調だった。

ことみはゆったりと付け足す。

「それなら良かったの」

「そっか」

俺も疲れてるのか、その声を最後に寝ちまった。

 

…………………………………………………

 

ことみは朋也の安らかな寝顔を見て、

「……本当に、良かったの」

と、呟いた。

朋也が復活したことを聞いたとき、ことみは正直信じていなかった。

渚ちゃんへの想いを無くしてしまったのか、汐ちゃんはどうしたのか、と思ったから。

最悪の想像をしていたからこそ、ことみの安堵は大きかった。

……だけど、とことみは思う。

「少しだけ、少しだけ胸がチクチクするの……」

ことみの中の朋也への想いも変わらず残っていたのだった。




こっちはオチの考えてないまま書いてます。
考えていたとしても、ひとまず汐との和解を描ければ、と、その程度です。

かなりの短文ですが、今回はこの程度で。
ではまた。


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06 汐編

チュンチュン、と朝らしいスズメの鳴き声を聞きつつ、俺は目覚めた。

まだ覚醒しきっていないまま、よろよろと台所へと向かう。

台所からは味噌の匂いが漂い、俺の空腹感を一気に呼び起こさせた。

 

……は?

いやいや、何で味噌の匂い?

ぼんやりとした意識が一度に覚醒した。

「へ……ことみっ!?」

台所にはことみが立っていて、味噌汁をお玉で混ぜていた。

「あ、朋也くん。おはようございます」

「ああ、おはよう」

いや、そうじゃなくて。

「何でことみが朝飯作ってんだ?」

「朋也くんはぐっすり寝てたし、私もお腹が減ったから?」

「何で疑問系なんだよ……」

まあ、別にいいか。

「よし、んじゃ朝飯は任せた」

「うん、任されたの」

ことみは気合いを入れ直して朝飯へと向かった。

 

その時、ピンポーンと玄関の呼び鈴がなった。

「誰だ?」と少し怪しく思いつつも、俺は玄関の扉を開けた。

「おはよう、岡崎」

智代だった。

「おう、智代か」

そう言えば、約束していたな。

俺がそんなことを考えていると、智代は玄関にある靴を見たり、部屋に漂う匂いを嗅いでは、こんなことを言った。

「ん?岡崎の他に誰かいるのか?」

「ああ、ことみがいるぞ」

「同棲してるのかっ!?」

智代は「聞いてないぞ」と小さく呟く。

そりゃそうだ、んなもんは事実でもなんでもない。

「ちげえよ、昨日泊めたんだよ。大分遅くなっちまったからな」

「そ、そうか」

「ああ」

とりあえず、朝飯だな。

 

「ごめんなさい、智代ちゃんの分は用意してなかったの。私の分で良ければ食べる?」

「いや、私はそもそも済ませているし気にするな、一ノ瀬さんは遠慮せず自分の分を食べてくれ」

ことみはそっか、と納得して黙々と食べ始めた。

俺も、いただいますっと。

白米、なめこの味噌汁、それに卵焼き………ふとした疑問なんだが、材料はどうしたんだろうか。昨日は疲れてて気にしなかったが、おかしいぞ。

「朋也くんは一人暮らしだから、代わりに作ってあげようって、近くのスーパーで買ってきたの」

なるほどな。

味?もちろん美味しかった。

温かい飯ってのは良いもんだ。

 

「それで、どうして智代ちゃんが朋也くんの家に来たの?」

俺が食器を片付けてる時に、ことみは智代に切り出した。

「ん?ああ、今日は汐ちゃんに会いに行くんだよ。岡崎は正気に戻ってから数週間も経ったと言うのに、まだ会ってないらしいんだ」

智代はやれやれ、と言った口調で言う。

「それは酷いの」

「だろう?私もそれでも父親か?と思った程だ。第一、子を義父母に預けること自体おかしいだろう」

ことみはコクコクと頷く。

正直、すんごく居づらい。

事実だから逃げるに逃げれねえしな。

「はぁ…」「はぁ…」

二人とも、溜め息吐きながらこっち見んな。

はぁ……。

 

「ことみも行くか?」

「当然なの」

ことみはグッと決意を見せる。

「そうか。よし、鍵閉めてっと」

ことみの様な事例の再発防止のためだ。

あと来てないのって言ったら、有紀寧に春原妹の芽衣、あと春原自身くらいか。

藤林妹はこの前杏と一緒に来てたな。そういや、俺とほとんど同年代で結婚したのは藤林妹だけだったな。

……てか、なんでまた智代にせよ杏にせよ、相手いないんだか。かなりの美人だし、ちょっと荒れてるところさえなけりゃ素敵な女性だろうに。

ことみ?アイツに合わせられる奴は珍しいからな、仕方ないと思う。

 

そんなこんなで古河家前にたどり着いた訳ですが、

「ふぅ……はぁ……」

やべぇ、すげえ緊張だ。

汐発覚時並みに緊張するぜ。

「仕方ないな」

智代は俺の緊張を他所に、勝手に店の玄関を開けた。

「ちょっ」

「いつまでウジウジしてるつもりだ、岡崎」

「そうなの、前の朋也くんならそんなことなかったの」

ことみ、論点ずれてる。

つーか、前ってどのくらい前の話だよ、お前との仲ってずっと前にもあったこと忘れてないか?

「高校で始めて声を掛けてくれた時のこと?」

いや、聞くなってば。

お前の答えはお前しかわかんねえよ。

「いつまで漫才してる気だ?」

後ろには赤髪のおっさんが立っていた。

バット片手ってことは、また野球してたな。

「客じゃねえなら帰れ……とは言わねえが、少なくともそこは邪魔だからとりあえず家に入れ」

おっさんは俺らを避けて先に入り、

「早苗、茶をくれ。あと三人来たぞ」

「はーい」

……ちっとも変わってねえな、此処は。

おっさんの姿、早苗さんの声、家の雰囲気、何もかも俺が初めて来たときと変わりがな……違うな、渚がいないって点は少なくとも違うか。

横目で今日の早苗さん特製パンを見てみた。

【ヒトデパン】150円。

見た目が星形の単なるパンなのか?

……見覚えがあるような気がしたのは気のせいだろう。そうに違いない。いや、そう信じたい。

「あらあら、朋也さんじゃないですか」

少し呆気にとられすぎたのか、早苗さんが奥からやって来た。

「お久しぶり……でも無いですよね。汐に会いに来ました」

俺の言葉が意外だったのか、早苗さんは少し止まった。

「なあ、岡崎」

「大丈夫、早苗さんはいつもこんな感じだ」

「そうか……」

智代、このくらいで動揺するとは情けない。

「………」

トテトテと奥から小さな女の子が来た。

一瞬、渚が見えた気がした。……まさしくアイツの娘だな、俺は確信するよ。ちげえねえ。ここまで似てて勘違いでした、は無いな。

「汐、パパだぞ」

「ぱぱ?」

「そうだ、汐のパパだ」

俺ははっきりと告げた。

もう逃げない。

俺は渚と約束して決心したんだ。

ゆっくりと汐に近づいた。

汐はビクッと怯えて、後ろに下がっていく。

「岡崎……」

「ま、しゃあないよな。今までろくに相手してなかったんだから」

俺は汐に近づくのを止め、智代の方を振り向いた。

 

お茶うめえ。

妖怪の名前じゃねえぞ?

「ホッとしてる場合かっ」

「お茶、美味しいの」

「一ノ瀬さんもかっ!!」

良いじゃねえか、会えるだけでも進歩だぜ?

前なら会うことすら嫌ってた。

「汐、おいで」

チョイチョイと手で合図してみる。

「はァ……駄目駄目だな。汐、来な」

今度はおっさんがチョイチョイと手で合図した。

汐はコク、と頷いておっさんの方に行った。

「見たか」

ドヤ顔で返されるが、何も感じないね。

「年月の差だろうが。しかもやってること同じだし」

「その年月の差を作ったのはお前だろ?」

「……まあな」

「汐はこの通り、お前にゃなついちゃいねえ。そりゃ会えば相手はしてくれねぇし、目を背けられる。この位の子供ってのはそういうのに敏感だ。嫌われてると思っても仕方ねえよな」

「……ああ」

「んで、今さら汐に会いに来て、何のつもりだ?」

おっさんの目は渚の過去を語ったり、結婚の話をしたときみたいに真剣だった。

生半可な答えじゃ認めない、と言うような強い瞳。

俺も意思を強く持ち、おっさんを見返した。

「まずは会いに来た、そして謝りに来た」

「それだけか?」

「ああ」

許してもらえなくても良い、自己満足なだけかもしれねえ。でも、俺は汐に、そしておっさんと早苗さんに謝んなきゃならねえ。

「……ったく、女に尻叩かれて来たにしては良い目じゃねえか」

「お見通しかよ」

「たりめえだ、こういうのは普通、一人で来るもんだからな。そうじゃねえなら、十中八九その連れてる奴が大元だろ」

おっさんはいつものチャラけた感じに戻った。

「まあな、智代に言われて決めたことだ」

「智代さんね……」

「む、どうかされたか?」

「いや、馬鹿の世話焼かせて悪かった。義理とは言え、コイツの親父になっちまったからな、礼を言うぜ」

おっさんは深々と頭を下げた。

「いや、それこそ気にしないで欲しい、私はしたいことをしただけだ」

頭をあげたおっさんはこっちを見た。

「朋也、良い友達持ったじゃねえか」

「……まあな」

「んで、そこのことみさん……だっけか、はどうして来たんだ?もしかして、二人に言われたのか?」

「いや、昨日家に泊めて、そのままって流れだ」

おっさんは茶碗を落として、硬直した。

良かった、落とした先が机で。しかも、飲み切った後で。茶碗も欠けてねえし。

だが、汐はそれでもビクッと怯えておっさんから離れて早苗さんのいる台所の方にトタトタと走っていった。

「はぁっ!?おまっ、家に泊めたっ!?」

「ああ、深夜十一時回ってたしな、送るにも遠いし、渚の布団とかあったし」

「……シてねえだろうな?」

「するか馬鹿」

急に何を言いやがる、セクハラだぞ。

「渚ともそんなこと言いつつデキてたじゃねえか」

「それとこれとは話が別だろっ!!」

「岡崎、本当だろうな?」

智代、頼むから殺気を出すな、お前の場合洒落にならないから。

「本当だ」

「そうなの?」

ことみ、頼むから掻き回さないでくれ。

 

修羅場じみたその場を冷静に戻してくれたのは、早苗さんの用意してくれた昼飯だった。

ありがとう、早苗さん。

昼飯後、俺はおっさんに呼ばれて二階へと行った。

「とりあえず、これからどうする」

「汐のことだな」

「ああ」

「引き取るにしても俺は仕事があるから、昼間の面倒を見ることが出来ない、だから出来ればこの状態を続けたい」

おっさんは俺の頭をポカッと殴った。

「お前、娘の歳も忘れたのか?」

「歳?五歳だろ?」

「そうだ、五歳っつーと幼稚園やら保育園に入れるじゃねえか」

「あ……」

そういや、杏も言ってたな。私の幼稚園に来た、だのなんだのって。

「だから、お前が面倒見れねえ時間は幼稚園だのに任せりゃ良いんだよ」

「すっかり忘れてた」

「はァ……だがな、まだ汐はお前になついちゃいないしな、あんまし知らない奴、しかも嫌われてると思ってる奴の家で突然過ごすってのも難だろう、もうしばらくは続けてやってもいい」

「本当か!?」

「あくまで汐のためだ。そうだな、期限は一ヶ月ってことにしといてやるか、それまでに汐と仲良くなれ」

一ヶ月か、長くも短いな。

「……分かった」

おっさんはタバコに火をつけ始めた。

「ふぅ、一旦これで決着だな。……お前も吸うか?」

「いや、正気に戻ってから辞めたんだ」

「そうかい……ハァ」

おっさんを残して俺は下に降りた。

 

下では汐がことみと楽しそうに遊んでいた。それを智代と早苗さんが離れて見ている。

「岡崎、話は終わったか?」

「ああ、バッチリだ」

「そうか」

智代は満足気に頷いた。

「朋也さん」

智代との話の終わりに早苗さんが話し掛けてくる。

「何ですか?」

「あの娘はまだ小さいです、だからお父さんの存在って必要なんです。遅れはしっかり取り戻して下さいね」

「……はい」

今度は俺が頷く。

「汐」と、一言声を掛けてみる。

ビクッと怯えながら、こっちを見てくれた。

今はこれでも良い。

でも、一ヶ月以内に確実に親子になってやる。

「なに?」

「ごめんな」

「なにが?」

「全部だ、今までの全て」

「すべて?」

「ああ」

理解出来てなくても良い、ひとまず俺の目的は達成出来た。

 

ふと掛け時計を見ると、七時を過ぎていた頃「夕食はいかがですか?」という早苗さんの提案に甘えた俺たちは夕食を八時には済ませ、帰ることにした。

「また来て下さいね」

「ああ、はい」

早苗さんに智代が答え、

「一ヶ月だぞ、一ヶ月」

「分かってるよ」

おっさんには俺が返す、

「ばいばい」

「またね、なの」

そして、汐にはことみが応じた。

 

道なりに進んでいくと、

「私はここで、ではまたな」

と言われ、智代とは別れた。

背中にありがとな、と告げた。

 

ことみは、と言うと何故かことみ宅に向かわず、俺の家まで来た。

「鍵、忘れちゃったの」

「どこに」

「朋也くんの家」

さいですか。

 

もちろん、ことみにはちゃんと帰らせました。

またおっさんにあんなこと言われるのは御免だからな。

「ところで、ことみはいつまで日本にいる気なんだ?」

「?……あ、何も言わずに来ちゃったの」

「はぁ!?……お前、世界的科学者だよな?」

「?」

「今回、俺は答えを知らないからな」

「むう……朋也くんイジワル」

「普通だ」

 

その後、ニュースにて大々的に捜索願が出されていた。

オイオイ……。




久々の投稿です。
約一年も、遅れてすみませんでした。
データは大分昔に出来ていたのですが……いえ、忘れてたとかでは……

今回は朋也が汐との間に出来た距離を再確認、そして修復を決心する話です。

微妙な距離感、そして修復する作戦。
未熟者の私には難しい課題ですが、なんとか描きたいと思っています。


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07 杏編2

この話を顔文字でまとめるとこう。

(|| ゜Д゜)?

ったく、酷い話だよ、本当。

それと、便座カバー。

 

…………………………………………………

 

藤林杏は自主認めるお人好しだ。

自他じゃなく、自主である。たしかに、普段の荒くれ者としての彼女を知ってしまえば、そう思うことは困難だ。だが、一応事実である。

例えば、ふと関わり会いを持ってしまったとあるヴァイオリン好き(超絶下手)の演奏会をわざわざ計画したり、また別の所では廃部した部を再建するのを手伝ったりしている。また、本当は好きな相手であっても妹や友人のために譲り、サポートする様なことまでしていた。

だからこそ、と彼女は考えた。

(今ってチャンスじゃない?アイツ、今は実質的にフリー。しかも、彼の亡き嫁からのメッセージでは私を勧める様なものもあったらしいし。それに、どうやら嫌われてもいないみたいだし。……そろそろ我慢せずに伝えても良いわよね)

と、極めて利己的なことを考えていた。

そう、前にサポートした友人は一度は結ばれたが、亡くなってしまった。妹は妹で勝手にいつの間にか結婚してた。

なら良いじゃない、と。

だが、彼女は知らない。

彼女の好きな相手『岡崎朋也』を想っている人はまだまだいるという事を。

 

…………………………………………………

 

汐と会ってから三日が過ぎた、だが、俺はアレから一度も汐と会ってない。

仕事が忙しい?んなもんは言い訳にしかならない。

では何故か、大元となる理由は単純かつ明快だ。

「どうすりゃ良いんだよ……」

方法が思い付かないからだ。

仕事終わり、スーパーでテキトーに選んだ惣菜を手に取る。

「あっ、朋也」

声を掛けられた気がするが、それどころではない。

今はそれよりも汐をどうするか、だ。

「ちょっと……」

そもそも子供の相手自体苦手なんだ。

いや、子供だけじゃなくて人の相手、だったか。

「こんなとき、杏でもいればな」

保育士だか何だかをやってたはずだ、それに汐の担任でもあるらしいし、杏は適任だとは思うんだがな。

「呼んだ?」

だが、俺は学んだ。

人生上手くはいかない、と。

「おーい」

このさっきから聞こえる杏に似た声も気のせいだ。

そんな都合の良い話なんて無い。

「ちょっと!!」

ガツンっ!!

「いてぇっ!!」

後ろから頭を叩かれた。

しかも、保育士の心得なんつうどこぞの魔法使いの分厚い小説サイズだ。

そんなに心得あんのかよっ!!、いや、それよりも

「よぉ、奇遇だな」

頭を擦りながらの言葉だったが、杏のことだ、どうせ気にも留めないだろう。

「何で前とおんなじように無視して考え事続けんのよっ!!」

「何か、お前の時はそうしちまうんだよな~」

「なごむなっ!!」

「んで、何だ?」

漫才を続ける意義を見出だせぬ俺は早々に切り上げることを決意した。

「私がいれば、ってどういう意味よ」

どうでもいいけど、顔赤いぞ。

「ほっといて、まさにどうでもいいじゃない。それで?」

「ん?……ああ、それがな」

事の顛末を杏に説明した。

 

最後にはこう付け足して締め括る。

「頼めんのはお前くらいなんだ、力を貸してくれ」

「はぁぁぁぁぁぁぁ」

杏はとてつもなく大きく溜め息を吐いた。

「んだよ」

「いや、なんでもないわ……。ったく、仕方ないわね、手伝ってあげるわよ」

それから場所を移し、またもや飯を共にし、杏先生の抗議が始まった。

 

「結論を着けるわよ」

杏先生はじっと俺を睨む。

「アンタ、子育てとか向いてないわ」

「それじゃ困るんだっての」

「仕方ないじゃない。覆しようの無い事実よ」

「ま、分かってたけどよ……」

俺ははぁっと大きく溜め息を吐いた。

「んで?」

「んで?」

杏は聞き返してきた。

「何か考えはあるんだろ?逆転の秘策とか」

コイツのことだ、そういうのを用意しておいての言葉だろう。今までだって何度もそう言いつつ助けてくれた。そういう意味では強く信頼を俺はコイツに抱いてる。

「ま、なくはないけどね」

ほらな。

「勿体振らず教えてくれ、頼む」

「仕方ないわね……」

それから杏先生の秘策が伝えられた。

……オイ、本当に良いのか、それで。

 

 

杏と会った次の次の日、俺は古河家に来ていた。

理由は簡単、杏先生の秘策を試してみるためだ。

店に入るなり、おっさんはしたりがおで、ようやく来たか、と言う雰囲気を漂わせていた。

「チャレンジに来たぜ」

 

 

まず、杏はこう言いやがった。

「アンタって笑顔とか苦手でしょ?」

む、否定は出来ん。

「そもそもアンタの顔って怖いのよ。いっつもしかめっ面と言うかなんと言うか。確かに、学生時代の一時期に比べればマシだとは思うけど、それでも相当よ。私とかなら慣れてるし、その程度は無視出来るけど……ほら、子供だと特にそういうのに敏感だから」

ひでぇ言いようだな。

「事実でしょ?汐ちゃんは怯えてるわけだし」

「いや……それは……」

俺が言い淀むと、杏はコホン、と咳払いをした。

「確かに、怯えてるのはそれまでのアンタの行いがアレだったのもあるし、そもそも汐ちゃんが人見知りってのもあるけどね」

でも、と杏は続ける。

「アンタはそっからの修復を上手く出来てないのよ。だから、ひとまずどんな子とも仲良くなる鉄則があるから、それをしっかり覚えなさい」

人差し指を立て、その一、と言う。

「さっきも言ったように、笑顔って大事なのよ。仲良くしましょうしょって見せるのが大切なの。アンタだって、いっつも睨み付けてきてた生徒とか嫌いだったでしょ?」

……まあな。

中指も立て、その二、と見せる。

「次に、相手と目線を合わせること。これも、あなたとは対等ですよー、って意思表示になるの。上から見下ろされるのを人はあんまり好きじゃないのよ。怖いしね。身長3m越えの覆面プロレスラーとか相手にしたくないでしょ?」

それは誰でも嫌だろう。

今度は薬指を立て、その三。

「次、褒めたり、一緒に楽しみなさい。どんな些細なことでもね。私たちにとってはそうでも、子供にとってはそうじゃないかもしれない。ほら、価値観の相違ってやつよ」

ふむふむ。

小指で四。

「次は最初から無理しすぎないこと。グイグイっと強引なのはアンタも得意じゃないでしょ?……って、何よその目は」

グイグイ強引担当のお前が言うな。

「いてっ!!」

急に殴るな。

……辞書じゃない分、まだマシとか思えた自分が怖くなってきたぜ。

 

「んで、それで終わりか?」

怪訝な目を向ける杏から逃れる形になってしまったが、そんなことより、だ。

「ううん、最後に一つ」

杏はいやらしい笑みを浮かべる。

悪い顔だ、コイツのこういうことの後はいつだってろくでもない目に会ってきたから、少なからずの嫌な予感が……。

「所詮は子供よ。物で釣りなさい」

……ああ、常々思ってたが、

「サイッテーだな、お前」

「そんなサイッテーに頼ってるアンタは更にサイッテーね」

へいへい、お前には敵わねぇよ。

 

杏は続ける。

「貢ぐって大事よ、人は贈り物に弱いんだから」

「はいはい、分かってるよ」

コイツの誕生日は9月9日だったっけな。

一応覚えとくことにしておくか。

「ほい、んじゃ、さっさと行って何とかしてきなさい。さっきの五ヶ条、忘れるんじゃないわよ」

「へいへい、ありがとな」

 

…………………………………………………

 

「はぁ……」と、岡崎朋也が行ったのを確認してから、藤林杏は大きく溜め息を吐いた。

「ほんっとうに鈍いんだから、私は便利屋じゃないっつのっ!!」

彼女は怒りの矛先をどこかに向けようとキョロキョロと周りを見渡した。

 

そして……

「みつけた」

大きく振りかぶる。

その片手に辞書はない。

あるのは、

「えっ!?杏さん?何でそんな鬼みたいな顔で分厚い本を握りしめながら、思いっきり振りかぶってるんですか?」

そう、厚さのおかしい保育士用の本。

本来、コントロールはそれほど良くはないのに、こういう時に限っては必中を語る高校時代からの伝家の宝刀、『辞書投げ』。

手から離れたソレは空中で回転を重ね、加速し続ける。

速度が頂点に達する時、吸い込まれるように黒髪の男の頭に直撃していった。

「ひでぶっ!!」

男は数m吹き飛んで、地面に突っ伏す。

「僕……今回は何かしましたっけ……?」

男は気を失った。

 

ようやくハッと意識を取り戻した杏は、無我夢中でやっていたことを思いだし、倒れた男に駆け寄った。

「大丈夫!?」

つい、何となくやってしまった。

体が自然に……って……

「なんだ、アンタ……」

杏は何故体が動いたのかに納得した。

 

…………………………………………………




なんか久しぶりですね。
データの奥底にあるのを発見したので投稿することにしました。
待たせて申し訳ありませんでした。


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